第一話
『都に舞う荒鷲、その名はウィングル!』
「・・・・・・そっちの方はしっかり結んだ?」
「大丈夫、大丈夫!刃物でも持ってこなきゃ外れないようにしといた」
青色の長い髪をたらした少女の指示に従って、茶髪頭の少年が住宅街の一角に立つ電柱に市販のロープを結び付けていた。作業をしている少年の顔には余裕があるのか、はたまた何か楽しいのか笑みに染まっていた。実際、作業の手際は鮮やかなもので、分厚いハーフフィンガーグローブをはめた手にもかかわらず、素手で作業をするかのようなスムーズな手さばきである。
そんな少年を傍目に見ている少女のスカートのポケットから軽快なメロディが流れ出す。少女はすぐにポケットから携帯端末『ウェーブスキャナー』を取り出して、モニター通話モードへと切り替える。
「もしも~し?」
『・・・・・・俺だ』
端末の画面には黒髪の頭部分が白く染まった男性の姿が映る。一見老人に見えたが、よく見てみると顔つきや声色は若々しく、歳もこの場にいる少年少女と大差ないようである。
『怪しい原付に後をつけられてる。おそらくターゲットで間違いない』
「どんな顔かわかる?」
『駄目だな、フルフェイスヘルメットで完全に隠れてる。丁寧にゴーグルはマジックミラー仕様だ』
「そう・・・・・・それじゃ、プランBのシナリオ通りに行くわよ。予定のルートに進むように誘導して」
『わかった』
そう言って通信は切られ、少女の付近で作業をしていた少年は別の角にある電柱に先ほどと同じように別のロープを結んでいた。
「よっし!こっちも準備完了!!」
「それじゃ、あたし達はあいつを信じて待ちましょうか」
少年と少女はお互いにうなずき合うと先ほど少年が結んだ二本のロープの端をそれぞれ持ち、それぞれに結んだ電柱の反対側の角へと隠れる。ついでに少年がロープを目立たせないように地面のアスファルトと同系色の砂でカモフラージュするという徹底ぶりを添えて。
それからしばらくして再び少女のウェーブスキャナーに通信が入った。
『ターゲットが仕掛けてきた!俺からバッグを奪ってそっちに向ったぞ!!』
「・・・・・・来るわよ!!」
「おうっ!!」
次第に近づいてくる原付のエンジン音。それはどんどん大きくなり、もうすぐ彼らが隠れている四つ角を通り過ぎようとしていた。
「・・・・・・・・・・・・今だっ!!」
「そぉれぇ!!」
二人は思いっきりロープを引っ張り、四つ角の入り口で大人の腰ぐらいの高さのロープが二本張られる。二人はロープが張った状態ですぐに隠れていた電柱にロープを絡めた状態で思いっきりしがみつく。
「うわぁああああぁぁぁぁぁっ!?」
原付に乗っていた人物はとっさの出来事に判断が間に合わず、二本の張られたロープに体を取られ、乗っていた原付から引き離される形で転倒した。
「確保ぉおおおおぉぉぉぉぉっ!!」
「ラジャー!!」
原付に乗っていた人物が転倒の苦痛で悶絶している隙に、二人はすぐにロープの端をもってその人物のところへと走り寄り、動きを封じるようにその人物の体に巻きつけていく。
「腕の動きを封じた!!」
「こっちは足を縛り終えたわ!」
「な!?このガキ、何しやがる!!」
その人物が動けるようになったころには、既に手足が二本のロープでぐるぐる巻きにされていた。文句を吐き捨てるその人物を少女が見下ろしつつ、その人物が持っていたバッグを拾い上げる。
「それはこっちの台詞よ、このひったくり魔!この町に住むいたいけな老人から物をブン盗って何様のつもりよ!」
「けど、今日が年貢の納め時みたいだねぇ。お兄さん♪」
釣り上った眉毛で少女が怒りを込めながら睨みつけ、少年の方は満面の笑顔で、原付に乗っていた人物ことひったくり魔の男に語りかけた。
実はここ最近、この町でひったくり魔による被害が連続しており、犯人は原付を乗りまわして、足腰の弱そうな老人ばかりを狙って犯行に及んでいたのである。二日で被害は6件にも上り、警察もすぐに動きだそうと構えていたところだった。
ところが、それより先にこの事件に対し行動を起こした連中がいた。それが先ほどやり取りを交わしていた少年少女達である。
「グ・・・・・・!」
「さてと、後はこいつを警察に引き渡すだけね」
「乗ってた原付も警察が捜索してる奴と照合できるだろうから、まず言い逃れはできないだろうし」
「もうそろそろ囮役も合流するだろうから、さっさとお巡りさんを呼んで引き取ってもらいましょう」
二人はそう言いながら犯人を引き渡すための準備を始めていた。そのため、二人は気付くことができなかった。ひったくり魔がポケットから取り出した物の存在に。
「・・・・・・!?ショウキ、後ろっ!!」
「ん?」
少女がそれに気づき、少年が背後を振り向いた時にはひったくり魔はロープの束縛から解放されており、手にはそのロープを切るのに使われたであろう折り畳み式のポケットナイフが刃を光らせた状態で握られていた。
「うらぁっ!!」
少年に向かってひったくり魔のナイフが振り下ろされる。少年は間一髪のところで横へと避け、ひったくり魔と距離をとる。
「あ、あっぶなぁ・・・・・・」
もう少し反応が遅れてしまっていた時のことを考え、少年は冷や汗を流す。そんな少年を尻目に、ひったくり魔は今度は少年ではなく少女の方へと視線を向ける。
「あ、あたし・・・・・・!?」
「このガキ!大人を怒らせたらどうなるか教えてやる!!」
ひったくり魔は少女に向かって向かっていく。少女は逃げることもできず、持っていたバッグを盾に取るように立ち竦んでいた。
「ルミちゃん!!」
少年が急いで少女のもとへと向かおうとするが、大人と子供とでは歩幅の違いから走る速度に差がありすぎる。どうやっても少年より先にひったくり魔の方が少女のもとへ先にたどりついてしまう。このままでは少女の身が危ない。
あと少しでひったくり魔の凶器が少女のもとへと辿り着く時だった。突然、ひったくり魔にごつごつした大きな石が飛んできて、彼の被っていたヘルメットのゴーグルに直撃、ひったくり魔はよろめき、ゴーグルには大きな傷がついた。
その隙を逃さず、少年はひったくり魔の胴へ向かって飛び蹴りを見舞い、少女から引き離した。
「・・・・・・待たせた!!」
「ノボル!!」
石が飛んできた方向からやってきたのは先ほど少女が通信していた相手であり、黒髪の一部が白く染められている目つきの鋭い少年だった。
「だらしがないぞ、ショウキ。いつもへらへら笑って油断してるからだ」
「ひっどいなぁ。でも、ナイスタイミングだったよ」
実は彼がこのひったくり魔をおびき寄せた囮役であり、髪の一部が白く染められているのも老人と思わせるための変装だったりする。獲物が罠にかかった後から駆け付けることになっていたので、駆け付けてみるとひったくり魔がナイフを持って二人に襲いかかっていたのを目撃し、近くに落ちていた石を拾い上げて思いっきり投げつけたのである。
少女はすぐに黒髪の少年へ、罠のロープと一緒に用意していた木刀を拾い上げて投げ渡す。
「たたみ掛けるぞ、ショウキ!!」
「よしきた!!」
「糞ガキどもが!!ぶち殺してやる!!」
向かってくる二人の少年に対し、ひったくり魔はナイフを構えて迎え撃つ。体格からいえば大人であるひったくり魔の方が圧倒的に有利に見える。何より彼の手には凶器が握られている。自分より非力な子供がたかだが二人、勝負になるはずがない。彼はそう思っていた。だが、それは二人が本当に『非力な子供』だったらの話だった。
「はぁっ!!」
「ぐぁっ!?」
黒髪の少年は持っていた木刀を巧みに使い、ひったくり魔のナイフが握られている方の手を狙って小手打ちを喰らわす。グローブ越しといっても、流石に勢いよく振られた木刀による小手はひったくり魔に相当の苦痛を与え、彼は握っていたナイフを落としてしまう。
「・・・・・・獲ったぁ!!」
その直後、黒髪の少年の背後から茶髪の少年が勢いよく前に現れ、ひったくり魔へ向かって右足を振り上げる。
「ウゴォッ!?」
茶髪の少年の右足爪先はひったくり魔の股間を見事に直撃し、ひったくり魔は再び悶絶して股間を抑えながら姿勢が前かがみの状態になる。
「ノボル!!」
「トドメだ!!」
茶髪の少年がひったくり魔の背後をとって後頭部へ向かって右かかとを振り下ろし、黒髪の少年が正面から木刀を胴へと向かって振る。
「ガハァッ!?」
茶髪の少年のかかと落としがひったくり魔の被っているヘルメットでは隠しきれなかった首筋へ、黒髪の少年の木刀による一閃が胴へ決まり、ひったくり魔は完全に意識を刈り取られて無力化された。
あの後、少女が呼んだ警察官達によってひったくり魔は逮捕され、犯人逮捕の立役者たる少年少女三人は事件の参考人として警察署についていくことになった。そして・・・・・・。
「バッッッッカモォオオオオオオオォォォォォォォンッ!!!」
警察署の一室から建物を揺らしかねないほどの大声が響いてきた。声の主である年配の女性は鬼の形相をしており、少年少女三人は何とも言えない表情で直立不動のまま動けずにいた。特に少年たちの頭部には大きなタンコブが出来上がっていた。
「手前ぇらは毎度毎度何を考えてんだ!スーパーの万引き常習犯を見つけて通報してくれたことを機に、落書き魔、満員バスの痴漢ときて、今度は住宅街の連続ひったくり魔だと!?手前ぇら探偵ごっこでもしているつもりか、ぇえっ!?」
年配の女性はそう言って少年少女三人に対して説教をしている。それもそうだろう。本来ならば、年端もいかない子供たちが凶器を持ったひったくり魔に対して向かって行ったり、ましてや捕まえようとするなど危険極まりない行為である。それを咎めるこの女性の行いは大人として極めて正しいと言える。
さて、そろそろ登場人物をこの少年あの少女と表記することにも疲れたので、この少年少女、および彼らに説教をしている女性の簡単な紹介をさせていただこう。
まず、茶髪の少年の名は『友枝(トモエダ) 翔己(ショウキ)』。安土桃山小学校の6年生で、茶髪以外の特徴としては分厚いハーフフィンガーグローブと赤色の袖なしジャケットを白いTシャツの上から着こんでることだろうか。あと、いつも何を考えているのか常に笑顔を絶やさず、かといってその笑顔にはさわやかさは微塵もなく、気が抜けるような楽天的な笑顔をしている。
続いて、青髪のロングストレートの少女は『橋渡(ハシワタリ) 留美(ルミ)』。同じく安土桃山小6年生、揉み上げから垂れ下っている部分の髪の毛は白い布で束ねている。大人しくしていれば『可愛い』の部類に入りそうな顔つきの娘だが、如何せん、それが帳消しになる程の気の強さと行動力を持っている。
続いて、先ほど老人に化けていた黒髪の少年は『流川(ナガレカワ) 昇(ノボル)』。二人と同じ小学校の6年生、ボサボサした黒髪の首筋後ろ部分をヘアバンドで止めている。鋭い目つきをしており、口をへの字に曲げた無愛想な顔つきのために近寄りがたい雰囲気がある。
最後に彼らに説教をしているこの年配の女性は・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・ぁあっ!?誰が年配だ!!」
・・・・・・・・・・・・失礼、この麗しい女性は『羽田(はねだ) 飛鳥(あすか)』。紫色のショートヘアーと左口もとのホクロが特徴的なまさに大人の女性だ。そして、警察署刑事課課長という割と偉い席に座っている人でもある。
各自の紹介が済んだところで現在彼らの状況をまとめると、この少年少女たちことショウキ、ルミ、ノボルの三名は今回のようなお尋ね者を自分達だけで捕まえたのはこの限りではないらしく、過去にもスーパーの万引き犯、満員バスの痴漢をことごとく捕らえては警察に突き出していた。しかし、今回の相手は『相手はナイフを持ち歩いているような危険人物だったのに、警察こと大人たちに無断で事を起こして出しゃばったのはけしからん!!』と警察のお偉いさんであるアスカから直々にお説教を喰らっているわけだ。しかも取調室で。
「まったく、怪我がなかったからよかったようなものの、最悪の事態になったらどうする気だ!?」
「ま、まぁまぁアスカさん。『終わり良ければ全て良し』って言うじゃない?その最悪の事態にならなかったんだからそう怒らなくても・・・・・・」
仕事のストレスでも溜まっているのか、頭をかきむしりながらイライラを募らせるアスカをなんとかなだめようとショウキが言葉を掛ける。
「・・・・・・っざけてんじゃねぞ、話を聞けば作戦を練ったのは手前ぇだそうじゃねぇか?友達、危険に巻き込んで楽しいか、コラッ」
「あれぇ、僕が主犯格扱い!?」
そう言ってアスカはショウキの頭を鷲掴みにして睨みつける。
「アスカさん、違うの!今度のをやろうって言ったのはあたしなんです・・・・・・!」
流石にショウキに矛先が集中するのが忍びなかったのか、ルミは自分が推して進めたことを正直に話す。
「誰が“言いだしっぺ”なんて知った事か!!特にショウキとノボル、手前ぇら何で殴られたかわかってんだろうな?」
アスカにそう言われて二人は深く考え込んだ。ちなみに、ルミはまだ殴られていない。
「う~ん・・・・・・?」
「やっぱり、男だからか?」
「違うわっ!!手前ぇらが犯人ボコりすぎたせいで、今、奴は“牢屋”じゃなくて“病院”に送られてんだ!!」
大の大人でも、強烈な金的や後頭部への一撃、有効な防護服のない部分への木刀の一撃、特に原付で走行中の人間を、ロープを張って無理やり取り押さえたのは拙かったようで、
彼らにしょっ引かれたひったくり犯は全身打撲に加え、あばらの骨にはひび割れ骨折を負う羽目になっていた。お陰で後日、「ガキは怖い、ガキは悪魔だ」と呟くようになり、主治医からカウンセリングの必要性もあると指摘されるようになるのは別の話である。罠の発動に手を貸したのにはルミも含まれてるい筈だが、最終的にひったくり犯を無力化するために手を挙げたのはショウキとノボルなので、ゲンコツは二人にだけ落ちたわけだ。というか、二人の放ったトドメが病院送りの主な原因らしい。
「まぁ、相手がナイフを取り出してきたから身を守るために仕方なくとはいえだな、やり過ぎにも程があるってんだよ、程が!」
流石に相手に大怪我をさせてしまったという事実を知って反省したのか、三人は言葉をなくしてうつむいていた。
「ようやく解ったか?・・・・・・とりあえず、後始末はこっちの方でやっておいてやるから、今日はさっさと帰って頭を冷やして来い」
「「「は~い・・・・・・」」」
三人は暗い影を背中に落としながら、ゆっくりと取調室から退室し、警察署のエントランスの方へと向かって行った。
そんな三人を見送るようにアスカも出てくると、自の部下である刑事の一人が歩み寄ってきた。
「いいんですか、アスカさん。説教だけで済ませてしまうなんて・・・・・・」
「いいんだよ、あの手のは下手に抑え込もうとすると何をしでかすかわからん。それに・・・・・・」
「それに?」
アスカは帰っていく三人の後ろ姿を見つめながらため息を漏らす。
「“鷲の子はほっといても鷲に育つ”みたいだしね・・・・・・半ば諦めてるよ」
「・・・・・・“ジュンイチさん”の忘れ形見ですか」
部下の刑事とともにアスカは休憩室に入ると、彼女はポケットから煙草の箱を取り出して蓋を開けた。
「本当、親子二代であたしを苦労させてくれるよ」
そう言って今度はライターを取り出して加えた煙草に火を付けた。
「ジュンイチさんが殉職してから、もう7年経つんですよね」
「まったく・・・・・・あの馬鹿、勝手に死にやがって。カミさんとセガレの面倒を最後まで見てからにしろってんだ。あの二人の泣き顔は、見てるこっちまで悲しくなってきやがったからな」
「でも、ショウキ君はだいぶ元気を取り戻してくれたみたいですね」
「・・・・・・お陰で父親の悪い部分までそっくりに育っちまった。まだ、あいつが生きて厄介事を持ってきてるような気がするわ」
アスカは煙草の煙を口から一気に吐き出して、ソファーの背もたれに崩れ込む。
「本当にジュンイチさんの仕業かもしれませんよ。アスカさんに背後霊みたく付きまとってるかも」
「それ最悪・・・・・・お祓いに行こうかな」
アスカは再び煙草を口へと運んだ。
アスカに怒鳴られ、犯人を病院送りにし、今回は流石にやりすぎた感が否めない気持ちの三人は重い足取りで夕焼けの帰り道を歩いていた。
「はぁ、怒られちゃったわね・・・・・・」
「やっぱり、爪先で金的は拙かったかなぁ?」
「怪我を負わせてしまうとは、俺もまだ未熟か・・・・・・」
それぞれがそう言って同時にため息を吐いた。
「でもさ、警察がぼやぼやしてるからあたしたちが先に動いたんじゃないの。それに犯人は逮捕できたんだから少しくらい感謝してくれてもいいじゃない!」
「向こうからしたら自分達の仕事を横からかっさらわれたんだ。あれが普通の反応だと思うぞ」
ルミのぼやきにノボルがすかさずツッ込みを入れる。
「口の悪さと裏腹に仕事には妥協を許さないアスカさんだもの、自分の仕事を子供のお手伝いみたくされたら怒るって」
そう言ってショウキが気の抜ける笑顔でアスカへのフォローを入れる。この三人の中で一番アスカとの付き合いが長いのは彼だからかもしれない。
「何よ、二人してアスカさんの方ばかり持って」
「・・・・・・だいたい、俺は今回ばかりは反対だったんだ。現に、橋渡も一瞬ヤバかったんだからな」
確かにあと少し、ノボルが駆け付けるのが遅れればルミの身は危なかったかもしれない。
「じゃあ何で手伝ったりなんかしたのよ」
「お前らだけじゃ危なっかしい」
あくまで手伝ったのはお前達を護るためだとあえて言い張るノボル。
「およ、男のツンデレ?」
「三枚に下ろすぞ、この能天気馬鹿」
「ば、馬鹿は無いんじゃない・・・・・・?」
ショウキのニヤケ面の茶化しをノボルはバッサリと斬り捨てた。
そして一息置き、ルミが笑いだし、ショウキが笑い出し、ノボルも釣られて口元をほころばせた。何で笑い出したのかなんてよく分からない。ただ、この三人で集まって何かすること自体が楽しいのだ。楽天家だがよく頭のまわるショウキ、大人びていて度胸の据わっているノボル、そして二人を引っ張っていく形で行動力のあるルミ。三人は奇妙な縁で出会い、性格が異なるにもかかわらずウマが合い、そして今回のような馬鹿をやっては怒られるという日常を過ごすようになっていた。
いつまでこんな日が続くかどうかなんてわからない。いや、いつ終わるかなんてわからないから今こうして楽しんでいるのかもしれなかった。
「それじゃ、あたしこっちだから」
「ああ、気をつけてな」
「ばいば~い、ルミちゃん」
途中、それぞれの帰り道に進むために三人は分かれた。今日が終わっても、また明日には三人共学校で会うことになる。それが当たり前の日常なのだ。
とある公団住宅の一部屋がショウキの家である。ショウキはあの後まっすぐ家に帰った。今日は馬鹿やって消費した分のエネルギーを補給するために胃袋が夕食を欲していたからだ。
「たっだいま~♪」
軽快な足取りで玄関を開けるショウキ。だが、玄関の奥から聞こえてくるはずの声が聞こえない。ショウキは不審に思い、恐る恐る中へと入っていく。そして、リビングに入ったところでやっと人影があった。それも目元が釣り上った迫力ある形相で。
「あ・・・・・・た、ただいま~、母さん・・・・・・」
「ショウキ、ちょっとそこに座りなさい」
そう言ってショウキの母『友枝(トモエダ) 遥(ハルカ)』は自分の眼前を指差す。
「は、はいぃ!!」
ショウキは慌ててハルカの言われたとおりに言うことを聞く。母であるハルカはショウキにとって絶対に頭の上がらない人物の一人であり、決して逆らえない存在なのである。ショウキが座ると同時にハルカもすぐ目の前に座る。いわゆるお説教の体制である。
「・・・・・・さっき、アスカさんから連絡があって、今日、貴方がやらかしたことの一連を聞きました」
「ま、マジ・・・・・・?」
「大マジです」
そう言ってハルカが自分のウェーブスキャナーを掲げたとたんに全身から大量の汗が流れ始めるショウキ。
「何度言ったらわかるの!まだ11歳の貴方に警察の真似事なんて早すぎる以前の問題よ!!もし怪我じゃ済まないことになったらどうするつもりなの!?だいたい貴方は・・・・・・!!」
「ひ~ん・・・・・・!」
警察署だけでなく、家でもこってり絞られたショウキだった。
あの後説教も一段落つき、とりあえず風呂に入って夕食をとったショウキはすっかり眠気に取りつかれて布団の中で眠っていた。
ハルカはその寝顔を寝室の外から確認すると、ゆっくりと戸を閉めてリビングへと向かう。そして棚に添えてある仏壇の前に腰をおろした。仏壇には線香が添えられており、その奥には一人の青年の写真が飾られていた。
「まったく、今日はとことん心配をかけたくせに夜になると呑気に眠っちゃうんだから」
そう言って仏壇にある写真を手に取る。
「本当に、貴方そっくりに育っちゃったわ」
そこに映っているのはショウキの父にして今亡き彼女の最愛の夫が、生きていた時の写真だった。
「あの子、まだ貴方の背中を追っかけてるのかしら。刑事の妻をやって来て、いずれはこんなことになることぐらい覚悟してきたつもりだったけど・・・・・・貴方が逝ってから七年経ってもまだ振り切れてないのかもしれないわ」
そう、七年だ。愛する夫が事件の捜査中に殉職し、自分達のもとを去ってからそれだけの月日が流れた。自分は悲しみに染まり、息子は敬愛する目標を失って自暴自棄になった。彼が死んだという事実を受け入れきれずに壊れていったのだ。
「でも、あれから少しはマシになったと思うの。ショウキったら、素敵な友達が二人もできたみたいでね、すっかり明るくなったの。私も、頑張ろうって気持ちになれた」
いろいろあったが、今はもう大丈夫。遥はそう写真に語りかけると元の場所に戻し、腰を上げた。
「・・・・・・明日もパートの仕事があるから、私ももう寝るわね。お休みなさい、ジュンイチさん」
ハルカはそう言ってリビングの電気を消し、自分の寝室へと入って行った。
友枝家が親子で寝静まった頃、月明かりを背景に何かが空を舞い、やがてそれは友枝家の部屋のベランダにゆっくりと降り立った。翼をたたみ、カーテンの隙間からじっと中を覗いている。
それは額に宝石のような輝きを持ち、狙った獲物をしっかりととらえるための鋭い瞳を持っている。その人と身をさらに細めて部屋の中で眠っているショウキを凝視していた。
「そろそろ、頃合いか・・・・・・あれだけ大きくなれば、まず折れることはないだろうしな」
まるで品定めをするかのようにショウキのことを観察する。
「・・・・・・お前を死なせた野郎への復讐にお前の息子を利用することになるが、こいつは絶対に死なせない。許してくれとは言わない、けど、俺とこいつとでケリくらいはつけさせてくれよ」
その瞳は怒りと決意に染まっていた。だから時を待った。彼の子が成長してある程度のたくましさを身につけるのを、自分の力に耐えうる“器”にふさわしくなるのを。
「後はきっかけがほしいところだが・・・・・・」
彼は夜空を見上げ、ふいに口元を笑みでひきつらせた。
「な~んか、大きなことが起こりそうな気がしてならないんだよな」
それは、自分の中にある野生の本能からくる胸騒ぎなのだろうか、近いうちに自分の身の周りに危険が降りかかるという危険信号が彼の背筋から発せられていた。
それは逆にいえばチャンスでもあった。彼がこの少年と接触し“契約”する際のきっかけになり、この少年を彼が望むように大きく成長させることができるからだ。
「まぁ、何はともあれ時が迫ってきたってことだ。俺を失望させるなよ、トモエダ ショウキ・・・・・・!」
その言葉を残すと、彼は再び夜の空へと羽ばたいていった。
次の日、ショウキ達の通う安土桃山小学校の放課後。ショウキ、ルミ、ノボルの三人はそろって職員室に呼び出されていた。昨日の一件は学校の方にも伝わっていたみたいで、生徒指導という名の説教の呼び出しである。
職員室で三人のクラス担任である女性教師『江ノ島(エノシマ) 桜子(サクラコ)』が例の三人に対して説教をしていた。
「いい?貴方達は小学生、まだまだ子供なのよ!こんな危険な真似をして何かあってからじゃ遅いのよ!!」
(う~・・・・・・長いなぁ、サクラコ先生のお説教)
これはルミの心の中。
(怒ってばかりだから彼氏が出来ないんだろうねぇ)
これはショウキ。
(仕事にしか若さを費やせない女はこうなるのか)
これはノボル。
「こらあんた達!ちゃんと聴いてるの!?」
「「「は、はいっ!」」」
「度の過ぎた警察ごっこなんて以ての外!次にこんなことをしたら、注意程度じゃすみませんからね!!」
「「「は~い・・・・・・」」」
長らく続いた説教もやっと終わり、三人はとぼとぼと職員室から出て行った。サクラコはそれを確認すると椅子の背もたれに身を預け、ため息をついた。
「・・・・・・またあの三人ですか、行動力があるというか、少々やんちゃすぎるというか」
桜子の机とは向かい側の机に座っていた男性教師が苦笑いを浮かべながら語りかけてきた。どうやら学校の教師たちの間でもあの三人は悪い意味で有名なようだ。
「本当です、見てるこっちが冷や冷やしますわ」
「でもあの子達が犯人を捕まえたことを知ってか否か、例の地域の老人会の方々からうちの小学校あてに感謝状が届いたじゃないですか。結果はどうあれ、あの子達の善意の部分くらいは汲んであげては?」
「そんなことをしたらますます調子に乗ります。あの子達は今回の一件をとことん反省するべきなんです!」
「そうなんですか・・・・・・?」
「そうなんです!!それでまた同じことをやらかして、あの子達が大ケガでも負ったらどうするんですか!私は嫌ですよ、自分の受け持つクラスの子がそんなことになるなんて!!」
彼らの担任を務めてその性格をよく理解しているのか、サクラコの口調はやけに強かった。
「も~~~~~~っ!!アスカさんと言い、お父さんと言い、サクラコ先生と言い!皆私達を怒ってばかり!!そりゃ、少しはやり過ぎたって思う節もあるけど、何から何まで否定することないじゃない!!」
「まぁまぁ、落ちつきなよルミちゃん。『短気は損気』、せっかくの美人が台無し台無し♪」
流石に何から何までの説教尽くしに我慢の限界が来て吠えたルミを、ショウキは相変わらずの笑顔でなだめる。どうやらルミも家で父親から雷を貰ったようで、今朝からかなり機嫌が悪かった。
「何言ってんのよ、ショウキ!人の善意を真っ向から否定されてあんた悔しくないの!?」
「ん~・・・・・・まぁ、ちょっとは褒めてくれたっていいじゃないって思うことはあるけどさぁ・・・・・・」
「そうでしょそうでしょ!なのに周りは皆私達を悪者扱いよ、理不尽にも程があるわ!!」
「だが、相手にもそれなりの怪我を負わせてしまったのは事実だ。こっちは正当防衛だと言っても、無傷の人間の主張と重傷の人間の主張とじゃ耳を傾けてくる割合なんて後者の方が多いに決まっている」
「な!?ノボル、あんたどっちの味方よ!!」
「俺は自分の未熟さを反省しているんだ」
「お~お~、イイ子ちゃんだことで」
頭に血が上っている留美に対しきわめて冷静に自重しようとするノボル。まったく正反対の状態の二人がいるせいでその場の空気が悪くなりかけたのを知り、ショウキは持ち前の能天気な笑顔で二人の間に割って入る。
「まぁまぁ、二人とも。それ以上僕らがそのことで言いあっても不毛な努力だよ。それに別に先生達に褒められなくったっていいじゃん♪」
「え?」
「は?」
突然、予想外のことを口走るショウキに二人の眼は天になった。
「少なくとも、もうあの街にはもう例のひったくり魔は出なくなるんだし。あそこに住んでるおじいちゃんおばあちゃん達はきっと安心して暮らせるようになったよ。僕達のしたことは絶対に無駄じゃないんだからさ・・・・・・ね?」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
ショウキが言ったことに対して二人は少し考える。確かに、自分達はあそこに住む老人方を救うために今回の計画を実行したのだ。その目的が達成されたのなら、それで満足してもいいのではないか。周りの大人たちはその計画にともなった危険についてあれこれ言ってくるだけで、大本の目的にたいしては咎めてきていない。
だが、逆に考えれば周りの大人たちが自分達のその功績をもみ消そうとしているとも思え、怒りがわいてきた。
「どうかしら、そこに住んでるご老人方も他の大人達と同様、私達のことを攻め立てることしかしないと思うな。あたし」
「同感だ。それに、“俺達が捕まえた”だなんてそうそう信じてくれるとは思えん」
「あ、あれぇ?」
周りの大人が咎めてばかりいたので二人はショウキの言葉を受け入れることはできなかった。ショウキはますます機嫌の悪くなった二人に唖然としていた。自分、結構いいこと言ったはずだよね?世の中うまくいかないという現実を、少年はまた一つ味わった瞬間だった。
「ああ、もうヤダ!今日はもうさっさと帰って宿題してお風呂入ってご飯食べて寝る!!」
「俺もさっさと買い物済ませて帰るか」
そう言ってルミとノボルはショウキを置いてその場を去っていく。
「え、ちょ・・・・・・待ってよ、二人とも!!」
ショウキは慌てて二人の後を追った。
気まずい空気の中、三人は下校し、夕焼けの帰り道を歩いていた。主にその空気の発生源はルミとノボルとの間にあり、ショウキは圧迫された空間の中に放り込まれた気がしていた。こんな空気の中にあっては、流石のショウキの気持ちも沈んでくる。
(はぁ・・・・・・ルミちゃんの言う通り、大人達はみんな僕達のやったことは全面的に悪いって感じてるのかなぁ)
ショウキはそう思い、自分の行いに自信が持てなくなってきた。何より、今回の計画で犯人を捕らえるために使った作戦はショウキが考えたものだった。大人より力の劣る子供である自分達が、原付を乗り回す犯人を確実に捕まえるために練った二重構えの作戦だ。最初のロープの罠で縄縛りにできればそれでよし。それが失敗しても転倒して動きの鈍っているところをショウキと後から合流したノボルとで仕留める。
結果として作戦はうまくいった。犯人もお縄につくこととなった。でも、周りの大人達は犯人逮捕の称賛は与えず、自分達の行いがすべて間違っていると言うように説教ばかりだ。しかも叩かれているのは自分の練った作戦のことも含まれている。自分は何のためにこの作戦を練ったのだろう、誰のためにこんな危険を冒したのだろう。自分達を責めてばかりの大人たちの姿に、ショウキの心の中に虚しさが広がっていった。
「・・・・・・じゃ、俺スーパーによるから」
「そう、じゃあね」
「また明日なぁ、ノボル」
ショウキがそうやって笑顔で手を振るが、ノボルはそっけなく背を向けるとさっさとスーパーの方角へと歩いて行った。その態度にショウキの笑顔は乾いたものとなり、呆然としているショウキをよそにルミもとっくに自分の帰り道についていた。
「あ!待ってよ、ルミちゃん!」
自分もルミと途中まで帰り道が同じなので急いで後を追う。
一緒に歩いてはいるが、会話がなかった。ショウキにとってはこの空気は苦痛以外の何物でもなかったが、今のルミには何を言っても無駄だということを理解していた。とにもかくにも感情的な少女がルミだ。今回のひったくり魔捕獲のみならず、過去に捕まえてきた悪党を自分達で捕まえようと言いだしたのは彼女だった。最初は乗り気でなかったショウキやノボルも最終的にルミの熱意と行動力に負ける形となってそれに協力した。それなりに友人として付き合いが長ければその性格も大体理解できる。だが、今度ばかりは完璧に意固地になってしまっている。こうなってしまっては、彼女の気が収まるまで待つしかないのだ。
「・・・・・・?なんだろ、あれ?」
「・・・・・・どしたの、ルミちゃん?」
不意にルミが何かを見つけて声をかけてきたので、ショウキは釣られてルミの視線を追う。
そこは裕福そうな家庭の一軒家の塀から地味な作業着を着た二人組の男たちが出てくるところだった。何処かの業者にしては行動がそわそわしているし、塀の上で作業をしているわけでもないのに上るなんて不自然すぎる。そこから導き出される答えはただ一つだった。
「ど、泥棒っ!?」
驚いたルミがつい大声で叫んでしまう。
「あ、兄貴!?見つかっちまった!」
「慌てんじゃねぇ、たかがガキだろう」
だが、泥棒たちにとって不運が続いてしまう。彼らが塀から降りると同時に忍び込んでいた一軒家から突然警報が鳴りだしてしまった。
「ちぃ!おい、ちゃんと防犯装置は無力化しとけって言っといただろうが!!」
「全部なんて無理っすよ!!早くしないと警察がここに駆けつけてきちまいますぜ!?」
「クソッ・・・・・・こうなったら!」
突然、男達はショウキ達の方を振り向いた。この男達が自分達に何かしようとしていると気付いたショウキはすぐさまルミの前に出て、自身を盾とするように立ちはだかった。
そんなことなどお構いなしに男達は二人に向かって飛びかかり、取り押さえようとする。最初はショウキが必死に抵抗したが、流石にひったくり魔の時とは異なり、自分一人に対して大人二人相手では為すすべもなかった。
「きゃあ!?やめてよ!!」
「やめろ!ルミちゃんに手を出すな!!」
「ぐあっ!!」
ショウキが最後の抵抗とばかりにルミを取り押さえようとする男の背中に蹴りを見舞う。
「このガキ!!」
「がっ・・・・・・は!?」
もう片方の男がショウキの胸倉を掴むと顔面を拳で殴りつけてきた。頬が潰れ、焼けつくような痛みとともにショウキは地面を転げ回り、口内には血の味が広がった。
「何グズグズしてやがる!人質はそっちの小娘だけで十分だ、さっさとずらかるぞ!!」
「う、ウッスッ!!」
「やっ放して!助けて、ショウキ!!」
男達は近くに用意していた逃走用の黒いワゴン車にルミを連れて乗り込むと、あっという間に車を走らせて去ってしまった。
「グ・・・・・・ルミちゃん・・・・・・!」
ショウキは痛みをこらえながら立ち上がるが、車の姿はもうそこにはなかった。
助けられなかった、手が届く所にいたのに。ショウキは自分の無力さを嘆いた。スーパーの万引き犯を捕まえたのが何だ、ひったくり魔を捕まえられたのが何だ。犯人を捕まえたことで僕らに救われた人はきっといる?馬鹿馬鹿しい、自分のすぐ隣にいる人も救えないでいるただの自惚れ屋じゃないか。
「クソッ!!」
悔しさと自分のふがいなさをこめて拳を犯人がよじ登ってきた塀へと打ちつけた。けれど、こんなことをしたって状況が変わるわけでもない。ショウキはすぐに助けを呼ぶべく誰か大人がいないか見渡した。だが、今この場には人気は感じられない。急いで他の場所へと移動しようとした時だった。
「・・・・・・へぇ、親父に似て随分と厄介事に好かれてるじゃねぇか」
「・・・・・・・・・・・・え?」
突然、誰かに声をかけられる。記憶にない声に、ショウキはあたりを見渡した。だが、誰もいない。しかし、声は確かに自分に向けられたものだった。
「何処見てんだ、こっちだよ」
再びかけられた声は自分の“真上”の方角から届いていた。夕焼けの空をを背景に“何か”が自分に向かって飛来してきている。そのシルエットはまさに『鳥』だった。しかもただの鳥ではない。小鳥などもとより、普段、町の空を飛び交うカラスよりも大きな翼を広げた『鳥』だ。
いや、それ以前に“それ”が近づいてくるにつれて、その鳥が“普通の鳥”ではなことが嫌というほどわかった。その姿にショウキは今の状況すら忘れ、見惚れていた。
金色の羽が織り込まれた蒼い翼と尾、鎧をまとっているかのような光沢をもつ胸、風を切るかのようにする左右後方に鋭く延びた金色の米髪、そして、鋭く輝くエメラルド色の瞳と額の宝石。ショウキの下に舞い降りてきたのは、空の支配者としての威風漂う、『蒼い大鷲』だった。
『蒼い大鷲』はショウキの目の前に降り立つとそのエメラルド色の瞳でショウキの顔をじっと見てきた。
「あ・・・・・・蒼い、鳥?」
「言っとくが、俺はお前に幸せを運んでやるつもりなんて毛頭ないぜ」
『青い鳥』は幸せの象徴であると誰かが言っていた。だが、ショウキにも目の前の鳥はそれとは違うとはっきりと感じられた。相手を威圧せんばかりの鋭い瞳からくる戦慄は、目の前の存在が誰かを『狩る』ためのものであることを強調させる。彼は天使のような『祝福』ではない、死神の如き『脅威』であると。
何より驚いたのは、『鳥』が喋っていることだ。インコやオウムが人語を真似ることはあってもそんなに流暢に話せるわけではない。だが、目の前の『蒼い大鷲』は人の言葉を使ってしっかりと人間であるショウキとコミュニケーションをとってきた。ショウキはまたしばらくの間、呆然としてしまった。
「お前がショウキだな。ジュンイチの息子の」
「!?父さんを知ってるの!?」
「まぁ、あいつがガキだったころからの付き合いだからな」
驚くショウキを余所に『蒼い大鷲』は話を続けてくる。今度は彼の口から自分の父親の名前が出てきて、さらに幼いころからの知り合いだという。ショウキの頭はもはやパンク寸前だ。
「・・・・・・それよりいいのか?お前のダチ、攫われたまんまだけど」
「!!そうだった!!」
彼に指摘されてルミの一大事出会ったことを思い出し、すぐに付近の大人に助けを求めようと駆け出そうとする。
「どうする気だ?」
「近くの大人を探してこのことを伝えるんだよ!」
それを聞いた途端、彼はその鋭い瞳を呆れさせた。
「おいおい、随分と気の抜ける解決方法だな?」
「気が抜けるも何もないだろ、ルミちゃんを助けるためなんだ」
「それでその後、全てを大人に任せてお前はじっとしてんのか?」
彼がそう言った途端、ショウキは悔しさで歯を食いしばった。それは、己の無力さを指摘されているのと同じだったからだ。
「だって仕方がないじゃないか!相手は車を使ってるんだ、子供の足で追いつけるわけじゃないし、何処に向かったのかも検討もつかない。仮にあいつらのところに追いつけたとしても、非力な子供の力じゃあいつらとぶつかっても勝てやしない。だったら、僕に出来ることなんてないじゃないか!!」
ショウキは自分の悔しさを吐きだすように彼にぶつけた。ショウキだって悔しいのだ、自分だけでは何もできないことが。為す術も無い歯痒さが。
「俺が訊きたいのは『出来る、出来ない』の問題じゃねぇ。お前自身に、あいつを『助ける』意志があるのかってことだ」
何故そんなわかりきったことを訊くのか、ショウキには理解できなかった。そんなもの、初めから決まっている。
「あるに決まってる!今すぐにでもルミちゃんを助けに行ける術があるなら、どんなリスクだって関係ない!その方法を迷わずに選択するよ!!」
ショウキのその我武者羅混じりの決意の言葉に口元を笑みでひきつらせる『蒼い大鷲』。それは、まるでその言葉を望んでいたかのようだった。
「なら話は簡単だ、ここに『その術』がある」
「・・・・・・・・・・・・え?」
ショウキは彼の言葉に頭に上っていた血が抜けていく感覚を覚えた。本当に、そんな方法があるというのか。
「ただし、それなりに『危険』と隣り合わせの世界に身を投じることになるぜ。場合によっちゃ死ぬかもしれない。一度入ったら絶対に抜け出せないぞ・・・・・・覚悟はあるんだろうな?」
『危険』と隣り合わせの世界、ショウキは一瞬だけ身をこわばらせた。大きなことを彼の前で言ったが、ショウキだってまだ11歳の少年だ。恐怖心はある。だから、そこから先に踏み出すことに対して一瞬、ためらった。
でも、一瞬だけだった。冷静になった頭で考えてみれば、今危険なのは誰か。自分ではない、さらわれたルミの方だ。自分にとってかけがえのない友達であり、決して失いたくない人。父親が自分の前からいなくなったときの悲しみが脳裏をよぎる。今度は、ルミがそうなるかもしれない。そんな恐怖からか、『蒼い大鷲』が口にした言葉への戸惑いを拭い去っていた。
ならば、迷う必要などない。
「・・・・・・・・・・・・あるっ!!」
それは力強く、ゆるぎない決意に満ちた一言だった。それを感じ取った『蒼い大鷲』は翼を大きく広げる。
「我が名は“大鷲”のアーマロイド、名を『ウィン』!人間、お前の名を名乗り、その身と共に我に預けよ!!」
「え・・・・・・・・・・・・」
「さっさと自分の名前を言え!!」
「!えっと・・・・・・僕はショウキ、友枝 翔己だ!」
「トモエダ ショウキ・・・・・・確かに名前を預かった!『契約』だ!!」
『蒼い大鷲』こと『ウィン』がそう叫ぶと額の宝石が輝きだし、その光は一筋の閃光となってショウキの額を捕らえる。それは、まるで二人を繋げるための糸のようだった。いや、まさにその通りだった。この瞬間に二人の間に『契約』が結ばれ、運命共同体となる合図だった。
≪トランス・イークイップ!!≫
ウィンの体がエメラルド色に輝きだし、やがて光となってショウキの体に向かっていく。光はやがてショウキの体をくまなく包み込み、より大きな物となっていく。両腕両足の光が膨張すると、やがて光が消え、そこにはウィンの体のメインカラーとなる『蒼』とサブカラーである『白』を基本とした装甲が現れる。胸も同様に膨張とともに消えた光の中から彼の胸元と同じ形状の鎧が現れる。背後には彼の持っていた両翼と尾羽が大型化された状態となって光の中から現れる。そして、首上の光の中からはウィンの頭部を模した兜を身に付けたショウキの頭が現れ、顔には銀色のフェイスガートが施される。最後に兜となったウィンの瞳とショウキの瞳が輝きとともに覗かせ、その巨大な翼を力強く広げた。
輝きが消えた中から現れた先に、ショウキとウィンの姿はなかった。いや、二人とも消えたわけではない。『契約』を結び、“一つの存在”へと変化を遂げたのだ。
「!・・・・・・こ、これは!?」
ショウキは言葉を失っていた。いつの間にか自分の格好が変化したことに。近くにあったカーブミラーで今の自分の姿を見ると、まるでおとぎ話に出てくるような『鳥人』の姿だった。
変化はそれだけではない、自分姿を確認するために使っているカーブミラーは近くにあると言っても自分の有視界にあると言うだけで、それなりに離れた位置にあるので目視で鏡に映っているものについては人間の眼では確認できないはずだった。だが、それがはっきりと望遠鏡を使ったかのようによく見えてしまうのである。つまり、視力が格段に向上していたのだ。
「ボサッとすんな、友達を助けにいくんだろ?」
何処からともなくウィンの声が響いてきた。
「う、ウィン!?一体、何処に!?」
「何言ってやがる、お前の頭の上だ」
「え?」
そう言われてショウキが自分の頭をなでると彼の兜に変化していたウィンが「やめい」と怒鳴ってきた。
「たった今、俺とお前は『契約』を結び、『合体』して今より上位の存在へと変化したんだ」
「『契約』・・・・・・『合体』・・・・・・?」
「そう・・・・・・これが契約を結んだ俺達の力、『トランス・イークイップ』だ!!」
「『トランス・イークイップ』・・・・・・!」
そう言われ、ショウキの身には力がふいに溢れてきた。自分の体に鎧や大きな翼があるにもかかわらず、まるでそれを身に着ける以前よりもはるかに体が軽い。これはまさにウィンの言う通り、“上位の存在への変化”である。
「そんじゃ、さっさとお前の友達を助けにいくか!!」
「よし!!」
合体した二人はその大きな翼で大空へと飛びあがり、あっという間に街の彼方の方まで一望できるまでの高度へと達した。
そこまでくれば後は簡単だ、向上した持ち前の超視力でルミをさらった黒いワゴン車が今どこにいるのかを探し当てるのだ。
その車は裏道から国道に入ろうという位置で見つけた。窓から車内もはっきりと目視でき、後部座席でルミをさらった男達の片方がルミの手足を縛っているところだった。
「見つけた!!」
そして目標に向かって一気に急降下した。
一方の黒いワゴン車は国道をまるで何事もなかったかのように流れに沿って走っている。
「・・・・・・ったく、手間取らせやがって」
「~~~~~~~~~~っ!!」
留美は猿轡まではめられ、まさに身動きの取れない状態にされてしまった。
「兄貴ぃ、これからどうします?」
「とりあえず、出来るだけ遠くへ行くんだ。んで、適当なところでこのガキ捨てて、他所の町に隠れてほとぼりが冷めるのを待つ」
「遠くってどれくらいっすか?」
「遠くは遠くだ!おめぇは黙って運転してればいいんだよ!!」
「へ、へい!!」
兄貴分の男はそう言って運転席のシートを後ろから蹴りつける。運転している子分の方は恐縮したように身をすくめた。
「・・・・・・くそ、今日は厄日だぜ」
いや、ルミを攫った時点で今日は彼らにとって厄日を超えて命日に近かったかもしれない。彼女にさえ手を出さなければ、『狩人』に目をつけられることがなかったはずだからだ。
そして、『狩人』は『獲物』の視覚外から唐突に襲いかかる。突然、車体は大きく揺らめき、車に乗っていた面々は大きく振られた。
「おい、ちゃんと運転しろ!!」
「ち、違います兄貴・・・・・・俺じゃありません!!」
運転していた子分はいち早く異変に気付いていた。理由も分からず車体が浮き上がり、今やビル5階分の高さにまで上昇していた。
「な、何じゃこりゃ!?」
兄貴分の男もそれに気付き、驚きを隠せなかった。中古で買ったワゴン車が空を飛ぶわけがない。では何故浮かんでいるのか。兄貴分の男は窓から射す謎の影に気付き、窓のから車体の上を見上げた。
そこにあったのは翼を広げて飛ぶ『蒼い鳥人』の姿であり、彼が自分達の乗っている車を掴んで持ち上げていた。
「な、なんだぁ!?」
驚いている男達を余所に『蒼い鳥人』はそのまま車を人気のない河川敷までもっていくと車体を押さえつけるようにその場に置いた。再び衝撃で揺られる車体に大きく体を振り回される中の人間達。その隙を逃さないようにか、車体を運んだ張本人は瞬く間に運転席のドアを乱暴に引き剥がすと運転手である子分の男を車から引っ張り出した。
「うわぁあああぁぁぁっ!!あ、兄貴!助けてくれぇ!!」
そんな助けを呼ぶ声も虚しく、子分の男はそのまま河川敷に流れる川の方に向かって放り投げられてしまう。彼の体は宙高くを舞いあがり、川の真ん中へ向かって落ちていき、水しぶきをあげて川の中へと消えていった。
兄貴分の男は自分の子分がまるでゴミの様に放り投げられたことに唖然とする中、『蒼い鳥人』の鋭い瞳が自分の方を向いたことに恐怖を覚える。このままでは今度は自分がやられる。男は急いで車のドアを開けて降りると縛り上げたルミを引きずり出し、彼女を盾にとって身の安全を図ろうとする。
「く、来るなよ・・・・・・こいつがどうなってもいいのか!?」
普通ならば人質を取られて不利だと思うだろう。だが、男の方は既に恐怖で逃げ腰の状態である。ましてや、男は人質を縛っている縄を掴んでいるだけの状態であり腕は首に回していない。そして、人質を傷つける凶器の類も持っていない。よって、『蒼い鳥人』からして見れば、脅しにもなっていなかった。
彼は足に力を入れ、大地を蹴りあげると目にもとまらぬ速さで男に向かって飛んで行く。男とルミが突風を感じてから直後、彼は既に男の背後を取っていた。
「な!?」
気付いた時には遅く、男は襟元を掴まれ、子分同様に川へと投げ捨てられていた。
ルミは突然の出来事に頭が付いていかなかった。二人組の泥棒に捕らえられ、彼らの車に乗せられて手足の自由を奪われたところまでは覚えている。そこから、何度も車体が揺れ、気付けば町はずれの川の河川敷に停車しており、『蒼い鳥人』が身の凍るような殺気を放ち、泥棒達を瞬く間に川へと投げ捨てていた。
今度は自分の番なのだろうか、ルミは恐怖に震えていた。逃げようにも手足は縛られており、逃げることはできない。もしこの状態で泥棒達の様に川へと投げ捨てられれば、自分は泳ぐこともできずに助からないだろう。ルミは、身の最期を感じていた。
しかし、結果は予想を裏切るものとなった。先ほどまで殺気に満ちていた『蒼い鳥人』から殺気がうそのように消え去り、代わりにこちらの身を案ずるような優しい視線で見つめていた。彼はゆっくりとルミに歩み寄ると、彼女の口を縛っていた猿轡を優しく外した。
「・・・・・・あんた、誰なの?」
「僕は・・・・・・え~っと・・・・・・」
彼は自分の名を名乗ろうとして不意に口を止めた。『契約』の際に、“自分は命の危険が伴う危険な世界に身を置いてしまった”ということを思い出し、彼女を巻き込むまいと自分の正体を明かすことを理性が拒んだのだ。
「何で、あたしを助けてくれたの?」
ルミは何故彼が自分を助けてくれたのかが知りたかった。何のために突然現れて泥棒達を沈黙させ、自分を救ってくれたのかが。それくらいならば、彼にも答えることができた。
「そんなの・・・・・・助けたかったから、助けただけだよ」
そんな単純すぎる答えに、ルミは目を丸くした。だからか、ルミは不意に笑い出した。
「あんたって、すっごいお人好しね」
ルミは笑ってはいたが、その目には涙が流れていた。本当は悪漢達に捕まってとても怖かったのだ。それも、もう助からないんじゃないかと思うほどに。しかし、そんな彼女を救ったのは奇妙な姿をした『蒼い鳥人』。そして、彼が自分の問いに対して普通では恥ずかしいセリフを面向かって口にしたものだから、気が抜けて、可笑しくなって笑ってしまったのだ。
そうしている間に彼はルミの手足を縛る縄もほどくと、じっと彼女の方を見詰めた。
「な、何よ・・・・・・?」
そして突然、彼はルミに抱きついてきた。
「!!ちょっ!?」
ルミは引き剥がそうとしたが、彼の口走った言葉がそれをやめさせた。
「・・・・・・よかった、君が無事で」
彼にしてみれば彼女が無事で心底安心していた。自分にとって大切な人が無事であったことが嬉しかった。だから、それまでの不安を吐きだすように彼女に抱きついてしまったのだ。
それは、優しい抱擁だった。抱いているものを放すまいと強く、かといって壊さないように加減のある、抱かれているものが安心を感じるものだった。そんな心地よい抱擁の中で、ルミは不意に頬を朱に染めた。
ルミは突然現れて、こんなに自分のことを想ってくれる人に記憶がなかった。背丈からして自分と代替同世代だろう。だからだろうか、彼のことをもっと知りたいと思ったのは。
「あんた、名前は?」
「僕は・・・・・・」
彼は再び戸惑った。自分の名を教えて正体を明かすわけにはいかない。かといって雰囲気から名乗らないわけにもいかない。彼、ショウキは手ごろな偽名はないかと頭を回転させる。
(ウィン・・・・・・翼・・・・・・ウィング・・・・・・鷲・・・・・・イーグル・・・・・・ウィングイーグル・・・・・・)
そうやって考えた末に、ショウキはとっさに考え付いた名前を口にした。
「僕は・・・・・・『ウィングル』!!」
「ウィン・・・・・・グル・・・・・・」
ルミは呟くようにその名を言い、ショウキとウィンのトランス・イーックイップした姿、『ウィングル』は大きく頷いた。
あの後、ウィングルは泥棒達を縄で河川敷の橋の柱に縛りつけると、ルミを抱えて安土桃山小学校の校門前へと降り立っていた。そのまま家に送り届けては、何故自分の家の場所を知っているのか不審がられる恐れがあったからだ。
「ここで、いいかな?」
「・・・・・・うん、ここでいい」
うつむいて返事をするルミの姿に心臓の高鳴りを覚えるウィングルは、つい彼女との視線をそらしてしまう。
(お~お~、ガキが青春しやがって)
(茶化さないでよ)
ウィンの冷やかしに対してひそひそと文句を返すショウキ。
「それじゃ、僕はこれで・・・・・・」
「あ・・・・・・待って!」
飛び立とうとするウィングルをルミが引き止めた。
ウィングルは何事かと思い、ルミの方を振り向く。
そして、ルミは一呼吸置いた後、屈託のない笑顔で彼にこう言った。
「助けてくれて、ありがとう」
ショウキは呆然としていた。今まで彼女からそれなりにお礼を言われたことは結構あった。だが、そのどれもが馴れ馴れしい友人関係からくる対等なものが精々だ。しかし、ここまで上目遣いの笑顔で言われたことは、ショウキにとって初めてのことだった。
「・・・・・・それじゃ」
それは照れ隠しなのか、ウィングルは急いでいるかのように飛び去った。『蒼い鳥人』の姿はあっという間に夕空の彼方へと溶けていき、見えなくなっていく。そんな彼の姿を、ルミは見惚れるように見続けていた。
「・・・・・・蒼い鳥人、ウィングル・・・・・・」
そんなとき、ルミは何かを忘れているような気がしていた。何かこう、さらわれる前に何かあったような。
それを思い出させるように、自分のウェーブスキャナーのメロディが鳴りだす。発信者はショウキだった。
「あ・・・・・・忘れてた」
ルミが通信を繋げると、慌てた顔のショウキがモニターに映った。
『ルミちゃん!大丈夫!?今、何処にいるの!?』
「ちょっと、今頃になって通話してきてんの?」
『えと・・・・・・だって、僕も慌ててたから・・・・・・』
そうやって視線をそらすショウキに頼りなさを感じながらも、ルミはどこか憎めなかった。ルミは安心させるように笑みを返す。
「大丈夫よ、いろいろあって泥棒達から解放されたから。それよりあんたも大丈夫?思いっきり殴られてたみたいだけど」
『僕は大丈夫、鍛え方が違うから!』
そうやって腕を振り回して見せるショウキの仕草に、不意に可笑しさが込み上げてきた。
「後、泥棒達は河川敷にいるの。そう言う訳だから、あんたの伝手でアスカさんに連絡して頂戴ね」
『うへ、昨日怒られたばっかなのに?』
「だから、あんたに任せるの。よろしくね~」
『ちょ・・・・・・ルミちゃぁんっ!!』
そう言ってルミは通信を切ると、その場で夕方から夜へと変わりつつある街の空を見上げていた。
ルミとの通信を終えたショウキは、街を一望できるほどの高いビルの屋上にいた。溜め息をついたのち、星の輝きだした空を見上げる。
「友達を欺くのも楽じゃないな」
「だから茶化さないでよ、ウィン」
ショウキは真剣な顔つきで、隣で同じように星空を眺めるウィンの方へ視線を向ける。
「・・・・・・ウィン、僕はもう君の言う“危険の伴う世界”に足を踏み入れたんだよね」
「ああ・・・・・・どうした、今頃になって怖気づいたか?」
「ちょっぴり・・・・・・」
苦笑いでそう返すが、実際には胸の中では不安でいっぱいだった。今まで人生の中で経験した中で、危険が伴うと言っても子供でも分かる常識の範囲だった。だが、ウィンという常識外れの存在が言う“危険の伴う世界”は自分の想像をはるかに超えるものであろうことは、ショウキの頭の回転の早さで予想の出来ることだった。
ウィンと合体した時に発揮できたあの力、自分で使うからこそその大きさがよくわかり、まだまだ強い力を振るえることに戦慄を覚えた。あんな力を必要とする世界、自分はやっていけるのだろうか。ショウキの心に不安が広がった。
「でも、何とかなるでしょ♪」
だが、すぐに開き直った。ウジウジ悩んでもしょうがない。気持ちを切り替えて、問題にぶつかったらその時に打開策を考えていけばいいのだ。ショウキは今までそうしてきたし、そんな生き方を変えるつもりもなかった。
「ところでさ、ウィンって父さんの古い知合いなんだよね?」
「ああ、それがどうした?」
「父さんって、どんな人だった?」
「・・・・・・いつもへらへら笑ってるクセに、決める時は決める奴だったよ」
お前みたいにな、とウィンは内心思いつつもそれは言葉に出さなかった。
「そっか・・・・・・」
ショウキは笑みをこぼしながら再び空を見上げた。そんなショウキに、今度はウィンが視線を向けた。
「まぁ、何だ。これからはよろしく頼むぜ、“相棒”」
「ん・・・・・・程々に頼むよ♪」
ショウキは、何時もの気が抜けるような笑顔で答えた。
その日の夜、ショウキは夜遅くに帰ってきたということで、またハルカの雷を貰ってしまうのは別の話である。ちなみに、窓の外からその様子をうかがっていたウィンの話によれば、ますます幼いころのジュンイチに瓜二つだったとか。
同刻、別の場所では二つの“星”が地上に向かって落ちてきていた。
一つは『盛蕎麦(もりそば)市』へ、もう一つは『コダマタウン』へと・・・・・・。
次の日、ショウキとルミはいつもと変わらぬ朝を迎え、朝の通学路を歩いていた。
「・・・・・・よぉ」
「あ、ノボル。おっはよ~♪」
「あら、あんた目元にクマができてるわね。またシェディさんの悪酔いに振り回されたの?」
シェディとはノボルが居候しているマンションの部屋の家主の女性である。何故、男子小学生が女性の部屋に居候しているのかについてはまたの機会に説明させてもらいたい。ここでは、このことは大して関係がないからだ。
「まったく、昨晩は最悪だった」
「まぁ、あたしも昨日は最悪だったんだけどね」
「?何かあったのか?」
「べっつにぃ。その後、いいこともあったし」
ルミの言葉に怪訝な顔をするノボルに対し、ことの一から十まで知るショウキは相変わらずの笑顔だった。
「もし、あんた達が三丁目で大暴れしたって言う安土桃山小学校の子達かね?」
突然、自分達にかけられた声に三人は振り向いた。そこにいたの腰を曲げて佇む白髪頭の老夫婦だった。
「おっしゃる通り、あたし達は安土桃山小の生徒ですけど。何かご用でしょうか?」
「まぁ、この前三丁目で馬鹿やったのは確かだが・・・・・・」
三丁目といえば、この前ひったくり魔が出没し、ショウキ達が捕まえようとして罠を張った地域である。ルミとノボルが受け答えすると、お爺さんの方は「そうかそうか」と頷いてお婆さんの方を見る。お婆さんは笑顔でショウキ達のもとへ歩み寄ると、手に持っていた紙袋の中身を出してショウキ達に手渡した。
それは、子供のお小遣いじゃ到底買うことが出来ないであろう高給菓子の箱だった。それもショウキ達の人数に合わせてか、三箱もあった。
「あの・・・・・・これは?」
突然手渡されたお菓子の箱に、甘い物好きなショウキはよだれを流しつつも、何故こんなものを渡してくれるのか疑問に思った。
「いやぁね、私達はあの地域に住んでる者なんですけどね。ひったくり魔が出たせいで安心して暮らせなくて困ってたんですよ。そう言う私も被害にあった一人でねぇ」
「そんなときにあんた達がそいつを捕まえてくれたそうじゃないか、お陰であそこに住んでるわしら年寄りはまた安心して暮らせるようになったんだ。老人会を代表して改めて礼を言わせてくれ」
三人は呆然とした。ひったくり魔の件については、大人は今まで自分達を咎めることしかしなかったからだ。しかし、この老夫婦は自分達のとった行動に心から感謝し、わざわざお礼の品まで用意してくれたのだ。
「でも、まだ貴方達は子供なんですから、あんまり無茶をしてはいけませんよ」
「そうだぞ、お前さん達が大怪我でもしたら元も子もないからな」
ショウキ達はその老人たちの注意を心から訊く気になれた。自分達の善意の部分を尊重しつつ、ちゃんと自分達のことを想って言ってくれていることだと理解できたからだ。
「「「はいっ!!」」」
三人は笑顔でうなずくと、そろってそのお菓子を受け取った。
「それじゃ、いこうか婆さんや。この子達の登校の邪魔をしちゃいかん」
「そうですね、爺さんや。三人とも、車にひかれないよう気をつけてね」
そう言って去っていく老夫婦の背中を見詰めつつ、ショウキ達は貰った菓子箱に目をやる。
「・・・・・・あんたの言う通りだったわね、きっと感謝している人はいるって」
「でしょ?(本当に感謝してくれてる人がいたんだ、『瓢箪(ひょうたん)から駒』とはこのことだなぁ)」
大人不信になりかけていたルミとノボルにとって、老夫婦の感謝の言葉と品物は彼らの心を洗い流すのには十分だった。そんな二人に、自分自身が半信半疑になりかけていたことが本当だったことに驚きつつ、ショウキは勝ち誇ったような笑顔を見せる。
「だが、俺はもうあんな危険なことはこれっきりにしたいな」
「・・・・・・それは僕も同感」
「ちょっと、それはまたあたしが同じことをしようと言いだすってこと?」
「うん」
ショウキが頷く。
「違うのか?」
ノボルが怪訝そうな顔をする。
「あんた達ねぇ・・・・・・!」
怒ったルミが菓子箱を脇に抱え、肩に下げていたカバンを振り回してショウキとノボルに迫っていった。二人は慌てて逃げ出し、朝の登校風景はあっという間に鬼ごっこに転じていた。
「こらぁ!待ちなさ~い!!」
「そんなものを振り回されたら無理!!」
「とりあえず落ち着け、橋渡!!」
「問答無用ぅ~~~っ!!」
「やれやれ、朝っぱらから元気な連中だ」
ウィンは、とあるビルの屋上の手すりにとまりながら、元気に走り回る三人の姿を見ていた。
自分達の行いが本当に正しいことならば、それに感謝してくれる人は必ずいる。彼らは、それを学んだことだろう。
そしてショウキは、自分の小ささを改めて感じ、そんな自分に力を貸してくれたウィンに心から感謝していた。
そんな彼らの心境の彼らを見下ろしつつ、ウィンは何処からかビーフジャーキーの袋を取り出すと翼の羽を指のように器用に使ってそれを口に運んでいた。
「まぁ・・・・・・まずは第一段階完了だ。後は、死なないようにいかに鍛えるかだな」
そう言ってウィンはまたビーフジャーキーにかじり付いた。
そう、すべては始まったばかりであった・・・・・・。
次回予告
ショウキ「おっどろいたな~、僕がまさか変身しちゃうなんてさ」
ウィン「驚くのはまだ早いぜ。これからお前はまだまだ強くなれるんだ。やろうと思えば、今回暴れた以上のことだっていくらでもできる」
ショウキ「マジで!?あれ以上のことが、僕に出来ちゃうの!?」
ウィン「そういうこった。まぁ、それができるようになるためにはしっかりと特訓をして・・・・・・」
ショウキ「え~、メンドイ」
ウィン「・・・・・・って、しょっぱなからサボタージュかよ!?」
ショウキ「次回、リトルヒーローズ・・・・・・」
第二話
『宇宙から来た光、気合の戦士あげだマン!』
ウィン「お前も少しは気合を出せ!」
ショウキ「あ、ビーフジャーキーあるけど?」
ウィン「特訓なんて後だ!肉ぅ~~~~~っ!!」
ショウキ、今日のことわざ
・『終わり良ければ全て良し』
それまでの過程に問題があっても結果が良ければ問題ないこと
・『短気は損気』
怒ってばかりではいいことなんてないこと
・『瓢箪から駒』
思いがけないところから意外なものが出ること
今日のヒーロー!
『ウィングル』
登場作品:リトルヒーローズオリジナル
攻撃技:アームショット、フェザースラッシュ
必殺技:ストライクキック、オーバーブラスト
備考:
ショウキとウィンが契約、トランス・イークイップした姿。『大鷲』の特徴である大空での力強さを受け継いでおり、飛行能力では空中で踏ん張る力が強い。そのため、自分よりも体格の大きいものを軽々と空へと運んだり、バランスを崩されても持ち直すのが容易だったりする。
ウィンと合体することで得られる戦闘能力と、ショウキが元から持つ悪知恵を発揮するための頭の回転力で、いかなる敵にも対処できるヒーロー。
キャラクター紹介1
『友枝(トモエダ) 翔己(ショウキ)』
登場作品:リトルヒーローズオリジナル
性別:男
年齢:12
特技:テコンドー
イメージヴォイス:平田宏美(ゾイドジェネシス:ルージ・ファミロン, THE IDOLM@STER:菊地真)
備考:
常に明るく、何事も笑って済ませる楽天家な少年。
一見軽薄そうなお調子者に見られがちだが、あらゆる状況に柔軟に対応できる頭の回転力を持ち、時折、歳不相応な行動力と度胸、義理堅さを見せる。極度の甘党であり、甘菓子が差し出されれば子供らしく喜び、逆に辛口な食べ物が出ればとても駄々をこねる。
『ウィン』
登場作品:リトルヒーローズオリジナル
性別:♂
年齢:5000以降は数えていない
特技:毒見
イメージヴォイス:皆川純子(テニスの王子様:越前リョーマ, 魔法先生ネギま!:雪広さやか)
備考:
友枝家に(秘密かつ勝手に)居候している『大鷲』のアーマロイド。
肉類が大好物であり、差し出されれば有無を言わず噛り付く。鶏肉に至っても、共食いと言われれば『俺は猛禽類だから問題ない』とのこと。濃度100倍の青酸カリすら分解する不死身の胃袋の持ち主。
昔、女絡みでトラウマがあるらしく、『女』という生き物を毛嫌いしている節がある。
『橋渡(ハシワタリ) 留美(ルミ)』
登場作品:リトルヒーローズオリジナル
性別:女
年齢:12
特技:裁縫
イメージヴォイス:宍戸留美(おジャ魔女どれみ:瀬川おんぷ, Xeanosaga THE ANIMATION:M.O.M.O.)
備考:
翔己の幼馴染の少女。
正義感が強く、誰かのために進んで行動できる性格の持ち主。ただし、自分一人ですべて出来る訳でない事をわきまえており、決まってショウキやノボルを巻き込む。
主義主張をしっかりと持っており、気に食わないことがあれば大人相手でも突っかかる。
気の強いところが目立つが、裁縫が得意だったりと女の子らしい一面を持つ。
以上!