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[24530] キラキラムスメ The Ant and the Grass Hopper(科学小説)
Name: 塩ワニ◆edd3c1be ID:e88d229e
Date: 2010/11/24 11:01








「アリとキリギリスの寓話を知っている?」

 このコロニーで一番高い場所に陣取って、彼女は全身で風をうけていた。
 上空では、ドームの天井に貼り付けられた全面モニターに、リアルタイムで人工の青空が映し出され、二基設置された人工太陽であるヘリオス1とヘリオス2が、熱を放出している。

「夏の間、遊び呆けていたキリギリスが、冬になってアリに施しをしてもらう話だったか?」
「アリとキリギリス。イソップ童話ね。英題は、『ジ アンツ アンド ザ グラスホッパー』。あついあつい夏の日を、せくせくせくと汗を垂らして冬支度をするアリさんたち。それを小ばかにしたように見ているのはバイオリンを演奏するキリギリスくん。キリギリスくんは、悠々自楽なニート生活。無用心に食べて寝て、バイオリンを弾くだけの毎日。そんななか、季節は巡り、夏が終わり、秋を迎え、冬がきます。
 食べ物も住む場所もなく、弱りはてるキリギリスくん。アリさんにご飯をタカりにいきます。おやおやおや、どうしたんだい。とても寒いんだ。ひとときの寒さをしのげる場所と、食べ物を分けておくれよう。アリさんたちは、あきれながら言います。仕方ないなぁ。夏に遊び呆けているからそういうことになるんだよ。これからは、まじめに働くんだよ? というわけで、キリギリスくんは反省しました。めでたしめでたし」

 彼女は、『ようこそ第12ファウンデーションへ』と印字されたパンフレットをパラパラとめくっている。
 僕は、昼食後のコーヒー牛乳とちゅうちゅうと吸っている。汗が止まらない。公務用のシャツが、じっとりとぬれている。コロニーの設計上、排熱ファンは、地面にしかない。人工太陽は、便利でエコなのだが、暑苦しいのだけはどうしようもなかった。

「この話、おかしいわよね。道行く人を楽しませたのなら、それは誇るべきことだわ。ステップを踏みながら、道端に咲く花弁をスピーカーに、セミの輪唱をバックコーラスにして、音楽を奏でることは、汗水垂らしながら、トウモロコシの穂を運ぶアリに、決して、劣るものではないはずよ」
「いいたいことを訳すと、歌を歌ってやったから、俺の持ってるコーヒー牛乳をよこせと、そういうことだな」
「暑いのよ。ここはっ!!」

 彼女は、否定しなかった。
 色の白い、可憐な少女だった。人工物とはいえ、太陽そのものに免疫がないのだろう。
 コロニーの外からの、入植者だろうか?
 昨日まで、この場所にいなかった。今日、外界からのシャトルバスからの利用者は、たった五人。そのなかで、十代の少女は、たったひとりしかいない。
「いい場所ね。ここは。お兄さんも、よくここにくるの?」
「ああ。暑いのが欠点だけど、ここは街がよく見える」
 ここはお気に入りの場所だった。ドームの全面に貼り付けられたモニターに転写される偽物の空に、今にも手が届きそうだ。このコロニーでどこよりも高い場所。
 人もあまり寄り付かない。
 それでも、今日は違った。
 彼女は、どこよりも空に近い場所で、だれよりも低めのトーンで、歌を歌っていた。

 ないしょ話をするみたいに、発した内容が、少しでも長く心に残るように。彼女はありふれた歌を、大人同士が大切な話をするみたいな音の高さで歌っていた。ぎゅーっと雑巾を内側に絞り込むように、彼女は感情を自分の内側で爆発させている。そんな風に受け取れた。

 聞けたのは、幸運だった。俺はひとつ未開封の紙パックのコーヒー牛乳を投げて渡す。曲だけで、7コーヒー(単位)ぐらいの価値はあったと思う。
 ズロロロロロロロ、とリスみたいにほっぺたを膨らませて、少女は紙パックのコーヒー牛乳の残りを、親の敵のように吸っている。俺より5つか6つは年下だろう。

「なんなの。なんでこんな暑いの? あの人工太陽、温度調節機能とかないの?」
「一応、人工太陽と僕たちがいるところの間には、緩衝材代わりにモニターが挟まれてる。このモニターはある一定の電圧を流すことで、熱量を受け止めることができる仕組みがあるんだよ。これで温度調節は一応可能だ。ほとんど使われることはないけど」
「なんでっ」
「だって、涼しいと、このファウンデーション全体の経済が冷え込むんだよ。冷夏だと、いろいろモノが売れなくて困る」
「なによその下手クソな落語みたいなオチはっ!!」
 少女は汗を垂れ流しつつ叫んだ。見るからに体温が高そうな娘だった。差し引きで、やっぱり暑いのは辛いのかもしれない。

「ところで、君は、入植者、か」
「ええ、だってここ、コロニー(入植地)でしょ。ほかになにかしに来る人とかいるの」
「いや、そういわれると困るな。じゃあ、選定は?」
「終わったわよ。結果は、キリギリス。私は、働きアリにはなれなかったみたい」
 彼女は、サバサバとしていた。
 自分の人生を、間違いなく二分する選択と、その結果を、彼女なりに厳粛に受け止めているように、見える。
 遙か下を見る。
 高さに、目が眩む。本能が警鐘を鳴らしている。喉の奥から魂が飛び出すかと思った。尻が引けたまま、四肢をコンクリートに固定して、這いずるようにすると、なんとか恐怖感は収まった。下を見てみると、ゴマ粒みたいに、人がうごめいていた。

 遥か下の玄関先からは、『選定』された少年少女たちが、ぽつぽつと吐き出されていた。告げられた結果を持って、家路につくところみたいだった。その彼、あるいは彼女たちの表情は、本当にさまざまだった。
 使命感、義務、希望、絶望、安堵、やるせなさ、めでたさ、諦め、恐れ、憤り、興奮、自負。ひとりひとりがそれぞれの感情を貼り付けて、これからの自らの運命に向き合おうとしている。

 ──アリとキリギリス。
 彼女のその例えは、このコロニー全体を俯瞰したものだった。この第12ファウンデーションは、三割の働きアリと、七割のキリギリスで構成されている。
「キリギリスは、飢え死にすることなく、幸せに暮らしました、と」
 この、バランスは、変わることはない。
 しかし、現実は寓話と、ひとつだけ違うところがある。
 このファウンデーションにいる限り、労働の義務なんて課せられることはなく、キリギリスには、無条件で衣食住が保障されている。むろん、凍死や餓死の心配もない。犯罪を犯さない限りは、一市民として、生涯なに不自由のない生活が保障される。

「進みすぎた文明は、社会に出た人間のうち、三割の労働力で、社会基盤のすべてを賄えるようになっていた。人口の三割の労働力で、すべての人々を養う。すべての人間は、得意分野を調べられ、それに応じた刻印が打ち込まれ、その分野の才能を飛躍的に伸ばせる。革新的なモデルケースだったはずだ。第三次世界大戦で、地表の九割を焼き尽くされたこの時代に、だれにとっても価値のある実験だった、はず。残りの七割の人間は、働きアリたちのスペアとして、一生を順番待ちにささげることになる」

 ほとんどの人間は、一生に一度だけ、専門の教育機関を卒号した新しい年度のはじめに、選定を受ける。彼ら、彼女らが、競争に巻き込まれるのは、そのとき、たった一度。
 辞退の権利もある。
 働きアリと選定されても、自ら、キリギリスを選ぶこともできるし、それを選ぶ人間も、相当な数、いる。代わりは、社会の歯車としてのスペアは、ほかにいくらでもいるからだ。
 ただし、その瞬間、キリギリスとして選定された人間は、ただちに社会の歯車からはじき出される。その代わりに与えられるのは、一生、衣食住の心配をせずに、心穏やかに天寿を迎える権利。

「いびつだが、これが理想的な社会の姿だと、言う人間もいるだろう」
「なにか、問題でもあるの?」
「自殺者が、急増した。このコロニーの人口は、約二十万。一年間で、そのなかの、三パーセントが、死んでいった」
「働きすぎだった、とか? ワーカーホリックとかそんなの?」
「いや、自殺者が増えたのは、アリじゃあなくて、キリギリスの方だ。」
「え、なにそれ」
「仕事があるのならともかく、世界が自分を必要としてないことに、普通の人間は耐えられないらしい。働きアリとキリギリスの間には、立場上、まったく代わりはない。立ち入り制限もなく、自分の口座に、普通に暮らしていくのなら十分な金額も振り込まれる。それでも、キリギリスたちは、この世界に絶望する。自殺者は出る」
 それが、生きることだと言われれば、返す言葉もないけれど。
「さて、ここで問題だ。このコミュニティは、ゆるやかに崩壊しつつある。年の自殺者は、キリギリスの3パーセントにも及ぶ。地上からの入植者が入ってきても、間に合わないぐらいに」

 目の前の彼女も、そのひとりだ。
 磁気嵐と酸性雨と氷河期のなか、奇跡的に四肢の欠損も、奇形の発症も、たちの悪い伝染病にひっかからず、この歳まで生きてこれた、希少な、間違いなく幸運な人間。

「ここはいいところだよ。遺伝子異常があろうと、染色体異常があっても、ハンデなんて気にすることなく生きていくことだけはできる。それでも、成立させるために常に3パーセントの命を犠牲にささげなければいけない。これは、コミュニティとして、成立していると思うか? この世界は、ユートピアか。それともディストピアか?」
 俺の問いに、彼女は考え込んでいるようだった。

「美しく、ないわ」
「は?」 
「キリギリス。つまり、グラスホッパーという言葉には、二通りの意味があって、キリギリスのほかに、バイオリン奏者のことを指すらしいわ。ダブルミーニングは、たいていシンプルで美しいけれど、それでもこれは極めつけだと思うの」
「ふむ」
「ユートピアも、ダブルミーニングよね。ひとつめの意味は、理想境」
「ふたつめの意味は?」
「どこにもない場所」
「ええと、それがどうつながるのやら」
「あまり、美しくはないわね。反吐がでるぐらい、美しくないわ」
 彼女は、長い髪を風になびかせた。
 その仕草は、こちらを咎めるようだった。

「気のせいかと思ったけど。ここに来てわかった。なんか、空気が乾いているのよ。このコロニーにいる人たちには、感性が足りないわ」
 きらきらと、太陽の輝きを浴びながら、彼女は画家がキャンバスに筆をたたきつけるように言った。なんとなく、感覚でわかる。彼女は、芸術家だ。そのタマゴだ。自分の魂を切り売りして、命を繋ぐような人間。

「ユートピアとか。ディストピアとか、そんなの、昨日今日ここに来た私に、出せる問題ではないと思うけど。それでも、芸術に、一円の値もつかない世界は、きっと、私にとっての地獄だわ」
 人によって、世界は楽園にも地獄にもなる。
 彼女の目に、ここの景色は、どう映っているんだろう。 

「そうか。なら、僕は、その地獄の番人といったところか」
「あなた、何者?」
「僕の名前は追手風幸太郎だ。この第12ファウンデーションの、市長をやっている」
















「それで、君の名前は?」
「教えない」
 きっぱりと言い切った。
「好きなように呼んでいいわ。私、人にあだ名をつけられるのがすきなの。その人が、私をどう思っているか、よくわかるじゃない」
「ふむ。淫乱ピンクとかでもいいか?」
「いいけど、多分、呼んだ次の瞬間には、追手川さん。全身の穴という穴から、あらゆる液体を垂れ流して悶絶してると思うの」












 第12ファウンデーション。
 アリの社会は、三割の働きアリと、七割のそれ以外で構成されている。それと同じように、三と七で色分けされたアリとキリギリスの集団。

 外部の人間は、この避難コロニーを、そのアリの習性に習って、『アリ塚』と呼ぶ。時の経過とともに、人工太陽は姿を消し、月を模した人工球体、ヘレネ3が姿を見せる。少女は姿を消して、たったひとり取り残される。

「地獄か。ここが、地獄なのは、僕のせいだ」

 膝をかかえこんで。
 きっと、誰にも届かない悲鳴をあげる。

「先輩のような人が、この立場につくべきだったんだよ。春日野ほたる」








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