今週の本誌の特集は「アジアが戦場になる日」。印刷されたのは23日に北朝鮮の砲撃が起こる前だからこれは偶然だが、この特集の予想が当たりそうな情勢になってきた。今のところ北朝鮮の砲撃はやみ、韓国側も報復しない情勢なので、これが一挙に戦争に結びつくとは思えないが、相手は正常な判断力の期待できない政権であり、日本も警戒が必要だ。
ニューズウィークも特集を組んでいるように、今回のような事態は予測できた。北朝鮮は、金正日総書記から三男の金正恩(中央軍事委員会副委員長)に政権を委譲する過程で、政権の力を誇示するために軍事行動を起こす可能性があった。特に今回は、韓国の軍事演習に対して北朝鮮があらかじめ「挑発とみなす」と警告しており、演習が始まって1時間後に砲撃してきたことを考えると、日本政府も監視しておくべきだった。
ところが砲撃が2時34分に起こったあと、菅首相が首相官邸に到着したのは4時44分。記者団に「いつ知ったのか」と質問されて「北朝鮮が韓国の島に砲撃を加えたという報道があり、私にも3時半ごろに秘書官を通じて連絡があった」と、第一報をテレビで知ったことを明らかにした。「報道で知った」という発言を批判されて、あとから「外交筋の連絡でテレビをつけたらやっていた」と訂正した。
私のツイッターでは、3時20分に日本経済新聞が「南北境界線付近に砲弾、北朝鮮が発射か 韓国メディア」と伝え、21分に共同通信が「韓国軍当局者は、北朝鮮が黄海の南北境界水域に砲撃を行ったと明らかにした」と伝えている。ツイッターより情報の遅い「外交筋」とは何なのか。韓国大使は、何のためにソウルに駐在しているのか。
おまけに伊藤哲朗・内閣危機管理監が首相官邸に到着したのは(3時30分に)一報を受けてから約1時間10分後の4時40分ごろ。岡崎トミ子国家公安委員長は、砲撃があった23日に警察庁に登庁しなかった。彼女は「随時報告を受け、適宜指示していた」と国会で答弁したが、これは登庁しようと思えばできたということだろう。
菅首相は、自衛隊の最高指揮官であり、彼の命令なしに自衛隊が勝手に迎撃することはできない。この意味を彼は理解しているのだろうか。今回は局地的な砲撃だからよかったが、もし北朝鮮から核ミサイルが飛んできたら約10分で着弾するといわれるので、こんな対応では、指揮官が官邸に着く前に東京が焼け野原になっているだろう。
この点では、自民党もほめられたものではない。仙谷官房長官が自衛隊を「暴力装置」だと発言した問題で、自民党の世耕弘成議員はその撤回を要求し、丸川珠代議員は「自衛隊の方々にとって大変失礼極まりない、とんでもない発言だ」として、仙谷長官の罷免を要求した。自衛隊が暴力なしでどうやって国土を守るのか、教えてほしいものだ。
自衛隊は世界最大級の殺傷能力をもつ軍隊であり、暴力装置である。国家の本質が「合法的な暴力の独占」であることは、マックス・ウェーバー以来の政治学の常識だ。それは今回の北朝鮮の攻撃で、図らずも示された。
日本は、戦後65年にわたって戦争を経験したことのない稀有な国だ。それは平和憲法のおかげではなく、米軍基地に守られていたからである。その証拠に、朝鮮半島から米軍が撤退した直後に北朝鮮が南に侵略して朝鮮戦争が始まった。戦争を起こすのは武器ではなく、それを使う人間である。もっとも危険なのは、軍事力の均衡が破れたときなのだ。
しかし多くの日本人は戦争の経験がないので、米軍や自衛隊のありがたさがわからないのだろう。軍事力や警察力は、完全に機能したときは何も起こらないので、価値がわからない。暴力装置の意味を平和ボケした日本の政治家に知らせたという意味では、今度の事件にもプラスの意味があったのかもしれない。