ルーアン地方編
第二十二話 少女レンとノバルティス博士
※原作と違った設定が多いこの連載ですが、零の軌跡の大きなネタばれを防ぐため、レンの家族の詳細についてはぼかしてあります。
<ルーアン市 遊撃士協会>
やっとの事でルーアンの遊撃士協会に到着したエステルは、ヨシュアと共にルーアン支部所属の移転手続きをしていた。
「これで、君達はルーアン支部の所属になったわけだ。アネラスと3人で、ジャンジャンバリバリ働いてもらうからよろしく頼むよ!」
「ようやく会えたねぇ、ボース支部から連絡を受けて会える日を楽しみにしていたんだけど」
明るい調子で言うジャンとは対照的に、ルーアン支部を拠点にしている遊撃士カルナが落ち着いた微笑みを浮かべると、エステルは顔を青くして頭を下げる。
「す、すいませんっ! お仕置きだけは勘弁して下さいっ!」
ショウリョウバッタのように頭をペコペコと下げるエステルを見て、カルナとジャンは大声で笑い出した。
「あはは、私はシェラザードみたいな事はしないよ。そりゃあ、どうしようもないバカにはシェラザード仕込みのムチをお見舞いするけどね」
「で、でも、カルナさんはとても厳しいってアガット先輩が……」
「アガットは両親と共にこの街に引っ越してきた時、生活が荒れていてね。街の不良グループの若頭になったところをカルナにこらしめられたのさ」
「あの時は私もムキになってしまってね、カシウスさんが止めてくれなければ、第100回目の勝負まで行くとこだったよ」
ジャンとカルナの説明を聞いて、エステルはホッとして顔を上げた。
「本当にキツイのはジャンの方さ、休む間もなく調子良く仕事を入れてくるからねぇ」
「今、ルーアン地方は選挙期間中だから忙しいのは本当さ。だから人手が増えてくれて助かるよ」
「アネラスさんやアガットさんも、すぐにジャンさんに仕事を頼まれて行ってしまったんだよ」
ヨシュアがそっとエステルに耳打ちした。
そう言われてエステルがギルドの中を見回すと、アネラスとアガットの私物がそのまま放り出されて手付かずのまま放置されているのに気が付いた。
「じゃあ君達にもさっそく仕事に行ってもらおうかな」
「ええっ、でもあたしはルーアン市に着いて右も左も分からないんですけど」
「カルナに先導してもらうから問題ないだろう。仕事の内容は観光客が多いこの街の現状を知ってもらうのにピッタリの内容さ」
ジャンに急かされたエステルは荷物をその場に置いてカルナとヨシュアと一緒にルーアン支部での初仕事に取り掛かる事になってしまった。
選挙運動の掛け声が響くルーアン市の雑踏に足を踏み出したエステル達。
けたたましい鐘の音が鳴り響くと、カルナは困った顔になり舌打ちをした。
「今からなら間に合うかもしれない、行くよ!」
カルナが訳も分からずぼーっと立っているエステルの手を引っ張ると、ひきずられるようにエステルは走り出した。
カルナ達は人混みをかき分け、ルーアン市を南北に横断する大きな川に掛かる大きなはね橋を北から南へと渡りきった。
渡り終えた3人の後ろではね橋がつり上げられて行った。
「な、何だかとっても忙しいわね」
「この程度で息を切らしていちゃ、ルーアン市の仕事はやってられないよ」
「カルナさんはさすがですね」
「そりゃ、普段から小型の動力砲とか担いだりするからね」
全力疾走したのにもかかわらず、エステルとヨシュアと違ってカルナの息は穏やかだった。
「説明の手間が省けたね。あれがこの街の象徴でもあるラングランド大橋だよ」
「凄い、まるで橋が万歳しているみたい」
観光客達もエステルと同じ感想を持っているのか、中にはカメラを持って写真を撮っている者も居た。
「昔と違って今は朝、昼、晩の3回の決められた時間だけつり橋があげられるようになっているのさ」
「ふーん、なるほど……って、あそこに居るのは」
カルナの説明を聞いたエステルは納得したようにうなずいた後、人混みの中に誰かを見つけたのか駆け寄った。
仕方無くカルナとヨシュアも顔を見合わせてついて行った。
「ナイアルさん、ドロシーさん!」
エステルに声を掛けられ、ナイアルとドロシーは振り向いた。
「よう、お前さんのおかげでカシウス・ブライトの特集が組めてあの号は売れに売れたぜ」
「ナイアル先輩も特別ボーナスを編集長さんからもらえたんですよ」
「まあ、こいつ関連のトラブルの借金を返したらスッカラカンになってしまったけどな」
「相変わらずね」
2人の話を聞いたエステルは軽く笑った。
「お久しぶりです」
「やっぱりヨシュアも居たか。お前ら2人セットで見ないと落ち着かないからな」
ナイアルが後から来たヨシュアに気が付いて声を掛けた。
「ナイアルさん達は取材でルーアン市に?」
「当たり前だろ、プライベートでもこいつと一緒に居るなんて冗談きついぜ」
「私は一人前になるまでナイアル先輩と一緒に居られるんですよ」
ヨシュアの質問に面白くなさそうな顔で皮肉を返すナイアルに比べて、ドロシーは嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「まったく、こんな中年男のどこがいいのかね」
「何を、俺はまだ20代……ってカルナさん」
「カルナさんは、ナイアルさんをご存じなんですか?」
「ああ、下らないゴシップ記事ばっかり書いていて、トラブルも何件か起こしていたしね」
カルナがウンザリしたようにため息を吐きだすと、ナイアルは不満そうに言い返す。
「そんな、俺は正義に目覚めたんですよ! 今回の市長選で裏金が動いているって情報が……」
そこまで言って、ナイアルは自分の失言に気が付いたのか口を手で押さえた。
「ふうん、そりゃあ聞き捨てならない話だね。でも、私らは仕事に向かうところなんだ。ほら、そろそろ行くよ」
カルナがエステルとヨシュアに立ち去るように促すと、ナイアルは身を乗り出して尋ねる。
「何ですそりゃ、特ダネですか?」
「いや、酔っぱらった旅行者の相手さ。……それより」
カルナは真剣な顔になってナイアルを見つめる。
「その裏金の話が本当なら、気をつけるんだよ。特にその子を巻きこまないようにね」
「解ってますよ」
ナイアルが答えるとカルナは満足したように背中を向けて歩き出した。
エステルとヨシュアもナイアルとドロシーに別れを告げ、カルナの後について歩き出した。
「あたし達、酔っ払いの旅行者の相手をするの?」
「エア=レッテンの関所でわがままな旅行者が暴れていて迷惑を掛けているらしいんだ」
「そんなの関所の兵隊さんに逮捕してもらえば良いんじゃないの?」
「エステル、相手は観光客なんだからなるべく力でねじ伏せるような事は好ましくないんじゃないかな」
「ヨシュアの言う通りさ、特に外国の旅行者相手は扱いが難しいからね、そこで私達が説得にかかるわけさ」
「なるほど」
エステル達が港の近くへさしかかると、大きな水音と船乗り達が集まっていた。
何事かと思って少し近づいて見ると、そこには不安そうな顔でオロオロとしているアネラスが立っていた。
「どうしたんだい?」
「あ、カルナさん、エステルちゃんとヨシュア君も。実はメルツさんが海に飛び込んじゃったんです。それで潮に流されそうになって……」
「なんだって!?」
カルナの質問に答えたアネラスの言葉を聞いて3人が海の方に視線を向けると、遊撃士の服装をしたショートカットの青年が手足を動かして泳いでいた。
どうやら沖に流されないようにもがくだけで精一杯のようだった。
船乗り達が慌ててボートを出そうとしている。
「おばあさんの入れ歯を探す依頼で、メルツさんが海に入れ歯が浮かんでいるのを見つけて飛び込んじゃったんです」
アネラスがそう言うと、カルナはあきれてしまったのかため息を吐きだした。
無事、メルツはボートに引き揚げられ、船乗り達に助けられた。
「まったく、遊撃士が逆に助けられてどうするんだい」
「面目ないッス!」
カルナに声をかけられてメルツは大きな声で返事を返した。
「紹介するよエステル、こっちがルーアン支部の遊撃士のメルツ」
「どうも、ご紹介にあずかりましたメルツッス!」
「あ、あたしはエステルです」
エステルは差し出されたメルツの手を取って握手を交わしたが、髪から水滴をドバドバと垂らしてあいさつをするメルツの姿はどことなくおかしかった。
「ほら、早くギルドに戻って着替えてきな。そのままじゃあ風邪引くよ」
「風邪を引いても食べて直すから大丈夫ッス!」
「そうだよね、風邪を引いてもおいしいものをたくさん食べればへっちゃらだよね!」
「お、エステルさんとは話が合いそうッスね。今度おいしい飯屋を紹介するッス」
「その話はまた今度にしな」
メルツとエステルの話が盛り上がりかけたところに、カルナが水を入れて話は終了となった。
カルナは少しイラついた感じでエステルとヨシュアに声を掛ける。
「さあ、だいぶ時間を食っちまったけど、今度こそ急いでエア=レッテンに行くからね」
<ルーアン地方 エア=レッテンの関所>
ルーアン市からアイナ街道を駆け抜け、エア=レッテンに着いたエステル達は関所の入口の兵士がソワソワと落ち着きの無い様子で見張りに立っているのを目撃した。
最初、その兵士はエステル達を観光客と思い込んでいたが、カルナの胸につけられていた遊撃士の紋章に気が付くと名前をヴェルソと名乗り事情を話し始める。
「中での騒ぎはまだ続いているようだから、俺も落ち着いて見張りが出来ないだ。どうかよろしく頼むよ」
ヴェルソに入口の門を開けてもらい中に入ると、関所の通路には歓声を送る旅行者であふれていた。
「何の騒ぎですか?」
ヨシュアは廊下に居る旅行者の1人に声を掛けた。
「わがままな旅行者を説得して見せるって、女の子が名乗り出たんだよ」
「ええっ?」
「今、食堂でその子と旅行者が言い争いになってる。俺はもちろんその子を応援するぜ」
驚いたエステル達は食堂へと向かい、人混みの影から中の様子をのぞきこんだ。
すると、関所の兵士達が見守る中で、10歳ぐらいの少女が玉ねぎ頭の貴族――デュナン公爵と言い争っている姿が見えた。
公爵の側にはこの前エステルが見かけた執事の老人が控えていた。
「だから、ここは公共の物なんだから、貸切にしてしまうなんて事は法的に許されないのよ? まったく、おバカさんね」
少女に小馬鹿にされたデュナン公爵は、顔を赤くして怒り心頭に発してしまっている様子だった。
「この、言わせておけば……」
「閣下、お気を静めて下さい」
「黙れ、フィリップ! 私に対する無礼な口を利くこの女子、許さん!」
デュナン公爵が少女に手をあげそうになったので、エステル達はあわてて食堂の中へと突入した。
「ちょっと、止めなさいよ!」
「何だ貴様らは」
「この紋章が目に入らないわけ? あたし達は遊撃士よ!」
少女とデュナン公爵の間に割って入ったエステルは自分の胸につけられた準遊撃士の紋章を指差して見えを切った。
「遊撃士風情が邪魔をするな!」
「これ以上迷惑行為を続けるなら、あんたを逮捕するんだから!」
エステルがデュナン公爵に人差し指を突き付けると、デュナン公爵は鼻で笑う。
「ふん、そんな事できるわけないだろう」
「なんですって!」
「エステル、王族の不逮捕特権と言う法律があって、僕達遊撃士もそれに従わないといけないんだよ」
「ヨシュアの言う通りさ、今の私達にできる事は民間人の保護。この子を安全な場所に移す事だけ」
「お姉さん達、私を助けに来てくれたの?」
その少女が尋ねると、カルナは小さくうなずく。
「そうさ、あのおじさんが怒りだして危険な感じだからこっちへおいで」
カルナが少女を連れて食堂の外に出ようとすると、デュナン公爵はイラだって怒鳴りつける。
「何と言われても私はここを貸し切りにするからな!」
「なあ、俺達は剣と銃の訓練しか受けていないんだ、遊撃士なら交渉とかお手の物だろう、頼むよ」
「元々そのつもりで来たんだし、仕方無いね」
部屋の入口に居た兵士に声を掛けられ、カルナは少女をエステル達に預けると、またデュナン公爵に向き合う。
「閣下、ルーアン市長が今夜の夕食会に是非ご招待したいと申しておりました」
カルナから発せられた言葉を聞いて、エステルとヨシュアが驚いて目を丸くした。
そんな予定は全く聞いていなかったからだ。
すると、デュナン公爵は少しだけ怒りの表情を和らげる。
「ほほう、それでお主達は迎えの者か。しかし、私はこのエア=レッテンの夜景を楽しむ事に決めたのだ」
「なんと、このような薄汚い場所にお泊りになられては、閣下のご体調を崩されてしまうかもしれません」
大げさに驚いてカルナがそう言うと、デュナン公爵の顔に動揺が走る。
「確かに言われてみれば不衛生な気が……」
「ああっ、閣下の足元にでっかいゴキブリがっ!」
「フィ、フィリップ、助けたもうれ!」
カルナがデュナン公爵の足元を指差してそう言うと、デュナン公爵は目を回して床に倒れた。
「まさか、気絶してしまうとは思わなかったね」
しばらくの沈黙が流れた後、他の旅行者から拍手喝さいがカルナに浴びせられた。
「カルナさん、凄い!」
「見事な演技でしたね」
「こうして手荒な手段に訴えない事が大切なんだよ、ちょっとやりすぎてしまったかもしれないけど」
エステルとヨシュアに言い聞かせるようにカルナは語りかけた。
「このたびは閣下が迷惑をおかけしてすいません」
「少しあの公爵さんを甘やかしすぎだね」
謝りに来たデュナン公爵の執事のフィリップにカルナはそう言い放った。
「そうよ、そんなわがままが通るわけ無いってレンぐらいの歳の子でも解るのに、いい大人がみっともないわ」
「恥ずかしながらその通りでございます、本当に申し訳ありませんでした」
先ほどまでデュナン公爵と口論をしていた10歳ぐらいの少女――レンにもなじられてフィリップは恐縮した様子でエステル達に頭を下げながら医務室に搬送されるデュナン公爵について行った。
「さてと、ずいぶんとしっかりした子だけど、親はどこに居るんだい?」
「パパとママはクロスベルに居るわ。リベールにはレンだけで来たの」
カルナに尋ねられたレンは微笑みを浮かべながらそう答えた。
「えーっ、この子1人で外国から!?」
エステルは驚いて口を大きく開いて大声で叫んだ。
「家の人が心配しているだろうから、遊撃士協会で保護して連絡をしないと……」
「その必要は無いわ、だってレンは博士と一緒に来てるんだもの」
ヨシュアが不安そうな顔をしてつぶやくと、レンはあっけらかんとしてそう答えた。
「博士?」
「ほら、あそこに居る」
レンが白髪の老人を指差すと、向こうもレンに気が付いたのか穏やかな笑みを浮かべてゆっくりと歩み寄って来た。
「レン、そこにおったのか」
「失礼ですが、あなたは?」
ヨシュアが事務的な口調で尋ねても、その老人は気を悪くした様子も無く柔らかな笑顔で答える。
「私はノバルティスと言う老人ですよ」
「あなたがあの有名なノバルティス博士ですか!?」
ノバルティス博士が名乗ると、ヨシュアとカルナは驚きの声を上げた。
「そんな博士ともてはやされるほどのものではありません」
「ノバルティス博士って、有名なの?」
「ほら、おもちゃの光線導力銃とかで有名な《十三工房》の人じゃないか」
「ええっ、それじゃあまるでサンタさんね!」
「サンタさんとは面白い事を言うわね」
ヨシュアから博士の事を聞いて驚いたエステルの言葉を聞いたレンは愉快そうに笑った。
「その子は博士のお孫さんですか?」
「いや、この子は私の知り合い夫婦の子なのですが、私がツァイス中央工房に行くと聞いたらついて来て、この関所では突然かくれんぼをしようと言い出して、全く困った子です」
カルナの質問に対してノバルティス博士はそう言って大笑いした。
ノバルティス博士の方も、レンのいたずらには微笑ましい出来事だと思っているようだった。
「あんまりいたずらをして博士に迷惑をかけるんじゃないわよ」
「ふふ、エステル程じゃないわよ」
「何ですって!?」
「だって、エステルって腕白でパパとママに迷惑を掛け通しみたいな感じがするもの。違う?」
「残念ながら当たりだよ」
ヨシュアは深々とため息をつきながらレンの問い掛けに答えた。
「なんでヨシュアが答えるのよ!」
反論できないだけに、エステルはほおを膨らませた。
そして、カルナ達はレンとノバルティス博士がカルデア山道に入って行く所を見届けると、エア=レッテンの関所を後にして、アイナ街道を戻って行った。
「あのレンって子、賢そうだけど生意気な子だったわね」
「はは、ルックといい、クラムといい、エステルって素直になれない子に好かれる事が多いよね」
「まったく、迷惑だって言うの」
「まあ子供に好かれるって言うのは遊撃士にとっていい事さ、さあ気合入れな、ルーアン市に戻った後もたっぷり仕事はあるんだからね!」
こうしてエステル達がルーアン市に来て初めての仕事は終わったのだった。
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