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【コラム】

筆洗

2010年11月25日

 作家の三島由紀夫が自決した直後、現場になった陸上自衛隊東部方面総監部の総監室に入った警視庁の元鑑識課員に話を聞いたことがある。割腹した後、切り落とされた三島の後頭部には何カ所もの傷があり、切り口はずたずただったという▼「じゅうたんにも何カ所も切り傷の跡があった。(介錯(かいしゃく)人が)切り落とそうとしたけど、うまくできなかったんだな」と語ったのが印象に残っている▼集めた自衛官に憲法改正を目的とするクーデターを呼びかけた後、三島が自決したのはちょうど四十年前の十一月二十五日。ノーベル賞候補に挙がっていた人気作家の突然の行動は内外に衝撃を与えた▼その死を激烈に批判したのは司馬遼太郎さんだった。「この死に接して精神異常者が異常を発し、かれの死の薄よごれた模倣をするのではないかということをおそれ、ただそれだけの理由のために書く」と毎日新聞に寄稿した▼評論家の松本健一さんは、近著「三島由紀夫と司馬遼太郎 『美しい日本』をめぐる激突」で<天皇の物語>を書かなかった司馬さんが、天皇陛下万歳と叫んで死んだ三島に鋭い批判を加えたことを戦後思想史上、最大の激突として浮かび上がらせた▼空虚な経済大国になった戦後日本を憂う気持ちは二人に共通していたと松本さんはいう。三島の死を冷静に考えられる時期がようやく訪れたのだろうか。

 

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