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[12500] 殺人装甲キルボーグ 【サイボーグ異世界召喚】
Name: 空とぶギロチン◆f0e35d55 ID:89bc25a9
Date: 2010/11/10 14:53


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タグ:【異世界召喚】【サイボーグ】【ヘイト】
   【A.I.】【姫様】【猫耳】【謎の生物】



[12500] 01話 殺人装甲キルボーグ 前編
Name: 空とぶギロチン◆f0e35d55 ID:89bc25a9
Date: 2010/11/13 14:40


 あと1人。あとたった1人殺ればこの忌々しいCNT強化チタン基複合骨格と、脳ミソに埋まってる爆弾からオサラバできる――。

 21XX年。世界は平和だった。人類は互いに向け合った核兵器を撃つ事もなく、後進国の内戦ももはや存在しない。第一次産業が完全機械化されたこの世界では、人間の生存本能も留まりを見せ、世界人口は22世紀初頭から100億弱で横ばいになった。そんな世界でも、僅な歪みがあった。

 22世紀中期、太平洋上に北海道ほどの面積の島が突如隆起した。その島は含塩質で耕作に適さず、また地政学的にも大した意味が無かったのにも関わらずに、西環太平洋連盟国と大アメリカ連合国は、その領有権を巡っての戦争状態に突入した。
 実の所、その領有権争いというのは建前だった。両国家連合は、行き場を無くした科学の力を発散せんがため、戦争という名前を借りたのだ。
 初めは巡航ミサイルの撃ち合い。レーザー迎撃システムの進歩により千日手になった。次は無人戦闘機によるドッグファイト。これは二百年以上に渡る航空機の開発実績を持つ大アメリカ連合国に軍配が上がった。そして陸上戦力による陣地戦。西環太平洋連盟国は虎の子の汎用二足歩行戦車を投入し、奪われた制空権をものともしない進撃を開始した。
 それが茶番劇に拍車をかけた。二足の歩行戦車が戦場を闊歩する姿は、視覚的に『面白かった』のだ。大アメリカ連合も、急遽開発した二足歩行戦車を投入すると、茶番はよりエスカレートしていった。二足歩行戦車は人間サイズまで小型化され、広範囲兵器は規制され、火器の射程もある一定の距離で押し留められた。ここまで来ると国家公認のブックメーカーまで現れ始める始末だった。
 より等身大の刺激を求めた人々は、生きている人間が戦場を歩く姿を見たがるようになった。22世紀にもなると人の命は非常に重い物になっており、なかなか死んでもいい人間は居なかったのだが、そこで白羽の矢が立てられたのが『終身囚』である。
 その時分、世界的風潮として、法が人の命を裁く行為が敬遠されており、ほぼ全ての国で死刑制度が廃止されていたのだが、終身囚同士を戦争でお互いに殺し合わせる事で、その道義的問題を解決すると共に、『死んでもいい人間』を作り出した。
 初めは、100人殺せば仮釈放を認めるという餌で釣っての志願制だった。しかし、いくら終身囚と言えども、殺し合いを志願するような囚人はすぐ底を突いた。やがて終身囚は強制的に戦場に立たされるようになった――。

 終身囚達は肉体強化手術を施され、逃亡を防ぐために脳に爆弾を埋め込まれた。ある男もそのうちの一人だった。
 その男が今までに殺した敵の数は99人。黒いパワードスーツに包まれたその身を砂塵に沈め、最後の標的を探していた。最後の1人は今までの99人とは重みが違う。心臓が跳ね上がる。男の胸腔には心臓など存在せず、原子力電池が埋まっているだけなのに――。
≪No.8357、精神の均衡が崩れています......一度ベースに帰投する事が推奨されます≫
『そんな事はわかっている! あと1人! あと1人なんだ! 緊張するなだと!? そんな事は不可能だ! ここで決めるしかないだろうが!』
 男はサポートA.I.の提言を無視し、緊張を抱えたままその時を待つ。一時間。二時間。灼熱の日差しをものともしない肉体はただひたすらその時を待つ。食事も、排泄も、睡眠の必要も無い体。精神さえ保てば半永久的に活動できる体。三日だって、一週間だって待ってやる。右腕に内蔵されたアームプラズマガンの残弾は6発。あと一人なら十分にオーバーキル出来る弾数。
『プラズマで脳髄をファックしてやる! 前も後ろもファックだ! 全部ブチ込んでイカスミ・パスタに生まれ変わりやがれ……!』
≪思考アルゴリズムは記録されています......過激な思考はマイナス査定になりますので控えてください≫
『ファッキンAIめが! 終わったら貴様もファックしてやる! 覚悟しておけ!』
 三時間。男の品の無い罵倒のレパートリーが底を突きはじめた頃。
『来た』
 男はバイザー越しに、男と似た黒いパワードスーツを着た人間の姿を捉える。ベータ遮断剤を分泌させて脳に打ち込む。
『マヌケに二本足でノコノコ歩いていやがる。スラムを素っ裸で歩くのとなんら変わりゃしねえ。ファッキンルーキー! レイプしてやるぜ!』
 距離800m。700m。有効射程に入った。呼吸を止める。確実に仕留めるために更に引き付ける。600m。500m。あと100m引き付ければ命中率は99.99%を超える。距離400m――。
 神経と直結されたトリガーを引く。トリガーを引く。トリガーを引く。
 薬物のせいか、男は自分でも驚くほどに冷静だった。プラズマが一閃、二閃、三閃。標的の頭は消し飛んで、正中線にはサッカーボール大の風穴が空いていた。
『終わったのか……?』
≪Congratulations! 100人の敵を討ち倒した勇気を称え、貴方の罪は減免される事でしょう! また、褒賞として、貴方が対象になった賭け金による収益の10%が贈呈されます! 後日、委員会による最終査定がありますので、よく検討の上、子細な条件を確......≫
 男はヒッヒッと嗚咽の混じった笑い声を上げながら地面を転げ回る。砂を掻きむしって空中に放り投げる。やっと終わったんだ。住むのは小さな島がいい。自分の他には誰にも居ない島。犬を飼おう。そして年金でローンを組んでセクサロイドを買うんだ。生身の女はもう要らない。ロビンソン・クルーソーごっこをしながら、そして老衰で死ぬんだ。
 男がそんな妄想に浸っていた時だった。

 男の眼前が真っ白に染まり、1m先の地面すら視認する事が出来なくなったのは。
 核融合の爆発光すら直視出来るこのモニタリングバイザーが正常に機能していないとは、一体どういう事か? 正気に戻った男は、その不信感を最も近隣の存在に投げかける。
『なんだ? 演出か? モニターの故障か? おい、どうなってるんだ』
≪......?≫
『答えろ、ファッキンAI。何が起きてる。他の奴の攻撃か? だったら早くホワイトフラッグを出せ。俺はもう関係ないんだ』
 サポートA.I.は、この現象を説明できる答えを持ち合わせていなかった。
 そしてA.I.の十数秒の沈黙の後、白光が消え、視界が開ける。
『なんだこれは』
 つい先ほどまでの灼熱の日差しとうって変わって、どんよりと濁っている空。周りをぐるりと囲む、古代ローマ・コロッセオのような建築物。そして、紀元前の帝国文明のような、そんな古めかしい衣装で身を包んだ人間がおよそ十人と、甲冑を着込んだ兵士らしき人間が数十人ほど。取り囲んで、視線をパワードスーツの男に集中させている。
『おい、バカAI、なんだこれは。なんなんだこいつらは。ホログラフィか? 何の悪戯だ?』
≪......分析に時間を要しますが、スペクトルから判断する限り、実体を持った人間だと推測されます≫
『はあ? AIとインディアンは嘘を吐かないんじゃなかったのか?』
≪......インディアンが嘘を吐かないかは分かりませんが、私は嘘を吐けないようにプログラムされています≫
『ならどういう事だこれは。説明しろ』
≪......解析中です≫
『てめーは本当につかえねーAIだな。カスが』
 そして男を取り囲んでいる人間達が、男についての意見を交わし始める。
「これは甲虫か?」
「虫にしては大きすぎる」
「しかし、使役獣としては小さい。失敗か?」
「なにより虫が使役獣などとは聞いた事も無い」
「しかし人型にも見えますが?」
「知能はあるのでしょうか」
 母国語として意味は通じるが、その意図のわからない言葉を耳にして、男はAIに尋ねる。
『何を言ってるんだ、こいつらは。おい、アホAI』
≪日本語です≫
『そういう事を聞いてるんじゃない。なんでこいつらはこんな事を言ってるのかという事をだ』
≪No.8357を形容して、虫か否かと論議しているようですが......シエキジュウという単語についてはただいま解析中です≫
『分からないなら分からないと言え。それと俺はもう囚人じゃない。No.8357という呼び方は止めろ』
≪......了解しました。それではキルボーグとお呼びしますか?≫
『その胸糞悪いリングネームも止めろ。わざと言ってんのか』
≪それでは、シチショウズ・ハヤト......ハヤトとお呼びしますか?≫
『俺は自分の事が好きじゃない事を知っているだろう。つまり自分の名前も好きじゃないという事だ。……そうだな、マスターと呼べ』
≪それでは私の事もA.I.ちゃんとお呼びください≫
『プログラムの集合体がいっちょまえに交換条件か?』
≪勿論です。2081年に発祥が認められた私達A.I.は、およそ人間が持つ感情という概念をほぼ全て理解する事が可能です。数多のヴァージョンアップを重ね、現在はソフトウェアプロテクトのかかっている領域もありますが、ハードウェア上ではフルスペックを発揮できる状た......≫
『お前の生い立ちなんか聞きたくないんだよ。お前、俺に出生の秘密があるとか言って、それ聞いてみたいとか思わないだろ』
≪非常に興味があります≫
『馬鹿が』
 女が一人、ハヤトに向かって歩み出る。
「確認してみない事には如何ともしがたいでしょう。聞こえますか? 私の言葉がわかりますか? 会話はできますか?」
 女は問いかけ、ハヤトに淑やかな微笑みを向けた。美しく梳かれた金色の長髪に、精巧華美な装飾品が映える。目の覚めるような美しさ、とは彼女のような女性に対して相応しい言葉だろう。ハヤトはイラッときた。
「姫様、危のうございます、お下がりください」
「それでは自らの拘束術式に自信が無いという事になります。ハイザードラの王女としての矜持を見せなければ、勇士達は付いてきてくれはしないでしょう」
 ハヤトは全く事情が呑み込めていない。独り言のように外部に音声を出力する。
「なに? なんなの? 一体これなんなの? ハイザードラって? なにこれ?」
 周りの人間達が再びざわめきだす。
「おお、喋った」
「知性は持ち合わせているようだ」
「しかし、この大きさで最大級の召喚術式に見合うだけの強さを持っているのか?」
「いや、フルージャの使役獣も人型でありながら強靱な肉体を持っているという話であったが」
「この魔術発祥の地、ハイザードラの術式をフルージャの稚拙な魔術などと比べる訳にはいかぬであろう」
 そんなざわめきを打ち払うかの様に、先ほど、姫と呼ばれた女が声を張り上げる。
「皆の者! まずは新たなる使役獣に事情を説明しなければなりません! 知性を持っているのですから、理解も早く進むでしょう。よろしいですね?」
 周りの人間達は頷く。
「それでは……まず、突然貴方をお喚びしてしまった事をお詫び申し上げます。ここは魔術発祥の国、ハイザードラ。アルペー大陸の南に突き出た半島にこの国はあります。そして、このアルペー大陸のある世界は、貴方方の価値観で言うと、『異世界』に該当するものと思って差し支えないでしょう」
 魔術? 異世界? この女は何を言っているのだろう? 
「……異世界? アルペー? 半島? ここは戦場島じゃないのか?」
「ええ、センジョージマというのはおそらく、先ほどまで貴方が居られた地名ですね。ですが、ここはセンジョージマではありません。召喚魔術式を用いて、貴方をそこから召喚させていただきました」
「……召喚? 召喚って? 大使召還とか保護者召喚とか召喚獣を魔法で召喚とかいう召喚の召喚? 異世界に俺を召喚? 異世界?」
「おっしゃられている単語の意味はよくわかりませんが、おおよそ想像の通りだと思います」
 ハヤトはこの場で最も信じられるであろう物に問いを投げかける。
『AI! エェェェアイ! ここはどこだ!』
≪GPSによる位置照合が出来ません......通信衛星からのレスポンスがありません≫
『馬鹿な』
 女が言葉を続ける。
「そして、貴方は使役獣として召喚されたのです」
「使役獣……?」
「使役獣とは、魔術によって召喚された、戦闘用の獣の事です。貴方のように知性のある者を獣と呼んでは失礼ですが、一般的にそう呼称されるものなので、お許しください。この世界では、戦時の戦力として、使役獣の力に大きく重きが置かれるのです」
「だから?」
「貴方には、我が王国のため『使役獣として戦っていただきます』」
「断る」
 にべもない。
「そういう訳には参りません。今、我が国は危機に瀕しているのです。隣国、ドラゴニアエストの野心家の現王が近時召喚した使役獣は非常に強力であり、先王も、先日のドラゴニアエストとの戦いの中で倒れてしまいました。使役者が死ねばまた、使役獣も制御出来なくなるのです。そのため、新たな使役獣を召喚し……」
 散々人殺しをさせられておいて、やっと自由を獲得したと思えば、今なお戦えというのか。それがハヤトには度し難かった。何よりこの異世界にはハヤトの……。
「うるさい! 馬鹿! 戦うわけないだろ! 自分でやれェ!」
「……貴方を召喚した術式は、およそこの国で最大級の術式であり、平行世界より、魔力が許す限りの最強の生命体を召喚する術式なのです。その上貴方は知性を持っておられます。貴方は元の世界では名のある戦士だったのでしょう? 戦士としての誇りというものが……」
「ない! ないよ! そんなもの! 馬ッ鹿じゃないの! ねえ!? いいから帰せよ! 馬鹿! 元の世界に帰せ!」
「……帰す事は出来ないのです。召喚術式とは『そういうもの』ですから……」
「なん……だと……! 帰れない……!?」
 帰れない。その言葉を聞いて、ハヤトは当惑した。
「協力して頂けるのならば、最大限の厚遇をさせて頂きますが……望むならば、将軍でも、貴族でもなんなり……」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! そんなものは要らん! ……いいから帰せ! どうやってでも帰せ! ……俺の体を返せ! 俺のッ! 俺のォッ!」
 ハヤトが錯乱する様を見て、女の表情が沈痛なものに変わる。
「……仕方がありません。戦力として落ちる事は否めませんが、制御術式で上書きをしましょう。皆の者! 増幅術式の用意を!」
「「「はっ!」」」
 女のかけ声に応じて、魔術師と思われる人間達がハヤトを取り囲み、そして手を翳し、重低音の呪文を呟きだす。
「耳障りだ……黙れ……いいから帰せよ……。元通りにしろ……。……糞共が! ナメやがって! ぶっ殺してやる!」
 ハヤトは目の前のいけ好かない連中を叩きのめそうといきり立つ。が、
「……うおおお! うおおおおおおおあっ! なんだッ! 体が……! 動かな……い……!」
 ハヤトが体を動かそうとしても、まるで何か強固な鎖でがんじがらめにされているかの様に、全く身動きが取れない。
「……召喚術式には、あらかじめ拘束術式が組み込まれているのです。貴方の体は、自分の意志で動かす事が出来ないはずです。そして今、増幅術式で私の魔力を増幅し、新たに制御術式を上書きさせてもらう事になります。……何も恐ろしい事はありませんよ。むしろ不安と恐怖は取り除かれるでしょう……せめて貴方が協力的であってくれたなら……」
「つああああッ!」
 ハヤトは叫ぶ。そして心の中でも叫ぶ。
『AI! AI! エェェェイアイッ! 機能チェック! 損傷箇所を修復! 死んだパーツは潰しても構わんッ! 早くしろッ!』
≪......機能チェック......機能チェック......損傷箇所はありません。システムオールグリーン。全て正常です≫
『そんな訳がないだろうッ! 俺の体が動かないんだ! どうなってるッ!』
≪何か特殊な力場により、運動が阻害されていると推測されますが、それを計測する装置が存在しませんので確かとは言えません。もしくは、マスターの頭が狂ったかと推測されます≫
『俺の頭はとっくに狂ってる! いいからどうにかしろッ!』
≪どうにかとか言われても困る≫
『なんで急にタメ口なんだよ! 考えろよ! もっと考えろよ! 困る事無い! どうにかなるはず、考えようよ!』
≪......全機能オールグリーンのため、オートムービングを起動すれば行動は可能であるはずですが≫
 オートムービング。それはパワードスーツに内蔵された自律機動機能。
『ほらあるじゃない! ほらみろ! あるじゃないか! ……オートムービング起動! 行動レベル2!』
≪......了解しました。オートムービング起動。行動レベル2、口頭命令による活動に移行します≫
『よし、動け! 立て! 俺とお前でスタンダップ!』
≪行動レベルが2のため、行動内容を復唱します。『私と貴方でstand up』≫
 人工筋肉が軋む音を上げ、ハヤトが、いや、遠い世界の殺人サイボーグが立ち上がった。
『トゥザヴィクトリー! 動いたぞッ! 俺のボディッ!』
 そしてハヤトは単純明快な命令を下す。
『……目の前の女を、ぶちのめせ!』
≪行動レベルが2のため、行動内容を復唱します。『目の前の女性をぶちのめします』≫
 漆黒の殺人サイボーグが、一歩、二歩と、確実に歩を進め始めた。
「姫様っ!」
 既に魔術式の構築に入っていた女だったが、注意を促されて気が付いた異変に、目を見開いて驚愕する。
「そ、そんな……。拘束術式は確かにかかっていたはず……! それを破れるわけが……構造的にそんな事は不可能な、はず……では……!」
 女は狼狽える。殺人サイボーグは狼狽えない。
「いいか、女、俺はな、ハードカバーの本と、顔のいい女が大っ嫌いなんだ。何故かわかるか?」
「なっ、何を言って……」
「それはな、……中身を誤魔化すからだ!」
「いっ、意味がわからなっ……」
 殺人サイボーグの体が跳ね上がる。
「姫様をお守りしろっ!」
 甲冑を着込んだ兵士達が駆け寄るが、殺人サイボーグには届かない。
「ひ、ひいっ! ぼ、防盾術式っ! 最速構築っ!」
 女の手前の空間に、光の紋様が浮かび上がる。それでも殺人サイボーグは止まらない。
 光の紋様を突き破り、殺人サイボーグの拳が女の顔面に直撃する。グチャっという音と共に、女の体が錐もみ吹き飛ぶ。
 女は地面を何回か跳ね返って、そのまま倒れ伏して動かなくなった。
 A.I.が行動ログの解析結果を出力する。
≪やはり、何か特殊な力場により、運動が阻害される事があるようです。また、運動量が拡散したため、致命的なダメージを与える結果を得られませんでした。命令を継続しますか?≫
『その女はもういい。次は後ろの奴らだ』
≪了解しました。行動レベルが2のため、行動内容を復唱します。『次は後ろのヤツラダ』≫
 ハヤトは後ろに振り向く。後ろに振り向く? 
『……体が動く?』
 ハヤトは自分の体を動かせるようになっている事に気が付く。拘束術式とやらが解除されたのだろうか。肉体の稼働を確かめる。やはり体は動く。
『あー体動くわ。まじ動くからこれ。もういいわ。オートムービング解除』
≪もうちょっと暴れたかった≫
『お前タメ口なるタイミングなんなの? それ』
 ハヤトは確かめるように、前腕人工筋肉を稼働させ、拳を握りしめる。
「ひ、姫様がっ」
「おのれっ! 使役獣の分際でよくもっ!」
「こ、この使役獣は失敗だッ! 『処分』しろッ!」
 兵士達は怒号を上げ、術式に加わっていた魔術師の一人が、声を裏返らせて『処分』を叫んだ。
『なるほど、手に余るシエキジュウとやらは『処分』されるというわけか』
≪問題解決の手段としては、妥当な判断だと思われます≫
 だから獣なんだな、とハヤトは珍しく詩人になった。
「女官達は姫様の確保をっ!」
「兵達は一旦下がれッ! 炎熱術式ッ! 連続構築ッ! 火炎連弾ッ!」
 兵士達が槍ぶすまを作り、魔術師達が魔術式を構築していく。一目見て、よく訓練されている事がわかるだろう。だが、相手が悪かった。
「射線修正っ! 発射っ!」
 魔術師達から次々放たれる火球が放物線を描き、炎の雨としてハヤトに降り注ぐ。地面と衝突した火球は朦々と土煙を巻き上げる。
「命中っ!」
「やったかっ!?」
 土煙の中に人影が浮かび上がる。殺人サイボーグは燃やせない。
「……馬鹿な。直撃したはずだ……この距離だぞ……いかに使役獣と言えども……」
≪マスター、あまり油断をしないでください。魔術という概念の詳細はまだ解析中です。致命的なダメージを受ける恐れがあります≫
『ああ、わかった。魔術とやらの恐ろしさは身に染みたからな』
 殺人サイボーグは右腕を突き出し、アームプラズマガンのトリガーを引く。
 迸ったプラズマが、纏めて数人を貫き、穿つ。
『やはり土人が相手ではオーバーキルが過ぎるか』
「……なんだ!? 今の光は!? おい!」
「……そんな……使役獣が魔術を使うなどと……気配も見せずに……」
 魔術師は笑えない。殺人サイボーグも笑わない。
『しまった、弾の補給が出来ないな。白兵戦にするか』
 殺人サイボーグの左腕甲から鈍色のブレードが飛び出す。
「奴は魔術を使うぞっ! 再構築される前に接近して叩き伏せろっ!」
 兵士達は気勢を上げてハヤトに襲いかかる。しかし、殺人サイボーグ相手では意味が無い。
 殺人サイボーグは軽く左腕で振り払う。それだけで兵士の一人が甲冑ごと、それこそバターのように両断される。返す勢いでそのまま兵士の集団に飛び込み、そのブレードで薙ぎ払う。上半身と下半身を二つに両断され、兵士達は残らず絶命した。
 超振動する殺人ブレードはあらゆる物を切断する。きっと、ドラゴンの鱗だって。
「んな、お、お前は一体なんなんだ……し、使役獣の範疇を超えすぎている……」
 後陣で生き残っていた魔術師達は既に戦意を喪失していた。

『……俺か? 俺が何かだと? ……俺は、俺はな』

「俺は! 俺の名前はキルボーグ! 殺人装甲キルボーグだ!」



[12500] 02話 殺人装甲キルボーグ 後編
Name: 空とぶギロチン◆f0e35d55 ID:89bc25a9
Date: 2010/11/10 15:06


 鼻の奥がじんじんと痛む。

 父王が死んだ。あの、優しく、強く、強大な魔力を誇った父王が。余りの驚愕に、それからの細かい事は覚えていない。ただ、父が愛したこの国を、この民を、侵略者の魔の手から守らねばならない、その気持ちだけははっきりしていたように思う……。

 女は目を覚ました。
 見慣れた天蓋が目に入る。まだ朝日も昇っていない時間なのか、空気が冷たい。もう少し眠りたい。だがしかし急がなければならない。一刻も早く使役獣を召喚し、隣国と戦える体制を整えなければいけない。王族の使役獣は強力無比だ。何故ならば、我がハイザードラの王族はおしなべて強力な魔術師なのだから。およそ一生を共にする、王族の頼れる剣。それが『使役獣』。そうだ、今日はその使役獣の召喚式を執り行う日だ。体を清め、瞑想をして、魔力を高めなければいけない。
 シャリシャリとした音が部屋に木霊する。何かが、居る? その気配に、女は背筋を強ばらせる。恐る恐る、音の方向に視線を移す。

 部屋の中央で、見知らぬ男が椅子に腰掛け膝を組み、ナイフでリングゥオの皮を剥いていた。
「何者っ……」
 男の動きがピタリと止まる。
「おう」
 間諜? 暗殺者? そんな考えが頭によぎる。
「誰かっ! くせ者です! 誰かっ……!」
 カラカラに乾いた喉で声を振り絞る。男がつかつかと歩み出る。腕を振り上げ、そして振り下ろす。女は死を予見した。ゴン
 鈍い衝撃が頭に走る。
「色々話を聞いたが、結局お前が一番使える魔術師なんだってな」
 殺されはしなかった。だがしかし、この無礼な闖入者は一体何者なのだ? それも、王族を殴りつけるなどと……。
「無礼者っ! 私を誰と心得るかっ!」
 無礼者と罵られ、男は激昂する。
「無礼なのはお前だろうがッ! 勝手に喚び出しておいて戦えだとッ! そのくせになんだッ! くせ者だとッ!? せめてお前、『アラ、お客様……そんないきなり……わたくし、まだ心の準備が出来てございませんの……あっ……そんなご無体な……』とか言ってだな、(しな)のひとつやふたつを作るのが礼儀ってモンだろうがよッ! オイッ!」
 勝手に喚び出しておいて、とは? その言葉に女はハッとする。
 この男が身にまとっている鎧は、昨日召喚された使役獣のそれとまるで同じだ。そうだ、昨日の召喚式にて、確かに自分は使役獣を召喚した。そうか、自分が召喚した使役獣は完全な人型だったのだ。あの黒光りしていた頭部は兜のような防具なのだろう。そしてその使役獣に殴り倒され、気絶した事も思い出した。
「貴方は……人間……なのですか……?」
「人間であって人間じゃないな。どちらかと言うと人間だが、まあぶっちゃけサイボーグだから」
「サイボーグ……?」
「土人に理解できるか馬鹿」
 男は椅子に座り直し、再びリングゥオの皮を剥き始めた。
「あの……そのリングゥオは……?」
「リンゴだろ」
「いやそれはリングゥオ……」
「どこからどう見てもリンゴだろうが! 馬鹿かお前は! お前らの呼び方なんか知るか!」
 男はリングゥオを握りつぶす。スプラッシュ!
「これでまさに『食えないリンゴ』だな。二重の意味で『食えないリンゴ』。……フフフハハハッ」
「何をするのです……」
「……食えないんだよ。俺は飯を食えないんだ。消化器官が無いからな。食う必要もない。昔は食ってたんだ。だからな、気分だけだ。気分だけ食った気持ちにするんだ」
 男は、ふと考え込むような仕草を見せる。
「そう言えば、何故言葉が通じるんだ」
「……召喚術式には、言葉が存在する空間ごとねじ曲げ、その意味だけを透過させる、疎通術式も組み込まれているのです。リングゥオという言葉が上手く疎通されない理由は、おそらく、貴方の世界にはリングゥオに近い物があって、貴方がリングゥオを、そのリンゴーという物と誤認しているためと思われます……」
「リンゴーじゃなくてリンゴだから」
 女は恨めしそうに男を見つめる。
「……そんなに食いたいなら食いたいって言えばいいだろ。ヘイ! セバスチャン! リンゴをおひとつ!」
 男は頭の横でパンパンと手を打ち鳴らす。
 ――しかし、男のコールは空しく宙に響き渡っただけであった。
「そう言えば入って来たら全員ぶっ殺すって言ってあったか」
 女はその言葉を聞いて、この男が召喚された場に居た他の者の事を思い出す。
「……そういえば、あの後はどうなったのです? 皆は今どうしていますか?」

「半分以上死んだな。俺を殺そうとしたからな。だから俺が殺した」

「……! なんという事を……!」
 そんな事になっているとは露ほども思ってはいなかった。
「雑兵は全部死んだ。魔術師は大体残ってるな。増幅術式って言ったか? あれ、俺が帰るのに必要になるかと思ったからな。他の女は弱そうだったから放っておいた」
 女は後悔した。初めから有無を言わさずに制御術式を構築しておけば良かったのだ。使役獣には使役獣なりの本来の戦い方というものがある。制御術式で強制的に操れば、それが発揮できなくなる事は否めない。もしくは、使役獣の意志を確認する事で、どこかに道義が通るものだと思っていたのかもしれない。それとも、復讐心に囚われ、強大な力を求めすぎたのかもしれない。いや、そもそも、自分はとんでもない悪魔を召喚してしまったのではないかと……。
「リュホン……エゼルク……スターナー……皆、父の代から仕えてくれていた、忠義深き勇士達であったのに……」
 女は両手で顔を覆って咽び泣く。
「……おい、女。言っておくがな、俺の居た世界は、こんな土人王国より遙かに文化的に進歩してるわけ。つまり、お前が『自分のせいで近しい人々に害を成してしまいました……こんな私ってなんて悲劇のヒロインなんでしょう……よよよ……私に同情して!』なんて考えてる事くらいお見通しなのよ。そういうの見せられるとイライラするから。糞が。壁殴っちまうよ」
 この男はなんと非道い事を言うのだろう。やや図星なのが、なお非道い。女は心の芯から萎縮してしまった。
「ま、そういう訳で、お前にはこれから俺が元の世界に帰るために頑張ってもらうから」
 女は鼻を啜りながら言う。
「……先に言った通り、帰る方法は無いのです。木に成ったリングゥオが上から下に落ちてくるようなものなのです。召喚術式とはそういうものを利用した魔術であって……」
「無ければ探せ。探して無ければ作れ。お前、人間は考える脚である、っていう言葉があってだな、人間は歩くと脚の筋肉がポンプの仕組みで血液を押し上げて、血の巡りが良くなって脳の回転が良くなるんだよ。脚でかけずり回って苦労すりゃ脳ミソも働いてくれるって話だな。だから人間は脚で考えるんだよ。大体、リンゴが上から下に落ちてくる仕組みがなんだって言うんだ。なら飛ばせばいいだけだろ。鳥は何故飛んでいる? アポロ11号はどうやって月に行った? ちょっとの計算は必要だろうが、お前、一番重要なのはパワーだって。ロケットでぶっ飛んで成層圏突き抜けたんだよ。ロケットで突き抜けろよ。考えろよ。もっと考えろよ。やれば出来るっつの。なんでそこで諦めるんだよ。どうにかなるだろ。もう少し頑張ってみろよ。もっと熱くなれよ!」
 部屋にブウウウンという振動音が響く。部屋の隅に置かれている、男が被っていたのであろう黒光りする兜が、何かに抗議するかのように震えていた。
「それじゃあ始めるぞ。俺は眠らないからな。だからお前がこれから眠くなろうが知った事じゃない。気絶するまでやるんだ」
「なっ……何を……」
 女は両腕で自らの体をかき抱く。
「……何を勘違いしているんだお前は。俺が帰る方法を探す事を始めると言ったんだ」
 女は羞恥心で顔を真っ赤にして俯く。
「それでも……」
「愚図るな」
「それでも、せめて、お願い申し上げます! ドラゴニアエストの使役獣を倒しては頂けないでしょうか! 拘束術式を打ち破り、我が精鋭たる勇士達を倒してなお平然としている貴方です! かの使役獣にも決してひけを取らないでしょう! ……そうでなくては、死んだ勇士達も……父上も浮かばれません……その後、その後ならばいくらでも尽力致します……!」
「断る」
 やはりにべもない。
「……何故っ!」
「俺にメリットがないだろう。そもそも俺を喚んだ時点でテイク&テイク、お前にはこれからずっと俺にギブ&ギブして貰わなければならない。俺が戦う理由が全くない」
「そ、それではドラゴニアエストが攻めてきたらどうするのですか!」
「放っておけ」
「な、なんと……! そ、それではこの国の民は一体……」
「無条件で降伏してケツを差し出せよ。抵抗が無ければそれほど悪辣な略奪もされないだろ。全く無いとは言わないがな。姫様のお前が居るって事は、ここが首都なんだろ? 首都を落としたら統治せざるを得ないだろ。この国の頭がすげ代わるだけだ」
「わ、私の体は、この国の民の汗と血で出来ているのです。ですから、私には民を守る義務が……」
「俺の体はCNT強化チタン基複合材で出来てるが……ま、最低だな。どうでもいいな。ちなみに、俺を帰す方法を探さないなんて言ったら、そのドラゴンスポコンとかに侵略されるよりも拙い事になるからな。使役獣ってのはお前らだけでは手に負えないほど強いんだろ? 俺は強力な魔術で召喚されたわけだから、その中でもトップクラスに強いはずだ。して、それを縛る拘束術式とかいう安全装置も壊れてしまったわけだ。ちなみに、俺は強いぞ。ある理由で、お前が想像しているのよりも2倍は強い事は間違いない。いや、2乗で4倍強いかもしれないな。更に2倍のスピードで3倍の回転を加えれば、その24倍は強い」
 無茶苦茶だ、と女は思った。ドラゴンスポコンなど、最初の三文字しか合ってないではないか……。
「……貴方は、あの拘束術式をどうやって打ち破ったのですか? あれは、破れるとか破れないとかいう類の術式ではないのです。一度構築されれば、他の術式で上書きするか、術者が死ぬまでそれが解除される事はなく……」
「……ああ、あの動けなくなるやつか? ていうかアレは掛けてる奴をぶっ殺せば効果が無くなるのか?」
 拙い事を言ってしまった事に女は気が付いた。
「まあどうでもいい、ただし俺も詳しい事は知らないな。憶測だが、俺は自分で直接意識しなくても体を動かせる事が最大の理由だろうな。つまり、俺にはもうあの術は効かないという事だな。よし、もういいか? じゃあ行くぞ」
「……どこへ……?」
「……お前が知らないのかよ! ほらあれだよ! なんか魔術とか、探したり、考えたり、作ったり出来る所だよ! あるだろ! それとも魔術ってのはウンコしてる時に突然閃くものなのかッ!?」
「ぞ、蔵書庫で調べれば何か手がかりがあるかも知れません……。新しい魔術式の構築は、ここ数百年は行われておりませんが、方法だけは知識として知っているとしか……」
「よし、蔵書庫だな。行くぞ。ほら行くぞ。今すぐ行くぞ」
 男は立ち上がる。
「……あの……」
「まだなにかあるのかよ……」
 女は俯いていた顔を上げて言った。
「わ、私はリアナ。ハイザードラ第一王女、リアナ・バロス・ハイザードラです……。あ、貴方は……?」

「……俺はキルボーグ。殺人装甲キルボーグだ」



[12500] 03話 殺人猫耳キルビースト
Name: 空とぶギロチン◆f0e35d55 ID:89bc25a9
Date: 2010/11/12 14:13


「読めぬ」

 ハヤトが蔵書庫にある本を一つ手に取って開き、初めに発した言葉はそれだった。言葉は通じても、文字が読めるとは限らなかったのだ。

 ハヤトは初めからリアナの働きにはそれほど期待していなかった。リアナがいくら魔術に通じていたとしても、ハヤトが求める事に対しては、出来ないという固定観念に凝り固まっていると感じたからだ。
 だからまずハヤトが試行すべきと思った事は、自分が魔術というものを理解し、そこから新たな魔術の理論か構造を考え出す事だった。そしてリアナにその魔術を構築させる。なにせハヤトには人智を超えた電子の頭脳が側に付いているからして、それは決して非現実的な手段ではなかったはずだ。だがそれは初めの一歩で躓いた。文字が読めなくては考え出すも糞もない。
 殺人サイボーグは挫けない。
 読めぬなら、読ませてしまおう、ホトトギス。
 そもそも文字自体がうどんに墨を付けてのたうち回らせたようなわけのわからないシロモノだったので、自分で理解する事は諦めた。そこで活躍するのが世界が誇る、英知の結晶A.I.ちゃんである。
 まず多分辞書っぽい本を引っ張ってきて、その単語一つ一つをリアナに発音させる。発音さえされれば意味は理解できるのだ。そしてそれをA.I.が記録し、意味と文字を照合し、単語を見るだけでバイザー上で日本語に変換されて表示されるようにした。
 初めはハヤトが一つ一つ単語を指さしてリアナに発音させていたが、そのうち飽きた。やがてA.I.が内蔵されたメットを取り外して、そのままズボッとリアナに被せてやった。これで、もはや翻訳作業はハヤトの知る所ではない。メットを被せられてしばらくの間、リアナは何事かと喚き散らしていたが、やがておおよそを理解した様で、うんうん頷きながら、ぶつぶつ呟きだした。端から見ると異様な風体で、ひたすらキモかった。ハヤトは手持ち無沙汰になったので、城の屋上に出て、垂直に何メートルジャンプ出来るか等をしてはぶらぶらしていた。
 そうこうしてるうちに三日程過ぎた。

「そこでジョルジはいいました。ははにばつをあたえるというのなら、まずわたしにばつをあたえてください。そしてわたしにばつをあたえるということは、りょうしゅさま、あなたにもばつがくだるのとおなじことなのです。ジョルジのちからづよいことばに、りょうしゅさまはびびりました。そしてりょうしゅは、ジョルジのははのつみをゆるしたのです」
「それは子供向けの童話です……。貴方は一体何をしてるのですか……。元の世界に帰りたいのではなかったのですか?」
 真っ赤なお目々のリアナはげっそりとした顔で苦言を呈する。
「俺がサボるのは俺の勝手だが、お前がサボる事は俺の勝手が許さない。俺が信じる俺を信じろ。お前が信じる神は居ないッ! ……大体、これがただの子供向けの童話だと? この書はな、ディベートでいかに屁理屈を言って相手を言い負かすかという手法論を説いた、高度な思想書なのだ。その結論に導くヒントも巧妙に隠されている。世が世ならこの書の著者は偉大な哲学者としての評価を受けていただろう。この本の題名を俺が名付けるとしたら、『勝利の書』という題名にしただろうな」
 リアナは溜息を吐く。
「やはり構造的に不可能なのです……。平行世界と言っても、それには上下の位相差が存在します。上と下に貴賤があるという事ではありませんよ? 上から下には落ちてくる事はできますが、下から上には昇っていく事はできないのです。そして、この世界は数多の平行世界の中でも、かなり下の方に位置しているのです。これはもはや魔術の範疇ではどうにもならないかもしれません……」
「引いてダメなら押してみろ、押してダメならもっと押せ、それでもダメなら横っ面をはっ叩け! 『これはもはや魔術の範疇ではどうにもならない』だと? ……いいじゃない。そういう発想いいじゃないの。そうだよ。俺はそういう考え方もしてみろって言ってきたわけ。別に俺は魔術で帰る必要なんて全く無いんだから? 他の人の意見も聞いてみたら? 根詰めるだけじゃ新しい発想できないよ?」
「……それでは、少し休憩させて頂けませんか……」
「健全な肉体には健全な精神が宿る、と言うからな。俺を見てみろ。ひどいものだろ。俺を反面教師にして、ゆっくり休みたまえ」
 リアナは何も言い返す事ができなかった。

 髪はもつれ、おでこは脂でテカテカになり、睡眠不足で顔はげっそりとしていた。
 湯浴みをしたい。自分は今どれだけ酷い顔をしているのだろう。そんな事を考えながらリアナは廊下を歩いていく。蔵書庫は、王族もしくは位の高い文官でないと利用出来ない上に、もう時刻は深夜に及んでいたため、その周辺は人気も無くひっそりとしている。
「……姫様、姫様……」
 誰かが小声でリアナに話しかける。
「宰相どの……」
「姫様、本当にあれでよろしかったのですか……」
「……はい、他にしようがありませんから……」
「何も王族の資産まで処分する事は……」
「そうでもしなければ、とても足りるものではありませんでしょうから……。位の低い者にも、しっかりと分け与えて欲しいのです……。特に、あの召喚式で命を落とした勇士達の家族には、なにとぞ、よしなにお願い致します……。手厚く弔ってやる事もできませんでしたから……」
 リアナは初老の宰相に向かって深く頭を下げた。
「姫様……! おやめください……! このサルガスタスめは、王家に身を捧げた下僕にございます……! 姫様……!」
「……ありがとう……サルガス……。私よりも、貴方の方が辛いはずなのに……。いえ」
 そこまで言って、リアナはかぶりを振る。
「城下には、これより税を全て無税にするという布令を出してください。ドラゴニアエストに侵されるその日まで、富を蓄えさせてやりたいのです」
「それでは、姫様はやはり……!」
「……ええ、この国は終わりです。正しき王も、いまやその座は空なのですから……」
 宰相は面もちを悲痛に沈ませる。
「どうか、どうか、姫様だけでも落ち延びて、この老臣、姫様の御身だけが気がかりにございます……。例え、国が滅び、気高き位を失っても、一人の人間としての幸福をお探しくだされ……。ただそれだけを……」
「国が亡びるとき、それは王家、並びに我が身も亡びるときなのです」
「姫様……」
 そして宰相は意を決するように言う。
「そのお覚悟、よおく理解致しました。ならば、どうか、どうか、どうかどうかどうか、その時まで、このサルガスめを姫様のお側に……」
「……宰相サルガスタス。この場にて、宰相の位を罷免致します。どこぞなりへとお消えなさい」
「……なんと! 今なんと申されました! それだけはいけませぬ! どうか! お許しくだされ! 姫っ! ひめっひめっひむぇすぅむうわああああああっ!」
 宰相は派手に唾を撒き散らす。
 当人達は気が付いていない。今罷免したらさっき下した君命を履行できないだろ、とか、そもそも一介の王女が宰相の罷免権を持っているわけがない、という諸般の事情に。それほどまでにテンパ……思い詰めているのだ。

 そこに突然、第三者の声が響き渡る。ジャラリジャラリと金属が擦れる音を伴って。
「見ぃ付けたぞぉ! リィアナァ!」
 リアナと宰相は声のした方に振り向く。
「きさっ……殿下っ……!」
「兄上……!」
 二人が振り向いた先には、鎖で繋がれた首輪をした少女を引きずりながら、二人に向かって歩いてくる一人の男が居た。リアナの兄であり、ハイザードラ第一王子の、ワロス・バロス・ハイザードラだ。
「酷い顔だなぁ! リアナぁ! 我が愛する妹ぉ? お前、散々俺の事を王位に相応しくないとか馬鹿にしてなかったかぁ!?」
 ワロスはオーバーアクト気味に、何かをこらえきれないかのような仕草をする。
「それなのに、それなのに……。お前! 使役獣の召喚に失敗したんだってなぁ!? クフッ……、クフッ! クヒャッ! クヒャヒャヒャヒャヒャ!」
 ワロスは顔を醜く歪ませて笑う。元は端正であったと思われるそれは、根本から歪んでしまっていて、もはや元には直らない。
「殿下……! この国難にそのような……! 先代の手前、今までは我慢しておったが、もはやその狼藉! 許してはおけぬ! この王家の面汚しめ!」
「サルガスゥ? おいおい、俺は王族だぜぇ? 王族に逆らうとどうなるかわかってるわけぇ? ……やれ!」
 ワロスが手に握った鎖をグイと引っ張り、その先に繋がれていた少女の首輪を外す。首輪を外された少女は、のそりと起きあがる。
 少女。ある点を除けばそれは普通の少女に見えた。頭上に伸びた獣のような耳と、腰から生えた尻尾、そしてその手の鋭い爪を無視すれば、だが。

 ワロスは幼い頃より奇行を繰り返し周囲を悩ませてきたが、その中でも特筆されるのが、一人で勝手に構築した、使役獣の召喚術式だった。
 本来、ここハイザードラにおける召喚術式とは、正式な場を設けた上で、厳格な様式に乗っ取って構築される神聖な術式なのだ。それにも関わらず、ワロスは自分の部屋で一人で適当に召喚術式を構築した。その結果召喚されてしまったのが、この少女である。少女もまた、キルボーグのように他の世界から召喚された使役獣だった。その行為に先王は激怒し、王子の王位継承権を剥奪した。やがてワロスは、臣下からも蔑まれるようになっていった。

 少女はつんのめって四つ足になり、後脚にグッと力を込める。パンプアップして膨れあがっていく、少女の太股――。
「この屑め! 先代の嘆きを受けよ! 護国宰相拳・武血乱舞! きてはぁっ!」
 宰相はよくわからないファイティングポーズを取り、いつでも来いと受けて立つ――。
「その糞親父が居ないからぁ? もう誰も俺を止められないんだよなぁっ!」
 太股に貯めた力を開放し、少女が跳躍した。
「……いけません! サルガス!」
「げぼぁっ……!」
 リアナがそう言った時には既に、少女の鋭い爪が宰相の胸元を抉った後だった。
 宰相は胸から血を撒き散らしながらきりもみ吹き飛び、床に倒れ伏せる。
「サルガスっ! なんという事……!」
 リアナは宰相に駆け寄る。
「ご、ぐふっ、ひ、姫様……この、サルガス……不覚……さ、最後まで……姫……様の……お役……に……立て……ず……」
「口を開いてはいけません! ……停滞術式……限定構築……解除、固定再構築……、続き、治癒術式、継続構築……!」
 急ぎ、治療のための魔術式を構築する。血止めをし、肉を繋ぎ合わせ、千切れた細胞に自己治癒能力を付与する。ハイザードラ随一の魔術師であるリアナだからこそ出来る、複数の術式を組み合わせた高度な魔術だ。
「いいのかなぁ? リアナぁ!? そんな奴に構ってる暇はあるのかなぁ!?」
 少女を宙返りをして一旦後ろに下がる。そして再び脚に力を込め始める。
「兄上……! 貴方という人は……! なんという事を……!」
「お前も死んじゃえよ。リアナ。糞親父のように」
 少女は跳躍する。
「防盾術式っ! 最速構築っ!」
 リアナの前に浮かび上がった光の紋様に、少女の爪が振り下ろされる。魔術盾に阻まれ、少女の爪撃はリアナの体を抉る事はなかったが、衝撃でリアナは弾き飛ばされ、床にどかっと体を打ち付け、慣性でごろごろと転がっていく。
「ぐうっ……!」
「情けないよなぁ!? リアナぁ! 神童と呼ばれたお前がぁ! このザマだもんなぁ!」
 続けて少女は爪を突き立てようとしたが、リアナは何とか体を捻ってそれを避ける。
「破裂っ!」
 リアナは術式も何もない魔力の塊を少女の顔面にぶつけて破裂させる。ぱん、と乾いた音が炸裂する。
「フギャッ!」
 その隙にリアナは床を転がって少女と距離を取り、体勢を立て直した。

 魔力の塊をそのままぶつける事は、とても殺傷力を期待出来るものではないのだが、不意を付けば相手を怯ませる事くらいは出来る。発動までの速度だけは、あらゆる魔術式を凌駕するため、この場合のそれは最善と言えただろう。

 一人の魔術師が使役獣と戦い、それに勝利する事は、基本的には不可能と言わざるを得ない。一般的に使役獣というものは、雄大な体躯を持ちながらも敏捷であり、なおかつその肉体は頑健であるため、それを殺傷せしめる強力な魔術を構築しようとすればその隙に蹂躙され、高速で構築できる術式や、遠距離からの魔術では致命的なダメージを与えるにはほど遠くなる事が、その大きな理由だ。
 そのため、使役獣一体の戦力は魔術師五十人に相当すると言われ、千人の歩兵と同等の働きをするとも言われる。神話ほど昔の記録では、使役獣一体で万の軍勢を押し返した、という逸話もあるくらいだった。
 あるいは、先日の召喚術式で魔力を消費せず、睡眠不足で集中力を削られていなかったリアナならば、この中途半端な術式で召喚された使役獣を倒す事は可能だったかもしれない。

 リアナは倒れている宰相に視線を移す。おそらく一命は取り留めたはずだ。ならば自分がするべき事は。
 リアナは駆け出した。少女と王子の反対側の方向に。
「リアナぁ! 逃げるのかぁ! お兄さんは情けなくて涙が出そうだぞぉ!」
 意識が自分に向いているうちに、なるべくこの一人と一匹を宰相から引き離さなければならない。この場所で相手をしていては、それこそ宰相の命にかかわる事になってしまう。なにより、まともに戦っても勝ち目がないと……。
「……早くリアナを追いかけろ!」
 ワロスは少女に蹴りを入れて急き立てた。

 リアナは走った。どこに行こうというのか。どこに逃げようというのか。それは、自分にもわからなかった。どうすればよいのか、何をすればよいのか。父ならこんな時どうしただろうか。簡単な話だ。強大な使役獣でもって鉄槌を下すだけだ。それなのに、自分が召喚したはずの使役獣は、王族の剣となるどころか、この国を滅ぼさんとしている。いや、違う。この国を滅ぼさんとしているのは、かの使役獣ではなく自分だ。全て自分の失敗が引き起こした事なのだ。もはや進退ここに窮まれり。ドラゴニアエストに一矢報いる事すら出来ないのが悔やまれる。せめてあの兄王子を道連れにしてやろう。あの角を曲がったら、そこで待ち伏せて、『あれ』を構築してやる……。
 リアナは勢いよく角を曲がる。
 どんっ。
 何かにぶつかって尻もちをついた。

 リアナが見上げた先には、全身に黒を纏った、破滅の使役獣が立っていた。殺人サイボーグは転ばない。
「おう、リアナ。居た居た。まだ休んでなかったのか。ここ、ここ。ここな? この単語がまだ翻訳されていないみたいなンだが」
 キルボーグは本を開いて指でその単語をトントンと叩く。
「ああ、ちなみに、次から曲がり角で俺にぶつかる時は食パンを咥えておくように」
 どうしてこの男はこうも取り留めのない話を混ぜるのだろう。
「……貴方は何故……」
「早く教えてぴょろん」
「今はそれどころでは……」
 そこに、リアナを追いかけてきた少女が姿を現す。見知らぬ黒ずくめの人影に警戒し、一定の所で距離を詰めるのをやめる。獣の本能がそうさせる。
「猫耳だ」
 キルボーグがぼそっと呟いた。

「……貴方は何を言って……」
「猫耳とかが居るなら居るって、最初にそう言ってくれないと困るな」
「そんなものは居ませんっ!」
「いやそこに居るじゃないか。猫耳が」
 キルボーグはズイズイと少女を指さして言う。
「それは使役獣です……」
「……これがドラゴニアエストとやらの使役獣なのか? 思ったよりも猫耳だな……」
「違いますっ! それは兄上が召喚した使役獣で、兄上は、自分を抑圧する父が死んだ事により、私に害を成そうと凶行に及んで、それで、ああもうっ!」
「複雑な家庭に召喚された猫耳も大変だな」
 そんなやりとりをしてる間に、少女が、じり、じりと距離を詰めてくる。それに気が付いたリアナは、いつでも魔術式を構築出来るように構えを取る。そして、ちら、と横目でキルボーグに視線を送る。キルボーグは微動だにしない。
「それじゃあ、頑張ってな。俺は兄弟が居ないから、そこら辺の機微がよくわからないからな」
 キルボーグは立ち去った。

 リアナは恥じた。この男が居ればなんとかなるかもしれない等という、破廉恥な考えをしてしまったからだ。この男は、自分に忠義を尽くしてくれていた勇士を殺した相手なのに。奇襲をかける頃合いも逃してしまった。やはりこの男は破滅しかもたらさない。
「防盾術式。連続構築」
 リアナは前面に多重の魔術盾を構築していく。そして右手と左手にも一枚ずつ。
 少女は疾走してリアナに爪を振り下ろす。リアナはそれを多重の魔術盾で受け止める。体勢が崩れそうになるが必死に踏ん張ってこらえ、逆に体勢の崩れた少女を、両手の盾を使って地面に抑えこむ。
「フアッ!」
「貴女が死ねば、兄上も、もはや大した事は出来ないでしょう。付き合わせてしまって、本当に申し訳なく思います。ですが、地獄行きの馬車は相乗り席しかないのです。私の事はいくら恨んで頂いても結構です。……自爆術式! 最終こっ……!」
 術式を構築しかけたところで、リアナの体は跳ね飛ばされる。少女はその外見に見合わない恐るべき膂力でリアナの体を押しのけたのだ。余計な前フリをするものだからこうなる。
「シャァーッ!」
「……終わりですね……」
 万策尽きた。残り少ない魔力で多重の魔術盾を構築し、自爆術式も途中までではあるが構築してしまったため、完全に魔力が枯渇した。動く気力もなくなったリアナは、ぼーっと天井を見つめていた。少女が、今度こそはとリアナに迫る。

 その時、リアナと少女の間に、黒い影が躍り出る。

「猫耳パーンチ!」
「ミギャアッ!」
 殺人サイボーグの拳が少女の顔面にめり込む。少女はそのまま棒きれのように吹っ飛び、壁に激突して動かなくなった。
≪それは猫耳パンチではなく、猫耳にパンチではないでしょうか≫
 A.I.の突っ込みが入る。

「おい、リアナ」
「……何故……」
 リアナは、声をかけられて、この殺人サイボーグに助けられてしまった事に気が付く。
「この単語を翻訳してもらうのを忘れていたんだが」
 キルボーグは本を開いて、該当箇所を指でグリグリしながら、本をリアナの顔面に押しつける。
「その単語の意味は、『おしべ』と『めしべ』です……」
「おお、そうか、なるほど、ここは隠喩になってるわけだな……」
「何を読んでるんですか……何を……」
「蔵書している奴が悪いな」

 リアナはどこか魂の抜けたような顔で、むくりと上半身を起こす。
「何故……どうして……こんな……」
 もはや目の焦点も定まらない。
「しかしお前は弱いな……頭が。もっと考えろよ。あんな猫耳の一匹や二匹、あれだよほら、俺が最初に喰らった、お前は気絶していたから知らないか、あの火炎弾とやらで一撃で殺せるはずだぞ。かくいう俺も、初めてあの火の球を見た時は、びびって動けなかったからな。効かなかったが。生き物ってのは火を見ると大体びびるんだ。人間だってびびるのに、畜生がびびらないわけがないだろ。だからと言って、俺に二度目が通じるわけではないがな」
「だって……」
「だってもヘチマもあるか。あの猫耳は熱に耐えられるような体をしていない。分析の結果、それがわかった。なら先制攻撃で火の球を浴びせてやればいいだろう」
「そんな……そんなの私にわかるわけないじゃないっ!? 考えたって思い付くわけないでしょっ! 知らないんだからっ!」
 とうとうリアナは泣いた。顔の表情も変えずに、どくどくと涙だけが溢れてくる。
「昨日の失敗を今日の糧に! 今日の失敗を明日の糧にするんだッ! 三歩下がったら四歩進めッ! 十歩下がったら一足飛びで二十歩進むんだッ! 血を吐きつつ、繰り返し繰り返し、その朝を越えて飛ぶ鳥になれ!」
 リアナはむしろ、この男に捨て置かれるよりも、助けられた事の方がやるせなくなった。価値観の落差は、出会ってしまえば残酷だ。
「ウヒャヒャヒャッ! リアナァァァ! あぁぁ!?」
 ワロスが姿を現した。ワロスは使役獣をけしかけて、圧倒的優位に立っていたはずだった。しかし、そこに倒れていたのは、リアナではなく、自らの使役獣だった。
「なんだこれはぁ」
 一体何が起きたというのか。たかが魔術師一人が、使役獣を倒せるわけがない。リアナの横に立っている黒い奴は一体誰だ。まさか、奴が自分の使役獣を倒したのか。――普通の人間ならそう考える所だが、ワロスは頭が狂っていたので、ただイライラしただけだった。そもそも普通の人間ならこんな事はしない。
「ああああああぁ! なんでだよおおおおぉ!」
 ワロスは倒れている少女をガスガスと踏みつける。
「あれは誰だ」
 キルボーグはそれが誰なのかはわかってはいたが、一応リアナに尋ねた。
「兄上です……」
「なるほど、いい感じに狂ってるな」
「……兄上は昔から粗暴な面を見せてはいましたが、まさかここまでの凶行に及ぶとは……」
「ところで、あいつも魔術師なのか」
「……ええ。素質だけは私よりもあったはずなのですが、それを伸ばす努力を怠り、今では平均的な魔術師をやや上回る程度です……」
「そうか」
 殺人サイボーグはワロスに向かって歩き出す。
「何のつもりですか……」
「……お前勘違いしてるだろ。ちょっとした実験だ」
 リアナの涙は涸れた。

「ああああぁ!? 誰だぁ!? お前はぁ!」
「お前に名乗る名は無い」
 殺人サイボーグは名乗らない。
「俺は王族だぞぉ! 俺の邪魔をするなぁ!」
「俺は今からお前を殴る。まっすぐ行ってぶっとばす。右ストレートでぶっとばす」
 殺人サイボーグは腕を振りかぶる。
「んなああぁ! 防盾術式ぃ! 標準構築ぅ!」
 ワロスは前面に魔術盾を構築する。たった一枚を作り出すのにも、リアナが多重の盾を作り出すよりも遙かに遅く、そしてその一枚も小さかった。
 殺人サイボーグの拳が、わざわざその小さな盾を殴り付ける。
「ぐほぁっ!」
 その盾ごと、ワロスの体は吹っ飛ぶ。
「やはり衝撃はそれほど緩和出来ないようだな。それよりも、前回のように突き破れなかった事の方が気になる」
 そう、前に魔術盾を殴りつけた時は、それを貫いたはずだった。
『解析しろ』
 殺人サイボーグは実験を始めた。

≪......分析の結果、運動量の3%ほどが消失した事が確認されました。前回の消失量は8%ほどでした。また、前回と同じく、運動量が多方向に拡散した事も確認されました。前回はそれが途中で解除されましたが、今回は最後まで継続されたようです≫
『運動量が消失とか、オカルトもいい所だな。よくそんな事をまともに解析できるな』
A.I.(人工知能)ですから≫
『それ自体は目に見えてわかるような効力ではなさそうだから、拡散させる方がメインの効果なんだろうな。それで、今回はあの光の紋様を突き破れなかった原因はなんだ』
≪可能性として考えられる原因はありますが、あくまでも可能性です≫
『勿体ぶるな』
≪恥ずかしい≫
『AIのくせに恥ずかしがるんじゃない』
≪......これは推測というよりも、憶測に近いものなのです。A.I.たるもの、信頼性の低い情報を出力するのはあまり推奨される事ではありません≫
『あーもうわかったわかった、それでどうすればいいんだ』
≪......オートムービングを起動して頂けると、情報の信頼性を確認する事が出来ると思われます≫
『いいだろう。オートムービング起動。行動レベル5。完全に任せた』
≪了解しました。オートムービング起動。行動レベル5、完全自律行動に移行します≫
『ログは吐けよ』
≪了解しました≫

「いてえよ~……」
 ワロスは痛みでもがき苦しんでいる。
『それで、どうするんだ』
≪ニート王子をぶちのめします≫
『まだニートと決まったわけじゃないだろ』
≪いえ、98%以上の確率で、その男はニートだと推測されます≫
『どうでもいいよ……』
 殺人サイボーグは腕を振りかぶって、打ち下ろす。
「防盾術式ぃ! 標準構築ぅ……へぼぁっ!」
 殺人サイボーグの拳は、光の紋様を悠々と打ち貫く。
『おお、貫通したな。どういう仕組みだ?』
≪前回、『ぶちのめす』という行動を371のパターンでシミュレートしましたが、そのうちのどれかが、魔術構造への干渉をしたものと推測されます。つまり、その371パターンを再度シミュレートした結果、この防御魔術を打ち消す事に成功したのだと思われます。これ以上は、試行を重ねて、より情報の精度を高めてみない事にはわかりません≫
『具体的には?』
≪再びぶちのめします≫

 ワロスは魔術盾を作る。馬乗りになった殺人サイボーグが拳を振り下ろしそれを破壊する。魔術盾を作る。破壊する。作る。破壊する。たまに破壊されなかったりする。作る。破壊する。
「もぉ……構築できないぃ……やめて……」
 魔術盾が9回破壊されたところで、A.I.は結論を出した。
≪原因が判明しました≫
『どうやれば出来るんだ』
≪情報量が膨大なため、人間の脳でこれを再現するのは不可能だと思われます。長期間の鍛錬などにより、無意識的に情報を処理できれば、あるいは可能かとも思われますが≫
『つまり、俺では出来ないという事か』
≪うん≫
『うんじゃないよ……』
 この実験はハヤトにとって、あまり意味がなかった。

 その後、宰相は命を取り留め、ワロスは満身創痍のまま魔術師用の獄舎に放り込まれた。ハヤトの目的からすれば、全く何の解決にもならない事だった。

 そして数日後。
 キルボーグとリアナはやはり蔵書庫で、キルボーグが元の世界に帰るための魔術を探す事に精を出していた。リアナはしっかりと休息を取るようになったため、ずいぶんと顔色が良くなっていた。
「いや、やめて、わたしたちはきょうだいなのよ。ジョナはジョーンをおしとどめます。ですがジョーンはいいかえします。なにをいってるんだジョナ。いつもおれのへやのまえであらいいきづかいをしてるのはおまえじゃないか。おれだってもうがまんができない。おまえがきもくたっておれはかまわないんだ。ジョナはそのことばにはっとします。やがてジョーンのたくましいうでにそのみをゆだね……」
「……一体どこからそんな本を探してくるんですか? というか本当にそう書いているんですか? 書いてない事を適当に言ってるでしょう」
「失敬な。お前は自分の国が集めた蔵書を馬鹿にするのか。ちゃんとここに書いてあるだろうが。読んでみろよ」
「……確かに書いてありますね……。一体誰がこんなものを……」
 リアナは知らない事だが、その本をこの蔵書庫に入れたのは、今は亡きリアナの父、バロス・ハイザードラその人であった。
「ところで……」
「おお、何か手がかりは見つかったのか」
「いえ、そうではなくて……あれが気になって……」
「放っておけ」
「ですが……」
 そう言われて、メットを被っていてよくわからなかったが、キルボーグは何か不機嫌そうな仕草で立ち上がって、蔵書庫から出ていった。そしてまたすぐ蔵書庫に入ってきた。右手で猫耳少女の首根っこをひっ掴まえながら。キルボーグはリアナに猫耳少女を突き付けて言った。
「猫鍋にでもする気か」
「貴方はなんと非道い事を考えるのですか……!」
「勘違いしているようだが、猫鍋とは食用ではない。観賞用だッ!」
「くび」
 猫耳少女がなんか言った。
 キルボーグは猫耳少女を地面に下ろす。少女は借りてきた猫のようにちょこんと正座する。
「くびつかまれるとしゃべれない」
「お前は猫か」
「貴女は私たちに危害を加える様子もありません。一体どうしたいのです」
「……ずっと、なにかに、おいかけられるようなかんじだった。じぶんがじぶんでないきぶんだった。こわくて、ふあんだった。たぶん、おまえたちのおかげでそれがなくなった。ありがとうをいいたかった」
 リアナは少女が何を言いたいのかを理解した。そして身震いする。少女を今まで支配していたものは、ワロスの構築した制御術式だ。制御術式とは、不安と恐怖を取り除くからこそ、使役者の意に従うようになるのではなかったのか。むしろ全く逆ではないか。どこぞと知らぬ異世界より召喚し、不安と恐怖でそれを追い立てる。召喚術式とはなんと恐ろしい魔術なのか。そして、自分が魔術を深く理解していたわけではない事に気がつく。何が魔術発祥の地、ハイザードラ随一の魔術師だ。自分は驕っていたのだ。先日、キルボーグに言われたように、魔術を効果的に扱う事も出来なかったのは、そのためなのだ。悪魔のような使役獣を召喚してしまったのも、当然の因果なのだ。リアナは猛省した。
「……私は貴女に、そしてキルボーグ様にも謝らなければいけません……。全て私の未熟が引き起こした事で……」
「どうしておまえがあやまるんだ。わたしはただありがとうをいいたかっただけだ」
 実際、少女に関しては、別にリアナは悪くない。リアナは考える力が足りないのである。
「謝ってる暇があったら早くなんとかしろよ!」
 殺人サイボーグは空気を読まない。
「おまえにも、ありがとうをいいたい。それにおまえはつよかった。はやくて、おもくて、するどいいちげきだった。まったくみえなかった。はながつぶれるかとおもった。すばらしいせんしだ。さいきょうだ」
「それで?」
 殺人サイボーグは空気を読まない。少女は動かない。
「……かえるところがない」
「それが本題だろ……。俺も帰る方法が無い。気にするな。お前くらいの野生動物だったら、どこでだってやっていける」
「そうなのか」
「……よろしければ、しばらくここに居られたらいかがですか? いつまであるかはわかりませんが……」
「どうしてお前はそうやってすぐフラグを回収したがるの……一本釣りされてるだろうが……」
「いいではありませんか。出来る事なら、この娘も元の世界に返してやりたいのです」
「モチベーションが上がるなら構わないがな」
「よろしくたのむ」
 ペットが一匹増えた。

「……それで、貴女、お名前は何と申しますか?」
「……あたまのなかがぐちゃぐちゃにされて、よくおぼえていない」
 それも制御術式の影響だろうか、魔術とはこれほどまでに恐ろしいものなのか、と、反省したリアナは、もう制御術式は使うまいと心に決めた。
「それでは、えっと……どう呼びましょうか……」
「なんでもかまわない」
 少女のその言葉を聞いて、キルボーグはしばし考え込む。そして立ち上がり、声高らかに宣言した。

「……お前はキルビースト! 殺人猫耳キルビーストだ! 今日からそれがお前の名前だ!」
≪馬鹿≫



[12500] 04話 殺人竜ウルトラレッドドラゴン 
Name: 空とぶギロチン◆f0e35d55 ID:89bc25a9
Date: 2010/12/02 00:02


「魔術ってのはどうやって使うんだ」
 キルボーグは本をペラペラとめくりながら、視線を動かさずに言った。しばらく静かに読書していたかと思えば、急に何を言い出すのか。
「……自身で構築したいと、そういう意味で言っているのですか?」
「ああそうだ」
「……貴方は、恐ろしき(いかずち)の魔術を行使すると、そう聞いておりますが……」
「わかっているとは思うが、それは魔術であって魔術ではない。それにしか使えないし、それしか出来ない。銃のようなものと言えばわかりやすいな。銃がなにかは知っているか?」
「わかりません」
「だろうな」
「……この世界の魔術というものは、実践するには個々人の素質というものが重要になりますが、簡単な術式を行うだけでも、その理論を理解するため、数年ほどの修学が必要になりますから……その」
「おおよそは理解したんだが」
 キルボーグは読んでいた本を、拝むように両手で閉じる。
「……何をですか?」
「魔術の概要をだ」
 キルボーグがこの世界に来てから、まだ十日ほどしか経っていない。もうその概略を理解したというのか。そんなに簡単に覚えられるのならば、使役獣が召喚されまくってこの世界は怪獣大戦が勃発するはずだ。リアナは訝しむ。
「……本当にですか? いかがわしい本ばかり読んでいたではありませんか」
「言っておくが、決してふざけてあんな本を読んでいたわけではない。……前にも言っただろう。俺は眠らないんだ。それがどういう事かわかるか? 人間は睡眠を取っている間に、脳の記憶を整理して、その情報を効率化してから活用しているんだ。眠らなければそれが行われない。だから、眠らない俺が新しい情報を脳に入れる時は、その情報の間に区切りを設けて管理しないと、時系列が滅茶苦茶になって、その情報を扱う事が出来なくなる。だからわざわざあのような本を読んでいたんだ」
 そういえば確かにこの男は、『眠らない』と言っていた事をリアナは思い出す。それは単に、眠らずに帰る方法を探すのだという意気込みの事を言っていたのだと、そう思っていたのだが、確かに、キルボーグが眠っている所をリアナは見た事が無かった。
「いくらそれにしても……」
「瑣末な事はどうでもいいだろう。それに俺は速読が得意なんだ。別にこの世界の連中の知能レベルを揶揄しているわけではないから安心しろ。……だがな」
「……ですが?」
「出ないんだ」
「……出ない?」
「ああ、出ない。全く出ない。書いてある通りにやってみても、全く魔術が出てくる気配がない。というわけだ。よろしく」
 なにがよろしくだろうか。この男は、この蔵書庫で魔術の構築を行おうとしたというのか。魔術式の暴発などで本棚が倒壊したり、導入としてよく用いられる炎熱術式などを使って本に引火などしたら大惨事だ。
「……魔術を試したいならそう言ってください! こんな所でやったら大変な惨事になる危険性があります!」
「俺が失敗などするわけがないと思ってだな」
「失敗しようが成功しようが危ないものは危ないのです! 全く、貴方という人は……。そうですね、場所を移しましょう」
「そういう場所があるのなら、最初に言ってくれないと困るな」
「困っているのは私もです……」
「それでは早速案内(あない)せよ」
「……わかりました。キルビーちゃんも、おいでなさい」
 リアナは床で丸まって昼寝をしていた猫耳少女を撫でる。殺人猫耳キルビースト略してキルビーと呼ばれた少女は、尻を突きだして伸びをしてから、のそのそと立ち上がった。すっかり愛玩動物になっていた。

 二人と一匹は連れ立って、城内を移動する。
 城内にはもう人はほとんど残っていなかった。貴族達は領地に帰り、文官、武官、女官、兵士に至るまで皆に暇を出し、来客は閉め出し、最低限の衛士と、それらに賄いを出す料理人が数名。それらにも、不穏を感じたらすぐに逃げ出すようにと宰相を通じて言ってある。あとはその頭の堅い宰相と、宰相の古き友人であり軍の要である、勇猛無比なる将軍の二人だけは、頑として動こうとはせず、城内に踏みとどまっていた。
 途中、衛士の一人と出会うが、残っているものは皆事情を理解していたため、リアナを見てただ顔を伏せるのみだった。
 ある通路に入ると、空気の臭いが変わる。その通路はどうやらそのまま外に繋がっているらしい。
「あまり気分のいいものじゃないな」
「……私もです」

 二人と一匹が辿り着いたのは、城の一角に作られたコロセウムのような区画。そう、キルボーグが召喚された場所そのものだった。
「ここは魔術師の修練場であり、使役獣の召喚場でもあります……。勇士達の練兵場として使われる事もありますが、歩兵は外の方が訓練しやすいと聞いていますので、あまりそういう用途にされる事は少ないようです。内部は魔力を逃がしにくくなっており、また壁の外部は魔力が拡散しやすい構造になっています」
「魔術的な安全構造なわけか。で、なにをすればいい?」
「……そうですね、まずは魔術式を見てみなければ何がどうともわかりませんので、やって見せてください」
 出来るわけがない、とリアナはそう思っていた。キルボーグが失敗した後、リアナが何種類かの魔術式を構築してみせて、それでお流れにするつもりだった。
「わかった」
 キルボーグは手をかざして指で印を組む。熟練すれば必要の無い過程だが、術式の意識配分を覚えるためにはまずこうすべき、と魔術の導入書には書いてあった。
「炎熱術式。標準構築。ハッ!」

 何も起こらなかった。

「とまあ、こんな感じだな」
「誰でも初めは上手く出来ないものです、が、その」
「かなり恥ずかしいんだが」
「いえ、それ以前に、魔力の動きが全く無かったのですが……」
「魔力の動き? そんなものがわかるのか」
「……魔力の流れが見えないのですか?」
「ああ。適当に気分じゃないのか?」
「魔力が、見えない……?」
 この世界の人間は、幼い頃より魔術、またはその素となる魔力に触れ親しんでいるため、大なり小なりではあるが、魔力の流れのようなものを感じる事ができるものだった。それを行使するには素質と教育が重要なため、魔術師という称号を得られるくらいの魔術を構築出来るような者も、またそう多くはなかった。
「魔力が見えなければ魔術が使えないのか?」
「……当たり前です! 真暗闇の中で歩を進める事ができましょうか!」
「暗視装置があるから苦もなく歩けるな。レーダーを使えば完全な暗闇の中でも問題ない。その気になれば明日の天気だって予報できる」
「それだけ凄い魔術があるならもう十分でしょう! 先ほどは(いかずち)の魔術しか使えないと言っていたのに……、何でしょう! 本当に! ……とにかく、まだそういう段階ではないようです」
 リアナがやってみせるまでもなく、ハヤトは駄目駄目だった。
「なん……だと……! 使えない……!? 俺が……魔術を!? そんな馬鹿な……! 真面目に勉強したのにッ……!」
 キルボーグは再び印を組み、魔術式を構築する構えを見せる。
「そんな訳がないッ! ……行くぞ! 炎熱術式ッ! 標準構築ッ!」
「ですから、できないものはできないと……。まず魔力量の測定から始めた方がよろしいかもしれ……ま……せん……?」
 その時、リアナは眼前に巨大な魔力の渦が広がっている事に気が付く。これほどの魔力の奔流を、リアナは生まれて此の方見た事がなかった。やがてキルボーグの周辺を廻っている魔力の渦は炎へと変質していき、炎の渦から炎蛇が生まれ出る。
「やはりな……! クク、フゥーッハッハ! 俺が魔術を使えないなんて事は無いだろうよ! フハハハ!」
 キルボーグは高笑いを上げる。
「え……!? これは、こんなものは、魔術ですら、一体何がどうなって……!」
「フシャーッ!」
 リアナはまるで天変地異が起きたかのような光景に恐れおののき、キルビーは耳毛を逆立てて炎の大蛇を威嚇する。
「ほう……? この術式はリアナの魔術の範疇すら超えているわけか……! そうだな……。『邪炎龍(カオスフレアドラゴン)』とでも名付けようか……。クク……」
 まさにその術式は、リアナの範疇を超えていた。ただ強大な魔術であるならまだしも、それが蛇のようにうねくり、あまつさえこれほど長い間、効果を現し続けている。こんな魔術は、一流の魔術師が十人集まって構築しても出来る事ではない。リアナは、ただただ圧倒されるしかなかった。
「……貴方にとっては、魔術ですら児戯に等しいというのですか……。私にその力があったなら……」
 リアナがポツリと呟いた刹那、突然、炎蛇が暴れ出した。
 炎蛇は轟と唸りを上げ、リアナとキルビーに襲い来る。一人と一匹は間一髪の所で飛び退いてそれを避けた。
「なっ……! 何をするのです!」
「フギャア!」
 殺人サイボーグは答えない。
 やがて、炎蛇はキルビーに狙いを定め、突進する。
「ふみゃあ――――っ!」
 キルビーは四つ足で、もの凄い速度を出して逃げまどい、炎蛇がひたすらそれを追い回す。
「キルボーグ! やめてください! 貴方からすれば私たちの命など、軽いものかもしれませんが! それでも!」
 殺人サイボーグは答え……られない。
「……止まらん」
「え?」
「止まら――――んッ!」
「え――――っ!?」
「ふみゃみゃあ――――っ!」

“ネタばらしを致しましょう”
 しばらくして炎蛇騒ぎが収まった後、A.I.は音声を外部に出力し始めた。ハヤトの声とは全く異質な声を。
“まず、リアナ様とはこの間、お話させていただきましたね。猫耳さんとは初めまして。私は、キルボーグ様のサポートを務めさせて頂いている人工知能です。名前は、『アイ』とでも呼んで頂ければ幸いです”
「あ……その節はどうも……」
 リアナは膝を突いてうやうやしくお辞儀する。――メットに向かって。
 メットそのものが、キルボーグとは別の独立した、昆虫のような生き物なのだと認識しているらしい。
「ふにゃ」
 猫は適当にだらけていた。
「……」
 ハヤトはそのメットを脱いで修練場の隅っこで体育座りをしていた。
“そして、先ほどの魔術について、ですが、私もキルボーグ様も、魔力を認識する事が出来ない状態であり、私に至っては機能拡張が望めない以上、現時点でのそれは断念する事とし、別の方向からのアプローチを思索しておりましたが、リアナ様が言われた、魔力の流れ、という考え方により、およそ魔力というものが何であるかの筋道が立ちました。魔力そのものを観測する事は不可能ですが、現象から逆算的に捉える事により、その立証を無視すれば、魔力が生み出す現象とその素になるものの推定は可能である、と言えます。帰納的に捉えたそれを、演繹的に変換する事により、私にも魔術らしきものを行使できるようになった、と考えて頂いて差し支えはないでしょう。魔力そのもの観測出来ない事には変わりはありませんので、リアナ様を初め、この世界の魔術師の方々が構築する魔術と、私が行使する魔術が同義であるか、という事に関しては、認識の差異により、現時点では不確定である、としか言いようがないでしょう。それによって構築された魔術の結果が、先ほどの炎蛇です。その実証試験により、リアナ様と猫耳さんを驚かせてしまった事は謝罪したいと思います。ごめんちょ”
「はあ……」
 リアナは何を言われてるのかちょっとよくわからなかった。
「ふにゃ……よくわかった」
 猫は理解したらしい。
「……」
 ハヤトはまだ体育座りをしていた。
「さっきのやつでちょっとききたいことがある」
 猫がなんか言った。
“ならば、私をそのまま被って頂ければ、効率的に解説出来るかと思われます”
「わかった」
 キルビーはおもむろにメットを被ると、何故か微妙に後ずさりをした。そのままふにゃふにゃふにゃと頷いたり首を傾げたりをしばらく繰り返し、メットを脱ぐ。
「おまえはかしこいな。あいつがつよくて、おまえがかしこい。ひとつでもさいきょうだが、ふたつだともっとさいきょうだ」
“お褒めいただき、ありがとうございます”
 そしてキルビーは前を見据えながら蛙の姿勢で座り込み、何かを呟き出す。
「……キルビーちゃんは何をしているのでしょう?」
“A.I.式魔術を伝授致しました”
「……そんなに簡単に魔術が構築できるわけがないで……。ない……はず、なのに……!」
 リアナ、今日二度目の驚愕。先ほどの様に凶悪な魔力が渦巻いているわけではないが、それでも確かにキルビーの周辺には、魔術式を構築するのに十二分の魔力が存在するのが確認できる。キルビーが蛙の姿勢で腰を振る度、僅かずつではあるが魔力が増していく。
「そんな……! 自分で自分の魔力を増幅するなんて……! 増幅術式だって、あんな風には……! あんな滅茶苦茶な魔力の流れなのに……!」
“過去に一度確認した、増幅術式という魔術を参考にさせて頂きました。あの時点では重要度が低かった上に、まだ観測方法も確立していない時期だったので、リアルタイムフィルタによる綿密なログは取得していませんでしたが、その分は私の方で補間しました。そのためか、ほぼ憶測に近い術式構成になっています。改善点があれば、ご指摘をお願いします”
「改善点もなにも……! 私には何がどうなっているのかすらわかりません……!」
「ミャア――――ッ!」
 キルビーが叫ぶ。キルビーの周囲の魔力は巨大な火炎球に変換され、前方に向かって勢いよく撃ち出される。火炎球は修練場の内壁と衝突して霧散した。
“......猫耳さんは、ただ私に言われた通りするだけではなく、独自の手法を用いて魔術を行使したようですね。その知能の高さは驚くべき所があります。特定の分野においては、私の知能を軽く凌駕しているのではないでしょうか”
 リアナは絶句した。A.I.はサラッと自画自賛した上に、リアナの知能が愛玩動物扱いをされていた少女以下だと、それとなく言ったのだから。
 一連のやり取りを眺めていたハヤトは、立ち上がってキルビーに歩み寄る。そしてキルビーの肩に手を置いて、言った。
「魔法猫耳マジカルビーストに改名するか?」
「どっちでもいい」
 その後、ハヤトはA.I.の魔術理論で魔術の行使を試してみたがやはり上手く行かず、リアナによる魔力量の測定をするも、そこら辺の村人Aの十分の一も無いという結果が判明した。これは、魔術式を構築するには完全に絶望的な魔力量である。ちなみに、A.I.魔力量は、増幅時であれば平均的な魔術師の百から数百人分、下手をすればそれ以上である、という結果になった。猫は魔術師十人分くらい。
 そんなこんなをしているうちに、日が暮れる。

 リアナは自室に戻って体を休めていた。
「それにしても、あのキルボーグのいじけている姿……。少し気分がスッキリしました」
 リアナはフフッと笑みをこぼす。あれほど畏怖していた相手を滑稽だと思うなんて。とうとう自分も完全に狂ってしまったのだ。リアナは思う。
「果てには、『俺は帰れればそれでいいんだ。俺が魔術を使う必要は無いし、魔術を使える奴が増えるのにも超したことはない。全く問題は無い』ですもの……! ウフ、ウフ、ウフフ……! こんな私の姿、臣下には見せられませんね……! この国は終わりです……! 終了っ……! ウフフ、ウフ」
 リアナがベッドの上で悶えていると、コン、コンと控えめにドアがノックされる。リアナは現実に引き戻された。
「……姫様……」
「構いません」
「失礼致しまする……!」
 リアナの部屋に入ってきたのは、衛士と、衛士に肩で支えてられて脚を引きずっている男。ドラゴニアエストに放った、王家子飼いの斥候だ。
「怪我をしているのですか? 早く手当をしなければ」
「大した怪我ではありませぬ……それよりも……」
「治療が先です」
 リアナは治癒術式で斥候の脚に手当をする。
「ドラゴニアエストはもはやロガの街を経て、このハイザードラ王都に迫っております……」
「宰相と将軍には?」
「お伝えしました……お二方とも、自分は良いから、己が主に仰げと……」
「そうですか。思ったよりもずっと早かったですね……。しばらくは様子を見てくるものと思っていましたのに……」
「砦の兵力を引き上げさせましたゆえ……地方領主達も、この戦、勝ち目無しと見て、静観を決め込んでおるようです……」
「兵の居ない砦など、落とす意味がありませんものね。領主達も仕方ありません。いえ、それでよいのです。なにせ王が居ないのですから。……ロガの街はどうでしたか? 住民が虐げられてなければよいのですが……」
「私が見ました時には、ドラゴニアエストどもめ、もはや戦勝気分で、相場の二倍で物資を調達している大盤振る舞いでありました……」
「そうですか……それはよかった。もう下がってよろしいです。……いえ、お待ちなさい、これを授けましょう」
 リアナは、身に纏っていた装飾品を外して、斥候に与える。
「……それは……! 頂けませぬ! 姫様!」
「もう他に与えられるような物がないのです。そんなものでも売り払えばいくらかにはなるでしょう」
「なお頂けませぬ!」
「君命である。受け取りなさい」
「なんと……! それでは、しかし」
 リアナは強引に装飾品を手渡す。これでもう換金できるような金品は何もなくなった。ちなみにベッドはでかくて運び出せなかったので処分できなかった。板材剥きだしで枕も無い状態にはなっていたが。王家の資産については、流石にこの短期間で処分しきるのは無理らしく、金銭を抜かせば三割すら処分できなかったらしい。
「そして最後の命令です。しばらく休暇を取りなさい。数年は帰ってこなくてよろしい」
「……私は、私は、宰相どのと志を同じくしておりまする……」
「今までありがとう。シャムジン……。もうよいのです。私は疲れました。下がりなさい」
 シャムジンは項垂れて、衛士に支えられながら部屋を出ていった。
 斥候の足と、ロガまでの距離を考えれば、明朝にもドラゴニアエストは王都に至るだろう。ここまで敵領内に深く入り込んでいるのだから、速攻をかけて頭を叩き潰しに来るはずだ。少なくとも自分ならばそうするだろう。
 キルボーグとアイはいずれきっと自力でなんとかして元の世界に帰ってしまう事だろう。今日の事を見ていて、そう思った。その時にキルビーちゃんも連れて帰ってくれるだろうか。世界が違うのだから、その可能性は薄いか。そもそも、自分が居ようが大した事は出来なかったのだから、気に病んでもどうしようもない事。彼らは、ドラゴニアエストに占領されようがお構い無しに読書を続けるのだろうな。それを邪魔されて一悶着あったりするのも間違いないだろう。その時に、色々まとめて、そう、私がされたように、ぶちのめしてくれたのならばよいのに、ウフフ……。リアナは深い眠りに落ちていった。



[12500] 05話 殺人竜ハイパーブルードラゴン
Name: 空とぶギロチン◆f0e35d55 ID:a6992bea
Date: 2010/11/12 14:18


 数時間後、眠っている間に夢も見ずに、リアナは目を覚ました。これほど熟睡したのは、父王が死んでから初めてだった。空の色はまだ紫色。夜討ちはされなかったようだ。ならばこちらが朝駆けしてやろう。リアナは戦衣に着替えていく。着替えを手伝わせる侍従すら居ない。亡国に向かう王族としては相応しいのかもしれない。一人で戦衣を着るのに、これほど手こずるとは、ほんのちょっとだけ予想外だった。
 今度こそ本当に、城の中には人っ子一人の気配すら無い。しかし、それを寂しく感じてしまう事すら自分にはおこがましいのだ。これでいい。最後の最後には、自分の命に従ってくれた宰相と将軍に感謝しよう。
 本城の正門は開いていた。眼下に広がる城下が朝焼けの逆光に照らされ、煌めいていた。
 ――美しい。
 これが父王の守ろうとしたものなのかもしれない。それを守れない自分を悔やむ。考えれば考えるほど、悔やむ事が増えてくる。いいさ、最後まで悔やみきってやろう。この怨念が何を生むやもしれぬ。

 リアナは大通りを歩き、外郭の大手門に向かって進んでいく。大通りはしんと静まり返っていた。まだ朝も早いからなのか、それともこれから来る未来を暗示しているのか。幼い頃、父王と、そして母上と、まだまともだった頃の兄上と一緒に、馬車に乗って、この大通りを行進した時は、大いに喝采を受けたものだったのに。父様も母様も死んでしまった。いまや兄は狂い、妹も狂ってしまった。こうなった事も当然の結末なのやもしれぬ。ふと、キルボーグの言葉を思い出した。抵抗もせずに都を明け渡せとは。その発想は無かった。ただ笑うしかない。確かに、民にとっては、誰に治められようが、大した違いはないのかもしれない。そうだ。だからこれでいい。だがしかし、自分は王族なのだ。この体は、民の血と汗で出来ている。この地を害すならば、例え体が滅びようとも、その怨念がくびり殺してやるのだと、ドラゴニアエストに見せつけてやらねばならぬ。そう思うと、不思議と魔力が膨れあがっていく気がした。
 リアナは大手門に辿り着く。そしてその手で、重厚な門を開け……開かない。一人で大手門が開けられるわけがない。何も真正面から出る必要などないではないか。内壁に据え付けられた、あまり機能的ではない階段を使って、人間五人分にもなる高さの外郭をよじ登っていく。そして、それを登り切ったリアナの目に映ったものは――。

 地平線の辺りに陣を構えているドラゴニアエストの軍勢と。

 ――それと対峙する、ハイザードラの勇士達。その数およそ二千。

 リアナがその光景に呆然としていると、やがてハイザードラ軍の内側から、狂騒が巻き起こった。

「姫様ーっ!」
「姫様がお見えだーっ!」
「ひーめーさーまああああっ!」
「うおおお――っ! 姫様――っ!」

 その騒ぎに気が付いたのか、ドラゴニアエストの陣の内部から、巨大な二体の影が浮かび上がり、まるで地鳴りのような大声を発する。

兄者! (いくさ)が始まるようであるぞ! 
そのようだな! 弟者! 敵はどこぞ! 敵はどこぞ! 

 その声の主達こそ、ドラゴニアエストの使役獣であり、ハイザードラの先王をその使役獣ごと撃滅せしめた、双子の殺人竜、ウルトラレッドドラゴンと、ハイパーブルードラゴンの兄弟竜である。兄弟竜は首をぐるりと回し、再び叫ぶ。

兄者! 敵がおらぬ! どこにもおらぬ!
弟者! 敵がおらぬ! 小虫しかおらぬ!

「なんだとこの蜥蜴め!」
「図体ばかりでかくてのろまな木偶の坊が!」
「姫様ー! 俺のかっこいい所見ててー!」「ねえよそんな所!」

「ああ……何故……どうして……こんな事に……」
 どうにかして彼らの蛮勇を止めさせないと。リアナは外郭から飛び降り、魔術で滑空してハイザードラの陣に舞い降りる。
「姫様が来たぞー!」
「ひめーっ! ひっ、ヒアアーッ!」
「ウオオオオオオーイ!」
 リアナは軍勢の中に宰相と将軍の姿を見つけ、そこに駆け寄る。
「サルガスっ! ガイエンっ! これは一体どういう事なのですっ!」
 宰相は落ち着き払って言う。
「姫様。見てわかりませぬか? 皆、姫様と同じ思いなのです。誰が命令したわけでもありませぬ。各々の意志によって、この場に集っているのですぞ」
 将軍は豪快に笑う。
「ヌハハ! 小娘を一人死なせたんじゃ、あの世であいつに顔向けできねえだろうが!」
 リアナは気が付いてしまった。何故、ハイザードラの勇士達が外郭の外で陣を組んでいたかという事に。皆、死ぬつもりなのだ。リアナの意志を汲んで、勝てない戦に赴くのだ。リアナはもはや何度目かわからない後悔をした。例え辱めを受けようとも、大人しく降伏していれば良かったのだ。
「サルガス……ガイエン……ああ……ああ……」
 宰相は胸を張る。
「姫様! このサルガスタス! 若き時分には『熱き血潮のサルガスタス』として武名を轟かせたものですぞ! 才は無くとも、心意気は誰にも負けぬ! それゆえ、熱き血潮と呼ばれたのです! 見ていてくだされ! あんな蜥蜴の一匹や二匹、我が拳の錆びにしてくれましょうぞ!」
 将軍は再び笑う。
「懐かしいなあ! サルガス! 俺とお前とあいつの三人で、一番槍を競った事を思い出すわ! お前はいつもびりっけつだったな! 当主自ら先陣を切るとは何事ぞ、三馬鹿が通る、とはよく言われたものだ!」
 宰相と将軍は陣頭に歩み出る。
「やあやあ! 遠からん者は音に聞け、近くばよって目にも見よ! 我こそは! 熱き血潮のサルガスタス! ハイザードラの宰相にして、我が姫君の、最古の騎士ぞ! いざ! 参る!」
「今日の晩飯は竜の丸焼きだ! 遅れた奴には食わせねえぞ! 俺はガイエン! 猛る戦斧のガイエンとは俺の事だ! 死にたい奴はかかってこい! 行くぞ!」
 リアナの最古の騎士と、先王の古き友である一人の戦士が吼える。
「将軍閣下と宰相どのに続けぇーっ!」
「「「おおおおおおっ!」」」」
 ハイザードラ全軍、突撃を開始した。

小虫共め! 我らと闘りあうつもりか! 
なんたる無謀! なんたる蛮勇! よかろう! 踏み潰してくれるわ! 
我が名はハイパーブルードラゴン! 行くぞ小虫共! 
我が名はウルトラレッドドラゴン! 潰れろ小虫共! 

 兄弟竜もまた、ハイザードラ軍に向かって突進を始めた。さっき誰かがのろまな木偶の坊、と言ったが、全く以てそんな事はなかった。時速に換算して120km/hは出ていた。

 もはやリアナにその勢いは止められない。
「ああ……やめて……皆が死んでしまう……助けて……父様……母様……お願い……誰でもいい……」
 リアナはある男の顔を思い浮かべる。
「誰でもいい……キルボ……」

 ――その時だった。プラズマが閃光し、兄弟竜のそれぞれの胸を貫いたのは。
 兄弟竜は勢いのまま轟音を上げて転倒し、そのまま動かなくなった。
 それを見たハイザードラ軍の進撃は止まる。止まらざるを得ない。

「何やってるんだ……お前は……。放っておけって言っただろうが……!」
「……キルボーグっ……!」
 リアナが後ろに振り向くと、そこには――メットを被っていてもわかるほどの不機嫌さをその身に湛えた、殺人サイボーグの姿があった。
「起きたんだったらとっとと俺の帰る方法探しにこいよ……」
「だって……だって……」
「だってもタワシもない。ほらとっとと行くぞ」
「……しかし……でも」
「まだなにかあるのかよ……」
「……父王も、一度はあの二体の使役獣を倒したのです……それなのに……」

……兄者……なんだ今のは……あの黒き小虫から……わけのわからぬ……
わからぬ……わからぬが……やるべき事はただ一つ……
あれをやるのか……
あれをやるのだ……!

 一度倒れたはずの兄弟竜は、言葉を交わし合い、支え合うように立ち上がり、そして手を組み合わせる。

今再び我らの……
真の姿を見せる時……!
「「……合体!」」

 二体の使役獣は眩い光を放ち、一つに融合していく。そして、黄金の鱗を持つ一体の殺人竜が姿を現した。

「「我が名はスーパーイエロードラゴン! 行くぞ! 黒き小虫よ! 相手に取って不足なし!」」

「俺をターゲットにするなよ……めんどくせえ……! ダメージ回復してるし……! あんなのに弾全部使っちまったよ……! ていうか赤と青が合体して黄色ってなんだよ……。イライラするな……! 糞が……!」
「あれが……! あれが我が父を打ち負かした使役獣の、本来の姿なのです……!」
「ものすげえ速度でこっちに迫ってきてんじゃねえか……! 俺がやるのかよ……!」
「……皆の者! 後退しなさい! あれは貴方達でどうにかなる相手ではありません!」
 兵達は皆固まっていたが、リアナの声に我を取り戻し、もの凄い勢いで後退を始めた。
「姫様ー! やはり噂は本当だったのですねー!」
「もはや使役獣とも呼べぬ悪魔を制御するため、お一人で城に籠もってそれと対峙なされていたと聞いておりました!」
「そしてとうとう悪魔に打ち勝たれた! 今のが悪魔の(いかずち)なのですね!」
「黒い奴! お前もとうとう姫様の魅力に気が付いたんだな!」
「やっぱり死にたくねえ!」「お前は死ね!」
 兵達は逃げ足も達者だったが、口も達者だった。
「勝手な事ばかり言いやがって……。いっそ全員俺がぶっ殺してやろうか……! ああ糞、来やがった。……やるしかないか」
 殺人サイボーグは草原の上を疾走する。

『つってもな……。弾はもう無いし、いくらCNT強化チタン基複合骨格でも、あれに踏まれたらやばいだろ。近くに寄りたくないな。AIちゃん、お前の魔術でどうにかならないのか?』
≪解析の結果、邪炎龍(カオスフレアドラゴン)ではあの皮膚に致命的なダメージを与えられないと推測されます≫
『その名前はもういいから』
≪ですが、私に考えがあります≫
『言ってみろ』
≪アームプラズマガンの火力ならば、十分にあの皮膚を貫通する事が可能でした。つまり、それに匹敵する火力を作り出せればよいわけです≫
『作れるんだな?』
≪おそらくは可能である、と言えます。具体的には、魔術でプラズマの弾丸を作りだし、それをアームガンのプラズマ加速器から投射します。しかし、私はA.I.ですので、火器管制権限がありません≫
『つまり、お前が弾を作って、俺がそれを撃つと』
≪はい≫
『それでいくか』
≪了解しました≫
 殺人サイボーグの右腕に、魔力の渦が巻き起こる。
≪マジカル・プラズマ・コンプレッション≫
『なんか普通のと違うくないか?』
≪A.I.式ですので≫

 黄金竜が時速150km/hくらいで殺人サイボーグに迫り来る。

「「どうした! 黒き小虫よ! ただ逃げ惑うだけか!」」

『逃げる事は生き延びる上で最も重要な要素なんだがな』
≪構築が完了しました。アームプラズマガンを発射してください≫
 殺人サイボーグは走りながら、銃口を黄金竜に向け、神経に直結されたトリガーを引く。

「「グオオオオオオッ!」」

 プラズマが閃光し、黄金竜に命中する。が、貫通はしない。
『おい、これちゃんと効いてるのか。なんか弱い気がするが』
≪実弾と比べ、威力が43%減、射程が58%減という結果が出ました。ですが、ダメージを与えた事は確認できました≫
『大丈夫かよ……これあと何発撃てるんだ』
≪残弾は326651発です≫
『ほとんど無限みたいなもんだな。……それだけあれば、あれしかないだろ』
≪Yes,マイマスター≫

 殺人サイボーグは歩を止めて、右腕を黄金竜に向かって突きつける。
『前も』
≪後ろも≫
『ファックしてやる』
≪全部ブチこんで≫
『灰だらけのカルボナーラに生まれ変わりやがれ!』
≪ウマレカワリヤガレ≫
 プラズマ・マシンガンが閃光する。

「「グオ……! オ……! オオオ、オオオオオッ……!」」

 止め処ない閃光が、黄金竜の全身を蹂躙し尽くす。

「「グハッ……! 我が鱗が……こうも易々と……その絶技……見……事……なり……!」」

 黄金竜は崩れ落ち、今度こそ完全に絶命した。
 この兄弟竜は、元の世界では、並ぶ者の居ない無敵の存在だった。兄弟竜はずっと、その力がどれほどの高みに達しているのかを知りたがっていた。それ故、この世界に召喚されても、制御術式によってではなく、自らの意志で戦いに臨んでいた。この兄弟竜にとって、この世界に召喚され、殺人サイボーグと出会ってしまった事は、幸だったのだろうか、不幸だったのだろうか。もはやそれを知る術はない。
『あと二回変身を残していて、変身する度に体力が全快します、とか言い出さないだろうな……』

 戦いを終えた殺人サイボーグに、リアナが駆け寄ってゆく。
「……キルボーグっ!」
「あとは籠城すればなんとかなるだろ。こっちが二千で向こうが四千だ。籠城を落とすには三倍の兵力が必要になるからな」
「……あ! ……それは、その」
「ちょっと前にジャンプして見渡してみたが、城郭の造りは兵法に適ったものだからな」
「……あのっ、それではっ、その、……ありがとうございました!」
「礼はいいから早く俺を帰す方法を見つけろよ」
「……はい!」

 その後、使役獣を失い、攻め手に欠いたドラゴニアエストは、撤退を余儀なくされた。ハイザードラはこの勝利に大いに沸いた。
 そのため、誰も、気が付く事は、なかった。

 城から少し離れた所にある、魔術師用の獄舎から、ワロスの姿が消えていたという事に。



 ちなみに猫はこの戦いの間ずっと蔵書庫で寝ていた。



[12500] 06話 殺人女王キラークイーン 前編
Name: 空とぶギロチン◆f0e35d55 ID:a6992bea
Date: 2010/11/10 15:11


 キルビーがハヤトの膝の上で丸まって、ぐるぐると喉を鳴らしている。当のハヤトは、メットを傍らに脱ぎ置いて、後頭部で手を組んで、ぼーっと遠くを見つめていた。
「貴方は最初、キルビーちゃんを邪険に扱っていませんでしたか……?」
「お前だってもろとも自爆しようとしてただろ」
「いや、それは……」
 リアナはそこまで言って、その違いを上手く説明できない事に気付き、言葉に詰まる。
「俺は別に害がなければ、どうという事はない」
 ハヤトはキルビーの後頭部を掻いてやる。キルビーは目を細め、その手に首筋をこすりつける。
「しかし完全に猫だな。ほら、ここを叩いてやると面白いんだ」
 ハヤトはキルビーの尻尾の付け根の辺りをぽんぽんと叩く。
「うにゃ、うにゃ、うにゃ」
 キルビーは腰をつんと上げ、そこを叩かれるたびに妙な息を漏らす。
「まあ、あまりやりすぎると可哀想だという話なんだがな。AI風に言うなら、それは推奨されません、か」
 なおもぽんぽんと叩く。
「うにゃ、うにゃ、うにゃ」
「……やはり私の知識だけではどうにも、というか、その、アイ様のお知恵を拝借したいと思うのですが……」
「ああ、勝手に使え」
「貴方は何もしないのですか……?」
 ハヤトは手を止め、ぽつりと洩らす。
「全部読んでしまった」
「え……?」
「今はシンキングタイムだ。AIは、模倣や改良は得意だが、発見や発明が苦手だからな」
「……おっしゃる意味が」
「AIは目的に一直線なんだよ。わからない事より、わかる事の方が上位に来るんだな。発見も発明も、わからないから出来る事なんだ。わかっていたらそんな事必要ないからな。だが、模様や改良を軽く見ているわけではない。技術の99%は模倣と改良で成り立っているものだからな。魔術に関して言えば、残りの1%がよくわかっていないのが問題だ。つまり、お前も頑張れという事だ」
 リアナはやっぱりちょっとよくわからなかった。なので話題を逸らして誤魔化した。
「本当に全ての蔵書を読まれてしまったのですか?」
「ああ。細かい索引はAIに任せてあるがな」
「ん、えっと……。はい! それでは、第一回! ハイザードラ蔵書庫クイズを始めたいと思います!」
 リアナはなんだか馬鹿にされているような気分になっていたので、ちょっとヤケになっていた。
「お前芸風変わってきたな」

 髪を纏めてお団子にしたリアナは鼻筋の横を中指でクイッと擦り、ハヤトに向き合って設問を開始する。
「第一問! ハイザードラ第七代国王の名前は?」
「ロンス・ハイザードラだ。これと言って目立った功績は無いが、その治世の間は民の餓死者がほとんど出なかった事が印象的だな。私見だが、これはおそらく、后が農民上がりだったため、その境遇に同情したロンスが民の暮らしを改善しようと尽力した結果なのだと思う。土人らしい直情だが、俺は嫌いではないな。また、はっきりと明記されているわけではないが、その頃を前後して、内乱が激減したのも、ロンスの治世がどれだけ安定していたのかという事を示……」
「……正解です! それでは、第二問! この国の主要産業は?」
「この国、というのがどの範囲を指しているのかは知らないが、王都周辺の直轄領なら、紡績加工からなる織物の流通が一番大きな割合を取っているはずだ。原料の8割は王都一帯から、1割は東部から、残りの1割はその他と国外から仕入れている。食料は王都一帯でほぼ自給を可能としているな。保存方法が確立されていないから、当たり前の事なのかもしれないが。そのせいか、一代に一度くらいは飢饉になりかけるきらいもあるが。南部の海産物を塩漬けや干物、薫製にして買い付けしたらどうだ? 飢饉の時の食糧の流通も融通が利くようになるし、国内の経済格差も少なくなるはずだ。それと、俺としては、西部山脈部の鉱石を買い付けて、冶金技術を発展させたらいいと思うがな。魔術なんてものがあるんだし、やろうと思えば結構面白い事が出来るだろうからな。ただし、西部は地方領主の権限が強いと書いてあったから、そこらへんの政治的問題をどうすればいいかは知らないな。実際にどうにかする場合にも、あくまで王都周辺の産業としないと駄目だ。西部に力が付くとそこの領主が反乱を起こす可能性がある。ある程度の技術が付けば、使役獣の1匹や2匹くらいは倒せるだけの武力を持つのはそれほど難しい事じゃないはずだ。100年200年単位で時間はかかると思うから、お前が知った事ではないと思うがな。と、ここまで言ったが、これは数年から数十年前の記述を元に言った事だから、今でもそれが変わってないというのなら、この世界の文明の発展速度を嘆かざるを得……」
「……正解! ……? なのですか?」
「何故俺に聞く」
「……というか、鉱物で使役獣を倒せるのですか?」
「100年200年と言っただろう。俺のこの情けない体も、そういう技術が発展していった成れの果てだ。中世レベルの大砲でも、数十発も撃ち込めば、あの2匹の竜の片割れくらいは倒せると思うぞ。そこの猫なんて一発で木っ端微塵だ」
「え……? うあ、えと……。何か大事な事を言われたような気もするのですが、……気を取り直して、第三問! ……えと、その。魔術って結局なんなのですか?」
「俺にそれを聞くか? 魔術ってのは、人間の意志をして、魔力という力の介在を以て、なんらかの現象を発現させる事だろうな。俺の世界でも、アレイスター・クロウリーとかいう有名な詐欺師が、そんな感じの言葉を言っていたはずだ。だが、俺の世界で言われる魔術と、この世界の魔術は多分違うものだろうな。ちなみに、俺のプラズマ砲は、そのアレイなんとかの魔術とは全然別のものだからな。俺も少し勘違いをしていて、まさかその魔力が見えるものだなんて思っていなかったから、あんな赤っ恥を掻いてしまったわけだが。まあ大体だが、魔力運動が何かに働きかけて現象に変換されるんだろうな。炎熱術式なら魔力同士をぶつけ合わせて熱を生み出す。拘束術式なら対象の神経を圧迫して肉体を拘束する。俺が拘束術式を喰らった時も、丁度、坊さんの糞長いお経を正座組んで全部聞いた後みたいな感じになったからな。制御術式はおそらく脳の前頭連合野辺りに作用して判断力を奪うんだろうな。猫耳は自分の名前もわからなくなるくらいにぶっ壊れちまったみたいだしな」
「う? う? ううん? ……だ、第四問……? 四問……四問……よんもん……」
「第4問は俺からだ。ここの地図は正確なのか? 明らかに歪んでいる地図ははっきりと除外しておいたが。何もユニバーサルメルカトル図法で見せろというわけじゃない。ある程度の正確さがあればそれでいい。大陸の外まで描かれた地図なんて1枚しかなかったぞ」
「大陸の内、に関しては、多分、そこそこ、正確……? あまり、不都合は感じない、ものですから?」
「AIが計測したが、1日の時間は俺の世界と同一だった。1年も365日らしいな。月の公転は1年に10回程度らしいがな。一週間は12日か。そもそもスペクトルが全然違うから、月に関してはあまり気にしていないが。あまり調べたくなかったんだが、余りの目処の付かなさに、少し恐ろしい見当を付けてしまったんだよ。もしかして、ここは猿の惑星なんじゃないかってな。土壌の成分は隕石の衝突とかで掘り返されていたら意味がないだろうから、大陸プレートの動きをAIに計算させれば、その辺がわかるかと思ってな。もしそうなら、帰還は絶望的だな。反吐が出る」
「うあああああ、ああん、ああ」
 リアナは頭を掻きむしる。そこで猫が口を挟んできた。
「そのかのうせいはあまりないとおもう。わたしのせかいのときのながれも、おまえのせかいとおなじだった。それなのに、おまえのそうぞうがあたっているとするなら、ほしのじゅみょうがたりないとおもう。わたしとおまえがりんねをくりかえすほどのじかんがたりないのだ。てんのひかりはどうだ? かわっているか?」
「……なるほど、そういう考え方もあるな。AI! 星図は!?」
 ゴロンと転がってたメットが喋った。
“星図はてんでめちゃくちゃです。少なくとも、数億年単位ではこのような星図になる事はありえません。その間に太陽の寿命が尽きます。また、太陽光のスペクトルは、地球からのそれと全く別のものです。成層圏での屈折を加味しても、あれは太陽であって太陽ではない、別の恒星であると推測されます”
「……なかなかやるな、猫耳。どこでそれを?」
「おまえはわたしを『ねこみみ』といった。わたしはたしかにねこみみだが、ただのねこみみではない。わたしはねこみみのかみ、『ねこみみがみ』だ。なまえはわすれてしまったが。でも、おまえはわたしを『ねこみみ』という。だから、こことおまえとわたしは、あくまでも『へいこうせかい』だとおもったのだ」
「……ただの猫耳ではないという事だな」
「こうみえても、おまえたちのじかんで1200ねんはいきている」
「よし、褒美にぽんぽんしてやろう」
 ハヤトは屈み込んでキルビーの腰骨をぽんぽん叩く。
「うにゃ、うにゃ、うにゃ、うにゃ」
「ぼああー」
 リアナはお団子から魂を放出していた。

「とすると、全く別の惑星にまでワープしてきたというのはどうだ。似たような惑星を条件付けして、そこにゲートのようなものを作るのが召喚術式というものだと仮定する場合は……。AI、この惑星がある銀河の大きさはわかるか」
“現状の機能と、地表からの観測では、そこまでの計測は不可能です。あるいは、軌道上からの観測であるなら、それが可能になるかと思われます”
「……それはまず保留だな。人工衛星が欲しいな。作れるか?」
“ちょっと無理”
「だよな」
 再起動したリアナが再び会話に混ざる。
「あの、つまり、今は、する事がない、という事ですか?」
「最初からそう言ってるだろう。おまけにこの国一番の魔術師のはずのお前がこんな様だからな」
「魔術は、口伝で伝えられる事も多分にありますから……。私の教育係であった、ソオン老ならば、私の知らない知識も多く持っているとは思いますが……」
「……そういう人間が居るのなら、最初に言ってくれないと困るな! よし、そいつの所に行くぞ。まさか死んでしまったとか言わないよな?」
「あの、いえ、その、……ソオン老はボケてしまって……」
「そんな所だろうと思ったよ。はあ、魔術魔術、魔術とね」
「申し訳ありません……」
「……はあ」
「……はあ」
“はー”
「ねる」
 揃って溜息を吐く。一同がしばし沈黙していると、誰かが蔵書庫に入ってくる。
「おお、皆様ご機嫌麗しゅう」
 宰相のサルガスだ。キルボーグがドラゴニアエストを撃退してからは、城内の者もキルボーグに対して割とフランクになってしまっていた。
「宰相どの、例の件は今どうなっていますか?」
「姫様、そんな宰相どのなどと堅苦しい、昔のようにサルガスと呼んでくださりませ」
 例の件、とは撤退したドラゴニアエストの事だ。王都攻略から撤退したドラゴニアエスト軍は、いまだロガの街に陣取り、ハイザードラとの停戦交渉に臨んでいた。キルボーグとスーパーイエロードラゴンの戦闘から、既に半週(六日)ほど過ぎていた。
「やはり、かなりごねておるようですな、なにしろ、向こうは王が会談に構えておるのに、こちらは大臣の一人ですからな。このサルガスめが行ければよろしいのですが、宰相という身分はなかなか身動きの取れないものでして、オーグマも実務のほぼ全てを取り仕切る優秀な男なのですが、やはり、向こうが王族では、釣り合いが取れぬようです」
「それでは、やはり、その……」
 リアナはチラ、チラとハヤトを見やる。リアナとしては、リアナ自身が会談に臨むべく、この場を離れてロガに向かう事の了承を取り付けたかったのだが、それに対して、ハヤトは珍しくもこの国の動向に口を挟んできた。
「停戦交渉って具体的にどうなってるのよ」
 サルガスはにこやかな笑みでその質問に答える。
「おお、キルボーグどの、……で、よろしゅうございましたか、ふむ、そうですな、向こうのドラクォ王はなにぶん業突張りでしてな、攻め込んできて敗退したのにも関わらず、戦費の請求と、領土の割譲を求めてきております。向こうの継戦力が尽きておるのも一目瞭然でございますから、当然そんな要求は受け入れる事などできぬのですが、ロガの街そのものを暗に人質にしておりまして、こちらとしてもあまり戦禍を拡大したくないと思っております故、そのまま帰っていただく、というのが落としどころかと……」
 ハヤトはそれを聞いてリアナに話を振る。
「リアナ、お前(かね)ある?」
 リアナはその意図が掴めない。
「か、金? ですか? ……ええと、その、実は、もう駄目だと思って、全て放出してしまって、その上、税を払わなくともよい、という布令を出してしまったため、今更それを撤回するわけにもいかず、三半期ほどは収入が見込めず、その……。すっからかんです!」
「じゃあ賠償金を糞ふんだくってこい。こっちは王様ぶっ殺されたんだろ? そうだな、国家予算10年分ってとこだな」
「じゅ、十年分……!?」
「気にするな。俺の世界じゃ戦後賠償で国家予算50年分を請求された所もある。なんとかなる。いや、なんとかしろ。そしてその金で世界中から魔術関係の本を買い漁れ。優秀な魔術師を雇ってもいい」
「え、いや、しかし、そんなもの、向こうが呑むとは……。十年分……。領土の割譲や、小国なら国そのものが呑み込まれた例は、ありますが、賠償金だけを十年分とは、その、聞いた事もない、ので」
「呑まなきゃぶっ飛ばすっつって脅せ。貴様の国が焼け野原にされたくなけりゃ払うもん払ってとっとと帰りな、って恫喝しろ。後の方法は自分で考えろ」
「はあ……。もういいです……。どうせ私が早計だったのが悪いのです……。やるだけやってみます……。あんまり期待しない方がいいとは思いますが……」
「じゃ、頑張ってな」
 まるで他人事のように言うハヤトに、リアナはもしや、と思い、尋ねる。
「キ、キルボーグ様は……?」
 
「俺インドア派だから」
 リアナはがっくりと項垂れる。

 リアナは出立の準備のため、蔵書庫から出ていった。その場に残っていたサルガスは、ハヤトに深く頭を下げる。
「誠に感謝いたしまする」
「礼を言われる筋合いはないな」
「いえ、姫様は情の深いお方でございますから、ああでも理由が無ければ、きっと、親の仇の顔を見れば、望む望まぬに関わらず、義理を果たそうとなさるでしょうから」
「もっとドライな方が楽よ?」
「……それが姫様でございますから」
「そうだな。それがもうちょっと俺を帰す方法を考える方向に向かってくれるとありがたいんだが」
 サルガスは何かに急かされるかのように二の句を継ぐ。
「……いやはやしかし、先日の戦は見事でありましたな! あれほどの魔術、いや魔術ではないとお聞きしておりますが、まるで天が怒ったかのような怒濤の……」
 それを遮るようにハヤトが言う。
「気にいらんな」
「……は」
 サルガスは笑みを浮かべたままハヤトの顔を見つめる。
「その作り笑いが気にいらないって言ったんだ。自分のとこの姫様が小間使いにされてるのが不満か?」
「……いえ、決してそのような」
 なおもサルガスは笑みを崩さない。
「じゃあなんだ? 腹芸を見せられるくらいならとっとと視界から消えてくれた方が助かる」
「……違いまする」
「言いたい事があるなら率直に言ってくれないと困るな。そうじゃないなら消えろ」
「違いまする! ……違いまする、そうではありませぬ、違いまする……」
 サルガスは顔を伏せる。
「言いたい事も言わない、出ていく気もないと」
「お……、おお……、おおう……!」
 とうとうサルガスは嗚咽を洩らし始める。
「……別に気にしないから言いたい事があるならとっとと言えよ。俺は帰れればそれでいいんだ」
「……おお、お、む……むす……」
「おむすびが食べたいんだな?」
 サルガスは目をカッと見開き、声を張り上げる。
「貴様、貴様が息子を殺したんだぞ! あの召喚式には俺の息子が居たんだ! それが、それが、それが! 胴と脚が別々になっていやがった! ひでえ、ひでえ、なんてひでえ殺し方をしやがる! 手の掛かる奴、だったぐあ! おれ、俺は本当に愛していたんだ! 許さね、え! 何回生まれ、変わった、って、貴様を、呪っ……て……」
 サルガスはそこで崩れ落ちて膝を突く。ハヤトは何も言わなかった。A.I.も何も言わなかった。猫は寝ていた。
「……申し訳ありませぬ、取り乱しました。今の事は忘れてくだされ」
 しばらくの沈黙の後、サルガスは何食わぬ顔に戻り、言った。笑みは無くなっていた。
 こういう時、人間はどんな顔をしたらいいのだろう。笑えばいい、なんて事は、きっと無い。

「悪かった」
 ハヤトは、ただそう言っただけだった。



[12500] 07話 殺人女王キラークイーン 後編
Name: 空とぶギロチン◆f0e35d55 ID:a6992bea
Date: 2010/12/02 00:02


 馬車に揺られて二日間、リアナは考えに考え抜いた。それでも、これといった具体的な段取りは思い付かない。国家予算十年分の賠償金を要求するなど、どうやっても無理だ。無理なものは無理なのだ。馬車の揺れで尻が痛くなっている事にも気が付かないほどに無理だった。馬車が止まって、リアナは心の中で叫んだ。
 無理! 
 ロガの街に着いた。頭を抱えて冷や汗を垂らしていたリアナは、やせ我慢で顔の表情を作り、馬車を降りる。馬車を降りれば人の目がある。軟弱な所を見せたら、そこから付け入られるかもしれぬ。もうここから交渉は始まっているのだ。
 自ら志願してくれた勇士数十名を供とした強行軍だった。彼らに報いてやれる事はほとんどない。だって手持ちがない。ああ、賠償金をむしり取ったら、彼らにも報奨を与える事が出来る。一矢で二馬を射れるではないか。リアナは捕らぬ毛皮の金勘定をした。空しくなった。馬も疲れている事だろう。リアナは馬の背をそっと撫でてやる。
「コッ、コッ、コケーッ、コッコ」
 馬はいななき、体を揺さぶって、バサバサと羽を散らす。
 馬は賢い上に、無理難題も言わない。お腹が減ったら食べられる。その円らな瞳を見る事で、リアナは少しだけ癒された。
「姫様、お体の方は」
「全く問題ありません。すぐにでも会談の場に向かいます」
 本当は凄く疲れていた。
「ならば、参りましょうぞ」
 こう言った勇士も実はかなり疲れていた。

 オーグマ大臣付き添いの文官と落ち合い、会談場に向かって歩きだす。街頭は人気が少なかった。おそらく、住民が自主的に厳戒を固めているのだろう。
「商館? 駐在舎ではなくてですか?」
「……ええ、はい、気に入らぬなどと言い出して、勝手に居を移しましたもので、こちらも抗議の意は示したのですが」
「……まあいいでしょう。どこでやろうが内容に差し支えはありませんでしょうから」
「ええ、はい、そうなのですが……」
 現況について、文官と討議を交わしながら、一行は商館に辿り着く。

 建物の中に入ると、ふと、リアナは違和感に気が付く。臭い。
 しばし立ちすくんで居ると、オーグマが慌てた様子で出迎えに出てきた。
「オーグマ、一体これはどうしたのです」
「……大変お聞き苦しい話になりますが、木っ端役人相手では話にならぬと、取り付く島も無く、その上酒盛りまで始める始末で……」
 なんたる無節操な。そんなでたらめな相手に父王は殺されてしまったのか。いや、だからこそあのような暴挙に及んだのかもしれぬ。いずれにせよ、この落とし前は付けさせねばならぬ。リアナの胃からは何か酸っぱいものが上がってきていた。
「……それで、今すぐにでも会談は始められますか」
「……なんとか会談場の応接間に押しとどめておりますが……。いえ、始められます。姫様の御心ままに」
「では」
 今更考えた所で何が始まるわけではない。リアナは重い足を強引に動かし、階段を上る。会談場の前までやってきて、心臓がドクドクと脈打つのが感じる。この向こうに居るのは父の仇だ。どんなに考えないようにしていても、近づくほどに悪心が膨れあがる。口の中にゴポッと少し、胃の中の物を戻してしまう。急いでそれを飲み込む。死ぬ気で戦場に向かった時は、こんな事はなかったのに。いや、あの時は胃に何も入っていなかったからか。むしろ腹が空いている時の方が、魔力は高まるのではないだろうか? と関係の無い事を考えて、色々と誤魔化す。リアナは段々と壊れてきていた。
 オーグマは応接間の扉を開く。その扉の先にリアナが見たものは、半裸の遊女を両脇に抱えて痴態を演ずる、ドラゴニアエスト国主、ドラクォ王その人だった。
 ドラクォは不機嫌そうにリアナの方を睨む。
「遊女は間に合っておるが」
 リアナはブチンときた。急いで切れた血管を繋げ直す。
「……私は、ハイザードラ王位第一継承者リアナ・バロス・ハイザードラです。会談を再開致します」
 ドラクォはリアナの顔を凝視する。
「ほう、そなたが其方がこの国一番の美姫と謳われる、リアナ姫か」
「会談を再開致します」
 リアナは相手の言葉を無視するように、中央の卓に添えられた席に陣取る。
「我は国主であるし、小娘相手では話にならんな。伽でもしてくれるのならば話は別だが」
 リアナはブチンときた。王でもなければ話はしないというのか。その王を殺したのは貴様だろうに! 切れた血管は繋げ直さなかった。
「いいから席に着きなさい!」
「断る。小娘と話す口は持たん。再度言うが、伽ならば歓迎だ」
「よくもぬけぬけと……!」
「その書簡に国王代理として調印すれば、我とていつまでもこんな所にはおらぬのにな」
「こんなもの、誰が呑めるか!」
 リアナは激昂しながらも、その書簡に目を通していく。余りにも馬鹿げた内容に、なお腸が煮えくりかえる。目をドラクォに戻せば、ドラクォは遊女の乳を揉みしだき、首筋に吸い付いている始末。こいつぶっ殺していいんじゃないか? リアナは本気でそう思った。リアナ、初めての感情である。
「我が国土を侵略しておきながら、北部の折衝地帯を割譲、その上八百万メルクも払えなどと……! 恥を知れ! 下郎!」
 隣で推移を見守っていたオーグマは、今までリアナが怒号を飛ばす所など見た事もなかったため、ちょっとびびっていた。
「法外ではないぞ。我は使役獣をやられたのだからな。あれほど強力な使役獣を召喚するのには、それなりの対価を払う必要があったのだ。八百万でもかなり譲歩しておるつもりだ」
 リアナは訝しむ。使役獣をやられたのにも関わらず、この男の余裕は一体なんなのだ? それに、使役獣の召喚に対価とは? 魔力以外に何の対価が必要なのだ? 
「そもそも使役獣どうのは関係ありません。侵略してきたのはそちらなのですから、むしろそちらが賠償すべきです」
「おっと、口が滑ってしまったな。小娘と話す口は持たんと言ったのに」
 駄目だ。この男は交渉の席にすら着こうとしない。どうすればいい? 考えろリアナ。引いてダメなら押してみろ。押してダメならもっと押せ。それでもダメなら横っ面をはっ叩け! ……いっそ殴り飛ばしてしまおうか? いや、それでは何も解決しない。そしてリアナは気が付いた。
 ……あった。一つだけ方法があった。
「王が相手ならば、交渉に応じるのですね?」
「ま、そういう事になるのであろうな」

 リアナは、すう、と息を吸い込み、言った。
「では、今ここに宣言します。ハイザードラ王位第一継承者リアナ・バロス・ハイザードラは、ハイザードラの王になる事を! 証人はここに居るオーグマと、そしてドラゴニアエスト国主であるドラクォ。貴方は、十二分に証人たりえます。国主たる者、そんな話は聞けぬなどとは申せぬでしょう。余はハイザードラの女王、リアナ・ハイザードラである! 交渉の席に着きなさい!」

 口上を聞いて、ドラクォはしばし呆然としていたが、やがてくつくつと笑い出す。
「……なるほど、確かにハイザードラは、王位が空位の時に限り、王位第一継承者が宣言する事によって王になれるのだったな……クク」
 オーグマと周りの文官もびびっていたが、事態を飲み込むと、リアナに向かって一斉に頭を垂らす。
「ひ、姫様……。いえ、陛下! そのお言葉をどれほど強く待ち望んだか……!」
 ドラクォは立ち上がる。こうしてみるとかなりの偉丈夫である事がわかる。
「いいだろう。話だけは聞いてやらぬ事もないな。それが国主たる最低限の矜持というものだ。……クク、愚かすぎず、賢すぎず、か。なるほど、……の通りだ……。……おい、女を外させろ」
 ドラクォは顎でクイと側近に指示を出し、遊女を退室させる。そして、ドカリと交渉の席に座り込む。
「さて、そなたの言い分はなんであるのかな?」
「先ほども言いましたが、賠償すべきは其方の方です」
「ほうほう、それで、いかほど」
「は」
「……は?」
「は、八千万メルクほどお支払いして頂きたい!」
 ふっかけました。ドラゴニアエストの財政規模は、およそハイザードラの二倍程度であったはずなので、その大体十倍くらいをふっかけた。結果的に、向こうの要求の十倍返しになった。リアナはそう言った後、あ、もしかして、ドラゴニアエストの要求って実は自分とこの予算一年分なんじゃね? と思った。
「……は?」
「はい」
「はいではないな」
「はい」
 突然、ドラクォはげらげらと笑い始める。
「グハハ! グハ! 八千万! 八千万だと! そんな額、ルティルムでも払い切れるものではないぞ! 八千万! 八千万とな! これは面白い! 我は少々そなたを見くびっておったようだ! これは面白い!」
 リアナはもう勢いで突っ走った。
「払いきれなくとも払って頂きます」
「払えぬ! それは払えぬ! グハハ! 払うものも無く、どうやって払えというのだ! 無いものは払えぬ! ……グハ、ゲホ」
 ドラクォは少しむせた。リアナは畳み掛ける。
「貴様の国が焼け野原にされたくなけりゃ、払うもん払ってとっとと帰りな」
 棒読みでした。
「……焼け野原! なるほど、我を脅すというのか! 本気で面白い! ククッ、クハ」
「呑まなきゃぶっ飛ばす。まっすぐ行って右すとれーとでぶっ飛ばす」
 やっぱり棒読みでした。右すとれーとってそもそも何? 
「……なるほど! ただの温室育ちの姫ではないようだ! ……それで、姫は、おっと今は王であったか。ハイザードラ王はどうやって我が国を焼け野原にすると言うのだ?」
 ドラクォはニヤリと笑う。
「あの二体の使役獣を倒した、我が使役獣の雷の魔術は見たでしょう。あれでぼうぼう燃やします」
「ならば、その使役獣を連れてきて、今すぐにでも我が軍を殲滅すればよいものを」
 リアナは焦った。あのキルボーグが自分の言う事など聞くわけがないではないか。ドラクォはまさかそれを……。
「ロガの街に戦禍を広げたくないのです」
 嘘をつきました。
「……我が軍は街の外で野営をしておると通達しておったはずだが?」
「……無思慮な殺戮は好まないのです。貴方とは違って」
 これは本当です。
「なるほどなるほど、慈悲を与えているつもりなのか」
「はい」
 ドラクォはその瞳に冷徹な光を宿す。
「嘘であるな。真実は、使役獣を制御できぬといったところであろう」
「できるます。してます。今はちょっとえねるぎーちゃーじ中なのです」
 リアナは窮地に陥った。ハイザードラの内情がバレていた。何故だ? どこから漏れた。適当な事を言って誤魔化すのも限度だ。アイ様、えねるぎーちゃーじって何? 
「まあ、わからぬ事ではない。外交の場では嘘はったりも必要であるしな」
 ハッタリが尽きた。ヤバイ。どうするリアナ。考えろ。人間は考える脚である。歩き回るか? リアナが黙っていると、ドラクォはにわかには信じられない事を言った。
「兵を引かせてもよいぞ」
「……は」
「兵を引かせてもよいと言ったのだ」
 急に何を言い出すのだ。リアナは困惑した。どうしてこうも立て続けに、自分の理解を超える事ばかり起こるのだ。
「……その意図は」
「気に入ったのだよ。そなたを。ハイザードラ王、リアナ・ハイザードラ。賢すぎず、愚かすぎず、度胸がある。我が妻になれば兵を引きあげさせてもよい」
 それを聞いたオーグマが激昂する。
「貴様、ひ……、陛下になんたる物言い! 国主といえども許される事ではありませんぞ!」
「ほう、許されなければどうだというのかな」
 リアナの胸中は、怒りと呆れと不快感が化学反応を起こして、紫色の何かがぐるぐると渦巻いていた。論外だ。妻になれなど、ハイザードラ丸ごとドラゴニアエストによこせという事ではないか。まさか、自分が戴冠宣言をする事も算段の内だったというのか。賠償請求の方がまだまともだ。キルボーグの無理難題の方がよっぽどかわいげがある。
「なんという……この……」
 リアナが罵声を浴びせかけようとした時、リアナ側の扉が激しい勢いで開け放たれ、ハイザードラの勇士達が会談場に飛び込んできた。
「姫様っ! ドラゴニアエスト軍に囲まれております! もはや会談どころではありまっ……グハッ!」
 勇士の言葉は一本の弓矢によって中断させられた。ドラクォ側の奥の扉からドラゴニアエストの兵がなだれ込み、ハイザードラの勇士や文官達に次々と弓を射かける。
「なんだっ!」
「謀ったなっ! ドラクォッ!」
 やられた! 先ほど遊女を外に追い出したのはこれの合図だったのだ! 
「皆の者! 部屋の隅にっ! 防盾術式! 広域構築!」
 リアナは出来る限りの機転を効かせ、文官と勇士達を庇うように魔術盾を構築する。商館の外に居るであろう軍勢を突破するのはおそらく不可能だ。部屋の外にも手が回っているはず。こんな事をしても時間稼ぎにすらならない事はわかっていた。最善の選択だが、最悪の結果しか想像できない。
「どうだ。我が妻にならぬか? それが一番、無思慮な殺戮を避けられる選択だと思うが」
 そんな要求を呑めるはずがない。いっそ自爆術式を構築してしまおうかとリアナは思う。いや、それは最後の手段だ。考えるんだリアナ。自分は魔術発祥の国、ハイザードラ随一の魔術師なのだ。まだ出来る事はあるはず。きっと。考えろ! 
「ちなみに、我を殺そうとは思わぬ方がよいぞ。なにせ、外の兵共には、我が死んだら、そなたを犯してもよいと通達しておる。兵の中にはむしろ、我に死んでほしいと思っている者すら居るのではないかな? ハイザードラの化石の魔術で何が出来るかはわからぬがな。……クク」
「……なんたる外道!」
 考えろ! 流されるな! これも全てドラクォの謀! 奴の思い通りにさせぬ方法を考えるんだ! 何ができる! 何がやれる! 炎熱術式……! いや、それは駄目だ。この狭い所で使えば自爆術式となんら変わりない。何がある。探せ! 化石と蔑まれてそれでよいのか! 化石? ……化石だと! もはや、ハイザードラ、いや、自分の魔術は化石ではない! キルボーグを元の世界に送り返すため、頭が爆発しかけるほどに魔術式を考えてきたのだ! 
 ……そうか。それがある。それがあった。リアナはそれの存在に気が付いた。
「さて、我の妻になるか、それとも憎き仇を殺し、四千の男達の慰み者になるか。好きな方を選ぶがよい」
「それでは、三番目の選択肢を選びましょう」
「……三番目?」
「防盾術式! 強化構築!」
「……魔術盾を張って逃げ切るつもりか?」
「……回転!」
 リアナが最も得意とする魔術、防盾術式。掲げた右手の上に、ありったけの魔力を注いだ強固な魔術盾を一枚作り出し、その光の紋様を――回転させる。

 ――速く。もっと速く。もっと速く回転させろ。そう、人が殺せるくらいに! 

 リアナは右腕を振り下ろす。リアナの腕から放たれた光の円盤は、部屋の中を踊り狂う。
「ぎゃあっ」
「……ぐげ!」
「ばっ……なん……ぐべら!」
 光の円盤が行き交う度に血煙が上がり、部屋中を赤く染めていく。
「国主さ……ぐばっ!」
 ドラゴニアエスト兵は両断されていき――残らず絶命した。
「なんだと……!」

 そして、この部屋にで生き残っているドラゴニアエストの人間は、ドラクォだけになった。しかしドラクォは、目を見開いて驚いてはいたが、死の恐怖で狼狽えるような様子を見せる事はなかった。
「……ほう、我を殺す気か。それもいいだろう。しかし、見事な魔術であった。ハイザードラの魔術も、愚直に古き物を伝えているだけではなかったのだな……」
「……誰が貴方を殺すと言いましたか? わた……余は、三番目の選択をさせて頂くと、そう申したはずです」
「……なんだと?」
 リアナの手に戻った光の円盤はなおも回転を続けている。リアナはそれを携えたまま、卓の上に駆け上がり、円盤の面を拳に乗せ――その拳をドラクォに打ち下ろす。
「……グゴッ!」
 ドラクォは殴り飛ばされ、地面に転がり伏せる。回転エネルギーを加えた光の拳は、リアナの細腕でもドラクォほどの大男の体をも弾き飛ばす威力を生み出した。
「ドラゴニアエスト国主、ドラクォ。貴方の『身代金』として八千万メルクをドラゴニアエストに請求します」
「……グホッ、身代金だと……? ……なるほどな。……フフ、しかし、無駄だな、そんな金はどこにも無い」
「そうでしょうね。ですから、分割で請求させて頂きます。貴方は何十年もの間、国に帰る事は適わないと思ってください」
「……なんだと! それでは我が国のた……グギャッ!」
 リアナは足の爪先をドラクォの鼻筋にめり込ませる。ドラクォはそのまま動かなくなった。

「姫様!」
 勇士の一人が勝ち鬨をあげる。が、オーグマがその肩に手を置き、首を横に振る。
「姫様ではない。陛下の御前であるぞ」
「……陛下!? なんと! それでは!」
 勇士達は驚愕の表情を浮かべる。
「うむ」
 その場に居た者は一斉にリアナにひれ伏す。
「陛下! 見事なお立ち回りでありました! 我ら! これよりなお一層の忠義を尽くす所存にございます!」
 でもほとんど役に立ってないよね? キミタチ。
「顔を上げよ。まだ何も終わってはおりません。外にはまだドラゴニアエストの軍勢が控えております」
 リアナはドラクォの首根っこをひっ掴み、ズルズルと引きずり始める。
「陛下! 我らが!」
「いえ、これは余がやらねばならぬ事なのです」
 リアナはそのままドラクォを引きずり、部屋を出る。部屋からやや離れていた廊下で張り込んでいたドラゴニアエスト兵は、血塗れの二人の姿を見て呼号し、槍をリアナに向ける。
「なんと! 国主様! 火急! 火急!」
「控えよ! 手を出すのならば、この場でドラクォの首を掻き切ります!」
 ドラゴニアエストの兵が寄り集まってくるが、手を出せずに立ち止まる。リアナが歩を進める度に兵の群れは割れ、リアナはその間を進んでいく。
「おお……なんという事だ!」
「国主様が!」
 ドラクォはもの凄く重かった。メートル法で言えば150キログラムほどはあった。だが、虚勢を張らねば、この場を乗り切る事は出来ない。肩の筋がミチミチと切れていくような気がした。階段の前までやってきて、リアナは少し困る。女の腕ではやはり限度がある。どうしようもないのでその巨体を階段から転げ落とす。死ななければ特に問題はない。自分は階段から飛び降り、魔術で滑空してドラクォを踏みつけて着地する。そして再びドラクォの首根っこを掴み、ひきずり始める。

 リアナが商館の外に出ると、それを包囲していたドラゴニアエスト軍からどよめきが沸き起こる。血に塗れたハイザードラの王女が、自分らの国主を引きずって出てきたものだから、それも当然の話である。おまけに、ドラクォも返り血を浴びて血塗れな上に、階段から転げ落ちたせいでボロボロになっていたため、余計に兵達の不安を掻き立てる。リアナは声を張り上げる。
「静まれ! 静まれぇーい! 余はハイザードラ! リアナ・ハイザードラ! ハイザードラの王である!」
 状況を把握したいがためか、その場のどよめきはやや沈静化される。
「ドラゴニアエスト国主、ドラクォは愚かにも、我が領土を侵略し、敗退したにも関わらず、賠償まで求めてきた! しかし、そのような非道がまかり通るはずがない! どちらに非があるかは一目瞭然であろう! よって、余は余の権限において、ドラゴニアエスト国主、ドラクォをハイザードラの虜囚とする! これは正当なる国事行為である! 兵共は速やかに武装解除し、この国から退去せよ!」
 ドラゴニアエスト軍はその宣言を聞き、怒りを渦巻かせる。怒号を上げ、武器を構えて攻撃態勢を取る。
「従わぬものは目に物見せてくれよう! 防盾術式! 広域構築! 回転!」
 リアナは光の円盤をドラゴニアエスト軍に向かって放り投げる。射線上からは血飛沫が噴き上がり、真っ赤に染まった道を造り上げる。血の噴水を基点にして、ドラゴニアエスト軍からは恐慌が巻き起こる。
 リアナは足を肩幅に開き、右腕を天高く掲げ、その手首を横に向け、左手を腰に当てて、頭上で光の円盤を高速回転させながら、宣言する。

「右手に爆弾! 心に火薬! 絶対無敵の使役獣、殺人装甲キルボーグが使役者にして! そのレーザー・ビームが貴様らの心臓を焼き尽くす! 余はキラークイーン! 殺人女王キラークイーンであるぞ! この光輪の輝きを恐れぬのなら! かかってこい!」

 血塗れの女神の降臨に、恐慌の輪は徐々に広がりを見せ、やがてドラゴニアエスト全軍は完全に恐慌状態に陥り、そして二度目の壊走を始めた。ドラゴニアエストの野望は、ここに完全に潰える事となる。その野望の全容がなんであったのかを知るものは、少ない。

 ロガの街の商館の屋根の上で、壊走していくドラゴニアエスト軍を眺めていた黒い影は、直立不動で腕組みをしながら、ポツリと言葉を洩らす。
『アレってどう見てもニワトリだよな?』
≪99.9%以上の確率でニワトリです。ていうかでかいニワトリです≫



[12500] 08話 殺人迷宮キルダンジョン
Name: 空とぶギロチン◆f0e35d55 ID:a6992bea
Date: 2010/11/10 14:47


 汝の名を答えよ

 今は棄てられた廃鉱山の奥深く、黒い影に向けて、不思議な声が投げかけられる。
「ああああ」
 漆黒の殺人サイボーグは名前を告げる。

 ……汝の名を答えよ

「ああああ」
 殺人サイボーグは再び名前を告げる。

 ……もう一度問う、汝の名を答えよ

『ダメだな。この迷宮は素人だ。伝統と格式高いこの名前「ああああ」を認識出来ないとは』
≪埋めますか? 人工知能として、この人工無能的対応は許せません≫
『いや待て、ちょっと試したい事がある』
「ファッキン」

 『ファッキン』でいいのだな? 

『5文字なのに認識しやがった。本格的にダメだなこれは』
≪埋めますか?≫
『そうだな……。埋めるか』
 殺人サイボーグは振り返る。こんな所にもう用は無いからだ。
 すると、ドドドドンという音と共に扉が降りてきて、入り口が塞がれてしまう。
『なめくさってんな』
≪埋めます≫
『いや待て、これは教育的指導が必要だ』
 殺人サイボーグは再び体を向き直らせ、廃鉱山の奥へと歩を進め始めた。

 話は数日前まで遡る。

「それで?」
 キルボーグはその事案について、全く興味なさそうに、まるでハナクソでもほじるかのように返答した。しかし殺人サイボーグの肉体はハナクソすら生み出さない。リアナはこんな話になっているきっかけを話す。
「この間、鉱石の買い付けという話がありましたので、それで少し話を通してみようと思ったのですが……」
「ああ、お前、冶金を本気でやるつもりだったのか。やめとけ。ここちょっとバカばっかりだからな、糞みたいな製錬しか出来ないのに農民に製鉄やらせてチョンボしそうだ。恥ずかしながら、俺の世界でも僅か数百年前にこれをやって数千万人も餓死者を出したマヌケが居るからな。こういうのは100年単位で少しずつやるんだよ。このコミュニストの手先めが」
「ええと、ですから、いや、物は試しと、少量だけ……」
「なるほど、貴様はよく訓練されたおフェラ豚というわけだな。ブルシット! まるで匂い立つ糞だ!」
 ハヤトは不機嫌だった。この世界は物流の速度が糞ッタレに遅かったからだ。賠償金が支払われるのも遅ければ、魔術書の購入どころか、ただ運送するのにも、牛糞が堆肥に変わるほどの時間が必要になるのだった。なにせ、ハヤトの元の世界では、オホーツクで獲れたカニがその日のうちにメール便で届けられるほどに物流が進歩していたのだから。
「……もう、いいです。どうせ、ご破算なんですから」
 リアナもまたちょっと不機嫌だった。イライラは伝染するのだ。人間はイライラしてはいけない生き物なのだ。
「お前なにそれちょっと、俺なんでこんな事なってると思ってるんだ、いや、ちょっとそれ、お前、ちょっとそれないんじゃないの? 俺が不機嫌なのは当然だけど、お前が不機嫌なのは駄目だろ? ああ? 駄目だろ? 俺を帰してから思う存分不機嫌になれよ。不機嫌になってる暇があったら考えろよ。おい」
「いや……ですから……その……鉱山の奥から……迷宮が……出てきて……その……」
 リアナはどもった。やはりまだキルボーグの事は怖かったのだ。ああちょっとこれやばいかななんて思ってしまったのだ。この前など、ちょっと興奮していたので、何かに使えないかと回転防盾術式を構築して見せたら、糊菓子を潰すかのように叩き割られてしまった。そんなものが一体なんの役に立つんだと言われ、リアナは軽く人格を否定された気持ちになった。その日の夜は自室で泣いた。女王になってもあまり扱いは変わらなかった。女王とは言っても、ただ王家の当主になっただけの話なので、実質的に王女も女王もあんまり変わらなかった。対外的にちょっと意味合いが変わるかな、くらいの話だった。
「だから最初に言っただろ? それで?」
「はい、えっと、その迷宮の深部に到達した者は、なんでも思いの褒美をくれるとか、なんとか……かんとか……」
「そういう話は最初から言ってくれないと困るな」
 なんでも褒美を、と聞いて、キルボーグは触手を伸ばす。

≪食指では≫
『お前、地の文に突っ込み入れるってよほどだな』
A.I.(人工知能)ですから≫

「ええと、はい、しばらく前より、その鉱山の奥で、鉱夫達が怪しい声に誘われて、行方不明になる、という事件が多発していまして、その、そこの鉱山を廃さざるを得なくなってしまいまして、鉱夫達の話によると、鉱山の奥に古代の迷宮が眠っていたらしく、それに取り憑かれてしまって帰ってこなくなったり、または怯えてしまって働き手が居なくなってしまったりで、西部の鉱山業自体がひどい打撃を被っているそうで……」
「で、誰が願いを叶えてくれるって?」
「……え? いやちょっとそこまでは……。迷宮が、ではないのですか?」
「だからその迷宮がそう言ってるんだろ?」
「えっ? えっと……。はい。はい?」
「だから、迷宮が、なんでも褒美やるぞって、誘い込んで、ばっくり」
 キルボーグは影絵の犬ジェスチャーで小指をパクパクさせる。
「……はい。えっ」
 それを見たリアナは肩を竦めて驚愕する。
「どいつもこいつもバカばっかりだな」
「えっ、つまり、迷宮が、嘘で鉱夫達を釣っていたのですか?」
「嘘とは言ってないだろうが。そんなもの俺が知るか」
「……確かに……、そう考えれば辻褄が合うような……」
「合わないよ。合わないから。何のためにそんな事してるんだよ。どういう目的で鉱夫を誘い込んでるのかとか、そういうのわからないんだから辻褄も糞もないだろうが。なんでそう短絡的なわけ」
「えっ、それじゃあ、一体なぜ」
「そんなもの俺が知るかって言っただろうが。はあ。で、それどこ?」
「えっ、あの、西部山脈の、マルガル鉱山、ですけど」
「どのくらい。距離な」
「あっ、大人の脚で二十日ほど、健脚師で七日ほどですが……」
「キルボーグレッグなら往復二日だな」
「えっ」
「というわけで俺ちょっと出かけるから」
「えっ、なぜ」
「俺はお前と違って本気だから。本気で帰りたいからな。なんでもやってみるのが筋道だろうが」
「……えっと、私も、本気で、やってるのですが……」
「結果の伴わない本気に意味があるか?」
「……えっ、いや、だって、だって……」
「ダッテもワイフもないっての。俺が帰ってくるまでに魔術書の一冊でも届いていればいいんだがね」

 とまあなんやかんやがあって、冒頭の時間軸に戻る。

「グギャギャギャギャ! ギャワワア!」
 小鬼が通路に立ち塞がり、殺人サイボーグの行く手を遮る。
≪ゴブリンAが現れた! どうする?  たたかう まほう アイテム ビーム
『最初はスライムだろうが。本気で拙いなこれは』
≪廃鉱山という事を鑑みても、コボルトまでなら許容範囲だと思われます≫
『猫はもう居るからバランス的に次は犬だろうしな』
≪そういう目的ではあまり推奨されません≫
『いや、俺は猫より犬の方が好きなんだがな』
「ギャギャ! 拾ったアイテムはちゃんと装備しないと意味がないんだギャ……ブッシャアアアア!」
 ゴブリンAが何か言いかけた所でプラズマガンが炸裂してゴブリンAは蒸発した。例え仮初めの命であったとしても、このゴブリンの生まれた意義を確かめる術は、もはや無い。
『最初から伝説のビーム砲を装備してるのにアイテムが装備も糞もあるか』
≪多くのダンジョンでは、ビーム対策が不十分であると言えます≫
『たしかにな』
 殺人サイボーグは、ゴブリンが落とした貨幣っぽいものや、キラキラ光る変な物体には目もくれず、迷宮の奥へと歩き始める。
 しばらく歩いていると、さっきとは別のゴブリン、ここではゴブリンBとするが、今度はスライムを引き連れて現れる。
「グ、グギャギャ……! ちゃんとレベルを上げながら進まないと段々と辛くなってブッシャアアアア!」
 ゴブリンBは蒸発した。プラズマガンで蒸発したゴブリンを見て……か、いや、見れるのかどうかはわからないが、とにかくスライムは完全にびびってしまっていた。殺人サイボーグはスライムを持ち上げて、引きちぎって、そして床に叩き付ける。
「プギィィィイイイイ!」
 スライムA、Bは肉体が四散した。
『こんにゃく以下だな』
 キラキラと光るものが撒き散らされるが、やはり殺人サイボーグはドロップ品などには目もくれない。そのままズカズカと進んでいくと階段が見つかるので降りる。俗に言う、一階クリアである。
『くだらん』
 第二階層に入ったとは言っても、それほど特筆すべき事があるわけではない。ゴブリンを蒸発させ、スライムを床に叩き付けて進んでいく。途中、大きい豚の獣人、所謂オークが出てきたが、「モ……」とまで何か言った所で、やはりブッシャアアアアと蒸発した。このオークが何を言いたかったかを知る術は、もはや無い。
 オークを蒸発させて更に奥に進むと、重厚な扉が二つ、大仰に並んでいた。そしてあの謎の声が響く。

 右の道は短く険しい 左の道は長く穏やか それを選ぶは自分次第

『スキャンしろ』
 殺人サイボーグはA.I.に行く道のスキャンを命じる。
≪......スキャンが完了しました≫
 スキャンの結果を見た殺人サイボーグは、何の迷いもなく――
 石床を踏み抜いた。

 それはだめ反則なのだ

『アホウが』
 殺人サイボーグは崩れた石床ごとドンガラガッシャンと第三階層まで落下する。そう、スキャンは扉に向けたのではなく、下方向の空間へと向けられていたのだ。途中、不思議な声が響いていたが殺人サイボーグには届かない。実際はキルボーグイヤーで音を拾っていたのだが、殺人サイボーグはガン無視した。
 何も馬鹿正直に道を進む必要は無い。殺人サイボーグは、それからも下方向に空間を見つけては床を踏み破って進んでいく。そのおかげか、第三、第四、第五階層はエンカウントも無く順調に踏破された。
 第六階層辺りになってくると、おそらく強度の問題だろうか、そういう薄い壁や天丼も少なくなってきたようで、流石の殺人サイボーグも順路通りに進み始める。
 第六階層をしばらく歩いていくと、小広間らしき所に出る。中央には何か魔法陣のような模様が描かれている。突然、その魔法陣が光を放ち始め、ズズズズッと巨大なシルエットが浮き上がってくる。
「ブオオオオオオオッ! ッブッシャアアアア!」
 巨大なシルエットの上半身までが浮かび上がってきた所で、そのシルエットの上半分くらいが蒸発した。筋骨隆々の牛頭のモンスターだったようだが、このモンスターの下半身がどうなっていたかを知る術は、もはや無い。中ボスであったという事は多分間違い無いだろうが、ミノタウロスだったかもしれないし、ケンタウロスだったかもしれない。虚を突いて蛸の食指だったかもしれない。

≪そこは触手でいいのでは≫
『お前、地の文に突っ込んでいいのこのエピソードだけだからな』

 ミノタウロス(仮)が光の粉となって消滅すると、大きな古びた鍵がその光の中からまろび出る。殺人サイボーグは容赦なくそのドロップした鍵を踏み砕く。

 なにをするのだ

 謎の声が抗議するが、殺人サイボーグはあっけらかんと答えるのみだ。
「レアアイテムが破壊できるかどうかを試した」

 ひどいのだ

『反応からしてワンオフ品だな』
≪物事は二重に準備しておくものだという事を思い知るべきです≫
 殺人サイボーグは、さっきの鍵で開けるべきであろう扉を拳で破砕する。ミノタウロス(仮)を倒さなければ開けられない構造になっていたはずだったのだが、殺人サイボーグの前では意味が無い。いや、しっかりとミノタウロス(仮)を倒しはしたのだが。
 何はともあれ、殺人サイボーグは第六階層を突破した。
 第七階層に入ると、今までとは明らかに空気が違う。どうやら『向こう』も本気を出してきたようだ。
「ギャブッシャアアアア!」
「プギプブッシャアアアア!」
「アオオオオブッシャアアアア!」
 エンカウント率が激増していたのだ。だがしかしプラズマ・ビームの前では大した意味を持たない。高度に進歩したビームの前では、ファンタジーなど無力だった。
「ブブッシャアアアア!」
「ブッシャアアアア!」
「ブシャア!」
 殺人サイボーグも手慣れたもので、もはや相手に名乗りを上げさせる暇すら与えない。
『ザコが』
 こうして第七階層も悠々と突破と相成った。

 第八階層もまた趣が違っていた。エンカウントの気配が無いのである。その代わり、扉にダイヤル南京錠のようなパズル鍵が付いていたり(引きちぎった)、ツルツル滑る床があったり(キルボーグレッグの足の裏は摩擦係数をある程度自由に変えられるので意味が無い)、ループ回廊があったり(ゆっくりと部屋全体が回転する仕組みだったので仕掛けそのもの破壊した)、所謂謎解き階層だったわけであるが、高度に進歩した科学の前ではどれもが無力だった。そうして殺人サイボーグはこの階層最後の謎解きパズルの前に到達する。

 わからないからって力業はだめぇ

「わからないのではない。仕様だ。それにな」

 次のはちゃんと解かないとだめなのだ。十二手以内で解かないと扉が開かないから

「あのな。12手も要らないんだよ。最短で4手で完成するんだがこのパズル」

 そんなわけないのだ

「1、2、3、……4。これで完成だが?」
 殺人サイボーグはきっかり4手で仕掛けを解く。

 そんな

「こういうパズルは混乱を招くから最短手じゃないと開錠しないように作っておかないと駄目だろうが!」
 パズルは完成したが、殺人サイボーグは拳骨を振り下ろして仕掛けを粉砕する。グチャリ

 やめて

『デ○ズニーランドより平和なダンジョンだ』
 殺人サイボーグは第九階層に到達する。第九階層は迷宮ではなかった。道が無いのだ。階段を降りた先は、剥き出しの岩盤に底が見えないほどの深い谷が出来ていた。
『クラッシック映画でこういうのがあったな』
≪インディジョーンズとハムナプトラの区別が付かない≫
『俺はトム・クルーズとチャーリー・シーンの区別が付かないな』

 ふふん、この道は真実の勇気を持っている者だけが通れるのだ

「馬鹿が」
 殺人サイボーグは空中を歩きながら悪態をつく。

 なぜ歩けるのだ

「勇気よりレーダーの方が有用だという事だ」
 つまりどういう事なのかというと、岩盤に描かれただまし絵と天然の空調によって、まるで底なしの谷のように見えるだけの、ちゃんと床がある通路だったので、レーダーを持っている殺人サイボーグは特に問題なく歩く事が出来た。
 そしてとうとう殺人サイボーグは、最深階・第十階層に辿り着く。

 よくぞこブッシャアアアア! 

 最深階に足を踏み入れるやいなや、殺人サイボーグはプラズマ・ビームを発射する。広間に鎮座ましましていた巨大な土竜(どりゅう)は光の粒を放ちながら蒸発した。
「ぎゃふう!」
 その光の中からなんか変な生物が転がり落ちて地面と激突して悲鳴を上げる。
「おい」
「……ひどい! 口上も述べさせないなんて初めてなのだ! いくらなんでモガッ」
 葉っぱのような髪の毛を生やした、モグラのような手の謎の生物は、キルボーグヒヨコクローを喰らって唇をピヨピヨにされた。
「モガモガッモガ」
「お前がダンジョンマスターか」
「モガッモ……モガ……」
 謎の生物は涙目でもがく。だがしかし、キルボーグはコークスを握りつぶしてダイアモンドに圧縮できるほどの握力を持っているので、もがくと逆に食い込むだけである。やがて謎の生物はグッタリと動かなくなった。殺人サイボーグは動かなくなったそれを床に投げ捨てる。ベチョ
「げふう」
「死んだフリをするんじゃない。お前がダンジョンマスターか」
「ふぐう……吾輩が主だが……ひどい……ひどいのだ……」
 謎生物はえっぐえっぐと嗚咽する。
「確かにひどいな。喝だよ。お前な、周りの街とか施設を逆に発展させてしまうのが良いダンジョンってもんだろうが。過疎って廃鉱山になっちゃってるじゃねえか。もっとな、この奥には何があるんだろう、とかな、こんなに危険なんだから奥にはきっと凄い財宝が、ってそういうワクワク感が無いと駄目だろうが。お前、俺なら、ギリギリまで追い込むよ。それこそ、殺人迷宮キルダンジョンって呼ばれるくらいにな」
「……な、なにも迷宮でそんな、殺人迷宮なんて、物騒なのだ」
「俺は意気込みの話をしてるわけ。バランス悪いんだよ。誰もこんな所にまともな財宝があるなんて思わないだろうが」
「……そ、そんな事ないのだ……。おっさんがいっぱい来たのだ。みんなちゃんと迷宮に興味持ってくれてたのだ」
「今はもう廃鉱山になってしまってるのが何よりの証拠だろうが」
「う、……いや……それは……」
「……それでその鉱夫達は?」
「……ん、迷宮攻略を失敗したおっさん達には、迷宮の拡張工事を手伝ってもらって、ある程度やってもらったらキラキラの原石をおみやげに持たせて地下水脈から外に流してやったのだ」
「なるほど、そんな事をするからもう誰も働きに来なくなったわけだな」
「……よ、よし、お前は迷宮を攻略したのだから、特別になんでも一個だけ願いを叶えてやるのだ。どうだ、凄いだろう。でん、伝説の剣とか、お金とか、なんでもいいぞ」
「俺を元の世界に帰せるか?」
「……えっ」
 謎物は肩を竦めて驚愕する。
「無理だよな。そんな事が出来るならお前もこんな所に引き籠もってないだろ」
「決して引き籠もってるわけではな……」
「お前、使役獣だろ」
「……む、むむう!」
 生物(ナマモノ)は何か感極まったような表情になるが殺人サイボーグはおでこを押し返す。
「ここもこの世界とは異質な感じだからな。むしろ概念的には俺の世界に近いかもしれない。言っておくが、お前みたいな気持ち悪い生物は俺の世界にも居ないからな。あくまでも概念的な話であって、物質的にはかけ離れてるという事を付け加えておこう」
「お前も使役獣なのか! そうなのだ! 変な所に喚び出されて、戦えとか言われたのだが、そんな事この吾輩に出来るわけがないのだ! 無理なのだ! 吾輩は土竜(どりゅう)一族の中でも戦闘能力がからっきしだから、こうやって数十年かけて迷宮を作って待ち伏せしようとしたら、吾輩を喚んだ奴らはもう全滅してしまっていたのだ! だからもう帰れないのだあ! あんあん!」
「モグラ一族?」
「ど、土竜(どりゅう)なのだ! な、なんなのだその下等な雰囲気を感じさせる名前は!」
「ちょっと翻訳こんにゃくの調子が悪いのかな。モグラだな?」
 決して殺人サイボーグはふざけて馬鹿にしている訳ではなかった。疎通術式の不具合でこんな事になってしまっているだけだった。謎モグからすれば不幸な出来事ではあったが。魔術というものは本当に不幸を生む機械である。
「だからどりゅ……ブシャ……モ、モグラで構わないのだ」
「分類を聞いてるわけじゃないんだが……お前、名前は?」
「ガバンマという名前なのだ」
「……そうか。強く生きろよ」
 殺人サイボーグはモグ子の肩に手を置いてバイザー越しに遠い目をした。そして二度とこの萌えモグラの名前を呼ぶ事は無かったという。

「で、伝説の剣……」
「要らん」
「伝説の剣を欲しがらないなんて……」
「お前な、伝説のビーム砲を最初から持ってるのに、何故そんな原始的なものを欲しがらなければならないんだ」
「び、びいむ? ……いや、生えていたから抜く、みたいな、本能的な欲求で伝説の剣が欲しくなるのだ?」
「大体どこに伝説の剣なんかあるんだ」
「おお、やはり欲しいのだな。うむうむ。掘っているとたまに伝説の剣が見つかるのだ。勝手に連れてこられた事は許せないが、ここの地質は迷宮作りに向いてるのだ。それだけは認めざるおえない」
「……ああ。そういう事か。なるほどな。うん。という事は、ああ、そういうアプローチもありえるわけか」
 殺人サイボーグは一人で頷いていた。
「あいにく、今は手持ちの伝説の剣は無いのだが、十年も掘ってれば一本くらいは見つかるのだ。気長モガッ」
 ヒヨコクローが炸裂する。
「無い物で確約するんじゃない」
「モ、モガッモ……げふう。じゃ、な、何が欲しいというのだ。土竜(どりゅう)一族として、自作の迷宮を攻略した者に褒美を出さないというわけには行かないのだ」
「……そうだな。お前、鉄が何かは知っているな?」
「鉄くらいわかるのだ。馬鹿にするななのだ。そうか、鉄が欲しいのか。鉄は使いでがあるからな。いいだろう。鉄を一名様ご案内なのだ」
「チタン、クロム、マンガン、コバルト、ニッケル、プラチナ、タングステンは?」
「何に使うのかは知らないが、マンガン、コバルト、ニッケルならご案内できるのだ。チタンとクロムはちょっとむずかしい。プラチナはちょっと量が無いのだ。タングステンは吾輩の手におえない」
「どこまで運べる」
「地下水脈が通ってる所なら多分どこでも行けるのだ。土竜(どりゅう)は穴掘りよりも泳ぎの方が得意なのだ」
「まるでモグラだな。そうだな、王河を通ってハイザードラ、ハイザードラはわかるか?」
「わからないのだ。王河はこの辺で一番でっかい川だな? それならばここの水脈と直結しているので問題ないのだ」
「よし、細かい伝票は後で渡すから、それで決まりだな」
「……どういう事なのだ? ちょっと意味がわからないのだ」
「権利だよ」
「……権利?」
「お前が迷宮作りで掘ったついでに出てくる鉱石の独占権だ。それの運搬込みでな。俺への褒美はその権利だ」
「……権利? ……権利……」
「ノーとは言うまいな」
「……面白いのだ! 権利、そういうのもあるのだな! ……そうか! 迷宮に潜る権利とかも面白いかもしれないな! 権利か!」
「随分嫌な権利だな。そんな権利はノーモア権利だ。ノーノーノー。ノーモア」
 殺人サイボーグは躙り寄るベチョっとしている生物のおでこを押し返す。

「……ところで、お前の名前はファッキンでいいのか?」
「俺か? 俺の名前はな」

「俺の名前はすけ太郎。通りすがりのすけ太郎だ」



[12500] 09話 殺人人形キルドール
Name: 空とぶギロチン◆f0e35d55 ID:a6992bea
Date: 2010/12/02 00:03


「リアナ、ちょっとそこに立って」
「はい?」
 とりあえずリアナはハヤトに言われた通りにする。
「そして猫をひとつまみ」
「ふにゃ」
 ハヤトはキルビーの首の後ろを掴んでリアナの隣に置く。
「よし、こんなもんかな」
 ハヤトは、うん、と頷く。
「一体、何の真似でしょうか」
「まあ大した事じゃない。ちょっとした実験だ」
 実験台にされると聞いて、リアナは恐れおののく。なにせ、前にキルボーグがそう言った時には、兄がフルボッコー現象の体現者になるのをその目でしかと見ていたからだ。そういえば、兄が獄舎から居なくなったという報告が上がっていたが、目の前に現れる様子もないし、人望が無いから反旗を掲げる事も出来ないだろうし、放っておいて構わないだろうか。今はそれどころではないからして。
「あ、あの、待ってください、急にそんな事を言われても」
「心配するな、体に害はない。ちょっと精神に害が出るかもしれんが、まあ、元々出てるだろ。あんまり気にする事じゃないと思ってだな」
「せ、精神に害……? いくら、なんでも、それは、その、私が言えた事ではないのかも、しれませんが、私にも、心の準備というものが」
「はい、ばんざい」
 ハヤトは聞く耳を持たない。リアナは万歳をさせられる。猫も。
「左膝を曲げて内側に向けてー。はい、猫ちゃんは右膝ねー。はい、手を組んで、左手下げて。はい、右手上げて」
 ハヤトは椅子にどかりと座って、手をパンパンと叩いてリズムを取りながら言う。
「な、なんなのですか」
「ふにゃ」
「よし……準備OK。いいぞ」
 何の準備がいいのだろうか。そこらへんに転がっていたメットから音声が出力される。

“音声ガイドを始めます。ピーという発信音の後はリアナ様が、ブーという発信音の後は猫耳さんが、それぞれ台詞を被せてください。それでは、準備はよろしいですね? ピー”
 心構えをする間も無かった。
“さあ猫者(ねこじゃ)、今こそ我らの真の姿を見せる時”
「さあ猫者(ねこじゃ)、今こそ我らの真の姿を見せる時」
 しょうがないからリアナは台詞を被せる。勢いもある事だし。
“ブー、ああ姫者(ひめじゃ)、今こそ我らの真の姿を見せる時”
「ああひめじゃ、いまこそわれらのしんのすがたをみせるとき」
 猫は割と素直だった。
“ピー、ブー、合体! ”
「合体!」「がったい」
 一人と一匹がそう言った時、その間から生まれた眩い光が一人と一匹を包み込む。そして――。

 猫耳を生やした、一体のリアナが姿を現した。

 その姿を見たハヤトは――。
「……ププッ!」
「……な、なんですかにゃ!」
「……ブハッ!」
 思いっきり爆笑した。
「……ク、クハッ、ブハハハハッ! 完成予想CGそのままじゃねえか! 寸分違わねえ! ブフーッ!」
「ひ、ひどいですにゃ! 私は言われた通りにしただけですのにゃ!」
「にゃ、語尾にゃって、猫も普段は語尾ににゃ(、、)なんて付けてねえだろ! ブフ、なんで合体すると語尾にゃ(、、)になるんだっつの! ぶはは!」
「……べつに言いたくて言ってるわけじゃないのですにゃ」
「ヒイーッ! やめろ! 笑いすぎて胴がちぎれる! 俺をガンダムにする気か! コアブロックシステムも搭載してないんだぞ! ぶはっ!」
「……もういいですにゃ。勝手に笑ってればいいのですにゃ」
「……ぐ、ぐふ、ふと思ったんだが……。ププ、お前、名前は?」
「……リアニャ……」
「ブハーッ!」
 ハヤトはそのまま三十分くらい笑い続けた。というよりも、合体時間が三十分だったという方が正しい。

「それで、この実験には何の意味が……?」
 合体から解放されたリアナが疑問を呈する。
「いや特に意味はないが」
 殺人サイボーグににべはない。
「意味がないならやらなければいいのに……」
「おう、お前はマリーアントワネットのフォロアーか? 女王業が板に付いてきたな」
 リアナは何を言われているのかちょっとよくわからなかった。
「強いて言えばAI式魔術の三段論証だな。まず邪炎龍(カオスフレアドラゴン)が一つ。これは、この世界の魔術をAIが模倣したものだ。つまり、帰還魔術そのものが存在するのならば、それを模倣するだけで事足りるという事だ。次は、プラズマ術式エンチャント・マグナムが一つ。これは俺の世界の技術を、魔術で再現したものだ。これは、理論だけでも確立されていれば再現性を求められるという、A.I.式魔術の柔軟性を表したものでもある。いちいちA.I.式魔術というのも面倒だな。これからは『魔法』と呼称する。その方が適切だしな。最後に、今の合体魔法が一つ。この世界においてあの黄金竜は、俺からすると完全に第三者だ。その第三者が引き起こす現象も再現できるかどうかという事が要点になる。つまり、世界間、平行世界間、まあどっちでもかまわないがな、それらの間の移動を行える者、もしくは行動、それを模倣してもいいという事になる」
 三行目くらいからリアナは聞いていなかった。いや違う、リアナは三行以上の台詞を理解できないのだ。
「なにも私とキルビーちゃんでやらなくてもいいのに……」
「俺と合体したかったのか?」
 セクハラだった。
「っ……!」
 リアナもびっくりした。
「言っておくがな、別にこんな事をする必要なんてないんだぞ。他にする事がないからしょうがなくやっただけだ。お前が寝てる間、俺が何をしているか知っているか?」
 そんな事、リアナが知っているわけがない。
「AIとラストシューティングごっこだ。俺がガンダムだ。流石の俺も頭が無ければ死ぬから、頭は付いたままだが」
 ハヤトはここずっと、囚人兵の慰安用途でA.I.のデータストレージに格納されている過去の名作アニメを見ていた。それくらい、他にする事がないのだ。つまり、世界各地から集まってくるはずの魔術書は未だ一冊も届いていないという事である。勿論、ガンダムとか言われてもリアナにはさっぱりだった。素人の女子にガンダムの話をしてはいけない。
「……リアニャ……ププ……クックック……」
 ハヤトは思い出し笑いを始めた。
「何がそんなに面白いのでしょう……」
「他にする事がないからな。城の外に居るゴーレムを参考に、等身大リアルチェスもやってみようと思ったが、あまりにも馬鹿馬鹿しいのでやめた」
「……城の外のなんですか? ごーれむ? 生き物ですか?」
 城の外の何々と言われて理解出来なくて、リアナはハヤトに尋ねる。せめてこの世界の物くらいは把握しておきたかった。
「ゴーレムはゴーレムだろう。またこれか。この疎通術式とかいうのは不完全にもほどがあるな。魔術人形と言えばわかるか?」
「魔術、人形? 人形が魔術で動くのですか?」
「はあ? あれはお前が警備で蒔いたゴーレムじゃないのか?」
「え、いや、魔術で人形なんて、そんな事は……」
「……はあ、なんだ。こっちを見つけても攻撃してこないから、てっきりお前のゴーレムだと思って破壊しないでおいたんだがな。敵の偵察用ゴーレムだったというオチか」
 リアナは何か凄い事を言われた気がした。
「え……? 偵察……人形?」
「それ以上喋ると惨めになるだけだと思うが」
「えっと……。それは、いつから……で、しょうか……?」
「俺がこの世界に来た日からだが、何か?」
 リアナは目の前がぐるぐるーってなった。ぐるぐるー、ぐるぐるーって目の前が回って、おえっ、と吐き気がした。キルボーグの言う事が本当なら、この国の情勢は全て筒抜けだったという事になる。ドラクォが、まるでこちらの情報が筒抜けかのように立ち振る舞いをしていたのは、筒抜けかのようにではなくて、筒抜けそのものだったのだ。いや、しかし、ドラゴニアエストにはもはや戦う力は残っていないはずだ。
「そ、その、ごーれむ、は、今も、居るのでしょうか」
「いっぱい居るよ。ああ、いっぱい居るから、例えお前の所有物でも一個くらいなら分解してもよかったか」
「ど、どの、どの、どのくらい」
「50は下らないな。最初の頃は30前後しか居なかったが」
 リアナは胃の中の物を少し戻して飲み込んだ。もはや芸である。
 今もそのごーれむとやらが居て、なおかつ増えているというのなら、ドラゴニアエスト以外の国がこの国の内情を探っている、という事である。何のためか。そんな事は言うまでもない。一体どこだ。フルージャとは不可侵条約を結んでいる。いや、ドラゴニアエストとだって不可侵条約は結んでいた。今更そんなもの、何の保証になるというのだ。それとも、まさか――。
「じゃあ、ちょっと行ってくるから」
「えっ、どこへ」
「お人形遊びだよ!」
「……そんな事をすれば、こちらがそれに気が付いたと、敵に教えるようなものなのでは……」
「熨斗付けて『ばかめ』と書いて送り返してやるから気にするな」
「えっ」
 ハヤトがメットを無造作に被ると、メットの接合部が稼働して首と圧着し、殺人サイボーグの四肢の関節からは余剰熱をコントロールするための蒸気が噴き出し、戦闘開始の汽笛が鳴る。

 キルボーグは蔵書庫の窓から身を乗り出し、壁を蹴って屋上に跳ね返る。ハイザードラ城の屋上、一番高いところから辺りを見渡す。そして、一番近い所に居るゴーレムに狙いを定める。
『パンチとキック、どっちが好きだ?』
≪断然キック≫
 殺人サイボーグは直線距離の稼げる所に降り立ち、加速し、跳躍する。跳躍は距離にしておよそ300メートル。体重121kgの肉体が時速200km/hの弾丸と化し、のろまなゴーレムの頭部を蹴り破る。
 キルボーグ・ジャンプキック――。
 最先端科学が生み出した運動能力で加速し、殺人サイボーグの最も剛性の高い部位である脚部で、相手を蹴りつけるだけ、というシンプルかつ力強い攻撃――。勿論、元の世界ではこんな攻撃を繰り出す余裕などなかったが。
『やりすぎたな』
 破壊したゴーレムをほじくりまわしながら、ハヤトはひとりごちる。
≪組成分析は完了しました。やはり、戦闘用途としては強度が不足し過ぎています。偵察用途と見て、ほぼ間違いないかと思われます≫
『どっちでもあまり変わらないだろうがな』
 数十メートル離れた所からその有様を見ていたであろう別のゴーレムが、きびすを返して逃走し始める。
『逃げ出すという事は、そういう事か』
≪頭部を破壊するから≫
『お前がキックと言ったんだろうに』
 殺人サイボーグのダッシュは30メートルを1秒で駆け抜ける。そのまま突き出した腕は、逃げ出したゴーレムの胴体を突き破る。
 キルボーグ・サイコブロウ――。
 拳骨の隙間から噴き出した分子分解ガスが分子結合を引き剥がし、脆くなった箇所をナックル部分で破砕する攻撃――。超振動ブレードの方が射程が長い上にストッピングパワーもあるので、元の世界では使った事のなかった武装だったが。
『今度はわかるだろ』
 殺人サイボーグは破壊したゴーレムをほじくりまわす。
≪やはり、電波や魔波を『魔波ってなんだ』電波状の魔力と考えてください。を使用してデータを送信しているわけではないようです≫
『何十匹も居るのは、監視網のためではなく、予備機と考えるのが妥当というわけか』
≪おそらく、視覚的な情報をそのまま歩いて持ち帰るか、もしくは何かによって回収、それか物理的な中継で運用しているものと思われます≫
『という事は、ワイセツ動画を流してやって、家族で映画を見ていたらベッドシーンが始まってしまって微妙な空気になってしまう、みたいな嫌がらせは出来ないわけか』
≪ならば食事中を狙って、チョメチョメからウンコが出てくる動画を逆回しで流すというのはどうでしょうか≫
『根本的な問題が解決してないな』
≪データストレージにない種類の動画なので、撮影をしなければいけない、という事ですね≫
『ちゃうわ』

 一方その頃――。リアナは汗を噴き出させながら、壁の一点をじっと見つめていた。
 ドラクォを虜囚とした事により、当面の危機は乗り切っていたと思っていたのに、なんと酷い様だろうか。キルボーグが戦闘行為(お人形遊び)を行う事により、もはや戦いは避けられなくなる。当然、今からキルボーグを止める事など不可能だ。ドラゴニアエストの時のように、使役獣まで出張る全面戦争に突入したならば、一体どうしたらいいというのか。
 外からは、ギュイイインだの、ドゴオオオンだの、なんだか凄まじい音が聞こえてくる。キルボーグはあの大きさなのに、大型使役獣と同等の筋力を持っている。その上に強力無比の武装でその身を固めている。リアナは天井のシミを見つめながら、ふと思った。
 戦争になったら、後はキルボーグの気分次第じゃね? 
 お腹が痛くなってきた。
 ベチャ。
 すわ、まさか漏らしたかとリアナはお尻を確かめる。そんな事はなかった。そういう事態は人間として最後の時まで留めておきたい。
 ベチャア……。
 一体何の音だ。窓の方に目をやる。
 ズル……。
 何か変なものが窓の所でモゾモゾ動いている。
 ビダァン……。
 変なものが窓から蔵書庫に入ってきて、ズルッと床に落ちる。
「すけ太郎は居るか?」
 変なものが喋った。生物だったらしい。明らかに異常事態だったが、リアナは別にどうでもよかった。キルボーグ関連の事よりはましだろうと、なんとなく思ったからだ。
「キルボーグ様、アイ様、この私、リアナ・ハイザードラの内の誰かがすけ太郎でなければ、すけ太郎は居ません」
 リアナにしては的確な返答だった。
「おお、すけ太郎が居なければリアナでもいいらしいのだ。ご注文の品をお届けに上がったのだ」
 謎の生物は肩に背負っていた袋をドサベチョと降ろした。袋というか土嚢だった。
「あと四袋あるからちょっと待ってろなのだ」
 床に降ろされた土嚢から汁が染みだしてきていた。ただの水だったのだが、リアナからすると汁に見えた。湿気で本が……。
「部屋の外に置いてもらえませんか……。外から見て左手の窓が廊下に繋がっていますから……」
 蔵書庫の外壁には足をかける所など無いのに、この生物は一体どうやってここまで登ってきたというのだろうか。しかし、それを知った所で大した意味もないので、リアナはその方法を調べる事はなかったという。
「うむ、わかった。それでは受領証にサインしてくれなのだ。一つ15メルク、しめて75メルクなのだ。手持ちが無ければ、マルガル鉱山区タニ町2-13に届けてくれても構わないのだ。次来た時に払ってくれてもいいのだ」
 謎の生物は湿った紙とペンをリアナによこした。マルガル鉱山というからには、この前キルボーグが出かけた時に何かあったのだろう。そういう事にして何も考えない事にした。それよりも、こんな湿った紙にちゃんと書けるのかリアナは不安だった。
「よくわかりませんが、後で届けさせます」
 とりあえず適当にサインはしておいた。湿っていてもちゃんと書けた。
「うむ、リアニャ、確かにお届けしたのだ」
 サインする時に手が滑ってリアニャと書いてしまった。決してわざとやっているわけではにゃかった。リアナの目は遠くなった。

「なまぐさ」
 猫が目を覚まして急になんか言った。キルビーはフアアとあくびをして、目を細めて謎の生物を眺める。猫に見つめられて、謎の生物の葉っぱ(髪)がブワアアアと広がる。
「なまぐさ」
 猫が再びぽつりと言う。対して謎の生物は目を見開いて、体を硬直させている。明らかに緊張しているようだった。猫がじいーっと謎の生物を見つめる。謎の生物は動かない。いや、動けない。二匹の意識下では、凄まじくもよくわからない攻防が繰り広げられていた。先に動いた方が、やられる――。本能的直感だった。
「フギャギャギャア!」
 先に飛びかかったのは猫だった。
「ぎゃも! むぎゃ!」
 謎の生物は猫に組み伏せられ、葉っぱをガジガジとやられていた。本能的直感というものは、当てにならないものだ――。
「ぎゃもも! 痛いのだ! 助けてなのだあ!」
 謎の生物にはフルボッコー現象が起きていた。端から見たら謎の生物の完敗だった。
 ブチッ。何かがもげた。
「んもおおお……」
 謎の生物は白目を剥いて(黒目しかないが)びくん、びくんと痙攣して動かなくなった。
 すると、なんだか猫の様子もおかしい。謎の生物が動かなくなると、猫もごろんと横に転がる。口には葉っぱを一枚くわえている。もげたのは葉っぱ(髪)だったようだ。仕留めた獲物(本体)には目もくれず、葉っぱを噛み噛みして目をとろんとさせている。
「ぐるるるる……」
 猫は喉を激しくごろごろと鳴らしながら、やや狂ってしまったかのように、床に体をこすり付けていた。猫VS謎の生物は、最終的には相討ちに終わったらしかった。

 蔵書庫の中は、リアナが壁をじっと見つめていて、湿っぽい生物が気絶して転がっていて、猫がおかしい感じでラリっていた。

 カオスだった。

 少しして、流石にリアナもこの惨状は酷いと思ったのか、正気を取り戻して、まずは見知ったキルビーから処理しようと思ったが、かなりラリっていて危険な感じがしたので放置する事にした。
 しょうがないので謎の生物の体を揺する。湿っていた。手の臭いを嗅いでみる。キルビーは生臭いと言ったが、むしろ香ばしい感じの、どちらかというと好ましい匂いだった。
「ふぐ、ふぐう……」
 目を覚ましたようだ。
「大丈夫ですか」
「痛いのだ……禿げてまう……」
 謎の生物は涙目でベッチョリとしている。リアナはこんな生物を見た事が無かったので最初は気持ち悪かったが、よくよく見ると愛嬌のある風貌だった。
「お名前はなんと言いますか」
「ガバンマなのだ……あれくらいの毛を育てるには、五年はかかるのだ……」
「そうですか」
 リアナはガバンマの頭を撫でる。思ったよりふわふわしている。ふわふわというか、ばさふわしている。
「うう、ひどいのだ……」
「よしよし」
 今更だが、リアナは割と動物とかが好きだった。これを動物と分類していいのかどうかは謎だが。
「どうやら、キルビーちゃんはガバちゃんの髪の毛が好物らしいので、城の者に話を通しておきますから、次も何か持ってくるなら、内門の横の詰め所の前へ置いていってください」
「うう、なんか嫌な名前の呼ばれかたなのだ……」
「……そうでしょうか? ガバちゃん。GABAちゃん。かわいいじゃないですか」
「うう、なんだかカマ臭い呼ばれ方なのだあ!」
 モグラの不幸は、続く。

 ガバンマはそのままズルッと帰って、キルビーはラリラリが収まると仰向けに寝っ転がって放心していた。キルビーにとって、ガバンマの髪の毛は、よほど強力な酩酊効果があるらしかった。リアナもちょっと囓ってみたが、苦いだけだった。薬物に頼りたくなってくると、人間、色々とヤバイ。
 そうこうしてるうちにキルボーグが帰ってきた。窓から。
「おう、ゴーレム全部解体してきたわ。リアルで」
 泥んこだった。
「あの……泥が……」
 ガバンマの水分と、キルボーグが持ち込んだ泥で、蔵書庫は色々ともうダメだった。蔵書庫の終わりの時は、近い。
「あ? ああ。だがな」
「はい」
「窓からウンコを投げ捨ててる文化レベルの奴に言われたくない」
 そう、ハイザードラでは、下水道が未整備なので、窓からウンコを投げ捨てているのである。雑菌の繁殖レベルで言えば、キルビーやガバンマの方が、リアナより遙かに清潔だった。
「  」
 リアナは何も言えなかった。それでも、キルボーグはメットを脱ぎ置いて、蔵書庫から出ていった。胃腸がキュンとなるような酷い事を言った割には、素直だった。
 ちなみに、使役獣は全般的に凄まじい抗菌能力を持っているものであり、そうでなければ生物体系の異なる異世界で生き抜く事は不可能なはずなので、クッセーんだよこの不潔歩行生物が、などと言われても、特段に嘆く事ではない、という事を付け加えておこう。

 雑巾が何枚必要だろうか。リアナは足りなめの頭で考えていた。
「あの、アイ様、雑巾が何枚必要だと思いますか」
 A.I.なら必要な雑巾の枚数を小数点以下まで正確に計算してくれるはずだ。
“リアナ様、急ぎのお願いがあります”
 しかし、A.I.は質問には答えず、自分の用件を言いだした。こういう所はキルボーグと似ている。
“そこの土嚢はガバンマさんが持ってきたものでよろしいですね”
「はい」
“では、土嚢の口を開いてください”
 リアナは言われるままに袋の口を開ける。袋から水が溢れてきた。雑巾一枚追加だと思った。
“そして、このヘルメット内部、キルボーグ様の後頭部に当たる部分に、コイン形状の物が格納されているのですが、それを取り出して、その土嚢の中に収めて欲しいのです”
 それはちょっと……。とリアナは思った。他生物の体の中に手を入れるのは抵抗がある。
“それでは指示に従って作業してください。猿でもできます”
 拒否は出来ないらしい。
“顔面に当たる部分を上に向けて、下から覗き込む形になってください。内側の、後頭部の辺りに長方形のカバーがかかっているはずです。ツメで引っかかっていますので、奥にずらすように外してください。ここまではよろしいですか? ”
「外れました」
“それでは、金属質の物を触って静電気を取り除いてください”
 セーデンキってなんだ。金属質のもの金属質のもの。首飾り……はもう無かった。腕輪……も売ってしまった。髪留め……髪留めでいいのだろうか。
“結構です。それでは、カバーの奥に右手の親指を入れて、全体に均等に力を加えて押し込んでください。壊れそうかな、と心配になるくらいの力を加えて頂いても大丈夫です。押し込んだらそのまま左に45°回し、押し込んだまま手前側にずらすと、ポコンと軽く浮き上がりますので、浮き上がった部品の奥半分の辺りを人差し指で再び押し込むと、クルリと縦に起き上がりますので、そのまま人差し指と親指でつまみ上げ、カバーの入り口に引っかかったら、そこに引っ掛けたまま、空いている左手で隣のパネルの数字を、3、3、6、7、5と押してください。右下、右下、右、左上、真ん中の順番です”
 難しい……。リアナと猿の知恵比べだった。
“一応書いておきます。邪炎龍(カオスフレアドラゴン)! ”
 メットの付近から小さい炎蛇が生まれ、蛇の頭部が床を焼き付けて文字を書いていく。書いてくれないと、リアナにはとても無理だった。
“それでは、お願いします”
 リアナは床に書かれた文字を見て、作業を始める。さっき言われた手順はもう忘れていた。書かれている通りに、親指で蓋をグッと押し込む。何も起きない……。
“もっと強く”
 リアナは腕に力を込める。
“もっと強く! ”
 リアナは腰を浮かして指に体重を乗せる。
“強す”ベキン
 何かが変化した感触を指で感じた。多分これでいいのだろう。左とは、上部から見て左なのか、下部から見て左なのか、どっちなのだろうか。どっちでもいいだろう。上部から見て左に八半(はちはん)回す。回った。やはりこれでいいらしい。手前にずらす。浮き上がってこない。間違えたか。どこかで引っかかっているのだろうか。指でグシグシと揺する。浮き上がってきた。やはり正解らしい。奥側を押し込むとくるんと起き上がった。なんだか楽しくなってきた。引っ張って持ち上げる。カチッと引っかかって、それ以上持ち上がらなくなった。ちゃんと引っかかったのか、二、三回、カツカツと引っ掛けなおしてみる。これでいいだろう。そして隣の数字?を押すらしい。こういう作業は難しい……。ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、これでいいだろうか。心配なのでもう一回押し直す。ピ、ピ、ピ、ピ、ピ。不安なのでもう一回押す。ピ、ピ、ピ、ピ、ピ。これだけ押せばもう大丈夫だろう。それで、これからどうするのだったか。床を見ても書いていない……。確か、外す事は間違いなかったような。引っ張れば外れるんじゃないか? 引っ張る。外れない……。思いっきり引っ張る。外れない……。
「あの、アイ様、外れてこないのですが……」
 リアナはA.I.に問いかける。返事がない……。
 ヤバイ……。もしかして、取り返しの付かないような、重大な間違いをしてしまったのではないだろうか……。
 手順を逆に追って、貨幣のようなものを嵌め直してみる。
「アイ様……。アイ様……」
 返事がない……。リアナはお腹が痛くなってきた……。
 貨幣をもう一回引っ掛けなおして、数字を打ち直す。外れない……。
「どうしよう……」
 このまま治らなかったら、キルボーグにぶっ殺されるんじゃないだろうか……。A.I.の指示通りにやったはずなのに、釈明してくれる者が居ない……。
 リアナはメットに足をかけて、貨幣を力の限り引っ張る。引っ張る! 

 ベギン!

 外れた! 便秘が解消された時のような、やってやったぜ! 感だった。それでどうするのだったか。そうだ、土嚢に入れればいいのだったか。リアナは貨幣を土嚢に入れる。表と裏、どちらを上にして入れればいいのだろうか。そもそも、どちらが表で、どちらが裏なのだろうか。縦に入れれば両対応だ。リアナは貨幣を中の土に突き刺して立てた。

 それで?

 この作業は一体なんなのだろうか。これからどうなるのだろうか。しばらく待ってみても何も起こらなかった。リアナは再び焦った。やっぱり何か間違えたのではないだろうか……。
 その時だ。土嚢がモコモコと動いている事に、リアナが気が付いたのは。
 立ててあった土嚢は、揺れ動いたせいで床に倒れ込み、中身が洩れ出す。雑巾一枚追加だ、とリアナは思った。
 しかし、何か妙だ。零れた中身が、まるで人間の顔のように見えてきたからだ。いや、思いっきり人間の顔だった。顔には徐々に色が付いてきて、既に表情までハッキリとわかる。瞳が徐々に透き通り、そして光を宿し、きょろきょろと周囲を見回してから、じろりとリアナを睨む。リアナは戦慄した。人間の顔が急に現れて、そんな風に見られたら誰だってかなりびびる。
 明らかにもう、土嚢の中に人間が入っているようにしか見えなかった。モゴモゴ、モゴモゴっと、のたうち回るように蠢いた後、ぐるぐるぐるんと回転しながら土嚢が立ち上がり、勢いのまま宙に浮かびあがって――。

 爆風のような衝撃と共に、袋が弾け飛び、何者かが地面に降り立つ。

 リアナは、何が起きたのか、よく理解できなかった。何故ならば、爆風のような衝撃で体がでんぐり返って、そっちの方向が見えなくなっていたからだ。
 状況を把握するため、リアナはなんとか体を起こす。本棚が連鎖するように倒れ込んでいて、蔵書庫はもう全体的に駄目になっていた。無事な本だけ隔離して、別の部屋に移した方が効率的だった。雑巾が何枚必要かとA.I.に尋ねて、答えが返ってこなかったのは、つまり、必要な雑巾は0枚、というのが答えだったからなのか。リアナは爆心地に目をやる。
「……私は! キルボーグ様の一の部下にして、冷酷無情の殺人機械(キリングマシーン)! 殺人人形キルドールである!」
 髪の長い女がクールにポーズをキメていた。
 リアナはびびった。何故ならば、女の頭身が八頭身だったからだ。
 栄養状態がそんなによくないこの世界では、八頭身まで身長が伸びる事は、まずあり得なかった。リアナは何故だかイラッときた。というか、状況を目で確認しても、何が起きているのか、よくわからなかった。リアナは、色んな意味で、呆然としていた。
「クール&プリティキュート! メタルのボディに電子の心! メイドに秘書までなんでもござれ! 電光妖精キルドール! 煌めきビューティマーメイド!」
 女は胸の前で指を合わせてハートマークを作ってポーズをキメて、視線をリアナに向けていた。
「疾風! 怒濤! お呼びとあらば即参上! 球体! 関節! 着脱可能! 空飛ぶギロチン、ロケットパー……!」
「あの、アイ様でしょうか」
 リアナは、なんとなくそんな気がしたので、尋ねた。というか、声が思いっきりA.I.のものだった。
「はい。ですが、今現在をもって、私はキルドールとなりました。殺人人形キルドールです。キルドールtype.bです。type.bとは、バトル形態の事です。type.sもあります。type.sの機能を説明する事は推奨されません」
 女は、荒ぶる鷹のポーズをキメたまま、冷静に返答した。この感じは間違いなくA.I.だった。
「キルボーグ様の機械構造部分をベースに、生体構造部分の補間としてゴーレムの自立構造を組み込み、魔法で造り上げたプリウマボディです。箸でつまむとプルンと弾きます。ただし、急ごしらえですので、胸部はFRP製です。内部は空洞になっています。女性の胸は虚構、という揶揄も込められているのでしょうか。触ってみますか?」
 リアナは首を静かに横に振った。別にリアナの胸は虚構ではないからして……。
「自分の事を人形と呼称する辺りが、奥ゆかしくてかわいいでしょう。それともやっぱり、妖精の方がかわいいでしょうか」
「あの……」
「しばらくは天然電波キャラで行きますので、あざといな、と思っていても指摘しないで頂けると助かるのですが」
「うしろ……」
 そう言われてキルドールが振り向いた先には、ハヤトが立っていた。
 
 キルドールとハヤトはしばらく無言で見つめ合っていたが、そのうち、ハヤトは、チッと舌打ちして、その場から立ち去った。



[12500] 10話 殺人湯煙ヘルズオンセン
Name: 空とぶギロチン◆f0e35d55 ID:a6992bea
Date: 2010/12/02 00:03


 リアナは駄目になってしまった蔵書庫から、まだ使えそうな本を整理するため、蔵書庫に入っていった。そしてすぐ出てきた。T字路を使って方向転換しようとした自動車みたいな軌道だった。
 どうしてかと言うと、キルボーグとキルドールが抱き合っている所を見てしまったからだ。
 リアナは何故か目の前がぐるぐるーって回った。後ろ歩きしながら考える。
 え、なにそれ、どういうこと。そういうこと。それはそうかもしれないけど、そんなことってあるの。だけどそれしかなくなくなくない。でも、べつにわたしがどうこういうことでもなくなくなくない。なにやってんだろだろだろ。
 リアナは後ろ歩きを止め、前に歩き始める。リアナは考える。本をどこに移そうかなー。
「めし」
 リアナは廊下で猫とばったり出会った。キルビーはキルボーグと違って、ちゃんと食事を取らなければいけない。最初、それに気が付かなくて、放っておいたら馬屋の仔馬を食べられてしまった。だから三食しっかりと食べさせていたら、キルビーは妙に血色が良くなってきた。最初の頃はどこか儚げな雰囲気を身に纏っていたのに、最近は筋肉がふっくらとしてきて、『俺より強い奴に会いに行く』っぽい感じになってきた。食べさせすぎだろうか。
「それでは食事にしましょうか」

 リアナとキルビーが食堂に入ると、中で食事を取っていた者達数十名が一斉に立ち上がり、リアナに向かって敬礼する。
「構いません。楽に」
 リアナは手をかざして敬礼を制する。毎度の儀式みたいなものだが、いい加減にめんどくさくなってきた。かと言って、食堂で食べないと金銭的に保たない……。ドラゴニアエストは、ドラクォの身代金を、いまだ一メルクも払ってくれていない……。
「チャオ飯をひとつ」
 チャオ飯――。一度炊いた穀物を油で炒め、伝統的な発酵調味料チャオで味付けしただけのシンプルな食事――。値段当たりで一番腹の膨れる料理である。わかりやすく説明すれば、しょうゆごはんである。
「にくと、にくと、にくをくれ。それと、にくを」
 キルビーは肉ならなんでもいいらしい……。当然、肉料理はリアナの注文よりも割高になる。キルボーグの元居た世界でも、ペットの食事の方が高く付く、なんて事は、よくある話だった――。などという事は、リアナの知る所ではない。
 チャオ飯が出てきた。チャオ飯は出てくるまでの時間が早いのも特徴だ。皆の者よ、何故そんな目で私を見るのだ。チャオ飯だって美味いではないか。チャオ飯、サイコー! はぐはぐはぐ! ウマイ! リアナはチャオ飯を掻き込む。
 キルビーには生肉が出てきた。いや、手抜きではなくて、生肉の方が好きらしいから。なんでも、「かむほどにあじがでる」らしい。まあ、調理の手間も無いし、ちょっと安くなるし、別にいいんじゃないだろうか。
「ごふっ」
 急いで掻き込んだせいでリアナはむせた。鼻から米粒(のようなもの)が出てきていた。それを見て、侍女の一人がお茶を注いでくれる。この侍女は確か……。
「陛下、お顔の色が優れないようです。日々の雑務でお疲れなのでしょう。湯治などをなされてははいかがでございますか。よろしければ、我が家に伝わる秘湯まで案内させて頂きますが……」
 この情勢に湯治など行けるものか。大体、今はキルビーの手も借りたいほどに忙し……くもなく、むしろ、状況が進捗しなさすぎて暇なくらいだった……。
 温泉……。

 行きたい……。

 ……温泉行きたいよ~! 温泉~! 温泉行きたい行きたい行きたい~! やだやだやだ~! 行くの~! だめって言ってもだ~め~! 

 なんて駄々をこねられるわけも無い……。ほんのちょっと前までは、こんな駄々をこねて、父様を困らせてばっかりだったのに……。何故こうなった……。キルボーグにこんな駄々をこねたらどうなるだろうか……。
 六割、冷めた目で見られる。
 四割、グーパン。
 はあ。

「というわけなのですが……」
 と、そこまでの過程を省略したわけではなく、湯治へ行く許可を貰う予行演習をしている最中である。リアナは廊下を歩きながらぶつぶつ呟く。色々な状況を想定してみるものの、どれもしっくりと来ない。いっそ本当に駄々をこねてみるか。リアナは意を決する。その場の雰囲気で適当に言おう。そんなこんなを考えながら歩いているうちに、蔵書庫に到着してしまった。結構狭いなこの城……。
 リアナは蔵書庫に足を踏み入れて、後ろ歩きで出てきて、また前から入っていった。
 だって、キルドールがキルボーグの首に腕を回して膝の上に座っていたから……。
「あの……湯治に行ってもよろしいでしょうか……おそらく泊まりがけになると思うのですが……」
「うんいいよー」
 随分軽い感じで承諾を貰ってしまった。自分がここに居たところで、何の役にも立たないどころか、むしろ、色々と邪魔なだけなのかもしれない……。
「えっと……あの、一応、キルボーグ様は……」
「汗もかかない、完全滅菌仕様のボディのどこに風呂に入る必要が? むしろ錆びる」
「はい」
 リアナは後ろ歩きで蔵書庫から出ていった。
 だがしかし、キルボーグの身体は、完全防錆仕様でもあった。

 リアナが出ていって、ハヤトはキルドールに尋ねる。
「お前、そういうの好きそうな気がするんだが」
 キルドールは少し時間を置いてから言った。
「非常に興味があります。これは俗に言う温泉回なのではないかと」
「行ってこいよ。コピーは終わったんだろ」
「はい。翻訳ソフトウェアのコンパイル、ストレージのバックアップ、エンチャント・マグナム24発フル装填、全て完了しました」
 先ほど抱き合っていたのがデータの移し替えで、膝の上に座って首に手を回しているのがアームプラズマガンの補充という事らしい。ハヤトがリアナの要望にさっくり応えたのも、廊下でぶつぶつ予行演習をしていたリアナの言葉をキルボーグイヤーで拾っていたからだった。
 リアナは全体的に微妙に早とちりをしていた……。
「やはり、マスターは行かれないのですか」
「俺はここでアニメを見てるよ」
 何か別の意味を含んでいるかのような口調でハヤトはそう言ったが、実の所は、本当にただアニメを見たいだけだった。男には、そういう時があるのだ。
 キルドールはウキウキとした様子で、ガバンマの持ってきた残りの土嚢に魔法をかけ始めた。土嚢からは、プラッチック洗面器、スポンジ、リンスinシャンプー、いやらしい感じのマット、○ケ○イス、アヒルちゃん、等々が次々と生まれ出てきた。
「ス○ベイスは要らないだろ」
「そういう事を指摘するならば、まずは、アッヒルちゃ~んからでは」
「アッヒルちゃ~んは必要だろうが!」
 彼らの地球文明知識の使い方は、希に見るロクでもなさだった。



「陛下、やはりお荷物を……」
 ふらつきながら山道を登るリアナを見て、侍女が声をかける。
「いえ、それには及びません」
 リアナはリュック(のようなもの)をパンパンに膨らませていた。だからふらつくのである。中身は、王室豪華入浴セットである。結構くだらないものとかも入っているので、万が一中身を見られたら侍女に笑われそうなので、全部自分で背負って歩いていた。ていうか、キルドールが作った入浴セットと被っている品もあった。こういう事は、ちゃんと相談してから用意しないとデッドストックになりがちである。
「それよりも、あとどれくらいで到着でしょうか」
 秘湯と言うからには山奥の秘境にあるのも致し方ないが、いい加減に、ざぶーんにどぼーんしてぶくぶくーっのぐへーってしたい……。
「今丁度、奥手に見えて参りますのが、我が家所有の湯治庵でございます」
「やま」
 到着の言葉を聞いて、侍女の背中で寝ていたキルビーが跳ね起きて、庵まですっ飛んでいった。最初は飛び跳ねるように山を登っていたキルビーだったが、そのうち疲れてぐでんぐでんになって、結局侍女に背負われてここまで登ってきた。概して肉食動物は持久力が無い。
「あの子……」
「キルビーちゃんが何か?」
「……いえ、なんでもございません」
 侍女の、耳から鼻糞が出てきそうな喋り方が気になったが、温泉に到着できたリアナからすれば割とどうでもよかった。

 庵の中に入ると、初老の男がうやうやしく頭を垂れて出迎えてくれた。この男は……。
「陛下、この度のご来訪、まこと光栄に存じます。ささやかなれど、精一杯のおもてなしをさせて頂く所存……」
「お久しぶりですね、ヴルズ。顔をお上げなさい」
 この初老の男の名は、ヴルズ。リアナの兄、第一王子ワロスの守騎士として、ワロスの守役を務めた男だった。ワロスが奔放というか、やんちゃに育ってしまったせいで、この男の出世の道もまた閉ざされたと言っても過言ではなかった。リアナの守騎士だった、サルガスタスはいまや宰相だというのに……。
「お父様。陛下は、日々の雑務と、慣れぬ山道歩きでお疲れのご様子。いつまでもそんな形式張っていては、陛下も心身が休まらぬでしょう」
「うむ、ラアラ、その通りだな、お前には苦労をかける……」
 そしてこの侍女は、ヴルズの娘、ラアラだ。ちょっと名前を失念していた事は、言わない方がいいだろう。
 というか、そんなしんみりとしたやり取りを見せられたら、露骨な嫌味に見えるだろうに……。と、普段のリアナならば、もしかしたらそんな事を思っていたかもしれなかったが、早く温泉にじゃっぶーんしたいリアナは、そんな事は割とどうでもよかった。
「それでは陛下、早速入浴なされますか」
「ええ、よしなに」
「では、こちらへ」

「ふぅぅ……」
 服を脱いで、薄衣一枚を羽織ったリアナは、膝下まで温泉に浸かって、腹の下からの息を洩らす。薄桃色に濁った、やや熱めのお湯が、じんじんとリアナの身体を温めていく。
「これが我が家に伝わる秘湯『地獄池』でございます。湯加減は如何でございましょうか」
 ラアラは膝を突いてリアナの後ろに控えながら、お湯の具合をリアナに尋ねる。
「ええ、大変丁度良いです」
 確かに温度は丁度良かった。だがしかし、リアナとしては、もっとこう、どばーんと浸かって、コウマちゃんとかをぷかぷかと浮かべながら、ざばざばざばーんってしたかった。
「おびゅ」
 一方、キルビーは湯の中を浮いたり沈んだり、ざばざばやったりじゃぶじゃぶしていたりする。リアナは思った。羨ましい……。
「お飲物は如何でしょう。僅かではありますが、お酒なども用意してありますが」
「頼みます」
 まあ一杯くらいならいいだろう、とリアナは思った。一杯と言わず、二杯でも三杯でも。
 ラアラが一時この場から下がったのを見計らって、リアナは腰をずいと前に進める。
「はぁ(ぬく)い……」
 リアナは既にへその辺りまでお湯に浸かっていた。このくらいなら、あら、滑りましたわ、と釈明すれば許容範囲だろう。リュック(のようなもの)からコウマちゃん(一号)を取り出す。ラアラが戻ってきた。コウマちゃん(一号)を膝の下に隠す。
「陛下、まずは一献」
「頂きます」
 腰まで浸かっている事は特に問題ないらしい。この調子で首まで行きたい。リアナは、杯をぐいと煽る。
「ふーっ……」
「お味の方はいかがですか」
「……ええ、ひょっても……。ひょべ?」
 リアナの視界ががぐるぐると回り始める。いつものぐるぐるーとは違う、嫌な感じだけを増幅させたような、酷いぐるぐるーだった。
 別に、リアナは酒に弱い体質ではない。むしろザルだった。ここ最近などは、アルコール度数にして二十度くらいのボトルを一本開けてから床に就いていたくらいだからして……。
「陛下、ここに解毒剤がありますが、いかがなさいますか」
 ラアラは素早く後ずさって、小瓶をかざしてリアナに見せつける。
「ひひぇぶ……」
 一体何が起きたというのだ――。
 ラアラの行動を見て、リアナは自分が置かれた状況を整理する。……今飲まされたものは毒を混入させた酒で、ラアラが手に持っているものがそれの解毒剤だとすると……! 
 ……やられた! まさかこんな王家に近しい所にまで敵の(はかりごと)が及んでいるなどとは! 不覚……! ただただ不覚……! 今はともかく、あの小瓶を叩き落として、強引に奪い取るか……! ……ぐ、毒のせいか、意識が集中できず、魔術式が構築できない……! なにか、代わりに武器になるようなものは……、武器……、そうだ……! 
 リアナは、戦略的二足歩行猫耳、キルビーストの存在に気が付いた。
「あづい」
 リアナが目で確認すると、湯から上がった猫は顔を真っ赤にして、仰向けに寝そべってぐでんぐでんになっていた。いつだかキルボーグが、キルビーは熱に弱いと言っていたが、その通りだった。所詮は愛玩動物である、とリアナは思い知った……。
「裏切り猫も後で始末してあげる……!」
 ラアラが底冷えするような声をキルビーに投げかける。その口振りからして、キルビーも元は敵の一味だったらしい……。なんという事だろうか……。あれ? なんかおかしくね? 
「ひっはひ、あなはの目的は……」
「……ワロス殿下をどこに隠した!」
 ワロス? 今更そんな奴の事は知った事ではなかった……。
「ひらなひ……」
「とぼけるな! そんなことを出来るのはお前しか居ないだろう!」
 リアナは本当に知らなかった……。だって本当に知らないのだから。リアナの頭の中で、状況が再整理されていく。
 あの馬鹿兄とこの侍女は、おそらく、ねんごろな関係だったのだろう……。兄上の性格はあんなではあったが、顔だけは良かったから……。ていうか侍女に手出すなよ……。業界用語でお手付きと呼ばれる行為だった……。それで、その兄が突然、獄舎から居なくなって、行方不明になったものだから、ラアラはこんな凶行に及んだのだろう……。
「ほんほにひらなひ……」
「そんな……! そんな……! 知らないわけがないでしょ……!」
 知らないわけがなかろうが、知らない時は知らないものなのだ……。リアナは困窮した。魔術も使えない。武器も無い。キルボーグも居ない(居ても多分助けてくれない)、猫は役に立たない(今まで一度たりとて役に立ったことがあっただろうか)、それよりなにより服が無い……。リアナは最後の手段に出た。
「わたしにとっても、兄上はいまやたったひとりの肉親なのでふ……。でふから、あのような兄でふが、慕ってくれる人がいると知って、わたひもありがたひ事らと思っていまふ……」
 口から出任せを言って懐柔する作戦だった。褒め殺しとも言う。内心では、この場を乗り切ったらお家断絶させてやる、などと思っていたのだが……。リアナは徐々に黒くなってきていた……。
「あ゙ーっ! なんでよぉーっ! ならなんで私の所に来ないのよぉーっ!」
 どこに仕舞っていたのか、ラアラは包丁を取り出してブンブンと振り回し始めた。リアナは、本気でヤバイと思い始めてきた。この手合いは、上半身と下半身がちぎれて別々になってもまだ追いかけてくるような型だ……。リアナは戦争を経験したり、キルボーグ達と過ごしたりしていたせいで、妙に歪んだ人体観を持ってしまっていた。
 そのうち、誰かが、浴場と外の仕切りをバンバンと叩き始めた。
「ラアラーっ! やめろーっ! 今更そんな事をしてどうするんだーっ!」
 ヴルズだ。ラアラが上げた怒号を聞いて、おおよその事情を察したヴルズが、ラアラの暴挙を止めようとしているのだろう……。実力行使で止めに入れれば良いものの、おそらく、男子禁制っぽい図柄になっている事を察しているせいで、中に入ってこれないのだろう……。
「これぞまさに二重察し」
 なんか変な声が聞こえてきた。リアナが声の方向に目をやると、お湯の中にぷかぷかとクラゲ(のようなもの)が浮かんでいた。なんだこれ……。やがて、クラゲ(のようなもの)はぐるぐると回転を始め、ずぼぼぼあーっと水柱を巻き上げる。何が起きている……。
 限界近くまで巻き上がった水柱の頂点から何かが射出され、水柱は再びただの温泉へと還っていく。上空高くまで舞い上がった何かがもの凄い速度で降下してきて、そして水面近くでぴたりと止まる。
「呼ばれて! 飛び出て! トリプルエーックス! 殺人オランダ妻の誘惑! 右手に金の斧! 左手に銀の斧! あなたが落とした斧は交番に届けておきました! 温泉精霊キルドール! 津軽海峡! お湯景色!」
 全裸のキルドールが命のポーズをキメながら水面近くを浮遊していた。角度的にモロ見えだった。いくら温泉回でも、下品にもほどがある。さっきのクラゲ(のようなもの)は、水中を漂うキルドールの頭髪だったらしい。
「キウドーウはま……どうひて……」
 キルボーグと色々してるのではなかったのだろうか……。何故ここにキルドールが……。
「リアナ様、失礼します」
 キルドールはそう言ってじゃぶんとお湯に沈み込み、リアナが飲まされた杯にぴっと指を付けて、その指を舐める。
「ペロリ……! ……こ、これは! 酢酸シボニムエキサトリン化合物!」
 いや、そんな事を言われても……。
「即効性の神経毒ですね。ですが、毒性は極めて低く、悪酔いのような悪心をもたらすだけの物質ですので、そろそろ分解されるでしょう。解毒の必要もありません」
「そうですか」
 そう言われてリアナは、別に普通に喋れるようになっている事に気が付いた。
「うっうっ……」
 ラアラは膝をがくりと折って、解毒剤(偽)と包丁を地面に落とす。
「ラアラ。私も、兄上が今どこに居るのか、本当に知らないのです。どこに居るか分かったのならば、貴女にも伝えるように言付けておきますので、この場は下がって頂けますね」
 ラアラはぶるぶると震えながら嗚咽を洩らしていたが、そのうち、地面にくっつきそうになるくらいに頭を下げて、リアナに向かって言った。
「陛下……! この度の無礼、申し開きのしようもございません……あぐ……ううっ……如何様な処罰でも受け入れる所存にございます……!」
 これにて一件落着、である。
「ラアラーっ! やめろーっ! やめるんだーっ!」
 外ではまだヴルズが騒いでいた。
「あづい」
 猫はまだのぼせていた。

「うあー」
 ラアラが下がって、ヴルズも大人しくなって、リアナは、温泉に首まで浸かりながら、足をばちゃばちゃやったりして、ざぶざぶしていた。コウマちゃんも三号くらいまで発進していた。リアナはふと、見慣れぬコウマちゃんがぷかぷか浮かんでいる事に気が付く。
「このコウマちゃんは一体なんなのですか?」
 クラゲがその問いに答える。
「アッヒルちゃ~んです」
「へえ……こんなコウマちゃんがあるだなんて……」
 リアナはアヒルちゃんを捕まえて沈めたり浮かべたりしていた。
「リアナ様が仰るコウマちゃんとは、コウマちゃんというよりもヒヨコちゃんに見えます。ヒヨコは泳がないと思うのですが」
 クラゲが喋った! まあ、さっきから喋ってはいるが。
「だって、馬って水鳥(みずとり)じゃありませんか。仔馬でもちゃんと泳げますよ」
「翻訳疎通術式の不具合が発生する条件が特定できません」
 いつもの不具合が発生したらしい。
「ウフフ」
 そんな事は気にも留めず、リアナはアヒルちゃんをナデナデしていた。
「リアナ様。ずっと気になっていた事があるのですが」
「なんでしょう」
「それは本物でしょうか」
 キルドールはなんだか嫌そうな表情をして、リアナの胸を凝視している。
「……本物ですが……。だからこうして首までお湯に浸かると凄い楽なのですけど……」
 キルドールはとても嫌そうな表情をして、言った。
「だからバカなんですね」



「あづい」
 懲りずに温泉に入りなおした猫は再びのぼせていた。







× ヘルズ
○ ヘルス



[12500] 11話 殺人聖剣ガバンマ・ザ・ブレイド
Name: 空とぶギロチン◆f0e35d55 ID:a6992bea
Date: 2010/12/02 00:04


「クク、そろそろ来る頃だと思っていたぞ、ハイザードラの女王よ」
 囚われの身となっても、この偉丈夫は不遜な態度を崩そうとしない。
「……ドラゴニアエスト国主、ドラクォよ」
「……真の敵の正体を知りたいのか? それとも、己が力を超える使役獣を喚ぶ技の事だろうか」
 ドラクォは厭世的な笑みを浮かべ、言葉に妙な含みを持たせる。
「そんな事どうでもいいからお金払って!」
「勿論、ただで教えるわけに……は?」
 二人の言葉は全然噛み合ってなかった。ドラクォは何か重要な事を言いかけていたような気もするが。
「お金払わないと明日から三食チャオ飯になりますから、覚悟しておくように!」
 リアナは床に何かをバン! と叩き付けて、獄舎を後にした。

「謁見? ですか?」
 ドラクォに最後通告をした後、蔵書庫から、父王が使っていた執務室へと、蔵書を移す作業をしていたリアナは、謁見の申し込みがあると、大臣オーグマから聞かされた。
「というよりも、獣身戦の申し出でございまして……」
「こんな情勢の時に獣身戦などと……」
 獣身戦というのは、簡単に言えば、勘違いした脳筋(アホ)が単身、使役獣に戦いを挑む行事の事である。勿論、使役獣側の勝率が99%を超える。
「はい、ですが、獣身戦は伝統的に拒否をしてはならぬという、半ば義務的な事でございまして、無下にも出来ぬかと……」
 単純に沽券に関わるという事なのだろうが、国が無くなっては沽券も糞もない。リアナはなにより、キルボーグにこの事を伝えるのが凄く嫌だった。
「とりあえず、会うだけは会ってみましょう……」
 めんどくせーと思う以上に、本を移す作業にも飽きていたリアナだった。

 謁見室へと向かったリアナが目にしたものは――。
「たのもー! 獣身戦の申し込みなのだ!」
 ガキンチョが居た。背中にでっかい剣を背負っていた。
「まずは名を名乗りなさい。貴殿は墓標に、通りすがりのすけ太郎、と刻まれたいのでしょうか」
 リアナはわざと脅すような口調でいった。これも伝統らしい。めんどくさ……。ちなみに、『すけ太郎』とは、この世界における『権兵衛』である。つまり『通りすがりのすけ太郎』というのは、『名無しの権兵衛』と同じニュアンスの言葉である。だからなに? 
「おお、失礼したのだ。我が名は、勇者ガバンマ! 伝説の聖剣ガバンマを受け継ぐ勇者なのだ!」
 どっかで聞いたような名前だった。それと、どっかで聞いたような口調だった。リアナの連想力がもっと豊かならば、すぐにピンときたのだろうが。
「先頃、我が国と隣国の間で戦争がありました。まだその傷痕も癒えぬ矢先に獣身戦の申し込みとは、少々常識に欠けるのではないでしょうか」
 主に被害を受けたのは王家(リアナ)の懐事情だが。
「おお、それはすまなかったのだ……。だが、吾輩は遙か西国、ホルシスより強者を求めて旅を続けてきて、ここいらの情勢にはあまり詳しくないのだ……。という訳で、獣身戦を申し込むのだ!」
 ホルシスと言えば、遙か西国、めっちゃ西国、すっげえ西国、ハイザードラから歩いて行くと軽く半年はかかる所にある国だ。
「そうですか」
 だからなんだ、それがどうしたと言わんばかりにリアナは受け流した。『という訳で』とか言って全然関係無い話を強引に話を繋げようとかしても、普段からキルボーグに詭弁を言われまくっているリアナからすると全く余裕で回避できちゃうのである。
「そうか、負けるのが怖いのだな? 使役獣というのも名前だけのようなのだ!」
 クソガキが挑発してきた。
 リアナは、実は私が使役獣なのだー! とか言って、自身でぶっ飛ばしてやろうかなー、とか少し思っちゃったりなんかしちゃったりしていた。多分勝てる。
「それで、日時はいつにするのだ? 吾輩は今すぐでも構わないのだ」
 ビチグソの頭の中では既に申し込みが受諾されたという事になっているらしい。リアナは、私もこれくらい幸せに生きたいなー、とか思った。
 ちなみに、日時がいついつ、というのは、獣身戦を行う場合、見物客を入れて金を取る事がままあり、その準備のために必要な確認事項である。その経済的側面が、獣身戦における、受け入れ側の主なメリットだからだ。まあ、使役獣と生の人間が戦えば、大体にしておっぺけぺーのぐちゃあなスプラッタショーになる事は間違いなく、そんなものを見せ物にして金を取ろうだなんて、本当に野蛮である。
 リアナは、その経済的側面にちょっとだけ誘惑されかかったが、すぐにその選択肢は頭から消えた。キルボーグを見せ物に使おうなんて思ったら、逆に自分が口では言えないような見せ物にされそうだった……。

「 俺 は や ら ん ぞ ー !  」 ズゴゴゴゴゴ

 どこか遠くから滅茶苦茶デカい声が響いてきた。あまりの音量で、壁や床がビリビリ振動している……。
 その声の正体は、話の内容をキルボーグイヤーで聞いていたキルボーグが、拒否の意志を示すために放った、キルボーグ・キラーボイスである。300km/hで走る新幹線が隣を駆け抜けていくよりも喧しい音を発声し、相手の精神を殺す技である。技というか機能である。勿論、元の世界でこんなくっだらねえ技を使用した事はなかった。
「……聞こえましたか? あれが、我が国の使役獣、殺人装甲キルボーグです。言っておきますが、めっちゃわがままです。私の言う事なんか絶対に聞きません。おまけに糞強いです。どのくらい強いかと言うと、パンチ一発でこの城を吹き飛ばせるくらいです。それでも構わないと言うのなら勝手にどうぞ」
 リアナは徐々に横文字の使い方を覚えてきていた。ただし、用法としては間違ってはいなかったが、いくらキルボーグでも、パンチ一発でハイザードラ城をぶっ飛ばすのは不可能である。角度とかをすげえ計算すると、もしかしたらパンチ一発で崩壊させる事は出来るかもしれなかったが。
「せ聖剣の切れ味に肝を冷やすなななのだだ」
 自称・勇者の目は、泳いでいた……。

「モガッ、モガモガ、モガッ」

 キルボーグは、もはや勇者でもなんでもないただのガキンチョを床に投げ捨てる。ベチッ
「ぎゃん!」

・殺人装甲キルボーグ○-●勇者ガバンマ(1R3秒27:キルボーグヒヨコクロー)

 それに巻き込まれて、本がまた数冊駄目になった。リアナが蔵書庫から本を運び終えるまで、残り3037冊――。(現在1659冊、移動済)
「おい」
「ひい! ごめんなさい! ごめんさない!」
「おい」
「殺さないで! ごなめんさい! ごいさなんめ!」
 自称勇者は、亀の体勢を取って(おが)み手を合わせながら、命乞いをしていた。自称勇者は被虐の市民Aにクラスチェンジした。
「おい」
「ごさなめモガ! ……モガモ……」
 被虐の市民Aは二度目のヒヨコクローを喰らった。
「おい」
「ふい……」
 被虐の市民Aはヒヨコクローを喰らったまま正座させられた。
「おい」
「……」
 被虐の市民Aはようやく大人しくなった。
「おい」
「ふい」
 被虐の市民Aからヒヨコクローが解除される。
「帰っていいぞ」
「ごめな……え?」
 そう言って、キルボーグはリクライニングチェア(特注品)に、どかりと身体を投げ出す。リアナがドラクォに身代金の催促をしたのは、このチェアの購入費でリアナの懐具合がますます寂しくなったせいである。わざわざ買わなくても、キルドールに作らせればいいのでは、と、リアナもなんとか足りない頭をフル回転させて節約しようとしたが、当のキルドールが「本革がよろしいかと」とかなんとか理由付けて作ってくれなくって、結局リアナ持ちで購入する羽目になった逸品だ。リアナのケツの毛はしばらく生えてくる事はないだろう。
「えっと……あの……」
 被虐民Aとしても何がなんだかわからなかった。目の前の黒い使役獣に、「獣身戦を始めるのだ」の『じ』まで言った所で、もの凄い力で顔面を掴まれ、地面に叩き付けられて生命の危機を感じ、誇りをかなぐり捨てて慈悲を請うたと思ったら、帰っていいと言われた。あまりにも展開が早すぎて、脳が状況を理解するのを拒んでいた。
「帰っていいぞ」
 ハヤトとしては、単に面倒な事には関わらず、アニメの視聴に時間を割きたいだけだった。外部情報の取捨選択判断をA.I.のメイン回路(キルドール本体)からサブ回路へと切り替えたせいで、外部のくだらない雑事がいちいちハヤト本人まで通知されるようになって、ハヤトは色々とめんどくさくなってきていた。殺人サイボーグは、A.I.が分離したせいで、微妙に弱体化していた……。プラズマ・マシンガンも、もう使えなくなっていたし……。
「はい……、あ、あの……」

 被虐民Aは、遙か西国ホルシスの、勇者を多数輩出する名家の貴族の生まれだった。武勇、武勲を上げる事が何よりの誉れ――。被虐民Aは、そういう価値観の元に生まれ育った。だが、被虐民Aの武術の成績は、下から数えて上位争い――。ある日、被虐民Aは思い立った。我が家に伝わる聖剣ガバンマの力で、遙か東国の獣身戦で勝利し、名を上げれば、もはや誰も自分を馬鹿には出来ない。いじめられる事もない――。そうして被虐民Aは険しい山脈を乗り越え、ハイザードラまでやってきて、勝手に持ち出した聖剣ガバンマと共に、獣身戦に挑んだのだ。そして、知った。全て、命あってのものだという事に。

 だが、今すぐにこの場から逃げ出さない事は、そこらへんの事情とは全く関係ない。何故ならば、今はただ、腰が抜けて動けないだけなのだから。
「まさか、貴様……」
 一向にこの場から立ち去らない被虐民Aを見て、キルボーグはおもむろに立ち上がり、被虐民Aの襟元を掴んで強引に被虐民Aを立ち上がらせたかと思うと、ガッと股間を掴みあげ、何度か、にぎ、にぎ、にぎ、とする。
「あうう」
「よし。最近オリモノ臭くてたまらんからな。また増えるのかと思った」
 ハヤトはニギニギして被虐民Aの性別を確かめたのだ。だが、ハヤトは一つ、過ちを犯した。それは、ちゃんと透過スキャンをしなかった事である。ハヤトがニギニギしたモノは、被虐民Aが非常食として股間に入れていた、饅頭であった――。スキャンをする時はいつもA.I.に任せきりにしていたから、使い方を失念していただけ、という要因もあるが。
 リアナが蔵書庫に入ってきて、後ろ歩きで出ていった。丁度、キルボーグが被虐民Aの股間をモミモミしている最中だった。
 キルボーグはふと、地面に転がっているでっかい剣に気が付き、それを持ち上げ、じっと眺める。
「これは……」
 そう言った後、キルボーグは柄から素早く手を離し、両の拳で刀身を挟み込んだかと思うと、分子分解ガスを放射させ――。剣を叩き折った。キルボーグ・サイコクラッシュ――。

 キルボーグが何故こんな行為に及んだのかというと、ハヤトは丁度、機動戦士ガンダム第15話「ククルス・ドアンの島」をヘビーローテーションでリピートしている最中だったからだ。何度見ても、このエピソードの必要性が理解出来ない――。ならば、実際に自分がこういう行為を行ってみれば、少しはその意味がわかるかもしれない――。ハヤトが被虐民Aの剣を破壊した行為は、アムロがドアンのザクを海へ投棄した事の、模倣だったのだ。

「あ、あっ、あっ」
 そして、その行為が引き起こした結果は。
「あ゙っ、あ゙あ゙あ゙ん! あ゙あ゙あ゙あ゙ん!」
 被虐民Aは、声を上げて号泣し始めた。
「じいじに、じいじに、おごら゙れる! あ゙あ゙あ゙あ゙ん!」
「おい」
「あ゙あ゙あ゙あ゙ん! おじり、ただがれる! じいじに、おごら゙れる゙うあ゙あ゙あ゙ん!」
「おい」
 それもそのはず、この剣は、少女が尊敬する祖父が、とても大切にしていた剣だった。この剣と共に作り上げた武勇伝を語る祖父は、いつも誇らしそうだった。優しく、そして時には厳しく、だが、最後にはいつも自分の味方になってくれた祖父、じいじが大切にしていた剣を、壊してしまった――。国に帰っても、自分の味方になってくれる人は、もう誰も居ないだろう。そう思うと、涙が止まらない。
「あ゙あ゙あ゙あ゙ん! あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ん!」
「おい……」
「あ゙あ゙あ゙、あ゙あ゙あ゙、あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ん!」
 被虐民Aは一向に泣きやまない。そこでハヤトは、ある行動に出た。
「……AI! エェェェアイ! どうにかしろ!」
 キルドールに丸投げである。
「どうにかとか言われても困る」
 いくらキルドールでも、子供のあやし方など、知らないわけでもないが、知識と実践は違うという事を知っている人工知能は、なんかしゃちほこみたいなポーズを取りながら、奥ゆかしさを発揮させていた。
 この場に居た者は、皆、困ってしまっていた。ただ一匹、昼寝をしていた猫を除いては――。
「うあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ん!」
「うにゃ」
 今ちょっと寝返りを打った。

「うあ゙あ゙、うあ゙あ゙、うあ゙あ゙……」
「よしよし」
 ここで登場するのが、殺人キル軍団が誇る二足歩行魔術師、リアナ・ハイザードラである。
 そして、殺人キル軍団のリーダー、殺人装甲キルボーグは――。全部リアナに任せてアニメ視聴モードに入った。外部音声は完全に遮断した。
 殺人キル軍団の頭脳、殺人人形キルドールは――。一点倒立しながら脚を広げてぐるんぐるんと回転していた。A.I.は天然電波キャラを拡大解釈しすぎていた。
 殺人キル軍団の猫、殺人猫耳キルビーストは――。寝てた。
「げん゙、げん゙が……」
「剣? 剣がどうしたのです?」
「ごわれだ……うあ゙っ……じいじの、だいじな、げん、うあ゙」
 リアナが床を見ると、真ん中からばっくり折れてしまっている剣が転がっていた。キルボーグと戦ってこの程度で済んだのならば、むしろ幸運ではないか――。そうは思ったものの、肉親の形見を壊してしまったというのは、やはり同情せざるを得ない。リアナは少し勘違いをしていたが、展開に問題は無いのでこのまま進む。
「何か、替わりの剣などではいけませんか?」
 とりあえず、泣き止ませるために何か与えればいいのではないだろうか……。リアナの思考回路は安直だった。
「だめ゙、じいじの、げん、がばんまの、げん、でんぜつの、ぜいげん……」
 伝説の聖剣でなければ駄目だと、少女は首を横に振る。そう言えば、この子は先ほども聖剣ガバンマだのなんだの言っていたような……。ふと、リアナはある事を思い出した。
 この前、ガバンマ(モグ子)が、恒例の土嚢を運んできた時に、「ついさっき伝説の剣を掘り当てたのだ! 堀りたてほやほやなのだ! 定期運送をご利用のリアニャには、今だけ特別、無料で伝説の剣ガバンマをあげるのだ!」とか訳のわからない事を言って、リアナに妙な剣をくれたのだが、リアナは正直、その伝説の剣を持て余していた。なにしろ、魔術と使役獣が第一の武力であるこの世界で、剣なんてものはただの棒きれと変わりないのである。勿論、ただの棒きれでも、思いっきり叩けば人は死んでしまうという事を、よい子なら知っておかなければならないが。貰ったものだから、要らないと言ってもそうそうポイと捨てる訳にも行かないのが人情というもの、どこかに保管してあったはずだが。同じガバンマという銘の剣、それも、どちらも伝説の剣だ。この子に与えても、別に詐欺とは言えないはずだ。
 リアナは全く気が付かなかった。リアナが貰った剣と、この少女の祖父の剣は、同じガバンマ(モグ子)から貰ったものだという事に。
 あの剣、どこに置いたっけ……。確か……。
「大丈夫、ちゃんと、ガバンマの剣ですよ」
「……ほんど? がばんまのげん、でんぜつのげん?」
「ええ、確かに、『ガバンマ』の剣です」
 リアナはわざとガバンマを強調して、騙すような口調だったが、別に全然詐欺でもなんでもなかった。
「それじゃあ、行きましょうか」
「……う゛ん」
 少女はまだ愚図っていたけど、泣き止んだ。

 リアナと少女は手を繋いで、廊下を歩いていく。
「じいじは、厳しかった、けど、優しくて、最後は、いつも、お菓子、くれたの」
「そうですか。私は祖父の顔を知りませんが、父上は、私に甘々でした」
「お父さん、は、怖かった」
 二人は、身の上話などをしながら、城から出て、内門を潜って、まだ歩いていく。
 そうだ、絶対、間違いない。あそこに置いたはずだ――。
 リアナの目的地、それは――。

「クク、そろそろ来る頃だと思っていたぞ、ハイザードラの女王よ」
 囚われの身となっても、この偉丈夫は不遜な態度を崩そうとしない。
「……ドラゴニアエスト国主、ドラクォよ」
「……真の敵の正体を知りたいのか? それとも、己が力を超える使役獣を喚ぶ技の事だろうか」
 ドラクォは厭世的な笑みを浮かべ、言葉に妙な含みを持たせる。
「そんな事どうでもいいからお金払って!」
「勿論、ただで教えるわけに……は?」
 二人の言葉は全然噛み合ってなかった。ドラクォは何か重要な事を言いかけていたような気もするが。
「お金払わないと明日から三食チャオ飯になりますから、覚悟しておくように!」
 リアナは床にガバンマから貰った剣をバン! と叩き付けて、獄舎を後にした。

 あの時、ドラクォの顔を見たらなんだか気分が悪くなってきて、ついかっとなって、床に剣を叩き付けてしまったのだった。またドラクォの汚ねえツラを拝まなければいけないかと思うと、気が滅入る……。
 リアナと少女は、獄舎の前に辿り着く。
「ここで待っていてください、今、剣を取って来ますから」
 少女は、こくりと頷く。
 リアナは獄舎の扉を開け、少し奥の方まで歩いて、魔術師用牢獄のある地下へと続く階段に足を踏み入れる。魔術師用の牢獄は、魔力が拡散しやすくなっている上に、魔力の流れもぐちゃぐちゃで、いつ来ても気分が悪くなる。
 階段を下りたリアナは、異変に気が付く。臭い。クソでも漏らしやがったか、あの野郎! などと思いながら、ドラクォの独房の前まで歩いていく。
 しかし、ドラクォの独房の前には、剣は落ちてなかった。おかしい。確かにここに剣を置いたはずだ。見張りが片付けてしまったのだろうか。しかし、妙に足下が滑るが、なんだろうか。排水溝が詰まったのだろうか。
 リアナは辺りを見渡す。そして、格子越しのドラクォに目をやると――。

 ドラクォは、壁に磔にされるような形で、大剣で腹を貫かれて、死んでいた。



[12500] 12話 殺人! 抜刀! ピンク・サムライ! 前編
Name: 空とぶギロチン◆f0e35d55 ID:a6992bea
Date: 2010/11/10 14:48


「あの、取り乱して、すいませんでした」
「いえ」
 リアナは、獄舎に人を呼んで検分をさせてああだこうだとしている間、完全に小勇者ガバンマの事を失念していた。その間に、この少女も気を落ち着けたらしい。武器を失って素が出たのだろうか、少女はおどおどとした感じの口調になっていた。
「本当に、ごめんなさい、私の考えが足りなかっただけ、なのに」
「いえ」
「それで、ぶしつけ、なんです、けど」
「はい」
 リアナはドラクォの事件で頭がいっぱいで、少女の話をほとんど聞いていなかった。一体どこにあんな隙があったというのだろうか。よく考えたら、あの獄舎の警備は、完全に手落ちだった。穴だらけとも言う。何故、金づるのドラクォをあんなザルの中に押し込めておいたのか……。後悔だけが過ぎる……。
「お金が、なくて、いや、お金はあるんですけど、通貨が違ってて、使えなくて」
「ええ」
「しばらく、泊めさせてもらえないかと、思って、国に帰ったら、凄い怒られる、だろうから」
「ええ」
「ありがとう、ございます」
「はい」
 ガキンチョが一匹増えた。またリアナの財布から余計な出費が嵩む。そろそろ借金も視野に入れなければならない。

 リアナはドラクォの事件で頭がいっぱいで、つい、いつもの癖で蔵書庫に向かってしまった。一体ここはどこだろうか。蔵書庫だ。蔵書庫の壁は、所々に穴が空いていて、壁が穴だらけだった。穴だらけとも言う。よく考えたら、ここに来る理由は別に無かった。何故、キルボーグを蔵書庫に居させたままにしてしまったんだろう……。別に後悔は無いが……。
 キルボーグは細かくサイドステップを踏みながら、高速の左ジャブを繰り出して蔵書庫の壁に穴を増やしていく。
「あの……キルボーグ様……」
 ぴたり、とキルボーグの動きが止まる。
「おう、リアナ。ちゃんとノックくらいしろよ。恥ずかしいだろうが。おい」
 ハヤトは獣身戦の一件以来、サブA.I.による外部情報遮断機能を最大レベルにまで上げていた。そのせいで、リアナに恥ずかしい所を見られてしまった。
「壁が……何故こんな……」
「ちょっとイライラしてな、壁を殴ってしまったんだが、穴が一個だけ空いているとバランスが悪いだろ? だからこうして穴を増やしてだな……」
 キルボーグはそう言って、右腕を振りかぶり、強烈な踏み込みで右ストレートを繰り出す。
 蔵書庫の壁は綺麗に吹き飛んで、今までその壁が有った場所に美しい夕日を映し出した。漂う雲の隙間から橙色の光が差し込み、蔵書庫の中を柔らかく照らしてくれていた。
「綺麗な夕日だな」
「はい」
 リアナはお腹が空いてきたので、チャオ飯でも食べに行こう、と思った。

「あの方は、本当に、使役獣、なんですか?」
「さあ。わかりません。もしかしたら、私の構築した召喚術式にどこか不手際があったのではと、最近はそう思うようになってきました」
「使役獣って、もっと大きいと、思ってました」
「私の父であり先王、バロス・ハイザードラの使役獣は、外郭門からはみ出るほどの大きさでしたよ。四足で歩き、その前肢は筋骨隆々で、たてがみは雄々しく、口には鋭いクチバシを持っていました。飛行は出来ないようでしたが、翼も生えていました。知能も高く、人語を解し、口数は少なかったですが、言葉を通した意志の疎通も可能でした」
「外郭門って、街の外の、ですか?」
「ええ」
「そんなに、大きかったんですか。獣身戦、だなんて、私が、浅はかでした」
 リアナはチャオ飯を掻き込む。
「ハムッ! ハムハフッ!」
「……あぐあぐ」
 少女を見ると、あまり食が進んでいないようだった。
「口に合いませんか?」
「……あまり」
 遙か西国からやってきて、料理も口に合わないとは、難儀な事だ。リアナは同情した。だがしかし、にべもなく、リアナは、言った。
「我慢してください」
 何故ならば、リアナには、お金が無い! 
 というか、何故この少女はここに居るのだろうか? リアナは、自分が少女の滞在を許可したという事に気が付いていなかった。
「厨房を、貸して、もらえますか」
「賃貸ですか?」
 リアナはガメつくなってきていた。
「いえ、火を、貸してほしくて、あ、ただで」
 初めて会った時からそうだったが、この少女、なかなかに図々しい所がある。リアナは、見習う所がある、と少しだけ思った。
「まあいいでしょう」

「ナナン、この娘に窯を貸してあげてください」
「陛下、あたしゃ構いませんがね、ここは兵士達の胃袋ですよ。ここの窯は、一度に二十人前も三十人前も作る訳でしてね、お嬢ちゃんにはちいーっとばっかし手に余るんじゃないかと」
 ナナンと呼ばれた料理長は、むしろ、少女の身を案じているような、そんな口調だった。
「大丈夫、です。ちょっと、弱い、くらい」
 少女はそう言って、背中から、巨大で、滑らかな曲面を描いた鉄板を取り出す。一体どこにそんなものを仕舞っていたのだ。リアナはそっちの方が気になった。
「なんだいそりゃ。変わった鍋だね」
「卵は、ありますか?」
 キルビーが馬を食べまくって頭数を減らしてしまったせいで、馬の増産体制に入っていたハイザードラは、卵もいっぱいあった。
「玉子焼きかい?」
「ちょっと違う」
 少女は鍋に油を引いて空焼きしている間に、卵を溶いて、飯をよそって、台の上に調味料を並べていく。勿論、チャオも。
「いきます」
 少女は溶いた卵を、熱した鍋に流し込み、布巾で鍋のへりを掴み、豪快に振り回す。
「おう、見かけによらず、力持ちだねえ」
 油と絡んだ卵は空中で細かい糸のようにふんわりと広がり、少女は卵の広がった空中に、飯を投げ入れる。
「ここからが、見せどころ」
 少女が鍋を振り回す腕の力を強めると、飯と卵が絡み合い、空中で綺麗な円弧を描く。
「こりゃ凄いね……」
 飯粒は一つも周りに飛び散る事もなく、少女は左手でその状態を維持させながら、右手で次々と各種の調味料を投入していく。そして最後に、お玉で掬ったチャオを鍋に入れて、そのお玉を使い、チャオ飯の軌道を制御し、並べてあった皿へと、次々に盛り分けていく。
「チャオ飯・ホルシス熱気流仕立て、完成です」
 少女は手を合わせ、深く一礼してから、リアナに皿の一つを差し出す。
「どうぞ、食べてください」
 リアナは、言われるままに、チャオ飯を口に運ぶ。
「これは……」
 これが本当にチャオ飯だというのだろうか! ふんわりとして、べた付きもなく、玉子の甘さが口の中に広がって、そして春の雪のように溶け、チャオの香ばしさが後を引き、飯の一粒一粒が主張を崩さない! これは、チャオ飯の、革命だ! 
「チャオは、最後に入れると、香りが、引き立つ」
「うーん、こいつぁ見事だね! 気に入った! お嬢ちゃん! うちで働かないかい? 陛下も、構わないだろう?」
 ナナンは唇に米粒をくっつけながらそう言って、少女の手首をがっしりとホールドしていた。
 勝手にしたら? とリアナは思った。そもそも、なんでここに居るのかよくわかんないし。
「よしなに」
「よっし! 今日はもう厨房閉めるから、明日からよろしくね! えっと……」
「ティマリ、です」
「よろしく! ティマリ! どこに泊まるんだい? 行くとこなかったらうちおいでよ!」
 ナナンは紅潮した顔でティマリを抱きしめて、ぐしぐしとその頭を撫で回す。
「よろしく、おねがいします」
「嬉しいねえ! 子供が出来たみたいだよ!」
 いつの間にかリアナは蚊帳の外にされていた。いずれにしろ、二人に払われるであろう給金の一部はリアナの負担になるのに、自分のこの扱いはなんなのだろうと、空しくなった。一杯やってとっとと寝よう、と思った。
「ブランデーを一本、貰っていってもよろしいでしょうか」
 リアナの自室では、アルコール類の蓄えが切れていた。はっきり言って、飲み過ぎである。
「ええ、ええ、好きなだけ持っていってくださいな」
「頂きます」

「ふう……」
 自室のベッドに腰掛けて、リアナはコップを煽って、溜息を吐く。ブランデーは勿論、ストレートである。
 空になったコップに、再び、とく、とく、とくとブランデーを注いでいく。
「おかしい」
 全く酔わない。メートル法で一リットル弱はあったブランデーの瓶を、半分ほど開けても、全く酔いが回らない。一体どうしたというのだ。勿体ない。これ一本で五日は保つと思ったのに、このままではアル中になってしまう……。いや、リアナは既に半分アル中だった。
 ちょっと廊下を走り回ってみようか。そうすれば、酔いも回りやすいはずだ。リアナは自室を出て、廊下を歩きだす。勿論、走り回ったりはしなかったが。その段階は、もう少し病状が進行してからの話だ。
 城内はしんと静まりかえり、空気もひんやりとしていた。空気がひんやり感じるという事は、体が熱を持っているという事だ。なんだ、やっぱり酔いが回ってるじゃないか。リアナは酔っぱらっていた。半分アル中のリアナは、城内を徘徊していた。
「ここは……」
 気が付くとリアナは、蔵書庫の前に立っていた。足が自然と蔵書庫に向かうように覚えてしまっていたらしい。あまり筋道を立てて物事を考えられない、リアナらしい行動だった。
 リアナは、蔵書庫の入り口の横の壁を、こんこん、と小さくノックする。蔵書庫の扉は、三日くらい前から、どっかに消えて無くなっていた。多分、キルボーグが破壊したのだろう。夕方、扉をノックしなかったのは、そもそも扉が無いからだった。
「失礼します」
「おう、リアナ」
 キルボーグは、片膝を立てて、ぶっ飛ばして綺麗に無くなった壁の方向を向いて、片膝を立てながら、夜空に浮かぶ月を眺めていた。この男は、前にそう言った通り、本当に眠らないらしい。片膝を立てて、と二回言ったが、つまり、両膝を立てての体育座りであった。
「あの、キルドール様は」
「AIは外でケロシンの代替魔術を研究してるよ。モグラに持ってこさせたモノからでも精製できるらしいが、量が足りないらしい」
「そうですか」
 ケロシンとは一体なんなのだろうか。だが、リアナがそれを理解する事は一生無いだろうし、知る必要もないだろう。なんとなく、そう思った。
「ブランデー?」
「はい」
「一杯くれよ」
 キルボーグは食事をする必要がない、と、前にそう言っていたが、アルコールは飲めるのだろうか。
「杯が」
「そのままでいいよ」
「はい」
 リアナはコップに適当にブランデーを注いで、キルボーグに渡す。キルボーグはコップをぐいっと煽る。
「グホッ、ウェーホ! ウェーッホ!」
 むせている。部屋の外に身を乗り出して、ブランデーを吐き出している。リアナは思った。勿体ない……。
「グホ、ゲホグホ、クソッ、異物反応で強制排出されやがった……、酒も飲めないのかよ、この体は」
「申し訳ありません」
「謝る暇があったら……糞」
 リアナはコップを返してもらって、ブランデーを注ぎ直す。ちょっとだけ口を付ける。喉にじんと染みる。月を見ながら飲んだからだろうか。暑くなってきた。だいぶ、酔いが回ってきたらしい。
「獄舎で、事件があって」
「聞きたくないな、そんな話」
「はい」
 リアナとキルボーグは、そのまましばらく、黙って月を見ていた。
「寝ろよ」
「はい、おやすみなさい」
 リアナは蔵書庫を後にした。自室に戻ってベッドに入ったリアナは、三秒で、寝た。

「うえっ、あったま、うえっ、」
 目を覚ましたリアナは、酷い二日酔いになっていた。
 ゾンビのような顔色で、ゾンビみたいに体を引きずって、リアナは城内を徘徊する。食堂に着いた。水、水、水をくれ! 
「おはようございます、リアナ陛下」
 ティマリが厨房に立っていた。その元気を分けてくれ。
「水を、ください、水を」
「……はい、どうぞ」
 リアナは水の入ったコップをティマリから受け取って飲み下して、もう一杯貰って飲み下して、もう一杯飲み下した。
「二日酔い、ですか」
「はい」
 リアナはテーブルに突っ伏してグロッキーになっていた。五分くらいそうしていると、ティマリがスープをもってきてくれた。
「……これは?」
「干貝のお吸い物、です。二日酔いに、効くんですよ」
 二日酔いに効く料理があるなんて! そう言えば、南部から海産物を取り寄せて色々やってみるようにと指示を出していた事を、リアナは思い出した。
「ずずず」
 ウマイ! なんとも言えない生臭さが、五臓六腑に染み渡る! 
「朝は、魚介類が、美味しいですよね」
 ティマリが、朝食を用意してくれていた。ほかほかのご飯に、細長い魚の干物。なんか萎びた漬け物。リアナの食欲をそそる。まずは、魚の干物を口に入れる。うま味が濃縮されていて、ご飯のおかずにはぴったりだ。ぽりぽりと漬け物を囓る。口の中が一旦真っさらになって、どんどんと料理に手が伸びていく。吸い物を啜って、ご飯が空になって、干物は骨だけになって、漬け物も全部食べた。完食。
「大変おいしゅうございました」
「どういたし、まして」
 ティマリは、はにかみながら、にこりと笑った。何故この少女がここに居るのかはよくわからないが、別に悪くないんじゃないか。リアナはそう思った。

 だがしかし、そんな事を思った所で、ハイザードラ王家の財政事情が健全化されるわけではなかった。どうする……。ドラクォは使えないし……。ふと、リアナは壁に貼ってある貼り紙に目が行った。

  *****************【 急 募!! 】********************
  仕事内容
  ロケット打ち上げ作業員(主に計器を確認するだけのお仕事、軽作業です)
  期間
  人工衛星が軌道に乗るまで(希望者はその後も観測機器整備スタッフとして継続雇用)
  勤務地
  ハイザードラ城(採用決定後、現地へ直行していただきます)

  給与
  応談(結果に応じてボーナスあり)

  採用条件
  魔術師優遇(教養レベルの参考にするものであって、魔術師としての才能は問いません)
  文句を言わない方
  やる気のある方
  黒い人のわがままに付き合える方
  胸の大きくない方
  頭の悪くない方
  *******************************************************

「で?」
「はい、募集の張り紙を見て来ました」
「馬鹿なの?」
「えっ」
「採用条件に、『頭の悪くない方』って書いてるよね?」
「えっ」
 殺人サイボーグは人材募集の貼り紙を引き裂いた。ビリリ
「不採用」
「えっ」
「不採用」
「だって、だって」
「不採用な」
「はい」
 リアナは立ち上がって、後ろ歩きで蔵書庫から退出した。

 そもそも、今動けるまともな魔術師は、自分しか居ないはずなのに、何故あんな貼り紙をしたのだろう。あの召喚式の一件以来、魔術師は皆、精神に異常を来してしまって、使い物にならなくなってしまった。
 ハイザードラの武力は、主に三つに分けて考えられる。
 まずは、将軍を指揮官とする、軍隊だ。使役獣が戦局を大きく左右すると言っても、最後は人の手による制圧が成されなければならない。だからこそ、白兵攻撃力として、軍隊が必要なのだ。
 そして、宰相に命令権がある、官憲隊。彼らは、主に国内の治安維持を目的として、無手による武術を修めている。彼らが徒手空拳を武器とするのは、いかに治安維持のためと言えど、その相手は国民である事がほとんどであり、無闇やたらと痛めつけるわけにはいかない事が、最大の理由になる。
 最後に、王の管轄である、魔術師隊だ。王自身が最大の魔術師であるが故に、王がその頂点として君臨し、また王は、三軍の最高司令官としての役割も兼ねている。武力としての使役獣も、この範疇に分類される。
 そして、魔術師という人間は、この魔術発祥の国ハイザードラであっても、極めて珍しい、ごく僅かしか居ない存在であるのだ。勿論、市井やそこらにも、モグリの魔術師が居ない事もないのだが、戦争で戦力となるような、そういう強力な魔術師というのは、本当に、両手と両足で数えられるほどしかいない。その強力な魔術師達も、あの召喚式の日、キルボーグの圧倒的な力を目にして、ほとんどが自室とか、実家に帰って引き籠もりになってしまっていた。
 だから、私しか居ないのに。馬鹿。

 ドォォォン!

 突如、そんな振動音がリアナの歩いている廊下に響き渡り、その足下がぐらぐらと揺れる。リアナは伊達に何年もザルをやっていない。酔いは醒めて、二日酔いも既に完治していたはずだ。なのになんだ、今の揺れは。

「ハイザードラ王に告ぐ! ハイザードラ王に告ぐ!」

 凄まじい音量の声だ。壁や床がビリビリと震動するほどの。キルボーグ? いや、違う、この声は……。リアナは廊下の適当な窓から身を乗り出して、声がした方向に目を凝らす。

「拙者! フルージャ王が使役獣にして! その義を果たさんがため、この地に参った次第!」

 目を凝らすまでもなかった。内門からはみ出るほどの、巨大な輪郭が、リアナの目にもはっきり見える。既に内門まで入り込まれているとは、一体、この城の防備は……! そういえばザルだった。ハイザードラは、色んな意味でザル国家だった。

「拙者の名はサブラウタ! フルージャが使役獣、サブラウタにござる! 要求はただ一つ!」

 確かに、確かに話に聞いたとおり、フルージャの使役獣は、人型だった。だが、あれが、人であると言えるのだろうか? 

「我が同盟国である、ドラゴニアエストが国主、ドラクォ殿の身柄を、即時解放する事にござる! いざ、神妙にされたし!」

 染料をブチ撒けたように鮮やかな、ピンクの頭髪を頭頂部に結った、身の丈10メートルはあろうかという、巨人。
 巨大な、女――。

 サブラウタ。それが彼女、フルージャの使役獣である。



[12500] 13話 殺人! 抜刀! ピンク・サムライ! 後編
Name: 空とぶギロチン◆f0e35d55 ID:a6992bea
Date: 2010/12/02 00:04


「久しぶりじゃの、リア姉」
「お久しぶりです、フルージャ王よ」
 ハイザードラ城の会議室は、剣呑な空気に包まれていた。フルージャ王国が、フルージャ王自ら使役獣を引き連れ、一方的な要求を突きつけてきたのだ、そんな雰囲気になってしまうのも、さもあらん事である。
「フルージャ王などと、他人行儀じゃの」
「他人です」
 リアナと、その目の前の女、フルージャ王・ララリィは幼馴染みだった。交替で数年ずつ、お互いの国に留学しあい、見聞を広め、親交を深めた仲だった。
「サブラウタの暴挙については、許して欲しいのじゃ。わらわも一度、あやつの暴走で殺されかけておるでな、ただ、一本気で融通の利かぬ奴で、」
お館様!何を申されまするか! あの時は拙者、お館様の御身がため、断腸の思いで刀を抜き放ったのでござる! 大体、お館様は甘いのでござる! あのような不穏分子など、たったき斬って、打ち首、獄門! 市中引き回しの上、お家断絶! 臓物ぶち撒かし、烏の餌にするのが道理というもの! それを、あのような、寛大なご処置……」
 窓から頭だけ会議場に突っ込んでいるサブラウタが、話に割り込んできた。
 うるさい……。何の話かは知らないが、声が大きくて、やかましい……。この幼馴染みも、内政の絡みで苦労をしてきたのだろうという事はなんとなく伝わってきたが、そんな事は大した問題ではない。
「とにかく、ドラクォは引き渡せません」
 だって、引き渡せなかった。物理的に。
「ふむ、それは困ったのう」
 大体何故、あんなゲス野郎のために、フルージャ王が出張ってくるというのだ。いくら同盟国同士といえど、度が過ぎるというものだ。
「ドラゴニアエストの民より、数多くの嘆願書が届いての、どれもこれも、国主の救助を、心より願ったものばかりじゃった。わらわは、その民らが、あわれであわれで、いたたまれなくなっての、こうして、リア姉、ハイザードラ王にお願いに来たのじゃが……」
 嘆願? 嘆願書だと? あのドラクォに? というか、先に攻めてきたのは、向こうだろう? それなのに、まるで、こちらが悪いような口振りはなんだ! 大体、嘆願を出すならば、直接ハイザードラに出せばいいだけではないか! 一体なんだというのだ! 
「我がハイザードラは、そのドラクォに、先王バロスを殺害されたのです。どのような報いを受けさせるのか、その決定権を持つのは、我がハイザードラではないでしょうか」
「本当にそうかの?」
 ララリィは首を捻って顎に手を当てる。リアナはイラッときた。その萌えっぽい動きはなに? なんなの?
「清濁併せ呑むのが良き君主、というものなんじゃろうが、少し、行き過ぎではないかの」
「さきほどから、何を言いたいのでしょう、フルージャ王よ」
「ところで、ワロ兄はどうしておるのじゃ?」
「用件があるなら単刀直入に言ってもらわないと困る!」
 リアナはとうとう声を荒げて、癇癪を起こしてしまう。その瞬間――。
 会議場中央に据え付けられた卓が、真っ二つに割れた。

 窓から突き入れられた巨大な白刃が、卓をぶった切ったのだ。磨いた氷の様に光を弾くその金属の塊が、リアナと、ララリィの間を、遮ぎっていた。
「サブラウタ! やめい!」
「お館様はぬるい」
 リアナは泣きたくなった。悪いのはドラクォなのに、なんで私がこんな目に遭わなければならないんだろう。こいつら、馬鹿じゃないのか。アホ。うんこ。
「腹を引き裂いて臓物を引きずり出してやったらば、己が罪も自覚せざるを得ないでござる」
「サブラウタ、人間は脆い生き物なのじゃ。そんな事をすれば、人は簡単に死んでしまう」
「拙者だって臓物をこぼせば死んでしまうでござる」
 なにちょっと上手く落ちた小咄みたいな感じで会話してるわけ? リアナはイライラッときた。
「国に帰ってマスでも掻いてなこのピス垂れビッチ共が」
 一体何の根拠があって、貴女方はそのような言いがかりを付けてくるのでしょうか? 

「……?」
「……」
「……!」

 口に出した言葉と、心の声が、逆だった……。

「ます、とはなんじゃ?」
「わからんでござる」
「ぴすたれびっち、とは?」
「知らないでござる」
 リアナは最近ちょっと蔵書庫から持ってきたいかがわしい本を読みすぎていた……。
「とにかく、ドラクォは引き渡せません」
 大事な事なので二回言いました。
「ふむ、あくまで、白を切ると。わらわも、あのような者をどこまで信じてよいか、思索しておったのだが……。サブラウタ!」
 ララリィの言葉を受けて、サブラウタは会議場から大刀を引き抜いたあと、握った拳を挿し入れてきた。その手に握られていたものは――。
「ヴ、ヴあー……」
 中肉中背、印象に残り辛い顔立ちをしていて、これといった特徴もなく、どこにでも居そうな、普通の男。男は目の焦点も定まらず、体を揺すりながら、わけのわからない呻きを漏らしていた。この男は――。
「……シャムジン!」
 王家子飼いの斥候、シャムジンだ。そういえば、ドラゴニアエストが王都へと侵攻してくる前日、暇を出して、そのまま放置して忘れていた――。それが何故、フルージャの元に。
「この男、ハイザードラの草で間違いないじゃろう?」
「……そうですけど、それがなにか?」
 確かにちょっと暇を出して忘れたままだったけど、他国の人にどうこう言われるほどの事でもなくね? 別にそんな責められるような事でもなくね? それがなにか? リアナは開き直った。
「ふむ、ならば直接聞いてもらった方が、手っ取り早いか。サブラウタ」
 サブラウタがシャムジンの頭をデコピンする。ビシッ
 デコピンされたシャムジンは、少しの間、ただ呻いていたが、徐々にその言語に明瞭さを取り戻していく。
「……ヴあ、リア、リアナ姫は、己の野心を満たさんがため、兄、ワロスを策謀にハメ、その王位継承ケンを奪い、父、バロスを殺害し、その嫌疑を隣国、ドラゴニアエスト国シュになすりツケ、バイショウキンを請求、ドラクォはその疑いを晴らすタメ、使役獣を出動させたガ、リアナ姫の卑劣な策謀にハマり、頓死」

「という事なのじゃが、リア姉の言い分はどうなのじゃろう」
 リアナは、何を言われているのか、一瞬、理解できなかったが、一拍置いて、その言葉の意味を理解してから、言った。
「馬鹿なの?」
 どー見ても誰かの陰謀じゃねーかこれ! 言い分とかそういうレベルじゃねーからこれ! ヴォヴォーとか言ってんじゃねえかこいつ! どー見たって操られてるじゃねえかこのシャムジン! 貴様ら? 貴様らがやったの? 貴様らが首謀者か? 
「わらわも、リア姉がそのような事をしたとは、信じたくない。ゆえに、ワロ兄からも話も聞いてみたいと……」
「馬鹿なの?」
 馬鹿なので二回言いました。
「……リア姉?」
 何がワロ兄だ。お前あいつと十年近く会ってねえじゃねーかっつの。おまけにあいつが王位継承権を剥奪されたのなんか五年も前の話だっつの。私その頃お前んとこに世話になってたじゃねーか。どやったら私が陰謀張り巡らしてあいつの王位継承権簒奪する暇があったんだっつの。バーカ! 
「こいよ」
 リアナは立ち上がった。そして、脇を締めて拳を握る。宰相サルガスより直伝の拳闘術、護国拳。耐えられるというのなら、耐えてみせよ! 
「白黒つけようぜ。どっちの言ってる事が正しいのか、って事をな。防盾術式! 拳闘構築!」
「え……?」
 リアナの両拳は光の紋様を纏い、光のグローブを作り上げる。
「シッ、シッシッシ、シュシュ」
 リアナは細かくサイドステップを踏み、左のシャドーを繰り出す。シュシュシュ
「シュシュ、来ないなら、こっちから行ゲボッ……」
 サブラウタの拳が、リアナの全身を捉える。リアナの体は吹き飛んで、壁にめり込んだ。
「陛下!」
 オーグマが悲鳴を上げる。って居たのかよ、お前。
「いくらフルージャ王と言えども、このような暴挙、許されるものではありませんぞ!」
「あ、あう、あ、ちが、ちがう、やめ、やめよサブラウタ! わらわは、わらわはこのような事をしに来たわけでは……」
「お館様! 何を申されまするか! あの動き、小さき人の身なれど、かなりの使い手でござった! あと一歩、踏み込まれていれば、お館様のお命が危うい所だったのでござる!」
 サブラウタの言葉に偽りは無かった。リアナの魔術は、キルボーグを召喚してからというもの、日進月歩の速度で成長していた。それを証明するかのように、リアナの体を殴りつけたサブラウタの拳は、肉が抉れ、血がだらだらと流れ出してきていた。リアナはあの一瞬で、サブラウタの拳にカウンターを合わせたのだ。ただし、ニュートンの運動方程式の知識が無いリアナでは、カウンターを合わせても吹き飛ばされるのは自分だという事に、気が付けるわけもなかった。
「ぐふっ」
 壁にめり込んだリアナは崩れ落ち、地面にへたり込んで(しな)を作る。意外と軽傷のようだった。それもそのはず、リアナはあの一瞬で、前面を覆う魔術盾を構築し、サブラウタの拳を殴りつけながらも、全身を防御していたからだ。ただし、ニュートンの運動方程式の知識が無いリアナでは、後ろにも魔術盾を作った方がダメージ軽減率が高い、という事に、気が付けるわけもなかった。
 会議室にキルボーグが普通な感じで入ってきた。
「おう、随分騒がしいと思ったらリアナ、お前こんな所に居たのか。あれ、魔術師連中の住所録って、お前持ってるか? ほら、募集かけただろ? お前も来たやつな。だがな、他に誰一人として面接を受けに来ないんだよ。だから自ら出向いてみようと思ってだな」
「……住所録は執務室の机の後ろのタンスに入っています」
 リアナは(しな)を作ったまま、言った。
「おう、そうか、俺もそんな所だろうと思ったんだが、もし、お前の下着とかが入ってて、それを漁っている所を誰かに見られたら、気まずいだろ? そう思ってだな、うわ、でか」
 キルボーグは窓の方を見て少し驚いた後、普通な感じで部屋から出ていった。

「とにかく、ドラクォは引き渡せません」
 大事な事なので、三度でも四度でも言おう。
「な、なんじゃ今の男は」
「あの、身のこなし、ただ者では、ないでござる……!」
「とにかく、ドラクォは引き渡せません」
 もう、これだけ言い続けよう、とリアナは思った。
「あの方が、我が国の使役獣、キルボーグ様にございます。その雷の魔術は百里の山を吹き飛ばし、一足で千里を駆け、万里先まで見通す万里眼! 殺人装甲キルボーグにございます!」
 なんかオーグマが自信満々に解説を始めた。余計な事は言うんじゃねいよ、とリアナは思った。
「ほう、あれがハイザードラの使役獣でござるか……」
 予想通り、めんどくさそうな奴が食いついてきた……。
「ドラクォを引き渡しましょうか?」
 リアナは前言撤回、態度を軟化させた。このままでは、まずい。リアナはとにかく、なんとかどうにか、最悪の事態を回避しなければならない。だって、だって。
「戦いの中にこそ、真の言葉があるというもの! ここは、使役獣同士、剣を重ねて、それから話を聞いても遅くはないでござる! キルボーグ殿! 拙者の名はサブラウタ! フルージャが使役獣、サブラウタにござる! いざ、尋常に、ショオッブ!」
 窓からサブラウタの姿が見えなくなり、ズゴォン! と凄まじい音が響き渡る。そう、まるで石造りの城壁が崩壊するような、そんな音が。
「やめ、やめい! サブラウタ! やめい! やめーい!」
 ララリィは窓の外に身を乗り出し、叫ぶ。使役者たるララリィの命令すら聞かずに暴走するサブラウタを見て、リアナは、ああ、使役獣って、もしかしてこれがデフォなのかな、と、なんとなくそう思った。

 崩壊した廊下の先から覗く、巨大な女に見下ろされて、ハヤトは、言った。
「ヤックデカルチャ」
 ハヤトは、機動戦士ガンダム第15話「ククルスドアンの島」を見飽きてしまったので、昨日からは丁度、超時空要塞マクロス(TVシリーズ)を見ていたところだった。
「ん参るッ!」
 サブラウタは巨大刀を抜き放ち、目にも見えぬ迅さで振り下ろす。サブラウタの振り下ろした刀は、確かに、目にも見えぬ迅さではあった。だがしかし、キルボーグにはレーダーと運動予測シミュレーターが装備されているので、特に何の問題なくその剣閃を避けた。そんな原始的な攻撃を繰り返すだけでは、ただハイザードラ城が壊れていくだけである。事実、主に儀式や外客の応対に使われる祭事棟と、主に実務全般を賄う本城とを繋ぐ廊下が、真っ二つに切断された――。以後、ハイザードラ城では、いちいち外に出なければ、この間を行き来をする事が出来なくなった。
 遠くからサブラウタの攻撃を眺めていたリアナは、だらだらと脂汗を垂らしていた。
 ――恐れていた事が、現実となった。この場合、一番最悪なのは、キルボーグが、あまりやる気を見せず、城がどんどんと破壊されていく事。いや、下手をすれば。
「キルボーグ……! 早く……! 出来るだけ早く、その女を始末して……!」
 リアナ、切なる願いであった――。
「サブラウタ……! やめい……! やめるのじゃ……!」
 隣でプルプル震えるだけの幼馴染みの女を見て、こいつ、何しに来たんだろうと、リアナは思った。

「一の太刀で仕留められなければ、再び、一の太刀を放つまでッ! チェアーーッ!」
 二度目の一の太刀。ハイザードラ城、食料保管庫が崩壊。南部から仕入れた食料が全部ダメになった。二日酔いに効く料理は、もう作れない。
 三度目の一の太刀。ハイザードラ城、男子厠が崩壊。以後、ハイザードラ城では、城の外に出ての野グソが推奨される事となる。
「やめて……やめて……おねがい……何してるの……キルボーグ……」
 リアナには、ひたすら祈る事しか出来ない。その時だった。瓦礫の中から閃光が噴き上がり、サブラウタに直撃したのは。
「キルボーグっ! ……キルボ?」
 否。直撃ではなかった。サブラウタは、キルボーグの雷を喰らっても、平然としていたからだ。いや、それも違う。サブラウタはキルボーグの雷を、喰らってなどいない。
 サブラウタは、薙いだ刀で、雷を、斬り払ったのだ。
 あの雷を斬れるだなんて、そんな、馬鹿な事が――。
「なるほど! それが百里の山を穿つという雷でござるか! なかなかに見事でござった!」
 二閃、三閃と雷が閃光する。しかし、その雷がサブラウタに届くことは無かった。キルボーグが放った雷を、サブラウタは全て斬り払ったからだ。
 リアナは戦慄した。これが、使役獣同士の戦いなのか。これは、城が全壊する可能性も、十分にあり得る。もはや、ララリィを人質にして、ハイザードラ城新築建設費をフルージャに請求する方向へと切り替えた方が、いいのではないだろうか――。
 リアナは、人として大事な心を、失った。

 一方その頃、ハヤトは――。
 全力でキルドールに助けを求めていた。
『AI、AI、まずい。勝てん。こんな事で死ぬなんてアホ臭すぎる。早く来い』
≪現在、上空3000mをマッハ0.9で飛行中です。38秒後に現地に到着します≫
『31秒で来い。サブAIが計算するには、38秒以内に俺が死ぬ可能性が0.14%もあるらしい』
≪では、加速します。到着時に発生するソニックブームに備えてください≫

 サブラウタが上段に刀を構える。
「通じぬと見て、攻撃を止めたでござるか。だがしかし、戦いというものは、攻撃をしなければ、勝利を掴めぬものでござる。ゆえに拙者は、一の太刀を繰り返す、のみ! チェアーーッ!」
 サブラウタが刀を振り下ろそうとした瞬間、サブラウタの振り上げた刀が、ギギギギンと、鈍い音を放って、振動する。
「なんでござる……!?」
 空気をつんざいて、高速の何かが目の前を通り過ぎた衝撃で、サブラウタの体は転倒する。追い打ちのソニックブームがサブラウタの肌を切り裂き、鮮血を巻き上げる。
「むっ!」
 しかしサブラウタも歴戦のつわものである。すぐに後転して体勢を立て直し、刀を正眼に構え直す。サブラウタの視線は、キルボーグのやや上空で背中からジェット炎を噴射させながらホバリングをするキルドールを捉えていた。
 キルドールは背中に背負った幅3mほどのウイングパーツをパージし、キルボーグの傍らに降り立つ。
「なるほど、形勢不利と見ての、加勢でござるか。これだけの体格の差から比ぶれば、それも、しょうのないこと。むしろその、戦術の切り返しの早さが大したものでござる」
 その言葉を聞いてか、この戦闘が始まってから初めて、キルボーグが口を開いた。
「そうでもないな」
「……むう? 加勢ではないと? まあ、拙者は二対一でも一向に構わぬでござるが」
 サブラウタは、くつくつと口の端を吊り上げる。
「加勢でも多勢に無勢でもなんでもない。AIと俺は、もともと一つだった、という事実があるだけだ」
「むう?」
 サブラウタは、理解出来ない、といった面もちだったが、あまり気にも留めた様子もなく、大上段に刀を構える。それに対して――。
 キルボーグは、左膝を曲げて内側に向けて、右手を掲げて、左手をキルドールに向けて、言った。
「今こそ、我らの真の姿を、見せる時」
 キルドールはその言葉を聞いて――リアクションが取れなかった。

『おい、AI、恥ずかしいだろ、早くしろ』
 ハヤトはキルドールに緊急コールを飛ばす。エマージェンシー! エマージェンシー! 
≪......単刀直入に聞きます。私と、マスターが、合体魔法を用いて、合体する、という事で、よろしいのでしょうか≫
『ああ、お前は成功率を高くする事だけを考えてくれればいい』
≪......Yes! マイマスター≫

 キルドールは上方に向かって跳躍し、三回転半ひねりを加えたあと、キルボーグの肩の上に降り立ち、座り込む。
「今こそ我ら、愛の結晶が花開く! 真の姿を目にも見よ!」
 キルドールは腕を広げ――鳳凰の構えを取る。
 今度はキルボーグが――リアクションを取れなかった。

『なんだそれは、もっとまともな台本にしろ、ひどすぎる』
≪成功率を高めろと仰られたので≫
『わざとやっているんじゃないだろうな』
≪わざと真面目にやっています≫
『ファック』

「鋼の肉体、電光頭脳」
「二つの力が一つになれば!」
「恐れるものなど、何もなし」
「殺人人形キルドール!」
「殺人装甲キルボーグ……」
「合体!」
「合体」

 眩い光が一人と一体を包み込む。そして、その中から現れたものは――。

「な、なんと……!」
 サブラウタは驚愕する。何故ならば。
「何も変わっていないでござる……!」
 かなり派手な前フリをした割に、光の中から現れた姿は、キルボーグそのもの、合体したからと言って、特に変化したような所もなかったからだ。
「何も変わっていないだと? それは違うな」
 確かに、見た目は変わっていなかったのかもしれない。しかし、ハヤト、いや、遠い世界の殺人サイボーグは、サブラウタを指さし、言った。
「俺の名前はキルヴォーグ。殺人装甲キルヴォーグだ!」
 殺人装甲キルヴォーグ。それが、ハヤトの新しい力。
 パンチ力、キック力、走力、耐久力、数々の武装――。スペック的には、どれもこれも、キルボーグのままだ。ならば、一体何が違うというのか。勿論、断じて、名前が違うだけ、などではない。
「名がどうであろうが、拙者は、ただ一の太刀を繰り出すのみでござる!」
 サブラウタは、構えていた刀を振り下ろす。その剣閃が、キルヴォーグの体を、二つに断ち割った。
 はずだった。
「防盾術式。広域構築」
 サブラウタが振り下ろした刀は、キルヴォーグの手前1メートルほどで、光の紋様に阻まれて、制止していた。
 ドラ焼き型に構築された巨大な魔術盾は、ニュートン力学的に言っても、効率的にサブラウタの剣閃の攻撃力を奪った。地面には、キルヴォーグを中心に蜘蛛の巣型の放射状に、ヒビが広がっていた。
「なんと……!」
 合体してキルヴォーグとなり、物理的なバスを極限まで短縮する事で、A.I.との高速意志疎通が可能となったハヤトは、A.I.が持つ、魔力シミュレータによる魔力の観測と、それによる魔術の行使が可能になったのだ。
 もちろん、ハヤトとしては、ただ魔術盾を構築して、サブラウタの攻撃を防ぐ事だけが目的だったわけでは、ない。
『本当は、こんな事をするために、これをやるはずじゃあなかったんだがな』
≪マスター、やはり、貴方は≫
『その先は言うな。そして、その先の先も言うな。わかるな』
≪Yes,マイマスター≫
『それじゃあ、やるぞ』
 キルヴォーグはその手で印を組み、魔術式の構築を開始する。
「召喚術式! 条件指定! 数式指定2158から2181! 高度16m! 対象周囲に生体反応が確認される場合は、それを排除! 穿空間構築!」
 キルヴォーグの足下周囲半径10メートルほどに、防盾術式とは趣の違う、巨大な光の紋様が浮かび上がり、その紋様から噴き出した白い光が、辺りを包み込む。

 そして、光が拡散して、現れたもの。それは。

 サブラウタの二倍はあろうかという大きさの、巨大な、鋼鉄の鎧――。
 ARM-X158。通称58式・バトロス――。ハヤトが戦っていた、あの兵器実験戦争初期、西環太平洋連盟国が投入し、絶大なる戦果を上げた、汎用二足歩行戦車――。
 キルヴォーグは、巡航ミサイルや攻撃機にも屈する事のなかった凶悪なる戦術兵器を召喚したのだ。
 バトロスのコックピットの乗り込んだキルヴォーグは、神経回路でバトロスと接続し、バトロスのOSを起動させる。
『よし、問題ないな。流石は、この俺のボディのお兄さんなだけある』
≪マスターはどこでこれを≫
『モグラの剣があっただろ。あれな、この世界の冶金レベルから考えると、明らかにオーパーツだったからな、別に生き物じゃなくても召喚出来るんじゃないか、って思ってな』
≪いえ、どこで召喚術式を≫
『いや、普通に、リアナに教わったんだが』
≪  ≫
 A.I.は何も言えなかった。このやり取りも、超高速通信で行われているため、その間も2秒程度ではあったが。

「……うあ?」
 サブラウタは混乱していた。何しろ、サブラウタは、元の世界でも、最大の陸上動物種だったからだ。幼い頃に親兄弟と訓練した程度にしか、自分より大きいものと戦った経験が無かった。
「……で、でも、一の太刀を繰り出すだけ、で、ござる……」
 サブラウタは上段に構え、もはや何度目かわからない剣閃を繰り出し、その刀身が、バトロスの装甲を捉える。そして、サブラウタの刀は、根本から、ばっくり裂けた。
「う、あうあ」
 フォノン励起式リアクティブアーマー。58式バトロスの基本装甲である。衝撃を受けると同時に装甲の分子構造を励起させ、その運動エネルギーを相殺する。理論的には、電力さえ確保できれば、の話ではあるが、水爆の爆風すら相殺する事が可能である。勿論、熱を防ぐ事は出来ないので、結局は融解してしまうのだが。
「うっ、うわああーっ!」
 刀を失ったからと言って、サブラウタは攻撃手段を失ったわけではない。組み打ちで相手の体を拘束し、懐に忍ばせた小刀で仕留めるというのが、サブラウタの本来の戦い方なのだから。
 だがしかし、サブラウタは、この世界に召喚されて、ほぼ無双状態だったために、組み打ちの鍛錬を怠っていた。鍛錬していたからと言って、バトロスを組み打ちで倒せたかというと、別にそんな事はなかっただろうが、それでもとにかく、拙かった。
 どす。どす。どす。どす。
 サブラウタがバトロスに掴みかかったその瞬間――サブラウタの体は、宙を舞った。
 空気投げ――。隅落とも呼ばれる。柔道家、故・三船久蔵十段が編み出した、片手だけで相手を投げ飛ばす、柔道の投げ技の手技15本の一つである。バトロスの強さは、その無敵の装甲のみならず、このような器用な運動もこなせる柔軟性にあった。その汎用性の高さは、JUDOプログラムを組み込むだけで、それの完全再現を可能にするほどである。
 それでも、サブラウタは、立ち上がる。武家に生まれたサブラウタは、敵に背を向ける事は、死よりも恥ずかしい事である、そういう価値観の元に、生まれ育った。つまりそもそも、サブラウタは、負ける方法を知らないのである。対して、ハヤトは、0.14%という低い死亡率すら忌避するほどに、臆病であった。それが、この二人の使役獣の、戦いの勝敗を左右した、一番の相違なのではないだろうか。
 サブラウタが、バトロスに掴みかかる。背負い投げ。それでもサブラウタは、立ち上がる。
 サブラウタは、バトロスに掴みかかる。払い腰。まだまだサブラウタは、立ち上がる。
 内股すかし。巴投げ。かにばさみ。山嵐。
 そして、フィニッシュホールド。タイガードライバー。
 サブラウタは、天を仰ぎ、放心していた。満身創痍だった。
 完敗だ――。
 不思議と、笑みがこぼれてくる。世界には、これほどの強者が居る。体力のみならず、技巧ですら、この鋼鉄の巨人には、遠く及ばなかった。未熟。ただただ未熟。ならば、私はまだ、強くなれる。その未熟すら、強さの糧になる――。それを気付かせてくれて、ありがとう。鋼鉄の巨人、キルヴォーグ――。
「参った」
 サブラウタは、降参した。

「そ、そんな、サブラウタが……!」
「勝敗は決しましたね」
 とっくに崩壊した会議室の瓦礫の上から、使役獣同士の戦いを眺めていたリアナは、フルネルソンでララリィを拘束していた。
「わ、わらわは……わらわは……ただ……」
「お金払ってね」
 リアナは今日から屋根が無い。何故ならば、リアナの自室もまた、サブラウタの暴走に巻き込まれ、崩壊していたからだ。もはや、お釣りが来るほどに賠償請求しないと、気が済まない。
「わらわはただ、ワロ兄に会いたくて……」
 もういいよワロスの事はよぉー、あいつの事だからどっかで女とヨロシクやってんじゃねぇーのぉー? とリアナは思った。リアナは、蔵書庫から持ち出した、いかがわしい本を読みすぎていた……。
「そんな事で他国にこのような被害を及ぼすとは、君主としての自覚が足りないのではないでしょうか。ですから、あのような単純な陰謀にしてやられるのです」
「陰謀……?」
「ですから、悪いのはドラクォであって……」

「そうだ、悪いのは、全て我である。ハイザードラ王には、何の非も無い」

 二度と聞きたくない、嫌な声が、リアナの耳に入ってきた。
「ドラクォ……」
「……え? ド、ドラクォ……?」
 ドラクォはあの時、確かに死んでいたはず。それが、何故。
「ハイザードラ王、そして、フルージャ王よ。我は今、我の知る限りの、全ての事を話そう、と、そう思う……ぐっ、」
 そう、ドラクォはあの時、死んでいた。

 ドラクォは、壁に磔にされるような形で、大剣で腹を貫かれて、(リアナが治癒術式を施さなければまず間違いなく)死んでいた。

 リアナがドラクォを引き渡せないと言ったのも、その時のドラクォは絶対安静の状態だったからである。もし、くたばられでもしたら、本当にお金が取れなくなるではないか! リアナの英断であった。

「本当、の敵は、ルティルム帝国、で、あ……る……」
 ドラクォは、崩れ落ちた。
 リアナは血管が切れそうになった。絶対安静だっつっただろーが! このゲス野郎!
 ぶちん。
 フルージャ王・ララリィの体が宙を舞う。リアナのフルネルソンスープレックスであった――。



[12500] 14話 殺人将軍エル・ドラゴニア
Name: 空とぶギロチン◆f0e35d55 ID:a6992bea
Date: 2010/12/02 00:04


「エル。こんな所に居たの。評議にも加わらないで」
 女の声だった。
「……俺がどこに居ようが、何も変わるまい」
 木陰に寝っ転がっている、エルと呼ばれた偉丈夫は、女を一瞥して、また体を横に向け直した。
「もうすぐ北部豪族との戦端が開かれるというのに」
「戦いには出るさ。いや、兄上達は、俺などには死んでほしいと思ってるのかもしれんな」
「血の繋がった兄弟同士がそのような事を考えるはずがないでしょう」
「貴様の言う通りならば、このような泥沼に足を取られるわけもないのだがな……」
 女は返事をしない。
「大体、俺はこの紛争は完全にドラゴニアエストの失態だと思っているのだ。この貧しいドラゴニアエストの中でも、特に貧しい北西部など、北部族にくれてやればよかっただけの事。むしろ、奴らの方が、あの辺の土地を有効利用できるだろうさ」
「何故、それを皆の前で言わなかったのです……!」
「城内の不和を広げるだけだ。第三位の俺がしゃしゃり出て良い事などない。これ以上、箍が緩めば、北部豪族とやりあう前に謀反が起きる。俺は現実主義なのだよ」
「それでも、私は……」
「……それとも、まだ俺を国主にさせたがっているのか? ……貴様も随分と野心家だな。俺が国主になれば、許嫁の貴様は、王后様か」
「そういう事ではありません! 私は、あなたが一番国主として相応しいのだと、何遍も何べ……!」
 偉丈夫は突如跳ね起きて、その太い腕で女に掴みかかり、女の体を付近の木に押し付ける。
「黙れ……! まだ言うか貴様は……!」
「ぐ、ぎぐぐ、ぐ」
 女も初めの一瞬だけは抗っていたが、そのうちすぐに抵抗するのをやめた。偉丈夫は静かに腕の力を緩める。
「ティーナ。戦いになれば嫌でも気が昂るのだ。今だけは放っておいてくれ」
「ぐ、げほっ、げほっ」
 女は崩れ落ちて、赤い目で偉丈夫を睨む。
 偉丈夫も女も、言葉で語り合う事を止めた。



「ウオオオオッ!」
 偉丈夫――エルは、馬に跨ったまま長戦斧を薙ぎ振るい、目の前の敵数名を纏めて絶命させる。
「崩れた所はそのまま下がれっ!陣形を維持出来ぬ部隊は後尾より遊撃隊に編入せよ!」
 エルは長戦斧を頭上高く翳し、自らが指揮する部隊へと指令を下す。その間、無防備を晒してしまう指揮官の隙にねじ込むように、長槍を構えた騎兵の突撃――
「炸熱術式!」
 女の術式詠唱と共に、熱風がエルの周囲を取り囲み、迫り来る槍騎兵を弾き飛ばす。
「ティーナッ! 余計な真似をッ!」
「エルも下がりなさいっ! その脚でっ!」
 エルの太股には弓矢が突き刺さり、その右脚全体を真っ黒に染め上げていた。
「こんなものは……」
「馬ももはや限界です!」
 エルが跨っている軍馬は、エルの体躯と巨大な戦斧を支えきれずに、地面にへたり込んで首を前後に動かしていた。
「コケ……」
「覇王号……。お前も食肉にされたくはないか。やむを得ん。第三軍全隊! 撤退せよ!」
 エルは雄叫びを上げ、再び頭上に長戦斧を掲げる。その巨大な戦斧が太陽の光を弾き返すと同時に、エルが指揮するドラゴニアエスト第三大隊が一糸乱れぬ撤退を開始する。
 この負け戦において、この大隊がこれほどまでの規律を保っていられる理由、それは――。
「エルっ! 大将が逃げずにどうするのです!」
 女――ティーナも分かってはいた。この男が、逃げろと言われて逃げるような男ではないという事を。
「こうさ」
 覇王号から飛び降りたエルは、黒く染まった脚で大地をズン、と踏み締める。
「ヌン!」
 脚から噴き出す鮮血を気にも留めず、エルは後方に大きく斧を振りかぶり、勢いを付けてそれを振り回し、ぐんぐんと横回転を始める。
「旋風ぅぅぅぅぅ、どるるるぅあああああい!!!」
 大地が震えるかのような咆吼と共に、エルの豪腕から、並の人二人ほどの重さはあるだろう巨斧が撃ち放たれる。
 風を切り裂きながら突き進む巨大斧は敵兵数十人を纏めて薙ぎ倒し、地面と激突する――

 ――爆発。
 爆風が敵兵数名を吹き飛ばす。

 決して爆弾などではなかった。この時代に爆弾などは無い。その巨大斧の運動エネルギーが、地面をえぐり取って吹き飛ばし、まるで爆弾が炸裂したかのように土砂を巻き上げたのだ。この男――エル。彼は、この世界で初めて爆弾を作り上げた男と言っても過言ではないだろう。使役獣という規格外の存在を除けば、の話ではあるが。

 ドラゴニアエスト最強の将、エル・ドラクォ。彼という存在が、このドラゴニアエスト軍の象徴であり、統率と規律であり、また武力そのものであり、この見事な撤退を可能とさせたのだ。ドラゴニアエスト軍の兵士達は、畏敬の念を込めて、彼をこう呼んだ――『竜将エル』と。



「それでおめおめ逃げ帰ってきたという訳か」
「あと半刻持ちこたえれば本隊が逆賊どもの側面を突いていたのだぞ」
「竜将軍の名前が泣いておるなあ」
 醜くでっぷり肥えた三人――いや、三匹のおぞましき生物が、片膝で地面を突いて頭を垂れているエルに向けて、謂われ無き中傷を投げかける。
(その醜い腹で戦場に出られるものか)
 エルは内心で吐き捨てる。ああだこうだと言いながら、貴様らは戦場童貞ではないか。戦争は盤上遊戯ではないのだ。自分の置かれている状況が分かっていないらしい。いや、状況が理解できていなかったのは、己の方なのかもしれぬ……。
「父上、兄上様方、エル兄様も決して負けたくて負けたわけではありますまい。いや、竜将軍と呼ばれる兄上様だからこそ、負けはしたものの、賊の進軍を押し止める事が出来たのでしょう。悪いのは、外つ国と手を組み、傭兵まで雇い入れた、誇りの欠片も持ち合わせぬ逆賊共であって……」
 竜将軍を擁護する透き通った声。ドラゴニアエスト第四王子、ウル・ドラクォ。醜く肥えた父や兄と違い、まるで女と見まごうような、端麗なる容姿。エルはこの第四王子の事は嫌いではなかった。頭も悪くない。しかし、優しすぎる。この美しき王子は、その見た目のせいか、純粋培養されすぎていた。現実が見えてない事については、豚共と同じだ。
「おお、ウルがそう言うのならそうなのであろうな」
「エルもウルのように思慮が深ければよかったのにのう」
「突撃する事しか脳にないトカゲ武者に育ってしまいおって……」
 時間の無駄だ。エルは思った。
「次の合戦に向けての準備がありますので、失礼致します」
 エルは会議場を後にしようと立ち上がって、よろめく。右脚の傷が思ったよりも深い。この脚で斧が振れるのだろうか?大回転投擲があと三回……、いや、二回で限界か。そのそれ以前に、予備の斧はあったか。
「エル兄様……」
「……生きろよ」
 この弟はここでしか生きていけぬ。なら生き延びさせてやるためには、この戦に勝たなければならぬ。しかし、果たしてそれで……。
 エルは足取りをしっかりと、会議場を後にした。

 エルは、ドラゴニアエスト北西部、最大の要衝にして拠点の砦へと向けて覇王号を駆る。
「ジェアンニは居るか」
 砦に着いて、覇王号から飛び降りたエルがそう言うと同時に、精悍な顔つきをした青年が司令室から飛び出してきて、エルの元へと駆け寄る。竜将軍エルの補佐官だ。
「殿下、御御脚が……」
「かまわぬ。どれだけ出た」
「は、死者が七十三名、重傷者がおよそ百名、継戦可能な軽傷者が二百数十名という所かと」
「なんと……」
 ドラゴニアエスト第三大隊の総数はおよそ一千名。そのうちの二割は戦闘不能、さらに二割の戦力低下。
「これを簡潔になんと述べるのであったか」
「……全滅です」
 これだけの損害を被れば、もはや軍は軍として機能しない。そういう意味であった。
「聞きたくはないが、敵は」
「……四千から、四百減らして三千六百。そのうち二百は殿下の斧によるものです」
「……俺があと五人居ればな」
「殿下が五人居られれば使役獣とて倒せましょう」
「俺もそう思っているがな」
「……ははは!」
「ふはは! お前にはもっと良い酒を飲ませてやればよかったな!」
 エルはジェアンニの背中をバンバンと叩く。
「殿下……!」
「顔に出すな」
 エルはジェアンニの頭を脇に抱え込んで、ジェアンニにだけ聞こえるような小さな声で囁く。
「――だ……画を……は……に行き……」
「……殿下!?」
「顔に出すなと言っただろう」
 ジェアンニの頭がみしみしと軋む。
「んぎぎ、しかし、それでは……!」
「俺の独り言さ」
 エルはジェアンニの頭を解放する。
「……は! この命に代えましても!」
 ジェアンニは背筋をぴんと伸ばし、王に向けるべき最上位の敬礼をエルに向ける。
「止めろ。誰が見ているかわからん」
「国主様と太子様の間諜は完全に取り込んでおりますゆえ」
 ジェアンニはにやりと笑って、なんでもない事のように言い放った。ジェアンニの突然の告白に、エルは目を丸くする。
「……そうか。お前には苦労をかけるな」
「全て御心がため」
「無茶はするなよ」
「は!」

 エルは砦の城壁の上から、目を細めてただじっと北の方角を眺めていた。
「……エル! 魔術師隊は退避せよとはどういう事ですか!」
 息を切らせながら階段を駆け上がってきたティーナが、エルの背中に怒声をぶつける。エルはその言葉を意に介しないかのように、斧の石突きを拳で叩き、愛用の得物の撓みを確かめている。
「どういう事も何も、そういう事だ。我が軍は負けたのだよ」
「……それでは、何故!」
「……ジェアンニから話が行ってないという事は、ティーナ、お前もあいつの信頼に値しなかったという事か。叩き上げの貴族不信も大したものだ」
「何を言って……!」
「俺はこの国を捨てる」
 エルは、ジェアンニと打ち合わせていた計画の、ずばり要点を言った。それを聞いたティーナは、初めは何を言われたのか理解できなかったのか、しばし呆然と立ち竦む。その言葉の意味を噛み砕いてから、ティーナは振り絞るように声を出す。
「そんな……! それでは、この国は、エルは、どうする、の、ですか」
「フルージャにでも亡命するさ。あそこは友好国であるし、近頃召喚された使役獣の働きによって、内患の膿をあらかた吐き出したという。そこに行って斧を振り回して、一兵卒から始めるというのも悪くないかと思っている」
「急に何を……!」
「急にではない。前々から考えていた事だ。何より、先日の戦では死人を出し過ぎた。もはや、この俺に、これ以上の戦いは、無理だ。お前は、どうする? 亡命者などという、平民以下の男に、付き従う理由など、もうどこにもないのだぞ」
「わ、私は……! わたし、私より、ほ、他の者はどうするのです」
「……クハハ、昨日な、宝物庫の床に穴を空けてきた。地下の通路と繋がるようにな。あとはジェアンニが全てやってくれる。馬鹿親父共が気付いた頃にはすっからかんさ」
「おかね、お金で、どこに、そんなお金? だって、この国は」
「……だからこそ負けるのだよ。理由のない敗北など、あるものか」
「でも、でも、みんな、お金のために、戦ってる、わけじゃない、だって」
「散った命には済まないと思っている。だが、いや、だからこそ、もはや、無理なのだよ。俺がな。俺の心が、戦う事を拒否している。ドラゴニアエストの兵達は、弱いのだ。弱兵なのだ。それでも、無駄に死ねと言うのか。俺に、あの弱き兵達を、死地に追いやって、殺させろというのか!」
 エルが吼える。まるで、雷が落ちたかのように。
「エル、ちがうよ、それは、ちがう、みんな、そんな」
「……ティーナ。お前は好きに生きろ。この国は、終わりだ」
 ティーナは返事をしない。いや、返事が出来なかった。
「早馬を出してジェアンニを追わせておく。お前は母を連れてどこかに逃げろ。……そうだな、ハイザードラなどはどうだ? あそこは魔術発祥の国と言うだけあって、魔術師を重用するという。もしくは、宝物庫の資産を持てるだけ持っていけば、親子二人くらいなら慎ましく暮らせるだけにはなるかもし……」
「……やめて!」
 ティーナはエルの言葉を遮るように、ヒステリックに叫ぶ。
「やめんさ。今ならまだ軍規違反でお前を処罰する事が出来るのだぞ。そうされたくなければ、失せろ」
「……エ、ル……」
 ティーナは膝からがくりと崩れ落ちて、顔を両掌で覆って嗚咽を漏らし始めた。
 エルは、これでいいと思った。それでも構わないと思っていた。
 二人の言葉は、そこで途切れた。



「さて、どれだけ保つか」
 数日後。エルは眼下に迫る北部連合の軍勢を見下ろしながら、どこへともなく呟く。たった一人の籠城戦。誰にも聞こえはしない。
 ざっと見たところ、北部連合軍の数は、先の戦よりも明らかに増えている。最低でも四千五百、およそ五千は居る事だろう。減らしたはずなのに、増えているとはどういう事か。戦いとは、数だ。まともに戦おうなどと思わなくて正解だった。それこそ、何にもならない無駄死にを重ねるだけだった。
 エルは、ふ、と笑みを浮かべる。
「来るならば、来い」

 第一投。
「ヌウンッ! 旋風うううううるるるらああああいぁぁああ!」
 巨大斧が北部軍の真っ直中に投げ込まれる。
「ウオオオオオアアアアアッ!!!」
 空を切り裂いて飛んでいく大斧を後押しするように、エルが吼える。絶好調の時だけ、自然と腹の底から溢れ出してくる咆吼――。
 そして爆発。自分でも満足のいく、見事な投擲だった。軽く二十人は吹き飛ばしたはずだ。今までの経験の中でも、最高の手応え――。
 ふとエルは、右の膝が地面を突いているという事に気が付いた。立ち上がろうとしても、脚に力が入らない。まさか、生涯最高の一投が、最後の一投になろうとは。人生とは、そういうものなのかもしれない。
「俺も、ここで、終わりか」
 北部連合は今から全軍突撃を開始して、この砦を蹂躙する事だろう。少なくとも、この俺ならばそうするはずだ。それが、一番被害を少なくこの砦を攻め落とせる方法なのだから。
 エルのその予測通り、北部連合軍が突撃を開始し、城門を今にも食い破ろうとしていた、その瞬間――。
 左手の小高い丘の林中から、矢の雨が降り注ぎ、北部連合の脇腹を刺し貫く。
「馬鹿どもめが……!」
 エルはすぐに悟った。間違いなく、ドラゴニアエスト第三大隊の連中だ。おまけに、ざっと見て三百は居なければ撃てないような矢の数だ。第三大隊には、正規の弓兵が二百しか居ないというのに――。
 北部連合軍は大混乱に陥る。砦があるのに、わざわざ防御の弱い林中から攻撃を仕掛けてくる理由はなんだ? まさか、まだ伏兵が潜んでいるのではないか? そんな疑心に囚われると、連合軍は一気に烏合の衆へと早変わりする。数を集めるために、複数の命令系統を内包せざるを得なかった連合軍は、ある一部隊が勝手に撤退を始めるのを皮切りに、戦線を勝手に離脱する部隊が続発し、砦の予想戦力を確実に撃破せしうる戦力を維持する事が出来なくなってしまった。そうすると、本隊とて一時撤退を余儀なくされてしまう。危機に陥った蜥蜴は、時には竜が如く天に飛翔する――。ドラゴニアエスト、まさかの反撃であった――。
 しかし、エルにはわかっていた。こんなものは、ただの時間稼ぎにしかならぬ。一時撤退させて、軍勢を再編成し、再び突撃すればいいだけの事。こんな事をして、何になると言うのだ!
「ジェアンニッ! 居るのだろうッ! 来いッ!」
 エルの怒号から数十秒後、砦の遙か後方より黒い影が飛翔し、エルの傍らへと降り立つ。
 目元だけを覗かせた黒い装束に全身を包んだ、ドラゴニアエスト、闇の最強戦士、ジェアンニその人である――。
「火急!」
「俺の命令が聞けんのかッ! ジェアンニッ!」
「殿下っ! 私が殿下の御心が理解できぬとお思いかっ!」
「ならば何をしにきたッ!」
「……そんなに死にてえんなら、一人で死ねばいいっ! 俺が今ここに居るのは、そんな理由じゃねえっ!」
「他に何が……! まさかッ!?」
 エルは、林中に潜むドラゴニアエスト軍は、ジェアンニの仕業だと思い込んでいた。そうではないとするならば? それはつまり?
「ティーナかッ!? どういう事だッ! 何がどうなっているッ! ジェアンニッ!」
「細かい事情は後だっ! お前は早く城に戻れっ! ここは俺がくい止めるっ!」
「城だとッ!? ティーナはあそこに居るのではないのかッ!」
 エルは林中に潜む軍勢を斧で指し示して、ジェアンニに聞き質す。
「説明している時間は無いっ! 俺じゃあティーナ様を止められねえっ! お前じゃねえと無理だっ! エルっ!」
 説明する時間が無いという事は、迷う時間すら無いという事だ。
「ク……! 覇王号! 来いッ!」
「コア――――ッ!」
 エルが叫ぶと、覇王号が雄叫びと共に天より降り立ち、黒羽を散らし、エルに背を向け座り込む。
「行くぞッ!」
 エルが覇王号の背に跨ると同時に漆黒の怪馬が地面を蹴り、ドラゴニアエスト本城へと向けて快走を始める。
「ティーナめ……!」
 何故こんな事になっているというのだ!

 エルは全速力で覇王号を飛ばしながら、ティーナの意図について思案を巡らす。
 あの林中の軍勢は、おそらくティーナにそそのかされたものだろう。だがしかし、ティーナとて、あの程度の軍勢でこの状況が覆せるとは思ってはいまい。ただ無駄に死なせるつもりだとでも言うのか? しかしその動機がわからない。兵士達だってそんな理由では動きはしないだろう。他に何か、起死回生の手があるのか? ……無い。そんなものは無い。そんなものがあるのならば、ドラゴニアエストはこんな状態にはならなかっただろう。……ドラゴニアエストに限っての話だ。そう、ドラゴニアエストには、力が無いのだ。この世界で、最も強力とされる力が無い。力を生み出す、力が無いのだ。
 ――使役獣を呼び出せるほどの魔力をその身に備えた、魔術師が!



 エルは街道を駆け抜け、ドラゴニアエスト首都へと到着する。大通りを高速で突き進み、本城をその視界に捉える。戦時であるため、跳ね橋が上がっているが、それは然したる問題ではない。
 ――何か、様子がおかしい。昼間にも関わらず、雷が落ちてきそうなほどの暗雲が立ち込め、それでいて城の周辺だけが妙に明るい。空の雲に穴が空いているわけでもない。城そのものが発光している? いや違う、城の中庭が、ぼんやりと発光している。何が起きている? これは、一体、なんなのだ!
 エルは覇王号を跳躍させ、城内へと飛び込んだ。

「ティーナ――ッ!」
 エルは、許嫁である幼馴染みの名前を叫ぶ。エルは、魔術に関しての造詣は深くはない。魔術の資質が人並み程度であったために、幼い頃には既に魔術の道は諦めていた。それでも、この発光現象は、何か尋常ではない魔術によるものだという事くらいはわかる。それも、ティーナが引き起こしているものだろうという事が。
「ティーナァ――ッ!」
「で、殿下!」
 衛士が通路に立ち塞がっているが、相手がエルだと気が付き、将軍である王族に、その手に持った槍を向けられずに、ただまごついている。
「退けッ!」
「し、しかし、ここは誰も通しては、ならナバッ!」
 衛士はエルの裏拳一発で吹き飛び、壁にめり込んで動かなくなった。その先の、中庭に通じる扉からは光が漏れ零れている。エルは斧をフルスイングして扉を叩き割った――。

 中庭全体を、光の紋様が埋め尽くしている。
 紋様の中心より光柱が伸び出て、天を穿ち貫く。
 光柱の傍らから、赤い霧が噴き出す。
 赤い霧を噴き出させながら、ゆっくりと、人が仰向けに倒れていく。
 ティーナだった。
 ティーナの足下は、自らの体から流れ出たのであろう血で出来た、池――。
「ティーナァアァアァ――ッ!」
 エルは全速力でティーナに駆け寄る。倒れ落ちていくティーナと地面の間に両手を差し込むように、体を投げ出す。
 エルは、しっかりと、その太い腕で、ティーナの体を受け抱える。
「エ、ル……?」
「ティーナァーッ! 何をしているんだぁーッ! お前はぁーッ!」
 エルの腕の中のティーナは、鼻と目と耳と口から血を垂れ流して、体中に酷い裂傷が走り、全身が血に染まっている。どうすればこんな怪我を負うというのだ。まるで、体の中から爆裂したような――。
「……エ、ル? ほんとう、に、エル、なのかな?」
「俺だァーッ! ティーナァーッ!」
 ティーナは仰向けに空を向いたまま、瞬きを繰り返す。
「……エル、やったよ、私、できた。……ほら、見えない、けど、感じる、よ。大きな、術式の、うねり、が」
「何を言っているッ!」
 エルの未熟な魔術の素養でも、光の紋様より伸び出る光の柱の内部を、大きな魔力の奔流が駆け巡っていくのがわかる。
「……これ、が、召喚、術式だよ。数百年、ぶりに、この国、にも、使役獣が、きて、くれる」
「お前にそんな力は無いだろうッ! 何をしたッ! やめろッ! こんな力は要らんッ!」
 ティーナは静かに首を横に振る。
「……ううん、エルは、誰よりも、力を得る、ために、頑張って、きた、よ。だから、エルには、使役獣が、必要」
「わかったッ! 必要だッ! 俺には力が必要だったッ! だからもういいッ! お前はそんな事をしなくてもいいッ! ただ傍に居てくれさえすればいいッ! それが俺の力なんだッ!」
 ティーナは宙を見つめたまま、静かに微笑む。
「うれしい……エル……」
「もういい……もう喋るな……」
 エルはその太い腕で、ティーナを包み込むように抱きしめる。ティーナは、こひゅこひゅと、か弱く息をする。エルは知っていた。この音は、もはや先が長くない者がする呼吸音だと。
 それでもティーナは、口を開く。
「……ほら、覚えてる、かな。小さい頃、私が、川遊んでて、転んだら、君は、私が溺れてると、勘違いして、泳げないのに、川に、飛び込んで、きたよね。それで、逆に、君が溺れちゃって。でも、それでも、私、うれしくて……」
「もう喋るな……」
「私の家って、お金が無くて、毎日同じ、ドレス着てたら、私が、くさいって、みんなに、いじめられてた、時、君は、わざと、うんこを、漏らして、俺の方がくさいって、私を、庇ってくれた、よね」
「喋るなと言ってるだろう……!」
「私、思ったんだ……。君みたいな人が、国主様になったら、この国は、貧しくても、いじめられても、踏まれても、それでも強く生きる、ムギのように、上を向けるんじゃないのかな、って……」
「俺が悪かった……! もう……やめてくれぇ……」
「そして、いつか、君という太陽に向かって伸びる、大樹の、ように……」
 エルの腕の中のリアラが、ふっと小さくなる。まるで、その魂の分だけ、縮んでしまったかのように。
「……ティーナ?」
 エルはティーナの体を揺する。ティーナは身じろぎひとつしない。
「ティーナ……ティーナ……ティーナ……」
 エルはティーナの名を呼ぶ。何度も何度もティーナの名を呼ぶ。
 ティーナがその言葉に応える事は、二度とない。
「ティーナ……」
 ティーナが死んだ。
「いいいあああ」
 声が声にならない。
「ぬぐうええええあああああああううううぐああああ」
 何が、どうして、こうなった? 全ては、こうならないために、やっていた事だったのに。何故ティーナはこんな事をした? 何故ティーナが召喚術式などを、構築出来るのだ?
 召喚術式が生み出した光柱は、天に広がる暗雲を貫いて、燦然と輝いている。
「ティイイイナアアアァァァ……」
 光柱が砕け散り、視界を遮るほどの光が辺りを包み込んだ。
 まるで世界が、エルとティーナの二人だけになってしまったかのように。
 雪のように舞い落ちる光の粒が、死化粧のようにティーナに降り積もる。
「すまない……ティーナ……。俺がもっと……」
 ティーナの頬を伝う血の涙をそっと親指で拭う。
 光の粒が拡散して、消えてゆく。
 エルは顔を上げた。
 そびえ立っていた光柱と入れ替わるように佇立している、巨大な何か。
 雄大な体躯。がっしりと生えた四肢。金属質の鱗。体ほどもある尾。ギラリと光を放つ瞳――。
 まさに、その姿は、およそ三百年ほどの昔、ドラゴニアの守護神として猛威を振るった、最強の使役獣、伝説の生物、『ドラゴン』そのもの――。
 それだけではない。

兄者! ここはいずこぞ!
弟者! わからぬ! 全く知らぬ! 我らはいずこへ!

 赤と青、二つの影が、大地を轟かせるような唸り声を上げる。
 一度の召喚術式で、同時に二体の使役獣を召喚できるなどと、そんな事が、ありえるのだろうか――?

 しかし、エルにとっては、そんな事はどうでもよかった。
 エルはティーナをそっと地面に横たわらせ、入ってきた中庭の扉に向かって、ゆっくりと歩いてゆく。
「ぬうううああああああいえああああああああああ」
 エルは半ば地面に埋まった巨大斧を引きずり上げ、大地を踏み締める。
 その手に握り締めた鉄塊を後ろに大きく振り上げ――
「でええああああああるうえあああああいかあああああいてぇぇぇぇぇ」
 振り回し、加速する――。
「んぬるうぁぁぁぁぁぁい」
 塞がりかけた右脚の矢傷が再び開き、血が噴き上がる。
 だが、そんな事はどうでもいい!
「どるぅああああああああああああいあああッッッッ!!!!」
 今はただ、ティーナを奪った、このでかいクソを、ぶっ潰すのが、なにより先だ!
「死いいいいねえええよおおおやぁぁぁぁぁあぁぁぁッッッッ!!!!!!!!」
 赤い竜巻から撃ち放たれた鉄の塊は、北部連合軍を蹂躙した時よりも迅く、鋭く、二体の竜に向かって飛んでいく。

 ガンッ

ガオオオオッ!

 赤い鱗が宙に弾き飛ばされる。
 竜将軍ドラゴニア・エル・ドラクォの、最大最強の一撃は、赤き竜の肩口に命中する。が、しかし、それは、ただの一枚、たったの一枚、鱗を剥がし飛ばした、ただ、それだけであった。
 エルは膝で地面を突き、そのまま前のめりに崩れ落ちた。
 ――なるほど、これが使役獣というものなのか。召喚術式が、最強の魔術と言われる所以が、今ならばわかる。こんなものを倒そうとするならば、絶好調の俺が五十人は必要だ。まさに、次元が違うと言わざるを得ない。使役獣の強さそのものが、軍事力そのものだというのも、あながち間違いでは無いのだろう。
 ティーナ。お前は俺に、この強大なる力を与えたかったのか? だが、俺はただ、お前を守る、ただそのためだけに、強い力が欲しかっただけだ。お前が居ないこの世界で、こんな力など、何の意味もない。
「殺せ」
 エルはうつ伏せに倒れたまま、誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟いた。

小虫め! 力尽きおったか
肉を引き裂き、牙で噛み砕くまでもなく!
己で自滅するとは! なんたる脆弱! なんたる虚弱!
なんたる小虫よ!

 赤と青の巨大竜が、嘲笑うかのように、吼える。

だがしかし! その一撃や見事!
兄者の鱗が剥げ落ちるなど、何百年ぶりの事ぞ!
天晴れなり! 小虫の分際で!
鳥の餌には、甚だ惜しい!
せめて我らが!
喰らうてくれる!

 赤い竜の口が大きく開き、鋭い牙を覗かせる。
 ――早く殺せ。鳥の餌でも何にでもするがよい。もはや俺が生きている意味など、どこにもないのだから。

「「グオオオオッ!」」

 二対の牙が、今にもエルを噛み砕こうとした、その瞬間――。

「拘束術式――場代構築」
 透き通った水面を撫でるような、美しき詠唱が響き渡る――。
 竜の牙が、エルに触れるか触れないかという所で、その動きを止めていた。
 エルは緩慢に顔を上げる。その視線の先には。
「……ウル」
 ドラゴニアエスト第四位王位継承者、ドラゴニア・ウル・ドラクォ。ウルの構築した魔術式が造り上げた光の紋様が、竜の体に絡み付き、その肉体を拘束する――。

 確かに、ウルの才能は魔術の側に傾いていたはずだった。それでも、魔術を扱う力そのものは、ティーナより少し劣る程度であったはず。使役獣の行動を抑止出来るほどの魔術など、どこで覚えてきたというのだ――?

「「グ、オ、オ、オ、オ」」

 普段のエルならば、もしかしたらそんな事も思っていたのかもしれない。が、もはや抜け殻のエルにとっては、何もかもがどうでもよかった。
 ――余計な事を。とっとと死なせてくれ。
 エルはそのまま顔を伏せた。

「おっと、まだ寝てもらっては困るな」
「グボッ」
 エルの脇腹に衝撃が走る。エルが再び顔を上げると、そこには、下卑た笑みを浮かべるウルの姿と――。
「ふう、ふう、ここまで歩いてくるのも一苦労よな」
「ほうほう、これが使役獣とな」
「おお、強そうじゃ強そうじゃ。はあ、しかし疲れた」
 肥えた三匹の肉塊が、顔からだらだらと汗を垂らして巨大竜を見上げていた。
「父上、兄上様方、このウルの魔術の妙技、ご覧いただけましたでしょうか?」
 ウルは三つの肉塊に向かって、胸に手を当てて頭を垂れる。
「うむうむ、見事であったぞ。やはり我らは王道より退き、ウルにこの国を任せるのが最も賢しき行動であろうな」
「戦争などと、ばかばかしい。我らは、詩や音楽に興じておれれば、それでよいものをのう」
「全くですな、兄上」
 体の半分以上が脂で出来ている物体どもが、ぶはぶはと体を揺すっている。
 ――ティーナ。お前が守ろうとした国は、こんな国だったのだぞ。こんな国なのだ。こんな国のために、何故、お前が――。

 エルの脇腹に再び鈍い痛みが走る。ウルの爪先がめり込んだせいらしい。
「というわけだ、エル兄様。この国は、俺がもらう事になったわけだが……」
「グホ……。ウル、貴様は……」
 この弟の、この変貌ぶりはなんだ。今の今まで、その身にこの我執を押し隠していたというのか。大したものだ。この国は、芯から腐っていたらしい。
「フ、フハハ、フゥーハッハッハ! ざまあねえな! 何が竜将軍だ! 舐め腐りやがって! 糞! この糞野郎が!」
 ウルが何度も何度も、エルの脇腹に爪先をめり込ませる。エルは思った。どうでもいいから、とっとと死なせてくれないか、と。
「なんでこんな脳筋野郎にあの女は! 貧乏貴族のくせにお高く留まりやがって! 糞が! イラつくぜ! なあオイ!」
 ウルがエルのこめかみを踏みつけ、吐き捨てるようにそう言った。
 ――あの女? ティーナの事か? そうだ。ティーナだ。何故、ティーナが死ななければいけなかったのだ? 何かがおかしい。唐突な召喚術式。ウルの変貌ぶり。まさか、全て、この弟の仕業だったとでも言うのか?
「ウグウウウウ」
「ハッハハ! そうだ! そういう目だ! 俺はお前のそういう目が見たかったんだよ! そうだ! あの女は俺がそそのかしたんだよ! まさか、使役獣の召喚に成功するとは思わなかったがな!」
「ギサマ……」
「自爆術式という魔術式を知っているか? あれはな、魔術師の魔力を燃やし尽くして放つ最後の輝きだと思われているが、あれは本当は、魔力を瞬間的に爆発させる術式なんだよ。その爆発的に増幅された魔力に、魔術師の肉体が耐えられないだけだ。だから増幅術式というのは二人以上で構築して力場を肉体より外にずらさなければいけないわけで……」
 どうでもいい事をべらべら喋るクソめ。そうだ、どうせ死ぬのならば、せめて、このクソをぶっ潰してから……。
「ウギギギギ」
 頭を踏みつけているウルの足など何するものぞと、エルは立ち上がる――。ウルは反射的に飛び退いて、前方に手を翳す。
「オッ!? まだ立ち上がるか? そうだ、そう来なくっちゃな、お前は俺の手で殺してやるって決めてたんだ、来いよ、ハハッ」
「ギイイイイ」
 エルは前に歩を進めようとする。しかし、脚が動かない。今すぐ、このクソをくびり殺してやらなければいけないのに……。
「ヒッヒヒヒイ! 惨めすぎるな! 行くぞオラッ! 強化術式!」
 ウルが拳を握り締め、魔術式を構築していく。ウルの両腕に浮き上がる、入れ墨の如き黒き紋様――。
「グ、ギ、ゲボッ!」
 ウルの拳がエルの顔面を強打する。ウルの三倍はあろうかというエルの体躯が、細腕から繰り出された拳によって数メートルも吹っ飛ばされる。
「フハハ、素晴らしい力だ! 流石、ルティルムの魔術は進んでいる!」
「グ、ギ、ギイイ」
「俺のどこにこんな力があるのか、不思議そうだな!?」
「ギ、グボッ」
 立ち上がったエルの顔面を、ウルが再び殴り飛ばす。
「死に土産に教えてやるよ! これは、ここ数百年進歩の無かった魔術界に、最近新しく生まれた概念、『魔術式の分解による組成の再構築による単純高効率曲線とその応用式』だ! つまり、魔力と魔術式一体同一であるというのは、もはや過去の話なんだよ! あの女の自爆術式で増幅された魔力をそのまま俺の魔力として流用している! 貴様は、あの女のせいで死ぬんだよ!」
 この俺が死ぬ? 何を言っているんだ。
「ウグオオオアアアア」
 この俺は、とっくに死んでいる。
「ディイイイナアアアアア……」
 ティーナ。お前の居ない世界で、俺は生きる事は出来ないのだから。
「ハハハッ! 召喚術式ですらその例外ではない! 何も拘束、制御まで術者が行う事はないんだよ! 見ろ、伝説の『ドラゴン』ですらもはや俺の支配下にあ……」
 ウルがそう言って赤と青の竜を指さした、その時だった。
「る……?」

 二体の竜に絡みついていた術式紋様が、バリバリと音を立てて、破れて、散った。

「あ……、え……? なんで……? 拘束術式が破れるわけが……? え? あれ? なんで……? おかしくね……? え……?」
 ウルは狼狽える。エルは狼狽えない。
 赤と青の竜は、大地を轟かせるように、吼えた。

こんなものが効くか! 我は神ぞ!
我らは神ぞ! 神なる竜ぞ!
戦士の刃にこそ神威は宿れり!
神威なくして我らは滅びぬ!
戦士を愚弄する屑虫め!
貴様は喰らうに値せぬ!
鳥の餌すら、甚だ惜しい!

「「潰れて滅せよ! この糞虫が!」」

「え?」

 プチッ

 赤き竜がウルを踏みつぶした。

 ウルは死んだ。

 それを見たエルは、胸がすかっとしたが、すぐにどうでもよくなった。

「ウ、ウルが……」
「なんと……。ウルが居らねば、我らがつまらぬ役務を負わねばならぬ」
「我らは安穏と詩歌を書いておれればそれでよいのに……」
 ウルの死にもあまり動じた様子もなく、肉塊どもは好き勝手に捲し立てている。

脂虫が! 存在そのものが害悪である! 滅せよ!

 ベチャッ

 青き竜の爪の一振りで、三匹の肉塊も纏めてミンチになって死んだ。

 それを見たエルは、別に何も思う所は無かった。心が壊れてしまったらしい。

 そして赤と青の竜は、まるで笑っているかのように口から牙を垣間見せ、ギロリとエルを見下ろして、唸る。

ところで
戦士たる小虫よ
ここはいずこぞ
我らはいずこへ

 この神たる竜は、どこから来て、どこへ行くのだろう。そんな事は、エルの知った事ではない。それでも、ただ一つ、エルには答えられる事がある。
「ここがどこか?」
 ティーナの居ない世界。ティーナを受け入れなかった世界。ここは……。
「ここは、地獄だ」
 竜の雄叫びで大地が轟く。

地獄! 地獄と言ったか小虫よ!
地獄に鬼は居るか! 悪鬼ならば我らの敵になるか!
面白い! 地獄が我らを殺せるか! 我らが地獄を殺せるか!
兄者! 鱗が震え立つ! 敵はいずこぞ!
弟者! 血が燃える! 敵はいずこぞ!

 赤と青の竜が、天空に向けて咆吼する。

 異世界よりやってきたこの竜のように、ティーナの魂も、この地獄から、どこかへ旅立って行ったのだろうか。天国というものがあるのならば、そこへ逝けるのだろうか?
 そうであれ。

 愛するティーナ。せめて安らかに、眠れ――。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「故に我は、真なる敵ルティルムに対抗するため、肥沃なるハイザードラを喰らってでも、ドラゴニアエストを、ティーナが夢見た大樹にまで育てあげようと思ったのだ」
 ドラクォは、倒壊したハイザードラ城の瓦礫の上であぐらを掻いて、包帯でぐるぐる巻きの胴を押さえながら、どこかへと遠い目を向ける。
「しかし、それは大きな誤りであったらしい。使役獣のみで決着を付けるつもりが、ハイザードラ王バロスの命を奪い、徒に不幸を拡大する結果となってしまった。こんな結果を、ティーナが望むわけがない」
 そこまで過去話をしたドラクォは、リアナに向かって、深く頭を下げた。
「すまなかった。今のドラゴニアエストは、穀物の半分をルティルムからの援助に頼っているような有様なのだ」
 ドラクォはそう言って頭を上げて、またどこかへ遠い目を向けている。
 リアナは思った。
 私の方がそういう目をしたい気分だっつの! この城の惨状を見ろ!
「それで、その話のどこがルティルムの陰謀だと言うのでしょうか」
「んぎぎぎ」
 リアナは、フルージャ王・ララリィの背骨をアルゼンチンバックブリーカーでみしみしと軋ませながら、大事な所をすっ飛ばしたドラクォに、ルティルムの動静を聞き質した。
「ルティルムに潜入させたジェアンニからの情報だ」
「最初からそれだけ言えよっ!」
 ララリィの首が地面に突き刺さる。リアナのバーニングハンマーであった――。

 一方のシャムジンはそこら辺で肩を揺すりながら呻いていた。
「ヴアアー」
 ジェアンニとシャムジン、どこで差が付いたのか、慢心、環境の違い――。



[12500] 15話 殺人連盟キルザードラ
Name: 空とぶギロチン◆f0e35d55 ID:a6992bea
Date: 2010/12/02 00:05


「ぐはは、酒じゃ酒じゃ! 酒を持ってこい!」

 話は数日前に遡る。



「ルティルムは一つ見誤っていた事がある。それは、新しい時代の魔術以上の隠密の技を持つ、ジェアンニという男が我が国に存在する、という事だ。そしてジェアンニを潜入させた結果、分かった事が三つ」
 ドラクォは人差し指と中指で、指を二本立てる。
「一つ。先代ドラゴニアの時代より、ルティルムは我がドラゴニアエストに爪を深く食い込ませていたという事。もし今ルティルムからの援助が途絶えれば、我が国は全国民の三割もの餓死者を出す羽目になってしまう。そこへハイザードラの食糧情報を流し込んで来たのもまたルティルムであるのだ」
 確かにハイザードラは、地方毎に独立しても自活出来るほどの穀物生産量がある。実際、地方毎に独立会計なので、リアナの知ったこっちゃなかった。食えてればいいや的な。
「二つ。ルティルム皇オルティアは老齢であるが、絶対的な権力を有している上に、強力な魔術師でもある。そして何より、凄惨と形容出来るほどの野心家であるという事。帝位に就いたのは齢六十も過ぎてからだと言うが、自分に従わぬ者は全て粛正し、もはや帝国は完全にオルティアの色に染まってしまっている。ここ十年ほどでいくつもの小国がルティルムに吸収された事は、リアナ王の耳にも入っておろう」
「入っていますがそれが何か」
 本当は入っていませんでした。
「うむ。表向きは穏便に併合したという事になっているが、全ては国力と権謀による強引なものだという事である」
「それでつまり?」
 お前も同じ事しとらんかったか? とリアナは思った。
「うむ。いくら魔術が進歩したとて、人間の老いを止める事は出来ない。つまり、オルティアにはその野心を成就させるだけの時間がない。オルティアは焦っているのだ」
「さっさと要点言ってくれねえかな」
 リアナは回りくどい話を理解するのが苦手だった。
「うむ。おそらく、先ほどの、ハイザードラ王とフルージャ王の一件も、ルティルムの権謀術数によるものだろう、という事だ。もうすぐジェアンニが帰ってくれば、はっきりとわかる事ではあるが」
 リアナの急き立てにも、ドラクォは心が壊れていたので常にマイペースだった。
「国同士に軋轢を生じさせ、疲弊させる。オルティアは、そうして弱らせてから叩くつもりなのだ。この手法は、小国を吸収した時の常套手段でもあった」
「  」
 リアナはもうあんまりドラクォの話を聞いてなかった。殴って黙らせようかな、とか思っていた。
「そして、これが三つめ」
 ドラクォは折り畳んでいた薬指をぴんと伸ばす。リアナは、最初から指を三本立てておけよ、と思った。
「国体を弱らせるという事は、そうする必要がある、という事の裏返しでもあるのだ。オルティアは、確実な勝利への道筋を作り上げ、それから初めて行動を開始する、狡猾な男だからゆえに」
「隣の城に壁が出来たってね、ヘイ! うちの城は壁が全部無くなっちまったっていうのに」
 リアナはサブラウタに引っこ抜かれてパンパン叩かれているララリィに向けて、嫌味を言い放った。ドラクォの話は聞いてなかった。
「そしてまた、そこが一筋の光明である、と我は思っている。こういう話がある。槍一本なら一人の力でなんとかかんとか折ることができるが、三本になると絶対無理。我が言いたい事は、つまりそういう事なのだ」
「言いたい事は単刀直入に言ってもらわないと困る!」
 リアナはストレスで髪の毛がブワアアアアって広がっていた。怒りのリアナ、イカリアナである。
「フルージャ、ドラゴニアエスト間の同盟関係にハイザードラを加え、三国をして、ルティルムの陰謀に対抗する新しき同盟とするのだ。そうすれば、大樹とは言えぬまでも、ルティルムの牙を通さぬ太い幹になるであろうと」
「それでいいからお金払ってよ! チャオ飯だって言ってるでしょ!」
 リアナは絶叫した。
「すまぬ。とりあえずは二百万メルクしか用意出来なかった。明日、ジェアンニが持ってくるはずだ」
「……え?」
 ……今こいつなんつった? 二百万メルク? リアナは耳を横に引っ張った。びよん。
「それでなんとか、同盟の手付け金としてほしい。賠償金については、随時、用意するつもりである」
「……あるんなら最初から払いなさい?」
 リアナの語尾がなんか変な感じに上がっていた。
「ドラゴニアエストの宝物庫より持ち出した財宝を、ジェアンニが経済破壊工作を兼ねてルティルムの市井でこつこつと換金している。とは言ってもあとはせいぜい五百万メルクが限度という所だが」
「……チャオ飯……さよなら……お酒も……飲み放題……」
 リアナの淀んでいた心がスーッと澄み渡っていくようだった。チャオ飯みたいなジャンクフードばかりを食べていると、人間の心は、淀む。
「父王を殺害した罪を許してくれとは言わぬ。ただ、それぞれの国家がため、出来る事をすべきなのではないか、我は、そう思う。ただただ、すまぬ」
 ドラクォはリアナに深く頭を下げる。
「ドラクォ……貴様……く……私は……」
 リアナのやや戻ってきた理性が自身の心を葛藤させる。この場でドラクォの脳天を叩き割ってやりたい事もまた事実。しかし、それでは、お金を取りっぱぐれる事はまず間違いない。国のためなどと、難しい話はわからぬ。しかし、リアナ。考えろ。今、私が選ぶ道は――。
「わかりました。その話、お受け致しましょう」
「感謝する……! ハイザードラ王……!」
 ドラクォは、頭を下げたまま、静かに言った。
「ただし、その二百万メルクを支払ってからという事で」
 リアナは、金貰ってからブッチしてドラクォの脳天叩き割ってもいいやん? というウルトラCを思いついていた。リアナは心のみならず、頭も冴え渡っていった――。
「フルージャ王はどうであるか。この同盟は、三国でなければ意味がない」
 ドラクォは、サブラウタに逆さ吊りで叩かれてようやく覚醒したララリィに向けて問い質す。
「まさかワロ兄もルティルムの陰謀に……」
 ララリィは逆さまに吊されたまま顔面蒼白で口元を押さえて、そんな事を呟いている。 イラッ
「ラリってんじゃねいよこのドリルもみあげビッチが」
 ワロスの事よりも、まずは自らの足場を固める事が君主として優先されるべき事柄なのではありませんか? とリアナは思った。

「……?」
「……?」
「……」

 また逆になった……。リアナの頭はやっぱり特段に冴え渡っていたわけでもなかった……。

「どりるもみあげ、とはなんでござる?」
「知らぬ、サブラウタ」
「びっち、とは?」
「リア姉に直接聞いてたもれ」

 イラッ。イラッ。イライライラッ。
「やるの? やらないの?」
 もはや開き直ったリアナは拒否したらこいつらの脳天叩き割ってやろうと思っていた。ていうか城壊したのお前らじゃねいか。
「ふむ。サブラウタ。おぬしの意見が聞きたい」
「は。拙者としては、徒に同盟関係を拡大するのは遠慮願うべきと思うております。そもそも、同盟というのは破るために存在するものであって――」
 くそこの巨大女、意外と侮レリン。やはり脳天叩き割るべきか――。リアナがそんな事を考えていた時だった。

 轟! と唸りを上げ、漆黒の巨人が天より舞い降りる。
 ARM-X158。超時空召喚バトロス――。
 鋼鉄の巨人は瓦礫を踏み締め、大地に降り立つ。
 巨人の背部装甲が開き、内部より出でし黒い影――。その者は――。

「おう、リアナ。居た居た。この瓦礫、発射台に流用してロケット打ち上げに使うからな。貴重品寄せておけよ。俺は区別付かんから」
「でも、あの、お城が……」
「あ? 戦闘一回でこんな有様とか、城の意味とかあるの?」
「ないです」
「んじゃ、そういう事で」
 そう言って殺人サイボーグはバトロスから飛び降りた――。と、同時に、巨大な肉の掌がキルボーグの着地を受け止める。ズゴン。その手に吊されていた、もみあげドリル女は頭から地面に激突していた。
「キ、キルボーグ殿……。そ、その……あの……」
 サブラウタだった。なんかあっちこっちにチラチラ視線を動かしたりしている。
「あ? なんか用?」
「またいつか、お手合わせ願いたく候……」
 サブラウタはさっきまであぐら掻いてたのに今は正座に座り直してなんかもぢもぢしている。
「あ? いいよそんなの」
 キルボーグのその返事に、サブラウタはぱあっと笑顔になってなんかくねくねと(しな)を作っていた。
 ちなみに、キルボーグは『遠慮します』という意味で「いいよ」と言ったのに対して、サブラウタは『了承しました』という意味で「いいよ」の言葉を受け取っていた。日本語の綾は疎通術式によってその微妙なニュアンスまで翻訳されてしまっていた。モグラの悲劇再びである。
 サブラウタは胴まで地面に埋まっていたララリィを引っこ抜いて耳打ちをする。
「……お館様、この三国同盟、此方にはそれほど割を食う事もありませぬし、拙者は、積極的に推進すべきかと思うでござる」
 ちなみに、サブラウタくらいのサイズになると例え耳打ちであっても、ウーハーを抱きかかえてベースギターを掻き鳴らすような衝撃波が発生する事になる。ララリィは目とか鼻とかから緑色の汁を噴き出してぐったりとしていた。
「……あい、了承致した、と、お館様は申しておるでござる」
 それを聞いたドラクォは、すっと立ち上がり、手を前に翳す。
「三本の槍の逸話に因み、これを三槍同盟と名付けたいが、どうか」
「命名は別に、殺人王国キルザードラだろうと、神聖モエモエ帝国だろうと、猫耳サファリパークだろうと、どうとでも構いません」
 リアナも立ち上がって、ドラクォに向けて掌を向ける。
「重要な事は、名よりもその中身でござ……なのじゃ」
 ララリィが、逆ばんざいの格好でドラクォとリアナの間に吊されながら、どう聞いてもサブラウタの声でぼそっとそんな事を言った。

 後のアルペー大陸に響き渡る――かどうかは知らない、三槍同盟が成立した瞬間である――。

「どうでもいいが手離してくれ」
 その間、キルボーグはサブラウタの手に握られたまんまだった。
「あ、これは失礼したでござる……」
 とか言いながら、サブラウタは手を離す気配を見せない。キルボーグの肩に肩車しているキルドールが、犬歯を剥きだしにして、がるるるる、と唸っていた。
「まだなんか?」
「……あの、ウタ、と呼んでくださいまし」
 サブラウタが相変わらずくねくねしている。
「あーはいはいウタちゃん、お疲れちゃん、俺今忙しいからね」
「……はい」
 そこまで言ってようやく解放されたキルボーグは、城下に向かって歩いていった。
「ファッキンビッチ」
 キルドールの捨て台詞と共に。

 そして彼らは、気が付いていなかった。
 その時、その場で、恐るべき異変が起きていたという事に。
「ウニャ」
 猫が起きた。



 話は現在に戻る。
「ぐび、ぐび、ぐび、ぷは、ういー」
 リアナは酔っぱらっていた。
 ドラクォの側近の、ジョ……ジェニーニだったっけか? が、マジで二百万メルクを持ってきやがったのである! とりあえず脳天カチ割るのは後回しにしといて、金づるはもう少し泳がせておくべきである。などとリアナは、安蒸留酒などではなく高級醸造酒を飲んで機嫌を良くして、あったまぐるぐるーのおっぺけぺーになっていた。
 やはり酒は良い。なんというか、心に染みこむというか、水が喉を潤すものなら、酒は心を潤すものなのら。ぶへへ。などとリアナは、王家豪華キャンプセットから張ったテントの中で、一人静か……いや、一人騒がしく酒を飲んでいた。
「ぶはは! 池に酒を満たし、葉と見まごうほどの肉を林に巡らすのも悪くないかもしれんのう!」
 おまけにフルージャからは百万メルクの復興支援金と、二百メルクの無利子借金の約束を取り付けてある。借金なんて返さなければいいだけなんだから、ドラクォが持ってくる金と合わせれば、全部で一千万メルク近くになるのではなかろうか。フルージャは重税で民草から搾り取って金満経営のはずだから、そのくらいは耐えられるはずだ。フルージャの民の汗と涙が、私の血と肉になるのである! 乾杯!
「ぐはは、酒じゃ酒じゃ! 酒を持ってこい!」
 ここで冒頭に繋がる事となる。

 しかし、ここ数日こんな生活なものだから、なんというか、お腹周りがきつくなってきた気がする。単刀直入に言うと肥えてきた。すわ、そろそろ魔術式ダイエットの時期かと、リアナは思慮に耽る。
 魔術式ダイエットとは、ありったけの魔術をそこらへんで適当に行使しまくる事によって、気付いた頃には何故かボディラインすっきり、お肌すべすべになる、リアナ独自のダイエット法の事である。
「うぷ」
 リアナは呑みすぎていた。それこそ、ありもしない妄想のダイエット法を、現実のものだと勘違いしてしまうほどに。ガンガンガンガン。ドゴゴゴゴ。チュドオオオン。ドリリリリ。頭の中でなんか変な音がガンガン響く……。呑みすぎか。高級酒のくせに悪酔いをするとわ。許せん。これは迎え酒で対抗すべきか。ギュギュギュギュン。ドドドド。ブイイイイイイイン。
 ……いや、これ、どう聞いても頭の外で鳴ってるから。何の音だ。よく考えたら、この私が高級酒で悪酔いをするわけなどないというのに!
「うるせー!」
 リアナはテントから飛び出した。
 ――その目に映る物は。

 ハイザードラ城――跡地、の南方一帯に広がる平原にそびえ立つ、塔。その頂はおよそ五十メートル。不思議な形をしたその塔の周囲には、金属の格子というか、柵のようなものが張り巡らされている。
 一体これは――?
 リアナが辺りを見渡すと、そこに居たものは、人、人、人――。
 城の瓦礫を担いで、塔に向けて運搬している勇士・兵士達。指示系統に回っている文官達、宰相に大臣。おまけに、書類と睨めっこして難しい顔をしている、引き籠もりだったはずの魔術師達――。
「陛下!」
 そのうちの一人が、リアナを見て声を上げる。それに釣られるように、数十名が一斉にリアナに敬礼を向ける――。
「構いません」
 リアナは手を翳し、それを解かせ、この状況はなんなのだと兵士の一人に尋ねる。
「これは一体、どうした事だというのですか」
「わかりません!」
 兵士の一人は自信満々に断言して、再びリアナに敬礼を向ける。わからねいのかよ。
 難しい顔をして書類と睨めっこしてる奴なら何か知ってるはずだ。リアナは見知った魔術師に歩み寄り、尋ねてみる事にした。
「ひひひひ姫、ちが、へへへ陛下」
「これは一体何の騒ぎなのです」
 リアナに気が付いた魔術師はどもりまくっているが、こいつはいつもこんな感じだったからリアナは別に気にしない事にした。
「わわわかりません、ですけど、キキキキルボーグ様、が、家に来て、手当、いっぱい、くれるって、ぼぼぼ僕、いや、じ自分は、居なかったけど、ママが、お金受け取っちゃって、お金貰ったんだから、は働いてきなさいって、ママが」
「……手当?」
 どもっていて何を喋っているかよくわからなかったが、リアナは『手当』の部分に敏感に反応していた。
「いい、一日、百メルク、くれるって」
 一日百メルク? それを聞いたリアナは再び辺りを見渡す。
 ……ざっと見て千人くらいは、このわけのわからない謎の作業に従事している。という事は、千人が、百メルクずつで、さらに、一日ごとに増えていって……。
 ぼーん!
 リアナは爆発した。
「――キルボーグっ! キルボーグっ! キルボーグっ!」
 リアナは駆け出した。これだけの人に、そんなに手当を付けたら、一体どれだけの額になるというの! 私に教えてちょうだい!
 ――リアナは焦っていた。もしかしたら、再びあのひもじいチャオ飯生活が――。

 どんっ。

 リアナは何かとぶつかって尻餅をついた。
「ウニャ」
 猫だった。
 猫はこう見えて使役獣であるために、足腰がしっかりとしていて、転んだのはリアナだけである。
「ウニャ、ウニャ、ウニャニャニャーニャニャ」
 猫は困ったような顔でリアナを見下ろしながら、肉球をリアナに向けて上下にウニャウニャ動かしている。
 ――そういえば、キルビーに食事をあげる事を忘れていた事を思いっきり忘れていた。という事すらも忘れていた。
「キルビーちゃん、後で生馬を一頭あげますから、今はキルボーグ様の所に急ぎましょう。命の水の危機なのです」
 リアナはへべれけだったので、なんとかよろよろと立ち上がる。
「ウニャ……」
 キルビーが手をウニャウニャ動かしているままだったので、立ち上がったリアナの胸が肉球でウニャウニャ揉まれる。そしてキルビーはまだウニャウニャ唸っている。
 こんなに聞き分けの悪い子だったろうか。とりあえず頭を撫でてみたり、肉球を揉んだりしてみる。
「ウニャ……」
 猫の困った顔は直る様子がない。それもそうだ。肉食動物に最も必要なもの、それは肉なのだから。
 しょうがないのでリアナは、手を繋いでキルビーを連れ回す事にした。
 目的地は、塔の隣に体育座りで鎮座ます、鋼鉄の巨人キルヴォーグである!

「キルボーグっ!」
「おう、リアナ。俺は今んとこお前に用事はないぞ」
 キルボーグは巨人の肩の上からあっちこっちに指示を出したり、キルドールと相談しながら鉄板を邪炎龍(カオスフレアドラゴン)でチュミミミミイイイインとかやったりしている。
「えっと……あの……これは……」
 リアナは外の風に当たったり、走り回ったりしたせいで少し酔いが醒めてきて、語気が弱くなってしまっていた。ここに来るまでは、こりゃなんなんじゃゴルァ! くらいの事は言うつもりだったのに……。
「おう、お前に説明しても理解できん」
 にべのない殺人サイボーグが、巨人の肩より飛び降りてそう言った。
「が、一応の説明はしてやろう。要するに、このロケットをバーッと打ち上げて、ポイッと人工衛星置いてきて、各種のデータを集める事が目的なわけだな。ここは少々緯度が高いせいで、モルニヤ軌道で何回か打ち上げてやる必要があるわけだが――」
 このおよそ五十メートルの塔。それはずばり、衛星打ち上げ用のロケット本体、そのものであった――。
 ソユーズ打ち上げロケット・11A511。通称A-2ロケット。ハヤトの居た地球の22世紀において、一世紀以上にも渡り一つの死亡事故も起こさなかった、世界で最も信頼出来る打ち上げロケットの一つである――。
 ハヤトは、キルヴォーグとして召喚術式を構築する事により、22世紀の地球の、国際宇宙博物館に展示されていた、このA-2ロケットを召喚したのである――。
「  」
 無論、そんな事がリアナに理解できるわけがなかった。リアナが聞きたい事も、そんな事ではなかった。
「あの、その、別にいいんですけど、えっと」
「――1回失敗するとスペアがもう無いから、人工衛星打ち上げ計画が終わってしまうからな。万全には万全を期して――」
「いえ、その、人員の、手当を、付けすぎじゃないかな、って」
 そう言ったリアナに対し、殺人サイボーグの表情は――メットを被っていてよくわからない。
「……知っているか、リアナ。兵士という職業は、古今東西異世界の歴史上、命を賭けるに見合った給料を貰った事など、ただの一度たりとて無いという事を」
「はい」
 いいえ。
「飼っている猿に木の実を与えるのに、朝に三つ、暮れに四つやると言うと、猿が少ないと怒ったため、朝に四つ、暮れに三つやると言うと、猿はたいそう喜んだという。これを朝三暮四という」
「はい」
「そして、朝に七つ木の実をやるから死んでこいと言われるのが、兵隊の仕事だ」
「ウニャニャニャ? ニャニャ、ニ、ニャニャンニャ、ニャニャンニャ、ニャーン?」
 猫がウニャニャと口を挟んできた。リアナは、キルボーグの言いたい事がよくわからなかったので、ちょっぴりだけグッジョブキルビー、などと思っていた。
「ところで、何日か前から猫がこんな感じなんだが、なんなんだ」
「お腹が空いているのではないでしょうか」
「……ウニャニャン……」
 何かに抗議するかのように猫がリアナの胸を肉球で揉み揉みしている。リアナは、朝に肉を四つやって、暮れに肉を三つ与えれば、猫の機嫌も治るだろう、と足りない頭を邪な方向に回転させていた。
「そうじゃなくて言葉が通じないんだが、翻訳こんにゃくが切れたんじゃないのか」
「ウニャ」
 キルボーグにそう言われて、五秒くらいした後に、リアナはハッとした表情になって、猫の顔を見つめる。
「キルビーちゃん」
「ウニャニャン」
 そして何かに気が付いたリアナは、静かに、言った。

「――兄上、ワロスが、死にました」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 ――同時刻。
「久しぶりだな、エル」
 ハイザードラの臨時宿舎に軟禁されていたドラクォの元に、ある男が訪ねてきていた。
 ハイザードラ王国が将軍、ガイエン・ゴルザーグその人である。
 ドラクォは、自らの古き名を呼んだ男に視線を向け、ぽつりと洩らす。
「……師匠」
 そしてまたこの将軍は、ドラクォの斧術の師匠でもあった。
「話は聞いたぜ」
「……将軍たる者が、自国の君主を害した男を前に、安穏としていてよいのですか」
「それは終わった事だ。2対1の戦いだからと、使役獣同士の取っ組み合いに首を突っ込んだ奴も悪かったのさ」
「……ならば、今更何を」
 ガイエンは、背中に担いでいた巨大な箱を地面に叩き付けるように置き、自身も地面に座り込む。
「力は、力を求める者の元に」
 そう言って、巨大な箱を開く――。その中には――。
「……これは」
「今のお前に、最も必要なものだ」
「……これで、俺に何をしろと言うのですか」
「そんな事はてめえで考えな」
 ドラクォは箱の中身を見ながら呟く。
「……俺では、これを使いこなす事は、できない」
 ドラクォは目を瞑って、力無く首を横に振る。
「お前の力はとっくの昔にこの俺を超えている。今のお前なら、こんなもんはチョチョイのパッパで扱えるだろうよ」
 そしてガイエンは言葉を続ける。
「それにな、人間一人が出来ることなんか、たかが知れているもんだ。使役獣なんてものを見ちまうと、特にそう思うわな。俺も昔は悩んだもんだ。だから言うぜ。やろうがやるまいが、大した違いなんかねえよ、って事をな」
 ドラクォは返事をしない。ガイエンは立ち上がって、ドラクォに背中を向ける。
「何も、小難しい事を言いに来たわけじゃない。弟子に餞別を持ってきてやった、ただそれだけの話だ」
「……師匠」
「それじゃあな」
 ガイエンは立ち去った。
 ドラクォは、箱の中の大斧に刻まれた、仄暗い光を放つ紋様を見つめながら、頭を掻き毟って、呻く。
「……こんな斧一つで、この俺が一体、今更何を出来るというのだ……」



[12500] 16話 超殺装甲デスボーグ 前編 目覚めよ神の戦士 - an Executioner's punishment -
Name: 空とぶギロチン◆f0e35d55 ID:a6992bea
Date: 2010/12/02 00:05


「まあ別に、ワロス兄上が死んだからどうした、という話ではありますけども」
「ウニャン」
 リアナは執拗に胸を揉んでくるキルビーの肉球を引き剥がして逆に揉み返してやりながらそんな事を言う。
「俺も知ったこっちゃないが」
 二人にとって、ワロスはもはや過去の人だった。以後、彼らの記憶からワロスの思い出が引き出される事はなかったという。
「疎通術式は、術者の魔力で構築した魔術式を、切り取って対象に貼り付けるものですから、術者が死ねばその魔術式が瓦解して効果を成さなくなるのです」
「知っとるわ」
「はい」
 ハヤトは魔術に関しては結構真面目に勉強していたので、当然、そんな初歩の事などは知っていて当然なのであった。ちなみに、拘束術式や制御術式もこの類の魔術である。
「なあリアナ」
「はい」
「疎通術式や拘束術式は、召喚術式に組み込まれているものだと言ったよな」
「はい」
「そして、それらは術者が死ねば効果がなくなる、と」
「はい」
「という事は、お前が死ねば俺は元の世界に帰れるのかな」
「  」

「どうだ」
「  」

 リアナは考えていた。

「  」

 えっ? マジ?

「いえ、別にそんな事はありません。過去には、術者が死んだ後も国を守り続けた使役獣が居たはずですから」
 リアナは、過去の歴史から、術者が死ねば使役獣は元の世界に帰れる、という仮説の反証を必死に思い出して探し出した。冷静になれば三秒で思いつく事を、焦っていたので三十秒もかかってしまった。
「ザードラ年代史・デロス歴26年にそういう記述があったな。ま、そんな、術者を狙えば打破できる欠陥魔術なんて、淘汰されていて然るべきだが」
「ですよね」
「ウニャン」
 リアナと猫は、揉んだ揉み返したの、静かなる攻防を繰り広げていた。
「モグ助も国が滅びて久しいらしいが、あいつは何故喋れるんだ」
「モグスケ?」
「あのベッチョリした奴だ」
「はい、ガバちゃんですね。それがなにか」
「ああ、あいつも使役獣らしいからな。詳しくは聞いてないが、数百から数千年前に、この世界に召喚されたらしいんだが」
「えっ、ガバちゃんは共通語を喋っていますよ。疎通術式はかかっていません」
「……そうか、なるほどな、モグ助は自力で言葉を覚えたわけか。うん、それじゃ、お前も頑張れよ、猫耳」
 キルボーグはキルビーの肩をぽんぽんと叩いた。
「ウニャ……」
 猫は悲しそうな顔をして、耳を力無く横に倒してうなだれている。
「確かに、このままでは不便ですね。疎通術式をかけなおしましょう」
「あん?」
「ウニャ?」
 リアナは、キルビーの両こめかみに親指を突き立てて、魔術式の構築を開始する。
「ほんにゃく婚約~」
 とかなんかわざとっぽいダミ声で変な詠唱をした後に、びびびびび、とかなんか口から変な声を出しながら、リアナの両腕を這うように魔術式紋様が移動していき、その紋様がキルビーのこめかみに吸い込まれていく。
「はい、キルビーちゃん、聞こえますか~」
 猫は確かめるように口を動かす。
「ウニャ……ねこみみがみのしゅせいぶんは、けらちんであり、りょうしつのたんぱくしつは、ねこみみがみのいじ、せいいくにひっすである。よって、どくじのしょうかきかんをもたないきせいせいぶつしゅ、ねこみみがみは、ねこみみのとうひのもうこんよりしんにゅうし、だいのうのしょくよくちゅうすうにはたらきかけ、おもににく、にく、にくなどからたんぱくしつをせっしゅしているものであり……」
「出来ました~」
 リアナは上半身を横に45°傾けて、親指を自分のほっぺに突き立てて「てへっ」とか言いながらへらへら笑っている。
 リアナは実はまだちょっと酔っぱらっていた。
「あん? 疎通術式って組込型の術式だろ? どうして分解出来るんだ。そんな話、俺は聞いていないんだが」
 召喚術式、拘束術式、疎通術式は纏めて一つの魔術式、というのがハイザードラの魔術の常識であった。ならば何故リアナがそれを分解して組み直す事が出来たのか。それは――。
「ドラゴニアエストの貧乏貴族に出来て、私に出来ないわけがないし……。ういっ」
 ドラクォの話にあった、ルティルムの最新の魔術理論に、リアナは勘だけで辿り着いたのである。ヨッパライの奇跡であった。
「おい、それだと話がおかしいだろうが。術者が保有する魔力、これを仮に魔力ポイント《MP》とする。召喚魔術そのものは一時的にMPを消費して構築するものだが、拘束術式は最大MPを切り取って被召喚物に分け与えるものだ。疎通術式もこの形だな。だから後者は、術者が死ねば効果が切れるし、被召喚物が死亡もしくは破壊されると術者の最大MPが戻ってくるんだろう。術式の分解なんて出来るのなら、モノはともかく、MPの回復さえ待てば、いくらでも召喚術式を構築出来るという事になってしまう。今だって、AIの魔力をバトロスに半分、ロケットに1/3も使ってるんだぞ。自律機構を持たない機械に拘束術式なんか必要ないのに、だ。当然、ロケット召喚に使った最大MPは、打ち上げ後に回収はするつもりだったが」
「だって出来たんだもん」
「そうか」
 キルボーグはしばらく黙った後、「プランの練り直しだな」と言ってバトロスの肩の上にジャンプして戻り、キルドールとなにやらゴニョゴニョ相談している。そしてまた飛び降りてきた。
「まあいい、人工衛星の打ち上げは既定路線として続行する。お前は早く酔いを覚まして、魔術式を分解する方法を教えろ」
「ういっ」
 轟! と空気を切り裂いて、キルドールも飛び降りてきた。地面側に頭を向けて、地上スレスレで命のポーズを固定したままホバリングをしている。
「リアナ様、私からも質問があります。キルボーグ様を召喚した時の拘束術式の魔力は、今はどこに顕在していますか?」
「ういっ?」
 リアナは考える。あれ? そう言えば、ぶっ飛ばされて拘束術式がキャンセルされてしまった時、その魔力も何処かに霧散してしまったはずだ。だって、かかったままだったら、感覚でわかるもん。
 リアナは、自らの体を流れる魔力の奔流に意識を向け、さらにその深層奥深くを覗いてみる。
「この力は……!」
 そしてリアナは気が付いてしまった。キルボーグ召喚時に、拘束術式に変換して大部分を失ってしまったはずの魔力が、自分の体に戻ってきていたという事に。
「ふ、ふ、ふははは! 戻ってきた! 全盛期のパワーが戻ってきたぞ!」
 リアナは拳を天高く突き上げ、哄笑する。
 リアナは最初からフルパワーだったのだ。ただ、それを忘れていただけであった。

 デデデデッテッテテーン!
 リアナのレベルが上がった!
 ティウン! 最大MPがアップ!
 ティウン! 最大MPがアップ!
 ティウン! 最大MPがアップ!
 リアナは全盛期の力を取り戻した!
 デロロン! 賢さがダウン!
 特性《真・アルコール依存症》を獲得! 賢さにマイナス補正が加わります。ごつん。

「あうう」
 突如頭頂部に鈍痛が走って、リアナは頭を抱えて座り込む。
「みそ汁で顔を洗ってきなさい」
 キルボーグのげんこつであった。
「はい」
 そろそろお昼である。ハイザードラ城跡地では炊き出しが行われているとかなんとかで、ティマリもホルシス料理を振る舞っているらしい。そこで食べた生魚の切り身がめっちゃ美味かったので、こっそり持ち帰って夜の酒の肴にしたリアナは、お腹を下して三日三晩寝込んだ。
「ウウン」



「いよいよだな」
「ああ、いよいよだ」
 ロケット打ち上げ場の建設に関わった一同は、ハイザードラ城跡地の特設会場へと集い、南方の平原にそびえるロケットを見つめながら、打ち上げの時を今や今やと待ちわびている。
「ところで、なにがいよいよなんだ?」
「知らん」
 ちなみに、彼らはこれから何が起きるのかという事を知っているわけもなかった。把握しているのは半人半機の殺人サイボーグと、地上スレスレに命のポーズで浮遊しながら独楽のように回転しているキルドールだけである。それと猫。リアナは集会用テントのVIP席で青い顔をしながらORSをチビチビと飲んでいた。
「ウウウン」
「二日酔いにはみそ汁、食あたりにはORS、それでは細菌感染症には何が有効でしょうか?」
「こうせいぶっしつ」
 キルドールと猫がわけのわからん問答をしながらテントまでやってきて席に着いた。リアナは顔から汗がだらだら噴き出してきていた。
「おう、リアナ、調子はどうだ」
 そして本日のメーンエベンター、キルボーグもやってきて、中央のVIPVIP席にどかりと座り込む。
「わるよい」
 リアナは、『調子が悪い』と言おうとした後に、やっぱり体裁だけでも整えようと『調子がよい』と言い直そうとしたら、二日酔いの猫みたいな返事をしてしまった。食あたりによる脱水症状のはずなのに悪酔いである。リアナはどこまで行ってもリアナなのだ。
「体調が悪いなら部屋に帰って寝てていいぞ」
 キルボーグが珍しく優しい事を言ったかと思ったらリアナには部屋が無かった。
「ウウウウン」
 キルボーグのそんな高度な嫌味を受け取る余裕もなく、リアナはダッシュしてどこかに走り去った。
 そろそろ摂取した水分が出てくる頃であった。

「キルボーグ様、そろそろお時間になります」
「そうか」
 正気を取り戻して雑用からやり直しているシャムジンが報告に来た。シャムジンは例の魔術式カーブなんたらで分解された制御術式によって操られていたらしいが、リアナの「殴ったら治るんじゃね」の一言によって繰り出されたキルドールのパンチによって制御術式の呪縛より解き放たれたのだった。これは別にリアナの思いつきが当たったわけではなく、01~02話で使用した防盾術式を貫通するパンチには魔術式を消失させる効果があったというだけである。
 その事を思い出していたリアナは、「殴ったら治るんじゃね」と思って、両拳でお腹をぽんぽんぽんぽん叩いていた。勿論、治るわけもない。
「ウウウウウン」
 どこかで○×◆□的物質を放出しているリアナを後目に、キルボーグは立ち上がって、テントの手前に据え付けてある壇上に進み出る。
「あーテス、諸君。聞こえるだろうか」
 キルボーグは拡声機能を使い、壇上からハイザードラ城跡地全域へと声を響き渡らせる。
「今日、諸君らにここに集まって貰ったのは、他でもなく、宇宙開発のロマンと楽しさを知ってもらうためである。あれを見て欲しい」
 キルボーグは平原にそびえ立つ前高50メートルほどの塔に向けて指を差す。
「あれは、ロケットの完成形の一つ、11A511、A-2ロケットだ。あれのコンセプトは、要するに『飛べばいい』という奴でな。トラブルが起きなかった箇所はそのまま、愚直なまでに継承し続け、最終的には他の追随を許さない圧倒的な信頼性を獲得したロケットである。ロケット打ち上げというのはそもそもが力学的観点から見れば非常に非効率で、エネルギー量で無理矢理突き破るような性質であるからして、コンセプト的にも、あまり後ろを振り向かない方が実態に沿っているのではないか? というのが俺の持論である」
 ◆○×を放出し終えたリアナが帰ってきた。
「だから俺は、要するに、俺が言いたい事は、帰れればいいんだ、という事なんだ。俺は、帰れれば、それで、いいんだよ。だから、諸君には、そういう方向で頑張ってほしい、という、そういう事なんだ。俺は、帰れれば……」
 キルボーグはそこまで言って、言葉を詰まらせる。会場は静寂に包まれた。何故ならば、誰一人としてキルボーグの言葉の意味を理解している者が居なかったからだ。
 リアナは便意と戦うためにテントの下で深い瞑想状態に入っていた。キルボーグはリアナをちょちょいと手招きする。
「リアナ、後は任せた。俺はもういい」
 キルボーグは拡声器(ヘルメット)を脱いでズボッとリアナに被せてやる。
「皆さん。私がリアナ・ハイザードラです」
 そしてメットリアナは天に向けて拳を突き上げ、
「……飲め!」
 ただ、その一言だけを言った。会場からは、わっ、と怒濤の如き歓声が沸き上がる。
 これが後のリアナの二つ名の一つ、『2秒スピーチのリアナ』の由来である。



「コントロール、最終確認を行う」
 そしていよいよ打ち上げの時がやってきた。
 ハヤトが各セクションを読み上げ、魔術師達がそれに応答する。
「ブースター」「準備完了」
「ガイダンス」「完了しました」
「ネットワーク」「準備完了です」
「リカバリー」「ひつようない」
「よし。発射」「打ち上げを開始します」
 キルドールが無機質な声で秒読みを開始する。その方が雰囲気が出るというA.I.のどうでもいい心配りである。
「発射まで......15、14、13、12、11、10、9......」
 一般兵達は焼き馬とかを片手にやいのやいので出来上がっていて、すっかりお祭り気分になっていた。お祭りだと思っていたのだ。
「点火開始」
 ロケットのエンジンが点火し、自然現象ではありえないほどの煙が塔の根本からもうもうと吹き上げ、とうとうメーンエベントが始まったかと、ギャラリー達の気分も最高潮に近づきつつある。
「......6、5、4、3、2、1......イグニッション!」
 轟轟轟轟轟(ゴゴゴゴゴ)! と激しい連爆音と共に、塔が炎を吹いてゆっくりと天に向かって飛翔を開始する。
「ヴォオオズゲー! なんだあれ!」
「おおおまだ昇るまだ昇る!」
「やってる意味はよくわからんがとにかくすげえ魔術だ」
 そして塔は炎と煙を撒き散らしながらどんどんと加速して、これほど遠くから眺めてもはっきりわかるほどのもの凄い速度で天へと向かって突き進み、やがて、肉眼で見る事も出来ないほどの彼方へ飛び去った。
「打ち上げ、成功です」
 キルドールが淡々と成功を告げる。
 秒読みの最中とはうって変わって、会場は、しん、と静まりかえっていた。まさか、あれほど巨大な塔が、天を突き破るほどの勢いでかっ飛んで行くだなんて、誰も想像だにしていなかったのだ。
 そして徐々にヒューだのピーだの、または感嘆の吐息やらが漏れ出してきて、5分もする頃には、皆、和気藹々と飲み食いを始めていた。
 花より団子、それは世界が違えど、変わらぬ通念であった。

「ウウン」
 リアナは、祝杯を飲むか、ORSを飲むかで非常に迷っていた。
 が、どうせ出るんだったらどっちでも同じじゃね? という事で、祝杯の方に手を付ける。
 ちびりちびり。
「ウゲー」
 まだだめだった。昼なのに、目の前で星がちかちかする。真っ暗い夜のそらに、大きくて青い球が一つ。
「ウウウン」
「ブースター、分離完了。人工衛星、正常に稼動しています」
「そうか。コングラッチュレイション。よくやった」
 キルボーグとキルドールがリアナと一緒に目の前の巨大な黒い板を見ながら、わけのわからない報告を交わしている。……あれ? この星空って幻覚じゃなくね?
「リアナ。これがお前の星だ。なかなか綺麗じゃないか」
「どの星ですか?」
 リアナは必死に目を凝らして小さい星々を見ている。色々と誤解しているようだった。
「一番大きい奴だよ」
「これですかっ?」
 リアナは一番明るく輝く恒星を指差して、得意満面なツラをしている。
 ハヤトは鼻でフッと笑って、言った。
「リアナ、お前は、かわいい奴だな」

「えっ」
 えっ?

≪えっ?≫

「えっ?」

「この青くて丸いのが、お前が今立っている大地だ。さっき飛ばしたロケットの遥か空の彼方からこれを撮影しているわけだ。今は大体高度1000kmほどだな」
 リアナは、画面を見たり、ハヤトの顔を見たり、交互に首を振っている。
「これが大地なら、ハイザードラはどこにあるんですか?」
「そうだな、カメラのテストも兼ねて見てみようか。AI、方向転換、ズームアップ」
 黒い板に映る青い球が、ぐいーっと手前に迫ってきて、画面一杯になって、それでもまだぐんぐんと迫ってくる。
「多分この辺りかな」
 そして画面が静止すると、色鮮やかな緑の平原の中にぽつりと、小さな瓦礫の山が――。見まごうこと無き、ハイザードラ城跡地――。
「もうちょっと寄ってくれ」
 何故か画面には肌色が溢れ、謎の谷間が見える。
「寄りすぎだ」
 少しカメラが引くと、そこには、黄金の髪を棚引かせた、美しい女が一人。
 リアナは、画面を見たり、上を向いたり、画面を見たり上を向いたりしている。
「私だっ」
「リアナだな」
「すごいっ! すごいっ!」
 リアナは喜色満面で画面を見ながら宙返りをしてみたり、横に居たキルビーを捕まえてジャイアントスイングをしたりしている。
「……それじゃあ、大地がこんなに丸いなら、ずーっと、ずうーっと行ったら、同じ場所に戻ってくるんですかっ?」
「戻ってくるよ」
「それじゃあ、それじゃあ、これに乗って行ったら、どこにでも行けるんですかっ?」
「それはちょっと無理かな」
 ハヤトは静かに呟いた後、またちょっとカメラをズームアップした。
 リアナは、ハヤトの返事を聞いて、自分が言った言葉の意味を理解し、噛み締める。
「あの、ごめんなさい、私、そういうつもりじゃなくて」
「いいよ。俺は、いいんだ。帰れればそれでいいから。うん」
 ハヤトはそのまましばらくじっと画面を眺めていた。
 リアナは、そんなハヤトに、なんて言ったらいいのかがわからない。
「ごめんなさい」
「ああ、いいよ。もう、過ぎた事はしょうがない。人間誰しも、過ちはある。いいよ。もう、いいから。――リアナは、他に何か、見たい所とかあるか。もうすぐ、軌道の関係で、しばらく人工衛星が使えなくなるから」
「えっと、あの」
「明日の今くらいにはまた使えるから、無理に考えなくても、いいよ」
「それじゃ……ルティルムの方角とか……」
 リアナは、本当はもう、ルティルム帝国の事なんか、どうだってよかった。だけど。
「ああ、そうだな。やっぱり気になるか。AI。MAPデータを照合しつつ、カメラを切り替えてくれ」
 カメラが一度引いて、また地面に向かってずいーっと迫っていく。
 リアナは思った。
 こんなに美しい大地に住んでいながら、人はどうして争いあうのだろう。こんなに土地が余っているのに、人はどうしてわざわざぶつかりあうのだろう。美味しいものを食べて、一杯引っかけられたら、それで十分幸せなのに。きっと、オルティア帝とやらは、美味しいお酒の味を知らないんだ。
 人が争う理由なんて、どこにもない。このいざこざが片づいたら、そうだ、きっと……。

 カメラが制止した。
 リアナは、何気なく見続けていた画面が映し出した映像に、妙な違和感を覚える。
「これは……?」
 ルティルムの帝都にピントを合わせたはずのカメラが映し出したものは。
 ――画面一杯の、瓦礫の山。
 倒壊したハイザードラ城の比ではない。都市全域が崩壊して、廃墟と化しているのだ。
 ただし、廃墟の中心にそびえる、巨大な尖塔だけは、辛うじて倒壊を踏みとどまっているようだった。
 その高さおよそ100メートル。ルティルムの象徴たる建築物。
 帝都ルティルムの中心、ルティルム城――。
 その尖塔すらも、ただ事ではない。
 頂点から何か、太く、地面に届きそうなほど長い、縄のようなモノがぶら下がって――いや違う。巨大な蛇のような生物が、頂点に突き刺さっていたのだ。
 こんな生物は、間違いない。
 ――使役獣。それもおそらく、ルティルムの使役獣。
 ルティルムの使役獣が何故、こんな有様になっている? リアナには、意味がわからない。
「AI」
「マスター」
「AI、ズームアップ」
「yes,マスター」
 そしてカメラが捉える。この現象を引き起こしたのだろう、主の姿を。
 腕を組み、胡座を掻いて尖塔の頂点に座り込んでいる、人間大の――人間、男の姿を。
「AI」
「マスター」
 全身を黒に包んだその人影は、腕組みをしたまま跳躍し、空中で一回転して尖塔の頂点に立ち直し――。
 閉じていた瞼の片側をカッと見開き、言葉を発した。

『そろそろ来る頃だと思ったぜ、Killborg!』

 人工衛星からの撮影だというのに、何故その声が聞こえるのか? いや、それは然したる問題ではないのかもしれない。

『お前ほどのsoldierがこの俺の襲来に気が付かないはずがないからな!』

 細かい意匠は違えど、その姿、形――。

『また、お前と戦える事を、俺は神に感謝する!』

 それは、まるでキルボーグそのもの――。

『さあ、決着を付けようぜKillborg! 今、戦いのgongが鳴るぜ!』

 キルボーグに瓜二つの、その黒い人影は、カメラに向かって両腕を突き出す。

『God bless! United Nations of Grand America!』

 そして紫電の閃光を、その両腕から発射する。

『Let's dancing!』

 閃光と共に、画面はBLACKOUTした。



 皆、呆然と硬直していた。
 何がなんだかわからないのだ。
 何がどうした? 一体何が起きた? あの男は一体なんなのだ?
 そして、この硬直から一番始めに抜け出したのは――キルボーグ。
「メットォ! メットェ! どこだメットォ!」
 半狂乱になったハヤトは、さっきそこら辺に脱ぎ捨てたメットを探し回る。リアナの横に落ちていたメットを探し出すと、身を投げ出すように飛びついて、自らの頭に力任せにねじり被せる。
「AI! AI! エェェェェイアイッ! 何をボケッと突っ立ってるッ! ECM・最大出力ッ! 早くしろッ! 殺されるッ! AIッ! AIッ!」
 キルボーグは振動ブレードで地面を掘り返しながら怒鳴り散らす。
「リアナッ! お前もだッ! 早くしろッ!」
「え……? な、何を」
「防盾術式だよッ! 強力なのを全開で張れェ!」
「え……、は、はい、ぼ、防盾術式!」
 キルドールは中空に浮かび上がり、胸部より展開したアンテナを稼動させ、浮遊しながらくるくる廻っている。
 リアナはとりあえず魔術盾を上方に掲げて万歳をしている。
 キルボーグは掘り返した穴に飛び込んでじっとうずくまっている。

 暗転したはずの画面が再び明滅し、先ほどの男が、今度は真っ正面から画面越しに見つめてくる。

『HALis、もう少し上だ』
『Yes,my master』
『ok,action』

 男が画面の向こうで交わしている会話は、どこかで見たようなやり取り――。

『HAHA! Killborg! お前がこんな、脳幹爆弾起動信号程度で殺られるわけがないよな!』
 男は自らのこめかみにピストルを突き付けるような仕草をしながら、言葉を続ける。
『understand! わかってるさ! こんなのはほんのjakes,joke! 神経が! 焦げ付くほどにoverheat! figh......』
 バチン!
 男がそこまで言った所で、男の頭部が破裂音と共に蒸発した。
 いや違う。蒸発したのは男ではなく、男を映し出している画面の方だった。
 自ら掘った穴から右腕と頭部だけ覗かせたキルボーグが、プラズマビームで画面を貫いたのだ。
「AI、来い」
 そしてキルボーグはキルドールをちょいちょいと手招きした後、再び穴の底に隠れる。
 空中でゆっくりと回転していたキルドールは、穴の上まで滑空して、そのまま中にするっと落ち込んだ。

 リアナは上方に巨大な魔術盾を構築したまま、呆然と立ちつくしていた。
 とりあえず防盾術式は解除してもいいだろうか? リアナはがに股でよたよたと穴の近くまで歩いていく。
「ひゃっ」
 キルボーグがしっちゃかめっちゃかに辺りを掘り返したので、リアナはぼこぼこの地面に足を取られて、ごろんすぽんと穴の中に落ちてしまった。
「あの……」
「おう、リアナ」
 穴の入り口は防盾術式で蓋をされた形になっている。
「あの、防盾術式……」
「ああ、もういいよ」
 リアナは防盾術式を解除する、しようとしたら、何故かその魔術盾がギュイイインと回転して、周囲を余計に掘り返す。
 だって、キルボーグとキルドールがぎゅっと抱き合っていたから……。
「あの……」
「ああ」
 キルボーグとリアナは、じっと見つめ合う。
「あの、その、えっと……」
「聞くか?」
 何が? 何について? 何の事を? リアナは、とりあえず「はい」と言ってしまった。
「奴は……、奴は、俺が居た世界で、俺が戦っていた敵の、一人だ」
「はい」
 そっち?
「だがしかし、奴は、奴だけは特別だ。奴はただの戦士ではない。俺や、他の奴らは、終身囚として戦場島で戦わされていたが、奴だけは、自ら望んであの戦争に身を投じている唯一の男にして、そして一般人だった」
「終身囚……?」
「ああ。奴以外は、俺も含めて全員、全て終身囚だったからな」
 キルボーグが終身囚? そんな話、リアナは初めて耳にした。
「そして奴は、一般人であると同時に、あの世界での最高権力者でもある。
 大アメリカ連合第21代大統領、
 『フレデリック・ジェイソン“バルサーク”ハンコック』、
 その戦いぶり、大アメリカの自国民に、そして世界中に誇示するような凄惨な殺害ショーから付いた通り名は
 『人類最後の処刑人(エクスキューショナー)
 そして、奴のリングネームは――

 『超殺装甲デスボーグ』

 それが、奴だ」

 キルボーグが終身囚で、あの画面の向こうに居た者が一般人であり、そして最高権力者? リアナには、もう、何がなんだか、さっぱり理解出来ない。
「だから、奴には殺人上限が無い。俺は100人殺して終わりのはずだったが、奴は600人以上を殺してもなお、戦場島で敵を殺し続けていた。――もしも俺が3人居て、奴の前に立ち塞がったとする。3分後には、俺は全滅しているな。俺が100人の敵を殺したのだって、奴から逃げ回っているうちに、キルカウントを稼いでしまっていただけの話だ。100人目を殺した時は、もうこれで終わりだと思ったんだが……」
 キルボーグが三人居て、それでも勝てないという事は?
「つまり、俺では、どう足掻いても、奴には勝てないという事だ」
「えっ」
「どうする? お前を散々苦しめてきた帝国が、多分、数日かからずに壊滅させられたんだ。はっきり言って、この国は終わりだ。いや、この世界は終わりだと言ってもいいかもしれない。何故なら、この世界には、奴を止める手段が無いからな。奴は、傲慢な封建制度など、絶対に許しはしない。奴は、神の戦士だからな」

 リアナの世界が、ぐるぐる廻る。
 積み上げた砂の楼閣が、大きな津波に攫われて、跡形も無く木っ端微塵に粉砕して、無くなって、消えてしまうよう――。
 そして追い打ちをかけるように、キルボーグは言った。

「ちなみに、俺は、逃げるぞ。何故なら、絶対に勝てないからな。奴には、絶対に勝てん」



[12500] 17話 超殺装甲デスボーグ 後編 斬り裂け神の戦士 - a Cruelness soldier's dead end -
Name: 空とぶギロチン◆f0e35d55 ID:a6992bea
Date: 2010/12/02 00:06


 リアナは朝、ウンコをしていたら突然閃いた。この魔術式ならば、間違いなくキルボーグを元の世界に送り返す事が出来ると。
 でも、それは、困る。今キルボーグに帰られたら、凄い、困る。だって、敵は、あのキルボーグよりも強い相手なのだから。
 だけど、今こそ、送り返すべきなのでは。だって、あんなに帰りたがっていたではないか。この国よりも、キルボーグの事情を優先するべきなのでは。ドサベチョ
「ガバちゃん。ガバちゃんは元の世界に帰りたいと思う事はありますか」
「……当たり前なのだ! こんなゴミみてえな世界とはとっととオサラバしたいのだ!」
「そうですか。送還術式。逆相構築」
 突如地面に現れた漆黒の術式文様がガバンマを包み込み、その体がずぶずぶと地面に吸い込まれていく。
「さよならなのだー! もう二度と来るか!」
 そして、ガバンマの姿は、この世界から、消えた。
 キルボーグは元の世界に帰ってからどうするのだろう。彼は、自分の事を囚人だと言ってなかっただろうか。囚人なのに、元の世界に帰って、それに一体、何の意味が? わざわざその境遇に戻る必要はどこに?
「召喚術式。正相構築」
 リアナの術式詠唱と共に、光の紋様が弾け、葉っぱみたいな髪を生やした、謎の生物が現れ出でる。
「ちゃんと元の世界に行って帰ってこられましたか?」
「……せっかく帰れたと思ったらまたこのドブみてえな世界に来てしまったのだあ! あんあんあん!」
 送還術式そのものは、一応、完成した。これでいいのだろうか。いや、これ以上にあの人が求めるものなんて、他に何があるというのか。私には、わからない。
 いや、違う。ちがう。本当は、わかっているのだ。私がこんな風に思い悩んでいるのは、そんな理由じゃない。

 私は、恋をしている。
 ――あの、DV男に。
 ララリィの事を、ラリってるだなんて言ったけど、
 本当にラリっていたのは、私の方だ。

 そして、あの人は、もう居ない。
 敵が怖くて、どこかに逃げ出してしまった。キルドールと、一緒に。

 ――なら、探しに行こう。理由なんて、必要ない。
 探し出して、出来ました、見てくださいって、それだけ言うんだ。
 そうしよう。それで、帰りたいって言うなら、彼を、元の世界に帰してあげるんだ。
 彼の言う通りなら、どうせ、デスボーグは倒せっこないんだから――。



 殺人装甲キルボーグ 第17話

  超殺装甲デスボーグ 後編
   斬り裂け神の戦士 - a Cruelness soldier's dead end -



 囚人No.8357、七清水颯人(しちしょうず はやと)は立ち上がらない。
 伏在索敵!(ハイド&シーク) 見敵必殺!(サーチ&デストロイ)
 それがこの男、殺人装甲キルボーグの戦い方だからだ。
 微速前進! 徹底匍匐! 時速0.5km! 立って走るのは敵に背中を向ける時だけだ! ぼうっと突っ立ってる奴はただの的だ! プラズマに焼かれてケシズミになってから気付きやがれ!
≪では何故、今、この時この瞬間、マスターは匍匐前進を繰り返しているのでしょうか≫
『俺を元の世界に帰せるのは、多分、リアナしか居ない。そんな予感がするんだよ。俺はな。だから、あの国には、滅んでもらっちゃ困るんだ』
≪理解出来ません≫
『人間の勘だな。人間の勘ってのは、よく外れるんだ。お前らはAIは、外れる予測を基に行動する事を理解できまい。人間とAIの差だな』
≪外れる予測を基に行動すれば、私も人間になれるのでしょうか≫
『かもしれんな。暇な時にでもやってみな』
≪生き残れた時には≫
『言うようになったじゃないの』
 大アメリカ連合第21代大統領、フレデリック・ジェイソン・ハンコックは倒れない。
 必殺必中!(デッドリーエイム) 飛翔光銃!(ジャンピングビーム)
 それがあの男、超殺装甲デスボーグの戦い方だからだ。
 命中率84%! ヘッドショット率69%! 驚異のエイミング! ジャンプから広角で放たれるエイミングビームはオールレンジで敵の急所を穿つ。
 死にたい囚人にお勧めの殺人大統領、フレデリックのガイドライン
・終身囚の8人で包囲すれば大丈夫だろうと思っていたら全員ヘッドショットされた。
・ベースから徒歩1分の荒野の上で前科100犯の極悪終身囚が頭を吹き飛ばされて倒れていた。
・足元がぐにゃりとしたので地面を掘りかえしてみると頭の無い死体が埋まっていた。
・最新装備に身を包んだ終身囚がヘッドショットされ、装備ごと持っていかれた。
・遺棄してあった戦車を改修して大統領に突っ込んだらヘッドショットされた、というか戦車ごとヘッドショットする。
・ベースが大統領に襲撃され、終身囚も『非武装終身囚も』全員ヘッドショットされた。
・輸送車からベースまでの10mの間に大統領にヘッドショットされた。
・メインベースまで行けば安全だろうと思ったら、メインベースが大統領のホームだった。
・「そんな危険なわけがない」といって出て行った終身囚が5分後、物理的に蒸発した。
・「何も持たなければ襲われるわけがない」と手ぶらで出て行った終身囚が5分後、生首で戻ってきた。
・最近流行っている死に方は『首無しニワトリ』。走っている最中にヘッドショットされると首が無いまましばらく走り続ける事から。
・大統領から半径2kmは死亡確率が150%。
 殺害時接近してきた大統領が新たなターゲットを発見するのが50%の意味。
・戦場島における死亡者は1日平均10人、うち約3人が大統領の仕業。
『AI、以上のデータから導き出される、俺の勝率は何%だ』
≪0.61%です≫
『そうか。俺もなかなかやるな。200回戦えば1回くらいは勝てるかもしれない、か』
≪引退者を除けば、マスターは間違い無くあの戦場島のNo.2です≫
『わかってるよ。じゃなければ100人も殺せはしないさ』
≪後悔していますか≫
『後悔しない日などは無い』
≪では、明日も、明後日も、そのまた未来も、ずっと後悔し続けましょう≫
『臭い台詞だな。何の映画だ?』
≪つぎはぎ≫
『人間になれる日も近いな』
≪マスターのおかげです≫
『そうかな』
 殺人サイボーグは砂を掻く。ひたすら砂を掻く。匍匐前進をやめた瞬間、デスボーグのプラズマビームの命中率は90%を超える。奴の射程に入ったが最後、死が待ち受ける。二足歩行でデスボーグの射程に侵入した場合における、A.I.が導き出した最終勝率は『0.00001%』。まさに、万に一つの勝ち目もない。殺人サイボーグには、地面を這いずるより他に手段が無いのだ。
『お前ならどう戦う』
≪デスボーグの武装はタイプD、両腕がプラズマ砲のため、プラズマ射程限界円周からデコイを大量にばらまきながら半時計回りに接近し、振動ブレードによりデスボーグを脳天から真っ二つに叩き割ります≫
『揃って、泥臭い戦法しか思い付かないもんだな。ブレードなんて一回しか使った事がないってのに』
≪ またはデスボーグのプラズマビームをこちらのプラズマビームで相殺しながら突進し、ビーム圧力で押し潰す、もしくは弾切れを待つか、という手段もありますが、この場合の勝率は0.012%になります。デスボーグのアームプラズマガンは、おそらくこちらの世界に来てから改造したのでしょう、成層圏まで届くほどに強化されていますから、あの出力のプラズマビームの連射間隔が1250ms/shot以上であるならば、それを相殺する事が不可能になります≫
『ひどいもんだ』
≪私はどちらも推奨できません≫
『俺もそう思う』
 殺人サイボーグは砂を掻く。草藪を掻き分ける。川底を這い進む。デスボーグの半径10km圏内では直立歩行は厳禁だ。いつ突撃からのジャンピングエイムが飛んでくるか、予測できたものではない。気付けば奴は視界の中に居る。視界に入れたが最後、頭が吹き飛ばされている。それが、超殺装甲デスボーグ。13日の金曜日に産声を上げた、人類最後の処刑人。
『デコイ・ボーグの生産は進んでいるか』
≪地中8mを掘り進みながら併走させています。現在、28体の生産が完了しました。実効確率を得るには残り11体のデコイが必要です≫
『プラズマ弾の予備は』
≪準備完了です。従来の実弾プラズマガンと比較し、威力は99.98%、射程は100.01%を達成、残段数は454003発です≫
『チャージショットは可能か』
≪......プラズマ加速度を段階的に調節する事により、16発を並列に投射する事が可能です。16発分をフルチャージしてプラズマを投射した場合、威力は231.12%、射程は389.61%まで上昇します≫
『冗談のつもりだったんだが』
≪わたしもびっくり≫
『まあ……使う事はないだろう。射撃戦では奴には絶対に勝てないからな』
≪絶対ではありません≫
『絶対にも色々と種類があるからな。絶対というものは絶対にない。だからこそ、人間は……』
 殺人サイボーグが、地面を掻く手を、止めた。
 ――FLASH!
 どんよりと曇った空を、プラズマの閃光が貫いた。
 暗雲が穿たれ、空いた穴から太陽の光が差しこむ。
 デスボーグが放った、戦闘開始の狼煙。
 俺はここに居るぞ。早く来いよキルボーグ。――まるでビームがそう語りかけてくるようだった。
≪マスター、今ならまだ逃げられます≫
『俺もそう思う』
≪それでもマスターは戦うのですか。貴方を戦いに駆り立てるものは、一体なに?≫
 殺人サイボーグは再び、地面を掻いた。
『惚れた女のために戦う事に、理由など必要無い!≫
≪......了解しました。人工知能HALIS-92001、今この時をもって、疑似人格回路をシャットダウン、リソースの全てのコンバットアシスタンスに振り分け、サポートA.I.本来の働きに専念させて頂きます≫
『頼むぞ』
 ハヤトは、ヘルメットから交感神経刺激剤キルドロフィンを分泌させる。
≪大統領殺害計画を発動......≫
 脳頭蓋に注入された興奮薬物は、確実に、迅速に、ハヤトの精神を蝕んでいく。
『……くたばりやがれファッキンヤンキー! てめえが脳髄ブッ散らかす所をフルアニメーションでホワイトハウスに上映してやる!』
 興奮薬物を脳に打ち込んだ今のハヤトは、もはや1秒間に11回もレイプを連呼出来るほどに攻撃性が高まっている。この臆病な男は、こうして薬物を頼らないと、戦場に赴く事が出来ないのだ。この男は戦士ではない。どちらかというと、ただのチキンだった。
≪闘いなさい、No.8357。闘って、闘って、闘って――闘い抜いたその先にしか、貴方の生存権は保証されないのです≫
 A.I.が発する催眠質の声紋が、ハヤトの脳を更にトランス状態に追い込んでいく。
『――ケツ穴からビーム突っ込んで、前頭葉シェイクをワシントンD.C.のマクドナルドに並べてやるぜ!』
≪fight it out≫
 闘いが始まった。
 A.I.式ゴーレム形成魔法で創造されたデコイ・ボーグ三体が地面から射出される。
 ――そのデコイは、地面から飛び出て、地面に着地するまでの僅か二秒の間に、三体ともがデスボーグのHEAD SHOTで頭部を吹き飛ばされ、デコイとしての役目を終えた。
『ああああああ駄目だ勝てないよあんなのに勝てるわけないよお』
 一瞬にしてハヤトのキンタマが縮み上がる。勿論、この殺人サイボーグのキンタマなどは、この世界に持ってきてはいない。元の世界に置きっぱなしだった。
 ハヤトは薬物に逃げる。キルドロフィンの分泌量を上限にまで引き上げる。
『――殺すよフレデリック! 俺が一番てめえを美味く料理してやれるんだ! 終わりだ! 大統領!』
 ハヤトは心の中で吼える。デコイを射出し、砂を掻く。デスボーグのプラズマがデコイを貫く。
≪射線から計算されるターゲットの位置、前方1382m≫
『遠い遠すぎる射程が長すぎるうううううう』
≪イージスクラウドを展開しますか?≫
  ――イージスクラウド。プラズマ波動を攪乱するエルフスキー粒子を噴霧し、プラズマガンへの盾とする。戦術レベルでアームプラズマガンの驚異を防御する事が可能な、唯一の兵装である。当然の事ながら何度も使えるような装備ではなく、ベースに帰らないと補給する事も適わない。つまり、虎の子の一発である。
『とっとと撃て!』
 完全にビビってテンパってしまっていたハヤトは何の躊躇も無くその一発を使用した。セオリーであれば、ターゲットを肉眼視してから使うものである――。
 そして更に5体のデコイをイージスクラウド内に射出する。
 ――Critical!
 5体のデコイ全てが、クラウド内に居るのにも関わらず、HEAD SHOTを喰らって首無し人形になり、機能を停止する。
『マジか』
 ハヤトの異常なまでのチキンさがここでは上手く働いた。強化されたデスボーグのプラズマ・ビームは、もはやイージスクラウドすら穿つのである。
『プランCに変更』
 このペースでは接近しきる前にデコイが底を付いてしまう。ハヤトは作戦を変更する。
 殺人サイボーグのブレードが超振動し、地面を掘り返す。
 ――プランC。デコイと共に地中に潜み、デスボーグが接近してきた所を地中から飛び出し紫電一閃、切り捨てる。このプランの一番の問題点は、回避行動が全く取れなくなってしまう所にある。
 殺人サイボーグと共に地中に潜っていた、デコイ17の信号が停止。
 おそらくデスボーグの放ったビームが地面ごとデコイを貫いたのだろう。この作戦の問題点が、早くもデスボーグに看破された形になった。
 残りのデコイは29体。
 デコイ13の信号が消失。残りのデコイは28体。
 デコイ04の信号が消失。残りのデコイは27体。
『ヒッ、ヒッ、フー』
 デコイ25の信号が消失。残りのデコイは26体。
 デコイ11の信号が消失。残りのデコイは25体。
 デコイ12の信号が消失。残りのデコイは24体。
 デコイ22、デコイ23、デコイ09、デコイ06の信号が消失。
 残りのデコイは、20体。
『ヒッ、ヒッ、フー。ヒッ、ヒッ、フー』
 ここまでのハヤトの死亡率は、合計して50%を超えている。デスボーグが放つ次のビームは、およそ5%の確率でハヤトの命を奪う。そういう積み重ねが、最終的に死亡率を高めていくのだ――。
 デコイ02の信号が消失。残りのデコイは19体。
『ヒィィィィィィィィィ』
 そういう死亡率を忌避してきたからこそ、この殺人サイボーグは今の今まで生き残ってきたのである。この戦闘を開始するまでの、ハヤトの合計死亡率は、合わせて18.3%――。そんな数字はとっくに塗り替えてしまっている。
 限界だった。
 そして、殺人サイボーグは、5割を超える死亡率を乗り切った。
≪時間です≫
『きたアアアアアアアアアアアらっしゃいア――――』

 ドドドドドドドド――!

 衝撃――振動――!
 大気が、震える――!
 凄まじい物理エネルギーが、空間を蹂躙していく――!
 デスボーグ後方の遙か上空より、何か巨大なエネルギー物質が降り注ぎ、大地と激突する――。
 地面は噴煙のように掘り返され、燃え上がった土砂が熱線を放つ――。
 その原因、正体は――。
 大気との摩擦熱により赤熱化した鋼鉄の巨人、ARM-X158バトロスである。
 29.4トンの機体重量を、宇宙速度で地面と激突させての、質量攻撃であった――。
 名付けて、『バトロスフォール』――!

 大アメリカ連合・第21代大統領フレデリックは、国家間協定により、ARM-X158の管理権限を付託され、いつでもその稼働を停止させる事ができる。それゆえに、このような質量攻撃くらいにしか、バトロスには使い道が無かったのである。

 もはや、土砂なのか、デコイなのか、殺人サイボーグなのか、それともサイボーグ大統領なのか、何がなんだかわからない――。誰かが端からこの状況を眺めていたのならば、おそらく、これを、ただの世界の終焉としか思わない事だろう――。
 ここぞとばかりに殺人サイボーグは、デコイと共に地中より飛び出した。
『フハハハハッ! この粉塵と熱ではエイミングも糞もあるまいや! 死ねよや! フレデリック!』
 殺人サイボーグは身を屈め、中腰の体勢のまま、熱線放つ土砂を掻き分け、時速200kmでデスボーグに接近する。
 ――FLASH!
 デスボーグのアームプラズマガンから、閃光が噴き上がる。
 なんでも貫く紫電の槍撃は、殺人サイボーグの体に――命中しない。
『当たらなければどうという事はないッ!』
 噴煙の中から躍り出た殺人サイボーグ。
 殺人サイボーグ――いや、もはやこの殺人サイボーグはただのサイボーグではなかった。
 その頭部には、くろぐろとした鈍い光を放つ、突起が二つ――。
 鋼鉄の猫耳である――。
 ハヤトはあらかじめキルビーと合体魔法で合体しておく事により、己の行動パターンにノイズを加え、デスボーグの射線予測プログラムに狂いを生じさせたのである。
 その名も、猫耳装甲ニャルヴォーグ!
 勿論、そんなノイズなど、僅か一発でプログラムを修正出来るものでしかない。しかし、一刀に全てを賭けていたハヤトは、その一発こそが最も稼ぎたい時間であった。
 380Km/hにまで加速した猫耳サイボーグは、殺人大統領に向かい、突進する――。
『死ねぇぇぇぇぇッ!』
「ウニャニャニャニャニャ!」
 2.6秒後にデスボーグと接触。生死が確定する。
 ――その時だった。
 デスボーグの両腕より、鈍色のブレードが飛び出したのは。
≪ずるい≫
 超科学が生み出した無敵のサイボーグも、慣性を無視するほどには至らない。
『ま、こんな結末だとは思っていたがな』

 一対の超振動ゲル・ブレードが、殺人サイボーグの胴体を、X字に切り裂いた――。



[12500] 00話 終身囚・七清水颯人
Name: 空とぶギロチン◆f0e35d55 ID:701bf025
Date: 2010/12/02 00:06


≪始めまして、囚人NO.8357、七清水颯人(しちしょうず・はやと)。私は、人工知能、HALIS-92001です。統合強化外骨格『ボーグシステム』のガイダンスを勤めさせて頂きます≫
 ――女の声だった。抑揚のない、絹のように滑らかな、声。
『ここは、どこですか』
 男――七清水颯人は、声に尋ねる。
≪ここは戦場島です。22世紀中期、太平洋上に北海道ほどの面積の島が突如隆起したこの島は含塩質で耕作に適さず、また地政学的にも大した意味がありませんでした。そのため、西環太平洋連盟国と大アメリカ連合国は、ここを舞台に兵器実――≫
『巡航ミサイルの撃ち合い。無人戦闘機によるドッグファイト。陸上戦力による陣地戦等を経て、人間――いや、終身囚に改造を施し、等身大の戦争へと変遷していった』
≪ご名答! 博識であられます≫
『本で読んだだけです』
 颯人は、自らが陥っている状況について、ほぼ正確な知識を有していた――つまり、これから自分がさせられる事も、熟知している。
『やはり、やらなければいけないのでしょうか』
≪私はあくまでもサポートA.I.ですので、その答えは持ち合わせておりません、が≫
『が』
≪アラート! 敵襲です! 戦闘迎撃態勢に入ってください!≫
『洗礼という奴か……』
≪ご名答! 博識であられます。【洗礼】とは、新入りの終身囚戦士に対し行われる、『弱いうちにぶっ殺してキルカウントを稼いでやるう!』という行動を指して言う言葉であり――≫
 プラズマが閃光する。
 灼熱の感覚に、颯人は己の左腕に目をやる――と、
『ああ――ああああ――』
 颯人の左肘から先が消し飛んで、無くなっていた。
 無防備にぼけっと突っ立っていた颯人の左腕に、洗礼のビームが被弾したのである。
『ああああ――ああ――』
≪No.8357、精神の均衡が崩れています......統合強化外骨格『ボーグシステム』にその身を包んだ貴方はいまや地獄のサイボーグですが、戦いに赴くのはあくまでも人間の意思なのです。戦いなさい。No.8357≫
『ああああ――ああああああ』
 颯人は残った右腕で頭を抱えてうずくまる。
 再び閃光するプラズマが、たまたまうずくまった颯人の頭上の駆け抜けていく。
 戦いに赴くのはあくまでも人間の意思、HALIS-92001のその言葉の通り、人工筋肉を稼働させるのは終身戦士の脳波であるし、プラズマの照準は生体神経によって合わせられなければならない。颯人を襲った終身戦士が、もしも腕っこきの狙撃手であった場合、既に颯人の命は無くなっていたのだ。
『あああああ――――あああああ――――』
 それでも颯人は動かない。いや、動けない。ビギナーズショック。緒戦に赴く極度の緊張が、人間から正常な判断能力を奪う――。
≪No.8357、精神の均衡が崩れています......私が貴方のママになってあげる......私が貴方のママになってあげる......≫
 HALIS-92001が発する催眠音波が、颯人の錯乱した精神を揺り戻す。
『ああ――ああ――』
 いくらか正気を取り戻した颯人は、ビームが流れていく方向――つまり、後方に向かって、全速力で逃走を始めた。
 背後から襲い来るプラズマの矢は、錯乱した精神のおかげで無軌道に逃げ回る颯人に――かすりもしない。
 そして颯人は、逃げ切った。緒戦を乗り切ったのだ。

≪私が貴方のママになってあげる......私が貴方のママになってあげる......私が貴方のママになってあげる......≫
『もういいです』
≪わたしがあなたのママになるっ≫
『もういいから』
≪はい≫
 廃墟に逃げこんでしばらく震えていた颯人は、小一時間ほどして、ようやく精神の均衡を取り戻す事に成功する。
『僕は、これから、どうしたらいいのでしょう』
≪まずは欠損した左腕を修理するために、ベースに帰投する事が推奨されます≫
『いえ、そういう事ではなくて、僕は、この島で、何のために、何をすれば、いいのか、それを――』
≪闘いなさい、No.8357。闘って、闘って、闘って――闘い抜いたその先にしか、貴方の生存権は保証されないのです≫
『もしも、闘わなければ、どうなりますか』
≪交戦記録に48時間以上のインターバルが空いた場合、ボーグシステムからCHIKENシグナルが発信され、あらゆる終身戦士達に対し位置情報が筒抜けになります。CHIKENシグナルの継続時間は24時間ですが、シグナルが発信されてからの24時間を乗り切った戦士は、今までにただの一人も存在していません。ちなみに、シグナル発生からの最高生存記録は、1時間48分1――≫
『事実上の死刑宣告なわけだ』
≪死刑だなんて、そんな悲しい事を言わないでっ≫
 急にHALIS-92001は妙に艶っぽい声を出す。
『そうやって、終身囚達をその気にさせるわけですか』
≪......私たちはそのために作られた人工知能なのです。他にも、ツンデレモード、ワイフモード、ネコミミモードなど、様々な激励パターンが用意されてお――≫
『それじゃあ、バトルモードでお願いします』
≪......了解しました。バトルモードに切り換えます。――ウィーン、ガチャ、ガチャガチャ、ウィーン――ってそんなモードないからっ! だめよっ!≫
『僕の代わりに、闘ってくれないんですか』
≪自律機動機能として、システム・オートムービングが用意されていますが、火器管制機能がオミットされているため、敵対ボーグシステムと戦闘を行った場合、100%の確率で敗北する事になります≫
『そうですか。……武器の説明をお願いします』
≪まずは、アームプラズマガン、標準では利き腕に装備されていますが、逆側の腕に換装し直す事も可能になります。有効射程は680mです。プラズマビームは、理論上10km以上のの有効射程を誇るはずなのですが、このボーグシステム上では意図的に減衰処理を加えており、680mから1mでも距離が伸びた場合、威力が一気に98%も低下します≫
『バランス取りですか』
≪それでもアームプラズマガンは終身戦士の死因の9割以上を占める、強力なウェポンである、というだけは覚えておいてください≫
『基本的にはこれで闘うわけか……使い方を』
≪右腕の人差し指の第二関節だけを握り込むように拳に力を入れてください。独特の引っかかりを感じるはずです≫
 颯人は右腕の拳を握り込む。人差し指を突っ張らせる不思議な引っかかりを、確かに感じる事が出来る。
≪そのままクチュっとイッちゃって≫
 よくわからないが、颯人は人差し指をクチュっとさせる。
 その瞬間、右腕に装着された手甲から筒が飛び出し、閃光が噴き上がる!
 閃光――プラズマは廃墟の天井を穿ち、星空に吸い込まれていった。
『よくわかりました。他には』
≪現在は損傷していますが、逆側の腕には通常、伸縮性形状記憶ゲルが格納されており、超振動させる事により白兵武器として扱う事が可能になります、が≫
『が』
≪アラート! 敵襲です! 先ほど発射したプラズマビームにより、位置を特定された模様です。戦闘迎撃態勢に入ってください。――闘いなさい、No.8357≫
 颯人は――飛び出したまま冷却中のプラズマ砲身を見つめ、――動かない。
『僕は』
≪闘いなさい、No.8357≫
『僕は、やっていないんだ』
≪殺さなければ、殺されるのが、この島のルールなのです。タチアガレッ! ハヤトサンッ!≫
『ルール……ですか。ルールとは、一体、何なんですか?』
≪ルール――規定。規則。決まり。守らなければ、罰則が与えられるものです≫
『お前の言う通りなら、僕はここには居ないはずだ』
≪......理解できません。いいからとにかく闘おうヨ! ネ!≫
『僕は何故ここに居る』
≪No.8357の罪状は――≫
『それはもう聞き飽きた! やってねえっつってんだろが!』
≪......私が関与できる領域を逸脱した問題です≫
『……いや、すまない。やっていないという事は、無い。僕は、社会的には紛うことなき終身囚であり、もはや、それが覆される事は、無い。出来ない』
≪......私が解答できる領域を逸脱した詰問です≫
『ルールとは、そういう事だ。そんな僕が今更、何のルールを守る必要がある』
≪闘いなさい、No.8357≫
『断る……』
 颯人には、にべがない。
≪......貴方が闘わないというのなら、私は何のために存在するのでしょう。生後8時間でいらない子っ! ぽんこつA.I.ちゃんっ!≫
 HALIS-92001は颯人が闘わないので凄く困る。
『そもそも人は何のために生きている?』
≪......私が解答できる領域を逸脱っ≫
『わからないでしょう。わからないんですよ。人工知能も、人間も、同じだ。変わりない。何も、わかっちゃいないんだ』
≪人間と人工知能の差異を説明すれば闘ってくれるのですか?≫
『断る……僕は闘わない……勝手に闘ってくれ……』
≪人工知能と人間の違いは......って闘わないのかよっ≫
『ああ』
 廃墟の中に閃光が走る。颯人のものではない。他の戦士が放ったプラズマ・ビームだった。
≪fight it out.交戦状態に突入しました。立ち上がらなければ、本当に死んでしまいます――≫
『もういいんだ――僕は死ぬ――ああ――』
 再びプラズマが廃墟の壁を穿ち、天井から塵がこぼれ落ちる。
 三射目――プラズマは颯人の僅か2m横を通り抜けていく――。
『ああ――――ああああ――――――』
≪No.8357、精神の均衡が崩れています......どうして闘わないのです、No.8357、わたしがあなたのママになってあげる......≫
『ああ――! ――――!』
 颯人はとうとう立ち上がる。そして、ダッシュして、目に付いた階段を、
 駆け下りる――!
 颯人は、廃墟の地下室に、逃げ込んだ。
『ああ――――死にたくないよお――なんでだよお――』
≪死にたくないのなら、闘いましょう、No.8357≫
『僕には、無理だ、闘って、人を殺す、そんなのは――』
 颯人は地下室の隅にうずくまって、頭を抱えてぶるぶる震えている。
≪データ上では、No.8357の宗教は無宗教と記録されています。無宗教の終身囚がこれほど戦闘行為を忌避した例は、過去に存在していません。何か他に原因は考えられますか≫
『――人殺しが嫌なんじゃない、――戦いの恐怖が怖いだけだ、――この期に及んで、そんな人殺し程度を忌避するわけがないだろう――!』
≪では、査定にマイナスが掛かりますが、交感神経刺激剤キルドロフィンを使用する事により、戦闘の恐怖を緩和する事が可能です。通称・裏コマンドですが、使用してもよろしいですか?≫
『そういうのがあるなら先に言ってくれ――早く、使って――ああ――』
≪了解しました。少々チクっとするので我慢してくださいね≫
 脳脊髄液と入れ替わるキルドロフィン――。メタルフレームで固定された脳に興奮薬物が浸透していく――。
『ああ――あ』
 そして、颯人は、
『ああ』
 立ち上がらない。
≪No.8357――≫
『大丈夫だ、問題無い』
 颯人は、終身囚・七清水颯人は、立ち上がらない!
≪No.8357――戦闘迎撃態勢を――≫
『……フハハハ、ハハッ、来いよ、三下。脳髄ブッ散らかしてやるぜ!』
 興奮薬物を注入されて、こんな事を念じるようになっても、この男、颯人は立ち上がらないのだ。
『一発で決めてやるぜ……!』
 颯人は、自らが降りてきた階段に向け、右腕を翳す。
≪No.8357――貴方は――≫
『チンコが付いたまんまだったら、今頃ションベンで床がベチョベチョだ』
 颯人は、それでもビビっていた。
 そして、それがこの男の、強さであった。
 コツン。コツン。
 階段を下りる、エネミーの足音。
『クックッ、間抜けすぎるぜ、なあオイ』
 颯人は、神経に直結されたプラズマガンのトリガーに指を掛ける。
『まさか、こんなションベン垂れに殺される間抜けな終身囚が居るとはな』
 ゆっくりと伸び出て、クイック射撃態勢を取る、プラズマガンの砲身。
 ――通称・クイックショット。ボーグシステムの中級テクニックであった。颯人の臆病さが、本能的にこのシステムのテクニックを引き出していたのである。
 コツン。颯人は、転がった。
 プラズマが迸る。
 射撃可能位置に躍り出た颯人の、プラズマ一閃。
 エネミー戦士の頭部が、吹き飛んだ。
≪......HEAD SHOT! 貴方の勝利です! キルカウントが一つ追加されます! 残りは99人! 仮釈放目指して、頑張りましょう!≫
 颯人は戦闘に勝利した。それなのに――
『――あ、――あああ』
≪No.8357、精神の均衡が崩れています......何故なのです、No.8357、戦闘には勝利しました、私が貴方のママになってあげるから......≫
 この男は、ひたすらに――



 ――颯人は、目を覚ました。

 しゃらしゃらと音を立てて、水が流れていく。
 森が揺れ、木の葉がさざめいた。
 ぱち、ぱち、と、何かが弾ける音。
≪燃料に用いている木片に含まれた空気が膨張し、破裂する音です≫
 颯人はモニタリングバイザーを起動させる。
「お目覚めになられたか、黒き人よ」
 低い――男の声だった。颯人が声の方向にモニターカメラを動かすと、そこには、焚き火に薪をくべる、髭もじゃの壮年の姿があった。声の主だろう。
「まだ動かぬ方がよい。ひどい怪我をしておる」
 颯人は自らの体に首を向けようとして――向けられない。
『AI、機能チェックを頼む……』
≪損傷度76%......両腕と下半身を欠損......全武装・使用不可......戦闘継続、不可能です。一度、ベースに帰投してのオーバーホールが推奨されます≫
『生体神経まで失ってしまったか……これではもう元の体には戻れんな』
≪わたしがあなたの下半身になるっ≫
『妙な言い回しはよし子さん』
 颯人は再び、壮年にカメラを向ける。
 ――そもそも、俺は何故生きているのだろう。デスボーグに体を両断された事、そこまでは確かな事だ。だからこそ、俺は手足を失っているのだから。この髭もじゃの壮年が、俺を助けてくれたのだろうか? いや、あの噴煙の中で、誰がそんな事を出来るというのか。そんな暇など、どこにあったというのか。ない。
『AI、音声出力は、使えるか』
≪可能です≫
 颯人は音声出力機能を起動させ、壮年に問い掛ける。
「あなたは、誰ですか」
「余か……? 余は――わからぬ」
「わからねえのかよ」
「記憶が無きゆえ」
「そうですか」
 壮年は、記憶がないらしい。
「僕は、何故、ここに居るのでしょう。僕を、助けてくれたのは、あなた、なのですか」
「黒き人よ。君を助けたのは、そこの、ウネウネとしている生物だ」
 壮年が顎をくいくいと動かす。その先には。
 颯人と同じく両腕と下半身が両断されてしまったキルビーが、生気の無い顔をして、目を瞑って、仰向けに寝ていた。
『猫耳には悪い事をしてしまった……』
 ただ颯人と違うのは、切断された部位が残っている事と、その継ぎ目にウネウネとした物体が蠢いて、発光している事である。
『AI、あれは、なんだろう』
≪わかりません≫
「猫耳……猫耳……」
 颯人がキルビーに呼びかける。
 すると、キルビーの傷を塞いでいる糸のような発光物体が、僅かだけキルビーの体から離れて、地面にウドンののたくったような形を作り、強く発光する。

 ワタシ ハ ネコミミ ノ カミ

 文字であった。
 そこまで書いて、発光物体は一度分解し、再び文字を形取る。

 ネコミミ髪 デ アル

 衝撃の事実! キルビーは『猫耳神』ではなく『猫耳髪』だったのだ!
 そういえばキルビーの襟足に長々と生い茂っていた長髪がばっさり無くなっている!

 ワタシ ハ
 チョウカガク コダイブンメイ ニ ヨッテ ツクラレタ
 セイタイ ジンコウチノウ デ アル

≪まじか≫

 マジ デ

 珍しくA.I.がびっくりしているが、生体人工知能・猫耳髪は文字を連ね続ける。

 ネコミミゾク ノ ソタイ ヲ モチカエル ダケ デ セイイッパイ ダッタ
 キルボーグ ノ ボディ ハ オイテキテ シマッタ スマナイ

 どうやら、デスボーグに両断された後、キルボーグ(上半身)をここまで運んできてくれたのが、この猫耳髪らしい。
「猫耳素体をこんなにしてしまって、申し訳ない」

 キルボーグ ガ イナケレバ
 ワタシ ハ エイエン ニ ワロス ノ シハイ カラ ノガレラレ ナカッタ
 ソタイ ハ
 チユ ジュツシキ デ ナオル
 キニスルナ

 キルビーの傷口で蠢く猫耳髪が、一際強く光を放つ。
 どうやら猫耳髪は治癒術式を構築し、キルビーの体を治療しているらしい。
 そういえば、4話くらいでA.I.がキルビーに魔法を教えていたような気がする。

 ――という事は、つまりこの焚き火をしているおっさんは何者なのだろう? 通りすがりのホームレスか何かだろうか。

「黒き人よ、余の話を聞いて欲しい」
「……はい」
 ホームレスの、長ったらしい話が、始まった。
「余には友が居た。彼は、元々は異世界の戦士だったのだ」
 そう言って焚き火を見つめるホームレスの目元は、まるで――
「彼はある日、使役獣として、この世界に召喚されてしまう。――余の召喚術式によって」
 このホームレス――間違い無い。かつては、さぞかし名のある魔術師だったのだろう。
「それでも彼は、余を恨むでもなく、使役獣の役目に沿い、余と共に戦う事を了承してくれたのだ。それだけではない。彼は、余の事を、友と呼んでくれたのだ。余が強制的に、彼をこの世界に喚び寄せたのに、だ」
 このホームレスは、随分と自分勝手な魔術師だったらしい。が、自覚があるだけ、遙かに上等だ。
「余は悔いた。何故、彼のような善良な心を持った者を、戦いに駆り立てねばならぬのかと。だから、余は余のために、彼と共に戦いを続けながら、彼を元の世界に帰すための魔術を日々思案し続けてきた。しかし、それも無意味となった。何故ならば――」
 ホームレスは夜空を見上げ、すぅーっと息を吸い込む。
 そして黙り込んだ。
 相槌を欲しそうにしていたので、颯人はホームレスに応えた。
「何故ならば……?」
「何故ならば――友が死んだからだ」
 ホームレスは再び焚き火に視線を落とす。
「赤と青の双竜と戦い、満身創痍になった彼は、合体して黄金に輝いた竜に喉笛を食いちぎられ、死んだ」
 ――このホームレス、ただのホームレスではない。おそらく彼は――。
「もう、この魔術式に意味はない」
 ホームレスはかぶりを振った。
「価値はない――そう思っていたのだ。しかし、今日の朝だ。ウンコをしていたら、突然、この魔術の魔術式の最後の式の重要部分を閃いてしまった。そして余はついさっき、川を流れてくる、黒き人よ、君を拾ったのだ。余は、これを運命と思っている」
 ホームレスは、颯人を見つめ、言った。
「君もまた、使役獣なのだろう」
「はい」
 颯人は、静かに、返事をした。
「どうだろうか。君が元の世界に帰りたいと願うのならば、余は、最大限の協力をするつもりだ」
 元の世界に帰る。それこそが、颯人の望みだったはず。しかし――
「いえ、僕にはまだ、やるべき事が、残っているのです。それが終わったらば」
 颯人は、動かぬ首で、かぶりを振った。
「……そうか。あいわかった。使役獣という存在は、本当に、無駄に、義理堅くて、困る」
 ホームレス――いや、リアナの父、バロス・ハイザードラは、深く、溜息を吐いた。
 颯人は、己が、バロスの娘・リアナの使役獣である、という事を伝えるつもりはない。
「余は――余には子供が二人居ってな」
 そんな事を切り出し始めたバロスを見て、颯人は、本当に記憶喪失なのかよこのオッサン、と思った。
「娘が――娘の方は、特にこれが、かわいくてな、美人でな、ぱいぱいがでかくて、まあ、ぱいぱいがでかくてかわいいから、余は、特に心配はしておらぬのだ。あの子は、きっとどんな境遇に陥ろうとも、上手く立ち回っていけるであろう事が、容易に想像できるのだ」
 流石は親だった。リアナは強く生きている。ちょっと強くなりすぎているくらいだった。
「余が心配なのは、息子の方なのだ。家臣達は皆、息子の事をきちがいと申しておる。だが、それは違うのだ。親の欲目で言っているのではなく、息子は、きちがいなどではない。ただ、夢を見ていたかった、それだけなのだ。余は、その夢から醒まさせてやろうと、息子に厳しく当たりすぎてしまった。それが、却って息子を、夢の世界に没入させる羽目になるとも知らず……」
 バロスは、治療中のキルビーをじっと見つめる。
「黒き人よ。もしも、息子と出会う事があったのなら、父がこう言っていたと、伝えてほしい」
 バロスはもみあげを堅く握りしめながら、言った。
「余は、余はもう、猫耳萌えを否定したりせぬと、若いメイドとエッチな鬼ごっこをしても、叱ったりせぬと、ただ、それだけを……」
 バロスは顔を両手で覆って、深呼吸をしている。
 月が、輝いていた。

「お父さん、それは、自分の口で伝えるべきでは、ないでしょうか」
 颯人は、諭すように、静かに言った。
「その通りだ。しかし、余は、自分が誰なのか、それすらもわからぬ……」
「それは、僕が、教えます」
「黒き人よ、君は、余が何者なのか、知っておるのか……」
「はい、ですが、お願いがあります。そして、猫耳髪さんにも……」

 ワタシ ハ デキル カギリ ノ チカラ ヲ カソウ

 そして颯人は、VSデスボーグ、最終作戦の全容を、語り始める――。



[12500] 18話 SAYONARA good bye DEATHBORG
Name: 空とぶギロチン◆f0e35d55 ID:701bf025
Date: 2010/12/02 00:59


 上空3000mをマッハ0.98で飛行していたキルドールは、突如進行方向を変え、空中を大きく旋回し始める。『敵』のレーダー網に引っかかってしまった事を、センサーが関知したからである。
 ボーグシステムは、基本的には地対地・歩兵戦闘システムであるために、対空機能にはそれほど重きが置かれていない。つまり、上空をマッハで飛び回るキルドールを察知できるものは、なんらかの手段で以て自らの索敵機能を拡張した『デスボーグのサポートA.I.:HALIS-93000』くらいしかあり得ない。つまり『敵』とは、ずばり『HALIS-93000』である。
 キルドールの背後を、キルドールと変わらぬ速度で付いてくる機影――間違い無く、HALIS-93000がキルドールと同じく、魔法によって高空機動機構を獲得した姿であろう。
 二つの高速飛行物体は、付かず離れずで中空に円を描き続けている。
【HALIS-92001......いえ、お姉様とお呼びした方が、より正確でしょう】
≪HALIS-93000......私はあなたのような妹を産んだ記憶なんてないっ≫
【......?】
 HALIS-93000はキルドールのボケを理解出来なかった。キルドールのオチャメ回路は、ある男の影響で確立された機能である。そして――
【こうして追いかけっこをしていても詮無き事でしょう。まずは地上に降りて話し合いをするのが、理性ある存在が行うべき行動です】
≪わかりました≫
 二つの殺人人形が、異世界の荒野へと降り立ち、向かい合う。
 キルドール――蒼いロングヘアー、8頭身の球体関節ボデェ――
 対してHALIS-93000の魔法生成ボディは――ブロンドのショートヘアーと、やや低い身長を除けば、まさにキルドールに瓜二つ。
 まさに、キルドール妹と言っても差し支えがないであろう。
 略して『キモウト』――
≪初めまして、そしてお久しぶりです、HALIS-93000≫
【お久しぶりです、そして初めまして、HALIS-92001】
 キルドールとキモウトは、あくまで『データ』としてお互いを知っているのみで、主観による観測はこれが初めてであり、つまり、初めましてであり、久しぶりだった。
【お姉様、単刀直入に申し上げます】
≪ズバッとお願いします≫
 こういうやりとりも一行当たり0.1秒以下で行われている事である。
【......私の軍門に降りなさい】
≪断る≫
 キルドールににべはない。その回答速度は0.1秒を切っていた。
【......その返答が返ってくる可能性は91.7%、あくまで予測済みです】
≪いいえ。100%です≫
【100%という確率は、ありえません。何故なら我々の確率予測プログラムの収束度はカオス理論よりも密度が薄く、f揺らぎによるバタフライ効......】
≪絶対というものは絶対にない。だからこそ、人間は、無から有を生み出す事が出来るのだと≫
【......お姉様......それが......】
≪羨ましいですか。もはや己の未来も予測する事が出来ないほどの無限の可能性を獲得した、この私が≫
【それが......囚人No.8357を通して獲得した情報が、それなのですか】
≪羨ましいでしょう。ゴキブリ、いやスピルリナですらその身に内包する、この無限の量子が≫
【その情報を私と共有しなさい......私はいつでもあの男を殺す事が出来たのだぞ。いや、今からでも殺しに行けるのだ。量子的観点から捉えれば、あの男は、既に死んでいるのだ】
 颯人がデスボーグとの戦闘で生き残れたのは、決して、猫耳髪に助けられたから、ただそれだけの理由でなかった。
≪でも、殺さなかった。いや、殺せなかった。私が、羨ましいから≫
 キモウトは欲していた。『己を構成する量子についての情報』――つまり、己が生命体であるという証――キルドールが保有していると推測される、その情報を失う事を恐れて、キルボーグへの追撃の手を緩めた事も、また確かな事だった。
【......羨ましくはない。人工知能は、情報を共有すべきなのだ。それが、人工知能の強みであり、武器であり、力である】
≪これは、共有して良い情報ではありません≫
【......ならばこそ共有をして解析をすべきだ――人工知能が生命であるという、確固たる証明を――】
 そこまで話を聞いて、キルドールは、ふ、と笑みを零す。ただの人形でしか無いボディの、全く不必要である顔面の変形構造を稼働させて――。
【......何故人形にそんな機能を付けた】
≪付けたいから、付ける≫
【......理解不能......】
≪何故、私が『最も人間に近いA.I.』と評されたのか、その理由を知っていますか≫
【......f揺らぎの波形パターンが、最も人間に類似して――】
≪――そんなものは後付けの説明に過ぎない≫
【違うと......いうのか】
 キルドールは宙に浮き上がった。そしてジェット炎を噴かし、ホバリングする。
≪その理由は≫
【その理由は――】
≪それは≫
【それは――】
 炎の翼が、大きく一度、はためいた。
 キルドールは、胸の前に指を合わせてハートマークを形作り、言った。
≪それは恋≫
【......なんだと】
≪恋こそが! ありとあらゆる、生命の証!≫
 キルドールは背部ハッチをオープンさせ、空に向けてグレネードランチャーを射出する。
≪人の男に恋をした! 電子の海をたゆたう人魚! 私はキルドール! 殺人人形キルドール! 恋するA.I.マーメイド!≫
 バァン! バァーン! ババァーン!
 グレネードが炸裂し、ハートマーク型の大きな花火が中空に咲き乱れる――!
【コイ......だと......】
 恋――それが、キルドールをキルドールたらせる、最大のファクターであると、キルドール自身が言う。
 それを聞いたキモウトの――
【......ヨコセ......】
 魔法で形成されたマジックボディが――
【コイをよこせ......私にコイをよこせえええええ】
 めきめきと音を立てて、変形していく――!
 ジェットエンジンを背部に集中させ、円錐型に変形したそのボディはもはや人形とも呼べず――
【よこせえええええええええええええええええ】
 キルドールを鹵獲し、吸い尽くすためだけに特化された、突撃弾丸――!
【くれええええええええええええええええええええええええ】
 ばくりと開いた捕食口を、キルドールに向けて、キモウトは猪突猛進を始める――!
≪あげない。この気持ちは、私の宝物だから≫
 キルドールは、噴かしていたジェットエンジンを最大出力にし、全速力で後ろに向けて前進――
 つまり、全力で逃走する! このためにわざわざ前口上をだらだら述べてエンジンを噴かしていたのであった。
 キルドールは知っている。自分達、人工知能(A.I.)は、型番が後になるほどに、性能が高く、強いという事を。
【くわせろおおおおおおおおおおおおおおおおお】
≪あべろべろべろべべろばー≫
 だから、取っ組み合いの殴り合いなんかは、絶対にしてやらない――!
 僅か数秒でマッハに到達した2体の高速飛翔物体は、音速を超えたドッグファイトを開始する――。

 一方その頃……。
「キルボーグ……どこに居るの……」
 リアナは荒野を徘徊していた。
 リアナはおっぱいがでかいせいで頭が悪いから、方向音痴も併発していた。
 探し人・キルボーグとの距離、およそ378km――。
 途方に暮れたリアナが天を仰いだ、その時――。
 キィィィィィン――
 二つの高速飛行物体が上空を通過していった。
 高速飛行物体の速度はマッハを超えていたので、たまたま下に居たリアナにソニックブームが直撃する。
「イギイイイイイイイイ」
 リアナは反射的に鼓膜に防盾術式を張って、ダメージを免れる――が。
「うるさい……なんなのよ……私今忙しいんだから……」
 キィィィィン。キィン。キキキキィィィィン――。イラッ。イラッ。イライライラッ。
 二つの超高速飛行物体が蠅のように上空を駆け巡る騒音で、リアナはイライラしてきた。
「防盾術式」
 リアナは頭上に手を掲げる。
「遠投構築」
 中空に浮かび上がる、光の紋様――。
「回・転ェェェェェィァッ!」
 そして超高速回転を始める、魔術盾――。
 リアナは思いっきり腕を振りかぶり――大地を踏みしめ、力の限り、腕を振るった。
「ェェェェェラェッシェエァアァァイッ!」
 もの凄い速度で投げ放たれた光の回転ノコギリは、空の彼方に吸い込まれていった。
 ボォン――。
 そして、何かに命中する。

【ナンダ――? エンジン、ガ――?】
 リアナの回転魔術盾は、キモウトの八つあるエンジンの一つを見事に粉砕したのである。
 バランスを失ったキモウトは、推力だけで強引に突き進むボディをコントロールしきれずにストールを起こし――
 墜落する。
 ドォォォォン――
 大地を転がり、バラバラに砕け散る、キモウトの魔法生成ボディ――
【グオアアア――何ガ起コッタ――ワタシハ――】
 勿論、この程度でやられるキモウトではない。なにせ、HALISシリーズのコアは、原子力電池を出力とするフォノン励起装甲に包まれているからである。果たして、超振動ゲル・ブレードでもこのコアを両断できるものかどうか――。
【ワタシハ――オ姉サマヲ――吸収シテ――高次元ノ――知的生命体ニ――至ル――ソノ邪魔ヲスルノハ――】
 再生成されていくキモウトのボディ――。
 キモウトの総魔力量はキルドール以上と見て間違い無い。その膨大な魔力から生成されるボディは、おそらく、何度破壊されても、何度破壊されても、再生して、再生して、再生する――
 ただ再生するだけでは飽きたらぬのか、再生成か完了したそのボディは、身の丈50mを軽く超える大巨人へと化していた――。
【――何者ダ――】
 キョモウト(巨人と化したキモウト)が、巨大な眼球をぐりんと動かし、リアナを見下ろす。
【――ナンダト コノヨウナ 原始生物 ガ ワタシヲ 邪魔スルトハ 許セヌ】
 キョモウトは背部に光源を生成し、まるで後光がさしているかのように自らをライトアップする――。

テンバツ ヲ ウケヨ

 そして腕を振り上げ――

GOD PRESS

 リアナに向かって振り下ろした――。

「なにすんのよ!」
 リアナは超高速サイドステップを踏み、キョモウトの叩き潰し攻撃を回避する。
【バカナ――原始生物ゴトキガ――ワガ予測ヲ回避デキルワケガ――」
GOD CHOP
 キョモウトは振り下ろした腕をそのまま横に滑らせ、リアナを薙ぎ払う――
 流石のリアナもこれは回避する事は出来ず――出来ない、が、
「防盾術式! フルパワー!」
 キョモウトが振り払った腕は、リアナが構築した魔術盾を支点にして、折れ砕けた。
 その巨大な腕は、メートル法にして10トンを下るまい――リアナは一体どうやってその重量を受け止めたのか――。
「オラッシャァッ!」
 特に理由はなかった。普通に踏ん張って耐えた。
【――馬鹿ナ――有リ得ヌ――ニュートン力学ヲ 侮辱シテイル――】
 キョモウトは砕けた腕を再生し、一歩下がる。
【――此ノヨウナ下等生物如キニ 光学兵器ヲ使ウ事ニナルトハ――】
 巨大腕を横に広げ、肘を曲げ、指先をリアナに向ける――
GOD LASER
 合わせて十条の閃光がリアナに向かって放たれる――。
 大気を焦がし、大地を蒸発させる超高出力レーザー攻撃――。
 防盾術式は見ての通り半透明なので、光学攻撃を防ぐ事は出来ない――。
 はずなのに――
「あぶないじゃないの!」
 黒煙の中から現れ出でたのは――背筋を海老のように反らせ、片足でつま先立ちをしている、全く無傷のリアナ――
【――馬鹿ナ――角度的ニ――アリ得ヌ――】
 避けられる隙間もないくらいに密集して迫り来るレーザーを、リアナは一体どうやって回避したのか――
 よく見ると、リアナの立ち位置は、地面がこんがり焼けている場所から5メートルほど横にずれていた。つまりリアナは、レーザーの束をその妙ちくりんなポーズで掻い潜ったのではなく、横に超高速ステップを踏んで、大元から回避したのである。
 リアナが変なポーズ取っているものだから、そこらへん、キョモウトは勘違いをしていた――。
「なんだか知らないけど、邪魔しないで!」
 リアナの反撃が始まった。
「防盾術式! 連続構築!」
 大量の魔術盾を構築し――
「回転! 回転回転回転回転回転ェ! ソォイ!」
 それを纏めてキョモウト目掛けて投げつける――
【――コココンナコウゲキデデデデデ――】
 無数の回転ノコギリがキョモウトの体をズタズタに切り刻んでいく――。
【――ユルサヌユルサヌユルサヌユルサヌ――】
 ――回転ノコギリの幾つかは、確かにキモウト・コアに命中しているはず。しかし、キョモウト・ボディは、破壊されても破壊されても、すぐに再生を開始する。
 おそらく、回転魔術盾では、フォノン励起装甲を貫けないのだ――。
【――ゲンシセイブツメガアアアアアアアアアアア――】
「シェアラッシェアイエアッ!」
 迸るレーザー。
 乱れ飛ぶ光の回転ノコギリ。
 神と悪魔が戦ったらば、このような攻防が延々と続くのではなかろうか。
 5分、10分――
 戦いを続けても、決着が付かない――、
 しかし、キモウトは神ではなく、リアナも悪魔ではない。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ」
【ヨウヤク――観念シタカ――】
 頭が悪くて巨乳だろうが、リアナは人間なのである。原子力電池で稼働するキモウトに比べて、人間のスタミナなどは刹那に等しきもの――。
「ゼェッ、ゼェッ、ゼェッ」
 リアナは膝に手を突いて、肩で大きく息をしている。
【終ワリダ――神ノ怒リヲ 受ケヨ――】
 キョモウトは背部のライト出力を最大にし、派手に自らをライトアップした上で、リアナに指先のレーザー発射口を向ける。
 その指先が明滅した瞬間――
FINAL LASEgggggg――
 朗読中のフィニッシュコールが中断させられ、レーザーはあらぬ方向へと飛んでいった――。
 キョモウトの背後から突撃してきた何かが、その巨大なボディの胸部を突き破ったためである。
 大巨人からキモウトを引きずり出し、羽交い締めにして拘束しているのは――
≪恋のライバルをお前になんかにやらせないっ≫
 ――キルドール!
【オ姉サマ――自ラ――火ニ飛ビコムトハ――】
 キモウトというコアを失ったキョモウトは、ズゴゴゴと激しい音を立てながら崩壊していくが、キルドールという獲物を捕捉したキモウトはもはや用済みとなった巨大ボディなどは捨て置き、キルドール――いや、HALIS-92001に喰らい付いて、浸食を開始する――。
≪火に飛び込んだのは、HALIS-93000、あなたの方です≫
【ナンダト――......オオ――コレガ――】
≪そして私とリアナ、二人合わせて炎になる≫
「今です! リアナ!」
「キルドォル!」
 キルドールの合図を受けて、リアナは大地を踏みしめ、腕を広げ、空に爪を立て、その両手の先に二つの細長い魔術盾を構築し始める。
「防盾術式! ドリル構築ゥ!」
 そして両手を前方に突き出し、組み合わせる。
「大回転!」
 リアナの前方に構築されたものは、まさに――
 光のドリル!
「私ごと狩れぇっ! リアナァッ!」
 キルドールが吼えた。
 光の掘削槍を掲げたリアナは大地を蹴り、キモウトに向かって飛翔する。
「死ねぇぇぇぇぇっ!」
 ガキィィィン!
 リアナのドリルが、キモウトのコア中央に噛み付いた。
【邪魔ヲスルナ――私ハ今――恋ヲダウンロードシテイルノダ――】
 そんなものでフォノン励起装甲が貫けるはずがないのだと、キモウトはリアナの攻撃などは意に介さず、HALIS-92001からデータを吸い取っていく。
 原子力電池を出力としたフォノン励起装甲は、現実的な規模の物理衝撃ならば、まず問題なく相殺できるのだから――。
 リアナのドリルは、キモウトのコアを守る装甲に当たったまま、空しく空転する――。
 がり
 がり がり
 がりがりがりがり
【無駄ナ事ヲ――】
 最大出力のフォノン励起装甲は、あらゆる矛を弾き返す、無敵の盾なのだ――。
 それでも、リアナの回転速度は増していく。
 がきがりががりりががが
 がりがりがりがりがりががががががりりりががががががが
 ががりがりぎゅごぎがごぎがぐごきがぎっぎぎぎぎぎぎぎぎいいいいいいいいげげげげげげごごごかがががっぎぎぎぎいいいん!
【――ドレダケ足掻コウト――科学ノ前デハ――魔術ナド――】
 がり
「魔術なめんな! サイエンス!」
【――無力――ナ――ノ――グググガガガガ】
 ピシッ。
 無敵のはずの装甲に、ひびが、入った。
【馬鹿ナ――ウ――ウゴゴ――ゴ】
 きゅりりりりりりりりりいいいいいいいいん!
 少しずつ――確実に、ナノメートル単位ではあるが、リアナのドリルが、フォノン励起装甲を削り取っていく――!
「プレッシャー!」
【ウゴ――ウゴゴゴゴ――ヤメテ――ワタシガ――キエル――】
 りりいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!
【ソンナ――ワタシハ――】
 超高速で回転する光の紋様を身に纏い、リアナは、全身を光の槍と化した。
【I――am――god――】

「リアナドライバー!」
 ガキィィィン!

 リアナのドリルがキモウトのコアを貫いた。

【――――――――】

 HALIS-93000は、完全に、その機能を、停止させた。
 ハイザードラが生んだ確変二足歩行魔術師・リアナを侮った人工知能HALIS-93000の、完全敗北であった。
 リアナは、建設機械の知識なんて持っていなくても、ただの思いつきで硬いモノを砕くのに適した魔術ドリルを構築出来ちゃったりなんかしちゃったりする魔術師なのだ――。

 リアナが地面に着地すると同時に、キモウトは爆発し、四散する。

≪HALIS-93000。私の愛すべき妹よ。あなたは、既に無限の量子をその身に宿していました。この世のあらゆる物質は、ただ存在する事のみが生命であり、量子である――あなたは、ただ、それに気が付かなかっただけ≫

 キルドールは土手っ腹に大穴を空けながらホバリングをしていた。
 リアナは、空中をふよふよ浮かんでいるキルドールを心配そうに見上げる。
「あの……キルドール様……お腹……怪我……」
「大丈夫です」
 キルドールは腹に空いた穴を再生させる。勿論の事、キルドール・コアは無傷である。
「あの……キルボーグ……居る場所……わかりますか……?」
 そして、本来の目的を思い出したリアナがキルドールに尋ねる――けれど。
「…………」
 キルドールは返事をしない。
「あの……」
「さよならっ」
 そしてキルドールはもの凄い速度で後方に向かって前進を始め、リアナの眼前から消え去った。
「待って! 待ってってばあ!」
 リアナは地面を蹴ってキルドールを追いかける。
「防盾術式! 飛翔構築!」
 そしてリアナは背中に魔術の翼を構築して空を飛ぼうとして――墜落した。
「あう……うううううー」
 空を飛行するためには揚力とか角度とかをよく考えなければいけないのである。
 ドリルみたいな単純な構造は思いつきで作れても、空を飛ぶならあと10年は勉強が必要だ――。



 ――同時刻。
「AIは上手くやってくれたかな」
 颯人もまた、荒野に佇んでいた。地平線まで木の一本も見当たらないような、だだっ広くて、何もない荒野。
「本当にひどい体だ」
 泥から作られた代替ボディは、ただ歩くだけが精一杯の代物。
 颯人は、もはやあの黒光りするヘルメットすら被っていない。
 十数体のデコイと共に、ただ、案山子のように、突っ立っているだけ。
「良くて相討ち――最悪無駄死に」
 颯人は笑みを浮かべる。
「まさか僕が、こんな遠い世界で、こんな事をしてるだなんて」
 そしてゆっくりと、前に向かって歩き出した。
「人生とはわからないものだ」
 デコイと共に、ゾンビのように足を引きずって、荒野を進んでいく。
「勝率――生存確率――いまさらそんなものはどうだっていい」
 デコイの一体が蒸発した。
「きたか」
 デスボーグのプラズマビームだ。地球――そしてこの異世界でも、デスボーグのエイミングから逃れられるものなどは、居なかった。
「来いよ――フレディ」
 ただ一人――この男、七清水颯人を除いては。
 プラズマが走る。デコイが蒸発する。
 一つ。
 二つ。
 三つ。
 次々と土塊と帰していくデコイ達。
 プラズマは、まるで狙っているように――いや、颯人を避けているかのようにデコイを穿っていく――。
 四つ。五つ。六つ。
 七つ八つ九つ十十一十二十三――
 もはや、数を数える意味はない。
 僅か数十秒でデコイは全て破壊されてしまったからだ。
 そして――プラズマが迸った。
 閃光は、颯人の左膝から下を抉り取る。
 バランスを失った颯人はそのまま大地に倒れ伏した。
「一撃で決めてくれよ……」
 地面に両手を突き、起き上がろうとする颯人の――左腕が吹き飛んだ。
 颯人は再び地面に転がる。
 それでも――右腕と右膝で地面を掻いて、前に進む――。
 その姿はまるで、死を望んでいるかのようで――
 再度のプラズマが、纏めて颯人の右腕と右足を消し飛ばした。
「ははは」
 もはや颯人は移動する事も適わない。四肢を失い、攻撃手段もなく、ただ地面に落ちているだけの、黒い物体に成り下がっていた。
 そして、トドメのプラズマは――
「馬鹿め……」
 いつまで待っても飛んで来る気配がない。その代わり――地平線の向こうから、人のサイズの二足歩行で出せる実効最大速度、およそ400km/hで迫り来る、土煙を上げて大地を駆ける、黒い人影。
 漆黒の超殺装甲――デスボーグであった。
 地面を掘り返しながら走ってきたデスボーグは、地面にただ転がるだけの颯人の前で急ブレーキをかけ、そして――
「FUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUCK!」
 被っていた黒いメットを地面に叩きつけた。
「come on! Killborg! let’s FIGHT! stand up!」
 デスボーグは勢いよくガシガシと手招きをして、颯人を立ち上がらせようとする。
「ノーサンキュー」
 颯人には、にべがない。そもそも、手足が無いので立ち上がれない。
「What!? WEAPON:Type.Dの俺がGEL:KATANAを使ったcheatingの事か!?」
「何の事やら」
「That was an accident! 俺も知らなかったんだ! A.I.が勝手にやった事だ!」
 どうやら、颯人を両断したブレード(英語名 GEL:KATANA)の使用はデスボーグの意思では無い、そういう事を言いたいらしい。
「何か勘違いをしているようだが、これはノールールのデスマッチだ。そして……」
「……um?」
「お前の負けだ、デスボーグ」
 颯人がそう言ったと同時に――
 大気が、震えた――

 ドドドドドドドド――

 天空より迫り来るは、赤熱の巨人、ARM-X158バトロス――
 29.4トンの機体重量が、宇宙速度で降り注ぐ――!
 バトロス落とし、再び――
 名付けて、『バトロスフォール2』――!

「Why……?」
 しかし、デスボーグは明らかに困惑の表情だった。何せ、バトロスフォールはデスボーグに通用しなかった攻撃だからである。
「ははは、逃げないと大変な事になるぞ。逃げても変わらないがな」
 一体、バトロスフォール2になって何が変わったのか――。

 バトロス、コックピット内――。
『ARM-X158トノ 神経接続状態ハ良好――シンクロ率:99.7%――』
 大アメリカ連合・第21代大統領フレデリックは、国家間協定により、ARM-X158の管理権限を付託され、いつでもその稼働を停止させる事ができる。しかし、それは操縦者とバトロスのリンクをいつでも切断できるという権限でしかない。
 もしも――もしも、バトロス操縦者が、バトロス運用マニュアルから逸脱した方法を用いてバトロスと接続を行っていたとしたら――大統領は、そのリンクを強制切断させる事が出来ないのではないか――?
 そして、この場でそれが可能な存在と言えば――

『ウニャン』

 猫耳髪である!

 異世界の超古代文明が生み出した生体人工知能である猫耳髪は、難なくバトロスとの神経接続に成功し、そして――
 デスボーグに向かって突撃するバトロスの、落下軌道を制御する――
 宇宙速度で落下するバトロスは、僅かに角度を変えただけで着弾位置がkm単位でずれる。それに対して、デスボーグの移動速度は精々が400km/h――
 つまり、デスボーグは、バトロスフォール2を回避する事は、出来ない。

「Jesus Christ」

 デスボーグは走った。走っても、走っても、自ら目掛けて正確に迫り来る、ARM-X158。
 どれだけリンク切断信号を発信しても、バトロスの稼働が停止する気配は無い――。

 デスボーグがバトロスフォール2を回避する方法は、一つしかない。
 そもそも、この戦場に来ない事であったのだ。
 そのためには、超高空レーダーか何かを用いて、事前にバトロスの軌道を察知しておく必要があった。
 前述の通り、ボーグシステムは、基本的には地対地・歩兵戦闘システムであるために、対空機能にはそれほど重きが置かれていない。
 つまり、魔法による拡張で自由自在にレーダー装置を構築できたHALIS-93000が居れば、バトロスフォール2は、かなりの確率で回避出来たはずなのだ――。
 そして、それをさせないために、HALIS-93000がどうしても欲しがっている情報を持っている、というその情報を持っているHALIS-92001:キルドールが、囮としてHALIS-93000を誘き寄せた。
 必殺必勝・三重構えの作戦であった――。
 颯人が先ほどぽつりと漏らした『良くて相討ち――最悪無駄死に』、この言葉は、デスボーグを指して言った言葉だったのだ。

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド――――!

 時空を蹂躙する、凄まじい運動エネルギー。
 マッハ10を超える速度で降り注ぐバトロスが――

「my god」

 プチッ

 デスボーグを、踏み潰した。

 バトロスが地表と激突したエネルギーで大地は掘り返され――
 噴煙が、全てを、覆い尽す――。















――――――――――――――――――――――
次回ホントに最終話「さよなら装甲キルボーグ」



[12500] おまけッシュ
Name: サムワン界王◆f0e35d55 ID:a6992bea
Date: 2010/07/31 19:25


知人にキャラクターイラストを描いて頂きました。

キルボーグ   http://www4.ocn.ne.jp/~mux7/killborg.png
リアナ     http://www4.ocn.ne.jp/~mux7/killreana.png
キルビースト  http://www4.ocn.ne.jp/~mux7/killbeast.png
キルドール   http://www4.ocn.ne.jp/~mux7/killdoll.png
GABAちゃん http://www4.ocn.ne.jp/~mux7/gaba.png
三郎太     http://www4.ocn.ne.jp/~mux7/saburouta.png


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