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朝日新聞社からの回答書

2010年11月26日

２０１０年１１月１９日

東京大学医科学研究所代理人様

回答書

朝日新聞社広報部

冠省

　弊紙１０月１５日付朝刊１面掲載の「『患者が出血』伝えず／東大医科研、提供先に」（以下、「本件記事１」といいます）、同日付第一社会面掲載の「患者出血『なぜ知らせぬ』／ワクチン臨床試験　協力の病院、困惑」（以下、「本件記事２」といいます）の記事、及び同月１６日付社説「東大医科研―研究者の良心が問われる」（以下、「本件社説」といいます）について、弊社編成局長の西村陽一宛の「貴社記事に対する抗議及び謝罪・訂正請求書」（１１月４日付）をいただきました。また、関連して、清木元治医科研所長より１１月５日発送の内容証明郵便にて「質問状」をいただきました。あわせて、対外的な窓口の広報部よりお答えします。

１．「記載内容が事実と異なる部分」とのご指摘について

（１）開発者氏名　について

　本件記事１・２で、０８年４月に医科研附属病院の治験審査委員会の承認を受け始まった臨床試験のペプチド開発者について、医科研ヒトゲノム解析センター長の中村祐輔教授と記述しております。ここで言うペプチドは、消化管出血が発生した膵臓がん患者対象の臨床試験で用いられた、がん細胞へ栄養を送る新生血管を標的とした血管内皮細胞増殖因子受容体の一種である「ＶＥＧＦＲ１」由来のペプチドのみではなく、ＶＥＧＦＲ１由来のペプチドを含む医科研開発のペプチド全体を指しています。また、「開発者」は、がんペプチドワクチンの探索やその実用化を推進するプロセスにおいて主導的役割を果たしている研究者という意味で使っています。このような記述が相当であると判断した理由を以下に述べます。

【１】中村教授自身がペプチドの「開発者」であると述べていたこと

　０９年７月３１日付朝日新聞朝刊医療面掲載の「臨床研究、新薬承認に壁／大学などの研究者、データを申請に使えず」という記事で、弊社編集委員で本件記事１・２の筆者である出河雅彦が中村教授に全国の医療機関でのがんワクチン療法臨床試験に関して取材し、原稿作成の最終段階で、内容を確認するために中村教授に「先生が開発したペプチドを用いた臨床研究は、肺がん、食道がん、胃がん、大腸がん、膀胱がんなど１０種類以上のがんを対象に行われている、といってよいでしょうか？」とメールで尋ねた際、中村教授からは「結構です」との返信がありました。このため、同記事中にも「ペプチドは東京大学医科学研究所の中村祐輔教授が開発」と記述しました。この記述に対して、中村教授から掲載後に事実誤認があるとの指摘はありません。

【２】医科研からも事前の取材段階で誤りの指摘はなかったこと

　出河及び、弊社論説委員の野呂雅之の連名で、東京大学広報室及び医科研に対して差し上げた、５月２５日付の取材依頼文、８月２５日付の質問状において、中村教授がペプチドの開発者であることに言及していますが、清木所長よりいただいた６月３０日付、９月１４日付のいずれの文書においても、「中村教授がペプチドの開発者である」ことについて誤りの指摘はありませんでした。

【３】中村教授は、著書・総説の中でＶＥＧＦＲ１及びＶＥＧＦＲ２由来のペプチドを開発していると記述していること

　中村教授編集の書籍「がんペプチドワクチン療法」（２００９年１０月１５日発行、中山書店）の２～１２頁に、中村教授は「がんペプチドワクチン療法とは」と題する文章を執筆しています。この文章の一部を引用しますと、中村教授は、「筆者らはオンコアンチゲンを見つけ」「オンコアンチゲンに加えて、腫瘍新生血管細胞をターゲットにしたペプチドも開発している」と書いておられます。また、日本消化器病学会雑誌第１０７巻第８号の吉田浩二氏との共著総説「消化器癌に対するがんペプチドワクチン療法」の１２５７頁に「われわれは標的として腫瘍細胞自身だけではなく新生血管増殖に不可欠な血管内皮細胞増殖因子受容体にも注目した。腫瘍新生血管を標的とすることで、腫瘍細胞のＨＬＡＣｌａｓｓⅠの発現低下・消失や腫瘍細胞における標的分子の欠落などが原因でCTLによる抗腫瘍効果がなくなってしまうなど、腫瘍特異的抗原を標的としたがんワクチン療法の短所を補うことが期待できる」と書いておられます。

【４】中村教授が「日本がん免疫学会総会」特別講演でペプチド抗原同定などについて述べていること

　２０１０年７月２２日に熊本市で開かれた「日本がん免疫学会総会」で中村教授は特別講演を行っています。抄録集によると、中村教授は、がんペプチドワクチン開発の標的（抗原）となる可能性のある分子の探索を進めてきたことや、約６０種類のペプチド抗原を同定したことなどに触れ、「これらのワクチンや血管新生因子をターゲットとしたワクチンを利用し、臨床統計学的・免疫学的に十分な評価を行うために、国内の約６０の医療機関と連携して、がんペプチドワクチン臨床研究ネットワークを構築し、安全性、免疫学的反応、そして臨床的な有効性を検証してきた」と述べておられます。

【５】他の主要メディアでも中村教授はがんワクチン療法のペプチドを開発した研究者として紹介されていること

　弊紙のみならず、他の主要メディアにおいても中村教授はがんワクチン療法のペプチドを開発した研究者として紹介されています。（２００９年１０月２３日付毎日新聞夕刊８面「会いたい人」、「週刊東洋経済」２０１０年１月２３日号など）

【６】オンコセラピー社は、ホームページで、がんワクチンの開発を中村教授と共同で推進していると述べていること

　ＶＥＧＦＲ１由来のペプチドの特許は、特許公報によるとオンコセラピー社と東京大学が出願人となっています。そのオンコセラピー社研究開発本部のホームページには、「我々の研究開発は、当社と東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長である中村祐輔教授と共同で、癌を対象とした網羅的な遺伝子発現解析を実施し、その結果、同定された癌治療薬開発に適した標的分子をもとに、新規癌ワクチンの探索（創薬研究）を広範かつ迅速に推進し、早期の臨床試験開始を目指しています」と記述されています。

（２）他の臨床研究実施状況　について

　本件記事１では「同一のペプチド」という表現はしておりません。記事の「同種のペプチド」は、「重篤な有害事象」（消化管出血）が発生した膵臓がん対象の臨床試験で用いられた「ＶＥＧＦＲ１由来ＨＬＡ－Ａ0201拘束性エピトープペプチド」だけでなく、「ＶＥＧＦＲ１由来ＨＬＡ－Ａ2402拘束性エピトープペプチド」も含みます。なぜなら、医科研病院ではこの有害事象発生後、ＨＬＡ－Ａ2402拘束性エピトープペプチドも含め９つの臨床試験で試験実施計画の改訂（被験者選択基準の変更）を行っているからです。したがって、同種のペプチドを使う臨床試験は少なくとも１１の大学病院で行われ、うち６つの国公立大学病院の試験計画書で中村教授は研究協力者や共同研究者とされていたとの本件記事１は誤りではありません。

（３）取材開始日　について

　２０１０年２月２２日付の清木所長あての「取材のお願い」で出河が質問したのは、主に本臨床試験が予定症例数に達しない段階で打ち切られた理由です。医科研が、医科研病院で発生した「重篤な有害事象」を他施設に伝えていない理由について取材を開始したのは、５月２５日付「取材のお願い」以降となります。

２．「情報の部分的引用により不適切な表現となっている部分」とのご指摘について

（１）「情報共有」及び「有害事象」の取り扱い　について

　「既に他施設の責任医師たちにおいて情報共有されている同様の消化管出血の報告」が存在するとのご指摘ですが、これが和歌山県立医大で発生した事例を指すのであれば、その投与ワクチンのペプチドはＶＥＧＦＲ２由来であり、「同様の消化管出血」とするには正確さを欠くことから記述しませんでした。この事実を無視したわけではありません。

　本件記事１には、「消化管出血」の発生原因がワクチン投与の「副作用」だとする表現はありません。

　また、読者の理解を助けるために、本件記事１の中に「がんペプチドワクチンと有害事象」とのキーワードを添え、その中で「有害事象は、医薬品を投与された患者や被験者に起きるあらゆる好ましくないできごとを指し、薬との因果関係の有無を問わない」と明記しており、誤解の余地はありません。

（２）「因果関係」の取り扱い　について

　本件記事１の「因果関係を否定できない」という記述は、６月３０日付貴研究所清木所長名の書面にある「ワクチン投与による可能性を完全に否定することは科学的に見て困難と結論されました」との回答に基づくものです。

（３）臨床試験中止の取り扱い　について

　本件記事１の表現は、消化管出血を副作用として判断し、中止したかのような誤解を読者に与えるものではありません。

（４）先端医療開発特区と、医科研附属病院が実施した臨床試験の関係の取り扱い　について

　医科研附属病院が実施した臨床試験と、先端医療開発特区とは、ＶＥＧＦＲ１由来のペプチドを含む医科研が開発したがんペプチドワクチンを用いた臨床試験という意味において、事業の性質は異ならないと考えます。

（５）ベンチャー企業の取り扱いに関する疑義　について

　本件記事２の当該記述は、事実を端的に述べたものです。

３．「『確かな取材』過程に対する疑義」とのご指摘について

（１）不正な手段に基づく情報入手とその取り扱いに関する疑義　について

　本件記事１の当該記述は、８月２５日付質問状にある通り、医科研が開示した書類に記載された内容に基づくものです。本質問項目については、関連して清木所長からの質問状も受領しておりますが、「質問項目２の(2)」に記した内容は、医科研より開示された実施計画書（第３．１版平成２０年１０月９日作成）にすべて含まれています。

（２）乏しい根拠に関する疑義

　本件社説の当該記述は、「ヘルシンキ宣言」の精神と趣旨に基づく論評です。

　本件記事１・２は、薬事法の規制を受けない臨床試験には被験者保護の観点から問題があることを、医科研病院の事例を通じて指摘したもので、事柄の性質から、記事の扱いは適正と考えます。また、記事の内容は確かな取材に基づいており、「明らかな間違いや不適切な表現を含む」ものでないことは、上記回答の通りです。

　さらに、がんワクチンの研究開発に対する弊社の報道姿勢を、読者とりわけ治療中の患者のみなさまやそのご家族、関係者の方々にご理解いただくため、１１月１０日付朝刊オピニオン面掲載の記事をまとめました。

　以上のとおり回答いたします。ご理解賜りますよう、お願いいたします。

　なお、清木所長は、医科研ホームページに１１月１０日付で「大丈夫か朝日新聞の報道姿勢Ⅱ」と題する文章を掲げ、本件記事２にある関係者のコメントについて、臨床研究グループの意見表明を引きつつ「ねつ造」「沖縄のサンゴ礁事件を連想させます」などと、公然と弊社の名誉を傷つける記述をしています。医科研が提供したがんペプチドワクチンの臨床試験を行っているある大学病院の関係者が記事記載のとおり述べたことは事実であり、確かな取材に基づくものです。速やかにこのような記述や、ご主張を撤回されるよう強く求めます。

草々