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看護師がフットケアで逮捕、「爪切り事件」を考える
認知症患者の足の爪を切ってけがをさせたとして、北九州八幡東病院(北九州市)の看護師だった上田里美さんが傷害罪に問われた事件で、福岡高検は今年9月に上告を断念、無罪が確定した。逆転無罪の判決を言い渡した福岡高裁は、容疑を認めたとされる捜査段階の供述調書の信用性を否定した。「刑事さんは写真でしか判断してくれず、何を言っても認めてもらえなかった」と、拘置中の102日間を振り返る上田さん。フットケアに関する捜査機関の理解不足、「鬼看護師」などと書き立てたマスコミ…。この事件は一体、何だったのか。上田さんと、弁護団の上田國廣・主任弁護士に話を聞いた。(敦賀陽平)
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―捜査機関の取り調べはどのようなものでしたか。上田さん とにかく、わたしの話をなかなかイメージしてもらえませんでした。刑事さんは写真でしか判断してくれず、何を言っても認めてもらえなかった。「水掛け論」になってしまって、どちらかが妥協するまでという感じで…。わたしが根負けする形になってしまいました。
高齢者に特徴的な分厚い爪や伸び切ってしまった爪について、世間は知りません。どうしても、正常な爪を深く切ったとイメージされてしまった。刑事さんやマスコミの方が考える「爪切り」とのギャップがすごくて、最初は理解してもらえませんでしたが、何度も訴えていくうちにその溝が埋まった。それが無罪を勝ち取れた要因の一つではないかと思っています。
―フットケアに関する国民の認知度が低いことも、今回の事件に影響していたのではないでしょうか。
上田さん 爪切りというのはごく当たり前の行為ですが、フットケアとなると、その範囲は広がります。まだ新しい領域なので、看護職の認知度も低い。これから発達していく分野だと思うので、2年、3年たてば、また違った視点で見てもらえるのかもしれません。
―控訴審では、厚生労働省の文書偽造事件で無罪が確定した村木厚子さんと同様、供述調書の信用性が否定される形となりましたが、一連の出来事の中での判決をどうとらえていますか。上田弁護士 長年、刑事事件の弁護をやっている立場から言えば、捜査機関が自分たちのストーリーを作って、それを無理やり相手に認めさせるという話は以前からありました。家族にも面会させず、密室の中で心理的に追い詰めるという手法で、これまで数多くの冤罪事件を生んできた。それが上田さんの事件でも見られたという意味で、基本的な構造は今回も同じだと思います。ただ、鹿児島の志布志事件(※編注)や村木事件などで、捜査機関側のストーリーの押し付けが明らかにされてきたことから、裁判所側も自白調書を信用することに少し慎重になってきている気もします。
今回の裁判では、上田さんが患者さんの爪をケアした後の写真が証拠として残っていた。ケアという観点でとらえず、深く切り過ぎた「爪剥ぎ」と判断した捜査機関だけでなく、専門の先生たちも検証することができました。上田さんが丁寧な爪ケアをしたことを示している客観的な証拠が残っていたことが、今回無罪を勝ち取れた一番の要因だと思います。
上田さん すごく共感できるというか、村木さんも同じようにつらい思いをしながら、何度言っても理解されず、同じように作られたストーリーにサインをさせられたんだなということが、何となく想像できます。
―福岡高検の上告断念について、弁護団が「今回の無罪判決は、医療や看護など専門分野に関する事件の捜査の在り方にも警鐘を鳴らしている」とする声明を出したことが印象的でした。医療や介護など専門性の高い分野に関して、捜査当局はどう関与すべきなのでしょうか。
上田弁護士 専門分野について捜査してはいけないという話にはなりませんが、関係者の適切なアドバイスを受けながら、捜査に慎重に着手するというのが大前提だと思います。今回は病院の告発後、約1週間後に逮捕となった。権力を握る捜査機関としては、非常に安易で、極めて不適切な対応だったのではないでしょうか。今後は専門性の高いことに配慮し、十分に意見を聴取した上で方向性を見極める。より慎重な判断が必要だということを、今回の裁判は物語っていると思います。
上田さん 保助看法(保健師助産師看護師法)の中でやっていることと、刑法の位置付けとのギャップを感じることが多かったですね。法のすり合わせというか、そうした見直しが必要なのかもしれません。
上田弁護士 専門性の高い分野に捜査機関が介入すると、今回の場合ならば、技術的に進歩した看護を受けられなくなってもよいのかという話になる。よく航空事故の問題が例として挙げられますが、刑事罰になると自分を守らなければならないので、正しい情報が取れなくなる可能性もある。捜査が入ることによって、逆に実態の把握が困難になる場合もあるわけです。捜査機関の人間は、その分野のエキスパートではないわけですから。そうすると、専門家集団による何らかの検証と改善措置が必要になるでしょう。だから、よくいわれるADR(裁判外紛争解決)のような解決手法を取りながら、第三者機関が調査・検討した結果を医療や看護の現場にフィードバックする。捜査機関の役割については、できるだけ例外的で極めて問題のあるケースに絞るという仕組みを考えなければならないのかなと思います。実際、そういう動きが医療も含めたさまざまな分野で検討されているのではないかと思います。
―インターネット上の書き込みやマスコミ報道について、何か思うことはありますか。
上田さん 看護師の中でさえ、爪のケアについて知らない方がいます。ネットの場合、あくまで一般の方が自分たちのイメージで書き込んでいるのでしょう。それは個人の自由ですが、報道する側は、やはりそれなりの知識というか、情報を持って、それを精査した上で書いていただきたいと思います。
上田弁護士 報道機関はニュースバリューが大切なわけだから、物事を面白おかしく報じる。メディア側の心理としては、それが「虐待」だとして、特ダネとしてそれを広めた方がいいわけです。ただ、それが世の中のためにならない場合も多々あって、逆に冤罪を生み出す可能性もある。事実は違うかもしれないから、専門の先生にきちんと判定を仰ぐとか調査報道とかいうような、反対側の情報整理が非常に大切だと思います。何も知らない人が最初に見ると、「こんなに切れている。痛いだろうな」という印象を受けますが、勉強して知識が増えるにつれて、それが「爪肥厚(そうひこう)」(爪が育ち過ぎて分厚くなる)という爪で、シーツに引っ掛かって出血する場合もあることを知る。そうなって初めて、「ここまで切るのが正しいんだな」と分かるわけです。だから今回の問題では、マスコミ報道も悪い流れをつくった要因の一つだと言わざるを得ませんね。
―訪問看護で介護福祉士が行う通常の爪切りについても、出血を伴えば逮捕されるかもしれないとの懸念も広がりました。3年2か月の裁判を振り返って、現場の方に何を伝えたいですか。
上田さん 一番怖いと思ったのは、現場が萎縮すること。そして、きちんとした援助を受けられない患者さんが増えることでした。でも今回、弁護士の先生方や支援者の方々のおかげで無罪が確定し、爪切りは評価されていいということが公明正大にいわれた。だから、今フットケアに従事している方々には自信を持ってほしい。積極的にやらないと技術も向上しないので、萎縮せず、とにかく積極的にやっていただきたいと思います。
■ ■ ■
2007年夏、北九州市の第三者委員会「尊厳擁護専門委員会」は、上田さんの爪の処置を高齢者虐待防止法が規定する「虐待」に当たると認定。報告を受けた市が病院側に再発防止などを指導した経緯があるが、今回の無罪確定を受け、市では年内に同委を開き、認定の経緯を検証する方向で動きだしている。一方、上田さんは病院側に地位確認や慰謝料などの支払いを求める訴訟を起こしているが、今年10月の弁論準備で、裁判所側は和解による解決を打診した。現在、上田さんは北九州市内の小児科クリニックに勤務している。
【志布志事件】
03年4月、鹿児島県議選(統一地方選)の曽於郡選挙区で当選した中山信一県議の陣営が、曽於郡志布志町(現・志布志市)の集落で住民に酒や現金を配ったとして、中山氏やその家族らが公職選挙法違反容疑で逮捕された。鹿児島県警が自白の強要や長期勾留などの違法な取り調べを行ったとされる事件。07年2月、鹿児島地裁は唯一の証拠とされた供述調書の信用性を否定し、主犯とされた中山氏を含む被告12人全員(1人は公判中に病死のため公訴棄却)に無罪判決を言い渡した。鹿児島地検が控訴を断念したため、無罪が確定した。
( 2010年11月23日 10:00 キャリアブレイン )
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