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[24399] 俺妹短編推理小説:コスプレ密室【加奈子の章】(俺の妹がこんなに可愛いわけがない)
Name: こねこねこ◆0adc3949 ID:268f7392
Date: 2010/11/24 23:02
前 書

 俺の名前は、高坂京介。
 自分でいうのもなんだが、ごく平凡な男子高校生である。
 高校3年にもなって部活デビューを果たしたりしたが、特筆するようなことはそれくらいのもんだ。
 学校をズル休みするようなことはないし、学業だって人並み程度にはこなしている。
 部活のない放課後は、友達と町をぶらつきながらだべったり、家でゲームをしたり、テレビを見たり。
 だいたい普通の高校生ってのはそんなもんだろう?
 まあ、友達っていうのが3歳年下の妹と共通の女友達(しかもオタク美少女)だったり、ゲームが18禁エロゲー(しかも妹もの)だったり、テレビの内容がアニメ(しかも萌え萌え)だったりするのは愛嬌って奴さ。
 とにかく俺はごく平凡かつ平均的な男子高校生だし、そんな平凡な毎日が嫌いじゃない。
 植物のようにのんびりと生きていくことができたら、それに勝る喜びはないって何時も思ってる。
 だけど、平々凡々とした高校生活にも、時として奇妙な事件が起きたりもするものさ。
 これから話す話は、そんな日常に紛れ込んだちょっとした小さな謎。
 興味のある奴だけ聞いてくれ。
 そう、あれは――


目 次


妹DVD

1.前 日

2.当 日 (1) (2)  (3)  (4)

3.後日談



-あらすじ-
 京介が借りるはずだった妹メガネっ娘のエロDVDが盗まれた。
 盗んだ犯人は腐女子なあいつ。
 でも彼女には確かなアリバイがあって……


-登場人物-

 高坂京介:本作の主人公。高校3年生。ゲーム研究会所属。俺。

 赤城浩平:京介の同級生。シスコン。サッカー部所属。

 赤城瀬菜:京介の後輩。高校1年生。ゲーム研究会所属。腐女子。魔眼持ち。

 五更瑠璃:通称黒猫。京介の友人。高校1年生。ゲーム研究会所属。凄腕ゲーマー。

 真壁 楓:ゲーム研究会副部長。高校2年生。

 三浦絃之介:ゲーム研究会部長。高校3年生。





コスプレ密室

I. 問題編

1.加奈子の章

2.あやせの章

II. 解決編


-あらすじ-
 加奈子のマネージャーとして、再びメルルのイベントに参加することになった俺こと高坂京介。
 無事に終わったイベントに安堵したのもつかの間、今度は加奈子の衣装がなくなった!?
 監視カメラ監視下の更衣室から消えた衣装の行方を追って、京介とあやせがコンビを組んで推理する。
 俺妹短編推理小説第二段。


-登場人物-

 高坂京介:本作の主人公。赤城の偽名で加奈子のマネージャーを勤める。俺。

 新垣あやせ:桐乃の親友。中学3年生。職業モデル。マジ天使。

 来栖加奈子:あやせの友人。中学3年生。コスプレアイドル。チビガキ。

 ブリジット・エヴァンス:10歳。コスプレアイドル。加奈子を慕っている。

 星野くらら:歌って踊って司会も出来るアイドル声優。






[24399] 妹DVD: 1.前 日
Name: こねこねこ◆0adc3949 ID:268f7392
Date: 2010/11/19 01:47
妹DVD

1.前 日

 俺はその日、学校における新たな居場所のひとつとなったゲーム研究会の部室で、数学の問題集を解いていた。
 なぜ勉強をしていたのかといえば、それは俺が受験生である以上、勉強をしないことにはマズいことが起こりうるから――具体的には大学判定模試など――であり、どうして数学の問題集を解いていたのかといえば、たまたまその日、新しい公式を習ったからに過ぎない。
 そして、どうしてゲーム研究会という勉強には適してなさそうな場所にいるのかといえば、その原因の幾ばくかは、今俺の隣でゲームをしている後輩にある。
 
 彼女の名前は五更瑠璃、通称黒猫。
 妹の友達にして俺の友人でもある。
 流れるような黒髪が特徴的な和風美人だが、その中身は電波的な世界観を有する妄想系オタク少女であり、世界クラスの凄腕ゲーマーだ。
 黒猫の人となりについては、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の本編を見てもらうとして、彼女との暗黙の取り決めで、俺は週に一回程度、このゲーム研究会に顔を出すようにしている、とだけ理解しておいてもらえれば良い。

 とはいうものの、俺自身は特にそういった方面――プログラミングや情報通信技術など――のスキルがあるわけではなく、また、ゲームに対する強い思い入れがあるわけでもない。
 畢竟、部活に顔を出すだけ、ということになり、顔を出してもやることがないので、『じゃあ、受験勉強でもしとこう』ということになるわけだ。
 真面目に部活に勤しんでいる他の部員からみれば噴飯モノの態度ではあるが、そもそもこの部活、真面目な部員が数えるほども居ない。
 今現在、部室に滞在している部員は俺を入れても全部で4人。
 俺、黒猫、そして、部長と副部長。
 そのうち、俺は受験勉強を、そして部長は窓際の特等席で自身のノートPCとにらめっこをしているが、あの緩んだ目元から判断するに、起動しているソフトはエロゲーだろう。
 結局、ゲーム研究会らしい活動を行っているのは、ゲームのテストプレイを任されている黒猫と、会計整理をしている副部長の真壁君くらいのものだった。

 
 カチャカチャカチャ


 黒猫の操るコントローラーから軽快な音が奏でられる。
 規則正しいその調べは、ゲームをやっているという結果とは裏腹に、ささやかなBGMのようで耳に心地よい。
 彼女が今プレイしているゲームは、部長が作成したSTG(シューティングゲーム)の最新版である。
 今までのシリーズの集大成としてシステムからなにからすべてを一新した意欲作らしいが、相も変わらず創った本人をして「全然クリアできん」と言わしめる難易度を誇るゲームらしい。
 ゲーマーでもない俺なんかがやっても一面すらクリアできないであろうそのゲームを、黒猫は淡々とプレイしていた。
 音が漏れないようにヘッドホンを装着している(もちろん部長もヘッドホン常備だが、彼の場合は動機が違う)彼女の気遣いを申し訳なく思いながら、俺は俺で目の前の問題集に没頭していった。


「ふぅ」


 数学の問題に取り組みだしてしばし後、切り良い箇所まで解いたところで俺は一息入れる。
 時間を確認すると、勉強をはじめてから30分ほどの時間が過ぎていた。
 すなわちそれは、黒猫が件のゲームのテストプレイをはじめてから経過した時間と同義であるのだが、彼女は当初と変わらぬ姿勢でコントローラーを握っていた。
 背筋をピンと伸ばし、身体の軸にぶれがない。
 その容姿もあいまって展示された人形のようにも見えるが、ただ一箇所、高速で蠢く白い指先が、彼女が生きている人間であり、並外れたゲーマーであることを示していた。

「……先輩は、きりが付いたのかしら?」

 俺の視線に気が付いたのか、顔はディスプレイに向けたままぼそりとつぶやく黒猫。
 こいつに限らず、妹の友人たちは異性の視線に敏感だ。
 中学から高校にあがろうか、という年頃の少女ってのは皆そんなものなんだろうかね。
 先日も妹の友達にちょっとばかし視線を向けたところ、それだけで「セクハラですっ」と来たもんだ。
 ヒドイだろう?
 ほんとうにちょっと目を向けただけなんだぜ?

「目つきがやらしいんですっ! そもそもどこ見てましたかっ!」

「え? 胸だけど?」

「通報しますっ!」

 年頃の中高生ってのは、かように異性の視線には厳しい。
 もちろん黒猫はそこまでの反応は見せないが、それでも落ち着かなさげに身をよじる。

「悪い、邪魔したか?」

「……いいえ。私もちょうど……きりが付くところだから」

 そう言いながらも滑らかにすべる両の手の指先は、タタタッと小気味良い音をたて続けた。
 俺は邪魔にならないようにそっと席を立ち、彼女の後ろから覗き込む。
 ディスプレイ上では、画面全体の3分の1ほどを占める巨大なマリモものようなものが蠢く触手の先から怪光線を発していた。
 まわりには、そいつを幾ばくか小さくしたような子マリモたちが、やはり触手をうねうねさせながら上へ下へとランダムに動いている。
 そして、黒猫が操るスペースシャトルのような形状のロケットは、それらの間に存在する僅かばかりの空間を縫う様にして右へ左へと高速移動していた。

「凄いもんだな。ほとんど敵の攻撃しか見えないじゃないか」

 怪光線で白く光る画面に思わず声をあげると、黒猫はふんっと鼻を鳴らした。

「相変わらずのクソゲーよ。それらしい敵と、弾幕さえ張っておけば難易度を調整できるだろうって、そんな安易な発想が透けて見えるようだわ」

 いや、そのゲームを作った本人が同室してるんですけどね。
 まあ、エロゲーに夢中で聞こえているとも思えないけど。
 と、そんな話をしているうちに、巨大なマリモがバババッと赤い炎に包まれていく。
 画面の左上端に目をやると「Stage 10」の文字。
 黒猫の残機数を示しているのであろうロケット型のアイコンはまだ5つほど残っているが、ほとんどノーミスでクリアしているってことで良いのだろうか?

「……また、つまらないものをクリアしてしまったわ」

 マリモ怪獣が炎を身にまといながら画面下へと沈んでいくのを待たずに、黒猫はプチッと音が鳴りそうなくらいあっさりとソフトを終了した。

「で、どうだったんだ? やっぱり難しかったのか?」

 俺の問いかけに、黒猫はせせら笑うような仕草を見せて。

「闇の眷属たる私の手にかかれば、この程度のクソゲー、どうってことないわ。むしろ湧き上がる内なる暗黒力(ダークフォース)の衝動を抑えることに苦心したくらいね」

 つまり、難易度的には大したことなかったけど、そのつまらなさを我慢してゲームを続けることが苦痛だったと。
 そういうことらしい。

「流石ですよね。僕なんて一時間ほどプレイしてみましたけど、Stage 3 までも辿り着けませんでしたよ」

 黒猫がテストプレイの結果を部長に報告している間、手持ち無沙汰にしていると、真壁くんが話しかけてきた。
 雑多な『必要経費』に埋め尽くされたゲー研の会計帳簿と睨めっこするのにも飽きたらしい。

「そんなに難しいのか?」

「難しいなんてもんじゃないですね、あれは。人をイライラさせるための拷問器具みたいなものですよ」

 相変わらず、真壁君の部長の作品への評価は手厳しい。

「想像してみてください。終わりの見えないステージをただ闇雲に進まされて、その間、延々と部長のオナニーを見せられるようなものですよ。しかも難しすぎてステージをクリアできないから、同じシーンを何度も何度も繰り返し見せ付けられるんです」

「それはイヤだなっ」

 思わず想像してしまったじゃないか。
 窓際では、先ほどの真壁君の暴言に勝るとも劣らない、感想という名の罵詈雑言が続いている。
 真壁君の変な比喩を聞いた所為か、黒猫に責められて困り顔の部長の表情が、心持ち恍惚に染まって見える。
 ゲームプレイの感想による言葉責めって、一体なんのプレイだ?

 そんな感じで一日が過ぎる。
 俺が話そうとしている『ちょっとした謎』とは、そんな平凡な一日の翌日に起きたのだった。






[24399] 妹DVD:2.当 日 (1)
Name: こねこねこ◆0adc3949 ID:268f7392
Date: 2010/11/19 02:13
2.当 日

(1)


 唐突で申し訳ないが、俺はシスコンでもなければ、メガネっ娘萌えでもない。
 その辺を誤解している向きもあるようだから、この際、声を大にして言わせてもらうが、妹なんて大っ嫌いだし、好みの女の子のタイプは黒髪ロングの綺麗系美少女で、そこにメガネのあるなしは関係ない。
 そりゃ、妹のために奔走する過程において度々『俺はシスコンだっ』と連呼していたような気もするが、それはあくまでもその場のノリみたいなものだし、ノーカウントといって良いだろう。
 メガネ属性については、俺が集めた秘蔵のエッチ本コレクションにメガネをかけた女の子が偶然多いだけで、メガネはたまたまっていうか、あったらイイなのグリコのオマケのようなものなんだ。
 その点だけは誤解して欲しくない。
 その上で、謎に至る話を聞いてくれ。


 その日、俺は友人の赤城から妹モノのエロDVDを受け取る手筈になっていた。
 もちろん出演する女優さんは、幼馴染の真奈美にちょっと似ているメガネっ娘。


 ……直前の前置きはなんだったんだ、と、呆れ顔の諸君。
 ちょっと待ってくれ。
 このエロDVDはあくまで赤城の持ち物であるからして、そこに俺の性癖が介在する余地はないことを念頭に置いて欲しい、お願いだから。
 ちなみにクラスメイトの赤城は、俺と違って真性のシスコンである。
 妹がメガネをかけている所為か、どうもメガネ属性もあるようで、度々俺の幼馴染(メガネをかけている)に色目を使ってくるキケンな奴だ。
 ついでに言及しておくと、真奈美似の女優さん、というのは、俺が赤城に誘われて初めて入ったアダルトショップで購入したエロDVDに出演していた、いわば俺たちのエロの原点ともいうべき存在だ。


「あの日の邂逅以来、俺はあの人のシリーズ、すべてチェックしてるぜ」

 キメ顔でそう言い切った赤城の表情はやけに輝いて見えた。
 あの18禁の魔窟捜索から数週間、奴は順当に経験値を稼いでいたらしい。
 当時はスライムレベルであった風格も、いまや勇者のそれと見まごうばかり。
 というか、あの女優さん、シリーズ化するほどDVD出してたのね。
 感嘆の声をあげる俺に、奴は言ったものだ。

「友達のよしみだ。一本貸してやっても良いぞ」

 勇者なんてトンでもない。
 奴は立派な賢者にジョブチェンジしてました――


 てなやり取りが数日前。
 本日の放課後、赤城の部活が終わるのを待って、DVDを借りられることになっていた。
 帰りにマクドのひとつやふたつ奢らされるだろうが、まあ、その辺は仕方ない。
 俺は赤城が所属するサッカー部の活動が終わるまでの時間を、ゲーム研で潰すことにした。


「ちわっす」

 鷹揚に声をかけて入室すると、そこには昨日と同じく真壁君と、そして、昨日には顔を出さなかった赤城瀬菜がいた。
 ちなみに黒猫はバイトの日なので、早々に下校しているはずである。

「高坂せんぱい、こんにちはー」

 軽く手を挙げて、瀬菜がにこやかに挨拶を返してくる。
 赤城瀬菜は、その苗字からも分かるように、件のクラスメイトの妹にあたる。
 理知的な整った容姿にメガネをちょこんと乗せて。
 俺の妹ほどではないけれど、赤城のシスコンが理解できる程度には美少女だった。
 それにおっぱいがいっぱいだしな。
 これで頭の中身が残念でさえなければ、学園のアイドルになることも夢じゃなかったんだけど、修復不能なまでに腐っているのだから仕方がない。

 俺は部室の入り口で立ち止まり、部屋の中を俯瞰する。
 部屋の真ん中に置かれた机には、真壁君と瀬菜のみが向かい合うように座っている。
 一方窓際の席は空白、すなわち部長はいないわけで、言うまでもなく、現在のゲー研部室にはこのふたりしかいなかった。
 そういえば、真壁君って瀬菜のこと気にしてなかったっけ?
 瀬菜を指して『可愛い娘ですよね』などと評価していたことが思い出される。

 ……やべぇ、もしかして、俺、変なときに来ちゃった?

 回れ右をして引き返すべきか、などと考えていると、瀬菜が不思議そうな顔で首をかしげる。

「せんぱい、どうしました? 部長が居ないからって気落ちしないでください」

「いや、そうじゃないから」

 相変わらず腐ってるなぁ。
 思わず浮かぶ苦い笑みを隠しつつ真壁君に目を向けると、彼もまた似たような表情を浮かべていた。

「今、赤城さんに部長の作ったSTGについて話してたんですよ」

 自分達の状況について説明をはじめる真壁君は、やはり俺の闖入を必ずしも歓迎はしていなかったのかもしれない。
 だって、その物言いは、なんとなく言い訳がましく聞こえるもの。
 ふたりきりだったからって誤解しないでよねっ!と言ってるようで、微笑ましくも申し訳なく思う。
 一方、瀬菜は俺と真壁君を覆う微妙な空気に気付いた風もなかった。

「五更さんが前情報なにもなしの状態から30分で全クリしてたんですよね? だったら私だってクリアできると思いますよ? 少なくとも解けると証明されたゲームであれば、私に解けないはずはありません」

 流石、ゲーム研の誇る二枚看板のひとりである。
 真壁君が3面もクリアできず、作った部長本人も全クリを諦めたという件のゲームに対しても物怖じするところがない。

「それじゃ、お願いします。ゲームが終わったら、適当にレポートにして部長に渡してあげてください。赤城さんのクリアデータは、攻略法の分析にも使えますし、面倒だとは思いますけど文章でぜひお願いします」

 真壁君がゲームディスクを瀬菜に渡した。
 部室備え付けのPCにはすでにゲーム自体はインストールされているので、ディスクを入れて起動するだけで、ゲームをはじめることができるようだ。
 俺は瀬菜の邪魔にならないように少し離れた席、すなわち真壁君の隣に腰をかける。
 真壁君には申し訳ないが、瀬菜がゲームをやっている間、俺の時間つぶしに付き合ってもらおう。

「で、瀬菜の奴は、あのゲームクリアできると思うか?」

 コントローラーを両手で包むように握っている瀬菜を横目にみながら問いかけた。

「できると思いますよ。流石に五更さんのクリアタイムを上回るのは難しいと思いますけど」

 真壁君はきっぱりと言い切った。
 黒猫が人知を超えた動体視力と精密な指先を有するように、瀬菜もまた『魔眼遣い』なんて二つ名で呼ばれる程の異才を持っている。
 高いデバック能力を利用して、どんなに高い難易度のゲームであっても、そこにクリアへの道筋があるのであれば、必ずそれを発見し、辿ることができるらしい。

「ただ、それは格ゲーでいうところの待ちハメと同じようなもので、基本、相手の出方を見た上でのカウンターって感じにどうしてもなってしまうんですよ」

 STGで言えば、ステージのどこかしらかにあるセーフティゾーンを発見し、敵の絨緞爆撃の際にはそこに退避しつつ、隙を見て攻撃を加える、といった戦い方だ。
 黒猫のような超絶反射神経とテクニックで敵の弾幕をかわしながら同時に攻撃を加えるという攻撃的なプレイスタイルと比較すると、待ち時間分だけどうしてもクリア速度が劣るらしい。

「あんなクソゲーをクリアできるだけでも、僕は大したものだと思いますけどね」

 なんとなく判官びいきな感想を述べる真壁君は、やっぱり瀬菜と付き合ったりしてるのかな?
 瀬菜のプレイの邪魔にならないようにひそひそと話しながらも、俺はそんなことが気になっていた。
 だが、俺以上に現状を気にしている奴が目の前に居た。

「もうっ、お二人で肩を寄せ合って、ささやきあうとか止めてくださいっ! 鼻血出しますよっ!」

 握っていたコントローラーを投げ出して瀬菜が叫ぶ。

「そういうことは、私の両手が埋まっていないときにしてくださいっ」

「両手があいてたらどうするの?」

「写メります」

 ろくでもないな、この後輩。






[24399] 妹DVD:2.当 日 (2)
Name: こねこねこ◆0adc3949 ID:268f7392
Date: 2010/11/19 02:28
(2)

 結局、瀬菜が途中で腐女子的妄想に侵されてしまったので、ゲームはイチからやり直しになった。

「セーブ機能とかついてないのか?」
 
「STGでそれが実装されているのは、商業ものでもあまりないですね。もちろん、部長のゲームにもありません。ポーズ機能ならついているんですけどね」

 と、真壁君。
 瀬菜はぶつぶつと文句を言いながら、PCからディスクを取り出し、また入れる、なんて作業を行っている。
 彼女には悪いことをした。
 まだゲームを始めてから3分も経ってないことが、せめてもの救いだった。

「悪いと思うなら、おふたりとも買出しに行ってきてください。おふたりがいると気になって仕方ありませんから」

「買い出し?」

「部長がPCを増設したせいで、タコ足が足りなくなってるんですよ。他にも配線を整理するタグとか色々、細々したものが不足してまして」

 瀬菜の言葉をフォローするように、真壁君が頭をかきかき説明する。
 昨日真壁君が会計帳簿と睨めっこしていたのは、この辺のこともあったらしい。

「本当なら暇な僕や一年生で買い出しに行くところなんですが……ご一緒お願いできますか? 赤城さんの邪魔をするもの申し訳ありませんし」

 1年生の後輩の逆ギレに負けて買い出しに走らされる2年生と3年生ってどうなの? と思わないでもなかったが、仕方がない。
 俺も真壁君もフェミニストだしな。
 それに、本当は真壁君、瀬菜を誘ってふたりで行きたかったんじゃないだろうか、などと想像すると、不憫で彼の誘いを無碍には断りにくい。

「買い物は30分ほどでできると思いますから、いくらふたりっきりだからって寄り道なんかしないでさっさと帰ってきてくださいよ」

 心持ち肩を落としながら部室を出る俺たちに、瀬菜が余計な声をかける。
 ははっ、と、真壁君が諦念の笑みを浮かべたのが酷く印象的だった。





 買い物は場所も用具も決まっていたので、迷うことなく購入する。
 もともと、真壁君と瀬菜のふたりである程度の計画を練っていたのだろう。
 行きがけに彼女が声をかけたように、部室には出かけてからほぼ30分程度で戻ってくることができた。


「さて瀬菜の奴はどの程度まで進めてるかな?」

「どうでしょうね? 自信ありげな様子に変わりはありませんでしたから、中断したときまでのプレイで、手ごたえを感じてたんじゃないでしょうか?」

 瀬菜の余計な想像力を刺激しないように気をつけながら、俺たちは静かに部室へと入る。
 彼女はひとり、ディスプレイに向かっていた。
 そっと後ろから覗き込むと、そこには昨日も見たマリモの怪獣がうねうねと触手をのばしていた。
 左上端をみると、そこにはStage 10 の表示。
 瀬菜は自身の宣言通り、黒猫にも負けない速度で全クリをしようとしているらしい。
 思わずヒュゥっと小さく口笛を吹くと、彼女はディスプレイに顔を向けたままにへらっと微笑んだ。
 自機の残存数4、ということは、黒猫に比べてミス一らしい。

「たいしたもんだな」

「まあ、こんなもんじゃないですか♪」

 日頃の黒猫への対抗心から推測するに、もっと強気な発言が来るかと思ったが、それほど誇らしげな様子ではなかった。
 確かにタイム的には黒猫とトントンといったところだけど、十分に調子に乗って良い成績だと思うけどな。
 瀬菜の妙なテンションに首をかしげながらも、その場を離れる。
 あまり話しかけて集中力を切らしても、申し訳ないからな。
 俺は机に戻りノートを取り出す。
 赤城の部活が終わるまであと一時間。
 少しは勉強も進めておきますかね。


 瀬菜はほどなくStage 10 をクリアしたのか、ゲーム用コントローラーを脇に置き、カタカタとキーボードを打ち出した。
 真壁君に頼まれていたゲーム批評をテキストにしているのだろう。

「真壁せんぱい、ちょっと見てもらえますか?」

 どれどれ、といった感じで、瀬菜のうしろからPCを覗き込む真壁君。
 寄り添うふたりの微笑ましい光景を、孫を見守るおじいちゃんの心境で見つめていると、ポケットの携帯がブルブルと着信を知らせた。
 表示をみると赤城(兄)からだった。

 まだ部活が終わるには早すぎると思うのだが?

 首をひねりつつ出てみると――


『高坂、大変だ! 俺のDVDが盗まれた!!』


 携帯から聞こえてきた声は、ひどく切羽詰ったものだった。

「なに言ってんの? DVDを盗まれたって、お前、まさか俺に貸すのが惜しくなった、とかじゃねーだろうな?」

『そんなんじゃねーよ! 本当に盗まれたんだ、どこを探しても見つからない!』

 あせったような奴の声は、とても演技には聞こえなかった。
 たしかに学校に持ってきてたエロDVDが知らない間になくなった、とか、悪夢だよな。
 友達に拾われた、とかならまだしも、生徒会室前の落し物BOXに晒されるとか、職員室に届けられてたりした日にゃ、学生生活、パラダイムシフトだ。

「実は家に置き忘れてきてたとかじゃねえの?」

『いや、そんなはずはない。部活はじめる前に、ちゃんとDVDのパッケージを確認したからな』

「……なんで部活前にそんなの確認してんの?」

『お守り代わりだからだ。無事に怪我なく部活ができますようにってな』

 ってな、じゃないよ、親友。
 それ、エロDVDだよね?

『普段は瀬菜ちゃんの生写真を使ってんだけど、今日は特別だからな』

「いつもは妹の写真をお守りにしてるのかよ……って、まあ、知ってたけどな。で、お前今、どこにいんの? 部活中じゃねえの?」

『もちろん部活中だ。テーピングが足りなくなったんで教室のロッカーに取りに来たついでに、もう一度、パッケを確認しようと思ったんだ。そしたら……』

「DVDがなくなってたってわけか」

 電話の向こうで、涙目であろう赤城が頷いている気配がする。
 しかし、赤城の奴、どれだけそのDVDを気に入ってたってんだ?
 まあ、そんなお気に入りを俺に貸してくれようとしてたってんだから、親友冥利につきるってもんだが。
 基本的にはイイ奴なんだよなぁ……シスコンだけど。


『ところで高坂、お前はどこにいるんだ?』

 赤城の問いかけに、俺はありのままを答える。

「え、ゲー研の部室だが」

『もしかして、瀬菜ちゃん、近くに居たりするか?』

「ああ、居るな。すぐ目の前に。ひどく腐った目で俺を見てる」

『……たのむから、瀬菜ちゃんの聞こえないところに移動してくれ』

「分かった」
 
 俺は、瀬菜と真壁君の視線を避けるように、そそくさと部室から退出した。
 冷静なつもりでも、その実、かなり動転していたらしい。
 後輩(しかもひとりは女の子)の前で、エロDVDがどうした、とかって話題はない。
 いくら断片的な会話しかふたりには聞こえてないとは言え、キーワードを抜き出されただけでも、部での立場が地に落ちること限りなしだ。






[24399] 妹DVD:2.当 日 (3)
Name: こねこねこ◆0adc3949 ID:268f7392
Date: 2010/11/19 01:59

(3)


 で、赤城と合流することにした。
 奴は俺たちが普段授業を受けている3年の教室前に居た。
 ゲー研のある部活棟からは歩いて5分程度の距離にある。

「遅えよ、高坂。俺もいつまでも部活抜けてられないんだからな」

 急いできたわけじゃないが、そんなに待たせたつもりはない。
 それなのに、会った途端に文句を言ってくるとは、よっぽど切羽詰まっているらしい。
 そわそわと落ち着きなくあたりを見回す様は、不審者同然だった。

「……DVDを盗まれたって、どういうことだ?」

 俺は電話越しにも聞いた問いかけを再度繰り返す。
 先ほどの話では、DVDは教室に置きっぱなしにしていたとのことだが……
 まさかこいつ、無用心にも机の中にむき出しのまま仕舞ってたんじゃなかろうな?
 だとしたら、真性のアホだ。
 この教室は基本出入り自由だし、誰かが机の中をひょいっと覗きこむことだってないとはかぎらねぇ。
 最悪、ラブレターをこっそりと渡しに来た下級生が発見、なんてこともありえるわけだ。
 あまり認めたくはないが、赤城は意外と女子にもてるからな。
 しかし、ラブレターの代わりにエロDVDを持ち帰るとか、最近の女の子ってのは歪んでんな。

「いや、歪んでるのはお前の頭だろ。それにDVDは、ちゃんとロッカーに仕舞ったよ。あんなやべえブツを、机に入れたままになんか出来るものか」

 ロッカーというのは、各人に割り当てられている個人用の小さなロッカーのことだ。
 鍵は生徒自身がそれぞれ用意して、学校で使う私物などの管理に用いられる。
 俺や赤城は、特定の番号を合わせると鍵が開くシリンダー錠タイプの鍵を利用していた。

「じゃあ、ロッカーの鍵を閉め忘れたのか?」

「いや、鍵は間違いなく閉めたはずだ。もちろん、鍵の番号は誰にも教えてない」

 まあ、自分のロッカーを他人にいじらせる機会ってのは、そうないもんな。

 しかし――

「だとしたら、おかしくないか? 誰も鍵の番号を知らないってことは、誰にも鍵をあけられないってことだろ。やっぱりお前、エロDVD持ってくるの忘れただけなんじゃねえの? 正直に言ってくれりゃ、俺だって許さないわけじゃねえぞ」

 そりゃ確かにがっかりだよ。
 赤城から約束を取り付けて以来、毎日、毎晩、今日という日が来るのを心待ちにするくらいには期待してたからな。
 でも、あくまでこちらは好意に甘える立場なわけだし、変な誤魔化しなんかしてくれなくても良いのに。


「明日、今日の分に加えて、お前のコレクションから追加で1本持ってきてくれりゃ許してやんよ」

「だから、忘れてきたんじゃねえよ!」

 赤城はガンとして譲らない。

「それに――盗んだ犯人も判ってる」

「え?」

 瞬間言葉を失った俺を見つめて奴は言った。


「今日、俺がDVDを持ってたことを知ってるのは、お前を除けば――瀬菜ちゃんだけだ」


 うわぁ……

 俺は、赤城の顔が苦渋に満ちているワケを今理解した。

「なにお前? なんで瀬菜にばれちゃってるの?」

「仕方なかったんだよっ。朝出掛けに瀬菜ちゃんとぶつかって、カバンの中身をぶちまけちまって、それで……」

 そのときにエロDVDが見つかったと。
 なにそのデジャビュ。

「で……どうなったの?」

「便所の汚物をみるような目で見られました」

 がっくりと肩を落とす赤城。
 もう、かける言葉もみつからない。


「そのうえ、すべて吐かされました。俺が本日、お前にこのDVDを貸すことになってることも」


「トンでもねぇな、お前っっ!」

 
 あまりの告白に俺は仰天する。
 なに?
 それじゃぁ瀬菜のやつ、今日、俺が部活の日でもないのに居残りしてた理由知ってたの?
 俺がエロDVDをわくわくしながら待ってたことも?

 そわそわしてるけど、あれ、エロDVD借りるの待ちきれないでいるのよねー、ププーッ

 とか思われてたわけ?

「でも、お前との約束を守るため、DVDを没収される前に、ちゃんと逃げ出してきたんだぞ! そこは褒めろよ!」

「単に、家に置いとくと瀬菜に没収されるからだろ……」

 赤城と並んで肩をがっくりと落とす。
 俺も泣きたくなってきた。
 まだ部室にカバン置いたままだし、瀬菜のやつも居るだろう部室にどんな顔して戻れば良いんだよ。

 でも……あれ?

「なあ、赤城、お前、ロッカーの鍵、かけたっていってなかったっけ? しかも誰にも番号は教えてないって」

「ああ、言ったな」

「じゃぁ、どうして瀬菜は鍵を開けることができたんだ?」

「そりゃ、以心伝心ってやつだよ。俺と瀬菜ちゃんは、魂のレヴェルで繋がってるからな」

 汚物と同等の扱いを受けたくせに本当に自信満々だな、このシスコン。
 なんだよ、魂のレヴェルって。

「ちなみに、鍵の番号は何番だ?」

「瀬菜ちゃんの誕生日」

「……この場で舌噛んで死ね」






[24399] 妹DVD:2.当 日 (4)
Name: こねこねこ◆0adc3949 ID:268f7392
Date: 2010/11/19 02:26
(4)


 俺は一旦赤城と別れ、ゲーム研究会へと戻った。

『どうにかして、瀬菜ちゃんからDVDを取り返してくれ!』

 という赤城の無茶なお願いについて道すがら考える。

「無理ゲーすぎる」

 友達の妹に、『エロDVD返してください』ってお願いしろってか?
 それとも、隙を見て、女子高生のカバンをあされと?
 確かに、エロDVDを誰がみてるかも判らない構内のどこかで捨てる、というのは女子的に難しいだろう。
 赤城の推測が正しければ、瀬菜がDVDを未だに保持している可能性は高い。
 しかし、だからと言って、そんなバレたら社会的に抹殺されてしまうような行いは――


「……いや、待てよ?」


 そこで、俺はある事柄に気付く。

「瀬菜は、いつ、DVDを盗んだんだ?」

 放課後、俺はゲーム研の部室に向かった。
 そして、当たり前のことだが、同級生である赤城もまた、同じタイミングで授業が終わり、部活へ向かった、ということになる。
 俺がゲー研に着いたとき、そこにはすでに瀬菜が在室していた。
 つまり、俺が赤城と別れ、ゲー研に辿り着くまでの間に瀬菜がDVDを盗む時間はない。

 では、ゲー研に着いてから、赤城に電話で呼び出されるまでの間はどうだろうか?
 真壁君と買い出しに行くまでは、瀬菜は俺の目の前にいた。
 あれが瀬菜の偽者だった、などということはありえない。

 だとしたら、俺たちが買い出しに行ってる30分ほどの間にゲー研を抜け出し、DVDを盗んだのか?

「――それもありえない」

 そう、ありえない。
 なぜなら、そのとき瀬菜は、部長の開発した超絶な難易度を誇るゲームをプレイしていたのだから。
 部室と教室までは、普通に歩いて片道5分、往復10分の距離だ。
 いくら急いだとしても、そして、赤城のロッカーの鍵の暗証番号を一発で当てたとしても、10分を1分や2分にまで縮められるわけはない。
 黒猫がクリアに30分を要したゲームである。
 瀬菜がクリアしようとすれば、少なくとも同じだけの時間は必要とするだろう。
 まして、真壁君の論によれば、タイムアタックでは黒猫に分があるらしいからな。
 そりゃ、黒猫はタイムを競うつもりでプレイしていたわけじゃない。
 瀬菜が本気でプレイすれば黒猫にクリアタイムで勝ることも可能かもしれない。
 でも、黒猫の30分を20分にまで縮められるものだろうか?

「くそっ、わからねぇ」

 俺は、部室へと続く廊下の真ん中で立ち止まる。
 すこし熱くなりすぎているのかもしれない。
 もう一度、冷静になって考えてみよう。

 まず、瀬菜がDVDを盗んだ犯人ではない場合。
 その場合、赤城が嘘を言っている、ということになる。
 ここへ来て、俺にDVDを貸すのがイヤになったとか、そんな理由で嘘をついた。
 まあ、ありえない話じゃない。
 以前共同で購入したエロDVDは、一回として奴に回してやってないからな。
 奴が『貸したら返ってこないんじゃないか』と警戒をしてもおかしくはない。
 でも、あのシスコンが、よりにもよって瀬菜を悪者にするような嘘をつくだろうか?

 ありえない。

 それは断言できる。
 よって、赤城が嘘をついている、という線は消える。
 同時に、DVDは確かに盗まれており、その犯人は瀬菜である、ということが真となる。
 
 しかし、瀬菜自身には確かなアリバイがある。
 普通に考えれば、あいつにゲーム研究会を抜け出してDVDを盗んでくるだけの時間はない。
 それを俺自身が証明してしまっているのだ。

 じゃあ、誰か他の人間――例えば親しい友人――に頼んで、代わりにDVDを盗んできてもらったのか?
 でもその場合、その友人とやらになんてお願いすれば良いんだ?

『お兄ちゃんが妹メガネっ子のエロDVD持ってるから、私の代わりに盗んできて。お兄ちゃんは今、部活中だから、きっと教室のロッカーにでもしまってるはずよ。ちなみに、ロッカーの鍵の暗証番号は、私の誕生日だと思うわ』

 ……さすがに無理だよなぁ

 女子高生にこの『お願い』は敷居が高すぎる。
 それこそ魂の段階が部長レベルになってないと不可能だ。

 では、ゲーム自体になんらかのバグがあって、途中のステージを短縮できたとかはどうだろう?
 それなら、バグに気付かなかった黒猫が30分かかるところを、より短い時間でクリアできてもおかしくはない。
 瀬菜は、ゲームのバグを見つけるのが異常に得意だというからな。
 そういった隠れた穴を発見したのかもしれない。

「……駄目だな」

 一瞬、良いアイデアだとも思ったが、これも難しい。
 なぜなら、瀬菜は真壁君に頼まれてゲーム批評をテキストにしている。
 途中のステージを中抜きにしてはレポートが成り立たない。
 あのゲームをクリアしている人間は、瀬菜を除けば、唯一、黒猫だけである。
 その黒猫は現在バイト中だから、俺たちが買い出しに行っている間にステージの概要を彼女に聞く、というカンニングもできないだろう。
 そもそも、瀬菜と黒猫はプレイスタイルが違うらしいからな。
 黒猫から聞いた情報でレポートを書いても、とても誤魔化しが利くとは思えなかった。


 じゃあ、どういうことになるんだ?


 赤城が嘘をつく理由はない。
 でも、瀬菜にはDVDを盗む時間がない。
 堂々巡りだ。

 結論のでないまま、再びゲーム研究会へと足を踏み入れる。


「用件は終わりましたか?」


 声をかけてきたのは、瀬菜のほうからだった。
 くすくすという擬音が聞こえてきそうな妖しげな笑みを浮かべている。

 こいつ――すべてわかってやがるっっ!!

 俺は瞬時に悟った。
 すべては瀬菜の手のひらの上で踊らされている、ということを。

 一体、誰から電話がかかってきたのか。
 一体、何をしに外へでたのか。
 そして、何を聞いてきたのか。

 すべてを知った上で――瀬菜は悠然と微笑みやがった。
 兄から何を聞き、そして、俺がどういった結論に至るのか、までも読んでいるのだろう。

 今や俺は、瀬菜が赤城のDVDを盗んだ犯人であることを確信した。
 にも関わらず、理性は、瀬菜犯人説の不可能性を認めてしまっている。
 なんという思考停止。
 なんという愚かしさ。
 瀬菜の構築したアリバイとも呼べない偶発的なトリック。
 ちょっと考えれば、答えは目の前に転がっていたというのに。
 そのときの俺は気付くこともできなかったのさ。




――――――――――――――――――――――
俺妹短編推理小説

 妹DVD 問題編終了






[24399] 妹DVD:3.後 日 【完結】
Name: こねこねこ◆0adc3949 ID:268f7392
Date: 2010/11/21 11:11
3.後 日


 後日談、というか解決編。

 結論からいうと、結局、瀬菜からDVDを取り返すことはできなかった。
 つうか、何度もいうけど、無理でしょ。
 土下座にせよ、力づくにせよ。
 例え瀬菜がこれ見よがしにDVDを見せてきたとしても、それを奪うことができるはずもない。
 瀬菜は、親友の妹で、妹の友達の友達で、俺の後輩なんだ。
 すでにセクハラ先輩のふたつ名を授かっている身としては、これ以上の醜聞は、我が平凡なる学生生活に致命傷を与え兼ねない。
 DVDの奪還は、責任をもって赤城にやってもらうことにしよう。
 ああみえて、瀬菜はブラコンの気があるからな。
 ひととおり兄をいじめたら、案外、あっさりと返してくれるかもしれないさ。
 そりゃ、楽しみにしていた夜のオカズが奪われたのはショックだったが、DVD自体に対する執着は、賢者のごとく失せていた。
 それよりも、今はDVD消失の謎が俺の頭を離れなかった。

 いくら考えても、なんの方法も思いつかん。
 選択肢をいくら変えてみても、シナリオのループから抜け出られないときのようなイライラが俺を苛む。
 ふと時計をみるとまだ宵の口。
 ならば、と俺は携帯電話を取り出した。

 今回の件。
 あのゲームになんらかの秘密があるのは間違いない。
 だとしたら、その秘密を解明できるのは、瀬菜を除いて、唯一ゲームをクリアした黒猫しかいないだろう。
 そう期待した俺だったけど……予想をはるかに超えてあっさりと、簡単に謎は解かれることになるのだった。


 ぷるるるる


 呼び出しの電子音が耳に響く。

 そういえば、黒猫に電話したことあったっけな

 携帯電話の受話器に耳を当てながらそんなことを考える。
 妹がらみの話題は沙織からの連絡がほとんどだし、部活関係は、学校で直接顔を合わせた時にでも話せばよい。
 そもそも夜に女の子に電話する、なんて経験自体がほとんどないんじゃないの? 俺。

 やべぇ、なんとなく緊張してきた。

 これで「おかけになった電話番号への通話は――」なんてことが起こったら、俺は夜の校舎窓ガラス割ってまわってしまうかもしれない。
 どきどきしながら待つこと数秒。

『も、もしもし……』

 黒猫の押し殺したような声が聞こえた。
 夜の電話に警戒しているのか。声が固い。

「おう、黒猫か? 夜分にすまん、高坂だ」

『……なんの用かしら?』

 身分を明かしても声の固さは変わらない。
 なに、俺って、こんなに警戒されないといけない存在なの?
 それとも……

「悪い、もしかして、タイミング、悪かったか?」

『いいえ、そんなことはないわ。ただ……』

 ぼそぼそとなにやら呟いているが、よく聞こえない。
 代わりにごそごそと衣ずれの音が微かに響く。

「もしかして、着替え中だったか?」

『///////』

 思わず問うた言葉に対し、すぅっと息を激しく吸い込むような、キリキリと歯軋りするような気配がする。

 あ、もしかして、俺、デリカシーなかった?

 今更ながら反省する俺の耳に、黒猫の呪詛の言葉が突き刺さる。

『コノ 恥辱 ハラサデ オクモノカ!』


 *


『で、なんの御用かしら?』

 先程までの硬さは消えたけど、その代わりに他人行儀なそっけなさが上書きされていた。

「こらこら黒猫。その言い草は感心しないぞ? まるで用がなければ電話を掛けてはいけないみたいじゃないか?」

『そうね。用がないなら電話をかけてこないでちょうだい。本当に迷惑だから。この駄人間風情が』

 吐き捨てるように言い放ちましたよ、この後輩。
 ほんと、マジ黒猫すぎる!
 がっくりと落ち込む俺。
 でも、黒猫はあくまでもクールだった。

『先輩。いい加減、用件に入ってくれないかしら?』

「あ、もしかして、まだ服来てないのか?」

 風呂上がりのバスタオル一枚の姿で、携帯電話片手にパジャマとにらめっこしている黒猫の姿がまぶたに浮かぶ。

『//////』


 ブチッ


 切れたのは、堪忍袋か、回線か。
 あっさりと電話が切られた。


 *


『で、用件はなんでしょうか? 高坂先輩』

 着信拒否されるんじゃないかと心配したが、そんなことはなかった。
 ただ、口調が友達へのそれじゃなくなっているのが気になるんですが。

『高坂先輩、そろそろ、用件に入っていただけないでしょうか?』

 どうせ、私が考えていたようなことじゃないようだし、とぼそりと呟く黒猫。
 ひどく声に力がないのは、いい加減、呆れられてしまったのかもしれない。
 俺も後輩をからかうのは止めて本題を切り出した。
 空白の時間の間に、服も着ちまっただろうしな。

「ああ、お前に聞きたいことがあってさ」

 俺はエロDVDのことを伏せたまま、どう話をしたものか、と瞬間逡巡し、結局、こう尋ねた。

「昨日、お前部長のゲーム、クリアしてたじゃん。あれ、瀬菜がお前より速く全クリすることってできるか? タイム的な意味だけど」

 俺の言葉に、黒猫は予想どおりの反応をした。
 つまり、ふふんっと鼻で笑った。

『あなた、一体なにを言っているのかしら? 人間風情がこの深淵の存在たる私を超えられるとでも? 赤城さんからなにを聞いたのか知らないけれど、あの娘に会ったら言っておきなさい。身の程を知れ、と』

 ひどい言い草だった。
 先程までの借りてきた猫のような雰囲気が嘘のようだ。

『確かに赤城さんは人間にしては高いステージに立っているといえるわ。あの邪眼は私でもまだ扱うことはできないもの。でも、それをもって調子に乗られても……ああ、かわいそうに。あの娘は知らないのよ。私がまだ第一形態に過ぎないということを』

 なにが黒猫さんの逆鱗に触れたのでしょうか?
 すらすらと罵倒の言葉が、受話器から聞こえてくる。
 第一形態ってなんすかね。
 もしかしてあなた、フリーザさまかなんかですか?
 俺は若干ひきながら、それでも確認すべきことだけは念押ししておく。

「と、すると、瀬菜がクリア速度でお前を上回ることはありえないんだな?」

『その通りよ。あのような不快なゲーム、なんでゆっくりとプレイしてあげなければならないというの』

 黒猫はきっぱりと言い切った。
 つまり、瀬菜が本気でタイムアタックを狙ったのに対し、黒猫が手を抜いてプレイをしていた、という可能性もないらしい。

 なんてことだ。

 昼間の疑問に対する答えをみつけるべく、黒猫に電話したというのに、結局は瀬菜のアリバイを補強する形になってしまった。
 俺はそれでも諦めきれずに食い下がる。

「でもよ、正攻法ではお前よりも速くクリアできなくてもよ、なにか裏技的なもんがあるんじゃねぇの? あのゲームを20分くらいでクリアする方法がさ」

『……なにをいっているの、先輩?』

 俺の言葉に対する反応はやっぱり否定的なものだった。
 ただ、先程までの見下すような、ゴミに吐き捨てるようなものいいではなく、本当に、言葉どおりの「なにを言っているのか分からない」という語調だった。

「黒猫?」

 思わず問い返した俺に、黒猫はあっさりと言った。

『あの程度のゲーム、赤城さんなら20分もあれば、十分、クリアできるでしょうに』

「え―――」

 俺は瞬間言葉を失った。

『先輩、あなたが言っているのは、昨日私がプレイした部長のゲームのことよね? あれは確かに素人では難しいかもしれないけれど、決してクリアできないものではないわ』

「でもよ、お前、クリアまでに30分、かかってたじゃないか――」

 俺は混乱しながらもそう言いさす。

 どういうことだ?

 なにか会話がかみ合っていない。
 ひどくもどかしくて、でもなにに起因したものなのかが分からない。
 その思いは黒猫も同じなようだった。
 受話器の向こうで、沈思黙考している気配がする。
 無言の時間が数瞬間。
 黒猫が、電話の向こうで「ああ」と呟いた。
 そういうことね、と。
 だから、俺は勢い込んで問いかける。

「そういうことって、どういうことなんだ?」

 くすくすと笑いながら、黒猫は囁いた。

『ねえ、先輩。私はあのゲーム、15分でクリアしていたわ』


 その瞬間、俺の脳裏に昨日の光景がフラッシュバックする。
 あのとき黒猫は――


=====================


「悪い、邪魔したか?」

「……いいえ。私もちょうど……きりが付くところだから」


(中 略)


「……また、つまらないものをクリアしてしまったわ」

 マリモ怪獣が炎を身にまといながら画面下へと沈んでいくのを待たずに、黒猫はプチッと音が鳴りそうなくらいあっさりとソフトを終了した。

=====================


 そうだ。
 あのとき、どうして黒猫は Stage 10 が最終ステージであることを知っていたんだ?
 マリモの怪獣が画面の底へと沈む、そのはるかに前から。
 もしかしたら続きの面があるかもしれないじゃないか。

 簡単な話だ。
 彼女は知っていた。
 Stage 10 が最終ステージであることを。
 なぜなら、俺が見たあのステージは―――


『あれは2周目、だったのよ』

 黒猫は静かに言った。

『私の最初のクリアタイムは15分。2周目のクリアが30分。だから、赤城さんが20分であのゲームをクリアしたのだとしても、まったく驚くには値しないわ』

 そう、俺や真壁君はまったくもって誤認していた。
 難しいゲームだ、ということばかりが頭にあって、黒猫や瀬菜のような凄腕ゲーマーの力を見くびっていたのだ。
 恐るべきは黒猫、そして、瀬菜。
 彼我の実力差がここまであるとは思いもしなかった。
 真壁君は、1時間かけたって、3面もクリアできなかったっていうんだぜ。
 それなのに。
 瀬菜はきっと、最初の3分間のプレイで、今回の俺や真壁君の誤認を悟ったのだろう。
 あいつは、感覚的に不可解な点、おかしなところを察知できるらしいからな。
 黒猫が30分もかけるゲームではないことを感知して、でもあえて、そのことを明らかにしなかった。

 ただ、俺を惑わすために。
 兄と一緒に、俺にもお灸をすえてやろうと思ったのか、それとも単におもしろそう、と思ったからなのか。

 瀬菜の心境はわからないけれど、俺はまんまとしてやられたらしい。

 しかし――

「あのゲーム、超絶つまらなかったんだろ? なんでお前、2周もやったのさ?」

 お陰で余計なことに頭を悩まされてしまったじゃないか。
 多少の不満が口調に現れたのだろうか?
 黒猫は言いよどむように小さな声で。

『それはあなたが……』

 と、言いさして、はっとしたように声をあげる。

『た、ただ単に、あれがテストプレイだったからよ。デバックは複数回プレイが基本でしょう?』

「そっか」

 俺は思わず口元がゆるむのを自覚しながら。

「俺はまた、勉強に集中している俺の邪魔をしないように、俺のきりが付くまで待ってくれてたんだと思ったよ」

『~~~』


 受話器の向こうから聞こえてくる、莫迦、とか、調子に乗らないでちょうだい、とかいう囁きを聞きながら、たまには電話も良いものだな、なんてことを俺は考えていた。




妹DVD(了)







―あとがき―

 いかがだったでしょうか?

 私は、二次創作推理小説のジャンルの普及を求めて止みません。
 私なんかより文才のある作家さん方が、このジャンルに手をつけてくれることを願いつつ、今回のお話は書きました。
 上手くもなく、SS読者さんからのニーズも少ないようで、PVも感想も伸びませんが……
 いつか、いつか誰かが――という期待を胸に。

 お読みくださった皆様方、ありがとうございました。







[24399] コスプレ密室: 前書き
Name: こねこねこ◆0adc3949 ID:268f7392
Date: 2010/11/24 22:57

前 書

 数百を数える観衆に囲まれた舞台に、ひとりの少女が立っている。
 あたりを震わせていたポップな音楽が静かにフェイドアウトしていく中。
 少女は微かに息をはずませながら、頬を赤く染め上げて、満足そうにひとつ頷いた。

「みんなぁ、きょうわぁ、来てくれてほんとーにあっりがとー」

 小さい身体を精一杯伸ばして、手を振る。
 その瞬間。

 WOAAAAA
 HOAAAAA

 割れんばかりの大歓声が会場を包み込んだ。
 少女はさわやかな汗に濡れた前髪をひたいに貼り付けたまま、満面の笑みをうかべた。
 少女の名前は来栖加奈子。
 異界チックなドレスフォームで身を包み、愛らしい笑顔を振りまく今の彼女は、まさに、理想的少女の具現化した姿そのものだった――


 のだが。




目 次

 コスプレ密室


 I. 問題編

 1.加奈子の章  (1)  (2)  (3)

 2.あやせの章

 II. 解決編


-あらすじ-

 加奈子のマネージャーとして、再びメルルのイベントに参加することになった俺こと高坂京介。
 無事に終わったイベントに安堵したのもつかの間、今度は加奈子の衣装がなくなった!?
 監視カメラ監視下の更衣室から消えた衣装の行方を追って、京介とあやせがコンビを組んで推理する。
 俺妹短編推理小説第二段。


-登場人物-

 高坂京介:本作の主人公。赤城の偽名で加奈子のマネージャーを勤める。俺。

 新垣あやせ:桐乃の親友。中学3年生。職業モデル。マジ天使。

 来栖加奈子:あやせの友人。中学3年生。コスプレアイドル。チビガキ。

 ブリジット・エヴァンス:10歳。コスプレアイドル。加奈子を慕っている。

 星野くらら:歌って踊って司会も出来るアイドル声優。






[24399] コスプレ密室: 1.加奈子の章 (1)
Name: こねこねこ◆0adc3949 ID:268f7392
Date: 2010/11/24 23:00

1. 加奈子の章

(1)


「あー、やべーやべー、しょんべん漏れそうだわ」

 出番を終えた加奈子がぱたぱたとかけてくる。
 最高の舞台をやりとげたクソガキのコメントは最低だった。
 コイツの名前は来栖加奈子。
 妹の桐乃の同級生にして、同じモデル仲間でもある。
 150センチにも満たない身長に、生意気そうな目元、口元。
 よく桐乃達とつるんでいる姿を見かけるが、その生意気なクソガキっぷりは、桐乃すらもダントツに引き離すレベルである。
 声をかけてくるスタッフさん達にはおざなりな笑みを返しながら、そして、出迎えた俺のことは華麗にスルー。
 赤く染めた頬に冷や汗をたらしながら廊下へと消えていく加奈子に、俺は我慢できずに声を張り上げた。


「おいっ、トイレはそっちじゃないぞ」


「分かってんなら、もっと早く教えろヨ! ほんとに漏らすぞ!」

 感謝の言葉のひとつもないし。
 ホント、むくわれねぇよなあ。


 というわけで、俺こと高坂京介(受験生)は今、コスプレモデルのマネージャーというみょうちきりんなバイトをやっている。
 事の発端は、例の通り、あやせの『ご相談』だ。
 あやせ、というのは、やはり桐乃の友人でフルネームを新垣あやせという。
 黒髪ロングの綺麗系少女であり、外見的には俺の好みどストライク。
 俺の中では『この娘のためなら死ぬる』レベルの好感度なのだが、如何せん、あ やせの俺への印象は最悪なのだ。具体的には『近親相姦上等の鬼畜兄貴』という認識になっている。
 そうなった経緯については『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』本編を確認してもらうとして、それでも俺は、彼女に呼び出されるとホイホイと応じてしまうし、頼みごとをされたら断ることもできない。
 なんかご主人様とその奴隷的な関係になりつつあることだけを理解しておいてもらえれば十分だ。

「また、で申し訳ないのですけど、加奈子のマネージャーとして付き添いをして欲しいんです」

 あやせは本当に申し訳なさそうに、上目遣いに俺を見上げた。
 彼女にこんな顔をされて、俺はそのお願いを断れたことが一度もない。

「可愛いあやせのお願いだったら、なんでも聞いてあげたいところだけど……なんで俺なんだ?」

 過去の経験を踏まえて、確認せずにはいられない。
 過去に2度ほど、加奈子の監視を兼ねてマネージャーのまねごとをしたことはあるが、あくまでも真似事であり、本職には遠く及ばない。
 前に頼まれたときにも言ったけど、こういうのって事務所にちゃんと人がいるんじゃねえの?
 それともまた、加奈子がバカをやらかしそうだから、その監視をして欲しいってことなんだろうか?
 だとしたら、またぞろ面倒そうだぞ。
 俺の不安を敏感に感じ取ったのか、あやせは慌てて首を振った。

「今回は、加奈子の監視とか、そういったことではないんです。無理にお願いしよう、というわけでもありません。事務所の方から、『バイトに適したヒトはいないか』って問われたんで、もしも時間があればやってみませんか?っていうお誘いなんですよ」

 あやせは俺の不安をすべて飲み込んでしまうような、可愛らしい笑みを浮かべる。
 プロポーズのつもりでいった『可愛いあやせ』って部分は完全にスルーされた。

「ほら、お兄さんって、もう2回も加奈子の付き添いやってますし、加奈子と顔見知りになってるじゃないですか? まったく知らない人を連れてくるよりも、よっぽど安心できますから」

 そういって、ちょこんと両手の先を合わせて、小さくウインク。
 読者モデルならではのお願いポーズは反則だった。

 く、くやしいけど、萌えちゃう……

 びくんびくんと震えてしまう身体を抑えつつ、俺は念のため、確認する。

「事務所を通じたバイトってことは、トラブルとは関係ないんだな?」

「ハイ、それはもう」

 俺が受ける方向で考え始めたことを確信したのか、あやせはぱぁっと顔を輝かせる。

「しかし、今更バイトが必要とかって、あやせの事務所、人が足りないのか?」

「普段はそうでもないんです。でも今回は特別でして」

 なんでも、加奈子や、その同僚であるブリジットちゃんを主力としたアニメイベント関連のプロデュースは、新規参入したばかり、ということもあり、試行錯誤が多いらしい。

「今回は、似たようなイベントが東京と横浜の二箇所であったんですが、そのスケジュール管理を間違えてしまったんです」

 その方面にまだまだ慣れていない事務所が、アニメのイベントをダブルブッキングさせてしまった、ということらしい。
 そのため、通常ひとくくりにされている加奈子とブリジットちゃんの両名を分散してイベントに対応せざるをえなくなったということか。
 ちなみにブリジットちゃんは、本名をブリジット・エヴァンスという、イギリス出身の10歳の少女である。
 とあるイベントで加奈子と優勝争いをしたコスプレ少女であり、現在は、あやせたちの事務所でモデルとして働いている。
 小学生にしてはしっかりとした、素直な女の子なのだが、唯一、加奈子のことを妙に慕っている、というのが、お兄さん的には心配でしようがない。
 まあ、加奈子は口も悪けりゃ、態度も悪い、どうしようもないクソガキだけど、根っからの悪人ってわけじゃないからな。

「ブリジットちゃんはしっかりしてるとはいえ、まだ小学生ですから。彼女には普段のマネージャーさんに付き添ってもらおうってことになりまして」

 で、割を食った加奈子には素人同然の俺が付くってことか。
 なんか、加奈子をないがしろにしているようにも思えるけど、違うんだろうな。
 あやせは、加奈子ならそつなくイベントをこなすことができるって信じているから、マネージャーの質については心配していないのだろう。
あやせほど、加奈子のことを、友達のことを信頼している奴はいない。

「と、いうことで、お願いできなでしょうか? 今週末なんですが……」

「今週末!?」

 ちょっと急すぎないか?
 その日は、受験の追い込みのために、図書館で一日勉強しよう、などと殊勝なことを考えていたのだが……

「ちなみに、事務所からの正式な要請ですので、アルバイト代もでます」

「やりましょう」

 俺はイチも二もなく請け負った。
 だって、あやせの示した金額って結構な額なんだもの。
 そりゃ、読者モデルやってて日々こんな金額もらってりゃ、桐乃の金銭感覚もおかしくなるわ。

 季節は12月も半ば。
 そろそろ受験シーズンも佳境というこの時期に。
 そういったわけで、俺はイベント会場に詰めている。

 受験、大丈夫かなぁ

 なんとなく心配になりながらも、俺は終わったばかりのイベントの余韻に浸っていた。
 冬の寒さを感じさせることのない、むしろ汗ばむほどの熱気につつまれた講堂。
 響き渡る歓声、揺れる地面、軽快なリズム――

 俺はひとつ頭を振ると、廊下へと歩を進める。
 加奈子の出番はトリだったので、この後の出番はない。
 他の出演者、関係者の皆さんもめいめいに散らばっていく中、俺は加奈子が駆け込んだであろう女子トイレへと足を向けた。






[24399] コスプレ密室: 1.加奈子の章 (2)
Name: こねこねこ◆0adc3949 ID:268f7392
Date: 2010/11/24 23:10


(2)



 ……いつまでトイレに入ってるつもりなんだ?


 トイレの前で待つこと数分。
 そろそろ、中々出てこない加奈子が心配になってきた。
 周辺に他のトイレがないことから鑑みて、場所を間違えた、という可能性はないだろう。
 できれば中に入って、加奈子が居るのか居ないのかを確認したかったが、流石にそれは難しい。
 女子トイレの前でうろうろしている時点で、かなりの不審者だしな。

 まさか、トイレでタバコ吸ってんじゃないだろうな 

 あのクソガキは、かつて未成年者喫煙で万世橋警察署にしょっぴかれた前科がある。
 「埋めますよ?」という、あやせの献身的な説得(想像)を経て、禁煙を続けているものと思われているが――加奈子の人間性が、な。
 どうにも調子がいいところがあって、口で適当なことを言いながら、影でなにをしているかわからない。
 かつて、同じことを心配したあやせに頼まれて、タバコを本当に止めているかどうかを調べる、なんていうスパイ的なことをしたこともあるし。

 特にこの建物は全館禁煙だと聞いている。
 下手にタバコなんかを吸って、警報器でも鳴らされた日にゃ、誤魔化すこともできないだろう。

 もしもそんなことになったら……

 光彩をなくした瞳のあやせが、『埋めるっていいましたよね?』とか言いながら、すでに絶命している加奈子を見下ろしている、なんて図が想像できてしまい、ぞっとする。

 頼むぜ、加奈子。
 早く出てきて俺を安心させてくれ。



「はぁ、スッキリしたぁ」


 加奈子が出てきたのは、それからしばらく後だった。
 イライラと待ちぼうけていた俺を見て、加奈子は「うわっ」という顔をする。

「なに? 便所の前で出待ちって、ありえなくね? もしかしてスカトロストーカー? キモッ」

「長々と待っててやった人間に対して、そのレッテルかよっ」

 びっくりしすぎて言葉が続かねぇ。
 桐乃で耐性が出来てなかったら、この場ではっ倒してるぞ。
 思わず出そうになる拳をぐっと握り締めて、俺はせいぜいやさしく問いかける。

「やけに時間かかったけど、何やってたんだ? 心配したんだぞ」

 ヤニをやってたんじゃないかってな、とは口に出さない。

「何やってたかって、ウンコだよウンコ。乙女に変なこと聞くなヨ。ほんっと、デリカシーねーのな」

 いや、お前が言うなよ、中学生女子。
 言葉に詰まった俺の態度に、なにを勘違いしたのか、

「そもそもこの衣装、腹ぁ、冷えんだヨ。ほとんど紐みたいじゃん? もっと布を増やせってんだよ」

 なんて、言い訳らしき文句を呟いている。
 確かに、加奈子の着ている衣装は、紐とリボンだけで構成された、洋服とはとても呼べないような代物だった。
 生地が少なすぎて、脱いでまとめたら、握りこぶし程度になっちゃいそうだもんな。
 子供向けアニメの登場人物のコスチュームにしては、刺激が強すぎるんじゃないだろうか、と思わないでもない。
 あやせのようなプロポーションの女の子が着たら、わいせつ物陳列罪で逮捕されちゃうよ、俺の瞳が。
 まあ、加奈子は10歳の子供にも負けるような幼児体型なので、少しも気になるようなことはないのだが。

 しかし、小学生といっても通用するような子供こどもした外見で、ウンコだのしょんべんだのと。
 桐乃といい、このクソガキといい、トンだ幻想殺しだな。
 俺の中の女子中学生っていう少女幻想は、右手で触られるまでもなく粉々だよ。
 っていうか、こいつ、トイレ出た後、ちゃんと手を洗ったのか?
 ハンカチ持ってるようにも見えねぇが、手、全然濡れてないじゃないか。

「自動乾燥機つかったんですう。なに? あんた、あたしのママなの?」

 乾燥機の送風音が聞こえなかったからのツッコミだったんだが。
 あれって、結構デカい音が出るはずなんだがな。
 聞き耳たてたのかよ、キモッ的なコメントが容易に想像できたから、あえて問わないけど。


「とりあえず着替えてこいよ。しばらくしたら、あやせとブリジットちゃんが来る予定だから」


 さりげなく加奈子の手の届かないところまで離れてから、俺はスケジュールの確認をする。
 別の場所でイベントをやっているブリジットちゃんと、その周辺で仕事を請けたあやせは、彼女たちの仕事が終わった後、ふたり連れ立って、こちらまで迎えに来てくれるらしい。
 うまく仕事はこなすだろう、と信じてはいても、やっぱり心配なのだろう。
 あやせもブリジットちゃんも、なんだかんだいって、加奈子のことが好きなのだ。

 こちらの仕事は……といっても、他の出演者や関係者の皆さんへの挨拶は、バイトの俺や、加奈子の仕事じゃない。
 あやせ達が来るまで適当に時間をつぶすくらいしかやることはないはずだが……


「あ、加奈子パス」

 
 クソガキはあっさりと言った。

「……えっと、かなかなちゃん? せっかくお友達のあやせさんとブリジットちゃんが迎えに来てくれて、事務所まで送ってくれるって言ってるんですよ?」

 っていうか、何言ってんだ?
 そんなにあやせに会いたくないのか? 怖いのか?
 それなら、俺も理解できるけど。
 俺の下手にでた問いかけに、加奈子は面倒くさそうな顔を向ける。

「加奈子、これから、歌と踊りのレッスン入ってるからぁ。あやせとか待ってらんないの。確か事務所には言ってたはずだけどぉ?」

 聞いてないぞ?
 戸惑いが顔に出たのか、加奈子は少しむっとする。

「なに? あんた、加奈子のマネージャーだろ? そんぐらい、加奈子が言うまでもなく把握しておけヨ、使えねぇな」

 ……こいつ、絶対言ってないよ。
 事務所にも、あやせにも。
 実際、事務所からはなにも聞いてないし、そうでなくても、あやせから小耳にはさむくらいはするだろう。
 今回の件については、あやせもそれなりに各所に気を使ってたし、この手の引継ぎを怠るとは思えない。
 それになにより、このクソガキはどうにも信用ならねえからな。
 あやせと加奈子、どちらを信用するのかって言えば、問われるまでもなくマイエンジェルあやせたんだ。
 ムカつく笑みを浮かべている加奈子に言い返してやろうかとも思ったが――

「……そりゃ、申し訳なかったな」

 ま、いいか。

 どうせ、今日の俺は雇われマネージャーだしな。
 アイドル様のご機嫌をとっておくのも仕事のうちさ。

 加奈子は「それじゃ、すぐに着替えてくっから」と更衣室へと小走りに走っていった。
 俺は、途中のリフレッシュルームと銘打たれた一室で待つことにする。
 白を基調とした数組の椅子と机、そして壁際には自動販売機が置いてある、ごく普通の休憩室だった。
 扉がシースルーになっていて、廊下を直に観察することができる。
 その廊下は、女子更衣室の出入りの際には必ず通らなければならない一本道だった。
 着替え待ちのマネージャーが、アイドルの逃亡を監視するためにあるかのような、絶妙な配置である。

 過去に更衣室から姿をくらましたアイドルでもいたのかね

 俺は、適当に買った缶コーヒーを飲みながら、ぼうっと廊下を見つめた。
 あのクソガキ、俺に黙ってレッスンとやらに行っちまう可能性もあるからな。
 せいぜい、目を離さないようにしときますか。







 加奈子は思ったよりもすぐに現れた。
 女子の着替えって奴は、アホみたいに時間がかかるっていうのが相場だと思っていたのだが、このクソガキはアホというよりバカな子だから、5分と経ってはいなかった。


「おっ待たせー。タクシー呼んどいてくれたぁ?」


「いや、まったく。初耳だ」


 こいつ、単なるアルバイト様になに要求してやがんだ。
 中学生だったら、中学生らしく、徒歩と電車を使え、健康的に。

「はぁ? なに言ってんの? 加奈子、時間がないって言ったじゃん!」

 加奈子は俺の不平など聞く耳持たず、ひとりで建物の受付へと歩いて行ってしまう。
 急いで追いかけると、受付のお姉さんに、タクシーの呼び出しを頼んでいるところだった。
 その姿は妙に手馴れており、もしかしたら、事務所付のモデルってのは、日常的にタクシーとか使って良いことになっているのかもしれない。
 しかして、彼女はひとりで手はずを済ませて戻ってくる。

「お兄さんさぁ、アイドルのマネージャーやってんだったらぁ、こんぐらい、できるようになっときなヨ。出世しないよ?」
 
 そうはいってもな……
 アルバイトの身としては、誰が払うことになるか分からないタクシーを呼ぶって、躊躇するに決まってるだろ。
 このクソガキは日頃から、モデルだの、ナンパだので、大人に金を払わせるすべを知っているのかもしれないけど、平凡な一般人たる高坂京介は、所詮、器が小さいんだよ。

「まあ、マネージャーさん、金なさそうだしねー。街で会っても、ぜったい、加奈子に声かけないでよね」

 見下した笑みでひどいことをのたまう中学生がここにもひとり。
 他に俺に似たような罵声を浴びせたのは、桐乃にあやせ……
 ってあれ? 俺の知ってる中学生って、みんな俺への評価、一致してない?

 俺は限りなく凹んだ。









[24399] コスプレ密室: 1.加奈子の章 (3)
Name: こねこねこ◆0adc3949 ID:268f7392
Date: 2010/11/24 23:23
(3)


 加奈子が慌しく去った後、俺はひとり、建物の入り口に立っていた。
 ロビーから廊下まで、全館に暖房がかけられているこの建物の中にいる限り、寒い、ということはなかったが、だだっ広いロビーに独りでいるのはちょっと寂しい。
 ガラス張りの壁の向こうに見える12月の寒空も、気分を薄ら寒くした。


 ……リフレッシュルームにでも行っとくか


 俺は、関係者の証である入館証をフルに利用することにして、再び先ほどのリフレッシュルームへと足を運んだ。
 暖房の効き具合はそう変わるわけではないけれど、適度に狭い空間は気分を落ち着かせてくれた。

 確か、あやせとブリジットちゃんが、こっちまで来てくれるってことになっていたはずだが……

 俺は、現状報告のためにあやせに電話することにした。


『申し訳ありません、お兄さん。加奈子には私が後でよく言って聞かせておきますから』


 加奈子の早退を告げたところ、あやせに謝られてしまった。
 いや、こちらとしても、面倒なことがあったわけじゃないし、怒るようなことではないんだけどね。
 それよりも。

「あやせとブリジットちゃんは、そのまま帰っちまってもいいんじゃないか? あやせたちの事務所の方向は、俺の帰る方向とは別だし、俺は俺で勝手に帰るよ」

 加奈子が居ない以上、わざわざこちらまで来てもらうのも申し訳ない。
 俺としては、あやせと会える機会を少しでも確保して、フラグ立てに勤しみたいところではあるけれど、彼女達もイベント帰りで疲れているだろう。
 ここの選択肢は、『あやせを気遣う』で正解のはずだ。
 そう思っていたが、あやせは、『いいえ』と言った。

「すでにそちらに向かってますし、そちらに寄るのも、事務所へ帰るのもあまり手間は変わりませんから」

「そうか? まあ、あやせに会えるんだったら、なにもなくても嬉しいけどな」

「それに――」

 俺が会話内に巧みに交えた求愛の言葉を見事にスルー。
 その上で、あやせは言葉をつなぐ。

「加奈子の衣装を回収しないといけませんから。加奈子から受け取ってますよね?」

「え?」

 当然のように確認してくるあやせの言葉にぎょっとする。
 加奈子の衣装?
 あの紐みたいな奴か?
 でも、俺、なにも預かってないぞ?
 俺の当惑が伝わったのか、あやせの声がにわかに曇る。

「……もしかして、加奈子から聞いていませんか?」

「うん……申し訳ない」

「お兄さんは謝らないでください。加奈子が早退するとは思わなかったので、特にお知らせしてなかった私の落ち度です」

 あやせはきっぱりと言い切った。

「加奈子が今日使用した衣装は、それ専門の衣装屋さんからレンタルしてるんですよ。今日中に返せれば、クリーニングの必要もないってことだったんですが……加奈子が持って帰っちゃったんだったら仕方ないですね」

 クリーニング代は、加奈子のギャラからさっぴきましょう、と言下に言っていた。

『他にも、お兄さんのアルバイト代を預かってますので、一応、そちらに向かいます。後15分程で着くと思いますので、お待ちいただけますか?』

 あやせはそういって、携帯電話を切った。
 一瞬、大ポカをやらかしてしまったかと思ったが、それほど大事にはなりそうにない、ということで、ほっと胸をなでおろす。
 いつもいつも、妙な事件に巻き込まれるからな。
 今日くらいは、何事もなく過ごせたら良いな、と切に願う。
 せっかくあやせが俺に会いに来てくれるんだ。
 時間があるようだったら、喫茶店にでも誘っても良いな。
 アルバイト代も入ったことだし、ちょっとくらいなら、奢ってやっても良い……
 そんなことを考えていると、目の前の廊下をひとりの女性が通りかかった。

「あれは……くららさん?」

 星野くららさん。
 今日のアニメイベントの主人公の声を担当している声優さんだ。
 歌って踊れるアイドル声優ってことで、アニメ業界ではかなりの人気を博しているらしい。
 彼女は通り過ぎる間際に、部屋の中の俺に気付いたのだろう。
 ぺこりと小さく会釈をして、そのまま更衣室へと向かう。
 茶色いコートの下には、スパンコールの貼られた膝上のミニスカート。
 先ほどのイベントの際に着ていた舞台衣装のようだ。
 イベントの主役は大変だな、と感心してしまうね。
 特に、早退をかました加奈子をみていると、本当にそう思う。

 
 ……しかし、人通りの少ない場所だな。


 しばらくぼうっと廊下を見ていたが、不思議なくらいに人通りが少ない。
 後から聞いた話によると、この区画の更衣室は女性専用としてあてがわれており、男性用更衣室は、建物の反対側に設置されているらしい。
 今回のイベントは、多数の男性声優がフューチャリングしていたこともあり、スタッフからなにからが、男子更衣室のある区画へと行っており、その結果として、こちらが妙に閑散としていたわけだ。
 まあ、この設定は、あくまで小説上のご都合って奴だから、あまり気にする必要はない。
 とにかく、あやせとブリジットちゃんの到着を待つまでの間、俺は、星野くららさん以外の人物は、一切見かけなかった、ということだけ、頭に入れといてくれれば良いさ。




第一章 加奈子の章 終了





-あとがき-

 とりあえず、仕込みの部分までです。
 感想などいただけますと力が出ます。
 予想・想像・批判・不満、よろしくお願いします。

 


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