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友達、友人、友情
坂本龍一 「現在友達と言える人はほとんどいない」
Q.先ほどのお話で、大学に行っていらしたのは主として友達と会うためだった、
と答えていらっしゃいます。坂本さんにとって友達とはどういう存在でしたか。
やはり、大切なものでしたか。
それがですね、ぼくは現在友達と言える人はほとんどいないんですよ。
あなたがたにこういう質問をされて、初めて考えましたが、多分友達が必要なのは、
自分が確立していないからなんだと思います。まず、自分にやることがあれば、
時間がもったいなくて、わざわざ友達に会う為に一時間もかけて学校に
なんか行きませんよね。
それからブラブラ暇そうな友達を見つけて、そこから
またお茶の水なり四谷なり新宿に出かけていき、何をするのでもなくただ
ダベっている訳ですから。
ぼくにはもう一生、あんな時間の使い方はできないでしょう。
ですから、質問の趣旨とは異なりますが、ぼくの現在の気持ちは、友達が大切、
ということとは異なります。因みに現在のぼくの友達の定義は、ぼく(たち)に
何らかの危険があった時に真っ先に電話をする人、です。そうなると、
ただしゃべっていておもしろい人とかは、おちます。もっと本当に頼れる人。
そうするとほとんどいない。ぼくの場合日本に何人か、アメリカに少し、
ブラジルに少し、というように世界中でも何人か、でしょう。
本当に頼れるのは、一緒に暮らしている家族ではないでしょうか?
大学時代にダベっていた「友達」とは現在ほとんど交流はありません。
あんなに毎日一緒にいたのに。よく新聞とかで、エライ企業人とかの
昔話しで友達の大切さ、なんて書いてありますよね。
ぼく、あんなの信じられない。高校・大学を通して一番「友達」と言えるのは、
高校時代の現代国語の教師だった人です。在学中から「友達」だった。
学校の中では一応、先生・生徒のフリをしていたけど(笑)。
http://www.sakamura-lab.org/tachibana/hatachi/sakamoto.html
押井守『凡人として生きるということ』〔幻冬舎新書、123〜125頁〕より
僕は今でも、話すべきテーマがない時に他人と話したいとは思わないし、そうする必要を
感じたこともない。言葉がなくても一緒にいられるのは犬くらいなものだ。それでもどこかで
誰かとしゃべっているのは、仕事があるからだ。仕事上、話をしなければならないことは
山ほどある。スタッフと話さないと仕事は進まないし、出資者と話して映画の理解を得なければ
ならないし、マスコミの取材を受けて宣伝してもらわないといけない。
(略)
友人にはしたくないような、とんでもないやつらもたくさんいて、でも、仕事だから付き合えるし、
そういう人間も面白いとも思える。例えば、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーは友人としては
ともかく、仕事というフィルターを通すと、これほど面白い人間はいない。
仕事はそんな面白い出会いを
用意してくれるのだ。
(略)
僕には友人と呼べる人はひとりもいない。けれど、仕事仲間ならたくさんいる。友人などほしいとも
思わない。仕事仲間がいれば、それで十分だ。
http://www.j-cast.com/kaisha/2008/10/20028534.html
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