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立ち読み

2010年12月号

どんぐり姉妹
よしもとばなな

私たちと、たわいないやりとりをして、気持ちを楽にしませんか? 姉の名はどん子、妹はぐり子。両親を事故で亡くし、つらい少女時代を送ったふたりが始めた、ネットの海の小さな居場所(サイト)、それが「どんぐり姉妹」。とめどなく広がる人生で、自分を見失わないように――。数え切れない小さな哀しみにそっと寄り添う最新小説。

ISBN:978-4-10-383409-0 発売日:2010/11/30

立ち読み 書評 雑誌から生まれた本

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[よしもとばなな『どんぐり姉妹』刊行記念特集インタビュー]
よしもとばなな/あらかじめ壊れている風景のよさ



姉はどん子、妹はぐり子――待望の新作小説『どんぐり姉妹』をめぐる著者インタビューと、角田光代氏の書評から、その魅力に迫る6ページ。

文芸誌だからできた仕事

――新作『どんぐり姉妹』が刊行となります。
よしもと このところ、詩っていいな、うらやましいな、という気持ちがあったんです。でも自分は詩をそのまま書くことはできない。それで、作品をそこに肉薄させようとして、それがうまくいきました。とにかく、やったことないことを何が何でもやろう、そういうつもりで書いた作品です。
――その新しさはどんなものでしょう。
よしもと 話もあらすじもいらない、そういうものを書いてみたかったんです。
 作品を「新潮」に発表してから、谷川俊太郎さんと詩の朗読をご一緒する機会がありました。そのとき、『どんぐり姉妹』はうまくいったという裏づけがとれた。それは純粋に書き方の技術の問題ですが、この作品をひとつの詩として書くことができたという確信があった。それは自信になりましたね。あとは読む側の好みの問題なので、それぞれに楽しんでもらえればいいと思います。
――ネットや恋愛、心の傷からの回復と、物語は重層的なテーマで読者を引き込みます。
よしもと いまのところ、この作品で私が本当に何をやりたかったのか正確に言い当てたのは、小説家デビューして最初の担当編集者だった元「海燕」の根本昌夫さんだけです。もう武士みたいに、こういうことでしょう、と。一般の読者には分からないよう、何重にも隠して書いたところをずばりと指摘された。びっくりもしたし、さすがとも思いました。じゃあ、それが何かと言われると、私自身はっきり説明できないところもあるんですが。
 この作品は、文芸誌に発表することを頭に置いて書いていました。書下ろし作品だと、ふだん本を読まない人にも、すみずみまで分かってもらう努力をしないといけない。でも、こういうと語弊があるけれど、文芸誌の読み手は、小説を読み慣れてる人が多いから、大胆に何をやってもいい。もちろんその枠組みのなかで独特のやっていいことといけないこともある。そんな、デビュー当時に肌身に沁みていた空気を思い出しながら書いていましたね。
 百八十枚という分量も、もっと長くすることもできたんですが、自分の一番得意な枚数でやるべきだと考えた結果です。
――一九八〇年代に文芸誌「海燕」からデビューした小説家は、よしもとさんの他に小川洋子さん、角田光代さんなどたくさんいらっしゃいますね。
よしもと もう、虎の穴みたいな世界でしたから(笑)。はじめは無我夢中でしたが、今になってあらためて相当厳しかったと感じます。同期の作家たちも目の前で何度も没になったし、自分もたいへん厳しい目にあった。
 上下関係はもちろんですが、道場みたいな容赦のなさで、一瞬でも気を抜いたら殴られちゃうんじゃないか(笑)というふうな。夜道で、中上健次先生に突然殴りつけられもしましたね。向こうは「よおっ!」って挨拶のつもりかもしれないけれども、あれはそんなレベルじゃない(笑)。でも、あの頃そういうことを経験した人たちは鍛えられていると思います。

姉妹の「無職」性とネットの無償性

――『どんぐり姉妹』という魅力的なタイトルの由来を教えてください。
よしもと はじめはいろんな横文字を考えてみたけど、うまくいかなかった。そんな時、叶姉妹のある壊れ方のイメージが浮かび(笑)、そこに壊れても生きている良さみたいな思いを投影しました。
――姉のどん子と妹のぐり子がメールサイトを運営し、匿名の人と交流するというストーリーに、よしもとさんの公式HP(yoshimotobanana.com)での経験は反映されていますか?
よしもと そこはぜんぜん意識せずに書いていますね。例えばドットコムのQ&Aでも、実際にはそんなに匿名性はないんです。質問してきた人が自分の素性をあとで明かしてくることも多いので。
 まず人物像が先にあって、あとからストーリーがたちました。
――作中に、たわいない会話こそが命を支えるんだ、という表現が出てきます。この「たわいなさ」を肯定するメッセージは読者をホッとさせます。
よしもと 姉妹には「無職」の感じを出したかったんです。正式な職がないことが、あたかも本業であるというようなイメージですね。あとは無償であることの良さ、それはインターネットの良さだともいえるのですが、そこに善人っぽさを足したものが、このふたりを描くための大切なトーンでした。有償だと善人ではいられない。どうでもいいよね、というかかわり方だから、人も集まってくる。

80年代の退廃感と廃墟感

――姉妹は両親と死別した傷を抱えつつ、メールサイトの立ち上げを決めます。
よしもと 作品では両親は交通事故死しますが、そのトラウマ的なものによって、ふたりとも人格がとことん壊れきっている。そんな感じを描きながら、そこに八〇年代にあった世紀末風の退廃感を加えようと思いました。
 退廃を描くうえでは「新潮」の矢野編集長のイメージに寄せようとして頑張ったんですが(笑)、私自身の根がヒッピーだからか、意外と出てきませんでしたね。でも、そこは自分の健全さが出たと思って許容しました。お姉さんの生活感に退廃感は若干出せたかな。
――恋愛にのめり込む姉、深く引きこもる妹、それぞれからトラウマの痛みがじわじわと伝わってくるようです。
よしもと そのどちらが病が深いということはなくて、やはり、二人とも徹底的に壊れている。でも、一人称で語るから、読めちゃう。そういうことなんだと思います。そこにあらかじめ壊れている風景のよさ、が出てくる。存在自体が廃墟とか、工場跡のような人たちなんです。
 死んだお父さんがどんぐりを拾いながら、病院の中庭で娘の誕生を待つ場面でも、美しい夢と壊れた現実はパラレル状になっていて、妹が夢の中庭を思うほど、現実の中庭の廃墟感が際だってきます。
 このあいだ、望月ミネタロウさんの『東京怪童』というマンガを読んだんです。脳機能に欠陥をもつ少年少女の話なんですが、内容でなく、書きたいテーマがあまりにも似ていて、ぞーっとしました。壊れているけど生きている、それを全然表に出ない形で表現しながら、八〇年代的な世紀末感に寄せすぎないようにしているところなんかもそっくり。レビューには批判的なコメントが並んだりもするんですが、やっぱり分かる人にしか分からない部分があるんですよ。私と同じ目で、いまを見ている人だと感じますね。
――姉妹が介護し最期を看取ったおじいさんの姿には、知識人の孤高さが強く感じられます。ここに例えばお父さまの姿を読み取ることはできませんか?
よしもと 私自身の実際の生活は、まったく反映されていないです。家族関係にしても私にはあんな立派な人格のおじいさんも、あんなにおしゃれな感じのお姉さんもいませんし。
 ただ、年齢的にも介護の話はいろいろよく聞くので、それを盛り込んだところはあります。むしろ、出したかったのは昭和の感じですね。お金持ちで本がいっぱいある昭和の医者の家、というようなイメージを大事にしました。
――人間臭さとネットの最先端が同居し、なお深く息がつけるような場所として、韓国も魅力的に描かれています。
よしもと 姉妹の住んでいる場所がなんとなく西荻窪とか阿佐ヶ谷のイメージかなと思ったので、もう少し角度があって、激しい熱いところを入れたかった。あと私の周囲の雑誌編集やライターのひとたちは、いま韓国のことで二十四時間頭がいっぱいですから(笑)、それに引っ張られたかも。かっこいい男の人がいっぱいいるし。みんなすべてを賭けてますよ。

丁寧に砂金を洗い出すように

――単行本の装幀は、観音開きの写真ページが三箇所も入る斬新なものです。
よしもと 持ち歩くときのデザインの良さは重視しました。ただ、もう一方でこれは分かりづらい小説で、読むひとによっては作品に入り込みすぎちゃうかもしれない。だから、ちょっと気持ちが楽になるような写真が入っているといいな、とも思いました。そんな作品意図をデザイナーの中島英樹さんが、今回も正確に理解してくれましたね。カメラマンの鈴木親さんは、ポートレート作品を撮るとあまりの鋭さゆえに、殺気さえ漂うほどなのですが、今回はそこを抑えて風景写真中心にまとめてくれたので、むしろやさしさやゆとりを感じる本に仕上がったんじゃないでしょうか。
――二〇一〇年は、「王国」シリーズの完結編『アナザー・ワールド 王国その4』(以下『AW』)に、毎日新聞連載の『もしもし下北沢』、そしてこの『どんぐり姉妹』と新作ラッシュで、ファンにはとりわけうれしい一年でした。
よしもと 執筆そのものはずいぶん前に終わっていたので、私自身はラッシュという感じはしないですね。『どんぐり姉妹』と『もしもし下北沢』も、執筆時期が全く重ならないし、ほとんど何の影響も与えあっていません。ただ、『どんぐり姉妹』から、書下ろし調の『AW』の要素を排除するのは大変でした。テーマが少しもかぶらないように、それこそ、ざるで丁寧に砂金を洗い出すように、『AW』の世界が入り込まないように心がけました。あと、『AW』のためにかなり熱心に取材したけれども、あまり盛り込めなかった沖縄とか逗子・葉山方面の話も、『どんぐり姉妹』で生かすことができました。「王国」シリーズの一人称世界と重ならないように、ニュアンスというか文章の感じを重ならないようにするのにとても苦労しました。
――『どんぐり姉妹』は、よしもとさんの小説家としてのこれまでと、そしてこれからの歩みが随所に感じられる作品といえそうですね。
よしもと 住んでいる人には悪いけれども、例えば逗子マリーナとかに行くと、当時バブルの象徴としてにぎわっていたものが、いまはすっかり静かにさびれています。夜は電気もついてないし、どんどん売りに出ていて、川端康成じゃないですけど、一週間ひとりでいたらもうどうにかなっちゃうよという感じです。でも、私が楽しく体験したものはそんな昭和に多くある。その落差の大きさをうっすらと感じてもらえると思います。

(よしもと・ばなな 作家)

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