「若いっていいねぇ」 「若いということばでなんでも誤魔化さないでください、松下コーチ」 意味不明原因不明復帰不明の水野謎の女体化は全国津々浦々喧々諤々の騒動になることなくあっけなく沈静化した。 とある人物によって意図的に握りつぶされ、国家的権力のもと水野の安全は確保された。そのあたりの事情はあえて水野は探らないことにしている。賢明である。 絶不調を通り越してなにがなんだかわからずとりあえずふてくされたままの水野であったが、対してシゲは気持ち悪いほどの上機嫌であった。 それは水野だって分からなくはない。 悲観的かつ破滅的な関係が一転して天晴れ世界の中心に向かって愛を叫べるようになったのである。 だからといってこれはなんだと水野は問いたい。 「なにって星の見えるプチホテルやで」 「いつの時代のセンスだ!」 うわーんと水野はやたらいいにおいのするフリルの枕に突っ伏した。もちろんベットカバーだってフリルだし、それどころか天蓋もついている。 「俺の夢やったんや。星の見えるプチホテル、もちろん窓は外開き、壁は白、煙突があって、庭で大型犬が走り回り、花が咲き乱れるようなホテルで恋人との初夜を迎えるのが」 「さようなら」 「なんや、なにが気にくわないんや」 「ぜんぶだ!」 勢いづいて叫び肩で息をして、水野ははっと我に帰りいたたまれなくなる。 「俺はその・・・初めてじゃないし」 「そんなん俺は気にせんで」 気にするもなにも、怖い怖いと泣き叫んだ水野を舌先三寸で言いくるめ、したいようにしたシゲはしゃあしゃあと言ってのけ、水野はきれる。 「帰らせてもらう」 「なにが不満なんや」 「だから、ぜんぶだってば」 水野は溜息をつく。 大切な話があるとつれてこられた先がここだ。騙される側に隙があったといわれれば反論は出来ない。いつだってうすうす勘付いているのについて行ってしまう水野が悪いのだ。そう思うことにして、水野は本格的に身を整えようとコートに手を伸ばして、先にシゲに取られてしまう。 「なにする・・・・・って、おい!」 水野の目の前でシゲが窓からコートを放り投げた。続いて靴。鞄を手にとって、さすがに金が入っとるしなぁと棄てることはしなかったが、水野の手の届かない棚の上にひょいと上げた。 「おまえ・・・・・」 「あとでいっしょにとりにいこ」 ろくでなしは実にろくでなしらしく、いっそ清々しくにっこりと笑う。 「そこまでしてなにがしたいんだよ」 「んー、いっしょにお風呂とか、あとは着せ替えとかもしたいなぁ。たつぼんちっともかわええかっこしてくれへんしな」 「おまえまさか・・・・・メ、メイドとか好きじゃないよな」 どこで仕入れた知識なのか、必死の形相をする水野にどうやろなぁとシゲは焦らすが、さすがに泣きそうな顔をした水野に吹き出した。 「それは俺の趣味やない」 「そ、そうか」 「ほら、おいで」 なにがほらなんだかと水野は睨みつつも結局シゲに従ってしまう。 シゲの膝の上にこどものように抱きかかえられるのが恥ずかしくてたまらないが、シゲはとても楽しそうにしているので文句を言う気も失せた。子供みたいなかおしやがって。 「・・・・・へんなやつ」 「へんかなぁ」 「俺だったらもっとかわいいこを選ぶ」 「俺は竜也しか選ばんよ」 水野はシゲの笑顔になにも言えなくなって、その肩口に顔を埋めた。 「・・・・・・ごめん」 シゲが笑い、水野の髪がさらりと揺れる。 「なして謝るんやろなぁ、この子は」 「うるさい」 「ありがとうって言うてちゅーしてくれるほうがええのにな」 「・・・・・」 ばかみたいだばかみたいだばかみたいだ きっと おまえのがうつったんだ 「・・・・・・っ、シゲ!」 「ん?なに?舌入れたらあかんかった?」 せっかくたつぼんがしてくれたんやからおかえし、なんて。 ばかなことをした。 後悔先に立たずとはまさにこのこと。 「・・・っ、ばか!」 ぺちんと間抜けなおとに水野は眩暈がしてしまう。 「そんなこと言われてもなぁ。そのために来たんやし?」 「俺は大切な話があるって聞いた!」 「たつぼん好き。やらして」 「おまえなんか大嫌いだ!」 |