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【ワクチン臨床試験報道】 Q&A 何が起きた?/どこが問題か/社説の意図は

2010年11月30日付 朝日新聞東京本社朝刊から

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 朝日新聞が報道した理由や考えを整理しました。

■ 何が起きた? ■

 Q がんペプチドワクチンの臨床試験をしていた医科研病院で何が起きたのですか。

 A 記事で取り上げた臨床試験は2008年に始まりました。膵臓がんの被験者1人が消化管から出血を起こし、輸血治療を受けました。

 医薬品になりそうな候補物質による影響かどうかに関係なく、被験者の身に起きるあらゆる好ましくない出来事を「有害事象」と言います。医科研病院では消化管出血が「重篤な有害事象」として院内報告されました。「重篤な有害事象」には「死亡」から「入院期間の延長」までさまざまなレベルがありますが、この場合は出血で入院期間が延びて「重篤」とされました。

 医科研病院は「ペプチド投与と消化管出血との因果関係を完全には否定できない」として、消化管出血が起きた臨床試験で使われていたペプチドと同種のペプチドを使う計9件の臨床試験の計画内容を変更し、消化管出血の危険が高いと見られる患者は被験者から除きました。そして、被験者候補に臨床試験のことを説明する文書にも消化管出血が発生したことを書き加えています。


■ どこが問題か ■

 Q どこが問題なのですか。

 A 医科研が開発したペプチドは、医薬品として未承認で、安全性や有効性がまだ確かめられていません。医科研病院での臨床試験のように安全性の確認を主目的とする早期の臨床試験では、候補物質にどんな危険が潜んでいるかわからないので、被験者を健康被害から守るためにとりわけ安全性情報に対する配慮が必要です。

 人を対象とする医学研究の倫理規範である世界医師会のヘルシンキ宣言では、被験者の安全確保や人権保護が重要とうたわれています。第6項には「研究被験者の福祉が他のすべての利益よりも優先されなければならない」(日本医師会訳)とあります。こうした被験者保護の原則に照らして、ペプチドを他施設に提供している医科研が、「重篤な有害事象」の発生を、同種のペプチドを使って臨床試験をしている他施設に伝えていないことは、医の倫理上、問題があると判断しました。

 今回のような研究者主導の臨床試験は、薬の製造販売承認を受けるための治験と違い、薬事法の規制を受けません。どのようにして被験者保護を担保するかが大きな課題と考えています。

 Q 今回の報道後、医療関係者の間に「膵臓がんで消化管出血はありうることではないか」との指摘もあるようですが。

 A 出血が起きた患者は、評価が定まっていない、薬になりそうな候補物質の被験者です。有害事象が起きた時に「この病気ではありうる症状だから」で片づけてしまえば、被験者の安全を守ることも、候補物質の適正な安全性評価も難しくなりかねません。被験者保護の観点から、重要な事実と考えています。


■ 社説の意図は ■

 Q 医科研の問題について、社説で、ナチス・ドイツの人体実験を持ち出し、研究者を批判したと言われています。

 A この問題を取り上げた10月16日付の社説「研究者の良心が問われる」では、被験者にリスクを十分に説明することなどは、ヘルシンキ宣言でもうたわれていると指摘しました。この宣言について「ナチス・ドイツによる人体実験の反省からまとめられたもの」と誕生の経緯を説明したもので、今回の問題とナチの人体実験を同列に論じたものでは全くありません。

 Q 記事でふれた医科研の中村祐輔教授について、医科研は、当該ペプチドの開発者でも、臨床試験の責任者でもない、と説明しています。

 A 中村教授は医科研を中心にして、がんペプチドワクチンの探索やその実用化を推進するプロセスにおいて主導的な役割を果たしておられます。こうした趣旨、意味から、記事では、中村教授についてペプチドの「開発者」と記しました。「開発者」ということについて、取材過程でも中村教授から否定されたことはありません。また、同種のペプチドの提供を受けている他施設の臨床試験の実施計画書で、中村教授を研究協力者や共同研究者と記載しています。記事は、こうした事実を指摘しました。

 Q 今回の記事中の関係者のコメントについて、ペプチドワクチンの提供を受けて臨床試験をしている研究施設のグループが「極めて『捏造(ねつぞう)』の可能性が高い」と指摘しています。

 A 指摘は全く事実無根で、朝日新聞社の名誉を傷つけるものです。

 記事では、ペプチドの臨床試験を行っている大学病院の関係者の証言として「私たちが知りたかった情報であり、患者にも知らせるべき情報だ。なぜ提供してくれなかったのだろうか」と記しました。

 これに対し、臨床試験実施施設のグループは「対面取材に応じた施設は大阪大学のみだった」「(この関係者について)記事に書かれている発言が全く述べられていないことを確認した」と主張しています。

 朝日新聞では、複数の施設の関係者に対面取材しております。取材源の秘匿の原則から、詳細は説明できませんが、記事中の発言を臨床試験施設の関係者がしたことは、揺らぐことのない事実です。

 医科研の清木元治所長が、医科研のウェブサイトの文章で、このグループの意見表明を引きつつ「ねつ造」などと記述されていることについて、朝日新聞社は速やかに撤回するよう求めています。

本紙報道の概要

 朝日新聞は10月15日付朝刊で、東京大学医科学研究所が付属の医科研病院でのがんペプチドワクチンの臨床試験で起きた「重篤な有害事象」(消化管出血)の情報を、ペプチドを提供した他施設に伝えていなかったことを報じた。ペプチドの提供を受けて臨床試験をしている他の大学病院の関係者が、医科研病院での消化管出血を朝日新聞の取材を受けて知り、「私たちが知りたかった情報であり、患者にも知らされるべき情報だ。なぜ提供してくれなかったのだろうか」と話したことも記事で伝えた。

 薬の製造販売承認申請のための臨床試験(治験)は、薬事法で管理されている。製薬会社などは、薬との因果関係が否定できない有害事象を参加施設に報告する義務を課されている。半面、医科研病院で行われたような研究者主導の臨床試験では、厚生労働省の行政指針で対応している。

 11月10日付朝刊では、臨床試験制度に詳しい先端医療振興財団の福島雅典・臨床研究情報センター長へのインタビュー記事を掲載した。福島氏は、臨床試験では被験者の人権と安全を守ることが最優先であることや、日本で行われている臨床試験の問題点などを語った。併せて朝日新聞東京本社の大牟田透・科学医療エディターが、当初の記事で最も訴えたかったのは、薬事法の規制を受けない臨床試験には被験者保護の観点から改善すべき点があることだったと解説した。

 医科研側は、医科研病院での有害事象を他施設に伝える義務も必要性もなかった、と主張している。この臨床試験は医科研病院だけで行ったもので、厚労省が指針で定めた「共同で臨床研究を実施する場合の他施設への重篤な有害事象の報告義務」を負うケースに該当しない、などという理由だ。

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