目が覚めると熊になっていた。
枯葉のベッドと穴倉の岩肌。
―― クマ……
灰褐色の毛。
鋭い爪先。
太い手足。
力瘤を作ってみる。
触手が出た。
―― しょく……しゅ……
無かった事にした。
無かった事にして、とりあえず二度寝した。
熊になって唯一うれしかった事。
ちんち○が大きくなった。
それはもう……熊並みだ。
熊だから。
だから外へ行こうと思った。
見せびらかすように歩いてやろうと思った。
だからそうした。
それ位しかする事がなかったので。
森だ。
静かな森だ。
きのこに俺の毒きのこを見せつけてやる。
きのこめ、胞子を撒きやがった。
メスきのこと間違えて発情しやがって。
糞が。
風が吹く。
……異臭がする。
風が舞う。
……異臭がする。
何の臭いだろう。
鼻が曲がりそうだ。
……………………………………熊くせぇ。
特にきれい好きではない。
二、三日風呂に入らなくても、大して気にしない。
だが臭すぎた。
なので、川で入浴した。
いくら熊でも、身だしなみは大切である。
少女が初体験を済ませる前のラブホの風呂場での一幕のように、念入りに洗った。
股間を。
む・ね・キュン すけべイスー
鼻歌交じりで川底のくぼんだ岩へ腰掛ける。
冷たい水が気持ちいい。
都会でのストレスを忘れさせてくれる。
草むらで音がする。
覗きか? ……あるいはさっきの胞子のフェロモンを察知したメスきのこ?
忙しい。後にしろ。
そう言うつもりだった。
熊語でそう言うつもりだった。
口から飛び出したのは、青白い破壊光線だった。
巻きグソみたいな螺旋を描きつつ、轟音と共に地面へ突き刺さる。
川べりにクレーターができた。
俺は熊じゃないの……か?
うかつにしゃべる事さえできねぇ。
木の皮を引っぺがし、内側のやわらかい部分を取り出す。
絡まっていたツタを千切り、ぺらぺらの皮と合体させる。
簡易マスクの完成。
これでもう、破壊光線は発射されないだろう。
森の平和が保たれた。
マスクマ………いや、クマスク。
隠密獣王クマスク。
穴に帰って、部屋の掃除して、寝たい。
―― 奥さん、ダメですって……そんなとこ………旦那さんが起きちゃいます……奥さん…奥さんッ
寝落ちする前に見ていたAVの夢を見た。
人妻熟女逆レ○プものだ。
見事な朝勃ち。
パンクラチオン・エレクティカ。
ラテン語で、パンクラチウム・エレクティウム。
今日はふるチン散歩としゃれ込もうか。
喜び勇んで寝床から起きる。
腰に手をあて、穴から出発。
おっと……マスクを忘れる所だった。装着。
一歩家から踏み出したら、猛烈な便意に襲われた。
当然だ。昨日一度もしてないし。
俺は走った。
トイレを探し、走った。
ある訳がない。
気づいた時にはもう遅い。
にゅるっとはみ出た。
触手が。
幸いな事。
しかし、猛烈な勢いで長くなる触手。
漏れそうなので、それどころではない。
勝手にしやがれ。
触手が穴を掘る。
深く深く、穴を掘る。
触手が木を引っこ抜く。
四方八方、引っこ抜く。
閃いた。穴=トイレット。
限界だったので、パンツを下ろす暇さえなく……
ビバ・全裸。
何を感じたのか、触手は抜いた木を俺の周りへ突き刺し始めた。
木材にパイルドライバー。
目隠し用の壁ができる。
ほら、もうこれは完璧なトイレ。
集中しろ、俺。
分かった。触手が感じ取ったのは、俺の羞恥心だ。
恥の心を忘れると碌な大人になれない。
死んだばあちゃんの口癖。
触手。グッジョブ。
………出口が無えぞ。こんちくしょう。
そっとマスクをずらし、周囲360度の木の壁をにらむ。
破・壊・光・線。
一息ついた。
さて、散歩しよう。
ん? …………トイレットペーパーは……?
さのばびっち。
朝シャン(死語)っていいものですよね。
食物連鎖にも役だちますし。
私の○○のカスを微生物が食べる。
微生物を魚が食べる。
魚を熊が食べる。
自然は大きなスカトロプレイ。
俺は切り株に座ってみる。
なるたけ可愛らしく、無害な男と思われるよう努力しつつ。
そう、熊界のリア充、あの『テディ・ベア』の野郎みたいになろう。
なぜなら、さっき悲しい出来事があったからだ。
糞を終え、空腹を覚えた俺の元に現れる、一頭の鹿。
またも動き出す触手。
そして鹿は腹の中へ。
鹿肉は癖が無くて美味しかった。感謝して合掌。
それは脇に置いても、忌々しいのは『テディ・ベア』である。
ヤツはかわいい。
それは認めよう。
だが許せないのは、己のかわいさを利用し、とっかえひっかえ様々な女を抱くその唾棄すべき生き様。
老いも若きも、巨大でもさもさ・ふさふさな『テディ』を見ると、普段の貞淑な仮面を脱ぎ去り、メスの顔を覗かせる。
蕩けた声と、物欲しげな顔。
一心不乱に『テディ』へ抱きつく様は、まるで売女ではないか。
かつて芸術的に鑑賞した、美少女アイドルのIV(イメージビデオ)のワンシーンより。
美少女はやさしく『テディ』へ馬乗りになる。
たくましい『テディ』の胸に手を這わせ、ゆっくり腰のグラインドを始める。
悠然と見つめる『テディ』。
少女は少し傷ついた表情で、愛しい相手を見つめた。
ならばと、腰の動きを速める。
「ふっ……ふっ……ふっ……」と漏れる吐息。
上下、左右。アクロバティックに跳ねる少女。
腹筋に力を込め、意地悪く『テディ』に微笑んだ。
しかし、先に限界へ達したのは、少女の方であった。
放心し、『テディ』の胸に顔を埋める。
口元から一筋のよだれが流れていた。
『テディ』イイイ……リア充氏ね。
その時俺は思ったもんだ。
熊になりたいと。
だけど、リアル熊じゃない。
あまつさえ、口から怪光線を発射して、触手が生える熊じゃない。
なんでこうなった。
「人生ままならねえなぁ」
と熊語で呟いたら、マスクが消滅して、雲に大穴があいた。
もう一度、マスクを作り直し、なりきり『テディ・ベア』の修行を再開する。
腹時計換算5分で飽きた。
しかし、ここはどこだろう?
白神山地?
違う。ブナがない。
それに、ここの植物は少々アグレッシブだ。
日本では、林檎を収穫しようとして、逆に手をかじられそうになったりしないと思われる。
南米あたりだとちょっと分からん。
では北海道か?
チセネヌプリ山とか。
アイヌ語は名前がかっこいいから。
けれど違う。
川にマリモがいなかった。
外国?……シュバルツバルト?……キリマンジャロ?……
なんとなく多分違う。
じゃあもうアメリカでいいや。
でっかいし。
グランドキャニオンでいいや。
グランキャニオン……グラーンキャニョン……
チッ……熊の口じゃ thサウンド が上手く発音できねぇ。
ベロを前歯に挟むと、牙で噛み千切りそうだし。
どんな状況であろうとも自殺は選ばん。それが俺。
……グルァァーンキャニョョーーン
巻き舌は上達した。
グラーン……
ふぁっく。
またマスクがロストしくさる。
チッ。
開き直って、喉が枯れるまでビームを吐く事にした。
グレートクマビームがスーパーグレートクマビームにスキルアップするまで。
空へ向かって対空砲火。
十時方向にアンノウン。
サージェント・クマ、デストローーイ。
あいさー、まむ。
向かう所敵無し。
敵がいないので。
でも一つ発見があった。
吼えながらブッ放すとスッキリする。
ついでに光線が太くなって、強そう。
次の一発は、力の限り大声でやってみよう。
やってやった。
「……グフッ……」
喉から変な声が。
ドス赤い血が、噴水みたいに口からふき出すおまけつき。
はっ?………死ぬの?……
これって一種の自……さ………つ……
死ぬかと思った。
やりすぎは良くない。
猿になる。
倒れていた俺の腹の上には、落ち葉や枯れ枝などが薄く積もっていた。
カブトムシ風の虫も死んでいる。
オス熊の上で腹上死。
さぞや無念だろう。
俺なら悪霊になる。
大悪霊になって、手下のサキュバスといちゃいちゃするまで成仏してやらん。
起き上がり、土へ埋めてやった。
どうやら何日か経過した模様。
体から湧き出す熊臭の熟成具合で判断した。
毎日風呂に入るとあんまり臭わない。
魚が食いたい。
風呂場へ行こう。
結構猛スピードで泳げた。
微妙に毒々しい色合いの魚を捕まえ、頭からいただきます。
一瞬、川魚って寄生虫とか……などとよからぬ知識が脳裏をよぎった。
俺、熊だしな。
諦めた。
バタフライで水面を移動。
掌がグローブのように大きいので、水を良く捕まえられる。
さすがは高級食材だ。
水中に潜る。
体の重さを利用して、川底で仁王立ち。
今なら何でも出来そうな気がする。
高速で金玉を洗った。
ムッ………変なの発見。
じっとコッチを凝視している。
その数20前後。
化石の三葉虫が復活して、水中対応した感じなヤツ。
あんまり大きくない。
熊の握りこぶし程度。
金玉から手を離し、威嚇してやる。
今日までに会った大概の生き物は、これでどっか行った。
ヤツら、向かってきやがる。
三葉虫のくせに。
生きた化石のくせに。
舐めた口叩けないよう、タップリとお仕置きしてやる。
その後、食う。
―― 触手先生、おねがいしやす。
……………先生?…………先生?……出番ですよ。
がっでむ。触手、沈黙。
まあ良い。ひねり潰してや……三葉虫が触手をだした。
ここは場末のソープランドか。水中触手プレイありますみたいな。
すっげーどきどきして、マットの上に正座で待ってたら、来たのは「あれ?……写真の人のお母さん?」みたいな。
それはそれで……触手ママ。ちょっとどきどきするかも。くやしい。
頭錯乱中。
ヤバそう。逃げろ。
けれども、後ろへ回りこまれた。
蜘蛛の巣かって程に張り巡らされる、敵の触手。
急速上昇、バラストオフ。
俺が水面に辿りつくより、相手の方が速かった。
縛られる全身。
姉貴、人生初の本格SMは、虫さんがパートナーでした。
嫌だ。虫姦は嫌だ。
俺はソフトMなんだ。言葉攻めとか羞恥プレイとかが好きなんだ。
歯医者さんで美人女医がドリルを使ってチマチマと嬲ってくれる。
でも優しく、「いたいですかー?」と聞いてくれる。
そんなのが好みなんだ。
嫌な音がして、左腕の感覚が消えた。
目の前の青い水が、赤く染まる。
熊の手へ群がる三葉虫達。
痛みと恐怖で視界が真っ白になる。
無意識で大絶叫していた。
コンマ数秒の溜めの後、青白い光が充満した。
耳をつんざく轟音。
周辺の水が一瞬で蒸発する。
三葉虫も蒸発する。
肺が空気を求め、口を大きく開く。
血の噴水。
またか。
今度は死ぬ。
ホントに死ぬ。
もうクマビーム撃たねえ。
撃つ時は加減する。
俺は意識を手放した。
結論から言うと、生きてた。
でも、体の上に雪がこんもり積もってた。
てゆうか、深さ10メートルの雪の下、生き埋めになってた。
掘りまくって這い出る。
地形も変わってる。
俺が破壊光線をブッ放した方向。
山がごっそり無い。
カルデラ湖的な湖になってる。
川が流れを変化させ、そっちへ流れ込んでいた。
そして、熊、無傷。
三葉虫が食ったはずの左手も無傷。
しかし、体に違和感が残る。
考えると、ある推論が浮かんでくる。
寝ている間、色んな部位を、色んなヤツから食われまくってんじゃないのかと。
その度に再生したんじゃないのかと。
これが真実であれば、俺、ほぼ不死身。
でも痛いの嫌い。
どこまで体が消失したらアウトなのか? なんて絶対確かめねえ。
次、三葉虫見つけたら、クマビーム(弱)で即効消し去る。
腹減った。
触手、働け。
カメレオンっぽく色を変える、光学迷彩雪ウサギを三匹捕まえ、家に持ち帰る。
ゆっくり味わおう。
おそらく数ヶ月ぶりに自宅へ帰還。
枯れ葉のベッドで泥のように眠りたい。
よっこらフルシチョフ。
入り口の草製カーテンを開ける。
風除けとカモフラージュ用途。
初日に作った。
開けてビックリした。
マイスイートホームが、臭くないよう大掃除した俺の部屋が……見知らぬ者達に占領されていた。
人間どうしようもない場合、声も出ないらしい。
俺は熊だがな。
すやすや眠る侵入者。
上半身巨大カマキリ、下半身巨大アメーバ。
無理やり表現すると、こうとしか言えない外見だった。
ようするに、カメーバ。
カメーバ父とカメーバ母。
間に挟まれカメーバ子供。
推定数百匹。
……………俺の自宅で繁殖するな。そして冬眠するな。
ヤリ部屋か? 俺の部屋はカメーバのヤリ部屋かよ。
…………………はぁ……
幸せそうに眠るカメーバ親子を眺めていると、怒る気力も消えうせる。
そっとカーテンを閉め、元自宅を後にする。
雪が強くなってきた。
降りしきる純白が肩に積もる。
……泣いてもいいですか……
涙で濡れた部分が、冷やされて凍った。
全力を尽くし、空き物件を探索する。
敷金・礼金無し。家賃無し。
これだけは譲れねー。
風呂無し・トイレ無し・エアコン無し。
ないない尽くしのカモナマイホーム。
夜が明ける頃、やっと希望にかなう洞窟が見つかった。
今日分かったのが、熊は夜目が利くという事。
冬眠しなくても大丈夫そうな事。
グーテナハト……
一日中ぐっすり。
翌朝、ムクリと起床する。
なぜなら、重要な心配事にぶち当たったからだ。
居ても立ってもおられなくなった。
俺はこのまま熊として生きて、生物の役割を果たせるのか? という命題である。
つまり繁殖して子孫を残せるのか?
もっと簡単に言うと、メスのくま〇こに欲情できるのか? だ。
答えは否。
毛深い女、大いに結構。
骨太ガッシリ体形、おそるるに足らず。
だが熊。お前はダメだ。
クマ耳獣人美少女なら良い。
リアルメス熊はちょっと……
そして以下重要。
俺は獣姦もの、大っ嫌いなのだ。
この世界、微妙にファンタジーっぽいから、絶対痴女が良い。
リアルの痴女は普通に怖いので無理だけど。病気とか。
ファンタジーなら、すっげー美人の痴女が必ず存在するはず。
その子を俺の触手とパンクラチオン・エレクティカで、らめーらめーーって言わせよう。
双方合意の上で。十回に一回くらい。
普段は攻められたい。
「おまえクマ臭いんだよ」とか、なじられつつ踏んで欲しい。
決めた。
もう不安は解消。
眠い。寝る。
あれ俺、冬眠してんじゃね……