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高齢社会で介護の費用は増え続ける。だが、保険料の引き上げは壁に突き当たりつつある。そこで、利用時の負担増やサービスの削減を検討せざるをえなくなった。2012年度から3年[記事全文]
冷戦後も長く対立してきたロシアと北大西洋条約機構(NATO)が、協力を模索する時代に入った。リスボンで開かれたNATO首脳会議は、そんな時代への転換を印象づけた。首脳会[記事全文]
高齢社会で介護の費用は増え続ける。だが、保険料の引き上げは壁に突き当たりつつある。そこで、利用時の負担増やサービスの削減を検討せざるをえなくなった。
2012年度から3年間の介護保険制度について、厚生労働省の審議会がきのう意見書をまとめた。その文面からはこんな窮状が透けて見える。
参院選での民主党大敗後、菅政権が消費税を軸とする増税論議を封印したため、新規の財源確保は間に合わなくなった。そのことが保険制度内での負担増や、サービス給付削減の圧力を高めている。このままでは介護保険はやせ細り、安心は遠ざかる。
もはや政府が「税金を上げないと、制度がもちません」と国民に正直に言うべき時ではないだろうか。
厚労省によれば、現在のサービスを維持するだけで65歳以上が負担する保険料の全国平均は12年4月から今より1千円も増えて月額約5200円になるという。高齢化による介護費用の膨張圧力はそれほど大きい。
市町村は、高齢者からは主に年金天引きで保険料を集めているが、大幅な負担増は難しいとの声が強い。
このため審議会の意見書は「保険料は月5千円が限界との意見もあり、伸びをできる限り抑制するよう配慮することも必要である」とした。
その具体策として、サービス量を減らしたり、利用に応じた負担を増やしたりする選択肢を並べた。
年金などの収入が比較的多い人の自己負担を現行の1割から2割に増やす案が打ち出された。だが、収入の多い人はすでにより多くの保険料を払っているから、反発が予想される。
要介護度の軽い人が多く利用する掃除などの生活援助に関する負担増の提案もあるが、反対意見との両論併記となった。自宅での生活に必要なサービスの利用を控えたために重度化し、病院や施設に入るなどすれば、介護費用が逆に膨らむ恐れもあるからだ。
増税による新たな財源を期待できない以上、当面は制度の枠内でやり繰りすることはやむをえない。けれども、こんな状態が続けば保険料や利用者負担がじりじり上がり、サービスは低下するという悪循環に陥る。
審議会では、単身・重度の要介護者も在宅で暮らせる「地域包括ケアシステム」構想も示された。だが、財源なしでは絵に描いた餅にすぎない。
介護保険を行き詰まりから救い出し、安心して暮らせる高齢社会を築くには、裏付けとなる財源を示す必要がある。業界や利用者の代表らで構成する審議会では限界がある。
やはり消費税を含む税制と社会保障全体の抜本改革が欠かせない。菅政権は今、そのことを自覚し、勇気をもって国民に語らねばならない。
冷戦後も長く対立してきたロシアと北大西洋条約機構(NATO)が、協力を模索する時代に入った。リスボンで開かれたNATO首脳会議は、そんな時代への転換を印象づけた。
首脳会議は、向こう10年間の基本方針として二つの柱を盛り込んだ。
第一は、域外からのミサイル攻撃に対して欧州の領土を守るミサイル防衛をNATOの任務とする。第二は、アフガニスタンの国軍、警察へ治安維持の権限移譲を進め、2014年末までに完了させるとの目標だ。
この新方針に、ロシアが前向きな反応を示している。欧州ミサイル防衛では、ミサイル攻撃の情報を共有する研究を進めることで合意した。
アフガンについてもロシアは、欧米軍の物資、兵員が領内を通過する制限を緩めることを認めた。
ロシアのメドベージェフ大統領は首脳会議に招かれて、「とても重要な一歩だ。歴史的と言ってもいい」と語った。ロシアと欧米が安全保障の理念を共にする意義は大きい。
ロシアが姿勢を変えた背景には、米国が柔軟姿勢に転じたことがある。ブッシュ前政権はNATOの東方拡大を進め、ロシアの反発を招いた。2年前のグルジア紛争で、双方は鋭く対立した。その後、オバマ政権はグルジアやウクライナのNATO加盟論を先送りし、ロシアに歩み寄った。
とはいえ、ロシアが欧州ミサイル防衛への協力にまで踏み込むかどうかは不透明だ。この計画は、核開発疑惑に加えてミサイル開発を行うイランからの攻撃を主に想定しているとされ、ロシア内に慎重論がくすぶる。欧米側もイランとの無用な緊張を高めないよう、周到な目配りが必要だ。
アフガン情勢も深刻である。反政府武装勢力タリバーンの反攻によって、欧米軍の兵士の犠牲者は増えている。アフガン治安部隊の育成を進め、来年から本格化する駐留部隊の撤退への態勢を整えることが課題だ。
NATOは冷戦時代、旧ソ連圏と対抗するためにあった。ソ連の崩壊により無用論が浮上した。イラク戦争の賛否をめぐっては欧州と米国の間に亀裂が生じた。ロシアとの協調に踏み出せたのは、欧米が亀裂を修復させ、一体感を回復させたからでもあろう。
核抑止力を維持しつつも「核なき世界」をめざす。従来の集団的防衛に加えて、各国との信頼醸成を進める協調的安全保障も進める。新方針のそんな点にも注目したい。「世界最強の同盟」と呼ばれるNATOは、21世紀にも有効な組織であるかどうかの試練になお、さらされている。
ユーラシア大陸の西側で新しい動きが始まった。紛争の火種の残る東アジアにどのような影響を及ぼすか。そこにも目をこらさねばならない。