国益という言葉には注意した方がいい。特にジャーナリストは、と改めて考えるこのごろだ。もちろん「尖閣ビデオ流出」にまつわる、自戒を込めた感想だ。
約40年前(71年)、米ニューヨーク・タイムズ紙は、米政府の秘密書類「ペンタゴン・ペーパーズ」を政府関係者の協力ですっぱ抜く。米政府がベトナム戦争の実態を隠していることが明るみに出た。
時のニクソン政権は国家機密の漏えいとして記事差し止めを求めたが、最終的に連邦最高裁判所が政府の訴えを却下する。米政府の猛烈な圧力の下、同紙が淡々と事実を報じ続けたのは立派である。
そのニクソン元大統領を辞任に追い込んだワシントン・ポスト紙のウォーターゲート事件報道も立派だった。権力者は両紙の報道が「国益を損なった」と言いかねないが、さて国益とは何だろう。目先の利害にとらわれぬ報道が、米国に新たな利益をもたらした。「公正な国」というイメージを広めた点で、米国の国益は確かに守られた、と言うこともできる。
「よらしむべし知らしむべからず」が高じれば、権力者の言う「国益」や「機密」の範囲はどんどん拡大する。行き着く先は大本営発表だ。外交には秘密があっていいし「尖閣ビデオ」を取引材料にするのも結構だが、中国への気兼ねが見え見えの外交で、どんな国益を守ったというのか。
それに、いろいろな国際会議を見たが、アジア太平洋経済協力会議(APEC)での菅直人首相ほど、自信のなさそうなホスト役は記憶にない。中露首脳に軽く見られれば国益に反すると言えば「国益」の乱用だろうか。尖閣ビデオを流した海上保安官は「公務員のルール」に反したことを認めた。政権幹部は尖閣事件とAPECのビデオを見比べて反省すべきだ。
毎日新聞 2010年11月18日 0時06分
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