<大分合同新聞社 月刊ミックス2002.3掲載>

膝の皿の話

医療法人玄真堂 川嶌整形外科病院     
診療部長 井原秀俊


 「膝頭で江戸へ行こうとする」という成句は、苦労する割に効果 がないことを表していますが、ここで言う膝頭とは、膝の皿である膝小僧、つまり膝蓋骨(しつがいこつ)のことです。

●膝蓋骨の機能
 膝蓋骨はどのような役目をしているのでしょうか。

  1. 膝前面に存在する膝蓋骨は、膝を打撲した時などに、外力から盾のように膝の内部を守っています。
  2. 膝を伸ばす筋肉は、4つの筋肉が膝で合流してくるため大腿四頭筋(だいたいしとうきん)と呼ばれ、膝の周りの筋肉の中でも強力な力を発揮します。この大腿四頭筋は、膝蓋骨を介して、膝蓋腱(しつがいけん)として脛骨(けいこつ)に付着します。これらの複合体を膝伸展機構と総称します。膝蓋骨は、膝屈伸の 中心軸と伸展機構の距離を大きくして、伸展機構の作用効率を5割ほども高めるのです。

●膝蓋骨の軟骨
膝イラスト1 前述の2つの役割のため、膝蓋骨は関節の中でも最大の厚みを持つ関節軟骨にて衝撃力を吸収しつつ、大腿骨の溝を滑走しているのです。膝蓋骨の軟骨と、それに対する大腿骨の軟骨が作る関節を、膝蓋大腿関節と言います。
  膝はこの膝蓋大腿関節と、半月(板)や 十字靭帯(じんたい)が存在する大腿脛骨関節から形成されます。膝蓋大腿関節の関節面 は、かなり大きな圧力を受けます。例えば、体重60Kgの人が深くしゃがみ込む場合、膝蓋骨の軟骨には420kgという多大な圧力が作用します(図)。
 しかし、軟骨にこれほどの圧が長く作用し続ける と、軟骨の細胞は死に陥ります。
 では、どのようにして膝蓋骨はこの圧力を逃がしているのでしょうか。膝屈曲が変化するに従い、膝蓋骨の軟骨と相手方である大腿骨の軟骨との接触する部分が刻々と変化します。そして生体は無意識に膝の屈曲角度を変化させている のです。このことにより、軟骨は持続する過度の負荷から免れ、また疲労から回復する時間を与えられているのです。
 膝蓋骨の軟骨に病変がある人にとって、足に重りをぶら下げて、椅子に座って膝を曲げた位 置から膝を伸ばす訓練は、膝蓋大腿関節の痛みを引き起こすことにもなり、注意を要します。

●膝蓋骨を安定化する筋肉
膝イラスト2 膝蓋骨を安定化し、膝を伸ばす時の最後の段階で伸展する力に深くかかわる筋肉が、大腿四頭筋の一つである内側広筋です。
 特に、この内側広筋が膝蓋骨に斜め方向に付着する部分は、膝蓋骨を大腿骨の溝に対して中心位 に安定化させます。
 この筋肉は、股(こ)関節を閉じる筋肉である大内転筋と連結しています。そのため内側広筋の筋力を増強する場合は、股(また)を閉じる力を発揮させます。
 具体的には、両膝の間にはさんだボールを押しつぶすような要領で行ったらよいでしょう。この訓練が、膝蓋骨を安定化して膝痛の一つである膝蓋骨不安定症を改善させるのです。
 しかし膝を伸ばす筋肉だけを鍛えては、膝蓋大腿関節にはむしろ過度の負担になります。
 それはなぜでしょうか。例えば、サッカーでボールをキックする場合を考えて下さい。大腿四頭筋だけ鍛えると膝は伸び過ぎて止まることができずに、過度に伸展して前方に反 ってしまうのです(過伸展)。
 そうすると膝蓋骨の周囲に痛みが生じてきます。これを前方膝痛症候群と言います。それを防ぐには、膝の後ろに存在する膝を曲げる筋肉であるハムストリングを同時に鍛えることが必要です。
 膝が過伸展するのをブレーキをかけるよう に速度制御筋としてのハムストリングが防止してくれるのです。

●膝蓋骨へ作用する力のバランス
 膝蓋骨は内側に引く力と外側に引く力とのバランスが互いに釣り合いながら、大腿骨の溝の中を動いています。この内側と外側のバランスが崩れると、膝蓋骨は外側に余分に引っ張られて、少しずつ外方へずれてきます。膝蓋骨の外側の関節軟骨が過剰に圧迫を受け て軟骨が変化してくると(膝蓋軟骨軟化症)、痛みや膝蓋骨の不安定症状を伴ってきます。これを膝蓋骨亜脱臼症候群と称します。
 膝蓋骨不安定の素地があり、全身の関節が柔らかい人に、突発的に外側へ引く力が加わると、膝蓋骨が脱臼し、また元に戻る時に、膝蓋骨内側や大腿骨外側の軟骨に大きな力が作用して、骨軟骨骨折が引き起こされたりします。
 ドッチボールを投げた瞬間に脱臼したとか、友達に冗談を言いながら後ろ向きに走ろうして抜けたなど、ささいなことで膝蓋骨が脱臼してきます。
 初めての脱臼の場合は、はずれた骨(軟骨)を関節鏡で取り除き、膝蓋骨を内側に引き付ける膝装具をつけて、膝周囲の筋肉の訓練をすることで治療します。しかし、膝蓋骨が脱臼しそうになることが度重なると反復性膝蓋骨脱臼という呼ばれる疾患となります。
 この場合、膝蓋骨が脱臼することを根本的に防止する手術が必要になります。再び脱臼しないように、膝伸展機構を手術的に操作して、膝蓋骨に作用する力の方向を変えるのです。

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