身体中が痛い。
呼吸をするのも辛いほど。
いいや、それこそ、生きる事が辛くなるくらいに、身体が痛い。
痛みのせいなのか?
視界がぼやけて何も見えない。
耳鳴りが酷く、聞こえてくる音はザーザーといった異音だけ。
だから周りがどうなっているのかもワカラナイ。
ああ、死ぬのだな……
あともうちょっとだったのにな……
苦節20ウン年。年齢=彼女イナイ歴から何とか脱し、ようやく、ようやく童貞を卒業できそうだったのに……っ!
クソっ、クソっ、クソっ!!
腹立たしさと無念さで、気が狂ってしまいそうだ。
だけども、まあ、仕方ないか……
傷だらけで血塗れな青年は、そこで生きるのを諦めた。
彼は諦めが速いのだ。
泣いてすがる恋人と、青年に突き飛ばされて呆然としている少女と、その少女の母親が申し訳無さそうに、ありがとう、ありがとう、と何度も頭を下げていた。
でも、耳鳴りが酷い青年の耳には届かない。
「クソ、マジで痛ぇよ……」
吐き捨てられた悪態は、恋人の嘆きの慟哭のせいで誰の耳にも届かない。
それでも、今わの際の奇跡なのか、青年の視界がクリアに広がった。
耳鳴りがサァーっとひいて、全ての声が聞こえる様になった。
青い、青い、どこまでも青い空だ。
ざわめきと、嘆きの慟哭が、それら全てを台無しにしてたけど。
視線を巡らせる。
涙と鼻水まみれの恋人と、真っ青にしているトラックの運転手。
そして、黒い子猫。
「生まれ変わるなら、ぬこがいい」
「バカっ! なに……なに言ってんのよぉっ!! って、ぬこって言い方止めなさいってあれだけ言ったでしょ!? オタク臭いのは止めろってアレだけ……」
泣きながらそう言う恋人に、青年は最期の力で笑ってみせた。
「お、まえの、そういうトコが、大嫌いなんだ。だから、もう、別れようぜ。そして、さっさと、俺のことな……か、わす……ちま、え……」
死に際に格好つけるのは、漢のロマン。
満足だ。これ以上ないくらいに満足だ。
これで童貞捨てられてたら、言う事なかったんだけどな~。
そこで、青年の命の鼓動が止まった。
「ばかぁーっ!!」
だから恋人の嘆きの絶叫は、青年の耳には届かなかった。
次に気がついたとき、やっぱり目は見えなかった。
それでも本能なのかな?
暖かい何かにすりよって、必死にかぶりついた。
周りにも、自分と同じ何かが一杯いる。
なー なー みぃー みぃー
ああ、この声は、ぬこ だ!
いや、もしかして、自分もぬこなのではなかろうか?
そういや、死ぬ直前に思ったなー。
生まれ変わるなら、ぬこがいいって。
そう考えながら、ぬこは兄弟だか姉妹に負けないよう、必死にお母さんネコのおっぱいをちゅーちゅーする。
人間じゃなくなったのはショックだけども、これからのぬこ生、必死に生きる為にはおっぱいが必要なのだ!
元青年……現ぬこはやっぱり諦めが速かった。
人間としてのプライドをあっさり捨てて、ぬこになったのだから。
ぬこは今日からぬこになる。
ネコではなくて、ぬこ。
彼女が言ってたではないか。
ネコをぬこと呼ぶのはヤメロって。
オタクみたいだからヤメロって。
だったらぬこはぬこになろうと思う。
世の紳士たちの為にも、ネコではなくぬこに。
そうすれば、もう、オタクだとバカにされないのだから……
ぬこが自分をぬこだと言っても、しょせんはネコなんだと分かっていない。
そんなぬこは、お腹いっぱいオッパイを吸って、ふぁ~と大きく欠伸をしたあと、兄弟姉妹に囲まれながら、暖かい眠りにつくのだ。
さあ、アナタの望みはかないました。
どうか、今度は幸せに……
一人称と3人称がいい具合に混じった書き方の練習です。