Part 2

2010年11月22日 19:50
法/政治

暴力と社会秩序

Violence and Social Orders: A Conceptual Framework for Interpreting Recorded Human History柳田法相が辞任したと思ったら、今度は仙谷官房長官の「暴力装置」発言で、自民党は辞任を要求するそうだ。それなら「破綻国家においてどうしてテロは起こるのかというと、警察と軍隊という暴力装置を独占していないのであんなことが起こるのだ」と述べた石破政調会長も更迭しなければならないだろう。

もちろん正しいのは、石破氏である。国家が暴力を合法的に独占できないと、テロやヤクザやマフィアのような私的暴力が発生する。本書は、こうした暴力の管理を社会秩序のコアにあるメカニズムだと考え、新しい社会科学のモデルを構築しようとするものだ。

人類の歴史は、日本人が考えているほど平和なものではない。歴史の大部分の時間、人類は小集団で狩猟・採集を行ない、他の集団を襲撃して食糧を奪う戦いを続けてきた。数万年にわたって一人あたり所得がほとんど変化しなかったのは、豊かになった集団が他の集団に収奪される戦いを繰り返してきたからだ。

1万年ほど前、農耕社会の成立にともなって、このような戦闘状態から自然国家への移行が始まった。これは「暴力のスペシャリスト」としての支配階級が他の国家との戦闘を担当し、こうした暴力装置へのアクセスを独占することによって国内秩序を維持するメカニズムである。

これに対して、近代的なオープンアクセス秩序では、法の支配にもとづいて非人格的な組織によって国家が維持される。自然国家からオープンアクセスに移行するための「ドアステップ条件」は次の3つである:
  1. エリートの中での法の支配
  2. 私的または公的な永続的組織
  3. 軍事力についての統一された政治的支配
このうち、欧州で近代国家が生まれた要因は3である。17世紀に始まった軍事革命で、戦闘の中心が歩兵から大砲などの兵器に移り、大規模な基地を構築する経済力が必要になった。Tillyは、この時期の欧州の建国の過程を「組織犯罪」と呼び、多くの組織暴力の中から軍事力と経済力の卓越した王朝が一定の領土を支配するに至ったと考えている。

中世末期から300年ぐらい殺し合いを続けた欧州では、兵力の維持や大軍の遠征に必要な費用を調達できる経済力が、戦争に勝ち残る上で決定的に重要になった。このため財産権によって(征服で得た)土地や財産を守る制度が発達し、戦争や長距離貿易のために資金を調達するシステムが生まれた。株式会社がなければ、オランダやイギリスの植民地支配は不可能だった。

他方、中国ではこのようなオープンアクセスに移行する代わりに、自然国家を極大化し、皇帝以外の人々を武装解除することによって秩序が保たれた。このほうが平和を保つという点ではすぐれていたが、国内の競争や資源の移動が抑制されたため、経済は停滞した。経済発展にとってもっとも重要なのは、生産要素の流動性だからである。

この新しい社会理論によれば、ヘーゲル・マルクス以来の「市民社会が国家を生む」という理論とは逆に、暴力装置としての国家が社会秩序のコアであり、経済システムはその上に築かれている(これをゲーム理論で説明するモデルもある)。平和ボケした自民党にも民主党にもわからないだろうが、戦後の日本の繁栄は、こうした暴力の均衡の上に成り立っているのである。

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トラックバック一覧

  1. 1.

    文脈主義という言葉遊びに興じている暇はない

    仙谷官房長官が述べた「暴力装置」発言で一部の人々がびっくりする位騒いでいる。世界トップクラスの軍事費がかかっている自衛隊が暴力装置でなくて一体何だというのか。仙谷氏は直後に「空気を読んで」謝罪をして発言を...

コメント一覧

  1. 1.
    • jestemneko
    • 2010年11月23日 00:00

    自民党が仙谷の暴力装置発言を非難するのは建前です。政権維持を目的化してしまった菅内閣は、次の本予算も90兆円規模にするでしょう。ひょっとして100兆円規模にするかもしれない。増税すれば景気が良くなると言ってましたが、統一地方選を控えているので消費税増税は無理。積立金が減少している公的年金や、預金が減少している郵貯が新規国債を買い取るのも無理。したがって、公的年金や郵貯が抱えている国債を日銀が買い取り、その余力で公的年金や郵貯が新規国債を買い取ることになるでしょう。ここで何十兆円もの新規マネーをバラまけば日本経済は壊れてしまうと思いますが、菅内閣はそれをニューノーマルなどと言いかねない。
    今、必要な内閣は、次の本予算を60兆〜70兆円程度にまで縮小できる内閣です。二年か三年後には50兆円程度にまで縮小しなければなりません。それを菅内閣に期待することはできない。だから倒閣するしかないのです。

  2. 2.

    実はいざ有事が起きた際も米軍が盾になってる後ろで自衛隊は兵坦維持とかの後方業務に収まりたい意志の表れでは。そしたら暴力装置じゃなくなる。

  3. 3.
    • 保守
    • 2010年11月23日 10:40

    政治、とりわけ政局においては奇麗事や正論だけでは通用しないでしょう。

    これまでの自民党政治やそれを取り巻く産業構造によって形成された旧態日本が、今後に通用するとは全く思えませんが、現下の民主党政権の迷走と拙劣を見れば、やはり「自民党の方がまし」であり、「1回やらせてみればいい」としたことが間違いであったと認めざるをえないのではないでしょうか。
    残り3年弱をこのまま民主党政権に任されば、それこそ取り返しのつかない事態となることは明々白々です。
    自民党に戻したとて事態が打開される可能性は低いでしょうが、ここは「民主党よりはまし」と考える他ないでしょう。少なくとも小泉政権は「自民党政権」でしたから。

    前の連立による政権交代や、社会党躍進時代もそうでしたが、自民党に変る政党として「自由主義政党が不在であること」が、日本の政治において致命的な部分であるかと思います。
    所謂「リベラル政党」を確立した自民党(小泉時代は例外中の例外でしょう)と対峙する政党は、「自由主義政党」でなければ均衡が取れないのですが、我が国では「リベラル自民党」と対峙するのが常に「極左政党」という状態です。
    この異常均衡には、先生の指摘されるように「産業・労働」という問題が大きく関わっていると考えます。

  4. 4.
    • ikedf
    • 2010年11月24日 00:26

    3 「暴力」とは辞書的には「不法な力」を示す。かつて社会党議員は「憲法9条で禁止されているから自衛隊は不法だ」と言っていたものだ。センゴクは社会党の残党だから、そのような考え方が刷り込まれていたのだろう。日教組の教師もむかしは同様の趣旨のことをよく言っていたものだ。「正義なき力は暴力であり、力なき正義は無力」というが、これは暴力や正義の本質を突いている。もちろん軍隊が、正義なき武力行使を行なえばそれを暴力と呼んでもかまわないが、最初から暴力装置と決め付けてはいけない。特に机上の空論で生計をたたている学者と違って国民から選ばれた政治家が言う場合には・・。

  5. 5.
    • natto_maniax
    • 2010年11月24日 02:16

    5 池田先生の今回の記事、改めて「國の成り立ちの基本」を再確認させていただきました。

    >暴力装置としての国家が社会秩序のコアであり、経済システムはその上に築かれている
    ↑以下のくだりについて、防衛省装備補給部の幹部官僚が、常々全く同じ原理原則を説いていました。

    防衛官僚の談によれば、日本の経済も農政も、果ては人口計画まで、まずは防衛庁(当時)の原案策定に従って各省が動いていたとのことです。
    そして民主党政権になった今でも、枝葉末節は変わりこそすれ根幹は全く変わっていないと。
    自民党は、この仕組みをフル活用して日本の高度経済成長を成功させたとのことです。

    日刊ゲンダイの取材によると民主党でも、小沢氏のほかにも、中井洽、北澤俊美といった人々は、しっかり辺野古移転候補地の土地をしっかり買い占めているのですから。
    http://eritokyo.jp/independent/aoyama-col15544.htm

    そうすると、日本の現状と未来は池田先生が心配するほど不安な状態ではないのかもしれませんね。

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