【ワクチン臨床試験報道】 患者 こう受け止めた |
〜 卵巣がん体験者の会 代表に聞く 〜 |
2010年11月30日付 朝日新聞東京本社朝刊から
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東京大学医科学研究所付属病院のがんペプチドワクチンの臨床試験で、膵臓(すいぞう)がん患者の被験者に起きた「消化管出血」に関する情報が他施設に伝えられていなかったと朝日新聞は報じました。この問題では、臨床研究や報道のあり方について患者団体が声明文を出し、医科研側からは抗議や質問書が寄せられました。医科研側に反論回答書を出したのを機に、記事の受け止め方や報道への要望などを患者団体代表の一人に聞くとともに、朝日新聞がどのような視点で報じてきたのかについて、改めて説明します。 |
片木美穂さん
声明文を発表した患者団体メンバーの一人、片木美穂さん=卵巣がん体験者の会「スマイリー」代表=に聞きました。
10月15日の報道で「患者が出血」という見出しに「エッ」と思いました。最初に読んだときは何がいいたいのかわかりませんでした。医科研病院の臨床試験が悪いといっているのか、日本の臨床試験のシステムが悪いのか、それとも出血したことが悪いのか。患者からもいろいろ相談がきました。「臨床試験」「出血」「伝えず」という言葉が独り歩きして、自分が参加する臨床試験ではないかと心配する人もいました。
ただその後の報道で、朝日新聞が被験者保護の重要性を訴えているのはよく理解できました。今回のケースで、東大医科研病院のペプチドワクチンの臨床試験は厳密には、(同じ種類のペプチドワクチンを使っている他の病院が取り組む)臨床試験とは違うのかもしれない。けれども、それでもやはり患者のことを思えば「こういうことがあったよ」というのは、オープンにしてもよかったと思います。
患者はいってみれば命をかけて臨床試験に参加しています。ひとつでも多くの情報、心構えがあるのは大事なこと。出血という情報があれば、先生たちに共有していてほしいし、できれば患者にも伝えてほしい。事前に出血のことを知っていれば、例えば自分がトイレにいったときに便に血が混じっていたら、担当医に報告しようかなという気づきになります。自分の便に気をつけるとか、たんをチェックしようとか。そういう情報を聞いていたら気づきのきっかけになります。
最初の報道直後、「いま娘が臨床試験に入っているが大丈夫か」「こういう情報は家族に情報公開されないのか」などと不安を訴える電話が相次ぎました。臨床試験に参加する患者に落ち着いてもらおうと、膵臓がん患者団体の方たちと声明を出し記者会見しました。がん研究の予算が切られないようにすることと、臨床試験はオープンに議論して取り組んで欲しいということをお願いしたかった。報道に対しては問題点が明確に示されている報道をしてほしいということ。わかりやすく書いていただければありがたかったかなと思います。
最初の報道にある「出血」のイメージをどうとらえたのか患者に聞いてみました。そうすると「バアッと下血した」「吐血した」「傷口から血が噴き出した」など出血量が多いイメージを持っていました。でも取り上げられた患者がどうなったのかわからない。そのための不安というのがすごくあったと思います。その後、医科研の説明で、その患者は出血が止まり、入院延長後しばらくは体調よく過ごされたことを知りました。
翌日に出た社説では「ヘルシンキ宣言」を取り上げた後で、「ナチス・ドイツ」と書いてありましたが「これはちょっと待って」と思いました。臨床試験を知らない患者に否定的な印象を与えます。質の高い臨床試験にかかわる医師にとってはやる気がそがれることになります。
最初の報道では臨床試験の全部が危ないと受け止めた患者もいました。今参加している臨床試験から抜けるようにと母親から言われた患者もいました。病院に出向いて医師やCRC(臨床試験コーディネーター)の方から親と患者で説明を聞くよう助言し、今は臨床試験を続けています。
臨床試験の中には形式だけ整えているものもあり、患者会の会員から苦情がくることもあります。逆に国内には質の高い臨床試験をして海外の著名な専門誌に論文を投稿し、科学的な裏付けを積み重ねようという志を持つ医師たちのグループもあります。その二つを峻別(しゅんべつ)したうえで、日本の臨床試験が置かれた基盤の脆弱(ぜいじゃく)さという問題点を指摘する報道を期待したい。
臨床試験に参加してくれる患者を探している先生には、「これで臨床試験に参加する人が減ったら、未来のためにはならないですよね」といっています。「そういう患者にこそ、誠心誠意をもって説明しましょうよ」と。この報道をきっかけに、いい臨床試験は何なのかという議論が広がることが実は一番いいと思っています。臨床試験を知らない患者も多いので、これをきっかけに知ってもらいたいし、会のウェブサイトでも臨床試験をわかりやすく紹介できないかと思っています。
かたぎ・みほ 1973年生まれ。2004年に卵巣がんを告知され治療を受けた。06年に卵巣がん体験者の会「スマイリー」を設立。海外で使われる薬(ドラッグ)が国内で使われるまでに時間差(ラグ)が生じるドラッグラグ問題などに取り組んでいる。 |
がん患者会41団体の声明文 |
全国41のがん患者会代表らが10月20日に発表した声明文の主な内容は以下の通り。 |
がん臨床研究の停滞が生じることを強く憂慮して、(1)がん臨床研究が適切に推進され、根拠とオープンな議論に基づく国のがん研究予算の拡充(2)被験者の十分な保護とともに、情報の広い開示、事実と客観性に基づいた専門家によるオープンな議論と検証(3)有害事象などの報道では、がん患者を含む一般国民の視点を考え、誤解を与えるような不適切な報道ではなく、事実をわかりやすく伝える冷静な報道――を求める。 |
卵巣がん体験者の会「スマイリー」、膵臓がん患者や家族らでつくる患者会「パンキャンジャパン」、悪性リンパ腫の全国患者団体「グループ・ネクサス」などが名を連ねた。 |