あきらめることが
当たり前になっていく
祖父母の住む高知県の小さな漁師町に生まれ6歳までそこで育ちました。母が離婚して戻った実家です。食べるものが何とかあるから、町の誰もが貧乏でしたけど自分が世間でいう貧乏だなんてことにも気が付かない(笑)。のどかで平和な町で、広い海を目の前にして自然を相手に飽きずに遊び、満ち足りた一日が終わっていく暮らしでした。
本当に貧乏がつらいと知ったのは、母が再婚して、工業団地の町へ移ってからです。重油のにおいがする殺伐とした町で、母親たちは暗い顔をし、いつもイライラして子どもを怒鳴り散らしている。ギリギリの生活を強いられていても、何もできないからだったんですね。明るくて笑顔の絶えなかったうちの母も、その中に巻き込まれていって、そりゃあ怖いお母さんになっていきました。まあ、父親がバクチばかりやっていたせいもあるんですけど(笑)。
貧乏は、人間から優しさや思いやりや希望を奪っていきますね。わずかなお金のことで日常的に大人が激しいケンカをするんです。子どもはたまったものではありません。でも、仕事がなく、お金がないと人の感情は荒れ、愚痴を言いながらどん底へ落ちていく。学校へ行って勉強しても、自分の行き着く先はこんな生活なのかという絶望感は、すごく大きかったですね。
私もいっぱしに不良じみたことをやったし、学校の勉強もろくにしなかったけれど、ただ、女として、ここにいる人たちのように貧しさに絶望して生きることだけは嫌だと強烈に感じていました。愚痴を言い続け、子供をしかり倒して、それでも逃げる道がない。稼ぐ力がないのは、何と苦しいことなのか、そしてあの暮らしには戻りたくない。それが、私の貪欲(どんよく)な仕事への原点です。
貧乏なんて関係ないと
あなたは言える?
私にはいつも貧乏に戻ってしまうかもしれないという危機感があるので、とにかく懸命に仕事をします。でも実は、親に安定した収入があって、今日まで何不自由なく暮らしてきた若い世代の方がこれからは危ないぞと思うのです。なぜなら、切迫感のない生活を送ってきたから、何とかなるという感覚が体の芯に染み付いているのですね。
お金がないことのつらさや惨めさは、いくら口で説明しても実感できないことではありますが、若くして仕事に情熱が持てないと言ったり、リストラの危機にある人々が愚痴ったり、社会に文句を言うばかりの様子を見ていると、「自分で稼いで生きていく」ことをなめているとしか思えません。
「自分のやりたい仕事にめぐり合わない」とか、「自分の本当の力を分かってもらえない」なんて本気で思っているのなら、私は笑いますよ。その前に、たとえ1円でも自分の仕事に対して払ってもらえることは何かと考えるべきですよね。それは天から降ってくるわけではなく、「私の力でいただける仕事ならやらせてください」というものでしょ。運よく報酬をもらえたら、稼ぐ才能がそこに潜んでいたということ。その糸を手繰り寄せていかなければ、自分の仕事にたどり着けないんです。(談)
さいばら・りえこ ●漫画家。1964年高知県生まれ。武蔵野美術大学卒業。大学在学中の88年に連載漫画『ちくろ幼稚園』(小学館)でデビュー。97年『ぼくんち』(小学館)で文藝春秋漫画賞、2004年『毎日かあさん カニ母編』(毎日新聞社)で文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞などを受賞。他の主な著書に『上京ものがたり』『営業ものがたり』(共に小学館)、『パーマネント野ばら』(新潮社)、『この世でいちばん大事な「カネ」の話』(理論社)他多数。テレビアニメ『毎日かあさん』(テレビ東京系)放映中、11年には実写映画化が予定されている。公式サイト「鳥頭の城」http://toriatama.net
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