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クローズアップ2010:2人殺害・横浜裁判員裁判 死刑選択、負う市民

 裁判員裁判で初めての死刑判決が16日、横浜地裁で言い渡された。昨年5月の裁判員制度開始から1年半。1日の耳かきエステ店員ら2人殺害事件の判決で、東京地裁は死刑求刑に対し極刑を回避したが、男性2人が殺害された今回の事件は、「行為の残虐性」が究極の刑罰を選択させた。一方、市民が法律の下、人の生命を奪う結論にかかわり、12年をめどに行われる制度の見直しや死刑制度の存廃を巡る議論を活発化させる可能性もある。【北村和巳、石川淳一】

 ◇「生きたまま切断」重視

 「想像し得る殺害方法の中でも最も残虐な部類に属する」。横浜地裁の死刑判決が理由で最初に触れたのは、殺害方法の残虐性だ。池田容之(ひろゆき)被告(32)は、被害者の1人の首を生きたまま電動のこぎりで切断して殺害した。被害者2人が「最後に家族に電話させてほしい」と懇願しても聞き入れなかったが、これも「極めて冷酷」と批判した。

 ともに2人が殺害された事件で検察側が死刑求刑した横浜地裁と東京地裁の裁判員裁判。東京地裁判決は無期懲役(確定)で、被告に対する判断は「生と死」で分かれた。

 両判決とも、死刑選択の基準「永山基準」に基づき▽動機▽殺害方法の執拗(しつよう)性、残虐性▽事件後の情状--など9項目の論点に沿って死刑を適用すべきかどうか検討したと明記している。プロの裁判官だけの裁判と同じ枠組みだ。

 殺害方法については東京判決も、被害者2人がナイフで何度も刺されたことから「残虐性は言うまでもない」と述べている。しかし、それ以上の言及はなかった。

 動機についても認定が分かれた。横浜判決は「被害者2人とトラブルのあった者から、覚せい剤密輸の利権を得たいという極めて身勝手かつ利欲的な動機で、全く面識のない被害者を殺害しており、酌量の余地はない」と述べた。東京判決は耳かきエステ店への来店拒否が発端で身勝手としつつも「女性店員に強い好意を抱いていたのに拒まれ、うつ状態を悪化させての犯行。極刑に値するほど悪質とは言えない」とした。

 ただし、東京の裁判員の1人は「永山基準は裁判官による裁判のもの。自分の気持ちを大事にした」と語った。それが反映されたとみられるのは、被告の反省に対する判決の指摘だ。「恋愛感情はないということにこだわり、相手に配慮しない言動は許し難い」としつつ「被告なりの反省の態度は相応に考慮すべきだ」として積極的に酌んだ。

 一方、横浜の裁判員によると、永山基準を根拠に評議は進められていたという。判決は、被告が公判で遺族の証言を聞いた後、謝罪の意を表すなど内面の変化があるとしながら、「遺族の精神的苦痛を和らげるものとはなっておらず大きく評価できない」と指摘。被告に有利な事情に関しては、死刑回避の十分な理由に当たるかどうか判断すべきだとした山口県光市の母子殺害事件の最高裁判決(06年)に沿って「自首や反省といった事件後の情状について議論を尽くしたが、行為の残虐性や動機の悪質さなどと比較すると極刑回避の事情とは評価できない」と結論づけた。

 横浜の事件が強盗殺人罪、死体損壊・遺棄罪に問われる一方、東京の事件は金目当てなどでなく、事件の性質も異なっていた。

 ◇重い負担、見直しの声

 裁判員が死刑判決にかかわることは負担が大きく、論議の的になってきた。

 国民の司法参加を導入する国のほとんどが、日本と同様に殺人などの重大事件を審理の対象としている。しかし、欧州や韓国などでは死刑が廃止・停止され、市民が死刑判断に加わるのは日本や米国の一部州など少数だ。

 現役裁判官は「極刑は裁判官にも大きな負担で、国民に負わせていいかという議論はあるが、社会のルールを守る意識が強い人なら心理的負担は多少あっても意見を言うだろう」と語る。最高裁関係者は「死刑制度を持ち、法定刑も幅広い日本では市民が死刑選択に関与するのは避けられない。法曹三者が適切な運用をしていく必要はあるが、突き詰めれば、死刑制度の是非という問題になる」と話す。

 制度開始から3年後に当たる12年をめどに裁判員制度は必要がある場合は見直される。死刑判決のあった16日、見直しについて有識者らが議論する法務省の「裁判員制度に関する検討会」の会合が開かれ、委員からは死刑判断の負担について意見が出された。

 委員の1人の山根香織・主婦連合会会長は「死刑宣告が裁判員にとって過酷すぎるなら、対象範囲の見直しも検討対象になるかもしれない」と発言。座長の井上正仁・東京大大学院教授は「死刑も身近な問題として(市民に)考えていただくことが重要」と述べた。議論は来年以降に本格化するが、死刑判断をこのまま市民にさせてもいいのかどうかは、テーマの一つとして浮上する可能性もある。日本弁護士連合会では「死刑選択は裁判員6人と裁判官3人の全員一致を必要とすべきだ」との提言も出されている。

 ◇遺体写真「確認を」/被告の人間性「感じて」 検察側と弁護側、効果的立証狙う

 結審まで6日間の審理では検察側、弁護側とも裁判員に配慮しながらも、それぞれの主張を効果的に印象づけようとする姿勢が際立った。

 「求刑を先に述べます。被告を死刑に処すべきと考えます」。10日の論告で検察側は、通常は最後に行う求刑をいきなり冒頭に持ってきた。検察幹部は「先に言った方が裁判員に分かりやすいと思った」と説明したが、極めて異例の対応で、裁判員に死刑相当であることを強調したと言える。そして「被告が死刑にならないなら今後、我が国で死刑判決はあるのか」と結んだ。

 1日の初公判では、白い表紙つきの資料を配布した。資料は、切断されて発見された遺体の一部の写真。「重要な証拠。無残なので表紙をつけているが、可能な方は確認してほしい」。30秒ほど時間を取り見てもらったが、まゆをひそめる裁判員が目立った。凶器の電動のこぎりも示され、作動させる状況を撮影した映像は音声を消して流された。

 悪質性や残虐性を強調する立証。同じく死刑が求刑された耳かきエステ店員ら2人殺害事件の審理でも、裁判員の精神的負担を考慮して被害者2人の遺体写真6枚を白黒に変換して手元のモニターに映したが、評議などで見てもらうことを想定し、カラー写真も証拠提出した。

 遺族感情の強さを打ち出したのも特徴だ。今回の公判では被害者2人の遺族の調書を詳細に朗読したうえ、4人の証人尋問や意見陳述を行った。これに対し弁護側は死刑適用は極めて慎重になるべきだとして、「ほんの少しでもためらう気持ちがあるなら回避しなければならない」と訴えかけた。結果の重大性などについては認めたうえで、「被告に人間性を感じていただきたい」と繰り返し、被告を前にした裁判員の心を揺さぶろうとした。

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 ■ことば

 ◇永山基準

 4人を殺害した永山則夫元死刑囚(97年執行)に対する83年の最高裁判決が示した死刑選択の基準。(1)事件の性質(2)動機(3)殺害方法の執拗性、残虐性(4)結果の重大性(特に被害者の数)(5)被害感情(6)社会的影響(7)被告の年齢(8)前科(9)事件後の情状--を総合考慮し、刑事責任が重大でやむを得ない場合には死刑適用も許されるとしている。

毎日新聞 2010年11月17日 東京朝刊

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