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天声人語

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2010年11月29日(月)付

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 偉人伝の例に漏れず、ジョージ・ワシントンのそれも美談にあふれている。例えば子ども時代の、いじめっ子バッスルとの格闘だ。「おれにかなうやつはいねえのか」と仁王立ちの乱暴者に、ジョージは一人挑む▼日頃やられてばかりの友たちが囲む中、卑怯(ひきょう)な手にもひるまず、ジョージは大きな相手を投げ飛ばした。皆も一斉に飛びかかった。注意に駆けつけた先生に、英雄は「悪いのは僕です」。正直で勇敢、人望厚い少年はこうして、合衆国初代大統領への道をめでたく歩み出す▼そんな建国の父の名を冠した米原子力空母が、横須賀から大小の「バッスル」が待つ黄海に入り、米韓の合同軍事演習が始まった。韓国領を砲撃した北朝鮮に、さらなる挑発を思いとどまらせる狙いらしい▼庭先に堂々と現れた米第7艦隊の主力艦に、中国は不快感を隠さない。国連軍が引いた北方限界線、北が言い張る海上軍事境界、さらには各国の排他的経済水域と、見えない線が波間を走る黄海だ。その先には沖縄や尖閣諸島、台湾がある。極東の一衣帯水を思う▼米中の反目は、まさに朝鮮戦争の構図である。半世紀を経て、南北の国力には大差がついた。先進国の仲間入りをした韓国にとって、再びの戦で失うものは大きすぎるが、北の蛮行に耐えてきた民衆の憤りは沸点に近い▼一触即発の状況下、日本の役回りは「やられてばかりの友」である。案じつつ、隣国の有事を見守るしかない。あらゆる展開に備えて、せめて黄海と日本海に目を凝らしたい。遠巻きにできる距離ではない。

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