米国を免責するマスコミの言説操作 - 事件の目的をスリカエ工作
北朝鮮による砲撃事件は、米韓軍事演習の緊張を睨みつつ情報戦に入っている。韓国側は、金正日と金正恩が延坪島対岸の砲兵大隊を11/21に視察し、現地で砲撃指令を出した可能性に言及、事件が金親子の直接指示によるものだと報道した。一方、中国の方は、「韓国側が、先に発砲したと認めた」とする情報を各紙が紹介、これは、中国外交部が直後に出した「具体的状況はまだ確認する必要がある」の声明（11/23）や、駐日大使による「韓国の軍事演習の中身を精査する」という発言（11/24）と符合する。韓国紙の日本語版で社説やコラムを拾い読みすることができるが、どれも政府の弱腰を叩く強硬な右翼的論調ばかりで憂鬱にさせられる。東亜日報は、「北朝鮮の現実に目を閉じた平和運動は、贅沢であり偽善だ」と題した社説を掲載（11/26）、その中で、反戦平和運動を推進してきた韓国の左派勢力を痛罵している。読みながら、昨日のブログの記事を非難されているようで苛立ったが、逆に言えば、主要紙がこうした社説を出すほど、韓国の国内に反戦と平和を訴える左派勢力の強靱な存在がある事実の証左とも言える。日本では左派も反戦も潰されて、こうした言論環境はすでにない。盧武鉉政権の時代、韓国の主要紙は一斉に右傾の度を強め、日本のマスコミと同じく親米反動の要害となり、プロパガンダ機関の性格を著しくした。朝日と同じで、裏に米国の影がちらつく。今、韓国の反戦平和勢力は窮地に立たされているだろう。
韓国も日本も好戦論一色で、北朝鮮との戦争を歓迎する報道と世論で溢れている。きわめて危険な状態であり、冷静な思考と判断を国民ができない社会情況になっている。韓国で対北戦争を扇動する記事を書いている記者たちは、50キロ先の軍事境界線から長射砲弾や短距離ミサイル弾が一斉放射され、ソウル市街が炎上する戦争の地獄図をどこまで真摯にイマジネーションしているのだろう。彼ら自身の頭上に砲弾の雨が降り落ちるのである。それとも、日本と同じく特権階級の支配者であるこうした記者たちは、一般市民より先に情報を掴み、政治家や経済人たちと共に間一髪で首都を脱出できるのだろうか。今、北朝鮮との戦争を嗾ける言論行為は、朝鮮戦争の過ちを肯定する態度と同じである。同じ民族がイデオロギーの違いで戦争し、殺し合い、300万人の犠牲者を出した過去の愚行を肯定することを意味する。民主化運動を通じて現在の市民社会を実現している韓国は、その戦争は無意味だったという結論に到達していたのではなかったか。それが国民のコンセンサスになっていたのではないのか。もう一度、同じイデオロギーの戦争をやるつもりなのか。同じ民族が憎しみ合い、米中の代理戦争で血を流し合うのだろうか。現在の韓国軍に、北朝鮮軍によるソウル砲撃を抑止する能力がないのなら、首都防衛の自信がないのなら、戦争は避けるべきで、対話で問題を解決するべきだ。緊張のエスカレートは北朝鮮の術中に嵌るだけでしかない。
田中均は、われわれの常識で北朝鮮の行動を解釈してはいけないと念を押した。同感だ。韓米が軍事圧力を強めれば、北朝鮮側に理性や打算や臆気が働いて、どこかで譲歩して挑発をやめるだろうという観測は危険だ。半島の国土は狭い。必ず全面戦争になる。限定的な戦争に止まることはなく、次は停戦が成立するという想定はない。北朝鮮は、持てる火力の全てを韓国の都市攻撃に集中させ、体制もろとも国家が消滅する道を選ぶだろう。まさに田中均の言う「弱者の恫喝」。そして北朝鮮領内でのゲリラ戦に持ち込むだろう。ここで考えなくてはいけないのは、金正日の健康状態である。今回の砲撃は金正日の健康問題と無関係ではない。二点ある。一点は、身体のみならず脳も正常な機能を失っているのではないかという疑念だ。砲撃は金正日が計画を許可している。重大な決断だが、ここまでの暴挙の決断が簡単にできる理由は何だろうか。心臓の障害は脳と同じで循環器系の疾患である。脳が傷んでアブノーマルになっているのではないか。もう一点は、マスコミも報じているとおり、老衰で自らの寿命を悟り、今後の体制の継続を極度に焦っていて、強引に米国との直接対話を得ようとしている徴候である。金正日自身が金正恩の将来を不安視していて、生きている間に米国による体制保証の確約を取ろうと足掻いている。死の直前の秀吉を想起させる。金正日がその政治目標を念頭に挙に及んでいるのは間違いなく、挑発と緊張には次の計画のステップがある。
自分が病気で死に、若い金正恩が一人で立ったとき、金正恩の体制が維持できない実情を金正日は知っている。不自由な体で体制固めを急いでいて、中国に二度も足を運んで世襲の承認を取りつけ、後は米国の保証が課題となった。抗日パルチザンの英雄であり、建国の父である金日成の直子という血統カリスマの正統性、それがあったがゆえに、金正日は北朝鮮の暴君として君臨でき、米国と敵対して瀬戸際外交を展開でき、戦争の危機を内部の統制に逆用して権力を維持できた。経済破綻して国民生活は極貧に落ちても、クーデターや権力闘争の発生はなかった。だが、金正日が死に、軍にも党にも基盤のない金正恩が丸裸で権力を継承したときは、少し状況や条件が違ってくる。秀吉没後の秀頼の豊臣家になる。つまり、金正日の思考に即せば、米国による体制保証を欠いたままの金正恩政権は、体制としてもはや継続不可能なものであり、金王朝の北朝鮮は滅亡したも同然なのだ。米韓日の軍事圧力に抗して生き延びるのが難しいのである。内部に混乱と動揺をきたし、外圧を統制と秩序に転化できない。簡単に崩壊する。死にゆく独裁者の金正日にとって、北朝鮮や韓国の国民を最後の道連れにする判断に、どれほどの躊躇や抵抗があるだろうか。そこが最も危険な問題だ。戦争をするかどうかは金正日の最終判断にかかっている。北朝鮮は必ず先制攻撃の立場を選ぶ。戦争を避けて人の命を守るという統治者の信条(principle)と規律（discipline）がない。挑発のエスカレートの次に戦端がある。
さて、情報戦に入った段階での言論状況だが、一点、重要な点を指摘する必要がある。マスコミ報道が、北朝鮮の砲撃の目的と動機について、最初に解説して一般に言っていた言説（定説）を変更し始めた。捏造を始めた。定説は、米韓との対話を求めて過激な軍事挑発に出たとするものだ。無論、これが正しく、他に何も理由はない。テレビ報道も、小此木政夫も森本敏も、全員がそう論じていた。ところが昨日（11/25）から、この説明に修正を加え始めている。あるいは、その定説を否定し始めている。具体的に挙げると、ＴＢＳの番組に出演した鈴木琢磨の発言であり、ニューズウィークの記事である。ＮＨＫの大越健介の番組でも、その方向へ説明姿勢のシフトが見られた。その中身は、今度の砲撃は、北朝鮮が米国を交渉のテーブルに引っ張り出すために行ったものではなく、金正恩の軍事カリスマとしての正統性を国内に誇示するために、体制固めの意図と目的で及んだとするものである。親米イデオローグによる狡知な言説操作だ。スリカエの詐術である。つまり、この言説の方で報道と世論を固めれば、北朝鮮側の目的と行動との説得力は弱くなる。米国が交渉に出なければならなくなる道義的圧力の環境がなくなる。北朝鮮は、今回の砲撃について米国の責任を主張している。私を含めて、米国が和平のために交渉に動くべきだとする世論は、日本だけでなく世界中で小さくないだろう。そうした世論を潰すために、この言説操作が仕掛けられているのである。米国の立場を正当化するためであり、米国の北朝鮮と交渉する外交責任を免責するためだ。
彼ら親米イデオローグとマスコミは、この事件を「北朝鮮の国内事情」で説明し、原因も結果も、事件の因果関係の全体像が北朝鮮だけで完結する論理図式で大衆を納得させようとしている。その原因説明の視角に米国が入って来ない。米国の存在を原因説明から排除している。本当は、北朝鮮は米国との対話を要求しているのであり、これは瀬戸際外交の一環なのだ。しかし、この事件の目的が「金正恩の軍事カリスマの演出と証明」だと定説化されると、米国は事件とは無関係の部外者の位置になり、すなわち、米国に北朝鮮との対話に応じるべき倫理責任は導出されない帰結になるのである。こうしたトリックに騙されてはいけない。無論、事実としては両方の要素がある。この砲撃の威嚇で首尾よく米国を交渉の場に誘き出せれば、それは「砲術の天才」の金正恩の軍事カリスマを宣伝する材料になるのであり、北朝鮮にとっては一石二鳥の戦略的果実となる。しかし、こちらの方が主たる目的や動機ではないのだ。それは違う。砲撃の挑発に踏み切ったのは、あくまで米国を交渉に応じさせるためである。この定説の説得力は堅固なものだし、どれほど親米イデオローグがマスコミ報道で細工しても、簡単に大衆の「事件理解」から離れて消えることはないだろう。米国の免責を謀る言論工作は無意味だ。米国が東アジアの平和と安定に責任を負う立場であるなら、北朝鮮と交渉で問題を解決しなくてはならない。北の挑発を一発で止めさせたいのならば、体制保証へと動けばよいのである。イデオロギーの戦争も無意味なら、イデオロギー対立を前提する安保外交はさらに無意味だ。まず最初に、この問題を対話で解決するか、軍事で解決するか、米国は決断をして対北朝鮮戦略を決めなくてはいけない。オバマ政権にはそれがないのだ。姿勢が不明確なのだ。ブッシュ政権は、途中から方針を転換し、北朝鮮との戦争は一切放棄し、その姿勢を明確にしてメッセージを伝え、国務次官補のヒルに全面的に和平交渉を任せた。この点は賢明だった。ブッシュがライスに任せ、ライスがヒルに任せたのである。ヒルは有能な外交官だった。米国は考えなくてはいけない。最終的に米朝が国交正常化の合意に辿り着くまでは、北朝鮮は瀬戸際外交を貫徹するのであり、中国の後ろ楯の下で核とミサイルを開発し続けるのである。北朝鮮の体制を崩壊させるためには、軍事で叩いて潰すか、経済で抱き込んで溶かすか、二つに一つしかない。米国は決断をするべきだ。
