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[22272] 【習作】 刃鎖と月歌 【ゼロ魔 人外に憑依 オリ主 オリキャラ 一人称練習中】
Name: JTR◆f8076c5a ID:e037e48a
Date: 2010/11/01 01:43
はじめまして。
もしかすると、おひさしぶりです。


この作品は、「ゼロの使い魔」の二次創作です。
また、いちおう現実からの憑依物ではありますが憑依先が超マイナーな人外です。
誰得です。

現在の予定では、ある程度原作沿いで進行する予定です。
まぁ、憑依先のせいで原作沿いになるかどうかは怪しいところですが。


自分は小説を書くのにまとまった時間が必要な上に非常に遅筆なので、更新は遅いうえに不定期になります。
できるだけ完結させるべく頑張りますので、よろしくお願いいたします。
また、誤字、脱字、文法間違いや駄目だしなど大歓迎ですので、おもいっきりやっちゃってください。

 * 一章が原作の一巻に相当します。


自サイト
「夢幻図書館」
http://id53.fm-p.jp/38/starvingjack/



2010/10/01
「チラシの裏」に投稿開始

2010/10/01
「第1章 Ⅰ 再会と契約」投稿

2010/10/02
「第1章 Ⅰ 再会と契約」修正

2010/10/08
「第1章 Ⅱ 誓約と日常」投稿

2010/10/14
「第1章 Ⅱ 誓約と日常」修正
「第1章 Ⅲ 爆音と変化」投稿

2010/10/16
「第1章 Ⅳ 拳と白手袋」投稿

2010/10/21
「第1章 Ⅴ 決闘と異常」投稿

2010/11/01
「第1章 Ⅵ 月歌と月夜」投稿




[22272] 第1章 Ⅰ 再会と契約
Name: JTR◆f8076c5a ID:e037e48a
Date: 2010/10/02 22:47
薄闇。 静寂。 停滞。

ここにあるのは、半ば忘れ去られた物達。

錆びた大剣、鞘の朽ちた小剣、折れたレイピア、汚れた鎧、埃の被った家具、あとなぜかフネの錨と鎖、朽ちた縄梯子。

認識できる範囲にはこれだけしかない。

本来なら他にまともなやつもいろいろとあるんだろうが、動けない俺にとっちゃどうでもいいことだ。 興味もない。

だいぶ前にここに来なくなった少女をのぞけば。

すでにすべてに興味をなくし、停滞していた俺の心をふたたび動かしてくれた。

軋み、消えかけの俺の歌を聞き取り、いっしょに歌ってくれた。

埃と赤錆と蜘蛛の巣にまみれた俺をそのちいさな体で一生懸命に掃除し、真っ黒に汚れた彼女は迎えに来た男性に怒られていた。

くるたびに向日葵のような笑みでその日にあったことをはなし、俺に昔話や歌をせがんできた。

この停滞した世界に訪れる彼女は、まるで太陽だった。

となれば、俺はさながら月か。

この世界にきてから、長い年月停滞にさらされ擦り切れた心は彼女なしでは動かず。 彼女が訪れるたびに満月に、彼女が去るたびに新月へと変わる。

そして彼女が最後にここを去ってから、もうだいぶ時間がたつ。

外では幾度の季節が過ぎ去ったやら。 少なくとも五回は過ぎたはずだ。

そうして今日もまたなにも変化はなく、停滞した空間に精神を磨り減らされる……はずだった。

『ィィイ……ン』

まるで鈴の音を反響させたような音とともに、銀に輝く鏡が俺の目の前に出現する。

まるで停滞を終わらせるように。 こちらにおいでと誘うように。

扉のように。

『ギ…ギギギギギィイイ』

いこう。

なぜかは知らないけど、だれかが向こうで待っている。 それがわかる。

扉は開いたのに、何も出てこなくて困ってる。

その困り顔がどこかで見たような気がして、おもしろかったけど。

まずは向こうにいってあげなくちゃね。

だからまずは軋む全身を動かして。

数百年ぶりに、立ち上がった。




 ------ 刃鎖と月歌 ------




彼女……クルトは困っていた。
二年生に進級するための試験でもある、春の使い魔召喚の儀式。
クルトに回ってきた順番に皆の中心へと進み出た彼女は、サモン・サーヴァントを使い。
しかし、鈴の音のような音がしたあとは、なにもおこらなかった。
盲目であり瞳を閉ざした彼女には、周囲のざわめきとすでに召喚されていた使い魔達のさわぐ音しか聞こえない。

「ミスタ・コルベール。 成功しましたか?」
「いや、召喚の門は開いているよ。 しかし、まだ使い魔はこちらにきていないようだ。」

変わらない状況に不安になり隣にいるはずの教師にきいてみるも、告げられた内容にますます困ってしまう。

(もしかして、わたしの使い魔になりたくないのかな?)

いろいろと考えが迷走し、とうとう自分でもどうかと思う考えに行き着いたとき。

『……ィ…ギ……ギギィィ……』

かすかに、なにかが擦れるような音が。 どこか懐かしい音がした。


  * * * * *


教師であるコルベールも、困惑していた。
これまでの生徒達は、一・二回サモン・サーヴァントを失敗することはあっても、ここまでの長時間召喚の門を開いても何も出てこないというのはなかったからだ。
さすがにこれ以上召喚の門を開き続けるのも危険だと判断した彼が、一度召喚の門を閉じるようクルトに指示しようとしたとき。

『ギギギ…ィィ』
「なっ!?」

召喚の門から突き出たそれに、動きを止めた。
それには指があった。 手のひらがあった。 手首があった。
しかし、肌はなかった。
赤錆と埃と蜘蛛の巣にまみれたそれは、鎧の篭手のようだ。
しかし。

『ギギギギギィィイイ』

大小無数の鎖によって覆われたそれは、まるでなにかを封印しているようでもあった。
ふたたび動き出した時間に、杖を構えたコルベールは万が一のためにクルトを自分の後ろに下がらせ、他の生徒にも下がるように指示を出す。
生徒達の輪はひろがっていくが、数名はその場にたちどまったままだ。

『ガリガリガギギギィ』

だんだんとこちらへと現すその姿は、圧巻の一言に尽きた。
全身を鎖と赤錆に覆われ、もはや朽ちて崩れていないのが不思議なほどのその全身鎧は、関節の隙間から赤錆を血のようにこぼれ落としながらこちらへと歩みを進める。
やがてその全身がこちらへと現れる。 まっすぐに立ち上がればその身長はゆうに2メイルを軽く超え、周囲へと圧迫感を振りまいた。

「……ミス・クルト。 ゆっくりと前へ。」
「はい。」

そのまま鎧が動きを止めたのを確認すると、コルベールはクルトの手を引き、慎重に近づいていく。
途中、鎧がその頭部をクルトへむけた際にたちどまるが、そのまま動きを止めたのを確認するとふたたび近づいていく。
やがて至近まで近づくと、コルベールは立ち止まりクルトだけが鎧の目の前へと進み出た。


  * * * * *


クルトは手で触れられる距離まで近づくとそっと手を伸ばし、その腹部に触れる。
それだけでボロボロと朽ちた鎖が崩れ落ちるが、その際に響いた音もやはりどこか、懐かしい感じがする。

「もしかして……アリア?」

首をかしげながら聞くのは、幼い頃にわかれた、友人の名前。

先祖代々うけついできた屋敷の、宝物庫とは名ばかりのガラクタ置場に鎮座していた、大きな鎧。
赤錆と埃、蜘蛛の巣まみれで、いつも寂しそうにしていた。
不思議な歌を沢山知っていて、いつも歌ってくれた。
面白い話も沢山してくれた。
どうしようもない事情で引っ越しをしたときに、おいていくしかなかった。 おわかれするしかなかった。
それなのに、きてくれた。
わたしのところにきてくれた!

だが、のばした手は冷たい感触からはなれ、軋む音がはなれていく。

どうして? もしかして、アリアじゃないの?

心のどこかで、かつての友人であることを期待をしていた自分に気づく。 が、一度抱いてしまった希望は勝手にふくらみ、感情を支配していた。

はなれないで、お願いそばにいて!

おもわず声にでかかる程に焦燥した心は、しかし。

「ミス・クルト? 契約を。」
「っ!? ……はい。」

焦れたように促すコルベールの声に、急速に現実へとひきもどされた。

そうだ。
まずは契約が先。 アリアかどうかは、それから確かめればいい。
「我が名はクルト・ベルトラム・ヴォン・フューエル。 五つの力を司るペンタゴン。 この者に祝福を与え、我の使い魔となせ。」

どこか焦燥感にかられながらも、呪文をとなえ。
ふと、根本的な問題に気がついた。


  * * * * *


「……ミスタ・コルベール。」
「なんですかな? ミス・クルト。 なにか問題でも?」

クルトの使い魔(候補)が暴れだした際にすぐに対処できるよう、傍目からは悠然と立ったまま身構えていたコルベールは、クルトの呼び掛けにたいして質問をかえす。
クルトはしばし逡巡していたが、やがておずおずと声をだした。

「えっと。 キスが……できません。」
「ふむ? ……そういえば見えないのでしたな。」

たしかに、目の見えないクルトでは相手の口の位置もわからないだろうし、そもそも鎧に口はあるのだろうか? いやいや、その前にマジックアイテムだろうとはいえ鎧は使い魔のうちにはいるのか?

どんどんと脇道にそれていく思考をふりはらってみれば、クルトは恥ずかしそうにうつむいていた。
無言のクルトに、コルベールはさすがに失言だったかと焦る。
とにかくなにか言わなくてはと口をひらき、

「直接使い魔にお願いしてみてはどうでしょう。 契約前とはいえ、召喚の門をくぐってここに現れたのです。 言う事を聞いてくれるでしょう。」
「……はい。 やってみます。」

でてきた言葉は失言にたいするフォローではなく、さきほどの質問に答えるものだった。
クルトが使い魔に話かけるのを見ながら、コルベールは不甲斐ない自分にため息をつく。
だが、今は生徒の使い魔のほうが優先だと意識をそちらにむけたとき。

『グシャアッ!!』

その使い魔が左の拳をふりあげ、みずからの頭部を左の拳とともに粉々に破壊するというありえない光景を見た。

『ビシッ、バキバキバキッ!』

周囲の皆が唖然とするなか、使い魔は右手をのばすと、残る兜だったものをはぎとる。
誰もが、鎧を着ているモノはなんなのかと注目し。

「ひっ!?」
「なんだありゃ、からっぽじゃないか!」
「生き物ですらないのかよ……。」

その一種異様な光景に、ある者は驚き。 またある者は嫌悪感をあらわにする。
本来人がはいるスペースには細い鎖がまるで蜘蛛の巣のようにはりめぐらされているだけで、鎧の内部は空洞になっていたのだ。
はぎとった兜の残骸をその場に落とすと今度はその空洞に右手をつっこみ、なにかを掴むとそのままひきずりだす。
繊維質の物をひきちぎるような音とともに空洞からひきだされたのは、若干ひらたく見えるが細い鎖がまるで神経や血管のようにからみつく脊椎のような鉄製の帯だった。
見ようによっては剣にも見える全長60サントほどのそれを完全に抜き取った使い魔は、頭上からゆっくりと下ろしつつ破壊音に混乱し、状況をつかめていないクルトへと向き直る。
さらに数歩分ほど離れていたクルトへとふたたび歩き出し。

「いったいなにがどうなって……?」
「ッ!? さがりなさい、ミス・クルト!」
「えっ?」

詠唱しつつ飛び出すコルベールよりもはやく。

すでに詠唱を終了し、あとは解き放つだけになっていた二人の少女に対して嘲笑うかのように。

その大きな身体を持って。

クルトの目の前に、片膝を立てて跪いた。

「「……っ!?」」
「むぉっとっと!?」

あまりにも予想外の展開に、少女二人は慌てて魔法の標的を真横へと変更し(その際に魔法同士が干渉しあって対消滅を起こし、生じた爆風になぜか薔薇の花びらが混ざっていた)。
飛び出した勢いのままにクルトの前を通り過ぎたコルベールはたたらを踏み、さらにマントの端を踏んでコケていた。
さらには魔法による爆発の近くにいた臆病な使い魔達がパニックをおこし、混乱が混乱を呼び。

『ギシッ』
「うわ!?」

自分のわからないところで次々と起こる出来事に置いていかれ、放心状態になっていたクルトを呼び戻したのは鎖の軋むような音と。
唐突に頬に触れた冷たい感触だった。

「ぁ……。」

同時に気づく……思い出すのは、幼いころの記憶。
引越しの前日、お別れの日。
ただ泣きはらす自分に鎧の友人は片手だけとはいえ初めてその身体を動かし、涙をぬぐい。 宝物庫の外へと、背中をおしてくれた。
あの時と同じ、冷たいのにどこか暖かい。 そんな感触。

「アリ…ア。」
『キィィ……。』

聞いたことのある……いや、忘れようもない音(声)。
そして、再び伸ばしたその両の手はしかし、逆にやわらかく捕らえられた。
疑問に思うクルトの手に、重みが加わる。
それは金属の冷たさと、暖かさを持つ金属の帯。
ちょうど左の手に触れる位置に、金属ではない鉱石のような感触がある。
その部分からはわずかな振動と、暖かさが伝わってくる。 まるで、鼓動のように。

「……我が名はクルト・ベルトラム・ヴォン・フューエル。 五つの力を司るペンタゴン。 この者に祝福を与え、我の使い魔となせ。」

クルトの口は自然とコントラクト・サーヴァントを唱え、鉱石へと口付ける。
その前方では役目を終えた鎧が完全に朽ち果て、赤錆と鉄くず、土くれへと崩れていく。
サラサラという崩れ落ちる音に包まれながら、クルトは同時に急速に元の姿を取り戻す手のなかの金属の帯……連結刃とのあいだに確かな繋がりが構築されていくのを感じ、微笑みをうかべた。

「ただいま。 そしておかえり、アリア。」

……しかし、周囲の喧騒はいまだおさまらず。
いまもまた、主人とその使い魔である鳥が一羽。 彼女の上空を逃亡劇を繰り広げながら飛び去っていくのであった。



[22272] 第1章 Ⅱ 誓約と日常
Name: JTR◆f8076c5a ID:e037e48a
Date: 2010/10/14 05:30
草木までもが寝静まり、人の音の絶えた深夜。
魔法学院の生徒寮である塔の一室。 そこに、俺はいる。
正直に言えば、いまだにしんじられなかったりもする。
なにせ、つい最近まで誰も訪れることの無い宝物庫に放置されていたんだから。

ざっと200年程。

実は俺に寿命は無い。 精神は人のままだから、精神死はありえるが。
さらに言うなら、俺は眠れない。 痛みを感じない。 息をしていない。 口もない。
だから、約200年俺は起きたままだし、飲まず食わずってことだ。
……ここまで言えばわかると思う。
俺は人じゃない。 魔剣『インテリジェンスソード』だ。
元は人間だったはずなんだが、気がついたらファンタジー上等な存在になっていたうえに動けない。
しかもあきらかに自分の物じゃない記憶が無数にある。 老若男女、果ては動物から幻獣の物としか思えないものまで。
さすがに認識できる記憶は極一部だが、おぼろげながらも検索までかけられるのだ。 好奇心のままに調べ、そして知った。
ここは、『ゼロの使い魔』の世界であり、俺は今のこの身体……魔剣に知識を蓄積するために死後この身体にひきよせられ、憑依させられただけの存在だと。
俺の前任者達は、皆時間の流れに精神を削られ、有用な記憶だけを残して消滅している。 俺もそうなるはずだった。
だけど。

「んぅ……。」

もはや自分の名前すら忘れてしまった頃に、この子……クルトに出逢った。
当時の俺は、消えかけの意識のまま、ほかの記憶は希薄なのにそれだけは妙に鮮明に残る歌達をただ歌っていただけだった。
今にして思えば、その『歌の記憶』こそが俺の『有用な記憶』だったのだろう。
俺の声は、魔剣単体では人間の可聴域からはずれた音しかだせない。 現にそれまでは人に気づかれることはなく、観衆は周囲のガラクタだけだった。
しかし、彼女は聞きとってくれた。
生まれつきの全盲で、まだ幼い彼女は普通の人間には聞こえない領域の音まで聞くことができた。 そして歌うことが好きな彼女は皆が聞こえない俺の歌に興味を持ち、俺のところまできてくれた。
嬉しかった。 自分の歌に気づいてくれたこともだが、なによりも自分に『喜び』という人間らしい感情を与えてくれることが嬉しかった。
だから。

「……すぅ…ん……。」
『キシッ……。』

少しだけ『貰い』、構成した『身体』を使ってはだけた毛布をひっぱりあげてやる。 その際に、顔にかかる髪もあげてやった。
幼い頃の彼女はまるで陽の光を溶かし、そのまま固めたようなハニーブロンドだったが、今ではすっかり色褪せ、白髪混じりの銀灰色となっている。 ……おそらくは、彼女の故郷であるアルビオンでいまだ貴族派と争っているはずの父と兄を心配しての心労が原因だろう。
どうやら、盲目であることもあり、留学とは名ばかりの疎開をさせられているのだろう。
寝入る直前まで彼女は剣のままの俺を抱きしめ、なにも言わずに泣いていた。 ただ、静かに、泣き疲れて気絶するように眠るまで。
……誓おう。 俺は、この子に幸いをもたらすために、この身を使うと。
幸いにもこの身体は魔剣であり、前任者達が残した原作知識を含む膨大な知識がある。 多少の無理ならとおせるはずだ。
消えかけだった俺を救ってくれたうえ、一度死に、目的を持たない俺に使い魔という役割までくれた。 それに見合うだけの働きができるかはわからないけれど。

『コkoニ、チカう。 おれは、貴女の剣。 盾。 鎧にして鎖の騎士。 この身の全てを、貴女に捧げる。」

双月の月光の下で、頭を下げる。 忠誠を誓う。 俺の全ては、彼女のために。

……ただ。
セリフがクサすぎるうえに、月光に浮かびあがる俺の姿が人じゃないってのが、こう、あれだ。
違和感ありすぎだった。


  * * * * *


クルトは他の生徒達と同じく、『アルヴィーズの食堂』で食事をとっている。 そしてこれは魔法学院内を移動する際全般に言えることだが、この『トリステイン魔法学院』にはバリアフリーの概念は存在しない。
そのためにちょっとした段差や階段等が多く、目の見えない彼女にとって施設間の移動等はいささか危険をともなう。 ゆえに彼女の手をひき、誘導する役割が必要となる。
この役割は当初は同じクラスの生徒達の当番制だったのだが、ディテクトマジックを視覚のかわりに使用可能になった時点でクルト自身の要請により廃止されており、今ではもっぱら一部の生徒達だけにより自主的に続けられていた。
そして、今日もまたその『一部の生徒達』の一人がクルトの部屋の前にたち、扉をノックした。

「……迎えにきた。」
『あ、すこしだけ待って?』
「わかった。」

どうやら着替え中だったらしく、衣擦れの音とともにかえってきた声に了承の意をかえす。 と同時に、いつもの事ながら目が見えないにもかかわらずほとんどの事を自分一人でやってしまうクルトに、すこしだけ不満になる。
それが自分を頼ってくれない事にたいする感情だということには気づかず、今日も彼女……タバサは扉の前で小さなため息をつくのだった。

「おまたせ、いこうか。」
「ん。」

声とともに扉を開けてでてきたクルトの姿は、当然ながら制服姿だ。 ただし、クルトはかなりゆったりとしたサイズを好むため、その身体の線はすっかり隠れてしまっている。
その事を少し残念に思い、ふと以前一度だけぴったりと身体の線のでるドレスを着ていたクルトの姿が脳裏をよぎる。

(綺麗だった。 とても。)

その姿は、おなじく身体の線のでる扇情的なドレスを着ていたもう一人の友人とはどこか違った。
華やかに妖艶な姿と儚く幻想的な姿。 当時はまだ二人とは友人ではなく、また他人に興味を持てなかった自分ですら目を奪われたその光景は、無粋な輩のせいで一瞬にして壊れてしまったけれど。

(今は関係ない。)

自分の目的を思いだし、意識をきりかえる。
誘導のために一言声をかけてからクルトの手をとり。 違和感に気づいた。
いつのまにか黒鉄色のネコ科の動物のようななにかがクルトの足元に腰をおろし、こちらを水晶としか思えない瞳でみつめてきていたのだ。
体長90サント、肩高70サント。 尾長40サント程のソレはリンクスとよばれる幻獣にそっくりだが、その体表は黒鉄特有の色と光沢を持ち、無機質な瞳は眼球ごとただの水晶玉のようだ。

「これは?」
「? なにが?」

タバサの短い質問にクルトは最初なんの事かと首をかしげていたが、やがて足元の存在の事を聞かれているのだと気づくとやわらかい笑みをうかべる。

「この子は、私の使い魔のアリア。 よろしくね?」
『キリリリリ……。』
「使い魔……。」

口をひらいてまるで鎖の擦れるような音をだしてみせているクルトの使い魔の姿と、昨日召喚後に崩壊した鎧との差に釈然としないものを感じつつも、これはこういうものなのだろうと納得。
クルトの手をひき、ついてくるアリアをそのままに食堂へと歩きだした。


  * * * * *


食堂に到着してみれば丁度全員がそろったところのようで、友人との会話のために席を離れていた生徒達が席につきはじめていた。
普通の生徒達は自分の学年のテーブルであればどの席についてもよいのだが、クルトには席が用意してある。
テーブル同士の間隔はかなりひろめにとってはあるがそこは安全第一。 ほかの生徒とぶつかったりしないよう、かなり大きな長テーブルの入口に近い端の席が、クルトの席だ。

「ついた。」
「ありがとう、タバサ。 今日はここで食べる?」

タバサが手をひいてやれるのは椅子のそばまで。 クルトはディテクトマジックをとなえると、すぐにまるで目が見えているかのように着席する。
自分も返事のかわりに隣の席にすわると、こちらにやわらかな笑みをみせてくれた。

「タバサ、あなたの使い魔はどんな子?」
「風竜の幼生。 名前はシルフィード。」
「へえ、よかったじゃない。 でも部屋にはいれられないでしょうし、どこに住まわせるの?」
「学院近くの森。 シルフィードが自分で巣をつくる。」

タバサにとって、向こうから話を振られているとはいえここまで饒舌になるのは珍しい。
それどころか、好物であるはしばみ草のサラダを食べる手が僅かながらも止まる事すらあるのだ。
そして、その光景を眺める視線がひとつ。

(わたしとタバサも、まわりから見ればあんな感じかしらねぇ……。)
「どうしたんだい? キュルケ。」
「なんでもないわ、エイジャックス。 それよりもね……。」

恋人(候補)の声に視線を戻すと、キュルケは艶然と微笑むのだった。



[22272] 第1章 Ⅲ 爆音と変化
Name: JTR◆f8076c5a ID:e037e48a
Date: 2010/10/14 05:32

「ほら、ついたわよ。」
「ありがとう、キュルケ。 フレイムもまたね。」

教室の教壇側の入口まで手をひいてきてくれたキュルケとその使い魔のフレイムに声をかけると、クルトは教室の中にはいる。 危なげない足取りで最前列の指定席にすわると、足元で金属製のなにかが……おそらくアリアが身をまるめ、足の甲に前脚をのせた。
それだけの事にも喜びを感じながら耳をすませてみれば、教室はいつもとは違い実に雑多な、そしてにぎやかな音に満ちていた。
地を這う音。 翼のはばたき。 大小さまざまな足音。 人ではない鳴き声。 そして、友人同士ではなす声。 不思議な足音。

(あれ? 今のって人だよ……ね。)

身長170サントほどの男性の歩幅と歩調の足音によくにているが、どこか違和感が拭えない。 が、よく聴こうとした時にはすでにたちどまったかどうかしたらしく、その足音は消えてしまっていた。

(もしかして靴底が違うのかな。 コツッコツッじゃなくてキュッキュッだったし。 それにザリッじゃなくてジャリッ?)

聞いた事の無いその足音がどうにも気になり、考えこむ。 が、一度聞いただけではそう簡単にわかるはずもなく。
結局、教師が到着するまで考えこむ事になるのだった。


  * * * * *


そして、彼女の足元にて身をまるめる使い魔……アリアもまた、考えこんでいた。

(接触することで話ができるはず、なんだが。 気づいていないみたいだなぁ。)

前任者達の記憶の中から得た知識によれば、身体の一部を接触させることで意思の疎通が可能なはず。 なのだが。
参考にした記憶はどうやら相当昔の前任者の記憶らしく、かなり曖昧になっていたので成功しなくても当然ではある。 しかし、話をしたかったのも事実で。

(ただでさえ珍しい連結刃のインテリジェンスソードを使い魔にしたうえ、あんな登場のしかたをしちゃったし、そのうえ翌朝にはなぜかネコ科の動物っぽい姿になってるナニカが、さらに喋るとなったら収拾つかないだろうしなぁ。)

実は、喋れたりする。 喉のあたりにある金属製の薄板を振動させることで、声や音をだせるのだ。
……ぶっちゃけ、スピーカーとおなじ原理なわけだが。
ついでに補足するなら、契約の際にコルベールの指示によってほとんどの生徒は離れた場所にいたり、契約後にはすぐに自室へ帰っていた(タバサ同伴)こともあり。
ほとんどの人間はクルトの使い魔はネコ科の動物っぽいナニカだという認識だったりする。

(にしてもなんだろうな、このもやもや。 なんか大切な事でも忘れてるみたいな……。)

だんだんと強くなる焦燥感に、もしや原作での出来事が関係あるのではと仮定。 記憶群に答えを探して検索をかけてみる。
結果。

(えーと、召喚翌日の最初の授業だからー……ってルイズテロ? のタイミングじゃないか!)

最高にやばい感じの単語が検索にひっかかった。
慌てて意識を現実に戻してみれば。

「ルイズ。 やめて。」
「やります。」

褐色の肌のはずのキュルケが顔を蒼白にし、ルイズとおもわれるピンクブロンドの少女が教壇へと歩いていくところだった。

(やばいここ最前列! マスター爆発がくる、撤退っ撤退ー!!)
「? どうしたの、アリア。 爆発ってなに?」
(マスターも聞いてなかったうえにイメージだけ伝わってるー!?)

どうやらクルトも考え事をしていたようで、現在の状況がわかっていない模様。
クルトの足を前足で叩いて呼びかけてみれば、伝わったのは脳裏に浮かんでいた爆発するイメージのみのようだ。 やっと成功した事を喜べばいいのか、『意思の疎通』というのがイメージのみを相手にみせるだけだという事に嘆けばいいのか。
混乱の中周囲をみれば他の生徒は退避をすませており、教壇を見てみればちょうどルイズが杖を降り下ろす瞬間だった。

(っ、やってやる!)

今からではクルトを退避させる事も、ルイズをとめる事もできない。 ならば。

『ジャラララララララッ!!』

その身の全てをもって、爆発の方向をそらすのみ。
アリアの今の身体は連結刃を脊椎に、骨格がわりに棒状の鎖を使い、体表を絹織物のような手触りと目の細かさを持つ丈夫な鎖帷子で覆っている。
そして、筋肉のかわりに絹糸のごときしなやかさと金属の強靭さをあわせもつ鎖の束を。 内臓のかわりに体表とおなじ鎖帷子をつめこんでいるのだ。
まずは教壇の上へと跳びあがり同時に身体を構成する鎖帷子をひろげ、そこで自分の身体を構成する鎖帷子では、至近距離の爆発に耐えられない事を理解する。

いまさらな理解を元に計画を変更。

唐突にあらわれたように見える自分に驚くルイズと、おそらくシュヴルーズ先生とおもわれる女性の前にひとつ。 次にクルトの前にひとつ、何重にも重ねた鎖帷子を置き、それぞれが爆発を中心に対角線上にあることを幸いに鎖群で繋ぎまくった。
まぁ、結局予定の半分ほどの数しか鎖を繋げず、まさに爆心地にいる自分は無防備そのものだったが。


  * * * * *



『ドッガァアアン!!』

盛大に鳴り響く、爆発音。 一瞬にして教室を駆け抜ける、爆風という名の衝撃波。
盾として置かれた鎖帷子のおかげで爆発をもろにくらう事はなかったものの、それでも吹き飛ばされて後頭部を黒板にぶつけたシュヴルーズ先生は目をまわして気絶。 おなじく吹き飛んだルイズはシュヴルーズ先生にぶつかったが、ともにたいした怪我はないようだ。
爆発に驚いた使い魔達が暴れだす。 阿鼻叫喚の大騒ぎのなか、生徒の一人がルイズを非難するために口をひらき。
それを見た。

『キャリリリリ……。』
「鎖の獣……?」

それは、黒鋼色をしていた。
連結刃を背骨に、棒状の鎖で構成した骨格標本のようなその姿は、しかし。 その背より多数の繊細な鎖を翼のようにのばし、教壇の残骸とその周囲をまるで抱えこむようにひろげている。
そして事実、爆発が直接もたらした破壊力による被害は教壇だけであり。 その翼のようにひろげた鎖群でもって、爆発から皆を守ろうとしたことは明白だった。
が、さすがに爆心地での破壊力にさらされたその身体は右前足とひろげた鎖群の一部が損失し、全体的に煤けている。
しかし、その姿は堂々としたもの。 主人を護る事に全力をだし、護りぬいた誇りに満ちているように見えた。


  * * * * *



(正直、また死ぬかと思った……。)

ひろげていた鎖群を回収しながら、アリアは内心でため息をつく。
いちおう爆発の衝撃から身を守るため、自分の身体を構成する鎖を固定して防御力の底上げはした。 が、おそらく虚無の爆発であるうえにルイズを驚かせて精神集中を乱したせいか思ったよりも威力は高かった。
よくもまぁ右前足と少々の鎖群だけですんだもんだと自身の頑丈さに少し呆れ、ひとまずひろげていた鎖群をひき戻して元の姿に戻っていく。
教壇(だった物)からおりつつ主人を見てみれば、クルトはルイズ達ほどの至近距離にいたわけではないので、爆発で発生した粉塵に咳き込んでいるだけのようで安心する。

『キャリリリリ。』
「アリア、大丈夫だった?」

足元についたところでクルトに声をかけられ、驚く。
見上げてみれば、心配するような表情を浮かべ、こちらへと顔を向けるクルトの姿。 どうやらさきほどの爆音や現在の周囲の会話等から、現状把握はすんでいるようだ。
答えのかわりに足首のあたりにひき戻した鎖で代用した右前足をおしあててやれば、ようやく安心したようで表情がやわらかくなる。
そして我らがルイズはといえば。

「ルイズ、クルトの使い魔に感謝しろよ! 成功の確率ほぼゼロのおまえが、教壇ひとつですんだんだからな!」
「そうだ! それに主人の失敗を使い魔じゃなくて他人の使い魔がフォローするなんて、聞いたこともないぞ!」

なにやら原作以上に責められ、軽くうつむき。

(もしかして、いやもしかしなくてもさっそく干渉しちまった……。)

そして、みずからの使い魔……原作通りならサイトのいる方向とこちらとを行き来する色々なモノを含んだ視線。 そして色々なモノで満ちていそうなため息。
どうやら自分の行為の所為で悪化したらしいという現実に、疑似セラミック製の頭が痛みを訴えるのだった。



[22272] 第1章 Ⅳ 拳と白手袋
Name: JTR◆f8076c5a ID:e037e48a
Date: 2010/10/16 13:36

本塔の最上階にある、学院長室。 その入り口の正面に位置する重厚な職務机で鼻毛をひきぬいているのは、ここトリステイン魔法学院の学院長を務めるオスマン氏だ。
しばらくぼんやりとしていたが、ふと思いたったように席をたつ。 そのまま窓際まであゆみよると、窓際の戸棚から水ギセルをとりだし。

「放して欲しいんじゃがな、ミス……。」
「外で水ギセルを吸うのは感心いたしますが、あなたの健康管理もわたくしの仕事ですので。」

窓際から身をのりだしたオスマンは、そのマントを理知的な顔立ちが凛々しいミス・ロングビルに捕まえられ中途半端な格好で停止していた。
そのままの体勢でため息をつくと、オスマンはゆっくりと首を左右にふる。

「まったく、平和が一番ではあるが過ぎるのも考え物じゃのう。」
「だからといってマントの止め金をはずそうとしないでください、オールド・オスマン。」

そろそろと止め金へ動かしていた手を諦めたように戻すと、オスマンは室内に戻る。 そのまま戸棚の上に水ギセルを置くと、ふぃっと窓の外へと視線を向けた。

「そもそも平和とはなんなんじゃろうなぁ……。」
「すくなくとも覗きは平和の真逆だと思いますわ。 それと隙をみはからって窓から飛びだした場合、撃墜いたしますので。」

なにごともなかったかのようにオスマンはひきだしの中に水ギセルを片付けると、足元に駆けよってきた小さなハツカネズミをひろいあげる。
ポケットからナッツをとりだすと、ネズミの顔の前で軽くふった。

「気をゆるせる友達はおまえだけじゃ、モートソグニル。」

ナッツをもらったネズミは嬉しそうに一鳴きすると、すぐさま齧りはじめる。 やがて齧り終わると、催促するように鳴いた。

「そうかそうか、もっと欲しいか。 じゃが、まずは報告じゃ。」

ちゅうちゅう。

「そうか、清楚な純白か。 しかし、ミス・ロングベルには蠱惑的な黒がにあうとは思わんか? モートソグニル。」

さすがに忍耐の限界だったらしく、ロングビルはオスマンに素晴らしい笑顔を見せる。
後ろ手に杖を持ちながら。

「オールド・オスマン、ロングビルです。 それと、今度やったら王室に報告します。」
「カーッ、王室が怖くて魔法学院学院長が務まるかぁっ!!」

一喝。 声量、威厳ともに素晴らしいといえるが、使い所をあきらかに間違っている。
指摘するのも疲れたロングビルは、ひとつため息をつくのだった。

「まったく下着を覗かれたくらいでそうカッカしなさんな! そんな風だから婚期を逃がすのz」
「オールド・オスマン……。」

言いながらロングビルのお尻へとのばされていた腕は、途中で掴まれることで停止する。
そのままぎりぎりと腕を苛む握力に、オスマンの額に一筋の汗が流れた。

「な、なんじゃ? ミス・ロングビル。」
「いっぺん……っ!」

ふりかぶられる、杖を握りこんだ拳(錬金魔法によりナックル作成済み)。
片足をかるくひき、身体を半身に。 呼吸を整え、オスマンとは吸い、吐くのを逆にする。
さらに、握る手をかるくおしだして。

「逝ってこいっ!!」
「ちょっとまぷろばぁっ!?」

相手が抵抗しようとした瞬間、息を吐いた瞬間を狙い、握る手をひく。 おされるのに抵抗しようとしていた身体は、急に変化した力に対応しきれずにひかれるままに前方へと倒れ始める。
そして全身のバネと震脚、合気でもって鋭い排気とともに射出された拳。 それは息を吐ききり、吸いはじめたオスマンのみぞおちへとすいこまれ。
そのまま窓の外へと吹き飛ばした。
そしてさらに。

「そしてぇっ!」
「ぎゅっ!?」

吹き飛び、窓の外へと飛びだしたオスマンのマントを掴み、急停止。
勢いを全身で殺しながらもわざと窓際ぎりぎりまで前進、さらに重心を落として。

「墜ちろぉ!!」
「っ……ーーっ!!」

肩越しにひき、窓枠の外にいるオスマンの首を絞めた。
声もだせず、だんだんと抵抗が弱くなっていく感覚に勝利の予感を感じ。

「オールド・オスマン!!」
「オホン! なんじゃね?」

唐突に勢いよく開いたドアとともに、コンベールが飛びこんできた。
その闖入者をミス・ロングビルは何事もなかったかのように席について、オスマンは威厳たっぷりな態度でむかえる。 早業であった。
……オスマンのマントの止め金が歪んでいたり、机のひきだしにはナックルが隠してあったりもしたが。

「こここれを、これをご覧ください!」
「これは『始祖ブリミルの使い魔たち』ではないか。 またこのような古臭い文献なんぞを漁りおって。 そんな暇があるのなら、たるんだ貴族達から学費を徴収するうまい手をもっと考えるんじゃよ、ミスタ……、なんじゃっけ?」
「コルベールです! いい加減覚えてください!」

どうやら今まで何度も名前を聞かれたらしく、若干うんざりとした様子のコルベールだったが、首をふって気をもちなおすと、懐からメモ帳をとりだしてオスマンにさしだす。

「これもご覧ください。」
「ふむ? ……うむ。」

そのひらかれたページを見た瞬間、オスマンの表情が変わった。 眼光が鋭くなり、視線が険しくなる。

「ミス・ロンドベル。」
「ロングビルです。 わかりました。 書庫の目録ですね?」
「うむ。 できるだけ詳細な物を頼むぞ。」

オスマンに一礼すると、ロングビルは学院長室から退出する。 実にデキる秘書の鏡のような姿だった。
彼女の退室を見届け、オスマンは口を開く。

「詳しい説明を、ミスタ・コルベット。」
「コルベールです。」


  * * * * *


アルヴィーズの食堂、そのクルトの席の足元でまるまったアリアは小さなため息をついた。
教室でのルイズテロのその後は、原作では特になにもおこらなかった。
まぁ、描写するような事はなにもおこらなかったというのが正解か。 ただし、俺にとっては色々と大変だった。 本当に。
どうやら俺が爆発にたいして咄嗟にとった行動が好印象だったらしく。 頭を撫でられたり、使い魔のおやつらしい干し肉を貰ったり(物を食べられないと伝えるのが大変だった)、抱き上げようとされたり(こちとら全身金属製なもんで、重すぎて断念していた)。
実に、大変だった。 ……まぁ、嬉しかったのは事実で。 それに、少しづつ『貰った』おかげで右前足等の欠損部位を再構成できたし。
しかし、おもわず返した反応がもろにネコだったのには愕然としたが。 自分の生前(?)がネコなんじゃないかと悩んだのは秘密だ。

「なにやってるの? あれ。 ギーシュと……?」
「ルイズの使い魔。」
「あれ? この足音って……。」

そして、その際に色々試した結果。 簡単な単語なら問題なく伝えられる事が判明しました。
さっそく活用してクルトに散歩してくると伝え、周囲を散策してみれば。

「ヴェストリの広場で待っている。 覚悟ができたらきたまえ。」
「そっちこそ逃げんなよ、キザ野郎!」

薔薇をくわえ、優雅に去っていく少年と。 実に元気に啖呵をきる少年を意外に近くでみつけるのだった。
あらためてその危機感のなさとか無知さ加減とかに呆れるが、チートの差があるだけで自分も人の事はいえない事に気づき、少し反省。
そしてギーシュの友人とおもわれる少年達が席をたつなか、ふとふりかえれば。

「ちょっと見にいきましょ。 おもしろそう!」
「無謀。」
「そうだよね。 忠告ぐらいはしたほうがいいのかな?」

わくわくしているキュルケに、呆れているタバサ。 そして、ルイズとわかれて歩き去っていくサイトをなぜか妙に気にしている主人の姿を見るのだった。



[22272] 第1章 Ⅴ 決闘と異常
Name: JTR◆f8076c5a ID:e037e48a
Date: 2010/11/01 02:23
「諸君、決闘だ!」

ヴェストリの広場、噂を聞きつけてあつまった生徒達の集団によって形成された闘技場(コロッセオ)の中心。
当事者の一人であるギーシュの薔薇の造花を掲げながらの宣言に、観客達の歓声があがる。 もう一方の当事者であるサイトはといえば、耳をおさえ、うるさそうにあたりを見渡していた。
彼は観客はいても数人程度だと考えていたようで、一様に興奮状態の大量の観客達に少し気おくれをしているようだ。

「うるっせぇなぁ。 さっさとはじめようぜ。」
「ふん、そう急ぐな。 すぐにでも叩き潰してやるさ。」

いらいらとした声のサイトの挑発に、ギーシュは悠然と振り向いてみせる。
さらに造花の薔薇を胸ポケットへと差し込むと、気障な笑みをうかべた。

「まずは、逃げなかった事を褒めてやろう。 そして、すぐにその選択を後k……。」
「はいはいワロスワロス。 いちいちカッコつけなきゃなんにもできないのか? 二股野郎。 いや、女の敵か。」

大仰につづけようとした台詞を遮りながらのサイトの痛烈な皮肉に、ギーシュは表情をひきつらせる。 そしてそれに追い討ちをかけるような、周囲の観客に少数混ざっていた女生徒による非難の声。
もはや色々な感情を封じた表情は笑顔のまま凍りつき、その眼には混沌とした光を宿して。

「いいだろう……。 さぁ、はじめようか!」

ギーシュは薔薇の造花を剣のように眼前に掲げ、決闘の開始を宣言した。
そしてその宣言と同時。

「先手っ必勝ぉおお!」

軽く前傾姿勢をとっていたサイトは全力で大地を蹴りつけ、一気にギーシュへと接近をはじめる。
対するギーシュはあくまでも優雅に薔薇の造花を振り、一枚の花弁を落とす。 花弁は地面に触れた瞬間に膨張し、姿を変え。

「ワルキューレ!」
「うおぉっ! なんだこりゃ!?」

甲冑を着た女戦士の姿を象った、人形へと変化した。
人間とおなじ程の身長を持つ人形に前をふさがれ、サイトはたたらをふみ、足を止めてしまう。 そのあいだに少し距離をあけたギーシュは、誇らしげに薔薇の造花を掲げた。

「僕はメイジであり、魔法は僕の持つ力だ。 よもや文句はあるまいね?」
「てんめぇっ!」

嘲るように笑いながら言うギーシュに、サイトは人形の横をすり抜けるようにしてふたたび突撃を開始する。
しかし、それは。

「言い忘れていたが、僕の二つ名は『青銅』。 青銅のギーシュだ。 よって君の相手は青銅のゴーレム『ワルキューレ』がする。 まぁ……。」
「なっ!?」

横から伸びた青銅製の腕に遮られ、肩口を掴まれる。
さらに強引にひきよせられ、

「楽しんでくれたまえ。」
「げぼっ!?」

腹へと強烈な拳を打ち込まれた。


  * * * * *


もろに青銅製の拳を腹にもらい、うずくまるサイト。 それを見下ろすワルキューレに、絶対的有利に高笑いをはじめるギーシュ。
さきほどルイズが横を駆け抜けていったので、いまごろは心配されたサイトが無茶をしている頃だろう。
そして自分はといえば。

「あら。 根性はあるみたいだけど、凄く弱いみたい。 ワルキューレにぼこぼこにやられてるわね。」
「根性があるのはいいけど、力の差がわかっているのにまだ正面から挑んでいるの? ほかにやりかたがあるのに……。」
「死んでも自業自得。」

近くの木に登り、えらく酷評なクルト達に決闘(一方的)のようすをイメージだけで伝えていた。
どうやら主人以外にも有効らしいこの力だが、接触が絶対条件なので肩甲骨のあたりから伸ばした鎖を握ってもらっている。
ただしキュルケ、たまに引っ張るのはやめてくれ。 頭上から鋼の塊が落ちてきてもいいのなら話は別だが。

「アリア。」
『キリリリリ。』

どうやら正解に伝わったらしく引っ張るのをやめたキュルケに満足していると、クルトに呼ばれたので返事を返しておく。
なんですか、マスター。

「止められる?」
『キュリリ……。』

そればっかりはやめたほうがよろしいかと。
いちおう否定の意思は伝えたが、納得してもらえただろうか。
なにせこれでも魔剣・インテリジェンスソード……つまり武器なもので、ガンダールヴの力は問題なく発動するだろう。
しかし、色々と特異な俺が武器になってやったところで勝ったのは俺のおかげだって話になるだろうし、直接止めるにしても今後原作の物語から大きくはずれてしまう可能性が高い。
それに、ほら。

「下げたくない頭は、下げられねえんだっ!」

ガンダールヴ無双がはじまるよ。


  * * * * *


一方その頃。 学院長室では、コルベールの口角泡を飛ばす勢いでの説明が続いていた。
春の使い魔召喚の際に、ルイズが平民の少年を。 クルトが特殊な能力を持つインテリジェンスソードと思われる剣を召喚してしまった事。
ルイズがその少年と『契約』した証明として現れたルーン文字が、気になった事。
そして、それを調べていたら……。

「始祖ブリミルの使い魔『ガンダールヴ』にいきついたということじゃね?」

オスマン長老は、コルベールが描いたスケッチをじっと見つめる。 妙に上手いそのスケッチの下には、これまた綺麗な字体で対応すると思われるルーン文字が書かれていた。

「そうです! あの少年の左手に刻まれたルーンは、伝説の使い魔『ガンダールヴ』の物とまったく同一の物であります!」
「で、剣のほうは?」
「そ、それはまだ調べ中でして……。 とにかく! あの少年は『ガンダールヴ』です! 一大事ですよ、オールド・オスマン!!」

冷静な指摘に一瞬たじろぐも、すぐにまた勢いよくつめよるコルベール。
髭をさわっていたオスマンは、とりあえず一歩下がっておいた。

「確かに、ルーンは同じじゃ。 ルーンが同じということは、その少年は『ガンダールヴ』になったという事になるのじゃろうな。 ……しかし、それだけで決めつけるのは早計すぎる。」
「それもそうですな。 第一、伝説の使い魔にしては頼りなく見えますし。」

コルベールが若干ひどい事を言うのと、ドアがノックされるのはほぼ同時だった。
オスマンが誰何の声をかける。

「誰じゃ?」
「ロングビルです。 ヴェストリの広場にて決闘騒ぎをしている生徒がいるようです。 大騒ぎになっているため教師が止めに入りましたが、生徒達の数が多すぎて収拾がつかないようです。」
「まったく、暇をもてあました貴族ほど性質の悪い生き物はおらんわい。 で、誰が暴れておるんだね?」
「一人は、ギーシュ・ド・グラモン。」

返答にオスマン氏はため息をつき、眉間を揉みほぐす。

「あのグラモンのとこのバカ息子か。 オヤジも色の道では剛の者じゃったが、息子も輪をかけて女好きじゃ。 おおかた女の子の取り合いじゃろうて。 相手は誰じゃ?」
「……それが、メイジではありません。 ミス・ヴァリエールの使い魔の少年のようです。」

顔をみあわせ、硬直する男二人。

「教師達は騒動の収拾の為、『眠りの鐘』の使用許可を求めております。」
「必要ない。 ただの喧嘩に秘宝は使えん。 教師ならば自力で収拾をつけてみせろと伝えてくれんかの。」
「わかりました、そのように伝えます。」

ミス・ロングビルの足音が消え、雑音の減った空間に自分の唾を飲みこむ音がやけに大きく聞こえるなか。 コルベールはオスマン氏をうながす。

「オールド・オスマン。」
「うむ。」

うなずいたオスマン氏は壁に掛けられた大きな鏡にむきなおると懐から杖を抜き、軽く振る。
鏡は答えるように燐光を鏡面から漏らすと、ヴェストリの広場の様子を写しだした。


  * * * * *


直前まで嬲られていたはずの者が、急に強くなり相手を逆に圧倒する。 少年誌等ではお馴染みの光景ではあるが、実際に見てみればこれほど違和感だらけで気持ちの悪い光景はあまりないだろう。
なにしろ全身打撲に骨折の種類をほぼ全て制覇。 さらに擦過傷に切り傷に裂傷にとただ動く事にも支障がでる身体で、健康な成人男性にもなかなかできない動きをするのだ。
異常であり、異端だ。
しかし、この場にそのような感想を持つ者はほとんどいない。
相手の身体の損傷具合を把握でき、なおかつどの程度の損傷でどの程度までの動きができるかを理解していなければ、異常である事に気づけない為だ。
逆にいえば、気づいている者もまた、そのような平和とはほど遠い戦う為の知識を持つ異端だといえる。
そして、その数少ない内の一人である彼女は自分の使い魔とともに歩きながら、ついさきほど終了した決闘においての異常について考えを巡らせていた。

(最初は明らかに素人の動きだったのに、剣を取ってからの動きには技術が使われていた。 まぁ、動きの繋ぎには無駄が多かったけれど。)

彼女……クルトの家であるフューエル家は軍人家系であり、『他者を護る者はまず自らを護ることができなければならない』を家訓としていた。 自身の妥協を許さない性格もあり、盲目にもかかわらずその戦闘能力は護身術の域を若干はみでていたりする。
その彼女をしての異端と言わせる程の異常を発揮した少年、サイト。
しかし、今は。

「ミス・ヴァリエール。 手伝いましょうか?」
「クルト? えぇと、大丈夫。 一人で運べるわ。」

大怪我をしているサイトを運ぶのが先だ。
生徒達のあいだをすりぬけて近くまできてみれば、ルイズはどうやら自分よりも大きいサイトを抱えようとして失敗しているようだ。
大丈夫と言いながらも途方に暮れている姿に、多少強引だが手を貸してしまうことにする。

「アリア、お願い。」
『キリリリリ。』
「きゃっ!? ちょっとまって、おろしてー!」

アリアが鎖から編みだした即席の担架にルイズごとサイトをのせたらしく、ゆすられる鎖群の音と悲鳴が聞こえる。
が、まぁ運搬には問題ないので。

「いくよ、アリア。」
『キリリリリ。』
「わかったから、運んでくれてありがとう! だからおーろーしーてー!」

教師に掴まる前にせめてサイトを医務室へ届けるべく、移動を開始するのだった。


  * * * * *


オスマン氏とコルベールは『遠見の鏡』で一部始終を見終えると、互いに顔を見合わせた。

「オールド・オスマン。 ……勝ってしまいました。」
「うむ。」
「ギーシュはもっともレベルの低い『ドット』メイジですが、それでもただの平民に後れをとるとは思えません。 それにあの動き、スピード! やはり彼はガンダールヴ!」
「むぅ。」
「これはもう、さっそく王室に報告して、指示を仰がないことには……。」
「それには及ばん。」

だんだん興奮してきたコルベールはそのままの勢いで進言したが、オスマン氏の重々しい一言で遮られる。

「なぜですか? 現代に甦った『ガンダールヴ』! 世紀の大発見ではありませんか!」
「ふむ。 どういう存在かは知っておるじゃろう?」
「それはもちろん。 始祖ブリミルの使い魔である『ガンダールヴ』。 その姿形は記述がありませんが、主人の呪文詠唱の時間を守るために特化した存在であり。 そのため『神の盾』とも呼ばれ、その力は千の軍勢をたった一人で壊滅させ、並のメイジではまったく歯がたたなかったとか!」
「うむ。 して、あの少年はどうじゃ。 伝説の存在に見えるかの?」
「それは……。」

オスマン氏にきかれ、冷静になったコルベールはようやくオスマン氏が何を言おうとし、何を危惧しているのかを理解した。

「……つまり、オールド・オスマン。 『ガンダールヴ』の存在は戦争の引き金になると?」
「そうは言っておらん。 じゃが、なぜただの平民が召喚され、契約をしただけで『ガンダールヴ』となったのか。 よくわかっておらぬうえ、王室の馬鹿共は戦争の強力な駒としてしか見ないじゃろう。 そんな者共に『ガンダールヴ』とその主人をまかせてはやれんのじゃよ。」

オスマン氏は重く、静謐な貫禄と共にそう言うと、窓際へと歩みよる。
窓から外を見やるその姿は、幾多の嵐を耐えぬき、木陰に子供達を遊ばせる大樹のようだ。

「他言無用じゃぞ、ミスタ・コルレル。」
「コルベールです。」

……しまらなかった。



[22272] 第1章 Ⅵ 月歌と月夜
Name: JTR◆f8076c5a ID:e037e48a
Date: 2010/11/01 01:41

廻(まわ)る、廻(めぐ)る。

双月の淡い光の下、他に動く者のいない塔の屋上にて。

歌う、謡う。

生命の歓喜の歌を。 死と再生の月光の謡を。

舞い、踊る。

屋上の縁を種子を運ぶ綿毛のように舞い、暖かな春風のように踊る。

時折跳ねる足元はまるで夢見るように。 しかし危なげなく。
優しく空を撫でる手は全てを慈しむように。 しかしひとつのみにすがり。
薄く開かれた双眸は全てを受け入れるように。 しかしその瞳はなにも写さない。

その光景はどこか矛盾していて。
しかし、たしかに調和していた。
そして。 万物がそうであるようにその光景もまた、永遠ではない。

「あっ。」

縁に寄り過ぎた足をすべらせ、彼女の身体は虚空へゆっくりと傾いでいく。
しかし、その表情には焦る色はなく。 ただ己の失敗を恥じる赤面と、絶対の信頼しかなかった。

『シャララララ……。』

そして、彼女の使い魔は当然のようにその信頼に答える。
彼女の袖口からすべりだした微細な鎖の糸がその身を伸ばし、すぐ側に座る鋼の獣の脱け殻へと絡みつく。
そのままゆっくりとひきよせると、主の身体をまっすぐに立たせた。

「……ありがとう、アリア。」
『キリリリ。』

主……クルトの声に、その背に剣の姿で背負われていたアリアは鎖の擦れる澄んだ音で答える。
同時に伝えられた心配するようなイメージに、クルトは微苦笑をうかべた。

「ごめんね。 嬉しかったからつい。 今度は広い場所でやるから、もう一回だけ。 ね?」
『キュリリリ……。』

まったく懲りていない様子の主人に、あきれたようなイメージとともに伝えられた感覚。 その感覚に、クルトの心はふたたび歓喜に包まれる。
まるで周囲の地形をそのまま頭に流し込まれるようなその感覚は、その知覚範囲全体が自分の身体になったかのような錯覚をおこさせた。

「……ゥ…。」
『キャリリリ!?』

聞こえないように小さく口の中でルーンを唱える。 それでも聞こえたのか慌てたようにアリアが声(?)をあげるが、もう遅い。
短いルーンの詠唱が終わり、杖を軽く振る。 それだけでクルトの身体は文字通り浮きあがった。
風を踏み台に一気に空へと駆け上がり、『広い場所』へと踊りでる。

「ね、広いでしょう?」
『キリリリ……。』

呼びかけるが、返事として伝えられたのはまるで観念したかのようなイメージだった事にクルトはくすりと笑い。
身体を風にのせて舞わせ、ふたたび歌を歌いはじめた。


  * * * * *



(まったく、新しい玩具を手にいれた子供みたいだな。 ……あ、子供か。)

クルトに伝える情報を処理しつつ、俺はため息をつく。
魔剣であるこの身には聴覚と嗅覚以外の五感はなく、かわりに周囲の一定範囲のありとあらゆる情報を手にいれる『ディテクトマジック』の応用のようなモノがある。
視覚を持たず、故に空間把握能力の高いクルトならば理解して扱えるかと考えてやってみたが、成功のようだ。 練習さえすれば常人にはありえない感覚を手にいれることができるだろう。
まぁ、この感覚は周囲の温度分布、大気や物質の組成に密度、力の大きさとベクトルその他様々な情報も同時に手にいれてしまうため、伝える前にできるだけ理解しやすくかつ簡素にしなければただの頭痛生産にしかならない。
というか前任者の人間のほとんどがこの感覚をもてあまして発狂しているあたり、人間には過ぎた感覚なのだろう。
俺はなんとか対応できたが、クルトにおなじ苦しみを与えるつもりはない。 空間把握に関係のある情報だけを抜粋して伝えている。

(……仮説はあたり、かな?)

そこまで思考してから、自分の変化に少し怖くなる。
ガンダールヴのサイトか虚無のルイズか、あるいはその両方か。 彼らを運搬する際に触れてから、自分の記憶と、前任者達の記憶の差がほとんどなくなってきている。
さっきのように、検索することなく自然に自分の物ではない記憶をおもいだし。 自分らしくない思考をする。
まるで今までの前任者達と混ざりあい、統合されていくように。
最後にそこに残るのは俺か、前任者達の中で最も優れた者か。
それとも、

(俺達を材料に新しく生まれるナニカ、か。 ……消えたくねぇなぁ。)

急速に薄れていく境界に、既にいくらか混ざった影響か、消えたくないという感情まで希薄になっている事実に背筋を冷やす。 背筋ないけど。

(まぁ、今は考えてもどうしようもない、か。 やりたいことはやっとくかな。)

まずは、歌おう。
俺がこの世界にしがみつく理由である少女とともに、俺だけの知識である歌を。

『tuKiアカリのモto、謳おう生命の歌を……。」
「アリア!? ……うん、歌うよ。 生命の讃歌を、月光の歌を。 いっしょに!」

驚くクルトも、すぐに喜びとともに声を重ねて歌い始める。
俺達の出逢いの原因となった歌を。 別れの後、俺をささえた歌を。
柔らかで優しい、月光の下で。


  * * * * *



「この声、『月歌』かしら。 もう一人いるみたいだけど、聞いたことない声ね……。」

窓の外からかすかに聞こえてきた歌に、私はため息をつく。
月の綺麗な夜にたまに聞こえてくるこの歌声は、皆のあいだで『月歌』とよばれている。
けれど、歌っているのが誰かはわかっていない。 生徒の誰かだという事まではわかってるんだけど……。
そこまで考えてからふと自分のベッドを見てみれば、そこには自分で寝かせた使い魔が寝ている。

「まったく、この馬鹿……。」

われながら下手だと思う巻き方の包帯で、ぐるぐる巻きの自分の使い魔。 平民の癖に貴族に勝った、少年。
正直、召喚した時には落胆した。 ゼロの自分には、召喚もまともにできないのかと絶望もした。
自分の使い魔であるサイトではなく、盲目の転校生の使い魔が自分の失敗魔法から私を守ってくれて。 そのくせ私の使い魔であるはずのサイトが私をからかってきた時には、本気で使い魔の再契約方法を考えた。
それでも、我慢した。 こんなのでも、使い魔だ。
主である私が召喚した使い魔だ。
なにかひとつでもいいところが、使い道があるはずだ。 そう信じてきた。

「アンタ、メイジ殺しだったんなら先に言いなさいよ。 そうしてたら……。」

そうしていたら、どうしていただろうか。
考えてみれば、ずいぶんとひどい境遇である。
故郷からいきなり見知らぬ土地へ召喚され、使い魔にされて。 ……サイトの話を信じるなら、メイジや貴族のいない異世界からきたらしいけど。
とにかく召喚されて、それなりに裕福な暮らしをしていたのにいきなり使い魔扱い。

「……すこしくらい、改善してあげようかしら。」

寝床にベッドのマットレスぐらいはあげよう。 食事も厨房に頼んで賄い食ぐらいは用意させてあげて……。

「……ぅぁ…ぁ……。」
「サイト!?」

うめき声をあげたサイトに、もう目がさめたのかと驚く。
二、三日は目がさめないだろうと言われていただけに驚きは大きく、おもわず身をのりだし。

「……勝ったからって抱きつくなよぉ、ルイズゥ……。」
「……待遇改善はなしね。」

大きな寝言に、色々なものを含んだため息をもらした。


  * * * * *



「あいかわらず上手いわねぇ。」
「ん。」

本塔の風下に位置する塔の、屋上。 屋内へ続く階段の影にわたし達はならんですわっていた。
わたしの『サイレント』とタバサの『集音』で作りだしたこの環境は、普段恥ずかしがって人前では歌わないクルトの歌声を聞くためだけに練習し、習得したものだ。
特にタバサの『集音』は盗み聞き等に使えるからか資料がろくにないうえに制御が難しく、狙った音だけを集めるのは大変だ。
だからわたしが『サイレント』で無音の空間を作りだして補助し、そこにタバサが『集音』でクルトの歌を満たすことでようやくまるで至近距離で歌を聞いているような気分になれる程になる。
でも、やっぱり。

「やっぱり近くで聞いたほうがいいわねぇ。」
「……ん。」

普段無表情なタバサが僅かに残念そうな表情になるのを見て、うなずいて見せる。
極々たまに、それこそわたし達の誕生日ぐらいにしか歌を聞かせてくれないクルトに、不満に思う時もある。
でも、この時だけは。 歌い手を知らない皆が『月歌』とよぶこの歌を聞いている時だけは、僅かな優越感と多大なやすらぎを感じることができる。

「タバサー、子守唄だからって寝ちゃだめよー?」
「っ……!? ぅん。」

いつのまにか子守唄に変わっていた歌に、こっくりこっくりとしていたタバサをつついてやる。 タバサが軽く頭を振って集中すると、いままでかかっていたノイズが消えてふたたび綺麗な歌声が響きはじめた。
いつも氷河のように凍りついているタバサの心も、この歌声には簡単に油断させられてしまうようだ。 ふたたび混じりだしたノイズとともにとろんと瞼が閉じかけているタバサに、少し笑う。
こてんと自分の肩にのった頭に聞こえないように、そっとつぶやく。

「ほんと、なんで貴女は貴女なのかしらね……。」

滅びゆく国の貴族であり盲目である彼女に、ここ最近みていなかったやすらかなタバサの寝顔を見せられない事を残念に思いながら。 わたしは毛布を手にとり双月をみあげた。



[22272] 第1章 Ⅶ 日常と遭遇
Name: JTR◆f8076c5a ID:e037e48a
Date: 2010/11/20 05:13
俺の1日は、朝日とともに始まる。
睡眠を必要としない俺にとっては、誰もが寝静まる夜は孤独そのものだ。 待ちに待った朝日を確認すると、記憶の海から現実に戻り行動を開始する。
またもや昨夜遅くまで歌っていたために熟睡中のクルトの腕のなかから床へと降りると、まずは全身の動作確認。 次に暖炉に『肺』の中身を捨て、部屋の隅に片付けてある水汲みバケツ(鎖で補強したアリア仕様)の取っ手をくわえた。
カーテンをひらいて部屋に朝日を呼びこみ、窓の縁にひっかけた鎖の具合を確かめると窓から外へとでていく。 そのまま水汲み場まで歩いていき、おなじく水汲みにきたメイド達と挨拶(額を足にかるくあてるだけ。 なぜか皆喜ぶ)。
撫でようとするメイド達をかわしつつ、水で満たされたバケツをくわえて窓から部屋に戻ればクルトがおきているので、準備ができるまで待機。

「クルトー、もういい?」
「いまいく。 アリア。」
『キュリリ。』

大抵はタバサなのだが、今日はキュルケのようだ。
迎えがきたら、一緒に食堂へ。 他愛もない話をするクルト達のあとについて移動し、席についたら足元の指定席でくつろぐ。
その後朝食が始まったら食事中に一旦離れ、厨房へ。

「なぁ、『我らの剣』! 俺はおまえの額に接吻するぞ!」
「苦しい、あと接吻はやめてくれよ。」

そこで毎度のように繰り返される寸劇をこれまたいつものように無視すると、シエスタの足をかるくたたいて注意をひく。

「あ、いつものですね。 ちょっと待っててくださいねー。」
「あれ? 使い魔の餌も用意してるんすか?」
「ああ、あいつらときたら注文するだけしてあとは俺達にまかせっきりで放置だ。 マシなのはここまで取りにきて自分でやっているようだがな。」

しばらくすわって(メイドやコック達の視線を無視しつつ)待てば、シエスタが練炭と火のついた炭を持ってきてくれる。
礼がわりにシエスタの足に頭を擦りつけ(勝者と敗者のため息を無視して)、さっそく練炭にかぶりつく。

「もしかして、あれがあいつの飯……?」
「いや、違うと思うぞ。 寒い日にしかこねぇし、たぶんクルト嬢ちゃんの暖房がわりなんじゃねぇかな。」

一番最初に練炭をもらいにきた時に、そう伝えたはずなんですが。
いまいち確実性に欠ける伝達能力に不安をおぼえつつも練炭を均一に砕き、飲み込んで燃料袋にためておく。
最後に『肺』に適量の練炭と飲み込んだ炭火をおくりこみ、ゆっくりと燃焼させれば準備完了だ。

「昼食の時も用意しておきますか?」
『キリリリ。』
「賢い猫だなぁ。 ……鎖でできてるし、でかいけど。」

前脚で触れつつシエスタに肯定を伝える。 あとはとくに用事もないので、なにやらこっちを見ている視線を無視しつつ厨房からでていった。

クルトのいる教室にむかって廊下を歩いていく。
途中、ミス・ロングビルの愚痴(ほとんどがオールド・オスマンのセクハラについて)につきあったり、撫でてくる人達をかわしたりしつつも到着。
すでに授業は始まっていたが、授業の妨害にならなければ使い魔は自由に行動してよいので遠慮なく入室。
クルトの足元までいき、『肺』の温度をあげつつ足によりそうようにまるまった。


  * * * * *


足元からつたわってくる熱でアリアが戻ってきたことを知り、私は安心からひとつため息をつく。
そして、たった数日で自分がいかにアリアに依存してしまっているかに気づいた。

(もう皆とも馴染んでいるみたいだし……。 本当、不思議。)

盲目の自分が補助なしで空を飛ぶことができるなんて考えもしなかったし、誰も知らない綺麗な歌をたくさん教えてもくれた。
なにより、本当の『家族』のように傍にいてくれる。
本当につらい時、悲しい時。 助けて欲しい時によりそい、助けてくれる。
まるで、私の欠けた部分をおぎなうように。 ふたつでひとつの双月のように。
だけど。

(今の私はもう小さな子供なんかじゃない。 自分で考え、行動できるから。)

だから、アリアにばかり頼るのはいけない。
第一、私達は『主人と使い魔』の前に、『家族』だ。 私からもなにかしてあげなくちゃ。
そこまで考えたところで、ふとアリアのやりたいこと、望みを知らないことに気づいた。

(アリアの欲しい物ってなんだろう? ずっと宝物庫にいたんだし……。 旅行、かな?)

考えてみるが、どれもいまいちピンとこない。
多少どころではない能力を持っているせいで忘れがちだが、あらためて考えてみれば、アリアは『インテリジェンスソード』なのだ。
まぁ、剣なのに鎖を操る能力があったり、自立行動ができたり。 そもそもの本体が連結刃の片手剣だったりと、製作者の目的がさっぱりわからないのはどうしようもないのでおいておくとしても。
元々武器なんだから戦いや争いを好むかといえば、そうでもなく。 以前ルイズの使い魔……たしかサイトだったか。 彼とギーシュが決闘騒ぎをしたときも、じっと静かに見ているだけだった。
だが、戦う事自体を否定するつもりはないようで。 周囲の状況を伝えてくれるあの感覚……『眼』を鍛練に取り入れるのは、むしろ率先してうながしてくれている。

……思考がそれた。

とにかく、私はアリアになにかをしてあげたい。
だけどなにをしてあげればいいのかわからない。
と、そこまで考えたところでようやく気づいた。
わからないなら、本人に聞けばいいのだ。

「アリア、なにかして欲しいことはある?」
『キュリリリリ……。』

方法がわかったならさっそく行動。 授業中なので抑えた声でたずねれば、困惑したようなイメージが伝わってくる。
だけど、アリアは少し待つだけですぐに答えを返してくれた。
伝えられたイメージは『月』と『歌』に『平穏』。 そして『共に』、『永遠』。
一瞬プロポーズかと思うくらいにそれは真剣で。
それもいいかな、と嬉しく思う私がいて。
すぐにその考えをふりはらう。

(そう、そんなわけない。 きっと『月』の下で『共に』『歌』って過ごす、『平穏』な日常が『永遠』に続けばいいって事なんだ。 うん、そうだ、そうなんだよ? だってそうじゃなきゃだめなんだし、そもそも愛ってなに? おいしいの!?)

結局ふりはらえずに動揺する私に、アリアから不思議そうに心配する感覚が伝わってくる。
その感覚は、最初の考えがはやとちりで、後者のほうが正解だと教えてくれた。 でも、一度そんな考えをしてしまったから。

(そもそも私にはまだ好きな人なんていないし、アリアは家族……そう家族! だから別に家族に初恋をしても……いまのなし! なしだよ!?)

結局、その日の授業の内容はほとんど頭にはいってこなかった。
でも、アリアは少なくとも共に過ごす日々を嬉しく感じてくれているということがわかって、私も嬉しい。
……ただ、授業中に挙動不審気味になってしまい、後でキュルケ達に色々と心配されたのはとても恥ずかしかった。
それに私は恋なんてしていないし、するつもりもない。

絶対に。


  * * * * *



「クルト、おかしかった。」
「またいつもの『発作』かしらねぇ。 ……最近は見なかったから大丈夫かと思ってたけど、これは重症ね。」

昼食後の休み時間。 中庭にしつらえられたテラスの丸テーブルで紅茶を飲んでいた二人は、先ほどまで一緒にいた共通の友人を思いため息をつく。
その友人はといえば、自身の使い魔とともに厨房へいっておりここにはいない。

「あの子、他人に頼らず全部溜めこんじゃうタイプだから……。」

言いながらあらためて思いだす。 彼女の強さを。 そして弱さを。
彼女の祖国アルビオンでは、いまだに内紛が続いている。 そして彼女の家族が属する『王党派』は、数に勝る『貴族派』に徐々においつめられているのだ。
それにもかかわらず、クルトはとりみだすこともアルビオンの家族のもとへ駆けつけようともしていない。
ただ、時折届く戦況を集めているだけだ。
以前、そのことについて怒ってしまったことがある。 なぜなにもしないのか、と。

『私は、父様と兄様に望まれてここにいる。 ……それに、父様達は約束を破ったことはないもの。 絶対に大丈夫だよ。』

そして、その答えで気づいてしまった。
盲目の彼女は、戦争においてはただそばにいるだけで周囲の足枷になってしまう。 それがわかっているからこそ彼女はなにもしないのだと。
家族への絶対の信頼をのせたその微笑みに、私は彼女の強さを見た。
盲目というハンディキャップにもかかわらず成績は上位で、普段の生活においてもほとんどを一人でこなしてしまう。

でも。

やはり耐えきれなくなる事もあるのだろう。
クルトが『月歌』の正体だという事に気づけたのも、朝から様子がおかしかったのを不審に思った私達が後をつけたからだ。
普段なら気づく距離にいた私達にも気づくことなく彼女は歌い、涙を流していた。
まるで悲しみを、苦しみを洗い流すように。

「……でも、いつものとも違った。」
「そういえばそうね。 どちらかといえば誰かを意識してしまっている……ような。」

そういえば妙に周囲を気にしていたし、注意力が散漫になっているのか何度か段差に足をひっかけかけていた。
普段からおちついて物事に対処するクルトがこんな状態になる原因。

「恋ね! とうとうあの子も愛を知ってしまったのね!」
「あい……?」
「そう! 愛よ!! 相手は誰かしら、あぁもう相談してくれればいいのに!」

若干不機嫌に見えるタバサをおいてけぼりにしてキュルケの想像(妄想)の翼は遥か彼方まで飛んでいく。
タバサはしまいにはくねくねしながらトリップしてしまったキュルケを無表情に見ていたが、しばらくしてなにかしらの結論がでたらしく唐突にたちあがるキュルケを見上げる。

「今夜に決行よ! じゃあね、タバサ! まっててねダーリン♪」
「………。 ?」

いったいなにがどうなればその結論がでるのか。 慌ただしくかけだしたキュルケを見送ったタバサは首をかしげて数秒考え。

「………。(ふるふる)」

自分にはわからないと首をふり、思考を放棄。
夕食にでるはずのはしばみ草料理に思考をきりかえるのだった。


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