俺と鬼と賽の河原と。生生世世
0001 7/6 14:34
閻魔妹
今週の日曜日だけど。
二人で出かけてみないかしら?
0001 7/6 19:55
薬師
Re:今週の日曜日だけど。
すまん、休日出勤で行けそうにないんだな、これが。しかも午後から憐子さんに連れまわされるらしいんだ。
0001 7/12 17:32
閻魔妹
明日仕事の後空いてる?
レストランのチケットがあるのだけれど、行ってみない?
0001 7/12 20:11
薬師
Re:明日の後仕事空いてる?
悪い、明日は先約があってな。前さんと飲みに行くんだ。
0001 7/15 15:21
閻魔妹
そう言えば今日は来る日よね?
今日は美沙希ちゃんに料理を作りに来る日でしょ? どうせだから、一緒に買い物したいのだけど。
0001 7/15 16:31
薬師
Re:そう言えば今日は来る日よね?
あー、すまん。由美が熱出してて、しかも今日誰も家にいねーんだ。
0001 7/24 17:31
閻魔妹
演劇のチケットが手に入ったのだけど。
二枚で貰ったもので、どうせだから貴方と一緒に行きたいんだけどどうかしら? 七月の二十八日よ。
0001 7/25 15:31
薬師
Re:演劇のチケットが手に入ったのだけど。
丁度その日に来客があるんだ。まあ、愛沙と春奈なんだが。
「貴方は何度女の名前を出すのかしら……。しかも悪気も自覚もないのだから始末に悪いわ」
はあ、と呆れたように溜息を吐く女性は、誰もが振り向くほどの美貌を持っていた。
優しく波打つ髪は絹糸が如く。長いまつげに縁取られた瞳はまるで宝石のように。
正に銀髪の麗人と呼ぶにふさわしい。
しかし――。
――このクソ暑い中に家で真っ赤なドレスなのはどうかと思う。
0001 8/6 19:30
閻魔妹
明日だけど。
会えないかしら?
0001 8/6 19:35
薬師
Re:明日だけど。
問題ないな。
0001 8/6 19:35
閻魔妹
Re:明日だけど。
え、夢じゃないの?
0001 8/6 19:39
薬師
Re:明日だけど。
何をいっとるんだお前は。
0001 8/6 19:39
閻魔妹
Re:明日だけど。
じゃあ明日午後四時に駅前で会いましょう。そのまま夕食に行くつもりだからそのつもりでね?
0001 8/6 19:45
薬師
Re:明日だけど。
おう。
0001 8/6 19:45
閻魔妹
Re:明日だけど。
じゃ、じゃあ、念を入れて三時間前位から待ってるわ。
0001 8/6 19:51
薬師
Re:明日だけど。
なんか今日のお前さん怖いな。
其の五 俺と私の八月七日。
「暑い……、超あっつい。暑いスペシャルゥ……」
「薬師様」
「なんだ藍音」
「脳に何か不思議なものでも湧きましたか」
「いきなりだな」
「いえ、唐突に薬師様が横文字を使用するのはあまりにも不吉で、不肖藍音、身震いが収まりません」
どうでもいいが、不肖とは父に似ず愚かな、という意味らしい。この場合藍音の父親は俺に当たりそうなので、不肖で正解だと思う。
似てもろくなことにならんぜ。
「それにしてもあっついな」
「そこは私も同意しますが」
「汗一つかかずに言う台詞か」
「主人が望むのでしたら、メイドは汗腺だって閉じます」
「メイドぱねえ」
だが、なんというかまあ、とにもかくにも暑いのだ。
平均気温三十八度。暑いってか熱い。すごく熱い所の話ではなくて、煉獄暑い。
ちなみに、火龍とかサラマンダーとか暑いのが好きな奴らの住む地方は、最高気温七百六度を記録したらしい。
もう高いんだか低いんだかわからんが。
ともあれ暑いのだ。去年はこうじゃなかったはずだ。
しかし暑い。じめついていないのが幸いながら、しかしこれはからっとしすぎじゃないかと思う。
洗濯物も乾きまくりで困ってしま……、いや別に困らないか。
ってのは置いておいて、だ。ただ、ひたすらに暑かったのだ。
俺が涼しくなるのを諦めるほどに。
「ただ、もしも主が濡れ透けメイドを望むのでしたら水だってなんだって被りますが」
「無理すんなよ」
暑い暑いと言ったとて、社会に居る以上は止められない平常運航というものがある。
俺とて社会の歯車よ。
ま、わかりやすく言えば、暑いからといって仕事に行かない訳にもいかないし、約束を反故にする訳にも行かないぜ、という訳だな。うむ。
ただし、このクソあっつい中スーツは御免だったので、着物を着流しに俺は道を歩く。
だがしかし、黒い着物はよく熱を吸収して、要するに暑い。
そも、本来の要素は黒い色による水気の確保で、五行思想的に少し涼しい的な恩恵があるはずなのだが――、そんなのは嘘だ。
もしくは、焼け石に水とでも言えばいいのか。
時刻は、十二時半。
正に暑い時間帯であった。
約束の時間は午後四時、なのだが……、三時間前から待っているということは、要するに一時に来いということではなかろうか。と、想うのだ。
まあ、その言葉自体が冗談であっても問題ない。
その際は、どこか適当な店を選んで、冷えた店内で時間を潰すのがいい。
そう、家電量販店なんかが、狙い目でお勧めだ。
ちなみに、うちにクーラーなんてハイカラなもんは存在していない。純和風建築舐めんな。
まあ、その気になれば一時的に涼しくすることは可能ながら、しかしそいつはここまで暑いと疲れるのでやりたくない。
楽して涼しくなりたいもんだねぇ。
なんて考えながら、心なしか人の多い気のする商店街を俺は歩いていく。
「む、逆に家の中の方が蒸し暑いのか、もしかして。皆クーラーついてる店目指して歩いてたりしてな」
暑さのあまりに、独り言も呟く俺。
そして、駅まで三十分あれば余裕だな、なんて携帯を見て考えた。
携帯には、新着メールが一件。多分、閻魔妹、由比紀からだ。
今日は何を浮かれているのか、それともイカれているのか、由比紀からのメールが二十件目である。
それも、なにしてる? とか楽しみね、とかそんな感じの返信し難い類のものだ。
俺は、ため息交じりに携帯を懐に仕舞いこんだ。メールは見ないまま。
もしかしなくても、これは怒ってるんじゃないだろうか。心当たりはある。ここ一月なんの因果か由比紀の誘いは都合の悪い日にやってくるので、仕方なく断り続けた訳だが、その件に関して嫌味を吐いてるんじゃあるまいか。
俺は、早く出てきて正解だった、と俺の英断をほめたたえる。
ただでさえ、怒っている。そんな状態なのに、駅前でこの暑い中三時間待ち続ければ、怒り怒髪天をつくのを通り越していっそ有頂天である。
よし、とっとと駅前に行こう。
決意を新たに、歩みを進める。
そんな最中だった。
「ば、ばあさんが、ばあさんがっ」
後ろから、しわがれた老人の声。
むう? この天候で熱中症でも起こしたか?
そう思って振り向いたら――、
「暑さのあまりばあさんの理性が焼き切れたぁっ!!」
「ヒーハァッ! ロックンロォールッ!!」
俺の腰元に来るか来ないかのちんまいばあさんが、半狂乱で首を高速回転させながら、秒間七十八回のタップダンスを踊っていた。
「……夏だなぁ……」
「たっ、助けてくだされソコノヒトォ!」
「うわぁ、普通に巻き込まれたっ」
爺さんが、俺の腰元に抱きついた。逃げだしたいが、逃げにくい。
アメフトとかラグビーとかを彷彿とさせる掴みで、離そうとしてもびくともしない。
このまま爺さんを引きずっていくのは可能だし、限界まで力を込めればどうにかすることだけは可能だと思う。
しかし、前者はそんな状態で待ち合わせに行くのは有り得ない。
そして後者は……、そう、カブトムシが服にくっついたと考えて欲しい。そして、カブトムシのしがみつく力は存外強い。それを無理に引きはがそうとすれば、わかるな……?
俺の、常人離れした腕力は、老人に決して癒えない傷を残すだろう。婆さんとの別れの前に首と胴の泣き別れが……。
とすれば。
「この婆さんをどうにかするしかない」
のであるが、しかしまた、
「とはいっても俺にはどうしようもないぜ爺さん。救急車でも呼んでくれ。黄色い奴な」
という訳だ。狂乱する婆さんを止める術を俺は知らない。
しかし、爺さんは首をふるふると横に振った。
「わしではどうにもなりませんが、貴方なら、若い人なら大丈夫です」
「何をするんだよ」
「目の前に、壊れたテレビを想像してください」
「おい」
「ぼぐしゃあっ、と」
「いいのかそれ」
多分、俺がやったら死ぬぞ。
◆◆◆◆◆◆
一方その頃。
「……こんな時に、こんな時に限って、子供にならなくていいじゃないっ」
縮んだ背に、子供のような童顔。否、正に子供。
二 由比紀。彼女は月一のペースで背が縮み、幼女化する人間である。
「えっと……、服は。いっそ美沙希ちゃんのを借りて行きましょう」
前使っていたブラウスとプリーツスカートがあるはずだ、と由比紀は箪笥を開け、それを着てみる。
「少し大きいわね……。でも、そうね、これはこれで……」
ちなみに、大きいのは当然である。由比紀は現在言ってしまえば小学低から中学年まで。
閻魔は幾ら小さくて子供っぽく見えても、まあ……、控えめに言って高校生。ぱっと見中学生なのだから。
まあ、しかし、小さい子がサイズの合わない服を着ているというのは、それはそれで。
「やっぱりいつもドレスじゃ飽きられちゃうかしら……。うん、これで行きましょう」
薬師にはそんな感性ないんじゃないだろうか、と思わなくもないが、そこを突っ込む人間はどこにもいなくて、由比紀はそのまま家を後にした。
そして――。
「はぁはぁ……、君、可愛いね」
「……変態ね」
やけに長身の眼鏡の男に引きとめられた。
「変態じゃない。断じて。紳士だよ。ジェントル」
「そう、で、その紳士さんがなんの用なのかしら?」
「君に服を贈らせて欲しいのさ」
そう言って、歯を光らせる男。
うわぁ、面倒くさそう、と内心由比紀は溜息を吐く。
「あのね、怪しすぎるわ。変態さん」
言うと、男は大仰に両手を広げた。
「僕は紳士だ。紳士にして真摯っ、ロリにハァハァすることはあっても決してノータッチっ!!」
「それをどう信じろと?」
「信じられないなら、この両の腕を切り落としてもいい!!」
うわぁ、無駄にハイスペックでハイテンションな変態だわ……、とやっぱり由比紀は溜息を吐いた。
「贈るだけ贈ってみなさい。何考えてるのか知らないけれど、評価はその後考えるわ」
こういう手合いにはなにを言っても無駄。むしろ強引に拒否すると、逆上しかねない。
そう考えて、由比紀はとりあえず服を贈られてみることにした。
◆◆◆◆◆◆
あー……、色々とあったのだが、とりあえず、俺は婆さん止めることに成功した。
い、いや、息の根じゃなくてだな。俺の心温まる説得によって婆さんは思いとどまったのさ。
『いいのか、婆さん、お孫さんが泣いているぞー!』
『Hey,Hey,Hey!! Come on! 』
『そりゃあもう号泣だー、ナイアガラだっ。むしろ俺が泣きたい位だからなっ!! 赤の他人が泣きたい位だからお孫さんはそれはもう男泣きだよっ! えっ? 孫いない? いや、むしろいる。いるって、孫。泣いてるさ。心の中の十二人のお孫さんがっ! 優しい孫から男らしい孫まで、ツンデレ孫からヤンデレ孫までよりどりみどりのお孫さんが号泣だよっ。お孫さんが泣いているぞー』
全孫が泣いた、感動巨編であった。
『ウラジーミル……、ツルゲーネフ……、アレクセイ、ヴィクトール、シモン……、セルゲイ。ルドルフ……、ピョートル、ニコライ、マクシーム……。ゲオルギー……、グスターブ。すまんかったね……』
『何故全員ロシア人っぽいんだ』
ちなみに婆さんの名前は高田梅代というらしい。
高田ウラジーミル……、か。
「ああ、ありがとうございました。お若い人。お礼にこれを差し上げます」
爺さんが渡して来たのは白くて細長い棒のようなもの。
「なんでお前は千歳あめをバラで持ってるんだ」
俺の問いは、どこにも届かず、空に消えた。
そうして、俺の歩みは再び始まる。
大分時間を取られてしまった。急がなければならない。
時刻は既に一時を過ぎている。
速足気味に俺は歩く。
――そんな最中。
「うっ、生まれるぅ!!」
高い、女の声。
振り向くと、そこには妊婦が横たわっていた。
むう、陣痛でも始まったのか?
「わ、私とサイクロプスさんの子がっ、生まれっ……!」
……。
「無茶しやがって……。いや、それが若さか……」
若いっていいな。種族の壁とか、大きさの壁とかぶち抜いてやがる。
「ってぼんやりしてる場合じゃねえなっと」
この場合、救急車を呼ぶより俺が走った方が早い。
◆◆◆◆◆◆
「やはり少女は白のワンピースだろう……」
紳士は、由比紀に白い清楚なワンピースを与えると、背を向けて去っていった。
「あら、意外と素直に帰るのね」
「俺は紳士さ……、幼女の顔を不快に歪めるのは、紳士のやることじゃない。紳士に立ち去り、家で妄想に浸るとするさ……」
片手を上げ、男は去っていく。
「なんだったのかしら……」
貰った服に怪しい所は見られない。
正にただの服だ。着ている服はサイズが合っていないので渡りに船だったと言える。
問題ない、と由比紀は断じて、気を取り直し、待ち合わせの場所に向かった。
待ち合わせの時間までかなり猶予がある。
と、一つ肯くと、今一度決意を新たにする。
陽射しのきつい昼であった。
「ああ、これは困った。困りました」
そんな昼に、文字通り困った様な声。
思わず、由比紀はそちらを振り向いた。
待ち合わせに向かう、とは言えど、由比紀は腐っても閻魔の妹。
公明正大な執政者の妹なのだ。
困った人間を無碍にはできぬ。
「どうしたのかしら?」
困り顔の、細長い中年を由比紀は見上げる。
声をかけられた中年は、由比紀に気がついて、視線をそちらに向けた。
「ああ、これは可愛らしいお嬢さん。私はすぐさまこの手紙を届けねばならぬのですが……、先程、血気盛んな若者に押されてしまい、持病の椎間板ヘルニアが……!」
「急ぎの手紙なの?」
「そうなのですっ。息子夫婦が祖父の死に目に立ち会えるかどうかの――!!」
「……」
由比紀はそこまで聞いて、考える。
時間は? かなり猶予がある。そろそろ一時だが、待ち合わせはその三時間後。
これなら、問題ない。
「私が届けるわ」
「えっ!? いいのかい?」
「ええ、そのくらいなら、ね」
陽射しに目を細めながら、由比紀は笑った。
◆◆◆◆◆◆
「……なんとか、なったな」
「元気な男の子ですっ」
祝勝の空気の中、俺は病室を出る。
時刻は――、既に四時を過ぎていた。
そう、病院に運ぶまでは良かったのだが、その先が、問題であった。
『まずい……、人手が全然足りないな』
『なー、看護師はどうしたよ』
『実はですね……、ほとんどの人員がいっせいに有給を……。あと熱中症で』
『もうやだこの病院』
とかなって。
『誰か、誰かこの中に出産に立ち会った経験のある方はいらっしゃいませんか!?』
でも、誰もいなかったのだが、
『あ、わし』
さっきの爺さんとは違う別の爺さんが、手を上げ。
『あるんですか!?』
『いや、わしじゃなくて、わしの従えとるソロモン七十二柱のうちにいるかも』
『誰か、誰かこの中に出産に立ち会った経験のある魔神はいらっしゃいませんか!?』
『出産に立ち会った経験のある魔神ってなんだ』
『あー、我あるわ』
『お名前は!?』
『バアル』
『バアルさんですね!? こちらに!!』
とかいった末、無事に胎児は出てきたのだが……、
『なっ、へ、臍の緒に刃が通らないっ……! くっ、誰か、誰かこの中に破邪の銀、ミスリル製の武具を持った人間はいないか!!』
『そうそういねーよ』
仕方ないので二十四時間営業、いかがわしい店、下詰神聖店に走る羽目となった。
で、最終的に、臍の緒切って、ミスリルの剣は誕生祝いに生まれた子にあげました。
そうして、やっとの思いで俺は病院を出ることができたのだ。
「ありがとうございました……、貴方にこれを」
「流行ってんのか、それ」
頭を深く下げた看護士が渡して来たのは、千歳あめ。
細長い棒状の飴を、俺はため息交じりにくわえて、再び歩き出す。
そして、病院の前である。
「オレンジは、オレンジはいりませんか?」
「ふはっ、見つけたぞ! こんな所でオレンジなんか売りやがって!!」
「いや、やめて、誰か! 助けてください!!」
病院の前。
そう、そこで俺は再び大きく溜息を吐いた。
「……またか」
◆◆◆◆◆◆
そうして、そこから始まる大冒険を薬師が体験している頃、由比紀もまた、大分焦っていた。
時刻は四時過ぎ。
そう、手紙の届け先は、異常に遠かったのだ。
そして、急ぎで届けてもらおうにも、小さくなった姿では、閻魔の妹であると末端にまでは信じてもらえず、電車に揺られて速攻で行って帰って来たのだ。
帰って来たのだが――、
「おかあさぁあああん!! どこぉおおお!?」
「またなのね……」
今度は迷子か。
と由比紀も溜息を吐いた。
◆◆◆◆◆◆
「八時、か。ここまできたら行くだけ行くか」
堅茹で卵の風情で千歳あめを咥える男こと俺、如意ヶ嶽薬師は、やっと町の大地を踏みしめ駅前へ向かっている。
色々とあった。
オレンジ売りの少女の姉が不治の病だとかで、まさか火龍のキモを取る羽目になろうとは。
ともあれ、俺は妙に上向いた気分で、貰ったオレンジ片手に駅へと歩く。
正に徹夜明けのなんとやらって奴だ。もう何が来ても驚かん。
ぎらぎらとした目で歩く俺。
そんな時、目前から、異常なドレスの人間が迫る。
驚かんと誓った俺だが、少々それには目を奪われた。
由比紀でドレスは見慣れたつもりだったが、格が違うドレスそれが俺の目を奪っている。
劣化版幸子。俺はその女をそう名付けた。
大層美しい女だった。光の当たり具合で桃色を彷彿とさせる金の髪が、ただの街灯をまるで舞台照明に変えている。
そして、引きずる様なドレスは、まるで花嫁のように白い。
果たして、なにが来る――!?
身構える俺。そして――、彼女は。
そのまま俺を通りすぎていった。
「……おかしいな。巻き込まれないぞ?」
……いや、巻き込まれる方がおかしいんだよな。
◆◆◆◆◆◆
「八時、流石にもういないわよね……」
迷子を送り届けて、その後も困った人々を助ける羽目となり、この様。
由比紀は駅前で溜息を吐いた。
せっかくのチャンスだったが、縁がないということだろうか、と由比紀は顔を歪める。
そして、駅前のベンチに、疲れに任せて些か乱暴に由比紀は座った。
そんな最中である。
由比紀の視線の先に、影が差した。
思わず由比紀が顔を上げる。
しかし、
「君、可愛いね。いくつかな? こんな所に居ると危ないよ? おじさんとこようか」
待ち人、来たらず。
その上、
「今回のは、紳士じゃないみたいね……」
ということである。
乱暴に由比紀の腕を掴む男。
普段なら、この程度の男なら焼き土下座だが、しかし今の由比紀はただの子供の力しかもっていない。
そして、疲れも相まって、上手く抵抗もできやしない。
「やめて……! くれないかしら!!」
振りほどこうにも、無理。
このままでは連れて行かれてしまう。
なんて最悪な一日だろう、と由比紀は溜息を吐いた。
そろそろ、体が元に戻る頃だ。そうなったら、どうにでもなるのだが、些か、気分は最悪。
いい加減涙が出そうだ、とそう考えたそんな時。
「あー、そうだな。――待ったか?」
訂正。意外と良い一日だ。
由比紀は、疲労で妙に上がったテンションに任せて、現れた男に微笑んだ。
「――いいえ、今来たところよ?」
待ち人は、とりあえずとばかりに、何故か持っていたオレンジを、中年の顔にぶちまけた。
◆◆◆◆◆◆
「目がっ、目が……!! くぅ、あふれ出る液体が、涙なのか、蜜柑汁なのかすらわからない……!! 明日はどっちだ……!!」
そんな台詞を背にして、俺と由比紀はとっとと逃げた。
まばらな街灯が照らす中、街にあったベンチに俺と由比紀は乱暴に腰を下ろす。
「……流石にもう会えないかと思ったわ」
「俺も二、三度諦めかけたな」
肩を上下させて息をする由比紀に、俺は苦笑いを返した。
「これから、どうしたらいいかしら?」
投げやりに、由比紀は笑う。
「お昼ごはんも食べてないの」
「同じくだ」
仕方ないので、俺も投げやりに笑った。
「しかし、ここまでおかしいってのはなぁ。暑さで頭ぶっとんでんのか。皆」
「そうね……、疲れたわ」
違和感があるほど、事件満載だ。暑すぎるってのはこんなにも凄いことなのか。
ふう、と溜息。
そもそも、俺達何するつもりだったんだっけか?
……。わからない。
「あら、戻ったみたいね」
そう思った瞬間、ふと、横を見たら由比紀はいつもの姿に戻っていた。
そして、不意に思いついた顔。
「ねえ、このまま帰ったらここまで来た意味がないわよね?」
「そーさな」
苦労に見合わん。
実にそう思う。そして、今日はいらん体験ばかりした、と考えれば余計に肩から力が抜けた。
「じゃあ、こういうのはどうかしら?」
言うと同時、ずいっ、と由比紀が体を乗り出す。
俺と由比紀が急接近する。
由比紀は、妖艶に笑った。
「ねえ」
「おい」
「なに?」
一時停止した由比紀に、俺は言い放つ。
「誠に言いにくいのだが――、濡れ透けであると」
「えっ……、ひゃあっ!」
由比紀は、慌てて離れて、自分を抱きしめるようにして体を隠した。
子供の服を着たまま大人に戻ったせいで、服はぱっつんぱっつんで、白く布地が薄いおかげで、走った際にかいた汗でぬれてすけすけ。
「あっ……、えと、その……!」
「どうにか隠せと言いたいんだが、すまん、今日に限って上着の一つも持ってねー」
言った瞬間、由比紀は何事かを迷うように、ごにょごにょと何事かを呟いていた。
「うぅ……、どうしましょ……、と、とりあえず隠すにものは……」
きょろきょろとあたりを見回す由比紀。
そして、俺と目が合った。
「え、えいっ」
「ぬお?」
そして、不意に俺に抱きつく。
「あの……、しばらく貸してね?」
「お前さんがそれでいいならいいけどな」
苦笑七割、溜息三割で俺は呟いた。
まあ、前面が晒されるのはこれで防げるであろう。
しかし、気まずいな。
顎の下からひたすら見上げられるのは、なんとも居心地が悪い。
いい加減どうにかしたい、と口を開こうとした矢先である。
「ねえ」
「なんだ?」
出掛かりを潰され、思わず俺はぶっきらぼうに返す。
対して、俺を見上げる由比紀は、笑うでもなく言葉にした。
「……星が綺麗ね」
俺は、生返事を返す。
「そーさな」
「知ってる? 北海道なんかじゃ、今日が七夕なのよ?」
「あ? そーなんか」
旧暦の七月七日と、新暦の七月七日が違うことは知っているが、ぶっちゃけよう、天狗と七夕は関係なかったので詳しくない。
「ちなみに東京の七月七日のが晴れる確率は三割位だそうよ?」
「博打だな。だから八月にやったりするのか」
「そうね。でも、そんなことはどうでもよくって……」
妖艶な笑みではなく、まるで少女のように笑って由比紀は言う。
「――今日の私達って、織姫と彦星みたいじゃない?」
「あー……、そうかもな」
確かに、ここに来るまで一月掛かってるからなぁ。
うむ、なんつーか。
「お前さんは、そう、あれだ。ロマンチストという奴なのか」
「女の子は、いつだって、現実的でロマンチストなのよ?」
「ふーん、そうかい」
呟いて、空を見上げる。星は綺麗だった。
「ま、俺にゃ彦星は無理だがな」
「そうなの?」
そりゃあそうだ。会いたい時に会いに行くのがいい訳で。
「年に一度を待ってるのは性に合わん。最悪天帝暗殺するわ」
「貴方らしいかもね」
しかし、所でなのだが――。
「いつまでこうしてればいいんだ?」
そんな俺の言葉に、ぽつり、と由比紀は呟いた。
「……もう少し。このままで――」
「……とりあえず。千歳あめでも食うか?」
―――
其の五。北海道では七夕ながら、雨が降っております。
とりあえずカオスでした。多分熱があったのとやたら暑いせいだと思います。
返信。尚、前回の返信はこんがらがりそうなので前回の方に書いております。
奇々怪々様
それでも事実を否認する。残念政治家の如き薬師はやっぱり一般人じゃないです。一般人は迷いなくおっさんの目にオレンジの汁を入れられません。
そして、由壱はいつの日か不動の由壱として神への階梯を登って行きそうですね。精神的にやばいです。
まあ、薬師がよく変なとこに気がついて、必要な所をスルーするのは平常運航の証です。きっと。
そしてそして、夏の暑さは薬師の脳内も侵蝕気味の模様。薬師が女性関係で癪とか、世界が一個滅びましたね、多分。
miz様
いやあ、二スレ目です。なんとなく、すっきりして気分が上々な感じですね。
それで、人物紹介に何かが抜けている……、ですか。気のせいでしょう、多分ですが。ええ、はい。
まあ、追加すべき人たちもいるのですけれどね。まあ、ちらほらと。
しかしながら、本登場するまでは乗っけれないキャラとかちらほらいたりしまして。
シズヒサ様
風邪も復活しました。熱があるのに気温が高いとどこかにバンジーして風を感じたくなります。
実際やったら色々まずいですけどね。今年が冷夏だとか言ったのは一体どこのどいつなんだ。
とりあえずまあ、寝てたら脱水症状で死ぬんじゃないかと思うレベルで汗だくでしたが、なんとかなりました。
まだまだ届けるべき鬼っ子成分やらメイド成分に、猫耳成分まで存在するのでまだまだ死ねません。
悪鬼羅刹様
検索かけて初めて知りました。壁にでも話しかけてろ。
薬師が壁に話しかけたら取り返しのつかないことになりそうですが。フラグが立ちそうで怖いです。
というか付喪神が宿ったり、超自然的でオーガニックなパワーが働いたりしてでもフラグが立ちそうです。
誰か薬師の口塞いでください。手段は問わない方向でお願いいたしたい。
通りすがり六世様
りょ、両親に最初も最後もあるものかっ! という訳で誤字報告感謝です。修正しておきます。
悟りを開いて人外化しそうな由壱の話だったと思います。前回は。いえ、確実にそうです。
由壱としては、周りに一般人が一人もいませんからね、悟りでも開かないとやっていけないんじゃないですかね。
憐子さんのポニテは、私の趣味であると同時に、他にも意味がある、予定です。ええ。どうせなので。
SEVEN様
荒れ果てた荒野や、水の無い砂漠を緑でいっぱいにする、遠く長い作業が、この先待っているんですねわかります。
ただ、どう考えても荒れ果てた荒野に例えられているのは明らかに褒められてはいないですね。けなされてます。
柱は、なんというかもう、心の中のアイドルということでいいのではないかなと思います。家になくてはならないものですし。
まあ、その内柱擬人化して薬師とひと悶着ないとも限らんのですけどね。ええ。
Eddie様
男子三日あわざれば刮目して見よ。というように、一年もあれば由壱も悟りを開きます。
果たして成長したのか、それともぶっこわれたのかわかりませんが、とりあえず全てを許容する存在になりかけてます。
明日は一体どっちなのか。そして、いつの日か由壱が一般人じゃなくなる日は来るのだろうか。
風邪の方は、意外とあっさり治りました。暑くて寝にくかったのだけが苦行でしたよ。
光龍様
先生もポニーテールになったりと大忙しです。しかもポニーテールすごく長い。一メートル以上あるんじゃないっすかね。
銀子は、なんの影響かエロさ上昇中。しかし、妖艶なっていうか下ネタ方面におけるエロさだから救えない。
師匠は、これからも乙女チック街道まっしぐらだと思います。迷うことなく真っ直ぐに。
まあ、乙女っぷりで言えば由比紀の方が数段パワフルですけどね。あそこはもう手遅れです。
志之司 琳様
ポニテの憐子さんです。和服ポニテ、これはガチ。貴方とは一晩語りあえそうです。ただ、ポニテにも意味があります。
伏線です。私名物ことわかりにくい伏線のようです。まあ、でも勘のいい人がいて、ひやっとさせられましたが。
朴念仁が癪とか言ってる件に関しては、夏の暑さで脳に蛆が湧いたんだと思います。もしくは奇跡です。
銀子は、春奈より学力は上ですが、頭悪いです。馬鹿と天才が何とやらってやつですね。ただ、濡れ透けな美女に抱きつかれてても動揺しない薬師に違和感を感じない私は末期です。
最後に。
首を高速回転させながら、秒間七十八回のタップダンスは地獄では意外とポピュラーなのかもしれない。