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[21285] 【習作】装甲剣姫 虎徹 ~異界録~ (ゼロ魔 × 装甲悪鬼村正 ) 
Name: チビ黒サボテン◆8aa26a54 ID:b93c8024
Date: 2010/11/21 13:56
※前書き

このSSはゼロの使い魔と、装甲悪鬼村正のクロスオーバーSSです。


このSSを読まれる前に、以下の事項に当てはまる方はブラウザバックをされる事をお勧めします。

・オリキャラ?原作ディスってんの?

・え、グロ?なにそれこわい

・いやいや、村正でグッドエンドとかwwwwwwないないwwwwww

・俺のr(ry

以上です。
では拙い文章ですが、楽しんでいただけたら幸いです。


・更新履歴
10.08.18 序章 投稿
10.08.22 第一話 投稿 序章 修正
10.09.03 第二話 投稿
10.09.04 第三話,前書き 投稿 第二話 修正
10.09.07 第四話 投稿 第三話 修正
10.09.09 第五話 投稿
10.09.11 第六話 投稿
10.09.15 第七話 投稿
10.09.30 第八話 投稿
10.10.04 第九話 投稿
10.10.11 第十話 投稿
10.10.13 改題 前書き 修正
10.10.17 第十一話 投稿 序章,第一話 改訂
10.10.23 第十二話 投稿
10.11.21 第十三話 投稿 第十二話 修正



[21285] 【習作】装甲剣姫 虎徹 ~異界録~ (ゼロ魔 × 装甲悪鬼村正 )  序章
Name: チビ黒サボテン◆8aa26a54 ID:e1b2b78a
Date: 2010/10/17 15:32
燃えていく。未練も後悔も何もかもを巻き添えに。

――宇…の果ての……――



あの人は逃げられたのだろうか。まぁ、あのいけすかない骨董品もいるのだ。逃げ遅れて焼死、などということは無いだろう。嗚呼、これで――

これで終わりか……

声に出してみると平時とは異なるしわがれ声。それも当然か。こうしている間にも私は生きながらにして荼毘に付されているのだから。鈴を転がすような等と褒めちぎられた美声も今は昔。諸行無常である。私のような美少女が、こうして若くして死んで行くのはひょっとして世界にとって大きな損失なのではあるいまいか?

――神…で美し……――



益体もないことを。私から奪うばかりだった世界から私がいなくなることが損失?しかしなるほど、そう考えると少しは溜飲も下がる。世界を消し去ることはできなかったが、私を消し去ることで世界に一矢報いること出来るというわけだ。

――何を馬鹿な。

下手な嘘だ。そんな嘘では自分ひとりだって誤魔化せない。私は最後の最後で敗北した。だからこうして誰に看取られることもなく、みじめに死んで行くのである。でも――

――……力な使い……――



(悪く無かったな・・・)
そう悪くなかった。最後に好きな人と会えたのだから(邪魔なものもいたが)。それに何より、

――私は心より…め、訴え……――



――このうるさい声と、ようやく別れられるのだ。
最善ではなかった。だが、最悪でもなかった。だから落とし所としてはここらが上等なのだろう。だっていうのに


――――我が導…答えなさいッ!!――――




どうしてこの声はいつにも増してやかましいのだろうか。まったく別れた恋人に復縁を迫るわけでもあるまいに、しつこいったらない。せっかくこちらが何とかこの理不尽に折り合いをつけて死のうとしていると云うのに――



眼がとうにただれて落ちている彼女には知る由もないことだが、彼女の眼前には一枚の鏡が浮かんでいた。
彼女は鬱陶しげに焼けただれた手を虫でも払うかのように振るう。その手の先が鏡の縁に触れる、と同時。燃え盛る炎よりなお明るい光が室内を満たし――

そして、世界の破滅を願った少女は灰も塵も残さずこの世界より消え去った。



もう後がない。
少女――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは焦っていた。顔にも、自慢の桃色がかった金髪にも、体中に煤がかかっているのに気にするそぶりもない。
彼女の在籍するトリステイン魔法学院では一年次から二年次に進級する際に使い魔の召喚が義務付けられていた。春の使い魔召喚の儀式、使い魔を召喚、契約し、自身の魔法属性と専門課程を決める大切な儀式である。これが出来ないものは、二年次に進級できない。つまり留年することになる。

――――そんなの、嫌ッ!

そんなことになったら家族はどう思うであろうか。名門貴族たるヴァリエール家の面汚しとなった自分を。だから――ここで失敗するわけにはいかない。だと言うのに。

「ゼロのルイズは使い魔も召喚できないのか!」

「さすがはゼロのルイズだ!」

そう、だと言うのに、未だ使い魔の召喚は成功していなかった。何十回もの詠唱を経て現れたものは、ただの木切れに石ころ、そして失敗の際の爆発でえぐれた地面のクレーターのみであった。

「ミス・ヴァリエール……」

監督役の教師コルベールも焦れてきたのか声に若干の険がある。――恐らく今度失敗したら次は無い。

(落ち着きなさい、ルイズ)

思い切り深呼吸し、気持ちを切り替える。眼を閉じ意識を集中させて、幾度も唱えた呪文を一切の間違いがないよう細心の注意を払いながら朗々と詠み上げる。
思い出せ。自分の進んできた道を――

「宇宙の果てのどこかにいる、わたしの僕よ」

私はたとえゼロと呼ばれようとも諦めなかった。魔法が成功せずともくじけなかった。それはなぜか?

「神聖で美しく、そして、強力な使い魔よ」

私が貴族だからだ!
『貴族は魔法をもってしてその精神となす』……魔法の満足に使えない私にとっては呪いのような言葉だ。私はそれでも貴族らしくあろうと努めた。実技では失敗続きでも、座学では常に主席を維持し続けた。口さがない学友の蔭口にもめげなかった。

「わたしは心より求め訴えるわ」

思い返してみても何一つ恥じることのない道程だ。
なればこそ、さぁ奮起せよルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。お前の道はまだ続いている!

「我が導きに答えなさい!」

私はやれることはすべてやった。
これでだめだったら――――だめだったら?どうだというのだろう。私はこんなにも努力しているのに、それではあんまりではないか。
思い返してみれば世界はいつも私に冷たかった。始祖にもいったい何度、魔法が使えるようになりますようにと祈りを捧げたことだろう。しかし結果はどうだ。私は未だに満足に魔法が使えぬままではないか。

(信じられない)

そう信じられない。世界など信じられない。あんなに祈ったのに魔法の一つも使えるようにならない始祖も信じられない。
では、私の信じられるものとは一体何だろうか?
――――そんなものは決まっている。

(私の積み重ねてきた全て……私自身!)

そう。
ならば、

(この呪文じゃだめだ)

世界に使い魔を授けてくれと、媚び、願うような呪文では。
必要なのはもっと強い力。話を聞きたがらない、分からず屋の首根っこをひっつかんで耳元で叫んでやるのだ。
ルイズは大きく息を吸い込み、両足でしっかり地面を踏みしめ、その鳶色の瞳で世界を睨みつけながら腹からしっかりと声を出して呪文を詠み出した。

「宇宙の果てのどこかにいる、わたしの僕よ!」



その呪文は先ほどまでと一言一句同じ内容ではあったが、



「神聖で美しく、そして、強力な使い魔よ!」



そこに込められた意思は異なっていた。



「わたしは心より求め訴えるわ!」



それは声高に叫んでいた



「我が導きに答えなさいッ!!!」



――――私は、ここにいるのだ、と





かくして、その大音声は時空も空間も飛び越えて死にゆく少女の耳朶を打ち、そのあまりの五月蠅さに手を振るわせしめた。
世界に奪われ復讐を誓った少女と、世界に拒絶されそれでも歩み寄る少女。ここに在り得ない邂逅はなる。

・あとがき
改訂。中央揃えのタグを試してみる。




[21285] 【習作】装甲剣姫 虎徹 ~異界録~ (ゼロ魔 × 装甲悪鬼村正 ) 第一話
Name: チビ黒サボテン◆8aa26a54 ID:4a3203a4
Date: 2010/10/17 15:34
※微グロ注意?



第一章 帯刀ノ儀






(失敗か……)

男、ジャン・コルベールは禿頭に手をやり、残り少なくなった頭髪をいたわるようになでつける。そして周りに気取られぬよう小さくため息をついた。
眼前では生徒の一人、ルイズがサモン・サーヴァントの詠唱を終えたところだった。
しかし、何も起こらない。完膚なきまでに失敗である。

ルイズは、自分の知る限り最も勤勉な生徒である。
先ほどの呪文の詠唱も完璧なものだった。
恐らく幾度となく練習を重ねたのだろう。目元に色濃く残るくまを見るに多分昨夜も。
だというのに一向に使い魔の現れる気配はない。
知らず天を仰ぐ。今の心持とは裏腹に抜けるような青空がどこまでも広がっていた。そんなところにまで何者かの悪意が絡んでいるような気がしてならない。いや、これは考えすぎか。とにかく、今は教師じぶんの責務を果たさねばならない。
視線を空から地面へと戻す。そこにはルイズがぼんやりと佇んでいる。

(彼女に告げなければならない)

そう、次の講義の時間が押している。他の生徒たちはみな召喚を済ましている。彼女一人のために時間を引き延ばすのはもう限界なのだ。

(私は告げねばならない)

この誰よりも勤勉な生徒に無情な宣告を突き付けねばならない。
ふっと自分がひどく醜い生き物のように思えてくる。しかし、この場にいる教師が自分である以上やるべきことは果たさねばならない。喉から出かける溜息を押し込みながら、彼女にどう切り出したものかと思いを巡らせる。

(悩んだところで仕方ないか……)

結局のところいくら言葉を重ねたところで現実が変わるわけでもない。ならばいっそ不遜な態度で事を切り出し、憎まれ役になることで彼女の心労を和らげるというのはどうだろう。我ながら悪くない考えだと思えた。それで行こう。
いざ声をかけようと思ったところで、その件の彼女がやおら背筋を伸ばし呪文を唱え出した。

先ほどまでとは打って変わった音階も韻もバラバラな呪文、勤勉なルイズらしからぬ乱暴な詠唱であった。だがその詠唱はなぜだか、ひどく心に響いた。見ればあれだけ騒がしかった他の生徒たちも一様に静まり返っている。呑まれているのだ。彼女に、この空気に。
予感があったのだ。今度の召喚は何かが違う、と。

「宇宙の果てのどこかにいる、わたしの僕よ! 神聖で美しく、そして強力な使い魔よ! わたしは心より求め訴えるわ! 我が導きに答えなさいッ!!!」

―――だから、ひと際大きな爆発が起こっても誰も驚かなかった。ただ一人、コルベールを除いては。

爆発に乗って流れてきた砂煙に嗅ぎ慣れた臭いがあることに気づきコルベールは愕然とした。焼ける肉の臭い、喉奥に張り付くような油の気配……ヒトの焼かれた臭い。慌てて生徒の数を確認する。

「みなさん!怪我はありませんか!」

「ありませ~ん」「このマント買ったばかりなのに~」「なんか臭くない?」

どうやら全員無事のようでほっと胸をなでおろす。失敗魔法で誰かが焼かれた、という訳ではないようだ。では、この臭いは一体何なのか?幸い臭いの元があるであろう辺りは未だ砂煙で覆われている。予想通りの代物であるなら生徒たちには刺激が強すぎるだろう。ここはひとまず、召喚者であるルイズを残して他の生徒は返すべきだろう。そう考えたところで、

「ゲホッゲホッ!ちょっと何よコレ!まったくルイズったら・・・タバサ!あんたの魔法でこの砂煙何とかしてよ!」

「自分でやればいい」

「いまの爆発で杖がどこかに行っちゃったのよ!ゲホッねぇお願いだから!」

「……」

赤髪の生徒にせかされて青髪の生徒が気だるげに杖を振るう。

「!待っ」

待て、と言い切る前に魔法によって辺りを覆っていた砂煙がはらわれる。
そうして現れたのは――――全身が焼け爛れた無惨なヒトガタだった。

一瞬の静寂。

ああ・・・今日は厄日だな、と何処か他人事のように思った。

「キャアアアアアアアアァァァァァァッッッ!!!」
「ひっ…ひひひとっ! …人がっしっ死んで…!」
「ウッ……おえええええぇぇぇぇ~」

悲鳴を上げる者、嘔吐する者、失神する者。阿鼻叫喚であった。
温室育ちの貴族の子弟である。人の死体などこれまでまともに見たことなどあるはずも無いのに、それをいきなり眼前に突き付けられたのだ。この混乱ぶりも無理からぬことだろう。増してそれが焼死体ともなればなおさらだ。

(こうならないように先に他の生徒達は帰すつもりだったんですがね……)

一人心の中で嘆息すると、まずは一番ショックが大きいだろう生徒のほうへと向かった。

「ミス・ヴァリエール」

「ミスタ・コルベール……」

ルイズは件の焼死体の傍に佇んでいた。声は震え、顔面は蒼白で今にも倒れそうなのに、それでも倒れまいと踏ん張っていた。気丈な子だ、そう思わずにはいられなかった。

「ミス・ヴァリエール、気を落とさないでください。 今回はこんなことになってしまいましたが、それでも召喚は成功しているのです。
ですから特例ではありますが後日また 「先生、違うんです!」 ……何がですか?」

口下手な自分なりに、死体を召喚して落ち込んでいるだろう生徒を精一杯励まそうとしていたのだが、それを途中で遮られて怪訝な顔をする。

「違うんです先生! この子はまだ死んでない! ほら見て! また胸のあたりが動いた!」

「何ですと!」

一気にまくし立てられて、死体のほうに目をやると、確かに言葉の通り胸のあたりがかすかに上下しているのが分かる。

「! ッこれは……! 誰か! すぐに保健の先生に連絡を! ……っ!」

言って振り返ったところで思い出す。生徒達は未だパニックの真っただ中であることを。仕方がない、この場を収める人間がいなくなってしまう事になるが人命には代えられまい。そう考えて飛び立とうとしたところ、

「私が行く」

「はっ?」

ややもすれば聞き逃しそうな小さな、しかしはっきりした声。彼を呼びとめたのは先ほどの青髪の少女。小柄な体躯に不釣り合いな大きな杖を持っている。確かガリアからの留学生で名前は――

「タバサ」

こちらの逡巡を遮ってあちらから名前を告げられる。そう姓も何も無しに、ただ"タバサ"。貴族の名前としてはあまりに不釣り合いである。それに殆どの生徒がうろたえている中でこの落ち着き様。異様というほかない。
ただ大なり小なり貴族とは裏に何かしらの事情を抱えているもの。興味は惹かれるが、自分は明らかに蛇がいるとわかっている藪をつつく程酔狂ではなかった。増して今は緊急事態である。

「失礼。ミス・タバサ、確かあなたは風系統のメイジでしたな。
保健の先生を呼びに行くついでにこの方の搬送もお願いしたのですが……やっていただけますかな?」
「分かった」

言い終わると彼女はレビテーションを唱えて焼死体……いや、まだ辛うじて死んでいないか。とにかくそれを慎重に浮かせて、使い魔を呼び寄せた。

(風竜、ですか……。メイジの実力を見るには使い魔を見よ、と言いますが……)

空がそのまま抜け落ちたような美しい青色の、全長6メイル程の風竜の幼生。それが彼女の使い魔だった。風系統のメイジの使い魔としては最上の部類である。それだけとっても彼女の実力の高さが窺える。加えて先ほどのフライの制御の緻密さ。彼女に任せておけば安心だろう。

「待って!私も行きます!」

「ミス・ヴァリエール……そうですね、そうしたほうが良いでしょう。 ミス・タバサ、お願いできますか?」

「構わない。乗って」

「ありがとう……ミス・タバサ……」

「…………」

タバサは黙って首を横に振って応えた。そのまま手に持つ杖で使い魔の頭を軽くたたく。

「学園まで。急いで。でも慎重に」

「きゅいきゅい」

そうして一気に、だけど静かに学園に向かって飛び去って行った。ともかくこれで一安心である。

――――本当に?
自分の中のあまり思い出したくない部分が告げてくる。あそこまで焼けた人間の救命など不可能だ、と。そう、自分は散々見てきたではないか。よく知っている。老人が、子供が、男が、女が、平民が、貴族が――――炎にまかれて悶える様を、絶叫を上げる様を、息が続かず痙攣する様を、すべて!全て!スベテ!自分は知って――――

(……いけないッ)

続く思考を強引に断ち切る。もう昔の話だ。今の自分には関係ない。
今は自分の教師としての責務を果たさなくてはならない。さしあたっては未だパニックの只中にある生徒たちをどうにかしなくては……。



「はい、じゃあそこに降ろして~……静かにね……」
「…………」

先生の指示に従ってタバサが私の使い魔(仮)をベッドの上に降ろす。自分の使い魔(仮)の事だというのに何もできない自分が恨めしい。本当になぜ私は魔法が使えないのだろうか。

「うひゃ~……何やったのこれ。 皮がほとんど焼けちゃって脂肪が見えてるよ~……うわっグロっ」

「「………………」」

患者に対してその態度は無いと思う。

「あれ?ゴメンゴメン。今のはちょっとした冗談よ。怒らない怒らない」

「冗談って……不謹慎です!人が死にかけてるんですよ!?」

「ん~……」

ふぅ、とため息をひとつつくと、先生は一転して真面目な顔をして話し出した。

「でもね、この保健室ではやれることに限界があるってのは覚えておいて。
いい?ここまでひどい火傷だと助かる目なんて殆どない。
備蓄の秘薬を片っ端から突っ込んでも助かるかどうか……だから私としては苦痛を和らげる「先生ッ」……なんだい?」

限界だった。そんな話は聞きたくなかった。眼前、先生のメイジらしからぬ白い服に縋りつく。

「秘薬のお金ならいくらでも払いますから……助けて……お願い……先生……助けてっ……~ッ!」

――後は、もう、言葉にならない。

「……あ~、分かった分かった! やれるだけやってみるから!」

わしわしと、乱暴に髪をかきまわされる。

「え?」

思わず顔を上げた。

「まったく、ひどい顔だねぇ……美人が台無しだよ?」

不器用に笑いながらこちらの目元を指でやさしく拭う。先生はよしっ、と一声気合を入れると奥の戸棚から秘薬を取り出し始めた。

「さぁさぁ出てった出てった! 悪いんだけど治療に集中したいからね! ここにいられても迷惑なだけ!」

空いた手を猫でも追い払うように、しっしっと振りながら、背を向けたままで先生は言った。

「あの……表で待っててもいいですか?」

「ん?ああ、そんくらいなら構わないけど、静かにね~」

「は、はい!……あの先生ッ!」

「な~に~?」

いつもと変わらない気だるげな返事。将来ああはなるまいと密かに思っていた女性――

「ありがとうございます!」

「ん」

面倒そうに背中を向けたまま振られる手、その姿が、何故だろう。今日はとても頼もしく見えた。



保健室を出て静かに扉を閉めたところで、唐突に何者かに袖をひかれる。驚いて振り向くと、そこにいたのは、

「ミス・タバサ……」

「……」

ここまで使い魔(仮)を運んでくれたタバサだった。保健室では一言も喋らなかった為、彼女もいたのをすっかり忘れていた。こちらが急に振り向いた事に驚いたのか眼鏡の奥で目を大きく見開いたまま固まっている。

「ええっと……」

「……」

まさかあなたが居たのを忘れていたため驚いたのだ、と正直に言う訳にもいかない。どうしたものかと迷っていると、彼女は無言で廊下の奥を指差した。

「講義」

「あ……」

そう今はもう次の講義の時間である。わざわざそれを言うために待っていてくれたのだろうか?無口で根暗だと思っていたが、意外と優しい子なのかもしれない。でも――

「ごめんなさい。今日は私お休みするわ」

今は何よりもあの使い魔(仮)の安否が気になる。こんな状態でまともに講義が受けられるとは思えない。
彼女は一言「そう」とだけ言うと廊下の奥へと去って行った。
彼女が去ってしばらくしてから、不意に気づく。

「あ」

そう言えば私は彼女にちゃんとお礼を言っていない。先ほどの驚愕が抜けきっていないのか、それともまだ動転しているのか……。どちらにせよ失態である。
独りになった私はため息をひとつついて壁にもたれかかり、そのままずるずると床にへたり込んだ。
思い返すのは召喚の時のあの興奮。予感が、いや確信があったのだ。あの召喚を経て現れた何者かは、きっと自身の最良のパートナーとなると。ドラゴンが欲しいとは言わない。マンティコアが欲しいとも言わない。それが、鳥でも、ネズミでも、ミジンコだって構わなかった……流石に構うか。
しかし、召喚されたのは人間(?)の焼死体だった。なんという皮肉だろう。世界はどこまで私に冷たいのか、と悲嘆にくれ絶望しかけた時、ふと、その死体がまだ死体になっていないことに気付いた。
まだ私の道は途絶えていない。この子はまだ生きている。だから―――

(どうか生きて……お願いッ……話したいことがいっぱいあるの……やりたいことも……きっと、あなたが居れば魔法だって使えるようになるはず……そんな気がするの……)



彼女は祈る神を持たない。彼女が信じていた神は彼女を救ってくれなかったから。
だから彼女が祈るとすれば、それは自分自身か、今も病床で戦っている使い魔か、あるいはそれを助けようと奮闘する何者かになのだろう。



ふっと、自分の周りが急に暗くなった気がしたので顔を上げる。

「ミス・タバサ……」

「……」

目の前には先ほど講義に向かったはずのタバサが立っている。彼女が立っているせいで影になっている辺りにちょうど私が収まっていた。
彼女の傍らにはなぜか椅子が2脚浮いていた。それを音もなく廊下に着地させるとそのうちの一つに座って読書を始めた。

「……」

わけもわからずそちらを見つめていると、顔をこちらに向けないまま、こちらの座っている床の方を指差す。

「はしたない」

指差された方に目をやれば、なるほど何時の間にやらスカートがめくり上がり下着が……って!

「ななななななななななな 「静かに」 ……」

クールビューティーってのはこういうものなのだろう。羞恥のあまり立ち上がって辺り構わず喚き散らそうとした私を絶対零度の声と視線で黙らせると、そのまま読書に戻った。
……格好いい。私が男なら惚れているか、一生舎弟になっているところだ。
冗談は置いておいて本当に彼女は何をしに来たのか。

「……あの、講義は?」

「休んだ」

「ア、ソウデスカ……」

思わず敬語になってしまう。

「……」 「……」

「…………」 「…………」

会話が無い。いい加減にこの沈黙を何とかしたいと思っていると

「座って」

彼女が座っていないもう一方の椅子を示された。そう言えば私は先ほどから立ちっぱなしだ。

「えと、いいの?」

「……」

無言で頷かれる。

「じゃあ、座るね……」

「……」

また無言で頷く。

「……この椅子ってどこから持ってきたの?」

「空いてる教室」

その教室があると思しき方向を指で示しつつ彼女は答えた。
――――先ほどからまさか違うだろうと思いつつ否定できないことがある。いっそ思い切って彼女に確認してみようか。

「……ねぇ、ひょっとして私を心配して来てくれたの?」

「……」

返事は無い。返事はないが、彼女の二つ名のように白い首筋がほのかに赤く染まっていた。
分かった事がある。この寡黙なクラスメートは、意外に優しく、そして照れ屋だと。分かってしまえば先ほどまでつらく感じていたこの沈黙も、心地良いように思えてきた。今なら、気負わず心の底から言える気がする。

「ねぇミス・タバサ」

「……タバサでいい」

「そう、じゃあ私もルイズでいいわ。……それでね、タバサ」

「?」

「今日はありがとう……本当に」

「……どういたしまして」



「…………うら若き乙女が何やってるんだか……」

処置を終えて保健室から出てみると、そこではルイズとタバサが肩を寄せ合って眠っていた。やれやれ、と嘆息しつつ彼女らが風邪をひかないように保健室から毛布を持ち出しかけてやった。

(人が苦労している間にいい気なもんだねぇ、まったく)

見れば二人して手なんてつないでいる。いったい何があったのやら……。

「……て……」
「ん?」

何やらルイズが寝言をこぼしているので、そちらの方に耳を傾ける。

「……生きて……」
「…………」

よく見れば目元にも涙が流れた跡があった。さぞかし歯痒かったに違いない。自分の使い魔が危篤だというのに何もできないというのは。

「大丈夫だよ。あんたの使い魔はもう大丈夫だ。2、3日中には歩けるようになるだろうさ」

そう言って頭を撫でてやると、心持ち寝顔が穏やかになった気がした。

「さっっっってとっ!やー久しぶりにまともに働いちまったなー……あ~疲れた……一服してこよーっと……」

肩をぐるぐる回してコリをほぐしながら、保健室に戻って机から紙巻きタバコを取り出す。いつもなら窓を開け、ウィンドを唱えて煙がこもらないようにして保健室で吸うのだが、重症患者が居る横でタバコをふかすのはさすがに不謹慎に思えた。

(仕方ない……中庭辺りまで足を延ばすかね……)

保健室から出て行く前、ちらりと件の"重症患者"を見やる。金、というにはやや茶色がかった髪に、切れ長の目。体つきも小柄ながらあの年頃の娘にしては考えられないほどしっかりと筋肉が付いており、それでいて体のラインを崩すほどは付いていない。絶妙なしなやかを保ったその肢体は可愛らしさよりも、何処か機能美を感じさせた。例えるなら虎のようなネコ科の動物、その野性的美しさを感じさせる少女だった。

「まぁ、これから色々あるだろうけどさ。チビ助の事をよろしく頼むよ」

一声かけて保健室から出て、中庭へ向かう。
私はあのチビ助(ルイズ)の事を、他の教師より幾分良く知っていた。よく実技に失敗して怪我をする度にここにきて治療を受けていたからだ。だからあの子の頑固さもよく知っているし、負けず嫌いなのもよく知っている。誰よりも努力家なのも、それでも耐えきれずに涙をこぼしてしまう事があるのもよく知っている(そうして彼女が保健室のベッドで声を殺して泣いているとき私は決まってタバコをふかして知らんぷりをする)。だから本当によかった。彼女が使い魔を召喚できて。その使い魔を助けることが出来て。

(まぁ、使い魔が人間だなんて聞いてなかったんだけどねぇ……)

いつの間にやら中庭についたので、煙草を1本取り出して口にくわえる。杖を煙草の先に近付けて、

「うる・あーの」

気の抜けた声で発火の呪文を唱えて火をつけた(これをチビ助の前でやると、貴族の誇りがなんだとうるさい)。そこから一気に深く息を吸い込んで肺を紫煙で満たし、そしてゆっくりと息を吐いた。煙がゆっくりと天に昇っていく様はいつ見ても何処か物悲しさを覚える。呆けたように口を開けてそれを眺めながらあの使い魔の事を思い返す。

(使い魔は人間、か……それもそれで前代未聞だけど、本当に人間なのかねぇ……?)

思い出すのは、治療の事。秘薬も残り半分を切ったところでそれは起こった。これまで何をやっても反応の無かった体が、唐突に治癒し出したのだ。秘薬を使えば使っただけ治癒呪文の効果が上がり、皮膚が再生し、眼球が復元され、髪が生えそろった。結局、秘薬を使いきるまでもなく治療は終わった。

(あたしゃ、失われた眼球が魔法で治ったなんて話は聞いたことが無いんだがねぇ……)

そう、魔法にも限界がある。失われた腕や足を補う方法は魔法にも存在する。しかしそれはマジックアイテムで補うと言うだけで、そのまま以前の腕や脚を再生するということではない。まして今回は複雑で補填の難しい眼球である。大体全身があんなに早く回復することなんてあり得るのだろうか。

(私の魔法の腕が急に伸びたところでそんな事が出来るとも思えないしなぁ……)

問題はまだある。復元された時にちらっと見た彼女の耳。

(……とがってたような気がするな~……)

耳がとがった種族と言えば、ここハルケギニアにおいて真っ先に思い浮かぶのはエルフである。曰く、人類の敵。曰く、人を食う。曰く、メイジ100人分の脅威の戦闘力。要するに超危険なのだ。

(あ~早まったかな~でもチビ助の使い魔だしな~助けないわけにも行かないしな~うお~)

ガシガシと頭をかきむしってもいい考えはさっぱり浮かばなかった。

(あ~いいや!なるようになるだろ!)

結局考えを保留して、煙草を楽しむ。今日もまた旨かった。

「おや、ミナト先生。休憩中ですかな」

「ありゃ、コルベール先生。いやなに仕事納めの一服ですよ」

通りがかったハゲが声をかけてきた。手には木箱を持っており、中にはよくわからないガラクタが詰まっている。

「ああ、それはお疲れ様です。それで、その、ミス・ヴァリエールの件ですが……」

「え?ああ召喚の儀の監督はコルベール先生でしたか。大丈夫、今頃廊下で寝てますよ」

「廊下で……?いや、とにかく私の方から学園長には掛け合って、何とか再召喚が出来るよう取り計らいますので……ミナト先生、彼女のメンタル面のケアはどうかよろしくお願いします……」

ん?ひょっとして彼は使い魔が死んだと思っているのか?

「いやいや先生。使い魔さんはピンピンしてますよ。もう2、3日もすれば立って歩けるようになると思います。まぁおかげで水の秘薬のストックはすっからかんですがね」
「……え?」

―――妙な反応だ、顔を真っ青にして。まるで太陽がいきなり西から上ってきたみたいな驚き様だ……

「コルベール先生?」

「え?あ、いや、それは目出度いですな!あっはっはっで、では使い魔さんが回復したら私に知らせてください。その時にコントラクトサーヴァントを済ませてしまいましょう!ミス・ヴァリエールにも伝えておいてください!それでは!」

「あ……」

言いたいことだけ言って去って行ってしまった。何だと言うのだろうか。
まぁいい。今夜は二つの月が特に奇麗だ。こんな日は格別にタバコが旨い。とはいえいつまでも廊下にあの二人を放置しておくわけにも行くまい。名残惜しいがこれを吸い終わったら、さっさと戻って二人を寮に返さなくては……。



夢うつつに、声を聞いた気がする。
確か「イキテ」だったか……生きて?一体自分に生きてほしいなぞと望む者がいただろうか?
ああ、何故だろうとても静かだ。あれほど喧しかったアイツの声も今は聞こえない。
ここは地獄?それとも天国?
考えるまでもない。これまでの行いを振り返ってみれば前者に決まっている。
しかしそれにしても体中が痛い。痛くはあるが地獄の責苦と言うほどではなく、極楽の心地と言うには程遠い。なんとも中途半端な痛み。これは現世の苦しみだろう。

――――どうやら私はまだ死んでいないらしい。
試しに動こうとしてみると体を動かす事が出来た。大変な苦痛を伴ったが。そこで大変な労力を使って瞼を動かしてみる。
最初に目に入ったのは白い天井。
そして、鼻をつく独特の薬の臭い。体の方に目をやれば包帯で全身ぐるぐる巻きにされた己の体。治療が行われた跡が窺える。
どうやら私は何処かの医務室に寝かされているらしい。
失敗した私を結社の連中が助けるとも思えないし、どこぞの酔狂な輩が自分をあの場所から連れ出したということか。目的は不明だがこんなに丁寧な治療を施すぐらいだ。目覚めて早々に殺されると言ったことは無いだろう。

次いで自己診断をしてみる……どうやら私の機能のほとんどは手痛い打撃を受けて沈黙しているようだ。流石に第七地獄の炎は伊達では無かったらしい。
それで"耳"も麻痺した為この静かさなのだ。
という事は、いずれ機能が回復したら自分はまたあの騒音に悩まされるということだ。それまでせいぜいこの静けさを楽しませてもらうとしよう。
それにしても何という皮肉か。夢破れて初めて自分の願いがかなうとは。だがもうそんなことも今はもうどうでもいい、体の痛みも気にならない。とにかく今はこの静けさの中で泥のように眠りたい……嗚呼……なんて……静か……



その晩、本当に久方ぶりに彼女は夢を見た。誰もいない草原で横になって流れる雲を追う夢を。現実の彼女の頬に伝う涙を、ただ二つの月だけが見ていた。

・あとがき
軽く改訂。見栄えを良くするにはどうしたらいいのやら。
とりあえず・・・を三点リーダーに変換。




[21285] [習作]無題 (ゼロ魔 × なにか ) 2
Name: チビ黒サボテン◆8aa26a54 ID:d0ff2a3f
Date: 2010/09/04 00:35
さえずる鳥の声が耳朶を打ち、まばゆい光が瞼越しに瞳に突き刺さる。
どうやら今はもう朝らしい。という事は養護教諭たる彼女は出勤の支度をしなくてはいけない。
いけないのだが―――体がだるくて動けない。仕様の無い事である。昨日は大変な労力を払って重症患者を救ったばかりだ。ならば、神様だって今の彼女の体たらくを責めることなどできないだろう。尤も、神様は責めずとも、他の何かに責められる事はあるだろうが。

(我が愛すべき同僚の紳士淑女諸君・・・あいつら貴族以外にゃとことん冷たいからな~・・・)

没落貴族で、路頭に迷っていた所をこの学園に拾われた彼女は、同僚の教師からの受けが悪く、たびたび嫌がらせを受けていた。そんな彼らの前で遅刻のような醜態を晒そうものなら、嬉々としてその事で文句を言ってくるに決まっている。
そんな職場でも何故辞めずに続けているのかと言えば、その理由は偏に給料の高さにあった。
貴族ばかりが集うこの学園、当然のことながら金払いも良いのである。その給金の為ならば、少々の嫌がらせも、学園長のセクハラも我慢できた。
だから早く起きなくては。

(だ~~~~も~~~~~~給料分!給料分!!給料分!!!)

妙な文句で自分を鼓舞して無理やり体を起こす。

(・・・どこだぁここは?)

見慣れたベッドに、見慣れた机、嗅ぎ慣れた薬の臭い。彼女の城にして職場たる保健室に相違なかった。

(・・・なんで、あたしは、こんなところに?)

欠伸をしながら、伸びをして体の関節をほぐしつつ(いたる所から小枝を折るような音を響かせているのが哀切を感じさせる)、起きぬけのぼんやりした頭で自分がここにいる経緯を思い出す。確か、治療が終わった後中庭に一服しに行って、帰ってきて二人を部屋に追い返して、患者に何かあるといけないから寝ずの番をしようと思って――――患者?!
慌てて患者が寝ていたベッドの方を確認しようとして、

「お?おはよーさん」

そんな気の抜けた挨拶に動きを止められた。大変な労力を払って首を声のした方向へと向ける。

「やー気持ちの良い朝だ。正に雲ひとつ無い良い天気だね~。個人的にはもう少し雲量が欲しいところ・・・って、どしたの?鳩が豆鉄砲喰らったような顔しちゃってさ」

ソイツは、にやにや笑いながら窓辺に立ち、暢気に空模様の批評なんぞしつつ、それについて行けずに固まるこちらの反応が気にいらないのか「おーい」等と言いながら人の顔の目の前で手なんか振っている。
だがちょっと待ってほしい。ソイツは昨日まで裸婦顔負けの皮まで脱いだヌードを晒して生死の淵を彷徨っていた筈では無かったか。確かに驚異の回復を遂げはしたが、まだまだ顔色は悪く、体のあちこちにガタがきており、意識が戻ったところで二、三日は歩けない筈ではなかったのか。ソイツは、あの患者は。それが立って歩けるだけでも驚きなのに、今は顎に手をやりつつ空の趣と雲量の因果関係について、どうでもいい持論をぶちまけている。

(無茶苦茶だ・・・)

そのあまりの回復の早さに自分の積み重ねてきた常識が崩れていくのを感じながら、どうにかこぼれそうになる愚痴とか文句とか不平とかを飲み込んで、なんとか彼女は医者としての自分を取り繕った。まずは問診から・・・彼女の終わりの見えない演説も放っておく訳には―――

「あー、え、と・・・昨日はよく眠れた?」

いかん、まだ寝ぼけているらしい。ごく普通の言葉が出てしまった。

「――――うん。よく眠れたよ。久しぶりに夢なんか見ちゃってさ。草原で寝転がって眠る夢。ははっ全く夢の中まで眠ってるとか我ながら馬っ鹿で~!」

からからと笑いながら、こちらの顔を覗き込んで「ね~?」なんて言いつつ同意を求めてくる。
――しかしそんな楽しげな姿が、何故だか痛々しく見えた。ふっと唐突に思いつく。彼女は笑いながら泣いているのではあるまいか。
馬鹿々々しい。降って湧いたその考えを、思考の彼方に追いやる。今度こそ医者らしい質問をせねば。

「そう、それは良かった。体の調子はどうだい?何処か痛い所は?」
「んー痛い所は、痛くない所を探すほうが大変なくらい。体の調子も、目眩はするし、頭も痛い、その上耳鳴りまでする・・・でもまぁ、立って歩けないほどじゃあない」
「何をし「待って」」

何をしているんだと、と言おうとした所に片手を目の前に突き付けられ、続く言葉を遮られる――と、そのまま突き付けられた手が両目を覆うようにして顔面を掴んで、先程這い出したばかりの寝床に押し倒される。次いで両肩口に圧し掛かられ、こちらの動きが封じられた。

「質問に答えてあげたんだから今度はこっちの番ね~。色々と聞きたい事があるんだ。こっちとしても助けてくれたっぽい人に手荒なまねをするのは、あんまり趣味じゃないんで、素直に答えてくれるとありがたいにゃー」

両目を塞がれているので、今自分がどんな状態に在るのかさっぱり分からないが、それでも首元にヒタヒタと叩きつけられる冷たい何かの感触は何よりも雄弁だった。
まったく、どこの世界に助けた患者に襲われる医者が居ると言うのだろうか。自分の事で無ければ腹を抱えて大笑いしてやるところなのだが、当事者であるならそうもいかない。

「あー、分かった・・・何が知りたいんだ?」

言ってやりたい事は山ほどあったが、それを言ってしまえばろくなことにならないという予感がするので、ぐっと堪えて相手の思惑に乗ってやった。

「お?おねーさん協力的だねー。ちょっと軽すぎる気もするけど、まぁこっちとしては助かるからいっか」

(後半は聞かなかった事にするとして・・・前半はいい事言ったよこの子っ!)

だいぶ負の方向に傾いていたこの患者への心象が、一気に反対側に傾く。単純と思う事無かれ。女性は幾つになっても年若く見られれば嬉しいものなのだ。大体後半にしたって、仕事と、自分の命とを天秤にかければ後者に傾くのは当然なのだから、命を守るために多少饒舌になるくらいは勘弁してほしい。

「――――さて、じゃあ質問するよ」

一転して底冷えするような重く、冷たい声・・・先程までのおどけた様に天気についての高説を垂れていたのと同じ人物が声を出しているとは到底思えない。浮ついていた気分も一瞬で沈んでしまい、代わって嫌な汗が湧いてくる。
大体この患者の知りたい事とは一体何なのだろうか?
この学園の秘密?財宝の在り処とかだろうか?
しかし新参者の自分が知っている事など、たかが知れている。せいぜい学園長が使い魔で覗きを繰り返しているだとか、コルベール先生が時たま思いつめた表情で図書館で魔法薬の本(決まって毛髪に関係した物)を読んでいるだとか、三流ゴシップの域を出ないどうでも良い情報ばかりである。
ではいっそ金目な物を渡して勘弁してもらおうか。いや待て、宵越しの銭を持たない主義の私はそんな物は持っていない。ばかりか、現金すらこの前の虚無の曜日に博打で摩ってしまったから、ほとんど残っていない。畜生、あそこでピンゾロが来なければ・・・
――――ところでこの患者は、脅した相手が欲しい情報を持っていなかった場合に喉元に押し当てた冷たい何かをどうするつもりなのだろうか?まずい事に・・・私は、私の身を守るための情報も、相手の慈悲を買う金も持ち合わせていないのだが。
戦々恐々としているこちらに構わず、冷たい声が降ってくる

「聞きたい事は三つだ。一つ、ここはどこか。二つ、あんたの所属する組織は何か。三つ、あてをここまで連れて来た目的は何か・・・どうした?さっさと答えなよ」

・・・・・・

「・・・い、いや、そんなことで良いなら、いくらでも答えるけどさ・・・そんな事聞いてどうするんだい?」

わざわざ人を押し倒して脅しをかけてまで聞くような事とも思えなかった。

「・・・質問してるのはこっち。答えるの?答えないの?あてはどっちでもいいけど」

冷たい何かが喉元に強く押し付けられる。

「ま、待った待った!ちゃんと答えるから!え~と順番に答えていくけど、まずここはトリステイン魔法学院の医務室で、私はそこの養護教諭。あんたがここに連れてこられたのは治療のためさ。覚えてないのかもしれないけど怪我してたんだよ。酷い火傷でね、治すのには苦労したよ・・・と、こんなもんで良いかい?」
「・・・・・・・・・・」

・・・黙んまりか。目が見えず、身動きも取れない今、外界の情報を得るには耳に頼るしかないというのに。

「・・・あの~、そろそろ離してくれないかな?ほら、私も起きて仕事とかしなきゃいけないし・・・」
「・・・脈拍にも脳波にも目立った乱れが無い。つまり、この人は今嘘を吐いてないって事になるんだけど・・・トリステイン?何処だそりゃ・・・あてだって世界中の国を知ってるわけじゃないけど・・・それに魔法だって?お伽話じゃねーんだぞったく・・・」

よくよく耳を済ましてみると、何やらぶつぶつと呟く声が聞こえた。それが自分を殺した後の死体の始末についてではない事を祈りつつ声をかけてみる。

「・・・お~い質問は終わりかい?ならそろそろ解放してくれないかな~」
「ん~・・・そうだね。ごめん、手荒な真似しちゃってさ」

そう言って、ひょいっと至極あっさり患者は私の上から居なくなった。怪訝に思いながらも、自由になった体を起して先程まで自分を脅かしていた諸悪の根源をねめつける。

「・・・」
「お?なんかすげぇ怒ってる?ごめんごめん。あと、コレ返すねー」

先程までの冷たさを感じさせない何処か懐っこい犬のような振舞いに毒気を抜かれて、釈然としない気持ちながらも無理やり握らされた何かに目を向ける。
薬匙だった。銀製のもので、秘薬調合の際にはいつもこの匙を使い、この学園に勤め始める折には無理を言って学園長に固定化をかけてもらった(見返りに尻を触ろうとしてきたので、思い切り股間を蹴り上げておいた)事もある逸品である。先程まで自分の喉元に突き付けられていた冷たい何かの正体はコレだったのだろう。殺すつもりなど最初からなかったのだ。――――しかし助けた患者ばかりか、長年の相棒にまで裏切られようとは。一日が始まったばかりだと言うのに、猛烈にだるさがこみ上げてくる。無くなりかけたやる気を総動員して、大きくため息を吐きつつ、なんとかベッドから立ち上がる。こういう時は美味い飯でも食って嫌な事を忘れてしまおう。

「・・・飯食ってくる~・・・」
「お?そうなん?じゃ、あての分もよろしく~」

墓から這い出た死体のような動きと声で食堂に向かう私に、更なる苦労を負わせようという心ない言葉が突き刺さる。振り返ってみると患者がにやにや笑いながら手を振ってこちらを送り出していた。私を散々からかった挙句、小間使いのように使うと言うのかこいつは・・・恐ろしい子ッ!とりあえずありったけの感情を込めた目で彼女を睨んでみる。が、彼女はどこ吹く風で、

「あ~れ~?ひょっとして先生ってば重病患者に食事を取ってこさせるつもり?ひどい!血も涙もねぇ!現代に蘇った鬼がここにいる!」

徹底的にこちらをからかい倒す事に決めた様だ。・・・ただまぁ、彼女の言う事にも一理ある。飛んだり跳ねたりしてこそいるが、彼女の言を信じるなら、彼女は動くだけで大変な痛みを感じているはず・・・全くそうは見えないが安静にしていなくてはならない重症患者だ。食事はこの部屋に運んでもらう事にしよう。そんな時ちょうど廊下に洗濯物を抱えたメイドが通りかかった。扉を開けて首だけ廊下に突き出してその子を呼びとめる。

「ねぇ、ちょっと」
「?は、はい、何かご用でしょうか先生」

律義な子だ。洗濯物を抱えたまま教師(きぞく)と話す事が失礼になるのではないかと不安なのだろう、視線がこちらの顔と洗濯物の間を行ったり来たりしていた。

「ああ、構わないよそのままで。
悪いんだけどさ、こっちまで二人分の朝食を持って来るよう伝えてもらえないかな?ちょっと患者の治療に手が離せなくてさ」
「はい承知いたしました。そのようにマルトーに伝えます」
「うん、お願い・・・あ、それと」

唐突に、あの患者にひと泡吹かせてやる策を思いついた。

「はい。まだ何か?」
「さっきの朝食にハシバミ草のサラダ。一人前追加しといて・・・出来れば大盛りで」

栄養はたっぷりあるのだから、病人食としてのチョイスに問題は無い。だから、もし嫌がったりしたとしても主治医権限で無理やり食わしてやる。これぐらいの意趣返しは認められてしかるべきだ、うん。
綺麗なお辞儀をして去っていくメイドを見送って、視線を相変わらずニヤついている患者の方に戻す。

「今食事をこっちに運ぶよう頼んだから、これで後は待ってれば飯にあり付けるよ」
「いやー、どもっす。かたじけない」

両手の平を顔の前で打ち合わせると、そのまま頭を下げて「へへ~」などと言いながらこちらにひれ伏す。

「ところでさ、さっき外にいたのってさぁ、ひょっとしてメイド?あんなに若い身空で、あてはてっきりあんなもの都市伝説の類だと思ってたんだけどさー実在したんだねー・・・っつーかメイドに命令できるなんて先生タダものじゃないよね。ひょっとしてとんでもないセレブリティ?」

ひれ伏したと思ったら、また一瞬でその顔をあげて矢継ぎ早に喋り出した。色々と言ってやりたいところだが、まずは彼女の誤解を解いてやるとしよう。

「いやいや、セレブなのは生徒の方で、私は限りなく普通の人だよ?それに、別に平民が貴族の所に奉公に出るのは珍しくもないんじゃないか?」
「・・・おやまぁ、平民に貴族と来ましたか。封建社会の臭いがぷんぷんするねー・・・」

また何事かぶつぶつと呟き出す患者。

「んーじゃあさ、トリステイン魔法学院・・・だっけ?ここってさ、貴族ばっかりが集まるとこなわけ?」
「そ。名立たる貴族の御曹司共が、雁首そろえてより良い貴族になるために魔法のお勉強をする場所なんだよ、ここは」
「へぇ~。じゃあ平民は?どこで魔法を勉強するの?」
「?いやいや、そもそも魔法を使えるから貴族、魔法を使えないから平民なんじゃないか」

まぁ、中には不幸な例外もいるわけだが。

はーなるへそー、とか言いながら、うんうん頷いている患者をぼんやりと見ていて、ふと気付いた。
――――そう言えば、こいつの名前をまだ私は知らなかった。何時までも患者、先生では些か味気ない。

「ところでさ、あんた名前はなんて言うんだい?私は、ミナト。さっきも言ったけどここで養護教諭やってる・・・どうした?」
「――――――――」

どうしてか目を大きく見開いて固まっている患者。何も動きが無いのでとりあえず先程の薬匙を鼻に突っ込んでみるか・・・

「やめんか!起きてるっつーの!つーか意外に根に持つ人ですねあんたも!」
「いやー目を開けたまま気絶してるのかと思って。とは言ってもな、人の名前聞いて固まるなんて失礼だと思わないかね?患者よ」

ぐっと言葉に詰まる患者。へへん、ザマーミロ。

「・・・なんか頭を下げるのが非常に悔しいんだけど、ごめんなさい。知り合いの名前と似てたんで驚いたんだ・・・。ミナト、か・・・うん、いい名前だと思うよ」

噛みしめるように名前を呟く彼女。その顔に浮かぶ感情は、哀切、憧憬、そして透明な何か――――まるで名前を通じて他の誰かを見ているような気がした。

「・・・それで?あんたの名前は?」

その何とも言い表しようのない顔を何時までも見ていられず、つい先を急かす。こちらに向き直った時、彼女の顔にもう先程までの名残はなかった。

「ああ、ごめんね。あての名前は――――」



運ばれてきた食事はとても美味しかった・・・一部を除いて。なんでかとても苦いサラダがあったので、こちらの渋面を眺めてニヤついていたミナト先生に尋ねてみたところ病人用快復祈願スペシャルサラダだ、という答えが返ってきた。間違いなく嘘である。先程からかった事をまだ根に持っていたらしい。次からは気をつけよう。そんな事を考えながらベッドに横になっていると、入口がノックされる音がした。

「失礼。ミナト先生はいらっしゃいますかな?」

「うぉ、まぶしっ」

扉を開けて入ってきたのは馬鹿みたいな黒いローブを着た40がらみのハゲ男だった。その見事な禿頭に窓からの光が反射してこちらの目をついたため、大げさに腕で目を覆ってみる。そんなこちらの様子を見てむっとした様子だった彼はしかし、すぐに怪訝な顔になった。

「はて?君は一体・・・?一応受け持った生徒の顔は一通り覚えるように心がけているのですが・・・」
「ああ、コルベール先生おはようございます。彼女はね、昨日のチビす・・・おっと、“みす・う゛ぁりえーる”の使い魔ですよ」

どうやらコルベールという名らしい男は、なんだかすごく言いなれていない言葉を無理矢理口に出した感のあるミナト先生にツッコミを入れるでもなく、ただ顔を真っ青にしつつ、脂汗を流して茫然とこちらの顔を見つめている。
――――まるで幽霊でも見た様な風情だった。横でミナト先生が喋っているこちらのプロフィールもろくに耳に入っていない事だろう。

「――――でね、この子ったら怪我のショックで記憶が所々飛んでるみたいなんですよ。分かるのは名前と住んでた場所が海の近くってぐらいでね・・・って先生?聞いてますか?」

自分の記憶ははっきりしているのだが、ミナト先生には嘘を織り交ぜつつ当たり障りのない事しか話していなかった。ここがどんな場所か分かっていない以上、こちらの情報を全て相手に話してしまうのは危険だと判断したのだ。知り合いに良く似た同じ名前を持つ人を騙すのは心苦しかったが、背に腹は代えられない。

「あ、ああ、ええ先生。大丈夫です・・・それで彼女の体調はどうなのでしょう?」

相変わらず顔は真っ青なままこちらの様子を尋ねるハゲ男。まず自分の心配をしろと言いたい。

「ええ、体の外側は完治してます。ただ、内側はどうでしょうね・・・見た感じピンピンしてますが、本人曰くまだ痛みがあるとのことですので、しばらくは経過を見てみないと何とも言えません・・・見た感じピンピンしてますが」

わざわざ二回繰り返しつつ、こちらに目を糸のようにして睨みつけるような視線を送るミナト先生。・・・ひょっとしてまださっきの事を怒っていらっしゃると?オーケー。二度としないので許してください。

「ひどっ!あては重病人だぞー!今の言葉で傷ついた、あてのガラスの心を治す薬はどこですか~・・・」
「・・・・・それで?先生、コイツどうするんです?」

かったるそうに、腰に手を当てつつこちらを顎でしゃくる先生。つーか今“コイツ”って患者の事言ったぞ、この不良医師。
大体こっちを無視すんなよ。一番堪えるんだからなソレ。でもめげない!ヤセ我慢は得意なんです私!
さめざめと泣き真似をするこちらを、ハゲ男は呆気にとられたように眺めていたがやがて気を取り直したのか、また喋り出した。相変わらず汗をかいていたが、顔色は先程までと比べるとかなり良くなったように見えた。

「え、えぇ。ではとりあえず座って話しましょうか・・・その前に彼女に何か着替えを持ってこさせましょう」

言われて自分の恰好を見てみると、包帯と肌着同然の病人服だけと言うなんとも雑な格好だった。成程、これでは貴族の学院には些か不釣り合いだろう。そう考えていると、

「いえ、その・・・そのままの格好でご婦人どお話すると言うのは、何と言いますか・・・目のやり場困ると言いますか、その・・・」
「赤面しつつ、目を泳がせながら、鼻の頭をかく・・・このシャイボーイめ。つーかその心遣いは嬉しいけど、自分の娘ほどの年頃の女の子にソレはちょっとまずいんでないかね?ワトソあいたぁぁぁぁぁ!!!!」

唐突に頭頂部に衝撃が走り、思わず悲鳴を上げた。誰かに殴られたのか。痛みで涙目になりつつ振り返ってみると、

「大人をからかうんじゃないっての、まったく・・・じゃあコルベール先生、悪いんですけどメイドの子捕まえて着替えを持って来るよう頼んで来てくれますか?」

やれやれと首を振って嘆息しつつミナト先生が言う。

「え、なに?ぶったの?ひょっとしてこの人今ぶったの?ちくしょー!あては重症患者だぞー!もっと優しくしろー!この不良医師ー!」
「黙れ不良患者め。重症患者ならそれらしくしてろっての。・・・じゃあ先生、よろしくお願いします」
「は、はい・・・では、表にいますので着替え終わったら呼んでください・・・」

そう言って、そそくさとハゲは退散していった。

「・・・ウブだねぇ~」
「黙れっての」
「いてっ」

こめかみのあたりを軽く小突かれる。これ以上何か言って殴られるのも嫌だったので黙る事にした。



しばらくしてメイドの子が着替えを持ってやって来たので、それに袖を通してみたのだが。

「ねぇ先生」
「なにかね患者君」
「・・・他に無かったの?」
「無かったんじゃないの?」
「・・・・・・・」

袖を通してみたその服。やや地味な色のロングスカート、純白のエプロンドレスに同色のカチューシャ・・・要するにメイド服であった。

「何、そんなにその服嫌?」
「んー・・・いや、別に」

そう、メイドに着替えを頼んだのだからメイド服が出てくるのも当然・・・当然か?
だがまぁミナト先生やハゲ男の服を借りるわけにもいかないのだから仕方ない。サイズもぴったりなのだ、文句の付けどころなど無い。
それに確たる理由も無くこの服を嫌がるのは、これを着て働いている人達に対して失礼だろう。そう、自分は単に、自分の周りに働いていた家政婦さんが、みな割烹着だったから違和感を抱いているだけだ。それに、そうして働いていた人達もある程度年の行った人達だったから、ここで働く年若いメイド達に疑問を感じているだけだ。決して、都の片隅でカルト的な人気を誇っていた喫茶店の従業員の格好と被るから嫌がっていた訳ではない!
欧米では当たり前!欧米では当たり前!!欧米では当たり前!!!よし吹っ切れた!!!!

「お、おかえりなさいませーご主人様~☆」

スカートの両端を持って、西洋式の礼をする。無論、顔は笑顔。唇からこぼれる八重歯でコケティッシュさの演出も狙ってみる。確かあの喫茶店での挨拶はこうだったはず・・・さぁ如何か!?

「・・・なにやってんの?顔、引き攣ってるぞ?」

あうち。
盛大に外した。もう駄目だ。恥ずかしくて生きていけない。誰か私を消してくれ、畜生。

「おーい、コルベール先生呼ぶからそんな隅っこで丸まってないでこっち来て座っとけ~」

応接用であろう長椅子を手で叩いて示しつつ先生が言った。のろのろと体を起してそちらに移動する。

「しっかりしなよ、全く・・・これからのあんたの身の振りようを決める話をするんだろうからね」

――――そう言えば、自分はこれからどうなるのか。メイド喫茶の店員の物真似などしている場合ではない。先程の“魔法”の事についても詳しく聞き出さなくては。

そんな事を考えていると、再び扉がノックされコルベールが入って来た。

「着替えは終わったようですね、よくお似合いですよ」

うるせえ、社交辞令にしてもそれは全然嬉しく無いぞ。

そんなこちらの想いなど知る由もないコルベールは長椅子に腰かけると、話しを切り出した。

「さて、記憶が所々欠けているという事ですが、単刀直入に申し上げます。あなたはサモン・サーヴァントによって呼び出された使い魔なのですよ」

「へぇ・・・使い魔、ねぇ・・・」

困った事に目の前の彼は嘘をついている様子が全くない。ごくごく当たり前の事を、ごくごく普通に語っているだけだ。さて、どうしたものやら――――

・あとがき
あと二話ほどで何とかタイトルまで行きたい。
何とかお付き合いいただきたい。
シュタゲェ・・・



[21285] [習作]無題 (ゼロ魔 × なにか ) 3
Name: チビ黒サボテン◆8aa26a54 ID:b93c8024
Date: 2010/09/07 03:56
コルベールから聞いた話によると、この世界はハルケギニアと言うらしく、ここはその世界の中でも由緒ある王国であるトリステイン、その国立魔法学院だと言う。政治体制は典型的な封建制度。魔法の使える少数の貴族が、多数の平民を支配することで成り立っているらしい。そして私はその貴族様に召喚された使い魔だそうな。まるっきりファンタジーの世界である。頭を抱えて悩んでいると、扉がノックされた。

「失礼します。ミスタ・コルベール、使い魔が目覚めたとのことですが・・・そこのメイドは?」

入って来たのは桃色の髪をした女生徒だった。小柄だがなかなか可愛らしい顔つきをしている。何故保健室にメイドが居るのか疑問のようだが、こちらとて好きでこの恰好をしているわけでは無いのだから放っておいてほしい。ん?待て、今この娘は使い魔と言わなかったか?という事はもしや・・・

「ああ、ミス・ヴァリエール。こちらへお掛けなさい・・・さて、ライガーさん。こちらあなたの召喚主の・・・ミス・ヴァリエール?」
「えっあ、はい・・・んんっ!二年生のルイズ・ド・ラ・ヴァリエールよ。今日からあんたのご主人様よ。覚えておきなさい!」

こちらが使い魔であると聞いて、何故だか一瞬泣きそうな顔をしていたが、コルベールに先を促され必死に主としての虚勢を張る様は何処か滑稽だった。得意げに反らされた胸の薄さと相まって。
しかし、これが主か・・・改めて先程まで観なかった部分まで良く観察してみる。足腰はそれなりに鍛えられているようだが、あの腕の細さはどうか。手の綺麗さは。恐らく剣など握ったことも無いのではなかろうか。これでは、この主では自分を“道具”として十全に使いこなす事は出来ないだろう。
視線を“主”の顔に向ける。戦とは無縁そうな綺麗な顔立ち。ルイズは忙しなく、その鳶色の瞳を泳がせていた。無言で不躾な視線を這わされて困惑しているのだろう、こちらを見たり視線を逸らしたりと落ち着きがなく、正直鬱陶しいことこの上ない。

「な、なによ・・・何とか言いなさいよ・・・」

先程までの威勢は何処へやら。まるっきり尻すぼみになった声で怯えたようにこちらを見る彼女には主としての威厳などかけらも無かった。
ふぅ、とため息を一つついて、視線をコルベールに向ける。

「先生」
「な、なにかな?ライガーさん」

ちなみに、ライガーと言うのは偽名である。

「使い魔ってのはどういうものなの?」
「使い魔ですか?まず、主人の目となり耳となる能力を持ち、そして主人の望むもの・・・これは秘薬の原料など属性により様々ですが、それを見つけて来たり・・・そして何よりも主人を外敵からその力で守る存在です。魔法使いと使い魔は切っても切り離せない最良のパートナー同士なのですよ」
「よーするに、便利な小間使いってこと?」
「み、身も蓋も無い言い方をすればそうなりますが・・・」

引き攣った笑みを浮かべるコルベールから、視線を相変わらずびくついているルイズへと移す。そして自分がコイツに傅いて仕えている姿を想像する。コイツの為に果たして自分は喜んで働けるのか・・・?
―――ほどなく答えは出た。ため息と供に言葉を舌に乗せる。

「チェンジで」

いや実際これは無い。こんなものが主だと?悪い冗談にもほどがある。私にだって選ぶ権利ぐらいあるはずだ。

「な、なによ!何処が不満だっていうの!」
「全部だ。器じゃねーんだよ。お前の主としての才覚を採点するとしたら・・・まぁ十点だな。ちなみに一億点満点だぞ」
「・・・ッ!!」

机を叩いて立ち上がったかと思ったら、私の言葉にたちどころに俯いて黙りこむ主(仮)。そのまま何事かをぶつぶつ呟きだした。優しい私はソイツの肩を叩いて慰めてやることにした。

「まーまだ若いんだしさー?次があるっしょ。未来は僕らの手の中ってね」
「・・・せ・・・き・・・」
「え?なに?聞こえない」

何事かを呟き続ける彼女の声を聞こうと顔を寄せる。
と、その顔を思い切り両手で挟みこまれた。そして、ゆらりと上げられた彼女の顔、その今や燃えるように輝く鳶色の瞳は、何よりも雄弁に彼女の感情を表していた。怒っているのだ彼女は。私に対して、ものすごく。

「わわわわ我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!五つの力を司るペンタゴン!この者に祝福を与え、我の使い魔となせぇぇぇぇぇ!」

そう大声で唱えながら勢いよくこちらの唇に向かって、自分の唇を近付けてきた。

「にゃあーーー!?何ですかこの急展開!?ちょっ、たんまっ、たんまたんまっなな何するのーーー!?ミナト先生も、見てないで助け、うぐっ!」

がつり、とルイズと自分の前歯同士がぶつかる音が骨に響いた。
痛い。何が痛いって心が痛い。こんな所でファーストキスを失ってしまうなんて・・・いや、しかし女同士のキスなんだ。きっとノーカン!ノーカンに違いない!

「サモン・サーヴァントは何回も失敗したが、コントラクト・サーヴァントはきちんとできましたね」
「いつつ・・・はい、先生。・・・これであんたも私の使い魔なんだから、ちゃんと言う事聞きなさいよね!」
「・・・な・・・」

口元を押さえつつ涙目になりながら、こちらを指差すルイズにゆっくりと歩み寄る。そして彼女の腰のあたりを両手でしっかりと抱きこんで固定した。

「へ?あの、ちょっと・・・」
「納得できるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

気合一閃。そのままブリッジの要領で彼女を抱えたまま反り返る。ルイズの脳天が保健室の床に突き刺さる。自画自賛したくなるほど見事なバックドロップ。
ルイズは「ふぎゅっ!」と言う蛙のつぶれた様な声を上げて、あられもない恰好のまま失神した。私は起き上がって、両手の埃をはたきながら、ふっとニヒルな笑みを浮かべる。もっとも、

「ふふふ・・・悪に報いは必ずあるのだ。悪に報いはあっちゃちゃちゃちゃちゃ!!!!!」
「・・・あったねぇ、報い」

その笑みも唐突に左手に湧いた火傷のような痛みによって早々に止められたのだが。それにしてもニヤニヤしやがってミナトさんめ。後で復讐してやる。
痛みは湧いたときと同様に唐突に消えていった。痛みの元であった左手の甲に目をやると、そこには何やら奇妙な紋様が現れていた。

「なんじゃこりゃ・・・?」
「ほう、珍しいルーンですね・・・スケッチさせてもらっても?」

こちらの了承も得ずに勝手にスケッチを始めるハゲ。金とるぞコラ。しかし、ルーンとは一体?

「ソイツの使い魔になったって証しだよ。まぁどうせ行くあても無いんだろ?その子に付き合ってやるのもいいんじゃないかな?」

無様に伸びたままのルイズの方を指差しながらミナトさんが言う。何時の間にやらその手には紙巻き煙草が握られており、旨そうにそれをふかしていた。なぜだかその煙は室内に充満する事無く開かれた窓から外に流れていた。ひょっとして空調に魔法を使っているのだろうか、この不良医師は。下らなさ過ぎて初めて目にする魔法だと言うのにありがたみが全くない。

「簡単に言ってくれるね。他人事だと思ってさ」
「他人事だからね。それにしても、あんたも思い切った事をするね?一応貴族なんだよ?その子。それをまぁ・・・」

呆れたように目を回すルイズと、その下手人たる私とを交互に見るミナト先生。
肩をすくめるだけで、その答えとした。大体いきなりこちらの唇を奪うなんて暴挙に出たあちらが悪いのだ。それに貴族と言うなら一応こちらも一国一城のお姫様であるのだから何も問題は無い。勿論そんなことおくびにも出さないが。
それにしても、使い魔か・・・。じっと左手の紋様を眺めて、次いで未だ目を回しているご主人様の方に目を向ける。まぁなってしまったものは仕方無い。どうせ行くあても無い事だし諦めよう。先程は器で無いとも言ったが、それでもなんとなくこの子は放っておけない気がするのだ。私の(そして恐らく彼女も)望んだような形での従属は出来ないだろうが、まぁそれでも楽しくやって行ける予感があった。
――――最善では無くとも最悪でも無い。うん、悪く無い。
とりあえず何時までもあの格好で寝させておくわけにも行くまい。使い魔として初めての務めを果たしてやるとしよう。



「・・・~~ハッ!!」

目が覚めると何故だか頭頂部が痛く、そしてどうしてか保健室のベッドの上にいた。これは一体・・・?自分は確か・・・

「お?起きたねご主人様?」

考えるのを止めて声の方に顔を向ける。そこにいたのはメイドだった。顔をすっかり笑みの形に崩して、両腕を大きく開いてこちらに駆け寄ってくる。

―――いや、待て・・・たしか彼女は自分の使い魔で、私は彼女と契約するために保健室へやって来たのだった。契約の結果は・・・何故だろう頭が痛くて思い出せない。
と、そんな考えも使い魔に抱きつかれた事で中断される。

「いや~驚いたよ~。ご主人様ったら、あてと契約した途端気を失って倒れちゃうんだからさ~も~心配で心配で。あ、頭は大丈夫?思いっきり床にぶつけてたけど・・・ひゃ~でっけぇたんこぶ!ねぇ触っていい?」
「ちょ、痛っやめっ触んないでよ!痛いったら!あんた本当に心配してたの!?」

執拗にこちらの頭頂部を狙って手を伸ばしてくる使い魔の手をなんとか防ぎながら叫ぶ。大体今の話の真偽からして怪しい。なんか視界の隅でミナト先生が背中を向けて肩を震わしてるし。

「そういやコルベール先生が次の講義があるって言って出て行ったけど、ご主人様は?そうゆーの無いの?」
「・・・!そうだ講義!ミナト先生!お世話になりました!」

今まで無遅刻無欠席で通してきたのだ(昨日は温情で公欠になった。タバサが事情を伝えてくれたらしい)、こんな所でふいにするわけにはいかない。慌ててベッドから飛び出して教室に向かう。

「うぃー、いってらっしゃーい」
「・・・あんたも来るのよ?使い魔なんだから」

向かう前に気の抜けた声で主人を送り出す不遜な使い魔の首根っこを掴んで連れていく。

「お?そなの?じゃーそう言う事らしいんでミナト先生、お世話になりました」

首根っこを掴まれて猫のように引きずられているというのに、器用にぺこりとお辞儀をする使い魔。

「気にしなさんな。私はただ自分の仕事をしただけさね・・・チビ助、頭が痛むようならまた昼にでもここに来な。氷出してやるから」
「チビ助じゃありません!もう・・・じゃあ痛むようならまた来ます。先生、本当にありがとうございました」

本当に、心の底から、感情を込めてお礼を言った。ありがとう、私の使い魔を助けてくれて・・・まぁ現物がこんなのだとは思いもよらなかったけど。

「いいって、いいって。それよりいいのかい?本当に遅刻するよ?」
「!そうですね、じゃあ行ってきます」

今度こそ教室へ向かおうと扉を開く。そこで、急に呼びとめられた。

「二人とも」
「まだ何かあるんですか?急いでるんですけど・・・」

振り返ったところで見えた彼女の顔。それは、口を大きく開いて歯を見せた下品な笑顔。おおよそ貴族としてはふさわしく無いその顔。

「仲良くやんなよ」
「あ・・・」

――――でも何故だかその笑顔は私を安心させてくれる。

「はい・・・」
「うんうん、いってらっしゃい」

そうして、そのまま彼女は笑顔で私たちを送り出した。



石畳の廊下を二人の少女が速足で歩いている。貴族の学び舎であるトリステイン魔法学院では、無暗に廊下を走る事ははしたない行動とみなされる。そのため、誰よりも貴族らしくあろうとするルイズは例え講義に遅刻しそうな時でも廊下を走ったりは出来ないのだ。

「ねーご主人様~?」

両手を頭の後ろで組んだ使い魔が、少し前を歩く主人に声をかけた。

「なによ?言っとくけど今急いでるんだから、どうでもいいことなら後にしてくれない?」

後ろを振り返らないまま、せかせかと歩きつつ主人が答えた。その答えを無視して使い魔が続ける。

「ミナト先生ってさ~いい人だよね~。なんつーの?母性にあふれてるっつーか、包容力があるっつーか」
「っ!?」

主人がやにわに何も無い所で転びかけた。

「おいおい、どうしたのさ?大丈夫?」
「だだだだだ大丈夫よ!そそそそれにあの人が、いいいいいい人なわけが無いじゃない!全く、何度言っても保健室で煙草吸うし、火は魔法でつけるし、おまけに換気まで魔法でやるし、それに私の事はチビ助としか呼ばないし・・・とッとにかく!今は遅刻しないように急いで教室に向かうことだけ考えてればいいの!」

びしりと使い魔の顔に指を突き付けて、早口でまくしたてると、ルイズは踵を返して先ほどよりも心持ち速足で歩きだした。呆気にとられて、しばしきょとんとしていた使い魔だったが、やがて何かに気づいて口を三日月形に釣り上げると、その琥珀色の瞳を輝かせながら主人の後を追った。
スキップで主人に追いついた使い魔は、次いでその正面に回り込み腰の後ろで手を組みながら背をかがめて主人の顔を覗き込んだ。その間も器用に後ろ歩きをしている為、ルイズの通行の妨げとなる事は無い。

「あれ~?もしかして照れてるのかにゃ~ルイズちゃんは?赤くなっちゃって、素直になればい~のにぃ~ほんっとにもーかわいーなーこのっこのっ!」

主人の顔を覗き込みつつ、その周りをくるくると回り出した使い魔に対して主人の方は無視を決め込んだようだが、だんだんと耐えきれなくなってきたのか。体のいたる所がブルブル震えだした。やがて、堪忍袋の緒が切れたのかとうとう叫び出した。

「うううううううううるさぁぁぁぁい!!!べべべべべ別に照れてなんか無い!なななないんだからぁぁぁぁぁぁ!!!!」

尤もそれは、火に油を注ぐ事にしかならなかったのだが。

「へぇ~~~?ふぅ~~~~ん?ほぉ~~~~~う?」

目を細めて胡散臭げに主人を見つつ、口元でにやにやと笑い続ける使い魔を見て、自分の不利を悟ったルイズは強引に話題を断ちきることにした。

「いいいいいいから!今はさっさと歩きなさいよ!本当に遅刻しちゃうじゃない!」
「あちょっと!走ったらまずいんじゃないの!?」
「仕方ないじゃない!遅刻しそうなんだから!」

実際はこの使い魔の追求から逃れるための逃走だった。真っ赤な顔を誰かに見られないように俯きながら疾走する主人を見て、苦笑しながら使い魔もそのあとを追いかける。

存外、使い魔生活と言うのも楽しいかもしれない、と考えながら。

・あとがき
おかしい・・・プロットじゃあこの話でギーシュをボコボコにしてるはずなのに・・・
すまん、後二話と言ったが、ありゃあ嘘だった・・・



[21285] [習作]無題 (ゼロ魔 × なにか ) 4
Name: チビ黒サボテン◆8aa26a54 ID:b93c8024
Date: 2010/09/07 04:17
「ぜぇ・・・なっなんとかっ・・・ぜぃっ・・・ま゛にあっだ・・・みたいね・・・ヒクッ・・・」

実際は全力疾走だった為、予定よりだいぶ早く教室に着いたのだが。そのままヨロヨロと席まで進み、崩れるようにそこに座り、机に突っ伏した。貴族らしく振舞わねば、という思いも今だけは頭の片隅にもなかった。

「へぇ~ここが教室?なかなか立派じゃん。・・・つーかご主人様、大丈夫?すげぇ顔色だよ?なんかもう見ごろの紅葉も真っ青!みたいな」
「うるっさい・・・ぜぇ・・・そもぞもッ・・・なん、で・・・あんた・・・へいきな・・・がおっ・・・ヒュー・・・」

全力疾走したおかげで、喉に唾が絡まりまともに喋るのにも難儀する。だというの、どうして同じ速度で走って来た筈のこの使い魔は、汗ひとつかかずに平気な顔をしているのか。
こちらの言葉を聞いて

「うひゃひゃっなに言ってんのか綺麗さっぱり分かんねー!・・・ごめんごめん冗談だって。まーあてもそれなりに鍛えてるからね。これくらい屁でもないのです。むしろ、もやしも同然の貴族サマと一緒に見られる方が心外っつーか」

けらけらと笑いながらこちらを馬鹿にしてくる使い魔。見れば何時の間にやら生徒用の椅子に腰をかけて辺りを物珍しそうに見回している。何か言ってやろうとした所で隣に生徒が腰をかけて話し掛けてきた。

「ハァイ、おはようルイズ。珍しいわねぇ?あなたが遅くに教室へやってくるなんて」
「キュルケ・・・」

ゲルマニアからの留学生で、そして先祖代々からの怨敵であるツェルプストー家の息女であるキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーがそこにいた。その豊かな赤毛を背中に流し足を組んで席に着き、両肘を机に乗せて組んだ手の上に顎を乗せてこちらを流し眼で見やっている。なんというか、むかつくほど様になっていた。だらしなく第二ボタンまで開かれたブラウスから覗くふくよかな胸と相まって、とても大人な雰囲気を醸し出していた。――――気に食わないので、無言で恨めしげな視線を彼女に、特に己に無いその二つの果実に向かって送る。

「ぷっあっはははははは!!なぁに?その顔!真っ赤になっちゃって!まるでトマトみたいよルイズ!あ~可笑しいったら・・・?ところでそっちのメイドの子は?見ない顔だけど知り合い?」
「お?ご主人様のご学友であらせられますか。いやいや、ど~もど~も初めまして。ワタクシこの度、不肖のご主人様の使い魔を務めさせていただくことと相成りました、“灰色の荒野(コンクリート・サバンナ)を駆け抜ける風” 弾丸雷虎(ダンガン・ライガー)と申します。以後よろしくお見知りおきを~」
「コン、クリ・・・?え、ごめんなさい。もう一度言ってくれる?」
「“灰色の荒野コンクリート・サバンナを駆け抜ける風”、 弾丸雷虎ダンガン・ライガーです」
「・・・あのお名前は?」
「ダンガンライガーです。ライガーと呼んでください」

そんな名前だったのか。そう言えば使い魔の名前も私は知らなかった。いや、聞いたけど忘れているのだろうか。まだ少し頭頂部が痛む。

「え、と・・・“コンク~なんとかを駆け抜ける風”って言うのは?二つ名?」
「職業です」
「・・・メイドじゃないの?」
「世を忍ぶ仮の姿です」
「そもそも使い魔じゃなかったっけ?」
「それは副業です」
「そ、そう・・・」

珍しい。言葉に詰まるキュルケなど初めて見た。
――――それにしても使い魔(コイツ)は、どうしてこんなにも活き活きとしているのだろうか。実はこの使い魔、海にいるという泳いでいないと死んでしまう魚の同類で、人をからかっていないと死んでしまう性でも持っているのではないだろうか。今までの行動を思い返してみても、特にその考えを否定できる材料が見つからない。案外、正鵠を射ているのではないか。

「ま、まぁいいわ。あたしはキュルケ。“微熱”のキュルケよ。よろしくねライガー。あと、変に畏まった言葉づかいしなくてもをいいわ。その方が私も楽だもの」
「お、マジ?おねーさん話せるねー。やー堅っ苦しいのは肌に合わなくてさ、ジンマシンが出そうになるんだよ」

そう言ってかゆそうに背中をかく真似をするライガー。だがお前のさっきまでの言葉遣い。あれは堅苦しい言葉遣いなどではなく、ただ慇懃無礼なだけだろうと、突っ込みを入れたいところだが、まだ体が思うように動かない。仕方なしに全身に空気を補充する作業を継続することにした。

「“微熱”ってのは何?」
「二つ名よ。メイジは自分の魔法特性に合わせて二つ名をつけるの」
「へ~それで、なんて呼べばいい?キュルりんとか?」
「いや、普通にキュルケでいいわ。あと絶対その名前で呼ばないで」
「そう?そりゃ残念・・・ところでさ、さっきから気になってたんだけど、あのふわふわ浮いてる目玉、あれも使い魔?何て名前?」
「どれ?ああバグベアーね。そうなんじゃない?」
「へー・・・あての住んでた所にゃあんなの居なかったからな―・・・あっちの六本足のトカゲは?」
「バジリスク。・・・そうねぇ、あんなトカゲなんか目じゃないくらい珍しいものを見せてあげる。フレイム!」

悪戯気にほほ笑んだキュルケが、足元に向かって声をかけると、そこに寝転がっていた何かがのっそりと起き上がった。

「おわっびっくりした!でっけえなぁおい・・・こいつがキュルケの使い魔?」
「そ。サラマンダーのフレイムっていうの。可愛いでしょう?それに見てよ、この尻尾!ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ? ブランドものよー。好事家に見せたら値段なんかつかないわよ!」
「へ~なんかよく分からんがすごいな~。憧れちゃうな~。夏場はあんまり近くにいて欲しく無いけど、冬場は重宝しそうだな~」
「けなしてるのか、誉めてるのかどっちなのよ・・・」
「いやいや、もちろん誉めてますよ。ところでコイツ触っても噛んだりしない?」
「私が命令しない限り噛んだりしないわ。なに、触りたいの?ホラ」

そう言ってフレイムの首をライガーの方に向けさせるキュルケ。おおー、などと歓声をあげながらその首に抱きついたり、喉元をくすぐったりして使い魔同士の親交を深めるライガー。フレイムの方もまんざらでもないらしく、目を細めてキュルキュル喉を鳴らしていた。誰が見ても思わず微笑んでしまうような心温まる光景だろう。
――――だが現在進行形でそれが自分の頭上で行われているとあれば話は別だ。鬱陶しいことこの上ない。だが未だ息切れの抜けない体は言う事を聞かない。今すぐ暴れて一人と一匹を私の頭上から追い払いたい衝動を何とか抑え込み、目だけを動かしてキュルケの使い魔を見る。
まず、目につくのは全長六メイルはあるだろう大きな体躯。溶岩をそのまま切り取ったかのような紅い鱗で全身が覆われている。そして尻尾。綺麗で大きな炎がそこに輝いており、彼女の言う事が掛け値なしの真実であることを知らせていた。
―――魔法使いの力量を測るには使い魔を見よ、と言う。このフレイムを見るに、キュルケは火属性のメイジとしてかなりの実力者であるということだろう。
では私は?視線を己が使い魔に向ける。こんな能天気にヘラヘラ笑っている人間が使い魔である私のメイジとしての力は?属性は?位階(クラス)は?・・・・・・・・・答えは見えなかった。

「やー堪能させていただきました。ありがとねーフレイムー」
「どう?感想は?」
「熱かった。あと、ウロコがジャリジャリしてて痛い」
「・・・二度と触らせないわよ?」
「冗談です!すっごく楽しかったです!!」
「そう、ならいいけど」
「ところでさー、こんなに色々いるんだったらアレいないの?アレ?」

そう言って両手の指を一本ずつ立てて何かの輪郭をなぞる真似をするライガー。

「・・・ごめん、さっぱり分からないんだけど。と言うかあんた伝える気ないでしょう」
「伝わらないか~まだまだ精進が足りないにゃ~。まぁ、ともかくアレと言ったらドラゴンだよ。空飛んで、口から火ぃ吐くやつ」
「ドラゴン?奥に座ってる子、見える?あの青い髪の。タバサって言うんだけど、あの子の使い魔がそうよ。大きいから、教室には連れてきてないみたいだけど」
「へ~・・・頼んだら乗せてくれるかな?」
「どうかしら?気難しい子だからね・・・でもあなた一回乗ってるはずよ、使い魔召喚の時に」
「え、嘘!?全然覚えてないんだけど」

そりゃあ、覚えてないだろう。あの時は殆ど死にかけてたんだから。
――――しかしそう考えると異常だ。ライガーはたった一日であの瀕死の重傷から快復したという事になる。そんな事があり得るのだろうか。同じ事に思い至ったらしいキュルケが、気味悪そうにライガーの顔をぺたぺたと触っている、

「・・・なんだ?なんの脈略も無く人の顔触り出して・・・ハッあんまりにもあてが可愛くて同性愛に目覚めたか!?だが、あてはちん○んとかちゃんと好きだ!見たことないけど!」

うおー、日に何度も唇を奪われてたまるかーと暴れ出す使い魔。
イッタイナニヲイッテイルノダ、コイツハ。

「何叫んでるのよ!?ああ、ペリッソン、誤解よ!なんでもないったら!ギムリ!なに前かがみになってるの!全く・・・ッ。はぁ、いい?ライガー。私はあなたが昨日、大火傷を負ってタバサに運ばれていったのを見てるの。その時にあなたは竜に乗せて運ばれたんだけど・・・昨日の今日なのよ?あんな大火傷だったのに、顔のどこにもその形跡がない。おまけに普通に走り回ったりしてるし・・・よくよく考えてみれば、あたしが見たあなたの姿って、焼死体も同然の時だけなのよね。顔も爛れてて良く分からなかったし、本当はあなたルイズが用意した替え玉なんじゃないの?」
「ぅあー・・・焼死体って・・・そんなにひどかったの、あて?」

自分がそんな姿だった事を想像してか、眉尻を下げて気味悪そうに震えるライガー。

「でもまぁ、替え玉ってことはないはずだよ?ミナト先生が頑張ってくれたおかげってことじゃないかにゃー。ところで、タバサちゃんだっけ?ドラゴンの使い魔持ってて、私の事運んでくれたってのは。じゃあちょっと行って、助けてくれたお礼とドラゴンに乗せてくれって頼んでくるわ」
「お礼か、お願いかどっちなのよ・・・」
「両方」

じゃっと言って、二本指をこめかみに添えて前に突き出すジェスチャーをしながらライガーはタバサの方へと向かって行った。

「行っちゃった・・・なかなか面白い子じゃない、ルイズ。そろそろ息も整ったでしょ?いい加減何か喋ったら?」
「うるさいわねぇ・・・私はもっと普通の使い魔が良かったわよ・・・」

ライガーは真っ直ぐタバサの所へ向かうと熱心に何かを語り出した。タバサは我関せず、といった感じで本をめくっている・・・いや待て、時たま口も動いている。どうやら一応会話しているようだ。あの五月蠅い使い魔と、無口なタバサでは水と油だと思っていたのだが・・・。

「普通、ねぇ・・・。確かに普通ではないけれど・・・ねぇルイズ。本当に誰かを替え玉にしたってわけじゃないのよね?」
「しつこいわね、違うわよ。あの子は正真正銘私の使い魔。左手を見てごらんなさい、ちゃんと契約のルーンが刻まれてるんだから!」

まぁ気持ちは分かるが。どう考えても、あの重傷から一日で人が回復するわけがない。ひょっとしたら、ミナト先生が私の寝ている間に仕込んだ替え玉なんて事も・・・ないか。あの人がそんな面倒な事をするとも思えない。
それに、

「だいたい、替え玉選ぶならもっとマシな奴連れてくるわよ」

わざわざあんなのを選んで連れてくるほど私も酔狂ではない。
暫くきょとんとしていたキュルケだったが、やがて火がついたように笑い出した。

「あっはっはっは!そうよね!あなたの趣味には合いそうにないものね、あの子!」

何がそんなに可笑しいのかよく分からないが笑い続けるキュルケから目線をライガーへと移す。そこでは何故だか満面の笑顔でタバサの両手を握って勢いよく上下に振る使い魔の姿があった。鉄面皮で通るタバサも驚いたように目を見開いている。
どうやら、ライガーの頼みが通ったということらしいが、いくらなんでも喜びすぎではないだろうか。と、こちらの視線に気づいたらしいライガーが手を振って来たので、こちらも適当に振り返してやった。すると何を思ったのか机に置かれたタバサの本を彼女に持たせると、そのまま座ったままの姿勢で彼女を持ちあげて、こちらに戻って来た。唖然としているキュルケと私を尻目に、あまりの事に固まったままのタバサをキュルケの隣に降ろす。そして颯爽と自分の元いた席、私の隣へと戻って来た。

「やーええ子やねータバサは!お礼に対しては“気にしないでいい”、名前の事も“タバサでいい”って即効で呼び捨て許可だしさー!ドラゴンに乗せてくれって頼んだら“ヒマなときならいい”だってさ!謙虚かつ誠実!正に貴族の鏡だねー!反面、粗忽者なご主人様を思うと涙が止まらないあてであった・・・ホロリ」

怒涛のように喋り出したと思ったら、何故だか最後に泣き真似をしだして、擬音まで口に出されていた。何を言っているのか自分でもさっぱり分からないが、それでも自分が馬鹿にされている事は分かった。

「だだだだだ誰が粗忽者よ!何時私が貴族らしくない事をしたってのよ!そそそそそそれに!今日あったばかりのあんたになんでそんな事が分かるのよ!」
「あ、そこなんだ。タバサを抱えて連れてきた事じゃなくて」

キュルケが何か言っていたような気がするが無視する。

「やーその辺の例は枚挙に暇がないと言いますか。まーぶっちゃけ保健室の段階で相当やらかしてましたよ?そりゃあもう色々と。それから隠してたけどライガーさんは一を聞いて十を知るを地で行くスーパーエリートなのでした。どう?驚いた?」

だからお前の事なんて手に取るように分かるのだと、どや顔でほくそ笑むライガー。
あっ切れた。今自分の中で何かが、切れてはいけない大切な何かが。

「ふっ、ふ、フフフッ、ふっフハッひっフフフフフフフフ・・・・」
「る、ルイズ?」

隣でキュルケが何か言った気がするが聞こえない。
それよりも、今はこの生意気な使い魔に礼儀を叩きこんでやらねばならない。誰が主かを理解させねば・・・。
ゆらり、と。自分でも気付かぬうちに自然と杖に手が伸びた。

「うわ、怖っ!でもいいの?そろそろ先生来るみたいだけど?」

馬鹿な。このタイミングで先生が来ることなどあり得ない。
天意は我にあり!今こそこの愚かな使い魔に裁きの鉄槌を!始祖ブリミルの加護ぞある!

「すみません、少々遅れてしまいました!では講義を始めましょう・・・?ミス・ヴァリエール、何をぼんやり立っているのですか。席に着きなさい」

始祖ブリミルよ、私に何か恨みでもおありですか・・・?



「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ・・・おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール。そもそもその子は学院のメイドでは?」

講義の前振りからいきなりこちらに水を向けるシュヴルーズとか言う魔法教師。やかましい、私とて好きでこんな恰好してるわけじゃないやい。

「ゼロのルイズ!使い魔が死んだからって、その辺歩いてたメイドを運れてくるなよ!」

後ろの席の方から男子生徒の声で野次が飛んでくる。その後に、くすくすと笑い声が続く。
―――しかしゼロのルイズ?“ゼロ”とは何のことだろうか?
シュヴルーズに話しかけられてからずっと俯いていたルイズだったが、やにわに立ち上がると野次の飛んできた方を睨み据えて澄んだ声で怒鳴り返した。

「違うわ!死んでない!コイツはちゃんと私が召喚した使い魔よ!」

そう言ってこちらを指差しながら宣言した。つーか人を指さしちゃいけませんって親に習わなかったのかこのガキ。いや、さっきからかってやったのが尾を引いてるだけか。
と、ざわついていた教室が一転して静まり返った。そして何故だか視線が自分に集中している感じがする。

「お?なんだかわいーあての魅力にあてられたかー?」

ポーズでもとってサービスしてやるか、などと思いながら辺りを見回してみた。視線があったと思ったら速攻でそっぽ向くやつ、なぜだかヒッっと悲鳴を上げてのけぞるやつ、なんでか真っ青になってガタガタ震えだすやつ、なぜか悲鳴を上げて逃げだすやつ、どうしてか口元に手を当てて教室の外へ駆けだすやつ・・・一気に大騒ぎである。

「おい、あてが何をしたっていうんだ。いくらなんでも傷つくぞ」
「まぁ仕方ないんじゃない?始めて見る子にはなかなかショッキングな光景だったと思うわよ、あなたの姿。昨日の今日だし、まだショックが抜けてないんでしょ」

朝食も肉残してる子とか多かったしねーと、苦笑しながら続けるキュルケ。
成程、自分は知らぬ間に青少年たちの純情な心にトラウマを負わせていたらしい。

「ああっ、なんて罪なオンナなんだろう、あ、て☆」

両こぶしを頬にあてて左右に体をよじる私。

「・・・なにやってるのよ、アンタ」

気づけばご主人様に胡乱な眼差しを向けられていた。
いいじゃん、もう少し浸らせてよ。ただの現実逃避だよ。こっちだって花も恥じらう乙女なんだぞ。同年代の子にトラウマ認定されて傷つかないわけがあるかちくしょー。
それにしても、

「そう言うキュルケは?わりかし平気そうだよね~」
「まぁ私は火属性のメイジだしね。何回か領地で盗賊を手打ちにした事もあるし。慣れてるのよ、見慣れてるって程じゃないにしても」

だいたい焼死体を怖がってるようじゃ、火属性のメイジなんてやってられないわよ?と、肩をすくめるキュルケ。
なるほど、本物の貴族サマは格が違った。
自分を助けてくれたというタバサはどうなのだろうか?

「見慣れてる」

・・・この子は一体何者だ?

「ああもう!静かになさい!一体どうしたというのです!講義!講義を続けますよ!席に着きなさい!」

両手を打ちならして生徒たちを何とか席につけさせるシュヴルーズ。
さて、大分脇道にそれてしまったが、この世界の魔法とやらがどのようなものなのか学ばせてもらうとしよう。



「私の二つ名は“赤土”。赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。魔法の四大系統はご存知ですね? ミスタ・マリコルヌ」
「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです!」
「そうです。今は失われた系統魔法である『虚無』を合わせて、全部で五つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。その五つの系統の中で『土』はもっとも重要なポジションを占めていると私は考えます。それは、私が『土』系統だから、というわけではありませんよ。私の単なる身びいきではありません。
よろしいですか?『土』系統の魔法は、万物の組成を司る、重要な魔法であるのです。この魔法がなければ、重要な金属を作り出すこともできないし、加工することもできません。大きな石を切り出して建物を建てることもできなければ、農作物の収穫も、今より手間取ることでしょう。このように、『土』系統の魔法は皆さんの生活に密接に関係しているのです」

どこか誇らしげにシュヴルーズは締めくくった。
しかしなるほど、これで魔法使いが貴族である事の理由が分かった。この世界のおおよその産業は全て魔法で賄われているのだろう。シュヴルーズの話をうのみにするなら、第一次から第三次まで全ての産業に魔法がかかわっている事になる。他の三属性も何処かに関わっているに違いない。まさに魔法はこの世界の生命線と言う訳だ。
生徒たちの反応に満足が言ったらしく、うんうんと頷いていたシュヴルーズは次に机の上に石を取り出した。見たところ何の変哲もないその辺に転がっていそうな石ころである。

「今から皆さんには『土』系統の魔法の基本である、『錬金』の魔法を覚えてもらいます。一年生のときにできるようになった人もいるでしょうが、基本は大事です。もう一度、おさらいすることに致します」

そう言って杖を懐から取り出すと、杖先を石に向けて何事かを呟きだす。と、眩い光が石からあふれ出し、光が収まった時そこにあったのは、きらきらと光を反射する金属であった。

「ゴゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」

隣でキュルケが音を立てて席から立ち上がり、これ以上にないくらい前のめりになって金属を食い入るようにして見つめている。しかしあれは金ではなく、ただの――――

「違います。ただの真鍮です。ゴールドを錬金できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけです。私はただの・・・『トライアングル』ですから・・・」

そう、あれは貧者の金とも呼ばれる真鍮。紛い物の合金だ。ところで今言っていたスクェアだのトライアングルだのとは一体何のことだろうか。隣にいる主人をつついて聞いてみた。

「系統を足せる数のことよ。それでメイジのレベルが決まるの・・・良く分からない?例えばね?『土』系統の魔法はそれ単体でも使えるけど、『火』の系統を足せば、さらに強力な呪文になるの。そうやって属性を足せる数によってクラスを決めるわけ。一つなら『ドット』、二つなら『ライン』、三つなら『トライアングル』、四つなら『スクェア』ってね。分かった?」
「へーじゃあ、あの先生は『トライアングル』クラスだから割とすごいんだ」
「割とって、アンタ・・・普通にすごいのよ『トライアングル』はっ」
「じゃあさっきの“私はただの・・・『トライアングル』ですから・・・”ってのは謙遜に見せかけた自慢だったんだね?ひゃー性格悪ぅー」
「そ、そうかもしれないけど・・・もう黙ってなさいよあんた!先生に聞こえたらどうするのよ!」
「聞こえてますよ、ミス・ヴァリエール!授業中に私語とは・・・全く、おしゃべりをする暇があるのなら、あなたにやってもらいましょう」

あまり怒っている様子がないので、聞こえたのはルイズの言葉だけなのだろう。シュヴルーズは気まずそうにしているルイズを立たせて自分の方へと呼び寄せ、新たな石ころを取り出して教卓に並べる。そして何やら彼女に説明を始めた。――――なるほど、さっきの『錬金』をルイズに実演させるという事か。
席を立つ音がしたのでそちらに目を向けると、そこには困り顔のキュルケが立っていた。

「先生」
「なんです?ミス・ツェルプストー」
「やめといた方がいいと思いますけど・・・」
「どうしてですか?」
「危険です」

キュルケはきっぱりと言い放ち、それに教室のほとんど全員が頷いた。
しかし危険とは?ルイズが魔法を使う事がそんなに危険なのだろうか。

「危険? どうしてですか?」
「ルイズを教えるのは初めてですよね?」
「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いています。さぁ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、何もできませんよ?」
「ルイズ、お願いだからやめて・・・」

先生に対する説得は無理だと悟り、すっかり蒼白になった顔でルイズに懇願するキュルケ。焼死体を見ても平気な彼女が蒼白になるほど危険なのか、ルイズの魔法は。その顔色に演技の色は見られない。本気だ。本気で彼女はルイズに頼むから危険な魔法を使うのをやめてくれと懇願していた。

「・・・やります」

そんな友人の懇願に耳を傾けず、ルイズが杖を振り上げる。
それを見た生徒たちは皆慌てて机の下に潜り込んだ。

「あぁ~!!もう!あの分からず屋!ライガー!あんたもぼさっとしてないで隠れなさい!!」

キュルケはそう言って私の首根っこを掴むと机の下に引きずり込む。一拍遅れて、ルイズの呪文が聞こえてきた。

「錬金!」

瞬間、閃光が教室中を埋め尽くし、爆音が辺りに満ち溢れる。生徒たちは悲鳴を上げ、衝撃波で机が振動し、天井からタイルが降ってくる。大爆発だった。
光が収まっても、悲鳴は鳴りやまなかった。先程の爆音に驚いた使い魔たちが好き勝手に暴れているためだ。

「いってええ!今なんか!今なんかに噛まれた!」
「俺のラッキーがヘビに食われた!ラッキィィィィィ!」

正に阿鼻叫喚。そう言えば、フレイムはどうしているだろう。アレが暴れた日にゃあ事だと、そう思い隣に目をやる。そこには頭を抱えるキュルケを守るようにその脇に寝そべるフレイムの姿があった。他の使い魔達がおおわらわだと言うのにこの落ち着き様はさすがである。
その隣では我関せずと言った風に座りこんで本を読み続けるタバサの姿があった。辺りは爆発の影響で埃だらけなのだが、気にならないのだろうか。よくよく見れば、この辺りだけ埃が落ちていない。こちらに漂ってくる埃は直前でその向きを変えてこちらまで降ってこない。風の防壁、彼女が気を使って張ってくれたものだろう。その粋な気遣いに一言礼を言って机の下から這い出した。

「さて、不肖のご主人様はどこかね~っと」

先程までルイズのいた辺りに目を向けると―――いた。体中を煤だらけにして、所々やぶけた制服を見てため息を点いている。その近くの床にはシュブルーズが目を回して倒れていた。
けほっと、可愛らしく咳をして口から煙を吐くルイズ。破れたスカートからハンカチを取り出して顔を拭って一息つくと、淡々とした声で言った。

「ちょっと失敗したみたいね」

おいおい。

「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」
「いつだって成功の確率、ゼロじゃないかよ!

こちらが突っ込むより先に他の生徒がルイズに一斉にツッコミを浴びせた。
そのおかげで先程の疑問が解けた。ゼロのルイズ。魔法成功確率ゼロ(・・・・・・・・)のルイズ。
なかなかうまい名前だ。だが、その名で呼ばれる彼女は、今も教室の中央で一身に罵声を浴びている彼女はその事をどう思っているのだろう。何を考えているのだろう。黙って俯く彼女の姿からは何も読み取れなかった。



「ようやく昼か~働いたからおなか減ったよ~」

やれやれと言いながら肩を回す使い魔・・・ライガーと私は廊下を歩いて食堂に向かっている最中だ。結局あの後、私達は失敗魔法でボロボロになった教室の掃除を罰として先生から言い渡された。散らかり具合から見て、これは昼休みまでに終わりそうもない。下手をしたら昼食を抜く事も考えなければならないと、覚悟していたのだが。
隣を歩く使い魔をじっと観察してみる。こちらの視線に気づいた彼女が話し掛けてきた。

「ん、あての顔に何かついてる?埃かなんかかな・・・ねぇ何処?何処についてる?」

わたわたと自分の顔を拭い始めたのを苦笑しながら止める。不審そうな顔でこちらを見る彼女になんでもないのだと告げた。しばらく怪訝な顔をしていたが、また前に向かって歩き出す。そんな彼女の姿を後ろからぼんやり眺めた。そして教室での出来事を思い返す。

掃除は想像していたよりも大分早くに終わった。と言うのも、運ぶのに時間がかかるだろうと思われた、重たい壊れた椅子や机を全て彼女が一人で片付けてしまったからだ。壊れた椅子を持ちあげてフラフラしながら歩いていたところ、後ろからやって来た彼女が、

「あーあー見てらんないねー全く。ホラ、ご主人様はこれ持って。こーいう力仕事は下っ端に任しときゃいーんだからさー」

そう言ってこちらに箒を持たすと、片手で椅子を肩に担ぎあげ、あっという間に隅に寄せてしまった。それから私は箒で床を掃き清め、彼女は壊れた家具を片っ端から片付けていった。結果、あっという間とはいかなかったが、それでも昼休み前には掃除が終わったのだった。
そんな彼女と交わした会話を思い出す。あれは掃除も中盤に差し掛かった時の事。

「・・・幻滅した?」

ぽつりと、唐突にそう切りだした。限界だったのだ。
机を運び出す手を止めずに彼女が答える。

「んーいきなりそれだけ言われてもなー・・・いったい何に対しての幻滅?」
「私に対して。ゼロのルイズに対して。魔法使いなのに魔法がひとつも使えない私に対してよ!・・・・・・メイジなら誰でも出来て当たり前の事が私にはできない!ロックも!アンロックも!ライトも!簡単なコモンマジックだろうと、杖を振れば起きるのは決まって爆発、爆発、爆発!子供のころのお付きの家庭教師には匙を投げられたし、使用人には影で笑われてたわ・・・家族もきっと呆れてたでしょうね!学院に来てからもそう!全く魔法の成功しない事を揶揄して付けられたあだ名はゼロのルイズ!名門ヴァリエール家の面汚し!それが私(ルイズ)よ!どう!?幻滅したでしょう?!」

ああ、だめだ。こんなこと絶対言いたくないのに。情けない。なんだこれは。私はずっと自分を律してきたではないか。あの人ミナトせんせいにだってこんな事言った事はない。ずっと外に零さず自分の内に留めてきたではないか。それをどうして今日会ったばかりのコイツに、小生意気な使い魔などに漏らしているというのか。だめだ、だめだ。涙まで溢れてきそうになる。止まらない。とめられない、もう。

「でもねぇ、私だって努力したのよ!魔法が使えるようになりたいって!立派な貴族になってみんなに認めてもらいたいって!何度も魔法の練習だってした!同じくらい何度も失敗したけど諦めなかった!ヴァリエールの名を落としめないよう、実技で振るわない分、座学はいつも主席を維持し続けた!でも・・・!でも、そこまでやって、そこまでやっても無理だったら・・・どうしようもないじゃない!」

言った。言ってしまった。ああ。もう、なにも残っていない・・・。
そのまま箒にもたれかかるように床にずるずると崩れ落ちた。そのまま目を開けているのが億劫になり、目を閉じる。
しばらくして、椅子やら机やらを運ぶ音がやんでいる事に気づいて目を開ける。目の前には誰かの靴。そのまま視線を上へ這わせていく。やはりというか、当然というか、そこにいたのは自分の使い魔だった。彼女の顔はちょうど逆光になっていて良く見えない。

「自分に幻滅したか、だって?あぁ、幻滅したとも。するに決まってる。だがなぁ・・・」

彼女はそこまで言うとやにわにこちらの胸ぐらをつかみ上げて、こちらの顔を自分の顔の高さまで引き上げた。そうされることで、彼女の顔がよく見える。意志の強そうな太い眉は釣り上がり、琥珀色の瞳は怒りによって剣呑な光をたたえて爛々と輝いていた。吊り上げられたせいで上手く呼吸が出来ずに悶えるこちらを見て、グイっと片方の口角だけを釣り上げて左右非対称の笑顔を作ると、互いの毛穴まで確認できるほど顔を近付けたまま彼女は言葉を続けた。

「勘違いするなよ、幻滅したのはこれまでのおめーにじゃなく、今のおめーにだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。なんだ?今の話は。あてにどうしてほしかったんだ?同情してほしかったのか?憐れんでほしかったのか?それとも慰めて欲しかったのか?ハッ負け犬が。こんなのが主人かと思うと涙が出そうだ。全く反吐が出る」

そこまで言って実際に床に向かって唾棄する彼女。こちらに向き直り、歪な笑みを消して彼女は言った。

「いいか?おめーは選んだんだろうが。分不相応だろうと立派な貴族になるって。そのために世界(まわり)と戦っていく道を選んだんだろう?なら、諦めなきゃいい。絶対にかなえたい望みなんだろう?死なない限り人生は続くんだ、最後まで諦めなきゃあいいんだよ。苦しくても、辛くても、何があってもさ・・・それが出来ないなら」

そう言って言葉を区切って、彼女は胸ぐらをつかんでいた手を離した。私はそのまま無様に崩れ落ち、必死に呼吸を繰り返すだけだった。そんなこちらの様子を彼女は鼻で笑って言った。

「それが出来ないなら、おめーはただの負け犬だ。どうしようもなくみっともなく恥ずかしげもなくヘタレたまま一生を終えるんだろうよ。そうやって地べたに這いつくばってヒューヒュー言ってるのがお似合いだ」

そこまで言って使い魔は大声で笑い出した。
―――その声を聞いていると、体の芯から力が湧いてきた。
このままあいつに言わせっぱなしで良いのか?否。私は諦めたのか?否。私は負け犬なのか?否。否ッ!否ッッ!!否ッッッ!!!
あんたに――――

「あんたに私の何が分かるって言うのよ!!!!!!!!」

一気に起き上がり、笑い続ける使い魔に思い切り平手打ちを喰らわせようとする。
しかし、使い魔の頬に到達する前に私の平手打ちはあっさりと彼女の手によって阻まれていた。
・・・・・・一気に心が折れそうになる。結局私は何もできないのではないかと。
そんな時、しげしげと自分の頬を打とうとしていた手を眺めていた使い魔がゆっくりと口を開いた。

「何が分かるか、ねぇ・・・殆ど何も分からないけど、とりあえず使い魔に馬鹿にされたらやり返さずにはいられないくらい負けん気が強いことと、あとはゼロなんかじゃないってことくらいかな、分かるのは」

――――え?今彼女は何て言った?私が・・・ゼロではない?
きょとんとしているこちらに向かって、いつものニヤニヤした顔で自分の左手を指し示す彼女。

「これこれ、このルーン。コントラクト・サーヴァントだっけ?それが成功したってことだよね~。あとはあてが今ここにいるってことは、サモン・サーヴァントも成功してるじゃん。ほら、これで二つ。ルイズはゼロなんかじゃない」

――――あ。

「わっどっどうしたのいきなり泣き出して!」
「うっうるさいうるさいうるさい!なななな泣いてなんかないわよ!だからあっち向いてなさい!こっち見ないで!いいからあっち向いてったら!向けええぇぇぇ!!!」

・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・
そう言って彼女を無理矢理追い払ってしまったのだった。思い返してみるとあれは彼女なりの激励だったのだろう。酷く乱暴ではあったが。
改めて少し前を歩く彼女をよく見てみる。自分とほとんど変わらない太さの腕。あの腕のどこに壊れた机を片手で持ちあげる力が宿っているのだろう・・・そう言えばタバサのことも、私のことも軽々と持ち上げていた。
それに驚異の回復力。瀕死の重傷が一昼夜で治るなどただ事ではない。いったい何者なのだろうか?少々不気味にすら感じる。だが――――

「っと、ライガー。この道をまっすぐ行けば食堂だから。先に言って食べてなさい」
「ん?いいけどご主人様は、どーすんの?ダイエットでもしてるわけ?」
「違うわよ。こんな格好で食事をするわけにもいかないじゃない」

そう言って破れたスカートやブラウスを示す。

「だから一旦部屋に戻って着替えてくるの。でも、あなたさっきおなか空いてるって言ってたでしょ?待たせるのも可哀想だなって思っただけよ」
「・・・・・・」

何故か黙ってこちらの額に手を当てて、別の手で自分の額を触る使い魔。

「・・・なにしてるのかしら?」
「いやー急に優しい事言い出すから熱でもあるのかと思って・・・大丈夫?ほんとに何ともない?」
「本気で心配そうな顔して何を言ってるのよあなたは・・・と言うかそれ逆に傷つくわよ!」

全くこれだからこの使い魔は。なかなか人に感謝をさせてくれない。

「とにかく先に言って食べてなさい。私もすぐ行くから」
「分かったけど、なんか言われたらどうする?」
「文句なんて言わせないわよ、わたしが」

そう、彼女は私の使い魔なのだ。何があっても信頼し、私が守る。それが立派なメイジとしての気構えだろう。それに使い魔と一緒に食事をすることなど珍しくも無い。どのメイジだってやっていることだ。ただ私の場合は、使い魔が人間だと言うだけだ。
――――多少不気味な所があろうと、彼女は私の世界でただ一人の使い魔なのだから。



「顔真っ赤にしちゃって、まぁ。かわいいもんだ」

赤面して寮に向かって今朝のような全力疾走で去っていく主を見送る。

「しかしまぁ随分と気に入られたもんだ。今朝までとは雲泥の差だねー」

さっきの説教が効いたということだろうか。しかしあれは説教などではなくただの逆ギレなのだが。

(なんつーか、あんなのが主だとケチがつく気がしたんだよなー)

自分の人生に。
どこか昔の自分を彷彿とさせるあの子の下につく、と言う事は今まで歩いてきた自分の人生を否定する事になる気がしたのだ。だから、思いつくまま言葉を舌に乗せて罵り倒したのだが・・・思い返してみると彼女に放った言葉は、かつて自分があの人から言われた事を形を変えてそのまま伝えただけなのではないか。

(やれやれ、焼きが回ったかねーあても・・・)

そこまで考えて、自分は実際焼かれていた事を思い出す。なるほど、ならばこの結果も仕方のない事かもしれない。

(あそこまで真っ直ぐに好意を向けられるとなーやりづらいったらないんだが・・・さてどうしたもんかねー・・・)

現状、自分は彼女の使い魔に甘んじているが、この先はどうか分からない。彼女の事はそれなりに気に入っているが、自分をまともに使いこなせる器ではない。だからそれが出来る人に巡り合った時は別れることになるかもしれない。そんな時に備えて、あまり親密にはならないように、からかって遊んでいたのだが。さて――――
そこまで考えた時、腹がぐぅと鳴って空腹を訴えてきた。
うん、こんな状態でものを考えても良い考えなど浮かぶはずもない。まずは腹ごしらえをしてからだ。そう思い直して、食堂への道を歩き出した。





・あとがき
遠い・・・
遠うございますギーシュ殿・・・
あの夜空に浮かぶ二つの月・・・
遠うございます・・・



[21285] [習作]無題 (ゼロ魔 × なにか ) 5
Name: チビ黒サボテン◆8aa26a54 ID:b93c8024
Date: 2010/09/09 21:49
「おっ、あれが食堂かな」

主人と別れて暫く歩いたところで彼女は食堂に到着した。
部屋の中には部屋の端から端まで届く程の長い机が三脚あり、それぞれの机で違う色のマントをつけた生徒たちが食事をしていた。
恐らく学年別に分かれているのだろう。
しかしどこを見ても彼女と同じ格好をしたメイドたちが食事をしている様子はない。
まぁそれも当然だろう。何処の世界に主人と同じテーブルに着く使用人がいると言うのか。
主人には悪いがここで先に食事をしているというのは無理があると思った彼女は、近くを通りかかったメイドを呼びとめて何処か別の所で食事が出来るように頼むことにした。

「ねぇ、そこな道行くメイドさん!」
「?はい、お呼びですか・・・ってあなた!なにしてるのよ!この忙しい時に・・・はぁ、持ち場は何処?」
「へ?いや、あては別に・・・」

そう言えばメイドの格好をしたままだった事を忘れていた彼女は、自分はメイドではないと説明しようとしたのだが・・・目の前の黒髪のメイドは、その純朴そうな顔を怒りでゆがめながら突っかかって来た。

「別に?別に仕事がないって言うの!?はぁ・・・あなた見ない顔だけど新人さん?だめよそんなんじゃ。お給料もらってるんだったら、しっかり働かなきゃ!」

びっと人差し指を鼻息も荒く彼女に突き付けるメイド。
その勢いに押されて、彼女はさっきまで言いかけていた言葉を思わず飲み込んでしまった。代わりに出てきたのは、

「は、はい。スミマセン・・・」

勢いに呑まれてつい口をついて出てきてしまった謝罪の言葉だった。
それを受けて、我が意を得たりとばかりにうんうんとメイドは頷いた。

「うん。素直なのはいいことよね。私はこれからデザートの配膳があるんだけど・・・ちょうどいいわ、手が空いてるならあなたも手伝ってくれるかしら。ついでに色々教えてあげる」

さ、こっちに来てと言って先に行ってしまうメイドを彼女は慌てて追いかける。
このままぼんやり待っていても恐らく昼飯にはありつけないだろうと思ったからだった。
尤も――――

「そう言えば名前はなんていうの?ちなみに私はシェスタ」
「足・・・っとと、ダンガン・ライガーって言います。よろしくね、シェスタ」
「ダンガ・・・ええと、よろしくね?ライガー」

そのままそこでぼんやり主人を待っていさえすれば、この後の騒動は起こらなかったかもしれないのだが・・・残念なことに、そんなことは彼女が知る由もない事だ。



「決闘だ!!!!」

さて、どうしてこんな事態になったのだったか。
自分はメイドと間違われてデザートの配膳を手伝っていた筈だが、どうしてこんな騒ぎになっていたのだったか。
とりあえず、先程優男から投げつけられて、顔面にべちゃりと張り付いたままになっている布切れを剥がしてみる。
ところどころ葡萄酒の染みがついているそれは手袋だった。そして先程の決闘と言う言葉。古式ゆかしい貴族の決闘作法。

――――なるほど、中身はともかく、外面だけは立派な貴族様と言う訳だ。

あまりに滑稽で思わずくつくつと喉を鳴らして笑ってしまう。
それを見とがめた優男が眉根をひくつかせながら言い放つ。

「ほほう?本当に礼儀のなっていないメイドだ・・・先程もこちらの事を大声で笑っていたけれど、君もなかなかの怖いもの知らずだね?
僕は女の子に手を上げる趣味はないけれど、決闘とあれば話は別だ。どうする、今なら謝れば許してあげるよ?そうだね、まずは跪いて・・・」

なにやら喋り続けているが、それは無視した。
そうだ、私は先程この優男の事を思い切り笑い飛ばしてやったのだった。
デザートの配膳中、得意顔で周りの友人に自分の女性遍歴を語って聞かせているコイツの足元に小瓶が落ちているのを見つけた私は、気を利かせてそれを机の上にこっそり戻してやった。
それを目に止めて騒ぎだす友人たち。
どうやら、その小瓶はさる女生徒が自分の為にだけ作る逸品らしく、それを持つ優男はその女生徒と付き合っているに違いないということらしかった。
のらりくらりと友人からの追求をかわしていた優男だったが、それも騒ぎを聞いてそちらにやって来た女生徒に話しかけられたことで終わりを告げた。
どうやらその女生徒、香水を作ったのとは別の女生徒であるらしく、目に涙を浮かべていた。
取り繕うように何かを喋ろうとした優男だったが、女生徒からの平手打ちによってそれを阻まれた。
そのまま涙の線を中空に残して女生徒は去っていった。
それを打たれた頬に手をやりながら痴呆のように見送っていた優男だったが、また別の女生徒が近づいてきたことで蒼白になっていた。
どうやらその女生徒こそあの香水に作り手であるらしい。
しどろもどろになりながらも何とか弁解をする優男だったが、先程とは反対側の頬を打たれて今度も黙らされた。
それだけで終わらず女生徒は手近な葡萄酒のボトルを手に取ると、中身を優男に頭からかけていった。
すっかりぬれ鼠になった彼の姿を見てふんっと鼻を一つならすと、その女生徒もまた去って行った。

残された優男は、なにやらナイスポーズをきめて歯の浮くようなセリフを口にしていたのだが――――要するに二股男が双方の女から手ひどく振られたというだけの話。

ただそのザマが、あまりに間抜けで、あまりに滑稽で、あまりに馬鹿馬鹿しく、辛抱ならずに思い切り笑い飛ばしてしまったのだ。
それがあの貴族の坊やには、いたくお気に召さなかったらしい。
激怒のあまり理性も飛んでいるのだろう。
こんな見た目麗しく、儚く、か弱いメイド少女に、大の男が本気で喧嘩を売ってしまうくらいには。
全く、中身は無いくせに外面と気位の高さだけは一級品とは手に負えない。

「――――聞いているのかな。謝るのか、謝らないのか?どちらかね?」
「ハッ。っるせーよ、表六玉が。
てめー頭の調子は大丈夫か?馬鹿が、バカをやって、ばかを見たんだぜ?
これを見て笑わないやつがどこにいるよ。いや、むしろアレは笑わないでいる方が失礼だっつーの!ぎゃははははははは!
ひ―腹いてー!君、ワタシを笑い殺す気ですか!あっはっはっはっはっは!!」
「ッッ!!いいだろう、良く分かったよ。
決闘を受けるんだね?ヴェストリの広場で待っている。いいか?逃げるんじゃないぞ。必ず、来るんだ」

いいなと、念を押してから肩を怒らせて食堂から出ていく優男。

「うわーだっせー大の男がこんな可愛いオンナノコ相手にマジギレですよ。
あーみっともねーったら。ねぇシェスタ?」

そう言って仮面同僚のメイドの方へ振り替えると、彼女は真っ青になってガタガタ震えながらこちらを見ていた。

「あ、あなた殺されちゃう・・・貴族にっあ、あんなこと言って・・・本気で怒らせて・・・平民じゃ・・・貴族に勝つなんか・・・」

目に涙すら浮かべて、首を左右に振りながら後ずさる我が同僚(仮)。
そのまま踵を返して何処かへと駆けて行った。
どうやら彼女の中では私が殺される事が決定事項らしい。

平民は貴族に勝てない。
魔法の使えない平民が、魔法の使える貴族に勝る事は決してない。永
遠にパワーバランスの覆らない殲滅戦ワンサイド・ゲーム・・・

――――――――本当に・・・?

内なる自分ぶきがささやく。あんなものは己の敵足り得ない、と。
自分もそう思う。だがこれはいい機会だ。
この世界の魔法が戦闘の際にどう用いられるか知ることができるし、怪我から復帰した自分がどこまで動けるかを試すことも出来る。
だから自分の内に言い聞かせる。今回はお前を使わない。
お前を使えばあんな三下など鎧袖一触に出来るだろうが、それはしない。それではつまらないし、何よりも大人げないだろう・・・・・・・・
子供との鬼ごっこで本気で走って追いかける大人のようなものだ。
門下生に情け無用、手加減なしで技をかける武道家のようなものだ。
魔法の使えない平民に・・・・・・・・・・本気で喧嘩を売る貴族のようなものだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

くつくつと喉の内から湧いてくる笑いが止まらない。
ああ、駄目だ。今の私は貴族に喧嘩を売られた可哀想な平民なのだ。
だったら笑っているのはおかしい。もっと悲壮な顔をしていないと。
先程のシェスタの反応を思い出せ。あれが正しい平民のあり方というものだろう。だのに、さっぱり笑いが収まらない。ああ、駄目だ駄目だ周りから変に思われてしまう。
仕方なしに顔を下げて、髪で顔が隠れるようにした。
さて、あの三下が待っているのはヴェストリの広場だったか。
そちらに向かうにしても自分はそこまでの道を知らない。
誰かに道を聞かなくてはいけないのだが、最後まで笑わずにいられるかどうか、それが問題だった。



寮に戻って着替えた後、汚れが気になり軽く水浴びしていたら思ったより食堂につくのが遅くなってしまった。

「ライガーはまだ残ってるかしら・・・」

辺りを見ても、あの目立つ髪色のメイドは見当たらない。
とりあえず、近くに立っていたメイドに話を聞いてみることにした。

「ねぇ、ちょっとそこのあなた」
「・・・はい、なんでしょうかミス?」
「人を探してるの。ライガーって言ってね?
私の使い魔なんだけど、髪は茶色がかった金髪で、目は琥珀色。
背丈は私より少し高いくらいで、あなたと同じ格好してるんだけど知らな・・・どうしたの?」

こちらの話を聞いているうちに、どんどん血の気が引いてガタガタ震えだしたそのメイドを流石に無視できなくなり、質問を途中で打ち切る。
持っていたティーセットを取り落してその場にうずくまる彼女。そして頭を抱え込んで延々と同じ言葉を繰り返し始めた。

「ちょ、ちょっと!ねぇ大丈夫!?」
「ごめんなさい・・・ヒッグ・・・ごめんなさい・・・ごめんなさングッ、ごめんな”ざい、ごめんなさぃぃぃ・・・」

ついには泣き出してしまった彼女の背をさすりながら考える。
彼女はライガーの名前を出した途端にこうなった。だから、なにかしらライガーの事を知っているという事なのだろうが・・・

(これじゃあ、聞くに聞けないじゃない・・・)

全くあの使い魔ときたら。主人が目を離していた隙に一体何をしたのやら・・・



「諸君!決闘だ!」

優男の言葉にに沸き立つギャラリーたち。
なんとか笑いだすのを我慢して尋ねた道に従って広場についてみれば、そこはすっかり盛り上がっていた。
どうやらこの優男、自分の恥を雪ぐ決闘に観客を集めたらしい。
見ればその中には先程の香水の君も混じっていた。
“決闘に勝つカッコいい自分”を演出してよりを戻そうと言う腹らしいが。
しかし、そんな彼の思惑とは裏腹に彼女の表情は冷めきっている。当たり前だ。
変な趣味の持ち主でもない限り、大の男がいたいけな少女をいたぶるのを見て楽しいなどと感じるはずがない。
そんなことにも頭が回らないとは・・・今わかった。こいつは掛け値なし正真正銘の馬鹿だ。もう救いようがないほどの。
おかげでこちらの気分もすっかり冷めてしまった。
笑いの衝動もなりをひそめる。
こちらの思いと反比例するように、いまや彼のテンションは最高潮に達していた。大きく手を開いて周りに向かって大声で宣言する。

「お集まりいただいた紳士淑女諸君!これよりギーシュ・ド・グラモンと、えー・・・あー・・・不敬なメイドとの決闘を執り行う!!」

こちらの事を良く知らないのに決闘か。
もはや呆れすぎてため息すら出ない。
だいたい、マントの色を見るに彼は主人の同輩だろう。先程の講義の際私の事を見知っていてもおかしくは無いのだが・・・おおかた、あの香水の君の尻でも追いかけていてこちらの事など目にも入らなかったのだろう。能天気な事だ。

さて、あの優男、ギーシュという名前らしいが・・・
――――恥を雪ぐための決闘が、恥の上塗り、な~んて事にならないといいな、ギーシュ君?



時は少しさかのぼる。

「オールド・オスマン!」

うららかな昼下がりの学院長室。その静寂は突然の来訪者によって打ち破られた。
部屋の主であり、トリステイン魔法学院長でもあるオスマン氏は目を白黒させながら来訪者に話しかけた。

「な、なんじゃい藪から棒に、ミスタ・・・え~となんじゃったかな、そのハゲ頭。見覚えはあるんじゃが・・・ん~」
「コルベールです!それより学院長、これを・・・」

そう言ってコルベールは一冊の古書を取り出し、あるページを開いてオスマンに示した。

「君はまたそんな古文書を・・・あーどれどれ?『始祖ブリミルの使い魔たち』・・・?これがどうかしたのかね?」
「・・・・・・」

コルベールは怪訝な顔をしているオスマンに黙って懐から取り出した紙片を差し出した。
訝しみながらもそれを開いて中を見てみると、そこには本に書かれたルーンと寸分違わぬルーンが描かれていた。オスマンの表情が強ばる。

「ミス・ロングビル、席を外しなさい・・・さて、これは一体どういうことかな、ミスタ・コルベール?」

秘書を部屋の外に追いやり、改めて椅子に座りなおして話を聞く体勢を作るオスマン。
それを受けてコルベールは重々しく語り始めた。

「そのスケッチは今朝方契約したミス・ヴァリエールの使い魔に現れたルーンです。
見たことも無い紋様だった為、興味を惹かれましてな。それで調べてみたのですが・・・」

視線を開かれたままの本へと向けるコルベール。
そこには始祖の使い魔であるガンダールヴについて詳細が記されていた。

「ガンダールヴと同じルーンだったという訳か・・・しかしそんな大発見をしたにしては随分と落ち着いているのう、ミスタ・コルベール?
普段の君なら『これは大変な発見ですぞ!すぐに王室に報告せねば!』なんて言いながら大騒ぎしていると思うがのう・・・」
「それは・・・そうなのですが・・・」

何故か視線を伏せてしまうコルベールに片目だけの視線を送りながらオスマンは言葉を続けた。

「まぁいいわい。それでその使い魔と言うのはどんなものなのじゃ?鳥か?蛇か?それとも竜かね?」
「いいえ、オールド・オスマン。人です。使い魔は人なのですよ・・・」
「人・・・とな。それは、また・・・」

齢三百歳とも言われるオスマンではあったが、そんな話は寡聞にして聞いたことがなかった。

「ふぅむ・・・まぁ、なんにせよ王室への報告は無しじゃ。
ガンダールヴはただの使い魔ではない。主人の呪文詠唱の時間を守るために特化した存在で、その力は一騎当千にも及ぶと言われておる。
そんなものが現代によみがえったと知ったら王室の戦好き共がどういう反応をするやら・・・」

その様を想像してか、一気に渋面になるオスマン。
とにかく、と前置きして話を続けた。

「たまたまルーンが同じだった、というだけかもしれんしな。どちらにしても王室に報告はしない。
よいな、ミスタコルベール。・・・なにやら言いたそうにしているが、なんだね?」

なにやら先程から俯いたり顔を上げたりを繰り返して落ち着きがないコルベールに水を向けるオスマン。
しばらく逡巡してからようやくコルベールが口を開いた。

「は、その事は問題ないのですが・・・私が申し上げたかったのは彼女自身の事についてなのです、オールド・オスマン」
「彼女?使い魔と言うのは女性なのかね、ミスタ・コルベール」
「はい・・・ちょうど私たちが教えている生徒ぐらいの年齢です。
それで、その彼女なのですが・・・少々不気味なのです」
「不気味?」

生徒ぐらいの年齢の少女が不気味?

「はい。彼女はそもそも昨日の使い魔召喚の儀で呼び出されたのですが、その時は顔も分からぬほど全身が焼けただれており・・・正直その時は焼死体が呼び出されたものと思ったほどです」
「なんと・・・それで、その後はどうしたのかね?」
「・・・息がある事に気付いたミス・ヴァリエールとミス・タバサによって保健室に搬送されました。
私は残ってパニックになっている生徒達の混乱収拾を・・・しかし、あれは・・・」
「・・・・・・どうしたね、続けたまえミスタ・コルベール」

顔をゆがめて言いづらそうに顔を背けるコルベールに先を促すオスマン。
やがてコルベールは観念したように向き直って話し出した。

「あれは・・・あれはどう考えても致命傷でした!
分かるんです、何度も見てきましたから!ああなった人間が助かることなどあり得ない!あり得ないんですよ!
それなのに今朝見たら普通に立って歩いているんです!火傷の痕ひとつ無く・・・これはおかしいんだ、何かが間違ってるとしか思えないんですよ!」
「落ち着きたまえミスタ!」

一転して取り乱したように目を血走らせながら言い募るコルベールを何とか落ち着かせようとするオスマン。

「それは、単にミス・ミナトが適切な治療を施したと言うだけではないのかね?」

ミナト。没落貴族の為に姓はない。
オスマンが何年か前に酒場で知り合い、意気投合し、聞けば職を探していると言うので酔った勢いで雇い入れてしまった魔法使い。
それだけなら難しい試験を経て学院に採用された教師にとって噴飯ものの出来事だと言うだけだが、生憎と彼女は優秀なメイジだった。
『火』、『水』、『土』、『風』、全てを網羅したスクエア・クラス・メイジジェネラリスト
稀有な才能ではあったが、それだけなら彼女を妬む同僚から、何でもできるが際立った事は何もできない半端者との誹りを受けることは免れなかったろう。
しかし、彼女にはもう一つの才能があった。秘薬の調合である。
単体ではドットレベルに毛の生えた程度の成果しか上げられぬ魔法に適切な秘薬をかけ合わせることで、その成果をスクエアクラスにまで引き上げる事が出来たのだ。
特に『水』系統の秘薬調合にかけては神がかった才能があった。
以前に一度、魔法薬の実験の際、ある女性徒が手違いでフラスコを爆発させてしまい顔に大火傷と多数の裂傷を負ってしまうという事件があった。
すぐに治療が施されたのだが、女生徒の顔には一生消えない傷跡が残る事となった。
女生徒はその事に心を痛めて、ついには飛び降り自殺までしようとした。
結局それは当時用務員として働いていたミナトによって止められたのだが。
死なせてくれ、こんな顔では嫁のも貰い手も無い、私の人生に価値など無いではないかと暴れる女生徒を平手で黙らせると、ミナトは彼女を抱きしめてこう言ったという。

――――私が何とかしてやる、その顔を元に戻してやると。

事実そうなった。その類稀な才覚によって彼女は女生徒を救った。
そして面子を潰された当時の保健医が憤慨して辞表も出さずに田舎へ帰って行ったため、その後釜にミナトが収まる事になった。
今までは学院長の気まぐれで雇われた女を学院で働かせるなど論外だとして、彼女を用務員などと言う平民がやる閑職に追いやっていた他の教師達だったが、今度は何も反対しなかった。
と言うよりできなかったのだ。他の誰も彼女以上に『水』魔法を上手く使えなかったが故に。
かくして、現在に至るまでトリステイン魔法学院の保健医はミナトが務めている。

――――だから今回も彼女がなんとかした、そういうことではないのか?

そう言おうとしたオスマンだったが、コルベールはかぶりを振った。

「いいえ、オールド・オスマン。そんな筈がないのです。
・・・百歩譲って皮膚はそれで何とかなったとしましょう」

コルベールはそこで一拍置いて、ですがと続けた。

眼球・・は?
私が彼女を初めて見た時、彼女の眼窩には眼球が収まっていませんでした・・・しかし!今朝会った彼女にはきちんと両目があった!
いいですかオールド・オスマン。彼女の両目は損傷したのではない・・・・・・・・・損失したのです・・・・・・・
それが・・・どうして・・・これは・・・これは魔法だけでは説明がつきません!彼女には何かがあるのです。そうとしか考えられません!」
「それは確かかねミスタ・コルベール」

皮膚の復元までなら無くはない。事実、ミナトは修復不可能と言われた傷を治している。
しかし、眼球の復元まで行くとそれはもう魔法の領域ではなく、奇跡の領域であった。

「はい、間違いありません・・・
・・・それに、あの目。あの目はよく知っている。昔見知った目だ。人を人と思わない外道の目・・・
・・・そうだ、記憶を失っているというのも嘘かも・・・
オールド・オスマン、恥ずかしながら私は恐ろしいのです。あんな小さな子供に恐怖を抱いているのですよ・・・あぁ」
「・・・・・・それは、学院教師としてではなく“炎蛇”のコルベ-ルとしての言葉と受け取ってよいかな、ミスタ・コルベール」

片手を額にやり、天を仰ぎながら、それでもしっかりと肯首したコルベールを見てオスマンは戦慄を覚えた。
彼は良く知っていた。
今でこそ昼行灯で通っているコルベールだが、かつてはその二つ名と共に大いに恐れられた腕利きのメイジである事を。
その彼がこうまで取り乱すとあっては、これはもうただ事ではない。

「あい分かった。その使い魔の事はわしがよく注意して見ておこう。
場合によっては王室に報告を入れることも考えに入れて行動するとしよう。
それで良いかな、ミスタ・コルベール?」
「・・・ええ、ありがとうございます」
「ほほ、礼には及ばんさ。それより酷い顔じゃぞ、ミスタ?どうだね気付けに一杯」
「オールド・オスマン・・・いえ、そうですね。いただきます」

就業時間中の飲酒を咎めようと思ったが思い直して椅子に座るコルベールを見やってオスマンは満足そうにうなずくと、勤勉な部下を慮って酒棚から上物のブランデーを取り出そうとした。
そんな時、唐突に部屋の扉がノックされた。

「誰だね?今は取り込み中じゃ。後にしてくれんかの」
「失礼、オールド・オスマン。ロングビルです。
分かってはおりましたが、火急の用との事でしたので・・・」

仕方なしにブランデーを探す傍ら、そのまま話を聞くオスマン。

「ふむ、一体どうしたのじゃ?」
「それが、ヴェストリの広場で決闘だそうです。
生徒の一人がメイドに対して決闘を挑んだそうで・・・止めに入った教師がいましたが、生徒たちに邪魔されて、止められないようです」
「はぁ?メイドに?だれじゃその馬鹿な生徒は!」
「ギーシュ・ド・グラモンです。
なんでも二股をかけていて振られた事をメイドに笑われたため、衝動的に決闘を仕掛けたとか」

呆れてものも言えないとはこのことか。

「グラモンの所のバカ息子か!
全く、親父もなかなかのものじゃったが、息子は輪をかけてひどいのう・・・あとで反省室に放り込んでおけ!
それで、メイドの方は何処の子じゃ?まったく貴族を笑うなんて思いきった事をしたものじゃ。
そういう馬鹿は嫌いじゃないがの、ホホホ」
「それが・・・妙でして。
侍従長に問い合わせて見たところ、何処にも欠員はないとのことでした。
つまりそのメイドは本学のメイドではないという事になります」
「はて、それはおかしな話じゃ。実家から侍従を連れてくる事は禁じられている筈じゃが・・・」
「オールド・オスマン・・・!」

不意に顔面を蒼白にしたコルベールが声をかけてきた。

「なんじゃい、いきなり。心臓に悪いわ!」
「彼女ですよ!使い魔の彼女です!
彼女は今朝、病人着からメイド服に着替えていました!きっと彼女に違いありません!」
「な、なんだってメイド服に・・・?」
「それは、その・・・メイドに頼んだら、持ってこられたのがその服だったからで・・・
とにかく!早くとめませんと!きっとギーシュ君では彼女に勝てない!殺されてしまいます!」

慌てるコルベールを見ながらしばし考え込むオスマン。
と、反応がないのを訝しんだロングビルが声をかけてきた。

「オールド・オスマン?聞いておられますか?」
「ああ、聞こえておるよミス・ロングビル。それでなんだったかな?」
「聞いておられないではありませんか、全く。
・・・教師たちが、決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めております。いかがいたしますか?」

決闘を止める?何を馬鹿な。

「アホか。たかが子供のケンカを止めるのに、秘宝を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい」
「分かりました。ではそのように」

そう言ってロングビルは去って行った。しばし愕然としていたコルベールだったが、正気に立ち返るとオスマンへ詰め寄った。

「オールド・オスマン!私の話を聞いていなかったのですか!今すぐ止めませんと!」
「分かっておるよミスタ・コルベール。しかしな、君はその彼女の事を良く知っておるようだが、わしはそうではない。
だからこれは良い機会なのじゃよ。わしが自分でその使い魔の事を推し量る、な」

懐から杖を取り出すと壁にかかる鏡へ向かって振るうオスマン。
するとそこにはヴェストリの広場の様子が映し出された。

「大丈夫じゃ安心したまえ。責任はわしが持つ。
それにじゃ、あのドラ息子とて腐っても軍人の息子じゃし、そうそう平民に後れを取る事はあるまいよ。
さ、掛けたまえ。君も飲むと良い。五十年物のブランデーじゃ。滅多に手に入らない上物じゃぞ?」

オスマンは渋るコルベールをなだめて席に着かせると鏡の方を見た。
そこでは今まさに決闘が始まろうとしていた。



一通り観衆から声援を受けて満足したらしいギーシュがこちらに向き直る。

「逃げずによく来たねぇ。えらいよ、メイド君・・・さてと、では始めるか」

そこまで言って手に持った造花のバラを振るうと、そこから一枚の花びらが剥がれ落ちて宙を舞った・・・かと思うと、突然その花びらが光を放ち、それが収まるとそこには甲冑を着た女戦士の像が立っていた。
・・・質量保存の法則とかはどうなっているのだろう。
まぁ、魔法の世界でそんな事を気にしても仕方がない。大体、それを言ったら自分だってそうではないか・・・・・・・・・・・

「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」

しげしげと像を眺めるこちらの視線をどう取ったのか、どこか誇らしげに言い放つギーシュ。
もとよりそのつもりだったのだから、文句などあろうはずがない。
ただ残念なのは、目の前の相手が魔法使いらしい魔法使いではなかった事だ。
確かに虚空から金属製の像を呼びだしたのには恐れ入ったが、こんな紛い物にも劣る粗悪品をぶつけて、こちらに勝てるつもりでいるなど救いようがない。

「言い忘れたな。僕の二つ名は『青銅』。青銅の「よぉ、ボンクラ」ッ!」

聞くに堪えない戯言を途中で遮って続ける。

「ご托は聞き飽きた。もう沢山だ・・・さっさとかかってこいよ。こっちはてめーのせいで昼飯食いっぱぐれて腹減ってんだよ。早く終わらせようぜ・・・」
「何処までもなめた真似を・・・!いいだろう、そんなに死にたいなら殺してあげるよ。貴族を侮辱したこと、地獄で後悔すると良い!!ワルキューレ!!!」

ワルキューレとかいう名の像が、主人の号令にあわせてこちらに突っ込んできた。
お優しい事だ、「殺す」と言いつつも目の前の像は腰に帯びた剣を使ってくる様子がない。
ただこちらの腹部を狙って、大きく拳を振りかぶっているだけだ。
フェイントも何もなしに、ただ愚直に、素直に、真っ直ぐに。
その姿は、ただひたすらに――――隙だらけだった。
自分の腹部に当たるはずだった拳を半身になってかわす、と同時に相手の手首を右手で握りこみ、薙ぎに来るのを防ぐ。
次いで、足を相手の方へ送り込み、払う。
踏み込みの勢いと相まって、完全に浮きあがった相手をさらに右手で腕を引いてやることで、その体勢を完全に崩した。
そして、目の前に流れてきた相手の頸部を左手で上から押さえつけるように掴むと――――
真下へと、
全力で、
叩き落とした。

ごしゃりと、いい音をさせて地面にめり込んだワルキューレはそのまま動きを止める。その砕けた甲冑の隙間から覗くその中身は何もなかった。
なるほど、主人と同じく立派なのは外見だけで、中身はスッカラカン。似合いの主従ではないか。
茫然としているギーシュと観客を尻目に、くつくつと笑いながら倒したワルキューレの腰から剣をはぎ取った。
鞘から抜き放って、刀身を改める。剣の方は同じ青銅製にしても錫の配合量が多いからか、それとも単に空気に触れていないからか。まるで金のように綺麗な刀身をしていた。
次にひと振りして重心などを測ったのだが・・・とんでもない駄作であった。作り手と同じく見た目だけの見かけ倒しである。
しかしまあ無いよりはましだろう。流石に次こそは敵も本腰を入れて掛かってくるだろうから。さて、何時までも敵にぼんやりされていても困る。いい加減に起きてもらおうか。

「よぉ、まさかこれで終わりじゃねーだろうな?」

ビクリと震えてこちらに向き直るギーシュだったが、「あ」だの、「う」だの単音でしか喋れないパープリンにクラスチェンジしていた。これでは反撃など見込める筈がない。仕方なしに挑発してやることにした。

「おいおい、まさか一体くらい手下が倒されたぐらいでびびってんすかぁ?
貴族様が?平民に?ぶっははははは!だっせー!!
そんなだから、てめー様は女に逃げられるんですよ。
この見てくれだけの鎧と一緒で中身すっからかんだしな!ぎゃははははは!!
お?怒った?平民ごときになめられるのは我慢ならないってか?ならほれ、」

肩口に剣を担ぎ、空いている腕を手の甲が下になるように地面と平行に伸ばして、手首から先だけを手前に引く。
いわゆる”かかってこいJust bring it”の動作。
ギーシュの血の色の失せていた顔に徐々に血が上り始め、目には怒りの炎が灯りだしていた。

「男の子だろう?・・・・・・きなよ」
「・・・ッッッ!!!ワルキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥレエエエエエェェェェェ!」

ギーシュは造花を殆どなぎ払うように振り、ワルキューレを呼び出した。
その数、全部で六体。
それぞれ左腕に盾が据え付けられており、右手にそれぞれの武器を持っている。内訳は槍、剣、弓でそれぞれ二体ずつ。

「いけえええええええええええええ!!!奴を殺せええええええええええええええ!!!」

物騒な号令に従ってこちらに殺到するワルキューレ達。
だが、今回は腹わたは煮えくりかえっていても、脳みそまでは煮えていなかったらしい。
ワルキューレの動きに戦術らしきものが見て取れた。
まず、槍を持った二体が先行して突撃してきており、少し離れてその脇を剣を持った二体が固めている。
主人の傍には弓を構えて矢を番えた二体が控えていた。

最初の二体で仕留められれば良し。
それが無理でも脇に控えた二体がおり、またそれらの対応に追われていれば後詰めの矢で仕留められる。
なかなかによく練られている。
大抵の相手はこれで仕留められるだろう。だが――――

(それなりに楽しませてくれた礼だガキ。後学の為に世の中上には上がいるってことを教えてやるよ)

眼前には二体の槍を構えたワルキューレ。
大きく振りかぶってこちらを突き刺そうとして来るその脇を左に抜けて駆け抜ける。
そしてすれ違いざまに、ちょうど槍を振りかぶりきっていた腕を抜き打ちで斬り飛ばす。
――――成功。後の事を考えてこの場で鞘は破棄する。
そのまま宙を舞う槍を空いている手でつかみ取り、体をひねってその槍で槍持ちの二体をなぎ払う。
――――撃破。体を砕かれた二体は観客の方へと転がって行った。
その勢いを殺さず体をひねり続けて投剣。少し離れた所からこちらへ向かおうとしていた剣持ち一体を屠る。
――――命中。盾ごと体を貫通されて敵はもんどりうって倒れた。
槍を両手持ちに切り替えて、後ろへ向かって突き出す。
――――命中。敵の胸部を貫通した槍は完全にその交戦能力を奪っていた。
敵が刺さったままの槍をそのまま残った敵の方へ向けて盾とする。
――――至当。矢は敵の体に阻まれてこちらに到達する事はない。
残った敵との距離をある程度つめたところで、その槍を投げる。
――――命中。槍は狙い違わず弓持ち一体を貫いて戦闘不能にした。
残る敵はあと二体。弓の間合いの内側まで入り込まれた為、弓を捨てて剣を構えようとしているワルキューレと、その主“青銅”のギーシュ。
しかしこちらは無手。
もう油断していない敵に最初の様に技をかけることは難しいだろう。
――――さて、どうする?



ギーシュ・ド・グラモンは焦っていた。
必勝と思われていたワルキューレの布陣。それがことごとく破られていった事に。
しかし――――

追い詰められているのは僕ではない、あの敵だ。
奴はもう無手。
つまりもう先程までのようにこのワルキューレを倒す事は出来ない。
いや待て、本当にそうか?
最初に奴はこちらが油断していたとは言え、無手のままワルキューレを倒さなかったか?
今度もそれがないと言えるのか?
見ろ、敵の素早さを。
瞬きする間に弓の間合いを殺してのけるあの脚力を。
あの素早さがあれば、あるいはこちらが油断していなかろうと先程の様な技がかけられるかもしれない。
危険。
考えろ。
ありとあらゆる事態を想定しろ。
こちらの武装は剣。
これで確実に奴を仕留める方法を考えるのだ。
先程までは威力を重視するあまり、大きく振りかぶっていたがために、その隙を突かれた。
いらない。
威力などいらない。
欲しいのは早さだ。
奴を仕留められる早さ。
もう大分間合いも近い。
急がなくては。
早さを持った攻撃。
ならば突きか?
駄目だ、自分には確実に突きを命中させられる技量がない。
それに生半可な早さじゃ奴にかわされる。
そうなったらおしまいだ。
素手でワルキューレに勝てるやつに僕が敵うはずがない。
技量が無い僕でも命中させられる殺傷圏の広い斬撃しかない。
ならば、肩口からの斬撃か?
駄目だ、そんなことではまた先程までの様に振り下ろす前にこちらの機先を制される。
ならばどうしたらいいのだ!
予備動作がある攻撃ではそこを抑えられる。
欲しいのは予備動作が無く、且つ殺傷圏の広い斬撃!
そんな都合のいいものがあるのか?
ああもう、間合いも近い。
そろそろ鞘から剣を抜いて構えなくては。
・・・・・・
・・・?
まて、鞘から・・・剣を、抜く・・・?
あ、
あは、
あははっはっはははは!あった!あったぞ!予備動作が無く!かつ殺傷圏の広い斬撃!勝てる!これなら勝てるぞ!やった!僕の勝ちだ!あははははははははははははは!!

ギーシュはワルキューレに命じて迎撃態勢を取らせる。
腰を低く落とさせ、右手に剣の鞘を持たせて地面と平行になるようにし、左手で剣の柄を持って構えさせた。

――――相手からは盾が邪魔になってこの構えの全容が知れない。このギーシュ・ド・グラモンの天才的思いつきを知らしめられないのは少々残念だが、見えてしまって警戒されるのもまずいのでそこは我慢する。
さぁ、よくも散々馬鹿にしてくれたな我が敵よ。
その恨み、この一撃で清算してくれる。

――――敵が――――

さぁ・・・・・・・

――――間合いに――――

来いッッッッ!!!!

――――入った――――

「ワルキューレエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」

主人からの命令を受けてワルキューレが斬撃を放つ。

地面と平行に、敵の腰の高さで放たれたその斬撃は、
その強烈無比な威力を発揮して、


――――――――しかし、それでも敵を捉えることなくただ空気を切り裂いただけだった。


――――何故だ?
敵は一体どこへ行ったというのか。
ぎゃりんと、金属同士がこすれあう音が聞こえた。
そちらに目をやると、そこではワルキューレが地面に崩れ落ちるところで、
―――――――空には宙を舞う敵の姿が・・・

そして、ギーシュ・ド・グラモンの世界は暗闇に覆われた。
最後はまぁまぁ頑張ってたけど・・・勝てると思ったか?詰めが甘いね~と、そんな言葉を遠くに聞きながら。



辺りはいまや死んだように静まり返っていた。
ヴェストリの広場にてギーシュ・ド・グラモンとメイドの決闘がある。
そんな話を聞いた友人が、そのメイドはルイズの使い魔に違いない。助けなくてはと言うので、それに付き添って広場へやって来たのだが。

「・・・・・・おどろいたわね。ライガーってあんなに強かったんだ。
ねぇ、タバサ最後のやつ見てた?すごいわね~、魔法なしであんなに高く飛ぶなんて!」

無言でただ肯首した。
もちろん見ていた。
最後の交錯の折、彼女は敵の間合いに入った瞬間に跳躍したのだった。
そして、敵の頭上で縦回転して体の上下を入れ替えると、手刀らしきものをギーシュのゴーレムに向けて放った。

――――その時彼女の手に何かが光っていたような気がしたのだが・・・あれは、金属製の爪だったか?
いや、それとも彼女の手そのものが光っていたのだったか?

まぁとにかく、そうしてゴーレムを倒した彼女は空中でそのまま体をひねって踵落としを繰り出し、ギーシュの顔面を叩き潰したのだった。
彼女の完勝である。

彼女の方へ目をやる。
彼女は無様に倒れ伏したギーシュの事を屈んで覗きこんでおり、時折彼の事をつついたり、困ったように溜息をつきながら頭をかいたりしていた。

――――その手、先程まで爪があった様に見えたその手、光り輝いていたその手には、今はもう何も無かった。
ただ使い魔のルーンが刻まれて、少々の血が流れている程度である・・・・・・血が流れている?

それはおかしい。先程の勝負は彼女の圧勝だった。
一度も敵の攻撃が掠りもしないかったほどである。
だから、彼女には血を流す理由など無いはずである。それが、どうして?

改めて良く観察してみた。
どうやら血は彼女の指の付け根辺りから出ているようだ。・・・そこは先程まで爪が生えていた場所ではないだろうか?

「う~ん一体何者なのかしらね、ライガーって?ふふふ、俄然興味が湧いて来たわ・・・
あなたもそうでしょう、タバサ?さっきから本のページが進んでないものね」

微笑しながらこちらを覗き込んでくる友人に黙って頷いた。
不可解な回復力、圧倒的な戦闘力、そして先程の消えた爪に光る手。
彼女には何かがある・・・本当にいったい何者なのか?



「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

中年と老年が二人してあんぐりと口を開けて固まっていた。
彼らの視線の先には鏡があり、そこには倒れ伏したギーシュの顔に鼻血で落書きしてケラケラ笑っている使い魔の姿が映っていた。

「・・・・・・・いやぁ、君が恐ろしいと言うからただ事ではないと思ってはいたのじゃが・・・まさかここまで圧倒的とは・・・」
「え、ええ・・・これは流石に私も予想していませんでした・・・」
「ど、どうしようかの・・・?」
「それを考えるのがあなたの仕事でしょうに・・・」

尤もな話である。自分はまだだいぶ混乱しているらしい。
まさか、こうまで簡単にメイジが平民に破れるとは思ってもみなかったのだ。
気を取り直すように深呼吸をしてコルベールに向き直る。

「君の危惧は分かった。彼女の事はわしが責任を持って視ておこう・・・
じゃがのう、君の言うように、彼女は彼の事を殺しはせなんだな?少しは安心してもいいんじゃないかのう・・・」
「そう、ですね・・・その通りです・・・」
「そうじゃろ、そうじゃろ。もう少し肩の力を抜くと良い。
そんなに思い悩んでばかりでは、ハゲが拡大するばかりじゃぞ?
・・・あと、分かっておるとは思うがこの事は他言無用じゃぞ、ミスタ・コルベール」
「かか髪の事は関係ないでしょう!」

真っ青な顔で髪の毛を庇うように頭に手をやるコルベールから視線をずらして鏡の方を見る。
そこでは先程まで鬼神の様に敵を倒していた使い魔が、年相応の無邪気な笑みを浮かべて笑っていた。



並み居る人垣を押しのけて何とか広場の中心へ辿り着いた。

「ライガー!」
「お?ご主人様じゃん。どったの?そんなに慌てて。
いや、それよりこれ見てよ~傑作だとは思わんかね?題して『振られ男の憂鬱』!」

そう言って倒れ伏したギーシュの顔を示してくる使い魔。
そこには、面白おかしく落書きで装飾されたギーシュの顔があり・・・何と言うかすごく傑作だった。

「ぷっ・・・いやいやいや、そんなことよりあんた一体何やってるのよ!」

食堂で何とか泣きじゃくるメイドをなだめすかして事情を聞き出すと、なんとこいつが貴族に喧嘩を売られて、決闘をしにヴェストリの広場へ行ったと言うから慌てて駆けつけたのだが。

「ん?いやね、鼻もちならねー貴族様に喧嘩売られたからさー。
ちょっとその鼻っ柱をへし折ってやっただけだよ」
「物の例えでなしに、本当に鼻をへし折る馬鹿がどこにいるってのよ、全く!」

にゃははーなどと、能天気に笑っている使い魔を見ながら先程の事を考える。
大分遅れて広場に着いた私が見たのは、最後の交錯の瞬間。

自分にそれが向けられる事を想像するだけで怖気が走るような斬撃。
それを跳躍する事でかわすライガー。
その宙を舞う姿は、雄々しく、猛々しく、颯爽としており、
――――そして何処か美しかったのだ。不覚にも涙が出そうになるほど。

彼女は口先が達者なだけの役立たずでは無かった。
強く、早く、そして美しい彼女。
その彼女が自分の使い魔である事にこの上ない喜びと感謝の念を感じた。

「な、なんださっきからあての事じっと見つめて・・・時代は百合か!?百合なのか!!?」

――――感じたのだが、アホな事を言いながらうおおと、後ずさる使い魔を見ているうちにそんな思いも霧散した。

「違うわよ!・・・もう、それよりどうするのよコレ。ほっとくわけにもいかないでしょ」

足元に転がる『振られ男の憂鬱』を示して問う。
彼女はん~と、頭をかきむしってめんどくさそうに答えた。

「だやな~仕方ねー。保健室まで運んでやるとするか」

そう言って軽々と片手でギーシュを肩まで担ぎあげた。
・・・本当に何処にそんな力があるのだろう。
そんなこちらの疑問も介さず歩き去ろうとした彼女だったが、少し歩いたところで、くるりと振り返るとこちらに質問を投げかけてきた。

「あては、このままこいつを保健室まで運んでくけど・・・ご主人様はどうする?」
「私も行くわよ。
まだ少し頭が痛いし、誰かさんは目を離すとロクなことにならないし、なんでか頭痛もするしね」
「頭痛?大丈夫、ご主人様?心労をためるのは良くないよ?」
「誰のせいだと思ってるのよ、バカ!」
「さてさて、この愚かな使い魔めには、てんで見当もつきませぬ」

なっはっはと笑いながらまた歩き出した彼女の後ろを慌てて追いかける。

「しっかし腹減ったなー。結局このボンクラのせいで昼飯食いっぱぐれたままなんだよなー」

八つ当たりをするように、担いだギーシュの脇腹に手刀を叩きこむ使い魔。
そのたびにびくびくと痙攣するギーシュの姿は何処か涙を誘った。

「止めなさいって、そんなでも一応貴族なんだからソイツ・・・
そうね、昼食なら道すがらメイドにでも頼んで保健室まで持ってきてもらいましょうか」
「マジで?いやー助かるよ。このままじゃ夜まで待たずに餓死するとこだったよ、あて」

大げさに肩をすくめて見せる彼女。
その拍子にギーシュが肩から滑り落ちて、頭から床に激突した。
がつんと、いい音を立てて床に突き刺さったギーシュはそのまま泡を吹いてピクピクと痙攣している。

「おやおや、流石二股男だねー。座りが悪りーや」

やれやれと言いながら、ギーシュを担ぎ直したが、そこに気遣いや廊下へ落としてしまったことに対する申し訳なさなどは微塵も感じられなかった。
・・・彼女にとってそれほどギーシュがどうでも良い存在だと言う事か。
呆気にとられているこちらに構わず歩きだしたので慌てて後を追う。
何事も無かったかのように彼女は世間話を続けた。

「しっかし、こっちの剣てのはみんな、ああなのかね?酷いなんてもんじゃねーよ!」

憤慨したように語った彼女によると、なんでも決闘の際に奪った敵の剣が酷い出来だったらしい。
重心がどうとか、バランスがどうとか、耐久性がどうとか、難しい事は良く分からなかったが、一回切ったところで歪んでしまい、剣としては使い物にならなくなってしまったそうだ。
それにしても、ここまで剣に対する造詣が深いとは。

「ふ~ん、ライガー。あなたって戦士だったの?」
「・・・ん~そうなんじゃないかね?良く覚えてないけど」

そう言えばコイツは記憶喪失だったか。

「それじゃあ、自前の剣が欲しいんじゃない?
今度の虚無の曜日に都へ買いに行きましょうよ」
「虚無の曜日?」
「休息日よ。その日は講義も無くて、外出も許可されてるの」
「へ~都に買い物に、ね・・・うん。いいね、楽しそうじゃん」

言葉通り本当に楽しそうに笑う彼女の顔を見て、自分もつられて笑ってしまう。
この使い魔と二人で都へ行く事を想像して、今から虚無の曜日が楽しみだった。



大変な事ばかりだったが、何とか一日を無事に終えて寮の自室へと帰還した。

「お~広い広い!豪華だねー」
「そう?普通だと思うけど」
「・・・一遍没落して底辺の苦しみを味わってみやがれ、このナチュラル・ボーン・ブルジョワジーめ。
うわ!天蓋付きベッドだよ~ケバいな~」

良く分からないけど、その形容詞は誉めてないと思う。
うわ~だの、ほ~だの言いながら部屋中を見て回る使い魔の目に入らぬうちに、藁束をベッドの下に隠した。
使い魔が人間だと分かる前に寝床として用意したのだが・・・こんなものが目に入ったらあの性格の悪い使い魔のこと、何をされるか分かったものではない。
――――そうすると今度は別の問題が起きてくるのだが。彼女の寝床は何処にするべきか?
いっそ一緒に寝ると言うのも・・・
いや、それでは主人としての面子が・・・しかし、・・・

「ねぇご主人様?」

窓縁に肘をついて外を眺めていた使い魔が唐突に声をかけてきた。

「なっなななななななに!?なんか用??!」
「いや、なんでそんなに慌ててるのさ?まぁいいけど。用って程大した事じゃあないんだけどさ」

そう言って窓の外を見やる彼女につられて自分もそちらに目を向ける。
外には夜空とそこに浮かぶ月があった。

「静かな夜・・・風流だね、綺麗なお月さんだ。それが二つも並んで浮かんでる・・・」
「?月が二つなんて当たり前じゃない。それがどうかしたの?」
「そうかね?あてのいた所じゃ一つしかなかったんだけど」
「月が一つって・・・あなたどんな田舎に住んでたのよ」

さてね、と肩をすくめると彼女は窓縁から離れて入口の扉へと向かって歩き出した。
こんな時間に何処へ行くのだろうか。不審に思い呼びとめる。

「ちょっと、何処行くのよ」
「ミナト先生んとこ。
いや、これでもあて病み上がりの重傷患者だから。
経過を見るのを兼ねて、もう一晩こっちに泊まってけって昼に言われてねー」

なるほど、医者らしい事を言う。
尤もその前に、ギーシュと決闘した事を話したら、その重症患者の頭を全力で殴り飛ばしていた気がするが。

病み上がりにも関わらず貴族と決闘する患者と、相手が重傷患者であろうと平気で手を上げる医者。どっちもどっちである。

「そう言う事だから。じゃあ、ご主人様おやすみー」
「あ、待って!」

自分でも良く分からない焦燥感にかられて思わず呼びとめてしまったが・・・さて、何を言おうか?
彼女は、ん?と首をかしげてこちらの言葉を待ってくれている。

「その、私はあなたのご主人様・・・よね?」
「まぁそうだけど。それが?」
「だ、だから!私には・・・
使い魔に対する扶養の義務があるのよ!だ、だから・・・その・・・」

一体、私は何を言おうとしているのか・・・
さっぱり分からないが、舌は頭が考えるより先に好き勝手に動いて言葉を紡いでいった。

「私はあなたの、しょ、食事の提供とか、衣服の提供とか、あと、ね、寝床の提供とか!
そう言った諸々を世話しなきゃいけないの!そう言うのって、人任せにしちゃいけないと思うのっ・・・
・・・だから・・・その・・・帰ってきなさいよね、ベッドは空けとくから・・・」

???
待て。
ちょっと待て。
今のは何だ。私は一体何を口走った。
「ベッドは空けとくから」とか一体何の冗談だ。まるで恋人を誘っているようではないか。

「ちちちちちちがうからね!?そそそそういうんじゃない!
そういうんじゃないんだからね!そそそそそうじゃなくて!そそそその!あああああ・・・」

恥ずかしくて彼女の方をまともにむく事も出来ない。
そのまま拳を握って顔を地面に向ける。
沈黙が痛い。
先程から彼女は一言もしゃべらない。
俯いて佇んでいると、やがて彼女が外へと出て行く気配がした。
扉が開かれる音が聞こえる。
呆れている事だろう、気味悪がっている事だろう、あるいは怒っているかもしれない。
なんにしても私は失敗してしまった。
伝えたかった事をまともに言葉に起こして伝えられなかった。
そんな風に自己嫌悪に陥っていると、

「ルイズ」

不意に名前を呼ばれた。
恐る恐る顔を上げ、声のした方を見る。
扉を開いて半歩廊下に出たところで彼女はこちらを振りかえっていた。
その表情は、呆れではなく、嫌悪でもなく、かといって怒っているでもなく、ただ透明な笑みだけを浮かべていた。

「元々殆ど体は治ってるんだ。
健診だけしたら戻って来れるよう頼んでみるよ。にしても・・・」

儚げな笑みが崩れる。代わっていつもの、いやいつも以上のニタニタとしたこちらを小馬鹿にした表情が出来上がった。

「いやー驚いたね。ルイズちゃんったら、その年になってもまだ一人寝が怖いのかな?
“ママ~ひとりはやだよぅこわいよぅ”ってか?うひゃひゃひゃ!」
「なッ・・・!」
「そこまで熱心に頼みこまれたとあっちゃあ仕方ないね。
不肖ライガー、精一杯ママ役を務めさせていただきますっ。
ほ~ら、ルイズちゃん?ママの胸へ飛び込んでおいで~?」

よちよちなどと言いながら腕を広げて抱擁のポーズをとる使い魔。
いくらなんでも馬鹿にしすぎである。

「ライガー!!!」
「おっと藪蛇だね、こりゃ。
じゃ、すぐに戻るよ」

持ち前の素早さで、さっと廊下に飛び出して、扉の隙間から片手だけをつきだして器用にばいば~いと手を振る。
そして一気に廊下を駆け去って行った。

「まったく、あの使い魔ときたら!ご主人様に対する態度がなってないのよ・・・」

しかし、多少のいらつきはあったものの、先程までの纏わりつくような自己嫌悪は無くなっていた。

――――全く、本当に憎たらしい使い魔なんだから。



――――全く、本当に憎たらしい使い魔なんだから。

そのつぶやきを遠く離れた廊下で聞いて、ライガーは人知れず笑みを浮かべる。

「やれやれ、素直じゃないこと。
手が焼けるったら・・・ま、それはあてもなんだけどさー」

さてっとライガーは一声気合を入れて寄りかかっていた壁から離れると、保健室への道を歩き始めた。
そして歩きながら今日の事を思い返す。

(ヒトとしての体の機能はほぼ完全に復元されている。
戦闘行動をとるのも今日の感じでは問題ないだろう。もう一つの方は・・・まだ四割ってところか。
まぁ武装は出せるんだしそれほど深刻な問題じゃないだろう。
この調子なら、あと一、二週間のうちには全快するだろうしな。それよりも問題なのは・・・)

昼休みに巻かれた包帯を取り、左手を持ちあげてその甲を良く見る。
そこには自分が使い魔である事を示すルーンが刻まれている。

(こいつだ。
あのボンクラを倒す前、最後の木偶人形を倒した時、爪を出した瞬間にこいつが輝きだして・・・一気に体が軽くなった。
爪の切れ味も上がって・・・なんでかアレ・・の方も殆どの機能が一瞬だけ回復して、いや、むしろ平時より鋭敏化されていたかも・・・?)

うーんと唸りながら、つぶさにとルーンを観察してみるが何も変わらなかった。
突然それが輝きだすことも、体が軽くなることも無い。

(やっぱ爪がなきゃ駄目か?
でもあれ痛いからあんましやりたくねーし、だいたい、血を流しながらミナト先生のとこ行ったらまた殴られそうだし・・・
・・・うーん、まぁいいや。保留保留。
それにしても・・・魔法、使い魔、謎のルーンと来て)

つい、と顔を夜空へと向ける。
そこには相変わらず紅い月と藍い月が優しく光をたたえている。

(二つの月、か。こりゃーもう確定だね)

ここは地球ではない。どういう原理かは知らないが、自分は全く未知の世界へと飛ばされてしまったわけだ。目の前で魔法を見せられても、心のどこかでは全員に担がれている可能性を考えていたのだが・・・これはもう誤魔化しようがない。
そして同時に、納得もしていた。

(どうりであいつが喧しくないわけだ。流石に魔法の世界まで声は届かないか)

“耳”の機能が回復して、辺りの音が拾えるようになっても一向にあの声が聞こえて来ない事を疑問に思っていたのだが、世界が違うと言うのならそれも納得がいく。
ひとしきりくつくつと笑って、不意に気づく。

(つーことは図らずもあての目標は達成された事になるのか・・・?
ここにいる限りあの声は聞こえないんだったら、毎晩普通に眠れるだろうし・・・
しかしそうなると、うーん・・・・・・)

――――自分はこれから何を目標に生きていけばいいのか?

目標が達成された時、世界は大なり小なり壊れているだろうし、そんな中で長生きしていくつもりも無かった。
ただもう一度だけ静かに眠れればそれでいい、そう考えて生きてきたから・・・
――――世界が壊れもせず普通に安眠出来るようになってしまったなら、その後どう生きるか?そんな事は考えたことも無かった。
さてどうしよう、この降って湧いた事態をどうするべきか。
困った事にやりたい事がさっぱり思いつかない。

「いや、いやいやいや?何かある、何かあるはずだろう、あて!
え~と、そうだ!まずは美味い物を食う!
特上寿司!松茸!鯨カツ!耳元で喧しいのが居なかったらさぞかし美味いんだろうな~うん。
あとは、え~・・・う~・・・は、ははははは・・・」

ぱっと思いついた事がまず食道楽だったのもアレだが、その後に何も続かない、と言うのは更にアレだった。
いや、いくつか候補はあるのだが、そのどれもが刹那的なもので、長期的な、人生をかけて達成するような目標が思いつか無い。
その場で両手両膝を地面についてがっくりとうなだれるライガー。

「うう・・・あてってば今まで気付かなかったけど、ひょっとして物凄くダメな人なのかな・・・?」

自分では権謀術数が得意な才女クール・ガールのつもりだったが、実はただのあほの子フール・ガールだったようだ。

「くそぅ、そんなこと気づきたくなかったぜ・・・まぁ焦ることも無いだろうさ」

気を取り直して起き上がる。
そう、時間はあるのだし、ゆっくり考えよう。
とりあえずは、あの何処か危なっかしい主人の下で。
小生意気で背伸びしたがりな、それでも憎めない我が主。

「――――あれで、仕手としての素養があればあても迷う事はないんだけどさ・・・どう思う、お月さんたち?」

茶目っけを起して、頭上の月たちに問い掛ける。

――――月は答えず、ただ優しく光を湛えていた。


・あとがき
天座失墜と昼の月の合わせ技!これが書きたかったのだ!
その割にはさらっと流してるけど。
それよりまず長いですよね。
今までで最長だよ。
でも仕方なかった!
この話でギーシュを倒そうと思ったら仕方なかったんだ!



[21285] [習作]無題 (ゼロ魔 × なにか ) 6
Name: チビ黒サボテン◆8aa26a54 ID:b93c8024
Date: 2010/09/11 21:40
まだ日が昇って間もない早朝、学生寮前の水場に楽しげな鼻歌が木霊していた。

「今日も今日とてお洗濯~っと。
やーいい天気だ。これなら洗濯物も良く乾くだろうね」

片手で日差しを遮りながら空を仰ぐ彼女。
今日もいい天気であった。
鼻歌を歌いながら洗濯に精を出す自分に若干の疑問を感じなくもないが、そんな事は早朝の空気の爽やかさの前では瑣末なことだった。

「おはようございます、ライガーさん。
今日は虚無の曜日だって言うのに、朝早くからご精が出ますね」

鼻歌を歌いながら洗濯を続けている彼女に背後から声がかけられた。
振り返ってみると、そこには一時期仮面同僚として過ごした、どこか懐かしい臭いのするメイド、シエスタが自分と同じように洗濯物を抱えて立っていた。
どうやら、寮の学生の物を回収してきたらしい。

「うん。おはよー、シエスタ。
いや、朝早くからって言うけどさ、シエスタもじゃん。
メイドさんも大変だねー」

「そんなことないですよ。それにしても・・・・・・」

謙遜するように微笑みながら手を振るシエスタだったが、急に思いついたように彼女の姿をまじまじと確認しだした。
シエスタと同じ地味なワンピースのロングスカート、同じ純白のエプロンドレス、同じカフスに同じヘッドドレス。要するにメイドの格好をしているのだ。

「あれからずっとメイドの格好をなさってますよね?
どうしてです?ひょっとして本当にメイドになられたとか?」

「いやぁ、そう言う訳じゃねーんだけど、これが馬鹿馬鹿しい話でさ。
何時までもこの恰好でいるのも色々不都合があるだろうから~って、気を使ったルイズが自分の予備の制服渡してくれたまでは良かったんだけどさ。
・・・・・・着てみたら、胸のあたりがきついのよ。
で、その事言ったらもう沸騰したヤカンみたいに怒りだしちゃってさ!
“あんたはご主人様に対して、礼説が無い、気遣いが無い、忠節が無い。
だからせめて恰好だけはそれらしいものをしていろ!”だってさ。
その後、十着近くメイド服の着替えは取り寄せるし。
もう、私怨200%のいちゃもんだよ、どう思うよコレ!」

「そ、それはなんというか・・・・・・あ!シルク製の物はもっと優しく洗わなきゃだめですよ?」

「ありゃ、そうなの?いつもすまないねー」

洗濯しながら会話する最中でも、洗濯の不備は見逃さない。まさにメイドの鏡である。
一方でシエスタは内心図らずも、デリケートな話題から脱せた事にほっとしつつ言葉を拾った。

「いえいえ、それは言わない約束ですよ~。
・・・ところで、どうして今日はこんなに早くから洗濯を?
いつもは私が洗濯している途中ぐらいに降りて来られますのに・・・」

「ああ、今日はこれから王都へ買い物に行くんでね。
出発は出来るだけ早い方がいいだろうし、出来る仕事は早めに済ましとこーと思って。
そうだ、帰りが遅くなるかもしんないから、洗濯物の取り込みおねがいしてもいいかな?」

かしこまりました、とニッコリほほ笑みながら手早く洗濯を済ませるシエスタ。
そんな様子を見ながらうーんと唸って考え込む彼女。
それを見かねてシエスタが声をかけた。

「どうか、しましたか?何か私が失礼でも・・・」

「かたい」

「は?」

三文字だけのコメントを寄越されたが、その意味を量りかねて、ぽかんと口を開けて固まるシエスタ。
そんな様子を不満げに眺めて彼女は口を開いた。

「堅い。堅いよ、シエスタ。
初めて会った時はもっとフランクに話してたってのにさ。
決闘明けからこっち、ずぅぅぅぅっとまるで貴族に話してるみたいに・・・
なんとかならん?なんか、こー背筋がイガイガしてくるんだけどさ」

そう言って背のあたりに手をやって顔を曇らせる。
シエスタはそんな様子に、顔を赤らめて手をわたわたと振り乱しながら弁明した。

「は、初めて会った時の事は忘れてください!
あの時は、その、知らなかったんです!ライガーさんが使い魔だなんて・・・
その、てっきり入りたての新人さんかと思って先輩風を吹かせたくなりまして・・・」

指を顔の前で突き合わせながら、ちらちらと上目遣いに自分を窺ってくるシエスタに、苦笑しながら鷹揚に手を振って応える。

「いーって、いーって。
実際やってる事はメイドとほとんど変わらないんだからさ。
いっつも仕事で分かんない所は助けてもらってるし・・・
ぜ~んぜん構わないってば、もうガンガン吹かしちゃってよ先輩風。
だからさ~ほら、もっと気楽に、ね?」

「そ、そんな恐れ多い事なんて!
ライガーさんは私達の英雄なんですから!」

「あ~・・・・・・」

やっぱりそれかと、内心辟易しながら考える。
あのギーシュを打倒した決闘以来、何故だか彼女は平民連中になかば英雄扱いされているのだった。
料理長のマルトーには特に覚えが良く、食事をもらいに厨房へ行く度に“我らの剣”などと呼ばれて抱きつかれるのだが・・・・・・
無論、ごつい中年親父の抱擁など死んでもごめんな彼女は、その都度ヤクザキックなり、掌底なりで迎撃してその抱擁を防いでいる。
防いでいるのだが、一向に懲りずに毎回向かってくる彼の根性にはげんなりしていた。
いや向こうにしてみれば、せいぜい可愛い姪っ子が出来たから遊んでやっているくらいの感覚なのかもしれないが、そろそろ本気で嫌がっている事に気付いてほしいものだ。
ひょっとしたら、彼には食事を提供してくれている恩義があるから無意識に手心を加えてしまっているのかもしれない。
ならば、次は本気で殴るなり蹴るなりしてみるのはどうか。

本筋から逸れた思考を続けて黙りこんだ、彼女の沈黙を別の意味に捉えたのか慌てたようにシエスタが喋りだした。

「それに、その・・・私の場合は、それだけじゃなくて・・・あ、あの!!」

「は、はい!」

びくりと、気を付けをしたように固まる彼女。
突然の大音声に、妄想の彼方でマルトーに48の殺人技をかけていた意識が現実に呼び戻される。
そんな彼女に、頬を染め、瞳を潤ませながら何かを一大決心したように言葉を告げようとするシエスタ。

――――おいまてまさかこれは・・・またか!?またなのか!!?

このところ富に増えた、自らの常識の危機・・・それに対しての心のセンサーが物凄い勢いで反応した。
彼女が言おうとしている事を止めねばならない。
止めねばならないのに、体は金縛りにあったように動かない。
どうにかなれ、ともはや祈るような心地の彼女をあざ笑うかのようにシエスタの口が開かれ・・・――――

「そっ・・・尊敬してます!!ライガーさんの事、すっごく!!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「・・・・・・・・・はえ?」

彼女の口からこぼれたのは、そんな間抜けな二文字の言葉とも呼べないような言葉のみだった。
何度反芻してみてもシエスタの言った言葉は危惧したような、自分の常識を打ち崩しにくる言葉ではなかった。
どうやら、心のセンサーの誤診だったようである。
全く驚いて損をした。

「~~~っ、あ!洗濯物、私が干してきますね!」

いつの間にやら洗濯を終わらせていたシエスタは、こちらの洗濯物をかっさらうように奪うと、ぺこりと綺麗なお辞儀をして走り去って行った。
呆然とする彼女を残して。
と、何を思ったのか途中で立ち止まりこちらを振りかえる。

「あの、今日は楽しんで来てくださいね!」

土産話、楽しみにしてますと、締めくくると恋する乙女の顔色でお辞儀して今度こそ去って行った。
あのいじらしさと来たら、誰もが恋心を抱かずにはいられないだろう・・・・・・異性なら。

――――心のセンサーは誤診、だったんだよな・・・?だんだん自信が無くなってきたんだが・・・

その問いに対する答えは、誰からも帰って来ない。
今はもう、爽やかに感じた青空も只々憎たらしかった。

「あては変な趣味なんか持ってないぞ~・・・
シエスタも誰か別にいい人見つけてくれよな・・・」

何故だか無性に何かに祈りたくなってきた。
神に祈ることなど彼女にとっては最大級の屈辱である。
だから、将来シエスタの出会うであろう運命の男性に祈りをささげる事にした。

(どうか、早くあの子の元へ現われてください。
遅刻しそうになって急いでる時に曲がり角で運命の接触事故、とかそんな感じのベタな展開でいいんです。
どうか早く現れてください、そして彼女を幸せにしてあげてください。
器量も良く、気立ても良く、よく気のきくいい子なんです。
だからどうか!どうか早く!!私が無事なうちに!!!!!)

目を閉じ、手を合わせて強く祈る。
彼女にしては珍しい事に一心不乱に、そして真摯に祈りをささげる。

「・・・・・・朝っぱらから何やってるのよ、そんな凄い顔して?」

頭上からの気だるげな声に祈祷を中断する。
目を開けてそちらを見てみると、薄いネグリジェ一枚をはおったきりのキュルケが、呆れたようにこちらを見下ろしていた。
これは恥ずかしいところを見られてしまったと思いながら、とりあえず挨拶をする。

「や、おはよーキュルケ。すごい恰好だけど恥ずかしくないの?」

「恥ずかしがるようなら、こんな格好しないわよ。
それに女はね、見られれば見られるほどその魅力を増すものなのよ?」

どう?などと言いながら蠱惑的なポーズをとるキュルケ。
言うだけあって、同性から見ても相当色っぽい姿ではあったが・・・・・・

「聞いたことねーっつの、そんなトンデモ理論!
そんな常識、痴女の国でもない限り通用せんわ!!
・・・それよりどうしたのさ、今日は虚無の曜日だってのこんな朝早く。
キュルケってぜってー朝弱いタイプだろ?」

「うるさいわねー・・・まぁ当たってるんだけど。
その虚無の曜日のこんな朝早くから五月蠅い声が聞こえてきて、
おまけにその声が知ってる声だったんで気になって確認に来たのよ」

わざわざベッドから出てねと、彼女にうらみがましい視線を向けた。

「へいへい、あてが悪うございましたー。サーセンっしたー」

「棒読みで、頭の後ろで手を組みながらって・・・それ絶対悪いと思ってないでしょうが!
はぁ、ちょっとルイズが怒るのも分かる気がするわ・・・
・・・それで?結局あなたはなんで虚無の曜日のこんな朝早くに洗濯なんかしてたのよ?」

こちらの足元に転がる桶と洗濯板を示して尋ねてくる。

「いや、今日この後都へ買い物に行くんでね。
出発は早い方がいいだろ?さっさと仕事は片づけとかなきゃね~」

「へぇ、都へ買い物に・・・いいじゃない、面白そうだわ。
あたしもついて行っても良い?」

「あては別にいいけど、キュルケはいいの?
多分今日なんかまたどっかの男とデートなんじゃない?」

そもそも自分の主人は彼女がついてくることなど絶対に拒否するだろうが、それは口に出さない。
それが口先だけだと分かっているし、なによりその方が面白そうであるからである。

「今日は珍しく同性の友人と親交を深めたい気分なのよ。じゃあ、またあとで」

そう言って、ひらひらと手を振ると自分の部屋へと戻って行った。

さて、そろそろ自分も戻るとするか。
朝、洗濯物の回収の時いくら揺すっても起きなかった為、着ているものを無理矢理はぎ取ってやったのだが・・・
我が主はそれでも目を覚まさなかった。
結局そのまま放置して洗濯へ向かったのだが・・・
・・・裸で寝ているのだ、窓も開けておいたし、寒さでいい加減に起きる頃合いだろう。

と、そんな時、絹を裂くような、良く聞き覚えのある悲鳴が自分の部屋のあたりから聞こえてきた。

「あれま、噂をすればなんとやらだ。
忠実な使い魔としては早く戻ってやらにゃ」

にししっ、と悪戯好きの少年のような笑顔を浮かべると、足元の洗濯道具を手早くまとめて彼女は部屋へと戻って行った。



寝ている間に何故だか裸に剥かれていた私であったが、その犯人と思しき奴はこちらの追求をのらりくらりとかわして埒があかなかった。
結局大人な私が折れてあげてその事は不問としてやり、現在は朝食を済まして学園を出ようとしている最中である。

「それで王都まではどうやって行くの?
歩き?辻馬車?それともまさかドラゴン!?」

それまでかったるそうに喋っていたのに、最後だけやたらと目を輝かせて叫ぶ我が使い魔。現金なものである。

「どれも不正解。自分たちで馬を駆っていくのよ。
それよりあんた、ちゃんとお金は持ってるでしょうね?
それが無かったら何にも買えないわよ?分かってる?」

「人を何処の未開人だと思ってるんだあんたは・・・・・・
まぁいいや、お金ならホラ。ちゃんとここに。
つーかそんなに心配なら自分でもっとけって話ですよ!
それともなにか?貴族サマは財布も自分で持ち歩かないってーのか?」

「あら、あなたも分かってきたじゃない。
そうよ!貴族は買い物の時にお金なんて持ち歩かないの。
そんなのはみんな召使の仕事」

分かった?と得意げに胸を張るこちらに対し、彼女は遠い目をして、はーさいですかーと呟くのみだった。

そんな事を話しているうちに馬舎にたどりついた。
と、何を思ったのか突然辺りをきょろきょろと見回しだす彼女。

「どうしたの?なんか忘れ物?」

「いや来るとしたら、そろそろかな~って思ってたんだけど・・・
・・・来ねーなキュルケ。
またぞろどっかで男にでも引っかかったか、それとも二度寝したか・・・
まぁいいや、待っててもしょうがねー」

何やらぶつぶつ呟いた後、急にかぶりを振る。
そして、馬舎の方へ向き直ると、ほうと、感嘆の声を上げた。

「これが学院の馬?
流石に貴族の学校なだけあっていい馬じゃん」

馬舎に歩み寄り中の馬のたてがみを撫でながら静かに微笑む彼女。
そうしていると不思議と絵になった・・・・・・恰好はメイド服たが。
そんな姿を視界の端に収めながら、馬舎の管理人から馬を借りる了承を得た。
その事を伝えようと振り返った時にはもう彼女は馬上の人となっていた。

――――その彼女の姿に目を奪われる。
馬術には覚えがある私から見ても、その姿はそつが無く、妙に嵌っていた。
なんというか、在るべきものがあるべき場所に収まっている安心感と言うか。

・・・・・・まぁそんな絶妙な調和も彼女のメイド服のせいで台無しになっていたが。うん、自業自得とは言えこれはもったいない。都に着いたら何か似合う服を見つくろってやろう。

そんな事を考えながら彼女に声をかけた。

「似合ってるじゃない。
馬に乗ったことあるの?なんかすごく乗り慣れている感じがするけど」

「さー?乗り慣れてたんじゃない?良く分かんねーけど」

そういえば彼女は記憶喪失だったか・・・
?・・・こんなやり取りを以前にも一度したような・・・

「それより王都までの道のりってどう行けばいいの?」

「?正門から出て真っ直ぐ行けば着くけど・・・
・・・なにあんた、ご主人様を置いて先に行こうってわけ?」

「いや~それはご主人様次第だね~
むしろちゃんと付いてこれるかが心配だな」

またいつものニヤニヤとした笑みでこちらを見下ろす使い魔。
・・・主人としてこの位置関係に文句を言ってやりたいところだが、今はその言葉の意味するところが気になる。

「なにそれ?どういう意味?」

「二頭の馬、二人の騎手、分かりやすいスタート地点にゴール地点・・・」

ここまでくれば分かるでしょ?とこちらを覗き込む使い魔。
なるほど、つまりこいつは――――

「競争したいってのね、この私と」

「そのとおり!
というかその言い草だと、ご主人様そーとー馬術に自信アリ?」

「ええ、勿論。
ふふふ、いい機会だわ・・・生意気な使い魔にご主人様の偉大さを叩きこんであげる!」

「お、乗り気だねー。
うんうん、実に楽しみだ」

そう言って本当に楽しそうに笑いながら、じゃあ、あては先に行って待ってるねーと正門の方へ向かって行った。



使い魔を見送って、馬舎の方へ向き直るルイズ。
どれも名門貴族の学び舎にふさわしい駿馬であるが・・・
選択は慎重に行わねばならない。なにせあの不遜な使い魔に吠え面をかかせるまたとない機会なのだ。

「ふふふ・・・私を置いていくかどうかが“私次第”ですって?
なめられたものね・・・“ヴァリエールの旋風”と呼ばれたこの私が!」

かぁっと目を見開いて天に向かって叫ぶルイズ。
“ヴァリエールの旋風”と言うのは幼少のみぎり、乗馬に明け暮れていた頃に彼女が勝手に名乗っていた二つ名である。
ちなみにこの二つ名、名乗ったところで彼女の一つ上の姉にしか伝わらない。
とんでもなくマイナーな二つ名であり、平時の彼女なら思い出すたびに身悶えするような恥ずかしい黒歴史なのだが・・・・・・
生意気な使い魔を打倒せんとし、ハイになっている今現在、そんな事は頭の片隅にもなかった。

「ふふ、ついてこれるか心配、ですって・・・?
むしろあなたが私についてきなさい!
後塵を拝して、おのれの矮小さを悟りなさい!
そして、これまでの己の罪過を悔いるがいいわ!

“まぁ、私も?鬼ではないから?今までの事を全部謝るっていうなら許してあげなくもないけど?”

“うわーすごーいルイズ様!なんて寛大なんだ!うぅ、それに比べてあてときたら・・・ごめんなさ~い!もう生意気なこと言いませんから~!一生おそばに居させてくださ~い!”

“ふふ、ええいいわよライガー。その代わりこれからは誠心誠意私につくすのよ?あと、その胸は没収”

“ああ~ルイズ様~!!!あなたは最高のご主人様だ~!”

・・・・・クッ、
ククッ、クッフフフフ、アーッッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!」

大声で叫び出したと思ったら、急に寒い一人芝居を始めて、最後には三段笑いをしだしたルイズ。
そんな様子を、馬舎の馬と管理人はただ怯えたように見つめ、使い魔は―――

―――学院の外へ出る門の前で全てを余すことなく耳にしていた。

・・・・・聴こえていた。何もかも聴こえていたのだ。

つい、と空を見上げる彼女。何処までも続くように思える青い空に流れる白い雲。
目を閉じて、風に身をゆだねる。今までの事を少し後悔した、そして思う。

――――――――ごめんね、ルイズ。これからはもう少しからかうのを控えるよ。あと胸について触れるのも。

その頬を一筋の涙が伝った。

――――辺りには、未だルイズの高笑いが木霊していた


・あとがき
前回が長かったので今回はさくっと



[21285] [習作]無題 (ゼロ魔 × なにか ) 7
Name: チビ黒サボテン◆8aa26a54 ID:b93c8024
Date: 2010/09/15 22:58
王都入り口前の馬舎、使い魔との競争のゴール地点。
勝負は思わぬ接戦になり、そして遂に――――

「かっ・・・勝った・・・ッ!!何っ・・・とか・・・勝ったわ・・・」

汗だくになってぜぇぜぇと息をつきながら、自分に言い聞かせるように呟く。
ああ、故郷のかあさま、ちい姉さまルイズはやりました。

「おー負けるつもりは無かったんだけどな~。
言うだけあってなかなかやるね、ご主人様」

いや~大したもんだと、ぱちぱちと気の抜けた拍手を送りながら、すぐ後ろの使い魔が言う。
疲労困憊のこちらに対して、彼女は汗ひとつかかず、息も乱さずそこにいた。

・・・・・・なんだろう私は勝ったはずなのに、このやるせない気持ちは。

「前も思ったけど・・・、あんたって・・・、どういうっ・・・からだ・・・してんのよッ!」

普通なら三時間かかる道のりを、その半分の時間で駆け抜けた強行軍なのだ。
それで汗ひとつかかないなど、どう考えてもおかしい。

「どうもこうもないって、別に。
ただ、普通の人よりちょっと鍛えてるってだけだよっ、と!」

そう言って軽やかに馬から飛び降りる。
そしてこちらに歩いて来て、馬の背にもたれるように伸びている私を見て顔をしかめた。

「あ~あ~、べろんべろんになっちまってら。
一人で降りられる?手、貸そうか?」

ほれ、と差し出された手を無視して馬から降りる。
しかし、着地の際足に力が入らずにそのまま崩れそうになった。
そのまま地面に斃れるかと思ったが――――

「言わんこっちゃない。人の親切は受けとくものだよ、ご主人様?」

使い魔に抱きとめられて、事なきを得ていた。

「わ、悪かったわよ・・・それよりもう大丈夫だから離して!一人で立てるったら!」

「ん~そうしたいのは山々だけどね~・・・
ご主人様気付いてる?さっきからすごい勢いで膝が笑ってるんだけど」

ほら、と指で示された方を見てみると、確かに生まれたての小鹿もかくやと言わんばかりに震える自分の膝があった。

「・・・・・・」
「やれやれ、仕方ないやね」

そう言ってぱっとこちらを支えていた手を離す。
当然支えを失った私の体は再び地面に向かって倒れていった。

「へ?ちょっと、きゃぁっ!・・・あ?」

顔面から地面に突っ込むかと思い思わず目をつむったが、途中で柔らかい何かに、ぽふっと受け止められた。
恐る恐る目を開けてみると、そこにあったのは金の髪と最近見慣れてきた地味なワンピースドレス。使い魔の背中であった。
はて、今一体何があったのだろうか、と考えていると、いきなりこちらの両内ももに手が差し込まれて抱えあげられた。

「うぇぇぇぇちちちちちちちちょっと!いいいいいいきなりなによ!」

「暴れない暴れない。今度落ちてもこの体勢だからね、助けてあげられないよ?
ほら、さっさと首に手をまわして」

くいくい、と振って示された首に恐る恐る手をまわす。
そして冷静になって先程からの一連の動きを考えてみると、どうやら私は使い魔におんぶされた、と言うことのようだ。
そして、冷静になってみるとこの体勢と言うのは・・・

「や、やめてよ、恥ずかしい。
その辺に降ろして!ちょっと休めば歩けるようになるから!」

「いーや、だめ。
あては早く都に行きたい。でも、ご主人様は歩けない。
なら、こうするのが一番理に適ってると思うんだけど、どーよ?」

至近距離で悪戯気な琥珀の瞳がこちらを覗く。
まぁ言ってることは間違ってない。ないのだが・・・

「それ、私がものすごく恥ずかしいってことは計算に入ってるの?」

「もちろん入ってるよ?
足が動かないから休みたいご主人様と、ご主人様を置いてでも都に行きたいあてとの折衷案なんだからね~双方がちょっとずつ不自由するのは当たり前。
それでも、ご主人様を置いていかないで、おもたぁ~い体を持ち上げて運んで行く事を選んだ、あての優しさは汲んでほしいね?」

「お、重くないわよっ!!」

真っ赤になって怒るこちらを、どこ吹く風でケラケラと笑う彼女を見ているうちに、恥ずかしさも何処かへ飛んで行った。

暫く双方無言で歩いていたが、その間に気付いた事があった。

「ねぇ、ライガー」

「んあ?」

「あんたってさ・・・・・・つめたいのね」

がくん、と何も無い所で崩れかける彼女。

慌てて首を掴んで落ちないように体勢を立て直す。

「ちょ、危ないじゃない!いきなり何で転びそうになってるのよ!」

「こけるよ!こけないでか!
つーか、ちょっ、ひどくねー?!こんな優しい使い魔つかまえてそれはひどくねー?!
さっきまでのちょっといい話の流れは何処行ったの!?全無視!?
あー分かった、分かりましたよ。
そこまで言うなら心の冷たいライガーさんは今からでもご主人様をほっぽり出して都へ一人で行ってきますぅ~だ!」

「へ?あ、いや違う!違うったら!心が冷たいとかそういう事じゃなくって・・・」

「そう言う事じゃない?じゃーどういう事だってのさ」

恨みがましい目線を肩越しに投げつけてくる彼女。
――――少し意外だ。
彼女はいつも笑ってはいるが、こういった生の感情を見せてくれる事はこれまでなかった。
こちらの感情に応えてくれる事はあっても、自分の感情をさらけ出す事は無かった。
笑いの仮面で自分の本心を覆い隠していた、ように思っていたのだが。
それが勘違いとはいえ、“冷たい”と言われただけでここまで取り乱すとは思わなかった。
・・・・・・自惚れてもいいのだろうか?その程度には彼女に憎からず思われていると。

「そう言う事じゃなくって、あんたの体が冷たいなって・・・」

「カラダ・・・?体温が低いってこと?」

はぁ~と大きく嘆息してこちらに首を向ける。

「だったら初めからそう言ってよ。紛らわしいったら」

「うん、ごめんなさい・・・それと、ありがとう」

こんな情けないご主人様を慕ってくれて。

「ごめんなさいは分かるけど、ありがとうってのは?あてなんかしたっけ?」

「おぶってくれてありがとうってことよ!いいから前見て進む!また転んだら承知しないんだから!」

へいへいと言って前に向き直りまた歩き出す彼女。
そんな彼女に見られないように赤くなった顔を背中に埋める。
普通なら暖かい方がいいのだろうが、火照った体に彼女の冷たい背中は心地良かった。
体温の低い人は心が温かいと言う話は本当だろうか、なんて事を考えていると、やにわに彼女がお、と声を上げて立ち止まる。

「なんだ、来ないと思ったら先回りしてたのか。お~い、キュルケー!」

キュルケ・・・だ、と・・・?



「アハハっ!ルイズ!あなたおんぶされてるの!?子供みたいね!」

そう言って大笑いするキュルケ。くそぅ、よりにもよって一番この姿を見られたくないやつに・・・

「うるさいうるさい!大体なんであんたがここに居んのよ!」

「あれ、ライガーから聞かなかった?一緒に買い物に行く約束したんだけど」

そんな事は初耳だ。じろりと私をおぶって歩く使い魔を睨めつける。

「睨まない、睨まない。
朝洗濯してるときに会ってさ、今日買い物に行くって言ったら面白そうって、ね。
ちなみに黙ってたのはその方が面白そうだかぐええええええぇぇぇぇぇちょ、たんまたんまたんま!頸動脈はまずいってルイズっ落ちっ落ちるって!」

しばし首に回した手を締め上げて不敬な使い魔に罰を与えた。
閑話休題。

「えほっ、それで?あてはてっきり学院の出口辺りで合流するもんだと思ってたんだけど?」

彼女が喉をさすりながら質問すると、あ~などとあさっての方向を向きながら言いづらそうにキュルケは答えた。

「あたしもそうするつもりだったんだけどね・・・二度寝しちゃって。
起きたらちょうど、窓の外で二人が元気よく馬に乗って駆けだす所でさ。
この子に頼んで連れてきてもらったの」

そう言って自分の隣をちらりと見る。
そこには先程から会話に加わらず、黙々と本を読み続けるタバサが居た。
いや、先程から感じる風は彼女が使ってくれている魔法だろうか。
冷たい風が火照った体を心地良く冷ましてくれる。
――――ありがとうタバサ。私の中ではすっかりあなたは気遣いの人よ・・・

「彼女の使い魔は知ってるでしょ?
ウィンドドラゴンでね、シルフィードって言うの。
おかげで遅れて来たのに先回り出来たってわけ」

「え、じゃあドラゴンに乗ってきたの?!帰りに乗せてもらってもいい、タバサ?」

目をキラキラと輝かせながらお願いする彼女に、タバサは鷹揚に頷いた。
いよぅし!とガッツポーズを決めるのはいいが、この使い魔背中に誰が居るかを忘れているのではないか。思い切り体を動かすので危うく滑り落ちるところだった。
慌てて彼女にしがみつきながら問い掛ける。

「ちょっと、そんなことしたら乗ってきた馬はどうするのよ」

「いいんじゃない?誰かやって学院に連れてってもらえば。それに、あなたは乗りたくないの?ドラゴン」

まるで使い魔のようなニヤケ面でキュルケが言った。
キュルケの言う事を認めるのは癪だが乗ってみたい。前に乗った時は色々といっぱいいっぱいな時だったので、あまり空中散歩を楽しむことが出来なかったのだ。馬は馬舎の誰かに頼んで学院まで運んでもらうとしよう。貴族の持ちモノともなれば、滅多なこともあるまい。
それをキュルケに言うのは悔しかったので、ドラゴンの持ち主の方に伝えることにした。

「タバサ・・・」

「構わない」

ついと、本から上げられたタバサの蒼い瞳がこちらの瞳と交錯する。
その理知的な瞳がすべてを物語っていた。
――――皆まで言わずとも分かっている、と。
タバサ・・・あなたって人は・・・っ
しばし、目線のみで友情を確かめ合うのであったが、ふと気付くと残りの二人が呆れたようにこちらを見つめていた。

「な、何よ!なんか文句あるっていうの?!」

「いや~別にねーけど。
しかしまぁ、なんだね。視線だけで通じあうなんて、どこの熟年夫婦ですかあんた達」

「そうね~あたしも何時の間にあんたたちがそんなに仲良くなったのか興味があるわ」

二人して昔何処かで見た童話の猫のように口を歪ませる。

結局、二人は店に着くまでその事で私を弄り倒したのだった。


まずは武器屋に行って剣を買うことが決まり、王都のメインストリートと言うにはいささか狭すぎる道を、主人をからかったり、スリの足を踏み砕いたり、主人をからかったり、辺りを見物したり、主人をからかったりしながら進んでいたのだが、目的地が近いという事で路地に入った。

「ん~しかし狭い道だったね。アレ本当に都の大通りなの?」

今まで通って来た道を振り返りながら忌憚なき意見を伝える。
だが、ルイズは眉根をしかめて怪訝な顔をするばかりだった。

「そうだけど・・・あれで狭いって、あんた」

「いや、どう考えても狭いって。
あんなんじゃ、戦争で兵士を送りだすのにも一苦労だよ・・・
あ!魔法使いだからみんな空飛んで行軍すんのか!」

うん、それは一度見てみたい。さぞかし壮観な光景だろう。
しかし、うんうんと頷くこちらに対して背中からは呆れた声が返ってきた。

「何言ってるのよ。メイジは国民の大体一割くらいなんだから、兵隊みんながメイジな訳ないでしょ」

「は?じゃあなに?出兵の時とかは、あんのせまっ苦しい通りを兵隊がすし詰めでぞろぞろ歩いてくわけ?」

呆れたように振りかえるこちらに対して、なぜこちらが呆れているのか分からないという風にポカンとしているルイズ。
やれやれとため息をついて見かねたキュルケが助け船を出した。

「仕方ないのよ。トリステイン王国ってね、長い歴史があるくせに王都まで戦火が及ぶような戦争に巻き込まれた事がほとんどないの。
あっても国境付近での小競り合いがせいぜい。
だから、自分から戦争に打って出るなんて発想自体が都市計画に入ってないんでしょうね。
ま、良くも悪くも平和ボケした国なのよ」

「ふ~ん・・・確かゲルマニア、だっけ?キュルケの国はどうなのさ」

「ウチは新興国だからね。そのあたりはぬかりないわよ?」

こともなげに肩をすくめながらキュルケは言った。
つまり都市計画の段階から、戦争への備えが織り込まれていると言う事か。
そんなこちらとキュルケの会話が気に食わないのか、ブルブルと震えだす気配が背中にあったが、それが唐突に止まる。

「ちょっと待って、え~と確かこの辺りだったわよね・・・それと、もう大丈夫だから降ろして」

あちこちを見回しながら言う主人の言葉に従って彼女を背中より下ろす。

「ピエモンの秘薬屋の近くだったから、この辺なんだけど・・・あ、あった!あそこだわ」

目当ての店を見つけたらしく嬉しそうにそこを指差す。
向けられた指の先には剣の形をした看板の下がった店があった。
四人そろってその店にはいる。
中では五十絡みの店主と思しき男がパイプをくゆらせていた。
店に入ってきたのが女子供ばかりだったからだろう、不審げに眉をひそめ、次いでタイ留めの五芒星に気付き驚きに顔をゆがめていた。

「いらっしゃい貴族の旦那。本日はどういった御用向きで?」

「こいつに合う剣を見つくろってほしいの」

えらそうにふんぞり返りながらこちらを顎で示す我が主人。

「へぇ、こちらの侍従の方が?ひょっとして旦那方もアレですかい?
最近、多いんですよ貴族の方が侍従に持たせるってンで剣を買って行かれるのが。
なんでも“土くれ”だか何とか言う泥棒メイジがこの辺りを荒らしまわってるそうでね・・・
いや、物騒なこってす。こっちとしては商品が売れて大助かりなんですがね、っとこいつはいけねぇ不謹慎だ」

自分の頭をぴしゃりと打って年相応のだみ声で笑う店主から視線をそらして辺りを観察する。
薄暗い店内には、所狭しと剣や槍が並べられており、他には甲冑などが飾ってあった。
それら全てが西洋の拵えだ。まぁ当然の事だが。
この中には自分の望むような武器はないかもしれない。
望み薄だろうがとりあえず、武器屋に来る貴族が珍しいのか何やら主人と話し込んでいる店主に聞いてみる事にする。

「よぉ、親父。片刃の長剣でさ、長さがあての腕一本とその半分くらいのやつって置いてない?」

「へ?片刃、ですかい?いやーそんな珍しい拵えのもんはウチには無かったと思いやすが」

やっぱり無かったか。まぁいい。

「そっか、じゃあいいや。おんなじような長さで、一番いい剣持ってきてよ」

「同じ長さ・・・ですかい?
だがね、お譲ちゃん。あんたの背丈じゃあ、そんな武器は無理だろう。振り回されんのがオチだ。
こっちのレイピアなんかどうだい?嬢ちゃんにはこれぐらいがちょうど・・・」

そう言って装飾ばかりに力を入れた細い飾り剣を勧めてくる。
しかしあの剣では自分の運剣には向かないだろうし、それ以前に武器としての性能はまるっきり設計の考慮に入っていない物など論外である。

「いいから持ってきなよ。
その言い方だとあるにはあるんだろう?
的外れな気遣いはいいから、黙って出せ。
そうすりゃ、お互い嫌な思いをすることもない」

歯に衣着せぬこちらの物言いが気に食わなかったのか、それとも自分の気遣いを的外れと言われた事が気に食わなかったのか。
とにかく店主は怒りで顔をゆがめて店の奥に入って行った。

――――ガキが。てめぇに剣の何が分かるってンだ。まぁいい、せっかくの鴨だ。せいぜい搾り取ってやるさ・・・

と、そんな事を呟きながら。
周りに聞かせるつもりはないのだろう、それは隣にいても聞き逃しそうなほど小さな声だったが・・・

「ライガー・イヤーは地獄耳ってね~」

「いきなり何を言い出すのよあんたは?」

きょとんとこちらを見ている主人には、何も言わずにただほほ笑むだけでその答えとした。
そんな時ちょうど奥から店主が腕にひとかかえもある剣を持って戻ってきた。

「これがウチで一番の剣でさ。
かの高名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿の作で、魔法がかかってるから鉄だって一刀両断ってなもんです」

言うだけあってなかなか立派な剣ではあった。
ところどころに宝石が散りばめられられたりして、悪趣味な装飾があるのは確かだったが、それでも頑丈そうな剣ではあった。

「親父、ためしに振ってもいいかい?」

「申し訳ないンですがね、お譲ちゃん。そいつは無理だ。
こいつは店で一番の剣でね、値段の方もそりゃー目の飛び出るような額なんだ。
傷でもつけられて、それで買わないなんて言われた日にゃあ、俺は家族そろって夜逃げしなきゃいけなくなる」

そう言って彼が値段を告げるとルイズはえらく取り乱していた。
要するにそれだけ値段が高いと言う事だろう。しかし、

「おいおい、自分の命を預けるかもしれない得物を試しもしないでいきなり買えってのか?
そりゃいくらなんでもあんまりだ。あてがなんかあってこの剣のせいで死んだときあんたは責任とれるのか?
そんなことになってみろ。仮にも貴族様の侍従なんだぜ、あては?
夜逃げどころじゃ済まない。家族全員首をくくる、なんて事になるかもしれないぞ~?」

ぐっと言葉に詰まり目を泳がせる店主。
きっと必死に上手い言い訳を探しているのだろう、そんな彼の肩をぽんと叩いて助け船を出してやる。

「分かってるって、あても鬼じゃない。
試し切りさせろなんて言わないよ。ただ振るだけ。
それなら剣も傷つかないし、あても試しが出来る。」

これでどう?と、天使のように微笑んでやると、店主はしぶしぶと剣を差し出してきた。
それを手に取り、振り回す時に危険の無いよう三人を下がらせようと振り返る。

「さて、じゃあ試しに色々振ってみるから離れ・・・・・どうしたのさ、三人とも」

ルイズとキュルケはおろか、タバサまでもが呆けたようにこちらを見ていた。

「いや、どうしたも何も、驚いたと言うか呆れたと言うか・・・したたかなのね、あなたって」
「さっきのあなた、凄い顔してたわよ?悪魔のほほ笑みってああいうのなのかしらね」
「・・・悪辣」

ちょっと立ち直れないかもしれない。特に最後の。
まぁいい。気を取り直して三人を下がらせると適当に剣を振りまわす。
正眼からの切り下ろし、袈裟と逆袈裟の連携、剣を寝かせての平付き・・・
一通り試したところで剣を店主に返した。

「あんがと。悪いけどこれが一番だってんなら剣はいらねーや」

こちらの剣舞に驚いて固まっていた店主がその言葉で硬直が解けて何か言うよりも先に、連れの連中が騒ぎだした。

「な、何でよ!あんなに上手く扱えてたのに!」
「そーよもったいない!」
「不可解」

そこまで言われるとこちらとしても悪い気はしない。
若干照れで赤面しつつ彼女らに告げる。

「や、そこまでのもんじゃないよ。
それになんだ、値段がべらぼーに高えってのに、この程度の剣だって言うなら、割が合わない。
魔法が掛かってるらしいけどさ、多分鉄なんか切ろうとしたらこの剣折れるよ。
どうしても剣が必要ってんなら、なんか適当にその辺の安そうなを見つくろうよ」

《なーんだ、娘っ子!おめぇなかなか見る目があるじゃねーか!》

こちらの言い草に先程から堪り兼ねていた店主でもなく、連れの三人でもない第三者の声・・・いや、しばらく聞いていなかったが、この金属同士を擦り合わせたような独特の音色は――――金打声きんちょうじょう!?
先程こき下ろした剣を掴み取って、声のした方から三人を庇うように前に出る。
姿は確認できなかったが、金打声を出す以上相手は・・・

「誰だ!」
《ここだよ娘っ子。おめぇさんの目の前。安物が放り込まれた樽ん中だ》

今度は確認できた。
声の言う通り、樽に放り込まれた訳ありの剣、刃こぼれした物や刀身が曲がったもの。そんな中の一本がカタカタと震えて声を発していた。
一体あれは・・・なんだ?
そんなこちらの疑問もかまわず目の前の剣は喋り続ける。

《いやーおっでれーた。そのなりで良くそんな剣を振りまわせるもんだ。
おまけに目利きも確かなもんときた・・・おっでれーた!大したもんだぜ娘っ子!》

何やら嬉しいのかカタカタと震えながらおっでれーた!と繰り返し叫ぶ剣を茫然と見つめていると、脇から出てきたキュルケが興味深げにそれを眺め出した。

「へ~珍しい。インテリジェンスソードじゃない。
この樽って訳ありの安物が入ってる所よね、何だってこんな所に?」

「へぇ、意思を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさ。
珍しいには珍しいんですが・・・いかんせんそいつは口が悪くって。
おまけにそんだけボロいとなかなか買い手もつかないもんで・・・
やいデル公!いい加減にしねぇか!さっきからうるせーぞ!
静かにしねーと鋳潰して鉄床にでもしちまうぞ!」

《うるせー業突く張りの因業ジジイが!!やるってんなら、さっさとやりやがれ!
 そんな不良品の剣と一緒に並ばされるよか遥かにましだね!!》

なんだとこのボロ剣!やるってのかタコ親父!と喧嘩を始める有機物と無機物。
そんな様子を尻目に、先程から握っていた剣をカウンターに置き、喧嘩をしている片割れの剣を手に取る。
すると、先程まで騒ぎたてていた剣が急に静かになる。それにつられてか、周りの連中も途端に静かになった。まぁその事はいい。今はこの剣を見定めよう。
まずは全容。剣も鞘もあちこちに錆が浮いており、その過ごして来た年月を無言で語っていた・・・いや、剣は無言ではないか。
刀身の方はどうなのだろうか?恐らく外見と同様錆びついているのだろう。
鞘から静かに刀身を抜き出す。
案の定そこには錆が浮いた刀身があった。だが――――
くすりと、一つ笑いをこぼす

「なんだよ親父。あるじゃん、片刃の長剣」

そう、鞘から出てきたその刀身は紛う事なき片刃。
反りが無く、少々刀身が分厚いのもまぁ許容範囲だ。剣の持ち味だと思えば気にならない。
何やら言い訳しようとしている店主を意識の外に追いやり、先程と同じ剣舞をする。
そして残心。剣の舞った軌跡に錆のかけらが漂っている事をおかしく思いながら、体勢を元に戻す。

《・・・おでれーた、おめ、使い手か。おまけに力を引きださないでここまでやるとは・・・
 それにしてもこの感じ・・・なぁ・・・おめぇ・・・本当に人間か?》

周りに聞こえないように小さな声で剣が言った。ほう、そこに気づくか兄弟。

《まぁなんだっていい、おめぇが使い手だってんなら話は簡単だ。娘っ子、おれを買え》

「・・・ああ、気に入ったよお前。
 親父、こいつに銘はあるのかい?」

「へ、へい。デルフリンガーっていう、大層な銘がありやすが・・・あ、あのう、本当にその剣を買われるんで?」

ちらりと先程の長剣に目をやる。
まだ何とかそちらを売り込みたいと言うことらしいが・・・

「ああ、こいつに・・・このデルフリンガーに決めた。
で、親父。いくら?」

「へ、へい。それでしたら百で結構でさ」

その言葉に大げさに目を見開いて、驚いたように言葉を紡ぐ。

「ひゃく!?
デル公の言葉じゃねーけど、あんたも相当業突く張りだねー。
いいとこ三十がせいぜいだろ。おまけにコイツも散々迷惑かけてきたみたいだし?
厄介払いだと思って多少の色つけてくれたっていいくらいだ。それに――――」

すっと、店主の耳元に顔を寄せて彼にとっての殺し文句を呟いた。

「ガキが。てめぇに剣の何が分かるってンだ。まぁいい、せっかくの鴨だ。せいぜい搾り取ってやるさ・・・」

「!!!!!」

みるみる顔面を蒼白にしてガタガタと震えだす店主。
そんな様子を満足げに見やって言葉を続ける。

「なかなか怖いもの知らずだね?貴族の侍従に向かってなんて口のききようなんでしょ~
あてがご主人様に教えたらなんて言うかな・・・ご主人様って怒ると怖いんだよね~」

「あああああ、あの、あれは、悪気があったわけではなくて・・・!」

大の男がみっともなく取り乱すのを片手で制して言葉を続ける。

「砥石が欲しい。あとは投擲用のナイフが十本くらいかな。それと短剣を何本か・・・この辺が妥当なとこだと思うんだけど、どうかな?」

「いくらでも差し上げます!お代も結構です!ですからどうかお許しを!」

そう言ってバタバタと忙しなく店内を動き回ってこちらの言ったものをあっという間に揃えて差し出してきた。
流石にちょっと可哀想になったのでちゃんとお金は払った・・・・・・なかなか受け取ろうとしてくれなかったが。



「ありがとうございました!!またお越しくださいませ!!」

そんなこんなで、地面に頭がつくんじゃないかと言うほど深いお辞儀と共に店を送り出されて次の店へ向かう事になった。

「いやーいい店だったねー。相場よりだいぶ安く剣売ってくれたんじゃないの?
それに色々おまけしてくれたしさ。はっ、あてってばひょっとして凄い買い物上手?
本人も知らなかった隠れた才能が今ここに開眼!!
・・・・・・なにさ、さっきから黙っちゃって。
なんだよー安く買い物できたんだぞー
いいじゃんかよー褒める事はあってもそんな冷たい視線を向ける理由は無いはずだぞー」

ぶーぶーと先程から黙って冷たい非難の視線を向ける連れ合い三人に抗議した。
まずは先陣を切ってその冷たい目線を崩さないままルイズが口を開く。

「いや、どう考えたっておかしいでしょ。
今まで高圧的だったのがいきなり掌返したようにあんなにヘコヘコして。あんたがなんかやったに決まってるじゃない」
「・・・・・・あのおじさん泣いてたわよね~。一体なにしたらあんな風になるのかしらね~」
「あなたが耳元で何かをささやいたら急に取り乱し始めた。一体何を言ったの?」

その後にキュルケ、タバサと続く。
白状してしまってもいいのだが、そうなるとあのかわいそうな店主に累が及ぶのではないか。そんな風に考えて迷っているうちに手に持った剣がカタカタと震えて喋りだした。

《相棒はな、あのオヤジが漏らした悪口をそのまま言ってな。
オヤジに脅しをかけたんだよ。こいつを主人に漏らしたらお前がどうなるか分からねーぞってな》

「おいおい、デル公!・・・はぁ、しまらねーけど、まあいいや。
これで分かったでしょ?あの親父さんが怖がったのは貴族の権威だよ。
あては特別な事はな~んもしてない。だから今更、店に戻って焼き討ちとかはしない事。ゆーしー(分かった)?」

手元の得物をいさめながら、三人を見回して補足をする。
しかし反応が悪い。どうも納得がいっていないようだ。

「なにさ?まだなんか文句あるの?」

「いや、どうもそれだけであの人があそこまで取り乱すとはとても思えなくって・・・」

眉をひそめて考え込む三人を代表してキュルケが答えた。
だからそれは思ったより貴族の権威が持つ威光が強かっただけだろうと、言いかけたところを再び剣に遮られた。

《なぁ、相棒。おめ、あん時オヤジになんて言ったか覚えてるか?》

「あん?確か“ガキが。てめぇに剣の何が分かるってンだ。まぁいい、せっかくの鴨だ。せいぜい搾り取ってやるさ・・・”だったけ」

《それって、どっちかって言ったら相棒に向けられた陰口だよな?》

「・・・・・・言われてみればそうだな」

なにやら議論の雲行きが怪しくなってきた。

「ん?じゃあなにか?あの親父はあてが、“なめた口ききやがって。主人の許しさえありゃあ、てめーなんぞ三秒でミンチにしてやる”ってな具合に脅しをかけて来たと思ってるのか?
いやいや、でも見た目こんな可愛い少女ですよ?メイドですよ?そんなもんにかけらも説得力ねーじゃん」

《説得力ならあったろ。ほれ、その前の剣舞》

「あれで?いや、あんなもん別に普通じゃん」

《謙遜が過ぎるぜ相棒。剣士ってのは、あれが普通ってんなら、この世界にいる剣士の大半がただの戦士になっちまうわな!ぎゃはははは!!》

楽しくて仕方ないと言うようにゲラゲラ笑うデルフリンガーにその通りだというように頷く残りの三人。
彼らへ言い返そうとしたところで思い直す。
そう言えばこの世界の根幹をなすのは魔法。つまりは武術の根幹をなすのもまた魔法なのだろう。
そしてそんな中で魔法以外の武術が発展する訳も無く・・・おそらく剣術と言うものすら確立されていないのではないか。

私も生半な使い手ではないと自負してはいるが、それでも剣術においてはそれほど見識が深かったわけではない。
だというのに・・・私はこの剣の目から見て私は世界有数の使い手らしい。

「う~ん・・・あては別に剣が専門ってわけじゃないんだがなぁ・・・
なのにあそこまでビビられるとは・・・むしろ心配になって来たよ。
武器屋の店主なんだろ?多少は剣士ぐらい見慣れているだろうに。
全体的にレベルが低いってことかね、この世界の剣士は」

《やれやれ、この世界の剣としては耳が痛いね。耳ねーけど》

つまらない冗談を飛ばしてげらげらと一人で笑い出す剣を無理矢理に鞘へと押し込む。
そうすることで耳障りな笑い声はピタリとやんだ。あの可哀想な店主に教わった通りだ。
・・・・・・彼には悪い事をした。故意ではないとはいえ、あそこまで脅かすつもりはなかったのだが。今度あの店に行く時は酒でも土産に持って行ってやろう。

それにしても・・・

「ねぇ、ルイズ・・・」

「なによ、そんなしおらしい声出して」

「あて、そんなに怖かったの・・・?」

「怖かったわよ?なんか笑顔のバックに虎が浮かび上がるような感じだった」

「あ~あたしはなんか立ち昇る蜃気楼が見えた」

意図して造ったならまだしも・・・
あの時は普通にいつものおちょくりの延長線上でしか振舞っていなかったのに・・・

ルイズとキュルケの言葉に打ちのめされて崩れ落ちかける。
と、そんなこちらの手をしっかりと握って助け起こすものが居た。

「タバサ・・・」

ああ、貴方だけは、私を・・・

「私には竜が見えた」

「――――」

――――もう、再起は、不可能だった。



虚無の曜日のトリステイン学院宝物庫、その入り口前。
人気のないその場所に影から湧き出るように人影が現れる。
その人影は懐から杖を取り出して宝物庫への扉に向かって何事かを呟く。
が、しばらくして舌打ちするとその杖を懐に戻した。
そんな時、

「そこにいるのは誰だ!!」

そんな誰何の声と共に一人の中年男が杖を構えながら現れた。コルベールである。
それにくすりと一つ笑みをこぼすと、人影は顔を覆っていたフードを外した。

「わたしですよミスタ。ロングビルです」

「やや、これはとんだ早とちりを・・・てっきり私は賊が侵入したものだとばかり」

恥ずかしそうに頭をかいて言うコルベールを見て、ロングビルはただその笑みを深くするのみだった。
面白い冗談を聞いたとでも言うように、学院秘書としての彼女の常からは考えられないほどに深く深くその顔に笑みを刻んでいた。
そんな彼女の様子が、薄暗くて良く分からないコルベールは続けて質問を重ねる。

「それはそうと、ミス・ロングビルはどうしてこちらへ?何か用事ですかな?」

「ええ、学院長より宝物庫の目録を作るように頼まれまして。
それで中へ入ろうとしたところでカギを持っていない事に気づいて・・・途方に暮れていた所です」

手元の資料を示して、おどけたように肩をすくめて見せるロングビル。彼女の顔に先程までの笑みはない。学院秘書らしい理知的な微笑がそこにあるのみである。

「それは災難でしたな。ではこれから鍵を取ってきて、また目録作りですかな?」

「いえ、手が空いたらやっておけ、と言われた程度の仕事ですから。優先度は低いでしょう。
それにもうお昼時ですしね。どうですか、コルベール先生。お暇でしたら一緒に食事でも」

「そ、それは、勿論!喜んでおともしますとも!」

顔を真っ赤にして喜ぶコルベールを誘って宝物庫から離れるロングビル。
たわいない社交会話である程度盛り上がったところで、彼女にとっての本題を切り出した。

「ところで、ミスタ・コルベール。“飛天の鎧”ってご存知ですか?この学院の宝物庫にあるそうですが」

「“飛天の鎧”ですか?ええ、知っていますよ。見たこともあります。しかしあれは・・・」

「あれは?」

なにかを言い淀むコルベールに若干体を触れさせて先を促す。

「オホゥ!い、いえね?あれは鎧と言う名前こそ付いていますが、見た目は大きな盾なのですよ。
私にはあれが鎧には、まして空を飛ぶようには見えなかったのでね、あれを王室に献上したという学院長に聞いてみたのですが・・・」

「学院長はなんて?」

腕をからめて若干胸が当たるようにする。

「ウホッ!がががが学院長が言うには、あれは間違いなく鎧なのだそうです!
しかるべき手順を踏めば鎧へとその姿を変えるそうなのですが・・・ソノテジュンハワカラナイトノコトデシタ」

「ありがとうミスタ。参考になりましたわ」

そう言ってすっと体を離す。
がちがちに固まっていたコルベールは人心地ついたように溜息をつくと、ぬくもりが離れていった腕を少し残念そうに見つめていた。

「ところで、そのぅ・・・ミスタ・コルベール?」

「は、はい!なんですかな?」

「あの、怒らないで聞いてくださいね?
私、先程鍵を忘れて宝物庫に行った時に・・・扉を無理に開けようと思って魔法を使ったんですの」

「それは、また・・・随分思い切った事をなされましたね、ミス。
王室に知れれば大変な事になりますよ」

先程までの余韻を感じさせない、教師らしい重い言葉。
宝物庫の扉を破ろうとするという事は、それだけ大変な事なのだろう。
ロングビルは内心で舌打ちすると、コルベールの手を両手で握り、その顔を見上げた。
揺れる瞳に涙をにじませて、眉尻を下げたその顔は、片手に感じるぬくもりと相まってコルベールの庇護欲を大いに駆り立てた。

「どうしましょうミスタ・・・!わたしそんなつもりじゃ!」

「だっ大丈夫ですぞ!ミス・ロングビル!
あの扉はオールド・オスマンが手ずから固定化の魔法をかけているのです。そう簡単には破れませんよ!それに扉は破られていないのですから何の問題もありません!」

コルベールは気付かない。

「ああ・・・ありがとうございます、ミスタ・コルベール。そう言っていただけると・・・
しかしそうなると、鍵を失くした時はどうやって扉を開ければいいんでしょうね?」

平時であれば気付けたであろうロングビルの不自然さに。

「ははは、そんなときはオスマン氏に頼んで開けてもらうしかありませんな。彼以上の魔法使いでもいれば別でしょうが。それ以外となると・・・」

コルベールは気付けない。

「それ以外となると?」

色で誑かされて、その嗅覚が鈍っている故に。

「魔法でだめなのですから・・・これはもう、物理的な力で無理やり壊すしかありませんな。あっはっはっはっは!」

ジャン・コルベール。トリステイン魔法学院勤続20年のベテラン教師。四十代独身。
その能力の高さと裏腹に、女性への免疫は皆無な男だった。

・あとがき
ツギデ、タイトルコール。
ナガカッタ。
ナガカッタヨ。
当初ハ四話クライデ終ワルハズダッタノニ。
気付イタラ倍ダヨ

読者さま方に置かれましては、長々とお付き合いさせて申し訳ない。
とにかく次で一区切り。もう暫くのご辛抱とお付き合いのほどを・・・



[21285] [習作]無題 (ゼロ魔 × なにか ) 8
Name: チビ黒サボテン◆8aa26a54 ID:b93c8024
Date: 2010/09/30 22:55
「うぅ・・・もうお嫁にいけない・・・」

王都での買い物が終わり、すっかり日も暮れて学院に帰る途上の空の上。
楽しみにしていた竜への騎乗だというのに、彼女はすっかりいじけていた。

「いい加減に機嫌直しなさいったら。
ほら、あれ見て。風車があんなに小さく見える」

ルイズはそんな彼女を、景色を褒めたり、竜のなりを褒めたりして興味を引こうとしているのだがことごとく失敗していた。
何を言っても、使い魔の彼女は我関せずとばかりに抱え込んだ足の間に顔をうずめたまま、鬱々とした雰囲気を辺りに零すのみだった。
それでも諦めなずに彼女に話しかけるルイズと、自分の殻に閉じこもるルイズの使い魔の姿を見てキュルケが呆れたように溜息をこぼす。

「全く、そんなに嫌だったの?似合ってたのに。
いいじゃない、男装の麗人。なかなかいないわよ?あそこまで見事に着こなせる人」

彼女はそれを聞いてびくりと一度大きく体を揺らした後、小刻みに震えだした。



話は王都にいた時まで遡る。
彼女ら一行は武器屋の後にルイズ行きつけの仕立屋へと赴き、そこで使い魔の彼女の服を見繕う事にしたのだったが。
その時彼女が出した希望と言うのが、

「う~ん、とにかく動きやすいのがいいな。膝上で切れてるショートパンツとかってない?」

と言うものだったのだが。それを聞いた連れの反応が、

「うわ、なにそれ。淑女の着るもんじゃないわよ。あんた正気?」
「う~ん・・・流石のあたしも、そこまでは・・・」
「・・・・・・痴女?」

と散々なものであった。

使い魔の彼女は、お前らみんな殆どそれと変わらんような丈のミニスカート履いてるやん!というツッコミを苦労して飲み込みながら店員に彼女らと同じ服を注文した。
その場でサイズを量られ、持ってこられた学院の制服に袖を通す。
今まで、ロングスカートで外界と隔絶されていた脚がミニスカートによって露わになる。
カモシカの様な脚線美を保った両脚、ほっそりとしたウェスト、そしてそれらの調和を壊さない絶妙なサイズの胸、切れ長の瞳がネコ科の動物を思わせる整った容姿。健康的な美を持った少女がそこにいた。
その姿を三人はそれぞれの言葉で称賛したのだが。

「どうもさ~短いスカートって落ち着かないんだよね~。
確かに動きやすくはあるけどさ、見えやしないかと心配で心配で」

眉尻を下げて、片手でスカートの端を持ってヒラヒラと振りながら不満をこぼす彼女に、ルイズがふと思いついたように言った。

「じゃあ、乗馬服はどうかしら。
あれなら動きやすいうえにあんたが心配してるようなことも起きないし」

使い魔の彼女はその提案を受けて、持ってこられた乗馬服を着てみたのだが・・・・・・それが驚くほど似合っていたのだ。
脚のラインをぴったりと体に張り付いて強調するキュロット。そして防寒のため厚手に造られたジャケットによって上半身のラインが隠れると、そこには男でも女でもない、そんな不思議で中性的な魅力を持った人間が現れた。
そんな姿を見て、三人の脳裏にある考えが浮かんだ――――こいつ、男の恰好も似合うのではないか?
三人は互いの顔を見て、そこに宿った意志が自分と同じである事を見てとると、即座に行動を開始した。

「うん、確かにこれなら動きやすいね。ただちょっと装飾過多な気がするけどおおぉぉぉぉぉおおお!?」

乗馬服の着心地が気に入ったらしく、口元をほころばせながら、派手な刺繍についての寸評をしようとしていた彼女を、タバサが魔法で試着室に放り込む。
キュルケは今彼女が着ていた服を買い取ろうと財布を取り出す。
ルイズは次なる服を持って来るよう店員を呼び付ける。

そうして、ルイズの使い魔の着せ替え遊びが始まった。
執事服、タキシード、衛士服、エトセトラ、エトセトラ。
着せ替えが進む度、メイジ三人は異様な熱気に包まれて行き、反対に使い魔はどんどん死んだ目になって行った。

そして着せ替えが十着目に及ぼうと言う時に事件は起こった。

「あ」

始まりはタバサのそんな小さな声。
服の値段交渉をしていたルイズとキュルケが振り向くと、そこには取り上げたらしい杖を掲げた死んだ目をした使い魔と、それを何とか取り返そうとぴょんぴょん跳ねているタバサの姿があった。
二人がそれを止めさせようと駆け寄ろうとすると、使い魔は杖を軽く振りおろして、ぽこんと、タバサの額を打った。
それが痛かったのか、額を押さえてうずくまるタバサと、それっきり興味を失ったのか杖を持ったまま試着室へと向かう使い魔、呆気にとられてそれを見送ることしかできないルイズとキュルケ、そして店員達。
やがて試着室から出て来た使い魔の彼女はいつも通りのメイド姿で・・・・・・黙って杖をタバサへ返すと、そのまま部屋の隅へ移動し、膝を抱え込て蹲ってしまったのだ。
結局それからいくら宥めても賺しても動こうとしないので、タバサがレビテーションで浮かせて店を出た。
それからタバサが古本屋で本を漁っている間も、キュルケが骨董屋で何かの地図を漁っている間も、彼女はまるで自身が“蹲るメイド”という彫刻であると言わんばかりに蹲り続けた。例えそれが宙に浮いたままでも。

そしてそれは今に至っても続いていたのだった。



「悪かったわよ・・・あなたの男装が余りにもはまってたもんだから、つい・・・」

キュルケの言葉のどこかが琴線に触れたのか、やにわにがばっと彼女が起き上がった。

「つい、で・・・十着も着せ替えするか!?
だいたい持って来る服全部男物とか・・・なに!?
そりゃー似合ってるって言われて悪い気はしなかったよ?
でもさ、流石にあそこまで男物ばっかり着せられると、あてに女としての魅力が無いみたいじゃん!
どーなのそこんとこ!えぇ!?あてだって女なんだぞ?可愛い服だって着てみたいっつ―の!」

涙ながらに地団駄踏んで今までため込んでいたものをすべて吐き出す彼女に対して三人が出来た事は、

「「「ご、ごめんなさい・・・」」」

ただひたすら平謝りする事だけだった。



その後、三人がひたすら謝り倒してなんとか機嫌を直した彼女は、待望の竜騎乗を心の底から楽しんでいた。
目を閉じて両手を広げて、その背に立ち流れる空気の感触を全身で味わう。

「ん~~~いいねードラゴン。普通に飛ぶのと違って全身に風が感じられるのがポイント高いね~」

目を細めて至福の表情を浮かべながら零す彼女。その言葉を聞き咎めたルイズが言った。

「普通に飛ぶって・・・何言ってんの?魔法にしろ竜にしろ、風を感じるのなんて当たり前じゃない」

怪訝な顔でそう零す自分の主人を、目を細めて見やる彼女。
その口元には何とも言えない不思議な笑みが張り付いていた。嘲りでもなく、かと言って喜びの発露でもなく・・・・・・

「そうか・・・贅沢だね~。
っと、流石に早いね。もう学院が見えてき、t・・・?・・・・・・」

陽気に喋っていたのが一転して沈黙する彼女。そのまま学園があると思しき辺りを目を細めて観察し出した。
そんな様子を不審に思ったキュルケが彼女と同じ方角を見つめながら問い掛ける。

「どうしたの?急に黙っちゃって。
それに学園なんてまだ全然見えないけど・・・」

ん~と唸りながら目を細め、眉のラインに平行に手を添えながら虚空を睨むが一向に何も見えない。
そんなキュルケの方を見ずに、厳しい表情を崩さぬまま使い魔の彼女は言った。

「ねぇ、学院の主塔の高さってどれくらいだっけ?」

「へ?確か、90メイルくらいだったと思うけど・・・それが?」

ルイズは唐突にされた質問の意図がよく分からなかったが、それでも持ち前の生真面目さから答えを返す。
それを聞いた使い魔はますます顔をしかめた。

「あての目が確かならさ・・・主塔の三分の一くらいの大きさの何かが、学院で暴れてるように見えるんだよね」



学院の主塔の下、ちょうど宝物庫がある壁の前、巨大な泥人形ゴーレムに乗った一人の女が居た。
彼女は杖を振ってもう何度目か分からぬ正拳突きをゴーレムに繰り出させる。
拳が宝物庫の壁に当たり、大気を腹に響く重低音が満たした。
祈るような気持ちでゴーレムに拳をどけさせるが、そこには相変わらず傷一つなく健在な忌々しい壁があるのみだった。
思わずため息をこぼす。

(やれやれ、調べてみた限りじゃ何処の壁も馬鹿に強力な固定化が掛かってたからね・・・
物理に弱いってあのハゲの言葉を信じて試してみたんだが・・・)

結果は御覧の通り、宝物庫の壁は傷一つなくいまだ健在である。反対に彼女の自信はもうボロボロだった。
どうやら、オールド・オスマンの名声には誇張も掛け値も全くないらしい。

(ったく、普段はただのエロ爺だってのが手に負えないねぇ・・・
何回殴っても意味がなさそうだし、こりゃそろそろ潮時か?)

宝物庫の壁を殴りだしてからそれなりに時間が立つ。
そろそろ誰か見回りに来てもおかしくない時分だ。
あの爺に負けたような気がして癪だが、これ以上同じ事を続けても得る物はないだろう。

(仕方ない、出直すかね)

次は爆薬でも持って来るかと、そんな事を考えてゴーレムを崩そうとした時だった。

「ファイアー・ボール!」「フレイム・ボール!」「ウィンディ・アイシクル」

空から呪文が唱えられたのは。
慌ててゴーレムの腕で自分を庇う。直後、腕に何本もの氷の槍が突き刺さり、炎の球が炸裂して――――何故だか後ろの宝物庫の壁が爆発した。
彼女は愕然としながら振り返る。
眼前にはあれだけ殴っても傷一つつかなかった筈の壁に、蜘蛛の巣状の亀裂が走った姿があった。
一体なぜ?そもそも、壁は呪文には強いのではなかったのか?
呪文の飛んできた方を見上げる。
そこには、真黒な夜空の中にそこだけ鮮やかな空色を宿した風竜と、そこに乗る学院の制服を着た生徒たち、それに何故だかメイドがいた。
おそらくこの虚無の曜日に何処かへ遊びに出かけていて、今帰って来たという事なのだろう。
そして、学院に賊が入っているのを見つけて、義憤に駆られて馳せ参じたのだろう。
しかし今はそんな事はどうでもいい。
後ろを見れば、先程までの偉容はすっかり見る影も無くなった壁がある。
そう、どうでもいいのだ。呪文を使ったのが誰であろうと、今こうして壁が壊れかけているという事実の前にはどうでもいいことだ。
杖をひと振りして彼女はゴーレムの拳の先を鋼で覆う。
そしてこれまでで一番大きく拳を振りかぶらせ――――狙い違わずひびの入った壁を打ちぬいた。
拳が壁にめり込み、ひびが一気に広がり、
そして今度こそ、宝物庫の壁は砕かれた。

彼女は、世間で“土くれ”のフーケと呼ばれる彼女は喉の奥でくつくつと笑う。

(ああ、どこの生徒だか知らないが感謝するよ。
危うく、狙った獲物は逃がさないってフーケさんの看板に傷がつくところだったんだからねぇ・・・)

さて、ではお礼は泥棒らしい方法で返してやるとしようか・・・・・・



「あっ、賊が壊した壁の中に入っていくわよ!急いで捕まえないと・・・タバサ、もっと寄せられないの!?」
「無理」

賊は、己のゴーレムの腕を伝って塔の中へと入って行った。
そんな様子を見て泡を食ったように取り乱すルイズと、冷静に竜を操るタバサ。
実際先程から何度も近づこうとはしているのだが、そのたびにゴーレムが空いた手を振りまわして暴れるので一向に近付けないでいるのだ。
そんな主人たちの様子を、使い魔はぼーっと興味なさげに眺めていた。

「あーあー取り乱しちゃって。
つ―か大体あの賊って何を盗りに学院まで来たのさ?なんかそんな大事なもんがあるの?」

そんな彼女の様子を見て呆れたように溜息をつきつつキュルケが言う。

「あんたはちょっと落ち着きすぎだと思うけど・・・まぁいいわ。
この学院にはね、王室から預けられた宝が収められた宝物庫があるの。
あたしも、この学園に来たころに一度見学したわ。
で、その位置なんだけど・・・多分、いま賊が入って行ったあたりなのよね。
だから、学院にとって、ううんトリステインにとって一大事なのよねこれって。
なにせ、国の宝を賊ごときに良いようにされてるんだから。国の権威も何もあったもんじゃないわ」

それをへーそうなんだーと、やる気がなさそうな返事をしながら聞いている使い魔を目に止めた主人が肩を怒らせて会話に加わってきた。

「へ―そうなんだーじゃないわよ!!いい?キュルケの話で分かったでしょ?!
これは国の一大事なの!この国の貴族である私にはそれを何とかしなきゃいけない義務がある!
それを・・・あああああんた分かってるの!?さっきといい、今といい!」

そこまでいって、肩で息をしながらその鳶色の瞳に涙すら湛えながら自分の使い魔を睨みつけるルイズ。
そう、先程学院にゴーレムが居るらしい事をつきとめた時、彼女は面倒事はご免だと一旦下へ降りて何処かで時間を潰そうと提案したのだった。
勿論ルイズはこれを拒否し、他の二人も消極的ながらルイズに同調し、急いで学院へと戻ったのだが・・・使い魔の彼女はどうにも乗り気ではないらしく、今もかったるそうだった。
尚も何かを言い募ろうとしたルイズだったが、使い魔にぎろりと睨み据えられて言葉に詰まる。
そんな様子を鼻で笑うと、使い魔の彼女はすっと立ち上がって眼下のゴーレムを見下ろした。

「分かっているか、ねぇ。そっちこそ分かってるのかい、ルイズ?
確かにおめーは貴族ではあるが、まだガキだ。学院が襲われたからってそれを何とかしなきゃいけない義務はない。
そんなもんは、ここの衛兵やら教師やらに任しときゃあいいんだ。それを無理にしょい込むってんなら・・・おめーはそいつらが負ってた諸々の責任やらなんやらをおっかぶされる事になる。
その覚悟はあるのかい?盗賊が来たので戦いましたが、負けてしまって宝は取られてしまいましたじゃあすまないんだぞ?」

どうなんだと、覚悟を問う使い魔に、しかしルイズはとっさに答えが返せなかった。
口を開いたり閉じたりしながら言葉を探す主人を背中越しに見やってふん、と一つ鼻を鳴らすと、使い魔は再びゴーレムの方に視線を戻した。

「まぁいいさ。あてはあんたの使い魔で、あんたはあてのご主人様なんだ。
やれってーんなら他に選択肢はないわな。まぁ、」

そう言って手に持ったデルフリンガーを軽く振って示す。

「こいつの値段分くらいは働いてやるよ」

にやりと、いつもの不遜な笑みを浮かべるとデルフリンガーを抜刀し、鞘をルイズに向かって投げ渡すと、彼女はそのまま何一つ気負うことなく、空に向かって身を投げ出した。



《ななな何考えてんだ相棒!!おめ死ぬ気か!!》

ごうごうと空気を切り裂く音に混じって手元の剣が何かを叫んでいる声が聞こえる気がしたが無視する。
眼下ではこちらに気付いた泥人形が腕を大きく振りかぶったところだった。
そしてそこから繰り出される正拳突き。
このまま何もしなければ確実にそれはこちらを打ち砕くだろう。
当然何もしないという選択肢はない。
拳がこちらに迫る寸前、これまで手足を閉じて頭から垂直に落下していた体勢を大きく崩す。
体を地面と水平に、手足を大きく開いて全身で風を受け止めて制動をかける。
空気抵抗で自分の落下速度は大きく低下し、
結果、我が身を打ち砕くはずの拳は空を切る。
目の前に来た泥人形の手の甲に自分の手の甲を合わせて、落下のベクトルを真下から泥人形の腕のラインへと修正。
勢いを殺さず受身の要領で一気に泥人形の腕を転がり落ちる。
そして肩口から転がり落ちそうになったところで、剣を突きたてて体を固定した。

《ひゅー、いやー焦った焦った。新しい相棒を見つけたと思った途端にまた独り身に逆戻りかと思って焦ったぜ・・・相棒、おめ無茶が過ぎんぜ》

「へ、こんなもん無茶でもなんでもねーよ。出来ると分かってたからやっただけだ。さて・・・」

剣を泥人形から抜いて肩口に担いで、先程から固まっている相手に向かって向き直る。
そいつは全身を灰色のローブで覆っており、性別は良く分からない。
だが、こちらに驚いて息をのむ気配は伝わってきた。
そして、手には何か大きな布の包みを持っている。恐らくあれが宝物庫から盗んだ宝物なのだろう。

「何処の誰かは知らないけどね、とりあえずソレ、返してくんないかな?
いやーあてもあんまり乗り気じゃないんだけどね?ご主人様がどうしてもって・・・」

そこまで言ったところで相手が動く気配がした。

即応。

肩口に担いだ剣を諸手で握り、袈裟に斬りかかる。
相手はこちらの早さにろくに対応できていない。
が、それでも何とか布の包みを斬撃の軌跡に重なるように置いてきた。
宝を盾に自分の命を乞う腹か。愚劣。
私が斬れないと思っているのか。
その布の包みの中身が何であれ、私にとってはいかほどの価値もない。
故に斬れる。
まぁ宝は壊してしまう事になるが、持ち主の貴族たちも、盗賊に宝を盗られて面子が潰れるよりましであろう。
何か文句を言ってきたとしても、その時はあの情けない主人にあとの事を押しつけて、自分は何処かへ消えてしまえばいい。
だから何の問題もない。
宝を斬ろうが、盗人を斬ろうが何の問題もない。
斬れる。
斬れるのだ、私は。

だというのに・・・・・・なぜ、相手も、この布の包みも未だ健在なのか。

足りなかったのは私の技量か、武器の鋭さか。不可解、不自然、不気味。
こちらの斬撃の重さに耐えかねたのか、相手が体勢を崩して尻もちをつく。

その拍子に、包みが外れて中身が――――

・・・・・・・何故、ここハルケギニアにこんなものがある?

それは鈍く輝く鋼色の重厚な盾。いや、あれは盾などではなく――――

いや、今はいい。確認は目の前の相手を沈黙させてからでも遅くない。
幸い相手は体勢を崩している。
今度は、あの盾でこちらの攻撃が阻まれる事はない。
剣を寝かせて平突きの形をとる。
相手の体勢を確認。

相手は未だ尻もちをついたまま、杖を己の泥人形に向けていて・・・・・・危険、即時攻撃すべし。

相手に向かって踏み込まれた足が、

「錬金!」

ずぶりと、そのまま足場に呑みこまれる。
続いて、腰、胴、と一気に沈んで行き・・・
そして私は地に落ちた。



「ライガー!!」

いきなり飛び降りた時は声もだないほど驚いたが、今度はきちんと声が出た。
彼女は賊に斬りかかり、それが防がれた為一旦体勢を立て直して再び攻撃に移ろうとしたのだったが、足場になっていたゴーレムの一部が唐突に崩れた為、そのまま落下してしまったのだ。
彼女の落ちた辺りは、土煙に覆われて何も見えない。
そして賊は、邪魔ものが居なくなったためゴーレムを悠々と学園の外へ向けて進め出した。
どうする、貴族としては賊を追いかけるべきなのだろうが・・・・・・今は彼女を助けなくてはならない。そんな強い気持ちに襲われた。
だって私は彼女に伝えていないのだ。自分の覚悟を、進むべき、いや進みたい道を。
彼女に伝えたい。知ってもらいたい。そのうえで彼女と話がしたい。使い魔として、支えてもらいたい。
だから――――これで終わりになど出来ない。してたまるものか。

未だ呆然と眼下の様子を見ているキュルケの肩を掴んでこちらに顔を向けさせる。

「キュルケ」

「な、なによいきなり」

「悪いんだけど、わたしにレビテーションをかけてくれる?
下に行ってライガーの無事を確かめたいの」

キュルケはこちらの勢いに押されてどぎまぎしながらもレビテーションをかけてくれた。
礼を言ってから、タバサの方を向く。

「あなた達はこのまま賊を追って。
・・・ごめんなさい、留学生のあなた達には直接関わり合いの無い事なのに」

「そんなことない」

「なによ、ここまで来てあたし達だけ除け者にする気なの?
いいからさっさと使い魔の所に行ってきなさいよ」

ふるふると首を振るタバサと、しょうがないわねぇとでも言いたげに肩をすくめるキュルケの姿に、不覚にも涙が出そうになる。
ああ、私は本当にいい友人を持った。・・・蒼い方はともかく、紅い方には絶対面と向かって言えないが。

「っ・・・ありがとう!」

礼だけを言い、涙がこぼれる前に後ろを向いて竜から飛び降りる。
先程の彼女とは違い私にはキュルケが魔法をかけてくれたので、落下速度は至極ゆっくりとしていた。
おかげで身の危険はないのだが、一刻も早く使い魔の無事を確かめたい今はその遅さがもどかしい。
早く、早く、早く!急がないと彼女の身が危ういかもしれないのに!
ぎゅっと血が出るほど唇をかみしめる。
眼下の大地はまだまだ遠かった。



翌日、学院は盆と正月が一度に来たような騒ぎになっていた。
王室からの預かりものである宝を賊に奪われると言う一大スキャンダルなのだ、それも無理からぬことだろう。
そして臨時の教師会議が開かれることになり、その場にルイズ、キュルケ、タバサ、そして使い魔の彼女もまた賊の目撃者として呼び出された。
集められた教師たちは、必死にお互いの責任をなすりつけ合う事にのみ腐心しており、事態の解決へ向けた建設的な議論などは一切交わされていない。
そんな様子を見かねたオスマンは、大きく咳払いをして周りを静めると、懐から一枚のカードを取り出した。

「“飛天の鎧、確かに領収いたしました 土くれのフーケ”・・・宝物庫に残されていたカードじゃ。
確かに調べてみると飛天の鎧が無くなっておった・・・
このカードに、あのゴーレムを使った盗みの手口。どうやら、賊は巷を賑わしておる土くれのフーケで間違いなさそうじゃの。さて、」

そこで一旦言葉を区切り、視線をルイズたちの方へと向けた。

「君たちは昨晩、その賊と戦ったと聞いておる。その時の事を聞かせてもらえるかな?」

「は、はい!え、え~と・・・」

水を向けられたルイズは、若干焦りながらも、昨晩の出来事を余すことなく丁寧に伝えていく。

「昨日は私達、王都に買い物に行っていて・・・色々と見て回っているうちに帰るのが遅くなってしまったんです。
それで、ミス・タバサの竜に乗せてもらって帰ったんですが、その途中でライガーが学院の方で何かが暴れてるって・・・」

ライガーと聞いて怪訝な顔をする教師達を見て、慌てて後ろに控えて剣の手入れをしている使い魔を指差しながら言葉を付け加える。

「あああああああっえぇっと、ライガーって言うのは私の使い魔で!こ、この子です、メイドの恰好をした!
・・・それで、あのう、どこまで話しましたっけ?」

焦りと羞恥でまともに思考が回らないルイズを見かねてか、隣のタバサが小さな声で「使い魔がゴーレムを見つけたところ」と助け船を出す。

「あ、ありがとう、タバサ・・・
それで、急いで学院に戻ったら宝物庫が巨大な、30メイルはあるゴーレムに襲われていて・・・
私達はみんな思い思いの魔法で賊を攻撃しました。でもみんなゴーレムに防がれてしまって・・・
結局、賊が宝物庫の壁を壊すのを止めることができませんでした」

悔しさからか、不甲斐なさからか、強く唇を噛んで俯いてしまうルイズ。
そんな彼女の様子を気まずげに見ているだけの教師達だったが、その中の一人が人垣をかきわけてルイズの前へ立った。
そして膝を屈めて目線を合わせると、黙って彼女を抱きよせた。
そして、親が子供をあやすようにぽんぽんと優しく彼女の頭を撫でる。

「ミナト・・・せんせ・・・」

「なんて顔してるんだい、全く。
あんたがそんなに責任感じてどうするんだい、チビ助。
あんたは良くやったんだよ。少なくともここで雁首そろえてる役立たずどもよりかはナンボもましさ」

その言葉に何人かの教師が居心地が悪そうに身じろぎをした。

「その、言い方じゃあ・・・ミナト先生も、役立たずってことになりませんか・・・?」

「おやおや、いまさら何言ってんだい。あたしが役立たずなのは当たり前じゃん」

そう言ってにやりと笑って見せるミナトにつられて思わず笑ってしまうルイズ。
ミナトはそんな彼女の様子を満足げに見遣って言った。

「うんうん、あんたは立派な事をしたんだ。だったら堂々としてないとねー。
・・・さて、賊が宝物庫を破って終わり、ってわけじゃあないんだろう?その後はどうなった?」

一転して表情を引き締めるミナトに、ルイズもまた応えた。

「はい。その後は私の使い魔が賊を止めようと相手に襲いかかったのですが・・・結局失敗して逃げられてしまいました。
そこから先は、わたしは使い魔の安否が気になって竜から降りた為・・・」

「ちょ、ちょっと待ったミス・ヴァリエール!」

「?なんですか、ミスタ・コルベール」

いきなり話を遮られて怪訝な顔をするルイズと、いきなり声を上げたコルベールを不審に思った教師達の視線が彼に集中した。
それに若干気圧されながらも、コルベールはどうしても気になった事を質問した。

「失礼、話を遮って申し訳ない。ですが、使い魔が敗れたと言いますが彼女は五体満足でそこにいるように見えますが・・・」

相手は土くれのフーケ。
巨大なゴーレムを操るかのメイジと戦って敗れたと言うのなら、あのように五体満足でいるわけがない。
眉を八の時にしたルイズが何か言おうとするのを、大きなため息で遮って使い魔の彼女が口を開く。

「足場だ」

「は?」

ごくごく短い答え。
あしば・・・足場?足場がどうしたと言うのだろう。
コルベールが逡巡していると、彼女は手入れをしていた手元の剣を鞘に戻しながらさらに言葉を続けた。

「足場を崩されたんだ。
竜から泥人形・・・ゴーレムだっけ?それに飛び移ったまでは良かったんだが。
一応、降伏するように説得したんだがね~無視して突っかかってこようとしたんで、斬って捨てようとしたんだ。
そしたら、“飛天の鎧”っつったか?あれで防がれちゃってね。
慌てて追撃しようとしたんだけど、野郎“錬金”だかなんだかゆー呪文であての足場を崩しやがったのよ。
で、あわれなあては地表に向かって真っ逆様ってワケ」
肩をすくめてもういいかいと、再び剣の手入れを始めようとする彼女に、慌てて質問をぶつける。

「いやいやいや、確かゴーレムは30メイルはあると言う話でしたぞ!?
そこから落ちたと言う割に、どこも怪我しているようには見えませんが・・・」

「こう見えてもあて、身軽さには自信あるんだ」

あっけらかんと答える彼女にあいた口がふさがらないといった風情で固まるコルベール。
30メイルの高さから魔法なしで自由落下して無傷?いや、それ以前に一体どうやって竜からゴーレムへ飛び移ったと言うのか?
そんな風にコルベールが考え込んでいると、不意に何かを思いついたと言うようにあ、と呟いて使い魔の彼女が彼に言った。

「せんせー、あてからも質問いいかな?
フーケだか、なんとかゆー賊に斬りかかったときに“飛天の鎧”がちらっと見えたんだけどさ。
あれってどう見てもただの盾じゃん。どこが鎧なの?
あと“飛天”って言うからには空飛ぶんでしょ?どうやって飛ぶの?」

ねぇねぇと、矢継ぎ早に質問を浴びせられたコルベールは、その質問の答えを知っているだろう人物に助けを求める視線を送った。
その人物、オスマンはふむ、と頷いてそれに応じる。

「あれは、わしが王室に献上した宝での。
見た目は盾かもしれんが、しかるべき手順を踏むと鎧へと変貌するのじゃ。
で、そうなるときちんと空も飛べるようになるのじゃよ」

一瞬だけ、使い魔の彼女の瞳が細められ、そこに剣呑な光が宿る。
しかし、くるりとオスマンに振り向いたときには、もう平時のニヤついた笑みがまるで仮面のようにその顔へと張り付いていた。

「へ~おもろいね。その然るべき手順ってのは?」

「それが、のう・・・恥ずかしい限りじゃが、この老いぼれ、すっかり忘れてしもうたのよ。
だから王室からも使い方が分かるまでお前に預けると突き返されてしまっての」

本当に申し訳なさそうに眉尻を下げて頭をかくオスマンを冷ややかに眺めていた彼女だったが、やがて興味を失ったのか、ふ~んと呟くとそれきりまた剣の手入れを始めた。
その事に内心で胸をなでおろしつつ、オスマンは気を取り直すように咳払いをして場を仕切り直した。

「あ~どこまで聞いたかな。
そうそう、彼女が使い魔の安否を確かめに竜から降りた、までじゃったな。
それでは、逃げだ賊がどうなったかは分からない、という事かの?」

「はい、オールド・オスマン。後の事はこの二人から聞いてください」

そう言って、キュルケとタバサを示すルイズ。
それに対してオスマンは眉根をしかめて目元に指をやり、あ~~~だの、う~~~だのと唸り始めた。

「それでは、え~~~~~・・・そちらのおぉ~~~~~」

呆れたように苦笑しながらキュルケが後を引き継ぐ。

「キュルケですわ、オールド・オスマン。こっちは、タバサ。
私達はルイズを降ろしたあと賊の追跡を継続したのですが、学院を出てからある程度行ったところでゴーレムが突然崩れましたの。
そのせいで、辺り一面砂煙で覆われてしまって・・・
タバサが魔法で煙を飛ばしたのですが、その時にはそこにあるのはゴーレムだった土くれのみ」

そこまで言って、キュルケは隣でぼーっと突っ立っているタバサの脇を肘でつついた。
友人に促されて仕方なしにタバサが口を開く。

「その後、辺りを捜索したけど賊の姿はなかった」

それきりまた口をつぐむタバサ。これで全部らしい。
オスマンは、手に入れた情報を吟味しながら辺りを見回す。
と、見慣れた自分の秘書の姿がそこにない事に気がついた。

「ところで、誰かミス・ロングビルを知らんかの?ここには居ないようじゃが」

「はぁ、そういえば居ませんな。さてどこへ行ったのやら・・・」

コルベールも、他の教師達も彼女の居場所に心当たりはないらしい。
と、部屋の入口がノックされ、件のロングビルが室内に入ってきた。

「おお、噂をすれば。この非常時にどこへ行っておったのじゃ、ミス・ロングビル」

他の教師の手前、声に険をにじませて彼女をなじるオスマン。
それに対して、完璧なお辞儀を返しつつ彼女は弁明をした。

「会議に遅れてしまい申し訳ありません。
実は近辺の町村へ出向いて賊の足取りを追っておりました」

「ほう、なるほどの。流石はわしの秘書じゃ。
して、その成果は?」

顎の髭を撫でつけながらどこか誇らしげに先を促すオスマンに、顔を上げたロングビルは薄い笑みを浮かべながら言った。

「はい。近辺の森の廃屋へ入っていく不審な黒いローブの男を見た、との証言が得られました。
その男はなんでも、巨大な盾を持っていたとか。恐らく彼がフーケでしょう」

「ほう、巨大な盾は飛天の鎧で間違いなかろうな・・・
そして、黒いローブ。昨日見た賊は黒いローブをはおっていたかね?」

オスマンが目撃者達に確認をとると、彼女らは大きく頷いて見せた。
続いて、ロングビルに水を向ける。

「その賊が居ると思われる小屋はここから近いのかね?」

「ええ。徒歩で半日、馬なら四時間といったところです」

その答えに鷹揚に頷くと、オスマンは教師達へと振り返って言った。

「さて、諸君!優秀なミス・ロングビルによって賊はまだ近くにいることが確認された!
しかし今から王室に連絡を入れて衛士隊を呼び集めても、その頃には賊は逃げてしまうじゃろう・・・
そこでどうじゃろうか諸君!
恥を雪ぐ意味でも我々の手で賊を捕えるべきではないかと、わしは考える。
何か反対意見のあるものは申してみよ!」

教師達からは何の意見も上がらない。
その様子を満足げに見遣ると、オスマンはさらに続けて言った。

「では、捜索隊を編成する。
我こそはと思わん者!杖を掲げて名乗りを上げよ!」

教師達からは一本の杖も上がらない。
その様子を不満げに見遣ると、オスマンはさらにさらに続けて言った。

「なんじゃい、誰もおらんのか!
そんな事ではメイジの名折れじゃぞ!」

だが教師たちはそんな学院長の叱咤にも気まずげに視線をそらすばかりで一向に杖を上げようとしない。
オスマンはそんな彼らへと、とりわけコルベールやミナトの方へと強い視線を投げかける。
しかし、視線の合った教師はどいつもこいつもついと視線をそらしてしまい、コルベールも申し訳なさそうに俯くばかりで、そしてミナトも小さく肩をすくめるだけだった。
やれやれこれはもう自分が行くしかないかと、オスマンが覚悟を決めかけていた時、視界の隅でとうとう一本の杖が掲げられた。
慌ててそちらに首を向けるとそこにいたのは・・・

「ミス・ヴァリエール!杖を降ろしなさい!あなたは生徒でしょう!」

オスマンが何か言う前に血相を変えたコルベールが叫んだ通り、そこにいたのはルイズだった。
ルイズは自分を諌めるコルベールに向き直ると眉を吊り上げて言い放つ。

「でも誰も杖を掲げないじゃないですか!」

「それは・・・・・・ですがね、ミス・ヴァリエール・・・」

コルベールがなおも言い募ろうとするのに苦笑しながらキュルケが杖を掲げ、それを見たタバサも杖を掲げる。
それに気付いたコルベールが何とも情けない顔をしつつ言う。

「ミス・ツェルプストー、それにミス・タバサ。あなた達まで・・・・・・」

「ヴァリエールにだけいい顔なんてさせられませんもの。
・・・でもね、タバサあんたはいいのよ?関係ないんだから」

気遣うように言うキュルケに、タバサはまず彼女を見て、次にルイズを見てから言った。

「心配」

相手は名うての盗賊。それに昨日戦った感触だと、相当戦いなれた様子だった。
友人二人だけでは荷が重いだろう。ならばタバサは自分に出来る事をするまでだった。

「タバサ・・・そうね、ありがとう」

寡黙な友人の親愛に心動かされながらキュルケは言う。ルイズもまた無言で頭を下げた。
そんな様子を満足げに見遣ったオスマンは改めて周りを見やる。

「さて、彼女らに続くものはおらんのかな?」

結局どの教師も杖を掲げる事はなく、尚も食い下がるコルベールをオスマンがたしなめることで捜索隊はルイズ、キュルケ、タバサ、案内役のロングビル、そして使い魔の彼女の5名で編成された。



フーケが潜伏していると思しき小屋までは、目立つ事を避けてタバサの使い魔には乗らず、ロングビルの駆る馬車に乗って向かう事になった。
その途上、賊に襲われてもすぐに応戦できるようにと宛がわれた屋根なしの馬車から、へりに寄りかかって空を見上げながらキュルケが言った。

「にしても驚いたわね~。かなりの使い手なのは知ってたけど、あんたがシュヴァリエの位を持ってたなんてね」

彼女の隣で我関せずとばかりに本を読み続けるタバサ。
そんな様子を横目に見つつ剣の手入れをしながら、使い魔の彼女が主人に尋ねた。

「なんか先生たちもタバサがシュヴァリエって聞いてから急に黙っちまったけどさ。
シュヴァリエって何?そんなにすごいものなの?」

先の会合の折、捜索隊として生徒を派遣する事に最後まで反対していたコルベールだったが、シュヴァリエの事を持ちだされると言葉に詰まり、最終的にしぶしぶと認めてくれたのであった。

「シュヴァリエっていうのはね、王室から与えられる爵位としては最下級のものなんだけど・・・
純粋にその人が立てた功績、それも大抵は達成困難な荒事を成し遂げた人に対して授けられるものなの」

だからタバサはそれだけ優秀なメイジってこととルイズは締めくくる。
いまいちぴんと来ていない風な使い魔の彼女を見かねてキュルケが後を引き継ぐ。

「まぁ位自体はそう珍しいものでもないわ。
でもタバサぐらいの年齢でとなると、そうそう居るもんじゃないわよ?」

それを友達に黙ってるなんて、も~この子はと、本を読むばかりで先程から何も言わないタバサをもみくちゃにする。
流石に不快そうに眉をわずかにしかめるタバサは、とうとう観念したように口を開いた。

「別に大したことじゃない」

「またまた謙遜しちゃって~」

更にわしわしとタバサの頭を撫でまわすキュルケと、それを嫌そうにしつつされるがままのタバサ。

そんな様子をほほえましい物を見る目で眺めていた使い魔の彼女は、ふと自分に、それも腰部に視線を送っている人物に気付いた。気になったので尋ねてみる。

「どうしたのさ、ご主人様?そんなに熱い視線をあての腰に送っちゃって」

「ああああ熱っ?!ちちちちち違うわよ!ただあんた何時の間にそんなものをと思って・・・」

「ああ、これ?」

そう言って、腰のなめし皮のベルトを示す。
その左わきには紐で吊られたデルフリンガーがあった。

「いや昨日の晩、また荒事があった時にいちいち鞘を放り出していくんじゃ大変だと思ってさ。
夜遅くに悪いかなーって思ったんだけど、シエスタにこういうの作ってくれって頼んでおいたんだよ」

まさか一晩で完成させるとは思わなかったんだけどねーという使い魔のベルトをしげしげと眺めるルイズ。
と、そんな主人の視線に混じって別の視線を感じた使い魔の彼女は、気になっていた事をそちらに尋ねてみる。

「そういや、おねーさん。学長の秘書なんだっけ?ってことは貴族なんでしょ?
それなら御者くらい付き人かなんかに任せればいーんでないの?」

御者台のロングビルはふわりと上品な微笑を浮かべて言った。

「いいのです。私は貴族の名をなくした者ですから」

それを聞いたキュルケがタバサを開放して興味深そうに聞き返す。

「あら、でもミス・ロングビル。あなたは学長の秘書だってことはメイジなんでしょう?
一体どういう事なのか差し支えなければ教えてくださいな」

「あ、あても気になる気になる」

「あんた達!失礼でしょう!
・・・すみませんミス・ロングビル」

困ったように微笑を浮かべるロングビルに、しつこく食い下がる二人をルイズがたしなめた。
ぶーぶー文句を言う二人を押さえながら謝るルイズに、笑いながらロングビルが言った。

「ええ、構いませんよ気にしてませんから。
それより皆さん、そろそろ小屋も近いですので気を引き締めておいてください」

彼女の言う通り、森へ入ってから馬車の進む道はだんだんと狭くなり、まだ昼間だと言うのに木々に光が遮られて薄暗くなっていた
それきり前を向いて馬の手綱の操作に集中するロングビルから、手元の騒ぐので口を塞いでおいた使い魔へと視線を移すルイズ。

「あんたね、誰だって聞かれたくない事の一つや二つあるもんでしょう!
それをずけずけと無遠慮に・・・」

「ぷはっ、いやーそうは言うけどさ、ご主人様。
没落した貴族がどうなるのかってまだ聞いた事無かったからさ。気になったんだよ」

悪びれた様子もなくにやにやと笑っている使い魔に内心で嘆息しつつ、生真面目なルイズは使い魔の疑問を解消してやるべく、御者台から聞こえぬように彼女の耳元に口を近づけて囁いた。

「没落して領地をなくしたメイジの行末は悲惨なものよ。
大抵は食い詰めて盗賊になるか傭兵になるかってとこね・・・
ミス・ロングビルは幸運な例外・・・どうしたの?」

耳元に顔を近づけていたからこそ気付けた彼女の変化。
普段は悪戯気に輝くだけの瞳が、今は爛々と輝いている。
見たこともない剣呑な光だった。

――――いや、見たことならある。
つい昨日の事だ。竜から飛び降りて彼女の安否を確認しに行った時。
土煙の中、彼女はゴーレムが立ち去っていく方を睨み据えていた。
あの時も、彼女はこんな目をしていた。
直接見据えられたわけでもないのに身がすくんだ。
声も出なかった。
言いたいことも言えなかった。
私の覚悟、貴族としての責務、それを語って聞かせるつもりだったのに。
そうだ、私は彼女に言わなければならない。
自分の覚悟を、自分の信念を、自分の進みたい道を、そして彼女に聞かなければいけないのだ、共に歩んでくれるかと。
だと言うのに、この目を見ると力が抜けていってしまう。
遠い。
遠いのだこの目をした彼女が。
私は自信を持って自分は信念を貫いてきた、そしてこれからも貫き続けると言えるはず。
でも、この目の前ではそう言った全てが霞む。
あまりに遠い、そして重みを持った目。
私の信念の重みなど、彼女が見て来たモノの重みに比べれば吹けば飛ぶようなものなのではないのか。
私が思いの丈をぶつけても一笑にふされてしまうのではないか。
あの時はそう思うともう体が動かなかった。
今も同じ・・・

そんな風に悩み続けるルイズの方を一瞥もせず、何処かを見つめてくつくつとわらう彼女。

「なるほどね、食い詰めて泥棒に、ね・・・
フーケもその口かな?ありがとうねご主人様、参考になったよ。
でもま、食い詰めて泥棒になるのは貴族だけでもないみたいだよ?」

にやりと、獰猛に笑って見せる彼女の意図がつかめずきょとんとするルイズ。
と、その時急に馬車の馬が暴れ出した。

「いったいなに!?フーケがでたの!?」

「い、いえ!馬に矢が当たって・・・山賊です!」

取り乱しつつも何とか馬を落ち着かせるロングビル。
そして、木々の影から湧いて出るようにぞろぞろと山賊達が現れた。
おおよそ2,30名の彼らは揃いも揃って小汚い鎧に身を包み、口元には下卑た笑いを浮かべている。
彼らは、女ばかりの彼女たちを身入りの良い獲物と捉えているようだ。

「カシラァ、見て下せぇよあいつら!揃いも揃って上玉ですぜ!
こいつを見逃す手はねぇっすよ!」

「おおよ!
野郎ども!貴族ったって、あんなガキだ!囲んで杖を奪っちまえば何も出来ねぇ!
数はこっちの方が多いんだ、袋にしちまえ!ただし殺すなよ!死体相手に欲情する趣味はねぇからな!」

頭目と思しき大男の号令に従って配下の山賊が一斉に雄たけびを上げながら向かってくる。
その様子に眉をしかめつつキュルケが立ちあがった。

「最低の男どもだわ・・・まぁ、フーケの前の軽い準備体操ぐらいにってあれ?あれ?嘘、ヤダ・・・」

「ちょっと、あんた何してるのよ、ってあれ・・・」

立ち上がったと思ったらぱたぱたと体中を手で叩いて右往左往するだけのキュルケを見かねて、ルイズが盗賊を迎撃しようと杖を取り出そうとするが、あるべき筈の場所に杖が無く同じように体中を叩きだす。
そんな様子をにやにやと見やりながら使い魔の彼女が懐から棒状の何かを取り出す。
そしてそれを片膝をついて恭しく掲げながら言った。

「お嬢様方、お探しのものはこちらですか?」

それは彼女たちの杖、先程から探しても見つからなかった杖であった。

「ちょ、ライガーあんたこんな時に・・・!」

「何してるのよ!返しなさい!」

二人してそれに手を伸ばすのだが寸前でひっこめられてしまう。
冗談ではない、こんなときにと二人して彼女を睨むのだが、どこ吹く風の彼女は得意げな顔で杖を顔の横でくるくる回しながら言った。

「ダメダメ、そもそも君らは精神力を節約するために馬車に乗ってるんだから。
ここはあてに任せてね、っと」

そのままひょいと、馬車から降りて盗賊たちと対峙した。
そして、首だけ向けてタバサの方を向いて言う。

「まーこいつらの目的から見てないとは思うけど・・・
一応、矢が飛んできたらガードよろしくね?」

こくりと頷くタバサを見て、満足げに笑うと盗賊たちに向き直る。

「さーて、そうゆー訳だぞー、三下諸君。
君ら相手に貴族様の魔法なんてもったいない。
ひと山いくらのやっすい命はライガーさんがまとめて買い上げてやろう」

それを聞いた盗賊たちは沈黙して互いの顔を見合せた後、やにわに笑い出した。
その中の一人が、左右非対称の形容しがたい顔を作って使い魔の彼女の方へと歩いていく。

「あ~ん?何言ってんだこのガキ。頭湧いてんのか?」

そう言って胸ぐらをつかもうとしたのか、腕を彼女に向かって伸ばす。

――――その伸ばした腕の肘から先がぼとりと落ちた・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その落ちた腕の持ち主は呆然とした体で、落ちた腕と、肘から先が無くなった自分の腕を見比べていたが、やがてそこから血が溢れ出すと大声で泣き喚きながら地面を転がりだした。
しかしそれも、

「やかましい」

使い魔の彼女に頸部へ刃の切っ先をつきこまれると、まるで糸の切れた操り人形のように動かなくなった。

――――誰もが動けなかった。目の前で起きた事のあまりの異常さに。

彼女は動かなくなった山賊を仲間の方へと蹴り飛ばす。
辺りに鮮血が舞う。
彼女に、山賊に、馬車で待つ貴族達に。
血が掛かった者からひっと息を吸い込むような悲鳴が上がる。
血など見慣れているはずの山賊達に動揺が走る。
そんな中、彼女はデルフリンガーをひと振りして血糊を飛ばして肩口に担ぐ。
そして血化粧がされた顔をおかしくて仕方がないと言う風にゆがめた。

「さ~て、次はどいつが死ぬ?」



「見えました。あれがフーケの居ると言う小屋です」

そう言ってロングビルの指差した方向には炭焼き小屋らしきものがぽつんと建っていた。

「やー途中で思わぬアクシデントはあったものの何とか無事に・・・無事?に辿り着いたね?」

「疑問形で言うくらいなら普通に“辿り着いた”だけでいいじゃない・・・」

先程までの雰囲気などみじんも感じさせずつまらない事を言う使い魔に思わず突っ込んでしまう。
本当はさっきの事など私の白昼夢なのではないだろうかと、思ってしまうが、彼女の服装、そのいつものメイド服にはエプロンドレスが無い。
先程の山賊撃退の折に血塗れになってしまったので脱がせたのだ。
もっとも、その下の黒のワンピースだって無事ではない。
無事ではないが、元々の色合いのおかげであまり目立っていないのでそのままにしてある。

“化け物め!!”

そう言って山賊達は、手勢の三分の二程が使い魔の彼女に倒された所で引き上げていった。

化け物。

そう、あれは正にそう呼ぶにふさわしいものだ。
剣の一振りで大の大人二、三人を吹き飛ばし、防御する剣ごと敵を叩き斬り、飛んで来る矢は死体で防ぎ、笑いながら山賊達を蹂躙していった。
ものの数分で辺りは血みどろの地獄と化した。

――――今なら分かる。あれが彼女の見て来たもの。彼女の眼に宿る重みの源泉。

それを受け止めたうえで、私は彼女に示さなくてはならないのか。自分の覚悟を。
すっと、思わず頬に手をやって拭う。
その手を見てみるが、そこには何もない。
だが先程まではあったのだ。あの、彼女が山賊を切り捨てた時には。
血。紅い、赤い、命の証。
血は温かかった。血は臭かった。血はぬめっていた。
その彼女の世界げんじつに、私は自分の理想ゆめをぶつけなければいけないのか。
彼女の言葉を思い出す。

“おめーは貴族ではあるが、まだガキだ。
学院が襲われたからってそれを何とかしなきゃいけない義務はない。
それを無理にしょい込むってんなら・・・
おめーは諸々の責任やらなんやらをおっかぶされる事になる。
その覚悟はあるのかい?“

――――お前には、ヒトを殺してまで責任を負う覚悟があるのか?

じっと手を見つめる。
いつも通りの肌色の手。
だがさっきまでは確かにその手は紅に染まっていた。

――――貴族としての責任を負うという事がそういうことなら、貴族であるルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエールは迷う事はない。

ぎゅっと手を握り締める。
少し前には私の使い魔が歩いている。
この事が片付いたら彼女に伝えよう、私の覚悟を、私の信念を。
そう決意を新たにして、フーケが潜むという小屋まで近づいて行った。


・あとがき
終わらねえ・・・
それからポケモン白がおもしれぇ・・・
でもなんだ、氷ポケモンの不作っぷりは・・・
おかげで最後のジムはドラゴン対ドラゴンのドキドキチキンレースだぞ・・・

あと次回こそはフーケ倒してタイトルコールするんだ・・・



[21285] [習作]無題 (ゼロ魔 × なにか ) 9
Name: チビ黒サボテン◆8aa26a54 ID:b93c8024
Date: 2010/10/04 22:42
フーケが潜んでいるらしい炭焼き小屋の外沿部の藪。
ルイズたちが息をひそめているそこに、周辺を偵察してきたロングビルが戻ってきた。

「どうでした?」

「周りにはフーケらしき人影はありません。
後は小屋の中ですが・・・すみません、ガラスが曇っていて良く分かりませんでした」

申し訳なさそうに言うロングビルに何か言葉をかけようとしたルイズだったが、おもむろに立ち上がって小屋の方へと歩いていく使い魔を見て卒倒しそうになった。

「あ、あんt 「声が大きい」 ・・・・・・!!」

途中でタバサのサイレントで遮られなければ大変な失態を犯してしまうところだった自分を恥じたが、それを無視して進む使い魔を見て更に叫び続ける。

「・・・・・・っ!! ・・・・・!! ・・・・!!」

背後の気配を察してか後ろを振り返った使い魔の彼女は、そこで百面相をしている主人を見つけて腹を抱えて笑いだした。

「ぷっ何その顔、くくく!
ねぇタバサ。うちのご主人様は一体どうしちゃったの?」

「あなたが無防備に小屋に近づくから」

「そーよ! フーケに見つかる前に戻りなさいったら!」

「・・・・・・!!」

キュルケとタバサ声を殺して、そして無音ではあるがルイズが彼女を呼び戻そうとする。
それに対してあっけらかんと彼女は言った。

「フーケに見つかる? ないない、今この小屋にはだれもいないもの」

手を軽く横に振って言う彼女に思わず固まるルイズ達。
そんな様子を尻目に小屋を調べていた彼女はあ、と呟いてからルイズたちの方へと振り返る。

「でも、なんか魔法の罠とかが仕掛けてあってもあてには分かんないんだよな~・・・
だれかそういうの何とか出来る子いる?」

「・・・・・・わたしが行く」

そう言って出ていこうとするタバサを残りの三人は止めようとしたが、

「大丈夫。彼女は信用できる」

そのまま行ってしまった為、慌てて三人もあとへ続いた。
そして小屋の前でタバサがディテクト・マジックを使って中の調査をする。
目を閉じて集中していた彼女がふっと目を開ける。

「・・・安全」

それを聞いた使い魔の彼女は小屋の扉に手をかけると一気に開いて中へと駆けこんでいった。
恐る恐るあとに続いたルイズたちだったが・・・

「だーれもいないね。もぬけの殻だ」

使い魔の彼女の言う通り、小屋の中にはだれの姿も無かった。
何の気なしに机に手をやったキュルケが、顔をしかめながら手を離してそれを見る。

「うわー凄い埃・・・ほんとにここってフーケのアジトなの?」

「フーケが居たのは確か」

そう言ってタバサは入口の床を示した。
そこには積もった埃に部屋の中へ入って行く足跡が五つと、出ていく足跡が一つ浮かんでいた。
どの足跡も出来てから間もない物であることが窺えた。
今この部屋の中にいるのは、ルイズ、キュルケ、タバサ、そして使い魔の彼女の四人。
ならば、残る一つはフーケのものに違いない。
誰かが、ごくりと唾を飲み込んだ。

「・・・・・・わたしはもう一度フーケが居ないか周りを見てきます」

ロングビルは緊張した面持ちでそう言うと、再び森の中へと消えていった。
残った四人はお互いの顔を見合わせる。

「これからどうするのさ?
とりあえず、フーケがここに来たってーのは分かったけど・・・」

こーんなしけたところにねぇと、窓縁に積もった埃を姑のように指でさすって確認しながら零す使い魔の彼女。
それに賛同するように頷くキュルケ。

「そうよねー、なんだってわざわざこんな所に来たんだか・・・
ま、罠が無いのはこの子が確認してくれたんだし、なんかないか探してみましょうか」

タバサの頭に手をやりながら言う彼女の言葉に従って、四人は部屋の探索をする事にした。
といっても、元々大して広くもない小屋なので、あっという間に探索は終わったのだが・・・

「何にもないわね・・・」

部屋にあった引き出しを覗きこみつつルイズがこぼしたように何も見つからなかった。

「そうだねー・・・本当に何しに来たんだか・・・」

主人の言葉に頷きつつ使い魔の彼女は、まだ探索していなかったクローゼットへと手をかける。
すると、扉を開こうとしたところで彼女の動きが止まった。
その事を目に止めたキュルケが不審に思って尋ねる。

「どうしたのよ急に固まって? 虫でもいたの?」

「いや、そうじゃねーけど・・・この扉、重たいんだよ。
中から何かがもたれ掛ってる感じだ」

「え・・・」

他の三人の動きも止まる。
扉に手をかけたまま、使い魔の彼女は後ろを振り返ると、三人に言った。

「まぁ大丈夫だとは思うけど、扉を開けた途端にドカン! ってこともあるかもしれないし・・・一応、外に出ておいて」

「ちょ、ちょっと大丈夫なの?」

心配そうに自分を見つめるルイズを可笑しそうに眺めながら使い魔の彼女続ける。

「だいじょーぶ、だいじょーぶ、悪党ってのはしぶといもんなんだよ?
これくらいじゃあ死なないって。
それに爆弾くらいならあてにとっては日常茶飯事だったしね~・・・まぁどうせ、中にあるのは・・・」

後半がよく聞こえず怪訝な顔をする主人を強引に追い出すと、彼女は静かに扉を開いた。
扉の壁面をずりずりと滑り落ちてくる中身が完全に落ちきる前に、手を添えて支える。
そして、そのまま両手で中身を抱え込むとクローゼットの外へと引きずりだした。
くすんだ窓から差し込む光によってその全貌があらわになる。
クローゼットの中身は・・・・・・鋼色に輝く重厚な盾。

「・・・・・・やれやれ、お互いずいぶん遠くへ来たもんだね、兄弟?」

それは、昨晩彼女の斬撃を防いだ盾、フーケが盗み出した飛天の鎧に相違なかった。



「なるほどね~、つまりフーケはここにコレを隠すためにやって来たってことか」

炭焼き小屋の中央、備え付けの古びた机の上に置かれた巨大な盾を撫でながらキュルケは言った。
それを私は苦虫を噛みしめた様な顔で見る。

「やめなさいって! これでも国宝なんだから!
・・・まぁ、たしかにこんな大きなもの持ってちゃ目立って仕方ないものね」

机を覆い隠さんばかりの“飛天の鎧”へと目をやりながら言う。
こんなものを持ちながら辺りをうろついていたら、さぞかし目立つ事だろう。
だから今回もあっさりと足取りがつかめたのかもしれない。
・・・それにしても、これだけ目立つものを一体どうするつもりだったのだろうか?
売るにしても、これではあっという間に足が着いてしまうような気がする。
そんな事を考えていると、キュルケが今度は扉をノックするように拳で盾を叩きながら言った。

「う~ん、前に見た時も思ったけどさ・・・これのどこが鎧なの? ただの盾じゃない。
学長は然るべき手順を踏めば鎧になるとか言ってたけど・・・」

「なるよ」

「え?」

国宝をぞんざいに扱うキュルケを今度こそとっちめてやろうとしたところで、その出鼻がくじかれる。
声のした方に目を向けると、そこには腰のベルトを外そうとしている使い魔の姿があった。
彼女はベルトを外すとそれをこちらへ投げてよこす。

《わっと、なんだい相棒、そうそうにコンビ解消かい!? そりゃないぜ!!》

投げられた拍子に鞘からはみ出した剣が何やら騒ぎだしたため、主人への乱暴の文句を飲み込む。

「ちげーっての、デル公。
お前がくっついてっと上手く装甲できないかもしれないからさ。
あと、余裕が無い男は嫌われるぞ~」

そりゃねーよと言って喚き散らす剣にいつものにやにやとした笑みを返すと、彼女は机に歩み寄って盾に手を乗せた。
そのまま暫く目をつむりぶつぶつと何事かを呟いている。

「・・・驚いたな、仕手もいねーってのに殆どパーツが死んでない。
いや、合当理だけはいかれてるな・・・でもこれなら・・・」

やがて目を開けると、こちらに向き直って私達の顔を見回して彼女は言った。

「さてさて、これがほんとに鎧かって言ってたね、キュルケ?
こいつは正真正銘、鎧だよ・・・その事を今から証明してあげる」

にやりと笑うと、彼女は盾に手を乗せて見た事もないような真剣な顔をすると、ぽつりと呟いた。

神よ女王陛下を守り給えGod save the Queen

瞬間、“飛天の鎧”が陶器を砕いたような音を立てて砕け散る。

「なっ!」

あまりの事にまともな言葉が出ない。
私の隣ではキュルケとタバサが同じように目を大きく見開いて固まっていた。
砕け散った“飛天の鎧”の欠片は、使い魔の周りを取り囲むようにぐるぐると回りだし、やがて一気に集束していった。
辺りを閃光が満たして、目を開けていられない。
思わず腕で目を庇う、その向こうで金属同士が組み合わさる無数の音が聞こえた。
やがて閃光が収まり、音も止んだ。
恐る恐る腕をどけて前を見て見ると、そこには体のいたる所が丸みを帯びて、ずんぐりむっくりとした重厚な鎧が立っていた。

その鎧がぐわっと両手を広げて金属同士を擦り合わせたような音を出す。

《どうどう? びっくりした?》

「ライガー・・・なの?」

《そだよ。で、どうよキュルケ? 感想は?》

口元に手をやって笑いをこらえるような動きをする鎧。
ごつい鎧が、そんな仕草をするのはとてもシュールな光景だった。
それを真正面で見せられたキュルケはきょとんとした後、火のついたように笑い出した。

「あっははははははは!! なにそれなにそれ! すごいじゃないライガー!
ねぇねぇ、どうやったの!? そうだ! その鎧ってどうやって飛ぶの?!」

《うーん、残念だけどこいつは飛べないんだよ。ホラ》

そう言ってくるりと背中を見せる鎧の使い魔。
彼女が指で示した先には筒状の何かが着いており、それの中ほどには大きな裂傷があった。

「なにこれ?大砲か何か?」

《いんや、合当理がったりって言ってこいつで空を飛ぶんだけどさ。
見ての通り壊れちゃってるんだよね・・・だから、こいつは飛べない》

「なにそれ。 じゃあ“飛天の鎧”じゃなくて、ただの“鎧”じゃない」

期待して損したと、肩を落とすキュルケを、鎧は肩を揺らして眺めている・・・・・・笑っているように見えた。
実際は兜ですっかり視線は遮られている為、彼女の常日頃のオーバーなリアクションからそう推察しているだけだが ・・・・・・なぜだか、その推察は正鵠を射ている気がした。

《ただの鎧、か・・・まぁ、こいつが開発された当時も散々言われたみたいだけどね。
こいつの真骨頂は誉れ高い空戦じゃなくて、泥臭い地上戦だったからな~ ・・・・・・合当理なんか飾りですよ飾り。
さてと、じゃあとりあえず少し離れてもらえるかな?》

そう言って私達を押し下げると、再びあの陶器を砕くような硬質な音を立てて鎧が散華した。
そしてその中央には、元の通り人間の姿をした使い魔が立っており、彼女が手をかざすとそこに砕け散った欠片が集束して盾の形となった。
それを、ポカンとした顔で眺めるこちらを見ていつものニヤニヤとした顔になる使い魔の彼女。

「さて“飛天の鎧”は取り返したわけだけど、これからどうするの?」

「え?う~んそうねぇ・・・元々、国宝を取り返して面子を保つための捜索t 「まって」・・・タバサ?」

話を途中で遮られて怪訝な顔でタバサを見るキュルケ。
そんな様子を気に掛けることなく、タバサが一歩前に出る。

「なぜ?」

「ん~・・・
いやぁ、あてはどっかの摂政みたいに、一を聞いて十を知るってなぐらい出来た人間じゃないからさ~。
もうちょい詳しくお願い」

困ったように眉を八の時にして言う使い魔の言を受けてこくりと頷いたタバサは、杖でまず彼女の持つ盾を示す。

「どうして知っていたの?」

次いで杖を横へ滑らせて、使い魔の方を示した。

「記憶喪失なのに」

「!」

そうだった、彼女は記憶喪失の筈だ。
だのに何故、王室の宝である“飛天の鎧”の変形呪文など知っていたのか。

「ライガー・・・あんた・・・」

押し殺したような声で呟く私と、無言でただじっと自分を見つめるタバサにいたたまれなくなったのか。彼女はう~っと、あさっての方を見ながら唸っていた。
やがて観念したのかゆっくりと、こちらへ向き直って喋りだした。

「あ~・・・その、ね? あてが記憶喪失っていうの。 あれ、嘘なんだ」

「はぁ!?」

ごめんね~などと気の抜けた謝罪をしながらさらに続ける。

「ちなみに、ダンガン・ライガーって名前も偽名」

「えぇ!?」

確かに変な名前だとは思っていたけれど!

「いやぁ、これに関しちゃ冗談のつもりだったんだけどね?
なんでかあのハゲ先生が思いっきり真に受けちゃって、引き下がれなくなったといいますか・・・」

目を泳がせながら、自分の人差し指同士をつきあわして弁明する使い魔をじとっと睨み据える。

「じゃあなに?あんた最初っからわたしに嘘ついてたってワケ?」

「あはは~・・・ごめん。
いや、こっちに来て目覚めた時はここの事がよく分かってなくてさ。
あてって元居たとこで、めっちゃ有名人だったし」

悪い方に、とぼそりと付け足してから更に言い募る彼女。

「でまぁ、てっきりどっかの組織があての事を上手いこと利用して何かするつもりだと思って・・・
とりあえずですね、ある程度情報を引き出すまでは記憶喪失になっておこうかと思いましたりしてですね・・・」

分かった(ゆーしー)? と首をかしげて可愛さをアピールしている使い魔に毒気を抜かれて嘆息する。

「はぁ・・・・・・なんかいろいろ事情があったのは分かったわよ・・・・・・」

こちらが追求を止めた途端に、彼女は目を輝かせて先程までのしおらしさをかなぐり捨てた。

「わーい! そんな寛大なご主人様が大好きさー! この埋め合わせは必ずするからね!」

ひゃっほうとか叫んで、心にもない事を言いながらぴょんすか跳ねまわる使い魔を見て再度嘆息した。
というか、こいつ見るからに重たそうな盾を持ちながら跳ねてるあたり、ただものじゃない。
本当に何者なのだろう・・・・・・

「はぁ、もういいから。それで」

何と言おうか。
今ここで言いたかった事を言ってしまうか。
いや、それよりも――――

「それで・・・・・・あなたの本当の名前はなんて言うの?」


―――― わたしたちのこれからを始める為に、最も重要な事を済ませしまおう。

彼女はきょとんとした後、照れ臭そうに笑って言った。

「ん?あての名前は、足利t ―――― っと」

彼女は一転して表情を引き締めて虚空を睨み据える。

「悪いねルイズ、続きはこれが片付いてからにしようか。
キュルケもタバサも、さっさとこの小屋から出て!」

おいでなすったぞと、そう言って“飛天の鎧”を持ったまま片手でわたしの腰を抱きこんで持ち上げると、一気に小屋から走り出た。
背後を振り返ると、キュルケもタバサも私達を急いで追っており・・・
その更に後では巨大なゴーレムが、その拳を今まさに小屋へと向かって振りおろそうとしているところだった。



「ひゃー、間一髪だったねー危ない危ない」

「不覚」

炭焼き小屋から少し離れた藪の中、なんとか難を逃れた四人は息をひそめてゴーレムの様子をうかがっていた。
ゴーレムは彼女たちを探してか、見当違いの所をなぎ払っったり、踏みつぶしたりを繰り返している。
そんな様子を見てため息をつきながらキュルケが言った。

「全く、どうやってあんなの倒せって言うのよ・・・・・・
魔法だって全然効かないし」

彼女らもただ逃げたわけではない。
行がけの駄賃に得意の魔法をゴーレムにぶつけていったのだが、まるで効果が無かったのだ。
まったく自身が無くなりそうよと、ため息をつくキュルケを、まぁまぁと宥めて使い魔の彼女が言った。

「それでどうする? 今ならやっこさん自然破壊に夢中だし、簡単に逃げられるよ?」

それにホラと、“飛天の鎧”を掲げて見せながら続ける。

「こうして捜索隊の目的は果たせたんだしさ。
ここらが潮時だと思うんだけど、どよ? さっさと逃げない?」

「賛成」

「そうね・・・・・・ちょっと癪だけど打つ手がないんじゃしょうがないわ・・・・・・
あ、そうだ。ミスロングビルは?彼女は置いて行けないでしょ」

思い出したように言うキュルケに、常より深い笑みを浮かべて使い魔の彼女が応えた。

「ああ・・・大丈夫だと思うよ?
たぶん、あのおねーさんは今回の事に関しちゃ誰よりも安全な所にいるだろうしね」

「? なによそれ、意味が分かんないんだけど・・・」

怪訝な顔でこぼすキュルケに、彼女はただ笑うだけだった。

「あはは、まぁ人の事心配してる場合じゃないでしょ今は。 ご主人様もそれでいーい?」

先程から会話に加わらず俯いたままの主人へと水を向ける。
表情は前髪に隠されて見えないが、その口がわずかに動かされた。

「・・・・・・でしょ」

「ん~悪いんだけどもう少しはっきり喋ってくれる?
今となりで泥人形がうるさいんだよね・・・
もういっかい、わんすもあ」

ちょうどゴーレムが木をなぎ払う時にルイズが喋った為、その内容を聞き逃してしまった使い魔の彼女は耳に手を当てて主人の言葉に耳を傾ける。
と、やにわにルイズが顔を上げ、使い魔の耳を掴むと大声で怒鳴り付けた。

「“いいわけないでしょ”って言ってるのよ!!!!!
この馬鹿狗うううううううぅぅぅぅぅ!!!!」

「ひくっ!」

耳元で大声を出されたためか、変な声を出してその場に崩れ落ちる使い魔を見てルイズはふんと鼻を一つ鳴らすと、杖を抜いて一人で藪から飛び出して行った。
その姿を呆然と見ていた三人だったが、ゴーレムがルイズに気付いてそちらに体を向けたところで使い魔が正気を取り戻す。

「ッ!! んの馬鹿何考えてやがんだ、死ぬ気かっつーの!!」

大きく舌打ちをして、手に持った“飛天の鎧”を未だにぼうっと突っ立っている二人に押しつけた。

「二人はこれ持って先に逃げて。 あてはあの阿呆を、ふん掴まえて来る!」

「あ、ちょ!」

“飛天の鎧”を押しつけられたキュルケが何か言うより先に、使い魔の彼女は風となって駆けて行った。



眼前には天を衝くような巨人が立っている。
勢いに任せて飛び出してみたが、改めて相対してみるとゴーレムのその大きさには圧倒された。
腰がすくむ、逃げたくなる。でも――――

「っ、ファイアー・ボール!」

気持ちが負けないように強く敵を睨みつけながら呪文を唱える。
ゴーレムの体表に、ごくささやかな爆発が起きて土煙が上がる。
しかし、まるでそれを意に介さずに足を進めて来る。
だめだ、こんなものでは意味が無い。
こんなものではあいつを倒せない。
今にも私を踏みつぶさんと大な足が迫ってくる。
だめだ、逃げないと・・・・・・逃げて、

“おめーは選んだんだろうが。分不相応だろうと立派な貴族になるって。そのために世界(まわり)と戦っていく道を選んだんだろう?”


―――― 逃げて、どうなるというのか?


“最後まで諦めなきゃあいいんだよ。苦しくても、辛くても、何があってもさ・・・それが出来ないなら”

「ファイアー・ボール!」

ぱん、と間抜けな音を立ててゴーレムの腕の一部がわずかに欠ける。


“それが出来ないなら、おめーはただの負け犬だ。どうしようもなくみっともなく恥ずかしげもなくヘタレたまま一生を終えるんだろうよ”


「ファイアー・ボール!!」

今度は足の一部。だが、足止めにもなっていない。
諦めずに呪文を唱えながら、こんな時に思い返すのが使い魔の言葉である自分に苦笑する。
確かこういう命の危機の時は、これまで自分の歩んできた人生が思い出されるのではなかったか。
ならばあんな生意気な使い魔の事ではなくて、故郷の家族の事や親友の姫様の事を思い出せばいいのに。

でも――――

ふっと、自分の立っている辺りが陰る。
とうとう自分の頭の上にまで迫ったゴーレムの足の裏を見ながら考える

―――― でも、これで私は負け犬なんかじゃないよね?

最後の呪文が足の裏に当たって土煙を上げるのを確認して私は目を閉じた。
次に私が目を開ける事はもうないだろう。
父様、母様、先立つ不孝をお許しください。
目を閉じて最後の瞬間を待つ。

すると、急に腰のあたりに強い衝撃が走り、体中に強い風を感じた。
やがて風がやむと背中が何かに強くたたきつけられる。
―――― はて、頭から潰されたはずの私が背中に衝撃を感じると言うのはおかしくないだろうか?

「おい」

そんな、どすの利いた声に私の思考は中断される。
聞き覚えのある声のはずなのに、こんな声は聞いたことが無い。
とても恐ろしく、この声で責められれば黒も白になるのではないかと思うほど強制力にあふれた声。
思わず身を固くしているとその声が言った。

「おい、いつまでめくらになってやがる。さっさと目ぇ開けな」

恐る恐る目を開くと、そこには見た事もないほど顔を険しくした使い魔が居た。
彼女の手は私の両肩口を握っており、私は木の幹に押しつけられているようだ。
主人に対する狼藉に文句を言おうとしたが、眼光のあまりの鋭さに口からはひゅうひゅうと空気が漏れる音しか出ない。
鬼のような顔を崩さぬまま彼女が口を開く。

「何考えてるんだ? おめー魔法も使えないくせにあのデカブツを何とか出来ると思ったのか?
ハッお笑い草だ! トライアングルだかの魔法使いが二人掛かりで倒せないもんをゼロのお前が何とか出来るってか?
寝言は寝て言え!」

ぐいっと一度彼女の方に体を引き戻されてからまた再度幹に叩きつけられる。
痛みに顔がゆがむ。
肺から空気が追い出されて、頭がくらくらする。
そんなこちらの様子を意に介さず彼女は言い募った。

「あーあーご立派だよご主人様! 敵わぬ相手に勇猛果敢に一人で突っ込んで死に花咲かせましょうってか!
ばっっっっかじゃねえの!? そんなもんただの犬死だ!
とんだ負け犬だよ! 誰も有難がたがりゃしねぇ!
葬式の席でも馬鹿なやつって言われて笑われるのが関の山だ。
どうだ、なんか言いたい事があったら言ってみろ、このボケ」

私の表情を見て、何かを察したのかこちらに水を向ける彼女。
先程まで恐ろしくてまともに見れなかった彼女の燃える瞳を睨みつける。
あれほど全身を苛んでいた体の痛みも今は気にならない。

―――― なんとしても、彼女のあの言葉だけは撤回させねばならない。

「・・・・・・犬なんかじゃ」

「あん?」

こちらの言葉の小ささを蔑むように、片眉を吊り上げて嘲りの笑みを浮かべる彼女。
その鉄面皮に大きく息を吸い込んで言葉を叩きつけた。

「負け犬なんかじゃない!!」

意外だったのだろう、きょとんとした表情の彼女に更に言い募る。

「負け犬なんかじゃない!ゼロなんかじゃない!!わたしは・・・・・・」

―――― 魔法が使えなくとも私は・・・・・・

「わたしは貴族よ!!
魔法を使える者を貴族と呼ぶんじゃない!敵に後ろを見せない者を貴族と呼ぶのよ!!」

―――― そう、魔法を使えない者がそれでも貴族でありたいと願うなら、こうする他になかった・・・・・・
例え敵わぬ相手でも背中を見せることなど出来なかった。
なぜなら・・・・・・

「ここでわたしが逃げたら、みんななんて言うと思う!?
ゼロだから逃げたんだとか、所詮はゼロだからとか言って馬鹿にされるに決まってるじゃない!!
そんなの・・・・・・ッ!!」

―――― そんなものに耐えられるわけが、ない。
私はもう逃げないと決めたのに、諦めないと決めたのに、その決意が折れてしまう気がして――――

言いたい事を言いつくして、ただ肩で息をするだけになった私を押さえつけていた手から力が抜けた。
支えを失った私は地面に尻もちをつく。
情けない醜態をさらしながらも、目だけは負けじと使い魔を睨み据える。
その使い魔はというと、あさっての方向を向いて口をとがらせながら頭をかいていた。

「は~~~・・・・・ルイズ、あんたって底なしの馬鹿野郎だね」

「なっ」

大きなため息とともに思いもよらない罵倒の言葉を投げつけられて思考が回らなくなる。
そんなこちらを気にも留めず彼女は更に言葉を重ねた。

「もしくは阿呆、あるいは間抜け、ひょっとしたらあんぽんたん?」

ようやく追いついた頭でとりあえず彼女の言葉を否定した。

「ななななななによいきなり! ぜぜぜぜ全部違うわよ!!」

慌てすぎてまともに言葉を扱えていないこちらを、両手のひらを地面と水平にして肩をすくめて見せながら鼻で笑い飛ばしつつ彼女は言った。

「いーや、全部当たってるよ。 まるで周りが見えていないもの。
ルイズがのっぴきならない事情で飛び出してったってのは分かったけど・・・・・・そのせいで、あてらがどうなるかって事までは考えたのかい?」

彼女は何を言っているのだろうか?
私が勝手に飛び出して行った所で彼女たちが同行なるとは思えないのだが・・・
そんな風に逡巡していると、彼女はこちらの眉間に指を突き付けて我が意を得たりとばかりににやりと笑った。

「ほーれ見ろ。何言われてんのかわかんねーって面してら。
じゃー頭の弱いルイズちゃんにヒントをあげよう。
ヒント、あてらは皆おんなじ場所に隠れていましたが、そこから一人の血気盛んな馬鹿が飛び出して行きました。
さて、隠れ場所が見つかったあてらは一体どうなってしまうでしょー?」

「あ・・・・・・」

彼女の言葉に思い知らされる。
自分の取った軽率な行動によって皆が危険にさらされていた、という事に。
その自体の重さに体中の血の気が引いていく。
ガタガタと震える私の頭をぽんぽんと撫でながら、常とは違った優しい笑顔で使い魔は言った。

「まー、実際は速攻でルイズが魔法を使って気を引いたおかげでなんも無かったけどね~。
でもまぁ、てめーの勝手で自分がくたばるのはまぁいいけど、周りを巻き込まないようにするのも大人の責任ってやつだと思うよ?
自分は貴族様だ~って言うなら、それぐらいちゃんとしないと」

ねぇ?と、こちらの顔を覗き込んでくる使い魔にぽつりとこぼした。

「キュルケとタバサは愛想を尽かしたでしょうね・・・・・・」

彼女は涙を眼の端に浮かべながら言うこちらをきょとんとした顔で見つめた後、可笑しくて仕方が無いと言うようにげらげらと笑いだした。
あんまりな態度に、少々怒りが込み上げてきた。

「なによ、わたしが悪いのは分かるけど、そこまで笑わなくたっていいでしょう!」

「いやいやいやいや、やっぱ馬鹿だよルイズは!!さっぱり周りが見えてねー!!
さっきからどうしてゴーレムがこっちに来ないと思ってるのさ!
ひー腹いてー死ぬー!」

涙さえこぼしながら笑い続ける彼女が震えながら空を指差した。
その方向を見て見ると、

「あ・・・・・・」

そこにはタバサの使い魔の竜と、それに乗ってゴーレムと戦う二人の姿があった。
笑い転げるのに飽きた使い魔が隣に並んで言った。

「な?愛想を尽かしたやつがあんな必死に戦ってくれるかね、ワトソン君?」

「誰よワトソンって・・・・・・でも、どうして・・・・・・」

「友達だからじゃないの?」

さらりと、告げられた言葉の意味が分からず思わず固まる。
・・・・・・友達?魔法の使えないわたしが?そんなこと考えたことも無かった。

「そん、なわけ・・・・・・だってキュルケとは、家が敵同士で・・・・・・」

動揺してとぎれとぎれに言葉を紡ぐ私を呆れた様に見遣ると、使い魔は言った。

「そんなん、親同士の都合でしょ?ルイズにもキュルケにも関係ないじゃん」

「あ・・・・・・」

すとんと、心の中で腑に落ちなかったものが綺麗に収まった。

「そうよね・・・・・・そうね・・・・・・その通りだわ」

視線の先、空の上では私の友達が必死に戦ってくれている。
―――― これ以上迷惑はかけられない。

「分かった、今のうちに逃げましょう。どこかで、あの子たちに拾ってもらって・・・・・・」

そう言って歩き出そうとしたが、肩を掴まれて動きを止められた。
不審に思って振り返ると、今までに見たこともないような表情を浮かべた使い魔がそこにいた。
頬を赤らめて、目が泳ぎ、空いてる手の人差し指でぽりぽりと顔をかいている・・・・・・ひょっとして照れているのだろうか? 一体なぜ?
そんな風に考えていると彼女が口を開いた。

「まぁ待ってよ。 敵に後ろを見せないで戦って行くって決意したんだったら・・・・・・
せっかくだしあの泥人形、あてらで倒しちゃおうよ」

は?一体なにをいってるんだこいつは?

「む、何言ってんだこいつ? って顔してるな。 まー分かるけど。
あてもそんな事言うやつがいたら、まず素面かどうか確かめて、酔ってたら尻蹴って溝に突き落として、素面だったら頭の病院に叩きこんでやるさ。
まぁそれはともかく」

一転して真面目な顔になってこちらを真っ直ぐに見詰めて来る使い魔。
すぅっと一度深呼吸して言った。

「ルイズ、あんたははっきり言って主としちゃあ最悪だ」

―――― へ?
何故いきなりそんな事を言われなくてはならないのか、さっぱり分からず硬直するこちらに構わず矢継ぎ早に彼女は喋りだす。

「チビだわ、生意気だわ、我がままだわ、馬鹿だわ、
貧弱だわ、間抜けだわ、阿呆だわ、魔法は使えないわ、
傲慢だわ、空気は読めないわ、世間知らずだわ、友達は居ないわ、
頭でっかちだわ、頑固だわ、あんぽん・・・・・・どしたの、ルイズ真っ白になっちゃって?」

「ふ、ふふふ・・・・・・ええ、その通りよ・・・・・・
わたしはチビで、生意気で、魔法の使えない馬鹿なご主人様よね・・・・・・」

「?何言ってるか分かんねーけど続けるよ?
まぁそんなわけで、あてはルイズを主としちゃあ認めてなかった訳だ。
でもまぁ・・・・・・」

ふぅと一つため息をついてから彼女は言った。

「ルイズはまだ若い。
今は口先だけかもしれないけど、そのうち中身が着いてくるかもしれない。
いや、もうそこはあてが無理にでも着けてやる!おもにあての為に!」

光源氏計画じゃーと、ぐっと拳を握りこんで天に向かって突き出しながら彼女は宣言した。
はて、つまりこいつは何が言いたいのか。
天を仰いでいた彼女は顔をこちらに戻すと、おもむろに右手を口元に寄せながら続ける。

「世界は何かを奪って行くばかりで・・・・・・
それでもその何かを欲するなら、諦めたくないなら、戦うしかないんだよルイズ。
あんたはそれをよく分かってるはず・・・・・・そして戦う事を選んだ。
世界相手に勝ち目のない戦いを挑んだ大バカ野郎・・・・・・でもね」

そして親指の腹を八重歯で浅く食いちぎった。
親指から血があふれて来る。それをぼんやりと眺めながら彼女は続けた。

「あてはさ、何もしない賢者より、なんかするバカのほうが好きなんだ・・・・・・あてもバカだからかね?」

にこりと笑ってさて、と言った彼女は血が流れ出る親指をこちらに差し出した。

「これからも、勝ち目のない戦いを挑み続ける覚悟がある?
どんな事があっても諦めないと誓える?
もしそうなら・・・・・・」

彼女の目線がこちらの覚悟を問うてくる。
そして、突き立てた親指をくいくいと揺らして示してくる。

「もしそうなら、あては―――― 足利茶々丸は、終生ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールを支えて行く事を誓うよ」

「あ――――」

認めて、くれたのか。
彼女は、アシカガチャチャマルは、私の覚悟を汲んで、その上で共に歩んでくれる事を誓ってくれるのか。
目の前が涙で曇る。
いけない、せっかく私を主として認めてくれたのだ、しゃんとしていないと。
さしあたっては、

「―――― どう、すればいいの?」

彼女の差し出された指の意味を量りかねて尋ねる。
彼女はあちゃあ、と空いている手で顔を覆って言った。

「あーそうだね、分かるわけないか。
なんかノリとフィーリングで行けるかと思ったんだけど」

「なによそれ、そんなわけないじゃない」

しばし二人で和やかに笑いあった。
やがて彼女が説明し出す。

「これは帯刀たてわきの儀っていってね。 まぁ、ウチの国の主従を誓う儀式みたいなもんだよ。
ルイズがさっき言った事を誓えるんなら、右手の親指の腹を噛みちぎってあてのに重ねて」

分かった?と視線で問われるのに無言で頷いて、自分の右手を見る。
傷一つないその手の親指をこれから私自身が噛みちぎる。
きっととても痛いのだろう、でも――――

そんなものはこれから先、生きていればいくらでも味わうことになる痛みなのだろう。

親指の腹を八重歯に乗せ、躊躇なく噛みちぎる。

「っ!!」

痛い、血もあふれて来る。涙も出そうだ。だが―――― だからどうした。
目の前で何も言わず、静かに私を待ってくれている使い魔が居るのだ。
情けない姿など見せられない。
そんな彼女ににこりと無理して笑いかけて右手を差し出す。
彼女は満足げにうなずいて、その右手同士を重ね合わせた。
私と、彼女の血とが混じり合う。
何かが私の体の中を駆け巡り、力が湧いてくる。
そして水晶の鐘を打つような澄んだ音が一度、私と彼女の間を響き渡る。
彼女は満足げに微笑んで言った。

「うん、これで正式にあてとルイズの間に縁が結ばれたね。 これからもよろしく御堂ルイズ
 
「ええ、よろしくライ・・・っとそう言えばあなたの事はなんて呼べばいいの?」

「ん?茶々丸でいいよ」

「そう、これからもよろしく、チャチャマル・・・って何よその顔?なんか文句あんの?」

なんでか眉根をしかめて微妙な顔をしだすチャチャマルに。何故そんな顔をするのか問いただした。

「ん~いや、その “チャチャマル” って言い方がみょーにうすら寒いんだよね・・・・・・
間違いは今のうちに正しておこうか。 いいかいルイズ、“茶々丸”りぴーとあふたみー“茶々丸”、はい!」

ばっと手を差し出しながら言う彼女の勢いに負けて、暫くチャチャマル、いや茶々丸の名前を正しく呼べるよう、発音練習に付き合わされた。

閑話休題。

「なんだかすごく無駄な時間を過ごしてしまったけど・・・・・・
それで、茶々丸あんたどうやってアレ・・を倒すってのよ?」

今も暴れまわるアレ・・、ゴーレムを指差しながら言う私を、腕組みしてにやにやと笑って見やりながら茶々丸は言った。

「ふっふっふ、だからルイズはお馬鹿さんだというのですよ・・・
ちゃんと武装さえしていればあんなものは鎧袖一触!」

なんだかよく分からないが武装していればいいのかと杖を取り出そうとする私の手を止めて、かぶりを振りながら茶々丸が言った。

「ルイズ、あのデカブツを倒す武器えものはその杖じゃない。 ここだ、ここにある!」

どん、と自身の胸を叩きながら言う彼女を胡散臭げに見ているこちらを気にせず、茶々丸は続けた。

「幸せの青い鳥は何時だってすぐ傍にいるんだよね~って、何さその顔は?
・・・・・・もしかして本当に分からない? 分かるでしょ? 分かるはずだよ、もう縁は結ばれている」

一転して真面目な顔になり、その深い色の瞳でこちらを見据えて来る。
そうされていると確かに感じた。
私と、彼女と、彼女の中の何かの間に通る線の様なものが。
こちらの様子を察してか静かに頷いて、胸に手を当てると目を閉じて茶々丸は言った。

「ここだ。ルイズの武装はここにある! 呼んで! ルイズ銘を!!」

感じた線を束ねて紐へ、紐を束ねて縄へ。
そうして力を手繰り寄せると心に何かが湧いてくる。
心の中央、そこにひとつの語句が思い浮かぶ。私はそれを舌に乗せ、唱えた。

「―――― 虎徹」

ぱりんと、陶器が砕けるような澄んだ音を立てて茶々丸が弾けて散る。
信じられないような光景なのに、心は驚く程凪いでいた。
なぜならば、こうなるのは必然。
彼女は劔冑ツルギなにも驚く事はない・・・・・・・・・

―――― あれ、わたしはなぜこんなにも冷静なのだろうか?

湧いた疑問も、自身の周りをくろがねが舞い出すとどうでも良くなる。
辺りを舞う鉄の一つ一つの間に糸を幻視する。
それを手繰り寄せているうちに自分の取るべき行動が分かる。
両腕を胸の前で交差させる。装甲の構え。
目を閉じ、次いで心の内に湧き上がる宣句を唱える。

「獅子には肉を。狗には骨を。龍には無垢なる魂を」

糸を紡いで自身にまとわせる。
一呼吸置いて最後の言葉を舌に乗せた。

「今宵の虎徹は―――― 血に飢えている」

まとわせた糸を一気に手繰り寄せる。
辺りを舞う鉄が集束し、手が、足が、全身が覆われて行く。
そして辺りが光に包まれて・・・・・・目を開けた時には私は屈強な鎧武者となっていた。
頭に直接茶々丸の声が響いてくる。

《さぁ戦いだ。虎徹あてらの初陣だよ! ルイズ――― 御堂!!
敵はただでかいだけの木偶の坊。 相手にとっては不足だらけで欠伸が出そうなくらいだ。
あてらが勝つに決まってる! 御堂、行こう!!!》

「ええ!!」

頼もしい劔冑つかいまに応えて、いまや自身の腕と一体となった鉄の腕で足元に落ちたデルフリンガーを拾い上げる。
何故だろう、腰には立派な太刀が刺さっていると言うのに、わざわざこんなボロ剣を拾い上げる自分に疑問を覚える。
だが、虎徹わたしたちの武器はこれ以外にないと言う気がしたのだ。
幸い、シエスタお手製だと言う皮のベルトは大分大き目に作られていたので、何とか虎徹の胴にも巻き付けられた。
元々刀留が着いているのとは反対側の右側にデルフリンガーを据え付けて抜刀する。

《うぉ、なんだい相棒今度は一体なn・・・いや、相棒か?それとも嬢ちゃん?あれ?》

《あはははは、相変わらず鋭いなデル公!まぁややこしいだろうけど、これからもよろしくな》

《??なんだかよくわからんが、相棒今度はアレを斬ろうってのか?
こりゃおでれーた!・・・でもまぁ、こいつなら行けそうな気がするぜ》

《あったりまえだっつの!あんな泥人形一瞬で吹っ飛ばしてやんよ》

目など無いくせに気配で分かるのか、ゴーレムを斬る事を知って嬉しそうにカタカタ震える剣と、それに自慢げに応えて楽しそうに喋る鎧。
二人(?)を放っておくと、いつまでも喋ってそうな気がしたので話を中断させた。

「剣と鎧とで仲良く会話するのも良いけど、そろそろ行きましょうか。
いつまでもキュルケとタバサにまかせっきりじゃ悪いしね」

少し先では未だに戦い続けるドラゴンとゴーレムの姿がある。
手数で攻めるドラゴンだが、ゴーレムはその攻撃をものともせず一撃必殺の拳を繰り出していた。
それを紙一重で避け続けるドラゴン。
しかしその動きには所々疲れが見え始めていた。
いつまでも今の膠着状態が続くとも思えない。
――――ならば、虎徹わたしたちが打って出ることで戦況をひっくり返してやろう。
初めての剣。
初めての劔冑。
初めての実戦。
だと言うのに本来あって然るべき緊張が全くない。
ただ漠然と勝利の予感があるだけだ。
心地良い興奮に武者震いをして口元をゆがませると、虎徹わたしたちはその戦場へと駆けだした。



鈍い風斬り音を響かせて至近を通過するゴーレムの拳に肝を冷やしながら、もう何度目かも分からない攻撃をシルフィードに命じる。
岩をも溶かす高熱のブレスにさらされて、しかしゴーレムはいまだに健在である。
緩慢ではあるが、攻撃で欠けた個所が修復されてしまうのだ。
これまでの所、向こうの攻撃は一度もこちらに命中していないが、それでもこちらの攻撃がまるで意味をなしていない所を見ると、こちらの方が不利である。
最初のころに比べて、シルフィードの動きの切れも落ちてきている。
そろそろ限界が近い。
さっさと離脱したいところだが。

「フレイム・ボール! ・・・・・・ああもうっ! ルイズとライガーは何やってるのよ!」

隣で友人がこぼしていたように、彼女たちの安否が確認できない限り離脱は出来ない。
しかしこのままでは・・・・・・

「キュルケ」

「? なぁにタバサ!? 何か見つけたの!?」

目を輝かせて尋ねてくる彼女に首を振って答えて言った。

「そろそろ限界。あと三合で離脱する」

「っ! そう・・・・・・ まぁ、あなたがそう言うんじゃ仕方ないわね」

本当は欠片も納得していないだろうに、それでも彼女は頷いてくれた。
それを申し訳なく思いながら、気休めを口にする。

「大丈夫。 ルイズにはライガーが着いている」

「そうね、ルイズ一人だったら心配だけど彼女もついてるものね。
さてじゃあ、あと三合出し惜しみなしの大盤振る舞いよ!」

そう言ってにやりと笑うと、得意の炎魔法を一気に唱え出した。
私もそれに重ねて呪文を唱える。
炎と氷の大攻勢に、さしものゴーレムもひるみを見せ、腕で体を庇った。
これで一合、あと残り二合―――― それまでに彼女たちが見つかればよいのだけれど。
そう考えながら、ゴーレムの頭上を飛びぬけた時、森の中から赤い何かが飛び出して、ゴーレムの足元を一気に駆け抜けた。
次の瞬間には、信じられない事にあのゴーレムが大きくバランスを崩して地面に倒れて行った。

「ちょっと、今度は何!?」

隣でキュルケも動揺しているが、そんな事は私が訊きたい。
ゴーレムが斃れたのと反対側に、先程足元を駆け抜けて行った何かが佇んでいる。
先程の赤い何かは、良く見れば人間大の鋼のゴーレムだった。
その肩と腰には深紅の飾り布が着いており、それが高速で駆け抜けた時目についたのだろう。
手には片刃の長剣を持ち、兜の目元はいかなる魔法か翡翠色に輝いる。
鋼色の体表面には、一面に縞の紋様が走っており、重厚な造りながら、その流線型の体躯と相まって何処か虎を連想させた。
そして何よりも、背中に背負った二つの筒。
先程の炭焼き小屋の中で彼女がまとっていた“飛天の鎧”を思い出す。
たしかあれは、ガッタリとか言う空飛ぶ機構であったはず。
それが着いていると言う事は、あれはゴーレムではなく、“飛天の鎧”と同じものなのだろうか。
しかし同じものだとは思えないほど、あの鎧からは威厳だとか気品といった凄みを感じる。

視線を先程までゴーレムが立っていた場所へと移す。
そこにはゴーレムの足だった土柱がぽつんと残されている。
膝下くらいからあの鎧が斬り付けたのだろう。
下から上へ向けてなめらかな切断面が出来ていた。
恐らくゴーレムは体重移動の際、あの鎧に斬りつけられてバランスを崩し、切断面の傾斜に沿って倒れたのだろう。
これであのしぶとかったゴーレムも起き上がってはこれまい、そう安堵してこれからどうするか考え始めた時にそれは起こった。



《うはー・・・・・・ 思いもよらないしぶとさだね~
結構な勢いで倒れたんだから、全身砕け散ってるだろふつー》

めきめきと音を立てて周りの木々をなぎ倒しながら起き上がるゴーレムを見て、茶々丸が間抜けな感想を漏らす。

「そりゃそうよ、ゴーレムなんて生き物じゃないんだから壊れたらまた作ればいいだけ。
といっても流石にあれは行き過ぎだと思うけど・・・・・・」

そんな彼女の軽口に乗ってやりつつ、起き上がるゴーレムを眺めていてある事に気づく。
同じ事に気づいたらしい茶々丸が口を開いた。

《うわ、なんだありゃ! 周りの地面から土を吸い上げてんのか!
はーなるほど、道理でしぶとい訳だ!》

そう、攻撃したそばから回復していた理由がそれ。
だったら一体どうやって倒せばいいと言うのか。
まさかこの辺一帯の土を全てなくしてしまう訳にも行くまい。

「感心してる場合じゃないでしょ! あんた “眠たくて欠伸が出るレベル”とか散々こき下ろしてたんだから何とかしなさいよ!」

ぐっと言葉に詰まった気配を漂わせて、茶々丸が言う。

《そりゃー確かにそんなことも言ったけどさ・・・・・・
大体、劔冑が想定してんのはおんなじ劔冑同士の戦闘か、対人戦であって――――》

「能書きはいいから! で、なんとかできるの!? できないの!?」

拗ねたような気配を漂わせて暫く沈黙してから、やがて渋々と言った様子で彼女は言った。

《あ~あ、沽券にかかわるからあんましやりたくないんだけど・・・・・・
贅沢は言ってられんかね~。 あんだけ大口叩いちまった手前・・・・・・》

「なんでもいいから早く何とかしなさいよ!」

目の前では今にもゴーレムが起き上がろうとしている所であった。
このまま愚にもつかない罵り合いをしていてゴーレムに叩きつぶされるのなどご免だ。
そんなこちらの焦燥を余所に茶々丸は腹が立つくらいいつもの通りだった。
声だけにもかかわらずたやすくいつものにやけ面が想像できてしまうくらいに。

《ま~ま~焦ったって、なーんもいい事無いよ?
さーて、あの骨董品の置き土産は何処だったk・・・・・・》

「・・・・・・? 茶々丸?」

直前まで調子よくしゃべっていたのに急に言葉が途切れた事を不審に思って声をかける。
すると、

《げああぁぁああああぁっぁぁあああああ
がががっぎががっががぎがががぎぎぎががががががががが!!!!!!!》

「きゃッ」

やにわに思わず耳を塞ぎたくなる奇怪な咆哮をあげ、それきり何も言わなくなる茶々丸。
流石に心配になり声をかけようとした時にそれは起こった。
ぶつんと、体の中で何かが途切れる感覚がした後、唐突に目の前が暗くなる。
次いで、先程まで自分の手足のように動かせていた鋼の手足が、文字通りの手足となり、ぴくりとも身動きが取れなくなる。

「茶々丸・・・・・・? 茶々丸!! ちょっと冗談はやめてよ! ねぇ何とか言ってったら!!」

こちらの呼びかけに帰ってくるのは無情の沈黙のみ。
暗くなった視界の中、辛うじて見える部分ではもうゴーレムが完全に立ち直りこちらへ向かって来ている。
もうその拳の射程まであとわずかだ。
もし、そこにゴーレムが至ってしまえば、相手に私を叩き潰す事を躊躇する理由はない。

―――― このまま、身動きも取れぬまま何も出来ずに死ぬのか?

「ぅぅぅっ、いやっ、そんなのいやあああぁぁぁぁ!!」

こんなところで死ぬなんて・・・・・・
やっと、私は自分の道を歩き出せたのに、あまりにもみじめではないか!
嫌だ、そんな死に方は嫌だ!
私はまだ死ぬわけにはいかない! いかないのに・・・・・・ッッッ!!

「茶々丸!! 茶々丸ッッ!!! 茶々丸うううゥゥゥゥ!!!!」

私を支えてくれると言った従者の名前を必死に叫び続ける。
と、それが通じたのか目の前に光が戻り、鋼の手足に力が戻る。
ほっと一息をついて、主人を散々脅かしてくれた使い魔をどうしてやろうかと思いながら口を開く。

「ちゃちゃまるぅ・・・・・・あんたねぇ・・・・・・」

《ふむ、冑が娘が迷惑をかけたようだ。 謝罪しよう、すまなかった》

「え?」

返ってきた声は茶々丸のものではない。
若々しいながらも、過ごして来た年月の重みを感じさせる女性の声。

「あなた、だれ? 茶々丸はどうしたの・・・?」

《うむ、すまないがそれはまた後ほど。
三五○度上方みずのえからねのかみ、敵機攻勢。 左に避けろ御堂》

矢継ぎ早に言われる言葉に従って正面を見ると、ゴーレムが右の拳を振りかぶってこちらを叩き潰そうとしているところだった。
慌てて言われたとおりに左へ跳んで攻撃を避ける。
易々と攻撃をかわしたが、着地の際えも言われぬ虚脱感に襲われ、無様に膝をつく。
そればかりではない、耳鳴りがして目の前の世界が色を失って行く。

「ぇ、あれ? 私なんで・・・・・・」

《しっかりせよ御堂。
 それは熱量欠乏フリーズ。 劔冑はその動力源として仕手の熱量エネルギーを消費する。
 その熱量が不足して満足に動けなくなるのが熱量欠乏フリーズだ。
 冑が娘は生まれが特殊である故、熱量の供給も仕手の代わりにこなせるが冑れは違う》

気を抜けば倒れそうになる体を剣をついて支えながら、彼女の言葉に耳を傾ける。

《聞いているか? 続けるぞ。
なれば御堂、心せよ。
先程の様な考えなしの機動を取っていてはあっという間に熱量は枯渇する。
今度は立ちくらみ程度ではすまん。 完全に体が動かなくなるぞ》

そうなったらまな板の上の鯉だなと零す声を聞きながら何とか体勢を立て直す。
視界は色を取り戻し、足にも力が戻ってくる。

《いいか? 最小限の動きで敵の攻撃を回避しろ。
 幸いあの木偶の坊の動きは蠅が止まりそうなほど遅い。
 素人の御堂であっても、早々遅れは取るまい》

彼女の言う通り拳を地面から持ち上げたゴーレムは、今頃になってようやくこちらに向き直った所だ。
これなら彼女の言う通り回避はそう難しい事ではないだろう。

《さて、実践と行こうか。 三六○度上方ねずのかみ、敵機攻勢。
左に回れ。常に相手の背側に回り込むのだ》

彼女の言葉に従って、今度は無理に跳ばずに、ただ拳の外側に回り込むように攻撃を避けた。
その様に満足げにうむと、呟いて彼女は言う。

《そうだ、それでいい。このまま冑が娘が戻るまで戯れ続けるとしよう》

「それは分かったけど・・・・・ねぇ、あなたは一体誰? 茶々丸は何処へ行ったの?」

こちらの質問にふむと一つ呟いてから彼女は答えた。

《冑れは、二十八代目虎徹入道興永。 茶々丸は・・・・・・
冑が娘なら今頃、友人と話しているところだろうよ》



気がついてみれば、私は上も下も無い真っ白な空間に一人で漂っていた。
さて、私はあの気に食わない骨董品の力の収まった卵を掌握しようとして、それから・・・・・・
それから、どうなったのだろうか?
気付いたらもうここで漂っていた。
私は死んでしまったのだろうか?
それとも、これは卵の見せる幻か?
どちらにせよここでふわふわと漂っているだけでは何も分かるまい。
意を決して歩こうとすると、唐突に足がそこに地面があるように吸いついた。
なるほど、どういう理屈かは分からないが、ここでは思ったことが周りに影響を与えるらしい。
さて、さしあたってどちらに向かってみようかなどと考えていると、耳に聞き覚えのある歌声が響いてきた。

―――― 生と死の選択を己に課す命題として自ら問う

されば嘲笑の喚起する渦に喜劇の幕よいざ上がれ


初めは聞き間違いかとも思ったが、いつまでたってもそれは止まない。

―――― 嵐の夜に吼え立てる犬は愚かな盗賊と果敢に戦う

暖かい巣で親鳥を待つ雛は蛇の腹を寝床に安らぐ

木漏れ日の下で生まれた獅子は幾千の鹿を侵食し

せせらぎを聞く蛙の卵は子供が拾って踏みつぶす

生の意味を信じる者よ道化の真摯な詭弁を聞け

死の恐怖に震える者よ悪魔の仮面は黒塗りの鏡

生命に問いを向けるなら道化と悪魔は匙を持ち

生命を信じ耽溺するなら道化と悪魔は冠を脱ぐ

獣よ踊れ野を馳せよ歌い騒いで猛り駆けめぐれ

いまや如何なる鎖も檻も汝の前には朽ちた土塊


―――― 卵、歌、白の・・・・・・白銀の世界!

私の中で点と点が結びついてある予感が導き出される。
私はその予感に従って歌の聞こえてくる方へ歩き出す。
歩けば歩く程に、歌は大きくなる。

―――― 奇跡を行う聖人は衆生を救い神を呪って嘔吐する

黄金の兜の覇王は万里を征し愛馬と共に川底へ沈む

湖の美姫は国を捨て愛を選び糞尿に溺れて刑死する

弧赤児は蚯蚓の血を母の乳とし三夜して腹より腐る

生命よこの賛歌を聞け笑い疲れた怨嗟を重ねて

生命よこの祈りを聞け怒りおののく喜びを枕に

百年の生は炎と剣の連鎖が幾重にも飾り立てよう

七日の生は闇と静寂に守られ無垢に光輝くだろう

獣よ踊れ野を馳せよ歌い騒いで猛り駆けめぐれ

いまや如何なる鎖も檻も汝の前には朽ちた土塊

おどろおどろしい歌詞が、澄んだ鈴を転がすような声で紡がれる。
歩くのももどかしくなり、とうとう走りだす。

―――― 生命に問いを向けるなら道化と悪魔は匙を持ち

生命を信じ耽溺するなら道化と悪魔は冠を脱ぐ

生と死の狭間に己を笑い恍惚として自ら忘るる

さすれば夜明けの嘆きを鐘に神曲の幕よいざ上がれ

そうして辿り着いた世界の果て、彼女は一人虚空を見つめながら両手を広げて歌を吟じていた。
世界を呪う歌を一人で朗々と。
彼女の姿は、幻想的な白銀の世界の中にあって、なお一層神秘的で侵しがたいものに見えた。
その調和を崩してしまう事に心を痛めながら、彼女の背中に声をかける。

「御姫・・・・・・」

その呼びかけにくるりと振りかえった彼女はふっと儚げな微笑を浮かべると、外見に不釣り合いな意志の強そうなよく通る声で答えた。

「うむ、久しいな茶々丸。元気だったか?」

元居た世界で銀星号と呼ばれた最凶の魔王、湊斗光がそこに居た。


・あとがき
九話で終わりよりは、十話で終わりの方がきりがよくないだろうか? そんなわけで引き延ばしです。
もうクロス元を隠す意味も無くなってる気がしますが・・・・・・ 後一話、二三日中にはさっくり上げてしまいたい。
あと誰か上手なタグの使い方教えてください・・・・・



[21285] [習作]無題 (ゼロ魔 × なにか ) 10
Name: チビ黒サボテン◆8aa26a54 ID:b93c8024
Date: 2010/10/13 20:40
どこまでも続く白銀の世界、その果てに立つ一人の少女。
純白のワンピースに、艶やかな黒髪を一括りにして腰のあたりまで流し、青みがかった瞳をした彼女はまさしく、

「御姫……なんだよね? 幽霊、とかじゃなくて」

――――天災、死神、殺戮者etc、etc……物騒な呼び名には事欠かない、大和を恐怖のどん底に叩き落とした元凶、銀星号。
その正体である湊斗光その人であった。
確かめるように一語一語を区切って話すこちらを面白そうに見て彼女は言った。

「うむ、ちゃんと足は付いているぞ。
だがまぁ、幽霊ではないかと問われると素直に否定も出来ん」

「何だいそれ。 どゆこと?」

うむと、鷹揚に頷くと彼女は自分がいかなる存在かについて語りだした。

「おれは“残滓”だよ。
卵に残った銀星号の力、そこにかすかに残った湊斗光のかけらだ。
だから現実に体を持つ訳ではないのでな、幽霊かと問われれば否定は出来ん。
しかし、ここにいる限り、おれは湊斗光として完璧だ」

現実に体を持っているのとなんら変わらんと、続けながら武道の形を取る彼女。
その動きはなるほど、在りし日の彼女の動きと比してなんら遜色がなかった。
形を最後まで流し、残心を取った後、彼女はこちらに向き直る。

「な? これだけ動けるのに自分は幽霊だ、と言い切ってしまうのも収まりが悪いだろう?」

「なるほど確かにね……それで、」

そこで一旦言葉を区切り深呼吸をする。
そんなこちらの様子をただ静かに見ている彼女の様子に心胆を据えて口を開く。

「それで、結局御姫の用件はなんだい? わざわざこんな処まで呼び出した理由は?」

「ふむ、おまえはなんだと思う、茶々丸?」

愉しげに笑いながら彼女が問い掛けた。

――実のところ見当は付いているのだ。
彼女が、わざわざ私を自分の領域にまで引きずり込んでまで遂げたい用件。
それは十中八九間違いなく、

「復讐、でしょ?」

確信を持って言葉を舌に乗せた。

「御姫はあてらの計画に乗ったばかりに、志半ばで斃れる事になった。 その落とし前をつけようっていうんでしょ?」

――――あの普陀楽城での出来事は今でもはっきりと思い出せる。
大和の現支配者である六波羅と、それを良しとしない大英連邦の尖兵、GHQ。
両者の戦いは一進一退の膠着状態にあり、そんな戦況に業を煮やしたGHQが投入した決選兵器、鍛造雷弾フォージド・ボム
一個師団を、街を、城を、いとも容易く灰燼に帰すその力を取りこんで、彼女は現世と神とを隔てる地殻の壁を突破する筈であったが……
悪魔と呼ばれた彼女ですら、その力を御しきれず、本来であれば抑え込まれる筈の爆発によって、彼女も、私も、大和の覇者であった六波羅も壊滅的な被害を被ったのだ。
結局、六波羅の主城であった普陀楽城は壊滅。
私を含めて生き残った者達は、どう言う訳だか決選兵器の存在を察知し、一早く首領を連れて逃げていた幹部の領地へと落ち延びて行った。
その途上、私は廃墟となった普陀楽城跡地にて、全てを焼き尽くすような業火に呑まれてなお生きて延びていた“彼女”を発見したのだった。
尤も、見つけたのはかつて銀星号と呼ばれ恐れられていた“彼女”ではない。
“残滓”。
いみじくも先程彼女が言った通りのもの。
捩れ、撓み、歪められた、そこだけは以前のまま美しい銀色の金属塊。
“それ”はもう、動かない、喋らない、例えその意思があろうが無かろうが何も出来ない。
以前の己の意志一つで世界と対峙していた彼女と比してあまりにも、いやその過去を知っているからこそより哀れだった。
世界の理にただ鎧一領を着こんで挑んだ彼女、その鮮烈な生き様、その行きついた先、神を目指した夢のなれの果て、“残滓”の姿がそこにあった。

私は“彼女”を連れて落ち延びた。
その落ち延びた先で、“彼女”の想い人に事の顛末を語って聞かせ、役目を終えた自身を荼毘に付したのだ。
まぁそれも、ルイズの召喚によって中断され、使い魔なんぞをやっているので恰好もつかないが。

――――そんな私の姿は、彼女の目にはどう映っているのだろうか?
夢半ばで斃れて行く自分を尻目に、能天気にヘラヘラ笑って日々無為に過ごしている私の姿は。
……私ならばそんな奴は決して許せない、と思う。

彼女の反応を見るのが怖くて伏せていた顔をあげる。
こちらが黙って回想に浸っている間、彼女は静かに瞠目して口を噤んでいたようだ。
仕方なしにこちらの考えを彼女に告げる。

「……あては、いーよ。 御姫に殺されるんなら、まーしゃーない。
 だいたいさ、御姫に助けられて無けりゃ今頃あてなんて魚のエサですよ?」

そう、彼女が二年前気まぐれに私を助けていなければ、今私はこうして生きていないだろう。
あの時、彼女が言ってくれた言葉が無ければ私は戦えていなかっただろう。
ならば、私の人生は湊斗光抜きでは成立しない。
私の人生の根本をなす彼女が死ねというのなら、私の命運もこれまでだ。

「だから、好きにしていいよ。 あ、でも出来れば痛いのは無しで」

「……ふむ、なるほどおまえの考えは良く分かった。 よし茶々丸、そこに座れ」

「へ? いやでも、椅子も何も……」

「いいから座れ。 もちろん正座でだ」

有無を言わさぬ口調の彼女に内心でびくつきながら、いそいそとその場に正座する。
それを見ると彼女はこちらの眼前に仁王立ちとなり、先程までとは打って変わって饒舌となり喋りだした。

「さて、茶々丸。 おまえは、おれがおまえの事を殺したくてたまらない、という風に見えるんだな?
自分が夢半ばで死んだというのに、おまえが能天気に生きている事が憎くてたまらない、そう思っているように見えるんだな?」

一言一言を噛みしめるようにこちらに言い募る彼女の言葉に、気圧されながらも何とか頷く。

「そうか。 ならば茶々丸、おまえの目は節穴だぞ?」

「え……」

ぽかんとした様子のこちらを見て頬を緩めると彼女は言った。

「おれはな、おまえに一言礼を言っておこうと思ったんだ。
こうして元気に動けるうちにな……ホラ」

そこまで言うと彼女は自分の手を差し出して私の眼前に突き付けた。
よくよく見て見ると、その手はうっすらと透けており、反対側が見て通せた。

「御姫、これは……」

「もう、時間があまりないという事だ。
このまま何もせずともおれは消える。 明日か、明後日か、あるいは一週間後か……それがいつかは分からんが。
まぁそうなってはお前とこうして話すこともできなくなる。
おれがお前に干渉するには、虎徹を装甲してもらう必要があったのだが、こちらから声を届けられぬ以上、いつになるか分からぬ次の機会を待つ余裕はない。
だからこうして強引にこの場にお前を引きこんだ」

すまんなと、本当に珍しい事に申し訳なさそうな顔をして謝られる。

「うわっ、御姫が素直に謝るところなんて、あて初めて見たよ」

「うむ、色々とその思い違いを正してやりたいところだが、それは後に取っておくとしよう。
あまり時間も無いのでな、用件を済ましてしまおう。 礼が言いたいというのはな、茶々丸、光の最期の事だ」

――――最期。 それは、あの“残滓”となった彼女と思い人との邂逅を指しているのだろうか。

「ああ、それで間違いないぞ。 おまえは光が“ああ”なってしまった事に自責の念を覚えているようだがな、とんだお門違いだ。
光とて馬鹿ではない。 自分の体が限界であったことなど先刻承知であった。
だからな、お前達のはかりごとに乗せられていようと、それで道が開けるなら構わなかったのだ」

――――違う、それは違うよ御姫。

「違わんさ。 結果は“ああ”なってしまったのが残念ではあるが、それはすべて光の力不足によるもの。
お前達には感謝こそすれ、恨み、妬み、たたり殺そうとすることなどありえん」

――――でも……

「む、おまえも頑固だな。
わけても光はお前に格別に感謝しているのだぞ?」

――――え……

「おまえはわざわざ光をあの廃墟から救い出して篠川まで運んで行った。
さらには、景明に死に水を取らせてくれもした」

――――……

「やっと黙ったか。
続けるぞ? あの時何があったかおまえは覚えているか?
……泣いてくれたんだよ景明は。
光を、銀星号を邪悪と断じながら、実の家族であろうと殺す事を誓いながら、それでも景明は泣いてくれた。
あの時、“ああ”なった光を前に泣いていたのは誰だったと思う、茶々丸?」

――――…………

「家族かな? 兄かな? それとも、我が好敵手?
――――おれはね茶々丸、あれは“父”だったと思うのだ」

だから光はこの上なく満足なんだと、彼女は満ち足りた顔で話を締めくくった。
しかしそれではあまりにも、

「ねぇ、御姫はそれでいいの? それで満足なの?
そんなわけない、それじゃあんまりだ。 これっぽっちも報われない。
御姫が望んでたのは、あんな終わり方じゃないでしょ? もっと……」

「茶々丸」

そう、聞き分けの悪い子供をあやすように優しく彼女は言葉を遮った。

「いいんだ、茶々丸。
確かに最上の結果では無かったかもしれぬ。
他人が見て納得がいく結末では無かったかもしれぬ。
だが、形はどうあれ……湊斗光は愛を取り戻せたのだ。
だから構わぬ。 おれは満足だ」

「そんな、そんなのってっ!」

なおも言い募ろうとする私にやれやれと嘆息すると、彼女は膝をついて目線を真っ直ぐにこちらに向けた。
その深い色の瞳に何も言えなくなってしまう。
そんな私を彼女は小さく笑うって抱きしめた。

「あ……」

「おまえは優しいな茶々丸。
だがな、おまえが真実許せないのは湊斗光が迎えた結末ではあるまい」

その結末を導いてしまった自分自身だろうと、耳元で囁かれる。

――――その言葉は、何重もの壁で覆われた心を直接打ち、足利茶々丸の根本を揺るがした。
否定しなければならない。
違うのだと。
今すぐ彼女に伝えなければならないのに、口がまともに動いてくれない。

「ふふ、おまえは裁いてほしかったのだろう?
おまえのせいだと罵られながら、光に殺してほしかったのだろうが……
あてが外れたな。 生憎とおれはおまえの事をこれっぽっちも憎んでおらん」

言葉も無く、ただ彼女のされるがままで聞くともなしに話を聞く。

「許せなかったのだろう?
己が浅はかさで友人を死に追いやってしまった自分が。
ふふふっ、そうやって後悔に苛まれていると、まるで只人のようではないか。
大和の覇者、六波羅が四公方の名が泣いているぞ?」

――――違う、自分はもうそんな甘さは捨てたはずだ。
あの時、世界全部と戦うと決めた時に、そんなものはもう……

「違わんさ。
陰謀をめぐらせて、裏世界で暗躍することなど向いていなかったのだろうよ。
だから肝心なところで上手くいかんのだ。
そして、おまえはあの晩からなにも進歩していないと見える。
おれは言ったはずだぞ、死は停止だと。 どん底のまま死んだ魂は、未来永劫その場で苦しみのたうちまわるのだと。
それをなんだ、情けない。 おれが死んだ途端に焼身自殺とは」

――――うっ、だってあれは・・・・・・

「黙れ聞く耳もたん、このヘタレ娘。
……まぁ、それほど思われていたというのは悪い気はせんがな。
それはともかく、今はこうして生きているのだ。 いい加減に前を向いて生きてもいいころ合いだぞ?」

――――そんなことが自分に許されるのだろうか? その資格が私にあるのだろうか?

「許されるとも。
誰が許さぬ? 世界か?
しかし、あの世界と、この世界は別物だぞ。同じ理がまかり通る筈があるまい。
では、人が許さぬか?
一体誰が許さぬ? おまえと縁もゆかりも無い人ばかりのこの新天地で!
さぁて、これでも資格が云々とダダをこねる気か?」

――――…………

「やれやれ、強情だな。
まだ、自分が許せないか?
よし、ならばおれがおまえを許そう」

そう言って、がしりと私の頭を掴むと、顔を引き挙げて自分の目線の真正面に固定した。
互いの息遣いすら感じられる距離で彼女が言う。

「おまえの罪を許そう、おまえが普通に生きる事を許そう……
――――おまえが毎晩うるさい神に煩わされず、安らかに眠ることを許そう」

「あ……」

その言葉は、何よりも私が欲しかった言葉ではなかったか。
毎晩、静かに眠れる事に感謝しつつ、何処かで疑問に思っていたのではないか。
こんなことが許されるのかと。
あの人は愛しい人の腕に抱かれることなく逝った。
美しかったその姿を、二目と見られぬ醜い姿に歪められたまま逝った。
だというのに自分はどうだ。
自分ひとりがこんな安息を得るなど許されるのかと。
自問した。苦悩した。そんな自分を蔑んだ。それが今、彼女からの許しが得られた。
ならば自分は、

「あては……いいの? 毎晩寝るたびに思うんだ、許されるのかって……
生きていていいのかって……おひめぇ……」

「ああ、許すとも。
おまえは生きていいのだ茶々丸。 他でもない、この湊斗光が保障しよう」

自信ありげに頷く彼女の顔がゆがみ、やがて曇って見えなくなる。
そして耳障りな鳴き声が辺りを満たした。
一体誰が泣いているのだろうか。
まるで迷子になった幼子のようだ。

「やれやれ、可愛い奴だなおまえは。
いいさ、胸くらいならいくらでも貸してやる」

頭上で彼女が何か言っているようだがまるでその内容が分からない。
ただ今は、自分を包み込むぬくもりに全てを委ねていたかった。



「あ゛~~~、っきしょー情けないったらありゃしない」

「そうか?なかなか可愛らしかったと思うぞ、おれは」

「だー!! やめてよ御姫ぇ、恥ずかしいんだからさぁ……」

そうかと言って快活に笑う彼女を恨めしげに見る。
と、そんな彼女の姿がうっすらと透けてきている事に気付いた。

「御姫、それ……」

「ん? ああ、時間が来たということらしいな。
もう間も無くおれは消える」

こともなげに言い放つ彼女に言葉をなくす。

「ん? そんな顔をするな茶々丸。
もともとこうして話せている事自体が奇跡の様なものなんだ。
これ以上を望むのは流石に贅沢だぞ?」

「そんなっ、他人事みたいに言わないでよ!
まだ、色々話したい事とか……」

こちらの言葉にただ黙って首を振るだけで応じる彼女。

「聞き分けろ茶々丸。
無理なものは無理なんだ。
それに消えると言ったが、正確には虎徹の中に吸収されるというのが正しい。
そうなることで、おまえは磁力制御と重力制御を完全に己が陰義として扱えるようになる」

まぁ心ばかりの餞別だと、不器用に微笑んで彼女は言った。

「だから、消えて無くなるとは言っても、こうして話せなくなるだけで虎徹おまえの中におれは残る。
一心同体となるわけだ……ちょっと恥ずかしいな」

相変わらず、ずれたところで頬を赤らめる彼女の様子に、何とか自失から立ち直って言った。

「いやいやいやいや、そんなのはいいから!! ……本当に何とかならないの?」

「うむ、どうっしようもないな!」

何故だか自信たっぷりにあっはっはと大笑する彼女に苛立ちが募る。

「笑い事じゃないでしょ!!……いやだよぅ、あては……おひめぇ……」

彼女の手を掴んだところで、言葉が上手く繋がらなくなった。
先程散々泣きはらしたばかりだというのに、また涙が湧いてくる。
そんなこちらを優しげに微笑してみると彼女は言った。

「やれやれ……仕方が無いなぁおまえは……
うむ、父の愛は取り戻せたし、得難い友人も出来た……
――――よき夢であった……」

その言葉にはっと顔をあげる。

「何言ってんのさ、これからまるで死ぬみたいなこ……ッ」

満足げに微笑む彼女を諌めようとした口舌は途中で遮られた。
どういう原理かは分からぬが、ふわりと体が浮かび上がったからだ。
そのまま一気に中空に浮かび上がり、いまや私をこの銀色の世界と結び付けているものは彼女の手のみであった。
辺りからは、断続的にぴしぴしと世界に亀裂が入る音が響いており、いたるところで世界の壁が崩れて壊れて行く。
壊れた向こう側からは白光があふれており、そこに何があるかは分からない。
分からないが、向こう側に行ってしまったら、二度とこちらには戻れないだろうという奇妙な確信だけはあった。
手をつないだ彼女へと声をかける。

「御姫ぇ!!一緒に行こう!!そうすれば……!!」

「どうにもならぬよ、茶々丸。 おれはここまでだ」

「そんな……っ」

苦虫を噛み潰したような顔のこちらを、どうしたものかという顔をして見ていた彼女だったが、唐突に何かを思いついたように、空いてる手で己が額を打った。

「あ~しまった忘れるところだった。
おまえ、先程は大変な思い違いでおれの事を貶めてくれたな?
おれが人に謝るのは初めて見ただの、おまえの事を殺したくてたまらない殺人嗜好者だのと」

「は? いや、そんな事言った覚えは……いや、あるような気もするけど、今はそんな場合じゃないでしょ!!」

「い~や、そんな場合だとも。 なにせこれを逃したら二度とおまえの間違いを正してやることが出来んからな。
いいか? 光は自分に非があればちゃんと謝るし、誰かれ構わず殺して回る変態でも無い!!」

「う~ん、後半はあんまり否定できない気が……」

「聞く耳もたん!!
喰らえ!! 花も恥じらう乙女の純情を踏みにじりおってからに……」

そう言って彼女はこちらの手をぐいっと引き込んで、私の顔の位置を調節すると、

逆転・江ノ島大蹴撃リバース・エノシマインパクト!!!!」

思い切り振り上げた足でこちらの顔面を打ちぬいた。
そのあまりの威力に、決して離すまいと握っていた筈の手から力が抜け――彼女を残して、私だけが外へと昇っていく。
鮮やかな蹴撃に遠のく意識にどこからか声が届く。

――――そうだそれでいい。
いつまでも過去に縛られずに生きていけ。
あの主人、おまえはどう思っているか知らぬが、なかなか似合いだと思うぞ?
二人ともよく似ている……っと、時間も無いな。
あと言っておきたい事は~・・・・・・
光が言っても説得力が無いとは思うが……御母堂と仲良くな。
ああ、そうだ。 どうしても寂しくなったら夜空を見ろ。
そこに瞬く星ののどれか一つが光だと思え。
さて、ではな茶々丸、我が友よ。どうか息災で……――――

それに何か言い返そうと思ったところで意識が光に呑まれて……



何度目かも分からない私を叩き潰そうと振るわれるゴーレムの拳。
それを紙一重で避ける。

「ハァッ……ッッと! いつまでこんなこと続けてればいいのよ!!」

《ぼやくな。 そう時間はかからん筈だ》

「さっきも確かそんなこと言われたような気がするんだけど……ねっ!!」

暢気に話している間に再び攻撃してきたゴーレムの拳をかわす。
何度も繰り返してきたため、もう虎徹のサポートが無くとも回避することは難しくなくなっていた。
だが、

「ぅ、あぁっ」

《大丈夫か? 気をしっかり持て……いかんな、限界か?》

目の前の景色は色を失い、もはや足の感覚も無い。
虎徹の声もなんだか遠い。
次にゴーレムの攻撃を回避したら、多分そのまま気絶するだろう。

《む、御堂。待たせたな、どうやら間に合ったようだ》

「え……なに?何て言ったの?」

虎徹の声に今までにない喜色が感じられる。
だが朦朧としていた私は肝心の言葉を聞き逃していた。
と、急に手足の挙動が重くなる。

「え、なに!?またなの?!」

《案…ず…な、…堂……
冑が……すめと…仲…く……》

「ちょっと、何言ってるか分かんないわよ!!ねぇったら、虎徹!!」

虎徹の声は途切れ途切れで何を言っているのかさっぱり分からなかった。
そしてその声が聞こえなくなると同時に、全身が全く動かなくなる。
どんなに力を込めても小指の先すらぴくりとも動かない。
先程の何も出来ない恐怖がよみがえる。

「嘘!?また……動いて!動いてよ、ねぇ! 虎徹……茶々丸!!」

《へいへい、ただいまっと》

そんな気の抜けた声と共に、再び全身に力が宿る。
と同時に勝手に体が動いて、当たる寸前だったゴーレムの一撃を紙一重でかわした。
そのまま一気に後ろへ跳んでゴーレムから距離を取る。

《いやー、あぶねーあぶねー。 ルイズ、あてが居ない間平気だった?
 つーか普通、制御人格OSがダウンしてたら劔冑も動かないはずなんだけど・・・》

「“平気だった~?”じゃない!! 死ぬところだったわよ!!
それを……まぁいいわ、今までどこ行ってたのよ?」

体が一気に自由になり、その反動でか急に泣きそうになる。
それを隠そうと当たり障りのない質問をしてごまかした。

《ん~、ちょっと恩人に会いに、ね……
 そのおかげで、切り札も完璧に掌握できた。
 さてルイズ、待たせたね。 そろそろあの木偶の坊の顔も見あきたろ?》

顔は見えないが声の調子で分かる。
こいつは今きっといつものにやけ面に違いない。

「見あきた事は確かだけど、どうするの? さっきみたいにまた足でも切ってみる?」

《いーや、今度はそんな半端な事はしない。
 そのためにも……まずは飛ぼうかルイズ》

「は?一体何を言って……」

こちらが言い終わらないうちに背中から轟音が響きだす。
首だけ向けると、背中の筒……合当理だったか、が火を吹いていた。
その横についていた鉄板がせり上がり、地面と水平になる。

「へ?は?何なのよ一体!?」

《はいはい、姿勢が乱れるから暴れない。
 首周りの制御もらうよ~》

その声と同時に、私の首が自分の意志とは裏腹に、無理矢理前を向かせられる。
次いでこれもまた勝手に足が動きだす。
大きく膝をたたんだこの体勢は……垂直に跳びはねでもするのだろうか?

《おうおう、いい勘してるよルイズ。
 じゃあ、いっちょ初めての空中散歩としゃれこもうか?》

そんな楽しげな声と共に、虎徹わたしは地面を蹴って空へと跳び立った。
超常の力を宿す劔冑の跳躍力はすさまじく、木々を飛び越え、ゴーレムを飛び越え、驚いた顔のキュルケ達を飛び越え、空に至り――――いつまでたっても地面に向かって落ちて行かないので訳が分からなくなった。

「え?ええええええぇぇぇぇ!?」

《ちょ、ルイズ暴れんな!! 空中分解したいのかおめーは!!
 足は動かさないで、腕も体と平行に・・・ああもう!!めんどくせぇ!!》

そんな叫びと共に私の体は再び勝手に動いて、彼女が言っていた姿勢に固定される。
そうなって多少は冷静さが戻ってきた私は彼女に今の状態を尋ねてみた。

「ねぇ茶々丸……ひょっとして私達、いま飛んでるの?」

《そうだよ。 これが劔冑の、“飛天の鎧”の真骨頂さ。
 さて、ルイズそろそろ本題に入ろうか。
一九○度下方うまからひのとのしも、ルイズ分かる?》

彼女が言う聞き覚えのない、それでも何故だか理解できる方角の方向へ目を向けると、そこには信じられないほど小さくなったゴーレムの姿があった。

《今からあてらはアイツをぶっ飛ばす。
 こっから一気に急降下して斬撃をたたきこんでね》

「ここからって……大丈夫なの? ここから落ちたらいくら虎徹が頑丈って言っても壊れるんじゃない?」

近くで見た時に雲をつくようだと思ったゴーレムが、まるで人形のように見える高度だ。
恐らく無事では済まないだろう。

《まぁね、こっからただ落ちただけなら助かる目もあるかもしれないけど、加速してくんじゃあ……まぁ良くてミンチだな》

「なっ……あんた、わたしに自殺しろっていうの!?」

あんまりな物言いに激昂するこちらをまぁまぁと宥めると彼女は続けた。

《そんなわけないでしょ。 いいかい? ルイズはアイツにでかいのを一発お見舞いすることだけ考えてりゃいい。
 そうすりゃ、そいつがぶつかった反動で墜落の衝撃は相殺される》

「なによそれ……そんな行き当たりばったりな、 《じゃあ、逃げる?》 っ、いいいいわよ!!ややややってやろうじゃないの!!」

そうそう、その意気、その意気と嬉しそうに笑った彼女は、声を引き締めると言った。

《さて、じゃあこれからの流れを説明するね。
 今からあてらは、こっから急降下してアイツを吹っ飛ばすわけだけど、ただ急降下する訳じゃない。
 奥の手――――陰義しのぎを使う》

「シノギ……? 一体何よそれは?」

彼女の言葉に聞き慣れないものがあったためそれを問いただす。
ああと、まるで忘れていた宿題を提出期限の前日になって思い出したような気の抜けた声をあげて彼女はそれに答えた。

《陰義ってのは、あの“飛天の鎧”みたいな数打劔冑まがいものには備わっていない、真打劔冑あてらだけに備わってる切り札で……まぁ、魔法みたいなものだと考えればいいよ。
 ちなみに原則的に一領につき一種類しか陰義は使えないんだけど……あてはさっき恩人のおかげで都合三種の陰義が使えるようになりました~はい、はくしゅ~》

さらりと言われたがそれはすごい事ではないのだろうか?

「なによそれ……ところで、一体何が出来るのよあんた」

《ふっふー良くぞ聞いてくれました!
 今明かされる驚愕の真実! びっくり! これが足利茶々丸のすべてだ!》

「いや、そういう前フリはいらないから早く言いなさいよ」

冷めた様子のこちらに、なんだよもーなどとぼやきながらも、鬱陶しいテンションのまま、彼女は解説を始めた。

《まず一つ目! 感覚共有! 離れたところからでも、仕手と劔冑がお互いの感覚を共有できるぞ!!
 ……やー、一発目に持ってきたけど、わざわざ言うほどのもんでもないなー。
 しかもこのケチな陰義が、あて本来の陰義なんだから救いが無いなー》

うって変わって重く沈みこんだ声でやるせねーとか呟いている茶々丸。
しかしそう悲観したものでもないのではないだろうか。

「ケチって言うけど、これ凄い事じゃない?
 あんた、少なくとも普通の使い魔みたいに見たもの聞いたものを、わたしに伝えられるってことじゃないの」

それができれば私はあこがれたメイジのように――――
しかしそんな私の内心をあざ笑うかのように彼女は言った。

《出来なくはないけどさ。 いちいちソレする度に熱量使うんだぜ? しかも結構な量を。
 例えば……そうだな、昼に食堂の空いてる席を使い魔に探らせて、その度に貧血で倒れるとか、どうよ?》

それでも使いたい? と問われた言葉にぐっと言葉に詰まる。
確かにそれではあまりにも割に合わない。

《どうやら分かってくれたようだね~、じゃ次! 磁力操作!!
 お食事の時、ちょっと離れたところにある食器を引き寄せたい……でも立ち上がるのは面倒。
そんな時に大活躍ー。引き寄せたいものが金属だったら楽に引き寄せられるぞー陶器はお呼びじゃねー。
あとは理科の実験で砂鉄を集めるのにも便利でーす。わーお磁力すげー。 でも、あてとしてはお勧めできませーん、そんなわけで次ー》

言ってることの大半は分からないが、出だしから一貫して棒読みであるし、茶々丸がこの力を良く思っていないのは確かなようだ。
おそらく言っていた事も、磁力操作とやらを貶める内容だったのだろうが……有無を言わさず次の解説に移る彼女に何も言えなかった。

《ラスト!! これはすごい、重力制御!!
 人類を地面に縛り付ける憎いやつ、重力の操作が思いのままです!!
 空を自由に飛べます!
憎いあん畜生を文字通りお空の星に出来ます!
出島を蹴り飛ばして浮き島に出来ます!
凄いなんてもんじゃない、正に無敵!!
……でもまぁあんまり調子に乗って使ってると、熱量の消費が激しいからあっという間にミイラになります》

思いっきり持ち上げておいて最後の最後にとんでも無いオチを付けてくれた。

「ミイラって……じゃあなに? せっかくある力なのに使えないわけ?」

《うんにゃ、用法容量を守って正しく使いましょーっておはなし。
 さて、ルイズ。 あてらは今言ったうちの磁力制御と重力制御を使って一気に加速。
しかる後接敵したら、重力と磁力を鍍装エンチャントしたデルフリンガーでヤツをぶった斬る!
――――そん時にね、やってほしいことがあるんだ》

「やってほしいこと?」

その言葉にうんと、頷く気配を寄越したあと一拍置いて彼女は言った。

呪句コマンド)を、陰義の執行をお願い。
 陰義ってのは、劔冑と仕手の二人で織り成すものだから……
肝心の呪句は……その様子だと、もしかして分かってるんじゃないかな?》

彼女の言葉を否定しようとして、その必要が無い事に気付いた。
確かに分かる、先程から心の内に湧き上がってくる言葉がある。
その意味も、それがもたらす結果も、じわじわとゆっくり、それでも確かに頭に刻み込まれていく。
そんなこちらの様子を察してか、嬉しそうに喉の奥でくつくつと笑う声をあげる茶々丸。

《いやぁ、ひょっとしたらとは思ってたけど、そこまで使いこなしてくれてるんだ!
 こりゃ案外御姫の言う通りかも知れんね~……さて、それじゃあ行くよ……御堂、執行を 》

その声に、心に浮かんだ言葉を舌に乗せる。

磁気加速リニア・アクセル!」

《ながれ・かえる!》

つま先から頭の先まで電気が走った。
細胞の一つ一つにまで力が満たされ、我が身と一体となった鋼の体躯が最適化されていく。
そのまま眼下に向かって降下した。
一気に世界が縮まりだす。
あんなに小さかったゴーレムが一気に大きくなる。

《まだだよ、ルイズ!
 天地万物に吸引の力有り。この作用を引辰インシン、力を辰気シンキと称す――――辰気収斂シンキシュウレン
 さぁ、御堂!》

託された力を発動させる呪句(コマンド)を唱える。

辰気加速グラビティ・アクセル!!」

磁気によって最適化された体躯の、力が及ばぬ範囲に辰気が行きわたり、強化された速力がさらに底上げされる。
空気を引き裂く一条の流れ星となって虎徹わたしたちは敵へと向かう。
もう敵も目前だ。
虎徹の姿を見つけてこちらに向き直って、拳を振りかぶろうとしている。
あの拳の威力は散々見せつけられたため身にしみている。
別に加速していなくても、真正面から喰らえばこちらはひとたまりもないだろう。
大してこちらの武器は、錆の浮いた大剣一つ。

誰が見ても私たちに勝ち目などないと言うだろう――――普通ならば。

残念ながら虎徹わたしたちは普通ではない。
常識を覆す暴虐の刃、世の理を叩きのめす最強の切り札ワイルド・カード
――――さぁ、見せつけてやるぞ世界よ!

私はデルフリンガーを大上段にに構えると、二基の合当理の間に据えた。
そして、あの敵を跡形も残さずけし飛ばすための切り札――――最期の一手を打つ為の呪句コマンドを舌に乗せた。

磁波鍍装エンチャント――――蒐窮エンディング

《了解、を始めましょうか。
 蒐窮開闢おわりをはじめる。 終焉執行しをおこなう。 虚無発現そらをあらわす
 ……遠目にちらっと見たきりだけど、こんな感じかな~?》

何か聞き捨てなら無い事を使い魔が言っていた気がするので問い詰めようとしたが、唐突に降って湧いた叫び声に遮られた。

《あばばばばばばば!!!!何だこりゃ、しびれれれれれれれ!!!》

二基の合当理の間に付加された磁気の嵐、双極の磁力。その吸引と反発の作用に刀身を晒されたデルフリンガーがなんとも哀れな悲鳴を上げていた。

《ありゃ、デル公。 剣のくせにいっちょ前に痛覚があるってか!
 うひゃひゃ、おもしれー!! まぁ、この後さらに辛くなるんだけどね~》

酷薄に言ってのける茶々丸にそりゃないぜ相棒と喚くデルフリンガーを無視して、彼女は重力制御の言句ワードを唱えた。

《我慢しなよ~? 辰気、招き集わせ手繰る――――誘聘ゆうへい!!
さ、ルイズさくっとやっちゃって》

「いいのかしら……辰気鍍装エンチャント・グラビティ

磁気が付加されていた刀身に、さらに辰気をまとわせる。
自身を苛む外圧が、磁気嵐と重力場の二つになったデルフリンガーは、へきゅぅと変な声をあげたきり沈黙した。
――――我が身が剣で無かった事を心から天に感謝する。

《御堂!! 敵騎至近!!》

叫ぶような茶々丸の声に意識を目の前に向けると、こちらの眼前にまで迫るゴーレムの拳があった。
その前面は鉄で覆われており、こちらを確実に落とそうとする意気込みが感じられる。
ここは逃げるのが常道なのだろうが――――逃げない。
逃げる必要が無い。
だって私には、

《――――》 「――――」

私には茶々丸が居るから。
彼女が保障したのだ。
あんな木偶の棒など鎧袖一触だと。 簡単に吹き飛ばしてみせると。
ならばそれを信じる。
信じられない理由が無い。

《――――》

刹那、彼女から思念が送られてくる。
それは言語化もされていないただのイメージ。
私がこれから取るべき行動。
勝利の方程式。
しかし、それが理解できない。
その行動がとれるとは思えない。
……愚劣。
それが何だというのか。
理解できないのならするように努めればいい。
とれないと思うのならとれるようになればいい。
意識の底にある人間の“ルイズ”を破壊し、創造し直す。
肉を甲鉄に、血を流れる熱量に、けれども骨子には自分の魂を。

――そうして出来あがった“虎徹ルイズ”にはそのイメージが容易く読み取れた。
それに従って形を取り、意識を虎徹に溶け込ませる。
そうして私はその終焉オワリの太刀の名を紡ぐ。

《「吉野御流合戦礼法、“雪崩ナダレ”が崩し……」》

すぐ目の前にはこちらを打ち砕かんと迫る鉄の拳がある。
おおよそ考え得る限り最悪の劣勢。
ここから何をしても無駄と言う、いわゆる“詰み”の状態。

――しかしそれら全ての頭に“普通ならば”という但し書きが付く。
これなる太刀は尋常にあらず。
放たれればどんな劣勢であろうと瞬く間に巻き返さずにはおかぬ。
その刃は音も、光すらも置き去りにするだろう。
その刃の前では、堅固な城塞も、物言わぬ山も、等しく無力だろう。

《「電磁撃刀レールガン――――“オドシ”」》

そうして雷鳴にも似た轟音と共に放たれた凶刃は、刹那、ゴーレムの拳を裂き、腕を裂き、胴体を裂き――――
そうして一拍遅れてやってきた衝撃波によってゴーレムも、炭焼き小屋も、周りの森も……まとめて全てをなぎ払った。



電磁撃刀レールガンの余波ですっかりえぐれてしまった地面に腰かけながら、膝の上の主人に声をかける。

「やー綺麗になったもんだ。 ねぇルイズ?」

《……寝てるって相棒。 しっかしまぁ派手にやったもんだね》

期待した答えは返ってこなかったが、手元の剣が代わりに答えた。
その声に辺りを改めて見回してみる。
むき出しになった地面、遠くの方に散らばった炭焼き小屋の破片、いまだぱちぱちと音を立ててくすぶる木切れ――――

「おかしい」

《あん? そりゃあ確かに相棒がこんなことを一人で出来ちまうってのはおかしいが……》

「ちげーって。 デル公、おめーも聞いてたろうが。 あてが使ったのは磁力制御と重力制御だってーのに、これは何だ?」

そう言って足元のすっかり焦げてしまった木切れを持ち上げる。
それをどこに目があるか分からないからとりあえず、かちゃかちゃと震えている鍔元に突き付けた。

《それがどうかしたってのか? ただの燃えカスじゃねーの?》

「おかしーんだよ。 磁力と重力で爆発が起きるかっての」

そう、これは断じて私の陰義の結果ではない。
ゴーレムを斬り裂き、衝撃波でなぎ払った直後、それに従って壊れたところが爆発し出したのだ。
この木切れは、その爆発のせいで出来たものに違いあるまい。
うーむと喉を鳴らして考え込むこちらを暫く黙って観察(?)していたデルフリンガーだが、やがてまたかちゃかちゃと鍔を鳴らしだした。

《……よくわかんねーけどさ、相棒はツルギ、なんだよな?
 で、その動力源はこの娘っ子の熱量なんだっけ?》

そうなんだよな? と確認してくるデルフリンガーに頷いて答える。

《おれっち、その熱量とか言うのは良く分かんねーんだけど……
 たぶんさ、それに娘っ子の魔力が紛れ込んでたんじゃねーの?
 ほれ、あの爆発の感じ、いつもの失敗魔法に似てねーか?》

「! あーなるほど、なるほど!
なんだよデル公、さえてんじゃん!」

よせやい照れるじゃねえかと、がちゃがちゃ暴れるデルフリンガーを褒めちぎりながら考える。
なるほど、そう言うこともあるのかもしれない。
何せここは魔法の世界。 仕手が魔法が使えるのなら、それが劔冑に伝播して魔法が使えるようになっても不思議ではないか。

「あ、いたいた! 茶々丸、あんた無事なの!?」

と、そんな事を考えていると空から降りて来たキュルケとタバサがこちらに気付いて声をかけて来た。

「おー心配かけたねお二人さん。
ルイズもあても無事だよ~」

「全く心配かけさせるんじゃないわよ……それで、さっきの空飛ぶ鎧は……」

「あーそれは後にしてくんないかな? ほら、あそこ」

そう言って先程から感知していた熱源のある方を指差す。
そこから、すっかり土埃で汚れてしまったロングビルが顔を出した。

「! ああ、ミス・ロングビル! ご無事だったのですね」

「ええ、なんとか。
それにしても凄まじい爆発でしたね……
フーケもどこかへ逃げてしまったようで……」

「いや、フーケならまだ居るよ」

すっかり憔悴しきった顔で話すロングビルの言葉を途中で遮る。
そして膝の上のルイズを静かに地面に寝かせて、起こさないように気を配りながら
疲れた体に渇を入れて立ち上がる。
そんなこちらをぽかんとした顔で見ながらキュルケが言った。

「え? そんなこと、どうして分かるのよ?」

「そこはそれ、さっき飛んでる時に見かけたんだ~。 さて、と」

緩んでいた気を締め直す。
仕手を得た今となっては、以前の様な苦痛を味わう必要も無いというのに……
わざわざ進んで難儀なことをしようとしている自分の苦笑しながら意識を集中する。
自分の内に漂う虎徹の要素、その中から太刀を選び取り、引き上げる。

「ぐっ、づっ」

「ライガー……?」

「大丈夫?」

唐突に苦しみ出した私を見て心配そうに顔をゆがめるキュルケとタバサに、無理して笑って答える。
そして、太刀を腕の中で構成する。

「ぎっぐぅああああああ!!!」

手のひらより、肉を裂き、血をほど奔らせながら太刀を引きぬいた。
痛い。すごく痛い。だがまぁこれが必要なんだから仕方ない。
あまりの光景に息をのんで固まる三人を尻目に、深く嘆息しながら息を整える。
そうしてこれ以上心配させないために無理に笑って言った。

「やー驚かせて申し訳ない。
さて、これで武装も済んだし、いっちょフーケ狩りと行きますか」

「行きますかって、あなた……腕は平気なの!?」

「ん? あーこれ。見た目ほど痛くは無いって。へーき、へーき」

血相を変えて取り乱すキュルケを何でもない風を装ってたしなめる。
実際は死ぬほど痛い。
今すぐその辺をのたうちまわりながら泣き喚きたいくらいに。

「平気な訳ないでしょ!! タバサ、治療を……」

その言葉に従ってタバサがこちらに歩み寄り、腕を掴んで杖を向ける。
どうやら治療をしようと言うことらしいが、その動きが止まる。

――――まぁそれもそうだ。だってその腕には……

「? どうしたのタバサ、なんで何もしないの?」

動きを止めたタバサを訝しんで声をかけるキュルケに、タバサはただ一言ポツリと答えた。

「……傷が、無い」

「え? そんなわけないでしょう!だってさっきあんなに……」

そう言って走り寄って私の腕を取ったキュルケは、タバサと同じように固まった。
先程、肉を突き破って太刀を取りだした手のひら。
そこには血痕こそあるものの、傷痕などどこにもなく、綺麗なままだったのだから。
……まぁ実際は、取り急ぎ表面だけを治療してごまかしただけである。
正直すごく痛い。

「うそ……そんなわけが……」

「あーもういいかな? 傷は無いんだし、フーケ探しに行っても」

顔を真っ青にして震えるキュルケを下がらせ、強引に話を進める。
誰からも異論は上がらなかったので、そのまま続けた。

「おっし、じゃあおねーさん、一緒に行こうか」

「え? 私ですか?」

声がかけられるとは思っていなかったのだろう、意外そうな声をあげるロングビルに鷹揚に頷いて見せる。

「そうとも。 だって、キュルケもタバサもさっき散々戦ってたから疲れてるし、うちのご主人様はアレだし」

そう言って、未だ地面で眠り続けるルイズを示す。
余ほど疲れているのか、先程の騒ぎでも身じろぎ一つしなかった。

「おねーさんは偵察だけで魔法使ってないし、まだ余裕あるでしょ?」

「それは……まぁ、その通りですが……」

不肖々々と言った感じで頷くロングビル。
それはそうだ。 ここでボロを出す訳には行くまい。
彼女に選択肢は無いのだ。
内心でほくそ笑みながら、話を締めくくる。

「でしょ? じゃー決まり! ああそうだ、タバサ」

「なに?」

相変わらずの無表情で答える彼女に内心で苦笑しながら、聞くべきことを聞いておく。

「フーケってさ、まだあのゴーレムを作れると思う?」

「……それは、ないと思う。
あれだけの巨大なゴーレムを作るのには相当な魔力が必要。
それを吹き飛ばされたのだから、すぐに同じことは出来ないと思う。
出来るのなら、今襲ってきていないのは不自然」

でも気をつけてと言ってそれきり黙るタバサに礼を言ってロングビルに向き直る。

「さーて、そう言うことらしいので後顧の憂いなくフーケ狩りにいけるね、おねーさん?
あてらでアイツをぶちのめして、一気にスターダムにのし上がろーぜぇ?」

「そう、ですね……」

――――おーおーおー。唇噛んで、顔白くして、指先がなんか震えてて、呼吸はやたらと不安定……見るからに絶好調だな!

そう言ってやりたい思いを鋼の自制心で抑え込む。
そんな状態の彼女を誘って森へ入ろうとした時、後ろから声がかけられた。

《ちょ、待ってくれよ相棒! ひでーや!
 相棒の剣はこのデルフリンガー様だろう!?》

ああ、そう言えばこいつが居たか。
まぁ、こいつを使えればわざわざあんな痛い目を見ながらビックリ人間SHOWをする必要も無かったのだが。
――――生憎とこいつには意志がある、どこにあるかは知らないが目もある、そして自分の考えを伝える口がある。
こいつをこの先に連れて行くことは出来ないのだ。

「まーな、でもさデル公。あては不安なんだよ。
主人を一人残して森にはいっちまった時に、一体だれがルイズを守るのかってな。
だから、気心の知れたおまえに守っていて欲しいんだ」

《相棒……分かった! まかしときな!!
このデルフリンガー様が居る限り誰にも城ちゃんには手を出させねーぜ!!》

感極まったようにがちゃがちゃ暴れるデルフリンガーに内心で呆れる。
手も足も無いおまえが一体どうやってルイズを守るというのか。
まぁ、先程辺りを調べた限り、この近辺に今この場にいる四人以外の熱源は無い。
つまり誰かに襲われるような危険は無いのだ。
そんな内心をおくびにも出さず片手を振り上げて言った。

「おう、任せたよ相棒。 なぁに、そんなに時間はかからないよ。
すぐだ。 こんな野暮用、あっという間に片付くさ」



森に入って小一時間、道なき道をロングビルと二人で進む。
彼女はと言うと、先程から落ち着きが無いようにあたりをきょろきょろと見回している。
そんな彼女が口を開いた。

「あの、もう大分歩きましたし……
もうフーケは逃げてしまったのでは?」

そう不安そうに言うロングビルの言葉に少し考える。
主人たちと別れて結構な距離を進んだ。
これだけ奥まった所なら……

「そうだね、もうそろそろ十分かな? ねぇ、土くれのフーケさん?」

「!!」

酷薄な笑みを浮かべたこちらに、自分の正体がばれている事を悟ったロングビル、いやフーケは一瞬で表情を変えた。
一気に飛びずさると、杖をこちらに向けようとする。
なるほど、その動きは世間を騒がせた大怪盗と言うだけあってなかなか様になっていた。
だが、

「いやー遅い、遅い。 そんなんじゃ欠伸が出るよ」

一息で至近に迫られた事に驚いてかフーケの顔がゆがむ。
その間、思考の空白の間に、彼女の杖を持つ手首と、首を押さえつけて締め上げる。
そして手近な木の幹へと叩きつけた。

「がっ!」

言葉とも言えないような空気の漏れる音だけを響かせてフーケはされるがままになっている。
何とかこちらを引きはがそうと、自由な足でこちらを蹴り付けるが、そんなものは毛筋ほどにも痛くない。
やがて、蹴りが何の効果も及ぼさない事を悟った彼女は、空いてる手で何とか自分の首を圧迫する手だけでも取り外そうともがきだした。
そんな最中、彼女の口から途切れ途切れに言葉が投げられる。

「どう…し……ッて…?!」

“どうして?”
大の大人が、それだけの言葉を紡ぐために顔を真っ赤にしてもがいている様は滑稽でならなかった。
そのまま大笑いしてやっても良かったが、必死の苦労に免じてその質問に答えてやる事にする。

「どうして? なにがどうしてなんだろーね?
はははっ! 睨まない、睨まない! ……そうだねぇ、“どうして正体が分かったか?”“どうして私にこんなことをするのか?”ってとこかな聞きたいところは。
まず、どうして正体が分かったか。 これはまぁ簡単だ。
あては耳がいいんでね、一度聞いた人の声なら絶対忘れない……あんた、学院で最後に魔法使ったろ? その声と、今朝顔を合わせたおねーさんの声とが同じだったんだ。
だから、フーケの正体に関しちゃ最初っから分かってたんだ」

驚いた? とフーケの顔を覗き込んで笑ってやる。
その悔しげに歪められる顔を堪能した後、話を続けた。

「あっはっはー、つまりキミはずっとワタクシの掌のうえで踊っていたのだよー。
ねぇねぇ、どんな気持ち? こんな子供に手玉に取られてどんな気持ち?
さて、どうしてこんなことをしているのかって言えば……一つはまぁ、復讐かな?」

そう言って、手首と首に、捉え違いようのない明確な意思を込めて力を入れる。
今まで、大人しかったフーケが急に暴れ出す。
そんな様子を鼻で笑って言った。

「いやーあの晩は肝が冷えたよ。
足元がいきなり砂になってさー、掴むところも端から砂になってくんだからね。
おかげで大して減速も出来ないまま地面にたたきつけられた。
太陽から落ちたイカロスの気持ちがわかるっつーか、なんつーか……
痛かったなー、虎徹が無ければ今頃死んでたね~……本当に痛かったんだよ?」

いい加減に暴れられるのも鬱陶しくなってきたため、首を掴む手に力を入れて、気道を圧迫する。
初めはそれこそ火がついてたように暴れ出したフーケだったが、次第にその力も抜けて行った。
頃合いを見計らって、圧迫を緩めてやりながら言った。

「そんなわけで、あては大分怒ってるんだな~。
だから、おねーさんには特別に見せてあげよう。
あての本当の姿を、ね」

困惑に揺れる瞳を眺めてにやりと笑ってやると、意識を自分の内側に向けた。
そしてそこに漂う虎徹の要素を汲み上げ、構成する。
ごきりと、体の内から異音が響いた。
それは体を掴まれているフーケにも伝わるらしく、何か言いたげな瞳が揺れていた。
それに目だけ笑って答えようとするが、そんな余裕もすぐに消えた。
断続的に異音が体内から響いてくる。
皮膚の所々から甲鉄がせり上がり、血が溢れ出す。

「ぎっっぐうぅがっ!!」

肉の体を強引に鋼に置き換えられる、その暴力的な痛みに自分の意思とは無関係に口から苦悶がこぼれた。
フーケはこちらの様子を身じろぎもせず見ている、と思ったら白目をむきだした。
気付かぬうちに喉を締め上げていたようだ。
慌てて力を緩めると、彼女はぜぇぜぇと息をしだした。
良かった、こんなことで殺してしまっては元も子もない。
そんな事を考えている間に、体の構成は限界まで済んでいたようだった。
ここから先は礼法に則った作法が居るが……彼女を押さえつけている為、略式で構えは取らずに誓句だけを口にする。

「蛆には腐肉を。蠅には糞を。百舌には蛙の串刺しを」

フーケは、唐突に口に出される彼女にとっては意味の分からない言葉の羅列に、ただただ困惑している。
それももう間も無く終わる。
その時彼女は一体どんな顔をするのだろうかと思いながら、誓句を締めくった。

「今宵の虎徹は――――血に飢えている」

瞬間、辺りを閃光が満たし、私は劔冑をまとった武者となっていた。
それを見たフーケの顔が驚愕に歪む。
もう、押さえつけている必要もあまりないので、首から手を離してやる。
しばらくその場でうずくまって、げぇげぇと息をしていた彼女だったが、やがて落ち着くとこちらに向き直って言った。

「あ、んた…あたしのゴーレムを壊した…ッ!」

「はぁい、正解。 じゃ、とりあえず昨日の落とし前から」

その言葉に怪訝な顔をするフーケに構わずに、握ったままだった彼女の手を、そこに握られた杖ごと粉砕した。
一領で大の大人百人分の働きはすると言われる武者、その剛力は彼女の繊手を容易く壊してのけた。
まさに赤子の手をひねるがごとく。
何が起こったのか分からないと言った風に口を開けて固まっていたフーケだったが、一瞬後には大声をあげてその場をのたうちまわりだした。
いつまでもこんな大声を出させていたら、主人たちがこちらに気づくかもしれないので、のたうちまわる彼女の腹を踏みつけて動きを止めた。
ただし、殺してしまわぬよう、柔く、優しく。 ……それでも彼女はげぇっと口からしずくを飛ばして苦悶の声をあげていたが。
そんな様子を気に掛けずに彼女にのし掛かる。
そして彼女の首に腕を交差させて突き出した。
そうすると、手の甲に付いた三本爪がちょうど首の脇に突き刺さる。
軽く腕を引いて爪の刃が喉元に当たるように調節した。

「っっ!! あんた、一体何者なんだい……!」

ほう、まだそんな余裕があるのか。
興が乗ったので話してやるとしようか。

「あては、ヒトとして生まれたツルギ。ツルギとして造られたヒト。どちらでもあって、どちらでもない……中途半端な合いの子だ。
おねーさん……あてはね生体甲冑リビング・アーマーなんだよ……」

そんなこちらの言葉にフーケは目を白黒させるばかりで何も言わない。
それはそうだ。 何も知らない彼女に劔冑だ、人だと言ったところで馬の耳に念仏だろう。
気を取り直して話を仕切り直す。

「さて、これで理由の一つ目は片付いた。
理由の二つ目はね……あては、今回の事で身にしみてよぉく分かった事がある。
いったい、なんだと思う?」

わかる? と、刃を喉元にヒタヒタと突き付けながら質問する。
フーケは手の痛みか、喉元に感じる刃の冷たさかに顔をゆがめながら言った。

「さぁ、ね…生憎とさっぱり分からないよ、あんたの考えてる事なんてね」

「ありゃ、なんて横柄な口のきき方なんでしょー。 おねーさん、そっちが地かな?」

「どうだっていいだろ? そんなことよりさっきの答えは?」

フンと鼻を鳴らしながら答えるフーケ。
なるほど、なかなか腹が据わっている。
この絶体絶命の窮地に立たされて尚、心だけは折れぬとは向かってくるその心根の強さ。
まったく、いっそいじらしい程だ。

「ふふ、いいねー、おねーさん。そう言う跳ねっ返りぶりは嫌いじゃないよ?
で、答えだけど、あてはこの世界についてあまりに無知だってこと。
魔法についても、世界情勢についてもね。
……それで、そんなあてが、おねーさんに望むこととは一体なんでしょーか?」

「……まさか、あたしに魔法について、世界情勢について教えろっていうんじゃないだろうね?」

「うーん、50点。 あてが知りたいのは確かにその事だけど、そんなことはルイズに聞いたって教えてくれるだろうね。
……おねーさんに教えてもらいたいのはね? この国の貴族様が知ってるような耳障りのいい話じゃなくて、もっと“生”の情報だよ。
聞けば、土くれのフーケってのは貴族が何回も捕まえようとして、それでも捕まえられなかったんだろう?
そーいうやからってのは、大抵独自の情報網やら、人脈やらを持ってるもんだ。
あては、それが欲しい」

「ハ、はははっこの土くれのフーケに草になれっていうのかい、お譲ちゃん!
……ちなみに、断った場合はどうなるんだい?」

分かり切ったことを聞くフーケを鼻で一つ笑うと、彼女の顔にずいっと顔を寄せる。
恋人同士が見つめ合うような距離で彼女が求める答えを返してやった。

「そんなもん決まってる。
――――服従か、死か。
どんな馬鹿でも間違いようのないとってもシンプルな質問だ。
で? おねーさんはどっち?」

その問いに一つ嘆息してフーケは答えた。

「決まってるでしょ? 服従だよ、服従!
まだまだ、あたしだって死にたくないからね……
だから、そろそろ首の物騒なものをどけてくれないかい?」

首を動かすことが叶わないので、目だけを動かして爪を示すフーケ。
彼女の言葉にウソは無いだろう。
だが、一応最後にくぎを刺しておく事にする。

「交渉成立だね~。これからよろしくね、おねーさん。
ただし、裏切ったらひどいかんね?」

「……骨身にしみてるよ」

心の底から痛感している声だった。
流石に少し申し訳なくなりながら、彼女の上から退いて、装甲を解く。
フーケは、怪我をしていない方の手を喉元にやりながら言った。

「一体どういう仕組みなのさ、その鎧。
杖も無く使える所を見ると魔法でもないみたいだけど……もしかして先住魔法?」

「いーや、魔法じゃないよ。 まぁそれはおいおい話してこうか、おねーさんが言ってた先住魔法ってのも気になるしね。 立てる?」

「っ、ああ、まったく派手にやってくれたねぇ、ゴーレムと言い、あたしの手といい」

せっかく手を貸してやったというのに恨めしげな視線を寄越すフーケに、若干不機嫌になりながら言った。

「なにさ、おねーさんだってあての事ゴーレムから突き落としたでしょう?
お互い様だっての。 それとも、本当にあの高さから落としてほしい? その手だけじゃ足りない?」

「そんなわけないだろ? 全くおっかないねぇ……それで、この後どうするんだい?
あの子たちには、フーケは逃がしましたって報告する?」

時たま、手が痛むのか顔をゆがめながら聞くフーケ。
そんな彼女の様子を見るともなしに見ながら言った。

「大丈夫? あとでタバサに直してもらいなよ。 フーケに襲われた名誉の負傷だって言えば悪い顔はされないんでない?
……それからね、フーケは逃がさないよ。ちゃんと捕まえる。
ただし、色々と喋られちゃ困るんで口が利けないようにするけどね……」

先程、空から探知しておいた方角に目を向ける。
その方向にはやつら・・・が居るはずだ。
元々、この辺りを荒らして回っていたようだし、いなくなっても誰も困るまい。
いや、むしろ感謝されるぐらいではないか?
そんな自分の思いつきに一人でくつくつ笑っていると、何やら胡散臭げな視線を感じた。

「やれやれ、何を考えているのかは知らないけど、あたしに火の子はかからないんだろうね?
まぁ……なにはともあれ、これからよろしく頼むよ、ライガー?」

差し出された怪我をしていない手を取って握手をする。

「大丈夫、むしろ露払いをするぐらいだからさ。
あとは、あの髭の学院長にも賃上げ交渉位ならしてあげられる。
これからよろしく、おねーさん。 あと、ライガーってのは偽名だから」

とりあえず、“フーケ”を捕まえに行く前に、彼女の間違いを正すところから始めることにした。



“フーケ”を見事に捕まえた……いや、殺した私たちは、動かなくなった馬車を乗り捨てて、タバサのドラゴンに乗って学院へと戻った。
そこで“フーケ”を衛兵に引き渡した私たちは、そのまま学院長室に連れて行かれた。
疲労困憊で眠りこけるルイズだけは、保健室へと連れて行かれたが。
そして、今目の前ではオスマンが髭を撫でながら満足げに頷いている。
彼は机に置かれた巨大な盾、“飛天の鎧”に手をやって言った。

「君たち、よくぞブーケを捕まえ…もとい倒して、“飛天の鎧”を取り返してきてくれた。
わしも学院長として鼻が高いぞ……ミス・ロングビルも御苦労じゃった」

「いいえ、オールド・オスマン。私は当然のことをしたまでです」

そう彼女は澄ました顔で言って見せて、ローブの端を掴んで一礼した。
なんて面の皮の厚さだろうかと、自分を棚に上げて考えていたところで、オスマンが話を続けた。

「フーケも、城の衛士に引き渡したし、こうして“飛天の鎧”も無事戻ってきた。一件落着じゃな」

好々爺らしい笑みを浮かべると、こちらの頭を一人ずつ撫でて行く。
ただし、ロングビルだけは手が尻に向かおうとしたため足の甲を踏みぬかれて阻止されていたが。
しばし悶絶した後、取り繕うように咳払いをした彼は、何事も無かったように喋りだした。

「さて、今回の働きを見て、君たちの、“シュヴァリエ”の爵位申請を、宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。
といっても、ミス・タバサはすでに“シュヴァリエ”の爵位を持っているから、精霊勲章の授与を申請しておいた。
それから、ミス・ロングビルにはあとで特別ボーナスを出そう。今後の給与も期待してよいぞ?」

その言葉に三人はそれぞれの言葉で喜びの念を述べたが、やがて何かに気付いたようにキュルケが言った。

「その、茶々丸にはなにもないんですか?」

彼女はどうやら、“フーケ”を捕まえた直接の功労者である私が何も報われていない事が、気に咎めたようだ。
私にはその優しさだけで十分、いやその優しさを向けられる資格すらない。
だって、彼女らが“フーケ”だと思っているあれはフーケではないのだ。
本物は隣ですました顔で立っているロングビルである。
あの“フーケ”は、馬車を襲った山賊、その中のフーケに背格好が似ているだけの無関係な男だ。
私はフーケと連れだってあの山賊たちのアジトに押し入り、そこにいた連中を皆殺しにし、事が済んだ後でその死体の山の中から、背格好が似たものを選び出した。
そして万が一顔を知っている人物が居た時の為に、顔を潰し、ロングビルの持っていたフーケのローブで包み、何食わぬ顔でこれがフーケだと偽ったのだ。
これで“土くれのフーケ”は表向き死んだ事になり、本物の彼女は自由に動きやすくなる。
そしてさらにはその功績をたたえられた彼女は、学院での立場が今より向上し待遇も良くなるだろう。
人に言う事を聞かせたいのなら、鞭だけではいけない。
自分の利益と言う飴があって初めて人は動いてくれるのである。

そんな考えを余所に、私の名前を聞いて首をひねっていたオスマンがようやく口を開いた。

「チャチャマル? ああ、ミス・ヴァリエールの使い魔の。
すまないが貴族でない彼女に公式に報酬は出せん。
じゃがまぁ、個人的にという分には構わんじゃろ。
チャチャマルくん、じゃったかの? なにか、欲しい物でもあるかな?」

思いのほかこの爺、懐の深い人物らしい。
にしても欲しいものか……

「うーんそうだね、欲しいって言ったらこづかいが欲しいかな?
いつまでも、ご主人様の財布から物を買ってたんじゃあ恰好がつかないし……」

「ほほっ、それもそうじゃのう!
なら月に一度わしのところへ来ると良い。
あまり大した額はやれんが、こづかいをやろう」

「ほんと?
いやー、さっすが学院長! よっ、太っ腹!」

適当におだててやると、オスマンは気の良さそうな笑みを浮かべてほほほと爺っぽい笑い方をした。
やがて、周りから注がれる生温かい目線に気付くと気を取り直して言った。

「さてと、今日の夜はブリッグの舞踏会じゃ。このとおり、“飛天の鎧”も戻ってきたし、予定どおり執り行うことにする。
さ、今日の舞踏会の主役は君たちじゃ。用意をしてきたまえ。せいぜい、着飾るのじゃぞ」

その言葉にそう言う催し物が好きそうなキュルケは嬌声をあげて、急いで扉へ向かうとそこだけ思い出したように貞淑に一礼をして出て行った。
続けてロングビルが包帯が巻かれた手を示して、治療がありますからと退出し、それに無言でタバサが続いた。
と、出て行く直前で彼女は立ち止りこちらに向き直った。

「……行かないの?」

「あぁ、ちょっとこの人に聞きたいことがあるんだ~。
舞踏会なんでしょ? 早く行ってきなよ」

こちらの言葉に暫く逡巡していた彼女だったが、やがてこくりと一度うなづくと静かに退出して行った。
その姿を見送り、オスマンへと顔を向ける。
彼は応接用と思しきソファーに腰掛けて、深く息をつくと言った。

「さ、君もかけたまえ。 立ち話と言うのもなんじゃろ?」

その言葉に従って、彼の対面へと腰かける。
応接机に置かれた鋼色の盾、“飛天の鎧”を挟んで対峙した。
オスマンはそんなこちらの様子に笑みを浮かべると、魔法を唱えてティーセットを引き寄せた。

「さて、君は何がいいかな? ダージリン? それともローズヒップ? 隠し味にブランデーを垂らすのがわしは好きでのう」

「好きなのでいいよ。 ブランデーもいらない。 それにあんまり長くなるような話でもないさ」

そんなこちらの横柄な物言いにほほっと笑うとオスマンはお茶を淹れながら言った。

「まぁ、落ち着きなさい。 それで話と言うのはなにかな?」

食えない爺だと、内心で嘆息し一拍の間をおいてから、応接机の上に置かれた“飛天の鎧”を足で叩く。
流石にこれには彼も若干目を釣り上げた。

「これこれ、国宝になんてことするんじゃい」

「“ウォーリア”」

一言だけ告げて相手の反応をうかがう。
オスマンは紅茶を入れる為に動かしていた杖を止めてこちらを食い入るように見つめていた。

「続けてくれんかの?」

「こいつは、RC―00 “ウォーリア”。
ハプスブルク二重帝国の兵器メーカーのゼグラー社が、世界で初めて造った数打劔冑だ。
こいつが出来たおかげで、世界の在り様は一変した。
貴族階級だけしか持てなかった、劔冑と言う絶対の暴力が市民階級にまで出回るようになったからな。
うちの国じゃあ、こいつの親戚が国で運用されるようになってわずか八年で支配者を決める選挙権が市民階級にまで与えられた。
これまでの世界封建社会に終止符を打ち、新たな世界民主社会を打ちたてた功労者ってわけだ。
……なぁ、じいさん。 あんたこれをどこで手に入れた? 間違ってもこの世界ハルケギニアにあっていいもんじゃないぜ、これは」

「………」

こちらの言葉を聞いて深く嘆息したオスマンはカップを引き寄せると、紅茶を飲んで一息つき、それから話し始めた。

「それはの、昔わしの命の恩人が使っておったものじゃ」

そこまで言うと杖を振ってこちらにカップを寄越してきた。
中には鮮やかな色合いの紅茶が湯気を立てている。
黙ったままの爺はこちらが紅茶を飲まぬ限り話を続けないつもりだろう、時折細めた眼からこちらの様子を流し見ている。
全く食えない爺である。 でも紅茶は美味かった。
こちらが紅茶を飲んだのを確認すると爺は話を続けた。

「もう、三十年前になるかのう、森を散策していたわしは、見たこともない服を着た青年と出会ったのじゃ。
その青年はとても衰弱しており、なのにその目だけは爛々と輝いておった…まるで今の君のようにの?」

そう言って悪戯気な視線を投げて来る爺にふんと、鼻を一つ鳴らすだけで答える。

「ほほっ、それでのう、その様子を心配したわしは何とか彼を助けようと思ったのじゃがのう、さっぱり言葉が通じなくてのう……
終いには彼に剣をつきつけられる始末、どうしたものかと困り果てていると、唐突に血相を変えた青年がわしを突き飛ばしたのじゃ。
そうして何事かを唱えると、背中の盾が割れて青年を覆い、辺りが光に包まれて、それが収まるとそこには無骨な鎧をまとった戦士がおった」

そこまで話して喉が渇いたのか、紅茶を飲んで嘆息し、一拍置いてオスマンはまた語りだす。

「その戦士はそのまま、背中の筒から火を吹いて天を駆け、わしの後ろに迫っておったワイバーンへと猛然と向かって行きおった。
……彼はのう、わしを救ってくれたのじゃよ。あのまま突っ立っておったら、今頃わしは生きておらんかったろうしのう。
そしてワイバーンを幾度かの交錯の後、撃ち落としたのじゃ。
じゃが、彼もまた無事では済まなかった。
最後の交錯の折、鋼をも切り裂くと言われるワイバーンの爪を背中に受けての。
そのまま墜落してしまったのじゃ」

なるほど合点が入った。
あの背中の翼筒バレルの傷はその時に出来たものだろう。

「大変な高さから落ちたはずだろうに、なんとその鎧には傷一つなかった。
じゃがのう、中身の彼はそうもいかなかったようじゃ。
なんとか鎧を外して中を確認してみると、死んでおったよ。
今でも思い出せる。安らかな死に顔じゃった……」

どうやってハルケギニアに来たのか理由は知らないが、恐らくその彼は戦争の敗残兵だろう。
体の調子が思わしくなかったところに、装甲して空戦などを挑んだから死期が早まったのだ。
死に顔は安らかだったと言うが、一体何を思って死んでいったのだろうか。
最後に人を守れた充足感か、幼き日に夢見た英雄譚のようにドラゴンを打倒した達成感か――――

「わしは彼を鎧から引き出して埋葬した。
その後で見てみると、あの鎧は盾の形に戻っておっての。
このまま、野ざらしにして錆させるのも本意ではあるまいと思ったわしは、固定化の魔法をかけて“飛天の鎧”と名付けたその盾を王室に献上したのじゃ」

盾の形に戻ったというのは、仕手の熱量供給が途絶えた為、おそらく待機状態に戻ったのだ。
そして、固定化――たしか、物を錆や風化から守る魔法だったか。
なんの熱量供給もなしに、あの劔冑が形を保っていられた理由がそれか。

どうやら、話はそれで全てらしい。
オスマンは年寄りらしく大きなため息をつくと、椅子に深く座りこんだ。
私は紅茶を飲みほして言った、

「紅茶ごちそうさま。 なかなか面白い話だったよ。
とりあえず、ほいほいあっちとこっちで人が行き来してるってわけではないんだね。 安心したよ」

「安心? おかしなことを言うの? 普通、元居た場所に帰りたがるものではないかな?」

――――それはまた、笑えない冗談を。

「あそこに帰る? 冗談じゃない、死んでもごめんだね!
やっとあてはアイツから解放されたんだ…絶対に戻るもんか…」

豹変したこちらを驚いたように見つめているオスマンに、安心させるように笑いかけながら言った。

「ああ、ごめん、ごめん。驚かせちゃったね。
まぁ、そんなわけで、あてはこいつを使って、この世界をどうこうするつもりはないよ。
だから安心してよ、じいさん……そっちの先生も」

がたりと、学長室の奥、何かをしまう物置小屋と思しき扉から物音がする。
その様子に顔を歪めながらばつが悪そうにオスマンが言った。

「気付いておったのか……食えない子じゃのう……」

「おいおい、誰に向かってそんなセリフ吐いてやがる。
鏡に向かって言ってろっつの……まぁいいや、こづかいの話ありがとね。後で本当にもらいに来るから」

それじゃあ、と扉の前で一礼して学長室を後にする。
さて、とりあえずは未だ保健室で寝たままの主人の様子でも見に行くとするか。



茶々丸が去った後の学長室、オスマンは深くため息をつくと、奥の扉に声をかけた。

「コルベール君……いつまでそんなとこに引きこもっておる、出て来たまえ……」

その言葉にばつが悪そうな顔をしたコルベールが扉を開けて顔を出した。

「気付かれていたとは……私も衰えましたね……」

「それでいいのじゃよ。 いつまでも過去にとらわれる必要はない。
が、さてどうしたものかのう……」

茶々丸の処遇について考えを巡らせていると、そんなオスマンの足元に一匹にネズミが駆け寄った。
それに気付いたオスマンが破顔して懐をなにやらごそごそと探りだす。

「おお、モートソグニルや。ご苦労じゃったの。 ほれ、豆じゃ好きなだけ食べると良い」

主人から好物を大量に差し出されたネズミは、嬉しそうに鳴きながらその場にうずくまって豆をかじりだした。
その様子を満足げに見遣ったオスマンは、表情を引き締めると再び物思いに浸りだす。

オスマンは見ていたのだ。
彼の忠実な使い魔であるモートソグニルの目を介して今日の全てを。
あらかじめ馬車に忍び込ませておいた使い魔は実に良い働きをしてくれた。
彼女が“飛天の鎧”を纏うのも、彼女が自分の名前を足利茶々丸だと名乗ったのも、その後ひたすら正しい発音を覚えるまで主人に練習させたのも……
そして何よりも、彼女が“飛天の鎧”と同じ、虎徹と言うツルギであることも。
まぁ、その後起こった爆発の余波でモートソグニルは気絶して、気が付いたら彼女たちがタバサの使い魔であるドラゴンに乗って飛び立つところだったので、慌ててその尻尾につかまらせたのだが……

それら全てを統合して考える。
彼女は危険な存在であるのだろうか?
主人に対する言動などは、やや敬意に欠け、時として荒っぽいが、それでも最後の一線は彼女を立てているように思える。

しかし、あの戦闘力はどうだ。
素手でドットとはいえメイジを打倒してのける力に加えて、あの虎徹。
あまり考えたくはないが、あの爆発は彼女の手によるものだろう。
それを単身で操り、王宮のメイジですら手を焼くフーケのゴーレムを打倒する戦闘力……

さらには、彼女の左手に刻まれたガンダールヴのルーン……
ありとあらゆる武器を操り、一人で主人の詠唱の間専任の敵を打倒したと言われる伝説の使い魔。
それを考えればあの力は納得がいくような、いかないような……

「う~~~む、まぁ大丈夫じゃろう。 彼女自身も良い子のようじゃしの」

ほっほっほと能天気に笑う、日和見主義者な老いた偉大なる魔法使いの姿を、ただコルベールだけがじっとりとした目で見ていた。



「かぁーーーッ、いいもん食ってるね貴族様は!!
このローストビーフとかもう絶品だよ!!
あ、タバサその鶏どこにあった? あぁあっち? よし、ちょっと行ってもらってくる!」

他人より一回り大きなマイディッシュに、山と積み上げた料理を黙々と食べ続けるタバサの示す方向に向かって一気に駆ける。
マナーとかそういうのはいい。
とにかく鶏が食べたいのだ。
周りの貴族様の咎めるような目線も気にならない。
そんな様子を腰にさした剣が揶揄した。

《ははっ相棒、まさに色気より食い気ってかんじだなぁ、おい》

「うっせぇ。こんなかっこして何が色気だっつーの」

そう言って自分が今着ている服、タキシードの裾を握ってひらひらと振る。
これを斬ることになった理由はと言えば大したことは無い。
保健室で寝ている主人に舞踏会があることを伝えたら、彼女はすごい勢いで飛び起きて、私をひっつかんで自分の部屋へと駆けこんで行って、そして私に昨日買ってきた服を押しつけると、これを着て先に行ってなさいと云いつけて自分は衣装棚の前で頭を抱えてうんうん唸りだしたのだ。
仕方なしに渡された服に袖を通したのだが、私の着替えが終わってもルイズはまだ衣装棚の前で悩んでいたので、私は彼女を置いて先に舞踏会に向かった。
そして、煌びやかに彩られた会場にも、そこで蝶のように舞う貴族様方にも興味が無い私は、タバサと言う得難い戦友を得て、突撃!貴族の晩御飯リポートを敢行している最中である。
周りの視線も何のその。
あと、先程の鶏は大変な美味であった。

「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~り~~~!」

そんな時、門に控えた呼び出しの衛士がルイズの到着を告げた。
腰の剣もかちゃかちゃと騒がしい。

《お、ようやくお出ましだぜ。
……へ~馬子にも衣装だな、おい》

デルフリンガーはからかうようにそう言ったが、実際よく似合っていた。
白のパーティードレスに彼女の桃色の髪が映えて、まるで雪桜のようだと思った。
そんな彼女に有象無象の男貴族どもが言いよっていく。
それを待ち合わせがあるからと片っ端からすげなく断っていく、そんな彼女と目が合い、

「うげっ」

次の瞬間には苦虫をかみつぶしたように顔をしかめられた。
何だというのだろう一体。

彼女は頭痛をこらえるような顔をして頭を振ると、先程までの貞淑な歩き方とは打って変わり、いつも怒った時にやるように肩を怒らせながらこちらに歩いてきた。
そんな彼女に声をかける。

「やールイズ。 遅かったね、待ちくたびれたよ。
そのドレス似合ってるね~?」

「え~ぇ、どうもありがとうね、茶々丸。
それで? あなたは一体何をしているのかしら?」

「何って、食べ歩きだけど?
あ、ルイズも食べなよこの鶏。絶品だよ?」

「いらないわよ!
いや、いるけど今は……ああもう!!」

何か気に食わない事でもあったのだろうか、大きくため息をつくとこちらを向いて彼女は言った。

「なんのためにあなたにその格好をさせたと思ってるのよ…全く、気張ってきたわたしがバカみたいじゃない」

「へ?どゆこと?」

「エスコートしなさいって言ってるのよ!! まったく、主人も待たずに勝手に舞踏会にはいっちゃうし、居たと思ったら皿いっぱいに料理を盛って食べ散らかしてるし」

失礼な。
食べ散らかしてなんかいない。 ただ量を多く食べてるだけだ。
その言い方だと辺りにいろんなものを撒き散らしていそうではないか。
まぁ、彼女にも彼女なりの想うところがあったということだろう。
ここは一つ、こちらが折れてやるのも良い使い魔として、劔冑として必要な事だろう。

「や~ごめん、ごめん。今からでもやり直せないかなルイズ?
え~っとこういう時なんて言うんだっけ? 一曲踊っていただけませんかしゃる・うぃー・だんす?」

ルイズはしばらく固まっていたが、こちらの言葉の何がおかしかったのか、くすくすと笑いだした。
真面目に言ったこちらに対してそれは失礼ではないだろうか。

「なにさ、いきなり人の事笑って。
いいですよ~だ、あてはあてで勝手に食べ歩いてるもんね~」

「ふふっごめんなさい。
あなたがそんな事を言うのがおかしくって……
わたくしと一曲踊ってくださいませんこと。ジェントルマン」

そう、嫣然と微笑んで、綺麗に一礼して見せる。
その姿には思わずこちらを頷かせてしまう引力があったが、しかし、

「ジェントルマンか……」

「なによ、いいじゃない別に。その格好してるんだからいいでしょ?
しっかりエスコートしてちょうだいね?」

《ぎゃははははは!!ちげぇねえや!!そんな格好してたらおめぇ、なんの説得力も……》

腰で騒ぎだした剣を強引に鞘に押し込んで黙らせると、観念してルイズの手を取って会場の中心、ダンス会場へと向かう。
その途上、柔く手を掴みながらルイズが小さく言った。

「……ねぇ、茶々丸、これからもわたしを支えてくれる?」

――――やれやれこの御堂ご主人様ときたら……どこまで自信が無いのか。

そんな彼女を励ますために、精一杯微笑んで向き直る。

「大丈夫、ルイズが諦めない限り、くじけない限り、あてはずっと傍にいる。
――――だってあては、ルイズの使い魔劔冑だから」



~装甲剣姫 虎徹~                      始


これは英雄の物語ではない。
まだ何者でもない、二人の少女の物語である。


・あとがき
終わった……
と言う訳で本作、装甲剣姫 虎徹はゼロの使い魔と、装甲悪鬼村正のクロスオーバーSSでございます。

知らない人の為に、装甲悪鬼村正について。
2009年にNitro+と言うアダルトPCゲームメーカーより、十周年を記念して発売されました。
……以上です。気になった十八歳以上の大きなお友達は、メーカーHPよりダウンロードできる体験版をやってみることをお勧めします。
ただ油断するなよ? 軽く四時間は持っていかれるぞ?

ではこのSSについて。
このSSは装甲悪鬼村正のヒロイン(ヒロインなんだよ。異論は認めねぇ)の一人である足利茶々丸が、復讐編における彼女の最期より召喚されています。
最初どうあっても救われない彼女に頭を抱えた私は、じゃあ架空グッドエンドをでっち上げればいいんじゃね?と頭の悪い回答を叩きだしたのですが、どうあっても村正世界では彼女を救うことが出来ないという結論に至ります。
じゃあ余所に持っていけばどうだろう、と考えたのがこのSSの起こりです。
どうでしょう?救われているでしょうか?
関係ないモブは死にまくっていますが……

あと今回クロス元を伏せた演出ですが、この手の演出は短編でやってこそだと思いました。
長いともうただの自己満足、途中からは自己欺瞞。
二度とやらねぇ。
閑話休題。
ここまで私の妄想に付き合っていただいた読者諸兄に感謝を。


では最後に、作中ででっち上げた劔冑目録をのっけておしまいです。

・RC-00 ウォーリア
攻:2 坊:4 速:1 旋:1

ゼグラー社が造りだした初めての数打劔冑、その先行量産型。
開発段階で、機体性能が既存の劔冑に大きく劣るであろうことは分かっていたので、とにかく落とされない事を第一にと、装甲を分厚く作られた。
結果飛べればいいという程度の速力と、致命的なまでの足回りの悪さを持つに至る。
兵士達からつけられたあだ名は”鈍亀”。
結局、それを受けて以後の開発コンセプトは大きく見直され、速力と旋回性に重きを置かれることとなる。
空での戦果は振るわなかったが、空以外の戦場においては一定の戦果をあげており、世界中にその脅威を知らしめた。

そして、Red CruzRC――”紛い物の赤で造られた劔冑クルス”――と言うこの機体の開発コードは、後に数打劔冑全体を指し示す言葉となった。

装甲誓句:神よ女王陛下を守り給えGod save the Queen

主兵装:大剣

待機状態:盾



[21285] 【習作】装甲剣姫 虎徹 ~異界録~ (ゼロ魔 × 装甲悪鬼村正 )  第十一話
Name: チビ黒サボテン◆8aa26a54 ID:b93c8024
Date: 2010/10/17 16:32
「ルイズ、ルイズ、どこに行ったの? ルイズ! まだお説教は終わっていませんよ!」

そんな声を遠くに聞きながら、わたしは緑の生け垣の中、息を切らせて走っていた。
ああ、また随分と昔の夢だ。
確か、これは姉と魔法の出来を比べられた時のことか、それとも何がしかのマナーについて怒られた時だったか……厳しい母には何かにつけてよく怒られていたので、そこは良く覚えていない。
だが、この後自分が向かう場所なら分かる。
『秘密の場所』。
中庭の池の中心に浮かぶ小島、そこに据えられた船遊び用の小舟。
幼いころの自分は、何か嫌なことがあると、よくそこに隠れて一人で泣いていた。
だから、この"私"もそこに向かうのだろう。

使用人の気配を感じた"私"は生け垣の影で息を殺している。
そのすぐ傍の植込みの影を覗き込みながら使用人が溜息と供に零した。

「やれやれ、ルイズお嬢様ときたら魔法は使えないくせに、かける苦労だけは人一倍だってんだから……」

その心ない言葉に耐えかねた"私"は目を潤ませると、足音を殺してその場を逃げ去った。
そして見覚えのある生け垣迷路に飛び込み、見覚えのある花壇の角を回り、見覚えのある池に到達する、と思ったのだが。
――――目の前にあったのは見覚えのない鏡だった。
鏡に映った "私"の顔が訝しげに歪み、口が開かれる。

「……なによこれ? わたしの家にこんなものあったかしら?」

と、声を出してみたところで違和感を覚える。
まず自身の声が、"私"の容姿とつりあっていない。今現在の私の声で喋っている。
次にいつの間にやら服装が魔法学院の制服になっていた。
不思議に思ってスカートの端を握ったり、マントを翻してみたりした後視線を鏡に戻してみると、そこに映っていたのは"私"ではなく私であった。
慌てて視線を自分の体に向けると、その体も幼いころのものではなく現在のものに変わっている。
おかしなこともあるものだが、

「まぁ、夢だものね……なんでもありか」

これは夢なのだ。いちいち真に受けて取り乱すのも馬鹿馬鹿しい。
それにしてもこんな夢は初めてだ。
これが夢であると認識しながら、しかもその夢の中を自由に動き回れるとは。
確か明晰夢だったか――――そんな事を考えながら何の気なしにその鏡に手を触れると、次の瞬間には、今度こそ見たこともない場所に私は居た。

格子状になった木の枠に紙が貼られただけの扉に、草で編まれたと思しき見たこともない敷物、なにやら随分と質の悪そうな漆喰で塗り固められた壁。

(一体どこなのよ、ここは……)

そう声に出そうとして、口が全く動かない事に気づく。
そればかりか目も動かせない。
先程までとの違いに一瞬戸惑うが、すぐに思い直した。
これは夢なのだから気にしても仕方が無い、と。
しかし、先程から耳鳴りがひどい。
室内に蝋燭の明りが灯されている所をみると外は夜だろうに、まるですぐ隣で戦争でもやっているかのような騒がしさだ。
暫くその騒音に耐え忍んでいた私だが、やがてその音の中に人の声が混じっている事に気付いた。
それを何とか聞き取ろうと努力する。

――――わっはっは!! 今宵は目出度い!! 待望の世継ぎが生まれたのだからのう!! さ、皆遠慮せずに飲むと良い、今宵は無礼講である。

――――……殿、お耳に入れたきことが。

――――む、お前か。 ……あの件の事か?

――――はっ。 配下の手勢より腕の立つ武者数名を差し向けました。
      ……万が一にも仕損じることはありますまい。 おそらくあと数刻で全てのかたが付くでしょう。

――――そうか……ご苦労だった。 褒賞は期待してよいぞ。

――――ははっ、有り難き幸せ。

――――しかしそうか、あと数刻で……ふふふ、ようやく目の上のたんこぶがとれるわ。 全く忌々しい……


――――   蝦夷の子め   ――――




辛うじて聞こえていた声も、近くで響きだした騒音にかき消された。
無数の金属同士を打ち合わせるような音がだんだんと大きくなり、やがてこの部屋の前でとまる。
それを聞いて何がおかしいのか、この視線の主が小さく笑う。
声も出さない、ただ小さく息を吐きだしただけのそれを、どうして笑いなどと思ったのかは自分でも分からないが。
そんな私の思考も、荒々しく引かれた戸の音と、そこから入ってきた侵入者の姿に中断された。
目一杯ひかれた扉から狭い部屋になだれ込んできた侵入者の数は全部で五人。
その誰も彼もが、同じ劔冑で武装している武者であった。
"飛天の鎧"の様な重厚さは無いが、虎徹の様なしなやかさが若干感じられる劔冑。
一体何者なのだろうか?
彼らについて思いを巡らせていると、おもむろにそのうちの一人がこちらに歩み寄った。
そして無言のまま、その鋼鉄の足で鳩尾を蹴りあげた。
こちらはまるでボールか何かのように跳ねあがって壁に叩きつけられる。
体の中身がぐちゃぐちゃに撹拌され、痛みを感じるよりもまずは強烈な嘔吐感に見舞われた。
私(わたし)には一体何が起きているのか分からない。
その場でげぇげぇと胃液を吐きだしながら、遅れてやって来た痛みに翻弄されて、その場で蹲っていると、いつの間にか近くに来ていた武者の一人がこちらの衣服をはぎ取りにかかる。
やがて肌着一枚の姿にまで剥くと、こちらを後ろ手に縛り上げて、猿轡を噛ませ目隠しをした。
そして彼らに担ぎあげられて、いずこかへと運ばれていった。

――そんな理不尽の最中にあって、あての胸の内にあるのはこれから起こることへの恐怖ではなく、かと言って生に対する渇望でも無く……ただただ、深い絶望と諦観があるのみだった。

しばらくして拘束を解かれ、放り出された場所は人気のない何処かの河原。
砂利に頭を押しつけられながらぼんやりと辺りを見回していると、その首元に剣が突き付けられた。
まるでいつかの再現のようにあては今殺されようとしている……最初から殺されていればこんなに苦しむこともなかったろうに……今はもう、自分の愚かしさを笑う気力も残っていない。


いつかの再現?? わたしはこれまで殺されそうになった事なんて一度も……

「ふむ、まあ人にもいろいろ事情があるのだろうが……夜闇の中、劔冑持つ者が無抵抗の女を殺しかけている図というのはどうにも興を欠くな。
武者よ、そんな無粋な遊びはやめておれの相手を一差し務めてみてはどうか?」

凛とした声は空から降ってきた。
そちらに顔を向ける武者たちに従って私も天を仰ぐ。
そこに居たのは白銀の武者だった。
いかなる仕儀によってか、合当理を吹かしもせず、腕を組んで己が甲鉄と同色の月を背にただ静かに宙に浮いている……ひどく、現実離れした光景だった。

「何奴ッ!!」

私を押さえつけていた武者たちは、何かに追い立てられるように一斉に白銀の武者へと襲いかかり、

「ふふっ、さぁ武を競おうではないか!」

――――そして、瞬く間に散って逝った。

白銀の武者が、地上へ降り立つ。
その所作の一つ一つに優美な気品が感じられた。
あては直感した。 この人は自分の様な名前を押しつけられただけの偽物ではない、本物の御姫様だ、と。
その彼女の兜越しの目線がこちらに注がれる。

「なんだ、負け犬ではないか」

…………

その時、武者の、その鏡のように光る白銀の甲鉄に写ったあての姿が目に入った。
白銀の武者のあまりの物言いに、呆けたように動きを止めている彼女。
今より多少幼い顔立ちだが、それは……

「――――茶々丸?」



「なにしてんのさ」

不機嫌さを隠そうともしない声と共に、首根っこを掴んで引きずり上げられる感覚。
気が付いたら、私は元のヴァリエール家の中庭に居た。

「え? あれ?」

「まったく、結縁の影響か、使い魔契約の影響かしらねーけど……
いい迷惑だっての。 ヒト様の記憶を覗き見しやがって」

ふん、と鼻を鳴らすと彼女はこちらを掴んでいた手を離した。
当然私はそのまま地面に向かって落ちることになる。

「ふぎゃっ!
ちょっと茶々丸!! 主人に向かって何すんのよ!!」

振り返ってみると、彼女は見た事のない恰好をしていた。
オリーブ色のゆったりとした……キュロット?ズボン?よく分からない何かを履き、同色の具足と小手、胴鎧を身につけている。
が、そんなことより、今は主人に対して不敬なこの使い魔を更正させなくては。
顔を真っ赤にして食ってかかるこちらをつまらなそうに見ていた茶々丸だったが、唐突に口角を吊り上げると世にも恐ろしいセリフを吐いた。

「おやおや、痛かったかい、"私の小さなルイズ"」

「なっなななななな……!?」

「"まぁ、子爵様ったらっいけないひとっ"」

妙に舌ったらずな口調で聞き覚えのあるセリフを紡いでいく。
何かを言う度に元気になってく彼女と、何か言われる度に力が抜けて行く私。
結局、足の力が抜けてへたり込んでしまった辺りで降参した。

「ゴ…ゴメンナサイ……私ガ、ワルカタデス……」

「よろしい。 今後は気をつけるよーに」

誰だって見られたくない、知られたくない過去ぐらいあるんだからねと、こちらの眼前に指を突き付けると踵を返して何処かへと歩き去ろうとした。
……しかし、過去か。

「ねぇ、茶々丸。 さっき私が見たのってやっぱり……あなたの過去なの?」

こちらの言葉にぴたりと歩みを止めた茶々丸は、めんどくさそうに頭をかきむしってため息をついた。

「そうだ、って言ったらどうするんだい、ルイズ?
何を見て来たかしらねーけど、どうせ碌でもねー光景だったろ?」

「そう、ね……でも最後は綺麗だったわ」

「綺麗? 一体何を見て来たのさ」

「銀色の……白銀の武者」

がばりと体ごと振り返った茶々丸は、こちらの肩を掴むと押し殺したような声で言った。

「……それ、場所は何処だった?」

「え、と、人気のない河原だったけど」

その言葉に大きく嘆息する茶々丸。
あーよかったーだの、その少し後だったらスプラッタショーだった、だのと恐ろしい事を呟いている。

「そっか、あてはいいとこで止められたんだね。いやーよかった、よかった」

「……ねぇ、前々から聞こう聞こうとは思ってたんだけど、茶々丸って元居たところで何やってたの?」

「ん~……まぁ~だ、ルイズには早いかなー……」

暫く逡巡していたが、やがてなにかを思いついたらしく、おお、と手を打ち鳴らした。

「じゃあ、こうしようか。
あての過去はルイズがあてから一本取れたら教えてあげよう」

「うっ……それって遠まわしに教えないって言ってるわけ?」

そんなわけないじゃんと意地悪そうに笑う茶々丸。
茶々丸――虎徹と帯刀ノ儀を結んで以来、私は彼女に剣術の手解きを受けていた。
彼女の主として、仕手として、ふさわしい存在になれるよう日々努力しているわけだが……
茶々丸曰く、

"筋はいいんだけどねー……いかんせん体が貧弱すぎるんだよな。まぁ、気長にやってこうか"

との事。
そんなわけで毎日早朝と夕方に学院近くの森に出かけて、筋肉トレーニング、走りこみと言った体づくり、水練、素振りと言った劔冑を扱う為の稽古をしているのだが。
その鍛錬の締めくくりに、実戦形式で茶々丸と打ち合う組打ち。
今のところ一方的に茶々丸にボコボコにされるだけのそれで、自分に有効打を入れることを条件として提示してきたのだ。

「まったく、こっちの攻撃が掠りもしないのにそんな条件出すなんて……」

「当たり前だっつの。 昨日の今日、剣を握ったばかりの素人にそう簡単にやられてたまるかってんだ」

十年早いと、こちらの額を指先で軽く小突いた。
しかし十年と来たか。 流石にそこまで低く見られると腹が立って来る。

「ふん、十年なんてかからないわ!
見てなさい、一か月、いや一週間で吠え面かかせてあげる」

「いや~、無理なんでねーの? まぁ元気があるのはいい事だ。 せいぜい精進したまえ、ルイズ君」

いつものにやけ面でこちらを見ると、さて、と言って今度こそ彼女は踵を返した。
そのまま歩きながらこちらに言った。

「まぁ夢の中で言うのもなんだけど、おやすみルイズ。
明日も早いんだし、早くねなよ~」

背中を向けたままひらひらと手を振って彼女は闇の中へと消えて行った。

「ええ、あなたもおやすみなさい、茶々丸。 よい夢を……」

彼女の消えて行った方を眺めながら考える。
あの不思議な光景は彼女の記憶に違いない。
それを私はどういう原理かは分からないが、彼女の視点から追体験したようだ。
それにしても、"再び殺されかかる"とか言うのもアレだが、彼女の言動から察するに私が見た記憶は、彼女の記憶の中ではまだマシな部類のものらしい。
まぁ、あのまま彼女の介入が無ければどうなっていたか分からないようが。
なんだ、スプラッタって。
これまでは彼女が私のことを理解して支えてくれるだけで十分だと思っていたが、

「知りたいなぁ……何があったのか」

――――今は私も彼女の事を理解して支えていけたらと、そう思う。

第二章 密命




・あとがき
まだちょっとだけ続くんじゃ。 ……ちょっとじゃないかも知れないが。
とりあえず、前回の補足的なおまけ。

・ある日の堀越御所

耳元で騒がしい声を黙殺しながら書類仕事に励んでいると、聞き覚えのある足音がこちらに向かって来るのを感じた。
一定のリズムで小気味よく床を叩いていた足音が私の執務室の前で止まる、と同時に大きく入口の扉が開け放たれた。

「今戻ったぞ、茶々丸ッ!」

「おかえり~。
どうだった、御姫のおにーさんは。
たしか今回は風魔のじいさんだっけ?」

「うむ、素晴らしかったぞ!
今回は新しい蒐窮一刀も見れたしな!
山をも砕く電磁撃刀-威-!
こう、太刀を大上段に振りかぶって~……あ~……いや、口で説明するのも無粋だ! 茶々丸、道場まで来い!!」

「うええぇぇ!? またなの!?
いやいやいや、いいってあては!前の-禍-の時だって散々……!」

「はっはっは、遠慮するな茶々丸!
お前に景明の(技の)素晴らしさを叩きこんでやろう!」

そう言ってこちらの腕を掴んで強引に机から引きはがすと、猛然と道場へ向かって歩き出した。

「遠慮なんかしてねーっつの!! 本気で嫌なんだよ!!
ホ、ホラ!あて仕事もあるしさ!! これが滞ったら色々と……」

「茶々丸、そのへんの細かいことは後に回せ。 さあ行くぞ!」

「聞いてよ!!ほんとに大変なんだってば、あ、あぁ、い~~~~~~~や~~~~~~じゃ~~~~~~~~~~~!!!」

みたいな感じで事あるごとに光さんから技を叩きこまれていた為、茶々丸は吉野御流合戦礼法にある程度通じています。まぁ、光が師匠だからね。
それが心甲一致的なテンションと、感覚共有によるフィードバックでルイズに伝わり、さらにはガンダールヴ・ルーンのブーストによって電磁撃刀-威-が使えたと、そうお考えください。




[21285] 【習作】装甲剣姫 虎徹 ~異界録~ (ゼロ魔 × 装甲悪鬼村正 )  第十二話
Name: チビ黒サボテン◆8aa26a54 ID:b93c8024
Date: 2010/11/21 13:59
夜も更け、皆が寝静まった頃、当直のロングビルがカンテラ片手に校内に異常が無いかどうか見て回っていた。
教師でもない彼女が何故当直に駆り出されているのかと言うと、

(この前フーケに襲われたことを教訓にして、当直の人数を増やしたってんだから……
はぁ、まったく。 こういうのを自業自得って言うのかしら?)

ロングビル――フーケは自嘲するように鼻を鳴らすと気を取り直して、廊下を進み出した。
それにしても気が滅入る。
職業柄、幽霊やらなんやらと言った超自然的存在を信じていない彼女ではあるが、この廊下の陰鬱さはどうだ。
幽霊の一匹や二匹ぐらい出て来てもおかしくない風情である。
そんな事を考えながら進んでいると、唐突に辺りに風が吹いてカンテラの炎が消えた。

「はぁ? 魔法のカンテラだってのに何だっていうの……」

いくら既定の呪文を唱えても明りがともらなかったので、ロングビルは自前の杖を取り出して呪文を唱えた。

「ライト」

辺りを再び光が照らし、陰鬱な廊下の風景と、そこだけ闇を切り取ったかのような黒いマントをはおった仮面の男の姿が浮かび上がった。

「っ!」

「“土くれ”のフーケだな」

ごうごうと、まるで風が吹くような粗雑な音。
辛うじて意味が拾えるだけの言葉はしかし、どんな音よりも正確にロングビルの、フーケの耳朶を打った。

「……一体何をおっしゃっているのか分かりませんが、あなた、入校の許可は取ってあるのですか? 無いならば衛兵を呼びますよ」

内心の動揺を隠してロングビルの仮面をかぶり直す彼女を、男はびゅうびゅうと喉を鳴らして見ていた。
嗤っているのだ、この男は。
やがて音を収めると男は言った。

「衛兵を呼ぶなどと……ははっ耳におかしいな! 賊は君の方ではないか、なぁ“土くれ”。
――――それとも、マチルダ・オブ・サウスゴータ、と呼んだ方がいいのかな?」

「ッあんた一体何者だい」

小さく舌打ちをしてロングビルは男に杖をつきつけた。
もう遠い昔に捨てたはずの自分の貴族としての名前、それを知るこの男がただの賊であるはずが無い。
もはや正体を隠そうともしなくなった彼女に杖を突き付けられた男は、それでも飄々とした態度を崩さず、可笑しげに肩を揺らしていた。

「ふふふ、まぁ待ちたまえ。 私は何も君を官警に突きだす為にやってきた訳ではない。
勧誘しに来たのだよ。 我々は君の能力を高く評価している。 どうだね、もう一度アルビオンの為に働いてみないかね?」

「はっ、わざわざ私の正体を調べたって割には肝心なところが分かってないようね!
父を殺し、家名を奪ったアルビオン王家(あいつら)に仕える気なんか、さらさらないわ!」

激昂したフーケは今にも杖から魔法を放たんばかりだというのに、男はさもありなんと余裕を崩さずに頷いて見せる。
そして感極まったように両手を広げて言った。

「素晴らしい、君の王家への正当なる怒り! その怒りこそ我々にはふさわしい!!
いいかね、マチルダ。 王家にではない、我々の治めるアルビオンに仕えないかと、そう言っているのだよ」

「そうか……あんた貴族派の兵隊かい」

ロングビルは自分の故郷が今どうなっているのかを脳裏に思い描いた。
確か、現在アルビオンでは王党派と貴族派が国の覇権をかけて争っており、貴族派が優勢で王党派の勢力は壊滅間近だったと記憶している。
その貴族派が、戦争が終わりに近づき、戦後の内政要員として、王家に恨みを持つ私に目を付けたのだろう、と当たりを付けての先程の言葉だったのだが。

「ふむ、少し違うな。
我々はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟さ。
我々に国境はない。ハルケギニアは我々の手で一つになり、始祖ブリミルの光臨せし『聖地』を取り戻すのだ!」

熱の入った演説であったが、ロングビルにはそれに全く感じ入ることなく言った。

「寝言は寝て言いなさいな。
ハルケギニアの統一?『聖地』の奪還?
……本気で言ってるなら正気を疑うわね。 ウチに腕のいい医者がいるから見てもらえば?」

――――もっとも、このさき生きて医者にかかることが出来ればの話だが。

ロングビルは呑みこんだ言葉の代わりに呪文の詠唱をする。
相手はまだ杖すら取り出していない。彼女の先手はもはや覆らないだろう。

自分の正体を知っているこの男の夢物語に付き合ってやるほど暇ではない。
しかし、交渉が決裂すればこの男、自分の正体を吹聴して回るかもしれない。
そうなる前に口を封じておく、そう彼女が考えるのも当然の帰結だった。

必殺の魔法が目の前で練り上がっているというのに、しかし男はおどけたように肩を落として嘆息して見せる。

「そうか、残念だ」

刹那。
ロングビルの手から杖が消えていた。
反対に男の手にはいつ現れたのか、剣のような形をした杖が握られていた。
ロングビルが慌てて辺りを見回すと、少し離れたところに自分の杖が転がっている。
彼女は自分の浅はかさに歯噛みした。

(高速詠唱……!! 嫌になるわね、最初から泳がされていたという事?)

高速詠唱。
呪文を特定の文句、音の高低、音階などを用いて短縮し詠唱して見せる技術。
その技法は王家の親衛隊などにのみ口伝で伝わっているという。
それを用いて、この男は決して覆せないはずの劣勢を見事に巻き返した。

「さて、最後にもう一度だけ聞いておこうか」

一瞬で間合いを詰めた男はロングビルの喉元に杖をつきつけながら言った。

「私と共に来る気はないかね?」

刃が浅く首に食い込み、血が流れ出る。
ロングビルは首元に感じる金属の冷たさに顔をしかめると言った。

「悪いけど、貴族様の夢物語にわざわざ付き合うほど暇じゃない……って言いたいんだけどね。
断った場合、私はどうなるのかしら?」

その問いに男は軽く肩をすくめて答えた。

「無論死ぬしかないな。 我々のことを洩らされる訳にはいかんのでね。
それで……どうするね、マチルダ?」

「断るに決まってんだろ、そんなもん。
だいたい、おねーさんはもうあてが唾つけてんだから、勝手に連れてかれちゃ困るよ、キミ?」

男の質問に対する答えは目の前のロングビルからではなく後ろから返って来た。
彼は慌てて振り返って杖を向けようとしたが、

「ホイ、お小手一本」

気の抜けた声と共に男の腕が杖を握ったまま両断され、宙を舞った。
続けて胴体に回し蹴りを叩きこまれて、廊下の壁に叩きつけられる。
そして喉元に太刀を突き付けられた。
まるで先程男がロングビルにしていたように。

「形勢逆転だね~、ほれほれなんか言ってみ」

「ぐッ……貴様、どこから出て来た!?」

「普通にその辺から。
困るんだよな~、おねーさんはあてのなんだからちゃんと許可取ってもらわないと」

「いや、あなたの物になった覚えは無いんだけど……」

「しゃらっぷ! 取引に同意したんだからおねーさんはあてのなの!
……さて、この陰気仮面どうしてくれよう。
つーかだいたい、女を口説こうってのに顔を隠してるって根性が気にくわねー……ホラ、何とかお言いよ根暗」

ちょんちょんと喉元に刃を突き付けて遊ぶ闖入者、茶々丸の仕打ちを男は黙って受け続けているだけかと思われたが……
一瞬でどこからか予備の杖を取り出すと、それを茶々丸に突き付けた。
それを見て男の喉元に突きを見舞う茶々丸だったが、首をひねられて狙いが逸れた。
それでも頸動脈は断ち切れたので十分に致命傷なのだが、無事な喉より呪文が紡がれる。

「ライトニング!」

辺りを閃光が満たし、それが収まった時には男の姿は影も形もなくなっていた。

「やれやれ、なんだったのかしらね、茶々丸……茶々丸?」

打てば響く、と言うか響き過ぎな茶々丸の事、怒涛の勢いでこちらに対する文句を言い出すかと思ったのだが、一向に答えが返って来ない。
その事を疑問に思ったロングビルが茶々丸の方を見ると、彼女は太刀を男に向かって突き出した体勢のまま固まって、いや痙攣していた。
よく見ると髪の毛も逆立っており、どことなく全体的に煤けていた。
何と言うか、雷にでも打たれたような……
そんな事をロングビルが考えていると、茶々丸が指を一本一本太刀から引き離しながら言った。

「っつは~~~~~~!!!
痺れたな~~~~……なんだ、あれ!! 魔法ってのは雷まで出せるもんなの!?」

「え!? あんた、あれ喰らってたの!?
ライトニングって言ったら高位の風呪文の筈なんだけど」

眉根をしかめてまじまじと観察し出すロングビルに、同じく眉根をしかめた茶々丸が食ってかかった。

「あにさ、せっかく助けてあげたのに。 なんか文句あんの?」

「いや、文句はないんだけど……ねぇ茶々丸、あなたなんともないの?」

「あるよー、もうアリアリ。体中なんかビリビリするし、髪の毛は逆立ってるし」

「いや、そう言う事じゃなくて……普通、あんな呪文まともに食らったら生きてない筈なのに……」

「うげっマジかよ。 つってもそこまで深刻なダメージじゃなかったんだけどな……
あ、何その顔。気味悪そうに見ちゃって。
言っとくけどマジだかんね、これは。 多分おねーさんでも平気だったんでない? ちょっと試してみる?」

「どうやって試すつもりなのよ……にしても彼、一体何者かしら?」

「さて、ね。 言ってた通りナントカ貴族連盟の一員なんでない?」

そう言いながら茶々丸は壁に突きたてられた太刀を抜き取った。
その出て来た刀身を改めていた表情が訝しげにゆがむ。

「? どうしたのよ変な顔して。 何かあったの?」

「いや、妙なんだよこの刀身。
……つーかさ、割とさっきから気になってるんだけど、喋り方変えたの?
“かしら”とか、“あなた”とかさ~。
もっと前はイナセな感じじゃなかったっけ? こう、“姐さん”みたいな」

「どこでボロが出るか分からないから、学院に居る時はずっとこんな感じよ?
これでも大分崩してるんだけどね。と言うか何よ“姐さん”って」

「いや~、別に深い意味は無いよ。ただのフィーリング。
でさ、悪いんだけど明り点けてくんないかな、おねーさん」

「明り? えーと、ちょっと待って、飛ばされた杖が……」

「おねーさんの居る場所から正面に二歩、右に一歩のところ」

「あった、あった……って見えてるんじゃないの。 明りなんていらないんじゃない?」

「観えてはいるけど、視えてはいないんだよ。 熱源探査で色彩までは分からねーし」

「なによそれ、言葉遊び? まぁいいか、明り、点けるわよ」

言葉と共に唱えられた呪文によって、辺りがぼんやりと照らされる。
そうして浮かび上がった茶々丸の太刀には何らおかしなところは無い、少なくともロングビルにはそう思えた。

「どこも妙な所なんかないように見えるけど。 ねぇ、どこが妙なの?」

「……な~んか、慣れねーなその喋り方。サブイボが出そうだよ。
まぁいいや、この太刀ね、綺麗過ぎるんだよ。
あてはあの根暗仮面の腕を斬り飛ばして、首にこいつを突き刺してやったんだぜ?」

なのにその刃には見たところ一片の血糊も付いていなかった。

「そう言われてみればそうね……壁の方も見てみましょうか」

二人して先程太刀を突き立てた壁を検分してみたが、男が居た痕跡は何も無かった。
そればかりか、先程斬り飛ばした腕すら見つからなかった。

「……どゆこと? あてらは二人揃って夢でも見てたってわけ?」

「なワケないでしょ、ホラ」

そう言ってロングビルは己の首筋を示した。
そこには先程男に杖で斬りつけられた傷跡が残っている。
それを見て茶々丸が嘆息した。

「だよね~。となると余計に訳がわかんないんだけど……
あいつ、“音”もなくここから消えたんだぜ? 少なくとも、斬った腕を拾ってったんならその音が聞こえないはずが無い……
なんか、おねーさんそう言う魔法知らない?」

その言葉にロングビルは顎に手を当てて思考を巡らす。
魔法か。 あの男が使っていた魔法は何だったか。
私の手から杖を弾き飛ばしたのは、攻撃がまるで見えなかったことから恐らく風の基本魔法、ウィンドだろう。
そして茶々丸に最後に使った魔法は風の上位魔法であるライトニング。
この事からあの男は、トライアングル以上の上級メイジに違いない。
となるとあの不可思議な事態は何らかの上級風魔法によるもの。
……そう言えば、風と言えば学院の教師にも一人スクエア・メイジが居たか。
確か、“疾風”のギトー。彼の自慢は風のスクエア・スペルである――――

「偏在(ユビキタス)……」

「ん? ゆびきたす? ナニソレ」

「ユビキタス。
風の最上位魔法の一つで、自分の分身が作れるの。
その分身は、自分と同じように魔法が使えるし、精神力次第では、何体も作れて、自分と離れたところでも活動できるらしいわ」

「へ~、分身の術、か。 分かっちゃいたけど便利だね魔法って。
魔力で構成された体だから血は流れていない。そして、術さえとけば痕跡も残さず、煙のように消えられるわけだ。
にしても最上位ね……貴族の中でもそれが使える連中って一握りしかいないんでない?」

質問の意図が分からず、怪訝な顔で頷くロングビル。
その答えに眉根をしかめて茶々丸は続けた。

「“ハルケギニアを憂いる国境なき貴族連盟”だったけ……
まずいんじゃない? そんな上級魔法が扱えるやつが手勢に居るってことは、結構貴族社会の深い所まで浸透してるってことじゃん」

「……! そうだね、その通りだ。
そもそも、ぽっと出の連中ならあたしの正体にまでたどり着けるとも思えないし……」

「そうだね、こりゃ、ほっといたらこっち(トリステイン)にまで飛び火しそうだ。
色々調べといてくれる、おねーさん?」

「ああ、分かったよ。
ところで、茶々丸」

じゃ、よろしくねーと言って立ち去ろうとしていた茶々丸が歩みを止めて振り返る。

「ん? なぁに?」

「いい所で助けに入ってくれたけど……
どうして私が襲われてるって気付いたんだい?」

「ああ、それはね」

にやりと愉しくて仕方が無いという風に顔をゆがめると、自分の耳を指で示しながら茶々丸は言った。

「あての耳はすんごくよく聞こえるんだ。
とりあえず、学院内の事なら何でも聞こえるよ。
おねーさんが今日こぼした学院長の愚痴、全部復唱して見せようか?」

意地悪そうに自分の顔を覗き込みながらどう? と尋ねる茶々丸に、ロングビルは顔を引き攣らせてその申し出を断りながら思った。
――今後、軽はずみなことを学院内で言うのは控えようと。



清純な森の空気、緩やかに流れる木々のざわめき、穏やかな木漏れ日は心を癒し、そしてメイド(茶々丸)のぶちまけたバケツ一杯の水により、全ては台無しになった。
情け容赦なく水が口から鼻から侵入して、たまらず私は五体倒地で伏せっていた地面より跳ね起きる。

「がぼっげぼっ……! ちょっと何すんのよ、茶々丸!」

「いや~、なかなか起きてこねーもんだからさ。
時間は有限なのだよ、ルイズ君。 今日と同じ明日は来ない!
そう考えると現在の一分一秒の重みの何と貴い事か!
つーわけで、いつまでも寝てるのは世界的損失なんだよ、ルイズ」

もうすぐ朝食の時間だしねと、最後の一言さえなければちょっといい話で終わったのだが。
それにしても、彼女の言い草はひどい。

「あのねぇ、誰のせいでわたしがのびてたと思ってるのよ!
あんたが思いっきり、のしてくれたからでしょうが!」

「あん? そいつは違うよ。
ご主人様がそこで潰れた蛙みたいになってたのは、アナタ様がよわっちいからですよ?
つーか、あんな見え見えの誘いに乗ってるようじゃあ、まだまだだねー。
まぁ、誘いをかけた方としちゃあホイホイ簡単に乗ってくるから、おかしくて仕方ないんだけど」

そう言ってゲラゲラ笑い出す茶々丸に何も言い返せない。
言い返せないが、悔しいので三白眼で睨みつけてやった。
それを意にも介さずひとしきり笑った後、茶々丸はふぅと嘆息した。

「それでどーよ。 強くなれた気がする?」

「……さっぱりよ。
多少剣の振り方は分かって来たけど、全力で打ち込んでもかわされるし、ついでに返し技(カウンター)でやられるし」

先程茶々丸に打ちすえられた脳天をさすってみる。
そこには先程まで大きなたんこぶがあった筈だが、今はもう少し腫れている程度である。
真打劔冑たる虎徹と結縁した恩恵として、仕手である私は超人的な治癒力を得た。
少々の傷ならあっという間に治ってしまう。
早朝の稽古で出来た傷も、学院に戻って朝食を食べる頃には完治してしまうのだ。
だから私としても、顔や体に傷が残ることを気にせず稽古に打ち込める。
茶々丸としても、主人に対して後顧の憂いなく攻撃することが出来る。
出来るのだが、彼女の場合は後顧の憂いなど元からないのではなかろうか。
例え私に治癒力が無かったとしても、彼女は嬉々として私を打ちのめしたに違いない。
いや、こちらとしては剣術の教えを乞うているわけだから、それで正しいのだが……何となく釈然としない。

「なにさ、難しい顔して黙りこんじゃって。
まぁ、“自分が強くなったー”なんて変な過信を抱いてないなら、それでいいけど」

「なによそれ、強くなる為に稽古してるんじゃないの?」

憮然とするこちらをまぁまぁと宥めながら、茶々丸は近くにおいてあった水筒を手に取ると、それを投げてよこしてきた。
いきなりの事で慌てながら何とか取り落さないように受け止める。

「飲みなよ。 朝一でシエスタが淹れてくれた紅茶だ。
まぁ、生粋の貴族様としちゃあ、カップで飲まない紅茶なんて邪道なのかもしれないけどね」

稽古中の水分補給としちゃあ贅沢すぎるくらいでしょと、言いながら茶々丸はもう一つの水筒を開けて中身を飲み始めた。
私もそれに従って水筒を開ける。
中の紅茶はまだほんのりと温かく、少々肌寒い今朝はその温もりがとても有り難かった。
少し飲んだところで一息ついていると、茶々丸が話し掛けて来た。

「さてそれじゃあ、この稽古の目的なんかを聞かせてあげよう。
ねぇ、ルイズ。 その水筒は重い?」

「別に重くないけど……それがどうかしたの?」

質問の意図が分からないこちらを無視して、茶々丸は足元に落ちていた枝端を拾い上げると、それをまた投げてよこした。
訳も分からずなんとか掴み取る。

「じゃあその枝は? 軽い? 重い?」

「軽いけど。ねぇ茶々丸、あんた一体何が言いたいの?」

さすがに彼女が何か含みを持って今の行動に及んだことぐらいは分かる。

「その二つの重さはね、人の命の重さだよ」

「は?」

いきなり突拍子もない事を言われて唖然とする私に構わず、彼女は指をあげて私の持つ水筒を示した。

「その水筒の重さが、平民にとっての他人の命の重さ。
そいつを持てるだけの握力と筋力があれば、銃の引き金が引ける。
……簡単に、人が、殺せる」

「――――」

彼女は水筒を示していた指を滑らせると、今度は枝を示した。

「で、そっちの枝の重さが貴族にとっての他人の命の重さ。
軽いだろ? それくらいの重さの杖と、人並みに回る舌さえありゃあ魔法が使えるんだ。
例え子供であっても、楽に気に食わない相手を殺し放題! やー、おっそろしいね魔法は!
――さて、ルイズ」

紅茶を飲んで一拍置いて茶々丸は続けた。

「その水筒と枝端、軽い? それとも、重い?」

視線を手元の枝端と水筒に向ける。
手元に感じる重みは驚くほど軽い、だが、

「……重い」

この重みが時に人の命を左右するのだと、そう思うと急に手の中の重量が増した気がした。
茶々丸は大きく頷いて言った。

「ルイズは今、剣術の修業をして、剣で人を殺すことの重みをある程度理解している。
当たり前だね。 あてと満足に打ち合う事すらできないルイズが剣で人を殺すのなんて、夢のまた夢だ。
あと何年か修行を積んで、ようやくルイズは剣で人を殺せるようになるだろうね」

肩をすくめた彼女は“でも”と前置きして続ける。

「その手に銃があれば、あるいは魔法が使えれば話は別だ。
何年もかけて培ってきた剣の技術なんて問題にもならない。
ただ引き金を引くだけで良い、ただ呪文を唱えるだけで良い。
驚くほど簡単にルイズは人が殺せる……でもね、そうして殺せる命の重さに違いはあるのかな?
ある筈が無いね、どっちも同じ命だ。 だけど、殺した側にしてみれば全然違う。
魔法で、銃で、簡単に人が殺せてしまうと、その重さを勘違いしてしまう。
手の中にある重さがすべてだと誤解してしまう。
だからね、ルイズ。 その水筒と枝端が重いって思った今の気持ちを忘れないでね」

「……うん、絶対に忘れない」

何時になく真剣な顔で言った茶々丸に頷くと、彼女は一瞬でいつものにやけ面に戻ってその場から立ち上がった。

「よっ、と!
今の話があての剣術稽古の目的その一!
その二は~……」

底意地の悪そうな笑顔を浮かべると、茶々丸は足で地面に落ちていた木剣を蹴りあげて手に取ると、未だ座って紅茶を飲んでいた私に襲いかかって来た。
慌てて剣を取って応戦するが、立ち上がるまでもなく剣を払われ、ガラ空きとなった喉元に刃を突き付けられた。

「な、なによ! いきなりなんて卑怯じゃない!」

「卑怯なもんかい。
だいたい、稽古の終りも宣言してないのに気を抜いてるご主人様が悪い。
ほらほら、なんか弁明があるなら言ってみ?」

「くっ!」

茶々丸は、にやにやとした笑みを浮かべて私の喉を剣でつつきながら言った。

「これが目的その二。
強い奴には絶対に勝てないってことをカラダで覚えてもらおう、ってね。
まして、剣を持ってるだけのあてにすら勝てないんだから、銃やら、魔法やらを使う相手なんざ絶対無理だ。
ルイズ、一人でそんな連中とやり合う事になったら、絶対逃げるんだかんね」

「いい?」 と。念を押すようにこちらを覗きこんだ茶々丸に気圧されながらも何とか頷く。

「……まぁ装甲すれば、そんな連中くらい楽勝なんだけど」

「なんですって?」

なんでもないよ~と、手を振る彼女だが、なにか身も蓋もない事を呟いていたような……。
そんなこちらの逡巡を遮るように、茶々丸は剣をどけると代わりに手を差し出してきた。

「今朝の稽古はここまで! さっさと帰って朝食にしようか」



正門を抜けて豪華な馬車列が学院内に入ってくると、それに従って整列した生徒たちが一斉に杖を掲げた。
私としてはそれに従う義理もないのだが、何もしないとあとで主人がうるさそうなので、お義理でデルフリンガーを掲げておく。

「で、どれがあての朝食を邪魔してくれた王女様なわけ?」

「バカっ失礼なこと言うんじゃないわよ!」

隣の主人が顔を真っ赤にしながら、声を殺して怒鳴りつけるなどという器用なことをやってのけた。
しかし私はこの王国の国民ではない為、王女様に対する忠誠心など持ち合わせていない。
それどころか、彼女の急な来訪のせいで、歓迎の為に駆り出されて朝食を逃してしまったので、むしろ反感を持っているくらいである。
食べ物の恨みは恐ろしいのだ。

「それにしてもあなた達、最近朝食に来るのが遅いわよね。
なんか毎朝何処かに行ってるみたいだけど、いったい何してるの?」

「うるさいわね、ツェルプストー。 あなたには関係ないじゃない」

何よあなた、あなたこそ何よ、とにらみ合いを始めるルイズとキュルケのすぐ隣で、全く動じず本を読み続けるタバサ。
いつも通りの風景ではあるが、相変わらずの大物ぶりである。

「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおな────り────ッ!」

そんな時、呼び出しの衛士が、緊張した声で、工女の登場を告げた。
二人もぴたりと言い合いを止めて、一際豪華な馬車より降りて来る人物に注目した。
扉を開けて現れたのは、まず骨皮ばった壮年の男。 仕立ての良い、牧師のような格好をしている。

「誰だいアレ? 王女様とおんなじ馬車に乗ってるっつーことは国の要人なんだろうけど」

その問いに隣のキュルケが答えた。

「宰相のマザリーニよ。口さがない人は鳥の骨なんて呼んでるけど……正直、彼がいなかったら、前の王様が逝去した時にトリステインは滅んでたでしょうね」

「はー、相当出来る人なんだね、あのおじいさん」

「あんた達いい加減にしなさいよ! ほら、姫様が降りて来られるんだから」

見れば、ちょうどマザリーニに手を取られて、美しいドレスをまとった貴婦人が馬車から降りて来るところだった。
風に流れる黒髪(ブルネット)に手をやって、その薄いブルーの瞳を細めて、周りの生徒たちに手を振っている彼女が、この国の王女様、確か……アンリエッタ・ド・トリステインなのだろう。
周りで歓声を上げる生徒たちに向かって、花の様な頬笑みを投げかけながら、ひらひらと手を振っている彼女を見て、キュルケがふんと鼻を一つ鳴らした。

「あれがトリステインの王女? なんだ、あれならあたしの方が綺麗じゃない」

「いや~、根拠もないのによくそこまで言い切れるね。
でも、いいの? そんなこと言ってたら、またうちのご主人様が……ルイズ?」

自国の王女様がこき下ろされているというのに、口うるさい主人が全く反応しない。
訝しく思ってルイズの方を見ると、彼女はぼんやりと王女の警護に当たっている衛士を眺めていた。
同じく反応が無いルイズに気付いて、彼女の視線の方向に目を向けたキュルケが、あらと呟いた。

「まぁ、いい男じゃない」

彼女たちの視線の先に居るのは、羽帽子を瀟洒にかぶり、彼の乗っている獣を象った刺繍を施したマントをはおった、口髭の似合う精悍な男性。
しかし、その顔は確か……

「なんだ、ロリペド子爵さまじゃないか」

ルイズの夢の中で出て来た、まだ年端もいかない彼女に鼻の下を伸ばしていた子爵様ではなかったか。
どさりと、音がしたのでそちらに目を向けるとルイズが仰向けに倒れてぴくぴくと痙攣していた。

「どうしたのさ、いきなり倒れたりして。 急に神様から啓示でも受けたの?」

「あなたが変なこと言うからでしょ……。 それで、ロリペド子爵ってあの人の事かしら?
なんだって、そんなこと知ってるの?」

「あぁ、それはね、こ 「わああああぁぁぁぁあああぁぁあああぁ!!!」 うぉぉ!!いきなり何すんのさルイズ!」

キュルケの疑問を解消してあげようとしたところ、ルイズがやにわに跳ね起きて掴みかかって来た。
そのままルイズは目を血走らせて、息遣いすらも感じられる距離で言った。

「黙りなさい、今すぐ黙りなさい、と言うか何、あなた見てたの、見てたのね、どこまで見てたの、全部見たの!?
忘れなさい、すぐに!可及的速やかに! 忘れなさい!そして二度と思い出さないで!いいわね!?」

「あー、それは分かったんだけどさ、ルイズ。
ちょっと後ろに……」

「なに、まだ何か言いたいことがあるの?ご主人様の命令には、“はい”か“ウィ”で答えなさい、それ以外は……」

放っておけばいつまでも喋っていそうなルイズに辟易した私は、彼女の顔を両手で掴んで、無理やり顔の向きを後ろに向けてやった。

そこには、額に青筋を浮かべた教師達が爽やかな笑みを浮かべて立っていた。



寮の自室に戻る途中、私は普段何とも思わない階段に心が折られそうになっていた。

「く、屈辱だわ……この私が反省文だなんて……」

「まーそんぐらいで済んでよかったじゃん。
なにせ、ご主人様ときたら国の超VIPの前でバカ騒ぎしたわけだからね。
下手したらお家断絶だよ?」

「誰のせいだと思ってんのよ!!」

「さ~て、だれのせいでしょうね~うはははは!!!」

隣でバカみたいに笑い転げる茶々丸をどうにかしてやりたいのだが、反省室に叩きこまれたおかげで気力も体力も限界である。
今はもう早く部屋に戻って泥のように眠りたい。その一念である。

「およ? な~んも言い返して来ないってことは、本当にお疲れのようだね。
仕方ない、ここは茶々丸さんが一肌脱いでしんぜよう」

茶々丸はそう言うと、何をするつもりかは知らないが、一足先に部屋へと向かって走って行った。
事の元凶である彼女が居なくなって、多少は心労が和らぐかと思ったが、今度は長い階段を一人で上るという苦行が待っていた。
ああ、彼女と話していれば心労はたまっても疲労はたまらなかったのに、これからは心労はたまらないが疲労がたまる階段上りか。
最悪な二択だな、どちらにも救いが無いと、そんな事を考えているときだった。

《ルイズ》

「ひゃあ!!」

唐突に頭の中に湧いた声に驚いて足を滑らせた。
そのままバランスを崩して尻もちをつく。
衝撃が背骨を通して全身に伝わり、お尻がじくじくと痛む。

《どしたの? なんか愉快な悲鳴が聞こえたけど》

「何でもないわよ!! それより何よ、いきなり装甲通信メタルエコーなんて送ってきて」

劔冑と仕手は、離れていても金打声による相互通信によって意志疎通が図れる。
それを初めて聞いた時は大いに喜んだ。
しかし、実際に使ってみると、心の準備が出来ていない時にいきなり不意打ちで声をかけられるわけである。
ある時は何も無い所で転びかけ、またある時は対面に居た生徒に紅茶を吹きかけ、そして今回、いきなり足を滑らせて尻もちをつくことになった。
便利は便利なのだが、こんな不意打ち続きだと、茶々丸が狙ってやっているのではないかと思えてくる。

「……あり得るわね」

《あり得る? なんの話してんの?
まぁ、いいや。 部屋に男が居たんだけどさ、コイツどうする?》

「男? 誰よソイツ」

《以前ボコボコにした振られ男》

ギーシュか。
しかし、彼の女好きは有名であるが、自分と彼にあまり接点は無いはずなのだが。
急に私の魅力に気付いて、アプローチを仕掛けに来たか?

「まぁ、なんでもいいわ。放り出しといて」

《あいよー》

茶々丸の気の抜けた返事と共に、どこからか男の長く尾を引く悲鳴が聞こえて来た。
その悲鳴は長く続いていたが、やがて鈍い音がしたきり、何も聞こえなくなった。

「……ねぇ、茶々丸。 いったい、彼をどこから放り出したの?」

《どこって、廊下の窓だけど?
なんか、部屋のドアに耳当てて挙動不審だったから締め上げて放り出したんだけど》

「……」

私の部屋は四階だから、その高さの窓から放り出されたとなると……いや、深くは考えるまい。しぶとい彼の事、きっと大丈夫だ。
それにまもなくその四階である。とにかく何も考えずに早く眠りたい。
そうして四階にたどりついた私を待っていたのは、自分の部屋の前で難しい顔をして佇んでいる茶々丸だった。

「茶々丸?どうしたの鍵は持ってるはずでしょ?」

声をかけた私に向かって、彼女は口の前で指を交差させてXの字を作って見せた。
口をきくなと言うことだろうか。しかし一体何故?

《部屋の中に誰かいる。人数は一人だけど、どーにも胡散臭い》

(誰かって……またキュルケあたりが勝手に入ってるんじゃないの?)

その言葉にかぶりを振ると茶々丸は続けた。

《キュルケなら自分の部屋に居るよ。一緒に居るのはタバサだな……まぁ、とにかくそこで待ってて。 あてが確認してくるから》

(いやよ、自分の部屋の事だもの、わたしが行く!)

《……頑固だねー、ルイズは。
しゃーない。くれぐれも気を付けて》

やれやれと肩をすくめて静かに扉の鍵を開けると、茶々丸は一気に部屋へとなだれ込んで行った。
それに遅れじと私も続く。
部屋の中に視線を走らせると、居た。
黒いローブをはおった何者かがベッドに腰掛けている。
その顔はフードに遮られてはっきりしない。
そいつに杖を突き付けて誰何する。

「何者だ!!」

その声にびくりと肩を震わせると、そいつはゆっくりとフードに手をかけて、それを外した。
そこから現れた顔は――――

「……姫様」

「驚かせてしまってごめんなさい。お久しぶりね、ルイズ」

ふわりと優しげな微笑をたたえるその顔は、我が国の至宝にして、わたしの敬愛する幼馴染、アンリエッタ・ド・トリステインその人であった。

隣で茶々丸が手を額にやってこぼした。

「あちゃ~~~、こりゃ今度こそ御家取りつぶしかも分からんね」

やかましい、誰のせいだと思ってやがる。



何処かのうす暗い室内、男が二人向きあって話していた。

「――――以上が、フーケを我が方に引き込もうとした時に起こった事の顛末です」

「ふむ、君ほどの使い手に気配を悟らせずに後ろを取る使い手か……
なるほど、流石はかの有名な魔法学院!一筋縄ではいかんな!」

呵々大笑する男に、仮面の男は重ねていった。

「それで、任務に失敗した私の処分はどうなるのでしょうか」

「処分?一体なにを処分するというのだね、同志よ!
君は確かに今回不幸にもフーケの勧誘に失敗した、だがそれだけだ!
余は君の忠誠を欠片も疑ってはおらん。それでも気が咎めるというのなら、今後の働きでその屈辱を晴らしたまえ」

「はっ、寛大なお心遣いに感謝いたします」

「うむ、では次の任務もあるだろう。より一層の働きを期待しているよ、同志よ」

その言葉に一礼して退出しようとした男だったが、ふと歩みを止めて向き直った。

「なにかね、同志よ。なにかまだ報告したいことがあるかね?」

「いえ、そうではなく。閣下、そちらの女性も同志ですかな?なにやら初めて見る顔ですが」

大司教と呼ばれた男は、傍らで、ともすれば聞き逃してしまいそうな穏やかな、それでいて重い音色を奏でている女性に目を向けた。

「ああ、彼女はミス・オオトリ。
旅の楽士だそうだが、私の理想に強く共感してくれてね、今は私の秘書をしてもらっている。
ミス・オオトリ、同志に挨拶を」

辺りを満たしていた音色がピタリと止む。
演奏を止めた楽器、コントラバスを脇にどけると、その女性はふわりとほほ笑んだ。

「初めまして、同志ワルド。
わたくし、大鳥香奈枝と申します。
今は閣下の秘書兼楽士をさせていただいておりますの。以後お見知りおきを」

そして優雅に一礼した。
その拍子に、彼女の前髪で隠された額が露わになる。
――――そこには、複雑なルーンが刻まれていた。




・あとがき
綺麗な陛下。
ちょっとルイズに甘すぎるか?
きっと後で、うぉー何言ってんだあては、恥ずかしー!とか言って悶えてるに違いない。



[21285] 【習作】装甲剣姫 虎徹 ~異界録~ (ゼロ魔 × 装甲悪鬼村正 )   第十三話
Name: チビ黒サボテン◆8aa26a54 ID:b93c8024
Date: 2010/11/21 14:06
「ああ、ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ!」

「姫殿下、いけません。こんな下賤な場所へ、お越しになられるなんて……」

芝居がかった台詞を吐きながらルイズとアンリエッタがひしっと抱き合ったのが小一時間前。
それから彼女たちは二人の世界を作り上げ、延々と昔話に花を咲かせている。
置き去りにされたこちらとしては、ヒマでヒマでしょうがない。
暇つぶしに手元の相棒に声をかけてみる

「いい加減、この三文芝居にも食傷気味なんだけどさー。なんとかしておくれ、デル公」

《相棒も無茶言うねー。俺様がいくらすごいったって、剣だよ?
  手も足も出ないって。まぁ、手も足もないんだけど》

「へーへー、面白いね~。 じゃあ、次はもっと面白い事言ってあての気を紛らわしてみ。
出来なきゃ、鞘に生卵流しこんでやる」

《錆びちゃうよ!?》

さもありなん、鞘に卵を流し込むというのは一昔前のポピュラーな刀封じである。まぁ、つまらない事言った罰だ、反省しやがれデル公。
一気に人生(?)最大の窮地に追い込まれたデルフリンガーは、本人の動揺を表すように激しく震えている。
必死に面白い事を考えているのか、それとも近い将来の危機におびえているのか、どちらにせよ、がちゃがちゃカタカタと鬱陶しいことこの上ない。

「あ~、うるせーなーもう。あと、さーんじゅーびょー」

《うおおおおお!? 早いって相棒!
  待って、もう後ちょっとで、空前絶後の面白話が思いつくんだって!
  だから、三十秒なんて言わずに、もうちょっと……》

「二十五~、二十四~……十~、九~」

《ちょっちょちょっちょっと待てよ相棒!
今おかし、明らかに変だったって、ねぇ、相棒、聞いてよ!?》

「何やってるのよ、あんた達は……」

デルフリンガーをからかって遊んでいると、何時の間にやらルイズが呆れたような顔でこちらを見ていた。

「お、話は終わった? で、結局お姫様の用事ってなんだったわけ?」

「コラ、不敬でしょうが!」

「かまいませんよ、ルイズ。ところで彼女はどなた?
見たところ学院のメイドのようだけど、それにしてはあなた達随分親しそうに見えるけど……」

眉をハの字にして困惑の表情を浮かべるアンリエッタは、それだけで一枚の絵のように美しく、また王族らしいえも言われぬ気品が漂っていた。
反対にルイズはというと百面相で口をもごもごと動かしており、それだけで喜劇のように面白く、また貴族としての気品をかなぐり捨てていた。

「えっと……そのぅ、コイツは足利茶々丸って言って……
メイドの格好をしてはいますが、わたしの使い魔で……」

「まぁ、彼女があなたの使い魔なの!
ルイズ・フランソワーズ、あなたって昔からどこか変わっていたけれど、相変わらずね。
まさか人間を使い魔にするなんて思ってもみなかったわ!」

朗らかに笑いながらルイズの手を取るアンリエッタ。
しかし、ルイズの方はというと何とも形容しがたい顔で口の端だけをゆがめた不器用な笑みを浮かべていた。

「なんだい、ご主人様。その、ビミョーな顔は。あてになんか文句あるわけ?」

「文句……文句、かぁ……」

遠い目をして天井の辺りを見つめだした。

「まずは、ご主人様に対する扱いがなってないわよねぇ……
毎朝起きるのが遅れると布団から蹴りだされるし、稽古じゃあ滅多打ちにされるし……
だいたい、本当にわたしのこと主人と思ってるのかしら……
そういえば、まともに敬語を使われた記憶が……」

あうち。藪蛇か。

「ごめん、あてが悪かったよ、悪かったからそろそろ一体どういう御用でこちらにいらしたのかこの卑小な使い魔めにお教え願えませんかお姫様!」

横道にそれかけた話題を軌道修正するべく、高速でひれ伏して、そのままの姿勢でアンリエッタの足元に滑り込む。

「えっ?えぇ、そうね……」

こちらの奇行に目を白黒させながら彼女は今回の突然の来訪の理由を語りだした。



「このわたくしの力になってくれるというの? ルイズ・フランソワーズ! 懐かしいおともだち!」

「もちろんですわ! 姫さま!
このルイズ、いつまでも姫さまのおともだちであり、理解者でございます! 永久に誓った忠誠を、忘れることなどありましょうか!」

「いやいやいやいやいや、ちょっと待ちたまえよキミタチ。 特にルイズ」

熱い抱擁を交わそうとする二人の間に割って入り、ルイズの首根っこをひっつかんで部屋の隅まで引きずる。

「ちょっと、いきなり何するのよ、離しなさいって!」

ギャーギャー喚くルイズを壁に押し付けると、その顔のすぐ脇に手を叩きつけて睨み据える。
ルイズは私の豹変に動揺してか、目が私の顔とすぐ隣の腕との間を行ったり来たりしている。
大きく嘆息して、そんな情けない様子の彼女に現実を分からせるべく口を開いた。

「何するも糞もねーっての。気は確かかよ、ご主人様。な~に安請け合いしてんだよ、えぇ?
あのお姫様はあてらに戦争してる国に、それも負けてる方へ行って手紙を取ってこいっつってんだぞ。
戦争だぞ戦争! この前みたいなケチな取りものとはワケが違うんだ。そこんとこどう思ってるのか、この使い魔めにお聞かせ願えませんかね?」

「わ、分かってるわよ、それくらい! でも、姫様からのお願いなんだから、トリステインの貴族として……」

分かっている? コイツは今までの鍛錬で何を学んでいたのか。
拳を作って壁に叩きつける。
ルイズはびくりと大きく震え、聞くに堪えない戯言はなりを潜めた。

「分かってないね、貴族としての責務がどうこうじゃない。
あの頭がお花畑なお姫様の言葉じゃあ分からないだろうから、あてが直接おめーがどういう所に送り込まれるか教えてやる」

怪訝な顔のルイズが何か言おうとするのに構わず、がら空きの鳩尾を膝で蹴りあげる。
くの時に折れ曲がって胃液を吐きだす彼女に構わず足払いをかけてやり、仰向けに倒れこんだところを再度鳩尾を踏みつけて身動きを取らせなくした。
踏みつけた足の膝に肘を乗せて、わざと体重をかけてやりながら、無様に床に這い蹲らされたルイズの顔を覗き込む。

「ホレ、こんな不意打ちにも対処出来やしない……思い出したか、てめーの弱さを。
おめーは弱い。魔法もまともに使えないし、剣術だってかじった程度。そんなおめーが戦争にノコノコ顔出すってんだからな~……自殺願望でもあるのかい?
あては悲しいですよ。あれだけ稽古中に散々色々言って聞かせたのになんも分かってねーんだもん。
いいかい、ルイズ。本当の戦場じゃあ今みたいに優しく寸止めなんてしてくれない。
確実に命を取られるか、慰みものにされるかだ。
そんな場所に満足に自分の身も守れないヤツが遠足気分で顔を出すって事の意味、これで少しは分かったろ?」

「ゲホッ……そうね、わざわざありがとう……でもねッ」

ルイズはこれだけ痛めつけても、そこだけ屈せぬとばかりに燃える鳶色の瞳で私を睨み据えると、電光石火で杖を抜いてこちらの喉元に突き付ける。
そして痛みで体を動かすだけでも辛いだろうに、不敵な笑みを無理矢理浮かべた。

「例え、わたしに力が足りなくても関係ない……自分の弱さを理由に逃げたりなんかしない!
あんたこそ分かってるの茶々丸、わたしは貴族なのよ!
仕える王家からの信任に応えないでどうするって言うの!
自分の命惜しさに責務を投げ出すなんて貴族のすることじゃないわ……
いい、茶々丸……アルビオンに行くのを邪魔するっていうのなら、わたしはアンタを倒してでも責務を果たすわ」

「へぇ、あてを倒してでも、ねぇ? あっはっは! こりゃまたずいぶん大きく出たね!
そうだね~、仮にあてが今急に心臓マヒで死んだとしよう。
それで無事にアルビオンだかに向かえるようになったとして……
どうだい、ルイズ。ちゃんと一人でその貴族の責務とやらを果たせるのかい?」

「……っ」

沈黙。
ルイズは何も言わず、ただ悔しそうに唇を噛みしめた。
何も言い返さないということは自身の無力さ加減は骨身にしみているのだろう。
しかし、

「くふっ」

相変わらず目線はそらさず、杖もこちらに向けられたままだ。
引く気はないということなのだろう、全く頑固なものである。

勝ち負けなど関係ない、力が及ばずとも決して引かない。自分がそう貴族らしくありたいと、戦うと決めたのだから戦う。

――その愚直な生き様、熾烈なまでの潔さ。それは自分にとって何よりも好ましいものではなかったか。

惜しむらくはその強さが精神面のみに留まり、身体的強さにはまだ結びついていないことだ。正直、見ていて危なっかしいったらない。子猫の体に獅子の魂が誤って入り込んでしまったようなものである。
 
(でも"力"を補うためにあてが居るわけだし。今はやる気が折れないようにしないと、ね)

折角の類稀なその心根も、今のひ弱なまま世界とぶつかってはあっさり折れてしまいかねない。
ならば自分が彼女の盾となり、ツルギとなり守って行こう。彼女の魂に体が追い付くまでは。
我が身は鋼鉄の張り子の虎。いかなる干渉からも主を守ってみせよう。

しかし、彼女の長いこと同じ姿勢でいたせいかプルプル震えている杖先や、足先に感じる腹筋の柔らかさを考えると先は長そうである。

「……ハンっ」

とりあえず両掌を肩と水平に並べ、かぶりを振りながら鼻で笑い飛ばしてやった。

「何なのよさっきから。急に笑ったり、真面目な顔になったり、今なんか鼻で笑い飛ばしたり……」

「い~や別に深い意味はないよ。ただ自分で自分の乗せられやすさに呆れてたっつーとこかね」

やれやれと嘆息して、おもむろにデルフリンガーを抜刀した。
ルイズの表情がこわばり、奥の方で狼狽するばかりのアンリエッタから小さく悲鳴が上がる。

「なによ……無鉄砲な主人なんかいらないってわけ?」

「いやいや、そんなことないよ。
馬鹿に無鉄砲大いに結構! あての大好物だっつーの」

「? じゃあ、その剣はなによ。この期に及んで何もしないってワケ?
言っとくけど、わたしだってタダではやられないからね」

訝しげな顔をしつつ、闘志を燃やすルイズに苦笑して応える。

「もちろん何もしないって。信用ないのかな~、あて。ハァ、なんだか切ない気分ですよ……
こんなに健気で素直な可愛い使い魔なんて他にいないのにっ」

「…………」

「なにさ~、眉間にしわ寄せて目ぇ細めて大口開けちゃって。言いたいことがあるなら言ってみ?」

「健気で素直で可愛いとか何言ってんのアンタ」

「うわーい、ご主人さまからの温かいお言葉であての心の堤防は決壊寸前だぞー。ちくしょー!! ルイズがあてに優しくねー!!」

「そういう小芝居はいいから。結局どうするのよソレ」

すっかり毒気を抜かれたルイズが、やる気なさげにひょいひょい杖を振ってデルフリンガーを示す。流石に地面に縫いつけられたままではルイズも付き合いが悪い。

「まぁ、どうするってほど大層なことでもないさ。コイツをこう壁にぶっ刺すと……」

言ってすぐ傍の壁にデルフリンガーを突きたてる。
何か硬質なものを砕く手ごたえと、陶器が割れる音に悲鳴が隣の部屋から聞こえてきた。

「隣の部屋で探査魔法に引っかからないよう、コップに耳を当てて様子を窺ってたヤツが居ないか確認できる。さらにこう!」

振りかぶってデルフリンガーを部屋の入口に向かって投擲。
綺麗に扉に突き刺さると同時に、廊下から情けない男の悲鳴が聞こえてきた。
肩を回してコリをほぐしながら、あんぐりと口を開けているルイズにニヤリと笑いかける。

「玄関扉に突き刺せば、向こうにストーカー男が潜んでいないか確認が取れるってワケ。
まぁ話を続けるにしても、まずはコイツらを何とかしなきゃね、ご主人様?」



・あとがき
生存報告も兼ねた、とっても短い省エネ仕様
仕方なかった……陛下の支援SSを書くためには仕方なかったんや……


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