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[24455] 【習作】逆ハーものを自分が書いてみたらどうなるかの実験【TSだよ】
Name: トマトサンド◆8112e221 ID:856d6dc3
Date: 2010/11/26 23:47
 逆ハーものとか色々読んでみて、これTSした男性が主人公になったらどうなるのだろうと思って書いてみた。なるべくなら逆ハーのテンプレに沿って書いてゆきたいなぁと思いつつ、逆ハーのテンプレって何だ? と不安に陥る今日この頃。

 あと出来るなら逆ハーフラグを叩き折りたいなぁ。折れるのかどうかわからないので、今はまだ希望的な所信表明をしてみたりみなかったり。
 ☆小説家になろう!に本作品を登録しました。☆


うん、皆さんのご意見を反映して以下の部分を改善いたしました。
これで少しでも良い文章、雰囲気をお届けできればと思います。
っていうか、読者と一緒にSSを作っているような気がして、なんだかオラわくわくしてきたぞ、てな感じになっております。

 修正点 1.主人公のスープ直飲み訂正
      2.ルビ打ちの解除
      3.主人公の発言時の1人称を私に部分変更
      4.7話の窓枠での情事、9話での指示語表現の訂正



[24455] 1話「ここは何処? ボクは誰?」(ルビ抜き修正)
Name: トマトサンド◆8112e221 ID:856d6dc3
Date: 2010/11/25 12:37
 真っ暗な闇の中、ふわふわと漂う自分の意識。
 まるで光の届かない深海にいるようだ。
 何も感じることが出来ず、何にも聞こえない。
 手や足を動かしてみるけど何にも手ごたえが無く、むしろ手足があるのかさえ疑わしかった。
 声を出そうとしても、もちろん出ているかどうかも分からない。
 なのに自分がここに在るのだけは、しっかりと自覚できた。
 いったいどれくらい闇の中を漂っていただろう?
 闇の中に何か違和感を覚えたので周囲を探ってみると、うっすらとした細い線の様な光とそこから零れ落ちてくる微かな音に気がついた。
 なんだろう?
 そう思って光へと近づこうと僕は手と足を必死に動かした。
 もちろん何の感触も実感も感じないけれども。
 それが功を奏したのか、じわりじわりと意識が光に向かって近づいてゆく。
 少しづつ大きくなる胸の鼓動。
 だけども光に近づくにしたがって、自分の体が冷たくなっていくのが分かる。
 あと息苦しい。
 聞こえていた音もだんだんと騒音に近いレベルになってきて、正直頭の中でぐわんぐわんと木霊している。
 うぇ、吐きそう。
 さらに意識が浮上する。
 僕は、さっきから聞こえていた音が誰かの叫び声だという事にようやく気がついた。


「早くタオルと着替えをもってこい! 濡れたままじゃ体温が下がる一方だ」
「まだ息は吹き返さないのか? 大分時間が経っているんだぞ!!」
「うるさい! 俺だって一生懸命やってるんだ! それよりも早く医者を連れてきやがれ!!」


 複数人の野太い声が聞こえる。
 誰か倒れたのかな? それとも溺れた?
 でも、正直うるさい。 
 ああ、頭がガンガンする。


「くそっ、もう一回息を吹き込むぞ!」


 そういう声とともに、僕の唇に生暖かい何かが押し付けられた。
 一気に送り込まれる大量の空気。
 送り込まれた空気が肺の中に入ったかと思うと、胸の奥から生暖かいものが逆流して喉を蹂躙する。


「うぼぅえ」


 一気に胸につっかえていた何かを吐き出したら、凄い咽てしまった。
 涙も鼻水も止まらない。
 廻りの声がいっそうやかましくなったが、もうそんな事に構っていられるほどの余裕などなかった。
 激しく繰り返す嘔吐と咳に横隔膜が痙攣を起こしかけ、死ぬほどの苦しみにのた打ち回った挙句、僕はあっさりと意識を手放した。



 どれ位闇の中を彷徨っただろうか。
 再び僕の意識は闇の底から浮かび上がる。
 今度は死ぬような苦しみとはまったく無縁の、穏やかな目覚めだった。
 しばらく焦点の合わない画像に苦労したけど、大人しく待っていればすぐにピントが合ってきた。


「知らない天井だ」


 そんなお約束な科白をはいてから、自分の現状を把握してみる。
 まず、見知らぬ天井、綺麗なシャンデリアwith蝋燭、そして割と離れたところにある大きな窓。
 壁は真っ白でしみ一つ無いし、壁から突き出ているアンティークな燭台は高価そうだ。
 ふかふかとした枕に、糊の効いたシーツ。
 一流ホテルのベッドに寝かされている気分だ。
 まだ少し頭がクラクラしているけれど、それでも最初の目覚めよりずっと気分がいい。


「喉、渇いたな……」


 ぼそりと呟いた独り言に違和感を覚える。
 あれ? 僕の声ってこんなに高かったっけ?
 そう思って頭を掻こうとすると、挙げた手に絡みつくサラサラな何か。


「うわっ、すっげー綺麗な髪だなぁ。銀色の髪なんて生まれて初めてみたよ」


 もともと僕の声は女の子の様だとよく友達にからかわれたことがあったけど、いま聞こえた声は女の子そのものだった。
 そっと喉を押さえながら声帯を震わせてみる。


「あー、あー。うぅん、やっぱり僕が喋っているってことで間違いないのか」


 とりあえず声の問題は後回しだ。
 それよりも目の前でゆらゆらとゆれる銀の髪の方が気になる。 
 腰まであるまっすぐな髪を一房掬い取り、目の前まで持ってきてマジマジと観察する。
 触り心地がとてもスベスベしていながら軟らかく、キューティクルが窓から入ってくる陽光をキラキラと反射していた。
 それに凄く良い匂いがして、なんというか急に恥ずかしくなった。
 で、さらにびっくりしたのが髪を珍しそうにいじっている僕の手だ。
 正に白魚の様なほっそりと繊細そうな指に桜色の綺麗に整えられた爪。
 少なくとも自分の指はこんなに綺麗な手ではないという事だけは確かである。
 そして極めつけは、胸部に感じる今までに無い重み。
 大きく動くたびにぷるんと震えるその物体は、一見冷静そうにみえる僕のSAN値をガリガリと削ってくれる。
 それはもう情け容赦なく。
 確認するまでも無く僕の男としての大事なものが無くなっているのも感じとれたし、何か異常な状況に陥っているということは理解できた。
 この状況に当てはまる言葉がひとつ、僕の頭の中に浮かび上がる。
 

「……TSかよ、勘弁してくれぇ」


 小説や漫画でお馴染みの性転換ってやつ。
 いったい何をどうしてこうなったのか。
 僕は頭を抱えてベッドに蹲るが、そこからもいわゆる女の子の匂いが追い討ちのように僕の鼻腔をくすぐった。
 うん、なんか女の子の部屋に初めて入った時の事を思い出す。
 ぼっと熱くなる両頬に戸惑いながらも、ひとしきりベッドの上で身悶えた。
 と、部屋のドアが控えめにノックされるのが、ピンク色に染まった僕の脳に届く。
 それはそうか。
 誰かが僕をここに連れてきたのなら、当然その誰かが接触を持ってくる事だって考えられえるのだから。
 ベッドの上で蹲りながら、じっと扉を見る。
 誰が入ってきてもいいように警戒しながら見続けるが、一向に誰も入ってこようとしない。
 しばらくするともう一度、同じようなリズムでノックが繰り返された。


「えっと、どうぞ?」


 恐る恐る声をだす。
 するとほとんど音もさせず、3mはありそうな扉がゆっくりと開かれた。
 その扉の向こうに立っていたのは、こういったお話には付き物の『メイド』さんだった。


「失礼いたします、姫様」


 エプロンドレスと呼ばれる服を身に纏ったくすんだ金髪の女性(たぶん18、9歳位だろうか)は、丁寧にお辞儀をするとゆっくりと僕に近づいてきて顔を覗き込んできた。
 綺麗なエメララルドグリーンの瞳がとても美しく、化粧をせずともシャープな顔立ちのメイドさんに僕は頬を赤らめたまま息を呑む。
 アゴ辺りで綺麗に切りそろえられた髪は、彼女の凛とした表情に凄く似合っている。
 彼女に見とれていると、メイドさんの綺麗な手が僕の頬にそっと添えられる。
 その指が頬を伝って顎の下にくると、つっと少し強引に上を向かされた。
 キスをしますと突然言われても、ハイとしか答えられない空気と体勢に僕の心臓はバクバクである。
 思わずきゅっと目を瞑る。
 これが僕のファーストキスなのかと思うと、頭の中が混乱してきゅっとシーツを握り締めるしか出来なかった。
 ふっと目の前のメイドさんの存在が遠のく。
 肩透かしを食らったような感覚に、僕は意識せずに声を零す。


「あっ……」
「? なんでしょうか、姫様」
「い、いえ、何でもありません」
「そうですか。大分お加減も良くなられたご様子ですが、念のためお医者様をお呼び致します。しばらくそのままでお待ちくださいませ」


 慌てる僕を尻目に颯爽と身を翻したメイドさんだけれども、背を向ける一瞬、彼女の頬が赤く火照り瞳が潤んでいたように見えた。
 まさか彼女も期待してたのかなと馬鹿なことを思いつつ、とりあえずは状況も分からないのでお医者さんが来るのを待った。
 あるいは元の僕の姿に戻れるヒントなり解決方法を知っているかもしれないし。
 さほど待たされずに扉が再びノックされた。
 

「は、はい、どうぞ」
「失礼いたします、姫様。ドクター、グェロをお連れいたしました」
「おはようございます、スワジク様」


 恭しく頭を垂れるのは、漫画で見るような中世の貴族が身に纏うような衣装だ。
 ただ残念なことに中世貴族の衣装は衣装でも、かぼちゃズボンにボンボリのような肩周り、タートルネックの様な詰襟である。
 白を基調とし所々に青のアクセントがはいっているんだけど、そのアクセントのつけ方がさらに悪目立ちしている。
 志村○んが白鳥の頭を股間につけてコントに出てきそうな格好だ、と言えば分かっていただけるだろうか。
 そして頭にちょこんと乗った帽子。
 あからさまに縮尺が違うだろうといいたい。
 で、そんな可哀想な格好をしているのが割とお年を召したご老人である。
 笑ってはいけないと思いつつ、ぐっと下腹に力を入れて笑いを堪えた。
 そんな私に気付く様子も無く、2人は手際よくベッドサイドに色々な道具を揃える。


「さて、スワジク様。お加減はどうでしょうか」
「えっと、別に大丈夫だと思います。時々脇がちくっと痛む位でしょうか」
「なるほど。眩暈、吐き気は?」
「起き掛けに少し眩暈があったくらいで、その後は別に大丈夫です」
「分かりました。ではお召し物をお脱ぎください」
「あ、はい」


 言われるままに浴衣のような絹の上衣を肌蹴させた。
 服の下に隠されていた真っ白な肌。
 大きくも無く小さくも無い形の良い胸部(胸部ったら胸部だ)。
 さらにその下、下腹部が胸の間から見える。
 ああ髪が銀色だからかぁ、などと馬鹿な事が頭をよぎる。
 そのすべてが初心な僕には刺激的過ぎて、鼻の奥がなにやら熱くなってしまう。


「っ!」


 後ろで控えていた金髪メイドさんが、僕の顔を見て声にならない悲鳴を上げる。
 なんか変なことをしただろうか?
 などと考えていると、おじいさんが台の上にあった白い布を手渡してきた。


「それでしばらく鼻を押さえてください」
「はえ?」

 
 そう言われて、初めて自分が鼻血を垂らしていたことに気がつく。
 どんだけ童貞野郎(チェリーボーイ)なんだよ、僕は。



[24455] 2話「ミーシャ視点」(ルビ抜き修正)
Name: トマトサンド◆8112e221 ID:856d6dc3
Date: 2010/11/24 15:51
 昨日、私が傍仕えをしている姫が城壁より転落して湖に落ち、溺れたそうだ。
 本当に私が非番のときでよかったと心の底から安堵する。
 あの姫のことだ、目を覚ましたらそれこそ侍女の3人や4人は首を切られるだろう。
 物理的な意味で。
 そんな命の心配もあって主だった侍女達は泣き崩れるばかりでまったく役に立たず、とりあえず責任追及されないであろう私が矢面に立たされた。


「まったく、とばっちりで私の首が飛んだらどう責任を取ってくれるのかしら」


 ぶつぶつと同僚たちへの文句を小声で言いながら、私は北の塔舎の中を歩く。
 ここはあの蛮行姫が領主様に強請って立てた小宮殿。
 帝都にあるヴェルエルエ宮殿を模した造りになっていて、外装も内装もこれでもかというくらい華美に装飾されている。
 私の実家の年貢租銭がこんなものに費やされているのかと思うと、正直唾を吐きかけたいという衝動に駆られる。
 まあそんな衝動にも、もう慣れたのだけれど。
 スワジク様の寝室が見えてくると、丁度扉の前に目を真っ赤にした同僚が立っていた。
 彼女の名はアニス。
 昨日姫様についていた侍女の一人であり、私の親友だ。
 私が近づくと、くすんと鼻を鳴らしながら眼鏡を押し上げて目尻の涙なんか拭いたりする。
 うん、なんか凄く小動物っぽくって守ってあげたい。
 思わず彼女の短い赤毛をくしゃくしゃと弄ってしまう。


「ごめんね、ミーシャちゃん。私、もっとしっかりしなきゃって思うんだけど……」
「いいのよ、アニス。あの姫の扱いには慣れてるし大丈夫だとは思う。で、今はまだ起きてない?」
「ううん、さっき起きたみたい。なんかごそごそと音がしてたし」
「……で、何してんの?」
「待ってた、ミーシャちゃんが来るの」


 恐る恐るといった風に私を上目遣いでみるアニス。
 思わず砂糖を吐いてしまうほどの破壊力だが、目の前にある危機のために今いち萌えきれない。
 目が覚めてすぐに朝の支度を始めないと、あの姫は暴れるのだ。
 これはコブや痣の一つも覚悟しないといけないか。
 深いため息をついて私はアニスを横へ押しやり、静かにドアをノックし蛮行姫の言葉を待つ。
 だがさっきまでごそごそと動いていた気配がなくなり、部屋の中がしんと静まりかえる。
 怒声を覚悟していただけに、少し拍子抜けである。
 しばらく待っても状況に変化が見られない。
 仕方が無いのでもう一度ノックをする。


「えっと、どうぞ?」


 私は自分の耳を疑った。
 ノックの返事は罵声ではなく、何かに脅えるような可憐な少女の声なのだ。
 これはまったくの想定外。
 がしかし、ここで泡を食って姫の不興を買うわけには行かない。
 ここで取り乱そうものなら、それこそ24時間調教フルコースが待っている。
 まあ、殺されないだけマシだろうけども。
 気を取り直して、私はそっとドアノブを回して扉を押し開く。


「失礼いたします、姫様」


 丁寧にお辞儀をしてから部屋へと1歩進む。
 目の前にあるのは真っ白な白亜の部屋に鎮座するキングサイズのベッド。
 そのベッドの上に、姫が蹲りながら、こっちをじっと凝視していた。
 なんというか、花の蜜に誘われる蜂の様な気分で目の前の少女に引き寄せられる。
 なんだろうこの姫、こんなに可愛かったっけ?
 そんな馬鹿なことを考えていたからだろうか、私の悪い癖が出てしまった。
 まるでジゴロのように少女を見つめ、頬を優しく撫でながら顎をついっと持ち上げる。
 その間、私の瞳は目の前の少女に釘付けだ。
 ふるふると揺れる睫毛の重さに耐えかねたのか、ゆっくりと少女の瞼が下ろされる。
 頬はうっすらと桃色に色付き、軽く開かれた瑞々しい唇からは甘い吐息が吐き出された。
 何これ、喰っちゃっていいわけ?
 そんな駄目思考に陥っていた私を、親友のアニスが扉の向こうから必死に声を掛けて制止してくれた。


「ミーシャちゃん、正気に戻って! それ色んな意味で駄目だって!!」


 その声に正気を取り戻した私は、今更ながら自分が仕出かそうとした事に恐怖を覚えた。
 この私が蛮行姫に心を奪われるなんて、ありえない!
 すっと背筋を正して、姫から1歩距離を置く。
 目を閉じたままじっとしていた姫を見下ろすと、きゅっとシーツを掴んで震えている手が見えた。
 くっ、どんだけ可愛いの。
 蛮行姫だからって侮っていたわ。
 そうよね、黙っていればこの姫は超美少女なのだ。
 だが、ここで本能に流されたら試合終了だ、私の人生的に。
 また吹き飛びそうになる理性をかろうじて繋ぎ止めながら、深く深呼吸をする。
 目の前の少女の口から漏れる微かな失望の声にも、もうたじろがない。


「あっ……」
「? なんでしょうか、姫様」
「い、いえ、何でもありません」


 どこか残念そうな顔をしてこちらを見る姫。
 何の罠なのだ。
 侍女をからかうもしくは陥れる新しい方法でも開発したのか、この姫は。
 一時は危うかったが、もう騙されません。


「そうですか。大分お加減も良くなられたご様子ですが、念のためお医者様をお呼び致します。しばらくそのままでお待ちくださいませ」


 そういって私は上気した顔を隠す意味でも、すばやく姫に背を向けてこの部屋を後にした。
 廊下に出ると、ぷぅと頬を膨らませたアニスが待っていた。


「ミーシャちゃん、浮気はイヤです。ううん、浮気はもうミーシャちゃんだから仕方ないと諦めたけど、あの人とだけは絶対にイヤ」
「あ、あはは。馬鹿だなぁ、アニスは。姫がなんか新しい嫌がらせの方法を開発したみたいだから、ちょっと試してただけじゃまいか」
「何言ってるのですか。ミーシャちゃん、頬が赤いです」
「いやいやいや、これはなんというか恐怖に耐えた結果といいますか」
「うそばっかり」


 拗ねる親友の機嫌を取りながら、私はドクター・グェロの控え室へと向かったのだった。



[24455] 3話「来たな、逆ハー要員め」(ルビ抜き、ボク修正)
Name: トマトサンド◆8112e221 ID:856d6dc3
Date: 2010/11/24 16:00
 僕は窓の外を見ながら、今日何度目かの深いため息をついた。
 結局あの後、なんだかんだでドクターにいろんな事を聞きそびれてしまったし、自分の置かれている現状を把握しようにもメイドさんが外に出してくれない。
 唯一僕に出来ることは、こうやって軟禁されている部屋の窓から外の風景を眺めるだけ。
 とは言いつつも、これはこれで馬鹿にならなかった。
 今いる部屋がどうやら結構高い位置にあるようで、この建物の周りや外壁らしきもの、さらにその向こうの町並みまで良く見える。
 建物だけではなく、そこで生活しているであろう人々の姿も。


「これってやっぱり日本じゃないな。うん、TSで異世界か過去へのトリップ、しかも憑依ものか」


 得られた風景や人の服装、行きかう馬車などから、この世界の文明レベルがおおよそ中世くらいだろうと予想する。
 そして姫様と呼ばれ傅かれる外の人。


「これで軍事知識や内政知識が豊富にあれば、俺TUEEE出来たのかな?」


 まあ一般的な学生でしかなかった僕が、そんな夢みても仕方ないんだけど。
 元に戻れないとしても、なるべく平穏に暮らしていけたらいいなぁ。
 それに地位や権力があっても、どう振舞ったら良いかわかんないしねぇ。


「とにかく! 外の人と中の僕が違うってことを悟られてはいけないという事だね。それにはまず外の人がどんな人物だったのかってことを知らなきゃ話にならないか」


 既に侍女たちには訝しがられているようだけれども、まだ大丈夫なはず。
 会話は当たり障りの無い事しか言わなかったし、なるべく迷惑をかけないように大人しくしていたし。
 とにかくお姫様なんだから、丁寧に、お淑やかにを基本にしていれば間違いはない!
 ……はず。


 そうやって外の風景をぼんやり眺めていたら、扉をノックする音が聞こえる。
 はいと返事をしながら振り返ると、そこには既に扉を背に佇む2人の男性がいた。


「お目覚めかな、リトルプリンセス」


 銀色の髪、紅と碧のオッドアイ、すらりとした鼻筋にきりりとした口元、目元は涼やかで背も高く、ジャニーズJrに居そうなイケメンだ。
 しばらくぽかーんとしていたら、銀髪イケメンの後ろに立っていた黒髪イケメンが不機嫌そうに呟く。


「私は止めたほうが良いと忠告はいたしたのですが、申し訳ございませんでした」
「何を言う。貴様だってほいほい付いてきたではないか、レオ」
「付いていかねば、貴方は何処まででも暴走するからです。妹君とはいえ、仮にもレディの部屋に無断で入るなど貴方には良心というものがないのですか?」
「そのおかげでいいものが見れたではないか」
「あのぉ、いいものって何が見れたのでしょうか?」


 二人が僕をそっちのけでヒートアップしていきそうだったので、とりあえず会話に参加してみた。
 っていうかこの部屋割と殺風景だし見て楽しそうなものって何もないはず。
 レオって呼ばれた黒髪のイケメンは、口をつぐんでむっつりと黙り込む。
 その代わりに銀髪イケメンが、すごく優しげな笑みを浮かべて僕の傍へと近づいてきた。


「分からないかな、私の可愛い小鳥ちゃん」
「え゛? い、いえ私にはさっぱり」


 小鳥ちゃんってどんだけサブイ科白を垂れ流すのか、この銀髪イケメンは。
 見ろ、鳥肌が立ってしまったではないか。
 そういえばレオが僕を妹君と言ってたから、このイケメンは兄貴になるんか。
 兄妹ならこんなやり取りも有り……か?
 などとクダクダ思考を横においておき、多少引き攣った微笑みながらも首を左右に振って答えて見せる。
 銀髪イケメンはさりげなく僕の肩を抱きしめると、優しく僕の髪に口づけをした。


(え゛え゛え゛え゛? それって兄妹で有りなのか?)


 混乱する僕を何か面白そうな珍獣でも見るように観察されていたのだが、割とテンパっていたのでまるで気付けない。


「窓辺で黄昏れる美少女。これほど絵になるものはないとは思わないか?」
「ちょ、お兄様、耳元で囁かないでください。くすぐったすぎます」


 こいつ絶対女泣かせだ、リア充にちがいない。
 男だったころの僕であっても、こんなさりげなく女の子の肩なんか抱けなかったし、ましてや私の小鳥ちゃんだの黄昏れる美少女だのといった科白なんか素面で吐けるかっ!
 多少の場違いな怒りを篭めて、リア充イケメン(銀髪イケメンからクラスチェンジ)の胸をやんわりと押し返す。
 本当はキモイから突き飛ばしても良かったのだけど、お姫様らしくないからね。
 けど意外にも押されるままに後ろに退がるリア充イケメン。
 もうちょっと抵抗されるかと思ったのに。


「そんな顔をしないでくれよ、私だって義理とはいえ可愛い妹に嫌われたくは無いからね」
「はぁ、そうですか」
「それに今日はとても面白いものを見れたしね。そうは思わないか、レオ」
「貴方の悪ふざけには付いていけませんが、まあ同感とだけ言っておきましょうか」
「はあ……」


 リア充イケメンはそのまま僕に背中を見せるとスタスタと扉へと向かってゆく。


「まあ、とりあえずお見舞いに来ただけだから今日はこれで失礼するよ」
「あ、はい。わざわざ有難うございました」
「……有難うございました、か」
「え? ボク何か変なこといいました?」
「いやいや、綺麗なレディに感謝されるとドキドキするなと思っただけさ」
(駄目だこいつ、早くなんとかしないと……)


 レオが扉を先に開け、リア充イケメンがさも当然といったふうに扉をくぐる。
 そこでぴたりと足を止め、僕に振り返って手を振って見せた。


「それじゃあね、スワジク。とりあえずは当面は大人しくしておいで。近いうちにまた来るから」
「あ、はい。分かりました」
「うん、いい返事だ。それじゃあね、蛮行姫」


 無駄にいい笑顔を振りまくっていたリア充イケメンも、扉が閉まると見えなくなる。
 ようやくほっと一息つけた。
 そんなに長い時間ではなかったけれども、やはり外の人の親類縁者や知人なんかが訪ねてこられると気を使う。
 こんな対応で本当によかったのだろうかと思うものの、圧倒的に情報が足りないのだから仕方が無い。
 今はやれることをやるだけだ。


「でもバンコウ姫ってどういう意味なんだろ?」
 


 ☆後書きっぽいもの
 皆様のご意見から、スワジクの科白で1人称をボクから私に変更しました。演技しているときは『私』、素の時は『ボク』、地の文は『僕』を意識して使用していきたいと思います。



[24455] 4話「あれ? もしかして怖がられてる?」(改訂)(1人称修正)
Name: トマトサンド◆8112e221 ID:856d6dc3
Date: 2010/11/24 16:09
 僕は相変わらず自分の寝室からじっと外の様子を眺めていた。
 まあ実際それしかすること無かったし、本を読みたくてもラノベとかあるとも思えない。
 文学書なんて持ってこられても読む気もしないし、大体字は読めるんだろうか?
 とりあえず意思の疎通は完璧に出来ているみたいなんだけど。
 自分でいろいろ調べてみたけど、僕は決して日本語を喋っている訳ではないみたいだ。
 意識して文章を構築してみたら分かったんだけど、どうも僕が知らないまったく新しい文法に則ってるみたい。
 なのに何故喋れるのか。
 結論、僕に分かるわけがない。
 もしかしたら文字もきっちりと読めたりするのかもしれないけど、今はまだ試す気にもならない。
 お腹が空いたなぁと思ったころ、昼ごはん以来の来訪者がドアをノックしていた。


「はい、どうぞ」
「失礼します、姫様」


 朝、ドクターと一緒に色々と身の回りの世話をしてくれたメイドさんが入ってきた。
 名前はミーシャさんっていうらしい。
 クールな表情にちょっとぶっきらぼうな口ぶりが凄く雰囲気にぴったりして、一言で言えば漢らしい? 女性である。


「いらっしゃい、ミーシャさん。今度は何でしょうか?」
「はい、そろそろご夕食の時刻となりますが、お食事はどうなさいますか? 皆様とご一緒されるようでしたらお召し変えさせていただきますが」
「あ、そうですか。……この部屋でって訳にはいかないでしょうか?」


 苦笑いをしながら、ミーシャに尋ねてみる。
 まあ駄目なら腹をくくって行かなきゃ仕方ないんだけど。


「分かりました。それではその様に手配させていただきます」


 それだけを言うと、さっと踵を返して部屋から出てゆくミーシャ。
 かっこいいなぁ、漢らしいなぁとその後姿を見送る。
 そしてまた独りぼっちになった。
 今日この部屋を訪れたのは、ドクター・グェロ、ミーシャ、フェイ兄様、レオの4人だ。
 食事時になるとあと3人くらいメイドさんが増えるけど、おおむね壁の花。
 喋ることもなければ、視線すら会わない。
 みんな心持ち視線を下にして、じっと立っている。
 食事が終われば一斉に動き出して、無駄口一つ叩かずに出て行ってしまう。
 あれがメイドのプロ集団ってことなんだろうと、一人感心していた。


「今日一日ほとんど一人だし、さすがに暇だし寂しいなぁ」


 ベッドの上に寝転がって、ぽつりと本音が漏れてしまう。
 立場が上の人は孤独だっていうけど、こういう状況を言うのかな?
 だったら偉い人なんかにならなくていいんだけどなぁ。
 枕を抱きながらごろごろしていると、ミーシャが数台のワゴンと共に部屋に入ってきた。
 後ろには男性が数人がかりで少し大きめのテーブルを下げている。
 次に入ってきたのは、豪華な布張りの食卓椅子が4つ。
 その次が、テーブルクロスと燭台、花瓶、それに生け花を携えた花師さん。
 あれよあれよという間に殺風景な寝室にダイニングスペースが出来上がる。
 そして最後は真っ白な制服に身を包んだ給仕さんが、ぴかぴかの食器を並べてゆく。
 僕はその手際の良さに圧倒され、ぽかんと見守るだけだった。


「姫様、ご用意が出来ましてございます」
「あ、ありがとう」


 いつの間にか私の傍に来ていたミーシャが、恭しく頭を垂れている。
 こんな凄い人たちに頭を下げられる程、僕は凄い人間ではないのでどうしても気後れしてしまう。
 外の人はどう感じていたのかなぁ。


 僕はミーシャが誘導してくれるとおりに席に付き、近寄ってきたメイドさん達のされるがままになる。
 二人寄ってきてボールの中にある水で手を拭かれ、別の二人が手際よくナプキンを首と膝にかけてくれる。
 給仕がいい音をさせながら食前酒っぽいものをグラスに注ぎ、ミーシャがスープを入れてくれた。


「あ、あの有難うございます」
「……」


 少し気後れしながらメイドさんや給仕さんたちにお礼を言うも、誰一人答えを返してくれなかった。
 き、気まずい。
 高貴な方とは直接お話も出来ないってやつか?
 これは地味にきついぞ。
 彼らの無反応振りにどうリアクションすべきか悩んでいると、ミーシャが耳元でそっと囁いてくれる。


「準備が整いました。どうぞお召しあがりくださいませ」
「あ、そうですね。それじゃあ、いただきます」


 両手を揃えて“いただきます”をして、スープに手をつけた。
 うん、パンプキンスープっぽい味が口にふわっと広がって、なんていうか幸せになる味だなぁ。
 あっという間に、皿の中のスープを全て平らげてしまう。
 少しナプキンに垂れたりテーブルの上に雫が落ちたりしたけど、拭けば無問題。
 ごしごしと首もとのナプキンでテーブルを拭いてから、お代わりを頼もうと顔を上げた。
 と、壁の花のメイドさんと一瞬視線が合ってしまう。
 あれ? なんかびっくりしたような表情だよね?
 よく見ると、なんか皆の視線がテーブルとかナプキンに突き刺さってるんだけど。
 な、何か間違ったのかな?
 ハッとなってミーシャに振り返る。
 彼女なら何か適切なアドバイスをくれるのではと思ったが、彼女はまるで僕を視界に入れることを拒否するかのように首を背けていた。
 くっ、ミーシャさんには頼れないか。
 といって他に声を掛けれそうな人も居ないしどうしたものか。
 そんなことを考えていると、空になったスープ皿を赤毛のメイドさんがそっと下げようとしていた。
 何が駄目だったのかよく分からないけど、気にしても今は始まらない。
 そう自分の中で開き直って、赤毛のメイドさんに声を掛けた。


「あの、お代わりいただけます?」
「……はあ?」
「いや、お代わり欲しいんですけど……。あ、もう無かったら別にいいです」
「い、いえ、すこし暖める時間をいただけましたらお出し出来ますが」
「ああ、いいですよ、暖めなくて。そのままでもすごく美味しかったものですから」
「あ、え? で、でも?」
「アニス、姫様の御所望です。すぐに用意を」
「は、はい!」
 

 ミーシャの鋭い声に、アニスはびくっとなって手にしていたスープ皿を床へ落としてしまう。
 微かに残っていたスープの残滓がその衝撃で僕の着ていた浴衣(っぽい寝巻き)に撥ねた。
 それを見たアニスの顔がみるみる青ざめてゆく。
 彼女の膝ががくがくと震えたかと思うと、ストンと床に崩れ落ちた。


「ももも、申し訳ございませんっ」
「ひぃっ!」


 凄い勢いで謝られている僕。
 ちなみにひぃってなったのは僕だったりする。
 そりゃ普通びっくりするでしょう。
 でもそれ以上に普通じゃないのは目の前のアニス。
 ガタガタと震えて土下座してるその姿を見て、この状況が異常であるとイヤでも理解できた。
 固まる体に氷点下へと突入する場の空気。
 そんな中頼れる漢、ミーシャが動いた。
 

「スヴィータ、アニスを連れて外へ。メイはお召し換えをお持ちして。男性は皆いったん外へ出てください」


 すげぇよ姐さん。
 この凍った空気の中、なんでそんなにテキパキと指示をだせるのか。
 もうね、ミーシャは『漢女(おとめ)』というしかないよね。
 一糸乱れぬ動きでその場が収拾されていく。
 色々と驚いたけど、ようやくほっと一息つける気がした。


「あのミーシャさん」
「はい、何でございましょう?」
「アニスに気にしないように伝えてもらえないでしょうか。別にこれくらい拭けばいいんだし、着替えるのも大げさだと思いますし」
「事を大げさにしてしまい申し訳ございませんでした。この責めはいかようにもお受けいたします」
「いえ、そんなに畏まらなくても。それにミーシャさんが良かれって思ってしてくれたことですし。お礼をいうことはあっても責めるなんて私には出来ません」
「はい、ご寛恕を頂き返すお言葉も見つかりません。アニスには今後このような失態をせぬよう厳しく指導いたしておきます」
「あー、お手柔らかにしてあげてくださいね?」
「承知いたしました」


 そういってミーシャは深々と頭を下げた。
 正直こんなことくらいで怒ったりしないのに、ちょっと周囲の過敏な反応に違和感を覚える。
 っていうか、外の人いったい今までどんな風に皆と接してきたのさ!!



[24455] 5話「領主視点/フェイタール視点」
Name: トマトサンド◆8112e221 ID:856d6dc3
Date: 2010/11/23 07:26
 我が義理の娘、スワジク・ヴォルフ・ゴーディン。
 盟主国であるブリュスノイエ帝国の四家ある選帝侯の一つ、ヴォルフ家の血を引くあの者ははっきり言って我が国の癌である。
 私の正妻はヴォルフ家の11女であった。
 一言で言えばいけ好かない女で、何かといえば選帝侯の肩書きで無理を通す我侭ぶりは国内の州長達にも不評だ。
 その評価は彼女が死した今も微塵も揺るがぬ。
 そんな女に育てられた畏父娘が我侭でない筈が無かった。
 気に入らぬといえば侍女を殺め、貧相な館だといっては莫大な国金を費やして盟主国の宮殿風に改築したり。
 あの者の傍若無人振りに、一体何人の国民が隠忍を強いられたか。
 悪名だけでいうなら、スワジクは我が妻の数倍上をいく。
 そんな無茶を強いられてなお甘んじて従わねばならぬのは、一重にわが国が帝国の庇護、いやヴォルフ家の庇護なくしては生き残れないが故。
 だから、先日の落水事故にはずいぶんと肝を冷やされた。
 あんな取るに足らぬ女でも、ヴォルフ家との姻戚関係を続ける上ではなくてはならない要因である。
 息を吹き返したと聞いて腰が抜けるくらい安堵したものだ。


「父上、お呼びにより参りました」
「おお、フェイタールか。よくぞ参った。して、あの女の様子はどうであったか?」


 私の私室に入ってきたのは、第3王子のフェイタールである。
 蛮行姫が唯一気を許している存在、近衛のレオが言うにはフェイタールに懸想しておるとか。
 だからあの女の動向を探るべく見舞いに出したのだ。


「はい。大分元気を取り戻したようで、昼ご飯もしっかりと食べたそうです。ドクター・グェロの話では肋骨に多少ヒビが入っているのと、記憶の混乱がみられるようですが概ね良好とのことです」
「ほぉ、記憶の混乱とな。だからか、こちらへ怒鳴り込んでこぬのは」
「はい。おそらく落水した経緯すらよく分かっていない様子でした」


 フェイタールのその話に、私は思わず会心の笑みを浮かべてしまう。
 そんな私を見て、フェイタールも苦笑いをしていた。


「そうかそうか、では問題の侍女はどうした」
「それも抜かりなくいたしております。とりあえず奴の傍仕えを外し、レオの屋敷にて匿っております。状況を見てですが、落ち着いてから帰郷をさせようと思っております」
「ま、姉を殺されて復讐心を抱くなという方が無理な話だからの。今後は傍仕えの身辺調査は入念にせねばな」
「正直私も肝を冷やしましたが、その反面溜飲が下がったのも確かです」


 王族の血縁に手を出せば死罪は当然であるが、まああの女なら法を曲げても誰も文句はいうまい。
 それに本人は殺されかけたことすら自覚していないと来ている。
 笑うなという方が無理な相談であった。


「してヴォルフ家への使者はどうする?」
「その辺りはレオと内大臣が手配しております。とりあえず本人が覚えていないので、自己の過失による落水事故という報告にさせますがよろしいでしょうか?」
「そうか、良きに計らえ」


 聞きたいことはすべて聞き終えたので、下がってよいと目で指示する。
 が、フェイタールは少し考えるような仕草をして、立ち去ろうとはしなかった。


「何かあるのか?」
「いえ……、はい。奴が私に、『有難うございました』と言ったのです」
「……馬鹿な、あやつが他人に礼を述べるなどと」
「私も自分の耳を疑いました。それになんといっていいか、態度が豹変したように見えます」


 自分で言っていることを確かめるように、噛むようにゆっくりと喋るフェイタール。
 まるで自分の発言を疑っているかのような様子に、すこし不安になる。
 

「もしや、殺されかけたことで態度を改めたのか?」
「どうでしょうか? それならば改めるどころか、粛清を始めるのがあの女です。もう少し様子を見てみますが、もしこの変化が好ましいものであれば、私はそれを伸ばしていこうと思います」
「済まぬな。お前には嫌な事ばかりを押し付けてしまう」
「何をおっしゃいますか、父上。あんな小娘にわが国を良いようにされては堪ったものではありませんからね。これも私の仕事の一つですよ」
「苦労をかけるが、蛮行姫をよろしく頼む」
「はっ、命に代えましても」





 王の自室を出て、俺は蛮行姫の侍女たちの控え室へと向かった。
 時間的に言えば食事が終わったころだろうか。
 先ほどあった報告では部屋で食事をするらしかったが、それに振り回された給仕や侍女たちに軽い同情を覚えた。
 そんなことを考えながら歩いていると、廊下の真ん中で青い顔をしているアニスとスヴィータがいた。
 なにか逼迫した様子に、胸騒ぎを感じる。
 足早に2人も元へ近寄ると、驚かせないように声を掛けた。


「アニス、スヴィータ、何かあったのか?」
「あ、これは殿下、お見苦しいところを」
「かまわぬ。何があった?」


 慌てて最敬礼を取ろうとするスヴィータを止め、今だ泣き止まぬアニスに声を掛けた。
 だがアニスは少々取り乱しており、話が出来るような状況にはなさそうである。
 仕方なしに、再度スヴィータに視線を戻す。


「食事の給仕中アニスがお皿を取り落としてしまい、姫のナイトドレスに滴を掛けてしまったのです」
「まずいな。で、奴は怒りくるっているのか?」
「そ、それが……、特に怒った様子は無くむしろアニスに気遣うような感じを受けました」
「そうか、分かった。後は任せろ」


 そういって蛮行姫の部屋に入ろうとする俺に、スヴィータが縋るように言葉を続ける。


「殿下、私たちの処罰はどうなるのでしょう? アニスもそれが気になってて、それに上塗りをするような失敗をしてしまって。正直、私たちいつ処刑されるのかと不安で仕方ないのです」
「すまぬな。だが、そんな事はさせんよ。安心しておいで」


 悔しそうに涙目で俯くスヴィータ。
 その亜麻色の髪にそっと手を置いて慰撫し気休めの言葉をかける以外、今の俺に出来ることは無い。
 自分の無力感に歯がゆい思いを感じながらも、俺は俺にしか出来ないことをなさねばならないのだ。


「でん゛が、も゛うじばげ、あ゛り゛まじぇん……、ヒック」
「アニス、今日はもう下がりなさい。そんなに泣いたら干からびてしまうよ?」
「ずびばぜん……」


 優しく声を掛けると、アニスは泣き止むどころかさらに収拾が付かない状態に陥った。
 スヴィータの胸に顔を埋め無理やり声を殺しているのだが、あまり効果は発揮できていないようだ。
 侍女たちの不安も一杯一杯のところまで来ているのか。
 気付かなかった訳ではないけれども、彼女たちに安心出来るような情報を提供できなかったことが悔やまれる。
 彼女たちの処遇については、もっと早くに蛮行姫に確認すべきだったのかもしれない。
 そうすればいらぬ不安感を抱かせることもなかったのに。
 とは言うものの、藪蛇になっては本末転倒である。
 歯がゆい思いを奥歯で噛み殺し、扉の外で屯する給仕達を掻き分けて奴の居城へと足を踏み入れた。
 気分はまるで絶望的な戦場に向かう騎士のようだった。
 これは俺にしか出来ない戦い。
 待っていろ蛮行姫、きっといつか俺なしではいられないようにしてやるからな。



[24455] 6話「もっと兄様のこと知りたいの」
Name: トマトサンド◆8112e221 ID:856d6dc3
Date: 2010/11/25 18:56
 ミーシャが替えの浴衣っぽいのを持って来てくれた。
 本当にこれ位なら着替えることも無いのにと思いつつ、染みになったら大変だからかなぁと考えてみたりする。
 せっかく持ってきてくれたのだし、取り敢えずは着替えることにして浴衣っぽいのを脱いだ。
 当然浴衣っぽいのの下は全裸である。
 こっちの人って下着とか付けないのかなぁ?
 そんな変な事を考え妙にドキドキしながら新しい浴衣っぽいのに袖を通す。
 あんまり変態チックな思考はやめよう、主に僕の精神衛生上の為に。
 と突然予告もなしに廊下側のドアが開いて、変態が乱入して来た。
 あまりにもびっくりしすぎて僕とミーシャの時間が止まる。
 そこにいたリア充イケメンは部屋の中の状況を把握したようで、なんとも微妙な笑顔で立ち尽くしている。
 フェイ兄、なにやってんの?
 丁度扉に向かって着替えていたから、彼からは僕のすべてが丸見えだと思う。
 ここは悲鳴を上げるべきかどうすべきか考えて、とりあえず浴衣っぽいので前を隠す。
 しばし見詰め合う男と女。


「いや、あの、食事中だと聞いて……」
「はぁ、確かに食事中でしたね」
「な、なんで裸に???」
「はぁ、着替えているからですかね?」
「いや、その……」
「殿下、一旦廊下へ出られてはどうでしょうか?」
「す、すまん!!」


 ミーシャがこめかみを押さえながら彼への最善策を提案し、それを承諾した変態はすぐさま廊下へと出て行った。
 まあ、確かに女性の生着替えを見てしまったらそうなるのは理解できるね。
 自慢じゃないが、僕ならもっと取り乱す自信がある。
 そんな変なことを考えていたからだろうか、手の止まった僕にミーシャが近づいてきて丁寧に浴衣っぽいのを着付けてくれた。
 すいませんミーシャ様、そんなに睨み付けないでください。
 それに今のはあの変態兄が悪いよね?
 あ、もしかしたら僕も毛の先ほどは悪かったかも?
 あ、あの、本当に御免なさい、許してくれないと色々と漏れてはいけないものが漏れそうです。





「いや、本当にすまなかった。まさか着替えているとは思っても居なくて」
「もう良いです、フェイ兄様。私それほど怒っていませんから」
「本当かい?」
「本当です」
「アニスの失敗も?」
「ああ、お皿を落とした事ですか? 誰だって失敗の一つや二つくらいするでしょうし、それも気にしていません」
「そうかい、良かった。流石は私の可愛い妹だよ」


 そこでその科白がでるんかい、変態シスコン兄よ。
 まあフェイ兄が再入場したときは、本当にまじめな顔で90度頭を下げてたもんなぁ。
 生まれて初めてされたよ、最敬礼で謝罪って。
 怒っている真似してみたけど、あまりしつこいと嫌われたら大変なので程ほどにしておく。
 この変態さんには後できちんと働いてもらわないといけないしね、フフフ。
 っていうかそんなに真面目な顔が出来るなら、普段からそっちで居れば良いのに。
 マジでもてると思う。
 男の視点から見ても惚れ惚れするくらいかっこいいもんな。
 変態性シスコン症候群さえ罹患してなければ、きっと国一番の人気アイドルになれるんじゃなかろうか。
 などと思ってマジマジとフェイ兄様の顔を見つめていると、奴が極上スマイルと悩殺ウインクをセットで放射してきやがった。
 キモいのとキモイのとキモイので思わず視線を逸らしてしまったよ、音速で。

 そうそう、今この部屋にはミーシャとフェイ兄と僕の3人だけである。
 まさか王子様が頭を下げているのを他の人に見せるわけにもいかないので、僕がミーシャに頼んで3人にしてもらったのだ。
 まあ、本当はミーシャにもそんなところは見せない方がいいんだろうけど、それは僕の保身の為にゆずれねぇ
 一応これでもか弱き少女なのだから、変態シスコン兄と二人っきりとか全力でお断りなのである。
 まあとにかくこれから食事が終わるまではこの3人きりなわけ。
 一杯人がいるといろんな意味で落ち着かないしね。
 実はこれには深い深い僕の思惑があったのだが、ミーシャもフェイ兄ももちろん気が付けるはずもない。
 さて、フェイ兄は謝罪も済んで少し気を緩めているようだし、後ろのミーシャもさっきよりかは動きが柔らかくなっているような気がする。
 いいタイミングだな。


「あのぉ、フェイ兄様? 一つお聞きしてよろしいでしょうか?」
「ん? 何だい、僕の可愛い妹よ」
「さぶっ……。い、いえ、もう夕食は済まされたのですか?」
「ああ、そういえばバタバタしていてまだだったかな」


 そこで僕は会心の笑みを浮かべて、両手を胸元でパンと打つ。


「よろしかったら夕食ご一緒しませんか?」
「え? しかしこれは君の夕食だろう? それを私が頂くのはちょっと……」
「いいんです。どうせ全部は食べきれないと思っていたところですし。残すともったいないでしょう? 本当はミーシャさんにも手伝ってもらいたいくらいなんだけど、さすがにそれはミーシャさんが頷いてくれないだろうし」


 フェイ兄は困ったような半笑いの顔でミーシャに視線を移す。
 ミーシャは相変わらずクールでビューティな感じで立っていて、兄様の視線に軽く頭を下げる。
 たぶんそれは「ご随意に」とかいう感じのゼスチャーなんだろうと思う。
 フェイ兄様は仕方が無いなあといいつつ了承してくれた。
 くくくく、罠に掛かったな。
 僕はすかさず変態ロリ兄の為に椅子を引く。
 ポジショニングを間違えると計画が狂ってしまうからね、ここは一番大事なところだ。
 ぽかんとするミーシャを尻目に、強引にフェイ兄の背中を押して椅子に座らせる。
 次にさっき給仕さんがしていたように、手早く食器を彼の前に並べてゆく。
 そして仕上げに、僕が座る椅子と食器類をフェイ兄の隣に持ってきてセッティングした。


「な、何をしているんだい、スワジク?」
「いえ、一度フェイ兄様とこのように並んで食事をしたかったのです。いけませんか?」


 ピシッっていう何かが割れる音が背後でしたので何かなと思って振り返ると、ミーシャが無表情にお皿をダスターに放り込んでいるのが見えた。
 落として割れたのかな?
 まあ、とにかく準備は万全、あとはミーシャに給仕してもらうだけだ。


「さあ、ミーシャさん、よろしくお願いします!」
「……はい、承りました」


 そうして僕の『テーブルマナー、見て盗んでやるぜ作戦』は、和やか(?)な雰囲気の中開始されたのだった。
 ミーシャから時々放射される妙な威圧感はきっと気のせいだ。
 それに今は作戦行動中、余計なことに気は散らせない。
 僕はフェイ兄の食べ方を横目で必死に真似ながら、下品にならないように気をつける。
 男と女で多少違う部分もあるかもしれないが、それは基本が出来てからでいいだろう。
 他愛の無い会話の中にも色々と学ばなければならないことは意外と多い。
 食材の名前、産地、食前酒に最適なお酒等々。
 この作戦を何回か繰り返せば、テーブルマナーや食に関する知識はクリアできるんじゃなかろうか。
 意外だったのはフェイ兄ってただの変態ではなく、結構広い範囲の薀蓄をもってる変態だったということかな。
 ま、当分は僕のために生き字引になってもらおうと密かに心に決めた。



[24455] 7話「人生はすべからくミッションである」(一部描写追加)
Name: トマトサンド◆8112e221 ID:856d6dc3
Date: 2010/11/26 23:28
 「はふぅ、疲れたぁ」

 
 ベッドの上にうつ伏せに倒れこみ、全身の力を抜いてだらける。
 今日一日変に気を使いながら過ごしたせいで、なにか妙に肩が凝っている気がするのは気のせいだろうか。
 外の人のことが分からないので本当に行き当たりばったりに姫を演じたけど、大丈夫かなぁと今更ながらの心配をする。
 まあ最悪「記憶喪失ですの、おほほほっ」って惚けてしまえば大抵の事は誤魔化せるかも。
 

「っていうか、外の人の立ち位置が分からないんですけど?」


 声に出して不平を唱えるも、僕の訴えは誰にも届かない。
 立ち振る舞いはある程度大人しくしていることでクリアできても、知識まではいかんともしがたい。
 いつも何をしていたのか。
 どんな趣味があったのか。
 好きな色は?
 犬派? 猫派?
 友人関係は?
 好きな男性のタイプは?
 好みの食事は?
 公務とか、やりかけの仕事があったりしたらどうしようとか。
 誰かに聞くにしても、誰に聞いて良いのかよく分からないし。
 メイドさんたちは割とそっけないしなぁ。


「ボクに外の人を真似るのは無理だよな、実際。知らないことだらけだしなぁ」


 ガシガシと乱暴に茹だった頭をかき回す。
 暴れるのに疲れた僕は、部屋の天上にぶら下げられたシャンデリアを見つめながら無心になろうと努めた。
 味方を作らなきゃ。
 僕の窮状を理解してくれて、それでいて世話を焼いてくれそうな人。
 やはり候補としてはミーシャかフェイ兄ぐらいの選択肢しかない。
 ほかのメイドさん目も合わせてくれないし。
 なんかなぁ、こうチート技能とか持ち合わせてないもんかね。
 僕的にはサイコメトリーとかサトリのような相手の心を読めるようなやつ。
 この世界に魔法は無いのかなぁ。
 ぐだぐだ考えているうちに、だんだん瞼が重くなって意識が遠のく。
 そして僕のTS憑依の初日は幕を閉じた。


「って、まだ寝ちゃ駄目だ! 忘れてたよ、外の人の私物チェック!!」


 なんで今までそれに気付かなかったのか!
 日記とかあったら、凄くいい情報源になるよね。
 しかしこの部屋にはベッドと鏡台、夕方に運び込まれたダイニングセットくらいしかない。
 ならこの城のどこかに外の人の私室なんかあるんじゃないのか?
 凄いよ、僕!
 賢いよ、僕!
 昼に気付いたところでメイドさん達が居てなかなか思うように行動出来なかっただろうから、今がベストタイミングだ。
 だいぶ夜も更けてきただろうし、もしかしたらみんな寝てるかもしれない。


「ふふふ、ボクにも運が向いてきたぁぁぁ!」


 本当に運が向いてきたかどうかは別として、とりあえずの行動指針が出来たのは単純に嬉しかった。
 が、このまま外に出たのではすぐに誰かに見つかってしまう。
 部屋の隅にあったワードローブに飛びついて、何か使えるものはないかと探しまくる。
 出てきたのは、外出用の浴衣、ごついバージョン。
 これは今来ている絹よりは分厚く、色も割りと暗めのブラウンだ。
 薄暗い夜の城の中ではきっと隠れ蓑になってくれることだろう。
 ついでに鏡台の椅子にかかっている埃避けのカバー。
 ちょっと工夫すればほっかむりをするのに丁度いい感じ。
 夜といえども外の人のこの銀色の髪は目立ちすぎると思うから、これの中に髪を全部入れてしまおう。
 髪が多くて全部入れると喉のところで紐を結べないので、仕方なしに鼻の下あたりで結んでみた。
 気分はルパン3世だが、見た目は一昔前のこそドロである。


「探索エリアはこの部屋がある階を虱潰しに行こうかな。といっても扉の外には誰か居るのかな?」


 抜き足差し足忍び足でこの部屋唯一の扉へとへばりつく。
 耳をつけて、じっと外の様子を伺う。
 静かだ。
 誰も居ないのかもしれない。
 と、ごそりという堅い物が触れ合う音が聞こえた。
 どうやら誰かが扉の前で立っているようだ。
 まあ、それは正直予想できたから落胆はしない。
 僕はそのままゆっくりと窓へと移動する。
 昼に外を眺めていたとき、ここから隣の部屋のベランダが見えていたのだ。
 しかも割りと近い。
 僕はそっと音を立てないように窓を開け放ち、ゆっくりと窓枠に跨る。
 パンツ履いてないから、直に石の冷たさが股間に伝わるのがなんとも言えず微妙な感じ。
 こう何ていうか当たり加減とか、フィットしているみたいな?
 あ、ちょっと前かがみになった方がいいみたいだね。
 ……。
 ……っん。


「はっ、イカン、イカン。こんな所で変なことしてたら、本気で頭の中身を心配されてしまう」


 気を取り直してベランダまでの距離を目測する。
 丁度外の人の歩幅でぎりぎり一杯のところだろうか。
 これくらいの距離なら飛び移ればなんとかなるかな?
 そう思って下を見てみた。
 見なきゃ良かった。


「怖えぇぇ」


 3階くらいの高さはあるだろうか。
 下を歩いている見回りの兵士さんが割りと小さく見える。
 余計な物音は立てられないなぁ。
 もう一度ベランダを見ると、さっきより大分遠く感じてしまう。
 お、落ちたらさすがに死ぬよね?
 ぶるりと体を震わせて、それでも腹を括って窓枠の外へと身を乗り出す。
 窓の下にある出っ張りに辛うじて足をかけ、窓枠に両手でしっかりと掴まって足を一本だけ伸ばす。
 

「と、届かない……」


 うん、ごめんヘタレてたよ。
 ふぅっと深呼吸して、片手を離す。
 半身になって足を伸ばすと、なんとか足が向こうに付く。
 窓を掴む手と伸ばしている足がプルプルと震え、落ちるのをなんとか我慢している状況。
 そこで重大なことに気がつく。


「足が届いても、この体勢じゃ向こうに飛び移れないよね」


 僕はいそいそと部屋の中にもどり、今度は窓枠に足をかけて立ち上がる。
 これであっちへ飛び移れればミッションコンプリート。
 飛び移れなければミッションフェイルド、ついでにバッドエンドその1である。
 目を閉じて精神統一、飛べない距離じゃない。
 大丈夫、僕ならやれる。
 僕は心の中で掛け声をかけた。


(アイ、キャン、フラーーーーーーーーーーーーーーーイ!)


 思いっきり窓枠を蹴って、虚空へと羽ばたく僕。
 ごうっという風切り音が聞こえたかと思うと、直ぐに強い衝撃を両足に受けた。
 その衝撃を無理に受け止めず、ごろんと前転前受身でなんとか耐えた。
 よかった、中学校のときにやった柔道の授業がこんなところで役に立つなんて夢にも思わなかったよ。
 ありがとう、脳筋田辺先生。
 冷や汗を袖で拭ってベランダに立ち上がる。
 後ろを振り返ると、飛び出た窓は風のせいか自然に閉まっていた。
 これでは帰りはこのルートを選べない。
 紐か何かで固定してこなかった自分の迂闊さを呪う。
 その時ベランダの向こうから声がした。


「誰かそこに居るの?」
(ヒィィィィ!)


 拙い、見つかってしまう!
 ベランダから飛び降りる?
 いや、出てきた相手を殴り倒すか?
 はたまた置物に成りきるか!!
 どうする? どうするよ、僕!



[24455] 8話「よぉスネーク。ダンボールは何処だい?」(擬音修正)
Name: トマトサンド◆8112e221 ID:856d6dc3
Date: 2010/11/27 00:06
「誰かそこに居るの?」


 窓の向こうから聞こえる女性の声。
 ま、まずい! ここで見つかる訳には行かない。
 僕は周りを見回して隠れる場所が無いかを必死に探す。
 ベランダからぶら下がってやり過ごす?
 力尽きたら死ねる。
 急いで自分の部屋に飛び移る?
 不可能ではないかもしれないけど、窓を突き破る事になるので血まみれになるのは必然。
 そして最後に目に付く壁の窪み。
 縦2m、横幅1.5m、奥行き30cmくらいのアーチ型の窪みだ。
 ロマネスク様式かゴシック様式か知らないけれど、この城の設計士さんに惜しみない感謝を送ろう。
 その窪みにさっと飛び乗り、べったりと壁に張り付く。
 ベランダの曲がり角で丁度声のした窓からは死角になる。
 奥まっているから、ぱっと見にはきっと僕がいるなんて分からない筈、……だといいな。
 軽い金属音をさせてゆっくりと窓が押し開かれる。


「誰? 誰かいるの? ミーシャちゃん?」


 姿は見えないけどこの声はアニス!
 なんかその声を聞いただけで、泣きそうな顔と引けた腰でベランダを覗いている彼女が容易に想像できる。
 もしかしてアニスは不幸属性持ちのどじっ娘メイドか、……萌ゆる!
 などと腐った思考に陥っていると、段々とアニスの声が近づいてきた。
 くっ、まずい、見つかるかも。


「じ、冗談なら止めてよね、ミーシャちゃん。私、怖がりだっていつも言ってるのにぃ」


 じわりじわりと近づいてくる声と足音。
 怖いなら部屋に戻れと言いたいけど、怖いからきちんと確認して安心したいのかも。
 くそっ、僕は壁だ、壁画だ。
 心を無にするんだ、僕。
 そう個にして全、全にして個、己を捨てて世界と同調すれば、自然と一体になれるんだ。
 

「あーん、誰でもいいから返事してよ~。やっぱ殿下の言うとおり宿直なんてしないで帰ればよかったー、私の馬鹿ぁ」


 アニスがぶつぶつと呟きながら、ベランダの曲がり角までやってきた。
 メイド服をきちんと着込んだ上にガウンを羽織って、手には蝋燭が入った銅鐸のようなものを持っている。
 普通のランタンなら周囲全体を照らすのでもしかしたら一発でばれたかもしれないけど、アニスの持っているのは懐中電灯みたいに直線的に照らすだけのものだ。
 これなら壁にへばりついている僕まで光がさほど届かない。
 

「誰も居ませんねぇ? ふぅ、よかったぁ。本当に誰か居たら心臓が止まる所だったよ」


 ようやく安心したのか、声にも少し明るさが戻っている。
 彼女が居るのは丁度僕の目の前。
 そう、そのまま外の方に向かって回れ左してくれたら何も問題はないから!
 僕は必死に心の中でアニスにお願いをする。
 こっち向いたら駄目だからね!
 さらに念押し。
 僕のテレパシーが彼女に届いたのか、大きく一つ頷いてくるりと体を回転させた。
 右回りで。


「……」
「……フヒヒ」


 丁度僕と向かい合う形になって固まったアニス。
 銅鐸みたいな照明器具が、下から斜め45度の角度で僕を照らす。
 しばらく口をぱくぱくとさせていたアニスは、突然糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
 なんだろう凄い罪悪感。


 倒れこんでいるアニスを肩を落として見下ろす僕。
 このまま放っておいたら絶対風邪引くよね。
 ちょっと彼女が出てきた部屋を見ると、いろんな道具とライディングデスク、ベッドが置いてある物置の様な部屋だった。
 あのベッドの上にアニスを載せておけば、風邪引かないよね?
 棚に有った少し厚めの綺麗な毛布を手に取り、アニスの元へと駆け戻る。
 毛布を床に敷き、握れるだけの長さを残してアニスの背中と足を包み込めるように調整する。
 これで簡易の布ソリの完成である。
 非力な僕ではアニスを背負うとか出来ないから、これで引きずっていくしかない。
 まあ毛布は一発で駄目になるだろうけど、いっぱいあったしいいよね?
 とまあ、そんなこんなで大量に汗をかいたけど、なんとかアニスをベッドに寝かせることが出来た。
 そして部屋を見回すと、扉が2方向にあるのが見えた。
 一つは質素な扉、もう一つは割りと豪華っぽい造りのやつ。


「これはきっと豪華な扉の方を先に調べるべきだよね」


 そういって僕はそっとドアノブを回して扉を開いた。
 薄暗くて細部まではよく分からないけど、窓際にあるテーブルと椅子、暖炉まえに置かれているソファが見える。
 壁際には小さい書棚があって、薄っぺらそうな本がいくつか並んでいた。


「へぇ、凄いや。部屋の中にミニチュアの植物園まであるんだ」


 ちょろちょろと水の流れる音を聞きながら、部屋の奥にある少し大きめの机に向かった。
 机には引き出しが左右合わせて6つある。
 そのどれにも鍵などかかっておらず、取っ手を引けばするりと開く。
 全部の引き出しを色々探ってみたら、週刊誌くらいの大きさの革の本を2冊見つける事ができた。
 一つは錠付き、もう一つは錠無しだ。
 錠無しの方の本を開けてみると、予想通り何か色々と書き付けられている。
 暗くて内容までよく読めないけれども、字の綺麗っぽさからいって外の人のものじゃないかと推測する。
 その時、隣の部屋から声が聞こえた。
 アニスが目を覚ましたみたい。


「せ、センドリックさ~ん。センドリックさぁぁん」


 泣きそうなアニスの声を聞きつけたそのセンドリックさんとやらが、隣の部屋に駆け込む音が聞こえた。


「どうなされました、アニス殿」
「べべべべ、ベランダ……、へへへ、変なひひひ人ががが」
「な、何ですと? 賊か?!」


 どうやらセンドリックさんは賊(実は僕のこと)を探しにベランダへと向かったようだ。
 むふふ、チャーンス。
 きっとセンドリックさんは僕の部屋の前にいた人だろう。
 さっきも扉の外には音が一つしかしなかったから、いまなら僕の寝室まで誰にも会わずに辿り着けるはず。
 ナイスアシスト、アニス!!


 僕はなるべく音を立てないように、今度はアニスのいる宿直室ではなく廊下へ続くであろう扉を押し開く。
 案の定廊下には誰も居ない。
 僕は胸に2冊の本を抱えて足早に寝室へと向かう。
 予想通り、部屋の前には誰も居ない。
 僕はすぐさまドアを開いて中へと滑り込んだ。
 そのまま本をベッドの上に放り投げ、茶色の分厚い浴衣っぽいのを脱いでワードローブへ突っ込む。
 頭に被っていた椅子のカバーもむしり取り、ベッドの枕の下に2冊の本と一緒に押し込んだ。
 ほっと一息ついたところで、ドンドンドンとドアがノックされる。


「あ、は、はい、どうぞ!」
「失礼いたします姫様。衛士のセンドリックです。こちらにたった今、何者かが入り込んできませんでしたでしょうか?」


 声を掛けると同時に、白い鎧に身を包んだ厳ついおっちゃんが入ってきた。
 腰に下げている剣に手をかけて、いつでも抜き放てる体勢に鋭い目つき。
 さすが衛士さん、なんかオーラが違うわ。


「さ、さあ? 私は寝ていたのでよくわかりませんが」
「……さようでございますか? して、あちらの窓は最初から開けっ放しでございましたか?」
「いえ、あそこは私がきちんと戸締りいたしました!」


 僕がセンドリックさんの問いに答える前に、後ろから着いてきていたアニスがその問いに答える。
 そうえいば、就寝前の戸締りに彼女が来ていたっけ。
 センドリックさんはすばやく窓に近づくと、さっと周囲を見回して不審な点が無いかを調べている。


「ふむ? なにやら微かに窓枠に付着していますな……。なにかの粘液が乾いたのか、これは?」
「ままま、魔物ですかね? お城の中まで魔物がはいってきたんでしょうかね?」
「いや、断定は出来ません。とにかくお二方はきっちりと窓と扉を閉めて外へ出ぬようにお願い申し上げます」
「は、はい、分かりました」


 せ、センドリックさんがマジマジと見てたのってまさか……、くっ、この聡明な僕にして一生の不覚! さっきちゃんと確認して拭いときゃ良かった。
 その晩は結局、お城中で居もしない賊探しで一晩中てんやわんやしたそうである。
 ごめんよ、皆。





 *アニスが見たスワジクのポーズ 参考資料「古代エジプトの壁画調マリオTシャツ」



[24455] 9話「そういえば僕って肋骨にひびが入ってたよね」(一部表現加筆修正)
Name: トマトサンド◆8112e221 ID:856d6dc3
Date: 2010/11/27 00:03
「全治1週間といったところでしょうか」


 サイドボードの上に置かれたボウルの中で、丁寧に手を洗うドクター・グェロ。
 ここはいつもの僕の寝室で、僕はベッドの上で寝転がっていた。
 本当は起きたいんだけど、呼吸するたびに鋭い痛みがあるので大事をとって寝転んでいる。


「……姫様、なにか激しい運動のようなものでもされましたか? 例えばダンスの練習などですが」
「い、いえ、特に激しい運動はしてないのですが」
「そうですか。とりあえず骨は折れてはいませんので、日常生活に特に支障があるわけではありません。が、患部に負担のかかるような行いは厳に慎まれたほうがよろしいかと。さもなければ……」
「さもなければ?」
「ぽきりと骨が折れてしまいますぞ?」
(ひぃぃぃ、それは嫌だ)


 骨が折れるところを想像して引き攣る顔を、なんとか笑顔でごまかす。
 昨日あれだけ無茶したのだから当然か。
 気合入ってるときはあまり感じなかったけど、朝起きたらすっげー痛いんだもんなぁ。
 仕方が無い、当分は大人しくしておこう。
 といっても大きな動きや深呼吸をしない限り大丈夫そうだけどね。
 一人うんうんと頷いている僕を放置して、ドクター・グェロはさっさと廊下へ出て行く。
 彼とと入れ違いに、今度はフェイ兄とセンドリックさんが入ってくる。


「大丈夫かい? あんまり無理をしてはいけないよ」
「はい、有難うございます、フェイ兄様」
「少しだけ部屋の中というか、窓の辺りを調べさせてもらうよ」
「……は、はい、どうぞ」


 そう、昨日の賊侵入事件がまだ未解決なのである。
 犯人が目の前に居るのだから当然っちゃ当然なんだけどね。
 だからって何もあの窓に執着しなくてもいいじゃないのかと。
 これなんて羞恥プレイなの?
 元男だから恥ずかしくないだろうって思ってたけど、もうねマジ死にそうなくらい恥ずかしいんですけど!!

 
「昨日私がベランダへ出たとき、丁度窓が閉じられるのを見ました。それで慌ててこちらの部屋に入ったところ、閉まったはずの窓が再び開いておりました」
「なるほど。賊が一度ここに入ったが、センドリックが気がついたので慌てて逃げたのか」
「恐らくは。そしてその物証として残していったのがこの窓枠に付着した粘液の跡です」
(センドリックさん、それ物証ちゃう! ボクの……や、って言えるかぁぁぁぁぁ!!)


 僕の心の突っ込みにもめげず、まじまじと窓枠を見つめる男が2人。
 その時、僕は信じられないものを目撃してしまった!
 フェイ兄が乾いたそれを爪で削り取り、指に付けてぱくっと口に咥えたのだ。
 瞬間、僕の中の加速装置がフル稼働。
 ベッドの上の枕を片手で掴むと、力一杯フェイ兄の頭に叩きつけた。


「~~っ!」


 脇に走る激痛に思わずしゃがみ込んでしまう僕。
 死にそうな恥ずかしさに衝動的に突き動かされたけど、これって結構やばい行動だよね。
 叩かれたフェイ兄は不思議そうな顔をしてこちらを見下ろしている。
 激痛に喘ぎながらも、僕は一応この変態に注意する。
 

「フェイ兄様、そ、そんなものを舐めるなど……」
「毒かどうか確認したかっただけなんだよ。飲み込むつもりは無かったんだけど、君が急に殴るもんだから飲み込んでしまったじゃないか」
「ふぇ?!」
「まあ、毒だとしても即効性のものではないようで僕も安心したけどね」
「なるほど、確かに刺激はありませんな」


 って、センドリックさんまで何しちゃってんの!!
 顔を真っ赤にして蹲る僕を不思議そうに見つめる2人。
 フェイ兄がぽんと手を打って、なんか感動したような顔をしている。


「もしかして、我が愛しのリトルプリンセスは私の身を案じてくれたのかな」
(違ぇよ、このロリ変態)


 返事する気力もなく、がくりと頭を垂れてしまう。
 それが無言の肯定と受け取られたのか、ますます間違った方向へ理解されてしまった。


「ありがとう、スワジク。君がそんなに私のことを心配してくれていただなんて、本当に嬉しいよ」


 そういって僕を軽く抱きしめて額に優しくキスされた。
 欧米人ならこれは純粋な挨拶みたいなもんだ。
 欧米人ならこれは挨拶なんだ。
 このキスは握手みたいなもん。
 鳥肌が浮いた手を必死に擦りながら現実逃避する僕。
 悔し涙を浮かべながら、うーと唸って睨み付ける。


「殿下、これを!」


 馬鹿なことをやっていると、いつの間にやらセンドリックさんが僕のベッドの枕元にたって何かを指差していた。
 フェイ兄もそれに興味を示してベッドに駆け寄る。
 そして僕は一人、自分のしてしまった失敗に呆然としてしまう。
 彼らが僕のベッドで見つけたもの、それは昨日苦労して手に入れた外の人の日記。


「これは何だ?」


 そういってフェイ兄が錠無しの日記を手にとってパラパラと読み始めた。
 あまりの事態の急展開(僕的に)についてゆけず、読むなと抗議することすら忘れてしまっていた。
 フェイ兄の顔が段々と深刻なものに変わってゆく。
 あ、マジモードだ。
 何が書いてあったんだろう、あの日記に。
 も、もしかしてフェイ兄の変態チックな所業が羅列してあったりとか。
 うん、たぶん外の人もあのシスコン野郎に辟易してて、愚痴をあれに殴り書きしていたに違いない。
 どうしよう!


「スワジク、これらは君がここへ持ってきたのかい?」


 そんなことを認めたら一連の騒動が僕の仕業だとばれてしまう。
 だから僕は条件反射的に、力一杯首を左右に振った。


「この本の中身を見たりはしたかい?」
「い、いいえ」
「そうか、よかった。センドリック! 敵の狙いが分かったぞ。急いで衛士隊の幹部を招集しろ。ついでに侍女長と主だったスワジク付の侍女も集めろ」


 自分の日記なのに思わず中身を見てないとか言って大丈夫なのかと思ったけど、割とそこはスルーみたい。
 っていうか、敵って何? 狙いって何? な状況なのですが、誰か教えていただけませんかね?


 ばたばたと足早に出てゆくフェイ兄とセンドリックさん。
 ふぅ、ようやく静かになったか。
 散らかした枕をベッドに戻そうと立ち上がる僕の視界の隅にミーシャの姿が見えた。
 なんの意識もせずそちらへ目を向けると、ミーシャはじっと窓枠についた僕の……を眺めている。
 

「えっと、ミーシャさん? どうかしました?」
「いえ、別に……。ククッ」
(ななななんですか、その黒い笑い方は! ま、ま、まさか、見破られた? まて落ち着け、ボク。仮にあれがそうだと見破られたとしても、それの主がボクだって証拠は何処にもない。大丈夫だ、落ち着け!)
「私も何やら呼び出されるようですので、しばらく下がらせていただいてよろしいでしょうか? あとで代わりのものを遣しますので」


 恭しく膝を曲げ頭を垂れるミーシャの背後に、巨大なくもの巣を張った女郎蜘蛛を僕は見たような気がした。
 なんだろう、知られてはいけない人に知られてしまったような気がする。
 掠れるような僕の返事を聞いてミーシャは優雅に部屋を出て行った。




 その頃廊下を歩いているフェイタール殿下と衛士センドリック。


「スワジク姫ですが、大分雰囲気や素行が変わられましたですな、殿下」
「ああ、私の身を案じて泣いて怒るなど今までに無かったことだ。これは割りと早く落とせそうな感じだな」
「しかし蛮行姫とまで言われたあの方が、まさかの変わりようですな。」


 満足そうに頷くフェイタールに、センドリックが苦笑いをしながら疑問を投げかけた。
 その問いにフェイタールも少し唸りながら考える。
 あまりに変わりすぎているスワジクの性格。
 いっそ別人であると言ってもらった方が納得がいくほどである。


「ドクター・グェロも言っていたのだが、落水事故を起因とする記憶の欠落、幼児退行、不都合な記憶の封印など説明をつけようと思えばいくらでもできる。だが問題はそこじゃない。問題は、わが国にとってあの者が御しやすい人物か、そうでないかだけだ。中身など関係ない」
「ま、確かにそうですな。ですが下々の者はそうは思いますまい」


 顎を扱きながらセンドリックが苦々しげに呟く。
 フェイタールも彼の言うことに頷くしかなく、実際目の前にあるこの本の存在がそれを証明していた。


「侍女の報告書と極秘報告書を姫の枕元に隠し、侍女達の本音が彼女の目に留まるように謀るか」
「実に確実で嫌らしい手ですな」
「これを読めば、あの蛮行姫が激昂するだろう事を賊は熟知していたということだからな。
事が成れば、今居る侍女達全員の首が飛んでもおかしくない。打ち首にならなくても、ひどい罰が与えられるだろうな。そうなれば誰かがまた第2、第3の落水事故を計画しないとも限らない。いや、高い確率でそうなるだろう」
「そしてそれは衛士には止めるすべが無いところで実行されるでしょうな」
「実に狡猾な策だ。くそっ、どっちが真の敵なのか、確証さえ掴めればな」
「中原のラムザスか、帝国か。前門の虎、後門の狼ってところですかな」
「鼠をもう少し潜らせるべきかもしれんな」
「それは私にではなく、ミザリーに申し付けてください」
「そうだな。とにかく今は見えざる敵に対して、隙を見せないようにするしかないな」
「まったくしんどいことですがね」


 どんな嫌な人物であろうとスワジクというこの国の弱点は、死ぬ気で守っていかねばならない。
 それが並大抵のことではないことを2人は熟知している。
 何せ国内外にこの弱点は知れ渡っているのだから。
 『ゴーディン王国を潰すのに兵はいらぬ、蛮行姫をちょいとつつけばすぐ滅ぶ』
 侍女や兵士の中に潜む反スワジク勢力をどうやって説得するか、二人は深いため息をついて会議室へと入っていった。



[24455] 10話「ちょっと待ってよ。今までの苦労って一体……」
Name: トマトサンド◆8112e221 ID:856d6dc3
Date: 2010/11/27 16:45
「ふぅ……」


 怪我に響かないように、軽くため息をつく。
 なんで気を使ってまでため息をつかなきゃいけないのかというと、結局振り出しに戻ったからだ。
 折角の貴重な資料(?)を奪われ外の人の事を知る機会を失った。
 あんなに努力したのがすべて無駄になって、残ったのは肋骨のひびばかり。
 そりゃため息の一つもつきたくなりますって。
 それに扉の左右に立っているメイドと衛士君っぽい人が、こうなんていうか凄いことになってるし。


「あ、あの、少し楽にされてはどうでしょうか? そんなに何時間も立ちっぱなしは疲れませんか?」
「いえ、自分は慣れておりますので、お気遣い無用にお願いします」
「ひゃ、ひゃい! わ、私もな、慣れておりますのでおおおおお気遣いなさりゃないでくだしゃい」


 いや、すっごい気になるんよ。 
 青い顔でカチコチに固まっている衛士君はなんかすっごい新人ぽいし、同じくチワワが冷蔵庫に入っているみたいにブルブルと震えているメイドさんは正視に耐えないほど哀れだし。
 よく見るとこの衛士さんってまだ結構若いみたいだねぇ。
 背は割りと低くて、栗色の髪を後ろで無造作に束ねている。
 ソバカスがあるせいもあって、割と愛嬌があり幼い感じのする男の子だ。
 15歳くらいかなぁ?
 装備も鞘もぴかぴかだから、もしかしたら衛士デビューしたての人なんだろうな。
 対するメイドさんは、ミーシャやアニスとは色違いの服を着ていてちょっと新鮮かもしれない。
 こっちはなんと緑色の髪をしていて、ミーシャと同じようにアゴのところで切りそろえている。
 割と大きな瞳が印象的な可愛い子なんだけどね。
 なんていうか彼女の脅えっぷりがアニスを髣髴とさせて無性にいぢめたくなる。


(まあ、冗談はさておき、本当に3時間も立ちっぱなしは衛士君はともかく、あのチワワメイドさんには拷問だろうに)


 仕方無しに僕は窓際からダイニングテーブルへと移動し、椅子を引きずり始める。
 2人はまったく同じ挙動で私に注目しているのだが、手伝おうとかそういう気配は無い。
 メイドがそれでどうかと思うけど、まあ下手に邪魔されるよかいい。
 脇の痛みを庇いながら、椅子をメイドさんの横へ持っていく。
 てかこれ割と重い。
 昨日これを楽々と持っていたミーシャって割と力持ちなのかもしれないなぁ。
 セッティングが完了したので、横に立つメイドさんに視線を移す。
 なんか凄い勢いで脂汗を垂らしてるんだけど……?


「あ、もしかしてトイレ我慢してる?」
「はひゃ? い、いえ、そんなことは」
「我慢は体に毒だから、少し息抜きしてきてはいかがですか。疲れたでしょうしね。ただし、10分休んだらすぐ戻ってくること。いいですか?」


 椅子に座らせるよりも先に休憩をさせた方が良さそうなので、そういって彼女を扉の外に放り出す。
 僕の視界から外れたらさすがに彼女も息を抜けるだろうしね。
 ぽかんとした顔で僕をみる衛士君。
 ふふふ、今度は君の番だよ?
 メイドさん用に持ってきた椅子をずりずりと動かして衛士君の横に持っていく。
 満面の笑みで彼を見上げ、椅子の座面をぽんぽんと叩いて座れと促す。


「い、いえ、自分は大丈夫ですから」
「ええ、分かっています。でも見ている私も結構疲れるのですよ? それにそんなに緊張していてはいざと言う時に体が動きません。だから少し体を休めても誰も文句はいいませんよ」


 しばらく衛士君は迷っていたみたいだけれども、椅子の誘惑には抗えなかったのか割と素直に座ってくれた。
 そしてふぅと大きくため息をついたりしている。
 よっぽど緊張していたのだろう。
 ま、要人警護になるんだから緊張は当然か。
 それに賊が入り込んでいるという設定だしねぇ。
 もっともその賊は目の前にいたりするんだけど。
 

「はっ、も、申し訳ありません。みっともないところをお見せしまして」


 微笑ましげに衛士君をみていたら、何を勘違いしたのか焦って謝ってくる。
 僕は片手でそれを抑えてながら、これはもしかしてチャンスじゃないのかと思った。
 今までのメイドさん達じゃこんな隙なんて見せてくれなかったし、喋ってもくれなかったしね。
 そういった意味では、ここに臨時で派遣された衛士君とメイドちゃんは格好の餌食。


「失礼ですが、あなたのお名前は?」
「はっ、自分はボーマン・マクレイニーと申します」
「どちらのご出身ですか?」
「はっ、リバーサイド州都出身であります」
「リバーサイドですか。あまり記憶にないのですがどんな所なのかお話していただけません?」
「はぁ。えっとですね、うちの州都はその名の通りターニス河沿岸に栄える商業都市で……」


 ふふふ、まず掴みはおっけー。
 緊張と警戒心を解してから、欲しい情報を引き出す!
 くくく、僕はもしかしたら優秀な尋問官になれる素質があるんじゃなかろうか?
 自分のお国自慢なら口も軽くなるんじゃないかと思っていたら、案の定乗ってきた衛士君の喋ること喋ること。
 緊張の反動ってのもあるのかもしれないが、ここは笑顔で聞き役に徹する。
 ずいぶんと調子よくお国自慢をしてくれていた彼が、突然はっとして立ち上がった。
 何事かと思うと彼はダイニングテーブルへと向かい、椅子を片手に1脚づつ持って戻ってきた。
 一つをメイドさんがいたところへ、そうしてもう一つをなんと私の立っている後ろへ置いてくれたのである。
 なんというか素直に感動。
 ちょっと遅いけど、若いのに気遣いが出来る人なんだねぇ。


「自分だけ椅子に座って申し訳ありませんでした。レディを立たせておくなど、騎士としてあるまじき行為でした」
「いえ、気にしないでください。私が無理やりボーマンさんを座らせたのですから」


 と当たり障りのない返答をしつつお互い笑い合う。
 何これ、すっげー好感触じゃん。


「でも正直以外でした。あんまり人の噂もあてにならないものですね」
「噂? 噂とは私に関する噂ですか?」
「ええ、姫を傍で拝見する機会を得られて確信しました。あの噂はデマですね。きっと姫を妬む誰かが嫌がらせで流したのでしょう」
「なるほど噂ですか。どんな噂なのでしょう?」
「いえ、姫様のお耳を汚すほどのものではありません。お気になさらないほうがいいでしょう」
「でもやはり自分の噂は気になるものです。あまりいい噂ではなさそうですが、それを知るのも姫としての私の役割かもしれません」


 っていうかそこが知りたいんじゃ、キリキリ話さんかい。
 笑顔でプレッシャーを与えると、迷いつつもこれは私が言った話ではないと前置きつきで話してくれた。
 曰く、国一番の我侭者である。
 曰く、人を人とも思わぬ所業に幾人もの宮仕えが涙に枕をぬらしているらしい。
 曰く、気に入らないという理由で侍女の首を切らせたことがある。
 曰く、こんな田舎街の城は辛気臭いので都の風を入れてやる、と突然宣言して北の塔舎の全面改装をした。
 ちなみにその費用は国費の1年分に相当したらしい。
 曰く、フェイタール殿下を小姓のように扱う身の程知らずである。
 等々。

 えっと正直引いた。
 これがすべて本当の話なら、外の人あんた人としてどうなのよ?


「これらはあくまで姫の姿を見たこともない者たちの間での噂です。俺のように姫様に直にお会い出来れば、そのようなデマなど一笑にふせましょう」


 たかが椅子を勧めたくらいでそこまで持ち上げられてもこそばゆいだけであるけれども、まあ悪い気はしない。
 ま、所詮噂だしね。
 でも外の人の取っ掛かりが出来ただけでも大収穫である。
 話が弾んでいると、恐る恐るといった感じで外に出したメイドさんが入ってきた。


「ちょうど良かった。話しつかれて喉が渇きましたし、みんなでお茶にしましょうか」
「ひゃ、ひゃいっ」


 そういって二人をダイニングテーブルまで引っ張っていき、3人で割りと楽しいおしゃべりが出来た。
 うん、憑依2日目にしてはいい感じ。
 その茶話会は、専属のメイドさんが戻ってくるまでの間続いたのであった。



[24455] 11話「若き2人の門出にて」
Name: トマトサンド◆8112e221 ID:856d6dc3
Date: 2010/11/27 20:18
「で、お前は衛士であるにも関わらず、姫様と一緒にお茶を飲んでいたわけか?」
「はい」
「はぁ? 何を考えているんだ? 相手はあの蛮行姫だと教えただろうが! わざわざ足元を掬われに行ってどうすんだ、馬鹿が」


 割と広い部屋の中に、野太いだみ声が響き渡る。
 近衛隊舎の隊長室に呼び出された俺は、さっきまで一緒にいた侍女のニーナと共に近衛隊長と侍女長の二人に睨まれ、怒鳴りまくられていた。
 確かに着任前には扉の前から1歩も動くなとは言われたし、それを守れなかった自分も悪いと思う。
 が、それが何故あのプリンセスの悪口に繋がるのかが分からない。
 それにあの人が誰かの揚げ足を取るような人には、俺には見えなかった。
 俺のそんな態度にヒゲ面の隊長は心底うんざりしたような表情で、隣に佇む氷の様な雰囲気の侍女長へと視線を送る。


「ニーナ、貴方もです。主と同じテーブルにてお茶を飲むなど、侍女としては許されざる行為なのは今更の話ですよね。貴方はもう少し賢い人物だと思っていたのですが、どうも違ったようです」
「じ、侍女長。でもですね、姫様が是非にと言われて」
「専属の侍女の方々は、全員こちらが満足できる仕事をしていただいております。彼女達に出来て、貴方に出来ない理由があるのですか?」
「い、いえ、それは、そうなんですけれども」


 侍女長の刃の様な視線と声に、しなしなとニーナの声も背中も萎れてしまっている。
 なんだろう、俺はぜんぜん納得いかない。
 そりゃ、先週実家から上京したばかりだから右も左も分からないし、ましてや近衛の仕事なんて全然慣れていないから失敗も一杯している。
 姫様の人となりだって知らないし、他の王族の人のことだってまったく知識が無い。
 俺はそんな新米だから、自分のミスを怒られるのは分かる。
 でも今回のこれは違うだろう?
 姫様は明らかに会話を欲していたし、楽しそうに笑ってくれていた。
 護衛としてすぐに動けないようなことをしていたのは駄目だけど、俺が怒られているのはそこじゃない。
 あのお姫様と一緒に会話していたこと自体をなじられている。
 何故だ?


「お前分かっているのか? 不敬罪と言われて首を切られてもおかしくなかったんだぞ!」
「そうはなりませんでしたっ!」
「それは現時点での結果論だ! 明日になれば、ボーマンが不敬を働いたと言われて、お前抗弁出来るのか? 不敬罪は軍法会議を経ずに即死刑だぞ。それはそこのお嬢ちゃんも一緒だ!!」
「ひぃう、ご、ごめんなさい」
「謝ったってもうどうにもならんわっ!!」


 ヒゲ面隊長の怒声に涙と鼻水を垂らしながら、必死に頭を下げるニーナ。
 だけど俺は下げない。
 蛮行姫の噂であの人の事を讒言するのなら、死んだって絶対下げてやるもんか。
 その反抗的な態度が気に入らないのか、ヒゲ面隊長はふんっと鼻から息を噴出す。
 ヒゲ面(もう隊長なんて呼んでやるかってんだ)の怒声が収まれば、今度は侍女長が言葉を継ぐ。


「本来であれば、始末書と王族への謝罪文、合わせて違反金の納付が妥当な処罰ですが……」
「それではお前ら2人を守ってやれねぇんだ」


 苦虫を噛み潰したような顔をするヒゲ面と、一切の感情を表さない能面侍女長。
 俺は悔しい気持ちを必死で噛み殺し、視線で射殺すくらいの覚悟で目の前の2人を睨みつける。
 そんな俺の態度に心底愛想が尽きたようなヒゲ面は、引き出しから手のひらよりも少し大きいくらいの布袋を2つ机の上に放り出した。


「お前達は今日付けでクビだ。何処へなりといくがいい。これはせめてもの餞別だ」
「そうですかっ、よく分かりました! こんな騎士団、こっちから願い下げだ!」


 俺は支給された剣を机の上に叩き付けると、餞別とやらには一切手を付けずさっさと隊長室を後にする。
 ニーナの号泣しながら謝る声が聞こえたが、それよりもこんな奴等と一緒の空気なんか吸いたくなかった。



 隊舎にある自分の部屋から、皮袋1つ分の自分の荷物をもって外へ出る。
 そこには木の下で人目を憚らず泣き続けるニーナがいた。
 彼女には正直悪いことをしてしまったと思う。
 お茶を一緒にという誘いにぐずる彼女の背を押したのは、紛れもなく自分だろうから。
 ふぅとため息を吐いて、ニーナに近づく。


「おい、ニーナ。何時までも泣いていたってどうにもならないぜ?」
「ぶぇっ、ぶぇっ、ひっぐ。だ、だっで、わだじ、いぐどこないぼん」
「はぁ? 実家は? そう遠くないんだったら護衛ついでに送ってやるよ」
「ヴぁ、ヴぁたじ、ご、っご、ごじだもん」
「五時?」
「うん、ごじ」


 なんか意思の疎通に難があるように思えるのだが、泣いている女の子を放っていては騎士の名折れ。
 綺麗に手入れされた緑色の髪に手を載せて、がしがしと左右に揺らしてやる。


「や゛~べ~で~」
「しょうがねぇ、持ち合わせあるからしばらく面倒みてやるよ。城下町ならどっか働けるとこあんだろ?」
「……」


 泣きながらもしばらく考えてから、ゆっくりと頷くニーナ。
 はぁ、なんか雨に濡れた小動物みたいで放って置けないんだよなぁ。
 ぐずぐずと鼻をすすりながら、ニーナは木陰に隠してあった荷物を引っ張り出してきた。
 なんだろうね、泣きながらもこの準備の良さは。


「ごでがらどごいぐの?」
「そうだな。取りあえず町の北側へ行こうと思う」
「……びべざま?」


 なんでそういうところだけ女って勘が鋭いのかね。
 確かに北側の町なら、場所によったら姫様の部屋がみえるところがあるかもしれないと思ったのも確かなんだけど。


「ばーか、生意気いってんじゃねーよ。面倒みてやんねーぞ?」
「おでぇざん」
「は? 何?」
「わだじのぼうが、おでぇざん」
「え? マジ? もしかして年上?」


 無言で頷くニーナに、信じられねぇとつぶやく俺。
 しかし、それでも主導権は渡さねぇ。


「けっ、当面養ってもらうんだから、生意気いうなよ」


 その俺の言葉にも、ニーナは首を横にふるふると振って否定の意を表す。
 おもむろにカバンの中から皮袋を1つ出してきて、その中身をこちらに見せた。
 新金貨がぎっしりと詰まっているのが見える。
 よくよく観察すると、これってさっきヒゲ面が餞別だといってよこしたものじゃないのか?
 首にした人間にこの金貨って、意味がわからん。
 余計なことを喋るなってことなんだろうけどなぁ。
 でもやっぱりそのやり方は気にいらねぇ。
 ふと気になってニーナのカバンを覗いて見ると、同じような皮袋がもう一つ入っている。


「なぁ、その皮袋って俺の分のじゃね?」


 またもや首を横にフルフルと振って否定するニーナ。


「いや、待てよ! これあの時の袋だろ? なら片一方は俺のじゃん!」
「ぢがう。ボーバン、ごでむじじでいっだ」
「なにがめついこと言ってんの! ちゃんと山分けしろよ。一緒に生活するんだろうがよ!」
「やだ」
「なんでだよ! お前ずりぃよ!」

 そんなことを言いながら俺達はこの胸クソ悪い城を後にした。
 途中北の塔舎の横を通るとき、なんとなくスワジク姫の姿を探してみる。
夕陽の中、寝室の窓から北の方を物悲しげに見つめる姫様の横顔が小さく見えて、無性に悲しくなった。


(すいません、姫様。俺、あなたの様な人の為に剣を捧げたかったのですが、もう無理なようです)


 頭を大きく下げて姫に謝罪するけれども、それは彼女の視線には入らなかったようで変わらず北の町並みをじっと見つめていた。
 とても悲しげに。

 


近衛隊舎の隊長室

 西日が差し込む窓から、近衛隊長のコワルスキーはこの城を去っていく2人の若者をじっと見つめていた。


「もう二人は行きましたか?」


 部屋にある応接セットに腰掛けて侍女長のヴィヴィオは、琥珀色の液体を煽るように喉に流し込む。
 綺麗にアップにしていた髪は無造作に下ろされ、細身の眼鏡は机の上に置いてある。
 まだ定時には早いのだがなとコワルスキーは苦笑するしかない。
 もっとも彼とて気分はヴィヴィオと同じく、とっとと飲んでウサを晴らしたがっているのだが。


「何が悲しくて前途有望な人材の首を切らなきゃならんのか」
「仕方ないでしょう? レイチェルの二の舞は御免だわ」
「気持ちは分からんでもないさ。俺だって自分の部下がいわれの無い罪で刑死させられたら、何をするか分かったもんじゃないからな」
「あの子達、最後までこっちの気持ちなんて分かってくれなかったわね。報われないわ」
「言うなよ。それが俺たち上司の仕事であり、職責だ。恨まれようとも、そのときの最善を尽くさなきゃならないんだ」
「……そうね。……でも、報われないわね」
「まぁな」


 コワルスキーは苦笑いをしつつ、バーからグラスを取り出して自ら酒を注ぐ。
 彼の手にあるボトルを途中でヴィヴィオがひったくり、空になった自分のグラスに残りを勢い良く注いだ。
 お互いのグラスをこつんと当てて、門出の祝辞を唱和する。


「「若き2人の同胞に、豊穣なる未来が訪れんことを」」


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