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世界の反発を呼ぶ中国の「国家資本主義」

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 【北京】世界の主要国は、東西冷戦の終結以降、政府計画よりも市場競争に経済を委ねた方が良いとの見方でほぼ一致していた。ところがこのコンセンサスは、中国の国家経済戦略によって崩されようとしている。ソーラー・エネルギー業界の大物、朱共山氏の出世に目を向けることで、その理由がわかる。

温家宝首相 Associated Press

温家宝首相

 2007年、ソーラーパネルの主原料である多結晶シリコンの不足が、急成長する中国のソーラー・エネルギー業界を脅かしていた。翌年、多結晶シリコンの価格はキログラム当たり450ドルを付け、1年で10倍に急騰した。当時、ソーラーパネルの生産を独占していた海外企業は、高騰するコストを中国に転嫁した。

 中国政府の反応は迅速だった。多結晶シリコンの国内供給育成が国家の優先課題と宣言。国有企業・銀行は生産者に資金を支援、地方政府は新工場の認可を迅速に処理した。

 米欧社会では、多結晶シリコン工場の建設には煩雑な申請手続きが必要で、数年かかる。10億ドルの工場建設資金を集めた朱氏は、1年3カ月で生産を開始。わずか数年で世界最大級の多結晶シリコン生産会社、GCLポリー・エナジー・ホールディングを作り出した。中国の政府系ファンドは同社の株式20%を7億1000万ドルで購入した。中国は現在、世界の多結晶シリコンの約4分の1を生産、ソーラーパワー完成装置で世界市場の約半分を支配している。

 朱氏がトップに上り詰めたことは、中国政府の通貨安政策よりもさらに深い意味を持つ。きめ細やかで多面的な中国の国家経済戦略が、米国をはじめ各主要国にあらゆる面で挑戦している、ということだ。

 中国のアプローチの中核を成すのは、国有企業やいわゆる「国家の代表的企業」を支援し、最新技術の獲得を進め、輸出企業に有利な為替レートを保つ政策だ。国内産業、そして中国の急成長を支えるうえで不可欠な資源を持つ外国に低コスト資本を与えるために、金融システムの国家支配も活用する。

 中国の政策は、「発展途上であり、成長中の超大国」という同国の独特な立場の産物、ともいえる。指導者は、市場が卓越した存在とはみなしていない。むしろ、安定と成長の維持には国家の力が重要だと考えており、これが共産党支配体制の継続につながっている。

 大半の欧米社会では、市場の有効性と政治家の能力に国民の信頼が揺らいでいるが、中国の政策は物事を成し遂げる実績あるモデルだ。すでに世界最大の輸出国である中国は、年内に日本を追い抜き第二の経済大国になる予定だ。

 クリントン政権で米通商代表部(USTR)代表を務め、2001年の中国の世界貿易機関(WTO)加盟交渉に関わったシャリーン・バシェフスキー氏は、中国やロシアのような国家権力の強い国が栄えることは、第二次大戦後以降の既存の貿易体制を弱めるものだと指摘する。バシェフスキー氏は、こういった国々が「新たな産業はすべて、政府が構築すべき」と決定する時、経済活動の場で民間セクターへの逆風が吹く、と指摘する。

 欧米では、中国の慣行は、貿易操作によって富を蓄える――2.6兆ドルの外貨準備――重商主義の一形態だと批判されている。米国や欧州連合(EU)は、中国の政策をめぐり、WTO提訴などの行動に出るとともに、世界経済の不均衡を拡大させているとして、人民元の大幅上昇を認めない政策を非難している。

 海外企業の幹部も、公の場で不満を漏らし始めた。7月、独総合電機シーメンスのレッシャー最高経営責任者(CEO)と化学大手BASFのハンブレヒト会長は、独産業界と中国の温家宝首相との公式な会談で、市場参入のために知的財産の移転を海外企業に強いる中国の政策に疑問を呈した。

 中国政府の考え方は、19世紀のアヘン戦争以来始まった「屈辱の世紀」に対する報復に根差している、との見方もある。このような見方をする向きによると、中国は、”外国の技術を使った”国産技術の発展に注力している。たとえば、中国が導入した高速列車は、ドイツ、フランス、日本のメーカーから導入した技術に基づいている。

 「他人のモデルを殺し、利益を奪う能力があれば、それを実行するということを中国人は示した」とニューヨークのコンサルタント会社、ユーラシア・グループのプレジデント、イアン・ブレマー氏は言う。ブレマー氏の著書『The End of the Free Market』は、中国が主導する「国家資本主義」の大きなうねりは、米国の競争力を脅かす、と述べている。

 ただ、今のところ、多国籍企業は中国を避けられない。自国市場が飽和状態の企業にとって、中国はまだ重要な成長の源泉だからだ。

 中国の戦略は、日本が高度成長期に取り、米国を苦しめた政策と似ている。しかし、中国はその規模――人口は日本の10倍――により、日本よりも手ごわい脅威だ。また、近年では、一部産業を海外企業に開放する意欲を見せたことで、中国市場はグローバル企業にとって過去の日本よりもはるかに重要になっており、このことが政府により強い影響力を与えている。

 とはいえ、中国の指導者は反動に気づき始めている。9月の天津で開催された世界経済フォーラム(WEF)で、温家宝首相は、海外投資家の間で起きている中国についての最近の議論について、「すべてが海外企業の誤解によるものではない。われわれの政策が十分に明白でなかったことにも起因する」と述べた。

 中国経済では、国家が常に大きな役割を演じてきたが、1970年代終わりから始まった改革開放時代はそうではなかった。当時、国有共同農場は解体、非効率な国家の企業体は閉鎖された。そして、2001年のWTO加盟。これは、市場自由化をさらに進める指導部の大きな賭けだった。この賭けは成功、過去10年の大半、飛躍的な成長が実現した。

 しかし、ここにきて国家が再び優勢となっている。多くのアナリストによると、自由化のペースは落ち、国有企業が支配し、外国企業の参入を厳しく制限する産業がまだ多く残っている。政府は、中国の主要銀行のほぼすべて、大手石油会社3社、通信会社3社と大手メディア企業を保有している。

 中国の財務省によると、2008年時点での国有企業の資産合計は約6兆ドルで、同年の国内総生産(GDP)の133%に相当する。これに対し、フランスの政府系企業の同年の資産合計は5390億ユーロ(6860億ドル)で、GDP比は約28%だった。

 石炭からインターネットまであらゆる業種への政府関与の強まりは、中国の市場主義者の間で「国家は繁栄、民間セクターは衰退」との意味の言葉を生み出した。OECD(経済協力開発機構)の1月の報告書は、中国経済について、調査対象29カ国(ロシアを含む)の中で最も競争が少ないとしている。著名な中国人エコノミスト、銭穎一氏は、「過去2、3年に市場主導型改革の逆行」らしきものが懸念される、と指摘する。

 国家が経済の巨大な役割を担うことは、5カ年計画(時には15カ年)に示される政策目標を達成するうえで、はかり知れない推進力になる。毛沢東時代の遺産ともいうべきこの計画経済政策は、キャタピラーやボーイングといった中国市場に依存する米欧の大企業にとっては富の源泉だ。今や中国は、キャタピラーの売り上げの伸びにとって最も大きな源泉のひとつ。ボーイングによると、中国は、米国以外で最大の商業航空機の買い手だ。

 中国政府の最重要目標のひとつは、高価な外国技術への依存からの脱却だ。1978年にトウ小平氏が導入した「門戸開放」政策とともに始まり、多くの海外技術企業を呼び込んだプロセスがある。マイクロソフトやモトローラなどの企業は研究開発(R&D)施設を設立、中国の科学者、エンジニア、企業幹部の一世代を育てることに貢献した。

 このプロセスは今、過熱状態にある。中国指導部は2006年、2020年までにハイテク大国を目指す「科学技術発展のための国家中長期計画」を発表した。この計画は、R&DのGDP比を05年の1.3%から2.5%に倍増させる方針を謳っている。

 なかでも熱心な分野はグリーン・テクノロジーだ。中国の「啓蒙的な」政策プログラムは業界の飛躍的な発展を生んだ。安価な工場用地や輸出税制優遇措置から3年間無料のマンションまで用意して、起業家を誘致したのだ。

 中国は、新たなテクノロジーを推進する一方、育成業種への低利融資を行うため、銀行支配という手段も使っている。政府は、銀行預金金利を、経済成長率やインフレ率との比較で相対的に低い水準に設定している。つまり、中国の家計は、実質的に銀行を通して国家的優先企業に補助金を払っているということになる。

 長らく、中国の通信機器大手で非上場の華為技術は、中国の政策銀行、国家開発銀行の支援を受けて海外進出を行ってきた。国家開発銀行は04年、期間5年の100億ドルの融資枠を設けるとともに、同社製品の海外の買い手に定期的な融資を行った。華為技術の売上高は過去5年で200%以上の伸びを示し、ノキアシーメンスとエリクソンに並ぶ3大通信機器メーカーのひとつとなった。

 スプリント・ネクステルは最近、中国人民解放軍との関係が懸念される華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)と同社系列の通信企業、中興通迅(ZTEコーポレーション)を数十億ドル規模の契約から除外した。スプリントの決定は、華為にとって、攻略が難航している米国市場での後退を意味するとともに、中国の政策に対する警戒感が具体的な影響を及ぼし始めたことを示すものでもある。

 中国にとって最大のリスクはおそらく国内だろう。政府の大号令によってハイテク分野で飛躍を遂げようとする試みは曲がり角にきている。国産マイクロプロセッサーの実現には、インテルやアドバンスト・マイクロ・デバイス(AMD)の製品模倣に数年かかるが、その間、米国のハイテク企業はさらに製品を進化させる。中国が開発した携帯電話技術は、国内最大の電話会社が採用を強制されたものの、まだ海外では目立つ勢力とはなっていない。

 長期的には、中国は、成長を阻害する多くの問題に直面する。一人っ子政策に伴う人口の急速な高齢化と、急速な産業発展がもたらした環境への悪影響などだ。

 この発展の速度に米欧社会は警戒感を募らせている。バシェフスキー元USTR代表は、「米景気の深刻な悪化で、どんな小さな問題も悪化する可能性があり、われわれの競争は厳しくなっている」と述べた。バシェフスキー氏は、「大きく、深遠で、ほとんど神学的とも言えるルールの問題」が存在する、と指摘している。

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日本版コラム〔11月17日更新〕