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[24349] 斬~KILL~ 新説平成サムライ物語 (斬)
Name: さむそん◆de8d36e0 ID:b7a86dde
Date: 2010/11/15 22:01
その他板の皆様、お久しぶりです。初めてお会いする方ははじめまして。
性懲りもなく新連載を始めたさむそんです。

本ssは、2006年に週刊少年ジャンプで連載されていた漫画「斬」の二次創作です。
ただし、独自展開・独自設定が満載の上、原作の漫画が短期連載作品だったため原作に追いついた後は(続けば)オリジナル展開に入る予定なので、最終的に「斬」の名と設定を借りたオリジナルssみたいになる可能性があります。
そのため原作のキャラ・設定・話をこよなく愛している方は、閲覧の際は注意をお願いします。

また、執筆する際のモチベーションによっては数ヶ月単位で間隔が空ことがあるかもしれませんが、その時は気長にお待ちください。



[24349] 壱ノ太刀「辻斬りと転入生」
Name: さむそん◆de8d36e0 ID:b7a86dde
Date: 2010/11/17 21:18
 ―――四月六日 戌ノ刻



 河川敷に面した夜の並木道、風に揺れる桜並木の下を走る一つの影。少女だ。竹刀袋を片手に携え、月島弥生は急ぎ帰路に就いていた。
 辺りに人の姿はない。弥生の耳を打つのは自分自身の足音と息遣い、そして腰でカチャカチャと響く金属音だけである。
 今日は剣道の稽古がいつもより長引いてしまった。春休みは今日で終わり、明日からは新学期が始まるというのに。
 焦る弥生の左腰には、白鞘に納められた一本の刀。走る弥生に合わせてカチャカチャと音を立てている。それは道行く者がいれば、揃って奇妙と言うであろう格好だった。

 明治の頃、侍とともに刀はその姿を消していった―――というのは映画などでよくある話で、実際に刀はなくなるなんてことはある筈なかった。
 サラリーマン、芸能人、はたまた高校生まで、誰もが昔のように刀を命と称し、腰に下げている。が、それはあくまで男の話。女の弥生が帯刀しているのはやはり珍しい。
 法律の上では、満15歳になれば男女ともに刀を持つことを許される。だが実際に帯刀している女性は皆無に近しい。武士を名乗るのも男だけだ。
 男女平等の世の中とはいえ、「刀は武士(おとこ)の特権」という江戸地代以前からの風潮は、現代でも根強く残っているのである。そんな中、弥生は極々少数派な女流武士の一人だった。

 風が強くなってきた。吹きつける風が枝を揺らし、飛ばされた桜の花びらが雪のように頭上から舞い落ちる。弥生は急に心細くなった。
 そう言えば、最近辻斬り事件が巷を騒がせている。もしかしたら、この辺りにも出没するかもしれない。
 もしも今、噂の辻斬りに遭遇してしまったら―――返り討ちにしてやる。思わず腰の刀に手をのばした刹那、剣戟特有の甲高い打撃音が不意に弥生の耳を打った。
 弥生の心臓が大きく跳ねた。走るペースが自然と上がり、気づいた時には全力疾走。引き寄せられるように音の発生源へ向かう。
 剣劇の音が止んだ。ほぼ同時に弥生も足を止める。もう走る必要はない。闇の中、弥生に背を向けるように誰かが立っている、左手に握る抜き身の刀、足元に転がる複数の人影。
 今度こそ弥生は息を呑んだ。夜の往来で刀を抜いているなど明らかに普通ではない。辻斬り。少し前に頭をよぎったその単語が、再び弥生の脳裏に蘇る。
 人通りのない夜の並木道、抜刀した不審者、足元に倒れる被害者。真剣勝負とも雰囲気が違う。状況証拠は完璧。弥生の中で、目の前の不審者と噂の辻斬りが等号で繋がった。

「辻斬りめ、覚悟っ!!」

 竹刀袋を投げ捨て、弥生は腰の刀を抜刀。怒号とともに不審者の背中に斬りかかった。弥生に気づき、不審者が背後を振り返る。
 暗がりで顔はよく見えない。だが背丈はほぼ同じ。詰襟の黒い上着は学ランだろうか。ならば相手は同年代の少年? 頭の片隅で憶測を巡らせながら、弥生は刀を振り下ろす。

 瞬間、鮮やかな火花が闇の中に散った。弥生の斬撃を少年が左手の刀で受け止めたのである。弥生は瞠目した。不意を衝いた一撃をこうも容易く防がれるとは思わなかった。
 それだけではない。弥生は両手で剣を握り、思いきり打ち込んだ。全力の一撃、だが相手はそれを左手一本で受け止めたのだ。しかも無造作に。恐るべき腕力である。
 少年が手首を返し、刀の上を滑らせるように弥生の刃をいなした。バランスを崩し、弥生が大きくつんのめる。が、足を踏ん張り、振り向きざまに再び斬撃を放った。
 袈裟掛けに振り上げられた弥生の刀を、少年は半歩ずれることで躱した。間髪入れず、弥生が今度は刺突を繰り出す。が、やはり軽々と避ける。
 続けざまに放たれた横薙ぎの斬撃を、少年は跳躍して躱した。そのまま弥生の頭上を飛び越え、着地する。弥生は愕然とした。太刀筋が完全に見切られている。

 不意に弥生の背後でカチンと音が鳴った。振り返ると、少年が刀を鞘に納め、弥生に背を向けて歩き出そうとしていた。
 帰ろうとしている? 勝負する価値もないと侮られた? 弥生は刀の柄を握り締めた。ふざけるな! 一瞬で頭に血が昇り、弥生は刀を振り上げて少年の背中に斬りかかり―――、













 目を開けると、視界いっぱいに白い天井が飛び込んできた。知らない天井だ。ツンと鼻をつく消毒液のにおい、ここは病院だろうか?

「あたし、どうして……?」

 ズキズキと痛む頭に片手を当て、弥生はゆっくりとベッドから身を起こす。瞬間、弥生の胸に鈍痛が走った。患者衣をめくると、胸に包帯がサラシのように巻かれている。
 その瞬間、弥生は全てを思い出してきた。河川敷で辻斬りらしき少年に出会ったこと、刀を抜いて立ち向かったこと、そして―――手も足も出ず返り討ちに遭ったこと。
 弥生は情けなさに項垂れた。格好悪い、穴があったら入りたいくらいだ。剣道五段、剣の腕前にはそれなりに自信があった。だがその自信も、今回の一件で砕け散った。

「やっぱあたしなんてこんなモンなのかなぁ……?」

 弥生は落胆の息を吐いた。女だから弱いなんて言わせたくない、女も武士を名乗る資格があると証明したい。そんな思いを胸に今まで頑張ってきたのに、結果はこの有り様だ。
 こんなことでは自分の夢、女を武士として日本中に認めさせるのはまだまだ遠い。挫けかけた心を叱咤するように、弥生は頬を両手で打った。病室にパチンと乾いた音が響く。
 その時、ノックとともにドアが開き、白衣を着た医者や看護師が病室に入ってきた。聞けば弥生は昨晩救急車でこの病院に運び込まれ、ずっと眠ったままだったのだという。
 胸の怪我だが、医者の診断ではただの打撲らしい。骨にも異常はなく、二、三日で退院できるそうだ。一緒に倒れていた他の被害者達も、全員命に別状はないとのことだ。
 弥生はふと首を傾げた。おかしい、自分は確かにあの時、あの辻斬りの少年に斬られた筈だ。この程度の怪我で済む筈がない。
 それにあの河川敷は、夜には殆ど人が通らない。そんな場所で、一体誰が自分を見つけ、救急車を呼んでくれたというのか? 謎は深まるばかりだった。







 それから精密検査や警察の事情聴取などで瞬く間に日が立ち、弥生が学校に復帰したのは始業式から一週間も経ってからのことだった。

「弥生ぃーっ! 心配したんだからぁ!!」

 新しいクラス、2年C組の教室に入るや、まるでタックルするように弥生に飛びつく女子生徒が一人。中学時代からの親友、飛鳥である。

「例の辻斬りに遭って入院してたって聞いたけど、身体はもう大丈夫なの?」

 心配そうな顔で尋ねる飛鳥に、弥生は「大丈夫」と笑顔で答える。改めて周りを見渡すと、見覚えのある顔がちらほらと教室に見える。彼らが新しいクラスメイトだ。
 そんな中、弥生が全く知らない顔がいた。窓際の最後列の席に座る男子生徒である。この学校、都立無双高校に入学して一年になるが、あんな生徒は見たことがない。
 だがその一方で、弥生はその少年の顔に奇妙な既視感を感じた。最近、どこかで彼の顔を見たような気がする。だが学校ではない。どこで見たのか思い出せない。

「ねぇ飛鳥、あの子は?」

 少年を指差しながら尋ねる弥生に、飛鳥は「ああ」と得心したように頷いた。

「そっか、弥生は知らないわよね。新学期に転入してきた―――」
「おいヒョロ助! 学校(ここ)に顔出すんじゃねぇっつっただろうが!?」

 飛鳥の科白を遮るように、荒々しい怒号が教室に突如轟いた。見れば太刀を背負った大柄な男子生徒が例の少年の襟首を掴み上げている。クラスの問題児、牛尾だ。

「あーあ、村山君も災難ねー。転入早々に牛尾に目をつけられるなんて」

 牛尾に恫喝される少年を眺めながら、飛鳥が同情混じりに呟く。村山? 弥生は思わず飛鳥を見た。それが彼の名前らしい。転入生ならば自分が知らないのも無理はない。
 その時、牛尾が雄叫びとともに村山を廊下へ放り投げた。そして歩きながら背中の太刀を鞘から引き抜き、怯える村山の鼻先に容赦なく切っ先を突きつける。
 あいつ! 弥生は舌打ちした。牛尾は村山に真剣勝負を仕掛けるつもりだ。法律上、両者合意の上での真剣勝負ならば人を斬っても罪にならないのである。

「テメエも武士(おとこ)ならさっさと抜きやがれ! この牛尾様の言うことが聞けねぇってのか!?」

 牛尾の恫喝に村山は泣きそうだ。脅しに屈し、震える手が右腰の刀にのびる。見ていられず、弥生は村山を庇うように牛尾の前に立ち塞がった。

「やめなさいよ、牛尾! 弱い者いじめして何が楽しいの!?」
「つ、月島……!」

 牛尾が怯んだように息を呑む。

「……復帰(かえ)ってきたのか」
「人を犯罪者みたいに言わないでよ。ちょっと入院してただけなんだから。それよりっ! 高二にもなってこんな武士らしくない真似はやめなよ! 格好悪いよ!?」

 指先を突きつけながら怒鳴る弥生に、牛尾は青筋を浮かべながら「ぬぅ」と唸る。二人は無言で睨み合い、互いに一歩も引かぬまま時間だけが過ぎていく。
 その時、廊下に始業の鐘が鳴り響いた。牛尾が不機嫌そうに鼻を鳴らし、太刀を背中の鞘に納める。一触即発だった空気が一気に霧散した。

「……女如きが武士(おとこ)の俺様に楯突こうなんて百年早ぇんだよ」

 捨て台詞とともに弥生に背を向け、牛尾は教室の中へと消える。弥生と村山の二人だけが朝のホームルーム前の廊下に残された。

「大丈夫だった? 村山君」

 壁際にへたりこむ村山を振り返り、弥生はそう言って右手を差し出した。

「あ、あの……君は?」
「あたしクラスメイトの月島弥生。ちょっと入院してて今日初めて登校したの。よろしくね、村山君」
「えと……転入生の村山(ザン)、です。ありがとう、助けてくれて……」

 戸惑いがちにのばされた手を握り返し、弥生は斬を助け起こす。

「あ、あの! そろそろホームルーム始まっちゃうから!」

 弥生の手を離し、斬は慌てたように教室へ走った。斬の背中に、弥生が声をかける。

「また牛尾の奴がちょっかい出してきたら遠慮なくあたしに言ってね! 剣道五段のあたしが守ってあげるから」

 その言葉に、斬が弾かれたように弥生を振り返り、こくりと小さく頷いた。弥生は満足そうに笑い、ふとあることに気づいた。

「村山君って、左利きなんだ……」

 斬の右腰、ベルトに括られた刀を弥生は見逃さなかった。普通、武士は左腰に刀を差す。左手で鞘を固定し、右手で刀を抜くためである。
 だが斬はその逆、右腰に刀を吊るしていた。つまり彼は左利きということだ。そう、まるで―――、
 その時、弥生の脳裏に電流が走った。そうだ。一週間前に出会った例の辻斬り、奴も左手に刀を握っていた!

「まさか……?」

 弥生は青ざめた顔で教室を見た。斬の顔を見た時に感じた既視感も、彼がまるで逃げるように離れた理由も、「そう」だと考えれば全て辻褄が合う。
 彼なのだろうか? 弥生はごくりと喉を鳴らした。転入生・村山斬、彼が噂の辻斬りの正体なのだろうか……? 弥生の問いに答える者は、誰もいない。



 ―――続劇



[24349] 弐ノ太刀「ラブロマンスは木刀とともに?」
Name: さむそん◆de8d36e0 ID:b7a86dde
Date: 2010/11/17 21:18
 ―――四月十四日 午ノ中刻



「うぁああ~っ、変なことになっちゃった……」

 人の気配のない昼休みの屋上で、村山斬は一人、頭を抱えて悶えていた。

「月島さんって、絶対あの子だよね? 一週間前に絡んできた怖い女の子。まさかこの学校の、しかもクラスメイトだったなんて! 何それ? これって誰かの陰謀!?」

 この世の終わりのような顔で嘆き喚き、斬は重い溜息を吐いた。屋上にごろりと仰向けに寝転がり、ぶつぶつと独り言を呟く。

「入院してたって言ってたけど、それって僕達(・・)のせいだよね? やっぱり謝った方がいいかなぁ? ……え? 不可抗力? 武士(おとこ)の真剣勝負は常に命懸け? 月島さんは女の子じゃん」

 まるで会話しているような口ぶりだが、斬の周りに人の姿はない。携帯電話を持っている様子もない。独り言なのは間違いなかった。

「……でも、かわいかったなぁ。月島さん」

 弥生の顔を思い出し、斬は頬を染めた。前に会った時は暗がりで気づかなかったが、あの可愛さはそこらのアイドルも顔負けなのではないだろうか? ……性格はともかく。
 健全な男子高校生ならば、彼女のような可愛い女の子と友達になりたいというささやかな欲望を誰しも抱くだろう。……出会い頭にいきなり斬りつけられでもしない限りは。

「うっさいな。いちいち余計な茶々を入れないでよ」

 またもや不可解な独り言を呟き、斬は不貞腐れたように寝返りを打ち―――いつの間にか隣で寝ていた眼鏡の少年と目が合った。

「うわぁあ!?」

 素っ頓狂な声とともに斬が跳ね起きる。狼狽える斬を見てニヤニヤと笑いながら、眼鏡の少年、木下静夫も上体を起こした。

「フッフフフ。月島君のことを考えてたのかぁ~い、村山君?」

 不意打ちのようにかけられた木下の言葉に、斬は思わず大きくむせた。

「確かに彼女のかわいさはそこらのアイドル顔負けだし、剣の腕もそこらの武士じゃ歯が立たないほど凄いと聞く。君が惚れるのも無理からぬ話だ」
「ち、ちちち違うよ木下君!? た……確かにかわいいとは思うけど、まだ好きとかそういうんじゃ……!」

 慌てて否定する斬の姿に、木下は再び「フフフ」と笑う。

「―――でも残念、月島君にはもう既に彼氏がいるのだよ」
「え……?」

 あまりにも自然に告げられた木下の科白に、斬は思わず耳を疑った。が、次の瞬間には納得していた。あれほど美人なのだ、きっと男など選び放題だろう。
 月島弥生には彼氏がいる、それ自体は別段驚くようなことではない。寧ろそのことを木下から聞かされて少なからず動揺している自分自身に斬は驚いた。
 木下は転入してきたばかりの斬に最初に話しかけた男である。右も左も分からない自分を何かと気にかけてくれる彼に、今や斬は全幅の信頼を寄せ始めていた。
 だからこそ、信頼している木下の口から、気になっている女の子に彼氏がいるという話を聞かされた斬のショックは大きかった。

「まぁ月島君からは手を引いて違う娘探した方が―――って村山君?」

 心ここにあらずといった様子で呆けている斬に、木下が怪訝そうな顔で声をかける。斬はハッと我に返った。

「な、ななな何でもないよ!? 木下君っ」
「だったら別にいいんだけど……それよりそろそろ教室に戻ろうか。もうすぐ昼休みが終わってしまう」

 木下はそう言って立ち上がり、斬の返事も待たずに歩き出した。木下の背中をぼんやりと眺めながら、斬は吐息を漏らす。

「……何でもないんだよ、うん」

 まるで自分自身に言い聞かせるように、斬はぽつりと呟いた。













 同時刻、2年C組の教室では弥生が険しい表情で唸っていた。原因はいつの間にか机の中に入れられていた一枚の手紙。封筒の表面には乱暴な字で「果たし状」と書かれている。

『果たし状 月島弥生殿 本日丑三つ時、体育館裏にて待つ。
 女如きが武士を語る愚かさをその身を以て後悔させてやる』

 差出人の名前は書かれていない、だが誰の仕業かは大体見当がつく。牛尾だ。大方今朝の一件を根に持ち、真剣勝負をちらつかせて脅しをかけてくる気なのだろう。
 それにしても困ったことになった、と弥生は溜息を吐いた。果たし状を突きつけられて黙っているつもりはないが、こちらにも都合というものがあるのだ。
 弥生の物憂げな視線の先には、今は無人の机が一つ。窓際の最後列、転入生・村山斬の席だ。
 最近巷で噂の辻斬り事件。その犯人が本当に斬なのか否か、それが今の弥生にとっての最重要事項だった。正直な話、牛尾と決闘ごっこで遊んでいる暇などない。
 だがその一方で、一度挑まれた真剣勝負から逃げるというのも弥生の矜持(プライド)が許さなかった。ジレンマである。弥生は再び手元の果たし状に視線を落とした。

「牛尾が指定した時間は丑の刻、か……」

 弥生は思案するように眉を寄せた。古文の授業で習ったことがある。昔の時間は干支に対応し、丑の刻は大体午前二時から四時までの間だ。
 そんな夜中に呼び出す牛尾の非常識さに思わず呆れる。が、今の弥生にとっては逆に好都合とも言えた。

「―――つまり放課後の時間帯はフリーってことよね?」

 弥生がそう呟いた刹那、予鈴とともに問題の人物・斬が教室に駆け込んできた。小走りで席へ急ぐ斬に、弥生は「村山君」と声をかけた。

「今日の放課後、ちょっとつき合ってくれないかしら? 体育館裏で待ってるから」

 弥生の突然の言葉に、斬は「え?」と当惑の声を上げた。

「駄目、かな……?」

 狼狽える斬に、弥生は駄目押しするように上目遣いで尋ねる。まるで女であることを利用しているようなやり方で気に入らないが、背に腹は代えられない。
 結局、斬は弥生の誘いを断りきれず、渋々ながら承諾した。斬の了承を取りつけるや、弥生は早速思考を巡らせる。彼女の中では、斬への疑いは半ば確信へと変わっていた。
 左利きという共通点もさることながら、何よりあのオドオドした態度が怪しい。さて、どうやって化けの皮を剥がそうか? 弥生は午後の授業中、ただそれだけを考えていた。






 そして約束の放課後、弥生は体育館裏で斬と向かい合っていた。二人の手にはそれぞれ木刀が握られている。

「あの、月島さん……? それで僕に用って何かな? そ、それに木刀なんか持ち出して何するつもり……?」

 突然木刀を握らされて困惑する斬を見据え、弥生は右手の木刀を持ち上げた。そしておもむろに、口を開く。

「村山君。あたしと一度、手合わせしてくれないかな?」

 それが午後の授業中丸々考え抜いた末に弥生が出した結論だった。駆け引きは苦手だし、太刀筋さえ見れば一発で判断できる。この方法が一番手っ取り早く、かつ確実なのだ。
 一方、斬は弥生の提案に心の底から動揺していた。彼氏がいるとはいえ、気になっている女の子からの突然の誘い。もしや自分に気があるのでは、と多少は期待していたのだ。
 だが待っていたのは、木刀片手に模擬戦の誘い。朝からは不良に絡まれ、昼休みは初恋が形になる前に玉砕し、放課後は気になっていた女の子に絡まれている。今日は厄日か?
 不幸中の幸いだったのは、弥生が真剣ではなく木刀での手合わせを申し出てきたことである。斬は安堵した。何しろ自分は、刀を抜くと人が変わってしまう(・・・・・・・・・)のだから。
 と、気を抜いたのが失敗だった。気がつけば木刀を振り上げた弥生が斬に肉薄し、両手で握った木刀を今にも振り下ろそうとしている。そして、振り下ろした。
 やぁっ、という気合いとともに垂直に振り下ろされた弥生の木刀が、斬の脳天を直撃。ガツンと鈍い音が響き、斬の視界でまるでヒューズが飛んだように火花が散った。

「あ、あれ……?」

 ひっくり返った斬を見下ろし、弥生は困惑の声を漏らした。あっけない。これではまるで素人ではないか。

「ちょっと! 何で今のを喰らっちゃうのよ!? 貴方噂の辻斬りなんでしょ!? ちゃんと避けるなり防ぐなりしなさいよね!!」

 頭のたんこぶを押さえながら身体を起こす斬の両肩を掴み、がくがくと揺さぶりながら弥生はヒステリックに叫ぶ。おかしい。こんな筈ではなかったのに。
 本当は辻斬りの本性を現わした彼を完膚なきまでに打ち負かして雪辱を果たし、動機やら余罪やらを洗いざらい吐かせるつもりだったのに!

「つ、辻斬り……?」

 弥生に揺さぶられて吐きそうになりながら、斬は困惑したように問い返す。弥生は呆れたように溜息を吐き、斬の肩から手を離して答えた。

「だから、辻斬りよ。最近ここらで噂の連続通り魔。現代の辻斬りだってワイドショーとかで騒がれてるけど……アレ、村山君なんでしょ?」
「ち、ちちち違うよっ!?」

 斬は慌てて首を振って弥生の言葉を否定した。しかし弥生の視線は冷たい。

「とぼけても無駄よ! あたしも一週間前にその辻斬りに遭ったけど、背格好はあんたと同じくらいだったし、学ラン着てたし、それにあいつも左利きだったのよ!!」

 弥生は怒鳴りながら斬の刀を掴み―――そこで違和感に気づいた。おかしい、重量感が明らかに普通の真剣とは違う。弥生はそのまま刀を鞘から引き抜き、驚愕に息を呑んだ。

「これって……研無刀?」

 刀身の表面を指先でなぞりながら、弥生は怪訝そうに眉を寄せた。研無刀。その名の通り、敢えて鋭く研がないことで切れ味と引き換えに硬度と重量を増加させた刀である。
 武士の基本武器、真剣は切れ味がある分扱いやすく、素人から達人まで幅広く使われている。
 対して研無刀は斬るより破壊を目的とした玄人好みの扱いにくすぎる刀。切れ味など無いに等しく、使いこなせないとナマクラ刀以下だ。

「そんな刀で、本当に辻斬りなんてできる思う? 月島さん」

 困ったような顔で尋ねる斬に、弥生は「うっ」と言葉に詰まる。無理だ、こんな鉄クズ同然の刀で人が斬れる筈がない。羞恥に顔を真っ赤に染め、弥生は勢いよく頭を下げた。

「ごめんなさい! あたし、ちょっと勘違いしてたみたい……。ちょっと特徴が同じってだけで村山君を辻斬りって疑って、あたし酷いことしちゃった」

 必死に斬に謝罪しながら、弥生はふと首を傾げた。あれ? 確かに斬が辻斬りという可能性は否定されたが、一週間前の人物との関係は未解決のままではないか。
 斬の刀が研無刀であることを考えれば、その疑惑は寧ろ深まった。人の斬れない研無刀で斬られたから、自分は一週間前、ただの打撲で済んだのではないか?

「あれ? じゃあ村山君はやっぱり一週間前の辻斬りで、でもその辻斬りは辻斬りじゃなくて……?」

 混乱したようにぶつぶつと呟く弥生を前に、斬の顔がみるみる青ざめる。

「……村山君?」

 怪訝そうな弥生の声に、斬の肩がびくりと震えた。研無刀を引ったくるように取り返し、斬は弥生を突き飛ばして立ち上がり―――、

「ご、ごめんなさぁーいっ!!」

 情けない叫び声を上げながらその場から逃げ出した。何だあれは、訳が分からない。残された弥生は、ただ首を傾げることしかできなかった。



 ―――続劇


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