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[21985] [ネタ]孫皓(改)伝 真・恋姫無双 オリ主
Name: コン太◆a0ea3b6c ID:10b3192c
Date: 2010/09/18 18:10
序.「俺の出番はこの回だけ!?」

Side:一刀

『長沙桓王の如く知勇兼備』

これは俺の孫に当たる孫皓が臣下や孫呉の土地に住む者たちから言われている言だ。

つまり雪蓮…孫策のように知識も武力も持ち合わせているという意味であり、彼女のような王になってくれるだろうと期待を籠められた彼の評価でもある。
史実では、両親に対して異常なほどの執着があり、国民をないがしろにした挙句、臣下を殺し、呉を滅ぼした暴君と言われていたはずだが、俺の孫となった彼は違う。

孫呉の将として何をすべきかを頭と心で理解し、兵たちの先頭に立って皆を率いる。次期国王として呼び声高まったこの時期にも兵を率いて賊を狩りに行く始末。まぁ、兵と将を一人も減らすことなく無傷で帰ってくるもんだから、兵からもその家族からの信頼も厚い。

政を疎かにしているのかといえば、そうではない。俺が話した天の国の制度や常識に耳を傾け実行する胆力。

まさかいきなり税をかなり軽くして消費税を導入したり、雪蓮と冥琳があれだけ訝しがっていた学校を作ったりとか色々と部下泣かせの事を実行しまくったのだ。まぁ、どれもこれも良い方に行ってくれたから国民と臣下からの羨望の眼差しは上昇気流に乗った。

そんな国民や臣下の様子を見た3代目の王・孫亮(蓮華の次女)は微笑みながら孫皓に南海覇王を託し黄柄(祭さんの娘)と一緒に酒盛りを庭先でするようになった。俺としては孫皓を支えて欲しかったんだけどな。

後は孫皓が孫呉4代目の王として即位する姿を見て、雪蓮や蓮華たちに会いに逝こうかなって思っていたときに奴らはやってきたのだ。

外史の管理者を名乗る胡散臭い導士たちが…。


「…ぐっ…!」
「ふん…。こんな老いぼれとなったこいつでも『北郷一刀』であることには変わりない。お前は徹底的に痛めつけて苦しめて、息を吸うことすら地獄と思えるようにしてくれよう」
「ふふふ。あまり老体に厳しいことはしてはいけませんよ、左慈。すぐに死んでしまいます」

左慈と干吉を名乗る2人組みの導士は部屋に入ってくるなりみぞうちに一撃を入れ、倒れた俺の頭を踏みつけた。頭蓋骨が床と導士の足に挟まれギチギチと嫌な音を発する。助けを呼ぼうにも色彩を持っていた部屋はいつの間にか無機質な灰色の世界となっていて俺と2人の導士以外の気配はない。

「…何故こんなことを……。もう幾ばくもない命であるはずの俺を…」
「関係ないな。北郷、お前は俺の手で壊す。そうすればお前を中心にして広がったこの外史は砕け散る。そうすることで俺たちの目的は達成される」
「…外史…砕け……散る?」
「無かったことにする。それが私たちの目的ですよ」

無かったことに…だと!?ふざけるな!雪蓮が、冥琳が、蓮華が、皆が創り上げて積み重ねてきたものを無かったことにするだと!やらせない。絶対にやらせない!
俺は手足に力を籠めて俺の頭を踏んでいる左慈を睨み付けた。

「それでこそ『北郷一刀』だ。壊しがいがある!干吉、手を出すなよ。こいつは俺が……がっ!?」

左慈のくぐもった声が聞こえたと同時に俺の目の前に眼鏡を掛けた男の首が落ちてきてごろんと転がった。その瞳には何も映されていない。
踏みつけていた力が弱くなり俺は膝つきだが体勢を立て直すことが出来た。
目の前にいる左慈の胸から剣先が突き出ていて彼が着ている銀色の服を鮮血で赤く染め上げていく。

「干吉の結界が効かない人形など!?馬鹿な……ありえるはずが…ない!」
「黙れ、下衆」

部屋の気温が急激に下がったように感じた。例えるならば極寒の地に裸で立ったような、身体の芯から凍えるようなそのような感じだ。この世界にきて様々な人間から放たれる気に押されることは多々あったが、こんな手足が震えて堪らないような思いをしたのは初めてだ。

「我らの祖が築きあげたこの国を壊すなど、絶対にさせるものか!」

そう言い放った者は剣を薙いだ。部屋に左慈の血が飛び散り、鉄の嫌な臭いが充満する。剣で切られた彼はそのまま倒れる。そして、左慈がいた場所に立っていたのは…。

「鷲蓮(シュウレン)…」
「大丈夫ですか、お爺さま」

孫にして、即位式を明日に控えた孫の孫皓が南海覇王を持って立っていた。


「どうして…いや、どうやって此処に」

左慈は言ったはずだ、結界がどうとか。効かないってことは、この世界の人間には結界の中を移動することは出来ないはずっていうことだ。なら、目の前にいて俺を助けてくれた孫皓は?

「まさか、俺の血を色濃く受け継いだから?」
「……はい?」

そう言って首を傾げる孫皓。
江東出身特有の褐色の肌、細身でありながらも鍛え上げられ引き締まった体躯、俺の愛した女性たちと同じ薄紫色の髪、そして青空のように透き通った蒼い瞳。……外見はむしろ、俺なんかよりも雪蓮や蓮華、シャオたちに似ている。もし若いときの彼女達が孫皓と並んだら、それこそ姉弟でいけると思う。
となると、勉学の方?いや、それに関しては孫皓の努力の結果だし、残りは……種馬的能力…か?
そんなのが引き継がれて、結界を自由に動けるってことになったらこいつらマジで泣くぞ。

「――さま、お爺さま!」
「うおぅ、な…何だ?」
「こいつはどうしますか?俺としては一刻も早く首を切り落としたいのですが…」

そう言った孫皓は左慈の首に南海覇王の切っ先を突きつける。すでに切る準備は万全状態だ。

「まぁ、待て。こいつには聞きたいことがある」

俺は踏まれていた頭を手で摩りつつ、孫皓に待ったを掛けた。

「しかしっ!」

孫皓は鼻息を荒くして大きな声を出す。孫皓のそんな姿を見て俺は溜め息をついた。
臣下や国民の目がある時は沈着冷静な態度を取る孫皓だが、身内のみになるとその姿は一変する。一言で言うと激情家。孫皓自身の本来の姿なのだが、この事実を知るのは俺と前王・孫亮、そして死んだ孫皓の母の孫和のみだった。
大きな戦いの後で勝鬨を上げる時なんかにちょっと見られたりするが、普段は隠し切っている。
こうなったときの孫皓は言動が子供っぽくなる上に、後先のことを考えずに行動してしまう。ストッパーが必要なのだ。

「孫皓、こいつらの目的は俺だ。俺が天の身遣いと呼ばれていたのは知っているだろう。たぶん、そこら辺が関係しているのだと思う」
「関係ありません。即刻、処刑すべきです!」
「お前のそれはどうにかならんのか、シュウ!!」
「この国を創り上げた英霊たちのことを無下にされて、どうして冷静でいられるのですか!殺すべきです」
「………くく…くははははは」
「「五月蝿い!」」

俺と孫皓は急に笑い出した左慈に向かって声を上げたのだが、俺たちは彼が持つ銅鏡に目を奪われた。

「もう、遅い。扉は開いたのだ。虚空へ消えろ、異端者(イレギュラー)ども!」

目を開けていられないほどの眩しい光の濁流が俺と孫皓の身体を包んだ。身体を動かすことも、声を上げることも出来ずに俺は光が収まるのを待った。
しばらくすると、俺は驚愕の表情を浮かべた左慈がいて首無し死体と割れた銅鏡のある俺の部屋にそのまま立っていた。
光に飲み込まれる前と違うのは、ただひとつだけ。
隣にいたはずの孫皓がいないという点。

「左慈―!!お前、鷲蓮をどこにやったんだああぁぁぁぁぁ!」

「俺が知るかぁぁぁぁぁぁ!!」

俺たちの空しい叫び声は灰色の無機質な世界に木霊したのだった。


とある荒野にて。
「……占いも捨てたものじゃないわね」
うつ伏せに倒れていた青年に近づき、青年が手に持つ宝剣を見て女性はそう呟いた。




Side:孫皓

俺は父親の顔をよく覚えていない。
覚えているのは気高き母の毅然と立つ凛々しい姿と、叔母たちに小言を言われながらも俺に勉学を教えてくれたお爺さまの優しい笑顔だけ。俺はそれを物心つく前から見て育った。
この国を作った英雄たちと戦乱の世を駆け抜けたお爺さまの話は楽しくて、面白くて、そして辛かった。
この国の文化と平和を形成したのは生きて英雄と呼ばれた者と、死んで国の礎となった者たちー英霊たち―で作られたものだとお爺さまは事あるごとに言っていた。
辛い過去であるはずなのに、悔しい過去であるはずなのに、お爺さまは涙を流していても笑顔で話してくれた。
俺はそんな英雄や英霊たちの血が己にも流れているという事実がどうしようもないくらい嬉しかった。
だから、学んだ。鍛錬を行った。

お爺さまが誇る英雄―英霊―たちに一歩でも近づきたくて。

お爺さまが語る孫呉の王に相応しい者に近づきたくて…。

俺は…。



酷く重い身体を起こして、俺は部屋を見渡し…。

「起きたわね」
「…………」

寝台の横の椅子に座った女性と目が合った。

「気分はどう?怪我はない?」

唐突な質問は混乱していた俺の頭を静めてくれた。俺は深呼吸し心を落ち着かせる。
主導権を握られることだけは避けないといけない。お爺さまも口を鋭くして何度も忠告していた。俺は江東に住む全ての民を護る王に、孫呉の王になるのだ。だから…弱い姿は見せていられない。

「問題はない」

「あら…。眠っていた時とはまるで別人ね……けど、楽にしなさい。ここには貴方と私しかいないわ」
「……貴女は…。いや、人に名を訊く時は自分から名乗らないとな」
「私からでもいいわよ……貴方、私の孫なの?それとも曾孫?」
「…は?―――っ!?まさか、孫策さま!」
「惜しい。私は孫文台、孫策は私の娘よ。ふふふ、占いなんて眉唾ものだって思っていたけど捨てたものじゃないのね」

いたずらが成功したかのようにくすくすと笑う孫文台さまを相手に、せっかく落ち着かせた頭の中が混乱し始めている。

「で、貴方の名前は?」

凛とした声と言葉。文台さまの一言で俺のざわついていた心は静まった。

「あ、俺は…いや、私の姓は孫、名は皓、字は元宋。真名は鷲蓮です」
「こら!真名はそうやすやすと教えるものじゃないでしょ」
『ポコッ』と俺の頭に軽く拳骨を落とした文台さまは、やれやれと眉を八の字にさせて呆れていた。
「す、すみま……申し訳ありません」
「いいわよ。貴方の楽な言い方で、歳は雪蓮と同じくらいだし気にしないわ。むしろ息子が1人欲しかったのよね~。あの人あっちが早くて、娘が3人よ」
「は、はは……(笑えない…お爺さまは絶倫だったらしいから、俺は多分大丈夫…なはず)」
「へぇ、貴方は自信あるんだ?」
「はい!…あれ、この場合はいいえ?」
「ぷっ、あはははは。おっかしい、この子」

これがお爺さまの言う『ツボ』っていうやつなのだろうか。文台さまはお腹を抱えて笑い目尻に涙を溜めている。

「あの…文台さま」
「くくく…。はぁ、何かしら?」
「わ…俺はどうすればいいんでしょうか。恐らく、元の時代へは戻れないと思うんです」
「詳しい話を聞かせて。でないと私は貴方を導くことは出来ないわ」
「はい…あれは―――――」

俺は即位式の前夜に起こったことを俺の視点で啄みながら文台さまに聞かせ、俺自身の考察の理由も話した。

「あ、あの文台さま?」
「鷲蓮!貴方はよくやったわ。そんな奴ら死んで当然よ、私たちや雪蓮たちが命を賭けて創った国の平和を壊すなんて言語道断よ!しかし、貴方が帰れないのは残念ね…でも、今の私たちの状況なら…。雪蓮の婿も…。むしろ私の2人目…」

なんだかよく分からないが不穏な言葉が出始めた文台さまを余所に俺は窓から見える空を見上げた。
寂しいと思う自分がいることに気付くが、それよりもお爺さまが誇っていた英雄たちに会えるのかと思うと心が高鳴る。

「文台さま…まだ未熟者ですが、しばらくお世話になります…って、何で服を脱いでいるんですか!?」
「憂いある表情もイイわ~、じゅるり。一応臣下や侍女たちには近づかないように言ってきてあるから気にせずに喘いでね」
「ちょっ!?俺、まだ…」
「童貞?それもイイ、じゅるり」
「だ、誰か助け…ぎゃーーー!!」

こんなことなら従姉妹の孫休姉さんの誘いに乗っておけばヨカッタヨ……。




[21985] 弐.「孫皓です。仕官することになりました」
Name: コン太◆a0ea3b6c ID:10b3192c
Date: 2010/11/11 19:33

朝起きたら、主に俺の体液で真っ白に染まった孫呉の祖である文台さまが、寝台の上でピクピクと痙攣しながら悶死していた。とりあえず手拭いで身体を綺麗にした後、服を着せ横にして布団を掛けた。

さて、簡単に状況を整理しようか。
お爺さまも「何かをするときは、ひとつひとつ冷静に確認することが大切だぞ」って言っておられた訳だし。
俺の名前は孫皓、字は元宋。孫呉4代目の王だ。いや、王として認められるはずだったか。
即位式を翌朝に控えたあの夜、妙な胸騒ぎがしたので南海覇王を片手にお爺さまの下に向かった。そこで目にしたのはお爺さまの頭を踏みつけていた変な導師2人組み。俺は迷わず斬り捨てた。その後は……光に包まれた後、孫呉の祖である文台さまに助けてもらって、そのまま……。

「襲われたんだっけ?」

未だに寝台の上で悶死している状態の文台さまを見て昨日の出来事は夢幻だったのではないかと一瞬思ったが、先程拭いたのは間違いなく己の体液だった。
俺が文台さまを襲う→文台さま真っ白 なら分かる。が実際は、
文台さまが俺を襲う→文台さま真っ白で悶死。

一体何が起きた。



数刻後…

―とある城の玉座の間

「というわけで、この子を仕官させることにしたから、各方面ヨロシクね」

お気楽な文台さまの一言が朝議を控えていた諸侯の静かな朝をぶち壊した。



弐.「孫皓です。仕官することになりました」



「というわけで、この子を仕官させることにしたから、各方面ヨロシクね」

これを聴いた瞬間、俺は不覚にも眩暈を起こしてしまった。俺が反論する暇も無く、怒号に包まれる玉座の間。文台さまの周りには老若男女の武官・文官が集まり、俺は蚊帳の外に放り出された感じになった。
確かに文台さまは起きられた後、俺に向かって「仕官しない?」と軽く持ちかけてきたが、このような朝議の場で軽々しく言うことでもなかろうに。玉座の間の隅に移動してその喧騒を眺めていると、感じの良さそうな初老の男性が話しかけてこられた。

「はじめまして、私は程普、字を徳謀という。君の名前を教えてもらってもいいかな」

「私の名は孫皓、字は元宋です。未熟者ですが宜しくお願いいたします」

「ははは。口調が硬いな、君は。私はそこまで偉くも無いし、砕けた口調でも構わないよ。見たところ孫堅さまに気に入られているようだしね」

と、徳謀さまは俺の顔をまじまじと眺め、こう付け加えた。

「実は孫堅さまの隠し子だったりしないかい?」

「違いますよ」

俺はそう答えた。しかし、お爺さまも常々「男版の雪蓮(伯符さまの真名)を見ているような気がする」とおしゃっていたが、伯符さまと俺の顔立ちがこんなにも似ているとは…、本当に変な感じを受ける。

「あ…」

「どうかなされたか、孫皓殿」

「いえ…」

一瞬、伯符さまと目が会った気がしたが気のせいだろうか。
その後の朝議で俺は黄公覆さまの部隊に入れられることが決まり、玉座の間を後にした。
のだが…。

「…視線を感じる」

振り返るがそこに監視者の姿はない。確かこの時期にはまだ幼平さま率いる特殊部隊は存在しないはず。一体誰だ?


公覆さまに連れられ部隊の下へ行くと、太史慈という非常に大きな体格を持った男に会った。まぁ、開口一番に「孫策さま!?」と盛大に間違えられたのは仕方がないことだとは思うが、お爺さまの話に太史慈という男なんか出てきたか?

「…覚えがないな」

「何のことじゃ」

「いえ、何でもございません。公覆さま」

「ふむ。……丁度いい、太史慈よ。この者と試合せい」

「はっ!」

「へ?」

紹介も無しにいきなり手合わせをすることになるなんて…、これが普通なのか。お爺さまたちが築いた平和で繁栄した呉という国しか知らないからな、俺は。こういうのを何て言うんだったか、まな板上の鯉…は昨夜の俺だ。蛙の子は蛙…これもある意味で俺か。えーと、井の中の蛙だ。
冷静に考えるとおもしろいなお爺さまの天界語録は。はははは。


Side:黄蓋

少年の名は孫皓というらしい。字は元宋。
身元に関しては堅殿自身が保障すると豪語してしまったためにこちらから聞き出すわけにもいかなくなった。周笠殿や朱冶殿、特に策殿は納得がいかない様子で堅殿に詰め寄っている。儂自身も行きたいのだが堅殿に直接命令されている故にそうはいかない。

「あ、祭。貴女の部隊に入れて様子を見てね」

至極簡単に決まってしまったのだが、主君である堅殿の命令なのだ。従わないわけにはいかぬ。
丁度、新兵を入れて調練をしていることだし、奴の力量はそこで見せてもらうことにしよう。しかし、堅殿はなぜ艶々しておって、孫皓とやらはやつれておるんじゃ。

現在、その孫皓は最近頭角を現してきた太史慈との模擬戦をさせておる。
太史慈は字を子義といい、七尺七寸という大きな体格を持つ武人じゃ。使用する武器は槍と弓。遠くない未来において策殿や権殿を支えることになるであろう将来有望株だと儂は自信を持って言える…はずじゃったんだが。何故、苦しそうに息切れをおこして片膝をついて居るのだ、太史慈よ。
何故こうなったのか順を追って説明していこうと思う。


「…………」

「…………」

剣と槍、それぞれの獲物を構えて集中力を高める2人の男。
儂は少し離れた所で他の部下たちは遠巻きに頭角を現してきた太史慈と孫皓を見学しておる。
じりじりと互いに間合いを詰めていき、そして――

「はぁっ!」

初手を仕掛けたのは太史慈の方で、剣よりも長い間合いからその太い腕から捻出される強力な力を持って槍を薙いだ。
その攻撃を、剣を盾のようにして構えていた孫皓はまともに受け吹き飛んだ。
遠巻きに手合いを見ていた部下たちは太史慈に向かって声援を送ったり野次を投げ掛けたりしておる。
ま、この程度か。と、儂自身落胆しかけたのじゃが、当の太史慈本人は信じられないといった表情を見せて構えを解いていなかった。

「成る程…公覆さまの部隊にもなると新兵でもこの強さか」

太史慈の豪腕から繰り出されるあの薙ぎをまともに受けたはずの孫皓は飄々として立っていた。これには儂も部下も絶句するしかない。儂でさえ剣を取りこぼしてしまう重い一撃なのだ。

「馬鹿な…」

その一言は誰が言ったのかは分からないが、この場にいる全ての人間の総意といえた。

「じゃあ、いくぞ。太史慈」

そう言って孫皓は太史慈に真正面から向かっていく。太史慈も馬鹿ではない、彼も懐に入られまいと高速の突きを繰り出して孫皓を牽制しようとするが、孫皓はその突きを切っ先でいなし太史慈の間合いから一度離れ…

「ぐはっ!?」

た、と思った瞬間、一足で太史慈の懐に入り込み、剣の柄を人体急所のひとつである水月に打ち込んだ。
呼吸困難に陥った太史慈は槍を手から落とし片膝をついた。孫皓はすでに剣を鞘に納めている。
この手合い、完全に孫皓の勝利であった。



その夜、儂は堅殿の元へ向かっていた。
理由は、孫皓のこと。他に訊くことはない。
奴は一体何者なのか、あの強さはなんなのか、そして何故策殿によく似た外見をしておるのか。
一番に考えられるのは、策殿の双子の兄弟だという説。
双子は家を分ける忌み子としての意味合いもあることだ。離れて暮らしていたとしても不思議ではない。
堅殿の部屋へまず向かったが居られなかった。侍女に聞くと庭に出ているらしい。
その言葉を頼りに庭へ向かうと、そこには堅殿と孫皓がいた。そして、孫皓はそれを口にしたのだ。

「は、母上」

「……っ!?」

儂は息を呑んだ。やはりそうだったのかと。
きっと堅殿も苦渋の決断の上で孫皓を手放したに違いない。そして成長した後、孫皓は母子の関係を明かさずに士官しようとしたが、堅殿が堪えることが出来ずに2人だけで会って家族の時間を過ごしてしまったのだろう。
これは、儂が訊いていいものではなかったのだ。

「お二方の幸せを護るため、この黄公覆。この秘密を一生守り抜きましょうぞ」

そうやって儂は、お2人に気付かれぬようにその場から去った。


Side:孫堅

「は、母上」

「……っ!?」

き・気持ちいい!!
何これ、なにこれぇぇぇ!!
本当なら曾孫である孫皓から言われることはないはずの『母上』という言葉だけど、ちょっとお願いして言ってみてもらったら、この言いようのない快感。ああ、昨夜の曾孫を襲うという背徳行為に匹敵する威力だわ。
あらやだ、子宮が疼いちゃう。

「ねぇ、孫皓」

「なんでしょうか、母上?」

「くはー!いいわ、今日はここでヤりましょ、孫皓!」

「ハァッ!?」

「シャオを産んでからずっとご無沙汰だったから、今日は朝から疼いて……って、孫皓?そんこーう?」

前後左右を見ても孫皓の姿はない。

「逃げられた……仕方無い、今日は結依(周笠の真名)の所に行こうかしら」

と言いつつ、私が向かったのは孫皓に与えた一室だった。



孫堅が去った後、庭の中心に生えていた大きな木から1人の男が降り立ち、周囲を確認した後自分に割り当てられた部屋に向かわずに黄蓋の部屋へ向かったのは余談である。



[21985] 参.「真実を嘘で覆い隠したらこうなった」
Name: コン太◆a0ea3b6c ID:10b3192c
Date: 2010/11/12 05:38
参.「真実を嘘で覆い隠すとこうなった」(改訂済)

なんとか文台さまの魔の手から逃れることが出来た孫皓です。
現在、徳謀さまのご好意により彼の執務室で眠る準備をしております。何故、徳謀さまかというと公覆さまが留守だったのです。こんな夜更けにどこへ向かわれたのでしょうか。


Side:孫皓

今日も公覆さまの下で調練する予定になっていたのだが、急遽変更となり俺はとある女性の前に立たされていた。

彼女の名前は周笠、字は扇發。周公勤さまの母親であり、文台さまの親友で軍師である。つまり孫呉の頭脳。彼女に認められなければ、孫呉の武将としては認められていないということになる最終関門といった所か。
とまぁ、仕官したばかりの新兵にはほとんど関係のないお方なのだが何故こんなことになったのか。答えは簡単だ。彼女の右斜め後ろでにこにこと笑みを浮かべている文台さまに原因がある。

昨夜自室に帰らなかった俺に対しての充てつけとして、どうやら彼女に俺が何者であるかを語ったらしいが、それが曾孫ということなのか、徳謀さまや公覆さまがおっしゃられていた隠し子ということなのかが俺には見当が付かない。
矛盾があればそこを付いてくるのは鋭い眼差しを見据えれば分かりきったこと。…どうする。

「ふむ。何も語らず…か。美蓮…」

「なによ。私は、嘘は言ってないわよ。一昨日、城の外で倒れていたのを拾ってきただけ。その他に言うことがある?」

「それだけでは、貴女がこの者を信頼の置ける人物だと判断できる物がないと言っているのよ!」

「あるわよ。物的証拠が」

文台さまが言っているのは俺が所持していた孫呉の王に代々引き継がれてきた宝剣『南海覇王』のことだ。あれは現在、文台さまの自室に保管されているため、その存在は文台さまと俺しか知らない。それを証拠として出すわけにはいかないけど、あれがあったからこそ文台さまは俺が曾孫であるということを認めてくれたといっても過言ではない。

「それは何?」

「そんなの孫皓の顔を見れば分かるでしょ」

「莫迦な。雪蓮さまを産んだ時、私もその場にいたのだ。見間違えるはずがない」

「そうよ、孫皓は私の子供じゃあない。けど、孫家の血を継いでいるのは確かよ。なんせ羽蓮の子供なんだもん」

「「はっ?」」

羽蓮(ウィレン)?誰それ。

「孫静殿の子供だと!美蓮、貴女と彼女の仲は絶望的にまで悪かったじゃない。なのに、どうして」

「さぁ、実姉にも黙っているような自慢の一人息子だし、外に出したくなかったのかもね。けど、彼自身が望んだのよ」

嘘に嘘を塗り固める行為がこんなにも嫌な気持ちになるものだったなんて。
お爺さま、なんだか急にそちらの世界に帰りたくなってまいりました。出来れば早く迎えに来て下さい。

「大陸統一したいって」

「ぶふぅ!!??」

「なっ…」

「勿論、自分でなんて考えてなくて私の元に行きたいって、羽蓮に直談判したそうよ。その後は盛大に親子喧嘩、絶縁状を叩きつけられて家を出てきたってこと。ほら、物的証拠の絶縁状」

そそくさとその嘘で塗り固められた絶縁状を手渡す文台さま。えっと、つまり俺は…

「孫静殿の一人息子で、美蓮にとっては甥に当たり、雪蓮さまに似ているのは従兄弟であるから…か」

「どう?これでもまだ文句を言うの」

「いや。すまなかったな、美蓮。私が考えすぎていたわ」

「ふふ、ありがと。ゆくゆくは雪蓮の旦那にでもなってもらおうかなって考えている所よ」

「なんですと!?」

「それはいい考えだな、むしろ冥琳も落としてくれるとありがたいのだが」

「便乗するんですか!?」

俺のツッコミ(お爺さま直伝)は軽く流され、文台さまと扇發さまはありそうで怖い未来予想図を広げ、俺の存在を忘れたかのように話し始めた。とりあえず、ここにいる必要はもうないかなと思い、俺は部屋から静かに出た。


Side:???

「いとこって、なぁに?ねえちゃま」

「え?えっと…う~ん。父さまや母さまが違う兄妹かなぁ」

「おにいちゃまってよんでいいの」

「従兄弟なら…って、シャオ?」

「いってくるね~」

「ちょっとー」


Side:孫皓

小腹が空いたなと思い、食堂に行ってみると食事の時間はとうに過ぎ去って片付けられていた。今から作ってもらうのもなんだし、街中で肉まんでも食べるかなと思って足を向けたときに、その衝撃が来たのだ。主に腰に。

「どーん!」

先程から視線を感じてはいたが、まさか強硬手段に出るとは…。どこのどいつだ?
振り向いて犯人を見てみると、「てへへー」と鈴振るような声で笑ってその青空のように澄んだ蒼い瞳で、俺を見上げていた。

孫尚香。孫呉三姉妹の末っこ。
俺自身、一度だけ彼女の腕に抱かれたことがある。生まれたばかりの頃の話だけど。そして、俺が物心つく前に亡くなったということはお爺さまに聞いている。
若い頃は天真爛漫を地で行く人であり、姉である伯符さまや仲謀さまの助けになりたいと心から願っていたらしい。

まぁ、今俺の膝の上にちょこんと座って肉まんを頬張る姿からは想像も付かないけどな。

「おいし♪」

俺に妹でもいればこんな感じだったのだろうか。早くに父親を失っているからそんなこと母さんに言ったことは無かったけど、いたら楽しいものになっていたのかも…。

「おかわり♪」

「おばちゃん、2個追加」

「あいよー」

あれ、でもこの図式はおかしくないか。

「おにいちゃま?」

まぁ、どうでもいいや。兄扱いも悪いものじゃないし。

しかし、俺を見る監視の目が一段と鋭くなったのは気のせいだろうか。未だに気配はするけど姿を確認することが出来ない。……幼平さまの仕官ってそんなに早かったのか?





[21985] 四.「孫皓と太史慈」
Name: コン太◆a0ea3b6c ID:10b3192c
Date: 2010/11/12 22:26
四.「孫皓と太史慈」

Side:孫皓

俺たちは現在、荒野を突き進んでいる。
隣にいる太史慈は槍を片手に燦々と降り注ぐ太陽を睨み、黄蓋隊に配属されて調練を行ってきた新兵50人が俺たちの後に続いている。行き先はとある山。行うことは20人くらいの山賊討伐。

「なぁ、孫皓。俺たちは手合いを申し込んだはずだよな」

「ああ。出来れば義公さまや文響さまに武を指導していただきたいと嘆願書を出したはずだぞ」

「なんでこうなった」

「俺が知るか」

公覆さまや正式な黄蓋隊の兵士はいない、本当に新兵だけで構成されたこの軍に何を期待しているのだろうか。あの頭の中がお天気な文台さまは…。


この山賊討伐の話のきっかけは3日ほど前に遡る。

文台さまの元に仕官することになって幾ばくかの時が過ぎ、その間俺は黄蓋隊の兵士や太史慈たちと共に調練したり、扇發さまに召還されて政に少々参加したり、街中の警邏という名の尚香さまのお守りをしていたら仲謀さまに睨まれたり、公覆さまにはなんだか保護者的な意味合いで優しくされたり、文台さまには夜的な意味合いで迫られたり、色々とあった。政に関しては、「屯田でもやったらどうですか。」と提案だけしてそそくさと退散した訳だが。

せっかく英雄ひしめく世界に来ることが出来た訳だからたくさんの方と戦い、武を学びたいと思った俺は太史慈と相談し義公さまと文響さまに手合わせをお願いするべく嘆願書を製作し渡しに行ったのだ。…文台さまに。
そのときに言われたのは「私でもいいよー」ということだったのだが、扇發さまが睨んでいたので遠慮し、手配を頼んでその場から去った。

そして、いざ返事が来たかと思ったら、「孫皓と太史慈の2人で新兵50人を率いて山賊を討伐してきてね」という命令だった。
2人してしばらく文面を眺めたが、理解することが出来ず徳謀さまに助けを求めた。まぁ、助けを求めた所で状況は変わらなかったのだが…。


Side:太史慈

俺たちの先頭を行く孫皓の背中を眺めながら、俺は考え事をしていた。議題は勿論孫皓のことだ。
ぶっちゃけて言おう。俺は転生者だ。前世の記憶がある。
何故に三国志?と思った事が懐かしいが、今の生活には十分満足している。
鍛えれば鍛えただけ力は尽くし、この世界は基本的に実力主義な所があるからな。
しかも太史慈という恵まれた体格と環境で、すんなり孫呉に仕官することが出来た。
さすがにTS状態の三国志になっているとは露にも思わなかったが、むさ苦しい男ばかりの三国志よりそれなんてエロゲな三国志の方が何十倍も良いに決まっている。さすがに王族である孫策さまとか孫権さまに手を出そうとは思わないが、モブキャラでも美人が結構多いし、孫呉の民の衣装(女)は基本的にエロイ。
もてない歴=年齢だった俺の灰色の人生は終りを告げた。俺は太史慈として綺麗な奥さんをもらって幸せになるんだといきこんでいて、黄蓋さまにも武勇で褒められていた頃合いに孫皓は現れた。

「(男版)孫策さま!?」と驚いて声を荒げてしまったが、当の本人はあまり気にしていない様子で苦笑いをしていた。
孫家の人間は器がでけぇと思ったのは最初だけ。
話してみれば普通にため口だし。手合わせすれば圧倒的に強いっていう訳ではなく、俺の少し上を行く程度。
いつの間にか俺たちの関係は、同期から友達へ。友達から親友へと変わり、一緒に飲みに行って愚痴を言い合う仲になった。

ただ、孫皓と話していて気になることがちらほらとある。なんで日本のことわざを知っているんだ?ツッコミって、おい。って、消費税だと!?
孫皓も転生者なのか気になって、それとなく尋ねてみたものの全て不発に終わった。
孫皓が言うには、「お爺さまに教わった」ということだけ。孫皓のお爺さんって誰だよ。
とりあえず、何が言いたかったかっていうと普通に高校とか大学とかの友達と一緒にいるような感じだったわけだ。孫皓といる時間は…、けど孫皓はそんな甘い奴じゃなかった。あいつもれっきとした武人なんだ。それも命を奪う覚悟を当の昔に終えた血飛沫が舞う戦場に立つ本当の武人だったんだ。



孫皓の周りには山賊だったモノの死骸が幾つも転がっている。首だけがない死体、胴を断ち切られた死体、心臓を一突きにされた死体。様々なものが無造作に転がっている。
俺たちの後に付いてきた新兵50人の内、何人が眼を背けずにこの光景を見ているのだろう。かく言う俺も膝が震えて立っているのがやっとの状態だ。
孫皓がやったこと、それは圧倒的な殺戮だった。見(つけた)敵(は)必(ず)殺(す)ともいう。
そして孫皓の前には、たった1人生き残った山賊の頭らしき男が命乞いをしている。武器は捨て、地面に額をこすりつけるように土下座して命ばかりはと喚いている。
俺は震える体を何とか押さえつけて、孫皓に進言した。親友に進言するとか変な感じだけど、今の孫皓は「王」って感じなんだよな。ははは、笑えねぇ。

「なぁ、孫皓。そいつも十分に反省しているようだしさ、逃がしてやらないか」

「…………」

命が助かるかもしれないという希望からか、山賊の頭だった男は顔を上げて「ありがてぇ」と俺に向かって頭を下げた。
現代でも犯罪者に更生するように働きかけることもあるんだ。この世界でも…と俺は思っていたんだ。だが、

「人の仮面を脱ぎ捨て、獣の道に堕ちた畜生が、もう一度人に戻れると思うのか」

尋ねているはずなのに、それは酷く冷たい声色だった。孫皓を真正面から見据える形になった俺は彼の眼光に腰を抜かし、へなへなとその場に座り込んだ。そして希望を見た直後に訪れた絶望に呆然とする山賊の頭に振り下ろされる断罪の刃。

「ぐ!ぎゃあぁああああ!」

血飛沫が舞い、孫皓の身体と俺の顔に降りかかった。生暖かい血液と充満する鉄の臭い、そして物言わぬ骸となったヒトだったものを見て、俺は甘い考えと共に胃の中にあったものを全て吐き出した。

山賊の頭だった男の最期の叫びが今も俺の頭の中で響いている。


Side:孫皓

「孫皓は……強いよな」

「は?」

山賊の討伐を終え、街に帰る道中。隣を歩いていた太史慈がおもむろに話しかけてきた。
太史慈も含め、命を奪うという行為を今回初めて行った者がほとんどで、全員とまでは言わないが顔色の悪い者が多い。
俺自身は慣れてしまった部分もあるが、悪事を働いた者の末路はこうなるのだと見せ付けることは必要なことだろう。

「罪は誰かが罰さねば、それはいずれ俺たちが護る民に及んでしまう。だから、俺は斬ることに関しては絶対に迷わない」

「……そういうものなのか」

「あいつらの死を自業自得だと割り切るか、斬った者の人生を背負うのかは、お前らの勝手だ。俺は民に被害が及ばぬように矢面に立って、民の盾になると覚悟を決めている」

それが4代目の孫呉の王として『南海覇王』を引き継ぐ最低条件だった。
『国とは民であり、民がいるからこそ国は成り立つ』俺はそれを抱いて、民を護る。ただ、それだけだ。

「…なら、俺は孫皓。お前の背中を守れる将になってみせる」

「……今日みたいな無様な姿の太史慈には、俺の背中は任せられないぞ」

「言ってろ。必ず、追いついてみせる」

「ふふ。そっか……、俺の背中を守るかぁ。初めて言われたな、そんな言葉。太史慈……俺の真名は、鷲蓮だ」

「えっ…」

「早く、俺の背中を守れる将になれ。俺は待っているぞ」

俺は自然と零れた笑みを太史慈に見られたくなくて足を速めた。

「そ……鷲蓮!俺の真名は、陽炎だ!」

「覚えておくよ。俺の背中を預けられると思ったら必ず呼ぶ」

「すぐに呼ばせてやるさ。目的があれば人は努力できるんだぜ」

「ははは。じゃあ、俺は先に行くな。お前ら」

陽炎の周りには今日の討伐に行った50人の新兵が立っている。憑き物が降りたように自信に満ちた顔を見せる者もいれば、なんで陽炎ばっかりにと彼に突っかかっている者もいる。

元の世界では得られなかった者たちがこの世界にいる。

この世界に骨を埋めるというのも悪いものではないのかもしれない。




[21985] 五.「短いので2本立て」
Name: コン太◆a0ea3b6c ID:10b3192c
Date: 2010/11/13 20:09
「尚香さまと孫皓」

Side:孫皓

「腹が…重い。ぐぅぬぬ」

腹を下して痛いのであれば、薬を処方してもらうなり医者に診て貰う事でなんとかなるものだが、重量を感じるとなると…。俺は、寝ぼけ眼を擦りつつ布団をめくった。

初めに映ったのは薄桃色の艶やかな髪、その髪を括るために付けられた白いリボンが二つ。そして聞こえるのは「すー、んにゅー」という最近俺の休みの日に必ずやってくるようになった妹分、孫家のお姫様が1人俺の胸板を枕にして眠っていた。とりあえず、文台さまのように夜這い朝駆けしにきている訳ではないので、別に彼女が部屋に入ってきても俺は起きることはないのだが、無用心すぎるか。元王族としては。


尚香さまが朝から来られた日は基本一緒に過ごすようにしている。
機嫌を損ねると厄介なことになるのだ。泣く、喚く、駄々を捏ねる。そういうことをする相手は他にいるだろうと思うのだが文台さま公認のため、そうは言っていられない。文台さま曰く、俺を餌にすることでどうも勉学や稽古事をさせたりしているようだし。

実姉である伯符さまと仲謀さまを抑えて、尚香さまに一番好かれているってどうよ。
という悩みを子義に愚痴ると「鷲蓮に父親の姿を重ねているんじゃないのか」という答えが返ってきた。
そういえば、伯符さまたちの父親は尚香さまが生まれる前に病で亡くなっているんだったなと記憶の片隅に追いやっていた情報を引き出し納得した。
俺がそうやって接することで尚香さまの心が安らぐのならいいかと思い、優しく接したのがまずかった。味を占めた尚香さまは俺の休みの日にやってきては街に行こうと満面の笑みを浮かべて誘ってくるようになったのだ。
断ろうとすれば、顔をくしゃくしゃにして目尻に涙を溜めるし、それに負けて街行きを快諾するとすぐに元気になるし。こういうのをなんて言ったかな。泣いた虎もすぐに笑う?だっけ。


「んー、いいてんきー」

小さな身体で天に向かって大きく伸びをする尚香さまを眺めていると、心の奥底が暖かくなっていくのを感じる。
お爺さまの言っていたとおり、尚香さまは天真爛漫を地で行くお人だ。彼女を見ている者に元気を与えるそんな力を持ったお方だ。

「ふふ。今日はどちらに向かわれるんですか?尚香さま」

「ぶー、シャオってよんでっていってるのに」

「はは、すみません。これが地なので」

「うそ。おにいちゃまはたいしじとはなすときはもっと楽しそうにはなしてるもん」

本当に良く見ているな、尚香さまは。

「ならば、小蓮さまということでいいでしょうか」

「よくない。シャオはお母さんのようにえらくもないもん。そんなのやだ」

頬をぷぅと膨らませた尚香さまは両手を腰に当て、まるで親が子供を叱るかのように訴えてくる。
俺は苦笑いして周囲を見渡す。誰もいないのを確認してしゃがみこみ、尚香さまと目線を合わせてこう言った。

「分かったよ、シャオ。これでいいかい」

「うん♪行こう」

尚香さまは俺の手を引き市の方へ向けて引っ張っていく。
さて、今日はどんなことが起こるのか。今から楽しみでしょうがない。

俺の休日は尚香さまと過ごす何が起こるか予想できない「尚香さまと一緒の日」



「仲謀さまと孫皓」

Side:孫権

初めてあの人を見た時、何か言いようのない恐怖に襲われたことを今でも覚えている。
大好きな姉さまに似ているはずなのに、怖いと感じてしまうのは何故なのか。その時の私には推し量るすべはなかった。
だから、まず人となりを見ようと妹のシャオを連れて監視することにした。
彼はそういうのには敏感で私たちが動こうとすると必ずこちらを見てくる強敵だった。私たちは彼に見つからないように、日々技術を磨くこととなった。途中でシャオは監視するのを飽きて彼に構ってもらうようになったが…。
私は今日も彼の行動を監視する為にと着替えていたのだが、“何かが違う”と思うようになり方針を変える事にした。すなわち…

「仲謀…さま?」

妹であるシャオを迎えに来たということにして、彼と直接話してみようと思ったのだ。
シャオは何処で調べたのか分からないが彼の休日を狙って、彼の元に行くようになっていたし、疲れて眠ったシャオを迎えに行くのは私の仕事になっていた。監視していた限りでは、シャオは彼のことを「兄」と慕い、彼はシャオのことを「妹」のように可愛がっているのが伺える。あわよくば私も妹扱いして欲s……。

「…ゴホン」

「尚香さまなら、いらっしゃいませんよ」

「そうなの?姿が見えないからてっきり貴方の所だと思ったのに…」

掴みは上々。彼の中で私の評価は、妹思いの姉ってところかしら。警戒心がまったくと言っていいほどない。
ちなみにシャオは今日、母さまの所で勉学をしているはず。
それに孫皓も今日は休日ではない。午前中は祭の部隊での調練に参加した後、最近出来た孫皓隊のみで模擬戦を繰り返していた。特に孫皓と祭一押しの太史慈の一騎打ちは目を見張るものがあった。烈火のような攻撃を繰り出す太史慈とその攻撃を水のように受け流す孫皓の戦いは見る者全てを魅了していたと思う。私も格好よかっ……。

「…コホン」

「仲謀さま、風邪ですか」

「ううん、違うわ。……孫皓、シャオが行きそうな場所に心当たりはない?」

「尚香さまが行きそうな場所ですか。そうですね、桃まんの屋台、もしくは茶店。あとは城壁の上などですかね」

「確かに城壁の上で日向ぼっこをしながら眠るのは気持ちいいものね」

「ええ。私の休日は城壁の上で尚香さまの寝顔を見ながら終わります。そして迎えに来た仲謀さまに尚香さまを預けて、それぞれ帰る、と」

「シャオも貴方には感謝していると思うわ。シャオは」

「私に父親の姿を重ねているのでしょう」

「……分かっていたの」

「文台さまからある程度聞いていますから」

私たちの父さまは、シャオが生まれる前に病を患い帰らぬ人となった。だからシャオは父親というものを知らずに育ってきた。そこに現れた異性の従兄弟で甘えていい存在。彼もシャオのことを邪険にせずに接してくれる。そのおかげか最近シャオは勉学を真面目に受けるようになった。
なんせ孫皓は結依小母さまから「着眼点がおもしろい」という評価を受けるほど、政にも精通しているようなのだ。
そのことを引き合いに出されたシャオは、一心不乱に勉学に励んでいる。全ては孫皓に褒めてもらうため。

「仲謀さま?」

「ねぇ、孫皓。結依小母さまから聞いたのだけれど、屯田って一体何をすることなの」

「知りたいんですか」

「ええ、私もいずれ政には携わるんですもの。色んなことを学んでおきたいの」

「……分かりました。ただし、午後から文響さまや徳謀さまたちと共に流通についての話し合いを設けてありますので、それまでということでよろしいでしょうか」

「むしろ、それにも参加して意見を聞きたいのだけれど」

「勉強熱心ですね、仲謀さまは」

そういって彼は私の頭を優しく撫でた。突然の行為に私は驚いたが、あまりの暖かさに私は目を細め悦に入ってしまう。

「では、屯田について少し講義しましょう」

「えっ…うん。よろしく、孫皓」

名残惜しかったけれど、次の機会もすぐに訪れるだろう。そう思った私は彼の話しに耳を傾けていった。
今までどうして私は彼のことを怖がっていたのだろう。その理由は今も解けていない。




[21985] 六.「伯符さまの憂鬱」
Name: コン太◆a0ea3b6c ID:10b3192c
Date: 2010/11/13 20:12
六.「伯符さまの憂鬱」

俺たちは現在、荒野を耕している。隣にいる子義は鍬を片手に燦々と降り注ぐ太陽を睨み、俺たちの遥か後方には正式に孫皓隊となったかつての新兵たちの姿が見える。行き先は未定。期間も未定。

「なぁ、鷲蓮。前にもこんな感じで始まったことがなかったか」

「前?いつの話だ」

「ん、俺たちが初めて山賊討伐に行った日(四話参照)」

「おい、子義。あれから幾つの山賊や江賊を潰して回ったと思っている。まぁ、真名を交わした日でもあるから覚えてはいるけどな。…そういえば、子義。いつになったら俺にお前の真名を呼ばせてくれるんだ?」

「超えられない壁を作っている張本人が言うなぁあああ!なんで俺が力を付ける度に俺の一歩先を陣取っているんだよぉおお!いつになっても追いつけねぇじゃないかぁあああ!」

大声で叫び暴れだした子義はほうっておいて俺は地面に鍬を振り下ろす。扇發さまに言った「屯田」がこんなにも早くに実施されることになるとは露にも思っていなかった俺は、1人溜め息をついた。


Side:孫策

「はぁ……」

荒野を耕すとある部隊を眺めながら私はため息を漏らした。その部隊を率いるのは孫皓という。
母さまが急に連れて来た彼は、あまりにも私に似ていた。自分で言うのもなんだが、鑑を見ているのかと思うくらいに似すぎていたのだ(男だから只今成長中の胸はないけど)。孫静叔母さまの1人息子だということだけど、私はそうは考えられない。大体、従兄弟がこんなに似るわけがないし、私の双子の兄弟と言われたほうがしっくりとくるのだ。

加えて彼が仕官して30日程経つが、直接話をする機会は訪れなかった。冥琳は結依小母さまと政の面で話すことがあったらしく、彼女にしては珍しく「中々面白い奴だ」という評価を私に話している。
妹である蓮華は、シャオのお守りをしてもらった後に会話することがあり、好印象を抱くようになった。最初はあんなに疑いかかっていたのに今では勉学で分からない所があったら、私や冥琳の所ではなくまず彼の元に行くようになった。姉としてかなり複雑な心境だ。シャオも彼の寝所に潜り込む事が増えてきたって蓮華が報告してきたし……私のところに来てくれたのは片手で表せるくらいなのに、何で?


私の目標は戦場で母さまの隣に立って剣を振るうこと。そのためには今日は何をすべきなのかを考えながら生きてきた。そりゃあ、たまにはハメを外して冥琳に叱られたり、蓮華たちに呆れられたりはするけど。私は「屯田」なんて考えられなかったなぁ……。

「はぁ……」

溜め息をすると幸せが逃げるって言うけど、このどうしようもない気持ちを晴らす方法を知っている人がいたら教えて欲しいわ。

「策殿」

「……って、うわっ!?祭、いつからそこに」

私はその場を飛び退きおもわず剣を構えてしまった。そこにいたのは母さまに仕えていて私たちにとって姉御のような存在である黄蓋、祭の姿があった。

「そうやって見ているだけでは何も変わりませぬ。ここはひとつ孫皓自身にその疑問をぶつけてみてはどうじゃろう」

「孫皓に私のお兄ちゃんなのって訊けということ?」

「そういうのも含めて、一度手合わせをしてみたらどうじゃろうか」

祭の言うとおり、溜め込んで悩んでいても埒が明かないか。私が私らしくあるために、孫皓にはちょっと付き合ってもらおうかしら。

「手合わせすれば見えてくるものもあるじゃろうしのう」

「うふふ。ありがと、祭。なんだか元気が出てきちゃった」

「うむ。それはなによりじゃ」

「じゃあ、行って来るね」

私は城壁の階段を滑る様に降りて、彼の元へ走って向かった。


Side:孫堅

「うむ。…………これでいいんじゃな、堅殿」

「ええ。もう少し早く孫皓から接触すると思っていたんだけど、これが中々奥手でね。小蓮に始まり蓮華と来て、冥琳には政の面でいい所を見せた。私に仕えている諸侯には武を学ばせて欲しいとか、こうすればいいのではないかと政の案件を持っていくことで高評価を得ていて、兵士たちには気さくで人情あるところが好印象、街の民に聞けば中々いい兄ちゃんとか兵士と一緒に馬鹿騒ぎしていたとか、小さな女の子を連れてほのぼのと散歩していたとか……。そんな暇があるんだったら、雪蓮の相手もしろよっていいたくなるくらい遠回りしているのよ」

「堅殿…。それは『将を射んとせば まず馬を射よ』ではないか」

祭の言うとおりであるとすれば、孫皓の中で雪蓮は最も厄介な相手だと認識していたということになる。ははは、雪蓮が孫皓に惚れたとしても、そういう関係になるまでには骨が折れそうよね・

それとよくよく考えてみれば、孫皓と初めて会ったあの日の夜、孫皓は私を見て「孫策さま」と言い切っていた。
彼のいうお爺さんは雪蓮のことを知っていたが、私のことはあまり知らなかったとも取れる。つまり、孫皓のお爺さんがこの呉に来る前に私はこの世から去ってしまったということなのだろう。
戦場で死んだのかしら、それとも病か。検討がつかないけれど時間はあまり残されていないって事ね。

「堅殿、どうやら始まるようじゃぞ」

「ええ。見ているわ」

私は出来る限りのことを雪蓮たちに教えよう。そして孫皓をこの孫呉に繋ぎとめるためにどんな手段でもとることにしよう。それがこれからの孫呉のためになるということを信じて…。

「って、雪蓮。押されているじゃない!」

「むしろ、手加減されておらんか?」

「が、頑張れー!雪蓮―!負けるなー!」

「お、押せー!負けるでないぞー!」

「「…………ああっ!?」」

やばい、雪蓮をいますぐ鍛え直さなきゃ。さすがに孫皓を次の王に指名するわけにはいかないのよ。色んな意味で…。



[21985] 七.「聞いていた話と違うじゃないか」
Name: コン太◆a0ea3b6c ID:10b3192c
Date: 2010/11/14 16:24
七.「聞いていた話と違うじゃないか」※注意 m(_ _)m

Side:太史慈

「剣も心も未熟すぎて、戦う価値もない」

「――っ!!」

剣を鞘に納めて相手に背を向ける鷲蓮と、剣を片手に仁王立ちしたまま彼を睨みつける孫策様。
俺は殺気の塊であった孫皓の眼光を真正面から見た事もあって大丈夫だが、隊の仲間たちは2人の殺気や気に圧されて次々と気絶していっている。ああ、また1人倒れた。
誰でもいいからこの2人を止めてくれ…。


Side:孫皓

姓は孫、名は策、字は伯符。江東の小覇王と呼ばれた孫呉の初代の王。
お爺さまが英雄たちを語るときに欠かさず聞かせてくれた孫呉の気高き王だ。お爺さまが孫呉の地に始めて降り立った頃からの知り合いかつ恩人で、彼女を護ることが出来ればと涙を流して嘆くほどお爺さまが愛した女性。
民を愛し、民から慕われ。戦場では兵を率いて自ら前線に立ち、毒を受けてなお兵を鼓舞するために戦場に立った強い女性。そう……聞いていた。

今、俺を支配する感情は、落胆。

目の前でただ闇雲に剣を振るっている女が、お爺さまが強くて気高くて民に好かれて笑顔が好きだったと嬉しそうに誇らしげに話してくれた、あの孫伯符なのかと。
太史慈と戦っているときのような血の滾りも、徳謀さまや文響さまから学ぶ時の畏敬の念も、俺が文台さまに会って感じた尊敬の心も、……彼女からは何も感じない。

何合か打ち合ったが弱かった。剣も心も…。

太史慈と一緒に武を高め合っている感覚もない、仲間たちと鍛錬するときの熱意も感じられない。

もはや、戦う意味もない。

だから、俺は剣を鞘に納めた。

「剣も心も未熟すぎて、戦う価値もない」

彼女が何かを喚いているが、俺には関係ない。心にぽっかりと空いた大きな穴をどうやったら埋めることが出来るのか、俺は模索していくことになる。


Side:太史慈

おいおいおいおいーーー!
鷲蓮、お前孫策さまを置いてどこに行こうとしているんだよ!つーか、仲間が全員気絶しちまって、どうすればいいのか分かんないんですけどぉおおお!と・とりあえずフォローだけでもしておかないと。

「……孫策さま。だ・大丈夫ですよ。孫皓はああ言ったけど、あな……」

「未熟…?戦う価値…もないほど……?」

孫策さまは泣いていた。孫皓の背中を睨みつけながら、一筋二筋と涙を流す。

「私に似た顔でそんなこと言わないでよ。……貴方が羨ましいのよ!どうして、貴方は私が持っていないものを沢山持っているのよ!私だって強くなりたいわよ……。ねぇ、私はどうすればいいの。どうすればいいのよ!!」

剣を落とし座り込んで顔を両手で覆って嗚咽を漏らす孫策さまに、なんて声を掛ければいいのか分からなくなった俺は、いつの間にか後ずさっていた。
ここで抱きしめて慰めることができる奴のことを主人公っていうんだろうなぁと思いながら俺は見守ることしか出来なかった。のだが…。

「修行するのよ、雪蓮!」

「は?」

そこにいたのは白い髭を生やした仙人…ではなく、銀色の髭を生やした孫堅さまだった。髭の材料を提供したであろう黄蓋さまはさめざめと短くなった髪を弄んで孫策さまとは違った意味で泣いている。

「弱いと言われたのであれば、貴女が強くなればいい。未熟といわれたのなら今までしてこなかったことをやって経験を積むの。そうすることを積み重ねることで孫皓に近づけるはずよ!」

どうでもいいですが、髭の位置がずれて面白いことになっていますよ、孫堅さま。これって、狙ってやっているのか。それともツッコミ待ち?というか江東の虎にツッコミを入れられる奴って存在するのかよ!

「母さま……私は強くなれる?」

「貴女のやる気次第でどうにでも出来るわ。それこそ孫皓に勝つことも、恋仲になることも!」

…って、おいーー!今なんか混ぜただろ!あまりに自然に混ぜるから気付かずに流す所だった。やべぇやべぇ。

「孫皓と恋仲に…私のやる気次第で…」

孫策さまにも感染しているー!?あれ、鷲蓮って孫策さまの親戚かなんかじゃないのか。従兄妹同士で結婚出来たっけ。
日本出身だから倫理的な問題が頭に浮かぶけど、ここは過去の中国。アリ……なのか?

「そうよ、雪蓮。まずは寝技からよ」

「うん。母さま、私頑張る」

孫堅さまは孫策さまに手を差し出し、立ち上がらせた。孫策さまの瞳に先程までの失意の念は見られない。

「私、強くなって孫皓に認めてもらうわ」

孫堅さまと黄蓋さまが後ろの方で「頑張れー」と拍手しているけどよ。

今から何の修行をするつもりだ!!
さっきの鷲蓮が言っていたのは民を護る強さと覚悟の思いの強さってことだろうが!

はぁ、俺仕える人を間違えたかもしれねぇなぁ……。さっさと仲間達を起こして、鷲蓮の後を追うか。




[21985] 八.「太史慈の些か早い里帰り・その1」
Name: コン太◆a0ea3b6c ID:10b3192c
Date: 2010/11/14 22:30
八.「太史慈の些か早い里帰り・その1」

Side:太史慈

急遽里帰りをすることとなった。
俺の故郷は小さい村だが効能のある温泉が沸いている秘境とも言える。疲れを癒すにはもってこいの場所だ。
本当なら部隊をひとつ率いるくらい偉くなってから凱旋するつもりだったが、鷲蓮の状態をどうにかしなければ俺たちの生活に支障が出ると判断し、休暇を俺と鷲蓮の2人分貰い徒歩で向かうことになった。
馬でもよかったのだが、鷲蓮の状態を考えて行きはのんびり、帰りは急ぐ旅にしようと考えた。

孫策さまとの一騎打ちを終えた辺りから彼の様子は激変し、普通に生活するだけでも周囲に殺気を振り撒くようになっていた。おかげで尚香さまは大泣き、仲謀さま涙目、部隊の仲間は怯えて訓練にならない。武官・文官の諸侯らも「触らぬ神に祟りなし」と我関せずと決め込み、彼の状態は日に日に悪くなるばかり。

とりあえず温泉にぬたーっと入って、酒を飲んで愚痴を言い合って腹の中に溜まった黒いモノを全て吐き出せば、元に戻るだろうと決め込み彼を連れて故郷に里帰りすることを決めたのだ。
ぶっちゃけ、鷲蓮のあの状態はストレスが溜まりすぎていることにあるんだろうなぁ、と勝手に仮定しているわけだが。
それに街を出た鷲蓮は、表情こそしかめっ面だが殺気が治まっている。
この休暇で機嫌が直れば儲けものだなと思いつつ、俺は彼を先導するために前に出た。
まさか、この旅が俺たちや彼女たちにとって運命の分岐点になるなんて誰が予想したであろう。


Side:孫皓

きっかけは一匹の猫だった。
昼飯は魚を焼いて食べようと太史慈が誘ってきたので、沢で魚を釣ることになった。
しかし待てども、待てども…………釣れない。途中で投げ出そうかとも思ったが、隣にいる子義は大きいものから中くらいのものまで6匹ほど釣り上げている。小さいのでもいいから釣っておかないと気がすまない。

2刻後…

「やっと釣れた」

手の平に納まる大きさの魚だったが、自分の手で食べるために釣ったものだ。その命に感謝していただくことにしよう。
子義の手際をよく見てっと、ほうほう。まずは腹を割いて内臓を取り出すのか……はて、俺が釣った魚は何処へ消えた?
周囲を見渡すと黒い猫が一匹魚を銜えてこちらの様子を窺っていた。そしてすぐに林の中に逃げていった。

「殺す!」

俺は腰に携えてあった剣を抜き構える。

「って、鷲蓮!?俺が釣ったのを分けるから落ち着け。相手は小さな猫だ」

走り出そうとした所で子義に取り押さえられた。

「俺から獲物を奪ったその罪、毛皮を剥がして償わせてやる」

「マジで落ち着けー!!」

とりあえず子義の釣った魚を食べて腹ごしらえした後、俺は子義を伴い林の中に足を踏み入れた。ふふふ、俺から逃げようなど100年早いことをその身に刻んでくれる。くくく…。

「ああ、相手は猫なのにいい具合に壊れかけていやがいる。早くなんとかしないと」

「子義よ、いい言葉を教えてやる。『取り逃がした猫は大きくなる』だ。俺は必ず奴を捕まえる」

「それを言うなら『取り逃がした魚は、大きく見える』だ。しかも意味が全然わかんないし」

「そんなことはどうでもいいから行くぞ!」

「先に話を振ったのは、鷲蓮のくせにーーー!!」

今の俺には何の柵もない。俺を“孫呉の王”だと知っている人間は1人もいない。俺はこの世界に来て初めて自由になれた気がしていた。そして…
俺が釣った魚を見つけた。ただし黒髪の小さな少女が食べている。

「ええー。本当に取り逃がした猫が大きくなったよ。化け猫か?」

「くくく、身包み剥いでくれるわー」

「待てー!そんなことしたら、お前自身が嫌う賊の仲間入りだぞ!」

「ぐぅ…ぬぬぬ」

「ここは大人の対応としてだな。見なかったことにしようではないか」

子義のいうことはもっともである。ここは涙を呑んで見逃すしかない。と思っていたのだが。

「ううぅぅ。お腹が空いていたとはいえ。お猫さまからご飯を奪う形になってしまいました。明命はもうお猫さまと一緒にいることは出来ないのでしょうか」

みんめい…だと。あれが幼平さまだとでも言うのか?隠密性に優れたすごい武将だって訊いていたが…うーん。まぁいい、ここで会ったのも運命だ。

「気が変わった。あの娘を連れて帰る」

「おおおいぃいいい!?何を言っちゃってんのー!?仲謀さまよりも幼い感じだぞ!!」

「あの娘は将来いい武将になる資質を持っている。むしろ事実!連れて帰るが上策だ。」

「本気と書いてマジ?」

俺は自信を持って頷いた。さて…

「その魚を返せ!黒猫娘!」

「へ?うわわわぁぁああ!!??」

「強硬手段にも程があるだろ!傍から見れば俺たちは「貴方たち明命をどうするつもりですか。まさか人売り!」ですよねー」

「くっ、明命は連れてはいかせません。皆さん、囲んでください」

その号令にあわせて黒い布を纏った者たちが俺と子義を取り囲んだ。武器として手に持つのは剣や槍、弓と様々であり統一性がない。それに俺が睨むと腰を抜かす者までいる始末。俺はひとまず幼平さまを解放した。
自由になったのを確認するやいなや、幼平さまは駆け出し号令をかけた若葉のような緑色の髪をした女性にかけより俺を睨んできた。

「今更、明命を解放した所で、我らが逃がすとでもお思いですか」

「どうするんだ、鷲蓮」

「どうするもこうするも、周りは全部雑魚だ。隊のあいつらにも届きやしない素人集団。怖がる必要はない」

「それはどうでしょう」

頭らしき女性が右手を高々と上げて指を鳴らした。その瞬間、俺の顔に何かが飛来してくるのを察して、首を逸らすも間に合わず右頬に赤い線が出来た。

「よく避けましたね。その忌々しい目を狙わせましたのに。しかし…効いて来たでしょう」

確かに手足に若干の痺れを感じる。

「毒…か」

「ええ。一滴で熊をも殺す強力なものです」

「なっ!?よくも鷲蓮を。貴様らー!」

子義は目尻に涙を溜め、槍を構えて突撃しようとする。が、ちょっと待て。

「勝手に殺すな、子義。手足に若干の痺れを感じるが、それだけだ。その熊は小熊だったんじゃないのか」

「「「「「…………」」」」」

沈黙。子義も、緑色の髪の女性も、幼平さまも、周りにいる黒ずくめの雑魚集団も、誰もが俺を驚愕の眼差しで見る。

「なんだ?」

俺は腕を組み、首を傾げる。感覚も大分戻ってきたようだ。

「人間じゃないわ」

と緑髪の女性が呟く。

「化け物だ」「ありえねぇよ」「ロリコン」「血が鉄なんじゃ」

と周囲の雑魚集団からちらほらと聞こえる。

「で、どうするんだ。この状況は」

と訊いてくるのは冷静になった子義。

「さっきも言ったとおり、周りは雑魚。とっておきの切り札は即効性と致死性の高い毒だった。ならば決まっている」

俺は緑髪の女性を睨みつけて、口端を吊り上げてこういった。

「頭が死ねば烏合の衆だろ」

「ひっ…」

緑髪の女性は幼平さまを抱きしめたまま、腰を抜かしその場に座り込んだ。俺はゆっくりと剣を抜き、一歩一歩踏みしめながら彼女に近づく。

「ああいう手段を使ったんだ。切り刻まれて死ぬ覚悟くらいあるよな」

「い・いやぁ…。ごめんなさい、ごめんなさい。どうかゆるし」「「「「摩耶さまを斬らないでくだせぇ!!」」」」あ・あなたたち」

俺と緑髪の女性の間に割り込むように黒尽くめの連中が現れ額を地面に擦り付けるようにして道を塞いだ。

「家族を役人に奪われ」「生まれ育った家を取り壊されて」「賊にでもなるしかないと」「思っていたおいたちに」「住む場所と暖かな飯を食わせてくれたんは」「この摩耶さまなんだ」「頼む、この通りだ」「摩耶さまと嬢ちゃんは」「見逃してやってくれい」「「「「「その代わりおいたちの命をやるから頼む!」」」」」

「あなたたち…ありがとう。いえ、覚悟が出来ました。私の首をお切りください。でも約束してください、明命とこの人たちを逃がしてあげてください。お願いします!」

なんだろうな。この家族愛?「俺が」「おいが」「いえ、私が」と変な風に喧嘩する彼女達を見て、なにかが急激に萎んでいくのを感じた。

「……貴女の名前はなんだ?」

「私の名前ですか……。蒋欽です」

「そちらの嬢ちゃんは、貴女の子供か?」

「いえ…拾い子です。でも、本当の子供のように愛情をかけて育ててきました」

「…母さま」

「娘を、この者たちをよろしくお願いします」

そういって静かに目をつぶる蒋欽。

「……子義」

「なんだ?」

「お前の村はどっちだ」

「もと来た道を戻らないと方角が分からん」

「そうか。俺は魚を横取りした猫を追いかけてここまで来たが、すでに食べられていて骨しか残されていなかった。残念だが仕方がない。はやく温泉に浸かりに行くぞ」

「へーい」

俺は来た道を引き返すべく彼女達に背中を向けた。
俺と子義のやり取りを聞いて、驚いた表情を見せる彼女達。

「俺の名前は孫元宋。孫文台さまに仕えている一人の将だ。蒋欽、嬢ちゃんのためを思うのなら、文台さまが治めている街へ行け。お前の実力があれば仕官くらい出来るだろう。出来なかったら俺の名前を出して、そこに入りたいと言え。人員は随時募集中だからな」

それだけ言って、俺は山道を下る。この後、彼女達がどうするのかは知らないがなるようになっていくのだろう。

これで幼平さまが孫呉に来なくなったらどうしようか…。



おまけ

「ところで鷲蓮」

「ん」

「毒は…効かないのか?」

「ああ。そのことか。お爺さま曰く、好きな人を毒で亡くした経験があるからと言って俺がそうならないように、毒に身体を慣れさせるという名目上、子供の頃から食事や飲み物に少しずつ量を増やしながら毒を入れていっていたらしくてな。世の中に出回っている毒に関しては、どんなに致死性があっても手足がちょっと痺れるくらいで済むんだわ。ははは、おかげで毒キノコも関係なく食べられるから、お爺さまには感謝しているんだよなぁって、どうした?そんな青い顔して」

「…………(お前の爺さんは忍者か何かかよ!)」




[21985] 九.「太史慈の些か早い里帰り・その2」
Name: コン太◆a0ea3b6c ID:10b3192c
Date: 2010/11/16 21:45
九.「太史慈の些か早い里帰り・その2~彼はこうして大人になった~」※オリキャラ注意 ネタ満載 m(_ _)m

Side:太史慈

山をいくつか越えて、河を渡り、道なき道を行きやっとの思いで辿り着いた俺の故郷。

「故郷よ、私は帰ってきたー!」

「……」

「すまん、ちょっとやってみたかった」

鷲蓮の白い目は精神的にかなり痛かったが、街を出てきたときのようなしかめっ面ではなく、表情が出てきている分、この旅が気晴らしになっているようで安心した。今いる場所の近くには村全体を見渡せる小高い丘があって、ある程度村の地理を説明することが出来る。まずはそこを目指すとしよう。

「ところで子義、見られている気がするんだが」

見られている?誰にだ。俺は家族にも幼馴染にも帰るという文は出していない。
ということは…、丸か!?

「鷲蓮、気をつけろ。俺たちは今狙われている」

「うん、そうだろうな。…避けろ、子義」

「は…。うおぅ!」

何かが風を切る音が聞こえたので俺は柔道の前回り受身を取る様にして前に転がった。って、しまった。鷲蓮は無事か?
射線上、俺の先にいた鷲蓮の無事を確認するために振り返ると、何も無かったかのように彼は仁王立ちしていた。ただ、彼の左手には大きな矢が握られている。飛んでくる弓矢を獲るなんて普通に凄すぎないか、鷲蓮。

「子義の知り合いか?」

「あ、ああ。8才年下の弟分でな、名前は丁奉。自分の身長と同じくらいの弓を使う猟師の子なんだが…」

「歯切れが悪いな」

「人見知りの上にあがり症なんだ。あれがなければ村一番の猟師になっていてもおかしくないほどな」

「ほう…、少し興味があるんだが、会えるか?」

「いや、逃げたと思う」

「そうか…」

それにしても、あの“遊び”に鷲蓮を巻き込むとは油断ならないな。いつもだったら「ごめんね、かげ兄」って来る所なのに、来ないし……。俺のいない間になんかあったのか?


Side:孫皓

今俺の前には3人の人間がいる。
1人は同期であり親友となった子義だ。2人目は子義並に大きな体格を持ち温和そうな顔立ちをした男。3人目は俺の胸辺りまでしかない小柄な体格で童顔だが子義と同じで紅蓮に輝く瞳が視線をひきつける女の子。

「見るからに…子義の父上と妹さんか」

「あら、そんなに若く見える?」

「…鷲蓮、親父とお袋だ」

「美女と野獣か!」

「性格的には、美女(親父)と野獣(お袋)であっているよ」

家に招かれる前に子義が簡単に教えてくれたのはこの父母の扱い方だった。とりあえず怒られそうになったら「夫婦仲がいいですね」というといいらしい。ただし、砂糖を吐く事になるそうだが。そして、家に上がった俺たちに待ち受けていたものとは…

「この子ったら、生まれて直ぐに言葉をしゃべったんですよ」

「へぇ、どのような言葉を?」

「ふふふ。忘れもしないわ、あの『天上天下唯我独尊』は」

「…………」

子義の顔は引き攣り、父上殿はハハハと笑い、母上殿はオホホと笑う。

「2才くらいの時にはですね、自分の身体を両腕で抱きしめながらこう言ったんです」

「なんと?」

「『転生系チートオリ主キタコレ、これで俺はカツル!』と、私には何を言っているか分からなかったんですけどね」

「…………」

子義の目があっちこっち行き始めた。父上殿はハハハと笑い、母上殿はオホホと笑っている。

「5才くらいの時にはですね、幼馴染の子に告白されたようでですね」

「ほう…」

「『すずらんは俺の嫁!』と村中に言って回ったんですよ」

「…………」

子義の身体が白化しはじめる。父上殿はハハハと笑い、母上殿はオホホと笑い子義に色を塗っている。

「あとは、修行中にですね。こんなことをやったんです」

「…………」

「聞きたくないんですか?」

「何やったんですか」

「ええ。大岩に向かって『覇王滅裂掌!!』と叫びながら、両手を叩きつけたんです」

「オチは?」

「聞きたいんですか」

子義は白化が進みさらさらと砂になり崩れかけている。

「両手の指を骨折しました」

『バサァァァ』

子義は白い砂の山となった。母上殿がジョウロで水をかけると元に戻った。

「そして目覚めるとこう言ったんです。『知らない天井だって』住み慣れたいつもの天井なのに何を言っているんでしょうね」

「お袋ぉおお!俺のライフはもうゼロよ!!」

「ははは、しぎはおもしろいなぁ」

「鷲蓮!?」

子義の今の顔は、ホオォォ(○o○;)な状態で放心している。普段の子義からは想像することができない腕白加減だ。

「他にも色々あるんですけど、とっておきはあれかな」

「あれとは」

「私がこの子に修行を施した時、頬を殴ってしまったことがあったんです。その時に言ったのが『殴ったね、親父にも殴られたことがないのに!』という言葉でして、あと15・6発ほど殴ってやりましたの」

「…………」

俺はとりあえず子義を睨んでみた。なんでこんな所に来て、子義の恥ずかしい話を聞かなきゃならんのかという怨みも籠めて。すると、子義は急に立ち上がり俺たちに背を向けたあとこう言った。

「フッ、認めたくないものだな、若さゆえの過ちというものは……う・うわぁぁぁああああああん!!」

子義は逃げ出した。
確かに親友に聞かれてもいい話ではなかったな。

「テヘッ、やりすぎちゃった☆」

その後は、父上殿が仕官した後の子義の様子を聞いてきた。子義の両親はやはり遠い地で1人頑張っている息子が心配らしく普段の様子も聞いてきた。俺がぼそりと「頼りにしている」というと安心したように顔を綻ばせていた。


翌日、何処で夜を明かしたのか分からない意気消沈した子義を連れて山を登っていた。お昼ごはんは山菜鍋にしようということになり、材料を集めてくるように母上殿に頼まれたのだ。俺は手当たり次第、植物やキノコを背負った籠に放り込んでいく。
未だに放心状態にある子義がいい加減うざったくなってきていたのもあって、俺が「いい家族だな」と言うと子義は「…まあな」と照れるようにして答えてきた。


Side:太史慈

昨日は散々だったぜ。恐るべしだぜ、お袋。しゃべり方は猫被っていておしとやかだったし、仕草は女らしかった。普段は男口調に、ガサツなのに。よくまぁ、鷲蓮相手に隠し切ったものだ。
俺も随分と大人になったんだな。……つくづく昔の厨二病全快だった頃の俺を殺したいぜ。

それはともかく、山で山菜取りをしているってことは今日の昼飯は山菜鍋という名の闇鍋をするつもりか!?鷲蓮も混ざるとなると闇鍋から混沌鍋にマトリクスエヴォリューションするぞ。絶対に死人が出る。主に俺!親父は胃袋が魔界の海に直接繋がっているからお袋の料理程度じゃ死なない。いや、今回は死ぬのか。鷲蓮のヤバさはお袋以上だ。
なんでかって?意気揚々と山菜を次から次に入れていっている鷲蓮の籠の中に危険な色合いをしたものとか、危険な香りがプンプンするもの、形が怪しげなものといった故郷の山であるはずなのに初めて見た部類のキノコが平然と入っているからなぁあああ!

「なぁ、鷲蓮」

「なんだ、子義。へへ、旨そう」

「それは全部、食用なのか」

そう尋ねると鷲蓮は今取ったばかりのキノコの泥を掃って傘の部分を齧った。

「うまいけど……んぐ」

普通においしそうに食べる鷲蓮を見て、俺はますます不安を募らせた。

「はぁ、はぁ、はぁ」

その時、艶やかな黒い髪を風になびかせて駆け上がってくるひとつの影があった。背中には身の丈ほどある大きな弓を担いでいる。その影は俺たちを見つけると直ぐに駆け寄ってきて驚くべきことを口にしたのだ。

「かげ兄、助けて!村に山賊が現れたの」

村に山賊?親父、お袋!!俺は背中に担いでいた籠を放り捨て斜面を下ろうと木に手を掛けた。そして彼に声を掛ける。

「鷲蓮、早く行く……って、どうしたんだ!?」

「…俺としたことが、さっきのキノコに当たったようだ」

鷲蓮は腹を押さえてその場に倒れていた。肝心な時に役にたたねぇ。

「丸、そいつを頼む。俺は先に行くぜ」

「え……うん」

俺は丸の返事も聞かずに斜面を滑るようにして下り、村に向かって全速力で駆けた。
そして村に着くと、額から血を流して倒れているお袋の姿があった。俺はお袋のすぐ横に立っていた男に殴りかかる。俺の突撃に気付いた男は防御の構えを取るがそんなもの無いも同然。俺は防御した腕ごとその男を粉砕した。
俺に殴り飛ばされた男は村の家屋に吹き飛ばされ、起き上がって出てくることはなかった。

「貴様ら、生きて帰れると思うなよ」

「それは貴様だ。何故、その女がそんなところで転がっていると思う」

俺に高圧的な態度で話しかけてきた男の方を見ると、馬に乗った熊のように髭を生やした男が亜麻色の髪をうなじあたりで黄色いリボンで括った若い娘の首に剣を当てていた。

「――っ、鈴蘭!」

「陽炎……」

「この娘が殺されたくなかったら、抵抗はするなよ」

「くっ…」

ニヤニヤと小汚く笑う下っ端が俺に近寄り、殴る蹴るの暴行を加え始めた。


Side:孫皓

俺は子義の姿が見えなくなったのを確認して立ち上がった。

“丸”と呼ばれた“女の子”―丁奉―が心配そうに俺の顔を見るが問題ないと告げた。すると丁奉は「どうして」と聞いてきた。俺は、正直に話す。「頭に血が上った猪と一緒では助けられる命も助けられなくなる」と。

むっ…と、怒った表情を見せた丁奉になんとか落ち着くように言うと納得はしていないが話は聞いてくれるまでになった。今まで、俺たちが狩ってきた山賊や江賊に人質を取ってきた奴らはいなかった。だから、俺も遠慮なくやれたし子義も思う存分暴れてきた所がある。だが、今回は違う。村に山賊が現れた…とこの子は言った。すでに村は占拠されていると考えた方がいい。

「賊は何人いた?10人・20人。どういう状況だ。人質に取られた人は?賊はどんな風に布陣している?」

と尋ねるが、そういったことを聞かれるとは考えてもいなかったらしくワタワタと慌てる丁奉。だが、

「皆は広場に集められて…あとはわからない」

丁奉の言葉に唇を噛む。

「確か、村全体を見渡せる丘があったな、そこに行く。道案内を頼む」

「え…、皆は?」

「作戦も立てずに村人全員を救えると思っているのか」

「………こっち」

俺の言葉に一瞬迷ったようだが、丁奉は道案内するために走り出した。俺もその後を追う。
この村に来て最初に連れて来られた丘に俺は立って、村全体を見渡す。

「…君の言う通り、広場の上の方に村人が集められている…見張りは5人か。中央には黒い馬に跨った男が見える。恐らく頭はこいつだろう。下の方にいるのは子義?……っく、あの馬鹿!」

「かげ兄…」

「くっ。子義を殴っているのは5…いや4人か。賊は全部で10人?存外に少ないな」

「……違う。林と村の中に12人、別行動とっている奴らがいる」

「へぇ…、視えるのか」

「えっ?」

「俺と子義がこの村に入ろうとした時、矢を放ってきたのは君だな。木々の間を縫って子義の頭を狙って射るその技術は使える。その力、俺に貸してくれ」

俺の突然の協力願いに丁奉は呆けた顔で、俺の顔を見上げるばかりだった。




[21985] 十.「太史慈の些か早い里帰り・その3」
Name: コン太◆a0ea3b6c ID:10b3192c
Date: 2010/11/16 21:49
十.「太史慈の些か早い里帰り・その3~決着!そして秘密の暴露大会~」

Side:孫皓

「ボクの力を…ですか?」

「そうだ。今から彼らを救うために動くが、俺は神じゃない。全員を無傷で助けるなんて不可能だ。何人か必ず犠牲になる。それを減らすことが出来るかは、君が協力してくれるかで変わってくる」

「…無理、無理だよう。ボクには…絶対にできない」

「……そうか、分かった。ならここで見ているといい。さっきも言ったが俺は神じゃないし、聖人君子でもない。俺は十を救えるのであれば、一を見捨てる男だ。今回の場合で言えば、十は村人で、一は人質になっている娘と子義だ。俺は2人を見殺しにしてでも村人を助ける」

「そ・そんなぁ。嫌だよ、かげ兄もすず姉も助けてよ!強いんでしょ、かげ兄が自慢していたんだ。『俺はあいつの背中を守れる将になってみせる』って誇らしく言っていたんだ。それを見捨てるの」

「なら、他の村人を犠牲にしろとでも言うのか!……あいつも将のひとりだ。死ぬ覚悟くらい持っているさ」

俺は腰に差してある剣の柄を握り、すらりと刀身を抜く。陽光を反射して今は白く輝くが、すぐに鮮血に塗れて鈍い光を放つことになるだろう。俺の存在が広場にいる連中に伝わるのは面倒なことになる。まずは林と村の中に散っている12人の賊の殲滅が急務だ。バレないように静かに殺す必要がある。

「待ってよ!村の皆を助けてよ」

「甘ったれるな!これは遊びじゃない、命と命を掛け合った戦場だ!踏み込む覚悟もない奴が偉そうな口を叩くな!」

「…うっ…ううぅぅぅぅ」

丁奉はぽろぽろと涙を零し始めた。丁奉ほどの腕があれば、あいつらを狙撃することも難しくないと思ったが、所詮子供か。相手が、強奪が目的の馬鹿な山賊だったら多少の怪我はあれど、村人全員を助けることが出来るかもしれないが、あそこまで弱った子義を殺さないでいるのに何か訳があるとしたら……。くそっ、無理矢理でも子義を止めておくんだった。

俺は泣き出した丁奉を放って山を滑るように駆け下りる。

「静かに殺す…か。なんで俺が暗殺者の真似事をしないといけないんだろうな」

そんなことを思いながら息を殺し、一人目の賊の首を裂いた。


Side:太史慈

身体が痛くて気絶することも出来ねぇ。
顔も腕も腹も足も、何度殴られ何度蹴られたのか覚えていないほど暴行を受け続けた。おかげで意識は朦朧とし、身体を起こしていることがやっとの状態だ。

親父…そんな顔すんなよ。あんたらから貰ったこの身体は人より十二分に頑丈なんだぜ。

鈴蘭…泣くなよ。俺は大丈夫だ。このくらいで俺は死なねぇ。

「…ぬるいぜ。ゲホッ…ぐぅ、まだ…けほっ、まだお袋の扱きの方がキツイ…ぜ」

「減らず口を」

頭が何らかの命令を下した。すると頭に今まで以上の衝撃が来た。前のめりに倒れ後ろを睨むと棒を持った男がニヤニヤと笑いながら俺を見下ろしていた。

「頭~。もういいんじゃないっすかぁ。こいつの瞳、爛々と輝いていますぜ」

「何色だ?」

「えーと、紅ですぜ」

「依頼されたのは『琥珀の瞳』だ。これだけ殴る蹴るされても色が変わらないとは、厄介な一族だな」

「……はぁ?……琥珀の瞳?…俺は生まれてからこのかた一度も琥珀色の瞳にはなったことなんてないぞ」

「…なにぃ!」

瞳を奪うためにやってきたって、H×Hじゃないんだからさ。勘弁してくれよ…。

「どうします、頭?」

「ふん。もう生かして置く必要も無い。村人も女子供以外すべて殺せ。まずはその男に止めをな」

頭の命令を聞き、俺の周りにいた連中は思い思いの武器を手に取り、俺に近寄ってくる。

「ここまで……なのか」

俺はまだ何も成し遂げていない。1つの隊を任されるほどの地位を手に入れたわけでも、綺麗な嫁さんを貰って新婚生活を送りにゃんにゃんすることも、そしてあいつの背中を護れる将になるっていう約束も、何も果たせていない。

「くそぉ!こんな所で死んで堪るか!」

「黙れ、お前はただ我らに殺されればいいのだ。動けばこの娘の命は無いと言ってあるだろう」

絶体絶命・四面楚歌、そんな言葉が脳裏をよぎる。

「さぁ、お前たち殺……?ッッッ!ぐがぁああああああ」

馬に跨っていた頭の声が途中で途切れた。あいつは今、俺に向けて剣を向けていた。だが、その剣は途中で腕ごと掻き消えた。
肘から先を無くした頭は反対の腕で傷口を押さえて必死に流れ出る血を止めようとしている。鈴蘭はその隙をついて、馬から落ちて馬の下で蹲っていた。

「鈴蘭!逃げろぉ!!」

逃げようとした鈴蘭を殺そうと村人を見張っていた男達が駆け寄る。

だが、一迅の紅い風が吹き、鮮血の花がこの広場に咲いた。それを彩るのは胸を腕を足を背中を斬られ悶絶する賊たちの叫び声。
そして、俺たちを護るようにして現れたのは、全身返り血で真っ赤に染まった背中を護ると約束した男。鷲蓮の姿があった。
斬られた男達も俺の周りにいた男達も、鷲蓮の突然の登場に驚いたがすぐに武器を構えて突撃する。だが、

「身の程を弁えろ、下郎」

たった二振り。それだけで6人分の首が宙を舞った。間合いにぎりぎり入っていなかった男たちはあまりの力の差に腰を抜かし後退りしている。まぁ、それを見逃すほど鷲蓮は抜けてはいない。さっさと近づき剣を振り下ろした。そうしてあっという間に、9人分の死体が広場に出来上がった。

「てめえ、何者だ!」

生き残った山賊の頭が肘を押さえ、顔を青くしながら鷲蓮を馬上から睨みつける。

「…………」

「なんだ、今更怖気付いたのか」

「そうかもな」

「はは、聞いたか。お前ら、こいつはいま「さっさと射ろ、こいつはお前の獲物だ。丁奉」はぁ、なにを言っていーーーーーー」

山賊の頭はそれ以上の言葉を紡がなかった。いや、紡げなくなったか。なんせ、しゃべるための口がある頭がごっそり消失してしまったのだから。馬上に残された身体から血が噴水のように湧き出し、一定量噴出し終わると地面に崩れ落ちた。


Side:孫皓

「い・ててててててててて!イタイイタイイタイイタイ!痛いって!!!」

なんとか山賊を討伐し終えた俺たちがまずしたこと、それは子義の治療だった。
さすがに村人も子義が殴られたり蹴られたり叩かれたりされるのをずっと見ているだけだったということもあり、家にあるすべての治療薬や軟膏、包帯などを子義の家に持ち寄り治療しまくりだ。四方八方から治療の手が伸び、治療されるたびに情けない声を上げることになるのが、村人のために身体を張った子義だっていうのも、また変な話だ。

その後は、死体の片付け。村の広場では派手にやってしまったため、掃除には苦労することになった。死体の方は、山の中腹に穴を掘って、その中に纏めて放り込み腐葉土をかけた後に土で埋めた。

山賊の頭が乗っていた馬だが、広場に固まったままだ。俺が殺気を振り撒いた瞬間には気絶していたようで白目を剥いていた。結構体格のいい馬で、村の人たちの役に立つかもしれないと思い殺してはいない。馬には罪もないしな。

さてひと段落着いたことだし、あの場所へ行くとしよう。
俺は村全体が見渡せる小高い丘を目指して山を登り始めた。
そこには大きな弓を抱えて身体を震わす丁奉がいた。俺はゆっくりと近づき隣に腰を下ろした。
びくっと反応はしたものの顔は上げようとしない。

「……ありがとう」

俺はまず、その言葉を丁奉に伝えた。

「丁奉があそこであいつの腕を射抜いてくれたことで俺は全員を救うことが出来た。だからありがとう」

「…………」

「それから見事だった。やはり、君の技術は凄いよ。その力があればこれから、この村の皆を護っていくことが出来るはずだ。だから自信を持て」

「………したのに」

「なんだ?」

「人を殺したのに褒めないでください」

「褒めるさ。それが君の力なのだから」

「人を殺すために磨いてきたわけじゃない!」

「分かっている。護るためだろう。家族を、友達を、そして大切な人を」

「……うん」

「あいつの人生を背負えなんて言わない。けど、これからこの大陸は人の物や命を奪って生きる輩が必ず増えてくる。俺たちは街に戻って多くの民を護るために戦っていくことになる。だからこの村を直接護ってやるなんてことはもうないだろう。だから、丁奉。君が大好きな皆を護れ。それが力ある者の義務なのだから」

「……慰めてくれる訳じゃないんですね」

「結局、どこで折り合いをつけるのかは己次第だからな。けど、お疲れ様。今は泣いていいぞ。村に下りたとき笑顔でいられるように」

「は…い……う、うわぁぁああああ」

こんな小さな子供に力を借りなければ助けられないほど俺の力はちっぽけなものなんだな。
こんなんじゃ、お爺さまが誇っていた、伯符さまや仲謀さまにはいつになっても届きやしないじゃないか。

俺は俺の腕の中で泣きじゃくる丁奉の頭を撫でながら、そんなことを考え思いに耽っていた。



Side:太史慈

山を一つ越えて温泉に入りに来た。メンバーは重傷な俺と、昨日の山菜鍋パーティーで親父を寝込ませるという離れ業をやってのけた鷲蓮。そして山賊の頭を射抜いた殊勲賞である丸の3人だ。
鷲蓮が「混浴でいいのか」と尋ねて来たが何のことだ?

湯気が立ち上る天然の温泉、その名も「秘境の中の秘境『昇天の湯』」。
お年を召した方が入るとあまりの気持ちよさにあの世逝きしてしまうような湯らしい。三途の川にでも繋がってんじゃないのかと疑ってしまうが効能はばっちりだ。神経痛、筋肉痛、関節痛、打ち身、慢性消化器病、慢性便秘、痔疾、冷え性、疲労回復、高血圧症、動脈硬化症、切り傷、火傷、慢性皮膚病、糖尿病、痛風、肝臓病、etcなどなどだ。
ぶっちゃけて言えば何にでも効くのがこの温泉の効能らしい。あまりに凄すぎるからあまり人には教えたくないのだが、鷲蓮は特別。

酒も持参してきたし、今日は飲むぞ!騒ぐぞ!はじけるぞ!


「はふ~~~」

「はぁ~~~」

「ぶくぶく…」

湯に浸かると三者三様の声が漏れる。ああ、体が癒される。
しかし、おもしろいこともあるもんだ。丁奉のこと女の子と思っていたんだ、鷲蓮の奴。くくく。
だから「混浴でいいのか?」と聞いて来たんだな。
素っ裸の丸を見て、何度も「あるないあるないある????」と呟いていたものなぁ。

「なぁ、鷲蓮。昨日はありがt…って、すでに酒を飲み始めているぅぅぅ!?」

「うまうま」

「って、丸―!お前は飲んじゃ駄目だってば!おばさんに殺されちまうだろー、主に俺が!」

「うまうま」

「堅い事いうな、今日は無礼講じゃ、丁奉、ちこうよれ」

「は~い」

「2人とも目を覚ませ!お前ら男同士だ!丸、お前なんでそんなに色っぽくなっているんだよ!酒か!これが原因なのか!!」

「ええい、うるさ~い!孫呉の王に歯向かうとは己、何奴だ!」

「お前は、孫呉の王じゃないだろ!」

「孫皓さまが王様なら、ボクは王妃?」

「やめてー!マジで目を覚まして2人ともー!」


彼らの酔いが醒める頃、俺は口からエクトプラズマを出して打ちひしがれていた。
彼らは酔いが回っている間の記憶はすっかりと抜け落ちていて首を傾げていた。
大変だった。本当に大変だった。何がそんなに大変だったかって。

『4代目の孫呉の王』、『祖父は天の御遣い』、『謎の道士との闘いで過去に飛ばされた』、『曾ばあちゃんである文台様に童貞を喰われたwwww』。聞きたくなかった鷲蓮の秘密を一方的に話されてしまったのだ。

なんでこんなことに……これも全てこの酒の所為だ。

なんなんだ、これは。えーと、酒『魂』。度数90……。

魂=spirit=スピリットってか?

ふ・ざ・け・る・なぁぁあぁああああああああああああ!!!!

俺の平穏を返せぇええええええええええええ!!!



[21985] 設定(改)
Name: コン太◆a0ea3b6c ID:10b3192c
Date: 2010/11/16 22:12
設定

孫呉4代目の王となるはずだった主人公:孫皓は英雄がひしめく過去の世界へ跳ばされて来た。
そんな彼を拾ったのは孫呉の祖であり自らの祖先でもある孫文台だった。元の世界へ帰る手段を持っていなかった孫皓は、孫文台の下に仕官しその世界を生きていくこととなった。
最初は祖父に聞かされた英雄に会えるかもしれないという軽い気持ちだったが、背中を預けることができる仲間を得て、命を賭けて護りたいと思う女性が現れる予定。
孫皓を中心に流れるこの『外史』の中の『外史』は、どんな終焉を迎えることになるのか。こうご期待!


ステータス

十話現在(原作5年前)

名前   
孫元宋(17)  4代目の王。孫呉の血+種馬の血=チート。
太史慈(18)  転生者だけど孫皓いるので霞む。
孫文台(3?)  孫皓という未来を見た。ある意味で果報者。
孫伯符(16)  只今成長中につき、暫くお待ち下さい。
孫仲謀(12)  本気で成長中につき、暫くお待ち下さい。
孫尚香(8)  何も言わないで、成長するから。
黄公覆(28)  未だに孫皓が孫堅の息子だと勘違い中。
周公謹(16)  母に孫皓との交際を薦められて思案中。
蒋欽 (22)  暗器使いにして周泰の義母。
丁奉 (10)  太史慈の弟分。身の丈ほどの弓を扱う。



[21985] 十一.「太史慈の些か早い里帰り・帰還編」
Name: コン太◆a0ea3b6c ID:10b3192c
Date: 2010/11/19 22:21
十一.「太史慈の些か早い里帰り・帰還編~美人な彼女は不憫な娘~」

Side:太史慈

この休暇の目的であった鷲蓮の気晴らしはうまくいったとみて間違いがないだろう。
なんせ、一緒に行くこととなった丸に懐かれ、休暇の当初は見られなかった笑みが零れているのだから。

逆にこの休暇で俺の負担は重くなった。鷲蓮の外に漏らしてはならない秘密だとか、同行することとなった丸の面倒とか、俺の後ろでニコニコしながら付いてくる鈴蘭とか……俺の華やかな計画が遠のいていく。とはいうものの、鈴蘭は可愛いし、家事も完璧。俺を立ててくれるし、正に理想の嫁といえる。けど、一時期彼女を妹のように可愛がっていたこともあって背徳感をひしひしとあったのも事実なんだよなぁ。
ただ、鷲蓮の曾ばあちゃんとのセクロス話を聞いた後だと、「別にいいか」と思えてしまうのは何でだろう。


Side:孫皓

俺たちは今、街道を使って山を降っている。
先日の山賊たちが俺と子義が通って来たような獣道を使って、村に来たとは考えにくかったこともあり、こういうのがあるだろうなとは思っていたが、こんなにきちんとした道があるなら、最初からこちらの道使って案内してくれればいいのにと愚痴をこぼしてしまったのは仕方のないことだろう。

現在、俺と共にいるのは子義と丁奉、それと子義が「俺の嫁」と豪語した少女の3人だ。
丁奉が来ることになったのは、やはり俺との会話がきっかけなのだろう。
「ボクも孫皓さまやかげ兄の手伝いがしたい」と言って、両親を説得。俺たちに同行する許可をもらったようだ。これのどこが人見知りで上がり症なのかと子義に尋ねると「俺たちも見違えた」と、誇らしげに笑っていた。

しばらくすると街道の横に川が見えてきた。そういえば、休暇の初日の昼飯で魚を食べたなぁと眺めていると、俺を見ていた子義が釣り竿を取り出し、

「今日の昼も魚を釣って食うか」

と提案してきた。フッ、前回のようなへまはしないぞ、と燃えていたのは最初だけ。1刻もする頃には落ち込むには十分な光景が広がっていた。

子義18匹・丁奉29匹・少女36匹・俺0匹。

「…………場所を変えて釣ってくる…」

俺はそれだけを言い残し、肩を落として川の上流に向かって歩を進めた。


Side:太史慈

「かげ兄…」

「何で、こんな針を垂らしたら喰い付く状態で何も掛からないんだ?」

俺は水面に映る魚たちを見る。鈴蘭も水面を覗き込むが魚たちは何も答えてはくれない。

「孫皓さまは1人で大丈夫?」

丸が心配そうに俺を見上げてくるが、先日のことを忘れたんじゃないよな。

「丸、鷲蓮に勝つことが出来る人間ってどんな奴だ」

「えっ…あ」

龍とか鳳凰とか範馬勇次朗くらいしか思いつかない俺の頭って変なのだろうか。

「ねぇ、陽炎。こんなに釣ってどうするの」

「……食べる分だけ残してあとは逃がそう。じゃないと山と森の神さまに怒られる気がする」

「そうだね」

そういって鈴蘭は魚を選び始めた。四つん這いで魚を生かしておくためにつくったダムの中を覗き込むもんだから、安産型の形のいい尻が扇情的に揺れる。思わず両手で揉み解そうとしているのを理性でなんとか抑えた。鈴蘭の方をあまり見ないようにする為に丸と会話することにした。その時、

「なー」「にゃー」

と猫の鳴き声が聞こえてきた。

「あ、猫の親子と……」

不意に途切れた丸の言葉。何事かと思いそちらを見ると黒猫の親子が川の中を泳ぐ魚の姿を見て水面を叩いていたのは別にいいとして、問題なのはその黒猫を狙うハンターの姿。

「は、はう~ん。お・おねこさま~~~~」

「ぎにゃー!」

「モフモフしていいですか?答えは聞いていられません」

「「「…………」」」

あれは確か“明命ちゃん”だっけ。鷲蓮が武将としての才能があると絶賛していた。……ああ、オチが読める。

『きゃーーーー!?』

川の上流から彼女の義母の悲鳴が聞こえてきた。恐らく18禁xxx板的な場所に鷲蓮が居合わせる結果になったんだろう。わざわざ、こちらから修羅場的な場所に向かう必要はないし、猫と(一方的に)戯れる少女でも眺めながらゆっくりと待つことにしよう。

2刻後、案の定右頬に大きな紅葉を咲かせた孫皓が蒋欽他数名と共に上流の方から降ってきた。そして、石や岩が散乱している河原に正座させられる。

「……鷲蓮、何か反論することはあるか?」

「健康的で、絹のように白く透き通った肌、見て悔いのない、いい裸体だった、グフッ…………」

蒋欽の鉄建制裁が鷲蓮を仕留めた。

丸と“明命ちゃん”はいつの間に仲良くなったのかは分からないが猫じゃらしを使って、多数の猫たちとほんわかした空間を作り出している。子供な2人はこういった話には興味がないようだ。

蒋欽のお供たちは口を揃えて「元宋さまなら、摩耶さまを幸せにしてくれるはずだー」と酒盛りを始めてしまっている。彼らにとって彼女は、恩人でもあり、娘のような存在なのだなと、うかがい知ることが出来る。

問題は、頭の頂点から足のつま先まで全部見られたらしい蒋欽と、話を聞いた年頃の娘である鈴蘭の2人だ。正直、彼女たちの正面に回る勇気は俺にはない。恐らく呂布も裸足で逃げ出す程、恐ろしい修羅がそこにいるだろう。

「孫皓さま、謝罪の言葉はないんですか!」

と訊く鈴蘭。うん、それは最もだと思うよ、俺も。

「……ごちそうさま?」

「死んでください!!」

2発目、逝ったー!
なんか、予想の右斜め上をいってしまう鷲蓮になんだか、感動を覚える。あ、やべぇ。涙で視界が…。

「お、お爺さまは言っていた。女はまず褒めろ…と」

前のめりに倒れた鷲蓮が俺を見上げながらそう呟いた。

「褒め方が随分と違うと思うぞ」

俺の言葉にがっくりと落ち込む彼であった。


Side:孫皓

「ところで、蒋欽。こんな所にいるっていう事は、仕官するつもりはないっていうことなのか?」

「えっ。孫堅さまが治める街はこちらではないのですか?」

俺は子義を見る。つられて彼女も子義を見る。

「逆方向だな。しかも、あの山からだったら、半日くらいで到着する距離だ」

「…もしかして、お姉さんまむぐぅ」

子義が丁奉の口を急いで塞いだ。丁奉のような幼い子供にそれを言われるのは、さすがに

「母さまは迷子の天才です」

かわいそうだ……って、娘であるはずの幼平さまが止めを刺しちまった。
だぱーと涙を流し、膝を抱え座り込んだ蒋欽は、周りの空気をどんよりとさせて落ち込んだ。そして、彼女は何かを語り始めた。

「べ、別に方向音痴だからって暗殺者失格の烙印を押されて、里から追い出された訳じゃないのよ。本当よ。仕えていた主が、とても馬鹿な奴だったから自主退職…ごほん、わざと抜け忍になってやったのよ。追い忍が来た事はないけど…。ううん、私が恐るべき猛毒使いで暗器使いだから、恐れおののいてこないだけよ。決して里でいらない子だった訳じゃなかったんだから~~(泣)」

俺はあまりに不憫な境遇に涙が流れるのを抑えられなかった。子義や丁奉たち、お供の連中まで「えぐっ…えぐぅ…」と嗚咽を漏らして泣いている。

俺は彼女に静かに近づき、落ち込んで俯いている彼女の身体を正面からぎゅっと抱きしめた。

「蒋欽、俺は君の力を貸して欲しい。俺と一緒に来てくれないか」

身体をびくりと震わせて顔を上げた蒋欽は俺の顔を見てぼろぼろと涙を零した後、俺の胸に顔を押し当て声を上げて号泣した。泣き止んだ彼女は、しっかりと片膝をついて俺に忠誠を誓った。まぁ、誓いの言葉をかみまくったけどな。


俺たちはこうして新しい仲間を得て、文台さまが治める街に向けて再度出発した。



[21985] 十二.「帰ってきた彼らは…」
Name: コン太◆a0ea3b6c ID:10b3192c
Date: 2010/11/20 20:59
十二.「帰ってきた彼らは…」※書き直すかも… 残酷描写あり

Side:孫堅

孫皓たちが休暇を終えて帰ってきた。予定よりも2日早い帰還だったが、心配していた孫皓は落ち着きを取り戻し穏やかな笑みを浮かべていた。シャオや蓮華は、そんな彼の様子を見て喜んでいた。

休暇の残り2日は市を見て回ったり、武器を新調したり、今まですることのできなかったことをして過ごすらしい。
孫皓は現在、名も無き剣を使っている。代々受け継がれてきたとはいえ、さすがに『南海覇王』を使わせるわけにいかなくて、武器庫にあった適当なものを使ってもらっていたこともあり、ちょっと後ろめたい気持ちになったのは秘密よ。

それから、彼らが休暇の途中で見つけたという人材。若葉色の髪に南の方ではあまり見ることのない絹のように透き通った肌の持ち主・蒋欽。その蒋欽の後ろを雛のように付いてまわる黒髪の人懐っこそうな女の子・周泰。そして、孫皓と楽しげに会話をする身の丈ほどの大弓を担いだ黒髪の“少女”・丁奉。
孫皓がこっそりと耳打ちしてくれたのだが、彼のお爺さん曰く周泰は確実にこれからの孫呉を支える立派な武将になるのだという。だからといって蒋欽と丁奉が劣るわけではないそうだ。
簡単な試験を結依と冥琳ちゃんが試験官となって行ったが、親子揃って顔を引き攣らせた。それもそうだろう、私や祭に鍛え上げられた屈強な男達を相手に、言動が完全にお花畑だった蒋欽は(神経性の毒を使って)瞬殺して見せた。丁奉は祭が感嘆の溜め息を吐くほど正確無比な射撃の腕を見せた。ただ、的であった孫呉の鎧を矢でぶち抜いた時は無邪気に浮かべるあの笑顔が『私の孫皓さまを盗ったら、射抜きます』と言っている様に見えたのは私だけかしら。


Side:孫皓

久方ぶりだが、冷静に状況を分析してみよう。

Q.まず、ここはどこか。
A.文台さまが治める街にある城の俺の自室。

Q.何がある。
A.白濁な液に塗れた、女性と思わしき肉の塊が床に転がっている。それも2人分。

Q.昨夜は何があったか。
A.……まず蒋欽が「孫皓さま、夜伽に参りました」と天井の石を外してやってきた。天井に大人1人動き回れる程の空間があるのかと感心したのはいいとして夜伽か…文台さまの「夜這いよ」と言われるのに比べれば可愛らしい感じだなと思った。ただ、休暇だったとはいえ1日中歩いて移動してきたこともあり疲れていた為、明日にしてくれないかと彼女に言おうとすると何を言おうとしているのか察した彼女は既に涙目になっていた。「勇気を出してきたのに…」と呟く彼女を追い出すのは男としてどうかと思い、寝るまでの間話し相手になってもらうことにしたのだが、すでに彼女の計略に嵌まっていたことに俺は気付かなかった。しばらく彼女と話していたら、息子がいきり立って仕方のない状態になっていた。そして、俺はそこで思ったのだ。俺は狼だ、と。目の前で楽しげに笑っている緑髪の女は子羊だ、と。狼の前に置かれた子羊…喰ったそれだけのことだ。途中で大虎が乱入してきたように感じたがよくよく見れば小さなトラネコ。無論喰った。慈悲も無く骨の髄までしゃぶりつくしたのだ。

Q.どうする。
A.とりあえず身体を拭いて服を着せる必要がある。後のことはそれから考えよう。


武器を新調しに市に来た。
部屋を片付けている途中で、尚香さまの声がしたときは焦った。ついでに仲謀さまの声までしたときは終わったと思ったが、誰かが何かをしてくれたおかげで事なきを得た。恐らく蒋欽のお供たちだろう。彼らには後でお礼を言いに行くことにする。

今日は、昨日の内に聞いておいた武器屋と鍛冶屋を巡る事にしている。
文台さまに頂いたこの剣も使いやすくてよかったのだが、最近切れ味が下がり気味であったこともあり、思い切って新調することにした。『南海覇王』という宝剣までの物は望まないが多少無理をしても戦場で折れないくらい頑丈なものが欲しい。

それだけだったのだけどなぁ……なんで俺の手に今握られているのは、禍々しい黒色の刀身を持った刀なのであろうか。武器屋をしていたお爺ちゃんがあまりにも喜んで差し出してくれたから今更返しに行くわけにいかないし、…困ったな。とりあえず、何か試し切りできるものは…。あ、あった……。

俺は駆けた。

駆け抜けざまに、刀の柄を握りこみ。身を低くして人々の隙間をすり抜ける。
その場にいた子義たちが俺のことに気がついたようだが、俺の意を察してか気付かぬ振りをした。文台さまがそいつらの注意を惹きつけていた。そこにいるだけでその者たちを動けなくする、やはり彼女は王なのだと実感できる。
その隙に、彼女とそいつらの間に俺は一足でその場に飛び込み、静かに刀を鞘から疾らせた。


Side:太史慈

久方ぶりに隊の仲間に会いに行くと「よくやってくれた」とか「すげーぞ、子義!」とか言われてもみくちゃにされた。
鷲蓮の機嫌を直したってことはすでに、彼らにも伝わっていたのだ。あいつが率いている隊である以上、休暇が終わればあいつが前に立つのだ、穏やかな笑みを浮かべている奴とご立腹でぷりぷりと殺気を振り撒いている奴かでは圧倒的に精神的安寧が違いすぎる。それもあってか、俺は彼らにとっては英雄扱い。
あいつの殺気はマジで怖いからな…。最近の賊討伐はぬるま湯に使っているような物足りない感じだったし、感覚が異常になっていたな。

鷲蓮は今日、武器の新調に武器屋や鍛冶屋を巡るそうだ。付いて行こうか、とも言おうとしたのだが後ろで鈴蘭が睨んでいたこともあり今日は彼女を連れて街の中を案内することにしたのだ。俺の左腕をその胸に抱き込み、あれは何のお店?これはなんという食べ物?と可愛らしく訊いてくる鈴蘭を何度路地裏に連れ込み、にゃんにゃんしようと思ったことか!くそぉ、強すぎるだろう、俺の理性たちよ!お前ら、鷲蓮か?鷲蓮なのか!?あいつみたいに俺の一歩先を陣取るのかぁぁああああああ!

「もういい、お持ち帰りだ」

「買ってくれるの?ありがとう、陽炎」

へっ?そういった彼女の腕の中には女物の服が抱え切れんばかりに……。くそぉ、店の親父のニヒルな笑いがかなりむかつくぅうううう!
俺が肩を落として外に出ると通りは騒ぎになっていた。何事かと訊くと大通りの方で賊が暴れているらしい。
俺たちが相手にしてきた賊がお礼参りにくることは、俺たちが死なないとまず無い。となると中途半端に倒してしまった部隊があったのだろう。こういうことを絶つ為にはやはり鷲蓮の言うとおり、徹底的に1人残らず殲滅するしかない。

俺は鈴蘭の手を引き現場の方に向かって足を早める。だが、その必要は無かった。
身を低くして人々の隙間を駆ける彼の姿を見つけたのだから。鈴蘭が彼に気付き何かを言おうとしたが、何をするつもりなのか察した彼女は口を噤んだ。
均衡したその空間に彼が静かに踏み込み、あっという間に治めてしまうのはもう決まりきったことだった。

ただ、あいつも考えていなかったんだろうな、こんなに民がいるところでそんな姿を見せればどうなるかを…。


Side:孫策

それは、一迅の紅き風だった。
その風が通り抜けた後、子供たちを人質にとっていた男達が、急に子供たちを解放したのだ。いや、違う。
腕が肘の所から取れていた。
あまりに美しい切断面、みずみずしく艶やか…その所業に何が起きたのか分からなかった賊の男達は声を漏らすことも出来ずにいた。

「…って、何だ!この刀、人を斬った感触があったのに斬れていない」

駆け抜けた風がしゃべった。声のする方を見ると昨日帰ってきたばかりの孫皓が真っ黒い刀身の剣を見て首を傾げていた。その時、彼の背後に迫る賊の姿が

「孫皓!」

彼に辿り着く前に崩れた。縦横無尽に切り裂かれて道端に赤い池を作ることとなったそれを見て、他の賊たちは逃げ出そうとするが、踏み出した先に己の足はない。今いた場所に取り残されている。倒れるとそのまま何も言わない骸に成り果てる。
傍から見たら恐ろしい光景だった。動けば死ぬ。そんな光景。
男達の顔は青を通り越しすでに真っ白。中には涙を流す者もいる。喚く輩もいたが、それによって身体が震えたのか粉々に崩れ落ちた。

「……人の仮面を脱ぎ捨て、獣の道に堕ちた畜生共。苦しみながら死ぬがいい」

って、とってつけたようにして言わないでよ。
彼が剣を鞘に納めると小さく『キィン』という音が鳴り、残っていた賊たちは血飛沫を揚げ弾け跳んだ。

その場を支配したのは沈黙だった。街の民たちも動揺を隠しきれていない。
普段は……ここ最近は街の人にも殺気を振り撒いていたらしいけど、優しくて温厚でちょっと馬鹿なことをやったり、兵たちと一緒に飲んで笑いあっていたりする彼が、賊を相手にこんな残虐非道なことを彼らの前で行ったのだ。
人質となっていた子どもたちも何も言わない。今まで賊と対峙していた母さまも何も言わない。私がこの空気を変えないと、と思い口を開こうとしたら、先に孫皓に話しかけてきた人がいた。

「また派手にやったな、鷲蓮。それが新しい武器?」

「ん。試し切りに使った。あいつらも満足だろう、孫呉の大地へ還れたのだから」

「ただ単に殺しただけであろうに…」

とやや引き攣った顔で笑う七尺七寸の大きな体格を有した男、名は太史慈。孫皓の真名を唯一許された存在。ほんの3ヶ月前まで、他の一般兵と変わらなかった彼の力は、孫皓という高みを得て一気に飛躍した。純粋な力だけでは彼は現在、孫呉一だろう。その彼が亜麻色の髪の女性を引き連れて彼の元に近づいていった。だが、途中で遠巻きに見ていた民の1人を掴み、孫皓の方へ放り投げた。

「逃げる算段を組んでいたのだろうが、甘いな。そんな風に気を乱していたら「私もそいつらの一員です」とばらしている様なものだぞ」

「な、何のことでしょうか」

「御託はいいんだよ、どうする鷲蓮」

「…ん、さっそく力を見せてもらうとしよう。蒋欽、こいつの口を軽くしろ」

「御意、孫皓さま」

そう言って孫皓の横に現れた黒い衣服を身に纏った緑髪の女性。蒋欽、昨日彼が連れて来た仕官予定の人だ。
冥琳曰く、鍛え上げられた孫呉の精鋭を瞬殺したらしい。打ち所が悪かったのか、しばらく手や足に痺れが残るほどだった。って、なんでがに股?

「…蒋欽。昨夜のことでちょっと、O・HA・NA・SHIがあるから、この後残れよ」

「……御意」

孫皓の言葉に身を震わせる蒋欽。恐怖ではなく歓喜で身体を震わせている。何かやったのね…。
その隙をついて逃げる男。しかし彼が逃げ切ることはなかった。

「ふふふ、孫皓さまの前で賊を逃がすという失態なんか、オカスワケナイデショウ」

言葉を言い終わる前に彼女の手から何かがその男に対して飛来する。4回鈍い音が街に響き、男の声のない悲鳴があたりを木霊した。

「私は孫皓さまに仕える忍。その武器は流星錘。自分よりはるか外の敵を攻撃する護身器。本来は鉄球に紐をつけたもの、だけど私の流星錘は私の特性に合わせて改良してあります。……毒使い用にね」

男の肘膝の4箇所に刺さったままの流星錘から何かが注入されたようで、男は立ったまま白目を剥いて痙攣している。倒れた男を完全に見下していた彼女は孫皓の方に向き直ると打って変わって、

「孫皓さま、口を軽くするために拷問用の自白剤をいくつか調合した特別仕様です」

と満面の笑みを浮かべて孫皓に走り寄った。もし犬の尻尾が彼女に生えていたら、千切れんばかりに振っているでしょうね。

「やり過ぎじゃね?」

太史慈が男の様子を見ながら孫皓に頭を撫でてもらっている蒋欽を見て愚痴を零す。

「いいんです。悪いことをした奴の末路はこうでないといけないんですよね、孫皓さま。はう~~ん」

犬のように首をごろごろされて感嘆の声を漏らす蒋欽。その光景を見て溜め息を漏らす太史慈。

「で、子義。なにか分かったか?」

「いんや、ただのチンピラだわ。ただ一生懸命働く人たちの成果を奪ってきた人間の屑だったっていうことだけな。今回も人質にとられていた子供たちの親を脅して金品巻き上げる予定だったらしいが、孫堅さまが現れたことのよって後に引けなくなったんだろう。それから、鷲蓮。お前が帰ってきているのを知っていればこんなことはやらなかったってよ。いい具合に浸透してきているぜ。孫皓=悪党を殲滅する鬼神だっていうの」

「……もうそいつには用はない。罪を犯した者がどんな末路を辿ることになるのか、ここにいる民に教えてやれ」

「了解。悪いな、隊長の命令なんだ。死んでくれ」

太史慈は大きくその腕を振り揚げ、倒れている男の顔面に向かってその凶悪な拳を振り下ろした。完熟して木から落ちた桃の実が地面にぶつかって潰れるが如く、男の顔は跡形も無く彼の手によって粉砕された。

私はいつのまにか腰を抜かし、後退りしていた。母さまが連れて来た兵たちの何人もが目を背け、彼らの姿を直視できないでいた。これを見ていた民の顔色は悪い。子供たちは大きな声をあげて泣いている。大人たちも呆然としている。

「孫皓……やりすぎよ」

母さまが彼に向かって言った。だが、

「今回は街の屑が軽い気持ちでしたから、この程度ですみましたけど。貴女方が率いた部隊で討伐した賊の生き残りが徒党を組んで街に入り暴虐の限りを尽くした時、貴女はどうします」

殺すでしょう。と、彼の目は物語っていた。

「俺の、俺たちの目的は孫呉の土地に暮らす人々の安寧。それを脅かすものはすべて排除する。山賊も江賊も、他人を犠牲にして私腹を肥やそうとする者もな」

彼の言葉に民衆に紛れ込んでいた何者かが逃げる音が聞こえてきた。

その後、彼らは何事もなかったかのように去っていった。

母さまは彼らが行った凄惨たる行為を見て何を思ったのだろう。

今回起こったことを見ていた民たちは何を思っただろう。



私には……彼が無理をしているようにしか見えなかった。



[21985] 十三.「孫皓の本当の人格」
Name: コン太◆a0ea3b6c ID:10b3192c
Date: 2010/11/21 17:44
十三.「孫皓の本当の人格」※闘いの場面追加 一刀君が悪者に?

Side:孫皓

唐突だった。僕の母さんが死んだのは…。

街で警邏をしている時にそれは起こったらしい。僕は現場にいなかったが、それは惨たらしいやり方で母さんは殺された。あんなに美しかった母さんの顔は驚愕と恐怖に怯えた表情をしていた。
僕には分からない、母さんが死の直前に感じた思いなんか。僕は母さんじゃないのだから。

そして、僕は全てを失った。
元々、僕は嫌われていた。親戚や従姉妹、王である叔母や民からも。
僕も母さんさえいれば何もいらないと言う子どもだった。母さんが死んでしまった今、僕には何も無かった。
死んでしまおうかとも考えた。母さんがいない、こんな世界に興味は無かった。
どうやって死んでしまおうか、と母さんの亡骸に話しかけていたときにその方は現れたのだ。

『天の御遣い』として孫呉2代を支え続けている、僕のお祖父さんでもある北郷一刀さまが……。


Side:孫策

私は昨日のあれを見てから孫皓のことが気になって仕方が無かった。今までの「お兄ちゃん」疑惑とか、私自身のこととかを抜きにして、彼が無理をしてあんな振る舞いをしているのではないかと考える。所為私の勘だけど。

私の知らない彼を知るために、太史慈や孫皓隊の兵士、街の人たちの話を聞くことにした。まずは太史慈の場合。

Q.ねぇ、孫皓ってどういう人?
A.強くて気高く、民のために身を削ることが出来る奴かな。悪く言えば『自己犠牲』精神の塊。

Q.どういうこと?
A.俺から見ても歪んでいるんだよ、あいつ。普通、まず自分がどうなりたいかを考えるのに、あいつの場合、民の安寧の方が先にくるんだ。それに……。

Q.それに?
A.ここから先は黙秘するわ。すみません、孫策さま。

さすがに真名を唯一預けられているだけあるわね。孫皓の行動理念まで知っているなんて。
強くて気高く、民のために命を削るか…。あれ…それって私がそうあるべきじゃない?次期孫呉の王として。

まぁ、次に行ってみよう。孫皓隊の兵士たちの場合。

Q.孫皓のこと、どう思う?
A.う~ん。大雑把に言わせて貰うと隊長には『二つの人格』があると思うぜ。
A.ああ、分かる。俺たちに接する時や民と接する時はなぜだか分からないけど、ありのままの自分を見せているような感じがするけど、孫策さまや黄蓋さまたちに接する時は猫被っているような感じだよな。まぁ、あの時は別でしたけど……いや、あの時の隊長が本来の姿なのかもしれないけど…。

Q.あの時って、私と手合わせした日?
A.そうそう。殺気が駄々漏れして俺たちが全滅した日。情けねぇよな、太史慈は耐え切ったっていうのに。

Q.無理もない気がするわ、彼の殺気は体の心から凍える物だもの。
A.孫策さま、あいつの本気の殺気は一瞬で意識を刈り取りますぜ。

Q.本当?
A.子義の言葉を真似るなら、マジっす。

二つの人格、巧妙に隠されたもうひとつの人格。聞けば聞くほど謎が深まっていくわね。

最後は、街に住む民たちなんだけど…昨日のこともあるし、大丈夫かなぁ。

Q.孫皓のことはどう思う?正直な所を聞かせてね。
A.孫堅さまはやり過ぎだって言いますけれど、私らにしてみれば孫皓さまみたいに善と悪を割り切ってやってくれた方が安心できるなぁ。
A.あんた、何てことをいうんだい!いくら悪いことをしたからって、あの仕打ちはないだろ。孫堅さまがいうようにやり過ぎなんだよ!
A.ええー。お兄ちゃんたち格好良かったよ。
A.うぅ。私は怖かったぁ。

Q.意見がものの見事に分かれているわね
A.ワシらは普段馬鹿なことをやっておる孫のような存在の彼が、孫呉の将として剣を振るって闘っているのだと知ることが出来てよかったと思えるぞい。
A.そうか?俺たちを護るっていうのを口実に殺したいだけなんじゃないのか。
A.なんじゃと!お主、そこまで言うなら孫皓さまの部隊に入って賊と戦って来い!
A.ああん、爺!なんでそこまで話がいくんだよ!

Q.やめてー、喧嘩はしないで。
A.孫策さまはどう思われます?

Q.えっ?立場が逆に……
A.そうだ。孫策さまに決めていただこう。
A.お姉ちゃんは怖かった?
A.孫策ちゃんはどう思ったんじゃ?

Q.そ、それは……また今度ねー。

思わず逃げてしまった。
話を聞いていて分かったのだが、孫皓はそこまで怯えられるような存在ではないみたい。
後は、直接聞くしかないのだけど、結構歩き回ったけど当人の姿は無かった。どうしよう…。

「策殿」

「二度目は驚かないわよ、祭」

「……孫皓さまは、釣り道具を持って出かけたそうですぞ」

「誰から聞いたの?」

「孫皓さまの部屋の前で恍惚の笑みを浮かべて、『お仕置き中』の板を首にかけられた状態の蒋欽から聞いたのじゃが」

「彼女は何をやったのよ」

「孫皓さまに薬を盛ったようじゃ」

彼女は一体何なの。昨日も孫皓に心の底から心酔しているようだったし。お仕置きされて喜ぶってどういう神経しているのよ。

「策殿、行かれるのか」

「祭…。彼にちょっとだけ訊きたいことがあるの。今回は大丈夫よ」

「そうですか。御武運を」

「うん」

私はそう言って駆けた。


Side:孫皓

「…………釣れないなぁ」

朝早くからこうして針に虫をつけて水面に浮かべているが、魚は見向きもしなければ近寄っても来ない。
餌が悪いわけじゃないと思うのだが、古い餌を水面に投げ入れて新しい餌をつけていると古い餌が魚に食われた。
『バシャバシャ』と魚たちが群れている所狙って針を垂らすも一瞬で散ってしまう。一体、俺が何をしたというのだ。

「……私も下手な方だけど、それ以上ね」

俺しかいなかったはずのこの場所にいつのまにか客人が来ていた様だ。

「伯符…さま?」

「こんにちは孫皓。隣に座ってもいい?」

答えを聞くこともなく俺の隣に座った彼女は水面を覗き込み、苦笑いを浮かべた。

「ええー。なにこれ、これじゃあいつまで経っても釣れる訳ないじゃない」

「1人で考え事をするのには丁度いいですよ」

「ふぅん。……ねぇ、孫皓。ひとつ質問してもいい?」

「なんでしょうか」

「貴方には、命を賭けてでも護りたい人はいるの?」

1人の女性が俺の脳裏をよぎった。だが、その人はもういない。そもそもこの世界にいない。

「……ええ。俺はこの地に住む民を護りたい」

「本当に…?」

「ええ。それが何か?」

俺が死ぬことになってでも護りたかった。でも、あの時の俺にはその力がなかった。

「嘘ついちゃ駄目よ、孫皓。私の目を見て言えていないじゃない」

「剣に力も覚悟も乗せられない、貴女がそれを言いますか」

「言ったわね。貴方が休暇を取っていない間、私は母さまと祭に修行をつけてもらって貴方の攻撃を受けられるくらいにはなったんだから」

伯符さまは立ち上がり俺から少し離れた所で剣を抜き構えた。
俺も釣り竿を置いて立ち上がり、名も無き剣を抜く。昨日のあの刀は部屋に置いてきた。彼女にはこれで十分だ。

「行くわよ、孫皓」

「いつでもどうぞ、伯符さま」


Side:黄蓋

川の辺で合間見えることとなった策殿と孫皓さまは、しばらく見つめあった後、剣を抜き構えた。
孫皓さまに前回のような恐ろしさは感じられない。太史慈に任せて正解だったようじゃな。

「はぁぁっ!!」

先に仕掛けたのは前回同様、策殿じゃった。殺気と共に、迷い無く剣を振り下ろす策殿。孫皓さまは、切っ先で軌道をずらし、踏み込んだ策殿の軸足を払い体勢を崩す。

「きゃっ」

「足捌きがおろそかになっていますよ」

静かに諭すような声掛けじゃった。前回の身も震えるような対応は嘘であったのではないかと、錯覚するほどに優しい声色だった。だが、言われたほうの策殿は孫皓様を睨みつけ剣を薙ぐ攻撃を繰り出す。孫皓さまは剣を盾のようにしてそれを受け止めた。
甲高い金属音が響き渡り、森の木々に止まっておった鳥達が一斉に飛び立った。両者は鍔迫り合いをして争った後、離れた。

「やっぱり…。孫皓、貴方」

「何ですか」

策殿が急にそんなことを言って、孫皓さまから距離をとった。言われたほうの孫皓さまは首をかしげている。

「この前は、貴方に認めてもらいたくて私は必死だったから気付かなかったけれど、貴方からは何も感じない」

策殿はそう言って剣を鞘に納めた。視線は孫皓さまを見たままである。

「前回、貴方は私に言ったわ。『戦う価値もない』って。私の方からも言わせて貰うけど、貴方からは何も学べそうにない、戦う意味も価値も存在しない。だって、貴方の剣には心が篭っていないのだから」

「心……、くくく、ははは…」

策殿の言葉を真正面で聞いていたはずの孫皓さまが嗤い始めた。溢れ出る殺気に策殿は、震える体を叱咤してその場に立ち続けている。

「そんなものじゃ、何も護れない。何も救えない。結局必要なのは、力だ。圧倒的な力。それこそが、護る上で絶対に必要なものだ!心や想いでは何も救えない」

孫皓さまの瞳からはいつのまにか涙が零れ落ちていた。
策殿もそれに気付いたのか、居た堪れない表情を浮かべている。

「俺の剣を否定するというのなら、俺以上の強さで俺を止めてみろ、孫伯符!」

「貴方は、そうすることでしか自分を表現できないの?」

「教わってもいないし、知る必要もない。力こそ全てだ」

両者はもう一度向き合って剣を構えた。
孫皓さまに先程の余裕は見られない。逆に圧倒的に不利にもかかわらず策殿には余裕が見られる。

「知っている?孫皓。想いだけでも、力だけでも、人を救うことは出来ないのよ」

「そんなこと、俺を倒してから言うんだな」

「そうね…はぁぁっ!!」

「ふっ!」

『ガキィン』

策殿と孫皓さまの剣がぶつかり合い甲高い金属音を立てた。


Side:孫策

確か孫皓隊の兵士が言っていたわよね。彼の本気の殺気は一瞬で意識を刈り取るって…。本当に怖すぎる。
剣の柄を握っている手が震える。膝が震える。体全体が震える。目を閉じてしまいたい。けど、今ここで彼と向き合うのを止めたら、きっと“私”は私じゃなくなる。彼の圧倒的な力だけの剣を認めてしまったら、私も彼もここで止まってしまう。そんな気がする。私の勘がそう言っている。

1合目は真正面からの斬り合いだった。彼の顔が真正面にあり表情を見ることができたが、怒った顔で泣いていた。
『歪みすぎている』太史慈の言葉が脳裏に蘇る。
彼を構成している全てのものは、ギリギリの状態で保っている状態なのだと窺える。

2合目は左から右へ剣を走らせる薙いだ攻撃、私の方が力負けして少し吹き飛ばされる。彼はその勢いのまま大きく剣を揚げ振り下ろしてきた。私は咄嗟に剣を盾にして攻撃を受け止めたが、剣の腹を掴んだ手の平から血が吹き出た。勢いを抑えきることが出来なかったみたい。

「その程度で…」

「何よ、この前だって存分に打ち合うことなく、いなくなったくせに」

「…逝くぞ」

「って、ちょっと待って!」

「問答無用」

3合目は右下から左上に切り上げる攻撃。私はそれを後退することで避けて、彼の胸元に向かって剣を突き出す。彼は攻撃を止め、体を捻るようにして私の剣を避け、体を回転させ遠心力を加えた攻撃を仕掛けてくる。それを察知した私は急いで前のめりに倒れることでかわした。彼の攻撃の先にあった木が両断され、音を立てて崩れ落ちた。

「って、殺す気!?」

「これが、俺が手に入れた力だ。母さんを殺したあいつらに復讐するために手に入れたなぁ!」

「母さんって、孫静叔母さまのこと!?」

「そんな奴、知るか!」

4合目って、数えてる暇がなくなってきた。彼が激昂してきたこともあって剣の軌道が読める。読めるけど、避けるので手が一杯で反撃なんて無理!それに今、何て言ったの?復讐するための力?護るために手に入れた力じゃないの?

「俺にとって母さんこそが世界の全てだった。俺から母さんを奪った賊など、この世に存在していい訳がない。俺がこの世から賊という賊を討ち滅ぼすんだ。母さんを二度と奪わせないために!」

「孫皓…、貴方は」

彼は子供なんだ。体ばかりが大きく成長して大人のように見えているが、心が育っていない子供。
戦う前と戦っている最中で人格が変わっている。孫皓隊の皆も良く見ているわね。
これが、今私の前にいるのが孫皓の本当の人格。母親を殺した賊を怨み憎み、殺し返そうとする復讐心の塊。
この人格を隠すために、新たな人格を作られたっぽい。そんなことが出来るやつなんていないと思うけど、実際目の前にいる訳だし。

「…味方は一刀さまだけだった。母さんが死んでも、誰も訪ねてこなかった中で、あの方だけは…」

「一刀…さま?」

「そうだ、一刀さまが教えてくれた。手っ取り早い復讐の方法を、俺が『僕』を捨てればいいと…そして、俺は生まれた!死を考えていた俺に、母親を殺した相手に復讐するという生き甲斐を与えてくださった。俺はあの方が喜ぶのであれば何でもした。伯符さまに似ているなら彼女が着ていた服を着て見せた。彼女に似ていたから俺は一刀さまのために強くなった。すべては一刀さまのために」

あれぇ…、言動がかなりおかしくなってきていない?この人、私の従兄弟なの本当に?
私に似ていたから、私の服を着たって…。私に似ていたから強くなったって…。
どう考えても、今目の前にいる私を見ていないじゃない。むしろ…未来の私?
じゃあ、今目の前にいる孫皓は何者?
帰ったら母さまに聞くことが出来たわね。絶対何か知っているだろうし。言葉を濁した太史慈も怪しい。

私は彼から距離をとって剣を正面に構えた。それを見た孫皓も正面に剣を構える。

「色々と訊きたいことが出来ちゃったので、そろそろ終りにしない?」

「ああ、そうだな。賊を滅ぼしに行かなきゃならないしな」

「それは、私を倒してからよ。孫皓」

「分かっている」

孫皓、教えてあげる。母さまの受け売りだけど、想いだけでも、力だけでも駄目だっていうことを。二つをかね揃えなければ誰も護れないっていうことを。この剣に私の想いを乗せて…。

「はぁぁっ!!」

「ちっ!!」

私と孫皓の剣はぶつかり合い……決着がついた。


Side:黄蓋

血飛沫が戦っていた場所に跳ぶ。剣を握っていた右腕を押さえ、膝をついたのは孫皓さまの方だった。
彼が握っていた剣は根元から折れ、地面に突き刺さっている。

「は~ふ~、死ぬかと思った」

そう言って策殿はだらしなくその場に座り込んだ。儂は急いで彼女の元に向かった。彼女の左手から血が流れ落ちたからだ。彼女の剣も刃の部分が欠けてもう使い物にならない状態じゃった。

「ねぇ、孫皓。私はいずれ母さまを超える王になってみせる。孫皓、貴方には側で王になってこの国に住む民たちを護っていく姿を見届けて欲しい。だから、貴方のお爺さんが言っていた私見ないで、今貴方の前にいる“私”を見て…………って、ぶーぶー、ちょっと格好よく決めたんだから、ここは『ああ』とか『俺でいいのか』って答えるところでしょう」

「…………」

「孫皓?」

策殿が儂の治療から逃れて孫皓さまの顔を覗き込んだ。儂もその近くに行くが…

「祭…、どうしよう。孫皓の瞳、真っ青になっていて何も映していないんだけどぉぉおおおお?」

「な、なんじゃとぉおおお!?」

策殿の言葉は、どうやら孫皓さまの心をものの見事に打ち砕き、孫皓さまを生ける屍に変えてしまったようじゃな。ははは、どうすればいいんじゃろうか。この状況は…。




[21985] 十四.「孫元宋を構成していたもの」 第1部完
Name: コン太◆a0ea3b6c ID:10b3192c
Date: 2010/11/21 20:26
十四.「孫元宋を構成していたもの」※壊れ注意 完全に悪役化一刀君

Side:太史慈

えぇー。せっかく俺が頑張って落ち着きを取り戻させたのになにやっちゃってんのよ。
こちらから何をしても反応を示さなくなった鷲蓮を見て、孫堅さまたちは引き攣った笑みを浮かべて、こういう風にした犯人達を絞っている。まぁ、その犯人たちに悪気はなかったのだろう。
捜索隊として俺たちが向かった先で、何も言わなくなった孫皓を抱きかかえて泣きじゃくっていたのだから。

問題は、鷲蓮自体だ。
茫然自失とかそういう話ではない。体だけがこの世界に取り残されて、魂は別の場所に跳ばされてしまったような感じを彼の様子から受ける。元々鷲蓮はこの世界の住人ではない。俺と同じようなイレギュラーだ。
転生系か逆行系かの違い。鷲蓮がいなくなる可能性は最初からあった。だが、身体を残して精神だけ帰るっていうのは考えにくい。なら…

「蒋欽…、ちょっとお前の力が必要かもな」

「私の毒を使うつもりですか?孫皓さまに」

蒋欽が心配そうに俺を涙目で見上げてくる。ぐぅ…これは鷲蓮、何度も耐えられんぞ。

「ああ、軽い自白剤を少々な。けど、機密事項に触れるからお前も出ていてもらわないといけなくなる。……ですよね、孫堅さま」

「……太史慈、貴方知っていたの」

「こいつにばらされたんですよ。一方的にね」

「分かったわ。蒋欽、自白剤を頂けるかしら」

「は、はい。孫堅さま……」

そういって蒋欽は白い薬剤を孫堅さまに手渡した。すぐに鷲蓮が寝ている彼の自室に向かおうとしたのだが、俺たちの前に孫策さまが立ちはだかる。

「どうしたの、雪蓮」

「……にも…」

「はっきりと言いなさい。雪蓮」

「私にも聞く権利があるわ。いえ、ここにいる全員に。彼は私じゃない“私”を知っていた。ということは、孫皓は」

「げっ!?」

おいおいおい。鷲蓮の馬鹿、自爆したのか?

「雪蓮!」

「っ!?」

孫堅さまの叱咤で口を閉ざす孫策さま。ナイス判断。
今、此処にいるのは孫堅さま、孫策さま、周瑜さま、周笠さま、黄蓋さま、蒋欽、そして俺だ。子供組と諸侯らがいないのが功を奏した。さすがにこの秘密を共有するのは、ある意味で危険すぎる。

「どうなさるんですか、孫堅さま」

「……分かったわ。皆、彼の部屋へ。結依、人払いを」

「ええ。分かった」

さぁ、アイツの口から語られるのは何だろうか。前回とは違い、鷲蓮の心の闇を聞くことになるだろうし、少し怖いな…。


Side:孫皓

ここは……どこなのだろう……?
おれ……なにしてるんだろう、めのまえはまっしろでなにもみえない……
ああ…しぎとぶんだいさま、それに……だれだっけか……
なんでだろう……ふふふ、あたまのなかがぐるぐるしてる、おもしろい……
おれ……どうなったんだっけ……


ああ、そうだ。かあさま、かあさまはどこだろう。きょうはぼくといっしょにあそんでくれるって、やくそくしてくれたひだよね。かあさま、ねぇ、かあさまおきてよ。ねむっていないでおきて…もういいや、かあさまがいないせかいにいきているいみはないもの。むねにあながあけばしぬんだっけ…けん、かあさまのけんはどこだろう。あれ…だれ?
ほんごうかずと…さま?ぼくのおじいちゃん…しらないよ。ぼくはしぬんだ、かあさまといっしょに…。ああ、ぼくがころされる。たすけてかあさま、かあさまぁあああああああああ。


一刀さま、俺は貴方の為なら何でも致します。伯符さまの代わりをやれというのなら、それでも構いません。俺を、俺に愛をください。一刀さま……。殺す、殺す!賊は皆殺しだ。母さんを殺した賊は徹底的に排除する。勝鬨をあげろ!叫べ、命の限り!天に届くように。母さんを見殺しにしたなぁ!お前らも死んでしまえ!くははははは……一刀さまさえいれば、俺は何も要らない…くくく、ははははははははは!一刀さま一刀さま一刀さま一刀さま一刀さま一刀さま一刀さま一刀さま一刀さま一刀さま一刀さま一刀さま一刀さま一刀さま一刀さま一刀さま。俺だけを愛してください…。


Side:孫策

「その北郷一刀ってやつ、狂っていやがる」

太史慈がそう言ってのけた。嫌悪感をあらわにして爪が食い込み、血が滴り落ちるのも気にしないで拳を握り締めている。

「…催眠の一種ですね。母親を亡くしたばかりの孫皓さまに近づき、自らの傀儡へと仕立て上げる。最低の行為です」

これは蒋欽の言葉。彼女は裏の世界のことを知っている。似たようなやり方を見たことがあるのか、孫皓から目を逸らし身体を震わせている。

「つまり、孫皓君は美蓮や雪蓮ちゃんの子孫に当たる訳でしょ。つまり雪蓮ちゃん、もしくは蓮華ちゃんの旦那になる男がその『北郷一刀』っていう得体の知れない『天の御遣い』って訳ね。考えただけでも怖気で鳥肌が立つわ」

結依小母さまがそう言って、涙や鼻水、よだれ等で汚れた彼の顔を手拭いで拭いた。いやがる素振りが子供っぽい仕草なのは、幼児退行しているせいだろう。

「皆も聞いての通り、孫皓は私たちの子孫、ひいては4代目の王にもなった男よ。証拠はこれ、孫呉の王に代々引き継がれ彼の手に渡った『南海覇王』よ。私は3ヶ月前のあの日、占いで孫呉の未来を体現した者に会えるといわれてこの子を探して街を彷徨っていたの」

母さまが2本の『南海覇王』を机の上に置き、私たちに見せた。片方は綺麗なまま、片方は傷だらけのもの。幾千の戦いを乗り越えてきたのかを垣間見たような気がする。

「なぁ、少しいいか?」

今まで黙っていた冥琳が口を開いた。

「雪蓮、孫皓の話しでは母親は賊に殺されたって言っていたのだな」

「ええ。そうだけど」

「……。孫皓が王族であるということは、その母親も王族であることは間違いがない。つまり賊に無残に殺されるという可能性は低い。なら、なぜ、孫皓の母親は賊に殺されたのか」

冥琳が口にした疑問は、私たちの考えを遥かに超えていた。そして、以外にもその問いに答えたのは私たちではなく、

「狂った天の御遣いである北郷一刀が、仕組んだって言ったほうがすんなりとくるんじゃないのか?むしろ、孫策さまに似ていた鷲蓮を手に入れて好き勝手するには、母親の存在は邪魔だ。それに鷲蓮が母親しか頼れる人がいなかったのも、そいつが裏で手を引いていたんじゃないのか?」

それが事実であれば、孫皓を形作っていたものが崩れた現在どうすることも出来ない。頼れる存在は、孫皓を壊した張本人である北郷一刀のみなのだ。

「母さま、どうするの?」

「彼の価値観を養うためには、一からやり直す他にないみたいね。望む所よ、息子は本当に欲しかった所だし。有能なのは今までの彼を見てきたら嫌でも分かるし。太史慈、貴方にはかなり負担が掛かるかもしれないけど、この子が癒えるまで孫皓隊を率いてあげて。これは貴方にしか、頼めないことだから」

「御意。俺は鷲蓮の背中を護ると約束した身です。そいつが己の足で立ち上がり、再び俺たちを率いるその日を待ちます。鷲蓮のことよろしくお願いいたします」

そう言って太史慈は頭を下げて、部屋から出て行った。様子を窺っていた蒋欽も彼に習って頭を下げた後、彼の後を追った。

「そろそろ、儂も行くことにしよう。黄蓋隊の調練もあるしのう」

「冥琳、私たちもいくわよ」

「ええ。母上」

そうして、孫皓の部屋に残ったのは私と母さまと、寝台に横になっている孫皓のみになった。

「雪蓮…、貴女は悪くないわ。遅かれ早かれこうなる日が来ることは決まっていたのよ」

「……でも」

「雪蓮、この子が本当の自分を取り戻したとき、成長していない貴女の姿を見せるつもり?嫌でしょう」

「うん…」

「ならすることは分かっているわよね」

「……私、行ってくる」

そうよ。私は母さまを超える王になって、この国に住む民を護っていくと彼の前で誓ったのだ。なら、することは山ほどあるはずだ。私は扉の取手に手を掛けて少しだけ振り向いた。

「待っているから、私の側に来てくれるのを。孫皓……」



第1部完


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