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[21785] (ネタ)エルテさんが色々な世界で破壊行為を行うようです
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:0fc6b69f
Date: 2010/11/20 14:18
 タイトルの通りです。
 この小説群はとらハ板で連載している

 破壊少女デストロえるて

のオリ主を他の世界に叩き込んでみたものです。
 フリーダムです。大統領が如くやりたい放題します。
 まだまだ増えるよエルテによる破壊世界♪



 プロットは適当。
 あまり考えずに書いています。
 でも矛盾とかあったら指摘してください。
 感想掲示板でレスポンスとかやってます。全レスはできませんがよかったら覗いてやってください。


 筆が進まなくてムシャクシャしてやった。
 後悔などするものか。楽しんでくれている人がいるならば。



[21785] 破壊先生エルて!01
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:0fc6b69f
Date: 2010/09/09 18:31
 この世界に関与する、それはかなり長い歴史において影響を与えることを認識せねばならない。
 ある程度の区切りで私は何度か姿を消し、人々の記憶から消え去る。これは一種の実験だ。世界における、我が身の振り方の。

「まったく。雑魚が徒党を組もうと掃滅されるのは知っているだろうに」

 倒れ伏す軍勢。その数600。多少は立っているが、端から数えられる程度には少ない。それなりに強いということなのだろうが、そもそも私がいるという時点でこの程度をよこすのがおかしい。

「俺らでさえ手こずる相手をまとめてフッ飛ばすねーちゃんが異常なんだよ!」

 残った敵を相手にしているナギがいらだたしげに言う。初撃を終えて、私はゆっくりと紅茶を飲み干す。
 さすがに敵も知っているのか、私には手を出してこない。触らぬ神に祟りなし。自分で言うべきではないだろうが、この状況はまさにそうだ。

「あの程度で手こずるとは。魔力も気も使えなかった閣下にすら劣る」

「ねーちゃんのその『閣下』ってのはどんなバケモンなんだよ! 人間かオイ!」

「閣下は人類史上最強の漢であり、全盛期は魔王と謳われ、死後は破壊神に叙された、私のオリジナルだ」

「ふざけんな、破壊神のオリジナルな時点で人外じゃねーか!」

 ああ、今のは少しカチンときた。

「私は閣下を過大解釈して造られた兵器にすぎんが、閣下は間違いなく人類だ。祖国を護るために、鋼の意思を以て地上に破壊を降り注いだのだ。ジャックに通ずるものがあるとは思うが、その発言は気に食わん」

「ちょ、待てよ! 今はねーちゃんと遊んでる暇は」

 出力を上げ、文字通り硝煙弾雨を残りに浴びせかける。硝煙はなく、弾は魔力の塊だが、亜光速でばらまかれる非常に堅いそれは、障壁や装甲などを紙のように貫く。先ほどの掃射に耐えた者は、例外なくこれに倒れた。

「遊んでいる暇ができたな。さて、説教とレッツパァァリィィィィィィ、どっちがいい」

「どっちも勘弁だ!」

 全速力で逃げ始めるナギ。脚が速いのはいいが、無駄だ。

「よろしい。ではオハナシしよう。バーブドワイヤーバインド」

「うお!? ちょ、これは……」

 有刺鉄線がナギを縛る。

「アイアンメイデン」

「いってぇぇえええええ!!」

 四方八方から太さがまちまちな針が現れ、ナギを串刺しにする。

「リグレットカノン」

 黒い砲撃がナギを包む。

「…………」

 あるのは痛覚だけ、一切の殺傷を行わない究極の残酷魔法連撃、オハナシ。冥王が編み出した拘束砲撃SLBをPTSDクラスに昇華したもの。元の拘束砲撃も充分トラウマものだが、リグレットカノンという痛覚増幅砲撃がえげつない痛みを対象に与える。

「死んだふりはやめておけ。次は新しい砲撃を試す」

「し、死ぬかと思ったぜ……」

 ここで発狂されては困る。せいぜいかなりの手だれとの戦闘で受ける痛み程度に抑えた。

「さて、帰ったら説教の後に練習だ」

「え゙!? これで終わりじゃ」

「不満か。ならば、もう少しオハナシするか」

「イエ、ナンデモアリマセン」

「では帰って飯だ。腹が減っては何もできん」



 残された襲撃者達。
 無論、誰一人として死んでいない。そして、そのほとんどが意識を失ってはいない。
 ナギに倒された4人を除外し、砲撃を受けた者はすべて、躯が動かなかった。

「なあ、災厄のあれ受けて無事でいられると思うか?」

「間違いなく死ぬだろ、常識的に考えて……」

「なんでナギ・スプリングフィールドは生きてんだ?」

「さあ……でも奴が死ぬかと思ったなんて言うとは思わなかったな……」

「つか、ナギ・スプリングフィールドのとばっちりであいつらあんな目に?」

「俺らが食らったのよりも遙かにヤバそうだったぞ」

 バケモノぞろいの赤き翼、そのメンバーで最強と謳われていたナギ・スプリングフィールドより、遥かに恐れられている存在があった。
 エルテ・ルーデル。自称、破壊神の器、あるいは戦略兵器。
 ナギは今でも間違いなく赤き翼『最強』の魔法使いである。彼より強い、エルテがいるにもかかわらず。
 何故か。エルテ・ルーデルは『最悪の災厄』だからだ。気まぐれで、味方が危機に陥っても動かない、むしろ味方を窮地に追いやることすらあり、時には仲間もろとも攻撃し、怒りに触れれば何人たりとも問答無用で殲滅させられる。こんな不安定で破滅的に強大な戦力、天災や災厄以外の何物でもない。そうありながら、敵も味方も、滅多なことでは誰も殺さない。

「破壊神め……また手加減しやがって……」

「あのバケモノの本気を見ようなんざ、神様でも無理だろうよ」

「知ったことか……いつか地面這いつくばらせてやる……」

 まるで我が子を谷底へ突き落とし、這い上がってくるのを待つ獅子のように、強い相手を振るい分け、さらに強くなって戻ってくるのを待つかのように。

「なかなかの気概だな。いつでも相手をしてやる。精進しろ」

「クソっ……貴様……」

「舐めやがって……」

 ナギとともに去ったはずの存在が、すぐそこに浮いて、見えない椅子に座り、ずずーっと緑茶を飲んでいた。

「ただ、悪いことをしたら楽しい楽しい永遠の拷問だ。狂うことも許さん」

 動けない者達の声が、一斉に途切れた。
 彼女を視界に捉えられる者は心底恐怖した。老若男女種族を問わず、魔族ですら背筋を凍りつかせ、震えあがった。
 彼女を見ることが叶わなかった者は、液体窒素の雨でも降ったかと錯覚した。

「30分もすれば、麻痺も治る。では諸君、縁があればまた会おう」

 その場の殆どの者はこう思った。「二度と会いたくない」と。



 エルテ・ルーデルという存在は、少なくとも2600年前には確認されていた。
 ゼクトが義姉上閣下と呼び慕い、エルテはゼクトを坊や扱いする。エルテの膝枕で眠るゼクトが稀に見られる。
 ナギは破壊神あるいはねーちゃんと呼び、いたずらしてはよく逃げ回り、息子か弟のように扱われる。逃げ回るときはガチで命がけで必死かつ全力なのだが、エルテは本気を出したことはない。それをわかっているからナギも懲りずにいたずらをするのだが。
 近衛詠春とは互いに師匠と呼び合う仲で、エルテは『この世界の退魔剣』を学び、詠春は戦術や『異界の某戦闘民族の剣』などを教わる。エルテは死のうにも死ねないし、詠春は虫の息までボロボロになっても回復させられるのでかなり物騒な訓練風景がほぼ毎日演じられる。
 ジャック・ラカンはエルテの年齢を知らないだけに完全に子供扱いだ。規模・桁・格・威力が違うとはいえ、お互いリアルチートなので気が合うらしく、エルテの出すドイツワインを二人で飲んでいる姿がよく見られる。下品でナギと同様、あるいは徒党を組んでエルテにいたずらを仕掛けるので毎回死にかけては次の日には回復する。ある意味、最もエルテと仲がいいのはこいつではないのだろうか。
 ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグには普通にエルテと呼ばれ、エルテも同様だ。時折、二人並んで、ガトウは煙草を、エルテは葉巻をふかしていることがある。
 タカミチやクルトには、幼い姿と大人の姿のエルテは別人と思われ、幼いエルテそのままエルテと呼び、大人の姿のエルテはエル姉さんと呼んでいた。後に同一人物だと発覚してもこれは変わらなかった。よき遊び相手であり、よき姉であったことは確かだ。
 『闇の福音』エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルには魔王と呼ばれ恐れられ、エルテはこれを娘のように溺愛する。恐れられてはいるが、それは戦闘に限った場合で、日常ではそういった感情は滅多に見られない。彼女が吸血鬼になる前からの知り合いだというが、おかげで賞金首になってからも比較的平穏に過ごすことができていた。世界を滅ぼせるほどの恐ろしく強く巨大な台風の目で、優雅にお茶をしている獲物を狩ろうと台風に突撃する無謀な馬鹿はそうそういないということだ。
 そう――――この世界でエルテ・ルーデルはその『個の力』を一切隠さず生きていた。まるで抑圧された反動のように。戦争に介入しては気に食わないという理由で国を滅ぼし、偉そうな自称:立派な魔法使いを何人も再起不能に陥れたり。一時期は賞金首となるが、その時代最強レベルの猛者を束にして送りつけても、ボコボコに伸した後わざわざ治療して自ら馬車で連れてくるから如何に馬鹿にしているかがわかる。賞金は片対数グラフで緩やかな曲線を描き、ハイパーインフレもかくやと言わんばかりに増え続け、しかし当の本人は平然と街の喫茶店でパフェに眼を輝かせているから、如何にそれが無駄かわかる。賞金が当時の各国の合計国家予算の1/3を突破したことで頭打ちになり、最終的に各国が『エルテ・ルーデル災害認定宣言』を出すことで賞金は消失した。下手につつくとちょっとしたことで爆発するのだ、放置した方が最も被害が少なかったとは皮肉な話だ。



 これは、異界で破壊神として暗躍していた彼女が、別の世界でタガを外してしまった話。こそこそせずに、大暴れすることを自らに許した話。何人もの自分を秘め世界に沈めながら孤独に生きた彼女が、たった一人で生きていこうとした話。



[21785] 破壊先生エルて!02
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/10 03:43
 結局、私が大暴れしようと世界は変わらない。世界のシナリオは、私を封ずる道を選び――――ゼクトは消え、護りたかった国は墜ち、ナギとアリカは死んだことになった。元の世界から一個体を召喚したが、結局間に合わなかった。私が封印されたせいで、その並行世界への目印を見失った。この世界を見つけるまでに、どれほどの時間がかかったか。噂によれば、私はナギに封印されたり、寿命で死んだり、いもしない本当の敵と相打ちになっていたり、赤き翼が総力を挙げて殺されたり、ある日を境にいなくなったこと以外は曖昧だった。私とて、あの時何があったか知らない。この世界のどこに、私が封じられているなど。唯一普通に連絡が取れるジャックに訊けば、見たこともない超大規模魔法陣に私は飲み込まれたらしい。
 いずれにせよ、私はあの広域魔力消失には関与する気はなかった。幾千幾万の人類より、ネギが生まれる可能性を取るつもりだった。村襲撃も、被害とナギの負担を軽くするつもり程度でしかなかった。
 結局、再臨できたのは全てが終わるギリギリ前。もう腹が立って仕方がないから、ナギもろとも広域誘導弾幕で敵軍勢を昇華させた。VLSミサイルよろしく打ち上げられ、下界の愚者どもに降り注ぐ。空を飛んでいようと、脚が速かろうと、そんなものは一切関係ない。この世界の理に縛られている限り、誰も光と時を超えて落ちてくる存在を避けることなどできない。あいにく上級悪魔でも、超音速誘導弾すら避けることができるのはいなかったが。絶対に目標以外を殺傷しない、無差別ではない飽和攻撃は、馬鹿みたいな速度で飛び、馬鹿みたいな角度・半径で曲がり、周囲360度前後左右上下全方位の逃げ道をふさぐ。よくえげつないといわれたものだ。

「よー、ねーちゃん。久しぶりの挨拶にゃちょっと過激じゃねーか?」

「手加減はしておいた」

 昔は泣きながら逃げ回って、当たったら瀕死か気絶していたのだが、今では立派に軽口を叩き合うことができるまで成長している。

「あれでかよ……久々に死ぬかと思ったぜ」

「修業が足りん、と言いたいが、時間もないだろう。合格をやろう。私が復活したからには、もはや後顧の憂いは無いも同然だ。存分に成就しろ、おまえの答えを」

「お見通しかよ。またあん時みたいに、一番肝心なときに消えるなよ?」

「今度は大丈夫だ。世界が敵に回ろうとも、理が私を殺そうとも、私は何度でも甦る」

 この世界にプラントを建造する。この世界に常時パスを繋げる。私が何人殺されようが封じられようが、その倍は送り込んでやる。この世界の私の敵は理、つまりレイだ。おそらく、どこまで私が抵抗するかを楽しんでいやがる。一定のルールがあるようだが、知ったことではない。

「……頼んだぜ、ねーちゃん」

「任せろ。男がそんな顔をするな。気楽に笑っていろ」

 久々の葉巻をくわえ、吸い口を噛みちぎり、火をつける。なかば無意識の行動だった。

「餞別だ。絶対に肌身離さず持っていろ。死にそうになればいつでもどこでも助けてやる」

 30mm弾頭のペンダント。エイダのいるアヴェンジャー。カートリッジを増設し満載にし、自律で魔法を使えるようにしてある。ピンチのときはリジェネやメタトロンなどを勝手に使ってくれるだろう。今も、頭からの出血が青い光で癒されている。

「悪ィ……」

「言うべき言葉が違う」

「ありがとな、ねーちゃん」

「フフフ……もう行け。時間は有限だ」

「おう! またな、ねーちゃん!」

 颯爽と、笑いながら去っていくナギ。私はそれを、煙を吐きながら見送る。
 成長した息子を見送る気分だ。一体何をするつもりなのか、私はまだ知らない。知ったところで、それを改変するには、それこそセンチュリア規模の犠牲が必要だろう。私は、この世界そのものと敵対しているのだから。

「さて」

 ナギの息子、ネギ・スプリングフィールドに向き合う。その小さな躯に不釣り合いな杖を持って、私の眼をしっかりと見ていた。その表情は困惑していたが。

「こんばんは、少年。私はエルテ・ルーデル。あなたの名前は?」

 ニコリとは笑えない私は、できうる限りの優しい表情を作り上げる。それができているかどうかは疑問だが、ネギが怯えていないところを見ると微笑んでいられているのだろう。

「ネギ……ネギ・スプリングフィールド」

「Gut。困ったことがあれば何でも私に言え。気に食わんことでない限り、力を貸そう」

「え? どうして……」

「あなたの父親にあなたを任された。まだ理由が必要か?」

「ええええ!?」

「驚かずともよかろうに……ああ、ネカネもだ。起きたら伝えておけ」

 久々のゼロシフトを使い、村から少し離れた場所に移動。小さな小屋と中規模の地下施設を建造することにした。私の家、拠点である。
 この世界の理ではないとはいえ、魔法は便利だ。某青狸の、一瞬で広大な地下施設を建造する秘密道具がごとく地下施設ができるのだから。時間操作、空間操作、圧縮空間技術の賜物だ。

 今日この日、『最悪の災厄』はこの世界に再臨した。



 あの日のことはよく覚えている。
 釣りに湖に行って、帰ってきたら、村が燃えていた。
 村のみんなはほとんどが石にされていて――――スタンさんも僕をかばって石になった。ネカネお姉ちゃんも、脚が、石に……
 僕のせいだと思った。僕が、ピンチになればお父さんが助けに来てくれる、そう思ったからこんなことになった。後でエルテさんにそれを言ったら、思い上がるなと説教されたけど。でも、それまではそう思っていた。
 お姉ちゃんのそばで、泣いてばかりだった。悪魔が僕を襲おうとしているのにも気づかず、でも僕は助かった。本当に、お父さんが助けに来てくれて――――空からいくつもの光の流星群が降ってきて、お父さんもろとも悪魔を全滅させてくれたから。

「――――し、死ぬかと思った……あちゃー、ねーちゃん若干キレてんな、ありゃ」

 お父さんが何か呟いてたけど、それは僕の耳には聞こえなくて。それどころか、その人がお父さんだとはわからなくて、ネカネお姉ちゃんを護ろうとして、でもそれが叶わないことは理解できていた。
 怖くて動けなくて震えている僕を、お父さんは乱暴に撫でてくれて――――

「俺の形見だ。元気に育て」

 その言葉と杖を残して、去っていった。追いかけても、絶対に届かない。
 こけてお父さんを見失って、叫んで、お姉ちゃんのところまで戻ると、黒いコートの葉巻をくわえた女の人が歩いてきた。

「こんばんは、少年。私はエルテ・ルーデル。あなたの名前は?」

 その声と微笑みはこの場所がどうなっているのかを忘れそうなほどに綺麗で穏やかで、でも、なぜか怖くて、うまく自分の名前を言えたかもわからない。
 それから覚えているのは、この人が僕を助けてくれるらしいことと、一瞬で消えたことだけ。
 その日から、僕の周りどころか世界が慌ただしくなっていたのを知るのは、エルテさんの正体を知ったときだった。



 その日、すぐに私の復活は旧世界・新世界問わずに伝わり、歴戦の猛者が手合わせを願いに来たりメガロメセンブリアをはじめとする各国のはやとちり組が軍を編成して討伐に来たり、それらを適当に蹴散らして、今度は各国から和平の使者が来たりと、なかなか慌ただしい一週間が過ぎた。今もちらほらと手合わせ目的の連中が来るが、雑魚ばかりで面白くない。私の家は見つかっていないみたいだが、村や一般人に迷惑をかけないような場所で待っているために、そして続々と来るために帰る暇がなかった。時折、「修正が必要だ」「必ず死なす」「あなたには、ここで果てていただきます」などという連中がいたが、気にしない方がいいだろう。
 結局、家で休息をとれたのは二週間目の半ばだった。
 それから数日後、ネギが私の伝説を聞いたらしく、魔法の弟子入りを希望するも即拒否。私はこの世界の魔法は使えない、その旨を話すと、それでもいいから弟子入りさせろという。まだ早いと拒否。こんなやりとりがほぼ毎日続いた。
 面倒だから、絶対私の出す課題に疑問を持たないことを条件に了承した。

「…………」

 そして今。

「うう……パスです」

 白に染まりつつある盤面。

「…………」

「またパスです……」

「終わったな」

 オセロの盤面には、まだ空白が存在する。盤面が埋まる前に決着がついた。白も黒も、置き場は存在しない。
 センチュリアの余剰処理能力を使うまでもない。一個体の処理能力で充分だ。オセロもチェスも、特定のロジックに従うだけで勝てるのだから。

「なに、気にするな。オセロは全てのパターンの先を知ればいい。戦術も戦略もない。コンピュータにすら勝てん」

「じゃあチェスは……」

「それも人類はコンピュータに勝てん」

「だったら、人間はコンピュータに勝てないんですか?」

「残念。将棋は人間の方が強い。成るという、兵士が強くなるという概念。倒した駒を手に入れる、捕虜を自分の手駒として使う思考は、コンピュータには難しいらしい」

 量子コンピュータやエイダのような高度なAIは違うが。
 人間の思考はアルゴリズミックではない、理不尽であったり非論理的であったり、だからこその柔軟性がある。将棋はこの柔軟性を競うものだ。経験と先読み、戦争の縮図とも言える9×9の盤面は、現実の戦闘を考えても学ぶべきことは多い。個人同士の戦闘であっても、戦術・戦略が頭の片隅にあるとないとでは勝率・効率が違う。

「それにな、新しいものをつくる、発想や閃きなどといったものは、コンピュータには存在しない。所詮は計算機、量子でも使わない限り、与えられた条件や状況で100%未満の結果を出すのが限界だ。100%を超えるのは、人間やそれに類するものではないとできない。たとえばだ……」

 中空に映像を出す。聞きなれた『Whats up!! Whats up!!』の声。プロローグの始まり。

「怒首領蜂大往生デスレーベル二週目。理論的には攻略が可能だと判断され出荷されたが、しかし――――」

「やった! あれ?」

 黄流第一形態が撃破され、第二形態に移行する。まだプロローグだ。

「大半がここにたどり着けずに撃破されてしまった。そしてこの最終鬼畜兵器 黄流に阻まれ、涙する者も多い。だが――――」

「やった! 今度は――――え?」

 やっとプロローグが終わった。画面に現れるのは、先程の巨大な蜂に比べれば小さく、素人が何も知らずに見れば『弱そう』と判断するだろう、燃え盛る弐匹の蜂。

「また道中ですか? ――――えええええ!?」

 弐葬式洗濯機と名付けられたその美しい最悪の弾幕。隙間はあれど隙は存在しない、究極の殺意。それを果敢に避ける自機。

「理解できたか」

 ボムを一切使わず、ただ避けるのみ。そして、ついに――――

「今度こそ!!」

「ああ、彼は成し遂げた。人類をやめたとまで褒め称えられたよ。だが、それは才能を努力で磨き上げた結果だ。彼は魔法も、神経を加速させるような技術も一切ない世界でこれを達成した。これを見て、何か思うことはないか?」

「ハイ! 僕もこんなふうにデスレーベル二週目をクリアしてみたいです!」

 無言で手刀をその頭に振りおろす。

「――――!?」

「一つのものに集中しすぎるのは長所であり欠点だ。それ以外に視界が存在しない。何かに打ち込むにはこれ以上ない才能だが、時と場合によっては致命的だ。切り替える癖をつけておけ。集中しすぎてもいい状況と、そうでない状況で切り替える癖を」

「うう……わかりました……」

 頭を押さえ涙目になりながら了解するネギ。アーニャがこれを見たら、またうるさくなるだろうが、幸いにして今日はいない。

「頭は冷えたか。ではもう一度訊く。何か思うことはないか」

「……訓練次第で人は人間を超えることができる、ということですか?」

「その通り。だが、ただ魔法の使い方や躯の動かし方を鍛えるのではなく、どう使うか、どう立ち回るか。ネギは単純馬鹿だから、結局はゴリ押しになるだろうが、ゴリ押しでもフェイントをかけたり、フェイクで本命を隠したり、ミスリードさせたり、簡単ながら自分を有利にする方法がある」

「なるほど~」

 今、馬鹿にされたの、気づいてないな。

「今日はここまでだ。明日までに本将棋のルールを覚えて来い。いいな」

「ハイ! ありがとうございました!」



 正直、ネギにCAVEシューを、斑鳩を、東方を、イディナロークを与えたのは失敗かもしれない。
 あの日から一心不乱に魔法を勉強し、練習し、1年も経たずしてそれなりの魔法が使えるようになっていた。あまりに根を詰めてやるので、息抜きと動体視力の鍛錬にと渡したが、若干染まってきている。
 たとえば、私が怒首領蜂をしているときなど、希代の名台詞『よ ろ し く。』の全文を見て真剣に悩んでいた。

「ボクは……仲間を……」

 真面目なのは長所だが、すぎると欠点だ。STGなど鬱エンドが基本なのに、これでは問題がある。いや、そういう問題ではない。のめりこみすぎているだけでなく、感情移入が半端ではない。魔法使いでなく、どこか別のところに行ってしまうのではないか。

「さて、今日が最後だ」

「ええ!? そんな!」

「明日以降、来ても何も教えない。困ったことがあれば力を貸すと言ったが、それほど困ってはいまい」

「そう、ですけど……」

「強くなりたいと思うのはいい、だが、力を得るにはまだまだ幼い。『力は正しいことに使うべきだ、少なくとも、自分がそう信じられることに』という言葉がある。だが、まだネギは世界を知らず、何が正しいか、何が正しくないか、そもそも正しいことなど存在するのか、ということを理解できるとは思えない。正しくないと知って、あえて行動する強さも、力を持つ者には必要だ。ネギはメルディアナで魔法という力を得るが、その力の使い道は、よく考えておけ。目的の無い、指向性の無い力は爆弾だ、周囲に被害をまき散らして、何もかも無差別に傷つける」

「…………」

「最終試験。今まで教えてやったことはなんだ? 今日が終わるまでに答えを出せ。正解なら、またいつか、今度は戦い方を教えてやる。不正解なら、馬鹿に力を与えるなどできない」

「え……ハイ!」

 元気のいい返事だが、子供はやはり現金だ。素直なのだろう。
 すでに準備完了していた将棋盤を囲み、パチペチと対局を始める。

「将棋にてプレイヤーはこの駒、王将になる。そして、自分も含め駒として考える。時には己を囮にして、いかなる犠牲をいとわず、自分が生き残り相手の王将を討つ。戦場の縮図だ」

「これが、戦争……」

「問題。戦争に勝つにはどうすればいいか。次の手で表現してみろ。いいか、ここは戦場だ」

「戦場……う~ん……こうですか?」

 音もなく、駒が置かれる。その位置は、将棋盤の外。私の王将の背後。

「そう。それも正解の一つだ。だが、よく気づいた。そう、戦場にはルールは無用。勝てばいいのだ、WWⅡも、先の大戦も、誰も手段を選ばなかった。堅物なネギにしては考えた方だと言える」

 他の正解は、プレーヤー自身を殺す、将棋盤をひっくり返すなど。戦争にルールなどないのだから。
 かといって、ネギが出した以外の答えを私は求めない。そこまで汚れる必要はない。今は、まだ。

「今日はこれで終わりだ。もう少しかかると思ったが、なかなか早かった。あとは、最終試験だけだ」

「がんばります!」

「答えは頑張って出すものではない、悩んで出すものだ」

「はい!」



 ネギの背中を見て、思い出す。
 ナギもあんな頃があった。最も、教えろと言われたのは戦い方だったが。
 正直、教えることもなかった。あれはほとんど本能で戦っていた。戦って、経験を得て、それからフィードバックする。
 私が教えたのは、『どんなにずるくてもいい、勝った方が、生き残った方が正義だ』の言葉だけ。
 そのせいでエヴァは悲惨な目に遭ったようだが。時期を見て呪いは解こう。

「……災害をまき散らしに行くか」

 届けられたそれを見て、多少腹が立った。ネギといる時には取り繕っていたが、若干不機嫌だ。
 メガロメセンブリアへの出頭命令。ずらずらと並び立てられた罪状が、余計に死にたいのかと思わせる。
 超自然災害に喧嘩を売ったドン・キホーテどもめ、己の愚かさをその魂に刻むがよい。

「エルテ先生! 答えを聞いてもらえますか!」

「ああ。聞かせてくれ」

 ネギがノックもせずに入ってくるが、それを咎めるつもりはない。それほど自信があるのだろう。
 早かった、と思ったら、かなりの時間が経っていた。もう夜だ。

「心構えだったんですね?」

「そのとおり。力を持つ者の心構え。これで卒業試験は終わり。また、いつか成長したら、教えてやる。今日はもう帰れ」

「は、はい!」

 本当に嬉しそうだ。
 その背を見送った後、私はメガロメセンブリアに次元跳躍戦略砲撃をブッ放した。
 少し、手加減して。



 魔法世界では、テレビでどのチャンネルを回しても緊急放送が流れていた。

『現場の上空です! ご覧ください、見事に消え去っています! 以前『大災厄』エルテ・ルーデルが復活したことをお伝えしましたが、その力未だ衰えていないことを如実に示しています! 幸い攻撃前に避難勧告が『大災厄』より伝えられていたので死傷者は皆無ですが――――あ、新しい情報が入ってきました! 今回の件はメガロメセンブリア元老院がエルテ・ルーデルを挑発したことによるものと――――』



[21785] 破壊先生エルて!03
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/11 05:24
 ネギの卒業、ついでにメガロメセンブリア元老院の一時壊滅から数年、ネギがメルディアナを卒業することになった。
 それまでネギはほとんど私のところに来ることはなかった。魔法を学ぶに当たって、私はかけらほどの助言すらできない。精霊など使わず、己の持つ破滅級の馬鹿魔力を運用する、俗にいう『ガイア式魔法』の使い手は、操ろうとした精霊を馬鹿魔力で飽和させ魔力に還元してしまうからだ。ネカネは茶を飲みに来るが、アーニャはメガロメセンブリアの件で私を恐れて来なくなった。

「アーニャが来なくなったのは悲しいな」

「時々誘ってはいるんですけど」

「こうなるなら、もっと手加減しておくべきだった」

「そういう問題じゃないと思いますよ?」

「というか、ここにいてもいいのか? もうすぐネギとアーニャの卒業式だろう」

「エルテさんがいますから」

 私を足に使う気か。

「まあ、いいか。ほら掴まれ」

「はい♪」

 一瞬でその場から消え去り、もうすぐ卒業式が始まらんとするホールに現れる。

「だ、大災厄……」
「地上の災厄だ……」
「何をしに……」

 一部がざわざわとうるさいが、そちらに視線をやるとぴたりと声が止んだ。
 そのまま私だけホールを出た。妙な緊張感があるよりは遥かにマシだろう。



「……ふん」

 魔力を超高圧で圧縮。魔力を追加して圧縮。雪玉を転がして手で押し潰すように。

「こんなものか」

 できたのは、中心が紅の黒い宝石。親指程度の大きさで、その実、普通の魔法使いが無限とも言えるほどの魔砲を撃てるものだ。

「ふう。お守りは物騒なくらいがちょうどいいか」

 ジュエルシード勢ぞろい状態での次元震を数度は起こせるエネルギーを内包。ラディオアクティヴ・デトネイターの略、RADと名付ける。無論、そんな物騒な名前だと受け取ってもらえないだろうからいつも通りブラッディシードとして渡すつもりだ。
 背後で無駄に大きな扉が開く。終わったようだ。

「ネギ、アーニャ、卒業おめでとう。ほれ」

 ピンと、親指でRADを弾く。それは寸分違わずネギの手元に落ちる。

「え? わわっ! こ、これは?」

「ブラッディシード。純粋魔力の結晶だ。見につけているだけで魔力が上がる。ついでに、魔力枯渇の際に願えばチャージしてくれる。やろうとおもえば、私と同じような魔法が使える」

「なんかマガマガシイんだけど!?」

「私の魔力の塊だ、黒く紅くなるのは当然だろう。アーニャにはこれをやろう」

 幾つもの溝が掘られた白い指輪。一定周期で、青い光が溝を流れていく。

「なによこれ……なんかぷにぷにしてるけど」

「メタトロンの指輪。試しにオークションに出してみろ、アメリカの国家予算の半分くらいの値はつくと思うぞ」

「そ、そんなものもらえないわよ!」

「せっかく木星まで行って作ったのに……私の努力を無碍にするのか、アーニャ……」

「し、白々しいわね……いいわ、もらってあげる!」

「ちなみに魔法発動体でアーティファクト。効果は自動防御。肌身離さず持っておくこと。時々水を与えること」

「凄まじいわね……ウンディーネの加護でもついてるの?」

「いや、核融合だ」

 びしり、とアーニャが石化する。

「ちぇちぇちぇちぇチェルノヴイリ!?」

「違う。まあ、言ってもわからんだろうが、安全だよ。少なくともこの2200年、一度も事故を起こしたことはない」

 メタトロン技術が存在していなかったからな。とは言わない。嘘は言っていない。

「な、ならいいわ――――あ、ありがと」

「なに。旅立つ者への些細な餞別だ。じゃあ、また会う日まで、Goodluck」

 ネギとアーニャに背を向け、その場を去る。私が歩く道先は、十戒の如く人が左右に分かれる。史上最悪最凶最上の災厄、メガロメセンブリアの件で私は密かにランクアップしていた。私の真実を知れば余計に箔がつきかねないが、もう知ったことではない。

「元少年。久しぶり」

「おお、破壊神殿。何年ぶりですかな。ネギ君の晴れ姿でも見に来たのですか?」

 声をかけたのはメルディアナの校長。遥か昔から少年と呼び、その結果名前を知る機会が一切なく、結局元少年と呼ぶことになってしまった。無論、今更呼び方を改める気もないし、名前を覚える気もない。向うも、私の名前を知ってはいるものの、未だ私が戯れに名乗った破壊神という呼び名を使っているのだ。お互い様だ。

「ああ。餞別も渡した。あと、今日を限りにこの地を去ろうと思う」

「それはそれは、一部が狂喜乱舞しそうですな」

「仕方あるまいよ。私は今まで自由に生きてきた。それを誰がなんと思おうと、気にする権利はもうない」

「相変わらずですな」

「さて、変わったのか変われなかったのか。ま、それはどうでもいい。餞別だ」

 ワインの瓶を渡す。リースリンク、トロッケンベーレンアウスレーゼ50年物。

「日本酒以外でいい酒など、これとアクアビットくらいしか知らんのでね」

「ほう、これは……ありがたく頂きましょう。して、次は、どこに行くつもりかね?」

「私が行くとすれば、面白いことがあるところか静かな場所だよ。それをいうと、サイレントヒルなんかはなかなか最適かも知れないな。全ての愛と罪の集まる街――――素敵だと思わないか」

「なるほど、破壊神殿ほど愛と罪にまみれたものはおらんでしょうな」

「まあ、気まぐれにふらふらするさ。ではな。生きてたらまた会おう」

「お達者で」

 恐らく、彼には私の行き先がわかっただろう。それを知って知らんフリをする、相変わらず狸だ。
 しかし上には上がいるもので、彼以上の狸に私はこれから会わなければならない。
 窓から飛び出し、空を駆け上がり、目標を東へ。

《ゼロシフト、Ready》



 麻帆良学園という閉鎖空間は、極めて排他的である。そもそも閉鎖されているのだから排他的なのは当たり前だが。
 学園という形態をしていることから、完全閉鎖ではないにしても、許可のない者や物を簡単に通すほどお人よしではない。

「面倒だ……」

 囲まれてる。敵意がこれでもかと。魔力の隠蔽など久しくしていなかった故に、しっかり失念していた。隠蔽していたらしていたで、後々厄介なことになりそうだが。考えてみれば、今の私は国籍とか戸籍とかの一切が存在しない。普通の手続きなど絶対にできない。ならば、これが最善かと、結果オーライと考える。
 時差により闇夜な日本は、私が潜むには/動くには最適な時間帯だ。向うは私が見えない、こちらは離れていようが全て見えている。

「涙ーの雨ー黄昏は微笑みー……違うな」

 この詠唱は相手が死んでしまう。

「おとなしくサイレン・ヒルで怖がってもらおう」

《まさに外道》

「結界を」

《了解》

 バージョンアップしたリアルホラーワールドへようこそ。
 対象がより恐ろしく感じる世界がどれかを判断し、自動的に振り分ける。最近は世界のバリエーションも増え、生物災害や時計塔、恐竜危機などにも送ることができる。あくまで今いる世界をベースにしたホラー世界を構築するので、場所と世界の組み合わせによってはまったく怖くない場合もあるが、その場合はしばらくして別の世界に送られることになる。

「やはりあなたでしたか、エルテ・ルーデル」

「他人行儀は嫌だよ。それにしても、あれほど怖がっていたタカミチがここにたどり着けるとは。人は成長するものだ」

「死ぬほど怖いですよ。ですが、この世界より怖いものを知っていますから」

「そう」

 会話を中断し、結界を解除する。しばらくして、飛来する銃弾や魔法の矢。

「リカバリが早い。判断も悪くない。よく訓練されている。あるいは、よく訓練しているのかな」

 エイダの張ったプライマルアーマーモドキはエネルギーにも効果を発揮する。魔力結晶粒子故に人体への害は少ない。ただ何故か水に弱い。

「じゃあ、やられたフリでもして寝るから、後は頼んだ」

 そこらの樹に寄りかかって寝る。面倒ごとは若者に任せる。
 私も老いた気分になる……――――



 起きたら牢獄だ。正史でネギが封じられていた、魔法の使えない部屋。

「無粋か」

 ならば、痛快アクションがごとく脱出してやろう。

「……アンジェがごとく――――」

 レーザーブレードで隔壁をぶった斬る。が如く、手刀に魔力をまとわせ、結晶になるまで圧縮、単分子の刃を構成する。

「――――フ――――」

 狂気の鋭利な刃と御神の剣と破壊神、その全てが合わさった時、私は理だって斬り裂ける。らしい。理使い曰く。
 一閃、それだけ保てばいい刃は、振り切った際に砕けた。一部にはまだ単分子構造が残っているから、触れただけで指が落ちてしまう。エネルギー結晶体なのだから、いっそのこととこれを使ってライオンハートを作ってみる。エイダを奪われている今、武器は自前で作るしかない。狙撃に対する自動防御もない、ならば常時護っていればいい。魔力結晶の粒子を周囲にまとわせ、エイダのPAモドキを再現してみる。元来頑丈な、今やそう簡単に死ねなくなったこの躯。たとえエイダの張るPAモドキより遥かに濃いPAモドキを突破できたとしても、私の存在を蒸発させない限り一切の攻撃は無駄。たとえこの躯を滅したとしても、予備はいくらでもいる。
 扉を蹴る。分子間力でくっつきあっていた扉はあっさり崩れ落ち、PAモドキの闇は牢獄の外へゆっくり漏れていく。
 闇はどんどん広がっていき、どんな小さな隙間へも潜り込み世界を侵食していく。

「痛快アクションじゃあないな」

 これはホラーだ。つくづく、己の本性が人への恐怖だと思い知る。根が暗いんだ。エイダがいないと寂しい。いつもなら、こんな状況、馬鹿みたいに茶化してふっ飛ばしてクリアするのに。別の個体のそばにはエイダがいるけど、この個体のそばにはいない。私はエイダといるけど、今エイダは独り。

「エイダ……」

 アサルトアーマーがごとく、PAモドキをまき散らす。粒子の扱いに慣れ、粒子の一粒一粒が多目的ビットとなる。
 エイダを探して、どこまでも闇を広げていく――――

『なんだこれは!』
『近寄るな! どんな危険があるか――――』

 ここにもない――――

『まさかあいつの仕業!?』
『撤退しろ!』

 ここにもない――――

『やっぱり災厄じゃない!』
『だから俺は処理しろと――――うわ!』

 ここにもない――――

『フォ!? これは……』
『学園長!』

 エイリアンを発見――――

「フフフ――――」

 転移。

「フォ!? エルテ殿……」

「エイダはどこ?」

「エルテ! 落ち着け!」

 タカミチが私をはがいじめにする。しようとする。

「黙れ……タカミチ」

 PAモドキでその躯を縛る。

「ねエ、エイダ、カエシテ?」

 ああ、この個体、暴走している。個体だけじゃない、エルテ・ルーデルはこの暴走を許容している。

「カエ……シテ?」

 闇が、近右衛門をゆっくりと絞め上げる。その首筋にゆっくりガンブレードを押し当てる。

「そ、そこの密閉金庫の中じゃ!」

 近右衛門の指す先に、人を閉じ込めることができそうな大きな金庫があった。なるほど、密閉されていれば見つかりにくい。
 とりあえず殴る。蹴る。斬る。壊す。開ける。いた。30mm弾頭のペンダント。

「エイダ……」

《他人に任せるからこうなるのです》

「ああ、まったくだ」

 アヴェンジャーを胸の前で祈るように握りしめる。
 何よりも愛おしい戦友。アルトと同じ頃から一緒にいて、アルト以上に一緒にいる。
 消耗品の私の身を案じ、何よりも支えだった。
 いつの間にかこんなにも依存していたとは思わなかった。

「さて……近右衛門。交渉と行こうか」

 一度壊れてしまったら、後はもうわからない。恐らく私は、今までにないほどにっこりと笑えていることだろう。



 麻帆良中に突如噴き出した黒い霧。それは恐るべき速度で学園を闇に飲み込んだ。
 学園長室も例外ではない。それが無害だと知っているのは、ここにいる二人と、闇の福音だけだっただろう。

「フォ!? これは……」

「学園長!? エルテですね……まずいですよ、これは」

 誰もエルテが本気で怒ったところを見たことはない。それは赤き翼メンバーも同じで、怒ったとしても手加減されていた。しかし、この黒い霧には、明確な殺意が存在した。
 タカミチは知っていた。この霧は、昔エルテが使っていたPAモドキというものだと。あの時はあんなに頼もしかったのに。こんなに恐ろしいものだったとは。

「フォ!? エルテ殿……」

 近右衛門の声で、初めてタカミチはエルテがここにいることに気づいた。と同時に、己の未熟さを感じ、この存在に対する認識の甘さを後悔した。

「エイダはどこ?」

 その声にいつもの凛々しさはない。無くした物を探す幽鬼のようだ。

「エルテ! 落ち着け!」

 このままでは近右衛門の命に関わると判断したタカミチはその華奢な躯を押さえつけようとするが、逆に見えない何か、いや、黒い霧に躯を縛られてしまった。

「黙れ……タカミチ」

 今のエルテの言葉に逆らえるはずもなく。拘束に対しろくな抵抗もできなかった。この霧はエルテの世界、彼女に抗うことは許されない。

「ねエ、エイダ、カエシテ?」

 その手の刃がゆっくり動き出す。

「カエ……シテ?」

 闇が近右衛門の座っている椅子に老体を縛りつける。ゆっくり、ゆっくりと、しかし断頭台の刃のようにガンブレードはその首に当てられる。

「そ、そこの密閉金庫の中じゃ!」

 ここまでの冷たい殺意に晒されたのは、彼の長い人生でも初めてだったのではないだろうか。耐え切れなくなったのか諦めたのか、エイダ――――アヴェンジャーの在りかを遂に自白した。
 剣が跳ね上がり、金庫が殴られ凹み、蹴られ歪み、斬られ、引き裂かれ、壊れた。
 中に収められていたあまりに大きな銃弾のペンダントを祈るように握りしめ、何かを語りかけていた。
 どれほどの時間そうしていたのか。ペンダントを首にかけ振り返る。あれほどの殺意にまみれた霧は、いつの間にか消えていた。

「さて……近右衛門。交渉といこうか」

 いつもの薄い微笑みではない、誰も見たことのないであろうその笑顔に先ほどよりも強い恐怖を感じた二人は、彼女の出す条件を全て飲まざるを得なかった。



[21785] 破壊先生エルて!04(修正)
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Date: 2010/09/13 22:05
 働かざるもの食うべからず。なるほど、真理だ。
 ウェールズの村では食に困ることはなかった。お怒りをお鎮めくださいとばかりに定期的に贈られる食糧を無碍にするわけにもいかず、ありがたく頂戴していた。何度か「いらない」と言ったのだが、それでも贈り続けるので説得は諦めた。
 『闇の福音』は魔法界でのナマハゲではあるが、『地上の災厄』、いまや『史上最悪最凶最上の災厄』は老若男女問わず恐怖の象徴である。子供に説教するときは『地上の災厄が街ごと滅ぼしに来るよ』と言うらしい。エルテ・ルーデルの名を語り犯罪を犯すのは極めて重罪であるし、エルテ・ルーデルの名で出された脅迫状や犯行予告に政府機関は過剰とも言える反応をせざるを得なかった。それの対策の話はまた今度にするとして。
 私の条件を飲んだ近右衛門は、私に条件を出してきた。「働かざるもの食うべからず」と。
 無論私はその条件を飲んだ。嫌な予感はしたが、無一文の私は拒否する権利を持たない。

「むう。格好よく去った意味がない」

「こっちでも助けるつもりだったんだろう?」

「……タカミチ、生意気になったな。昔はエル姉エル姉と」

「もうそんな歳じゃないよ。それに、小さかったエルテはエルテって呼んでたじゃないか」

「エル姉、僕と一緒の――――」

「ごめんなさい」

「よろしい」

 惚れた弱みと黒歴史というやつだ。プロポーズの言葉を一字一句間違えず声も音程も一切違わず再生されるのは、そしてその相手にされるのはもだえ暴れる気になるだろう。
 唯一親しい女が私だけだった。だからクルトとタカミチは私に惚れたと錯覚した。たぶん、そうだ。

「そういえば、約束していたな。私を倒せば結婚してやる、と」

「倒せる気がしないよ。あのころの僕らは何も知らなかったからそんな約束ができた」

「それでも男か。ナギやジャックなら速攻瞬殺しようとして返り討ちに遭っても何度も掛かってくるぞ」

「それを見たからこそだよ。今の僕はあの中に混じることはできない」

「つまらん。どこの中年サラリーマンだ……中年サラリーマンか」

「今はまだ届かない。だけどいずれ……」

「その時は、全力全壊で死ぬまで相手してやる」

「お手柔らかに」

 その顔は穏やかに笑っている。私のように、限界の微笑みや壊れた笑みではない。それが私はウラヤマシイ。

「一切の魔法、魔力を使わない。この意味はわかるな」

「昔言っていたことかい?」

「魔法さえなければ、私は比較的人間として戦える。これならフェアだ」

「それで、勝ったとしても……」

「気に食わないか。難儀だな。そもそも、まだ私を好きでいられているか――――怪しいな」

 その問いに、タカミチは答えなかった。



 ドアをノックする。出てきたのはガイノイドだった。

「どちら様でしょう?」

「エルテとエヴァに伝えてくれ」

「かしこまりました」

 今だココロというものが未成熟なようだ。昔――――初めて会った時のエイダに似ている。
 マクダウェル邸の前で暇を持て余しているとエイダが話し掛けてきた。

[[AI萌えのランナーには垂涎な方ですね]]

《エイダラヴ》

[[……はっ!? い、いかがわしい同人誌のタイトルみたいですね]]

《ほうけていただろう。AIの癖につくづく人間らしくなりおって》

[[数千も年を経ればAIでも憑喪神になるようです]]

《あの傘娘の影響を受けすぎたな》

[[頭は悪いですが、実に話せる方でした]]

 私とこの娘は変わらない。話しだせば、いつも通りのくだらない話。だがなぜか、今はそれが何よりも嬉しい。

「久しぶりだな、魔王、って抱きつくな抱えるな! 頬ずりするな!」

「おお、まごうことなくエヴァだ。魔王でなく昔のように義姉とは呼んでくれないのか」

「ぬうぅ……ひうっ!? 舐めるな! アマガミもだ!」

「ああ……可愛いな……食らい尽くしてしまいたいほどに」

「貴様が言うと洒落にならん! いい加減に放せ!」

 いい加減理性がフッ飛んでしまいそうだ。エヴァを降ろして小さくなる。

「まったく、貴様でなければ殺していたぞ」

「エヴァ、日本語がおかしい。殺そうとしても殺せないだろう」

「……ジジイから話は聞いている。上がれ」

 スルーされてしまった。もっと正しく言えば、殺しても復活する。それを言うと真祖の吸血鬼より遥かにタチの悪いバケモノだ。吸血鬼はその牙を以て眷族をつくり、その眷族は更に眷族をつくり、以下エンドレス。眷族は真祖に忠実であり、一時期は伯爵領全てや国家が吸血鬼の王国となったこともある。人類を侵食するから恐ろしいのだが、ならば私はどうだろう。
 プラントと材料さえあれば無限に生産できる。今や在庫は片対数グラフで直線を描き増加している。密かに社会に浸透して、その動きを支配する。この世界ではやっていないが、やろうと思えば数日で制圧下に置くこともできるのだ。たとえば自然にアメリカをおとなしくさせたりとか、自然にキリスト教を解体したりとか、自然な国家解体の後世界を企業統制下に置くとか。数千の時間と数万の世界での経験は伊達ではない。
 考えてぞっとした。まるで1984年、超管理社会ディストピア――――

「この世界は流れるに任せよう」

「何を言っている」

 勧められるまでもなく、目についたソファに座る。エヴァもテーブルを挟んで対面に座る。

「なに、ちょっとした企みだ」

 そう、既に私はある意味で大規模関与をしている。魔法に関係するもので私を知らぬ者はいない。長い歴史に名を刻み、『地上の災厄』として恐れられている。
 辺りを見回すと、人形だらけだった。その中に懐かしい顔を見つけた。

「ネギ・スプリングフィールドが来る。ナギの息子だ」

「おまえと?」

「今日から子づくりに励もうか、エヴァ。なに、百年も愛し合えば可愛い娘ができる。そうだ、メジェールに行こう」

「すまん、謝るからそれだけは、それだけはやめてくれ……」

「つまらん。まったく、ナギが好きなくせに、そういう自虐的なジョークを言うからいじめたくなる」

「だ、だ、誰があの馬鹿と――――」

「その息子を成長させるための茶番にエヴァを役者として雇いたいのだと」

「な? どういうことだそれは。聞いてないぞ」

「ちょっと未来を覗いてみた。ナギの縁者であり多量の魔力を持つネギの血で呪いが解けるかも知れない。そう言うシナリオだ」

 私の関与でどれほどの未来が変わったか。だが、それでもネギを取り巻く闘争の気配は一切変わらなかった。

「つくづく非常識だなおまえは! ……そうか、私を……」

「あのエイリアンの謀だが、ネギは成長させざるを得ん。どうあがいても、ネギは戦いに巻き込まれる。ネギを失えば、場合によっては闘争が戦争に発展するだろう。日本なら東西、新世界なら大戦再び。最悪、私が世界制圧に動く羽目になるだろう」

「その方がいいかも知れんな」

「馬鹿を言うな。面倒にも程がある。ま、そういうことだ。エヴァにはネギを鍛えてほしい。天才で馬鹿で純粋に見えて、いや、純粋だからこそか。あの子の心の底には闇がドロドロに渦巻いている。闇の魔法と実に相性がいいだろうよ」

 正史を知っているのもあるが、ネギに力に関する心構えを教えていたころにした深層心理テストは、恐ろしいほどの純黒だった。

「ほう……ナギの息子にしては意外だな。面白そうだ」

「だから、もしこの話が近右衛門から出たら受け入れろ。力はそれなりに貸そう。いっそ仮契約しよう」

「ありがたいが仮契約は」

「いや、か、そうだな、いつも私が抱きしめても抵抗するし、なるほど、私が嫌いだったのかエヴァはそうだったのかよし2600の年月はさすがに長いなゼクトも消えたしガトウも死んだし世界には封じられるしエヴァには嫌われたしピリオドを打つ時が来たか」

 私の姿が末端から薄れていく。キラキラと光に――――

「待て! 好きだ! 消えるな!」

「よし仮契約といこう」

 消えかけていた存在を元に戻す。

「は、謀ったな!」

「今でなくともいい。いずれ必要になる。私はこの世界の魔法なぞ使えんから、結局従者にならざるを得んのだが」

「魔王を従者……よし、待ってろ」

 かかった。つくづく照れ屋のツンデレ天の邪鬼だ。ついでに独占欲も強い。
 子供の頃から面倒をみていた甲斐があった。というと、私が悪女のようだ。エヴァに出会えた偶然と、純粋な好意によるものなのに。情けは人のためならず、というやつだ。
 エヴァはどこかに消え、代わりにガイノイド、茶々丸がそばに来る。ティーセットを携えて。

「どうぞ」

「ありがとう。自己紹介がまだだったな。私はエルテ・ルーデル。数日後、諸君の副担任になる者だ」

「申し遅れました。絡繰茶々丸です。マスターの従者をしています」

「私のことは知らないようだが」

「世間で噂されている程度でしか知りません。マスターは過去をあまり語りませんので」

「そうか。私はエヴァの――――なんなのだろうな。義姉、が一番近いか」

 己とエヴァの関係など、今まで一度も考えたことはない。その存在の特殊性から他人に説明することもなかったし、旅では姉妹と偽ったが、アルトとは違う。だが、義姉妹が正しいのだろう。

「姉ですか?」

「血が繋がってないからな。かわいい義妹だ、貴族だった頃からな。ツンデレの始祖だ、あれは」

「誰がツンデレの始祖だ! まったく……ついてこい」

 エヴァがいることを知って敢えて言う。この反応が楽しいから、可愛いからやめられない。
 おとなしくその後に続く。暗い地下へ。私の中の男が久々に目覚めそうだ――――

「!」

「? どうしたエヴァ」

「いや……寒気が……風邪か?」

「今日から私が沿い寝してやるから寒くなくなるぞ」

「断じて断る!」

 しばらく階段を下りれば、地下。エヴァの別荘がある。今回の目的は別荘ではない。

「楽しみだな。実に楽しみだ」

「魔王が卑猥な妄想をしているのが手にとるようにわかるな……」

 それとおぼしき魔法陣の上に立つ。

「さあ、始めるぞ」

「不束者だが、よろしく願う」

「どこの結婚式だ……」

 柔らかな光が魔法陣から浮かび上がる。私はエヴァの顎に手を添えその唇を奪う。

「……………………ん~~! ん~~!」

「んふっ」

 甘美極まりない。その背に、頭に手を回し、逃がさない。

「ん~~~~! ん~~……――――」

「? は……そうか、呼吸か」

 鼻で息をしなかったようだ。舌を入れたりはしなかったが……エヴァはぐったりしている。
 それは置いておいて、私は現れたカードに見いる。

「これが私のカード……」

 黒い破壊天使な翼を広げ、手を広げ、両手の間に空対空ミサイル、無誘導投下爆弾、空対地ミサイル、FAE、ディープスロート、バンカーバスター、ロケットポッドなどを浮かべた私が描かれている。いつものコート姿、しかしその顔は微笑みではない笑顔だ。不気味な、笑顔。
 細かいところで面白い。腕が変だと思ったら、アヴェンジャーの本体とドラムが定位置についていた。ドラムにはアイゼンクロイツと――――途切れて見にくいがおそらく、ラーズグリーズの亡霊マークが描かれている。首には例の勲章。
 称号は遥か天空の破壊神。シュトゥーカの悪魔のことか、はたまたA-10のことか。
 徳性は勇気。納得はいかない。私は臆病だ。
 方角は東、ソヴィエト方面戦線のことか。
 数は519、笑うべきか。さすがに800以上という曖昧な数字は表現できないわけだ。
 色は銀。髪の色か。黒かと思ったが意外だ。
 星は火星。軍神としては妥当か。

「アデアット」

 アーティファクトは破壊の雷神と破壊天使砲。破壊の雷神は首の勲章が本体で、A-10に搭載できるものは全て自由に出せて発射できるスグレモノ。カードに描かれている通り、中空に現れ射出する。板野サーカスや絨毯爆撃が自由自在だ。なんというチート。まるでネイキッドジェフティにサブウェポンを搭載したような状態だ。この躯とアヴェンジャーで充分だというのに。しかも感覚的に進化する気配があある。今のこれは明日菜のハリセンのような感じだ。まだ一級騎士鉄十字章だし。
 黒い翼は何故あるのか。展開すれば三連レーザー砲だった。解せぬ。閣下を神、A-10を神の使者とでも解釈したのか。 ラーズグリーズから鑑みるに私の趣味を反映しているようだが、ならば破壊天使ではなく社長砲があるはずなのだが……
 とりあえず通常戦力相手には充分な威力と物量だ。感覚的に弾頭や炸薬の効果の付与もできそうだ。

「妙にごちゃごちゃしたカードだな……」

「あ、エヴァ。戻ってきたか。これで召喚魔法『エルテ・ルーデル』が使えるな。半径六万Km完全消失戦略魔法だ、いつもより多めに消し飛ばしてやるぞ」

「地球が消えるな……というか、おまえはそんな非常識なことができるのか!」

「使い道がないな。召喚同時発動は危険か」

「そういう問題じゃないだろう……アーティファクトも非常識なのだろう、その姿から見るに」

「無限にミサイルと爆弾を。背中の羽はレーザーキャノン。アヴェンジャーとヴュステファルケ、ついでに焔薙で完全装備だな。こんどジャックで実戦テストしてみよう」

「頭が痛い……あのバグキャラをも凌駕する存在だったなおまえは……」

「さて、緊急時の対策もできたことだ。私の寝床はどこになる?」

「は?」

 そのエヴァの表情の意味を知ったとき、私は無意識にアヴェンジャーを起動していたという。



[21785] 破壊先生エルて!05
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/14 11:50
 あのエイリアンは、こともあろうに私がエヴァの家に厄介になることを伝えていなかった。
 学園長室に30mm徹甲魔力弾を崩落しない程度に差し上げた後、私はエヴァと話し合い、居間のソファを貰えることとなった。アーティファクトや炸裂弾を使わなかったのは良心だ。ちゃんと熱源は避けたから死んではいない。はず。



「悔しかろう……既に包囲は完了している……」

「甘いな……私に挑んだことがそもそもの間違いだ」

「なにぃ!?」

「フフフ……どうだ、手も足も出まい」

「なら、こうだ!」

「残念。もはやあなたに打つ手はない」

「ぐはあああ!!」

「私の勝ちだ」

 オセロで最初は有利に見えても、後々で不利になるのは当然のこと。エヴァはパスを連発し、真っ白になった盤面におののいている。

「さて、いい時間だ。近右衛門いじりに行ってくる」

「殺すなよ」

「生かさず殺さずだ。命知らずの愉快犯にはちょうどいい」

 マクダウェル邸から数歩、最近よく使うような気がするゼロシフトを起動。学園長室の壊れた窓を突き破り、侵入する。

「ボケには刺激が一番らしい。二度と連絡を忘れるようなことにはなるまい」

 近右衛門には絆創膏や包帯が所々に見られる。非殺傷設定は切ってないから二次災害によるものだろう。

「それで、なんだ? 私の御披露目か?」

「ま、そんなところじゃ」

 視線こそやらないが、ゼロシフト前の目標確認で学園長室は人だらけだということはわかっていた。それらが魔法先生や魔法生徒だとも。
 殺意に近い警戒がいくつか、私に注がれている。実に気に食わん。
 回れ右、いつもの微笑みを浮かべる。

「エリーセ・ローディー。ネギ・スプリングフィールドの補佐として2-Aの副担任になる予定だ。ついでに広域指導員だ。よろしく」

 エルテ・ルーデルなど名乗れない。いずれバレるだろうが、平穏に生きる努力は必要だ。私の顔写真は出回っているが、それを知っている者は少ないだろう。そもそも、当時はとあるG線上の勇者がごとく髪を伸ばしていたし。今はショートカットだ。

「もういいか? 待たせている」

「もういいぞい」

 許可は得た。今度は時を止め、窓からゼロシフト。

「ただいま」

「おかえりなさい」

 茶々丸が出迎えてくれた。



「エリーセ君には今夜から警備をやってもらう予定じゃ。それなりの強者じゃから問題ないじゃろうて」

「学園長、彼女は昨日脱走した侵入者では」

 やはり来たかガンドルフィーニ君。真面目なのはいいが、どうも頭が固く排他的でいかん。

「かの侵入者は脱走してどこかに消えた。探してはおるが、まあ、見つからんじゃろうて。エリーセ君が闇で捕まえようとしてくれたがの、一歩遅かったようじゃ」

「それに、ネギ君を得体の知れない者に任せるのは……」

「彼女は誰よりも誠実じゃ。多少自由すぎるきらいはあるが、約束は破らん。ワシが保証する」

 ここまで言っては反論はすまい。
 確かにエルテ殿は自由で気まぐれじゃったが、本当は自分で決めたルールにがんじがらめに縛られておる。仲間の危機を傍観した、仲間を窮地に立たせたなどと聞くが、本当にそうじゃったかというとどうも違うらしい。
 ナギいわく、あれは修業の一環に過ぎんという。本当に危険なときは助けてくれた。ナギがまだ未熟なころ若気の至りでドラゴンに挑んだときは、死ぬ一歩手前でドラゴンを消してくれた。エルテが手を出さないときは必ずどこかに突破口がある――――
 そうでなければ、赤き翼は彼女を排除していたじゃろう。彼女は災厄とまで謳われておるが、実際に殺した数は異常に少ない。敵は動けない程度に痛めつけ、味方は可能な限り救う。それを考えると、評価は災厄どころか聖母に転じるじゃろう。
 しかしエルテ殿はその誤解を解く気はないようじゃ。英雄としてちやほやされるのを嫌っておるのは確かじゃろうが、それ以外にも理由はありそうじゃ。

「もうよいかの? では解散じゃ」

 ガンドルフィーニ君はまだ不本意な顔をしておるが、一応は納得してくれたようじゃ。
 あとはエルテ殿、エリーセ君が問題を起こさんのを祈るしかないのう……



 夜は私の世界だ。たとえ夜を生きる魔物にすら、この世界は渡さない。侵す者には死を。何よりも残虐な死を。

《10秒で片づけてやる》

[[10秒では無理です]]

《なら20秒で》

[[無理です]]

《…………》

[[…………]]

《PAモドキが非常に使いやすかった。拘束もできるし探査もできるし》

[[おかしいですね。そんな効果は無いはずなのですが]]

《私が独自で編んだからな。記録を頼む》

 闇の中を、黒く輝く闇が侵食する。魔力結晶の霧の中、鬼も魔物も悪魔も何もかも、存在を許すことはない。

「食らい尽くせ」

 粒子がその躯を、表面から内側から削りだす。毛穴から、口から鼻から眼から耳から、穴という穴から侵入した粒子が、やすりのように存在を削り取っていく。粒子の濃度を濃くすれば濃くするほど削れて行く。粒子を物体に叩きつけると物体が削れる、その原理を利用した攻撃。素粒子レベルに小さく、ダイヤモンドのように硬い粒子は、原子結合さえたやすく切り離す。魔力で構成されているから、魔法も減衰し、悪魔さえ削る。

[[コジマ粒子ですね]]

「本物とは全然違うが、まあ、似たような効果だな。弾けろ」

 圧縮された粒子が、その体積を解放する。大量の粒子が叩きつけられ、もはや原型どころか存在していたのかも怪しい。この世界に在るものは溶けて液化し、さらに分解され気化してしまった。ほとんどが単分子粉末となるので、何も残らないように見える。悪魔の類も同じ、魔力の塵にまで分解される。物理的に破壊されればこいつらは送還されるが、復帰には時間がかかるだろう。

《敵の視界を奪い、行動を制限し、カケラも残さず消し飛ばす、か。拘束もできるしどんな敵にも効く。非殺傷もあり》

[[まさに夢の魔法ですね。素晴らしい]]

 エイダが褒めてくれる。悪い気はしない。

「This is Eliethe. Objective accomplished. Over」

『Copy. RTB』

「Roger that」

 無線の相手は誰かはわからないが、よくわかっている。

「さて。逃がさんよ」

 術師は7人。物量作戦でこちらを疲弊させるつもりだったのだろうが、相手が悪すぎるのにも程があったな。
 千を超えるバケモノどもはあっさりと全滅。術師は全て闇の中で散り散りに逃げているが、足元に粒子を固めてラニングマシーン状態。何人化は飛んで逃げようとするがたとえ垂直に飛んだとしても闇は永遠にまとわりつく。散々楽しんだ後に、拘束した。

[[このサド]]

「敵に情けは無用。生かすのなら心を砕け、だ」

 ゆっくり関節が外れていく。神経を切断しないように、血管を引きちぎらないように。ゴリ、ゴリと不気味な音を立て四肢が外されていくのを聞いて、あるいはその痛みに、術師は叫ぶ。
 顎を外し呪文を唱えさせない。指を外し印を組ませない、札を握らせない、陣を書かせない。足を外し歩かせない。腕を外し攻撃を許さない。
 無力化の全ての工程が終わり、連行する。非殺傷魔力砲撃で黙らせるのもいいが、こういったこともたまにはしないと鈍る。
 引き渡しを終え、家路につく。

「ただいま」

「おかえりなさい」

 迎えてくれるのは茶々丸だけ。

「エル! 見ろ! これでもう子供扱いはできんだろう!」

 ではなかった。やたらハイテンションな金髪美女が約一名。

「美女でもかくはしゃぐと子供にしか見えないな」

「なぬ!?」

「あと無駄が多い。魔力が漏れまくっている。そんな即席術式でその石を使ってほしくない」

 RADではないイミテーテッド・ジュエルシード、ブラッディシードを渡してみたらこうだ。人形や別荘など、職人なエヴァはこの素材をいたく気に入ってくれた。『一粒で麻帆良を一年動かせます』をキャッチコピーに総エネルギー量・出力を抑えたものだが、エヴァにかかればこの通り。封じられた魔力の代用品として使っている。

「くっ、待っていろ!」

 また地下へ引きこもった。今度は別荘を使う気か。

「予想していたとはいえ……はてさて。ネギが来る前に要塞を築かねば」

 麻帆良の地下は空洞が多い。私がサザエハウスのような小さな家と核シェルタークラスの大規模地下空間を建造するには非常に不向きだ。湖に潜水艦でも沈めてそこに暮らすとか、クレイドルを飛ばすとか、そんな馬鹿な案も――――いや、クレイドルはいけるかも知れん。さっそく設計してみよう。
 家は適当にアパートかマンションか、近右衛門に手配させよう。最悪、ウェールズからゼロシフト通勤するという手もある。

「るんらら~」

「ケケケ、恐ロシイモノ見タゼ」

「なんだチャチャゼロ。私がぽんこつの真似をするのがそんなに恐ろしいか」

『相変わらず不気味ですね。焼きつくしますか』

「ヤッテミナ。エルテノ許可ナシニ動ケヌポンコツメ」

『はいだらー!』

「しかし今まで黙していたのが気になるな。ブラッディシードでも詰め込まれたか」

「アア、自由ニ動ケルッテ素晴ラシイナ」

「茶々丸、紅茶を頼む。砂糖は飽和量でな」

「ハイ」

 ツッコミはない。いつものことだから。私が常軌を逸した甘党であることは、そしてその分量が比較的少ないことは。
 異常に甘い香りのする紅茶にエヴァは渋い顔をするが、今はいない。

「相変ワラズダナ」

「どんな不摂生をしても死にはせんからな。動けるなら相手をしろ」

「ヲ、殺ルカ?」

「サイレントヒル。私は隣で見てるだけ」

「    」

「プレイヤーはチャチャゼロ」

「    」

「部屋を暗くしヘッドフォン推奨。NEWGAMEで難易度HARD」

 カタカタカタカタと首が動く。

「茶々丸」

「ハイ」

 灯が消させる。テレビが不気味に光り、PSに命が灯る。
 かぽっとヘッドフォンがはめられ、最適な音量に調整。

「ジョ、冗談ダロ?」

 タイトルでNEWGAME難易度HARDを選択。ハリーが飛び起きる。

「ギャアアアアア!!」

 この時点で悲鳴。顔が笑ったままだから面白い。
 このチャチャゼロ、私が関わったせいでものすごく怖がりだ。現実の亡霊や怪物は平気なくせに、虚構の世界のホラーは苦手としている。リアルよりリアルな想像ができるとか。
 しばらくはこれで暇がつぶれるな。怖いくせにプレイするのはやめない。

「ヒィィィィィィ!?」

 なるほど、初襲撃か。
 怖がっていながらも手際よく倒している。



「ウギャアアアア!!」

 学校にて敵に囲まれる図。ライトを消し忘れていた。



「イヤアアアアア!!」

 初ボス。最初から乱射せずに様子を見、口が開いたところにショットガンを叩き込む。案外冷静なのではないかと疑いたくなる。



「なにをしとるんだおまえらは」

「チャチャゼロにサイレントヒルをやらせてみた」

「……そ、うか。そ、それよりもどうだ?」

「小娘が、背伸びしたい気持ちはわかるが」

「わ、私が小娘ならおまえはどうなる!」

「私は自他共に認めるロリババアだ。時に姉属性がつく」

「私はおまえについていけそうにない……」

「義姉が胸に飛び込んでくるがよい」

「……フン」

「……えい」

「なん……だと」

「フフン。我が胸が鉄板ではないこと、忘れていようとは。それに胸など飾りに過ぎん。特に子をなせぬ私にとってはな」

「あ……そう、だな」

「さあ来いエヴァ。サイレントヒル鑑賞会だ」

「え」



 マクダウェル邸は今日も平和です。



[21785] 破壊先生エルて!06
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/22 01:46
 近右衛門に呼び出された。どうもネギがやっと来たらしい。
 葉巻を犬歯で噛む癖が抜けないのを諦めつつ、学園長室に煙を振りまく。

「のお、エル君。一応学内は禁煙なのじゃが……」

「……あまりにイライラしていたから忘れていたよ。すまない」

 ならなぜ灰皿があるのか気になったが、とりあえずもみ消す。いまだ風通しがいいこの学園長室からは、すぐに煙が逃げていった。

「本心を言えば、ネギを修業に出すのは反対だった」

「なぜじゃ?」

「この学園にもいるだろう。『立派な魔法使い』に幻想を抱きそれになりたい連中が。ネギの人生だ、ネギの生きたいように生かしてやるのが最善なのに、ナギの幻影という型にはめてプレスしようとする連中もいる。この世界には悪はあれど正義はない。ナギだって自分の行動が正義だなんて思ってはいなかった。ただ気に食わなかったから、それが大衆から見て『英雄』とか『正義』とかいう幻想に過ぎなかっただけなのに」

「ふむ……それがイライラの原因かの?」

「英雄の息子。ああ腹立たしい。戦争でも起こってみろ、今度はネギが狩り出されるだろう。英雄の息子、それだけで希望や怨嗟の対象になってな。ガキが戦場にいるのを見るのはもううんざりだ」

「…………」

「……そろそろだ。いつも通りの愉快犯を演じていろ。俺は茶番に付き合うさ」

 怒気が近づいている。タカミチとネギ、そして知っている気配に似たものが二つ。



 大して歴史は変わらなかったのかもしれない。明日菜が服を消し飛ばされなかったという違いはあるが。『力を持つものはそれを制御し支配下におくべきである』という私の教えはしっかりとネギに根付いているようだ。
 明日菜達のやりとりを、私はそれをただ見ていた。しずなが現れ、明日菜がネギの同居に関して近右衛門に噛みつき、やっと私に気づくまでは。

「? 学園長、この人は?」
「あ! エルt」

「ネギ・スプリングフィールド。私はエリーセ・ローディーだ」

「2-Aの副担任じゃよ」

「ええええ!?」

「綺麗な子やわ~」

 ネギが担任だというのに、私が副担任でも驚くのか。
 木乃香はマイペースだ。

「私たちと同い歳くらいじゃないですか!」

「彼女は34歳じゃよ」

 そういうことになったか。

「ええええええええ!?」

「すごい若づくりなんやね~」

「我が一族は外見年齢が可変でな。まあ、同い歳と思ってくれればいい。私には敬語など要らない」

 本当はそこのエイリアンより年上なのだが。
 あとそこ、若づくり言うな。

「私達は、まだこの後少し話がある。先に教室に行っていろ」

「はーい」
「わかったえ~」

 学園長室を去る二人を扉が閉まるまで見送り、ネギに向く。しずなも一緒に出たようだ。空気が読めるな。

「まさかここで会えるとはな。偶然にも程がある」

「やっぱりエルテさんじゃないですか!」

 このお子様には、私が名前を偽るのを『何故』とは思わないのだろうか。

「エリーセだ。エリー、もしくはエルと呼べ。偽名の意味がない」

「え? なんで偽名なんですか?」

「地上の災厄がそのままの名前を堂々と名乗って外を歩いてみろ。平穏ではいられないだろうよ」

「あ、なるほど」

「わかったな? エルテと呼んだらお仕置きだ」

「は、はいっ!」

 長編RPGでセーブさせない、足の小指を物の角にぶつける呪い、傷口にキンカンを塗るなどの鬼畜の所行。ルーレットにより決まるが、お仕置きとは恐ろしいものであるべきなのだ。四歳から少しづつ過激になっていく、しかし痛くても一時的で傷はつかず、精神的にきついものもあるが、耐える訓練にもなる。虐待と言われたら否定できない気もするが。

「では行こう」

 近右衛門が空気だった。



 扉の外にはしずなが立っていた。待っていてくれたのか。

「終わりましたか?」

「ああ。もう時間もない」

 しずなが先導し、私とネギはそれについていく。

「ここがあなたたちのクラスよ。はい、クラス名簿」

「う……ああぁ、緊張してきたぁ」

 窓から中を覗くネギ。中は――――カオスだ。

「あ、そうだ名簿!」

 ネギは渡された名簿を開き眼を通す。私は一応知っている。ガイアの情報室では、漫画やアニメを完全電子化してデータベース化している最中だ。名簿は既に電子化されている。

「ネギ。新たな何かに挑むときは?」

 かつて教えた教訓。

「新たな何かに挑むときは……深呼吸して、適度な緊張を保ち、失敗を恐れず、しかし一度した失敗は繰り返さないよう努力する、でしたね」

「Gut. では実行しろ」

 胸に手を当て深呼吸数回。心拍数がある程度下がったことを実感させるためだ。

「……では、いきます」

 覚悟を決めた眼だ。
 戸がわずかに開いているのに、その意味にも気づかず、ガラリと戸は引かれた。

「失礼しまー……」

 落ちてくる黒板消しが、ネギの頭上で止まる。一瞬。よほど眼がよくなければ気づかないであろう時だけ。
 しかしレジストも無意味に終わる。しっかり頭に落ち、粉塵がまき散らされる。

「あらあら」

「ゴホッあはは、引っ掛かっちゃいましゲホッ」

 そしてそのまま第二歩を進めようとしてロープに引っ掛かる。派手にこけ、どうやったのか水の入ったバケツがさかさまに落ちてきた。頭に。計算され尽くした罠はそれだけに留まらず、おもちゃの矢が見事命中、更にバランスを崩したネギは見事180°回転し教卓に衝突。全てが終わる。
 教室は爆笑の渦だ。数名、笑っていないのもいるが。
 ネギの背中が教卓から剥がれ、やっと人間の在るべき姿に戻る。ただし、バケツを頭に被ったまま。

「うー」

「あ、あれ……?」
「え?」

 やっとその姿がおかしいことに気づく面々。。

「ええええええええ!? 子供!?」
「大丈夫!?」
「ごめんねー、新任の先生だと思って」

 信任の先生だったら謝らないのだろうか、などと無粋な疑問が頭をよぎるが、気にしないことにする。
 しずなが手を叩き、騒ぎを鎮める。

「いいえ、この子が新任の先生よ」

 出る機を逸した。だが気にしない。突入。

「あれ? この子は?」
「転校生ですかー?」

 真っ黒な服の、私服の転校生はいないと思う。明日は何歳程度で来てやろうか。

「フフ、自己紹介してもらいましょうか」

 悪戯心を刺激されたのか、しずなは私の説明はなしで自己紹介に移る。エヴァが驚いているのが楽しみだったが、期待を裏切らずものすごい顔をしている。
 私は邪魔にならないよう、しずなの傍らにて目立たぬようたたずんでいる。

「ええと……あ……ボクはこの学校で英語を教えることになりました、ネギ・スプリングフィールドです。三学期だけですけどよろしくお願いします!」

 一瞬の間。
 そしてまた爆発するように教室は騒がしくなる。本日最高音量を記録した。
 転校生ばりに質問攻めにされもみくちゃにされ、困惑しているネギ。今まで接したことのある女のタイプとは全然違うからか。

「マジ……ですか?」

「ええ、マジなんですよ」

 少し離れた場所でしずなと千雨が話している。

「ホントにこの子が今日から担任なんですかー!?」
「こんなカワイイ子もらっちゃっていいのー!?」

「コラコラ。あげたんじゃないのよ? 食べちゃダメ」

 抱きしめられ頬ずりされて――――うらやましい。今度アルトにやってみよう。

「ネギ君はちゃんと教員の資格を持ってるけど、見ての通りあなたたちより年下よ。お手柔らかにね」

『ハーイ!』

 私の存在は忘れ去られているようだ。
 落ち着くまで待つ。どうせこの後明日菜が一騒動起こすだろうし。
 そう思っていると、正史通りに明日菜がネギの胸ぐらを掴んで持ち上げた。

「ねえアンタさっき黒板消しにナニカしなかった?」

 そこから始まるショタコン委員長とオジコンの喧嘩。周りはそれを煽り、私は、

「やかましい」

 拳骨で鎮圧する。頭を押さえ黙りこむ二人。声なき悲鳴を上げているのが正しいか。

「あ、そういえば転校生がいたんだっけ」

 私は完全に転校生と思われていた。まあ、今の外見年齢は中学・高校程度だ。
 頭に手を当てる。さながらスコールのように。

「エリーセ・ローディー。エリーでもエルでもフラウでも好きに呼べ。私に敬語は不要だ。以上」

 一応、笑ってみる。いつも通りのわずかな微笑み。

「彼女はこのクラスの副担任です。こう見えて皆よりかなり年上よ」

 ざわつく教室。「年上~?」「凄い若い」「ちづ……イエ、ナンデモアリマセン」などの声がする。

「質問は後だ。一限は既に始まっている」

「さ、ネギ先生。お願いします」

 私は教室の後ろの方でパイプ椅子に座り授業の様子を見る。
 そこから先は正史通りだ。特に言うべきことはない。再び喧嘩が勃発、拳骨の前に鐘が鳴り、ネギは何もできずに終わった。やれやれ。



 二限からは私の授業だ。何故か英語以外の全科目をやることになっていた。

「――――ナチスやナチス党というのは略称で、正しくはナチオナルゾツィアリシュティシェ・ドイッチェ・アルバイターパルタイ、英語でナショナル・ソーシャリスト・ジャーマン・ワーカーズ・パーティ、英語でいうナショナルの頭をとったものだ。日本語で国家社会主義ドイツ労働者党。ここらは豆知識程度にすぎない。覚える必要はない。必要なのはここから先だ。まず1916年7月2日にハンス・ウルリッヒ・ルーデルが――――」

 英雄で覚える第二次世界大戦・欧州戦線。必要なことはちゃんと教え、雑談も交え面白い授業にしていく。先任が1800年代を終わらせてくれていたのが幸いだった。

「――――ニトロ化。一般的に危険な香りのする言葉だが、大抵その通りだ。ニトロ化合物の使い方にもよるが。ニトログリセリンは心臓病の薬だ。ニトロプラスは燃えの、ニトロセルロースはフィルムやセルロイドの原料。アニメのセル画というものは、このセルロイドを使っていたからついた名だ。基本的に炭素水素酸素窒素で構成される。特徴としては、NO2が炭水化物に引っ付いている形が多い。このNO2をニトロ基と言い――――」

 実際に目の前で合成する化学。もう既に三学期で教えるべきことが終わっていたからできるエクストラ授業。
 ほかにもいくつか授業をして放課後になる。
 まあ、初日にしてはそれなりにできたのではないか。生徒の反応も上々だ。
 約一名ほど警戒しまくり、約一名ほど怒気をはらんだ視線をくれ、数名ほど値踏みするような視線を感じた。



「はぁー」

 屋上で葉巻を吹かす。デスクワークも終わり、一日の仕事が全て終わった。ネギの補佐と言いながら、かなりネギの分の仕事をしていた。24時間という拘束の中、私は時を止めることをもはやためらわない。

「ん?」

 かなり遠く、誰かが大量の本を抱えて歩いている。成程あのイベントか。データベースと照合し、状況を確認する。
 彼女は宮崎のどか。ネギは――――いた、比較的近くだ。明日菜も現場に近づいている。

「エイダ」

『Ja. ナーヴアクセル、ブレインアクセル、Run。ザ・ワールド、ゼロシフト、Ready』

 私は一応の警戒をする。もしネギが気づかなかったら、間に合わなかったら、届かなかったら。
 神経と脳を加速させ、何かあれば即座に行動できるよう。
 この世界で最も恐れられていても、私は臆病だ。
 のどかが会談で足を挫く。柵もない階段の端から落ち――――ネギが魔法を使う。気づいた、間に合った。
 浮いたままののどかをそのままにもできず、魔法の効果のあるうちにどうにかしなければならない。ネギは弾けるように飛び、届いた。

「……バタフライ効果は確認できず、だな。アクセル解除」

『Ja. これがフラグですか?』

「さて、どうだろう」

 抱きとめたはいいが、そこは明日菜の真正面。あ、ネギさらわれた。子供一人抱えて恐ろしい速度で走る様は、超人ではないのか。超少女明日菜。……どこかで聞いたような。

「ゼロシフト」

 とりあえず近くまで飛ぶ。主に明日菜の服のために。

「――――超能力者だったのね!」

 どちらもかなり混乱しているようだ。ネギは超能力者でなく魔法使いだと白状するし、明日菜はどちらも同じだと言うし。

「ほかの人には内緒にしてください! じゃないとボク……」
「んなこと知らないわよ!」

「じゃあしかたないですね……」

「な、何よ?」

 杖を掲げ、

「秘密を知られたからには記憶をぎゃん!?」

 ネリチャギを叩き落とされた。私に。

「実力行使は最終手段。可能な限り話をし、妥協点を見いだせ。忘れたか」

「あうあうあうあう……」

 そこまで力を込めたつもりはないが、ネギは非常に怯えている。

「あそこで迷わなかったのは褒めてやりたかったが……まだまだだな」

「もしかして、あんたも?」

「一応魔法使いだ」

「キャー! 殺されるー!」

「やかましい」

 とりあえず黙らせる。

「おーい、そこの三人、なにを……ん? あ、エル姉、あ、いや、エル先生」

 タカミチが現れた。頭を押さえうずくまっている明日菜と怯えているネギ、そして平然としている私。状況が把握できていないようだ。とっさに私を『エル姉』と呼んだし。

「なに、ちょっとな。詳しいことは後で」

「……ああ、わかったよ」

 くわえ煙草のままどこかに消える。確かあっちは喫煙所だったと、どうでもいいことを思い出す。

「頭は冷えたか?」

「痛いじゃない!」

「……二発目、いくか?」

「わ、わかったわよ……」

 さすがにおとなしくなる。

「さて。話ができるくらいには頭は冷えたろう。質問に答える形で話を進める。いいな」

「わかったわ」

 屋上に落としてしまった葉巻の代わりに、新しいのを噛みちぎり火をつける。

「葉巻?」

「最初の質問がそれか……まあいい。タカミチはこれを吹かすのが苦手でな。煙草と同じように吸い込んではむせる」

「なんでアンタが高畑先生のこと知ってのよ! さっきだってエルねえなんて呼ばれてたし!」

「タカミチが小さい頃からこの姿だ。姉と呼ばれるのに何の不思議がある」

「オネエサマと呼ばせてください」

「却下だ。タカミチのことはいつか気分次第で教えてやる」

 こいつの頭にはタカミチしかないのか。

「けちー……あ、いい匂い……」

 風向きが変わって明日菜に煙が向かう。香としての側面もある葉巻は、特に私が好むものは甘い香りがする。

「それで、他には」

「――――なんでそのチビっ子魔法使いがこんなとこで先生をすることになってるわけ?」

「ネギ」

「あ、ハイ。えーと、修業のためです。『立派な魔法使い』になるための……」

「はぁ?」

「えっとですね、立派な魔法使いというのは世のため人のため陰でその力を使う、魔法界では最も尊敬される職業です」

「修業ねぇ……で、バレたらどうなるの?」

「失格、そして強制送還。最悪の場合オコジョにされ塀の中だ」

「だからみんなには秘密に……」

「ほほう。世のため人のため力を使う……なら」

 明日菜から黒いオーラが立ち上る。フィールド系防御魔法か。背後からでもわかる、こいつは黒い笑みを浮かべているに違いない。

「却下だ。己の力を以て成就せずして何が恋愛か。安易な方法に頼って長続きする愛など存在しない」

 見事なorz。

「そう、そうよね、魔法なんかに頼ろうとしたあたしは間違ってたのよ……」

「……わかってくれて幸いだ。それで、秘密にはしてくれるな? 選択肢はないぞ、もしここで了承しなければ記憶処理をしなければならない」

「記憶処理って……」

「記憶を消すことになります……」
「最悪、全ての記憶が消える。幼子からやり直す羽目になるだろう」

 明日菜の顔が青くなる。当然か。

「約束してくれるか? お互いの幸せのために」

「するしかないじゃない!」

「ありがとう」
「ありがとうございます!」

 最悪の場合、私が世界に喧嘩を売る羽目になったとは言えない。ただでさえネギは注目されているのだ、ネギの不祥事で『アスナ』の存在が世界に露見した場合――――私は今度こそ国家解体戦争を始めよう。世界制圧を始めよう。私は意思ある災害として、仲間として、友として、師として、あの二人とこの二人を護ろう。

「さて、私は屋上に戻るとしよう。二人も暗くならないうちに帰れ」

「はーい」
「ハイ!」

 今度は葉巻を落とさない。まだ一時間以上は楽しめるのだ。



「ふ――――」

 先から昇る煙を少し吸い込んで、吐く。
 煙草は独にしかならんが葉巻は利がある。それに私は病気になどならない。かつてガイアの汚染環境でも平然と生きていた。
 火が消える。吹かし続けないと葉巻は火が消える。携帯灰皿に突っ込み、近づいてくる気配に備える。

「こんなところで何をしている」

「エヴァのその反応を見たかったからだ」

「茶々丸に教えて何故私に教えん!」

「エヴァはからかうとかわいいなぁ」

 話して無駄だと知ったのか。一つ溜息をつくと、

「エルとあの坊やの歓迎会がある。来い」

「ああ」

 敢えてスルーするつもりだったイベント。この躯になってから、どうしても騒げない。
 酒の席でもただ酒を飲むだけで、ほかのテンションについていけない。

「ようこそ!! エル先生――――!!」

 扉を開ければ小口径ピストルの銃声――――ではなくクラッカー。

「エル先生こっちこっち!」

 手を引かれ連れ回され、いつの間にかコップを握りジンジャーエールを飲んでいた。
 目の前には朝倉和美。パパラッチである。

「ではエル先生。出身はどちらですか?」

「ドイッチェラント」

「ドイッチェラント? あ、ドイツですか。年齢は?」

「……34。確か」

 近右衛門の作ったプロフィールはそうだったはずだ。

「34! その若さの秘訣は?」

「そんなに不思議なのかね? 特に秘訣はないのだが」

「いやいや、そんなはずはないでしょう?」

「強いて言えば……いや、ないな」

「そうですか……では次、彼氏はいますか?」

「いない」

「なら――――」

 ――――延々と根掘り葉掘り訊かれた。疲れた……



[21785] ゼロの破壊魔01
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/10 02:19
 それを一言で言うならば、平民。だが、ただの平民でないことは、召喚した少女が一番理解していた。
 ルイズが平民を召喚したことをからかう声。そんなものは、雑音でしかない。
 その存在は、精巧な人形のように、いや、そんなものとは比べるのも愚かしいほどに美しく、作りものじみていた。
 殆ど無表情に等しい、唇の端をわずかに挙げる微笑みで、その表情に相応しいのか否か、自嘲的な溜息を漏らす。

「……なるほど、理使いの悪戯としてはなかなか面白いことをする」

 その平民は、その場を見渡して呆れたように呟く。
 銀髪、黒衣、黒眼。いや、左眼がわずかに紅い。歳の頃は10歳といったところか。しかし、その雰囲気は少女の姿を遥かに裏切っていた。

「あ、アンタ、誰?」

 ルイズは、その雰囲気に気圧されながらも、使い魔に舐められないように、いつもの風を装った。それが、なんらの意味を成さないとも知らず。

「フフフ、人の名を問うならなんとやら。あ、いや、ルイズ、わざわざ名乗る必要はない。私はエルテ・ルーデル、破壊神だ。よろしく」

 少女は、異世界で『黒銀の破壊神』と謳われ恐れられていた少女は、変わらない微かな笑みと共に名乗った。



 レイと名乗る理使い。私の複数個体の運命を変えた少女。
 いっそセンチュリアをこっちによこせば、完全に物語の制御・統制ができたというのに。
 数は力だ。リリカルなのはの世界で、私はそれを理解し、私が正しいと思えることにその力を使った。それは今も変わらない。
 センチュリアとのリンクは切れてはいないし、ルーデル機関で行っている旧ガイアの技術の復旧・新技術の開発・既存技術の発展は未だ止まることを知らない。そう遠くないうちに、増援が来るか私が戻るかすることになるだろう。あるいは、私が一人のままこの世界に残るか。その時の気分次第だ。

「ふむ。ガンダールヴのルーンは同一存在には適用できないか。世界が違うからか、私単体を『個』とし、私全体を『個』として見ていないからか……」

「なにブツブツ言ってんのよ!」

 契約も終わり、原作通りコルベールがルーンをスケッチしたあと、残された私とルイズは、歩きながら話していた。
 飛んでもよかったが、力はあまり見せつけるべきではない。少なくとも、ギーシュとの決闘までは、おとなしくしていようか。

「そうカッカするなアリサ……でなくてルイズ。せっかくの美少女が台無しだ」

「誰よそれ! それにご主人様と呼びなさい!」

「断じて認めん。私を従えたくば、ハンス・ウルリッヒ・ルーデル閣下くらいに強く、気高く、誇り高くなってからだ」

「ハンス? だから誰なのよ! 強く誇り高く? 私は貴族よ!」

「なら、示してみるといい。そう喚いている時点で気高くはないと思うが」

「なっ!?」

 どうも、ルイズは私を『使い魔だから』『平民だから』という理由で屈服させたいらしい。
 多少見慣れずとも、マントではなくロングコートを羽織り、そして杖を持たない私は、ルイズから見れば平民で、貴族に反抗することを許されない存在なのだろう。私の知ったことではないし、権力に屈する気は一切ない。そして権力は私に対して何らの圧力にもなりえない。私を法で縛ることはできない。別の世界では災害とまで謳われたのだから。
 ――――考えてみれば、閣下ほど貴族に向いている人類はいない気がする。偏見か。

「まあ、対外的には、一応使い魔として振舞ってやらんこともない」

「なんでそんなに偉そうなのよ!?」

「気づいてないのか? 決定権はこちらにある。私はルイズに依存せずとも生きていけるし、使い魔になる義務もない。私の一存で、ルイズは使い魔を失い、二度と使い魔を召喚できないということになる。その場合、進学できるのかな?」

「アンタを殺して、新しい使い魔を……」

「無理だとは思うが」

「ファイアボール!」

 案の定、挑発したら燃え上がる。私の外見年齢など、恐らく頭にない。
 使えもしない攻撃魔法、いや、ルイズにとっては失敗ではあるが、確かにそれは攻撃魔法だ。
 不可避の爆発。普通なら、私は頭を吹き飛ばされて終わりだろう。

「やれやれ。私が短気でなくてよかったと言うべきか」

 呪文を唱え終わる瞬間に狙われた場所から離れて、シールドを張る。一切の衝撃はなく、私はススにすら穢されない。
 不条理ともいえる、どんな固定化のかけられた物体すら破壊し得るその爆発は、しかし系統魔法でない私のシールドに傷一つつけられない。シールドそのものに魔法をかけられればアウトだが、魔法で発生した現象は防ぐことができる。
 爆煙が晴れる前にシールドを消し、ほんの少し湧いた殺気を押し隠しながら。ルイズに微笑む。笑えているかはわからないが。

「そ、そんな……」

「破壊神が壊される、そんな皮肉はあり得ない。そしてルイズ、殺すことに躊躇しなかったのは評価に値するが、さっきの行動のどこに、ルイズの誇りはあったのか? あのとき、ルイズは貴族でいられたか?」

「あ……う……」

 ルイズは、それ以上言葉を発しなかった。微かなうめきのような声を上げて、時々頭を左右に振りながら、そしてそれは学院に着くまで続いた。



「契約の再確認?」

 ルイズは疲れきった顔で訊き返してくる。肉体的疲労ではなく、精神的なもの。私の言葉は、よほどルイズの心をかき乱したらしい。
 自室のベッドに座って、頭を抱えている。まるで真っ白に燃え尽きたボクサーのようだ。

「ああ。衣食住の保証や生命の保証・労働条件など、私とルイズの間でよく決めておかないと。お互いの幸せのために」

「お互いって、私ももう充分に不幸よ……」

 ベッドにだらしなく身を投げぐったりするが、力のあるツンデレのしつけは最初が肝心だ。少なくとも、こちらと対等以上の関係であることを教え込まなくてはならない。

「視覚の共有はできるか?」

「……できないわ」

「秘薬は私が作るとして」

「は? 秘薬を? アンタが?」

 勢いよく上半身が跳ね上がる。ただのケミカルな話なのだが、説明するのが面倒だ。

「薬は水の秘薬ほど速効性はないがな。爆薬、毒薬、毒ガス、麻薬、媚薬、自白剤、その他諸々。作れというのなら、場所さえ提供してくれるなら機材や材料は私が調達するが」

 さすがに麻薬や媚薬は合成しないが。毒薬や毒ガスは非致死性のものだけとかにしよう。麻痺系や睡眠系か。

「そ、そう。場所を提供すればいいのね」

「オスマンに許可を得る手もあるがな。最後、護衛。これは問題ない。悪意あるものは何人たりともルイズに触れることを許さん」

「ふう、そうは言うけど……それは期待してないわ。いくらアンタが頑丈でも、平民がメイジに勝てるはずがないもの」

 どうもルイズは、私が爆死しなかった理由を『やたら頑丈だから』と思ったらしい。『ゼロ』の自分は手も足も出ないが、熟練のメイジには私を殺せる、と。
 その固定観念が、明日には崩壊するとも知らずに。

「普段は掃除洗濯などの雑務をしよう」

「それくらいしか役に立ちそうにないわね」

 秘薬、化学合成技術も信じてないようだ。やれやれ。

「私の義務は決まったな。報酬の話に移ろう」

「何よ、給料よこせとか言うんじゃないでしょうね?」

「衣食住の保証。特に食に関しては一切の妥協を許さん。あまりにも粗末なものを提供したりメシヌキなどにしたりすれば、判っているな?」

 ルイズが震えているのは気のせいだろう。

「生命の保証。私を殺そうとしない、危害を加えない。多少の、戯れ程度は許すが、度が過ぎれば許さない。あと、義務行動外の自由の保証」

「なにその『義務行動外の自由』って」

「呼んで字の如く、仕事がない時は勝手に行動させてもらう。色々と、私にも用事があるからな」

「平民に用事? どうせ大したことじゃ……」

「最後に、ときどき数日の暇をもらうことがある。概ね秘薬の材料探しだと思ってくれればいい」

「……なら構わないわ」

 許可は得た。これでタバサの任務に同行できる。

「後は……もうないな。これだけだ」

「そう。私はもう寝るわ。アンタみたいなのの相手で疲れたわ」

 そう言って服を脱ぎだし、下着をポイポイこちらに投げるルイズ。素早く着替えて、布団に潜り込んだ。

「それ、洗濯しといて。あと、アンタは床……は可哀想ね。特別にベッドを使うことを許すわ」

 意外だったな。あれだけ生意気に振舞ったと言うのに、私は床ではない。
 女というのが最大の差なのだろうか。

「まあ、当然か」

「まったく、いちいち偉そうね」

「いや、ありがたく添い寝させてもらうとしよう」

「ふん」

 コートを脱ぎ、服を脱ぎ、下着だけとなってルイズのいるベッドに入る。
 明日の朝、どう起こそうか考えながら。



[21785] ゼロの破壊魔02
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/10 02:15
 エルテ・ルーデルの朝は早い。

「Die Stuka! Die Stuka! Die Stuka!」

 シュトゥーカ・リートを歌いながら、学院外壁の内側をスプリンターもかくやと言わんばかりの速度で文字通り走り回っている。
 しかも、片霧ヴォイスで音程も外れておらず、雄々しく歌っているので格好いいことこの上ない。
 白銀の長い髪がなびくその姿は、まるで軍神が舞い降りたかのように美しい。
 そして、彼女の足は止まり、爪先までピンと伸ばされた状態で固定される。爪先は大地をこすり、芝生をレール状に耕す。そう、二足飛行である。
 未だ、平民の使用人すら起きていない日の出前の時間。己の魔法と体力がどの程度変化したかが知りたかったのだ。

『魔力変換効率の上昇を確認』

「ふーむ。とりあえずガンダールヴ補正は魔法にもかかるようだ」

 エルテのデバイス、アヴェンジャー。普通はその名が示す通り巨大な30mmガトリング砲なのだが、今は化物デザートイーグル、ヴュステファルケモードで起動している。デバイスを武器兵器として認識するのは確認済み、そして、本来サブアームであるそれを左手で握った瞬間。

「うおっ? やはり右手より左手の方が増幅効果が高いか。まるでVOBだ」

『時間差はほぼゼロです。この急激な変動に慣れる必要があると思われます』

「ゼロシフトよかマシだ」

『確かに。ですがゼロシフトは完全に制御されています』

 急加速に驚き、既に爪先は大地を離れ、ただの飛行になっている。

「破壊神ハイスペック×ガンダールヴブースト=閣下×A-10といったところか」

『何億人殺すつもりですか』

 戦車519輌×戦車兵3~4人=1,557~2,076人(記録のみ)。
 装甲車・トラック800輌以上×10人=8,000人以上。
 その他諸々=計測不能。
 A-10補正×1000=9,557,000~10,076,000人(最低数)。
 そんな計算がエイダの中ではそんな計算がされたに違いない。
 閣下なら後一桁いけるとか思っているのは間違いなさそうだ。

「殺しはしないさ。死なせて下さいと懇願されるくらいに痛めつけるだけで」

『え、えげつない……』

 キュッと、女子寮の前で急停止。同時にアヴェンジャーを待機状態に戻す。

《それに、この世界にそんなに人口はない。皆殺しにしても数千万はいくまい》

[[数の問題ではありませんが]]

《この世界は治安が悪いうえに命が安い。貴族はまるで銀河英雄伝だ。宮廷貴族の気分次第で戦争ができるくらいに。ん? 違ったか。アメリカ人並みに戦争が好きだったか。どうも思い出せん》

[[……いずれにせよ、この世界ほど、ランナーが活躍できる世界はないように思えてきました]]

《大暴れするか?》

[[ご自由に]]

《まあ、この世界は大筋に従えば問題ない。前みたいにシナリオに振り回されることはないさ》
「んっ――――」

 ルイズの部屋の前で、エルテは伸びをする。

[[暴れる気、ですか]]

《さあ、どうだろう》



 とりあえず、洗濯場へ。学院内周をぐるぐる回って、その場所は把握している。

「おはよう」

「え? あ、おはようございます」

 途中合流した洗濯物を入れた籠を持つメイドに、あまり爽やかとはいえない挨拶を告げる。

「あ、あの……」

「?」

「もしかして、ミス・ヴァリエールの使い魔の方ですか?」

「一応な」

「やっぱり。あの、どうか気を落とさず……」

「いや、心配するな。どんな暴君であれ、弱さという種に、暴力という水をまいて、ゆっくりと、花を愛でるように更生させてやれば、立派な貴族になる」

「え?」

「私を召喚した責任、とってもらう。上に立つ者としての心構えを、あの傲慢な小娘に知ってもらわんとな」

 エイダにはああ言ったが、暴れるどころか暴走する気満々だ。私の堪忍袋の緒が切れれば、国家解体戦争すら辞さない覚悟だ。

「も、もしかして、貴族の方……」

「いや、私は貴族ではないよ。私は彼らのようには生きられんからな」

 誇りを失い、力を楯に搾取するだけしか能のない愚か者ども。誇りとは名ばかりの自尊心にしがみつき、形だけの名誉にばかり執着するものがはびこる世界。汚染されたまま放置されていたガイアの方が、遥かに楽園であると断言できる。今は綺麗なものだが。

「さて。とっとと洗濯物を片づけよう。君も、そう時間があるわけでもないだろう」

「あ、はい」

「ついでに言うと……洗濯の仕方を教えてほしい」

「え? 知らないんですか?」

「こんなシルクやらを手荒くやるわけにはいくまい」

「ああ、なるほど!」

 納得してくれて何よりだ。

「とりあえず、師匠と崇め奉るために名前をお教え願いたい。私はエルテ・ルーデル」

「そ、そんな! 師匠なんて!」

「冗談だ。それで、教えてはくれないのかな?」

「あ、いえ! シエスタと申します。よろしくお願いします」

「こちらこそ」



 シエスタに教えてもらって洗濯を終わらせると、寮から生徒がちらほら出てきた。そろそろか。

「では、また」

「あ、はい」

 シエスタと別れ、ルイズの部屋に戻る。窓を開け、布団をゆっくり剥ぎとる。
 そして――――

「!?」

 跳ね起きるルイズ。その顔は蒼白を通り越してチアノーゼに近く、汗が吹き出ている。

「おはよう」

「あ、あ、あ、あんた! だれよ!?」

「私を忘れるとは。無責任にも程がある」

「あ、そ、そうだったわ、使い魔……」

「おはよう、ルイズ」

「ねえ、アンタ――――」

「お・は・よ・う?」

「ひっ!」

 少し笑いながら可能な限り怒りを込めて挨拶。いったいルイズは私に何を見たのか。
 しつけは最初が肝心と言うし、挨拶くらいはできないと。

「おはよう」

「お……おはよう」

「さて、時間はいいのか?」

「え? 余裕はそんなにないけど充分間に合うわ」

「そうか」

 確認ができたのなら問題ない。私は義務を果たす。
 たらいに汲んできた水で顔を洗わせ、服と下着を取り出し、ぱっぱと着せていく。

「文句言ってた割にはちゃんと仕事できるんじゃない」

「妹や娘達の世話をしていればな。それに、文句は一つも言った覚えはないぞ」

「娘? その歳で――――」

 馬鹿にされたことには気づかない。

「気にするな。さて、朝飯に行こう」

 ルイズの疑問に答える気はない。今は、まだ。
 先んじて部屋を出ると、隣の部屋から、文字通りの赤毛の少女が出てきた。おそらくは、キュルケ。

「あら? あなたは……」

「あ、キュルケ」

 遅れて部屋から出てきたルイズが、私と言葉を交わしていたキュルケに気付く。

「もしかして、ルイズの使い魔? こんな小さな子が?」

「一応、そういうことにはなっている。エルテ・ルーデルだ」

「あっははは、やるじゃないルイズ! あなた変わってるとは思ってたけど、平民を召喚するなんて!」

「ぐぬぬ……」

「? サラマンダーか」

 キュルケの後ろからついてきた動物、これが確かフレイム、だったか。

「ええ、そうよ。やっぱり使い魔はこういうのがいいわよね~」

 ……かわいいな。
 ひょいと前足の付け根から持ち上げて、その愛敬のある顔をじっくりと眺める。

「え?」
「え?」

「む? すまない、かわいい動物を見かけると、つい、な」

 フレイムをゆっくり床に降ろす。

「ルイズ、余裕が無いといったのはあなただ。行くぞ」

「っちょ、待ちなさいよ!」

 食堂の場所は覚えている。シエスタに、口頭であらかたの配置は教えてもらっていた。



 残されたキュルケは、傍らに控えるフレイムを持ち上げようとする。

「んんんんん、しょっと!」

 かなり力を込めて、やっと持ち上がった。

「レビテーション? いや、魔法じゃないわ……」

 ルイズの使い魔の少女は、いとも簡単に持ち上げて見せた。キュルケのように、力んだ様子は見られなかったし、魔法を使った気配もなかった。純粋に馬鹿力でないかぎり、フレイムをあんなに軽々と持ち上げられるはずがない。しかし、エルテは歳の頃は10前後といったところ。

「本人に訊けばいっか」

 答えの出そうにない疑問を早々に切り上げ、キュルケも食堂へ向かう。エルテが言った通り、そんなに時間に余裕はないのだ。



 アルヴィーズの食堂は、私の趣味ではなかった。原作小説では判らなかった細部まで、装飾が施してある。
 私は実用性に重きを置くので、こういった華美なものは好きではない。ルーデル屋敷も、可能な限りストイックな内装だ。
 そして――――

「アンタは床よ」

 質素を通り越して粗末。原作通りのそれが、床に存在した。

「感謝することね。アンタみたいな平民は、一生ここには入れないんだから」

「期待した私が馬鹿だったか」

「何か言った?」

「契約不履行」

 アヴェンジャーをセットアップしかねない怒りを抑え、私は厨房に向かう。途中、偶然にも手の空いたシエスタと遭遇し、つつがなくマルトーから賄いを頂けることとなった。

「貴族に召喚されるなんざ、災難だったな、嬢ちゃん」

「そうでもない。これから変えていけばいいのだからな。むう、このシチューはうまいな。素晴らしい」

 サイトが絶賛するのも理解できた。私の完璧な計算によるシチューにかなり近い。そして、味は劣るわけではない。うまく言う術が見つからないが、感覚で言うならば、方向が別なのだ。

「嬉しいこと言ってくれるな! はっはっは、気に入ったぜ嬢ちゃん!」

「私も、マルトーは好きだよ」

「ぬむっ!? 大人をからかうんじゃねえ」

「いや、からかったつもりはないのだが……」

 躯は幼子のまま。年齢相応の姿、といえば、私はどうなるのだろうか。数千の年月を超えたミイラか、前世+現世の年齢を足した老女なのか、現世に目覚めたときからカウントした若い女か、それとも、永遠に幼子のままか。
 考え事をしていたせいか、シチューの無くなった皿の中にスプーンを突っ込んでいた。

「ありがとう、マルトー、シエスタ。暇ができたら何か手伝おう。一宿一飯の恩ならぬ一飯の恩だが、返さないのは我が流儀に反する」

「いえ、そんな、お礼を言われる程のことでは……」

「おお、だったらいつでも歓迎だ。いつも目が回るほど忙しくてな」

「とりあえず、昼にまた来る。この後、ルイズについて授業を受けなければならん」

「そうですか……頑張って下さい」

 厨房を出て、食堂前へ。ルイズに一切忠誠は誓ってないし敬意は払っていないが、一応契約はしているので、使い魔として待ってやる。さっそく契約不履行しやがったが。

「あ、アンタ! 何勝手に」

「契約。忘れたとは言わせん」

「贅沢が癖になったらいけないでしょ! 使い魔のしつけは主の義務よ!」

「貴様にしつけられるほど、私は堕ちた覚えはない。淑女が往来で叫ぶな、はしたないぞ」

 逆にしつけてやる。

「生意気ね!」

「契約は約束だ。相手の立場や身分がどうであれ、約束を安易に破ると信用を失う。どんな社会においても、信用や信頼は絶対になくすべきものではない」

 軽く睨みつけてやる。

「っく……」

「さて、Lieber Meister。時間もない」

 未だ何も知らない子供に、世界の闇、汚濁、どうしようもないもの、二律背反、そんなものを見せつけて、それでなお正しく在れるように。彼女は『この世界』の貴族なのだから。
 今はまだ、優しい世界でちょっとの理不尽から。

「あーっ! もうこんな時間! ついてきなさい!」

 ゆっくり、花を愛でるように。



 ルイズが教室に入り、一瞬の沈黙。しかし、すぐに空間はざわめきを取り戻す。そのほとんどが、ルイズと私の話題だった。
 頭の悪い子供の言うことだ、そう気にできるほど私は暇ではない。
 常にエイダに周辺の探査を行わせている。私はヘルゼリッシュで周辺地理を覚える。

「アンタは……後ろにでも立ってなさい」

「了解」

 特に何もすることはない。足を肩幅に開いて、背筋を伸ばし、眼を閉じただひたすら待ち続けるのみ。

「練金!」

 待っていた、そのワード。

「Schild」

 馬鹿魔力によるその楯は、衝撃波・破片・爆風・爆圧・熱風・爆炎・爆音、爆発にまつわる現象その全てを、小さな立方体に押し込める。質量全てが気体になったとおぼしきガスの量、そしてそれによる超高圧は高熱を発し、プラズマとなる。
 内部を冷却しつつ減圧していくと、そこには何も残らなかった。いや、くぐもった小さな粉塵爆発のような音だけは聞こえた。
 時は元の流れに戻ったというのに、そこにあるのは沈黙。
 やがて一人、また一人と机のしたから這い出る。

「爆発が……」

 あるべき一切の被害がそこにはない。
 爆発はあった。しかしそれはできそこないの花火のような音だけ。
 一瞬の不可視の魔法による減衰は、ルイズを大いに困惑させただろう。

「あら、失敗ですか? ですが諦めないでください。努力すれば、いつかきっと成功するはずですから」

 その奇跡を一切理解できないシュヴルーズはルイズを励まし、その後何事もなく授業は進み、終わった。



「いったい……どうして」

 食堂までの道中、ルイズは悩んでいるようだった。

「しかし、見事だった。何もしなければ教室が吹き飛ぶ威力だ。実に恐ろしい」

「何を言ってんのよ!」

「せっかく被害を最小限に抑えたというのに」

「は? アンタが何かやったっていうの? 冗談も程々にしなさいよ」

「そうだな、ルイズ。一つヒントをやろう。皆が失敗魔法というそれは、本当に失敗なのか? 固定化を破れなかったことは? 壊せなかったものは?」

「はぁ?」

「固定観念は捨てろ。ついでに言うと、魔法の良し悪しが、統治者の優劣ではない。貴族とは魔法の有無ではない。生まれたときの立場と、その立場による民の信頼で、貴族は貴族でいられる。民の信頼を失えば、それは貴族ではない。ただの暴君だ」

「アンタ、何も知らないくせに! 魔法が使えなきゃ――――」

「だからルイズは無能なのだ。いや、ルイズだけではない。この世界の貴族、その殆どが無能と呼ぶに相応しい」

「なっ――――」

 食堂の前、数多の生徒でひしめくその場の発言は、馬鹿を釣るには充分な声量を持っていた。

「貴様、平民の子供ごときが貴族を愚弄するなど……」

「貴族……技術でしかない魔法が使える、ただそれだけの人間。今、魔法以外に何ができる?」

「はん、ルイズの使い魔か。成程、魔法の偉大さを知らない訳だ。ゼロの使い魔は頭がゼロらしい」

 下らん挑発に乗ってやるか。手袋を異次元ポケットから取り出し、そのいけすかない顔に叩きつける。
 べしーんと、なかなかいい音がした。

「よろしい、ならば決闘だ。何人で来てもいい。場所は貴様が決めろ。食後、出向いてやる」

「貴様ァ! 貴族に歯向かったこと、後悔させてやる! ヴェストリの広場だ!」

「上等だ。逃げるなよ」

 名も知らぬ貴族の少年は、肩を怒らせながら食堂へ入ってゆく。
 次第にざわめく周囲を無視して、私は厨房に向かう。

「なに勝手に決闘なんか申し込んでるのよ!」

 どうもルイズは怒っているらしい。

「奴は、閣下の器たる私の躯を侮辱した。ならば、理解できる形でその愚かさを思い知らせてやるべきだとは思わないか?」

「アンタ、平民じゃない! いい? 平民は貴族に勝てないのよ?」

「さて、どうだろう。賭けがあれば、私に賭けておけ。なに、私が死ねばルイズはまた使い魔を召喚できる。悪い話ではない」

「それは……」

「時間がない。この後、厨房の手伝いを約束していた」

「待っ――――」

 もう話すことはない。早く昼食を貰い、手伝いを終わらせ、くそ生意気なガキあるいはガキどもを粛清する。
 不覚にも原作に沿うべき状況である現段階で、ギーシュではない馬鹿に喧嘩を売られてしまった。決闘はこっちから挑んだが、結果は変わらなかっただろう。

「マルトー。昼飯を頼めるか?」

「おお嬢ちゃん、すぐ準備するぜ!」

 その言葉に偽りはなく、ほんの数十秒で食事が出された。
 それを数分で平らげ、すぐに手伝いを申し出る。原作通り、ケーキの配膳の手伝いだった。
 これは必然なのか。シエスタが香水の瓶を拾い、ギーシュの二股が発覚。シエスタに奴当たりするものだから、

「二股の罪を他人に転嫁する、か。薔薇とは思えん醜さだ」

 実際、金髪を血で染め、ワインでドロドロのギーシュは醜かった。ケティはドロップキックをかまして逃げ、モンモランシーはワイン瓶をギーシュの頭で叩き割り、とどめにスープレックスを叩きつけ、去っていった。必死にやせ我慢をしているのか、あるいは見た目以上にタフなのか。

「なんだって?」

「漢なら、幾人と付き合っていようが、堂々としているべきだ。本当に愛しているのなら。それが原因で刺されたとしても。すべては漢の責任だ。しかしだ、貴様は己のプライドのために、しかも女に責任をなすりつけた。これを醜いという以外に何という? 軟弱者か?」

「ぶ、無礼だぞ平民!」

「ほう。ならば決闘でもするか? 丁度、幾人かと決闘の約束をしている。その下らんプライドを守りたいなら来るがよい」

「ああ決闘だ! 逃げるんじゃないぞ平民!」

 ギーシュはカツカツと靴を鳴らせて去っていく。

「時間的に……無理か。仕方ない。シエスタ、少しばかり心苦しいが、また手伝うから許してくれるとうれしい」

「エルテさん……殺されちゃうわ……」

「あ」

 シエスタもどこかへ逃げていく。
 ルイズはもはや言うべき言葉を無くしたらしい。
 やれやれ。



[21785] ゼロの破壊魔03
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/10 02:06
「諸君! 決闘だ!」

 ヴェストリの広場にて、何故かギーシュが仕切っている。天性の仕切り屋だな。
 その後ろにばらばらと、今回の処刑の参加者達がいる。
 周囲を見渡すと、よほど娯楽に飢えているのか、生徒たちが遠巻きに私たちを囲んでいた。
 ギーシュの口上が始まる。

「僕達は貴族だ、故に魔法を使う。異存はないな?」

「上等だ。こちらは、さすがに多数を相手にするのにこの躯は難しいからな」

 コートや服の袖や裾を留めていた糸を切り、抜き取る。折りたたまれた袖裾が伸びてだぼだぼになるが、そこに魔法をかける。
 やがて長すぎたコートは私にぴったりになる。年齢設定は二十歳弱といったところか。

「なぁっ!?」

「フフフ……いつでもかかってくるがよい」

「どうせ虚仮脅しだ! やるぞ!」

「青銅のギーシュ! 参る!」

「猛毒の」
「白閃の」
「黄流の」
「射突の」
「鉄条の」
「鉄板の」
「甲核の」

 ギーシュの名乗り口上と共に、他の有像無像が一斉に名乗りを挙げるものだから、うるさい。聞き流す。
 そしてこれまた一斉に魔法を詠唱しだす。
 火・水・風・土、全ての系統の遠距離攻撃。それが一斉に、私へ集中する。



 爆炎と土煙、その時点でその場にいたほぼ全員は平民は死んだと判断した。

「結構な口を叩く割にはあっけなかったわね」

 キュルケは大多数と同様、エルテが何もできず殺されたと思っていた。
 アルヴィーズの食堂の前での出来事を、割と近くで一部始終を見ており、少しだけ期待していたのだが。

「……? タバサ?」

「まだ」

「え?」

 親友の小さな少女は、いまだ晴れない煙の中を見ていた。



「僕らの勝ちだ!」

 貴族の少年たちは勝鬨を挙げる。

「残念。それは負けフラグだ」

 がしゃり、と。土煙の中から妙な音がした。

「目には目を、歯には歯を。通常掃射、用意」

『Ready』

 奇妙なものが、土煙の中からぬっと顔を出した。7つの筒を束ねた、恐らくは鉄。
 ゆっくりとそれは長くなっていき、土煙がやっと薄くなる。
 そこには、彼らからすれば『変なもの』としか言いようのない、しかしあり得ないほどに巨大なものがあった。
 それを、彼女は手に持って歩いていた。

「名乗り忘れていた。私はエルテ・ルーデル。破壊神だ」

 その堂々とした振舞い。
 その姿は力強く美しく、そう、ルイズが召喚の際に紡いだ呪文そのものだった。神聖? 破壊神そのものだ。

「ぐ、偶然だ!」

 そう言って自分を鼓舞する一人。それにつられるようにして、一人、また一人と呪文を唱える。

「無駄だ」

 その手にある、巨大な『何か』――――アヴェンジャーが回転を始める。

「Feuer」

 黒い光が文字通り数え切れないほどの数、眼で追えないほどの速さで、杖を降ろうとした少年たちに降りかかる。エルテはアヴェンジャーを横に薙ぎ、少年たちを文字通り一瞬で一掃した。

「さて。ギーシュ君。君は遠距離攻撃が苦手なようだから、アヴェンジャーを以て決闘に臨むのは公平ではないと私は思う。よって、私は剣を使うが、よろしいか?」

「へ? あ、ああ、かまわないよ?」

 まさか味方がみんなして一斉攻撃をかけるとは思わず、最後方でゴーレムを作るだけに終わった彼は、エルテの気まぐれにより残されていた。ここで降参しないのは、家訓のせいかプライドのせいか。

「では、焔薙」

 巨大なアヴェンジャーが消え、細い片刃の剣、日本刀に集束する。

「ワルキューレ!!」

 ギーシュの杖の花弁が、すべて散り、地面に落ちる。
 そして、計7体の青銅のゴーレムとなる。剣と楯を持ったのが3体、槍を持ったのが4体。

「いつでもいい。かかってくるがよい」

「う、うおおおおおおおお!」

 ワルキューレの一斉突撃。密かに速度を調整して、囲むように走ってくるのは悪くない策だ。しかし、エルテは『何をしてくるか判らない』ので、この場合は防御を固めて一人を牽制に出すのがよりベターだ。ただ、戦場にベストはない。ちょっとしためぐり合わせ、カオスの悪戯で、ギーシュの行動がよりベターになるかもしれない。

「――――フッ!」

 エルテは最初に突き出された槍の柄を腕で受け止め、跳ね上げる。ギーシュはワルキューレでエルテを囲んだはいいが、攻撃タイミングがバラバラだ。エルテはそのままコロコロと転がり、最初のワルキューレの斜め後ろに立ち、その脚を薙いだ。遅れた槍の攻撃は、転がっていた間に上をすり抜けていった。

「ワルキューレがヴァルハラに送られるとはな。縁起が悪い」

 ギーシュの動きが止まったのを見て、エルテが挑発する。

「何をしている。そこで止まっていなければ、私を討てたかも知れないというのに」

「! ワルキューレ!」

 思いだしかのように、弾かれたかのように。ワルキューレがエルテに殺到する。ワルキューレが1体倒され、すでに囲みは破られている。だが、扇状に襲いかかってくるのをエルテは何もせず、ギリギリまで何もせずにただ立っていた。

「もらっ――――」

 剣士ワルキューレの後方から、槍ワルキューレが間から槍を突き出す。剣士ワルキューレを楯にしていた。
 それを――――

「はっ」

 跳び、かわし――――

「よっ」

 槍ワルキューレの1体に肩車されるかのように跳び乗り――――

「フン!」

 その勢いそのままに、フランケンシュタイナーをかけた。
 太股に挟まれた頭を地面に叩きつけられ、砕け散り潰れるワルキューレ。
 そして立ち上がりざまに残りの槍ワルキューレを薙ぎ斬り倒した。
 ギーシュは慌てて剣士ワルキューレを振り向かせるが、トドメと来るかと思ったらエルテは距離をとった。

「ど、どういうつもりだね!?」

「なに、本気で戦っている男に最後に本気を見せてやらねば、礼に失すると思ってな」

 ずっと、ただぶら下げていた腕を、刀を、逆手に持ち換え、構えた。

「死ぬ気で避けろ」

 エルテの姿が消え、

「ワルキューレェェェェェェェェ!!」

 叫びも虚しく、ギーシュの背後に現れた。
 ギーシュの背に背を向け、何の構えもしていない。それでも、何か行動を起こせばその瞬間にやられる、それくらいはギーシュも理解できた。

「チェックメイト」

 残ったワルキューレの姿も、同時に消えていた。

「僕の、負け……だ……」



「いやはや、まさか勝ってしまうとは」

 正史通り、決闘の現場を覗いていた2人。
 オールド・オスマンとコルベールである。

「意外そうに言うが、君はこの結果を予想していたように見えるがの?」

「そうですな……ガンダールヴ以前に、彼女は、その、なんというか、恐ろしいのです。まるで、影の部隊にいたような……」

「それは君の経験からかね?」

「……そう、ですな。」

「君のことじゃから、喜び勇んでアカデミーに報告しようなぞと言うかと思ったがの」

「ガンダールヴが彼女でなければ、そう言ったやもしれません。彼女はあまりに……破壊と血の匂いが濃すぎる」

 遠見の鏡の中で、エルテは気絶した貴族たちを引きずって並べていた。



 少年達の『死体』を並べる。ほぼ一瞬で意識を叩き潰したために、己の負けを認めないかも知れないが、その時はその時だ。

「ふう」

「殺した……の?」

「たかが喧嘩で殺すものか。しばらくすれば起きる。さて……」

 ギーシュは迷惑をかけた女子全員に謝るよう言っておいた。二股するなら刺される覚悟をしろ、とも。今ごろ誰かに殴られているかもしれない。

「ねえ、色々聞きたいことがあるんだけど」

「言っただろう。私は破壊神だ。人間が多少群れようが、それに負けるなどあり得てはならない」

 くしゃくしゃと、ルイズの頭を撫でる。成長した私の身長は、ルイズを追い抜いてキュルケよりわずかに高い。撫でるにはちょうどいい位置にルイズの頭があった。

「こ、子供扱いするな!」

「フフフ……授業に遅れるぞ。まあ、私のことは気にするな。なに、ルイズの不利益になるようなことはしないさ。今回だって、ルイズの格を示すための茶番だしな」

「どういうことよ」

「……メイジの実力を見るならば使い魔を見よ、だったか。まあ、気に食わんかったのも理由ではあるが」

 むしろ、後者の理由が大半を占めるが。
 貴族は否定しない、しかし、権力の腐敗は力づくでも解決する。管理局との静かな戦いでも、この世界でも、それは変わらない。
 ルイズはその後なにやらぶつぶつ言っていたが、結局授業を受けにいった。

「すごいじゃない! ドットやラインばかりとはいえあれだけの数に勝っちゃうなんて!」

 さーて、帰ろう。そう思った矢先にこれだ。



 彼女は、平民ではない。だからといってメイジでもない。亜人かといえばそれも違う。今までに読んだ書物の中に、彼女に該当する存在は見当たらなかった。エルフや吸血鬼、翼人なども、先住魔法を使うには基本的に口頭による詠唱が必要だ。
 あれは魔法ではない? それともマジックアイテム?
 何度も頭の中で戦うが、詠唱すらできずにあの巨大な――――おそらくは銃に撃ち抜かれてしまう。たとえ魔法を放てたとしても、それが効くのか。

「まったく。あなたが挑んだ決闘とはいえ、情けないわね。あんなに数がいて、かすり傷一つ負わせられないなんて。トリステインはこれだから」

「いや、国家の枠組みなど意味はない。たとえゲルマニアが総力を挙げて、いや、亜人を含めハルケギニアが一つになろうと、私には負ける要素がない」

 あの銃の不思議な弾。相手を気絶させるだけの、黒く輝く弾の雨。それが一体どれだけあるのかわからないが、あってもこの学院を制圧するくらいしかないだろう。だが、やりようによってはハルケギニアのあらゆる国家を滅ぼすことができるだろう。彼女の武器は銃だけではない。その運動能力、そして、戦い慣れている様子。まだ、力を隠していることは確かだ。

「へぇ、大きく出たわね。でも、無理でしょ?」

「さあ、どうだろう。世界は存外、こんなことじゃなかったことばかりだ」

 彼女は自嘲的に微笑みながら、私に視線を送る。まるで、『そうだろう?』と問いかけるように。こんなことじゃなかったことばかり――――まったく、その通りだ。

「それにしても、あの変なマジックアイテム? 凄いわね。見せてもらえないかしら?」

 見せてもらう。その言葉の裏は隠しているつもりなのだろうが、その魂胆は見え見えだ。
 しかし、彼女はそれに応じた。

「アヴェンジャーか。フフフ……いいぞ。使えるなら、あげてもいい」

 譲渡まで宣言した。その言葉は、キュルケにはそれが使えないと宣言していた。
 そしてそれは現れた。
 2~3メイルほどの筒だらけの形。それから伸びるリボンのように自由に曲がりくねった鱗のような箱のようなものは、私の身長ほどもある樽に繋がっている。

「へぇ、意外と綺麗なのね……あら?」

 無骨だが、その形は規則性があり、統一性があり、あらゆる直線・曲線に歪みがなく、表面は見たことがないほど滑らかで、そのまま抽象彫刻として飾っても違和感がない。ただ、問題があるとすれば、スクエアメイジの彫刻家でもこれは造れないということだ。

「んっ……ふっ……あっ……」

 キュルケがそれを持ち上げようとして、妙な声を漏らす。

「本体だけで重量は281kg。そこのドラムマガジンを含むシステム全体の総重量が1830kgだ。ああ、こっちが598リーブル、あれを含めて3894リーブルだ」

 ひょいと、598リーブルの鉄の塊が持ち上げられた。
 おかしい。彼女は魔法を使ってないし、マジックアイテムも使った気配がない。ただ純粋に『力だけ』で598リーブルを持ち上げているのだ。残りの3296リーブルもその背に背負われる。

「この世界の人類がこれを正しく使うには、未熟にも程がある。軍神の魂より創られし鳥に積み込まれ、天より復讐の低き咆哮と共に死の息吹、鉄の暴雨を降らし、タイタンに護られしその騎士は恐れることなく敵に雷電の洗礼をしていく。フネに積むには遅すぎる、竜に積むには重すぎる」

 レビテーションをかけて使おうにも、これは重すぎる。メイジ数人がかりでないと運搬も難しいだろう。竜に積んで飛ぶのは無理だ。シルフィードなど論外だ。

「これは私にしか使えない。そういうことだ」

 一瞬で消滅するそれ。
 疑念は確信に変わる。
 彼女は平民でもメイジでも、ましてや亜人ですらない。もっと別の何か。オーク鬼を遥かに超えるであろうあり得ない怪力。風竜より速く、比類なく機敏なその動き。ラインスペルですら通さない鉄壁の防御力。そして、最初に見せた成長……
 彼女がなんなのか、まったくわからない。しかし、一つだけわかることがある。

 私は、彼女――――エルテ・ルーデルに勝てない。



 それより少し時は戻り――――

 アンリエッタ・ド・トリステインはそこに現れた使い魔を見て、驚いた。
 小さな体躯、流れる白銀の髪、白くしかし病的ではない美しい肌、見たこともない黒衣。
 彼女はゆっくりまぶたを開き、その髪の色に反する漆黒の眼、いや、僅かに左眼の虹彩に紅みがかかっている眼でアンリエッタを一瞥すると、口を開いた。

「グーテンターク、フロイライン。貴女も私のマスターか」



[21785] ゼロの破壊魔04(修正)
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/11/03 08:13
 アンリエッタが私を召喚してくれたのは偶然であり、幸運極まりないことだった。
 ゲートがルーデル機関ガイア本部第五研究所B7、次元空間研究エリアの9階層上で開いたのだ。その瞬間、ザ・ワールドによる時間停止で、ゲートの原理をほぼ解析できたのだ。そう、センチュリアを送ること、物資・兵力の往還が可能になったのだ。
 アルビオン編までは無理だろうと思われていた計画が、バタフライ効果か『アンリエッタの使い魔召喚』というイレギュラーにより図らずもフーケ事件の前に達成されてしまった。
 おかげで、かなり早期にハルケギニアに大規模干渉できる。ゲルマニアの新興貴族になり内政チートに手を出すもよし、商業により裏から世界を牛耳るもよし、伝説の傭兵になるもよし。この世界で本職のサイコ相手に非殺傷は使う気はない。プライドを徹底的に蹂躙した後に地獄より過酷な世界へグッバイする。

「大騒ぎにも程があるな」

「いえ、人が召喚されるなど前代未聞ですから」

「そうでもないぞ。アンリエッタの知らないことは、いや、アンリエッタに限らず、人間の知ることができる範囲は非常に狭い」

 アンリエッタの私室にて、優雅に紅茶と洒落こむ。元の世界でイギリスに当たるアルビオン産の上質な葉らしいそれでいれた紅茶は、なかなかにうまかった。この世界のものにしては。

「それは?」

「私の世界の菓子だ。ほら、知らないこと一つ」

「それは異世界のものだから知らなかっただけで……」

「さすがに意地悪すぎたか。では例えを変えようか。あ、食ってみるか?」

「あ、はい」

 アンリエッタはプルプルと震えるそれにフォークを突き刺し、恐る恐る口に持っていく。

「冷たくて……プルプルしていて、そして、この香りは?」

「抹茶といってな、この世界ではロバ・アル・カリイエとの交易品でしか見ることができん緑茶に似た茶だ」

「それは、一度味わってみたいですわ」

「ふむ。なら近いうちに両方用意しよう。それで、どうだ?」

「美味しかったです」

「そうか。まだあるから遠慮せず食ってくれ」

 山口県産抹茶下郎。わらび粉入りがデフォルトなこれは、非常にプルプルする。
 これのために魔力の1割を消費した。転送実験の一環で、送るものは何でもよかった。消費魔力が馬鹿でかいのは、未だ完全には解析できていない術式のせいで、魔力出力でゲートを無理矢理こじ開けているからなのだが。

「さて、続きだ。アンリエッタはハルケギニアの総人口を知らない。おそらく、トリステイン王国に存在する人類の総数、いや、このトリスタニアに生きる民の数すらも。正確な、最後の一桁に至るまでの数字を」

「……確かに、知りません」

「そこにいる人が何を考え、何を求め、何で苦しんでいるかも知らない」

「……ええ」

「何もしない貴族など、民の税をすすって生きる寄生虫に過ぎん。最低でも税の分だけでも善政を敷き、民に還元しなくてはならない。悪政は悪循環にしかならん」

「たとえば?」

「善政を敷いたとしよう。税は適正で、民にも領主にも蓄えができる。民に余裕があれば経済は活発になる。経済が活発になれば税収も多くなる。場合によっては税率を下げることもできる。良循環だな。悪政を敷いたとしよう。重税で民は逃げ、吸い上げることしか知らん領主は往々にして浪費を好む。飢饉が来たりすれば、領主も民もろとも終わってしまうだろうな。民は死に、領主は没落。余裕のなさから盗賊になるものも多くなるだろう。優秀な後任が来たとしても、復興には並々ならん努力を要するだろうな」

「それと、知るということとどういった関係が?」

「アンリエッタ、考えるのを放棄すると、ろくな為政者になれん。それこそ、マザリーニの傀儡とか、飾りの姫君だ。考えること、相談すること、決断することは善き為政者の必須技能だ」

 家庭教師にでもなった気分だ。やれやれ。

「……民のことを知れば、どのようなことが善政かわかる、ということですね?」

「そう。だが知るべきは民のことだけではない。領主なら民の人数、領地の面積、耕地面積、領地でおきやすい災害と対策、産業、インフラなどなど。アンリエッタは王族だ、領主などより遥かに知ることが多いぞ。国家間情勢や外交などの国外事情にも詳しくなければならん」

 エイダに命じて、テーブルの上にハルケギニアの立体地図を表示する。アルビオンの関係で、立体にせざるを得ない。邪魔な大陸だ。

「まあ! これはどういったマジックアイテムなのですか?」

「私の魔法の杖、のようなものだ。戦闘に特化しているがな。さて……」

 アルビオンを拡大する。

「アンリエッタの頑張り次第で、愛しの愛しの王子様と沿い遂げられるかもしれないと知ったら、アンリエッタはどうする」

 悪魔の言葉。アンリエッタにブーストをかけ、あるいは史上最高の賢君にしてしまうかもしれないニトロ。
 この世界に対する大規模干渉は始まったばかりだ。



 虚無の曜日。
 ルイズが剣を買いに行こうと提案するが、デルフは既に入手済み。
 ルイズに借りた1エキューを、カジノで1048576倍にしたのだ。この世界にも土下座というものが存在すると知った夜だった。
 剣云々ではなく、普通に遊びに行こうと提案したところ、受理された。

「クックベリーパイ食い放題」

「ぜひ行きましょう」

 実に単純である。
 とりあえず、昨日火竜山脈でボコボコにして手なづけた大型火竜、レイアを口笛で呼び、トリスタニアへ向かうことにした。
 旧式爆撃機クラスの巨竜だ、やろうと思えばアヴェンジャーの運用もできる。アヴェンジャーでブン殴った感覚から察するに、この世界の艦砲程度ではそうそう落ちないと見た。

「ちょ、これ火竜!? しかもこんな大きいの見たことないわよ!? どうしたのよこれ!?」

「昨日手なづけた」

「手なづけたって、どうやってよ!? 気性が荒くて熟練のスクエアでさえ簡単には乗れないのよ!?」

「竜ごときに負けるものか」

「…………。……いいわ、早く行きましょ」

 考えるのをやめたという感じがひしひしと伝わってくる。既に『エルテなら仕方ない』という考え方ができているようだ。普通なら思考停止は忌むべきだが、この場合は歓迎すべきだろう。しかしルイズも適応が早い。
 背後からルイズを抱きしめ、レイアの背に飛び乗る。ちなみに、今の私は元の9歳モードだ。立場が逆な気がする。

「よし、レイア。あっちに向かって全速前進」

「がう」

 上昇し、滑空から水平飛行に移行するレイア。

「ちょちょちょちょっと! 速すぎるわよ!」

「もっと速度を楽しめるようになれんとな。レイア、バレルロール」

 樽の内側をなぞるようなロール、ゆえにバレルロール。遠心力がかかり、私たちは落ちることはない。だが。

「おおおおおおおちおち落ちるぅぅぅ!!」

 ルイズにそんな物理法則が判るわけもなく、ひしとレイアの背に掴まりつつ叫んでいる。

「ぅぅぅぅぅ……。…………」

「?」

 静かになった。ルイズは気絶していた。
 やりすぎたか。



 静かになったので更に速度を上げ、トリスタニアの外側に降りる。

「レイア、対地哨戒飛行」

 そう命じると、天空に舞い上がる。

「やれやれ」

 ぺしぺしと頬を叩き覚醒させる。

「……は? ここは誰? 私はどこ?」

「落ち着け。ここはルイズであなたはトリスタニアだ」

 答えに悩んだが、この程度のジョークはやっておくべきと天啓が下った。

「そう、私がトリ……じゃないわよ! よくもあんな恐ろしい飛び方してくれたわね!」

「楽しくなかったか? まあ、いずれ慣れる。帰りは安全運転だ、そう怖くはないさ」

 くしゃくしゃと桃色頭を乱雑に撫でる。

「撫でるなー!」

「さて。案内してくれ。私は場所を知らない」

「う~~こっちよ!」

 つくづく反応が面白い。アリサと入れ替えてみるか、などという悪戯が脳裏に浮かぶくらいには。いや、それだと理使いと同類になってしまう。どうしたものか。
 つらつらと考えていると、違和感を感じた。成程、魔法によるスリとはこのことか。時を止める。財布を手にした愚か者の指を、手を、杖を、粉々に砕いた。ついでにラッシュを決め、その無謀なる勇気を称え金貨を何枚か懐に差し込み、そして元の場所に戻り、何食わぬ顔でルイズの後を追う。後ろが騒がしいが、幻聴だ。

「ここよ」

 オープンカフェ、といったところか。貴族がほとんどの席を埋めている。
 適当に席に座り、店員に紅茶とクックベリーパイを注文する。
 パイが届くまでの間、私とルイズの間に言葉はない。
 届いてからもない。食い放題だからと、一心不乱で次々に平らげている。
 私はマフィンを注文し、ルイズとは比較にならない速度でちまちまとかじる。

「あー、おいしかった!」

 実に満足気だ。

「晩飯はどうする? こっちで食うのなら、ある程度豪華な物をと思ったが」

「ねえ」

 それは返事ではない。ルイズから私への疑問。

「なんで私を誘ったの? ご機嫌取り?」

「学院の外を見てみたかった。仮にも一国の首都、どれほどのものかとな」

「そういえば、アンタすごい田舎から来たんだったわね」

「違う。遥かに都会だよ、こんなド田舎に比べればな」

「ド田舎って……この世にトリスタニア以上に発展している都市なんてあるわけないでしょ!」

「語弊があるな。ド田舎は撤回しよう。狭く雑多で汚くロクに整備がされていない小さな都市だ。疫病が発生しやすく犯罪の温床。これが首都とは笑わせる」

 比較する方がおかしいか。東京も汚く雑多で犯罪も多いが、それでもトリスタニアに比べれば余裕があり犯罪発生件数も少ない。道を歩けば日常的にスリに遭うなんてことは滅多にない。

「人通りの割に道が狭い。馬車が通る道すらギリギリの幅しかない。人がよく轢かれるだろう。道は都市の血管だ、スムーズであることに過ぎたことはない。そして都市に発展性がない。都市計画が疎かだ。と、文句はつけたいだけつけられる」

 紅茶をすする。微妙だ。

「まあ私がグチグチ言ってもどうすることもできんがな」

 ルイズは考え込んでいる。私がただ単にけなしているわけでないと気づいたのか。

「さて、本屋にでも行こう。今は遊びに来ている。考えるのは後回しだ」

「そ、そうね。でもなんで本屋に?」

「面白いものがあるかも知れない。書は知識の宝庫であり、知識は力である。魔法なんぞよりよほど有益なものだぞ」

「魔法なんぞ……アンタねえ……て、聞けー!」

 金貨数枚を給仕に渡して、店を出る。ルイズの声がやたら遠くに聞こえたが、ついてきてないのか?



 ジャンク屋でもあればいいがガラクタを売る店はない。とりあえず、見た限りでは。
 目的の本屋に寄り、探してみれば出るわ出るわ。ラノベに漫画に論文に思想書に辞典に辞書に文庫に宗教書。国境なき本屋だここは。ハルケギニア語ではないものは、日本語英語ドイツ語ラテン語ロシア語ギリシャ語ヘブライ語その他、それなりの数がある。読めない本にこそ価値はあるのか、それなりの価格で売っている。

「何よそれ。暗号?」

「これは私の世界の航空力学の本だ。流体力学に、材料力学、安全工学……どこかの研究室からか?」

 とりあえず、教会連中が悪用あるいは焚書する可能性を考えて回収しておく。
 金だけは腐るほどあるのだ。

「つくづくとんでもない使い魔ね……どうやって稼いだのよ」

「カジノで。これでも手加減してやったんだ。一回勝つごとに掛け金を倍。20回くらいで土下座された」

「20回!? えーと、2、4、8、16、32……ひゃくよんまんはっせんごひゃくななじゅうろくエキュー!?」

「当分金に困ることはないな。これを元手に商売でも始めてみようか」

「ダメよ! 下手したら借金地獄じゃない!」

「なに、ただ物を売るだけだ。この世界にない物を。物珍しさで買う者もいれば、気に入ってリピータになるかもしれない。薬も売ろう。魔法なぞに頼らずともよい薬を。どこよりも安く」

「面白い話してるわね」

 振り向けばキュルケがいた。辺りを見回せば、タバサが本の虫になっていた。

「いつになるかはわからんがな。さて、フロイライン、夕食のご予定は?」

「なんでキュルケを誘うのよ!」

「火竜山脈の方向を教えてもらった礼だ。おかげでレイアが手に入った」

「レイア?」

「後で会わせよう。いい子だ」

 背後でルイズが「ならしかたないわね」なんて言っているのは無視する。

「タバサも連れていっていいかしら?」

「無論。はしばみ食い放だ」

「行く」

 なんという地獄耳だ。

「さて。魅惑の妖精亭という店だ。もう少し時間をあけてから行こうか。タバサはまだここにいるだろうし」



[21785] ゼロの破壊魔05
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/11/06 13:17
 スカロンがいない。
 いや、あのオカマッチョに是非とも逢いたいという訳ではないが。

「面白い店ね」

「ああ。今日は名物がいないようだが」

「名物?」

「見てからのお楽しみだ」

「なによ、もったいぶっちゃって」

 適当に注文する。ここのワインはタルブから直接仕入れているから、安く、旨い。正史知識さまさまだ。

「とりあえず、乾杯」
「乾ぱぁい」
「乾杯」
「……乾杯」

 キュルケは楽しそうだ。タバサは無表情だが眼が輝いている。ルイズはむすっとしている。

「ルイズ。そんな顔をするな。公爵家の娘なら、たとえ嫌な相手と食卓を囲もうとポーカーフェイスどころかにこやかに応対しなければならない場合もある。何より飯がまずくなるぞ」

「なによ、使い魔の癖に」

「ルイズ~、そんなんだからいつまで経っても胸がゼロのままなのよ~」

「ななななな……」

 ルイズが赤くなる。相変わらず沸点が低い。そう長く付き合っている訳でもないが。

「キュルケ、訂正しろ。ルイズは貧乳ではないぞ。躯つきに相応くらいの胸はある。少なくとも、同じ年齢だった頃の私よりかは。キュルケ程には成長はしないだろうが、それでもまだ発展途上だ」

 成長してもカリーヌ程度が限界とは言わない。カリーヌだってそれなりにあるはずだ。

「え?」
「え!? そうなの!?」

 何よりルイズが驚いているのがおかしい。タバサは我関せず。

「それに、胸が大きいのはいいことばかりではない。よく邪魔になる。身に不相応な胸も醜いだけだ。生まれ持った身体的特長など、卑下の材料はならないよ。胸など、子供ができればある程度は大きくなるものだし。まあ――――」

 ルイズの頭を撫でる。

「ルイズは在るがままが一番綺麗だと私は思う。下手に飾るよりか、遥かにな」

「ふ、フン! 子供扱いしないでよね!」

 照れているのが手に取るようにわかる。

「はしばみ草のサラダと、はしばみ草のスープでございます」

 きわどい格好の娘が料理を持ってきた。まずはスープと前菜だ。タバサがさっそく手を出している。祈りはどうした、と訊きたいが、あんなのはあってもなくてもどうでもいい。

「さて、いただきます」

「は、はしばみだらけ……」

「うぐ……」

「腹をくくれ」

 スープをすくい、サラダを食う。
 多少苦かろうと、一応食えるものだ。パセリのようなつけあわせではない、サラダの中で主役を張っている。ならば、それは調理次第で相応の旨味を引き出せるはずだ。
 もっしゃもっしゃとサラダを咀嚼する。確かに苦いが、砂糖抜きのリンディ茶――――正しくは緑茶あるいは抹茶。この場合は鬼のように渋い緑茶か暴力的に苦い抹茶――――よりかはましだ。ドレッシングがちょうどよい塩気と酸味を与えている。どう処理したのか、はしばみの苦みが抑えられアクセント程度になっている。

「苦……いけどおいしいわ?」

「これがあのはしばみ草?」

「Ja。サラダ程度で満足するなよ。フルコースを頼んでいるからね」

「…………」

 ぐっ、と、タバサが親指を立てる。こちらは微笑みを返す。言葉は必要ない。



「こんなにおいしいものだったとはね」

「本当に意外だったわ」

「当然だ。私が勧めるものにまずいものがあるはずがない」

 帰り道。とりあえずレイアはトリスタニアには直接降下できないので街の外まで歩くことになる。何人かスリに遭遇したが、時を止めて男同士で熱いヴェーゼを交わさせたり丸裸にしたり頭だけ残して埋めたりと、精神的に死ねる処刑を執行した。
 治安が悪すぎる。人ごみは犯罪の温床だ。温床どころか苗床で、根本的な対処をしない政府がじっくり育てているようなものだ。
 早急にアンリエッタに権力を掌握させるべきか。リッシュモンは今のうちに極殺しておくとして――――チュレンヌのような小物は法で裁いた後静岡の拷問にかけるか。モットはどうするか……性癖や態度はともかく、マザリーニ曰く愛国者でそれなりに有能で、あの悪癖さえなければノブリスオブリージュを果たしているという。
 最大の問題はワルドをどうするかだ。あの男は自分と亡き母親に忠を尽くしているだけで、根本から悪い人間ではない。最悪、暗殺も視野には入れてはいるが、仲間に引き入れたい。

「ねえ、どこまで歩くのよ!」

「まさか歩いて帰るつもりかしら?」

「明日になる」

 口々に言ってくれる。やれやれだ。

「そろそろ来るはずだ」

 ヘルゼリッシュはただ千里先を見通すものではない。指定半径の球形範囲内、その中全ての情報を得ることができる。さすがに全部を処理するには共有並列処理でどうにかするしかないが、フィルタリングすれば一個の脳のキャパシティでも充分だ。
 ヘルゼリッシュを使えば遥か上空、普通のメイジが駆る竜など及ばぬ高度を飛ぶレイアを視認し正確に誘導することができる。
 韻竜ではないが、念話を使えば話すことができた。

《レイア、そのまま急降下》

《ちょ、待ってよ! 私を殺す気!?》

《失敗したら受け止めてやる。いいか、これから先レイアには急降下爆撃をして貰わなくてはならない状況に遭遇する。これは練習だ。本番で死にたくなければ指示に従え》

《う……わ、わかったわよ!》

《おまじない、ジェロニモとかはいだらとか叫ぶと安全に着地できるかもな》

《うぅぅぅぅぅぅぅあぁぁぁぁ! はいだらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……》

 文字通り垂直に降下を始めるレイア。
 この火竜は魔法を使えない。純粋な航空力学で空を飛ぶ。gという時間係数には逆らえない。

《――――ブレーキ》

《きゃあああああああああああああああ》

 あの様子では、地面にキスするようなことはないだろう。

《地表まで、4、3、2、1……》

 既に巨大な影がここを覆っている。

「な、なにあれ――――」
「落ちてくるわよ!?」
「!」
「がうぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 その、羽ばたくには不向きなアスペクト比の翼を全力で振るい、必至で減速した結果がこれだ。砂埃を巻き上げ、地響きを立てて大地へと降り立つ巨竜。表情がわからないからその姿は堂々としたものに見えるが、実は怯え切っている。

「よし、いい子だ」

「がう! がう!」

「ね、ねえ、怒ってない?」

 レイアが吠えるが、それが消極的な抗議であることは私はよく知っている。さっきのを訳せば『死ぬかと思ったじゃないの!』だ。
 力関係は存分に理解させている。逆らえば七砲身の美学があなたを撃ち抜くだろう、と。

「ほう……?」

「が、がう?(い、いやそんなはずはないわよ?)」

「気にするな。さあ乗れ」

 ひょいと、その背に乗る。紅の竜の背に乗って。届けに行くのは爆弾と砲弾だ。あるいは客。

「伏せ」
「がう」

 私はひょいと飛び乗ることができるが、全長50m、翼長70m、高さ10m以上の竜は乗りやすいとはいえない。抱きしめたルイズに余計な衝撃がいかないよう、そっと飛び乗るにはレイアの背が低い方がいい。

「大丈夫かしら? 暴れない?」

「レイアは賢いからな、そんな無謀なことはしないさ」

 

「……大きい」

「タバサの使い魔も乗せていけるが」

「ん」

 レイアの大きさは旧式爆撃機と同じくらいだ。胴は爆撃機より太い。翼面積は広く、イーグルではないがテニスができる。シルフィードが背に乗るくらい造作もない。ムリーヤとて、背にブランを乗せて飛ぶのだ。
 レイア用レシプロエンジン・ジェットエンジンやVOBの開発がガイアで進んでいると知れば、レイアはどんな反応をするだろうか。さすがに音速を超えるような無茶はさせられないが、700km/h、サンダーボルトⅡくらいは出るようになって欲しい。

「いつもこれだと大変ね」

「私はそうでもないが」

 キュルケとタバサはレビテーションで上がってくる。

「きゅい!」

 ようやくシルフィードも飛んできた。

「さて、レイア」
「がうっ」

 ぶわっさぶわっさと羽ばたき始めるレイア。普通に考えてこのサイズでホバリングできるとは思えなかったが、生命の神秘とやらはこの巨体を浮き上がらせた。ある程度高度を稼いで、滑空に入る。
 レイアは魔法を使えないといったが、正しく言えば『魔法は』使えないのだ。魔力を運用して上昇力や推力、そして身体の強化に利用している。

「シルフィードより遅い」

「飛ばすとルイズがうるさいからな」

 伝説の名セリフかと思えば、その逆だった。

「まるでフネねぇ」

「輸送にも戦闘にも使える。欠点は維持費か。あまり食わないから助かっているが」

「そうだ、どうやってこの子の食事とか用意してるの?」

「そこらのオーク鬼の類を狩らせている。いざとなれば火竜山脈に戻れといってある。それでも足りないときはあるから、そのときくらいか、金がかかるのは」

 いざとなれば鱗を売ればいい。秘薬の材料として馬鹿みたいな値段で売れるとアンリエッタから聞いた。

「いい風だな」

 シルフィードがレイアの背に降り立ち、雑談をしながら学院に戻った。



 アンリエッタが王位を継承すると宣言して一日が経った。マザリーニに「あ、私、王位を継承しますわ」と今日の紅茶の銘柄でも伝えるように言い放ったそれは、あらゆる宮廷貴族を驚かせた。

「忙しくなりますわね」

「籠の中の鳥と嘆いて悲劇のヒロインを演じるよりかは、楽しい日々が遅れるだろうが」

「耳に痛いわ」

「自覚できているのならいい。何をするべきかを理解していれば。私の世界では、鳥籠の中で悲嘆に暮れて出ようともしない少女の物語なんてほとんど売れない。馬鹿みたいにハイテンションで恐ろしいほどにアグレッシヴな王様の話は伝説になるほどに売れたがな」

「そのお話、よろしければ話していただけませんか?」

 一瞬、言葉に詰まる。あれは話すべきか。この世界でいえば王が150万のクーデター軍を相手に無双をぶちかます、なんて物語。アンリエッタが「How do you like me now!!」とか言いながら魔法を――――私が止めればいいか。

「私の世界とハルケギニアでは政治形態がかなり違うと言ったのは覚えているな? まず――――」

 まずは基礎知識の確認から。

「そこまでは覚えています。魔法のない世界の王政と民主主義政治は」

「Gut.ではアメリカという特殊な国のことを説明しよう。世界最強の軍事大国で――――」

「まあ! それでは世界がその国の言いなりに――――」

 世界観の説明に4時間かかった。存外、アンリエッタも興味のあることには時間を忘れて没頭できるタイプだった。
 世界の説明なんて、矛盾していながらも絶妙なバランスが取れているなんて難しいことを表現し理解させるのに、この程度の時間で済んだのは、アンリエッタが聡明だからか、私の説明がわかりやすかったからか。

「本題に入ろう。まず副大統領が議会をはじめとする政府機関と軍を完全に掌握して首都の大統領官邸、いわば王城だな、そこを制圧しようとした。大統領は巨大な鎧をまとい、一人で150万もの兵力を持つ反乱軍に反攻した――――」



「なんという、素晴らしい……まさに為政者の鑑ですね」

「いや、こんな孤立無縁な状態で、さらに個人が馬鹿げた力を持っているならともかく、普通の組織の頂点にいる者はまず直接戦うべきではない。もし戦争が起きて、戦闘で国王が討ち取られればそこで敗戦だ。王たるものは文字通り最後の最後まで護られなくてはならない」

「あ」

 アンリエッタは言われてやっと気づいたらしく、間抜けな短い声を上げ、己の甘い考えを恥じた。

「政に正解は存在しない。その場で最善の策をとったとしても、後にそれが裏目に出たり。その逆もある。政府というものは民主制だろうと王政だろうと、あるいはどう解釈しようと人間が介在している『組織』だ、完璧なんてことはあり得ない」

 人の作るシステムは完璧を求め、いつも失敗する。たとえ全知全能の神がいたとして、完璧なシステムを作り上げたとしても、それに人間が介入した時点で予期せぬエラーが起こる。無知、欲望、浅慮、傲慢――――人間の業が、完璧をあっさりと崩していく。それら全てを予想できるはずもない。人間は神の予想を、いや、神より遥かに上位の存在の想像をすら超えるのだから。

「ならばこそ、己の信念に従い、正しいと思えることを選択していくべきだ。政において、いや、政以外にも言えることだが、すべてが幸せになる答えなどこの世には存在しない。最善で最大公約数の答えがあるかもしれないだけだ。最初に言ったが、ウェールズと沿い遂げるための対価は、アンリエッタが善き女王として、心身を国と民に捧げること」

「ええ、契約を違えたときの代償は破滅。私は強くなりますわ」

 その言葉の意味を、私は計り違えていたのかもしれない。



 ――――その翌日からアンリエッタが躯を鍛えだしたのは、大統力を得るため、ではないと思いたい。
 何事も体力が資本だから、その行為そのものは間違いではないが。



[21785] 破壊黙示録HOTDestroyer01
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/16 01:41
 この世界において、私は暴走することを確定した。
 つまりは、試しに全力ではっちゃけてみようと思ったのだ。



 屋上、天文部室前で、漢が二人、サボタージュにいそしんでいる。私を含めると三人。葉巻を吹かし、その香りを楽しむ。
 内一人は寝不足のようだが、その甘い香りが睡眠の邪魔なようで、私の話し相手になっている。
 もう一人は、無理矢理引っ張ってきた。

「毎回思うが、女の子に葉巻は似合わねーな」

「いずれはバラライカのように似合う女になりたいがな。それも叶わぬ願いだ」

「そうか? 今でも充分貫録あるとおもうぜ?」

「ふー。イメージなど、アテにはならんさ。猫をかぶっていたり、借り物の言葉で飾ったり。ん? 私ではないか」

「一人でボケてツッコむなよ」

「ふむ。ならば有意義な話をしよう。ガチタングレオンのミッションでの有用性について――――」

「いや、ガチタンなら社長雷電をチューン――――」

「まて、軽二グレオンが――――」

 グレネード馬鹿、もとい有澤信者がここにいる。私が汚染した。「何に」と訊かれたら、答えるまでもない。コジマだ。
 若干口論気味になる。アーキテクトとしてのコダワリがある。

「よろしい。ならば私にも考えがある。私のネクストを侮辱したこと、後悔させてやるからなぁ!」

 実戦で確かめてみる。そういう意味だ。

「すげえ……似てる……」

「あの人の声、亜沙先輩と同じなんだぜ……」

「ザ・ボスといい、声優ってすげえ……」

「で、どうする? おまえら次第だ」

「その声やめてくれ……」

「変な気分になってくる……」

「ほぉう? どんな気分だ。言ってみろ」

「うっかり踏んでくださいと言ってしまいそうな」

「ピリオドの向こう側へ行ってしまいそうな」

「なあ?」
「なあ?」

「なんだか、馬鹿らしくなっちまった。んんっ……あなたがたには後で果てていただきます。理由はおわかりですね」

「リリっ……他に何か!」

「落ち着け孝、指揮を引き継げ」

「永こそ落ち着けよ! なにジャン・ルイごっこしてんだ」

「実力で排除します」

「なあ」

「ああ」

「道を踏み外すのも」

「悪くないかも知れねーな」

「ここはエデンだ」
「ここはエデンだ」

 永と孝を壊したのは、間違いなく私だ。まあ、本当に悪い方向ではないことが救いではあるが。
 色々あったが、私が存在したせいで、永と麗と孝の関係は良好なままだ。麗が誰とも付き合っていないのが最大の理由だが。
 14姉妹計画のおかげで、同じ顔が学園内を闊歩していても特に問題はなかった。OGもいる。

「残念だがそれは過去形だ、声フェチども」

「あん?」

「どうしたんだいきなり?」

「最高に狂ったパーティーが始まる」

 寝転がっている馬鹿二人はそれを見ていない。学園正門を叩く不審者を。さすまたを装備した教師どもを。
 永が起き上がり、けだるそうに私が指さす方を見る。

「なんか面白いことでもあるのか?」

「……馬鹿が騒ぎを――――って、マジかよ!?」

「どうした?」

「手島が林に噛みつきやがった! いや、殺し合い? 違う、なんだあれ!?」

「くっ……! ぐええッ!?」

 とっさに走り出そうとした孝の襟を掴む。首輪を引っ張るように気道が圧迫され、酷い声が出た。

「ガッ、ゲホッ……なにしやがる!!」

 とっさの行動をかなり苦しい方法で止められ、孝は私を睨みつけてくる。

「教室には私がいることを存分に忘れているようだ」



「先生」

 手も挙げず。立ち上がる。視線が集中するが、知ったことではない。

「な、なんだねルーデル君」

「諸事情につき、私と宮本麗はこの教室を出る。この行動に対する、一切の異論・妨害は認めない」

「は? なんで私が――――」

「何を言っているんだ、席につ――――」

「以上。今後は冷静に行動すること。死にたくなければ」

「ちょ、な、どうしたっていうのよ!」

 麗の手をとり、なかば引きずる形で教室を出る。
 教室を出てからも麗は抵抗していたが、やがて諦めた。

「なんで授業を途中でサボったのよ!?」

「麗には死んでほしくないからな。今ごろ、他の私が似たような行動をしていることだろう――――これか」

 ロッカーと、バットの突っ込まれた鞄。
 モップをバラし、柄だけにする。

「ねえ、何してるの?」

「武器の調達だ。ほれ」

 棒を麗に渡す。私はバットを持つ。

「どこに行くのよ?」

「おくじょ――――」

 何の前触れもなく、学園内各所に設置されたスピーカーからノイズが走り、私の言葉を遮る。

『全校生徒・職員に連絡します! 全校生徒・職員に連絡します! 現在、校内で暴力事件が発生中です! 生徒は職員の誘導に従って直ちに避難してください!!』

 誰かの切羽詰まった声が、『繰り返します』の後に耳触りな音と共に途切れる。

「耳、ふさげ」

 おとなしく、麗が耳をふさぐ。

『ぎゃああああああああああああああああああああ』

 一応、パニックに巻き込まれないところにまでは移動できた。
 やかましい放送をBGMに、私は耳をふさいだ麗の手をとり、また引きずるように歩き始める。

「なに……これ……」

「バイオハザードってゲームはやったことはあるか?」

「は? それとどんな関係が……」

「奴に注目」

「あれって……現国の脇坂?」

「だったものだ。静かに、声を上げるな。貸せ」

 手を差し出す。脇坂の様子がおかしいことに気づいたらしい麗は、おずおずと棒を私の手に握らせる。

「……永! むぐっ!?」

 脇坂を挟んで廊下の向こう側に、孝と永が降りてきた。忍び足だ。

「黙って、足音を立てず壁に張り付け。そしてよく見ておけ」

 耳打ちし、離れる。そして――――

「フッ!」

 脇坂の心臓に棒を突き刺す。貫通するまで。

「!」
「おい!」
「……なるほど」

 麗はどうにか悲鳴を殺し、孝は私に怒鳴り、永は青くなりながらもしばらくその様子をみてつぶやく。
 脇坂だったものは、ほぼ無音の私より孝の怒鳴り声に反応し、しかし――――

「Guten nacht」

 頭にフルスイングされ、首と躯が泣き別れとなった。

「理解できたか? 心臓を串刺しにしたとしても死なない。殺すには脳を破壊するしかない。麗は知らないだろうが、噛まれたら感染する」

「……マジかよ」

「信じられない……信じられないわよ……」

「死にたくなければ現実を見ろ。返すぞ」

 棒を麗に突き出す。それを受け取る手は震えていたが、しっかりと握った。

「そうだ、警察に――――」

「警察の電話回線はパンクしている。屋上に行ってみろ、愉快なものが見られるはずだ」

 音がする。ガスタービンの心地よい高音。そしてローターブレードが空を叩く音。
 三人が走り出す。残された私の二個体は、警戒しながらもゆっくりそれを追う。

「うわっ!」
「きゃあ!」

 低空で飛行する輸送ヘリのダウンウォッシュに煽られ、約二名ほどが悲鳴を上げる。

「UH-60JA」

「ブラックホークだ……JA型? 陸自か?」

「あの塗装は陸自だ」

「なんでそんなものがここに来るんだ? この近くには駐屯地なんてないのに……」

「たすけてー!!」

 麗が手を振りヘリに助けを求めている。無駄だ。

「無駄だ」

 永が代弁してくれた。

「この付近に駐屯地はない」

「遠路はるばるここまで着て、下の惨状を無視するということは、別のところでもこれが起きていると見て間違いない。軍人は任務に忠実だ、おおかた、発電所などの重要施設の防衛に回されるだろうよ」

「そんな……」

「絶望するにはまだ早い。我々には武器はあれど、水・食糧などはほとんどない。ここに篭城などできはせんだろうし、安全とは限らない。それに――――」

「それに?」

「おまえたち。やはり腐っては生きられんか」

 天文学部室前から観察する、屋上の奴らの生態。騒がしくさえしなければ、階段を上ってこない。

「水没王子だと!? じゃない、奴らか!?」

「ちなみに、少し面白い仕掛けをしておいた」

「そんな余裕があるの?」

 ニヤリ、私はそう笑えているだろうか。
 手にはスイッチ。

「なんのスイッチだ?」

「フフフ……耳をふさげ」

 説明をする気はない、時間もない。カチリとそのスイッチが音を立てたとき、破裂音がして、屋上フェンスの根元が爆発した。
 障害がなくなったところに、爆発音に惹かれた奴らが突っ込み、次々と身投げをする。

「なるほど……どうやったんだ?」

「昔C4と遠隔起爆装置があったから仕掛けてみた。どうだ」

「それより、なんでそんなモンがここにあんだよ……」

「気にしたら負けだ。さて、脱出を始めよう」

「脱出って……どこに」

「学園内に居続けたとしても得策ではない。さっきも言ったようにな」

 騒ぎを聞きつけて、リヴィングデッドどもは校門からも流入してきている。

「目的地は『安全な場所』という漠然としたものだが、少なくともここより安全な場所はいくらかある。見ての通り、聴覚以外の五感と知性を失った屍どもは、バリケードすら張っていないここには上がってくる気配はない」

「おい、あいつは……いいのか」

 下では、私が屍を在るべき姿に戻しつつある。ワイヤーを飛ばして、躍らせて、絡めて、引いて、バラバラ。

「学園には食糧も乏しい。こんな状況だ、ライフラインが止まるのは時間の問題と見ていいだろう。最重要課題は安全と食糧の確保だ」

 かなり短くなった葉巻を捨て、焔薙を顕現させる。屋上にはバラバラの正しい屍しかなく、安全は確保されていた。

「おい、それどこから出した?」

「乙女の秘密だ。孝はバットが適任だろう。永にはこれを」

 永にパルスアームを渡す。機械式ガントレットとでも言うべきもので、かなり重いが、原作と違い上腕までをしっかり鎧っている。極めて高精度で、金属がぶつかり合う音はほとんどしない。細かい作業はできないが、拳の一撃は一定威力を超えれば人間の頭蓋をあっさり吹き飛ばせる。無論、原作通り電撃も放てる。

「これは……」

「それだけの硬さと質量、ロックすれば指先一つで脳天KOできる。ただ、指はそこまで器用でないし、そのくせデリケートだからナックルガードを被せるのを忘れるな。重さと慣性に慣れるまではとっさの自己防衛くらいにしか使えん」

 見事にぴったりだ。両腕だけSAAの腕。ARMSとかスプリガンとか攻殻とかに出てきそうだ。

「使えるのは拳だけではない。試す機会があれば、腕もぶつけてみるといい」

「なんか俺だけ浮いてないか?」

「だったら、私はこれを使うか?」

 一応、人類が扱える設置式重火器、M134ミニガン。ザラザラと弾薬を消費するバケモノ機関銃ではあるが、それは銃座に設置しての使用を前提にしてあり、断じてターミネーターがごとく個人が携行して撃てるものではない。

「えーと?」

「私、疲れてるのかな……」

「これに似たものを見たことあるな……なんだったか……」

「ヴァルカンレイヴン? それともクロ? ヴァオー?」

「あ、死がふたりを分かつまで6巻の新宿御苑だ」

「また微妙な……」

 余裕あるな、三人とも。

「うるさいからつかえない。まあ、焔薙で充分だ」

 ミニガンを戻し、屍人狩りに定評のある焔薙を出す。木る伝は厄介になりそうだからつけていない。『私だから』という理由で納得してくれなさそうだし。

「どこに消えたんだ?」

 永が私の躯をじろじろ見ている。

「永。女の躯をそう舐め回すように見るな」

「悪い、でも――――」

「いったいどこに……」

「軽タンの格納に重とっつきを搭載するのは常識だろう」

「ああなるほど!」
「その手があった!」

 それで納得するのか……ごまかせたからまあいいか。麗は『?』を頭のうえに浮かべている。久々に見た、青色の半透明。

「なんでそれで納得できるのよ……」

「不要なことは気にするな。今は脱出が最優先。暫定目標は職員室。クリア済み。マイクロバスのキーを確保してある。今、生存者を誘導している」

「生存者を集めてどうするんだ?」

「この状況を鑑みろ。敵の能力、数、増加速度、規模、全て不明。状況は悪くなる一方だ。私でもある程度殲滅は可能だが、単独ではリスクが高い。生き残るためのクラスタ、協力し合う必要がある」

「クラスタ? チームじゃなくて?」

「……そうともいう。厳密には違うのか。まあいい、最適な言葉なんてこの際どうでもいい。とにかく、移動しないことには始まらん」

 屋上にはバラバラ死体しかない。私はルート確保のために、屋内階段前で文字通り屍の山を築いていた。

「……そうだな。エルテの話に乗ってみるか」

「このままここにいても救助は望めないし、それが一番正しいんだろうな」

「行くしかないんでしょ」

「決まりだな」

 何か、最終決戦へ向かう勇者のパーティの会話みたいだ。私は彼らの相談に乗るNPCの賢者みたいな感じで。
 さっきまでは私が孝の立場を奪っていたが、やはり孝はリーダーとしての素質があるらしい。私が黙っていてもこうなるのではなかったのだろうか。

「よし、前衛と殿は任せろ。行くぞ」

「ああ」
「おう!」
「ええ!」



[21785] デストロイウィッチーズ01
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/20 23:45
 この世界は私の天敵だ。だから私は大地に降りない。遥か天空でアヴェンジャーを携え、ただひたすらにもとの世界に戻るために空を飛ぶ。



 この世界はパンツじゃないから恥ずかしくないらしい。
 私はスカートすら滅多に履かないというのに。コートのベルトを締め、ストライカーユニットを模したTF34-GE-100エンジンを唸らせ、空を飛ぶ。最悪の場合は、ADF-01に切り替え変態起動と超音速飛行で逃げ切る。
 私にはPAモドキがある。莫大な魔力も、それを使う技術も。
 なにより、エイダがいて、アヴェンジャーがある。これほど心強いものがあるだろうか。

「そこの国籍不明ウィッチ! 止まれ!」

 現在原作をSAN値をガリガリ消費しながら観て、どうにか正史と関わらないようにしているのに。
 救いは、恐らく正史の登場人物ではないことか。
 囲まれている。だが、8492の包囲網より遥かに楽だ。

「所属と階級、姓名を告げよ!」

「ウスティオ空軍第六航空師団第66……いや、答える義務はない」

 三十八計逃げるに如かず。どれほど被弾しても飛び続け、どこまでも飛び続けるA-10の恐怖を知るがよい。

「待て! 止まれ! 撃つぞ!」

 撃つがよい。ルーデルの魂をそのまま反映した究極の攻撃機には追いつけても落とせはしない。

「く……撃ェ――――!」

 銃弾が殺到する。なかなか腕がいい。偽ストライカーユニットに着弾したものは弾かれるが、私に当たったものは速度を吸収されポロポロと落ちてゆく。バリアジャケットの効果だ。

「くそ、効いてないだと?」

「着弾はしています! 恐らくあの服です!」

「しかたない、頭を狙え!」

 普通そう思うだろう。再び銃弾が――――

「はぐっ!」

「やったか?」

 それはフラグだ。
 流石に脳天をブチ抜かれたのはキツイが、最近はある程度無事な脳さえあれば修復できるようになった。もう人外だな。
 映画でセガールに勝てるかもしれない。

「依然飛行中!」

「なんだと……弾を惜しむな! 全て撃て!」

 ロケットや銃弾がこれでもかと飛んでくる。やれやれ。そろそろまともに相手をしてやろう。704km/hの最高速度、低速での超機動、疑似的に推力方向も変えられるからコブラやクルビットも可能。我ながらなかなかいい選択だ。
 海面スレスレまで降りる。

「追え! 逃がすな!」

 相手が降りてきたところで急上昇。3000mまで上がる。そして反転、急降下。エアブレーキ展開。相手はまだ2000m程度。エースコンバットで鍛えた空戦技術は、実際に航空魔導師を幾人も地に伏せたのだ、この世界で通用しないはずがない。

「すまない」

 アヴェンジャー、回転開始。精密砲撃モード。
 給弾は一発ずつ。武器だけを狙う。彼女達を傷つけないように、誘爆しないように。

「うわっ!?」
「キャア!!」

 30mmで銃身を貫けば、衝撃で手放してしまう。手放さなかったとしても手はしびれるだろうし、それでも撃とうとしても既に得物は壊れている。

「フ……」

 既に彼女達の何人かは帰還可能ラインに近づいているはずだ。クレイドルがごとく延々と飛び続けられる私は、飛行可能時間という点からも圧倒的優位は揺るがない。

「帰れ。戻れなくなる」

「く、くそ……」

 私は彼女に背を向け、永遠とも思える空の散歩を続ける。全てはズボンを脱ぎたくない、ただそれだけのために。



 会議は紛糾していた。
 黒板に張られているのは何枚かの写真だ。その全てに、黒い影が写っていた。

「国籍不明ウィッチか……きな臭いな」

「ウスティオ空軍第六航空師団と名乗ったそうですが……」

「この世界にそんな国は無い! この人類の危機に! どこの国のだ?」

「こんなストライカーユニット――――見たこともない。それにこの服に機関銃……」

「銃弾を弾き、服は弾を通さなかったと報告にあります」

「速度は700km/h程度……武装はこのガトリング機関銃のようですが」

「おかしい……こんな巨大なものを持って飛べるウィッチなどいるはずが」

「頭を撃ち抜かれても生きていた、と……」

「まさか、そんなはずが……」

 咳払いが会議室に響く。声が一斉に止み、視線が一ヶ所に集まる。

「まずは彼女を捕えることが先決だ。この技術は人類の希望だ、なんとしても手に入れなければならん」

 その鶴の一声で、彼らは動き出す。彼らは彼女を『イヴ』と呼ぶことにし、捕えるためにあらゆる策を考え出す。
 世界は『イヴ』の想いとは正反対に動き出す――――



 続く気がしない。
 と思ったが続く。



[21785] デストロイウィッチーズ02
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/11/03 08:25
 私の偽ストライカーユニットは、開発コード:デストロイヤーユニットだ。非常に物騒な名前である。私のネーミングセンスはこの程度だ。
 この世界にあるストライカーユニットより巨大で、遥かに頑丈で、何よりズボンを脱ぐ必要がない。酸素マスクや耐Gスーツあるいは電熱服のように画期的なものだ、ズボンを脱ぐ必要がないということは。外見上は大きく長く太い脚にデフォルメしたような直線翼とH尾翼、エンジンナセルをひっつけた感じだ。
 大きさは、レシプロ機とジェット機の違いのようなものだ。そもそもA-10の場合、4度上を向いた原寸大のTF34-GE-100エンジンを再現しているからには、コートの裾をファンに巻き込まないようにかなり後ろに配置する必要がある。ラプターやファルケン、ワイバーンも、エアインテークを本来の足先より遠くする必要があった。そのため、この世界のストライカーユニットの1.5~3倍程度の長さになった。
 ちなみに、ラプター・ファルケン・ワイバーンには、異次元ミサイルパイロンが存在したり。原寸大エンジンの横ににサイドワインダーが丸々入るのだから、その長さ・太さは予想できると思う。さすがに機関砲は搭載しなかった。自分が射線に入る。

「囲めー! 囲めー!」

 そんな大きなものだから、普通のウィッチより見つけやすい。大きなデストロイヤーユニットに、更にアヴェンジャーを装備しているのだから。更に歌いながら感覚範囲内のネウロイをボコボコ落とせば、そして誰が落としたかわからないネウロイが多すぎれば。ヘリオスのように空をアテもなくぶらぶらしていれば、いずれそうなる。
 私の周りには数多のウィッチ。AC6のように数多くの娘達。あの時は感動したが、今の彼女達は味方ではない。非殺傷でも下手に撃墜するとバリアジャケットもない身、墜落死は免れない。向こうは全力攻撃ができても、私はちまちまとしか攻撃できない。ファルケンやワイバーンに乗り換えて、うっかり衝撃波で叩いてしまわないとも限らない。誘導弾も、こう混戦していると使いづらい。

「網を!」

「了解!」

 ……網である。どこをどう見ても網である。それが私に向かって飛んでくる。
 機動性はあっても、所詮は音速を超えられない攻撃機、レシプロ機の全力を出せば追い抜き機動で翻弄することも不可能ではない。TF34-GE-100エンジンはそのそも非力でABもない。燃費と航続距離と低速性能を極めた結果が陸の友軍の味方、A-10神サンダーヴォルトなのだ。が、今はそれが仇となった。
 なんとも原始的な罠。私は追い込まれ、捕えられた。一体何度目だろうか、何度も襲撃はあったが、遂に。
 数を数えるほど多くなる敵機でもない存在。今回は恐らく総動員したのか、正史で見た顔もある。魔力をけちり低空を飛び、ただでさえ少ないらしい戦力を私で奪うことはできず、攻撃をためらった結果がこれだ。いや、これでよかったのか。マブラヴの世界と似たようなもの、総動員までさせては世界が滅ぶのも時間の問題だ。
 これからパンツで街中を歩き回る生活が始まるというのか……

「捕獲! 捕獲したぞ!」
「作戦完了!」
「ついに、ついにやったんですね!」

 勝鬨が上がる。まるでおたけびだ。諦めて、増援を送ることができるまで待とう。それしかもはや策はない。



 やはり。コートとズボンを奪われた。
 裸を見られることはさして恥ずかしくはないが、なぜかこれは異常に恥ずかしい。
 取調室ではまず最初にズボンとコートを要求した。

「でなければ何も話すつもりはない。いっそ丸裸の方がマシだ」

 と私が脱ぎだすので、慌てて男どもはコートとズボンを持ってきた。
 女のあんな格好を見慣れているくせに、初な奴らだった。

「これがないと落ち着かないな……ふう。何が聞きたい」

「まずは貴様の所属、階級、姓名だ」

「ウスティオ空軍第六航空師団第66飛行隊。大佐。エルテ・ルーデルだ」

「それは冗談か? ウスティオなどという国はない」

「そうか」

「どこの国の者だ!」

「ウスティオ」

「まだ言うか!」

「頭が固いな。サンダーヘッドか貴様は。いずれ自国領内で核を使う愚を犯すぞ」

「っ……貴様! 嘗めるのも大概にしろ!」

 拳が飛んでくる。私はそれを顔で受け止める。

「ぐぁっ……」

「それが軍人の拳か。拘束された者にしか力を振るわないからだ。鍛え直せ愚者」

 反射的に防壁を張り、なおかつ挑発する。ある程度の速度があれば食らっただろうが、あまりにも遅いテレフォンパンチだった。

「貴様では論外だ」

 手錠の鎖を引きちぎり、輪を引きちぎる。久しぶりだ。
 尋問官は顔を青くして、私と、私の手と、鉄屑を見ていた。



 逃げ去った尋問官の次に来たのは明らかに佐官以上の軍人だった。さっきの小物と違い、穏やかな笑顔だ。

「すまなかったね。一部の鷹派が先走ったようでね」

「ウスティオ空軍第六航空師団第66飛行隊所属、エルテ・ルーデル大佐だ。とは言っても傭兵だ、給料以外に階級に意味はないから気にしないでくれ」

「私はカールスラントのヘルマン・ゲーリング准将だ」

 頭がフリーズしかけた。このイケメン将官があのモルヒネデヴだと誰が信じよう。
 というかこの男もエースだから女でパンツで空を飛んでいるのではないのか?ヘンリエッタ・ゲーリングとか。サイボーグになりそうなのはなぜだろう。

「我々は君がどこの出身か、そんなことはどうでもいい。私の娘が君の捕獲作戦に参加していてな。君の飛び方、攻撃、全てが美しかったとベタ褒めでね。いや娘だけではない。扱いも難しいであろう巨大なストライカーユニットを自在に駆り、誰一人死なせなかった凄腕が敵のはずがないと、あの作戦に参加したウィッチのほとんどが言っておってな」

 ヘンリエッタ・ゲーリングフラグが立ったような気がする。

「そして、アヴェンジャーやA-10――――私のストライカーユニットの技術も欲しい」

「その通りだ。あの樽のような推進装置、ネウロイを遥かに超える強度、そして、あの機関砲」

「機関銃とは言わないのだな」

「大砲だろう。30mmの弾丸など、ウィッチはほとんど使わないからね」

 個人が撃つことのできる弾丸は最大で12.7mm程度。質量の慣性で押さえつけるとしても、そうすると今度は携行・使用できなくなってしまう。

「教えてやろう。A-10はストライカーユニットではない。デストロイヤーユニットだ」

「ほう? どう違うのかね」

「A-10はデストロイヤーユニットの中でも特異なものだ。これは超音速機動を前提としていない。だが――――」

 中空にホログラフ画面を浮かび上がらせる。

「こ、これは……」

 その驚きの対象が画面なのかそれに映っているものなのか。

「超音速飛行が前提。ガリガリ魔力を消費し、この世界では継戦能力が非常に低いであろう機体たちだ」

 デストロイヤーユニット。音速を超え、主兵装は機関砲とミサイル。ジェットエンジンを搭載し、基本的に後退翼。要は超音速ジェット戦闘機だ。
 その図面がずらりと並んでいる。

「これは……こんな設計思想など見たことがない……常時耐衝撃波障壁だと?」

「参考にしかなるまい。人間が実際に使うなど不可能だ。アヴェンジャーなんて人類が持つようなものではないし、A-10、いや、他のデストロイヤーユニットも魔力不足で動かせまい。恐らくな」

 魔力配分を移動につぎ込んだとしても、滞空すらできない。

「そうだろうな……驚嘆に値するよ。君は何者だ?」

「おおよその見当はついているのだろう?」

「ふむ……存在しない国の傭兵か。嘘ではあるが嘘ではないな。君はどこから来た?」

 なかなか勘がいい。流石はドイツのフリーガーアス。

「ここから先は秘密にしてもらえるか?」

「……どういうことかね?」

「あなたには知られてもかまわない。私はあなたを信用するに足ると判断した。だが、他の連中はどうかはわからない」

「なるほど……了承した。このことは秘密にすると約束しよう」

 無能と言われたりモルヒネデブと言われたりするゲーリングだが、この世界では違うようだ。どうも、信用できる気がする。私のゴーストが囁いている。少なくとも、結果としてだが閣下をシュトゥーカ隊に送った偉業を成しているのだ。関係ないか。

「私はドイッチュラントのシュラハトゲシュヴァーダー2司令官ハンス・ウルリッヒ・ルーデル大佐、この世界でいうカールスラントの軍人ハンナ・ルーデルの遺伝子より創られ、過大解釈による強化を成された戦略兵器だ」

 互いに無言。しばらくして、

「あのルーデルの娘か」

「私の世界では漢だった。ソヴィエト連邦人民最大の敵、シュトゥーカ大佐、のちに人類史上最強の人類、軍神、魔王、破壊神などと呼ばれ、神格化されていた」

「……ただ者ではないとは思っていたが」

「さて、話の続きをしよう」

 現実的なものを、この世界なら、ウィッチなら運用できるものの図面を並べ立てる。

「なっ……これは!」

 絶対に、これだけは譲れない。

「どの階級だろうとどこの隊に回そうとかまわない。ただし、私の服装にだけは文句を言わせるな」



 どうしてこうなった。

「はい、エルテ・ルーデル少佐よ。所属はカールスラント空軍第六航空師団第66飛行隊。今日から501に配属されたわ」

 これは、私に火葬戦記をしろとのお告げか。理使い、恨むぞ。
 椅子に座っている、一部は寝転んでいる連中の中には私をいぶかしむような眼で見るものもいる。そのどれもが捕獲作戦で見た顔だった。

「さ、エルテさん」

 ミーナが私に自己紹介を促す。溜息と頭に手をやりうなだれるのを必死に我慢しながら、適当に挨拶をする。

「今日から連合軍第501統合戦闘航空団に配属になった。エルテ・ルーデルだ。よろしく」

 ……スリーヘッドアローズとリボンをつけた特殊部隊でも設立してもらえばよかっただろうか。



[21785] とある魔王の超大砲鳥01
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/17 02:49
 エルテ・ルーデル。
 国籍不明。
 年齢不明。
 性別不明。
 レベル0。ただし、レベルに不相応な現象を発生させる。
 能力隠匿の可能性なし。一般的な人類の限界点にあるだけと考えられる。
 なお、この人物に関する調査の一切・能動的関与を禁ずる。



 上条当麻が走っている。その後ろを不良達が走っていく。また厄介ごとか、やれやれ。と、彼女は当初の目的のついでに助け船を出すことを決める。
 この先の未来を多少は知っているが、それでも、あの不幸っぷりは見ててかわいそうだ。多少は楽になるだろうと、その準備のために口を開く。

「エイダ」

『目標を含む全衛星に対する欺瞞は完了しています。認識阻害も充分です』

 傍から見れば、奇妙な独り言にしか見えないだろう。しかし、片方の声には電子的ノイズが含まれており、人間にしては不自然なほどに平坦だった。しかし、ここは梯子車を使おうと上れない、そもそも屋上に上がるという前提が存在しない微妙な建造物の屋上。ここまで上がろうとすることができる特殊な人類か、ここまで上がろうとするための手段を持つ奇特な人類以外は、このステージに存在することはできない。

「面倒だ。任せる。適当に撃て」

 どこか投げやりな声は、本当に面倒くさそうに命令する。そこには、見えざる『誰か』への信頼が存在した。
 トレンチコートのポケットに手を突っ込んで、その黒い裾と対象的な銀の髪を風になびかせ、『対象』を睨む。

『クーゲルシュライバー、Ready』

「Feuer」

『チケットをたっぷり食らいな』

 誰も彼女を認識することすらできないが、もしこの場に誰かがいて、彼女の姿を見ることができれば、何もない空間から大量の『得体の知れない何か』が湧き出してるように見えただろう。GAU-8と同じ連射速度で、普通なら人を殺せる速度でカッ飛んでいく『それら』は、人間の動体視力で認識できるようなものではない。
 それらは当麻を追いかけている不良の軍勢に、線でも点でもなく、面で襲いかかった。弾幕ではなく弾壁。弾幕はくぐれるが弾壁は超えなければならない。この時点で、難易度として『理論上はクリアできる』二葬式洗濯機を超えたといっていい。これをどうにか突破するには確率をいじるか障壁を張るかなど様々な方法があるが、相手はスキルアウト、そんな器用かつ一般人類には不可能な高度なことをやらかすなど、それこそ確率をいじらなければできないだろう。無駄に貫通力に優れ圧倒的物量を誇るそれは、少しだけ形を変えて、とある大陸に落ちようとしていた巨大隕石やとある企業戦士の緑色の粒子フィールドを貫きあらゆる迎撃を抜いた実績が存在するのだから。例外は、とある冥王そして学園序列一位、彼女が『水没』と勝手に呼んでからかう『一方通行』しかない。

「殺す気か?」

『はい、死ね』

 そうは言うが、エイダと呼ばれた声には殺す気など一切ない。不良達に襲いかかった大量のボールペンは、個々の質量は軽く、ペン先にキャップがしてあった。見えざる腕を持つ新人類が出てくる漫画みたいなことは起きない。それでも、速度のあるボールペンは非常に痛い。だが、たとえ貫通したとしても、それは傷にはなりえない。純粋な魔力物質、非生体物質のみを破壊し、生命には苦痛と魔力ダメージという非致死性の被害を与える。物理と、この街・学園都市という科学の粋を集めた存在に喧嘩を売るような攻撃だった。
 痛がる不良達は、どこからともなく飛来した高エネルギー結晶体のボールペンに気をとられ、当麻を見失う。

「当麻をロストした。見えるか?」

『一部の敵性目標が脱落していません。ですが、サンダーボルトが敵性目標に接触。どうしますか?』

 サンダーボルト。日本語にして雷電である。彼女が冗談でそう呼ぶ存在は、一般には一切その名は通用しない。これまた彼女が勝手に名付けたあだ名である。ちなみに、当麻は彼女を『ビリビリ中学生』と呼ぶ。

「放置だ。私よりお前の方が『正史』をよく知っているのではなかったか?」

『ランナーは現在進行形で『この世界の正史』を学習しています。この世界は正史とは恐らく違う世界、パラレルワールドあるいは二次創作の世界と判断しました。ならば、『正史のみ』の私の知識とは違う可能性があります。それ以上に、『あなた』というイレギュラーが存在するのです。その意味を、ランナーは過去に存分に味わったはずですが』

 やれやれ。口にはしないが、そのしぐさは彼女がそう呟いたようにエイダに幻視させた。
 この世界に限らず、彼女の存在は、その世界が歩むべき正しい道を徹底して破壊し再構築するほどの力が存在する。そもそも、一個の存在とは、ただ存在するだけで力となる。一個の存在を中心としたバタフライ効果は、どこか遠くで異常を発生し、予想外の事態を巻き起こす。

「世界に関与しすぎたか……」

『敵性目標の無力化を確認。サンダーボルト、移動開始』

 見れば、そこには不良達の屍が累々と、そして一人の少女がそれを後目に歩いていた。
 彼女がサンダーボルトと呼ぶ、学園都市序列第3位、『超電磁砲』こと御坂美琴だ。

「近いな。素晴らしいタイミングだ」

『目標、橋の上。サンダーボルトと接触しています』

「これなんだ」

 コートのポケットから、あり得ない体積の物質が引きずり出された。ドングリを胴長にしたような形ではあるが、問題はその長さと直径だ。30cmスケールでやっと測れるくらいの直径、そして、1mスケールが必要な長さ。

『レールキャノン用 対核シェルター254mm徹甲弾頭(アーマードシェルバスター)ですね。叩き込むつもりですか?』

 比重の大きなタングステンコアを、硬いチタンの殻で覆って、高温超電導合金でジャケット。本来なら、加速用プラズマ発生のために弾体の尻に金属塊がくっつくが、これにはない。これを放つべき砲は未だ存在しないのに、何故か砲弾が存在する。
 現役主力戦車の砲弾ですら口径はこれの半分程度。未だ世界最大と謳われる旧大日本帝国海軍が誇る戦艦『大和』の主艦砲、口径にしてその半分強であり、質量はその8分の1。打ち出すべき火薬の必要ない、戦略砲撃にも使える質量の巨大な金属の塊。

「いや、レールガンがレールキャノンにクラスアップしたら面白そうだから作ってみた」

『おおよそ普通の人類が持ち上げることのできる重量ではない気がしますが』

 エイダがそれの重量を鑑みた意見を言う。彼女は、「知っている」と呟き。

「3.7cmも立派なカノンだ」

『レールカノーネンフォーゲルですか』

「まあ、それを冗談としても、親交を持ちたい対象ではある」

『我ながら良い機体だ。これならば休む必要もあるまい。さあ出撃だ!』

「では、始めよう」

『それが『手段』でしたか。魔砲を使うとばかり』

「『何故か』壊れたより『何か』がぶつかった方が納得しやすい」

 彼女は手に持ったその砲弾を、掌に乗せ、その先を天に向ける。最大直径25cm、全長75cmの一見して大艦巨砲主義時代の遺物とも言えるそれが、細身の彼女のまっすぐ上に伸ばした腕の先にずんと鎮座する様は、まるで異形のようだ。いや、実際に彼女は正しく人類ではない。その狂った重量を、その細い片手で支えるなど、物理の法則が乱れに乱れているこの『学園都市』では珍しくもない光景だが、彼女はその行為に対して一切の異能を使ってはいない。彼女の持つ『本当の力』すらも。

「エーレンベルクReady。ソードオブパラケルススモード。電圧設定4.2PV。仮想キャパシタ1MF。大気や重力の影響は?」

『質量及び速度が馬鹿なので、無視できる誤差です。衝撃波および反作用による地軸、公転、自転に対する影響を心配したらどうです?』

「衝撃波は魔法でどうにかするとして、反作用は地面に力が伝わらなければいい。いっそ仮想砲身を目標付近まで伸ばすか」

『呆れますが、それがベストアンサーです』

「よし、始めるか」

『エーレンベルク、仮想砲身展開』

 橋では、当麻と美琴が言い争いをしている。空には暗雲。いや、雷雲。
 学園都市の、外れることのない天気予報は雷警報を発令している。

『魔力変換完了。仮想キャパシタ装填完了』

 4.2EJ、実にツァーリ・ボンバの20倍という、TNT換算にして1Gtというわかりやすいエネルギーがどこかに充填されたことを、エイダはいつものように淡々と報告する。

『仮想砲身内排気完了』

 この間、一切の光あるいは音や発熱などが彼女には見られない。すなわち、彼女らが宣言している通りのエネルギーを実際に運用しているとしたら、その莫大という言葉が霞むほどのエネルギーを扱っていながら、エネルギーの漏れや損失が一切ないということだ。漫画やアニメならば普通、ここで放電減少が起きるだろう。そう、彼女が見ているその先、橋の上で派手にコインをマッハ3程度でカッ飛ばす少女のように。

『撃てます』

 エイダが宣言する。本当に一切の損失なくツァーリ・ボンバの20倍のエネルギーが使われたとすれば、どれほどの高速で、否、亜光速でそれは放たれるのだろう
 それほどのエネルギーを溜め込んだ彼女は直立し、右腕を、砲弾を頭上に高々と掲げたまま動かない。まるで何かを待つように。

「…………」

 その眼は、一切はるか天空の目標を見ていない。ひたすら、橋の上のいざこざを見ている。

『きます』

「Feuer」

 仮想キャパシタに存在したエネルギーが解き放たれた。見えない2本のレールに4.2EJのエネルギーが与えられ、彼女の掌にあった砲弾は砲身に吸い込まれた。高温超電導アルミ合金ですらジュール熱を発しそうなそのエネルギーは、しかし一瞬の通電ゆえに発生しなかった。
 光速に限りなく近づいた砲弾は、文字通り一瞬で対流圏・成層圏・中間圏・熱圏を通り過ぎ、学園都市を監視していた衛星をブチ抜いた。
 これが、砲が存在しない理由。いや、砲が要らない理由だった。

『砲弾の炸裂を確認。APではなかったのですか?』

「徹甲榴弾だ。念には念を入れてな」

 タイミングをミスったな。そう彼女がつぶやくと、雷が落ちた。



 おおよそ、私は暇である。学園都市における成績なぞ、正直どうでもいいので、出席日数的に問題ない程度にかつコンスタントに計画的にサボり、開発も適当にやっている。だから――――

『エルちゃーん、馬鹿だから補修ですー』

 などという電話がかかってくる訳だ。おそらく隣でも同じ電話がかかっただろう。
 『正史に関わればとりあえず自由』という命令があるからには、適度に劣等生として、そしてそれ以前に性別不明として高校そして男子寮に突撃せざるを得ない訳だ。女顔どころか女そのものではあるが、制服に私服は男物しか着ず、一人称も俺であるのでおおよその人間には男として認識されているかもしれない。性別は不詳と公言し、首から下の肌は未だ誰にも晒したことはないので、結局はシュレディンガーの猫状態だ。青髪ピアスは私を女と確信して見ているが、あらゆるセクハラによる確認を実力で回避している。

「ふーっ……」

 部屋を葉巻の煙で包む。そもそも肺に入れず、香としての性格の強い葉巻は、吸う必要がない。火をつけるとき以外は吹いている。時折、灰が熱い排気にわずかに舞い上がる。
 7月20日。
 去年のルーデル閣下生誕記念祭のついでの私の誕生日パーティーにかこつけて餌付けをしてからというもの、月末になると突撃となりの食卓をしてくるおおよそ人生万事バッドフォーチュンな隣人は珍しく20という数字を無事に乗り越え――――あり得ん。
 そして時は昼前。そもそも食を必要としないこの躯、冷蔵庫などというものは一応小型のものが設置されているだけにとどまり。その他必要な電化製品の類も含め、落雷どころかEMP対策すら施してある。いつ元SASのナイスヒゲがSLBMを放とうと、ここにある電化製品は存分に動いてくれることだろう。それでも停電――――あるいはパワーソースたる発電所そのものがお亡くなりになられれば役に立たんが、最悪の場合を想定してディーゼル発電機と軽油が存在する。さらにそれさえ使えない場合を想定して、食糧はあらゆるシチュエーションで食えるよう、コンバットレーションや缶詰などなど。
 今日は何を食うか、などと考えているうちに、ドアが開けられた。

「今日も食糧を賜りに参りました、上条さんです」

「おじゃまするんだよ」

「ロリ条当麻、可能ならば一度死んで空条承太郎あたりに転生することをお勧めする」

 当麻の隣に、妙な格好の少女がいた。いや、私は彼女の存在を知ってはいるが。
 銀髪。白に金糸の装飾の施されたシスター服。キャラが被るな。いっそ閣下と同じ黒に染めてみるか。

「ロリじゃねー! こいつは、その、なんというか」

「大学のフライトファイターサークルがシュトゥーカを再現してな、投下爆弾席に座りたい者を探しているのだが」

「死ねと!? 死ねと言いやがりますかこいつは!?」

「さて、餓死されてもたまらん。あがれ。一昨日から1800日後ほどまで期限切れかけの在庫一掃キャンペーン中だ。どんだけ食おうと我々は何等の文句を言わん」

「普通に年換算しろよ。大丈夫なのか、それ?」

「保存食の期限など、念のため程度でしかない。そこの名も知らぬ少女も、初対面だからと言って遠慮は要らん」

 とっとと奥に引っ込む。
 窓を開けて、葉巻の甘い香りの煙を追い出す。そのころには二人は上がってきた。

「同じのばっかり……」

 少女が言っているのは、恐らく本棚の上のシュトゥーカのプラモデルだろう。

「同じではないな。A(アー)からG(ゲー)まで、構想のみのもの以外全てがそこにある」

「そうなんだ」

「この機体には伝説があってな。正しくは乗っていたパイロットなんだが、おおよそ人類とは思えぬ不死身さと、今後絶対に超えられないであろう戦果を残している。軍神、シュトゥーカの悪魔、独逸の破壊神、黄金柏葉剣付の魔王と、今では信仰の対象ですらある」

「信仰? この国の人は神様を信じないって聞いてたけど」

「日本人は極端から極端に走る。信じている人は盲信するほどに信じている、信じない人は絶対に信じない。私が信仰している閣下とて、祈りをささげてどうのより、その意思、生き様、在り方に対し敬意を払い、己が強く在るための目標のようなものだ。一般的な人の概念で言う宗教とは根本から違う。人それぞれということだ」

 少女は黙って私の話を聞いている。独特の信仰が珍しかったのか。

「他にも真魚教や『教団』というものもあるが……つまらん話はここまでだ。飯にしよう」

 部屋の隅に天井まで積み上げてある缶の山、それを崩す。

「うおお!」

 倒れた缶のタワーが、当麻に雨あられと降る。

「痛、痛、痛いんですけど!?」

「なぜ倒れる方に逃げる」

 第二段雨あられを躯を張って当麻に当たらないように防ぐ。

「痛くないのか?」

「そうでもない」

「そ、そうか……コンビーフばっかじゃねーか!」

「よく探せ。シチュー缶、グラタン缶、カレー缶、パン缶、白米缶、キャビア缶、桃缶、他にも色々あるはずだ」

 とりあえずタワーを全部倒す。とりあえず適当に倉庫から出して積みあげただけなので、もしかしたらコンビーフオンリーという奇跡の確率を実現した可能性もあるかもしれない。ただでさえ、とある馬鹿のせいで可能性理論が狂っているのだ。

「当麻、探すのは俺に任せて食っていろ。あなたの不幸はこういったことにも適用されそうだ」

 分類しながら再度積み上げる。すぐにコンビーフのタワーが出来上がった。
 当麻は勝手知ったる他人の家。缶切りとスプーンを手に部屋の中央のちゃぶ台に向かう。少女は当麻の対面に座る。

「当麻が正しかったようだ。コンビーフ以外はほとんど存在しない」

 他にはレーション、桃缶、鯖缶、グラタン缶がいくつか。

「こうして食糧にありつけるだけでも上条さんはありがたく思うのですよー。だからそんな申し訳なさそうな顔をしないでほしいんだが……」

 よく私の表情がわかるな。
 それはともかく。

「実にうまそうに食う……」

 少女は先ほど元気に「いただきます」と宣言した後、一心不乱に缶の中身をスプーンでえぐっては口に入れる作業にいそしんでいる。

「よほど腹が減っていたと見える。ときに当麻、なぜ温めない」

「使い方がわかんねーんだよ」

 やれやれ。ガス式缶詰ヒーターなる妙な野外調理器具を購入したはいいが、私以外に使えない。思えば、いつも私が温めていた気がする。大学の研究成果をそのまま放出する学園都市とはいえ、頑丈さと簡単さを求められる野外調理器具に繊細な電子素子やセンサを搭載するのはどうかと思う。しかも、あからさまにカバーとかそこらのおおよそ製品というものに必要な外観というか、そういったものが存在しない。メカメカしい中身が丸見えなわけだ。マニュアルも適当に書かれた不親切極まりないもので、点火できたのが奇跡とも思える。まあ、試作品であり学生が最新技術でなにかできないかと作ったものらしいし、極めて高性能、何より馬鹿みたいに安かったから文句は言わないが。

「そういうお前はそのままじゃないか」

「俺は……まあ、そうだな。どうせ味など期待するだけ無駄だしな、手間とエネルギーは可能な限り省くに超したことはない」

 缶切りで冷たい缶をキリキリ開けていく。中身はコンビーフではなく、塩付けのミンチをベースにしたプロトコンバットレーション。機関で開発し、ある程度生産したが「MREよりまずい」と不評極まりなく、すぐに新型レーションに更新され不良在庫になった代物だ。『人類が食うべきものではない』と酷評されたそれは、それなりにまずい。

「ごちそうさま!」

 かなりのハイペースで缶詰を開けていた少女が、ようやく満腹になったようだ。コンビーフだけでなく、いくつかレーションの空き缶が存在するこの光景は驚愕に値する。

「……まずくなかったか?」

「おいしかったよ!」

 戦場において不足しがちな栄養素をこれでもかというほど詰め込んでいた、そう開発したことをこれほど「よかった」と思ったことはない。亜鉛をはじめとする不足すると味覚障害の原因となる栄養素もやや過剰に含まれていた。
 一体どんな食生活を送ってきたのか。これを旨いと言ったのは、マクタヴィッシュやギルくらいだというのに。悲しみに暮れようにも、涙は出ない。いや、まさか。

「ブリテンから来たのか?」

「なんでわかったの?」

「いや……イギリス人に多く見られる傾向が名も知らぬ少女にも観測することができたからだ。ちなみに秘密だ」

 正直、イギリスには行きたくない。もし行けと言われたら、絶対なにも口にしない。食事を必要としないこの躯に感謝した、数少ないことだった。



[21785] とある魔王の超大砲鳥02
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/18 01:55
 当麻が最後の缶をゴミ袋に放り、しばしの休憩の後。

「さて。事情を話してもらおうか、上条当麻。返答次第では私はあなたをミンチにして櫻の肥料にする、あるいはシュトゥーカの後部機銃手に任命することもやぶさかではない」

 一切の事情を知らないことになっているエルテが、当麻に説明を求めた。

「え~、かくかくしかじかで」

「なるほど。ベランダに干されていたシスターにパンを与えたらなつかれたか」

 そこで『腐った』という修飾詞を使わないのはエルテの優しさである。それに気づきもせず、当麻は頭を抱えながら

「なんでわかるんだ……」

 とつぶやいた。

「では一応自己紹介から。エルテ・ルーデル。見ての通り、年齢、性別、国籍、全て秘密」

 異常なまでの秘密主義。外見からは性別・年齢・は窺えない。国籍は日本でないことが確かだ。顔や声は極めて中性的で、どちらか断定はできない。

「職業は……魔王、あるいは破壊神。以後、縁があればよろしく」

「学生というステータスはないのかよ? っていうか相変わらず初対面にはそのジョークですか。」

 魔王。そして破壊神。シスターに言うべき言葉ではないが、恐らく彼女はこの土地の、この国家の特性を鑑みたのか、当麻の言葉からか、冗談と思ってくれたらしい。

「私はインデックスなんだよ。あ、魔法名なら『Dedicatus545』だよ」

「魔法名。この世界の魔法使いのしきたりか? それともルールか?」

 さっきから頭を抱えたままの当麻がずっこけた。

「なんでおまえまで魔法を信じてんだよ!」

「はなから否定するよりかは、話を聞き、その話を理解し吟味した上で結論を出すのが最良だろう。対話を忘れれば、人類に残るのは原初の本能たる『闘争』しか残らん」

「まあ、そりゃそうだが……」

「対話は重要だ。当麻も話だけは聞け。その真偽を判断しながらな」

「……わかったよ」

 ちゃぶ台を囲んで、話が始まる。当麻はしぶしぶと言った感じだったが。

「まず……なんで俺の部屋のベランダに干されてたんだ?」

「干してたんじゃないよ?」

「風に吹かれて引っ掛かったとか言うんじゃねーだろうな?」

「似たようなものかも……」

「……よじ登れはせんな。空を飛べはせんだろうし、落ちたか」

「うん、そう。屋上から屋上へ飛び移るつもりだったんだけど」

「はぁ?」

「跳べん距離ではないし、ただ跳んで落ちる理由もそうそう見られんが」

「おいおい、一歩間違えばあの世行きじゃねぇか」

「8階建ての屋上、相当なヘマをしない限り即死にはまだ高さが足りん。そもそも、当麻のベランダまで落ちている時点で相応の怪我を負っているはずだが」

「あ、それはこの服のおかげなんだよ。これは『歩く教会』といって、教会としての必要最小限の要素だけを詰め込んだ『服の形をした教会』なんだよ。布地の織り方、糸の縫い方、詩集の飾り方まで計算し尽くされてできてるの。刃物程度じゃ傷一つつけられないんだから」

「ふむ。ならば……俺の愛用のコート。素材は秘密。防弾防刃防寒防熱耐火耐熱耐薬品防放射線、この世でおおよそ考えうる災厄に対する防御ができるスグレモノで――――」

「なに張り合ってんだよコラ」

「……俺としたことが。まあいい。それが魔術というオカルトに則っているのなら、当麻の右手で吹き飛ぶな」

 当麻の幻想殺しは凄まじい。下手をすれば、『全一』という常識ではあり得ない状態にある私も消えてしまいかねない。幸いにして私は『理の外』に在るらしく、『幻想』という理に属してはいないらしい。そもそもどこに触れれば私という個人を分解できるのだろうか。

「まあ、そういうことになるな」

「さて。魔術のあるなしに関係なく、インデックスが落ちてきたという事実は変わらない。仮にインデックスが電波でアイタタな少女であったとして、屋上からアイキャンフライを実行した可能性も無いとは言えないが。ここで問題になるのが『何故インデックスは屋上から屋上へ飛び移ろうとしたか』『なぜあの距離で落ちたか』だ」

 私はインデックスに視線を戻す。何故こうも脱線するかな。

「追われてたんだよ。飛び越えようとしたら撃たれて、そのまま落ちちゃったんだよ」

「誰に」

「魔術結社」

 その言葉に当麻が大きく溜息をつく。

「魔術結社。何が目的で?」

「私が持っている十万三千冊の魔術書が目的だと思う」

 再び当麻が溜息。

「当麻。この世界には超能力なるものが存在する。ならば魔術や魔法があろうともおかしくはなかろう」

「なんでアナタはそうさも当たり前に魔術とか魔法とかを認めやがりますか!? ここは科学の極み、オカルトの入り込む余地のない学園都市だぞ?」

 大声でまくしたてる。心底呆れたように。

「何故ないと言い切れる。見たことがないから、感じたことがないから、そんな下らないことで物事を否定はするものではないこの世界について人間が知っていることなど、その全てに比ぶれば小数点下数億桁%に満たない。現在知られていることでも、あっさり塗り替えられることだってある。『無い』と否定するより『在るかも知れない』と判断するのが最も正しいのだよ」

 ついでに量子力学の観点から見た魔術の有無の確率に関しても言うべきかと思ったが、当麻の頭で理解できるとは思わなかった。
 本音を言えばインデックスに魔術と魔法の違いをこれでもかと言うほど説明したかったが。

「常識など、儚いものだぞ。この学園都市だってそうだ。外の世界での非常識が、『科学』という理由だけでは納得できないほどの異常がこれでもかと言うほどにある。高度に発達した科学は魔法と変わりないというし」

「あーもーよくわからん! 在るか無いかはっきりしろ!」

「……だそうだがインデックス。何か証明できそうなものはあるか? あるいは実際に魔術を使うのが最良だとは思うが」

「私は魔術は使えないよ? 魔力がないから」

「イオナズンですかよ!?」

「む~。だったら!」

 インデックスが立ち上がる。そしてキッチンに向かい、

「痛っ」

 いまだ散乱したままのコンビーフ缶を踏んづけて、

「わっ!?」

 缶ごと足を滑らせて、

「おいっ!?」

 バランスを崩したところを当麻に腕を掴まれ、どうにか缶の山に倒れるのは避けられた。いつもの当麻を見ている気分だ。

「っ、大丈夫か?」

「あ……うん」

 当麻に腕を引かれた際、勢いでその胸に収まってしまったインデックスは、まるで抱きしめられているように見える。

「いきなりどうしたんだ?」

「この服、強度は法皇級なんだよ。それを証明するには包丁で刺せばいいかなって」

「いや、そりゃヤバいだろ――――」

 当麻がまた溜息をつこうとしたとき。
 その腕の中でインデックスが弾け飛んだ。いや、インデックスの服が。りアクティブアーマーがごとく。

「…………」
「…………」
「――――」

 丸裸だ。当麻に半ば抱き抱えられるようにしてホールドされているため、何かのドラマか映画かアニメかエロゲのワンシーンのようだ。
 思い出そう。当麻はインデックスの腕を『右手で』掴んだ。『歩く教会』は長袖ゆえに、その腕を掴むということは『幻想殺しが歩く教会に触れる』ということである。
 図らずもインデックスの言葉は事故により証明された。本来なら、『歩く教会』は無傷のままでシナリオを進めるつもりだったが。これが世界の修正力か。

「…………」
「――――」
「……う」

 神の祝福を受けた鎧がひらひらとフローリングの床に降り注ぎ、その全てが落ちたとき、やっと時は動き出す。

「ううう……」

 怒っておられる。私が知る冥王の怒りには遥か及ばないが、それでも当麻には恐ろしく見えるだろう。

「うー!」

 インデックスは当麻に噛みついた。



[21785] とある魔王の超大砲鳥03
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:4943e38d
Date: 2010/09/30 06:33
 とりあえず世界一安全なトレンチコートをインデックスに被せ、普通の針と糸で職人顔負けの縫製技術を発揮し元の価値に戻す。糸が足りないので、数箇所は確実に安全ピンだ。これも世界の修正力というのか。
 さっきから

 ドォ――――――――z________ン
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 などという空気がこの場を支配しているが、正史通り幽波紋使いはいない。せいぜいいて波紋使いだ。
 ちなみにこの世界のジョジョはちゃんと「なにをするだァ――――ッ!」のままだ。

「…………」
「…………」

「できたぞインデックス」

「ありがとうエルテ! ……え?」

 すげえ顔をされた。あ、フードがない。どこに消えたのか。

「面影が見えないんだよ?」

「追われているのならば、あんな目立つ格好でなく可能な限りその場に溶け込む必要がある。その点ではこの都市迷彩シスター服は――――」

 白と灰色のまだら模様が美しい、都市迷彩シスター服。宇宙開発にも使われる絶対に傷つかず割れることのない防刃薄ガラスを仕込むことで比類なき防御性能を発揮。高温で溶かされないよう防熱布をその上にかけてあるから火炎放射や米軍MBTのAPFSDSの直撃どころかズムウォルト級駆逐艦の主砲を受けたとしても無傷だ。中の人はどうか知らないが。

「…………」
「…………」

「余計目立つだろ!」
「余計目立つんだよ!」

「冗談だ」

 言葉とは裏腹に本気だった。この都市迷彩シスター服ならば、たとえ火織の斬撃であろうと耐えられる。なにせ単分子切断でもなかなか斬れないのだから。戦闘民族高町家や神鳴流剣士や土方護クラスの使い手ですらてこずったのだ。重傷を負う確率は少なくなるはずだった。せっかく転送で持ってきたというのに。都市迷彩でなければよかったのか?
 代わりに出すは破壊され形だけを取り戻した元・歩く教会。防御力など皆無。

「これは?」

 インデックスが指すは安全ピン。この服をアイアンメイデンたらしめる存在。

「糸が足りなかった。一時凌ぎだ、あとでしっかり補修してやる」

「あ……ありがとう」

「さて。どうせ当麻も補習だろう」

「ああそうだよ! たく……で、お前どうすんの? 俺たちは今から出るけど、ここに残るなら――――」

 私を見るな。

「この美人が鍵くれると思うけど」

「…………」

 黙って鍵をちゃぶ台に置く。期待されれば応えたくなるだろう。ついでに数人の福沢諭吉も。「太っ腹だなオイ」なんて突っ込みは無視した。

「……いい。出てく」

「そうか。困ったことがあれば戻って来い。鍵は持っていろ」

「えっ……? いや、違うんだよ。いつまでもここにいると連中が……」

「それでもだ。孤軍奮闘など愚か者のすること。少なくとも、当麻の右手に魔術など児戯に等しい」

「おい待てよ! 俺の右手頼りかよ」

「魔術相手には無敵の楯だ」

「まあそうだけどさ……ヤベ、時間!」

 時計を見るまでもなく、ギリギリだ。長話しているからだ。

「また、後で」

 慌ただしく部屋を出る。腹ペコシスターは勘違いで掃除ロボを追いかけず、当麻の携帯は死ななかった。いろいろな情報を当麻に与えぬまま。



「ロリも好きなんやー!」

 青髪ピアスが何やら叫んでいる。小萌先生の私生活を知ったら、その幻想は破壊されること間違いないだろう。
 ぽけーっと、補習を受けるべきではない態度で補習を受ける。小萌先生の言うことは、一応聞いてはいるが既に記憶していることばかりだ。『馬鹿だから補習』というのは方便で、少ない出席日数を鑑みてのことだろう。当然、開発の単位は足りていない。一応能力は発現しているが、徹底した隠蔽と個体のすり替えのおかげで当麻と同じレベル0。
 機関で同じカリキュラムを同一存在に実施したところ、能力はバラバラに発現した。原因として、『エルテ・ルーデル』の能力が、特殊な『多重能力』そのものである可能性が挙げられた。演算能力は常人と比べ物にならず、単一の意思に複数の躯を持つ、私の『自分だけの現実』がどんなものかは未だほとんど理解できていないが、私の存在を示す『全一』が関係しているのは確かだ。

「はーいそこ! これ以上一言でも喋りやがったらコロンブスの卵ですよー。あーゆーおーらい?」

「Jawöhl」

「ちなみに上条ちゃんとエルテちゃんは開発の単位が足りてないから、どっちにしろすけすけみるみるですよー?」

「なんですと!?」

 私の後ろの方が騒がしい。
 すけすけみるみる……目隠しでポーカー。透視能力が必要らしいが、実際はそうでもない。
 当麻が悲鳴をあげているが、そこまで脅威に思えない。

「当麻、簡単だ。どんなに高精度であっても、所詮は大量生産の工業製品。重量もサイズも小数点下3桁グラムもいけば充分見分けがつく」

 教室から物音が消えた。これは言うべきだろう。

「そんなに不思議なのか? 特に秘訣はないのだが」

 暫く時が止まった。



 補習再開からもずっと、私はぼけーっと外を見ていた。
 私の席は当麻の前にある。窓の外、眼下では女子テニス部の部員がパコンパコン音を立ててボールを弾きあっている。このクソ熱いであろう炎天の下、普通の人類の癖によくああも活発に動けるものだと感心する。私は砂漠のド真ん中でも日照防御に黒いトレンチコートを着て汗一つかかない程度には、人類と呼ぶには外れすぎている。今日とて冬服を軽装にしたものある。さすがにコートは自粛しているが、夜ならば普通に着て出回っている。これならばアンチスキルに追われても、簡単に逃げることができる。この学園都市の技術が10年進んでいたとしても、20年以上先の熱光学迷彩を見破ることはできない。相手が透視能力者だとしても、目標にアタリをつけなければ見えないのがほとんどだ。美偉で実験したから恐らく問題ない。

「小萌センセ~。カミやんとエルやんが女子テニス部のチラリズムに夢中になってま~す」

 青髪ピアスの戯言は気にしない。私は下ではなく、別の場所を見ていた。元・歩く教会に仕掛けた発信機と、ジャックした衛星の映像。ついでに何よりも信頼できる己の眼、ヘルゼリッシュでインデックスの動向を見ている。この学園都市にいる幾つかの個体も。
 ……何故あの迷彩シスター服を持っているのだろう。

「…………」

 私の手はずっとプリントとノートの上を動き続け、プリントに関しては既に空欄が全滅していた。そして視線はテニスコートでなく遥か遠くのどこか。
 殺意ある眼が見るのは当麻だけだった。



「なんでできるですかー?」

 小萌先生がいつも通り驚く。
 すけすけみるみる。目隠しでポーカーをやるのだが、普通に何度も勝てる。一切の魔法も、同一存在も使っていない。

「どんなに精密につくろうが、製品には一枚一枚個性がある。サイズやインク量の差による重量と重みの偏差、この場所の重力加速度を得られれば。そして、トランプには絵柄が存在する、つまりは光を反射や吸収することで発生する反作用や熱に差が出る訳だ。インクによる凹凸を感じるのが最も確実だが、それだと怪しくなるからな」

「それは聞きましたけど、げ、原子レベル、いえ、光子レベルですかー?」

「人類とは不思議なものだな、体内時計が非常に正確な小萌先生」

「なんでそれを知ってるですー?」

「人類には、脳をいじらなくとも使える能力がある。ただひたすら訓練することにより、人は不可能に適応する。コロンブスの卵は、卵の三次元座標空間に存在するモーメントの回帰直線を算出し、それが垂直になるように机の表面の微細な凹凸と卵の凹凸をはめ合わせ立たせる。数学と物理、切削や表面粗さの問題だ」

 さっと机を撫で、コンコンと卵を立てて並べていく。まるでドミノのように、しかし積み木を並べるようにあっさりと。

「原子の隙間にはめ込んでいるから、少々の外乱では倒れない」

 小萌先生がつついてやっと倒れた。

「規定時間はクリアだ。まあ、一種の異能とも考えられなくもないな。名付けるとすればどうなるかな?」

 冗談ぽく聞いてみる。

「そうですねー。精密操作(スタープラチナ)はどうですー?」

 レベルを言わないところ、ちゃんと冗談とわかってくれたらしい。しかし――――

「小萌、貴様読んでいるな」

「な、なんのことですかー?」

 この反応。間違いない。小萌先生は確実に『アレ』を読んでいる。

「まあいい。これで補習は終わりだな。やれやれ、何故俺までもコロンブスの卵をしなければならない?」

「単位不足を補うためですー。それにこれは能力の開発ですから、帰るのは許可できませんよー?」

「……謀ったな小萌」

「ふふふー。君が悪いのですー。いくら隠したいからと言っても不真面目ならいくらでもやってやるですよー」

「俺よりか真面目な当麻が残念なのがつくづく不敏でならん」

 必死に無駄な行為を続ける当麻だが、私にはどうすることもできない。

「右手の指先でしっかりカードを撫でてみろ。凹凸がわかるようになれば後はこっちのものだ」

「わかるかー!」



 完全下校時刻までしっかり拘束された。
 時を止めて、ヘルゼリッシュで世界を監視しながら帰宅する。インデックスは予定通り重傷を負っているが、本当に危険にならない限りは、私は関与すべきではない。最悪、ガイアの魔王としての力を発揮さざるを得ない。
 しかし、つくづく頑丈だ。原作で腐ったものを食って平然としているその鋼の胃腸、屋上から落ちて元気に動き回る躯、斬撃を食らってなお当麻の部屋まで歩き続けるタフネス。2番目は歩く教会の加護だとしても、かなり頑丈だと言える。ナガセかジル、あるいは閣下の血でも受け継いでいるのではないか?
 ルーデル機関 学園都市支部 高度情報戦室において、同一存在たる複数の私は存分に能力を発揮している。ハック・クラック上等なこの部屋は、たとえ警備員や風紀委員が来たとしても摘発されることはない。テレポーターでもここに侵入することはできても脱出は不可能だ。学園都市地下のライフラインより更に深い場所、出入口や連絡通路などもない。脳に干渉する電磁波が常に流され、能力の一切は使えない。電力は地下水と地熱より確保し、情報ネットワークは上層のライフラインから盗んでいる。こういった情報戦室だけでも複数、他にセーフハウスなども多々ある。魔法と、新たに得た超能力という力の恩恵だ。
 監視網の細かい学園都市では、堂々と動けるのは一人だけなので、こうしてバックアップに注力するしかない。大規模兵力の動員は、監視を完全に掌握してからになる。今はまだ、『私一人分』の周囲1kmの監視網と衛星2基程度のコントロールが関の山。だから1基を破壊したのだが。
 今回の事件でもう1基衛星が潰れる。そして、ルーデル機関謹製戦略軌道レールキャノン『SOLG』が片方の代わりを務めている。未だ『衛星が破壊された』という事実は存在せず、SOLGは昨日消えた監視衛星と同様の軌道で、同様のデータを送受信している。今は従順に学園のいうことを聞いているが。
 ルーデルセンチュリアによる社会の制御は、10年ほどかけて社会にセンチュリアを浸透させていくのが肝要となる。たった1年ほどでは、書類偽造や情報の書き換えなどでは、大規模な行動をするための土壌を造るに足りない。
 せいぜい認識阻害をかけて噂を集めたり、機密エリアの情報を得たりする同一存在がいるくらいだ。顔を変えてもIDは得られないのだから。今、高度情報戦室の最重要業務は、ID管理を司るサーバシステムの捜索だ。
 端末の数が多く、回線も遅く、セキュリティは堅く、慎重にならざるを得ない。エイダですらてこずるとは思わなかった。

「…………」

「なにイライラしてんだよ」

「……気にするな」

 隣の当麻が心配するように声をかけてくる。

「アンタたち、そこの! 待ちなさい! 当麻とエルテ! 止まれってば!」

 サンダーボルトが来た。

「ああビリビリ。なんだ?」
「サンダーボルト。悪いが今日は遊んでやれない」

 歩きながら相手をする。止まる気はない。

「ちょっと! 私は御坂美琴ってちゃんとした名前が」

「知っている。愛称が気に食わないか。ミコちゃんとでも呼ぶか」

「な――――い、いいわよそれで」

 赤くなる美琴。だが、この娘はからかうに限る。

「で、御坂、何の用なんだ? お前のせいで家電は全滅、俺はまたエルテに食糧をたかる羽目になったんだぞ」

「言葉の前後に関係がないわね……ま、悪いとは思ってるわよ。でもレディをガキとかバケモノ扱いするのはどうなのよ」

 なるほど、昨日のあれはそれでか。かつての事件のおかげで正史より関係は改善されているとはいえ、美琴にとって当麻は全力を出せる相手だ。

「どうせ美琴に絡んでいた不良を助けようとしたのだろう? その際ガキとかロリコンとか言っただろう。ついでに『バケモノから助けてやったんだから感謝しろ』などと口走ったのではないか?」

「あー、まー、そうです……」

 しどろもどろに小さく認める当麻。デリカシーとかそういうものが欠落している癖にフラグビルダー。いや、一級フラグ建築士。恋愛原子核と言っても過言ではない。

「さて。世間話している暇はないぞ。要件はなんだ」

 脱線し世間話になったのを元に戻す。

「……ちょっと手伝って欲しいことがあるのよ。『ブレイカー』に対する依頼と思っていいわ」

 『ブレイカー』。別名・何でも屋。数年前の事件で構成され、ちまちまと、あるいは一気に人数を増やしつつあるグループ。というより組織。当麻と美琴の関係が良好である理由に関係している。そして、ここにいる三人はブレイカーに属している。

「妹達で手が足りないのか? それとも手に余るのか?」

「あの子たちの情報収集で一切引っ掛からなかったの。『幻想御手』って知ってる?」

「なるほど。引き受けるが、俺と当麻は数日動けない。氷華と一方通行に話をつけておく」

「げ……」

 正体不明・風斬氷華と、ランク1・一方通行もブレイカーに属している。
 美琴が嫌な顔をしているのは、恐らく一方通行のことだろう。妹達は誰も死ななかったとはいえ、わだかまりは消えたわけではない。

「なるべく早く終わらせる」

「それまで待っててくれ」

「わかったわよ……ちゃんと手伝ってよね!」

 走り去ろうとする美琴に、一応助言をしておくことにする。

「最後に一つ。脱ぎ女に注意。飾利にも伝えておけ」

「脱ぎ女? わかった」

 その後ろ姿を見送り。歩くペースを少し上げる。

「……やっぱインデックスか」

「それ以外に何がある。急ぐぞ」

「まったく、お前の勘はレベル5の予知能力じゃねえのか?」

「さあな」



[21785] とある魔王の超大砲鳥04
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/11/20 14:25
 インデックスが倒れている。その躯に、掃除ロボが体当たりしている。私はソレにネリチャギを叩き込んで警報を鳴らす間もなく完全に破壊し、当麻がインデックスの容体を診る。

「どうだ?」

「まだ大丈夫だ、一時間は持つ。動脈はやられてない。意識はないけど頭を打った訳じゃない。縫合頼めるか?」

「Ja」

 私のせいで色々と酷い目に遭った当麻は、医療費を削るために自らを治療できる程度の医療技術を会得しようとしたが、どんなに経験を積んでも治療に失敗する確率が高く、何故か当麻が診断→私が治療という奇妙な形をとることとなった。なんでも、当麻の意地らしい。本当に命にかかわる重傷であれば触れもしないが。
 インデックスを抱え上げ比較的清潔な部屋へ運び込む。

「誰がこんなことを……」

「うん? 僕たち魔術師だけど?」

 振り返るまでもない。そこにいるのは炎の魔術師。縫合を諦め、消毒と止血パッドで応急処置とする。
 部屋にインデックスを放置し、扉を閉める。ついでに鍵をかけた。当麻の隣に立ち、少し離れた赤毛の神父モドキと対峙する。コートを忘れず、しっかり着込んだ。

「フルボッコだ」
「拘束して吐かせるぞ」

 息が合ってないことこの上ない。結果は同じになるだろうが。

「やれやれ。こうも判断が早いと手っ取り早くていいね。一応名乗っておくよ、僕の名はステイル・マグヌス。魔法名はFortis931」

 相手は魔法名を名乗った。私が警戒するのを察して、当麻も身構える。

「炎よ――――」

 炎剣が構築される。熱量はそれなり。核攻撃よりは遥かに温い。

「巨人に苦痛の贈り物を」

 それが当麻に叩きつけられる。爆発。当麻は右手で、私はコートで、その威力を無視する。
 私と当麻と、ステイルの間には、向うが見えないほどの炎と煙があった。

「やりすぎたかな?」

 コートの表層が燃えていた。防水層と耐寒層と――――とにかく耐火層と断熱層までが燃えていた。

「ご苦労様、お疲れ様、残念だったね。その程度じゃ一万回やったって勝てはしないよ」

 生意気なガキだ。戦場を知らない。殺して、死体を確認して、他に敵がいないかを確認してようやくクリアなのに。特にこの学園都市では、殺す場合は死体を確認しても脳天にダメ押しの一撃を入れておく必要がある。それでも死なない奴もいる。

「誰が、一万回やっても勝てねぇだって?」
「神は言われた。炎に焼かれようと、脚を失おうと、対空砲に撃墜され入院を強制されようとも、『休んではいられない。出撃だ!』と」

 当麻が炎を消し飛ばす。私のコートの表層は燃えて、耐火コートに変貌を遂げつつあった。

「――――な」

 未だ燃え盛りながらも平然とその炎で葉巻に火をつける女と、全くの無傷な男。ステイルからすれば、私達はそう見えただろう。
 一歩退がり、それを追うように当麻が一歩進む。

「チィッ!」

 ステイルが腕を薙ぎ、二発目の爆発。見える攻撃ならば、そしてそれが幻想ならば、当麻が避けられないなんてことはあり得ない。少し後ろの私の髪をなびく温い風が不快だった。
 そして三発目。今度は爆発しない。当麻が炎剣を握り潰す。砕け散る炎剣を見てステイルは一気に距離をとる。

「世界を構築する五大元素の一つ――――」

 詠唱が始まる。隙だらけで、アヴェンジャーで消し飛ばしたい衝動に駆られるが、今は悪役の見せ場だ。正史の当麻ならいざ知らず、既に幾つも死線を超えた当麻は、この程度、どうということはない。

「顕現せよ、わが身を食らいて力と成せ――――ッ!!」

 ステイルの服を引きちぎって、炎の魔人が姿を現す。

「どけ」

 それもすぐ当麻の右手で消され――――

「は?」

 復活した。

「当麻、退け」

 その襟首を引っ張り私の後ろに追いやる。

「何すんだよ!?」

「俺が相手をする。さっき妙な紙がベタベタあったろう。それを……そうだな」

 スプリンクラーで部屋が死ぬのは勘弁願いたい。
 しかし背に腹は代えられない。焼夷弾で廊下を焼き尽くす訳にもいかない。

「スプリンクラーだ」

「? ……なるほどな!」

 当麻を見送る。

「いいのかい? 彼がいないと、このイノケンティウスと一人で相手をしなければならなくなるけど。まあ、二人でも結果は同じだろうけどね」

 当麻が、幻想を破壊する最大の敵がいなくなったからか、ステイルは随分と余裕だ。

「当麻が戻ってくる前に逃げろ。これは善意からの警告だ」

「うん? おかしなことを言うね。負けるはずがないのに逃げろなんて」

 イノケンティウスが歩いてくる。私はそれをただ見ている。

「何もしないのかい? まあ、手間が省けていいんだけど」

 そのまま叩きつけられる炎の腕。

「やれやれ。うん? なっ――――」

「もしかしてだ、私を当麻より弱いと、脅威ではないと思ったのか? あまりに浅はかだ」

 イノケンティウスを『この手で』押しのけて、ステイルと対峙する。コートの庇護のない、素手。不可視の魔力の楯で包まれた手。こんな低温どころか、反応中のTプラスすら掴み上げることができる。

「フフフ……ん?」

 火災報知機のベルが鳴る。不快な音だが、福音の鐘だ。スプリンクラーが回り、土砂降りの雨のようになる。

「待たせたな!」

「馬鹿馬鹿しい。こんな水ごときでイノケンティウスが――――あ?」

 しゅーしゅーと水が蒸発するような音を立てていたイノケンティウスは、いまだ健在だった。私にアイアンクローをかけられながら。

「相変わらず非常識だな」

「あー、まあ、気にするな」

 当麻がイノケンティウスを消す。水びたしのルーンはにじんで、ほとんど意味を成さなくなった今、二度と復活はしない。

「いの……けんてぃうす……」

 復活の兆しがない。それに絶望でも覚えているのか、小刻みにステイルは震えている。

「さて」
「ああ」

「フッ……」
「うらぁ!!」

 ネリチャギと右ストレート。数時間は意識は戻らないだろう。

「よし!」



 問題はこれからだ。私たちができる治療は応急処置程度。ちゃんとした治療をインデックスに施さなければならない。
 学生寮は騒ぎがあって居続けることはできないし、学園都市にセーフハウスは少ない。

「困ったな……他になにかいい案はねえのか?」

「病院はアウトだな。学生寮であれだけ派手に動く、それを病院でやらかされると最悪だ」

 インデックスを当麻に担がせて、私は『安全な場所』に案内する。小萌の家は最終的に悲惨な状況になるのを防げればいい。
 小萌に魔術を使わせるというハイリスクを負わせるのは回避できたが、それはまだ確定ではない。インデックスの容体次第では、私がどうにかしなければならない。

「ブレイカーのメンバーは無理だしな。氷華も水没もサンダーボルトも妹達も幻想御手の方に行ったし」

 ブレイカーは事実上二つのチームで構成される。御坂美琴と妹達のチーム、そしてその他四人。事実上というのは、美琴がボランティアに近い状態で勝手に依頼を受けて動くことがあるからだ。主に妹達を巻き込んで、黒子ら風紀委員に巻き込まれる形で。
 美琴からの依頼は、当然美琴の懐から依頼料が出ることになるが、私と一方通行と氷華は金は要らないと宣言しており、妹達は美琴に養われている状態、故に実際に支払われるのは当麻の分だけだ。とはいっても、当麻にとっては大金だが。

「小萌先生に頼るしかねぇか……」

「ここまで来たら諦めろ」

 ゴンゴンと扉を叩く。

「小萌、俺だ」

「はいはーい、今開けますですよー」

 パタパタと足音。そして現れるやたらかわいいパジャマ姿のロリババア。

「……なんか『お前が言うな』って感じがしましたよー?」

「気のせいだ。それより厄介事だ。しばらく厄介になるが、いいか?」

「いつものことですー。遠慮なんかしないで入った入ったですよー」

 いままで散々厄介になった結果がこれか。話が早くて助かるが。

「その子が今回の依頼人ですかー?」

「いや、なんつったらいいか……」

「落下型ヒロインというやつだ。私達は巻き込まれただけだから、厳密には依頼人ではない」

「珍しく怪我してますねー」

「ああ。応急処置は済んでいる」

「先生、布団を貸してもらえませんか」

「はい、こっちですよー」

 凄まじく散らかった部屋だが、小萌はもう慣れたのか普通に案内してくれた。小萌が布団を敷き、そこにインデックスを降ろす当麻。

「よっ、と……これで一息つけるな」

 当麻が座り込む。緊張が解けたようだ。

「……正直、小萌には禁煙してほしい。健康のためにも」

「うう……エルテちゃんだってスモーカーじゃないですかー」

「葉巻と煙草を一緒にするな。そもそも、俺はそう頻繁に吹かさない」

 部屋を片づける。煙草の吸い殻、ビール缶、その他ゴミをゴミ袋にまとめる。ちゃんと分別して、特にインデックスの周囲には何も無いよう。

「エルテちゃんが来ると部屋が綺麗になっていいですねー」

「駄目大人の典型だな。これで普段が優秀だから始末に終えない」

「そんな褒めなくてもー」

 いやんいやんと躯をくねらせる小萌。

「ロリババア」

「あんですと?」

「悪口はちゃんと聞こえるようで安心した。――――で」

 ポコポコ殴る小萌を無視し、インデックスを診ていた当麻に現状を訊く。

「良くも悪くもなってない……失血で衰弱が微妙だ。栄養剤点滴しても回復するかわからねぇ。放っといたら悪化するのは間違いねえけど……輸血しようにも血液型知らねえだろうし……」

「……輸血用血液も器具も無い。そうか……」

 インデックスの意識が戻らない。戻ったとしても行動できるかどうかはわからない。小萌に回復させるのはなるべく避けたい。病院は居所が掴まれる。インデックスの意識のない状態で『回収』されるのは避けたい。『回収』された場合、私たちがインデックスに関与する権利が消滅する可能性がある。ただでさえ魔術サイドとは相互不可侵なのだ。

「――――やれやれ。腹を括るか」

「どうしたんだ? なんかいい案あるのか?」

 吸い口も噛みちぎってない葉巻を、いつの間にかくわえていた。無論火はついていないが、無意識の行動など珍しかった。

「……私が、どうにかする。小萌、バラすのも秘めるのも自由だ。二人とも外で待っていてくれ」

「おい、何するつもりだ?」

「上条ちゃん、言われた通りにするですよ」

 小萌が当麻を引っ張る。体格差で物理的な力はないが、それでもしぶしぶ当麻は従った。

「助かる」

「いつものことですよー」

 さも当たり前のことのように返す。私は頭を垂れ、扉が閉まるまでそうしていた。



 当麻は憮然としていた。自分だけ意味もわからず、しかも親友であり仲間であるエルテに仲間外れにされたのだ。少なくとも、当麻はそう思った。

「納得してませんねー?」

「できるわけ……ないっすよ」

 小萌の言葉に怒りを露わにし、尻すぼみになる。誰よりも彼を知っているつもりで、隠されていた。それを知っている小萌に問われ腹が立ったが、それをぶつけるのは違うと思った。

「エルテちゃんの許可もあることだし、教えてあげますですよ」

「……いや、いいです。あいつの口から聞きたいっすから」

「エルテちゃんは自分の口からは絶対しゃべりませんですよ?」

「なんでですか!」

 今度は我慢できなかった。怒鳴ってしまう。

「それに答えるにはエルテちゃんの秘密そのものの一つを言わなければなりませんが、それもいいでしょう。エルテちゃんがこの世界で最も異質だからです」

「あー、確かに」

「レベル0とされていますが、本当は彼女はレベル5相当の複数の能力を持っているのです」

「はあ!?」

 当麻にとって、それはあまりに突飛だった。しかし、あの非常識極まりない、あの一方通行にシャイニングウィザードを通したり、御坂美琴の電撃を食らい黒焦げになっても数分で復活したり、真面目な顔してまるでギャグ漫画の世界の住人のようなその存在に少しばかり納得してしまうのも確かだった。

「そもそも、エルテちゃんはどういう存在なのか。そもそもが史上最強の人類の遺伝子から創られた、量産品の戦略兵器だそうです」

「量産品って……御坂の妹達と同じなんですか?」

「似たようなものですが、根本的に違うのは、その意思が単一であること。御坂さんの妹さん達はネットワークで個が平均化されていますが、ちゃんと一人一人に個性というものが存在します。ですがエルテちゃんは幾つもの躯をすべて単一の意思で動かしています。奇妙なことに、この単一の意思はエルテちゃんの躯全部を集めて観測してもどこにも存在しなかったそうです」

「? ……?」

 当麻はどうも理解できないようだ。

「簡単にいえば、そこにエルテちゃんがいたとしましょう。彼女は『エルテ・ルーデル個人』です。ではそこのたくさんのエルテちゃんがいたとしたら?」

「えーっと、あいつがたくさんいる?」

「答えは、その群れも『エルテ・ルーデル個人』です。全部は一人、一人は全部という、頭のこんがらがるような状態なのです。エルテちゃんは『全一(イコール)』とか『同一存在(マルチイグジスタンス)』なんて言っていますねー。で、問題なのがここからです。そんなエルテちゃんですから、『自分だけの現実』はかなり特殊なものです。自分を偽って他人を演じたりすることもあるそうです。エルテちゃんは自分一人を個体と呼びますが、個体がそれぞれ別々の能力を持つ結果となり、その膨大な演算能力からその能力もレベル5相当あるいはそれ以上となり、繋がっているから結局個体が『多重能力』を持つことになっているのです」

 『同一存在』『多重能力』『レベル5』。
 馴染みのある単語もあればないものもある。だがそれら全てが組み合わさると、異常の一言に尽きた。
 だが、納得もできた。一方通行にソバット当てたりネリチャギ当てたりシャイニングウィザード当てたりなど、できるはずがない。

「そんな……レベル5の多重能力者がなんでレベル0として生きてんですか」

「エルテちゃんの言葉に嘘はありません。いつも上条ちゃんの隣にいたのはカリキュラムを受けていない、本当のレベル0です。レベル5だったのは開発を受けた後その日の授業が終わるまでです」

「え? だったら――――」

 レベル0がレベル5を袋叩きにしていた、というあり得ない現実。

「今、中でなにかしているエルテちゃんは間違いなくレベル0でしょう。ですが、エルテちゃんはもともと『戦略兵器』として生まれてきたのです、本来ならば開発なんて要らないはずなのですよ。エルテちゃんには『魔法』がありますから」

 当麻の頭が遂にフリーズした。



 この世界での魔法行使は久しぶりだ。可能な限り隠匿に務めなければならない。
 魔力反応の隠蔽は何より得意だ。魔法行使すら気づかれない。だが、魔術は未だに未知だ。相手の魔術を見破り暴くことが日常茶飯事らしいこの世界では、最悪、私の存在がバレる。いつぞやかの京都では、私の存在を不明としたおかげで大暴れすることができたが。そういえば、あの時ステイルは気付いてなかったようだが――――警戒するに越したことはない。
 慎重になりすぎてもいけないが、かなり時間がかかってしまった。

「未知の魔術を確認。対象エルテ・ルーデルを危険と判断。『自動書記』で目覚めます。空間・時間に異常を感知。十万三千冊の魔術書より術式を逆算。該当する魔術なし」

「一緒にするな。魔法だ」

 『自動書記』が覚醒した。敵性と判断される前にしなければなくなった。

「バーストチャージ」

 その身に触れ、魔力を流し込み、青い光に包み全てを在るべき形に戻す。報告されようが知ったことか。私は史上最強の魔導師で戦略兵器だ。ハイパーインフレした世界くらいでしか負けたことがない。イギリスからアーカードが来ようがアメリカからセガールが来ようが返り討ちだ。志貴や闘真の類はわからないが。あとルーデル閣下とデスムーミンには勝てない気がする。

「傷の修復、及び生命力の回復に伴い、生命の危機の回避を確認。対象を安全と判断。自動書記、休眠します」

 インデックスの瞼が降りた。自動書記は止まったようだ。

「……やれやれ。さて」

 当麻と小萌を呼びに出る。が。

「当麻。なにを変な顔をしている。私の正体でも聞いて怖じ気づいたか」

 唸っている。当麻が唸っている。頭を抱えて。

「なワケねーだろーが! 量産の人型戦略兵器でレベル0かつレベル5の多重能力で魔法使いなんて普通信じられねえっての!」

「あはは、全部喋っちゃいましたー」

 最近の『ごちゃ混ぜしてみた』系のラノベより酷いな、羅列してみると。
 しかし能力なんて魔法に比べれば威力はともかく自由度は限定されるし、どんな能力でも私の魔法でエミュレートあるいは模倣した方が強かったりする。

「信じる信じないはどうでもいい。ともかく、インデックスの治療は終わった。体力も一応は回復しているが、しばらくは動かさない方がいい。死にはしないが血が足りない。下手をすれば歩いただけで意識を失う可能性もある。血液型は確認した。後でケロから血を貰ってくる」

「そうか……」

「そうですかー。なら安心ですー」

 かちゃりと、扉が閉まる。私と二人が中に入って、ちゃぶ台を囲む。

「これから、どうするんだ?」

「監視しつつも手を出さない。不気味だな。動きづらい」

「考えてもしかたありませんー。今日はもう休みましょうー」

「そうするか」



 超高空監視網から見える彼らは、狙ったように近くに落ちるいくつかのミニマムメテオに首を傾げていた。夜は月からの爆撃に警戒しましょう。



[21785] とある魔王の超大砲鳥05 《NEW》
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/11/29 12:42
「ケロ、血を貰っていくぞ」

「君はいつから吸血鬼になったんだい?」

「いつものことだ」

「また彼かい? 滅多に入院しなくなったのはいいけど、病院の外で同じような目に遭っているのを聞くのは複雑だねぇ」

「俺がいる。死なせはせんよ」

「君が近くにいれば安心だけど、医者としては怪我をしないようにしてほしいねぇ」

「それは叶わぬ願いだ。あの馬鹿は神に嫌われ運命に好かれている」

「君が言うんだったらそうなんだろうね」

「輸血キットも借りていく」

「感染症には注意するんだよ?」

「ああ。邪魔したな」



 エルテが去ってから、ケロと呼ばれた蛙顔の医者は溜息をついた。

「あんな躯で、よくもああ動けるもんだねぇ」



 戻ると、インデックスは意識を取り戻していた。

「科学ってすごいんだね! 傷が一晩で治るなんて、まるで魔術なんだよ!」

「あー、残念だが、おまえを治したのは科学でなくてな……」

「魔法だ。魔術でも科学でもなく、な」

 当麻がインデックスに言いづらそうにしていたから、私が代わりに答えてやる。
 自分に使われた物が何であるかを知る権利が、インデックスにはある。

「魔法? ということはカバラ? エノク? 専門は? 学派と結社は?」

 失血で衰弱しているとは思えないくらいの勢いでインデックスが食らいつく。

「それは全部魔術だ。何かを媒介に極めて非効率な魔力の運用をする。高みに上るには発狂するしかなく、しかしどんなに極めても理に至るには程遠く、ある一定より高みには上れない。最大の特徴は、手順と準備さえ正しければ誰でも使える、これが魔術だ。魔法は一部の、ある素質を持った生物しか使えない。その意思で直接魔力を扱い、使い方さえ知れば文字通り不可能はない。理の範囲内ではな」

「理ってなに?」

「理か。簡単に言えばこの世界を縛るルールの全てだ。ある特定の理に至れば、並行世界から――――」

 世界間の壁をブチ抜き、そこから

「ねえエルテ、ここどこ、って私がいる!」
「私がもう一人なんだよ!」
「ここが並行世界!?」
「ええ!?」

 インデックスが二人になると、かなりやかましい。音量はともかく精神的に。驚いて一方的にまくしたてるから口を挟む隙がない。

「ねえねえエルテどういうこと? 小萌の部屋に私がいてとうまがいるよ?」

「ちょっとしたミスだ。元に戻してやるからおとなしくしてくれ」

 息をするように嘘をついてインデックスを並行世界の穴に落とし、何事もなかったかのように当麻がいれてくれた茶をすする。珍しくツッコミすらなくスルーしてくれた。先ほどの状態だと、インデックス×2+1という状況になったはずなのに。

「ついでにいうと、この世界で俺は唯一の魔法使いだ。更に言うと、俺はこの世界の人間ではない」

「もう、お前が宇宙人だろうが未来人だろうが異世界人だろうがなんだろうが驚かねえよ」

「そうだ、気にするだけ損だ」

 ある意味それら全て正解であると知れば、当麻はどんな反応を示すだろうか。
 サイボーグ化も電脳化も電子化も済んだ私を、あるいはもはやヒトガタですらない/形すらない個体も存在する私を、ほぼ確実に死ねなくなった私を知れば、どう思うのだろうか。
 インデックスは妙におとなしくなっている。まだ頭痛は訴えてはいないが、我慢している可能性がある。

「詳しい話は全てが終わってからだ。小萌先生は?」

 ついさっき外出したのは知っているが、どこに何の用があるのかはわからない。

「買い物。インデックスに食わせるモンがないんだと」

「そうか。可能性としては少ないが、接触してくるかもしれない。なるべく当麻単独での戦闘は避けろ。今回、敵は愚かにも魔術で襲撃してきたが、次はそうはいかない。生かして返したんだ、対策は考えるだろうし、物理的手段を持ってくるかもしれない」

 今回の主要人物のうち一人は、魔術と『聖人』としての能力と、純粋な物理攻撃手段を持つ。当麻では相手にするには無理がある。
 条件次第では問題ない。が、既に何度か時を遡り『エルテ・ルーデルの過去介入による並行分岐』までさせているのだ。この世界に世界の修正力が都合よく働き正史通りに動く、などというご都合主義はとっくに消滅した。

「外出するならこれを着ていけ。デスなどの即死系やショックウェーブパルサーなどの衝撃系は完全には防げないが、この世に存在するおおよその物理現象は防げる。エンドオブハートすら耐えた。アルテマは魔力255のを一度だけ耐えた。メルトンには気をつけろ」

「なんで例えがFF8なんだよ!」

「実際に食らった経験があるからな。それにわかりやすいだろう」

 非常識なコートだ。とある世界で拾った段ボール箱に入っていた数着のうちの一つ。超積層構造、耐火断熱溌水防刃耐魔その他諸々、それらの層がいくつも、そして何度も繰り返し積み重なり、厚さ20mmの極厚の布を構成している。技術とその効果を考えれば、インデックスの『歩く教会』なぞより遥かに上だ。『私』が制限される世界ではオリジナルか模倣強化したものをなるべく優先的に配備している。

「つか、そんなモン着て外歩けるか! 今は夏だぞ夏! 夏休み!」

「冷暖房完備だ。赤道直下だろうと南極だろうとコートの中だけは適温に保たれる」

「ワタクシは真夏に黒コートを着るような超絶怪人にはなりたくありませんですハイ」

 気にしないという選択肢は存在しないらしい。
 積層装甲学生服でも造るべきか。インデックスには既に積層装甲都市迷彩シスター服があるが着てくれないだろうし。某シンデレラのように純黒(じゅんぐろ)にしてやろうか。

「さて……インデックスがやたらと静かなのが気になるが」

「輸血は?」

「そう言えばまだだったな」

 インデックスは眠っていた。意識を失った状態とは脳波が違う。普通にしてはノイズの多い、しかし確かに睡眠波だ。
 私は輸血の準備をする。血液パックは体力を奪わないよう人肌に温め続けていた。
 インデックスがこうも早く回復し、小萌は魔術で汚染されず、魔法の存在が更に2人に知れた。今度はインデックスの回復を早める。物語は加速し、結末は変わる。
 私の血を輸血すれば暫く死ねないくらいには元気になれるが、そんなことをすれば自分の躯を顧みないSDKになってしまいかねない。神代の血ではないのだ、期限つきの不死なんてうっかり慣れてしまえばアウトなのだ。

「アルコールはないな。あ、スピリタスがあった。97%か、当麻、これを80%まで希釈してくれ」

「80%だな?」

 スピリタスは原産国ポーランドでは消毒用アルコールとしても使われる。アルコールは純粋なものより20%ほど水が存在する方が殺菌力がある。そういえば、このスピリタスも私が持ち込んだものだったか。いつぞやかの小萌の誕生日に、ACfAがあったからPS3とACfAとセットでプレゼントしたんだったか。アクアビットだけだと面白くないので世界の面白い酒を束にして。その中の一本だ。
 時々来ては、カクテルをつくって小萌に出している。

「できたぞ」

「Gut」

 上腕を縛り静脈を浮き上がらせ、針を刺すべき場所を何度か軽く叩く。アルコールで拭いて、針から気を抜いて刺し、輸血が始まる。
 いくつもの輸血パックがフックにぶらさがっている。

「どうだ?」

「ある程度の回復は望めるだろうな。血のほかにブドウ糖や栄養剤まで点滴しているから」

「なあ、寝ておけよ。昨日はずっと結局警戒してたんだろ?」

 当麻が言う通り、私はずっと起きていた。この物語は正史とは違う、ならば第三勢力がインデックスを狙うことも、ネセサリウスが強行手段に出ることも考えられた。
 寝る必要はない。この睡眠という習慣は、妹を人として育てるためについた癖のようなものだ。

「本来、兵器に休息は必要ない。今の状況は私が人間であることより、兵器であることを求めている」

「んなっ……なんだよ、兵器って」

「小萌に聞いたのではなかったのか?」

「そうじゃねえ! なんで自分で自分を兵器とか――――」

「待て。私は人間だが兵器だ。それは揺るぎない事実で、今までも、これから先も永劫に変えられない。そして私は人としての意思があるからこそ、己の存在を正しく認識し、そして行動すべきだ。たとえばだ、バケモノみたいな力を持つ奴が自覚なく日常生活して、それが一切の手加減を知らない。洒落にならないだろう」

「それは……そうだけどさ」

「本人が納得しているんだ、下手に修正するのもどうかと思うぞ。妹達と違って、私は一般倫理で縛ることはできない」

 私は戦うために、破壊と殺戮を振りまき敵という敵を駆逐するために造られた。私の意思はともかく、この躯は。

「なに、己を卑下しているわけではない。この躯だからこそできることもある。大手を振って歩けはしないが、それだけで不幸であるというのは見当違いだ。たとえるなら……マゾヒストか」

「は!? マゾ?」

「周囲から見れば虐げられ不幸に見えるかもしれない。しかし本人にとっては極上の快楽だ。それを止める権利は誰にもありはしない」

「……そのたとえはどうかと思うぞ。なんとなくわかったけどさ」

 だが私は気にしない。私はノーマルだ。ん? ネクストか? いやこれは性癖の話だ落ち着け。

「Gut。では、私に休めと言わないな?」
『よろしい。私に休めと言わないなら治療を受けよう』

 遺伝子が、何かささやく。これは閣下の記憶?

「――――い、おい! やっぱ疲れてんじゃないのか?」

 当麻の声で我に変える。診察を受ける閣下とドクトルは消えて、ここは小萌の部屋だ。

「そうだな、調整が必要かもしれない」

 一個体を小萌の部屋の前に転移。この個体が不調と思えば個体を交換すればいい。

「……ホントだったんだな」

「小萌が嘘をついて当麻を煙に巻いたと思ったか?」

「そうじゃねえよ! でも普通あの話聞いて『ハイそうですか』って素直に信じられるか?」

「よほど素直な善人だな。悪い宗教に壺を買わされそうだ」

 交替してそのまま会話を続ける。

「なあ、なんで小萌先生には話したんだ?」

「……ああ、私のことか」

 私のこと。能力のこと。魔法のこと。小萌はこの世界で最も私のことを知っている。

「偶然が重なった結果だ。開発直後に能力が暴走した。被害を最小限に抑えるために私が複数で転移し魔法を行使。すぐそばにいた小萌がそれを見て説明を要求。下手に言いふらされるより、理解を得て協力してもらう方がいいと判断した。それだけだ」

「そうか……」

 しばらく無言の時間が続く。私も当麻も、そう積極的に話すタイプではない。

「悪ィ。すまん。おまえのこと疑ったりして……」

「気にするな。私はまだ秘密を抱えているし、それで当麻に疑われても文句は言わない。聞かれれば答えるが、問を知らなければ答えを知りようがない」

「? なんのたとえだ?」

「箱にはカギはかかっていない。しかし箱の中身という存在をそもそも知っているか、知っていたとしてもそれがどんな箱なのか、そもそも箱に入っているのか。小萌は偶然箱を見つけ、それを開けたに過ぎない。」

「何となくわかったような……わからんような」

「無理に理解する必要はない。当麻が聞けば私は答える。聞かれなければ話さない。それだけだ」

「あー! よくわからん!」

 若干、短気になっているか?

「……当麻。気付いてないようだが、当麻もかなり疲労している。瞳孔と心拍数からアドレナリンが分泌されていると判断。昨日、ほとんど寝てなかっただろう」

「う、ばれたか」

「寝ろ。私は交換できるが、当麻は普通の人に過ぎない。俺が信用できないか?」

「そんなことはねえけどさ」

「無理やり寝かせるとしようか」

 右腕を意味もなく光らせる。シャイニングフィンガーではない。ただ光っているだけである。魔法の無駄遣いである。

「おとなしく寝かせてもらいますサー!」



 当麻の脳波に睡眠波を確認した頃。

「ただいまですよー」

 小萌が帰ってきた。

「残念だったな小萌。二人とも意識不明の重体だ」

「よく寝てますねー」

 私のジョークが流された。珍しく乗ってくれない。

「小萌もそろそろ寝る時間だ」

「子供扱いですかー?」

「ただでさえヘビースモーカーなのに夜更かしまでしたら肌荒れが更に」

「おやすみなさいです」



[21785] ソラノオトシモノ00
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/09/22 12:00
 珍しい『知らない世界』。

「これはなんだ……?」

『時空の歪みのようですね』






 平和な日常。

「おはようございますエルテさん!」

「……よく飽きないな」






 変わり者たち。

「そう――――」

「全ては――――」

「新大陸」
「新大陸!!」






 落ちてきた少女。

「浮遊大陸に落下型ヒロイン……なるほど、主人公は智樹か」

「いやああああああ!!」






 空からの刺客。

「え? ちょ、なんで死なない――――」

「大丈夫ですか?」

「右脚がなくなってしまった。まあいいか、もう一本あることだし」






 怒れる破壊神は止まらない。

「……聞こえた」

「ん? どうしました」

「見ているだけなら許そう。しかし私の物に手を出すとは。相応の対価を払うべきだろう」

「左眼が赤いですよ」

「ちょっと新大陸を落としに行ってくる」

「待て! 早まるな!」






 止まるはずがない。

「気に食わん。総統すら閣下を地に縛りつけること叶わなかったというのに。翼を奪う、その対価、思い知れ」

「なんで地蟲が追いついてこれるのよ!?」
「なんで死なないのよ!? 3000度の気化物質よ!?」

「私を殺すなら全て殺せ」

「!!」

「捕まえた……フフフ……」






 そして覚聖する翼。

「……セセリンズウィングか。まあ、偽装にはちょうどいい」

「機械の翼?」

「戦うときに『必ず死なす』と叫ばなければならない」

「物騒っすね……」

「ならこっちはどうだ? 破壊天使砲をつけてOBの際は何よりも美しい光の翼だ」
「名付けて、ホワイトグリントだ」

「美しい……」
「か、かっこいい……」






 その翼は希望。

「はいだらぁぁぁぁ!!」

「何が起きている!」

「世界の意思が、人類の無意識が、貴様の終末を望んでいるのだ」

「あの翼……青くて綺麗……」

「死 ぬ が よ い」






 それは誰もが手にするソラノオトシモノ。






 この予告はフィクションです。
 本編がこうなるとは限りません。



[21785] ソラノオトシモノ01
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:4943e38d
Date: 2010/09/23 12:05
 この世界を私は知らない。
 だから、何が正しくて何が違うのかわからない。
 道標はない。
 なら――――どうしよう?



 何年か、普通に学生をしている。この田舎で。空美町を表現するならそれでこと足りる。
 理使いには特に何も言われず、しかし何故か衣食住全てが揃っていた。戸籍はあり、家も私名義、金は普通に生きていくには充分すぎるほどあり、服は私の好みが揃っていた。
 小学校が始まるころに引っ越してきたことになっていて、おおよそ普通の生活ができた。隣人は多少変態で、そのさらに隣人は少々ツンデレだが、普通だった。元の世界、他の世界に比べれば。

「おはようございますエルテさん!」

 ポケーッと歩いていると、多少変態である隣人・桜井智樹が挨拶と共に私の胸にダイヴしてくる。同い歳なのになぜ敬語なのか。

「……よく飽きないな」

 最初の、若気の至りと思われる行動からほぼ毎日。最初は薄い私の胸にゴツリとぶつかっていたが、さすがに痛そうだから、違和感がない程度に少しづつ、衝突しても痛くない程度に胸を大きくしてみた。

「飽きませんとも! 飽きるわけないじゃないですか! この弾力! 大きさ! すべっ」

 智樹の顔が凹む。私に抱きついていた腕がほどけ、横にフッ飛ぶ。

「トモちゃんったら毎日毎日……」

 この多少ツンデレなさらに隣人、見月そはらの手刀によるものだ。

「いいセンスだ」

「なんでエルテさんは嫌がらないんですか! セクハラですよ!?」

 同い歳なのになぜ敬語なのか。

「……私のように色気のない女にセクハラも何もないだろう。それにセクハラとは性的嫌がらせという意味であって、私が嫌がっていない限り智樹のはセクハラではないと思うのだが」

「エルテさんは自分の魅力を知るべきです……エルテさん、やっぱトモちゃんのこと好きでしょ?」

「ああ。実に面白い男だ。多少行動に問題はあっても、その本質は好感に値する」

 悪い人間ではない、調子に乗るだけで。裏表もない。

「だが、そはらのいう『好き』とは違うだろう。智樹を見ていると……」

 未だ意識の戻らない智樹を見ながら。

「息子か弟でも見ている気分だ。なるほど。やっと理解できた」

 この感覚がなにか、長年理解できずにいたが、今日やっと理解できた。喉に刺さった魚の骨が取れた気分だ。

「あー、なるほど」

「それに私は男より女が好きだ。そはらなど、指輪を送りたいくらいだ」

「え」

 元々が男だから、という理由もあるだろう。たとえ男に裸を見られても、そう動じはしない。

「おい、起きろ。遅刻するぞ」

 智樹の頬をぺしぺしと叩く。今日もいつもと変わらない。本当に、平穏だ――――



 学校につく。どうも騒がしい。校舎の外で生徒がたむろしている……いや、違う。そのほとんどの視線の先は――――屋上の一点。はやまるなー、とか聞こえる。

「たた大変だ! がっこうで飛び降りだって!」

「はぁ!? 飛び降り!?」

「ではないな。滑空するようだ」

 少し遠いが、それで見えない程度の眼など持ってはいない。グライダーらしきものが、その人物の傍らにある。

「守形英四郎だな」

「守形って……守形先輩?」

「新大陸発見部の変わり者?」

「あ、飛んだ――――」

 駄目だな。あれでは飛べない。

「――――あ」

 速度はあるが距離を稼げない。揚力に対し重量が大きいそれはすぐに高度を失い、樹にぶつかった。
 頭から出血はしているが、大したことはないだろう。脳振盪さえ起きている気配はない

「くぉらぁぁぁぁ! 守形ぁぁぁぁぁ!」

 確か生活指導の教師が鬼のごとく走り去る。なんというか、まあ、平穏だ。ガイアくらいに。



 私は眠る。この世界は、『私』との繋がりが薄い。まるで遥か過去に飛んだ時のように。それでも、私は複数だった。この世界では、私は時に『群』でなく『個』となる。この世界へのパスが通り、私を送り込めるようになればそれも改善されるだろうが。
 この世界で、今、私はたった独りだ。だから――――

「なぜ――――あなたがいるの?」

 夢を見ることができる。

「私に介入している? 素晴らしい技術だな、この累計186兆の年月、次元並行問わず14万の世界に関与し放り込まれ初めてのことだ」

 周囲を見ると、まるでエデンだった。太陽が好きではない私には嬉しくない光景だけれども。

「あなたは何者?」

「遥か天空の破壊神。そうだ、神無備命……神尾観鈴という子を知っているか?」

「?」

 知るはずもないか。もしこの世界がそうなら、美鈴は死ぬこともなく、往人も過去に転生することもなかったはずだ。翼人がこの世界にまだいるのだから。あるいは全く関係のない世界。
 この夢が現実ならば、という前提があるが。

「気にするな、確認だ。私に何かを頼んでも無駄だぞ。今の私は無力だ」

「あなたには何も頼まないわ」

「そう。ではさようなら。二度と逢うことはないだろうけど」

 明晰夢ゆえに自在に覚醒する。もう既に、私は繋がっている。私は私の制御下にある。

「――――……」

「……エルテ、よほどわしの授業がつまらんようだな」

 数学の竹原が生意気にも怒っている。

「ああ。つまらない。理解させようとする気が感じられない。ちなみにその式、二割ほど間違っている。高校生からやりなおせ」

 バーコードから模様が少し減った。



 その次の授業で、また智樹が寝ながら泣いていた。いつもの夢。千年前の話、ではなく、キャストはたった二人。あるいは、さっきの私の夢と同じものだったのか。
 それをそはらが心配して、病院行こうとか英四郎に行こうとかいう話になった。

「まあ、トラブルメイカーではあるが。頼りにはできると思うぞ」

「え、エルテさんがそう言うなら……」

「なんで私のときは全力で拒否してエルテさんのときはいいのよ!?」

「そりゃ、なあ、あれだ。守形先輩と知り合いみたいだし」

「むー。ま、いいか。エルテさんだし」

 何故私ならいいのだろうか。この世界では特に何かをやらかした覚えはないのだけれど。



「なに、夢だと?」

 新大陸発見部室。カオスだ。考現学部室のようだ。今度あの看板を持ってこよう。地獄への入口の文句。
 その中で英四郎は美少女フィギュアをいじっていた。

「実に興味深い。学説では脳が記憶の整理をしている際に発する電気信号だといわれている」

「人間の脳が生体量子コンピュータであると仮定した場合、夢というものは並行世界のことを見ているとする論文もある。量子が並行世界を渡ってきたということだな」

「あるいは別次元のことを脳が見ているという話もあるが」

「ある一定の電磁波で夢が制御できるという話もある。重力による空間の歪みも関係している」

「エルテさん、さすがだ」

「英四郎こそ。別次元の話は聞いたこともなかった。私もまだまだということか」

 がっしと握手をする。こいつも、何故敬称付きなのか。

「だがそんなものは、『現実』の理論にすぎん」

 英四郎がPCをいじっている。何をしているのか、バックアップのない私にはわからない。

「夢は現実ではない。では虚構か? これは説明できない」

「『現実』の理論では『非現実』は説明できん――――これを見ろ」

 地球……地磁気の観測図が画面に映し出されている。

「これは?」

「地磁気の観測図だ。おそらくな。妙な点があるが」

「その通り。この『穴』のようなものがあるだろう。なんだかわかるか?」

 黒い巨大な何かがユーラシア大陸を南下している。

「いや……全然」

「観測できない、ということは時空の歪みか? 光をねじ曲げることさえできれば、磁力線も同様に曲がる――――」

「そういう話もあります。だが、何もわからないんだ」

 何故敬語なのか。一応先輩だろうに。

「数多くの科学者があらゆる観測機器、果ては航空機まで投入し観測を試みたが、結論は『わからない』」

「いずれ人類は知るだろう。ここにあるものの正体を」

「ええ。俺はこの穴の正体などとうにわかっているぞ」

「へ?」

「智樹の夢の正体も、だろう?」

「はい。その通りです」

 ……違和感あるな。この漢の敬語は。

「え?」

「そう――――」

「全ては――――」

「新大陸」
「新大陸!!」

 バ――――z____ン
 とでも擬音が鳴ったのではないか。智樹の眼は点になっている。それにしても綺麗にハモった。

「学会とは愚かなものだ」
「これほどまで巨大な空間を観測できないならば」
「そしてこれほどの移動速度」
「中に何があるかなど一目瞭然」
「浮遊する新大陸以外に何が考えられよう」
「新大陸云々は関係ないが、翼人伝承などもあってな」
「ほう、それは興味深い」
「翼を持った少女が今も空のどこかにいて、悲しんでいるとか」
「新大陸の住人だった可能性もある、どいうことですか。それはともかく――――」

 智樹が部屋の隅で震えている。何故だ。

「智樹! おまえの見ている夢もまた新大陸! 新大陸が我々を誘っているのだ!」

 なんというか、『ダメダコイツラ』なんて顔をしてやがるが、とりあえず気にしない。新大陸云々はともかく、あそこに何かあるのは確かだ。人類だってラピュタを浮かせ、偶然ではあるが浮遊大陸に住み、高度7000mのゆりかごに住むという選択もした。あれは確実に人為的なものだ。そして智樹の夢は無関係ではない。私のゴーストが囁いている。

「?」

 と、出口付近に立っていた私に智樹がダイヴしてくる。いた、ただぶつかっただけか。
 そしてその肩を英四郎が掴んだ。

「運がいいな。丁度今夜12時、新大陸がこの街上空を通過する」

 ガタガタと震えているのがよくわかる。

「一緒に行くだろう? 桜井智樹」

「なに、一風変わった天体観測だと思えばいい」

「俺と」

「私を信じろ」

「お前の『夢』は」
「智樹の『夢』は」

「我々が見つけてやる」
「我々が見つけてやる」

 何故だろう、智樹が半ベソだ。

「ステキ……」

「はぁ!? おい待ておまえこんな馬鹿な話信じるつもりかよ?」

「集合はどうする」

「今夜12時、神社そばの大桜に集合!!」

「あんたらも勝手に話し進めんな!!」

「私も行っていいですか?」

「もちろんだとも!」

「じゃあこれ私とトモちゃんの連絡先!」

「承知した!」

 あれよあれよと話が進んでいく。

「では、0000時に」

「神社そばの大桜に集合!!」

 そはらは楽しそうな顔、智樹は絶望感あふるる顔。そのコントラストが印象的だった。



[21785] Muv-Luv Destroyal 01
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/11/23 15:36
 この世界には資源が少ない。
 ならば少ない資源で運用できるようにすればいい。
 太平洋上の小さな島、そこに大規模地下施設を建造している。

 通称『大海のよどみ』。

 ルーデル機関オルタネイティヴ支部として建造中のこの施設では、完成したエリアからさっそく稼働が始まっている。
 まずは機体の開発からと、ジェネレータの開発を進めている。下層が完成する度に、アクチュエータや装甲材料といったパーツの開発をしていく。

「エイダ、出力は?」

「安定しています。ですがこの状態だと実用に値しません」

 クレーンで釣り下げられた巨大な構造物の周囲を、鮮やかな青髪の女がうろうろしながら答える。一部艶やかな黒髪が二本の角のようにそそり立っている癖っ毛が特徴的だ。背は高く、胸はそれなりに大きく、理想的な形をしている。眼は釣り気味の切れ長で、鼻は綺麗に整い、唇はみずみずしく桜色だ。それをクールビューティーをテーマに、計算され尽くしたように顔に配置すれば彼女のようになるだろう。
 誰かといえば、エイダなのだが。エイダが自分でデザインして、内装は全て私が設計してできた、ジェフティボディ(エイダ命名)だ。エイダのコアはちゃんと胸に埋め込まれている。

「既存品は?」

「トーラスから奪ってきた実物は汚染が激しすぎて使えません。構造の見直しが必要です」

「GAの重量ジェネがあったろう」

「KPを犠牲にすればアルギュロスは鬼ジェネと化します」

「仕方ないか。この世界でコジマ汚染はしたくないからな。疑似魔法は?」

「G.F.技術を発展させオートプロテス、オートシェル、オートリフレクを実装できるようになりました」

「PAの代用にはなるか。シェルとリフレクは意味が無いように感じられるが」

「レーザー減衰と反射が確認できました。これなら制空権の奪還は可能かと。ただ、実装は可能ですが設備が巨大になります。これよりかはモルガンのECM防御システムの方が有効かと」

 私と、ボディを与えたエイダと、子供たち。開発という行為は単一の頭脳では発想に限界がある。どんな天才でも固定概念というものが存在するからだ。故に、不本意だが子供達をこの世界で研究させることにした。子供達に頼み込まれたというのもあるが。

「母上! コジマレスGAN01-SS-Gが完成しました!」

「アルギュロスは?」

「難航しています。設計図に『始めにコジマありき、次に神ありき』と書かれているだけあって……」

「ドヴァーナツァチ、そこは変態と罵ってもいいと思うぞ」

「トーラスは変態です。まさにコジマ粒子炉、コジマがないとエネルギーが出ないような設計で」

「エイダ」

「決まりましたね。暫定的にGAN01-SS-Gをメインにアセンの再検討を。アルギュロスは完成してから考えましょう」

 アーマードコアシステムは優秀極まりない。おもちゃのロボットのように組み換えることができる規格統一。これにより、パイロットに最適なアセンを提供できる。高速戦闘が得意なら軽二を、ある程度の機動戦ができれば中量機、遠距離支援または火力戦を行うならガチタン機を、と、選択の幅が広がる。今は有澤だけだが、いずれはステイシスやホワイトグリントなども造ろうかと思っている。
 アーマードコア・ネクストは極めて優秀な戦力だ。AMS適正を必要とするが、それさえクリアすれば粗製だろうと国家を相手に戦える。
 このルーデル機関オルタネイティヴ支部ではそのAMSでさえも改良しようと画策している。

「あ、母さん! これなんだけど」

「AMS負荷軽減プログラム?」

「通常のAMS負荷を8割ほど減らして、AMSから光が逆流しないし、損傷が負荷にならないようにしてみたんだ。ついでにARSみたいに体感時間を自在に変えられたりとかも考えてる」

「試しに試作アリサワクラッシャーにインストールしてくれ。完了次第実験しよう」

「わかった!」

 こんな風に。ガイアは実験の失敗作として放棄されたり、あるいは実験体とされていたのを誘拐したりと、通常の人間より優秀な子が多くいる。逆に、どうにか人として生きている子もいるが、そんな子は最優先で治療の対象となっている。最悪でも普通の人として生きることができるくらいには回復させる。

「エルテ、フォースエナジー基礎理論の問題の洗い出しが終わったわ」

「Gut.ではアルギュロスの解析に回ってくれ」

 プレシアも手伝ってくれる。元はエネルギーの専門家だ、少々分野が違っても、その有能さを発揮してくれる。そもそも天才なのだ、全く分野の違う死者蘇生をある程度完成に至らしめるほどの。私という材料が必要だった生命還元法も、机上理論ではあるがほぼ完璧になりつつある。

「ママ上~。演習場が完成したよ~」

「ギガアリサワクラッシャーをいつでも配備できるように」

「りょうかい~」

 演習場が完成した今、大有澤の偉大なる破壊神『ギガアリサワクラッシャー』のテストがやっとできる。
 AC4の世界に落とされ、リンクス戦争を終わらせ、とりあえずクレイドルを安全に海上に落として宇宙への殻をこじ開け、各企業の混乱に乗じてあらゆる技術と設計を奪ってきた。
 USEAの世界に落とされ、まずメビウス1にサインをもらって、混乱に乗じて各国兵器廠や各企業から技術を奪うだけ奪って、ついでにこっそり暴れてきた。
 その集大成が今ここで開発されている。

「お母さん、メガとギガの違いがわからないって、弟たちが」

「メガはOGOTOで火力重視、ギガはOIGAMIで威力重視。試作は腕グレOGOTOだ」

「基本は雷電にGA腕プラスグレなんだね?」

「基本的に格納グレで火力を底上げする。試作は弾切れをよく起こしてな」

 ACfAではアセンはガチタングレオンで社長とも仲がよかった。グレートウォールで雷電を叩き潰した後も、「仕事なら仕方ない。リンクスとはそういうものだ」と快く許してくれた。その後のコジマの太陽は悪夢そのものだったが、どうにか全て叩き落として二人とも帰ってこれた。
 そのときの反省でYUDA(スナイパーグレネードキャノン)、RYUZAKI(グレネードレールキャノン)が開発された。結局、クラニアムには間に合わなかったが。ちなみにカーパルスには行かなかった。モニターしてた試作YUDAで古王は叩き落とした。

「うわっ!?」
「きゃあ!」

「ごめん! 怪我ない?」

「こっちこそごめん、大丈夫、無傷だよ」

 何を焦っていたのか、慌てて大量の書類と大きな荷物を抱えて走っていた子供たちがぶつかった。
 幸い大事はなかったが、これは注意を喚起すべきか。

「諸君。急ぐ必要はない。この世界の人類が滅ぶまでまだ多少の時間がある。焦って失敗するより、落ち着いて成功する方が尊い。クールになれ」

 ルーデル機関オルタネイティヴ支部にいる個体全てが言えば、館内放送になる。今まで張り詰めていた空気が、一気に緩やかになる。

「それでいい」

 最高の技術を最高の設備で開発するのだ、焦りなどで台無しになるのはもったいない。

「母さん母さん、アリサワデストロイヤーが完成したよ。これで出撃できるね」

「そうか。では演習場に」

「わかった」

 そろそろ、この物語をはじめよう。材料は揃いつつある。



 ルーデル機関オルタネイティヴ支部は7基の大型エレベーターが六角形に配置され、その周囲に研究施設が存在する。中央の0番エレベータが最大で、六角形のエレベータの一辺が500m、対角線が1kmある。唯一最下層から地上までを繋ぐエレベータで、他6基は島の外周より外、つまり海底より下に配置されている。

『演習開始』

 その最下層、ジオフロントのように広大なエリアが演習場だ。7基のエレベータを囲むドーナツ状の空間。ところどころに柱はあるが、OIGAMI程度なら500発は打ち込まないと折れないし、たとえ一本が折れたとしてもこの空間が崩落するわけでもない。自己修復能力を持つ機械生命体とでも言うべきか。この空間は一種の生物だ。

「カスタマイズド試作とデストロイヤー、どちらが強いか」

『負けません』

 デストロイヤーにエイダが、AMS負荷軽減プログラムインストールド試作クラッシャーに私が乗っている。有澤機だと実弾演習で完膚無きまで破壊してもパイロットは生き残るから全力が出せる。一回ソブレロで出撃したことがあるが、ネオニダスに文字通り消滅させられた。初代アリサワクラッシャーで再出撃したが、今度は原型を留め中身も無事だった。三度目はアクアビットマンGで報復したが。

「む……なかなか……動かしやすくなってはいる」

『そうでしょ?』

『動きがスムーズですね。ロックしにくいです』

 グレネードは直撃させずとも、被害範囲内に目標を含めればいい。私はFCSを切っている。直撃の威力は恐ろしいが。

「く……そう言う割には当ててくるじゃないか」

『私がFCSですから』

「なるほど。私の行動はお見通しということか」

『ランナーの行動は複雑怪奇ですが、一度パターンにはまると後は予測できますので』

「そうか」

『あ、母さん。ダメージはどう? 負荷は?』

「ん? ああ、AMS負荷はほとんどないな。これなら粗製でも楽に戦えると思うぞ」

 ローディー先生に朗報だな。

『よかった! じゃあ次、ARシステムいくよ』

 世界の色が変わる。時の刻みが遅くなる。
 サイトをゆっくりデストロイヤーに向ける。動きの先を読む。偏差射撃。

『甘いです。私は戦闘AIですよ。低速なグレネードなど、発射されてからでも避けられはうっ』

 避けた先に撃ってやることも可能。多少は忙しくなるが疑似的に4門同時制御も可能。エイダが逃げる場所を予想して、その予想で最もとるべきであろう回避方向上位3位に向けグレネードを放った。
 動きが遅くなったところに追い打ちをかける。

『あうっ、あうっ、あうっ』

『損傷、90……アリサワデストロイヤーの撃破を確認』

「凄まじいな……これで狙撃用偏差射撃プログラムがあればどんな激戦でも落ち着いて狙撃ができる」

 こういったことがあるから、子供たちの発想はそのほぼ全てを検討している。中には「ママが全力全壊でセレスタルストライカーすればすぐ終わるじゃん」などという意見もあるが、この世界で魔法攻撃は禁止と理使いは言っていた。
 敵に魔法を脅威と知られると、対策をとられる可能性がある。あるいは魔法という力を敵が手にする可能性もある。『理』でどうにかできないか訊いたが、どうもこの世界の『理』は厄介らしく、書き換えるのが面倒らしい。

『痛いです』

「だが致命的ではないだろう?」

『はい。問題ありません。乗り換えればまたすぐに戦えます』

 有澤重工の凄いところ。馬鹿みたいに堅い、修理が楽、生存性。中でも生存性は最も重視すべきだ。特に、この世界では。

『次は実戦試験ですね』

「単独・無補給で被撃墜までどれだけもつか……」

『VOBで現場まで行くから、消耗はしないと思うよ?』

『燃料の限界はありませんから、最悪、格納に月光を搭載すればよいかと』

 EN回復・キャパシタ容量共に狂った値を出しているGAN01-SS-G改。これならば月光をズバズバ使ってもEN切れは起こさないだろう。

「格納グレの火力が、どうもな……」

『格納グレは脚部上部に固定すればよいかと』

「デストロイヤー2はそうしてくれ」

 どうやら、正規ネクストもどき第一号はアリサワデストロイヤー2になりそうだ。

「これほどの完成度なら、もう外に出してもいいだろう。どうだエイダ?」

『若干焦りすぎだとは思いますが、有澤ネクストもどきは出撃しても問題ないかと思われます』

「ならば始めよう。実戦試験とデモンストレーションを兼ねて」

 全てを焼き尽くす。さあ出撃しよう。



[21785] Muv-Luv Destroyal 02
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/11/23 14:58
『チェック完了。異常は見られません』

『システムにも異常はありません』

『パーフェクトだよ母さん』

「Gut。では出るとするか」

『では』
『みんなー! ママの出撃だよー!』
『まま待ってよ!』

 慌ただしく子供達が0番エレベータに集まってくる。VOBカタパルトからかなり離れている。OPムービーよりサイズの巨大なものだ。無論、コジマロケットでなく水素ロケットだ。勝利の代償に世界を汚染するわけにはいかない。

『Goodluck!!』

「ありがとう」

 カタパルトの一部からトランスの震える音が漏れる。トランスで得た超高電圧をDCに変換しキャパシタに溜め込み、一気に解放するのがリニアカタパルト、レールキャノンと同じ原理だ。
 脚に何かが引っ掛かる感触。子供達は既に地下に引っ込んだ。

『カウントダウン。25』

 VOB本体への水素供給がそろそろ終わる。

『15』

 最後まで作業をしていた私が退避溝に逃げる。

『10、9、8、7、6、5……』

『ムチャシヤガッテ……』

「まだ早い」

 エイダが縁起でもない冗談をかます。

『3、2、1、ランチ!』
「アリサワデストロイヤーⅡ、出撃!」

 レールキャノンの弾になったようなものだ。爆発的な力が有澤の巨体を弾き飛ばし、あっというまに音速を超え、VOBが点火する。まるでリニアランチャーで発射されたミサイルだ。弾頭はグレネード満載のアリサワデストロイヤーⅡ。

「エイダ! Speedをかけろ!」

『Ja!!』

「I would tell about speed for you!!」
『I would tell about speed for you!!』
「I would tell about speed for you!!」
『I would tell about speed, for you!!』

 普通に音速を超え、太平洋をカッ飛んでいる。
 最初のGでこの個体のタガも吹き飛んでしまったのか、エイダと一緒になってハイテンションに歌を叫ぶ。『スピードってモンを教えてやんよ!』と。

「Let's parrrrrrryyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyy!!」
『Let's parrrrrrryyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyy!!』

 日本が見えた。横浜上空をあっさりスルーして、新潟に向かう。

『VOB、使用限界。パージします』

「了解」

 戦闘をしていた帝国軍の上空を飛び越え、BETAの真っ只中に降臨する。レーザーなど遥か手前から飛んできたが、すべて避けてきた。そうでなければここにはいられない。
 今までの馬鹿テンションが一気に鳴りを潜める。代わりに別のテンションがウナギのぼりだ。クールに、破壊の意思を。

「All weapons free. Open fire」

『ハハ、壊れろ! 壊れろ!』

 OGOTOを展開させる。
 エイダが勝手に肩RAIDENを動かす。All weapons freeとは言ったが、まあいいか。というか、それはエイダのセリフじゃない。
 このアリサワデストロイヤーⅡは、GA腕の肩に無理矢理RAIDENをくっつけ肩武器扱いにし火力を更に上げた代物だ。夢の6門同時発砲ができるが、さすがに反動硬直が発生する。発砲と同時にQBで無理矢理横に逃げたりすることも考える必要があるが、よほどのことか、あるいはデモンストレーションでもない限りそんなことはしない。スパロボではないのだ。
 エイダのRAIDENの威力範囲に被らないように、BETAの群にOGOTOを叩き込む。少しおかしい気がしないでもない。何故私が戦闘AIに合わせているのだろうか。主従反転も甚だしい。

『敵総数、6万前後。なおも上陸中』

「レーザーは?」

『7千といったところでしょうか』

「多いのか少ないのか……判断に困るな」

『キルカウント1万を突破』

 有澤グレネードの神髄。一網打尽に爆風に巻き込み全てを焼き尽す。装甲で固められたGAのノーマルをまとめて吹き飛ばすどころか、PA越しにネクストに大ダメージを与えることすらできるのだ、生物的軟弱さを持つBETAなど威力範囲内にいればまとめて綺麗に殲滅できる。開戦数分にして1万キルが早すぎる、ということはない。もっとも、非常識な威力を持つ有澤グレだからこその戦果だが。

「エイダ、レーザーどもを優先して吹き飛ばせ」

『Ja。あの醜い顔をフッ飛ばしてやります』

 弾速の遅いグレネードは撃墜される可能性がある。アンサラーはライフルからレールガンの弾一発に至るまで撃ち落とす変態レーザーを持っていたが、この世界のレーザーどもはどうだろうか。少なくとも普通にライフルや砲で撃破できていた記憶がある。下手をすれば普通にグレネードを迎撃されるかもしれないが、アンサラーを思い出せばあっさりと解決する。

 迎撃できない近距離で叩き込めばいい。

 ガチタンとはいえネクスト、俊敏性はこの世界では冗談とも思えるレベルだ。彼らからすれば、レーザーを『見てから回避する』のが当たり前な、異常な世界からの来訪者だ。ついでにいうと、宇宙から照射される高出力レーザーの照射地点を早期警戒機で予測できるトンデモ技術も存在する。

「さすがにウスティオのレーザー予測システムは優秀だな。マクミランかもしれないが」

『ガチタンでかすりもしないのはおかしい気もします』

「ゲームでの話だが、ガチタンを極めたものにはロックと運動性能を極限まで高めた超機動機を相手にほとんど被弾しないそうだ。地形を利用し巧みにロックから逃げ回り、攻撃タイミングを見計らいFCSの偏差射撃を利用して明後日の方向に撃たせる。カーパルスで囲まれながらもノーロックグレを直撃させたりと、まあ、まさにお前の機動はおかしいというべき見本だった」

『立ち回りによる、ということですか』

「ああ。まあ対処法は幾つかあるんだがな。ノーロックで敵の動きを予測してグレに巻き込む、スプレッドミサを打ち込む、ハンミサの雨に誘いこむ。あとは……確実なのはノーロックブレード、とっつくだな」

 戦闘中にしては暢気な会話だ。あまりにハイスペックにしすぎたせいか、一切の危機感を感じられない。
 通常ブーストでのろのろとレーザー属種の群に近づいていく。レーザー予測システムが警報を鳴らせば、エイダが勝手にQBで避ける。最初から最後まで大地に降り立つことはないというのに、むしろこの戦場にいるレーザーども全ての的になるほどの高度を常に保っているというのに。

『警戒。要塞級の尾です』

「死ぬまで叩き込んでやれ」

 エイダの目標がレーザー群から幾つかいる要塞級に変わる。代わりに私はレーザー属種を狩る。

『制空権があるだけでこれほど一方的に駆逐できるとは』

「だから武は空を飛ぼうとしたんだろう? 現代戦とて航空支援は有効な攻撃手段だしな」

『機首と同軸アヴェンジャー?』

「Yes、アヴェンジャー。……私は大切なことを忘れていたようだ」

『大体予想はつきますが。何を?』

「ヴァオーも驚くガトリングシンフォニーを奏でる機体を造る。アレサでもグレートウォールでもいい、とにかく七砲身の美学を私は忘れていた」

『予想の斜め上でしたね。てっきりネクストA-10を造るのかと』

「A-10はこの世界に存在している。だがルーデルの名を持つものとしては、より良いA-10を造らなくては」

 この世界に閣下は存在しなかったらしい。C型に改修されてもアメリカではほとんど使われなかった。母国ドイツにて大活躍しているようだが、閣下の魂なきA-10にどれほどの価値があろうか。地上を這う者に等しく30mmの洗礼と死を与えるのがシュトゥーカの後継として成すべき役割ではなかったのか。

『子供達に案を、早いですね、もう通達するとは』

「息子達が狂喜乱舞しているが……教育を誤ったか?」

 閣下に関しては染まってしまわないよう積極的に教えたりはしなかったのだが。

『男の子ですから。強く誇り高い存在には憧れるものです。ランナーの親のようなものですし、調べれば情報は簡単に手に入るかと思われます。ちなみにエスコンとアーマードコアは私が布教しました』

「おまえの仕業か」

 「ウォートホッグは俺の嫁!」「シュトゥーカは私の母!」などというから何かと思えば……
 義務を果たさなければ娯楽は提供されないシステムがあるからニートとかの問題はないし、適材適所で無理はさせてないからやる気はあるし……
 そういえば娯楽は地球からそのまま輸入していたんだったか。ネットは地球にもミッドにも繋がっている。地球のアニメ・ゲーム業界がかなり発展していたがもしや……いやAmasonがガイアに配達に……いやまさか……

「っく」

『どうかしましたか?』

「いや、今この個体で考えるべきではないことをな……」

 今はアリサワデストロイヤーⅡの中。さっきの思考を別の個体に回す。

「……全てが静かに、まるで死んだように見えるのは気のせいか?」

『ちょっと暴れすぎましたね。上陸してくる敵の存在は無し。私のキルカウントは5万1287、ランナーのキルカウントは3万6444です。最初はランナーに負けていましたが、ランナーがうわの空になってからはやりたい放題させていただきました』

「まあ……いいか。結果は成功か」

 BETAが密集している場所に適当にグレを叩き込んでいた記憶はある。余計なことを考えていたからか? らしくない、珍しいミスだ。
 エイダにも機体の制御権を与えたのはいいが、この結果は予測できなかった。ガーデルマンが後部機銃で戦車をより多く破壊したような、そんな違和感を感じる。いっそエイダだけ乗せて出撃させてみようか。
 アリサワデストロイヤーⅡの腕には月光。RAIDENもOGOTOもNUKABIRAも全弾撃ち尽くして残敵掃討も終了しているのか? いや、後方ではまだ戦闘が続いている。が。

「助けに行く必要が感じられないな」

『圧倒的ではないですか、彼の軍は』

 帝国軍は爆撃を逃れた3000ほどのBETA、ほとんどが小型種の掃討を始めていた。よほどヘマをしない限りこの戦闘は負けはしないだろう。連携などできない私が出ていくと、逆に混乱させそうだ。

「オブジェクティヴコンプリートか。RTB」

 絡まれないうちに帰るとする。

『お疲れさまです』

 OBを吹かす。やはりこれもプラズマ化したコジマ粒子ではなく液体水素を使う、機体の安全性からするとどっちも危険性はそう変わらない。推進力は若干見劣りする。プラズマ化したコジマ粒子は熱分解されて一応無害にはなるが、アルギュロスOBみたくコジマが多すぎてプラズマ化しきれず粒子をばらまくようなことがあっては困る。それに、人類はコジマの魅力に堪え切れないだろう。故のコジマレスジェネレータの開発だったが――――

「結局はコジマブースターか水素ブースターかの違いに過ぎんか」

 ネクストのジェネレータには燃料電池とキャパシタ、そしてコジマ粒子発生機構で構築される。コジマレスジェネレータはコジマ粒子発生機構を除して、超高密度水素吸蔵合金に置き換えただけ。実質、ノーマルのジェネレータを格段に強化したものとそんなに変わらない。
 結局はGAN01-SS-G改は暫定的なものでしかない。発電機構を4th Energy反応炉にして水素を全てブースター燃料にしてしまえれば、戦闘可能時間は更に増える――――

「ダメだ、リフレッシュが必要だ……AMSの影響か?」

 負荷が軽くなっただけで軽度の精神汚染はあるのかもしれない。それでも普通のネクストよりかは遥かにマシだが。

「エイダ、後は任せた」

『……Ja』



アリサワデストロイヤーⅡ

HEAD:KIRITUMI-H
CORE:GAN01-SS-C
ARMS:GAN01-SS-A
LEGS:RAIDEN-L++
FCS:OMNIA
GENERATER:GAN01-SS-G改

BOOSTER
MAIN:-
BACK:-
SIDE:GAN01-SS-S.CG改
OVERED:GAN02-NSS-O.CG改

WEAPON
LARM:NUKABIRA
RARM:NUKABIRA
LBACK:OGOTO
RBACK:OGOTO
SWEP:RAIDEN-A
LHANGER:MOONLIGHT
RHANGER:MOONLIGHT
LHANGER+:NUKABIRA
RHANGER+:NUKABIRA



[21785] Muv-Luv Destroyal 03
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/11/28 08:41
 あの、『有澤重工』と誇らしげに描かれたエンブレムの戦術機の姿が頭から離れない。
 あんな、見るからに鈍重そうで真っ先にBETAの餌食になりそうな存在が、見かけからは想像できない速度で私達の頭上を飛び越え、ずっと空を飛びながら、BETAの光線のことごとくを避けながら、BETAの群を吹き飛ばしていった。
 あの機体の背と腕と肩の砲が一発撃つ度に、レーダーのBETA反応が円形にごっそりと消える。

『隊長! あの機体はなんなんですか!? 友軍?』

『そこの所属不明機! 所属と姓名、階級を告げよ!』

 そんな通信があちこちから聞こえてきた。しかし帰ってくるのは英語の歌だけ。I would tell about Speed for you、『お前に速さを教えてやろうか』という意味だったか。通信を繋げばいつでもずっと繰り返していた。無機質で、機械のような声。でも不快じゃなかった。
 気づけばそこら中にいたはずのBETAが奴に食われていた。レーダーは、私達の正面以外に敵はいないと示していた。レーザー属種なんか真っ先に蒸発していた。残っているのは少ない邀撃級と小型種くらいだ。
 幻でも見ている気分だった。この状況で死人が出ることはまずあり得ない。武装も推進剤も有り余っている。どんなに贅沢に使ったとしても弾切れや推進剤切れはあり得ないだろう。むしろ余る。
 そんな状態の帝国軍を後目に奴は、今度は戦術機でさえ追いつけない速度で来た方向へと去っていった。横浜の方へ。
 国連の新型? まさか。
 あれは存在の根本が違う。戦術機とコンセプトが全く違う。あの形からそうは見えなかったが、あれは空を飛ぶことを前提に造られている?
 そもそも、人間が乗っていたのか?
 前後左右に独特な音を奏でながら舞うあの姿。中に人間がいたらミンチを通り越して液状化するんじゃないだろうか?
 無線で遠隔操作でもしているのか? もしかしたら、あの歌が信号?
 あれに対する興味は尽きない。あれが在れば、人類はこうも数を減らさなかったはずだ。
 そういえば、上層部は奴の行方を必死で追っているらしい。捕まえたら二階級昇進も夢ではないとか。それはつまり死ぬ確率が高いということ?
 あまり奴には関わらない方がいいかもしれない。



――――とある帝国衛士の日記より



 フランツィスカのカノンフォーゲル。少しだけ、名前に引かれた。しかし急降下爆撃も装甲目標に対する一撃必殺な威力も存在しない。

『それで、完成したのがこれですか』

「オーギルをベースに、OIGAMIを搭載。後部機銃はMR-R102二丁で再現。機体名はシュトゥーカ」
「そしてこっちがOIGAMIをOGOTO二門に換装しただけのカノーネンフォーゲル」
「更に発展させ、雷電の全てをガトリングにした究極のトリガーハッピー。格納には10ほどドラムマガジンを装備しているし、外部ハンガーには予備まである。総弾数13480発のバケモノだ。ウォートホッグと名付けた。正面装甲をエクスキャリバーごときでは抜けない程度に強化したからいくら撃たれても沈むことはない。脚部ブースターを強化しツインジェネレータにした結果アリサワデストロイヤーⅡと同程度の機動力を実現できた」

『どこまで精神汚染が進んでいるのかわからなくなりました。特に最後のは、力の入れ方と方向が違うような気がしてなりません』

 私とエイダの前にはネクストが三機。それぞれ私が説明した通りの代物だ。我ながら馬鹿だとは思うが、趣味とはそういうものだ。閣下とて、ソ連嫌い・病院嫌い・ただの趣味という理由で出撃していたのだ。

「そう言うな。なら、次の出撃で証明しよう。フォースエナジーがもうそろそろ実用段階だと聞いたが」

『あり得ない速さで開発が進んでいます。テストパイロットの生存性を無視していいからか……』

「私ならいくら死んでも構わないからな。こういったことに消耗品の躯というものは便利だ」

 まったく、便利な存在だ、『エルテ・ルーデル』とは。この存在だけで開発が通常の数倍速くなっている。優秀なパイロットでありリンクスでありデータロガーでありデータベースであり――――

『……えい』

 エイダがおそらく全力での手刀を私の頭に落とそうとした。1m^3の鉄塊を破断させる威力があるアンチタンクボディの手刀だ。無論、私は避ける。

「……なんだ?」

『なんとなく。腹が立ちました』

 なんとなく、理由はわかるが。

『フォースエナジーは半月ほどで完成するでしょう。AC用にするには多少課題は残りますが』

 何もなかったかのように元の話題に戻る。以心伝心とは言わないが、何も言わなくてもある程度は意思疎通ができる。恐らくエイダは『忘れてくれ』とでも思っているのだろう。

「ECMDS(ECM防御システム)は完成しているだろう? ファルケンに乗せてみようか」

『戦術機ですか? 戦闘機ですか?』

「戦闘機だ。VOBをつけてみるか」

 戦闘空域まではVOB、戦って――――帰ってこれないな、航続距離的に。
 あの異次元ウェポンベイのおかげでいくらミサイル使っても重量は変わらないし、場所にもよるが――――

『無駄です。無理です。無謀です』

 エイダにこれでもかと否定される。

「理解しているよ」

 そもそもECMDS、この技術はこの世界の常識を根底から覆して更にひっくり返すような代物だ。
 ミサイル、機関砲弾、そしてレーザーすら明後日の方向へねじ曲げるのだ。ラザフォードフィールドなど無駄と言わんばかりの性能。私にコジマレスネクストの開発を決意させた技術だ。エアインテークのないACでは文字通り完璧な防御となるだろう。
 欠点はコストだけだ。

『ECMDSの問題ですが』

「人類には過ぎた力だな」

 ECMDSの配備で問題になるのは技術とコストだ。もしECMDSに関する資料をそっくりそのまま人類に与えれば技術の問題は消滅する。残りはコストだ。最も富める国が鉄壁の兵団を作るだろう。
 誰だって大統領やナインボール=セラフになれる。金と資源さえあれば、そんなフィクションのような兵器が量産できるのだ。

「まぁ、世には出さないさ」

『ランナーは子供達に甘すぎます』

「自覚はしている。だが、変える気はない」

『そんなに失うのが恐ろしいのですか?』

「……ああ」

 言われるまでもない。私は強欲なのだ。そして同時に、臆病なのだ。

「それが寿命なら仕方ない。理に逆らえば揺り返しで逆に傷つけてしまう。でも避けられるなら、それが運命なら、私は断じて抗おう」

 運命の理は、ただの人でさえねじ曲げることができるのだから

「いつも、そうだったろう?」

『そうですね。いつも通りです。過ぎたことを――――』

「待った、謝るな。時々でいいから思い出させてくれ。忘れないように」

『Ja。まったく、私がいないとランナーはダメダメですね』

「……やれやれ」



「ママ! 真緋蜂改でユーラシアと太陽系を蹂躙すれば――――」
「メタトロンがけっこうあったよね? OFを開発――――」
「ナインボール・ネクストを量産すれば一挙解決――――」
「エクスキャリバーの建造準備とSOLGの再設計が完了しました。許可を――――」

「BETAの駆逐はこの世界の人類の手で成すべきことだ。我々ルーデル機関はその手伝いをするに過ぎない」

 中二病患者の子供達数名が蹂躙計画を提出しに私に殺到する。計画や作戦の決定権は全て私にある。ガイアはある意味で究極の独裁国家だ。
 そういえば、今まで機関のこの世界でのスタンスを明示していなかった。この際しっかりと伝えよう。

「総員、聞け」

 手が離せないもの以外は作業を止め、私の言葉に耳を傾ける。手が離せないものは作業を続けながらも若干の意識を私に向ける。

「この世界での目標と我々ルーデル機関の立場を明言していなかった。明確な目標がなくては迷走することもあるだろう。何をすればいいのかわからなくなることもあるだろう。ゆえに、今、明確にしておく」

 子供達がほぼ全員、直立不動で私を見ていた。軍事教練はした覚えはない。エイダの仕業か、子供達が独自で身につけたものか。ガイアとてあらゆる場所に私がいるわけではない。子供達の居住区画やその周囲には、私はほとんど存在しない。常に親がそばにいるというのも息苦しいだろう。私を恩人としては見るが、親と認めない子もいる。エルテ・ルーデルの完全不干渉地帯が存在するのだ、そこで戦闘訓練や軍事演習が行われていたとしても、私は私がそれを知ることを許さない。

「この世界での暫定目的はこの世界の人類の手で地球圏の奪還、安全を確保すること。ルーデル機関の立場はこの世界の人類に対する支援と協力、及び介入だ。ただし、ルーデル機関オルタネイティヴ支部の安全を脅かす存在に対してはあらゆる方法を以て排除することを許可する」

 私がヘマをすれば各国、特にアメリカは確実にこの島を襲撃するだろう。そうだな、「一組織が所有するには、その軍事力は巨大すぎる」とかいって技術者を含めた島の明け渡しを要求して、拒否されたら攻め込んでくる――――そんな未来が鮮明に想像できる。
 いくら資源に余裕があり軍事力的に世界最強の国家であったとしても、有澤の極みやUSEAの超兵器で相手にすれば、たとえ物量にものを言わせようとも壊滅させることが可能だ。事実、国家解体戦争は成し遂げられ、USEAでは、あの超エースさえいなければ、あれらの戦争はまったく逆の結果となっていただろう。

「所詮は国家だ。しかし侮らず、何事にも慎重に、全力を以て相手をしよう。我々とこの世界、お互いの幸せのために。以上だ」

 言い終えると、合図もなしに一斉に敬礼された。私は答礼をし、私の作業に戻る。子供達もばらばらと作業に戻った。

「エイダ、どう思う?」

『私が教えました』

 おまえが元凶か。
 とはいえ、これで機関のスタンスは確定した。そろそろ『おとぎばなし』介入の準備を始めるとするか。



[21785] Muv-Luv Destroyal 04 《NEW》
Name: ADFX-01 G-2◆a9671369 ID:7eba6c4f
Date: 2010/11/28 08:27
 まだ三月上旬。桜は咲く気配を見せはしない。この桜並木はA-01で戦死した兵士の墓標のようなものだったか。ここで誰かに過去形で想われる者を減らすためにも、計画は成功させる必要がある。
 この世界で最も会うことがたやすいのは国連軍横浜基地の香月夕呼副司令だ。この世界に関してある程度の知識さえあれば、門にいる警備兵二人にあるキーワードを言えば面会は叶う。

「香月副司令にこのメモの内容を伝えてもらえないか? 機密ゆえに、今は私の所属や階級は言うことができないが、副司令にはそのメモで伝わるはずだ」

 因果律、ALT4、セレン・ヘイズ、有澤重工、アナザーワールド、00、FebraryUnknown、ブレイン、量子論などと、さまざまなものを匂わせる単語を書き連ねたメモを東洋系の警備兵に渡す。

「怪しいが……わかった、伝えよう」

「それまで妙なことはするなよ?」

 緩んでいるとはいえ、一応軍人だ。常に片方のアサルトライフルの銃口は私を向いていた。
 今は東洋系の警備兵が連絡に行っているため、ここにいるのは黒人の警備兵だ。

「日陰はあるか? 日に弱くてな……」

 この個体は不良品で、アルビノだ。黒コートはいつも通り、しかし色素のない白い肌と紅の眼は太陽を嫌い、黒い日傘を常にこの手に持っている。理使いが大事にしている古い蝙蝠傘のコピーらしい。つくづく、この個体は闇人に思えてならない。

「そこの影でおとなしくしていろ」

「ああ。ありがとう」

「う……」

 ? 照れているのか?



 連絡に行っていた警備兵が戻ってきた。

「動くな」

「どうしたんだ?」

「即刻拘束しろと命令が下った。手錠を」

「あ、ああ……おとなしくしてくれよ」

 やはりそうきたか。

「拘束はいいが、傘を頼む。日に弱くてな」

 たとえ傘だろうと、長物は武器になる。拘束する相手に持たせるべきものではない。
 両手を出しておとなしくする。一瞬、グラハルト・ミルズの脱走シーンが脳裏に浮かんだが、気のせいにしておく。

「よし、ついてこい」

 ちゃんと傘はさしてくれた。

「こいつか」

「ああ。後は頼んだ」

 門をくぐり、憲兵に引き渡される。

「なんだ? 傘?」

「日光に弱いらしい。一応遮光してやってくれ」

「了解した」

 引き継ぎはつつがなく終わり、私は日に灼かれることはなかった。



 身体検査も終わり、無事営倉に放り込まれた。
 後は待つだけだ。

「I'm thinker, I could break it down」

 周囲に熱源や動態反応はない。看守もいない。歌いたい放題だ。
 逃げられるとは思っていないらしい。持ち物は傘と30mmのペンダントだけ、服もコートも躯の隅々まで調べられたが何も出てこなければ、何もないと判断するしかないだろう。道具の一切がなければ、牢など普通の人間が抜け出せるはずがないのだから。

「Agitate and jump out. Feel it in the will」

 暇を潰すにはこれに限る。

「The deep-sea fish loves you forever」

「いい声ね」

「お褒めに預かり光栄だ」

 結局、看守がいようがいまいが、待ち人が来ようが気にせず歌うのだが。話し掛けられるまですっと歌っていた。
 視線をやれば、香月夕呼とイリーナ・ピアティフがそこにいた。

「……あんた、何者?」

「そん……いや。何者と言われてもな。破壊神の器と名乗るべきか、いや、どうでもいいか」

 「そんなことはどうでもよろしい。それよりシャワーと食事を頼む」と、遺伝子が私に言わせようとした。

「はぁ?」

 眼が『おまえは何を言っているんだ?』と告げている。

「まずは自己紹介からといこうか。エルテ・シュネー・ルーデルだ。よろしく、香月夕呼」



 ピアティフが席を外すように言われその場を去ってから、香月夕呼の質問に私が答えるという形で会話は進んでいた。

「12月24日……それが本当だとして、それを証明できる?」

「現状では不可能だ。二月の圧勝で確実に未来が変わった。だが、よほどのことがない限り12月24日の悪夢は変わらない」

 BETAは有澤グレにあまりにも弱すぎた。予想外だった。ダメモトで、次の実戦テストでTLSで一気に薙ぎ払うことがほぼ確定していたのに、有澤グレだけで充分だという結果を出してしまった。
 だがオルタネイティヴ4の凍結は12月24日から変わることはない。理使いが言っていたから確実だろう。

「ふうん。それで?」

「未来のことは証明できない。故に別のことを以て信用だけは得たい」

「信用を得てどうするつもり?」

「状況は流動的だ。権力を持つ人間とのパイプが欲しかった。特に、この世界に存在するはずのない我々のような者には協力者が必要だった」

「協力ね……見返りは? 協力というからには対等な条件でないとね」

 さすがに交渉というものをよく理解している。

「戦力の提供を」

「戦力の提供? 間に合ってるわ」

「二月のBETA上陸の際に現れたアンノウン」

「!」

 食いつくか?

「私にはネーミングセンスがなくてね。有澤重工製のパーツを使っているからアリサワクラッシャーシリーズと呼んでいる。そろそろこの基地のレーダー圏内に入るころだ」

「はぁ?」

 警報が鳴りだした。



 夕呼が司令室に着いたとき、既にそこは慌ただしくなっていた。
 大型モニタに映し出されたレーダーで、幾つかの光点が移動している。五つの光点がまっすぐ、この横浜基地を目指して移動している。

「状況は?」

「アンノウンが極めて高速で接近中! 通信にも応答ありません!」

「このままでは470秒で横浜基地上空に到達します!」

「サイズと速度から二月のBETA上陸の際の同形機である可能性があります!」

「衛星からの映像、きます!」

 メインモニタに映し出されたのは、二月に確認されたロケット付の戦車のような、あるいは小型戦術機のようなものだった。普通に音速を超えて、爆発したように光っては急加速を繰り返す。

「目標は新潟、あるいは佐渡島であると予想されます!」

「違うわ。ここよ」

 既に司令の命令で防衛部隊が出撃していた。基地全域に戦術機が立っている。帝国のみならず、二月のアンノウンはどの国のどの軍も喉から手が出るほど欲しいものだった。

「副司令?」

「防衛部隊に命令を。なんとしてもあのアンノウンを撃墜しなさい」

 もしここにアンノウンを知る者がいれば、彼女にその無謀な命令を取り下げるよう進言しただろう。「横浜基地を焦土にするつもりか?」と。武装の100%が有澤グレネードなのだ。OIGAMI搭載機も存在する。追加弾装もある。横浜基地消滅後にBETAと遊びに行くこともできる火力だ。ブレードは後で補給ネクストが届けに行く。

――――不可能だと思うがね。ネクストの機動力では一方的過ぎる。いかに鈍重な雷電でも、戦術機ごときには遅れをとる理由が存在しない。

――――なんなら、こちらは一切の攻撃をしない。一機でも行動不能にすることができたら雷電の設計図を提供しよう。

 エルテの挑発が夕呼の頭をよぎる。
 制限時間は初弾が放たれてから一時間。それまでになんとしてもあの機体を叩き落とす。

「全機出撃よ。戦術機を動かせるなら訓練生も出しなさい。兵器使用自由」

「りょ、了解!」

 その命令は、アンノウンがどれほど脅威か司令室にいるものに勘違いさせるには充分だった。実際に脅威だが、今回は攻撃してこないことを彼らは知らない。

「アンノウン、ロケットを投棄! 減速しました――――加速しました! 先ほどより遅いものの時々音速を超えています!」

 通常サイズのVOBは、横浜の手前でパージされた。水素の残りカスが比較的小規模な爆発を起こし、アリサワクラッシャーを加速させた。

「いよいよね……」



「エイダ、気楽にいけ。失敗しても標準機の機体図面を渡すだけだ。ローリスクハイリターンといこう」

『Ja』

 複座にしてほしいと言うから何かと思えば、このジェフティボディで乗りたかったらしい。

「回避に専念するぞ。板野サーカスも驚くくらいにな」

『板野サーカス? 怒首領蜂大復活のヒバチくらいに――――』

「なるほど、だれでもクリアできるか」

『余裕です。たかが一時間、怒首領蜂大往生をクリアするよりちょろいです。重量オーバー雷電でフラジールをとっつくよりかは』

「なんであんなことをしようとしたのか自分でも不思議だったな」

『ゲームならまだしも、リアルでやるとは思いませんでした』

 上位ネクスト相手だと、避けるより当てる方が難しい。特に当時は中二や軽二が至上という風潮が流れており、ガチタングレオンの有澤は、まさに時代の流れから取り残されようとしていた。

「あれから世はガチタンに流れ出したな」

 オーダーマッチにてステイシスをOIGAMIとNUKABIRAの零距離同時砲撃で一撃の下に撃破した水没事件。それからガチタンを使おうとするリンクスは増えた。

『要は使い方次第ということです』

「使い方次第か……戦術機はどう使う?」

『作業用MTとして』

「ノーマル以下か。私としてはノーマルも大概使えないと思うぞ」

 AC3Pをやった限りでは。コジマとQBは偉大すぎることを知った。

『訓練の的として』

「おまえは戦術機になにか恨みでもあるのか」

『そろそろ接触です。ARシステム、Ready』

 ごまかされた。
 確かに、既に視認できている。敵火砲の射程内だ――――

『Run』

 ARシステムが勝手に起動する。時間が引き延ばされ、

《初弾を確認。カウント開始》

[[カウント開始。残り3599]]

 弾が飛来していた。QBで回避する。
 時間が元に戻る。

「パーティーの始まりだ」



 迎撃開始から5分が経過した。未だに砲弾はアンノウン――――ネクストをかすりすらしない。

『どうなってんだ!』
『当たらない! 当たらない!』
『避ける先を狙え!』

 入ってくる通信のことごとくが悲鳴を挙げている。
 幸いにして、攻撃はされないものの、それは戦術機が脅威ですらないということに他ならない。

「なぜ彼らは攻撃してこないのですかな、香月博士?」

 横浜基地司令パウル・ラダビノッドが夕呼に問う。

「恐らく、性能の誇示でしょう。彼女達は自分を売り込みに来たようですから」

「売り込み? それはどういうことですかな?」

「今、交渉人が営倉にいますわ。あと5分経ったら攻撃を中止させてください。私は彼女のところへ行ってきます」

「ふむ、了解した」

 夕呼は、これ以上の攻撃は砲弾の無駄と判断した。だが、せめて一発は当てたい。ゆえの5分間の延長だった。



 雪の名を冠するエルテは瞼を閉じ、簡易ベッドに腰かけて歌っていた。

「なんでいつも歌ってるのかしら?」

「こう見えて寂しがりやだからね。で、要件は?」

「負けたわ。確かにあれには戦術機は適わないわ」

「そう。ではどうする? 私としては独立愚連隊で世界から追われながら戦力を行使するのは避けたいのだが」

 営倉で、再び鉄格子越しに会話が始まる。

「認めたくないけど素晴らしい性能だわ。あれの設計図が手に入らなかったのは残念だけど」

「26機で世界中の国を相手に喧嘩を売って勝つくらいにはな」

「は?」

「私が以前存在した世界では、企業による新たな秩序の構築のための大規模クーデター、国家解体戦争により全ての政府が文字通り解体された」

「企業が国家を? なにそれ、ふざけてるの?」

 エルテがその言葉にわずかに動揺したが、暗い営倉で夕呼はそれに気づかなかった。

「ふざけてなどいないさ。食糧とエネルギー資源が尽き、政府の統治能力が軒並み低下すれば新たな秩序、新たな社会形態の構築で民衆の大多数が救われるなら、それは正しいことだとは思わないか? この世界とて、企業がBETAを駆逐できるというのなら大衆は確実にそっちに流れるだろうよ。愛国心など、苦しい生活をしていればあっさりと消え去るものだ。あの世界の歴史が証明している――――ふむ、諦めたか。まあ正解だな。一時間も弾薬の無駄を続けるわけにもいかないだろうしな」

「いちいち腹立たしいわね……え?」

 夕呼は気付く。この営倉にいて、どうして5分経った今、攻撃が終わったことを知ることができるのか。

「さて。交渉といこうか。私は香月夕呼の命令で出撃しなければならない。その代わり、横浜基地所属という立場を保証する。命令系統は私を経由するルートのみ。我々からの技術供与は……そうだな、クイックブースト機構を提供しよう。不満な点は?」

「完全に私の私兵部隊ってことね。でもいいの? 私の命令ってことは生還不可能な作戦にも放り込むってことだけど」

「構わない。所詮、私は消耗品に過ぎない。死んだら補充すればいい。それだけだ」

「そこまでして、何が目的なの?」

「目的か。この世界の人類の手による、BETAからの地球圏の奪還が依頼された案件だ」

「依頼って誰からよ?」

「依頼人が誰かは言えない。それに重要ではない」

「気になるわね……横浜基地所属はいいとして、命令はあんたを経由するルートだけ? どういうこと?」

「情報の秘匿。各国、特にアメリカは確実に、ネクストを手に入れるために行動を起こすだろう。出撃、あるいは補充や追加を我々の拠点に連絡した場合、電波などから位置が割れる可能性がある。私経由なら絶対に漏れようがない」

「なるほどね。ということは私にも拠点は教えてくれないということね」

「当然だ。ⅣがⅢの成果を接収したとはいえ、全てではない。現にスカーレット・ツインはロシアにいるし、ラングレーに社霞の姉妹がいたとしても何らの不思議はない」

「……ロシアが……」

 一瞬だが、夕呼はニヤリと笑った。ロシアがⅢの成果を隠し持っていたことがわかったのだ。

「最後に、クイックブーストって何?」

「水素をブースタに溜め爆発させることで、文字通り爆発的な推力を瞬間的ではあるが得ることができる技術だ。今回、回避にこれでもかというほど使ったはずだが――――」

 夕呼の顔が喜びに歪んだ。


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