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勇退欽ちゃん、1200人が惜別 茨城GG感謝祭(1/2ページ)

2010年11月21日0時23分

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写真:ファンに囲まれながら記念撮影に応じる萩本欽一監督(手前右)と次期監督の片岡安祐美さん(同左)=茨城県つくば市の市さくら運動公園野球場ファンに囲まれながら記念撮影に応じる萩本欽一監督(手前右)と次期監督の片岡安祐美さん(同左)=茨城県つくば市の市さくら運動公園野球場

写真:紅白戦前に、相手チームの監督を務めた片岡安祐美選手(左)と並んで宣誓をする萩本欽一監督(右)=茨城県つくば市の市さくら運動公園野球場紅白戦前に、相手チームの監督を務めた片岡安祐美選手(左)と並んで宣誓をする萩本欽一監督(右)=茨城県つくば市の市さくら運動公園野球場

 タレントの萩本欽一さん(69)が監督を務める茨城ゴールデンゴールズ(GG)のファン感謝祭が20日、茨城県つくば市の市さくら運動公園野球場であった。萩本さんは今季で監督を勇退する。ホームグラウンドでの最後のユニホーム姿を見ようと、約1200人のファンが詰めかけた。ファンとの交流を大切にしてきた萩本監督に、「欽ちゃんありがとう」と感謝の拍手が送られた。

 この日の紅白戦では、萩本監督と次期監督の片岡安祐美選手(24)がそれぞれチームを率いた。萩本監督はマイクを持って選手の特徴やプレーを解説する名物「マイクパフォーマンス」を披露。時折、日なただった相手のベンチ前に移動し「寒いから来ちゃった。年をとると寒さが体にこたえて」などと話し、観客の笑いを誘った。

 勇退セレモニーで萩本監督は「6年間楽しくやれたのも茨城の方の応援があったから。『また帰っておいでね』という言葉を忘れずにユニホームを脱ぎます」と語った。

 また、6年間で一番印象に残っていることについて「(選手の不祥事で2006年に)『辞めます』といったこと。茨城の人の署名運動で球団が残って、お礼がしたいなと思って、みんなで頑張って(全日本クラブ野球選手権で)優勝できた。県民と一つになって、すてきな物語になった」と振り返った。

 茨城GGは、野球の活性化を目指し、萩本監督が2005年に旧桜川村(現稲敷市)を本拠地に設立した。試合中、萩本監督がマイクで観客と交流する親しみやすさで、野球に詳しくなかった人たちもスタンドに呼び込んだ。全国の社会人チームなどとの交流試合を通して県の農産物をPRするなど、野球だけでなく地域貢献にも力を注いだ。

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