通称「科博」と呼ばれ親しまれる、台東区上野公園の国立科学博物館。鉱物などの展示品はそれぞれ一流の逸品だ。約1万4000点の展示品のほか、研究中の収蔵品は394万点にも上る。かつて科学者を夢見た石好きの記者が、上野本館と新宿区百人町の新宿分館を訪ねた。【池田知広】
「すごーい、石だらけ」。上野本館で若いカップルが歓声を上げた。鉱物学者の故桜井欽一先生が集めたコレクション約400点。宝石のような派手さはないが、暗い部屋で一つずつライトアップされた鉱物は美しい。「ベッドを持ってきてここで寝たい」。そんな衝動がこみ上げたが、科博の奥行きを考えると、こんな所で寝ているわけにはいかない。
「日本館」には忠犬ハチ公のはく製が鎮座する。渋谷駅前の銅像よりも、断然大きい。視線を上げると「南極物語」のジロがいる。いずれも“本人”だ。「地球館」には、上野動物園で人気を博したパンダの「フェイフェイ」と「トントン」、そしてゴリラの「ブルブル」。まさに夢の共演である。
館内で唯一、撮影禁止なのが江戸時代の女性のミイラ。約200年前に亡くなったとみられ、髪の毛や皮膚が残り、着物を付けている。説明板には「この女性を見て心に浮かぶさまざまな思いは、見る人自身が持つ『生』と『死』に対する意識の表出に他なりません」とあり、妙に納得してしまう。哲学的な研究者が書いたのだろう。
ミイラは以前、撮影できたが、来場者からの指摘で撮影不可となったという。広報の関根則幸さんは「研究者のようにどっぷり自然科学につかっていると、『遺体』として見る感覚が鈍くなる。でも、女性からは現在の子孫をたどることもできてしまうんです」と、配慮の理由を説明してくれた。
子どもたちに人気が高いのは、やはり恐竜らしい。ティラノサウルスが目を引くが、その隣のアパトサウルスは、本物の化石を組み立てた、珍しい展示。さらに、小学生の私にとって“英雄”だったトリケラトプスの全身骨格。見つかったままの状態で展示されていて、世界に2体しかない貴重なものという。関根さんの案内も「恐竜はぜひ、ご覧いただきたいクオリティー」と熱を帯びた。
科博の役割は大きく▽調査・研究▽標本の収集・保管▽展示・学習支援の三つ。展示はすべて、60人を超える一流の研究者が監修している。だから、大人も十分に楽しめる博物館なのだ。しかし……やはり、展示品の裏側に隠れた大多数の収蔵品も見てみたい。関根さんにお願いして、新宿分館を見学させていただいた。
新宿分館には、動物研究部や地学研究部などが入る。脊椎(せきつい)動物研究グループの川田伸一郎先生が案内してくれた。
骨格標本室の扉を開けると、ホネ、ホネ、ホネ……。にかわのようなにおいが鼻に、無数の何やらよく分からない大量の骨が目に、一斉に飛び込む。五感から入る情報の処理に脳が追いつかず、くらくらする。この部屋だけで哺乳(ほにゅう)類、鳥類、爬虫(はちゅう)類などの約1万点が保存されているという。
そして、解剖室。皮膚のないライオンの生首が無造作に置かれ、巨大なキリンの胃袋がぶら下がっていた。えも言われぬ強烈なにおいが体に染み入ってくる。奥の方に行きたいが足が動かない。一方の川田先生は、「おでんのにおいと変わらない」。普段から解体作業をしているため、慣れているのだという。1時間ほどスーツから取れず、忘れられないにおいとなったが、川田先生は「また、かぎたくなったら来てください」とニヤリと笑った。
正直、もうかぎたいとは思わない。だけど展示はまた見に来たい。2回に分けても、本館を巡り切れなかった。科博は誰しもがきっと、好きなものを見つけられる場所だ。
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◆メモ
国立科学博物館は1877年に設立された、日本唯一の国立の総合科学博物館。09年度の入館者は、上野本館、筑波実験植物園(茨城県つくば市)、付属自然教育園(港区)を合わせ約177万人。新宿分館は年に1日だけ公開されているが、今後、筑波地区に移転が予定されている。上野本館の入館料は一般・大学生600円、小・中・高校生無料。小惑星探査機「はやぶさ」計画などを紹介する特別展「空と宇宙展」を来年2月6日まで開催している。
毎日新聞 2010年11月18日 地方版