2010-11-28
『エチカの鏡』が子どもをターゲットにした怪しげな"遺伝子検査"の宣伝に一役買っている件などについて
ニセ科学 |
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『エチカの鏡』はフジテレビ系列で放送されていたテレビ番組である。放送は今年の9月に終了しているようだ。私はこの番組を毎週チェックしていたわけではないのだが、たまたま見たのは『脳科学おばあちゃん』こと久保田カヨ子 氏が育児に関して好き勝手な説教をするという内容の回だった。久保田氏は『脳科学おばあちゃん』というフレーズから連想されるように、いわゆる「脳科学」に絡めてあれやこれやと陳腐なことを言っているだけで、どういう科学的証拠に基づくのかについて納得のいく説明はなかった。
それもそのはずである。『脳科学おばあちゃん』こと久保田カヨ子氏は脳科学者でもなんでもない、大脳生理学者の久保田競氏の配偶者に過ぎないからだ*1
この『脳科学おばあちゃん』の問題については、以下のエントリーに詳しいので、そこを参照されたい。
上記のエントリーでは『脳科学おばあちゃん』の発言をもって「優生学まであと一歩」と評しているが、本エントリーで紹介する「遺伝子検査」はさらに優生学に近いところに来ていることを感じさせる。優生学に落ちる寸前の崖っぷち立って、崖に身を乗り出している段階という感じか。少なくとも優生学の背景にある過度な遺伝子決定論に立つ内容であることは間違いない。同じく「不安を煽って視聴率を稼ごうとするテレビ局」というのも今回取り上げる内容に通じるものがある。検査を受けなかったために子どもの才能を知らなかった場合に、子どもの育て方を誤ってしまうのではないかという不安だ。
子どもを対象にした怪しげな「遺伝子検査」を礼賛する『エチカの鏡』とそれを最大限に利用する国内代理店
問題の「遺伝子検査」は中国の上海バイオチップコーポレーション(上海生物芯片有限公司)がという会社のサービスで、日本にはこれを仲介する複数の代理店が存在するようだ。「上海バイオチップコーポレーション」でググれば国内の代理店のサイトが複数ヒットする。
- 上海バイオチップ遺伝子テスト (株式会社ワールドブレインズ) http://www.shanghaibiochip.com/biochip
- 遺伝子検査(遺伝子テスト).com (日本遺伝子検査株式会社) http://www.idenshikensa.com/index.php
- GQテスト<遺伝子才能サービス> (株式会社ベールネット) http://www.dnatalenttest.com/index.html
- ニホンノミライ研究所 (株式会社グランフーズ) http://nihonnomirai.ocnk.net/
- Check DNA (株式会社ヒトメディア) http://checkdna.jp/
最後に挙げたサービスについては会社代表の森田正康氏も交えたtwitterでの批判的な議論の結果、検査サービスの提供を中止することになったようだ*2。それ以外の4サイトは見る限り現在もすべて営業中のようである。
現在サービスを提供している4サイトに共通する点はいずれも『エチカの鏡』で紹介されたことを宣伝材料にしているということだ。3番目の「GQテスト<遺伝子才能サービス>」に至っては、番組の該当部分をyoutube経由でトップページから見られるようにしているという念の入れようだ*3。以下がそのビデオクリップである。
『エチカの鏡』が紹介した「遺伝子検査」の胡散臭さ
上記のビデオクリップの冒頭で、上海バイオチップコーポレーションの担当者は「ここでお子さんの遺伝子を調べればそのお子さんが持つ潜在的な才能が明らかになるんです」と述べている。この遺伝子検査は主に子どもを対象にしたもので、その目的は子どもの潜在的な才能を明らかにすることにあるようだ。この中で「精度は高いんですか?」というスタッフの質問に対しては、「だいたい99%以上当たります。」と担当者は答えている。文脈から考えれば、この会社が「お子さんが持つ潜在的な才能」を「だいたい99%以上当」てる技術を持っているということになるだろうし、実際に後半部分ではずばり「遺伝子で才能が99%分かります!」とテロップ付きではっきり言っている*4。こう言い切ってしまった時点でこの番組の内容あるいはこの検査業者が信用に値しないことは明らかだ。なぜならば、そのような精度で才能を遺伝情報から言い当てる技術は今現在、地球上のどこにも存在しないことがほとんど確実だからである。
考えても見てほしい。そもそも才能というものはどのようにして測定されるのだろうか?例えば、ある人が音楽家として成功したとしても、それがその人の生まれつきの性質としての才能によるものなのか、その人の指導者が優秀で相性が良かったのか、あるいは努力の結果なのか区別することも分解して考えることも事実上不可能だ。ほとんど測定が不可能なものについてどうして予測ができるだろうか。そして、そもそも才能、成功、優秀はどう定義されるのか?
こう言い換えることもできる。仮にこの検査を受けて音楽の才能があると判定された子どもがいて、その子が大人になっても音楽の分野で成功できなかった(ように親には思えた)としよう。その時に親がこの会社に「あの検査はなんだったんだ。返金しろ」と言ったところで「いいえ、私たちの検査は間違っていません。契約書にも書かれている通り能力には才能の以外に環境や努力の影響もあるんですよ。失礼ですが、お子様の努力や環境が十分だったと言い切れますか?」あるいは「現状でもあなたのお子様は十分に成功しているじゃないですか。私たちにはそう見えますよ。」と言われた場合に誰が反論できるだろうか?*5
このように才能は他の要因から切り離して考えることが難しく、明確に定義付けることもできそうにない。そういうボンヤリしたものを99%以上当てられると豪語している時点で眉唾である。
番組中では、子どもの能力を判定するのに用いられる遺伝子の表が何枚か映しだされている。そこでは、ダンスの能力を判定するための検査項目として「リズム感」「こだわり」「興味」などが列挙され、それぞれに1個の遺伝子の名前が書かれている*6。これもこの検査の胡散臭さを示す特徴の一つだ。
もし仮に人間の「リズム感」が単純に1個の遺伝子のみによって制御されるのなら、「エンドウ豆のしわ」*7のように世界の人間はリズム感がある人とない人に二分できることになる*8。実際にそうならないないのは、リズム感が環境やトレーニングによって大きく変化するということと、遺伝的影響があるにしてもそれが多数の遺伝子によって制御されているためだろう。多数の遺伝子が関与する才能に関しては、必然的に1つの遺伝子の影響は小さくなるから、少数の遺伝子を対象にした検査で、意味のある結果が出せるとは考えにくい。ちなみに、日本における代理店の一つは、検査結果の一部をサンプルとして紹介しているのだが、よくもこんな少数の遺伝子の検査結果から、ここまで子どもの才能と育て方についてつらつらと細かく書けるものだと感心させられるくらいの内容だった*9。これでは科学の産物というよりも作文力の成果と言った方が適切だろう。
実際、遺伝子検査によって子どもの才能を判定することの現実性のなさについては、複数の専門家が同様の見解を示している。
「遺伝子診断による教育サービス」に対する専門家コメントScience Media Centre of Japan | Science Media Centre of Japan
この専門家コメントの中では、このような「遺伝子診断による教育サービス」が無意味なだけでなく、「 子どもの教育について真剣に悩む親をターゲットにした『不安商売』の一種」「 悪くすると差別を助長する。これは子供の人権侵害ではなかろうか。」などとして問題視する指摘もある。この上海の企業が提供しているサービスを名指ししたものではないが、ぴったりと当てはまる指摘だ。
続いて、番組の取材班は実際にこの検査を受けた中国人の富裕層の親子の自宅を訪れる。この子は音楽の才能があると判定されたために親はこの子を音楽教室に通わせることにしたそうだ。そのレッスンの最中にこの子が集中力を失い教室を動きまわる様子が映し出された後、実は「注意力に問題あり」という診断されていたことが明かされる。さも遺伝子検査の正確性を裏付けるかのような演出だが、2歳の子どもがずっと座ってレッスンを受けさせられていれば、こうなるのは当たり前である。
その後、スタッフは遺伝子診断を受けた中国の「一般的な家庭」の親子に対しても取材を行っている。色彩感覚に優れていると診断さた子どもの母親は「この子に才能があるとわかってからかなり力を入れて育ててみましたが確かに絵の潜在的才能があるようです。」とスタッフに感想を語っている。「力を入れて育て」た後に気がついたのなら、それはもはや「潜在的」とは言えないはずで、何とも不可思議な発言だ*10。この母親らに、自身が3歳の子どもを持つというスタッフが自分も受けたほうがいいと思うかと質問をしている。その答えは肯定的なもので、日本にこの手のサービスがないことを明かすと「へぇ〜 世界的には一般的なはずですけどね」と母親の一人は驚いた様子だった。
「遺伝子研究の世界的権威」村上和雄氏が語る才能開化の方法とは?
中国での取材VTRが終わった後、今度はつくばの財団法人国際科学振興財団バイオ研究所での取材の様子が紹介される。ここからは遺伝子検査とはほとんど無関係の内容だった。インタビューに答えるのは筑波大学名誉教授の村上和雄氏である。「遺伝子研究の世界的権威」とテロップ付きで紹介されている。しかし、村上氏がどんな「科学者」なのかは以下の産経新聞の記事を見れば良く分かる。
つまり、心の働きを変えるだけで、遺伝子レベルでも高次の人間に進化できる可能性があるということが分かり始めた。
この事実は、人の生き方や考え方に、新たな望みを与えてくれる。なぜなら、人のDNAは自分で変更できないが、心は自分で変えられるからである。
チャールズ・ダーウィンが『種の起源』を発表したのは、今からちょうど150年前のことだ。
彼は「すべての生物は共通の祖先に由来し、自然淘汰(とうた)により進化した」ことを、自らの足で探索し、観察した膨大な事実をもとに発表した。
そして今、ダーウィンの進化論を超える新しい進化論が生まれようとしている。
私は、笑い、感動、感謝、生き生きワクワクした気持ち、さらには、敬虔(けいけん)な祈りまでもが、良い遺伝子をオンにすると考えている。
これからの私たちは、意識して、よい遺伝子のスイッチをオンにすることで新しい人間性を生み出すことができる可能性がある。
この新しい進化に貢献するのが人間の使命であり、すべての生き物の「いのちの親」の望みに添うのではないかと思っている。(むらかみ かずお)
(引用元: http://sankei.jp.msn.com/science/science/091113/scn0911130330000-n1.htm 魚拓:http://megalodon.jp/2009-1113-1916-22/sankei.jp.msn.com/science/science/091113/scn0911130330000-n1.htm 強調は引用者による。)
この記事から宗教の臭いを感じ取ったあなたは正しい。村上氏は予てから「サムシング・グレート」なる存在が生物の進化に介在しているという持論を展開しており、天理教同友会から出版された著書ではサムシング・グレートが実は天理教の「親神様」のことであることを告白している*11。上記の記事の「いのちの親」というのもおそらくは「親神様」のことだろう。この記事から村上氏が科学と宗教の区別がついていないタイプの科学者であることがお分かりいただけただろう。
この村上氏が主張していたことは、番組中のテロップを引用すれば、「良い遺伝子をONにして悪い遺伝子をOFFにする→才能が開化」である。これに関しては番組が恣意的に編集して過度に単純化されてた結果、身も蓋もない表現になってしまったたわけではない。上記の産経新聞からの引用からも分かるように、これこそが予てからの「世界的権威」の主張である。「どうやったら」というスタッフの質問に対しては、テロップに「陽気な心→良い遺伝子のスイッチをON ネガティブな心→悪い遺伝子のスイッチをON」と要約されている大変ざっくりとした答にならない回答を返している。もはや遺伝子関係なくね?というのが私の素直な感想だ。誰が子どもがネガティブな気持ちになるようなことを進んで子どもにするだろうか。
なお、テロップ曰く村上氏は「遺伝子スイッチをONにする方法は只今研究中」で、「最近では笑うことが遺伝子のスイッチをONにするのではないか」という実験を行っているそうだ。
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遺伝子研究の世界的権威
『エチカの鏡』は『あるある大辞典』を彷彿とさせる。
『エチカの鏡』は『あるある大辞典』と同じくフジテレビ系列で放送されている番組で、これは偶然かもしれないが皮肉なことに同じ曜日の同じ時間帯に同じスポンサーのもとで放送されている番組である。『あるある大辞典』の場合は納豆についての放送での番組スタッフによる捏造をきっかけとして、科学的に疑わしい内容をいくつも公の電波に載せていたことが発覚した*12。『エチカの鏡』には少なくとも現在に至るまで番組スタッフによる明確な捏造が発覚した事実はないという点では異なっているものの、ここで取り上げた「遺伝子検査」の他にも、冒頭で述べた『脳科学おばあちゃん』、ここでは詳細には述べないが自然出産で知られる吉村医院*13など複数の問題ある内容の放送が行われていたようだ*14。
納豆の場合とのもう一つの違いは、少なくとも番組で紹介された企業の「遺伝子検査」は非常に粗悪なものだったということだ。番組を信じてこの検査に料金を支払ってしまった人は気の毒だし、親がこれを信じたばっかりに運命が変わってしまう子どもが今後でてきてしまうとすれば可哀想な話だ。別の視点から見れば、この番組が宣伝してしまったような粗悪な遺伝子検査が広まれば、今後技術の進歩で実現されるかもしれない真に有用な遺伝子検査サービスの妨げになるおそれもある*15。『あるある大辞典』の納豆の放送回の直後に納豆な品薄になったことを考えれば、エチカの鏡が遺伝子検査市場に与えた悪影響は少なくないように思われる。
*1:カヨ子氏が独学や競氏からの個人講義で脳科学の勉強しアマチュア脳科学者になっているのだとしたらそれは結構なことだが、番組中で説明されるカヨ子氏の理論はきちんと勉強した人の説明とは思えないくらい説得力のないものだった。
*2:http://togetter.com/li/70766 http://togetter.com/li/71335
*3:投稿者のIDから見てこの代理店の関係者がアップしてるものと思われるが、フジテレビから許可をとっているのだろうか?
*4:ただし、『あるある大辞典』は外国人研究者の発言を吹き替えで捏造していたケースがあったことに留意する必要があるだろう。例えば、中国語ではDNAの塩基配列の決定の精度が99%以上だと述べているのにそれが歪曲されている可能性など。
*5:これが例えば天気予報ならどうだろう。降雨の観測地点や観測方法、観測装置の規格は明確にされているから、私たちは天気予報が当たったのか外れたのかを原理的には明確に判定可能だし、その精度が当てずっぽうよりも低ければ気象庁に堂々と文句を言うことができる。
*6:日本の代理店のサイトにも同様の表がある。http://www.shanghaibiochip.com/results
*7:グレゴール・メンデルが着目した形質の一つ。このような一つの遺伝子によって決まる単純な形質に着目したが故にメンデルは遺伝の法則を発見できた。
*8:とはいいつつも一つの遺伝子(座)によって制御されている形質が、遺伝子型がヘテロのときに中間的性質を示すこともあるので実はそう単純ではないのだが、それにしたって人間の能力の連続性を説明するのは不可能だ。
*9:http://www.idenshikensa.com/pdf/sample_jp/1st.pdf
*10:訳が正しければ。
*11:「「だから私は、最近の本では"サムシング・グレート"というコトバを使っています。あれは親神様のことです。」村上和雄・小滝透『科学者が実感した神様の働き』」
*12:http://sp-file.qee.jp/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%A1%D6%C8%AF%B7%A1%A1%AA%A4%A2%A4%EB%A4%A2%A4%EB%C2%E7%BC%AD%C5%B5II%A1%D7%D9%D4%C2%A4%BB%F6%B7%EF
*13:吉村医院の異常性についてはここに詳しい。http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20100209 http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20070707
*14:http://echikanokagami.seesaa.net/article/140520961.html
*15:アメリカでは23andMeなどの遺伝子検査企業がサービスを開始している。23andMeでは、得られる結果の多くは病気のリスク、薬剤に対する感受性などで、現在の知識で予測可能なものに限られる。個別の項目の信憑性はランク付けされ、具体的にどの論文が根拠になっているのか、調査の対象になった人種はどれかも明記されている。検査の対象になったSNPのデータはダウンロード可能で、他の企業の結果と比較することもできる。https://www.23andme.com/
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