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[24321] 【習作】「とある金髪と危険な仲間達」【とある魔術 憑依?】
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/11/21 16:28
「はじめに」

こんにちは、カニカマです
以前こちらで同名のものを投稿させて頂いていたのですが、小説の書き方や私の小説に対する知識があまり良いものでなかった為、一度全消去して手直しをしていました。
あの時楽しみにしてくれていた読者の方々や小説の書き方を教えてくれた人に何の連絡もせずに消去してしまった事を深く反省しています。

今回は完結させる意気込みで頑張りたいと思いますので、厳しい意見や間違っている部分を指摘してもらえれば幸いと思っています。

<11/18追記>
この作品は一人称視点がメインです。本編の話は基本的に主人公の視点で話が進んでいきます。
例外として主人公と全く関係のない場所の話、番外編で他のキャラクターが主人公を演じる時は三人称視点で書いていく予定です。
変わった書き方と思いますが、応援して頂ければ幸いに思います。



11/21
第六話「ルート確定余裕でした」
投稿



[24321] 「プロローグ」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/11/20 01:33
「プロローグ」
 

 俺の名前は「藤田 真」、どこにでもいる大学生だ。友達はそこそこいて家族関係は良好、ごく一般的で平凡な人間である。
  趣味は……あまり大きな声で言うと女友達が引くからアレだが、漫画ゲーム小説ネットサーフィンにとある動画サイト鑑賞。まぁ、世間一般で言うオタクってやつだ。友達の一部はそういった連中で固まっているところもあり、どんどん深みにはまっていっている。
  まぁ特に変わった家庭環境って事はなく、孤立したりしているわけでもなく、ただのオタクってこと以外は変わったところなんて何一つない学生だったってわけだ。
  事が起こったのは大学から我が家へ帰宅する時の事、信号を渡っていたら突然左側からの猛烈な衝撃で俺の体は宙を舞った。何が起こったのか最初は訳が分からなかったが今なら車に轢かれたという事は理解出来る。それがテンプレみたいにトラックだったかは置いておいて、ともかく俺は死んでしまった訳だ。友達や家族とこれでお別れなんて寂しすぎるし、まだまだやりたい事も沢山あったが運命といえば仕方ない事なのかもしれない。
 ……ただ一つ、大きな未練があった。
 最近第二期が始まり、人気大爆発中のライトノベル…「とある魔術の禁書目録」の続きである。最新刊の二十二巻はそりゃあ凄かった!詳しくは省くが色々と凄かった!!
 どうしてもその続きが知りたい!
 これからどうなっていくのかすっげぇ気になる!
 そして色々と妄想したいぜ!
 そんな事を考えながら、俺の意識は黒く塗りつぶされていった。


 



 そして現在
 流れる様な美しい金髪、見る者を魅了するであろう程綺麗な青い瞳、まだ4、5歳であろうか?幼いながらも将来確実に美人になるであろうと容易に想像できる幼女……それが今の俺の姿さ。

「どうしてこうなった………」

 鏡の前でorz状態になる俺。
 

 拝啓 お父さん、お母さん、妹よ。私は何故か女の子になってしまったけれど、それでもまだ元気です(泣)



[24321] 第一話「私こと藤田 真はまだ元気です」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/11/20 01:35
「私こと藤田 真はまだ元気です」



 うん、まずは落ち着いて聞いてほしい。というか俺が落ち着きたい気分だ。
 まずいきなり、大の男が幼女に変身しました。なんて言っても理解出来ないと思う。というよりも俺も良く理解出来ていない。なのにパニックになっていないのは、次から次へと自分頭の中に入ってくる情報があるからだ。
 その情報によると、なんとここは「とある魔術の禁書目録」の世界であるという。その情報に唖然とするが、次々と書き込まれていく情報はそんな驚きをどんどん埋めていくほど膨大な量であった。特に今自分の体となっているこの幼女の記憶が続々と入ってきた。

 まずこの娘(俺)には身寄りがいない。

 俺はいわゆる『置き去り(チャイルドエラー)』らしい。両親は幼い俺を学園都市に預けてそのまま行方知れずとなってしまった訳だ。原作での置き去りの扱いを知ってしまっている俺としては既に絶望状態な訳だが、それ以上にアレな情報が頭の中に転がりこんできてしまった。
 俺の名前は「フレンダ」、本名は長いので省略。
 苗字がないのは置き去りにされてから付けられたコードネームみたいなモンだったのね……



「よりによってフレンダはないだろ……」

 話は冒頭に戻り、俺は未だ鏡の前でorzのポーズのままネガっていた。
 フレンダというのはいずれ暗部組織の一つである『アイテム』の一員となり、様々な裏仕事をやってのける脇役キャラである。
 ……え? 『アイテム』のキャラは主人公の一人である浜面がいるから全員目立つんじゃないのって? いや、確かに麦のんはターミネーターになるし、滝壺はメインヒロインだし、絹旗は目立てなくてもなんだかんだで活躍をしていくことは間違いないよね。
 だが、フレンダは別なのだ。
 本編知ってる人達ならフレンダの末路は言わずもがなだろう。暗部組織である『スクール』に脅された挙句に情報喋ってしまい、『アイテム』のリーダーである麦のんの手によって真っ二つになってしまうのだ。


「確かに禁書の世界には行きたいと言ったさ…でも神様、いくらなんでもこれはないだろこれは……」

 本当にどうしたら良いものか……と立ち上がりつつ考える。が、全くいい考えが思い浮かばない。ちっくしょー、大体フレンダが悪いんじゃ。簡単に情報なんて漏らしちゃって麦のんの『原子崩し(メルトダウナー)』で真っ二つにされちゃうんだから……
 まぁ、俺だって学園都市の『第二位』に凄まれたらペラペラと喋ってしまう自信がある。だがあんな末路になると分かっていれば絶対に……って、そうだ! 俺は未来を知っているじゃないか! 確かにフレンダはあの時『スクール』に捕まってしまい情報を話してしまうが、俺はその事を知っている。そしてあの時麦のんは捕まっていなかった、つまりは麦のんと一緒にいれば最低でも一人で捕まってしまう様な事はない筈。
 フレンダがどう捕まったのか分からないという不確定要素こそあるが、あの時の戦いを知っているという事はそれだけで有利な筈。

 そしてもう一つ、そもそも『アイテム』に所属しなければいいじゃない。

 フレンダがどういう経緯で『アイテム』に所属するかは知らないが、そもそも所属しない様にすれば良い。置き去りだからという理由だけで暗部には落ちないだろうし、いい子ちゃんでいれば格段に入る確立だって下がる筈である。
 そもそもフレンダは確かに脇役だが、鏡で俺の姿を確認すると凄まじく容姿端麗である。現実の俺はどこにでもいる容姿だったが、フレンダは間違いなく美人とかそういった類に分類されるだろう。残念なのはちっぱいである事だが、これは幼女だから仕方ない。
 考えればそう悪い事ばかりでもない今の状況に、気分が高揚していくの感じる。冷静に考えればこの世界を体験し、そして生きていく事だって不可能ではない事なのだ。危ない事はヒーロー達に任せて、俺はゆっくりとして人生をこの世界で過ごしていけばいい。

「にひひひひ♪」

 自然と笑みを浮かべ、ニヤリと微笑む。希望を持ってしまうと現金なもので、俺は小躍りしながら鏡の前で跳ね回った。せっかく来た禁書の世界、楽しまなきゃ損、ぐらいの気持ちでやっていこう! と意気込んで鏡の前で跳ねていた時、突如部屋の扉が開いて一人の女性が訝しげな視線を向けてきた

「フレンダちゃん、あなたに頼み事が……何してるの?」

 綺麗な女の人に小躍りしてるの見られた。死にたい……

 
 先程の女性の後ろを歩く。用事がなんなのかは言ってくれなかったが、気分が高揚している自分は素直に「了解!」と応えた。その元気な返事に好印象を持ったのか女性は眉をしかめちゃってました。べ、別に外したとか思ってないんだからねっ。
 女性の後ろについたまま、俺は今自分が歩いているところはどこなのか考える。記憶のせいかこの建物の構造は理解出来た。どうやら一階のロビーらしき場所に向かっているようだ。
 あっ、ちなみにこの科学者さんの名前は田辺さん。俺の担当なので名前だけでも覚えてあげてね。とか何とか考えてる間にロビー入り口前に到着。どうやらロビーには人がいるらしく、話し声が扉越しに聞こえてきた。

「ちょっと待っててね。」

 田辺さんはそう言うと俺を置いてロビーに入っていってしまった。

「しかし俺にお客さんかぁ……」

 あまりにも暇すぎるので独り言を呟き、あくびをして考える。俺ことフレンダには既に肉親はいない上、あくまで記憶の中でだがフレンダは無能力者のため研究者等の人間も考えにくい。だからといってこの学園都市でどこにでもいる『置き去り』の一人に用事があるっていう人間はそういないだろうが。
 もしかすると施設に出資してる団体のお偉いさんとかなのかもしれない。それに対して田辺さんは元気溢れる俺に挨拶をして欲しいというわけなのかも。ウチの施設の子供はこんなに元気があるのでございましてよ~オホホホ、みたいな……嫌味すぎるわ。だからといって親もいない幼女に特別な客なんて来ないだろうし……と考えている間に話は終わったらしく、田辺さんが扉を開けて手招きをした。

「フレンダちゃん、お話が終わったから入ってもいいわよ」
「あ……はーい」

 先程とは違う返事に満足したのか笑顔を浮かべた田辺さんは俺の右手を軽く掴むとそのままロビーの待合席へと向かう。視線の先には二人の人間がいた。
 一人は明らかに科学者といった感じの初老の男性。もう一人は男性が影になっていて見えないが、背丈からするに俺より少しだけ年上と思えるの女の子だ。手元だけはハッキリと見えるが何かゲームをしているらしくぴこぴこと音が聞こえる。俺にくれ。

「お待たせしました、この子が話していたフレンダですわ」
「ほぉ、愛らしい子じゃありませんか」
「ご希望に添えられればよろしいのですが…フレンダちゃん、挨拶して」
「あ、はい。えーと、おr…じゃなくて私の名前はフレンダって言います。よろしくお願いします」

 記憶によれば確かフレンダの一人称は私だったはずだし、女の子が俺は不味いだろうということで一人称は私でいこう。ちなみに俺っ娘は大好物でございますのことよ。
 しかしコイツが邪魔で後ろの子が全然見えないじゃないか……別に野郎を見ても楽しくないので即刻どいてもらいたいところだったが、その瞬間は早速訪れた。

「ははは、礼儀正しくて良い子だ。実は今日は君に大切なお願いがあって来たんだよ」

 そう言って立ち上がって横へずれると、視線を隣にいた子へ向けた。

 栗色の長くて少しパーマのかかった髪、鋭いが猛禽類の様な美しさを感じさせる瞳、恐らく自分より二、三歳程度しか離れていないにも関わらず、若干だが女性を感じさせる部分が既に見え始めている。
 それを見た瞬間、俺の思考は停止した。エアコンが効いているロビーなのにどっと汗が吹き出、声が出ない。

(ちょ、ちょちょちょ……!?)

 少女は全く意に介さないといった感じでゲームから目を離さない。周囲など知った事ではない、と言いたげな態度だ。まるで女王…いや、女帝。
 男はニコニコしながらこちらに視線を戻して口を開く。

「フレンダちゃん、彼女の名は」
(む、むむむむむむむむ)


「麦野 沈利だ」
(麦のおぉぉぉぉぉぉぉォォォォォォんんん!!?)

 クソオッサンの声と俺のソウルボイスが同時に響く。俺は心の中で思った。

 もう神様なんて信じない……




[24321] 第二話「ファーストコンタクト」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/11/20 01:58
「ファーストコンタクト」


 2……3、5……7…… 落ち着くんだ……「素数」を数えて落ち着くんだ…… 11……13……17……19、「素数」は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字……俺に勇気を与えてくれる。
 などと俺が現実逃避している間に、男は「麦野 沈利」の紹介を進めていく。魂が天国をスッ跳ばして冥界に行ってしまっている私にはその内容を殆ど聞いていなかったのだが、言いたい事は大体分かった。簡単に纏めると

 麦のん今日からここに住むよ。
 施設の事はよく分からないだろうから誰か一緒にいれる子いない?
 あぁ、いますよ(笑)

 ……うん、何ていうかね。神様って奴はさ、幼女とか転生したばっかりの心が脆い人間には手心を加えて欲しいんだ。いきなり麦のんとか心の準備とか、その……ね?
 ぶっちゃけて言うとめっちゃ怖いんですぅ。
 こんな状況でも麦のんは一切周囲に目を向ける気がなさそうだし、男は柔和な笑みを浮かべてそのままだ。田辺さんも動く様子がない。このままではこの居心地の悪い状態のまま延々と時が過ぎていってしまうのだろうか? 胃に穴空くぞ。
 第一何で麦のんがこんな『置き去り』の施設に住む必要性があるんだろうかと思う。確かに麦のんは生い立ちがハッキリしてないし、どんな生活を送ってきたのか不明ではあるが、漫画版の超電磁砲の扉絵に少しだけ小さい麦のんが載っていたのを記憶している。薄ら覚えだが相当いい所のお嬢様といった感じだったはずであり、そんな子が『置き去り』になるとは考えにくい。まぁ何が起こるか分からないのが学園都市ってやつなんだろうけどね。
 そんな事を考えて黙っている俺を見かねたのか、マダオ(今命名)は麦野に視線を向けて微笑みを浮かべたまま口を開いた。

「『原子崩し(メルトダウナー)』、この施設を案内してくれる子だよ。挨拶の一つでもしてはどうかな?」

 おぉ、もう『原子崩し』って呼ばれてるし。まぁ麦のんにちゃん付けなんてして呼んだ日にはマタ/゛オになってしまう事だろうから、異名以外だと呼びにくいよね。かくいう俺も心の中では麦のん麦のん連呼しているけれども、実際本人を前にしてはそんな呼び方絶対に出来ません。そんなことした日には真っ二つになってしまうことだろうしね。
 まぁそんな周囲の声も気に留めず、麦のんは相変わらずゲームに没頭してる訳なんだよね。大の男に隣で注意受けてるというのに完全スルーとは……麦のん、恐ろしい子! でも最近こういう子多いよね。
 反応を示さない麦のんに男はまるで困っていますと言わんばかりの白々しい笑みを浮かべて俺に視線を向ける。いやいや、無理ですから。こんな状態の麦のんに話しかけるとか死亡フラグ以外の何物でもないから。マダオがやんなさいよ。
 そんな中、田辺さんは不安そうな表情で俺とマダオを交互に見やっている。どうやら田辺さんの救助は期待出来そうにもなく、やがてマダオはゆっくりと口を開いた。

「フレンダちゃん、君が話しかけてみてくれないかな? この子は少し人見知りでね、同世代の子なら少しは緊張も紛れるかもしれないしね。」

 どう見ても同世代ではないです、本当にありがとうございました。と、心の中では冗談めいた事を考えてはいるが、ぶっちゃけて物凄いやばい。汗は凄いかいてるし、心拍数は物凄い事になっていそうなほどバックンバックンいっている。

 やばいやばいやばいやばいやばい。さっき死亡フラグ立てない様にしなきゃ駄目だね、麦のんとは関わらない方向かアイテムとは無関係な方向でいくよ。とか考えてたのにもう俺が話さなくちゃこのイベント進まない感じだよ。だってマダオは全然やる気なさそうだし、田辺さんは心配そうに状況見守ってるだけだし、ゆとり麦のんはゲームしてるし……もう俺しかいないじゃない。まだこの世界に来て一時間くらいしか経ってないのにこんな死亡フラグが立つなんて考えもしなかった。そもそも麦のんとフレンダはこんなに早い時期から知り合っていたなんて知りもしなかったし。
 
 ……分かった、分かったよ! 覚悟決めるよ、決めればいいんでしょ!?
 
 一度大きく唾を飲み込み、右足から踏み出す。麦のんのところまでせいぜい数歩しかない。死刑執行の部屋に行くのと変わらない気持ちで足を進める。心配そうな顔で見送る寺内さんから離れ、ニコニコと殺意の沸く笑みを浮かべたマダオの隣を素通りし、俺はとうとう麦のんの隣へとやってきた。麦のんは相変わらずゆとりモードであり、隣に俺が来ても全く反応する様子は見られない。
 麦のんが反応する様子はないのでこちらに気づかせる作戦はまず失敗。仕方ない、こうなったら第二プランだ! (行き当たりばったりです)
 麦のんの隣に座り、どんなゲームをやっているのか覗き込む。どうやらごく一般的な縦スクロールシューティングゲームらしく、飛んでくる敵の戦闘機を麦のん操る赤い機体が次々と撃墜していく。しっかりと敵の弾を見分けて捌いていく赤い戦闘機はどうやら残数一機らしい。さっきから危ない場面がばんばん出ている。それでもやっているステージは敵の攻撃の厳しさ、ステージの雰囲気などからラストステージなのかなぁと初見の俺でも理解出来た。ふむふむ、これなら確かに集中しすぎるのも分かるね、大事な場面だもんね。

 でもね、言わせて欲しい。
 麦のん、まだまだシューティングゲームをやるのは甘い!
 今まで言ってなかったけど、俺はゲームの中でも特にシーティングゲームが物凄い得意でしかも大好物だ。新作は大体チェックしてるし、既存の作品はかなりプレイしてやり込んでいる。いつも行ってるゲーセンでにあるシューティングゲームのランキング一位は殆ど俺だ。自慢じゃないけど今麦のんがやってる程度の難易度であれば、ノーミスでクリアできる。
 必死になって指を動かし続けている麦のんを見ていると、自然と笑いが込み上げてきた。例え一人で軍隊と戦えるという触れ込みの「超能力者(レベル5)」でも、凡人に勝てない事もあるんだなぁ、と麦のんの隣で笑みを浮かべる。その様子を見ていた田辺さんとマダオが少し驚いた様子の表情を浮かべるが、俺は特に気にもせず麦のんのプレイを眺め続ける。
 と俺が隣で微笑ましい(生暖かい)視線を送っている間にも、麦のんの表情はどんどん切羽詰まった感じになってきている。見れば操作もかなり雑になってきている感じで、先程まで余裕のあった感じの動きではない。落ちるのも時間の問題であろう。
 あ、だからそっちに避けちゃダメだって……そこはボム使う場面じゃないでしょ! 違う違うそうじゃなくてね、もっとこうスィーッと動く感じでもうあああああぁぁぁぁあああーー!!

「そこじゃないって!」
「きゃっ!?」

 ボボーン  ゲェムオゥバァー ノーコンティニゥ

 
 …………
 
 
 機械の無機質で無慈悲な声が終わり、ロビーを静寂が支配する。今までロビーに響いていたゲーム音が消えたから当然でしょという人もいるだろうが、違う。
 先程まで聞こえていた鳥のさえずりが、虫のさざめきが、外を走る車の音さえ消えた。ニコニコと微笑んでいたマダオから笑みが消え、田辺さんは口元を押さえて俺を見ている。
 俺? 俺はいつも通りですYO。少し唇が不健康な青紫になって変な汗が滝のように溢れてきて内蔵が震える様な感覚に襲われているけれども、いつも通りですよ。

 ちょ、ちょっと待って、言い訳をさせて欲しい。まず何がいけないって麦のんがいけない、いけないったらいけない。
 そしてマダオがいけない。いたいけな幼女にこんな妖怪ゲフンゲフン超能力者の相手をさせるのがいけない。ばかなの、しぬの?
 田辺さんは……うん、何ていうか少しは喋って欲しかったかな。

 隣に座っていた麦のんがゆっくりと立ち上がる。それだけで俺の心臓はエンジン全開状態でバックンバックンいっている。麦のんはそのままゆっくりと俺の前に移動した。どんな状態かというと、座ったまま俯いている私を麦のんが立って見下ろしている感じだ。
 こえぇ……顔が上げらんない。見たら私絶対石化する、間違いない。大体さっきまでの俺は何考えてたんだ。ゲームの事だけで麦のんに口出ししてもいいとでも思ったのか? それはどう考えても死亡フラグだろ。
 どうしようどうしようどうしようどうし(ガッ)ひいいぃぃぃくぁwせdrftgyふじこlp!! む、麦のんの手が、手が私の襟元にぃぃ!!
 涙他様々な液体が零れ落ちそうな恐怖を我慢して顔を上げる。そこには、「私不機嫌です」ありありな麦のんの顔があった。

 

 父様、母様、妹へ。この度最後のお願いがあります。私の部屋のパソコンのハードディスクは分解してから燃やして灰にしたあと鍵付金庫に入れて海中に投棄してください……




[24321] 幕間「フレンダという名」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/11/20 01:41
「フレンダという名」

 その日、施設の副院長であり子供達を世話する職員の実質的リーダーである「田辺 住香」は残った職務を片付けるために一人残って仕事をしていた。書類を纏め直し、目を通して各ファイルへとしまい直す。一通り終わった事を確認すると田辺は近くにあったソファーへと体を預けた。

「んっー……! 疲れたわぁ」

 昼は無限の元気を持つのかと疑問を持つほどの子供達の世話、そしてそれが終わった後は書類仕事や事務仕事。これで疲れるなというのは無理があるだろう。ましてや実務においてはこの施設の実質的なリーダーの田辺である。自然と仕事の量も相当溜まってしまうのだ。実際今週は毎日残業ばかりである。

 それでも田辺は今の仕事に満足していた。遣り甲斐があって毎日が夢の様だった。ふとこの施設の事を考える。


 『置き去り(チャイルドエラー)』

 学園都市が有する問題の中で特に表立って目立つ最大の問題の一つである。要は学園都市に子供を編入させ、入学金だけ支払ってそのまま行方を晦ます、というものである。学園都市に残された子供はその後の学費を払えず、また帰る当てもない天涯孤独の身となってしまう。単純ではあるが学園都市の制度の穴をついたもので、今のところ対策という対策は出来ていないのが現状だ。
 だが学園都市も手を打っていない訳ではない。『置き去り』の増加自体は防げているとは言いがたいが、それに対処する手段もとられている。その一つが今寺内が勤めている施設だった。親に見捨てられた『置き去り』を受け入れるための保護施設や学校、卒業した後のケア等を学園都市は行っている。勿論それで全てが解決している訳ではないのは確かだが、とりあえず飢えたり犯罪に走ってしまう可能性がある子供達を救う事は出来ている筈だ、と田辺は軽く笑みを浮かべた。

「最後にみんなを見て回ってから帰ろうかしら」

 そう一人で呟いて田辺は立ち上がる。時間は既に九時を過ぎており、子供達は殆ど寝てしまっている筈だ。そんな状態の部屋に上がりこんで顔を確認しようとは思っていないが、見回って帰るというだけでも別に構わないだろう。

(それに……あの子の事も気になるしね)

 そう心の中で呟き、田辺は事務室を後にする。


 非常灯が照らす廊下は静かで、数ある部屋からも子供達の声や動いている音は殆ど聞こえない。稀に起きている者もいるだろうが、この様子だとこの棟の子供達は間もなく全員寝付くだろう。特に問題のないことを確認した田辺はホッと息を吐いて顔を綻ばせるが、一番奥にあった部屋の扉の前に立った瞬間、そんな表情は一瞬で失われた。先程の幸せそうな表情とは真逆の、何かを耐えている様な顔……しばらくそのまま立ち尽くしていたが、やがてゆっくりとドアノブに手をかけ回す。そのまま音が響かないようにゆっくりと扉を開いた。

 部屋は普通の六畳一間の洋室だ。ベッドに学習机、壁と一体になったクローゼットの他にはこの部屋にいる住人の物であろうぬいぐるみや本などが置いてある。だがそれらは全て投げ捨てられており、どれもこれも散乱してしまってる。田辺は「あらあら」と優しく言いながらベッドの上にいる子供へと視線を向けた。
 美しい金の髪は手入れも碌にしていないようでボサボサになってしまっており本来の美しさの半分も出せてはいない。サファイアと見紛うばかりの青い瞳は赤く腫れ上がってしまって痛々しいものがある。恐らくついさっきまで泣いていたのであろう、ベッドの上にはポツポツと染みが確認できた。
 見た目はおよそ五、六歳程度の女の子だろうか?金髪と白い肌、それに目の色から日本人ではない事は明確だろう。田辺は少女を刺激しないようゆっくりと隣に移動してベッドの上に腰を下ろす。少女は軽く嗚咽を漏らすだけで特に何も言う事はない。田辺もしばらくそのまま黙って少女の隣に座っているだけだった。

「スミカ……」
「なぁに?    ちゃん」
「ママはまだ迎えに来ないの……?」

 その少女の言葉に田辺は胸が締め付けられる様な痛みを感じるが、表情に出す事なくゆっくりとした動作で少女を抱きしめる。少女は一瞬ビクッ、としたがそのまま田辺の方へと体を預けた。
 少女は『置き去り』である。他の子供達と同じように学園都市の扉をくぐり、そして同じように親に捨てられた。学園都市の中ではどこにでもある悲劇で、探す事なんてしなくても目に付くもの。違ったのは少女にとって両親は絶対的なものだったということ。『置き去り』の子供達は遅かれ早かれ自らは親に捨てられたのだと理解する時が来る。その時どんな事を思うかはその子供達によるが、大抵の子供達はそれを乗り越えていき、大人になっていくのだ。だがその大抵に入れない子供達もいる。自分は親に捨てられてなんかいないと、両親はいずれ迎えにきてくれるのだと信じ続ける子供達の数は決して少なくはないのだ。
 この子はなまじ理解するのが早すぎた。下手に聡明な頭脳がそれを理解した途端、少女の心を壊すほどの衝撃が彼女の心を蝕んだ。救えるはずの両親は二度とここには来ない。そんな少女を田辺は優しく抱きしめた少女を慈しむ様撫で続ける。少女から少しずつ力が抜けていった。

「大丈夫よ、私はここにいるわ」
「……」

 少女から静かな寝息が聞こえ始めたところで田辺は少女を静かにベッドへ寝かせる。自分の服をしっかりと掴んで離さない少女の手を苦笑しつつ優しく外すと、「おやすみなさい     ちゃん」と声をかけ部屋から出た。

 
 さぁ荷物を持って帰ろう、と事務室に戻った田辺を待っていたのは一本の電話だった。まるでここに帰ってくるのを見計らったかのように鳴る電話に一抹の不安を覚えるが、まさか無視するわけにもいかず電話をとる。

「もしもし、希望の園です」
『おおー、まだいてくれたか。いやぁ良かった良かった!』

 聞き覚えのある声、いや……あり過ぎる声だった。その声を聞いた瞬間田辺の体が硬直し、受話器を持つ手に力が入る。そんな田辺の様子を知ってか知らずか電話の相手は捲くし立てる様な声で矢継ぎ早に言葉を発した。
『いやぁ、もういなかったらどうしようかと思っていたんだよ! 何せもうこんな時間だからね、いやぁ私は友人が少ないから苦労したものさ。そうそう肝心の頼みごとを言うのを忘れていたよ。』
「……一体何でしょうか?」

 田辺は内心気が気ではなかった。今会話してる相手はここに勤める前まで一緒に働いていた上司である。電話の相手が何の用事があるのかさっぱり分からないが、恐らく禄でもないことに違いない。

『聞いてくれたまえ! 新たな『超能力者』が発現したのだよ!』

 その言葉に田辺は目を見開いた。

 『超能力者(レベル5)』

 この学園都市には能力者というものが存在する。そもそも学園都市は能力者というものを生み出す巨大な施設であり、実験場でもあるのだ。そしてその最終目標が『神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの』、『絶対能力(レベル6)』といわれる能力者である。
 即ち『超能力者』とは学園都市が目指すものに最も近い存在であり、また絶対的に数が少ない存在でもある。現状『超能力者』として確認されているのは幼いながらも強大な力を持つ『一方通行(アクセラレータ)』、つい最近確認された『未元物質(ダークマター)』の二名しかおらず、互いにまだ能力者としてはとんでもなく幼い存在だ。田辺も直接実験に関与していないので詳しく知るところではないが、この二名は聞いただけでも背筋が凍るような能力を有している。そんな怪物に等しい存在がまた生み出されたのか、という事実に田辺はグッと出掛かった言葉をしまい込んだ。
 そう、既に自分はこういった事とは無関係な場所にいるのだ。好奇心猫を殺すということわざがある様に、不用意に口を出す事もない。田辺はそう考えて一度深呼吸をして口を開く。

「それは素晴らしい事ですね。学園都市が目指す目標にまた一歩近づいたことでしょう」
『全くさ! そうそう、もうコードネームも決まっているんだよ。『原子崩し(メルトダウナー)』と言うんだがね、驚く事にまだ少女さ』

 その言葉に田辺は驚きを隠せなかった。今まで発現した『一方通行』と『未元物質』は二人とも幼いが男子であり、女子の『超能力者』というのは初めての事である。その『原子崩し』というものがどういった能力か細かい事は分からないが、『超能力者』という区別をされる以上、他の二名と比べても遜色ない能力なのだろうという事は理解出来た。

 そして驚きと共に這い出た感情がある。それは漠然とした不安だ。
 電話の相手の用心深さはよく知っている。何せ数年間同じ部署で働き、相当な「汚れ仕事」を行ってきた間柄だ。そんな相手が何故こうもペラペラと自分に情報を話すのか、既に部外者である自分には既に関係のないことであるのにも関わらずだ。その理由は一つしかない。

『おっとと、また話に夢中になって用事を言うのを忘れるところだったよ。すまないねぇ、なんせ私の研究所から出た初めての『超能力者』だ、興奮するのも分かってくれるだろう?』

 この相手は

『その用事なんだが……』

 今現在の私の立場を利用して何かをしようとしているのに違いない。
 そしてそれはおぞましく、また田辺にとって決して逃れる事の出来ない要求でもあった。


 電話から五日後……
 田辺は「とある施設」にいた。いつものエプロン姿ではなく、学園都市の研究者達が着込む白衣を身につけ、施設の中をゆっくりとした足取りで進む。その足取りはまるで田辺の心の中を現したかのように重く、そして辛い足取りのようでもあった。やがて田辺は一つの部屋の前で立ち止まり、気持ちを落ち着けるかのように一度大きく息を吐いてドアを開いた。
 そこにいたのは田辺の施設にいるあの金髪の少女であった。あの時と違い金色の髪は美しい輝きを内包したままふんわりとした状態で、サファイアと見紛う瞳はキラキラとした輝きを放っているかのように見えた。少女は田辺に気がつくと、座っていた椅子を下りて小走りで近づき、ぬいぐるみを抱いていない方の手で田辺の白衣の裾をギッと握る。そんな少女に田辺は平静を装いつつも微笑みながら頭を撫でた。

「待たせちゃったわね     ちゃん。用意が出来たから一緒に行こうか?」
「……うん」

 そういって手を握り、田辺と少女は歩き出した。施設内は静かで、機械の音以外には二人の足音以外殆ど聞こえない。田辺はまるで自分と少女以外の全てが消えてしまったのかな、と馬鹿げた考えをする。そんなことはあるはずもないのだが、この時だけはそうなってほしいという感情が勝っていたのかもしれない。

 沈黙は続き、二人はそのまま実験室へと続くエレベーターに入り田辺は地下のボタンを押した。学園都市の技術で作られたエレベーターは揺れや重力を感じさせないもののかなりの速度で降りていき、すぐに二人を目的の階へ送り届ける。
 辿り着いた部屋はまさに妙な部屋という他ない。卵の様な形をしているカプセルが何個か並んでおり、その周りには大量の機材が置かれている。また研究員らしき人間もかなりの数がおり、少女は怯えるように田辺の後ろへ身を隠した。そんな少女に田辺は気持ちが揺らぐのを感じるが、それでも笑みを作ると少女の目線に合わせるようしゃがむ。

「ここが今日の実験をするところよ、あの機械に入って少し我慢するだけだからすぐに終わるわ」

 笑みを浮かべがらそう言うと少女も落ち着いたのか、ゆっくりと頷いた。
 少女と田辺がカプセルの前に移動すると、研究員達が近づいてきて少女にコードやヘッドギアの様なものを次々に付けていく。少女はそのままカプセル内の椅子へと座らされ、手や足を固定された。そんな様子を田辺は歯を食いしばり、ポケットの中に突っ込んだ手が血がにじむ程握り締めて見ていた。


『その『原子崩し』の子なんだが、物凄く情緒が不安定でねぇ。能力が安定しなくてとても危険なんだよ』
「はぁ……」
『上からもせっつかれていてね、一体いつになったら能力の実験が出来るのかってさ。ほとほと困っていてね』

 そこで電話の相手はゴホンと咳をする。

『そこでかねてから開発されていた試作型の『学習装置』の実験ついでに『原子崩し』のパートナーを作ろうという事になってね』

 その言葉を聞いた瞬間、田辺の顔から一気に血の気が引いた。

『と、まぁ……聡明な君の事だ、これ以上は説明しなくても分かるだろう?』
「し、しかし『学習装置』はその危険性と処理の複雑さから完成していないはずで……!」
『だから試作型と言っているだろう? それにこれは決まった事なのだよ、君が何を言おうとこの決定が覆される事はない』

 その言葉を聞いて田辺は必死に考えを巡らせる。が、混乱した頭では全くといっていい程いい考えが浮かぶ事はない。それ以前にこの相手が「ここ」、しかも自分に対して電話してきたという事は、つまりそういうことなのだ。
 この男は自分の施設の子供の誰かを『学習装置』の実験及び、『原子崩し』の情緒安定させるための道具として活用しようとしている、と。

「が……」

 だが田辺は最後まで諦めず口を開いた。

「『学習装置』はその演算の複雑性から一定の負荷を精神に与えます……情緒が安定しない子供達では『学習装置』に耐え切れず確実に崩壊しますよ? 実験は失敗し、『原子崩し』の相方は作られません。」
『そうだね、そうなるだろう』

 その言葉にも相手は動じない。

『『学習装置』にかけられた『置き去り』の子供達は今まで精神崩壊や自我崩壊等成功例は少ない。そうなってしまっては私の立場も危ういかもしれないね』
「では……」
『だが例外というものも存在する。成功例は少ないだけで成功している事もあるのだよ田辺君』

 田辺が無言のままというのを返答代わりに男は言葉を続ける。

『そもそも人間の精神構造など学園都市の技術を以ってしても未だ完璧に把握し切れてはいない。そんなものの中に『学習装置』で無理矢理知識やら経験をぶち込んだ所で崩壊するのは当たり前だ、まして成長しきっていない子供の脳など特に、ね。実際『学習装置』を使っての実験は失敗続きだ』

 そこで男は一度言葉を区切る。田辺はというと真っ青になった顔を隠そうともせず電話を握り締めたまま動かない。

『ならば数少ない成功例とは何なのか? 答えは簡単さ、心が空っぽの人間という単純な事だよ』
「心が、空っぽ……」
『今までの成功例の一つとして『置き去り』にされて心が弱りきった子が上げられる。その子は親に捨てられたという事実が受け入れられずに……まぁ壊れてしまった訳だな。他にも様々な要因があるのかもしれないが、その子は『学習装置』に適応した。今では何をさせられているのか分からんがね』

 それでも確実という訳でもないが、と男は付け加える。

『つまりそういうことだよ田辺君、そして君の施設にはそれを満たす子供がいるだろう?』

 親に捨てられた、心が弱っている……確かにそんな子供がこの施設にはいる。だが田辺は猛然と抗議する。非人道的であると、人間の所業ではないと、何故私がいる施設からなのかと……
 だが電話の向こうにいる相手はせせら笑うように鼻を鳴らした。

『何を言うのかね、田辺君とてつい一年前まで私の部下として同じ実験をしてきたじゃないか。それが今更非人道的などと虫が良すぎやしないか?』
「それとこれとはっ……」
『そしてもう一つの質問の答えだが……君がいる施設だからこそだよ。』

 その言葉に田辺の動きが止まる。

『学園都市の暗部から簡単に足抜け出来たとでも思ったのかい? 今君がいる平穏は私が作り上げてあげたものだという事を忘れないで欲しいものだ。君という優秀な人材を手放して今の施設に入れてあげたのも、いつかこういった事があると便利だからという事に他ならないんだよ』

 その言葉を聞いた田辺はその場にへたり込むように崩れ落ちた。そんな状態でも受話器を耳から離さなかったのは、最後まで話を聞いていなければどんな事を後々言われるか分からないという恐怖心からだったが。

『まぁそういうことだからね、納得はしなくても構わないし興味もないよ。もしこれに拒否するのであれば君がいる施設が「どんな事」になるかも興味がない。君はそうはいかないだろうがね』
「……は、い」
『詳しい書類は明日届けさせるよ。実験は五日後だ、それまでの準備の方はよろしく頼むよ田辺君。ではな』

 それを最後に電話が切れる。ツーツーという機械的な音が田辺の耳に響き、受話器を落とした音が甲高く響き渡った。


「スミカ……」
「なぁに?      ちゃん」

 固定され、全ての準備が整った。後は蓋を閉めて電源を入れるだけで全ては終わる。そんな状態で田辺は少女から声をかけられた。今まで自分から殆ど外部に対して話しかける事のなかった少女の声に、田辺は心が痛むのを押さえつけて優しく微笑む。

「実験はすぐ終わるんだよね?」
「……えぇ、すぐに終わるわ」
「じゃあ……」

 少女はいつもの無機質な表情でもなく、いつもの泣き顔でもなく、ぎこちなく微笑んで

「終わったら、いつもみたいに『実験を開始致します 各職員は所定の位置について指示をお待ちください』

 ゆっくりとカプセルがしまり、淡い微笑みを浮かべた少女の体がすぐに見えなく
なる。
 それが田辺と『少女』だった者の最後の会話となった。


 その後、実験は問題なく終了した。
 『学習装置』の数少ない成功の為か、全てが終わったときに起こったのは実験室から上がる歓声だった。無論ここにいる全ての人間が非人道的な考えばかりの人間ではないだろう。少女の心を変えてしまったという事実を喜んでいる訳ではないだろう……
 だが田辺にはそれらの歓声の全てが恐ろしいものに感じた。今自分達は一人の人間を殺してしまったというのに、それが無視されている様に思えた。その日、研究室のベッドで田辺は吐き気と頭痛の為一睡も出来ず、何度も洗面所とベッドを往復する羽目となった。

 次の日はあの電話の相手に呼び出された。少女はこのまま目を覚ませる事なく、二日おきに『学習装置』で三度調整をした後に目を覚まさせる、その間にやるべきこと、『原子崩し』のプロフィールなど様々な話と資料が田辺へと渡された。その資料の一つ一つを隈の出来た顔で確認していく。

「え……」

 その中の一つに田辺はめくる指を止める。そこに書かれていたのは四つの文字で形成された「名前」。

「ん? あぁ、もしかしてそれが気になったのかい」

 男は笑みを浮かべてそう言い、田辺は男に視線を向ける。

「『学習装置』の記憶形成が一体どうなるか分からん。万が一の為、元々の名前でこの子を呼ぶ事は禁止するよ、それは新しい名前といったところかな」
「新しい、名前……ですか」

 うむ、と男は頷く。

「これから『原子崩し』の友達となってもらうんだ。フレンドでは直訳すぎるから「フレンダ」、さ。良い名前だと思わないかね?」


 そしてそれから一週間……
 昨日最後の調整を受け、この施設に運ばれたフレンダは薬の影響でそろそろ目を覚ますはずだ。田辺はそう考えると憂鬱な気持ちで部屋へと足を進める。窓の外に先程到着した男と『原子崩し』が乗ってきた車が目に入るが、田辺は興味ないと言いたげな様子で視線を外した。
 結局自分には一人の少女すら守る事は出来なかった。暗部から抜け出す事が出来ないことも十分に理解出来た。仕方なかったという言い訳も出来る。田辺があそこで折れていなければこの施設そのものが無くなってしまったはずだ。

 だからといってそれが少女を見捨ててよかったのかという事にはならないだろう。これは一生田辺の心を蝕んでいく十字架となっていく。本人もそう感じていた。
 やがて一つの部屋の前に辿り着く。前から少女が使っていた部屋、そして今は「フレンダ」という少女の部屋。
 明るいが機械的な反応を返すようなってしまっているだろう少女の姿は田辺に深い傷を与えるであろうが、だからといって田辺はそれから逃げる気などない。それも全て自分の罪として背負っていこう、そう考えてドアに手をかけて開く。

「フレンダちゃん、あなたに頼み事が」

 扉を開けたその先、そこにいたのはピョンピョンと鏡の前で跳ね回る少女だった。

「……何してるの?」




<オリジナル用語・設定>
『試作型学習装置』
 「布束 忍」がまだ関わっていない頃に開発、使用されていた『学習装置(テスタメント)』の原型。
 能力者に基礎的な知識や都合のいい記憶を埋め込む為に使われていたが、成功例は少なく危険性が高い代物だった。「    」に対しては記憶の改竄と一定の知識や反応行動を付与する予定であったが……



[24321] 第三話「Nice Communication」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/11/20 01:43
「Nice Communication」


 不機嫌ここに極まる、といった顔で俺の襟を掴む麦のん。呆然とそんな様子を見ているマダオ。驚いた表情をしたまま動かない田辺さん。そして、そんな中視線の中心にいる俺は微妙な笑顔を浮かべたまま停止しています。何で笑顔なのかって? 今身を以って体験してるんだけど、人間ってあまりにも開き直ると顔が固定されちゃうらしいよ、だってこの顔麦のんのシーティングゲーム見ていた微笑ましい(生暖かい)顔のまんまだもんね!
 拙い、これは拙い。自分のミスというか完全にアホな不注意でこんな状況を作ってしまったが、これは既に死亡フラグというか死亡確認状況なんじゃなかろうか? 麦のんはそれこそ不機嫌になる事があれば味方であろうと一瞬で切り捨てる事が出来る女傑だ。それは子供の頃から培ってきたものかどうかは分からないが、先程の態度や今の状況見た限り生まれつきのものだと思える。つまり自分は今ここで哀れにも真っ二つに……

 そ、それは嫌だ! さっき下手に希望を持ってしまったからかもしれないが、俺はまだこんな所で死ぬわけにはいかない。一度は会ってみたい上条さん、厨二病の俺には堪らない魔術の世界、それに超電磁砲の話など見てみたい事は沢山ある。こんなところで麦のんに殺されるなど絶対に嫌だ! 追い詰められたフレンダが何をするのか見せてやるのだぁぁぁあああぁぁぁ。

「こんにちは麦野さん。私はフレンダっていうの、よろしくね」

 ……ん? 何で平和な挨拶してるのかって? 追い詰められたフレンダが何をするのか見せてくれるんじゃなかったかって? アホ、そんな事したらまだ死亡フラグでギリギリ治まってるこの状況が惨殺空間に早変わりするわ! 俺に出来るのは麦のんの機嫌がこれ以上悪くなる前にこの空気を断つこと。
 そしてそれが出来るのは何か? そう、国同士の話し合いだろうがネトゲでの初見相手だろうがするのが挨拶ですよね。挨拶出来ない奴は即ち礼儀というものを知らない奴、だからこの空気も私のこの天使のような挨拶一つでどうにかなってくれるはずさ……

 ていうか何も思いつかなかっただけなんだ。うん、すまない。
 でもこれ以外どうしようもなかったんだよおぉぉ! ぶっちゃけ麦のんのゲームという時間を邪魔しちゃって時点で道は閉ざされていた訳で、そんな俺にどうしろという訳で。
 そんな中いきなり麦のんが俺の襟首から手を外す。突然手を外された俺は訳も分からずに麦のんの目を見るが、不機嫌さこそ残っているものの先程の殺気立った様子はもう抜けていた。麦のんは呆然としている俺を見て一度フンッ、と鼻を鳴らす。

「挨拶は出来るみたいじゃない、最初からそうしなさいよ」
「は、ははっ、はははは……いやぁいきなりで驚いたよフレンダちゃん。『原子崩し』もいきなりあんなスキンシップをするだなんて夢にも思わなかったよ」
「ふんっ」

 乾いた笑いを漏らすマダオの言葉を聞いて、俺の体から一気に力が抜ける。どうやら麦のんの機嫌を元に戻す事は成功したらしく、生き延びる事が出来たらしい。その事実に気づいた途端一気に安堵感と高揚感が俺の心に染み渡ってきた。やれば出来るのね俺、とか思ってたら麦のんが俺の方に視線を向けてた。な、何? 言っておくけど数秒で生存フラグ折られたら幾らなんでも泣きますよ?

「コイツが言ってたと思うけど、改めて自己紹介させてもらうわ。「麦野 沈利」、学園都市の 超 能 力 者 ……コードネームは『原子崩し』よ。」

 ……今明らかに超能力者って部分強調したよね、絶対したよね? なんだろ、超能力者って部分に突っ込んでほしいんかなー。確かに麦のんって二十二巻除けば能力という部分に固執してるようにも見えたし、自慢でもしたかったんかな。でも浜面が『素養格付(パラメータリスト)』の存在を知った時は怒ってたし……いや、あれは愛しの(多分)浜面が暗部に落ちちゃった理由に怒り心頭だっただけか。デレデレ麦のんテラカワユス……

「ちょっと、何か言う事はないのかしら?」

 って、おぉう。いかんいかん、折角麦のんの機嫌が直ったというのにこんな些細な受け答えで死亡フラグを立てる訳にはいかない。
 うん、とりあえずここはベタ褒めでいいよね? まだ浜面もいないし、小さい頃は手に入ったおもちゃとかは自慢したがるものだしね。さて、とびっきりの笑顔を浮かべて褒め称えてみましょーかね。

「前から聞いてましたよ、学園都市が誇る『超能力』! どんな能力なのかは不勉強のせいでよく分からないけれど、とっても凄い能力なんですよね! よっ、流石は『第四位』! 痺れる~~!!」
「ふふん、そうでしょう。私の『原子崩し』は超能力を名乗るに相応しい能力。そこらの低能力者とは比べ物にならな……って、ちょっと待てコラ」


 キン、と空気が凍る。


 え、なになに? 俺何かやばい事言った? さっきとは比べ物にならない程の寒気が体中を駆け巡ってるんですけど……ま、まさか麦のんベタの褒め方嫌いだったの? そ、そうと知ってればもっと褒め方変えてたよ、こう見えても俺は人の褒め方沢山持ってるんだからさ。大学の教授を誑かしてレポート提出日を伸ばしてもらった実績だってあるし……
 そんな事考えてる間にも麦のんの視線がどんどん鋭くなってる!? ど、どどどどういうことだ……いくら何でもさっきの機嫌の良さからは考えられない雰囲気だ。それに私の褒め言葉聞いた瞬間は機嫌が良さそうだったし、そんなに問題のある単語は入れてないはずなのにどうしてなんだ? さ、さっぱり分からぬぅ。

「オイ」
「は、はい?」

 麦のんこええええぇぇぇぇ! さっきまでの高飛車だけどお嬢様っぽかった喋り方じゃなくて、原作のターミネーター仕様の喋り方になっとる。ていうかあの歳の女の子が出す声色じゃねぇよ! 麦のんが一歩ずつこっちに踏み出す度に、俺の心拍数が上昇していくんですけれど、どうしたらいいのだ。さっきの返事だって声が震えなかったのが不思議なくらいだ。

「『さっきの事』といい、アンタ私に喧嘩売ってんでしょ? そうよね」
「そ、そんなことはないです……」

 一歩一歩近づいてくる麦のんに俺は逃げることが出来ない、ていうか足震えて椅子から立てません。そんな俺の目の前には怒りに満ちた麦のんが……

「あの、何故怒ってるのか私には分からないんでせうが……」
「……そう、ならそのとぼけた頭と耳に教えてあげるわ」

「何でこの私が『第 四 位』とかいう順番にされてんのよ。そもそも序列って何だコラ」

 へっ……? だって麦のん『第四位』じゃん。何を怒って

「アンタが何考えてんのか知らないけどね、『超能力者』は『一方通行』、『未元物質』、そして私の『原子崩し』の三人しかまだいないのよ!」
「あ……」

 って、当たり前じゃないかああぁぁぁぁ! 『第三位』の『超電磁砲(レールガン)』「御坂 美琴」はこの頃まだ学園都市にいるかすら不明だし、それにいたとしてもまだ『低能力者(レベル1)』だ。同じく『第五位』の『心理掌握(メンタルアウト)』も年齢的な問題がある。『第六位』に関しては一切正体不明だし、『原石』である「削板 軍覇」に関しては、まだ発見されてない可能性だって高い。少し考えれば誰でも分かる情報を見落としてしまったという訳か。アホすぎる。

「私が『第四位』っていうことはさぁ、単純に考えて『一方通行』や『未元物質』、そしてい つ か 現れるかもしれない『超能力者』より下だって言いたい訳? よくもこんな嫌味を考え付いたわねぇ……いい度胸してるじゃないの!」
「いや、別にそういうつもりで……」

 ち、違うんです麦野サン、ただ私が勘違いしちゃっただけなんです。なので弁解の余地を下さいお願いしますマジで本当次は上手くやりますってホントに

「ああぁぁぁぁぁあああああぁイライラするわ……普通ならぶっ壊してあげるところなんだけどね。特別に見逃してあげるわ」

 おぉ!? 見逃してくれるのか。やっぱり麦のん優しい、俺は信じてたよ。二十二巻で目覚めた麦のんの心は本当は清くて美しいものだってサ。麦のんマジ原子……

「なんせ私はアンタを好きにしていいって言われてるの。今ブチコロさなくても、いつでも機会はあるのよ」
 
 ……what?

 にやぁ、と麦のんが口角を吊り上げて微笑むのを見て、俺はBAD ENDフラグが立った事を静かに理解した。そんな俺に対して麦のんは顔を俺の耳元に寄せるとこう呟くように言う。

「「手下」にしてやろうかと思ったけど、それは無しね。こんにちは「奴隷」さん、これから ヨ ロ シ ク ね」

 その言葉に、俺は乾いた笑いを返す事しか出来なかった。

 神様、あんたマジ鬼畜だわ……




<麦野視点>

「こんにちは麦野さん。私はフレンダっていうの、よろしくね」
 私の楽しみを邪魔してきた少女の第一声はそれだった。この少女の声で集中が途切れ、撃墜されてしまった。決してもう限界だった訳ではない、ないったらない。
 今まで培ってきた『超能力者』としての殺気を前面に押し出してこの少女……フレンダとかいったか? に威圧をかけてみたが、驚いた事にコイツは笑顔で私に挨拶をしてきた。自慢じゃないが私の威圧を受けてビビらなかった相手は久しぶりだった。大人の研究者だろうがなんだろうが私の前にはひれ伏し、許しを請う。何故なら私は『超能力者』だから、当然の権利の一つなのだ。
 だから私の威圧を受けない少女にイラついたと同時に、興味も持った。研究者が用意したルームメイトなど脅して泣かせるか、言う事を聞かなければ消し炭にでもしてやるつもりだったのに……この少女、フレンダならば少しの間くらい一緒の部屋でもいいかなと気まぐれに思った。
 
 そう、唯の気まぐれだ。

「挨拶は出来るみたいじゃない、最初からそうしなさいよ」
「は、ははっ、はははは……いやぁいきなりで驚いたよフレンダちゃん。『原子崩し』もいきなりあんなスキンシップをするだなんて夢にも思わなかったよ」
「ふんっ」
 うざい、と心底思う。見た目は友好的に振舞っているくせに、誰よりも私を恐れている。そんな奴らは死ねばいいのにと本気で思う。面倒だから私の知らない所でくたばってしまえ、と。
 そしてそんな私の前にいながらも立ち上がろうとせずにリラックスして全身から力を抜いているフレンダ。いくら私が何もしないからって、自分の前にいるのは『超能力者』……つまり指一本動かさずに自分を殺せる存在だという事に気づいているのだろうか? もし知っていながらこの態度ならば正直に賞賛に値する、と麦野は思った。
 よし、ならば直接聞いてやろうじゃないかと私は思う。そしてどんな反応を返すのか見ていてやろうじゃないかと。
「コイツが言ってたと思うけど、改めて自己紹介させてもらうわ。「麦野 沈利」、学園都市の 超 能 力 者 ……コードネームは『原子崩し』よ。」
 さぁ、『超能力者』が直々に名乗ってやったのだ。一体どんな反応で返す? と麦野は悪戯が成功した時の様な表情で相手の様子を伺う。
 フレンダは最初訝しげな視線を麦野に向け、次にウンウンと唸りながら何かを思案している様子で、次に何かを思いついた顔をし、そしてニヤニヤと微笑んだ。そんなフレンダを見て麦野は口元を持ち上げて微笑む。正直こんなに愉快な思いをするのは久しぶりのことで、ついテンションが上がってしまう。『超能力者』という判定を受けてから、久しくなかった感情だった。
「ちょっと、何か言う事はないのかしら?」
 この少女は自分をもっと愉快にさせてくれるはず、そう考えて私は先を促した。久しく溢れた感情を抑えきる事が出来ず、声が弾んでしまったことに若干恥ずかしさを覚えるが、今はそんな事よりもフレンダの事で頭が一杯だった。
 やがてフレンダが決心したかのように笑顔を浮かべる。その笑顔に釣られて、私も軽く笑みを浮かべた。
「前から聞いてましたよ、学園都市が誇る『超能力』! どんな能力なのかは不勉強のせいでよく分からないけれど、とっても凄い能力なんですよね! よっ、流石は『第四位』! 痺れる~~!!」
「ふふん、そうでしょう。私の『原子崩し』は超能力を名乗るに相応しい能力。そこらの低能力者とは比べ物にならな……」
 媚びているものの冗談めいた、『超能力者』に放つ言葉ではなかった事に私は笑みと褒められた事による満足感を覚えるが、聞き捨てならなかった言葉に目を吊り上げる。
 どうやら少し調子に乗らせすぎてしまったみたいね……
「って、ちょっと待てコラ」

 これが二人の最初の出会い
 私が出会った初めての……「  」




<???視点>

『ふぅん、あの少女がかい?』
「は、はい……どうしましょうか?」
『そうだねぇ、本来は『原子崩し』の精神を安定させるためのものだったのに、それをかき乱してはどうしようもないことだが、ね』
「内々に処分してしまいましょうか? 予備の『置き去り』などいくらでもいることですし、予定を狂わす因子は早めに取り除いた方がよいかと思われますが……」
『いやいや待ちたまえよ。確かに予定外の行動をとってしまったという事は認めるが、だからといってそれは早計すぎるさ。何より最低でも『原子崩し』が近くにいる事を許したんだ、これは大きな進歩だよ』
「奴隷として……ですが?」
『それでも、さ。まずは様子見といこうじゃないかね。資源は溢れているといっても限りはある、それを使い潰す場所を見誤ってはいけないよ』
「教授がそう仰られるのでしたら何も問題はありません」
『結構、データを取るのと監視だけは忘れないように、ね。』
「はい、教授」




[24321] 第四話「とある奴隷の日常生活」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/11/20 01:44
「とある奴隷の日常生活(これから)」


 どうしてこうなった……

「早くしなさいよ愚図。荷物はまだまだあるのよ、日が暮れちゃうわ」

 ソファーで寛ぎながらそう言う麦のんの顔は悪魔のような笑みを浮かべており、対する俺はロビーと、これから麦のんと俺が生活する二人部屋を何度も往復している。そして俺の手には大量の荷物(主に衣類)がある。

──荷物は私の部屋に届けなくていいわ、奴隷にやらせるから──

 とか言って麦のんはマダオと、一緒に来ていた引越し業者らしき大人達を追い返した。そしてロビーに運び込まれる大量の荷物類……幸いだったのは家具自体はここの施設で用意するために無かった事であるが、それにしても荷物の量は半端ではない。
 特に施設に入るのに何でこんなに服がいるねん、と言いたいくらい服は多い。しかも一着一着がかなり高そう……っていうか麦のんに「一着でも床に落としたら殺すわよ」、と伝えられているので実際高い物っぽい。

 あ、ちなみに田辺さんは手伝おうとしてくれたんだけど、麦のんはそれすら許してくれませんでしたよ! という訳で俺は何度も何度も部屋を往復するハメになっている。

 ホントね、どうしてこうなったと言いたい。声を大にして叫びたい。精神年齢こそ大学生だけど、肉体年齢はせいぜい小学一年生程度の体にこの重労働は本気できキツイ。腕はプルプル震えてるし、汗も凄い事になっている。正直もう休みたいです……あ、冷静に考えると今俺はフレンダの汗の臭いを直に嗅げてるのか。そう考えるとこれはこれで悪くないような気もするね、不思議!
 ……ん? そういえば俺こんな状況になっても特に違和感なく適応しちゃってるけど、トイレとかお風呂とかの事忘れてた。というか、考えても特に気にならないのは不思議だわ。大人の俺だったらすぐにこれで同人誌一冊描けるね! とか考えそうなモンだったけれど、今は興奮すらしないなぁ。もしかして転生した時の幼女の記憶と混ざっちゃって、女としての生活に慣れる様適応されたのかな? まぁそれならそれで便利だから良いんだけどね。トイレとお風呂でいちいち興奮してたらまともに生活送れないし。
 まぁそんな事よりも今はまだまだ残っている荷物を早く運ばないとなぁ、と軽くため息を吐いて俺はロビーへ向かった。


「ち、ちかれた……」

 そう呟いてドサッ、と自分のベッドに倒れこんだ。反対側の壁際には麦のんのベッドがあり、麦のんはその上に座って呆れた視線を俺に向けている。

「情けないわね、家具とか運ばせなかっただけありがたく思いなさいよ」

 実は俺が荷物運んでる最中とてつもない量の家具が届けられまして、それは流石に業者の人達がやっていってくれましたが、麦のんはそれすら俺にやらせる気だったのか……今麦のんが座ってるベッドなんて俺が寝転んでいる施設の簡易ベッドなんて問題にならない程重厚な作りになっており、この体で運べるものとは到底思えない。他にも年代物っぽい感じがするタンスとか、高価そうな置時計とか目白押しだ。ベッドとぬいぐるみくらいしかない俺の方と比べると、部屋の占有率が物凄い差になっている。
 そこで俺の目に気になる物が写った。ベッドの横に置いてある何か大きな物。多分俺よりも大きいんじゃないかと思われるそれはすっぽり袋に収まっているため何かは分からないが、袋の上から見る感じ固い物ではなさそうな感じだ。そう、何か柔らかくて大きな物が入っている様な感じである。
 俺がそれを訝しげな視線で見つめている事に気がついたのか、麦のんは焦った様子でそれを自分の後ろへと隠した。まぁ大きさ的に全然隠せてないんだけどね。しかしアレは一体何なんじゃろ?

「人の荷物ジロジロ見てんじゃないわよ!」

 怒られた。まぁ確かに人の私物をジロジロ見るなんて良いことじゃないよね。
 しかしこうして見ると、麦のんマジで美人だわ。原作知識で考えると、年齢はフレンダの二、三歳程度しか上じゃないんだろうけど、今の状態でもすげぇ美人。茶色の髪はパーマかけてるのか癖毛なのか分からんけどフワッフワだし、服着てるから細かい所までは分からんけど肌はシミ一つ無い。
 そしてあのおっぱい。けしからん……実にけしからん。フレンダがちっぱいどころか絶壁(年齢考えれば当たり前だけど)なので余計気になるが、小学○年生であれは反則だ。レッドカードで即退場くらい反則だ。一瞬だけ詰め物でもしてんのかとか思ったけど、もし口に出ちゃったら今までにないほどの死亡フラグが立つ気がするので心の中に封印しておこう。
 しっかし麦のんの荷物マジで凄いな……ベッドが重厚とか置時計がどうとか言ったけど、それ以外にも化粧道具っぽいものとか服以外にもアクセサリーとかみたいな小物も大量にあったりする。多分あれ一つで何回も吉○家の牛丼食べられる位の値段がするんだろう。
 こうして考えてみると、麦のんが『置き去り』の施設に住むなんていう理由が益々分かんないなぁ。実家は多分だけどお金持ち、『超能力者』としての莫大な収入とか援助があるだろうに、どうしてこんなせまっちい部屋に住むことになったんだろうか? まぁ『超能力者』の生活なんて一方さんと御坂以外は良く分からないし、あの二人は居候と寮生活だからどこに金かけてるのかも分かりにくいけれども。
 そんな風に考えていると、突然麦のんの置時計がオルゴールの様な音と共に、中に入っている小さい人形が踊り始めた。って、もう七時かい……道理で疲れと共に俺のお腹がハングリーになってしまっている訳だな。

「あら、もうこんな時間。ご飯でも食べましょうか」

 麦のんも態度にこそ示してなかったけど、お腹空いてたらしくすぐに立ち上がって部屋から出て行った。俺も慌てて先に続く。
 先を歩く麦のんの後ろに着いて廊下を歩く。歩幅が違うからなんだけど、麦のん結構足が速いから、この体だと着いていくのが結構大変だ。かといって現状「奴隷」の俺が遅れた日には、麦のんビームが炸裂しないとも限らない。折角生き残ったのに、これ以上馬鹿な真似をして死亡フラグを乱立するわけにいかないのでしっかり後に着いて行く。
 やがて食堂の入り口に辿り着くと、そこで麦のんが立ち止まる。急に立ち止まられた為、俺は麦のんの背中に「わぷっ」、なんていう間抜けな声と共に顔をぶつけてしまった。正直恥ずかしかったので記憶から抹消したいぜ……
 麦のんは入り口のドアに手をかけようともせず、俺にジッと視線を向けている。別に怒ってるとか不機嫌とかそういうんじゃないけど、何か訴えるような? あ、ちょっと不機嫌な感じになった……って、のんびり分析してる場合じゃないよ! む、麦のん俺に何か用なんかな……

「アンタは私の奴隷でしょ? ドア開けるくらい気を回しなさいよ」
 
……あ、そうなの。ドア開けて欲しかったの。まぁ、それ位ならお安い御用だけど。

「はーいなっ、と」
 そう言いながらドアを開けると、麦のんは今の態度が多少気になったらしく顔を顰めて俺を見るが、言うほどの事でもないと判断した様でそのまま食堂へと入っていった。俺もそれに続いて食堂へと入る。
 いやぁ、しかし麦のんの奴隷なんてなっちゃったけど、結構気を張ってないと意外なところで麦のんの逆鱗に触れちゃいそうだな。このドアだって麦のんに言われてやっと気づいたくらいだし、麦のんの行動と目力で何とか理解していかないと……すっげぇ気ィ重いわ。これはもう麦のんに真っ二つにされるか、俺の胃に穴が空くかの競争になるんじゃ……とか考えてると、既に席に座った麦のんがこっち睨んでた。はいはい、俺が用意すればいいんですよね……心の中で反抗させてもらうけど、今の麦のん年下にご飯用意してもらってるダメな人なんだからねっ。
 これ以上待たせると麦のんの怒りが有頂天になりかねないので、少女の記憶に従ってどうやって準備していたのか思い出す。思い出したとおりに冷蔵庫の隣にある棚を空けると、中にはお盆の上に乗った秋刀魚とサラダ、それと漬物(学園都市製サランラップにより完全密封状態)があった。それを出して秋刀魚だけレンジにいれてスイッチを入れる。さてその間に上の棚から茶碗と御椀を「チーン」って早いなオイ! 流石は学園都市のレンジ……均等に温まっている事を確認し、改めて茶碗と御椀を出してご飯と味噌汁をよそう。ちなみに味噌汁は冷えててダメになってるんじゃないのって言いたげなそこの貴方。何とここの施設では、味噌汁はもう一つの炊飯器に入っているので冷える事はないのだよ! ていうか色々やれすぎて炊飯器じゃないだろこれ。黄泉川先生が炊飯器でアレだけの事が出来たのも納得出来るねこれは(色々機能付いてるけど説明すると長いので略)。
 さて準備出来た。というか世界が違っても食べるもの自体は大して変わりはないんだなぁ。禁書目録の世界自体が現実の世界を模してるから当たり前と言えば当たり前なんだけど、これは予想以上に助かる。何せ飯が不味いとそれだけで俺は死ねる自信がある。

「準備できましたよー」
「ん、早く持ってきて」
「はいはい」

 予想通り手伝う気ゼロの麦のんの前に食事を置く。それを見た麦のんが「しょぼっ……」とか言ってた気がするけどスルーして麦のんの対面に自分の食事を置いて座る。んんー、この味噌汁の臭いと秋刀魚の臭いは格別だね。作り置きでも美味しそうに見えてしまう不思議。では早速両手を合わせて。

「いただきます!!」
「はぁ?」

 秋刀魚の身をほぐすように剥がし、上に大根おろしを乗せて醤油をかける。大根おろしと秋刀魚を合わせて口の中に運ぶと、大根おろしの何とも言えない苦味と秋刀魚の旨みが口内に広がった。そのままご飯を咀嚼すると、思わず破顔して呟くように口を開いた。

「うみゃい……!」

 いや、本当に美味しい。作り置きとは思えないほど秋刀魚は生臭くなくて身がふんわりしてるし、ご飯は炊きたてと間違えんばかりの瑞々しさだ。学園都市の技術力なのか、それとも素材の良さなのかはさっぱり分からないが、自分の舌にはベストマッチしていると言える。こんな美味い飯が食えるだなんて『置き去り』も悪くはないね、とか不謹慎な事考えながら食事をする。あ、ちなみに味噌汁も超美味しいです。

「ねぇ」
「ん、ふぁい?」

 と、至福の時間を過ごしてたら麦のんが声をかけてきたでござる。朝から浴び続けてるから分かるけど、今の麦のんは怒ってたりイライラしてる訳じゃなくて何か俺に尋ねたい事がある時の視線だ。だからこそ俺も飯食ったまま暢気に挨拶出来た訳なんです。麦のん怒りモードならここで飯とか全部置いて床に正座してます。負け犬根性万歳。
 そんなおざなりの返事に、麦のんは気にもせず口を開いた。

「アンタ「いただきます」、って言ってたけど」
「それが何か?」
「いや、意味もないのに何でそんな事やってるのかなぁって思ってさ」

 んん? 意味ってそりゃあご飯食べる前には普通言うでしょ。特に大きな意味こそないけど、それは常識って奴じゃないかな麦のんや。
 あ、そういえば麦のん「いただきます」って言ってない。食事には既に手をつけてるみたいだし、どうやら挨拶しないで食べてたらしい。これはいかん、いかんですよ。挨拶っていうのは大事でしてね、それはもうネトゲの世界とか(前にも言ったので省略)とにかく大事なんですよ。それを言えない子供は将来きっと苦労する。これは注意してやらなきゃいかんね。
 かといって、俺がここで注意してどうなるんだ? 何せ俺は麦のんの「奴隷」であり、奴隷からの意見を麦のんが大人しく受け入れるなんて思えない。いや、下手をすると……

──生意気なくたばれビーム──
──アッー(真っ二つ)──

 ……おぉ、こわいこわい。これは下手に口出し出来る問題ではなさそうだわ。だからといって俺は諦めません。ここは違う方向から攻めればいいのですよ。

 題して、「怒って駄目なら褒めて伸ばそう作戦」。

 まぁ、褒めるってゆーか、やんなきゃ駄目! じゃなくて、こうすると良い事あるんだよって言い方に変えるだけなんだけど。よく甥っ子にこうやって言い聞かせてたもんだ。とゆう訳で麦のんを真っ直ぐ見返して、笑顔を浮かべてと。

「それは簡単! こうするともっとご飯美味しくなるからね!」
「へ……?」
「黙ってご飯食べ始めるよりも、明るく挨拶してから食べた方がご飯は美味しくなる! これってば私が何回も続けて出した間違いのない結論なんですよ」

 フフフ、子供ってやつぁ単純なモンさ。甥っ子も最初は中々言う事聞かなかったけど、何度も言い聞かせとけばこれが本当になる事だって信じちゃったもんね。ましてやこれだけ美人のフレンダの笑顔、これで落ちなきゃ人間じゃないね! さぁ、麦のん言うんだ。全身全霊の「いただきます」をな!

「アホらし、そんなんでご飯が美味しくなったら科学なんて言葉はいらないわよ。聞いて損したわ」

 ……ですよねー(泣)


 その後は二人で黙々とご飯を食べ続けました。何かあの会話の後からご飯がしょっぱく感じたけれども、それはきっと塩分多い場所食べてたからですね。決して泣いてないです。
 麦のんは食べ終わってすぐに「片付けておいて。終わったらここで待ってなさい」、って言ってどこか行っちゃった。片付けると言っても、食器は所定の場所に置いておけば朝までに片付けてくれる人がいるので、俺としては特に洗い物したりする必要はない。ぶっちゃけ暇です。
 暇すぎるので、無意味に調味料を綺麗に並べ直してたり、テーブルクロスをきっちりセットしてたりしたら食堂のドアが開いて麦のんが入ってきた。
 その手に握られているのはタオルとかブラシとか、シャンプーっぽい物が入ってる籠など。あー、お風呂入るのね。そういえば俺も荷物運びとかで汗一杯かいたし入りたいな。
 その時、俺は予想だにしなかった一言を麦のんから告げられる事となる。

 シャワーの準備はオッケー。浴槽も洗い直して新しくお湯張りなおした。もう遣り残した事はないはず。
 今の俺は全裸にバスタオル。脱いだときはフレンダの裸に一瞬だけ羞恥心を覚えたけど、それはすぐに霧散した。どうやら想像したとおりらしく、女として生活するに適応してくれているらしい。じゃなきゃ自分の裸も満足に見れないし、これから起こる事なんて死んでも拒否したいレベルかもしれん。

「麦野さーん、もう入ってきてもいいですよ」
「今行くわ」

 そう返答が返ってきた瞬間にガラス戸が開かれ、麦のんが入ってきた。
 うわ、凄い。超凄い。麦のんマジ凄い。
 多分年齢は十歳くらいかそれ以下だと思うけど、明らかに胸が出てる。そりゃ巨乳とは言えないけど、その年齢で出てるというのが凄いレベルだ。というか中学生の御坂よりでかいんじゃないか……?

「ボサッとしてないで、教えた通りやるのよ」
「う……は、はいです」
「何、緊張してるのかにゃーん?」

 緊張というか貴方の体に恐れおののいていると言いますか……とりあえず麦のんのにゃん口調が聞けたのである意味嬉しかったとして、これから背中と頭を洗わせて頂くとですよ。
 何かやけに手触りのいいスポンジに、やたらと高そうなボディソープをつけて泡立てる。おぉ、流石は安物と違って凄い泡が出ますね。それに香りは柑橘系かな? 個人的には凄い好みの臭いかも。

「変に緊張しなくていいわよ。でも丁寧にやりなさい」
「で、では失礼して……」

 目の前に座る麦のんの背中へと手を伸ばし、スポンジでゆっくりとこする。麦のんの体がピクン、と跳ねるのを見てこちらの動きもぎこちなくなってしまう。ぶっちゃけ興奮してるんじゃなくて、失敗するのが怖いので慎重になってしまってるだけなんだけど。
 でも麦のんマジで肌綺麗です。さっきも言ったけど、服の下もシミ一つないまさしく絹のような肌ですね。

「んっ、もっと強くしてもいいよ」
「えっと……こんな感じでしょうか?」
「あ……そうそう、いい感じよ」

 さっきより力を込めて擦ると、麦のんが満足そうな声を上げてくれました。
 やばい、これ慣れると結構楽しいかも? 奉仕精神とか別に関係ないとか思ってたけど、相手が喜んでくれるとかなり嬉しい。これは意外とやみつきになってしまうのかも分からんね。

「あわわ~~、あわあわわ~~♪」
「ふふっ、何よその歌。変なの」

 つい気分が良くなって即興の歌を歌ってたら、麦のんが笑顔で返してくれた。今日一番の笑顔を見て、俺の気分はますます良くなる。

「だって洗うの楽しいんですもーん」
「あら、殊勝な言葉ね。褒めてあげるわ」
「にひひ。どーもどーも」

 やべっ、楽しすぎる。「奴隷」とかそういうの関係なく、こういった仕事なら別に苦にもならない気がするし、麦のんとも警戒なく話せてる。俺ってばこういう仕事向いてたのかも知れないなぁ。まぁ男でこんな仕事ないだろうし、女でもその……かなり特殊な仕事だろうけれども。
 そうこうしてる内に背中は擦り終わったので、シャワーで泡を流す。個人的に至福の時間だったので、終わるとちょっと寂しい。で、麦のんが正面を自分で洗っている間に、俺は自分の体を急いで洗う。起伏なさすぎてちょっと悲しくなったけど、まぁこれからだよね! 原作見る限りでは希望そんなにないけど。な、泣いてないからっ。

「そっち終わった?」
「あとは流すだけです」
「そ、じゃあ次は頭お願いね」

 うおぉ、キタキタぁぁぁぁ! 麦のんの髪に合法的に触る事が出来る時間……洗髪タイムの始まりだぜー。さっきまではメンドクサイなぁ、とか麦のんの髪に触るの怖いなぁ、とか思ったけれど、今の俺は違う。先程の背中流しで何かに目覚めかけている俺にとっては、洗髪は逆に楽しみで仕方がなかったんだ。さて、麦のんよ……覚悟はよいな?
下を向いた麦のんに対して、熱すぎないように自分の手で温度を確認してからシャワーで髪を濡らす。均等に濡れた事を確認して、麦のんが持ってきたシャンプーを出した。ボディソープと同じくやたらと高そうなシャンプーだわ。
 両手で軽く泡立ててから、ゆっくりと麦のんの頭へ手を運ぶ。頭皮を揉むように動かし、優しく髪を撫でて洗っていく。髪の毛が長い分、かなり気を使いながら洗わないと危なそうだ。パーマもかかってるし、髪に引搔けないようにしないとね。

「そこもうちょっと強く……」
「はいはい」
「んっ! いい感じよ」

 ……これはやばい。楽しい、そしてエ ロ イ。女の子に興奮なんてしないとかさっき言ってたけど、わりぃな、ありゃあ嘘だ。まぁ性的な興奮とかそういうのじゃないけど、何かドキドキしてしまう感じだ。楽しくなってゴシゴシと一心不乱に頭を洗っていくうちに、麦のんもリラックスしきっているのか何も言わなくなって俺に身を任せている。

「かゆいトコはないですかー?」
「んぅ、ない……」
「いい感じですかー?」
「(コクコク)」

 うほっ、とうとう声じゃなくて仕草で返ってきた。麦のんの新しい一面を垣間見た気がするわぁ……可愛すぎだろ。まぁこのミニ麦のんは、初見からまだ一日も経ってないんですけどね。
 とと、そろそろいいかな。

「じゃあ流しますよ、目ぇ閉じてて下さいね」

 頭をマッサージするようにしながらお湯をかける。泡が次々と流されてゆき、麦のんの艶やかな髪が再度目の前に降臨した。洗う前も凄い綺麗だったけど、洗い終えた髪は更に輝きを増し、ふんわり漂うシャンプーの香りと相まって見た目以上の美しさを放出している。
 手元にあったタオルで麦のんの髪を撫でるように拭き、終わったらそれを渡す。麦のんはそれで顔を拭くと、満足気な表情で俺に視線を向けた。

「中々やるじゃない。初めてにしては上出来だったわよ」

 うっひょぉぉぉう! お褒めの言葉を頂いたわ。荷物運びから飯の間まで一回たりとも褒められた事なかったけど、これ超嬉しいよ。
 麦のんが小躍りする俺に呆れた視線を向け、溜息を吐く。だが今の俺にはそんなの関係ないね! 今の俺のテンションならば『一方通行』にだって負けはしないさ。気分だけね

「あのさ、そんなに褒められたのが嬉しい訳?」

 その言葉に対し、俺はテンションそのままの笑顔を浮かべる。

「当然っ! すっごい嬉しいって訳よ!」

 ついフレンダの口調を真似て返答してしまった。まぁこの高揚している状態でシラフになるのは無理無理です。麦のんも呆れてるのか苦笑してるだけで怒らないので、このままで良いよね? いや、いいはずです。


 ボーッとしたまま暗くなった部屋で天井を見やる。ふと反対側の壁に視線を向けると、そこには熟睡してる麦のんがいる。
 あの後は軽く風呂に入って体を暖めて上がり、麦のんの髪を乾かして部屋へと戻った。ちなみに麦のん髪乾かすのも時間かかったけど、その後の化粧? っぽい事でも結構時間かかりました。お陰でもう十二時過ぎてます。
 眠い頭のまま今後の事を考える。とりあえずこの世界に来てしまったのは仕方ないことなので、フレンダとして生き延びていく方法は勿論だが、とりあえず『置き去り』の自分には色々生きていきにくい世界なのは間違いないだろう。まぁこれは後々考えていくとして、当面の問題は目の前の麦のん、そして『アイテム』。
 暗部に飲み込まれることだけは絶対回避したいので、これは麦のんとの関係を注意していかないとなぁ。と考えている間に、瞼がどんどん閉じていく。睡魔さん空気読んで下さいとか思うが、そんなのお構いなしに視界はブラックアウトしていく。
 まぁ、麦のんの世話も楽しかったし……しばらくはこんな関係もいいかもなぁ。なんて考えながら、俺の意識はゆっくりと閉ざされていった。
 こうして、俺の「フレンダ」としての初めての日が終わった。




[24321] 第五話「今日も元気に奉仕日和」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/11/20 22:23
「今日も元気に奉仕日和」


「次はアレやっといて」
「はいはい」
「終わったらそれ持ってきて。ついでに準備もお願い」
「ほいほい」
「あ、次は……」
「化粧品の補充なら、さっき終わらせておきましたー」
「ん、上出来よ」
 
 どうもお久しぶりです。月日が経つのは早いもので、麦のんと出会ってから一カ月が経ちました。その間に仕事を失敗したり、麦のんの逆鱗に触れかけた事が何度かありましたが、何とか乗り切ってここまできてます。
 ちなみに俺はまだ「奴隷」から抜け出せそうにありません。というか、この施設にいる時の麦のんは自分で何もしてないです。端から見ると年下の小学生を顎でこき使ってるダメな上級生ですが、麦のん特に気にしてる様子はなさそう。意見出来ないでズルズルやってる俺の責任かもしれないが。でも日本人って基本的に自分から意見言えないし、これでいいよね?
 ちなみにそれが楽しくない訳ではない。最初のお風呂から思ってた事なんだけど、俺ってば人の役に立つとか奉仕する事が楽しくて仕方ない。麦のんはそういった人間を躊躇なく使えるタイプの人間みたいなので、どうやら物凄く相性がいいのかもしれないね。
 しかし何で奉仕活動が楽しいとか思うようになったんかなー。ぶっちゃけて言うと俺だった頃はタダ働きなんて嫌いだったし、人に喜ばれてもそんなに喜ぶような性格してなかったと思うんだけどなぁ。もしかしてフレンダが人に尽くすタイプだったのかも……ねーよw

「じゃあ、私は出掛けてくるから。部屋の掃除と、帰ってくる頃にお風呂の準備出来てる様にしておくのよ」
「りょーかいです」
「……その気の抜ける言葉づかいを何とかすれば、「奴隷」から「手下」くらいには昇格させてあげてもいいんだけど?」
「にひひひ。残念ながらこの態度は生まれつきなので無理でぃす♪ それに今の立場、結構気に入ってるから言っても無駄ですよー」
「あぁ、はいはい。この問答も飽きたわね、この奴隷生活好きのドM野郎」
「ありがとうございますッッッ!」

 麦のん、俺の仕事は結構気に入ってくれているらしいんだけど、どうやらこの軽い口調が気に入らないらしい。何でも『超能力者』の近くにいるのには相応しくない言葉づかいだとか、自分の傍にいるにはもっと優雅に、とか言ってた。
 無理です、真面目にずーっとやってたら体が持ちません。なんだかんだで麦のんと緊張しないで会話できるのは、その場の空気が弛緩している状態だから。原作見てたら分かると思うけど、普段の麦のんはお嬢様気質と高飛車な事を除けば結構まともだ。
 対して不機嫌モード(別名ターミネーターモード)の麦のんは本気でやばい。一回外出して帰ってきた麦のんを玄関に迎えに行ったら、滅茶苦茶不機嫌……というか目が合った相手殺しかねない程の殺気を放った麦のんがいた時がありまして、その時は麦のんの姿を確認した瞬間に土下座してた。催眠術とかそんなチャチなもんじゃなくて、精神的に土下座してた。
 という訳で空気を柔らかーくするためにも、今の口調は外せないし外す気もない。ちなみに麦のんに罵られて嬉しいわけじゃないから、絶対だから、本当だから。

「まぁ、この話はまた今度にしましょ。じゃ、行ってくるわ」
「いってらっしゃーい」

 出掛ける麦のんを玄関先で見送り、俺は施設内へと戻る。
 麦のんはこうして三日おきくらいのペースでどこかに出かけている。いつも施設の前に来る黒い車に乗って行ってるから……まぁ、間違いなく能力関係の研究所だろうね。現状『学園都市』にいる『超能力者』はたったの三人。『一方通行』、『未元物質』、『原子崩し』だけだし、むしろ三日に一回しか研究所に行かない時点でおかしいよね。確かに他の二名は別格中の別格だけれども。
 まぁ小難しい事はさておき、麦のんがいないって事は実質的に休みも当然なのであるよ。掃除はそんなに時間かからないし、お風呂の準備は七時くらいにやっておけば間に合うしね。ふふふ、さてと……

「ごめんなさい、暇なんです」

 寂しくて独り言を言ってしまいました。
はい、そうなんです。俺って普段の生活では麦のんを中心に活動しているためか、休みといってもやることないんですよね。麦のんがいる時ならこの時間帯はマッサージしてたり、ごろごろしている麦のんの横で掃除してたりするんですよ。特に何か頼まれていなくても、とりあえずは麦のんの近くにはいるしね。
 ……あれ? この一カ月という期間で、いつの間にか奴隷としての生活が基本になってる。も、もしやこれが麦のんの狙いなのか! いかん、いかんですよこれは。折角の休みなんだから自分の好きな事してやるんじゃーい。え、えーと……確かこの時間帯に出来ることといえば……

「あれだ、あれしかないな」

 そう呟いて、俺はロビーを後にした。


「で、ここに来たの?」
「はいです、暇なので」

 今俺がいるのは食堂。目の前には蛙……ってこれゲコ太やん。ま、まぁゲコ太の刺繍がされているエプロンを身にまとった田辺さん。そしてその手には包丁が握られている。あとは……分かるな?
 はい、殺人事件の現場です。嘘です、台所で田辺さんが俺達の食事を作ってくれるところに俺が現れたわけです。
 
 そう、俺はこの暇な時間を利用して料理の練習をする気マンマンなのであーる。
 将来的にも料理の腕は大事だろうし、単純に自分が美味しいもの食べたいからってのもある。施設の中にいると自分が料理する機会もないから無駄かもしれないけど、別に暇なら練習したって問題ないしね。畜生、テレビゲームが欲しいです。

「でもフレンダちゃん、いつも麦野ちゃんの相手してて疲れてるでしょ? 今は麦野ちゃんもいないんだし、ゆっくり休んでてもいいのよ」

 ……田辺さん優しすぎだろ。いっつも扱き使われてる身としては、こういう言葉をかけてもらうと逆に返答に困る。大人の田辺さんにこういう声かけられるのは、麦のんのお世話してる時とは違う嬉しさと気恥ずかしさがある。
 うわぁ、やばい。すんごい顔が熱い。

「いや、いつも何かやってるから休みって言われても困るんです。それなら大きくなってから困らないように、今のうちに料理練習しておきたいなーって思いまして」
「そう……、本当に大丈夫なの?」
「はい! 体力だけは有り余ってるし、楽しいことならいつまでも出来ます!」
 にひひひひ。と笑みを浮かべながら田辺さんにそう返すと、軽く微笑んでくれました。うおぉ、いつも見てるから知ってたけど、田辺さんも超美人だな。麦のんとはまた違う方向性の美人だけど、見ていて暖かくなる感じの笑顔に、俺のハートがブレイクしちゃいそうだぜ。

「分かったわ。包丁を使ったりするのは危ないから……そこにあるジャガイモの皮を剥いてくれるかしら?」

 そう言いながらピーラーを俺に渡す田辺さん。うーむ、これじ料理の練習にならないんだが……ちなみに俺自身料理は少しなら出来る感じです。包丁で野菜の皮剥きくらいなら簡単に出来るけど、複雑な料理とかは出来ない感じかな。なのでピーラーじゃなくて包丁貸して欲しいッス。
 まぁこんな小学生に包丁渡すとか、それこそどうなの? って感じはするので受け取るとしましう。料理の練習はまた今度かな。
 ショリショリショーリ、と次々にジャガイモを剥いていく。田辺さんはこっちの方をチラチラ確認しながら料理してるけど、そんなに気にしなくても大丈夫ですよー。と目で訴えた。すると田辺さんはバツが悪そうな表情で視線を外す。
 んー、何か田辺さんの態度がおかしいわ。普段はもっと明るい感じなのに、今日に限ってネガティブな感じになっちゃってる。もしかして俺が料理手伝いたいとか言ったからか? って言っても特に変なことでもないよなー……

「ねぇ、フレンダちゃん……」
「ん、はい?」

 などと思案していたら、田辺さんが話しかけてきたでござるの巻。

「聞きたい事があるの、今まで聞けなかったんだけど……」

 んん、何か深刻そうな顔してるな。ここは空気を読んで俺も真面目な顔をして田辺さんの顔を見る。田辺さんはこっちに視線を向けてなくて、かき混ぜてる鍋を見たまま口を開いた。

「今、楽しい?」
「え……」
「答えて」

 うぉ、田辺さん怖っ! 今の「答えて」、はマジで震えが走るくらい冷たい一言でしたよ……麦のんの逆鱗に触れない様に気を使ってたら、いつの間にか田辺さんの怒りを買うとか一体どういうことなの……? それに怒られる理由が分かんないし、どう返したらいいものか分からん。下手な答え返して田辺さんに嫌われちゃったら俺の癒し成分がなくなってしまうので、ここは慎重にならないといかんかも。んーと、まぁ……

「楽しいですよ」

 シンプル・イズ・ザ・ベスト、変に緊張した言葉じゃなくて自分の気持ちを大事にして伝えてみた。まぁ、今結構楽しいし、嘘はついてない。
 でもその言葉を聞いた田辺さん、辛そうな表情で俺の方に視線を向けてきました。理由は分からないけど、今の言葉に何か不満点があったのかしら?
 ……あー、もしかして麦のんに扱き使われてる俺の事心配してくれたんかな? 端から見ると麦のんが俺の事をいぢめてる様に見えるし、実際「奴隷」だから見てる方は何か感じるものがあるのかもしれん。急に聞いてきたのも、普段は麦のんと一緒にいる俺から聞けなかったと考えられるしね。
 確かに今の立場は望んだものじゃないけど、別に俺は気にしてないんだけどなぁ。確かに最終目標は暗部に落ちず、そして『アイテム』に入らない事だけれども、今は結構楽しいからしばらくこのままでもいいよなーとか思ってるしね。

「田辺さん」
「何、かしら……」
「心配してくれてありがと」
「……ッ」

 うん、実際俺の事気にかけてくれる人っていないんだ。麦のんは優しい時とかは気遣ってくれるけど、肉親はいないし、麦のんと一緒にいるせいか分からんがこの施設の子供達とは交流も少ないんですよね。記憶に残ってる限り、フレンダがこの施設に来たのはそんなに昔の事じゃないみたいで友達がいなかったみたい。まぁ、大学生の精神年齢でおままごととか誘われても困るけどね、しかも俺は男だし。
 だから田辺さんが気にかけてくれるのは嬉しい。それに辛気臭い雰囲気って好きじゃないしね、ご飯も不味くなるし。俺にとってご飯は「フレンダちゃん!」って、わぷっ!?

「……」ギュゥ
「た、田辺さん……?」

 と、突如田辺さんが俺に抱きついてきたでござる! 結構な力で抱きしめられてるみたいで、結構苦しい。そ、それにあのですね……お、おっぱいが当たってるのですが。そんなに大きくないけど、はっきりと分かる位大きいおっぱいが俺の顔に当てられています。これは不味いです、主に俺の下半身的な意味で……ってもうないんでした。
 っていうか、どうしてこうなった。何、田辺さん俺と麦のんの関係についてそんなに気にしてたの?
 って、イタタタ! 田辺さん力強っ!

「た、田辺さん……ちょっと痛い」
「あ……ご、ごめんね」

 ふぅぅ、ようやく解放されたわ。いやーびっくり&ドキドキした。もうフレンダになって一カ月経ってるけど、未だに肉体的な接触だけは慣れないな。見るだけなら麦のんの入浴手伝ってるから完全に慣れちゃったんだけど、未だに触る時は緊張するんだよね。これもいつか克服したい。

「ごめんねフレンダちゃん。大丈夫?」
「へーきへーき。逆に嬉しかったですよ」

 うん、嬉しかったです。ラッキースケベ的な意味と、大人の女性に抱きしめられるという一つの夢を実現出来たので大満足。

「フレンダちゃん……」
「はい?」
「私は、貴方の味方だから。いつでも頼って」
「うん? あ、はい……」

 田辺さん、穏やかな顔していきなりどうしたんだろ? まぁ、さっきのギスギスした感じより遥かにマシだし、万事おっけーかな。そして田辺さん、そう言うのであれば……

「じゃあ早速やりたい事があるんですけど……」
「ん、なぁに?」
「後で料理の練習に付き合ってほしいな」

にひひ、と笑いながらそう言うと、田辺さんも釣られるように微笑んでくれた。ほんま天使の様な笑顔やでぇ。


「ただいま」
「おかえりなさーい」
 玄関に入ってきた麦のんを出迎える。多少疲れた様子の麦のんはいつも通りに手荷物を俺に渡して先へ進んでいく。遅れると怒られるので、その後ろにぴったりと着いていくのです。

「あ゛ー、疲れた。とりあえずご飯食べたいから食堂行くわよ」

 相変わらず俺の意見は聞かずに食堂に行く麦のんですが、いつもの光景なので気にしないぜ。それに今日は食堂に行ってもらうのが好都合なのさ。
 食堂に着いた麦のんはいつもの席に座り、一つ欠伸をして口を開く。

「お腹が空いたぞ私はー。準備早く早く」
「ういうい、了解ですよー」

 こうして手伝わないのもいつも通りです。このダメ麦のんめっ。いつもの事ですけどね。ではこれとこれをお盆に乗せてっと……

「はい、どうぞ~♪」
「ありがと、……って今日はおにぎりなの? 珍しいわね」
「でしょ~? ささっ、食べて食べて」
「言われなくても食べるわよ」

 そう言って麦のんがおにぎりを口に運ぶ。俺としては若干緊張してしまってる訳でして……麦のんはそのまま咀嚼して飲み込み、次はおかずの卵焼きに箸を伸ばした。それも咀嚼し、次々と胃の中に納めていく。最後のおにぎり食べ終わり、お茶を飲んで一言。

「今日の卵焼き、いつもより甘いわ。味変えたのかしらね?」
「お、美味しかった……?」
「ん? まぁ不味くはないわよ」
「お、おにぎりは?」
「塩をもうちょっと多くして欲しかったわね、あと中身はシャケで。というか何? 何でそんなに聞いてくるのよ」
「あ、いやぁ……」

 うむむ……いざ言うのは何か勇気がいるな。まぁ、悪い評価でもなかったしいいか。

「実はこれ、私が作ったんです」
「……へ?」
「時間があったから料理の練習がしたくて、田辺さんに頼んでやらせてもらいました」
 
 はい、今日のおにぎりと卵焼きは私が作りました。あの後田辺さん監修の元、俺は料理の練習をしたのです。包丁は使わせてもらえなかったから簡単な物しか出来なかったけどね。ちなみに最初はおにぎりの中身をシャケにしたかったんだけど、焼いたシャケをこの為だけに用意させてもらうのは気が引けたので、仕方なく梅干しにしてある。
 ちなみに私が作った物を麦のんに食べさせようと言ったのは田辺さんです。最初は乗り気じゃなかったんだけど、田辺さんの楽しそうな顔見てたらやる気が出ちゃったんですよね。あの笑顔は魔性だわ……
 しかし、こうして見ると貧相なメニューだわ。麦のんは普段の食事でも「しょぼい」とか「ヘボい」だの評価が酷いからな……俺が作って用意したのって、結局おにぎりと卵焼きだけだし。

「あはは、すみません……次からは自重するようにしま」
「何でもっと早く言わないのよ!」

 うぉ! びっくりした。麦のんどうしたの。

「食べ終わったときに言わないで、食べ始める時に言いなさいよ!」
「え? 何で?」
「知ってたら、もっと味わって食べたわよ!」

 そう言った瞬間、麦のんの表情が「しまった!」、と言いたげな物に変わり、頬を赤く染めて机に突っ伏した。俺としては何でそんなことやってんのか、意味が分からないんだけれども。
 しばらくその体勢でいた麦のんだったけど、しばらくして落ち着いたのかゆっくりと顔を上げて溜息を吐いた。

「ていうか、アンタ料理出来たの?」
「いや、出来るって程ではないんです。簡単な物なら出来ますけど……」
「ふーん」

 少なくとも麦のンよりは出来ますゥ、とか某超能力者の真似しようかと思ったけど無理です。やったら死にます。
 そんな俺の葛藤など気にもせず、麦のんは何やらブツブツ呟いております。ブツブツ呟いて目を充血させてる麦のんマジ悪魔……とか考えてたら、麦のん突然ニヤリと微笑みました。その顔が怖くてちょっと体震えたのは内緒です。

「決めたっ、アンタ明日から私のお弁当作りなさい」

 へ? 何故にwhy?

「う、煩いわね。アンタの料理練習手伝ってやろうと思ったの。何度も作っていれば上達するでしょうが」
「うーん、まぁ確かに?」
「そうよ。だから明日の朝からよろしくね」
「でも私、包丁とか使わせてもらえなかったんですけど……」
「何とかしなさい」

 Oh……何という理不尽なご命令。ここで突っぱねるのが普通の対応なんだけど、相手は麦のんだから何されるか分からないしなぁ。
 まぁ俺も料理の練習したかったし、フレンダになってから誰かに奉仕するの楽しいし、別にいいかな。包丁は田辺さんに頼んで何とかするとして、朝早起きするのがしんどい。元々料理得意って訳でもないからレパートリー増やさんといかん。色々問題は山積みだなぁ。

「ふう、分かりました。明日から頑張らせていただまきまふ」
「ふふっ、よろしい」

 まぁ……
 こんな嬉しそうな顔見れたから報酬と考えておきましょうかね。


おまけ

「よしっ、ご飯も食べたからお風呂ね。用意してフレンダ」
「……あ」
「? 何、どしたの」
「いや、その、えーと……何と言いますか」
「もったいぶらないで言いなさい」
「いや、ご飯作るのに夢中になってたら……」
「……なってたら?」
「お風呂準備するの忘れてた(テヘッ」
「……」
「……(ガタガタ」
「お 仕 置 き か く て い ね」
「ちょ、ちょっと待って話せば分かあばばばばばばば」





[24321] 第六話「ルート確定余裕でした」
Name: カニカマ◆b465aa7c ID:500ae757
Date: 2010/11/21 19:04
「ルート確定余裕でした」



「ゆ~きやこんこ、あられやこんこ、降っては降ってはズンズン積もるっ♪」
 口ずさみながら卵をかきまぜ、黄身と白身がいい具合に混ぜ合わさったら塩と砂糖で下味をつける。それを油のしいた卵焼き用フライパンに流し、弱火でじっくりと火を通して行く。くるくると回して丸め、その作業を何度か繰り返すと……

「卵焼きかんせーい。今日のお弁当はこんなモンかな?」

 シャケフレークをまぶしたおにぎり、卵焼きといつも通りのメニュー以外にハンバーグ(豆腐入り)、ポテトサラダにデザートはイチゴといった物。何度も思ってる事なんだけど、俺が作ったこんな弁当よりも、一回麦のんに見せてもらった研究所で支給される一折三千五百円の高級幕の内弁当の方が絶対美味しいと思うんだよね。中身も色々高級食材使ってたし、食べてみたかったわ。
 そう考えながら窓の方を見ると、外ではチラチラと白い物体が降っている。
 
 そう、学園都市はもう既に冬です。催眠術とか(ry

 麦のんに弁当作りを指示されてから、既に半年近く経ってます。俺としてはまだ大した時間が経ってない様に感じてたんだけど、思うほか料理とか雑用が楽しくて時間が過ぎるのが早く感じちゃったみたい。
 まぁ、楽しい理由としてはまだ他にもあるんだけど……っとと、来たな。

「フレンダおねえちゃーん」
「今日は何作ったの?」
「卵焼き、ハンバーグ、ポテトサラダにおにぎりですYO」
「「美味しそう!」」

 この子達は同じ施設にいる幼稚園児なんですけど、俺が料理を始めてしばらくしてからこの施設に入ってきた子達です。まぁ言うまでもなく『置き去り』で、来た当初は物凄いネガティブ状態になってた子達。まぁ普通に考えたら、親に捨てられて嬉しい子供なんていない訳だし当然ですが。
 まぁ、田辺さんがいつも見ている訳にはいかないし、食堂とかロビーの隅っこで俯いてる姿を見てたら飯作るときに何か嫌な感じになってしまうので、俺が面倒見る事が多くなっちゃったんですよね。というか、他の子供達は学校とか幼稚園行ってるから、必然的にいつも施設内にいて麦のんの為に働いている時以外暇な俺が相手してあげてただけなんです。そしたら懐かれちゃった☆

「ねぇ、フレンダおねえちゃん……」
「食べていい?」
「い~よ、そこに分けてある奴食べてねー」
「「うん!!」」

 嬉しそうに皿に分けてあるハンバーグとポテトサラダを食べる光景は、マジで微笑ましいわぁ。何かアレ、ホラ、雛に餌付けする親鳥の気分になってる。ていうか俺も小学生なんですけどね……
 あ、ちなみに俺の正確な年齢が判明しました。五、六歳とか好き勝手言ってたけど、スマン、ありゃあ嘘だ……正確にはあと少しで九歳。
 そう、今八歳なんですよね。見た目かなりロリだから、相当幼女と勘違いこいてた……ちなみに麦のんは俺の三つ上、つまり十一歳です。この歳なら我儘ボディなのも理解出来ますね。フレンダの歳から考えてたから八、九歳じゃないかなーと勘違いしてたわ。まぁ許してくれ麦のん、年上に見なかっただけでも良いよね。と、俺が一人問答してたらガチャリと開くドア。そこから現れたのは眠そうな顔をした我らが女帝、麦のんです。フラフラと幽鬼の様にいつもの席まで歩いていくと、ボーっとしたままそこに座った。

「レイちゃん、陸君がお弁当に手を出さない様にちょっとだけ見張ってて」
「はーい」
「おれはそんなことしないよ!?」

 レイちゃんが女の子の方、陸君がもう一人の男の子です。ていうかレイちゃん素で返すとかマジドS……まぁ、陸君前科あるから当然か。ハハッ、ワロス。
 まぁお弁当の安全はレイちゃんに任せるとして、俺はブラシを持って麦のんの元へ向かう。座ってる麦のんの後ろに立ち、その髪に手を伸ばす。

「麦野さーん? 髪とかすよー」
「……んぅー? やって」

 寝ぼけたまま麦のんがそう言ったので、お許しが出た俺は髪にブラシを通していく。
 これも増えた仕事の一つ。いつもギリギリにならないと布団から起きてこない低血圧全開の麦のんなんだけど、俺が弁当の為に早起きするようになってしばらくして、弁当を作り終える頃に起きてくるようになったんだよね。最初はただ偶然目を覚ましただけだと思ってたからスルーしてたんだけど、それが三日くらい続いたら頭叩かれました。理不尽です。
 それから俺の仕事にブラッシングという仕事が入った訳なのであります。というか仕事増えすぎなので、一日は結構忙しい。掃除しながらレイちゃんや陸君の相手をするのは大変じゃないの? っていう心配はしなくてもおk。何故なら最近になってレイちゃん陸君共に幼稚園に通い始めたからね。本当来た時と比べて別人のように明るくなってて個人的には嬉しいです。

「はい、終わりっ」
「御苦労様」

 そして髪をとかし終えるのと同時に、麦のんもしっかり目を覚ます。これもいつもの光景。

「麦野ねえちゃんおはよう!」
「おはよーおねえちゃん」
「ん、おはよ」

 レイちゃんと陸君にそう返し、麦のんはマイバッグから化粧品を取り出して身支度を始めた。この間に俺は麦のんの朝御飯を用意し、ついでにレイちゃん達の分も用意する。
 え? さっきレイちゃんと陸君食べてたじゃんって? 小さい子の食欲舐めたらイカンよ、アレはせいぜいつまみ食い程度にしかなってないので、ちゃんと施設が用意した朝御飯も食べてもらうのですよ。朝しっかり御飯食べないと体の目が覚めないとも言うしね。だから皆もきちんと御飯食べてね!
 棚から御飯出して、おかずをレンジに入れてスイッチオン。その間に「チーン」……くそっ、毎度思うがこのレンジ早すぎるだろ。その間に用意する手段が取れねぇ……こうして見てるとレンジが「どやっ?」、っと言っている気がして腹が立つので、とりあえず三人分御飯と味噌汁よそい、お盆に乗せてテーブルへと運ぶ。
 ちなみにその間、レイちゃんはテーブル拭き、陸君は箸やコップを出し、麦のんはお化粧してました。こ、この御方大物すぎる……いつものことでした。

「はい、じゃあ皆テーブルについてー」
「はーい」
「はい」
「ん」

 麦のんも化粧を終えたらしく、バッグに物しまって姿勢を正す。全員が座ったところを確認し、俺は両手を合わせた。それに合わせて他の三人もしっかり(約一名渋々)と両手を合わせる。

「「「「いただきます(……)!!!」」」」

 もう、麦のんは相変わらずノリが悪いわ。他の二人は元気よくやってるのに、麦のんはいつも通り仕方なくやってる感じだね。前に比べたらこれでもかなりマシになったんだけど、前は全くやってくれなかったし。

「野菜も残さずにね」
「はーい」
「う……はい」
「麦野さん、どさくさに紛れてピーマンよけないで下さいよ」
「やらないわよ!」
 
 いや、前科アリだから言ったんだけどね。ピーマン嫌いで涙目になる麦のん、超可愛かったです。脳内フォルダに保存してあります。
 まあ、俺の一日は大体こんな感じで始まります。そして麦のん出かけたら玄関まで見送り、レイちゃん達二人の用意を手伝い、迎えに来る幼稚園バスに乗せて終了する。後は帰ってくるまで掃除やら、麦のんの指示により晩御飯に私が作った物を何か一品用意しなきゃいけないので、それの用意。帰ってくるまでお風呂を準備しておくなど地味に忙しい。ていうかこれ主婦じゃね?
 まぁ、今日も一日頑張りましょうかねー。



 さーて、麦のんは研究所行ったし、レイちゃん陸君も幼稚園バスに乗せた。後は適当に休憩しつつ、自分の仕事もこなしていくだけなのですよ。さーてまずは……

「あ、いたいた。フレンダちゃん、ちょっといい?」

 おや、田辺さんが俺に用事があるようで、小走りで近寄ってきたでござる。

「何かあったんですか?」

 建前上聞くけど、田辺さんの表情が切羽詰まってない時はそんなに急ぐ用事でもないのは知ってるので、のんびりと尋ねる。ちなみに田辺さんが切羽詰まってた時は、レイちゃん陸君の様子を見てほしいと言った時かな。アレは本当に辛そうな顔してて、こっちが申し訳ない気分になっちゃったからね。
 そんな俺に、田辺さんはニコッと笑いながら口を開く。

「もうすぐクリスマスだから、フレンダちゃんにもパーティで何をやりたいのか聞こうと思ってね」
「……あ、そういえばそうですね」

 そう、もう十二月も半ばを超えてそろそろクリスマスの時期がやってきていました。東北生まれの俺としてはもっと雪が積もってないと十二月って感じがしないから、本気で気づいてなかったわ。
 というかパーティやるんだ。まぁ数少ない行事の一つだし、ケーキの一つでも買ってお祝いするんでしょう。ケーキ、ケーキねぇ……

「ん~、私は特にないので、参加して楽しめればそれでいいです」
「うん……もっと我儘言っても大丈夫なんだけど、本当に良いの?」
「のーぷろぶれむですよ」

 大人の俺が我儘とか言って田辺さん、他従業員の方々を困らせる訳にはいかんしね。あ、ちなみに他に働いてる人達との関係は良好ですよ。
 それにしてもクリスマスパーティかぁ。俺の家だとケン○ッキー買ってきたり、ピザ食ったりしてたけど、本来はキリスト教の祭日みたいなもんだったっけ? まこういう文化も柔軟に取り入れるのが日本の良いとこではあるんだけどね。

「フレンダちゃん、麦野ちゃんにもこの事伝えておいてくれる?」
「おけおけ、任せておいて下さい~」

 そう言って田辺さんは仕事に戻って行った。
 さて、俺も自分の仕事やっておかないとな。



「無理」
「え、何で?」

 帰ってきた麦のんにいつも通り御飯の準備(俺の一品はきんぴらごぼうです)をし、それを食べている姿を見ながらクリスマスパーティの事を言ったら、麦のん無理とか言ってる。これはまさしくどういうことなの……?

「パーティは何時から?」
「ん、多分四時くらいかな? ……あ」
「気付いたみたいね。私が帰ってくる時間考えたら間に合わないでしょ」

 麦のんそういえば最近どんどん帰ってくる時間遅くなってるんだよね。前は六時くらいには帰ってきてたのに、今は八時過ぎるのが当たり前なくらいだ。どうやっても施設が行うパーティに間に合うとは思えない。まさか麦のんの為に時間遅らせて欲しいなんて言えないしなぁ。
 そして麦のん、飯食い始めた時は普通だったのに、どんどん不機嫌になっていっています。これは不味いね、久しぶりに見たよこんな麦のん。最近は安定してたのに、どうしたの~麦のん、落ち着いてくれい。

「落ち着いてるわ」

 ……やっぱり怒ってるな。んんー参加出来なくてイライラするなら分かるんだけど、何故怒るし? さっぱり分からん。

「あの、麦野さん……?」
「煩いわね、参加したければすればいいじゃないの」
「え?」
「いちいち私に許可取る必要はないわ。勝手に参加して楽しんでくればいいじゃない」

 うわあああ、怖いよおおお。不機嫌になるの久しぶりとか言いましたけど、これは今までで一番機嫌が悪いのかも知れない。え、何なの? そんなに参加出来ないのが嫌だったの? 麦のん見た目に合わず子供っぽい駄々をこねちゃあかんよ……

「でも、麦野さん……」
「しつこい!」

 うぉ!? 麦のんキレたか、やばい!

「あぁぁぁぁ、煩い! 勝手にしろって言ってんだろうが! しつけぇんだよ!」
「え、えっと……?」
「寝る! しばらく手前ェの顔見たくねぇ。部屋に入ってくるんじゃねぇぞ」
「お風呂は……?」
「しばらく顔も見たくないって言っただろうが……殺されたいの?」

 そう言い捨てて麦のんは食堂を出て行ってしまった。
 うひぃ、怖かったぁ……あんなにキレた麦のん見るの、初めて会った時くらいじゃないかなぁ。今にも『原子崩し』発射しそうな位の気迫だったし、何がそんなに気に入らなかったのかなぁ? アレか、自分が参加出来ないのに「奴隷」風情が参加して楽しむのが許せなかったんか。
 冷静に考えてみれば、麦のんもまだギリギリ小学生なんだよねぇ。それが自分が除けものにされるみたいに参加出来なかったら、それは不機嫌にもなるかなぁ。俺がもし小さい時に参加出来なくて、他の奴らだけ参加していたら……うわ、それは拗ねるわ。
 麦のんったら子供っぽいとこもあるのね。そしてこのまま麦のんとの関係が悪化していくのは避けたい。ここで縁切りしちゃえば『アイテム』に参加フラグは消えるかもしれんけど、後味が悪すぎるしね。
 では、ドッキリビックリさせる人日でもしようか。さぁ『原子崩し』、武器(?)の貯蔵は充分か? クリスマスまで残り五日間、麦のんを喜ばせてやるぜい。



 五日後――
 P:M 10:30

 既に施設内の電気は殆ど消えており、子供達は就寝しているこの時間。俺は電気の消えた食堂で息を潜めて待機しております。外はしんしんと降る雪のせいで結構積もってきていて、いい感じにホワイトクリスマスムード全開です。リア充爆発しろ。
 ていうか麦のん遅いなぁ。いつもなら流石に十時くらいまでには帰宅するのに、今日は特に忙しいんかな。ぶっちゃけお腹空いたので早く帰ってきてほしいです。
 ちなみにあの日以降、麦のんは飯の時は出てこないし、帰ってきても俺をお風呂に同伴させてすらくれてません。流石にちょっとした会話はするんだけど、気軽に話しかけてもいないので息が詰まります。あと部屋から追い出されているので、俺は職員さん達が使う仮眠室で寝泊まりしてました。職員の方々本当にすみませんでした、とここで詫びておこう。
 ……いや、本当に遅いわ。寒いし、お腹空いたしで俺の心はボロボロです。麦のん早く来てー。
 とか考えてたら、自動ドアが開く気配! 説明しよう、フレンダは奴隷生活が身に染みてしまているので、麦のんが近付いてくると本能的にそれを察知することが出来るのだ! 泣いてないですよ。
 ガチャリという音と共に、食堂のドアが開かれる。暗くて様子が見えないが、麦のんの足取り重ッ。疲れた上に寒くてだるいんだろうか? うむむ、こんなテンションだと喜んでもらえるか異様に不安だわ。
 ……えぇい、もうここまで来たら腹括るしかない。というか準備に結構かかったんだし、これ以上はダメだ! 俺は電気を点けるぞ。
 バチンッ、という音と共に蛍光灯の灯りが部屋を照らす。その瞬間、俺の手のクラッカーがパァンッ! と音を鳴らして色とりどりの紙が麦のんに放たれた。それを茫然とした様子で受ける麦のん。かわいいぜ……

「メリークリスマス、麦野さん!」
「え、あ……?」

 ふふふ、驚いてる驚いている。そのまま動かない麦のんの手をとっていつもの席に座らせ、俺は準備を始める。田辺さんに協力してもらい作った鳥のから揚げや、グラタン等を温めてテーブルの上に出していく。事情を話しただけで協力してくれた田辺さんは良い人すぎると思う。なんせ今日のパーティでも忙しそうだったからね。
 そして最後に、冷蔵庫からケーキを出してテーブルに置く。これにて今日のメニューは完成、「フレンダ・オブ・クリスマス」の完成です! ネーミングセンスないとか言うな。
 さて、ここまでやっても麦のんは無反応。何か不安になつてきたけど、ここまで来てやめる訳にはいかないでしょ。男は度胸、何でも試してみるものさ。すいません女です。

「あ、あのさ……」
「ん、はい?」

 麦のんが反応してくれたでござる。震えてるけど寒いんかな? よく見ると体に少し雪積もってるし。というか車から玄関までそんなに距離あったかなぁ?

「これは、何?」
「何って……クリスマスパーティですよ」
「いや、そうじゃなくて……」
「ん?」
「何でクリスマスパーティしてんの?」

 え、何を言ってるの麦のん。

「そりゃあ、麦野さんと一緒にやるためですけど?」
「な、何で?」

 何でって、何で? 特に理由はないんだけど。強いて言えば麦のんを驚かせたかったのと、喜んでもらいたかったからなんだ。もう一つはアレだね、拗ねる麦のん想像したら可愛かったからです。不謹慎でしたすみません。

「わ、私はアンタにあんな事言ったのよ……」
「麦野さんストップです」

 そこまでよ! と言いたげな顔で俺は麦のんの言葉を遮り、口を開く。

「私がやりたかったからです、それじゃいけませんか?」
「……」

 ぶっちゃけ、ケーキ作ったりパーティ用の料理作ってみたかったんだよね。勿論前述の理由が大きいけど、これはあくまで自分の為にやったことなんですたい。だら麦のんが気を使う必要はないのよ、と言いたいのですよ、私は。

「迷惑、でした?」

 まぁ、それも麦のんの機嫌が直ってくれないと水泡に帰すんだけどね……だって本来なら俺の顔も見たくないって言ってたくらいだし、こんなことで機嫌直ってくれるだろうか……? 治らなかったら俺、終了。

「そ、そんなことない!」
「おぉう」
「あ、ち、違う! ま、前の事は許してあげてもいいわ。私の為だけにクリスマスを祝おうだなんて、殊勝な心がけじゃないの」
「いえ、別に」
「前の事は水に流してあげる。だからこれからはもっと私に尽くしなさい」

 おぉ、麦のんの機嫌がみるみる回復していく。どうやらこれは当たりだったらしいね。いやぁ、よかったよかった。

「さて、お腹空いたわ。早く食べるわよ」
「はいはい」
「はい、は一回でしょ。全くもう……」
「あ、麦野さん。その前に渡す物があるんですけど」

 そう言って俺はテーブルの下に置いておいたカラフルな紙袋を持って麦のんに渡す。大きさは麦のんの顔くらいかな? 田辺さんに買い物へ連れて行ってもらい、出世払い扱いにしてもらって買ってもらったのです。麦のんは最初は驚いてたみたいだけど、今は目を輝かせてます。やはりこの歳の子はプレゼントには弱いね!

「あ、開けていい?」
「どぞどぞ~」

 そう言って袋を開ける麦のん。出てきたのはうさぎのぬいぐるみで、安物と言える物なのであんまり可愛くないです。最初ゲコ太にしたかったんだけど、ゲコ太シリーズ結構高くて諦めました。妥協してごめんね麦のん。

「安物だけど、喜んでくれたら嬉しいなぁって」
「あ、ありがとう……大切にするわ」

 ぎこちない動きでうさぎを抱きしめる麦のん。どうやらぬいぐるみが好きという設定は残ってたみたいね。好きっていうか寝るときに抱きしめてるんだったか? 今までそんなことしてるの見た事ないんだけどなぁ。まぁ喜んでくれたら幸い。

「じゃあ、食事にしませう。今日のケーキは自信作なんてすよ~」
「あ、あの……」
「ん、何?」
「わ、私からもプレゼントあるんだけど……」
「……新しい仕事とか?」
「違ぇよ!」

 このパーティ報せてなかったのにプレゼント用意してきたとな? 警戒して先手取ってみたら怒られた。どうやら本当にプレゼントを用意してきたらしい。まぁクリスマスという街中歩き、空気に飲まれて買っちゃったのかもしれん。それに地味に嬉しい。麦のんからの贈り物なんて珍しいし。

「いやっほぅ、何くれるんですか!」
「ちょ、ちょっと待って……目ぇ瞑ってて」
「え~」
「いいから早く!」

 もう、照れ屋だなぁ麦のんは。とか本人に聞かれたら『原子崩し』確定の言葉を心の中で呟いて目を閉じる。
 目の前で麦のんが動く気配。何か鞄をゴソゴソやってるみたい。
 ゴソゴソゴソゴソゴソゴソゴソ…………長いよ!

「あの、麦野さん?」
「だ、ダメ! 今出したから目を開けるな!」

 うーむ、これは焦らしプレイって奴なの? ぶつちゃけ俺にはそっちの趣味はないから早くしてほしいんだけど……まぁ、これだけ焦らすのならさぞ凄い物[ガチャリ]……何今の音? そして自分の首に何か着いている感触。
嫌な予感を感じて目を開ける。

「に、似合ってるじゃないの! 流石は奴隷ね!」

 顔真っ赤にした麦のんの顔……その視線の先にある「首輪」。
 え、何コレ? 本当に何コレ?

「アンタは私の奴隷なんだから、そういうアクセサリーが似合うと思って買ってきたのよ! よ、よよよよよく似合ってるじゃない!」
「うわぉ……」
「これでアンタは一生私の奴隷よ! 肝に命じておきなさい!」

 そう言って高笑いする麦のんを、俺は茫然と見ることしか出来なかった。

 拝啓、父さん、母さん、妹よ。兄ちゃんは上司の為にクリスマスパーティを開いたら、何故か首輪をつけられて奴隷宣告され、奴隷ルート突入余裕でした。
 本当に世の中は理不尽です……




おまけ

「あっはは、奴隷よ奴隷。アンタは奴隷なのよー!」
「やっちゃった……やっちゃったよ私」
「本当は帽子渡すつもりだったのに……首輪なんてどうすんのよ」
「……はぁぁぁ~」


<オリジナル用語・設定>
『首輪(フレンダ仕様)』
 麦野がクリスマスの帰りに買ってしまったファッション用の首輪。銀細工と上質な皮で作られている為、かなり高い。ぶっちゃけ帽子より高い。
 鍵付きの為、麦野以外では外す事は出来ない。



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