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[24276] 美しい母親たち (チラシの裏より、文章訂正中)
Name: nene◆a25d624c ID:4e0df055
Date: 2010/11/28 11:13
「この子を私は育ててみせる! 貴様が私を捨てたこと未来永劫後悔するほどの逸材に育ててみせる! 」




 そう母親になった一人の吸血鬼は宣言し、それを見事に実現して見せた。この物語は本当にただそれだけの話だ。極めて単純な話。一人の女性が深い愛情を持って子供を育て、その子供が巣立っていく話だ。




 始まりは失恋と裏切り。





 ある吸血鬼がとても強い魔法使いに恋をした。一方通行な片思い。二人は長い紛争で荒廃した大地を旅し続けた。寄り添う恋人というよりも仲の良い悪友という表現が適切で、彼らの周りには徐々に仲間が増えてきた。どことなく、彼らは魅力的だったが故に。



 旅の途中に吸血鬼には息子ができた。身籠ることが本来できないはずの彼女に血の繋がった息子ができたのだ。その事実に彼女は歓喜した。



 涙を流し、生まれたばかりの息子を青空に向かって抱き上げ、ただ、喜びの涙を流した。



 それを魔法使いやその仲間は非常に冷めた目で見つめていた。何故なら、吸血鬼の息子は恐ろしい力を持って生まれてしまったからだ。何事にも動じず、大胆に、豪快に、優秀から世界最高の魔法使いになった青年ですら、嫌悪するような力を。



 その魔法使いは大概のことは気にしない器の大きさを持っていたが、それでも吸血鬼の息子の力を嫌悪した。何故なら、その力は彼が止めたいと願っている戦争を永続させる。それは彼が愛した王族の女性の死を意味する。戦争を永続させる効果のある力。そんなな能力を生まれ持った子供はどう生きればいいのだろう。


「ナギ! この子の父親になれ! 私と共にこの子の親に成れ! 一人の女としてお前を愛している! 」

 
 その時の吸血鬼の姿は美しいの一言に尽きるものだった。二十代半ばの外観を保ち、金色の絹の様な髪を腰まで流した姿は。誰もが息を飲むようなそんな光景だった。だが、その誘いを魔法使いは断った。


「ワリィ、俺はもう決めた女がいるんだよ」
「私を選んではくれないのか? 」
「無理だ。俺は姫さんを選ぶ。だから、そのガキをどうにかする」
「奪うというのか!? 私からこの子を!」


 淡白な拒絶。そして、魔法使いは吸血鬼の子供の能力を奪うと宣言した。方法は極めて単純。力の核となっている左目を潰すこと。眼球という人体の主要器官を潰す。


「ふざけるな! 血に狂ったか! 」
「赤ん坊の目を抉るなんて、やりたいわけねえだろうが! 」


 魔法使いとて友人の息子の身体の一部を奪うなどという行為をしたいはずがなかった。だが、その力を排除しなければ彼が愛する女性を救えないという事実がある以上、彼躊躇しない。するわけにはいかない。


 ここで吸血鬼は一つの取引を持ち出した。それは魔法使いが驚愕のあまり杖を落とし、仲間の数人が涙を流すほど壮絶な賭けであり、世界中にこれほどの愛を捧げることができる母親がどこにいるだろうかと思わざるを得ない内容。



 魔法使いは吸血鬼を選ばなかった。彼には他に愛する女性がいたが故に



 吸血鬼は息子を愛した。故に犠牲を払った。残酷な犠牲を。尊い犠牲を。



 まだ言葉を知らない無垢な赤ん坊はただ、母親の腕の中で安らかに眠っていた。




 母親によく似たブロンドの髪が風に揺れ、両目は閉ざされたままだった。



 最終的にお姫様を魔法使いが救い、結ばれた。後に行方不明となるが、彼は幸せで裕福な家庭を築いた。そんな絵に描いた様なハッピーエンド。吸血鬼は魔法使いに殺され、歴史から抹消された。



 少なくとも表向きは。




Will (意志)



 この子が強い意志を持てる子供でありますように。そんな願いを込めて吸血鬼は息子を



ウィル・A・K・マクダウェル


そう名付けた。


これはそんなマクダウェル家の優しくて、歪で、数奇な物語だ。



 無常で、吐いては捨てるほど人が生まれ、死ぬこの世界の中で、人間関係とは脆く、安く、薄い。それは覆しのない事実。だから、ごく稀に人が見せる愛情劇が尊く思える。



 人は生涯に一人しか愛せない。



 自分と後一人だけ。それ以外を選んで、切り捨てる。その結果が生み出した。一つの物語



[24276] 第一話  幼馴染
Name: nene◆a25d624c ID:4e0df055
Date: 2010/11/16 02:12




ウィル・A・K・マクダウェルの人柄を一言で表すなら『不可思議』である。





 基本的に礼儀正しく、温厚な人物であり、素行も良いのだが、時折誰も予想しないような突飛な行動をし、周囲を騒がす。また、団体行動中にいつの間にか居なくなっていたりする。

 外見もそれなりに目立つ。高校一年生でありながら180cm近い長身であり、耳の下まで伸ばしたブロンドの髪と蒼色の目、がっしりとした肩幅、リンクスを連想させる顔立ちと整った平均的なヨーロッパ男性の風貌をしている。日本国内にいればそれなりに際立つ外見だが、彼の幼馴染がその存在感を打ち消していた。



その幼馴染の名を『フェイト・アーウェルンクス』という。



 全体的に白いというのがフェイト・アーウェルンクスを表現するのに適切だ。だが、その心情は混沌としている。カオスという表現が的確に思える。無表情、知的、万能型、美形と女性に好かれる要素の全てを持ち合わせていると言っても過言ではない。


「フェイトさん。私と付き合ってください! 」
「申し訳ないけど僕にはもう心に決めた人がいるんだ」


 告白された場合、彼は必ずこのように辞退する。丁重に頭を下げて断る。無下にせず、手紙による場合一通ごとにきちんと返信を書く。


「フェイトさんの好きな人って誰なんですか? 」
「とても立派な女性で、僕が誰よりも尊敬している人」
「この学校の人ですか? 」
「違うよ」


 毎回同じやりとりに辟易しながらもウィルは無言で親友の背後に回り込んだ。そして、手にしていた椅子を振り被り、振り下ろした。しかし、その攻撃は余裕でかわされてしまう。戯れで双方同意の上なので特に誰も指摘しない。だた、あきれた視線を向けるだけだ。


「なあ、フェイト。頼むから諦めてくれ。親友として心からお願いする。さっきの子も十分可愛かったじゃないか。新しい恋を見つけてくれ。マジで!」
「無理だね」
「これで100回目ぐらいだろうけどさ、諦めろ!俺はお前をお義父さんと呼ぶことは無い!」
「別にお義父さんと呼んでほしいわけじゃない」
「じゃあ、諦めてくれ頼むから!」




 フェイト・アーウェルンクスが好きな女性の名はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルという。





「僕は初めて恋愛感情を知った。それを捨てることはできないよ」
「別に捨てなくていいから対象を変えて」
「君の妹さんは笑って許してくれたよ」
「冗談だと思ってるんだよ」
「僕は極めて真剣だよ」
「ああ、知ってる。だから、必死に説得してるんだよ」


 つまり、フェイト・アーウェルンクスは高校生でありながら熟女が好きなのであり、しかも、その意中の相手は幼馴染の母親である。


 決して違法というわけではないが、倫理的に問題があると事実は否定できない。


 フェイト・アーウェルンクスのこの常識外の思考がウィルの存在感を酷く薄くしている原因である。しかし、それでも二人は仲の良い親友である。知り合った当初能面の様に無表情だったフェイトがごく普通に微笑むことができるようになったのはウィルのお蔭であり、二人の間には強い絆がある。



 だが、それと自分の母親を恋愛対象とすることを許すかは話は別である。



 苦虫を潰したような顔でウィルは頭をガシガシと掻き、幼馴染と向き合った。毎回のことであり、慣れつつあるもののどうにかしないといけないことである。


「今まで告白してきた人の何が悪かった?」
「何も悪くない。皆それぞれいい人たちだったと思う」
「じゃあ、受け入れてあげろよ」
「中途半端な気持ちだと相手側に失礼だからね」
「母さんに関しては本気」
「何度も言ったよ本気だと」
「うちの妹じゃダメか?」
「彼女が魅力的な女性であることは認めるけど、僕が求める人じゃないよ」


 ウィルには四歳年下の刹那・A・K・マクダウェルという妹がおり、過去に一度雑誌のモデルに抜擢されたほどの美少女なのだが、残念ながらフェイトの恋愛対象とはならなかった。面識はあり、悪い関係ではないのだが所詮兄の友人止まりとなってしまった。


「母さん以外に誰かいない? 」
「いないね」


 そう断言する親友に姿にウィルはガックリと肩を落とした。その姿をクラスメート達は憐みの視線で見つめていた。このように、ウィル・A・K・マクダウェルは苦労人である。極端に運が悪いと言っても過言ではないだろう。しかし、彼には深い愛情を持って単身で育ててくれた母親が常に支えとなってくれている。


 子が親にできる親孝行の一つとして自分なりの幸せを見つけ、親がそれを見ることが挙げられる。


  故にウィル・A・K・マクダウェルは自分が幸せになることで産んでくれた母に恩を返したいと常々思い、そのために積極的に行動している。これはウィル・A・K・マクダウェルが幸せを追及する物語でもある。





 この物語のプロローグはここで一旦中断される。




慈愛深き母親は子供たちの成長を見送り、子供たちは己の幸せを試行錯誤しながら探して行く、その過程と結果の紐解きの始まり。




 そして、自分の母親に惚れている幼馴染にウィル・A・K・マクダウェルが振り回される話の始まりである。



[24276] 第二話 母の日常
Name: nene◆a25d624c ID:4e0df055
Date: 2010/11/27 20:32
 




 儚げなのに脆く見えない。





 その車いすの女性を表現するとそのような矛盾した結果になる。ごく一般的な鉄製の車いすに座っているその姿は白バラのように薄く、陶磁器のように簡単に壊せそうに見える。事実、その白い肌は常人よりも遥かに白く、時折、コホッコホッと苦しそうに咳をする姿を見れば彼女が病を抱えているのは一目瞭然だった。


年は三十代後半といったところだろう。立っていれば腰辺りまで届くであろう金髪は月光でも切り取ったのではないかと思うほどの艶を持ち、凛とした佇まいと抜群のプロポーションを誇るその姿は若い頃モデルだったのではないかと想像を掻き立てさせる。


しかし、そんな肉体美を若干損なうのが常時両目を覆っている白い包帯だった。外から確認することはできないが、そこにあった眼球はもうない。


エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは両目を失っている。両目だけでなく、誰もが吸血鬼の特性として連想する『不老不死』も失った。息子を救うために自分が持っていた大半のモノを対価に差し出した。故に能力のほぼ全てと身体機能の一部を失った。人間よりも早く肉体が劣化し、老いるようになった。若づくりであるため三十代後半程度にしか見えないが、中身はもうかなり限界に近づいていた。


吸血鬼でも人間でもない。ただ、人間よりも脆弱な生物とエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルはなった。たが、それは確固たる彼女の意思に基づくものだった。


自分が得たものと比較すればこんな対価は安すぎると微笑むことができる程度に。


息子に生きて欲しくて両目を差し出した。


足りなかったから、魔力を差し出した。


それでも足りなくて、不老性を差し出した。


まだ足りなくて、魂を削って息子に与えた。


そして、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは一児の母になった。


『力』を失った代わりに本当の家族と『残したい物』を手に入れた。


後に娘ができた。息子と違い、血は繋がっていないが紛れもなく自分の娘だと胸を張って言える。何も生み出せないはずの自分がこの世界に残せる確かなモノが二つもできた。それが何よりも幸せだとエヴァンジェリンは感じていた。



仮に自分の命が後数年で尽きるとしても。



車いすに腰を下ろしたままエヴァンジェリンは優雅にティーカップの中身を飲んでいた。視力を失ったが訓練により日常生活の一般的な行動は自力で行えるようになる人がいるように、彼女もまた訓練を通じて徐々に新たな生活に順応する術を身に着けつつあった。


子を守る母親は強い。今の彼女にこれ程適した表現もそうあるまいと、彼女の体面に座っている男性は眼鏡の奥で目を細めた。無精ひげと丸メガネとスーツがダンディズムを掻き立てる中年の男性だった。その口に火のついたタバコが咥えられていれば実に絵になる光景だっただろう。


「で、人の顔をジロジロと眺める時間は終わったのか、タカミチ? 」
「分かるのかい? 」
「なんとなくそんな気がした。子供たちの場合どんな表情をしているかまで分かる」
「へえ」


 タカミチと呼ばれた男性は微笑ましそうに頷いた。例え直接見ることは叶わなくとも彼女の心はいつだって子供たちのことを思い描いているのだろうと。


「率直に言うぞ。私はもうそろそろ限界だ。長くて3年だ」


 先ほどまでの和やかなお茶会の雰囲気は消え去り、瞬時に空気が重いものと変わった。しかし、エヴァンジェリンの口元は相変わらず儚げな微笑を保ったままだった。そして、テーブルに置かれていた複数の封筒を相手に差し出した。


「タカミチ。私に何かあったらコレを子供たちに」
「ああ、わかったよ」


 乾く喉を潤すためにカップの中身を飲み干そうと手を伸ばしたが指先が震え、掴むことができなかった。何故、彼女はこんなに落ち着いていられるのだろうと。疑問に思うよりも、どうして抵抗せずに緩やかな死を受け入れてしまうのかという憤りが先だった。


「怖くないのかい? 」


 故にこう問うた。気が付けば口が動いていた。


「怖いに決まってる。まだ、刹那の結婚式だって見てないんだぞ」


 自分の娘の花嫁姿でも想像したのか口元の笑みが深まった。


「姑の真似事もしてみたいし、孫も抱いてみたいし、まあ、挙げたらキリが無いな」


 楽しそうに両腕を広げ、指を折りながら数える。自分の子供と何がしたいか。


「だったら、どうして延命処置を受けない! 」
「落ち着けタカミチ」
「落ち着きたいよ! ああ、僕だっていつもみたいに冷静になりたいさ。でも、なんでだい? どうしていつも君なんだい? どうして、いつも、いつも、君が犠牲になる!? なんで!?」

 普段の冷静な表情はすっかり影を潜め、感情のままにテーブルを叩き、怒鳴る相手方に苦笑しつつ、エヴァンジェリンは両手を前に差し出し、手探りで頭部を探し出すと、まるで子供あやす様にポンポンとタカミチの頭を叩いた。


「もう延命処置は受けた。その結果が後3年程度らしい」


 あっさりとそう告げた。まるで今日の献立の内容でも話すかのように。


「まあ、ウィルと刹那がなんとかしてくれるらしいがな」
「はい?」


 唐突に余命を告げた後に何でもなかったかのように、エヴァンジェリンは子供たちの名を口にした。心底嬉しそうに。


「ウィルがな、小さい頃から医者になって私の目を直すのが夢だと言ってるのは前に話したな? あと、刹那の夢は小学校の先生か看護婦だ」
「ああ、聞いたよ20回ぐらい」
「だから、大丈夫だ。私ができる限り長生きすればあの子たちが何とかしくれる」
「そうかい」


 そこには恐れもなく、ただ待っているという感覚の響きで、空気は再び温かみを取り戻した。


「魔法なんて使えなくても、子育てくらいできるものさ。そうだろうタカミチ?」
「その通りだよ」
「さて、そろそろ子供たちが帰ってくるからな。御開きだ」
「わかった。また来るよ。それとコレを」


 分厚い茶色い封筒だけを残してタカミチは部屋を後にした。ああ、彼女は本当にきれいになったなという小さな呟きが彼の口から零れ落ちた。


「お帰り」
「ただいま。母さん」


 足音だけで息子の帰宅を察したエヴァンジェリンはいつものように手招きをするとウィルは大人しくそれに従い、彼女の横で頭を下げた。手探りで息子の顔に触れ、その形を確かめる。それから、安堵したように車いすを起用に動かし、室内に戻っていった。


 双方とも、そして、数時間後に帰宅する刹那も、この日常が長くないことを察していた。


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