2010年5月、SCSIホストアダプタやRAIDアダプタで知られていたAdaptecは、そのブランドとRAID関連事業を、ファブレス半導体会社のPMC-Sierraへ売却、実質的な事業のなくなったAdaptecは7月末に姿を消した。一方、旧Adaptecの事業を買収したPMC-Sierraだが、Communication Infrastructure(WAN/FTTHを中心とする通信関連の半導体)と、Enterprise Infrastructure(企業向けストレージおよびプリンタ向け半導体)を事業の柱とする。買収したAdaptecの事業は、当面、独立した事業ユニット、チャネル・ストレージ事業部として運営されていくことになった。
PMC-Sierraのチャネル・ストレージ事業部のジャレッド・ピーターズ同事業部副社長 |
ここまでは、この夏に本コラムでお伝えした通り。そのPMC-Sierraのチャネル・ストレージ事業部でゼネラルマネージャを務めるジャレッド・ピーターズ同事業部副社長が来日、今後の事業展開についてお話を伺う機会を得た。氏は、PMC-Sierraによる買収でAdaptecから転籍した1人であり、業界のベテランでもある。
上でも述べたように、PMC-Sierraは、社会インフラに近い部分で使われる半導体を主に手がけており、一般のPCユーザーにはあまり馴染みがないかもしれない。が、Adaptecの事業分野に近いストレージ関連の半導体(SASホストコントローラ、SASエクスパンダ等)に限っても、サーバーベンダやストレージベンダに広く採用されており、顧客にはHewlett-Packard、IBM、EMC、Dellといった主要ベンダーが顔を揃える。この分野でのライバルはLSI Logicということになるだろう。
こうした半導体チップのOEMを主力とする従来のPMC-Sierraのビジネスに、今回の買収でAdaptecのRAIDカードビジネスが加わったことになる。PMC-Sierraは半導体のOEMを主力としてきただけに、一般への知名度という点ではあまり高いとは言えない。チャネルを主力とするカードビジネスを展開するにあたり、広い知名度を持つAdaptecのブランドは貴重だ。「Adaptecブランドは、PMC-Sierraが買収した、重要な旧Adaptec資産の1つ」(ピーターズ副社長)であり、今後も「Adaptec by PMC」として継続して利用される見込みである。
PMC-SierraにとってAdaptecからのブランドと事業の買収は、新しいチャネル事業の展開、さらには自社製半導体を使ったカード製品展開といった意味を持つ。逆に、買収されたAdaptecの事業部にとってはどのような意味があるのだろう。
最も大きなメリットは、OEM事業を再び活性化させる点にあるようだ。1998年に半導体事業を売却するまで、AdaptecのSCSIホストコントローラチップや、それを搭載したカード製品は、サーバーを中心に一定のシェアを持っていた。しかし、半導体事業を売却し、カード上のホストコントローラチップが他社製になると、OEM事業を展開することは困難になった。一般にOEM事業では、長期の製品サポートが要求される。ホストコントローラチップというキーコンポーネントを他社から購入している場合、いつまでカード製品を供給することが可能か、保証することが難しいと判断される。
今回、PMC-Sierraに買収されたことを受けて、チャネル・ストレージ事業部ではPMC-Sierra製のSAS RAIDコントローラチップを採用したカード製品の開発を行なっているという。それにより、PMC-Sierraの売り上げに貢献するだけでなく、カード製品のOEM事業も可能になると考えているようだ。ピーターズ副社長の来日も、かつてのOEM提供先へのセールス活動の一環なのだろう。
もちろん、そのためには乗り越えなければならないハードルもある。現行のAdaptec製SAS RAIDコントローラカードは、Intel製のI/Oプロセッサ(XScaleベース)を採用している。が、PMC-SierraのSAS RAIDコントローラは、MIPSアーキテクチャーである。つまり、プロセッサのアーキテクチャが、ARMからMIPSに変わることになる。新製品が、既存のRAIDアレイと互換性を持たなければ、カードの入れ替えはアレイのリビルドを意味することになってしまう。
だが、この点でも移行はうまくいっているようだ。現行のRAIDコントローラカードがインストールされたサーバーを、新しいPMC-SierraベースのRAIDコントローラカードに差し替えた場合、カードが変わることでデバイスドライバの更新は必要となるが、RAIDアレイに関しては、構成情報もアレイに書き込まれたデータも、そのまま引き継ぐことができるという。これなら万が一、既存のRAIDコントローラカードに障害が発生しても、新しいカードに交換するだけで済み、最小限のダウンタイムとコストでサーバーの運用を継続することができる。
こうした運用面での互換性は、顧客が求めるものであり、それに応えるのは当然だとピーターズ副社長はいう。背景として、RAIDコントローラといっても、RAIDそのものの部分は技術的に枯れており、他社との差別化を打ち出すのは難しいという現状もある。
●バッテリバックアップに代わる技術IntelのI/Oプロセッサをベースにした現行のAdaptec 5ZシリーズのRAIDコントローラカード |
現在AdaptecブランドのRAIDコントローラカードで力を入れているのは、RAIDをより使いやすくしたり、RAIDの性能を強化する、周辺技術の開発と提供である。現行の最新製品であるAdaptec 5ZシリーズのRAIDコントローラカードに採用されているゼロメインテナンスキャッシュプロテクションは、そうした技術の1つだ(型番末尾のZもこれを意味する)。
この技術の特徴は、RAIDコントローラ上のDRAMによるキャッシュ(512MB DDR2)を、バッテリではなく、キャパシタとフラッシュメモリを併用することで、電力障害から保護しようというもの。電力障害が発生した場合、DRAMのデータはキャパシタに蓄えられた電力でフラッシュメモリへ待避させることでデータの損失を防ぐ。
DRAMによるキャッシュを備えたRAIDカードの場合、電力障害に備えた何らかの保護機能なしに書き込みキャッシュ機能を実装することはできない。従来は、この目的にリチウムイオンバッテリ等を用いたバックアップを提供していたが、バッテリはバックアップ可能な時間に制約がある上、経年変化で徐々に容量が減っていくという問題があった。
Adaptecでもバッテリバックアップのオプションを提供しているものの、RAIDカード本体に3年保証が提供されているのに対し、バッテリは1年保証となっている。言い替えれば、バッテリに関しては定期的な交換を含めたメインテナンスが必要で、管理コストを押し上げていた。
キャパシタにNANDフラッシュを組み合わせたゼロメインテナンスキャッシュプロテクションは、本体と同じ3年保証で、原則的にメインテナンスの必要がない。データの待避に用いるNANDフラッシュメモリは不揮発であるため、少なくとも数年間データを保持することが保証されており、72時間ほどでデータを保持できなくなるバッテリバックアップより優れている。
これに対し、同じNANDフラッシュメモリをRAIDの性能強化に使おうというのがAdaptec maxCacheだ。データアクセスの自動解析により頻繁に使われる「ホット」データをSSD上に保持することで、データの読み出し性能を改善する。単純に読み出したデータをキャッシュに置くのではなく、データのアクセスパターンを分析するため、1回しか使われないビデオストリーミングデータ等がSSDを占有することがない。
このmaxCacheに、書き込みキャッシュを実現するゼロメインタナンスキャッシュプロテクションと併用することで、管理コストを引き上げることなくRAID性能の向上を図ることが可能だ。こうしたRAIDの周辺技術も、そのままPMC-Sierra製のSAS RAIDコントローラカードでそのまま利用可能になる。チャネル・ストレージ事業部が提供するRAIDスタックには、RAIDコントローラとしての基本的な機能に加え、こうしたオプションをサポートするソフトウェア技術が盛り込まれている。
現在、PMC-SierraのSAS RAIDコントローラには、以前から同社が提供してきたRAIDスタックがあり、OEMはそれを用いることができる。また、大手サーバーベンダーでは、自社のサーバー向けに自らRAIDスタックを開発しているところもある。チャネル・ストレージ事業部としては、将来的にはチップOEMにもAdaptecのRAIDスタックを使ってもらえるようにしたい、という希望があるようだ。残念ながら、Adaptecという会社はなくなってしまったが、Adaptecが開発した技術と製品はいまだ健在で、将来も引き継がれていく見込みである。