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書評

あまりに安い賃金

 著者が潜入した労働の現場は、3カ所。まず、フロリダ州キーウェストでウエートレスとして、次いでメイン州ポートランドで家庭の掃除を代行する会社の掃除婦として、最後にミネソタ州ミネアポリスで、スーパーマーケットの店員として働き、その実態をつづっていく。

 どの職業も、日本のごく一般的な人ならば(そして、インターネットにアクセスして「SAFETY JAPAN」を読む程度のメディア・リテラシーがある人ならば)、「主婦のパートタイマーがやる仕事じゃないの」と思うだろう。それほど難度の高い仕事とは思えないし、重労働という印象もない。また、それほど困窮している者が働いているという印象ではないかもしれない。

 だが、著者の描き出す実態は、我々の想像を絶するものだ。

 著者が描き出す、米国の単純労働者層の特徴は、まず何よりも「収入が少ない」ということ。

 フロリダ半島先端の観光地、キーウェストのウエートレスが受け取る賃金は、時給2ドル43セント(ドル117円として284円)だ。1日8時間労働なので、日給は19ドル44セント(2274円)、月に22日働けば月収は427ドル68セント(約5万円)となる。これらに客からのチップが加わる。著者はシーズンオフになるとチップが1日20ドルを切ると記述しているので、少なくとも正規の収入を超える額のチップ収入があるのだろうが、それでも月収1000ドルそこそこの中から、月500ドルの家賃、そして毎日の食費を支出していくのは並大抵ではない。

 この収入で家族を養う者となると、その悲惨さはさらに増す。賃貸アパートを他人とシェアするというのはまだましなほうで、家を失い自家用車で寝泊まりする者もいるのだ。

 そう、家を失っても自動車を失うわけにはいかない。極端な車社会である米国では、自動車を失うと職場への通勤すらできなくなってしまう。

 低賃金に音を上げた著者は、全米にチェーン展開しているレストランと兼業することにする。朝食と昼食の時間を、チェーン店で働き、午後から夜にかけては従来のレストランで働く。これで収入は2倍だ。

 しかし、1日16時間もの労働がいつまでも続くはずがない。著者の描き出すキーウェストにおけるウエートレスの労働状況は、現代のオフィスワーカーよりも、18世紀イギリスの炭鉱労働者により似ている。休憩時間は短く、休憩場所はそもそも用意されておらず、そして一見清潔に見えるレストランの従業員スペースは、実に不潔なのだ。

 著者は耐えきれずにかんしゃくを起こし、キーウェストを去ることになる。もちろん、著者の同僚となった人たちにはかんしゃくを起こす自由すらない。

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