顔に光が差すのを感じる。おそらく夜明けだろう。俺の意識は覚醒に向けて静かに浮上していく。日光の暖かさを感じながら凝り固まった身体を伸ばし、瞼を開く。
瞳に映るのはパソコンやゲーム機が部屋中に転がる俺の部屋……ではない。
パソコンはおろか電灯すらない質素な部屋。
薄汚れた石壁で囲まれたこの部屋には簡単な机椅子とベッドしかない。
住み始めた当初こそ違和感を感じたものだが、3年も住み続ければ愛着も湧く。
そう3年……あの「運命の日」からそれだけの時間が経過している。
仮想現実の構築技術が日進月歩し、ついに現実とほぼ変わらない世界を提供するシステムが完成した。そしてそのシステムを利用したゲーム……『エデン』の発表。
このニュースを聞いて俺は狂喜したと言って良い。
一昔前から世間ではVR世界を題材とした小説が流行し、俺もそういった小説のファンだった。
夢だ夢だと言われ続けていた事がついに現実となったのだ。ニュースでは俺のように狂喜するゲーオタ達が報道されていたのが懐かしい。
最も、よく小説の設定で使われていたヘッドギアや小型の専用筐体を利用しての自宅からのログインとまではいかなかった。
システム上巨大な装置となったソレは専用の施設が建設され、テーマパークのように入場から仮想世界へのログインまで各種手続きが必要だった。
当然開放初日はとんでもない行列だったと言っておこう。
正直面倒だとは思ったが、待ちに待った夢を前に俺は徹夜で挑んだ。
おかげでなんとか初回のログイン組に潜り込めた俺はゲル状の物質で満たされたカプセルの中に入り、オペレーターのお姉さんの「行ってらっしゃい!」の声を聞きながら仮想世界へと旅立った。
そして初めて降り立った世界への感動と……絶望。
あの思いは一生忘れることはないと思う。
まぁ簡単に言ってしまえば「ログアウト及び外部との通信が出来なかった」……ただこれだけだ。
ログイン直後こそ簡単なシステム障害かと思われたものの、『エデン』内で1日、2日、3日と経つにつれプレイヤー達の混乱と恐怖は膨れ上がった。
これもこの『エデン』が発表されていた仕様通りならば混乱はあるもののそれほど影響はなかったかもしれない。
だが、この仮想世界は捕われた俺達にとって仮想ではなく残酷なまでに現実だった。
本来ゲームを円滑に進めるために省かれていたはずの数々の感覚……痛覚から空腹感、尿意までもが実装されていたのだ。
特に痛覚は、王道的RPGをモデルとして作られた『エデン』では致命的だった。
プレイするのは本来殴り合いの喧嘩すら経験のないような一般人達なのだ。
痛みに怯え、多くのプレイヤーがまともに戦えなかった。
そして最もプレイヤー達を恐怖させたのが、死ぬことである。
本来の仕様ならば戦闘などによりHPが0になった場合、ペナルティを受けながらも最寄のセーブポイントで復活することができたはずだった。
だが、ログインから間も無くモンスターとの戦闘に挑み死んでしまったプレイヤー達で復活した者は皆無だった。
勿論、様々な予測が飛び交った。
曰く、強制ログアウトによって現実世界で覚醒した。システムエラーによってHP0のまま眠り続けている。そして……この世界で死んだ者は現実でも死ぬ。
全く裏づけの無い様々な論議が成されたが、復活者がいないことが不気味な圧力をプレイヤー達に与え恐怖を誘った。
外部から何の情報も与えられないままプレイヤー達は死の恐怖に怯えながら日々を過ごすことになる。
それから3年。
『エデン』は一先ずの安定を見せていた。
ログイン直後こそ現状の無知さから数千人規模で死者が出たが、情報が出回るにつれて死者は激減。
多くのプレイヤー達は安全圏……街で簡単なアルバイトや生産を行い日銭を稼ぎながら日々を過ごしている。
だが一部のプレイヤー達は違った。
ギルドと呼ばれるグループを作り、積極的に街の外でモンスター達と戦い、クエストを消化した。
『エデン』ではグランドクエストなるものが設定されている。
個々人で進行度が管理される一般のクエストとは違い、グランドクエストはプレイヤー全員で進行度が共有される。
もしかするとそのグランドクエストをクリアすればログアウトできるかもしれない。
そんな甘い希望に縋ってプレイヤー達が立ち上がったのだ。
そしてさらに一部のプレイヤーは違う方向性に希望を見出した。
全ての制限が排除されたこの『エデン』では現実で出来ることはほぼ出来てしまう。
そして規約遵守を強制する管理者達が存在しない。
法の存在しない『エデン』において己の欲望に忠実になるプレイヤー達が出現するのは当然だった。
彼らは強盗、虐殺を繰り返し、恐怖を撒き散らした。
とまぁ、これが『エデン』の現状。
俺は、こんな中始まりの街ダラスで静かに過ごしている。