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[18582] !!重要アンケート実施中!!【習作】BLEACH El fuego no se apaga.(破面オリ主)
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/11/28 17:18
前書きを一応


初投稿となります作者の更夜です
Arcadiaの数々の小説を読み自分も書いてみようと一念発起しました

この作品はBLEACHの二次創作となり破面オリ主モノです

基本的に原作に準拠した設定(単行本、wiki等利用)を目指しますが
初めての作品で矛盾点などあるかと思います
指摘していただければ、ある程度変更可能であればしていきたいと思います。

設定的に練りこまれていない部分から後付け設定が発生するかもしれません
(まぁこれは原作にも言えることなんですけどね)

独自設定、独自解釈があります
そういう設定厨が嫌いな方は注意が必要です

一応原作を知らない方にも読んで頂けるようにしたつもりですが足りないようでしたら申し訳ないです

主人公最強・・・・・・にはならないと思います(たぶん)

作者の想像力が低いため展開がテンプレとなっております

作品の都合上、主人公以外のオリキャラが少数ですが発生する可能性があります
オリキャラが跋扈する小説が嫌な方は注意が要るかもしれません(今現在は主人公のみです)

川原正敏先生著、「修羅の門」 「修羅の刻」が、業のみですがクロスしています。

2010.09.12より「にじファン」様へ二重投稿を始めています。

2010.09.27「にじファン」様投稿に伴い、微加筆、微修正を加えたものをコチラにもup(1~8話まで)

2010.09.28更に9~15話までをup




批判等も受け止め、今後の糧としていきますので感想書いていただければ幸いです。


初めて小説を書きました。誤字、脱字等多々出るかと思います、温かく見守っていただければ幸いです

それではBLEACH El fuego no se apaga.をお楽しみ下さい



[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 1(微改
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/09/27 22:24
BLEACH El fuego no se apaga.1










夜の闇が世界を覆い尽くしている


暗い暗い闇色の空、星の瞬き一つ無いその空にはまるで薄笑いを浮かべたような三日月だけが爛々と輝き、その空の黒に相反するような純白の砂で出来た荒涼とした砂漠だけがその世界を形成する全てだった。
黒と白のモノトーンだけで彩られ、それ以外が排除されてしまったような世界は何も無いがゆえに美しさすら感じる。
生命というものがまるで感じられない世界は生きた人間が住まう世界ではない、人間が住む世界を現世と呼ぶのならばこの世界はその反存在と言えるだろう。
その世界は落ちた魂の行き着く先、死して人から人ならざる化け物となり人の魂を喰らう異形、心を失いその胸に喪失の証たる孔を空け、その堕落した本性を白い髑髏の仮面で隠したもの。
『虚(ホロウ)』そう呼ばれる災厄の具現達が住まう永遠の夜の世界。


『虚園(ウェコムンド)』それがこの世界の名だ 


その虚園の漆黒の空を一直線に横切るものがある。
それは虚ではなく、かといって漂う雲でもなく、それは間違いなく人の形をしていた。
その人影が旋風の如く駆ける、そう、その人影は間違いなく『空を駆けている』のだ。
そこに本当は地面があるのではないかと思わせるほどしっかりとその足で空を踏みしめ、その足の一蹴りで前へと進む。
その一蹴りは爆発的な推進力となり、一歩、また一歩と人影が進む、それは空を駆けるというより、むしろ本当に空を飛んでいると思わせる姿だった。

その人影は女性の形をしていた。
その身体には白い衣を纏い、背中には幅の広い鞘に収まった刀のような物を背負い、金色の髪は風に翻り月の燐光を浴びて淡く輝き、腹部から胸の下半分までもが顕になった白い衣から覗く褐色の肌も皇かなものだった。
顔の下半分がその衣に隠されてはいるが、金色の睫に縁取られた翡翠色の瞳からは、凛とした強靭な意志が見て取れた。
総じて美しいと表現していいであろう成熟した女性の姿をした人影は、見た目とは裏腹にその実余りにも危険な存在であった。

それは現世に住まう人間にとっては言うまでも無く、そしてこの虚園に住まう虚にとっても同義だった。
彼女が悠々とこの夜空を駆けているのがその証拠と言えるだろう。
虚にとって人間とは捕食の対象でしかない、獅子が獲物を刈るが如く、絶対的な力を持って一方的に捕食する。
捕食する者とされる者、殺す側と殺される側、それは覆ることの無い摂理なのだろう。

しかし、おおよそ人の形―空を駆けている時点で普通ではない―をした彼女は殺されること無く夜空を駆ける。
では何故彼女が襲われないのか、何故殺されないのか、その答えは簡単だ。
絶対的な力を持ったものが捕食者、殺す側と定義するのならば、今この場所で最もそれに当てはまる存在はこの空を駆ける彼女なのだ。
それは見た目の話ではなく内側の話、人の形をしているがその中身は人とはかけ離れている存在。
此処は虚園、異形の化け物たちが跋扈する夜の世界、そう、それは彼女とて例外ではない、彼女も等しく虚と同じ化け物なのである。




その空を駆ける女性、名を『ティア・ハリベル』と言う。
彼女は人ではなかった、そして虚でもなかった。いや、そのどちらでもあったモノとも言えるのかも知れない。

『破面(アランカル)』それが今の彼女を表す言葉。
虚として自らの本性を隠すための仮面を剥ぎ取りその本性を晒し、自らの魂の限界を超える事で、更なる力を求めた異常なる集団。
それが破面である。




人の魂が墜ち虚が生まれる、そして生まれた虚の胸には例外なく穴が穿たれている。
それは魂が墜ちた際に失われた心だと言われ、虚はその喪失した心を埋めるために生きた人間の魂を喰らうのだ。
初めに最も親しかった者を、最も愛していた者の魂を喰らいそれでも足りずに手当たり次第人間の魂を欲するようになる。
しかし、そうして魂を喰らい続けても喪失した心を埋めることは出来ず、失った渇きだけが虚を支配する。
そしてその衝動が著しく強い虚は遂には同胞たる虚を喰らいはじめるのだ。
そうして同胞を殺し、喰らい、共食いを続けた虚は折り重なり、混ざり合って一体の巨大な虚へとその姿を孵る。
曰く『大虚(メノスグランデ)』

通常の虚の何倍もの体躯と何十倍もの霊力を持つ大虚には三つの位階が存在し、最も下の位階『最下級大虚(ギリアン)』全てが同じ外見、黒い外套に身を包んだ巨躯の大虚、多くの虚が混ざり合ったため、思考すらままならず、理性と呼べるものは無くただ本能のみで行動する赤子のようなものだ。
しかし、まれにその大虚の中に『個』を持った固体が存在した。
その固体は同じ最下級大虚を捕食し、力を増大させ、遂にはその上位存在へ姿を変える。
『中級大虚(アジューカス)』身体は最下級大虚より一回りほど小さく、個々に違う姿を持つ最下級大虚を統率する存在、そして彼らも更なる共食いを続け、その連鎖は更なる強大な存在へと昇華する。
それは『最上大虚(ヴァストローデ)』
殺戮と共食いの螺旋、その負の連鎖は下へ下へと続く螺旋連環、そしてその螺旋の先端から零れ落ちた、一滴の結晶とでもよべばいいのか、この広大な見果てぬ夜の世界虚園にも数体しか存在しないとされている、闇の結晶へと至るのだ。




彼女、ティア・ハリベルはかつて人であり、人として死を迎え虚としての生を受けた。
虚として生きた彼女は多くの魂と、また多くの同胞達を食み、大虚へと至った。
長い時間をかけ、最下級の証たる黒い外套を脱ぎ捨て、白い『鋼皮(イエロ)』に身を包んだ中級大虚へとその姿を変えた。
さらにさらに長い時間を掛け、肥大した肉体は洗練されるかのように小さくなり、遂にハリベルのその大きさは人間と変わらないまでに小さく、しかしその力は中級大虚とは比べ物にならないほど強大なものとなった。

そう、彼女は至ったのだ、『最上大虚』へと。


最上大虚へと至った彼女は同じメスの大虚を仲間とし、虚園で生きていた。
ハリベルは無闇に他の大虚を殺める事は無かった。
『誰かを殺める事で力を得ようとは思わん。犠牲を強いれば、いずれ自分達も犠牲を強いられる。』
そう考えたハリベルは、襲ってきた大虚は撃退し、それが逃げれば追わず、殺さず、喰らうこともしなかった。
ただ仲間とともに生きる時間、それはかけがえの無い時間、しかし、それは永遠には続かない幻の時。

突如として現れた異常な大虚、仮面が割れたその大虚は圧倒的な力を持ってハリベルの世界を破壊した。
その大虚は以前ハリベル達を襲い、撃退し逃がした大虚だった。
その大虚に成すすべなく敗れ、仲間は無残に大地に倒れ、ハリベル自身も満身創痍だった。
ハリベルは自分の考えを呪った、自分があんな考えを持たなければ仲間達をこんな目に合わせることは無かったと、悔やむハリベルに無情にも敵の終焉の一撃が迫る。
しかしその一撃はハリベルを捉えることは無かった。

ハリベルの目の前でその大虚は身体を両断され絶命していた。

驚くハリベル、自分が手も足も出なかった相手が一瞬にして殺された事実、それも驚きだが更に彼女を驚かせたのは、それを行った者達の姿だった。

その男達はこの常闇の世界である虚園にいるはずの無い存在だった。
人の形をしたそれは、現世に生きる人間ではなく、現世とも虚園とも違う第三の世界『整(プラス)』と呼ばれる善の霊魂、虚からして見れば餌としての価値しかないそれらが住む世界、名を『尸魂界(ソウルソサエティ)』
その世界を守護し整を襲う虚を打ち倒す者、現世の霊を導く魂の調停者『死神』それが彼女の前に現れたのだ。

本来居るはずの無いものがこの夜の砂漠に降り立っていた。
この虚園は居が跋扈する虚の世界、それ以外の者が侵入したのならばその存在はすぐさま駆逐され、白の砂漠に赤い染みを作るだろう。
しかし、その死神は彼女より少しだけ高い位置の砂丘から彼女を見下ろしていた。
その立ち姿からは虚に対する恐れや、自らが敵地とも呼べる場所の直中で、唯一人だけと言う危機にあると言う気配は微塵も無く、唯泰然とそこに立つのが当然の如く、彼女を見下ろしていた。
黒い着物の上に白のコートのようなものを羽織を纏ったその男、口元に浮かべた笑みが余裕から来るものか、それとも何らかの喜びから来るものかを推し量ることは、そのときの彼女には出来なかった。


彼女は見てしまったのだ、その男の瞳を――


この虚園の空、星は無く唯全てを呑み込んでしまうのではないかという深い闇色の空、この世で最も暗い色だと言えるそれよりも尚、男の双瞳は暗かった。
唯の一瞬目が合っただけでその暗い闇に囚われ、底無しの沼に沈み込むように這い出すことも、逃げることも叶わず唯深く深く沈んでしまいそうな錯覚。
初めて感じる根源的恐怖、暗く重く恐ろしいほどの闇、唯の死神が抱えるには大きすぎる闇、その男はそれを有していた。

「――もっと強い力が欲しいだろう?君の仲間たちのためにも――」


男は静かにハリベルに話し掛ける。
周りの音は消え、その男の言葉だけが周囲に響く。

「力を持てば仲間に犠牲を強いることも無くなる、それが君の理想のはずだよ。 理想の姿を目にしたいとは思わないかい?」

「何なんだ・・・・・・貴様は・・・・・・」


「あの大虚に力を与えた者だよ。我々と共に来るといい、君を理想の下へと導こう・・・・・・」


この男『藍染惣右介』との遭遇により、彼女ティア・ハリベルは大虚以上の力を得ることとなる。
それが破面化、虚としての魂の限界強度を突破し、死神へとその魂の存在を近づけ更なる力を得る術。
そして彼女は居の仮面を脱ぎ捨て、人間から化け物へと変わったその肉体を、再び人と同じ姿に変え、しかし人とも虚とも隔絶された力を手にした。




ハリベルは空を駆ける。
彼ら破面には藍染から一つの指令が出されていた、曰く『最上大虚を探し出せ』
この余りに広大な虚園の砂漠から、数体しか存在しないとされている最上大虚を探し出す
余りにも困難な指令、それでも彼ら破面はそれを実行しなくてはならない、藍染からの命である。
それだけで理由は十分なのだ、従わなければ待っているのは『死』
そう、彼らの殺生与奪はその全てが藍染の持つ圧倒的なまでの力によって握られているのだ。

しかし、本来これはハリベルが行う任務ではなかった。
ハリベルのように力を持つ破面は、本来このような探査任務にはつかず、藍染に従わない反乱分子の殲滅などが担当なのだ。
このような探索任務には下級の破面が行うのだが、その破面が何時までたっても戻らない。
その後何体かの破面を向かわせるもその全てが一体たりとも戻ることは無かった。
向かわせた破面はどれも最下級の出来そこないだったが、唯の大虚に遅れをとることはあり得ない。
同じ最下級大虚でも、破面化した者とそうでない者の間には、明確なまでの力の差が生まれるのだ。

そのこと如くが戻らない、離反したかあるいは殺されたか、前者ならばそれで良しハリベルクラスの破面から見れば、雑魚がいくらいなくなろうと問題ではない。しかし後者ならば話は変わってくる。
破面化した最下級大虚を退けるだけの力、それを持った者が居るという事になる。
少なくとも中級大虚、もしかすれば最上大虚が居る可能性もある、そうなれば下級の破面をいくら送った所で無意味だ、それゆえハリベルが探査任務に選ばれたのだ。

ハリベルが件の探査区域に指しかかると、小さな変化が起こった。
それは奇妙な光景だった。
永遠の夜の暗闇が支配する虚園にほんの少し明かりが見えるのだ。

「あれか・・・・・・」

ハリベルはそう一言呟くと、その明かりを目指してより一層速く空を駆ける。
その先に何があるのか、今は何一つ分からない。
しかし、ハリベルの眼は臆することなく、唯真っ直ぐにその光を見据えていた。







空を駆ける黄金の女性は出会う
それは世界には無い一色
本来あり得ないが故にそれは美しく
それ故に異質なるモノ
その邂逅が行き着く先は・・・・・・




※あとがき

この度は私の処女作を読んでいただきありがとうゴザイマス

・・・・・・全然話が進んでない、と言うか場面すら進んでいない、ほぼ説明で誰も喋ってない
実際どうなんでしょう?客観的に見たつもりではいるんですが、これでいいのかものすごく不安です
文量はどうなのか、行間や句読点は読みにくくないかとかもう自分じゃ分からんのです
あぁ、不安だ・・・・・・

感想頂ければ幸いです  by作者

2010.9.11内容一部変更



[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 2(微改
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/09/27 22:38
BLEACH El fuego no se apaga.2










辺りを照らす妖光、力強く佇むそれは炎だった。


それは炎の柱とでも言えばいいのか、太い炎の柱が轟々と燃え盛り10m程の高さでま聳え立っている。
明らかな異常、異質な光景にもハリベルは決して動揺しなかった。
白い砂と黒い空、それ以外無い虚園でこの燃え盛る紅い柱は、色彩と言う概念を失ったかのような世界に彩りを取り戻そうとしているかのようで、しかしそれ故に世界には受け入れられない、異質な存在だった。

ハリベルはその炎の柱を確認すると上空からゆっくりと、しかし油断無く降下し、その柱の中ほどの高さで止まる。
尚も轟々と燃え盛る炎を見据えるハリベル。
するとその炎の柱の中からハリベルの前に、ゆっくりと白い仮面が浮かび上がってきた。
それは人間の頭蓋骨、というよりむしろ草食動物のものを模したように縦長で、下顎骨の無い頭蓋の仮面だった。
それが炎に浮かび、瞳は無くただ虚ろな穴だけが開いた頭蓋の目は、しかし確実にハリベルを見ていた。

「何だ・・・・・・ また客か?最近は忙しくていけねぇな・・・・・・まぁ暇にならないと思えば儲けもんなのかねぇ・・・・・・」


その仮面はハリベルの姿を確認すると、そう言ってクククッと少し笑う。
それはその炎の柱がハリベルに対し、まったく脅威を抱いていないということをハリベル自身に認識させるには、十分なものだった。

「貴様は虚か?」


自身のことをまるで見下した態度、それでもハリベルは任務を優先した。
あくまで冷静に、何事にも心を揺らさずに居る事、それがハリベルのスタンスであり、その自制心がこの無礼な虚を一刀の下に沈めるという選択をとどまらせた。

「ハァ? 何だよ、この仮面見えてんだろ?だったら虚以外あり得ないだろうが。」


何を当たり前のことをといった風に炎の柱は語る、明らかにハリベルを馬鹿にした態度で語るそれはさらに言葉を続ける。

「それともアンタはこの虚園で虚以外の奴に合った事があんのか?それともこの形が気になるか?そんなもんは瑣末なことだろ、肉が見えなきゃ虚じゃぁないとでも?ハッ、狭い了見だな、そんなんじゃぁ直ぐに死んじまうぜ?」


ハリベルの眉が僅かに動く、ハリベルとて相手が虚だということは判っている。
その奇妙な姿―炎に覆われているのかその肉体は見えない―に疑問を覚えはしたが、そんなことは確かに瑣末なことだ。
任務ゆえの確認事項、ハリベルはそれを行ったまで。
しかし、それをああもこちらを馬鹿にしたように返されては、如何なハリベルといえど多少の怒りを感じざるをえなかった。

「・・・・・・では貴様は最上大虚か?それとも中級大虚か? 答えろ。」


言葉と共に威圧もかねた霊圧がハリベルから放たれる。
威圧目的とはいえ、それはただの虚ならばそれだけで魂を押しつぶされ、絶命するほどの霊圧だった。
そんな彼女の霊圧の中、それを一身に受けながらも炎の柱は一切臆することなく、それが涼風だといわんばかりに、その炎も揺らぐ事無く燃え続けている。

「ハッ、最近来る奴らはそればっかりだな・・・・・・知らねぇよそんなもん。最下級じゃないってぇのだけは確かだがな、俺が最上だと言えばアンタは信じるのか?そもそも中級だ最上だって階級に意味があんのかよ。」


そんなハリベルの問を鼻で笑いながらそう語る炎の大虚、少なくとも最下級ではないと語るその大虚は言葉の意義をハリベルに問う。
相手が語る言葉をお前は全て信じるのかと、答えは往々にして否だろう。
それはこの世界ではあまりに愚かな行為なのだから。


「誰かが決めた階級で自分が上だ、下だと騒ぐなんてぇのは自分に自信の無ぇ小物のすることだ。喰いたい時に喰って殺したい時に殺す、所詮化け物の俺達に階級なんか必要ねぇんだよ!俺達虚の中で上か下かが判る時があるとすれば、それは相手を殺したときか、テメェが殺された時だけだろうが、馬鹿が。」


ハリベルのコメカミ辺りに薄らと青筋が立つ。
此方を侮り、見下したような態度に極めつけは馬鹿呼ばわり、許し難いものを見つけてしまったハリベルは、しかしその驚異的な自制心で自身を押さえ込む。
彼女の使命は”最上大虚を探し出す”こと、その可能性があるこの大虚は彼らの居城たる『虚夜宮(ラス・ノーチェス)』へと連れ帰らなければならない。
そして彼女にはもう一つ、確認しなければならないことがあった。

「では最後の質問だ・・・・・・我等が同朋達をどうした?」


そう、元々この任務についていた破面の消息を、彼女は確認しなければならない。
そして目の前の大虚はそれを確実に知っている、ハリベルにはその確信があった。

「なんだぁ?アンタのお仲間が何処にイっちまおうが俺には関係ねぇよ、そもそもなんで俺に聞く?逃げ出しただけなんじゃねェのかよ.。」

「貴様は私を見て”また”と言った、それは少なくとも一度は私のような者が来たという事だ。そして最近来る”奴ら”が同じ質問をする言った、という事はそれが複数だということだ。唯の虚が何体もそんなことを聞きに来ることなどあり得ない、指令を帯びた我等が同朋以外はな。」


ハリベルの思考の冷えた部分は、この大虚の無礼な発言の中からしっかりと事実を導いていた。
そしてそこから確信を持って答えた。
この大虚が同朋達の行方を知る鍵であると、もっともその結末もハリベルは凡そ予想はついていたが・・・・・・

「ハッ、怒らせてこっちのペースに乗せようとも思ったが、存外冷えていやがる、面倒くせぇヤツだぜ。・・・・・・確かにアンタのお仲間は俺の所に来たぜ、アンタと同じ様に答えてやれば全員直ぐにキレて斬りかかって来やがる。ちょうど退屈してたもんだからよぉ、ちょっと遊んでやったのさ。」


またハリベルの問を鼻で笑いながらあっさりと認める大虚、そしてやはりかとハリベルは納得する。
ここに来る途中破面の能力の一つである『探査回路(ペスキス)』と呼ばれる霊圧による探査をかけたが、他の破面の霊圧は探知できなかった。

そしてこの大虚の発言をみるかぎり、遊んだとはほぼ殺したと同義であろうとハリベルは悟った。
ただの大虚が最下級とはいえ破面を相手取り打倒する、それも複数回にわたって、だ。
それだけでこの大虚がどれだけ強力な力を有している証明となるだろう、そして先ほどまでの会話で言葉による説得はこの大虚には向かないともハリベルは感じていた。
どうしたものかと悩むハリベルを他所に、大虚はさらに言葉を続ける。

「大体退屈凌ぎの為に遊んでやったヤツのことなんか一々覚えてるわけねぇだろ。退屈凌ぎの玩具なんてもんは動かなくなったら用済みだろうが、そうなればもう俺には関係ねぇのさ。だから俺は言ったぜ? 何処に”逝っちまおうが”関係ないってな!」


瞬間、ハリベルの目が細まり鋭さを増す。
あの大虚は何を言ったとハリベルは自問する、”玩具”と、”動かなくなったら用済み”と、そう目の前の大虚は言った。
それはハリベルにとって許されざる言葉だった、たとえ出来そこないとはいえ名も知らぬ同胞の破面達は、この大虚にとって明確な敵ではなく、唯の暇を潰すための玩具であったと、それは戦闘ではなく唯の遊戯であったと目の前の大虚は言い切ったのだ。
自ら斬りかかったとはいえ、彼らは戦士として戦うことは出来なかったのだ、彼らに待っていたのは予想外の結末、一方的な蹂躙だったのだろう、玩具相手に戦う者などいないのだから。

暇つぶしの相手とされて死ぬ、それを彼らが弱いせいだと誰が言えるものか。
戦士として戦いの中で死ぬことは叶わず、その死に誇りは無く、唯惨めに屍を晒しただけ。
それはハリベルの戦士としての矜持が許さなかった。

「・・・・・・そうか、では一度だけ聞こう。私と共に我が主の下へ来る気はあるか?そうすれば今以上の力を得る機会を与えよう。」


「ハッ、お断りだね。どうしても連れて行きてぇってんなら態々そんなこと聞かないで力ずくでそうしろよ。言ったろ? 言葉も! 階級も!そんなもんは意味は無ぇ!今、この時、この瞬間で最も意味があるものは”力”以外に存在しねぇ!アンタの力を見せろよ!俺の退屈を癒してくれよ!今までの奴らは歯応えが無かったし、直ぐ壊れちまいやがった。だがアンタは違う!その程度の霊圧が最大じゃ無ぇんだろ?見せてみろよ! アンタの力をヨォォ!!!!」


その叫びと同時に今まで柱のように真っ直ぐに聳えていた炎が歪み、その霊圧の爆発と共に四方へと広がりたちまち辺りは業火に包まれた。
天を焦がさんばかりの勢いで燃え盛る炎、そして発せられる熱は、息をすれば気道が焼け、中から燃え尽きるかのような灼熱。

その炎を眼下に、ハリベルは少し俯いたまま背に担いだ刀の鍔にある穴に指を掛ける。
そして勢い良く引き抜かれた刀はその勢いのまま一回転し、ハリベルの右手にその柄が握られる。
その握られた刀は奇妙な形だった、非常に幅の広い刀身でありながらその刀身の真ん中の部分が空洞となっている。

ハリベルはその右手で奇妙な刀を握り、空いた左手でゆっくりとその上着のジッパーを上げる。
肌蹴る白い上着、その下から現れたのは顔の下半分を隠す牙の付いた仮面、それが首から胸の頂点までの上部を覆い隠すように存在していた。
そして顕になった右の乳房の内側には『4』の刻印、そしてゆっくりと顔を上げるハリベルの目は、明確な敵を見るそれとなっていた。

「忠告はした・・・・・・言葉での説得は無理だと判断し、以降は力で捻じ伏せ捕縛して虚夜宮まで連れて行く。名も知らぬ大虚よ、貴様が退屈凌ぎと、玩具だと言ったものの力を・・・・・・思い知るがいい。」


次の瞬間黄金色の柱が天を衝く、ハリベルから発せられた黄金色の霊圧が、まるで空間そのものを震わせるかのように広がり、大気は悲鳴を上げる。
それを見た炎の大虚は臆するどころか、歓喜していた。

「ククククッ・・・・・・ハッハハハハハ!! その霊圧、最高だぜ女ァ!名は何だ! 最高に気分がいい!きっとこれから始まるのは最高の暇つぶしだ!だから覚えておいてやる、女ァ名前を教えろ!」


ハリベルの放つ霊圧に臆する事無く、それどころか歓喜している、その姿を見てハリベルは思う。
この大虚にとって戦いとは本当に唯の退屈凌ぎなのだろうかと。
この大虚が行き着く先、それは惨めな死ではないのかと、理性を持ちながら獣のように生き、力を持ちながらそれを暴としてしか振えず、戦士としての矜持も知らず、戦いに誇りすら持ない。
ただ殺し合い、負けて無為の死を遂げる、余りにも無為な死を。

「破面No.4 第4十刃(クアトロ・エスパーダ) ティア・ハリベルだ・・・・・・私も貴様の名を覚えてやろう、力ずくでも良いがな。」

「ハッ、上等!俺の名はフェルナンド、フェルナンド・アルディエンデだ! アンタを殺す男の名だ。刻んだか? 俺は刻んだ!アンタの名を、俺自身に!さァ始めようぜティア・ハリベル、愉しい殺し合いの始まりだァァアァァァ!!!」


炎は津波となってハリベルに襲い掛かる、それを迎え撃つべくハリベルも駆ける。
そして、戦いの幕は開いた。







紅い津波
黄金の閃光
大地爆ぜ、大気啼く
波踊り、黄金が謡う

戦いの行方を知るは
唯、天上に座す月


2010.05投稿

2010.09.27微改定



[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 3(微改
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/09/27 22:38
BLEACH El fuego no se apaga.3










紅い景色、見渡す限りの紅、紅い炎の海が辺り一面に広がっている。

その紅い海は命を生み出し、育む母なる青き海とはまさしく逆、近づくもの全てに等しく死を与える生命の終焉、それはまるで冥界の海。
その海は明確な殺意を持って命に敵対し、その波は触れるもの全てを焼き尽くし、呑み込み、灰にしようとうねり荒ぶる。

その死招く海の上を人影が駆ける。
襲い来る荒波を避け、時にはその手に持った刀で波を切裂きながら、その海の上を駆け巡る人影がある。
放たれる斬激は、その一太刀一太刀の全が必殺の威力を込められた一撃であり、しかしその必殺の斬撃は未だ相手を傷付ける事叶わずにいた。
それは海とて同じ事であり、彼の炎の波は触れるものを全てを焼き尽くし一瞬のうちに灰へと変える筈が、その悉くは避けられ、または切裂かれ、未だ相手に掠り傷一つ負わせることが出来ないでいた。

フェルナンド・アルディエンデとティア・ハリベルの争いは、互いに有効な一撃を与えられぬまま時だけが過ぎていた。



「ハッ、何時までもチョロチョロと逃げ回ってんじゃねぇよ!デカイのは霊圧とその乳だけか?オラオラ!もっと俺を愉しませろよ!」


膠着状態の中、フェルナンドから放たれる言葉と共にハリベルに向けて幾つもの炎の波が四方八方から押し寄せる。
それは最早波というより壁と表現できるほどの高さ、ハリベルの何十倍もの高波が彼女を呑込み、押し潰し、海へと引きずり込まんと押し迫る。
しかし、ハリベルはそれを縫うように難なく避け、または刀で真っ二つに切裂き、その炎波の包囲網から脱出する。

「貴様こそこんな単調な攻撃では、いつまで経っても私を捕らえる事など出来ないぞ。それが全力か?ならば連れ帰る価値も無いな。」


「言ってろ!せっかくの暇潰しなんだ、いきなり全力出す馬鹿が何処にいるよ。アンタは自分の心配だけしてな!俺は加減が苦手でねぇ、焦がす程度なんて器用な真似は出来ねぇぞ。一発当たればアンタは死ぬが、いくら斬られても俺は死なねぇよ!」


フェルナンドの炎を斬り付けながら語るハリベルの攻撃を、まったく意に介さずにフェルナンドは炎をハリベルに向ける。
そう、互いに有効打がないという状況でありながら、二人の立場には明確な”差”が存在していた。
今や炎の海と形容出来るほど膨張したフェルナンドの炎は、半霊里に届くほどにまでになり、放つ炎の波は触れれば触れた者の命を瞬く間に焼き尽くす地獄の業火。
何時か呑み込まれてしまえば、ハリベルとて無傷ではすまないだろう。

代わってハリベルの放つ斬撃は、確かに物理的な威力として必殺の一撃といえるだろう。
炎すら切裂くそれは、しかしフェルナンドに致命的な一撃とはならなかった。
炎をいくら斬ろうとフェルナンドはさして怯む様子を見せず、まして負傷した様子など皆無だった。
攻撃が当たれば相手は傷つくフェルナンドと、攻撃をしても相手は無傷のままのハリベル、このままの状況が続けばどちらが優勢といえるかは、一目瞭然であった。

「・・・・・・まぁ、いいかげん避けられてばっかりってのは面白くねぇ。少しばっかり本気でいくぜ? 避けるんなら”うまく”避けるんだな!」


フェルナンドがそう言うや、ハリベルの足元の炎に変化が現れる。
ただ燃え盛っていただけの炎の一部が各所で渦を巻くように収束し、その渦の中心から太い円錐状の槍のように姿を変えた炎が、そこかしこからハリベルを下から串刺しにせんと迫る。
炎の海から生える太い幹のような槍、それは今までのように”面”として相手を押し潰そうとする炎ではなく、”点”として相手を貫こうとする攻撃。
炎の波を形成していた炎の量をそのままに、太い円錐状の槍の形に変化させることで炎と込められた霊圧は上がり、相手を貫くための速度と殺傷力を上げた攻撃。

その速度に眼を見張るハリベル、そしてそれに込められた霊圧を察知すると、今までのように切裂くことは今のままでは困難と判断し、その場を飛びのく。
そして次の瞬間にはハリベルの元居た位置を、フェルナンドの複数の槍が交錯するように貫いていた。

「・・・・・これが貴様の本気か?残念だ・・・このような騙し討ちが本気などと言うのならば程度が知れる。貴様に殺された同胞達への手向けに此処で散るがいい。」


フェルナンドの炎の槍を避け、フェルナンドの仮面へと向き直るハリベル。
そして放たれた言葉は落胆だった。

確かにこの炎の大虚は強いとハリベルは感じていた。だが今までの攻撃を鑑みるに、それは霊圧に限ったことなのではないかとも思っていた。
確かに一撃の威力は非常に高く、まともに喰らってしまえば自身とてダメージは避けられないだろう。
しかしその攻撃は単調なもので、毎回同じようなタイミングで迫ってくる波を避けることは、ハリベルにとっては余りに容易なことだった。
そしてあの炎の槍、速さ、込められた霊圧は見事なものだったが所詮は騙し討ち、少なからず本気を出してあの程度ならば、戦力としては不合格だとハリベルは判断した。
蛮勇を奮うだけの獣など必要ないのだ、その程度の存在であったかとハリベルは哀れみの視線を向ける。
そして、戦力として不合格ならば消す。

実際ハリベルにとって斬れない相手だからといって苦戦しているという事はなく、フェルナンドを倒す手段など彼女はいくらでも持っているのだ。
これ以上何も出ないのならば、彼に玩具として殺された同胞達にせめてもの手向けとしてこの炎の大虚の亡骸を捧げようと、ハリベルは刀を握る手に力を込める。
戦士として散れなかった者への手向けとして、彼の大虚を捧げる為に。

「ハッ、騙し討ちねぇ・・・・・・戦いは正々堂々ってか?・・・・・・まったく呆れるぜ。じゃぁなにか?正々堂々戦って死んだらそれもやむ無しってか?くだらねぇな、まったくもってくだらねぇぜ。化け物同士の戦いに、そんな考えはクソほどの価値も無ぇ!!死んだらそこで仕舞いだろうが!真正面から潰しても!後ろから串刺しにしようと!殺された方が間抜けなんだよ!!」


仮面の下の炎が横に割れて裂け、巨大な口のように開き、ハリベルの言葉を真っ向から否定し叫ぶフェルナンド。
燃え盛る炎はより一層その勢いを増す、それはフェルナンドの感情と同期しているかのように荒ぶっていた。
片や戦いとは戦士と戦士が誇りを賭けて戦う真向勝負と捉え、たとえ倒すべき敵においても戦士の矜持と誇りを持って、正面からぶつかる事をよしとするハリベル。
片や戦いとは愉しむもの、そして持て余すほどの時間を消費するための遊戯、そこには綺麗も汚いもなく、最後に戦場に立っていた者こそが正しいと、その過程で戦いを楽しみ、快楽を得るフェルナンド。
戦うという行為の捉え方がまったく違う二人、故に相容れない、故にその戦いは自然と熱を帯びる。

「それに俺の槍を避けてずいぶんいい気になってるみたいだがな・・・・・・あんなもんは避けられて当然なんだよ!本番はこっからだ!」


フェルナンドの言葉と共に、ハリベルの目の前で交差するように佇む何本もの炎の槍に変化が現れる。
炎のオブジェと化していた何本もの炎の槍のいたる所から、更に枝分かれするように幾つもの円錐の槍が、彼女目掛けて飛び出してくる。
急な展開にハリベルが後ろに飛び退くと、槍は更に枝分かれするようにその本数を増しながらハリベルを追い、眼下に広がる炎の海からも無数の槍がハリベルを貫かんと飛び出す。
避けても避けても迫り来る無数の炎の槍、それに追われるハリベルを見てフェルナンドは叫ぶ。

「だから言ったろうが”うまく”避けろってよ!アンタが俺の力の底を探ってるのなんてこっちはお見通しなんだよ!この炎はまさに俺自身、俺の意思でどんな形にも姿を変える変幻自在の炎だ!アンタが見たかったもんは見れたかよ!それじゃぁアンタはコイツで詰みだ!」


ハリベルを囲むように迫る槍の大群。遂に避けきれず、かえってその手に持つ刀で切り裂く事もできず、遂にハリベルは刀で槍を受け止める。
しかし槍を止めることが出来ず後方へと押され、槍はハリベルを貫かんと更にその勢いを増す。
それを押し留めようとするハリベルに影が射す、天に座す月の燐光を遮る影、直感的に振り返るハリベルの目に飛び込んできたのは、今までで一番大きな炎の壁だった。
槍を受け止めたままのハリベルが一直線にその壁へと向かう、そして次の瞬間にはハリベルはその炎の壁へと無数の槍と共に突き刺さり、その姿は壁へと埋没し見えなくなった。



「クッ! 」


壁が迫る一瞬、ハリベルの口からそんな苦渋の声が漏れた、それは自分の浅はかさを恨む声、戦士としてあるまじき行為をした自身への叱責。
ハリベルは理解したのだ、目の前の大虚が演じていたのだと。
力を持ちながらもその使い方を知らない愚かな大虚を、そうする事でハリベルのほんの少しの油断を誘っていたのだと。
単調な攻撃も、容易く切裂けた攻撃も、全ては考えられたものだった、そしてあの槍を避けた瞬間確かにハリベルは、愚かにもフェルナンドを侮ったのだ。

蛮勇を奮うだけの獣、と。


しかし、その実全てはフェルナンドの計画、愚かを装い、手を抜いて攻撃を避けさせハリベルに自分を侮らせ、相手が此方を侮った瞬間に素早く反撃。
避けた攻撃、終わった攻撃と注意の逸れたその槍からの奇襲めいた二段攻撃、その枝分かれする槍を避けるハリベルをその槍を持って誘導し、前面に意識を集中させることで、後ろの壁の発見を遅らせ、前面を槍、後ろを巨大な壁で覆い挟撃する。
それがフェルナンドが強いた勝利への道だったのだ。



そしてその壁はハリベルを呑み込み、今は静かに、まるで彼女の墓標のように聳える。

「ハッ、これで仕舞いだティア・ハリベル。アンタは強いが俺が勝つ!一瞬でも侮ったアンタの負けだ。俺の炎に焦がされて、塵一つなく消えちまいな!俺を侮った自分を呪いながらな!アンタにとっちゃ不本意だろうがな!それでも、勝ったのは! 俺だ!」


その墓標に向かってフェルナンドは自分の勝利を叫ぶ。
今はもう絶命したであろう相手に宣言する。
暇潰しにはちょうど良かったと、しかしほんの少し残念だともフェルナンドは思っていた。
彼女、ティア・ハリベルの力はこんなものだったのだろうか。
こんなにも簡単に殺せてしまうような存在だったのか。

最初に彼女を見た時、彼女の霊圧を感じた時、フェルナンドは直感的に感じていた、最高の殺し合いができるという確信を。
だが結果は不完全燃焼と言わざるをえない、フェルナンドは自分の直感が外れたことに、言い知れない不快感を感じていた。
自分の空虚を満たすのは、きっと彼女だと感じていたが故に・・・・・・





だが次の瞬間異変は唐突に起きた。
彼女を押し込めたはずの炎の墓標から一条の光が空に向かって飛び出した。
それは天の月を射抜かんばかりの黄金色の光の柱、そしてその光のが収まると、墓標は真っ二つに割れていた。
そしてその黄金色の柱が放たれたであろう場所には、同じく黄金色の霊圧を纏った人影が浮かぶ。

「何・・・だと!?」


その人影を見たフェルナンドから言葉が零れる、信じられないと、有り得る筈が無いと、自らの炎に巻かれ、貫かれ、押し潰されたはずの人物がそこに居た。
今までこんなことは一度たりとも無かった、何故生きているのか、どうやって自分の炎を防いだのか、フェルナンドには理解できなかった。
そんなフェルナンドに対し、黄金色の人影、ティア・ハリベルはゆっくりと口を開く。

「侮ったことは詫びようフェルナンド・アルディエンデ、これは私の不徳以外あり得ない。そしてお前がただの愚かなだけの大虚ではないことが判った。此処からは私も相応の力を持って戦おう、それが戦士としての礼というものだ.。」







炎海驚愕す

終焉の炎に焼かれて尚死なぬ者
終焉の海に沈められ尚蘇る者
それは炎海をして未知なるモノ

故に炎は・・・・・・





2010.05投稿

2010.09.27微改定





[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 4(微改
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/09/27 22:39
BLEACH El fuego no se apaga.4











聳える壁はその中腹から真っ二つに割れていた。

巨大な壁を割ったのは、外側からの力ではなく内側からの力、しかし内側から破裂するように割れたその壁は、その内側に生命に存在を許さぬはずの業火の壁。
触れる全てを消し炭へと変え、ましてその内にあるものなど有象無象の区別など無く塵一つ残さなずこの世から消滅させる獄炎であった。
その壁を真っ二つに割ったハリベルはその手に持つ刀を天高く掲げ、悠然とその場に立っていた。
その服に多少の焦げ後は見えるものの、その身体は五体満足で炎によって与えられた火傷などは皆無だった。

フェルナンドにとってそれは異常なことだった。
今までこの炎を手に入れてから今この時まで、こんな事は起こったことは無かった。
彼の炎に呑まれて生きている者など居なかった。
彼の炎に触れて、無傷の者など居はしなかったのだ。

何より彼を驚かせていたのは、ハリベルの放った光によって彼の”炎が消し飛ばされている”という事だった。

「アンタ・・・・・・一体何しやがった・・・」


混乱と同様の中に居るであろうフェルナンドは、存外冷静な自分に驚いていた。
何故生きているのか、何故無傷なのか、どうやって脱出したのか疑問は尽きなかったが、フェルナンドにとって最も理解できない現象である”炎の消滅”という事態。
フェルナンドの炎は唯燃えているだけの純然たる炎ではない、彼の炎は彼の放つ霊圧そのものとも云えるものであり、その全てがフェルナンドの思いのままに操ることができる。
霊圧は斬れるものではなく、斬られたからといって消えてなくなるわけではない。
フェルナンドにとって彼の霊圧と炎は同義なのだ、それがハリベルの放った光によって消滅している、今までに無い現象にフェルナンドは冷静にならざるを得なかった。
此処で愚かにも思考を放棄し、敵へと襲い掛かることは死へと繋がる蛮行だった。

「その質問は何に対してだ?私が生きていることか?どうやって生き延びたかと言うことか?それとも・・・・・・貴様の炎が消えてなくなってしまった事に対してか?」

「っ!!」


まるで思考を見透かされたような返事に、思わず息を飲むフェルナンド。
未だ自らが裂いた壁から動かずに、フェルナンドの仮面が浮かぶ高く迫出した炎に正対しているハリベルの返答は、そのどれもがフェルナンドが求めるものであった。
そして、今の彼女からは先ほどまでフェルナンドが感じていた自身に対する侮りは一切なくなっていた。

「私が無傷だったのは単純な話だ、貴様の炎の殺傷能力以上に自分に纏わせる霊圧を上げた、それだけの話だ。多少服は焦げてしまったが問題ない、そして私が貴様の炎から抜け出せた理由と貴様の炎が消し飛んだ原因はコレだ」


そういうとハリベルは刀の切先をフェルナンドの仮面へと向ける。
次の瞬間、刀の切先へと急激にハリベルの霊圧が集まり、拳大の球形を形作る。
膨大な霊圧の収束、それを見てフェルナンドはハリベルが何をしたのか、そしてこれから何をしようとしているのかを理解する。
それは大虚以上の虚に許されたモノ、膨大な霊圧を持つからこそ行える技、放たれるそれは生命を刈り取る事だけを目的とした死を招く閃光。

そしてハリベルの一言で、黄金の球体からその死招く光は解放された。


「―― 虚閃(セロ)」


言葉と共に放たれた黄金色の光線、それは拳大の球体から発生し一気にその太さを増し、フェルナンドの仮面の浮かぶ炎を一瞬のうちに呑込んだ。
数瞬の後、ハリベルの放った虚閃は次第に細くなっていき、その後にはそれが通過したことを示す痕を残した炎だけが残っていた。

「今までの戦闘から見るに、貴様の炎は霊圧によって操られているようだ。斬れば他の炎と霊圧が結合し、消えることは無かった。故に斬撃で切り刻むより、霊圧を用いた攻撃によってその霊圧ごと消し飛ばした。そうして霊圧ごと霧散させてしまえば、さすがに再び操ることは出来まい」


ゆらゆらと燃え続ける眼下の炎の海に語るハリベル。
ハリベルが取った行動は、その全てがいたってシンプルなものだった。
炎に捲かれたのならば、その炎よりも強い霊圧を発する事でダメージを防いだだけの事。
斬撃などの物理的攻撃が効果が薄いのであれば霊的な攻撃、霊圧を用いた攻撃へとその方法を変えただけの事。
それは無理やりに発する霊圧を上げた訳ではなく、本来発しているそれに戻したというだけの事。
そしてそれにより導かれる結果は見ての通り、そしてその答えは単純『地力が違う』たったそれだけの事、それは余りに単純だが、それゆえにそれを破ること、その差を埋めることは難しい。

「霊圧は消えていない、まだ生きているのは判っている。続けるか、それとも此処で止めるかの返事を聞かせてもらおう。フェルナンド・アルディエンデ。」


燃え続ける炎の海に再びハリベルが語る。
すると、ハリベルの両脇に聳えるもはや墓標としての意味をなさなくなった壁が、ゆっくりとその根元に広がる海へと還っていく。
そしてそれと反比例するようにハリベルの眼前へと炎が海から迫出し、ハリベルの前で止まりそこからフェルナンドの仮面が浮かび上がる。

「ハッ、何が『消し飛ばしただけ』だ、とんでもねぇ霊圧込めて撃ちやがって。唯の大虚の虚閃ぐらいじゃ俺の炎は消えないってのによ、アンタのお仲間だってこんな事は出来なかった。それにあの二射目・・・・・・さすがに俺も多少肝を冷やしたぜ、まったく」


そう心底呆れたように語るフェルナンドの言葉に、ハリベルが返す。

「ほう、肝を冷やしたということは、あれには危険を感じたということか。やはりその仮面は炎とは別で特別ということか・・・・・・で、返答はどうする?続けるか、止めるのか。」


フェルナンドが言ったとおり彼の炎を消し飛ばすのは難しい、それは彼の霊圧が他の大虚に比べ、かなり強いこと――とはいっても大虚の中での話だが――に由来する。
彼自身、自分が中級か、あるいは最上に至っているのか判っていないようだが、どちらであったとしてもその霊圧の強さゆえ、相手の攻撃――虚閃のような霊圧的砲撃ー―によって炎が散り散りになることはあっても、霧散してしまうことは無かった。
それだけハリベルの放った虚閃、そしてそれに込められた霊圧は凄まじいものだったのだ。

そしてハリベルの言ったこともまた真実だった。
彼にとってその仮面は確かに特別なのだ、仮面こそが彼を”個”として証明する全てだった。

「チッ、余計なこと言っちまったか・・・・・・まぁいいさ、返事はもちろん続行だ!アンタだってあんだけの霊圧込めた虚閃が何十発も撃てるとは思えねぇ。それに楽しそうじゃねぇかよ!やっぱり俺の直感は間違ってなかった、アンタ最高だぜティア・ハリベル!やっぱりアンタとなら最高の暇潰しができる!俺の空虚を満たすのは、やっぱりアンタだ!!」


フェルナンドが選択したのは続行だった。
己の攻撃は、最早相手に決定的なダメージを与える事は叶わないかもしれない、代わりに相手は此方にダメージを与えられる手段を示した。
立場の逆転、しかしフェルナンドは止まらなかった。
それよりも戦闘が始まる前に感じた、一度は裏切られたとも思った自身の直感が、やはり外れていないことに歓喜していた。

それは彼にとってハリベルこそが最高の暇潰しの相手であると言う直感。
それは彼にとってハリベルこそが、その空虚な胸のうちを埋めてくれるかもしれないと言う直感。
その穿たれた喪失の証、ポッカリと空いたその穴をハリベルならば埋めてくれると言う直感。

それこそがフェルナンドが求めるもの、戦い、殺し、喰らい、そして戦う、その無限螺旋の中でフェルナンドが感じた空虚。
生きる事への『飽き』
なんの変り映えもしない世界への『飽き』
かといって、易々と殺されて終われるほど弱くも無かった彼の不幸。
それを癒してくれるかもしれない存在を彼は見つけたのだ。
今まで壊してきたどんな相手とも違う、こちらが壊されてしまうかも知れない相手、しかしそれ故に埋められるかも知れないと、実感出来るかもしれないとフェルナンドは思う。


そう――自分は今生きているのだという実感を


それを戦うことでしか、殺すことでしか感じられない彼は、それを癒す術を見つけたとしても未だ不幸ともいえなくも無いが

フェルナンドの叫びと共に、炎の海から無数の火柱が立ち上る。
そしてその全てがハリベルに向かって襲い掛かる。
ハリベルはそれを見て「そうか・・・・・・」と一言呟くと、臨戦体制を整える。
そして次の瞬間には火柱の群れがハリベルを呑込むかに思われたがそれはならなかった。
ハリベルの姿が一瞬ぶれたかと思うと、その場からその姿が消え去った。

「な、何だと!?」


その場から消えたハリベルにフェルナンドは驚愕する、今までの戦闘である程度ハリベルの速度は測れたつもりでいたフェルナンドにとってそれは想定外の事態だった。
そして、その一瞬の驚愕と停止をハリベルが見逃すはずは無かった。

「何処を見ている? コッチだ」


その声の発生源はフェルナンドの仮面の真上、瞬時にハリベルはそこまで移動していたのだ。
そして彼女の右手に握られた刀の切っ先には、すでに黄金色の球体が完成し、その主の号令を待つように光を放っていた。
声が聞こえ、反射的に回避行動をとったフェルナンドの仮面を、未だその射線上に捉えながらそれは解放さた。

「虚閃」


真上から放たれたそれは迫出していた炎を貫き、炎の海を貫き、その下にある虚園の砂漠すら貫いて爆発を起こす。
その爆発によって巻き上げられた砂煙、その中で視界を遮られたハリベルに向かって殺気が走る。
一直線に心臓を目掛けて迫ったそれをハリベルは刀で受け止める、何故か正面から放たれたそれはフェルナンドの炎の槍であったが、今度はその槍の威力に押されるようなことは無かった。
槍を刀で受け止めたハリベルは、そん場から一歩も後退する事無く立っている、本来の霊圧を解放したハリベルにとってそれは造作も無いことだった。
しかし、同時に微かな違和感をハリベルは感じていた。

徐々に砂煙が晴れるとそこには虚閃を間一髪で避けたのであろうフェルナンドの仮面が炎に浮かんでいた。

「高速移動ってか・・・・・・消えたんじゃねぇかと思うほどの速さだな、なかなか捕まえるのに骨が折れそうだぜ。ホラ次ぎ来いよ! 直ぐに一発お見舞いしてやる!」


ハリベルがまるで消えたように見えた理由、それは『響転(ソニード)』と呼ばれる破面が使う高速移動術である。
それを用いたハリベルの奇襲を間一髪で避けたフェルナンドは、怯むどころか更に苛烈にその猛を燃え上がらせていた。
猛るフェルナンドに呼応するように彼自身ともいえる炎の海もより一層燃え上がる。

「それは私の響転を見切るということか?やれるものならやってみるがいい。・・・・・・それよりも何故正面から攻撃してきた? あの状況、貴様なら背後から仕掛けるものだと思っていたが・・・・・・」


フェルナンドを多少挑発するように語るハリベル、それは見下した発言ではなく、純粋に破って見せろと言う意図を含んでいた。
そしてハリベルは先ほど感じた疑問を口にする、あの自らの攻撃で視界をふさいでしまった一瞬、下策であったことは認めざるを得ない。
あの瞬間、今までの彼ならば確実に後ろから攻撃が来ると踏んでいたハリベルは、背後に神経を集中させていたが、実際攻撃がきたのは正面、その攻撃に逆に虚を衝かれた。
結果として防いだものの、それは先ほどまでの彼の言動や、行動原理からは違和感を感じるものだった。

「ハッ、別にたいした理由は無ぇよ。唯何と無くだよ何となく、雑魚なら別だがアンタは違う。アンタみたいに強い奴は初めてなんだ、よくわかんねぇけどアンタとは正面からやった方が楽しそうな気がしたんだよ。俺の直感がそう感じたってだけの話だ。さぁ、お喋りは此処までにしようぜ、此処から先は殺し合いだ!俺に実感させてくれよ! 俺を満たしてくれよ!なぁ! ティア・ハリベルゥゥゥゥ!!」


その言葉と共に炎の波が、火柱が、槍が再びハリベルへと迫る。
それを見ながらハリベルは思う、確かに言葉は無粋だと。
今は目の前の大虚だけに集中しよう、この大虚との戦いに興じようと、ハリベルの中の戦士がそう言っているような気が彼女にはしていた。
そして目の前の大虚に現れた僅かな変化を見極めようと。

「貴様のその願いかなえよう。私の全霊を持って貴様を打倒する。往くぞフェルナンド・アルディエンデ!」







第弐幕が開く
全霊で挑む戦舞台
戦いの詠響き
戦士は命を賭して舞踊る

命賭したるその舞は
命削るその舞は、
故になにより美しい





2010.05投稿

2010.09.27微改定



[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 5(微改
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/09/27 22:33
BLEACH El fuego no se apaga.5










「ウォラァァァァアァァァ!!!」


裂帛の気合と共にフェルナンドが炎を放つ、自然に燃え上がるそれではなく、意思を持って獲物の命を刈り取らんとする炎。
辺り一面を覆い尽くす炎海から飛び出し、うねりを伴いながら上昇したそれは炎の竜巻を思わせ、標的目掛けて急降下する。
尋常ならざる速度で標的であるハリベルへと迫る炎、それを見たハリベルは、その手に持った刀を切っ先を下にして掲げる。

直後、炎はハリベルに直撃・・・・・・しなかった。

渦を巻く炎は、ハリベルの掲げる刀に遮られ、ハリベルの身体に届く事は無かった。
炎と刀の一瞬の拮抗。
そう、それは本当に一瞬の拮抗だった、競り負けたのは炎のほうだった。
炎を受け止めた刀をハリベルは何事も無かったかのように振り上げ、炎の竜巻はそれだけの動作でいとも容易く押し戻され、それどころかその刀の威力に四散して、大小の塊へとその姿を変えてしまった。


今までならこうも簡単に炎が散る事は無かった、いかなハリベルがその霊圧を解放したからといっても、依然唯の斬撃ではフェルナンドの炎を切裂きこそすれ、このようにバラバラの状態にもで追い込む事はなかった。

そう”唯の斬撃” だったならば

今、彼女の振るっている刀には真ん中の部分に空洞がある。
その部分には彼女の霊圧を集める事ができ、空洞に霊圧を集める事で彼女自身の斬撃を更に強化する事ができるのだ。
物理的な斬撃に霊圧的な補助を加える事で、威力と霊圧的攻撃の特性を持たせることでハリベルは彼の炎の竜巻を粉砕したのだ。

ハリベルの振るう刀の軌道をなぞるかのように黄金の帯がその後を追う。
空洞から漏れ出した霊圧が尾を引き、それを伴って戦うハリベルは本当に舞っているかのようだった。
第三者から見れば美しいその舞も、その刀を向けられた者からすれば、その美しい舞は即ち死を招く舞いと同義だった。

分散した炎に向けてハリベルがその光の帯を伴う刀を向ける。
ハリベルは刀の刃を上にして、切っ先をその炎に向けたまま顔の横辺りまで刀をもっていき、刀の背に左手を添える。
そして弓を引くように刀を持った右手を引き絞り、狙いを定め、限界まで引き絞ったその右腕に捻りを加えながら刀を突き出す。

「波蒼砲(オーラ・アズール)」


放たれた突きの威力に乗って空洞に集められた霊圧が飛び出す。
その霊圧は弓に番えられた矢が放たれるかのように、一直線に炎の塊へと向かい、それが突き刺さると同時に炎の塊は爆散、跡形も無く消え去っていた。



全霊を持って戦うと宣言したハリベルの戦い方は、冷静で冷徹で理性的に構築された戦いだった。
確かに霊圧を込めた虚閃を撃ち続ければいつかはフェルナンドを倒す事だろう。
しかし、それには膨大な霊圧がかかる事もまた事実、フェルナンドがどれだけの炎を持っているかわからない今、目先の利と安易な手段に頼った戦いをハリベルは良しとしなかった。

全霊を持って相手をするということは、何も相手の土俵で戦う事ではなく、ティア・ハリベルという戦士の戦い方をもって戦うということ。
そして、それを破って見せろというハリベルからフェルナンドへの隠れた挑戦状でもあった。
さらに、ハリベルの目的はフェルナンドを殺す事ではないのだ、あくまで彼を虚夜宮へと連れて行き藍染に引き合わせること、殺してしまえばそれは出来ない、故に無力化することを念頭に置いた戦いが要求されていると言う事もあった。
それ故にこの戦法、炎を分散させ、波蒼砲で消して殲滅する事で此方の霊圧の消費を抑えながら、フェルナンドの炎と霊圧を削り、戦闘不能状態まで追い込む。
ハリベルはそれに徹していた。



対してフェルナンドは圧倒的な攻撃力で蹂躙する様な戦いを好んでいた。
力と力がぶつかり合う、その鬩ぎ合いの中にこそ、表裏一体の勝負の中にこそ生きる実感はあるのだと考えていた。
ハリベルの虚閃をからくも避けたとき、一瞬でも死を感じた。視を感じるという事は、今この瞬間を間違いなく生きているという証明であり、その瞬間こそフェルナンドが求めた生の実感だった。

だがその実感を更に強いものにしてくれるであろう相手は、霊圧を削る事のみを目的とした行動を繰り返す。
そして今仕掛けた攻撃も、響転によって避けられ、忌々しい刀によって四散し、消し飛ばされた。

(クソッ、チマチマと面白くねぇ・・・・・・だがブチキレるだけじゃぁあの女には勝てねぇ。かといってこのまま無闇に攻撃したところで、炎を削られてこっちはジリ貧だ。・・・・・・だがまだあの女はこっちの大事なところには気付いちゃいねぇ、それは僥倖だが、実際俺の攻撃が通ったところでダメージがあるかも怪しい。だがこんな戦い方認めるわけにはいかねぇ!必ずあの女に一泡吹かせてやる!)


フェルナンドはそう決意すると――ある意味ハリベルの思い通りではあるが――それを実行するべく行動を開始する。
燃え盛る炎海からフェルナンドの意思によってまた竜巻が立ち昇る、しかし今度はそれが一本、また一本と増えていき遂には4本の竜巻がハリベルを囲むように立ち昇る。
その威容を見てもハリベルは動じることもなく、それどころか小さく溜息をつく。

「一本でダメなら四本か・・・・・・少し単純すぎるぞ。この竜巻をいくら増やしたところで私には届かない、届いたところで私の霊圧を超えられなければ私自身には届かんぞ?」


ハリベルが口にするそれは余りにも真実、数が増えようと、それが触れようと、今のハリベルにとっては問題ではないのだ。
この絶対優位の中でもハリベルは決してフェルナンドを侮らない、同じ愚を行うことは無い、それどころかこの状況をフェルナンドがどうやって覆すのかを楽しみにすらしていた。
彼女にとってもそれは異常な事だったが、この大虚はそれが出来ると、それだけの力をもっているとハリベルは確信していた。



かえってフェルナンドはハリベルの言葉に答えない、というより今はそんな余裕は無かった。
フェルナンドにとってこれは気付かれる訳にはいかないのだ、バレればそれだけで致命的な弱点を曝しているのと同じ事となる。
故に沈黙、言葉を語れば気付かれる、そういう直感を持った相手とフェルナンドは対しているのだ。
大きく動いたが故の弱点の露呈を、フェルナンドは隠そうとしていた。


そんなフェルナンドのあからさまな変化をハリベルが見逃すはずも無い、今まであれほど饒舌だった相手の突然の沈黙、何もないと思う方がおかしな話である。

(何だ? 急に黙り込んで何を考えている・・・・・・更なる攻撃か、それとも何かを待っているのか・・・ いや、こんなことは考えても無意味だな。何が来るにせよ冷静に対処すれば問題はない。さぁ、何を魅せる、フェルナンド・アルディエンデ)


ハリベルの思考は『見』 様子見である。
戦いにおいての思慮深さと、慎重な行動を旨とするハリベルらしい結論。
全てに対して冷静さを失わず、合理的に対処すれば危機は乗り切れる。
彼女を倒す手段があるとすれば、その冷静な思考以上の意表をついた一撃か、いくら冷静で合理的に対処しようとも防ぎきれないような圧倒的な力であろう。



互いが語らず睨みあう中、先に動いたのはフェルナンドだった。
ハリベルを囲むようにして聳えていた竜巻の一本が、ハリベルに向かって襲い掛かる。
ハリベルはそれを今までと同じように刀で防ごうと迎え撃つ、そして炎と刀はぶつかり合い拮抗する。
そして炎と刀の拮抗は崩れ、炎は競り負け、またも粉々になるはずだった。

「何!?」


その声を発したのはハリベルだった、今まで容易く押し返す事ができた炎の竜巻を押し返す事ができないのだ。
何故かは解らないが竜巻の威力が格段に上がっている。
そしてよく目を凝らして竜巻を見れば、それは今までのように炎が渦巻いているだけのものではなく、フェルナンドの放つ炎の槍のように高密度に収束された炎が回転しているのが見えた。

(密度を上げて威力を増したか、だがこの程度ならば押し返せる!)


竜巻の正体を見切るやそれを押し返そうと霊圧を上昇させるハリベル、それによって竜巻は押し返されるが今までのように四散する事はなかった。
だが、竜巻を押し返したハリベルに別の竜巻が迫り、さらに間髪置かずまた別の竜巻が迫る。
そしてハリベルはその炎の竜巻に囲まれ、その包囲網がハリベルを逃がすまいと四方から迫る。

(クッ、私をここから出さない心算か?だが一体何が目的だ、こうも攻め立てられては虚閃で吹き飛ばすことも出来ん・・・・・・そうか! 狙いはそれか!)


フェルナンドの意図を見切ったハリベルが、唯一箇所開いている上空へ脱出しようと駆ける。
しかしその脱出口も4本の竜巻の先端がぶつかり合うことで完全に閉ざされる、逃げ場なし。

「遅ぇよ、ティア・ハリベル!」


声がしたのはハリベルの真下、炎の海に浮かぶ仮面、そしてその炎が燃え上がり、二つに裂けるとそれは龍の顎の様に大きく開き、その開かれた顎の中には膨大な霊圧が込められた砲弾があった。

「なにも虚閃はアンタの専売特許じゃぁ無いって事さ!喰らいやがれぇぇぇ!!」


放たれるのはフェルナンドの炎と同じ紅い霊圧、それが今や炎の檻と化した空間を埋め尽くしていく。
しかし、ハリベルとて唯それを待っているほど愚かではない、再び上に上昇し、檻を破るべく霊圧を集める、そしてその収束が終わる前に檻の天蓋が崩れた。
いや、崩れたと言うよりは4本の竜巻が融合し、ハリベル目掛けて突撃してきたのだ、下からは特大の虚閃、上からは高密度の炎の嵐、逃げ場はない。

「ならば迎え撃つのみ!」


決意と共にハリベルは切っ先を下に向けて虚閃を放ち、霊圧を解放して襲い来る炎の嵐に備える。
そして訪れる極大の爆発、炎の檻はそれに耐え切れず四散する。
フェルナンドの炎と虚閃、ハリベルの霊圧と虚閃、その全て一箇所でぶつかり合い激しい爆発と爆風が発生する。



ハリベルはフェルナンドの虚閃の勢いと爆風でかなり上空まで吹き飛ばされていた。
霊圧の防御と、虚閃で虚閃を迎え撃って威力を殺したとはいえ、自身の霊圧も混ざり合って炸裂した白髪を受けてはハリベルとて無傷ではいられなかった。


上空から虚園の砂漠を見る、見渡す限りの白の中で一箇所だけが未だに紅い、それはフェルナンドが生きているという証明だった。
「しぶといな・・・・・・」そう零すハリベルの声には楽しさが滲んでいた、それは予想外のダメージを負った事への驚きか、フェルナンドが自分の予想道理の力を持っていたことに対する喜びなのか。
そんなハリベルがあることに気付く、上空からはじめて見たフェルナンドの炎海、その規模が明らかに狭くなっている。

そして見た。半霊里ほどあった炎の海は今や半分を少し上回る範囲、ハリベルを囲い炎の檻を形成していた竜巻は見る影も無いほど細くなり、あらぬ方向へと拉げていた。
そして炎の竜巻がゆっくりと海へと還る、すると炎の海が僅かだが確実にその範囲を広げたのだ。
ハリベルはそれを見逃さなかった。

(急激に上がった炎の威力と密度・・・・・・ なるほど、そういうカラクリか、ならばどうするか・・・・・・ このまま行けば終わりは近い、だが本当にこのまま終わっていいのだろうか・・・)




フェルナンドは消耗していた。

未だその炎は大地を覆っているが、その範囲は確実に狭くなっている。
今の一撃でどれほどダメージを与えられたかもわからない、仕留めきる事などできてはいないだろう。
だが、確実に一泡吹かせてやることは出来たと、それがまず第一歩だとフェルナンドは奮い立つ。
これからの戦いのためにも、まずは霊圧と炎の消費をどうにかしなければならないとフェルナンドは考えた、しかし、こればかりは急激に回復する事などありえない。
まして炎の方は尚更だとフェルナンドは内心愚痴る、取り敢えずの応急処置として、もはや原形を留めていない炎の竜巻を自身の身体に戻す。
これで霊圧の回復と、炎が戻った事により若干炎海が広がった感覚をフェルナンドは感じた。

「後はあの女がどれだけダメージを負ってるかだが・・・・・・」

「私がどうかしたか? フェルナンド」



零した呟きに答えが返ってきたことに、もはやフェルナンドは驚かなかった。
それは当然の結果、あの程度死死ぬなどとは微塵も考えられない存在。
服はボロボロになり、身体にも多少のダメージは負っているようだが、そんなものは相手にとってさして気になる程のものでない事もフェルナンドは理解していた。

「お互い随分ボロボロになったものだな・・・・・・唯の大虚にこんなに梃子摺るとは思ってもみなかった。」

「・・・・・・まるでもうこれで終わったみてぇな言い草だな、勝手に俺までボロボロにするんじゃねぇよ。アンタはこれから俺がもっとボロボロにして殺してやるんだ、減らず口叩いてないでかかって来いよ!


ハリベルの言葉、それは純粋な驚きと唯の大虚にとっては賛辞とも取れるだろう、だがその言葉を認めないといわんばかりに殺すと明言するフェルナンド。
しかしその言葉はハリベルに対してというより、むしろ自分に対しての言葉、そうして声に出して宣言する事で自身を奮い立てようとする。
声に出すことで、自分以外の者にその決意を伝えることで自分の中に引き下がれないという状況を作り出す。
不退転の覚悟、それをもってフェルナンドはハリベルに対した。
そんなフェルナンドにハリベルはあくまで冷静に、自らの見た事実を語る。

「そういきり立つな・・・・・・ 上空からは随分はっきり見えた。貴様の炎が狭まっているのも、貴様が炎を吸収、いや、元からあった場所に戻したと言うべきか・・・・・・収束していた炎を戻して炎が広がる様を見たといえば伝わるのか?貴様が炎を産み出していたのではなく、総量の決まった炎を操る様子が見えたよ」


遂にバレたか、とフェルナンドは内心苦々しい思いで溢れていた。
炎を産み出す者と、炎を操る者、同じ炎を扱う者でもそのあり方は違ってくる。
産み出す者は、無限ではないにしろ霊力が続く限り際限なく炎を生み出し、操り、戦う事ができる。
対して操る者は、今、持っている内包した炎こそが全てであり、いくら霊力が優れていようともそれが無くなってしまえば戦う事ができない。

後者であるフェルナンドはこの発覚を避けたかった。彼自身膨大な炎を内包する存在ではあった、しかし、今ある炎が無くなれば、それだけで自分が無力と成り下がる事を理解していた。
フェルナンドがどれだけの炎を産み出せるのかが判らなかったからこそ、ハリベルが霊圧を温存した戦いをしていたと言う事も理解していた。
だがそれが判ってしまった今、ハリベルは目の前で燃えている炎の全てを駆逐するだけでいい、霊圧を温存する必要はなくなったといえる。

「もはや勝敗は見えた、これ以上続ける事は自殺と同じだ。理性があるのならば退く事を学べ、お前は、負けたのだ・・・・・・」


ハリベルの残酷な宣言が響く。
そう、完全なる敗北、もはやフェルナンドに逆転の芽はない、いきなり霊圧が増える事も、新たな力に目覚めるなどという事はありはしない。
残酷なまでの敗北という事実、だが、だからといってそれを受け入れられるほど、フェルナンドは大人になりきれていなかった。

「そうかい・・・・・・一つだけ、アンタの間違いを修正しといてやるよ。俺は”炎を”操ってるんじゃねぇんだ、言ったろ? この炎は”俺自身”だと、それはそのまま言葉道理の意味さ、俺に肉体は”無い”。 この炎は俺の姿が長い年月の内に変化したもんだ。だから簡単に操れるし、元は肉体だから霊圧も発してる。そしてこの炎が消えるって事は、即ち俺が死ぬって言う事と同義なんだよ。」

「ならば尚の事止めておけ、悪戯に死を急ぐのは愚かな行為だ。貴様は大虚でありながら私に一太刀浴びせた、それは評価に値する。私と共に来いフェルナンド、私がお前を戦士にしよう」


フェルナンドの独白を受けて、ハリベルは尚の事だと終わりを告げる。
この眼下の炎が消えればフェルナンドは死ぬ、ならば彼は今まで文字道理命を削って戦っていたという事、この炎海こそが彼の全て。
今この場で失うには余りに惜しい存在、大虚でありながら上位の破面であるハリベルと紛い形にも戦える力。
未だ荒削りとはいえ、戦士たる資質を充分に持っている彼をハリベルは失うわけにはいかなかった。
刀を持っていない左手を差し出す、私と共に来いと、この手をとれと。


「素直にその手を取れるほど、俺が大人じゃねぇってのはもう判ってんだろ? それに俺は今漸く感じられてんだ、俺は今を生きているんだって実感を。馬鹿みたいに長い時間を生きる俺達が、当たり前だと忘れちまうような、そんな感覚を俺はずっと求めてきたんだ。俺は馬鹿だからよ、戦う事しかそれを感じる術を知らねぇんだ。だから俺は退けねぇんだよ、戦って、このまま死んでも俺が今を生きたということが感じられんなら、俺はそっちの方がいいんだ。 だから! 俺はァァアァ!!!」


フェルナンドは咆哮する。
それに呼応するように、彼の仮面を中心に炎海の炎の全てが飛び上がり、猛烈な速さで霊圧の暴風を伴い集まっていく。
範囲が狭くなっていたとはいえ、膨大は量の炎が一点に集中し、嵐と共に小さく圧縮されていく。

その暴風が収まった後に残ったのは、今までの無形の炎ではなく、確固たる形を持った炎、「炎の馬」が空に佇んでいた。
体高は3~4m程の巨大な馬、肌も、蹄も全ては赤い炎で構成され、その鬣は燃え上がる炎そのままにゆらゆらとたなびいていた。
一点に集められた炎と霊圧、今まで眼下に広がっていた炎の海が全て内包されたその姿、威風堂々としたその炎馬の顔には、この炎の絶対支配者たるフェルナンドの仮面があった。


「その姿・・・・・・それがお前の切り札という事か、どうしても続けるというのか? これ以上はいくら私でも殺さぬように戦う事などできないぞ?」


「完全収束するとこの姿になっちまうんだよ。これだって半分くらいの炎しかないしょぼくれたモンだがな、それにさっき言っただろうが、退くぐらいなら実感できる方をとるってよ。それに殺さない用にだと?始めっから誰もそんな事頼んでねぇんだよ!そういう心算で来いよ!俺はこれに全てを賭ける!俺の最後の攻撃だ、受けてもらうぜ! ティア・ハリベル!」


炎馬となったフェルナンドから赤い霊圧と炎が彼を覆うように噴出している。
最後の一撃、退いて永らえるくらいならば、ここで全てを出し切るほうを選ぶ、潔さとも無謀とも取れる行為。
しかし今のフェルナンドが持つ不退転の覚悟だけは本物だろう。

その気合と覚悟を受けハリベルは静かに瞳を閉じる。
このまま戦えば彼を殺してしまうかもしれない、故にこの一撃を避け、消耗した彼の四肢を落としてでも、無理矢理にでも虚夜宮へ連れていく事が任務を全うする事を考える上でもっとも合理的な選択。
だがそれでいいのかとハリベルは自問する、目の前であれだけの気合と、力と、そして覚悟を見せ付けられ、尚正面から受けずに戦うのか?それが戦士ティア。ハリベルの戦いなのか?

否、断じて否、相手の覚悟をこうも見せられ、それに答えられないような者は自らを戦士と呼ぶ事は出来ない。
挑まれた最後の勝負、それに背を向けるなどありえない、それは自分の戦士としての矜持に、そして何より相手の覚悟に泥を塗り、踏み躙るのと同じ非道。
事ここに至っては、此方も相応の覚悟と、相応の技をもって答えるのが戦士の礼。

カッと見開かれたハリベルの瞳。
其処には戦士として相手を倒すという決意以外存在しないような、苛烈な覚悟を秘めた瞳があった。

「ならばもはや何も語るまい、互いにこの一撃をもって幕としよう。この虚閃は特別だ、我等の中でも一部の者にしか許されない至高の虚閃。これを受けて消える事を誇りに思うがいい、フェルナンド・アルディエンデ」

そう言うとハリベルは自らの刀で指を切る。
流れた血は刀身を伝い刃にいきわたり、次いでその刀はフェルナンドへと向けられその切っ先に霊圧が収束する。
切っ先へと集まる霊圧に巻き上げられるように、刃に付着した彼女の血が霊圧と混ざり合いそれを切欠に唯の虚閃とは比べ物にならないほど膨大な量の霊圧が収束する。
1m程にまで巨大化した霊圧の塊を掲げたままハリベルは問う

「準備はいいか、フェルナンド。私の今撃てる最高の虚閃だ。その身に受けることを誇るがいい」

「ハッ、上等!アンタこそその虚閃が貫かれて自分が消炭にならないように、精々力を込めるんだな、往くぜ! ティア・ハリベル!」


言葉と共にフェルナンドが霊圧と炎を纏い疾走する。
四肢から爆発的な推進力が発生し、その一駆けでフェルナンドの姿は赤い流星と見紛うばかりの一条の光へと変わる。
一直線にハリベルへと迫るフェルナンド、至高の虚閃をもってそれを迎え撃つハリベル。
かくして両者の小筒の瞬間が訪れる。

「ウルァァァァアァァアァァァァ!!!!!」
「王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)」


全霊を賭けた流星と至高の砲撃、衝突の瞬間全ての音が消え去った。
夜の世界、虚園に朝が訪れたのではないかという程の閃光が生まれ、その後に置き去りにされた爆発音が響く。
衝突によって発生したエネルギーは砂漠を覆うドームを作り出し、辺りを覆う。
そして、閃光が収まりだし、高純度の霊圧動詞の衝突によって発生したエネルギーが収まり、そしてその後に残ったのは夜の静寂と、巨大なクレーターだった・・・・・・




衝突
閃光
爆発
後に残るものはあるのか

生の実感を願った彼
喪失の孔を抱えた彼
彼の孔は、未だ穿たれたままなのだろうか・・・






2010.05投稿

2010.09.27微改定



[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 6(微改
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/09/27 22:35
BLEACH El fuego no se apaga.6











虚園の白い砂漠が抉り取られる様にして出来たクレーター、膨大な量の光と、爆発で発生したエネルギーは次第に終息し、辺りは一瞬の夜明けから、また永遠の夜へとその姿を戻しつつあった。
抉られたクレーターからは未だ砂煙が上がり、その様はその瞬間を見ていない者をしても、その威力の凄まじさを雄弁に語っていた。

だが、誰が思うだろう、この異常な光景、大地は抉れ、砂は隆起し、未だ残る霊圧の残滓は近づくのを躊躇うほど。
そしてこれを成したのがたった二人、しかもたった一撃の衝突の結末であるという事を。
両者がまさに全霊をかけた一撃、己が命を賭けた者とその覚悟に応えようとした者、覚悟と覚悟の衝突、それこそがこの場に広がる景色の理由であった。


クレーターから立ち昇る砂煙が次第に収まりだす。
晴れつつある砂煙に映し出される影は二つ、一方は女性の形をした影、そしてもう一方は何とも形容しがたい形、人では無く、反って動物でも無く、形を成していない形、何かの塊という表現が一番適切ではないかと思われる影。
煙が晴れる、そして影は隠されていた実体を表す。

女性の形をした影は、黄金の髪に翡翠色の瞳、褐色の肌を白の衣で包んだ美しき破面、ティア・ハリベル。
形容しがたい影は、轟々と燃え盛り、焼き尽くす紅い業火の大虚、フェルナンド・アルディエンデ。
この巨大なクレーターを生み出した二人は、互いの必殺の一撃を生き延びていた。
生き延びたという点で二人は同じだろう、しかしその状態はまったく違っていた五体満足とまでとはいかないまでも、自らの足で大地に立つハリベルと、まさしく全身全霊を込めた特攻とハリベルの王虚の閃光を真正面から受けたフェルナンドは、もはや炎馬の形態をとる事ができなく、炎の身体を維持する事しかできないでいた。

体を左側を正面に半身の構えで油断無く佇むハリベルと唯己を維持するだけのフェルナンド、もはや戦闘は困難どころか完全に不可能の状態、ここに二人の戦いの決着は着いた。

「チッ、結局このザマか・・・・・・俺の全てを賭けたって、アンタの命に届かねぇ。かといって生きた実感が得られたわけでもねぇ、唯ボロカスになって、無様に死んでいく訳だ・・・・・・ハッ、笑えるな・・・・・・」


フェルナンドは笑う、無様な自分を嘲笑う、全霊をかけた攻撃でもハリベルの命を奪うには足らず、求め続けた生の実感も結局得る事はできなかった。
ハリベルとの戦いの中で、ギリギリの勝負の中で確かに感じた感覚、戦いの喜びと、命と命のぶつかり合いの中で感じた生の実感。
この一撃で自分は死ぬだろう、だがそれでも自分が、この一瞬を生きたと感じられるならばそれでいいと思い放った最後の突撃、迎え撃つハリベルの攻撃を受け、その只中を突き進むなか彼が感じたのは、生の実感ではなく死の恐怖だった。

今まで死を体感しても感じなかった恐怖、それが彼の中でブクブクと膨れ上がっていった、死にたくないと感じた自分が生き残っている現状、それは自身が恐怖に負け退いたという事だとフェルナンドは思っていた。それ故にハリベルの命に届かなかったと、恐怖に退いた一歩、それがフェルナンドには屈辱的で、それ故に愚かで無様な自分を笑ったのだった。

「なぁ、笑えるだろ? ティア・ハリベル。俺はビビっちまったのさ。テメェが望んだものを手に入れようとしたその時に、俺は退いちまった。退いて、そして無様に・・・・・・生き残ったんだ・・・・・・」


自らの苦々しい思いを口にするフェルナンド。
己の一撃を正面から受けようと対したハリベルに、己の愚行を伝える。
そうしなければフェルナンドの気がすまなかった、最高の一撃、最高の殺し合い、それを自分が台無しにしたと、フェルナンドはハリベルに告げようとしたのだ、少し前の彼ならば考えられない行為、戦いというものへの向き合い方がフェルナンドの中で少しだけ変わっている、その証拠だともいえた。

「貴様の言いたい事は判った。だがそれの何が悪い、恐怖を感じた事の何が悪いというのだ。恐怖を感じない者など狂った獣と同じだ、恐怖を感じて尚戦場に立てるかどうか、戦いの中に身を置けるかどうか。それが戦士と獣を別ける境界だよ、フェルナンド。」

「だが、俺は戦いの中で退いちまった。アンタは最高の一撃を放ったのに、俺はアンタに掠り傷一つ負わせてねぇ。それは俺が退いちまったせいで、それはアンタが言う戦いを侮辱した事にはならねぇのかよ?」


フェルナンドの苦々しい思いを、それど何処が悪いのだとハリベルは一蹴する。
戦いの中で恐怖を感じる事、そんなものは誰しもが感じている事なのだ、今までそれを直視してこなかったフェルナンドにとっては、それはさぞかし衝撃的で、屈辱的な事だったのかもしれない。
それは彼が戦いを愉悦の為だけに用いていた為でもあり、自身よりも強いものと相対した事が無かった為でもあったのだろう。
故に彼は初めて感じた感情である恐怖を受け入れがたかった。

ハリベルは言う、恐怖を感じる者と感じない者の違いを、恐怖を感じない者は唯の獣であると、恐怖を感じて尚戦場に立つものは戦士であると、故にお前は戦士であるとハリベルは確信した。

「確かに貴様は戦いの中で恐怖を感じた。だがそれならば何故逃げなかった?向かってくる私の攻撃から身を翻し、かなた遠くまで飛び去ってしまわなかった?貴様は恐怖を感じながらも私の攻撃の只中を進んだ、それの何処が戦いを侮辱する?貴様は恐怖を感じながらも逃げ出さず、貫いたのだ貴様の覚悟を、そしてそれは私に届いた。」


そう言ってハリベルは今まで半身にしていた身体をフェルナンドに正対させる。
そうして今までフェルナンドにとって死角となっていた彼女の右腕には、彼女の纏う白い衣は肩口から先は無く、刀を握った手から、腕、肩にかけての所々を熱傷が覆っていた。フェルナンドの全身全霊を賭けた最後の一撃は、間違いなく彼女に届いていたのだ。

「チッ、まったく・・・・・今まで右側を隠してたのはそういう訳か、こんなボロカスになった相手にまで自分の傷を隠すとは随分慎重なことで。やってられねぇな、まったく・・・・・・」


それを見るやフェルナンドは毒づく、自身の圧倒的有利、それどころか完全な勝利の中でも決して油断しないハリベルの振る舞いに、呆れを多分に含んだ言葉をかける、だが、その声には喜色が浮かんでいた。

いや、それもあるが、その喜びの最たる理由はきっと別、自身の一撃が彼女に届いていたという事実のためかもしれない。

「その言葉は褒め言葉として貰っておこう。戦いにおいて自分の弱味は見せない、戦士の心得の一つだ、覚えておけよ。」

「ハッ、そうですか、クソッ、俺の負けで幕って事か・・・・・・だが悪い気はしねぇな。初めて負けたってのに不思議なもんだぜ・・・・・・さぁ止めを差せよティア・ハリベル。戦いに、殺し合いに、その最後にはどっちかの血が流れねぇと、それは永遠に終わらねぇぞ。」


戦いに、殺し合いに幕を引けとフェルナンドはハリベルに告げる。
命と命のやり取りの中で、どちらも生き延びるなどという事はありえない。
全てが丸く収まるなどという綺麗事は、大昔の御伽噺の中だけの所詮紛い物の幻想に過ぎず、現実はどちらかが血を流し、その命の火を消さなければ終わりにはならないのだ。
故に殺せとフェルナンドは語った。

「それはできない。貴様は私と共に来てもらう、それに貴様が言ったのだろう? 連れて行きたければ力ずくでそうしろと、それだけの力を私は示した心算だが、それとももう少し痛めつけられたいか?」

「なっ! アンタどういう心算だ! ここで俺を殺さねぇと、この殺し合いは終わらねぇと言っただろうが!何処に連れて行く心算かは知らねぇが、そこに連れて行っても、俺はアンタの命を狙うかもしれねぇんだぞ!」


止めは差さない、ハリベルはそう答えた。
それはハリベルにとって当然の選択、元々彼女の使命はこの大虚を虚夜宮へと連れて行くこと、途中彼の意気に流され戦いに熱が入ってしまったのもまた事実ではあるが、それとこれはまた別の話なのだ。
そして使命以上にハリベルはフェルナンドを気に入っていた、初めにあったような、何者にも噛み付くむき出しの爪や牙の雰囲気は今はなく、禍々しい雰囲気も感じられない、まるで憑き物が落ちたような彼ならば、きっといい戦士となるとハリベルは感じていたのだ。

当然そのハリベルの返答が気に入らないフェルナンド、彼にとって戦いの終わりは常に何かの死によって締め括られるものであって、それが存在しないという事は、戦い自体が終わっていないという事。
そんな中途半端が許されるはずがないと、止めを差せと、差さなければ自分はお前の命を狙うと吼えるフェルナンド。
だが、ハリベルは確信していた、次に自分が放つ言葉を聴けばこの炎の大虚は確実に虚夜宮に行くと言う事を。


「それならば問題ない。いくら貴様が強くなろうとも、私が貴様に敗れる事などありはしないからだ。よく見ろ、そんなに消耗して私に負わせた傷が熱傷程度、私の命を奪うには、少々足りな過ぎるのではないか?この程度で命を狙うなどと口にするとは・・・・・・呆れてものも言えんな。」

大げさに肩を落とし、最後には溜息のおまけをつけて放たれたハリベルの言葉、言っている言葉の全ては事実ではあるのだが、その言い方が余りにもフェルナンドを見下し、そんな事も判らないのかといった態度だった事は言うまでもない。
最初にフェルナンドがハリベルにとった態度そのままに言い放ったそれは、意外とそれを根に持っていたハリベルの意趣返しでもあり、フェルナンドを動かすには十分すぎるものであった。

「ほぅ・・・・・・ それじゃあ何か?俺がいくら強くなってもアンタは殺せねぇと・・・ 俺程度に負ける訳が無ぇと・・・ 俺の言ってる事が口先だけだと・・・そう言いたい訳だ・・・・・・・・・・・ 上等じゃねぇかコノヤロウ!!何処にだって連れて行きやがれ!!そこで強くなって必ずアンタを俺の足元で跪かせて、今の発言を後悔させてやろうじゃねぇか!!馬鹿にした態度とりやがって! クソ!頭にきた! オラ何してんだ!さっさと連れて行きやがれ!!ティア・ハリベル!!!」 


フェルナンドの感情に呼応して彼の炎が怒髪天の勢いで燃え盛る。
余りにも単純・・・・・・ハリベル自身ここまで効果覿面とは思っていなかった為一瞬面喰ってしまう程の態度の変化。
ハリベルにとった自身の態度など棚上げにして怒るフェルナンドは早く連れて行けとハリベルをせかす。
これにてハリベルの任務は一応の達成を見たが、この後に起こるであろうことを思うと一瞬頭が痛くなるハリベルであった。






戦いは一応の幕
紅炎は満身創痍
新たな境地の淵に立つ

指針たる黄金は
この後の激動を未だ知らない




2010.05投稿

2010.09.27微改定



[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 7(微改
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/09/27 22:38
BLEACH El fuego no se apaga.7











何処までも広がる虚園の砂漠、遮るもの無く、、暗い夜空と白い砂漠の境界線が視線の先に緩やかな地平線を曲線をえがく、それは何処まで行こうとも途切れる事はない。
その見果てぬ白の砂漠に聳えるものがある、それは虚園の自然に存在しない直線と、地平線と同じ曲線によって形作られ、全てを砂漠と同じ白で彩るそれは明らかに人工的に作られたものだった。

巨大、それしかその建造物を形容する言葉は無かった。視界に捉え、それに近付こうとしても一向に近付いた気がしない。
余りの大きさゆえに距離感は崩れ、砂漠以外の比較対象の少ない虚園ではそれを修正する事すら出来ない。
視界に捕らえているのに近付けない、現実として存在しているはずなのにまるで幻の様なその建造物、それこそが破面達を従える者、藍染惣右介の居城であり、破面(アランカル)達が巣食う美しくも危険な宮殿、『虚夜宮(ラス・ノーチェス)』であった。



ハリベルはフェルナンドを伴ってその虚夜宮のある場所に居た。
虚夜宮『玉座の間(ドゥランテ・エンペラドル)』 宮殿の主である藍染惣右介が破面に命を下す場所。
その中央でハリベルとフェルナンドは、他の破面達が遠巻きに見守る中でこの宮殿の主を待っていた。
フェルナンドはこの虚夜宮に来る間に多少回復はしたものの、本来彼が持つ霊圧、そして炎には遠く及ばない状態であった。

ハリベルの横で仮面が収まる程度の炎の塊となり浮かぶフェルナンド、そしてその彼に注がれる眼、眼、眼。
視線から感じる感情は様々、値踏みするような視線、特に興味も無いといった視線、面白そうだという視線、あからさまな敵意を含んだ視線、そしてその他の大多数の視線から感じるのは、嘲り、嘲笑といった視線だった。
そしてその嘲笑と嘲りの視線はフェルナンドだけではなく、彼の隣にいるハリベルにも向いていた。

「オイオイオイ、第4十刃サマともあろう御方が、そんなゴミみたいなヤツを連れてくるのにそんなにボロボロになったのかよ。これは天下の第4十刃も地に堕ちたってもんだな!」


誰とも無くそんな声が聞こえる、それに次いで次々と同じような内容の言葉が飛ぶ、そしてそこかしこから隠そうともしない笑いが起こる。
現状のフェルナンドの霊圧をだけ見て格下だと決め付けた者による言葉、それが誰だったかは判らない、だがそれに同意するような笑いが広がる。
それは同時にハリベルに対するものでもあった、そんな格下の大虚に梃子摺ったばかりか、手傷を負わされて帰ってきた十刃、唯の破面ならばこれほどの嘲笑は受けなかった、彼女が十刃であるが故にそれは起こったのだ。


『十刃(エスパーダ)』 破面の中で1~10の数字の刻印を身体に刻み、No.11以下の破面を支配する権限を持つ破面。
その序列の決め方は至って単純、その破面が持つ”殺戮能力の高い順” それだけだ。
力こそが総てである彼らにとってそれは単純であり、最も理にかなった序列の決め方であった。
だがしかし、その十刃の一人、しかもNo.4という上位の十刃が手傷を負って帰ってきた、さぞかし強い大虚、それも最上大虚を連れて来たのだと思えば、その彼女の隣にいるのは仮面の浮かんだ火の玉一つ。
発する霊圧もそれほど大きいものではない、それは即ち彼ら破面にとっては取るに足らない雑魚であるという証、その雑魚に十刃が手傷を負わされて帰ってきた、力を信じる彼らからしてみればそれは許されない事であった。

故の嘲笑、そんな雑魚に傷つけられるとは笑わせると、そんな雑魚は自分達でも容易に殺せると、そしてそんな力の無い者が十刃などと笑わせると、そんな声が聞こえてくるような笑いそれが少しずつ広間に満ちる。


そんな笑い声の中ハリベルは瞳を閉じ唯じっとその場に立っていた。
その笑いは確かに聞こえるが、それは取るに足らない事、言いたい者には言わせておけばいい。
そして自身がこの隣にいるフェルナンドに傷を負わされた事は、紛れも無い事実であり、それは彼らにとっての十刃という力の絶対性を失わせかねない事実でもあった。
故にハリベルはその笑いの中で己の未熟さを再確認していた。

だがそんなハリベルの隣でその笑いに耐え切れそうに無い者が居る。
フェルナンドは機嫌が悪かった、唯でさえここに連れて来られる前にハリベルに「お前では私に勝てない」と言われ頭に来ているところに、まるで自分が見世物になた様に奇異の視線を向けられ、最後には嘲笑の嵐、平静で居られる方がどうかしている。
フェルナンドは耐え切れずハリベルに語りかけた。

「おいアンタ、こんなクソみたいな奴らに言いたい放題、笑わせ放題にしといていいのかよ?少しは頭にこないのかよ、えぇ?」

「笑いたい者は笑わせておけばいい。それに貴様に傷を負わされたのは事実だ、彼らの言葉には一理ある。十刃としての席に居ながら、その責の重さを私が理解しきれていなかった私の未熟さが招いた事だ、何を言うものでもない。」

「ハッ、違うな、アイツ等みんなアンタが妬ましいのさ。大した力も無ぇクセに、誰かが失敗すりゃぁそれを声高に叫ぶ、テメェが強くなる事よりも誰かの足を引っ張る事しか考えてねぇ。物陰に隠れて姿を見せずに女々しいことこの上無ぇ、そういう程度の低いクズなんだよ。」


周りに憚る事無くそう言い放つフェルナンド。
そんなフェルナンドの言葉は、笑い声が満ちる広間に異常な程良く通った。
瞬間笑い声が消える、そして嘲笑の視線はその総てが、殺意の篭った視線へと変わった。
空気が張り詰め静まり返る広間、その一瞬の静寂を打ち破るように、一体の破面がフェルナンドとハリベルの前へと歩み出る。

「オウ、誰が物陰に隠れてるって?雑魚が言うじゃねぇか、オレ達が足を引っ張る事しかできないクズかどうか、テメェ自身に判らせてやってもいいんだぜ?」


そういってフェルナンドを挑発する破面、身体は異常に大きく、鎧のように肥大した筋肉を身に纏い、動物のサイの骨のような仮面の名残をその頭に着けた破面、人型というよりはむしろまだ虚に近い形状をしたその破面はフェルナンドの仮面に顔を近づけてそう言った。
その視線には怒りが満ちており、そしてそれは明らかに格下を見る目つき、根拠の無い自信と相手を侮る愚かな態度、そんなサイの破面をハリベルが嗜める。

「止めろ。この大虚は藍染様に引き合わせることになっている、その邪魔をすれば容赦せんぞ。」

「黙っててもらおうか第4十刃サマよ! こんな雑魚にそのザマじゃオレは十刃なんて認められないね。十刃は力を持ってるからオレ達は従うんだ、それが示せないヤツは十刃じゃないんだよ!」


第4十刃であるハリベルに対して、憚る事無くそう叫ぶサイの破面。
彼が言った事は十刃以外の下位の破面が思っていた事だ、破面にとっては力こそ総て、それが示せない者に従う理由がどこにあるとNo.11以下の破面たちは思っていた。
そしてその破面達は、彼らをクズ呼ばわりした火の玉の大虚を、サイの破面が殺すのを見たがっていた。

「それじゃぁ藍染サマに引き合わせる前に、オレがコイツの強さを見てやるよ! 雑魚なんか会わせたって仕方ないからな!」


周りからの期待の視線を感じたのか、サイの破面はニヤニヤと笑いながら両手を広げて宣言する。
そう声高に叫ぶサイの破面に賛同するように多くの破面が叫ぶ、「やっちまえ」、「ブチ殺せ」と。
広場を喧騒が支配する、殺意の篭った視線がフェルナンドへと集中する、その中でフェルナンドは何も感じないような態度でハリベルと話していた。

「おい、アンタ、これは殺っちまっていいのか? 相手の力も測れねぇクズだ、死んじまっても問題ないだろ?」

「あぁ、私の言う事は聴かないらしいからな、お前がそう言わなければ、私が殺していた所だ。 だがもうすぐ藍染様がいらっしゃる、殺るなら手短にな」

「ハッ、時間を掛けるなだって? 笑わせんなよ、こんなクズ一匹消すのに時間なんか掛かると思ってるのか?」


広間を埋め尽くす怒号の中、フェルナンドとハリベルはそんなもの気にも留めない様子で語り合う。
その内容はいたって単純、目の前の愚か者をどうするか、という問題。
フェルナンドにとって機嫌の悪いところに、更に追い討ちをかけるかのように出てきた目障りな相手。
ハリベルにとっては十刃である自らの命に従わない破面、ただ笑らわれている内ならばよかったが、明らかな命令違反を見逃すほどハリベルは優しくはない。
そして二人の出した結論は、この破面の殺害だった、まるで肩に落ちた埃を払うかのような気軽さで、二人はそれを決定した。
それを目の前で聞いていたサイの破面は、怒り心頭といった様子で身体を震わせ直後大きく拳を振りかぶる。

「ふざけた事言いやがって! 今すぐブチ殺してやる!!」


叫びと同時に振りかざした拳をそのままフェルナンドの仮面目掛けて振り下ろす、その拳には霊圧が込められ、鎧のような筋肉と相まってその破壊力は見るも明らかだった、そして仮面へと拳が当たると思われた瞬間、フェルナンドの炎が弾けた。
炎は瞬時に膨れ上がり、瞬く間に大きくなると、そのままサイの破面を呑み込んでいた。

「ギャァアああアァァぁァアアあぁァァァアァァァ!!!」


炎に呑み込まれ、火達磨になった破面が断末魔の叫びを上げる。
だがそれも一瞬、次の瞬間にはもうその声は聞こえない、身体を焼く炎の痛みに耐え切れず、叫び声を上げるために大きく開かれたその口からフェルナンドの炎は身体の中へと入り込み、気道を焼き、肺を焼き、臓器を焼いた。
焼き爛れた喉は最早声を発することは無く、外側と内側の両方から焼き尽くされたサイの破面、すでにそこには炎だけがその場で人の形のまま燃え盛っていた。
呑み込んだ破面の形が次第に失われ最後には炎だけとなると、炎は次第に収まり、フェルナンドはまた先ほどと同じ火の玉の形に戻りハリベルの隣へと移動する。



広間に音は無かった、ほんの一瞬で総てが決着してしまったのだ、先ほどまでフェルナンドの前にいたサイの破面は今は居ない、その欠片すら残されていない、血痕すらなく、ただ彼が立っていた床に炎で出来た焦げ後が僅かに残っているのみだった。
その静寂の後に来るのはやはり怒号だった、目の前で同胞を焼き尽くされた破面達が一斉に叫びだしたのだ、様々な罵声が飛び交う、ありえないと、霊圧から考えてそれはあり得ない事なのだと、何か裏があるに決まっていると、そしてその総てに共通するのが「殺せ」という一つの意思だった。
まさに一触即発の気配、そしてそれは到底押さえ切れるものでは無くなりつつあった。

だが、その喧騒は一瞬で静まる、この男の登場によって。

「――やぁ、皆、遅れてしまってすまない。」


怒号と罵声が飛び交う広間に、さほど大きく発せられた訳ではない言葉が響く。
それはその男が持つ圧倒的な存在感、カリスマによるものか、それともこの場にいる総ての破面が根源的に抱える恐れによるものかは判らない、だがその一言だけで、広間は静まり返り、あれ程騒いでいた破面たちもそのなりを潜めた。

破面達がいる場所よりも、かなり高い位置に設けられた玉座に男がゆっくりと座る。
その玉座にはそこに広間から上るための階段は無く、断壁の上にあるそれは彼等とその男が隔絶された存在であることを示しているかのようだった。
破面達がまとう衣とは趣が違うものを身に纏った男、白を基調とした破面の衣に対して、男が着ているそれは黒を基調とし、その上から白の羽織を着た男、柔和な顔立ちで、常に笑みを浮かべてはいるが、その眼鏡の奥に誰よりも深い闇と欲望を詰め込んだ男、本来この虚園と敵対する存在、『尸魂界(ソウルソサエティ)』の死神でありながら、彼ら破面を産み出し支配する男、藍染惣右介その人であった。

「おかえりハリベル、任務ご苦労だったね、待たせてしまってすまない。尸魂界を出るのに少し手間取ってしまってね。」

「いえ、私こそ藍染様の御前にこのような無様を曝し、申し訳なく思います。」


先ほどまでの喧騒の理由を藍染は問わない、無論ここは彼の宮殿、事の顛末の総てを彼は知っている。
だが、そんなものは彼にとって小さな出来事、ただ粛々と己の目的だけに邁進する彼にとって、それは余りに小さな出来事だった。
故に彼は問わない、そして表面だけの労いをハリベルにかけた、心からの言葉ではないそれ、だがそれも仕方が無い事、藍染惣右介にとって”こころ”などというものは、理解の外にあるのだから。

「いいさ、それで彼なんだね? 君にその傷を負わせたという大虚は。」

「はい、この傷は間違いなくこの者との戦闘で負ったものです。戦闘によってこの者の霊圧も極端に減衰し、現在はその大半を失っている状態ですが御覧になられていた通り、最下位の破面クラスならば問題なく対処できるようです。」


周りを囲む破面達が一斉に息を呑む、放つ霊圧から雑魚だと決め付けていた大虚が、実はその霊圧の大半をハリベルとの戦闘で使い果たし――実際はハリベルに消し飛ばされたのだが――ていたという事実。
そしてその大半の霊圧を失った状態で最下位とはいえ破面を焼き殺したという事実。
奇異の眼から殺意の篭った目へと変わったそれが、今度は恐怖を映し出していた。




「そのようだね、名を聴かせてくれるかい? 荒ぶる炎の大虚よ。」

言葉と共に一面を霊圧が襲う、藍染から放たれた霊圧が、まるで総てを押えつけるかのように降り注ぐ。
笑みを浮かべ、頬杖をついたまま放たれるその霊圧の大きさに「ヒッ」と何処からとも無く小さな悲鳴が漏れるほどの霊圧の中で、フェルナンドは怯む事無く藍染の顔を睨み付ける。

「フェルナンド・・・・・・フェルナンド・アルディエンデだ。あんたが俺に力をくれるのか?」

「力を得られるかどうかは君次第だよ、フェルナンド。我ら破面は君を歓迎しよう。」

「そうかい・・・・・・一つ確認だが、俺が力をつけてこの女を殺したら、アンタはどうする?」


歓迎の言葉を述べる藍染にフェルナンドが問う、自身がハリベルを殺したならばお前はどうするのかと。
一瞬藍染の顔から笑みが消え、代わりに多少の驚きが浮かぶが、それもまた直ぐにいつもの笑みへと戻った。

「驚いたな・・・・・・君はハリベルを殺すつもりでココに来たのかい? 君がそれだけの力を付けたのならば、君の好きにするといい。だがきっとハリベルもそう簡単には殺されはしないよ、そうだろう?ハリベル。」

「無論です。まぁ、今のままでは相手にすらなりませんが。」


驚きながらも、いや、面白いものを見つけたといった風に殺害を容認するという藍染。
彼にとってはこれもまた余興に過ぎないのだろう。
そして、ハリベルの迎え撃つという発言に、フェルナンドは隣で「その言葉忘れんじゃねぇぞ」と念を押していた。
こうしてフェルナンドが虚夜宮で破面の一員となることが認められた。



だが、フェルナンドの加入のみでこの場が終わる事はなかった。



「ハリベル、実は一つ君に伝えなければならない事があるんだ。 破面No.3、『第3十刃(トレス・エスパーダ)』 ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクが失踪した。」







王の言葉
それは絶対の宣誓
それに間違いはなく故に完全

駆け上がる階段
空席を埋める黒い翼
そしてそれは血によって贖われる




2010.05投稿

2010.09.27微改定



[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 8(微改
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/09/27 22:41
BLEACH El fuego no se apaga.8











―― 破面No.3『第3十刃(トレス・エスパーダ)』 ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクの失踪


それは任務で虚夜宮を空けていたハリベルにとって衝撃的なことであった。
自分よりも一つ上の位階、第3十刃であり、理性的で聡明、破面でありながら戦いを好まない性格をした彼女。
しかしその戦闘力は他を圧倒するほどの力だった。
その姿はハリベルにとってある意味理想的であった、戦う事は目的ではなく手段でしかなく、力を誇示するだけの戦いは獣のそれと変わらない。
自らを戦士と捉え、また自身も戦士であろうとしたネリエルの在り方は、無為の犠牲を好まないハリベル自身共感できる部分もあり、十刃の中で最も信のおける存在であった。
言葉を交わす機会も多くは無いがあった、彼女と彼女の従属官(フラシオン)が語り合う姿は主従を越えた信頼という未知の感覚ををハリベルに感じさせていた。

そしてそれはどこか好ましいものだとも。


その彼女の突然の失踪、ありえない・・・・・・そんな言葉がハリベルの頭に浮かぶ。
そもそも彼女が姿を消す理由が無いと、上位十刃として破面をまとめる事、また、戦いを好まぬ故に命が失われる事を嫌い、仲間を助けるという破面、いや、虚を含めた虚園に棲む者の中でも稀有な行動をとる彼女。
理性あるが故に戦いではなく、対話を持って事を成そうとする彼女の姿勢は、虚夜宮に新たな秩序をもたらすきっかけとなる筈だった。
そしてネリエル自身そうなればいいと語っていた、それを成さずして、それを放棄するように彼女が消えるなどありえない。
では、何者かによって殺されたのか、それもまたあり得ないとその考えを斬って捨てるハリベル。
彼女は十刃だ、それもハリベル自身よりも上位の十刃、戦闘で敗北する事などほぼあり得ない。
そして一度戦闘となれば、戦士として相手と向かい合い、命を奪ったその後もその命を背負う覚悟を持って戦う、そんな彼女が、まさに戦士たる彼女が、唯の戦闘で負ける筈等がない。
だが現実として彼女はその行方をくらましていた。 何故だ そんな呟きがハリベルの頭に木霊する。

「・・・かい・・・・?・・ 聴いているかい? ハリベル。」


思考の海に沈んでいたハリベルの意識が急激に浮上する。
下を向き、考えに耽っていたハリベルが顔を上げると、玉座に腰掛けたままの藍染が、笑みを浮かべたままハリベルに声をかけていた。

「申し訳ありません、少々考えに耽っていました。御前での無礼、お許しを。」

「構わないさ、そんな些細な事で君たちを罰したりはしないよ。 ネリエルのことは残念だが、今は大事な時期だ。十刃の欠けは許されない、空席は埋められなければいけない。」

「お待ちください藍染様、せめてもう少しの間探査を続けて頂けないでしょうか、彼女がいきなり消えるなど・・・・・・」


藍染が暗にネリエルの捜索をしないと言った事に、ハリベルは待ったをかける。
確かに十刃に欠けが許されないと言う事は、ハリベル自身理解している、だがそれでもネリエルが失踪する理由が余りにも見当たらない。
何か裏に在るのではないかと考えるのは、むしろ自然な事に思えた。
それゆえにハリベルはネリエルの捜索を嘆願した。

「どうかおn「居なくなっちまったヤツなんかどうだっていいだろうが! グチグチうるせぇんだよ! ハリベルさんよぉ!」


ハリベルの言葉を阻むように、ハリベルよりも少し高い位置、短い長方形の柱の上に腰掛けた一体の破面がハリベルの言葉を遮った。

「ノイトラ・・・・・・」


そちらにハリベルが視線を向けると、そこには一体の破面がニヤニヤと笑みを浮かべながらハリベルを見下ろしていた。
外見は長身痩躯、黒い髪は肩まで伸び、手首には金色のリング、ゆったりとした袴に爪先の曲ったブーツを履き、左目には黒い眼帯、切れ長の細い眼でハリベルを見下し、大きく開かれた口の中に見える舌に『8』の刻印、ハリベルの言葉を遮った破面の名は『ノイトラ・ジルカ』 破面No.8 『第8十刃(オクターバ・エスパーダ)』 の席に座る男である。

「大方テメェが十刃の器じゃなかったって事に気付いたんだろうさ! 潔く身を引いて、外の砂漠に消えたんじゃねぇのかよ。」

「貴様・・・・・・それ以上彼女を侮辱すれば許さんぞ・・・」

「俺がテメェに許してもらう必要は無ェよ。メス同士の庇い合いか・・・反吐が出るぜ!!ココにも! 戦場にも!メスの居場所は無ェんだよ!」


ハリベルの視線に殺気が滲む。
前々からネリエルとハリベルに対して何かと噛み付いてくるノイトラを、ハリベルは常日頃は無視していた。
だが今回のネリエルに対する侮辱、そして自身とネリエルをメスと罵り、両者の戦士の誇りを傷つけたノイトラに、本来冷静で思慮深いハリベルでさえ自身を抑えられなくなっていた。

ノイトラはその視線を受け止め、ニヤついた顔はそのままにそれに答えるように睨み返し、腰を浮かせて臨戦態勢をとる。
その二人の様子に下位の破面達は震え、ハリベルとノイトラ以外の十刃は、我関せずといった態度でその様子を傍観していた。
それは無論フェルナンドにもいえることで、御託はいいから早く始めろという気配が彼の炎から溢れていた。



「二人とも、其処までだ。」



一触即発の気配の二人、その二人を強大な霊圧が襲う。
藍染から放たれる霊圧にハリベル、そしてノイトラもそれに耐えられるように足に力を込め、踏ん張るようにしてそれに耐える。
彼ら十刃をしてもそうして意識して耐えなければ、簡単に膝を着いてしまいそうな濃密な霊圧の波濤、それを苦も無く発する藍染。
互いに意識を藍染に集中していなければならない状況に追い込まれ、必然的に一触即発の事態は回避される。

「十刃の私闘は厳禁だと言った筈だよ、そんな事で十刃を欠く事はできない。そしてハリベル、ネリエルの事は既に決定事項だ。僕が決めた、それが理由だよ。わかるね?」


「・・・・・・はい、出過ぎた申し出お許しください。」


言外に反論は認めないという藍染の言葉、霊圧と共に放たれたそれは、ハリベルに藍染と出会った時のあの感覚を思い出させるのに充分なものだった。

「判ってくれて嬉しいよハリベル。ノイトラ、君もいいね?」


ノイトラにも同様に声をかける藍染、それをノイトラは「ケッ!」と小さく悪態をついて顔を背ける、余りに不躾な態度にも藍染は笑みを崩さない、そんな事は気にしないといった風でノイトラに更に声をかける。

「あぁ、それとノイトラ、悪戯は愉しかったかい?」


その言葉に顔を背けていたノイトラの目が一瞬だけ大きく見開かれる、そして藍染の方を見れば彼はいつもの笑みを崩さず、いや、ノイトラの反応を愉しむかのように微笑んでいた。
そう、藍染はノイトラに告げたのだ、自分は総てを知っていると。


ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクをノイトラ・ジルカが殺そうとした事を知っていると


苦虫を噛み潰したような顔で藍染を睨むノイトラ、そしてその視線を受けて尚笑みを浮かべる藍染。
自身がネリエルの頭をその仮面ごと割り、彼女の従属官と共に砂漠へと投げ捨てた事実を知っていると、この男は告げているのだと。

そしてノイトラは悟った、先ほどの言葉には更にもう一つ藍染の意思が隠れていると、悪戯はバレれば終わり、次はないという事を。
同時に、この男にとって自分が覚悟と決意を持って行った行為は、悪戯という一言で済んでしまう程取るに足らない出来事だったのかという悔しさと怒りがノイトラの中に渦巻いていた。
藍染の浮かべるその笑みは、自らの手の内で必死に足掻く者達を慈しむ様な笑みにも見え、またその命を自由に刈り取る事ができる愉悦の笑みにも見えた。


「さぁこの話はこれでお仕舞だ。 空席になってしまった第3十刃の席には、ハリベルに座ってもらうことになる、いいね?」


反論など出ない、出るはずが無い。
先ほどの霊圧、喩え自身に向けられたものでは無いとしても、その余波だけで下位の破面は沈黙し、十刃にしても、上の席が空いたのならば当然全員が繰り上がるのだから、文句などありはしない。
気骨のある下位の力ある破面達からしてみれば、自分が十刃に入る機会が回ってきたようなものだ、喜びこそすれ反論などありえない。

「第3十刃の席、確かに承りました。」


ハリベルがその場で膝を着き、藍染に頭を垂れる。
フェルナンドはそれをつまらなそうに眺めている、彼の目的は力を得ることで、それ以外はさっさと終わらせて貰いたいと言うのが、正直な感想だった、だがそれをこの場で口に出さない辺り、彼も多少なりとも空気は読める様だった。

「頼むよ、ハリベル。 ではハリベルの昇位に伴って、空席になってしまった第4十刃についてだが・・・・・・」


ハリベルが広間の中央からフェルナンドを伴って移動する、それを見届けて藍染は空位となった第4十刃について話し出す。
誰もが順番道理に十刃が昇位するものだと思っていた。
いきなり下位の破面が第4十刃に抜擢されるなどあり得る訳が無く、ハリベルの隣にいる大虚など論外だ、未だ破面化すらしていないものを十刃にすえるなどさすがの藍染でもしないだろうと、順当に下位の十刃が繰り上がっていくのだろうと、この広間にいる総ての破面が考えていた。

彼らの主を除いては


「第4十刃には彼になってもらおうと思う。 入ってくれ。」

「ハイ。」


藍染の言葉に鷹揚の全く無い声が返される。
藍染の座る玉座の後ろの暗い通路から浮き上がるように人影が現れる。
まるで血の通っていない雪のような肌、痩せた体つき、黒い髪に緑色の瞳、両目の下にまるで涙を流しているかの様な仮面紋(スティグマ)が奔り、頭には角の生えた兜のような仮面の名残を残し、コート状の白い衣をキッチリと着こなした破面が藍染の座る玉座の横に立つ。
その緑の瞳はまるで何も写さない硝子球の様で、一切の表情が変わらないその破面からは、生命というものがまるで感じられなかった。
”人形”その表現がもっとも彼の今の在り様を形容するのに相応しい言葉であり、しかしその破面の放つ存在感は人形のそれとは言えず、この場にいる破面総てにその存在を刻み付けるのに充分足りるものだった。


「紹介しよう。彼が新たに君たちの同胞となった破面、 『ウルキオラ・シファー』 だよ。 そして次の第4十刃だ。」


ウルキオラ・シファー、それがこの破面の名前だった。
藍染の紹介に、その隣で手を後ろで組んだまま佇むウルキオラ、たった今表れたその彼が第4十刃に任命された、それがどれほどの出来事なのかウルキオラとフェルナンド以外の総てが理解していた。
十刃、それも上位の席に、いきなり現れた者が座る、本来その力を認められてこそ座れるその位置にいきなり現れた者が座る、その異常性。
それを理解しているからこそ、殆どの者が藍染のその行動を理解できないでいた。

「そうだね、君たちの疑問はもっともだ。ではどうだろう? 今から十刃を除いた者達と彼が戦って、彼に勝てた者がいればその勝者が第4十刃となる。破格の条件だろう?」


藍染の言葉に広間がどよめき立つ、たった一体の破面を殺すだけで上位十刃の席が転がり込んでくる、下位の破面からしてみれば確かには格の条件だった。
更に十刃の参加はなし、いいところを圧倒的な力を持つ十刃に奪われる事もない、本来ありえない絶好の機会、そうなればこの戦いに参加しないわけが無い。
そこかしこから我こそはと思う破面が歩み出る、広間は多くの破面で埋め尽くされた。

「では始めよう。いいね? ウルキオラ。」

「ハイ、藍染様。」


藍染への返事と共にウルキオラが玉座のある位置から飛び降りる。
後ろで組んでいた手をコートのポケットに突っ込み、その白いコートの裾をはためかせながら静かに床へと着地するウルキオラ。
周りに居並ぶ自分よりも一回りから、大きいものでは二回りほどの体躯をした破面たちを一瞥し、眼を伏せて呟く。

「塵だな・・・・・・」


塵。

その一言が合図だった。
居並ぶ多くの破面が一斉にウルキオラに向けて襲い掛かる。
自らの拳で、或いはその手に持つ刀でウルキオラを抹殺せんと襲い掛かる。
一対多、多勢に無勢、圧倒的な戦力差と物量作戦によって、ウルキオラの命を刈り取り、自らが十刃になろうとする彼らの目には己の欲望のみが浮かび、ウルキオラという破面を見てはいなかった。
見えているのは十刃となった自らの姿、戦いの中で自らの夢想に溺れる破面達。
ある意味で彼らは幸せだったといえるかもしれない、己の思い描く最高の瞬間を見ながらその命を自らも知らぬうちに鎖したのだから。

その一言は合図だった。
藍染が見下ろす広間一面に無数の赤い花が咲き誇る合図、圧倒的な戦力差で命を刈り取ったのはウルキオラの方だった。


ある者は首と胴が離れ、またある者は縦に、または横に一刀の元に両断されていた、ウルキオラが行った事は何も特別ではなかった、移動し、斬る。
たったそれだけの行為、ただそれが余りにも速過ぎた為、斬られた者は自らが斬られた事も、また死んだという事も認識する間も無く絶命したのだった。
そこかしこで赤い花が咲く中で、ウルキオラはその白いコートに一滴の赤も付ける事無く広間に佇む。

「申し訳ありません藍染様。加減したのですが、この塵共は俺の想像以上の塵だった様です。」


何時抜刀したのか、その右手に持った刀を鞘へと戻しながら藍染へと謝罪するウルキオラ、加減して攻撃したがそれでも殺してしまったという彼に藍染は満足そうに微笑む。

「問題ないよウルキオラ。あの程度で殺される様では、彼らに元々十刃としての資格はなかった。それに君の言う塵の中にも力のある者はいただろう?」

「確かに・・・・・・」


そう言ったウルキオラが振り返る、赤い花が咲き誇る中でその一体だけが五体満足にその場に立っていた。
ウルキオラの攻撃を防いだの、その刀を左腕で支えるようにして身体の前に構え、肩で息をしている破面がそこにいた。

水浅葱色の髪、痩せ型ではあるが筋肉質の体つきでその腹部には孔が開き、前を肌蹴させた短めの白いジャケットのような衣を纏い、右の頬に右顎を象った仮面の名残をつけたその破面。
野生、そんな言葉を連想させる雰囲気を持つその破面はウルキオラの一撃を耐え、その命を永らえた。
好戦的なその目付きは、肉食動物のそれと酷似し、その眼光は未だウルキオラをしっかりと捉え、睨みつけていた。

「君は確か・・・破面No.12(アランカル・ドセ) グリムジョー・ジャガージャックだったね? どうだい、生き残ったのは君だけのようだがまだ続けるかい?」


未だウルキオラを睨みつけるグリムジョーに藍染は声をかける。
今やこの勝負、いや、藍染からしてみれば喜劇としか言いようが無いその舞台に立っているのは、グリムジョーただ一人。
続けるにしろ、ここで終わりにするにしろ、藍染にとってはどちらでもいいのだ。

数瞬の後グリムジョーはその刀を納め、ウルキオラと藍染に背を向け広間を出て行く、藍染、そしてウルキオラには見えない彼の顔には、弱い自分を呪う呪詛と、いつか這い上がりその喉笛を噛み千切ってやるという貪欲なまでの野望が入り混じっていた。

「では、これで正式にウルキオラが第4十刃だ、異論は無いね。」


藍染の言葉に広場の破面は沈黙をもって答える。
それを受け取った藍染は、いつも道理の笑みを浮かべる。
ウルキオラの力を認めさせるのと同時に、増えすぎた破面をこの機会に処理する、それが藍染の狙いでもあった。
既に十刃はほぼ完成形の破面といえる段階へと至っている、それならばそれ以外の実験体は処分してしまおうと藍染は考えていた。
そしてそれは計画道理に実行され、藍染は利だけをてにした。

だがその藍染の予想外の出来事も起こった、ウルキオラの攻撃からたった一体だけ生き残った破面、グリムジョー・ジャガージャック。
下位の破面の中にもまだ力を持ったものはいる、藍染にとっては興味深い出来事だった。
全てを掌握できるだけの力を持った自身、しかしそれでもこの世の総てを知り、統べるには未だ至らない事が、藍染には面白くて仕方が無い事だった。

沈黙の中一陣の光が奔る。
それはウルキオラへと一直線に向かい、彼へと当たる直前に彼の腕によって叩き落された。
床へと突き刺さったそれは、高密度の炎の塊だった。
ウルキオラはそれが飛来した方向を見る、それは先ほど第3十刃となったハリベルの隣、ゆらゆらと燃える炎の塊から撃ち出されたものの様だった。

「アンタ強いな、 そのうち俺の相手もしてくれよ。」


そう語る炎の塊を、ウルキオラはその硝子の瞳で映し出す。
無言で炎を睨むウルキオラと、ウルキオラの力を見て猛るフェルナンド、そしてその様子を見た藍染は、その笑みを一層深めるのだった。







形無きモノ
其は炎
形あるモノ
其は炎
無から有への転生
受肉
あげる叫びは歓喜のそれか




2010.05投稿

2010.09.27微改定



[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 9(微改
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/09/28 23:30
BLEACH El fuego no se apaga.9











「では皆、今日はこれでにしよう。 ハリベル達以外は解散してくれ。」


藍染のその言葉で、玉座の間に集まっていた破面達は散り散りに解散する。
次第にその場にいる者の数は減り、そして閑散とする広間にはハリベルとフェルナンドを残すのみとなった。
それを確認すると藍染は玉座から立ち上がり、「ついて来たまえ」 といって玉座の後ろの通路に消えていった。

「行くぞ、フェルナンド。」


そう言ってフェルナンドに声を掛けたハリベルは、一息に玉座のある位置まで跳び上がる。
そのハリベルの言葉に面倒臭そうに「あいよ」とだけ答え、フェルナンドもそれに続きゆらゆらと舞い上がった。
玉座の後ろに続くその通路は一直線に長く続いていた。
何の装飾も無く、ただ点々と照明があるだけの薄暗いその通路をある程度進むと、フェルナンド達の前に開けた空間が現れた。
床は黒、そして四方を囲む壁と天井は白、広いその空間の中心に藍染が一人、フェルナンド達の方を向いて佇んでいた。

「良く来たね二人とも、では早速フェルナンドの破面化を始めようか。」


その場で軽く両手を広げる藍染、眼鏡の奥の暗い瞳、そしてその顔にはまるで張り付いているかのような笑みがあった。



『フェルナンド・アルディエンデ』
大虚としての位階は不明、しかしその力は大虚でありながら偵察任務中の出来損ないの破面を圧倒する。
性格は非常に好戦的、しかしただ己の力を振り回すだけの粗野な戦い方ではなく、自らの意思で力を制御し、最善の勝利の形に持っていく高い頭脳を有している。
特筆すべきはその炎、身体を構成する霊子の総てが炎に変化しており、故に肉体と呼べるものは存在しない、物質として存在しているのはその仮面のみで、その他の総ては炎の塊である。
その炎は形状、密度、温度などを自在に変化させる事が可能、霊圧を用いる事でその変化の精度は上がり、霊圧と混ざり合った彼の炎は、離れてもある程度の操作は可能である。
炎を収束させる事により、その威力は上昇する、完全に収束すれば帰刃(レスレクシオン)前ではあるが上位十刃に多少のダメージを負わせることが可能である。
現在はその有する霊圧、炎の大半は失われており、本人曰く全開状態の半分以下とのこと、その状態で最下位の破面を瞬時に焼き尽くす程の力を有している。



これが藍染がハリベルから聞いた報告の内容だった。
藍染の眼を引いたのはやはりその身体の構成、肉体というものが存在せず、その総てが霊子の段階から炎に変わっている。
今まで多くの大虚を見てきたが、フェルナンドのような大虚は思い当たらなかった。
故に今回の破面化は未知の部分が多く、それ故に藍染にとっては有意義な実験となる。
失敗したところでそのデータは手元に残り、成功すれば新たな破面が一体その配下に加わる。
基本的に藍染惣右介という死神は常に利を手にするように立ち回る、自らはリスクを犯さず、他を動かし、誘導し、欺き、そしてその結果として生まれたものの上澄みのみをその手中に収める。
彼にとってこれは実験でありそして遊戯、普通ではつまらない、何か未知の目新しい事象は起こらないものか、それが藍染の笑みの奥に潜む感情だった。


「なぁ、 あ~っと藍染だっけ? 一つ聴きてぇ事があるんだが、そもそも破面ってのはなんなんだ?」



手を広げ笑みを浮かべる藍染にフェルナンドは当然とも言える疑問をぶつける。
そもそもフェルナンドは破面というものについてほぼ何も知らないのだ、知っている事といえば破面は大虚が変化したものだということ位であった。

「フェルナンド、藍染様を呼び捨てにするとは不敬だぞ。」


藍染を呼び捨てにしたことで、フェルナンドの隣にいるハリベルがそれを嗜める。
それが気に入らないのか、フェルナンドはハリベルに食って掛かる。

「あぁん? じゃぁアンタは初めて会ったヤツをサマを付けて呼ぶのかよ。 俺は良く知りもしねぇヤツをそんな風には呼べないね。」

「藍染様は我ら破面の主だ、そのお方に敬称をつけるのは当然だろう。」

「そもそも俺はコイツに仕える為にココに来たんじゃねぇ。アンタを殺す力をくれるって言うからココに来てんだ。」


言い争う二人、多少置いていかれている藍染が二人をなだめる。

「いいんだよハリベル、その程度の事は。 そうだね、フェルナンドにはまず破面というものがなんなのかを知ってもらう事にしよう。」


そういうと藍染は中指で自らの眼鏡を少し上げ、フェルナンドに問いかける。

「フェルナンド、君が知っている破面というものは、大虚から昇華した存在という事は理解しているね?」


その問いに炎に浮かぶフェルナンドの仮面が縦に揺れる、それは肯定を意味しているのだろう。
それを受け藍染は更に話を進める。

「ではフェルナンド、君は死神のことは知っているかい? 私のように黒い着物『死覇装(しはくしょう)』を着ている人型の魂魄が死神だ。」

「あぁ、何度か現世にも尸魂界にも行ったからな。大して強くもなかったがな。」


そう答えるフェルナンドに藍染は「そうだろうね」と貼り付けた笑みではなく、本当に可笑しそうに笑う。
フェルナンドの感想が余りに彼の中で、的確に死神というものを捉えていたのだろう。
藍染にとっても、またフェルナンドにとっても死神というものは、力なく取るに足らない存在であるという事が。

「その死神には基本的な戦い方として斬術・白打・歩法・鬼道の四つがある。俗に言う『斬拳走鬼(ざんけんそうき)』 そしてそのどれもが鍛えた分だけ強くなる訳ではないんだ。それぞれ限界強度があり、極めれば何時かは死神の魂魄の強度の壁にぶつかる、それが即ちその死神の限界という事になる。」

「で、その死神の限界の話がどうやって破面に繋がんだよ。」

「まぁそう慌てないでくれ、限界というものはなんにでも存在する。それは君にも、ハリベルにも、――無論僕にもだ、だが死神がそれを越える方法があるんだよ・・・・・・ それが『死神の虚化』だ、死神と虚、相反する存在である二つは、しかしその魂魄だけを見れば実に似通っているんだ。死神としての限界を超え、虚に近付く事でその魂魄はより高みへと昇る事ができるのさ。」


死神の虚化、互いが互いを滅ぼさんとし、そうあることが当然であると定められているかのような関係の両者が歩み寄るような行為、それは最早禁忌としか言いようが無い事象。
だが人は愚かにも禁忌と言う言葉に引かれる、誰かに強く止められれば止められるほどそれは魅力を増し、美しさを増し、そして妖しさを増す。
誰しもがその禁忌の魔力に耐えることはできず、何時かは手を伸ばしてしまう、結局は遅いか早いかの違いなのだ。

「だからそれが何だってんだよ。俺は虚だ、死神じゃねぇ、そんな話と破面が関係あるのかって聴いてんだよ。」


破面とは何かを問うフェルナンドに対し、藍染は死神とは何か、そしてその限界とその突破法を語る。
全く噛みあわない両者の会話、しかしその実藍染はフェルナンドの問いに既に答えていた。
死神と虚、その関係性、それこそが藍染がフェルナンドに伝えた事だったのだ。

「判らないかい?フェルナンド、君も知っていたじゃないか、破面は虚が昇華した存在だと。そして僕は先ほど言った筈だよ、死神には限界があり、それを突破する方法が虚化だと。そしてこうも言った、虚と死神、一見して相反する存在の両者は、しかし魂魄だけを見れば似通った存在であると。」


藍染が笑みを浮かべてフェルナンドへと語る。
そしてその笑みは語っていた、もう判っただろう?と、それこそが君の求めた答えだと、そして君がこれから手にする力の正体だと。
ゆらゆらと燃えるフェルナンド、一瞬の静寂の後、フェルナンドが口を開いた。

「なるほどねぇ・・・・・・破面ってぇのは死神の逆、虚がその魂魄の限界を破って力を得たって訳だ。『虚の死神化』 それが破面て訳だな・・・」


「その通りだよフェルナンド。君の隣にいるハリベルも、そして広場にいたほぼ総ての破面も、僕の虚の死神化の技術を用いて破面化したんだ。破面とは虚が死神に近付き、人と同じ姿を得た者。虚の限界を超え、その力の核をそれぞれの斬魄刀に封じた者、力の増加量はそれぞれだが弱くなる事はまずありえない。姿形が必ずしも人間のそれになるわけではないが、力のある者はたいていは人型だよ。」


破面というものについて藍染は語る。
死神がその限界を超えるために虚に近付くならば、その逆もまた然り、虚が死神の力を得て進化した存在こそが破面であると。
虚としての力の核を斬魄刀と呼ばれる刀に封じる事で、人の形になるという事。
そしてその力は往々にして破面化する前より爆発的に増大する事。

その説明を聞いたフェルナンドはしばしの間考えた。
破面が虚の死神化によって生まれた事はわかった。だがそれで本当に強くなるのか、フェルナンドは疑問だった。
フェルナンドが戦った死神は皆弱く、そんなものに近付けば自身も弱くなってしまうのではないかと思ったのだ。

「なぁ、本当に死神なんかに近付いて強くなれるのかよ? そもそもその斬魄刀とやらに力を封じちまったら戦いづらくなるだろうが。」

「僕も不本意ながらその死神なのだけどね。 死神にもある程度は力を持った者もいる、今の君を殺す事が出来るものも少なくは無いだろう。近付くというよりも、死神の力を掌握するとでも考えていればいいよ。 それと斬魄刀の件だけど、力というのは常時解放していれば何時かは尽きてしまうものだ、虚の君たちは普段霊圧で力を抑えているけれど、それは余り効率の良い方法とはいえない。死神というのは刀の形に能力を封じる事で、霊圧の消費を抑え制御しやすくしているのさ。」


そういうと藍染は「見せた方が早いかな」と言い、自らの斬魄刀に手をかける。
そして、張り付いた笑みのまま引き抜いた斬魄刀を逆手に持ち、体の前で掲げる。

「これが僕の斬魄刀だ、破面達とは少し違うが良く見ておくといい、力の解放というのもがどういうものか。 ――砕けろ、『鏡花水月(きょうかすいげつ)』」


藍染が自らの斬魄刀の名を呼ぶ、『鏡花水月』それと同時に藍染の刀から濃い霧が噴出し、部屋に充満する、そして足元には水が流れ出し床一面を覆う水溜りのように広がった。
一瞬の内に変わった景色に驚愕するフェルナンド、隣にいたはずのハリベルすら見えない、しかし驚きはそれだけでは終わらなかった。
彼の目に藍染の姿が映る、先ほどと変わらぬ位置に藍染は立っていた、そう立っていたのだ藍染が”二人”

「「どうだい? フェルナンド、これが僕の斬魄刀『鏡花水月』の能力」」

「「辺りに立ち込める霧と流水が光を屈折、乱反射して虚像を作り出す」」

「「霊圧知覚すら狂わせる霧の中で、虚像と実像が入り乱れ相手を同士討ちさせる」」

「「これが僕の斬魄刀の能力だよ」」


二人の藍染が同時に自らの斬魄刀について語る。
同時に動く二つの口から、同じ声が重なるようにフェルナンドに語りかける。
そのどちらも同じ笑みを顔に貼り付け、どちらからも霊圧や気配は感じられる。
どちらが本物か全く見分けがつかない二人、そして両者が全く同じ動きでその手に持つ刀を鞘に収める。
すると辺りの霧も足元の水もその総てが一瞬で消え去り、元の空間に戻っていた。

「どうだい? フェルナンド、今のが斬魄刀の解放、ひいては僕の力の核だ。こんなものを常日頃から解放しているわけにもいかなくてね。君だって常にその炎を全開にしている訳ではないだろう? 効率の良い制御の方法が能力の斬魄刀化と思えば悪くは無いのではないかな。」


自らの力、斬魄刀を解放してフェルナンドに説明する藍染。
フェルナンド自身死神に近づくという事に少し引っかかった程度の疑問だったため、これ以上追求しようとは思っていなかった。
彼が此処、虚夜宮に来たのはあくまで力を得るため、ハリベルを殺すという目的のため、今のままではそれは叶わず、かといってこのまま破面化して直ぐ戦いを挑んでもそれは叶わないだろう。
だが幸いにもこの虚夜宮には破面が溢れている、中にはハリベルと同等の者もいるだろう、破面としての力をつけ再びハリベルに挑む、それが今のフェルナンドの目的だった。
故に破面化というものが本当に信用足りえるか、力を手に出来るかが不安でもあったが考えてみれば隣にいるハリベルは破面だ、自分を破ったのが破面という存在であるならば、その力は疑うものではないとフェルナンドは結論付けた。

破面というものがどういう存在であるか、という点が判ったという事はフェルナンドにとって収穫であった、何も知らぬままに流されるのは彼の性分に合わなかったからだ。
フェルナンドは破面化することを藍染に告げる、元から破面化しないという選択肢など存在しないのだから。

「判った、じゃぁさっさと破面化とやらをやってくれ。」

「あぁ、いいとも、 では破面化の術式を開始するよ。なに、時間は掛からないさ、次に目覚めるときは君もハリベルたちの同胞だ。」


藍染が片手を挙げる、するとフェルナンドを囲むように紫電を纏った細く黒い柱が床から飛び出す。
それに囲まれたフェルナンドを次は、白い正五面体の結界が包み込む。
フェルナンドを包み中空に浮かぶ結界の中は見えない、柱の中の結界はゆっくりと回転し、柱の放つ光を反射している。

「藍染様、これは・・・」


今まで見た事が無い破面化の術式にハリベルは藍染に戸惑いの声をかける。
藍染はその声を聴き、「あぁ」と笑いながら一言呟くとそれを説明する。

「これは初めて使う術式でね。本来破面化というのは簡単に言ってしまえば大虚の肉体を虚のそれから死神に近い存在へと組み替る様なものなのだけれど、フェルナンドにはその肉体がない、だからそれを再度構成しなければいけないのさ。破面化の技術自体は既にほぼ確立しているから、それほど危険というわけではないよ。」


そう説明する藍染の瞳には明らかに好奇の感情が浮かんでいた。
何事も無く終わっても良い、何か起こってくれても良い、むしろ何か起こってくれ。
新たに手にした玩具を試すかのような藍染、彼にとって命とはすべからく弄ぶために存在するのだろう。
そう、きっと自らの命すらも。




フェルナンドが五面体の結界に包まれて数刻が経った。
依然結界はゆっくりと回転し、柱には紫電が纏わり付く様にしている。
静寂に包まれる部屋の中には、ときより紫電から発せられる乾いた破裂音だけが響いていた。

「そろそろ仕上げだ・・・・・・」


藍染の言葉と共に状況は変化した。
ゆっくりと回転していた結界は徐々にその回転を早める。
柱に纏わり付いていた紫電は一斉に結界へと向かい、紫電は結界へと衝突する。
衝突によって生まれたエネルギーが風を巻き起こし、部屋の中を駆け巡る。
その風の中心で結界は更に回転をまし、その回転の残像によって結界は球を描く。

「さぁ、再誕の時だよ、フェルナンド・アルディエンデ。」


回転する球体、そしてそれに降り注ぐ紫電の雨、そしてその衝突に耐え切れず、遂に球の結界は罅割れ、崩壊した。

そしてその中から現れたのは人。
浮かぶようにして存在した結界が壊れ、そこから放り出されるようにして現れた人。
意識が無いのだろうか、力の入っていない手足を放り出す様にしたまま床へと落下していく、数瞬の後その人は床へと激突するだろう。
それを飛び出したハリベルが間一髪で受け止め、床への激突は回避された。

ハリベルに抱き抱えられる様にしている人、意識を失い眠っているかのようだった。
ハリベルと同じ黄金色の髪、眉も睫毛も黄金、短めのその髪は逆立ち後ろへと流れていた。
その体は線が細く痩せ型で、筋肉も余り付いていないその身体は見た目以上に軽く、力を入れれば容易く壊れてしまいそうだ。
顔には左の眉から、コメカミの辺りを通って左目の下を沿うように存在する仮面の名残、それは彼が破面であるということを証明するものだった。
顔立ちはなかなか端正で、その額の中心には紅い菱形の仮面紋が残っていた。

「これは・・・・・面白いことになったね・・・」


ハリベルの腕の中で眠るその”少年”を見て、藍染は今日一番の笑みを浮かべるのだった。







手に入れたのは巨大な力
過去が霞む戦う力
それを振るうは幼き童子
紅い力の鬼童子
立ちはだかるは金の女神
高きに座る金の女神

振るう力の行く先は・・・・・・




2010.05投稿


2010.09.28微改定




[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 10(微改
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/09/28 23:31
BLEACH El fuego no se apaga.10










破面の頂点に君臨する十体の破面  「十刃(エスパーダ)」

彼らには様々な特権が与えられている。
No.11以下の破面に命令を下し支配する権限、その中から「従属官(フラシオン)」と呼ばれる直属の部下選ぶ権限、そして虚夜宮の天蓋の下にはそれぞれに宮殿が与えられる。

余りにも巨大すぎる構造物である虚夜宮、その中にはこれもまた巨大な構造物がいくつも存在し、虚夜宮の天蓋には、不可思議にも虚園の明けぬ夜空とは真逆の澄んだ青空が広がっている。
一間美しく見えるその空、しかしその空は”眼”である。
この巨大な虚夜宮の主、藍染惣右介はこの天蓋の空の下で起こった其の出来事の全てを見ることができる。
故に”眼”、青き天蓋はそのまま藍染惣右介の暗い眼(まなこ)と同じなのだ。

その澄んだ、しかし暗い青空の元、それぞれの十刃は与えられた宮殿でその日々を過ごす、その力に磨きをかける者、ただ何もせず時間が過ぎるのを待つ者、自らの興味の対象を探求する者、十体の十刃の十通りの過ごし方が其処にある。

その中の一つ、『第3宮(トレス・パラシオ)』その名が示すとおり、第3十刃を主とする宮殿である。
そしてその宮殿は前主を失い、新たなる主を迎えていた。
今その宮殿の広間に二つの人影が存在した。


「おいアンタ・・・・・・コイツは何の冗談だ?」

「此処は第3宮と呼ばれる場所だ。私が第3十刃になったことで此方に移る事になった。」

「そんな事聴いてんじゃねぇんだよ・・・・・・」

「では何故此処にお前を連れてきたかということか? 破面化の術式後、気絶していたお前の面倒を診る様にと藍染様からのご命令だったのだ。」


「誰がそんな説明しろっつったよ! 俺が聞きてぇのは! 何でこの俺が! こんな!人間の!ガキみたいな姿に!なってるかってことだァァ!!」


第3宮の中に、フェルナンドのある意味魂の叫びと呼べるものが木霊する。
彼にとってみればそれは当然の叫びだったといえよう、破面化の術式から目覚めた彼は、何故かその姿を人間の少年のそれへと変えられていた。
鏡を見たフェルナンドは愕然とした、ハリベルと同じ襟や袖口を黒く縁取られた白い装束、黄金の髪と眉、左目の周りに残る仮面、額の中心には小さな菱形の模様、そして鏡の中からこちらを見る己の炎と同じ紅い瞳。

そこまではよかった、しかし明らかに幼さを残すその顔、身体は細く、余計な肉どころか力強さを全く感じさせない細い腕と脚、目線も低くハリベルを見上げる自分、余りにも不条理、硝子細工で出来たいとも簡単に壊れるであろうその鏡像。
その姿は彼の精神からは余りにも不釣合いで、幼く、脆い人間の脆弱さを象徴するような未完成なその身体は、力を求めるフェルナンドには、到底許容できるものではなかった。

「あぁ、そんな事か。藍染様はお前の破面化に伴って新たな術式を試したと仰っていた。それはお前の炎を肉体に再構成するというものだった様だ、だが、お前の肉体たる炎は大半が失われた状態だった。そのまま術式を行ったため、現存する炎だけを用いた肉体の再構成が行われ、そのような子供の姿となったということだ。」


フェルナンドの憤慨を他所に、ハリベルは淡々と現在のフェルナンドの状況を説明した。
藍染の試した術式、破面化に伴う肉体の再構成術式である。既存の破面の総ては肉体のある大虚から破面へと変化したものだ。
大虚としての肉体からそれぞれの持つ大虚としての能力の核、そして肉体的特長を抜き出し斬魄刀へと封じる、そしてそれ以外の肉体は霊力の消費を抑えるため往々にして収縮し、その大きさを人間サイズにまで落とす。
彼ら破面も元をたどっていけば人間であり、それ故に大虚としての力の核を取り出した肉体が最も安定するのはその力を得る前の姿、即ち人間の姿という事なのだ。

しかし、総ての破面が完全な人間の姿となるわけではなく、確実に人間型になるのは最上大虚のみ、残りの二階級は破面化しても完全な人間の姿になれるかどうかは判らず、能力の低い、そして知能の低い者程人ではなく、虚に近い姿となる。
何故上位階級の大虚の方が人型となりやすいのか、といった理由は未だ解明されてはおらず、霊力の過多や、それまでに捕食した虚の数などの仮説は立てられて入るがどれも信憑性に欠けるものであった。


フェルナンドはその肉体そのものがすでに消失しており、その能力である炎とその身体は同一の存在となっている。
それ故に能力の核を抜き出した炎を肉体へと再構成するという工程が必要となった。
しかし、此処で問題が発生した、藍染の試した術式はその術式の開発者の意図を完璧に再現し、炎の再構成を行った。
今その術式にある全ての炎を肉体へと再構成する、それ自体はなんら問題のない事、しかしフェルナンドの炎はハリベルとの激闘によりその絶対量を半分以下にまで減らしていた。

術式は其処にある炎の全てを再構成する、其処にある炎を肉体へと再構成したのだ。

フェルナンドの半分にも満たない”減少した炎”を。

完全な状態とは言いがたいまま再構成された炎、少ないままの炎では当然何らかの問題が発生する。
そしてその術式が少ない炎から再構成される最も合理的な形を選定した、炎の量に見合った被験体のサイズ縮小である。
結果としてフェルナンドの見た目は人間の子供、12~14歳程の少年のそれへと変わっていた。
ある意味では減少した炎での破面化に於いても人型――子供ではあるが――になったフェルナンドの力の強さが伺える出来事ではあった。

「そんな事だと!? ふざけんじゃねぇ!!こんな姿まっぴらだ! こんな生き恥曝させやがって、元に戻せ!こんな姿じゃ強くなった訳がねぇ!」


しかしフェルナンドは自らの現状を認めることが出来ない。
憤慨此処に極まり、怒髪天を衝く勢いでハリベルに捲くし立てるフェルナンド、それをやれやれといった風で眼を閉じ二、三回軽く頭を振っるハリベル、尚も騒ぎ続けるフェルナンドに遂にハリベルが実力行使に出る。

「いい加減落ち着けフェルナンド、まだ話の途中だぞ。」


「ぐおぉぉぉ~! 何しやがる! 放しやがれ!」


がっしりとフェルナンドの頭を鷲掴みにして力を込め、強引にフェルナンドを持ち上げるハリベル。
女性に少年が頭を掴まれ片腕で持ち上げられるという光景、現実ではまずありえない光景が展開されていた。
フェルナンドはそのハリベルの腕を何とかはずそうと頭を掴む腕を両手で掴み力を込めるが、そんな事でハリベルが手を放すはずもなく、そのままの体勢でハリベルは話を続けた。

「いいか、お前がその姿になったのは炎の総量が減少したまま破面化したからだ。故に炎が回復していけば、人間が成長するようにその体も成長するだろうというのが藍染様のお考えだ。貴重な体験だぞ?我等は多少の力の増加はあってもその姿が成長するなどという事はない。既に完成された肉体を持っているからな、しかしお前は違う。我等と同じ存在でありながら成長する破面、それがどのような変化をもたらすか、藍染様はたいへん興味を示しておられたよ。」


淡々と事の経緯を説明するハリベルを他所に、頭を掴まれている手を外そうともがくフェルナンド。
ジタバタと身体を動かすがその程度でハリベルが揺らぐはずも無く、その頭は一向に捉えられたままだった。
その必死の姿を見たハリベルは、その余りの必死さに「フッ」と小さく笑い声をもらす、そしてそれを聞いた瞬間フェルナンドの中で何かが切れた。

「放せって・・・・・・・ 言ってんだろうが!! クソがァァアァァあアァァァァ!!!」


咆哮と共にフェルナンドから霊圧が放出される。
ハリベルが漏らした笑い声を”嘲笑”と受け取ったフェルナンドから吹き上がる紅い麗圧。
その紅い霊圧は彼の怒りの感情と相まって激しく立ち上り、第3宮全体が揺れているかのように錯覚する程の圧力を備えていた。
フェルナンドを中心に外へ外へと広がる圧力、その霊圧にハリベルは驚きというよりは、むしろ感心していた。
半分以上の炎と霊圧を失い破面化したフェルナンド、その姿は子供であり、その見た目からハリベルも多少なりとも不安を覚えていた。

(霊圧と炎を失ったままでの破面化で力が落ちているのではないかと思ったが・・・・・・どうやら杞憂だったようだな。感じる霊圧は大虚だった頃のものと比べて上昇している、これでまだ万全の状態でないとは・・・・・・先が楽しみだな)


不安が杞憂だった事に安心するハリベル。
自分が傷を負ってまで連れて来た大虚が、この程度であるはずが無いという感情が今、目の前で放たれる霊圧によって証明されていた。
ハリベルの間近から吹き上がる霊圧、その勢いは凄まじいの一言に尽きるだろう。
それを形容するならばまさしく炎、フェルナンドというものを形容するにはそれ以外には無かった。
荒々しく燃え上がり、大地を焼き天を焦す、その炎は見るものを引き付け、しかし近付きすぎればそれは容赦なく総てを焼き尽くす。
その雄々しさこそハリベルがフェルナンドに見た戦士の姿、何者にも怯まず敵の事如くを打ち払う雄々しき戦士、今はまだその片鱗しか見えずともいつかそうなる、いや、自分がそうしてみせると思うハリベル。
ハリベル自身にもわからないその使命感が彼女の中には芽生えていた。

そう決意するハリベルに異変が起こる、正確には異変が起こったのは腕、フェルナンドの頭を鷲掴みにしている手に熱が奔る。
それは一気に広がり、それを感じたハリベルは瞬時にその手を離しフェルナンドから距離をとった。
そして今までフェルナンドを掴んでいた手を見てみれば、その手からは薄っすらとだが煙が上がっていた。
フェルナンドの霊圧と共に発生していた熱が、ハリベルの掌の鋼皮へと伝わり、その熱はハリベルが瞬時の判断でその手を放さなければ彼女の掌を黒く焦していたであろう程の熱量だった。

「ほぅ、霊圧が熱を持っているのか、それともその身体から発せられるものなのか・・・やはりお前は普通の破面とは違うようだな、フェルナンド。」

「黙れよティア・ハリベル・・・・・・この俺を見下して笑いやがって、もっと力を着けてからと思ったが止めだ。とりあえず一発殴らねぇと俺の気が治まらねぇ。」


ハリベルを睨むフェルナンド、腰を落とし状態を低くしたその姿はまるで人の姿をした肉食獣、そしてその少年の姿には余りにも似つかわしくないその眼、殺意を存分に含んだその眼で射抜かれているハリベルはそれを涼しげに受け止める。

「まったく・・・・・・ではやってみるがいい。同じ舞台に立った事で私とお前の差がはっきりと判るだろう、破面の戦いを教えてやる。」

「その澄ました顔ぶん殴ってやるよ!!」


言うやいなやフェルナンドが床を蹴ってハリベルへと飛び出す。
左腕を前に突き出しながら右腕を振りかぶり、真正面からハリベルへと迫るフェルナンドの目には最早ハリベル以外映っていない。
ただ真正面から突進するフェルナンド、渾身の力で握り締められた拳は、しかしハリベルの顔を捉える事は無く空を切り、上体を軽く反らしただけのハリベルにいとも簡単に避けられる。
ハリベルに攻撃を避けられたフェルナンドはそのまま床を磨る様にして着地し、返す刀で再びハリベルに迫るがそれもまた避けられる。
ハリベルは身体を逸らして、またはフェルナンドの拳を払いその軌道を変えてその総てを避けた。
その場から一歩も動かないハリベルを中心にフェルナンドが何度も飛び掛るが、その拳は悉く避けられ空を打つ。
それでも怒りに任せ繰り出されるフェルナンドの拳、しかし何度目かの交錯でその拳は避けられるのではなく、ハリベルの片手で掴まれ受け止められる。

「歯を食い縛れよ、フェルナンド・・・・・・」


拳を掴まれた状態のフェルナンドにハリベルがそう呟く、拳を掴まれその状況から脱出しようとするフェルナンド、しかしハリベルがその隙を与えはずも無く、次の瞬間にはハリベルの右の拳がフェルナンドの腹部に突き刺さっていた。

「ガハッ!」


フェルナンドの肺から無理矢理に空気が外へと押し出される。
身体の一部を固定されたまま受けた衝撃は逃げ場を無くし、総てがダメージとしてフェルナンドを襲う。

「我ら破面の皮膚は鋼皮(イエロ)と呼ばれ、霊圧によってその硬度は増し、それは一種の盾であり鎧となる。そしてその硬度を攻撃に使用するだけで大抵の敵は打ち払える。その威力は・・・・・・今、身を持って知っただろう?」


掴んでいたフェルナンドの拳を離しながら語るハリベル。
フェルナンドはそのまま床に片膝を着き、片方の手を床につけもう片方の手で腹部を押さえる。
苦悶の表情を浮かべるフェルナンド。
フェルナンドは困惑していた、その腹部に広がる感覚、突き刺さった拳の衝撃とそこから広がるじわじわとした刺す様な感覚、長い間彼が忘れていた感覚。
炎の身体はいくら斬られても問題なく、たとえ消し飛ばされたとしてもどうという事はなかった。
しかし今、たった一撃の拳によってもたらされた感覚、久しく忘れていたその感覚、呼び起こされたその感覚は『痛み』だった。

「どうした、もう終わりか?今まではあの炎の身体がお前から戦いの痛みを遠ざけていた。しかし今、肉体を持ったことでそれは再びお前の中に甦った。今までのような己の特性に頼った戦い方ではお前自身の身を滅ぼすぞ。」


『痛み』
フェルナンドにとって久しく忘れていたその感覚、炎の身体はそれを感じることは無かった、しかしこれから破面として肉体を持って戦うということは、即ち痛みを持って戦うということ、今までのフェルナンドはそれが無いゆえ怒涛の攻撃が仕掛けられたとハリベルは言う。
そしてそれはフェルナンド自身の身をも滅ぼすと。

「上、等だ・・・これが痛みだってんな・・・ら、これを感じるって事は、俺は、まだ死んでねぇって、事だろが・・・・・・ならそれも悪くねぇ、それに・・・・・・誰がこれぐらいで終わるかよ!!」


フェルナンドの腹部を押さえていた手に紅い霊圧が集中する。
それはみるみる収束し紅い宝玉を作り出してゆく。
至近距離からの虚閃、いかなハリベルとはいえこの距離から破面化したフェルナンドの虚閃を喰らえばダメージは避けられない。

しかしその虚閃が完成し、ハリベルへと向けてその光の奔流を解き放つ前に、フェルナンドの身体を衝撃が襲った。
その場から吹き飛ばされる様に一直線に壁へと向かい、そのまま壁へと激突したフェルナンドは壁にめり込み、その衝撃で亀裂が奔った壁が崩れ落ちる。
未完成のまま炸裂した自分の虚閃と、ハリベルが放ったであろう攻撃の二乗の衝撃がフェルナンドを貫いた。
その壁へと歩み寄るハリベル。

「今の技は虚弾(バラ)』と言う自身の霊圧を拳に集め、固め打ち出す技だ。威力はそれほどでもないが、その速度は虚閃の二十倍、発動に掛かる時間も少ない。怒りに任せて大きな力を振り回せば勝てる訳ではないのだよフェルナンド・・・・・・と言ってももう聞こえてはいないか・・・」


フェルナンドに言葉をかけながら崩れた壁の瓦礫に歩み寄り、その瓦礫の中からフェルナンドを引きずり出すハリベル。
片腕を掴み上げられたフェルナンドは特に酷い外傷は無いものの、霊圧の炸裂と衝突によって完全に意識を失っており、首も手も足も力なくだらりと垂れ下げた状態だった。
破面化によってフェルナンドが手に入れた力は霊圧、能力ともに破面化以前のものより上昇していた。
だが、不完全な炎によって形成されてしまった不完全な肉体は、本来彼が万全の状態で得るそれよりも脆くなってしまっていた。
フェルナンドの虚閃と本気ではないにしろハリベルの放った虚弾、その霊圧の衝突には凄まじいものがあった。
ハリベル自身は威力が低いと言うが、それはあくまで彼女の基準であり、十刃以下の破面からすればそれは必殺の威力と言えた。
その虚弾と自身の虚閃の両方の霊圧が直撃したフェルナンド。
しかし以前のままの彼、炎というエネルギーの塊としての彼ならば耐えられた衝撃は肉体、それも不完全なものを手にしたためにその威力に耐え切る事ができなかったのだ。

「少々やりすぎたか・・・・・早い段階で自分の現状を知らせておいたほうが良いと思ったのだが・・・この身体で虚閃を撃とうとするとは、無茶をする・・・」

フェルナンドの現状を藍染より知らせられていたハリベルは、フェルナンドにこの事を教えようと戦った。実際霊圧も炎も減衰してしまっているフェルナンドに本気でかかる心算はなかったが、フェルナンドが虚閃を発動しようとした事で虚弾で応戦し、結果意識を刈り取ってしまったのだった。

(先ほど感じた霊圧は確かに上昇していた・・・・・・だが肉体の方がこれでは霊圧に肉体が耐えられないかもしれないな。この先どうなる事か・・・)


フェルナンドの現状を肌で感じ確認したハリベルはフェルナンドの今後を案じる。
破面化による霊圧の上昇に身体がついてこない、それは即ち全力での戦闘はできないという事、出来たとしてもそれは自らの体が自らの霊圧によって蝕まれるというリスクを背負った命がけの所業。

だがハリベルが案じているのはそのリスク自体ではなく、そのリスクを容易く実行してしまう彼の気性。
時に戦いの中でそのリスクを背負う事は必要だが、フェルナンドの場合それを容易く選んでしまい結果自身を死に至らしめてしまうだろう。
”生きている”という実感を得るには、死に際する必要があるというフェルナンドの考え方、その危うさをハリベルは危惧する。
必ずしも死に際する事だけが、戦いに生きる者の生を実感する術では無いというのに。





「それはあの大虚か・・・」


思案するハリベルに広間の入り口から彼女へと声をかける者がいた。
虚ろな緑色の硝子の瞳、それに感情は無く、写る総てに何の関心も無いといったそれでハリベル、そしてフェルナンドを見据える破面、ウルキオラがそこに立っていた。

「貴様、確かウルキオラと言ったか・・・何のようだ。新参の貴様が私に用事などあるはずもない。」

「確かに俺はお前に用などない。しかし、藍染様からお前への言伝を預かっている。お前が拾ったその塵は、当分お前が面倒を診ろとの仰せだ。用件は以上だ。」


藍染の言伝を告げるとウルキオラは踵を返し、その場から立ち去ろうとする。

「待て、何故貴様はフェルナンドの事を気にかけた。」


フェルナンドを床へと下ろし、立ち去ろうとするウルキオラをハリベルは呼び止める。
この広間に入ってウルキオラが最初に反応したのはフェルナンドのことだった。
何がウルキオラの琴線に触れたのかは判らないが、彼は破面化したフェルナンドを見てそれは本当にあの炎の大虚かと確認したのだ。
それはウルキオラにとって、フェルナンドは何か特別な存在なのではないかとハリベルは考えていた。

「・・・・・・俺に楯突いた塵が破面化した姿がそれかと確認しただけだ。だが破面化してもやはり塵は塵のままだった様だがな」

「塵か・・・確かに今のフェルナンドは貴様から見ればそうかもしれんな。」

「”今の”ではない、塵は”永遠に”塵のままだ」


フェルナンドを塵と罵るウルキオラ、いや彼にとって力無い存在は総て塵であり、それは有ろうが無かろうが全く問題にならない存在なのだろう。
今のフェルナンドはウルキオラにとってそういう存在、取るに足らない存在なのだ。
ハリベル自身今のフェルナンドでは、この目の前の破面に対抗する事ができない事は理解していた。
しかしハリベルのフェルナンドに対する評価はウルキオラのそれとは違っていた。

「確かに塵ならばな・・・だがフェルナンドは原石だ。今は無骨だがいずれ輝く、私がそうしてみせよう。」


”原石”今はまだ荒々しいその力と幼い身体は不釣合いで、どこか自らの死を望んでいるような気性は歪だが、それを乗り越えたとき必ず輝く原石。
ハリベルにはその確信が有った、戦いの中で初めて感じた恐怖に真っ向から立ち向かってみせる覚悟を見せたフェルナンド、それがどれだけ稀有な事か、逃げ出す事ができたものに立ち向かえる力、それは何よりも強く、何よりも尊いものなのだ。
それを持つフェルナンドは、いつかこの目の前の虚ろな瞳の破面にも届く力を秘めていると、ハリベルは確信していた。

「塵も石も変わらない、路傍に転がるそれなど、俺にとって価値が無いという点ではな・・・・・・言伝は確かに伝えた。」


それだけ言い残すとウルキオラは二度と振り返る事無く第3宮を後にした。
その後姿を見ながらハリベルが呟いた。

「コイツはいずれ貴様の視界に嫌でも入る事になるぞ、ウルキオラ。」







手に入れたのは破壊の力
己が身すら焼く破壊の力

慟哭する獣
踏み躙られた牙
研ぎ澄まされた爪は彼の者の喉を裂く




2010.09.28微改定




[18582] BLEACH El fuego no se apaga.11(微改
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/09/28 23:34
BLEACH El fuego no se apaga.11












「クソッ!!」


吐き捨てられた言葉と共に前へと蹴り出される脚、その脚が砂漠に乱立する巨大な円柱の一部を粉々に粉砕する。
虚夜宮の天蓋の下に広がる砂漠で、破面No.12(アランカル・ドセ)グリムジョー・ジャガージャックはその湧き上がる怒の矛先を見出せず、その身の内に激しく荒ぶる感情を溜め込み続けていた。
彼のその怒りの理由は数週間前にあった一つの出来事、たった一体の破面に自分と同じ十刃以下の『数字持ち(ヌメロス)』が大量に殺されたのだ。


それもただ一方的に、そして圧倒的に。


その大量殺戮の引き金となったのは彼らの主、藍染惣右介によって出された一つの提案『この破面に勝てた者には第4十刃の席を与える』というものだった。
十刃以下の者達にとってそれはまさに破格の条件、グリムジョーにとってもそれは同じであり自らの力で十刃の座を勝ち取る絶好の機会、彼がそれを目の前にしてそれに手を伸ばさないなどという事はありえなかった。

”力”、それこそがグリムジョーが信じる唯一にして無二のものであり、自らの力にも絶対の自信を持っていた。
広間の中央へと歩み出た破面はグリムジョー以外にも大量に居た、その総てが転がり込んできた好機を逃すまいという野心を剥き出しにし、藍染の横に立つその破面、ウルキオラを見ていた。
高い位置にある藍染の座る玉座から、音も無く広間の床へと降り立ったウルキオラは、その広場にいる破面達を一瞥すると一言呟いた。

「塵だな」と。

明らかにその場にいる者たちを見下したその言葉、激昂にたるその言葉、その一言で戦いは始まりそしてそれは直ぐに終わった。
否、其処に戦いと呼べるものは一瞬たりとも存在しなかった、ウルキオラの言葉を切欠に彼へと襲い掛かる破面達は攻撃に移る動作の最中、既に絶命していたのだから。

そんな刹那の惨殺劇をグリムジョーが生き残ったのは偶然だった。
ウルキオラの言葉に怒りを覚え、他の破面同様に彼に向かって襲いかかろうとした瞬間、グリムジョーは己の探査回路を何かが掠めるような感覚を覚えた。
その正体はウルキオラが放つ霊圧だったのだろう、その場を支配するように一帯総てを覆い尽くすような重苦しい霊圧ではなく、ただ薄く研ぎ澄まされた様なまるで針のようなそれ、それを感じたグリムジョーの頭が考えるよりも早く彼の身体が反応した。
正しく野生の勘とでも言えばいいのか、それは我武者羅に抜き放った刀を前に翳し霊圧を解放する、そして次の瞬間訪れる衝撃、何かが見えたわけではなくただ前に出した刀は、グリムジョーの命を刈り取らんとしたウルキオラの刃を偶然にも防いだのだった。

それがグリムジョーには我慢ならなかった。
自らが本能的に察知した命の危機、そしてそれを回避しようと抜き放った刃は確かにグリムジョーの命を繋いだ。
しかし、自らの命を危機へと追いやったウルキオラの刃は、明らかに手加減されていたものだとグリムジョーは判ってしまったのだ。
ほんの一瞬の間に大量の破面を斬殺するだけの力を持ったウルキオラが、ただ我武者羅に突き出した刀にその攻撃を阻まれるはずは無い。

では何故グリムジョーが生き残っているのか、それはウルキオラが『相手を殺すつもりで』攻撃した訳ではないからだった。
ウルキオラはただ試しただけだったのだ、広間にいる破面達がどの程度の者なのかを、自らが振るった刀にどの程度対応できるかを見ただけ、無論避けねば命を刈り取る軌道で放たれた刀をどう避けるのか、それを見ただけなのだ。
結果としてその場にいたグリムジョー以外の数字持ち破面は皆絶命してしまった、唯の小手調べの一撃で。
そしてその小手調べの一撃に命の危機を感じ、唯必死に防ぐ事しかできなかった自身の”弱さ”にグリムジョーは怒っていた。
その怒りは渦を巻き、荒れ狂い、グリムジョーの身の内でのた打ち回り、今も彼を焦がし続けていた。

「いい加減に落ち着いたらどうだグリムジョー、そうして荒れたところで何も変わりはしない。」

「アァ?ウルセェぞシャウロン、ぶち殺されたくなかったら黙ってろ・・・・・・」


グリムジョーのやや後ろ辺りに佇んでいた破面がグリムジョーを諌めようと声をかける。
左目を覆い、横長に伸びた兜のような仮面、面長で痩身の破面、シャウロンと呼ばれたその破面は手を後ろに回し腰の辺りで手を組んで、彼を睨みつけ、ドスの利いた低い声で凄むグリムジョーに更に言葉を続ける。

「そういう訳にもいかない。お前は我らの王なのだ、破面化する前の我らを従え、その身の内に我らの血肉を取り込んだお前が、こんな事で何時までも燻ってもらうわけにはいかnグァッ!」

「黙ってろって言ったろうが・・・俺は今機嫌が悪い、ホントに殺すぞ・・・・・・」


荒ぶるグリムジョーを諌め様としたシャウロンの首を、グリムジョーの右手がめり込むほどの力を込めて締め上げ、その言葉を遮る。
もう少し力を込めれば如何に破面の体と言えど首は折られ、命は潰えるだろう。
燻っているなどということはグリムジョー自身わかっていた、現実として己が力より遥か高みに居る者が現れグリムジョーの信じてきた”力”というものをいとも簡単に打ち砕いていった。
敗北、それも今まで経験したことのない程圧倒的なそれをグリムジョーのプライドは許容しきれず、しかしどこかでそれを受け入れてしまっている自分が居るようで、その敗北を受け入れている自分がグリムジョーにとって何よりも恥ずべき存在であり、怒りの根源であった。

「ッ殺し・・・たければっ、殺すが、良い・・・・・・グッ、しかし、それで、その・・・怒りが、ッ収まらない、ことはッ、おまえ自身が・・・・・・一番わかって、いるだろう・・・・・・グハッ!」

「ッ!ウルセェって言ってんだろうが!!クソが!」


首を締め上げられ今にも折られそうになって尚、シャウロンは言葉を止めず、その両目はしっかりとグリムジョーを捉えていた。
まるでなにか見透かされているようなその視線にグリムジョーはギリッと奥歯をかみ締める。
声を荒げ、グリムジョーは首を掴んでいたシャウロンを円柱へと投げつけた。
背中から円柱へと叩きつけられるシャウロン、円柱には蜘蛛の巣のように罅が入り、地面に倒れこむシャウロンに崩れたその破片がパラパラと降り注ぐ。

「ゴホッ!ゴホッ!ッハァ、ハァ・・・・・・お前は、数字持ちなどで終わる器ではない。ゴホッ!我らの王としていずれ十刃となる存在だ、何時かはあのウルキオラすらも凌駕する・・・・・・そうあって貰わなければ我らの王足りえない。」


よろよろと起き上がり、掴まれていた首を摩りながらシャウロンはグリムジョーにそう告げた。
シャウロンと、他に数体の破面は破面化する前からグリムジョーと行動を共にしていた。
大虚として最上級を目指していた彼らは同じく大虚のグリムジョーと出会い、その強さこそ自分達を牽引する王たる存在とし、彼に付き従っていた。
しかし何時の頃かグリムジョー以外の大虚達は自らの限界を感じ、最上大虚へと至る事を諦めた。
それ故に、力を得ること叶わず、進化の道半ばで立ち止まってしまった自分達より遥かに強大な力を得た王が、こんなところで立ち止まってしまうのは我慢なら無かった。
それが今この場にいない他の者達の総意だとシャウロンは思っていた。

「チッ、ごちゃごちゃとウルセェヤツだ。・・・・・・そうだ、俺こそが王だ!いずれウルキオラの野郎には借りを返す、総てはそこからだ。」


そう、総ては其処からなのだ。敗北を感じたのならばその原因をなくせばいい、敗北を消すには勝利以外ありえない。
即ちウルキオラを打倒して地に這い蹲らせ、その頭蓋を踏み潰す、それ以外この屈辱と怒りを静める方法などありはしないと。
グリムジョーは思う、そのためには力がいる、更なる力が、圧倒的な力が、総てを超越する純粋な破壊の力がいると。
渦巻いていた怒りはその向かう先を見出し、グリムジョーの瞳には総てを破壊する狂気が宿っていた。

「それでこそ我等の王だ。この場にいないイールフォルトやエドラド達も喜ぶだろう。」

「あぁん?何だよ、ヤツ等まだ回復して無ェのか。」

「あぁ、未だ全快には至っていない。この様な事・・・いったい何が目的なのか・・・・・・」

「そんなものは関係ねぇよ。襲ってくるなら返り討ちにして殺してやるだけだ。」


そう、この場にはシャウロン以外のグリムジョーに付き従う破面はいない。
その総て、いや、グリムジョーとシャウロン以外の数字持ちは、程度は違えど負傷し、その回復を図っていた。
その原因となったのは少し前から始まったある事件、数字の大きいものから順に何者かに襲われ、そのこと如くが打ち負かされ傷を負っていた。
独りになったところを狙われ一対一で勝負を挑まれる、唯それだけの出来事。
始めは破面同士の唯の小競り合いの延長かと思われたそれは、段々とその襲われる数字が小さくなるにつれ、噂として虚夜宮全体へとひろまって行った。
しかし、多くの者が襲われているのに誰一人としてその姿形を語ろうとしない、基本的に破面はプライドが高い、虚(ホロウ)より大虚(メノス)、大虚より破面(アランカル)となまじ強大な力を持っているが故にそれが破られるという事は、先のグリムジョーの例のようになかなかに許容しがたい事なのだ。
それ以前に誰が自分が負けたことを声高に語りたがるものか、それ故にこの襲撃犯の姿は未だ謎のままだった。

「残る数字持ちも私とお前のみ、用心に越した事はない、暫くは独りにならないことだ。」

「用心だ?そんなモンは必要ねぇよ、俺に楯突くヤツは誰だろうと殺す。それに鬱憤を晴らすにはちょうどいい相手だ。」


いずれ自分達の前にも現れるであろう襲撃犯、それに対して警戒しておけと言うシャウロンの言葉に、グリムジョーは獰猛な笑みを浮かべて答えた。
グリムジョーの中に仲間がやられた敵討ち、などという考えは欠片も存在していない、今あるのは闘争を求める本能。
ウルキオラを超える更なる力を求めるグリムジョーにとって、その力を得るための手段とは闘争以外なかった。
相手を殺しその命を奪う、それこそが自らの優生を証明する手段であり自らの力を確認し、また高める唯一の手段だとグリムジョーは考えていた。
ならばこの犯人は丁度良いと、自分以下の総ての数字持ちを打ち倒すその力、その命を奪う事は己の中で確実な力となって戻ってくる。
グリムジョーの中に用心や警戒といったものは無かった、あるのはこの犯人が目の前に現れるのを心待ちにする感情、それだけが彼の内を占めていた。

早く来い、早く俺の目の前に、俺がその喉笛を噛み千切ってやる、と。

「あまり侮るなよグリムジョー、相手は手だれだ。足元を掬われかねんぞ。」

「俺がやられるとでも思ってるのかよ?テメェは自分の心配だけしてやがれ、狙われてるのはテメェも同じだぜ。」

「・・・・・・分かっている。私とてそう易々とやられはせん。」


互いに己が立場を確認する二人、残る数字持ちは自分達のみ、今までの犯人の傾向から独りの時を狙い番号の大きいものから襲う。
グリムジョーの番号は『12』、シャウロンは『11』、数字持ちの番号は単純に破面として生まれた順番で決まる、数字の小さい者ほど古く、大きい者ほど最近になって生まれたという事だ。
しかし小さい数字の者が死亡、或いは戦力にならない場合はその数字は剥奪され番号は繰り上がる。
よって従属官となり、数字持ちとしての上位にいる必要がなくなったなどの例外はあるが、数字が小さい者ほどその実力は高くなり、そう容易く倒すことはできなくなる。
この場合数字の上ではグリムジョーよりシャウロンの方が上になるが、実力から言えばそれは逆転する。
破面化の折、未知の事象にいきなり自分達の王を曝す事を良しとしなかったシャウロンが、その身をもって破面化の安全性を確認したため、グリムジョーよりも先に破面化したシャウロンの数字の方が小さいのだった。
数字の上では次に狙われるのはグリムジョー、しかし、この犯人が見ているのが数字ではなく別のものだとしたら、或いはその順序は反転する可能性を孕んでいた。
それを踏まえたうえでシャウロンも気を引き締めていた。
そんなほんの少し張り詰めたような空気の二人に突然声が降ってきた。



「よう、話は済んだかよ?だったら今度は俺と遊んじゃぁくれねぇか?」


唐突にかけられた声に驚き、その声の主を確認すべく声のする方を向くグリムジョーとシャウロン。
虚夜宮の天蓋に存在する紛い物の太陽を背にするように、その声の主は聳える円柱の上に片膝を立てて腰掛けていた。
逆光になり姿ははっきりとは確認できない、しかしこの距離までグリムジョーとシャウロンの探査回路を掻い潜って接近したその人影、二人は自然と身構えていた。

「テメェ・・・・・・何者だ・・・」

「ハッ、随分と殺気だってるねぇ、言ったろ?ちょっと遊んじゃァくれねぇかって。コッチにもそれなりに事情ってもんがあってよ、さっさと終わらせてぇんだわ。なぁ?破面No11.(アランカル・ウンデシーモ)シャウロン・クーファン、破面No12.(アランカル・ドセ)グリムジョー・ジャガージャック。」


視線に殺気を滲ませて睨むグリムジョー、人影はそれを鼻で笑うと『遊んでくれ』と言う。
二人の番号と名前を言い当てた上で、だ。

「貴方が数字持ちを襲って回っている犯人ですか?何故この様な事を、全く持って理解不能です。」

「別にアンタ達に理解してもらう必要は無ェんだよ。コッチの事情はアンタ達には関係無ェ、そもそも世界なんてそんなもんだろが、無関係で理解の外の出来事で世界は満ちてんだよ。」

「・・・襲撃犯ということは否定しないのですね。では私達も襲いに来たと考えていいのですね?」


殺気を滲ませて相手を睨み続けるグリムジョーに代わってシャウロンが話し始める。
数字持ちを襲う、恐らくはあの人影がその犯人なのだろう、現に襲撃犯かとシャウロンが尋ねたが肯定も否定もしなかった。
その行為にいったい何の意味があるのか、シャウロンには分からなかった。
自らの力の誇示か、何者かの差し金か、はたまた更なる別な理由か、それを尋ねたところで答えが返って来る筈もなく、その問は無関係と言う言葉で切り捨てられた。

「ハッ、確かに否定はしねぇな。今んところやったヤツ等は全部ハズレでねぇ、アンタ達二人の内どっちかがアタリじゃねぇとコッチとしては割に合わねぇんだよ。」

「ハズレ?それはどういう意味ですか?」

「弱かったって意味だよ。全くハナシにならねぇ、コッチだって好きでこんな面倒くせぇ事してる訳でもねぇのに、その上愉しむ事も出来やしねぇんじゃぁ時間の無駄だぜ全く。まぁいいや、そろそろ始めようじゃねぇか。ヨッと!」

戦ってきた全ての数字持ち達をハズレ、弱いと斬って捨てたその人影。
決して数字持ち達の全てが弱い訳ではない、十刃には遠く及ばないものの唯の破面がその総てを一人で倒せるほど弱くも無いのだ。
それをして尚この人影はそれを弱いと言う、そしてその言葉に嘘偽りはない、本当にこの人影が襲撃犯だとしたら数字持ち達はこの人影に総て敗北しているのだから。

いい加減話すのに飽きたのか、円柱の上から人影が飛び降りた。
高所から飛び降りたというのにその人影はふわりとしゃがむ様に着地し、足元の砂がほんの僅かに舞い上がる。
舞い上がった砂が光を反射し、その白い光の中に降り立った人影がゆっくりと立ち上がる。

グリムジョーとシャウロンの瞳は驚愕で見開いていた。
降り立った襲撃犯、短めの金色の髪、左目を縁取るようにして存在する仮面の名残、そして額の中心にある菱形の紅い仮面紋、比較的標準的な破面の白い死覇装の袖を上腕の中程で折り、黒い裏地が関節のあたりまで覗いている。
猛禽類を思わせる鋭く紅い瞳が二人を射抜き、その腰に斬魄刀は挿していないもののその外見だけを見れば破面であることは疑いようが無かった。
しかしその降り立った襲撃犯は明らかに幼く、大人とは到底言えず、少年と言う言葉がその姿を形容する一番正しい言葉に思えた。
その容姿は二人が想像していた襲撃犯のそれから大きく逸脱し、いっそ何かの冗談だと言われたほうがよほど納得がいく事態だった。

「・・・・・・本当に貴方が襲撃犯なのですか?とてもそうは見えないようですが」


シャウロンはその姿を見た素直な観想を口にする。
いや、誰もがそう言うだろう。目の前の少年はその何倍もの体躯を持ち、何倍もの膂力を持つ破面を打ち倒したと言うのだ。
そんなシャウロンの言葉を聴いた襲撃犯の少年は心底落胆し、つまらなそうにその言葉に答えた。

「なんだ、結局アンタもその程度か・・・・・・興醒めだ、アンタも今までの奴等と同じで見た目に惑わされる三流ってことか。まぁ仕方ねぇ事かもしれねぇな、こんな形じゃぁよ。悪かったな、さっさと終わらせて帰らせて貰うわ。」


少年の落胆振りに困惑しながらも身構えるシャウロン。
見た目で惑わされる三流、そう評価された事に多少の不快感を感じながら、尚もシャウロンの瞳には疑念が篭っていた。
シャウロンとて少年の見た目だけで襲撃犯かどうかを疑ったわけではない、その身のこなしは強者のそれであることは分かる。
しかし少年から感じる霊圧はそれほど大きくなく、所詮子供が霊圧を解放してもそれほど大きくなるとも思えず、斬魄刀すら携帯していない姿は戦いに身を置く者として考えられない浅慮、一対一の状況を作ったとして一度ならば勝利を掴めようが、多くの破面総てに勝てるとはとてもではないが考えにくかった。
本当にこの少年が襲撃犯なのか?本当は犯人は別にいて、この少年は此方の油断を誘う罠ではないか、シャウロンの頭に多くの可能性が浮かんでは消えていく。


しかしシャウロンがそれ以上思考することは無かった。
彼が最後に見たものは、自分の想像を軽く超える霊圧を放ち、眼前へと迫った襲撃犯の少年の紅い拳だけだった。



「またハズレか・・・この姿で油断してたってのを差し引いてもいくらなんだって脆すぎんだろ。あの女ならこんな一撃軽く避けやが・・・・・クソッ、思い出したくも無ぇ事思い出しちまったぜ。」


シャウロンを一撃の下に叩き伏せた少年、殴り飛ばされたシャウロンは砂漠の地面と平行に移動し、乱立する円柱の一本にその身体をめり込ませていた。
その打ち負かした相手の姿に不満を述べながら、一人自ら思い出したであろう不快な記憶に顔を歪め、足元の砂を軽く蹴る少年。

結局シャウロンは対応を間違えたのだ。
自らグリムジョーに対し侮りは足元を掬うと諭しておきながら、襲撃犯の姿を見て彼はどこかで侮ってしまった。
明らかに自分より小さく、脆いその姿、感じる霊圧も大きくない、自分が負ける要素がどこにある、と。
故に彼は目の前の少年から半ば意識を反らし、自らの思考に没頭してしまった、脅威足りえないモノから意識を逸らし、居もしない別の脅威の存在を自らの中に作り出してしまったのだ。
結果として彼は今その意識を闇へと落とし瓦礫の山へと埋められてしまった。
破面とは決してその姿形で力の優劣が決まる事などありえない、戦闘となれば尚の事、根拠の無い自信、自負を持ち込めば忽ちにその命は潰えるのだ。

「で、アンタはどうするよグリムジョー・ジャガージャック?一応”力”は見せたつもりなんだがな、というよりアンタがハズレの場合全滅だ、それだけは俺も避けた ッツ!!」


思い出した不快な記憶と折り合いをつけた少年がもう一人の標的、グリムジョーに話しかけながら振り向く。
少年にとってシャウロンはハズレだった、いや、総ての数字持ちが彼にとってハズレだった。
だが最後に残った一人、グリムジョーだけは違うと少年は確信していた。
少年は見ていたのだ、あの硝子のような緑の瞳の破面によって創られた斬殺空間から、たった一人だけ生き延びたその破面の姿を。
故に少年は期待していた、此処で退いてしまう様な相手ではない事は分かっている、今までの戦いは総て消化試合のようなもの、ノルマをこなしただけの事、しかし、これから始まるのは唯一自分が望んだ事、それだけのために此処まで続けてきたのだと少年は再確認していた。
軽口を叩きながらもその胸は期待に踊る、早くしろと早鐘を打つ。
言葉と共にグリムジョーの居る方へと振り返る少年。






次の瞬間、鮮血が宙を舞った。









砂時計を返そう
流れは逆転し
現在から過去へ

地に伏す少年は
見据えた未来で
何を得るのか・・・・・・





2010.09.28微改定




[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 12(微改
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/09/28 23:36

bleach El fuego no se apaga.12









―― 時間は少し遡る



破面化の後、怒りに任せてハリベルへと挑み、結果軽々とあしらわれてしまったフェルナンド。
戦いの中で気絶し、意識を失うという愚を曝した彼は、その意識が戻るとすぐさま再びハリベルへと挑みかかった。
しかし、再び挑みかかったとてその実力差が埋まるはずもなく、それどころかダメージを負った身体はフェルナンドの意思に反し、思うとおりには動かず、まさに致命的ともいえる隙を何度もハリベルに曝してしまう。

そして結果は何度も繰り返される。
飛び掛り、返り討ちにあい、意識を失い、気が付けばまた飛び掛る、それを幾度繰り返しただろうか、いい加減その無意味な繰り返しに辟易したのか、それともフェルナンドを心配してなのかは判らないが、ハリベルがフェルナンドの攻撃を避けながら彼に話しかける。

「・・・もう止したらどうだフェルナンド、いい加減お前も分かっただろう、己が”暴”を振り回したところで私には届かないと。それでは大虚だった頃のお前以下だぞ、頭を冷やせ。」

そう言いながらハリベルはフェルナンドの拳を払い、拳を払ったその手でそのままフェルナンドの手首を掴むとフェルナンドの攻撃の勢いを利用し、自らの力も上乗せしてフェルナンドを背中から床に叩きつけた。
止めとばかりに床が陥没するほどの威力で叩きつけられたフェルナンド、その身体は殴られ、蹴られ、壁に床にと叩きつけられ無数の傷が覆う、まさに満身創痍といった状態だった。

フェルナンドの頭側に立って彼を見下ろすハリベルの言葉はもっともなモノだった。
今のフェルナンドは唯我武者羅に、何も考えずハリベル目掛けて突進する事しかしない猪だった。
本来の彼は戦いを愉しみながらも、自らの勝利のための道筋を考え、それを実行する賢さを秘めていた。
しかし今の彼は怒りに支配されたように唯目の前のハリベルに飛び掛るだけ、そこに策と呼べるものは無くただ己の力を振り回しているだけの、言ってみれば子供の喧嘩、いや、それ以下の状態に見えた。

「・・・ウルセェよ、そんなもんアンタに言われなくても判ってんだ。だがな・・・一度始めちまったからにはそう簡単には退けねぇだろうが。終われねぇだろうが。・・・・・・そういうもんだろうがよ。」

「・・・不器用なヤツだ。退く事を学べ、と言っただろう・・・・・・まぁ、言っても無駄だとは思うがな」


フェルナンドの怒りはとうの昔に収まっていた。
そして今の自分がどう足掻こうが、目の前の女性に届かない事も判っていた。
では何故挑み続けたのか、怒りが冷めているというのに、ダメージを追った身体ではハリベルに敵わないと理解しているのに、何故挑み続けたのか。


それはケジメだった。
たとえ怒りに身を任せ、我を忘れての行動だとしても、自らが先に手を出して始めた戦いに勝てないからといって背を向けることを、フェルナンドは良しとしなかった。
頭では判っている、このまま続けたとて自らが勝利を掴む事は不可能であると、しかしこれは、これだけは”理”で割り切れるものではなく、フェルナンドのそれよりももっと奥の部分が割り切ってしまうことを拒否していた。

それはどんな事にも共通する理念、始めたからには終わらせなければいけない、そして迎えるその終わりは自分の都合の良い様に終わらせてはいけない、結果としてそうなるのではなく、結果を捻じ曲げるように自ら中断するなどという事は、それだけでそこに至る総ての過程を腐敗させ、無価値で醜悪なものへと変えてしまう。

そして、フェルナンドにとってそれは戦いに最も持ち込んではいけないものだった。
戦いとは”死”と隣り合わせ、それ故に”生”を実感できる場所、フェルナンドにとって戦いとはそういうものなのだ。
自ら仕掛けた戦いを自ら止めると言う事は、”死”から逃げる事、即ち”生”の実感を諦める事、故にそれはフェルナンドにとって”死”なのだ。
戦いの最後は必ずどちらかが血を流し、どちらかが地に臥す。
それこそがフェルナンドの知る戦いであり、フェルナンドにとって勝てないからといって退くなどという事は許容できない事だった。

故にケジメ、実際ハリベルがフェルナンドを殺すと言う事は現時点でありえない。
ならばこの自らの愚かな行いにどうケジメをつけるか、結局戦うという事に背を向けられない、”死”に、そして”生”に背を向けられないフェルナンドがとった行動がこれだった。
意識を失うような状態まで戦い、実際意識を失って気が付けばまた戦って、そうして身体は悲鳴を上げ、やがて立つ事すら間々ならなくなり、それでも立ち上がりハリベルへと向かって拳を、脚を振りぬき、そして倒れて、遂には起き上がることすら出来ない状態になる。
戦いに敗れたものは”死”、それに準じた状態まで己を痛めつける、それがフェルナンドの結論だった。


いよいよ動けなくなったフェルナンドにハリベルが話しかける、不器用なフェルナンドを見て砂漠での死闘でも言った『退く事を学べ』と言う言葉を再び口にするハリベルは、しかしそんな言葉をフェルナンドが素直に聴くわけがないと理解していた、その白い衣で隠された口元にはきっと苦笑が浮かんでいる事だろう。
フェルナンドのその不器用さは決して嫌いではないと思うハリベル、そんなハリベルの言葉にフェルナンドは床に大の字になったままハリベルに答える。

「ハッ、判ってるじゃねぇか。それに俺も言ったろうが、俺はそんな大人じゃな・・・・・・チッ、締まらねぇな。」


ハリベルの言葉を鼻で笑い、同じように砂漠で口にした台詞で返そうとするフェルナンドだが”大人”という言葉で自ら地雷を踏んだらしく、バツが悪そうに舌打ちをする。
そんなフェルナンドを見てハリベルはまた苦笑を浮かべる。

そんなやり取りの後、ハリベルは今まで以上に真剣な眼差しでフェルナンドを見つめる。

「フェルナンド・・・」

「あん?何だよ、笑いたきゃ笑いやがれ、クソ面白くもねぇ・・・」

「そうではない・・・・・・フェルナンド、この戦いはこれで終わりだ。だが、お前がこれから力を付け、それを存分に使いこなし、何れまた私を殺そうと挑んでくると言うのならば、その時は私の持てる総ての力で相手をしよう。その為に私の元で学んでみる気はないか?」


床からハリベルを見上げるフェルナンドの瞳が驚きで大きく開かれる。
それもそのはず、ハリベルは自らを殺すと宣言したフェルナンドを傍に置き、更にその彼に戦いを教え、鍛えようと言うのだ。
命を狙っていると公言する相手を鍛えるという理解しがたい行動、フェルナンドの驚きは当然の事だろう。
自分を見下ろすハリベルの瞳をフェルナンドはその鋭い瞳で射抜く。
フェルナンドが見上げるその瞳には、その言葉が冗談の類ではない事を示す真摯さがあった。
決して自分が殺される筈がない等という侮りではない。
ともすれば自分が殺される、そういった可能性を充分に理解して尚の発言であると、純粋にフェルナンドを鍛え、強くしようという意思がその瞳からは伝わってきた。

絡む二人の視線、数秒か、それとも数分か、その状態のまま二人は見詰め合う。
そして最初に言葉を発したのはフェルナンドだった。

「・・・・・・アンタやっぱり変わってるな。普通自分のことを殺すなんて言ったヤツは遠ざけるもんだろうが、それを近くに置いて更に鍛えようってンだがらよ・・・・・・まぁ、近くに居たほうが俺としちゃぁ何かと都合が良い。イイぜ、その誘い、乗ってやるよ。」


フェルナンドはハリベルの提案を受けた。
それは確かにフェルナンドにとって都合が良い提案であったし、それ以上に自分に真正面から向けられた言葉を無視できるほど、彼が腐っていなかったという事だったのだろう。
何の打算もなく、策謀もなく、唯純粋に向けられた感情に背を向け逃げるような事は、フェルナンドにとって忌諱すべきものだった。

「そうか・・・では身体が治ったら早速始めよう。お前は破面化して本当に間もない、まずはその身体に慣れる事と、自分の能力を見極める事からはじめる。手始めに十刃以下の数字持ちを全員倒して来い。ただし殺すな、それが終わったら次の段階に入る。」

「アァ?なんだよ、アンタより弱い奴等とやりあって意味なんかあんのかよ?アンタが俺の相手をすればそれで済む話だろうが。」


誘いを受けたフェルナンドに対し、ハリベルは早速一つの課題を出した。
『十刃以下の数字持ちを全員倒す事、ただし殺害は不可』その内容にフェルナンドは異を唱える。
今、目の前に現時点で虚夜宮第三位の実力を持つハリベルが居る、だが何故それより下の者、弱い者と戦わなければいけないのか、最もな疑問であろうそれをハリベルは斬って捨てる。

「今のままでは私も加減し損ねてお前を殺してしまいかねん。それにお前はその肉体での戦闘経験が少なすぎる。戦いの勝敗を決するのは霊圧の大きさでも、武器の強さでも、能力の優劣でもない。総ては経験だ、お前はまず己を知らなければならない、相手である私を知るのはそれができてから、と言う事だ。」


ハリベルのその言葉は、結局のところ今のフェルナンドではどう足掻こうとも自身に勝てないというものだった。
それは破面としての強さもさることながら、今のフェルナンドに圧倒的に足りていないものが在るということだと、それが経験だと語るハリベル。
破面化して間もないフェルナンド、更に今までの特性上、肉体を用いた戦闘の経験はほぼ皆無、それ故にまずはそれを知る事からはじめろとハリベルは言う。
己の有利は何か、そして不利は何か、霊力は、霊圧はどの程度なのか、現在の肉体の特性、耐久力、移動速度、膂力、自らの限界、使用できる力、それに伴うリスク、それを補う策、上げればそれに際限はなく、そのどれも今現在フェルナンドが知らない事だった。
己を知らずして勝利なし、故に数字持ちとの戦闘でそれを見極めろとハリベルは言っているのだ。

「チッ、こんなザマじゃァどんだけ吼えたところで無駄だな。やってやろうじゃねぇか数字持ち狩り、少しぐらいは愉しめそうな奴はいるんだろうな?えぇ?ハリベルよぉ」

「殆どが冷静な貴様なら楽に倒せる程度だ、解放されれば多少梃子摺るだろうがそれも経験だろう。あぁ、それと・・・・・・・コイツはこの試練が終わるまで預かっておく。」

「あぁ?その刀がどうしたよ、そんなもん俺は知らねぇぞ。」


渋々、と言うより現状叩き伏せられ指一本動かせるような状態でないフェルナンドは、ハリベルの言葉を了承する。
それを聴いてハリベルは思い出したように壁際まで移動すると、そこに立て掛けてあった一振りの刀を持ちそれをフェルナンドの眼前へと突き出した。
白い鞘に納められたその刀、その鍔には炎のような模様が描かれ、柄の部分もまた炎のように紅い拵えだった。
見せられたその刀、全く見たこともないその刀、知らないはずのその刀、しかし何か惹きつけられる様な感覚をフェルナンドは覚えた。

「まったくお前は・・・藍染様の御説明を聞いていなかったのか?これはお前の斬魄刀だ、虚としての力の核を封じた刀、即ちお前の力の核だ。」


掲げた刀を説明するハリベルの表情に呆れが混じる。
フェルナンドが惹かれるような感覚を覚えるのは当然の事なのだ、何故ならそれは元々一つであったもの、己の内に存在していたもの、刀という物質へと変貌しようともそれは変わらない、己の一部であり総てだったものだったのだから。

「ケッ、そうかよ。まぁ精々丁重に扱えや、この俺の一部だ、ぞんざいに扱えば独りでにアンタに斬りかかるかもしれないぜ?」


己の刀、力の核だと告げられたフェルナンドは、特に気にした様子もなくそれを取り上げられることを受け入れた。
それに驚いたのはハリベルだ、フェルナンドのことである、真実を告げればきっと「返せ」と騒ぐだろうと予想していたが結果としては逆、あっさりとそれを受け入れてしまった。

「驚いたな、これはお前の物なのだぞ?それを手元に置かなくていいのか?それもこれから数字持ち達の相手をしなければいけないというのに。」

「構わねぇさ、数字持ちとやらを倒せば済むだけの話だろうが、それに刀なんか必要ねぇさ。テメェの事を知るにはテメェの身体だけでやった方が良いだろうがよ。」


若干戸惑ったハリベルがフェルナンドに理由を聞いてみれば、フェルナンドはさも当然と言った表情で答える。
自らの身体を、己を知るのに今は武器は邪魔だと、己の肉体と言う面での性能を見るのに武器は必要ないと。
武器はその手に握っただけで、そして振るっただけで相手を傷つける、それは力であるし、戦いはより力があったほうが有利ではある。

しかしその安易な力に頼っては、何れ破滅を呼ぶ。
武器の強さを己の強さと勘違いし、増長し、己を磨く事を止めてしまう。
それでは意味がない、今フェルナンドがやるべき事は大きな力を得ることではなく、その大きな力を受け止める器を作ること。
そのためには己の肉体に付加する形での力の増加はまだ必要ではない、あくまで己の内にある物のみで事を成すべきだとフェルナンドは考えたのだ。

「お前がそう言うのならば構わん。それが数字持ち達に対する侮りでないことを祈ろう・・・それとフェルナンド、数字持ちの中でも奴だけは、破面No12.グリムジョー・ジャガージャックだけには気をつけろ。あれは数字持ちの中でも別格だ。」

「グリムジョー?・・・あぁ、あの広間で一体だけ生き残ったアイツか、そんなもん言われなくても判ってんよ。アイツは最後だ、愉しみは後に取っておかねぇと。なぁ、ハリベルよォ。」


ハリベルが唯一警戒しろと付け足した破面グリムジョー、広間でのあの殺戮の時までハリベルは彼の存在を知らなかった。
しかし、あの新たなNo4.、ウルキオラの攻撃を必死ながらも受け止め、命を永らえたその実力はハリベルの中でも評価に値した。
あれは一介の数字持ちが対応できるレベルの攻撃ではなかった。
ハリベル達十刃から見てウルキオラが手を抜いているのは明らかだったが、それでもあの攻撃は速かった。
それを紛いなりにも防いだグリムジョー、十刃には未だ届かないまでも、その実力は他の数字持ち達からは抜きん出ていると言えるだろう。

それを聞いたフェルナンドは気を引き締めるどころか、愉しそうに笑う。
フェルナンドとてあの広間にいたのだ、ウルキオラの攻撃も、そして生き残ったグリムジョーのことも覚えているだろう。
それをして尚愉しみだと笑うフェルナンド、その幼いつくりの顔に全く持って似合わない猛禽類の様な鋭い瞳は、既に獲物を捕らえているのだろう。

「ククククッ、嗚呼、今から愉しみで仕方ねぇなぁ。」

自然と笑い声が漏れる、そして身の内で燃え上がる魂の猛りを、フェルナンドは確かに感じていた・・・・・・







狂喜する
襲い来る獣の爪
それをして尚狂喜する

狂気する
襲い来る熱風の渦
それをして尚狂気する












ちょっとしたおまけ



「・・・・・・そういえば先ほどから随分と馴れ馴れしく私の名を呼んでいるなフェルナンド、仮にも私に師事するのだ、敬称ぐらい付けたらどうだ。」

「お断りだね。俺はアンタの下に付いたんじゃねぇ、立場はあくまで対等だ。それにアンタだって随分と前から俺の名を馴れ馴れしく呼んでんじゃねぇか。御相子だろうがよ、そんなにハリベルって呼ばれるのが嫌だってんなら『ティア』とでも呼んでやろうか?えぇ?」

「なッ!ティアだと!?誰がそんなことを言った!私は敬称を付けろと言ったのだ!」

「・・・・・・何そんなに動揺してんだよ・・・ちょっとした冗談じゃねぇか。止めろよな、そんな反応されっとコッチまで気まずくなんだろうが」

「五月蝿い!お、お前が余計な事を言ったのが原因だろうが!・・・もういい!敬称は要らんし呼び捨てで構わん。ただし・・・・・・分かっているな?」

「オ、オゥ・・・そう睨むんじゃねぇよ。ッたく分かってんよハリベル、これでいいだろうが、全くおかしな奴だぜ。」

「ハァ、誰のせいだと思っているんだ、まったく・・・・・・」






2010.09.28微改定





[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 13(微改2
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/11/14 20:24
BLEACH El fuego no se apaga.13











飛び散った鮮血は白い砂漠に紅い染みを残した。

シャウロンを降したフェルナンドは、最後に残った標的であるグリムジョーに振り返る。
結局のところハリベルの言ってよこした課題は、フェルナンドにとって思った以上に有意義なものだった。
確かに数字持ち、それも数の大きなものはフェルナンドにとって取るに足らないものだったが、しかし自らの身体を知る事や、昔の身体との感覚のズレ、戦い方の違いなどを知るには丁度いい相手だったとも言えた。
口では全員ハズレだったと言うフェルナンドだが、数字が小さくなるにつれ、中には多少の苦戦を強いられる者、解放されれば多少なりとも梃子摺る事もあった。
そしてその総ての経験が糧となり今フェルナンドの内にある、それを存分に振るえる相手も目の前にいる、待ち焦がれた再会とこれから始まる至高の時間にフェルナンドは歓喜していた。

「で、アンタはどうするよグリムジョー・ジャガージャック?一応力は見せたつもりなんだがな、というよりアンタがハズレの場合全滅だ、それだけは俺も避けた ッ!!」


グリムジョーに話しかけながら振り向くフェルナンド。
半ばまで振り返り、視線だけを先にグリムジョーへと向けた彼の視界に入ったのは、まさに眼前まで迫ったグリムジョーの指先だった。
ほんの数瞬の後にはその指先はフェルナンドの眼球に達し、それを楽々と突き破り、恐らくそれでも止まらず頭蓋を貫き、そしてその中身をあたり一面へと撒き散らす事だろう。

考えるよりも早く身体は反応する。
正しく眼前に迫った危機に、フェルナンドは瞬時に頭をずらしてそれを回避しようとする。
しかし高速で繰り出されるその突きを完全に避けきる事はできず、グリムジョーのその貫き手によってザックリとそのコメカミ辺りを抉り取られてしまう、それでもこの奇襲を避けられる辺り、フェルナンドは己が身体を完全に掌握したという事だろう。

頭をずらして攻撃を避け、その場で軽く屈みながらグリムジョーを見上げるフェルナンド、グリムジョーの方も右腕を伸ばした状態でそれでもその貫き手を避けたフェルナンドを見失う事無く、しっかりとフェルナンドを見据えていた。
刹那の交錯、見上げるフェルナンドと見下ろすグリムジョー、絡み合う視線。
しかしそれも一瞬、フェルナンドは弾かれる様に後方へと飛ぶとグリムジョーと距離をとる。

「人が話してる最中だってぇのに攻撃か・・・随分とまぁ手癖が悪りぃんだな、グリムジョーさんよォ。」


距離をとったグリムジョーを睨みつけながらも、口の端を少し上げ、皮肉を零すフェルナンド。
対するグリムジョーはそれに言葉を返すでもなく、多少腰を落とした低い体制を保ったまま濃厚な殺気を漂わせ無言でフェルナンドを睨みつけている。
皮肉げな笑みを浮かべたフェルナンドと唯無言で睨みつけるグリムジョー、それが両者の最初の邂逅であった。






グリムジョーが最初に件の襲撃者の姿を確認した時に抱いた感情は”怒り”だった。
何故なら襲撃犯を名乗るソレは明らかに子供の姿をしていた。
グリムジョーを前にして『遊んでくれ』と、暗に『自分と戦え』とそう発したその声はどこかまだ高い印象を与える音で、その顔の作りも未だ幼いという言葉が適当であった。

唯一違ったのは幼さとは無縁と思えるその瞳、鋭い刃物のようなその瞳、触れるもの総てを切裂き、その血を湛えたかのような紅い瞳。
そしてその瞳に浮かんでいたのは”喜色”だった。
それは命を刈り取る事を愉しむものではなく、ただ純粋に戦う事への喜びを滲ませていた。
戦いへの衝動、どちらが強いかという単純な解を得るためだけに拳を、刀を、持てる力の総てをぶつけ合える事が楽しくて仕方がないという喜び、それがその紅い瞳に満ちていた。

グリムジョーはそれが気に入らない。
自分を前にして、自分という王を前にしてそれに楯突き、更には自分との戦いを愉しもうとするその瞳が気に入らない。
グリムジョーにとって自分こそは”狩る者”であり、相手は”狩られる者”なのだ、相手はただ悲鳴をあげ、肉を裂かれ臓腑を撒き散らし無残に屍を曝すだけ存在なのだ。

それが喜色を浮かべた瞳で自分を見ている、自分を格上ではなく明らかに対等としてみている。
それは許されない事、弱肉強食、自然の連鎖、摂理を捻じ曲げるかのごとき行為。
その瞳を向けられていること自体がグリムジョーの怒りを加速させる。
自分との戦いを愉しもう等というふざけた思考が許せない、愉しむなどと考えた事を後悔させてその息の根を止めてやる。
グリムジョーの頭の中をその考えが占めていった。


そう考えていたグリムジョーの目の前で、襲撃犯の霊圧が一瞬膨れ上がり、シャウロンが殴り飛ばされていた。
しかしグリムジョーにとってそんなことはどうでも良い事だった、身体は既に駆け出し、引き絞られた右腕は渾身の力と速度でもって、襲撃犯の頭を貫かんと打ち出されていた。
必殺のタイミングで打ち放った貫き手は、寸前で避けられ相手の命を奪うまでには至らなかった。
しかし全く当たらなかったという訳ではなく、襲撃犯に傷を残していた。
右手の先から赤い雫がポタポタと流れ落ちる、それは実感、相手の命を傷つけたという殺意の証明。
息の根を止めるには至らなかった、しかしこれで良いともグリムジョーは思っていた。
自分との戦いを愉しもうとしたその考えを折り、四肢の総てを千切って切り刻み、許しを請うその口を踏み潰し、心臓を引き摺り出して眼前で握り潰す様を見せ付ける、絶命するその瞬間まで後悔させるのだ、グリムジョー・ジャガージャックという存在を舐めた事を。

(ブッ殺してやる、クソガキィ!!)


渦巻く感情のまま、グリムジョーは怒りを湛えたその瞳で襲撃犯を睨み続けていた・・・




―――


一瞬の交錯はそのまま静かに戦いの火蓋を切って落とした。
方やそのコメカミ辺りから血を流しながらも、どこか愉しげにその顔に笑みを貼り付けるフェルナンド。
方や体制を低くし、獲物を狙う肉食獣の如き雰囲気を漂わせ、その獲物たるフェルナンドを睨み続けるグリムジョー。
静かな睨み合い、二人の戦いは静かな立ち上がりを見せていた。

「ハッ、ダンマリかよ。まぁいいさ、コッチも別に御喋りに来た訳じゃぁねぇ。俺はフェルナンド、フェルナンド・アルディエンデだ、つい最近破面化したばっかりでねぇ。よろしく頼むぜ?先輩。」

「ッ・・・・・・・・・・・・」

辺りをグリムーの猛烈な殺気が包み込んでいるその中で、その殺気を一身に受け止めているであろうフェルナンドは、それを意に介さぬ様な素振りでグリムジョーに自らの名を名乗った。
グリムジョーはそんなフェルナンドの言葉にもやはり何一つ言葉を返さなかったが、フェルナンドに叩きつけられる殺気は先程よりも更に強いものになっていた。

フェルナンドは両の拳を軽く握り目線よりも少し低い位置で構える、そしてその口元に浮かぶ笑みが皮肉を込めたそれから変わる。
全身に叩きつけられる殺気、それを受けてフェルナンドの身体の内から湧き上がるものがあった、それは純粋な歓喜。
強い者と戦えるという事、命を削りあうような戦いができるという事、その末に得られる実感、それ以上のものなどフェルナンドの中には在りはしなかった。
フェルナンドの口角が上がる、ニィっと白い歯が覗く口元と、相手を射抜く瞳が作る笑顔は何とも凶悪なものだった。


拳を構えたフェルナンドと、両手を開いたまま少し腰を落とし、腕を下ろしたままのグリムジョー。
次の瞬間睨みあう両者から霊圧が吹き上がり、両者の足元の砂が爆ぜる。
一瞬の内に互いに手の届く領域の中まで移動した両者、最初に動いたのはグリムジョーだった。
手を開き、まるで爪を立てる様に力を込めたそれを、フェルナンドの首を横凪にするように振り抜く。
フェルナンドはそれをしっかりと確認して紙一重で避けると、更にグリムジョーの懐に大きく左足を一歩踏み込みその腹部を目掛けて右の拳を打ち込もうとする。
フェルナンドとグリムジョーの身長差では頭部を狙うことは難しい、シャウロンの時のように相手に油断があれば別だが今のグリムジョーにそれは無い、故に的としても大きい腹部を狙うフェルナンド。
充分な体勢で打ち出されたそれは、或いは先程シャウロンを一撃の下に沈めたそれと同等か、それ以上の威力を有していた。
しかしグリムジョーはその拳を左の掌で受け止めると、がっしりとその拳を掴みそのまま腕一本で力任せにフェルナンドの身体を頭上へと持ち上げ、そのまま一気に振り下ろした。

拳を掴まれたまま今まさに地面へと叩き付けられようとしているフェルナンド、地面と言っても砂地であるため例え叩き付けられようとも重大なダメージを負う事は無いだろう、だが態々叩きつけられてやる必要は無いと、自分の拳を掴んでいるグリムジョーへもう一方の拳を叩き込む。

「オラ!」


狙いは”手”さらに正確に言えばフェルナンドの拳を掴んでいる”指”、其処へ強烈な一撃を叩き込んだ。
掌全体から腕でなら受け止められる衝撃も、たった一本の指で受けきれるはずも無くグリムジョーはほんの少し顔を歪め、拳を掴んでいた手を離した。
拳から解放され、フェルナンドの叩き付けられる筈だった身体は宙へと抛り出された、そのまま宙で一回転しながら砂漠へと着地するフェルナンド、片手を着きながら地面を擦り、砂煙を立てながら着地したフェルナンドはグリムジョーを確認しようと顔を上げる。
すると強烈な爆発音と共にグリムジョーの足元の砂漠にクレーターが出現した、それはグリムジョーが砂漠をその足で踏みつけた衝撃で誕生したものだった。
グリムジョーが踏みつけた場所に出来たそのクレーター、そこは本当ならば叩きつけられたフェルナンドの頭部があったであろう場所だった。
もしフェルナンドがあのまま拳を掴まれ、その状態から脱出できなかったとしたら今頃彼の頭は砂漠を穿ったその力を受け、グリムジョーの足の下で無残に弾けていた事だろう。

「・・・・・・・・・フン。」


少し顎を上げてフェルナンドを見下ろすようにしたグリムジョーが、嘲笑うかのようにフェルナンドを見て鼻で笑う。
グリムジョーが態々砂漠を踏みつけたのは、一種の意思表示だった。
お前など一撃で殺せるのだという事、お前はそうやって必死に逃げなければ直ぐに殺されるという事、大地に臥しているお前とそれを見下ろす自身、それこそが本来のあるべき姿であり、覆る事のない事実であると。
しかし、そんなグリムジョーの姿を見ながらフェルナンドは己の昂りを感じていた。

(チッ、オレの事を見下して随分とまぁ嬉しそうだな。それにしても判っちゃいたがこれはなかなか・・・・・・簡単にオレの拳を受け止めるかよ……だがまぁまだ始まったばっかりだ、愉しもうぜ?グリムジョーよぉ)


五秒にも満たない交錯は、完全にグリムジョーに分があった。
フェルナンドはグリムジョーの最初の一撃を容易に避けたものの、返しの一撃を容易く受け止められ更にそのまま捕らえられてしまった。
そして拳を掴まれたまま片腕で掴み上げられ、その手を外す事が出来ていなければ勝負は既についていたかもしれなかった。

先の一瞬で、単純に肉体的な力という部分に関して、フェルナンドは現状グリムジョーに遠く及ばないという事が証明された。
だがそれも当然と言えるかもしれない、多くの数持ちを倒してきたフェルナンドではあるがその身体は少年そのもの、対してグリムジョーは細身ではあるがその身体にはしなやかな筋肉の鎧を纏わせている。
身長、体重、筋肉量、骨格、あまりにも違う二人の肉体、フェルナンドがグリムジョーに対して力負けしてしまうのはある意味道理とも言えた。

だが、だからといってフェルナンドが容易く勝ちを諦めるかといえば、否だ。
そもそもフェルナンド自身グリムジョーや他の破面等の成熟した身体と比べ、自分の身体に肉体的な力で有利な点が無い事は判っていた。
小さく、細く、凡そ成熟とは程遠いその身体は、どう足掻こうとも力負けしてしまう。
ではフェルナンドはどのようにして数多くの数字持ち達を打ち倒してきたのか?
肉体的な力が足りない、ならばどうするか。
答えは単純である、足りないのならばそれを補えばいいのだ。





依然、余裕の態度を崩さずに居るグリムジョーにフェルナンドが襲い掛かる。
その場から動かないグリムジョー、フェルナンドは真正面からグリムジョーへと突っ込みその拳を打ち出すが、それはグリムジョーの右腕に難無く阻まれる。
しかしフェルナンドの攻撃はそれだけで終わらない、拳の連打、それはまるで拳の弾幕、打つごとに回転を上げるかのようなその連打を、グリムジョーはその右腕一本で防ぎ続ける。

「チッ!」


舌打ちと共に今まで拳を受け続けていたグリムジョーが動いた。
力任せに右腕を薙ぎ、フェルナンドの攻撃をはじき返すとそのままフェルナンド目掛けて前蹴りを放った。
その蹴りはフェルナンドの腹に見事に入り、フェルナンドの体はくの字に折れ曲がると、その蹴りの勢いのまま弾き飛ばされる。
しかし見事に蹴り飛ばされた筈のフェルナンドは、にもかかわらずふわりと砂漠に着地した。

(蹴りの感触が軽い、あのガキ・・・俺の蹴りが当たる寸前に自分で後ろに飛びやがった。小細工だけは上等らしいな……)


グリムジョーはその蹴りの感触から、フェルナンドに然したるダメージが無い事は判っていた。
あまりにも軽い感触、本来ならば骨の二本や三本ならば折れても可笑しくない威力だったそれの感触とは、あまりにかけ離れていた。
故に相手が戦闘を続行するのになんら支障が無い事も分かっていた。

「オイ、クソガキ。 それがテメェの全力か?随分デカイ口叩いた割には情けねェな。地べたに這い蹲ってみっともなく謝るなら今のうちだぜ?」


嘲笑うかのようにフェルナンドを挑発するグリムジョー、実際此処まででグリムジョーにとってフェルナンドは脅威にはなりえていない。
発する霊圧こそそれなりのものだが、あくまで”それなり”であるし、未だグリムジョー自身に目立った外傷は皆無であった。
それゆえの余裕、身のこなしこそ目を見張るものがあるがそれだけ、故に余裕、グリムジョーの口元が愉悦の笑みで歪に歪む。

「ハッ、まぁそう焦んじゃねぇよグリムジョー。どうにも俺は寝てたみたいだ・・・・・・アンタのお陰で漸く目が醒めた、こっからはちょっとばかり本気で行く、ぜ!」


そんなグリムジョーの挑発を鼻で笑い飛ばし、フェルナンドはしゃべり終わると同時に再びグリムジョーへと突っ込む。
またしても正面から挑みかかるフェルナンド、それはあまりにも愚直、あくまでも正面から打倒する事のみを目的としているかのようなその行動は、大虚だった頃の彼からしてみれば考えられないものだったろう。
正面から斬りかかろうと後ろから突き刺そうと結果は同じ、卑怯だと罵られようが勝利した方が正しいというフェルナンドの根本的な考えは恐らく変わってはいない。
だがハリベルとの真正面からのぶつかり合いが、フェルナンドに小さな変化をもたらしていた。
取るに足らない相手ならばそれでもいいだろう、しかし己の目的、”生の実感”というものを得られるような戦いに、フェルナンドは後ろから突き刺すような戦い方を選ばなくなった。
己の目的に真摯に向き合った時、それにたどり着くための手段は恐らくはそれではないとフェルナンドの奥底の部分が感じたのだろう。
故にフェルナンドは真正面からグリムジョーへと挑む。


再びその拳でグリムジョーを攻撃するフェルナンドだが、今までと同じように右腕がそれを阻む。
しかし今回はそのまま拳の連打が始まるのではなかった。

拳を防いだグリムジョーの左膝が曲る、それはフェルナンドの左足の蹴りが内股側からグリムジョーの膝の裏を突き刺し、無理矢理に膝を曲げた為であった。
突然の出来事に驚くグリムジョーを他所にフェルナンドの攻撃は止まらない。
左膝を打ち抜いた蹴りは戻る事無くそのまま弧を描くように跳ね上がり、体勢を崩したグリムジョーの顔を目掛けて襲い掛かる。
フェルナンドの踵がグリムジョーに迫る、太刀の一撃にも似たその回し蹴りをからくも避けるグリムジョー、しかしフェルナンドはまだ止まらなかった。
フェルナンドは振り抜いた左足の勢いを利用し、更に身体を支えていた右足を踏み切ると体幹を軸に独楽の様にぐるりと体を回転させる。
踏み切りと回転の勢いを利用し、一撃目の蹴りより更に威力を増した右の足刀が再びグリムジョーに迫る。

(もう一発、だと!?)


体勢を崩されたところを更に無理に蹴りを避けたグリムジョーは、最早そのフェルナンドの右足を避ける事はできなかった。
吸い込まれるようにフェルナンドの右足がグリムジョーの顔に直撃する、衝撃が脳を揺らす、しかしそれを耐えたグリムジョーは怯まずに返す刀、その右の拳がフェルナンドを襲う。

(チッ! 『旋(ヴォルティス)』の入りが浅いか!)


直後、襲うグリムジョーの拳を両腕を十字に交差させ、その一撃を受け止め吹き飛ばされたフェルナンドが砂漠に着地する。
しかしそこでフェルナンドを不運が襲った。
着地と同時に砂に足を取られ、体勢を崩すどころか後ろに倒れ込みそうになってしまったのだ。

「ッ!!」


倒れそうになる身体を咄嗟に右手で支えるフェルナンド。
これを見たグリムジョーはそれを好機と捉え、フェルナンドとの間合いを一気に詰め覆いかぶさるように上体を屈め、右腕を振り上げた。
そこには今、正に振り下ろさんとされる手刀、それが自分を舐めた罪に対する断罪の刃だと言わんばかりの殺意を込めて放たれる時を待つ。

「死ね! クソガキィ!!」


或いはそれは当然の行動ではあった。
戦いの最中に体勢を崩し倒れこむという本来ありえない出来事、その致命的な隙を見逃さずに己の好機として活かし、戦いを決する。
本来ならばそれは正しい行動だった。
しかし今この場でそれは正しい行動とは言いがたかった、眼を曇らせたのはその殺意かそれとも傲慢なまでの自尊心か、目先の勝利、愚かなる者へ死を与える瞬間を前にして、グリムジョーはそれに酔ってしまったのだ。






それが罠であると疑いもせずに。



「ハァァア!!!」


裂帛の気合と共にフェルナンドが仕掛ける。
倒れたと”見せかけて”大地に着いた右手を支えにし、片腕で逆立ちをする要領で下半身を持ち上げ、その勢いのまま自分の射程圏内に入ってきたグリムジョー目掛けて、下から右足で蹴りを繰り出したのだ。
それを自らの失態を装う事で再び自分の射程圏内へと再び収めたその頭部へと奔しる、作戦は成功しその蹴りはグリムジョーの頭部へと再び吸い込まれるように迫る。

(何、だと!!?)


驚愕の表情で迫り来るそれを見るグリムジョー、彼からしてみればそれは予期せぬ反撃だった。
相手は体勢を崩し最早死に体、それに自分が止めを刺すというまさにその瞬間に自分の下から蹴りが伸びて来ようとだれが思おうか、攻撃の態勢に入っているグリムジョーはその蹴りを大きく避けることができない、故に首だけを動かし何とかそれを避けようとする。

「ウォォオオオオ!」

グリムジョーから零れる叫び、常の彼からは想像も出来ない必死さを感じさせるそれは、自らが負けることを認められないが故のものだったのだろうか。
そしてその必死さは実る。

フェルナンドの間隙の一撃はグリムジョーの頬を掠めるのみに留まり未だグリムジョーは健在であった。

「フン、惜しかったなクソガキ、だが、これで終いだぁぁ!!!」


相手の一撃が不発に終わり最早その体勢からの反撃などありはしないと、グリムジョーは勝ち誇ったような笑みを浮かべてフェルナンドを見下ろし、その手刀を振り下ろそうとする。


「 ――『裏(アトゥラス)』―― 」



何事かフェルナンドが呟く、しかしグリムジョーにそれは届かない、完殺の瞬間を前に他に気を裂く理由など無いのだ。
しかし、その瞬間グリムジョーは自分の頬を一陣の風が撫でたような気がした。
野生の勘、とでも言えばいいのか、グリムジョーは自らのそれに従い攻撃を止め全力でその場から飛び退く。
直後に聞こえたのは轟音、見ればフェルナンドの右足の踵が砂漠に突き刺さりその周りに先程自分が作ったようなクレーターが出来ていた。

(一度吹き抜けた蹴りが戻ってくる、だと!?)


瞳を大きく開き、驚愕の表情を浮かべるグリムジョー。
そう、それ以外に今グリムジョーの目に映る光景を説明する方法は無かった。
フェルナンドは最初に打ち上げた蹴りが避けられると、支えにしていた右腕に力を込め蹴りの勢いを止め、さらに体の重心を後方に抜くことで飛び出した蹴りを再び呼び戻したのだ。

先程の回転蹴りと今回、旗から見れば同じ変則的な二連続蹴り、しかしその威力は違ってくる。
グリムジョーにとって、先程の回転蹴りは予想外だったとはいえその目で捉え、来る事が分かっていた。
来る事が分かっているという事は、それに対して対応できるという事だ、避けるなり耐えるなりの選択が出来る、グリムジョーの場合耐えるという選択が出来、結果反撃に出る事ができた。

では今回の蹴りはどうか、同じ二連続の蹴りではあるが、後頭部を狙ったその二撃目をグリムジョーは捉えていなかった。
来ると分かっていないのだから避けるという選択は無く、さらに耐えるという選択も無い、それは攻撃に対しそれを全くの無防備状態で受けるということ、それはあまりに無謀な行為。
今回はその”野生”によって救われたが、もしあのまま戻ってきた二撃目を喰らっていたのなら、一瞬ではあるがグリムジョーの意識は飛んでいたかもしれない。

「ハッ! 『弧月(クレシエンテ)』の、それもその『裏(アトゥラス)』まで避ける・・・かよ。・・・・・・クククッはははははははははは!!!イイねぇ最高にイイ!今まで雑魚しか相手にしてねぇ分余計にイイぜ!あの女もそうだし、あのいけ好かねぇ緑目野郎もそうだ!此処には俺の望を叶えられそうなヤツがゴロゴロしていやがる!」


そんなグリムジョーを他所にフェルナンドは狂ったように嗤いだす。
純粋な喜び、攻撃を避けられたというのにそれが嬉しくてたまらないといった風のフェルナンド。

「さぁもっとだ!もっと!もっと!もっと!!アンタの力はそんなもんじゃないはずだ!魅せてくれよ!焦げ付くような魂の咆哮をよぉぉおお!!!」


叫ぶフェルナンド。
その表情は最早少年ではなく、ただ戦いに餓えた獣のそれだった・・・・・・














砂漠に立つ二体の獣
知りたい事は唯一つ
どちらが強いか
唯それだけ



2010.09.28微改定

2010.11.14業名追加




[18582] BLEACH El fuego no se apaga. 14(微改2
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/11/14 20:26
BLEACH El fuego no se apaga.14











「ハハハハハハハハハハハハハ!!!」


狂ったような笑い声が響く。

その声の主はフェルナンド、己が必殺のタイミングで放った技が避けられてしまったにも拘らず彼は笑う。
それは虚勢等ではなく、ただ単純に嬉しくて仕方がないといった笑い声だった。


フェルナンドは先の一撃を放った瞬間、完璧に”入ったと”確信していた。
グリムジョーに対して放った蹴りは彼の視界から外れ、そして”戻る”蹴りはその意識からも外れた正に奇襲と言えるものだった、しかしグリムジョーはその完璧な奇襲を避けたのだ。
それはフェルナンドにとって想定外の出来事であったが、同時に喜ぶべき出来事でもあった。

己の確信を覆す相手、それが目の前にいる。

それがフェルナンドは嬉しくてたまらなかった、ザックリと抉られたコメカミの痛みなどとうに感じなくなっていた。
想定道理の戦いなどつまらない、予定調和の戦いに意味など無い、戦いとは常に己の想像を裏切り続いていくもの、それを超えて相手を打ち倒してこそ戦いは真に意味を持ち、そうでなければ面白くないと。

「テメェ・・・・・・さっきのアレは何だ、蹴りが戻って来るだと?ふざけやがって・・・・・・」


一人歓喜の高笑いを続けるフェルナンドに、グリムジョーは憎憎しげな視線をぶつけながら話し掛ける。
グリムジョーが先程の攻撃を避けられたのは、彼の無意識の産物だった。
ほんの一瞬感じた感覚、それに頭が反応する前に体が反応した、瞬時に自らの攻撃を中断するとその場から全力で飛び退いたのだ、結果としてグリムジョーはフェルナンドの攻撃を避ける事に成功した。

だが、グリムジョーにとってそれは信じられない事だった、自らが感じた感覚、その場から飛び退く事を即決させた感覚、それは間違いなく”恐怖”であったのだ、幼い容姿、そして愚かにも自分との戦いを愉しむと謳った一体の小さな破面に、一瞬とはいえ恐怖したのだ。
グリムジョーはその身に滾る怒りと同時に、フェルナンドという奇妙な破面を計りかねていた。


「ハッ、別にふざけてる心算は無ぇよ。コッチは不本意ながらもこんな形(なり)なもんでね、周りに比べてどうにも力は落ちる。まぁただ馬鹿みたいな殴り合いも嫌いじゃねぇんだが、非力な俺が手っ取り早く相手を殺るにはどうするか、と思って考えた結果ってぇ訳だ。お気に召したかよ、グリムジョー?」


グリムジョーの問にあっけなく答えるフェルナンド。
そう、少年の姿をしているフェルナンドにとって、戦闘の中で最も相手との差が生まれるのは純粋な”力”であった。
例外も居るが、大抵が成人した人間と同じような容姿をしている破面、その大抵の破面と少年の姿をしたフェルナンドではどうしてもその筋力量、骨格などから振るえる力に差が生まれる。
破面達の戦闘とは基本的には、己の霊圧と膂力に頼った力押しである。
力と力のぶつけ合い、人の姿をしていたとしても、大虚という”獣”であった時の方が圧倒的に長い彼らにとって戦闘とはそういうものなのだろう。
知性を持っていたとしても、長い年月で染み付いたその本能というべきものはそう簡単に消え去りはしない。

それはフェルナンドとて同じであった、ハリベルから言い渡された数字持ち(ヌメロス)を全員倒すという試練を始めた頃は、真正面からの力押しで楽に対応することができた。
しかし、数が小さくなるにつれ”差”が明確になっていった。
決してフェルナンドが弱い訳ではない、むしろ霊圧などはフェルナンドのほうが勝っているような相手に苦戦する事が多くなった。
それは単純な力負けだった、フェルナンドのゆうに3倍はありそうな体躯の破面、その体躯に見合った猛烈な力を振り回すだけの相手にフェルナンドは苦戦したのだ。

フェルナンドにとってそれは屈辱だった。
明らかに格下の相手に苦戦を強いられる自身、それも総ては単純に力が弱いと言うだけの事でだ。
だがだからと言って不平不満を漏らすことをフェルナンドはしなかった、奥歯を噛締めその屈辱に耐え、考えたのだ。
”力が弱い”それを今すぐに変える事は出来ない、ならばどうするか、どうすればこの体で奴等を倒す事ができるのか、そう考えた末にフェルナンドがたどり着いた答えのうちのひとつが”研鑽”だった。

ただ力をぶつけるのではなく、どのように力をぶつけるか、相手の何処その力をぶつければ効果的なのか、それらを行うのに最も適した動きとはどんなものか、その動きは戦いの中のどの瞬間に起こすのが最適なのか。
数字持ち達との戦闘の中でフェルナンドは少しずつそれらを試し、吟味し、付け足し、または切り捨ててそれを創り上げていった。

いかに効率良く相手を壊すか、それだけを追求して。

そして産み出されたのが、攻撃を受けた瞬間その方向に自ら跳び衝撃を和らげる体捌き『浮身(フロタール)』であり、体を独楽の様に回転させた二連蹴り『旋(ヴォルティス)』であり、逆立ちで蹴り出し、そして一度飛び出した蹴りが戻って来る変則の二段蹴り『弧月(クレシエンテ)』といった『業』なのだ。
未だ完成には遠く、数もそう多くないその技こそがフェルナンドが研鑽の後に得た”力”だった。

「チッ、まぁいい・・・・・・テメェがどんな攻め方をしようが関係ない、俺がテメェを殺すっていう結果は変わらねぇ。強いのは俺だ!」


フェルナンドをしっかりと見据え、グリムジョーは宣言する。
フェルナンドの放つ技は確かに脅威ではある、自分の意識の外や、思いもしない場所から向かってくる攻撃はどうしても対応に遅れが出る。
だがグリムジョーにとってそれは二の次となっていた、身に滾る怒りのままに殺そうとした相手に感じた一瞬の恐怖、格下だと思っていた相手が急に自らと同等の位置にまで上がってきたような錯覚、それを振り払うように自分の方が強いとグリムジョーは宣言したのだ。

「あぁそうさ、それでイイぜグリムジョー。アンタは”ホンモノ”だ、あの女には『殺すな』と言われたがそんなものは関係ねぇ、そんな加減をして勝てるほどアンタは弱くない。本気のアンタを倒してこそ意味があるんだ、アンタを倒して俺は更に強くなる。」

「俺を倒す、だと? 相変わらず俺に勝てる気でいやがる・・・・・・・・その態度が!眼が!気に入らねぇんだヨォォ!!


グリムジョーの叫びと共にその霊圧が開放される、今までの比ではないその奔流、フェルナンドの肌を突き刺すような殺気と共に放たれるその霊圧の凄まじさは、グリムジョーが本気であるという事を如実にものがたっていた。

「ハッ、勝てる気かって? そんなもんは当たり前だろうが!何処に始めから敗ける気で戦うヤツがいるよ!必勝の覚悟もなしに戦いに挑む馬鹿野郎は、どんな世界でも真っ先に死んで逝くって決まってんだ!はじめようぜグリムジョー、こっからは、殺し合いだァァアァァ!!」


霊圧を開放し、その身体から放つ圧力を何倍にも膨れ上がらせたグリムジョーにフェルナンドはまるで怯む様子など見せず、それどころか今で以上にその顔に笑みを刻み付けてグリムジョーに迫る。
そのフェルナンドに対し、グリムジョーは先程までの余裕の態度とはまるで違う、隙などまるで無い体勢でそれを正面から迎え撃った。

霊圧を更に開放したグリムジョーに対し、フェルナンドは先程のままの状態でそれに挑む。
普通に考えたのならばフェルナンドの攻撃は霊圧を増したグリムジョーに然したるダメージを与えることは出来ないだろう。
グリムジョーとてそれは分かっている、どう足掻こうと目の前の小さな破面の攻撃は自身に届くことなどありはしないと、しかしグリムジョーにその事実から来る侮りは無かった。
この目の前に迫る破面、フェルナンド・アルディエンデはそんな事実など軽々と乗り越えてくる、グリムジョーの第六感がそう強く感じていたのだ。



フェルナンドの拳がグリムジョーに迫る、大きく振り被るのではなく、小さな動きで突き刺すように鋭く放たれるその拳、しかしその拳は当然のようにグリムジョーによって防がれる。
しかしそれは始まりの一撃、針のように鋭く、速い拳が幾度もグリムジョーを襲い続ける。
決して一撃で相手を打倒するための拳ではないフェルナンドのそれ、しかしこの一撃一撃の積み重ねがグリムジョーの精神を削り、ほんの少しの隙を生み、その隙を逃さず捉える事で相手を沈める。
フェルナンドが行っているのはそういう作業だった、燃え盛る己の感情の中にあって恐ろしく冷静な一部分が、相手を打倒する最も効率的な動きをフェルナンドに取らせていた。

「チッ!」


十数回にわたるフェルナンドの拳の連打によってグリムジョーの体勢が一瞬崩れる。
フェルナンドはその一瞬を見逃さず、大地を蹴り、体勢の崩れたグリムジョーの顔面へとその拳を走らせた。
電光の様なその拳、しかしフェルナンドの拳はグリムジョーの顔を捉える事は無く、頬を掠るのみに終わる。

その一瞬の交錯を逃さず、今度はグリムジョーが仕掛ける。
フェルナンドの拳を避けたグリムジョーはそのフェルナンドの拳の勢いに沿う様に顔を、そして体をその場で回転させ、振り向きざまにフェルナンドの頭部を薙ぐ様にその腕を伸ばす。
霊圧を纏い、五指を開き爪を突き立てるかのようなそのグリムジョーの一撃、本来のフェルナンドならばその攻撃の当たる瞬間自らその方向へと跳び、威力を半減させるだろう。

しかし今彼の身体は大地にその足を着けていない。
身長差のある相手への攻撃のためフェルナンドはどうしても跳び上がる必要があった、故にその体は中空にあり、そこに足場は無く結果としてグリムジョーの攻撃をモロにその身体に受けるほか無いのだ。

「クソッ!」

「ッ!!」


呟く言葉と共にフェルナンドの首筋の辺りにグリムジョーの一撃が叩き込まれる。
鈍い衝撃音と共にフェルナンドの身体が吹き飛ばされ、二回ほど砂漠を跳ねて止まった。
砂埃に隠れるフェルナンドの身体、それをグリムジョーは油断無く睨みつける。

「さっさと立てクソガキ、あれぐらいで死んでないのは分かってる。それともそうやって地に這い蹲ってるのが好きなのか?アァ?」


大地に臥すフェルナンドに、グリムジョーはまるで立ち上がるのが当たり前といった風に挑発する。

「・・・・・・誰が、地に這い蹲るのが好きなもんか、よっと!」


そんなグリムジョーの言葉に軽口を叩きながら、フェルナンドが軽々と立ち上がる。
パンパンと服についた砂を軽く叩いて落としている姿は、先程の攻撃など全く効いていないようにも見えたが、しかしその口元には確かに血が滲んでいた。

「さっきの隙はワザと、かよ。 さっきの御返しの心算か?やってくれるねぇ、まったく。」

「フン、テメェこそ完全じゃないにしろあの状態でよくアレを防げたもんだ。キッチリ土産まで置いていきやがって・・・・・・」


そう言うグリムジョーの腹部には、フェルナンドが付けたであろう蹴りの痕が残されていた。

先程グリムジョーが見せた一瞬の隙、それはフェルナンドがしたのと同じように相手を誘い込む罠だった。
連撃を受ける中でグリムジョーは僅かに怯んだようにみせ、フェルナンドの攻撃を自身の頭部へと向けさせる、フェルナンドとグリムジョーの身長差では、どうしてもフェルナンドは跳び上がらなければその拳はグリムジョーの頭部にとどかない。
一度自らの攻撃を後方に跳ぶことで無力化されたグリムジョーは、ワザとフェルナンドを跳ばせ、足場の無い中空へと誘い出し仕留め様としたのだ
その思惑は見事的中し、グリムジョーの一撃はフェルナンドを捕らえることに成功した。

しかしフェルナンドも然る者、間一髪片腕をグリムジョーの攻撃と己の頭部の間へと捻じ込んでこれを防ぎ、大地という足場が無いのならば別の物を使うまでだといわんばかりに、最も近くにあるグリムジョーの”身体を”蹴る事でその身に受けるであろう彼の攻撃の威力を可能な限り削いだのだ。

そしてその蹴りはグリムジョーの腹部にその痕を残すほどの威力であった。
これは一つの事実を示す、『フェルナンドの攻撃は霊圧を増したグリムジョーにとどく』という事実、それは本来ならばあり得ない事、それを可能としたフェルナンド、それは一重に彼の決意、”覚悟”の差と言えた。

元々フェルナンドの数字持ち狩りには一つだけルールと呼べるものがあった。
それは彼がハリベルから言い渡されたもの、『殺すな』というたった一つの縛り、フェルナンドはそれを律儀にも守っていた。
いや、守っていたというよりはそれに値する相手が居なかったというべきか、殺す価値が無い、自らの命を賭して打ち倒すべき相手ではない、数字持ちとはフェルナンドにとってその程度の相手だった。
故に”倒す”という選択、言い換えれば”殺さないようにする”という事、それはフェルナンドにとって”手加減して戦う”という事と同義だった。
もちろんあからさまに手を抜いていたわけではない、どちらかといえばそれは内面的な話、ほんの少しの気構えの違い、それだけだ。

だが今、フェルナンドの目の前にいる数字持ちは違う。
他の者とは明らかに隔絶した力を持つ数字持ち、そんな相手を前に”倒す”などという気構えで勝利を得られるほど、彼らの住む世界は優しくはない。


故に”殺す”


”倒す”心算で繰り出した技と、”殺す”つもりで繰り出した技、全く同じ技だとしてもそれは別物だ。
それは気構えの差、決意の差、覚悟の差なのだ、そしてその“差”は明確な威力の差として現れる。
そうして放たれたフェルナンドの攻撃は、グリムジョーの霊圧の鎧を穿ち、そしてその身体に傷痕を残したのだった。

「フン、まぁテメェの蹴りがとどいた事は正直それ程驚く事じゃねぇ。この程度の蹴りたいして効いてもいない・・・・・・だが何故霊圧を開放しねぇ、この上まだこの俺を舐めていやがるのか?」


霊圧の鎧を破られた事にグリムジョーはなんら動揺していなかった。
それ以上に彼が気になったのはやはり霊圧を開放しないフェルナンドだった、纏った霊圧とその体術のみで自身の身体を傷つけたことは脅威ではあるが、霊圧を開放すればそれはもっと容易に行える筈であった。
だがフェルナンドはそうはしない、あくまで今の霊圧で戦い続けているのだ、或いは意識的にそうしているかのように。

「ハッ、別にアンタを舐めてるわけじゃねェよ。今の状態でもアンタに俺の攻撃はとどくんだ・・・それにアンタは相手に霊圧を開放しろと言われたら素直に従うのか?だが、それにしても最高に愉しいぜ、戦いはこうでなくっちゃな、このゾクゾクする感覚、この先だけに俺の求めるものがある。俺の力がこの程度かどうかは、アンタ自身で確かめな!」

「吹いたな・・・・・・ この・・・クソガキがァァァアアアア!!!」


叫ぶグリムジョーがフェルナンドへと向けて奔る。
倒れるのではないかというほど低い前傾姿勢、地を走る獣の如く疾走するグリムジョーが瞬く間にフェルナンドへと迫る。
対してフェルナンドはその場で構えたまま動かず、グリムジョーを迎え撃つ。
その射程へとフェルナンドを捕らえたグリムジョーは、その速度を生かしたまま腕を振り被り、そのままフェルナンドを殴りつけた。
グリムジョーの鉄槌の如き一撃をフェルナンドは避けようとも、迎え撃とうともせずその腕を交差させて防ぐが、そのあまりの威力にそのまま後方へと吹き飛ばされる。
だがグリムジョーの攻撃はその一撃では終わらず、吹き飛ばされたフェルナンドにすぐさま追い付くと更に別の方向へと吹き飛ばした。

もう一撃、もう一撃と何度も防御の上から殴りつけられ、弾かれる様にその都度派手に吹き飛ばされるフェルナンド、実際にはグリムジョーの攻撃が当たる前に半ば自ら跳んでいるため、派手に吹き飛ばされてはいるが見た目ほどのダメージは無い。
だが完全にそれを殺しきれている訳ではなく、ダメージは蓄積し、何れはその防御も崩されてしまうだろう。

(チッ、さっきのグリムジョーのヤロウの一撃、何とか防ぎはしたが未だにダメージが抜けやしねぇ。コッチは不抜けた蹴り一発を返した程度、単純な力は向こうの方が上、か・・・・・・イイねぇ、これが戦いってもんだ。 自分から死地に一歩踏み込まなけりゃ先が無ぇこの感覚、悪くないぜ。)


そう、フェルナンドは今、避わ”さず”に受けているのではなく、避わ”せず”に受けているのだ。

グリムジョーの頭を狙った先程の一撃を、フェルナンドは腕で防ぎ、相手を蹴る事で跳び、その衝撃を削る事には成功していた。
だが、フェルナンドの身体は元々耐久力が高いほうではない、その身体の頭部へと抜けた衝撃、防御に使用した片腕は未だ回復には至っておらず、結果としてフェルナンドはただ防御を固めるしかなかった。
しかしこれは袋小路、耐久力の低い身体は防御にはむかず、ダメージは蓄積し続け、更に挽回の機会は失われていく。

そんな状況の中、フェルナンドは自分の口元が緩むのを押さえ切れなかった。
危機的状況に追い込まれているにも拘らず、それがフェルナンドには愉しくてたまらないのだ。
この命の危機を求めているかのように。

「ウオラぁぁァァァアアアア!!」


そのフェルナンドに迫るグリムジョー。
迸るその霊圧と叫び、その一撃でフェルナンドを仕留めんとばかりに更に加速して迫る。
振り上げられた右腕が振り下ろされればフェルナンドとて無事ではすまないかもしれない。
それを見てフェルナンドは交差させていた腕を解き、何時も道理の構えへと戻した。

無謀とも取れるその行為、今まで防御を固めていたが故に耐えていられた攻撃も、それを解いてしまえば耐えられるわけが無い、更にフェルナンドの身体は未だ回復も不完全、そんな身体でいったい何が出来るというのか。

(防御を解いただと? 諦めでもしたか?・・・・・・いや、奴に限ってそれは無ぇ、何か仕掛けてくる気か・・・・・・フン、関係ねぇ!勝つのは俺だ!)


防御を解いたフェルナンドに一瞬困惑するグリムジョー、しかし次の瞬間にはその思考を捨てその右腕に込める力を、そして霊圧を更に強める。
何を仕掛けてくるかなど考えるだけ無駄であると、何をされても総て力で捻じ伏せてやると、勝つのは自分であると相手に、そして自身に証明するために。

「オオオォォォォォォ!!」

「ハァァァァアアアア!!」


互いの気合がその叫びへと変わる。
迫り来るグリムジョー、待ち構えるフェルナンド、そして激突は瞬く間に訪れた。

二人の霊圧の衝突はほんの一瞬の閃光と鈍い激突音を生んだ。
そして閃光が晴れた後、二人は未だその足で虚園の砂漠にに立っていた。
唯一つ、違う事があったとするならば、グリムジョーの鳩尾にフェルナンドの肘が深々と突き刺さっている事だけだった。

「ゴフッ!」


グリムジョーの口から血塊が吐き出される。
霊圧の守りと鋼皮の守り、その二つの守りを突き抜けてもたらされた衝撃、半ば意識が飛ぶほどのそれを受けて尚グリムジョーが立っている理由は、最早意地だけだった。

衝突の瞬間、最大限に引き絞られたその右腕を解放し、フェルナンドをその拳で射殺さんとするグリムジョー。
その拳を迎撃するように、それに合わせてフェルナンドも左の拳で応戦する。
奔る二人の拳が互いの間でぶつかり合う、その力が拮抗したのはほんの一瞬だった、体格、膂力、纏う霊圧、その総てにおいて勝っているのはグリムジョー、そのグリムジョーの拳がこの競り合いに勝つのは自明の理であったろう。

当然のように撃ち負けるフェルナンド、しかしフェルナンドは渾身の力でもってグリムジョーの拳を上方に逸らす事に成功した。
受けることが出来ない拳を逸らした、今のフェルナンドの状態ならばそれでさえ充分だろう、普通に考えれば此処から仕切り直し、新たな活路を開く切欠を掴んだと言えるだろう。


だがフェルナンドにそんな思考は存在しない。

グリムジョーの拳を上方に逸らしたフェルナンドは、そのままガラ空きになったグリムジョーの胴体へと踏み込む。
そしてグリムジョーの拳を打ち上げた左腕を畳みながらひねり込み、突き出した肘を打ち上げる様にしてグリムジョーの胴体の中心、鳩尾へと叩き込んだのだ。
技としての威力と、グリムジョー自身の突進力を利用し、カウンターで入ったフェルナンドの肘打ちは、間違いなくグリムジョーの命を奪おうとする一撃に他ならなかった。

「くそが・・・・・・ クソがぁぁアアあああああああ!!!」


朦朧とする意識の中、グリムジョーは意地と自尊心のみでその掌に霊圧を集中させる。
爆ぜるそれは大虚、破面の持つ霊圧の砲撃『虚閃』、それをこの至近距離で炸裂させたのだ。
込められた霊圧も少なく、かろうじて虚閃といえなくも無いその砲撃、本来の戦いならば意味を成さないほどの威力のそれ、しかし今のフェルナンドには充分な威力であり、さらに疲弊したフェルナンドにそれを避ける術はない、グリムジョーの虚閃に呑まれフェルナンドは大きく後ろへと吹き飛ばされる。

吹き飛ばされたフェルナンドは、砂漠に着地すると同時によろけて倒れそうになるのを必死に堪える。
見ればそれはグリムジョーも同じのようで、互いにふらつきながらもその眼光の鋭さだけは失ってはいなかった。

「ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・ハッ、もろに、『朔光(オスクーロ・ルス)』を喰らって、反撃してくるっ、てか・・・・・・まったく、アンタは最高だな。正直、あれで仕留めたと思ったんだが・・・・・・チッ、癪だがしょうがねぇ、どうやらアンタを殺すには、もう一歩死地に踏みこまなけりゃぁいけねぇらしい。」

「・・・・・・何言ってやがる、テメェのそのふざけた言い草は・・・その、一歩とやらを踏みこめば、俺に勝てるって言ってるのと同じだぞ・・・・・・馬鹿が。」


互いに傷だらけの二人、しかし実際にはグリムジョーよりもフェルナンドのほうが遥かに負っているダメージは大きかった。
元々耐久力のそれほど高くない身体に加え、度重なるグリムジョーの攻撃と虚閃を受けた結果と、そしてなにより相手を殺すつもりで放つ技は、同時にフェルナンド自身も傷つけていた。
グリムジョーの纏う霊圧を突き破るという事は実際容易な事ではない。
それこそ先程の肘の一撃『朔光(オスクーロ・ルス)』も、グリムジョーの突進力を逆手に取ることで漸く実現したものだった。

しかし、それと同時にフェルナンドの左腕は使い物にならなくなっていた。
グリムジョーの拳を逸らすためにぶつけ合った拳はその瞬間に砕けないまでも骨に罅が入り、そのまま『朔光』によって鳩尾へと叩きつけた肘も、グリムジョーの霊圧と鋼皮の壁にぶつかり同じような状況だった。

それでもグリムジョーを殺すまでには至らなかったフェルナンド、自らの左腕を犠牲として放った攻撃では彼を殺すに足りないという事実。
故にフェルナンドは更に力を求める、だがそれは諸刃の剣でもあった。
それは彼の体質に起因する事象、耐久力の低いその身体は外的な要因による破壊に脆弱であるのと同時に、”内部的”なものにも脆弱であった。


『霊圧の開放』


破面のみならず、虚、大虚、死神に至るまで霊的な生物が自然と行うその行為、内なる霊力を外部へと発するそれ、それすらもフェルナンドの身体を傷つけるのだ。

無論全くそれが出来ないというわけではない、ある一定以上の霊圧を開放するとその霊圧はフェルナンド自身に牙を向く様に身体を蝕み、結果緩やかにフェルナンドの体は”自壊”していくのだ。
普通ならば開放をその一定以下に収めればいいと考えるだろう。
だが、彼らのいる世界は普通ではないのだ、戦う事、命のやり取りが日常、当たり前の世界で、力に制限がかかっているということはそれだけで不利な事。
自らの死を案じるばかりに殺されるのでは本末転倒、それは”逃げ”の思考、フェルナンドの中にそんな思考は微塵もありはしない。

目の前にいるのは間違いなく強敵、それは即ち”求める先”が見えるかもしれない敵、フェルナンドの中にハリベルとの闘いで感じた感覚が蘇る。
ならば何を迷う事があると、いや、そもそもフェルナンドに迷いなどないのかもしれない。
単純に敵を打ち倒す為の、殺す為の手段として他の破面と同じように霊圧を開放する、彼の場合そこに自らが”自壊”していくという事象が追加されるだけなのだと。

故にフェルナンドが取る選択肢は唯一つ。

「だったら魅せてやるよ! 俺の”力”を! 俺の本気の霊圧ってヤツを!グリムジョー!あんたのその眼に、焼き付けてやるぜェェェエエ!!!」


天に向かってフェルナンドが吼える。
その咆哮に呼応するようにフェルナンドの奥底から膨れ上がっていく霊圧、尚も膨れ上がるそれはフェルナンドという人型の器に収まりきらず、極限まで押し留められた霊圧は、遂に外側へと爆ぜるように溢れ出す。

その奔流はまるで業火のようだった。
暴れ狂う紅い霊圧、大気はその霊圧に焼かれ、焦がされているかのように震え啼く、その紅い濃密な霊圧の中心に立つフェルナンド。
その紅い業火は、まるでその主たるフェルナンド自身すらも焼き尽くさんとするかのように狂い猛る。

そんなフェルナンドの姿を見つめるグリムジョー。
その眼に映るのは先ほどと同じ小さな破面、しかしその破面が纏う霊圧は尋常ならざるものだった。
その放つ霊圧だけを見るならば、明らかに彼の全力の霊圧を凌ぐそれを纏う破面、先程まで自分を殺す等というふざけた事を言い放っていたその破面は、今正にそれを実行できるという事を、その霊圧を持って証明したのだった。

グリムジョーは恥じた、舐めていたのは自分のほうだったと。
グリムジョーは認めた、王たる自分とこの目の前の破面は同等の力を有していると。
そんな後悔の念の中、ふとグリムジョーは自分の表情の変化に気付く。

「フ、フハハハ」


グリムジョーは嗤っていた、それはもう獰猛な笑みを浮かべていた。
その理由は決まっている、彼の目の前の破面、その破面が魅せた凄まじき力がグリムジョーを奮い立たせる。

グリムジョーもフェルナンドと同じなのだ、強くなりたい、何者よりも強くなりたい、その先に己の求めるものがあるのだから、と。


方や”王”を目指し、方や”生”を求める。


互いが求めるものを手に入れるには強者の存在が欠かせない、それを打ち倒し、乗り越えなければ求めるものは永遠に手に入らない。
そしてそれは今互いの目の前にいた、互いが互いを強者であると認識し、乗り越えるべき対称だと認識したのだ。





語る言葉はもうそこには存在しなかった。
互いに一歩ずつ歩み寄る、最早二人の足に走る力は無い、いや、走ることに力を裂くくらいならばその力を相手を打倒する事に使おうと歩み寄る。
フェルナンドから溢れ出る霊圧に呼応するかのように、グリムジョーの霊圧も大きくなりそしてフェルナンドのそれもまた強まる。
本来持つ霊圧を超えたその力、純粋に殺す事だけを目指す二人が、互いの力を引き出しあうという妙。
迸る霊圧同士が触れ合い、弾け、それでも一歩ずつ近付く二人。
遂に互いの手がとどく距離まで近付いた瞬間、二人の拳が同時に奔った。

二人の拳が互いに突き刺さる。
防御など一切無い、相手の一撃を防ぐくらいならば相手より一撃多く放り込むまで、といった風に全力で殴り合う。
紅い霊圧を纏ったフェルナンドの拳は、グリムジョーの霊圧を突き破りその鋼皮に叩き込まれる。
打ちつけた拳はその膨大な自身の霊圧に守られ、傷つく事は無かった。
対してグリムジョーも、己が水浅葱色の霊圧を纏わせた拳でフェルナンドを殴り続ける。

そこに華麗な技や、相手との駆け引きは存在しなかった。
唯両者共に足を止め、一歩も退かぬという気を滾らせ、相手をその拳の射程におさめたまま殴り続けるだけ。

「クククク」

「ハッハハハ」


互いの口から漏れるのは、苦悶のうめき声ではなく笑い声。
最早二人の間にあるのはこの瞬間のみ、唯この瞬間が愉しくて仕方が無いという感情のみ、強者との戦いに魂が震えることの歓喜のみだった。

「ゴホッ!クハッ!クハハハハハァ!」

「フハハッグハッ!ハッ!フハハはハは!」


辺りに響くのは拳が肉を撃つ鈍い音と、二人の嗤う声だけ。
互いに一歩も引く事無く、その場で殴り合いを続ける二人、それが永遠に続くかのように思えるほどの戦い。
しかし、永遠は幻想でしかない、互いの精神の高揚に対して、肉体がそれに追いつかなくなっていく。
フェルナンドは積み重ねたダメージと、自身の解放した霊圧によって蝕まれながらの戦闘に身体は悲鳴を上げ、グリムジョーもまた先程の戦闘によるダメージと霊圧を纏ったフェルナンドの拳によるダメージは限界を超えようとしていた。

自身の限界を悟りながらも二人はそれを続ける。
朦朧とする意識の中、一発殴られた事に反応して一発殴り返す、互いに一度も倒れず殴り合いを続ける二人は最早ボロボロだった。
だが止める者は何処にもいない、例え居たとしてもこの二人は止まらないだろう。
求めるもののためならば自らの死すら厭わない、自分というものを通すためならば死しても構わない、死ねば求めたものを手には入れられないという矛盾を抱えながらもそれ以外を知らない。
どこか似ている二人だからこそ、目の前にいるもう一人の自分に負けることは許されない。



顔は腫れ上がり、口も切れ血を流し、立っている事すら容易ではなくなった二人が動いたのはほぼ同時だった。
二人共何処にその力を残していたのかというほど、ボロボロの身体から想像もつかないほど強力な一撃が奔る。
これが最後の一撃、必殺、必滅の一撃である事は誰が見ても明らかだった。
打ち下ろすように迫るグリムジョーの拳と、打ち上げるように伸びるフェルナンドの拳、互いを捉えた拳が同時に両者の顔面に突き刺さる。
首から先が吹き飛ぶのではないかという衝撃が二人を襲う、打ち下ろされ、または打ち上げられた衝撃を必死に堪える両者、互いに倒れまいとするのは意地のみだった。

見上げるフェルナンドと見下ろすグリムジョー、その構図はくしくもこの戦いの始まりと同じものだった。
絡む視線、互いにボロボロになった相手を見やる。

「ハッ・・・・・・」

「フン・・・・・・」


嗤う、ただ相手を見て自然と零れたその笑み、互いが何を思ったのかは分からない、だがその嗤う声と同時に二人は崩れ落ちるように倒れた。
最早何処にも欠片ほどの力も残っていないというように、膝から砕け、同時に地に伏す二人。
だが倒れ方は、二人とも前のめりだった。







見下ろす女神
決着を迎えた戦い

女神の前に現れる
嵐を呼ぶ男

混沌空間顕現




2010.09.28微改定

2010.11.14業名追加



[18582] BLEACH El fuego no se apaga.15(微改
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/09/28 23:40
BLEACH El fuego no se apaga.15












フェルナンドとグリムジョーの一戦、壮絶な殴り合いの果て二人は同時に倒れた。
そこに敗者はおらず、勝者もまたいなかった。

そんな二人の傍へと上空から降り立つ人影があった。
その人影は二人の傍へとふわりと降り立つと、一つ小さな溜息をつく。

「まったく・・・・・・見事にボロボロだな。だから別格だ、と言っただろう。それを相手に馬鹿正直に真正面から挑めばどうなるかなど判っていただろうに・・・・・・」


倒れているフェルナンドにそう語りかけるのはハリベルだった。



少しの間少し時間を戻そう。
自身が下した『数字持ち(ヌメロス)を総て打ち倒せ』という試練をこなすフェルナンドをハリベルは影から見ていた。
虚夜宮のそこかしこで数字持ち達と戦うフェルナンド、ハリベルはその光景を遠く離れた場所から自身の査回路(ペスキス)を用いて見ていた。
探査回路の扱いに長けた彼女だからこそ、フェルナンドの戦う姿を手にとるように見ることができた。

初めこそ力押しの下級の破面のような戦い方をしていたが、そのままですべてを打倒せるほど数字持ちも弱くはなかった。
幼く、不完全な身体は、圧倒的な膂力の前に軽々と吹き飛ばされる、そんな状況の中でもフェルナンドはあきらめた様子は見せず、劣る力を補おうと戦う方法を考え始めた。
それは次第に洗練されてゆき、無手によって相手をどう倒すべきかを追求した動きは、ハリベルすら時に感嘆するほどのものだった。

順当に数字持ちを倒していくフェルナンド、だがその戦いは次第に熱を失っていき、作業感が強まっていった。
それもそのはずだった、相手はフェルナンドの容姿のみを見て侮り、油断していた、それは彼にとってとてもつまらない事のようだった。
そんな戦いが続けば自然とその気勢も萎えていく、それはフェルナンド本人にすら判らない僅かな感情の下り坂、しかしハリベルから見れば、そのままその先に居るであろうグリムジョーに挑むのはあまりにも愚かな行為だった。

グリムジョーとの一戦を前にし、ハリベルは常の通り探査回路を用いて戦いを見るのではなく、その眼でフェルナンドの戦いを確かめようと密かに上空で待機していた。
そんなハリベルの眼下に現れたフェルナンドは、案の定下り坂の感情を抱えたままグリムジョーとNo.11の破面と相対した。

No.11の破面を軽くあしらうとそのままグリムジョーへと向き直ろうとするフェルナンド。
しかしハリベルから見ればその仕草はあまりにも迂闊で気が抜けていた。
あの苛烈な炎の大虚だった頃の彼ならば、こんな隙など曝すわけも無いというほど無警戒にグリムジョーに背を見せるフェルナンド。
数字持ち達との戦いは確かに彼に強さをもたらしたが、弱者との戦いが続いた結果、彼の中に僅かな、ほんの僅かな慢心が生まれていた事をハリベルは悟った。

結果としてフェルナンドはグリムジョーの背後からの攻撃をからくも回避したものの、傷を負う事となった。
ハリベルからしてみればそれは当然の結果、なんら驚く事などありはしない当然の結果だった。
その後も不用意な攻撃をグリムジョーに捕まり、あわや頭を踏み抜かれそうになるフェルナンドをハリベルは唯見下ろす。
慢心により自ら招いた危機、今後の糧となるであろうそれ、しかしこの危機を乗り越えられねば総ては無意味である。

(どうしたフェルナンド、お前の力はその程度ではあるまい。この程度の危機、乗り越えて魅せろ)


そう内で呟くハリベルの言葉が届いたかのようにフェルナンドが攻勢に出た。
変則的な回転蹴り、さらには倒立からの二段蹴りによって流れを掴むフェルナンド、しかしそれは惜しくもグリムジョーに避けられてしまう。
だがその直後、フェルナンドに劇的な変化が訪れる。
上空に居るハリベルにすら判るほど明らかに変化したフェルナンドの気配、戦いに打ち震える歓喜、そして必殺の気概がハリベルには感じ取れた。

(ようやくだな・・・・・・だがこの気配、私は殺すなと言っておいたはずだがやはり無理だったか。いや、今まで一人も殺していないほうが僥倖だったのだろうな・・・・・・)


そんなハリベルの思考を他所に戦いは加速していた。
先程以上に霊圧を増したグリムジョーがフェルナンドに猛攻を仕掛ける。
それに為すすべなく曝されるフェルナンドだが、刹那のタイミングによるカウンターによって逆にグリムジョーに大きなダメージを与えた。
しかしグリムジョーはそれでも倒れず、フェルナンドに虚閃を撃ち込んだ。

(あれは・・・・・・少々まずいな、死にはしないだろうが今のフェルナンドではまともに動けるかどうか・・・・・・ッ!!あの馬鹿者!あんな状態で霊圧を全開にするだと!?本当に死ぬぞ!)


グリムジョーの虚閃を何とか耐えたフェルナンドは、己の持つ霊圧を全開で開放していた。
それに驚愕するハリベル、それもそのはず彼女は知っているのだ、その危険性を、フェルナンドにとって全開での霊圧の開放は自らの肉体を崩壊させ、命を削っているのと同義であるという事を。
その状態のままグリムジョーと殴り合いを始めるフェルナンドを止めるべきか、ハリベルは一瞬迷うが首を横に振りその考えを否定する。

(・・・・・・あれは安易な選択ではない。今までの戦いで苦戦する場面はいくつもあった。だが、ただの一度もお前は霊圧を開放しなかった。この戦い、グリムジョーという破面が相手だからこそ、お前は開放を選択したのだな。そこまでして勝ちたいか、フェルナンド・・・・・・それを止める?この私が?フッ、無粋だな、私は止めん。戦士としてのお前の戦い、決着のときまで見とどけさせて貰おう。)


眼下では既にボロボロになった二人が未だ殴りあっていた。
一発殴っては一発殴り返され、一発殴られては一発殴り返す。
そんな殴り合いはあまりに無骨で、粗野で、華麗ではないがなぜか美しいとハリベルは思っていた。
そして互いに最後の一撃が両者同時に入り、崩れ落ちるのもまた同時であった。

(決着だな・・・・・・見事だ、お前の戦いは見せてもらったぞ、フェルナンド。)


倒れ臥すフェルナンドへの賞賛の言葉と共に、ハリベルはゆっくりとそのフェルナンドの傍へと降りていった。





砂漠へと降り立ったハリベルは二人へと近付くと、倒れている二人の小さい方、フェルナンドの袴の帯に手をかけると軽々とそのまま持ち上げる。
気絶し、全身の力が抜けているフェルナンドは、両手両足をだらりと下げたままピクリとも動かなかった。
そのフェルナンドをハリベルは軽く上へと持ち上げ、一瞬帯から手を離すと、そのままフェルナンドの腹部の辺りを脇に抱えるようにして持ち直した。
そしてフェルナンドを確保したハリベルの視線は、地に臥すもう一人に注がれた。

「さて、コレは回収したが問題はもう一人の方をどうするかだな・・・・・・連れのNo.11の方も直ぐには回復すまい、どうしたものか・・・・・・」


悩むハリベル、本来ならば彼女がグリムジョーを気にかける必要は無い。
数字持ちのトップといえど、上位十刃のハリベルとでは立場が違いすぎる、このまま放置されても文句など言えるものではないのだ。
だがハリベルはそうしようとはしなかった、フェルナンドの死闘、あれはこの破面だったからこそ実現したものであり、この戦いはフェルナンドにとって欠かせないものであった。
フェルナンドの成長を望むハリベルにとって、それを齎したグリムジョーをこのまま放置するというのは、些か気が退けるものがあった。
かといってさすがにフェルナンドを抱えたままグリムジョーほどの体躯の破面を抱えて移動は出来ない。
いっその事引き摺って行くか?などという考えがハリベルの中に浮かび始めた頃、それは現れた。


「ジャ――ン!ジャンジャジャンジャジャンジャーン・・・ハ――ン・・・ヘイッ!美しい淑女(セニョリータ)なにかお困りですかな?それならば吾輩! 破面No.6第6十刃(セスタ・エスパーダ)!ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカヂッ!!・・ ・ ・~~~~~!!!!」


聳える円柱の上から飛び降り、自らから奏でるリズムに乗って現れた男は、自分の名前を名乗りながら盛大に舌を噛んだようでその場でのた打ち回っていた・・・・・・

目の前で繰り広げられる混沌とした光景、人間で言えば40歳程の男性が自分の名前を言えずその舌を噛み、砂漠の上を痛みにのた打ち回り、砂埃を立てながらゴロゴロと転がりまわる様は、はっきり言って見るに耐えない、いや、目を逸らしたくなる光景だった。

それをただ見据えるハリベル、その光景を見ても特に動じた様子もないが、彼女のその視線は正に氷のように冷え切っていた。
そんなハリベルの視線に気付いたのか、男が砂埃を払いながら立ち上がる。

「(な、何のリアクションも無い方が吾輩傷付くのだが・・・・・・)ウォッホン!改めまして美しい淑女(セニョリータ)、吾輩は第6十刃、ドルドーニと申します。美しい淑女におかれましてはご機嫌麗しゅう、第3十刃、ティア・ハリベル殿とお見受けいたしますが、何事かお困りですかな?」

ハリベルのあまりの冷たい視線とノーリアクションに一瞬たじろぐ男、『ドルドーニ』とフルネームを言う事を諦めたその男は、ハリベルの前に向き直ると手を胸元に持っていきながら恭しくその頭を下げ、ハリベルに対して一礼する。
その仕草は、先程まで砂漠をのた打ち回っていた男とは思えないほど洗練された動きだったが、先程までの残念な光景が全てを台無しにしていた。

「第6十刃・・・・・・たしか、ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオだったか、貴様、何故こんなところに居る。」

「おぉ! 吾輩の名を覚えて頂けているとは感激の極み、美しい女性とは外面だけでなく内面から輝くものだとは知ってはおりましたが、正に溢れ出る知性の輝きとでも申しま・・・・・・・・・・・・し、失礼、此処は吾輩の居城、第6宮(セスタ・パラシオ)の敷地内でして、そこで大きな霊圧の衝突が起こりましたゆえ何事かと向かってみれば、この少年(ニーニョ)と若者(ホベンズエロ)が闘っているではありませんか、止めようかとも思いましたが、なかなかどうして”熱い”戦いをしている。止めるのは無粋と、吾輩見ていることにした次第です。」


ドルドーニの歯の浮くような世辞をハリベルが一睨みで黙らせる。

ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ、破面No.6第6十刃(セスタ・エスパーダ)、人間で言えば40歳ほどの男性、190cm程はあろうかという長身、白い死覇装(しはくしょう)の袖の辺りにフリンジを付けて着飾り、そしてその死覇装を破らんばかりに隆起した鍛え上げられた筋肉と相まって、その体は更に一回り大きく見える。
額当てのように残された仮面の名残、髪の色は黒く短めに切り揃えられ、口髭と顎鬚を生やし紳士然とした態度を好む、破面としては古株であるが、未だ十刃の地位に座している。

というのがハリベルがこのドルドーニという破面に対して持つ情報の総てであり、それも外見と所作からの推測の上に成り立つ部分もあった。
だが、なんともこれほど饒舌に話すタイプとは考えていなかったのか、ハリベルも多少面食った状態だった。

黙っていれば何時まででもしゃべり続けそうなドルドーニを黙らせ、その場にいた理由を問いただしたハリベル、聴けばこの場所は彼の居城たる第6宮の敷地であり、そこで霊圧の衝突を感知、確認に来ればフェルナンドとグリムジョーが戦っていたというのだった。

(ホゥ、この男もしや・・・・・・)


そしてその後に続いた言葉がハリベルの琴線に触れた。
曰く、止めようかとも思ったが、あまりに”熱い”戦いゆえ、止めるのは無粋とその場で見ていた、と。
大方の反応として、己の居城の庭先で暴れる者を見つければ、問答無用で止めようとするのが普通である、しかしこのドルドーニという男はその暴れている者の暴れっぷりが気に入ったからと見ていたと言うのだ。

普通の対応とは明らかに違うそれ、しかしハリベルには少しその気持ちがわかった。
フェルナンドとグリムジョーの戦いはそれだけ惹きつけられるものがあった、殴り合う二人、たったそれだけの光景、しかし実力の伯仲し合う者同士が、その今持てる全力を持って相手を踏み越えようとする様は見るものを放さない凄まじさがあった。
それを”熱い”と表現したドルドーニ、二人の戦いぶりから感じ取った凄まじさ、魂に訴えかけるようなそれを表現するのにそれは的を射たものだった。
そしてそれを感じ取れるこの男も、内にその”熱さ”を秘めた戦士なのではないかとハリベルは考えていた。



「なるほど、貴様がここに居る理由は判った。だが、貴様に手を貸してもらう理由が私にはない。コレは私の弟子のようなもの、そしてそこに転がっている男はコレが戦った相手、コレの後始末ぐらい私がつけねばな。」


コレ、と脇に抱えたフェルナンドに視線を向けながら、ハリベルはドルドーニの提案を断ろうとする。
フェルナンドは認めないだろうが、ハリベルにとって自分の弟子のようなものでもあるし、転がっているグリムジョーはその弟子の成長を促した者、弟子の不始末は師の不始末、ならば自分が何とかしなければいけない、と踵を返しグリムジョーを拾い上げようと手を伸ばそうとするハリベルに、ドルドーニが物凄い勢いで迫る。

「い、いけません!美しい淑女(セニョリータ)!貴方のようなうら若き女性がこのような野獣の如き若造(ホベンズエロ)に触るなんて!いけません!断じていけません!美女と野獣より、美女と紳士の方が画になります!おっとそれは関係ないですが、いや、なんと言うかもう断じてノン!嗚呼、この男のむさ苦しい臭いが、貴方の死覇装に移り貴方の天上の花の如き芳しき香りが失われたとあってはこのドルドーニ!死んでも死に切れません!そもそも!その吾輩が変わりたいほど羨まし過ぎる格好で抱えられている少年(ニーニョ)も、貴方の弟子だと言うから泣く泣く見逃しているというのに、その上この若造まで貴方に触れられる栄誉に預かれると言うのなら、私が少年と殴り合えばよかった!!!」


ブンブンとまるで子供が駄々をこねるように腕を振りながら一息に捲くし立てるドルドーニ。
最早その姿に紳士たる優雅さの欠片も無く、その目から血の涙でも流しそうなほど必死な姿、後半は最早何を言っているのか判らない支離滅裂な事を口走ってはいたが、要するにハリベルがグリムジョーを運ぶのが気に入らないと言う事のようだった。
途中ハリベルの脇に抱えられているフェルナンドが羨ましいという発言もあったが、この男の冗談だという事にしておく。

「・・・・・・ならばどうしろと言うのだ、貴様がこの男を運ぶとでも?」


ドルドーニの勢いに若干押され気味のハリベル、ならばお前が運ぶのかとハリベルが問えばドルドーニはあっさりと答えた。

「もちろんです美しい淑女。そもそも女性の荷物を持つのは紳士の務め、このような若造の一人や二人や十人や十三人運ぶのは、吾輩にとって造作もないこと。それに吾輩の宮殿のほうが此処からは近い、この若造も、瓦礫の下の若造もこのドルドーニが責任を持って介抱いたしましょう。」


腰に手を当てながら胸を反らし、もう片方の手を胸の前に持って来るようにしてポーズをとりながらドルドーニが高らかに宣言する。
ハリベルに運ばせるぐらいならば、グリムジョーも、そして瓦礫の下敷きとなっているシャウロンも自身が面倒を診る、と。
そう言うやドルドーニは「失礼、美しい淑女」と一言ハリベルに頭を下げると、グリムジョーへとピョンピョンと軽くステップを踏みながら近付く、そしてグリムジョーの死覇装の首の辺りを猫を持ち上げるように親指と人差し指でつまむ。

「ハッハッハ~。残念だったな若造、美しい淑女の変わりにこの吾輩がお前を診てやろうではないか!」


何故か勝ち誇ったように気絶しているグリムジョーに話しかけるドルドーニ。
そうしてドルドーニは自然に、ごく自然に、まるで床に落としたモノを拾うかのように自然な仕草で、グリムジョーの身体を腕を伸ばしたまま自身の頭上高くまで持ち上げたのだ。

(ッ! あの男・・・・・・自分とそう背丈の変わらない男をああも簡単に持ち上げるとは・・・・・・伊達に十刃の座にいる訳ではないということか・・・・・・)


ハリベルが驚くのも無理はなかった。
ドルドーニとグリムジョー、身体の大きさで言えばドルドーニの方に分があるが、身長はさほど変わらない。
その者を片手で持ち上げる膂力、ドルドーニが纏う筋肉の鎧が見せかけではなく、鍛え上げられた実戦の為のモノだということをその行為がものがたっていた。



ハリベルはふと思う。
今まで自分は上だけを見ていたと、自分より下にいる者は身内以外には目もくれず、ただ上を、力を求めていたと。
己の理想のためには力が要る、二度と仲間が犠牲になる事が無いよう、それを実現するための力をただ求め続け、下を見ることを怠っていたと。

だが今、目の前にいる男、下位の十刃であるこの男も充分に力を持っている。
それがどれほどのものかは判らない、しかしそれは天賦の才ではなく、己に満足せず、鍛錬を重ねた末の強さである事がハリベルにはわかった。
男の持つ”厚み”がそれをものがたっていた、多くの苦汁を舐め、敗北を経験しながらも諦めず強者へと挑み続けた生き様の”厚み”。
軽薄な言動の裏に確かに存在するそれをハリベルは見ていた。

(この男も、グリムジョーも、そしてフェルナンドも、下を見ればこのような者達がまだまだいるのだろう。フェルナンドという存在を目にしていながらも私は気がつかなかった・・・・・・私も存外余裕の無いことだ・・・・・・理想を追うばかりに周りが見えていないとは・・・こんな私がフェルナンドの挑戦を”受けてたつ”だと?フッ、笑わせるな・・・・・・コレはもう一度、己に更なる磨きをかけなけねばなるまい・・・・・・)


気が付かなかった、いや、気付こうとしていなかった現実。
下から頂きを目指し階(きざはし)を上る者達、力を、才を持ちハリベルの居る場所を、そして更にその上を目指す者達がいるということ。
それに気付いたハリベルは今一度その気を引き締める。
もう一度己を鍛えなおし、下から昇る者達の壁たらんがために、と。

「礼をいう。ドルドーニ、貴様のおかげで私は気が付くことができた。」


そうしてこの事実に気がつかせてくれた張本人、ドルドーニに感謝の言葉を述べるハリベル。
感謝されたほうのドルドーニといえば、そのハリベルの言葉に目は点となり、ポカ~ンと口をあけたまま放心状態となっていた。

「・ ・ ・ ・ ・ ・ ッハ!な、なんともったいないお言葉!こんな襤褸切れが如き若造を運ぶだけの事に礼など不要です美しい淑女!」

放心状態から復旧したドルドーニが慌ててハリベルに答える。
ハリベルの礼をグリムジョーを運ぶ事に対してと勘違いしたのか、滅相もないとどこか恐縮した様子のドルドーニ。
片手に持ったグリムジョーを振り回しながら世辞を繰り返す。
そんな世辞がひと段落し、ドルドーニが瓦礫に埋まるシャウロンの元に向かおうとする前、彼がハリベルに向き直り話しかけた。

「それにしても美しい淑女(セニョリータ)は良い弟子をお持ちですな。少年(ニーニョ)のあの戦いぶり、まだまだ荒削りにも程がありますが、見ている者を熱くさせる、ただ愚直に進むそのさまは見ていて実に面白かった。吾輩も久しぶりに血が滾る思いでしたな。」


そう言ってハリベルに抱えられているフェルナンドへと視線を落とすドルドーニ。
その視線、瞳の奥には紳士然とした振る舞いとは別の、嵐のように激しい戦士の姿が映っていた。
ドルドーニの戦士の部分がフェルナンドとグリムジョー、二人の死闘によって奮い立っていた。
そしてその顔は今までのようなおどけた表情ではなく、戦う男のそれだった。

「・・・・・・おっと、コレは失敬。このような顔は女性の前で見せるものではありませんな。」

「いや、そのふざけた顔より先程の方が幾分かマシだった。」

「ハッハッハ、これは手厳しい。しかしその少年は本当に面白い、いつか戦ってみたいものですな、無論吾輩が勝ちますが。」


自分の顔が戦士のそれになっている事に気付いたドルドーニがハッとして慌てておどける。
そんなドルドーニの慌てぶりに、ハリベルは先程の表情のほうがマシだったと皮肉気に答えた。
互いに小さな笑いが漏れ、ドルドーニがおどけたように空いているほうの手を上げ、降参のポーズをとる。
そうして放たれた最後の言葉、何気ないその言葉に、いつか戦ってみたいというその言葉に、ドルドーニの本心が隠れているであろうことにハリベルは気がついた。

所詮戦いに生きる者は、それでしか互いを計れず、知る事もできないという事なのだろう。


「その言葉、コレが聴けば直ぐにでも貴様の元に飛んでいくだろうな。」

「ハハ、残念ながら今の少年(ニーニョ)では吾輩の相手にはなりませんよ。・・・・・・強く育ててください、その少年は伸びる。育て方次第で際限なく、何処までも、ね。ではそろそろお暇します、ではアディオス、美しい淑女(セニョリータ)。」


去り際におどけた顔ではなく、戦士としての顔で真剣にハリベルに言葉を伝えるドルドーニ。
『強く育ててください』と、それはフェルナンドのためを思っての言葉であるのと同時に、いつかこの先自分がフェルナンドとまみえることがあった時の事を幻視した言葉だったのかもしれない。
そう言って片手でグリムジョーを掴んだまま恭しく頭を下げたドルドーニは、円柱から飛び降りてきたときと同じリズムを口ずさみ、ステップを踏みながらシャウロンの埋まる瓦礫の方へと跳んでいった。
その後姿を見ながらハリベルは小さく呟く。

「ドルドーニか・・・・・・フッ、喰えん男だ・・・・・・」


そう一言呟き、踵を返すハリベル。
フェルナンドを脇に抱えたままふわりと砂煙も立てずに飛び上がると、一路自らの居城たる第3宮へとその足を進めるのだった。







姦しい
嗚呼姦しい
姦しい

女三人寄らば姦し






2010.09.28微改定




[18582] BLEACH El fuego no se apaga.16
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/10/03 01:24
BLEACH El fuego no se apaga.16









白い部屋。
床、天井、四方の壁、その総てが白一色の部屋。
それ程広いわけではないが総てが白で統一され、床と壁の境目が曖昧なその部屋は一瞬距離感を失うような部屋だった。

その部屋の中心、これまた白い寝台の上に横たわる少年。
純白の衣を身に纏い眠る少年、その皺一つ無い衣とは反対に、その身体にはそこかしこに傷痕が残っていた。
その傷を癒やすためなのか眠り続ける少年、その彼が眠る寝台を囲むように三体の人影が立っていた。
丸みを帯びたその人影は女性のようで、その中の一体が呟く。

「・・・・・・ホントにコイツが?」

「そうらしいね、とてもそうは見えないけど。」

「でも事実は事実ですわ。」


物珍しそうにしげしげと少年を見る人影達、その視線の先にいる少年は未だ眠ったまま動かない。
本当は死んでしまっているのではないかと思えるほど微動だにしないその身体、顔立ちは整っているゆえ、横たわるその姿は人形のようだった。
そんな三体の人影の中、少年の顔を覗き込むようにして見ていた一番背の低い影が勢いよく上体を起こす。

「アタシは信じられないね! こんなガキがアイツに勝てるわけがねぇ!」

「勝ったんじゃなくて引き分けたんだよ、アパッチ。それぐらい覚えときな!」

「うるせぇんだよ! ミラ・ローズ!」

「なんだと、このヤロォ!」


声を張り上げるアパッチと呼ばれた影を、三体の中で一番大きな影、ミラ・ローズが制するが効果は無く、逆に小さな諍いが起こる。
そんな二人を一歩下がってみている最後の人影が、服の袖でその口元を隠しながら大声で罵りあう二人に話しかける。

「およしなさいな、二人とも・・・・・・はしたないわ。まるで品性というものを感じないわね。」

「「ンだと!スンスン!てめェコラ!!」」


スンスンと呼ばれた最後の人影が、二人を嗜める、というには些か辛辣な言葉を二人にぶつける。
そんなスンスンの言葉に、今まで喧嘩腰で罵り合っていたアパッチとミラ・ローズの二人が同時にスンスンの方へと顔を向ける。
二人の視線を向けられたスンスンの方は、私は何も言っていませんといった風でそっぽを向いていた。

「スンスン! あんたはどう思うのさ! ホントにこんなガキがグリムジョーに勝ったと思えるのかよ!」

「だ・か・ら!勝ったんじゃなくて、引き分けだって言ってんだろうが!この馬鹿女!」


「だから、およしなさいと言っているでしょう。私だって驚きましたわ・・・・・・ でも他ならぬハリベル様がそう仰られたのよ?それだけで私達にとっては充分なのではなくて?」


そのスンスンの言葉にグッと押し黙るアパッチ。
それもそのはずだった、彼女たちにとって信じられない出来事であっても、それを自分たちに告げた人物は彼女らがただ一心に信じ、忠節を誓った人物。
その人物、ハリベルの語った言葉を疑うなどという事は、彼女らにとって不義であり、不忠であり、許されざる大罪であるのだ。
彼女達、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの三体の破面は、彼女達が破面化するずっと以前より、その主たるハリベルすら最上大虚だった昔より彼女に仕え、共に虚園の砂漠を駆けた者達。
主の命を絶対とし、傍を離れず、剣として、また盾として主への忠誠を示す者。
彼女達は、第3十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベルの誇り高き『従属官(フラシオン)』なのだから。





ハリベルが彼女達の前にこの眠れる少年を抱えて現れたとき、この少年は身体中が傷だらけで、服は破れ、意識を失っていた。
抱えられている少年は言うまでも無くフェルナンド・アルディエンデである。
彼女達が一体この少年はなんなのかと問えば、数週間ほど前ハリベル自身が虚園の砂漠へと赴き、連れて来た大虚が破面化した姿だと言う。
その言葉に彼女達は驚いた、その大虚は大虚でありながらハリベルに手傷を負わせた恐るべき存在であるからだ。
そんな彼女達を前にハリベルが発した言葉が、彼女達を更に驚愕させた。


「コレは私の元で鍛えると決めた。 手始めに今まで従属官を除いた総ての数字持ちと戦うように言ってあったのだが、最後に戦ったNo12. グリムジョー・ジャガージャックとの戦闘でこの有様だ。何とか”分けた”様だが、身体の損傷が大きい、下官に伝えて回復させてくれ。」


驚愕、それ以外彼女達の感情を表す言葉は無かった。
自らを傷つけた者を鍛えるという主の言葉もそうであるし、何より彼女達を驚かせたのが『グリムジョー・ジャガージャックと”分けた”』という一言だった。
ハリベルから見ればグリムジョーという破面はそれ程脅威ではない。

しかし彼女達からしてみればそれは別だ。
破面の序列において従属官だから、といって能力が高いわけではない、従属官とは数字持ちの中から十刃が選び直属の兵とした存在、力は数字持ちとさほど変わりはしないのだ。
もちろん十刃に選ばれるだけあって基本的に戦闘力は高い、だがそれはイコール”数字持ちの中で最強” という訳ではなく、現時点でその言葉に最も当てはまるのはグリムジョーであろう。

従属官であろうとも彼に勝てるものはおらず、引き分ける事も難しいのではないかという十刃以下の密かな考え。
己の力を信じ戦う彼らにとって決して口に出してはいけない考え、零すは己の非力を曝す愚かな行為、しかし覆しがたい本当の感情、それはアパッチをはじめとした彼女達も同じであった。
そんな彼女達の考えをハリベルの一言はあっさりと破壊したのだ。

彼女の脇に抱えられた少年が、グリムジョーと引き分けたという一言が。

到底信じられるものではないその言葉、他の誰かが吐いたならば一笑にふすであろうその言葉、しかしその言葉を放ったのは己が信義の剣を捧げた尊き主。
信じられない、しかし疑う事は許されない、二律背反、そんな感情が彼女達にこびり付いていた。








「……まぁそれもしょうがないですわ、貴方達二人(・・・・・)の小さな脳でハリベル様の高尚な御言葉を理解しろという方が酷でしたわね、ゴメンナサイ。」


信じられないがやはり信じるしかない、そんな一瞬沈みかけた場の空気を和ませようとしたのか、それともただ思った事が零れただけなのか、スンスンからまた辛辣な言葉が漏れる。
恐らくは後者であろう、語尾についた謝罪の言葉は完全な棒読みで気持ちのかけらも入っていなかった、そして何気なくアパッチだけではなく、ミラ・ローズまで馬鹿にしているあたり、彼女にはある意味『毒舌家』として天性の才があると言えなくもない。

「「てめぇスンスン! アタシに喧嘩売ってんのか!」」

またしても声をそろえ、互いの額に青筋を浮かべながら叫ぶアパッチとミラ・ローズ、反目し合っているが、意外と気が合うのかもしれない。
そしてその二人の怒りを理解した上でまたスンスンが言葉の爆弾を投下し、喧騒は次第に大きくなっていった。




「お前達、一体何の騒ぎだ・・・・・・」


ハリベルが治療を終えたフェルナンドがいる部屋へと、その中で自分の従属官が言い争いをしていた。
もっとも、正確にに状況を説明するならば、アパッチとミラ・ローズの二人が大声で叫びスンスンに食って掛かるが、当のスンスンは何処吹く風のようで、隣で大声を上げている一方に食って掛かれば売り言葉に買い言葉、二人の感情の勢いは増し、そこにスンスンが焚き火に木をくべるより性質が悪い言葉の燃焼促進剤を投げ込み、また二人がスンスンに食って掛かるという無限地獄がそこには展開されていた。

「「ハ、ハリベル様!?」」


大声を張り上げていた二人、アパッチとミラ・ローズが同時に入室してきたハリベルに気がつき、慌ててハリベルに向き直る。
そんな二人を他所にスンスンはハリベルに軽く一礼し、二人の横にスッと並んぶ。
その顔には『暴れていたのはこの二人で私は関係ございません』といった表情が浮かんでいた。

「一応此処には怪我人がいる。あまり大きな声は出してやるな、いいな?」

「「ハイ・・・・・・申し訳ありませんでした。」」


そんなハリベルの窘めるうな言葉に頭を下げ謝罪するアパッチとミラ・ローズ、沈痛な面持ちの二人の隣に立っているスンスンが、追い討ちとばかりに呟く。

「ホントにもう、お馬鹿さん達ね・・・・・・」

((後で覚えとけよ!スンスン~!!))


そう呟いたスンスンのほうへ頭を下げた姿勢のままアパッチとミラ・ローズが首だけを回し、物凄い形相で睨みつける。
ハリベルに窘められた直後という事もあり大げさに反応できない二人、歯をギリギリと噛締め、視線だけでこの後やり返してやると語る二人だが、当然のようにそっぽを向いているスンスンであった。

「・・・・・・まぁいい。 で、具合はどうだ?フェルナンド。」




「ハッ、まぁそれなり、って所だな。 寝覚めは最悪だったがな。」




その声に寝台のほうへと振り返る三人、そこには先程まで眠っていたはずの少年が起き上がり、寝台の端に片膝を立てて腰掛けていた。
それは間違いなく寝台に横たわり、瞳を閉じ、生気なき人形の如く眠っていた少年、しかし今三人の瞳に映るそれは別物だった。
皮肉気に歪んだ口元、一気に血色のよくなった肌、そして圧倒的なまでの意思と存在感を放つその鋭い紅い瞳、それを見て三人は理解した。
これこそがこの少年の真実の姿、先程までの壊れそうな人形は幻だったのだと、主たるハリベルに一太刀浴びせ、数字持ち最強のグリムジョーと引き分けたという破面、フェルナンド・アルディエンデの真の姿だということを。

「で? ハリベル、このギャァギャァとうるせぇ女共は一体なんなんだ?傍でこれだけ騒がれたんじゃぁおちおち寝てもいられねぇぞ。」


フェルナンドは驚きの表情で自分の方へと振り返っているアパッチらを指差しながら、ハリベルに話しかける。
それも当然の疑問であろう、傷ついた身体は治療を施されたとはいえ全快には程遠く、その自らの傷を癒すためフェルナンドの身体は意思とは関係なく休息を欲していた。
そしてフェルナンドの身体は眠る事で余計な力の消費を抑え、より早い回復を行おうとしていたのだ。
しかしその眠りは妨げられる、体の治癒を優先させるため深くへと沈み込んだ意識を何かが無理矢理に引き上げるような感覚、一度それに気付いてしまえば例え無視しようとして耳に届くその喧騒、そしてそれは意識の浮上と共により大きく、鮮明に届く。

かくして覚醒へと至ったフェルナンドの意識、あまり良い目覚めとは言いがたいそれ、その原因を作った者達が一体何者なのかを知りたいと思うのはごく自然な事だろう。
そしてフェルナンドの背後から薄らと立ち昇る”怒気”も、きっとごく自然な事だろう。

「すまんな、フェルナンド。だがそう怒ってやるな、彼女達は私の従属官、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンだ。大虚の頃より私と共に歩んできた私の”仲間”だ。」

「”仲間”、ねぇ・・・・・・」


その怒気を隠そうともしないフェルナンドをハリベルは軽く宥めながら、アパッチら彼女の従属官を紹介した。
大虚の頃より共に歩んできた仲間、そう紹介されたフェルナンドは彼女の従属官一人ずつに視線を移す。

最初に視線を向けたのは、一番大きな声を張り上げていたアパッチと呼ばれた破面、額に仮面の名残が一本、角のように残り、肩口辺りで切り揃えられた髪の色は黒、左目の周りを縁取るように仮面紋(スティグマ)が残り、左右の瞳の色が違っていた。
死覇装は比較的標準なもので、半袖で淵が黒く、手には手袋を嵌めており、両の手首には大きめの腕輪が嵌められていた。
そして恐らくは短気で攻撃的な性格であろうことは、先程までの言動で明らかだった。

次に視線を向けたのは、これまた先程のアパッチと同じように大声を上げていたミラ・ロースと呼ばれる破面、頭部、そして首に仮面の名残を残し、背の中ほどまで伸びた黒髪には全体的にウェーブがかかっている。
身長は高く身体つきは筋肉質、そしてその身体を見せ付けるかのように非常に露出度の高い服装、上腕と腰の辺りに宝石のような装飾品を付け、斬魄刀は腰には挿さず、その手に握られている。
こちらもアパッチ同様攻撃的な性格であろうが、まだ落ち着いた雰囲気といったところだろう。

最後の一体はスンスンと呼ばれる破面、髪飾りのように頭部に残る仮面の名残、黒髪で腰にまで届くかといったほどの長髪、前髪は真っ直ぐに切り揃えられ、右の頬に桃色の仮面紋が点々と縦に三つ並んでいた。
死覇装はロングのワンピースのようで、腰の辺りにベルトのようなものが二本交差しており、特徴的なのは膝まで届くかという長い袖、癖なのかその長い袖で口元を隠すようにしている。
前の二人とは違い、言葉遣いは丁寧でどこかしとやかな雰囲気を出してはいるが、その丁寧な言葉で紡がれるのは相手の神経を逆なでする為だけの言葉であり、毒舌に関しては天性のものを持っているようだ。


「そうさ!あたしがハリベル様、第一の従属官!アパッチ・ユニコーニオ様よ! 」


それぞれを値踏みするようにしてみていたフェルナンドの方へ、アパッチが一歩踏み出しながら声高に叫ぶ。
胸を反らせ、親指で自分の胸元を差しながら、自慢げに、そして誇らしげに自らがハリベルの従属官であるとフェルナンドに示した。

「ハッ!馬鹿をお言いでないよ! アタシ、ミラ・ローズ・アマソナスこそがハリベル様、第一の従属官さ!」


アパッチの叫びを隣で聞いていたミラ・ローズが、それを鼻で笑う。
どうにも『第一』という部分が引っかかったのかコチラも一歩前へと踏み出し、フェルナンドに自分こそがそうだと宣言するようにアパッチと同じように胸を反らせ、自慢げにハリベルの従属官であると名乗った。

「いやですわ二人とも、遂に数まで数えられなくなるなんて・・・・・・お初にお目にかかりますわ、私がハリベル様の真の第一従属官、スンスン・サーペントです。この二人はそのオマケですわ。」


前の二人にワザと哀れむような視線を向けるスンスン。
こちらもミラ・ローズ同様『第一』という部分が気になったらしく、その称号は自分こそが相応しいと『真の第一従属官』という言葉で他の二人との差別化を計ろうとしているようだった。
さらに二人をオマケ扱いし、感情を逆なですることも忘れないスンスンであった。

「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」


三者ともに自分こそがハリベルの第一従属官であるとして譲らない、それぞれがそれぞれを無言で睨む。
半眼で睨みあう三者、アパッチとミラ・ローズはギリギリと歯と歯を擦り合わせイラついた様子で、スンスンは口元を隠しているので表情は読みずらいが、「貴方たち何を言っているの?」という感情がその瞳からありありと伺えた。

「あたしだ! 」 「アタシさ! 」 「私に決まっていますわ。」


同時に声を上げる三者、本来従属官の中で立場の上下などありはしない、従属官は皆同じ十刃直轄の兵である事に変わりは無いのだ。
彼女たちとてそれは知っている、他の十刃の従属官がこの様な事で争っていたら笑い飛ばしている事だろう。
しかし、いざ自分達の間でそれが起これば話は別だ、他の二人より立場が下なのが嫌なのではなく、他の二人の上に立ちたいというわけでもない。
ただ他の二人に劣っていると認めたくない、彼女たちの中にあるのはそれだけなのだ。

他の二人に劣っているという事は、それだけハリベルの役に立てないという事、それは彼女たちにとってこの上ない罪なのだ。


アパッチもミラ・ローズもスンスンも大虚の時代は、ただ『メス』であるが故に『オス』の大虚の標的となっていた。
固体の統計的に、メスの大虚は他に比べ身体が小さい、故に大型のオスの大虚の標的となりやすいのだ。
殺し殺される事が当たり前の虚園の砂漠で、メスの大虚がただ一匹で生き残る事は至難の業、それは三人にとっても例外ではなく、狙われ、襲われ、それでも生き延び、しかしもうどうしようもない状況になった時、自らの死を確信した時、彼女は現れたのだ。

自分よりも小さく、自分よりも細く、自分よりも脆そうに見えた彼女は、自分を遥かに凌駕する莫大な霊圧を放ち、自分が覚悟した死の瞬間を呆気なく振り払ってしまった。
同じメスの大虚、しかし自分からでは未だ遠く、遥か向こう、たどり着けるか判らない場所である『最上大虚(ヴァストローデ)』に、そのメスの大虚は到達していた。
その出会いは彼女たちそれぞれにとって自らの理想との遭遇であった。
強く、ただ強く、何者よりも強く、逃げる事無く、怯える事無く、虚園の砂漠をいく姿、それが彼女たちの理想。
その理想の姿であるハリベル、彼女と共に虚園の砂漠を生きる内に彼女たちは互いに話し合うでもなく、それぞれその内に同じ思いを決意した。



この人の役に立ちたい、この人の為に生きたい、この人が進みたいと思う道を支えてあげたい、と。



三人は決してそれを互いに口に出したりはしない、本当に大切な思いや決意は己の中にしっかりとしまって置くものだから。
どんなに強い決意でも、言葉で零し、形を持たせてしまえば途端に色あせてしまう。
言葉に出す事で強まる決意とそうでないもの、不退転の覚悟と秘めたる決意、安っぽい言葉に乗せてしまえばその決意の重さまで軽くなってしまう。
故に三人はその決意を口には出さない、その秘めた決意は三人にとって己の命より思いのだから。

だから彼女たちは常に張り合う。
どんな些細な事でも、他人からすればどんなにくだらない事でも、この二人にだけは負けられないと、自分が一番ハリベルの役に立ち、ハリベルの為に生きているのだと、そう証明するために。


「あたしだって言ってんだろうが! このデカ女!!」

「アタシに決まってるだろうが! 単細胞!!」

「いい加減にしてくださいます? 私に決まっているのですから、低脳同士、二番と三番を取り合ってくださいまし。」

「「根暗は黙ってろ!!! 」」

「ネ、根暗・・・・・・」


秘めた決意は大したものだが、それを証明するための手段が些かそれを霞ませるような罵り合いを続ける三人。
最早互いの悪口が入り始めたそれは、収まりがつかない状況へと加速しているようで、それを目の前で繰り広げられている寝起きのフェルナンドにとっては苦痛以外のなにものでもなく、かといって軋む身体では割って入る事も叶わずただ一言「うるせぇ・・・・・・」と力なく呟くぐらいの事しかできなかった。

「・・・・・・フ、・・・フフ、フフフフフフ。いいですわ!それならこの際誰が一番なのかハッキリさせようではありませんこと?お馬鹿さん達には言葉が通じないようだから肉体言語で教えて差し上げますわ!!」


アパッチとミラ・ローズに『根暗』と言われてさすがにショックを受けたのか、俯いていたスンスンが急に笑い出し、ガバッと勢いよく身体を起こすと、この際誰が一番なのかハッキリさせようと言い出した、『根暗』発言で怒りのボルテージが一気に振り切れたようだ。

「いいぜ! やってやろうじゃないか!ボッコボコにしてやんよ!!」


そのスンスンの提案に待ってましたと言わんばかりにアパッチが同意する。
左手を右の肩に置き、右腕をブンブンと回しながら「ちゃっちゃとはじめようぜ!」と声を張り上げている。
その顔は獰猛な笑顔で、戦うことが本分である破面のある意味ただしい姿と言えた。

「こんな狭いところでやれる訳ないだろうが、この単細胞め!外に出るよ! 逃げるなら今のうちだぜ!」

「誰が逃げるか!」

「そうですわ! 私に歯向かった事を後悔させて差し上げますわ!」

「ハッ!上等!」


このままフェルナンドの寝台のある部屋で戦いを始めようとするアパッチをミラ・ローズが制する。
かといって戦い自体を止めるのではなく、もっと広い場所で決着を着けるということのようだった。
逃げてもいいぞというミラ・ローズの挑発にアパッチも、そしてスンスンもその意気を増していく。

そんな三人を黙ってみていたハリベル、さすがにこのままにしておくのはマズイと考えたのか三人を制止しようと話しかけた。
三人とも常からこのようないざこざは多々あるが、ハリベルの前で此処までそれが大きくなるのは珍しい方であり、見ていたハリベルも止めるのが少し遅れたが、ハリベルの言葉は素直に聞く三人である、どうとでもなるとハリベルは考えていた。

「お前達、いい加減にやめな「「「ハリベル様は黙っててください!!!」」」いか・・・・・・」


予想外の返答に面食らった様子のハリベル、制止の言葉に喰い気味で入ってきたその言葉にハリベルの思考はほんの一瞬停止する。

「オラ!じゃぁいくぜ!」

「お馬鹿さん達に世の厳しさを教えて差し上げますわ。」

「「てめェスンスンぜってェ泣かす!」」


ギャァギャァ言い合いながら部屋を出て行く三人、その声が遠く小さくなるなか部屋に残されたフェルナンドと立ち尽くすハリベル。
急に静かになった部屋、何故か気まずい空気の中、なんとなしか哀愁が漂うハリベルのその背中にフェルナンドが話しかける。

「あれがアンタの”仲間”ってぇやつか? 随分とまぁ・・・・・・賑やかだねぇ」

「まぁ、な・・・・・・」


フェルナンドの言葉にどこか力なく答えるハリベルだった。






芽生えたそれは
蝕むそれは
戦士ゆえの苦悩か


片割れの牙が戻り
双牙を得る












※あとがき

前話の予告的な詩(モドキ)の一行目だけで一話になってしまった・・・・・・
パニーニ同様まぁ三人娘が動く動くw
まぁプロットがちゃんと出来ていない証明でもあるけどね。

三人娘の苗字?は作者が勝手につけました。
公式設定追加時に修正します。

後ちょっとしたアンケートがありますので力を貸していただけると嬉しいです。

by作者








[18582] BLEACH El fuego no se apaga.17
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/10/09 21:34
BLEACH El fuego no se apaga.17









アパッチ、ミラ・ローズ、スンスン、ハリベルの従属官三人がいなくなった部屋に残されたフェルナンドとハリベル。
若干影がかかったようなハリベルの背中、従属官三人に邪険にされたのがよほどショックだったのか、心なしか肩も少し落ちているような気がする。
普段の毅然とした態度でいる彼女からはなかなか想像し辛いその姿、事”戦い”という部分に関しては何処までも厳しく勇ましい彼女だが、一歩そこから離れると突発的な出来事や、感情の触れ幅が多少大きくなるようだ。

生きるため、戦うしかなかった彼女にとって今手にしているこの環境は、初めてのことも少なくないのだろうか。
戦士として完成されている故に、それ以外の部分が追いついていないような、そんな印象を受けるどこか、”人間くさい”彼女の姿、しかしそれも次第に霧散し、常の彼女の纏う雰囲気へと戻っていった。

「さてフェルナンド、その身体、未だ全快には程遠いだろう?今はもう少し休め・・・・・・ どうした?そんな顔をして・・・・・・」


起き上がってはいるものの、未だフェルナンドの身体がボロボロであることをハリベルは理解していた。
故にもうしばらく休めと言うハリベル、しかし見ればフェルナンドは奇妙な表情をしていた。
常に自信に満ち、皮肉気に歪めた口元をした表情ではなく、半眼でやや視線を落としたようにしているフェルナンド。
苛烈な彼の雰囲気はそこには無く、ただ何事か考え込むような表情は、日頃の彼と明らかに違うものだった。

寝台に腰掛け、立てていた片膝に肘を乗せ頬杖をつき、どうしたと問うハリベルのほうへ視線を向けずそっぽを向いたままフェルナンドが答える。

「別に大した事じゃねェよ・・・・・・ ただ、俺はグリムジョーの野郎に”負けちまった”んだな、と思っただけさ。」


ハリベルの方に視線も向けず答えたフェルナンド、その言葉にハリベルは驚いた。
”負けた”フェルナンドの口から出たその言葉、結果だけを見れば相討ちによる”引き分け”といえる先の死合、しかしフェルナンドはソレを負けと言い切った。
彼が負けたと口に出した事もそうだが、ハリベルを驚かせたのはそのあまりにあっさりとした言い様だった。

負けるとは死ぬ事。

それがフェルナンドの戦いの哲学。
その彼が3度も負け、そして生き延びたのだ。
ハリベルの知る、いや、ハリベルが考えるフェルナンド・アルディエンデという破面の性格から考えれば、今”負けた”などという事をそう簡単に口走るはずも無く。
そしてなによりそれを口に出したときの表情は、もっと憤怒や屈辱に歪み、大きな感情の爆発を伴うものであるはずだった。

だがしかし、今目の前であっさりと”負けた”と口にする彼の表情は、憤怒も、屈辱も一切窺うことはできなかった。
強いてその表情を表現するならば”惚けている”、簡単に言えば”ぼーっとしている”という状態であった。
あまりにハリベルの想像と違うフェルナンドの態度、しかしその口から負けたという言葉が出た事もまた事実、故にハリベルは問う、その問の答えも全て判った上でそれでもフェルナンドの口からそれを聴く為に。

「ほう・・・・・・ 両者同時に攻撃し、両者同時に地に倒れ、両者同時に気絶した。見事なまでの”引き分け”の様に見えたがお前はそれを”負け”という。何故だ? ”勝ち”では無いにしろ”負け”より”引き分け”の方がマシだと思うがな・・・・・・」


それはどこか甘い言葉、負けではなく引き分けでもいいのではないか、傍から見れば結果は引き分けに見えた、ならばそれでいいではないか、と。
あえてそう口にするハリベル、これでその言葉に乗ってしまうようでは自分の見込み違い、すぐさま此処から放り出して以降一切の関りを持たない、そんな考えを内に抱きつつ、しかしフェルナンドがそんな愚か者ではないとどこか確信めいた予感を持っての言葉。
その言葉にフェルナンドは顔を背け、頬杖をついたまま答える。

「何が”引き分け”だ・・・・・・ コッチは出せる全力を出し切ってボロクソになったが、アノ野郎は解放どころか斬魄刀すら抜いてねぇ。それでも野郎を倒したから”引き分け”だ、なんて恥知らずもいいような事口が裂けてもいえるかよ。あれは俺の”負け”なんだよ。」


発する声にもあまり鷹揚は無く、ただ淡々と事実のみを口にするようなフェルナンド。
しかし、その口から発せられた言葉はハリベルの考えたとおりのものだった。

確かに結果だけを見ればフェルナンドとグリムジョーの死合は”引き分け”で幕を閉じた、が、その内容を今一度良く見ればその評価は確実に変わってくる。
業をもって戦うフェルナンドと、霊圧による肉体強化で戦うグリムジョー、両者の戦いは霊圧で勝るグリムジョーが勝つかと思われたが、業を巧みに用いたフェルナンドが一矢を報い、フェルナンドの捨身の霊圧解放により戦いは五分へ、そして両者相討ちでの引き分けとなった。
客観的に先の戦いを見ればこんなところだろう。

しかしこの戦いには大きく欠けた部分がある。
肉体、あくまで”人型としての戦闘”ならばまだいいだろう、だが『破面』という存在の、戦いでの真骨頂はそれではないのだ。
破面化と共に別れたもう一つの姿、斬魄刀という刀の姿に押さえ込んだその本性、破面化で高位への昇華した肉体に更に己が力の本性を回帰させる事、『帰刃(レスレクシオン)』それこそが破面の戦いの真骨頂なのだ。

もう一度戦いを振り返る。
フェルナンドとグリムジョーは互いの”拳足をもって”戦った、最後まで、力尽き倒れるその時まで”殴り合って”戦ったのだ。
刀を持たないフェルナンドならばそれは当然、己の武器はその拳と足のみなのだがら。
しかしグリムジョーは違う、その腰にはしっかりと己の分身たる斬魄刀を挿しているのだ。
フェルナンドは”拳足をもって全力で”戦った、だがグリムジョーからすれば”斬魄刀を使わずに”戦ったのがあの死合なのだ。

出せるギリギリの力をもって戦ったフェルナンドと、ある意味余力を残していたグリムジョー。
だがグリムジョーも決して無意味な余裕から斬魄刀を抜かなかったわけではないのだろう。
グリムジョーからすれば自分を舐めた態度で挑んでくるフェルナンド。
そのフェルナンドが斬魄刀を持たず、使わない状況の元、自分だけがそれを抜き放ちあまつさえ解放して戦うなどという事を、グリムジョーのプライドが許さなかったのか。
あくまで同じ土俵の上に立ち、同じ条件下でフェルナンドを殺す事で自分が上であると証明して見せようとしたのかそれは定かではない。

結果、余力を残す形となったグリムジョーと相討ちとなったフェルナンド。
全力は出し切った、しかし相手に全力を出させる事ができず倒れた、そんなものは負けだろうとフェルナンドは言っているのだ。



そんな言葉を零すその姿はやはり常の彼とはあまりに懸離れていた。
戦いの結末に、勝敗にこだわるフェルナンドが、どこか自分が負けたことなどどうでもいいような態度をとっている。
ハリベルにしてもそれは不可解ではあった。

「ならばどうする? その傷が癒え、グリムジョーの傷も癒えればまた直ぐにでもお前はヤツに挑むのか?」


ハリベルは更にフェルナンドの奥深く、その考えを覗こうと質問する。
一体彼が今何を思い、考えているのか、それを知らねばハリベルがこの場所に来た”本当の”目的を果たす事などできなくなっていた。

「わからねぇ・・・・・・それがわからねぇんだよ、ハリベル。 いつもの俺なら今すぐにでも飛び出して、野郎に殴りかかってるはずだ。だが、今の俺にその気はねぇ・・・・・・ 俺はどっかおかしくなっちまったのかねぇ。アンタとやり合った時みたいにビビッて引いた訳でもねぇ・・・・・・じゃぁコイツは何だ? すっきりしねぇこの感じは何だ?空虚とは違うこの重てぇ感情は一体なんだってんだよ・・・・・・」


ハリベルの問にフェルナンドから言葉が零れる。
グリムジョーに挑むのかと問われたフェルナンドの答えはなんと『否』だった。
負けたという屈辱、彼ならば耐えられないであろうそれをして尚フェルナンドは挑まない、挑む気がないという。
そうしてハリベルの問に答えるにつれ、フェルナンドの表情に変化が現れる。
半眼で惚けていたような表情から徐々にだがその顔に別の表情が形作られていく。
頬杖をやめ、しかしその視線は落としたままでその手を胸の前へと持ってくると、純白の衣を片手で強く握り締める。

そして胸の中心を掴むようにしているフェルナンドに浮かぶ表情は”困惑”だった。
自分が何故グリムジョーに挑もうとしないのか、それは一体何故なのか、そして掴んだ胸の更に奥にこびり付くようにしてある、重い重い感情の正体は一体なんなのか、その全てをフェルナンドは計りかねている様だった。

ハリベルはそんなフェルナンドを黙って見つめる。
フェルナンドの抱える感情、その正体、グリムジョーという破面と戦った事で生まれたソレ、その理解しきれない感情の荒波、ハリベルはソレを見抜き、どこか嬉しくもありまたどこか寂しさも感じていた。

「ハリベル、アンタならコイツが何なのか分かるのか?アンタとの戦いで感じた”恐怖”とは違うこの感情がなんなのかを・・・・・・」


顔を上げたフェルナンドがハリベルに問う、この不可解な感情はなんなのかと。
彼がはじめてハリベルと戦い、そして初めて負けたときに感じた感情、命削る戦いの中でハリベルの一撃にその身を曝した瞬間に感じた初めての感情

”恐怖”

フェルナンドは今自分の内にあるこの不可解な感情がその恐怖に近しく、だがしかし非なるものではないかと感じていた。
故にフェルナンドはハリベルに問う、自分にはじめて恐怖を齎した彼女ならば、この似て非なる感情を知っているかもしれないと考えた故に。
そんなフェルナンドの問にハリベルは静かに答えた。

「・・・・・・ソレは”畏れ”だ。フェルナンド、お前はグリムジョーを畏れているのだ・・・・・・」

「ッ! ふざけんな! 俺はアイツにビビッてなんかいねぇ!!」


ハリベルの答えはフェルナンドの考えを否定した。

”畏れている”

ハリベルの口にしたその言葉、”恐怖”と”畏れ”言葉は違えどその意味はほぼ同じ、それ故にフェルナンドはその言葉を否定する。
自分はグリムジョーを恐れていないと、ソレは恐らくフェルナンドの本心からの言葉であるし、ハリベル自身もソレは分かっていた。
アノ戦い、グリムジョーはどうか定かではないが、フェルナンド自身は心底愉しくて仕方がなかったのだろう、己と同等の力を持ち己の全力を持ってして打倒しきれるかわからない相手、伯仲した実力のもの同士の戦いそれは格別のものがある。

だがそれ故に、そんな戦いであったが故にハリベルは確信していた、フェルナンドが”畏れ”ていると。

”恐怖”と”畏れ”、言葉は違えどその”言葉の”意味はほぼ同じ、ならばこの場でその言葉それぞれが”示す内容”こそが重要であり、ハリベルの言う”畏れ”と、フェルナンドの言う”恐怖”には明確な差が存在していた。

「確かにお前はグリムジョーとの戦いの中で”命を失う恐怖”を感じながらも、それに屈する事無く戦い抜いた・・・・・・だが、戦いが終わり、こうして目を覚まして冷静にその戦いを振り返った時、お前は気付いてしまった。自分とグリムジョーの“差”に、グリムジョーに手加減されていたかもしれないという現実に・・・・・・」

「うるせぇ!! 俺はそんな事考えちゃいねぇ!勝手に俺の事を分かった風な口を効くんじゃねぇよ!!」


“命を失う恐怖”
戦いに身を置くものにとって決して切り離す事のできない感情、そして切り離してはいけない感情。
戦士と獣を別ける境界線、分水嶺であるその感情、フェルナンドの言う恐怖とはそれのことなのだ。
その感情を胸に抱きながらもフェルナンドは戦ったのだ、グリムジョーという強き破面と、同等の力を持つと思った相手だからこそその全てを出し切り勝利しようとしたのだ。
しかし、それ故にフェルナンドに芽生えた新たなる感情、ハリベルはフェルナンドの再度の否定を無視して言葉を続ける。

「いや、お前は”畏れている”んだフェルナンド・・・・・・グリムジョーという破面を、この虚夜宮に来て初めて”対等”な戦いが出来た相手が更なる力を持っていたという現実、自分が対等だと認めた相手が自分以上の力を持っていたという現実・・・・・・」

「止めろ・・・・・・ 黙れ、ハリベル・・・・・・」


ハリベルが紡ぐ言葉の一つ一つがフェルナンドの内面を暴いていく。
安易に踏み込むべきではない領域、それを暴かれる不快感がフェルナンドの内にじわじわと広がっていく。
それに不快感を感じるという事実、それこそハリベルの言葉が真実であるという証明。

ハリベルは言葉を紡ぐ、彼女とて不快感を感じている。
己が内を他者に暴かれるという不快感と同等のそれ、他者の内に土足で入り込み暴き立てるという非道。
しかしそれをして尚ハリベルは言葉を止めない。
フェルナンドという破面が向き合わなければならない現実を伝えるために。

「お前は”畏れ”ているんだ・・・・・・ 自分が対等だと認めた相手に、自分が全力で挑み戦った相手に、“力”を使うに値しない、その”価値が無い存在”だと、そうグリムジョーに失望されているのではないかという事に対する畏れ・・・・・・それがおまえのその感情の正体だ。 」

「ッ・・・・・・・・・・・・ 」


ハリベルの継げた言葉に押し黙るフェルナンド。
それはハリベルが語る言葉によって己の感情の正体に気付き、それを認めたが故の沈黙だった。

価値が無い存在、それは必要とされず、あってもなくても同じである存在、故に無価値、故に、存在しない存在。
対等の存在である、それだけの力が自分にはある、その自負の裏で相手にその価値なしと、それに足る存在ではないと思われ、そして失望される悲しさ。
そしてそう思われているかもしれないという恐怖、フェルナンドの中にあるのは”命を失う恐怖”ではなく、自身が”取るに足らない存在という恐怖”、グリムジョーに失望されたという”畏れ”だとハリベルは言った。

『好敵手』という言葉がある。
同等の実力のもの同士、戦えばどちらに勝利が訪れるかなど分からず、ほんの小さな切欠、瞬間がそれを左右するほど実力の伯仲した者同士のことを指さす言葉である。
フェルナンドはグリムジョーと戦う中で、無意識に彼の事を好敵手であると、この者だけには簡単に負けることは出来ないと、そう感じていた。
それは互いの戦いに向かう姿勢が、どこかに通っていたためなのかもしれない。
互いに目指すものの為、それを妨げるモノ、立ちはだかるモノの全てを悉く粉砕し、その身が朽ち様とも決してそれを諦める事ができない不器用さ。
似通っているからこそ、だからこそこの者だけには負けられない、その思いがフェルナンドに強く根付いていた。

しかし、相討ちの末気絶し、目覚めたフェルナンドが冷静にあの戦いを思い返すと、其処にあるのは無様な”負け”という結果だけだった。
戦う事に、グリムジョーという対等の存在と戦う事に夢中で、フェルナンドが気付けていなかった現実が其処にはあった。
そして同時にこみ上げてきた感情、自分は加減されて戦い、いい様にあしらわれ、そして負けた、と。
更なる力をその身に持ちながらそれを使うに値しない、その価値が無い存在であると、そう思われているかもしれないという現実が其処にあり、それはフェルナンドにとってあまりに悔しく、そして怖ろしい事だったのだ。

ハリベルほどの実力者に挑み、加減される事と、グリムジョーという恐らく対等であろう者に挑み、加減され負けるという事。
その違い、フェルナンドとて口では『アンタを殺す』と言っているが、実際今のままでそれを成す事が不可能であるとも分かっていた。
それ故に己を鍛え、ハリベルの誘いにも乗り、こうして力を付け様としているのだ。

しかし、グリムジョーはおおよそ今の自分と同等であるとフェルナンドは考えていた。
同等の実力者、虚夜宮で出会う初めての相手、その相手に手を抜かれていたかもしれないという現実。
それがフェルナンドを苦しめる、手加減された事もそうであるし、何より自分が好敵手だと思った相手に、自分の存在を認めさせる事ができなかった己の“弱さ”。
自分が認めた相手であるが故に、その相手に失望され、蔑するモノとして見られる事をフェルナンドは恐れたのだ。

「・・・・・・・・・・・・ そうさ・・・・・・俺は野郎を倒す事も、認めさせる事も、刻み付けてやる事もできなかった。じゃぁ俺はどうすればいい・・・・・・ グリムジョーの野郎は俺にその力を残したまま戦いやがった。なら俺はどうすればいい・・・・・・ 野郎に俺という存在を刻み付けるにはどうすればいい、今のままじゃぁダメだ。今のままじゃ野郎の前に俺は・・・・・・ 立てねぇ・・・・・・」


沈黙の後にフェルナンドから言葉が零れる。
それはグリムジョーを恨む言葉ではなく、己の力不足を、不甲斐なさを、己の弱さを嘆く言葉。
畏れることは己の弱さで相手を失望させてしまったこと、それを拭い去るには今のままでは不可能だと、今のままでは先の二の舞、いや、それ以下の結果は目に見えている。
故に今のままではグリムジョーの前に立つことはできないと、フェルナンドは苦々しく言葉を紡ぐ、そしてその悔しさのあまり強く握られた拳からは、紅い雫が滴っていた。

そんなフェルナンドの姿を黙って見ていたハリベルが、フェルナンドの腰掛ける寝台に近付く。
その瞳は何を思うのか、真っ直ぐにフェルナンドを見据えていた。

「悔しいか、フェルナンド・・・・・・ 自分の力がヤツに届かない事が、自分の力をヤツに示せなかった事が、自分の弱さ故に相手を落胆させてしまったかもしれない事が・・・・・・」

「・・・・・・ あぁ、悔しいね・・・・・・ ハリベル、アンタに負けた時よりも・・・いや、今迄で一番悔しい。アノ野郎にだけは負けられねぇ、グリムジョーの野郎にだけは・・・・・・このままじゃ終われるわけがねぇ・・・・・・」


ハリベルの言葉に悔しさを滲ませながら答えるフェルナンド。
惚けた様な、どこか他人事のように自分を語っていた彼の姿は其処にはなかった。
負けたことへの屈辱や怒りはやはり無い、しかし今、彼にあるのは悔しさ、不甲斐なさ、そして絶えぬ闘志だった。

「そうか・・・・・・ ならば”コレ”を取れフェルナンド。この一振りを持って己の内の”畏れ”、断ち切るがいい。」


そう言ってハリベルは、その手に先程から握っていたモノをフェルナンドの眼前へと示した。
それを見たフェルナンドの瞳が大きく開かれる。

「そいつは俺の・・・・・・ だがハリベル、俺はまだそいつを取る訳にはいかねぇ、俺はまだ・・・・・・」


フェルナンドの眼前にハリベルが差し出したもの、それは”刀”だった。
ただの刀ではない、それはもう一人のフェルナンド・アルディエンデといっても過言ではないモノ、フェルナンドという破面の本性、本質、本能を詰め込んだ一振り、ただ一振りだけの彼だけの斬魄刀だった。
しかしフェルナンドはそれを取る事に躊躇いを見せた、それもそのはず、その刀をとるための条件を彼は満たせていないのだ。

『数字持ちを全て倒す』
それがこの刀を手にする条件、しかしフェルナンドはそれを満たしていない。
グリムジョーとの戦いを彼本人が”負け”であると認識している以上、それを取る事はできないのだ。
躊躇うフェルナンド、しかしそんな彼にハリベルは辛辣な言葉を浴びせる。

「フェルナンド・・・・・・ お前のその意地と誇り高い姿勢は賞賛に値する。しかしその意地が、誇りが、今お前の枷となっている。何故躊躇う、あの者に己を認めさせようとするお前が、私に悔しいと言ったお前が何故躊躇う。誇りを守る事は尊い事だ、だが誇りに縛られ道を誤るのは愚かな事だ。目の前に、お前の目の前に強くなれる可能性があるというのにそれを取らないのは誇りではない、お前の求めるものは何だ?そのために必要なものは何だ? その意地を通すことか?本当にそうなのか?」


ハリベルの言葉に彼女らしからぬ熱が篭る。
躊躇いを見せるフェルナンド、何処か覇気のないフェルナンド、そんな彼をハリベルは知らない。
ハリベルの知るフェルナンドは烈火の如き戦士なのだ、その彼が今見せる姿をハリベルは好ましいものと思えなかった。
そんな彼女の思いが更に紡がれる。

「私はお前がこの”刀”を持つに相応しい者となったと、ただ力という”刃”を振り回すだけの愚か者ではなく、それを制する”鞘”を持った戦士となれると感じた。故にコレを渡す事に決めた、私がそう決めたのだ。どうしても自分の意思でコレを取れないというのなら、私が押し付けたと思えばいい、仕方なく受け取ったに過ぎないとでも思えばいい。だがらコレを取れフェルナンド・・・・・・ 私にこれ以上そんな姿を見せるな・・・・・・」


フェルナンドへと紡がれるハリベルの思い。
それはフェルナンドの成長を認める言葉、刀を取るに足りると、私に挑むに足るであろう資質を見せたと、ハリベルはそうフェルナンドに言ったのだ。
だから刀を取れと、一時の意地に流され可能性を閉ざしてくれるなとハリベルは諭す様に語り掛ける。
どうしてもダメならば自分が押し付けた事にしてもいいと、そうまでしてハリベルはフェルナンドのこの状態を解消しようとする。
それは彼のためでもあるし、何より彼女自身のため、烈火の戦士の消沈を彼女は見ている事ができなかった。

そんなハリベルの言葉を黙って聴いていたフェルナンド。
瞳を閉じ、考え込むようにしてその言葉を聴いていたフェルナンドがゆっくりとその瞳を開き、真っ直ぐハリベルを見つめ、そしてバツが悪そうに小さく舌打ちをすると、ハリベルの言葉に答えるように言葉を返す。

「・・・・・・いいか、コレは俺の意思だ。 決してアンタに押し付けられたわけでも、仕方なくでもねぇ。俺が俺の為に決めた事だ、だからハリベル・・・・・・アンタこそ俺の前でそんな顔するんじゃねェよ・・・・・・」


そう言ってフェルナンドは眼前に差し出されていた刀を手に取る。
フェルナンドにしっかりと握られたその鞘、肌に吸い付くように自然にその手の内に収まるそれ、もう一人の自分と出会ったような、欠けていた一部が戻ったような奇妙な感覚をフェルナンドは覚えた。
彼が、彼の意思で、彼自身の為に取ったその刀、それはフェルナンド・アルディエンデがまた一つ戦士として成長した証でもあった。
そして何よりそうさせたハリベルこそが彼の成長の重要な因子だったのだろう。

フェルナンドが見たハリベルの表情、それはフェルナンドに己の小さな意地を曲げさせるに足るものだったのだから。


刀を取ったフェルナンドをハリベルはどこかほっとしたような表情で見つめる。
しかしその柔和な雰囲気はまた直ぐに霧散し、戦士としての顔の奥に隠れてしまった。

「フェルナンド、少し刀を抜いてみろ。」


戦士ハリベルがフェルナンドに刀を抜いてみる様促す。
フェルナンドは言われた通りその紅い柄に手をかけると、鞘から刃を少し引き出した。
引き出された鈍色の刃、何の変哲も無いその刃、フェルナンドはそれをじっと見つめ、一頻り見つめ終わるとゆっくりと刃を鞘に戻した。

「何が見えた・・・・・・」

「・・・・・・俺だ、俺が見えた。 荒れ狂うような猛火、立ち昇る炎の渦、猛々しい炎の、海・・・・・」


ハリベルの問いかけにフェルナンドが答える。
その鈍色の刃に映るもの、他者が見てもそれは見えず、その持ち主たるフェルナンドゆえか、それとも彼の成長の証なのだろうか、刃に映りこむ己の瞳の奥、それとも刃自身にか、或いはその両方なのか、フェルナンドにはハッキリとそれが見えていた。

猛々しい炎の海、火柱が立ち昇り、紅い波がうねる雄々しき炎が。

「それが、それこそが本当のお前の姿だ。 見失うなよ、フェルナンド・・・・・・」

「あぁ、俺はもう見失ったりしねぇ、俺は強くなる。強くなってヤツにも、そして、お前にも俺を、刻み、付けて、やる・・・ぜ・・・・・・ 」


刃に映るその姿、それこそが本当の自分である。
ハリベルはそれをフェルナンドに告げた、そしてそれをもう見失うなとも。
己という存在の体幹、それさえ失わなければ倒れる事はない、フェルナンドアルディエンデという存在は常に在るとハリベルは伝えようとしたのだ。
そんなハリベルの言葉にしっかりとその瞳に意思を灯して答えたフェルナンドだが、ボロボロの身体、そして無理矢理覚醒していた意識は限界を迎え、遂にそのまま寝台へと倒れてしまう。

あまりにも急に眠りに落ちてしまったフェルナンド。
それは無意識の緊張から解き放たれた故なのか、単純に肉体的に限界だったのか、今はそれを知る必要も無かった。
そんなフェルナンドの眠る寝台に、ハリベルが一歩ずつ近付く。
ゆっくりと小さな寝息を立てるフェルナンドを見るハリベル。
其処には己の弱さを悔いていた戦士も、また強き烈火の戦士もおらず、ただ一人の少年が眠っていた。

そんなフェルナンドの寝台にゆっくりと腰掛けるハリベル。
そしてフェルナンドの髪に指を掛けると、ゆっくりと、そしてやわらかくその手で梳る様に撫でる。
何を言うでもなく、ただフェルナンドの髪をすくハリベル。
その瞳は戦士のそれではなく、ただ優しさを湛えている様に見えた。

そして、ゆっくりとした時間だけが過ぎていった・・・・・・






獣の王

目覚めたそこは
混沌空間

嵐の男

眼に映るは
未来の闘争








※あとがき

読んでいただきありがとうゴザイマス。
この話を途中で投げ出さなかった方は勇者だと思います。
それぐらい今回の話はグチャグチャです。

理由は一重に作者の精神状態の悪さ。
この1~2週間で人の死というものに考えさせられる様な出来事が多々ありました。
”死”そのものも然ることながら、遺族の悲しみというものをモロにみてしまい、
精神が引っ張られ気味になってしまいました。

そんな中書いているものだからまぁ筆は進まないし
内容はなんだか暗くなるし、精神状態が作品に影響するようではダメなのかな・・・・・・
今回は恐らく賛否両論、まぁ主に”否”が多くなるでしょうねきっと・・・・・・

アンケート終了前に投稿できてよかった。

by作者








[18582] BLEACH El fuego no se apaga.17.5
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/10/09 21:35
BLEACH El fuego no se apaga.17.5










彼が目を覚ますと、其処に見えたのは偽りの青空ではなく白い天井だった。
予想とは違う光景、しかし彼はそのことを然程気にするでもなくその視線はただ天井を見ていた。
恐らく彼が今”視て”いるのは天井などではなく彼の意識が失われる直前の風景、前後不覚、意識を失う前に自分が何をしていたのか、それを彼は思い出そうとしていた。

誰かが笑う声、金色の髪、自身の激しい怒り、それらが少しずつ彼の記憶の奥から浮かび上がる。
浮かび上がるそれは次第に鮮明になり、ぼやけていた出来事の輪郭もその形を取り戻すように再度形作られていく。
痛みと驚愕、強烈な意思、そこで彼は自分が戦っていた事を思い出す。
そしてその相手を思い出そうと更に記憶の奥に踏み込もうとした瞬間、見えたソレによって彼は全てを思い出した。

彼が見たそれは”瞳”
彼を射抜かんばかりに見据えるその瞳、それは血を湛えたかの様に色濃く、しかし一方で何処までも澄んでいる瞳、その者の意思を何よりも強く感じさせるその瞳。

紅い紅いその瞳を彼は思い出したのだ。


「ッ! クッ・・・・・・あのクソガキ・・・・・・」


全てを思い出し、急激に身体を起こした彼だがその身体の痛みに顔を歪ませる。
襲う痛みは戦いのそれ、紛れも無くあの少年との戦いによって生まれた傷による痛みだった。
動けないというわけではない、しかしその身体に確実に違和感を残すほど、少年の拳は彼にダメージを与えていた。

一つ少年に対して悪態をついた彼は、自分の置かれた状況を確認する。
彼が今まで眠っていた場所は少年と戦った青い天蓋の下ではなく、どこか屋内の一室らしく、白い壁に囲まれた部屋には小さな四角い窓が一つあるだけだった。
痛みは残っているもののその身体は確実に回復しており、この状況下それが何者かの手によるものであることは明白だった。
みれば彼が着ているのは少年との戦いで破れ、ボロボロになった彼の白い死覇装ではなく、多少趣向は違うものの一般的な白い死覇装に変えられていた。

何故自分がこんな場所にいるのか、此処が何処であるのかすら分からない状況、その状況を打開するため彼が自身の探査回路(ペスキス)を奔らせようとした瞬間、彼の耳に誰かの声が聞こえてきた。



「待っておくれ吾輩の美しいお花さん(フロール)、そんな仕事など抛って置いて吾輩と午後のお茶など愉しまないかい?なぁに心配は要らない、何せ此処は我輩の城、何人たりとも吾輩たちの甘い時間(チョコラテタイム)を邪魔など出来ないさ。」

「こ、困ります第6十刃(セスタ・エスパーダ)様・・・・・・」

「おぉ何たる事、第6十刃等と堅苦しい・・・・・・そんな呼び名などやめて、『ドルドーニ』と吾輩に優しくささやいておくれ美しいお花さん(フロール)。十刃と下官、階級と立場に隔てられた二人の恋・・・・・・まさに現世の文学に記されていた『ロミオとジュリエット』なる物語そのまま! 隔てられた二人の恋は今まさに燃え上がる!さぁ! 今こそ愛のくちづけを・・・・・・」

「ヒッ! い、いい加減にしてください!!」

「ンボハ!!!」


おそらく彼のいる部屋の入り口の前で行われていたであろうその会話。
どうやら男が女に言い寄り、迫ったところを返り討ちにされたようだ、なにせ彼の部屋にその言い寄っていたであろう男が、物凄い勢いで転がり込んできたのだがら。
部屋の床で小刻みに動く男、その男を入り口の辺りで見ていた女、どうやら下官であるその女は床に転がる男を一瞥すると「フン」と鼻を鳴らし、そっぽを向きそのまま歩き去ってしまった。

「ぬおぉ・・・・・・ この角度、的確に顎を捉える慧眼、そしてこの威力、申し分ない・・・・・・美しいお花さん(フロール)、吾輩と共にその平手で十刃の星を目指さないか?ひいてはそのために吾輩とお茶でも・・・・・・・・・・・・ま、待っておくれ吾輩の美しいお花さん(フロール)~~」


男は入り口に背を向けたままゆっくりと膝立ちになり、何事か呟くと後ろを振り返る。
しかし言葉をかけていたであろう女の姿は既にそこには無く、慌てて床を這うようにして入り口に近付くが女の姿は遥か遠くとなっているようで、四つん這いの体勢で伸ばされた片手は空を掴み、その姿は哀れとしか言いようが無いものだった。
そのままガックリとうな垂れる男、全体的に影を背負うようにしているその男の姿はどこか薄く、希薄にも見えた。

「アァ・・・・・・ また一つ吾輩の恋が散っていった・・・・・・吾輩が欲しいものは何時だって吾輩の手から滑り落ちていくのか、なんという無情・・・・・・その辺り、欲しいものを手に入れた君はどう思うかね? 破面No.12(アランカル・ドセ) グリムジョー・ジャガージャック君。」

「ッ!」


完璧に女性にフラれたであろう男が、四つん這いの体勢からゆっくりと立ち上がり振り返る。
先程までの軽薄な振る舞いではなく、洗練された立ち居振る舞いを見せるその男、両手でその口髭を整えながら向き直る男の姿は紳士然とし、見る者にその男の品位を伺わせる。


がしかし、その男の頬に付いた”真っ赤な紅葉の葉”のおかげで、その全ては台無しとなっていた。


彼、グリムジョー・ジャガージャックは驚いていた。
いきなり彼のいる部屋に転がり込んできた男、ただ騒々しいだけならばグリムジョーとてこれほど驚きはしなかった。
グリムジョーが驚いているのはもちろん目の前の男の”紅葉の葉”などではなく、その男の存在自体。
ただの破面ならば問題はなかった、数字持ちの実質的一位であるグリムジョーを知らぬ破面はそうはいなかったからだ。
しかし先程の女の発言がグリムジョーに驚きを齎していた。

”第6十刃(セスタ・エスパーダ)”

確かにあの下官の女はそう口にしたのをグリムジョーは聞き漏らさなかった。
あの場所にいたのはあの女と目の前の男のみ、必然的に誰が第6十刃なのかは分かるというものだ。
目の前の男こそ自分より遥か上、別次元の実力を持ち、この宮殿『虚夜宮(ラス・ノーチェス)』の主、藍染惣右介の十の剣の一角を担う者なのだとグリムジョーは理解した。
そしてその十刃が自分の名を知っている、それは異常な事だった。
そして何よりグリムジョーを驚かせたのはその破面の最高位たる十刃が、彼を助けたという事実だった。

「テメェ・・・・・・ なにが目的だ・・・・・・」


目の前の十刃に対してグリムジョーが、訝しく思う感情を隠しもせず問いかける。
それも当然といえよう、そもそも十刃が一介の数字持ちを助け、治療する理由が彼には見つからなかった。
彼らが住む世界は慈悲や情け、助け合いなどという感情とは隔離された世界。
目の前で死に掛けている者がいても視線を向ける事も無く、助けを求められればその声が耳障りだと頭を踏み潰される、そんな殺伐とした世界なのだ。
そのなかにあって自分が助けられたという事実、漏れなくその世界の理の中で生きてきたグリムジョーにとって、それは理解不能な行いだった。

「おやおや、命の恩人に対してなんと言う口の聞き方。まだまだ”若い”な、そんな事では吾輩のような立派な紳士にはなれんぞ青年。目的かね? そんなものありはせんよ、しいて言うならば”目的”ではなく”対価”というべきか。な~に、人の城の庭先で殴り合っていた君達の戦いを観戦させて貰ったのでね、その対価として傷を治してあげたまでさ。」


グリムジョーの問に人差し指を立てて横に揺らしながら、軽く彼を窘める男。
グリムジョーにとってそんな男の言葉など届くはずも無く、重要な部分だけが彼の耳に届いた。
男は見ていたという、グリムジョーとあの少年、フェルナンド・アルディエンデとの戦いを、そしてそれを見た対価として自分を治したのだと。
グリムジョーの中にフェルナンドとの戦いの記憶が蘇る、そしてその表情は苦々しいものへと変わっていった。
しかし、そんなグリムジョーに構わず男は話し続けていた。

「なかなか良い戦いだったのでね、いいものを見せてもらっておきながら、それを創り上げた者をそのまま抛って置くのは吾輩の紳士道に反する。故に君を吾輩の城、第6宮(セスタ・パラシオ)まで招待したというわけだよ。あぁ、吾輩とした事が名を名乗るのを忘れていた、吾輩の名はドルドーニ。藍染様より『6』の数字を賜りし、嵐を呼ぶ男!ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオであ~る! ・・・・・・・・・・・・ヨシ!」


自分の名を言い終えた後に何故か小さくガッツポーズをする男。
第6十刃、ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ、それがグリムジョーを助けた男の名だった。
グリムジョーにとって今はまだ雲の上の存在である十刃、それが何故自分とフェルナンドの戦いに興味を持ったのかは定かではないが、グリムジョーにとってそれはあまり好ましいものではなかった。

それは要するに見られていたという事だ、あの戦いの一部始終を、グリムジョーからしてみればあまりに無様なあの戦いを。


「いやはや、少年(ニーニョ)もなかなか頑張ってはいたが、やはりまだ君の方が強いようだ。斬魄刀も抜かずにあの少年の猛攻を防ぎきり、倒してしまったのだから。あの戦い、両者共に倒れはしたが、内容を見るに君の”勝ち”、といったところかな。」


そんなグリムジョーの感情を他所に、ドルドーニが先の戦いを振り返る。
結果的に両者相討ちとなりはしたが、その内容、そしてなによりグリムジョーが斬魄刀を抜かず拳足のみを持ってフェルナンドを打倒したという点をドルドーニは評価し、あの戦いの勝者はグリムジョーだったという私見を述べた。
おそらくある程度の実力者が見れば先の戦いはそう評価されるであろう、勝ったのはグリムジョーである、と。

しかし、その評価は他ならぬ勝者の言によって否定される。


「俺の”勝ち”だと? ふざけんじゃねぇぞ・・・・・・十刃の眼はとんだ節穴だな。」

「・・・・・・ほぅ、あれが”勝ち”ではない、と・・・・・・では一体なんだというのかね? 斬魄刀を抜かず、解放もせず、あえて少年(ニーニョ)と同じ舞台で戦う事で己との力の差を少年に思い知らせようとしたのだろう?今頃少年も分かったのではないかな、君との差を、それも含めて君の”勝ち”なのでは?」


勝者による勝利の否定、勝者に似つかわしくない苦渋の表情、それは何故の事か。
グリムジョーのその言葉にドルドーニが問いかける、その顔は偽りの仮面(ひょうじょう)を脱ぎ捨てた、戦士の顔となっていた。
そのドルドーニが問う、グリムジョーが勝利を否定する理由はなんなのかと。

グリムジョーはフェルナンドとの戦いの中で斬魄刀を抜こうとしなかった。
それは一重に彼のプライドがそれをよしとしなかったのだ、無手で挑んでくる相手、自分を舐めたような態度で挑んでくる相手、その相手に自らの愚かさと無力さを判らせる為に、グリムジョーはあえて斬魄刀を抜かずに戦っていた。
拳によって、相手の最も得意とする戦いにおいて勝利し、絶望を与えた後に殺す、グリムジョーはそう考えていた。

「”勝ち”じゃなきゃもう一つは”負け”に決まってるだろうが・・・・・・斬魄刀を使ってねぇ? 解放してねぇ?そんなものは後から取ってつけた言い訳じゃねぇか。あのクソガキに俺は全てにおいて勝っていた、力も、体躯も、経験も、全てだ。・・・・・・だが俺は倒れた、俺より弱いヤツと戦って倒れた、その時点で俺の”負け”だろうがよ。」


二人の人間がいるとしよう。
片方は一流の格闘家、もう片方はただの人間、その二人が戦ったとしてはたしてどちらが勝つだろうか?
結果は簡単だ、格闘家が勝つだろう。
だがもしも何らかの要因で、自分が倒れるのと引き換えにただの人間が格闘家に膝を着かせたとしよう、それでも格闘家は自身の勝利を叫ぶ事ができるだろうか?
答えは否だ。
周りがいくら”勝ちだ”といっても関係ない、本人のプライドがそれを許さない。
その勝利に手を伸ばせばそれは二流、自身の戦いに正面から向き合わず目先に栄光に囚われる愚行、一流と二流の境界線。

閑話休題、グリムジョーが言う”負け”とは後からいくら状況を整理し、客観的にその戦いを分析して勝敗を決しようともそれは無意味だという事。
どちらが強かった、どちらが優れていたなどという事はまったく関係ない瑣末な話だという事。
戦いの決するその瞬間に立っていた者こそ勝者でありそれ以外は皆、敗者だという事なのだ。
故にグリムジョーはドルドーニの言葉を否定し、自身が”負けた”と言ったのだ。

(なるほど・・・・・・ この青年(ホーベン)、ただの獣(ベスティア)かとも思ったが吾輩の思い違いのようだ。後々の楽しみがまた一つ増えたな・・・・・・)


そんなグリムジョーの言葉を黙って聴いていたドルドーニは、密かにグリムジョーへの評価を改めていた。
”獣”それがドルドーニのグリムジョーへの評価、理性ではなく本能でその爪を振るい、その本能の赴くまま眼前の敵を殺しつくす獣、それがドルドーニが見たグリムジョーという存在の核だった。
しかし、グリムジョーの勝者と敗者についての考え方を聞いたドルドーニはそれを改める。
勝者と敗者、つまり勝ちと負け、その概念、獣には”負ける”という概念などない、”勝つ”以外に生き残る術などないのだから。
故にどのような勝利にも喰らいつく貪欲さがある、しかしグリムジョーは己の”負け”という概念を持つ。
己の敗北を認める精神、己にとって傷としかならないそれ、だがそれを曲げられないその自身のプライドに対する高潔さ、それは獣ではなく戦う者に共通する勝負への向き合い方だった。
獣の性を律する戦士の片鱗を、ドルドーニは見ていた。

「ならば君はどうするのかね? もう一度少年と戦い、次こそは完膚なきまでに叩き潰し、完璧な勝利を得ようというのかい?」

「あぁ? そんなもん当然だろ。 あのクソガキは俺が殺す!・・・・・・だがそれは今じゃねぇがな。」

「なぜだね? 今ならば確実に君が勝つではないか。」


グリムジョーという破面に興味を持ったのか、ドルドーニは更に彼に問いかける。
彼にとって負けである戦い、フェルナンドとの戦いをどう決着させるのか、という問にグリムジョーは至極当たり前といった風で答えた。
歯向かう者、立ち塞がる者の全てを殺して進むかのようなグリムジョー、当然フェルナンドとの決着はつけなければならないと、しかしその彼がフェルナンドとの戦いは今すぐではないと言った。

何故今ではないのか、今戦えばグリムジョーは確実に勝てるだろう。
先の戦い、フェルナンドとグリムジョーの相打ちという形で決着を見たが、それはフェルナンドが薄氷の上を進み掴んだ奇跡の結果。
油断も驕りもない万全の状態のグリムジョーが初めから全力で戦っていれば、今のフェルナンドでは勝ち目はない。
それは誰しもが分かりきっている事でもあった。
確実な勝利を目の前にそれに手を伸ばさないグリムジョー、それが何故なのかが彼の口から語られる。

「あのクソガキは癪だが強い。 あのクソガキが今より強くなってあの忌々しい業が完成し、斬魄刀を持ち、解放し、そして最も強くなった時、その時こそ俺がヤツを殺すのに相応しい瞬間だ。あのクソガキの全力の全力をこの俺が破壊してこそ、俺の強さが証明される。」


そう、グリムジョーはフェルナンドとの戦いに臆したわけではない、むしろその逆、フェルナンドとの戦いを、フェルナンドという破面を殺すその瞬間に今から奮い立っているのだった。
故に今すぐ決着をつけることはしない、グリムジョーはフェルナンドという破面が更に成長し、力を付け、万全で最高の戦力を持ったその時、その最高の戦力の全てを凌駕して勝つと、そうする事で自身の強さを、より高みに昇るのが自分であると証明しようとしているのだ。

「俺はまだ強くなる・・・・・・ 血肉を切裂き、血肉を喰らい、より高みへ駆け上る。あのクソガキが追い着けない高みまでな・・・・・・その時はオッサン、アンタの喉笛も俺の牙で喰い千切ってやるよ。」


グリムジョーの中にある確信、自身の更なる成長の気配、皮肉にもフェルナンドとの戦いの中でグリムジョーは、自身の内に本来自分で操れる以上の霊力の存在を自覚していた。
己の内に未だ眠っていた更なる力、フェルナンドを殺す事だけを考えた純粋な願いに反応したかのように呼び覚まされたそれ。
それを自覚したとき、自身の更なる成長をグリムジョーは確信したのだ。
それは高みへと昇るための力、誰にも追い着かせずに力によって駆け上る階への切符、それを手にしたグリムジョーは何時かその階を上った先にいるであろうドルドーニに宣戦を布告する。
未だ見上げる存在であるドルドーニと同じ高さに立ち、その牙を持って打倒してやると。

そのグリムジョーの言葉を受けたドルドーニの顔に笑みが浮かぶ。
それは壮絶な笑み、口角は釣り上がり、だが瞳は鋭くグリムジョーを射抜く。
ドルドーニからすれば今はまだ取るに足らない数字持ちの一人、その数字持ちが自分と同じ”力の高み”まで這い上がり、そして彼の喉笛を食い破り、その座を奪い取ると宣言しているのだ。

ドルドーニにとってこれほど愉しみで待ち遠しいものなどなかった。
戦士として戦う事、そしてより高みを目指す事、ドルドーニとて第6の座で満足しているわけではない。
誰にも見せぬその内には、未だ頂点である第1位を狙う野心が渦巻いていた。
グリムジョーの宣言はドルドーニの抱える野心と同じだ、己の限界を区切らない、より高みを目指す者に最も必要な事がそれだ。

高みを目指す者の心意気、ドルドーニはグリムジョーからそれを感じていた、そして何時か本当に彼が目の前まで迫るであろう確信と、その時に行われるであろう戦いが待ち遠しくあった。

「大きく出るじゃないか若造(ホベンズエロ)が、いいだろう。吾輩の前に立つまでに精々その牙を研ぎ澄ませておきたまえ。」


グリムジョーの宣戦に対してドルドーニはそれを真正面から受ける。
紳士然としていても所詮彼もグリムジョーやフェルナンドと同じ、戦いの中を進む事しか出来ない化物なのだ。
何れ来る戦いを前にそれに思いを馳せるドルドーニ、対してグリムジョーはそのドルドーニの態度を余裕と受け取ったのか、小さく舌打ちをして立ち上がると、壁に四角く穴が開いただけの窓のほうへと歩いていく。

「余裕かよ・・・・・・ クソ忌々しいオッサンだぜ。必ず吠え面かかせてやる・・・・・・」

「おやおや気を悪くしたかね?まぁそれもしょうがない、吾輩の力の前では君もそしてあの少年(ニーニョ)も霞んでしまうのは仕方のないことさ。いやそもそも力以前にその存在感が違う! 見給え!このオーラを! 吾輩の城の者達はおそらく余りに恐れ多いのだろう、誰も吾輩を直視できない様子だ。だがしかし!いくら吾輩が万能でもこの溢れ出るオーラだけは止められないのだ!嗚呼、吾輩を見られない女性(フェメニーノ)たちが不憫でたまらないよ。」

グリムジョーが零した呟きに反応したドルドーニだが、なぜかその言葉は段々と違う方向へと向いていく。
自信ありげに胸を反らし、様々なポーズを取りながらグリムジョーへと言葉をかけるドルドーニ、しかし当のグリムジョーは小さな窓の前で袴のポケットに両手を突っ込んだまま、外を見続けていた。
グリムジョーにお構いなしに動くドルドーニ、ほんの先程までの戦士の表情はなりを潜め、女性に張り倒されていた彼が表に出ている様子だった。

そんなドルドーニを完全に無視していたグリムジョーが何事か思い出したように振り返り、ドルドーニに話しかける。

「おいオッサン。」

「なんだね? ツッコミも無しにこの吾輩を完全スルーしておいて、しかもオッサンとは心外な。吾輩のことはオッサンではなく紳士(セニョール)と呼びたまえ!紳士(セニョール)と!」

「チッ、うるせぇオッサンだな、テメェほんとに十刃だろうな?・・・・・・まぁいい、オッサン。 アンタ最初に俺が『欲しいものを手に入れた』とか言いやがったな、あれはどういう意味だ?」


ドルドーニの発言の事如くを無視し、グリムジョーは自分が聞きたかった事だけを口にした。

『欲しいものを手に入れた』

ドルドーニは確かにグリムジョーに最初に話しかけたときそう言った。
だがグリムジョーにはそれの見当が付かなかった、自分が一体何を欲し、何を手にしたというのか、それがグリムジョーにはわらかなかったのだ。
故にグリムジョーはその発言をしたドルドーニにその意味を問うた。
一体彼が何を欲し、何を手にしたのか、その答えを持つドルドーニはグリムジョーのその言葉に一瞬虚を衝かれた固まると、笑みを浮かべる。
先程のような獰猛な笑みではなく、自分だけが答えを知っているという愉悦の笑み、そしてその笑みが消え、真剣な表情となったドルドーニはその問に答えた。

「君は欲し、そして手に入れたではないか・・・・・・その力を存分に振るえ、その上で尚立ち上がり、君の命を脅かすかもしれない存在を。吾輩のように上ではなく、君以外の数字持ちのように下でもなく、”対等”の力を持ち、鎬を削る事ができる相手を。あの少年という”好敵手”を。」


ドルドーニが言ったグリムジョーが欲し、手に入れたもの、それはフェルナンドという破面の存在だった。
グリムジョーは強い、数字持ちに並び立つものはなくその力は圧倒的だった。
しかしそれ故に力を存分に発揮できる相手がいなかった、いくら強いといってもそれはあくまで数字持ちの中での話し、十刃クラスは次元が違う。
一人で強くなるには限界がある、一人で到達できる場所は彼が目指す高みには届かない、もう一人、同じく高みを目指し、伯仲した実力を持ったものが必要なのだ。
他の誰でもなく、ただ一人この者だけには負けられないという存在、それこそが今、力を求めるグリムジョーには必要だった。

最高の力を持ったフェルナンドを倒すといった事もそれを裏付ける。
それはグリムジョーの中でフェルナンドが、自分の全力を出して打倒するに相応しい存在だということ。
フェルナンドという破面がその領域にまで到達するという確信が、彼の中にあるということ。
それは即ち、グリムジョー・ジャガージャックは、フェルナンド・アルディエンデという破面を”対等の存在”と認めているという事に他ならなかった。
故にそれは”好敵手”足りえる存在であるとドルドーニは考えたのだ。

「あァ? 何を言うかと思えばとんだ思い違いだぜ、オッサン。俺があのクソガキと対等? 寝言は寝てから言いやがれ。」

「おっとこれは辛辣だ。 まぁ吾輩がそう思っただけの事、認めたくないならば構わんよ。・・・・・・難儀なものだね、君のその生き方は。」


ドルドーニの考えをグリムジョーは否定する。
彼にとってフェルナンドとは殺すべき存在で、それが対等、好敵手などというのはありえない事で、さらに自身がそれを認めているなどということは、それこそ認められないことだった。
多少の殺気を滲ませるグリムジョーにドルドーニはわざとらしく両手を上げ、降参のポーズをとる。

グリムジョーとフェルナンド
本人たちの知らぬところで互いが互いを好敵手としている。
フェルナンドは言わずともかな、グリムジョー自身はそれを認めていないが、フェルナンドという破面の存在を強く意識している事は間違いないだろう。
互いが互いを乗り越え、更に上を、力の高みを目指す。
片方がその終わりなき階を一歩上に踏み出せば、もう片方は更に上へとその歩を進める。
螺旋を描くその階を一歩でも、一瞬でも先へと。

「チッ、訊くだけ無駄だったな・・・・・・ 帰るぜ。」

「まだ休んでいた方が懸命だと思うがね。 少年(ニーニョ)の拳は効いただろうに・・・・・・まぁ吾輩なら平気だがね!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ウゼェ・・・・・・ 」


ドルドーニの言葉の意味を確かめたグリムジョー。
その言葉の意味は彼にとってあまり意味をなすものではなかった、最早何も訊くことはないとグリムジョーはその場から去るとドルドーニに告げる。
対してドルドーニはグリムジョーの身体を気に掛けていた、重症ではないにしろその身体は未だ休息を必要としているのは明白だった、それゆえ気に掛けるような言葉を掛けていたのだがいつの間にか自慢にすり替わっている辺りがある意味彼らしい。
そしてドルドーニはグリムジョーに背を向けるようにして立つと、改めてグリムジョーに話しかける。

「フッフッフ、青年(ホーベン)よ。 君は力を求めているのだろう?今以上の更なる力をその手にし、そしてあの少年(ニーニョ)を、更にはこの吾輩をも打倒しようとするその心意気!吾輩感動した! 見ればあの少年にはそれはそれは美しい師匠(マエストゥロ)がいる様子。そこで吾輩は考えた、あの少年の好敵手たる青年にも、師匠たる存在が居てもいいのではないか!そしてその役目はこの吾輩ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ以外ありえない!さぁ青年よ! より高みを吾輩と共に目指そうではないか!!!・・・・・・・・・・・・・・・・むん?・・・・・・ なんと~~!!!」

グリムジョーに背を向けたままドルドーニが熱く語り始める。
その内容は奇しくもフェルナンドとハリベルのそれと同じ、というよりそのままであった。
フェルナンドとハリベルの関係を見たドルドーニは、密かにそれをうらやましく思っていた。
本来の破面にはありえないその関係性、そのなかで師が弟子を鍛え、そして師もまたその弟子の姿に新たな発見をする。
ドルドーニにはそれがとても美しく見えた。

そして今目の前には、力を求め、高みを目指す一人の破面がいる。
その青年のひめたる力、心意気、それを見抜いたドルドーニはグリムジョーの師になることを宣言したのだ。
しかしドルドーニの熱い宣言が終わっても一向にグリムジョーから返事は返ってこない。
何事かあったかとドルドーニが振り向くと同時に驚きが襲う。
眼が飛出るのではないかというほどの驚き、そこには既にグリムジョーの姿はなく、無残にも破壊され、とても見通しの良くなった壁だけが残されていた。

それはドルドーニが熱くその思いを語っている間に、さっさと窓のある”壁を蹴破って”(・外へと出て行ってしまったグリムジョー特性の出口だった。

それを半ば呆然として見ているドルドーニ、彼のグリムジョーの師匠になる計画は、彼の城の壁諸共無残に崩れ去ったのだった。
しばらくしてその状態から復旧したドルドーニ、見通しの良くなった壁の際まで進むと外の景色を眺めながら呟く。

「フラれてしまったな・・・・・・ やはり吾輩の欲しいものはこの手から滑り落ちるようだ。・・・・・・まぁフラれてしまったものはしょうがない、吾輩はただ待つのみ、青年(ホーベン)が吾輩の前に来るその時を、な。」


師としてグリムジョーを導き、強くする事は叶わなかったが、もう一つの楽しみ、何時か来る戦いの時を思いドルドーニは小さな笑みを浮かべる。
その時は持てる全力でグリムジョーを叩き潰そうとその胸に誓うドルドーニ、そして彼は「さてと」と一言呟いて、砕けた壁の欠片を拾い集め、壁を修理し始めた。

自らの城を自分で修理するその後姿は、やはり哀れなものだった。








相手を裂くための力

しかし己をも裂く力

才無くば鈍
才有らば煌

戦士よ

貫け









※あとがき

え~18話の前に挟んで見ました。

17話の内容に対し、グリムジョーはどう思っているのかを保管するのが目的
だったのですが、やはりパニーニが暴れた・・・・・・

というより彼のキャラが既に崩壊している気がする・・・・・・
そして何気にグリムジョーも今一掴めてないかも、その辺りどうでしたか?

ちなみに『下官』というのは、原作で10番に頭を潰された人や、藍染に報告をしていた人の事です。
ある意味での独自設定ですね。
十刃や数字持ち、戦闘特化の破面を武官とするならば、彼らは文官にあたります。
実際ああいうのが沢山居ないと、虚夜宮を維持できない気がしまして出してみました。


質問・感想などお待ちしております。





 



[18582] BLEACH El fuego no se apaga.18
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/10/13 20:26
BLEACH El fuego no se apaga.18










白く、広大な空間が広がっている。
ずべてが白い空間、四方に壁、天井があるところを見るとそこは屋内なのだろう、しかしその広さに不釣合いなほど柱の数は少なく、高い天井と相まって非常に大きな空間が作り出されていた。

その広大な空間に響く音があった。
金属と金属がぶつかった様な甲高い音、そしてそれと同時に散る火花。
それは剣戟の音と光、その広大な空間の丁度中心辺りで断続的に発生するそれを、発生源より少し離れた位置で見る人影がある。
人影の数は3、そのどれもが丸みのある女性の姿をしていた。

3つの人影の正体、彼女達三人は第3十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベルの従属官、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンだった。
3人は大きな白い正方形の石材のようなものが積み重なった上にそれぞれ座り、音と火花が散る方を黙って見つめている。

いや、黙って見つめている事しかできない、といったほうが正しいのか。
座っている、といっても彼女達三人の中で誰一人、まともに座っている者はいなかった。
アパッチは大きな石材の上に仰向けになり、首と両腕をだらりと石材の端から投げ出し、逆様になった視界で件の方向を見つめ、ミラ・ローズは更にその逆、石材の上でうつ伏せになり、両腕をたらして顔だけを上げている、一番まともなスンスンでさえその石材に寄り掛かるようにしてかろうじて座っているといった風だった。
これは決して彼女たちの行儀が悪いという訳ではなく、彼女たちがそうならざるを得ない状態である、という事だった。

一体何故か、それは至極簡単な事、彼女たちは今”疲れている”のだ。
それはもう彼女たちは疲れていた、それこそ今の状態から指一本、動かす事すら億劫になるほど疲れていた。
彼女たちがそんな状態になってしまった理由、それは彼女たちの主、ハリベルにあった。


今から数日前、彼女たちは小さな諍いから遂に互いへの実力行使に出た。
日ごろの小さな小競り合いの積み重ねがそこへ来て爆発したのだろう、第3宮の外の砂漠でそれはもう激しく戦った。
女同士の戦いというのは怖ろしいもの、”引く”という事がないそれは延々と続き、互いが顔を腫らし、その体力が尽きるまで続いた。
そして体力の消耗と共に頭が冷えてきたのか、このあまりに無意味な争いが終息へと向かったとき、彼女達に冷水の如き言葉が投掛けられた。


「終わりか? 」



声の主は、丁度彼女たちの背後に立っていた。
その声が誰のものであるか瞬時に理解した三人、ゆっくりと振り返ると、そこには腕を組み、氷のようなその瞳に怒りを滲ませたハリベルが、仁王立ちで待ち構えていた。
私闘を好まないハリベル、なにより三人がハリベルの制止を無視し、争いを始めたことがハリベルを怒らせていた。
更に言うならば、三人に『黙っていてくれ』と言われたショックが、彼女の怒りに火をつけたのかもしれない。
いや、おそらくそれが最たる理由だろうが、そんなハリベルの怒りの理由はさておき、三人はそのままハリベルの前で正座をさせられる、反論は一切認めない、というハリベルの気配を察知したのか物凄い速さで正座する三人、そしてそこから始まるのは説教だった。

制止を無視したことの叱責から始まり、私闘の愚かさ、従属官のあり方へと話は続き、更には日頃の三人の小競り合いへの叱り、生活態度への指摘、それぞれの戦い方の欠点、そしてそもそも戦士というものはというハリベルの戦士論まで、その説教はそれこそ三人の争い以上に延々と続いた。
ようやく説教が終わり半ばぐったりとした三人、しかし、ハリベルのお仕置きはまだ始まったばかりだった。
そのまま彼女達の性根を叩き直さんと、後に彼女達に”地獄”とまで言わせた特訓が開始されたのだ。
まずは腕立て、腹筋、スクワットなどの筋力トレーニングを各500×10セット、その後斬魄刀素振り10000回、響転による1kmダッシュ20本、霊圧解放状態の維持等など多くのメニューを漸く終え、息も絶え絶えに倒れ臥す3人に、ハリベルの死刑宣告が告げられる。

「では最後に、『虚夜宮(ラス・ノーチェス)外周部を1周』して終わりとする。」


その言葉に愕然とする三人。
今彼女たちが居る砂漠、青空の下の砂漠、しかしそこは”屋内”なのだ。
虚夜宮という言い表す言葉がないほど巨大な建造物の中、それが彼女たちの居る砂漠なのだ。
その虚夜宮の外周を回るなどどれほど時間がかかるか分からない、しかし彼女達の目の前でそれを告げた人物の眼は、明らかに本気の眼だった。
そして彼女達は数日を掛けてそれを達成し、今この空間で動けないほど疲弊し、未だ続く剣戟の光を見ているのだ。




「なぁ・・・・・・」


そんな3人のうち、仰向けでいるアパッチが他の二人に声をかける。
しかしそのアパッチの声にすら、反応するのが面倒なのかミラ・ローズもスンスンも無言だった。

「なぁってばよ!」

「なんだよ、ウルセェな・・・・・・」 「なんなんですの・・・・・・」


それでも二人に声をかけるアパッチに、ミラ・ローズとスンスンは面倒そうに答える。
それもしょうがないと言えよう、地獄の特訓が漸く終わったかと思えばハリベルにこの第3宮の『練武場(フォルティフィカール・ルガール)』に連れて来られ、休息もないまま件の剣戟を見せられているのだ。
見ながらも少しでも休みたい、というのが三人の共通の認識だろう。
それでも声を掛けたアパッチ、それには彼女なりの理由があった。

「アイツ・・・・・・・・・・・・ 本当に強いのか?」

「「・・・・・・・・・・・・」」


アパッチのその問に二人は無言だった。
それは他の二人も口に出さないまでも思っていたこと、目の前で繰り広げられる剣戟、それを行っているのは片方はもちろんこの第3宮の主ハリベル、そしてもう片方は破面No.12 グリムジョー・ジャガージャックと引き分けたとされる破面、金色の髪と紅い瞳の少年、フェルナンド・アルディエンデだった。
それぞれの斬魄刀を抜き放ち、刃を交える二人、響く音と飛び散る火花からその一撃には強烈な力が込められているのが分かる。
しかし、アパッチをはじめとした三人は、今まさにその斬魄刀を振り被り、ハリベルへと叩きつけるフェルナンドの姿を見て思っていた。

あの破面は本当に強いのか、と。

彼女達から見ても、その体躯の何処からそれ程の力が出るのかというほど、フェルナンドの刃には力が乗っていた。
攻めるフェルナンドと受けるハリベル、ハリベルが自ら受けに回っているというのが正しい表現だが、それは今然程関係のないことだった。
フェルナンドの放つ一撃はそれこそその全てが、必殺の一撃、と言って過言ではないほどの威力を有している、有してはいるのだが、彼女達から見れば”それだけ”なのだ。

ハリベルの配下という事もあり、彼女達はそれなりに刀の扱いに長けている。
それぞれ得物は違っても、その根底たるものは皆同じ、故に判るのだ、フェルナンドが刀を扱っている、とは言いがたいという事を。
今のフェルナンドは、ただ力任せに刀を振り回し、相手に叩きつけているだけに過ぎなかった。
斬魄刀を手に入れ日が浅いという事を差し引いてもあまりにも粗野、言ってしまえば今のフェルナンドは、その手に握るのが刀であろうが、ただの棒切れであろうが変わらない戦い方をしているのだ。

故に彼女達は思ってしまうのだ。
本当にこの破面は強いのか、本当にこの破面はグリムジョーと引き分けたのか、そして本当にこの破面は自分達の主、ティア・ハリベルが鍛える価値がある存在なのか、と。
そう彼女達に思わせてしまうほど、フェルナンドの振るう刀には”才”というものが感じられなかった。


――――――――


従属官である彼女達にすら見抜けるフェルナンドの”才”の無さ、それがその主たるハリベルに見抜けないはずも無かった。
初撃、彼女の刀とフェルナンドの刀がぶつかり合った瞬間、彼女は既にフェルナンドに”刀の才”が無いことを見抜いていた。
初めて彼方を握り、初めて刀を振るう、そんな初心者とも言うべき状態の者の振るう刀の一撃で、その”才”の有り無しを判断できるものなのか疑問は残る。
しかし、何事にも“才”のある者は”煌く”のだ。
まるでそうする事が当然といった風で、何十年、何百年、と先人が積み重ねてきた工程を吸収し、昇華する。
知らぬはずの事を昔から知っているかのように行える、それは刀の扱いであったり、太刀筋であったり、間合いであったりといった、長年の経験の上で身につくもの、それを”才”というものは一足飛びで吸収していく。

だがしかし、ハリベルはその”才の煌き”をフェルナンドの刃に見出す事はできなかった。
ハリベルから見るフェルナンドの振るう刃はあまりにも無骨、しかしそれは刀に振り回されている、というわけではない。
己の意思でその刀を振るい、その上で尚その刀は無骨極まりないのだ。
その刀は鍛えればある程度の強さにはなる、しかし、その全てが二流止まり、超一流との戦いにおいて、”刀”を用いた戦闘でフェルナンドが勝利できる可能性は皆無であろうと、ハリベルは見ていた。

「・・・・・・フェルナンド、お前に刀の才能は無いな・・・・・・」


フェルナンドが大きく振り被り、力任せに振り下ろした刀をハリベルが弾く。
それにより後方へと飛ばされるフェルナンド、フェルナンドが着地し、距離が開いたところでハリベルが切り出す。
才能が無いという一言、それは今まさに力を、彼の者に己を刻み付けんが為の力を欲するフェルナンドには、残酷とも言える宣言だったかもしれない。
しかし、ハリベルはあえてそれを口にし、フェルナンドにそれを告げる。
それがフェルナンドの今後を考えたとき最も合理的な選択である、刀に固執する事無く、刀の才無き者なりの戦いを早くから考える事の方が後の飛躍へと繋がると彼女は考えたからだ。
対してフェルナンドはそんなハリベルの宣言に特に顔色を変える事も無く、その手に持った刀を二、三回軽く振るとそのまま鞘へと納めてしまった。

「ま、そうだろうな・・・・・・ コイツを握った瞬間にそんな事はわかってたんだ。俺に刀(コイツ)を扱う才は無ェ、力任せに振ってはみたが、俺はアンタの太刀筋を見ちまってるからな・・・・・・ヒデェもんだぜ、我ながらよぉ。」


さすがに才が無いなどと言われれば、如何なフェルナンドといえども落ち込むか、怒るかと思っていたハリベルに返って来たのは、余りにもあっさりとしたフェルナンドの対応だった。
ハリベルはその対応の仕方に眉をひそめる。


先日、一度目を覚ましてから再び眠りに付いたフェルナンドは、順調すぎる程順調に回復し、自らが特訓を課していた彼女の従属官の帰還と時を同じくして、この練武場で初めて刀を合わせるはこびとなった。
刀を合わせる前、フェルナンドからは先日のような無気力感や惚けている様な気配は既に感じず、どうにか壁を乗り越えたものと思っていたハリベル。
しかし今、自らの”才”の無さを思い知ったフェルナンドが纏う気配が、何処と無く先日のものと似通っている、そう感じたハリベルに一抹の不安がよぎる。
乗り越えたものと思っていたフェルナンドの抱える”畏れ”、考えてみればそれはそう簡単にそれが乗り越えられるはずのものでもなく、安易にそう判断した自分をハリベルは悔いた。

「フェルナンド・・・・・・ 」


なんと声を掛けていいか判らない。
そんな感情が、零れた言葉からありありと伺えるようなハリベルの声。
だがフェルナンドはそれすらもあっさりと吹き飛ばした。

「あぁん? 何だよハリベルその顔は。 別に俺は落ち込んでなんかいねぇぞ?刀(コイツ)をうまい事使ってやれないのは悔しいが、別に刀(コイツ)だけが戦いの手段ってぇ訳でもねぇだろうが。それによ・・・・・・ 俺にはまだ”コイツ”が残ってる。」


どこか沈んだ様子のハリベルの顔を見たフェルナンドは、ガシガシと頭を掻きながら、おそらくハリベルが考えているであろう事を否定した。
本当にフェルナンドは落ち込んでいる訳ではなかったのだ。
彼の中でグリムジョーに対する”畏れ”についてはとっくに整理がついていた。
それは何も難しく考える必要など無い事だった、力が届かない、力が示せないのならば強くなればいいのだと。
貪欲に力を求め、業を磨き、その上でグリムジョーの前に立ち、刻み付ければいいだけの話なのだと。
悩みなどというものは意外と簡単に晴れてしまうもの、そして晴れてしまえば後は進むだけの事なのだ。

ハリベルにフェルナンドがどこか沈んでいるように見えた訳は、彼が言ったとおり『刀をうまく使ってやる事ができなかった』という事が理由だった。
刀の柄に手を置くようにして、そう語ったフェルナンド。
己の分身たるこの刀には何一つの非は無い、それを扱い、その刀剣としての力を十二分に発揮してやる事ができない自分、それが悔しいと、使いこなしてやる事ができない自分の非才が悔やまれると、フェルナンドはそう言ったのだ。

その吹っ切れた態度、そして己の非才を嘆かないフェルナンドの態度に驚くハリベル。
そうして驚いているハリベルへと向けられたモノ。
刀だけが戦いの手段ではないと、そして何より自分にはコレがあるとハリベルに示すように、強く握られたそれがハリベルに向けられる。
それはフェルナンドが破面化してから積み上げてきたものが宿るモノ、何十体もの破面を打ち倒してて来た彼の武器。

ハリベルに向けられたそれは”拳”

何千、いや何万と振り貫き、鍛え上げたそれ、未だ道半ばであるそれ、しかしフェルナンドという破面を語る上で既に重要な因子と成りつつあるそれ。
数々の数字持ちを打ち倒し、あのグリムジョーにすら届いたその拳は、明らかに”煌き”を放っていた。

たしかに”刀を極める”という才能は、フェルナンドにはないのかもしれない。
しかし、それを補って有り余る才能が、”無手を極める”という才能がフェルナンドにはあるのだ。
フェルナンド自身どこかでそれを自覚している。
己の積み上げてきたものの宿る拳は、それだけで信頼に足る彼だけの武器、それがある故にフェルナンドは、自身の”刀の才”の無さに嘆く事はなかったのだ。

(杞憂だったか、まったく・・・・・・ お前には驚かされてばかりだ、フェルナンド。確かにお前の”拳(ソレ)”は、煌きに満ちているよ・・・・・・)


自信に溢れ、拳を突き出すフェルナンドの姿に、ハリベルは自身の不安が杞憂だった事を悟り、安堵した。
フェルナンドの”畏れ”ていることは、グリムジョーに自身を認めさせることが出来ず、また、落胆させてしまったのではないかという畏れ。
ソレを克服するには強くなるしかない、そうする事でしかその畏れを断ち切る術はないのだ。
ハリベルが言わずともフェルナンドはソレを理解していた。
そして自ら強くなる為の道を見つけ出していたのだ。

「・・・・・・ なんだよ、ヘコんだかと思えばニヤつきやがって・・・・・・まぁいい、仕切りなおしだ。こっからが本番だぜ?」

「いいだろう。 私もお前の業がどれほどのものか、興味があった。来い、フェルナンド。」


沈んだかと思えば直ぐに和らいだハリベルの表情に、逆にフェルナンドの方が怪訝な表情になる。
観察眼とでも言えばいいのか、ハリベルの目元と雰囲気のみで、彼女の感情を大まかに読み取るフェルナンド。
そして刀を納めた状態で、戦いを再開しようというフェルナンドに、ハリベルはそれを受けて立った。
元々彼女もフェルナンドの業に興味があったのだ。
上空、第3者の視点から見ていても、フェルナンドの業は奇抜なものだった。
機先を制するという点では抜きん出ているそれ、第3者の視点だからこそ理解できた部分もあり、それがもし当事者として、いや、業を受ける側としてその場に立っていたならば、自分はどれほど対応できるのか、ハリベルはそれが知りたくなってしまったのだ。

「ハッ、じゃぁ遠慮なくいくぜぇぇえぇぇっと、なんだぁ!?」


間合いを詰め、今まさに飛び掛らんとしたフェルナンドを驚きが襲う。
腰に挿した彼の斬魄刀、それが突然光を放ったのだ。
フェルナンドの霊圧度同じ紅い光、斬魄刀を包み込むようなその光が収まると、そこには形が変化した彼の斬魄刀が在った。
今までごく一般的な刀の形をしていたフェルナンドの斬魄刀、しかし紅い光に包まれ、再び彼の眼に入ったそれは”刀”と呼ぶには少々形が違いすぎていた。
前と同じなのは白い鞘と紅い柄の拵えのみ、その長さは刀というよりは脇差に近くなり、鍔は無く、柄尻に紐が通る程の穴が開いていた。
刀身の幅も広くなり”刀”というよりは、どちらかといえば”鉈”に近い形状へと変化していた。
刀よりも総じて小型になったフェルナンドの斬魄刀、しかし突然に現れたその変化、それをハリベルは冷静に説明した。

「フェルナンド、その斬魄刀の変化は珍しいものではない。死神のそれとは違い、我々破面の斬魄刀の形状は画一的なモノではないのだ。その持ち主の最も得意とする戦闘の型、元あった力の象徴などその形は千差万別、お前の斬魄刀の変化、お前ならばその意図がわかるはずだ。」


破面の斬魄刀は、必ずしも”刀”としての形を保っているわけではない。
ハリベルの持つ斬魄刀でさえ、非常に幅広で、更にその中心部は空洞になっている。
刀剣という分類に収まらないものも多々あるのだ、それは破面ごとの戦闘方法、破面化前の力の象徴、精神の具現化などによる斬魄刀の変化が原因としてあった。
それが今、フェルナンドの斬魄刀に起こった現象、その変化が意味するもの、フェルナンドはいち早くそれを理解すると、ニッと嗤う。

「さすがに俺の分身だ、良く分かってる。 コレなら動き回っても邪魔にならねぇ。」


そう言うとフェルナンドは、腰の横に挿してあった刀をそのまま腰の後ろへと移し、二三度その柄尻を軽く叩く。
拳、そして脚、武器を持たず無手による戦闘を選択したフェルナンドにとって、嵩張り、動きを阻害する恐れのある刀は邪魔にしかならなかった。
その点、今の斬魄刀の形状は刀と比べ小型である事から、無手による戦闘に対する支障は軽減されたと言っていいだろう。
フェルナンドに合わせた斬魄刀の変化、彼にとってそれは利に働いていた。

「さて、刀(コイツ)もいい具合になった所ではじめるか?ハリベルよぉ」

「私の準備は既に出来ている。 いつでも掛かって来るがいい。」

「ハッ、上等ォォォオオ!!」


気勢を上げ、フェルナンドがハリベルの下へと駆ける。
両の拳を握り締め、その”才の煌き”を握り締め、それを見せ付けんとハリベルに迫る。
そして待ち構えるハリベルもまた、フェルナンドの”才の煌き”がどれ程のものか、その身をもって確かめんとしていた。


――――――――


「なぁ!」

「「・・・・・・・・・・・・」」

「なぁっていってんだろ!」

「「うるさい!」ですわ!」


興奮した様子で声を上げるのはアパッチ、それをミラ・ローズとスンスンが同時に黙らせる。
その様子は先程の無言でいた時と違い、アパッチ同様どこか興奮しているようだった。

アパッチら三人は先程の体勢のまま動かず、というより動けずにフェルナンドとハリベルの戦いを見続けていた。
先程フェルナンドの太刀筋等から、彼の強さに疑問を持ったアパッチの問に、ミラ・ローズとスンスンは答えなかった。
それは判断に困ったが故の無言、その刀捌き、太刀筋、間合い、どれをとってもフェルナンドに強者たる資質を、彼女達二人は見つけられなかった。
だが、彼女達が判断に踏み切れなかった理由、それは他ならぬハリベルの存在、主ハリベルがその手で鍛えると言った者が本当にこの程度なのか、その思いが彼女達二人に判断を留まらせていた。
それはアパッチも同じ事で、自分では判断のつかない事に二人の意見を聞いてみようとしたが、返って来たのは無言、結果判断は保留という形で戦いの行方を傍観する事となっていた。

その意思の保留状態が急激に変化したのは先程。
フェルナンドがその刀を鞘に納め、更にその刀が変化した頃からだった。
三人はフェルナンドが刀を納めた時点で、彼が戦う事を諦めたと考えていた。
”非才”そのあまりにどうしようもない事実が、彼に戦いを続ける事を諦めさせたのだ、と。

しかし現実は違っていた。
刀を納めながらも三人に伝わってくるフェルナンドの闘志に、些かの揺らぎも無かったのだ。
訝しむ様にフェルナンドを見る三人、そしてその三人の眼に映るのは拳を突き出したフェルナンドの姿だった。
それは如何なる事か、三人にはフェルナンドが、ハリベルに対して拳で挑むと宣言しているように見えた。
だがそれは余りに愚かな事、実力の遥かに上、そしてその手に刀を握る彼女たちの主ハリベルに対して、格下であるフェルナンドが無手で挑む、それを愚かと呼ばずしてなんと言おうか。
だが彼女達が愚行と称するそれは、紅き光の発現により現実のものとなった。
光に包まれたフェルナンドの斬魄刀、そしてその刀を挿し直すとフェルナンドはハリベル目掛け一直線に駆け出したのだ。


そして今、彼女たちの目の前で繰り広げられる戦い。
それは彼女達三人の予想を覆す光景だった。
その手に持った刀を振るうハリベル、その太刀筋は一言で言えば”流麗”、流れる水の如きその切っ先は止まる事無く、舞うが如き刀捌きで迫るフェルナンドを迎え撃つ。
対するフェルナンドは無手、迫り来るハリベルの刀をまさに紙一重で避わし、隙あらば懐に飛び込み拳を、蹴りを繰り出す様はまさに”猛火”。
相容れぬ性質が産み出す二人の激しい戦い、そして際立つのはフェルナンドの存在だった。

刀を持っていた時とはまるで別人、武器を手放して強くなるという理不尽が、彼女達の目の前で戦っていた。
振るわれる拳は未だどこか無骨さを残してはいるが、明らかに生きた拳、刀の非才とは比べ物にならない才能、それが宿る拳だった。
主たるハリベルに無手で挑み、尚対等に戦っている、振り下ろされる刀にその身を曝しながらも一歩も引かない姿勢、それは明らかな”強さの証明”、一瞬たりとも目を離せないその戦い、どこか興奮した様子でその戦いを見る3人の中ではすでに、フェルナンドという破面は”強者である”という評価が下されていた。

「うぉっしゃぁぁあああ!!」


食い入るように戦いを見ていた三人のうち、アパッチが突然大声を上げる。
仰向けだった体を勢い良く跳ね上げ、白い石材の上に立ち上がると、両手をあげて気合の叫びを上げた。
そしてその眼は大きく開かれ、爛々と輝いていた。

「ど、どうしたのさ、アパッチ。」

「かわいそうに・・・・・・ 遂におかしくなってしまったのね・・・・・・」


いきなりの事に驚くミラ・ローズと、アパッチがおかしくなってしまったと、ワザとらしく涙を拭うフリをしながら語るスンスン。
そんな二人にアパッチは興奮冷めやらぬといった風で捲くし立てる。

「うるせぇよ、 スンスン! 決まってんだろ、アイツと戦いに行くのさ!アイツ強ぇよ! アイツと戦えばきっとあたしももっと強くなれる!強くなるには強いヤツとやり合うのが一番だろ?だからアイツと戦うのさ!あんたたちはそこであたしが強くなるのをボケッと見てな!」


そう言って戦う二人の方へと駆け出すアパッチ。
それを後ろから見ていたミラ・ローズとスンスンだが、抜け駆けはさせないと慌ててその後を追っていった。

フェルナンドとハリベル、二人の戦いはアパッチら三人が乱入する形で幕を閉じた。
いきなり戦いに乱入してきた三人を怪訝に見つめるフェルナンドと、それを叱るハリベル。
叱られて尚フェルナンドと戦いたいという三人、それを困り顔で見つめるハリベルと、あっさりそれを了承するフェルナンド。
では誰からはじめるかと決めようとすれば、我が我がと例の如く三人が揉め始め、それを見ていたハリベルが、仕置きが足りなかったかと特訓の追加を決め、項垂れる三人。
面倒だからまとめて掛かって来いと三人に言うフェルナンドと、その言葉に意気を増した三人の戦いが始まる。

行っているのは手加減無しの戦い、互いが全力でぶつかり合い、その強さに磨きをかける。

男一人と、女四人、戦う事で互いを認め合う、そんな第3宮の日常がそこの日からはじまっていた。










暴虐の嵐

理由等無く

答え等無く

ただ理不尽に

蹂躙す










※あとがき

まったくそう見えない日常編。
今回の話のキーは

『いかにしてフェルナンドに刀を|持たせないか(・・・・・・)』です。
無手で戦うフェルナンド、しかし破面は斬魄刀を持つ
刀があるのに使わないとはコレ如何に?ということで彼の才ダネを切りましたw
ついでに悪乗りで刀を変化させたw
だって陸奥ならコレじゃないとね~
後悔?ないよ?・・・・・・・・・・・・たぶん、きっと、おそらく。

刀の変化云々は独自設定です。
地獄の特訓メニューはこれじゃぁ軽すぎるかな?
破面の体力の基準が分からん・・・・・・













[18582] BLEACH El fuego no se apaga.19
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/10/16 20:23
BLEACH El fuego no se apaga.19










「ゲヒャ、ゲヒャヒャ、ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」


破壊された床や柱、辺り一面に耳障りな笑い声が響く。
その声に滲むのは喜色と愉悦、他の感情など皆無、心底愉しくて、可笑しくて仕方が無いといったその嗤い声。
天を仰ぐようにして笑う声の主、その大きな笑い声は辺りに反響し、更に大きくその場を支配する。
そうして嗤う声の主の足元には、倒れ臥す人影が三体。
そしてその人影は、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの三人だった・・・・・・







『十刃(エスパーダ)』

虚夜宮に居る全ての破面の中ならたった十体、彼らの主であり創造主たる男、藍染惣右介によって選ばれた精鋭中の精鋭。
たった十しかないその席は、彼らにとっては狭き門の先にあるその席、だがその席に至るための選出方法は極めて単純で、しかしその方法は彼ら破面ならば、いや彼らが破面だからこそ、その誰もが納得する理由があった。

”殺戮能力の高さ”

それだけ、ただそれだけが十刃になるための条件、生きた年月、人格、序列の高さ、そんなものは二の次どころか三の次、必要なのはその余りにも単純な一つ、しかしその一つは彼ら破面にとって何よりも優先され、何よりも意味を持つ絶対の真理だった。

そうして選ばれた十体の破面、No.0からNo.9までの数字を与えられた彼らには、それぞれに司る『死の形』があった。
人間が死にいたる要因、それが『死の形』、十刃一体につき一つ、その十刃の能力、思想、存在理由でもあるそれ。
その十刃の全てがそれに内包されている、といって過言ではないその形、それは彼らを表す言葉であると同時に、人間がどう足掻こうとも逃れる事のできない、不可避の終わりそのものだった。

『老い』、『犠牲』、『虚無』、『諦観』、『野心』、『陶酔』、『絶望』、『強欲』、『憤怒』

人間が避けて通る事のできない事象達、それを内包する十刃。
そして最後に残った『死の形』、それに対応する十刃は、未だ狂ったように笑い声を上げ続けるその声の主だった。






「これは・・・・・・ 一体何があったというのだ・・・・・・」


ハリベルがその巨大な広間『玉座の間(ドゥランテ・エンペラドル)』に入った瞬間目にしたのは、倒れ臥す己の従属官の姿だった。
十刃、そして藍染のみが参加する衆議、定期的に行われるそれに出席するため、ハリベルは一人で行動していた。
その衆議の後、藍染自らが十刃以下の破面への指示等を伝えるため、玉座の間へと他の破面は集まる手はずになっており、彼女の従属官であるアパッチ、ミラ・ローズ、スンスン、そして何故かフェルナンドも一足先に玉座の間へと移動していたはずだった。
アパッチ達の乱入により中断となった手合わせより、数ヶ月の時が経っていた。
あの後もフェルナンドとハリベルの三人の従属官はよく手合わせをし、その度にフェルナンドに倒され、アパッチなどが大声で悔しがるのが第3宮の常の風景となっていた。

だが今、その常の風景とは似ても似つかぬ光景、目の前の玉座の間に広がる惨状、それを見た彼女を困惑が支配する。
その場には他にも多くの破面がいた、その中で何故自分の従属官が傷つき倒れているのか、どのような経緯を辿れば今、目の前にある光景へと繋がるのか、理解、そして思考の外であるその光景に、ハリベルは立ち尽くしていた。

「よう・・・・・・ 随分と遅かったじゃねぇかよ。」


そうして立ち尽くす彼女に、少し高い位置から声がかかる。
声の主は腰の後ろに鉈のような斬魄刀を挿した、金髪と紅い眼の少年、フェルナンドであった。
フェルナンドはハリベルの方へ視線を向ける事無く、倒れ臥すアパッチら三人から視線を外さずに、ハリベルに話しかける。
円柱状の構造物が立ち並ぶ一角に陣取ったフェルナンドは、その上で胡坐をかき、頬杖をつくようにして三人のいる広間の中心を見ていた。

「フェルナンド、何なのだこれは!? あの娘達に一体何が・・・・・・」


どこか取り乱した様子で、フェルナンドの隣へとハリベルが響転をつかい一瞬で移動する。
その常の彼女らしからぬ様子が、彼女の動揺を如実に物語っているようだった。
そんなハリベルの様子を横目で確認したフェルナンドは、また直ぐ視線を戻し、簡潔に、そしてありのままの状況を説明した。

「何の事はねェよ。 アイツ等が三人がかりであのデブに飛び掛って返り討ちにあった・・・それだけの事さ。」

「なん・・・だと・・・・・・!?」


フェルナンドの淡々としたその言葉、それが簡潔にハリベルの耳に状況を伝える。
彼女の耳にはアパッチらが自分から飛び掛ったと聞こえた、ただそれだけの事だ、と。
ならば一体彼女達は誰に飛び掛ったのか、ハリベルの視線がもう一度地に臥す彼女達の方へと向けられる。
地に伏す彼女の従属官、そしてその倒れる三人の中心辺りにその人影は立っていた。
何故今まで聞こえなかったのか、辺りに響く醜悪で耳障りな嗤い声、その発生源は彼女の視線の先、つまりはその人影だった。
そしてその人影を確認したハリベルの瞳が、驚愕で大きく開かれる。

「何故だ・・・・・・ 何故ヤツがここに居る・・・・・・」


ハリベルから言葉が零れ落ちる。
それは否定の感情を含む言葉、今彼女の視線の先には、居るはずの無い者が映っていたのだ。

「なんだよ、お前あのデブの事知ってるのかよ。」


相変わらずハリベルの方へと視線を向けず、フェルナンドがハリベルに問う。
ハリベルが零した言葉から、彼女が件の者の事を多少なりとも知っているとみたのだろう、そしてその問にハリベルが答える。

「ヤツは・・・・・・ ヤツの名はネロ。 ネロ・マグリノ・クリーメン・・・・・・破面No.『2』 第2十刃(ゼクンダ・エスパーダ)だ・・・・・・」


その人影の名をハリベルは苦々しく口にする。
その者の名はネロ・マグリノ・クリーメン、破面No.2 そして第2十刃であるとハリベルは言った。

その人影、ネロと呼ばれた破面はとにかく大きかった。
身長はゆうに2mを超え、肥大したかのようなその身体は、異常に隆起した筋肉、そして脂肪に覆われており、重鈍な印象を見る者に与えていた。
白い死覇装は上半身全てを覆うことは出来ず、腕から肩口の辺りまでで一杯、そして胸の中心にはその身体にみあった大きな孔が開いている。
髪、そして瞳の色は緋色、長く伸びたそれは手入れなど皆無なのであろう、逆立ち、まるで獅子の鬣のように後ろに撫で付けられ、背の中程まで伸び。
恐竜の下顎を模したかのような仮面の名残が首から垂れ下がっていた。
右頬から額にまで至るように、二本の線が交差しながら菱形を作った紫色の仮面紋が奔り、そして己以外の全てを見下しているかのようなその緋色の瞳が、喜色に彩られながらアパッチ等を見下ろしていた。

「アレが、ねぇ・・・・・・ それで? 何であのデブがここに居るのをそんなに驚く。十刃なんだろ?アレ。」


相変わらず頬杖をつきながらフェルナンドがハリベルに問いかける。
十刃だというのなら、この玉座の間に居てもなんら疑問など無いのではないか、と。
衆議に出ていなかった、などという些細な事でハリベルがあれほど驚くはずも無いと、フェルナンドは考えたのだ。

「ヤツは・・・・・・ そもそも自分の宮殿から出てくること自体稀なのだ。何があろうと、それこそ藍染様がお越しになられていようとヤツには関係無い。自分以外の他者の存在などヤツにとっては塵芥も同じなのだ。自分の思い通りにならない事などヤツには存在しない、思い通りにならなければそうなる様にしてしまうのだ、力ずくで・・・な。・・・そして忌々しい事に、そうできるだけの力がヤツにはあるのだ。」


フェルナンドの問にハリベルは先程と同じ苦々しい口調、表情のまま答えた。
その声には明らかに嫌悪が混ざる、それはハリベルと、ネロという破面が永劫相容れぬ存在である事を滲ませていた。
規律、そして戦士としての礼を重んじるハリベル、しかしネロは違っていた。
規律も礼も何もかもを壊し進む、全て己の思い通り、その他を蹂躙し生きるネロ。
それは真逆、反転の方向性、進む道は決して交わる事のない平行線、ハリベルの語る声にはそれ故に彼女には珍しい他者への明確な嫌悪が含まれていたのだ。





「ゲヒャヒャヒャヒャ!! 弱ェ! 弱すぎるゼ!オラどうした! 立て!この雑魚メスが!さっさと立ってオレ様をもっと愉しませて・・・・・・みせろコラァ!!」


そうしてハリベルがフェルナンドに状況を確認にしている間に、広間の中心で変化が起こる。
醜く耳障りな嗤い声を上げていたネロ、一頻り嗤い終え、今度は倒れ臥す三人に罵声を浴びせる。
しかしその罵声にすら三人は反応しない、いやできないのだ、既に三人の意識は闇へと沈んでいる、だがネロは止まらなかった。
動かない三人を見るや、動かない事が悪いと言わんばかりに、自分を愉しませろと罵りながら丁度目の前に倒れていたミラ・ローズを躊躇無く、そして容赦無く蹴り飛ばしたのだ。
路傍に転がる小石の如く蹴り飛ばされたミラ・ローズは、そのままの勢いで柱に激突し、床に投げ出されるように転がった。

「テメェも! ・・・・・・テメェもだ!オレ様が立てって言ってんだぞ!死んでいようが立ち上がれ! このクズ共が!!」


ミラ・ローズだけでなく、アパッチ、そしてスンスンまでをも容赦無く蹴り飛ばすネロ。
だが決してその蹴りで死んでしまわぬ様に蹴る彼、もっと自分が愉しむために加減しているようだった。
そしてその口から吐き出される言葉は、余りにも理不尽、死して尚立ち上がれ、自分が命じているのだからそれが当たり前だ、と。
その暴虐極まりない振る舞い、その場にいる他の破面は囃し立てるでも止めるでもなくただ無言、目を逸らし、ただその暴虐の嵐が過ぎ去るのを待つのみだった。
しかしそれを攻めるものは誰もいない、何しろ相手は第2十刃、数字持ちと更にそれ以下である彼らにとって万一、いや億に一つの勝ち目もなく、飛び掛ったとて今目の前で繰り広げられる惨劇の、哀れな道化となるのは明白なのだ。



その光景を見て一人、ハリベルは拳を強く握り締める。
眉は険しくなり、襟に、そして仮面に隠されたその下の唇も強く噛締められている事だろう。
何かを必死で堪えているかのようなハリベル、そんな彼女の姿を横で感じ取ったのか、フェルナンドはハリベルに視線を向けぬまま話しかける。

「なんだ? 助けに行かねぇのか? あのままじゃ下手すりゃアイツ等・・・・・・死ぬかもしれないぜ?」


ありのまま、思った事を口にするフェルナンド。
必死で堪えるハリベルに、何故抛って置くのかと、助けに行かないのかと問いかける。
そして最後にこのまま行けば死ぬと、自分の大事な従属官は死んでしまうぞとハリベルに現実を突きつける。

”死”という言葉にハリベルはほんの少し、小さく反応した。
だがそれを何故か無理矢理押えつける、そして戦士としての貌をしたハリベルは、アパッチ等従属官に対して、そしておそらく自分に対しても残酷な一言を口にした。

「あの娘達は自分から手を出した。 相手の力量も測れず、己が力量も弁えず・・・な。その代償があの姿だ・・・・・・ あの娘達が自分で選択した姿だ、私が割って入り、助ける道理が・・・・・・無い・・・・・・」


それはおそらく彼女にとって苦渋の決断だったのだろう。
何よりも、何よりも規律と、そして戦士としての礼、在り方を重んじるが故の決断。
自分から挑んだ戦いならば自分で決着をつけるべきである、ハリベル、そしてフェルナンドにも共通する心構え。
戦士として己の戦いに責任を持つという事、それはハリベルの従属官である三人にも当然言える事であり、故にハリベルは彼女たちを助けないと決断したのだ。

たとえそれが感情というものを押し殺した決断であろうとも。


対してフェルナンドは、そんなハリベルの苦渋の決断にもなんら反応を示さなかった。
相変わらず隣にいるハリベルに視線を向ける事はなく、ただ三人の方だけを見据えているフェルナンド。
そして「そう・・・かよ。」 と小さく呟くと、フェルナンドはゆっくりとその場で立ち上がった。

「ま、お前がそう決めたんなら俺は何にも言わねぇよ。・・・・・・じゃぁ俺はちょっくら行って来るわ。」

そう言うとフェルナンドは円柱の上から飛び降り、アパッチ等のいる方向へと歩き出した。
それを見たハリベルが驚き、慌てた様子でフェルナンドを止める。

「待てフェルナンド、一体何をしに行くというのだ。」

「あぁ? 決まってんだろうが、あの三バカを回収しに行くんだよ。お前が行かねぇって言うんなら、俺が行くしかねぇじゃねぇか。」


制止するハリベルの言葉に、フェルナンドはその場で振り向き、それが当たり前だと言わんばかりの態度で答えた。
”三人を回収しに行く” この状況でそれは”助けに行く” と言っているのと同義だった。
フェルナンドから出たとは思えぬその言葉、他者に対して手を差し伸べるかの如き行為。
その発言に驚きを深めるハリベル、しかし一方でそれは余りに無謀な事、向かう先は暴虐の渦も同然の場所、いかなフェルナンドといえどその渦から逃れる事など出来るはずも無い場所なのだ。

「止めろフェルナンド・・・・・・ 今行けばお前まで殺されかねんぞ・・・・・・」


故にハリベルは止める。
その余りに無謀な行為を止める。
十刃は、それも上位十刃は別次元なのだ、その中でも更に異質な存在に立ち向おうとするフェルナンドのそれは、”勇”ではなく”無謀”だと。
制止の言葉をかけるハリベル、それにフェルナンドは背を向け、そしてまったく別の言葉を返した。

「そういえば一つ言い忘れてた事があったな・・・・・・アイツ等があのデブに飛び掛った理由だけどよ・・・・・・お前だぜ? ハリベル。」

「なに? 一体どういう・・・・・・」

「”淫売”、あのデブはアイツ等の目の前で、お前の事をそう言ったんだ。実力じゃなく身体を使って藍染に取り入った淫売女、ってな・・・・・・それを聴いた瞬間アイツ等ブチキレてヤツに飛び掛ったんだわ。・・・・・・それであのザマさ。」

「なん・・・だと・・・・・・?」


フェルナンドが語るこの事態の根源、始まりは、たった一言の侮蔑の言葉だった。
玉座の間へと突然姿を現した第2十刃たるネロの姿に、辺りにいた破面は困惑、そして戦慄していた。
破面ならば誰もが知っているその異常性、現れた災厄、彼等に緊張が奔っていた。
しかしその緊張など無意味な事だった、ネロは目に付いた破面に次々と難癖をつけては殺していく、それは余りに一方的、弁明の余地無く掻き消えていく破面達、そしてそれを嘲うかのようなネロの姿。
その行為に理由も、そして意味も存在などしていないのだろう、ただその時、殺したいと彼が思ったからそうしているだけ、感情を理性で抑制する、それがこの男には存在していないかのような、その一瞬の感情が先走り続けるような暴虐の振る舞い、しかしそれを止めようとした者がいた。

それがアパッチ等ハリベルの従属官三人だった。
常よりハリベルから戦士としての在り方、そして戦う者への礼というものを教えられた彼女たちにとって、今目の前で行われている一方的な命の搾取は、とても見過ごせるものではなかったのだ。
ハリベルの教えに従い、戦士としてネロの前に立つ三人、そしてネロは彼女達の姿を見て暫し考えたようなそぶりを見せると、口元を歪め、心底可笑しそうに彼女達に言い放った。

「ゲヒャ、メス共、お前等の事知ってるぜ? ”元|第4(クアトロ)”の奴隷だろ?しっかしあのメスもうまくやるもんだゼ、実力が無ぇもんだから無駄に育った身体つかって十刃になっちまうんだからよぉ。えぇ? 今だって藍染の野郎にしな垂れかかって御奉仕中か?とんだ淫売女だぜ、テメェらの御主人様はよぉ!!」


嗤う、愉快そうに、心底愉快そうに耳障りな嗤い声を上げるネロ。
吐き出されたのは侮蔑と嘲笑の言葉、ハリベルを貶めるためだけの言葉、そしてそれを聴いた瞬間彼女達は自らの斬魄刀を手にし、ネロに飛び掛っていた。
自分達のことならばいい、いくら馬鹿にされようが構わない。
だがしかし、コレだけは許せない、許す事ができないと、主たるハリベルを馬鹿にし、貶め、その存在を辱めるようなその言葉だけは許せない、と。
相手が第2十刃だと彼女達は理解していた、その実力が自分達が届かぬほど上である事も理解していた、だが目の前の者は言ってはならぬ事を口にしたのだ、それに対して実力が上だからなどという理由で彼女達は引かない、いや引けない、彼女達の誇り、彼女たちの夢であり、理想であるハリベルを馬鹿にされたまま引く事などできなかったのだ。
彼女達はハリベルが、尋常ではない鍛錬によって今の地位を勝ち取った事を知っている。
メスだがらと卑下され、それでも一歩一歩、力を示し、積み上げた地位だと知っている。
それ故に彼女達は許せない、その言葉は許せなかった。
ハリベルの積み上げた”誇り”に、泥を塗るその言葉が許せなかった。

清廉潔白、高潔なハリベル、その従属官であるという誉、それが彼女達にとっての全てなのだから。

そうして自体は冒頭の結末へと戻る。
怒りに燃えようとも、決死の覚悟を持とうとも、そんな事で埋まるほど彼女等と十刃との溝は狭く、そして浅くないのだ。
無残にも倒れ臥す三人、悔しさと、申し訳ないという思いのまま、彼女達の意識は墜ちていった。





明かされた真相にハリベルは更に強く拳を握る。
掌に爪が食い込み、握った拳から血が滴るほど強く、その拳を握る。
彼女に広がるのは自責の念、またしても自分のせいで彼女の周りに犠牲が生まれた事への後悔。
犠牲なき世界を自分が求めるほどに、犠牲が生まれるという矛盾。
それを生む自らの弱さ、自分が弱いばかりに強いてしまった犠牲、自分を慕い、思ってくれた者が自らの犠牲となってしまう。
ならば自分は一体どうすればいいのか、苦悩がハリベルを苛む。

「別にお前が悩むような事じゃねぇさ。 アイツ等は自分のやりたいこと、通したい筋を通したにすぎねぇ・・・・・・だがよぉ・・・ アイツ等の姿を見て、助けに行かなかったのは頂けねぇな。お前の立場も、心情も分かるさ、だがよぉ・・・アイツ等はお前の『仲間』なんだろ? 目の前で仲間がやられてるのを見て、立場だの心情だの矜持だの、そんなモンは二の次じゃねぇのか?」


自らを責めるハリベルにフェルナンドが投掛けた言葉は、慰めではなかった。
自分の従属官が、それ以上に『仲間』だと言った者が倒れている。
それを見て何故直ぐに助けに行かないと、その姿を目にした時、その場の自分の立場や矜持などというものは関係無いのではないのか、と。
フェルナンドはハリベルに背を向けたまま問い、更に言葉を続ける。

「俺はずっと一人だった。 虚園の砂漠でたった一人殺し合いの螺旋の中にいた・・・・・・だがお前は違う、アイツ等っていう『仲間』がいた。俺はアイツ等とまだ数ヶ月の付き合いだ、だがアイツ等を見て俺にも『仲間』ってモンがどういうものか、ぼんやりとだが判った気がする。アイツ等は何を捨ててでも、それこそテメェの命を懸けてでもお前の”誇り”を守ろうとした。それが『仲間』ってヤツなんだろうな・・・・・・」


たった一人だったフェルナンド、彼が自分以外の存在と、これ程長い間いたのは初めてのことなのだろう。
そうしてフェルナンドがハリベルと三人の間に見たもの、それが彼が初めて見る『仲間』の姿だった。
その朧げな像を語るフェルナンドにハリベルは無言だった。


「勝てねぇなんて事アイツ等だって判ってただろうさ、だがそれでも戦わなきゃいけねぇ時ってもんがあるだろうよ。テメェの譲れねェもんの為に戦わなけりゃいけねぇ時があるだろうがよ。その結果が今のアイツ等の姿だ、俺は負けるのはキライだが、今のアイツ等の姿は悪くねェと思うぜ。それに比べて・・・・・・ 前にお前は俺に誇りで道を誤るのは愚かだと言った。じゃァ今のお前は何だ? テメェを偽ってまで戦士の在り方なんてもんに拘っていやがる・・・・・・くだらねぇな・・・ まったくもって、くだらねェゼ・・・・・・今のお前は、俺が殺す価値もねェよ。」


そう言って歩き出すフェルナンドに、ハリベルは声を掛ける事が出来なかった。

『仲間』

何よりも守ろうと、そのために強く”力”を求めた存在を、彼女は己の矜持のために切り捨てようとしたのだ。
己の矜持の為に、ハリベルは感情を無理矢理に押さえ込んだ。
フェルナンドはそれを「くだらない」、と一言で斬り捨てた。
そして今のハリベルは自分が殺すに値しない存在であると、フェルナンドはその言葉を叩きつけたのだった。

守るべきものはなんなのか、戦士としての矜持か、十刃としての立場か、それとも己の感情か。
ぐるぐるとハリベルの頭を巡る思考の波、何故自分は力を求めたのか、何故自分は誇りを尊ぶのか、何故自分は彼女達を見てすぐさま飛び出せなかったのか、何故、何故、何故、何故、巡る思考は渦を描く、しかしその答えは一向に出ない。

(私は・・・・・・ 私はどうして・・・・・・)


螺旋の思考に埋没するハリベル。
その下向きの螺旋、先に答えはあるのか、もしかしたら答え等無いのかもしれない、そして答えがあるとすればそれはその先でなく、もっと別の場所にあるのかもしれない。
俯くハリベル、そしてフェルナンドは更にその歩を進めていた。





「・・・・・・ なんだぁ? もう終いかよ。奴隷の躾もまともに出来ないのか、あの淫売女は・・・・・・ メスの存在理由なんてモンは!オスをどれだけ愉しませるかって事だけだろうが!木偶(デク)に用はねぇ! 死ね雑魚メス共が!」


相変わらず倒れた三人に罵声を浴びせ続けるネロ。
しかしそれも飽いたのか、その拳を目一杯振り上げ、近くに転がっていたスンスンの頭に振り下ろそうとする。
今までのように愉しむための加減は無く、その頭部を叩き潰すためだけに振るわれるその拳、動かなくなったのならば要らないとばかりにそれを振り下ろさんとするネロ、だが次の瞬間彼のその貌に強い衝撃が奔り、ネロはその手を止めてしまった。

「ようクソデブ。 動かねぇコイツ等とやってもつまらねぇだろ?俺が相手をしてやるからかかって来いよ。」


そうしてネロに声を掛けたのはフェルナンドだった。
身体に辺りを焦がすように燃え盛る紅い霊圧を纏い立つフェルナンド。
スンスンが殺されそうになったその瞬間、フェルナンドは響転によって一気にネロへと近付き、その勢いのまま跳び上がり、全力でネロの頬を蹴り抜いたのだ。
対して蹴られた方のネロは拳を振り上げたまま止まっていた。
そしてゆっくりと空いているほうの手がフェルナンドに蹴られた頬へと伸びる。
二三度頬を触ったネロは、振り上げていたほうの拳を下ろし、両手を下げた状態で、沈黙していた。

(チッ、クソが・・・・・・ 霊圧解放して蹴ったってのにまったく効いてねぇ・・・・・・こりゃ厳しいかもしれねぇな・・・・・・)


沈黙するネロを尻目にフェルナンドは内心舌打ちをする。
攻撃の瞬間、フェルナンドは己の霊圧を全開にして攻撃していた。
フェルナンドにとって霊圧解放は諸刃の剣、強すぎる霊圧と、逆に不完全な肉体、肉体は自身の霊圧に耐え切れず自らの身体にも牙を剥くのだ。
それでもフェルナンドは霊圧を解放して攻撃した、それは今までフェルナンドが冷静にアパッチ等がネロと戦う姿を見て、そして彼女等を嬲り続けるネロを見て出た結論、霊圧を解放せねば自分の攻撃は届かないという結論故だった。
しかしその結論故の攻撃も、さしてネロにダメージを与えた風でもなく、フェルナンドはこれからの戦いが厳しいものになると確信していた。

フェルナンドが内心で覚悟を決めている間に広間に変化が起こっていた。
ネロが暴れ、砕いた床や柱の欠片が弾けだしたのだ。
ネロを中心に広がるそれ、そして沈黙していたネロが不気味に呟きだす。

「蹴った? このオレ様を? このオレ様が蹴られたのか?あんな小蠅に? ・・・・・・・・・・・・ 許せねェ・・・・・・許せるはずがねぇ・・・ いや、許されねェ、許される筈がねェェェェェェエエエエ!!!!!」


突然の咆哮と共にネロの莫大な霊圧が爆発する。
それはネロを中心に、その周りのものを吹き飛ばすほどの圧力をもっていた。
それにより壁際まで吹き飛ばされるアパッチ等三人と、その場で何とか耐えるフェルナンド。

「小蠅が!! テメェ如きゴミムシがこのオレ様に触れただと?許されねェ!! オレ様は”神”だ! テメェ等如きカスは!このオレ様が許しているから生きていられる!そのカスがオレ様に触れたどころか蹴っただと?大罪だ! 大逆だ! 死んで詫びる事すら許されねェ!!いや、カスの存在そのものが許されねェ!ここに居るカス総てが同罪だ! テメェを殺したら他も全て皆殺しだ! ”神”に逆らった罰を受けろ!カス共がァァァああ!!!」


咆哮、その異常とも言える自尊心により自らを”神”と称するネロ。
他の破面の存在すら自分が許しているから存在できている、と豪語する彼。
自らの力を、そして存在を絶対と信じて疑わない精神、しかしその異常な自尊心と歪んだ精神には歯止めが無く、際限なく加速した彼は、遂にはフェルナンドのみならず、この場にいる破面全ての抹殺、という余りに理不尽な答えを導き出した。

その言葉で玉座の間は恐慌状態へ陥った。
我先にと逃げ出す破面達、出口に殺到する彼らの姿はまさに必死、しかしそれもそのはず、彼等が如何に戦いに生きる生物だとしても、やはり死にたくないのだから。
そうして玉座の間に残ったのは、ネロとフェルナンドを除き十数体となっていた。
未だその中心で霊圧を噴出し、叫び続ける男。

彼の名は破面No.2 『ネロ・マグリノ・クリーメン』、藍染惣右介の第2の剣であり、十刃の第二位、第2十刃(ゼクンダ・エスパーダ)に座す者、そしてその彼が司る死の形、人が避けえぬその形、彼を表すその形、それは

『暴走』










暴虐の嵐
総てを呑み込む

埋没する女神
答えは何処か・・・・・・







※あとがき

何とか今週中に投稿できました。

そして今回登場したのがアンケートを元に作ってみたキャラ「ネロ」です。
うわぁ~何コイツ? と思っていただければある意味狙い通りです。
現状は見た目、性格も劣化版ヤミーな感もありますが、今後違いを出せればと思います。
協力して頂いた皆様感謝です。

司る死の形ですが、ネロは『暴走』、ドルドーニが『野心』です。
ドルドーニはさておき、ネロのほうは表現できていたでしょうか?








[18582] BLEACH El fuego no se apaga.20
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/10/22 00:39
BLEACH El fuego no se apaga.20










”暴力”、まさにそうとしか表現出来ない程の霊圧の暴風、虚夜宮『玉座の間』に、それは吹き荒れていた。
その発生源は広間の中心で叫び、喚き散らす巨大な人影、ネロ・マグリノ・クリーメン。
頬を蹴られた、いや、触られたというそれだけの出来事が、この暴力的なまでの霊圧の渦を作り出していた。

その霊圧の中心から少し離れた位置、広間の中に在って円柱状の構造物が立ち並ぶ場所、ネロの霊圧解放により崩れたその場所に未だ立ち尽くすハリベルの姿があった。
ネロに挑みかかった事により、返り討ちにされ倒れた彼女の従属官、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスン。
その三人を、己の従属官である三人を見殺しにしてしまうところだった彼女、その事実が彼女を苛み続けていた。
そしてフェルナンドに突きつけられた言葉、「仲間がやられているのに何故直ぐ飛び出さなかったのか」という言葉が、彼女の思考の中で広がり、彼女を思考の海に埋没させていった。

(何故私はあの娘達を見殺しにするようなことを・・・・・・そんな事が許される筈が無い・・・・・・ では何故だ?・・・私は”力”を求めた、”力を”求めそれを示し、十刃の座まで上り詰めた・・・・・・それに私は固執したというのか? 立場に、責に固執するあまりあの娘達を犠牲にしてしまったのか?求めた”力”が、示した”力”が私を縛るというのか・・・・・・ならば・・・ ならば私が”力”を求めた事自体が間違いだったというのか・・・・・・・・・)


ハリベルはひたすら自問を繰り返す。
理解しがたい己の行動、その理解できない行動を理解しようとひたすら思考し、自問した。
結果としてアパッチ等従属官達を見殺しにするところだったハリベル、それがそもそもの間違いであるのは言うまでも無かった。
では何故そうなってしまったのか、今ハリベルにその答えは無く、ただ繰り返される自問は己への呪いと化す。
負の思考連鎖、考えれば考えるほどに深みに嵌るそれ。

ハリベルは自問する、自分は何故”力”を求めたのかと、求めたのは自身の理想の為、そして自分はそれを手に入れたと、辛酸を舐め、傷つき倒れながらも”力”を手にしたと。
そしてその”力”に見合う立場を得、そしてその立場に、そして責任に恥じぬ振る舞いをしてきた、と。
しかし現実に目の前に広がった光景、傷つき倒れ臥すのは己の従属官、それはまさしく彼女に再びの理想の崩壊を告げる光景だった。
それは手に入れた立場に、地位に、そして負うべき責任に重きをおいた、いや、固執してしまった彼女への罰なのだろうか。
上に立つものが負うべき責任、その重さ、それが判るハリベルだからこそ、判り過ぎてしまう彼女だからこそ陥った悲劇、そしてなにより戦う者としての在り方を尊ぶ彼女だからこそ陥った悲劇、それが彼女に襲い掛かったのだ。

故に彼女は思う。
ならば、理想を追い求め手にした”力”が何の意味も持たず、それにより得た地位と責が自身を縛り、今再びこの悪夢のような光景を見なければいけないというならば、そもそも自分が”力”を求めた事すら、”力”を手にした事すら間違いだったのか、と。


彼女、ティア・ハリベルは”力”を、それも強大な”力”を手にした。
しかしそれは何のためだったのであろうか、彼女が手にしたものは一体何のための”力”だったのであろうか、彼女が求めたものは、理想は、”力”によって得られる地位だったのか、それともその”力”と共にその内に築き上げた戦士としての誇りと在り方だったのか、だがそれは『否』だ。
真に彼女が求めたものは、その理想は、”力”を手に入れることでも、戦士としての誇りと在り方を全うする事でもないのだ。

未だ悩み続けるハリベル、負の思考、螺旋、連鎖、その只中にいる彼女は未だ”答え”に届かない。
しかし時間は無限ではなく有限、むしろそれは迫り来るのだ。
迫り来る時間、それは彼女に更なる悲劇を齎す秒読み、そしてハリベルに時は然程残されてはいなかった。





「グォォオォオォオォォオオオオ!!! 死に曝せ!!薄汚ねぇ小蠅がぁアァァアアアア!!!」


雄叫び、咆哮という言葉すら生ぬるい怨嗟を含んだその叫び、それと共に繰り出された拳に尋常ではない霊圧を纏わせたネロの一撃が床を粉々に粉砕する。
粉砕されたのは先程までフェルナンドの立っていた床、フェルナンドはその攻撃を紙一重で避けるが、込められた凄まじい霊圧の余波でその場から吹き飛ばされてしまう。

(クソ! 霊圧だけで吹き飛ばされる・・・かよ。)


吹き飛ばされたほうのフェルナンドは、その事実に悪態をつく。
自身とて霊圧を解放しているにも拘らず、それをして尚吹き飛ばされたネロの霊圧の凄まじさ、余波を受けるだけで身体が軋む程の威力、グリムジョーとすら真っ向から殴り合いを行えた霊圧解放状態のフェルナンドが、簡単に弾き飛ばされた事実からそれが如何に凄まじいかが伺える。
対して吹き飛ばした方のネロは、未だフェルナンドが死んでいないと見るやその巨体に似合わぬ速度でフェルナンドへと肉薄し、再びその拳を振り下ろす。
その拳には鍛錬を積み重ねたような洗練された動きは皆無だった、本能のみで振るわれる拳、ただ殺す為に振るわれるだけのそれは、まさしく暴力の具現であろう。
それに対し反撃を試みるフェルナンドだが、ネロの纏う圧倒的な霊圧の前にそれはあまりに無力、フェルナンドは拳と蹴りを数発ずつネロに対して叩き込みはしたが、そのどれもが急所を狙い捉えたにも拘らずネロは無傷だった。

結局のところ霊力、霊圧を用いて戦う破面、虚、そして死神の三者において共通する事柄がある。
それは、戦いとは戦闘の技術も然ることながら霊圧の大きさによる『霊圧の戦い』が大きく関わってくる、という事。
霊圧の高さは有利に働く事は多々あるが、それが不利になるという事はまず無い。
高い霊圧はそれだけで相手に対しての大きな有利となり、戦闘におけるひとつの勝利の要因となりえる。
それだけが勝敗を分けるか、といえばそれはありえない、だがあくまでひとつの要因として純然と存在する『霊圧の戦い』、そして今フェルナンドとネロの間で、その戦いはネロの圧勝だと言わざるを得なかった。
それでもフェルナンドは攻撃の手を緩めない、ネロの大振りの一撃を避わしては拳を放り込む。
それには彼なりの目的がった。

(アイツ等は・・・・・・ 大分離れた、か・・・・・・これでこっちの目的は達成、だな・・・・・・にしてもハリベルの奴、ウジウジと悩みやがって・・・・・・テメェが譲れねェことなら、他の事なんてのはかなぐり捨てちまえばいいものをよ・・・クソッ、イラつく。)


戦いの中、探査回路を使い三人の位置を確認するフェルナンド、そして彼の目的は最早半ば達成されていた。
アパッチ等三人を回収するのが彼の目的、何故そうしようと思ったのかは定かではないが、結果としてフェルナンドは彼女等を助ける事を選択した。
そして方法はどうアレそれは既に完了したといっていい状態だった。
怒り狂ったネロが解放した霊圧によって、彼女たち三人はそれぞれ遥か壁際までその身体を吹き飛ばされていたのだ。
結果としてネロの手の届く範囲から離脱した三人、そして彼女等の代わりにネロの新たな標的となったフェルナンドの存在により、彼女等はその命を繋ぎとめたのだ。

そんなフェルナンドに過ぎる思い、それはハリベルの姿だった。
何かを悩むように、そして必死に押さえ込むようにするハリベルの姿、そんな彼女の苦悩する姿はフェルナンドからすれば然も無い事だった。
彼女の考えやその悩みをフェルナンドは判っていた、判った上でフェルナンドにとってそれは然もない事なのだ。
それも当然だろう、彼は自分の欲求、求めるものにはとても素直なのだ。
求めるものが手に入る、その可能性があるのならばそれを一切躊躇わない、その彼から見て自分を押えつけるハリベルの姿は、その思いは判るが理解できないものであった。
そんな彼女の姿勢にフェルナンドはどことない不快感と、消化しきれぬ様な複雑な思いを感じていた。



束の間の思考、それは現状からの意識の乖離、しかしそれは彼らしからぬ一瞬の”緩み”、戦闘の最中に別の事にその思考を裂くという愚行、命がけの戦いの中でその一瞬の隙は、超一流の戦いの中では”隙だらけ”であると言い換えてもいいものだった。

そしてそれは確実にその一瞬を捉えた。


「余裕じゃねぇか・・・・・・ 小蠅がよぉ。」

「ッ! カハッ!!」

フェルナンドにとってまさに一瞬の隙をネロは確実に捉えていた。
フェルナンドの背後から張り手の要領で、その大きな手がフェルナンドの身体を床に叩き付けた。
避ける隙すらなく無残に叩きつけられるフェルナンド、その身体が床にめり込むほどの威力、そして霊圧の猛威による圧力はその一撃でフェルナンドの身体を戦闘が困難なほど傷つけていた。

「ゴフッ! ゴホッ! ゴフッ!」


ネロがその手を退け愉悦の表情を浮かべる中、フェルナンドはうつ伏せの状態から仰向けへと何とか体勢をかえる。
そしてその直後、内臓に損傷を負ってしまったのか、フェルナンドがその口から何度も血の塊を吐き出す。
体勢を変え、そして血を吐くフェルナンドの姿を先程までの怒りは何処へ行ったのか、というほどニンマリと、まるでそのフェルナンドの姿が滑稽であるかのように醜悪すぎる笑みを浮かべるネロ。
苦悶の表情を浮かべるフェルナンドを眼下にするネロ、しかし彼がこの程度で止まる筈などなかった。

「漸くだ・・・・・・ チョロチョロと逃げ回りやがって小蠅が。テメェみてぇなゴミムシは!オレ様の前で飛ぶ事すら許されねェ! 二度と飛べねェ様に潰してやる!こうやって!! 何度も! 何度も! 何度もなァ!!」


そう言うとネロはフェルナンドの頭を鷲掴みにして掴み上げ、そのままフェルナンドの頭を床に叩きつけた。
砕ける床がその衝撃の凄まじさを物語る、だがそれは一度では終わらなかった。
フェルナンドの頭を掴んだまま叩き付けたネロは、再びフェルナンドを持ち上げると先程同様床に叩き付けたのだ。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、加速するように繰り返し行われる凶行、そしてそれが愉快で仕方が無いといった風に狂った嗤い声を上げるネロ、狂った暴力がその場を支配していた。





思い悩むハリベルの耳に届いたのは轟音だった。
”力”という彼女を構成する柱の一つが揺らぐ中届いたその音、それはまさにフェルナンドがネロの一撃の下に叩き伏せられた音だった。
そして落としていた視線を上げた彼女が見たのはまたしても悪夢だった。
フェルナンドを叩き伏せたネロが、狂ったように嗤いながら何度もフェルナンドを叩きつける光景、それは彼女に近しい者がまたしても犠牲となるその光景だった。

「ッ! フェルナンド!!」


咄嗟に出た言葉と踏み出された足、そして伸ばされた手、それに気付いたハリベルはその瞳を大きく開いた。
不測の事態、咄嗟の出来事というものは、その者の本質を見る上で非常に有効な出来事だ。
いくら理性で捻じ伏せようとも、押えつけ、自制し、そして目を逸らそうとも、咄嗟に出てしまう”理性”ではなくその者の”感情”による行動。
そして今、フェルナンドが曝されている暴力とその光景が、ハリベルの|”感情”による行動(・・・・・・・)を引き出したのだった。

その伸ばされた手は、踏み出した足は一体何のためか、フェルナンドの危機に無意識に出たそれは何のためなのか。

それは『守る為』だ。

彼女の、ハリベルの理想は”力”を得る事でも、地位を得る事でも、まして誰かに認められることでもない。
立場などは後からついてきたものだ、誰からも認めてもらわなくても構わない、そして”力”とは目的ではなく手段でしかなかったのだ。
彼女の理想は『仲間が犠牲にならぬ事』、犠牲を強いれば何れ自らも犠牲を強いられる、自ら誰を殺める事も無く、仲間の為に他者の抑止力となり、そして盾となり『守る』事、それが彼女の理想の姿なのだ。

求めた”力”に、立場に、在り方に固執するあまり彼女が忘れていた事、求めたのは”力”ではなく”守る”事だった。
”力”とはそのための手段、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの三人を、自分に付き従いそして支えてくれた彼女等を、『仲間』を守る事こそが彼女の、ティア・ハリベルの真の願いだったのだ。

(あぁ・・・・・・ 本当に簡単な事だったのだな。何一つ関係ないのだ、私の内にあったこの願いに、思いに比べれば・・・な。お前の言うとおりだったよフェルナンド、私のくだらない固執が全てを曇らせた・・・・・・それに気付かせてくれたのはお前だ・・・・・・故に、お前を死なせはしない!)


瞳を閉じたハリベル、暗く重たかった彼女の内側は、今や晴れやかに澄み渡っていた。
簡単で、単純で、しかし忘れがちになるほど当たり前で些細な願い、後から後からと迫り来るものに覆い隠されるようになりがちな、しかし本当に大切なたった一つの願い。
それを再確認したハリベル、そしてそれを思い出させたフェルナンド、そして一瞬の瞑目の後、ハリベルの瞳が開かれる。
それは決意の瞳、それは覚悟の瞳、今だ行われる凶行を見据えハリベルは大きく一歩を踏み出す、決して死なせはしないという思いを胸に。
ハリベルは思う、”力”に固執したことは間違いだったと、しかし”力を”手に入れたことは間違いではなかったと。
それがあるから今、自分は彼の元へ駆けていけると、力無く止める事叶わず唯見ているのではなく、己が力をもって彼を救うために駆けて行ける、と。
いまだ半年の付き合いに満たない彼女と彼、言葉を交わすより拳と刀を交わした方が多いかもしれない二人、しかし彼女にとって彼はもう『仲間』だった。
ならば守る、何をおいても、それが彼女の理想であり求める些細な、しかしかけがえの無いものなのだから。





「ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!! 死ね! 死ね小蠅が!このオレ様に! ”神”に逆らった報いを受けろ!頭蓋が割れ!目玉が飛び出し脳漿が零れ!無様に変わり果てた姿で許しを乞え! ”神”の前に跪け! そうすればその頭を一息に踏み砕いてやるぞ?ゲヒャヒャヒャヒャ、ヒャ・・・・・・ あん?なんだぁ? 何処に消えやがった?」


口汚い言葉でフェルナンドを罵りながら、ネロはその手を止めず、フェルナンドを床に叩きつけ続けていた。
ネロにとってこの凶行は当然の行為、自身を神と称して憚らない彼にとってそれに逆らったフェルナンドに対し、罰を与えるのは当然の事だった。
何度も叩きつけ、次第に頭蓋に罅が入り、砕け、飛び散る感触を夢想するネロの顔は、命を刈り取る優越感と、娯楽を愉しむが如き喜色が溢れるその心根の醜さを表すが如き笑顔が浮かんでいた。

しかしそのネロに違和感が走る。
その手にしかと握り、存分に叩きつけていた筈のフェルナンドの身体がいつの間にか彼の手の内から消えているのだ。
ネロは自分でも気付かぬ間に殺してしまったかと、陥没した床を見やるがそこにフェルナンドの姿は無く、周囲を見回す。
そして彼が視線の先に捕らえたフェルナンド、彼は自分の足で立つ事無く、何者かに抱えられるようにしてそこにいた。

「なんだ元4番、そのクソムシはオレ様が罰を与えている最中だ・・・・・・そこに置いてさっさと消えろ淫売女!・・・・・・あ~ぁ、そういえばそのゴミムシもお前が飼ってるんだったな、じゃァそれはテメェの色小姓か?こいつはイイ! 淫売にはお似合いだ!」


ネロが見たのはハリベルに抱えられたフェルナンドの姿だった。
左の脇に抱えられるようにしているフェルナンド、そしてハリベルの右手にはなぜか彼女の斬魄刀がしかと握られていた。
そのハリベルの姿を見たネロは彼女に、そしてフェルナンドにすら侮蔑の言葉を惜しまない。
自分以外の全てが彼にとって下の存在、それを罵って何が悪いと言わんばかりの彼の態度、しかしハリベルは冷静に、冷え切った声で呟いた。

「・・・・・・ 愚かな・・・・・・」

「なんだと? 良く聞こえなかったなぁ、 このオレ様がなんだって?」


ハリベルの口から零れたその言葉、ネロはそれを聞き漏らす事無く彼女に問う、その答えを間違えばおそらく次はハリベルがフェルナンドと同じ目に合うであろうその問、しかしハリベルは真っ向からそれを言い放った。

「愚かだ、と言ったのだ、ネロ・マリグノ・クリーメン。その言葉も、振る舞いも、そのその全てから愚かさが滲み出ているぞ。」

「そうか・・・・・・ どうやらテメェは死にたいらしいな、元4番。」


ネロに対しまったく引かずに言い放たれたハリベルの言葉、ネロという存在を全否定するようなそれ、その言葉は明らかに彼に突き刺すための言葉であり、その効果は充分、ネロは手を組み骨を鳴らしながらハリベルの言葉に青筋を立て怒りを顕にする。
だがそれすらもハリベルからすれば愚か極まりない行動に見えていた。

「やはり愚かだ・・・・・・ 自分が斬られている事すら気付いていないとは・・・な。」

「あぁ? 何を言って・・・・・・ なっ! 無ぇ・・・・・・オレ様の指が無ぇ!! この売女がぁぁああ!!!やりやがったなぁああ!!!」


ハリベルの握る斬魄刀から一滴の雫が落ちる。
それは血の雫、ハリベルはフェルナンドを掴むネロの手の指の一本を、その斬魄刀を持って斬り落としフェルナンドを助け出したのだ。
それはあまりに一瞬の出来事、興奮状態だったネロは己の指が落とされた痛みすら感じる事無く今に至っていたのだ。
ネロは眼前で手を組み指の骨を鳴らす仕草をするその時まで、自分の指が一本落とされている事に気づかなかった。
そしてそれに気がつくや訪れる激昂、触れられただけで引き起こされる理性の暴走と暴力の渦、それが指を落とされた等という事態となれば如何ほどのものか、しかしそれを前にハリベルは一歩も引く事は無かった。

それは唯一心に『守る』と決めた彼女の強さか、何者にももう二度と傷つけさせないと、アパッチも、ミラ・ローズも、スンスンも、そしてフェルナンドも、誰一人自分の目の前で傷つけさせてたまるかと言う彼女の強い決意がその場を引く事を許さなかった。

激昂し、喚き散らすネロ。
そしてその原因を作ったハリベルに、自身の体の一部を斬るという大罪人に神罰を与えるべく動き出そうとする。
しかしその直前、数箇所ある出入り口から暴虐の舞台と化した広間に、数体の人影が足を踏み入れた。
そしてその惨状と、中心に居りその原因であろうネロを確認すると、その中の一体、がっしりとした身体つきの老人が声を張り上げた。

「この悪ガキが!! 暴れるなら他でやらんか!!儂の往く道を瓦礫で埋めるとは何事じゃい!!!」

「うるせぇ! 叔父貴(おじき)は黙っててくれ!この売女オレ様の指を斬り落としやがった! 殺さねぇとオレ様の気が収まらねぇんだよ!!」


ネロに叔父貴と呼ばれたその老人、そして彼に続くように、また別の入り口からも人影が中心、ネロの方へと集まる。
その数は老人を含め”8体”、一様に個性と異彩を放ち、ネロの霊圧吹き乱れるこの場所にあって顔色一つ変えぬ豪胆さ、それだけでこの8体の人影の強さが伺えた。

「・・・・・・・・・・・・」

「無意味な・・・・・・」

「なんと粗暴な・・・・・・ まったくもって美しさというものが無い・・・」

「藍染様の宮殿に傷をつけるとは・・・・・・浅慮が過ぎるのでは? 第2十刃殿。」

「ケッ!・・・・・・」

「これはずいぶんとハデニヤッタモノダネ。」

「なんだよ終いか? もっとやれよ、つまらネェなぁ。」


思い思いにその惨状への感想を口にする人影たち、唯の破面ならばその言葉すら口に出来ない状況、それでも彼等は平然としていた。
それは一重に自負が在るゆえ、己の力に対する絶対の自負、唯の破面ならば戯言のようにしか聞こえないそれは、彼等には当てはまらない。
彼等は示したのだ、この虚夜宮に巣食う全ての破面にその実力を、その圧倒的な力と殺戮能力を。
彼等こそハリベル、そしてネロと同じ破面の頂点の一角を担う者達、十振りの剣、暗黒の座を担う魔獣、『十刃』なのだ。


破面No.1『第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)』 ”大帝” バラガン・ルイゼンバーン

破面No.2『第2十刃(ゼグンダ・エスパーダ)』ネロ・マリグノ・クリーメン

破面No.3『第3十刃(トレス・エスパーダ)』ティア・ハリベル

破面No.4『第4十刃(クアトロ・エスパーダ)』ウルキオラ・シファー

破面No.5『第5十刃(クイント・エスパーダ)』アベル・ライネス

破面No.6『第6十刃(セスタ・エスパーダ)』ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ

破面No.7『第7十刃(セプティマ・エスパーダ)』ゾマリ・ルルー

破面No.8『第8十刃(オクターバ・エスパーダ)』ノイトラ・ジルガ

破面No.9『第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)』アーロニーロ・アルルエリ

破面No.”10”『第”10”十刃(ディエス・エスパーダ)』ヤミー・リヤルゴ


以上十名をして『十刃』、折れる事なき創造主藍染惣右介の剣達、その十刃が今荒れ果てた『玉座の間』で一堂に会していた。





そうして十刃がそろい踏みした玉座の間、しかしネロの暴走は止まりはしなかった。
老人、バラガンの言葉に反しハリベルに襲い掛かろうとするネロ、しかし再び、先程よりも大きさを増した声がネロに降り注ぐ。

「だからお前は阿呆なのだ!!! 唯振り回すだけで何も考えておらん!蟻の方がお前より幾分マシじゃわい!・・・・・・それにそろそろ終いの時間じゃ・・・・・・」


一喝、唯気に入らないとその拳を振り回すネロをバラガンが一喝する。
しかしそれは彼のため、と言うわけではなくそれを見ることが不快極まりない、という唯それだけの事だった。
そして何かに気がついた様にバラガンが事の終わりを告げる。
ネロはその意味がわからない様子だったが、次の瞬間否応無しに理解した。

「縛道の九十九 “禁” 」


広場に静かに響いたその言葉、それと同時に変化は劇的に現れた。

「ッ!? クソ! なんだこいつは!!」


声を張り上げたのはネロ、見れば彼の腕に、いや全身に分厚く黒い帯のようなものが巻きつき、更にその上から鋲が突き刺さる事で彼を拘束していた。
しかし拘束されたネロはその有り余る力を持ってそれを引き千切ろうとする。
だがそれも更に響いた言葉によって無意味なものとなった。

「縛道の九十九 二番 ”卍禁(ばんきん)” 初曲『止繃(しりゅう)』、弐曲『百連閂(ひゃくれんさん)』、終曲『卍禁大封(ばんきんたいふう)』」


一息の内に紡がれた言葉、まるで歌うように連なった言葉はそれだけでネロを完全に拘束した。
『止繃』により何処からか発生した布はネロの顔以外を何十にも包み込み、『百連閂』で数十本に及ぶ鉄串がネロの身体に突き刺さり完全に固定、そして『卍禁大封』で空気中の霊子を集束し出来上がった巨大な石柱がネロの身体を押さえ込み、その場に捻じ伏せ拘束したのだった。

「クソ! クソ! なんだってんだ! 畜生!」


最早もがく事すらできないネロ、地に這い蹲らされた彼、そしてその彼の遥か上から声が降って来た。

「久しいね、ネロ。 こうして顔を合わせるのはどれくらいぶりかな?」

「テメェ・・・・・・」


その声の主を睨みつけるように見上げるネロ、その怒りの感情を隠そうともしない彼は、それを声の主へとその視線に乗せてぶつける。
しかしその視線を真正面から受けた声の主は、その顔に貼り付けた柔和そうな笑みを崩す事無く、ただネロを見下ろしていた。
声の主は”神”を自称するネロにその力を授けた者、彼いや、彼等全ての”創造主”たる者。

この広間にいる全ての破面の視線先に居るのは、目を逸らす事が許されないほどの圧倒的存在、その後ろにもう一人、破面ではない者を従えた男、藍染惣右介の姿だった。






暴虐が過ぎ去り
十の剣は集う

時は満ち
全ては掌の上

世界を崩し
いざ、天の座へ










※あとがき

今までである意味一番ボコボコにされた回。

そしてちまちま出すのが面倒だから
もういっそのこと一気に出してみる事にしたw
十刃そろい踏み、そして密かに5番はオリキャラだというオチ

前半アレだけ苦悩していたハリベルが
後半は空気になってしまったのは一重に作者の力量不足、悔やまれるなぁ・・・・・・
ハリベルの答えは一応この様な形にしてみました。
おそらく賛否あるかと思います、それなりにうまく落とせたと思うけど・・・・・・


話数も20を越えました。
少しはうまく書けるようになった・・・・・・のかな?
まだチラ裏レベル?




[18582] BLEACH El fuego no se apaga.extra
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/10/24 14:02
BLEACH El fuego no se apaga.extra
















諸君お初にお目にかかる、吾輩の名はドルドーニ、全ての女性(フェメニーノ)の従属官にして虚夜宮、いや虚園一の伊達男!
抱かれたい破面ランキング1位!(まぁ自称ではあるが・・・・・・)違いの解る男! 紳士 OF 紳士!
第6十刃(セスタ・エスパーダ) ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオであ~~~る。

本日は吾輩の華麗で優雅な一日というものを、諸君に特別にお見せしよう。
吾輩のように優雅でどこか渋さ漂う立派な紳士を目指すそこの君(ウステー)!!その目を皿のように見開いて吾輩の一挙手一投足を見逃さぬようその目に、そして記憶に焼き付けたまえよ!


吾輩の一日、それは優雅な一杯の紅茶から始まる。
虚夜宮の天蓋、偽りの空というのは少々無粋な感もあるが、吾輩の瞳にはしっかりとその天蓋の向こう、全てを飲み込んで余りあるような虚園の暗く深い夜空が写っているので心配など無用さ!
そうして我が宮殿、第6宮の下官が紅茶を運んできた。
その下官はもちろん女性だ、朝から男のむさ苦しい顔など見ては一日陰鬱に過ごさねばなるまい?

「ありがとう。美しい小鳥(アーベ)ちゃん、どうだい?このまま吾輩と優雅なお茶の時間をすごさないかい?」


紅茶を持ってきてくれた小鳥ちゃんをお茶に誘う。
一人で飲む紅茶もいいが、目の前に美しい人がいた方がイイに決まっているだろう?
しかし小鳥ちゃんは、吾輩と目を合わせることも無く、しかしどこか冷たい目をしてそそくさと出て行ってしまった・・・・・・

さ・て・は・ 吾輩のあまりの凛々しさとお茶の誘いに気が動転し、なんと答えていいか判らず部屋を飛び出してしまったんだね小鳥ちゃん!
なんとい初心! 恥ずかしがり屋さんの小鳥ちゃんだ、恥ずかしさを誤魔化すためにあえて、あ・え・て・あんな目をしてしまったんだね、あぁ吾輩はなんと罪作りな男なのだ、また一人女性のハートを射止めてしまったよ。


さてお茶の時間も終わった、次は何をしようか・・・・・・
うん? 仕事は無いのかと?まぁあることはあるのだがね・・・・・・ 十刃の仕事は『戦う事』さ。
故に藍染様よりご命令が無い限りは、こうして待機するより他選択肢など無いのだよ。
かといってだらだらと一日を過ごすのは紳士の道に反する、常に華麗で優雅な吾輩に暇な時間など無いのだ、ではどうするか・・・・・・
そうだ! 今日は特別に君たちに吾輩の”弟子(アプレンディス)”を紹介しようではないか!
いやなに先日それはもう美しい淑女と出会う誉が在ったのだが、その際に拾ってきた破面、残念ながら男だがなかなかどうして見所のある者だった。
それ故この吾輩が直々に鍛えてやろうと考えたのだ、しかしこの破面がまたじゃじゃ馬で・・・・・・
この吾輩の弟子にならないか? と誘ってみれば壁を蹴破って帰ってしまう始末、さすがにあの壁を修理していたときは惨めだった・・・・・・
しか~し!! その程度で諦めるほど吾輩のハートは脆くない!例え虚閃の直撃を受けようとも、吾輩のこの燃えるハートを壊すことは出来ないのだよ!!
さぁそれでは吾輩の弟子である破面、グリムジョー・ジャガージャックの元へ行こうではないか!






「やぁ我が弟子(アプレンディス)グリムジョー! 師匠(マエストゥロ)である吾輩、ドルドーニが来てやったぞ!」

「・・・・・・チッ、またウルセェのが来た・・・・・・」


アレこそが吾輩の弟子グリムジョー、どうだいなかなか強そうだろう?ま、吾輩には遠く及ばんがね!
それにしても師匠を前にして舌打ちとは・・・・・・まだまだ反抗的な態度だね、だがしかし!それすらも許容する吾輩の器の大きさ! コレこそが我輩の紳士たる所以といってもいい!
まぁそれはさておき、吾輩は彼に何か特別な事を教えているわけではない、唯、戦うだけさ。
なに?それの何処が師匠かと? ノン、ノン、ノン、言葉で教え、手取り足取り教えた事など戦場ではまったくの無意味さ、戦いの中で編み出したもの、身に付けたものだけが真に戦場で意味を持つのだよ。

「では行くぞ! 我が弟子よ!」

「ウルセェんだよ! 弟子になった覚えはネェ!!」

「まだ言うか! 人にものを教わるのは恥ずかしい事ではないぞ!いい加減吾輩を”師匠”と呼びたまえ!!」

「誰が呼ぶか! 変態がぁぁああ!!」


彼、グリムジョーのいいところはその苛烈なまでの攻撃性と、貪欲な姿勢、いうなれば野心、ある意味吾輩に共通する部分ではある。
だが彼の悪いところは素直でないところ、いい加減吾輩の事を師匠と呼んでくれてもいいだろうに、まったく・・・・・・
確かに、いきなり彼の前に現れて吾輩が師匠だと言ったときの、彼のまるでゴミを見るような視線は今も忘れられんが・・・・・・それはまぁいいか。
そもそもあれかね? 彼は現世の秋葉原なる魔窟発祥のツンデレというやつかね?それともツンツンか? 意味は良く判らんが吾輩そんな気がする。

それにしても最近はやるようになった・・・・・・師匠として感慨深いものがある。
だがまだまだ、そう易々と超えられるわけにはいかんのでね、ほんのチョットだけ本気で相手をしてやろうではないか!
フハハハハ、受けてみるがいい! この肉体美より繰り出される、華麗なる脚技と剣技の乱舞を!!!






「ふぅ、では今日はこの辺で終わりにするとしようか。次に吾輩が遊び・・・ゲフン、ゲフン、”稽古”を付けにくるまでに少しはマシになっておきたまえよ、では、アディオス!我が弟子(アプレンディス)~~。」

「グッ・・・クソがぁ・・・・・・」


いやはやなんとも、大人気なく少々本気でやりすぎてしまったか、弟子は砂漠に這い蹲っているよ。
それなりにやるようにはなったが、まだ吾輩の前に立つには足りないな。
考えてみれば吾輩もおかしなことをしているものだ、吾輩を倒し、第6十刃の席を奪うといったこの男を鍛えている、というのだからな。
何れ来るその戦いが愉しみで、そのために、最高の戦いのために敵になるであろう者を鍛える、か・・・・・・
きっとあの|美しい淑女(セニョリータ) も同じような思いを抱いているのだろうか・・・・・・

はっ、これは共通の話題を手始めにした恋の予感なのか!?
それならば僥倖、彼を拾ったのは成功だったな!もしや吾輩”あの者”のように先見の力を手に入れたのか?
待っていてください|美しい淑女(セニョリータ)もう直ぐ貴方のドルドーニがお傍に参りますよ~~。





さて、弟子に修行をつけてやった後はシャワータイムだ。汗臭いままでは女性に嫌われてしまうだろう?
さすがに此処はお見せするわけには行かない、いろんな意味でダメだからね。
では暫し失礼するよ。
まぁその間暇だろうから、吾輩の美声を聞きながらまっていてくれたまえ。

「ジャーーーン、ジャンジャジャン、ジャジャンジャーーン、フンフフンフーン、フフンハーーン、フフーっ!!痛い! シャンプーが目に! 目に入ってしまった!痛い!地味に痛い!染みる~! 百歩譲って痛いのはいいが地味なのはいや~~!!」


・・・・・・
・・・・
・・



やぁ、諸君お待たせしたね。
え? 目は大丈夫かだって? 何を言っているんだい、吾輩がシャンプーが目に入って悶えるなどという無様を曝すわけが無いじゃないかぁ。
吾輩いつもシャンプーハットを装着してシャワーを浴びるからね!ホントだからね!
・・・・・・まぁいい、これからは宮殿とその周辺の見回りだ。
こんな事は十刃の仕事ではなく従属官の仕事なのだが、あいにく吾輩に従属官は居ないのでね。
なぜかって? 男の従属官などむさ苦しいだけでダメさ!なら女性ならばどうか、と? チッ、チッ、チ、解っていないね。
女性を従属官などと縛りつけるなんて事は、吾輩の道に、紳士の行いに反するのさ。

覚えておきたまえ、女性は”縛る”ものでなく”愛でる”ものなのだよ。



「やぁ美しいお花(フロール)さん、今日も一段と美しい、どうだい吾輩とお茶でも・・・・・・」
「また会ったね、美しい小鳥(アーベ)ちゃん、日に二度も会うとはまさに奇跡としか言いようが無い、ということおで吾輩とお茶を・・・・・・」
「これは美しい子猫(ガート)ちゃん、気まぐれついでに吾輩とお茶・・・・・・」


・・・・・・言っておくがこれはあくまでコミュニケーションの一環だからね?
決してやましい気持ちがあるとか、綺麗な女性とお茶がしたいとか、お近づきになりたいとかそういう不純な動機からじゃないからね?
現に声を掛けた全ての女性から「ごめんなさい」って言われてるんだからね・・・・・・
しかし吾輩は諦めない! 第6十刃の地位を使えば女性を従わせる事もできる、だがそんなものは下衆の行いだ。
吾輩は紳士、力で従わせるなどという無粋は許容できるわけが無い。
あくまで女性のために生きる男! それが吾輩ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ!頑張れ吾輩! 負けるな吾輩!





さて見回りも終わった。
此処からは吾輩の鍛錬の時間なのだが・・・・・・
申し訳ないが此処から先を見せるわけには行かないのだ。
別に実力を隠したいだとか、秘密の特訓をしているだとか、そんな理由ではないのだが、駄目なのだ。
それは何故か、と? ふむ、では一つ訊こう。

君たちは白鳥という鳥を知っているかい? 白く、大きく、そして優雅な美しい鳥だ。
白い翼は光を浴び煌くように輝き、両翼を広げ空を飛ぶ姿は美しく、そしてどこか雄々しさすら感じさせる。
そして水に浮かぶその姿は、まさに”優雅”という言葉が具現したかのごときそれ、見るものを離さない、惹きつける様な魅力を感じさせるのだ。

だが知っているかい?
彼等はその優雅に水に浮かんだ姿と裏腹に、その水の下では必死にその足を動かしているのだ。
一見彼等は優雅そのものだろう、しかし、見えぬ位置では、水の下では必死にその水を掻き、沈まぬよう、そして溺れぬように足掻いているのだ、その必死さを微塵も見せずに、ね。

吾輩はそうありたいと思う。
努力する姿や、泥にまみれる姿が無様だとは言わない。
彼等にとっての”美しい姿”とは、我等にとっての”強き姿”と同義なのだよ。
強者は自分が如何に努力したという事を口には出さない、なぜならそれは当然の事なのだよ、やって当たり前、強くなるには、そして強いままで居るにはそれは当然なのだよ。
彼等白鳥にしてもそれは同じさ、水面下で足掻くのは当然の行為、その足を止めれば沈んでしまうのだ、深い深い水底へと、ね。
吾輩はまだ沈む訳にはいかんのでね、吾輩はあの者を待たねばいかんのだよ、あの者が目の前に来るその時まで、十刃の椅子に座り続けていなければならないのさ。

あの者は、グリムジョーは確実に強くなっている。
それなのに吾輩が弱くなっては話にならんだろう?血を吐くほどの鍛錬を重ねようとも、あの者の前ではそれを見せるわけにはいかない。
吾輩は師匠だからね、迫り来る弟子にそう易々と乗り越えられては面目が立たないさ。
あの者の前、いや、他の誰の前でも吾輩は常に華麗で優雅で在らなければいけない、それが吾輩の紳士たる道。

故に吾輩は白鳥のようでありたい。


さてそれではここまでだ。
吾輩の華麗で優雅な一日は此処まで。
ここからは吾輩の水面下の時間。
必死になって水を掻かねばいけない時間なので、ね。


あぁ一つ言い忘れていた。この話は、吾輩と君との秘密(セクレート)、だからね?









※あとがき

にじファンさまの方で10万PVとお気に入り登録100突破ということで
番外編なぞ書いてみました。
ある意味この小説の中で異彩を放つ存在、ドルドーニがメインです。
作者の思いつく限りのネタ、というか笑ってほしいポイントを入れてみました。
基本ウザいドルドーニ、でも真剣な部分もあるというのを表現できていればいいなぁ

グリムジョー弟子フラグはこんな具合でどうでしょうか?
押しかけ弟子ならぬ、押しかけ師匠ですw

それと初めて一人称で書いてみました。
おかしな点などあれば報告願います。
感想お待ちしてます。

2010.10.24















[18582] BLEACH El fuego no se apaga.21
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/11/15 00:14
BLEACH El fuego no se apaga.21










放たれる圧倒的な霊圧、唯そこに立っているだけでその場は彼に支配され、誰もその男から視線を外す事ができなくなっていた。

集う視線の先にいる男、暗めの茶色い髪、黒い淵の眼鏡の奥、髪と同じ茶の瞳にこの上ない暗黒を宿し、一見柔和そうに見える笑みをその貌に貼り付け、しかしその笑みは優しさからくるものとは真逆の性質を持っていた。
破面達が纏う白い衣とは違う黒い着物、『死覇装』をその身に纏い、その上から白く裾の辺りに文様をあしらった羽織を着た男。
その姿は『人』、虚園に住む虚のような化け物でなく、それでいて破面でもなく、現世の脆弱な人間でもなかった。
その男は『死神』、魂の調整者、そして虚と破面と敵対する者、しかしその男は破面にとって敵対する相手ではなかった。
なぜなら彼こそが破面という存在を生み出した張本人、彼らに破面化という更なる力を与えた彼らの創造主。
計り知れぬ霊圧と、底知れぬ頭脳と智謀をもって全てをその掌に納めんとする男。

『藍染惣右介(あいぜんそうすけ)』

尸魂界(ソウルソサエティ)と呼ばれる善なる霊が住まう世界においてその中心、瀞霊廷を守護する『護廷十三隊』、その『五番隊隊長』である死神。
しかしその一方で己が目的のため破面を組織し、その頂点に君臨する彼らの創造主である。
破面達を、それも彼らの頂点たる『十刃』をその眼下に納め、藍染は泰然とその場に立っていた。
そして、その中心で藍染の放った『鬼道』によって組み伏せられているネロへ、藍染が声を掛ける。

「本当に久しいね、ネロ。 君は第2宮から出てこないから顔を見れて嬉しいよ。」


そう口にした藍染の顔は依然として笑顔、傍から見たその笑顔は実に優しく、本当にネロ似合えた事がうれしいといった風に見えた。
しかし、この藍染惣右介という男の本質からすればそれは明らかに上辺だけ、ネロという破面の組み伏せられた姿か、はたまた未だその拘束を外そうともがこうとする彼の姿に向けられたものか、もしかするとそれすら違うのかもしれない。
藍染の浮かべる笑み、それには圧倒的に感情というもんが欠落していた。
そう、彼の浮かべる笑みは感情からくるものではなく、あくまでそういう”貌の形”をつくっている、というだけなのだろう。

この男、藍染惣右介にとって笑顔とは、実に有効な手段の一つでしかない。
この貌の形を作っていれば大抵の相手はそれだけで自分との距離が近付いたと誤認し、簡単に手の内を曝す、そして曝させる事も用意であるという事、親しさから来る彼からすれば理解不能な”無条件の信頼”というものを得やすく、またその信頼という不確かな関係に答えてやる事で相手は彼を更に深く信頼し、そして心酔していくのだ。
心酔、そしてそれは力無き者達にとっての『憧れ』へと姿を変える。
そうなれば後は簡単、ほんの少しの言葉の誘導と、彼に都合のいい情報だけを渡してやれば、『憧れの隊長』を疑うものなど居はしない。
あとは藍染の思うまま、まるで道化のように彼の掌で踊り、哀れにも壊れ消えていくのだ。

藍染惣右介にとって最も理解から遠い『憧れ』という感情を抱いたまま・・・・・・



そうして藍染の偽笑と言葉を向けられた破面、ネロは藍染の言葉など関係なく吼える。

「テメェ藍染! 邪魔すんじゃネェよ! こいつを解け!そして俺にあの女を殺させろ!!」


己の感情と衝動のみを完遂させるため、何とかもがこうとしながらも藍染に吼えるネロ。
彼を拘束する術、もがく事すら間々成らないそれは『鬼道(きどう)』という死神の術、主に攻撃に用いる『破道(はどう)』と、防御、捕縛等に用いる『縛道(ばくどう)』の二種の術体系から成るものの総称である。
そして破道、縛道とも一から九十九番までの術があり、数字が大きくなる毎にその威力は大きくなる。
ネロを拘束する術は『縛道の九十九”禁”』、縛道の最高位の術であり、『封殺型』と呼ばれる捕縛した相手をそのまま攻撃する事ができる縛道のなかでも珍しい”攻撃する縛道”である。
現在のネロはその封殺型の最終段階まで至った状態で拘束されていた、本来彼の頭上に出現した石柱により相手を圧殺、消滅させる術ではあるが、使用者である藍染の意思により、押し留める状態で待機させている。
しかし使用者の霊圧により威力を大きく左右される鬼道、そして今回ネロを拘束する縛道を使っているのは超絶的な霊圧を持った藍染、死神の使う最高位の術に藍染の霊圧が加わったそれは、ネロが独力で抜け出せるほど軟ではなかった。

「それは困るな・・・・・・ ハリベルは大事な十刃だ、もちろん君もだよ、ネロ。そして今、十刃に欠けは許されない・・・・・・時が来たのだよ。 長い間あの死神達の児戯に付き合ってきたがそれも終わりだ。天の時、地の利、人の輪、その全てが今私に揃いつつある。もう少しで全てが私の手に落ちてくるのだよ・・・・・・」


掌を上にし、前へと差し出すように伸ばす藍染。
それはもはや自分が動かずとも、その伸ばした掌に欲するものは落ちてくる、全ては綿密な計画の下、時を費やし、舞台を整え、欺き利用し、育てた道化達によってその掌へと運ばれてくる結実を、自分は摘み取れば済むだけという絶対の自信、それがその掌からは伺えた。

「そんなもの関係あるか! オレ様は! 今!あの女を殺したいんだよ!! 俺の指を斬り落としたあの女を!」

「困ったな・・・・・・ どうにか気を納めてはくれないかい?バラガン、君からもネロに落ち着くよう言ってくれ。」


時が来た、という藍染の言葉、しかしネロはそんなものに興味はないとハリベルを殺させろと喚き散らす。
そんなネロの姿に困ったと口にしながらも、実際そんな様子など微塵も見せない藍染。
そうして喚くネロを落ち着かせるようにと、藍染はバラガンという名の破面に話を振るった。

バラガンと呼ばれた老人の破面、彼こそ十刃の頂点である『第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)』”大帝”バラガン・ルイゼンバーンであった。
白い髪に髭、皺の刻まれた顔など見た目は確かに老人、しかし大きくどっしりとした体躯とそれに見合った強靭そうな筋肉に覆われた身体は、彼を唯の老人という区分に納めるのを躊躇わせる程のものだった。
頭部にはまるで王冠を模したかのような仮面の名残と、白地に黒い毛皮をあしらったコートを纏い、腕輪、そして腰に付けた飾りは豪奢で位の高さを伺わせ、眼光は非常に鋭く、左の顎、そして額から右目を潰すように奔った傷は数々の戦いの経験を物語り、強大な体躯、そして放たれる存在感と重みはまさに老将かはたまたそれ以上、”王たる者”の風格を存分に宿したその姿は、まさに十刃の頂点に相応しき者であった。

「なんじゃい。 ボスの霊圧で黙らせれば済む話じゃァないか、まったく・・・・・・ネロ!! お前もいい加減黙らんか! 駄々をこねる餓鬼じゃァあるまい!指の一本程度でギャァギャァ騒ぐな!! 」

「叔父貴は黙っててくれって言っただろ! あの女を殺さないと俺の気はおさまらネェ!!」


話を振られた方のバラガンは、藍染がまったく困っていない事などお見通しではあった。
しかし”一応は”自分達のボスという事になっている藍染の言葉と、何より目の前で喚き散らすネロに業を煮やしたのか、ネロを黙らせようとする。
しかしそのバラガンの言葉も興奮した様子のネロには届かず、ネロはバラガンの言葉を聞き届けなかった。
そのネロの反論、それを聞いたバラガンの額やコメカミに幾本もの青筋が走り、直後玉座の間が揺れるほどの大音量が発生した。

「この・・・ 馬鹿垂れがぁぁぁあああ!!!いいか! これは儂の“命令”じゃ! 反論は許さん!大人しくしろ悪餓鬼めが!!!」


発せられたその大音量、怒気を存分に含んだそれが辺りに木霊し、玉座の間を満たす。
それを直接に向けられたネロはもとより、周りにいた十刃達すら顔をしかめ、中には大げさに耳を塞ぐ仕草をする者までいたが、藍染だけは以前その貌の形を崩さなかった。
明らかなバラガンの怒りを見せられ、さすがのネロも自分の置かれた状況がまずいとものだと漸く判断したのか、もがこうとするのを止め大人しくなる。

「チッ! ・・・・・・わかった、悪かったよ叔父貴。叔父貴の顔に免じて暴れるのは止めてやる、感謝しろ藍染。」

「あぁ。 わかっているよ、ネロ。」


バラガンに一喝され遂に暴れるのは止めるというネロ。
しかしその藍染に対する物言いは未だ上から、あくまで傲岸不遜、自らの創造主ともいえる藍染に礼をとらぬその態度は不敬とも言えるものだったが、藍染はそれすら許容しているかのようにネロに対して礼を言う。

バラガンの言葉には従い、藍染には不遜な態度をとる、それはネロの中では藍染よりもバラガンの方が強いという思いがあるからだった。
ネロはバラガンのその圧倒的なまでの殺戮能力を知っている、如何な最強たる自分の力をもってしても敵わないほど圧倒的な力、バラガンがそれを有しているが故にネロはバラガンだけには従うのだ。

彼が、ネロが信じるものが”殺戮の力”であるが故に。

しかし少なくともネロの中での藍染は違った。
戦闘、殺戮の能力よりも目を引くのはその言葉、相手を唆し、操り、陥れて斃すような詐術の類、そればかりがネロの目には映る。
それは彼にしてみれば裏でこそこそと動く鼠の様で、それが自分達の創造主であり頂点に立つ者であると彼は認められなかったのだ。
故にネロは例え藍染の術で地に這い蹲らされようとも、その傲岸不遜な態度を崩さなかった。





ネロが藍染によって拘束され、バラガンにより一喝されている後ろでハリベルは、手に持った斬魄刀を鞘へと戻し抱えていたフェルナンドを両手で床へとそっと下ろしていた。
みれば床へと横たえたフェルナンドの身体は傷だらけ、そして幾度も打ち付けられた頭部からは大量の出血が見て取れた。

(すまなかったフェルナンド・・・・・・ 本来ならば私がしなければいけない事を・・・・・・そうすればこんなにボロボロになる必要もなかったろうに・・・・・・)


意識を失い横たわるフェルナンドの姿は、本来ならば自分がなっていたかも知れない、いや、なっていなければいけない姿であるとハリベルはその白い死覇装と仮面によって隠された唇を強く噛む。
フェルナンドの出血は確かに多く、己の霊圧によって傷ついてはいるが幸い、と言っていいのか命の危機とまで至っていないのがハリベルの唯一の救いだった。
そんな彼女に正面から近寄ってきた人影が声を掛ける。

「少年(ニーニョ)は・・・無事、なようですな、美しい淑女(セニョリータ)。まったくもって少年も無茶をする・・・・・・よりによって彼に手を出すとは・・・だが女性を助けるために体を張るとはやはり見所がありますな・・・・・・」

「貴様、ドルドーニか・・・・・・」


正面から近付いて来たのは、何時ぞやフェルナンドとグリムジョーの戦いの折に現れた第6十刃、ドルドーニであった。
彼は横たわるフェルナンドの姿を確認し、一応無事であると確認するとどこか安堵の表情を浮かべハリベルに話しかけた。
十刃クラスともなれば得手不得手はあるにしても、離れた戦場の戦いを大まかにではあるがその探査回路を用いて知る事ができる。
ドルドーニはそれほど探査回路の扱いは得意ではないが、掴んだ霊圧の揺れは一つは明らかにネロのものと判り、それに三つの覚えのない霊圧がぶつかり、更にその後つい最近見知ったばかりの霊圧、フェルナンドの霊圧がぶつかったのは判っていた。
そうして玉座の間に入った瞬間、壁際に投げ出されるようにして倒れる三体の女性と、傷つきハリベルに抱えられるフェルナンドの姿を見てドルドーニは全てを悟ったのだった。

「理由はわかりませんが、少年(ニーニョ)のとった行動は無謀、であると同時に尊いものだと吾輩は思いますぞ。師として誇っていい。」


ドルドーニがハリベルに言葉をかけるが、その言葉に彼女は首を横に振る。

「誇れるものか・・・・・・ 私の愚かさをコレは見抜き、その犠牲となるところだったのだ。私はコレに教えられてばかりだ・・・・・・」

「・・・・・・ならば尚のこと誇るべきでしょう。少年がそうなったのもまた、貴方が師であったからなのだから・・・・・・」


ドルドーニはフェルナンドの行動は無謀であるが、尊くもあるとハリベルに語る。
どう足掻こうとも勝てる相手ではない、しかしその相手を前に己を、己の意思を貫くために挑む事は尊くもあり、同時にそれは彼の師として誇ってもいいことではないか、と。
だがそれを否定するハリベル、しかしドルドーニはそれすらも誇れと、フェルナンドが起こした行動、ハリベルの言う愚かさを見抜いた事実、それは彼の成長の証でも在りそれは師であるハリベルが彼に齎した変化、彼の師であるのならば彼の成長は誇ってやるべきだ、と。
だがそのドルドーニの言葉を否定する言葉が、ドルドーニの後ろから放たれる。



「無意味な・・・・・・ あまりにも無意味だ、その少年は・・・・・・」



「どういう事ですかな? 第5十刃(クイント・エスパーダ)アベル・ライネス殿・・・・・・」


ドルドーニの後ろから放たれた言葉は、傷つき倒れているフェルナンドを全否定する言葉だった。
それにドルドーニが言葉を返す、その声は常の彼に似合わずどこか硬い響きを宿していた。

「第3十刃の従属官達が第2十刃に殺されそうになっているのを、その少年は無意味にも助けようとした。勝てぬ相手に挑むのは無意味だ、戦いは勝てねば無意味なのだ、意思?誇り?他が為の戦い?そんな不確かなもののために戦うのは無意味極まりない。あの状況での正しい選択は”従属官達を諦める”事だ、そうすればその少年は無意味に傷を負う事などなかった。」


あまりにも冷徹に冷淡に言い放たれる言葉、それを言い放った男こそ第5十刃『アベル・ライネス』であった。
アベル・ライネスという破面を一目見た時、まず目に付くのはその仮面だろう。
両の目を隠し、鼻先へ向かって鳥の嘴の如く尖る様に前へと伸びたその仮面には、抽象的に描かれた”目”が仮面の先端を基点に四つ放射状に並んでいる。
目が隠れているためアベルからこちらを見ることは出来ない、出来ないはずなのだが何故か見透かされたような、或いはただの仮面の文様たる四つの”目”がこちらを見ているかのような錯覚に陥る、そんな不快感を見るものに与えていた。
髪は黒く短めで先端が跳ね上がり襟足だけが長く伸びており、背丈はそれほど高くなく、しかし足元までを覆い隠す袖付きの外套の様な白い死覇装を着込んでいる為、その身体つきまでは定かではなかった。

「ほ~う。 あのお嬢さん方は美しい淑女(セニョリータ)の従属官でしたか・・・・・・さすがは”千里眼”ですな、良く”視えて”いらっしゃる。しかし無意味・・・ですか・・・・・・ 現に少年(ニーニョ)は傷つきながらもお嬢さん方を救っている。それすらも無意味と仰るのか?

「それは結果論に過ぎない、第6十刃。 私はその少年の行動自体が無意味だと言っている。」

「あの娘達を救ったフェルナンドの行動の何処が無意味だというのだ!」


自分と同じように衆議に列席していたにも拘らず、まるでこの事態を眼前で目撃したかのように詳細を知っているようなアベルにドルドーニは感心したような風で二、三回手を叩く。
だがアベルの無意味という発言、それが彼の中で引っ掛かったのか、フェルナンドは自らがネロの前に立つ事でアパッチ等ハリベルの従属官を救った事になるのではないかとアベルに問う。
しかしアベルはそれを一刀の元に切り捨てた。
確かにそうかもしれない、フェルナンドの介入で彼女等は救われはした。
しかしそれはあくまでも結果的にそうなった、というだけの話であり、そもそもアベル自身はそのフェルナンドがとった行動そのものが無意味だとドルドーニに答えるが、その発言に噛み付いたのはドルドーニではなくハリベルだった。

「らしくないな、第3十刃。 激昂か・・・・・・自分に向けるべきそれを私に向けないで貰いたい。そもそもその少年が無意味に傷ついた原因は貴方だろう?」

「クッ・・・・・・」


無意味であると、これほどまでに傷ついたフェルナンドの行為が無意味であると、そう言われてハリベルは黙っている事ができなかった。
常の彼女らしからぬ感情の昂ぶり、自分でもそれを押さえ切れなかったのだろうか、それとも自分に対する怒りすらその昂ぶりに乗せて吐き出してしまいたかったのか、アベルへとハリベルは声を荒げていた。
しかしアベルはまるでハリベルの感情すら見透かしたように淡々と、屑々と、まるでハリベルの激高など気にも留めない様子で返す。
そして返された言葉はあまりにも客観的、それを受けたハリベルは己の拳を握り、黙るしかなかった。

「私が無意味だ、と言ったのはそもそも格上である第2十刃に挑んだその少年の浅はかさだ。偶々運よく攻撃が当たっただけ、運よく第2十刃の霊圧解放で彼女等が吹き飛び、結果運よく離脱したというだけ、俯瞰で見れば先の一件はそんなものだ。偶然の産物、勝機もそれに至る道筋もなにもかもがないまま戦いに挑む事を、無意味と言わずになんと言えというのだ?貴方達は。」


淡々と告げられる事実、危うい中繋いだ命、それがアベルが認識する現状のフェルナンドの姿だった。
最初の一撃は避けられたかもしれない、霊圧解放でそのまま死んでいたかもしれない、弾かれた先が安全だとは限らない。
そのどれもがありえたかも知れない”もしも”の可能性、ただ助けると飛び出したフェルナンドの行いはアベルから見れば無意味で無謀なだけだったと言う事なのだろう。

「言いたい事はわかりましたよアベル殿。 まぁ少年もお嬢さん方も助かったのだから良いではありませんか。それよりも、やはりすごいものですなその”千里眼”は、それとも今回の事は”先見”で知っておられたか?いやなに吾輩つい最近”先見”でもしたかのような拾物をしたのに気がつきましてそもそもあれは初めて美しい淑女にお会い・・・・・・・・・・・・」


アベルの言はドルドーニにも理解できた、そのあまりに事実と事象を客観的に分析したそれは相手に否応無しでその無謀さを突きつけるのだ。
そうして暗くなりそうだった場をなんとか持ち直そうとドルドーニが矢継ぎ早に話し続ける。
そうして話しながらもドルドーニは思う、確かに客観的な事実だけを見ればフェルナンドの行為は無駄だったのかもしれない、しかし、その行動に至ったまでの感情と、その感情を持つまでの成長は決して間違いではないと、無意味ではないとも彼は感じていたのであった。






バラガンの一喝によりネロは暴れるのを止める。
そうしてその様子を確認した藍染が下げていた手を軽く振る、するとネロの上に鎮座していた巨大な石柱や彼を拘束していた布や帯は、その霊子の結合が解かれはらはらと霧散し、消えていった。
そうして拘束具から抜け出したネロは立ち上がると、肩を回すようにしながら首をゴキゴキと鳴らしながら藍染を見上げる。

「大事無いかい?ネロ。 急だったものだからあまり加減してあげる事ができなかった、悪かったね。」


自身の術による拘束から抜け出したネロを気遣う素振りを見せる藍染。
相変わらずの形を保った貌とその見え透いた言葉に、ネロは一つ舌打ちをした。
暴虐極まり、己の欲望のみを優先するネロの在り方から考えれば、これほどあっさりとした終わりもない。
それはある意味ありえない事、いくらバラガンの命令といえどこれほど簡単にネロは引き下がるだろうか、何者よりもその強さへの自負に溢れる彼が斬られてそう簡単に抜き放った暴刃を納められるだろうか、その一分の疑念、そしてやはりその疑念は現実のものとなる。

「まぁ叔父貴の命令だ、“此処で暴れるのは止めてやる”。だがなぁ・・・・・・ あの女を殺すのは別だぜ?藍染!!」


上からの物言いで在りながら不承不承といった風でこの場で暴れるのは止めると言うネロ。
しかし間を置いて続けられた言葉は、彼がなんら諦めていない事を如実に物語っていた。

一直線にハリベルへと向かうネロ。
あくまでその場で“暴れるのは”止めたが、ハリベルを殺すという行為自体を止めるとは言っていないと、嬉々としてハリベルへと突撃する。
そのネロの姿に誰もが一瞬対応に遅れる、驚き、呆れ、諦め、傍観、そういった感情が飛び交う広間にあってハリベルだけはネロの暴走を捉えていた。
拘束されたからといって相手から注意を逸らすなどという愚行をハリベルがするはずもない。
予想外の感情の揺れはあったがギリギリ許容の範囲内、もとよりあの程度でネロを逃す心算などハリベルには欠片もなかった。
ネロが挑んでくるというのならばそれはハリベルにとって望むところなのだ。
ハリベルへと迫るネロ、迎え撃つハリベルは素早く斬魄刀を抜き放ちフェルナンドを背にして立つ、しかしその上位十刃同士の激突という前代未聞の状況は、思いもよらぬ一撃によって遮られた。



ネロを迎え撃とうと構えるハリベル、霊圧を高め激突の瞬間へと備える彼女の感覚を何かが掠めた。
刹那の出来事、それが何なのかとハリベルが思った瞬間、眼前から迫っていたはずのネロが轟音と共に床へと叩きつけられていた。
一瞬何が起こったのか判らなかったハリベル、しかし次の瞬間にはネロが叩きつけられている理由を、彼女は驚愕と共に理解していた。
叩きつけられたネロの前に立つのはハリベルが良く見知った紅い霊圧、先程まで意識を失い自分の後ろに横たわっているはずの人物、フェルナンドであった。

「少年(ニーニョ)!? 一体何が起こったというのだ・・・・・・」


ドルドーニは突然倒れたネロと、その前に立つフェルナンドの姿に驚きを隠せなかった。
つい先程までハリベルの後ろにいたはずの彼が彼女の前、ネロを叩き伏せて立っている。
そしてその瞬間も、どうやって其処に現れたのかもドルドーニは捉えきれていなかった。

「上空に跳び上がり一回転、落下と霊圧の解放の威力を乗せ、タイミングをずらした踵落としの二連撃を第2十刃の頭頂部に連続で叩き込んだ・・・か。・・・・・・しかしこの霊圧・・・・・・あの少年、無意味にその命を散らした・・・か・・・・・・」


ドルドーニと違いアベルはその”特異性”によってフェルナンドの動きをほぼ完璧に捉えていた。
アベルの言う通りフェルナンドは上空へと跳び上がると、落下の勢いを乗せた踵落としを連続でネロの頭部へと叩き込み、まったく予想だにしない強力な攻撃によってネロは床へと叩きつけたのだ。
そしてフェルナンドを捉え切ったアベルは、そのフェルナンドの放つ霊圧を”視て”彼の死を予見していた。

「クソデブが・・・・・・ 好き放題殴りやがって・・・・・・それに、この女を殺すだぁ?ふざけんじゃねぇ・・・ふざけんじゃねぇぞ・・・・・・殺してやる・・・骨すら残さねぇ。 テメェの薄汚ねぇ存在そのものを消してやる・・・・・・」


フェルナンドはどこか様子がおかしかった。
常の彼以上の強い言葉を使い、なにより放たれている霊圧は異常極まりないほど強大なものだった。
全力の更に上、常軌を逸した量の霊圧を放つフェルナンド、しかしそれは彼にとって”死”を意味するほどの量だった。
流れ出ていた血はその霊圧の奔流によって蒸発し、傷は広がり、其処から流れる血もまた直ぐに蒸発してしまうほどの密度と熱を持ったその霊圧。
頭部に受けたダメージにより、彼の肉体が、そして無意識の精神が致死に至らぬよう押さえていた霊圧解放の箍、それが外れた事により流れ出した、フェルナンドの身体が受けきる事ができない程の爆発的霊圧によりフェルナンドは“一時的”にネロに対抗できるだけの力を得たのだ。

例えそれが生命を燃やし尽くす所業であったとしても。

そうしてネロを叩き伏せたフェルナンド、しかしそれだけでフェルナンドは止まらなかった。
そのまま攻撃を仕掛けるのかと思いきやそうはせず、代わりにその腰の後ろに回した鉈のような斬魄刀に手をかけた。

「ッ! 止めろフェルナンド!! それはお前にはまだ“早すぎる”!!」


刀に手をかけるフェルナンドの姿を見て明らかに動揺するハリベル。
動揺と言うよりは焦りを色濃く見せるハリベル、彼女は知っているのだ、フェルナンドがその斬魄刀に手をかける事の意味を。
フェルナンドに刀を扱う”才”は無い、その彼が斬魄刀を抜こうとする理由など他には一つしかないのだ。

『刀剣解放』

刀の形に閉じ込めた己の力の核を、再び肉体に宿す破面としての真の戦闘形態の解放、今フェルナンドが行おうとしているのはそれなのだ。
しかし現状傷つき、何より未だ不完全であるフェルナンドの肉体では、己の力の核を受け止める事などできない。
もし今のまま解放すれば、逆に己の核の膨大な霊圧に肉体が耐え切れず、肉体の方が消滅してしまうだろう。
それが判っているハリベルは必死にフェルナンドを止めるよう声を張り上げ、彼の元へと駆ける。
しかしフェルナンドは止まらない。

「この女はなぁ! この俺が殺すんだよ!! 他の誰にもこの女は渡さねぇ!! ポッと出が横から出てきて邪魔するな!テメェにこの女は殺させネェ!!」


精神の箍が外れたフェルナンドは叫びながら斬魄刀を抜き放ち、逆手に持ったそれを頭上高く掲げる。
ハリベルは間に合わない、彼女が止めるよりも早くフェルナンドはその終焉の力を解き放ってしまう。
それでもハリベルは駆ける、こんなことで失うにはあまりにも惜しい才能、そしてそれ以上に『仲間』を失いたくないという思いが彼女を走らせる。
だが無情にもそのときは訪れた。

「『刻(きざ)めぇぇぇええ!! ヘリ・・・ォ・・・・ゥ・・・ぁ?・・・・・・・・・・・」


まさに今、フェルナンドがもう一人の自分の名を呼ぼうとする瞬間、ハリベルより早くフェルナンドの下へ辿り着いた者が居た。
それは男で、その男がフェルナンドに懐から出した小瓶に入った液体をかける、するとフェルナンドは一瞬のうちに意識を失い、背後に立ったその男に受け止められるように倒れてしまった。

「あららぁ~。この坊(ぼん)ホンマぼろぼろやわ、無茶しよるなぁ。」


倒れるフェルナンドを受け止める男、緊迫した雰囲気の中その男は飄々とし、その場の空気にそぐわない存在に見えた。
白よりも銀色に近い髪をしたその男、藍染と同じ黒い着物に此方は袖のない羽織を纏い、藍染とは違う種類の薄笑いを浮かべるその男。

『市丸ギン』という名のその男によって、この場は終着を見ようとしていた・・・・・・







蛇の毒が命を救う

匣は閉ざされた

そして罅は砕け

不死鳥が現れる










※あとがき

いろいろ出してみた回。

バラガンとネロ、そしてもう一人のオリキャラ『アベル』に真面目ドルドーニ
さらにはブチギレフェルナンドと解放未遂、終いにはギンまで・・・・・・

『アベル』に関してですが『ネロ』があんななので、真逆の感じにしてみました。
ネロはヤミーと、そしてアベルはウルキオラとカブってるか?
まぁその辺の差はおいおい出せれば・・・・・・・いいなぁw

血が蒸発するのに液体が蒸発しないとは是何ぞ?
それは簡単、ご都合主義だからさw

感想待ってます。







[18582] BLEACH El fuego no se apaga.22
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/11/06 20:48
BLEACH El fuego no se apaga.22










黄金の女神と緋色の暴君の激突は、紅い鬼童子によって阻まれた。
激情の中、紅い鬼童子はその命を燃やし尽すかの如く振舞う。
行先は”死”、しかし赤い鬼童子はそれを躊躇わない。
その凶行を止めたのは、銀色の蛇が持つ毒だった・・・・・・




「いやぁ~、ホンマに無茶しよる坊(ぼん)やなぁ~。2番サンに君が勝てる訳ないやんか。」

気を失ったかのようなフェルナンド、血だらけの彼の身体をその両肩を掴んで支えるようにしながら、まるで世間話でもしているかのような気軽さでその男は喋っていた。
目を引くのはやはりその髪の色、若者の外見にそぐわない白色の髪、いや、白色というより寧ろ銀色に近いそれは目元を多少隠す程度の長さで整えられ、光の反射によって一層際立って見えた。
着ているのは黒い着物、刀ではなく何故か脇差のみをその腰に挿し、そして袖は無いが藍染と同じ白の羽織を纏い、そしてその羽織の背中には『三』の文字が染め上げられていた。
糸の様に細められた目と持ち上げられた口角、男が現れてから常に浮かべているのは藍染と同じような笑み、しかしこの男の笑みは藍染の"笑み"とは違い意図的に作られたというよりは、もっと別のような。
覆い隠すのではなくそれ以外を知らない、というような印象を見る者に与えるその男。

彼の名は『市丸 ギン』

破面ではなく『死神』であり、藍染と同じ『護廷十三隊』においてその『三番隊隊長』を務め、なにより藍染自身がその”才能”を見つけ出し部下とした麒麟児であり、言うなれば藍染の右腕、矛盾と誤解を承知で言うのならば藍染惣右介がもっとも”信”を置いている人物であった。


「すんません藍染隊長、勝手に割って入ってもうて。チラっとしか見てへんけど、なんやオモロそうな坊やからこのまま死なすんは、どうにも惜しくなってしまって・・・・・・」


フェルナンドの肩を支えたまま、玉座から見下ろす藍染にダラリと頭を下げるギン。
”面白そう”、ギンがフェルナンドの自身の命を無視した凶行を止めた理由はそれだけだった。






藍染より一足先に玉座の間へと着いていたギンは、玉座の後ろにある通路の出入り口に寄り掛かりながら今回の事の一部始終を見ていたのだ。
三体の破面が圧倒的な暴力の前になす術なく曝され続ける、それを見ていたギンが何を思ったのかは定かではない。
ただその圧倒的な暴力を振るう破面、第2十刃ネロ・マリグノ・クリーメンが振り上げた拳を見たギンは唯、「終わりやな・・・・・・」と小さく呟いていた。
それが振り下ろされるのは時間の問題、そしてそう間を置かずして三体全てが死ぬだろうと予想し、ギンはその場を去ろうと踵を返す。

しかし、今まさに振り返らんとしたギンの視界の端が捉えた光景は、彼の想像の斜め上をいっていた。
拳を振り上げたネロの顔目掛けて、小さな破面が蹴りを叩き込んだのだ。

「ハ?」

思わず零れた呟きは、ギンの心境を如実に物語っていた。
仮にもネロは第2十刃、それに単身挑みかかるその小さな破面、そして何よりその行動が、ギンには今まさに死に瀕していた三体の破面を救おうとしているかのようにも見えた。
破面同士の繋がりとは”力の上下”のみなのだと考えていたギンにとって、その光景はあまりに予想外だった。
力無き者は淘汰される、そんな破面の世界にあってその小さな破面がとった行動はあまりに異常だった。
それ故ギンは通路の奥に向いていた足を止め、広間の方へと向き直る。

そして広場でネロの顔を蹴った小さな破面は高らかに、そして明らかに挑発するように言葉を紡いでいた。
見上げるほど大きな相手を見下すように、”「ようクソデブ。動かねぇコイツ等とやってもつまらねぇだろ?俺が相手をしてやるからかかって来いよ。」”と。

「なんやオモロそうな坊(ぼん)やなぁ~」


発せられたその言葉が全てを物語っていた。
その姿を見たギンの口角が常よりも更につりあがる。
それ以外知らない貌に更に喜色の度合いを増した笑みを浮かべ、眼下の小さな破面を見つめるギンの姿が其処にあった。






そうして小さな破面フェルナンドに興味を持ったギンは、そのフェルナンドの命の危機とも呼べる状況を打開した。
彼が誰よりも早くフェルナンドの下に駆け付けたのは、なにも速かったという訳ではなく、ただフェルナンドから目を離していなかったという事が大きい。
誰もがハリベルとネロの激突に意識が向く中で、ギンだけはそれよりもフェルナンドを見ていたのだ。
だがそれは心配というよりは寧ろ期待、あれで終わりか?もっとないのか? というギンの興味の視線が結果誰よりも早くフェルナンドの動きを気付かせ、誰よりも速く動き出す事ができた、というだけの事だった。

「いいんだ。 そんな事で君を咎めはしないよ、ギン。寧ろ止めてくれた事を感謝するよ、その彼はいろいろと”特別”だからね。」


謝罪するギンに対し藍染はそんなものは必要ないと答え、それよりもそのギンの行動に感謝するぐらいだ、と言った。
”特別”、藍染の口から零れたその言葉の意味とは何か、それはまだ定かではなく、それすらもこの藍染惣右介という男の詐術という可能性を多分に含んでいた。

「そんなら良かった。 そしたら坊は治療s・・・って、危ないなぁ、いきなり。」


藍染の許しの言葉にギンは下げていた頭を勢い良く上げ、そんな事などあったかといった雰囲気で飄々と振舞っていた。
そしてボロボロのまま気を失っているフェルナンドを治療させようとしたギンだが、その彼の首目掛けて閃光が奔った。
それは刀による一撃、ギンはそれを避けるとその一撃を放った者に先程と同じ、飄々とした雰囲気のまま話しかける。
咄嗟の事でフェルナンドの肩を放してしまったギン、そのまま床へと崩れるかと思われたフェルナンドの身体はその刀の一撃を放った者にしっかりと抱き止められていた。

「貴様・・・・・・ 市丸。 一体フェルナンドに何をした・・・・・・」


フェルナンドを抱きとめているのはハリベルだった。
刀を構え、その切っ先をギンへと向けたまま語る彼女の言葉には、明らかな怒気が含まれていた。
それもそうだろう、目の前で失われるはずだった彼女の『仲間』、解放によって死ぬ事はなかったがギンの行動によってまるで”死んだかのように”倒れた彼の姿を目にして、ハリベルは平静ではいられなかったのだ。

「なにすんねや4番サ・・・・・・あぁそうやった、今は3番サンやったね。 昇位しはったんやろ?僕も三番なんや、同じ三番同士仲良うしような?」

「そんな事はどうでもいい。 何をしたと聞いている・・・・・・」


そうして隠さず怒りを向けるハリベルに、ギンはやはり飄々と、向けられたその感情に気が付かないような素振りで、そして今し方彼女がその手に持つ斬魄刀ハリベルによって、自分の首を落としに来た事すらなかった事のように振舞う。
そうしてどこか掴み所の無いギンを前に、しかしハリベルはその雰囲気に流される事なく彼がフェルナンドに、自分の『仲間』に何をしたのかと問いただした。

「そんな事って・・・つれへんなぁ~。 ま、ええわ。何をした、言われても坊(ぼん)が大分危なそうやったから”この薬”をつこうたんや。『穿点』ゆう死神の薬でな、ホンマなら一滴で充分なんやけど君ら破面(アランカル)にちゃんと効くか判らへんかったから、一瓶まるごとつこたんや。効果は・・・ まぁ見ての通りやな。」


硬く、警戒を解かないハリベル、そんな彼女の様子を見て残念そうに肩を落とすギン。
しかしそれも束の間、未だ刀を向けるハリベルにギンはその懐から、彼の掌に収まるほど小さな薬瓶を取り出しハリベルへと見せる。

『穿点』、そう呼ばれたその薬瓶の中身、それは死神が用いる薬だと説明するギン。
穿点と呼ばれる薬は本来は一種の麻酔薬であり、液状でなく揮発させ、気体として吸入させて手術などの治療の際の麻酔として使用する薬である。
しかし皮膚などから液体のまま吸収した場合その者の体内での霊子の運動に過度に作用し、霊子の運動は急激に低下、その霊子の変化に伴い大抵の者は一滴皮膚に付着しただけで、卒倒してしまうほど強力な薬でもあった。

それを一瓶まるごとフェルナンドに使ったというギン。
本来一滴で卒倒するほど強力な薬を一瓶使い切る、というのは危険な行為ではあった。
しかし死神と似通っているといっても元は虚である破面達、本当に穿点が、死神の薬が効くという保障は無く、急を要する状態であったフェルナンドを止める為止む無く一瓶全てを使用したのだった。

「・・・・・・ 無事、なのだな?」

「心配せんでエエよ、ただ気を失ってるだけや。どっちかゆうたらそのボロボロの身体の方が危ないわ、はよう治療せんと僕が助けた意味なくなってまうで。」


ギンに対し、フェルナンドは無事なのかと確認するハリベル。
ギンが使った薬や、その効果などハリベルにとっては本当はどうでもいい事だった。
本当に彼女がその感情を顕にしてまで知りたかった事、気がかりだった事は、フェルナンドが無事なのかどうか唯それだけだった。
『仲間』というものを再確認した彼女にとって、今一度、目の前でそれを失うのは耐えられない事であった故に。
そうしてフェルナンドの無事を確認するハリベルに対しギンが返した答えは肯定。
それを聞いたハリベルは、ギンに向けていた斬魄刀を下ろし背に背負った鞘へと器用に納めた。

「そうか・・・・・・ 刀を向けた事は詫びよう。コレが世話になった。」


意識の無いフェルナンドを支えるようにしながら、ハリベルがギンへと頭を下げる。
ギンのほうはそのハリベルの姿を見てどこか謙遜したような風で軽く手を振ってそれを止めさせた。

「ええって、僕がすきでやった事やから。 その坊オモロそうやんか、こんなしょうもない事で死なれたらつまらんやろ?」


そう言ってハリベルに笑顔で語りかけるギン、本当にただ面白そうだから助けたというだけの理由で彼はフェルナンドの命を救ったのだった。
フェルナンドが、そしてギンが割って入った事によってネロとハリベルの戦いは回避された・・・・・・かのように見えた。
ハリベルに最早戦う気はなく、フェルナンドは意識を失い、もとよりギンは二人の戦いなどどうでも良かった。


だが一人、屈辱と怒りとその傲慢なまでの自尊心によって今にも爆発してしまいそうな男がいた。

「しょうもない事だと? オレ様を蹴ったならいざ知らず、オレ様の指を斬ったならいざ知らず、この”神”たるオレ様の頭を二度も足蹴にしたその小蠅の行為がしょうもない事だと?ゲハハ、そうか・・・・・・ お前等全員、よっぽど死にたいらしい・・・・・・なら死ね・・・今死ね・・・直ぐに死ね・・・・・・今、此処で、死に絶えやがれ!ゴミ共がぁあアァァあアア!!ウオォォォオァァアアァアァアアアア!!!』


床に叩きつけられた、というあまりに予想外の出来事によって今まで沈黙していたネロが一気に起き上がり、喚き散らし咆哮した。
彼にとってそれはありえない事、”神”たる自分の上からその頭を踏みつけるかのごとき攻撃が降ってきたのだ。
目の前の獲物であるハリベルへと集中していたネロは、その振ってきた二対の踵に気付く事ができず、結果その頭頂部に直撃を許してしまった。

そしてそれは彼に理性を放棄させるのに充分たる出来事であった。
ネロにとって最早フェルナンドが、ハリベルがという問題ではなくなっていた、目に映る全てが彼にとって殺すべき愚者にしか映らなくなっていたのだ。
そうして最も手近にいるギンへと拳を奔らせるネロ。
しかしギンの方はそれを避ける素振りすら見せず、相変わらずの笑顔のまま一言、小さく呟いた。

「あんまり”オイタ”が過ぎると怒られてまうで?」


小さく、けれど周りにいる者にしっかりと聞こえたその呟き、それはネロに宛てたものか、それとも彼が単に思った事を口にしただけなのか。
しかしその呟き程度でネロは止まるはずも無く、奔る拳はギンへと吸い込まれていく。
小さな呟きはそのまま彼の遺言となってしまうかに思えた、しかし次の瞬間その呟きに答える者がいた。



「その通りだ。 少々目に余るな、ネロ。」



静かながらも威厳に満ちたその声、それと同時に暴れまわるネロの胸の前、正確には彼の胸に空いた孔の前に指の先程の小さな正方形が現れた。
現れた正方形、そして変化は劇的に訪れる。
その小さな正方形が四方へと瞬時に弾けたのだ、弾け、膨大な光を発しながら広がるそれは光の帯となり、眩く発光する帯びの表と対照的にその裏側はその光を吸い込むかのごとき暗黒だった。
四方へと広がった帯はその方向性を一方向に、ネロの方へと揃え彼を幾重にも包み込むように覆い隠す。
光と闇の帯び、それに包まれていくネロ、そして包まれていく彼の姿は次第にその場の景色と同化していき、まるで断末魔のような叫びだけを残し最後にはネロの姿はなくなっていた。

静まり返る広間、その静けさは叫びが聞こえなくなったせいか、それともネロという暴虐の徒が消えてしまった事への驚きか、そうして静まり返る広間の破面たちの視線が注がれる先は、玉座に座りながら片腕を軽く前に出している藍染の姿だった。

「藍染様、アレは・・・・・・」


そうしてその場にいる全ての者の疑問を代弁するかのように、緑の瞳と雪の肌をもった破面、ウルキオラが藍染に問いかけた。
その問に藍染は然も無い事のように答える。

「あぁ、アレは君たちも知っている『反膜の匪(カハ・ネガシオン)』だよ、ウルキオラ。といっても君達十刃に渡している物とは少し違う、通常の反膜の匪は一つの閉次元に対象を幽閉するのだけれど、アレは"連続した"閉次元に対象を幽閉するんだ。一つ閉次元を破った先にはまた違う閉次元が、その先にもまた、といった具合に閉鎖された次元を意図的に捻り。連環状に並べ、更にそれ自体も閉じている、という事さ。言うなれば『連反膜の匪(カハ・ネガシオン・アタール)』と言ったところかな。」


そうしてウルキオラの問に答える藍染。
『反膜の匪』というのは藍染が十刃それぞれに与えた物であり、その用途は部下の処罰に使用するための道具だ。
対象の霊体を永久的に閉次元に幽閉することが出来るこの匪、数字持ちクラスではその閉次元から抜け出す事はかなわず、かといって霊体である彼等は霊子の濃い場所では呼吸するだけで存在し続けられる、故に餓えて死ぬことも無く永遠に閉じ込め続けられるのだ。
しかし反膜の匪は部下の処罰用に造られた側面が大きく、それ以上の霊圧を持つ十刃クラスへの使用は考慮されていない、故に対象の霊圧如何では自力で抜け出す事も可能なのだ。

しかし今回藍染がネロに対して使った『連反膜の匪』は違う。
十刃クラスたるネロならば、2~3時間で通常の反膜の匪の閉次元を破り、抜け出してしまうだろう。
だがその抜け出した先がまた閉次元なら、それを抜けた先もまた同じ、その先も、その先も、その先も、と連続して続く閉次元に閉じ込められたとしたらどうだろう、その全てを破壊し抜け出すというのは、現実的に不可能に近いのではないだろうか。
それこそが連反膜の匪の特異性なのだ、そしてその特異性は同時に一つの事実を物語る。

藍染はその意思一つで、十刃を永遠に幽閉する事が可能である、と。

「一つ宜しいでしょうか藍染様。 第2十刃殿は永遠に閉次元に囚われる、という事でしょうか。それでは十刃に空席が生まれるのでは?」


藍染の説明に対して一人の十刃が質問を投げかける。
髑髏の耳飾と首飾り、頭頂部にとげのような仮面の名残を残した浅黒い肌の大男、角張った顎に黒い仮面紋が奔り、眉は無く厚めの唇、服の上からでもわかる筋肉質な体形、後ろ手に腕を組みその手に斬魄刀を握ったまま藍染へと正対するその男は、第7十刃(セプティマ・エスパーダ)『ゾマリ・ルルー』だった。

「心配は要らないよ。 ”鍵”さえあればコチラからなら何時でも扉を開く事ができるようにしてあるからね。だがネロには当分は中に居てもらう。 少し頭を冷やしてもらおうと思ってね、あのままでは玉座の間が崩壊してもおかしくなかった。私としても苦渋の決断だったよ。」


ゾマリの問にまるで他に手は無かったかのように話す藍染。
それこそ彼の実力を持って磨れば手などいくらでも在るのだ、唯彼の中で単に効率的に事を進めるには連反膜の匪が一番良かった、というだけの話、ネロをこの場から離す事と、連反膜の匪自体の起動、実証実験も兼ねての運用情報の蓄積、常に彼の元には”利”のみが残る、そうなるように立ち回るのが藍染惣右介の習性、とも言えた。

そうして離し終わると、藍染は玉座から立ち上がり二回ほど手を打ち鳴らした。
響くその音が更に彼への注目を集めさせる。

「さて・・・・・・ こうも誰もいないのでは私が話す意味も無いかな。今日はこれで解散とし、後日改めて集まってもらう事にしよう。では解散だ・・・・・・ ハリベル、君もフェルナンドを置いて下がりたまえ。彼の治療は私がしよう。」

「 お待ちください藍染様っ!・・・・・・!!」


ネロの暴走により閑散となった広間、数えるほどしか居なくなった破面達だけに話をしても意味は無いと、藍染はこの場は解散すると決した。
そしてハリベルを呼び止めると、フェルナンドを置いて下がるように云いつける、彼自身がフェルナンドを治療するから、と。
それに対しハリベルは難色を示した、それを伝えようと彼女が言葉を発した瞬間、まるで天井が振って来たかのように彼女はその場で押しつぶされるような感覚を味わっていた。
それは嫌というほど良く知るもの、藍染惣右介の放つ霊圧にほかならなかった。
それ自体が物理的に存在しているかのような圧倒的密度と量、それが彼女の上に今圧し掛かっていたのだ。

「私は”下がれ”と言ったよ、ハリベル。 今回の事は君にも責任がある、暫くは従属官と共に宮殿でゆっくり謹慎していてくれ。心配は要らない、フェルナンドは必ず治すよ、いいね?ハリベル。」


有無を言わさぬ霊圧の波濤、自身の望む答え以外は必要無いとでも言うかのようにハリベルへとその霊圧を向ける藍染。
決して全力を出して、必死になってその霊圧を出している様子は彼には無い、それこそが彼の信の実力を物語っていた。
先の折ネロはその教唆と詐術にたけた頭脳に目がいき、見落としているのだ、藍染惣右介は”力”を持って破面を支配しているという事を。
それを今身を持って味わっているハリベル、彼女の中でも葛藤はあったろう、しかし確実に、フェルナンドの身を案じるのならばその答えは自ずと導かれた。

「クッ・・・・・・ 申し訳、ありません・・・でし、た。・・・・・・出過ぎ、た申し出・・・お許しくだ、さい。


そうして彼女が折れた直後、その押し潰すかのごとき霊圧は嘘のように消え去った。
そして藍染は依然として笑顔のまま彼女を見下ろす。

「ありがとう、ハリベル。 わかってくれて私も嬉しいよ。では皆、後日会えるのを楽しみにしているよ。ギン、彼を頼む。」


そうしてハリベルに形ばかりの礼を告げた後、藍染はギンへとフェルナンドを連れてくるよう命じ、その玉座の裏に在る通路に消えていった。
藍染が居なくなった事により、ハリベル以外の十刃もそれぞれ自分の宮殿へと引き上げていく。
そして残ったハリベルにギンが近付き話しかける。

「ほんなら坊は預からせてもらうわ。・・・・・・心配いらへん、ちゃぁんと治して貰うよって。」

「すまん・・・・・・ 頼む・・・・・・」


ハリベルが抱きとめるようにして支えていたフェルナンドの身体を、ギンはゆっくりと持ち上げた。
そうして持ち上げたフェルナンドの身体は想像以上に軽く、それを今まで支えていたハリベルが気付かないはずも無く、そのどこか不安さを感じさせる瞳を見たギンは、常の笑顔とはまた別の、笑顔では在るのだが真剣な雰囲気をその身に纏わせハリベルに心配ない、と言った。
対してハリベルは唯一言、すまんと、そして頼む、というに留まった。
それだけで彼女の思いは伝わったろう、そしてギンはそれ以上彼女に声をかける事無く、藍染の消えた通路へと入っていった。





「あぁ、来たね、ギン。」


振り返るようにして部屋へと入ってきたギンを迎える藍染。
その藍染の前には一つの装置、人一人がゆうに入れそうな円筒状の透明な筒、そしてそれに繋がる無数の管と、なにやら良くわからない装置の類がギンの目の前に広がっていた。

「は~、いったいコレなんですのん? 藍染隊長。」


フェルナンドを抱えたままそう口にするギンに藍染はその装置を説明する。
要約すると円筒の中に対象者を入れ、意図的に霊子の濃度を増した薬液で満たす事で対象者の外傷、また霊子的欠損の修復と、それに伴う霊圧の回復を行う装置、という事のようだった。
研究者ではないギンにとって半分も理解できない内容だったが、フェルナンドの治療に使うという事はわかったようだった。

「では、始め様か・・・・・・」


フェルナンドの身体を円筒に納め、装置を起動する藍染。
どこか嬉々とした様子なのはフェルナンドの破面化の際と変わらなかった。
治療はする、しかしその結果何が起こるのか、何も起こらないのか、起こるのならば何が起こるのか、彼にとってわからない事、予想のつかない事ほどの”娯楽”は無いのかもしれない。
全てにおいて誰よりも抜きんで、先んじて解ってしまう藍染にとって普段わからないという事に触れる機会は少ない。
故にこの状況は彼にとって久々に触れる不確かであり、やはり”娯楽”なのだ。

それが例え他者の命を弄ぶ行為であっても。


円筒の中が薬液で満たされる。
その中をたゆたう様に浮かぶフェルナンド、その身体は過度の霊圧解放により崩壊が始まっていた。
傷口が裂け、そして人体ではありえない罅がその傷口から奔っていた。
肉体というよりは、朽ちていく石像の様な印象を受ける痛々しいフェルナンドの姿、それは代償の姿なのか、己の生命というものを省みずそれを火にくべ燃やし尽くしたが故の結末の姿、その一歩手前の状態が今のフェルナンドだった。

「藍染隊長、一つ聞いてもエエですか?」

「なんだい? ギン。」


嬉々として作業する藍染にギンは一つ疑問を投げかける。

「どうしてそこまで坊(ぼん)を気に掛けはるんです?」


ギンの言う事は至極的を射ていた。
そもそも何故藍染がコレほどまでフェルナンドに肩入れするのか、他の者にそれは理解できない事だろう。
その問に藍染は特に考え込む事も無くすんなりと答えた。

「君と同じだよ。 面白そうだからさ、彼は非常に興味深い個体だ、その存在自体が奇跡じみているんだよ。奇跡などという安い言葉を使いたくなるほど、ね。」


面白そうだから、藍染もギンと同じにフェルナンドに他とは違う何かを見出していた。
しかし藍染がギンと違うのは、ギンがフェルナンドの”在り方”に興味を抱いているのに対し、藍染はその”存在”の方に重きを置いているような、内面、精神はどうでもいい、あくまでその外郭としての”存在”が彼に興味を抱かせているようだった。

「やっぱりそう思いはりますか。 いやぁ~一目見てピンと来たんですわ、オモロい子ぉやって。イヅルとはまた違う種類ですけどね。」

「あぁ、彼は非常に興味深いよ、そして何より彼は私の”駒”として相応しい。重要な部分になりえる可能性がある。」

「重要な、ですか? そりゃまたいったい・・・って、なんやなんや?」


微妙にずれている二人の会話、見ているものがほんの少しずれているのだろう、そして藍染が口にした”重要”という部分を聞こうとギンが再び藍染に話しかけたときある変化が起こった。
フェルナンドの入った円筒に満たされた薬液から無数の気泡が上がり始めたのだ、それは加速度的に量を増していく、それは見たされた薬液が何らかの理由で沸騰しているという事を表していた。
そしてその理由など一つしかない、フェルナンド、彼がこの事態を巻き起こした理由だった。

「どうやらフェルナンドの身体が大量の熱を発しているようだね。薬液に満たされた霊子で穿点の効果が弱まったようだ、更に霊子を吸収して霊圧が急上昇している。これは装置が持たないな・・・・・・ギン私の傍へ・・・」


藍染は冷静に状況を把握していた。
現状に至るでの経緯を瞬時に把握し、それを余す事無くその頭脳に記憶する。
そして熱源たるフェルナンドの身体は更に身体中に罅を刻み、今にも砕けんほどとなっていた。
肉体が砕ける、それは”死”以外の何者でもない、そしてそれはフェルナンドに迫り、そしてその時は訪れた。

「縛道の八十一『断空』」


石が、硝子が砕け、割れるような音と共に残酷にもフェルナンドの身体が砕けた。
終焉の音、生命の終わりの音が響き、そしてその直後、罅の奥からまるで噴出すように紅い紅い炎が大量に噴出した。
それは一瞬で円筒を満たし、更に溶かし尽くして外へと飛び出す。
部屋を満たさんとばかりに荒れ狂う炎の奔流、しかし藍染は縛道の術によって自身の前に出現させた薄い光の壁によってそれを完全に防いでいた。
その壁に阻まれながらも尚も荒れ狂う炎、そして荒れ狂うようだった炎は次第に弱まり、そして収束し、部屋の中心で2mほどの火球となり落ち着いた。

荒れ狂っていた炎が一点に集まったそれは、炎と霊圧の塊だった。
集まり、尚も燃え続けるその火球、まるで小さな太陽が其処に顕われたのかという程の熱量を放ちながら回転するそれ。
それを藍染は光の壁越しに見ていた。

「藍染隊長、あれは一体なんですか?」


火球を指差しながら訪ねるギン、それは当然の疑問だった。
フェルナンドの身体からあふれ出た炎、本来、破面として肉体を失ったフェルナンドは”死んでいる”。
しかし目の前の小さな太陽からは明らかにフェルナンドの霊圧を感じるのだ。

「あれ”も”フェルナンドさ。 ・・・・・・ギン一つ聞くが、魂魄が”最も安定する形”というのは知っているかい?」

「そりゃもちろん、”人型”です。」

「その通り、人の魂が種として最も長く、連綿として積み上げて来た形、それが”人型”だ。人間だろうと死神だろうと、そして虚だろうとそれが本当は一番安定する形なのだよ。」


魂の形、それが最も安定する形、それは人型であると藍染は語る。
人間という種族が積み上げて来た年月、そして親から子へと受け継がれるように連なる遺伝によって、魂の最も安定する形は”人型”なのだ。
人間、死神はもとより破面(アランカル)も元を辿れば人間の魂魄である事に変わりは無い、それ故力あるは面達は破面化の際人型をとるのだ。

「彼、フェルナンドは少し変わっていてね、大虚だった頃は肉体が無かったんだ。それ故自分の最も安定した形、というものも判らなかった。炎を収束すると馬の形になるそうだが、それはおそらく炎となる前の彼が馬の形をした虚だったのだろう。しかしそれすらも忘れてしまうほど彼は不安定な存在だったのだよ。」


大虚だった頃のフェルナンドの状態を語る藍染。
炎とは即ち無形である、確たる形の無い流動する”力”の塊、それを自我を持って己が身体としていたのがフェルナンドだった。
そしてそれはひどく不安定なものだと藍染は言うのだ。

「彼の破面化の際、私はいつもとは違う術式を試した。炎を用いて肉体を再構成する、という術式、しかしこの術式には欠点があった。それは"現状の"炎のみで再構成を行ってしまう点だ、彼はハリベルとの戦いで消耗していた。そのまま破面化を行った為彼の肉体は不完全に、小さく脆い少年のそれになってしまったのだよ。」

「はぁ~、それでこんなちっこい破面になってもうたんですか。」


フェルナンドという炎、その再構成と欠陥、ギンにそれを語る藍染だがその瞳はギンを見ておらず、未だ燃え盛る火球を見ていた。
消耗した炎による不完全な身体、それが現状のフェルナンドだった、そして藍染は更に言葉を続ける。

「先ほど言った魂の形、それはその魂魄が最も安定する形だ。だがもし、魂の形とそれが入る器の形が違っていたら・・・・・・器は溢れる魂を受けきれず、その重さに耐えられず何時かは割れてしまうだろう。そして今フェルナンドに起こっているのはまさにそれさ。ネロによる肉体への過度負荷、そして箍の外れた精神、回復を始めていた彼本来の霊圧が一気に噴出し、結果、彼の肉体と言う名の器は崩壊してしまったのさ。」


そう、魂と肉体の差、それがフェルナンドに起こった自称を全て説明する鍵だった。
肉体が魂を完全に受けきれていないという事実、小さな器に大量の水を入れれば零れるのは明白、そして魂という名の”重み”を持ったその水は何時か器を壊してしまう、霊圧を解放したフェルナンドが負傷するのはそのためだったのだ。
しかし、破面化よりおよそ半年、霊圧も回復してきていたフェルナンド、その彼にネロという破面が加えた尋常ならざる肉体への負荷と、おそらく彼がこの虚夜宮に来た最たる目的を邪魔されるという精神的な負荷が相まって箍は外れ、魂の水は一気に器たる肉体へ降り注いだのだ。
そしてフェルナンドの肉体はその圧倒的な圧力によって崩壊してしまったのだ。

「ほんならあの火の玉が坊(ぼん)ゆうことですか?でも、あれやと破面いうより大虚に戻ってしまったみたいやなぁ。」

「いや、そうでもないさ。 フェルナンドの魂は自身が最も安定する”人型”というものを知った。そして須らく魂は安定を望む、私の考えが正しいのならば・・・・・・始まったようだね・・・・・・」


その藍染の言葉が契機となったかのように、火球に変化が起きる。
2m程だった火球は更に小さく、その円の中心へ向かって収縮していった。
そして火球が収縮するにつれ現れるのは人間の四肢、その末端である手であり足であった。
尚も収縮を続ける火球、そして見え始めたのは腕であり脚であり、そして頭部と続き、遂に火球はまるでその肉体の胸に空いた孔に吸い込まれるかのように消え去り、その場に残ったのは一人の”青年”だけだった。

細身の身体、身長は160~170cm前後か、線は細いがその身体はしなやかさと力強さを備えたような筋肉に覆われていた。
髪は金色、短めで後ろに跳ね上がるよう流れ、後ろ髪だけは他と比べ少し長めであった。
胸の中心には黒い孔が穿たれ、額の中心には紅い菱形の仮面紋、左の眉からコメカミ、左目の下を添うように残った仮面の名残は健在で、今は閉じられている瞳はきっと燃えるような紅だろうことを予見させた。

そこには”成長した”フェルナンド・アルディエンデという名の破面が確かにいた。


「あららぁ、一気におおきゅうなってもうた。」


ギンが眉を上げ驚いたような素振りで呟く。
彼にしてみれば予想外の結末だろうそれ、しかしもう一人の男藍染は少し違っていた。
ギンの前に居る藍染は驚き、というよりも寧ろ歓喜の色を濃くしたような雰囲気。
所詮彼にとって”娯楽”以外の何者でもない今回の出来事だが、その結果は上々のものと言えたのだろう。
喜色を浮かべ、藍染が小さく呟く。

「やはり君は面白い、フェルナンド・アルディエンデ・・・・・・」


一層深い笑みをその貌に刻み付けた藍染が、フェルナンドの再誕を祝福していた。







蘇りし紅

十の剣に刻まれし

童子の躍動の記憶

剣達は何を思う・・・・・・










※あとがき

難産過ぎた・・・・・・
いろいろ出しすぎた前回、おかげで筆が進まない・・・・・・
そして結局今回もいろいろやらかした感はアリ。

『穿点』の設定や『連反膜の匪』は独自です。
出来るだけ違和感無いものに仕上げた心算だけどどうでしょうか?

魂云々についても独自です。
そしてフェルナンド成長フラグ回収、大体17~19歳くらいの
身体が出来上がったあたりと思ってください。
これでいろいろ動かしやすくなったかな。










[18582] BLEACH El fuego no se apaga.23
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/11/15 01:20
BLEACH El fuego no se apaga.23







「陛下、何か良い事でも御座いましたか?」


玉座での一件の後、第1十刃バラガン・ルイゼンバーンは自身の宮殿へと戻り、数多の骨が組み合わさって出来た豪奢な椅子に腰掛けていた。
その後ろには装飾なのか赤い布が幾重にも折り重なるように天井から下がり、入り口からその椅子までを長く一直線に真っ赤な絨毯が敷かれ、その絨毯の両脇に膝を折り、頭を深く下げて居並ぶ彼の従属官達。
その中で最もバラガンの座る椅子に近い場所にいた、剣歯虎の頭蓋の仮面を被った三つ編みの従属官がバラガンへ話しかける。
そして数瞬の沈黙の後、バラガンがその鋭い視線を件の従属官へと向ける。

「・・・・・・わかるか・・・」


バラガンの口から紡がれたのは肯定の意。
従属官の語った事に対してやはりわかるか、とその口元を僅かに緩め答えた。

「はい、衆議より御戻りになられてからの雰囲気が幾分、和らいでおられました故。」

「フン、大した事でわないわ。 ネロの阿呆(アホウ)がボスに灸をすえられただけじゃい・・・・・・」

「はぁ・・・・・・ 第2十刃が、ですか・・・・・・では”良い事”というのは一体・・・・・・」


従属官の”雰囲気が和らいだ”という言葉を鼻で笑いながら、バラガンはネロが藍染によって幽閉された事を明かした。
虚夜宮全体で見ればある意味大事件であるそれを、大した事ではないと切り捨てるバラガン、そんなバラガンの態度に幾分困惑しながらも従属官は、彼の雰囲気を和らげた”良い事”というのは何かと訪ねた。
その従属官の言葉にバラガンはまたも数瞬沈黙し、そして小さくククッと笑ったかと思うとそれを話しはじめた。

「なに・・・ ネロの馬鹿垂れが金髪の童(わっぱ)に良い様に叩き伏せられよったのだ。 ”力”をただ”暴”として振り回す事しかできん彼奴にはいい薬よ・・・・・・それにしてもあの童・・・・・・ ハリベルの奴が随分気にしていたようじゃったが何者か・・・・・・」


従属官に己の機嫌のいい理由を話すバラガン。
それはネロがあまりにもいい様に叩き伏せられたことが理由だった。
”叔父貴”、とバラガンの事を呼ぶネロ、初対面でネロはバラガンが第1十刃だと知るといきなり彼へと襲い掛かった。
虚夜宮で一番強い第1十刃、それを殺せば自分が最強だと証明できる、実に短絡的で単純な思考、しかしそれは戦う事しか知らぬ彼等にとって真理に近いものだった。
結果、なす総べなくバラガンに返り討ちにあったネロ、真っ向から力で捻じ伏せられたネロにとって初めての経験(敗北)、そして自分より強いとバラガンを認めた彼はバラガンの事を”叔父貴”と呼ぶようになっていた。
そうしてバラガンに対し一応の敬意を払うネロをバラガンも気には掛けていた、しかしその後もネロの振る舞いは癇癪を起した子供と同じだった。
その認識はバラガン以外の十刃、そしておそらくは彼らの創造主藍染も同じであろう。
しかしそれでもネロが第2十刃の地位でい続けられる、それは彼がそのどうしようもない性格を補って余りある”力”と、”真なる力”を持っているが故でも在った。


しかしそのネロが叩き伏せられる、それも子供の外見をした小さな破面に、だ。
それは意思無く、ただ感情の赴くまま暴れるだけのネロに訪れた転機であると、バラガンは考えていた。
振り回すだけでは駄目だという事を知る転機、”暴”を”理”でもって制し、戦う事こそが本来のあり方であることを知る転機であると。
しかしその転機を生かすも殺すも結局はネロ次第、幽閉された閉次元の中で少しでもネロが考えるという事を学べば、と思うバラガン。

そしてもう一つ、そもそもネロを叩き伏せたあの小さな破面、あれは一体何者なのかという事。
一瞬の、それこそ燃え尽きる前の蝋燭の火の如き一瞬の力、おそらく命と引き換えであろう力でもってネロを叩き伏せた少年、第3十刃であるハリベルがやけに気にしていたが一体何者か、バラガンの内に残る疑問、しかしそれはあっさりと解決する。

「金髪の童・・・・・・・・・ おそれながら陛下、それはおそらく『フェルナンド・アルディエンデ』という名の破面で御座いましょう。番号は未だ与えられておりませんが、先頃起こった『数字持ち狩り』を行った張本人である、という噂が虚夜宮全体でまことしやかに囁かれております。」

「ほぅ・・・・・・ あの童(わっぱ)が、のう・・・・・・」


バラガンの疑問に答えたのは跪いている従属官の中の一体、頭頂部から目元、鼻先にかけてと、顎の線に沿うように顔のほとんどを仮面で覆われている長髪の従属官だった。
その従属官が語るのはその金髪の童の名はフェルナンド・アルディエンデ、数ヶ月ほど前に起こった『数字持ち狩り』なる事件を起こした張本人である、というのだ。
それを聞いたバラガンはその言葉に多少驚いた様子だった。
バラガンもその事件事態は知っていた、だが所詮数字持ちの諍いであり、十刃、それもその頂にいる自分には関係の無い事と深く知ろうとはしなかった。
だが、彼の従属官が言う事が本当であればあの少年はたった一人で数字持ち全てを倒した、という事になるのだ。
数字持ち、といっても人数は多い、与えられる数字の最大がNo.99、現在その数字を持つものがいるかは不明ではあるが、その中から従属官を差し引こうとも、少なく見積もっても数十名近くいることに変わりは無い。
それをあの少年がたった一人で全て倒したという、俄かには信じられない事ではあるが、実際その片鱗を見ているバラガンにとってその事実は素直に受け入れられるものであった。

「フハハハハ、なるほど、あの童(わっぱ)がそうなのか!確かに光るものは持っておったわ・・・・・・ならば、一つ試してみる・・・か。」


バラガンは一つ大きく笑うと何事か納得したように頷く。
そして玉座のまでの一件を思い起こし、その記憶の中のフェルナンドの中に煌く”力”の片鱗を確かに見ていた。
そうしてバラガンは手を自分の顎に持っていき、二、三度その顎に蓄えた髭を撫でると口元を歪ませ、鋭い目付きで何事か思案するのであった・・・・・・




――――――――――





第4十刃、ウルキオラ・シファーは彼にあてがわれた宮殿の一室にて瞳を閉じ、佇んでいた。
部屋というものはその部屋の主の内側を映し出す鏡だ。
几帳面な者はその隅々までが整理され、逆に大雑把な者は乱雑に、精神が充実している者の部屋は明るく、病んでいる者は暗く淀んだそれとなる。
そして今、ウルキオラが佇むその部屋は、殆ど何も無い、装飾というものをまったく排した部屋だった。
それほど大きいという部屋ではない、しかしあまりにも何も無いゆえその部屋は実際よりも大きく見えた。
在るのは一脚の椅子と、切れ込みのように縦長に空いた採光用の窓だけだった。

その部屋がもし彼の内面を写しているとするならば、彼の内側は“空(から)”なのだろう。
何を求めるものでもなく、ただ淡々と、そして粛々と与えられたものだけを完遂する。
そこに自己の考えなどというものを挟むことすら彼には思いつかない、ただ粛々と主たる藍染の命だけを実行する、それが彼の存在する理由の全てなのだ。

瞳を閉じ佇むウルキオラ、その瞼に映る景色、それは玉座での出来事だった。
ネロとフェルナンドという二人の破面が起した事の顛末、実際にはネロが原因であるのだが今更何を言ったとて何かが変わるわけでもない。
そして争う二体の片割れの姿を見るのは二度目、正確には三度目ではあるが彼にとってそんな事はどうでもいい。

そう、どうでもいい事なのだ。

ウルキオラにとって玉座で起こった一件は所詮どうでもいい、瑣末な出来事にほかならなかった。
第2十刃と塵の諍い、周りはどうあれ彼、ウルキオラのこの事柄に対する認識などその程度だった、どちらが有利だった、どちらが優勢で結果どちらが勝利者と言えた、などという安い評論じみた事を彼はしない。
結果も、それに至る過程も知る必要など無い。
瑣末、瑣末の極み、ウルキオラにとって必要なのは藍染の命令を完遂する事であり、その他の出来事、それこそ他者の生き死に等は瑣末過ぎる出来事にほかならないのだ。

しかしその瑣末に過ぎない出来事がウルキオラの内から消えなかった。
思い返すウルキオラの瞼に移るフェルナンドの姿、何故か血塗れの彼、そして何故かその血塗れの彼は強大な力で第2十刃を叩き伏せる。
叩き伏せたネロを前に何事か叫ぶ彼、ウルキオラの理解の外に在るそれは感情の発露だろう、理性で押えつける事ができないその叫び、それはフェルナンドという破面の奥の奥、その更に奥である彼の最奥にある存在、容無く、触れる事も見ることもできないが確かに存在するであろうそれが引き起こす叫びと”力”。

『心』

情報としては知っている、そういうものが存在するのだという知識をウルキオラは持っていた。
頭を割っても見えず、胸を裂いても見つからないそれ。
その現実としてその目で視る事も、その手で触る事もできない存在、あまりにも不確かなそれをウルキオラは理解できなかった。

瑣末な出来事の中に潜む小さな疑問。
フェルナンドという破面が見せた不可解な”力”、そしておそらくそれを引き出したであろう『心』という不確かな存在。
その疑問はウルキオラの内に小さな棘となり刺さった、命令のみを遂行する機械に近かったウルキオラの内側に芽生えた興味という感情。


『心』とはなにか?


瞳を閉じ佇むウルキオラ、その”解”を求め思考に埋没する彼がその”解”にたどり着くのは、まだずっと先の事だった・・・・・・




―――――――――





「生き延びた・・・か・・・・・・」


第5宮、その中でも一際高い塔の最上階で、その宮殿の主第5十刃『アベル・ライネス』は小さくそう呟いた。
アベルは彼の持つ”千里眼”なる能力によって、玉座の間を去った後、藍染によって連れて行かれたフェルナンドの状況、そして変化と再誕の全てを”視て”いたのだった。

『諦観』、彼が象徴する死の形、諦めというそれは肉体ではなく精神の緩やかな死を意味していた。
アベルにとって諦めとは何事にも期待しないという事、期待というものには何の根拠も無く不確定であると同義であり、不確定とは即ち事象の揺らぎであるとし。
個人の利己的な感情が多分に含まれたそれは往々にして裏切られ、その揺らぎにり生まれた不必要な事柄は、結果として更に必要以上の無駄な労力を生む。
アベル・ライネスはそれを好まない。

期待、希望、安易にそして安直に信じたくなるそれは不確定であり参考に値せず、それにより生まれる揺らぎ、更にそれを解消する為の必要以上の労力、必要以上という事は即ち不必要、余剰であるそれは無駄でしかなく故に無意味である。
ならば初めから何事にも期待せず、いや、初めから余剰など無いとするならば残るのは必然性のみであり、完全である。

アベルの根底に流れるのはそういった思考、歪な考え、しかし本人が強く信じれば他者はどうあれそれが本人にとっての真理なのだ。


そして今日、そんな考えを持つアベルの前に一体の破面が姿を現した。
『フェルナンド・アルディエンデ』、直接会う事は初めてであったが、アベルは随分と前からフェルナンドの事を知っていた。
虚夜宮の其処彼処で起こる戦闘霊圧の衝突、あまりにも頻発するそれをアベルは無視していた。
理由は簡単、必要ないからだ、それを態々調べる事も、ましてや止める事も、彼にとってはあまりにも無意味で不必要極まりないものだった。

しかしここで彼の”千里眼”が災いする。
あまりにも”視えすぎて”しまうそれにより、アベルは嫌がおうにもその衝突を”視せ”てしまうのだ。
結果、各所で起こる霊圧の衝突に必ず居合わせる小さな破面の存在を、アベルは知る事となった。

その小さな破面が各所で起した衝突、そして今日愚かにも第2十刃へと挑みかかったという愚行も、アベルにとってあまりに理解できないものだった。
戦う事で強くなる、他者を助けるため戦い傷つく、アベルにとって無意味極まりない行為達。
多くの敵と戦を経験し、力を付けたとてそれに如何程の意味があるのか、破面も、そして死神達も持てる力の最大は決まっている。
上限が決まったもの同士の戦いにおいて勝利するのはより力の大きいものだ、力無い者がいくら努力という自己満足を重ねたとて結果は見えている、なのに何故その無意味な行為に時を費やすのか、と。
広間で第6十刃ドルドーニに語ったように、他が為の戦い、結果として自身に深い傷と死を招くような行為は無意味である、と。

アベルにとってあまりにも理解不能は行為を繰り返す破面、フェルナンド。
そして玉座の間で最後にアベルが見たのは、箍が外れたかのように荒ぶり、遂には己が霊圧の定められた限界を遥かに超えて放出し、死を迎えるであろうフェルナンドの姿だった。
それは他者にとっては美談と成るかもしれない、しかしアベルにとってそれは無為、談するに値しない無意味な結末であった。

藍染直下の配下、市丸ギンによって運ばれるフェルナンドの身体、治療すると藍染は語ったがそれが本当に為されるのか、それとも死してしまうのか、アベルはその結末を見届けるべく”千里眼”によってフェルナンドを追う。
それは自らが無為とした結末の行く末を確認するための作業、このまま小さな破面フェルナンドが死すならばやはり自分の考えは正しいと、そしてもしもフェルナンドが生き延びたとしても、アベルの中で行為自体の無意味さが消えたわけではなく結果、一体の破面が生き延びたというだけの事なのだ。

そして確認の結果は後者だった。
アベルが”視た”のは死の淵より舞い戻った、いや、死して尚蘇ったフェルナンド・アルディエンデの成長した姿だった。


「あの少年・・・いや、今は青年と言った方が適切か。彼は命を繋いだ・・・・・・ しかしそれに意味はあるのか?強く、そして雄々しく変わったその姿、彼はまた戦いに身を投じそして傷つき倒れる。何処までいってもそれは変わらない、無意味な死・・・・・・そんな結末に意味などあるのか・・・・・・」


アベルの呟き、自問を続けるかのようなそれを繰り返す彼。
フェルナンドは生き残った、無為の死を迎えるはずだった彼が生き残った事実。
彼の行為の無意味さは消えずアベルの心理は未だ揺るがない、しかし思慮深いアベルはその生き残ったという事実の意味を考える。
死す筈だった者が生き残った、それに意味はあるのかと、この後もこの生き残った破面は同じ事を繰り返すかもしれない、それに意味はあるのかと、変らぬ行い変らぬ結末を迎えるであろう命に意味はあるのか、と。

「いや、それを論ずるならば、そもそも私たち破面という存在に意味はあるのか・・・・・・」


アベルの自問は続く、ただ一人、塔の最上階で呟かれるそれに答えるものは、誰もいなかった・・・・・・





――――――――





ドルドーニは自身の宮殿である第6宮へと戻るため、玉座の間がある建物の廊下を歩いていた。
その道中、思い返されるのは、やはり鮮烈に記憶へと刻まれたフェルナンドの姿。

傷つき、意識を失ってい倒れた彼が突如としてネロを叩き伏せるという出来事だった。
ドルドーニにとって第2十刃ネロ・マリグノ・クリーメンとは、あまり好きにはなれない部類の男だった。
粗野である、粗暴である、粗雑である、そんなことはまだ我慢できる話だ、しかし戦いにおいて、そして常においても他者に対する敬意というものを欠片も見せないネロ。
他者、特に女性の意思を第一に尊重するドルドーニにとって、そのあまりに身勝手で相手を見下し蔑むようなネロの態度は目に余るものがあった。

しかし、現実としてドルドーニにそのネロの蛮行を止める術はなかった。
第2と第6、間にあるのは三つの数字のみ、だがそれは果てしなく広く、遠く、そして深い渓谷のようにドルドーニとネロの間に横たわっていた。
ドルドーニとて今のままで終わるつもりなど毛頭ない、彼の司る死の形は『野心』、己の身引裂かれようとも上を目指す事をやめない貪欲なまでの欲望を指すそれなのだ。

だが今日、ドルドーニの前で彼以上にネロを止める術を持たないはずの破面が叩き伏せたのだ、傍若無人の極致たるネロ・マリグノ・クリーメンを。
その光景は鮮烈、そしてその鮮烈さは同時にドルドーニの内に火を灯す。

(少年…… 君は強い、力ではなくその精神が。君が生きるのか、それともこのまま死んでしまうのか、吾輩にはまだ分かりはしないがもし、もし君が生きていたならば吾輩は…… やはり君と戦ってみたい。 ただ純粋に戦士として君と……)


その灯った火の熱さを感じながら歩くドルドーニ。
そして少し進むと彼の眼に廊下の壁に寄りかかるようにして佇む一体の破面の姿が見えた。

「どうしたね? 我が弟子(アプレンディス)。まさか吾輩を待っていたのかい? それは殊勝なことだ、褒めてつかわそう。」


壁に寄り掛かるのは水浅葱色の髪をした野獣の気配を纏った男、グリムジョー・ジャガージャックだった。
ドルドーニの言葉に何も返さず、ただ一つ舌打ちをするグリムジョー。
そしておどけた様子だったドルドーニは、グリムジョーの前を通り過ぎた辺りで足を止め、背中越しに彼に再び話しかける。

「・・・・・・・・・心配かね?」


主語を欠いたその問、それにピクリと反応するのはグリムジョー、そして大きくそれを否定する。

「遂に頭がおかしくなったな、オッサン。 何で俺があんなクソガキの心配をしなくならねぇ。」


ドルドーニの言葉を否定し、その言葉が的外れだと言わんばかりに笑うグリムジョー。
しかし、背を向けたままのドルドーニは「ふむ」と小さく零し、顎を摩るような仕草をしながら言葉を続ける。

「吾輩、”少年(ニーニョ)が”心配か、と訊いた覚えは無いのだが・・・ね。」


そのドルドーニの言葉に目を見開き、直後苦々しく顔を歪ませるグリムジョー。
それはある意味での証明、口では心配していないと言うグリムジョー、しかし心配していないと言いつつもその内では心配、とまではいかずともやはりその存在を強く意識しているという証明にほかならなかった。

それもそうだろう、グリムジョーの身体に何発もの拳と蹴りを叩き込み、自身もグリムジョーの攻撃をその身に受け、尚立ち上がり打倒しようと向かってくる小さな破面、最後は両者共に倒れ決着が着かなかった相手フェルナンド。
格下であるフェルナンドに意識を失わされた、という屈辱がその戦いを自身の”負け”であるとしたグリムジョーが、その”負け”を齎した相手を意識しないわけが無い。
何時の日か更に強くなったフェルナンドを打倒し、完膚なきまでの勝利を手にすると誓ったグリムジョーが、フェルナンドを意識しないわけが無いのだ。
そうして苦々しい顔のままのグリムジョーを他所に、ドルドーニが話題を帰る。

「そういえば何故こんな所に? まさか本当に吾輩を待っていたのかい?」


そう、ドルドーニの疑問は其処だった。
何故グリムジョーがこの場所にいたのか、それもまるで自分が来るのを待ち構えていたかのように、だ。
初めはそんな事はありえないとも考えたドルドーニだが、何時までもその場から去らずにいるグリムジョーを背に、或いはの可能性を口にしていた。
「・・・・・・ 一つ訊きてぇ事がある。」


ドルドーニの問にグリムジョーは更なる問で返した。
訊きたい事がある、その言葉にドルドーニは言葉では答えず、沈黙でその先を促した。

「今の俺と、さっきのクソガキ、戦ったらどっちが勝つ・・・・・・」


その質問は単純で、しかしグリムジョーにとって何よりも重要なものだった。
グリムジョーはあの場残っていたのだ、ネロの叫びに多くの破面が逃げ出し、霊圧吹き荒れたあの広間に残った十刃以外の数少ない破面の内の一体として。
そうしてその場に残ったグリムジョーが目撃したのは、自分との戦い以上にボロボロになったフェルナンドが、あの第2十刃ネロをその攻撃をもって叩き伏せるという場面だった。

衝撃、それはその場にいる全ての破面に共通する衝撃ではあった、しかし、グリムジョーにとってその衝撃は計り知れないものでもあった。
ほんの数ヶ月前、自分より下でありながらグリムジョーに迫る実力を見せたあの小さな破面が。
互いにボロボロになりながら戦ったあの小さな破面が、第2十刃を叩き伏せるという現実、今日まで過ごした時間は同じ、その中で自身が成長し、更なる力を付けたという自負があったグリムジョーにそれはあまりに衝撃的な光景だった。

故に知りたい。
自分とフェルナンド、今戦って強いのはどちらなのかと、シャウロンに聞いたとてまともな答えは返ってこない、故にグリムジョーとて癪ではあるが上位の実力者であるドルドーニにその問の答えを求めたのだった。

「少年(ニーニョ)のあれは命を燃やした特攻だよ。一概にあれが少年の実力とも言えまい・・・・・・しかし、”今の”青年(ホーベン)と”先程の”少年が戦ったら・・・か。その問は吾輩が答えねば解らない事かい?」

「ッ!・・・・・・」


グリムジョーの問にドルドーニは答えた、冷静に先程のフェルナンドの力を分析し、それが常時発揮されるようなものではないと答える。
だが、その答えは最後の明言を避ける、”今”と”先程”と言う言葉を強調したドルドーニ、そして問いを発したグリムジョーに返す。

この問に答える必要はあるのか、と。

この問の答えなど、もうその内にあるのではないの、と。


そのドルドーニの言葉に息を呑むグリムジョー。
そうなのだ、誰かに問うという行為、そしてそれが自身の行いや行く末に関わる場合、往々にしてその問の答えは既にその内に出ているのだ。
理解できないものを問うのではなく、どうしたらいいのか、どちらがいいのかといった選択を問う時、その答えは内にあるのだ。
問うというかたちでの確認作業、自信がない分を他者の意見で埋め、その”解”の確実性を高めようとする、それが今グリムジョーが行った問の正体であった。
グリムジョーの中に在る答え、それが自身の勝利か、はたまた敗北かは断定できない。
だが苦々しく、その眉間に寄せた皺を一層深くし、ギリッと奥歯を強く噛締めるグリムジョーの姿が全てを物語っているともいえた。
そしてそのグリムジョーに追い討ちをかけるかのように回答者、ドルドーニはその言葉を続ける。

「まぁいい。”あえて”答えるのならばやはり青年(ホーベン)の”負け”だろう。 ”今の” ・・・・・・そうして自分の力に疑問を持っている青年では、”先程の”、唯一つだけを純粋に思う少年に及ぶはずも無い・・・・・・」


グリムジョーに背を向けたままのドルドーニ、その口から放たれるのは辛辣な言葉。
今、現在のグリムジョーではフェルナンドには勝てない、それは”力”が及ぶ及ばない以前の問題。
己の力が他者に勝っているのかそれとも負けているのか、そうして考えている時点でその者は敗れている。
戦いに生きる者、生と死の境界に立ち続ける者が信じるべきは己の”力”、その己の”力”に疑問を持つ、即ち核たる柱が揺らいでいるも同義である。
負けているかもしれない、負けるかもしれない、そんな気概で戦いに望めば結果はひを見るより明らかだ。
まして相手は唯一つのために己の命すら平気で燃やし尽くす事を厭わない相手、それにそのような気概で望む、あまりにも無謀、あまりにも愚かしい、ドルドーニの言葉にはそれが詰まっていた。

以前苦々しい表情のままのグリムジョー。
何一つ語らず、ただ拳を握り締める。
過去、フェルナンドがグリムジョーに語った言葉、必勝の覚悟も無に戦うものは死ぬ。
それがグリムジョーのうちに甦っていた。
そのグリムジョーにドルドーニは背を向けたまま一歩踏み出し、そして言葉をかける。

「着いて来るがいい我が弟子(アプレンディス)よ。 ”今の”ままで勝てぬというのならば強くなればいい。その疑問を感じるのならば、それを感じなくなるほど強くなればいい。己の内に揺るがぬ柱を創れ、疑う余地の無い強固な柱を創れ。そうして少年(ニーニョ)に、吾輩に挑むがいい。」


そう言い残し歩き出すドルドーニ。
振り返らず歩くドルドーニの姿を、その背を見るグリムジョー。
数瞬の後、彼は小さく舌打ちをしてポケットに手を突っ込み、その後を追う。



そうして歩く二人の後姿は、本当に師と弟子の様であった。







剣に刻まれし記憶

残るは四

陶酔、絶望、欲望、憤怒

剣思うは紅の記憶か










※あとがき

忙しい・・・・・・
面倒な仕事ばかりが襲い掛かってくるかのようだ・・・・・・
まぁそんな事はどうでもいいのですがw

今回は各十刃の描写です。
それぞれが何を思い、どうするのか。
ちょっとではありますが書いてみました。

ハリベルは謹慎中、ネロは幽閉中ということで除外です。
次も残りの十刃の話をちょこちょこ書こうと思います。

それと漸く、と言いますか以前行ったアンケートから
業名をスペイン語で言わせる、というものがやっと書けました。
書いたと言っても業名入れてチョット書き換えた程度ですがw
よかったら確認してやってください。
気軽に感想、質問などお待ちしております。


追伸、キャラの魔改造は何処まで許されますか?

追伸の追伸、にじファン様の方で修正した部分がこちらにupされていない
との報告をして下さった方がいました。
有難いことです。21話最後、フェルナンド解放前の台詞にたった一言ですが、
意外と重要な台詞を追加しました。

報告頂いたdyさん感謝です。

2010.11.14













[18582] BLEACH El fuego no se apaga.24
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/11/20 13:25
BLEACH El fuego no se apaga.24










祈りを捧げる。


下賜された宮殿、その頂よりも更に上に見えるのは空と見紛うばかりの天蓋、その巨大な天蓋を突き抜けるように聳える通称『第五の塔』、その中でも一番高い塔の先、座禅を組み、指を複雑に曲げ、その両手をそれぞれ膝の上に置きながら瞑目し、星無き黒天にただ祈る。

第7十刃(セプティマ・エスパーダ)『ゾマリ・ルルー』はそうしてただ黙々と祈りを捧げる事を日課としていた。

捧げる祈りは一人のために、暗く冷たい闇空に輝く月よりも更に上に座す彼らの創造主、藍染惣右介へ。


それはゾマリにとって当然の行為。
”王”、それを奉るのは彼にとって当然の行為なのだ。
絶対的な支配、それを彼の前でいとも簡単に見せ付ける藍染惣右介。
その霊圧で、或いはその智謀によって他者を意のままとす、取り方はそれぞれあるだろう、しかしゾマリにとってその支配者たる藍染の姿はどこか神々しくさえ思えた。

”王”

支配者として君臨する者への称号。
それを冠するのに藍染以上に相応しい存在など無い、とゾマリに確信させるほどの圧倒的なその支配。
初めから”反抗する”と言う気概すら浮き出ぬほどの存在感と、膝を着き、傅く事が当たり前の行為にすら感じるその威容。
それを他の何一つを用いずに己が身から発する”気”のみで容易く実現してしまう藍染。

”支配”という能力に通じたゾマリだからこそ解るその”格”の違い。
支配者、”王“という名を冠するために生まれてきたのだとすら感じさせる藍染、それを奉る事にゾマリはなんら疑問を感じなかった。
簒奪、理想、利用、自由、服従、美学、我欲、破面が藍染惣右介の元に集いそして集団として形をとるという奇跡、その中に渦巻くそれぞれの感情、十いれば十の思惑があり、百いれば百の思惑がある。
その全てを内包した集団を支配する藍染、そしてゾマリが藍染の元に傅く理由は”崇拝”に近い感情、そしてそれに酔うゾマリが其処にはいた。

ただ黒天を仰ぎ瞑目するゾマリ。
それは神聖なまでの祈りの時間、無心に、ただ無心に祈るゾマリ、しかしそのゾマリの内をよぎる異物の影があった。
よぎるそれは紅い影、燃えるような紅がゾマリの祈りを乱す。

『フェルナンド・アルディエンデ』、その小さな破面は恐れ多くもゾマリが崇拝する藍染の目の前で、傅くどころか彼を無視し、第2十刃を叩き伏せたのだ。
ゾマリにとって重要だったのは第2十刃たるネロを叩き伏せたという事実よりも、未だ数字すら与えられぬ存在でありながら、偶然にも藍染の前に立つ栄誉を授かりながらもそれを意に介さず、無視するようなフェルナンドの行いだった。
精神の高揚、肉体的疲労、身体的肉体的限界に伴う視野狭窄、おそらく理由など上げ始めれば切りは無いのだろう。
しかし、そんな理由など関係なく、藍染という”王”を前にしたのならば傅く事こそ臣下の礼、それを蔑ろにした存在であるフェルナンドはゾマリの中で不興を買っていた。

「フェルナンド・アルディエンデ・・・・・・あの炎の大虚・・・ですか。 今回といい、あの時といい・・・・・・無礼という言葉を知らないようですね・・・ 」


閉じていた瞳を静かに開きながら言葉を零すゾマリ。
思い返されるのはフェルナンドをはじめて見たときのこと、フェルナンドが未だ大虚であった時分、虚夜宮へと連れられ藍染に始めて謁見したときのことだった。
その場にいたゾマリはある意味驚愕していた、それは当時第4十刃だったハリベルが負傷して帰ってきた事でも、それに連れられてやって来た炎の大虚が最下級の破面を一瞬で焼き尽くした事でもなく、その炎の大虚が藍染に対し、まるで対等かのように振舞う姿に、だった。
ただの大虚が虚夜宮、いや、虚園全ての”王”足る者と対等に構える、それはゾマリにとって、その”王”を崇拝し、崇め奉るゾマリにとってもはや”罪”ですらあった。

そして今回の出来事、おそらく傷つき瀕死の重傷を負ったであろう”罪人”フェルナンド・アルディエンデ、しかし”死んだであろう”等という不確かな予想をゾマリはしない。

ゾマリ・ルルーという破面の本性はあくまで冷徹なのだ。
希望的観測、根拠なき想像であるそれをゾマリは好まない、本当に始末すべき者はその手に握った斬魄刀で、そして自らの手でその首を刎ねるまで、彼の中で決して死にはしないのだ。

「罪は償われなければなら無い・・・・・・そして罪人とは、須らく死をもって断ずるべきもの。そして・・・その役目は”王“の御使いたる、この私にこそ相応しい・・・・・・」


両の膝に置いていた手を広げるように闇空へと大きく伸ばすゾマリ。
その身に天に広がる空から振る暗光を浴びるかのように、そして発する言葉はまるで神からの啓示を受けたかのように紡がれていた。
罪人を断罪するは御使いの役目、自らを御使いと称するゾマリ、崇拝から盲信、そして遂に狂信へと至ったそれは時に一人歩きした自己解釈によって歪な結末を生む。
他者が見れば些細な出来事も、決して許せぬ大罪へと姿を変えるのだ。

ゾマリの瞳に映るのは御使いとして、王の尖兵として王の行く手を阻む者を、そして王に仇なす罪人を断じる自身の姿。
そのなんと崇高な事かとゾマリは一人愉悦に浸る。

「私は御使い、王に仇なす罪人を断ずる斬首の剣・・・・・・あぁ、その崇高なる使命、啓示は下った・・・後は・・・誅すのみ・・・・・・ 」


自らが発する言葉の一つ一つが、啓示そのものかのようにそれを噛締めるゾマリ。
その瞳はそれに酔うかのように細められる。

第7十刃、ゾマリ・ルルーその司る死の形は『陶酔』・・・・・・





――――――――――





「や、やめ、助けてくrグボァ!!」

巨大な三日月が一つの命を奪う。

三日月を振るうは長身痩躯、異常に細い身体つきをした黒髪の破面、左目には眼帯を、そして鋭い右目には苛立ちを浮かべそれを隠そうともしないその男。
腰布から大きめの輪が連なったような鎖を垂れ下げ、その先にあるのは今し方、名も知らぬ破面を屠り肉塊へと変えた黒い三日月。
長身であるその男をしても巨大と言わざるを得ないソレ、三日月の内側に刃があり、その背から長く伸びた棒状の柄、戦斧や鎚の方がよほど近いような形状をしたそれこそ、この男の異形の斬魄刀であった。

「チッ!・・・・・・」

一つ舌打ちを零す男、砂漠に下ろしていた三日月の斬魄刀を柄の先端を持ち、軽々とその肩に担ぎ上げ腰を下ろす。
その男の異形たる斬魄刀、刀としての常軌を逸した大きさの斬魄刀を、いとも簡単に持ち上げる男の膂力の凄まじさ、しかしそれすら彼にとってなんら誇るべきものでもなかった。

先の舌打ち、それは今や肉の塊へと姿を変えた破面への落胆。
何の歯応えもない相手、最後には命乞いという戦士として最も醜く恥ずべき行為を曝し死んだ破面への侮蔑の溜息。
降りかかった火の粉、自分と相手の実力も計れず威勢ばかりいい相手だった、それを払いのけただけの男にとって、それは彼の抱える苛つきを加速させるだけの出来事だった。
故に溜息の後、男がその肉塊に対して思考する事はなかった、いや、今から一瞬の後には既にその肉塊を作った事すら忘れているだろう。
それほどこの肉塊は男にとってどうでもいい物だった。

三日月を担ぐ男、名はノイトラ、第8十刃(オクターバ・エスパーダ)『ノイトラ・ジルガ』、ただ”最強“の二文字と”死”を追い求める男である。


「随分と荒れているな、ノイトラ・・・・・・」


そうして不機嫌を撒き散らすノイトラの前に一人の破面が現れる。
黄土色の神をした端正な顔立ちの男、額に金冠の様に仮面が残り、右の頬には水色の仮面紋が刻まれている。
服装はほぼ一般的な死覇装、腰に下げる斬魄刀はノイトラのもの程ではないが奇形であり、西洋風の造りで刀身の途中に環の形をした刃があるというなんとも変った斬魄刀だった。

「・・・・・・テスラか・・・ 何の用だ・・・」


ノイトラに『テスラ』と呼ばれたその破面は、破面No.50『テスラ・リンドクルツ』
自身の苛つきをぶつけるノイトラの前にたった彼は、ノイトラを気遣うように話しかける。

「何かあったのか? いつものお前らしくないぞ・・・・・・」

「あァ? 俺らしくないだと? テメェに俺の何がわかる。殺されたくなかったら消えろ、目障りだ。」


らしくない、という言葉にノイトラが噛み付く。
その人物の一定の行動原理から外れること、それを”らしくない”と定義するならばそれはいい迷惑だ。
そもそも自分の考える自分らしさと、他者の考えるその人らしさ等というものは始めからずれている。
そのずれている他者が定めたその人”らしさ”という枠からはみ出したからといって、一々気にされるのは可笑しな話なのだ。

ノイトラは枠に嵌められる事を嫌う、それも他者が勝手に定めたノイトラという破面の枠に嵌められる事を嫌う。
それは定められた枠から自分が出られない、と他者に言われている様で、自分の限界を他者が勝手に見定め、決め付けている様で、そうして枠に嵌められている事で自分がその中だけに納まってしまうかのようで我慢ならないのだ。
自分の限界を決めるのは自分のみ、そもそも自分に限界などなく、一度限界を定めればいくら足掻こうともそれ以上の存在には届かないのだ。
故にノイトラは怒る、テスラの定規によって測られ自分というものを語られたが故に。

殺気と共にぶつけられた言葉、しかしテスラはそれに怯む事無くノイトラの前に立ち続けた。
彼とてただ何と無くこの場に来たわけではない、ある一つの覚悟と決意を持って、今ノイトラの前に立っているのだ。
そしてその覚悟の下、決意した言葉を彼は口にした。

「・・・・・・いや、引くわけにはいかない。今日はお前に頼みたい事があるんだ・・・・・・・・・僕を・・・ お前の従属官(フラシオン)にしてくれ。」

「なに? ついに狂ったか、テスラよォ。 俺は従属官なんかいらねぇ、そんなもんは戦場で邪魔になるだけだ。」


テスラの願い、それは自身をノイトラの従属官にしてくれ、というものだった。
しかしノイトラはその願いをあっさりと断った。
彼にとって従属官、言うなれば『仲間』といった存在は邪魔でしかなかった。
それはノイトラが求める最高の戦いという場所に容易に水をさす異物、そもそも彼が求める”最強”という名の称号を手に入れるのに、仲間といった『補助』など必要としていないのだ。

唯一人、一個体としての”最強”、それこそがノイトラの求めるものなのだから。

「だいたいなんで俺を選ぶ、他にいるだろうが、例えばぞろぞろと従属官を侍らせて大将気取りの”堕ちた王様”とかがよォ。」


そう言ってクククッと笑うノイトラ、彼の言う”堕ちた王”とは第1十刃バラガンの事、彼は元々王だった、この虚園全ての王だったのだ。
しかし、藍染惣右介という名の絶対的支配者の降臨により彼は王の座から堕ち、支配する側からされる側へとその立場を落としていた。

「違うんだノイトラ、僕は唯の従属官になりたいんじゃない。”お前の”従属官になりたいんだ。」


ふざけたように笑うノイトラの前で、テスラは真剣な眼差しで告げる。
ニヤついた笑みを浮かべていたノイトラからも笑みが消える、テスラの真剣な雰囲気、それが彼が本気であるということをノイトラに伝えていた。
そのノイトラの雰囲気を感じ取ったテスラ、そして彼は理由を話しはじめた。

「僕は・・・・・・ 負けたんだ。 小さな破面だった、子供の姿をした破面、しかし一目で強者だとわかる雰囲気を発するその破面に僕は負けた。善戦した心算だったんだが、懐に入られてからは一瞬だったよ、自分が殴られたのか、それとも蹴られたのかすら判らないほどに・・・ね。」


一人語るテスラ、それを黙って聞くノイトラ。
辺りは静かだった、先程まで命終わる断末魔が響いた場所とは思えないほどに。
テスラの独白は続く。

「確かに彼は強かった、しかしそれ以上に僕が愚かだった。相手が強者だと判って、そして戦う気だと判っていたのに、受ける側に回ってしまった。それで勝てるはずもない、そして解放すらせず挑んでくる相手に合わせるように自分も解放しなかった、始めから全力で攻めなければ結果など見えていた、というのに・・・ね。」


己の負けた記憶、その状況を淡々と離すテスラ。
相手の強さも然ることながら、それ以上に自分の愚かしさを呪う彼、それもそのはずだった。
戦いとはある意味主導権の取り合い、そしてそれは往々にして攻め合いである。
熟達した者、或いは圧倒的強者ならば、相手の攻撃を受ける事で逆に流れを掴む事もできるだろう、しかし未だその領域に至っていない彼等にとって戦いとはやはり攻め合いなのである。
そしてテスラは主導権をとる事ができず、結果敗北したのだった。

「チッ! 何が結果が見えていた、だ! テメェの負けを分析して何が楽しい!戦場で気を抜いたテメェが負けた、それだけの事だろうが!敵はなぁ・・・殺すんだよ!! 姿形も、上も下も関係ねぇ!自分が敵だと定めた奴は、なにをしてでも殺すんだよ!それが出来ねぇテメェの”甘さ”が不様な負けに繋がったんだ!」


ノイトラが叫ぶ、負けたことを受け入れたように話すテスラに、業を煮やしたのかノイトラが叫ぶ。
評論家を気取って何が楽しいと、敵と定めた者は殺さねばならない、その覚悟がない”甘さ”がお前に負けを呼び込んだのだ、と。
激昂するノイトラ、その怒りはテスラだけでなく自分にも向けられていた、彼の目の前で”最強”へと挑む小さな破面、そしてその破面は一瞬だがそれを凌駕した。
それはノイトラが求める自身の姿、それを他者に体現されるという屈辱、テスラへの叫びは己への鼓舞、殺せ、殺せと、邪魔するものは殺して進めと己を鼓舞する叫びでもあった。

「そうだ、そのあり方こそ僕がお前の従属官になろうと思った理由だ。僕は”甘い”、負けたというのにそれを受け入れられてしまうほどに、ね。でもお前は違う、唯一念に”最強”を目指すお前は違う、他の何も持たず、邪魔する者を屠り、唯強さだけを追い求める姿、僕にないそれをお前は持っている。だから僕は誰よりも近くでそれを見てみたい、お前が”最強”を手にするその瞬間を。」


己の”甘さ”、それを自覚しているテスラ、そしてその”甘さ”とは無縁のノイトラ。
故にテスラは見てみたいと言う、”甘さ”というものを一切持たないノイトラが手にする”最強”というものを。
それを誰よりも間近見るために、自分を従属官にしてくれと頼むテスラだが、ノイトラはやはりそれを否定する。

「うるせぇ野郎だ、”甘さ”なんてもんを持ち合わせてるうちは、天地がひっくり返っても、俺がテメェを従属官にすることは無ぇよ。」


それは事実上、テスラを従属官にすることは無いという事。
自己というものを形成する内在的な要因、そのうちの一つ、良くも悪くもその人物の一部を削り取らない限り願いを叶える事は無い、という宣言。

ノイトラはこれでテスラが諦める、と思っていた。
そう簡単に変る事などできない、それは人でも破面でも同じ事、そもそも”甘さ”などという中途半端を持ち合わせている者を傍に置くなどということはノイトラにとって本当に考えられない事でもあった。

「・・・・・・わかった・・・」


顔を伏せ俯くテスラ。
見た目から消沈しているかのように見える彼の姿を見てノイトラは、やはり諦めた、と思う。
それも当然だろう、やはりそう簡単に”甘さ”を斬り捨てるなどという事はできないのだ、と。
しかし、そのノイトラの考えをテスラの”覚悟”は上回っていた。

腰に挿していた刀を抜き放つテスラ。
そして刀を握りなおすと、あろう事かその切っ先を自身へと向け一息にその切っ先で自分の右目を貫いたのだ。

「ッな! テメェなにしてやがる!?」


そのテスラの行動に思わず驚きの声を上げるノイトラ。
それもその筈だ、消沈したかと思えばいきなり自分の目を貫く。
奇行ともいえるそれを目にした驚き、しかしテスラは自らの目を貫いた刀を退き、冷静に話し始める。

「ッツ!・・・・・・ これが、僕の”覚悟”だ。僕の”甘さ”は、今貫いた右目と”共に死んだ”、それに・・・隻眼になれば、少しはお前と同じ景色を見られるだろう?」


テスラの覚悟、己の右目を潰してまでも、破面といえど潰れた目に二度と光は戻らない、それをしてでも”甘さ”を捨て従属官になろうとする覚悟、残った左目がまるで炎を宿したかのように熱を持ち、ノイトラを射抜く。
対してノイトラもその左目の炎を確かに感じていた。
目を潰したからといってテスラの持つ”甘さ”が本当に消えたとは思わない、しかし、それをやってのける気概、己の”甘さ”を捨てるための一種の儀式かのようなそれ、それを間近で見たノイトラの内に多少の変化が起きていた。

「チッ! 馬鹿が・・・・・・ 付いて来たきゃ勝手にしな、だが俺の邪魔をしたら容赦なく殺す、いいな。」


そう言い放ち、立ち上がるとテスラに背をむけ歩き出すノイトラ。
そしてテスラはその後に続く。

その瞬間、もうテスラに右目の痛みなど無くなっていた。





――――――――――





漆黒の闇だけがある空間。
虚夜宮の天蓋の下では逆に珍しい暗闇、その中に響く醜悪な音。
鈍く、重く、裂けるように、折れるように、引きずり、捏ね、潰すように響くその音、そしてそれに混じる咀嚼音。
他の何も必要ない、それこそ先程見た紅い霊圧の破面など気にも留めずに、一心不乱に喰らいつく。
そう、暗闇の奥にいる者はたった今食事中なのだ。

「ネェ、今ノデ何体メ?」

「二万四千五百二十八体目だ。」


語り合う声が二つ、しかしその闇の奥にいる影は一つだった。
その影、丈の長いコートのような死覇装、そしてその襟や裾、袖口に布をふんだんに使った飾りを付け手には手袋を嵌めていた。
そしておそらく通常の人体構造から言えば頭があるであろう場所にそれはあった。
言うなれば巨大な試験管、その中には薄紅色の液体が満たされ、其処に二つの拳大の玉が浮かんでいる。
そう、その球こそこの影の頭だった、破面として完全な人型では無い、それはその者が最上大虚で無いという事を示す証であり、しかしそうでありながら浮かぶ二つの球にはそれぞれ『9』の刻印がしっかりと刻み付けられていた。

暗闇で食む者、名を第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)『アーロニーロ・アルルエリ』、十刃の中で唯一の”下級大虚(ギリアン)”階級の破面である。

人としての容を凡そしか持ち合わせていないアーロニーロ。
その最たるは、巨大な試験管に浮かぶ球体の頭部だろう。
浮かぶ二つの球体、それが彼の頭部、その球体それぞれに人格が存在し、一つの身体に二つの人格を持つ。
だが、二重人格者などとは違い、どちらかが表に出ているという訳ではなく、常に二つの人格が表層で存在しあっているのだ。

それは元々そういう容(かたち)として生まれたのか、それともそうならざるを得なかったのか、それは定かではない。
二つの人格、そして薬液のような液体に浮かぶ二つの球体は、それぞれ違った性質を持っていた。
一つは知的で思慮深そうな印象を、もう一つは幼く直情的な印象を見るものに与える。
もし、彼等が一つから二つに分かれたとするならば、それが分断の基準だろう。
二つを分けるのならば”理性”と”本能”、そしてその二つが分かれて存在しているからこそ、彼等は”彼等として”今も存在しているのだ。

「今ノ虚、面白イ能力ヲ持ッテイタネ。」

「あぁ、メタスタシア、とかいったか。 いや、志波海燕と言った方がいいな。」

「ソウダネ、ヘタナ大虚ヨリヨッポド強イヨ。コノ死神。」

彼等が今し方咀嚼し終えたのは虚だった。
他の破面はどうかわからないが、彼等にとって食事とは虚を喰らう事であり、それは彼等にとって何よりも重要な事であった。
そうして喰らい終えた虚、しかし今回の虚は少し変っていた。
その虚は明らかに違うものに見えた、化物、異形である虚とは違う外見、それはアーロニーロ達破面に近い”人型”をしていたのだ。

その虚を食らった後、アーロニーロの持つ”能力”が伝えた事実、その虚は死神と戦い、自身の持つ能力によって死神の霊体と融合した、という事だった。
そしてその死神の姿を乗っ取った虚は、しかし死神の仲間によって討たれ、虚園へと戻ったのだった。

「今回は”アタリ”だったな・・・・・・ この戦闘力、なによりこの死神の知識、」

「ソノ全テガ僕ラノ”力”ニナル。」


喰らった虚が偶々持っていた能力、その能力の贄となった死神、そしてその全てを喰らったアーロニーロ。
彼の頭部のひとつが試験管の硝子に接するように近付き、そして試験管から頭部の一部が外へと出る。
尚も外へと出ようとする頭部、しかしその外へと出た部分は最早醜い球体のそれではなかった。
外と内、試験管の硝子を境界とし、二つの世界でその頭部はまったく違う外見を有し始めていた、それは球体ではなく人間の顔、黒髪は跳ねる様にその人物の快活さを表し、精悍な顔立ちはその人物の在り方を如実に物語っていた。

其処にもう試験管の頭部を持った異形はいなかった。
居るのは唯一人、死神。

「これでオレが、”志波海燕” だ。」


嗤う死神、おそらく本当の彼が一生することが無かったであろう、醜悪な笑みを浮かべる死神が其処にいた・・・・・・





――――――――――





「あ~~つまんねぇ。 あそこで止めるかよ普通、つまんねぇったらねぇ。」

床に横になりながらそう呟くのは巨体。
ネロと同等の巨体、人の下顎骨の形をした仮面の名残、濁赤色の眉とそれと同じ色の仮面紋が目元に挿されていた。
横になりながら手を伸ばし、大皿の上に載った料理を無造作に手で掴むとそのまま口へと放り込む。
巨体ゆえほんの4~5回手を伸ばせば皿の上から料理は無くなり、しかし彼が何を言うでもなく次の料理が運ばれてくる。

彼こそ残る最後の十刃、第10十刃(ディエス・エスパーダ)ヤミー・リヤルゴであった。

先に彼が呟いたそれは玉座での出来事、ネロとハリベル、そしてフェルナンド、三者の戦いの結末が彼には不満だった。
内容が、理由が、そういったものはヤミーには関係ない。
唯不満、藍染の手によって強制的に終了となってしまった先の戦い、それが彼にとって不満なのだ。
理由は簡単。

”つまらないから” だ。

ヤミーにとって先の戦いは暇が潰れる絶好の喜劇であり、それ以外の勝ちを彼はその戦いになんら見出しては居なかった。
他人が死のうが生きようが彼にはまったく興味はない、だがやり合うなら派手にやれ、自分が楽しめるほど派手にやれ、それでどちらかが死ねば最高の喜劇だ。
その程度にしか先の戦いを捉えていないヤミー、しかしそれは藍染によって止められ有耶無耶の後にその場は終わった。

気落ちした、というよりはどこか不完全燃焼、不満な気持ちを残したまま自分の宮殿へと戻ったヤミー。
床に無造作に横になると、彼が何も言わずとも彼の前に運ばれる料理。
ヤミーも何も言わず唯それがあるのが当然といった風で、料理に手を伸ばす。

一見ただだらだらしているようにしか見えないその姿。
しかしこれも彼なりに理由というものがあった、彼にとって今は雌伏の時なのだ。
今は食べ、そして眠り、蓄えなければならない、それが今の彼にとっての戦いである、とも言えた。

一見何もせず、ただ時を浪費しているかのような状態であるそれこそが、ヤミーにとって”力”を得る一番の近道なのだった。

また一つ皿があき、下官が無言でヤミーの前に皿を置く。
しかし、ヤミーはその皿に手を付けず、あろう事かその皿を持ってきた下官を殴り飛ばした。
下官と十刃、最早比べる事すら無意味であるほどその力の差は歴然、結果その下官は頭部、それどころか上半身全てを消し飛ばされ絶命した。

「馬鹿が、俺はこれから寝るんだよ。それくらい分かれクズ。」


理不尽、あまりにも理不尽、しかしそれこそヤミーという破面を表すかのようなその行動。
彼にとって格下の者など、それこそ同属たる破面であろうが関係なく、そして躊躇うことなく殺す対象でしかない。
理由などあってないようなもの、そも理由など必要ないのだ彼に。

体勢を変え、下半身だけになった下官と、その血に浸った料理に背を向け眠るヤミー。
そのヤミーの背で他の下官が、もしかしたら自分だったかもしれない下半身と料理を下げる。
彼らの思いは唯一つ。

『どうか今、この”獣(ヤミー)”が目覚めませんように』という一心だけだった。







躊躇

射抜かれるは自身

刺さるは言葉、それとも・・・

黄金の女神

紅との再開










※あとがき

難産、というか後半はやっつけ感がつよいかも。
7番8番はすんなり、9番もまぁまぁ、問題は10番だった・・・・・・
中身なんてあってないような話になってしまった。

8番の話は個人的には意外と気に入ってます。

てゆうか最近主人公一切喋ってない・・・・・・
ちゃんと書けるかな~ 荒れてたら申し訳ない。


2010.11.20










[18582] BLEACH El fuego no se apaga.25
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/11/27 22:23
BLEACH El fuego no se apaga.25










玉座の間、破面の創造主、藍染惣右介の目の前で起こった暴虐の坩堝から数日。
第2十刃、ネロ・マリグノ・クリーメンが幽閉された、という噂と共に虚夜宮には平穏が訪れていた。
それは此処、第3宮(トレス・パラシオ)でも変らず、しかし虚夜宮全体は平穏であれどここに居る者達の内は、決して穏やかではなかった。

「イテててて・・・ クッソ~、ネロの野郎め~~!」


身体を動かすと奔る痛み、その痛みにそれを自身に与えた者の名を忌々しげに呼ぶのは、肩口程の短い黒髪、左右違う色の瞳を持った女性、『アパッチ・ユニコーニオ』。

「五月蝿いね。 痛いのはみんな一緒なんだよ・・・少しは静かにしなよアパッチ。」


そのアパッチの恨み声に反応し、それを窘めるのは筋肉質な身体つき、ウェーブのかかった黒髪を背の中ほどまでのばした女性、『ミラ・ローズ・アマソナス』だった。
そしてそれに続くように最後の一人が言葉を発する。

「そうですわ。 その耳障りな声は傷に障りますの。」

「テメェ!スンスンふざけんじゃねッ! イテテ・・・・・・」


最後の一人、ミラ・ローズよりも長い黒髪、頭に髪飾りのような仮面の名残を飾り、長い袖で口元を隠しながらアパッチに対し毒舌を発揮するのは『スンスン・サーペント』、そのスンスンの言に噛み付くアパッチだが、痛みによってそれどころではない様だった。

彼女等三人、第3十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベルの従属官(フラシオン)は無謀にも第2十刃ネロに挑み、なす総べなく返り討ちにされ、その傷を第3宮の一室で三人並んで寝台に横たわり、癒していた。

繰り広げられるいつものやり取り、アパッチとミラ・ローズの小さな小競り合いにスンスンが毒舌で割って入り大きくなるいざこざ。
しかし、そのいつものやり取りも今日この場に限っては、語弊はあろうがどこか精彩を欠いている印象を受けるものだった。
それは彼女等が傷付き臥せっている、ということも一つの理由としてあろう。
だが、本当の理由、彼女等が常の快活で活発な雰囲気を纏っていない本当の理由は別にあった。

その理由はやはり彼女等の主、ハリベルへと帰結するもの。
彼女等の内にあるのは悔しさ、そしてそれ以上にハリベルに対する”申し訳ない”、という気持ちだった。

彼女等の主ハリベルは私闘を好まない。
理由無き争いは獣のそれと同じ、理性を持ち、己の”力”を律する戦士たる者は,無闇な戦いは避けるべきであるとするハリベル。
その彼女の従属官たるアパッチ等もその考えを充分理解し、そうあろうと振舞ってきた。
しかし、玉座の間で今や彼女等の怨敵とすら言えるネロが放った言葉は,彼女達の怒りを瞬時に業火へと変じさせた。

彼女等とて判っていたのだ、私闘の愚かさ、そして相手と自分達の実力の如何ともし難い”差”の存在を。
それでも挑まずには、いや、殺そうとせずにいられなかったのだ、尊敬し敬愛するハリベルを”淫売”と呼んだ憎き者を。

結果として彼女等は当然とも言うべき敗北を喫した。
傷つき、倒れ臥してからの事を彼女等は覚えていない、しかし自分達が目指す戦士としての在り方に反した事だけは判っていた。
アパッチ等三人に後悔はなかった、もしあの場でネロの言葉を甘んじて受け退いていたら、彼女等はその不義から二度とハリベルの目を見ることはできなかっただろう。
しかし戦士としての在り方に反したものまた事実、それはアパッチ等にとって今まで自分達にその在り方を説き、導いてくれたハリベルに対する裏切りですらあった。
故の後悔、申し訳なさが満ちる彼女等の内、だが現実としてこうして生き残り、かといってネロを倒せたわけでもない彼女等、ハリベルの為、彼女の”誇り”を守るための戦いだった、しかし彼女等の前に立ちはだかる問題もまた、ハリベルであった。

「・・・・・・ハリベル様・・・ やっぱり怒ってるよな・・・・・・」

「「・・・・・・・・・・・・」」


意を決し、今まで三人の誰もが避けていた話題を口にしたのはアパッチだった。
それを聞いたミラ・ローズとスンスンは黙り込む、おそらく二人とてアパッチと同じことを考えていたのだろう。

「怒ってるな・・・ きっと・・・・・・」

「えぇ、教えを守れず、その上生き恥まで曝してしまっては・・・ね・・・・・・」


沈黙の後アパッチに同意するミラ・ローズとスンスン。
己を律する事もできず、かといって相手を討ち取る事もできず、討ち死にすらできなかった彼女等。
結局のところ三人ともハリベルにあわせる顔がないのだ。
そして彼女等にある一抹の不安、”怒り”ならまだいい、だがもし、最初に見るハリベルの顔に映るのが”怒り”ではなく”落胆”だったら。
それはアパッチ等三人にとって恐怖でしかない、主の為、ハリベルのために生きると決めた彼女等にとってそれは恐怖なのだ。

「「「 ハァ~~~~~~~ 」」」


奇しくも三人が同時に溜息をつく。
だが、邂逅は避けられず、その時は刻々と迫っていた。





――――――――――





「・・・・・・・・・・・・・・・フゥ・・・・・・」


響くのは靴音と溜息のみ。
一定の間隔で続くそれは、既に大分長い時間続いていた。
ハリベルは自分の宮殿の廊下を、正確にはアパッチ等彼女の従属官が休んでいる部屋の近くの廊下を、何度も行ったり来たりしていた。
それは躊躇いの感情、ただ彼女達に、自分の従属官である彼女達に会う、ただそれだけの事が躊躇われる。
理由などハリベルにも判っているのだ、それは自分の愚かさが生んだ罪であると。

彼女は自分の中の矜持、戦士としての在り方と誇りに囚われるあまり、自らの従属官を見殺しにしてしまうところだった。
だがそれはフェルナンドという替え難き存在により回避する事ができた、しかしそれはただ彼女等の命が助かったということであり、ハリベル自身が彼女等を見殺しにしてしまったかも知れないという事に変りはなかった。

そしてフェルナンドが危機に曝された時、自分の”本当の願い”というものを思い出したハリベル。
その願いを、『仲間』というものを再確認した彼女であったが、それ故に躊躇いが生まれていた。
なんとしても、何を措いても”守る”という決意は、確かにハリベルの内に何よりも深く刻まれたろう、しかし深く刻まれたが故にその対象たるアパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの三人に今顔を合わせ、なんと言えばいいのか、彼女には判らなくなっていた。

戦士としての在り方、ハリベルはそれに固執した、しかし彼女はその在り方自身は今でも間違ってはいないと思っている。
間違ったのは自分自身、そう在ろう、そう在らねばならないと無意識に思い込み、自身をその枠に押し込めていた自分自身なのだと。
そして彼女が積み上げて来た戦士としての在り方や、それを誇りに思う事は間違いではないと。

だが、彼女の従属官である三人がそれに反したからといって、ハリベルに彼女達を責める権利はない。
そもそも彼女達に非はないのだ、在り方を強要してしまった自分、それに従ったまでの彼女達を責める権利など無いとハリベルは考えていた。
ならば気さくに、ただ「加減はどうだ?」と聴けばいい、切欠などその程度で充分なのだろう。
しかし今のハリベルにそれは出来なかった。


《何故? 何故助けてくれなかったのですか・・・・・・》


そんな台詞が彼女には聞こえた気がした。
それは幻聴であろう、しかしハリベルにとってそれは現実あり得る事であり、ハリベルの内より木霊するそれを彼女の従属官達は言う権利を持っているのだ。
それは恐怖、戦いの中で感じるそれとは別の恐怖。
『仲間』故に、大切な存在であるが故にもしそれを言われたら、という恐怖は計り知れない。
大切だ、と再度自覚したからこそその言葉はハリベルを抉るだろう、故の躊躇い、何度も何度も廊下を足早に行き来するハリベル、自分はこんなにも臆病だったのかと自覚するほどの躊躇いが其処にあった。
戦場ではなく、ただあの三人に拒絶される事がこれほど怖ろしい事か、と。

しかし何時までもこうしていたとて事態は好転するはずもない。

「・・・・・・・・・ ヨシッ・・・・・・」


小さく呟くハリベル、その呟きは己への鼓舞だった。
彼女等は自分を許さないかもしれない、なじられ、罵倒され、拒絶されてしまうかもしれない。
それでも構わない、それでも自分が謝らねばならない、と。
ただ一言「すまない」と、自分のせいで傷つけてしまった彼女等に謝らねばならないと。
そうしなければ、きっと自分は一生彼女等に真正面から向き合う事ができないのだから、と。

意を決し踏み出すハリベル。
邂逅は直ぐ其処まで迫っていた。





――――――――――





コンコンと扉を叩く音がする。

「は~い、開いてるよ。」


その音に反応し、ミラ・ローズが入室を許可する。
三人しかいない部屋、他の二人、アパッチとスンスンもさしてそれを咎める事はない。
第3宮、十刃の宮殿であるこの場所に客など来る筈もなく、ミラ・ローズはおおかた下官かなにかだろうと思い気軽に許可を出した。
当然の行為であるそれ、なんら不自然でもないその行為、しかし彼女は失念していた、此処が誰の宮殿であるか、唯一人、下官ではなくこの部屋を訪れる可能性がある人物がいた、ということを。

扉を叩く音がしてから数瞬、やや入室の許可が下りて後間を空けてゆっくりと扉が開く。
そしてその扉から入って来たのは、焦げ茶色の服を着た下官ではなく、白い死覇装を着た人物、スラリと伸びた手足、褐色の肌が死覇装に栄え、金色の髪は艶やかにその人物の頬を撫でていた。

「あっ・・・・・・・・・」


三人のうち誰ともなしにそんな呟きが零れる。
それは何時か来る邂逅ではあった、それが今訪れたに過ぎない事、彼女達の前に現れたのは下官ではなかった。
彼女達の主、敬愛する主、ティア・ハリベルが彼女達の前に立っていた。


そして訪れるのは沈黙、二、三歩入った入り口辺りに立つハリベルと、それぞれ寝台の上で上半身を起し硬直している三人。
普段ならば彼女等にこんな沈黙が訪れる事はない、ただ今だけは、この微妙なシコリを抱える今だけは、違っていた。
沈黙が部屋に満ちる、四人それぞれに何とかきっかけを作ろうとしてはいるようだがうまくいかず、声を発そうとしては躊躇い、止めてしまう、といったことを繰り返していた。

それがどれほど続いただろうか、一瞬だったかもしれないし、長い時間だったかもしれない、だが、いい加減このままではマズイと全員が思った頃、意を決しまるで頃合を見計らったかのように全員が同時に声を上げた。

「「「ハリベル様!」」」  「お前達・・・」

「「「申し訳ありませんでした!」」」  「すまなかった・・・・・・」


全員が同時に声を上げ、そして頭を下げていた。
謝罪、何を措いてもまずは、と全員がそれを口にする。
互いを大切に思うからこそ、相手に対する裏切りとすら取れる行為をしてしまった事への謝罪を、言い訳も何もなくただ申し訳ないという気持ちを伝えなければならないと。

「「「・・・・・・え?」」」


頭を下げる四人のうち、先にその異変に気がついたのはアパッチ等三人の方だった。
確かに彼女達に聞こえたのは”怒り”による叱責ではなく、「すまなかった」、という謝罪の言葉だった。
恐る恐る頭を上げる三人、そして目に飛び込んできたのは自分達の主が、よりにもよって部下である自分達に深々と頭を下げる姿だった。

「え? ちょっ、えぇ!?」

「御止めくださいハリベル様! 何故私(わたくし)達などに頭を下げられるのですか!」

「そうです! 止めてください!」


混乱するアパッチ、そして寝台から身を乗り出さんほどの勢いでハリベルに止めてくれと懇願するスンスンとミラ・ローズ。
それもそのはずだ、彼女等が覚悟していたのは叱責であり、まさか自分達の主から謝罪されるなどということは、露程も考えてはいなかったのだ。
頭を下げるのをやめてくれという二人と混乱状態の一人、しかしハリベルはその頭を下げたまま言う。

「いや、愚かだったのは私だ。 お前達は何一つ悪くない、”守る”と誓いながら戦士としての在り方に固執するあまりそれを忘れ、お前たちの危機を救う事もできず傷つけさせてしまった・・・・・・どうか、許して欲しい・・・・・・」


ハリベルの口から語られるのは彼女等が思っていたのとは真逆の言葉だった。
悪いのは全て自分だ、と語るハリベル、しかし彼女等にとってそれは違うのだ、悪いのはハリベルではなく自分達、真に頭を下げ許しを請うべきは自分達なのだ、と。

「違いますわ! 悪いのは私達の方です。誇り高きハリベル様の従属官たる私達が、私闘にはしった事こそ責められるべきですわ!」

「スンスンの言うとおりです! ハリベル様は何も悪くない!アタシ達が馬鹿だったんです! 申し訳ありませんでした!」


スンスンとミラ・ローズは叫び、再び頭を下げる。
ハリベルは何も悪くないと、悪いのは自分達だと叫び頭を下げる。
悪いのは、責められるべきは自分達だ、だから顔を上げてくれと願うかのように頭を下げる二人、そしてその二人に続くように、いや、二人以上に悲痛な叫びがそこに木霊した。

「やめてくれよ・・・・・・ なぁ・・・やめてくれよハリベル様! 何で謝るんだよ! 悪いのはあたし達だろ!?なのになんで謝るんだよ! それなのになんで、なんで・・・・・・ なんでそんな風に”震えてる”んだよ!あたし達が好きなのは! 誰にも負けない”強い”ハリベル様なのに!なんで!」


混乱の中、アパッチが見たのは頭を下げ、その肩を小刻みに震えさせているハリベルの姿だった。
アパッチにはそれがどこか幻にすら見えた、ありえないと、自分の知っているハリベルは、理想像たるハリベルがこんな姿を自分達に見せる筈は無いと。
アパッチの言葉にスンスンとミラ・ローズも再び顔を上げる。
そして眼にするのはアパッチの言葉通りのハリベルの姿、それは二人、いや、三人にとってとても衝撃的な光景であった。

「私は・・・・・・ お前達を傷つけさせてしまったことが、そしてそれを許してしまいそうだった自分が許せない。故にもう二度とあんな事はさせはしない。・・・だが同時に私は怖いんだ・・・・・・ お前達を失う事が、そして今、お前達に拒絶されるかもしれないと思うと、私は怖くてたまらない。」


独白、己の内にある弱さ、本来誰にも見せるべきではないその弱さ、しかしそれを見せられる相手を前にハリベルはそれを語る。
自分が怖れる事は何か、決意と、そして再認した尊さゆえの恐怖に苛まれるハリベル。

「そんな事ある分けない! あたし達がハリベル様を拒絶する何である訳ない!あたし達はハリベル様が来るなといっても何処までだって着いていく!」

「そうです! そんな事、怖がる必要なんてこれっぽっちもないです!アタシ達は”ハリベル様の”従属官なんですから!」


アパッチとミラ・ローズが矢継ぎ早にハリベルの言葉を否定する。
ありえないと、自分達がハリベルを拒絶するなどということはありえないと、それは誇りなのだ、彼女等にとっての。
ハリベルの従属官、その地位にいることが彼女等の誇りなのではなく、彼女の傍で彼女を支える事が、共に道を歩む事が彼女等の誇りなのだ。

「ハリベル様、顔を上げていただけますか?」


スンスンが静かにハリベルにそう頼む。
ハリベルもその言葉に漸く下げていた頭を上げ、三人と目を合わせる。

「私(わたくし)達は常にハリベル様のお傍にいますわ。そして今回と同じ事があればまた同じように行動するでしょう。」

「それは・・・・・・」


静かに語るスンスン、常の毒気も無く、しかし口元を隠す癖はそのままにハリベルを真っ直ぐ見据えて語る。

「それが私達の”誇り”だからです。 ハリベル様に教えて頂いたもの、そして自らが考え実践していく上で生まれた”誇り”ですわ。それによってまたこうして傷つく事もあるでしょう、でもそれをハリベル様が気に病む必要はありませんわ。ハリベル様はただ一言『付いて来い』と言って下さればいいのです、そうすれば私達は何処までも、そして何時までもお傍にいますわ。」


スンスンの言う彼女達の”誇り”、それはハリベルのために生きるという誇り、彼女に害をなし貶めようとする者のこと如くを排する事、そして常に彼女の傍で彼女を守り通す事、それこそが従属官たる三人の”誇り”なのだ。
そして自分達の傷を気に病む事は無いと、ハリベルにはただ一言、その一言をくれれば自分達は何処までも共にいけると。
必要とされている、という感覚、それだけがあれば自分達は貴方のために生きられると。
そんな自分達が貴方を拒絶するはずが無い、とスンスンはハリベルに伝えたのだった。

そのスンスンの言葉に力強く頷くアパッチとミラ・ローズ。
それを見たハリベルは思う、やはり自分は愚かで、しかしそれ以上に幸せなのだろうか、と。
最早多くを語る必要など無く、それでもただ一言、このすばらしき従属官達に言葉を送ろうとハリベルは口を開く。

「お前達・・・・・・ 本当に・・・ありがとう。」


そう言って再び頭を下げるハリベル、しかしそれは謝罪ではなく感謝の礼だった。
それを見たアパッチが悪戯な笑みを浮かべる。

「だ・か・ら、頭下げないでくださいよ、ね?ハリベル様。」


その声に顔を上げるハリベルだが、目に映るのは歯を見せニカッと笑うアパッチ、そしてミラ・ローズとスンスンの二人もまた笑顔だった。
それを見たハリベルもまた「フッ」と小さく笑う。

「これは一本とられた・・・か。」


そう零したハリベルの言葉で部屋の空気からしこりは取れ、常の彼女達の雰囲気へと戻りつつあった。
互いの想いというものを再認した彼女等、その結束は今後更に強固となるだろう。
だが今は、ただこの掛替えの無い時間を過ごす事だけが、彼女達にとって何より重要であった。





「よう、しぶとく生き残ったじゃねぇか、三バカ。」




その四人に、正確には寝台へ横たわる三人へと声がかかる。
四人がそちらに視線を送る、そして入口に立ち、三人へと声を掛けた男性の姿をその目に納めた。

ハリベルと同じ金色の髪、短めで後ろに跳ね上がるように、そして少し長めの後ろ髪は紐でぞんざいに縛られ一纏めにされている。
白い死覇装は袴はハリベルらと同じ様式で、しかし靴は履いておらず裸足、上着は袖が七分丈、正面はファスナーになっており、それを腹の中ほどまで下げ胸の中心に開いた孔が見えていた。
背の高さは大体160~170cm程度か、男性にしては小柄であるがその身体つきは華奢ではなく、しなやかで強靭そうな筋肉に適度に覆われていた。
そして何より目を引くのはその瞳、紅い、紅い瞳が四人を射抜くかのように鋭く彼女等を見据えていた。

「あ、アンタ・・・ もしかしてフェルナンドかい?」


その青年にいち早く話しかけたのはミラ・ローズだった。
青年にフェルナンドか?と問う彼女、まさに半信半疑だった、自分の知るフェルナンドはどう考えてもあそこまで大きくなく、もっと華奢な子供の姿なのだ。
では何故ミラ・ローズが青年をフェルナンドだと思ったのか、それは青年が言った『三バカ』という台詞によるもの、常フェルナンドはハリベルの従属官である三人を一纏めに呼ぶときは『三バカ』と呼んでいたのだ。
何度彼女等が拳を交えた”注意”を行おうともそれが改善されたためしは無く、結果、そう呼ばれる事が定着してしまった呼び名。
そしてそれを呼ぶのは唯一人、フェルナンド・アルディエンデいがいありえなかった。

「へぇ~、よく判ったじゃねぇかよ。で、どうだ?デブにこっ酷くやられた感想は。」


自身の変化をいち早く見抜いたミラ・ローズに感心しながらもフェルナンドは彼女等三人に近付いていった。
スッ、とハリベルの横をすり抜けて、だ。

「おいコラ、フェルナンド! デカくなったからって調子に乗ってんじゃないよ!いい加減『三バカ』って呼ぶの止めろ!」


近付いてくるフェルナンドに向かっていち早く食って掛かったアパッチ。
いい加減その呼称は止めろと怒鳴るがフェルナンドは何処吹く風だった。

「そうですわ、フェルナンドさん。おバカなのは”この二人”だけです、一括りにされては私(わたくし)心外ですわ。」

「「テメェ、スンスン!喧嘩売ってんのか!」」


アパッチの言葉に同意するように話すスンスン。
しかし内容はまったく違う、バカなのは自分以外の二人だけで自分は違う、一緒にされては迷惑だといわんばかりに言う彼女。
どうやらもうその毒は復活し、常のように二人へと振り撒かれている様だった。



そうしてギャァギャァと騒ぐ面々をハリベルは一歩下がった位置から見ていた。
目の前に広がるこの光景、喧騒、静謐とは無縁とも思える光景ではある、しかしこれが自分が望んだ光景でもあると、ハリベルは思っていた。

(守ろう・・・・・・ 私はこの光景を、何時までも・・・この命が続く限り。)


決意とは覚悟、そしてそれは自分との契約、誓いである。
誓いも新たにハリベルは、己の理想を求める事を決意した。

しかしそのハリベルにも一抹の不安は残る。
それはフェルナンドの事、彼女は彼を落胆させてしまったのだ、あの玉座の間で。


《今のお前は、俺が殺す価値もねェよ》


フェルナンドがハリベルに言い放ったその言葉、それがハリベルに未だ不安を残す。
愚かだった自分、それを認め乗り越えた今の自分、果たして今の自分は値するだろうか、再び彼の前に、フェルナンドの前に立つ者として値するだろうか、と。
喧騒、たった四人の喧騒を見つめるハリベル。
その守るべき風景の中に今や確かに居る一人の青年、その青年にとって今の自分はどう映るのかと、ハリベルはそれだけが気がかりだった。

「ハッ! あいも変わらずうるせぇヤツラだ。・・・・・・で? 憂いは晴れたかよ、ハリベル?」


喧騒の中、フェルナンドが不意にハリベルのほうへと振り返る。
振り返った肩越しに見える彼の表情、どこか人をくった様な薄い笑みを浮かべ、力強く、しかしどこか澄んだ紅い瞳でハリベルを見る。
『憂いは晴れたか』、その言葉に込められたフェルナンドの思い、それにハリベルはなんと答えようかと暫し悩む。

言いたい事は多くあった、傷の加減はいいのか、どうしてあんな無茶をしたのか、だがその言葉のどれもがどこか違う気がハリベルにはしていた。
だから、ただ純粋に、再びの邂逅で自然に浮かんだその言葉をハリベルは口にした。

「あぁ、晴れたよ。 ・・・よく戻った、フェルナンド。」


着飾った言葉ではない、気の利いた台詞という訳でもない。
だが、それが今、ハリベルが最も伝えたい一言だった。
無事に戻った『仲間』に対し、ただ一言伝えたかった言葉はそれだけだったのだ。

そんなハリベルの様子を見たフェルナンドは、一瞬だが口角を上げ笑みを深くしていた。

「そうかい、晴れたかい。 ならいいさ、それでこそハリベル、ってもんだ。」


そしてフェルナンドが発したその言葉、それだけでいい、それだけでハリベルには充分伝わっていた。
故にそれ以上をハリベルは語らない、後は来るべきその日のためにただ研鑽を積むのみなのだから。

一度は脅かされた日常、紆余曲折の後、それは再びこの場所に戻る事ができたのであった・・・・・・



































「そういえばフェルナンド・・・・・・」


再開より程なくして、なにか思い出したかのようにハリベルはフェルナンドに話しかける。

「あぁ? なんだよ。」


その言葉に身体ごと振り返り、ハリベルへと向き直るフェルナンド。
ハリベルはフェルナンドの正面まで近付くと、その手をフェルナンドの頭の上に載せ、ポンポンと二回ほど軽く叩く。
そしてなにかを確認したように「ふむ」と小さく呟くと、どうにもズレた事を口走った。

「お前・・・・・・・・・ ”少し”背が伸びたか?」

「「「・・・・・・・・・・・・・・・え~~・・・・・・」」」


なんとも言えない微妙な空気がその場を支配する。
アパッチ等三人ですら気が付いたフェルナンドの見紛うばかりの成長。
フェルナンドからすれば念願の著しく成長した、本来あるべき姿に戻った今の身体。
それがハリベルにしてみれば、ただほんの少し背が伸びた程度になってしまっていた。
戦士として完璧であるハリベル、しかし一歩そこから離れると途端になにかがズレてしまう様だった。

「ほぅ・・・・・・そうか、そうか、そうか・・・やっぱりその辺はアンタらしいよハリベル・・・・・・どうにもアンタは、俺の、神経を、逆撫でするのが、うまいらしい・・・・・・上等だ! 今すぐ此処でぶっ殺してやる!!」


ポンポンと頭を叩かれた体勢のまま俯いていたフェルナンド、その怒りが一気に膨れ上がる。
それを察知したアパッチ等三人は痛む身体をおして、フェルナンドの身体にしがみ付く様にしてそれを押さえ込んだ。

「落ち着けフェルナンド!」

「そうだ!ハリベル様のアレは、今にはじまった事じゃねぇだろが!」

「そうですわ! 落ち着いてくださいまし!」


必死に止める三人、それを何とか振り切ろうと「放せ~!!」と叫びながらもがくフェルナンド。
そんなフェルナンドの様子をハリベルはまるで理解できず、小首を傾げるようにしていた。

「一体何を怒っているんだ? お前は。」


心底わからない、といった風で呟くハリベルを他所に、フェルナンドの叫びは虚夜宮へと響き渡るのだった。







値踏み

興味

好奇心

代償の支払

雷光は今、輝く









※あとがき

連休というのは偉大だ。
何せこの短期間で本編が更新できるのだからw

今回は三人娘とハリベルの関係。
そして出番がほぼ皆無だった主人公の登場でした。

今回は二段オチとなっています。
一段目でキレイな感じで、二段目でちょいぶっ飛んだ感アリw
別々ではなく一の後に二段目が着た、というかんじであります

ハリベルさんのリアクション楽しみにしてくださっていた方々、こんなんでどうでしょう?


それと、そろそろチラシの裏で10万PVに到達しそうです。
次はそれに伴う番外を、と考えています。
突破記念となるか、今回で到達記念となるかはわかりませんがねw


2010.11.22










[18582] BLEACH El fuego no se apaga.extra2
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/11/23 16:09
BLEACH El fuego no se apaga.extra2


















■は狼


果てなき砂漠で唯独り、孤独を食んで彷徨い歩く


■に近寄る者あらず


近寄る者は皆全て、■のせいで死に絶える

■は狼、砂漠に独り


誰か■に笑っておくれ・・・・・・







■は一体誰だろう?
あまりに長い時を生きたせいか、最早自分の名前すら思い出せない。
知っているのは極僅か、此処が何処かという事と、自分が”独り”だということだけ。
一体何時から自分は”独り”だったのか、それを考え、思い返すのが馬鹿らしくなるほどそうだった事だけは解っていた。
誰も■に近寄っては来ないんだ。
だってそうだろう?


誰も、自分から死にたがる奴なんて居ないんだから。


皆、死んでいくんだ、■の近くに来ると皆。
理由なんて解り切ってる、■のせいだ。
この強すぎる霊圧、全てはコレのせい、コレがあるから皆、死んでいく、皆、皆、死んでいく・・・・・・
何で■だけ、何で■だけがこんなめに合うんだろう?
別に強い事に拘りは無かったんだ、ただいつの間にか、それこそ他者を寄せ付けないほど■は強くなっていた。
理由なんてものは解らないし、今となっては知りたくも無い。
ただ目の前にある現実は非情で、■に近付く奴らは皆、■の霊圧に耐えられなくなり、魂が削れて死んでいくだけだった。





弱い奴が羨ましかった。
個々に強大な力を持たず、害される恐怖に怯えて生きる奴等、だけどそれ故に、弱い故に群れていられる。
自分以外の誰かと共に居る事が出来る、そう、奴らは皆、”独り”じゃないんだ・・・・・・

羨ましかった、何よりも、■の強さと引き換えに、その弱さを欲してしまうほどに。
贅沢だ、傲慢だと罵る奴も居るかもしれない、でも■は心底そう思っているんだ。
持つ者と持たざる者、力ある物と無い者、持たざる者が持つ物を、力ある者を羨むのと同じくらい■は持たざる者を羨んでいるんだ・・・・・・
だけどそれは叶わない、今更手に入れてしまったものを放り出す事は叶わない。

結局■はどうしようもなく、何も出来ず、この砂漠を彷徨い”孤独”の中に居るしかないんだ・・・・・・





嗚呼、■は一体何のために生まれてきたのか。
誰ともまみえず、ただただ果てしない白い砂漠を彷徨うためだけに生まれて来たのか。
ただただ、こうして”孤独”の中で生きていく為に生まれて来たのか、もしそうならそれのなんと残酷な事だろうか。
そんな■に、最近解った事がある。

”孤独”とは”死”だ。

”孤独”とは、”独り”とは誰にも知られていないという事に等しい。
誰からも認知されず、誰からも認識されずただ存在する存在。
誰の記憶に残る事もなく、ただ生命という活動を続ける存在は本当に”生きている”といえるだろうか?
その命ある霞のような存在は、そもそも生命体であるといえるのだろうか?

■にはそうは思えない。
そして何より”孤独”は押し潰すんだ、少しずつ、じわじわと、■の精神を押し潰すんだ。
求めるものは遠ざかり、また、求められる事もなく、それは自分という存在の価値の否定でしかないだろう。
そんなものに耐えられる筈がないんだ、無価値な存在を許してくれるほど、どんな世界も優しく出来てはいないのだから。
今までそれに耐えてきた、”孤独の重さ”に■は耐えてきた、だからといってこの先もずっとそれに耐えていられるのか?出来るかもしれないし出来ないかもしれない、それが訪れるのは百年先か千年先か、それとも明日か、もしかしたら数分後かもしれない。

それは恐怖だ、耐えられない”孤独”など恐怖以外の何者でもないだろう。
その恐怖を前に■に一体何が出来る? 何も出来やしない、ただそれに押し潰されて死ぬだけだ・・・・・・





また途方もない時間が過ぎた気がする。
でもそれは気のせいで、本当はまだほんの少ししか時間は過ぎていないのかもしれない。
まぁ結局のところ同じだろう、時間なんてもう意味がない、終わりが近付いているんだ。
■には解る、もう直ぐ自分は”孤独”に耐え切れなくなるだろう、ということが。
誰よりも、それこそ生きる命というもののなかで誰よりも長く、”孤独”と付き合い続けた自分だからこそ解るその時。
それを前に自分が何をすべきか考えてみた、だけどそんなもの考えつきはしない。
することなんか何もないんだ、ただ受け入れてやればいい、それでこの長い”孤独”ともさよならなんだから。
だがもし、もしも悔やまれる事があるとすれば、一度でいい、一度でいいから

誰かと手をつないでみたかった・・・・・・な。





もう駄目だ!耐えられない・・・・・・
”独り”は嫌だ! ”孤独”は嫌だ!もう”独りぼっち”は嫌なんだ!
何で■ばっかりがこんな目に合う? どうして?どうしてなんだ!
一緒に居たいだけなんだ、ただ誰かと、自分じゃない誰かとただ一緒に居たいだけなんだ。
それは、そう思う事はいけない事なのか? ただ誰かと一緒にいたいと願う事が、そんなにいけない事なのか?
もう充分だろう! ■は充分”孤独”の中にいただろう?もう嫌なんだ! 嫌なんだよ!
誰か・・・・・・ 誰でもいい・・・・・・ ■を此処から救ってくれ。

■の傍で、■だけに笑顔を見せてくれよ・・・・・・

それが誰にも届かない事なんて解っていた。
だけどもう誰かに縋るしかなかった、でも現実って奴はやっぱり何処までの非情で、そもそも誰も■に近づけないんだから助けなんてありはしないいんだ。
だったらもう、この耐えられない”孤独”から抜け出すには自分が、■自身がどうにかするしかない。
恐怖を前に、ただ受け入れるだけだと思っていたものに抗ってやるんだ。
そして”独り”じゃなくなるんだ。

仮面に手をかける。
顔を覆う仮面に両手をかけ、力を込める。
どうすればいいかなんて解らなかった、ただそうすればなにかが起こるという確信だけがあった。
それをした後、■がどうなるかなんて解らない。
それでも、たとえ■という存在が死んだとしても、”孤独”じゃなくなるなら、”独り”じゃなくなるなら、そっちの方がよっぽどマシだろう。
仮面が軋み、罅割れる、それでも力を込める事をやめることはない。

おそらくコレを剥いだ時、自分が消えるであろう直感が奔る。
それは本能の警告なのか、自分という存在の消滅に対する警告が直感として脳裏を奔り抜ける。
それでも止めない。
数瞬の後には仮面は剥れ、■という存在は消えるだろう。
でも、それでも、なにかが残る気がする。
そしてそれはきっと”孤独”ではないと■は思う。

高い音が響く、それが自分の仮面が剥れ、砕けた音だと認識するかしないかで、■の意識は白に染まった。
消えていく意識、その中でただ思う事がひとつ、理由は解らないがただ浮かんだのはたった一言。


『おめでとう』 という言葉だけだった。





――――――――――





『俺』が目覚めて最初に見たのは、薄い黄緑色の髪をした小さな子供だった。
そして一目見て直感した、|コイツ(・・・)は俺だ、と。
片割れであり、俺自身であり、そして|もう一人(・・・・)、という俺以外の存在であると。

「・・・・・・名前はあるか?」

「・・・リリネット。 ・・・・・・あんたこそ名前なんかあるの?あたしだったくせに。」

「・・・・・・スターク、だ。」


リリネット・・・か、いい名前じゃないかと内心で褒める。
そして俺も自分の名前を答えた、ただそれだけのやり取りが俺の内に響く。
俺にとってそれは独りじゃないんだと、俺じゃない誰かが傍にいるということを確信できた瞬間だったから。






『あたし』を呼ぶ声がする。
顔を上げるとそこには黒髪のデカい男が座っていた。
見て直ぐ解った、この男があたしの半身だって事が、もう一人の|あたし以外のあたし(・・・・・・・・・)だっていう事が。
名前を聞きながら、こっちに大きなボロボロの布切れを放り投げる男、名前はスタークっていうらしい。
その布切れを羽織ながらあたしはスタークに訊いた。

「・・・スターク、 ・・・・・・これから何するの・・・?」


そんなあたしの疑問にスタークはただ一言、「何だってできるさ・・・」と答えた。
だからあたしは更に訊いた。

「じゃぁ、どこへ行くの・・・?」


スタークはさっきと同じ、ちょっとぶっきらぼうな態度で「どこへでも」と答える。
そっけない態度、だけど不思議と嫌な感じはしなかった。
それはスタークがあたしだからなのか、それとも別の理由なのかよくわからなかったけど、今はそれでいい気がする。

「一緒に行こうぜ・・・・・・どこまでも・・・・・・」


スタークの言葉に、一緒(・・)という言葉にあたしは自然と笑っていた。
一緒、初めて誰かに言ってもらえたその言葉が、あたしには嬉しくてたまらなかった。
立ち上がるスタークに続くようにあたしも歩み寄る。

そうしてスタークの横に立って、スタークの手を握った。
スタークは一瞬驚いた顔をしたけど、ちゃんと手を握り返してくれた。

その握った手から、あたしは初めて自分以外のぬくもりを感じたんだ・・・・・・








俺|(あたし)は狼


果てなき砂漠をふらふらと、往くあてもなく彷徨い歩く


俺|(あたし)に近寄る者あらず


近寄る者は皆全て、俺|(あたし)のせいで死に絶える


俺|(あたし)は狼、砂漠を歩く


だけど俺|(あたし)は”独り”じゃないんだ・・・・・・










※あとがき

もうすぐ10万PV越えるよ記念という中途半端なタイミングでの記念作品です。
そして感謝の証として番外編でもあります。
これも全ては、日頃から本作品を読んで下さっている皆様あってのこと。
本当に感謝でゴザイマス。

さて、今回の番外編。
感謝の証と言いながら、半分は作者がもう我慢の限界だった、という部分も御座います。
孤独な二人をはやく書きたい、でも登場はまだ・・・・・・どうしたものか
という時にこの番外を思いつきました。

二人の背景について語られている部分が少なく、半分以上は捏造でありますが
自分なりにこんな感じではないか、と想像しながら書いてみました。
愉しんで頂ける内容になっているでしょうか?

感想をお待ちしております。

2010.11.23










[18582] BLEACH El fuego no se apaga.26
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/11/27 22:56
BLEACH El fuego no se apaga.26










フェルナンド・アルディエンデの日常は自由だ。
その日の気分によって、その行動は大きく変ってしまう事もしばしばあるほど彼は何にも縛られない。
生活の基盤、というか衣食住の全ては彼が現在やっかいになっている第3十刃、ティア・ハリベルの下で充分事足りている。
フェルナンドの方もただやっかいになっているのも癪だ、と彼女の従属官の戦闘訓練などの相手をすることも少なくない。
だが、そうして彼が自分で決めた事以外、彼は何一つ縛られる事はなかった。

日がな一日屋上で寝転がり、天蓋に映る偽物の空を眺めてみたり。
フラッといなくなったかと思えば二、三日後に何事もなかったかのように戻ってみたり。
それをハリベルがいくら問い詰めようと、ヒラリヒラリと追及を避わし煙に巻き、まるで掴み所のない雲のように彼女をあしらってしまうのだ。

そして今日も、フェルナンドは思い立ったように第3宮を後にし、虚夜宮の天蓋の下に広がる砂漠を何処を目指すでもなく歩いていた。
別に目的があった訳ではないのだろう、あえて理由を問われれば、「なんとなく」と答えるしかないようなそんな思い付きの散歩のようなものだった。
だがしかし、その何となくの行動が、フェルナンドの下に些細な厄介事を呼び込んだ。

「・・・・・・で? アンタ達いつまで俺の後を付いて来る心算だ?いい加減鬱陶しいんだが・・・な・・・・・」


フェルナンドが軽く頭を掻きながらそんな呟きを零す。
フェルナンドが今立っているのは何処とも知れぬ白い砂漠、打ち捨てられたような太い柱や瓦礫が、そこかしこに散在する場所だった。
おおよそフェルナンドだけしかいないその場所、しかしそのフェルナンドの呟きから少し間を置いてそれらは現れた。

柱の影、瓦礫の影から現れたのは、フェルナンドと同じ白い服を着た破面たちだった。
そのどれもが成長したフェルナンドの身体と比べてもより大きく、屈強な身体つきをした破面達、それらがフェルナンドを囲み、まるで逃がさぬよう包囲するかのように佇んでいた。

「フェルナンド・アルディエンデだな?」

「ハッ! ようやく・・・かよ。それにしてもぞろぞろと・・・一体俺に何のようだ?」


その内の一体、長い金髪で顔の殆どを仮面で覆い隠した破面がフェルナンドの名を呼び、本人かどうかを確認するように話しかける。
それを鼻で笑いながら、顕われた見知らぬ破面達を、ぐるりと見回すフェルナンド。
その全てが険しい表情をし、明らかに自分に対して敵意を抱いているという事をフェルナンドが理解するのに、それほど時は必要としなかった。

(ったく、殺気滲ませてまぁ・・・しっかし何なんだ?コイツ等・・・・・・ こんだけ大勢に恨まれるような事した覚えは・・・・・・そういえば、ある・・・な、まぁお礼参り、ってのが妥当な線か・・・・・・)


内心、何故自分が殺気を向けられているのか見当が付かなかったフェルナンド。
なにか自分が恨みを買うようなことをしたかと考えてみれば、あっさりとその答えは出た。
『数字持ち(ヌメロス)狩り』、ハリベルの指示と自身の研鑽の為に行ったそれ、それによりかなりの人数を倒したフェルナンドである、恨みを一つも買っていない、という方がふざけた話ではあった。
それに思い至り、改めて自身を囲む破面の顔を見るフェルナンド、しかしそこで彼は違和感を覚えた。

(・・・・・・違う・・・な。 あの時戦った奴等じゃねぇ・・・・・・なら本当にコイツ等何者だ・・・?)


そう、フェルナンドを囲む面々は、彼が打ち倒してた数字持ちではなかった。
ならば一体彼等は何者なのか、フェルナンドの内にかすかな疑問が残る。
そんなフェルナンドを他所に一人の破面が声を上げる、しかしそれはフェルナンドの疑問に対する答えでは当然なく、開戦の合図だった。

「その”力”、試させてもらう。」


その長髪の破面の言葉と共に、フェルナンドを囲むうちの一体がフェルナンドに向かって正面から突進する。
しかし、フェルナンドはその破面を視界に捉えているにもかかわらす、何の反応もせず立っているだけだった。


結果から言えばその破面は”違えた”のだ。

真正面から挑む様は勇敢ではある、しかしそれは下策であろう、それはフェルナンドに対してという訳ではなく、どんな戦い、どんな相手に措いてでもそうなのだ。
格下が格上に挑むというならば、真正面は下策中の下策でしかない。
そう、その破面は”違えた”のだ、どちらが”上”で、”下”なのかを。
そして結末はあっさりと訪れる。

「グハッッ!!」


あまりにも哀れな断末魔を残し吹き飛ばされる破面。
真正面から対格差で押し潰しにかかったその破面、しかしフェルナンドはそれに動じる事無く、相手の攻撃が届くよりも早く相手の顎、胸部、そして鳩尾に連続で蹴りを見舞っていた。
それは何の変哲もないただの蹴りであり、業(ワザ)という程のものですらないただの蹴りだった。
しかし連続といってもほぼ同時と見紛う速さで繰り出されたその蹴り、衝撃自体もほぼ同時であり、三乗の威力で破面は吹き飛ばされ、その意識を手放していた。

「まぁなんだっていいか・・・ アンタ達が俺に仕掛けてきた、それが重要だ。それに丁度良かった、コッチも少し試したい事があってよぉ。いい練習台が転がり込んできたもんだぜ、まったく・・・・・・」」


襲われた、というのにフェルナンドは相変わらず自然体のままで、構えようとしなかった。
そしてあろう事かその転がり込んできた厄介事を、歓迎するかのような態度をとるフェルナンド。
だが、そんなフェルナンドの態度を見ても彼を囲む破面達は殺気を強めることこそすれ、激昂し、後先もなく飛び掛ってくるようなことはしなかった。
それは強烈な自制心か、或いは激昂すら凌駕するほどの強制力なのか、どちらにせよフェルナンドには関係のない話ではあった。

周りを囲む破面達、最初の一体が倒されて後、それほど間を置かずに別の破面がフェルナンドへと挑みかかる。
先程の光景を見ていたであろうその破面、正面から仕掛けるようなことはせず、フェルナンドの周りをぐるぐると回り彼の死角、死角へと移動する。
対してフェルナンドはあいも変わらず自然体のまま、ただ立っているというだけだった。
一見隙だらけに見えるその姿、しかしフェルナンドの周りを回る破面は、一向に仕掛ける様子を見せなかった。

ただぐるぐると回るだけの破面、機を伺い続けるその破面は今、手を出さないのではなく”出せない”のだ。
見えるのは打ち込んだ瞬間倒される自分の姿のみ、何処から攻めようとその姿しかその破面には思い浮かばなかった。

そんな破面とフェルナンドの視線が一瞬合う。
その視線に、紅く鋭いその視線に一瞬過ぎった闘気、それにその破面は瞬間耐える事ができなくなり、堪えきれず攻めに転じた。
フェルナンドの頭を狙った一撃、しかしそれはあえなく避けられる。

その一撃を避けたフェルナンドは、頭の横を通り過ぎた破面の手首を握ると、旋風の如き素早さでその破面の懐に身体を潜り込ませ、もう片方の手で袖を掴むとそのまま背負い込むようにその破面を投げ、頭から砂漠へと叩きつける。
砂漠、砂といってもやわらかく弾力に優れている、という訳ではない。
力こそ分散されるが、頭から叩きつけられれば叩きつけられた者の意識、そして下手をすれば命を刈り取る事すら簡単なのだ。

「さて、これで二人目・・・っと。 しかし今のは思ったより今一だな・・・・・・場所に左右されるってのがうまくねぇ・・・・・・」


難無く二人目も倒すフェルナンド。
頭から叩きつけられた破面は顔の半分ほどを砂漠に埋没させ、痙攣していた。
動いている事から殺してはいないようだが、とうのフェルナンドといえば何事か思案するように、コメカミの辺りを指で掻きながら考え込んでいた。
だが、そんなフェルナンドの思案など関係ないとばかりに、更にもう一体の破面が輪から進み出る。
それに気付いたフェルナンドは訝しむ様にその破面を睨みつけ、話しかけた。

「また一人だけでやる心算か? 来るんなら全員で来たほうが“まだ”マシなんじゃねぇか?えぇ?」

「不正解(ノ・エス・エサクト)。 コチラにはコチラの事情、というものがある。貴様には関係ない。」


フェルナンドの問に答えたのは進み出た破面ではなく、最初と同じ長髪の破面だった。
周りを囲めるだけの人数、その数の有利というものを彼等は生かそうとしていない。
それがフェルナンドには理解できなかった。
最初はしょうがない、二度目もまぁ許容範囲だろう、しかし三度目、此処までくれば自分達と相手の実力差がどれ程のものか判る、というものだ。
おそらく実力でフェルナンドに劣っているであろう彼等、ならばその不足を補うには、自分達が現状フェルナンドに勝っている部分で補うというのが定石であり、そしてそれは今、『数の有利』以外なかった。

だが彼等はあくまで一人ずつフェルナンドに挑んでくる。
矜持か、信念か、或いは別の何かなのか、とにかく一人ずつ挑んでくる彼等に対するフェルナンドの疑問、それに対する長髪の破面の答えはただ「事情はあるが、貴様には関係ない」というそっけない回答で答えられた。

「そうかい・・・・・・ まぁ、俺としても練習台が多いに越した事はないんだが・・・な。」


そう呟くとフェルナンドはやや半身気味に体勢を変え、両足を開き、両腕をやや拳を開いた状態で目線より少し下にし、初めて構えを取った。
そして構えると共にフェルナンドから発せられる”気”、霊圧ではなく、ただ気迫が発せられているだけだが、その場にいる者は肌が粟立つような感覚を味わっていた。
そして思う、目の前にいるのはただの破面ではないと、それは今までの動きで判ってはいた、しかし実感として今、彼等は感じているのだ。


この破面は普通ではない・・・と。


それでも、それが実感できていても彼等が退く事はなかった。
囲みから一人出てきてはフェルナンドに挑みかかり、呆気なく倒されるという繰り返しを続ける。
最早それは個人の意思、というよりももっと大きなものに突き動かされているような様相を呈してきた。
おそらく金髪の破面がフェルナンドに言った、「コチラの事情」というものが大いに関係しているであろう事は明白であり、しかしそれはフェルナンドにとってはまったく関係のないことであった。




挑みかかってくる破面達、一対一の連続が続く中、フェルナンドはそれに飽きる事無く寧ろ愉しむようにそれを続けていた。
そうして戦うフェルナンド、最早戦っていると言えるかすら疑問ではあるが、そんなフェルナンドの戦い方に次第に若干ではあるが変化が現れる。
拳脚を用いた”打撃”をもって戦ってきたフェルナンド、しかし今、フェルナンドは打撃を主体としながらもそれに新たな要素を加えた戦い方をし始めていた。
それは先程破面を頭から砂漠へと叩きつけた投げ業であったり、拳といった近接攻撃よりも更に内側の間合い、肘による斬撃にも似た一撃を相手に見舞う事もあった。
更には相手の手足の関節などを、稼動方向とは逆に曲げて間接を極める事や、またそのまま骨を折るなどといった相手の外部的破壊以外の内部的破壊を目的とした戦闘方法も模索している様子だった。

そう、それは模索、フェルナンドは今、本当にこの襲い来る破面達を練習台として使い模索しているのだ、自分の戦闘スタイルというものを。
それは数字持ち狩りの時にも行った研鑽の延長線上にある物だった。
だがしかし、あの時と今でフェルナンド自身が決定的に違っているもの、それは”体格”だ。

子供の身体と、小柄ではあるが大人の身体、それには大きな差が生まれる、一つは筋肉や骨格の量や強度、もちろん上昇した霊圧もその一つに数えられるだろう。
だが、戦闘において近接格闘を主体とするフェルナンドにとって最も重要な点は、身体的成長によって得た”射程距離の延長”であった。
射程距離、格闘でいえば拳や蹴りが届く距離といえばいいのか、身体が成長したことによりフェルナンドのそれは子供の姿のときと比べ飛躍的に伸びていた。

成長した身体、伸びた手足、模索とは即ち昇華であり、フェルンドがいい練習台だと言ったのはこの点がやはり大きかった。
今までと同じ動作を今までと違う身体でする、それに伴う感覚的な差異を埋め、さらに成長によって可能となった動きを確認する。
今までどおりの動き、しかし”今のまま”でいることをフェルナンドは良しとはしない。
昇華とは今以上という事、それをフェルナンドは貪欲に目指しているのだ、普段飄々とした態度をしてはいてもその本質、”生”の実感を求め戦うという彼が求めるのは戦うための”力”なのだから。

「今のも違う・・・な。 とどめの前に一拍入るのはよくねぇ。それにただ背負って投げるだけじゃぁそもそも投げる必要が無ぇ・・・か。」


また一体、フェルナンドへと挑みかかった破面が倒れる。
今度の破面は一番初めと同じように、フェルナンドに背負われるようにして投げ飛ばされた。
しかし、今度は頭から叩き落すのではなく、背中から砂漠に落とすようにして投げるフェルナンド。
衝撃は確かにあるだろうが、それのみで相手を倒すほどの威力はその投げにはどうしても乗りづらかったのか、投げられた破面はその衝撃に耐えてみせた。
だが次の瞬間、砂漠へと投げ伏せれれたその破面が目にした光景、その破面が意識を失う直前に見た光景は、まさに眼前にまで迫るフェルナンドの足の裏だった。

フェルナンドは相手を砂漠へと叩きつけると、仰向けに倒れる相手の顔面をその足で強かに踏みつけたのだ。
顔を踏みつけられた相手は一瞬大きく痙攣し、その後意識を失ったかのように動かなくなった。
だが、殺してはいない。
フェルナンドは先程から相手をしている全ての破面達を意識を刈り取るまでに留め、命まで奪う事まではしていなかった。

「そもそも決着なんてもんは一瞬だ・・・・・・投げた、蹴った、倒した、これだって一瞬には多い。理想は全て同時に・・・か、いや、それが一連の動作に組み込まれていればどうだ?・・・・・・そうか、ならついでにもう一つ入れてみる・・・かよ。」


一人考え込むフェルナンド、模索するのは新たなる自分の戦い方。
こうして戦う中で彼はそれの糸口を掴み始めていた、朧気に見えるのは理想、相対した敵をどうすれば完殺できるかという事を追求した理想の動き、ただ殴って倒す、蹴って倒すのではなく、絶命に至るまでの間で更に殺している、そんな”修羅”の如き理想像。

囲みの数はもう数人ほどしか残っていなかった。
最早突破は容易く、そもそも捕らえられているというよりは自分からこの場に留まっている、と言った方が正しいフェルナンド。
そして彼の前にまた一体、破面がすすに出て挑みかかってくる。
さすがに今までの戦いをその目で見ていたその破面は、ある意味で善戦していた。
それはフェルナンドが今も思考にそのおもきを裂いている、ということが一つと、彼、フェルナンドが”見計らっている”という理由があった。

そうとは知らず自分が圧していると感じたのか、その破面は攻勢を強める。
不用意、繰り出されてくる拳、蹴り、その全てがフェルナンドからすれば不用意極まりないものに見えていた。
破面はその肉体自体が武器となる、鋼皮(イエロ)と呼ばれる鋼鉄のような皮膚と圧倒的膂力を持って相手を打倒できる身体、振り回せばそれだけで拳は凶器と化すだろう。
だが、その既に凶器である拳を更に凶(まが)つものに、殺すために研鑽するフェルナンドにとってそれはあまりに不様で不用意であり、愚かしく映っていた。

そしてフェルナンドが動く。
またしても不用意に伸びていた拳を避け、そのまま相手の手首を掴むと、掌が上に向くように反して握るフェルナンド。
そして其処から終わりまではまさに一瞬だった。
手首を掴み、旋風の速さで相手の懐へと潜り込み先程と同じように投げを打つフェルナンド。
しかし、先程とは違い、手首を掴んでいない方の手で袖は掴まずそちらも手首へ、両手で手首を掴み、相手の二の腕辺りを自分の肩に乗せて担ぐようにして投げを打つ。
その破面の腕、掌を上にして掴まれた腕がフェルナンドの肩を支点とし、その肘は本来曲る方向とは逆、逆関節状態で無理矢理に曲げられ、挫かれ、そしてそのかかった力に耐え切れず腕の骨は折れた。
そうして相手の腕を極め、そして折りながらも止まらず投げを打つフェルナンド。
投げ飛ばされた相手は天地が逆転し、頭が下、足が上という逆様の状態、そしてその頭部は砂漠へと吸い込まれるように墜ちて行く。
そのまま叩きつけられても、また万が一立ち上がろうとも腕を折られ、戦う事は不可能であろうその破面。

しかしフェルナンドは、先程垣間見た朧気な姿を今、己うちに確たる姿として確立し、それを実行した。
フェルナンドの内に雷光が奔る、天から地へまさに神速にて降る雷(いかずち)の光、そしてそれがフェルナンドに”力”を与える。
腕を極め、投げ、そして折った相手の頭が砂漠へと突き刺さるまさに直前、フェルナンドは逆さになった破面のその顔に、真正面からまさしく雷光の如き下段蹴りを突き刺したのだった。


極める、投げる、折る、蹴りまでの一連の動作の中に集約した要素達。
それぞれが単体ではなく一連の動作の中に納まり、連動し、調和しているということの重要性。
その一撃をもって相手を完殺する為だけの動き、荒削りではあるがまた一つ、フェルナンド・アルディエンデの求める”力”が業へと昇華し、その姿を現した瞬間だった。

「コイツは良い・・・な。 まだまだ甘いが・・・・・・『雷(トゥルエーノ)』、とでも名付けるか、単体じゃなく、一連の動作として集約し、殺す・・・か。悪くねぇ、まぁ悔やまれるのは殺しちまったって事ぐらい・・・か。」


自ら生み出した新たな業の感触に満足したかのようなフェルナンド。
『雷(トゥルエーノ)』と名付けられたその業は、また一つフェルナンドの”力”となり強さの証明となった。
しかしフェルナンドが視線を向ける先、其処に転がるソレを見ながら彼は一瞬悔いるような顔を見せた。
其処に転がるのは死体、腕があらぬ方向へと曲り、そして顔は潰れ鮮血に染まり動かないそれは死体以外の何者でもなかった。
そしてソレはフェルナンドの業の犠牲となった存在であり、フェルナンド自身まさに編み出したばかりの業に加減など出来るはずも無く、全力ではなったそれは容易にその破面を絶命たらしめたのだった。

「感傷かい? フェルナンド・アルディエンデ。それとも殺した事を後悔しているのか? 不正解(ノ・エス・エサクト)!愚か過ぎるぞそれは。 そんな事では、君の”評価”は最低だと報告せねばなるまい。」


そんな一縷の後悔を漏らすフェルナンドに、長い金髪の破面が声をかける。
顔の殆どを仮面で隠し、口元意外はほぼ見えていないが、その口元には明らかな嘲笑が浮かんでいた。

「ハッ! 別にコイツラが”自分から”やりに来たってぇんなら何も問題ねぇさ、キッチリ殺してやるよ。・・・・・・だがな、”覚悟”も何も無ぇでただ”命令された”から戦うなんてのまで相手にしてられるかよ。 ”覚悟”の無ぇのまで背負える程、俺の背中は広くねぇ。それにそんな中途半端をいくら殺したところで、俺の欲しいモンは手に入るわけがねぇ。」


長髪の破面の言葉を鼻で笑い、フェルナンドが悔いの理由を話す。
本来、フェルナンドは殺す事を躊躇わない。
それは戦いというものの中で見せる躊躇いとは”死”を招く源であり、そもそも戦いとは互いに自らの勝利と、そして”死”を覚悟して臨むべきものであるというフェルナンドの考えに基づくものだった。

しかし、先程から相手をしている数多くの破面達、だがフェルナンドにはその中に一人としてその”覚悟”の視える者はいなかった。
それは自らの勝利、そして”死”を考えていないという証であり、自らの意思で戦場に立つ者としてあり得ない行為であった。
ならば何故彼等は戦場に、フェルナンド・アルディエンデという男の前に立ち塞がったのか、それが自らの意思でないとするならば、答えは他者の意思によってということに、つまり”命ぜられて”戦場に立っているという事となる。
それが誰の意思か、何の目的があるのか、そこまではフェルナンドにはわからない。

だが、フェルナンドにとって彼等が彼らの意志でこの場にいない、ということだけで充分だった。
己の意思なき者、”覚悟”なき操り人形などいくら殺したところで、彼の求めるものは手に入るわけがないのだ。
自己と自己、拳と刀、そして魂と魂、その全てをかけ戦ったその先だけに彼が求めるものはあるのだから。

故にフェルナンドは彼等を殺す事はしなかった。
そして悔いたのは殺した事ではなく、”覚悟なき死”を背負ってしまった事へのそれであった。

「なるほど・・・・・・ 求めるのはあくまでも高潔な戦い、ということか。いいだろう、合格だ。フェルナンド・アルディエンデ、とある御方が貴様に会いたいと仰せだ、謁見の許可を誉れと思い、大人しく我等に着いて来い。」


フェルナンドの言葉から彼の意思を読み取ったのか、長髪の破面は納得したように頷くと、フェルナンドにとんでもない発言をぶつけてきた。
それはフェルナンドと合いたいと言う者がいる、誰かは明かさないが光栄な事だから大人しく言う事に従え、というなんとも不遜な言葉だった。
有無を言わさぬ発言、逆に感謝すら求めているような物言い、それを浴びせられたフェルナンド。
そんな物言いに、このフェルナンド・アルディエンデという男が謙り、跪き、感謝の言葉を述べる姿が想像できるだろうか。

言うまでもなく答えは『否』だ。
そもそもフェルナンドは誰にも縛られない。
ハリベルに戦う術を教わる事はあっても決して”下”ではなく、あくまで”対等”として接し、創造主たる藍染にすらその態度を変える事はなかった。
そんなフェルナンドに対して上から物を言う、そんな相手に対するフェルナンドの答えはやはり判り切ったものだった。

「ハッ! 寝言は寝て言いやがれ。 アンタ等のご主人様が誰かなんて俺は知らねぇし、知る必要もねぇ。態々雑魚をあてがって物見遊山気分か知らねぇが、底が知れるな。会いたいなら呼びつけんじゃなくて、テメェの足でテメェが来い、そう伝えろ。」


そう言い残すとフェルナンドはその場から立ち去ろうと歩を進める。
フェルナンドにとってもうこの場に留まる理由は何一つなかった、この場で彼は予想以上の収穫を得ていた。
模索と昇華、その前段階程度捉えていた彼にとって、この場で得た一つの到達点への導(しるべ)、そして得た新たなる”力”、それだけで彼には充分でありその他は余分であり、その余分の極致がこの不遜な招待だった。

「・・・・・・それは困る。 これも我等が陛下の望み、逃がすわけには行かない、多少手荒な事をしてでも連れて行かせてもらう!」


立ち去ろうとするフェルナンド、しかし長髪の破面は当然それを良しとはしない。
彼の言葉に呼応し、フェルナンドを囲んでいた破面達は一斉に動き、フェルナンドの行く手を塞ぐように立ち塞がる。
歩を止めるフェルナンドの前に生まれたそれは壁、一対多の壁であった。

彼等はこの時初めて『数の有利』を活かしたのだ、いかな目の前で一対一で圧倒的に、そして次々と仲間を打倒するこの男であっても、これだけの人数で一息に攻めれば勝てる、と。

そんな夢想を彼等は描いていた。



「勝てる・・・・・・そう思ってるな? だったら俺も容赦はしねぇ、俺の間合いに入れば・・・殺す・・・・・・」


その彼等を夢想から一気に現実へと引き戻す言葉が紡がれる。
高揚した精神に冷水を掛けられたかのように一息に、彼等は目の前の破面を注視した。
彼等に見えるその破面の顔は、しかし紡がれた言葉とは裏腹の無表情に近いものだった。
殺す、という強い言葉を口にしながら、その顔は静かな湖のように静けさを湛えていた、それが逆に彼等に恐怖を刻む。
その静けさ、しかしその破面が、フェルナンド・アルディエンデが放つ“気”は、紡がれた言葉が本当であると告げている。



間合いに入れば殺す



それが真実であると彼等は理解する。
そして彼等の恐怖の源はゆっくりと、彼らの壁に向かって再び歩を進める。
誰が最初に動いたかはわからない、しかし気がつけば壁を形成していた全ての破面が左右に別れていた。
その中心、ぽっかりと空いた壁の穴を、フェルナンドは悠々と進む。
だがその前にたった一人、立ち塞がる者がいた、それは長い金髪をしたあの破面であった。

「逃がしはしない、と言った筈だ・・・・・・」


そう口にし、腰を落として抜刀の構えをとる金髪の破面。
対してフェルナンドは淀みなくその歩を進め、間合いを詰める。
次第に詰まる二人の間合い、互いの間合いは近付き、そして重なる。
瞬間動いたのは長髪の破面だった、鞘に添えていた手の親指で斬魄刀の鍔を弾き、それを起爆剤として一息に刀身を抜き放とうとする。

「なん・・・だと!?」


しかしそれは叶わなかった。
抜き放とうとした長髪の破面の刀は、その刀身の中程までしか鞘から顕われる事はなかった。
柄を握った腕に力を込める長髪の破面、しかし刀は一向に抜ける気配は無い、そう、抜けるはずがないのだ。
彼の斬魄刀は今、フェルナンドによって完全に”押さえ込まれている”のだから。


フェルナンドは間合いにはいった相手が刀を抜くと同時に更に間合いを詰め、その足の裏で刀の柄尻を押さえ抜刀を阻止していた。
本来ならばこのままもう一方の足で跳び上がり、相手の顔を蹴りぬくなどしてとどめを刺すのだが、フェルナンドはこの長髪の破面に関してはそうはしなかった。

「アンタ・・・・・・ 今、一回死んだぜ・・・わかったか? 俺とアンタの“差”が、己と命令の”差”がよぉ。アンタは殺さないでおいてやる。 だから必ず伝えろ、さっきの言葉をアンタのご主人様に・・・な。」


そう言い残し、長髪の破面の斬魄刀の柄を踏み台にして跳び上がり、その場を去るフェルナンド。
長髪の破面はそれを追う事はしなかった。
その場に残された長髪の破面、ギリッという奥歯を噛締める音だけがそこに残った。







勅命の重さ

跪く流断の士

血染めの衣

座してこそ王である










※あとがき

いやはや執筆時間が取れない。
まず、土曜出勤、それと、スパロボとスパロボとスパロボと・・・・(オイ
と、まぁ冗談はさておき26話です。

今回は大人フェルナンドの戦闘(?)でした。
殆ど無双だけどその辺は次回に言い訳をしますw

そして今回は一つお願いがあります。
明日辺りちょっとしたアンケートを再び実施したいと思っています。
「にじファン」様の方でも同様の内容で行いますが、どちらかというとArcadiaの方に
関わる内容となっていますので、この作品を読んで下さっている方に一人でも多く答えていただければと思います。

感想お待ちしております。


2010.11.29











[18582] !!アンケート第2回実施!!
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/11/28 17:17
平素よりこの作品を読んで頂いている皆様。
こんにちは、こんばんわ、おはようゴザイマス。
作者の更夜でございます。

この度、第2回目とはなりますが、アンケートを再び実施させていただきたく思います。
理由としましては、この作品もある程度の話数がたまり、感想などもいただける作品となりました。
それに伴い、チラシの裏へと掲載を続けてきた今作を、その他板へと移動しようかと思っております。

移動を考えたこのタイミングで、少々皆さんのご意見をお聞きしたいく思いますので
忌憚なき意見を賜りたく思います。


Q1.文章の量について

現在の一話分の文章量についての質問となります。
始めは別として、近々の作品での文章量でお答えいただきたく思います。

1.丁度良い量である。
2.一話分が長すぎる。
3.一話分が短すぎる。
4.その他


Q2.サブタイトルについて

今までは特に各話にサブタイトルは付けず、『題名+話数』の表記で上げていました。
このままでいいのか、それともサブタイトルは付けてみた方がいいのか、という問題です。

1.このままでよい。
2.サブタイトルをつけたほうが良い。
3.目次はそのままで作品冒頭にサブタイをつける。
4.その他


Q3.地の文と台詞について

本人の自覚もあるのですが、この作品は地の文が多めです。
これは言い換えれば、描写と台詞の割合とも言え、読んでいる方としてはこれをどのように感じているのでしょうか。

1.これぐらいの割合でよい。
2.描写が多すぎる。
3.台詞が多すぎる。
4.その他


Q4.その他板への移動について

そもそもこの作品がその他板へ移動するということが、クオリティ的に耐えられるのかどうか。

1.移動して問題なし。
2.移動はまだ早い。
3.問題点はあるが、移動には耐えられる。
4.その他


Q5.番外編アンケート

これはアンケートというよりも、リクエストです。
今までこの作品では、節目となる場面で『番外編』を投稿してまいりました。
次の節目を何処と定めるかは未定ではありますが、また番外を書く場合にあたりどんなキャラがいいか。
皆さんにお訊きしたく思います。

これについては特に制限を設けません。
一番多い意見という訳ではなく、上げてもらったキャラから作者がいけそうだ、と判断したものを書かせていただきたく思います。
既に書いてしまったキャラ以外ならば、破面、なんなら死神側でも書こうと思います。
ただ、あまりにマイナーすぎるキャラ、口調も定かではないようなキャラは難易度が高いため、採用の可能性は低くなります。

『こんなキャラのこんな話が見たい』

といった具合で書いてもらえると助かります。
しかし、注意点を一つだけ、どんな内容がいいかという事は、あまり詳しく書かないで頂きたいのです。
例として、『○○と××が、何処何処に何故何故という理由で行き、何々をする。「台詞」描写「台詞」描写、結末、っといった具合の話が見たいです。』といったものです。
書いていただける事には大変感謝しているのですが、そこまで書かれてしまうと作者の自由度はほぼゼロとなってしまいます。
それは唯一人に宛てた作品となってしまい、不特定多数の方に読んでもらう作品として、心苦しくも問題があると判断させてもらいます。

用は、ぼかして書いてくれれば、作者が貧弱な脳をフル回転して何とか仕上げます、という事ですw



以上5つ、全て答えていただく必要はありません。
答えたいものがあれば、それだけで結構です。
頂いたご意見は今後の作品作りの糧とし、より良い作品を皆様にお送りできればと考えておりますので、冒頭にも書きましたが忌憚なきご意見を是非とも多くの方々より賜りたく存じます。


アンケート期間は次回27話『更新”後”2日』まで、とさせて頂きたく思います。
おそらく次回更新は12月3~5日辺りとなる予定です。

それでは何卒よろしくお願いします。


2010.11.28









[18582] アンケート結果発表(2010.10.05)
Name: 更夜◆d24b555b ID:7d79f4a6
Date: 2010/10/09 21:35
この作品を読んでくださっている皆様、こんにちわ、こんばんわ、おはようゴザイマス。
作者の更夜です。

先日より実施しておりましたしたアンケート、そしてお願いの募集期間が終了し、結果をまとめましたので
報告させていただきます。

尚、このアンケート結果はArcadia様、にじファン様両サイトの合計としてカウントします。
接戦が2つほどありました。
このアンケートはあくまで参考にさせて頂きたいというものですので
数が多いからといって必ずしもそうできるとお約束できないのが悲しいところ
ぶっちゃけ作者もコレを見てどうするか揺れておりますw

Q1.フェルナンドの今後について

1.ハリベルの従属官ルート? :0
2.従属官にはならずハリベルの客分扱い :2
3.十刃参入ルート(その場合退かすのはアモールで確定w) :5
4.その他(こんなのどう?と言うものがありましたらどうぞ) :4
5.作者が好きにやれよ:0

その他の中で十刃でハリベルルート希望というご意見は、内容的に3とカウントさせていただきました。
多かったご意見は、十刃クラスだが番外、またはフェルナンドが番号に興味が無く辞退というものでした。


Q2.ドルドーニ先生をどうするか

1.原作通りにする :4
2.このまま十刃ルート :3
3.誰かの従属官にする :3
4.その他(こんなのどう?と言うものがありましたらどうぞ) :1
5.作者が好きにやれよ :0

十刃ルートもアリだが、あの散り様こそドルドーニの良さだというご意見が多かったです。
意外に多かった従属官ルート、フェルナンドの従属官希望というのもありました。
その他ではグリムジョーの師匠になるという原作ブレイクルートも頂きました。


Q3.業名を言わせるか否か

1.言った方がいい :1
2.言わない方がいい :1
3.言うならスペイン語 :7
4.その他(こんなのどう?と言うものがありましたらどうぞ) :1
5.作者が好きにやれよ :1

これは圧倒的でした。
それっぽいスペイン語を引っ張ってくるのが大変そうだなぁ・・・・・・

Q4.アンケートというかお願い

『恐竜』、Tレックスとかの肉食獣で思い浮かぶ帰刃の外見、能力ってどんなのがありますかね?
ストーリー上帰刃する十刃クラスのキャラが出てくるんですが、
斬魄刀名だけ思いついて能力が出てこないんです・・・・・・
こんなのどう?というものがあったら提案していただきたいです。

※ちなみにQ4.のキャラは性格最低で死んでもらう予定です。
自分が考えた能力のキャラが死ぬのがイヤな場合は、答えを控えて頂いた方がよろしいかと思います。

コレに関しては頂いたご意見が多いので、ココに挙げるのは止めます。
考えていただいた能力、外見、などは必ずしも誰かお一人のものではなく、
このご意見を参考に、作者の貧弱な頭脳が妄想を膨らませて具現化(いいとこ取りとも言う)したいと思います。
自分が考え付かなかった能力や、キャライメージに貧弱な頭脳も大分刺激を受けておりますw



最後に今回アンケートに答えていただいた方々に心よりの感謝を申し上げます。
実際一人で創り上げるには難しい部分というものを痛感しております。
自分と違った視点からの意見というものが、これほど重要且つ新鮮なものだとは・・・・・・
読んで頂いている方に如何に愉しんでもらうか、エンターテインメント性というものが
足りないと悩んでいた自分にとって、皆様のご意見は非常に参考になりました。
今後もこういったアンケート等あるかと思いますが、そのときはダメな作者を助けると思って御回答願います。

最後にもう一度心よりの感謝を、ありがとうございました。

















なんか最後の一文完結したみたいで気持ち悪いなw

まだまだちゃんと書きますよ!!(亀だけどね!



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