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[21555] 【チラ裏出身】英霊達とリリカルまじかる頑張ります A's編突入
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/11/15 05:50
これはリリカルなのはとFateのクロスモノです。サーヴァント達がなのは達と出会うものです。元はネタ的なものでした。

なるべく原作通りのキャラを維持しようとしていますが、作者は未熟者故にキャラが崩れる事があるかもしれません。

更に、設定なども作りが甘く、違和感や疑問を感じる事もあるかと思います。

なので、それを許容し、尚且つ指摘などして頂けると嬉しいです。

現在、Strikersまでを構想しています。

オリジナルキャラは出しません!てか、出せません!そんな力量も技術もないので……。

原作乖離著しい上に、バトルは基本苦手なのでそこもご了承ください。

小説家になろうにも投稿開始しました。

更新情報

9/27 前書き作成 三話中編加筆修正
9/28 三話後編加筆修正
9/29 四話前編加筆修正
9/30 四話中編加筆修正
10/4 幕間1を投稿
10/6 幕間2を投稿 五話後編を加筆修正 幕間2を加筆修正
10/8 幕間2を大幅修正
10/10 七話前編を加筆修正
10/11 七話中編を加筆修正
10/13 七話後編を加筆修正
10/14 八話前編を加筆修正
10/15 八話後編を加筆修正 同中編を修正
10/18 無印完結
10/19 0の空白期その1を投稿
10/20 0の空白期その2を投稿
10/21 0の空白期その3を投稿
10/22 0の空白期その4を投稿
10/23 0の空白期その5を投稿 空白期その4を修正
10/24 0の空白期その6を投稿
10/25 0の空白期その6を加筆修正
10/26 A's編突入
10/27 A'S序章を加筆修正
11/2 準備編その1後編を加筆修正
11/3 幕間3を加筆修正
11/13 幕間6を加筆修正
11/14 なろうに番外編を投稿。



[21555] 0-1 始まりの夜 N&F&H
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/06 06:33
「サーヴァントセイバー、召喚に応じ参上した」

 ワケがわからない。それがなのはの感情だった。
 自分はただ、いい子でいなくてもいい相手が欲しかっただけ。だから神様にお願いした。

(私が本音を言い合える『誰か』が欲しい)

 いい子でなくても傍に居てくれる誰かが。父が入院している現在、なのはは家族の邪魔にならないように『いい子』を懸命に努めている。
 でも、なのはも子供だ。甘えたい時やワガママを言いたい時もある。だから、本音を言い合える相手が欲しい。それがなのはの偽らざる気持ちだった。

「でも、こんなのはないよ……」

 そんな願いをした途端、目の前に金髪の女性が現れ、しかも鎧や剣といったおとぎ話のような出で立ちときている。
 驚きよりも残念と言う面持ちのなのはに対し、セイバーはその凛々しい表情のまま、なのはにこう問うた。

「問おう。貴方が私のマスターか」

「……違うよ。マスターじゃない」

 幼いなのはに、マスターの意味は理解できなかった。でも、それは自分の求めるものじゃない事だけは、なんとなく感じ取っていた。
 セイバーは、幼い少女の言葉に先程までの表情ではなく、どこか不思議そうな顔をして、なのはを見つめた。

「私は、なのはは……あなたと、ともだちになりたいの」

 自分の言葉に軽く驚くセイバーを見て、なのはは嬉しかった。自分はそんなものじゃないくらい驚かされたのだ。その十分の一でも返す事が出来て満足したのだ。
 そんななのはの笑顔を見て、セイバーも笑みを浮かべた。二度目の召喚時は月光の中で。今回は星光の中、幼い少女に呼ばれた。イリヤスフィールよりも幼い彼女からは、強大な魔力を感じる。だが、それはどうでもよい事だった。

「友、ですか……。なら、失礼ですが貴方の名前を聞かせて頂きたい」

 セイバーは、自分が出来うる限りの優しい声でそう言った。

「あ、はい。私はなのは。高町なのはです」

「ナノハ? ……なのは、ですね。私はセイバー。セイバーと呼んでください」

 こうして少女は、初めての友を得るのと同時に、永遠の友をも得た。星の光が差し込む部屋に、二人の笑みが輝いていた……。


 突然の出来事に、フェイトは戸惑っていた。それは傍にいたアルフやリニスも同じ。
 フェイトが様々な魔法に挑戦していた最中、転移魔法を構成した時、それは突然現れた。

「おいおい、今度は子供かよ。ま、十年後に期待か、こりゃ」

 全身を青いタイツのようなものでつつみ、手には紅い槍を所持している。
 アルフとリニスは全身で警戒感を示しているが、男はそんなものはどこ吹く風とばかりにフェイトを見つめている。

「そんな警戒すんな、って言っても無駄だわな」

 やれやれと両手を挙げて、男はフェイトの前で膝をついた。

「サーヴァントランサー、召喚に応じ参上した。お嬢ちゃんがマスターって事でいいか?」

 真面目だったのは途中まで。名乗りを終えると再び立ち上がり、フェイトの頭に手を乗せる。
 それをなぜか不快に思えない事に、フェイトは驚いていた。その手は暖かく、自分を安らげるように、ぶっきらぼうではあるが優しく撫でている。

そんなランサーの態度に、まず安堵したのはリニスだ。本能も、理性も、勝てない、と判断した相手。それがひとまず敵ではない。それがわかっただけでも良かった。

(フェイトも無意識に甘えているようですし、安心ですね)

「え? え? ランサー? マスター?」

「ああ。ま、主人って意味だ」

「主人? ……えっと、多分違うと「フェイトから離れろ!」て、アルフ?!」
 
 見ればアルフがランサーの腕に噛み付いている。それを止めようとするフェイトと、決して放すまいとするアルフ。そして、噛まれているにも関わらず、笑みを浮かべてフェイトを撫で続けているランサー。
 そんな光景を眺め、リニスは思う。この男ならば、もしもの時から二人を守り抜いてくれるのでは、と。

 そして、願わくばその時が訪れないようにと、強く強く念じながら、微笑みを浮かべて三人の傍へと歩き出した。


「えっと……」

「ふむ、今回はまともな召喚のようだ」

 はやては唐突な現状に、必死に頭を回転させていた。冷静になれ、とまだ十歳にも満たない少女が自分に言い聞かせていた。
 両親が亡くなり、独りになってまだ日も浅い。そんな中、突如として現れた謎の男。はやては冷静に、いたってシンプルな結論に辿り着く。

「うん。ケーサツや」

「ちょっと待て」

 何やら呟いていた男を無視し、電話をしに行こうとした途端、不審者が若干焦りを帯びた声で待ったをかける。
 はやてはそれでも止まらない。制止を流し、車椅子を動かそうとして――――男が目の前にいた。

「君の考えは理解出来る。だが、私の話を聞いてほしい」

「おじさん、ドロボーやろ」

「こんな格好の泥棒がいるかい?」

 そう言われて、はやては改めて男を見る。赤いコートのようなものに、黒い服。おまけに白髪ときている。
 確かに、泥棒には相応しくない格好だ。泥棒は、渦巻きのような模様の袋を背負って、頭巾をしているものだった。
 はやてはそう思い出し、男をドロボーとは言わない事にした。

「ならなんや?」

「サーヴァントだ」

 男の言葉に再び頭が混乱し出すはやて。そんな少女の姿に、男は何かを思い出し、微かに笑う。
 自分も『あの時』こうだったのだ、と。日常に非日常が入り込んだあの日。なら、自分がすべきは赤い彼女の役割だと。

「まあ落ち着け。サーヴァントは使い魔の最上級だと思ってくれればいい。つまりは……」

 そこまで言って、彼は言葉を濁す。目の前の少女にわかるように説明するには、あの時自らが拒否した言葉しか浮かばなかったからだ。
 即ち、召使い。だが、それは己の誇りに賭けても使ってはならない。
 そこまで考えて、男は何かに気付く。先程から少女以外、誰も出て来ない事に。

「なぁ……」

 そんな彼を思考から引き戻したのは、消え入りそうなはやての声。見れば、俯いて膝に置かれた手が震えている。

「何かな」

 穏やかな声だった。思えば初めから気配が少女以外なかった。それから導き出される答えは一つ。

「おじさんは……ツカイマさんなんか?」

「そうだよ」

「それって、わたしのそばにいてくれるって事?」

「君が望むなら」

「なら――――――っ!!」

 勢いよくはやてが顔を上げると、そこには男の笑顔があった。見る者を穏やかにするような笑顔があった。
 思わず言葉を失うはやてに、男はしゃがんで、はやての震える手にそっと手を重ねた。

「選んで欲しい。このまま一夜の夢として忘れて生きるか、私と共に生きてみるか」

 我ながらズルイと、男は思う。こんな聞き方を一人で暮らす子供にすれば、後者を選ぶに決まっている。だが、男はどんな形であれ、少女に決めて欲しかった。
 車椅子での生活。まだ小学校に通い立てかその直前か。どちらにしろ、この少女に待っているのは大人でも辛い生活だ。
 それを支えてやりたい。だが、押し付けではなく、少女の意志でそれを選んで欲しい。それが男の問いかけの真意。
 彼女が望むなら、どんな相手にも立ち向かおう。彼女が願うなら、どんな事をも成し遂げよう。この身は一振りの剣。故に己が望み等はなく、主の望みが我が望み。

「どうかな?」

 男の声に、少女は我を取り戻したように、数回瞬きをした。そして、男の予想通りの答えを…………。

「いやや」

 言わなかった。それどころか、両方とも蹴った。

「忘れる事も出来んし、共に生きる事も違う」

「では――――」

 どうするのか?と続けようとした。が、それははやての言葉に遮られた。

「家族や」

「なっ……」

「わたしの家族になって、一緒に暮らす。共に生きるって、なんか違う気がするんよ。一緒に暮らすって言う方がしっくりくる」

 先程まで弱々しい雰囲気をしていたとは思えない程の断言。はやては男の目を見つめたまま、そう言って笑った。
 その力強さに、男も黙った。なぜなら、その言葉にある女性を見たから。

(ああ、どうやら俺は、よっぽど気の強い女性に縁があるらしい)

 穏やかな表情を浮かべ、どこか遠い眼をする男を見て、はやては胸が高鳴るのを感じた。
 それが何を意味するかなど、まだ幼いはやてに知る由もない。しかし、それが不思議と悪い感じがしない事だけは、確信を持って言えた。

「そういえば、まだ名乗っていなかったな。私はアーチャー。サーヴァントアーチャーだ」

「あ、わたしははやて。八神はやてや」

 そうやって互いに名乗りあったところで、なぜだかはやては笑い出した。それを不可解そうに見つめるアーチャー。
 どうかしたのかと尋ねても、ただただ笑うのみ。
 ややあって、はやては笑うのをやめ、なぜ笑い出したのかを話し出した。
 曰く、アーチャーの名前を聞いた時、くだらないダジャレを思いついたらしい。それがツボに入り、苦しかったと、はやては語った。

「あまり聞きたくはないが、どんなものだ」

「ぷくっ……ア、アチャーなアーチャーや」

 そう言うと、再びはやては笑い出す。どうやら相当気に入ったらしい。
 一方のアーチャーは「やはり聞くのではなかった」と言って苦い顔をした。それがますますはやての笑いを刺激する。
 そんなはやてを見ながら、アーチャーは小さく微笑む。この日、孤独だった少女に、久方ぶりの笑いが戻った……。





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ひとまずこんなところで。本当はアリサやすずかの所も考えたけど、力尽きました。

気分転換の作品なので、未熟な箇所はご容赦ください。

思いつきでやった。今は反省してる。



[21555] 0-2 始まりの夜 S&A
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/06 06:39
 その日、すずかは不安の只中にいた。来月から、すずかは小学校に通う事になっている。
一般的な子なら、不安よりも期待が強いのだろう。だが、彼女は一般人と呼ぶ事が出来ない理由があった。

「私は……吸血鬼」

 『夜の一族』と呼ばれる吸血一族。それが、彼女の心に重くのしかかっていた。
 初めは、何が何だか分からなかった。次は、どうしてそんな事を教えたのかと、姉の忍に怒鳴り、終いには喚き散らして部屋に籠った。
 先程、ファリンが様子を伺いに来たが、放っておいてと追い払った。

「すずかも、そろそろ知っておいた方がいいと思ってね」

 夕食後の姉の言葉に、嫌な感じはしていた。そして、話を理解した時、少女の頭にはある単語しか浮かばなかった。

『化物』

「普通の子は血なんか飲まない。なら、私は?私はどうして普通じゃないの!」

 そう泣きながら叫んで、すずかは部屋のベッドへ飛び乗った。スプリングが軋み、嫌な音を出す。
 この時の彼女はしらないが、この異様な身体能力の高さも、彼女を特殊たらしめている要因の一つだった。
 感情に任せた動きが、ベッドに六歳が乗ったとは思えない程の負荷を掛けているのが、その何よりの証拠だ。

(普通じゃない私は、他の子みたいに生きていけないんだ。だって、私は……)

「『化物』、なんだから」

 呟くと同時に、風がすずかの頬を撫でる。それが、すずかには自分の言葉を肯定しているように思えた。

―――――彼女を見るまでは。

 綺麗な髪をたなびかせ、見た事もない眼帯なのだろうか。両目をそれで隠し、胸元が露わになっている黒い服を着こなしている。
 だが、すずかが一番驚いたのは彼女の雰囲気だった。

(私に……似てる気がする)

 驚きで動けないすずかに、女性は無言で歩み寄って行く。何か声を出さなければ、と思うのだが、なぜか声を出してはいけない気がしている自分がいる。
 そんな事を考えているうちに、女性はすずかの前に辿り着き、おもむろにその手をすずかの頬に当てた。

「泣いて、いたのですか」

 綺麗な声だった。女性は優しく涙を指で拭うと、視線の高さをすずかに合わせる。
 瞳は見えない。でも、見つめられている。すずかは確かにそう感じた。
 女性は呆けるような表情のすずかに、微かではあるが笑みを浮かべた。

「似ていますね……」

「えっ………?」

「いえ、気にしないでください」

「……私、似てますか?」

「……ええ。とても」

 女性の言葉にすずかは、自分が間違っていないと確信した。
 誰かは分からないが、この人なら自分を受け入れてくれる。なにせ、自分を似てると言ってくれたのだから。
 厳密に言えば、女性の指した似ていると言うのは、すずかと自分ではなく、別人となのだが。それを指摘する程、彼女はすずかを知らなかった。

 一方の女性は、目の前の少女を見ながら、ある者の面影を重ねていた。

(本当に似ています。マスターとサーヴァントは、どこか共通点があると言いますが、まさかここまでとは)

 どれくらい時間が経ったのだろう。二人はお互いを見合ったまま、一言も発せずにいた。
 すずかは、どう切り出そうと考え、女性はただそれを待っていた。時計の秒針が刻む音だけが、部屋の中に響いていく。
 そして、すずかが話を切り出そうとしたその時。

「すずかお嬢様、寝てしまいましたか? そろそろお風呂に入られた方がいいですよ」

 心配そうなファリンの声に、すずかはやっとの思いで固めた勇気を、完膚無きまでに砕かれた。そんなすずかを見て、女性が小さく微笑む。
 未だに声を掛け続けるファリンに、すずかはどこか疲れた声で返していた。それを聞き、嬉しそうに返事をするファリン。そんな会話を、女性はただ静かに聴いていた。

 やがてファリンが下がると、すずかは拗ねたような顔をした。おそらく、自分の決意を見事に無にしてくれた事を思い出しているのだろう。
そんなすずかの顔を見て、女性は嬉しそうに語りかけた。

「良かったですね」

「何がですか」

「先程より、いい表情をしています」

 そう言われて、すずかは気付いた。あれほどあった不安が、今は微塵もなかったからだ。
 不思議そうな顔のすずかに、女性は笑みを浮かべてこう言った。

「貴方は一人ではない、と気付いたからです」

 女性は語る。自分にも、人とは違う事に悩み苦しんでいた『家族』がいた事を。 その女性も最後には、自分を受け止めてくれる人達がいる事を思い出し、強く生きていった事を。そして、自分もまたそうしてもらった一人であると。
 その話を聞いて、すずかは己の状況を改めて考え直してみる。
 姉がいる、ノエルがいる、ファリンがいる。例え、自分が何であろうと受け入れてくれる『家族』が、自分にはいる。
 そう思った時、女性がすずかの髪を撫でながら言い切った。

「それに、世の中には色々なヒトがいます。私や彼女を友人と言ってくれた者だっていたのですから」

 意外と、世界は捨てたものじゃないですよ。そう言って、女性は優しく微笑んだ。

 その微笑みに、すずかもまた笑みを返す。そして、先程女性の名を聞こうとした事を思い出した。

「あ、あの、私! 月村すずかといいますっ!」

 そう言いながら、すずかは自分に驚いていた。大声を出す事などほとんどない彼女にとって、自分が出した声量は他人のものに感じられた程だった。
 すずかは自分の動揺を隠せないまま、女性をただ見つめて問い掛ける。

「あ、貴方の名前を教えてください」

 聞き様によっては、初心な口説きにも取れそうな声。だがその瞳に映る輝きは、女性を少し驚かせた。
 一瞬の間の後、女性はその口元を緩めて答えた。

「私はライダー。サーヴァントライダーです」

 その声に込められた想いを、すずかは知らない。そしてライダーも、ソレを気付かない。
 何故ならそれは、姉が妹を得たかの様な嬉しさが滲んでいたのだから……。



 突然だが、アリサ・バニングスは言葉を失っていた。誘拐されたからでも、今から乱暴される所だったからでもない。
 誘拐など、もう何度も経験している(ここまで危ないのは初めてだが)し、乱暴されるのも覚悟していた(それでも怖くはある)からだ。
 アリサが言葉を失っているのは、視界に映っている光景だった。

 廃ビルの窓。そこのむき出しのコンクリートに腰掛け、長い刀を抱えている侍。折から吹く風に、着物が微かに揺れて音を立てる。
 アリサの周囲にいた誘拐犯達も、同じ様に言葉を失っていた。それもそうだ。なぜなら、先程までそこには誰もいなかったのだから。

「よい月夜よなぁ」

 誰もが言葉を失う中、侍はそう言い出した。まるでそれは独り言でも漏らしたように。

「俗世は様変わりしておるが、月の美しさは変わらぬ」

 すっと左手を上に上げ、その形を何かを持つように変えた。アリサには、それが何か理解できた。父親がよくお酒を飲む時にする仕草だったからだ。

「このような時は静かに杯を傾け、雅を感じるがよいのだが……」

 そこまで言って、侍はアリサ達を初めて見た。
 それだけでアリサは安心感を感じていた。侍が何者かは知らない。もしかいたらこの廃ビルの幽霊かもしれない。それでも、それでもだ。

(ああ、アタシ助かったわ)

 そう確信し、アリサが安堵したのを契機に、誘拐犯達は侍に向かって動き出した。
 その手には、ナイフや拳銃と言った凶器が握られていたが、侍はそれらをまるで気にも留めず、ただ一言。

「無粋よな」

 それだけ言うと、いつの間にかアリサの傍へ立っていた。戸惑う誘拐犯達を眺め、侍は静かに手にした刀を構える。
 それだけ。それだけにも関われず、誘拐犯達は動けなくなった。
 彼らは、誘拐のプロフェッショナルチームであった。当然、修羅場等も経験している。今更、刃物を所持した男が一人現れた所でどうという事はない。

――――――はずだった。

 だが、現実には誰も動こうとしない。いや、出来ない。本能が、理性が告げる。
 コレからは助からない。逃げろ、とさえ思えない。ここにいる全員が同じ心境だった。
 死んだ、と。

 侍はまったく動かない誘拐犯達を見て、僅かに、傍にいたアリサさえ気付かない程の声で呟いた。

「幼子には目の毒よな」

 そして放たれた斬撃は、誘拐犯達を全員倒した。『死』ではなく『気絶』という形をもって。
 事の全てを見ていたアリサだったが、流石に一撃で終わるとは思っていなかったのか、何度も目を瞬かせていた。
 すると、アリサは急に体が軽くなるのを感じた。見れば、体を縛っていた縄が綺麗に切られている。

「これで動けるであろう」

「ありがとう。誰だか知らないけど、ひとまずお礼は言っとくわ」

 アリサの言葉に侍が軽く驚いた。自分のどこかに変な所でもあったのだろうか? そんな風にアリサが思っていると、答えは予想の斜め上をいっていた。

「なんと、異国の娘が流れるような日本語を「ちょぉぉぉっと待ちなさい!」

 古風だとは思っていたが、どうやら目の前の侍は、本気で時代錯誤の存在らしい。簡単な話を聞けば、気が付くとここに居て、自分が襲われそうになっているのを見つけたのだと言う。
 アリサはそんな事を飄々と語る侍を、心底胡散臭いものを見るように見つめていた。

「まあいいわ。とにかく助けてもらったんだし、お礼はちゃんとするから」

「ふむ、私は別に構わぬが……」

「アタシが構うの! とりあえず名前を聞かせて。いつまでもお侍さんじゃ、呼びにくいわ」

「それもそうよな。私はアサシンのサーヴァント。名を佐々木小次郎と言う」

 そんな風に二人が話していると、俄かに下の方から声がしてきた。その中の声の一つに、アリサがよく知るものがあった。
 本当にこれで助かった。そうアリサが思った時、小次郎がゆっくりとアリサの頭に手を置いた。
 何を、と言おうとして、アリサは言えなかった。視界が滲んできたからだ。何でと疑問に思う前に、小次郎が呟いた。

「幼き身でよく耐えたものよ。だが、恐怖に涙するは恥でない」

「べ、別に――っく……アタシは……怖く、なんて」

「そうであろう。そなたが涙するは嬉し涙よ。なら、何を躊躇う事がある。思う存分流せばよい。私と月以外は誰もおらぬし―――」

私は何も見ておらぬ。

 それが切欠だった。アリサは流れ出す涙を止める事が出来なかった。ただ声を押し殺して泣いていた。
 それを視界から外し、小次郎は月夜を眺める。手から伝わる温もりと、流す涙の暖かさに、アリサはある決意を固める。

(アタシを泣かせてタダですむと思わない事ね! 絶対お返ししてやるんだからっ!)

 余談だが、この後現れたSP達が小次郎を誘拐犯と勘違いし、アリサが鮫島達を一喝するのだが、その様子を見て小次郎が大いに笑った事だけ記しておく。




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ひとまず、ジュエルシード事件までで召喚されたのはこの五人です。残りは別の場所での召喚となりますので、しばらく出番なし。

当面はこの五組それぞれに焦点を当てた話を書く予定です。

七騎のぶつかり合いを期待していた方、本当に申し訳ないです。


文才が、欲しいです。



[21555] 0-3 ファーストデイズ(S&R)
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/09/13 14:09
「ではスズカ、ファリンと買い物に行って来ます」

「うん。ライダー、ファリンをよろしくね」

「ふふっ、わかっています」

 笑みを浮かべるライダーにつられる様に、すずかも笑う。最近序列変更があり、ファリンはライダーの妹分になってしまっている。まあ、本人も「ライダーお姉様」と呼んでいる辺り、満更でもないようだが。

「では……」

「行ってらっしゃい」

 メイド服を翻し、ライダーは歩き出す。歩きながら、少しずれた眼鏡を指で直す。既に違和感がなくなりだした格好を思いながら、ライダーは思う。自分も変わったな、と。
 あの日、彼女に似た面影を持つすずかに出会った『始まりの夜』から、既に半月。月村の家にも慣れ、メイド服にも慣れた。清楚な雰囲気にどこか妖艶さが漂うのは、ライダーが着ているせいだろう。初め家主である忍は、ミニスカートタイプを着せようとしたが、ライダーとすずかの抵抗&弁護により阻止され、ノエル達と同様のロングとなった。



令嬢と騎乗兵のファーストデイズ



 柔らかな日差しと鳥のさえずり。それを目覚ましに、すずかはゆっくり目を覚ます。すると、何か違和感を感じた。

「あれ……?何で……」

 窓とカーテンは開いていたはず。そう続けようとして、意識が覚醒する。

「そうだ!ライダーは!?」

「呼びましたか?」

 どこか不思議そうに答えた声に、すずかは慌てて振り向く。そこには、昨夜と同じ格好で眼鏡を掛けたライダーの姿があった。
その手にした絵本がどこかシュールだ。

「えっと…」

「はい」

「お、おはよう。……ライダー」

「おはようございます、スズカ」

 その何とも言えない光景に、すずかは若干戸惑うも、何とか挨拶を交わす。ライダーはそれを平然と受け入れ、返した。そして、またその視線を絵本へ戻す。
 ちなみに、手にした絵本はすずかのお気に入りだったりする。

 しばらくライダーのページをめくる音だけが部屋に響く。その光景を見つめ、すずかはある疑問を浮かべた。

「ライダー……」

「はい?」

 すずかの声に、ライダーは再び視線を戻す。その瞳の美しさにすずかは魅入られそうになるものの、何とかそれを抑え付ける。
そう。疑問はそこにある。

「その眼鏡は?」

「以前いた場所で頂いたものです。思い出の品、といえば品ですね」

 まさか、残っているとは思いませんでしたが。言って、ライダーはそう感慨深そうに呟いた。
すずかは、ライダーになぜ最初から眼鏡ではなかったのかを尋ねた。それならあんなにビックリしなかったのに、と。
 その言葉に、ライダーは笑みを浮かべて答えた。仮にこの状態でも、スズカは驚いたと思います、と。
それは否定できない推理だったが、すずかは反論する。ビックリの度合いが違う。それにライダーが反論―――するかと思ったのだが、彼女は申し訳なさそうな顔をした。

「そうですね。それは確かに…。すみませんスズカ」

「えっ?」

 想像した事と違う反応に、すずかは戸惑う。違う、そうじゃない。自分は謝ってほしかった訳じゃない。ただ、ライダーともっと話がしたかっただけなのだ。そう思い、何か言わなければと思った時だった。

 ライダーが、笑っていた。

 それはどこか悪戯を成功させたように。だけど、どこか詫びるように。そこですずかも気付いた。

「もしかして……」

「はい、少しからかってみました。ですがあまり気分はよくないですね。スズカ相手では……」

 そう言って、ライダーは心底後悔しているのだろう。顎に手を当て、何事かを呟いている。セイバー相手ならばとか、リンはなぜあんなにも嬉しそうに……等と言っている。
 聞き慣れない名前ばかりだったが、すずかはそれよりも聞きたい事があった。

「ライダー……?」

 すずかがそう声を掛けた瞬間、ライダーが少しだけ固まった。どうしたんだろう、とすずかが見つめていると、ライダーは何か慌てたように視線を動かした。

「な、なんですかスズカ」

「何で眼鏡を掛けるの?」

「いえ、それは……えっ?」

 想像した言葉と違ったのか、ライダーは何かを弁明しようとして、聞かれた事を理解した。だが、それがどうして気になるのかがライダーにはわからなかった。

「目が悪いって事じゃないんでしょ?どうして眼鏡を掛けるの?すごくキレイな瞳なのに」

 もっとはっきり見たいな。そんなすずかの言葉に、知らずライダーは喜んでいた。そして同時に悲しんでもいた。なぜなら、その事を話す事はすずかの望みに応えられない事を意味するのだから。

「分かりました。なぜ私が瞳を隠していたのか、それを教えます」

 ライダーは、静かに語り出す。己の本当の名と、それにまつわる事実を。
蛇の怪物メドゥーサ。その名はすずかも聞いた事があった。見た者を石に変え、恐ろしい姿をした『化物』。ライダーはすずかに理解し易いように、難しい言葉や単語は使わず、簡単に話した。その語り口には何の感情もなかったが、姉が出てくる話の箇所だけは、懐かしむような響きがあった。

 すずかは、その話をするライダーを見て酷く心が痛んでいた。ライダーは何か悪い事をしたわけではない。それなのに、怪物にされ、実の姉をその手にかけさせられた。自分の意思に関係なく、望まぬ状況に置かれた。すずかは、そこでやっと気付いた。自分が感じた感覚は、この事を無意識に感じとっていたんだと。
 そして、それを理解したすずかは、自分の最後を語りだそうとしたライダーに……。

「もういい!もういいよっ!!」

 叫んだ。聞きたくないと言わんばかりに。怒りの感情そのままに、すずかは激しく首を振る。
そんなすずかに、ライダーは言葉がなかった。わかったからだ。なぜ、すずかが怒っているか。何に対して激怒しているか。

(優しい子ですね、本当に)

 すずかは泣いていた。それは怒りの涙。理不尽に対する抗議の証。神様という存在に、少女は初めて憤りを感じていた。
ただ愛された。その相手に奥さんがいて、怒りが愛した夫にではなく、ライダーに向かった。ライダーが誘った訳でも、近付いた訳でもない。
 なのに、悪いのはライダーにされた。住む場所を追われ、姿を変えられ、大切な姉達を亡くし、最後には命さえ奪われた。

 自分が泣く事で、何かが変わる訳じゃない。それでもすずかは思った。自分がライダーの味方になろうと。例え世界を、神様を敵にしても、自分だけは、絶対に自分だけはライダーの傍にいようと。
 奇しくもそれは、ライダーの二人の姉が出した結論と同じだった。そして、すずかはライダーに抱きつき、強く抱きしめる。

「スズカ……」

「もう大丈夫だよ。ライダーには、私がいるから」

 ずっと傍にいるから。その言葉に、ライダーも優しくすずかを抱きしめる。自分の事を我が事のように感じ、泣いているすずかに。ありったけの感謝と想いを込めて。

 それは、すずかを起こしにきたファリンが来るまで続いた……。



「あの後大変だったなぁ…」

 あの日の事を思い出し、すずかは笑う。部屋に入ってきたファリンが、ライダーを侵入者と判断して大騒ぎになったのだ。ノエルに忍までやってきて、すずかは説明に苦労したのを思い出す。困った事に、ライダーがファリンとノエルに勝ってしまったため、余計にややこしい事態になったのも要因の一つだ。

 結局、すずかの言葉とライダーの態度で理解はされたが、そこからがまた大変だった。
ライダーが伝説の存在だと言う事、現れた理由が分からない事、そして彼女もまた吸血種(本当は違うが、ライダーがそうした方がいいと判断した)である事がわかったからだ。
 戸惑う忍ではあったが、すずかの様子から、ライダーが既にすずかの中でどういう存在か把握し、それに免じて不問とした。この判断に、ライダーは忍にリンを重ねた。

 その後、例の格好の話となり、そこでも色々とあったのだが……。

(でも、ライダーは楽しそうだったよね)

 無理難題をふっかける忍とそれを助長するファリン。それを落ち着いて嗜めるノエルに慌てるすずか。それを眺め、ライダーは確かに笑っていたのだ。
 すずかは知らない。そのやりとりが、かつての衛宮邸を彷彿とさせていた事を。ライダーがそれを思い出し、自分の立ち位置に内心苦笑してたのを。

 そしてライダーはすずか付きのメイドとなり、ファリンが教育を担当(忍の悪戯めいた発案)したのだが……。

「これはですね……」

「こうですか?」

 衛宮邸での暮らしで、家事をある程度していたライダーに隙はなく、ファリンが逆に教わる方が多かった。
それでも、先輩としての意地を見せようとするファリンだったが、持ち前のドジを如何なく発揮。それをライダーがフォローする結末になり、見かねたノエルがライダーの教育を変わる事となり……今の形に納まるに至る。

「それにしてもサーヴァントかぁ。私だけの護衛みたいなモノだってライダーは言ってたけど……」

 すずか付きなのは、ライダーがサーヴァントの意味をすずかにそう語ったからだ。

 テーブルの上にある写真立てを眺めて、すずかは思う。来週からは小学生だ。
あの時あった不安はもうほとんど消えた。色々なヒトがいるから、友達だってできるはず。初めから打ち明ける事は出来なくても、いつかそれを打ち明けたい友達が出来る。それで嫌われてもいい。いざとなれば自分には家族がいる、ライダーがいる。それに……。

「意外と、世界は捨てたものじゃないんだから」

 ライダーの言った言葉に、すずかは勇気付けられた。ライダーがそう思ったのなら、きっと世界はそうなのだと。テーブルの写真立てには、月村家全員で撮った写真と、慣れないメイド服に照れているライダーとの2ショットが飾られていた。

「ライダーの様に、私もなれるといいな」

 誰かを勇気付けられる人に。そう呟くすずかの顔には、希望と言う名の確かな輝きが宿っていた……。




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すずか&ライダー編のファーストデイスをお送りしました。

原作改変になりすぎないようにしていますが、どっちがいいんですかね?

改変がありすぎてもいいのか?否か?

多分、改悪ならダメで改善ならいいと思われるのですが……基準が分からない。

ま、サーヴァントいる時点で改変もいいとこですけどね(苦笑)



[21555] 0-4 ファーストデイズ(F&L)
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/09/13 14:10
腕に付いた噛み痕。そしてそれを付けた狼を眺め、ランサーは目を細める。その体から感じるのは魔力。つまり、狼はそれを持つ存在。

(使い魔、か。それもかなりのモンだ。こりゃ、本気で今回は当たりだな)

 それにと、ランサーの視線がその狼の隣へ移る。その先には金髪の少女がいた。名はフェイト。彼を呼び出した存在だ。
その身に宿す魔力は並外れたモノがあり、ルーン魔術の使い手である彼から見ても驚くものがある。
 そんなフェイトだが、今彼女はリニスのお説教を聞いている。まあ、本来はアルフに対するものなのだが、自分が止め切れなかったのも悪いと、二人揃ってリニスに怒られていた。

 その様子を眺め、ランサーは力関係を把握した。どうやらフェイトは立場は一番上だが、力量はリニスに劣り、アルフはそのどちらもリニスに劣る。よってリニスが現状一番上にいるようだ。そうランサーは理解し、苦笑を一つ。

 その様子は、姉に叱られる妹とペットにしか見えなかったからだ。しかも聞こえてくるのが、無闇に人を噛んではいけないとか、フェイトの言う事をキチンと聞きなさいなどとくれば、それはもう微笑ましいものだ。
 場違いだな、とも思いながらランサーは呟く。

「で、俺はいつまで突っ立っていりゃいいんだ?」

 その表情はどこか呆れるように、だが楽しそうに見えた……。



テスタロッサ家と槍騎士のファーストデイズ



 お説教が終わった後、ランサーを待っていたのは質問攻めだった。しかし、それらはランサーのとっては予想通りのものばかりだったため、比較的早くすんだ。ただ気になったのは、ランサーがサーヴァントの説明をした際のリニスの反応。どこか驚きながらも、最後には悔しそうな顔をしたからだ。
 それよりも問題は別の所にあった。それはランサーがフェイトに質問した事。ここはどこだ、と言う問いかけ。それにフェイトではなく、リニスが答えた。

「時の庭園です」

「なんだ、そりゃ」

 次元世界、管理局、ミッドチルダに魔導師とランサーの聞き覚えのない言葉ばかり。試しにと、リニスがやってみせたのは『バインド』と呼ばれる拘束魔法。
 突然現れた光の輪に驚くランサーだったが、それが魔力で出来ている事を認識した途端、音も立てずにバインドが消えた。

『っ!?』

「便利な代物だが、構造が甘いんだよ」

 ランサーがやったのは、バインドの魔力に自分の魔力を加えただけ。ルーン魔術の使い手たるランサーから見れば、基本デバイスありきの魔法は、穴だらけなのだ。この身がキャスターとして召喚されていれば、おそらくもっと早く解除できたと語るランサーに、リニス達は心の底から思う。
 この男が敵でなくて良かった、と。



 長い通路を歩くフェイト達。向かう先はフェイトの母プレシアのいる部屋。
母さんに紹介しなきゃ、とフェイトが言い出し今に至るのだが、ランサーには気になっている事があった。それはリニスとアルフの雰囲気と、リニスの忠告。

「決して過去から来たなどと話してはいけません」

 ランサーとフェイトに強く告げるその表情に、フェイトでさえ戸惑い、ランサーも鬼気迫るモノを感じたのだ。更に、ランサーの話や現状を説明している時と違い、明らかに不安そうな顔をしている。今もフェイトが母親の事を語るたびに、何とも言えない表情を浮かべていた。
 聞くべきか否かと思ったが、会えば原因も分かるだろうとランサーは結論付けた。その考えは良くも悪くも的中する……。

「入るね、母さん」

 アルフとリニスは外で待つと言い、フェイトが開けた一際大きな扉の先にいたのは黒髪の女性。その身体に宿る魔力はフェイトを凌ぎ、全身から他者を圧倒する気配を漂わせている。
 だが、ランサーが反応したのはもっと別の事だった。

(魔力が安定してねぇ……これは――――病か?)

 魔力探知に長けるサーヴァントだからこそ分かる。その体が弱っている事は。しかし、目の前の女性―――プレシアはそんな様子を一切見せず、フェイトとランサーを見つめる。

「……その男は?」

「あ、ランサーと言って……その、私が召喚しました」

 実の娘に話しているとは思えない態度に、ランサーは怒りを通り過ぎて驚いていた。プレシアはまったく表情を変えず、ただモノでも見るかのようにフェイトとランサーを見ていたからだ。今も経緯を説明するフェイトを、路傍の石でも見るかの如き目で見下ろしている。

(おいおい、マジかよ。やっとマシなマスターかと思えば、こんなとこに厄介事が隠れてやがった)

 内心、ランサーはやはりとも思っていた。
なぜリニスとアルフが部屋に入らなかったか、なぜフェイトが母親の事を話すたびに気まずそうにしたのか。その答えが眼前にあった。

 フェイトの話にプレシアが興味を抱いたのは、バインドを壊した方法だった。ランサーが使い魔である事にも興味があったようだが、それよりも相手の魔力に自分の魔力を加える等の聞いた事がない事に意識が向いたからだ。
 その話を詳しくと言われ、フェイトは嬉しそうに語り出す。ランサーに説明された事を懸命に思い出しながら、フェイトは語る。合間合間にプレシアが聞く事に詰まりながら、ランサーに助けてもらって答えるフェイト。
 それをランサーはただ黙って支えた。途中、プレシアが自分に直接尋ねた時には一計を案じた。

「わりぃが何言ってるかわからねえ。フェイトの言葉しか俺の知ってる言葉に聞こえねぇんだ」

 フェイトが何か言おうとするが、プレシアがフェイトに通訳をさせるように促し、フェイトが無視される事を回避させたのだった。
そうして十分ほど話し、プレシアはもう聞く事はないとばかりに二人を追い出した。それでもフェイトは、愛する母と長く話せた事に喜んでいた。
 そんなフェイトを、ランサーは複雑な心境で見つめていた。リニスもアルフも、今日初めて会ったランサーでさえ気付いている。
プレシアは、フェイトを何とも思っていない。娘どころか人として見てるかすら怪しい。にも関わらず、フェイトはプレシアを慕っている。

(だが、俺が何とかする問題じゃねぇ)

 自分がするべきは、来るべき戦いに備えてフェイトを鍛える事。まだまだこれから伸びていくフェイトを、一人前の戦士にする。それだけが自分がすべき事だと、ランサーは分かっている。分かっているが……。

(だからってほっとけるかよ)

 このままでは、フェイトは報われない。プレシアはフェイトが強くなっても何も思わないのだろう。自分の役に立つモノにしか興味を抱かない。それも、すぐになくなる。アレは人として壊れた奴の目だ。ランサーはそう思い、ある男を思い出していた。
 忘れようのない相手。自分の誇りを踏み躙り、利用価値がなくなった途端あっさりと捨てる事を選んだ男。その男の目に、プレシアの目はどこか似ていた。

 外で待っていた二人に「今日は母さんがたくさん話してくれたんだ」と告げるフェイト。その後ろを歩きながら、ランサーは誓う。それは声にならない想い。それは誰も知らない誓約ゲッシュ

(フェイトの想いを、あいつの努力を報われるようにしてやるか。この―――槍に賭けて!!)

 槍騎士はそう誓い、苦笑を一つ。我ながら、らしくない。そう思いながら、ランサーは歩みを速める。

「で、悪いが何か食わせてくれ。腹が減ったんでな」

「ラ、ランサー、頭が重いよ」

 フェイトの頭に腕組みし、そうリニスへ告げるランサー。その行為に弱くも抗議の声を上げるフェイト。

「わかりました。じゃあ、食事の支度をしますね」

「ちょっと!フェイトが嫌がってるだろ!」

 どこか呆れたように返すリニスに、今にも噛み付かんとするアルフ。

 怒るアルフ、嗜めるリニス、うろたえるフェイト。そして、笑みを浮かべながら逃げ出すランサー。逃がさんとばかりに追いかけるアルフに、置いてかないでと走るフェイト。ため息をつきながらそれでも笑みを見せるリニス。そんな光景を見ながら、ランサーは思う。

ああ、こういうのも悪くねぇ――――と。







おまけ

「出来ましたよ~」

『待ってました!』

「ふ、二人共、落ち着いて」

 今にも掴みかかろうとする二人を、フェイトは何とか宥める。

「じゃあ早速……」

 食事に手を伸ばそうとするランサー。同じようにアルフも食べようとして、何かに気付いたのか動きが止まった。

「さすがにこのままじゃ食べにくいね」

 その言葉と同時に、アルフの姿が変わる。狼から人間の女性へと。

 ランサーはその光景に口笛一つ。視界に映っているのは、美人と呼んで差し支えない女だったからだ。

「で、どうなってんだ?」

 口笛を吹いておきながら、ランサーは悪びれもせずリニスに尋ねる。その手には、アルフが狙っていたチキンステーキがしっかりと握られている。
 フェイトは、手掴みなんて……と驚き半分憧れ半分の視線でそれを見つめ、アルフはそのキレイな顔を歪めて唸っていた。

「使い魔は、アルフのように動物が素体です。ですが、主の魔力を消費する事で人の姿になることが出来るのです」

 ちなみに私もそうですよ。そうリニスが告げると、ランサーは驚いた顔をした。だがそれも一瞬。すぐにいつもの顔に戻して呟く。

「ま、しかしそう考えると……」

 アルフとリニスを交互に眺めるランサー。その視線に、リニスは恥ずかしがり、アルフは首を傾げた。

「いい女だよな、お前ら」

『っ?!』

 軽い調子ではあるが、その声に込められたものは本音の称賛。生まれてこのかた口説かれる事などなかった二人に、ランサーの一言は強烈だった。そんな二人の様子に、ランサーは面白がって言葉をかける。
 どうだ、本気で俺の女にならねえか?と言ってみれば、リニスは赤面しアルフは怒鳴る。初心だねぇ~とからかえば、二人揃って首を横にし無視の姿勢をとる。

 そんな風に盛り上がるランサー達を、フェイトは一人不思議そうに眺めて呟いた。

「早く食べないと、食事冷めるよ?」



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ファーストデイズ二本目をお送りしました。

今回、魔法に関して独自解釈がありますが、寛容な心で見てやってください。

ほのぼの分がなさすぎたので、おまけで投入したら……あれ?フラグか、これ?

次回はどの組か。ヒントは男女の組み合わせ。

9/5 加筆修正しました



[21555] 0-5 ファーストデイズ(A&A)
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/09/13 14:10
 淡く日差しが大地を包み、穏やかな風が心地よい早朝。バニングス邸に、大きな違和感が存在していた。
まるで時代劇から抜け出してきたかの如き格好の男は、『物干し竿』と呼ばれる刀を縦横無尽に振り回す。
 いや、それは振り回しているのではなく、一見無秩序に見えながらも美しい剣舞をなしていた。

「ふむ、西洋の庭もまた良きモノよ」

 そう呟く男の名は佐々木小次郎。アサシンのサーヴァントにして、アリサの命の恩人であった。
あの後、彼は是非お礼をと言うアリサ達の招きを受け、ここバニングス邸に厄介になった。
 昨夜はアリサの両親からもお礼を述べられた(名乗った際に驚かれはしたが)後、豪勢な晩餐(見た事無いものばかりで戸惑った)を味わった小次郎だったが、その内心は複雑だった。

「よもや『ぼでぃーがーど』なるものになってくれとは……」

 昨夜の宴席で、アリサの両親からそう提案されたのだ。行くあてがないと告げた途端の申し出。しかも、アリサがそれを肯定したため、小次郎がそれを断ろうとすると、すかさずアリサが、疲れたから寝る、と言って断るキッカケを無くしてしまったのだ。

(あの時の娘、女狐と同じ匂いがしておった。まこと女というのは油断ならん)

 立ち去る時のアリサの顔を思い出し、小次郎はそう断じた。その顔は笑っていたのだ。どこからか「にひっ」と聞こえそうなぐらいに。

 そうやって笑うアリサと、キャスターの笑みが重なり、知らず小次郎は懐かしむように笑みを浮かべる。そんな彼を、朝日だけが見つめていた……。


お嬢様と傾奇者のファーストデイズ




「いい天気ね!」

 窓を開け、伸びをし終えて、アリサはそう言い切り、着替えを手に取る。
本来なら、大財閥の令嬢ともなれば手伝い等をするメイド等がいてもおかしくないのだが、バニングス邸には、いやアリサの周囲にはそのような者は敢えて付けられていなかった。
 アリサが望まなかった事と、両親の教育方針でもある『人の上に立つならば、立たれる者の気持ちを知れ』の精神で、アリサは同年代の子が自分でする事は全て自分でこなすように育てられていた。

 着替えを終え、アリサはすぐさま部屋の外へと出た。そして出迎えた鮫島に、挨拶もそこそこにこう尋ねた。

「小次郎はどこ?」



 アリサが捜しているとも知らず、小次郎は庭を散策していた。柳洞寺にいた頃は山門から動けず退屈していた事もあり、自由に動き回れる事に、小次郎は喜びを噛み締めていた。
 それに、バニングス邸は西洋式の庭園であった事もそれに拍車をかけた。日本庭園にはない味を、雅を感じながら小次郎は歩く。

「いささか侘び寂びが足らぬが、これはこれでまた良いモノよ」

 小次郎が特に気に入ったのは庭の中心にある噴水だった。枯山水とは正反対の発想に、小次郎は驚きと感心を抱いたのだ。

「水をこうも惜しげなく……贅沢ではあるが、これもまた文化の違いか」

 ま、雅には違いないと呟き、そろそろ屋敷に戻ろうとして――――その動きが止まった。

 そこには、仁王を思わせるような雰囲気の腕組みしたアリサの姿があった。無論、小次郎にとってアリサがそんな姿勢をした所で、脅威でも何でもない。だが、その目に宿った光が小次郎を止めるに至った。

「勝手にウロウロするなぁぁぁぁぁ!――はぁ――はぁ――っおかげで、庭を走り回るはめになったじゃないっ!!」

 鮫島から小次郎が庭にいると聞いたアリサは、早速とばかりに庭に出たのだが、小次郎は既に戻り始めていたため、庭をほぼ一周するはめになった。
 勿論その最中に何度も、どこかに行ってしまったんじゃないか?と言う不安を抱き続けて走る事にしたのだが、その疲れと苦しみを全て小次郎へと叩きつけたのだ。

 そんなアリサの剣幕も、小次郎には微笑ましいものにすぎない。それどころか、面白がって顔に笑みさえ浮かべて答えた。

「それは健脚であるな。幼子にしては大した者よ」

「幼子って呼ぶな!名前で呼べって言ってるでしょ!居候なんだから少しは言葉ってもんを……」

「はて?私は構わぬと言ったものを、礼だと言って連れてきたのはそなたではなかったか?」

 どこか嬉しそうに問いかける小次郎の言葉に、アリサは答えに詰まる。小次郎が言っている事は事実。目の前の侍は、確かに礼には及ばないと言った。それを強引に連れてきたのは自分である。ならば、小次郎の立場は居候ではなく、客人が妥当になる。
 幼いながらも、アリサはそこまで考え、そして悔しがった。それはもう誰の目からも明らかな程に。

 俯き手を握り締めているアリサを、小次郎は楽しそうに見つめる。昨夜のお返しにと、少しばかり大人気なく理屈で攻めたのだ。しかし、アリサはいかに頭の巡りが良いとはいえ、まだ子供。小次郎も、少しやり過ぎたかと思ったその瞬間。

「男のくせに細かい事気にするなぁぁぁぁっ!」

、アリサが吠えた。それはもう見事に。獅子か虎かと思わんばかりの咆哮だった。
その声に、小次郎は確かに空気が震えるのを感じた。その証拠に、表情は唖然としている。そして、耳鳴りが小次郎を襲い、頭を鈍く痛めつけた。

 肩で息をしながら、アリサはどうだと言わんばかりに胸を張る。その光景を眺め、小次郎は思う。
ああ、この女子は虎の子か、と。だから髪が黄金色をしておるのかと納得した。

「と・に・か・く!もう朝食の時間なんだから、早く来なさいよ」

「承知した。さて、異国の朝餉はいかなモノか」

「だから、ウチを異国扱いするのやめなさい」

 並んで歩く二人。時代がかった姿の小次郎と西洋人形の如きアリサの組み合わせは、違和感を感じさせながらも、どこかしっくりくるものがあった……。



用意された朝食は洋風。パンにスープ、サラダにベーコン。それにサニーサイドアップと呼ばれる半熟の目玉焼きが並んでいた。
 一般的なメニューには、昨夜の食事を小次郎があまりにもあれこれ聞くものだから、アリサの母が誰でも知っている方が、気を遣わずに食べられるだろうと、そう手配してくれたのだが……。

「この汁物は?」

「コンソメよ。野菜や鳥なんかを一緒に煮込んで作るはずよ」

「この菜物の盛り合わせは?」

「サラダ。色んな野菜を食べ易い大きさにして、ドレ……タレをかけて食べるの」

 ほらこれとアリサに手渡され、小次郎はドレッシングのビンを眺める。日本語と英語が書かれたそれを、面白そうに小次郎は眺めた。
アリサはそれを横目で見やり、ため息一つ。母の気遣いは、どうやら無駄に終わったようだ。小次郎にしてみれば、アリサの家にある物全てが珍しい。純日本と呼べる物でない限り、小次郎の興味は尽きないのだ。

 だけど、とアリサは思う。知らない物を尋ねる時、小次郎の顔はどこか幼く見える。純粋に未知との触れ合いを楽しんでいるのだ。だから子供の自分にさえ、素直に聞く事が出来る。
 それに引き換え自分はどうだ。大人に負けじと物を知ろうとし、塾や習い事をし共に遊ぶ相手もなく、同い年の子とは違う生き方をしている。もし、自分が小次郎の立場なら、素直に子供に物を聞くなど出来ない。
 それはプライドが邪魔をするからだろう。小次郎にはプライドがないのだ。だからそう出来るのだと、アリサは結論付ける。それは大きな間違いなのだが、生憎それを指摘する事は誰にも出来ない。

「どうかしたか?」

「…へ?」

「何やら思い詰めた顔をしておったのでな」

 そう言って小次郎はスープを啜る。れっきとしたマナー違反だが、日本人たる小次郎にそんな事は関係ない。
両手で皿を持ち、静かに啜るその姿はどこか浮いていた。ちなみに、小次郎の手元にもスプーンやフォークは置かれている。
 その光景を見て、アリサは頭を抱える。

(教える事が多すぎる!)

 物の名前や使い方。果ては文化やマナー等、これではまるで先生ではないか。そう思った時、アリサの脳裏にある提案が閃いた。うまくいけば、自分を子供扱いする小次郎に一泡吹かせられる作戦を。



以下、アリサのイメージです。


「いい、小次郎。あんたは外国の事を知らなさ過ぎ」

「ふむ」

「だから、アタシが教えてあげるから感謝なさい」

「おお、それはかたじけない。よろしく頼む」

「うむ!じゃ、これからアタシの事はお嬢様と呼びなさい」

「畏まりましたお嬢様……これでよいか?」

「よいよい。苦しゅうないぞ~」



「これだ!」

 アリサがそう思い、小次郎に声を掛けようとした時には―――。

もう小次郎の姿はなかった。

 慌てて周囲を見渡すも、小次郎の姿はどこにもない。見れば、小次郎の食事は綺麗に平らげられていた。
 なら外か。そう結論付け、席を立って食卓を後にしようとした所で―――。

「なんだ。もう食べぬのか?」

 もったいないと言いながら、小次郎が厨房の方から現れた。その手にしているのはコンソメが並々と入った皿。
呆気に取られるアリサを横切り、小次郎は静かに席に着く。そして先程のようにスープを啜り出す。一切ぶれる事のないその所作に、アリサは感心すら覚え始めていた。

 そんなアリサを小次郎は一瞥すると、視線をアリサの食事へ向ける。それは、アリサに食べないのかと言わんばかりであった。
それに気付き、アリサも席に着く。残っていた食事を下品にならない程度に急いで食べ、アリサは隣へと視線をやる。
 小次郎はゆっくり味わうようにコンソメを飲んでいた。その表情は心なしか嬉しそうだった。

「そんなに気に入ったの?」

「うむ。先程板前に聞いてきたが、そなたの言う通りの作り方であった。大地の恵みをふんだんに煮込んで作るとは、贅沢よな」

 そう答え、小次郎は空になった皿を見つめる。アリサの気のせいだろうか、その横顔がどこか悲しそうに見えたのは。
声を掛けようにも、その悲しみは深い事が分かる。そうしてアリサが迷っていると、小次郎が口を開いた。

「しかも色が琥珀とくれば、目にも雅なモノよ。大地の恵みに人の知恵、二つの結晶には恐れ入る」

 まさに珠玉の一杯よ。そう語る小次郎は、既にいつもの小次郎であった。
アリサはそれに安堵するが、同時に先程見せた表情が気になって仕方なかった。

 アリサは知らない。小次郎は元々百姓の出で、佐々木小次郎等という存在ではなかった事を。元百姓だからこそ、己の現在を鑑みて、その不条理さに思いを馳せたのを。
 今のアリサには、知る事が出来なかった……。



 食事を終えたアリサは、さっき思いついた提案を小次郎へ告げた。
それを聞き、願ってもないと応じる小次郎。と、ここまではアリサのシナリオ通り。だが、そうは簡単に運ばないのが世の中というもの。

「じゃ、これからはアタシを―――」

 お嬢様と呼びなさい。そう続けようとした。だが、それを遮るように小次郎は言った。

「わかっておる。ちゃんとありさと呼べばよいのであろう?」

 小次郎の言葉に、アリサは何も言えなくなった。名前で呼べと言ったのは自分だ。なら、この流れでそう言われてもおかしくない。
しかし、その顔にはありありと怒りが浮かんでいた。発音が違う。それが怒りの訳。だが、小次郎は気付けない。西洋の言葉も、一部を除き片言に近いのだ。

「如何したありさ。名前で呼んではならぬのか?」

「それでいいけど、そうじゃな~~~~いっ!!」

アリサの心からの絶叫は、屋敷全体に響き渡ったのだった……。




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ファーストデイズ三本目です。

おそらく、五組の中で一番漫才のような関係になるこの二人の話。

書いてて、一番難しいですが、楽しくもあります。

本編突入前の日常編は、今の所各組二話を予定しています。




予定=未定(汗



[21555] 0-6 ファーストデイズ(H&A)
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/09/16 14:03
 淡く太陽がアスファルトを照らし、その日差しを浴びながら新聞配達人が駆けて行く。そんな朝が動きだす音で、アーチャーは目を覚ました。

「む、少し寝すぎたか?」

 そう小さく呟き、隣の少女に視線を移す。そこには、安らかな寝息をたてて眠るはやてがいた。

 あの後、詳しい話は明日にしようと告げ、アーチャーは居間で寝ようとしたのだが……。

「一緒が、ええんやけど……」

 そう消え入る声で言われてはしょうがない。アーチャーは渋々ながら、はやての要望に応じる事にした。
その際、こんなやりとりがあった……。



「わかった。ただし、今回だけだぞ」

「え~、ええやんか。わたしが大きくなるまで一緒に寝よ?」

「一応聞くが、大きくとはいくつまでだ?」

「十二!」

「断る」

「ぶ~」

「膨れてもダメなものはダメだ」

「ケチ、アホ、イジワル、人でなし、カイショウナシ、ドロボーネコ、ウワキモン!」

「待て。今、最後の方は聞き捨てならぬものがあったぞ」

「お昼のドラマでよ~聞くんよ。ちょう意味は知らへんけど」

「……そのドラマは君には早い」



 そのやりとりを終え、ベッドにはやてと共に横になるアーチャーだったが、興奮しているのだろう。はやては一向に眠る気配なく、アーチャーの腕に抱きついて質問を続けていた。

 どこの出身等のアーチャー自身の事から、明日はどうすると言った事まで様々だ。相手をしていればその内眠るだろうと、アーチャーは思っていたが、その勢いが弱まる事がなかったため、ある提案をした。

 それは、朝自分より早く起きたら、質問に何でも答えると言うモノ。はやてはそれを聞き――わずか三分で寝た。
それを見て、アーチャーは苦笑すると共に、何があっても負けられないと決意したのだった。

「さて、食事の支度でもするか」

 寝息をたてるはやての頭を軽く撫で、アーチャーは静かに部屋を後にするのだった……。



夜天の主と弓兵のファーストデイズ





 八神家のキッチンに佇むアーチャー。その背からは、戦場を詳細に観察するかの如き雰囲気が漂う。否、ここは戦場なのだ。
彼にとって、家事それも料理とはまさに戦いと呼べるもの。故に、敗走はなく、必勝こそが彼の必然。
 しかし、彼はキッチンをしばし眺めて呟いた。足りんな、と。

 彼の腕を十全に振るうためには、この調理器具だけでは力不足。ならば、どうするのか?簡単だ。ないのなら、創ればいい。

「投影、開始」トレース オン

 自分にとって言い慣れた言葉と共に魔術回路が動き出す。そして、アーチャーの手から―――。

「ふむ、こんなところか」

 包丁や鍋などが手品のように現れていた。それらは世間では高級品と言われるモノばかり。どこかの万年金欠宝石少女がいれば、間違いなく売り飛ばして資金にする事請け合いの光景だ。
 アーチャーはそれらと元々あったものと交換する。そして、それらを邪魔にならぬよう収納スペースへ入れた。

(彼女の母親の形見かもしれんしな)

 捨てずにしまったのはそれが理由。この家について、アーチャーは知らぬ事が多すぎる。それもあって、彼は手始めとばかりに食事を作ろうとしていたのだが、冷蔵庫の中を見て固まった。

 そこには、飲み物や調味料以外何も入っていなかったのだ。まさかの事態に、さしもの皮肉屋も沈黙した。そして、彼はゆっくり冷蔵庫の扉を閉じた……。

 はやては一人で暮らしている。そして、車椅子での生活。おそらく食事等は配達で賄っているのだろう。そう判断し、アーチャーはその顔を歪ませる。早朝から開いているスーパーはあるにはある。だが、それがどこにあるかわからない今、どうする事も出来ない。だからといって諦めるのは許されない。何もせずに諦めるなど、彼には決して出来ない結論だからだ。

「不本意ではあるが、それしかあるまい」

 苦渋に満ちた声。活路はある。だが、それは彼の中では苦肉の策。

「時間は有限。ならば、急ぐとしよう」

 そう結論を出し、彼は静かに走る。はやての部屋へ消え、即座に戻り玄関へ向かう。そしてドアを開け、閑静な住宅街を駆けるアーチャー。幼き少女のため、そして己の信念のために!



 包丁が野菜を刻み、軽快な音を響かせ、コンロにかけられた鍋が僅かに震えている。黒い無地のエプロンを着け、無言でアーチャーは調理をしていた。
 彼が向かった先はコンビニエンスストア。最近は生鮮食品も扱っていた事を思い出し、何軒か梯子したのだ。結果として食材は手に入ったものの、その鮮度などは納得のいくものではない。しかし、しかしである。

(食材を生かすも殺すも腕次第。ならば、私の腕で足りぬ分を補えば済む事っ!)

 無論、目利きをし、少しでも状態の良いものを選んではきている。ギリギリ及第点なら、後は工夫と技術で勝負。それがアーチャーの結論。持てる全てをぶつけ、彼はこの調理に挑んでいた。



 一方、静かな死闘が行われているキッチンから離れたはやての部屋。心地良い眠りに浸っていたはやてだが、漂ってくる匂いと音に意識が覚醒し始めた。

(あれ……?ええ匂いや……お出汁の匂いやな。この音は……包丁か)

 そこまでぼんやりと思い、次の瞬間目が覚めた。誰がこれをしているのか。そして、それが何を意味するのか。

「負けてしもた……」

 聞きたい事は山ほどあった。でも、答えてくれないかと思うような事もある。だからこそ、アーチャーに勝って色々聞こうとはやては意気込んでいたのだが、結果は見事に惨敗だ。
 しかし、どうやってアーチャーは料理をしているのだろうとはやては思う。食事は宅配にしているから、冷蔵庫には使える物は何もないはずだ。それに、買うにしてもスーパーはまだ開いていないし、お金も持ってるとは思えない。

 それだけ考え、はやてはまず着替える事にした。身体をベッドから動かし、車椅子へ。そして、タンスの中から着る物を引っ張り出していく。

(でも、朝ご飯かぁ……。こんなに楽しみなんは久しぶりや)

 知らず鼻歌混じりに着替えるはやて。そんな時、ドアがノックされ―――。

「起きたのか、はやて。何か手伝う事はないか?」

 アーチャーの声がした。開けない所に、彼の気遣いが見える。はやては少しビックリしながらも、笑顔で答える。

「特にないわ。おおきにな、アーチャー」

「そうか。なら、顔を洗ったらテーブルに着いてくれ。食事の用意が出来ている」

「うん。すぐ行く」

 はやてがそう答えると、アーチャーは待っていると言い残し、またキッチンへと戻っていった。その足音を聞きながら、着替えを再開したはやてだったが、視界が滲んでいる事に気付いた。
 どうしてと思った時、はやてが思い出したのはアーチャーの一言。

―――待っている。

 両親を亡くして以来、一人で済ませていた食事。それが、今日からは違う。自分を待ってくれる人が、食事を作ってくれる人が、『家族』がいる。それが、涙の理由。昨夜から出来た新しい同居人、アーチャー。彼は自分の『家族』になると言ってくれた。それが、こんな形で証明されるとは、はやては思っていなかった。

(神さまに謝らなアカンな。アーチャーと会わせてくれて、ホンマにありがとうございます)

 両親を亡くした日、はやてはなぜ自分も一緒に死なせてくれなかったのかと、神を恨んだ。たった一人で生きていく。それが幼い少女にどれ程辛い事かは、言葉に出来ない。だが、神ははやてを見捨てなかったようだ。

(でも、もしかしたら恨んだからアーチャー連れてきたのかもしれん)

 はやての脳裏に、手を合わせ謝る白髭の老人の姿が浮かぶ。そして、そんな事を思って笑いながら涙を拭う。許してやろう。相手はよぼよぼのおじいちゃんなんやから、とはやては思い、また笑う。そして、車椅子を動かし洗面台へと向かうのだった……。



 用意された食事に、はやては目を疑った。豆腐の味噌汁、だし巻き卵、ほうれん草のおひたしに焼き海苔と、実に純和風の献立が並んでいたのだ。ただ、白米だけは既製品をほぐしただけのようだが。それでも驚くはやてに、アーチャーは語る。
 自分がもっとも得意とする和食を作る事は、夜の内から決めていた事を。そして、食材を揃えるためとはいえ、申し訳なかったがはやての財布を借りた事を。けれど、自分が苦労した事などは一切触れない。はやての性格を、アーチャーは既に把握し始めていたからだ。下手な事を言えば、顔を曇らせてしまう。だからそれらの事を聞き、はやてが笑った時、アーチャーも笑った。

「ま、御託はこれぐらいにして、まずは食べてくれ」

「せやな。いただきま~す!」

 後にはやては語る。あの時の衝撃は、一生忘れないと。

「う……」

 だし巻き卵を口にし、はやては固まった。その反応に、僅かだがアーチャーにも緊張が走る。秒針の音だけが、静かに響く。どちらも微動だにしない。ややあって、はやての口が咀嚼を再開する。心なしかゆっくりに見えるそれを、アーチャーは真剣な眼差しで見つめる。
 今ならば、ランサーの動きさえ見切るのではないかと言わんばかりの眼力で。

 やがて、名残惜しそうに嚥下するはやてを、アーチャーはただ黙って見守る。

「ど……」

「……ど?」

 ゴクリと息を呑むアーチャー。想像と違う言葉に、その顔は戸惑いを隠せない。

「どうしてこんなに美味しいんや~~~~っ!!」

 はやての絶叫に、アーチャーは小さく安堵し、笑みを浮かべる。

「当然だ。私にかかれば、この程度の味など造作もない」

 すまし顔で語るアーチャー。その表情からは、絶対の自信が溢れている。そんなアーチャーを無視し、はやては既に他の物を食べ始めていた。それも、美味しいと目を輝かせながら。その光景を見て、アーチャーはただ嬉しそうに微笑むのだった。



「ホンマにアーチャーは料理が上手いんやなぁ……」

 食後のお茶を飲みながら、ぼんやりとはやては呟いた。その視線の先には、食器を洗うアーチャーの姿がある。本当は色々話しながら食べようと思っていたのに、あまりに美味しい食事に会話も忘れて食べ続けてしまった。結局、話は片付けが終わってからになった。

 後片付けをしているアーチャーを見ながら、はやては思う。

(意外とガンコなんやな、アーチャーって。今日は全部自分でやる!なんて……)

 手伝いを申し出たはやてに、アーチャーはこう断った。

「気持ちは嬉しいが、今日は私に全てやらせてほしい。なにしろ、久しぶりの事なのでね。勘を取り戻しておきたい」

「でも……」

「その代わり、明日からは頼む」

 そう笑みと共に言われては、はやても引き下がるをえない。仕方ないのでお茶を淹れ、こうしてくつろいでいるのだが……。

(なんや、変な感じやな。まるで歳の離れた兄妹や)

 そんな事を思い、はやては笑う。そして、もしここに両親がいたらなどと思ってしまう。
屈託なく笑う母と微笑む父。二人に手をつながれて歩く自分。それを後ろから呆れながらもついてくるアーチャー。
 そんな光景を幻視し、はやては瞼を強く閉じる。涙がこぼれないように、アーチャーに気付かれないように。
そんなはやての肩に、何かが触れた。

「どうした。埃でも目に入ったか?」

 アーチャーの手だった。その問いに無言で首を横に振るはやて。声を出さないのは、それで分かってしまうと思ったからだろう。しかし、アーチャーには無駄な事だった。
 彼はそれだけで何かを悟ると、笑みを浮かべて語り出した。

「はやて、君は確かこう言ったな。私と『家族』になってほしいと」

 無言で頷くはやて。それを確認し、アーチャーは続ける。

「なら、我慢しないでくれ。言いたい事なら言えばいい。やりたいならやればいい。ダメならそう言うし、出来るのなら力になろう」

 支え合い分かち合うのが家族だから。まるで、一人で抱え込むなと言っているようなその言葉に、はやては涙が止まらなかった。抑えていた声も、もう限界だった。
 流れる涙も拭わず、ただアーチャーの手の温もりを嬉しく思いながら泣いた。そんなはやてを、アーチャーは黙って見つめた。今必要なのは、言葉ではない。自分以外の温もりなのだと、アーチャーも知っているから。

 こうして、二人は『家族』としての第一歩を歩き出す。二人は知らない。その姿を、一匹の猫が注意深く見つめていた事を……。




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ファーストデイズ四本目。

はやてがおマセになった理由は、良くも悪くも保護者がいなかったからだと俺は思います。

さて、いよいよ次がファーストデイズ最後の一組!

……意外と早かったなぁ、ここまで



[21555] 0-7 ファーストデイズ(N&S)
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/09/13 14:12
 突然だが、セイバーは困っていた。最優のサーヴァントとして名高きセイバーが、なす術なく固まっている。そんな状況を作りだしているのは、なんと――――。

「ふみゅぅ……」

 なのはだった。その手はセイバーの服(苦労して鎧だけを消した)の袖をしっかりと掴んでいる。
早朝に目覚めたセイバーだったが、身体を起こそうとして、この状況に気付いた。振りほどくにも、強く掴んでいる以上、下手をすれば起こしかねないと判断したのだが、ずっとこのままという訳にもいかなかった。

(退屈なのですが……何かないでしょうか)

 元来体を動かす事が好きなセイバーは、この状況が中々辛い。必要であれば平気だ。自分は王を務めていた事もある。その程度は造作もない―――はずなのだが。

 ただ何もせず、じっとしているのは耐え難い。本を読もうにも動けないし、瞑想しようにも正座も出来ない。
まさに進退窮まったその時、家の中の気配が動くのを感じた。しかもただの気配ではない。それは戦士の類だとセイバーは知っている。

(この家の気配は、なのはを除き三つ……その内二つがソレとは)

 その二つの気配は、家を後にし、外へと出て行った。遠ざかる気配にセイバーは思う。なのはに聞く事がまた増えたと。
出会いの後、簡単な話(ここが日本である事と、海鳴という町である事)をなのはから聞き、時間を考えセイバーが寝る事を勧めた。そのため、セイバーは高町家の事を何も知らない。

「仕方ありません。私ももう少し寝ましょう」

 可愛らしい寝顔のなのはを見つめ、セイバーは笑みを浮かべるとその目を閉じる。そうやって眠ろうとするセイバーに、世界は残酷だった。

「さ、朝食の支度をしなきゃ」

 なのはの母である桃子が、普段よりも少し早くから食事の支度を開始。その音と匂いに、セイバーはすぐに目を覚ます事となったのだった……。



高町家と騎士王のファーストデイズ





 (何があったんだろう?)

 気持ちよく目を覚ましたなのはが見たのは、『待て』を極限までさせられている犬の様な雰囲気を発しているセイバーの顔だった。
そんな事を感じていると、そのセイバーと目が合った。

「あうっ」

「お早うございます、なのは」

 その視線の強さに、思わずなのははたじろいた。そんななのはの様子に気付かず、セイバーは挨拶と共に体を起こす。
全身から怒気とも呼べる空気を漂わせ、彼女はなのはを見据えた。その目は、昨夜よりも真剣だ。何を言われるのだろう。そうなのはが覚悟した時だった。

「朝食の時間です」

「へっ?……あ、そうだね」

「早く着替え、居間に行きましょう」

「そ……そうだね」

 セイバーの有無を言わさない雰囲気に、なのははただ頷くしか出来なかった。家族がセイバーの事を知らない事も忘れるぐらいに、今のなのはは動揺していた。それはセイバーも同様である。昨夜から今まで何も食べておらず、更には食欲をそそる匂いを一時間以上嗅がされていたのだ。そのため、騎士王は食いしん王に変化していた。

 急かすようなセイバーの視線を受けながら着替えを終えるなのは。それを確認するやなのはを抱き抱えて部屋を出るセイバー。声を出す事も叶わず、なのはは初めてのお姫様抱っこを同性にされるという、非常に稀有な体験をした。

「着きました」

「あ、ありがとうセイバー」

 唯一の救いは、家族がそれぞれ用事があり、居なかった事か。恭也と美由希は学校の日直、桃子は士郎の世話と出掛けていて、テーブルには桃子の字で「あたためて食べてね」と書いてあるメモが一枚と、ラップをかけられたまだほのかに暖かい料理の数々。それをなのははどこか寂しそうに眺めるが、セイバーは既に今か今かとなのはを待っている。そんなセイバーに、なのはは犬の姿を再び重ね、笑みを一つ。

「セイバーは座ってて。私がご飯よそうから」

「わかりました。では、大盛りでお願いします」

「にゃはは。あ、ラップ取ってくれるとうれしいな」

「ええ、心得ています」

 そんなセイバーを横目に、なのはは茶碗を取り出す。自分用のものと、父の使っていたものを手にジャーを開け、ご飯をよそう。
それをそわそわしながら待つセイバー。そして、なのはから茶碗を受け取り……。

『いただきます!』



 食事は比較的早く終わりを告げた。元々なのは分しかご飯がなかった事、セイバーが凄まじい速度で御代わりした事が重なり、ご飯が綺麗になくなったのだ。
 空の御釜を見せられた時のセイバーは、まさに青天の霹靂といった顔を浮かべた。なのははそれを見て、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 食後のお茶(これはセイバーが淹れた)を飲みながら、なのははセイバーに様々な事を話した。家族の事、家庭の事、自分の事。それをセイバーは黙って聞いてくれた。時に脱線し、思い出話になっても遮る事無く相槌を打ち、言葉に詰まりそうになるなのはをただ優しく待ち、全てを話し終えた頃には、お昼近くになっていた。

「……よくわかりました。なのはは、お父上が良くなってくれれば、また家族で過ごせるのですね」

「うん。お母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも、お父さんがにゅういんしてるから、なのはの相手ができないんだと思うの」

 どこか悲しそうに答えるなのはに、セイバーは何かを決意すると静かに立ち上がる。

「なのは、その病院に行きましょう」

「え?なんで?」

 突然の申し出に、なのはは目を瞬かせる。自分が行っても邪魔になるだけ。その考えが脳裏をよぎる。そんななのはの思考を読み取ったのだろう。セイバーは微笑むと、力強く断言した。

「私にいい考えがあります」



 セイバーと共に、なのはは聖祥大付属病院へとやってきた。見舞いには何度か来ていたため、道に迷う事はなかったが、セイバーの格好が目立ったせいで道中好奇の目で見られた。
 二人は士郎のいる病室へと向かう。なのははセイバーに、道すがらどんな事をするのかと尋ねたのだが、セイバーは答えてはくれなかった。ただ、任せてほしいとだけ告げて。

 病室のドアの前に立ち、なのはは恐る恐るノックする。そして意を決して声を掛けた。

「なのは、だよ。入るね」

「えっ?なのは?」

 想像もしない娘の来訪に驚く桃子。その声に若干の罪悪感を感じるも、肩に置かれたセイバーの手に勇気を出してドアを開ける。
そこには、こちらを見て驚く両親の姿があった。
 生死不明の重症を負いながらも、不屈の精神で一命を取り留めた士郎だったが、意識は取り戻したものの未だに退院のメドは立っていない。そんな夫を献身的に支える桃子。それを聞いたセイバーは、なのはにイリヤスフィールの姿を重ね、ここまで来たのだ。

 愛娘と共に現れた金髪の少女に、二人は言葉を失うが、セイバーは出来うる限りの柔らかな声で自己紹介を始めた。

「初めまして。私はセイバー、なのはの友人です。今日はお父上のお見舞いに来ました」

 その言葉に再び両親は驚く。家から出た事がないはずのなのはが、年上の、それも外国人の友人を作った事に。一方のなのはは、セイバーの友人という言葉に喜びを隠せず、満面の笑顔だった。
 簡単な挨拶だったが、娘の初めての友人が見舞いに来てくれた事に士郎も桃子も笑みを浮かべて歓迎した。そして、セイバーは先程までの表情を変え、真剣な面持ちでこう切り出した。

「そして、その怪我を直しにも」

 セイバーはそう言うと、その手を掲げて呟く。

「全て遠き理想郷」アヴァロン

 次の瞬間、眩い光がセイバーを包み、その手に何かが現れる。それは聖剣の鞘にして、万物から身を守るセイバーの切り札。
セイバーが死後辿りつくと言われている理想郷の名を冠した癒しの力。

 何が起きたのか戸惑う三人。セイバーはそれを気にも留めず、アヴァロンを士郎の体に置く。やがて淡い光を放ち、士郎を輝きが包む。それを見ながら、桃子もなのはも動けずにいた。その光はとても優しく、暖かな気持ちにさせてくる。そんな印象を受け、ただ黙って見守る二人。そして、輝きが消えた先には、何も変わらぬ士郎の姿とアヴァロンがあった。

 だが、目に見えぬ変化は起きていた。

「……痛みが消えた……?」

 信じられないとばかりに呟く士郎。そして、ゆっくりと起き上がり、自身の体を動かし始める。それを見て、セイバーは笑みを一つ浮かべアヴァロンを回収する。やがて、完全に直った事を理解した士郎が桃子に笑顔を向ける。それで全てを理解したのだろう。桃子も両目から涙を浮かべ、その胸に飛び込んだ。
 互いに涙を浮かべ抱き合う両親の姿に、なのはも知らず涙を浮かべる。そんななのはに、セイバーは優しく寄り添うのだった……。



 両親に手を繋がれ、嬉しそうに歩くなのは。それを見つめ、微笑むセイバー。
あのすぐ後、士郎は担当医を呼び、退院したい旨を告げた。無論、そんな事が許される訳はないのだが、士郎たちの懇願と根気についに病院側も折れ、退院の運びとなって現在に至る。

「ね、お父さんお母さん。お願いがあるんだけど」

 なのはの声に、士郎は分かってると言わんばかりに笑みを浮かべる。桃子も同様だ。

「セイバーちゃんの事だろ?」

「勿論いいわよ」

「部屋をどうするかだな」

 なのはの言葉を待たずして、二人はそう言って考えを巡らせる。驚いたのはセイバーだ。まさかこんなあっさりと結論を出されるとは思っていなかったからだ。

「ま、待ってください!貴方達はそれでいいのですか!?」

 それは暗に、あんなものを見ても何も聞かないのかと言っていた。それを感じたのだろう。士郎は真剣な眼差しでセイバーを見る。

「確かに色々と聞きたい事はある。でも、それは君が話したくなったらで構わない」

「そうよ。不思議な光景だったけど、それが?貴方はなのはのためにああしてくれた。それに、大切なのはあれが何なのかって事じゃなくて―――」

 セイバーちゃんがなのはのお友達って事よ。そう言って、桃子はセイバーに微笑む。それに士郎も応じ、微笑みを向ける。なのはも微笑み、セイバーを見つめる。三人の笑顔に、セイバーは一瞬呆気に取られるが、何かを思い出したのか笑みを浮かべ、答えた。

「そうですか。ならば、貴方達の気持ちに感謝を……」

「そんな固い態度はなし。これから一緒に暮らすんだから。私、桃子よ」

「そうだな。俺は士郎。士郎で構わないよ」

 二人の雰囲気にセイバーは面食らうが、士郎の名を聞いた時に軽い驚きを見せると、小さく呟く。

「何かの縁なのでしょうか……。よもやまた『シロウ』をアヴァロンが癒すとは……」

 そんなセイバーに、三人は顔を見合わせる。どこか懐かしむような顔に遠い視線。そして、そこはかとない哀しみを湛えた雰囲気に、何か気になる事でも言ったのかと思ったからだ。
 そんな三人に気付かず、セイバーはそうしてしばらく立ち尽くす。そんな彼女を現実に引き戻したのは、自分の体が訴える空腹の声だった。
恥ずかしがるセイバーに、笑いながらも早くお昼の支度をしないと、と歩き出す桃子。それに苦笑しながら同意する士郎となのは。
 そうして歩き出す四人の顔に浮かぶは満面の笑み。仲良く歩く親子と、それを眺めて微笑む少女。誰が見ても、幸せそのものの光景がそこにはあった……。



おまけ

 ただ沈黙のみが支配していた。呆気に取られる士郎と桃子に、苦笑いのなのは。そして……。

 もくもくと食べ続けるセイバー。その勢いは止まる事を知らず、既にご飯は四杯目だったりする。

「―――モモコ、御代わりを」

「え、ええ」

―――まだ食べるのか!?

 そんな心境で見つめる士郎に、もう開き直ったのか笑みさえ浮かべる桃子。ちなみに、なのはも士郎も既にセイバーの食事を見守っている。
そして、桃子が茶碗を持ち、ジャーを開けて……動かなくなった。
 どうしたのかと思うセイバー。だが、残りの二人には想像が出来た。

「ごめんなさい。もう、なくなっちゃって……」

 夕食時と同じぐらい炊いたのに、と呟く桃子。それにセイバーは驚きのち照れの表情だ。士郎はそんなセイバーに笑みを浮かべ、なのはも笑う。

「これは、もう一つジャーを買った方がいいかしら?」

「そうだな。それにセイバーの服なんかも必要だし」

「じゃあ今度のお休みにみんなで買い物に行こう!お兄ちゃんやお姉ちゃんも一緒に!」

 はしゃぐなのはに、笑みで応じる士郎と桃子。セイバーはそれを聞き、辞退しようとするが踏み止まる。なぜなら―――。

「みんなでお出かけするの、楽しみだなぁ」

 そんな風に笑うなのはを見たから。そして、その『みんな』に自分も入っている事を理解したから。

(それでは、友ではなく家族ですよ、なのは)

 そんな事を思いながらも、セイバーの顔はどこから見ても嬉しそうだった……。




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ファーストデイズラストでした。

これで各組の初日は終了です。

次からは本編準備編となります。

ランサーとアーチャーが重要です……(書く事多くて)



[21555] 0-8-1 とある一日(S&R)
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/09/13 14:13
「ライダーは聞いた?」

 突然の忍の言葉に、紅茶を注ぐライダーの手が止まる。

「何をですか?」

「すずかが喧嘩の仲裁したって事」

 忍の意外そうな表情に、ライダーは笑みを浮かべて応じる。そう、ライダーは知っていた。すずかが喧嘩を止めた事も、それがキッカケで友人を作った事も。昨夜、寝る前の他愛のない雑談の際、本人から聞かされたのだ。
 だから、ライダーは知らないであろう忍に、取っておきの情報を教える事にした。

「ええ。それに友人が出来た事も」

「へえ、そうなんだ」

「アリサとナノハと言うらしいですよ」

 その顛末を話していた時、すずかはこの上なく上機嫌だった。ライダーに何度も何度も語っては、嬉しそうに名前を呟いていたから。
そして、今日はその一人であるアリサの家へ遊びに行っている。
 出掛ける際のすずかの笑顔は、ライダーにも分かる程に輝いていた。

 ライダーの話に、忍は笑みを浮かべると、手にした本を閉じる。そして、残っていた紅茶を飲み干し空を仰ぐ。

「仲良くしてるかしら?」

「スズカなら大丈夫でしょう」

 即座に答えたライダーに忍は苦笑しながら、それもそうかと呟くのだった……。


月村家と騎乗兵のとある一日



 帰宅したすずかは、夕食後にやや興奮気味にバニングス邸での事を話した。自宅に負けぬような邸宅だった事、SPと呼ばれる人達がいた事、洋風の庭なのに、和服(作務衣)を着た小次郎と言う専属庭師がいた事等、話題は尽きなかった。
 ライダー達はそれを嬉しそうに聞き、すずかの話に相槌を打つ。今度は自宅に呼びたいと言うすずかに、ノエル達が笑みを見せる。

「では、屋敷の大掃除をしなければいけませんね」

「後は庭の手入れも重点的に、ですね」

「ファリンはあまり張り切らぬ方がいいと思いますよ」

 かえってドジを踏みますから。そう断言するライダーに、ファリン以外が笑う。言われたファリンは、拗ねた表情でライダーを睨む。それを見て忍が放った子供みたいとの一言で、ファリンが叫んだ。

「忍お嬢様ぁ~~!」

 怒り心頭のファリンに、忍も謝るが笑っていてはしょうがない。ノエルが嗜めるがどこかノエルも楽しそうだ。ライダーはそんな光景を眺め、視線をすずかへ移す。
 すずかも笑みを浮かべ、三人を見つめている。だが、ライダーの視線に気付いたのか、視線をライダーへと移した。

「どうかした?」

「いえ、賑やかだと思いまして……」

 どこか懐かしそうに答えるライダー。その声に、すずかは答える。

「ライダーが来てからだよ?こんなに賑やかなのは」

 すずかの言葉が意外だったのか、ライダーは驚いた顔ですずかを見つめた。それを微笑ましく思い、すずかは笑みを返す。
ライダーが来てから、月村家には笑いが絶えない。以前からファリンと忍がムードメーカーだったが、ライダーが来て以来、それが余計に際立っていた。ライダーの的確な意見や鋭い指摘に、二人がリアクションを返すからだ。それにノエルやすずかまで笑い、それが更なる笑いに繋がる。

 今も、ファリンに詰め寄られて忍が困っているが、いつもなら仲裁役のノエルも、どこか楽しそうにそれに参加している。そんなやりとりを横目で見ながら、すずかは告げる。

「本当にライダーが来てくれてよかった」

 ライダーがもし居なければ、すずかはアリサやなのはと友達になれなかった。
その友人を得るキッカケ。それは、クラスの一人がアリサの髪の色をからかった事に端を発した……。



 クラスの自己紹介が終わり、担任の教師がいなくなった途端、一人の少年がアリサの髪を指差し、外人色と言い出した。無論、アリサはそれを無視していたが、あまりにもしつこいためについにアリサも我慢の限度を超えた。
 その少年へ無言で近付き、勢い良く蹴り飛ばしたのだ。たまらず後ろへ倒れる少年に、追い討ちをかけるようにアリサは言った。

「男のクセにしつこい!自分が日系色だからって、外人外人うるさいのよ!!」

 蹴られたショックで少年は呆然としていたが、自分が馬鹿にされた事は理解できたらしい。顔を真っ赤にして、アリサへ掴みかかろうとした。
だが、そんな少年を止めた者がいた。すずかである。

「ダメっ!気持ちは分かるけど、手を出したらいけないよ」

「そうだよ!それに、先に人を怒らせたのは君なんだから」

 少年を諭すすずかに、同調する声。それがなのはだった。なのははすずかの前に立つと、少年にこう言った。

「自分が嫌な事は人にしちゃいけないの。でも……」

 そこまで告げ、なのははアリサへ振り向く。その視線に、アリサは僅かに怯む。なのはは怒っていたからだ。

「嫌なら嫌って言わなきゃなの。言葉にしないと、何も伝わらないんだよ」

 はっきりと言い切るなのはに、アリサは言葉がなかった。そして、何かを考えた後、バツが悪そうに少年へ顔を向ける。

「わ、悪かったわ。その、蹴って……ごめんなさい」

 それを聞いて、すずかもなのはも笑みを浮かべる。少年も毒気を抜かれたのか、それに謝罪で応じた。そんな事があり、その後すずかは、なのはとアリサから少年を抑えた事を感心されたのだ。
 それにすずかは照れながらも、お返しとばかりになのはとアリサを誉めた。自分の意見をはっきり告げたなのはと、素直に間違いを認めて謝ったアリサを。そんなやりとりを経て、三人はそれぞれの名前を再確認し、友人となった。



 すずかは思う。あの時、少年を抑えなければ二人と友達になる事はなかったと。そして、あの時そう出来たのは、ライダーから勇気を貰ったから。何かを待つのではなく、自分で何かを起こす。その勇気をライダーからもらったから、動く事が出来たのだとすずかは思っていた。
 そこにすずかを現実へ引き戻す声が響いた。

「ねぇライダー、ちょっと助けてよ!」

 さすがに旗色が悪いと判断したのか、忍がライダーに助けを求めたのだ。それに、ライダーは口の端を歪めてこう言った。

「欲しい本があるのですが……」

 どうでしょう?と言わんばかりの声であった。ライダーは、月村家で養われているが、メイドとして働いている扱いにもなっている。そのため、週に一度僅かだがお金を貰い、書店まで本を買いに行っている。
 そのジャンルの雑多さに、すずかと忍も驚いたものだ。そして、今彼女が欲しがっているのは女性向けのファッション誌を始めとした三冊。なので、渡りに船とばかりに、ライダーはそう告げたのだ。

「い、いいわ。来週は二倍出す。だから――っ!」

 助けて。その言葉を言う前に、ライダーがファリンを取り押さえていた。正確には、二倍のにの音辺りで動き出していた。あまりの事に、忍もノエルも、当のファリンも言葉がなかった。
 ライダーは、ファリンの耳へ口を寄せると静かに囁きだす。

「ファリン、それぐらいでいいでしょう……」

「ら、ライダーお姉様……息が……」

「あまりシノブを困らせてはいけません。もう十分反省しています……」

「は、はい……」

「では―――後片付けは私とノエルがやりますので、ファリンはお茶を淹れてください」

 妖艶な雰囲気を一変させ、ライダーはそう言い放ち、食器を手に厨房へと消える。後に残されたファリンは、顔を真っ赤にして床に座り込んでいる。そしてノエルも後を追うように食器を手にして動き出し、すずかは呆然とそれを眺める。そして、呆気に取られている忍へ、ライダーが厨房から舞い戻り告げる。

「約束をお忘れなく」

 それだけ告げ、再び厨房へと消えるライダー。それを呆然と見送るすずかと忍。ファリンは小さく「脈拍が……血圧が……」と呟いているが、その顔がどこか嬉しそうに見えるのはきっと気のせいだろう。そんなファリンが再起動したのは、ライダー達が食器を洗い終わった後だった……。



 ファリンの淹れた紅茶を飲みながら、再び穏やかな雰囲気に包まれる月村家。それぞれの手には本があり、忍は工学関係、すずかは推理小説、ライダーが礼儀作法、ノエルは心理学、ファリンがドジをなくす百の方法であった。

 元々月村姉妹は読書家だった。それにライダーが加わり、読書の輪が広がったのだ。忍はライダーへ、ライダーはすずかへ、すずかが忍へと本を薦めあう事が盛んになった結果、月村家全体が読書家になっていった。
 ノエルはライダーのように感情溢れるヒトになるために、ファリンは初めは三人の話についていくためだったが、最近は自分を変える系の本を読んでいる。

「ね、ライダーはどんなジャンルが好きなの?」

「ジャンル、ですか……?」

 忍の問いかけに、ライダーは困ったように表情を曇らせる。ライダーにとって、好きなのは読書そのものであり、ジャンルにこだわり等ないのだが、最近特に読み漁っているものを思い出し、ライダーはそれを答える事にした。

「本屋さんがオススメするものです」

「は?」

「本のプロが読んだ方がいい、と宣伝されているものです」

 まさかのライダーの返しに、忍は言葉を失う。それは聞いていたすずかとファリンも同じだ。
戸惑う三人に、ライダーはおかしな事を言ったでしょうか?と言わんばかりの顔をする。
 そこへ、ノエルがピシャリと言った。

「ライダー、それはジャンルではなくコーナー名です」

 ノエルの突っ込みに全員が頷く。ライダーはそれに、そこまで大差ないと思いますがと不思議顔。だが、ノエルが首でそれを否定。
そんな二人だが、すずかは知っている。よく二人が互いに薦めあうのが、部下のうまい操縦法等の本である事を。
 そして、それを見てファリンが軽く凹んでいた事も。

「では、ノエルは何なのですか?」

「私は人間心理です」

「あ、私は恋愛小説です」

「私は……ま、ファリンと同じでいいわ」

「私はファンタジーかなぁ」

 ノエルの言葉を皮切りに、次々と好きなジャンルを告げていく月村家。それを聞き、ライダーは何やら悩みながら問いかける。

「私も……何か絞った方がいいのでしょうか」

「いいんじゃない?別になくても」

 あっけらかんと忍はそう告げた。彼女としては軽い雑談として聞いたのであって、ここまで大袈裟に捉えられるとは考えてなかったのだ。
だからこそ、忍はライダーに微笑みかける。

「だってライダーは、読書は好きなんでしょ?」

「……はい」

「なら、それでいいの。無理に話合わせようとしないで、ないならないって言ってくれればそれでいい」

 こんなの他愛のない家族の会話よ。そう告げた忍に、ノエルとファリンも頷く。すずかもライダーに笑って頷く。
その言い方に、ライダーは心に迫るものを感じた。この月村家に来て一月弱。まだそれだけしか経っていないのに、自分を家族と言い切る忍達に言い様のない感情を抱いたのだ。

(これが感動と言うのですか……?ああ、涙が溢れそうとはこんな気持ちなのですね)

 最後に泣いたのはいつだったか。そんな事を思いながら、ライダーは微笑む。その目に、微かに光るモノを浮かべて……。




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準備編一本目です。

読書のジャンル云々はホロウでもありましたが、あちらでは士郎とのやりとりに対し、こちらは四人となっています。

しかし、中々家族と呼べない衛宮家と違い、完全に家族の月村家では言う事がストレート。

家族、という言葉にライダーが感じたもの。それはきっと衛宮邸で知った温もりの更に上を行く『何か』だと思います。

……でもきっと、凛や士郎達だって忍と同じ事を思っていたと、俺は思っています。



[21555] 0-8-2 とある一日(A&A)
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/09/13 14:13
 作務衣を着た長髪の男が、洋風の庭で作業をしている。その横に、アリサが寄り添うように立っていた。男の名は小次郎。なぜ作務衣を着ているかというと、あの格好は流石に目立つので、アリサがスーツと共に普段着(ここだけの話、作務衣姿の小次郎をアリサは気に入っている)として用意したのだ。

「ほう、友人が出来たか」

「そ、すずかとなのは。明日、早速すずかが遊びに来るから」

 なのはは予定があって無理らしいわ。そう告げる表情はどこか残念そう。そんなアリサを横目に、庭の植木を手入れしながら小次郎は笑う。その笑みにアリサは嫌なものを感じた。

「それは重畳。その娘にはここは虎の巣だと分かったか」

「誰がトラだぁぁぁ!たくっ、とりあえず粗相のないようにね」

 そう小次郎に告げると、アリサは屋敷へ戻っていく。その後姿に、小次郎は思う。

(余程嬉しいのであろうな。足取りが踊っておるわ)

 笑みを浮かべて植木に視線を戻し、小次郎は普段よりも更に丁寧に手入れをしていく。

 アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。彼はなんだかんだでアリサに優しいのであった。



お嬢様と傾奇者のとある一日





 門の前で立ち尽くす一人の少女。彼女、月村すずかは、生まれて初めて自宅以外の豪邸を見た。その横で自慢げに立つアリサだったが、彼女は知らない。自分が月村家に訪れた際、まったく同じ反応をし、すずかに同じ事をされる事を。

「ま、こんなとこで立ってるのもなんだし、早く行きましょ」

「そ、そうだね」

 アリサについていきながら、すずかは辺りを見渡す。西洋風の庭は見慣れているが、それでも他人の家だとどこか違うように見受けられたからだ。だが、そんな中に完全に浮いている存在がいた。
 それは、枝きりバサミを手に、肩にタオルをかけた作務衣姿の小次郎だった。そんな違和感全開の姿に、すずかは呆然と立ち尽くす。それに気付いたアリサが、視線の先を追い―――その場から駆け出した。

「こんの、バカモノぉぉぉぉぉ!!」

 叫びと共に繰り出された跳び蹴りを、小次郎は逃げるでもなく、上体をそらし空いている手で受け止める。跳び蹴りの状態で固定されるアリサ。足首を掴まれ、何とかしようとバタバタと暴れるが、小次郎に何かを言われ、大人しくなった。ただ、その顔を真っ赤にしていたが。
 すずかはそれを見て、驚き苦笑する事しか出来なかった。

以下、そのやりとり。

「放しなさいよ!」

「それは出来ぬ」

「どうしてよ!?」

「服に土が着いてしまうのでな」

「いいから放せ!」

「暴れるでない。すかーとがめくれあがっておるぞ?」

「なっ――?!」



 小次郎に静かに降ろされ、アリサはブツブツ文句を言いながらも、どこか恥ずかしそうにすずかの所へ戻ってくる。そんなアリサに、すずかは尋ねた。
 あの人は誰なのかと。それにアリサはこう答えた。小次郎と言って、住み込みの専属庭師であると。そして、自分を丁寧に扱わない奴だとも言った。

「そのわりには、アリサちゃんと仲がいいんだね」

「べ、別にそこまでってワケじゃないけどね」

 他に比べていいだけよ。そう答えて、アリサは急ぎ足で玄関へ向かって歩き出す。それはどう見ても照れ隠し。そんなアリサをすずかは小さく笑みを浮かべて追いかける。小次郎は、そんな二人を眺め、おもむろに植木の手入れを始めるのだった。



 その後、すずかと色々な話をし、アリサがやっている習い事の一つにすずかも興味を持った事で、会話は更に盛り上がった。今度はなのはも一緒にと約束し、すずかが帰った時には、時計が六時を過ぎていた。

 初めて同年代の、しかも同性と話した事はアリサにとって大きな出来事であった。興奮冷めやらぬ彼女は、夕食時にもすずかとの話をし、小次郎を呆れさせた。だが、それを顔に出さない辺りに小次郎の優しさがある。しかし……。

「それでね……」

「ありさ、手が止まっておるぞ」

 食事が始まって既に五分が経つが、未だにアリサの食事は一品たりとも減っていない。さすがに小次郎もそれは見過ごせないのか、手にしたナイフとフォークでハンバーグを一口大に切断し、それをフォークに刺すと、アリサの口の前へ持って行く。その見事な所作に感心するアリサだったが、それもそこまで。

「ほれ」

 まるで餌を与えるようなその言い方にアリサは青筋を浮かべるが、ここで怒ってはまた小次郎を喜ばせるだけだと思い、黙って口を開ける。
入れられたハンバーグからは、濃厚なソースの味と肉の旨味が口一杯に広がり、それがアリサを笑顔にする。
 それを眺め、小次郎も同じ様にハンバーグを口にする。

「肉を食すのは些か慣れぬが、これは美味よな」

「でしょ?今度はステーキやトロットロに煮込んだビーフシチューを食べさせてあげるわ」

 驚くような小次郎に、アリサはそう言った。小次郎が未だに慣れない事の一つが食事。菜食中心だった時代の小次郎からしてみれば、肉を食べる事などほとんどなく、しかもそれが洋風になれば更に珍しいものとなる。
 そのため、アリサは小次郎にもっと驚いてもらおうと、シェフ達に頼んで様々な料理を出させている。おかげで、食事は小次郎のこの上ない楽しみとなっていた。
 ……どこかの騎士王と違い、味ではなく、食材や見た目などの雅さに重きを置いているが。

 そんな小次郎は、アリサの挙げた料理名に心底不思議そうな顔をしていた。それがアリサには堪らなく優越感を感じさせる。何しろ、小次郎は基本アリサを小馬鹿にしているので、こういう時でなければ小次郎の上に立てないからだ。

「すてーきとは何だ?」

「牛肉を厚切りにして炭火で焼くものよ。専用のたれをかけたり、塩をかけたりして食べるの」

「ほう、単純よな」

「でも、お肉の味が純粋に楽しめるわ」

「それも然り。では、びーふ……?」

「ビーフシチューよ、シチュー。そうね……」

 自慢げに語ろうとして、アリサはふと思った。考えてみれば、シチューを説明するなんてした事がないと。シチューはシチュー。そう片付けてしまうのが普通だから。
 そう、それはアリサが小次郎に出会ってから、常にしてきた事だった。世の中の事を説明する時、自分が如何に『常識』と言うモノに縛られているのかを実感するのだ。
 これはこういうものだから、こうなんだ。その一言で深く考えない。どうしてそうなのか?誰が決め、なぜそれを誰も不満に思わないのか?正しいとか間違っているなんて、絶対はないはずなのに。そこまで考えた所で、現実に引き戻された。

「……如何した、ありさ」

 小次郎の声だった。そこに若干だが戸惑いの色が見える。

「別に……少し思う事があっただけよ」

「左様か。で、しちゅーと言うのは如何ようなものか」

 アリサの声に感じるものがあったのか、小次郎は話題を変える意味も込めてそう聞いた。

「ま、簡単に言えば牛肉と野菜の煮込み料理よ」

 詳しくはシェフに聞きなさい。そうアリサは言って締めくくった。その顔はいつものアリサであった。
それに小次郎は笑みを浮かべ、目の前のハンバーグへとフォークを伸ばしてため息を吐く。

「ありさが考えに詰まったせいで、せっかくのはんばーぐが冷めてきておる。急いで食べねばならぬか」

「何よ。あんたが説明させたんじゃない!」

「む、ぽたーじゅに膜が出来始めたか」

「聞け!」

「おお、この人参は菓子であるか。野菜で甘味とは恐れ入る」

「無視するなぁぁぁっ!!」

 まさに虎の咆哮。しかし、既に小次郎も慣れたもので、アリサが叫んだ瞬間耳を塞いでいる。
完全に遊ばれている事を理解したアリサは、それならとフォークを手にし、小次郎のハンバーグを奪った。
 一瞬、何が起きたか分からぬ顔をした小次郎だったが、アリサが自分の食事を盗った事に気付き、微かに笑った。

「……手癖の悪い事よ」

「ふんっ。……アタシを無視するからよ」

 ハムッと盗ったハンバーグを口に入れ、美味しいと言わんばかりに笑顔になるアリサ。そんな彼女を、小次郎は眺めて呟いた。

―――やはり、女子は笑顔が一番よ。

 そんな小次郎の呟きには気付かず、アリサは食事を続ける。その顔に満面の笑みを浮かべながら……。





おまけ

「で、これが時間」

 アリサが小次郎に見せているのは携帯電話。寝る前の僅かな時間、毎晩行われるアリサの現代教室。本日の教材は文明の利器。

「なるほどな。……科学、と言うのは凄まじいものよ」

 手渡された携帯をしげしげと見つめる小次郎。先程までアリサに色々と説明されたが、その機能を完全に理解する事は出来ないようだ。
そんな小次郎に、アリサは苦笑気味に教えた。最近はアタシ達でも完全に使いこなすのは難しいから、と。
 その言葉に小次郎は驚き、その表情のままこう問いかけた。

「ならば、なぜこのような物を作るのだ?」

 道具は使いこなせてこその道具であろう。小次郎はそう言った。その反論にアリサは耳が痛かった。増えていく機能、ぶ厚くなる説明書、そして起きる事故。それらは全て小次郎の言葉で言えば片付けられる。

使いこなせないものを使うな。不必要なものを作るな。それは、自給自足で生き、創意工夫で苦労を乗り越えていた時代の小次郎だからこその台詞。あれもこれもではいつか破綻する。本当に必要なものを作り、使い易いものを目指す。それがどれだけ正しいかは、アリサにも分かる。分かるのだが……。

「ま、あれよ。付加価値がないと売れない世の中だから」

 そう告げるアリサに、小次郎は妙な世の中になったものよ、と呆れ顔。

 そんな風に、二人の夜は更けて行くのだった……。



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準備編その二。すずか編の裏と言うかその頃のアリサ達というか。

すずかは小次郎がサーヴァントだとは知りませんし、ライダーも気付けません(すずかが苗字を聞いてない&日本人名過ぎる)

アリサもすずかからライダーの事は聞いていますが、今は共通の話題で頭一杯で小次郎に話していません。

本格的に彼らが出会うもしくは知るのは、もうしばらく後になります。



[21555] 0-8-3 とある一日(N&S)
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/09/13 14:14
 麗らかな春の日差しが差し込む公園を、サッカーボールを蹴りながら走る一人の少女。その額には汗が浮かんでいるが、そんなものを感じさせないような動きで、躍動感を前面に押し出し、ドリブルを続けている。
 そんな彼女を追いかける少女が一人。ぜえぜえと肩で息をしながら、その背に追いつこうとしているが、距離は縮むどころか離れる一方であった。

 やがて、少女は地面にへたり込み、動かなくなる。それに気付いたのだろう彼女が、少女の下へと戻ってきた。

「大丈夫ですか?なのは」

「にゃ、にゃはは……」

「大分体力がつきましたね」

「そ、そうだね。……初めは転んでばかりだったし」

 そう呟いてなのはは思い返す。セイバーとこうして運動するようになって、もう一年以上になる。あの頃に比べれば、今の自分はかなり体力がある。運動神経は……良くなってると信じたい、となのはは切に願う。

「さ、ではそろそろ帰りましょう。モモコの朝食が待っています」

「うん。それにお出かけの準備もあるしね」

 差し出されたセイバーの手を掴み、なのはは立ち上がる。今日は日曜日。学校は休みで、高町家は全員でお出かけする事になっていた。
本当は、つい先日出来た友人の誘いを受けたかったが、家族全員で行動するのは中々出来ない事もあり、断らざるを得なかったのだ。

(セイバーに教えてもらったもん。言わなきゃ何も伝わらないって)

 あの日、士郎が退院した日の夜。セイバーは高町家の全員にそう告げた。子供だからとか大人だからとか関係なく、家族として思っている事を正しく伝えるべきだと。誰もなのはの悩みに気付けなかったのは、そこにあるのだと、セイバーは言い切った。
 その言葉に、なのは達は何も言えなかった。セイバーが責めているのではなく、優しさを正しく向けてほしいと純粋に願っている事を誰もが感じ取っていたからだ。セイバーは思う。この家族は優しいから、自分の苦しみを他者に知られまいとして、余計苦しめる結果になってしまったのだと。
 それをセイバーはもうさせたくなかった。他者を思いやる事は大事だが、そのために自分を犠牲にする事だけはさせたくない。昔の自分の姿を、幼いなのはに見てしまったから。他者のために、望まれる姿であろうとしていた自分と、同じ境遇にさせないために。

(あれで、みんな変わったよね)

 士郎と桃子は以前にも増して休みを大事にするようになった。それは、家族との時間を大切にしたいから。恭也と美由希は鍛錬を厳しくした。それは恭也の期待に、美由希が応えたいと願ったから。なのはは思った事を隠さず伝えるようにした。ただし、セイバー優先で。友達であり、姉であり、他人であるセイバーは、一番客観的に意見を述べてくれるから。

 こうして、高町家はより絆を強める事になった。それが、後の悲劇を回避する事になるとは知らずに……。


高町家と騎士王のとある一日



「ただいま~!」

「只今帰りました」

 帰路に着いた二人は家に着くと、まず玄関からそう声を掛ける。

「お帰り~!もうご飯だからお父さん達も呼んで来て~!」

 すると、桃子の声が返ってくる。これがいつもの日常。

『了解っ!』

 どこか凛々しく、だけど可愛く答えるなのはに、真剣そのもののセイバー。そして、二人は庭にある道場へ向かう。そこからは、時折固い物がぶつかり合う音が聞こえてくる。
 なるべく静かに戸を開けるなのは。その視線の先では、恭也と美由希が睨み合っている。

 その邪魔をしないように、なのはは見守っている士郎へと近付いていく。セイバーもそれについていく形で歩き出す。

「お父さん」

「ん?もうそんな時間か」

 なのはが来た事で、全てを察し士郎は呟く。そして、膠着しそうな二人に向かって告げた。

「後三分だ。引き分けなら今日のセイバーの買い食い代は二人持ちだな」

『っ?!』

 その声に二人が動いた。一瞬だが、セイバーが目を輝かせたのを見たからだ。沈着冷静な雰囲気を持つセイバーだが、食の事になると別人のようになる。それは高町家全員の認識だ。セイバー泣いても飯やるな。それが高町家の教訓。それが出来なければ、彼女に食事を与えてはならない。同情すれば、必ず自分(の財政)に返ってくるのだ(既に、高町夫妻は経験済み)

 神速でぶつかり合う二人。それをキョロキョロと視線で追うなのはと、静かに見つめる士郎とセイバー。無論、なのはには見えていないが、それでも必死に追いかけようとする所が可愛いものだ。そんななのはと違い、セイバーはそれを一つも見逃さぬようにしている。
 御神の剣士は、彼女にとってこの上ない相手なのだ。以前戦った小次郎の剣。アレと似たものを感じていた事と、魔力も使わずこれ程の動きをしてくるのだ。その事が持つ意味は大きい。
 既に、セイバー自身恭也や士郎と戦っている。未だに魔力を使わない状態では、セイバーも容易に勝ち越す事が出来ない。

「む…」

「決まりましたね」

 恭也の大振りを好機と取った美由希だったが、それが恭也の誘いだった。だが、美由希もそれは覚悟の上であり、迫り来る小太刀を敢えて流さず受ける事で勢いを殺し、己の小太刀を叩き込んだ。
 しかし、それすら読んでいた恭也は打ち込まれた一撃を耐え切り、再度残りの小太刀で斬りつけた。

 肩で息をする恭也と美由希。それを見てどこか残念そうなセイバー。なのはは隣の士郎から、一連の流れを教えてもらっていた。

「っ――お前――はぁ――持ちだ――っからな」

「わかっ――はぁ――はぁ――てるよ」

 どこか嬉しさを滲ませる恭也と、悔しさと寂寥感が漂う美由希。

(これで、今月のお小遣いパー……トホホ)

 そんな事を思いつつ、美由希は道場の後片付けを始める。見ればなのはとセイバーが道場から出て行く所だった。去り行くセイバーの背中を眺めて美由希は願う。どうか、今日は僅かでも控えてくれますように、と。



 高町家の食事は、ある意味スゴイ。料理や素材ではなく、量がスゴイ。ご飯の量もさる事ながら、オカズの量も多いのだ。
原因は、育ち盛りの子供達ではない。一年以上前からいる家族同然の少女であった。

「モモコ、御代わりを」

「は~い」

 もう誰も何も思わない。まだ食事が始まって五分と経過してないとしても。それが当然なのだ。これが十分なら話は別だ。
大丈夫か、具合でも悪いのか、病気かもしれないと心配されるだろう。そういうものなのだ、セイバーという少女は。

「なのは、今日は何を買うんだ」

「えっとね……」

「あ、父さん醤油取って」

「ああ、ほら」

「シロウ殿、私にはソースを。目玉焼きにはかかせない」

「セイバー。はい、御代わり」

 賑やかな食卓。ちなみに、セイバーは全員から呼び捨てを望んだ。それに応えてセイバーと皆は呼んでいる。セイバーも同じく呼び捨てなのだが、士郎だけは殿付きとなっている。
 セイバー曰く「家長だから」との事だが、深い理由があるのだろうと桃子と士郎は考えている。

 常人が見たら驚くような量の食事も、セイバーの前では普通の食事。二つあった御釜のご飯も、綺麗になくなり、テーブルの上のオカズも残っているものは何もない。食後のお茶を啜り、セイバーは静かに告げた。

「ごちそうさまです」

「お粗末様」

 既に食べ終わっているなのは達も、それを聞いて片付けに動き出す。
それぞれが各々の食器を持って行き、それを桃子が洗う。洗われた食器を美由希が拭いて元の場所へ。恭也はテーブルを拭き、なのははその手伝い。士郎はセイバーとサッカー評論。
 いつもは仕事や学校などで慌しい朝だが、たまの休日はこんな風にゆったりと時間を過ごす。出掛けるのはお店が開き出す十時からなので、それまでは自由時間。

「ここでラインを上げれば……」

「いや、でもここからクロスに振る方がいいんじゃないか?」

 サッカーチームの監督をしている士郎が、セイバーとサッカー談議をするようになったのは半年前。欠員が出た際、セイバーに代理を頼んだ事がキッカケだった。見事な運動能力を如何なく発揮したセイバーは、永久出場停止という名誉の処罰を受けた。でも、そのプレーには多くの人間が賛辞を贈ったが。

 テーブルに目をやれば、恭也となのはが掃除を終えて、雑談していた。

「学校は楽しいか」

「うん。友達も出来たし、お勉強も楽しいよ」

 満面の笑みで答えるなのはを見つめ、頭を撫でながら恭也は思い出す。あの頃、どこか自分の意見を述べる事に臆病だったなのはに、恭也は気付いてやれなかった。それを悔いる自分を、なのははこう言って許してくれた。
 自分が淋しいと言わなかったからだと。悪いのは恭也ではなく、本音を言い出せなかった自分だから。そう告げたなのはに、恭也は思った。
強くなったと。幼いながらも、セイバーという友を得て、妹は成長したのだな。そう感じた事を。

 そして、キッチンからセイバー達の様子を美由希と桃子が見ていた。

「しっかしさ」

「んっ?」

「セイバーもすっかり『高町』だよね」

「そうね。まさに、高町セイバーね」

 食器をしまいながら笑う美由希と桃子。実際、セイバーを養子にしたいと桃子は提案した事があったのだが、セイバーはそれをやんわりと断った。その時、セイバーに言われた一言が、今も桃子の心に残っている。
 セイバーはこう言った。桃子の気持ちは嬉しいが、自分にも親はいた。だから、貴方を親と呼ぶ事が出来ない。でも、許されるならもう一人の母と思って桃子に接してもいいだろうかと。
 その申し出に桃子は喜んでと応じ、それまではなのはの母という立場で応対していたセイバーが、急にどこか甘えるようになってくれたと、桃子ははしゃいだものだ。
 もっとも、その違いは桃子にしか感じられないものであるが。

 概ね、高町家は平和。この日もそうだった。郊外に出来た大型ショッピングセンターに行ったまでは……。



「じゃあ、お昼にここで合流って事で」

 桃子の提案に頷く一同。まずは女性と男性に別れて散策し、お昼を食べてからそれぞれに別れて行動。最後に食料品を買って帰宅。そういう手筈になっていた。ちなみに集合場所は、二階にあるフードコート。先程から、セイバーの視線がせわしなく動いている。
 解散、の一声で動き出す高町家。セイバーはフードコートに未練がましい視線を送りながら、美由希に引きずられている。

「後でまた来るから」

「それはそうですが……」

 桃子の言葉にセイバーは言葉を濁す。そんなセイバーになのはが告げる。

「あんまり駄々こねると、おやつ抜きなの」

 それを告げられたセイバーの顔は、驚愕の一言に尽きた。それだけではない。掴んでいた美由希の手を振りほどき、心からの許しを得るかのように桃子に縋り付いた。その光景に、否応なく周囲の視線が集まる。

「ちょ、ちょっとセイバー……」

「ごめんなさいごめんなさい。もう言いませんので許してください」

 周りの視線などお構いなしに懇願するセイバーを眺め、美由希はなのはへ呆れた視線を向ける。

「どうすんの、なのは……これ」

「にゃ、にゃはは……どうしよう……」

 そんな二人の目の前で、セイバーの懇願は続くのだった……。



 一方、男性陣はというと……。

「これなんかどうだ?」

「いや、これは少し派手じゃないか?」

 なのはのための小物を見ていた。初めはファンシーな雰囲気にたじろいた二人だったが、なのはの入学祝いと友人が出来た事を兼ねて、プレゼントするものを選ぶために突撃したのだ。
 ……まあ、選び出したらそんな事を忘れてしまった二人ではあるが。

「髪飾り……?」

「お、それはいいな」

 恭也が目をつけたのは、リボン等の髪飾りだった。様々な色や形の物を見ながら、二人は悩む。ちなみに、成人男性がファンシーショップで真剣に物を見定めるのは、かなりシュールである。周囲の女性が先程からじっと二人を見つめているし。

 結局、二人は淡いピンクのリボンを買った。これをなのはは大変気に入り、常に身に着けるようになるのだが、ある時から身に着ける事がなくなる。その理由は、また別の話。



 お昼の集合までに、女性陣が見ていたのは衣服や小物類。男性陣はスポーツ用品や日用品。それらの話をしつつ、フードコートを歩く高町家。中でもセイバーは、目にする物全てに反応を示し、そのたびになのはが説明していた。
 それを見ながら、美由希は気が気でなかった。セイバーが食べる物は、全部自分の払いになるのだから。

「それで、どうする?」

「せっかくだ。皆好き勝手に店を選ぼうじゃないか」

 士郎の言葉に異議はなく、それぞれが思い思いの物を頼みに行く。ただし、セイバーだけは美由希の後をついていったが。



 テーブルに並ぶ料理の数々。士郎は海鮮丼、桃子はドーナツが三つ(チョコ・カスタード・プレーン)にパイ(アップル・アーモンド)が二つ、それにジャワティ、恭也は盛りそば(天麩羅付)、美由希はカルボナーラ、なのははオムハヤシ、そして……。

「す、すごいねセイバー」

「ええ、色々あって迷いましたが、これだけにしました」

 セイバーの前にあるのは、ナポリタンに石焼ビビンバ、それに石狩汁という体育会系もびっくりのメニューだった。ちなみに回った店で軽く五分はメニューを凝視している。

「……大丈夫か?」

「うん。……意外と少なくすんだ」

 バランスを考えましたと語るセイバーの横で、美由希はがっくりと項垂れていた。それに心で手を合わせる恭也。
そんな様子を眺め、なのはは呟いた。

「まだおやつを買ってないから、問題はこれからなの」

 その呟きに、美由希が顔を勢い良く上げ、セイバーを見る。その視線に気付き、セイバーが美由希を見返した。
美由希の視線に含まれたものに、セイバーは首を傾げた。

「どうしました?」

「ねぇセイバー……これで満足だよね?」

 お願いだからそう言って。そんな想いを込めた問いかけに、セイバーは笑みを浮かべて答える。

「何を言っているのですミユキ。後は甘味を買わねばなりません。一階にたい焼きが売っていたので、それを買わねば」

 嬉しそうにそう返し、スパゲッティを頬張るセイバー。その言葉に完全に打ちのめされる美由希。そして、それを同情の眼差しで見つめるなのは達。こうして、お昼は過ぎていった……。



 お昼を食べ、自由行動になったのだが、なぜか二人組になってしまうのが高町家。士郎と桃子、恭也と美由希、なのはとセイバー。話し合ったわけでもないのに、そうなってしまうのは仲が良いからなのか。ともあれ、三組はそれぞれに歩き出す。

「ね、セイバーはどこに行きたいの?」

「特にありませんよ」

「え~っ、つまんないの」

「では、なのはの行きたい所に」

 そう笑みと共に言われては、なのはも黙らざるをえない。結局、三階にあるアミューズメントコーナーへ向かった。

 様々な機械が並び、雑多な音を響かせるそこは、セイバーにとっては初体験の連続だった。
UFOキャッチャーで苦戦し、クイズゲームに唸り、レースゲームに興奮し、メダルゲームで大勝した。
 そんなセイバーとなのはも一緒になって楽しんでいた。一番二人が気に入ったのは景品のウサギとライオンのヌイグルミ。
セイバーはライオンが欲しかったのだが、中々取れず、なのはが何とか取ったのだ。その際、手前のウサギも一緒に落ちたのだが……。

「これはなのはに」

「ほえ?」

「お礼です。私には、これで十分ですから」

 今日の思い出に、とセイバーがなのはに手渡した。しばらくそのウサギを眺めていたなのはだったが、言われた事を理解したのだろう。
満面の笑みでそれを抱きしめ、感謝の気持ちをなのはも告げた。

「私こそありがとう!セイバー!」



 その後、再び合流した高町家は、食料品の買出しを終えて(勿論、セイバーは帰り際にたい焼きとみたらし団子をGET)帰路に着いた。
家に着いた時には、既に日が暮れていて、すぐに夕食の支度となったのだが、珍しく桃子の手伝いをセイバーが買って出た。
 それは、セイバーなりの感謝の気持ち。何も話さぬ自分を受け入れ、家族同然に良くしてもらい、今日もまた思い出をくれた事に対する精一杯の恩返し。

「さ、まずは何をすればいいですかモモコ」

「そうね……じゃあまず」

―――手を洗って来て。

 その言葉にセイバー以外の笑いが起こり、セイバーは恥ずかしそうに手を洗いに行く。その途中でふと思う。

(ああ、これが家庭なのですね。シロウ達とはまたどこか違う暖かさを感じます)

 でも、とセイバーは呟く。まだ私は、あの温もりが恋しいのです。そう呟きながら、セイバーは誓う。いつか全てを話して、キチンと現在と向き合おうと。この暖かさを愛しいと思っているから。だから、必ず機会が来れば明かす。その想いを、強く心に誓って……。




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準備編三本目です。

どこが?と聞かれると言いにくいのですが、リボンがそれです。

そのためだけに書いたわけではないですが、肝心なのはそこだったりします。

すずか、アリサ、なのはと今回は同じ時間軸での話でしたが、どうだったでしょうか?

今後も同じような展開をする時は、こういう表記(番号)にしますのでよろしくです。

……今回長かったかな?



[21555] 0-9 とある一日(H&A)
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/09/16 14:10
(またか……)

 そう思い、アーチャーはため息を一つ。のんびりとした朝の時間。洗濯物を干していたアーチャーが感じたのは、視線。それも、あまり良くない類のものだ。ちなみに、アーチャーの格好はTシャツにジーンズと、至ってラフなものだ。はやての父親の服を修繕し、使っていたからだった。
 この八神家にアーチャーが来て既に一週間。その三日目にして、監視されている事に気付いた。だが、その相手が誰かまではアーチャーの力を持ってしても未だ掴めていない。

(アサシンではないな。そうならば、既にはやてが狙われている。だが、それ以外なら何が……?)

 そう。アーチャーには監視される理由が分からなかった。既にはやてが、後見人であるギル・グレアムという人物にアーチャーの事は伝えている。父方の遠い親戚で、はやての事を偶然知ったと嘘は吐いているが、それを調べる事があれば、アーチャーはその人物が関係していると踏んでいた。
 聞けば、親の古い友人というだけで、はやての後見人をしているらしい。美談ではあるが、アーチャーは当然疑って(はやてには見せないが)いた。

 初めは遺産関係かと思ったのだが、驚く程健全に運用されていて、これは違うとすぐに判断。ならばと、はやてにそれとなく聞いてみたものの、心当たりはなく、結局アーチャーは独自で調べるしかなかった。

(周囲に人はなし。いるのは……)

 そう考えながら周囲をごく自然に窺うアーチャー。そこにいるのは―――。

(いつもの猫、か)

 この家で暮らすようになってから、アーチャーがよく見かける猫がそこにはいた。初めは魔力を感じたので使い魔かとも考えたが、この世界に魔術師がいない事は把握したため、その可能性を無くした。今は、偶然魔力を持ってしまった特殊猫として接している。

「またお前か」

 可愛らしい声で鳴く猫。その近くまで近付き、ポケットに忍ばせてある小魚を取り出す。

「ほら」

 手に乗せ、それを差し出すと、猫は嬉しそうに食べ始める。それを眺め、アーチャーは思う。

(ここまでなるのに、苦労したものだ)

 最初は視線が合っただけで逃げられ、次は近付こうとして逃げられ、三度目は警戒されながらも、小魚を与えて現在に至る。
はやてがこの猫を飼いたいと言い出したのが、そもそもの原因。アーチャーが二度目に逃げられた際の話をした所、はやてが是非飼いたいと言い出したのだ。
 当然アーチャーは止めた。野良猫のようだし、人に深い警戒心を持っているから無理だと。それでも、はやては退かなかった。結局、アーチャーが色々試して、それでだめなら諦めると約束させたのだが……。

(まったく、こうもうまくいくとは思わなかったな)

 三度目の際、試しに声を掛けてみたのだ。通じる通じないはともかく、動物に敵意がない事を表すにはそういうのも効果があると知っていたからだ。そして、小魚を与える事に成功し、アーチャーがそれを無表情ではやてに伝えると、はやては満面の笑みでガッツポーズしてこう言った。

「よっしゃ!首輪と名前考えな!」

「気が早い」

 手に乗せた小魚が無くなったのを見て、アーチャーは手を引っ込めた。猫は前足で顔を掻いている。それを見て、アーチャーは笑う。
もしかしたら、この猫も優しさに飢えているのかもしれないと。


夜天の主と弓兵のとある一日



 あの後、猫はまたどこかに行ってしまった。だが、去り際にアーチャーを見ていたので、おそらく明日も来るだろうとアーチャーは踏んでいた。

「アーチャー、ちょう来て~」

「分かった。すぐ行く」

 リビングからのはやての声に、アーチャーは空の洗濯籠を手に家の中へと戻る。
すると、そこには鉛筆を手に白紙と向き合うはやての姿があった。その紙には、何やら文字が書かれている。

「どうした?」

「これなんやけど……」

 そう言ってはやてが見せたのは、猫の名前らしきものが書き連ねられたチラシの裏。みけ、たま、しゃむ、ぽち等様々だ。
それを認識し、アーチャーはこめかみを押さえた。

「まさかとは思うが、これは「ねこの名前や!」……だろうな」

 予感的中とばかりに更に苦悩を深めるアーチャー。それを見ながら。不思議そうに首を傾げるはやて。
アーチャーは告げる。懐き始めてはいるが、まだまだ飼うのは早いと。それにはやては反論する。飼う事になってからでは遅いと。
 そんな討論をしばらくし、結局折れるのはアーチャーだった。

「……致し方ないが、名前を決めるのは協力しよう。だが、首輪やトイレ等の準備はダメだ」

「ええやん。ここまできたら全部「それでは君の思い通りだ」……ケチ」

 口を尖らせ、アーチャーを見つめるはやて。それを気にも留めず、アーチャーは洗濯籠を手に動き出す。今日の予定は買い物と図書館への本の返却となっている。
 はやての部屋に入り、目当ての本を手に取ろうとした時、アーチャーはある本に目を奪われた。

(何なのだ、この本は……?)

 それは鎖で縛られていて、開く事が出来ないようになっている。だが、その本から感じる魔力はどこか不気味ささえ漂わせている。

「どないした?」

 アーチャーが中々戻ってこないので、はやてが様子を見に現れた。それを幸いとアーチャーは件の本を手に取り尋ねた。
この本は何だ、と。はやてはどこか納得した表情で答える。
 よくは知らないが、物心ついた時から家にあり、一度も開いた事がない事を。そして、妙な愛着があり、捨てずに取ってあるとも。それを聞き、アーチャーは密かにある事を試みる。

「解析、開始」トレース オン

 だがその瞬間、彼に本能的な『何か』が告げる。コレは危ない。手を引け、と。

「っ?!」

「アーチャー?」

 思わず手を引っ込めてしまうアーチャー。それをどこか不思議そうに見つめるはやて。その時のアーチャーの顔は、恐怖に歪んでいたのだ。
一方のアーチャーは、ある確信をする。未だ分からぬ監視者。その目的はこの本だと。
 それを確かめる術はない。しかし、アーチャーは迷わない。少しでも可能性があるなら、徹底的に。それが、彼のやり方だ。

「はやて、この本を私に預けてくれないか?」

「ええけど、何で?」

「何、少し気になってね。それに、見た目もある。君には似つかわしくない」

 そう言って、アーチャーは鎖で縛られた本を手に自室へと向かう。使われていない部屋を掃除し、その一室をアーチャーの部屋としてはやてが使わせているのだ。

 手にした本を棚に入れ、それを外から容易に見える位置に置く。そして、気付かれないようにトラップを仕掛け、念のために簡易結界を敷き、準備を終える。
 アーチャーは、監視者の目的を明確にするためにこの罠を仕掛けた。もし、この本の入手が目的なら、必ずここに侵入する。だが、それ以外の目的ならば、目立つ動きは起こさない。まずは、相手の目的と実力を知る必要がある。そのための罠、そのための結界。

「な~、ほんまにどうしたんや」

「別に何でもない。さ、そろそろ出掛けるぞ。まずは図書館からだ」

 いつもの顔に戻し、アーチャーは車椅子を押し始める。それにはやては何か言いたそうだったが、黙る事にした。アーチャーの表情が、どこか怖かったからだ。

(一体、何があるんやろ、あの本に)

 そのはやての疑問に答えが出るのは、ここから三年近い時間が必要だった。



「今日は何にする?」

「そうだな……。む、鳥が安い。…チキンカレーでどうだ?」

「ええな、ならわたしが野菜の皮むきするわ」

「頼む。後はサラダでも作るか……」

 スーパーのカゴを抱えるはやてと、車椅子を押すアーチャー。その姿はこのスーパーで知らぬ者はいない程の有名人であった。
何しろ、その容姿が目立つし、更にはやてが車椅子と来ている。事情を聞いた人達は、皆揃って大変だねぇ~、頑張るんだよと言って応援してくれていた。
 はやての人見知りしない性格と、アーチャーの主夫ぶりもそれに拍車をかけ、ご近所で知らぬ者はいない有名兄妹(となっている)なのだ。

 アーチャーの料理を食べてから、はやては急に自立心が芽生えたのか、アーチャーから家事を教わりだした。車椅子なので危険だとアーチャーは言ったのだが、はやてはそれを承知で頼み込んだ。現在、はやてはもっぱらアーチャーの手伝いをしながら、炊事や掃除を教わっている。

「な、それわたしが作る」

 元気良く手を挙げるはやてに、アーチャーは笑みを浮かべる。

「ほう……サラダとは言え大変だぞ?」

「ふふん。わたしやって、いつまでも手伝いだけやないって教えたる」

 アーチャーの言葉に自信たっぷりに返すはやて。それを聞き、アーチャーは笑みを深める。

「ならば任せよう。マカロニサラダを、な」

「な、なんやって~~っ!?」

「おや?どうしたはやて。先程までの自信はどこへ行った?」

 皮肉屋スマイルではやてを見つめるアーチャー。それに、はやては悔しそうな視線を向ける。だが、それも少しすると一転、同じような笑みを浮かべてこう言った。

「ならアーチャー、お手伝いたのむな。わたしはまず野菜の皮むきあるから」

「なっ……」

「任せるって言うたな?せやからサラダに関してはわたしが指示出す側や」

 その台詞に、アーチャーは嫌な既視感を覚える。何かこの論理の仕方は覚えがあると記憶が訴えるが、同時に本能が思い出すなと叫んでいる。そして、その言いようのない不安は、とどめのはやての言葉で的中する。

「あれ?どないしたアーチャー。さっきまでの余裕はどこ行った?」

 そうにっこりと微笑むはやてに、アーチャーは赤いあくまの姿を重ね、首を振る。そんな事はあるはずないと、強く強く言い聞かせるように。
開きかかる記憶に蓋をし、彼は今までの会話を忘れる事にして、買い物へと思いを移す。そんなアーチャーを、楽しそうにはやては見つめていた……。



 楽しくも騒がしい食事を終え、二人は後片付けをしていた。今日のカレーは美味しかったとはやてが言えば、アーチャーがサラダはまだまだと返す。それにむくれながらも、食器を洗うはやて。そんな彼女を、さり気なく気遣いアーチャーは次の食器も手元に差し出す。
 たった二人の家族。だが、不思議と淋しくはない。それはアーチャーがいつも傍にいるから。はやてが何かをする時、アーチャーは必ず見てくれている。手を貸すのではなく、見守る。はやてが言い出さない限り、アーチャーは手を出さない。
 それが優しさだと、はやては知っている。なぜなら、はやてが危険に晒された時は、すぐさまやってきて助けてくれるのだ。

「明日の朝はカレーやな」

「ふ、一晩寝かせた私のカレーは驚くぞ」

「お~、なら驚かんかったら罰金百万円や」

「どうしてそうなる」

 そんな会話をしながら、はやては思う。こんな時間がずっと続きますように、と。
強く、強く、心から願いながら……。




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準備編四本目。

ま、見ての通り時間がかなり前です。なのは達が入学する前ですね。

猫に関して色々あると思いますが、はやての性格上、存在を知ったら世話をするだろうと思い、こうしました。

……でも、飼い猫はダメ。したら、猫の生命に関わる。



[21555] 0-10 とある一日(F&L)
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/11/08 07:08
 額から滝のような汗を流し、フェイトは目の前の相手を見つめる。まだ三分も経過していない。にも関わらず、ランサーはフェイト達三人を圧倒していた。
 初めにアルフが襲い掛かった。それを槍で一蹴、その隙を突いてリニスが幾重にもバインドをかけたが、それも三十秒と持たずに消され、まるで計っていたかのように、飛び掛っていたフェイトとリニスを蹴散らした。離れては槍で、近付けば体術で。魔法を放ってもフォトンランサーではまるで効果なく、それにまず当たらない。
 そんな絶望じみた状況でも、フェイトは諦めなかった。彼女には、切り札とも呼べる魔法があったから。

【アルフ、リニス、少しだけ時間を稼いで】

【いいけど、何する気だい?】

【試してみたいものがあるの】

 フェイトの指すものが分かったのか、リニスが若干上擦った声で叫ぶ。

【まさかっ!?ダメですフェイト。それはっ!!】

 そんな制止の声を振り切り、フェイトは目を閉じ、手にしたデバイスを掲げて何かの詠唱を始めた。
それにランサーは面白そうに口元を歪め、槍を地面に突き立てる。その行動に、アルフとリニスの表情が驚きに変わる。

「何するかしらねえが、面白ぇ。見せてみろ、フェイトォ!!」

 咆哮。それをまるで意にも介さず、フェイトは詠唱を続ける。それは、今の彼女では到底出来ない大魔法。
フォトンランサー・ファランクスシフト。彼女の使える魔法でも最大の威力を誇るものだが、使用条件があった。
 それは、万全の状態である事。無論、今の彼女が万全であろうはずがない。身に纏ったバリアジャケットは傷付き、魔力も三分の一程消費している。

『フェイトっ!?』

 詠唱を続けるフェイトが、一瞬よろめく。それを支えようと動くアルフとリニスだったが、それが叶う事はなかった。ランサーの視線がそれを踏み止まらせたからだ。手を出すな。そう告げる眼差しで二人を睨みつけるランサー。その気迫に、二人は微動だに出来ない。
 そんな中、フェイトは何とか詠唱を終え、その名を告げる。

「フォトンランサー・ファランクスシフト……ファイア!」

 それは雷光の雨。ランサーを撃ち抜かんと殺到するプラズマランサーの群れ。それを、フェイトは必死に見据えていた。

 やがて、舞い上がった煙が晴れて行き、ゆらりと人影が現れた時、フェイトは絶望した。全身に傷を負っていたなら良かった。せめてかすり傷でもあれば、フェイトはまだ希望を持てただろう。だが、現れたランサーは無傷だった。その手にした槍を振り、フェイトを見つめて―――。

「やるじゃねえか」

 笑った。どこか嬉しそうに、でも悔しそうに。

「え……?」

 困惑するフェイトに、同じようなアルフ。ただ、リニスはランサーの表情の意味を悟った。

(槍を使ったから……ですね)

「俺は避け切るつもりだったが、一発だけかすりそうになったもんでな」

 槍を肩に担ぎ直し、苦笑い。それでフェイトも理解したのか、その顔に喜びが浮かんでいた。

「じゃ、じゃあ……」

「おう。合格にしてやらぁ」

『やったぁ~!』

 からからと笑うランサー。よほど嬉しかったのか、アルフはフェイトを抱き上げながら喜んでいる。フェイトも笑顔を浮かべている。その光景を横目に、リニスはゆっくりランサーへ近付く。それに気付き、ランサーはいつもの笑みを浮かべた。

「何だ?」

「優しいですね」

 そのリニスの言葉に、ランサーは驚きもせず答えた。

「へ、そんなんじゃねえよ」

 そう答えるランサーはどこか楽しそうだ。リニスはそんなランサーに、自然と笑みを浮かべる。今回の戦いの意味。それは、フェイト達がランサーに戦い方を教えてもらえるかどうか。無論、ランサーは初めからそのつもりではあったが、リニスがそれに待ったをかけた。
 出来れば、フェイト達の実力を知ってからにしてほしいと。

 結果として、合格になったが、本来はランサーに一撃当てれば合格となっていた。にも関わらず、ランサーは当てていないフェイト達を合格させた。

 ランサーは語る。最初から、合格させるつもりではあった。だが、それは自分達の全力が通じない相手がいると教えてからだったと。その意味で、あの魔法は丁度良かったとも。
 そんなランサーに、リニスはある決意を決める。それは……。


テスタロッサ家と槍騎士のとある一日



 あの訓練の後、フェイトは念のために休む事になり、アルフはその付き添いも兼ねて傍にいる事を選んだ。それを好機と捉えたリニスは、ランサーをデバイスルームへと連れてきた。

「へえ、中々面白いな」

 初めて見るものに、興味を示しながら、ランサーは視線を動かしている。それをリニスは可笑しそうに笑う。先程の戦闘で見せた表情とまるで別人だったからだ。戦士でありながら少年。そんな表現がぴったりの存在。それがランサーなのだ。

「で、話ってのは何なんだ?」

「……私がフェイト用のデバイスを作っている事は話しましたね?」

 リニスの言葉にランサーは頷く。今日の戦闘で使ったものも、リニスが試作したものだからだ。もっとも、リニスからすれば、あれは未完成らしいのだが。

「それが私にプレシアが与えた最後の指示。おそらくそれが終われば……」

 私は役目を終え、消えるでしょう。そうリニスは告げた。ランサーは僅かに驚きを見せるが、それもすぐに消える。リニスがまだ何かを伝えたそうだったからだ。
 ランサーの視線に、リニスは意を決して語りだす。ここからは、決してフェイト達には言わないでほしいと前置いて。プレシアの目的とフェイトの秘密、それらに関わる全てを。その内容は、ランサーにとっても衝撃だった。

 プレシアには娘がいた。名をアリシア。夫を亡くし、女手一つで育てていたのだが、ある時プレシアの行っていた研究実験が事故を起こし、大惨事を引き起こしてしまった。そして、それに愛娘であるアリシアも巻き込まれ、覚める事のない眠りについたのだった。
 だが、プレシアはその現実を受け入れなかった。愛娘を生き返らせるために、様々な生命工学や研究を調べ、模索し、実験を繰り返した。

「思えば、あの時にプレシアも死んでしまったのかも知れません」

 リニスはそう言って、話を戻す。その一つである『Project Fate』に目をつけ、アリシアの記憶や外見などを完全に模倣した存在を作り出したのだ。しかし、それもアリシアには成り得なかった。それがフェイトなのだと、リニスは告げた。

「結局、プレシアは現存の技術に望みを持てなくなったのか、失われた超技術の象徴アルハザードを追い求めています」

 おそらく、フェイトはそのために利用され、捨てられるでしょう。それだけ告げ、リニスはランサーを見据える。その目は、貴方はどう思いますかと問うていた。その視線に、ランサーは何でもない事のように言い切った。

「関係ねぇ」

 その答えに絶句するリニス。ランサーは続けてこう言った。アリシアがどうのプレシアがどうのなんて興味ない。自分がすべきはただ一つ。フェイトを守り、立ちはだかるモノを全て突き穿つのみだと。その言葉に、リニスは安堵と悲しみの感情を同時に抱いた。この男なら、フェイトだけでなく、プレシアも助けてくれるのではないか。そんな期待があったからだ。

 しかしそれは、今打ち砕かれた。ランサーはフェイトは助けても、プレシアは助けない。そう思い、俯くリニス。
だが、ランサーはただ、と続けた。リニスがその声にランサーの顔を見る。

「あの女に、フェイトの頑張りを認めさせなきゃ癪だしな。だから、ま……」

 簡単には死なせねぇよ。そうランサーはリニスに告げた。その顔は普段の人懐っこいものではなく、真剣な漢の顔。
その眼差しに、リニスは見惚れた。そんなリニスの横を通り過ぎ、ランサーはドアの前で立ち止まる。

「それに、お前も消させやしねえ。何せお前は―――」

 良い女だからな。背中越しにそう言って部屋を出て行くランサー。部屋に一人残されたリニスは、流れる涙もそのままにただ感謝していた。
ランサーを遣わせてくれた存在に、神と呼ばれる存在に初めてリニスは感謝した。

(本当にありがとうございます。ランサーと引き合わせて頂いて。フェイトやアルフと出会えて。プレシアとアリシアに助けてもらえて)

 これまでの全てを感謝するように、リニスは涙を流しながら祈り続けていた……。



 リニスと別れたランサーは、ある考えを持ってプレシアの元へと向かっていた。リニスとの約束を果たすために。
長い通路を走り、ようやく目的の場所に辿り着いたランサー。そして、その扉を勢い良く開け放つ。

「……何の用?」

「あんたに良い話を持ってきた」

「良い話……?」

 ランサーの言葉に、プレシアが僅かに反応を示す。それを食いついたと言わんばかりに、ランサーは告げた。
先程リニスから聞いた話を。そして最後にこう付け加えた。

「で、仮にアリシアが生き返るとして、あんたは今のままでいいのか?」

「……どう言う事?」

「例えばだ、せっかくアルハザードとやらに行く方法が見つかっても、今のあんたじゃただで済まないだろ?」

 ランサーの指摘に、プレシアの表情が僅かに変わる。そこに、更にランサーは続ける。術があっても、当の本人が耐え切れないのでは意味がないと。だから、今は自分の体を労わる事が必要だと。
 それにプレシアが反論しようとして、出来なかった。ランサーが床に何か文字のようなものを刻んだその瞬間、プレシアは体が少し軽くなった感じを受けたからだ。

「力を象徴する『太陽』のルーンを刻んだ」

「……すごいわね」

 ランサーはそう告げ、プレシアに視線で訴える。体の調子はどうだと。それを感じとり答えるプレシアは、いつもの表情ではあったが、その声には驚きが若干含まれていた。

 それを理解し、ランサーはプレシアにこう告げた。

「せっかく娘が生き返っても、母親にすぐ死なれちゃ救われねぇ。だから、俺に考えがある」

「何かしら」

「おっと、教えてやってもいいが、条件がある」

「……言ってごらんなさい」

 ここだ。そうランサーは感じ、獰猛な表情で告げた。

「リニスをくれ」

「……話次第ね」

「そうかい。ならここで終わりだ。精々娘を泣かすんだな」

 ランサーの一言に、プレシアの余裕が消えた。不治の病と言われている自分の体を、文字を刻んだだけで症状を軽くした。その事実がプレシアにランサーの重要性を訴える。アルハザードに近付く術を知っているかも知れない。そんな期待を抱かせるには、ランサーの行為は十分だった。

「待って!……いいわ。好きにしなさい」

 立ち去ろうとしていたランサーを、プレシアは引き止めた。その言葉に含まれた焦りの色に、ランサーは自分の賭けが成功した事を悟った。

「勝手に消したりしねえだろうな」

「しないわ。……でも、喰えない男ね」

「ああん?どういう意味だ、そりゃ」

 ぽつりと呟いたプレシアの言葉に、ランサーは耳ざとく反応した。プレシアはそんなランサーに、不適な笑みを浮かべて問いかけた。

「あの子の言葉しか分からないんじゃなかったの?」

 そう言われ、ランサーは呆気に取られるが、すぐに笑い出して答えた。

「んな事も言ったな」

「…まあ、いいわ。それより、話を聞かせてちょうだい」

 そう答えるプレシアの顔には、いつもはない表情があった。ランサーはそれを確認し、己の考えをプレシアに告げるのだった……。




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準備編五本目。ある意味本編のF&L組。

リニスを助けたいと思うなら、プレシアの生存が必須という中、ランサーが取る行動。

そして、それが思いもよらぬ結果への布石になっていく……ようにします。

後、今回念話の表現を入れたのですが、どうでしょう?

今後の不安はデバイスの表現だったりします。



[21555] 0-11 遭遇編その1
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/09/13 03:25
「いらっしゃいませ。二名様ですか?……では、こちらへ」

 どこかぎこちない接客。その言葉遣いも少したどたどしい。それでも、応対された側が笑顔なのは、それが金髪の可愛らしい少女だからだろうか。案内し、立ち去ろうとした時も、頑張ってと声を掛けられている。

「は、はい。ありがとうございます」

 戸惑いながら、笑顔で答える少女。それはエプロンを着けたセイバーだった。なのはが学校に通うようになり、時間を持て余したセイバーに、桃子が翠屋の手伝いを持ちかけたのだ。
 初めは接客は、と渋っていたセイバーだったが、桃子の提案した新作優先試食権に即座に合意。こうして、セイバーは翠屋で働き出したのだが……。

「お姉さ~ん」

「え……?あ、はい!今行きます」

 人と接する事は慣れていても、それが客商売ともなると話は別で……。

「すみません。注文いいですか?」

「し、少々お待ちください」

 まだ二組しかいないのに、既に困惑気味のセイバーだった。



騎士王、騎乗兵の存在を知る



 朝の時間を終えて、軽い休憩をもらったセイバーは、椅子に座って、テーブルに突っ伏していた。そんな彼女を、桃子と士郎は微笑ましく見つめる。
 あの後もオーダー提供やお会計等、セイバーは戸惑いながらもそれらをこなし、無事に朝の時間を乗り切ったのだ。勿論、桃子や士郎の手助けに、お客さんの暖かい気持ちもあればこそだが。

(接客とは、ここまで疲れるものなのですね)

 そう思いながら、セイバーが考えるのは、相手をした客の事。皆、セイバーの事を微笑ましく見つめ、頑張ってと声を掛けてくれた。その一言がどれだけ自分は嬉しかったか。自分には向いていないと思っても、その一言で頑張ろうと言う気になった。

(私も、単純なのかも知れません)

 どこか笑みを浮かべ、セイバーはそう思った。なのはが帰ってくるまで、まだまだ時間がある。なのはに笑われないようにしなくては。セイバーはそう自分に言い聞かせて立ち上がる。

「シロウ殿。教えてほしい事があるのですが……」

 少しの時間も無駄にすまい。そんな思いを胸に、セイバーは店内へと戻るのだった……。



「ね、今日学校終わったらウチのお店に寄らない?」

「翠屋に?」

「でもいいの?」

 なのはの提案に、アリサとすずかはそう返す。お昼の食事時、屋上で食べるお弁当をつつきながらの雑談。その中でのなのはの言葉は、二人にとって意外なものだった。
 なのはの家が自営業なのは、二人も聞いていた。そして、そこが翠屋という人気店である事も知っていた。だからなのか、あまりなのはも翠屋の事は話さない。自慢しか出来ないから、となのはは苦笑してその理由を告げた。

 そんななのはが、わざわざ自分からお店の話をするのは珍しい。アリサとすずかはそう考え、なのはを見る。

「実はね、今日からセイバーが働いてるんだ」

「へえ~、あんたの言ってた年上の友達が?」

「そうなんだ。あ、それで?」

「にゃはは、一人で行くのは気が引けて……」

 お客さんとして行きたい。そうなのはは言った。それに二人も納得し、下校時に寄り道する事になった。
それが、セイバーにとって大きな出会いに繋がるとは知らずに……。



「ありがとうございました。またお越し下さい」

 笑みを浮かべ、カップルを見送るセイバー。お昼のピークも過ぎ、店内も落ち着きを取り戻し始め、セイバーも僅かだが息を吐く。
初めこそ戸惑う事も多かったセイバーだったが、忙しくなるにつれ、そんな事もなくなっていった。厳密には、そんな余裕がなくなったのだ。やって来る客、怒涛の如きオーダー、それらの洗礼を受け、否応なくセイバーは鍛えられた。

「セイバー、少し休憩していいわよ」

「そうですか。分かりました」

 桃子の言葉に、セイバーはまた一息吐き、奥へと向かう。そんなセイバーを士郎と桃子は嬉しそうな笑みを浮かべて見つめる。

「…すごいな」

「ええ。集中力は誰よりもあるわ」

 お客さんの反応も上々だし、と笑う桃子。その言葉に士郎も頷き、呟く。
男性客が増えるかな。それに桃子が当然よと答える。

「私の自慢の娘だもの」

 そう断言する桃子に、士郎はただ笑うしかなかった。



 校門を出て、翠屋へ向かうなのは達。歩きながらの雑談も、内容は翠屋とセイバーに関するものばかり。
何が一番のオススメなのか、から、どんな性格の人か等、なのはは常に答え続けるのみで、話題を振る事が出来なかった。
 そんな事を取りとめもなくしているうちに、目的の翠屋が見えてきた。

「あ、あれだよ」

「へ~、オシャレじゃない」

「うん。すごく良い雰囲気」

 友人二人に誉められ、なのはは照れくさそうに笑う。それを隠すように、なのはは店のドアを開ける。

「いらっしゃ…あら?なのはじゃない」

「えへ、来ちゃった」

『お邪魔します』

 軽く驚く桃子に、なのはの後ろからアリサとすずかが顔を出し、小さくお辞儀する。
それだけで何かを悟った桃子は、笑顔を浮かべ言葉を返す。

「いらっしゃい。それと初めまして。なのはの母で、桃子って言います」

「初めまして。アリサ・バニングスです」

「初めまして。月村すずかと言います」

 礼儀正しく挨拶する二人に、桃子は内心良く出来た子達だと感心していた。
そんな桃子に、なのはは今一番気になっている事を尋ねた。

「ねえお母さん。セイバーは?」

「えっ?ああ、奥で休んでるわ。頑張ってたから」

 そう告げて、桃子は何か悪戯めいた笑みを浮かべ、なのはにこう言った。

「奥のテーブルに座って待ってなさい。すぐにオーダー聞きに行くから」

「いいの?」

「うん。なのはのお友達が来たんだから、今日は特別よ」

 その言葉に嬉しそうな声を上げる三人。それを見て、微笑む桃子。
三人はすたすたと奥のテーブルへ向かうが、そんな一部始終を苦笑しつつ士郎は見ていた。
 桃子の考えている事が分かったからだ。案の定、桃子は店の奥へ消えて行く。

(ま、なのはもそれが目当てみたいだしな)

 そう思い、士郎は笑いながらも、これからの事に思いを馳せるのだった。



「ゴメンね」

「いえ、十分休みましたから」

 そう答え、セイバーは再び仕事へと思考を切り替える。桃子は電話対応でしばらく動けなくなりそうと、セイバーに手助けを願い出たのだ。
無論、セイバーはそれを断るはずがなく、店内に戻ると言われた通りに水を三つ載せたトレーを手に、奥のテーブルへ向かう。
 そこには、なのはと同じ学校の制服の少女が三人。一人は背を向けているが、二人はセイバーを見て―――頷いた。

(?……何かあるのでしょうか、私に)

 その行動の意味が分からず、セイバーは首を傾げるものの、相手が子供でも仕事をこなさなければと、テーブルの横に立ち―――言葉を失った。

「にゃは、頑張ってるねセイバー」

「な、なのは?どうして……」

 そう、なのははセイバーにこう言った。冷やかしには行かないから安心してと。それを聞き、セイバーは内心安堵していたのだ。自分が接客に不慣れな様を見せずにすむと。
 なのはの前では、セイバーはしっかり者(既に、そんなイメージを自分で崩していると思っていない)でありたかったのだ。

 目に見えて動揺するセイバーに、なのはは笑みをこぼすと、アリサとすずかに視線を移す。

「アリサちゃん、すずかちゃん。この人がなのはの一番最初のお友達の、セイバーです」

「初めまして。アリサ・バニングスです」

「初めまして。月村すずかです」

「あ……は、初めまして。セイバーと言います」

 二人の挨拶に、セイバーもやっと思考を取り戻し、挨拶を返す。その態度はまだ落ち着きを失っていたが。
そんなセイバーに、二人は笑みを浮かべる。なのはの話していた通りだと、改めて感じたからだ。
 年上だけど、どこか同じ歳ぐらいに感じる時があり、キリッとしているけど、どこか可愛い。なのはが簡単に話したセイバーの人物評。それは、実に的確に言い当てていた。

 そんな笑う二人に、セイバーは困惑顔。なのははその理由が分かるのか、同じように笑っている。
だが、セイバーは完全に思考をリセットし、水をテーブルに置き、なのは達にオーダーを聞こうと伝票を取り出した。

「それで、ご注文は」

「あ、私はアイスレモンティーとチーズケーキ」

「なら、アタシはアイスミルクティーにショートケーキ」

「私もアリサちゃんと同じもので」

「かしこまりました」

 オーダーを確認し、セイバーは一礼して下がっていく。その後姿を見て、アリサとすずかは感心していた。
それは、凛々しいという表現がピッタリのものだったからだ。おそらく、あれがエプロンではなく、ちゃんとした正装ならば、もっと映えるだろう。
 そう二人は思い、ふと自分達にも同じような存在がいた事を思い出す。

「あ、そうだ。なのはちゃん、アリサちゃん、今度うちに遊びに来て。是非会わせたい人がいるの」

「それって、この前言ってたライダーさん?」

「ライダーさん?」

「何ですって?!」

 すずかの言葉で、アリサが告げた名前に反応したなのはだったが、それ以上に反応したものがいた。
それは、オーダーを告げ、なのは達の所へ戻ってこようとしていたセイバーだった。
 その顔は、信じられないものを聞いたと言う表情だ。そして、そんなセイバーに三人は驚きを隠せなかった。

 動けない三人へセイバーは素早く近付くと、すずかの目を見て問いかけた。
その人物は女性か。その髪の色は紫で、恐ろしく長くないか。そして最後に、妙な眼帯をしていないかと。
 その問いに、すずかは驚きながらも、全てを肯定した。それを聞き、セイバーは驚きを隠さぬまま、すずかにこう告げた。

「スズカ、ライダーに伝えて頂けませんか?セイバーが話したい事がある、と」

「えっと、いいですけど……セイバーさんはライダーの知り合いなんですか?」

「……以前、共に暮らしていました」

 それだけ告げると、セイバーはどこか遠い目をしてテーブルから離れていく。その後姿を見て、なのはは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
セイバーは、自分の過去を話したがらない。それを士郎達は特に気にせず、暮らしている。だが、なのはだけは少しだけセイバーの過去を聞いた事がある。

 セイバーが教えたのは、衛宮邸での日々の一部。高町家と同じように、自分を受け入れ、家族同然に接してくれたと、セイバーは懐かしそうに語った。その時、確かにセイバーは言ったのだ。戻れるのなら戻りたいと。
 勿論、なのは達と離れたいと言う事ではない。もう一度会えるなら、会ってみたいと言う事だとセイバーは優しく告げた。

(でも、セイバーにとって、そのお家は大切な思い出なんだよね)

 なのははそんな事を思い、浮かんでしまったある考えを必死に否定する。

(違う!セイバーは私を置いてどこかに行ったりしない。だって……)

「私は、なのはの剣になります。そして盾にもなります。しかし、なのはが望むのなら―――」

 私はただ、貴方の友でありましょう。剣でも盾でもない。ただなのはの友として、傍に。
あの日、出会った夜にセイバーはそう誓った。だから、となのはは思う。

(絶対にセイバーはいなくなったりしない。私と約束したんだから!)

 このなのはの思いは、その後も変わらず強く残り続ける。そして、それが遠い未来の奇跡となるのだった……。




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サーヴァント遭遇編その一。

衛宮邸組の二人が、ついに出会います。セイバーとライダー。二人が出会う事で、一体何が起きるのか?

その模様は、この次で……。

こんなに複線張って……回収できるかなぁ……。

次回更新からとらは板に行こうかと思うんですが、どうでしょう?早いですかね?



[21555] 0-12 遭遇編その2
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/09/13 19:14
「セイバー……ですか」

「うん……」

 すずかから告げられた内容は、ライダーを驚かせるには十分だった。それは、自分以外のサーヴァントがいたという意味だけではない。
近くにサーヴァントがいたにも関わらず、今日までその存在に気付けなかった事でもあるからだ。

(もしかしたら……。いや、でもそれは……)

 ライダーの中に生まれた一つの推測。そして、それはある意味あってはならない事。

「話がある、と言っていたのですね?」

「う、うん」

「そうですか……」

 ライダーは、己の推測を確かめるべく、セイバーに会う事にした。だが、その前にすべき事がライダーにはあった。
不安そうな顔で自分を見ているすずかを安心させる。それが今ライダーがしなければならない事だ。

 優しい笑みを浮かべ、ライダーはすずかの髪を撫でる。そして、心からの想いを込めて告げる。
スズカの考えているような事にはなりません、と。だから心配いらないとライダーは微笑む。すずかはまだ不安が残っているものの、そのライダーの笑みに笑みを返す。ライダーを信じよう。それがすずかの想いであり、導き出した結論だった。


騎乗兵、騎士王と再会する




 いつものように午前の仕事を終え、ノエルとファリンに許可を得て、ライダーは屋敷を出た。
向かう先は翠屋。そこに居るであろうセイバーに会うためだ。

 忍にねだり、創ってもらった専用自転車を駆り、ライダーは疾走する。
その様はまさに風。凄まじい速度で道を駆け抜けるライダーは、その視線の先に目当ての建物が見えると、ブレーキをかけると同時に自分の足を地に着け、車体を斜めに傾ける。
 土煙さえ上がりそうな勢いで、自転車は店先で見事に停止。ライダーは、何事もなかったように鍵を締めて店の中へと入って行く。

「いらっ……」

「お久しぶりですね、セイバー」

 笑顔のまま固まるセイバーに、ライダーはそう答えた。セイバーが固まったのは、ライダーのメイド姿にあった。
見事に着こなしているからではない。その裾が擦り切れ汚れていたからだ。それも、尋常ではないほどに。

 未だ固まるセイバーに、ライダーは首を傾げる。そして、その視線を追い理由を理解して呟いた。
ああ、汚してしまいましたか。そう言ってわざわざそれを払いに店を出るライダー。その際に鳴った鈴の音で、セイバーはようやく我に返った。

「桃子、すみませんが少し外します!」

「え、セイバー?」

「このお詫びは必ずします。では!」

 戸惑う桃子に、そう一方的に言い放ち、セイバーは店を出た。そして、店先で汚れを払っているライダーの前に立つと、その手を掴み走り出す。その後ろから、桃子の声がしたのを感じ、セイバーは更に速度を上げる。
 それに気付き、ライダーは問いかけた。

「何を急いでいるのです?」

「私にも色々あるのです!」

「やれやれ……」

 そう言いながらも、ライダーの表情はどこか懐かしそうであった……。



 海が一望出来る公園。そこにあるベンチに座り、二人はただ黙っている。その視線は共に海へと向けられていた。
公園まで来た二人は、近くにあったベンチに座ると、黙って海を眺める。ライダーはセイバーが切り出すのを待ち、セイバーはどう切り出すかを悩んでいた。

 ややあって、セイバーは意を決して口を開いた。

「私がここに来たのは、もう一年以上前になります」

 セイバーの独白に、ライダーは視線を送る事で続きを促す。
セイバーは、召喚されてから今までの事を簡潔に、そして噛み締めるように語った。
 その内容に、ライダーも思わず聞き入ってしまった。それは、高町家の対応が月村家と同じだったから。突然現れた自分を家族として扱ってくれる。そんな共通点を見出し、ライダーは思わず呟く。

「……似ていますね」

 私の所もそうなのです。そう言って、ライダーは自分の事を語りだした。
召喚された時、目の前の少女にサクラの姿を重ねた事。彼女も人には言えない悩みを抱えていた事。そして、自分を受け入れ、家族だと思ってくれている事。
 それらをセイバーも聞き、呟く。

「……似ていますね」

「ええ。まったくです」

 そう言い合う二人。その表情は苦笑い。そりが合わないのは互いに認めるところではあるが、なのに何故こうも現状が似ているのか。それを考え、同じ結論に行き着いたからだ。

「シロウ達のせいですね」

「それを言うならおかげですよ、セイバー」

 そう。二人が久しく忘れていた人との繋がりとその温もり。それを思い出させたのは衛宮士郎。そして、凛や桜、大河にイリヤといった衛宮邸の面々。あの場所で得たその暖かさが、自分達の中に残り、きっと寂しい想いを抱いていた少女達の下へ呼んだのではないか。
 そう二人は結論付けた。

 その後、しばらく二人は無言で景色を眺めた。その沈黙は初めとは違い、どこか穏やかなものを漂わせていた。
しかし、ライダーがその雰囲気を破る発言をした。それは……。

「セイバー……」

「何です?」

「おかしいとは思いませんか?」

 ライダーが語ったのは、憶測に過ぎないと前置きされたが、一つの結論を告げた。
自分達の記憶が残っている事や、魔力供給を受けていないのも関わらず、未だに現界出来る事。そして、これはライダーしか分からなかったが……。

「霊体化出来ない、ですか?」

「ええ。昨日、スズカから貴方の話を聞き、話をしようと思って霊体化しようとしたのですが……」

何故か出来ず、そこでライダーは確信した。即ち―――受肉していると言う結論を。

「ば、バカな。そんな事―――」

「私もそう思います。ですが、それ以外ないのです。この私達の状況を説明出来るのは」

 信じられないといった顔のセイバーに、ライダーは無表情でそう返す。霊体化は、ライダーにとっては出来て当然の行為。故に、意識しなければ気付けなかったのだとライダーは語る。そしてライダーは、どうしてこうなったのかをこれから調べてみると告げた。セイバーはそれに対し、自分に出来る事はないかと尋ねたが……。

「セイバー、貴方は現状のままで構いません」

「何故です!貴方一人に任せる訳にはいきません!」

「落ち着いて下さい。私と貴方はサーヴァントと言っても、成り立ちが違うでしょう」

 ライダーが告げたのはこうだ。自分は完全な死者として英霊になったが、セイバーは死者ではない。なら、もしかしたら自分と同じとは言えないと。
だが、セイバーはそれにこう反論する。なのはとラインが繋がっていないのは事実だ。にも関わらず、自分は魔力に満ちている。だとすれば、自分も受肉している可能性が高いと。

 それから少し口論は続き、終わりが見えないかとも思ったのだが……。

「……ですから」

 ライダーが何度目かになる言葉を言おうとしたその時だった。セイバーがライダーの予想しえない言葉で、それを遮ったのだ。

「私にも手伝わせて下さい!友ではありませんかっ!」

 セイバーの言葉に、ライダーの思考が止まる。そんなライダーに、セイバーはどこかハッとした表情を浮かべるが、僅かの逡巡の後、開き直ったように言い切った。

「何かいけませんか?確かに私と貴方は明確にそうなった訳ではありません。ですが、共にシロウ達と過ごし、笑い合った我々は『家族』ではありませんが、友ではあると思います!ライダーがそう思わなくとも、私はそう思います。ええ、思っていますとも!」

「セイバー……」

「その友が一人で苦労を背負いこもうとしているのを、黙って見過ごせる訳がありません!ですから――っ」

 そこまで言って、セイバーは深呼吸をしてライダーの方を向き告げた。

「私にも、手伝わせてください。同じ日々を過ごした友人として」

 そう告げるセイバーは、優しげな笑みを浮かべていた。ライダーは、そんなセイバーに呆気に取られるものの、すぐに表情を戻して答えた。

「………仕方ありませんね。では、互いに調べる事にしましょう」

「それでは……」

 ライダーの言葉に、セイバーはライダーにゆっくりと右手を差し出す。それを不思議そうに見つめ、ライダーは尋ねた。
これは?と。それにセイバーはムッとした顔で答えた。友と認め合ったのだから、その証の握手ではないかと。それに、再び呆気に取られるライダーだが、小さく笑みを浮かべるとそれを握る。

「フフッ…変わりましたね」

「そう言う貴方もです」

 そう言い合うその顔は、どこか嬉しそうに笑っている。そんな横顔を、春の日差しが照らしていた……。



 学校から帰るや否や、すずかはライダーを捜した。いつもなら一番に出迎えてくれるはずのライダーが、出迎えてくれなかったからだ。
ファリンを見つけ、出かけていると聞いたのだが、それでもすずかはどこか落ち着けなかった。
 信じている。信じているが、怖かったのだ。ライダーが昔の知り合いの下へ行ってしまうんじゃないかと。

(早く、早く帰ってきて……!)

 そんなすずかの願いが届いたのか、部屋のドアをノックする音がする。それに飛び跳ねるように反応し、すずかはドアを開けた。

「どうしたのですか、スズカ。そんなに慌てて……」

 そこには、驚いた顔のライダーが立っていた。その手には翠屋と書かれた箱がある。
セイバーとの話を終えたライダーは、自転車を取りに行くついでに翠屋でシュークリームを人数分買って帰ったのだ。
 勿論、セイバーが接客させられ、ライダーに若干からかわれたが。

「これからシノブ達とティータイムと洒落込もうと思いまして、スズカを誘いに来たのです」

 もう、三人共待っています。そうライダーに告げられ、すずかは嬉しそうに頷き、部屋を出た。前を歩くライダーと並ぶようにすずかは歩く速度を速める。それに気付いたライダーが、歩調を少し緩めすずかに合わせる。
 すると、すずかは空いているライダーの手を握り、微笑んだ。

「ありがとうライダー」

「いえ、どういたしまして」

 互いに微笑み合い、二人は歩く。その視線の先には、椅子に腰掛け、同じように笑みを浮かべている忍達の姿があった……。




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遭遇編その二。準備編もそろそろ終わりが近付いてきました。

受肉云々の話がやっと書けました。

こっちだと霊体化する必要がないせいで、自身の事に気付かないサーヴァント達。

……今更感が拭えませんが、どうか許してください。

明日(火曜)から、とらは板に移動します。よろしくお願いします。



[21555] 0-13 遭遇編その3
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/09/15 04:30
「で、よく分かんないけど、セイバーさんとライダーさんは知り合いらしいわ」

 寝る前のいつもの時間。現代教室を終え、今日の出来事を語るアリサ。そのアリサの話に、小次郎は驚きを顔に張り付けていた。
端正な顔立ちを固め、幽霊でも見たのかと言わんばかりの表情だ。

「ありさ、もう一度言うてくれぬか?」

「ん?何を?」

「今日出会った者の名を」

 初めて聞く小次郎の真剣な声に、アリサは戸惑いながらも答えた。

「セイバーさんよ」

 一体何なのよ。そう呟くアリサ。そんなアリサから視線を外し、小次郎は外の月に目をやり、内心で喜びを溢れさせていた。
己が好敵手と認めた相手が、もう二度と会えぬと思っていた相手がこの町にいる。それが小次郎の眠っていたものに火を付けた。
 ふつふつと燃え上がる内なる炎を感じながら、小次郎は笑う。

(待っておれセイバー。あの時の楽しみを、喜びを今一度味わおうぞ)

 そんな事を思い笑う小次郎を、アリサはどこか寂しそうに見つめていた……。


傾奇者、騎士王と再戦する




 あくる朝、小次郎は日課の庭仕事を終えて、セイバーに会いに行こうとしたのだが、一つ大きな問題があった。
小次郎は、屋敷から出た事がないのである。バニングス邸は広い。そして、その庭も。故にその庭を世話している小次郎としては、のんびり世話をしていれば時間が過ぎていく。そして、一番大きな理由。
 それは、アリサが外出を禁じたから。アリサは、いつか自分が小次郎を案内してやろうと考えて、そう命令した。それに小次郎が従う義理はないのだが、それを少し匂わせただけで、アリサが涙目になったため、小次郎は今まで庭弄りをして過ごしてきた。

「ふむ、道を聞こうにも鮫島殿はおらぬし、下手に出かけ迷いでもすれば、ありさが笑うのみ。はてさてどうしたものか」

 そう考え、結局小次郎はこの日出掛ける事を諦めた。それはある事を思い出したからだった。

(セイバーは今、翠屋なる茶屋で働いておると、ありさが言っておったな。ならば、昼間行ってもあしらわれるだけか)

 こうして、小次郎は残念そうなため息を吐くと、庭へと戻っていく。会えぬなら、せめて刀を振り、邪念を無くそうと決めたからだ。
本来の格好に戻り、愛刀の物干し竿を構え、小次郎は刀を振るう。その姿は、美しくもどこか悲しそうに見えた。



 学校からの帰り道、アリサは習い事に向かう車の中で、一人不安に駆られていた。
原因は、昨夜の小次郎の様子。小次郎はあまり物事に執着しない。そんな小次郎が、セイバーの名前には異常な反応を示した。
 無断外出は禁じているが、元々小次郎はそれに従う必要がない。それをアリサは理解しているからこそ、不安だった。

(あいつ、セイバーさんと知り合いだっていうのかしら。時代錯誤侍のくせに!)

 本人が聞けば、それとこれがどう関係する、と呆れる所だろうが、今のアリサに正論は意味を持たない。
そう、アリサはきっと認めないだろう。その感情が、嫉妬と呼ばれるものだと言う事を。
 矛先こそ小次郎に向けているが、不安の原因はセイバーが可愛らしい女性だった事と、もう一つ。

(あいつ、アタシは片言っぽいのに、セイバーさんの名前は綺麗に発音してた!)

 昨夜、無意識に小次郎はセイバーの名を呟いた。それをアリサは確かに聞き、余計に腹を立てていた。

「帰ったら……絶対色々聞き出してやるんだから!」

 そんなアリサの決意に比例するように、車も速度を上げるのだった……。



 小次郎は、困惑していた。いつものように帰ってきたアリサを出迎え、いつものようなやり取りがあるかと思えば、アリサは小次郎に何も言わず部屋へと向かって行ったのだ。
 こんな事は今までなく、小次郎には原因が分からない。ただ、恐ろしい程不機嫌である事だけは察していた。

「すまぬが鮫島殿、原因を知っていれば教えてくれぬか?」

「……それが、私にもさっぱり」

「そうか。……つまらぬ事を聞いたな、許せ」

 アリサの傍付きである鮫島に分からないとなると、小次郎に取れる方法は一つしかなかった。
その方法を考え、小次郎は苦笑い。と言うのも、それは直接尋ねるという至ってシンプルなもの。

(私も変わったものよ)

 そう思い、小次郎は食堂へ向かう。もうすぐ夕食の時間だ。アリサが来るのを待ち、そこで何に怒っているのか聞こうと、小次郎は思っていた。



 一方のアリサと言えば、小次郎に対して自分が取った行動に後悔していた。
せっかく小次郎が、普段と同じように接してくれたにも関わらず、アリサは何故かそれを無視して逃げるように部屋まで来ていた。
 あそこでいつものように会話していれば。そんな思いが先程から頭を巡る。もし、これが完全にアリサが悪ければ、何の躊躇いもなく謝罪する事が出来るのがアリサである。しかし、今回はアリサの中では小次郎が先に悪さ(アリサとしては)をした。
 よって、アリサは自分だけが謝る事はない、と思っている。故に、悩み苦しんでいた。

(悪いのは小次郎なのよ!……でもでも、アタシの態度も問題よね……)

「あ~、どうしたらいいのよっ!!」

 そこに、アリサのお腹の鳴る音が響く。ふと時計を見れば夕食の時間。アリサは、未だ結論を出せぬまま食堂へ向かう。
その表情は、まるで死地に赴く戦士のようだった。



普段ならば、出てきた料理を小次郎が尋ね、それにアリサが答えたり、あるいはその日の出来事を、アリサが小次郎に語ったりするのだが、この日は珍しくそうではなかった。
 理由はアリサが言い出せなかったのでも、小次郎が聞かなかったのでもない。この日は、たまたまアリサの両親が揃って食事に参加できたのだ。

「どうだいアリサ。学校の方は?」

「すごく充実してるわ、パパ」

 久しぶりに会う娘に、満面の笑顔で接する父。

「小次郎さんはどうです?少しはウチに慣れました?」

「そうさなぁ……。未だにまなーと言うものには戸惑うが、大体の事は理解したかと」

 一方の母は、小次郎にとめどなく問いかける。

 ただのボディーガードに過ぎない小次郎が、こうしてアリサの両親と食事出来るのは、両親がアリサの恩人である小次郎を大層気に入っていたからだ。
言動が古風ではあるが、風流を理解し、今時には珍しい程義理堅い。更に、腕が立つにも関わらず、それを自慢もせず、ただ愚直に高みを目指している。
 何より、アリサが慕っているのが大きい。仕事であまり傍にいてやる事が出来ない自分達に代わり、アリサを見守ってくれている。それに、アリサの笑顔が増えたと言う報告も入っている。
 それを二人は聞き、小次郎に言葉にならない感謝をしていたのだ。

「小次郎君は、庭の手入れを良くしてくれているそうだが」

「私の単なる気晴らしよ。気にする事もない」

「あらまあ。でも本職の者達も誉めていましたよ?」

「それは重畳。私の気晴らしが役に立って何よりよ」

 後は、自分達に対して特別な対応をしない事。誰を相手にしても己を崩さず、乱さず、淡々と振舞う。
それが小次郎の良い所だと、二人は思っている。

 そうして、久しぶりの家族揃っての食事も終わり、アリサは帰宅の際の事を謝ろうと、小次郎の下に駆け寄ったのだが……。
小次郎は、たまにしか会えない両親との時間を大切にしろ、と告げ、与えられている部屋へ歩いて行ってしまった。
 アリサは、その言葉に甘える事にした。何故なら、そう告げた時の小次郎はアリサの良く知る表情だったから。
去っていく背中に、アリサは小さく呟く。

「……ま、今回はこれでチャラにしとくわ」

 アリサはそう呟くと、笑顔を浮かべて来た道を戻る。両親に色々と話したい事がある。まずは、最近出来た友人の事を話したい。
その思いを胸に、アリサは駆け足で通路を駆けて行くのであった。



 翌日、アリサは普段のアリサに戻っていた。小次郎は、何があったか理解できなかったが、機嫌が良くなっていたので良しとした。

「じゃあ、行ってくるわ」

「気をつけてな。……おお、そうであった」

 元気良く歩き出していたアリサの足が止まる。振り向き、視線で尋ねるアリサ。それに、小次郎は神妙な面持ちで切り出した。

「翠屋なる茶屋へは、どのような道で行けるか教えてくれぬか?」

「いいけど、アタシが帰ってきてからね。それまで待ってなさい」

 そう言い切って、アリサは小次郎の答えも聞かずに歩き出す。それを何も言わず見送る小次郎。その顔にはいつもの笑みが浮かんでいた。



 アリサが帰宅すると、小次郎は有無を言わさずアリサを連れて屋敷を出た。車でと鮫島が言ったのだが、アリサは歩きで構わないとそれを断った。それを聞いて、鮫島はどこか苦笑気味に「お気をつけて」と見送った。
 小次郎は初めて歩く海鳴の町に、興味深そうにしていた。目に映るもの全てが、小次郎にとっては未知のもの。街灯に電信柱、信号機に横断歩道。子供のように不思議そうに尋ねる小次郎に、アリサは呆れながらもどこか嬉しそうにそれに答える。
 端から見れば、それは滑稽にしか見えないだろう。だが、当の本人達には楽しい時間であった。特に、アリサにとっては。

 そんな時間も、やがて終わりが来る。翠屋に着いたのだ。そして、その店先にセイバーとなのはがいた。
エプロン姿ではなく、普段着で。アリサがなのはを通し、小次郎の事を伝えておいたためだ。
 その姿に、小次郎は小さく笑みを浮かべると、静かにセイバーへ語りかけた。

「久しいな、セイバー」

「ええ、貴方も変わらぬようで何より」

「……何処が良い?」

「こちらへ」

 挨拶もそこそこに、二人はそう言って歩き出す。アリサはその後を追おうとして、なのはに止められた。
疑問を浮かべるアリサに、なのはは無言で首を横に振る。
 邪魔しちゃいけない。そうなのはが言っているように、アリサは思った。見れば、なのはの手も震えている。

(そっか……アタシもなのはも邪魔者扱い、か)

 視線を戻せば、既に二人は見えなくなっていた。アリサは、それをどこか寂しく思い、呟いた。

「小次郎の……バカ」

 その呟きは、夕闇の風に溶けて消えた。



町外れの山の中。士郎達が朝の鍛錬に使っている場所に、二人はやってきた。

「まさか、貴方までいるとは思いませんでした」

 セイバーはそう言って本来の鎧へと変わる。その手には、風を纏った聖剣を携えて。

「私の方こそ、よもやお主が居よう等とは思わなんだ」

 小次郎もそれに応じるように、本来の着物姿へ変わる。その手には、愛刀の物干し竿を携えて。

「どうしてもやるのですね」

「応よ。試合うぞ、セイバー」

 その声で、小次郎の雰囲気が変わる。その構えは、セイバーも良く知るもの。
『燕返し』そう呼ばれる小次郎の必殺剣。本来在り得ぬ現象を引き起こし、同時に三発の斬撃を叩き込むもの。
 簡単に言えばただそれだけ。しかし、それがどれ程恐ろしい技かは、その身で受けた事のあるセイバーには分かる。
何しろ、あのセイバーですら二度は避け切れないと言わしめた技なのだから。

「いきなりですか……」

「無論。あまり時間をかけると、騒々しいのがおるのでな」

 此度は急がねばならぬ。そう小次郎は苦笑いで答える。セイバーは、そんな小次郎を見て、微かに笑みを見せると、聖剣を構える。
だが、それは小次郎も初めて見る構え。どこか居合いを思わせるそれに、小次郎は恐怖と感動を覚えた。

「……私も以前のままではない」

「それは重畳。ならば……」

 そして、時が止まる。いや、正確には止まったかのように二人が動かなくなったのだ。
風が静かに吹き抜けていく。木々を揺らし、木の葉が音を立てる。そして、その揺れが収まった瞬間!

『っ!』

 空間が爆ぜた。繰り出される斬撃。だが、それは一筋しかなかった。

「……見事」

「……いえ、これは私だけの力では成し得ませんでした」

 小次郎の喉元に突きつけられた聖剣。小次郎の刀は振りぬかれる直前で止められている。
あの瞬間、小次郎が燕返しを放とうとした時には、セイバーは既に小次郎の懐に入り込んでいた。それに小次郎が気付き、対処しようとした時には遅かった。
 セイバーの聖剣が刀を弾き、燕返しを阻止し、そのまま喉元へと突きつけられた。

 セイバーが使ったのは、御神の技である『神速』だった。しかし、それは本物ではなく、あくまでセイバーが自ら模倣したもの。
魔力を開放して得られる元来の爆発力に上乗せし、まだほんの三秒しかもたないが、肉体のリミッターを外す事が出来るようになったのだ。
 士郎に何度も挑み、耳で聞き、体で覚えた奥の手だったが、その反動は大きく……。

「ぐっ……」

 セイバーの強靭な体を持ってしても、現状三時間は満足に動けなくなる。それが最大の欠点。
 故に、セイバーはこれを神速ではなく、『諸刃』と名付けている。

「成程、私と同じく真っ当な剣ではないか」

「え、ええ。『ミカミ』と言うそうです」

「御神?……それは興味深い。今度会わせてくれぬか、セイバー」

 そう尋ね、セイバーに肩を貸す小次郎。それに礼を言って、セイバーは立ち上がる。

「いいでしょう。キョウヤは強い相手と戦うのが好きですから」

「ほう。それは益々興味深い。私もお主のような芸当を身に付けねばな」

 そう言って笑う小次郎に、セイバーも笑みで返す。そして、内心思う。小次郎に御神を教えてよかったのだろうか、と……。




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遭遇編とりあえずラスト。

セイバーのオリジナル技は、メリットよりもデメリットの方が多い欠陥技。

なので、セイバーがこれを好んで使う事はあまりありません。

……苦情は受け付けますし、反省もします。でも、やりたかったんです。お許しを……。

9/15 加筆修正しました。



[21555] 0-EX 空白期その2
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/23 06:45
「どうした? それで終わりか恭也」

「くっ……まだだ!」

 再び神速を持って小次郎へと迫る恭也。だが、それを小次郎は完全に見切っている。
 そして、再び打ち込まれる小次郎の剣閃。それが恭也を捉え―――ながらも恭也は止まらなかった。

「なんとっ?!」

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 小次郎の剣閃は確かに鋭い。だが、恭也は何度も受ける内に理解したのだ。それは、鋭いが重みにやや欠ける事を。
 故に敢えて意識を刈り取られないように、木刀を振り切る前に自ら体を使ってそれを止め、必殺の一撃を決めるしかない。
 そう考え、恭也は実行した。小次郎が驚いたのは、その発想。肉を斬らせて骨を断つ。
 それを迷う事無くやってのけた恭也の剣士としての在り方。それに対する称賛と驚愕。そして、そんな小次郎へ恭也が放つは……。

「あれはっ!?」

「薙旋、か。恭也の奴、本気だな」

 御神の奥義の一つである薙旋。それを使ってまで、恭也は小次郎に勝ちたかった。それを理解し、美由希も士郎も恭也の思いを感した。
 そして、その一撃を小次郎は―――。

「……見事よ」

 耐え切った。いや、正確には自分から跳ぶ事で衝撃を逃がしたのだ。柳の如きその動きに、恭也だけでなく士郎達すら驚愕した。
 御神の奥義。それを喰らいながらもしっかりと二本の足で立っている。それが三人にとってどれ程恐ろしい事か。
 更に、恭也は今の一撃で力のほとんどを使い切ってしまった。小次郎もそれを理解しているのだろう。静かに構え―――。

 その瞬間、道場の空気が張り詰めた。それと同時に三人は悟る。もう、勝ち目はないと。それだけの”何か”が小次郎の構えにはあった。

「これも武士の情け。せめて我が秘剣で終いとしよう」

 その言葉に恭也はどこか心が震えるのを感じた。これ程の剣士が、自分を認めその奥義を見せてくれる。
 それを理解し、恭也は身体に力を入れる。先程から感じる圧迫感を振り払い、立ち上がって小太刀を構える。
 その恭也の姿に、小次郎も笑みを見せ「やはり強き剣士よ」と呟いた。

「恭也、受け取れ。我が秘剣、燕返し」

 放たれるは三つの剣閃。それが同時に襲い掛かる。逃げ場無きその攻撃を、恭也はかわすのではなく、敢えて受けた。

 静かに崩れ落ちる恭也。それを士郎が支えた。そして、そのまま視線で小次郎へ礼を述べる。剣士として小次郎の行為に感じるものがあったから。
 奥義を見せた恭也へ、自分の奥義を見せる事で応えた小次郎の在り方に心からの敬意と感謝を込めて。

 それを見て、なのははただ驚いていた。負ける事などないと思っていた兄の敗北。セイバーと士郎以外には無敵と信じていた存在。
 それを見事に倒した小次郎に。そして、剣士の礼儀等は理解出来ないが、それでも小次郎が恭也を認めたからこそ、最後の技を出した事ぐらいはなのはにも分かった。

(小次郎さんって……ホントに凄い人だったんだ)

 なのはの抱いた思いは、美由希や士郎の思いでもあった。セイバーは、そんな高町家の面々の表情を見て呟く。

「……私といい勝負をすると言ったはずです」

 それは、どこか拗ねるような声だった……。


傾奇者、女心を知らず




 あのセイバーと小次郎の再会&再戦の次の日。小次郎は高町家にやってきた。目的は一つ。セイバーが会得した”御神”の剣技を見るためだ。
 セイバーから既に事情を聞いていた士郎達だったが、小次郎の技量を知りたいと恭也が言い出し、そのまま試合となった。
 だが、結果は恭也の敗北に終わった。神速に初めこそ小次郎も驚いたが、驚いただけだった。
 セイバーと互角の戦いが出来る小次郎からすれば、恭也達の神速の速度は見えぬ程ではなかった。

 だが、恭也の放った薙旋だけは小次郎も心から驚き、そして同時に称賛したのだ。
 人の身でありながら、そこまでの技を会得し、更に研鑽する姿に。そして、飽くなき向上心と勝利を諦めない姿勢へ応えるために、小次郎は敢えて燕返しを放ったのだ。
 小次郎の心に、御神の剣士、見事なり、と思わせた恭也に対する最大限の礼。それを瞬時に汲み取り、恭也も立ち上がったのだ。
 最後まで挑戦する姿勢を崩さないように、と。そして、今小次郎は士郎と戦っていた。

 士郎は手強かった。理由として戦闘の経験量が違う事と、恭也と小次郎の試合を見ていたのが大きい。
 小次郎の剣閃を紙一重で防ぎ、防げないと分かるや自分へのダメージを最小限に抑えるべく、受け流す。
 小次郎の戦い方に近いものはありながら、士郎は力もある。恭也でさえ未だ追いつけない姿が、御神の剣士の一つの完成形がそこにあった。

「やるな、流石は恭也の父上と言ったところよ」

「小次郎さんこそ。もう御神の剣を読み始めてますね」

 互いに浮かべるは笑み。士郎は、ここ最近感じていなかった高揚感から。小次郎は、恭也よりも洗練された士郎の強さから。
 それぞれ喜びと楽しさを表情に浮かべている。それを見ながら、なのははぽつりと呟く。

「何でお父さん達って、戦うのが好きなんだろ……?」

 それはなのはには分からない感覚。誰かと戦う。それは、自分も相手も傷付ける事になる。何か理由があり、仕方ないならまだ納得出来る。
 だが、ただ強くなりたいだけで戦うのは、なのはには理解出来なかったのだ。

(強さって、誰かと戦わないと持てないものなのかな?)

 その答えをなのはが得るのは、この日からかなりの時間が必要となる。

 結局、勝負は士郎の敗北で幕を閉じる。勝負を決したのは、小次郎の放った燕返し。
 それを士郎もかわしきれず、何とか耐え切ろうとしたのだが、それも叶わずに床に伏した。美由希はその光景に驚愕すると共に、小次郎の強さを改めて感じていた。
 セイバーは士郎の傍に駆け寄り、心配そうに声を掛けるなのはを見つめていた。恭也は士郎が敗れるところで気が付いたらしく、呆然とそれを眺めて呟いた。

「見えなかった……」

 その呟きに、美由希も頷き、視線を小次郎へ向ける。最後の剣閃、燕返し。それを離れた場所から二度も見ていた美由希だったが、それを見切る事は出来なかった。
 美由希も恭也も知らない。彼らは本当は見えている。だが、それが同時に見えたために、見切れていないと思っているだけなのだ。
 それを士郎達が知るのは、この日の夜。なのはがセイバーに、燕返しの事を尋ねた際の答えを聞いてである。

(”御神”の剣士。そして、その技……中々興味深いものよ。良い修練相手にもなりそうだが……さて)

 小次郎は視線を士郎からなのはへ移し、しゃがみこんでその頭に手を乗せた。それになのはが顔を上げると、小次郎は真剣な表情で告げる。

「すまぬな。つい加減をし切れなんだ、許せ」

「小次郎さん……?」

「私らしからぬ事よ。つい、そなたの父上が強いものでな。熱くなりすぎてしまった。だが、心配いらぬ。士郎殿は……ほれ」

 なのはに安心させるように笑う小次郎。その視線を受け、なのはが振り向くと士郎が目を覚ましたようで、なのはと視線が合った。
 それに士郎がどこか申し訳なさそうに笑い、なのははそれに喜びながらも文句を言った。
 そして、それを聞きながら恭也達も笑みを浮かべ、セイバーが小次郎へ近付く。

「やはり変わりましたね」

「よく言うわ。そなたが一番変わりおったくせに」

「そうですね……そうなんでしょう」

 二人して笑い合うセイバーと小次郎。そんな二人の視線の先では、心配したと怒るなのはに謝っている士郎と恭也がいた。



 アリサは不機嫌だった。朝起きた時、小次郎は外出していたからだ。無断ではない。鮫島に言伝を頼んでいたから。
 だが、それでも納得はいかなかった。何故なら行き先は高町家。目的はおそらくセイバーだろうと思ったからだ。

(アタシが起きるまで待ちなさいよ!)

 そして、今、アリサは食堂で小次郎を待ちながらある事を考えていた。それは、どうすれば小次郎が高町家から早く帰ってくるかである。
 現在の時刻を見れば、いつもなら朝食を食べ始めている。それにも関わらず、小次郎は未だに帰ってきていなかったのだ。
 小次郎の性格上、朝食を向こうで食べる事はないと思うが、それにしても不安なのだ。なのはへ電話しようと何度思った事か。

 そして、アリサが六度目になる携帯での連絡を断念した時、小次郎が現れた。それに一瞬笑顔になるアリサだったが、すぐにそれを消し、不機嫌な表情でそっぽを向いた。
 それに小次郎は不思議顔。だが、まだアリサが朝食を食べていないのを悟り、笑みを浮かべて椅子へと座った。

「先に食べておればいいものを」

「……別に。アタシの勝手でしょ」

「……待たせてすまぬな。これからの事を話してきたものでな」

「そ。まぁいいわ。食事にしましょ」

 小次郎の謝罪に若干機嫌が良くなった瞬間、小次郎の告げた”これから”に再び機嫌を悪くし、アリサは素っ気無く会話を打ち切った。
 それに小次郎はアリサの不機嫌を悟るが、原因にまでは思い当たらないようで、首を傾げるだけだった。

 最初は不機嫌なアリサだったが、食事をしている内に段々といつもの調子になり、小次郎もそんなアリサに笑みを見せた。
 特に、小次郎がフレンチトーストの由来を尋ねた時に、フレンチはフランスの事で、トーストは焼いたパンだと聞いた途端、小次郎が言った一言がアリサの不機嫌を根こそぎ持っていった。

「? ふらんすで焼いたぱんという事か?」

 もう爆笑だった。アリサの中ではこれ以上ない程のヒットである。小次郎の言った奇妙キテレツな言葉の中でも、これは中々ない。
 そんな風に笑うアリサに小次郎は不思議がるも、柔らかな笑みを浮かべそれを見つめた。
 こうして、その日の朝食も笑顔で終わりを迎えたのだった。だが、アリサの心の底には、まだ不安が燻っていた……。



「トレーニング?」

「うん……セイバーと一緒にね」

「そうなんだ。それで今日から始めるの?」

 いつもの昼休み。屋上で風を感じながらの食事時、なのはが言い出した「これからあまり遊べなくなるかも」の発言に、アリサとすずかが尋ねた事に対してなのはが答えたのが、それだった。
 アリサが確認するように問いかけ、すずかが遊べなくなるとの言葉から、今日からとそう判断したのだろう。
 その言葉になのはは無言で頷く。それにすずかはどこか寂びしそうな表情。アリサは、なのはが何故そんな決断をしたのか、何となく察していた。

(なのはも不安なんだ……)

 自分が感じた取り残される感覚。あれをきっとなのはも感じたのだろうとアリサは思った。だからこそ、アリサは力強く言った。

「いいじゃない! 自分が決めたなら頑張ってやりなさいよね! アタシも何か始めてみるから」

(アタシも負けない! 絶対置いてかれるもんか!)

「あ、アリサちゃん……うんっ!」

(アリサちゃんも、なんだね……一緒に頑張ろう、アリサちゃんっ!)

 その言葉に込められた思いを察し、なのはも笑顔で頷く。互いに笑顔を見せ合う二人を、すずかだけが不思議そうに見つめていた。
 だが、満面の笑顔のなのはとアリサに、すずかも結局笑顔になるのだった。そして、せめて一週間に一度は三人で遊ぼうという提案を出したすずか。
 それが二人に受け入れられると、すずかは安堵の表情を浮かべるのだった。



 その日、家に帰ってくるなり、アリサは小次郎に対してある事を告げた。

「じょぎんぐ?」

「そ。早朝の運動って体にいいらしいの。だから、明日からするわ」

 アリサの提案に、小次郎は何やら思案顔。それを見て、アリサは断言する。そう、それは自分の決意。そして、子供っぽい抵抗。

「でも、早朝だって何かと物騒でしょ? だから、あんたが護衛なさい」

「……護衛なら、鮫「あんたがやるのっ!」……承知した」

 裂帛の気迫で告げるアリサに、小次郎は従った方がいいと思い、反論を諦めた。
 早朝にやるという事は、高町家での鍛錬に行けなくなると考えた小次郎。その事が顔に出たのか、どこか寂しげな表情をしていた。
 それを見て、アリサが顔を背けてこう続けた。

「でもそれは、あんたがなのはの家で訓練してからでいいわ。ただし、それが終わったらすぐに帰ってきてアタシの護衛よ。いい?」

 その発言に、小次郎はアリサの考えのキッカケを悟ったが、それがアリサの嫉妬から生まれたものとは思わず、ただ帰りが遅くなった事に対して寂しくなったと勘違いしていた。
 とはいえ、アリサの不安を感じ取った事に変わりはないので……。

「……気を遣わせてすまぬな」

「別にいいのよ……明日からよろしくね」

 そう言ってアリサは屋敷の中へと入っていく。その後ろ姿を見送りながら、小次郎は笑みを浮かべる。
 出会った当初は、どこか不安定な心をしていたアリサ。それが、今や他者に気を配るようになっていた。その成長を感じ、笑っていたのだ。

(男子、三日会わずば剋目して見よ、とは言うが、女子も似た様なものよ……子を持つ親の気持ちとはこうであるか)

 自分の考えが親のように思え、小次郎は心底おかしそうに笑う。それを夕日がただ黙って見つめていた。




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空白期その二。こんな感じに、色々な時間軸で書いていこうと思います。

やはり戦闘描写が苦手です。書けてもこんな感じに短い……。

でも、やはり書いて思うのは、こんな日常を書く方が俺にはまだ向いてると感じる事です。

……Strikers編、大丈夫か?



[21555] 0-14 鼓動編(無印ver)
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/09/15 06:08
「バルディッシュ、セットアップ」

”セットアップ”

 フェイトの体を包み込む魔力の光。それがほぼ一瞬で衣服へ変化し、フェイトを包む。
それを見て、ランサーはしきりに感心していた。無論、バリアジャケットにではなく、バルディッシュにである。
 リニスが完成形だと胸を張っただけあり、それはランサーの目から見ても良い出来と思えたからだ。

「じゃ、早速やるか」

フェイトがバルディッシュの感触を確かめたのを見計らって、ランサーはそう笑って言った。
いつもの訓練。ただ、実戦形式は最後。それまでは、リニスとランサーによる戦術の講義。死線を何度も越えたランサーの話は、何にも勝る生き残る術であり、リニスはもとよりアルフですら、その話に聞き惚れる程の内容の英雄譚なのだ。
 まあ、ランサー本人はそんな気は更々ないし、意図的に話していない部分もある。

 ランサーの話が終われば、次はリニスによる魔法を用いた戦術の話に変わる。
これはランサーも興味を持っていて、特に設置型の魔法を聞き、ルーンと組み合わせられないかと本気で考えているぐらいだ。
 しかし、ランサーは魔法が使えない事が分かり、それは幻と消えた。

 そして、講義が一段落すると、ランサーとアルフが食事を要求。それに苦笑しながら動くリニスに、手伝いを買って出るフェイト。
ここまでがいつもの流れ。ランサーとアルフによる肉の奪い合い、それを何とかしようとするフェイトと、楽しそうに見つめるリニス。
 そんな風に、時間は過ぎる。だが、その流れは確実に何かの始まりを運び始めていた。


槍騎士、赤狼に語る




「ま、今日はここまでだな」

「……ですね」

 ランサーの視線の先には、大の字になって倒れているアルフと、バルディッシュを支えに何とか立っているフェイトの姿。
リニスは床に座り込み、疲れながらも笑みを浮かべていた。

 ランサーとの戦いは、フェイト達にとって得る物ばかりだった。
魔法が通じない相手に、どう対処すべきか。もし、勝てないならどうすればいいのか。そんな事を即座に判断し、実行しなければ、待っているのは敗北という名の死。
 無論、非殺傷の概念や次元世界の常識はランサーも知っている。だが、彼は言う。

「追い詰められた奴が、そんな事に構ってくれると思うな」

 そうバッサリと切って捨てた。そもそも、戦うのに自分の命を賭けない事自体、ランサーには信じられない事なのだ。

 故に、ランサーが叩き込んでいるのは、勝つ方法ではなく負けない方法。如何にすれば、格上を相手にしても負けずにすむか。
どうすれば逃げられるかを徹底的に教え込んでいた。
 フェイトはランサーに、持ち前のスピードを見出され、アルフと共に前衛としての心構えと役割を教え込まれ、リニスには司令塔としての重要性と後衛としての弱点を示唆された。

「撤退は負けじゃねえ。立派な戦術だ。どんなに笑われても、侮辱されてもいい。とにかく生きろ」

 ランサーはそう三人に告げ、最後にこう締めくくった。

「生きて生きて、最後に勝って笑うのさ」

 獰猛な笑みでそう言い切ったランサーに、フェイト達は何も言えず、ただそのランサーの顔を見つめるだけだった。
三人は知らない。それがランサーの本来の戦い方ではない事を。誰よりも逃げを打つ事を好まない事を。



 突然だが、ランサーは戦いが好きだ。それと同じぐらい宴会が好きだった。気に入った相手との語らいは、何にも勝るランサーの楽しみの一つなのだ。そして、この日は……。

『バルディッシュ完成おめでとー!』

「お、おめでとう……」

 バルディッシュ完成という宴会の名目があった。
ランサーとアルフのテンションに、若干気後れ気味のフェイト。そんな三人に、リニスは微笑み一つ。
 テーブルには、リニスの作った料理が所狭しと並んでいる。肉料理が多いのは、ま、ご愛嬌という奴である。
言い終わるや否や思い思いに手を伸ばすランサーとアルフ。その標的は肉料理。まさに肉食獣そのものだ。

「まったく、少しは落ち着いて食べてください」

「いいじゃないか。本当にめでたい事なんだか…って!それ、アタシの!!」

「へ、余所見する方が悪いんだよ」

 子供っぽい笑みを浮かべ、アルフの手にしていた鳥の唐揚げを口に入れるランサー。それに怒り心頭と言った顔で迫るアルフ。
そのやり取りは、まるで似た者同士というか兄妹みたいというか。とにかく、それをフェイトもリニスも呆れながらも、どこか笑顔で見つめる。
 そして、フェイトは思う。この場に母が居れば、どれだけ楽しいのだろうか。しかし、今プレシアは体調を崩し、自室で療養している。
リニスとランサーが世話しているので、大丈夫だとは思っているが、それでも会いたいと思ってしまう。

(でも、ダメ。ランサーが言ってた。母さんは私を大事にしてるから、病気がうつらないように、滅多に会っちゃいけないんだって)

 ランサーからそれを告げられた時、フェイトは嬉しくて思わず泣いてしまった。それをランサーが気まずそうにしながら、頭を撫でてくれたのを、フェイトは今でも覚えている。
 リニスが姉なら、ランサーは兄だとフェイトは思っている。

(アルフは……妹、かな?)

 そう考え、フェイトは笑みを一つ。いつか必ず、この輪の中に母を加えてみせる。そんな事を心に強く誓うのだった。



「具合はどうだ?」

「良くはないわね」

 ルーンを刻まれた部屋の中央にあるベッドに、プレシアは横たわっていた。
内側には、力の太陽を。外側には、守護を意味する大鹿を刻み、免疫力と生命力を増加させている。
 ランサーは、ルーン魔術を使ってプレシアの体を出来る限り休め、アリシアの事をリニスに任せる事を提案した。無論、自身が持つ魔術の知識を教え、それと魔法技術を組み合わせる研究も、既にリニスが始めている。

 ランサーが狙ったのは、プレシアの暴走阻止。それと、フェイト達との和解だった。
体を病魔に蝕まれ、精神的にもプレシアは追い詰められていったのだと、ランサーは読んだ。
 故に、愛する娘を突破口に、自分を見つめ直す時間を与え、以前の状態に近付けようとしていた。
勿論、それだけではない。可能ならばアリシアもどうにかしたいと考えている。何故ならば、彼女は……。

(フェイトの姉ちゃん、だからな)

 未だに互いの存在を知らない二人ではあるが、もし可能ならおそらく助けたいとフェイトは思い、アリシアもまたフェイトに会いたいと願うだろう。アリシアが喋れるのなら、きっとそう告げる。
 そうランサーもリニスも思っていた。だからこそ、余計プレシアを死なせる訳にはいかなかった。

(母親が、自分のせいで死んじまうなんて……させるかよ!)

 もしアリシアが目を覚ました時、母親が余命幾ばくもなく、それが自分のためだと知ればどうなるか。
今度はアリシアが、プレシアと同じ気持ちになるかもしれない。そこまで考え、ランサーは首を振る。
 そんな事はないと。自分が絶対に阻止してみせる。例え、この身が朽ち果てようとも―――!

 そんな事を思っているランサーを、プレシアは黙って見つめていた。
自分が人形と内心呼んでいるフェイトを守り、使い魔でしかないリニスを欲しがり、煩いアルフをからかい、そして―――。

(私を助けようとする、なんてね)

 プレシアはそう思い、微かに笑う。それは嘲笑。自分に対する嘲り。
己を省みず、ただアリシアの事だけを考えていたはずだった。でも、ランサーの一言がそれを間違いだと気付かせた。
 アリシアが生き返っても、自分が共に過ごせないなら、それに何の意味がある。あの楽しかった日々を取り戻すために、自分は行動していたのではなかったのか。そう気付いた時、プレシアはやっと冷静に自己を見つめる事が出来た。
 そして、思い出したのだ。かつて、アリシアと約束した事を。
だからこそ、ランサーの提案を受け入れ、こうして療養しているのだ。

「おかしなものね……」

「あん?」

「何で、こんな大事な事に気付かなかったのかしら」

 プレシアの言葉に、ランサーは僅かに考える。そして、心底呆れたように返した。

―――難しく考えすぎなんだよ、てめえは。

そんなランサーの言葉に、プレシアはそうねと返し、思いを馳せる。
あの失った日々。それが取り戻せる。そんな予感を感じながら……。



 アルフは困惑していた。ランサーに、お前に話しておきたい事があると言われ、ランサーの部屋に呼び出されていたからだ。
その時の真剣な表情を思い出し、アルフは顔を赤める。が、それを首を振って戻して、呟く。

「一体何だってのさ……。あいつはリニスが欲しいって言ったって、あの女が言ったじゃないか」

 この前、久しぶりにフェイト達の前に現れたプレシアは、リニスを見つめてそう告げた。
そして、リニスはランサーの傍でプレシアの世話にあたっている。
 今のリニスの様子は、見ていて分かるぐらい嬉しそうだ。アルフもリニスと同じく元は動物だ。だからこそ、余計分かる。リニスが女としてランサーに惹かれている事は。

(バカらし……何でアタシ、こんな事考えてんだろ)

 アルフにとって、ランサーはフェイトや自分を鍛え、食事を取り合い、よくちょっかいを出してくる奴でしかない。
決して、戦っている時は恐ろしいけどカッコイイとか、何だかんだで自分の好きなものは譲ってくれて優しいとか、たまに可愛いとかいい女だとか言われて嬉しいとか、思っていないのだ。

 そんな色々を思い出し、アルフは再び首を振る。そして、意を決してランサーの部屋へ入った。

「呼ばれたから来たぞ~」

「おう。ま、ここに座れよ」

 ランサーの部屋は、ほとんどモノがない。正確には、ベッドと時計以外ない。
物欲がないのか、ただ何かを置くのが嫌いなのか知らないが、とにかくランサーの部屋は綺麗だった。
 そんな事を思っているのが分かったのか、ランサーは笑って告げた。

「欲しいもんはあるが、暇がなくてな。何せ、今は色々忙しいしよ」

「そんなもんか?」

「そんなもんだ」

 その割には、よく昼寝している所を見かけたりする。そうアルフは思って、言うのを止めた。これでは、いつものように雑談&からかいの流れにいく。そう感じて視線をランサーに送る。
 それをランサーも分かったのか。先程までの軽い雰囲気は鳴りを潜め、たまに見せる真剣な表情に変わる。

「話ってのは、簡単に言えば今後の事だ」

 ランサーはそう言って、低い声でただしと付け加えた。
その前にしなければならない話がある、と……。



 話を聞き終わり、アルフは感情のやり場に困っていた。大事なフェイトを道具としか考えていなかったプレシア。その彼女がフェイトの姉に当たる少女を想って行動し続けていた事。そして、その無理が祟って体を弱らせている事。それを何とかするべく、リニスとランサーが努力している事。
 プレシアへの怒りは当然ある。だが、ランサーに言われた言葉が、それを素直に出させないでいた。

―――アリシアがフェイトで、お前がプレシアならどうする。

 そう。どうしようもない怒りを出せないでいたのは、理解出来てしまったから。なぜプレシアが凶行に走ったか。どうしてフェイトを見てくれなかったか。

(辛かったんだ、あの女も)

 自分が失った愛する娘そっくりの存在。それから慕われる度に、心配される度に、己の過去を突きつけられている気分になっていたのだ。
だから、フェイトを娘ではなく道具として見なければならなかった。そうでもしなければ、自分の心が壊れてしまうと。
 それだけ考えて、アルフは涙ながらに叫んだ。

「でも!辛いのはあの女だけじゃないっ!フェイトだって辛いんだよ!」

 頑張っても頑張っても、プレシアはフェイトを見てくれない。どこまでいっても声さえ掛けてもらえない。
それでもフェイトは、いつも決まってこう言うのだ。

―――きっと、今度は笑ってくれる。

 そんなフェイトの表情を思い出し、アルフは突然立ち上がり、喉が張り裂けんばかりに吠える。
それは、最早言葉になっていない。しかし、そこに込められたものはランサーには伝わった。
 フェイトの想いが天に届けと。純粋な願いが、無垢な祈りが叶うようにと言わんばかりの強い思い。それが、アルフの全身を通して流れているように感じられたからだ。

 そんなアルフの咆哮を聞きながら、ランサーは静かにアルフの頭に手を置き呟く。

「もういい。もう分かった。だから、泣くな」

 ―――女に泣かれるのは、苦手なんだよ。

 その言葉に、アルフは我に帰る。ランサーはただ気まずそうに頭に手を置いているだけ。それだけ、それだけのはずなのに、アルフは涙が止まらなかった。
 それは、さっきまでの涙とはまた違う涙。先程のものが悲しみの涙なら、今流れているのは、嬉しさの涙。
自分と同じ思いを持っている奴がここにいる。フェイトを、リニスを、自分達を絶対に裏切らない存在がここにいる。
 そう思って、アルフは流れる涙を拭いながら、笑みを浮かべるのだった……。



 ややあって、アルフが落ち着きを取り戻したのを確認し、ランサーは本題を告げた。
それは、これからの事。フェイトの地力を上げ、どんな相手にも負ける事がないようにしていく。そして、アルハザードなんていう不確かなものじゃない方法で、アリシアを助けられるものを見つけ出す。
 それと同時に、プレシアの体を治す術を見つけなくてはならない。ルーンで出来るのは、精々延命治療のようなもの。根本的な解決策を見つけなくてはいけないのだ。

「で、お前にも協力してもらいたくってな」

「フェイトに教えないのはやっぱり……?」

「あ~、まあ、なんだ……出来るなら最後まで知らねぇ方がいい」

 そうアルフに告げるランサーは、どこか遠い目をしていた。
その目に、アルフが感じたものは哀しみ。きっとランサーも、この事で思う事があるのだろう。
 アルフはそう考えて、不敵に笑う。それは、アルフなりの励まし。いつも自分をやり込めてくれるランサーへの、ちょっとした仕返し。

「とか何とか言ってさ、話すのがメンドーなだけだろ」

「はっ、んなワケね~だろ」

「いや、そうだね。大体あんたはさ……」

 愚痴を言い始めるアルフ。それをあしらいながらも、たまにムキになって反論するランサー。それにアルフもヒートアップし、口論は三十分も続いた。
その終止符は、アルフのお腹の音。時計を見ればそろそろ夕食時。毒気を抜かれたからか、ランサーも笑みを浮かべてアルフを見る。
 そんなランサーの笑顔が気に入らなかったアルフは、鋭い犬歯を見せて尋ねた。

「何さ?」

「いや、やっぱ可愛らしいって言うんだよな、この場合」

「なっ?!」

「ま、お前もリニスもいい女だぜ。毛色は違うがな」

 二つの意味で、と続けてランサーは笑う。アルフはそんなランサーに、掴みかかるように迫る。
それをかわし、部屋から駆け出すランサー。それを必死に追い駆けるアルフ。逃げながらもからかうランサーに反論しつつ、アルフは思う。

(やっぱアタシ、こいつ嫌いだよ!)

 そう思いながら追い駆けるアルフ。だが、その顔はどこか楽しそうだった。




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準備編も後残り僅か。

プレシアは、きっと冷静になれればこういう人だと思います。

後、女所帯に漢は禁物。その気がなくても気を惹いちゃいますから。

本編、完全原作乖離したなぁ……。



[21555] 0-15 鼓動編(A's ver)
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/09/16 14:55
 朝の日課である洗濯物を干しながら、アーチャーは視線を感じ振り向いた。
そこには、既にお馴染みとなった猫の姿があった。

「ああ、待っていたぞ」

 アーチャーは言うと、いつもの小魚ではなく、用意してあった御椀を猫の前に置く。
そこには俗に言う、ねこまんまが入っている。
 朝食の残りを使ったものだが、アーチャーは捨ててしまうよりは、有効活用するべきと考えて用意したのだ。

「残り物ですまないが、味は保障する。食べてくれ」

 そうアーチャーが言うと、それを理解したのか。猫は渋々と言った雰囲気で食べ始めるが、一口食べて動きが止まる。
それに、アーチャーの表情が強張った。まさか、自分の料理は動物には通用しないのか。そんな考えが一瞬過ぎり、思い直す。
 いや、自分の料理はあのトラにも通用したのだ。ならば、同じ猫科の生き物に通じぬはずはない。

 アーチャーが自分の料理に絶対の自信を取り戻すと同時に、猫が先程よりも速い速度で食事を再開した。
それを安堵の表情で見つめるアーチャー。だが、今日はこれで終わりではない。はやてに頼まれた事を遂行しなければならないのだ。
 その内容とは……。


弓兵、監視者と対峙する




「な、アーチャー。聞きたい事があるんやけど」

「どうした?分からない問題でもあったか」

 そう答えて、アーチャーは畳んでいた衣服をテーブルに置く。
今年、本来なら学校に通うはずだったはやては、通信教育という形で勉学に励む事にした。
 学校に行けない事もないが、無理して何かあったら大変だとはやて自身が決断したのだ。
本音は、アーチャーと離れたくないという事だったのだが、それを素直に言える程、はやては精神的に幼くなかった。

「ちゃう。勉強の事やなくって、猫の事や」

「……問題に集中しないか」

「それがちょう気になってな。あの猫ちゃん、オスなんかメスなんか聞いてなかったな~、て」

 はやての言葉に、アーチャーは呆気に取られるが、確かに自分も確かめてはいない事を思い出し、呟いた。

「言われてみれば確かに。確認していなかったな」

「な、そやから名前決めるためにも、明日確認しといて。もう、大分懐いたんやろ?」

 はやての言う通り、この三週間小魚や干物などを与えてかなり警戒心は薄れているが、それも以前と比べればだ。
まだどこか心を許していない気がアーチャーにはしていた。
 理由は猫の視線。大分マシにはなったが、未だにこちらを見る視線はどこか鋭い。おそらく、人間に余程酷い目に合わされたのだろうと、アーチャーは推察していた。

 密かに飼い猫にしようと企むはやてに、何度となくアーチャーは釘を刺しているのも、それが根底にある。
距離を置いて接するべきだ。それがアーチャーの結論。よって、名前をつけるのは反対しないが、飼い猫にするとなると話は別なので……。

「分かった。明日何とか確認を取っておこう」

「うん。頼むな、アーチャー」

「だが、性別が分かったからと言って首輪を買うのはダメだ」

「な、何言うて「ホームセンターのチラシに赤丸が打ってあった。あれは君の仕業だろう」

「しもた!……隠すの忘れとった」

 見事に、チラシのペット用品のあれこれにチェックがされていた。それを見て、アーチャーは軽く笑みを浮かべてはいたが、それをはやてが知る事はなかった。
 その後もはやてと雑談しながら、アーチャーはいつものようにその日を過ごした。



(さて、そろそろいいか)

 御椀にあった餌も綺麗に無くなり、猫は満足そうに舌なめずりまでしている。それを好機と見たアーチャーは、出来るだけ猫を怖がらせないように持ち上げた。
 そして、その陰部を確認して……暴れ出した猫に手を激しく引っ掻かれた。

「ぬ、やはりまだ触るのは早かったか?」

 威嚇の声を上げ、アーチャーを睨む猫。心なしか、顔が赤いようにアーチャーは思った。

「猫とはいえ、女性は女性か。……すまない」

 なんとなく感じた罪悪感を振り払うように、アーチャーは言った。その言葉に気を落ち着けたのか、猫は幾分か機嫌を戻したようで、アーチャーを見る目がいつものものに近くなった。
 それに、アーチャーも息を吐く。これで猫が二度と来なくなれば、はやてに何を言われるか分からなかったからだ。

 安堵するアーチャーに猫は一鳴きすると、塀に飛び移り、歩いてそのままどこかへ消えてしまった。
ここ最近の去り際は、こんな感じだな。そんな風に思いながら、アーチャーは残りの洗濯物を干していくのだった。



「それで、メスなんか」

「ああ。おかげで名誉の負傷だ」

「いや、チカンしたから当然やろ」

「誰のせいだと思っている」

「はやてはまだ危ないから、私に任せておけ……って言うたアーチャーのせい」

 微妙に似ているモノマネをして告げるはやてに、アーチャーは反論を諦めた。こうなると、結局はやてのペースになり、自分が折れなくてはいけなくなるからだ。
 最近、アーチャーははやてとの論戦勝率が七割を切ったように感じていた。
まぁもっとも、それは自分のせいなので、自業自得なのだが……。

「じゃあ、名前は女の子っぽくせなあかんな!」

「……好きにしたまえ」

 もう何を言っても無駄だ。そうアーチャーに思わせる八神はやて。現在、小学一年生。

「う~ん……フェリシア、はちょうちゃうな。……チャムチャムやと、長いし」

 あ~でもないこ~でもないと言いながら、楽しそうに笑うはやて。その顔を見て、アーチャーも笑みを浮かべる。
すると、そこへはやてが問いかけた。何かいい案はないかと。
 それに、アーチャーはやや考え、こう答えた。

「リン、と言うのはどうだ?」

 アーチャーにしてみれば、それは他愛いや悪意しかない冗談だったのだが、それを彼女を知らないはやてが気付くはずはなく、何度かその名を繰り返して……頷いた。

「良しっ!それや!!」

「なっ?!」

 驚くアーチャーを尻目に、はやては綺麗な名前だとアーチャーを誉めている。このままでは、リンと言う名で決まる。
そう考えた途端、どこからか赤いあくまの声で「猫に私の名前付けるなんて、いい度胸してるわね。待ってなさい。すぐそっちに行ってあげるから」と幻聴が聞こえた気がした。
 そう思ったアーチャーの行動は迅速だった。まず、はやての前に立ち、その両肩に手を置いて真剣な眼で告げた。

「すまないが、その名はやはりやめてもらえるか」

「なんで?綺麗やし、ええ「頼む」やけ……ど……」

 初めて見るアーチャーの真剣な表情に、はやては顔が火照るのを感じ、急いで俯いた。何故かそれをアーチャーには見られたくないと。
更にそれを悟られないために、普段よりも大き目の声で告げる。

「わ、分かった。なら、他の名前考えてな」

 その言葉に安堵したアーチャーは、善処しようと返してはやてから離れていく。その足音を聞きながら、はやては顔を押さえていた。
やはり少し熱い気がすると、はやては感じた。

(何やろ……?風邪やろか?でも、体はダルないし……)

 きっと恥ずかしかったのだろう。そう結論付け、はやては再び勉強に意識を向ける。
いつか、歩けるようになった時、学校の授業についていけるように。そう思って、はやては強い志を胸に、問題集へと挑むのであった。



 図書館の前で、立ち尽くすアーチャー。彼は今はやてを待っていた。本来ならついて行くのだが、はやては自分で行ける所は一人で行きたいと、アーチャーを待たせて、中へと入っていった。

(用件は返却のみだし、そう心配する事もないか)

 そう考え、アーチャーは笑みを浮かべる。少々過保護かもしれないと思ったからだ。
時折吹き抜ける春風が、日差しを浴びる体に心地良い。そうアーチャーが感じた時、周囲の空間が色褪せて、一切の音が聞こえなくなった。

「ほう……結界の類か。この世界に魔術師はいないはずだったのだが、私も耄碌したかな?」

 解析せずとも、アーチャーにはこれが結界である事はすぐに理解出来た。過程こそ違え、世界が変わるように感じると言う点では、彼の切り札と同じなのだから。
 そんな風に軽口を叩きながら、周囲を警戒しつつアーチャーは気配を探る。

「お前は何者だ」

 そんなアーチャーの目の前に、仮面を着けた男が突然現れた。その視線に、アーチャーは心当たりがあった。

「貴様か。ずっと私を監視していたのは……」

「……答えろ。お前は何者だ。なぜあの少女の下にいる」

 仮面の男の言い方に、アーチャーが微かに表情を変える。それは怒りと嘲り。

「下にいる、だと?違うな。散々監視しておきながら、そんな事も分からなかったのか?」

「何?」

「私ははやての下にいるのではない……共にあるのだ!」

 気合一閃。アーチャーは投影した干将・莫耶で男に斬りかかった。その鋭い一撃に、男が取った行動は回避でも防御でもなかった。

「何だと?!」

 男の前に、バリアとでも呼ぶべきものが展開されていた。それが干将・莫耶の切っ先を防いでいる。
そして、男から何か嫌なモノを感じ取ったアーチャーは、即座にその場から離れた。
 直後、そこに光の弾が殺到した。それを察知したアーチャーの行動に、男は感嘆の声を上げた。

「良く気付いたな。もう少しだったんだが」

「生憎、悪運は強くてね。こういう時の勘は良く当たる」

「成程な」

 苦笑している男だったが、その体に隙はなく、アーチャーも責めあぐねていた。
あまり手の内を晒したくないという思いと、相手の魔術が問題だった。
 詠唱もなく、瞬時に展開出来る防御魔術など、アーチャーも聞いた事がなかった。あのまま押し切っていれば、おそらくあの盾は壊せるだろうが……。

(他にも何か隠していると思った方がいいな)

 相手の出方も分からず、未知の魔術師相手に戦うには、状況が悪すぎた。何しろ、ここは結界の中。相手のテリトリーなのだ。
だからこそ、アーチャーは現状を打破する術を模索する。宝具クラスを投影すれば、この結果を破壊出来るだろう。だが、それはリスクが大き過ぎる。

「……一つ答えろ」

「何かな?」

「お前は……守護騎士ではないのか?」

「守護騎士?……ふっ、この身が騎士に見えるかね。私はただのしがない弓兵だよ」

「つまり、守護騎士ではないのだな」

「……もしそうだとしたらどうする」

 アーチャーの声が一段と低くなる。そして、その身に纏う殺気もより濃いものへと変わっていく。
それに男は―――構えをといた。
 それに警戒を強めるアーチャーだったが、それを気にせずに男は言った。

「もうお前に用はない」

「おや……逃げるつもりか?」

「ああ、そうさせてもらう」

 アーチャーの挑発を、アッサリと男は受け流し、その場から空に向かって―――。

「飛んだだと……」

「一つだけ忠告する。あの本には関わるな」

「待て!あの本が狙いなら、何故奪いに来ない。いや、そもそもどうして監視に留める。その気になれば―――」

 アーチャーの言葉に答える事なく、仮面の男は姿を消した。それと同時に、色褪せていた景色が戻り、日常の音が甦った。
そんな中、アーチャーは先程の戦いで得た情報を整理していた。

(得られた情報は、守護騎士と言う言葉に……謎の魔術)

 それに、とアーチャーは呟き、視線を空へと移した。

「あの本に関わるな、か」

 それはつまりはやてに関わるなと言う事だ。そして、関わり続ける限り、またあの仮面の男が現れる。
あの得体の知れない攻撃は厄介だが、勝てぬ相手ではない。アーチャーはそう感じていた。
 次に戦う事があれば、必ず倒す。それだけの確信が出来る要因があるからだ。
それは、相手から感じた魔力量。確かに強大だが、それはあくまで人間としては、だ。加えて、戦い慣れはしているようだが、接近戦は不得手のようだった。
 その証拠に、アーチャーの剣撃をかわせなかった。様子見と情報収集をするために加減した一撃だったが、相手はそれに反応できなかったのだ。
ならば、この身で勝てない者ではない。

「アーチャー、お待たせ」

「……意外に遅かったな」

 はやての声に、アーチャーは思考を止めた。それと共に、気持ちを日常に切り替え、何事もなかったように表情を作る。

「返却が並んどってな。それで時間食ってしもた」

「それなら仕方ないな。で、今日の昼は何にする」

 いつもの様にはやての車椅子を押し始めるアーチャー。それに笑みで返すはやて。
穏やかな日差しの中、二人の声が楽しそうに響く。そうして離れていく後姿を、あの猫が黙って見つめていた……。




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準備編もやっと残すは数話。

情報を得るため、全力で戦わないアーチャーと、その存在の正体を知りたい仮面の男。

結局、アーチャーが得られた情報は極僅かですが、果たしてこれがどうなるのか。

……はやて達の話終わりはいつも猫(汗



[21555] 0-16 交流編その1
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/09/17 05:52
 その日、すずかは図書館に来ていた。読書好きのすずかは、買うだけでなく、こうして手軽に本を読める図書館にもよく顔を出していた。
それに、付き添う形でライダーも来ているのだが、最近すずかはむしろ自分がライダーの付き添っているような感覚があった。
 今も難しい専門書の辺りで本を探している。ライダーがよく読むのは、とても買えないような高価な本。

「……また貸し出し不可なんだろうなぁ」

 すずかの視線の先には、大きな本をその場で読み始めたライダーの姿があった。
ライダーがその場で本を読むのは、大抵そういうケースなのだ。
 どうして座って読まないのか、とすずかが尋ねた際、ライダーは座りに行く時間がもったいないと答えたから。
なので、今のライダーは完全に読者モード。おそらくすずかが声を掛けるか、本を読み終わるまでその場から動かないだろう。

 そんな光景に笑みを浮かべ、すずかも再び周囲の本を見渡し、興味が湧く物がないか探し始めた。
その時、視線の先に車椅子の少女が映った。その少女は、すずかも何度か見かけた事がある。
 どうやら、棚の中段にある本を取ろうとしているらしい。だが、車椅子の上に背丈が低い事もあり、手が届かない。

「あのままじゃ……危ない、よね」

 そう思うや否や、すずかは踏み台を探した。そしてその少女の近くに立って、目的の本を手に取って少女に手渡した。

「はい。これだよね?」

「あ、どうもありがとうございます」

 その独特の喋り方に、すずかは若干驚き、そして笑みを返す。

「どういたしまして。でも、ダメだよ。見てて危なかったから」

 少しドキッとしちゃった。そうすずかは続けた。それに、少女は少しバツが悪そうに頬を指で掻く。

「ほんま助かりました。実はわたしも、これ、ちょう危ないかな?って思っとって」

「ホント何もなくてよかったよ」

「ほんまにありがとうございました」

 そう言って頭を下げる少女に、すずかは微笑み尋ねる。

「ね、お名前教えてもらってもいい?」

「えっ?」

 そんな事を聞かれるとは思わなかったのか、少女の顔が驚きに変わる。自分も逆の立場ならそうなるだろうな、と想像し、またそんな反応を好ましく思いながら、すずかは自分の名を告げた。

「私、月村すずかって言います」

「あっ……ええっと、わたしははやて。八神はやて言います」

「はやてちゃん、だね。……うん。可愛い名前」

「そんな……。それ言うたら、月「すずかでいいよ」……すずかちゃんもキレイな響きやんか」

 はやての言葉に、すずかは照れ笑い。それを見て、はやてが更に誉め始めて数分で、二人のやり取りはお開きとなる。
はやての背後にライダーが現れたのだ。それに驚き固まるはやて。小声で「メイドさんや……」と呟いているが、その目はしっかりとライダーの胸部に注がれている。

「スズカ、そろそろお昼です」

 ライダーの言葉に、すずかは手元の時計に目をやる。確かに時刻は正午を告げようとしていた。

「わかった。じゃあはやてちゃん、また今度」

「うん。またな、すずかちゃん」

 互いに手を振り合い、別れる二人。ライダーは、そんな様子を眺め、不思議がる。
すずかの交友関係を既に把握しているライダーにとって、はやては未知なる存在だったからだ。

「スズカ、彼女は?」

「はやてちゃん。今日知り合ったばかりの子」

「そうですか……」

 ならば納得です。そう呟きライダーは歩く。その手は、すずかと繋がれていた。彼女達は知らない。それが、とても大事な出会いになる事を。


令嬢、夜天の主と友になる




「少し遅くなってしまったか」

 今日は休日という事もあり、はやてを図書館に送り、アーチャーは一人買い物を済ませていた。
本当ははやても行きたがっているのだが、アーチャーは混雑が予想されるため、周囲の迷惑になりかねないと、はやてを説得し、祝祭日や休日等の日は、自分一人で買い物を済ませる事にした。
 まあ、その反面はやてが色々と要求する事になり、アーチャーに迷惑を掛けているのだが、アーチャーもはやてもそれを互いに楽しんでいる節がある。

 そして、今日はこの後、はやてが欲しがっているゲーム機を買いに行く事になっている。そのため、軽く摘める物をと思い、アーチャーはサンドイッチを作ってきたのだが、そのために少し時間を食ってしまったのだ。

「ん?……上機嫌だな」

 アーチャーの視線の先には、笑顔で手を振るはやての姿があった。その様子に、軽く意外性を感じたアーチャーは、疑問を浮かべたまま車椅子の後ろに立つ。

「ちょう遅刻や」

「すまない、簡単な昼食を作っていたのでね。後で公園ででも食べよう」

「そか。ま、今日は気分がええし、大目に見たる」

 そう言って、はやては再び満面の笑顔を見せる。それは、アーチャーの見せたバスケットの中身に期待しているだけではない。
アーチャーはそう思い、聞いて欲しそうに自分を見つめるはやてに苦笑しつつ、尋ねた。
 何か良い事でもあったのか、と。それにはやては、よくぞ聞いてくれましたとばかりにすずかとの出会いを語り出した。
それを合図に車椅子は動き出す。柔らかな日差しを浴びながら、カラカラと音が響く。その音に混じってはやての声が聞こえている。

「で、今に至るっちゅーわけや」

「成程、良く分かった。で、もうそろそろお目当ての店だぞ」

 どこか笑みを浮かべ、アーチャーは視線ではやてを促す。その先には、ゲームショップがあった。
それを見て、はやては急かす様に視線をアーチャーに向ける。それに応じ、アーチャーは車椅子の速度を上げる。
 それに楽しそうな声を上げるはやて。その声に悪戯じみた笑みを返し、アーチャーは更に速度を上げる。
それにははやても驚くが、即座に急停止を掛けるアーチャー。それでもはやてが落ちないようにしている所が彼らしい。

「何してくれるんや!」

「何、君が楽しそうだったのでね。少しばかり刺激を増やしただけだ」

 満足して頂けたかね?そう笑うアーチャーに、はやては頬を膨らませる。仲の良い兄妹のような姿がそこにはあった。



 麗らかな昼下がり。庭にあるテーブルに腰掛け、すずかはライダーが淹れてくれた紅茶を飲みながら、春風を感じていた。
その膝には、猫が一匹心地良さそうに眠っている。それは向かいに座っているライダーも同じ。膝に乗った猫にどこか躊躇いながらも、その背を撫でている。
 月村家は猫屋敷と呼んでもいい程猫がいる。その世話もノエル達の仕事の一つなのだが、ライダーはこの仕事だけが唯一苦手だった。

「はやてちゃん、か。また会えるといいな」

「会えるでしょう。彼女もよく見かけます」

 すずかの呟きに、ライダーはそう答える。彼女は、平日も暇を見つけては図書館を訪れている。なので、はやての事も知ってはいる。
だが、彼女の傍にアーチャーがいる事には気付いていない。受肉し、存在が完全に確立された状態では、サーヴァントと言えど気配は人とそう大差ないものになってしまう。
 それにいかなる運命の悪戯か、ライダーがはやてに遭遇する時に限って、はやては返却のみで帰ってしまうのだ。よって、待っているアーチャーと鉢合わせる事もなかった。

「そうだね。……ライダーも大分手馴れてきたね」

「そうでしょうか?未だに、これだけはファリンに勝てません」

 それ以外なら圧勝なのですが、と言いながら、ライダーは猫の喉を触る。それが嬉しいと言わんばかりに、猫はご機嫌な声を出す。

「そうだね。ライダーに勝てる唯一の仕事だって、ファリンも自慢してたっけ」

「それ以外でも頑張って欲しいけどね」

「お姉ちゃん……」

 突然現れた忍は、当然のように空いてる椅子に座り、紅茶を無言で催促する。ライダーもそれを分かっているので、座った時点でカップに紅茶を注ぎ出している。
 程なく出てきた紅茶に、満足そうに頷き、忍はカップに口をつける。

「もう、お姉ちゃんったら自分で注ごうよ」

「人に淹れてもらうから美味しいんじゃない」

 それに、一応ライダーもメイドなんだからと、忍は笑う。ライダーもその言葉に頷き、すずかにこう告げた。

「そうですよスズカ。シノブはものぐさな「っ!……ちょっとライダー!」

 紅茶を噴出しそうになりながら、忍はライダーを軽く睨む。それに、何でしょうと言いたそうな顔でライダーは首を傾げる。それに更に不機嫌な眼差しを向ける忍。そして、それを笑いを堪えながら見ているすずか。

「誰がものぐさよ、誰が!」

「シノブですが……?」

「違うでしょ!」

「何がです?」

 そんなやり取りが展開され、すずかはもう限界だった。堪えていた声を出し、その笑い声に二人は口論を止めた。すずかが笑う事は珍しい訳ではない。
 だが、声を上げて笑う事はあまりない。今もお腹に片手を当て、片手で何とか声を殺そうと口を覆って笑っている。そのためだろう、膝で眠っていた猫が起き出し、どこかへ行ってしまう。
 それを眺めながら、すずかは申し訳ない気持ちを抱きながらも、声を抑える事が出来ずにいた。
そんなすずかを、忍とライダーはやや唖然とした表情で見つめていたが、やがてそんな風に笑うすずかに、どちらともなく微笑む。

「ま、もういいわ。何か気が削がれたし」

「同感です。スズカは心を癒す力でもあるのでしょうか?」

「さて、ね。……ライダー、もう一杯もらえる?」

「ええ、分かりました」

 穏やかな昼下がり。月村家の庭を爽やかな風が吹き抜けていた……。



 それから一ヵ月後、図書館に楽しげに語らうすずかとはやての姿があった。あの後も度々出会い、本の話をするようになり、もう友人と呼んで差し支えない関係になっていた。

「今日もライダーさん来てへんの?」

「うん。気を利かせてくれてるんだと思う」

 そう。二人が楽しげに話すようになってから、ライダーは意図的にすずかと図書館に行く事を避けるようになった。
それは、なのは達と違って中々会う事が出来ないはやてに配慮した事と、以前からの懸案だった、自身の事を調べるための時間を取るためでもあった。

「そか。優しい人やな、ライダーさん」

「それ、ライダーに伝えとくね。きっと照れると思うけど」

「あ、ええなぁ。照れるライダーさんとかわたしも見たい」

 はやては、既にライダーとも会話する仲になっていた。と言っても平日にたまに会えば、くらいのものだが。
ちなみに、何度かその胸に手を出しそうになって踏み止まった事が多々ある。もっとも、はやてが気付いていないだけで、ライダー自身はそんなはやての葛藤を見ていたのだが、何も言わないだけだったりする。

「そや。今度、わたしの家に遊びに来て。面白いゲーム買うたんよ」

「そうなんだ。……じゃあ、来週の日曜日は大丈夫?」

「よっしゃ。なら、来週な」

「うん。来週ね」

 はやてが出した小指にすずかも小指を絡ませ、互いに笑顔を見せる。

「いつか、アリサちゃんやなのはちゃんにも会わせたいんだけど……」

「あ~、良く話してくれるお友達やな。写真で顔は知っとるし、わたしも会いたいけど……」

 そう言って二人揃って苦笑い。二人の共通の話題はやはり本。だがアリサはともかく、なのははあまり本を読まないイメージがある。
そうすずかは思っている。それを聞いているはやても、一人会話に入れずオロオロするなのはを想像した。
 二人の苦笑いは、つまりそういう事であった。

「あ、でもゲームはなのはちゃんも好きみたいだから」

「おお、なら何とかなるか」

 そう言ってまた笑う。今度は水を得た魚のように、元気な姿のなのはを思い浮かべたから。

「なんや、わたし達けっこうヒドイ事考えてる気ぃする」

「ふふ、同じく」

 そう言って笑みを浮かべ合いながら、すずかは思う。きっと、アリサやなのはとも、はやては仲良くなれると。
何しろ、あのライダーと物怖じせずに話す事が出来るのだから。なら、アリサやなのはにも同じように接する事が出来る。そうすずかは結論付け、いつか来るだろう日々に思いを馳せる。

 はやてを加えた四人で楽しく過ごす、そんな光景に……。




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交流編その1

原作ではどうか知りませんが、ライダー効果ですずかが図書館に来る率アップ。

そのため、はやてと遭遇する可能性が上がり、こうなりました。

……関係ないんですが、アリシアってプレシアの事何て呼んでましたっけ?薄っすらと覚えてるのだと「ママ」だったような気がしているんですけど……。



[21555] 0-EX 空白期その4
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/25 06:24
 八神家、リビング。そこに難しい顔をしたはやてがいた。その向かいにはアーチャーが座っている。
 その二人の間には、様々な名前が書かれたチラシが置かれている。そのあちこちに×印が打たれているのだが。
 どこか重苦しい空気(実際ははやてがそう思っているだけ)漂う中、搾り出すようにはやてが呟く。

「……なぁ」

「何だ?」

「みーちゃん、てのはどうやろ……?」

「……単純だが、いいとは思うぞ」

「ぶ~、もうちょうシリアスさを出さんかい」

 どこか呆れたように答えるアーチャー。それに不満そうな表情を浮かべるはやてだが、どこか楽しそうだ。
 こうして、八神家に現れる猫は、みーちゃんという名前に決まった。これは、その名前が決まった日の様子……。


”幸せ”に気付いた日



 庭に出て、今か今かとみーちゃんを待つはやて。それを横目に苦笑しつつ洗濯物を干していくアーチャー。
 時間から考えて、そろそろ来る頃かと思い、アーチャーがはやてに食事の入った皿を渡す。それは、みーちゃん用にされた皿。新しく買うと言って聞かなかったはやてだったが、アーチャーの「無駄遣いは許さん」の一言に沈黙。
 それに二人では皿を沢山使う事もないので、一枚ぐらいみーちゃん用にしても問題は無かった。そのため、八神家に”みーちゃん皿”と呼ばれるものが出来たのだった。

「おっ、来た来た」

 可愛らしく声を出しながら、塀を降りるみーちゃん。それをいつも以上に笑顔で迎えるはやて。それに気付いたのか、みーちゃんはどこか不思議そうに首を傾げた。
 が、はやてが皿を置くとそれもすぐに元に戻り、食事に駆け寄り食べ始める。

「お~、相変わらずよ~食べるなぁ」

「そうだな」

「う~ん……でも、昨日はもうちょうゆっくり食べとった気ぃするなぁ」

 はやての呟いた何気ない一言に、アーチャーも日々の事を思い出し、注意深くみーちゃんを見つめた。確かに、初めて自分の作った食事を与えた時と今では、食べ方が違うように感じた。

(あまり気にしていなかったが、雰囲気もどこか時折違う気がするな)

 それが何故かは分からなかったが、アーチャーはそれを頭の片隅で覚えておく事にした。どうしてか、流していいような気がしなかったのだ。
 この時から、アーチャーの中で再びみーちゃんへの疑念が生まれ始めた。そして、それが思わぬ形で功を奏すのだが、それはまだ当分先の話。

 やがてみーちゃんが食べ終えたのを見て、はやてが両手を広げて微笑みかける。それに応じてみーちゃんがはやてに近付いたところで……。

「おいで~、みーちゃん」

「っ?!」

「おわっ!? ……どないしたんやろ」

 呼びかけに驚いたのだ。明らかに、呼ばれたのが自分の名前であると理解したかのように。それにはやても驚いた。だが、はやては突然呼びかけた事に驚いたとしか感じなかったのか、そのまま不思議そうにみーちゃんを見つめた。
 するとみーちゃんも立ち直ったのか、再びはやてに向かって近付き、その膝に乗った。それをどこか訝しげに見つめるアーチャー。
 しかし、その視線を直接みーちゃんに向ける事はせず、洗濯物を干しながらそれに隠れるように見ていた。そして、はやてと戯れるみーちゃんを見つめながら、ある事を考えていた。

(あの仮面の男の視線を感じなくなって久しいが……もしや……? いや、流石に考え過ぎか。……だが、あの猫にはまだ何かある気がする。
 注意だけはしておくか)

 そんな風に考えるアーチャーに気付かず、はやてとみーちゃんは楽しそうに遊ぶのだった……。



「みーちゃ~ん、ばいば~い」

 塀に登り、はやて達を見つめているみーちゃん。それに笑顔で手を振るはやて。アーチャーは苦笑混じりにそれを眺め、軽く手を振る。
 それに満足したのか、みーちゃんは一声鳴くとそのまま去って行った。それを見送り、はやては二度ほど頷き、アーチャーへ視線を向ける。
 その視線から何を言いたいかを察し、アーチャーはピシャリと告げる。

「首輪はダメだ」

「何でや!?」

 どうして分かったという表情のはやて。それにアーチャーはため息一つ。仕方ないといった表情で告げた。

「先程の名前を呼んだ時の反応を見ただろう? あれは、おそらく別の名で呼ばれているのだ。だからこそ、驚いたのだろう」

「そうなんか? わたしはてっきり突然声を掛けたからや思っとった」

「それもあるかもしれん。とにかく、飼い猫の可能性も出てきた。首輪は、もう少し様子を見よう」

「しゃ~ないか。でも、最後はもう受け入れてくれとったなぁ」

 初めこそ名前を呼んでも反応が悪かったみーちゃんだったが、徐々に慣れたのか、最後は嬉しそうに鳴き声を上げていた。
 それを思い出し、はやては笑みを浮かべる。それにアーチャーは内心微笑みながらも、こう呟く。

「ただ諦めただけかもしれんぞ」

「何で人の喜びに水差すんや!」

 その一言にはやてが怒る。それに皮肉屋スマイルで「何、私は自分の経験から言っただけだ」と返すアーチャー。そんな言葉にはやては一瞬笑みを浮かべるも、すぐに怒りの顔に戻し「どういう意味や!」と言い返す。
 そこから始まるいつもの口論。だが、そこにあるのは怒りでも呆れでもない。この他愛ないやり取りを心から楽しんでいる。そう、喜びと嬉しさがそこには溢れている。

 そして、始まりは口論でも、それがやがてその日の話へと変わるのもいつもの事。昼食や夕食の献立をチラシや冷蔵庫の中身を確認し、相談しながら決めていく。
 最近はやても作れるものが増えてきており、簡単な食事ならば一人でもこなせる程に成長していた。だが、味は未だにアーチャーには遠く及ばず、更なる精進を誓い、はやてはアーチャーの教えを受けている。

「今日は……牛肉が安い、か」

「あ、なら肉野菜炒めはどうやろ。そろそろ野菜使い切らんと……」

「そうだな。なら、それは夕食にしよう。片栗粉でとろみをつけ、中華丼仕立てにすればいい」

「お~、じゃ、わたしスープ作る。卵とワカメで中華スープ!」

「……では頼む。昼食だが……」

「な、それなんやけど……」

 こんな感じで会話する二人。とても子供と大人の会話ではないが、それでもどこか楽しそうに二人は話す。
 何を作るか。誰がやるか。チラシを前に色々意見を出し合う。はやての要望をどこか嫌がりながらも、それを叶えてやるアーチャー。アーチャーの意見を納得しながらも、どこかで反論するはやて。
 でも、結局最終的には両者とも受け入れてしまうのだから仲がいい。そんなこんなでこの日も献立を決め、はやての勉強が終わり次第買い物に行く事で決着となった。



 外の暑さが嘘のように感じる店内。そこにアーチャーとはやてはいた。梅雨に入り、蒸し暑い日が続く中、はやての楽しみは晴れた日のみーちゃんとの戯れと、図書館でのすずかとの会話。そして、スーパーでの買い物なのだ。
 別に雨が降っても構わないのだが、アーチャーが風邪を引く事もあると言って中々出させてくれないのだ。

(ほんま、過保護なんやから……)

 そう思いながらも、その優しさがはやては嬉しいのだ。だからこそ、つい甘えてしまう。雨の日の買い物は、アーチャーも普段よりも早めに帰ってくる。
 はやてを一人にしておくのが心苦しいのだ。だが、それをはやては気付きながらも、口にする事はしない。ただ、熱いお茶を準備して出迎える。
 それがここ最近のルール。そして、はやての淹れた熱いお茶を飲みながら、二人でするその日の会話がはやての雨の日の楽しみ。

(雨の日が楽しくなるなんて思わへんかったわ。アーチャーが来てくれてから、つまらない日がないもん)

「どうした? 何か気を惹く物でもあったのか」

 そんな風に考え笑うはやてに気付き、アーチャーが不思議そうに問いかける。それにはやては余計に笑みを深くして首を振る。

「何でもないわ」

「そうか。さ、今日もしっかり見極めてもらうぞ」

「よっしゃ! 任せて」

 これもいつもやり取り。食材の見分け方を実践しながら、はやてに覚えさせるクイズ形式。これも最近のはやての楽しみ。
 まず何のヒントもなしに、アーチャーが選んだ二つの品物を見比べて、どちらが質がいいのかをはやてが見極める。
 例えそこで正解していても、それの根拠を聞き、間違っていれば指摘し、不正解扱い。不正解でも、目を付けた根拠が合っているなら誉める。
 そんな授業のような状況がはやてには堪らなく楽しい。そして、正解した時の一瞬見せるアーチャーの笑みが好きなのだ。

 今日は牛肉の見極め。それをはやては不正解。目の付け所も良くなかったのだが、アーチャーはどこか仕方ないといった表情で告げた。
 今回はかなり厳しいものにした事。だから、はやてが間違えるのも仕方ないと。それを聞き、アーチャーからそういう場合の見極め方を教わるはやて。
 それを周囲の主婦達が聞いて成程と頷いていた。そして、そのままはやて達はお菓子売り場へと向かう。すずかと知り合って一月が経ち、最近はたまにすずかが遊びに来るようになったのだ。
 そのため、手軽に摘めるスナック菓子をはやては欲しがっているのだが……。

「これだな」

 そう言ってアーチャーがカゴに入れるのは、新潟で取れた米を使った煎餅。とてもではないが、小学生が好んで食べるお菓子ではない。

「……なぁ、どうしてもあかんの?」

「スナック菓子は、あまり体にいいものではない。煎餅などは流石に自宅では作れんが、その類が欲しいなら、私がそれより美味しいものを作ってやる」

 そう、アーチャーが買うのは煎餅やアラレといったもの。スナック菓子はほとんど買わせてくれないのだ。どうしてもと言えば、苦々しく一つ買ってくれるが、それでも野菜等を使った比較的体にいいものしか買わない。

 はやてもそれが分かっているので、強くは言わない。確かにアーチャーの作るおやつはどれも美味しく、すずかも驚いた程なのだ。

「……そやけど……」

「はやて、勘違いするな。私は好きでやっているのだ。それに、君達が嬉しそうに食べるだけで作り手としては満足する。それを、今の君なら分かるはずだ」

 アーチャーの言葉にはやてが思い出すのは、初めて作った目玉焼き。黄身は潰れ、とても美味しそうに見えないそれを、アーチャーは文句も言わずに食べた。そして、笑みを浮かべて「まぁ、お世辞にも上手ではないが……美味かった」と言った。
 その言葉を聞いた時、はやては涙を浮かべて微笑んだ。その時、はやては教えられたのだ。作った側として、何が一番嬉しいのかを。

 どんなに疲れて、どんなに大変でも、誰かが”美味しい”と言ってくれる。それだけで全ての苦労が吹き飛ぶのだ。それを思い出し、はやてはアーチャーを見つめる。
 アーチャーは既にはやてから視線を外し、レジへと向かって車椅子を押していた。だが、はやてはそんなアーチャーへ心の中で呟く。

(ほんま、わたしは幸せもんや。こんなにわたしの事を考えてくれる人がおる。ほんま、おおきになアーチャー)


この日、はやては初めてアーチャーを唸らせる味を出す。その時のアーチャーの顔を、はやては終生忘れなかった。




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空白期第四弾。意外に人気? な二人がメイン。

他の組よりも家族度が高い二人。ただ、会話がかなりアレですが……。

さり気無くA'sの布石も入ってますが、これは別になくても構わない程度です。

次は、なのはかランサーか。



[21555] 0-17 交流編その2
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/11/08 07:11
「じゃあ、また明日」

「うん。またな~」

 互いに手を振り合い、はやてとすずかは別れた。
いつものように図書館で会話し、共に連れ立って外に出た所で、また若干言葉を交わして別れる。
 二人が友人となって早三ヶ月。最初は図書館のみの付き合いだったが、今ははやての家にも遊びに行く仲になっていた。
そして、それに伴い……。

「今度はなのはちゃん達も一緒だからね~」

「分かっとる~。楽しみにしとるな~」

 やっと都合をつけ、はやてとなのは達の初顔合わせが行われる事となったのだ。
明日が待ちきれないといった顔のはやて。それを微笑ましく思うアーチャー。
 この時の二人は知らない。その楽しみにしている明日が、将来を左右する出会いの日だったと……。


少女達の想いと繋がる絆




 家までの帰り道、はやてはずっと翌日の事を話していた。何をするか、何を話すか、考え出したらキリがない程話題が湧き出してくる。
そんなはやてに、アーチャーは内心微笑ましく感じながら告げる。

「相性最悪ならどうする?」

「お~、それは大丈夫や。わたしにはアーチャーがおるし―――」

 アーチャーとうまくやっていけるなら、大抵は平気やから。はやてがそう口の端を吊り上げて言い切り、アーチャーの方を見上げた。
それにアーチャーも負けじと笑みを浮かべて呟く。
 思い込むのは勝手だが、相手は子供だという事を忘れるな。それにはやては頬を膨らませてブーイング。
事実だと切って捨てるアーチャーに、大人げないと呟くはやて。それにアーチャーは皮肉屋スマイルで返す。そんないつもの雰囲気。

「さて、今日はどうする?」

「そやな~、軽く蒸し暑いし……涼しげなもんがええ」

「承知した。なら、冷やし中華に棒棒鶏バンバンジーといこう」

「おっ、中華やな。なら、わたしはササミ裂くのやりたい!」

 嬉しそうに宣言するはやてに、アーチャーは笑みを浮かべ、ならついでに錦糸卵でも作ってもらうかと返す。
それにはやては少し不満顔。アーチャーから家事を習い出してかなり経つが、未だにその腕はアーチャーには遠く及ばない。
 だからだろうか。それを知っているアーチャーを睨み、文句を述べるが悉くあしらわれてしまう。
そんな会話が車椅子の立てる音と混ざりながら、夏の空に消えていった。



「……時間、かかっちゃったな」

 すずかはそんな事を呟くと、入道雲が流れる空を見上げる。
本当なら、もっと早くはやてとなのはやアリサを会わせられるはずだったが、前準備として互いの事を知っておいた方がいいとすずかが考えた事と、急になのはが予定が空きにくくなったのが重なった。
 そのため、様々な情報をやり取りし、なのはとアリサが会いたいと言い出してくれたのだ。
はやてにその話をした時、嬉しかったのか、その目が涙目になっていたのをすずかは見た。

「私が会ってほしいなんて言うのは、何か違う気がしたんだよね……」

 二人がはやてに会いたいと思ってくれるようにしよう。自分のために都合を付けさせる事に、罪悪感を感じていたはやてのため、すずかが選んだ方法がそれだった。
 おかげで時間は掛かったが、はやても何の躊躇いもなく会う事を快諾したし、なのはとアリサも優先的に予定を空けてくれた。

 そこまで思い出し、すずかは笑う。
はやてがかなり読書好きと教えた時、なのはは予想通りに感心し、アリサに突っ込まれていた。
 なのはとは大違いね、と。

(それから、読み易くて面白い本ない?って聞かれるようになったんだよね)

 そう、なのはは国語が苦手だったが、はやて効果(アリサがこう名付けた)により、その成績を向上させていた。
明日会う時にお礼を言わなきゃと、なのはが言っていたので、おそらくはやては戸惑い、理由を知って笑うだろうとすずかは予想している。

「……っと、いけない。そろそろ帰らなきゃ」

 まだお昼前とは言え、もう日差しは真夏の太陽が激しく照り付け南国並み。日射病にならないようにしなきゃ、と思いすずかは家路を歩く。その足取りは、心境に呼応するように驚く程軽かった。



「明日のトレーニングは中止、ですか?」

「ごめんね、セイバー」

「いえ、それはいいのですが……どうしてです?」

 セイバーが小次郎と再戦した翌日から、なのははセイバーとトレーニングをやりたいと申し出た。
最初は、休日にしているランニングかと思ったセイバーだったが、なのはが望んだのは、もっと本格的なものだった。
 さすがにそれはと、セイバーは止めたのだが、なのはの意志は強く、士郎監修のメニュー以外の事を絶対しないという条件で、なのはとセイバーのトレーニングが始まった。
 今では、体力と反射神経、動体視力ならアリサにも勝てる自信がなのはにはあった。

 なのはがそんな事を言い出した理由。それは、少しでもセイバーに追いつきたいと考えたから。置いていかれたくないと、思ったから。
セイバーに守ってもらうだけじゃなく、自分もセイバーを助けられる存在になりたいと、心から思った。
 そのために、苦手な運動方面を鍛えようと考えた。長所を伸ばす前に、欠点を少しでも改善しておこうと思ったからだ。
おかげで、アリサやすずかとも中々遊ぶ事が出来なくなったが、アリサは小次郎の一件で理解を得ていたし、すずかは自分が納得するまで頑張ってと励まされた。

「明日、すずかちゃんのお友達のお家に遊びに行くの。だから」

(はやてちゃん、だっけ。本好きの明るい賑やかな子だって、すずかちゃんは言ってたけど)

「そうでしたか……わかりました。では、明日は休養日とします」

「ありがとう、セイバー」

 笑顔でお礼を言うなのはに、セイバーも笑みで返す。もう少ししたらお盆になる。そうなったら、セイバーだけじゃなく、家族ぐるみでの修行が待っている。キャンプの用意を持って二泊三日という日程の、実際はキャンプでしかないのだが、なのはにとっては山登りだけでも、結構なトレーニングとなる。
 その時に、今日の分を取り戻すぐらい頑張ろう。そう思い、決意を改めるなのはであった。



 アリサは上機嫌だった。それは明日、八神はやてに会えるからだ。なぜ、それがここまで嬉しいのか。それは、はやてがすずかから見せてもらった写真の感想にある。
 はやてはアリサの髪の色を見て、羨ましそうに「キレイな髪の毛やなぁ……」と言った。それをすずかから聞いた瞬間、アリサは即決ではやてと会う事を承諾した(アリサは自分の髪の色等にコンプレックスを持っている)のだが、なのはがあの一件以来自分を鍛え始めたため、今日までそれが延びてしまったのだ。

(でも、それも今日でおしまい。なのはも、やっとトレーニング休んで会う気になったし、楽しみね)

 すずかの話によれば、はやては親戚の人との二人暮らしで、関西系の訛りがある子。趣味は読書と料理との事。
それを聞き、自分も何か料理でも習おうかと思ったが、それを止めた人物がいた。
 バニングス家の専属庭師にして、アリサのボディーガードの佐々木小次郎である。彼はアリサから、そう相談を受けた際、即座に答えた。

「止せ止せ。ありさが炊事など無理よ」

「どうしてよ?」

「生粋の箱入り娘ならば、確かに家事は出来た方が良いが、生憎ありさは虎の「トラじゃなぁぁぁぁい!!」

 その時のやりとりを思い出し、思わず拳を握るアリサ。しかしそれも、ふと緩められる。

「……お淑やかになれば、小次郎はアタシの傍にいるのかな……」

 思い出すのは、あの日セイバーと小次郎が戻ってきた後の事。疲れた顔のセイバーと、どこか嬉しそうな顔の小次郎が帰ってきたのは、二人がアリサ達の前から消えて三十分ぐらい後の事。二・三言セイバーに何かを告げ、小次郎は楽しげに帰路についた。
 その道すがら、アリサは何も聞けなかった。初めて見た表情の小次郎。それをもたらしたのがセイバーだったと言う事は、アリサの心に強い衝撃を与えた。

 あの日以来、小次郎はアリサに許可を得て、早朝の高町家に通うようになった。その理由は後日なのはが教えてくれたため、納得できたが、それでもアリサの気分は晴れなかった。
 結局、小次郎がセイバーの所に行っているのが気に喰わないのだろうと、アリサは考えている。アリサは、まだ恋愛感情など理解できない。
好きと愛してるの違いなど明確に分からない。でも、好きと嫌いの違いは分かる。そして、それで言えば小次郎は……。

「好きになれる訳ないでしょ、あんな奴」

 そう吐き捨てるように言って、アリサは誰に聞かせるでもなく、ポツリと呟く。

―――でも、嫌いじゃない。

 アリサ・バニングス、小学一年生。その心は、早くも多感な時期を迎えている。



『こんにちは~』

「お~、いらっしゃい。とりあえず上がって」

『お邪魔しま~す』

 元気良く挨拶を交し合うなのは達。声がキレイに揃っているのは、仲がいいからなのか。そんな三人にはやては笑みを一つ浮かべて、リビングへ三人を案内する。
 そこには、お茶の用意をするアーチャーの姿があった。

「あ、お邪魔してますアーチャーさん」

「ん?ああ、すずかか。それと、髪を結んでいる方がなのはで、ブロンドの方がアリサか」

 初対面の少女達を簡単に呼び捨てするアーチャー。だが、そんな事を気にするような事はない。
既にすずかによって、アーチャーの事も知っていた二人は、聞いた通りの人なのかと理解し、それぞれ自己紹介と挨拶を終える。
 それにアーチャーは軽い笑みを浮かべ、挨拶と共に自己紹介をした。

「さて、まずは座ってくれ。それと、君達は紅茶は平気かな?」

「はい」

「ええ」

 なのはとアリサの返事を聞き、グラスに注がれていく紅茶。それを淹れるアーチャーは、実に様になっていた。思わずアリサとなのはが見入る程に。
そんな二人の様子に、はやてとすずかは微笑み一つ。その光景は、自分達が初めて同じものを見た時とまったく同じ反応だったからだ。
 きちんとティーポットを使い、水で紅茶を淹れ、それを冷蔵庫で冷やすという手間を掛けたアーチャー謹製のアイスティ。
それを四つ。目にも涼やかなグラスに入れられ、手前に置かれる。好みで使えるようにミルクまで添えて。

「ふぇ~……」

「……やるわね」

「ふふっ」

「えっと、ま、アーチャーはこういう人なんよ」

 一切の無駄なく動くアーチャーの所作に、感心するなのはとアリサ。それに慣れたとばかりに笑うすずかと、どこか照れくさそうなはやて。
そんな四人に構わず、アーチャーは茶菓子のシフォンケーキを切り分けている。
 ちなみに、今日のこの時のために、アーチャーは二日前から材料や茶器を準備していたりする。

 キレイに四等分されたそれを、グラスの横に置き、アーチャーは仕事は終わったとばかりにリビングから出て行こうとする。
それをはやては止めなかった。同じくすずかも。なのはとアリサだけが少し気にしていたが、はやての笑みに理由を思いついたらしく、その顔に納得の色が見えた。

「優しい人だね」

「ちょうイジワルやったりするんやけどな」

 はやての言葉に、アリサが「確かにそんな感じね」と返した途端、全員が笑う。と、そこでなのはがある事に気付いた。

「にゃはは……って、まだはやてちゃんに自己紹介してないよ!?」

「あ~、そういえばそうね。……何か、もっと前から友達だった気がしてたわ」

「だね。じゃ、まずはやてちゃんから……」

 すずかの言葉に、はやては頷くと、なのは達の顔をしっかり見つめて微笑んだ。

「こうして会うんは初めまして、やね。わたしは、八神はやて言います。はやてって呼んでくれると嬉しい」

「初めましてはやてちゃん。私は高町なのは。なのはでいいよ」

「初めましてはやて。アタシはアリサ・バニングス。アリサでいいわ。それと、髪の事誉めてくれてアリガト」

 笑顔で互いを見つめ合う三人。それを嬉しそうに見守るすずか。
その光景は、まるで以前からの友人であったかのような雰囲気が感じられるくらい、何の違和感もなかった。

 それから、四人はとにかく話した。学校の事や家の事、家族の事に趣味の事などなど、喋り足りないと感じるぐらい話した。
予想通り、なのはのお礼の言葉にはやてが困惑し、理由を聞いて納得しつつ笑った。
 そして途中に、アーチャー作のお昼(エビピラフにミニトマトサラダ×4)を食べて、それから夕方までゲームをしながら過ごした。
更におやつとして、アーチャーが差し入れたホットケーキとホットココア(冷房で体が冷えているので)を平らげ、さすがにこれ以上は無理だと思う時間まで、四人は遊び続けた。

「じゃあ、またね」

「今日は楽しかったわ」

「またね、はやてちゃん」

 玄関で思い思いに手を振る三人。それを心から嬉しく思い、はやても負けじと手を振り返す。

「うん。わたしも楽しかったわ。また遊ぼな~!」

 はやての声に、三人は笑顔で頷く。そうして三人が見えなくなるまで、はやては手を振り続けた。
そんな光景を見ながら、アーチャーはなのはから感じた魔力に自分の想像が当たっている事を確信した。

(あれだけの魔力を隠しもせず、それに対して動きがない。やはり、この世界に魔術師はいない。……だが)

 以前自分を襲撃してきた相手を思い出して、アーチャーは眉間に皺を寄せる。
あの仮面の男は、確かに魔術を使ってきた。なら、どういう事なのか。そこで思いつくのは自分と同じく……。

異端者イレギュラー、か)

 そう考えれば納得がいく。この世界とは違う世界からやってきて、何らかの理由であの本に目を付けたが、何か事情があり直接行動には移せない。でなければ、アーチャーが現れる以前にあの本が奪われている。あの謎の魔術は、異世界のものだろう。ならば、自分が知らないのも頷ける。
 だからこそ、監視していつか行動出来る機会を待っているのだろう、とアーチャーは結論付けた。
そんな風に思考に耽るアーチャーを、はやては不思議そうに見つめていた。難しい顔で物を考えている時のアーチャーは、何か自分の知っているアーチャーではない気がしているからだ。
 そこへ、熱風が吹きぬける。その暑さに顔をしかめるはやてと、我に返ったアーチャー。

「む、そろそろ家に入ろう」

「そやな。な、今日は晩御飯何?」

「豚が安かったのでな、生姜焼きにしようと思っている」

 そんな会話をしながら二人は家の中へと戻っていく。楽しげに笑みを浮かべながら。
それはいつもの日常。穏やかで緩やかな平和な時間。だが、その時間がいつまでも続かない事を、二人を見つめる猫だけが知っていた。




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交流編その2

なのは達の交流の次は遭遇編のその4

ついにアーチャーが彼女達に出会います。

それが終わればやっと無印突入です。



[21555] 0-18 遭遇編その4
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/09/19 03:17
 今日も賑わう喫茶翠屋。その賑やかな店内の一角だけが沈黙に支配されていた。
そこにいるのはメイド服のライダーとエプロン姿のセイバー、そして―――Tシャツにジーンズ姿のアーチャーだった。

 三者に共通しているのは、困惑。その内容は違えど、浮かべている表情は同じ。
先程から一言も発せず、ただ時間だけが過ぎていく……。
 どうしてこのような事態になったのか。それは今から三十分程遡る……。


英霊達の再会と結ぶ誓い




「な、翠屋さんに行ってみたいんやけど」

 キッカケははやてのそんな一言。つい最近出来た友人、高町なのはの両親が経営する喫茶店。中々評判が良く、アーチャーも何度か近所の付き合いで聞いた事があった。
 弓兵アーチャー。既にその身は近所で評判の主夫となっている。

「それは構わないが、どうして急に行きたいと?」

「あのな、なのはちゃんが言っとったけど、明日から三日くらい出掛けるらしいんよ」

「それで?」

「そやから、見送る代わりに気ぃつけて行ってきてって言いたいんや。今日はお家の手伝いする言うとったし」

 そんなはやての言葉をアーチャーは笑う事はせず、ただ黙って立ち上がる。
そして、そのままはやての部屋へ行き、手にある物を持って現れる。
 それは麦わら帽子。夏の日差し対策にアーチャーが買った物だ。ちなみに、はやてへの誕生日プレゼントでもある。

「なら、これを身に着けてくれ。今日も日差しが強い」

「うん。それじゃ……」

「ああ。行くとしよう」

 アーチャーの言葉に笑顔で頷くはやて。それにアーチャーは笑みで応える。手渡されたお気に入りの帽子を被り、ご機嫌と言わんばかりにはしゃぐはやてを見ながら、それに呆れながらも、どこか嬉しそうに相手するアーチャー。
 そんな二人を、真夏の太陽が激しく照らしていた。



 まだ朝と呼んで差し支えない時間にも関わらず、夏の太陽は燦々と光と熱を放っていた。
そんな中、汗を流しながら庭仕事をする二人のメイドの姿があった。

「お姉様~、終わりました」

「こちらも終わりました。さ、次はノエルと合流し、屋敷の掃除です」

 疲労の色を見せるファリンに、ライダーは容赦なく次の仕事を告げる。その言葉にファリンが崩れ落ちた。
どうやら休みたいらしい。潤んだ瞳でライダーを見上げるファリン。それを困った顔で見つめるライダー。
 そんなお見合いがたっぷり三分。先に根負けしたのはファリンだった。

「あ~、もう限界です!」

 そう言うや否や屋敷へ走って行ったのだ。どうやら直射日光に耐え切れなくなったようだ。
それを見送り、ライダーはため息一つ。そして、その後を追うように歩き出すと、先の方を走るファリンに向かってこう言った。

「そんなに急ぐと危ないですよ~」

「ふぇ?」

 その声が原因なのか、はたまた既にそれが決まっていたのか。ファリンはライダーが声を掛けると同時に、キレイに躓き……。

「あうっ!」

 地面と熱いキスをした。それはもう、見事なまでに。そのあまりの光景に、ライダーでさえ足を止める程だった。

「……大丈夫ですか、ファリン」

 急ぎ足で近付くライダー。数々のドジを見てきた彼女でさえ、今回のは中々痛そうだった。故にその声にも心配の色が見える。
そんなライダーの声に、ファリンはゆっくりと起き上がり、呟いた。

「なんで私だけこんな目に……」

 その目はまさに涙目。世知辛い世の中を恨むようなその呟きをしているファリンに、ライダーは内心微笑ましいものを感じながら、それを表に出さずに手を差し伸べた。
 それをファリンは掴んで立ち上がり、トボトボと歩き出す。その後をライダーは追う。

 すっかり意気消沈しているファリンを、ライダーは何とかしたいと思った。元気で明るいファリン。その彼女が自分をお姉様と呼んだ時、ライダーは不思議とすんなりそれを受け入れられた。
 以来、すずかとは違う意味でファリンはライダーの中で妹のような存在に変わった。それはきっと、ファリンが無邪気で素直な性格なのも影響している。物事を考え過ぎるライダーにとって、思った事を正直に表現出来るファリンは、ある意味羨ましい存在でもあった。
 だからこそ、今のファリンを見る事はライダーにとって辛い。

(何かないでしょうか?ファリンを元気付ける方法は)

 これまでのファリンとの出来事を思い出すライダー。まだ一年も経っていないが、それでもその思い出は山のようにある。
共に料理を作り、焦がして失敗した事や、買い物帰りに団子を買って二人だけで食べた事など、ファリンとだけに限っても数え切れない程思い出がある。

(……そうです。ファリンは甘い物が特に好きでした)

 そんな中でも多いのが食べ物に関する事。それに改めて得た友人の顔を思い出すが、それを振り払おうとして、はたとライダーはある事を思いついた。

「ファリン、翠屋のシュークリームはいりませんか?」

「え……?欲しいですけど……どうしてです?」

「仕事を頑張っているファリンに、私からのささやかなご褒美です」

 元気付ける意味合いも込め、優しく微笑むライダー。それが伝わったのか、ファリンも徐々に表情を笑顔に変えた。

 こうして、ライダーは残りの仕事をノエル(事情を話すと苦笑しつつ了解した)とファリンに託し、愛車を駆って翠屋へと向かう。
そこに予想だにしない相手が待っているとも知らずに……。



『いらっしゃいませ』

 入口のドアの鈴が音を立てると同時に、セイバーとなのはの声が重なる。
喫茶翠屋。そこの看板娘なのはと、最近名物店員となったセイバー。夏休みのためか、最近はモーニングが終わった後も客足が中々途切れない。
 その要因に自分が含まれない事を、美由希が気にして少し落ち込んだのは、内緒の話。

「モモコ、ケーキセット二でモンブランとショート」

「は~い」

「シロウ殿、アイスのブレンドとカフェオレです」

「よしきた」

 セイバーの声に即座に動く高町夫妻。セイバーの後ろでは、なのはと恭也がオーダーを聞きまわっている。

「ご注文を繰り返します。ガトーショコラにアイスティーですね?」

「セットが三つですね。かしこまりました」

 男性客にはセイバーや美由希が、女性客には恭也かなのはとなっていて、余裕がない時以外はそれで動くようになっている。

「はい、二百六十円のお返しです。ありがとうございました~」

 笑顔で見送る美由希。レジは基本その時空いている者がする事になっているので、当然誰がするかは運次第。

 夏休みに入り、忙しいと言っても、お昼や午後のピークに比べればまだ軽い。そのためか、高町家の面々には余裕がある。
特にこの四ヶ月を働き続けているセイバーにとって、この程度は自分一人でも何とか回せるレベルであった。
 勿論、手伝いをよくしている恭也達から見ても、セイバーの上達ぶりは凄まじく、特に美由希はどこか凛とした雰囲気を漂わせるセイバーに尊敬の念すら抱いた。

 そうして、そんな忙しさが落ち着き、それぞれが小休憩を取り始めた頃、彼らが現れた。

「いらっしゃいませ」

「えっと、わたし、なのはちゃんの友達で八神はやて言いますけど……なのはちゃんいます?」

「なのはの友達?ちょっと待ってて」

 笑顔で出迎えた美由希だったが、相手が妹の友人と分かるとその笑みの質を変えて、店の奥へと消えた。
それに対し、少し不安顔のはやてを見て、アーチャーは笑みを浮かべて囁いた。

「心配するな。営業妨害ではないし、後でシュークリームを買って帰るだろう」

 暗に客でもあるから気にするな。そうアーチャーは告げた。それをはやても分かったのか、若干表情を和らげる。

「そや、な。……って、美味しそうなケーキやな~」

「まったく……。む、確かにこれは……」

 視界に入ったショーケースへ視線を移すはやて。その変わりようの早さに呆れつつも、同じく視線を移し、その目を鋭くするアーチャー。
その目は、腕利きパティシェだった桃子のケーキが、己の域と同等かそれ以上である事を読み取っていた。
 一方のはやては、目にも鮮やかな品揃えに心を奪われていた。はやても女の子。甘い物は大好物とまではいかないが、好きではある。

 そんな風にショーケースを眺めている二人に、なのはは声を掛けにくかった。
何しろ、質こそ違え、二人は食い入るようにケースを見つめている。そんな光景に、なのはは苦笑いを浮かべつつ、軽めに声を掛ける事にした。

「いらっしゃい。はやてちゃん、アーチャーさん」

「あ、なのはちゃん」

「邪魔しているぞ」

 良かった、聞こえた。そう内心思いながら、なのはは用件を尋ねた。それにはやてが先程と同じ内容の話を返し、なのはに満面の笑顔を向ける。

「そやから、気ぃつけて行ってきてな」

「ありがとう、はやてちゃん!」

 わざわざ自分にそう告げるために来てくれた事に、なのはは心から喜んだ。
そんなやり取りを端から見ていた士郎達だったが、そのはやての思いにその顔を綻ばせていた。
 そこへ鈴の音が響き渡る。音に反応し、アーチャー達が振り向いた先には……。

「ら、ライダー……だと」

「アーチャー……ですか」

 見事なメイド服に身を包み、楚々として立つライダーの姿があった。
ちなみに、裾がまた擦り切れ、汚れていたりする。

「お~、ライダーさんや。お久しぶりです」

「ハヤテ……?そうですか、貴方の言っていた親戚と言うのは……」

「にゃ?アーチャーさんもライダーさんの知り合いなの?」

 何とも言えない雰囲気を醸し出していたアーチャーとライダーだったが、なのはの言葉にアーチャーが敏感に反応した。

「どういう意味かな」

「えっと、ウチには「セイバーもいるの「何だとっ?!」……言えなかったの」

「まあまあ、気ぃ落とさんといて」

 なのはの言葉をライダーが、ライダーの言葉をアーチャーが遮り、なのはは若干いじけていたりする。
そんななのはをはやてが慰めていた。そして、先程のアーチャーの声が聞こえたのか、店の奥からセイバーが顔を出し―――。

「どうしたので……」

 固まった。それはもう見事に硬直した。―――アーチャーと共に。

「……とりあえず、奥の席にどうぞ」

 このままでは埒が明かない。そう判断した美由希の提案に、三人は静かに動き出す。
そして、なのはははやてを店の奥にある休憩所へと案内した。
 おそらく、また色々あるんだと、そう予感したから。それに、はやてにも話を聞かなければならない。そうなのはは思い、車椅子を押した。



 こうして、やっと冒頭に戻る。

「……まさか、私以外のサーヴァントが現界しているとはな」

「感知出来なかったのでしょう?当然です」

 ―――私達は受肉しているのですから。

 ライダーのその言葉に、アーチャーの表情が変わる。それは狼狽。
以前の、いや昔のアーチャーならば、そんな事はないと一蹴しただろう。だが、今の彼には心当たりがあった。

(あの時、猫に傷を負わされたのは、使い魔だからかと考えていたが、受肉していたならば納得がいく)

 以前はやてに頼まれ、猫の性別を確かめた際、怒った猫に手を引っ掻かれ、傷を負った事があった。
その際は、その後現れた監視者の使い魔かと思い、警戒していたのだが、受肉しているとすれば辻褄が合う。
 それに、猫からはこちらを警戒するような視線がしなくなったし、監視の視線もあれ以来不気味な程感じなくなっていた。

「だが、証拠がない」

 しかし、アーチャーはライダーの言葉にそう返す。そう、それはあくまでも推論。明確な証拠がなければ、アーチャーとしては鵜呑みに出来る話では、到底なかった。
 だが、ライダーもそう来ると思っていたのだろう。どこか呆れた顔でこう言った。
ならば、霊体化出来ますかと。その言葉にアーチャーはとある事を思い出す。それは自分の数少ない使える魔術。

「解析、開始」トレース オン

 自分自身を解析し、確かめようとしたのだ。そして、それから分かったのは……。

「ば、馬鹿な……本当に」

 ラインが繋がっていないのに魔力を自ら生み出している。そして、仮初ではない『肉体』を得ていた。

「やはり、貴方も自分の事を把握していなかったのですね。ま、当然です。誰が受肉しているなどと考えるものですか」

 ライダーのどこか愚痴るような言い方に、アーチャーは違和感を感じるが、それを追求する余裕は今の自分にはない事を、彼は理解していた。
薄々おかしいとは思っていた。なぜあの聖杯戦争の記憶が残っているのか、なぜあの幻の四日間の記憶があるのか。座に戻れば、それらは消えてしまうはずなのに、と。

「……今回は世界に呼ばれたとばかり思っていた」

「成程、確かにそれなら理解出来ます。ですが、それではなぜ現れた時に人がいたのでしょう」

「……そうか、君達も……」

 ライダーの発言で、アーチャーは全て理解した。自分と同じように召喚された時、彼女達もまた孤独に怯える少女に出会ったのだと。
そして、そんな少女の支えになろうとしたのだろうと。
 思い浮かべた想像に、アーチャーは笑みを一つ。それはいつもの皮肉屋としてのものではなく、あの日はやてと初めて出会った夜に見せたもの。

『エミヤシロウ』としての笑み


 その笑顔に、セイバーとライダーは心奪われる。目の前にいるのはアーチャーだった。だが、同時に別の衛宮士郎でもある。
自分達を一人の女性として扱い、不器用ながらも他者の夢を自分の夢に変え、前に進み続けた『正義の味方』
 それとは至った場所は違う存在ながらも、出発点は同じなのだ。
二人は知らない。彼は、もう掃除屋として己を呪い続けた男ではない。在りし日の『想い』を取り戻し、パートナーの少女に、大丈夫だからと笑顔で告げた『正義の味方』だとは。

(あの笑み……やはりアーチャーも『シロウ』なのですね)

(彼も以前のままではない、と言う事ですか。……あまりスズカを接触させない方がいいかもしれません)

 その笑みに抱く思いこそ違え、二人は確信する。この男は信頼に足る相手だと。

「……アーチャー、話があります」

「何かな?」

「私とセイバーは、現状に至った理由や原因を調べて動いています。貴方にも、それに協力してほしいのです」

 それだけ告げて、ライダーとセイバーはアーチャーを見つめる。アーチャーは、目を閉じて思考を纏めようとしているのだろう。
その雰囲気は、先程までとは別人のものだった。

「……いいだろう。ただし条件がある」

「条件とは?」

「何、そんなに難しい事ではない。はやての事だ」

 アーチャーが出した条件。それははやての足の事だった。原因不明の病気で、未だに治療法が分からずにいる。それを治す術か方法の発見及び見つかった際の協力。それと……。

「なのは達の家への招待、ですか」

「ああ。はやては中々自宅以外で遊ぶ事が出来ない。あの通り、車椅子なものだからね」

「成程、つまり強く誘われたとでもならない限り、遊びに行き辛いと」

 ライダーの言葉に、アーチャーは無言で頷く。
はやては何度かすずかに誘われる機会があるにはあった。だが、すずかの気遣いが災いし、明確に誘うまでには至らなかった。
 すずかは、車椅子のはやてに家まで越させるのは悪いと思い、はやては、車椅子の自分が行く事ですずか達に気遣いさせたくないと思った。
こうして、未だにはやては自宅以外ですずか達と遊んだ試しがなかった。

「お安い御用です。夏休み中に必ず」

「ええ、泊まりも出来るようにしましょう。きっとノエルやファリンも協力してくれます」

「……なら、契約成「違います」……何がだ?」

 話が纏まったと言おうとしたアーチャーに、セイバーが異議を唱えた。隣のライダーは何か思い当たる節があるのか、頭を押さえている。
しかし、その表情は苦笑だったりするのだが。
 不可解と言わんばかりの表情のアーチャーに、セイバーは凛々しい顔を緩めて笑う。

「これは誓いです。なのは達の絆を守るという」

「なっ……」

 言葉を失うアーチャー。ライダーは小さく「やはりそうきますか」と納得の顔。

「私達は厳密に言えば、もうサーヴァントではないのでしょう。ですが例えマスターでなくとも、なのは達を守りたいと言う思いは変わりません」

 違いますかと尋ねられ、アーチャーは答えに窮する。それを横目にライダーはセイバーに同意する。
スズカを守るのは、当然です。はっきりと言い切り、ライダーはアーチャーを見る。その目は、はっきりさせなければセイバーは納得しませんよ、と告げていた。

「……そうだな。こうなった以上、開き直るしかあるまい」

 そう告げ、アーチャーは答えた。自分もはやてを守るのに何の躊躇いもないと。それを聞き、セイバーは満足そうに頷き、右手をテーブルの中央に置く。
 それにライダーは苦笑しつつも、同じように手を重ねる。そして視線をアーチャーに向け、それをテーブルに移す。
その仕草にアーチャーも気付き、ため息を吐いて手をそれに重ねた。

「これで私達は、誓いを同じくする友です」

「……一体、彼女に何があった」

「どうやら、彼女の影響らしいですよ」

 アーチャーの問いかけに、ライダーは言葉と視線で答える。その視線の先には、紅茶のお代わりを店の奥へ持っていこうとしているなのはだった。
その姿を見て、アーチャーは納得した。確かに彼女ならば、誰とでも友になろうとするだろう、と。
 そして、その傍にいるセイバーがその影響を強く受けているのだろう。そう考えた。

「そう言えば、何故ライダーはここに?」

「あ、そうでした。セイバー、シュークリームを五つ持ち帰りでお願いします」

 忘れていました、とライダーは言って立ち上がる。それにセイバーも続き、ショーケースへ。
一人残される形になったアーチャーは、どこか楽しそうに笑みを浮かべると、席を立ちその後を追う。
 慣れた手つきでシュークリームを箱に詰めるセイバー。それを見ながらうまくなりましたねと言いつつもからかうライダー。そんなやり取りを眺めてアーチャーは無意識に呟いた。

「……平和だな」

 その声に、呆れと喜びを滲ませて……。




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遭遇編その4

これで現時点での海鳴サーヴァント達は存在を確認し合いました。

いよいよ次回からは無印突入!

……実は、無印ちゃんと見た事なかったり……(汗

でも、頑張ります!



[21555] 0-EX 空白期その6
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/30 15:32
 照り付ける夏の日差し。響き渡る蝉の声。時折吹く風もどこか熱を感じさせる。だが、汗が流れるなのはにとっては、そんな熱風でも一瞬の涼しさをくれる有難いものだ。
 今、なのは達高町家は、家族六人での修行という名のキャンプへと来ていた。お盆に入ったので、お店を休みにしての家族旅行。
 電車とバスを乗り継ぎ、とある山へとやってきたなのは達だったが、その道のりはそれなりに厳しく、なのは達の額にも汗が流れていた。唯一セイバーだけが平然と歩いていたが、その額には僅かではあるが汗が流れていた。

「もうそろそろだな」

「そうだね。恭ちゃん、なのは達は?」

「……意外としっかり歩いてるぞ」

 視界に見えてきた川辺に、士郎が隣を歩く美由希へ声を掛ける。それに笑みを浮かべて答える美由希。そして、そのまま視線を後ろを歩く恭也へ移し、そう問いかけた。
 恭也はどこか嬉しそうに答え、視線を後ろへ向ける。そこには桃子と会話しながら笑みさえ浮かべるなのはがいた。対する桃子の方が少し疲れている程だったから、なのはがいかに体力をつけてきたのか分かるというものだ。

 セイバーはと言えば、一番後ろを歩いていた。それは、なのはが疲れた際おぶってやろうとの配慮なのだろうが、どうやらその心配はいらないようだ。その証拠に、セイバーもどこか嬉しそうに笑っている。

「なのは、凄いわね。こんなに……体力ついてたのね」

「にゃはは、セイバーとのトレーニングの成果です!」

「うふふ、そうね……私も何か始めようかしら?」

 笑顔で語り合うなのはと桃子。それを眺め、微笑むセイバー。視線の先では、士郎達がもう川辺にテントを張り始めていた……。


修行とキャンプは紙一重?



 テントを張り終えた士郎達は、早速とばかりに訓練を―――するのではなく、手にしたのは釣竿。
 なのはが不思議そうにそれを見つめるが、セイバーはそんななのはに笑みを浮かべて告げた。
 この山での滞在中は、基本自給自足なのだと。つまり、魚や木の実などを自分達で調達しなければ食事にはありつけないのだ。

 それを聞きなのはは驚きを見せるが、同時に疑問も浮かんだ。そして、それを確かめるべくセイバーへと問いかける。

「どうしてセイバーは、そんなに落ち着いてるの?」

 ご飯食べられないかもしれないのに。その言葉にセイバーは自信満々に答えた。もっとも、それによって気楽そうな顔をしていた士郎と恭也に戦慄が走ったのだが。

「それは当然です。シロウ殿達が魚を沢山釣ってくれると私は信じています。ええ、信じていますとも」

 だからうろたえないのです。そう言い切ったセイバー。その言葉の裏に込められた『裏切ってくれるな』という想いを感じ取り、二人は他愛のない話をしていたのだが、それをピタリと止め、無言で竿を川へと投げ入れる。
 その体から流れるは剣士の雰囲気。退路を絶たれた者が放つ決死の覚悟。それを全身から滲ませて、二人は手にした竿へ神経を集中させた。

 それを見て、美由希は思わず呟かずにはいられなかった。

「これ……本当に(二人には)修行になってるよ」

 その呟きを聞いていた桃子は苦笑していた。その視線は、必死の形相で浮きを睨む士郎達へと注がれている。
 セイバーはそれに気付かず、なのはと二人で飯盒を準備していた。そう、持ってきた食材は白米と二日目のカレー用の材料のみ。流石に調味料もあるが、それも基本的なものだけ。
 そして、セイバーとなのはは米の量を計り、それを汲んだ川の水で洗い出す。美由希は、ほのぼのとキャンプを楽しむなのはと、死地に赴いたような士郎達の対比を感じ、桃子に断言した。

「きっと、ウチでのキャンプは、大人が見ると修行って読むんだね」

「……美由希、それは少し笑えないわよ」

「……ごめん」

 そんな風に美由希を注意する桃子の視線の先では、魚を一匹ずつ釣り上げ、静かにガッツポーズをする士郎達の姿があった。



「お兄ちゃん、これは?」

「ん? それは……大丈夫だ」

「せ、セイバー、それは流石に毒キノコだよ」

「そうなのですか? 言われた通り地味な色ですが……」

「真っ白でしょ?! 毒だって、それ!」

 手にしたキノコを恭也へ見せるなのは。それを見て、恭也からOKを貰い、なのはは嬉しそうに手にした籠にそれを入れる。
 セイバーは美由希の指摘に不満そう。確かにセイバーの手にしているものは、真っ白な色をしていた。しかもかなり大きい。
 それを見てなのはと恭也は、セイバーがそれを選んだ理由がすぐに分かった。だが、それを言う事はしない。だから視線をセイバー達から外し、他の物を探すのは、当然の事といえた。

 なのは達が木の実などを探すと聞いて、恭也は釣りを士郎に任せ(押し付けたとも言える)、なのは達と山の恵みを採りに来ていた。
 表向きの理由は、魚だけでは絶対食料が不足すると判断したためだ。もっとも、士郎は恭也に対し「裏切り者~っ!」と叫んでいたが。
 ちなみに桃子は、士郎と一緒に恭也の使っていた竿を使って釣りをしていた。釣果は、桃子が十七匹に対し、士郎は四匹という結果に終わった事だけ書き記す。
 原因は、士郎に余裕がなかったため。そして、その気迫で魚を怯えさせてしまったからだった。

 楽しくキノコや木の実等を採取するなのは。一方、セイバーは何故か先程からいやに大きい物ばかり見つけていた。食べられる物から食べられない物まで実に様々だ。
 それもあってか、なのは達は何だかんだで楽しく採取をしていた。なのはがある物を見つけるまでは……。

「ん? 今、何か動いたような……?」

 キノコを探すなのはの視界を一瞬何かが横切った。それが気になり、なのはは視線を横切ったモノが見えた方へ動かし、固まった。
 そこにあったのは、蜂の巣。しかも、ただの蜂ではない。地面に巣を作っている蜂。そう、スズメバチだ。この時、なのはが幸運だったのは、騒がなかった事と季節が秋ではなかった事。
 もし、これが秋ならば、スズメバチは攻撃的になっていて、危険度は段違いに跳ね上がるのだ。

「? どうしたのですかなのは。何か見つけたの……」

 一点を見つめて動かなくなったなのはを不思議に思ったセイバーは、そう声を掛けてゆっくりとなのはの下へと近付き……。

「……動かないでください、なのは」

 セイバーはそう告げた。そんな言葉になのはが心の中で叫ぶ。

(動きたくても動けないよっ!)

 そんななのはの内心を知らず、セイバーは蜂の巣を確認し、その表情を凛々しいものへと変えると、その雰囲気を察知したのか、恭也と美由希も二人の傍へ近付いて……。

「……そういう事か」

「どうする? 恭ちゃん」

 二人も蜂の巣を確認し、表情を変える。これがクマならば何の問題もなかった。それなら、セイバーや美由希、恭也がいれば恐れる事はなかった。
 だが、スズメバチとなると話は別だ。まず、数がはっきりしない。そして的が小さい。最後になのはがいる事が最大の問題。自分達の身を守れる恭也達ならともかく、なのはでは自分の身を守る事も出来ない。

 そんな事を考える恭也と美由希だったが、セイバーは躊躇う事無く手にした籠を恭也へ渡し、なのはを抱き上げてその場から走り去る。その行動に、恭也と美由希は一瞬呆然とするが、蜂が動き出したのを見て慌てて走り出した。
 逃げる二人を追うスズメバチ。まるでマンガかアニメだが、本人達にとっては笑える話ではない。下手をすれば死に至る事もあるスズメバチは、下手な刺客よりも恐ろしい存在なのだ。

「セイバー! 逃げるならそう言ってくれっ!」

「違います! これは逃走ではありません! 戦略的撤退ですっ!」

「同じ事だよ! って、蜂が意外と速いっ?!」

「にゃあぁぁぁ! 蜂が追い駆けてくるよ~!!」

 なのはを抱き抱えたセイバーと、山菜が入った籠を抱えた恭也と美由希は走る。この時、もう少し冷静になって考えれば、きっともっとマシな結果が待っていただろう。だが、生憎四人にはそんな余裕がなかった。
 だから、単純な事を忘れていたのだ。そのまま走ればどうなるかという事を……。

「「「「あっ……」」」」

 そう、段差になっていたのだ。下との距離、約五メートル。普段なら何でもないが、突発的に落ちれば如何にセイバー達でも驚くもの。
 そのまま自由落下するが、そこは御神の剣士と最優のサーヴァント。三人は何とか着地。しかし息を吐く暇もなく、まだ蜂が追ってくるのですぐさま走り出す。

 そうして、士郎達の待つ川辺へと戻った時、なのははポツリと呟いた。

「キャンプって……ホントに修行なの」

 そのなのはの呟きに、セイバー達は何も言い返せなかった……。



 士郎が起こした火を使って鍋を暖める桃子。その中身は、なのは達が取ってきたキノコ等だ。それを味噌で味付けしただけの山菜汁。
 そしてその横では、なのはが頑張って起こした火で飯盒を暖め、その前でなのはが士郎から炊けたかどうかの判断の仕方を教わっていた。
 恭也と美由希は木の枝に魚を刺し、別の火で焼き魚をしているし、セイバーは先程から何かを思い出しているのか、遠い目をして空を見上げている。

(まるで……あの頃のようですね。野営を思い出します)

 それは、昔の記憶。まだ、セイバーが一人の王として生きていた頃の思い出。辛い事や悲しい事ばかりしかない。そう思っていた頃の記憶。
 だが、こうして静かに思い返してみれば笑顔があった。ほとんど悲しみや憎しみばかりの時代だった。それでも、確かにあった笑顔がある。それを思い出し、セイバーは微笑む。

(こうして考えると……私も大切な事を忘れていた。シロウ、貴方が教え……いえ、思い出させてくれた事は、今も私の中で生きています)

 あの日、過去に囚われていた自分を悟らせてくれた言葉。それをセイバーは噛み締め、小さく呟く。

「無かった事になど出来ない。過去をやり直す事なんて、望んではいけない……」

 その言葉が今の自分に繋がっている。そうセイバーは思い、視線を後ろへと向ける。そこには、楽しそうに笑うなのは達がいた。

「……私にも、守りたい『家族』が出来ました。いつか……貴方にも話せる日がくると信じています」

―――その時、貴方はどんな顔をするのでしょうね、シロウ。

 そんなセイバーの声は、肌寒さを感じる山風に乗り、静かに空へと消えた。



 その後、桃子特製の山菜汁にセイバーが感激し、初めてのキャンプになのはがはしゃぎ、焚き火を囲んでの家族の会話に、全員が家族の絆を改めて感じた。
 いつもよりも綺麗な星空になのはと桃子が感動し、そんな二人に士郎達は笑みを浮かべる。士郎が淹れたコーヒーや紅茶を飲みながら、六人はなのはの眠気が限界に達するまで話し合った。

「……クスッ、寝ちゃったわ」

 桃子に寄りかかるように、なのはは静かに寝息を立てていた。それを見てセイバー達は微笑む。生まれて初めての経験を連続でしたのだ。その疲れは相当のはず。それを知るからこそ、士郎達は早く寝た方がいいと言ったのだが……。

「やだ! まだ起きてる」

 と言って、なのはは聞かなかったのだ。それは意地ではなく、純粋に寝たくないという気持ち。もっとこの時間を過ごしていたいという素直な想いだった。

「なのはも……本当に変わったな」

「そうだね。セイバーが来て少し変わって、小次郎さんと出会った日からかなり変わったよ」

 どこか遠い目をする士郎に、美由希も同意するように答えた。それを聞きながら、しみじみと恭也が呟いた。

「……ホント、セイバーが来てくれて良かった」

「そうね。私もそう思う。こんな風に皆でキャンプなんて、昔じゃ考えられないもの」

 その桃子の言葉に全員が苦笑する。そう、この山登りを兼ねた修行自体は昔からやっていた。だが、なのはや桃子を連れてくる事はないはずだったのだ。
 しかし、セイバーと出会い、なのはが自分を鍛え始めた事でそれが変わったのだ。毎年のキャンプに自分も行きたいと。そうなのはが言い出したのだから。

「ですが、その下地はなのはの中に元々あったものです。私は、なのはのキッカケになっただけに過ぎません」

「ううん。セイバーがなのはを、私達を変えてくれたのよ」

「そうだぞ。あのままじゃ、どれだけなのはに寂しい思いをさせた事か……」

「それに、あたし達の相手としても凄く助かってるし」

「そうだな。おかげで自分の限界を二つ程超える事が出来た気がする」

 口々にセイバーの意見を柔らかく否定していく。そして同時にセイバーが来てくれた事を感謝する。その言葉の節々に込められた想い。それがセイバーの心に沁み込んでいく。
 常識的に考えれば、怪しい者でしかなかった自分を、暖かく受け入れてくれた高町家。そして、今では本当の家族のように接して―――いや、本当の家族として接している。

「そうですか。そう言ってもらえて……嬉しいです」

(本当に……私は幸せです)

 その想いを表情に表すセイバー。満面の笑みに、士郎達も嬉しそうに笑みを返す。こうして、夜は更けていく。セイバーの心に”暖かい何か”を残して……。



 翌朝、なのはは驚いた。何とセイバー達が昨日の蜂の巣を持ち帰ったからだ。今後の登山客の事を考え、退治したのだという。
 なのはは巣に興味があったのだが、士郎の「気持ち悪いぞ」の一言で見るのを止めた。

 その日の朝は、昨日取ってきた山菜の残りを使った炊き込みご飯。その味に五人が舌鼓を打つ中、一人離れた場所でセイバーは……。

「……ダメだ。私には出来ない……っ!」

 密かに珍味と言われている蜂の子を食べようとしたが、その見かけや蜂の幼虫という事に抵抗感を拭えず断念していた。
 そんなセイバーを他所に、なのは達は山の恵みを堪能するのだった。



(楽しい事って、あっと言う間だよね)

 帰りの電車の中、なのはは外の景色を眺めてそんな事を考えていた。二泊三日のキャンプ。だが、それが終わりを迎えるのは想像以上に早かった。
 二日間の内、一日は士郎達の鍛錬で桃子とセイバーの二人以外とは遊べなかったのもあるが、それでも早かったとなのはは感じていた。

 ふと視線を動かしてみれば、向かいの座席では、美由希がシートにもたれて寝ているし、恭也はセイバーとトランプをしている。おそらくポーカーだろうとなのはは思った。何故なら、恭也が何度も悔しそうな顔をしているからだ。

(セイバーって、対戦になると強いんだよね)

 賭け事や勝負事になるとセイバーは無類の強さを発揮する。それをなのはは良く知るからこそ、ゲームでの対戦をセイバーとはしない。
 初めこそなのはが圧倒していたが、セイバーも慣れ始めると恐ろしい程に強くなるのだ。まぁ、RPGだけはそうでもないが。

(でも、勘がものを言うものは、本当に強いからなぁ……)

 そんな事を思い出し、なのはは小さく笑う。それを隣の士郎が気付き、不思議そうに尋ねた。

「どうかしたのか?」

「……ううん。何でもないよ、お父さん」

 その答えに士郎は若干不思議には思ったものの、笑みを浮かべてなのはの頭に手を置いた。

「そうか。で、楽しかったか、なのは」

「うん。また、みんなで行きたいな」

(そうだ。今度は私が釣りをやろう! それで、セイバーと勝負するんだ。うん、そうしよう!)

 そんな事を考え、なのはは笑う。それに士郎も笑う。そしてそんな二人に気付き、桃子が「何? お母さんも仲間に入れて」と言ってきたので、それになのはは笑顔を浮かべて答えた。

「あのね、また来たいなって。それで、今度来る時は……」

桃子と士郎に楽しそうに語るなのは。それを聞きながら微笑む二人。こうしてなのはのキャンプは終わりを迎える。

その胸に、多くの思い出を残して……。















ちなみに、恭也はセイバーに連戦連敗だったとさ。




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お盆のキャンプ話。二日目は、士郎達三人は御神の剣士としての鍛錬をしていたので割愛。

カレーは夕食兼翌朝の朝食でした。セイバーの想いと高町家の想い。それがなのはの知らない所で通じ合っていた。

……一瞬、ここで真名話もありかと思った俺は考えなしです。だって無印前じゃん!

さて、空白期も一巡し、そろそろA's編に入ろうかと考えてます。でも……色々不安だ……。



[21555] 0-EX 空白期その3
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/24 07:16
 それは、まだなのは達が二年生になる前の事……。

「ドライブ……ですか?」

「そう。ライダーも見事に免許取ったし、初運転を兼ねて五人でお出かけ。いいでしょ?」

「行きましょうライダーお姉様! 紅葉が綺麗ですよ~」

 ファリンの見せたのは、旅行案内のチラシだ。そこには美しい紅葉の写真が印刷されており、確かに目にも鮮やかであった。
 それを見て、ライダーは少し思案するが、何かを思いついたのか、笑みを浮かべて頷いた。

「……いいですね。では、紅葉狩りにでも出かけましょう」


紅葉、舞い散る中で……



 月村家五人での外出。実は、それは結構珍しい。何だかんだで、高町家との繋がりが強い月村家。
 そのため、何かイベントがあるたびに、なのはや恭也を誘ってしまい、五人だけで、というのは中々なかったりする。
 それを考え、ライダーは今回の外出に頷いた。たまには家族水入らずもいいだろうと考えて。

 いつもはノエルが運転するが、今回は助手席にノエルが座っている。後部座席は、忍とファリンに挟まれる形ですずかが座っていて、三人で楽しげに話している。
 それを聞きながら、ライダーとノエルは微笑み合い、視線を前方に向ける。

「大分人気が無くなってきましたね」

「そうですね。さて、そろそろ看板などが出て……あ、あれですライダー」

 ノエルの指差す方へライダーは視線を向ける。そこには、ガイドブックに乗っている紅葉の名所への案内があった。
 その指示を記憶し、ライダーはゆっくりと加速する。本来ならば、ライダーは速度を限界まで出したがる。
 しかし、今回は自分以外の者が乗っているために安全運転を心掛けている。後は、呆気無く速度が出るのにもやや不満がある様子。
 だが、一番の理由は……。

「あ、あれ見てすずか」

「どれ?」

「あ、凄いです。赤や黄色が一面に……」

 すずか達が景色を楽しめるように。何気ない車内の会話を出来る限りしてもらいたかったのだ。
 今のように、みんなが喜んでくれる時間を少しでも長く出来るようにと。

(私も……やはり変わったのですね)

 今まで、季節の移り変わりにそこまで意識を向けた事等なかった。だが、今は違う。春夏秋冬を楽しみ、愛でる。
 そんな日本人の心がライダーにも芽生えてきたのだ。その影響は、衛宮邸での日々と……。

(すずか達のおかげですね)

 季節毎の風物詩や旬の食べ物。それらを欠かす事無く教えてくる忍とファリン。それを時に嗜め、時に補うノエル。
 そして、そのやり取りを微笑み、慌て、楽しむすずか。そんな中で暮らしていれば、ライダーも変化するというものだ。
 だが、その変化をライダーはむしろ喜んでいた。興味を持てる事があまりなかった以前に比べ、今は趣味が段々出来てきたのだ。
 まぁ、それもサイクリングやサーフィン等の何かに乗るというものばかりなのだが。

 そうこうしている間にも、車は進む。駐車場へ入り、本来なら躊躇うような難しい場所へあっさりとライダーは車を入れる。
 そのテクニックに、忍達だけでなく、誘導員達や他のドライバーさえ拍手を送った程だ。

 そして、五人は大勢の人にややため息を吐きながら、ゆっくりと歩き出す。ライダーだけは、持ってきたリュックを背にして。
 視界一杯に広がる紅葉の世界。鮮やかな黄色や紅を楽しみながら、五人は歩く。途中にある売店を冷やかし、道行く人との僅かな会話をしつつ、五人は景色を堪能していた。

「この辺りなら良さそうですね」

 やがて、あまり人のいない場所まで来た所で、ライダーが背にしていたリュックから、大きめのビニールシートを取り出した。
 そして、それを地面に敷き、ファリンがそれに真っ先に座ろうとしてノエルに注意される。

「先にすずかお嬢様です」

「は~い……」

「別に気にしないのに……」

 すずかは苦笑しながら、靴を脱いでシートに座る。見上げれば鮮やかな紅。見渡せば色取り取りの山々。
 そんな景色を眺めて、心から来て良かったと思うすずか。その表情にライダー達も笑みを見せる。
 そして、忍にファリンも座り、ノエルとライダーも静かに座って景色を眺めた。
 誰も何も言わず、ただ紅葉を眺める。その色合いや周囲の空気に、心が落ち着くのを感じながら。

(凄いなぁ……こんなに綺麗な紅葉は初めてかも)

(良い雰囲気ね、ここ……今度は恭也と二人で来たいかも)

 月村姉妹は共に向かいの山々を見つめて、思いを馳せ……。

(美しいですね。これが紅葉……秋の情緒、ですか。良いものです)

(赤に黄、それに緑。本当に綺麗です……お土産に一枚持って帰ろう)

 メイド姉妹も、風に揺れる葉を眺め、思い思いに心を動かし……。

(この国は、本当に情緒というものを大事にしますね……これだけの人が、ただの葉を見るために動く。まさに、雅のためですか。
 アサシンは……本当に日本人なのですね)

 ライダーは、その場を訪れた人の数を思い出し、小次郎の事を考えて小さく笑みを浮かべる。

 そんな風にどれ程過ごしただろうか。やがて、ファリンが思い出したかのようにリュックを引き寄せた。
 その行動の意味を理解し、ノエルとライダーは苦笑する。すずかと忍は若干分からないのか、不思議そう。
 ファリンがリュックから取り出したのは、ランチボックスと水筒。それを見た瞬間、すずかと忍も理解し、笑い出した。

「花より団子ね、ファリンは」

「ち、違いますよぉ。そろそろすずかちゃんもお腹が空くだろうと……」

「ふふ、ありがとうファリン。確かにもうお昼だもんね」

 忍の言葉にファリンがどこか顔を赤くしながら反論するも、どこか弱い。それにすずかは笑みを見せて、そのランチボックスを受け取った。
 その中身は紅葉狩りという事で、ファリン作のおにぎりとノエルとライダーが作ったおかずの二段重ね。水筒の中身は、緑茶である。
 それを見て、すずかは嬉しそうに「遠足みたいだね」と呟いた。

「じゃ、早速頂きましょ」

「うん」

「じゃあ、ライダーお姉様が」

「私、ですか?」

「ええ。ライダーが今回はある意味主役ですから」

 ファリンの言葉にライダーはどこか困った顔をするが、ノエルの言葉に苦笑した。そして、観念したように手を合わせると……。

「では、いただきます」

「「「「いただきます」」」」



 ファリン作のおにぎりは、概ね好評だった。概ねというのは、中身を入れ忘れていたり、あまりに力を入れて握ったせいで固くなっていたものがあったため。
 一方、ライダーとノエルのおかずは何の問題もなかったのだが、それを忍が「面白みがない」と言ったため、ライダーの「では、今夜はシノブが面白みのある”美味しい料理”を作ってください」と返し、忍を沈黙させる一幕があった。
 その時の忍の表情に、すずか達が声を出して笑ったのは言うまでもない。

「では、私とファリンは売店に行ってきます」

「あ、私も行くわ……すずかは?」

「私はもう少しここにいる」

 そのすずかの答えに忍は笑みを返すと、ライダーへ視線を向ける。それに気付き、ライダーも視線を向けて首を横に振る。

「そっか。じゃ、行って来るわね」

「うん」

「気をつけて。後、無駄遣いをしないように」

「ライダー……私を何だと「行きますよお嬢様」……時々ノエルも私の敵になるわよね……」

 まるで自分の発言を遮るように歩き出したノエルに、忍はブツブツ呟きながら後を追う。それを笑いを噛み殺してすずかは見送った。
 そして、その後姿が見えなくなったところでライダーが言った言葉が、すずかの我慢を決壊させた。

「子供としか思えないです」

 呆れたように言い切ったライダー。それが先程の忍が言おうとした事の答えと分かり、すずかは吹き出した。
 その笑い声を聞きながら、ライダーも笑う。紅葉が風に揺れる。そして、それにより紅葉が枝から離れ、ユラユラと舞い落ちる。
 それに気付き、すずかが視線を上へ移した瞬間、突風が吹き抜けた。一瞬目を閉じるすずか。そして、目を開けると……。

「わぁ……」

「……綺麗ですね」

 地面の紅葉や枝の紅葉が辺り一面を舞い散っていた。まるで紅葉の雨。そんな中、ライダーがふと手を差し出した。
 すると、その手に一枚の紅葉が、吸い込まれるように静かに乗った。

 それを見たすずかが、自分の手を同じように差し出す。するとすずかの手にも、吸い込まれるように紅葉が乗った。
 ライダーの紅葉はやや黄色が残るものの真紅。すずかの紅葉は黄色と赤が半々。それを見てライダーが微笑む。

「まるで、人間のようですね」

「え?」

「大人を真紅とすれば、赤子が緑。黄色は子供で、赤と黄が半分ずつなら……」

「……子供から大人へなり始めてる?」

 すずかの言葉にライダーは頷き、こう続けた。

「まさに今の私達です」

「……そうだね。早く真っ赤にならなきゃ」

 どこか楽しそうに答えるすずか。それにライダーも楽しそうに笑い、視線を手にした紅葉へと戻す。

(いいものです。こんな穏やかな時間を……貴方達とも過ごしたいです、サクラ)

(ライダーって、やっぱり時々詩的な表現するなぁ。あれ? でもライダーのも少し黄色があった気がする……)


その後、戻ってきた忍に、ライダーが完全黄色の紅葉を渡すのを見て、すずかだけが小さく笑っていた……。




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ライダー&すずか話。前回がほぼ小次郎&アリサだったので、今回はこの二人をメインに。

次回ははやて&アーチャーにしようかなと思います。完全本編無視で出来るのは、やはり楽です。

……ランサー達、どうしよう……?



[21555] 0-EX 空白期その1
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/20 06:38
 照りつける真夏の太陽。どこまでも続く砂浜。そして、視界に広がる大海原。
 ここはバニングス家のプライベートビーチ。なのは達は、小学校二年生となり、夏休みの思い出作りにここへ来ていた。
 はやても連れて行きたいと、アリサが提案した海水浴。初め、その話を聞いたなのは達は揃って難色を示した。
 それは、はやての事を思ってだった。海水浴場は人が凄いし、車椅子のはやては絶対来ない。
 そうなのはとすずかが言うと、アリサが自慢げにこう答えたのだ。

「大丈夫よ! アタシのプライベートビーチに行くんだから!」


なのはの夏、みんなの夏




 車で海鳴から走る事、実に二時間弱。その浜は静かで、眼前には穏やかな海が広がっていた。
 その近くには、おそらく宿泊用なのだろう。オシャレなペンションのような建物まである。
 そんな光景を眺め、どこか人事のようにはやては呟いた。

「は~、すごいな~」

「まったくだ……さて、はやて」

「ん?」

「……水着に着替える前に、課題を片付けるのではなかったのか」

 その呟きに同意し、アーチャーはやや苦い顔ではやてを見つめた。確かに出かける時、そう言っていたはずだったからだ。
 アーチャーの目の前にいるはやては、既に赤を基調としたワンピースタイプの水着を着ていた。見れば、なのはやすずかも水着になっている。
 なのははピンクのワンピースタイプ。すずかは水色の同じタイプだ。ちなみにアリサは鮮やかなオレンジの同じタイプ。このためだけに水着を四人で新調しにいったのだ。

「それがな、アリサちゃん達は宿題持ってきてないん言うんよ」

「……分かった。今回は大目に見よう」

 はやての視線は、みんな持ってきてないのに自分だけやるのは嫌だ。そんな想いを込めたものだった。
 それを感じ、アーチャーはそれ以上の追求を止めた。そうしても何の意味もないからだ。
 視線をはやてから後方へと移し、アーチャーは歩き出す。

 車から降ろした荷物を運んでいる小次郎。その横で恭也もそれを手伝っていた。アーチャーもそれを手伝うべく、近寄って―――。

「いい所に。アーチャー、これを立ててきてください。スズカ達の休憩スペースを作らなければならないので」

 水着姿のライダーに呼び止められた。車を降りる時まで確かに普段着だったはずだ。
 ライダーはアーチャーにパラソル等一式を手渡し、車のトランクを閉めた。
 その道具を受け取り、アーチャーは何かを察したのか苦笑いを浮かべる。

「……了解した。ライダー、君も着替えたのか」

 ライダーは、その言葉に困った顔で頷いた。ライダーが着ているのは、黒のビキニタイプ。選んだのは、言うまでもなく忍。
 その忍はといえば、紫の水着に着替え、すずか達と一緒になって海で遊び始めていた。それを横目で見ながら、二人は息を吐く。

「……無理矢理です。私はまだいいと言ったのですが……」

「成程。やはり車内ではやてと話し合っていたのは、それだったか」

 今回は、なのは達高町家が四人、月村家は三人、アリサと小次郎、はやてにアーチャーの計十一人。
 バニングス家が手配したマイクロバスをライダーが運転し、ここまで来たのだ。
 ちなみに、ノエルとファリンはお留守番。日帰りのため、すずか達の夕食等の支度をするのだそうだ。ファリンは行きたがっていたが……。

「まぁ、いいのです。セイバーに比べれば……」

「私がどうかしましたか?」

 ライダーの声に反応したのは、車内から現れたセイバーだった。その姿も既に水着になっていた。
 白いビキニタイプの水着。それにアーチャーは、一瞬とはいえ見とれた。だが、それを感じさせないように意識を切り替え、尋ねた。

「君も既に着替えたのか?」

「ええ。海で泳ぐのは初めてなので、楽しみだったのです」

 そう答えるセイバーは、歳相応の少女の表情で笑った。それにアーチャーもライダーも笑みを浮かべる。
 それにセイバーは気付き、照れくさそうに顔を伏せた。すると、そんなセイバーを呼ぶ声が聞こえてきた。

「セイバー、早く早く~!」

「あっ、はい。今行きます!」

 楽しげに手招きするなのはに答えると、セイバーは急いで浜へと向かう。その後ろ姿を見つめ、二人は呟く。

「「子供だな(ですね)」」

 余談だが、セイバーは最初、海面を走ってなのは達を驚かせた。精霊の加護によるものだったのだが、セイバーは海にも適応されて喜んでいた。
 まぁ、その後は普通に泳いでいたが……。



「これで終わりですか?」

「うむ。済まぬな美由希殿。手伝ってもらうつもりはなかったのだが……」

「いいんですよ。私はまだ泳ぎたいって気分じゃなかったんですから」

 そう言って美由希は笑う。着替え終わり、浜に向かおうとしたところ、建物の方へ荷物を運ぶ小次郎を見かけ、つい手伝いを申し出たのだ。
 だから、既に眼鏡は外し、いつでも泳げる状態だった。小次郎はそんな美由希に笑みを浮かべ、ぽつりと一言。

「しかし、水着と言うのは些か破廉恥なのだな。露出が多いと思うのだが……?」

「え、ええっと……水の抵抗を減らすために、生地は少なく薄くしてあるんですよ」

 美由希の格好は、南国系の色使いでパレオつきのもの。それをまじまじと見つめる小次郎。その視線に邪気はなく、純粋な興味だった。
 だが、その視線にどこか慌てたように美由希は答える。それに小次郎は納得するも、まだ何か気になるようで……。

「美由希殿は、見られて良いものなのか?」

「小次郎さんなら大丈夫です。って、あの、気にしないんじゃなくて、その……」

 しどろもどろになる美由希。それを不思議そうに眺め、小次郎は呟く。

―――まぁ、その姿も中々雅なものよ。

 その呟きが美由希の動きを更におかしくしたのだが、それに気付かず小次郎は歩き出す。
 美由希もそれについていく形で歩き出した。向かう先は賑やかな声のする浜。
 そこでは、なのは達が海で遊び回っていて、はやてはすずかと砂を使って城を作っているようだ。

(ふむ。泳ぐのは、鍛錬の一環と考えておった時代とは違うか。しかしも海でとは、な。やはり”現代”と言うのは面白きものよ)

(小次郎さんって、結構大胆だな~。あんなにジロジロ見られたの初めてだよ。でも、不思議と嫌じゃなかったな? ……恥ずかしかったけど)

「美由希殿、良ければ私に現代の泳ぎを教えてくれぬか?」

「え? ああ、いいですよ。じゃ、迷惑にならないように、なのは達のいない方に行きましょうか」

 そんな風に会話しながら二人は歩く。この後、クロールなどを披露する美由希と、それを見よう見真似で覚える小次郎の姿があった。
 その子供のような小次郎に、美由希は微笑む。そんな二人の水泳教室は、昼まで続いた。
 美由希が小次郎を意識し出すのは、これが最初のキッカケだった……。



 運んでいた荷物を降ろし、恭也は息を吐く。視線の先にあるクーラーボックスの中身は、スポーツ飲料などのドリンク類だ。
 小次郎が運んでいた方のクーラーボックスには、昼食用の食材が入っている。昼は浜でバーベキューをする事になっているのだ。
 そのため、アーチャーが現在下拵えをするべく、建物内の厨房で働いている。まぁ、格好は水着なので、中々シュールだろうが。

「……何ぼ~っとしてるの?」

「いや、アーチャーさんに悪いなとな」

「いいのよ。自分から言い出したんだし、ね」

 そう言って、忍は恭也の腕に胸を押し付ける。その感触に慌てて周囲を確認する恭也。幸い誰も見ていなかったが、忍はそんな恭也に口の端を吊り上げた。
 そして、耳元に顔を近付け囁いた。

「もう、別に初めてって訳じゃないクセに」

「っ!? 忍!」

 からかうような囁きに、恭也が微かに声を荒げるが、それはただの照れ隠しだと忍は知っている。
 スッと恭也から体を放すと、悪戯めいた笑みを見せて走り出す。勿論、去り際に―――。

「恭也のムッツリ~」

 そう、捨て台詞を忘れずに。それに恭也は呆れながらも、ため息を吐いて追い駆ける。まだ水着にはなっていないが、仕方ない。
 ここで追い駆けなければ、確実に後で拗ねるか文句を言われるからだ。

(ったく、忍の奴も子供みたいなとこがあるんだからな。……ま、そこが可愛いところでもあるのか)

 さり気無く惚気ながら、恭也は走る。その視線の先には、浅瀬が見える。それも、人目に付きにくいような感じの。
 この後二人は、ライダーが捜しに行くまで姿を見せなかった。現れた時、忍の肌艶が良くなっていたのは……後で分かる事である。



 恭也と忍が揃って浅瀬に消えた頃、浜の方では……。

 水飛沫を上げて、はしゃぎ合うなのはとセイバー。互いに水を掛け合い、笑っている。ライダーは先程から黙々と泳ぎ続けていた。
 その速度は凄まじく、何度も沖と浜を往復しているのだろうが、最早それが何回か分からぬぐらいの速さだった。
 すずかとはやても最初こそ波打ち際で遊んでいたが、今は砂浜で芸術に挑戦していた。
 そして、そんな光景を眺め、アリサは満足そうに頷いて視線を横へと移す。

「……まだ?」

「……もう終わる」

 ポンプを使い、ビーチボールを膨らませているアーチャー。それをまだかまだかと待つアリサ。下拵えを終え、浜へと戻ってきたアーチャーを出迎えたのは、意外にもアリサだった。
 アリサは軽く驚くアーチャーに、無言でポンプとビーチボールを手渡し「小次郎が美由希さんとどこかへ行ったのよ」と告げた。
 そして、それだけでアーチャーは全てを理解し……。

「……終わったぞ」

「ありがとう!」

 こうしてアリサの要望を聞いてやっていたのだ。お願いや頼むからと言わず、要求を突きつけるアリサに、アーチャーがきんのあくまの姿を思い出したのは、言うまでもない。
 恐るべきは過去の記憶か、それとも刷り込まれた世話好きの性か。とにかくアーチャーは、アリサにはどこか逆らえない時があった。

 ビーチボールを抱え、走っていく後姿を見つめながらアーチャーは思う。

(はやてもだが、アリサもどこか凛達を思い起こさせる時がある……主にはやては口調で、アリサは言動だが)

 彼は気付いていない。アリサはともかく、はやての場合は、自分が少なからず原因になっているとは。



 砂浜に対角線を描くように座るなのは達。その四対の視線はビーチボールに注がれている。
 ちなみにセイバーはライダーと遠泳対決をしている。お昼までには帰ってくると言っていたので、なのは達は心配していない。
 セイバーが食事時に帰らないなど、ありえないのだ。

「ほら!」

「ほい」

「え? え? に、にゃぁ~!」

 アリサからはやて。はやてからなのはへ打ち返されたボールは、なのはの上を通り過ぎる。それを何とか打ち返そうとしたなのはだったが、そのままひっくり返ってしまう。
 そう、これはその場から動かずに、何度打ち返せるかを競うルール。はやてが同じ条件になる遊びにこだわる、アリサ提案のボールゲームなのだ。
 意外とこれが楽しく、すずかもアリサも先程から何度も打ち返せず、悔しい思いをしていた。

「なのはちゃん、大丈夫?」

「な、何とか。でも、砂が口に入ったかも……」

 何度かペッペッと繰り返すなのは。それをアリサは笑みを浮かべて見つめていた。
 何しろ、なのはは打ち返した回数が一番少ないのだ。
 原因は、なのはの運動神経だけではない。はやてから打ち返されるボールのコントロールにもあった。
 打ち返せるように調整するアリサやすずかと違い、はやてはボール遊びなどやった事があまりない。
 なので、中々上手い場所にボールを打ち返す事が出来なかったのだ。

「ごめんなぁなのはちゃん。わたしが、もっと上手に返せればええんやけど……」

「いいよいいよ。私が運動音痴なのもあるんだし」

 すまなさそうに謝るはやてに、なのはは笑顔で答える。それに、はやても笑みを返し、告げる。

「よっしゃ! なら、次は絶妙な球を返したるな!」

「うんっ! 私も頑張るよ」

 互いにガッツポーズを見せ合うなのはとはやて。この後、初めて継続回数が三十を超え、四人の盛り上がりは凄いものとなった……。



 煙が立ち上る砂浜。そこにはバーベキューセットを前に、鋭い目で串を睨んでいるアーチャーがいた。
 その周囲には、セイバー達が集まっていた。視線は全て串に向けられている。
 串には、野菜や魚介、肉などが刺さっている。どれもアーチャーによる”仕事”が施されていて、堪らない匂いを出していた。
 なのは達もその匂いに我慢出来ず、遊びを切り上げ、今か今かと待っている。美由希と小次郎も匂いで昼時と理解したのか、砂浜に戻ってきた。
 恭也と忍はまだ姿を見せず、ライダーはそんな二人を捜してくると言ってこの場を離れた。

「いい匂いだよね~」

「まったくです……」

「なのは、セイバー、涎出てるよ」

 美由希の指摘に慌てて口元を拭うなのはとセイバー。その視線の先にあるのは、目にも鮮やかな串の数々。
 魚介の串には、アーチャー特製の醤油ダレが塗られており、それが何とも言えない香りを漂わせる。
 更に、肉の串には、アーチャー作バーベキューソースが塗られているので、その香りもあって相乗効果は高い。
 なのはのように涎とはいかないまでも、アリサやすずかでさえ、その香りには食欲を刺激され、先程からお腹が鳴らないか心配している。

「……これ、何で作ったんや?」

「後でレシピを教えよう。それとさり気無く串を確保しようとするな。それはまだだ」

 タレを真剣に見つめながら、シレッと串(魚介大目)を手にしているはやてに、アーチャーのストップがかかる。
 それを苦い顔で従うはやてだったが、小さく「ケチ」と言うのは忘れない。
 はやてが手にした串はもう食べられる状態になっていた。だが、アーチャー基準では、まだ完全ではないのだ。

「何とでも言え。君には体の事を考慮した串(野菜のみ)をくれてやろう」

「それはおおきに。でも、わたしは野菜よりも、お肉とか魚とかが必要や思うんよ」

「心配いらん。きちんと今日の夕食で食べさせてやる」

「わたしは今食べたいんや!」

 いつものような会話を繰り広げる二人に、なのは達は苦笑い。仲がいいのは結構なのだが、今ははやての大声がお腹に響く。
 食欲を刺激する匂い。滴るタレとソースの音。見るからに美味しそうな串の数々。それに、なのは達の我慢も限界を迎えるところで……。

「良し、ここから先はもういいぞ」

「「「「やったぁ!」」」」

 思い思いに串に手を伸ばすなのは達。それを微笑ましく見ている美由希と小次郎。セイバーは、既に串を両手に確保しているところが恐ろしい。しかも、肉と魚介の大目のものだ。
 そんなセイバーに視線を送っていたアーチャーだったが、それにセイバーが気付き―――。

「な、なんですかっ」

「……いや、何でもない」

 どこか恥ずかしそうなセイバーに、アーチャーは何も言わず、黙々と串に食材を刺しては、網に置いていくのであった……。



 その頃、ライダーは困惑していた。気配を探り、二人を見つけたのだが、そこで展開されていたのは所謂”情事”というもので……。

(さて、いつ声を掛けるべきでしょうか)

 視線の先では、忍が恭也に馬乗りになっている。どうやら互いに行為に夢中になり、周囲の気配に気付かないようだ。
 ライダーは何とか自発的に気付いてもらおうと、先程から気配を敢えて出しているのだが、それが効果なしと判断した。

 ふと視線を後方へと向ければ、すずか達が楽しそうに食事をしているのが見える。
 それを微笑ましく思う反面、ライダーは自身の空腹を感じていた。受肉した事により、三度の食事が欠かせないものになったためだ。
 それに、今日の昼食はアーチャー作。それはライダーにとっては中々味わえないものなので……。

(何か手はないでしょうか? このままではセイバーに粗方食べられてしまいます)

 何としても食べたかったのだ。勘違いしてはいけないが、ライダーは食欲魔神ではない。
 ただ、どこか士郎の料理を思わせる味に、彼女は郷愁にも似たものを感じているのだ。

 ふと気付けば、恭也と忍が互いに息を切らせて抱きしめあっていた。どうやらきりがついたようだ。
 それを認識するや、ライダーは静かにそこから若干離れ、声を出した。

「シノブ~、キョウヤ~、どこですか~? もう、昼食の時間ですよ~」

 その瞬間、二人のいる方から物音がした。慌てる息遣いやうろたえる声まで聞こえる。
 ライダーはそれを確認し、息を吐いて空を見上げる。そこには雲一つない青空がある。

「……この暑さが二人を狂わせたのでしょうか」

 思わず言ったその呟きは、幸運にも二人に聞かれる事はなかった。だが、二人が姿を見せた途端、ライダーは棒読みに近い感じでこう言った。

「ああ、こんなところにいたのですね。捜しました。では、私は先に戻っていますので」

 二人が言い訳をする暇すら与えず、ライダーは走り去った。それを二人はただ呆然と見送るしか出来なかった……。



 そんなこんなの海水浴も終わりを告げ、太陽の光が夕日に変わり出す。
 後ろ髪を引かれる思いのなのは達だったが、それでも誰も文句を言わずに車へと乗り込んだ。

 夕日を浴びながら走るマイクロバス。その車内では、なのは達子供組が安らかな寝息を立てていた。
 すずかとはやてが互いにもたれあいながら眠り、アリサは小次郎に寄りかかって眠っている。
 それを微笑みながら見つめる美由希と忍。アーチャーはライダーの話相手をし、小次郎はアリサが起きぬように気をつかいながら、水平線に沈む夕日を眺めていた。
 そして、なのははといえば……。

「やれやれ……」

 セイバーにもたれかかって眠っていた。恭也がそんななのはに上着をかけて、小さく笑う。
 何故なら、なのはがセイバーの手をしっかりと握っていたからだ。
 そんな微笑ましい光景を見て、恭也は心から思う。こんな時間がずっと続くように、と。
 恭也が二人からそっと離れ、忍の横に座る。美由希は景色ばかり見ている小次郎の後ろへ行き、今日の感想を尋ねていた。

「んっ……セイバぁ……」

「……何ですか?」

 寝言に優しく答えるセイバー。それが聞こえたのか、なのはは笑みの形に顔を変えて呟いた。

「大好きぃ……」

 そんな言葉にセイバーは穏やかな表情を浮かべて小さく答えた。

―――私もですよ、なのは。




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無印前の番外編、第一弾。無印より約半年前です。

特にメインはないですが、小次郎と美由希の馴れ初めというか、美由希の意識というか。それがメインですかね?

書いてて、ノエルやファリンを出さなくて良かったと思いました。……地味に水着が思いつかん。

……やはり、こういう雰囲気が一番自分に向いてる気がします。



[21555] 0-EX 空白期その5
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/26 07:25
 時の庭園。そこでランサーがしていた事と言えば、厳しく激しいフェイト達の訓練と、リニスから教わり、フェイト達と共に魔法の勉強。そして……。

「具合はどうだ?」

「ええ。それなりね」

 プレシアの精神安定だった。それがある意味では一番大きな役割ともいえる。これがなければ、おそらくあの結末はなかったのだから。
 ランサーの声に、柔らかい声で答えるプレシア。ランサーがプレシアの治療に手を貸すようになって既にかなりの時間が経ち、初めこそ声にも棘があったプレシアだったが、それも大分和らいだ。
 というのも、ランサーがそれを注意したのだ。心を休ませなければ、体が休まらないと。それにプレシアも納得し、段々とではあるが口調を穏やかにしていった。

 現在、プレシアの部屋にはリニスがいない。リニスはアルフとフェイトと共に昼食の支度をしているのだ。
 その際、リニスからランサーは言われたのだ。プレシアが話をしたいと言っていると。

「そりゃ良かった。で、話があるって聞いたんだが?」

「……アリシアの事を何とか出来るかもしれないわ」

「……教えてくれ」

 真剣な眼差しでプレシアを見つめるランサー。その輝きと力強さにプレシアは言いようのない安心感を覚える。
 プレシアは知らない。自分がランサーに向ける視線が、単なる信頼出来る相手へ向ける視線ではなくなっている事を。
 それをリニスが見ればこう言っただろう。それは、親愛の情を持つ相手に向けるものだと。


女達の想い



 プレシアがランサーにしたのは、ジュエルシードと呼ばれるロストロギアの話だった。その情報を聞いた時、ランサーは疑問に感じた事があった。それは、その情報をどこから入手したのかという事。
 それにプレシアはどこか悪戯っぽく笑った。その笑みにランサーは少し驚くも、同じように笑みを返した。

「……管理局に少し、ね」

「へぇ……バレないようにしたんだろうな?」

「誰に言ってるのかしら? そんな簡単に分かりはしないわ。それに分かる頃には、ジュエルシード自体は行方不明よ」

(こんな風に楽しく会話するのなんて久しぶりね。アリシアが生きていた頃以来かしら……?)

 そう思い、プレシアはおかしそうに笑う。ランサーは、そんなプレシアにやや不思議そうな表情を浮かべるが、別に悪い反応ではないと思い、特に何も言わなかった。
 だが、そのプレシアの笑みがどこか少女のような雰囲気に思え、からかいを含めて呟いた。

「結構可愛く笑うじゃね~か」

「っ?!」

「ま、お前がそう言うなら心配ないな……信頼してるぜ」

 ランサーの言葉に動揺して頬を赤く染めるプレシア。それを見て、満足そうにランサーはその場を静かに離れる。
 そして、そのまま扉まで歩き、プレシアの方へ視線だけ向けて告げる。

「俺がお前を信じるように、お前も俺を信じろ。絶対損はさせねぇ」

 そう言い切ってランサーは部屋を出る。その後姿を見送って、プレシアはどこか見惚れたように呟いた。

「損どころか、もう十分得をさせてもらっているようなものよ」

 そして、こんな事を思い、プレシアは目を閉じる。

(ランサー、貴方が私を信じるのなら、私も貴方を信じるわ。それが……例えどんな事であっても……)

 それは、こう思っているから。望みがなくなった自分に、ランサーがどんなモノを与えてくれたか知っているから。

―――貴方に会えた。希望を貰った。それだけでも、私は得をしてるわ。



 テスタロッサ家の食卓は戦争だ。といっても、ランサーとアルフが取り合うだけで、リニスとフェイトは別に争う気はないのだが。

「あ、それアタシの!」

「へっ、俺の視界に入ったのが運の尽きだ」

 今日もまた、ランサーがアルフの食べようとしていた鳥のもも焼きを奪い取り、笑みと共にそれにかぶりつく。それを悔しそうに睨みながら、アルフも負けじと、ランサーお気に入りのローストビーフを鷲掴み、その口へとほうばる。
 それにランサーが怒りながらもどこか楽しそうにその手を料理へ伸ばす。アルフも笑顔を浮かべてそうはさせじと手を伸ばす。

 それを見ながらリニスとフェイトは苦笑い。食事が賑やかなのはいいのだが、些か騒々しすぎるのだ。
 故に、リニスがやれやれといった表情で立ち上がり、料理の載った皿を取り合う二人に対して……。

「いい加減にしてください」

 バインド。それも幾重にも重ねたものだ。ランサーとアルフがそれに気付き、水を打ったように静まり返る。
 そう、それはリニスが我慢の限界寸前の合図。それ以上騒ぎ取り合うなら、一切の食事の支度を自分達でやれという暗黙の宣告。
 実際、以前同じ事をされ、二人はリニスの食事を三日間お預けにされたのだ。フェイトとリニスだけ美味しそうに料理を食べる中、二人が許されたのは、保存食の缶詰とレトルトだけ。
 最初こそ平然と食べていた二人だったが、流石に同じものばかり三日も続けば嫌になるもので、リニスに謝って許してもらった経緯があった。

「ふ、二人共、仲良く食べよ?」

「そそそ、そうだね。フェイトの言う通りだ」

「お、おう。いや、俺はそろそろアルフに譲ってやろうとだな……」

 ドンッと音を立て、リニスが椅子に腰掛けた。その表情はとてもいい笑顔。だが、ランサーとアルフは知っている。あの笑顔の下には、般若の顔が隠れているのを。
 だからこそ、無言で座る。そして、黙って食べる。普段なら使わないナイフやフォークを使って。それを見て、リニスが頷く。フェイトはそんな三人を見て小さく呟く。

「リニス、二人のお母さんみたい」

 その呟きに気付かず、リニスはただ黙って二人が食べ終わるのを見つめていた……。



 食事の後片付けをフェイトとアルフに任せ、リニスとランサーはある部屋に来ていた。そこはデバイスルーム。
 かつてリニスがバルディッシュを製作して以来、整備以外では使われていない部屋。だが、そこで最近行なっている事がある。

「ではランサー、これに太陽のルーンを」

「おう」

 リニスが手渡したのは、一般的に”ストレージ”と呼ばれる魔法のデバイス。バルディッシュが”インテリジェント”と呼ばれるのは、優秀な人工知能を有しているためである。
 優秀なインテリジェントデバイスだが、欠点もあり、一つはコストが高い事。もう一つは適性があり、どんな優秀な魔導師でも、それに適応出来なければインテリジェントは使いこなせない事が挙げられる。
 対するストレージは、何のくせもなく誰でも使える反面、これといった強みもないのだが、コストも低いため、大抵の魔導師がこのストレージを使っているのだ。

 だからこそ、主流として使われているストレージを強化する事をリニスは考えた。道具としての機能。それをコストを掛けず高める。そこで注目したのがルーンだった。
 力を象徴する”太陽”と守りの”大鹿”を刻む事で、魔法の威力やバリアジャケットの防御力を底上げしようと考えたのだ。

「……終わったぜ」

「では、早速」

 だが、リニスもいきなり二つのルーンを刻む事はしない。一つずつ試し、それぞれでデータを得てから二つを試す事にしていた。
 そして、まず太陽のルーンを刻まれたストレージを手に、ランサーへ向かって魔法を放つ。

「バインドッ」

「ぬっ……」

 見た目は普通のバインド。だが、リニスは確信した。それがいつもよりも強化されている事に。何故なら、ランサーが解除するのに手間取っているからだ。
 普段ならば、ただのバインドなど五秒ともたない。それが、今のバインドは実に十秒以上ランサーを拘束しているのだ。そして、バインドをランサーが解除したところで、リニスは感想を尋ねた。

「……どうですか」

「話を聞いた時はどうかと思ったが……厄介だな、これは」

 ランサーはどこか嬉しそうに答えた。そう、これはあくまでも実験だった。魔術と魔法の融合。その目的は、アリシアの再生とプレシアの治療に役立てるため。
 今回の事でルーンがデバイスに影響を与えるのは分かった。そして、それが魔法の構造の脆さを補強しているのは、ランサー自身が感じ取った。
 これを応用し、治療系の魔法も効果を上昇させる事が出来れば、プレシアの病気も何とか出来るかもしれない。

「では、次は大鹿をお願いします」

「おう!」

 想像以上に上手くいったため、ランサーとしても気合が入ったのだろう。リニスから手渡されたデバイスに、先程よりも意気揚々とルーンを刻む。
 そうして、ルーンを刻まれたデバイスは結論を言えば守りに関するもの全てが向上していた。シールド等の身を守る魔法に留まらず、バリアジャケットの強度や相手からの魔法に対する耐性も向上している事が後に分かる。
 これを基にデータを取り、後にリニスとランサーはインテリジェントにも適応させ、守りはなのはに、力をフェイトに付与させる事となる。

「では、最後に両方をお願いします」

「うしっ!」

 最後に二つを組み合わせたデバイスを使ったのだが、これが予想だにしない結果をもたらす。

「では、まず……」

 バリアジャケットを展開しようとリニスがデバイスを起動させた瞬間、デバイスから恐ろしい程の魔力が放出される。
 それをランサーが感じ取り、その手に槍を出現させ、リニスの手からデバイスを弾き飛ばす。そして、リニスの傍へ駆け寄るとかばうようにその体を抱き寄せた。

 それが完了するかしないかのタイミングでデバイスが爆発した。その音に目を閉じるリニス。ランサーはリニスを守りながら、その視線をデバイスへと向けていた。
 爆発した原因は分からないが、おそらく二つのルーンの加護をデバイスが受け入れられなかったのだろうと、リニスは結論付けた。
 処理能力や許容量などがあるように、魔術の付与も限界があるのだろうと。その推測に、ランサーも納得した。
 元々この世界にない魔術。それに魔法世界の道具が適応出来たのだけでも凄い事なのだ。故に、欲張り過ぎてはいけないのだ。これは、本来ありえない力なのだから。

「しかし、これだけでも収穫だな」

「そうですね。ただ……まだバルディッシュには」

「ああ。壊れないとは言い切れないからな」

 ランサーの言葉にリニスは無言で頷く。そう、まだ永続的に使えると分かった訳ではないのだ。それも含めた実験をしなければならない。

「でも、一歩前進です。いつか完全に魔法と魔術を融合させてみせます」

「頼む。俺は、生憎ルーンしか使えないもんでな」

 そう言ってランサーは悔しげな表情を見せる。他の魔術も知識としてはある。だが、使えなければ意味がない。
 その知識の中には、上手くすればプレシアに使えるものもある。だが、それをどうすれば使えるのかがランサーにはわからない。
 効果は知っていても、使用法を理解していない。それがランサーの知識の欠点。聖杯戦争の際、座から得た情報はあくまでランサーとして役に立つものだった。
 キャスターとして召喚されていても、それはきっと変わらないだろう。何故ならば、それは彼が生きた時代には無かった魔術なのだから。

 そんな悔しそうなランサーを見つめ、リニスは胸の動悸を落ち着かせようとしていた。先程の爆発から自分を守ったランサー。
 その胸に抱かれ、リニスは改めて感じたのだ。自分が強くランサーを意識しているのを。

(さっきのランサーの顔、とても雄々しかったです……あれが”漢”の顔というものなのですね)

 リニスは山猫を素体とした使い魔である。つまり、普通の男よりも強い男に惹かれ易いのだ。それも、理性ではなく本能で。
 故に心奪われる。嘘偽りない想いをぶつけるランサーに。自分を飾らないその生き方に。どこまでも実直に、どこまでも豪胆に己を貫き通すランサーに。

 そんな風にランサーへ想いを寄せるリニス。だが、それを口にはしない。まだ、そんな事を言い出せる状況ではないからだ。
 それを深く理解しているからこそ、リニスは尽くす。プレシアに、ランサーに。いつか全てをやり遂げた時、その時がこの想いを明かす時なのだと。

(その時、貴方は私を受け止めてくれますか?)

 そんなリニスの想いを知らず、ランサーは砕け散ったデバイスを見つめるのであった……。



「よぉ」

「……フェイトはもう寝たよ」

「そうか……なら丁度いいな」

 深夜と呼んで差し支えない時間。急にランサーがフェイトの部屋を訪れた。だが、目的はフェイトではなくアルフだったようで、ニヤリといった笑みを見せてアルフを手招きした。
 それに不思議がるアルフだったが、ランサーの表情からは悪意はしないため、いそいそと部屋を出る。

 部屋を出た所で、ランサーが手にしているものにアルフの視線が向く。そこにあったのはワイン。しかもグラスまで二つ持って。

「ワインなんてどうすんのさ?」

「決まってんだろ? 飲むんだよ」

 当然といえば当然の答えに、アルフは沈黙。そして、どこか頭を押さえながら告げる。

「アタシさ、飲んだ事ないんだけど」

「ならこれが初めてか。良い女は酒もいけるにこした事はねぇ。今日で慣れとけ」

「いや……あ~、もういいや」

 まだ反論しようと思ったアルフだったが、ランサーがあまりにも楽しそうに笑っているのを見て、それを打ち切った。
 それに、自分も興味があったのだ。アルコールというものに。だから、何の不満も抱かずランサーの部屋までついていく。
 そして、グラスを受け取り、ランサーがコルクを指で摘んで抜くのを見ても、アルフはそれがおかしい事だとは思わなかった。
 後に、コルクを取るための道具があるのを知った時も「ああ、そうなんだ。でも、ランサーならそれ無しで開けれるよ」と、むしろ笑ったぐらいだ。

 グラスへ注がれる赤い液体を眺めるアルフ。その鮮やかな色合いに、アルフは思わず「キレイ……」と呟いた。
 それを聞いて、ランサーが笑みを浮かべる。そのアルフの声がとても艶めいていたからだ。

「……よし、んじゃ」

「えっと、乾杯……でいいの?」

「そうだな……アルフの初めての飲酒に乾杯ってな」

「はいはい……」

 チンッと澄んだ音を立てるグラスとグラス。ムードの欠片もないが、それが自分達らしいとアルフは思った。試しとばかりにワインを口に入れる。苦いような辛いような、でもどこかクセになるような不思議な味が口の中に広がる。
 美味しいとは言えないが、不味いとも言えない。それがアルフの感想。だが、ランサーは勢い良く飲んでいる。グラスではなく、このまま直接飲みたいと言いながら。

(は~、いい飲みっぷりだねぇ)

 ランサーが三杯目を飲み干す間に、アルフはやっと一杯目を飲み終えた。空になったグラスに、ランサーがお代わりを注ごうとして……。

「アタシはいいよ。ランサーが飲みな。ほら」

「っと……へへ、わりぃな」

 ランサーから瓶を取り上げ、残りをグラスに注いでゆくアルフ。それを嬉しそうに受けるランサー。この酒盛りは、アルフにとっての大事な思い出の一つになる。
 何故なら、このワインを空にした後、ランサーがぼんやりと呟いたのだ。

「……やっぱ、良い女と飲む酒は美味いぜ」

「っ?!」

(こ、こいつ、また良い女って……)

 ランサーの呟きにアルフはやや嬉しそうに顔を背ける。それをランサーは特に気にもせず、空瓶とグラスを持って立ち上がる。

「俺はこれを片付けてくる。お前はフェイトのとこに戻りな」

「……そうする」

 そして、そのままふらりと部屋を出て行き、ドアが閉まる瞬間ぽつりと一言。

「……ありがとよ、付き合ってくれて」

「あっ……」

 アルフが言葉を返そうとした時には、もうドアは閉まった後だった。静まり返る部屋に残され、アルフは呟く。

「……何さ。お礼を言うのはアタシの方だってのに」

 こっちこそ、誘ってくれて嬉しかった。それを言いたかったアルフ。リニスが欲しいと言ったランサー。だからアルフはリニスを応援していた。
 だが、今日の事で気付いた。自分は、ランサーに惚れている。リニスとランサーが一緒にいるのが、最近どこか嫌に感じてた。その理由が、今夜のやり取りで分かった。

(どうしよう……? アタシ、ランサーが好きなんだ……)

 先程から感じる顔の火照りは、決してワインのせいだけではない。ランサーの去り際の言葉。それがずっと頭の中で繰り返される。
 そして、同時に不安に思う。自分はお世辞にもリニスと違い女らしくない。行儀も悪いし、言動も女性らしくない。全てがリニスと違う。

(アタシじゃ……敵いっこないよ、ね)

 初めての恋。初めての想い。でも、それは叶える訳にはいかない。リニスはアルフにとっても姉のような存在。その幸せを邪魔したくない。だけど……。

(辛いよぉ……苦しいよぉ……誰か教えておくれ。アタシ、どうすりゃいいのさ……)

 ランサーのベッドに横たわるアルフ。考えるのはリニスとランサーの笑顔。そして、それを見つめる事しか出来ない自分。
 そんな想像をし、アルフは泣いた。きっと、リニスとランサーが二人でプレシアの世話をするようになった頃なら、彼女はそれを心から祝えただろう。
 だが、今はもうそれが出来ない。度重なる訓練や食事、そして今回のようにたまに過ごす二人の時間。それが、アルフを変えてしまった。
 使い魔ではなく、一人の女へ。何も知らない子供から、恋を知った女性へと。

 この日を境に、アルフはランサーをどこか熱っぽく見るようになる。それにリニスは気付くも、何も言わなかった。
 それは、気を遣ったのでもなく理解出来なかったのでもない。それは自分も同じだったから。だから、リニスは言わない。アルフの成長と変化を嬉しく、どこか複雑に思いながら。

(ランサー、アルフまで変えてしまうなんて……いえ、私も変わったのです。本当に貴方は……凄い漢なのですね)

(アタシ、決めたよ。いつかこの気持ちをアンタにぶつける。それでどうなっても、アタシは構わない)


二人は知らない。既に彼を慕っている者が、想いを寄せる者がいる事を。二人がその女性を知るのは、まだ先の話……。




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空白期のランサーとそれを取り巻く女性の話。

無印では、少し唐突に見えたアルフの告白。あれを補強するべく書いた話です。

……これ、ある意味準備編でやらなきゃいけなかったかも……。

それと、お分かりでしょうが、ランサーはあの女性にもフラグ立ててました。うん……フェイト達にお父さんが出来るかも?



[21555] 1-EX 出会い編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/31 07:32
 地球からそう離れていないとある管理世界。辺境世界とも呼ばれるここに、一人の管理局員がいた。彼女は、制服ではなく普段着と少し大きなバッグのみという格好で、転送ポートを後にする。

「……確かに何もないとこだわ」

 外に出て見えるのは、平原と山、それに森というのどかで平和な景色。だが、ここに彼女が来たのは観光などではない。

(勘が正しければ、ここに例の事件に関係する研究施設がある……)

 そう思い、彼女は歩き出す。しかし、その足取りは軽い。それもそのはず、彼女にとって今回の任務は……。

「でもラッキーよね~、休暇も兼ねた仕事なんて。あ~あ、あの人も連れてきたかった~」

 先程までのシリアスはどこへやら。そんな事を呟いて彼女―――クイント・ナカジマは歩き出す。公然とバカンスを楽しむように、彼女は歩く。
 辺境世界ではあるが、何もない訳ではない。住む者も少ないながらも存在し、店や宿泊施設だってあるのだ。だから、クイントにとってこの仕事はまさに至れり尽くせり。

(ま、その分、色々とハードでしょうけど……)

 そう思い、彼女はとりあえず目についた売店でアイスを購入し、食べ始める。彼女は知らない。この世界で人生を大きく変える出会いをする事になるなどと……。


英雄王降臨!



「は~、つっかれた~」

 一日中歩き回り、クイントは唯一の宿泊施設の一室に入るなり、ベッドへ倒れこんだ。気分転換にやってきた管理局員。そんな印象を与えながら、彼女はこの周辺を歩き回ったのだ。
 無論、ただ観光していた訳ではない。情報を確かめるべく、さり気無く聞き込みや調査もしていた。そして、そこから得られたのは……。

(山を越えた先の渓谷、か)

 山で家畜を飼育している男性の話では、その山を越えた先に渓谷があり、そこに住んでいる学者らしき男がいるのだそうだ。
 時折山を降り、日用品等を買いに行き、その男性の農場にもよく発酵食品や肉を買いに来るのだという。
 何故らしきかというと、白衣を着ている事からそう判断したらしい。実際男性が何をしているのか尋ねた際、医療関係の研究をしていると答えたそうだ。

 その話を聞き、クイントは明日そこに調べに行く事にした。犯罪者にしては、無用心と思うかもしれないが、こんな辺境世界ではかえってこそこそしていた方が目につくのだ。
 それに、今回のような辺境では、上辺だけでも人付き合いをしていた方が不信感などを抱かれずにすむのだ。そして、辺境故に管理局の目も届きにくい。自然保護などをしている世界ならいざ知らず、ここのようなただのどかに暮らしているだけの世界は、管理局自体もあまり目を光らせていないのも事実。

 だから、今回クイントが所属する首都防衛隊の一つ『ゼスト隊』に情報が来たのは、まさに運が良かったとしか言えない。
 ゼスト隊の隊舎で料理長を務める女性が、ここの農場と懇意にしており、いつもここからバター等を仕入れていたのだ。それが、ここ最近量が減ったので不思議に思い尋ねたところ、農場主から先程と似た話を聞かされたのだ。

 それを聞き、クイントが不審に思い、隊長のゼスト・グランガイツへ調査を申し出たのだ。そう、管理局に届出のない研究機関があるかもしれないと。そしてそれが何を意味するのかを。
 だからクイントは頼み込んだ。もしかしたら思わぬモノに繋がるかもしれないと。それを聞いてもゼストは渋ったが、クイントの『女の勘』主張に押し切られる形で許可を出した。
 だが、表向きは捜査ではなく休暇扱い。それは何も無かった時のため、ゼストが気を回したからだった。まぁ、それをクイントは知らないのだが。

「とりあえず、今日はもう休んで……明日に備えよ~」

 そう呟き、クイントは伸びをした。そして、一度寝返りを打って……。

「あ、そろそろ夕食の時間だ」

 むくりと起き上がり、鼻歌混じりに歩き出す。後にこの宿の主人は語る。あれ程大量の食事を食べる人を初めて見た、と……。



 明けて翌朝。クイントは決めていた通り、山向こうの渓谷を目指して歩き出した。整備された道が終わり、険しい山道になっても、もくもくとクイントは歩いた。普通の人間ならとっくにへばっているだろう傾斜もものともせず、クイントは山を登りきった。
 山頂からの景色にしばし体を休め、宿の主人が持たせてくれた弁当を取り出すクイント。

 簡単なサンドイッチだったが、それをクイントは感謝しながら食べる。量は、彼女からすれば少なかったが、それでも常人なら満腹になる程度はあった。
 それをあっさりと平らげ、クイントは再び歩き出す。農場の男性が教えてくれた話を思い出しながら、山を下っていく。

(……アレ、ね。確かにただの小屋みたいだけど……)

 やがて、その視界に山小屋らしき建物が見えてくる。とても何か研究しているようには見えないそれを、クイントは注意深く観察する。
 人気はない。気配もない。だが、おそらくサーチャーの類はあるとクイントは踏んでいた。

 慎重に小屋へと近付くクイント。そして、小屋の扉へと手を伸ばし……。

「すいませ~ん。誰かいらっしゃいますか~?」

 ノックした。ぱっと見は迷った観光客にも見えるクイント。それに対して何らかのリアクションがあれば、と思ったのだが……。

(反応無し、ね……)

 予想通り何の反応もなかった。それにクイントは躊躇いもなく扉を開けた。鍵が掛かっていたようだが関係ない。魔力で強化した状態の彼女は、常人では有り得ない力を出せる。
 そして、小屋の中に踏み込んだクイントは、すぐさま中を見渡し、床の一部だけ音が違う事に気付き、そこに思いっきり拳を打ち付ける。

 そこに現れたのは、地下への階段。それを見てクイントは確信を得る。ここは、自分達が追い駆ける事件と繋がる場所に違いないと。
 そして、持ってきた荷物の中から愛用のデバイスを取り出し、身に付ける。リボルバーナックルと呼ばれるそれは、ストレージに属する物なのだが、クイント専用デバイスのため、クイントにとってはインテリジェントよりも優秀なデバイスである。
 そして、自作のローラーブーツ。これもクイント専用のデバイスだ。クイントの戦い方は、一般的な魔導師とは違うので、こういう特殊なデバイスが求められた。

―――シューティングアーツ。

 簡単に説明するなら、一撃離脱を信条とする格闘技。相手の懐に入り込み、強烈な一撃を叩き込む戦闘スタイル。
 一撃必倒。それがクイントのモットーであり、シューティングアーツの極意。それを実践するには、高速移動が出来るにこした事はないので、ローラーブーツが創られたのだ。

「さ、行くわよっ!」

 そして、装備を終えたクイントは、自分に気合を入れるようにそう告げると、階段を駆け下りて行った……。



「何よ……これ……」

 あの後、長い地下通路で彼女を待っていたのは、金で雇われたであろう違法魔導師達だった。だが、ランクとしては高い者でもおそらくB。しかも、自分より強い相手と戦闘した事のない者達だったようで、クイント一人を相手に十五人という差を使いながら、連携も取れないわ戦術もないわで話にならなかった。
 それを一人残らず倒し、デバイスを使われる事のないように破壊し、全員をバインドで拘束して通路へ放置してきたのだ。

 そんなクイントが通路を抜けた先で見た物は、想像だにしないものだった。
自分によく似た髪をした少女が二人、ポッドに入れられている。そこにいた研究者らしき男を捕まえ、事情を聞こうとするも、男は何も知らないと言って聞かなかった。

 仕方なくクイントは男を気絶させ、そこにあった端末からデータをコピーしようと操作を始めた。だが、そこに表示されたのは信じられない事実。

「そ、そんな……」

(私の遺伝子が使われているですって?!)

 その少女二人は、事もあろうにクイントの遺伝子を基に作り出された存在だったのだ。それを裏付ける証拠もそこにはあった。
 クイント自身のパーソナルデータである。生年月日から現在の住所までが詳しく表記されていた。それを見て、クイントは愕然となりながらも、冷静にこの事を考えていた。

(どういう事? 誰かが私の遺伝子を手に入れて、クローン培養した……? でも、それに何の意味が?)

 そんなクイントの前に今度は別のデータが表示される。それは、ランクの高い管理局員全員のデータ。ただ、クイント程詳しくはなかったが。
 そのデータに共通するのは、どれも最後に『適合率』との文字があり、それが低い事だった。その事がクイントに推理の答えを出させた。

(そうか! 私だけじゃなく、ランクの高い管理局員の中から”戦闘機人”に適合しやすい者を選び出していたのね。
 そして、私が一番数値が高かった。だから私の遺伝子を基にこの子達を……)

 そう結論付け、クイントは唇を噛む。その答えが導き出すものを悟ったからだ。つまり、管理局内部に犯罪者と通じている存在がいる。それも上層部に。
 出なければ、局員全員のデータなど得られるはずがない。そして、クイントの遺伝子を確保する事も。

 そんな事を考えていたクイントだったが、意識を現実に戻し、ポッドへ視線を向けた。そこにいる二つの命。それは自分の遺伝子から生まれた少女達なのだと。それを思い、クイントは考えるより先にポッドからその二人を解き放つべく動いた。
 パネルを操作し、外界を遮っていたガラスが無くなった途端、クイントは幼い二人の少女へ駆け寄り、暖めるように抱きしめた。

「……ぁ……」

「ぅ……」

 その温もりに少女達は目を覚まし、自分達を抱きしめる存在に気付いた。だが、驚く事なく二人はそのままクイントを抱きしめ返した。
 本能の部分でクイントが自分達の味方だと悟ったのだろう。その証拠に、二人は満面の笑みを浮かべている。

「おはよう……そして初めまして。私が……母さんよ」

「母さん?」

「おかあ……さん?」

 クイントが想いを込めて告げた言葉に、少女達は首を傾げる。だが、その微笑ましい光景を邪魔する者がいた。そう、気絶していた男である。
 彼は、クイントの意識が少女達に向いた時に目を覚ました。幸いバインドされていなかったため、彼はクイントを倒せる手段を実行する事が出来た。

 彼は三人に気付かれぬように、静かに端末の置かれているデスクへと近付く。そして、ゆっくりとその引き出しを開ける。そこに入っていたのは、質量兵器と呼ばれる物。大の男でも両手で支えねば、反動で骨が外れる事もあるマグナムと呼ばれる大口径の銃だ。

 彼はそれを手にし、クイントへその照準を合わせる。そして、その頭を狙って発射した。この時、クイントが向けていたのが背中でなければ別の結末が待っていたかもしれない。
 背中ではなく、横顔なら男の行動に気付いたのはクイントだったのだから。だが、背中で起きた事を知りえるような力をクイントは持っていない。だから、気付いたのは自ずと……。

「「あっ!」」

「えっ? ……くっ!」

 少女達だった。男が銃を構え、クイントに狙いを定めた瞬間、それに気付き二人して声を上げた。その声にクイントも意識を後方へ向けて、際どく弾丸を防いだ。
 だが、受けたリボルバーナックルにはヒビが入った事からも、その破壊力が窺える。それを見て、クイントは少女達を背中で守るように隠す。

 クイント一人ならば、男の下へ近付きすぐに解決出来ただろう。だが、今動けば少女達に被害が出る可能性もある。クイントは男がきちんと狙いを付けられない事を悟っていた。
 先程の一撃も、おそらく頭部を狙ったのだが、弾丸は頭部ではなく彼女の右肩へ向かっていたのだ。

(下手に動けば……あの子達に狙いがいく……!)

 クイントが動けないのはそれを恐れているから。男が破れかぶれになり、銃を乱射でもされたら防ぎようがない。先程の衝撃から、クイントの使う防御魔法では、もしかすると危険かもしれないとの判断もそれに拍車を掛ける。
 だから動けない。クイントに取れる手段はただ一つ。相手の弾が無くなるまで防ぎ切るのみ。だが……。

 男が次に行なったのは、銃撃ではなかった。そして投降でもなかった。彼が狙ったのは、手元にある何かのスイッチ。
 それを男は躊躇いもなく押し、大声で叫んだ。

「ハハッ!! これでお前も終わりだぁ!」

「どういう事よっ!?」

「今押したのは、周囲を崩落させるものだ。研究成果を失うのは癪だが、管理局に渡すぐらいならいっそこの手で……」

「バカな事を……っ! 今すぐ止めなさいっ!」

 クイントの叫びを男は最早聞いていないのか、そのまま笑って自分の頭に銃を突きつける。それを見た瞬間、クイントは咄嗟に少女達を抱き寄せ、その視界を塞ぐ。
 突然の事に驚く二人だったが、直後に聞こえた轟音に銃声は掻き消された。そして、クイントは必死の想いで周囲にバリアを展開する。

(お願いっ! 何とか耐えて!!)

 その腕にいる幼い命を守るために……。



「ねぇ……ねぇってば」

「う、ううん……?」

「あ、起きた……」

 体を揺さぶられ、クイントが目を覚ますとそこには笑顔の少女達がいた。その顔に煤汚れがあるものの、怪我等は見当たらない事にクイントは安堵の表情を浮かべた。
 そして、周囲を見渡してクイントは愕然となる。何とか三人がいる場所だけは空間が残されているが、周囲を岩で覆われていたのだ。
 それを見て、自分達の状況を把握しひとまずの安全を理解するクイントだったが、先程の崩落で完全に生き埋めにされたと思い返し、その表情を曇らせる。
 だが、それを見た少女達が不思議そうに顔を覗き込んだ。その顔を見た瞬間、クイントは笑顔を見せる。

(ダメ! 私が不安になってどうするのよ! 絶対、この子達と一緒に帰るんだから!)

「どうしたの?」

「ううん。何でもないわ」

「ね、さっきの人はどうなったの?」

 背の高い方の少女がそうクイントに尋ねた。それに背の低い少女も気になったようで、クイントの方へ視線を向けた。その無邪気な視線に心を痛めながら、クイントは誤魔化す事にした。
 分からない、と。それは嘘だった。クイントは知っている。あの時男が取った行動がもたらすものを。だが、それを聞かせるには二人は幼すぎる。

 故に真実は言わない。そして、話題を無理矢理変える。この事を早く忘れてくれるように。

「ね? どれぐらい私寝てた?」

「う~ん……分かんない」

「たくさんじゃなかったよ。少し、かな?」

 話の例え方が可愛らしく、クイントはつい笑みをこぼす。それに二人も笑顔を返す。不思議とそれだけでクイントの中に希望が湧いてくる。
 まだ生きてる。必ずここから出られると。しかし、周囲の状況を考えると迂闊な事は出来ないのが現状だった。

(魔法を使えば何とか道は作れるかもしれない。でも、その衝撃でまた崩落しないとも限らない)

 今ある空間もいつ崩れるか分からないようなものなのだ。下手をすれば完全に潰れる事になりかねない。そう判断しながら、クイントは何とかここから脱出する方法を考える。
 そんなクイントとは正反対に、二人の少女達は気楽なものだった。彼女達は基本外に出る事があまりなかった。出る時は検査や実験等のあまり良い事ではなかったのだ。

「ね、あの石大きいね」

「ホントだ。でも、大きい石はたくさんあるよ?」

「どれが一番大きいかなぁ」

「う~ん……あれ」

 背の低い少女の問いかけに答える背の高い少女。その表情は一様に明るい。この状況を正しく理解していないのか、それともそれを考えまいとしているのかは分からない。
 だが、その視線はやがてクイントへと向けられる。その深刻そうな表情を見て、二人は初めて困った顔を見せた。

「……どうしたの?」

「……え?」

「凄く……怖い顔してる」

 その言葉にクイントはハッとした。そして、誤魔化していいものかと悩んだ。幼いながらも、この二人が状況を理解するのも時間の問題だ。
 その時に落ち着かせるより、今の内にしっかりと説明し、理解させるべきか。そんな考えがクイントの頭をよぎる。

 その迷いを感じ取ったのか、二人は互いに顔を見合わせ頷いてクイントの手に自分達の手を重ねた。

「え……?」

「大丈夫だよ」

「うん。きっと助けが来てくれるから」

 二人の言葉にクイントは心震えた。幼い二人が険しい表情の自分を見て、あろう事か励ましてきたのだ。本来ならそれは大人である自分の役目にも関わらず。
 幼いながらも優しさと思いやりを持っている二人をクイントは優しく抱き寄せ、心から願った。

(何でもいい! この二人を助ける力を! 私に、この困難を切り開く力をっ!!)

 その想いを感じ取ったのか、二人も願う。それは、純粋な想い。心から願う初めての祈り。

((私達を助けてくれる人が来ますように……))

 そして、その三人の想いは形となり、全てを切り開く力を呼び出した。

「ん? ここは……? どうやら”現世”のようだが……」

 何が起こったのか、クイントには理解出来なかった。だが、一つ言えるのは、突然現れた目の前にいる金色の鎧を着た存在が、自分よりも遥か高みにいる者という事。
 その身に纏う存在感。圧倒的な威圧感と神々しさ。それらが目の前の相手の異常さを伝えてくる。そんな風にクイントがその雰囲気に呑まれている間にも、二人の少女はそれに物怖じせず、とてとてと近付き……。

「ぬ?」

「ねぇ、お兄さん誰?」

「どこから来たの?」

 無邪気に問いかけた。それに男は不思議そうな表情を浮かべるも、すぐに偉そうな表情に変え、高らかに言い放った。

オレは、英雄王ギルガメッシュ。その名を知らぬ者はいない真の英雄よ」

 高笑いさえするギルガメッシュ。それを聞いて二人は顔を見合わせ―――首を傾げた。

「「……誰?」」

「なっ……!」

 流石に知らないとは思っていなかったのか、ギルガメッシュは二人の言葉に驚愕し、そして再度告げた。

「ええい、知らぬのか! 全ての財を手にし、最初にして最後の真なる王! それが我、ギルガメッシュだ!」

「「……知らない」」

「だあぁぁぁぁ!!」

 絶叫。その声で再び崩落が起きるかもと思わせるような声だった。それを二人は耳を塞ぎながらも、楽しそうに笑っていた。
 そんな光景を、クイントはただ呆然と眺めていた。自分は身動きさえ出来なかった相手。それに何の警戒心さえなく近付き、会話する二人に驚いていた。

 絶叫が止んだ後も、二人はギルガメッシュに問いかける。どこから来たのか、何で鎧を着ているのか等、実に子供らしく目についた事を次々に尋ねていく。
 それをどこかウンザリしながら、簡単に答えようとするギルガメッシュ。まぁ、大抵ギルガメッシュが話し終わる前に次の質問をし「我の話を聞け!」と言われていた。それでも、二人が怯えない程度に加減はしていたようだが。

 そんな質問も終わり、二人が満足したのを見て、やっとギルガメッシュがクイントに気付いた。視線が合ったのだ。だが、それは先程まで二人に向けていたものとは違い、冷たくまるでクイントを物か何かとしか見ていない眼差しだった。
 それに、クイントは本能的に危機を感じる。だが、それにも関わらず体が動こうとはしなかった。無理だ。あれからは逃げられない。そんな感覚がクイントの全身を包む。

「ほぅ……雑種がいたか。丁度よい。ここは……む?」

 突然クイントを見ていたギルガメッシュの視線が変わる。それは、微かだがクイントをクイントとして見つめた視線。それにクイントは戸惑うも、その後のギルガメッシュの一言でその理由を悟る。

「貴様、この娘達の母親か……?」

「えっ……? あっ!」

 ギルガメッシュは、僅かな共通点からある父娘の関係を見抜いた男だ。故に、クイントと二人の関係もすぐに感じたのだろう。

「どうなのだ。はっきりしろ」

「わ、私は……」

 先程は色々あって思わず母親と名乗ったが、本当に自分がそう名乗っていいのかとクイントは迷っていた。遺伝学上は確かに肉親と呼べるかもしれない。だが、実際には自分の腹を痛めて産んだ子達ではないのだ。
 そのクイントの迷いをギルガメッシュは感じ、興味を失ったように告げた。

「……まぁよい。我が聞いたにも関わらず、答えぬとは礼儀を知らぬな。雑種は雑種か……もうよい、娘に免じて許す。疾く失せろ」

 ギルガメッシュはそう言うと、踵を返し、その場を離れようとして周囲の状況に気付いたようだ。完全に岩で道は塞がれ、出る事は出来なくなっている。
 それに舌打ちをし、ギルガメッシュが何かをしようとしたのを見た瞬間、クイントは崩落を恐れ、反射的に叫んだ。

「止めて!」

「……我の許可無く発言し、しかも行動を妨げるか。先程は見逃したが、此度はない」

 そう言ってギルガメッシュは腕を上げる。すると、何もなかったはずの空間に大量の武器が現れたのだ。それを見て、クイントは驚愕する。

(転送魔法?! しかも、これだけの数を一瞬で?!)

 彼女の同僚にも優秀な召喚魔導師がいるが、その彼女でさえ今のような芸当は出来ないだろう。そうクイントは思い、同時に戦慄した。その標的はどう考えても自分だったからだ。
 その事実を認識し、クイントは明確な死を覚悟した。絶望を肌で感じていたのだ。

「疾く失せろと言ったにも関わらず存在し、更に我の邪魔をする。礼儀知らずの雑種よなぁ……」

 クイントの表情に何か満足したのか、ギルガメッシュはどこか楽しそうにそう言った。それを呆然と聞くクイントだったが、その視線がある一点を見た瞬間、光を戻した。
 その変化にギルガメッシュも気付き、視線をそこへ向けると……。

「ここにいるよ~」

「お~い、誰かいないですかぁ~?」

 少女達が岩と岩の隙間に向かって楽しそうに笑っていた。それに軽く唖然となるギルガメッシュ。そんな彼に、クイントは真剣な声で告げる。

「お願い。私はどうなってもいい。だから、その子達だけは助けてあげて」

「……我に命令するのか」

「違うわ。私にはそんな力はない。でも、今この場から、あの子達を無事に助け出せる力を持ってるのは貴方だけ。
 だからお願い! あの子達だけはっ!」

 クイントの目に浮かぶ涙を見て、ギルガメッシュは視線をクイントから二人へと向ける。そこには、クイントの必死の言葉に反応し、ギルガメッシュを見上げる二対の瞳があった。

(……チッ! だが、このままでは埒があかんのも事実か。ここがどこかも分からんし……)

「……勘違いするなよ、雑種。我は貴様の願いを聞いた訳ではない。この娘共のためでもない。ただ、我の道を阻むものを吹き飛ばすだけだ」

「……ありがとう」

「ふんっ!」

 クイントの言葉にギルガメッシュは顔を背けると、自分を見上げていた二人を押しのけるようにし、クイントの方へと追いやる。それに少し慌てるように二人はクイントの傍へ行き、ギルガメッシュへ視線を戻す。
 そして、何かしようとするギルガメッシュに向かって、二人は元気良く声を掛けた。

「頑張って~!」

「負けるな~!」

 その声にギルガメッシュは笑みを浮かべ、その手に一振りの剣を取り出す。それは、異様な雰囲気を放つ剣だった。無邪気に声を出していた二人でさえ、息を呑んでしまう程の。
 それはクイントも例外ではない。ただその剣に目を奪われていた。その剣の名は、エア。乖離剣と名付けられし”世界を切り裂いた”宝具。

「些か興が乗った。いいか、余波で吹き飛ばされんようにしておれ。どうなっても我は知らん!」

 その言葉をキッカケに、ギルガメッシュが手にした剣が唸りを上げる。そのまるで削岩機を思わせる形状が回転し、恐ろしい程の風を巻き起こす。

天地乖離すエヌマ―――」

 その声には、威厳と雄々しさがあった。何人足りとも覆せぬ力があった。そして何より―――。

開闢の星―――っエリシュ!!」

 全てを捻じ伏せる迫力があった。文字通り、天地を乖離させるだけの輝きを放ち、それが行く手を塞ぐ物全てを吹き飛ばす。いや、その力はその世界に留まらず、次元を超えた場所にも影響を与えていたのだ。


それは、朝も夜も切り裂く一振り。

森羅万象全てを乖離す、最強の力。

英雄王だけが放てる絶対無二の一撃。


 崩落の危険をどこかで危惧していたクイントだったが、その一撃を放ったギルガメッシュの動きを見て、それは杞憂だったと悟った。
 彼は、エアによる一撃で崩落すると予想していたのだろう。クイント達がいた場所の真上から正面にかけてが綺麗に無くなっていたのだ。
 山の形を変えた攻撃にクイントは内心驚きながら、久方ぶりの空に息を吐いた。そして、抱きしめていた二人をもう一度抱きしめ、頭を優しく撫でる。

「もう大丈夫よ。何も心配いらないから」

「「……うん」」

「? どうかしたの?」

 少し前とは別人のように静かな二人。それにクイントが不思議そうな表情を浮かべるが、その理由はすぐに分かる。

「何だここは! 何もないではないかっ!」

 二人の視線の先にいたのは、金色の鎧を着た男。そう、ギルガメッシュだ。彼は周囲の景色に不満を述べると、クイント達へと近付いてくる。そして、何か警戒するクイントに……。

「で、雑種。ここはどこだ。疾く答えよ!」

「……は~、もう何がなんだか……」

(とにかく、この人をどうにかしないと。あの力、魔法なんてものじゃない。ロストロギアに近い”何か”だわ)

 そんな事を考えるクイント。それに不満を告げようとしたギルガメッシュだったが、それは出来ず終いとなる。

「ね、さっきの何!? 何なの!?」

「教えて! ね、ね!」

 目を輝かせ、二人がギルガメッシュを見上げていたのだ。その純真な瞳に、ギルガメッシュはどこか満足そうに笑みを浮かべ……。

「何だ? 気になるか? 良かろう。ならば……待て、汚れた手で鎧を触るな! ええい、教えてやるから泣くな!」


これが、クイントとその娘達、そして英雄王との出会いだった。




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空白期最後の話。お待たせのギル様降臨回。

クイントとスバル達の出会いは詳しく語られてなかったので、勝手にこうしてしまいました。

……もし何かおかしな点があればお願いします。たとえば、実はクイントとの出会いは描かれているとか。

次回から本編を進め、A'sへ突入します。



[21555] 1-0 無印序章
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/09/20 07:59
 彼、ユーノ・スクライアは困惑していた。それは目の前にいる一組の男女が原因であった。
男は全身を青い服で包み、その手に赤い槍を持っている。女性、とは言っても少女であるが。彼女は黒を基調とした格好をしており、それから感じる魔力からバリアジャケットだと予想した。
 問題は、彼らが空間転移で現れた事。そう、ここは輸送船の貨物室。ユーノが発見した古代遺失物を、時空管理局へと運んでいる途中なのだ。

「よぉ、すまねぇが」

「ジュエルシードを、渡してください」

 その問いかけに、ユーノは彼らの目的を理解すると共に、自分が何も出来ない事を悟った。悟ってしまった。
目の前の存在、特に男の方には自分では何も出来ないと思わされたからだ。
 本能が、理性が、直感が告げる。歯向かうな、と。

(……でもっ!)

 ユーノは必死にそんな己を奮い立たせる。彼が発見したジュエルシードと呼ばれるロストロギアは、危険物と呼んで然るべき物だからだ。
それを知りながらあっさりと渡せる程、ユーノは臆病でも弱くもなかった。

「な、何のためにジュエルシードが必要かは知りませんっ!でも、これは危険な物なんだ!だから―――」

 渡せない。そう言おうとした。でも、出来なかった。何故なら―――。

「そうかい。……小僧、お前中々根性あるな」

「え……」

 男がどこか嬉しそうにユーノを見たから。その視線は、まるでユーノの伝えたい事を知り、その思いを誉めてくれたようだったから。
そんな男の眼差しに、ユーノは呆気に取られた。
 だが、次の瞬間。

「……ランサー」

「うしっ、さすがだフェイト。後はずらかるだけか」

 ユーノが手にしていたはずのジュエルシードのケースが、少女の手に握られていた。

(高速移動魔法?!そんな、いくら何でも気付かないなんて!?)

 うろたえるユーノを他所に、フェイトと呼ばれた少女は、手にしたケースを大事そうに抱え込む。それを守るように、ランサーと呼ばれた男がユーノの前に立ちはだかる。
 その雰囲気は、何人たりとも通さない。そんな印象を受け、ユーノは立ち尽くす。自分にもう出来る事はない。そう思った。

―――だが、そんな彼に天が味方したのかもしれない。


「なんだぁ?」

「震動……?」

「まさかっ!?」

 突如として、揺れ始める輸送船。それが意味するものを理解し、ユーノは叫ぶ。

「次元震だっ!!」

 それがキッカケだった。揺れていただけの船に軋むような嫌な音が聞こえて来る。
それに焦るユーノとフェイト。ただ一人、現状の恐ろしさを理解出来てないランサー。
 そして、何とかフェイトが転送魔法を起動させようとするが―――。

「ダメ!座標が固定できないっ!」

「落ち着けフェイト!」

 次元震の影響か、はたまた突然の事態にフェイトが動揺したためか、時の庭園の座標が固定出来なくなっていた。
そのため、焦りが濃くなるフェイト。それにランサーの意識が向いた瞬間!

「チェーンバインド!」

 起死回生の行動。ランサーとフェイトの自由を奪い、ユーノは即座にケースへ走る。
ランサーはバインドを破ろうとするが、ユーノは元々デバイス無しで魔法を行使していた。つまり、自然とその構造が鍛えられていた。それにランサーの油断もどこかにあった。魔法は基本構造が雑。その思い込みが作用し、意外に強靭なユーノのバインドに手間取った。
 そして、その間にユーノの手がケースにもう届くと言う所で―――。

天は、彼を見放した。


 一際大きな音と共に、貨物室に亀裂が走った。それは図ったかのようにケースの下に。ユーノの手が届くまさにその瞬間、それを嘲笑うかのように、ケースは次元空間へと落ちていった。
 その途中で、中身を零しながら……。

「そんなっ!」

「ちっ、肝心な所でついてねぇのは相変わらずか」

「……ランサー、脱出するよ」

 愕然となるユーノ。そんな彼を横目に、自身に悪態を吐くランサー。そして、既に思考を切り替え、冷静に転送魔法を準備していたフェイト。
それに反応したのは、ユーノだった。ジュエルシードを無くし、その上襲撃者にまで逃げられる訳にはいかない。その使命感が彼に立ち上がる力を与えた―――だが。

 二人はユーノが立ち上がったのと同時に消えてしまった。それを契機に、輸送船が激しく揺れ始める。
焦るユーノに、船員達からの念話が届く。脱出しろと。既に自分達も避難している。その声を聞き、ユーノは―――。

「っ!!」

 飛び出した。ケースが落ちていった場所目指して。それは無謀だっただろう。それは自殺行為にも見えただろう。
しかし、それは確かにユーノ・スクライアたる行動だった。どこに落ちたかは知らない。でも、その世界に危機をもたらすであろうジュエルシードを、野放しには出来ない。己が発見した物に対する責任感からこの輸送船に同乗したのは、こういう事態を防ぐためだったはずなのに。
 それが彼の行動理由。幼いながらも考古学を学び、遺跡発掘等に携わってきた者として、過去の過ちを繰り返してはならないと。許してはならないとの思いが、そんな行動に出させた。

―――こうして、物語は動き始める。

ジュエルシードから始まる『絆』の物語が………。




Fate/stay nanoha



それは、終わりの始まり





「いってきま~す」

「いってらっしゃい」

 セイバーに見送られ、なのはは笑顔で走り出す。もうあの『始まりの夜』から四年以上が経ち、なのはは小学三年生になった。
未だに運動神経は残念だが、体力や動体視力ならセイバーの折紙つき。ただ、やはり速く走ったりするのは苦手なので―――。

「にゃっ?!」

 転びそうになるのは、よくある事。

「っと、危ない危ない」

 しかし、そこで転ばなくなったのもまた成長。最近、特技にバランスと書こうかと考える高町なのは、現在小学三年生。



 学校に向かうバスの中、三人の少女が会話に花を咲かせていた。

「でね、小次郎の奴ったら、少しは女子らしさが出てきおったかなんて言ってさ」

 そう言って、笑みを浮かべるアリサ。昔はどこか気にしていた自分の容姿も、ここ二年程は自慢するようになり、その理由をなのは達は『はやて効果』と呼んでいる。

「小次郎さんらしいね。あ、そうだ。今度小次郎さんにウチの庭もお願いしていいかな?ライダーがその方が景観がいいって」

 微笑みを浮かべ、相槌を打つすずか。後半の辺りで浮かべた表情は、どこかすまなさそうだ。

「じゃあ、お兄ちゃんやアーチャーさんにもお願いしようよ。その方が早く終わると思うの」

 名案とばかりに告げるなのはだが、それに二人は苦笑い。
それじゃ、庭仕事そっちのけで戦い始めるでしょ、とアリサが突っ込めば、すずかも、アーチャーさん一人でやる事になると思うよ、と続く。
 それになのはは不満顔だが、少し想像して……。

「ごめんなさい」

 心から謝った。会った途端に互いの獲物に手をかけ、ジリジリと間合いを測る恭也と、悠然としながらも、一時も目を離さない小次郎。それを横目にため息を吐くアーチャーの姿を幻視したから。
 その行動に、わかればいいと言わんばかりに頷くアリサ。すずかは小さく笑みを浮かべるのみ。
そんなこんなで、この日も過ぎていくはずだった。下校時に、なのはが謎の声を聞かなければ………。



(くそっ……封印しなきゃ、いけないのに)

 全身を傷だらけにしたユーノは、霞む視界を何とかするべく意識を強くする。眼前にいるのは、ジュエルシードの思念体。
元来、ユーノは戦闘などした事がない。そして、攻撃魔法も使えない。それでも、何とか無くしてしまった内の一つを封印し、二つ目を発見したのだが、そのジュエルシードは既に何かの願いを受け、変貌していた。

 必死に戦ったユーノだったが、有効な術を持たぬ彼に思念体が倒せるはずもなく、現状のように追い込まれていた。
思念体はユーノを睨みながら、距離を取る。それを見て、ここしかないとの思いがユーノに生まれる。
 弱った体に鞭打ち、飛び掛ってきた思念体に、何とか封印魔法を展開したユーノだったが、思念体はそれに耐え切り、逃げるようにその場から離れていく。それを見届け、ユーノは意識が遠のいていくのを感じた。

(ダメ……なんだ……あれ……ほっと……)

 ユーノの思いとは裏腹に、体は緊張から開放された事も手伝い、急速に眠りへと落ちていく。その直前、ユーノの体が光に包まれた。そして、光が収まったそこには、一匹のフェレットらしき動物が傷だらけで眠っていた。



 時の庭園。そこの一角にあるプレシアの部屋。そこにランサーとリニス、それに部屋の主たるプレシアの姿があった。

「で、落としたのね」

「……ああ」

 やや憮然とした顔のプレシア。それをリニスは黙って見ている。ランサーと言えば、まるで悪戯を見つかった少年のような表情でプレシアを見つめ返している。

「……ま、仕方ないわ。まさか次元震が起きるなんて予想できなかったもの」

「原因不明なところも気になりますね。あ、でもご心配なく、既にジュエルシードの落ちた場所は、ある程度絞り込む事が出来ましたから」

 リニスの言葉と同時に出現するモニター。そこにはミッド文字で色々と書かれているが、ランサーにはさっぱり読めなかった。

「で、どこだ?」

「第九十七管理外世界。現地惑星名称、地球です。まだ、何処にとまでは分かりませんが」

「……管理外でよかったわ。管理局もうかつには手が出せないでしょうし」

「はい。おそらく派遣されるとしても、かなりの時間を要するはずです」

「なら、なるべく早めに……どうしたのランサー」

 先程から黙っているランサーに、プレシアが意識を向ける。それにつられるようにリニスも視線を向け、言葉を失った。
ランサーはこれまで見た事ない程、嬉しそうな笑みを浮かべていたからだ。
 そんな表情に何も言えないリニスとプレシア。それに気付く事なく、ランサーは呟く。

「そうか……この世界にもあったのか。これなら……うまくすりゃ……」

 ランサーのそんな呟きに、二人は何も言えないまま、ただその呟きに耳を傾ける。その内容は、二人を驚かせるには十分なものだとは知らずに……。



 楽しい下校時間。なのは達も例に漏れず、三人仲良く会話をしながら歩いていた。
今月から、なのはも二人と同じ塾に通う事になり、そこへ向かう途中、アリサが塾への近道と言ってわき道に入り、少し経った時だった。

【助けて……】

「ふぇ?」

 突如として頭に響いた声に、なのはは立ち止まってしまう。それに不思議そうに首を傾げるアリサとすずか。
そんな二人の視線に、なのはは恐る恐る尋ねた。
 今、何か聞こえなかった、と。それに二人は互いの顔を見合わせ、小さく笑う。

「何も聞こえないよ」

「なのは、怖がらせるならもっと雰囲気出しなさい」

「ち、違うよぉ。本当に何か―――」

 聞こえた。そう言おうとした時、再びなのはの頭に先程の声がした。

【助けて……誰か……】

「やっぱり聞こえる」

 先程よりもはっきりと聞いたからか。なのはの口調は強かった。そのなのはの言葉に、二人も互いの顔を見合わせ、何かを感じたのか頷いた。
そして向けられた視線は、何か言う訳ではないが、なのはを信じると言わんばかりの力強さがあった。
 それを嬉しく思い、なのははお礼を告げると同時に走り出す。

「で、どこから聞こえるのよ?」

「こっち!こっちから聞こえる!」

 アリサの問いになのはは時折聞こえる声を頼りに走る。そして、しばらく走った先にいたのは……。

「フェレット、かな?」

「怪我してる……」

「まったく、酷い奴もいたものね!」

 全身に傷を負ったフェレットの姿だった。見るのが痛々しい程の姿に、三人の表情も曇る。
なのはがハンカチを取り出し、フェレットの体をそれで包む。静かに慎重に持ち上げて、なのは達は息を吐く。

「どうする?」

「この子がなのはちゃんに声を掛けてたのかな?」

「まあ、状況的にそうでしょ。……この子もサーヴァントとか言わないわよね?」

 不思議=サーヴァント。アリサの中では、サーヴァントとはそういう扱いなのだ。
それを聞き、なのはは苦笑気味に笑う。

「それはないと思うけど……」

「とにかく、手当てしないと」

 雑談に流れていきそうな空気を、すずかの発言が戒める。それに二人も頷き、ゆっくりと歩き出す。
その途中、アリサはフェレットに微かな警戒心を抱いていた。
 なのはだけに聞こえた声。傷だらけの体。そして………。

(何であんな所にいたのか、ね)

 そこまで考えて、アリサは頭を押さえる。よくは分からないが、厄介な事が起きようとしている。そんな予感を感じたからだ。
それは隣を歩くすずかも同じだった。もっとも、すずかはアリサとは違う意味で嫌な予感を感じていた。
 もし、このフェレットが自分達の日常を壊す存在だったらどうしよう。そんな感情がすずかの中に漠然と生まれていた。
そして、なのははフェレットを運びながら、静かに、でも確かにある予感を感じ取っていた。

 何かが変わろうとしている。そんな事を一人思い、呟く。

「でも変わらないし、変えさせない。……私の大切なモノは、絶対に」

 その呟きは、誰に聞かれるでもなく、春風に乗って消えていく。緩やかに、穏やかに、少女達の日々は変化を始めていた……。




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無印編序章。

かなり怪しい出だしでしたが、いかがでしょうか?

なのはが魔法と出会うのを期待していた方、申し訳ないです。

次回、やっと一話らしくなる……はずです(汗



[21555] 1-1 無印一話
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/02 06:33
 塾からの帰り道、なのは達の頭はある事で埋め尽くされていた。

(((あのフェレット、一体何なんだろう……)))

 アリサは疑念、すずかは不安、なのはは困惑。
思いこそ違え、その相手は先程病院に預けてきた動物であった。
 あの後、アリサが携帯で獣医で検索をし、槙原動物病院という場所を見つけ、そこへ三人で運んだのだ。
手当てをしてもらい、診察した獣医さえ疑問に感じたフェレットらしき動物。それになのは達は揃って苦笑い。

 そんな会話をしていると、意識を取り戻したフェレットもどき(アリサ命名)がゆっくりと周囲を見回し―――。

「ふぇ?」

「なのはを……」

「見てる……ね」

 その視線をなのはに向け、しばらく見つめた後、また意識を失った。
その行動が、余計に三人の中に何とも言えないものを生む。明日様子を見に来ると言って、病院を後にした三人ではあったが、その心中は決して穏やかなものではなかった。


魔法少女、はじめます



 二人と別れ、なのはは家族に今日の出来事を話した。とは言っても、声を聞いたというのは伏せてだが。
なのはもまだどこか半信半疑だった事と、何故かまだ話す時ではないと感じたからだ。
 なのはのそんな思いを知ってか知らずか、家族達は中々核心をついた質問を浴びせる。

「でも、よくそこに動物がいるのが分かったな?」

 ギクッ、と言わんばかりになのはが表情を変える。それに全員が気付くが、誰も何も言わない。それは、なのはが自分で話してくれるのを待っているからではない。知っているからだ。なのはが話さない時は、何か理由があるからと。
 故に、内心笑みを浮かべながら士郎達は質問する。

「それに、そっちは塾とは反対方向なんだよね?何でそっちに?」

「フェレットみたいらしいが、捨てられてたのか?傷だらけだったそうだが……」

「ウチでは飼うのは厳しいけど、どうする?」

 矢継ぎ早に繰り出される問いかけに、なのはは答える暇もなくオロオロするばかり。
そんななのはを見て、セイバーが微笑み助け舟を出すことにした。

「まぁ、それくらいにしましょう。まずは食事です。さ、なのは」

「う、うん。いただきます」

『いただきます』

 セイバーの言葉にほっとした表情を浮かべるなのは。それを笑顔で見つめる士郎達。
少しからかいすぎたか、と思いながらもどこか楽しそうな家族の顔。それになのはも気付きながら、心で感謝。

(ありがとう。ちゃんと分かったら、絶対話すから)

 心から信じあえる家族。その暖かい心遣いを、改めて感じるなのは。食卓に浮かぶ笑顔は、変わる事無く輝いていた。



「それで、一体どうしたのです?」

 お風呂に入り、後は寝るだけとなったなのはに、セイバーはそう問いかけた。
食事終わりに、なのはが視線でセイバーに話があると言いたそうだったからだ。
 そんなセイバーに、なのははどこか自分でも信じられないという顔で本当の事を話した。

「……で、病院に預けてきたの」

「……頭に直接声がした。それに間違いはないですか?」

「う、うん。確かにそんな感じだった」

 セイバーの固い声を、なのはは若干不思議に思いながら、そう断言した。
その答えに、セイバーはしばらく黙り込んでしまったが、何か意を決した表情でなのはを見つめる。

「……なのは、それはきっと魔術です」

「魔術?あのおとぎ話なんかの?」

 なのはの言葉にセイバーは頷き、少しだけ自分に関する話をした。
自分はその魔術が存在していた世界の出身であり、なのはにはそれを使う魔力があると。
 そして、おそらくその動物が魔術で生み出された使い魔だろうという事を。

 なのははセイバーの話を聞いて、どこか納得していた。急に現れ、今や大切な存在、セイバー。それが魔術と呼ばれるもので召喚されたとしたら、そういうものかと理解できてしまったからだ。
 それに、あのフェレットもどきが魔術を使えるのなら更に納得。セイバーによれば、自分には魔力があるが、アリサやすずかにはそれがないそうだ。

「じゃあ、あの子は……」

「ええ。何処かにマスター、主人がいるはずです」

「なら―――」

 その人を捜そう。そう言おうとした時、なのはの頭にまたあの声が聞こえてきた。

【この声を聞いてる方、お願いです!力を貸してくださいっ!】

「っ!?セイバー!」

「……声が、聞こえたのですか?」

「うん!助けてって」

「……分かりました。行きましょう。責任は私が取ります」

「ありがとう、セイバー!」

 なのはの言葉に笑みを浮かべ、セイバーはその身を鎧で包む。なのはも急ぎパジャマを着替え始め、セイバーは部屋の窓を開け放つ。
夜風が吹きぬけ、セイバーの髪を揺らす。その後ろから普段着に着替え終わったなのはが、セイバーに近寄って―――。

「行きますよ、なのは」

「うん!」

 その腕に抱かれ、空を舞う。それに空を飛ぶような錯覚を覚えつつ、なのははセイバーを案内する。声の聞こえる方へ、あの動物病院へと。



 ユーノは焦っていた。未だに完治していない体に魔力、それで弱っているとはいえ、思念体を相手しなければならないからだ。
さっきから助けを呼んでいるが、おそらく誰も来ないだろうとユーノは思った。
 きっと、ここは管理外世界。それも、魔法文化がない世界だろうと、ユーノは結論付けた。
理由は簡単。見た事もない文字に、自身の治療が終わっていない事から、治療魔法を使えない事が推察出来たからだ。
 故に、ユーノは焦っていた。満足な結界も張れない上に、助けも望めない。とどめに自分の体調は完全じゃないときていれば、もう絶望過ぎていっそ笑えるくらいだ。

(でも、諦めるものか!)

 あの時、絶対に抗えないと思ったランサー相手に、自分は一瞬とはいえ出し抜けたんだ。なら、目の前の奴にだって同じ事が出来るかもしれない。
そう思い、ユーノはそれを否定する。

(違う。やってやるんだ!例え、僕一人でも!!)

 思念体の攻撃を何とかかわしつつ、懸命に隙を窺うユーノ。そんなユーノの健闘に応えるように、奇跡が舞い降りた。

―――それは騎士だった。青いドレスに鎧を纏い、その腕には少女が抱き抱えられている。まるでおとぎ話だ、とユーノは思った。

「なのは、下がっていてください。ここは危険です」

「分かった。気を付けて、セイバー」

 抱えた少女にそう告げて、騎士はゆっくり少女を降ろす。そして少女の言葉に微笑み、頷く。
すると、すぐさま思念体へと視線を向け、手に不可視の武器を携える。
 ユーノは、それを見て漠然と剣だと感じた。見える訳じゃない。でも、それは剣だと思った。だって―――。

(そんな姿が、似合いそうだから)

 セイバーに見惚れるユーノに、なのはは急いで近付き、抱き抱えた。
セイバーが危ないと言ったのは、相手が強いからじゃない。自分達まで巻き込みかねないからだ、となのはは思った。
 だからこそ、今なのはが出来るのは少しでもセイバーの負担にならない事。

「大丈夫?もう平気だから」

「……えっ?あ、ちょっと待って」

「話は後!今はセイバーに任せよう」

 突然喋り出すユーノに、なのはは大して驚く事無く走り出す。前もってセイバーから聞いた話と、頭に聞こえていた声から、喋る事も出来るかもしれないと予想していた事が功を奏した。
 走りながら、なのはは後ろを見た。そこでは、セイバーが思念体相手に剣を振り下ろしていた。

(負けないでね、セイバー)



「なっ……再生した!?」

 セイバーの会心の一撃を受け、思念体は確かに一度動きを止めた。しかし、その与えた傷が瞬く間に消え、再び動き出したのだ。
さすがに、セイバーもそれを予想出来るはずもなく、僅かばかり意識を乱した。
 それを隙と見たのか、思念体はセイバーから離れて行く。その向かう先は……。

「まさか、なのは達が狙いですか?!」

 そうはさせないと、セイバーもそれを追う。その視線の先には、必死で逃げるなのはの姿。
このままでは先回りするのは難しい。だが、無理に先回りしようとなると……。

「風を解き放てば……しかし、周辺にどう影響するか」

 海鳴の町は、セイバーにとって守るべきもの。いたずらに力を振るえば、ここに住む者達に迷惑を掛ける事になる。
その思いがセイバーを迷わせる。そして、下した答えは―――。

「なのは!右に跳んでくださいっ!」

 そう叫ぶと同時に、セイバーは思いっ切り勢いをつけ、思念体目掛け突撃した。その勢いを加え、思念体はアスファルトに激突する。
一方のセイバーは、反動で逆方向に跳ね返されたが、何とか体勢を整えて着地。
 すぐになのは達の下へ駆けつけ、剣を構える。

「無事ですか?」

「うん。セイバーも大丈夫?」

「ええ。しかし……」

 セイバーの視線の先では、丁度思念体が体を起こしているところだった。
あれだけの衝撃を与えたにも関わらず、ダメージを負っている気配がまったくない。
 どうすればいいのか。セイバーの脳裏に浮かんだのは、絶対にして最強の切り札の存在。

(ダメだ。アレは使えない。威力が大き過ぎるし、何よりも被害が尋常ではない)

 そう結論付け、セイバーは眼前の相手を睨む。もうなのは達を逃がす訳にはいかない。下手に逃がせば、先程の二の舞になる。
かといって、このままではジリ貧だ。有効な手立てが使えないし、他に何も思いつかない以上、セイバーには打つ手がない。
 そんな時だった。セイバーの聞き覚えのない声が聞こえてきたのは。

「アレは封印魔法を使うしかありません」

「なっ?!『魔法』ですって!?」

「魔術じゃないの?」

 セイバーの驚きとは正反対に、なのはは不思議そうにそう尋ねる。
なのはにとっては、魔術も魔法も大差ない。共にファンタジーの世界のものだったからだ。
 そんな二人の問いかけを無視して、ユーノはなのはを見つめて、対応策を告げる。

「今は時間がありません!このデバイスを使って、あれを封印してください!それ以外、あいつを止める術はないっ!」

「……分かりました。なら、時間は私が稼ぎます。なのははその封印の準備を!」

 そう言って、セイバーは再び思念体との戦闘を開始する。残されたなのはは、ユーノの首元に光る宝石のようなものを手に取った。
不思議と、それは暖かかった。それをユーノから外し、自分の手の中へと握り締めるなのは。
 ユーノは、それを見て頭を下げた。

「ごめんなさい!君達を……巻き込んでしまって」

「それは、これが終わってからゆっくり聞くね。今は、あれをどうにかしなくちゃ、だよ」

 申し訳なさそうなユーノに、なのははそう告げると、微笑みを浮かべる。
それに、ユーノは思う。強い子だと。そして優しい子だとも。だからこそ、今はそれに甘えよう。謝罪など、これが終わればいくらでも言える。

(ありがとう……。本当にありがとう!)

「じゃあ、これから僕の言う通りに続けて!」

「うん!」

 ユーノの声に力強さが戻る。それが嬉しく思え、なのはも自然と声に力が入る。
ユーノの言葉を、一字一句違わずになぞっていくなのは。その声には、どこかぎこちなさもある。しかし、それを上回る程の決意のようなものがあった。

(セイバーを、この町を、大切なモノを守りたい!)

「不屈の心は、この胸に!レイジング・ハート、セットアップッ!!」

 なのはの願いが、祈りが、想いが光になってその身を包む。それに微かに困惑するなのはだったが、ユーノが告げた「自分を守るものを想像して」と言うアドバイスに気持ちを切り替える。
 自分を守るもの。そんな事を想像した時、真っ先に浮かんだのはセイバーの鎧。でも、違う。そうなのはは思って、別の想像をする。
自分はセイバーじゃない。なら、身を守るのは鎧ではなく、服だ。そしてその元になるのは―――。

(セイバーが、私にピッタリって言ってくれた学校の制服!)

 光が収まった時、セイバーは見た。純白の衣装に身を包み、天使のような雰囲気を漂わせ、ゆっくりと降りてくるなのはの姿を。
手にしたのは杖。その先端には、紅い宝玉が輝いている。その輝きに恐怖を抱いたのか、思念体がなのはへ飛び掛った。だが……。

「させません!」

 セイバーの鋭い一撃がそれを阻止。それに怯んだのを好機と見て、ユーノが叫ぶ。

「今だ!封印を!!」

「うん!お願い、レイジング・ハート」

”シーリングモード、スタンバイ”

 なのはの声に応じ、姿を変えるRH。そして、それが終わるのを見計らい、ユーノは告げる。自分だけの呪文を唱えてジュエルシードの封印処理を、と。
その言葉になのはは頷き、心を研ぎ澄ませる。この三年近い修行の日々で、士郎やセイバー達から教わった事を思い出し、告げる。

「リリカル・マジカル!ジュエルシード、シリアル21!」

”封印”

 光がリボンのように放たれ、思念体を絡み取る。そして、そのまま光が包み込むように思念体を覆い……。

「終わったのですか……?」

 それが消えた先には、菱形の宝石だけが残されていた。ただ、そこに何かがいた痕跡は、被害という形で残されてはいた。
ゆっくりとユーノが宝石に近付き、なのはへ視線を送る。

「レイジング・ハートでこれに触れて」

「うん」

 言われた通りになのはがRHを宝石に近づけると、それをRHが自分の中へ吸い込んだ。
それを見届け、なのはとユーノが息を吐く。その顔には、どこか達成感さえ漂っていた。
 だが、一人だけそんな雰囲気とは違う者がいた。セイバーだ。

「……宝石は、これ一つですか?」

「えっ……?いえ……まだ、あります」

「そう……ですか」

 気まずそうに答えるユーノの声にそう呟き、セイバーは普段の格好に戻って静かになのはへ近付き―――その体を抱きしめた。

「すみません、なのは」

「えっ?えっ?」

 何が起きているのか分からない。それがなのはの素直な感想だった。
自分はただ、セイバーを助ける事が出来て嬉しかった。でも、何故かセイバーは自分に謝っている。

「せ、セイバー?どうしたの?」

 何かされたかな、となのはが先程までの事を思い返そうとして、セイバーの言葉で思考が止まった。

「なのはを……巻き込んでしまいました」

 それは、奇しくも先程のユーノの言葉と同じ。だが、込められた想いが違う。
ユーノが自分が起こした不手際の事件に巻き込んだと思ったのとは違い、セイバーは裏の世界、つまり、魔術や魔法などの非日常に巻き込んでしまったと感じていた。
 セイバーが、思念体を倒せるなら良かった。それならば、なのはには今日の事は、一夜の夢だとしてもらえばよかった。ユーノの手伝いを自分がし、なのはには変わらず、日常を暮らしてもらえば良かった。だが、あれを封印出来たのはなのは。
 つまり、セイバーでは倒せない。そして、この騒動を起こした原因はまだ残っている。となれば……。

(なのはが……戦わざるを得なくなるっ!)

 自分が付いていれば、確かに危険は減るだろう。でも、戦場に絶対はない。今回すら、危うくなのはに危険が及ぶところだった。
次も守りきれるとは限らない。故に、セイバーは悔やんだ。己の未熟を、至らなさを、何より―――。

(これでは、シロウと同じではないですかっ!!)

 優しいなのはの事だ。またこのような事が起きると分かれば、決して見過ごしたりはしないだろう。
それはまるで、誰かが傷付く事や悲しむ事を嫌がり、自ら戦いに身を投じた『衛宮士郎』と同じではないか。
 しかし、まだ衛宮士郎には魔術使いとしての力と覚悟があった。だが、なのははただの子供だ。魔法を得たと言っても、それを日々鍛錬していた訳でも、ましてや知っていた訳でもない。

 そんな葛藤を続けるセイバーを、なのははただ黙って抱き締め返す。その腕に自分の想いをありったけ込めて。

「なのは……」

「セイバーは悪くないよ。悪いのは、きっとこんなものを生み出した人。だから、セイバーは悪くない」

 そう言って、なのはは優しく囁いた。

「それに、セイバーを誘ったのは私なんだから、ね」

 だから、もう気にしないで。そう言って微笑むなのはに、セイバーは瞳を閉じ、静かに答えた。

―――まったく、なのはには敵いませんね。

 笑みを浮かべて告げるセイバーに、なのはも笑う。それを見つめてユーノは思う。この二人に自分がすべきは、言葉なんていう簡単な謝罪じゃない。
 この笑顔を守るために全力を尽くす、という行動による謝罪なんだ。そう心に誓う。


月と共に星が輝く空の下、出会った時と同じように、二人の笑顔が照らされていた……。




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無印編第一話

戦闘らしい場面はほとんどなく、苦労したのは、最後の部分。

俺はユーノを淫獣にさせません。絶対に。

……でも、少し不安(汗



[21555] 1-2-1 無印二話 前編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/02 06:38
「とりあえず、現状を確認しましょう」

 あの戦いの後、簡単な自己紹介をし、帰る道すがらセイバーがそう話を切り出した。
それをユーノも考えていたらしく、小さく頷き、簡潔に語り出す。
 自分の事、魔法の事、そして―――ジュエルシードの事を。



友の温もり、家族の温もり



 ユーノの話を聞き、セイバーはおぼろげではあるが、ジュエルシードの本質を見抜いた。
手にする者の願いを叶える力。それは、彼女が昔望んで止まなかったものに似ていたのだ。

(まるで聖杯ですね。……では、まさかジュエルシードは願望器っ!?それも誰でも発動できる恐ろしいものっ!?)

 自分の中の推測が正しければ、最悪の場合『抑止力』が働いてしまう。そこまで考えて、セイバーは気付いてしまった。
今、この海鳴にはサーヴァントだった者達が四人もいる。しかも、受肉しているため、その能力を僅かだが向上させていたりもする。
 それに、全員が人間側に捉えられていてもおかしくない。万一の場合『守護者』として機能させられたら、どうなるか。まさか、自分達が召喚されたのは、この事を世界が予感していたからなのか、という考えが浮かぶ。
 セイバーはそんな己が想像に身震いした。それは、この愛する町を、人を、友を、自らの手で滅ぼす事になるのだから。

 おそらくその事を考えたためだろう。セイバーの表情は強張り、恐ろしいものになっていた。
それに気付いたのだろうなのはが、静かにセイバーの手を握る。
 その暖かさに我にかえるセイバー。そして、そんなセイバーになのはは笑った。

「怖い顔してたよ。どうしたの?」

「えっと、少し考え事を」

「そっか。でも、そんな顔するなら……考え事禁止なの」

 にっこりと笑うなのはを見て、セイバーもまた笑みを浮かべる。
それは困ります、と答え、手を握り返す。その手の温もりを嬉しく思い、なのはもセイバーも笑顔を浮かべる。
 それを見て、ユーノも笑みを浮かべる。そこからは言葉はなかった。しかし、確かな何かがあるのを、ユーノは感じていた。

(なのはとセイバーは強い絆で結ばれている。だから、言葉なんかなくてもいいんだ)

 羨ましい、と思いつつ、ユーノは首を振る。二人は、自分さえも受け入れてくれたではないかと。なら、羨ましがるのではなく、その域にまで二人に信頼されるようになればいい。まずは、今後の事となのはの魔法に関する知識を増やさなければ。そう考えるユーノ。
 それは自分の手伝いのためではなく、なのはの身を守ってもらうためのもの。危険に巻き込んだ自分に出来る数少ない恩返しだと、強く心に言い聞かせて……。



 自宅に戻ったなのは達を待っていたのは、恭也と美由希だった。
二人は玄関前で待ち伏せ、なのはを問い詰めようとしたが……。

「私がコンビニに行こうと連れ出したのです。すみません」

 セイバーがそう言って頭を下げた。それに何かを悟ったのか、二人は追求を諦め、二人と共に家に入った。
リビングに入ると、士郎と桃子が待ってましたというように座っていた。
 ちなみにユーノは、既に美由希によって捕まり、可愛がられている。

 両親はなのはの外出を咎める事はしなかった。ただ、連れ出したセイバーは若干叱られはしたが。
それをなのはは、内心申し訳ないと思いながら見ていた。恭也はユーノを弄り倒している美由希に呆れ、ため息一つ。
 セイバーを叱り終えた桃子は、美由希の手にしているユーノに反応。それを感じ取った美由希がユーノを手渡し、ご機嫌だ。
それに横の士郎も一緒になって、ユーノに色々を話しかけていた。試しにお手、と言ったらユーノがしてしまい、ちょっとした驚きすらしていた。

 そんな和やかな空気の中、セイバーとなのはは迷っていた。ユーノから聞いた話をするか否か。
無論、いずれは話す。でも、今話すべきかそうじゃないのか。それが二人の悩み。

「どうする?」

「ユーノの話では、ジュエルシードは残り十九。とてもではないですが、三人では探しきれません」

「じゃ……」

 なのはが、セイバーはどうするのかと尋ねようとした時だ。セイバーは微笑み「ここから先は、なのはが考えてください」と言い切った。
その言葉になのはは困惑した。今まで、なのははセイバーと相談した時、セイバーの意見をほぼ採用してきたからだ。
 そんななのはの心境を知っているかのように、セイバーは真剣な表情で告げる。

「これからのなのはの道は、なのはの意志で決定してください。私の言葉に囚われるのではなく、貴方の意志で貴方だけの道を」

―――私は、その道を共に行きます。なのはが望む限り。

 そう断言し、セイバーは微笑む。それは、なのはの背中を後押しする力。どこか手を引かれていたなのはを、優しく隣へと並ばせるような、そんな笑顔。
 それを受け、なのはは決心する。自分の道を、自分で決めて、自分で歩こう。それにもう不安はない。だって―――。

(セイバーが隣に居てくれるんだから!)

「お父さんお母さん、お兄ちゃんお姉ちゃん。……お話があります」



「魔法、な」

 そんな士郎の呟きは、家族全員の感想だった。

 あれからなのはは全てを語った。ユーノとの出会いから現状に至るまでを包み隠さずに。
そんな夢物語とも言える話を、高町家の面々は信じた。それはセイバーという存在がいたから。
 誰に知られる事もなく現れ、重症だった士郎の体を癒した人物。それがなのはの話を笑い話に出来ない理由。

「申し訳ありません。僕が、僕がもっとしっかりしていれば……っ!」

「そんなに自分を責めないの。ユーノ君は悪くないわ」

「そうだよ。何とか一人でも頑張ろうとしたんだから」

 人の姿に戻ったユーノの言葉に、桃子と美由希がそう慰める。こうなったのは、ジュエルシード発掘をユーノがしたと聞いて、桃子が「どうやって?」と尋ねてユーノが話した内容から、全員が妙な反応をした事がキッカケで、ユーノが人間だと言う事が発覚したからだ。
 そして、事情を聞いて、ユーノを責める人間は高町家にはいなかった。
確かに、たった一人で行動した事は無謀で無計画だ。しかし、それを誰が責められる。幼い少年が己の危険も顧みずに行った行為を、否定出来る訳がない。

「でも、なのはさんを巻き込んでしまいました」

「それは、もう言いっこなしって言ったのに。それに、さん付けも敬語も禁止。私、そんな事をいつまでも気にするような子じゃないよ」

「あ、ありがとう……なのは……」

 軽い調子で答えるなのはに、ユーノはそう言って頭を深々と下げた。その目からは涙さえ流して。
それに慌てるなのはと、それを微笑ましく見つめる士郎と桃子。恭也もさすがにユーノの涙に怒る気はなく、むしろその気持ちに共感し、顔を背けていたりする。そんな恭也をからかいながらも、美由希はセイバーと視線を合わせて笑う。
 いつもの高町家に、新しい顔が加わった瞬間だった……。



「じゃあ、しばらくはそのジュエルシードの情報集めと探索だな」

 士郎の発言に、全員が頷く。あれからユーノが落ち着いたのを契機に、家族会議が行われた。
結論として、封印出来るのがなのはしかいない事や、セイバーでも倒せない事から当面はそれぞれで情報収集に努める事になり、見つけたなら、そこから出来るだけ離れずなのは達を待つか、それに誰も手を出せないようにする事になった。
 ちなみにその手段だが、直接触れられないようにケースか何かで覆うだけ。それだけでもいいから、出来るだけ人目に触れないようにする。
それが今の状況で出来る精一杯の手段だった。

「あたし達は、学校でそれとなく聞いてこうか」

「そうだな」

「俺達はお客さんからだな」

「それと、見つけても持ってこようとしないようにしなくちゃ。壊れやすいとか言って、ね」

 それぞれで今後の動き方を確認し合う家族達を見て、なのははユーノとセイバーへと視線を向ける。

「私達は?」

「とりあえず、なのはは学業を優先です。昼間はユーノも休養していてください」

「えっ、でも……」

 それはさすがに。そうユーノが答えようとした時、セイバーが優しく告げた。

「時間に余裕はないかもしれません。だからこそ、焦ってはいけないのです」

「そうだね。いざって時に動けなかったら、意味ないもん」

 セイバーの意見を笑顔で肯定するなのは。そんな二人の言葉に、ユーノもどこか力を抜いた表情を浮かべる。
それに笑みを浮かべ、互いを見合う二人。

「……そうだ、ね。じゃあ、またしばらくさっきの姿になってるよ。あの姿の方が治りも早いから」

「「え~、もうもどっちゃうの~?」」

 ユーノの発言に不満そうな声を上げたのは桃子と美由希だ。せっかく可愛い息子や弟が出来たみたいで嬉しかったのに。
そんな風な事を言いながらユーノを見る桃子と美由希に、全員が苦笑い。なのでユーノが、食事時くらいはと言うと嬉しそうに桃子がユーノを抱きしめた。
 美由希はと言えば、お風呂一緒に入ろうよなどと発言し、ユーノが顔を真っ赤にして慌て出した。
今度はそれにユーノ以外が笑った。こうして、魔法とのファーストコンタクトは幕を降ろす。





 海鳴市から若干離れた遠見市。そこにある高層ビルの屋上に、突然現れる三人の人物。
その者達は、自分達の周囲を確認し、男が話を切り出した。

「無事に到着、と。さて、まずはあの町があるかどうかから調べなきゃな」

「ねぇランサー。探すのは何て町だっけ?」

「アルフ忘れたの?確か―――」

”冬木”って所だよ。



次なる展開を……予感させながら






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無印二話。

アニメ一話を文章にするのは辛い……。なので、おそらく大抵何話かに分けると思います。

原作と完全乖離したこの話。色々ご意見はあると思いますが、セイバーのおかげで高町家の理解度が高い。

という事での打ち明け展開でした。次回も、読んでくれなきゃ暴れちゃうぞ!

……ネタが古くてすいません。



[21555] 1-2-2 無印二話 中編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/02 06:36
 地球の日本に降り立ったランサー達は、まず当初の目的である『冬木市』を探すため、ランサーを先頭に本屋へとやって来ていた。
あの幻の四日間で現代に順応していたランサーは、どうすれば一番安全に情報が得られるかを理解していた。
 そのために、無料で情報が得られる場所の一つである本屋に来たのだ。

「ええっと、地図地図……」

「フェイト、読める?」

「全然。ミッドとは違う文字ばっかりだから」

 置いてある本を見ながらボソボソと話すフェイトとアルフ。
ミッド出身のフェイトからすれば、漢字に平仮名、片仮名や英語等様々な文字が溢れる日本は、理解し難い言語体系を使っている世界なのだなぁと思わせるのに十分だった。
 彼女は後に、日本の公用語が漢字や平仮名と片仮名三つの文字を含めた一つのものである事を聞き、大いに驚く事となる。

「お、ここだ」

 フェイトがアルフに英語を見て「ミッド文字に似ている」と少し驚きながら語り合っているのを横目に、ランサーは地図のコーナーへ辿り着いていた。
とりあえず日本全国の地図を手に取り、目次で細かく調べる。そこに自分の求める町の名がない事を理解し、ランサーは己の悪い方の推測が正しい事を知る。

(冬木はなし、か。つまり、ここは完全に別の世界って奴だな。くそっ、魔術師の嬢ちゃん達がいりゃよかったんだが)

 ランサーが期待していたのは、ここに冬木が存在し、士郎達が住んでいる事だった。
ルーンしか使えぬ自分と違い、現代の魔術を使える凛達ならば、アリシアやプレシアの事を何とか出来る方法を知っているかと思ったのだ。
 しかし、冬木はなく、おそらく魔術師もいない。何故なら―――。

(あの嬢ちゃん、第二魔法を求めてる家系だとかカレンが言ってたな。なら、その家系がない訳がねぇ)

 つまり、ここが士郎達のいた世界の平行世界ならば、遠坂家がない訳がない。
その逆もまたしかり。なら、この世界に魔術師は存在しない。

「はぁ~。……行くぞ、フェイト、アルフ」

「う、うん」

「何だ?探し物は見つかったのかい?」

 些か気落ちしたようにも見えるランサーを、不思議に思いながら追い駆ける二人。
そのアルフの問いかけに、ランサーはややぶっきらぼうに答えた。

「欠片すらねぇ」

 そう言ってランサーは悔しそうに小さく呟いた。

―――きっとあいつらなら、手を貸してくれただろうによ。


変わりゆくモノ、変わらぬモノ




「じゃ、行ってきます」

「はい。気をつけて」

「なのは、いってらっしゃい」

 セイバーとユーノに見送られ、なのはは走り出す。昨夜決まった方針、そしてユーノからの提案により、なのははかつてない程緊張していた。
実は今日の夜から、ユーノによる魔法の勉強が始まるからだ。自衛のために使って欲しい。そうユーノはその提案の趣旨を告げた。
 それをなのはとセイバーは有難く受け入れた。ユーノの気持ちと覚悟を感じ取ったからだ。
そして、なのはが緊張している理由はもう一つ。

(アリサちゃんとすずかちゃん、はやてちゃんも驚くよね)

 親友達にも打ち明ける事を決めたからだ。それはその近くにセイバー達と同じような存在がいるから。

―――隠し事みたいで、何か嫌だから

 それがなのはの結論。それを聞き、セイバーは笑って賛成してくれた。
きっと理解し、手伝うと言い出します。そう付け足してさえくれたのだ。

 そんな事を思い出していると、なのはの前にスクールバスが止まる。それに意を決してなのはは乗り込んだ。



 私立聖祥大付属小学校。そこがなのは達の通う学校。その屋上にあるベンチに座り、お昼のお弁当を食べ、なのははアリサとすずかにゆっくりと打ち明けた。
 それは、昨夜起きた事の顛末。一切隠さずなのはは語った。魔法の事、ジュエルシードの事、そして自分の決意を。

「……で、なのははこれからも、ジュエルシードだっけ。を封印してくのね?」

「うん。私しか出来ないし、それに―――」

 何よりもこの町を、皆を守りたいから!

 そんななのはの言葉に、アリサはどこか諦めムード。すずかは笑って「なのはちゃんらしい」と頷いている。
その言葉にアリサも同意し、言い放つ。

「確かにね。でもいい?ぜっっったいに危ない事は極力避けなさい。後、もし手が必要なら言う事!小次郎を貸すから」

「アリサちゃん、小次郎さんは物じゃないよ」

「そ、そうだよ。気持ちは嬉しいけどね」

 二人の言葉にアリサはフンッと顔を背けて言い切った。

「小次郎はアタシのもんよ。だって、アタシのサーヴァントなんだから」

 ここにアーチャーがいれば、きっと懐かしんだだろう。それ程、今のアリサはあかいあくまにそっくりだった。
自信に満ちている表情、その雰囲気。そして、微かに照れているところまで完璧に。
 そんなアリサになのはとすずかは笑みを浮かべる。すると、すずかが何か思い出したように問いかけた。

「そういえば、ユーノ君だっけ?男の子なんだよね?」

「うん。そうだよ?」

 何か問題あったかなぁ、という顔のなのはに、すずかは悪戯めいた笑みを浮かべて告げた。

「良かったね。もし打ち明けてなかったら、なのはちゃん、知らずに着替えとかしてたでしょ?」

 その発言に固まるなのは。そんな事はないと言おうとして、否定出来ない自分がいたのだ。
おそらくあの時桃子が疑問に思わなければ、なのはも特に意識せず過ごしていた。下手をすれば、一緒にお風呂まで入ったかもしれない。
 そこまで考え、なのはは顔を赤くする。同年代の男の子と入浴する事を平然と出来る程、なのはは子供ではない。
そんななのはに、すずかもアリサも微笑み一つ。その場はすずかやアリサも必要なら手伝う事と、いずれユーノと二人を会わせる事でお開きとなった。



 麗らかな春の日差しを浴び、ユーノはある事を考えていた。
それは、全てが終わった後、管理局にランサー達の事を教えるか否かだ。ジュエルシードを奪いに来たのは間違いない。でも、とユーノは思う。

(悪人じゃない。そんな気がする)

 あの時、確かにユーノは聞いた。立ち去るその瞬間、ユーノに対し、小さくだったがランサーはこう言った。

「死ぬなよ、か」

 そう、その一言がずっとユーノの中で引っかかっていた。その気になれば、自分を殺して奪えばいい。
でも、まるで最初から危害を加えるつもりがなかったようにユーノは感じていた。
 だからこそ、最後にあんな事を言ったのではないか。ユーノはそこまで考え、決意する。

(もし、またどこかで会う事があれば、その時にジュエルシードを何故必要とするのか聞こう!きっと、何か深い訳があるはずだ)

 あの時、自分に対して誉めたのは、ランサーもジュエルシードが危険なものだと知っていたからだ。だからこそ、そこまでして何故求めるのか。それが知りたい。
 そして、おそらくランサー達もここに来るはず。なら、その時が勝負だ。そうユーノは思う。

「僕が力になれるものなら、手伝いたいんだ」

 ランサーのあの眼差し。それを信じ、ユーノは一人そう呟くのだった。



「良かったね、アリサちゃん」

「何が?」

 学校が終わると同時に、なのはは急いで教室を出て行った。昼の話をはやてにもするのだそうで、もう連絡はメールでしてあるとの事だ。
それを見送り、アリサとすずかは帰り道を歩いていたのだが、突然すずかがアリサにそんな言葉をかけたのだ。

「変わらなかったね、なのはちゃん」

「……そうね。確かになのはは変わらなかった」

「私達も、だよ?アリサちゃん」

 アリサが言おうとした事を、読んでいたかのようなすずかの言葉に、アリサは言葉を失う。
そんなアリサに、すずかは笑みを向け、言い切った。

「それはこれまでもだし、これからもだよ。何があったって、私達の絆は変わらない」

「すずか……」

「変われる自分、変わらぬ絆。私は、そう思ってるから」

 そう告げて、すずかは微笑み一つ。アリサは、そんなすずかに一瞬呆気に取られるが、すぐにいつもの表情を浮かべ、強く頷いた。

「そうね!何があったって、アタシ達はアタシ達なんだから!」

「うん!」

 言って互いに笑い合う。変わらぬ日常などない。変わらないのは、自分達の絆だ。
そう思ったところで、はたとアリサが呟く。

―――ユーノって奴が男なら、初めての男友達が出来るのかな?

―――そうなるといいよね。

 ユーノ・スクライア。その彼の知らない所で、静かに友達候補が増えつつあった。
後に彼は語る。初対面で友達になろうと言われたのは、生まれて初めてだった、と。



 はやては瞳を輝かせていた。なのはの話に出てきた魔法という言葉に、胸がときめいたからだ。
すずかの好きな本をはやては良く借りて読んでいるせいもあるのだろう。
 更にアーチャー達というある種のファンタジー(本人達は否定するだろうが)の存在も大きい。
なのはの語る話も疑う事なく、すんなり受け入れた。それは、アーチャーがいるからだけではない。
 相手がなのはだからだ。嘘が嫌いで、隠し事も嫌い。そんななのはが作り話をする訳がない。それに信じる理由がもう一つ―――。

(なのはちゃんは、わたしを親友って言うてくれた)

 なのはは言った。親友のはやて達に隠し事をしたくないと。
その言葉に、はやては顔にこそ出さなかったが、心の底で涙した。
 知り合ってもう一年半以上経ち、何度も遊び、時にはお泊り会もした。
大事な友達。そう思っていたのだが、なのはは更に上いく親友と言い切った。それにはやても思わず「わたしもなのはちゃん達は親友や思っとる!」と返したのは、当然の事と言える。
 もっとも、なのははそんなはやての声に若干驚いていたりしたのだが。

「で、そのジュエルシードやったか。それを探すんやな?」

「うん。当面は皆で手分けして、かな」

 なのはの言葉に、はやては笑顔で頷き、問いかける。

「なら、人手は多い方がええよね?」

「ふぇ?う、うん。そうだね」

「よっしゃ、ならわたし達も探すの手伝うわ!」

「ええ~~っ!?」

 さすがにそれは。そうなのはが言おうとした時だった。はやてが淋しそうな表情で呟いた。

「わたし、基本家から出ないんよ。出るって言っても決まった場所ばっかりや。そやから、この町も詳しく知っとるとこ少ないんよ」

 そんなはやての独白を、なのはは黙って聞き入る事にした。
それを見て、はやては「おおきにな」と笑って、続きを語った。
 なのはの手伝いを通じて、もっとこの町を知りたい。それを理由に様々な場所へ行きたい。そして、勉強が終わってしまうと暇ばかりになるから、一石二鳥だとも。

 そんな言葉を聞き、なのはは迷った。確かにはやて達は一番時間に制約が少ない。アーチャーもはやての世話を生業にしているようなものだし、護衛としても申し分ない。
 しかし、なのはは一点だけ不安があった。それは―――。

「最悪、怪物と戦うはめになるんだよ?」

 それは、はやての身の安全だけを考えた言葉ではない。アーチャーが傷付く事もあるのだ、とはやてに告げたのだ。
そんな事を分かっていたのか、そこでキッチンで作業をしていたアーチャーが口を出す。

「心配はいらん。聞けば、その怪物とやらは魔力で出来ているらしいな。なら、私には絶対的な武器がある」

 だから、心配はいらない。そんな自信と安心を感じさせる言葉に、なのはもはやても笑った。
何だかんだで、アーチャーは優しいのだ。今だって、その気になればはやてを嗜める事が出来たはず。でも、そうせずにはやての弁護をした。
 つまり、そういう事だ。

「おおきにな、アーチャー」

「なに、私がその程度の相手に遅れを取るなどと思われたくないだけだ」

 そんなアーチャーの言葉に二人は笑み一つ。声にこそ出さないが、思いは同じ。だからこその笑顔。

「それじゃ、はやてちゃん気をつけてね。アーチャーさん、はやてちゃんをお願いします」

「気ぃつけてな。あ、わたしにもユーノ君、紹介してな~」

 その言葉に頷き、なのはは八神家を後にする。その背に、午後の日差しを受けながら。


そしてその直後、なのははジュエルシードの発動を感知するのだった。




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第三話。我ながら中々話が進まない。

本当はこれでアニメ第二話を終えるはずだったんですが……。

本来ない場面を入れると、こんな感じなんです。勘弁してやってください。

次回、アニメ第二話終了!……出来るように頑張ります。



[21555] 1-2-3 無印二話 後編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/02 06:37
 なのはは急いでいた。八神家を後にした直後、感じた感覚。それがジュエルシードの発動だと、ユーノが教えてくれたのだ。
そして、今はそのユーノと合流し、反応のあった場所へと向かっていた。

【でも、本当にいいの?セイバーを呼ばなくて……】

【今から呼びに行ってたら時間かかっちゃうよ。それにセイバーを待ってる間に誰かが傷付いたら、セイバーも私も嫌だから。大丈夫、無理はしないし、きっとセイバーも来てくれる】

 ユーノの言葉になのははそう言い切る。誰かを守れる力があるのなら、迷う事無く使う。それは、なのはが教えられた御神の言葉。
そして、セイバーからも「自分が例え無力でも、それが許せないと思うのなら、絶対にさせてはいけない」と言われている。
 ならば、自分は出来る事をする。戦う事は出来なくても、誰かを守る事は出来るはず。そうなのはは思う。

 そして、そんななのはの言葉にユーノも感じるものがあった。自分がこの世界に来たのは、ジュエルシードが原因で誰かが傷付いたり、悲しんだりするのを防ぐためだった。
 なら、自分もなのはのように行動するんだ。それが、今の自分に出来る唯一の手段なんだから。そうユーノは思い、なのはに告げる。

【今から結界を展開するから、なのははレイジングハートを!】

【うん。よろしくユーノ君】

 ユーノは周囲に結界を展開させる。一瞬にして景色が色褪せていく。そして、なのははポケットからRHを取り出し、告げる。

「レイジング・ハート、セットアップ!」

”スタンバイレディ、セットアップ”

 なのはの声に応じ、起動するRH。起動コードなしでそれを行うなのはを見て、ユーノは確信する。
なのはの持つ魔法の才能は、まさしく天才レベルだと。

 バリアジャケットを展開し、なのはとユーノは神社の石段を駆け上がる。そして、その先にいたものは―――。


それは、夕日の思い出



「げ、原生生物と融合してる……」

「犬、だね」

 恐ろしい外見をした怪物。その傍には、飼い主であろう女性の姿があった。

「僕があいつを惹きつけるから、なのははあの人を!」

「分かった。ユーノ君、気をつけて!」

 なのはに告げると同時に、ユーノは怪物の前へと躍り出る。そして、眼前で防御魔法を展開し、怯ませる。
なのははその戦闘を避けるように、女性へ近付き、RHに告げる。

「レイジング・ハート、この人を守るものを出して!」

”ワイドエリアプロテクション”

 RHから放たれた光の壁が女性を包む。それを見て、なのはは頷き、視線をユーノへと移す。
そこでは、ユーノがバインドを駆使して怪物の動きを封じようとしていた。

「ユーノ君、こっちは終わったよ!」

「分かった!なら、こっちもこのまま抑えるから封印を!!」

「うん!」

 ユーノの思いに呼応するようにチェーンバインドが数を増やす。それを檻のように巧みに展開し、怪物の動きを制限していく。
それを無駄にすまいとなのはが動く。その思いに応え、RHが輝きを放つ。その光に怪物がたじろいた隙を突き、ユーノのバインドがついにその体を捉えた。
 そしてRHが形を変え、封印態勢に入る。それをなのはが力強く構えた。

「リリカル・マジカル!ジュエルシード、シリアル16!」

”封印”

 輝く光がリボンのように怪物を包み込む。そして、それが激しく輝いて消えた先には、大人しくなった犬の姿とジュエルシードが残されていた。



 気を取り戻し、周囲を見渡す女性。その足元には、先程の犬がいる。女性は首を傾げ、立ち上がるとその腕に犬を抱えて歩き出す。
それを後ろから見送るなのはとユーノ。心無しかその顔は嬉しそうだ。

「うまくいったね」

「うん。ユーノ君のおかげなの」

「いや、なのはがいたから出来た事だよ。……僕一人じゃ、封印出来なかった」

 どこか淋しげな表情をするユーノに、なのはは笑顔でこう言った。

「でも、私一人でもあの人は守れなかった。……それが出来たのは、ユーノ君がいたから」

「なのは……」

「助け合っていこ?私、ユーノ君と友達になりたいし」

 そんな風に笑顔で告げるなのは。その顔は夕日で照らされていて、朱が差している。
ユーノはその笑顔に見惚れる。しかし、それも瞬間。すぐに気を取り直して、弱く尋ねる。

「友達?僕と?」

「うん。だめ、かな?」

「だ、ダメじゃないよ!むしろ……嬉しい」

「にゃは、よかったぁ。断られたら、どうしようかと思ったよ」

「断るなんてそんな……。なのはとなら、友達にならない方がおかしいよ」

 あまりにはっきりした口調で告げるユーノ。それになのはは目を丸くするも、言われた事を理解し、照れくさそうに笑う。
それにユーノも自分の言葉を思い返し、照れ隠しからその顔を横に向ける。
 そこから少し、二人に会話はなかった。だが、ユーノがそろそろ帰ろうと告げて動き出した後、なのはが頷き小さく呟いたのを、ユーノは気付かなかった。

―――かっこよかったな、ユーノ君。

 その時のなのはの横顔が赤かったのは、夕日のせいなのか違うのか。それは、誰にも分からない……。



おまけ

 ジュエルシードを封印し、二人が高町家に戻ると、セイバーが血相を変えて出迎えた。
どうやら発動に気付かなかったようで、気付いた時には結界が消える瞬間だったようだ。

「すみません……」

 借りてきた猫のように項垂れるセイバーを、なのはとユーノは微笑んで見つめる。
そして、ユーノがさっきの状況を説明し、自分達もセイバーに連絡しなかったのが悪いと言い、頭を下げる。
 それに追随するようになのはまで頭を下げるものだから、セイバーが慌てる慌てる。

「あ、頭を上げてください。なのはもユーノも!これではまだ怒られた方がマシです」

「でも、連絡手段がないのは辛いね」

「念話が使えればいいんだけど……」

 セイバーは魔法が使えない。それは昨日の時点で判明した事だった。
ユーノが言うには、魔法は『リンカーコア』と呼ばれるものが必要で、それがセイバーにはないのだそうだ。
 しかし、魔力はある。そこでセイバーが立てた理屈は、魔法は使用にリンカーコアが不可欠で、魔術は使用に魔術回路が不可欠と言うもの。
その推測は正しく、セイバー達は一切魔法が使えない。逆もまた然りで、なのは達は魔術が使えないのだ。
 もっとも、これが完全に判明するのは、なのは達が管理局と関わってからなのだが……。

「では、やはり持つしかありませんか……」

「そうだね。そうしようよ」

「……何の話?」

 自分の知らない所で話が進んでいると感じたユーノが尋ねると、それを聞いていた美由希が答えた。

「携帯だよ、携帯電話」

 知らない?そう首を傾げる美由希にユーノは頷く。そこから始まる携帯講座。ユーノはそれを面白そうに聞き入っている。
そんな二人を横目に、セイバーとなのはは以前もらってきたカタログを眺め、思案中。
 実は、セイバーに携帯を持たせる案は前にもあった。だが、セイバーが「持っているだけでお金がかかるなど、私にはもったいない」と言って断ったのだ。

「やっぱり画質がいい奴だよ」

「ですが、基本料金が……」

「む~……。なら、容量の大きい奴は?」

「通話料が高いです」

「……じゃ、シンプルな奴」

「……なのはと同じものでいいです」

 静かにイライラしていたなのはに気付き、セイバーは模範解答を出した。
その発言にジト目のなのはだが、セイバーのすまなさそうな顔を見て、大きく頷く。


こうして、後日セイバーに携帯が持たされるのだが、パケットゲームにハマリ、翌月こっぴどく桃子に叱られるのであった……。




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第四話。ほのぼの分はおまけで追加。

ユーノが進んで前線に立ったのは、自分が男だから、という考えから動いています。

後、なのはに任せるのではなく、自分の出来る精一杯をやろうとしている結果です。

ユーノ・スクライアは、男の子!!



[21555] 1-3-1 無印三話 前編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/02 06:39
 夜の学校。そこに立つはなのはとユーノ、セイバーの三人。
ジュエルシードの反応を感じ、こうして行動するのも慣れたもの。セイバーがまず相手の動きを惹きつけ、ユーノが結界を展開。
 そしてなのはが最近習得した魔法でセイバーを援護する。

「レイジング・ハート!」

”ディバイン・シューター”

 射撃魔法。それは、なのはのセイバーやユーノを援護したいという思いが生んだ力。
その光弾は意志を持つかのように、怪物へ向かっていく。セイバーの動きに合わせるように、魔力弾が怪物を襲う。
 そして、それをかわしたところをセイバーが斬りつけ、怯んだ隙にユーノがバインド。

「今です!」

「なのは!」

「リリカル・マジカル!ジュエルシード、シリアル13!」

”封印”

 そこをなのはが封印する。これが最近確立されつつあるパターン。前衛をセイバー、中衛をユーノ、後衛なのはのチーム。
これが見事にはまり、ここ二戦はものの三分とかからずに封印出来ていた。
 RHがジュエルシードを収納し、この日も無事終了。

「これで四つですか」

「うん。でも、まだ沢山あるから」

「油断大敵、だね。とりあえず帰ろ?少し疲れたよ」

 少し辛そうな表情のなのはの言葉にユーノが頷く。

「そうだね。シューターの制御は慣れないと結構神経を使うだろうから」

「しかし、見事なものです。私の動きに合わせてくるとは」

「ふふん、セイバーの動きはずっと見てきてるから」

 笑顔。それは、そのなのはの言葉に、セイバーとユーノが浮かべたもの。
高町家に向かって歩き出す中、三人は他愛ない会話を交わす。ユーノが高町家にやってきて、まだ二週間弱。
 いや、もう二週間弱と言うべきか。怪我も完治し、既に身の上話までさせられた彼は、密かに桃子と美由希の『高町ユーノ計画』が始まっている事を知らない。
 それを裏で食い止めているのは、誰であろう恭也と士郎だった。
恭也は、あくまで友人としてユーノとなのはを関係させるべきと主張。士郎は、本人の意思なくそういう事は不味いと常識的意見。

 結果、ユーノ本人に聞いてから養子縁組の話は進める事となり、ユーノの知らぬ所で二人の計画は事実上停止されるのだった。



男の意地と新たな縁



 よく朝、高町家にある道場からいくつもの音が響いていた。

「どうした。そのような動きでは、私の剣閃はかわせぬぞ」

「くっ……まだまだぁ!!」

 小次郎の木刀が振り下ろされる。それをユーノが魔法で防ぐ。それと並行してチェーンバインドを展開、小次郎を捕らえようとするのだが。

「何度も同じ手は食わん」

「なっ……」

 小次郎はバインドに敢えて木刀を絡ませ、その場を離脱。そして素早く代わりの木刀を手に取り、ユーノへと迫る。
それにユーノは転送魔法でかく乱しようとするが、発動までの僅かな時間は小次郎にとっては絶好の好機。

「これは少しばかりの礼よ」

(あれって、小次郎さんの得意技!?)

 なのはの表情に戦慄が走る。それはもう幾度となく兄や父が敗れた技。動体視力に自信があるなのはにさえ、未だに見切れない無敵の剣技。
その名を燕返し。小次郎の必殺剣がユーノを襲う。そう、それは想像以上に健闘したユーノに対する、小次郎なりの気遣い。
 その身は未熟なれど、その意気や良し。それを表すための、秘剣。

「がっ……」

 咄嗟にユーノが展開したシールドと衝突する小次郎の剣閃、だがその鋭さがそれを打ち砕く。容赦ない小次郎の一撃がユーノに直撃する。いくら加減はしてあるとはいえ、それは意識を刈り取るには十分だった。それを見て、恭也が立ち上がる。

「そこまで!」

「ユーノ君っ!」

 その声に、観戦していたなのはが駆け寄る。その表情は不安一色だ。それが、早朝の高町家の定番になり始めてもう一週間。
キッカケは些細なものだった。ユーノがなのはのやっているトレーニングを見て、このままじゃダメだと思った事が始まり。
 そこから士郎や恭也に頼み、自分を鍛えてほしいと言い出した。勿論、同じ男としてそれを分からぬ二人ではない。
その日のうちから、ユーノは恭也と美由希の弟弟子となった。御神ではなく、あくまで剣術としてのだったが。

「どうです?ユーノの奴は」

「……初めは些か戸惑ったが、慣れればどうという事はない。しかし、内心見くびっておったわ。初見では厄介なものかもしれぬ」

「小次郎さんにそこまで言わせるとはねぇ。……あたしも負けてられないかな」

「いや、実際良くやったと思うぞ。俺達も勝ってはいるが、魔法には結構手を焼いたじゃないか」

 士郎の言葉に恭也は頷く。小次郎同様、恭也もユーノを甘く見ていた。しかし、的確なバインド展開とシールドの強度に、それが驕りだったと気付かせれたのだ。神速を使い、試合には勝ったが、恭也にとってユーノは、それ以来美由希とは違う期待を抱かせる相手となった。
 美由希もセイバーも試合結果はそうだった。ユーノは戦闘をするタイプではなく、むしろ学者や研究者といった人間だ。
だからこそ、ユーノは頭を使う。どうすれば自分が勝てるのか。そこまで流れを作るにはどうするのか。そういう考えを既に持っていた。

 士郎も恭也も美由希も、そしてセイバーでさえユーノを倒したのは、使う必要はないと思っていた『神速』や『魔力放出』を使ってだった。
それだけ魔法の使い方が上手く、また巧みだったのだ。それに、初見ではどの魔法がどんな効果を持っているか分からないのも、強みの一つ。
 故にユーノは意外に善戦していたのだ。だが、恭也達は知らない。それは日々、ユーノが高町家の修行風景を仔細漏らさず観察した結果なのだ。

 そんな小次郎達から離れた場所で、なのはとセイバーがユーノを見つめていた。

「大丈夫ですよなのは。アサシンは加減していましたから」

「それは分かってるけど……」

 セイバーの言葉になのはも同意するが、それでも心配なのだ。何せ、小次郎は恭也や士郎に勝てる人なのだ。
その試合を見た時、なのはの小次郎を見る目が変わった。それまではアリサの家の庭師だと思ってたのだが、実は凄腕の剣士なのだと知ったからだ。

 なのはが心配そうにユーノを見つめる中、なのはを見る恭也の視線が鋭くなる。

(また強くなったとは思うが、なのはは渡さん!)

(あ~、まただよ。恭ちゃんも過剰なんだよね)

 その視線の意味するものを知り、美由希は苦笑い。恭也は、なのはとユーノの仲を変に勘繰っている。美由希の目から見ても、まだ所詮お友達だろうとしか見えないのに、恭也はどこか別の見方をしているのだ。
 ま、そう見ながらも恭也もユーノを弟扱いしている所があり、この前なども共に釣りに出かけてたりする。

 ここだけの話、士郎と恭也にとってユーノは数少ない男仲間。
そして、境遇故に甘えなかった恭也と違い、ユーノはどこか遠慮はあるものの、歳相応の甘さを残していたりする。
 士郎は恭也に出来なかった分、ユーノを息子同然に可愛がり、恭也は恭也で弟と思って面倒を見ていたりするので、やはり高町家は甘い。
そして、そんな家族同然の扱いに、ユーノが密かに涙したのも内緒の話。

「では、私はこれで失礼する」

「はい。今度は俺とやりましょう」

「いや、父さんじゃなくて俺が先だ。第一、この前やったばかりじゃないか」

「はいはい。それは、後で。まず、道場の片付けね」

「いつもすまぬな。私も手伝いたいが」

 小次郎はそう言って困り顔。そう、小次郎は一度も道場の片付けや掃除をした事がない。本来ならば、小次郎とて武士の端くれ。道場に対し礼を払うのだが、それが出来ない理由があった。

「いいですって。アリサちゃん、待ってるんですから」

「……すまぬ」

 美由希の言葉に小次郎はそう答え、軽く頭を下げる。それに笑顔で手を振る美由希。
そう、小次郎が高町家に出入りするようになってから、アリサは軽いジョギングを始めるようになり、その護衛に小次郎を指名しているのだ。
 それがアリサなりの抵抗なのは、小次郎以外全員理解している。だからこそ、微笑ましく小次郎を送り出す。

「う……」

「ユーノ君、大丈夫?」

 小次郎が出て行くのと同じくして、ユーノは意識を取り戻した。
周囲の様子を確認し、ユーノはポツリと呟く。

「……また、負けた」

 その呟きと共に、ユーノの視界が滲む。士郎や恭也達と戦い、次は負けないと意気込んで臨んだ小次郎との試合。
小次郎の何とも言えない佇まいに、一度は飲まれかけたユーノだったが、その瞬間ランサーの事を思い出し、それを跳ね除けたのだ。
 最初は小次郎も様子見の部分があって、ユーノ優勢に展開されていた試合だったが、ユーノのチェーンバインドに小次郎の片腕が捕らえられた後から状況が一変した。

 ユーノが勝負を決めるため、一気呵成に攻めようとした瞬間、小次郎がバインドを引き千切ろうとしてバインドが軋み、ユーノの驚きを誘った。
バインドが力任せで軋みを上げる(小次郎が僅かだが対魔力を得たため)という光景に、ユーノの意識が逸れたのを感じた小次郎は、距離を詰め、自由に動く足でユーノを蹴り飛ばした。
 その攻撃でバインドを解いてしまったユーノは、先ほどの通りやられてしまったのだ。

「ユーノ君……」

 声を押し殺し、涙を流すユーノに、なのはは何も言えなかった。それは、下手な言葉は余計ユーノを傷つけると思ったから。
なのはは知っている。何故、ユーノが自分を鍛えようと思ったか。それが、昔の自分と同じだったからだ。

(守られてるだけじゃ……嫌なんだよね)

 セイバーによって守られるなのはとユーノ。封印するのはなのは。ユーノは役に立ってない訳じゃない。昨夜のように、的確に相手の動きを制限し、二人のサポートをしている。でも、本人はそれだけじゃ嫌なのだろう。

「なのは、今は一人にしておきましょう」

「セイバー……うん」

 静かに声を掛けるセイバーに、なのははそう応じ、道場を後にする。去り際、一度だけユーノの方を振り向き、呟く。

「ユーノ君は強いよ。絶対に、あの時の私よりも」

 その視線の先には、士郎と恭也に励まされているユーノがいた。



「初めまして。アタシ、アリサ・バニングスよ」

「初めまして。私は月村すずかです」

「は、初めまして。僕はユーノ・スクライア。スクライアは部族名だから、ユーノって呼んでほしい」

 あれからしばらく後、なのは達はグラウンドに来ていた。今日は士郎が監督兼オーナーをやっているサッカーチームの試合がある。
翠屋JFCというチームで、その応援とユーノの紹介を兼ねてアリサ達を誘ったからだ。

「そ、ユーノね。アタシはアリサでいいわ」

「私もすずかでいいよ。よろしくユーノ君」

「こ、こちらこそよろしく、すずか。それと……アリサ」

 どこか緊張するユーノに笑みを浮かべるなのは達。だが、彼女達は知らない。ユーノが緊張している理由。それは、普段から聞いている小次郎のアリサ話が原因だと。
 曰く「本当は虎の娘」や「気に入らなければ骨の髄までしゃぶられる」などと吹き込んでいた。それを真顔で言うものだから、ユーノは素直に信じてしまったのだ。小次郎は真面目で腕の立つ武人。それがユーノの評価だから当然と言える。

「後、もう一人紹介したい子がいるからね」

「あ、はやてちゃんだね」

「やっぱりはやても会わせてって言ったのね」

 なのはの言葉に、俄かに盛り上がる二人。それを横目にユーノは視線をグラウンドへ移す。そこでは、多くの少年達がボールを追い駆け、走り回っている。
 それがサッカーと言うスポーツだと、ユーノは知っていた。高町家で士郎やセイバーがテレビを見ながら、あ~でもないこ~でもないと言いながら熱中しているのを、何度も見ていたからだ。

(楽しそうだな……)

 小さい頃から遺跡発掘等の仕事や勉強に従事していたため、ユーノは同年代と遊んだ経験が少ない。
だからだろうか。眼前の光景が、ユーノには少しだけ羨ましく見えた。そんなユーノの横顔を、なのは達は黙って見つめる。

(ユーノ君……何か悲しそう)

(何よ、あんな顔して。こっちは無視?……いい度胸してるじゃない)

(サッカーが珍しいのかな?……でも、何で寂しそうなんだろう)

 三人の少女は同い年にも関わらず、どこか物悲しい雰囲気を漂わせるユーノを、様々な意味で意識していた。
そんな四人を遠くから呼びかける者がいた。その独特の喋り方に、なのは達三人がそちらへ振り向く。

「お~い。今着いたで~!」

「「「はやて(ちゃん)!」」」

 アーチャーに車椅子を押されながら、はやては嬉しそうに手を振る。それに駆け寄る三人。
それを見つめ、ユーノはなのはから聞いた親友の名前を思い出していた。

(そうか。彼女が八神はやてか。事故が原因で歩けないんだ、って言ってたな)

 楽しそうに笑う四人を見て、ユーノも笑う。なのはがあんな風に笑っていられるように、早くジュエルシードを回収しなければ。
そんな思いがユーノの中に強くなる。すると、ユーノの視線がアーチャーと合う。その瞬間、アーチャーが口の端を上げた。
 その笑みの意味するものがユーノは分からず、困惑の表情。それにアーチャーは益々笑みを深くする。

(まったく……。どこにもいるものなのだな、女難の相が見える相手というのは)

 おそらく、これをあかいあくま辺りが聞いていれば「それを今のあんたが言う?」とそりゃいい笑顔で言い放っただろう。
現在、アーチャーを意識しているのは三人の女性。敢えて誰とは言わないが、かなり熱烈にアーチャーに好意を抱いている。
 まぁ、その内の一人は「お嫁にいけない」と言う事までされたのだが。それをアーチャーが知るのは、今年の冬が終わる頃。



 ある程度喋ったところで、試合開始の時間となり、なのは達は応援席で観戦する事に。ユーノはアーチャーと共に、セイバーと同じベンチで観戦している。一緒にと、なのはが誘ったのだが、アーチャーが男同士の話がしたいと申し出たため、なのは達少女四人での観戦となっている。

「ユーノ君やったか?可愛い顔しとるな」

「そうだね」

「女顔って奴よね」

「でも、さっきはすごく男の子っぽい顔してたよ?」

「おっ、何や面白そうな話やな。すずかちゃん、それ詳しく」

「お、応援しようよ~」

 興味をユーノに示すはやてに、なのはが困ったようにそう言った。それに三人が笑い、頷いて声を上げる。
すると、四人の声が効いたのか。それまで一進一退の攻防をしていた試合が、一気に翠屋JFCのペースに変わった。
 ……まぁ、男なんてみんな素直で単純なもので、美少女が応援してたら、いいとこ見せようとするものなのだ。

 それを別の場所から見ながら、ユーノは苦笑い。自分もきっと同じような事をされたら、目の前の少年達のように張り切る姿が浮かんだからだ。

「何か面白い事でもあったかね?」

「いえ、笑い事じゃない気がして」

 ユーノの答えにアーチャーは楽しそうに笑みを浮かべ、視線をなのは達へ向ける。

「まぁ、確かに彼女達は可愛いからな」

「はやてもですね」

「何故わざわざはやてだけを個別で告げる」

 ユーノの言葉にアーチャーは少し嫌そうな表情でユーノを見る。それを見て、ユーノは笑って答えた。

「だって、アーチャーさん、はやてだけ視線合わせなかったですから」

 思ってないのかと思いました。そう続けたユーノにアーチャーはややムスッとした顔で、それを否定。
確かにはやてに視線は合わせなかったが、それははやてが自分の視線に敏感だからだ、と言ったのだ。
 それを聞いて、ユーノは「いや、それってどうなんです?」と思ったのだが、言うのはやめた。嫌な予感しかしなかったからだ。
そんな風にユーノとアーチャーが会話する横で、セイバーは力の限り声を張り上げ、応援するのだった……。




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第五話。本来ならなのはの覚悟を固めるアニメ第三話。

でも、このなのはは覚悟完了しているので、メインはそこじゃなかったり。

ユーノ鍛錬。これがどうなるのか?ちなみに、ユーノ戦は皆が本気でやれば十秒と持ちません。

……強くなれ、ユーノ。支援専門でも強くなれ。

9/26 加筆修正しました。



[21555] 1-3-2 無印三話 中編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/02 06:40
「今日はみんな良く頑張った!そんなに長く時間は取れないが、祝勝会だ。英気を養い、次も勝つぞ!」

 士郎の言葉に、翠屋JFCの面々が歓声で応える。あの後、試合は翠屋JFCの勝利に終わり、そのままの雰囲気で、翠屋で祝勝会となったのだ。
それとは別に、なのは達は、外にあるオープンカフェスペースでくつろいでいた。セイバーは、中でチームの少年達と楽しそうに話している。

「いや~、初めてサッカーを生で見たけど、結構面白いもんやね」

「だよね~。私も思わずハラハラしちゃった」

 やや興奮気味に話すはやてに、すずかも同意し笑みを浮かべる。

「アタシとしては、もう少し盛り上がりが欲しかったわね」

「え~、十分盛り上がってたと思うよ?」

 少し不満げな表情で告げるアリサに、なのはは不思議そう。

「どうです?そちらは」

「いや、ダメだ。やはり反応が分からないというのが厳しいな。何か手があればいいのだが……」

 そんな四人の和やかな雰囲気のテーブルとは対照的に、隣のユーノとアーチャーのテーブルでは、ジュエルシードについて話し合っていた。
アーチャーは、ユーノからジュエルシードの詳しい説明を受けた時、迷う事なく「破壊するべきだ」と主張した。それをユーノやセイバーが何とか説得し、とどめとばかりに後からそれを聞いたはやてが「人様のもんを勝手に壊したらあかん!」と言い放ち、アーチャーは渋々ではあるが引き下がった。
 そして、破壊出来ないなら、一刻も早く回収するべきと思い、はやてと探索するのは勿論、深夜も一人で探索していた。

 それを知っているのはユーノとセイバー、そしてライダーに小次郎の四人。
前者二人は本人から聞き、後者二人は偶然出会った。その時分かったのは、ライダーや小次郎もすずかやアリサから話を聞き、早く日常を取り戻してやろうとの気持ちから、アーチャーと同じ行動を取っていた事。
 それを知った時、三人揃って苦笑を浮かべ、お互いに変わったと言い合ったものだ。

「でも、小次郎さん達も協力してくれたおかげで、大分探索範囲が絞れましたから」

「そうか。そう言ってもらえると助かる」

「残り十七。広域探索魔法が使えれば、もっと効率も上がるんですけど……」

「出来ない事を言っていても仕方ない。それより、いいのか?」

「え?」

 アーチャーの突然の一言にユーノの思考が止まる。その視線が注がれているのは、自分の後ろ。つまりなのは達のいるテーブルであった。

 アーチャーが言いたい事を理解し、ユーノが恐る恐る振り向くと、少し拗ねた表情のなのはとアリサ、苦笑を浮かべるすずかに面白そうに笑うはやてがいた。
 それが何を意味するのか。それを理解したユーノは電光石火の動きで頭を下げた。

「ごめん!なのは達を忘れてた訳じゃないんだ!ただ、今アーチャーさんとジュエルシードについて話してて……」

―――だから、と続けようとして、なのは達が笑い出した。

 その表情の変化に、ユーノは一瞬何が起きたのか理解出来なかった。そして、そんなポカンとするユーノに、アーチャーが告げた。
ユーノは、なのは達にからかわれたのだ、と。それを聞き、状況を把握したユーノは怒りや呆れでもない感情が湧き起こった。

―――しょうがないな、なのは達は。

―――ユーノ君が悪いんだよ?私達を無視するから。

 そう告げるなのはの表情は、誰が見ても嬉しそうな顔をしていた。

他愛ないやり取り。屈託のない笑み。それをくれるかけがえのない親友達。それを心から感謝するように。



芽吹く希望、近付く出会い




 楽しげに会話するなのは達。それを眺め、アーチャーも笑みを浮かべる。しかし、その表情が一瞬にして曇る。

(あの男、二年ぶりに現れたかと思えば、ジュエルシードに手を出すな、とはな)

 そう。アーチャーが初めて深夜ジュエルシードの探索を行おうとした時、あの仮面の男が再び現れたのだ。
そして、身構えるアーチャーにジュエルシードに手を出すな、と告げ再び消えたのだった。
 それにアーチャーは確信を持った。監視の視線がなくなったのは、こちらを監視する別の手段を得たのだと。
そして、ユーノとの話で男の使ったものの正体も判明した。

(魔法、か。つまり奴は魔導師という存在。ならば、あの本はジュエルシードと同じロストロギアと呼ばれるもの)

 そう考え、アーチャーは一つの結論に辿り着く。それはある種の真実。それは、ある種の誤解。

(あの本を奴が監視するのは、封印を解かないように見張っているのか。なら、ジュエルシードに手を出すなと言うのは何故だ?……そうか、あれは強大な魔力の結晶。それが封印を壊しかねないという事か。奪っていかないのは、おそらく害意を持つ者が触れると反応する類のものなのだろう。とすれば、あの本に関わるなと言う言葉も納得がいく)

 だが、それはあの男の言葉を好意的に取って信じるのなら、だ。そう自分に言い聞かせる。そんなアーチャーだったが、しかし、と呟き空を見上げる。
 白い雲と青い空。時折吹く春風が心地良い。そんな麗らかな春の日差しを受け、アーチャーは思う。

(奴もどこか本気ではなかった。ならばあの男も、この平和を守ろうとしているのかもしれん)

 そう考える自分に、アーチャーは笑みを一つ。

―――随分と甘くなったな、私も。

 そんな呟きが、車の排気音と共に空へ舞った。



「……マジか」

「はい。間違いないと思います」

 とある高層マンションの最上階にある部屋。そこが現在のランサー達の拠点だった。
そのリビングでランサー達はモニター越しにリニスと会話していた。

「ジュエルシードが……この近くに」

「まだその町と決まった訳ではありませんが、おそらく」

「なら、早速……」

 そう言って動き出そうとするアルフを、ランサーが無言で手を出し制した。それに続こうとしたフェイトも同様だ。
ランサーは視線をリニスに向けたまま、自分に言い聞かせるように告げる。

「ダメだ。まだこの町にないって決まった訳でもねえ。海鳴って町についても、もう少し情報を集めるんだ」

(そうだ。俺はこいつらに頼りにされてる。そんな俺が慌てたら、フェイト達が余計焦っちまう)

「でも!」

「焦るんじゃねぇ。急いては事を仕損じる……この国の言葉だ。どんな時でも冷静さをなくすんじゃねえ」

 どこか焦りを見せるフェイトに、ランサーは内心の焦りを押し殺し、そう言って黙らせる。それにアルフも黙らざるを得ない。
フェイトはランサーの弟子のようなもの故に。アルフは信頼し頼れる漢故に。
 その絆は既に断金。かの三国志に登場する小覇王孫策と美周朗周瑜が交わした友情。それにも勝る繋がりなのだ。

「それに、いざって時は俺が熱くなっちまうからな。余計、フェイトには冷静でいてもらわね~と」

 人懐っこい笑みでそう言われてしまえば、フェイトも何も言い返せない。そのまま、ランサーがフェイトの頭を撫でれば尚の事。
それを見てリニスとアルフは笑みを浮かべる。くすぐったいと言いながらも嬉しそうなフェイトと、満面の笑顔でどうだと言わんばかりに撫で続けるランサー。
 まさに兄妹と呼ぶに相応しい光景が、そこにあった。

「で、プレシアの様子はどうだい?」

「……良くはありません。緩やかではありますが、悪化しています」

 フェイトがランサーとじゃれているのを横目に、アルフとリニスはそんな会話をしていた。
フェイトには、プレシアがジュエルシードを欲しがっているのは、自分の病気を治すためと伝えてある。
 本当は違うのだが、それもあわよくばと思っている事なので、嘘とも言い切れない。
この理由をフェイトに告げる時、プレシアは珍しく言い淀んだ。その理由を知る者はいないが、プレシアは無意識にフェイトへ本当の事を告げない事に良心が痛んでいたのだ。
 だが、プレシアはそんな事に気付かないし、勿論ランサー達も知る由はない。

 ただ静かにランサーの撒いた種が、ゆっくりと芽を出し始めたのだ……。



 楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。あの後、ユーノを加えた五人の話は止まる事がなかった。
ユーノは幼い頃から部族の大人達と発掘などの仕事をした事があるため、その時の話は、なのは達にとっては非常に興味深いものがあった。
 逆にユーノはアリサやすずか、はやての話に興味を持った。大人顔負けの知識量を持つアリサとすずか。家事等の話やアーチャー仕込みのサバイバル知識。それらは知識欲旺盛なユーノには、得るものが多い話だったからだ。

 そんなユーノとは対照的に、なのはは少し不満気味。自分と話をしている時より、ユーノが三人の話に夢中だったからだ。
でも、となのははユーノを見る。そのユーノの表情はとてもイキイキしていた。だから―――。

(もう、今回だけだからね。……次はないよ?ユーノ君)

 許す事にする。歳相応の表情をしているユーノに免じて。
そして、笑顔を浮かべると、話が一段落したのを見計らって、なのははこう切り出した。

「ね、五月の連休なんだけど……」

「ゴールデンウィークがどうかした?」

「何かあるの?」

 アリサとすずかの言葉に、ユーノが不思議顔。それを見てはやてが解説をする。それに補足や雑学をアリサとすずかが入れ、終わるのを待って再びなのはが語りだす。

 それは遊びの誘い。毎年恒例の家族旅行。今回は泊まりを視野に入れたもの。
その誘いに喜んでと応じるアリサとすずか。はやては迷っていたが、アーチャーが「なら、私が骨休めで行かせてもらおう」と言った途端「一人は嫌や~!」と怒りながら叫び、誘いを受けた。
 もっとも、それがアーチャーなりの後押しなのは、今日のやりとりからユーノですら理解している。
こうして、連休の温泉旅行は、高町家、月村家、アリサと小次郎、それにはやてとアーチャーが加わる団体旅行となる。
 まだなのは達は知らない。この旅行に更なる参加者が加わる事になる事を……。




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第六話。ほのぼの+少しシリアス?

基本、ジュエルシードの封印って地味ですから。バトル要素、入る余地なし。

こちらとしては楽でいいんですが、読み手としてはどうなんでしょう。

次回でアニメ第三話終了!



[21555] 1-3-3 無印三話 後編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/02 06:41
 祝勝会も終わりを告げ、翠屋からぞろぞろと少年達が出て行く。それを横目に、なのははアリサ達へ問いかけた。

「ね、この後はどうするの?」

「私はお姉ちゃんとお出かけ」

「アタシはパパとショッピング!」

「わたしは特にないけど……」

「夕飯の買い物をして、帰るとしよう」

 はやての視線にアーチャーがそう答える。それに笑顔で頷くはやて。
なのははユーノを見て、ユーノに念話で尋ねる。どうする、と。
 別に直接聞いてもいいのだが、この和やかな雰囲気でジュエルシードの話は、場違いな気がしたからだ。

 ユーノもそれは同じなのか、さして驚く事もなく、その問いかけに答えた。

【今日は完全休養に当てよう。探索範囲も大分絞れてきたし】

【いいの? 別に私は平気だよ?】

【でも、朝の魔法訓練や夜の練習なんかで疲労はしてる。士郎さんからも言われたでしょ?】

 無茶は目をつぶるが、無理は許さない。なのはが魔法の訓練を始めた時、士郎はそう言った。
それは、なのはの我慢強さを考慮しての発言だった。昔からどこか自分の事を後回しにして、他者の事を優先するところがあったなのは。
 だからこそ、ジュエルシードに関しても無理をどこかですると、士郎達は読んでいた。
そのため、なのは本人に強く言い聞かせたのだ。休める時に休むのも、大切な事だと。

【分かったよ。……もう、ユーノ君までお兄ちゃんみたいな事言う~】

【みんな、なのはが心配なんだよ】

 そんな会話と並行して、二人はアリサ達とも会話する。マルチタスクと呼ばれる技能で、前線魔導師には必須とも言われるものの一つだ。
なのはも最初はかなり苦労したが、持ち前の才能かすぐにそれを習得してみせた。
 ユーノは念話相手に、セイバーは会話相手として、それぞれ苦労をかけたのだが。

「あれ……?」

 念話を終えたなのはの視界に少年がいた。その手には、ジュエルシードのようなものが握られていて、それを彼はポケットに入れた。
それを見てなのはは考える。それが本当にジュエルシードなのか、と。もしかしたら見間違いかも。そんな事を思い、なのはは立ち上がった。
 突然立ち上がるなのはに、不思議そうな表情を浮かべるアリサ達。

「ちょっとごめん」

 そう言って、なのははその少年へ近付いた。振り向く少年に、なのはは疑問に思った事を聞く。

「菱形のキレイな石がさっき見えたんだけど、見せてもらえないかな? 友達の落し物に似てたから」

 そんななのはの言葉に、少年も素直にポケットから先程のものを取り出す。
それは間違いなくジュエルシードだった。なのははそれを確認して、頭を下げる。
 友達の落し物に間違いない、と。だから返してもらえないかと。そんななのはに少年は笑顔で頷き、ジュエルシードを渡す。
偶然拾ったんだ、と語る少年に、なのはと事情に気付いてやってきたユーノが揃って礼を述べる。
 それを照れくさそうに受ける少年。そこへマネージャーらしき少女が現れて―――。

「何があったの?」

「えっと、実はね……」

 少年から事情を聞き、少女は笑みを浮かべて少年を誉める。それに益々照れていく少年。
なのはとユーノがまた礼を述べて……。それを端から見ていたアリサが呟く。

「……で、いつまでアタシ達はこの寸劇を見てればいいのよ」

「あ、アリサちゃん、寸劇は酷いと思うよ。せめて……小芝居、かな?」

「何気にすずかちゃんも言うなぁ……」

 そんなこんなのやりとりが、実に五分弱続いたとな。



伝える気持ち、伝わる気持ち




 アリサ達と別れて、なのはとユーノは士郎と共に高町家に帰宅。と言っても、士郎は少し休んでまた出勤なのだが。
一緒に風呂に入るかとの士郎の誘いを断り、なのははお昼寝タイムとばかりに部屋へ。ユーノが代わりにそれを受け、男二人のまったりタイム。
 ちなみに、セイバーはそのまま仕事中。サッカーチームの少年達との会話で、やる気十分だった。

「なぁユーノ君」

「はい?」

 士郎の背中を洗いながら、ユーノは首を傾げた。力加減は良いはずだ。何せ、もうこれで士郎の背中を流すのも五回目だ。
何を聞かれるのだろう、とユーノが思っていると、士郎は静かにこう言った。

「良かったら、うちの子にならないか?」

 それは真剣な声。でも、どこか優しく穏やかな声。何でもないように告げられた言葉に、ユーノは手が止まった。
その言葉自体は、何度か言われた事はある。桃子や美由希がよく冗談めかして言うのだ。
 でも、こんな風に真面目に言われた事はない。それが意味する事がユーノに理解出来た時、その目から何かが溢れそうになった。

「別に、養子になれって訳じゃない。ようは気持ちの問題さ。どこか他人行儀が抜けないからな」

「そ、それは……お世話になってる居候ですし」

「俺はな、ユーノ君。初めて君の身の上を聞いた時、思った事がある」

 士郎の言葉に、ユーノは黙る。それは、続きを促す沈黙。真剣に聞き入るという証。
それを感じ取り、士郎は軽く笑い「ま、まずは風呂に浸かろう」とユーノを促す。

「……どうして君となのはが出会ったのかって考えた時な。それは、俺達夫婦に神様がくれた贈り物なんじゃないかって思ったんだ」

「贈り物、ですか?」

「ああ。恭也は色々あって、普通とは言い難い子供時代を過ごさせてしまった。それで男の子が欲しかったんだが、俺も母さんもなのはで手一杯になってな……」

 そう言って、士郎は息を吐く。そして、ユーノの方へ視線を向け、笑って告げた。

「だから、俺は君を息子として接したい。普通の子供でいさせてやりたい。そう思ったんだ」

「士郎さん……」

 その言葉に感激して瞳を潤ませるユーノ。それに士郎は笑って返す。

―――父さん、でもいいからな。

―――はい、し……父さん。

 そう言って、ユーノは顔を伏せてしまう。照れと恥ずかしさと色々な感情が混ざり合ったのだろう。それを優しく微笑み、頭に手を置く士郎。
後にユーノは語る。自分を救ってくれたのはスクライア一族だが、自分を『子供』にしてくれたのは高町家だった、と。



 そんな会話が風呂場で行われている時、なのははベッドに横になり、ぼんやりとある事を考えていた。
それはユーノが話してくれた襲撃者の事。それも、自分と同い年ぐらいの少女の事だった。
 自分がひょんな事から集める事になったジュエルシード。それを狙い、ユーノの前に現れたという『犯罪者』
だが、ユーノの話ではそういう人間には見えなかったとの事。

「フェイトちゃんって名前なんだよね」

 あの出会った日の夜、ユーノが話した内容は、セイバーを驚かせた。ランサーと言う名を聞いた時、セイバーが慌ててライダー達に召集をかけたぐらいだ。
 だが、ユーノの話と状況から、セイバー達は一つの結論を導き出した。
それは、事情を聞きだし、何故ジュエルシードを求めるかを把握する事。ランサーがジュエルシードの本質を見抜いているのは、ユーノとのやりとりで察している。だからこそ、何故聖杯に望むものがないランサーが、それに類似するものを必要とするのか。
 それを確認してから対処を決める、という事でセイバー達の意見は纏まったのだ。

「……ジュエルシード、何で必要とするんだろ?」

 自分と同じぐらいの少女。それが何故ジュエルシードという危険なものを欲しがるのか。
もし可能なら、それを聞いて手伝える事なら手伝いたいとなのはは思う。それは、ランサーというセイバーと似た存在がいるから。
 きっと、その少女も自分と同じく寂しさを感じていたのだろうと思ったから。だから、出来る事なら友達になりたい、となのはは思う。
少女達がジュエルシードを集める本当の意味をなのはが知るのは、その少女と出会って二週間程の時間が必要となる。



「でも、あれね。ユーノって意外と博学よね」

「そうだね。遺跡発掘とかなんてちょっとロマンチックだよ」

「そんな話をしたのですか?」

 二人の話に、ライダーが不思議そうに尋ねた。二人の迎え兼護衛として彼女はいた。小次郎は現在、月村邸で庭仕事の真っ最中だろう。
そして、ライダーもユーノと既に顔は合わせている。それ故、ユーノがどのような人間かは知っているが、どういう事をしてきたかまでは知らなかった。

「うん。面白い話が聞けたよ」

「ま、まだ話のストックはありそうだし、今度にでも聞き出してやらなきゃ」

 楽しそうに笑うアリサに、すずかとライダーも笑みを浮かべる。そんな中で、ライダーは思う。

(彼の話ですか……もう少し詳しく聞く必要があるかもしれません。魔法世界の話は、私達の受肉の理由解明の手掛かりになるかも……)

 そんな事を考えるライダーの前を歩きながら、アリサとすずかはバイオリンの話を始めるのだった……。



「みーちゃん、ご飯食べたやろか」

「心配ない。今まで一度でも残した事があったか?」

「ないなぁ。あの子、ほんま不思議な子やな」

 みーちゃん。それは八神家に毎日顔を出すメス猫の名前である。はやてが単純な方が覚えやすいと付けた。
ちなみに初めてそう呼んだ時、みーちゃんは驚いたような反応を示し、はやてを驚かせた。
 今はすっかり大人しくなり、はやてもよく遊んでいる。首輪は付けてない。

「そうだな。何せ、首輪を付けるかという話の翌日には首輪をしていたからな」

「みーちゃん、実は飼い猫なんやけど、毎回こっそり首輪外してたんちゃうか?て思たもん」

「それかこちらの言葉を理解し、飼い主に首輪を付けてもらったのかもしれん」

 冗談で言っているが、アーチャーの言葉は正しいのだ。それがどういう事かまでは、さすがに知り得る事はなかったが。

 そんな事を話しながら、二人は笑う。いつものスーパーへ着き、買い物カゴをはやてが抱える。
入口のチラシを改めて確認し、アーチャーが動き出す。
 果物や野菜を目利きし、カゴに入れていく。それを見て、はやても目利きの勉強。
たまにアーチャーから出される目利きクイズに、はやてが頭を捻るのもいつもの事。最近は目利きも上達し、アーチャーの出題もかなりシビアなものになっている。

 今回の鰆も、本当に些細な差で見極めなければならない問題で、はやては何とか正解をもぎ取った。

「む、出来るようになったな」

「どや?わたしも大したもんやろ」

 既に一般的な小学生レベルを遥かに超え、はやての家事スキルは大人顔負けになりつつある。
だが、はやての目指すアーチャーや桃子はかなりの高み故、未だにはやては自分が未熟と考えている。

「では、そんなはやてに今日の夕食を任せよう」

「お~、それはええな。なら、助手のアーチャー君に献立は決めてもらおか」

「そのまま作るはめになるので謹んで断る。昼食は焼きそばでいいか?」

「あ、目玉焼き乗せてな」

 打てば響くような会話が出来て、軽口を言い合える相手。そして、一緒にいて心地良い人。
それがはやてのアーチャーへの評価。こんな他愛もないやりとりが、はやてにとっては何よりも大切な時間。

「ぬ、レジが混んでいるな」

「そやな~。どこも並んどる」

 混雑しているレジ。今日は休日。本来ならばアーチャー一人なのだが、はやてが今日は一緒に行きたいと言ったため、こうして買い物をしにきたのだが……。

「邪魔になっとるかな?」

「気にするな。喋るカートと思えばいい」

 アーチャーの発言にはやてのパンチが炸裂。それを笑みと共に受け止めるアーチャー。
そんな光景を、周囲は微笑ましく見つめていた……。





「艦長、話と言うのは?」

「貴方も聞いたでしょ? 原因不明の次元震」

「ああ、あのロストロギアの輸送船が巻き込まれた事件ですね」

 黒髪の少年の言葉に、艦長と呼ばれた女性が頷く。

「その事件、アースラが担当になったから」

「何故です? 既に調査は始まっているのでは」

 少年の言葉に、女性は首を横に振り、告げる。

「それがまだなの。管理外世界に近いせいで、動きが遅くてね」

 ややウンザリするように、女性は顔に手を当てる。それに、少年も同意するようにため息一つ。

「とにかく、出発は未定ですが、現場での判断は全て貴方に任せます。分かったわね、クロノ」

「了解しました。……というか、いきなり雰囲気を変えないでください母さん」



時空管理局。その存在が、静かに動き出そうとしていた……。





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第七話。次元震って、かなりヤバイ扱いを受けていたので、管理局出動が少し早まりました。

アニメ第三話時点で動き出すって、かなりです。

でも、介入はまだ先ですよ。キッカケがないので。

次回はアニメ第四話突入。



[21555] 1-4-1 無印四話 前編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/02 06:42
 海鳴市を一望出来る高台。早朝という事もあり、そこには人気がなかった。ただなのはとユーノ、セイバーを除いては。
そこに立つのは、BJ姿のなのは。それを見守るようにユーノとセイバーが見つめる。

「じゃ、なのは」

「うん。レイジング・ハート」

”フライヤー・フィン”

 魔力で出来た羽がなのはの体を空に飛ばす。飛行魔法。それは、なのはの才能を信じたユーノが薦めたものの一つ。
 その読み通り、なのはは見事にそれを物にし、今や飛ぶ事になのはも何の不安もなかった。
飛行時特有の浮遊感に笑みを浮かべつつ、なのはは意識を次の事へ移す。体の動きを制御しつつ、なのはは次の魔法を準備。

「いくよ、レイジング・ハート!」

”はい、なのは”

 なのはの声にRHが答え、それになのはは笑顔を浮かべる。本来ならば、RHはなのはをマスターと呼ぶ。しかし、それを良く思わないなのはは、何度も言ってそれを変えさせたのだ。
 なのは、と。マスターではなく、名前で呼んで欲しいと。主従ではなく、助け合う友人として。
そんななのはの言葉に、セイバーが出会った夜を思い出したのは、言うまでもない。

”フラッシュ・ムーブ”

 RHが発動させた魔法は、厳密に言えば高速移動魔法なのだろう。
しかし、なのはが目指したものは、御神の奥義である『神速』だ。昔から出来たらいいな、と思っていた技。それを魔法なら、と意気込んで考えた。
 その意気込みをRHに告げ、二人で完成させた魔法。それ故に、なのははこれを『瞬間移動魔法』と呼んで、RHと共に後で喜んだ。

「なんと……」

「凄いや……やっぱりなのはは天才かも……」

 今回の練習は、なのはの考案した新魔法のお披露目だった。それが危険ではないか、またちゃんと制御出来るのか。
それを判断するためにセイバーがいる。だが、それ故にこの魔法が何を意図して考案されたか理解した。
 だからこそ、セイバーは苦笑い。そう、セイバーは知っている。なのはが昔から羨ましそうに、神速を駆使して戦う恭也達を眺めていた事を。

(本当にシロウ殿の子ですね)

 肉体ではなく、魔法でそれを実現したなのはに、セイバーはクスリと笑う。その視線の先には、満面の笑顔を浮かべるなのはの姿があった。


少女達に運命が近付く日




「あれ? 恭ちゃんにユーノ君……お出かけ?」

「はい。なのはと恭也さんとすずかの家に」

「ま、俺は付き添いみたいなものさ」

 恭也の何となしに放った言葉に、美由希の視線が鋭くなる。
それを感じ、ユーノはそろそろと離れ出す。それを恭也は掴まえようとするが、それより早く美由希が動く。

「そんな事言って、ど~せ忍さんとイチャイチャするんでしょ~!」

「お、おい。別にイチャイチャなんて……」

「いいなぁ~、あたしも恋人欲しいな~」

 ジト目の美由希。それに無言の恭也。だが、その視線が逃げたユーノへ向けられている。

(何とかしてくれっ!)

(無理ですよ!)

 そんな視線のやりとり。高町家の女性は、基本怒らせると怖い。特に桃子には、誰も頭が上がらない。
余談だが、ユーノは、女性陣から大事にされているので、未だにそんな経験無し。それをこっそり妬んでいる恭也であった。
 ちなみに、恭也もユーノも知らないが、美由希は、密かに小次郎といい仲になりつつある。唯一アリサは知っているが、それをどうこう言う事はない。
未だに自分の気持ちがはっきりとしない上に、なのはの姉という事もあり、黙認しているといったところだ。
 一方、当の本人である小次郎は、美由希がそういう対象として見ているなどとは知らず、今はただセイバーと同じ女剣士として、興味を抱いているに過ぎない。

「お待たせ~」

 そして、救いがないと絶望しかけた恭也を助けるべく、天が助けを遣わした。出掛ける準備を終えたなのはが、リビングに姿を見せたのだ。
それに安堵するユーノ。恭也は顔にこそ出さないが、内心両手を合わせ感謝していた。美由希は、それを知ってか知らずか若干満足顔だったりする。

「よし、バスの時間も近いし、行こうか二人共」

「はい」

「うん」

 急いで歩き出す恭也とユーノ。それに不思議そうな表情のなのはが続く。

(何があったんだろう?)

 そんな事を考えるなのはだったが、状況も知らない彼女に答えが出せるはずもない。
程なくして玄関に着き、靴を履いて歩き出す。

「いってらっしゃ~い」

 出掛けるなのは達を笑って見送る美由希。それに手を振って応えるなのはとユーノ。
晴れ渡る青空。吹き抜ける春風。それを感じながら、なのはは呟く。

「……今日は良い事がありそう」



 なのは達がバスに乗り込み、月村邸を目指していた頃。
海鳴の町に、三人の人物がやってきた。一人は豊かな胸元を強調するような、白いタンクトップにデニムのパンツというラフな格好。
 もう一人の男も同じくラフなもので、白いTシャツにジーンズ。そして、そんな二人とは正反対に、可愛らしい格好をした少女がいた。
青いブラウス、青いスカートという上下青で決めた金髪の少女。何故青で固めたのかは、それが敬愛する男のイメージカラーだろう。

「さてと、これからどうすんの?」

「ま、まずは探索魔法だったか? あれを使って調べてくしかねぇ」

「そうだね。じゃ、どこか人目に付かない場所を探さなきゃ」

 少女の言葉に二人は頷き、ゆっくりと歩き出す―――が。

「あ、ハンバーガーだよフェイト~。少し早いけどお昼にしようよ」

「お、あっちはフライドチキンがあるじゃね~か。なら、こっちでサイドメニューと行こうぜ」

 歩き出して早々、駅前の飲食店に持ち前の食欲を剥き出しにする二人。そんな二人へ、フェイトは慌てるように首を横に振る。

「だ、ダメだよ。まだ何もしてないし、朝ご飯食べたばかりだよ!」

 そんなフェイトの説得も空しく、結局フェイトが折れる事になり、少しどころかかなり早い昼食を買って、それらを食べる場所を探す事になるのは、後の良い思い出となるのであった。



 大邸宅と呼んで差し支えない月村家を前に、ユーノは立ち尽くす。それを恭也となのはが微笑みながら見つめる。
それは大抵の人間がこうなる事を分かっているからだ。それと同じリアクションをした二人だからこそ、ユーノの気持ちは良く分かる。

 そんなユーノに声を掛け、二人は歩き出す。立派な玄関に辿り着き、ベルを鳴らす恭也。それを待っていたかのように、扉が開きノエルが顔を出した。

「お待ちしておりました。恭也様、なのはお嬢様。そして、ユーノ様ですね。お名前はすずかお嬢様から伺っております」

 恭しく頭を下げるノエルに、恭也となのはは笑みを浮かべる。

「久しぶりだな、ノエル」

「お久しぶりです、ノエルさん」

「ええっと……初めまして。僕、ユーノ・スクライアです」

「お初に御目にかかります。私、月村家のメイド長をしております、ノエル・K・エーアリヒカイトと申します」

 唯一ノエルと初めて会うユーノだけが、その雰囲気に動揺していた。その様子にノエルは楽しげに笑うと、仰々しい程の自己紹介をした。
それに益々困るユーノに、なのはも笑みを浮かべて「気にしなくてもいいよ。ノエルさんはこうゆう人だから」と告げた。
 それに恭也も頷き、苦笑い。その内慣れる。そう言って恭也となのはは歩き出す。既にノエルがその前を案内するように歩いているのを見て、ユーノも慌ててその後を追うのだった。



「なのは達、そろそろ来るかな?」

「うん。もう来るんじゃないかな?」

「……相変わらずすずかちゃんちは猫屋敷やな」

 優雅にファリンの淹れた紅茶を飲むアリサとすずか。それぞれの膝には当然のように猫が乗っている。
かくいうはやてもその膝に猫を乗せているのだが、一匹ではなく二匹なのが違いである。
 それを優しく撫でながら、はやては周囲を見渡す。そこかしこに猫がいる。どれもノンビリしている光景に笑みを浮かべるはやて。

「そうだね。でも、里親が決まってる子もいるから、ね」

「あ~、お別れが近い子もおるちゅ~事か」

「ま、それでも猫天国には変わりないわ」

「ですね」

 アリサの言葉にはやても頷く。すずかはそれに苦笑一つ。そして、その横のファリンが笑顔でそう同意する。
そのテーブルの横では、忍とアーチャー、それにライダーが談笑していた。
 まぁ、もっぱら話しているのは忍で、二人は紅茶のお代わりを注いだり、猫の相手をしながら相槌を打っているだけなのだが。
ちなみにアーチャーは、来た途端にライダーから無言で手渡された執事服を着ていたりする。

 これが、月村家でアーチャーが過ごす時の決まりになったのは、今から一年と半年前。はやてのお泊り会の礼だと言って、その日の夕食をアーチャーが作った際、給仕から何まで完璧にこなす姿を見て、忍がはやてに持ちかけ着せたのが始まり。
 以来、アーチャーが来るたびにこの執事服が定番になり、アーチャーの抵抗にも関わらず、忍の強権とはやての懇願(の名を借りた半ば脅迫)により、彼はもう抗う気もなくし、今に至る。
 余談だが、アーチャーは執事服を着せようと迫る忍とはやてに、かつての魔術の師である”あかいあくま”と、とある縁で知り合った名門魔術師の金髪令嬢の”きんのあくま”の姿を見たとか。
 彼女達も、アーチャーに執事服をよく着せようとした。それを思い出し、懐かしくなったアーチャーは(渋々を装って)執事服を着る事にしたのだ。

「失礼します。恭也様達がお着きになられました」

「恭也~」

 控えめなノックと共に開かれたドア。そこからノエルが現れ、その後ろから恭也の姿が見えた途端、忍は席を立つ。
それに息を吐くライダーとアーチャー。小声で「やっと開放されました」とか「まったくだ。私は相談員ではないぞ」などと聞こえているが、それは幸い忍には聞こえていない。

「お、おい忍」

「じゃ、私達は部屋に行ってるから」

「ふふ、では後でお茶をお持ち致します」

 抱きつくように恭也に寄り掛かり、その腕に自分の腕を絡め、忍は笑顔でそう告げて歩き出す。その光景を微笑ましく思い、ノエルは笑みを浮かべて返す。
 そして、それを眺めてしみじみとはやてが呟く。

「なんや、見せ付けられたな」

 言葉はなかったが、なのはやアリサはうんうんと頷いた。それにすずかは苦笑い。ユーノはそんな光景を横目にアーチャー達の下へ。
そして、ノエルとファリンは一礼し、お茶の用意をするべく去った。

「こんにちは、アーチャーさん。お久しぶりです、ライダーさん」

「ああ」

「久しぶりですね。元気そうで良かったです」

 ユーノとライダーが出会ったのは、セイバーが召集をかけた時。高町家道場で行われたその会議に、ユーノも同席していたからだ。
ランサーと直接対峙したユーノの話と意見から、セイバー達の結論は決まったのだから。
 ちなみに、ライダーが元気そうと言ったのは、ユーノがセイバー達と鍛錬を行っているのを聞いているからだ。それをセイバーから聞いた際に「殺さないように」と真顔で告げ、いつかの戦いを再現しそうになったのは、二人だけの秘密。

「アーチャーさんははやての付き添いですか?」

「ああ。……後はファリンの指導だ」

「本当に助かっています。アーチャーが教えるようになってから、ファリンのドジも大分減りました」

 アーチャーが初めて月村家で働いた日。ファリンがその動きに感動し、弟子にしてほしいと申し出たのだ。
無論、アーチャーは断ろうとしたのだが、ファリンの懇願とノエルや忍からも頼まれれば嫌とは言えなかった。
 それ以来、暇を見つけてはファリンの家事の先生じみた事をしていた。と言っても、はやてが勉強をしている午前限定だが。

 そんなユーノ達とは対照的に、なのは達は関心を話ではなく、猫に注いでいた。

「にゃは、ホント人懐っこい子ばかりだね」

「アタシも欲しいけど、犬がいるから」

「わたしは、毎日遊びに来るみーちゃんで十分やからな。でも、飼い猫も憧れるな~」

「もしその気なら誰か貰ってくれていいから。いつでも言って」

 それぞれ膝に猫を乗せ、楽しそうに撫でたり抱えたりするなのは達。
とそこへ、お茶の用意を済ませたファリンが戻ってきた。それを見ながらなのはが尋ねる。
 そういえば、今日はライダーは働かないのかと。ライダーはそれに些か困った表情でこう返す。

「スズカが今日はお休みだと言うものですから……」

 確かにそう言うライダーの格好は、普段のメイド服ではなく、Tシャツにジーパンというものだ。
なのはとユーノはその格好に納得し、頷いた。

 その横で、ファリンがアーチャー監視の下、紅茶を注いでいく。その目はいつになく真剣だ。
一つ一つの所作に全身全霊で挑むファリン。それを見ているすずか達もどこか緊張している。
 やがて全てのカップに紅茶を注ぎ終わり、ファリンは小さく「よしっ」と呟いた。

「皆様、どうぞ」

 笑顔で告げるファリン。それに笑みを浮かべるすずか達だったが、ライダーは苦い顔でアーチャーは渋い顔。
何かミスでもしただろうか。そんな表情のファリンに、アーチャーが告げたのは、予想の斜め上。

「もてなす相手を緊張させてどうする」

「あうっ!」

 正論と言えば正論。それが理解出来たファリンはションボリと肩を落とし、ライダーの傍へ近寄って―――。

「お姉様~~っ!!」

 泣き付いた。いじめられた子供のように。それをライダーはどこか苦笑しながら受け止める。

「分かっていますよファリン。貴方は頑張りました」

「私、私ぃ~~」

 一生懸命にやったのに。そう言ってライダーの胸に顔を埋めるファリン。それを優しく撫でるライダー。
そんな光景を微笑みながら見つめるなのは達。アーチャーはやや憮然としているが、はやてはファリンを見て「……ええなぁ」と呟いていたりする。

「ホント、平和だな」

 そんな光景を見て、噛み締めるようになのはは呟くのだった。


彼女は知らない。この後、大切な親友となる少女との出会いが待っているなどとは……。





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第八話。いよいよ皆さんお待ちかねの瞬間が近付いてきました。

果たして、どんな展開になるのか。それは次回をお楽しみに、と言う事で。

……でも過度な期待はしないでくださいね(汗



[21555] 1-4-2 無印四話 中編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/02 06:43
「穏やかなとこだね、ここ」

「そうだね」

 アルフの言葉にフェイトは頷いて笑う。ここなら母さんも少しは良くなるかな。そんな思いがフェイトの中を一瞬過ぎる。
だが、それは出来ない。リニス曰く「絶対安静」なのだ。そう思い直し、フェイトは拳を握る。早くジュエルシードを集めて、プレシアに届けなければ。
 そんな風にフェイトが考えていると―――。

「ま、早いとこジュエルシードを見つけねぇとな」

 ランサーはそう言って、アクビを一つ。おかげで緊張感の欠片もない。フェイトは、握り締めていた拳から力が抜けていくのを感じた。
そう、フェイトとアルフは知っている。それがランサーなりの気遣いなのだと。無駄に力む事無く、事に当たれるようにと。
 それを分かっているから、二人は笑みを浮かべて頷く。

 風が吹く。微かに海の匂いを含んだ風が。それを感じ、フェイトは呟く。

「……今日は良い事がありそう」

 それは奇しくもなのはが呟いたのと同じ言葉だった……。



もう一人の魔法少女




 月村家の庭にあるテーブル。そこに座り、なのは達は談笑していた。話題はもっぱら連休中の旅行についてだ。
何をするかや何を持っていくか等、止まる事なく話が弾む。会話の中心はアリサとはやて。それになのはがたまに加わり、すずかとユーノは時々訂正や抑え役になっている。

「やっぱトランプは必須でしょ!」

「いや、ここはドドーンとボードゲームや」

「UNOとかはどうかな?」

「オセロとかもいいと思うよ」

「……ごめん。卓球、っていうのはダメかな?」

―――やってみたいんだけど……。

 はやての方を気遣うように見ながらユーノが言うと、一瞬なのは達が驚き、互いに顔を見合わせる。
「どう……?」とアリサが聞けば、「そやな、温泉言うたら卓球やな」とはやてが笑って言う。
 それに笑顔ですずかが応じ、なのはも安堵したように頷いて、何かを思い出したか苦い顔。

「私、はやてちゃんと見学でいい? 話し相手をしたいの」

「そんな心配いらへんよ。わたしも卓球やったるから」

「え……その、あ、危ないから念のために止めといた方が……」

―――いいと思うよ?

 そのどこか申し訳なさそうな声に、四人が笑う。それはなのはが言った言葉の裏まで理解しているから。
なのはは運動音痴。そして、はやてが一人参加出来ないと思い、乗り気でなかったのも手伝って見学を申し出たのだ。
 それを四人が察していると分かり、恥ずかしそうにしながらも、なのはは拗ねた口調で「笑わなくてもいいのに……」と呟いた。
そんななのはの言葉が余計に四人の笑いを誘い、なのはが怒る。それを笑いながら宥めようとするユーノとすずか。アリサとはやては、そんななのはを指差しておかしそうに笑う。



 そんな五人の様子を離れた場所から眺める者がいた。ライダーだ。
彼女は、楽しそうに笑い合う五人を見て、微笑む。

(いいものですね。願わくば、こんな時間がずっと続いてくれればいいのですが……)

 そう思って、ライダーは首を振る。こみ上げる不安を振り払うように。
あの日、ユーノからジュエルシードの話を聞いた時、ライダーもセイバーと同じ発想に辿り着いた。
 即ち、自分達の受肉したのは、世界がジュエルシード暴走に備えたものなのではないのか、という結論に。

 無論、そうと決まった訳ではないが、ライダーはこの話をセイバー達が聞いた時、全員が同じような事を考えたのが分かった。
だからこそ、ジュエルシードを一刻も早く回収しなければ、との思いが強かったのだが、一つ気がかりがあった。
 それはすずかの事だった。最近あまり遊んでいない事もあり、今日は休みと言われたので、すずかと接するべきかと思い、ここに残っていたのだが……。

(あの様子なら構わないかもしれません)

 ライダーの視線の先には、なのはに謝っているすずか達の姿があった。
その賑やかな雰囲気を確認し、ライダーは静かにその場を離れる。

「行ってきます、スズカ」

 誰ともなく呟き、ライダーはその身を宙へ躍らせる。探索に出かけ、ジュエルシードを見つけるために。一刻も早くすずか達が平穏な日常を過ごせるようにと、願いながら。



 同じ頃、厨房にはアーチャーに指導されるファリンの姿があった。

「変に力むな。肩の力を抜け」

「は、はい」

 優しくファリンに声をかけるアーチャーだが、ファリンはどこか緊張している。
それを内心微笑ましく思いながらも、アーチャーはため息一つ。
 仕方ないか。そう言うようにファリンの背後に立ち、その手を優しく支える。

「あっ……」

「いいか? 下手な力はいらん。ただ、心を込めて注げばいい」

「……はい……」

「君は張り切りすぎるきらいがあるからな。少し気を抜くぐらいで丁度良い」

 そう告げ、アーチャーはそっとファリンから離れる。その瞬間、ファリンが名残惜しそうな声を漏らしたが、生憎アーチャーにそれは聞こえていない。
どこかボ~っとするファリンに気付かず、アーチャーは思う。

(……もしかしたら、凛のうっかりも変な力の入れようが原因かもしれん)

 そう考え、そんな事はないかとアーチャーは微かに笑う。例えそうだとしても、もうおそらく会う事はない相手だ。
ならば、こんな事を考えても仕方ない。そう思い、アーチャーはファリンへ視線を戻して言い放つ。

「さて、ではもう一度だ。ファリン、紅茶の支度は十分か?」



 時同じくして、ここ忍の部屋では、恭也達が優雅に紅茶を飲みながら、外の声に笑みを浮かべていた。

「外は賑やかみたいね」

「そうだな」

「すずかお嬢様も、ご友人が増えて楽しそうで何よりです」

 忍の言葉に恭也とノエルも笑顔で答える。ただノエルだけは、それに続けるように「些か元気過ぎる時もありますが」と告げた。
それに忍は微笑みながら頷く。昔はどこか内向的だったすずかだったが、なのは達と友達になってからというもの、見違える程に外に出るようになった。
 特にはやてと仲良くなってからは、彼女の家に良く遊びに行くようにもなった。歩ける事が幸せな事だと、はやてと接して十分理解させられた。
そう言ってすずかは、はやての分まで歩こうというくらい活動的になったのだ。

「しかし、ユーノの奴も大変だな。すずかちゃんはともかく、アリサちゃんやはやてちゃんはパワフルだからな」

「そうね。でも、それぐらいどうにかできないと恭也には勝てないわよ」

「……怒った母さんを止められるなら、俺は負けを認めてもいいな」

「桃子様が怒る事などあるのですか?」

 ノエルの問いに、恭也と忍は無言で頷く。心なしかその顔は青い。
恭也は語る。桃子の数少ない怒り話を。それを不思議そうに聞くノエル。忍は恭也の横で若干震えていたりする。
 それは去年のクリスマス。忍も手伝い、翠屋は大忙しだった。事件の内容を簡単に言えばこう言う事だ。

「酔っ払いがやってきてな。そいつがセイバーに絡んだ。セイバーは何とか穏便に済ませようとしていたんだが……」

「その男が、事もあろうにセイバーを突き飛ばしたのよ。恭也も士郎さんも運悪く接客中だったもんだったから」

「それを見ていた母さんが、黙ってその酔っ払いの前に、満面の笑顔で立ちはだかって、こう言ったんだ……」

「「私の娘に何て事してくれるんですか。早く出て行ってもらえないと、大変な事になりますよ……って」」

 声を揃えて二人は言うと、何かを思い出したのか、また少し震えた。

「……警察を呼ぶ、ではないところに恐怖を感じますね」

 ノエルの呟きに、二人は何も言わず、ただただ頷くだけだった……。



「ほらほら、ここがいいの?」

「おっと……ごめん、嫌だった?」

 盛り上がっていた話も落ち着き、五人はそれぞれ猫を相手に過ごしていた。
ユーノも恐る恐るだが、猫相手の世話のやり方を覚えていった。時々なのはやすずかから助言を貰い、ぎこちなくだが猫を触っている。

「はぁ~、癒されるな」

「ふふっ、そう言ってくれると嬉しいな」

「にゃ、どこ行くの?」

 まったりと寛ぐはやてにすずかが笑顔で答えた横で、なのはの抱えてた猫が突然逃げ出すように走り出したのだ。
それを追いかけるように、なのはも走り出す。微笑ましい光景に、四人も笑みを浮かべ合う。

「なのは、僕もついてくよ」

「丁度いいし、軽く動きましょ」

「賛成や。少しは自然と触れ合わんと」

「じゃあ、私が車椅子押してくね」

 単純に好意からなのはの心配をしたユーノに続くように、アリサが立ち上がる。それに呼応してはやてが頷くと、すずかも楽しそうに立ち上がった。
四人は先を走るなのはを追う形で、その後ろを歩き出す。
 その視線の先では、なのはが転びそうになっていた。



「っ!?」

「フェイト!」

 突然ジュエルシードの反応がフェイトを襲う。精神リンクしているアルフもそれを感じ取ったようで、フェイトを見つめている。

「ジュエルシードか」

 ランサーの声に無言で頷くフェイト。それにランサーは目つきを鋭いものへと変える。
アルフも既に先程までのノンビリムードではなく、獰猛な表情をしていた。そんな二人の変化に、フェイトも表情を厳しいものに変え、視線を動かす。
 見つめる先は、反応のある場所。周囲に人がいない事を確認し、フェイトは呟く。

「バルディッシュ、セットアップ」

”イェッサー”

 黒いバリアジャケットに身を包み、フェイトは空を翔ける。それに続くようにアルフも舞い上がる。ランサーは最速のサーヴァントたる速度で、そんな二人を追う。程なくして視線の先に、大きな屋敷が見えてくる。

(待ってて母さん。すぐにジュエルシードを集めて帰るから!)



 その頃、なのは達は目の前の状況に戸惑っていた。ジュエルシードが発動したのを感知し、急いでセイバーへ連絡したのだが、その直後目の前に現れたのは、事もあろうに巨大な猫だったからだ。

「……ねぇ、これがジュエルシードって奴の影響なの?」

「う、うん。どうもあの猫の大きくなりたいって願いに反応したみたい」

 呆れるようなアリサの言葉に、ユーノはどこかバツが悪そうに答えた。その後ろでは、はやてとすずかが猫を見上げている。

「お~、これだけ大きいと餌とか大変や」

「そうだね。後、遊び相手はライダーじゃないと無理そう」

「そ、そんな事言ってる場合じゃないよ、二人共」

 ノンキに話すはやてとすずかに若干脱力しかかるなのはだが、視線をすぐに猫へと戻す。
猫はなのは達を見て、楽しそうに鳴き声を上げるだけで、まったく危害を加える様子はなかった。

(でも、このままっていう訳にもいかないよね)

 なのはがレイジング・ハートを握り締めたその瞬間、ユーノが結界を展開した。
色褪せていく景色に、アリサ達が軽い驚きを見せる。

「なのは、これでいいから。早く封印を」

「うん。レイジング・ハート」

”スタンバイレディ。セットアップ”

 光に包まれ、一瞬にして姿を変えたなのはに、ユーノを除く三人が歓声を上げる。
そして、なのはが早速封印をしようとした時、後ろから何かが近付いてくる感じがした。
 それが無性に気になったなのはが振り返ると、その視線の先には―――。

「魔導師……」

「何だ? あの時の小僧も一緒かよ」

「げ、何か大勢いるよ」

 三人の人物がいた。その中の一人に、なのはは強く心奪われる。
黒いバリアジャケット、金色の髪、そして……どこか助けを求める瞳に。

 一方のフェイトも、なのはの姿に何か心惹かれるものを感じていた。
自分とは正反対の白いバリアジャケット、栗色の髪、そして……どこか優しげな瞳に。

「「貴方は………誰?」」

出会いは突然に。この日、なのは達はフェイト達と対面した。



それが、この世界そのものの運命を変える出会いだったとは、この時誰も知るはずがなかった……。




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第九話。ついに出会った両陣営。

この後の展開がどうなるのかは、次回をお待ちください。

……まぁ、大方予想通りかと思います。



[21555] 1-4-3 無印四話 後編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/02 06:44
「「貴方は………誰?」」

 そんな互いの問いかけに、二人は目を丸くする。まったく同じ言葉を、同じ様に聞かれたのだ。
それで驚いたのは、なのはとフェイトだけではない。ランサー達やユーノ達も面食らっていた。

(初対面の相手に、警戒心もなしに、かよ)

(初めて会った時より、少し表情が柔らかい……? でもどうして……)

 戸惑う一同を、猫の声が現実に引き戻す。
それになのはとフェイトも視線をそちらへ移し、それぞれデバイスを構える。

「とりあえず……」

「今は封印が先、だね」

 頷き合うように声を掛け、二人は告げる。

「レイジング・ハート」

”シーリングモード”

「バルディッシュ」

”シーリングフォーム”

 その声に応じ、形を変えるレイジング・ハートとバルディッシュ。それを見て感嘆の声を上げるはやて達。
一方、警戒するようにランサーとアルフはなのはから視線を外さない。ユーノもフェイトから目を逸らす事無く見つめる。
 その視線の先で、二人による封印が終わろうとしていた。

「リリカル・マジカル!」

「ジュエルシード、シリアル14!」

””封印””

光がリボンのように猫を包み、雷がその周囲を覆う。
そして、それが共に消えた時、そこには元の大きさに戻った猫とジュエルシードが残されていた。
 それを確認するや、フェイトが弾かれるようにそこへ向かい、ジュエルシードを回収する。

「これで、やっと一つ」

 嬉しそうに呟くフェイト。だが、それを見てユーノが叫ぶ。

「どうして君達はジュエルシードを必要とするっ! それがどんなものか知ってるんだろ?!」

「それは……」

「ランサーさん! 貴方はアレの危険性を知っているはずだ! なのに何故?!」

 気まずそうに顔を伏せるフェイト。いくら母親のためとはいえ、人の物を盗もうとしている。そんな罪悪感が彼女の口を塞いでしまう。
それを見て、ユーノの矛先はランサーへと移る。それは、セイバー達から聞いた彼の話も影響している。
 根は優しく正義感溢れる漢。そうセイバーが断言した。故に、その彼なら答えてくれるとユーノは思った。

「そうだよ! 理由を聞かせて! どうしてジュエルシードが欲しいの?!」

 ユーノに加勢するようになのはも叫ぶ。彼女もまたユーノを信じている。その彼がそうまで言うなら、きっとそうだ。それに……。

(あの子。確かフェイトちゃん、だよね。すごくキレイな目をしてた)

 悪人の目は、どこか濁りがある。そうセイバーや士郎は言った。ならば、彼女はそうではない。必ず理由があるはずだ。
そうなのはは思うからこそ、問い質す。何故犯罪に手を染めてまで、ジュエルシードを求めるのかを。

「そうですね。それは私も是非聞かせてほしいです」

「っ!?」

「「「「「セイバー(さん)!」」」」」

 何か躊躇う素振りを見せるランサーの背後から現れたのは、完全武装のセイバーだった。
その出現に驚きを隠せないランサー。それとは対照的に、喜びを見せるなのは達。
 フェイトとアルフは、セイバーの姿や雰囲気からどこかランサーに近いものを感じ、ランサーの傍へと駆け寄るのだった。



結びつく運命と希望の光明




 セイバーを先頭に、集合するなのは達。片やランサーを前に立て、なのは達を見つめるフェイト達。
アリサとアルフが睨み合おうとするが、すずかとフェイトに窘められ、渋々従っている。

「……まさかお前がいるとはな」

「私だけではありません。ライダーにアーチャー、アサシンもいます」

「なっ……本当か?」

「嘘ではありません」

 セイバーの言葉に、ランサーは一縷の希望を見出し始めた。凛達魔術師はいないが、セイバー達サーヴァントがいるなら、まだ手はあるかもしれないと。
 だが、そこでランサーは疑問に思った事があった。セイバーの挙げた名前の数である。

「おい、キャスターはいないのか」

「……ええ。未だに彼女とバーサーカーは確認出来ていません」

 もしかしたら、ここではない場所にいるかも知れない。そんなセイバーの声を聞きながら、ランサーは内心舌打ちする。
キャスターがいれば、問題はほぼ解決したようなものだったからだ。
 再び希望を絶たれた形になったランサーだったが、それでも彼は諦めなかった。

「なら、もしかすりゃどこかにいるかも知れないって事か」

「……断言出来ませんが、可能性はあります」

 セイバーの言葉に、ランサーは頷き、深い意味はなかったのだが、ふとなのはへ視線を移す。
それに気がついたのか、なのはは若干驚いた表情を見せると、戸惑いながらも笑みを返した。
 今度はそれにランサーが驚きを感じ、小さく笑みを浮かべる。

(へぇ、結構将来有望そうじゃね~か)

(な、何だろう? 何か変な事したかな?)

 そんな風に互いを見ているなのはとランサーだったが、そのランサーの視線を快く思わないのか、セイバーがやや大きめの声で問いかけた。

「それで、何故貴方がジュエルシードを集めるのです」

「……ま、簡単に言えばこいつのためだ」

 そう答え、ランサーがフェイトの頭に手を置く。それになのは達の視線が、一斉にフェイトへ向けられる。
それに若干の恥ずかしさを感じ、フェイトは顔を伏せた。そんなフェイトの様子に、笑みを浮かべるなのは達。

 セイバーはそんなフェイトを眺め、内心頷く。
想像していた通り、ランサーの目的が自分のためではなく、他者のためだった事に。
 そして、その相手も見たところ悪人と言う訳ではなさそうだ、と。だからこそ、余計に聞かねばならない。

「では、ジュエルシードを何に使うつもりです」

「あ~、それは「母さんが病気なんです! それを治すには、もうジュエルシードしかなくって……」

 ランサーの言葉を遮ってフェイトが叫ぶ。それに込められた思いが、嘘偽りない本物だと、セイバー達には感じられた。
何故なら、そう叫んだフェイトの表情は、深刻且つ焦燥感が色濃く見えたのだ。
 それに間違いはないか。ランサーに、そう問いかけるような視線を送るセイバー。それをどこかバツが悪そうにだが、ランサーは頷く。
そんなランサーの態度にセイバーは何かを感じ取るが、それを敢えて聞かずに告げる。

「……いいでしょう。信じる事にします」

「セイバー、マジで言ってんのか……?」

「ユーノ、どうですか? 何とかならないでしょうか」

 そんなランサーの声に対して、セイバーは鎧を消し、戦う意思はないとばかりに視線をユーノへと向ける。それにユーノはどこか考えながら告げた。

「病気って事なら……おそらくだけど、暴走の危険性もないと思う。健康な状態に戻りたいって事だから」

「まぁ、確かにそれで暴れる事はないかもしれないけど……」

「健康にってお願いして暴れ出したら、本末転倒よね」

 そうアリサがすずかの言葉に続き、はやてとなのはが頷く。

「でも、あくまで推測に過ぎないし、ジュエルシードでどこまで効果があるかは分からない。それに、万が一って事もあると思う」

「そうですか。……ユーノ、では?」

「元々封印して保管するつもりだったけど、人助けみたいだし、ね。……それに、おそらく不治の病なんだと思う。
 それなら、確かにジュエルシードみたいな危険なものにでも縋りたくなるよ」

 ユーノはそう言って、笑みを見せてなのはへ視線を向ける。それを理解し、なのはも笑って頷き、レイジング・ハートに告げた。

「レイジング・ハート、ジュエルシード出して」

”いいのですか?”

「うん。困ってる人を助ける力があるなら、迷う事無く使いなさい、だよ」

”分かりました。なのはがそう言うなら”

 そうして放出されるジュエルシード。その数、六つ。それをなのはとユーノがそれぞれ手に取り、フェイトの方へ歩き出す。
それを呆然と見つめるフェイトとアルフ。ランサーは、なのはを見つめて「セイバーのマスターは、今回もお人好しか」と懐かしむように呟いている。

「えっ……?」

「本当ならダメだけど、これで助かる命があるなら。でも、暴走の可能性がない訳じゃない。だから、使う時は言って。力になるから」

「私もだよ。それと……お母さん、治るといいね」

 戸惑うフェイトに、微笑んでジュエルシードを手渡すなのはとユーノ。
それを受け取り、フェイトは少し呆然とそれを見つめるが、ハッとなって顔を上げて二人を見つめる。

「あ、ありがとう! 本当に、本当に……」

 そう言いながら、フェイトの視界が滲み出す。初めて感じる他者の優しさ。悪い事をした自分に、目の前の人達はただ怒るのではなく、理由を知って許してくれた。
 それだけではない。助ける約束までしてくれた。危険だから力になる、と。

「あんた達、ホントにありがとよ~!」

「にゃ!?」

「ちょ、ちょっと!?」

 泣き出したフェイトに笑みを浮かべていた二人だったが、それをアルフが後ろから抱きしめる。
その目には光るものがあった。それを見て、微笑むセイバー。ランサーはといえば、未だに泣き続けるフェイトへと視線を向けていた。
 そこには、フェイトへ駆け寄りハンカチを差し出すすずかと、同じように近付き、励ましの言葉を掛けるアリサとはやての姿がある。

(……これで、少しは望みが持てる、か)

 ジュエルシードは全部で21もある。セイバー達が協力してくれるなら、心配していた探索時間も短縮できる上に、懸念しているプレシアの事とアリシアの事も何とかなるかもしれない。
 そうランサーは考え、視線を再びセイバーへと移す。

「アレがヤバイもんだってのは、重々承知してる。だがよ」

「分かっています。封印出来る人間が増えたのですから、分担して発見に当たりましょう」

「……迷いがねぇな」

「当然です。私達は、なのは達の笑顔を守るために動いているのですから」

―――だから、そちらの事情は詳しくは聞きません。話したくなったら話してください。

(私も、未だ話していないのに、それを貴方に強要出来る程、私は恥知らずではない)

 そう考えて放たれたセイバーの言葉に、ランサーは一瞬言葉を失う。
セイバーは見抜いているのだ。ランサーがまだ何か隠している事を。
 だからこそ、セイバーは敢えて聞かない。ランサーの性格を知っているが故に。いつか本当の目的を自分達に告げると信じて。
それを分からぬランサーではない。だから、と自分に言い聞かせる。
 それを話すのは、今ではないと。それはジュエルシードが全て集まった時だ。故に、ランサーは本来言いたい事ではない言葉を掛ける。それにありったけの想いを込めて。

「すまねぇな」

「構いません。それより、行きましょう。ライダーやアーチャーも交え、色々と話し合いたい事もあります」

「あいつもここにいるのかよ。……あまり気は進まねぇが、しゃ~ないか」

 セイバーの提案に、ランサーがぼやきながら後を追う。それに呼応し、なのは達も歩き出す。
フェイトはすずかにハンカチのお礼を言って、尚且つなのはとユーノに改めて礼を述べた。
 アルフは、アリサから耳と尾について聞かれて平然と「狼だから」と答えている。
それを聞いて驚きながら、はやてはこの後の事を予想して笑い、その近くを先ほどの猫が、何事もなかったかのように鳴きながら通ってゆく。

 それに微笑ましいものを感じ、笑みを浮かべるなのは達。すると、なのはが何かを思い出したようにその足を止める。

「えっと……。私、高町なのは。貴方の名前を聞かせて欲しいな」

「え……? あ、うん。フェイト、フェイト・テスタロッサ」

「じゃあ僕も。ユーノ・スクライアって言うんだ」

「アタシはアリサ。アリサ・バニングスよ」

「私は月村すずか。すずかでいいから」

「わたしは八神はやてや。はやてって呼んでな」

「え? え? そ、そんなに一遍に言われても……」

 覚えられないよ。そう言って困るフェイトに、五人が笑う。それにフェイトが照れて、俯いてしまう。
それを見て、余計笑みを浮かべるなのは達。可愛いと誰かが言えば、そんなに照れなくてもと誰かが笑う。
 そんな少女達を見ながら、アルフは思う。

(フェイトがあんな顔するの初めて見るよ。……にしてもこれ、ランサーがいなけりゃどうなってたのかね?)

 そう考えて、アルフは笑う。バカバカしい、と。ランサーがいなかったら、そんな事考えられないと自分に言い聞かせて。
心から嬉しそうに微笑むアルフの視線の先には、戸惑いながらも笑顔を浮かべるフェイトの姿があった……。




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第十話。アニメ第四話終了。

無印最終イベントの「名前を呼んで」は普通に終わる事になります。

ランサーの態度からセイバーが隠された真相の存在に気付いた事が、今後の争点ですかね。

……これでいいのだ!(半ば自棄)



[21555] 1-4-4 無印四話 おまけ
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/11/08 07:14
 あの後、セイバーとランサーはなのは達と別れ、すずかに断りを入れて、厨房でファリンとお茶をしていたアーチャーを連れ出し、共に一室を借りて、話し合いを始めた。
 生憎ライダーは出掛けてしまったらしく、ファリンの話では、おそらく昼には戻ってくるとの事だったので、先に互いの情報と状況、そしてジュエルシード収集の目的を伝え合ったのだが……。

「で、ジュエルシードをその母親の治療に使いたいと?」

「……ああ」

 アーチャーの言葉に、ランサーの表情が曇る。それを見て、アーチャーもセイバー同様に、ランサーが何か隠している事を悟った。
だが、それを尋ねる前に、アーチャーは確かめなければならない事があった。

「……色々と言いたい事があるが、その前にランサー、君に聞きたい事がある」

「何だ……」

「霊体化出来るか」

「はっ、んなもの聞く「なら、やってみせろ」……何だってんだ、一体」

 どこか喧嘩を売るような物言いに、怒りを見せるランサーだったが、アーチャーの表情に何かを感じ、早速霊体化しようとして……。

「……ん……だと……?」

 出来なかった。それを把握し、セイバーとアーチャーから「やはり……」と言う呟きが漏れる。
戸惑うランサーに、アーチャーが語った。自分も含め、確認されたサーヴァントは全員受肉している事を。
 そして、まだ確定した訳ではないが、その原因にジュエルシードが関わっているのではないか。そう考えている事を。

 それを聞き、ランサーも納得した。何故自分がフェイトに呼び出されたのか、その理由が分からなかったが、それならば理解出来ると。
そして、セイバーとアーチャーの告げた、なのはやはやてとの出会いもランサーには人事ではなかった。
 どこかで孤独に怯える少女。それはフェイトにも当てはまったからだ。確かにアルフやリニスはいた。だが、フェイトが一番相手にして欲しかったのは、プレシアだった。
 それを良く知るランサーだから、フェイトが孤独に怯えていたと断言出来る。それだからこそ、ここまで足掻いているのだ。

「……で、君の本当の狙いは何だ」

「……今はまだ言えねぇ」

「アーチャー、待ちましょう。ランサーは騙し討ちや偽る事は出来ない人です。少なくとも、口にした事は本当の事だと思います」

 セイバーの言葉に、アーチャーはどこか突き放したように返した。

「だが、アレは聖杯よりも厄介な代物だ。それを本当に治療に使うなら、全部集める必要はない」

「何が言いたい……」

「本当は治療などと言う目的ではないのだろう。……何か”奇跡”でも狙っているのかね?」

 その言葉にランサーの表情が真剣なものに変わる。それを感じ取り、アーチャーも表情を変える。
室内に流れ出す険悪な雰囲気。一触即発。そんな言葉がピッタリの状況に、セイバーは大きく息を吐いた。

「何をしようと勝手ですが、ここはスズカ達の家です。戦うなら外でどうぞ。それと、貴方達が争うのを見て、ハヤテやフェイトがどう思いますか?」

「「……ちっ」」

 揃って舌打ちするアーチャーとランサー。それをヤレヤレと思って見つめるセイバー。
こうして、いつかの戦いが再現される事はなくなったが、二人は改めて思う。
 こいつとは、相容れない、と。



英霊達の輪、少女達の輪




 一方、そんなセイバー達とは離れたすずかの部屋では、なのは達少女五人が楽しげに会話していた。
ユーノは、アルフと共に忍の部屋へ事情を説明しに行った。それと、なのは達少女組を邪魔したくなかったというのもある。

「それで、ランサーと出会ったの」

「……ホントに似てるね」

「うん。私も突然ライダーが現れたから」

「アタシもそう。急に出てきて、驚いたの何のって」

「わたしもそやね。気が付いたらおったわ」

 フェイトの語ったランサーとの出会いに、なのは達は納得顔。何しろ、多少の違いこそあれ、大筋が同じなのだ。
何の前触れもなく現れ、自分を守り助けてくれる存在。そして、今では家族と呼んでもいい程の仲。
 それが、五人に共通する感覚。故に、話し出すと止まらない。

 フェイトの話をキッカケに、なのはが、すずかが、アリサが、はやてが、それぞれサーヴァント達との出会いを話していく。
それを聞きながら、フェイトは驚き、感動し、頷き、笑った。
 すずかとアリサだけは、話が話だけにありのままとはいかなかったが、それでもフェイトは食い入るように聞いていた。

「……皆、同じだね」

 それを聞き終え、フェイトが噛み締めるように小さく言った。

「うん。だから、友達になれたのかも」

「そうだね。確かにそれも一つの要因かな」

 なのはの言葉に笑顔で答えるすずか。それを見て、フェイトが羨ましそうに呟いた。

―――いいな。

 それを聞いて、みんなが笑う。そんななのは達の反応に、どうして笑っているのか分からないといった顔で、フェイトがうろたえる。
そんなフェイトに、なのはが全員を代表して優しく告げる。

「フェイトちゃんも友達だよ?」

「……え?」

「そうだね。嫌じゃなければ、だけど」

「い、嫌なんて……」

「なら、いいじゃない。仲良くしましょ、フェイト」

「で、でも……」

「なんや? フェイトちゃんはわたしらの事嫌いか?」

「そ、そんな事っ……」

 ない。そうフェイトは言った。強くはない。でも確かにはっきりとそう言い切った。
それに四人は顔を見合わせ、笑って頷いてこう言った。

「「「「これからよろしく! フェイト(ちゃん)っ!!」」」」

「う……うん! よろしく、なのは、アリサ、すずか、はやてっ!!」

 喜びを噛み締めるように、流れる涙を拭う事もせず、フェイトは笑顔を浮かべる。その笑顔は、これまでにない程の輝いたものだった。



 その頃、高町家では……。

「やっぱ、小次郎さんは強いですねぇ」

「何の、美由希殿も中々のものよ」

 道場に座って、汗を拭きながら語り合う二人。そう、美由希が一人留守番したのは、小次郎が来る事を知っていたからだった。
アリサの護衛としてバニングス家に住んでいる小次郎だが、基本アリサが望まない限り、行動を共にする事はない。
 それは、小次郎に自由でいて欲しいとアリサが思っている事と、アリサの邪魔をしないようにと小次郎が考えた末の結論。
なので、今日は自分の好きなように過ごしてほしいと思い、アリサが小次郎に暇を与えたのだ。
 昨日、試合終わりに美由希へ小次郎がそうなるだろうと伝え、それを知るが故に、美由希はこうして残っていた。

「でもいいんですか? アリサちゃんの傍にいなくて」

「構わん。何せ、月村家にはライダーがおる。それに、はやてが来るならアーチャーもいよう。心配はいらぬよ」

 小次郎の言葉に、美由希も納得。何しろ、アーチャーは士郎が「戦いのプロだ」と言う程の男であり、ライダーはセイバーと互角に渡り合うとの事。それを考え、そんな者を相手に勝てる者がいるはずない、と美由希は思った。

「さて、そろそろ昼時か。暇するとしよう」

「え~、もう少しいいじゃないですか」

「気持ちは嬉しいが、何分腹が減ったのでな。昼餉を食べに戻ろうと思う」

「あ、じゃ、あたしが作りますよ。ね? それならいいですよね」

 美由希の言葉に小次郎は少し考えるが、何か思いついたのか頷き、告げた。

「ならば、飯と塩でむすびを頼む。それならば、私にも出来よう」

「え? 小次郎さんも作るんですか?」

「美由希殿に甘えるだけにもゆくまい。私の分は美由希殿が、美由希殿の分は私が作ろう」

 それでどうだ。そんな表情で美由希を見る小次郎。勿論、美由希が満面の笑みで頷いたのは、言うまでもない。
ちなみに、恋する乙女の力か美由希のおむすびは普通に食べれるものだった。小次郎の幸運が高い事が影響したのかもしれない。



 ややあって、ここはセイバー達のいる部屋……。

「……帰ってきてみれば、とんでもない事になっていたのですね」

 ライダーの言葉に、セイバーが深く頷く。お昼になったので、一度戻って来たライダーが見た物は、不機嫌な顔をするアーチャーとランサーの二人だった。
 良く見れば、セイバーが鎧姿になっている。それからライダーは何が起こりかけたのかを理解した。

「相変わらず仲が良いのですね」

「「良くない」」

 ライダーのどこか呆れた声に、二人が息ピッタリにそう返す。
それに微かに笑みを浮かべるセイバーとライダー。それは、まるで子供の喧嘩のような雰囲気が感じられたからだ。

 だが、そんなアーチャーがふと時計に目をやり、気迫十分に立ち上がった。
それに訝しむような視線を送るランサー。対して、その理由が分かるのか嬉しそうなセイバーと、それに苦笑するライダー。

「昼食の時間だ。君も食べるかね、ランサー」

 その一言に、ランサーが拍子抜けしたのは言うまでもなかった。



 その頃、忍達はユーノの話に驚いていた。何しろ、自分を襲撃し、ジュエルシードを奪おうとした相手に協力すると言ったのだから。
そんな忍達の反応に、アルフはどこか居辛そうに頬を掻いている。

「……そうか。それがお前やなのはの答えなら、俺は何も言わない」

「恭也……」

「ありがとうございます!」

 ほっとしたように笑顔を見せるユーノ。アルフは、そんな結論を出した恭也に何かしらのシンパシーを感じた。

(今の言い方、こいつやあのチビちゃんがそう言わなかったら文句がある! みたいな言い方だねぇ)

 その思考が自分に似ているとアルフが気付かされるのは、高町家と深く関わるようになってからの事。

「ただし、もしなのは達に何かあったら……」

「それはないよ。アタシらだって、好きであんな事したんじゃないさ」

「恭也さんの気持ちは分かります。でも大丈夫ですよ。ランサーさんは、セイバー達と同じ存在ですから」

 アルフとユーノの言葉に、恭也も理解はしたようで、放ち始めていた殺気を消した。それに安堵の息を吐くユーノ。
忍も今の恭也と同じ思いらしく、どこか諦めたように呟いた。

「ま、信じるしかないわね。私達の『家族』の目を……」



「ノエル、そちらはどうだ?」

「大丈夫です。もう仕上がります」

「ファリン、いけるな?」

「任せてくださいっ!」

 執事とメイドの三人組が、厨房の中で忙しく動き回っている。チーフがアーチャー、サブにノエル、新人ファリンといったところであろうか。
食事についても、アーチャーは教師的立場だった。唯一の違いはノエルもそれに含まれる事か。
 忙しく働きながらも、指示を出し、料理を作り、そして全体を把握する。まさにアーチャー劇場だった。

 そんな厨房から離れた食卓で、今か今かと料理を待つのはセイバーとはやてだ。食欲から楽しみなセイバーと、料理人として楽しみなはやて。その姿勢こそ同じだが、興味を抱いているところが決定的に異なっていた。

「せ、セイバー……落ち着いて」

「そうだぞ。フェイトちゃん達もいるんだから」

 ただ、それに耐えられないとばかりに、なのはと恭也がセイバーを制する。初めて見るセイバーの様子に、フェイトとアルフは軽く驚いている。
それもそのはず。セイバーの第一印象があまりに絵になるものだったため、そのギャップはかなりのものだったのだ。
 唯一ランサーだけは、そんなセイバーを知っているので、懐かしそうに笑っていたりする。

「そ、そうでした。私とした事が……」

「あ、えっと……気にしないで」

「そうだよ。アタシらだって、早めに昼を食べなきゃあんたみたいになってるさ」

 アルフの言葉に、ライダーが反応する。それは、単純な疑問。

「まだ食べられるようですが、一体何を食べたのです?」

「ん?ああ、ハンバーガーとフライドチキンだろ。それを……」

 アルフの語る食べ物の量に呆れ返る一同。ランサーもだよ、とアルフが言って余計に沈黙。
ファストフードだけとはいえ、それだけを食べて尚まだ食べるアルフとランサーに、全員が呆れていた。
 感情も突き抜けると、それが元々のモノと別のものに変わる事がある。今回はまさにそれ。

 そんな話をしていると、アーチャー達が料理を運んできた。そのメニューに、目を輝かせるセイバーとはやて。
アルフとランサーも、もうそこまで食べれないにも関わらず、その料理に目を奪われていた。
 フェイトは初めて見るものがあり、向かいのなのはに尋ねている。

「お待たせしたな。さ、食べてくれ」



 こうして、なのは達とフェイト達の出会いは過ぎて行く。ジュエルシードの探索は、フェイト達が探索魔法を使えるので、それで位置を特定ないし限定し、封印をなのはが行う形で纏まった。
 フェイト達の拠点が遠見市なので、色々と不便だろうとはやてが自宅を使ってくれと提案。それに反対したアーチャーだが、はやての「友達を泊めるのがそんなに悪いか」との一言に沈黙。
 こうして、後日八神家にフェイト達がやってくる事になり、探索も早く終わるだろうと誰もが思った。

 そして、ついでとばかりにフェイト達にもなのはが旅行の事を提案し、それをランサーとアルフがノリノリで参加表明して笑いを取る一幕もあり、終始和やかな空気でその日は終わりを迎えた。


こうして運命が変わる。それが良い方向なのか、悪い方向かは……誰も知らない。




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第十一話。本来なら温泉話ですが、その前に必要なアバンを(長くてとてもアバンなんてものじゃないですが)

次回はアニメ第五話の話。登場キャラが多くて、今から困ってます。

ライダーやセイバーも参加する魅惑の温泉。……何とか表現できれば、と思います。



[21555] 1-EX 幕間1
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/04 05:56
 それは、フェイト達と出会った次の日の事。はやては起きてからずっとそわそわしていた。
 それを見ながら、アーチャーは今日何度目か分からないため息を吐いた。

「朝食を食べてから来ると言っていただろう。それに荷物もある。おそらくまだ来ないぞ」

「分かっとる。でも、もしかしたらがあるやろ」

 これなのだ。既にこのやり取りも四回目。はやてはもうずっと玄関前でスタンバイ中。朝食が終わった後から、こうなのだ。
 何だかんだ言いながら、アーチャーも洗濯などを終えて、それに付き合っているのだから優しいものだ。
 そんな二人を見て、みーちゃんもそわそわ。はやての腕の中でキョロキョロと顔を動かしている。
 彼女はいつものように食事を終え、はやてと戯れて帰るつもりだったのだが、はやての「みーちゃんも紹介せな」の一言により、こうしてはやてに捕らえられていた。

 そんな風に過ごす事、実に三十分。待ちに待った瞬間が訪れる。
 鳴り響くチャイム。それに反応し、ドアを開けようとするはやて。アーチャーがさり気無くみーちゃんを抱え上げ、それをサポート。
 そして、ドアの先には……。

「こ、こんにちは……」

 どこか緊張した面持ちのフェイトがいた。

「いらっしゃい! よ~来てくれたな」

「え、えっと、短い間だけどよろしく」

「こちらこそよろしくや。仲良~しよ」

 ニコニコ笑顔のはやて。それにつられてフェイトも笑顔を見せる。
 一方、そんな二人とは対照的に、玄関先で睨み合う男二人。その後ろでアルフが気まずそうな顔をしている。

「……どけよ」

「馬鹿を言うな。まず、女性が先だろう」

「アタシはランサーの後でもいい「ほら見ろ。こう言ってるじゃね~か!」……うん」

「レディファーストを知らぬとは、やはり”猛犬”の名は伊達ではないな」

「いい度胸だ……表出ろ」

 既に戦闘態勢。限界突破しそうな二人を止めるキッカケになったのは、意外な事にみーちゃんだった。
 二人の殺気に当てられ、慌てるように逃げ出したのだ。その声にはやてが顔を出す。

「何いつまでも玄関におるんや! みーちゃん怖がらせてへんと、早くランサーさん達をリビングまで案内し!」

 はやての言葉にアーチャーが苦虫を噛み潰したような顔をし、対するランサーは勝ち誇ったような表情を浮かべる。
 だが、それも長くは続かない。はやてに続くようにフェイトも顔を出し「ランサーもアーチャーさんを怒らせないようにね」と言ったからだ。
 こんどはそれにランサーが苦い顔。それにほくそ笑むアーチャー。そして、そんな二人を見てアルフが一言。

「……ホントはあんた達、仲良いだろ」

「「良くない」」


ようこそ、八神家へ!




 それからややあって、リビングには仲良く話をするはやてとフェイトの姿と、その横で、色々と質問し合っているアーチャーとアルフがいた。
 ランサーはと言えば、ソファーに座り、我が物顔でテレビを見ていたりする。

「でな、この子がみーちゃん言うんよ」

「へぇ……触ってもいい?」

「ええよ。もう、大分大人しなったし」

 恐る恐る手を出すフェイト。それをみーちゃんは黙って見つめ、されるがままに撫でられる。

「……本当に良い子だね」

「やろ? ここまでするのは苦労した「のは私だが?」……んよ」

 途中で遮られ、気分を害したようにはやてが口を尖らせる。フェイトはそんなはやての顔に笑みをこぼす。
 そのはやてとアーチャーのやり取りが、すごく自然だったからだ。きっと本当に家族のようなんだろう。そうフェイトが思って、視線をランサーへ向ける。
 それに気付いたか、ランサーもフェイトへ視線を向ける。それにフェイトは少し驚くも、微かに笑みを浮かべて「何でもない」と返す。
 そんな二人から視線をアルフに戻し、アーチャーは話を再開する。

「……で、使い魔だったか? そちらでは死んでいても蘇生可能なのか」

「ま、そうだね。でも、動物限定だよ? 人間を使い魔にしようなんて考えないからね」

「……その言い方では、出来ない事はないという事か?」

「どうなんだろ? リニス辺りにでも聞かなきゃ分からないけど、出来ても多分誰もしないと思うよ」

 アルフの発言にアーチャーが首を傾げる。その疑問を理解し、アルフが笑って答える。
 使い魔にするという事は、つまりその体に新しい魂を与える事なのだと。動物なら、別の自我を得て喋り出しても納得出来るだろうが、人間はそうもいかないだろう、と。

 その言葉にアーチャーも納得がいった表情を浮かべる。確かに、別人のようになってしまっては、生き返っても意味がない。
 それは、その生き返らせたかった故人ではなく、同じ姿をしたまったくの別人にしてしまうのだ。
 その結論に行き着き、アーチャーは合点がいったとばかりに頷いた。

「後、使い魔は主人と契約を交わすのさ」

「ふむ、使い魔なのだから、それは当然か」

「ちなみにアタシは、ずっとそばにいる事だよ」

 アルフの言葉に、アーチャーは笑みを浮かべた。実に彼女らしいと思ったからだ。
 そして、視線をフェイトへと向ける。そこには、はやてと楽しそうに語らうフェイトの笑顔があった。

「……アタシはね、あの子の笑顔のためなら何だってするよ」

「奇遇だな。私もはやてを笑顔に出来るのなら、努力は惜しまんつもりだ。何しろ、自分の生活に関わるのでね」

―――ちなみにセイバー達も同じ考えをしている。

 そう続けたアーチャーの言葉に、アルフは嬉しそうに笑う。

―――そりゃ心強いね。

―――まったくだ。

 そう言い合う二人の視線の先には、笑い合うはやてとフェイトの姿があった。



 お昼になり、アーチャーはアルフとランサーを連れ、買い物へと出て行った。はやてとフェイトも行くと言ったのだが、アーチャーから「今日ぐらいはゆっくり話をし、情報交換をしておけ」といういつもの気遣いを受け、はやてがフェイトをゲームに誘った事で決着となった。
 みーちゃんは、さすがにあまり引き止めるのも悪いと思い、はやてとフェイトに見送られ帰っていった。

「さ、何しよか?」

「私、ゲームとか全然知らないからはやてに任せるよ」

 そう言ってフェイトははやての手伝い。ゲーム機を取り出し、はやての指示通りに配線を繋いでいく。
 そして、某メーカーの人気配管工がタイトルのカーアクションゲームを二人で始める。始めての事に戸惑うフェイトを、誘導して進むはやて。
 その内、フェイトも操作に慣れ、段々熱が入り始める。

「あ、スターや」

「これなら……はっ!」

「おおっ! フェイトちゃんやるな!」

「うん、大分コツは掴んだからね。はやて、置いてくよ?」

「ぬ、あんま調子乗ると……こうや!」

 無敵が切れた途端、はやての操作キャラ(カメの大王)が投げた緑こうらがフェイトの操作キャラ(緑のドラゴン)に炸裂。堪らずスピンするフェイトのキャラ。

「す、凄い……」

「当然や。なのはちゃんにもわたしは勝てるんやから」

 回転するフェイトのキャラを抜き去り、再びトップに踊り出るはやてのキャラ。
 それに追いつこうと、走り出すフェイトのキャラだったが―――。

「ゴール!」

「ううっ……追いつけなかった」

 的確にアイテムを使い、時にはCPUさえ壁に使うはやてに、フェイトは二位を取るだけで精一杯だった。
 結局そのままはやてが一位で終了となったのだが。

「はやて、もう一回いい?」

「ええよ。何度でもかかってき」

 フェイトの要望で開始される第二回戦。こうして、アーチャー達が帰ってくるまで二人の戦いは続いた……。



 スーパーへ向かう道。アーチャーは隣を歩くランサーへ視線を送る。それに気付き、ランサーも頷く。
 アルフもその意味を理解しているようで、真剣な表情で歩いている。

「……あの猫をどう思う」

「……おそらくだが、ありゃアルフ達と同じだな」

「間違いないよ。アタシもそう感じたから」

 周囲に気配等を感じないと把握し、話し出す三人。アーチャーは、ずっと疑問に思っていたのだ。
 あの仮面の男が監視をしなくなっても尚、何故こちらの事を把握していたのか。そして、その推測として燻り続けていた事が、どうやら当たりらしいと思ったのは、アルフと使い魔の話をした時だ。

 その話をし出した辺りから、みーちゃんの様子が若干おかしくなったのだ。それに気付き、アーチャーはランサーとアルフを連れて出てきた。
 そう、二人にはどう見えていたのか確認するために。

「となると……」

「心当たりがあんのか?」

「今はまだ言えん」

 アーチャーはそう皮肉屋スマイルで返す。それに苦い顔を浮かべるランサー。それは、昨日ランサーがアーチャーの問いに対して言った言葉だったからだ。
 だが、何かある事だけはランサーとアルフにも分かった。だからこそ、二人は告げる。

「ま、この事が片付いたら力になるよ」

「……しばらく世話にもなるしな」

 そんな二人の申し出を、アーチャーは内心感謝しながら笑って答えた。

「当然だ。タダより高いものはないとしれ」

 その言葉にランサーとアルフが文句を返したのは言うまでもない。だが、そんなアーチャーの内心を感じ取っているのか、その表情はどこか呆れが混ざっているように見えた。



 アーチャー作の昼食(肉が食べたいとランサーとアルフがうるさかったので)のメニューは、鳥肉の竜田揚げに人参、大根、里芋の煮物。それに豚肉の冷しゃぶサラダと豆腐とワカメの味噌汁という和食だった。
 フェイトは初めて見る食材、特にワカメに首を傾げ、はやてから海草と聞くと「そんなものも食べるの?」と軽く驚きながらも完食した。
 アルフとランサーは肉料理ばかり食べ、アーチャーとフェイトからお叱りを受け、それをはやてが笑って見ているという微笑ましい一幕もあり、終始和やかに食事は終わった。

 そして、食事の後片付けはフェイトとはやてがやると言い出し、アーチャーはその言葉に甘え、食後のお茶を淹れていた。
 アルフはランサーとテレビにご執心のようで、二人してひっきりなしにチャンネルを変えている。
 あまりにも忙しなくチャンネルを変えるので、アーチャーがそれを注意し、ランサーがそれに噛み付く。アルフはそれを仲裁する事もなく、サングラスを掛けた男性が司会の番組を眺めている。

(何か、ええな。家族が増えたみたいや)

(何だろ? すごく楽しい。リニスがいた時とは違うけど、これも家族みたいだ)

 洗い物をしながら、聞こえてくる話し声にそんな事を思うはやてとフェイト。ふと互いに顔を見合わせ、笑みを浮かべる。

「とりあえず……」

「うん。そうだね」

 二人は頷き合って後ろへ振り向き、言い合いを続けるアーチャーとランサーに向かって―――。

「「いい加減にし(て)」」

 こうして、フェイト達の八神家での日々は過ぎて行く。たった一月にも満たない生活。それでも、後にはやてとフェイトは語る。

あの日々は、自分達二人だけの秘密の思い出になった、と




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幕間。だが、本編に絡む大事な話。

猫の正体をどこかで疑っていたアーチャー。そして、それが分かった事で何が変わるのか?

それはまたいずれ。本当に重要な話になって、書いた本人がびっくりしてます。

……未熟者だな、と改めて実感。



[21555] 1-5-1 無印五話 前編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/03 06:08
「改めて見ると凄いよね、この人数」

「確かに、これは凄いな」

 美由希の呟きに恭也も同意。ワゴンタイプの車が二台。それだけの規模になった今回の旅行。
 先頭車両は士郎がドライバーを務め、助手席に桃子で、後部座席にノエル、恭也、忍、小次郎、美由希、ファリンが乗り、アルフは狼形態でファリンの膝の上。
 二台目はドライバーをライダー、助手席にアーチャー。後部座席がセイバー、ランサー、そしてなのは達子供組となっている。

 大人組と子供組に別れ、更にフェイトやはやての事を考えて、仕方なくランサーとアーチャーを同席させているのだが、その緩衝役として、セイバーとライダーがいたりする。
 何しろ、二人がその気になると、止められるのはセイバー達ぐらいだからだ。

「今頃、すずか達は楽しく遊んでるでしょ」

「だろうよ。まぁ、ランサーとアーチャーが大人しくしておれば、だが」

「……小次郎さん、不安になるんでやめてくださいよ」

「大丈夫さ。フェイトとはやてがいるんだ。喧嘩なんて出来ないよ」

 不安そうな表情の美由希に、アルフはそう笑って告げる。その言葉に頷くノエル。
 あの出会った日、二人の仲とフェイト達に対する態度を見た彼女も、アルフの意見に賛成だった。

「その通りです。お嬢様達の前で迂闊な事をすれば、後が怖いのを御二人共知っていらっしゃいますから」

「ですよね。フェイトちゃんもはやてちゃんも、ああ見えて気は強いですからね」

 ファリンの言葉に全員が笑みを浮かべるが、はたと忍が呟く。

「……でも、はやてちゃんって、そんなに大人しそうには見えないけど」

「忍さん、それは言わない約束よ」

「でも、はやてちゃんは元々大人しい子だったと、アーチャーさんは言っていたぞ?」

 士郎の言葉に、納得の忍。だからこそ、これを言わねばならない。そう思い、忍は断言する。

「じゃ、因果応報って事ね」

 その言葉に今度こそ全員が声を出して笑った。



 大人組がそんな風に盛り上がっている頃、なのは達はと言えば……。

「ダウトッ!」

「え~、何でわかるんやろ」

「アリサ、すごいね。これで三回連続だよ」

 トランプに興じていた。後部座席を倒して、後ろの辺りに円を作りながらのトランプ大会。
 本当はフェイトへの軽いレクチャーだったのだが、勝負事にムキになるアリサが徐々にヒートアップし、現状に至る。
 種目もババ抜き、七並べ、ポーカーと来てダウトとなっていた。この後はおそらく大富豪となるだろう。
 その証拠に、先程なのはがユーノに大富豪のルールを教えている。アリサも、フェイトへ同じように説明をしていたから間違いない。

「どないしよ? カード、こんなに増えてしもた」

「う~ん、でもこれなら逆に……」

 はやて・すずかペアが、手札を見ながら作戦会議。それを見つめてアリサ・フェイトペアも考える。
 残りのなのは・ユーノペアは困り顔。何しろ、現状手札が一番少ないのだ。つまり、口で言う数と手札が合わない事の方が多い。

「どうする?」

「……とにかく順番を考えて、これを最後に出来れば……」

「……そっか。ユーノ君、あったまいい~」

 ユーノの作戦に笑顔のなのは。それに照れ笑いのユーノ。その向かいで、同じくカードを睨むアリサとフェイト。

「で、これを何とかスルーさせれば……」

「でも、もしはやて達が三のカード全部持ってたら?」

「ぬ……でも、やるしかないわ。女は度胸よ!」

「あ、アリサ……かっこいい」

 冷静なフェイトの懸念に、アリサはそう言い切った。その凛々しさに憧れの眼差しを向けるフェイト。
 そんななのは達を眺めながら、笑みを浮かべるセイバー達。
 運転しているライダーも、バックミラーでその様子を見て、微笑んでいる。

「すっかり仲良くなりましたね」

「だな。ま、こっちとしても大助かりだ」

「……ジュエルシードも、こんなに早く見つかるようになるとはな」

 アーチャーの言う通り、フェイト達が探索魔法を使い、それで発見したものをなのはが封印という流れで、恐ろしい程効率が上がったのだ。
 それは、封印の事まで考えて探索をしなくても良くなった事が影響している。魔力消耗の事を考慮せず、探索のみに全力を傾ける事が出来るようになったフェイトは、広範囲探索魔法をアルフとともに行使し、その成果を挙げていた。

 一方のなのはも、そんなフェイトに負けられないと魔法の勉強に力を入れ、先日なのはの要望で初めて行ったフェイトとの模擬戦において、新しい魔法『ディバイン・バスター』を習得した。
 キッカケは、フェイトの放ったサンダー・スマッシャー。ディバイン・シューターを同じように撃てれば。そんななのはの思いにレイジング・ハートが応えた結果が、その魔法に変わった。
 それの習得と戦闘結果によって、自身の得意属性が集束と放出である事と、防御が異常に頑強だとユーノとフェイトに言われ、現在なのはは、もっと凄い魔法の開発と防御の強化に余念がない。
 ただし、それを知った士郎やセイバーから、あくまでも程々にと強く念を押されはしたが。

 特にセイバーがなのはにそう言ったのは、自身が使用する聖剣の事を思い出してであった。
 あれも魔力を集束し、放つモノ。故に、ディバイン・バスターも体に掛ける負担が相当な魔法だと直感から察し、なのはを心配したのだ。
 ちなみに、なのはがフェイトとの模擬戦を希望したのは、魔法を実戦レベルで磨いているフェイトから色々学びたいとの思いからだった。

「ですが、まだ残りは少なくありません。慎重に行かないと」

「そうだな。ライダーの言う通りだ。だからこそ「休める時に休む、だろ?」……ああ、そうだ」

 ランサーの言葉に微かに苛立ちを見せるアーチャー。それを見て嬉しそうなランサー。
 アーチャーは、言葉を遮られたから苛立っているのではない。ランサーが、固い言い方しようとすんなと言わんばかりに笑みを浮かべたからの苛立ち。
 ランサーでなければ、おそらくアーチャーもこうはっきりと反応を示したりはしないだろう。だが、この二人が実は一番噛み合うのも、セイバーとライダーは知っている。

(どちらも生き残る事に関しては一流ですからね)

(まったく、似た者同士なのですから……)

 どこか苦笑を浮かべつつ、それを眺めるセイバーと横目で見つめるライダー。
 そんなライダーの視界には、近付きつつある目的の旅館の姿があった……。


海鳴温泉だよ、全員集合! 前編



 時の庭園のプレシアの部屋。ベッドを囲むように様々な機械が置かれている。そんな中、リニスが食器を片付けながら、プレシアに告げた。

「ランサーの報告では、ジュエルシードも順調に集まっているようです」

「みたいね。……この分なら間に合うかしら?」

「間に合うに決まってます。弱気な事を言わないでください」

「そう、だったわね。ごめんなさい」

 リニスの咎めるような声に、プレシアは笑みを浮かべて謝った。
 あの日、ランサーからの報告を聞いた二人は驚いた。何しろ、ランサーと同質の存在が暮らしていて、尚且つ、ジュエルシード発見者の少年と共に協力してくれるとの事だったからだ。
 当然、初めは疑ったプレシアだったが、ランサーの「俺を信じろ」との言葉に黙らざるを得なかった。それだけプレシアは、ランサーに全幅の信頼を寄せている。

「……今頃、ランサー達は……温泉? だったかしら」

「ええ。現地の療養施設で完全休養するそうです」

「……まぁ、肝心な時に倒れられても困るもの。大目に見るわ」

「プレシアも連れて行けるなら連れて行きたい、とフェイトとランサーが言ってましたよ」

 リニスのどこか窺うような言葉に、プレシアは笑みを微かに見せて「そう……」と呟いた。

―――いつか、あの子”も”連れて行けたらいいわね。

 そんなプレシアの言葉は、外に漏れる事なく消える。ただ、彼女の心の中にだけ、その変化の痕跡を残して……。



 旅館に到着した一同は、男性陣が荷物運びで働く事になり、その間、女性陣は賑やかにこれからの事を話し合っていた。
 ただし、なのは達は既に行動を決めていたので、五人で早速お風呂へ直行する事に。それに呼応し、美由希に忍、アルフ(着いた瞬間人型にチェンジ)もそれに便乗する事になった。

「じゃ、行くわよ」

「あ、待ってよアリサちゃん」

「なのは、温泉って病気にも効くって本当?」

「うん。だから、今度はフェイトちゃんのお母さんも一緒に来れるといいね」

 なのはの言葉に、フェイトは小さく頷く。そう、”今度”を必ず実現させるんだ。そのために、ジュエルシードを早く集めないと。そんな思いを胸にフェイトは歩く。
 そんなフェイトの気持ちを知ってか知らずか、なのはも思う。

(フェイトちゃんのお母さんを早く治すためにも、後で念のために探索魔法を試してもらおう。ここにもあるかもしれないから)

 そんな風に歩くなのは達の後ろで、はやてがすまなさそうにアルフを呼び止めた。
 一人車椅子のはやては、お風呂場まで車椅子では迷惑になると思い、アルフに運んでもらおうと考えた。その思いを気遣い、アルフは二つ返事でその体を抱え上げようとした。
 だが次の瞬間、それを横からライダーが制止するように取り上げた。

「アルフ、ダメですよ。ハヤテはこう見えて油断ならないのです」

「へ? どういう事だい?」

「……ハヤテ、何故アルフの胸部を凝視しているのですか……?」

 セイバーの言葉にアルフがハッとする。そう、ライダーの抱え方は、はやてが胸に手が届かないように肩で担ぎ上げているのだ。
 その意味を理解し、アルフは苦笑い。そして、同時にライダーに感謝する。

「すまないね」

「いえ、気にしないでください。……さ、行きますよ」

「う~……ライダーさんがイジワルや」

「あはは、はやてちゃんって男の子みたいだね」

「ホント、ある意味女の子で良かったわ」

「……なのは達が聞いていなくて良かったです」

 どこか呆れたような美由希と忍。やれやれと息を吐くセイバー。そんなセイバーの発言に、内心アルフとライダーが呟く。

((もしかしたら、聞かせた方が良かったんじゃ(のでは)……?))

 その予想が当たって二人が後悔するのは、これから五年以上後の事。



 浴衣になり、部屋で寛ぐ士郎と桃子。恭也とノエルも浴衣に着替えてまったりとしている。ファリンは、急須でのお茶の淹れ方をアーチャーから教わっている。
 小次郎とランサーは、早速とばかりに人目に付かなさそうな場所まで試合をしに行った。
 本当は恭也も行きたかったのだが、ノエルとファリンから、忍をほったらかしにしたら黙ってないと言われ、仕方なく諦めた。

「それにしても、驚く事だらけだな」

「そうね。フェイトちゃん達の事もだけど、ランサーさんの事も、ね」

「セイバーに勝てるかもしれない。それだけで俺にとっては驚きだよ」

 恭也のその言葉に頷く士郎。何せ、セイバーは未だ負け無し。士郎でさえ、魔力放出を使われれば、勝つ事はまず不可能だ。
 何度か追い詰めた事はある。だが、それは魔力放出を封じた状態のセイバーだ。本来ならば、勝ち目はまったくない。
 ちなみに、セイバーは何度か魔力放出無しで勝とうとしているが、元来の負けず嫌いが影響し、それを出来ずに使ってしまっている。
 それを知るのは、セイバーとそれを内心悔やんでいる様子に気付けるなのはのみ。

「勘違いするな、恭也。私や小次郎、それにライダー。誰もが条件や状況によってはセイバーに勝てるのだ。何もランサーだけとは限らん」

「そうです! アーチャーさんは強いんです!」

「……何故そこでファリンが意気込むのですか?」

 ノエルの指摘に、顔を赤めて俯くファリン。それを微笑ましく見つめる士郎と桃子。既に恭也とアーチャーは戦術論を交し合い、それに気付いていない。
 そんな穏やかな時間が、静かに流れていた。



 何かがぶつかり合う音が響き渡る森の中。その中の少し開けた場所で、向かい合うように佇む小次郎とランサーの姿があった。
 その手にはそれぞれの得物が握られている。そして、互いに嬉しそうな笑みを浮かべて、得物を向け合った。

「やるじゃね~か」

「お主こそ。以前と違うのはそちらも同じか」

「へっ……そういうこった!」

 ランサーの神速とも言える突きが小次郎を襲う。だが、小次郎はそれを軽々といなす。
 それが数十合。剣舞と呼んでもいい程の動きで、ランサーの攻撃をいなし、流し、逸らす小次郎。
 ランサーはそんな小次郎に喜びを噛み締めていた。死力を尽くすとまではいかないが、全力を出せる相手との戦いは、やはりランサーにとって何も勝る生き甲斐なのだ。

(前よりも技の冴えが上がってやがる。……こいつはおもしれぇ!!)

(ほぅ……更に速くなるというか。……良かろう)

 どちらともなく一旦得物を引く。先程までの火花散る戦いが嘘の様に静まり返る。
 静寂。だが、それもほんの一瞬。再び始まる閃光の如き打ち合い。だが、その速度は先程とは比べ物にならない。
 先程が”目に見えない”速さなら、今回は”目に映らない”速さ。
 もう、刀や槍を動かしているのかも分からないのだ。途中から見れば、おそらくそう言う事しか出来ない。

 御神の剣士である士郎達なら、まだ辛うじて”目に見えない”速さかもしれない。だが、常人には既に理解の範疇を超えている。
 セイバーを持ってしても、これを完全に捉えるのは至難の業かもしれない。
 最速のサーヴァント、ランサー。そして、絶技のサーヴァント、小次郎。スピードvsテクニックともいうべき戦いが、展開されていた。

「オォォォォォッ!!」

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 互いに咆哮を上げ、速度とその冴えをそれぞれ研ぎ澄ます。心は熱く、されど思考は冷静に。そう小次郎が思えば、ランサーは心も思考も熱くなれと思う。
 だが、願うものは同じ。それは強者との戦い。ならば、今の状況を喜ばずして何を喜べと言うのか。

「チッ! 埒が明かねぇ」

「それはこちらとて同じ事よ」

「なら……」

「勝負……」

 互いに構えるは、必殺の構え。己が絶対の自信を託せる唯一無二の攻撃。

刺し穿つ(ゲイ)……」

「秘剣……」

「ダメですよっ!!」

 突然の声に、思わず気を逸らす二人。声の主はユーノだった。
 荷物を運び終わり、ユーノは何ともなしに散歩していた。その途中、森の方へ向かう二人を見て、気になってついてきていたのだ。
 戦いを始めた二人を見て、後学のために、と集中して見学していたユーノだったが、次第に熱くなる二人の闘気に当てられ、気が付けば拳を握って見守っていたのだが……。

「小僧……」

「見ておったのか……」

「今の、確かお互いの必殺技ですよね!? 何で殺そうとしてるんですかっ!!」

 そうユーノがかなり焦って叫ぶ。それを聞き、二人にも僅かに反省の色が浮かぶ。
 いくら戦いに夢中になっていたとはいえ、二人して本気になりすぎていたようだった。
 それを理解し、小次郎とランサーも苦笑を浮かべる。確かにあのまま続けていたら、どうなったか分からなかった。
 互いに、殺す気はなかったが、少々熱くなり過ぎたようだ、と笑って告げるランサーと小次郎。
 そんなやりとりを、ユーノは呆れながらもほっと一息。

(これ……僕いなかったら、どうなってたんだ……?)

 そんな事を考え、心の底から息を吐いたユーノだった。




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第十二話。温泉話です。

肝心の場面は次回に。今回のメインはランサーvs小次郎ですかね。

本来でも戦っていただろう二人。しかし、令呪の縛りを受けていたランサーでは本気の戦いは不可能。

対する小次郎も、御神の剣士達との戦いで技に磨きをかけたので、ランサーも小次郎も互いに以前と違うと感じた訳です。

……こんな描写しかできなくて申し訳ないです。



[21555] 1-5-2 無印五話 中編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/11/08 07:13
 湯煙立ち込める大浴場。それを前にし、フェイトは驚きからか声を失う。
 ただ大きなお風呂だと聞いていたフェイトにとって、温泉大国日本の大浴場は、常識の範疇ではなかった。

「……大きい」

「そっか。フェイトちゃん達のとこには温泉ないんだっけ?」

「驚いてるとこ悪いけど、ここよりも大きなお風呂もあるのよ。この国の人達は、お風呂大好きだから」

 呆然と呟くフェイトに、美由希と忍が声を掛ける。それを聞き、信じられないと言わんばかりの表情をするフェイト。
 それが可愛らしくて、二人の笑みを誘う。そんなフェイトとは対照的に、はやては目の前の光景に心躍らせていた。
 美由希、忍、アルフ、それにライダーと魅惑的な”おっぱい”が並んでいるのだ。
 ちなみに、はやてが女性の胸に執着するのは、無意識に母性を求めているからだと、アーチャーは分析している。

(何とかして触ったらなアカンな)

 そんなはやては、現在セイバーが抱えている。結局、セイバーとライダーも美由希達に誘われ、風呂に入る事にしたのだ。
 既にライダーはすずかの背中を洗うため、セイバーにはやてを預け、現在仲良く洗いっこ中。
 キチンと自身に暗黒神殿(ゴルゴーン)を施し、鏡を極力視界に入れない辺り、ライダーの徹底振りが窺える。
 ま、おかげでライダーはかなりの近眼さんになってしまい、すずかに手を引かれているのだが。
 アリサはなのはと楽しそうにしながら、洗いあっている。アルフは簡単に掛け湯をし、早々に湯船に浸かっていた。

「ハヤテ、まずは体を洗いましょう」

「へ? あ、そうやな。セイバーさん、お願いします」

「ええ。では行きましょう」

 はやてを抱え、なのは達の下へ向かうセイバー。そのセイバーの胸を注視するはやて。

(む~、もう少し大きければ良かったんやけど……残念っ!)

(何でしょうか? ハヤテから、何かイラッとするものを感じます)

 持ち前の直感で、侮辱された事を感じ取るセイバーだが、生憎それがどういうものかまでは理解できない。
 はやては一瞬セイバーの表情が変わったのを見て、勘付かれたかとも思ったが、セイバーが何も言わなかったのでよしとした。
 そんな二人の視界の隅で、楽しそうに笑うなのはとアリサがいた。

「でも、良かったわね。もう半分切ったんでしょ?」

「うん。後八個だからね。頑張って終わらせるよ」

 なのはがグッと手を握る。それにアリサも手を握り、頷く。

「その意気よ!全部終わったら、お祝いしましょ。フェイトのママも一緒に、ね」

「そうだね!全快祝い、って言う事で」

「なら、場所はどこにする?」

 そんな二人の話が聞こえていたのか、すずかがそう話に入ってきた。
 だが、それを嫌がるなのは達ではない。むしろ、それに頭を捻りだした。
 それをぼんやりとした視界ながら、可愛いと思い、ライダーが助言を出す。

「いっそ、レストランというのもいいかもしれません。料理も出ますし、広さや椅子も貸切にすれば十分です」

 ただし多少高くつきますが。そのライダーの発言に、なのはが閃いたような顔をした。

「あ、じゃあ翠屋にしよう! お母さん達も参加出来るし、お金もそこまでかからないよ」

 なのはの言葉にアリサもすずかも笑顔で頷く。ライダーは、そんな三人を見つめて微笑む。

(本当にナノハは良い子です。フェイトが加わり、どうなるかと思っていましたが、彼女も良い子でした。スズカ達との関係も益々深めているようですね)

 こうすれば翠屋の名前を挙げるだろうと、ライダーは思い、先程の提案をした。
 月村邸やバニングス邸という選択肢もあったが、それよりもアットホームな雰囲気がある翠屋の方が適していると考えたのだ。
 フェイトの母親の話は、ランサーからある程度は聞いている。訳あってフェイトとは距離を置いているらしいが、それも病気のためだとランサーは言っていた。

(詳しい事情は分かりませんが、おそらくその人も辛いのでしょう)

 ライダーの想像はある意味正しかった。プレシアが、アリシアを思うが故にフェイトを遠ざけているのは、まさにそれ。
 だが、憎む気持ちはもう大分薄れ出していた。その要因となっているのは、アリシアとの約束だとは、流石に誰も知りえないのだが。
 もっとも、そんな事を知らないライダーは、娘と距離を置かなければならない、という一点について辛いだろうと思っている。

 そんなライダー達とは離れた位置で、フェイトは美由希達に家族の話をしていた。

「リニスさん、か。じゃ、フェイトちゃんにとってはお姉さんなんだ」

「はい。私に色んな事を教えてくれた優しい姉さんです」

「色んな事って、魔法も?」

「はい。家事なんかも少し教えてもらいました」

 嬉しそうに答えるフェイト。先程から話すリニスの話を、美由希や忍が聞いて感心したり、驚いたりしていた。それがリニスを誉めているからだろう。フェイトは自分が誉められているみたいに嬉しくなって、誇らしく語る。
 それを微笑ましく思いながら、美由希と忍は聞いている。自分達も妹がいる身だ。だからだろうか。リニスと呼ばれている女性に親近感を抱き、それを自慢げに話すフェイトに、なのはやすずかを重ね、笑みがこぼれる。

(なのはも、あたしの事、こんな風に話すのかな?)

(すずかも、こんな感じに思ってくれてるのかしら?)

 姉として思う事は同じ。だからこそ、フェイトの話は二人にとって、リニスと会ってみたいと思わせるには十分。
 こんなに思われている人なら、きっと良い人に違いない。同じ『姉』として、是非一度話をしたいと二人は思った。

 そして、そんな一同を湯船から眺めながらアルフが呟く。

「何かいいね、こういうの……」

 そんな賑やかで、そして穏やかな時間をしみじみ感じながら、アルフは思う。
 絶対全て上手くいく。そんな風に思えるように、流れが良い方向に向かっている、と……。


海鳴温泉だよ、全員集合! 中編




「では、行きましょうか」

「ああ」

「さ、アーチャーさん、行きましょう!」

「ファリン、浴衣が乱れる。あまり引っ張るな」

 嬉しそうにアーチャーの浴衣の袖を掴むファリン。それに微かに呆れながらも、ついていくアーチャー。
 そんな二人を見つめて、微笑むノエル。恭也もそんなファリンに笑みを浮かべる。
 四人も大浴場に向かう事にしたのだ。士郎と桃子は、しばらく二人で話をするとの事で、部屋に残っている。

 そんな風に話しながら四人が歩いていると、大浴場の入口でランサー達とばったり出くわした。
 疲れながらも笑みを見せるランサーと、いつもと変わらない表情の中に、微かに喜びを滲ませる小次郎。
 そして、何故かかなり濃い疲労の色を見せるユーノの姿があった。

「お、何だ。お前達もこれから風呂か」

「ええ。ランサーさん達もですか?」

「何分汗を掻いたのでな。それに、温泉に来たのに入らぬ訳にはいくまい?」

「そうですね。入らなきゃ損です!」

 そんな会話をしている恭也達を他所に、アーチャーとノエルはユーノへと視線を向ける。

「……何があった」

「あの二人……後少しで必殺技を使うところでした」

「それは……ユーノ様も大変でしたね」

「僕がいなかったら……どうなってたかと考えると……」

 そう呟いてユーノはガックリと肩を落とす。それに、アーチャーが黙って手を頭に置いた。
 ノエルも黙って、ユーノの肩に手を乗せる。その温かみが、ユーノに良く頑張ったと言っているようだった。



 恭也達がランサー達と出会った頃、部屋に残った士郎と桃子は、静かにお茶を飲みながら視線を窓の外へと向けていた。
 そこには、緑に覆われた山々と晴れ渡る青空が見える。

「……何だか不思議ね」

「……だな」

 桃子の呟くような言葉に、士郎はそう応じる。

「セイバーが家に来て、貴方が治って……」

「小次郎さんやライダーさん、アーチャーさん達と知り合い……」

「「ユーノ君となのはが出会った……」」

 そう言いあって、二人は笑う。そう、全てはあの日。セイバーが高町家に来た時から始まったのだ。
 人の縁は奇跡の巡り合わせだと、二人は考える。それに、文字通りセイバーとの出会いは”奇跡”だったのだから。

 それからしばらく、士郎も桃子も何も言わなかった。会話せずとも、互いの想いは伝わっている。
 もう、何度考えただろう。もしなのはが、セイバーと出会わなかったら、と。その度に、頭を過ぎるのはなのはの孤独な姿。
 そして、その心に気付いてやれぬまま、過ごしてしまう自分達。今でもゾッとするのだ。あの夜、セイバーが告げた言葉を。

―――もし、なのはが家族を思い、自身の気持ちを押し殺すなら、きっといつか、それを貴方達が後悔する日がきます。

 それを士郎も桃子も今になって実感していた。もし、なのはが魔法と出会った事を黙って、ユーノと二人でジュエルシードを回収しようとしていたら、どうなっていたか。
 最悪、なのははたった一人で戦う事になっていたかもしれないのだ。誰にも話さず、話せず、一人で恐ろしい事件に飛び込んでいく。

 そんな『ありえない状況』を考え、士郎は首を振る。そんな事を考えても仕方ないと。
 それは桃子も同じだったようで、見れば軽く頬を叩いている。そして、桃子も士郎の行動を見ていたようで、互いに苦笑しあう。

「今は感謝しよう。セイバーと出会えた事に」

「そうね。それと、ユーノ君にも出会えた事に」

 そう言い合い、二人は笑顔を浮かべる。暖かな日差しが、その横顔を照らす。それはまるで、二人の気持ちが天に伝わったかのようだった。



 一方、ノエルとファリンが加わった女湯は騒然としていた。
 原因ははやてが美由希の胸を触った事に端を発しているのだが……。

 その後、それに反撃した美由希。それを見ていた忍が面白がってライダーの胸を揉んだ後から、はやてが本領発揮。湯船を器用に泳ぐように移動し、油断していたアルフを触り、それに驚いたアルフを面白がったファリンまでそれに参加。
 それを見て、いそいそと離れ出すなのはとすずか。アリサもフェイトを守るように隅の方へと移動。
 セイバーとノエルは何とかそれを収めようとするが、逆に悪乗りした忍と自棄になったアルフが襲い掛かったのだ。

以下、その流れ

「美由希さん、キレイな肌しとるなぁ」

「そうかな?」

「ちょう触ってもええ?」

「別にいいよ」

「じゃ……ほれ」

「キャッ! はやてちゃん、胸を触るのはどうかな~?」

「ちょ、美由希さんくすぐったい!」

「……いいわね、あれ」

「……何やら嫌な予感が」

「ラ~イダ~~ッ!」

「な、シノブですかっ?!」


「おおっ、忍さんに負けてられんな。……てい!」

「キャン! ……何すんのさ!?」

「アルフさん可愛い~! あたしもやります~」

「な、ちょっと止めなってば!」

「……なのはちゃん、逃げよ」

「そうだね。……何か近くにいると危なさそうだもん」

「フェイト、アタシから離れるんじゃないわよ」

「あ、アリサ?」


「止めなさい。ハヤテもアルフも」

「ファリンと忍お嬢様もです」


「やられたままなんて嫌なんだよ! あんたもやられれば分かる……さっ!」

「そうよ! ノエルもされたら分かる、わ……よっ!」


「「ふぁっ?!」」



 そして、そんな光景を他人事のように眺めるはやて達。まぁ、はやては隙あらば触ろうと考えているらしく、手をどこか卑猥に動かしている。
 そんなはやての視界の先では、アルフと忍がセイバーとノエルの胸を揉みしだいている。それを見て、美由希とファリンも参加し、アルフと忍の胸を鷲掴みし出す。
 それに意気込んで参加しようとするはやてを、アリサが全力で止める。フェイトはオロオロしながら、助けを求める視線をなのはとすずかへ向けた。

 そんな中、忍から解放され、静かに離れたライダーがその様子を聞いて一言。

「混沌としてますね……」

 そのどこか疲れた呟きに、なのはとすずかがゆっくり頷いた。



 そんな女湯の喧騒を聞きながら、男性陣は実に静かだった。
 いや、静寂を装っているだけだ。水面下では、ランサーとアーチャーの激しい戦いが繰り広げられている。

「いいじゃね~か。俺だけが痛い目みるだけなんだからよ」

「直接的には、な。だが、貴様が覗く事を知りながら止めなかった時点で、我々も同罪にされる事を理解しろ」

 先程からこんなやりとりが何度交わされているか。そんな事を思いながら、ユーノは湯船に顔を沈めるが、その顔は赤い。
 何しろ、先程から女性陣の艶っぽい声が聞こえてくるのだ。忍にアルフ、美由希やファリン。特に本気で嫌がっているセイバーやノエルは、かなり大きな声で聞こえる。
 恭也は無言を貫いているが、顔が心なしか赤い。それがのぼせ始めているからとは、ユーノは思わない。

「……些か淑やかさには欠けるが、あれはあれで女子らしくて良い」

「れ、冷静ですね……」

「何、少々枯れておるだけよ」

「……俺も、小次郎さんのように達観出来れば」

 隣から聞こえる会話や声に、普段と変わらない表情の小次郎を、ユーノも恭也も尊敬の眼差しで見つめる。
 そんな三人とは離れた場所で、ランサーとアーチャーが湯船から出て、手拭いを腰に巻いた状態で睨み合っていた。

「どうしても止まる気はないのか」

「へっ……ここで行かなきゃ男が廃るだろ!」

「……最早、言葉では止まらんか」

 そう呟き、アーチャーの手に干将・莫耶が握られる。それに無言で槍を構えるランサー。
 見る者全てを威圧する気迫が両者から流れるが、忘れてはならない。彼らは、全裸の上に手拭い一枚でそれを行っているのだ。
 だからこそ、それを見てユーノと恭也は思う。

((お願いだから、せめて戦闘服でやってくれ(ください)……))

ちなみにそんな二人を止めたのは、遅れてやってきて、事情をユーノから聞いた士郎だった。娘と妻を持つ父は強し。




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ついに来た女風呂。辛くも何を逃れたなのは達ですが、代わりにセイバーとノエルが……。

ま、元が年齢制限有りのゲームという共通点もありますしね。……今回のお風呂での掛け合い表現はどうだったのでしょう?

見辛かったのなら今回限りとさせて頂きますので、もしよろしければご意見を下さい。

次でアニメ第五話終了。そして、いよいよ彼らとの接触が近付く……?



[21555] 1-5-3 無印五話 後編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/06 07:48
 大浴場の騒動も士郎と桃子の参加で終わり、男性陣も女性陣もそれぞれがどこか疲れた顔をして歩いていた。
 まぁ、例外として小次郎とはやてだけは上機嫌だったのだが。

 そんなこんなの温泉旅行だが、何も騒ぐ事ばかりではない。夕食を終え、夜の闇が色を濃くし出すと、まず恭也と忍が二人で消えた。
 それを見て、美由希が小次郎を夜の散歩に誘い、アルフも負けじとランサーを誘う。
 小次郎もランサーも二人の誘いを快く承諾し、それを見ていたファリンが意気込んでアーチャーに声を掛けようとして、言葉を失う。

「少しお話があるのですが、いいでしょうか?」

「構わんさ。何だね?」

「ここでは何ですので……」

「……分かった」

 予想外に、ノエルがアーチャーと連れ立って大広間を出て行ったのだ。それを呆然と見送るファリン。
 そんな彼女を微笑ましく見つめる士郎と桃子。なのは達は食事が終わると六人で外へ出て行った。夜の散歩と星を見るのだと言って。

「ファリンちゃん、追いかけたら?」

「っ!? ……はい!」

 桃子の言葉にファリンが動き出す。おそらくノエルの話は、ファリンが想像しているようなものではないと、二人は予想している。
 だからこそ、ファリンをけしかけた桃子に士郎は何も言わない。ただ、少しだけ苦笑は浮かべていたが。
 そして、それを見ていたライダーは隣で満足そうにしているセイバーにこう呟いた。

「モモコは、どこかタイガと同じ匂いがします」

「……否定はしません」

「それにしても……」

「何です?」

「相変わらず良く食べますね」

 そう。セイバーは一人でお櫃一つを平らげた。それにフェイトが驚いていたのは言うまでもない。

「いいではないですか。……と、そろそろ行きましょう」

「スズカ達の所にですか?」

「一応、念のためです」

 セイバーの言葉にライダーは笑みを浮かべ、立ち上がる。それに続くようにセイバーも立ち上がり―――。

「「邪魔にならないように、ですが(ね)」」

 そう言い合って笑う二人を、士郎と桃子は笑顔で見つめていた。



海鳴温泉だよ、全員集合! 後編




 月の光と星の輝き。それと僅かな照明の明かりだけを頼りに、なのは達は歩く。
 先頭はユーノ。その両隣にアリサとなのは。フェイトはすずかと共にはやての車椅子を押している。
 ユーノは地球での星の読み方を話していた。それは、発掘や遭難した際の位置を知る方法の一つとして、古来からある知識。
 昔ミッドチルダで習得したものと同じように、地球の星読みもある事を知り、何かの役に立つかと思って覚えたからだ。

「で、あの北極星を基点に、位置を把握するんだ」

「ホント、色々知ってるわね」

「ユーノ君って博学だよね~」

「そ、そんな。ただ、興味があって覚えただけだよ」

 感心するアリサとなのは。その視線に照れるユーノ。後ろで聞いていたフェイト達もそれに同意するように頷いている。
 そして、ユーノの話は星から星座、それにまつわる逸話へ移る。その、時に悲しく時に美しい内容に、なのは達は聞き入る。
 ユーノはそんななのは達に「僕も、調べていく内に惹き込まれていったよ」と笑みを浮かべて告げた。

 そんな話をしながら、六人は歩く。見上げれば満天の星空。淡く月が輝く中、夜の闇と星の光が彩る世界。
 普段では感じる事のない幻想的とも言える光景。それが少女達の心に何かを刻む。

 それぞれが抱く思い。それは違う形だけれど、願いは同じ。

(いつか、またみんなで来たいな。……うん、絶対)

(何て言うのかしら? こう、一生の思い出でいいのよね、この場合。もっと増やしていきたいな、こういうの)

(キレイな空……。いつもとは違う感じがする。また来年も……みんなで来れたらいいな)

(旅行なんて始めてやけど、やっぱ楽しいな。……はよ足治して、今度は自分の足で歩くんや。みんなと一緒に)

(今まで夜空なんて意識しなかったけど、こんなにキレイだったんだ……。きっと、友達と一緒だから、だよね)

(ミッドも地球もどこでも、星空は同じなんだな。だけど、きっとこの光景は今だけのものだ。なのは達と見るこの星空は……)

 夜空を見上げ、六人はそう思う。自然と表情も穏やかになり、笑みが浮かぶ。そして、互いにそれに気付き、顔を見合わせ微笑み合う。

「必ずまた来ようね!」

 なのはのその言葉に、五人は笑顔で頷くのだった……。



「……ね、恭也」

「何だ?」

「私達の一族の話、覚えてる?」

 忍の言葉に、恭也は無言で頷く。夜の一族。その事は忍から既に聞いている。それがキッカケで、恭也は忍と付き合っているのだから。

「すずかがね、そろそろなのはちゃん達に話そうと思ってるらしくて」

「……そうか」

「うん。前々から考えてたみたいなんだけど、なのはちゃんが魔法の話をしたでしょ? あれが決心させたみたい」

 忍の発言に恭也も納得する。すずかは優しく素直な子だ。故に、なのはが包み隠さず話した事は大きな後押しになったのだろう。
 自分だけ隠し事をしているのは、きっと気が引けたのだ。それなら、その話をしようと思っても無理はない。そう恭也は思った。

「でも、ちょっと問題があって……」

「? なのは達なら受け入れると思うが……?」

「違うの。そこじゃなくってね。その……」

 言いよどむ忍。それを不思議そうに見つめる恭也。忍は少し考え、恭也に一度視線を向けて「ホントに分からない?」と尋ねた。
 それに真顔で頷く恭也を見て、忍が「……鈍感」と呟いた。

「いい? なのはちゃん達だけなら問題ないの。問題は、ユーノ君」

「……そういう事か」

 そこで恭也も納得がいった。夜の一族の秘密を打ち明ける事は、ある意味の契約でもある。
 同性のなのは達ならさして問題ではないが、異性であるユーノだけは話が別だった。

「そ。すずかの性格からして、彼だけ打ち明けないなんてありえない。だけど……」

「打ち明ければ、ユーノを伴侶にせざるを得ない、か」

「……まぁ、別に強制って訳じゃないけど、ね」

―――それを強く意識してる時点で、すずかも満更でもないでしょうし。

 そんな忍の呟きは、既に思考を巡らせ始めた恭也には届く事無く、夜の闇へと消えていくのであった。



 夜風が髪を揺らし、それを心地良いと感じながら美由希は小次郎と歩いていた。
 先程から会話はない。だが、不思議とそれを美由希は嬉しく思っていた。

(何だろな。……こういうの、結構好きかも)

 ちらりと視線を横にやれば、小次郎もまた美由希を見ていたようで視線が合う。
 それに若干気恥ずかしくなりながらも、美由希は笑みを浮かべてみた。それに小次郎も笑みを浮かべ返す。
 トクン、と美由希の鼓動が速くなる。それと共に顔の辺りが熱くなる。出来るだけ自然を装いながら、美由希は顔を背ける。

(あ~、どうしよ。絶対、顔真っ赤だ、これ)

 そんなうろたえる美由希に、小次郎は不思議顔。すると美由希が眼鏡を外し、息を吐いて顔を押さえ始めた。
 それを見て、小次郎は前々から感じていた疑問を尋ねてみる事にした。

「美由希殿」

「へっ?! あ、ええっと……何ですか?」

「何故眼鏡を掛けておるのだ?」

 見えていない訳ではなかろう。そう言われ、美由希はどこか納得したように笑う。
 これは、切り替えみたいなものなんですよ。そう答えて美由希は語る。眼鏡を外す時は、基本御神の剣士としての自分なのだと。
 その切り替えを自分でつける意味合いも込めて眼鏡を掛けているのだ、と。

(なるほどな。美由希殿もやはり現代の剣士であるが故に、自らけじめをつけているか。……古き私にはなきものよ)

 それを聞き、小次郎は納得したように頷く。そして、眼鏡を掛け直す美由希を見て、何気なく告げる。

―――しかし、掛けぬ方が美しいと思うのだが……?

 その一言が、美由希の顔を茹蛸のようにしたのは、言うまでもない。



 散歩中に見つけた池の近くの芝生。そこに座って、ランサーとアルフはぼんやりと景色を眺める。

「……いいよね、こんなのも」

「……そうだな。悪くねぇ」

 二人の視線の先には、水面に映る月影一つ。その儚さが、どこか今の時間を表している気がして、アルフは視線をランサーへ向ける。
 その目に、強い決意を灯して。

「ねえ、ランサー」

「ん?」

「あたしって、さ……良い女かな?」

「当たり前だろ」

 アルフの問いかけに、ランサーは躊躇う事無く笑って言い切る。それに何かを決意したのか、アルフは真剣な眼差しでランサーを見つめ―――。

「リニスよりも?」

 尋ねた。踏み出そうとした一歩。それは仲間じゃなく、『女』としての第一歩。
 どこか不安そうな表情のアルフ。それを感じ取り、ランサーは先程までの笑みを消し、真摯な雰囲気を漂わす。

「リニスよりも、なんて言えねぇ」

 その言葉に、アルフは小さく「……そうだよね」と呟く。だが、ランサーはそのままこう言い切った。

「お前はお前だからな。リニスと比べてどうすんだよ。どっちも違う部類の良い女だ」

―――だから、んな顔すんな。

 そう言って、ランサーはアルフの方へ向かって笑みを見せる。それは人懐っこい笑顔。
 リニスもアルフも好きな、ランサーの心からの笑み。それにアルフは心から嬉しそうに、ランサーへ抱きつく。
 それに若干驚きながらも、ランサーも笑って受け止める。その逞しい胸に顔を埋めながら、アルフは思う。

(ごめんよリニス。でも、アタシだって本気なんだ。ランサーは、渡さないからね!)

(一体何がどうなってんだ? ……ま、いいか。本当にツイてやがるぜ、今回は。ん……?)

 そんな風にランサーが笑った時、視界のどこかで何かが光った気がした。
 それが妙に気になり、ランサーはアルフを優しくひき放し、その光ったものを探しに池に近付く。
 すると、そこには池に沈んだジュエルシードがあった。

「おいアルフ。フェイトを呼んでくれ」

「……どうしたっていうんだい?」

「ジュエルシードがあったんだよ」

 こうして、アルフの甘い時間は脆くも崩れ去った。ちなみに、この事をアルフから告げられたリニスが、複雑そうな思いでランサーを見つめたのは本人だけの秘密。



 ランサー達の場所で、ジュエルシ-ドが発見された頃、アーチャーはノエルと自身が割り当てられた部屋にいた。
 部屋割りは、男性陣が士郎・恭也・ユーノでまず一つ。ランサー・アーチャー・小次郎で一つ。
 女性陣が桃子・美由希・忍・セイバーで一つ。ライダー・ノエル・ファリン・アルフで一つ。最後になのは達五人で一つとなっている。

「で、話と言うのは」

「……薄々勘付いておられるとは思いますが、私とファリンの事です」

 ノエルの言葉に、アーチャーは小さく息を吐き、尋ねる。

「何故今になって……」

「すずかお嬢様の決意を聞いたからです」

 ノエルは語る。自分の事を親友達に隠して生きるのは辛い。嫌われてもいい。この旅行が終わったら、本当の自分を知ってもらいたいんだ。
 そうすずかは旅行前にノエル達に宣言した。それを聞き、自分も世話になっているアーチャーに、己の事を隠している事が嫌になったのだと。
 だからこそ、この旅行中に全てを話しておきたい。そう思ったのだ、と。

「……そうか。では、君達は……」

「はい。自動人形と呼ばれる存在です」

 ノエルの話に、アーチャーは驚きを見せなかった。既に夜の一族の話自体は忍から聞きだしている。その身に纏う雰囲気が、記憶の中にある使徒や真祖に近かったからだ。絶対に話さないと誓わされたりもした(その時の雰囲気は、あかいあくまばりだった)
 だから、ノエル達の事も当然聞いていた。しかし、驚かないのはそれだけが理由ではない。
 ノエル達がどんな存在だろうとも、彼女達がすずか達をどれだけ愛し、また家族として暮らしているかを知っていたから。
 その心が作り物などではなく、紛れもない本物だと感じていたから。故にその話を聞いても、アーチャーには別に驚くべきものはなかったのだ。

「……以上が、私達の話です」

「……この事を忍は知っているのか?」

「はい。許可は頂きました」

「そうか……」

 そう言って、アーチャーは息を吐き、告げる。

「そろそろ時間も遅くなってきた。風呂にでも行こうと思うが、君はどうする?」

「……いいのですか?」

「それが何を指しているかは知らんが、一つだけ言っておく。私は、君達姉妹がどんな存在だろうが構わん」

 アーチャーの言葉にノエルの表情が変わる。それは驚き。それを無視し、アーチャーは言い切った。

「ただ、はやて達の幸せを邪魔するのでなければそれでいい。……それに、君達は教え子でもある。情が無い訳ではないからな」

―――つまり、そういう事だ。

 そう言って、アーチャーは立ち上がり、背中を向ける。そんな行動にノエルは静かに笑みを浮かべる。
 それをこっそり覗いていたファリンは、涙を浮かべて笑顔を見せる。

(良かった。アーチャーさんに嫌われなくて、本当に良かったっ!!)

 だが、この後ファリンは二人に見つかり軽く説教される。しかし、その雰囲気がどこか優しかったのは言うまでもない。



 一方、ジュエルシードを回収し、笑顔のなのは達。それを後ろから見守り、微笑むセイバーとライダー。
 その思いは奇しくも同じ。この笑顔がずっと続きますように。その願いを二人は心から祈る。

「……セイバー」

「何です?」

 するとライダーが足を止め、セイバーに声を掛けた。それに不思議そうに振り返り、セイバーも足を止める。

「馬鹿な話だと私自身思います。ですが、敢えて聞きます。……サクラ達とスズカ達を会わせたいと思った事はありませんか」

「……そう、ですね。ない、と言えば嘘になります。きっとそれが叶うなら楽しいでしょう」

 そう答え、セイバーは空を見上げる。そこには満天の星空がある。ライダーもそれにつられるように見上げ、呟く。

―――この星空を、サクラ達も見ているでしょうか?

―――私達がそう思うなら、そうなのかもしれません。

 その呟きに答えるセイバーの声は、どこか懐かしむ響きがあった……。



 楽しかった旅行も、あっという間に終わりを向かえ、宿を引き払う士郎達。
 それを眺め、セイバーがライダー達にある提案をした。それを、苦笑しながらも了承する四人。

「さ、ミユキ。お願いします」

「は~い。じゃ、撮りますね。はいチーズ」

 旅館をバックに、微笑むセイバー。それとは対照的に無表情のアーチャー。ライダーはどこか笑みを浮かべ、小次郎は普段の顔。ランサーは面白そうに笑顔を浮かべ、Vサインまでしている。
 このサーヴァント達の写真は、それから始まるセイバーのアルバムの最初を飾る事になる。そして、それを見ていたなのは達も参加し、撮られた写真がその下に飾られる。


そこにはセイバーの字で、”かけがえのない友達と、愛しい家族と共に”と書かれる事となる……。





「おっかしいな~」

「何がおかしいんだ、エイミィ」

 オペレーターにして、自身の補佐官を務める女性。エイミィ・リミエッタの声に、クロノはその手を止める。
 現在、次元航行艦アースラは、行方不明の少年と次元震の原因を突き止めるべく調査中なのだが……。

「いやさ、輸送船が破壊される程のレベルにしては、色々妙なんだよね」

「だから何が言いたい」

「次元震じゃないんじゃないかな、これ」

 エイミィはそう言って、モニターに様々なデータを表示していく。それは過去の次元震のデータと今回のものとの比較だった。
 確かに似ているが、どこか違う。ぱっと見ただけでもそう見えるデータに、クロノが尋ねる。

「なら、君はどう思っている」

「……原因は分からないし、あくまで勘だよ? これ、人為的な何かが原因だと思う」

「……次元震を作為的に起こした者がいると?」

「ううん。多分だけど、そんな意図はなかったんじゃないかな? これ見て」

 エイミィが操作して表示されたデータは、この次元空間から近い管理世界のものだった。そこには、信じられない程の魔力反応が表示されている。

「……これは?」

「次元震が起こったのと、ほぼ同じ時間の近くの管理世界のデータ。これが原因じゃないかなと思うんだけど……」

 でも、何の根拠もないし、ね。そうエイミィは苦笑い。だがその目は、これが絶対関わっていると信じている目だ。
 クロノもそれを感じ、そのデータに目をじっくり通す。

「……丁度その世界で、局員が事件担当していたのか。名前は……」

―――クイント・ナカジマ、か。


静かに、またどこかで運命の輪が動き出していた。その輪が、なのは達と噛み合うのは、まだ十年近い時間が必要だった。




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第十四話。やっとアニメ第五話終了です。

序章での次元震。あれが、実はとある方の仕業だったりします。

それと管理局がなのは達と出会うには、まだ若干時間がいりそうです。

具体的には、後アニメ一話~二話分。

……いつかStrikers組のちゃんとした出会い話も書かなきゃ……。



[21555] 1-5-EX 幕間2
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/08 06:44
 夜も深まり、明かりも消えた室内。だが、そこにあるのは安らかな寝息などではなく……。

「でな、みーちゃんがな……」

「そうなんだ……。あ、そういえばこの前ね」

 真っ暗な室内に布団が五つ。そこでうつ伏せになって、顔を出し、なのは達は楽しいお喋りタイム。
 普段ならもう寝ている時間でも、大人もいなければ保護者もいない状況では、こうなるのが子供というもので……。

「にゃはは、それじゃアーチャーさんが可哀想だよ」

「でも、はやてったら楽しそうに笑ってたんだから」

「当然や。あれはアーチャーが悪い」

 自身満々に言い切るはやてに、アリサもすずかも笑みを浮かべる。
 大抵、この五人(フェイトがいない頃は四人)で話す時、良く話題になるのはサーヴァント達だ。
 身近な共通点であり、何より話に事欠かないのだ。面白い話から大変な話まで、実に多岐にわたる事もあり、気が付けばこういう流れになる。
 もっとも、セイバー達はセイバー達で、話し出すとなのは達の話題に終始するのでどっちもどっちだろう。

「そういえば、フェイトちゃん」

「何?」

「ランサーさんって、魔術は使えるんだよね?」

 なのはの問いにフェイトは頷く。それに興味を持ったのは、ファンタジーが好きなすずかだ。

「魔術って、どんなの?」

「なのは達のとは違うんでしょ?」

 すずかとアリサの言葉に、フェイトは少し考えて話し出す。以前、ランサーから聞いた事を思い出しながら……。


”ヒト”ならざるもの




 フェイトが語ったのは、ルーン魔術に関しての話。それを聞いて、なのはは不思議顔。
 何故なら、なのはがセイバーから聞いた魔術は、それとはまた違ったものだったからだ。

「……私が聞いたのとは、違うんだね」

「なのははセイバーさんに聞いたの?」

「うん。ええっと、強化とか流動とか何だか色々あるんだって」

 アリサの言葉になのはは必死に記憶を辿る。そして出てきた単語を告げたのだが、それでどういう事が出来るのかは、なのはにも理解出来ていない。
 だが、アリサはその単語だけで大体の事を察したようで、頷いてこう言った。

「つまり、魔術っていうのも分類があるって事ね。ルーンとかも魔術で、強化とかも魔術なんでしょ。分かり易く言えば、学校の教科と一緒よ」

 学問という括りで国語や算数等に分けるように、魔術も大きな一つの括りであり、それを細かく分類するとルーンや強化等に別れていくのだろう。
 そうアリサは説明した。それにフェイトも頷き、魔法も同じようなものだからとそれを後押しした。
 なのは達は身近な例えで語ったアリサに尊敬の眼差しを向ける。それをどこかくすぐったそうに思いながらも、満更でもない感じのアリサ。

「でも、セイバーさんは魔術使えないんだよね?」

「そうなの。魔力はあるんだって。でも、魔法も魔術も使えないの」

「セイバーは宝具に魔力を使うんだよ。サーヴァントは大抵そうだって、ランサーも言ってたし」

 すずかの言葉に苦笑いのなのはに、フェイトが笑みを浮かべながらそう言った。
 だが、そのフェイトの発言に四人が首を傾げた。そして、それに今度はフェイトが不思議顔を浮かべる。

「……知らないの?」

 フェイトの言葉に頷く四人。宝具等と言うものは初めて聞く言葉だった。そして、そこでなのは達はふと気付く。
 自分達があまりセイバー達の事を知らない事に。聞いた事は何度かある。答えてくれた事もある。だが……。

(サーヴァントが何なのか、って事は聞いてなかったな。……あれ、私知らない事多い?)

(小次郎の奴、アタシにはまだ早いとか言ってたのよね。……それにしても宝具って何?)

(ライダーの名前は教えてもらったけど、宝具なんて初めて聞いたよ。……どんなモノなんだろう?)

(う~ん、アーチャーは昔の事聞くとめっちゃ表情怖なるからなぁ。……聞くならランサーさんやな)

(し、知らなかったんだ。……教えちゃっても良かったのかな?)

 そんななのは達に、フェイトはどこか申し訳なさそうにしながら語り出す。宝具の事やサーヴァントの事を。
 彼らは英霊と呼ばれる存在で、異世界から来た者達。ランサーは本人曰く「人間としてはとっくに死んでる」らしく、大抵のサーヴァントがそうだと言う事。
 そして、彼らには”宝具”と呼ばれる切り札があり、それの使用には基本魔力が必要だと言う事。ランサーは、名前の通り槍がそれなのだと。
 ちなみに、同じ話をプレシアにした際、死者蘇生ではないとランサーは明確に断言した。魂のみになり、都合により仮初の肉体を与えられる事を伝えた。
 それを聞いたプレシアは、どこか悔しそうな表情で黙る事しか出来なかった。人間の力ではなく、世界によって束縛される。それも聞き、プレシアは完全に興味を失った。同時に、世界に縛られる事になっても自分を貫けるランサーに、改めて感心したのも事実だったが。

 なのは達も死者と言われても、それ程驚きはしなかった。初めて出会った時の異常さから、その方が納得出来るとさえ思った程だ。
 そして、その話を聞いて、アリサは疑問を浮かべる。小次郎はアサシンと名乗っていた。なら、宝具とやらは何なのか。
 アリサはアサシンの意味を知ってはいる。だが、小次郎の風貌や言動などが”暗殺者”という言葉とは少しも合致しないので、困惑していた。
 そんなアリサとは多少違うが、宝具が見当もつかないのはすずかも同じ。ライダーは魔眼の事を話してくれたが、それが宝具とは思えなかったのだ。

「じゃ、アーチャーの宝具は弓やな?」

「そう……だね。多分そうだと思うよ」

「セイバーは?」

「剣士って意味だと思うから……剣、かな」

 その名から予想が付けやすいなのはとはやてに、フェイトは少し不安そうであるもの、そう答えていく。
 それを聞き、なのはは、セイバーが手にする見えない剣を思い出す。どんな剣なのか分からないが、セイバーの切り札なら、おそらく凄いものに違いないと、なのはは確信していた。
 一方のはやては、アーチャーが弓を持っているところを見た事がない。故に、何とかその姿を想像しようとするが、思いつくのはいつもの皮肉屋スマイル。

(……ダメや。全然想像できん。それどころかイライラしてくるわ)

 頭を軽く押さえながら、はやてがそんな事を考える横で、すずかがなのはに質問中。内容は、セイバーとライダーは昔一緒に暮らしていたらしいが、何か聞いてないかという事。
 それになのはは、以前セイバーから聞いた衛宮邸の話を語り出す。それを聞き、すずかは聞き覚えのある名に気付く。

「桜さん?」

「ふぇ? うん。セイバーが話してくれたよ。凛って人の妹さんで、お料理上手なんだって」

「……凛さん……妹……」

「どうしたのよ?」

 何かを呟き出したすずかに、困惑のなのはと戸惑うフェイト。アリサは不思議そうに声を掛け、はやてはその声で意識をすずかへ向けた。

「あのね、その桜さんって人の事、セイバーさんは何て言ってた?」

 どこか恐る恐ると言った感じのすずかに、なのはは疑問を感じながらも思い出す。
 セイバーが桜をどう言っていたかを。そして、若干の間が開いてから……。

「優しくて、暖かで……強い人って言ってたよ」

「……そっか。やっぱりライダーの言ってた通りなんだ」

 なのはの答えに、すずかは噛み締めるように呟く。ライダーの言っていた、自分達を家族や友人と呼んだ相手。その一人がセイバーなのは、その答えで確信出来たからだ。
 そんなすずかに、なのはが何気なく言った言葉が大きな衝撃を与えた。

「そういえば、セイバーが言ってたけど、その人も少し普通の人とは違ったんだって」

 思わず息を止める。その表情は恐怖一色に染まっていた。幸い下を向いていたから、顔は見えないだろうが、心臓の鼓動が早鐘のように響いていた。
 破裂しそうな思いを秘め、すずかはそのまま耳を澄ます。すると、なのはの言葉にはやてが反応し―――。

「何が違ったん?」

「確かね、魔術師の家で生まれて、養子に行ったんだって。その時に決まりか何かで、凛さんと他人みたいに接しなきゃいけなかったんだって言ってた」

「それは嫌だね」

「でもね、セイバーが言うには、その決まりも色々あって無くして、姉妹に戻ったんだって」

「そうなの。でも、複雑よねその状況。姉妹なのに姉妹じゃないって」

 アリサの言葉になのは達は頷く。なのはもフェイトも知らない。自分達も似た様な環境にいるなどと。その過程こそ違え、姉妹でないのに姉妹という表現は、二人にも当てはまるものがあるのだ。
 すずかはその話を聞きながら、小さく「……それだけ?」と尋ねた。

 それになのはは記憶を辿り、セイバーとの話を思い返そうとしていた。そんななのはを横目に、はやてが疑問に感じた事を聞いた。

「すずかちゃんは何か知っとるんか?」

「えっ?」

「いや、セイバーさんが知っとるって事は、ライダーさんもやろ? そやから聞いてみたん……やけど……」

 後半尻すぼみになっていくはやて。段々すずかの表情が曇っていったからだ。まるで聞かれたくない事を聞かれたような反応。それが今のすずかの顔に如実に出ていた。
 そんなすずかだったが、その内心は揺れていた。それはライダーが話してくれた事を話すか否か。桜が自分のように人には言えない苦しみを背負っていた事を。

(……どうしよう? 桜さんはライダーの大切な人だし、それに内容も内容だから…………)

「一つだけ約束してくれる?」

「約束?」

「うん。……桜さんの事、悪く言わないで欲しいんだ」

 それは切実な願い。すずかとしては、ライダーの大切な桜を嫌って欲しくない事と、自分の憧れでもある桜の事を勝手に話す事に対するせめてもの償いだったのだろう。
 だが、それは彼女の本心からの想いでもある。無意識にすずかは、この話を自分の話と同じに捉えていたのだ。

「実はね……桜さんには、人に言えない秘密があったの。受け入れてくる人の方が少ないような内容の……ね」

 すずかは桜の事を全て聞いた訳でない。ただ漠然とそう言われただけなのだ。自分と桜は良く似ていると。それ故、すずかは明確に桜が抱いていた秘密を知らない。
 だが、その状況の辛さと言い出せない申し訳なさは痛いほど理解出来ていた。今の自分が、まさにそうなのだから。

「詳しい話はライダーもしてくれなかった。でも、その秘密を親しい人達に隠して生きるのは、凄く辛かったんだと思う」

 だからだろう。語るすずかの口調にも熱が籠る。それは普段の彼女からは考えられないもの。

「けど、けどね? 話したくなかった訳じゃなかったんだよ? ただ、それを話して嫌われるのが怖かったの!」

 その目に涙を浮かべて、すずかは語った。それは奇しくも桜の想いを明確に言い当てた。そして、同時に自分の想いも……。

 そんなすずかを、なのは達は息を呑んで見つめていた。そして、やや間を置いてアリサが言った。

「……気持ちは何となく分かるわ。でも、アタシがその桜さんに会えるならこう言ってる。
 例え貴方がどんな人でも、セイバーさんやライダーさん達のように、貴方を大切に思ってる人は嫌ったりしないって」

「うん、私もかな。それに、受け入れられないって言っても、それはその人を良く知らないからだよ」

「フェイトちゃんの言う通りやな。わたしもアリサちゃんと同じ気持ち。わたしなんかは、逆に話してくれたら嬉しいわ。
 ああ、わたしの事そんなに信頼してくれてるんやって思えるから」

 そんな三人の答えにすずかは意外そうな表情を浮かべていた。そのすずかになのはが笑顔で最後に告げる。

「それに、すずかちゃんがそんなに大事に思う人だもん。きっと、私達も嫌ったりしないよ」

 そのなのはの言葉に、すずかは涙を一筋流し、嬉しそうに頷く。

―――そうだね。なのはちゃん達ならきっとそうだよ。

―――にゃはは、ちょっと単純かも?

 なのはが言った一言に、アリサが「一緒にするな」と噛み付いて、はやてが「そうやそうや」と囃し立てる。それを横目に、フェイトは時計へ視線を移し「あ、こんな時間だ……」と呟いた。
 すずかは賑やかになるなのは達を眺めて、旅行前の決意を新たにした。桜のように、自分も勇気を出そうと。

(すずかちゃん、やっといつもの顔に戻ったや。……そんなに好きなんだね、桜さんの事)

 出来るなら、一度会ってみたいなぁ。そんな事を思いながら、なのはは言い放つ。

「と、とりあえずそろそろ寝ようよ」

 余談だが、翌朝五人は桃子にお説教される。理由は言うまでもない。





 次元航行艦アースラ。その一角にある艦長室。そこにある畳に座り、リンディはある資料へ目を落としていた。

「発見者のユーノ・スクライア君、か」

 それは、次元震に巻き込まれた輸送船に乗り込んでいた人間のリスト。その中で唯一消息不明なのが、ユーノだった。
 救助された乗組員の話によれば、彼は自ら次元空間に飛び込んでいったとの事。おそらくロストロギアである『ジュエルシード』を追って行ったのだと、リンディは予想していた。
 現在、彼がどこにいるのかは依然として掴めていない。だが、リンディには心当たりが一つだけあった。それは―――。

「第九十七管理外世界……」

 そう、地球だった。未だに付近の管理世界で何の情報も得られない以上、残る場所はそこしかない。
 しかし、管理外を調査するには、上の許可がいる。そして、それが中々通らないのもリンディは良く知っている。
 明確な根拠や次元世界の危機等であれば、上層部も許可を出すが、今回のように行方不明者の捜索だけでは厳しいのだ。

(何とかすぐ許可が下りるような……そう、キッカケがあればいいのだけれど)

 そう考えてリンディは頭を振った。何を馬鹿な事をと思ったからだ。それでは、何か事件が起きてくれるのを待っているみたいではないかと。
 それに、許可が中々下りないだけで、時間さえ掛ければいずれ許可は下りる。そう自分に言い聞かせ、リンディは呟く。

―――このまま、何もなければいいのだけれど……。



 時の庭園。そこにあるプレシアの部屋。ベッドで横たわるプレシアの横で、機械を操作するリニス。
 すると、何かが反応を示す。それは、地球に近い次元空間にいる管理局の次元航行艦に、動きがあったと言うもの。

「……いつもの調査活動ですか」

 安堵し、モニターから視線を移すリニス。プレシアは静かに眠っている。だが、その体が病魔に蝕まれ、余命幾ばくもない事をリニスは知っている。
 ランサーのルーンの加護により、本当ならありえない程の生命力を保っているが、それもそろそろ限界が近い。それ故、リニスとランサーは焦っている。
 アルフには詳しい事をあまり知らせていない。それは、どこでフェイトに知られるか分からないからだ。本人もそれを危惧し、進んでリニスの考えに従い、行動している。

「……プレシアだけでなく、アリシアの体も長くは持ちません。ランサー、出来るだけ早くしてください」

 誰に聞かせるでもなく、リニスは祈るようにそう呟く。

ジュエルシードが全部揃うまで、残りあと七つ。




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幕間その2。本編に絡む大事な話です。

完全な番外編は、無印とA'sの間や無印前の話でないと無理かも……。

すずかの桜に対する想いがメインでしたが、どうだったでしょうか?

……何気にすずかって本当桜に似てますよね。特に成長した姿とかなんて……



[21555] 1-6-1 無印六話 前半
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/07 07:07
「残りは七つですか……」

「ああ」

「……ランサー、分かっているとは思いますが」

「任せろ。後一週間の内にケリをつける」

 リニスにはっきりと言い切り、ランサーは通信を切る。何も映らなくなったモニターを見つめ、リニスは呟く。

「信じています、ランサー。……私も、プレシアも」

 ジュエルシードを巡る物語の終幕は、近い……。


加速する流れ、知らされる事実




 通信を終えたランサー。そして、それを隠れるように見守るアーチャー。アルフは、リビングではやてやフェイトと朝食用のホットケーキを焼いている。
 小さく歯を食いしばり、拳を握るランサーに、アーチャーは何も言わない。会話の流れから、フェイトの母親が長くは持たないという事を理解したからだ。

「……残り七つ。探索していない場所も少ない。終わりも見えた、か」

「……ああ」

 アーチャーの現状確認に搾り出すような声でランサーは答える。その表情は、まさに鬼気迫るものがあった。
 そんなランサーに、アーチャーは慰めも皮肉も言わない。自分と立場を置き換えて考えれば、そんな事をしても無意味と知っているからだ。
 故に、彼がランサーに掛ける言葉は一つだけ。

「そんな顔ではフェイト達に気付かれる。少しクールダウンしていろ」

「……言われるまでもねぇ」

 そう告げてアーチャーは部屋を出て行く。その姿が見えなくなってから、ランサーは呟く。

―――ったく、アイツにだけは心配されたくね~のによ。

 アーチャーとランサー。この因縁の関係にも、微かだが変化が出始めていた……。



 朝食を終えたなのはは、セイバーに見送られて美由希と途中まで一緒に歩き、バス停まで向かう。
 あの温泉旅行の後、一段と家族間の絆が強くなった気が、なのははしていた。
 まぁ、桃子が再び『高町セイバー』の話を持ち出したが、それもセイバーは断った。
 ただ、桃子の懇願に負け、二人っきりの時は”母さん”と呼ぶ事にされていたが。

(きっと、ものすごく恥ずかしがってるんだろうな)

 なのはの脳裏に、顔を赤くしながら「か、母さんっ」と呼ぶセイバーの姿とそれを嬉しそうに聞いてる桃子の顔が浮かんだ。

 そんな事を考えている内にバス停に着き、計ったようにバスが到着。
 そして中に乗り込み、なのははアリサとすずかに手を上げ、笑みを見せてふと思う。

(そういえば、今日ユーノ君が出かけるって言ってたっけ。行き先聞くの忘れたけど、どこに行くんだろ?)



 そのユーノは八神家に来ていた。ランサーとアーチャー、二人に呼び出されていたのだ。昨日の探索の後、明日話がある、と真剣な眼差しで言われて。
 チャイムを押すと、待っていたのかアーチャーが出迎えた。そのままユーノは、案内されるままアーチャーの部屋へと足を踏み入れる。

 部屋の中には、ランサーがいつもとは違い戦闘服で座っていた。その雰囲気から、只事ではないとユーノは感じ、表情を強張らせる。
 アーチャーに促され、ランサーの向かいに座るユーノ。それを確認し、アーチャーがドアのカギを締めた。

「それで……話というのは?」

「……ジュエルシードを全部一遍に使った場合、最悪どうなる」

 ランサーの放った言葉にユーノは驚愕する。確かにジュエルシードは、今まで手に入れた分を、ランサーがフェイトの母親の治療に使用するため、全て所持している。
 しかし、それを一斉に使うとは思っていなかったのだ。精々二つか三つを使い、病気を完治出来るまで同じ事をすると思っていたのだから。

「……分かりませんが、これだけは言えます」

 ユーノは一度息を整え、ランサーの目をしっかり見据えて断言した。

「暴走、なんてものじゃすまない事になります。それこそ、最低でも次元世界の一つや二つ消し飛ぶレベルで」

「……そうか」

「止める術はあるか?」

「……おそらく無理です。ジュエルシード全ての魔力が暴走したら、人間の力じゃ止められない」

 アーチャーの問いかけに、ユーノは出来るだけ冷静に答えた。本当なら叫んでいてもおかしくない。だが、ここにははやてやフェイトがいる。
 下手に騒いで二人に聞かれでもしたら不味い。それがユーノの激情を辛うじて抑えていた。
 一方のランサーとアーチャーは、ユーノの答えに想像が間違っていなかった事を確認していた。
 ”聖杯”というモノを知っている二人にとって、ジュエルシードの暴走がどれ程恐ろしいものかは容易に想像出来たからだ。
 そして、ユーノの言葉で確信した事があった。それは、その災害の原因は魔力である事。だからこそ、アーチャーとランサーは同時に頷く。

(いざという時の備えは理解した)

(これなら、気兼ねなくやれる!)

 そう、それを止められる可能性がアーチャーにはある。だからこそ、ユーノを呼んだのだ。
 ランサーの対魔力を持ってしても、簡単に破れなかった魔法を使える彼を。

「ユーノ、すまないが少しやってほしい事がある」

「……何ですか」

「バインドをアーチャーに掛けてみてくれねぇか?」

 突然の申し出に戸惑うユーノ。てっきりさっきの話絡みだと思っていたからだ。
 ランサーの言葉の真意を量りかねているユーノに、アーチャーが告げた一言は、凄まじい衝撃となって彼を襲った。

―――もしかすると、その万が一をどうにか出来るかもしれんぞ?



 いつものように、屋上で三人揃ってお昼を食べるなのは達。その表情は心なしか、普段よりも明るい。

「で、どう?」

「うん。お母さんもお父さんもいいよって」

「じゃあ、後は……」

「フェイトのママを治して……」

「翠屋で全快パーティーなの!」

 三人が話しているのは、この一連の件が終わった後の事。フェイト達を主役にした全快祝い。それについての打ち合わせだ。
 生憎はやては自宅にフェイトを泊めているため、直接の話し合いは出来ないのだが、メールでのやりとりで細かい事を話し合っていた。

 そのままパーティーの事を話していると、すずかが急に思い詰めた表情を浮かべ、なのはとアリサを見つめた。

「……あの、ね。実はなのはちゃん達にお話があるんだけど……」

「どうしたの?」

「何よ?」

 不思議そうにすずかを見つめるなのはとアリサ。その視線をしっかりと見返し、すずかは告げた。
 今日、はやての家に行ってフェイトやはやて、ユーノも交えた五人に話したい事があるのだ、と。
 そのすずかの真剣な眼差しに、二人も只事ではないなと感じ、はっきりと頷き、その提案を受けた。
 そして、それを合図にチャイムが鳴り、すずかは先に教室に戻ると言って去っていった。

「……何かおかしかったね、すずかちゃん」

「そうね。……ま、いいわ。どうせ後で分かるんだし」

 そう言って立ち上がるアリサ。なのはもそれに続くように立ち上がり、ふと空を見上げる。

(さっきのすずかちゃんの目……鍛錬をお願いした時のユーノ君の目みたいだった)

 それは何かを決意した者の目。それを知るからこそ、なのはは思う。すずかの決意を無駄にしないように、自然体であろうと。
 何があっても親友。自分が魔法と出会った事を受け止めてくれたすずかを、今度は自分が受け止める番なんだ、と。



「なぁユーノ君、どないした?」

「ユーノ、何かあったの?」

 はやてとフェイトの視線の先には、何かを真剣に考えるユーノがいた。先程アーチャーの部屋から出てきてからというもの、ずっとこうなのだ。
 昼食中もどこか上の空だったユーノ。それは、楽しく三人で会話したいと思っていた二人にとって、不思議でしかなかった。
 いつもは良き聞き手であり、話題がなくなりそうになるとさり気無く別の話題を振ってくれるユーノ。
 そんな彼が話題どころか、相槌さえしないなど始めてだったからだ。

「え……? ああ、ごめん。ちょっと、ね」

「考え事?」

「……うん。色々とね」

「そか。でも、目の前に美少女が二人もおるんやから、少しはこっちの相手もし」

 そう言って笑うはやて。それにユーノは苦笑いを浮かべ「自分で言う?」と返す。それにはやてがからかうように「何や? わたしは可愛くないんか」と返し、ユーノは参ったとばかりに両手を挙げる。
 それを見て楽しそうに笑うはやてとフェイト。そして、そんな三人を眺めて微笑むアルフ。

(ホント、フェイトが良く笑うようになったよ。……はやて達には感謝しなくちゃ)

 そう思うのも一瞬。すぐに視線を細め、念話を送る。相手はユーノ。

【分かってるとは思うけど……】

【フェイト達には言わないよ。というか言える訳ないだろ。……ジュエルシードを一斉に使おうとしてるなんて】

【でも、何とかなりそうなんだろ?】

【アーチャーさんのアレが、魔法に通用するのは証明された。それに、魔力自体を霧散させるものまである。
 確かにあれなら何とか出来るかも知れない……でもっ!】

【心配いらないよ。ランサーもいるんだ。そのための……ええっと】

 そこで詰まるアルフ。アルフが言いたい事を理解し、ユーノが若干ため息混じりに答えた。

【……ゲイジャルグ】

【そ~そ~、それそれ。な、大丈夫だよ】

 楽観的なアルフの口調に、ユーノは内心苦笑い。だが、そんな自分もまた、どこかで同じ気持ちを抱いているのを、ユーノは感じていた。



 放課後、なのは達三人は八神家へと向かっていた。すずかによれば、ユーノも八神家にいたらしく、そのまま残って待ってくれているとの事。
 すずかからの大事な話という事で、フェイトも探索を後回しにしてくれた。勿論、ランサーやアーチャーも了解済み。

 歩きながら、なのは達には会話がなかった。決して意識した訳ではない。だが、何故か喋るのが憚られたのだ。
 しかし、その沈黙は気まずいものではなかった事もある。それは、すずかを中心に手を繋いでいるからなのだろう。
 右手をなのはが、左手をアリサが繋ぎ、その互いの温もりを感じながら歩く三人。
 声にせずとも、その暖かさが告げている。何があってもこの関係は変わらない。それは、すずかがアリサに言った言葉。

(何があってもアタシ達はアタシ達。そう言ったのはすずかだから)

(絶対、変わらないし変えさせない。私の大切なモノは)

(……不安が消えていく。そうだよ、ライダーが言ってた。世界は捨てたものじゃないって)

(((だから、きっと大丈夫)))

 同時に同じ結論を出し、笑みを浮かべる三人。それに気付き、更に笑みを深くする三人。そんな三人の視界に、八神家が見えてくるのであった……。



 八神家内、はやての部屋。そこにすずかを始めとした六人が揃っていた。その視線は、皆一様にすずかに注がれている。

「……あのね、話って言うのは……私達の一族の事なんだ」

 その視線をしっかりと受け止め、すずかは語り出す。自らの事を。その異常性を。それをなのは達は軽く驚きはしたものの、奇異の目で見たり、嫌悪の感情を示す事もなかった。
 それは、すずかを良く知っているから。彼女がどういう人間で、どんな心の持ち主かを分かっているからだ。
 それに加えて、なのは達の非日常への適性が高くなっていた事もある。何しろ、英霊や魔法などに関わっているのだ。
 よって、今更吸血鬼と言われても……。

「……どう? 分かってくれた?」

「うん。すずかちゃんはすずかちゃんって事だね」

 話を終えたすずかに、なのはが告げた一言が全てだった。それに頷いていくフェイト達。その表情は皆笑顔。
 それを呆然と見つめ、固まるすずか。それを五人は笑顔で見守る。やがて、なのは達の行動を理解し、すずかは瞳を潤ませて微笑んだ。
 その行動が喜びと感謝の表れである事を察したなのは達は、そんなすずかに微笑みを返す。

(すずかは強いな。私が同じ立場なら、きっと泣いてると思うよ)

 フェイトは瞳を潤ませながらも、涙を流さないすずかを見ながらそう思った。この中で一番なのは達との付き合いが短いフェイト。
 だからこそ、フェイトはすずかが自分の秘密を話し出した時、内心動揺を覚えると同時に嬉しさも感じていた。
 それは、自分も秘密を話す『親友』に含まれたから。すずかは言った。親友であるなのは達にこれ以上隠し事はしていたくないと。

(私も……親友なんて……)

 その言葉を思い出し、フェイトは視界が滲むのを感じて慌てて顔を背けた。
 だが、それをユーノが気付き、周囲に気付かれぬよう、フェイトへ向けて念話を送る。

【どうしたの? フェイト】

【えっと、目にゴミが入っちゃって……】

【……そう。あまり擦らないようにね。眼球が傷付く事もあるから】

【わ、分かった。ありがとうユーノ】

【どういたしまして。……僕も、きっとなのは達も、フェイトの事はすずかと同じように思ってるから】

【えっ……?】

【”親友”って事】

 ついユーノの言葉に振り向いたフェイトに、ユーノはそう答えて微笑み一つ。
 それに、フェイトは顔を赤くし、また顔を背ける。だが、その原因が先程と違う事をフェイトは感じ、呟く。

「どうしたんだろ? ……鼓動が早いし、顔が熱いし……病気かな?」


それを後ではやてに相談し、はやてが面白がって色んな事をフェイトに吹き込むのは、また別の話。




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やっとアニメ第六話。原作と同じような展開もここで終了です。

……細かい場所が違うのは、突っ込まない方向で。

残りが七つとなり、察しのいい方は気付いているかと思いますが、ジュエルシードはもうコンプ寸前です。



[21555] 1-6-2 無印六話 後半
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/08 06:49
 すずかの告白という出来事も無事に終わり、なのはとフェイト達探索組は連れ立って出かけていく。
 それを見送るはやて達。だが、すずかだけはどこかまだ様子がおかしかった。
 それは、ついさっきまで話していた事が影響していた。

(やっぱりユーノ君は優しいんだね)

 そう思い、頬を微かに赤くするすずか。はやてもアリサもそれには気付かず、ただ今後の事を話し合っている。

(私の事を受け入れてくれただけじゃなく、別にしきたりに縛られる必要はない、なんて……)

 すずかは、ユーノにだけ別に話さなければならない事があった。それは、契約の事。
 異性であるユーノには、伴侶となるか、全てを忘れるか、どちらか選んでもらわねばならないとなっていたからだ。
 厳密に言えば、結婚ではなく誓約に近いものなのだが、姉である忍と恭也の馴れ初めを聞いていたすずかとしては、頭がその事で一杯になっていたのだ。

 そして、すずかは契約の事を話すため、ユーノに相談があると言って話をしたのだが……。



「すずか、それはさすがに不味いよ」

「そ、そうだよね。いきなりこんな事を「違うよ」……え?」

 真剣な表情ですずかの目を見つめるユーノ。その目は怒りを宿していた。

「僕が言いたいのは、しきたりに無条件で従うのが不味いって言ってるんだ」

 ユーノは語る。確かにしきたりは大切かもしれない。だが、それはあくまでも状況に合わせていかなければダメなのだと。
 だから、すずかに言い切る。無理に自分を伴侶になんてしなくていい。すずかが、本当に好きな相手と幸せになってほしいから。
 そうユーノは真剣な眼差しで告げた。その力強さに、すずかは声を失う。

「心配しないで。絶対すずか達の事は誰にも言わない。……墓まで持ってくよ」

 先程までの真剣さを消し、ユーノは最後におどけるようにそう言って、なのは達と共に探索へと向かったのだ。
 その後姿を見つめ、すずかは思う。ユーノの気持ちを嬉しく感じ、そして同時に……。

(あんな風に見つめられた事、なかったな)

 ユーノの眼差しを思い出し、すずかは顔が赤くなるのを感じた。そして、小さく呟く。

―――私、本当にユーノ君を……?

 そんなすずかを優しく風が撫ぜて行く。少女の心に、少し早い大人への階段を感じさせながら……。


終局へのカウントダウン




「まさか、こんな街の真っ只中にあるなんて……」

「でも、封印も終わったし、これで残りは六つだね」

 どこかホッとした感じで呟くユーノ。それを聞きながら、なのはが言った言葉に頷くフェイト。その表情は笑顔。
 何故なら、残りのジュエルシードの場所は既に特定しているからだ。

「でも、問題はいくつもある。まず……」

「海、だからね」

「それと、六つともそこにあるってのも厄介だねぇ」

 ユーノの指摘にフェイトとアルフが答える。ちなみに今回の封印作業には、セイバーもランサーも来ていない。
 セイバーは仕事が抜けられず、ランサーはアーチャーと話し合う事があると八神家に居残り。そして、それでも不安がない理由としては……。

「ですが、纏めて封印できれば手間も時間も短縮できます。その方がフェイト達には都合がいいでしょう」

「だね。ライダーの言う通りだよ」

 そう、すずかの迎えに来たライダーがいるからだ。封印に向かっている途中、後ろからライダーがなのは達に合流したのは、つい三分程前。
 どうやらすずかの迎えのために八神家につくなり、そのすずかに頼まれ、なのは達の手伝いをしにきたらしい。ライダーは「すずかに頼まれまして」と言ったので間違いない。

 実際、フェイト達が合流してからは発動前に発見出来るようになった事もあり、ほとんどセイバーやランサーがいなくても大丈夫な状況ではある。
 しかし、いつ何があるか分からないので、大抵ランサーが同行していたが。

「でも、一度に複数のジュエルシードが発動したら大変なんだ。海のジュエルシードは、いつも以上に慎重に行かないと」

 ユーノの纏めに、なのは達は無言で頷く。その後も帰り道での話は、海に眠るジュエルシードをどう対処するかに終始した。
 そこで決まった方針としては、探索魔法で一つずつ位置を特定し、それを強制発動させ封印する事を繰り返すというものだった。
 さすがに海の中を潜って探索するのは骨が折れるし、何よりも時間の余裕もない。なのはやフェイト達は知らないが、ランサーはアルフに告げていた。あまり猶予がなくなった事を。

「二日に分けて終わらせよう。なのはとフェイトの負担が大きいけど……」

「私は構わないよ。早くフェイトちゃんのお母さんを治したいし」

「私もいいよ。体調はいいし、何より充実してるから」

 ユーノの表情が曇るのを見て、なのはもフェイトも笑顔で答える。それにユーノが苦笑い。二人に気を遣わせた事を理解したのだ。
 すると、アルフがそんなユーノに一言。

「アタシがいるって事忘れんじゃないよ」

 アルフの案はこうだ。自分が探索と強制発動を担当し、フェイトとなのはが封印を担当する。ユーノは行動時の飛行魔法を担当し、少しでもなのはやフェイトの負担を減らす。
 その案を聞き、ライダーが小さく「意外と頭も使うのですね」と言った。そんなライダーの発言に怒りを見せるアルフ。それになのは達三人が笑ったのは、当然の事だった。



 ライダーと別れ、まだ余裕があると言って、なのはとフェイトはユーノとアルフと共に、海鳴海浜公園へと来ていた。
 話し合いの結果、今日の内に探索だけでも終えておこうとなったからだ。位置を把握し、大体の場所を記憶して明日に備える。
 ユーノが展開した結界の中、その作業をなのはとフェイトがしている中、アルフとユーノは邪魔にならないように、念話である事を話し合っていた。

【これが終わったら、あんたはどうすんのさ?】

【僕?】

【当然だろ? あんたも部族の所に帰るのかい?】

 アルフの言葉に、ユーノは言葉を失った。きっと、これがなのは達と出会った頃なら、迷う事無く帰ると言えただろう。
 だが、今のユーノにとって、帰るべき場所は”高町家”になっていた事に気付いてしまったのだ。
 士郎から”子供”にしたい、と言われた日。桃子から”お母さん”って呼んでもいいわよ、と言われた日。美由希や恭也から”弟”のように思ってる、と言われた日。
 セイバーから”仲間”だと言われた日。そして、なのはから”親友”と呼ばれた事を。

 それらの事が思い出され、ユーノは悟ったのだ。自分がどう思い、どうしたいのかを。

【……そうだね。帰るよ】

【そうかい。じゃ……】

 きっとなのは達も寂しくなるね。そう言おうとした。だが、アルフがそう続ける前に、ユーノははっきりと告げた。

【高町の家に、ね】

 その言葉に、アルフは驚いた。そう答えたユーノの声は、静かだったが反論させない力強さがあった。

【……そっか。あんたにも帰る家があったね】

【アルフ達はどうするの?】

【ま~、まだ分からないけど……多分時の庭園に戻るんじゃないかな】

 アルフのその声に不安や嫌悪と言った感情はない。何故ならあそこにはリニスがいる。そして、まだどこか割り切れない気持ちもあるが、フェイトの母、プレシアもいるのだ。
 そして、もしかすればそこに……。

「終わったよ~」

「これで、六つ全部の位置は大体把握したから」

 アルフの思考はそこで止まった。なのはとフェイトが戻ってきたのだ。そして、バリアジャケットを解除し、公園へと降り立つ。
 それを確認し、ユーノが結界を消して周囲の状況が元通りに戻った。

「少し疲れたかも。お腹も空いたし」

「私もだよ。今日は晩御飯何だろ?」

「桃子さんが朝言ってたじゃないか。シーフードカレーだよ」

 歩きながらそんな会話をするなのは達。それだけ聞けば、歳相応の三人なのだろう。アルフはそんなフェイトを真剣な表情で見つめる。

「いつか教えるからね、フェイト。フェイトにはお姉ちゃんがいるって」

 そう呟き、アルフもまた歩き出す。その表情は普段の陽気なものへと変わり、三人の夕食話へと嬉々として加わる。
 肉が食べたいと言い出すアルフ。それに少し笑いながら叱るフェイト。アーチャーの料理がまた食べたいと呟くなのはを、ユーノはからかうように桃子に伝えておくと告げて走り出す。
 それにどこか笑みを浮かべながらも、怒るようになのはがそれを追い駆け、フェイトも置いてかれまいと走り出す。

(ユーノ君、たまに意地悪だよね。……でも、私にしかそんな事しないみたいだし……うん。でも、許してあげない)

(またやっちゃった。なのは相手だと、時々言っちゃうんだよな。……拗ねると可愛いからいけないんだ、きっと)

(なのはとユーノ、仲が良いよね。……なのは達とは結構仲良くなったけど、ユーノと私もそうなれるかな?)

(ったく、フェイトだけでも大変なのに……。守りたい”笑顔”が増えてくよ、困った事にさ)

 追い駆けあう三人を眺め、アルフは微笑む。そんな彼女を、皐月の風が撫でて行く。それはまるで、彼女の想いに同意するようだった……。


ジュエルシードが揃うまで、後六つ……。




「許可が下りたんですか?」

「ええ。やっと、ね」

 どこか疲れた顔のリンディを見て、エイミィは、何か上層部から言われたのだろうと察した。
 何しろ予想では、後三日は掛かると思われていたのだ。だが、それが早まった事を喜ばないクルーは、このアースラにはいない。
 エイミィもそう。いつ調査を命じられてもいいように準備していた。それを知っているからこそ、リンディが真っ先に許可が下りた事を自分に伝えてくれたのだ。

「クロノ執務官は……」

「もう通達済み。でも、行動は明日からにさせたわ」

「管理外、ですからね」

「そう。念のために周辺調査はしておかないと」

 普段の砕けた態度ではなく、一局員として接してきたエイミィに応えるように、リンディも艦長として言葉を返す。
 リンディがエイミィを気に入っているのは、こういう切り替えが的確に出来るところもある。故に、早いところ息子であるクロノと上手くいってほしいと思っているのだが。

「では、サーチャーを散布するように指示を出しておきます」

「頼むわね。それが終わったら、貴方も休みなさい。ここのところ働き詰めでしょ」

 リンディの言葉に優しさが混ざる。それを感じ取り、エイミィは苦笑を浮かべた。そして、小さく頷き「了解です。お心遣いに感謝します」と笑顔で答えた。
 それにフッと微笑み、リンディはブリッジを後にする。そして、艦長室に戻りながらある事を考える。それは、上層部から伝えられた話。

(何者かが、ジュエルシード関連の情報をハッキングしていた可能性がある、か)

 許可が早く下りたのは、それがキッカケ。そして、やっと判明したジュエルシードの本質もそれに拍車をかけた。その本質とは―――。

「次元干渉型のロストロギア」

 それが万一暴走した場合、周辺の次元世界を巻き込む大災害となる。それが認められたため、アースラの管理外への干渉が認められたのだ。
だが、リンディには一つ確信めいた希望があった。それは、今まで一度もそれらしい兆候が確認されていない事だ。つまり、ジュエルシードを誰かが封印しているという事。
 そして、それが出来るであろう人物に、リンディは心当たりがあった。

(きっと、ユーノ・スクライア君がいるんだわ。なら、現在までジュエルシードが暴走していないのも頷ける)

 それがリンディの唯一の気がかりを消した。生きている、と。そして、たった一人でジュエルシードを回収しようとしているのだ。
 管理局に連絡しなかったのは、おそらくその術がなかったのだろう。でなければ、きっとそんな余裕もない程追い詰められているのかもしれない。

 早く助けなくては、と思う個人の部分と、状況を確認してからではなければいけない、と訴える局員としての部分がせめぎ合う。
 だが、やはり最後に勝つのは艦長としての自分。大勢の命を預かる立場としての決断を優先させるしかない。

(……まったく、嫌なものね。どうしてこうも……)


―――世界は、こんなはずじゃない事ばかりなのかしら。

後に彼女は知る。その言葉を覆す存在がいる事を。そして”奇跡”と呼ばれる現象をその目で見る事になる事を。




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後編。ついに管理局本格参入。

そのタイミングは本編の流れで言えば、ほぼ同じ。でも、既にジュエルシードはコンプ寸前という状態。

さて、彼らがどう関わってくるのか。それが無印編最後の揉め事になるのか?

無印もようやく終わりが見えてきました……。



[21555] 1-7-1 無印七話 前編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/10 08:09
 それは、もう戻らない日々。それは、忘れえぬ記憶。それは、大切な思い出。

「……あのね。私、妹が欲しい!」

「妹?」

「うんっ! ……ダメ?」

 可愛らしく首を傾げる金髪の少女。それに女性、プレシアは微笑んで答える。

―――分かったわ。アリシアのお願いだもの。

―――じゃあ、約束だよ、ママ。

 そしてそれは、遠く儚い幻……。


解き放つ黄金の輝き




「夢……?」

「プレシア? どうかしましたか」

「いえ、何でもないわ」

 心配そうに見つめるリニスに、プレシアは手を振って答える。それを何か気に掛けながらも、リニスは再び視線をモニターへ戻した。
 管理局が動き出した。それをリニスが気付いたのは、ついさっきの事。いつもと違い、局員が地球へと送り込まれたのを確認したのだ。

 それを知ったリニスの行動は迅速だった。真っ先にランサーへ連絡し、管理局が介入し始めた事を伝え、サーチャーが撒かれてしまった事を告げた。
 そして、最善の対応としては、出来るだけ今日中にジュエルシードを回収し、帰還する事だと結論付けた。時間を掛ければ掛ける程動きが取れなくなると締め括って。

「……にしても、まさかこうも早く管理外に介入してくるなんて」

「……おそらく、ジュエルシードが原因でしょうね」

 リニスの呟きに、プレシアはそう答えた。プレシアは、あくまで推測としてと前置いてから、ジュエルシードの正体について語りだした。

「おそらく、アレは”次元干渉”のロストロギアよ」

「次元干渉……? まさかっ!?」

「そう。……願いを叶えるのは、あくまで副産物か、もしくはそれを切欠に発動するのでしょうね」

 プレシアの言葉に、リニスは声を失った。もし、それが本当なら管理局が介入を早めたのも頷ける。次元干渉という事は、最悪の場合、次元世界の危機に直結するからだ。
 それに思い当たったところで、リニスは気付く。プレシアはそれに気付きながら、何故止めなかったのか。そんな事を考えたのだ。

 リニスの視線に、プレシアも言いたい事を理解したのだろう。苦笑を浮かべてこう言った。

「ランサーや貴方達が懸命に足掻くのを見て、言えると思う? それに、私は思ったのよ……」

―――ランサーなら、何とかするかもしれない、って。

 そう言ってプレシアは微笑む。穏やかに優しげに。視線を上げ、天井を見つめながら呟く。

「アリシア、貴方との約束……ママは果たせるかしら」

 それが何を意味するのか。リニスには、知る事が出来なかった。だが、その表情に宿るモノは伝わったのか、微笑みを浮かべて作業に戻る。

「……プレシア。辛いかも知れませんが、もう少し寝ていてください。長話をしたから疲れたでしょう」

「そう、ね。そうさせてもらうわ」

 次はどんな夢が見れるのか。そんな楽しみにも似た感情を抱きながら、プレシアは目を閉じる。その顔は、どこか喜びさえ浮かんでいた……。



「時空管理局、か……」

「ああ。リニスの話じゃ、もう動き出したらしい」

 早朝にも関わらず、ランサーはアーチャーの部屋を尋ね、丁度目を覚ましたところで話を切り出したのだ。
 内容が内容なので、アーチャーは不満を述べなかったが、内心はやや複雑だった。いきなりノックもなしに入り、挨拶も抜きで「ヤバイ事になった」と言われれば、思う事もあるのだ。

 ちなみに管理局の事は、ユーノとフェイトの口から既になのは達にも伝えられている。それを聞いたなのはの感想は―――。

「何か本当に警察みたいだね」

 という単純なもの。だが、アーチャーからすれば、その存在はどこかでエリート集団を思わせるものがあった。
 それは、『管理局』と言う名称からも感じられる一種の優越感にも似た響き。次元世界を管理するというのは、どこか上から目線だと思ったのだ。
 世界の治安維持を目指すなら、管理ではなく保安や防衛等の言葉を使えばいい。それを『管理』と表現するところに、妙な選民思想にも似たものを感じたのだ。
 当然ながら、それをアーチャーはなのは達には伝えていない。それは、変な先入観を与えないため。
 間違っていると思うのも正しいと思うのも、なのは達が決める事だと思っているから。自分は、尋ねられた時に自分の主観を告げるだけ。
 そうアーチャー達は考えているのだ。

「……それで、今日中に終わらせたいと?」

「……ああ」

 苦い顔のランサー。その気持ちはアーチャーも理解出来る。何せ、昨夜はやてとフェイトがある約束をしていたのを知っている。
 それは、明日の夕食をいつもより豪華にした『お疲れ様パーティー』をするというもの。それも八神家だけで。
 そのパーティーに込められた本当の意味を二人は知るからこそ、互いにやるせない思いになっていた。

(本当ならば、今日は準備に当て……)

(明日に本番って、事だったのによ……)

 そう、本当はフェイト達との『お別れパーティー』なのだ。会えなくなる訳ではない。だが、共に寝泊りするのは最後となる。
 だからこそ、はやてとフェイトの気持ちの入れようは凄かった。入念に話し合い、メニューは互いの好きなものを出す事に決まった。
 料理は、はやてが主に腕を振るい、補佐をアーチャーが務め、フェイト達は主賓として扱われる事まで決めていたのだ。

「……二人には私から言っておく。とにかく今は、ジュエルシードを回収する方が先だ」

「……応よ!」

 一瞬浮かんだ言葉を打ち消し、想いを込めて力強くランサーは答える。それに反応を示さず、アーチャーは背を向ける。
 せめて、別れぐらいは言わせてやらねばな。そう告げて部屋を出て行く背中に、ランサーは無言で感謝する。

(いつだったか、貴様は言ったな。自分には誇りなんかないと……)

 思い出すのは、あの聖杯戦争での事。教会前でのアーチャーとの会話。

(だがな? 誇りはあったんだよ、貴様にも。英雄ではなく”漢”としての誇りが)

 そう思って、ランサーは呟く。それは、決して本人には言わない言葉。

「アーチャー……貴様の生き方、認めてやる。この、クー・フーリンがな」



 いつもは楽しい朝食の時間。それが、今日は違っていた。会話はある。しかし、それをしているはやてとフェイトに―――笑顔はない。
 どこか無理をしているような笑み。何とか普段と同じように、と意識しているのだろう。それが逆に互いの気持ちを掻き乱す。
 そんな状況になったのは、アーチャーが告げた先程の話が原因だった。

 そして、それはその場にいるランサー達も同じだった。まだ十歳にも満たない少女達が、空元気を出して会話するのを見ていて、心が痛まぬはずがない。
 だが、それをどうこう言える資格は、今の三人にはない。何を言っても、二人に本当の笑顔は戻せない。

(……やり切れん、な。こういう雰囲気は)

(……許してくれなんて言わねぇ。だから、絶対にプレシア達を助けてみせるっ! それが、俺のせめてもの償いだ)

(フェイトもはやてもごめんよ。でも、こうするしかないんだ。……でも、何で今になってっ!)

 思う事は違えども、それは全て二人の少女に対するもの。だが、ふとアルフはあるものに気付いた。自分の頬を流れる涙に。
 それは、精神リンクしているからこそのものだとアルフが気付き、視線をフェイト達へ向けると―――。

「あのね、はやて。私達、きょ「そ、そんでなっ! 夏には、すいかを食べるんよ」

「そう、なんだ。……私も、食べてみたかったよ」

 互いに泣きながら、それでも微笑みを浮かべて話し合うフェイトとはやての姿があった。

 別れの挨拶をしようとフェイトが切り出そうとする度に、はやてがそれを遮る形で話題を振る。
 それをランサーもアーチャーも止めようとはしない。それをしていいのは、自分達ではないと知っているから。
 おそらく、もうそんなやりとりを何度もしているのだろう。はやてもフェイトも目が真っ赤になっている。

 フェイト達が八神家に来て、たった二週間弱。だが、その間に出来た思い出は多い。はやてとフェイト。共に兄弟もなく、親と接した記憶も薄い。
 そんな二人が、共同生活で培った絆は深い。明るいはやてと少し内気なフェイト。だからこそ、相性は良かった。はやてが喋り、フェイトが聞く。
 それでも、いざという時のフェイトは強い。はやてが思わず怯んだ事もある程なのだから。

「……はやて。私達、きょ「あ~、そう言えばな……」

 そして、またはやてが遮ろうと声を出して、そのまま止まる。フェイトが涙を流しながら、はやての手を握りしめたからだ。
 そのフェイトの目に宿る輝きに、はやても悟ってしまう。もう、終わりなのだ、と。

「ありがとう、はやて。今まで楽しかった。だから、これだけは言わせて」

―――嬉しかったよ、一緒に暮らせて。だから……またね。

―――それを言うのはわたしの方や。ほんまにおおきに。……気ぃつけてな。

 それが限界だった。互いに堪えていた感情を溢れさせ、声を上げて泣き出した。
 二人はどこかで気付いているのだ。もう会う事が難しい事に。このままでは、おそらく会えなくなるだろうと。
 だからこそ、ずっと互いに”ありがとう”と”またね”を繰り返す。
 何度も何度も……繰り返しながら。それが、本当にならないようにと、願いながら。涙が枯れるまで………言い続けたのだった………。


 海鳴海浜公園。そこに、フェイト達はいた。本来ならば、時間を掛けて回収するはずだった六つのジュエルシード。
 それを急遽、今日中に回収しなければならなくなったのだ。そのため、アーチャーとセイバー、なのはとユーノもそこにはいた。

「まさか、こんな事になるなんて……」

「仕方ないよ。ロストロギアの個人使用は本来なら犯罪なんだ。いくら事情が事情でも管理局の立場なら、確実に……」

「捕まえる、のでしょうね。だからこそ、早く終わらせなければ」

 なのはの呟きをキッカケに、ユーノとセイバーが続く。そう、今朝なのはは、はやてから電話で伝えられたのだ。
 管理局が地球に介入し始めたので、フェイト達が今日で帰る事になったのだ、と。だから、最後の協力をして欲しい。
 そうはやての掠れた声で告げられ、なのはは学校を休んだ。無論、理由を聞いた桃子と士郎が即座に許したのは、言うまでもない。

「ごめんね、なのは」

「いいよ。これでずっとお別れって訳じゃないし、ね」

 真っ赤な目で告げるフェイトに、なのはは微笑みを返す。本当なら、なのはも泣きたかった。
 ああは言ったものの、フェイトがどこか悲痛な面持ちなのを見て、なのはも感じたのだ。もう、会う事が厳しいだろうという事を。
 でも、フェイトの顔を見て、決して泣くものかと思った。悲しんでいるフェイトを、笑顔にさせようと。自分が泣くのは後でいい。
 そう決意し、なのはは視線をフェイトから海へと戻す。そこに眠る六つのジュエルシード。それを封印し、フェイト達を笑って見送るために。

「じゃアルフ、手筈通りに頼む。……アーチャー」

「分かっている。投影、開始トレース オン

 ランサーの声に応えるように、詠唱したアーチャーの手には、赤い槍が握られていた。それは、かの有名なフィオナの騎士が使いし破魔の紅薔薇ゲイジャルグ
 それをランサーへ手渡し、アーチャーは再び詠唱し、その手に今度は歪な短剣を出現させた。

「……成程。それでジュエルシードを無力化するのですね」

「ゲイジャルグはともかく、こちらはまだ確実ではないがな。それとランサー、それはあまり保たんからな」

「分かってる。だが、頼りにさせてもらうぜ」

 アーチャーが投影した武器を両方知るセイバーは、即座にランサーとアーチャーが考えている事を理解した。
 それにアーチャーがどこか不安そうに答え、ランサーへ注意を促す。だが、それを受けてもランサーは笑みを浮かべるだけ。
 そして、その視線は鋭く海上を睨んでいた。

 ランサーとアーチャー、セイバーが立てたプランは、アルフがジュエルシードを強制発動させ、浮き上がったものを無力化するというもの。
 それには、いざという時の備えとして『破戒すべき全ての符ルール ブレイカー』が機能するのかを確かめるためでもあった。
 危険な一斉発動に踏み切ったのも、発動させた瞬間に管理局に気付かれるなら、少しでも手間を省く事を考えたため。そしてもう一つ。
 それは、実際の有事の際は、全てのジュエルシードを相手にしなければならない。だからこそ、六つ如きで怯む訳にはいかなかったのだ。
 そして、それが確認出来た後は、残りの対処をセイバーが引き受ける事となっている。

「結界展開。もういいよ」

「じゃあ……いっくよ~!」

 ユーノの言葉にアルフが強制発動の準備に入る。フェイトとなのはは、既にデバイスを起動し、バリアジャケットを身に纏う。
 ちなみに二人にも、一斉発動の理由を万が一の時の備えを試すためと告げてある。それに納得し、二人は何も言わなかった。

 アルフが放った魔法が海に大量の魔力を流す。その瞬間、凄まじい魔力が周囲に迸ると共に、海面が荒れ、波が起こり、いくつもの竜巻が巻き起こった。
 それを見つめ、ランサーは槍を脇に抱えてフェイトとユーノに掴まり、空へと浮き上がる。アーチャーは海上を睨み続け、セイバーはなのはを送り出し、その場に留まった。
 そんなセイバーを見てアーチャーは苦笑し、なのはは楽しそうに笑っている。そう、何故なら彼女は……。

「アルフ、貴方はそこで休んでいてください」

「セイバーはどうすんだい?」

「ご心配なく。……はっ!」

 そう答え、セイバーはその身を海上へと躍らせる。それを驚きの表情で見つめるフェイト、ユーノ、アルフ。
 そう、セイバーは水に沈む事無く歩く事が可能なのだ。聖剣を与えた精霊による加護。それがこちらでも有効なのは、以前行った海水浴で実証済み。
 故になのはは何も言わず、セイバーを置き去りに出来たのだ。ランサーは「……やっぱ沈まねぇのか」と呟いた。

「さて、まずは俺が切り開く!」

 
気を取り直し、フェイトが展開した魔法陣を足場に、手にした槍を竜巻に向かって突き出すランサー。それが一つの竜巻を綺麗に霧散させる。
 それに驚くフェイトとなのは。だが、それも即座に復活する。それにランサーが神速の突きを繰り出し、猛威を振るう竜巻の影響力を弱めていく。その隙間を狙って、アーチャーが手にした短剣を投げ放った。

 ジュエルシードに当たった瞬間、それに短剣が反応し、ジュエルシードの一つが魔力を失う。
 そしてそれにより、竜巻の数が減り、影響力も少しだが更に弱くなったのを見て、なのはがジュエルシードへ向かう。

「凄い……封印できたよ!」

 そのジュエルシードは既に封印された状態になっていた。それをレイジングハートから教えられたなのはは、密かに感心していた。
 アーチャーが以前言った魔力に対する絶対的な武器。それが先程の短剣だと理解したからだ。

「これで証明出来たな」

「……ですね。でも、残りは―――」

 どうします。そうユーノが口にしようとした時だった。ランサーが何やら下を見て、表情を変えたのだ。猛犬とも呼べるようなものに。
 それと同時に風が吹き荒れた。ユーノがその視線を下に向けると、そこには剣を掲げたセイバーの姿があった。

「残りは、私に任せてください。その後はなのは、フェイトが即座に封印を」

「何をするの?」

「封印って……どうやって……?」

 そう尋ねるなのはとフェイトだったが、セイバーが構えている剣から恐ろしい程の力を感じ、その視線は剣に釘付けだった。
 それにユーノは、以前聞いたセイバーの切り札を思い出し、呟いた。

「エクス……カリバー……」

 その呟きにランサーは頷くと、なのは達に向かって叫ぶ。

「さっさと離れるぞ! 巻き込まれるかもしれねぇ!」

「わ、分かったっ!」

「了解です!」

「セイバー、頑張って!」

(宝具っていうのを使うんだ……それなら……きっと!)

 動揺するフェイトと頷くユーノ。なのはは一人竜巻を前に佇むセイバーへ、離れながらも声援を送る。その顔に信頼の笑みを浮かべて。
 それにセイバーは微笑み、頷いた。そして、意識を前方の竜巻へと向ける。

(あまり時間は掛けられない。フェイト達の為にも、なのは達の為にも……。ならば、一気にかたをつける!)

 ジュエルシードを発動させれば、否応なく管理局が気付く。だからこそ、今回は時間を掛けていられない。そう、ルールブレイカーでは確実だが手間が掛かる。
 故に、彼女は聖剣を使う事を選んだ。その輝きを持ってジュエルシードの魔力を吹き飛ばす。それが、自分が何者なのかをなのは達に教える事になろうとも。
 そして僅かにでも、それがジュエルシードを沈静化させたところをなのは達が封印する。それがセイバー達の結論。

約束されたエクス……」

 掲げるように持たれた剣から、強い光が溢れ出す。それを離れて見ていたなのはには、何故か太陽ではなく”星の輝き”に見えた。

(キレイ……。沢山の星が集まっていくみたい……)

勝利の剣カリバー―――っ!!」

 セイバーから放たれる力ある言葉。それに呼応し、聖剣が目が眩む程の輝きを放つ。
 ユーノは精一杯結界の維持に神経を集中し、それをアルフも支える。だがそれも、結局無駄に終わってしまう。
 セイバーの聖剣の光は、最終的に結界を突き抜け、それを掻き消したのだ。そして、それをなのはとフェイトは魅入られたように見つめていた。


それは、黄金の輝き

最強の幻想ラスト・ファンタズム”と称される光の剣

星によって鍛えられし神造兵装にして、終わらない夜を砕く刃



「そろそろだな。二人共、封印の準備はいいか?」

 その光の残照を呆然と見守っていたなのは達だったが、ランサーの言葉に意識をジュエルシードへと戻す。
 そこには、あれ程激しく暴れていた竜巻はなく、穏やかな海が見えた。

「結界を張り直した。さ、早く!」

 ユーノの言葉に弾かれるように二人は飛び出す。そして、ジュエルシードをそれぞれ素早く封印していく。
 それを見守るランサー。アーチャーは周囲を警戒していた。アルフは先程の結界維持で再び疲れたようで、地面に座り込んでいる。
 ユーノは内心安堵していた。結界が突破されたのが輝きが終わる直前だったからだ。
 ユーノは知らない。先程の一撃は、セイバーの全力ではない事を。そして、アルフが援護していなければ、それでも結界が途中で掻き消されていた事を。

「……こっちは終わったよ」

「こっちも……終わった」

 その言葉にランサーとアルフが息を吐く。ユーノとセイバーも同様だ。だが、アーチャーだけは違った。周囲の警戒を怠る事無く、言い放つ。

「ならば、早く行け。いつ管理局が―――」

「そこまでだ」

 突然現れる黒髪の少年。歳の頃なら十代前半かぎりぎり後半だろうか。黒い服を身に纏い、手にはなのは達と同じデバイスを所持している。

「僕は、時空管理局執務官のクロノ・ハラオウンだ。直ちに武装解除し、投降してほしい」


現れたのは、招かれざる客人。それは、別世界の使者。そして、後の絆を繋ぐ大切な案内役

時空管理局。

その存在が、今、なのは達の前に現れた。




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アニメ第七話突入。結局登場は同じ話数でありながら、ジュエルシードは全部回収済み。

そして、ついに使われた聖剣。その輝きこそが、なのはとフェイトに大きな影響を与えます。

……それが何かは、おそらく皆さんはお分かりのはずです。

無印も残すは少し。ラストスパートです!



[21555] 1-7-2 無印七話 中編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/11 05:53
 クロノは手にしたS2Uを静かに構える。視線は赤い服を着た白髪の男―――アーチャーを見つめている。
 だが同時に、周囲の人間に対しても注意は怠らない。その中に、行方不明だったユーノの姿を見つけるも、驚きを感じず、クロノは思った。

(やはり母さんの言う通り、か。だが、何故こんな辺境世界に魔導師がいる? まぁいい。今は……)

「武装を解除しないのなら―――」

「どうするのだね?」

 クロノの言葉を遮り、アーチャーはそう問いかける。その視線は鋭くクロノを見据えていた。
 そんな突き刺すような視線を受け、クロノは目の前の相手が、どれ程の修羅場を越えてきたのかを理解した。
 だからこそ、下手な事は出来ないという事も。一つ間違えれば、自分の命はないと。それ程の威圧感をアーチャーは放っていたのだ。

「……申し訳ないが、実力行使するしかない」

「ふむ、成程。だが、一つ聞きたい」

「何だ」

「出来ると思うか?」

 口調こそ変わらないが、込められた殺気が違う。クロノでさえ、思わず後ずさりそうになる。けれど、執務官という誇りと責任がそれを踏み止まらせる。
 それに気付いたランサーとアーチャーは、内心でクロノを誉める。歳の割に既に心構えが出来ている事を。
 おそらく、クロノは一人で自分達を止められるなどと考えていない。それでも、退けぬ何かがある。だからこそ、踏み止まったのだ。

(まだガキだが、見込みはあるな。……雰囲気は俺寄りじゃなく、アーチャー寄りな感じだが)

(ほう、子供かと思ったが、中々気構えだけは大したものだ。……どこか親近感を感じるのは、気のせいか)

 そんな内心を表情には一切出さず、アーチャーはクロノを見据え続ける。それを正面から受け止めるクロノ。
 そして、そんな緊張感の高まる中、何かを思いついたのかユーノが叫んだ。

「アーチャーさん、待ってくださいっ!」

「……何かな?」

「クロノ執務官と仰いましたね」

「……ああ」

「話を……聞いてください」


ユーノの機転と弓兵の論戦



 ユーノは戸惑うなのは達を他所に、クロノへと話し出す。それは、なのは達が現地の人間で、自分に協力してジュエルシードを集めてくれているという話だった。
 そして、その間、ユーノは念話でなのは、フェイト、アルフにある考えを伝える。それに合わせてほしいとも告げて。
 それに気付かず、ユーノの話を聞きながら、クロノは疑問に思った事を尋ねる。それは、使い魔を連れている少女。フェイトの存在だ。

「彼女は明らかにこの世界の人間ではないな。彼女はどうしてここに?」

「フェイトは、ここには偶然来たんです」

 ユーノの言葉に驚きを見せるセイバーとランサー。アーチャーだけは、何かを悟ったか平然としていた。
 おそらくユーノは、フェイト達を自分の協力者として管理局に思わせ、もしものために罪を完全に無くす算段なのだろう。
 それを察すると同時に、アーチャーの中である言葉が思い出される。そして、この状況を終わらせる方法に辿り着いた。

(この世界……か。以前、フェイトも言っていたが、ここは管理外と呼ばれているらしいな。ならば……)

 アーチャーがある閃きを得ている間に、ユーノが語ったのはアーチャーの推察通りの内容だった。
 フェイトは使い魔と共に、色々な世界を旅していて、この地球には、転送魔法が何らかの影響で狂ってしまい、来てしまった事。
 そして、偶然にもこの海鳴でユーノ達と出会い、事情を知って手伝ってくれているのだと。
 フェイトもアルフもそうだと答えた。なのはも、おかげでジュエルシードを集めるのが楽になったと付け加えて。
 それを聞き、クロノは訝しがりながらも理解はした。そうだと言える証拠もないが、そうではないと言える証拠もないからだ。

「……分かった。つまり彼女達も善意の協力者なんだな?」

「はい。とても良い人達です」

 ユーノの締め括りに、クロノが頷いたのを見て、アーチャーが再び口を開いた。その表情には、どこか勝ち誇ったような笑みが浮かんでいる。

「話は終わったようだな。ならば、早々にお帰り願おうか」

「どういう意味だ」

「……ここは管理外世界と呼ばれているらしいな?」

 アーチャーの言葉にクロノは頷き、一瞬の後に表情を曇らせる。アーチャーの言いたい事を悟ったのだ。
 アーチャーもクロノが苦い顔をしたのを見て、笑みを浮かべた。そして、あっさりとこう告げた。

「つまり、ここは君達の管轄ではない。観光で来ているならともかく、仕事というのはお門違いではないかね?」

「……そういう事か。成程な」

 アーチャーの言葉にランサーも納得し、笑みを浮かべた。ユーノとセイバーもその意味に気付き、軽い驚きを表していた。
 ただ、なのはとフェイト、それにアルフは理解出来ていないようだったが。そんな三人に、ユーノが念話で伝える。

【つまり、ここは管理局が管理していない世界だから、管理局は何の権限もないってアーチャーさんは言ったんだ】

 その説明に感心し、三人はアーチャーへ尊敬の目を向ける。同様にセイバーもそれに気付き、その発想に至ったアーチャーへ称賛の視線を送った。
 そんな視線を受け、アーチャーは尚もクロノを論破するために続けた。

「で、君は何と言った? 武装を解除? それはむしろこちらの台詞だ。勝手にやってきて、武器を手に好き放題言うのが”管理局”とやらのやり方か?」

「……くっ」

 悔しいが、クロノにアーチャーの言葉を止める術はない。全てが正論なのだ。管理外では、管理局の名は何も意味を成さない。
 それどころか、取り様によっては侵略者扱いされる事もある。そんな事実を知るクロノだからこそ、アーチャーの論理に、沈黙せざるを得なかった。

「君は、どうやら話が分かる人のようだ。なら、即刻立ち去りたまえ。ジュエルシードは既に回収を終えた。扱いについてはユーノがいる」

 君達の出る幕はない。そう言わんばかりのアーチャーの言葉に、クロノは久方ぶりの敗北感を味わっていた。
 今までも負けた事は何度もあった。だが、職務上の論戦で負ける事などほとんどなかった。それが管理外で出会った男に、完膚無きまでに論破される事など思ってもなかったのだ。

(悔しいが、彼の言う事にも一理ある。せめて、先程の魔力反応の事だけでも聞き出さなければ……)

「分かった。ここは退こう。だが―――」

 そこで、突如巨大なモニターが現れる。そこに映っていたのは緑の髪の女性。突然の乱入者に戸惑うなのは達。だが、アーチャー達は違った。
 その女性の雰囲気から、彼女がクロノの上司に当たる事を見抜いていた。その証拠にクロノもどこか驚いている。

「初めまして。私は、次元航行艦アースラ艦長のリンディ・ハラオウンです」

「なっ……艦長、どうして」

「何か誤解を受けているようですので、せめてそれ「必要ない。誤解などしていないよ。君らには君らの言い分があるのは理解しているつもりだ」

 リンディの言葉を遮り、アーチャーは捲くし立てる。それは悉くリンディ達の痛いところを突いていた。
 ジュエルシードの危険性と扱いについても、発見者であるユーノがいる事と既に全て封印を終えている事を挙げて論破。
 ロストロギアは管理局が管理保管する事も、それは管理局が認められている世界に限るもので、地球人としてそれに従う義務はないと退ける。
 それを告げた際、リンディが一瞬何かを反論しそうになったが、アーチャーの殺気混じりの視線にそれを押し止めた。
 ジュエルシードについてどうするのかという質問に関しても、ユーノがいる事から推察出来ると言って打ち切った。

「貴方には悪いが、ここでは管理局は完全な部外者だ。心配せずとも、そちらに保管させようとしたユーノが、悪事にこれを使うはずないだろう」

「それは……そうですが……」

「とは言え、君達もまったくの無関係とは言い切れないのも事実だ。どうだ? 日を改めて話をしよう。三日後でどうだ」

 アーチャーの突然の申し出に戸惑うクロノとなのは達。だが、リンディは違った。そんなアーチャーの申し出に、思うものがあったのだろう。

「失礼ですが、何故急に話をする気に?」

「何、自分が逆の立場ならどうだろうとな。下手をすれば大事になるのが分かっていて、すごすごと引き下がる訳にもいかないだろうとね」

「お心遣いとご理解に感謝します。でも、何故三日も?」

「すまないが、今日の疲れもある。それに私達にも予定があってね。その調整も含めて三日欲しい」

 リンディは考えた。アーチャーの言い分におかしい箇所はない。だが、あれだけ自分達を言い負かしておいて、いきなりこうこられても何か裏を感じる。
 そう思ったのだ。だからこそ、交渉材料になる手札を切ろうか思案した。そんな心情をアーチャーも熟知しているのだろう。何かを躊躇っているリンディに、こう告げた。

「気が進まぬならいい。だが、話し合いの場を設けるのは、これが最初で最後だ。……先程の光にも興味があるのだろう?」

(さて、これで食いつくか。時間稼ぎと事後処理を兼ねる事になるなら、一番いいのだが……)

「……分かりました。では三日後、ここに迎えを出します」

(やはりこちらの知りたい事を理解している……。時間稼ぎをする気なのでしょうけど……いいわ、今は飲むとしましょう)

 互いの狙いはどこかで察しているが、どちらとしてもこのままで終わらせる訳にはいかない。そんな思いを微塵も見せず、二人は見つめあう。

「了解した。中々話の出来る相手で助かったよ、リンディ艦長」

「いえ、貴方こそ話の分かる方で良かったですわ。ええっと……」

 そこでリンディが言葉に詰まる。それに少し笑みを見せ、アーチャーは名乗った。

「アーチャー、と呼んでくれ」

「分かりました。ではアーチャーさん、私達はこれで……」

「ああ、少し待ってくれ。無いとは思うのだが……」

 通信を終わろうとするリンディに、アーチャーは何でもないようにそう切り出した。その口調にリンディは嫌な予感がするも、笑みを浮かべて問いかけた。

「何でしょう?」

「監視の類はやめてほしい。それと追跡等の調査もだ。もっとも、管理局がプライバシーを―――」

「そんな事はしない。こちらとしても変な誤解を招きたくないからな」

 どこか心外だと言わんばかりのクロノ。それに、アーチャーは内心若いなと思いながら、どこか申し訳なさそうに答えた。

「そうか……何、少々用心深くてね。気を悪くしたのならすまない」

 そのアーチャーの言葉に、リンディは内心で完敗を悟る。こちらを牽制するだけでなく、クロノの真面目な性格をも理解し、堂々と言質を取ったのだ。
 これでは、リンディ達に出来る事はほとんどない。だが、このままで終わる訳にもいかない。そう思い、リンディは告げた。

「いえ、結構です。当然の事ですもの。ただ、もし何か問題が起きた場合は……」

「ああ。君達の職務に従った行動を取ればいい。ま、そんな事はないがね」

 アーチャーは、そのリンディの対応に感心していた。さすがは人の上に立つだけはあると思ったのだ。
 あのまま終われば、アーチャー達の行動にリンディ達は何も手出し出来ないままだった。
 だが、自分達の基準で問題が起きた場合、手を出すと言ってきたのだ。それも、アーチャー達が文句を言えないように。
 それはせめてもの抵抗。そして、現状リンディ達が取れる最善の切り替えしだった。

(こちらの少年はまだ青さがあるが、彼女は厄介だな。こちらの狙いも薄々勘付かれているか……)

(これが今は精一杯。……相当の切れ者ね。会話の流れを完全に掴まれたままだったわ)

 そんな二人のやりとりを、なのはとフェイトは呆然と眺めていた。ユーノも分かる範囲で念話解説をしてくれたが、それでもなのは達には理解出来ない状況だった。
 ただ、なのはは思う。アーチャーはフェイト達の事を考えて話してくれているのだと。素直ではないが、とても優しい人。それがなのはのアーチャーの印象。
 故に、その会話の真意が分からずとも、アーチャーの真意だけは理解しているのだ。

(やっぱり、アーチャーさんは凄いなぁ)

 なのはがそんな尊敬の眼差しを向ける横で、ユーノはアーチャーの理論展開に感心していた。
 相手の言いたい事を言わせず、こちらの都合に合わせさせ、適度に欲しい情報を匂わせる。殺気を放ったかと思えば、紳士的な対応で相手を翻弄する。

(管理局の事を知らないにしても、一歩も退かずに有事以外の不干渉まで確約させるなんて。持てる全てを最大限に活用し、道を開く……か。
 そういえばそんな戦い方をしていたって、セイバーが言ってたな)

 そんな話術にユーノが内心唸っている中、フェイトもまた感心していた。だがその視線は、アーチャーの前にいるクロノに注がれている。

(凄い……あんな風に堂々と意見を言えるなんて……)

 殺気を放つアーチャーを相手に、一歩も退かずに対応したクロノ。その姿は、どこか人見知りする自分から見て、憧れるものだった。
 いつかは自分も、クロノのように誰に対しても、退かずに堂々と意見を言える人になりたい。そんな思いを強く抱き、フェイトはクロノを見つめていた。

「……では、また三日後に」

「ああ。その時はお手柔らかに頼む」

「こちらこそ、そう願いたいですわ」

「じゃあ、失礼する」

 そう告げてモニターが消える。それと同じく、クロノも転送魔法で現れた時と同じように消えた。
 静寂がその場に戻る。それに安堵の息を吐いたのはアルフだった。小さくなのはやフェイト、ユーノも息を吐く。
 ランサーはアーチャーに近付き、何事かを話し合っていた。そこにセイバーが近寄り、その会話に加わろうとするが……。

「では、いいのだな?」

「……ああ。フェイト達はアルフ辺りに連れ出してもらうさ」

「何の話ですか?」

 ランサーとアーチャーは視線を交わすと頷き合い、セイバーへ視線を向ける。その視線に不思議そうな表情のセイバー。
 そんな彼女に対して、アーチャーは真剣な表情で告げる。

「セイバー、君はなのはにライダーとアサシンを呼んでくれるように頼んでくれ」

「……分かりました。後で理由を聞かせてください」

「ああ、心配すんな。きっちり話すからよ」

(そうさ。ここまできたのなら、こいつらの助力に応えなきゃならねえ!)

 それにセイバーも頷き、視線をなのは達へと向けた。そのランサーの視線に含まれたモノを理解したからだ。
 そのセイバーの視線の先には、緊張から解放され、疲れた表情のなのは達がいた。そんな彼女達に、セイバーはゆっくりと近付いて行く。

「なのは、頼みがあるのですが……」

「えっと……何かな?」

「スズカやアリサに連絡して欲しいのです。ライダーとアサシンの力も借りたい、と」


ついに願いの宝石は集まった。それが呼ぶのは、災いか……それとも……。




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中編でした。スーパーアーチャータイム。クロノは無能ではないですが、論戦でアーチャーには勝てません。論破も仕方ないです。

クロノがここで論破されるのは、正直仕方ないと思っています。管理外と言っているので、管理局は文字通り外の存在。

次回、クロノの知られざる活躍を描く予定……。



[21555] 1-7-3 無印七話 後編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/13 19:19
 それは、セイバーがエクスカリバーを使用した時の事だった。
 アースラはジュエルシードの反応を探知し、オペレーターであるエイミィが、そこへクロノを誘導しようとした矢先の出来事だった。

「うそ……これ、あのデータと……」

 エイミィの視線の先には、膨大な魔力反応が表示されている。そのデータは、以前見た謎の次元震のものに酷似している。
 そのデータを即座に解析に回しつつ、クロノへ転送魔法の座標を送る。そして、最終的にその魔力反応は、周囲を覆っていた結界を突き破り、空へと消えた。
 その光にエイミィは、いやモニターを見ていた全員が思わず手を止めた。

「……キレイ……」

 そのエイミィの呟きは、その場にいる全員の言葉だった……。


槍騎士の告白、クロノの英断



 あの後、なのは達は八神家へと戻った。管理局の干渉を心配する必要がなくなった事に加え、猶予が三日出来た事をなのはがはやてに伝えたためだ。
 戻ってくるなり、家から飛び出すような勢いで、はやてがフェイトに駆け寄った。それを驚きながらも受け止め、二人は苦笑い。

「……なんや、朝の自分が恥ずかしいわ」

「私も……同じだね」

 そう言いながらも、二人は笑みを浮かべる。また訪れる別れ。それを感じながらも、今回のようにまたすぐ会える。そんな気がしていたからだ。
 そして、そんな二人を見つめて、アーチャーははやてに告げる。時間は出来たから、準備をするといい。その言葉に二人が嬉しそうに頷いたのは、言うまでもない。



 はやてとフェイト、アルフになのはがパーティ用の買い物に出かけたのを見届けて、家の中へと戻るアーチャー。
 そこには、ランサーとセイバー、そしてライダーと小次郎がいた。
 なのはの連絡を受けたアリサとすずかは、即座に小次郎とライダーへ連絡を入れた。
 ライダーは直接、小次郎は鮫島経由で二人の頼みを聞き、八神家へとやってきたのだ。

「それで、話というのは?」

「ジュエルシードの使い道についてだ」

 ライダーの質問に、アーチャーはそう言い切った。だが、それに驚くものはいない。セイバーを始め、サーヴァント達はどこかで予想していたのだ。
 ランサーのジュエルシードの使い道が、病気の治療などではないという事を。
 何故ならば、本当にそれを望むのなら、既に打つべき手はあるのだ。セイバーの持つ癒しの力。それを頼ればいいのだから。
 現に、話を聞いた時、セイバーは密かにランサーへ提案した事がある。しかし、ランサーはそれを断ったのだ。

 それは、最後の手段だったからだ。アリシアを助けられなかった場合の、最悪の状況での手段。
 プレシアだけでも助ける。しかし、早々にプレシアを治してしまえる手段を得てしまえば、ジュエルシードを使う名目がなくなりかねない。
 そして、セイバーもランサーが下した結論から、ランサーの狙いが別にある事を確信したのだ。

「……やはり治療などではなかったか」

「ですが、それも本音であるのには変わりないでしょう。全てはフェイトのため、ですね?」

 小次郎の呟きに、ライダーがそうフォローを入れる。それに頷くランサー。その表情は真剣な武人そのもの。
 そんな気迫に、セイバー達も固唾を飲んでランサーの言葉を待つ。そして……。

「あれを使うのは……フェイトの姉を生き返らせるためだ」

 そのランサーの発言に、全員が驚きを見せる。そう、何故ならばその願いは……。

「本気で言っているのか。そんな事が許されるとでも?」

 アーチャーにとっては、簡単に許容出来ないものだった。それは生命の尊厳に関わる事だからだ。
 だから、それは許される事ではない。生命の倫理に反する行為。失ったものを乗り越えたからこそ、今の自分達があるのだ。
 そう、アーチャーの視線は語っていた。

 そして、それはセイバーも同じ。シロウと出会い、昔の自分が望むものを間違いと知った彼女にも、その考えは見過ごす事は出来なかった。
 それに、ランサーの語った事が事実だとすれば、腑に落ちない事があったのだ。

「待ってくださいっ! まずフェイトの姉であれば、彼女が何も知らないのはどうしてです!?」

「落ち着いてくださいセイバー。……話して頂けるのでしょう?」

 疑問を投げかけるセイバー。それを宥めながら、ライダーは視線をランサーに送る。それにランサーは頷き、語り出す。
 プレシアとアリシアに起こった悲劇とその顛末を。そして、フェイトの出生の秘密までも。



 リンディは艦長席に座り、大きく息を吐いた。今までも上層部と論戦をした事はある。だが、そのどれと比べても、今回のアーチャーとの論戦は分の悪いものだった。
 クロノの対応が悪かった訳ではない。あれが局員としては当然だ。しかし、それが今回に限っては良くなかった。
 もし、自分があそこに行く事になっても同じ対応をしたはずだ。何しろ、相手は想像出来ない程の魔力の持ち主。
 それを自分に向けられたりでもしたら。それを考えれば、武装解除を促すのは至極当然な流れだ。
 一つ、強いて挙げるのなら、『投降』という表現だろう。

(でも、それがアーチャーさんに付け入る隙を与えてしまった)

 デバイスを武器と知っていた事。そして、管轄外にも関わらず、権限を振りかざそうと見えてしまった事。
 それから、管理局の管理という部分を的確に突き、管理外である事を前面に押し出して反論を封じられてしまった。
 こちらの要求は悉く却下され、質問は上手く誤魔化され、最後は知りたい情報を提供してもらう代わりに、不干渉と時間を与える事になった。
 その気になれば、まだ打つべき手はあった。だが、それを打てなかったのには、理由がある。
 何とか緊急時の手出しだけは現状で勝ち取ったが、それが相手の想定内だろう事はリンディにも分かっていた。
 完全に、相手の思うままだった。こちらが得たものは少なく、失ったものは多い。

(あんな風に会話をリード出来る部下が欲しいわ。……それにしても、アーチャー弓兵と呼んでくれ、とはね)

 リンディはそれを思い出し、苦い顔。どう考えても、偽名としか思えないような名だったからだ。だからこそ、余計に思うのだ。
 彼らは油断ならない相手だと。そして、敵に回してはならない相手だとも。そして、その一端を殺気から感じたが故に、リンディは敢えてカードを切らなかったのだ。
 それは、ユーノの身柄の保護とジュエルシードの出土元。それは管理世界であり、管理局の管轄下にあるのだ。
 あの時、返答を躊躇ったのはそのカードを切るか否かを考えたため。そしてそれを思案していたところに、情報開示を匂わせる発言。
 断れば教える事はないと言外に告げられ、まさしく思惑に乗せられたと、感じていた。
 そして、それとは別に気になった事もある……。

「アーチャーさん……。あの悲しい目は、一体何を……見てきたのかしら」

 見つめあった時に垣間見えた深い悲しみ。それがどうにもリンディには気になっていた。それはまるで……。

(あんな悲しい瞳。……あの人を失った後のグレアム提督のようだった……)

 そして、それは自分もそうだったと、リンディは思い出し、決意する。三日後の話し合いの席では、少しでもその悲しみに迫ろうと。
 そう、まず相手を知る事から始めよう。それが何事にも通じる基本なのだと、自分に言い聞かせて。



「クロノ君、これを見て」

 アースラに戻ったクロノを見るなり、エイミィが見せたのは、先程の光のデータだった。
 そして、それを見たクロノは驚愕の表情を浮かべる。それが示すものと似た様なものを、つい最近見たばかりだったからだ。

「……間違いはないのか」

「当たり前だよ。……あたしだってまだ少し信じられないぐらいなんだから」

 そのエイミィの言葉に、クロノは視線をデータへ戻し、真剣な眼差しのまま呟いた。

「彼らは……一体何者なんだ……」

 恐ろしい程の魔力を使い、次元震を起こしかねない一撃を放つ存在。それが管理外にいる。
 それを上層部が知ればどうなるか。それを考え、クロノはエイミィに視線を向け、告げた。

「このデータ、艦長に見せたら徹底的に消去しておいてくれ」

「ちょ?! ……クロノ君、それは―――」

「責任は僕が取る。それに、こんなものを上が見てみろ。間違いなく、僕らに別の命令が下される」

 息を潜めるエイミィに、クロノが答えた言葉は非常に重たい響きを秘めていた。
 そのクロノの言葉にエイミィも表情が強張る。それが何を意味するか、エイミィにも理解出来たからだ。
 そして、その内容は確実に良くないものだとも理解したのだ。それは……。

「この対象の捕獲。もしくは……」

「だからだ。局員として間違っているとは思う。だが、僕は迷わない。彼らは悪人じゃない。そして、同時に敵にしてはならない相手なんだ」

 奇しくもクロノの導き出した結論は、母親のリンディと同じものだった。直接会話をし、尚且つクロノは面と向かってアーチャー達に接した事もあり、余計に感じたのだ。
 サーヴァント達の異常さを、その威圧感と存在感を。それを思い出し、クロノは決心する。次に会う時には、何とかこちらとの和解を図ろうと。
 せめて、敵対する相手ではないと理解してもらう。それが出来なければ、いずれ管理局とアーチャー達が衝突する。そんな予感を感じていたから。

(……あの時、彼らがその気なら、僕は死んでいてもおかしくなかった。だが……)

 あのアーチャーの殺気を受けた時、退かなかった自分を、アーチャーはどこか意外そうに見つめていた気が、クロノにはしていた。
 それは昔、訓練で想像以上の事をやってのけた時の、魔法と戦術の師匠達と同じ雰囲気だったのだ。
 だから、クロノは余計に思ったのだ。彼らは悪人ではないと。そして同時に知りたくなったのだ。何故、自分をそんな目で見たのかを。

(アーチャーとか言っていたな。次に会った時、その真意を聞きだしてみせる)

(あっれ~、クロノ君が珍しく男の子してるや。……うんうん、やっぱこうじゃないとね~)

 そんな風に決意するクロノを、楽しそうにエイミィが眺める。しかし、その表情はどこか情愛の色が濃く出ていた……。



「……だから俺は、フェイトのために動いてきたんだ」

 ランサーの語った話は、セイバー達にとっても言葉を失う内容だった。プレシア母子に起こった悲劇。そしてフェイトの誕生の秘密。
 それを聞き、セイバーもアーチャーもライダーも沈黙した。小次郎でさえ、その表情を悲痛に歪めている。
 彼らは不幸というものを知っている。それを跳ね除けて生きた者達も知っている。だが、これ程の話は中々ない。
 娘を愛するあまり、狂い始めていたプレシア。その母親を献身的に支えようとするフェイト。もし、ランサーがいなければどんな結末を辿っていたのか。
 それを思い、セイバーは首を振る。考えてはいけないと。そんな『ありえない状況』を想像しても仕方ないのだと。

「……それで、じゅえるしーどで可能な話か」

「可能性は限りなく無いに等しいな。死者を生き返らせる等と、それこそまさしく”魔法”だ」

 アーチャーの表情は苦いものだった。死者蘇生を許す事は出来ない。だが、それがフェイトの母親を生かしている希望でもある。
 そして、フェイトが姉の事を知れば、可能なら同じ事を望むだろう。そして、彼が思い出したのは、あの遠い日の記憶。
 本来なら死んでいた自分を助けた少女。彼女との繋がりを思い出し、アーチャーは決心する。
 救えるのなら、全てを救いたい。そう思っていた事を。切り捨てられてしまった一。その存在であるアリシア。彼女を救おうと。
 それに、魂が死んでいないのならば、厳密には『死』ではない。そうアーチャーは結論付ける。
 だが、それが単なる詭弁であると理解しているから。そして、かつての自分ならば絶対に認めないからこそ、彼は苦い顔なのだ。
 何とか自分が納得して、フェイトの力になろうとしている。それを強く感じていたから……。

「私も同感です。そんな方法があるなら、既に誰かがやっています」

 それにセイバーも同じ表情で答える。確かに死者蘇生は許される事ではない。だが、それを望みに生きる事を彼女には否定出来る資格がなかった。
 それは以前の自分そのものなのだから。今の自分があるのも、シロウに出会ったからこそ。出会っていなければ、自分もプレシアと同じ考えを抱き続けていただろう。
 だからと言って、アリシアを見捨てる事も出来ない。何故なら、ランサーが言うには、プレシアはその死を乗り越え始めたという。

 推測だが、とランサーが前置いて話した事も、セイバーの決断を迷わせている原因だった。
 やり直しではなく、取り戻す。そうランサーは言い切った。全てを無かった事にするのではなく、乗り越えた上で取り戻すのだと。
 それが詭弁だとセイバーも理解していた。だが、セイバーは思う。詭弁も詭弁で一理あると。
 そう思う事で、セイバーも己を納得させようとしていた。本来あったはずの幸せなプレシア達の笑顔。
 そのために力を貸したい。そして、なのは達の笑顔のためにも、それを成してやりたい。
 かつての自分は、過去そのものをやり直そうとした。だが、今回は違う。今回は未来を取り戻すのだ、と。
 悲しみの過去を越え、それを糧にし未来を繋ぐ。アリシアが生き返っても過去は変わらない。そう結論付けて……。

「ですが、何か手はないのでしょうか? 可能性がないからと言って諦めては、スズカに会わせる顔がありません」

 そんなライダーの言葉にその場の全員が考え込んだ。なのは達六人の仲の良さは痛い程知っている。
 もし、この事をなのは達が知れば、ショックを受けながらも、必ずどうにかしようとするはずだ。
 それをそれぞれが理解しているからこそ、何とかしたかった。なのは達の”笑顔”を守る事。それがその場にいる全員の総意なのだから。

(アヴァロンでは死者蘇生までは無理。マーリンがいれば何か手はあったかもしれませんが……くっ、無力です)

(聖杯でも魔法でも不可能な死者蘇生、か。魂が生きているなら……そう考えたが……待て? 魂……魔法……)

(どうしてランサーがキャスターを捜していたか、ようやく分かりました。……情けないですね。また私は、何も出来ず見守るしかないのでしょうか)

(女狐さえおれば楽になったやもしれんな。……だが、それはそれで困る事になったやもしれん。兎も角、今は何か手を考え出さねばな)

(アーチャーの言う通り、今のままじゃ絶対に無理だ。何か、何かねえかっ!)

 深刻な表情で考え込む五人。だがその中で一人だけ雰囲気が異なる者がいた。アーチャーだ。
 彼だけは、四人が悲痛な面持ちを浮かべるのに対し、どこか活路を見出したような表情で考え込んでいたのだ。
 そして、四人が思い悩む中、小さく「……あったぞ。何とか出来る可能性が」と呟いた。

 その呟きに四人が一斉にアーチャーを見つめる。その視線を受け、アーチャーが語ったのは、四人の想像を超えるものだった。

「死者蘇生の術自体は、問題もあるが既にこちらの世界の魔法で確立されている。厳密には違うのだろうが、結果はさして変わらん。
 それと”魔法”を組み合わせられれば……或いは……」

 そうしてアーチャーの話した方法に、セイバー達は一縷の希望を見出した。だが、それは”奇跡”と呼ぶに相応しい程の内容。
 だからこそ誓う。必ずやそれを成し遂げてみせると。
 セイバーが無言で差し出す手に、苦笑しながら手を重ねるライダー。呆れたように手を重ねるアーチャー。小次郎は軽く笑みさえ浮かべながら手を重ねる。
 そして、それが何か分からないランサーに、セイバーを除いた三人が視線を手へ向ける。
 それに何事かを悟ったランサーは、小さく驚きを見せたがすぐに笑みを浮かべてそれに手を重ねた。

「必ず、成功させましょう。フェイトのために、そしてなのは達のために!」

 セイバーの言葉に、四人は力強く頷くのであった……。


少女達の知らぬ所で、英霊達は誓いを立てる。その誓いは形を変えながら、彼女達を守り続けるものとなる。




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後編。クロノの凄さが出ればいいな、と思って書いたところが自分的メインです。

局員としては間違っていると知りながらも、それが大局的に正しいと言えるなら断行出来る男。クロノ・ハラオウン。

……そして、彼も既に英霊の影響が……。

男二人はマスター的位置ではないですが、その影響が強く現れるかも知れません。



[21555] 1-8-1 無印八話 前編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/14 14:57
 管理局との接触から一日明け、なのは達は時の庭園に来ていた。ここにいるのは、なのは達だけではない。
 すずかやアリサもいるのだ。はやてさえいる。本来なら、ここに来るのはサーヴァント達やなのはとユーノだけだった。
 だが、急遽アーチャーの要望で、はやて達三人もフェイトの家へついてくる事になったのだ。
 その理由をアーチャーは教えてくれなかったが、フェイトの家に行く事に誰も反対はしなかった。

「これが……」

「すごいね……」

「ごっついなぁ……」

 庭園に着いた途端、アリサ、すずか、はやてがその外観に呆然とする。豪邸という事ではなく、ただその異様な外観に言葉がなかったのだ。
 それはなのはやユーノも同じだったようで……。

「大きいの……」

「アリサやすずかの家とは、違う意味で凄いね」

「え、えっと、とりあえず中に……」

 そんな五人の反応に、照れたり喜んだりしながら、フェイトは嬉しそうに中へと歩き出す。
 それに続くように歩き出すなのは達。ちなみに、なのは達は今日学校をお休み。
 保護者達の深い理解により、昨日は皆で八神家に泊まり、そのまま時の庭園へとやってきたのだ。

 長い通路を歩いて行くなのは達。先頭はランサー達サーヴァント組が務め、なのは達はその後ろを歩いていた。
 歩きながらフェイトに色々と質問するなのは達。どこがどういう部屋なのかや、フェイトの部屋はどこ等の一般的な質問をアリサやなのはがすれば、はやてとすずかは、魔法の道具とかはないのかや、リニスさんの部屋を教えてなどの変わった質問をした。
 まぁ、はやてだけは内容が内容だけに、アリサに突っ込まれて痛い思いをしていた。車椅子を押しているすずかも、それはさすがに止めなかった。

 そんな風に和気藹々としているなのは達とは違い、セイバー達には緊迫感が漂っていた。
 ジュエルシードを使った大博打をする前に、フェイト達に知らさなければならない事があったからだ。
 そして、それはある意味、その後待っている大勝負よりも、厳しいものだったからだ。
 フェイトの出生の秘密を打ち明ける。それをアーチャーが提案したのは、昨日の誓いの後だった……。


懺悔と愛情の果てに



「本気ですか?!」

 セイバーの声が部屋中に響き渡る。それに動じず、アーチャーは頷いた。それに全員が戸惑いを感じていた。いや、小次郎だけが平然としている。
 小次郎は、無表情で佇むアーチャーにこう切り出した。

「つまり、知られるよりは教える方がいいという事か」

「……そうだ。このままでは、フェイト達に強い衝撃を与えるだけになってしまう」

「言いたい事は理解出来ます。しかし……」

 アーチャーの言い分を理解し、ライダーは困惑の表情。彼女はすずかの抱えていた苦しみを知っている。
 自分の異常性を告げられた夜こそ、二人が出会った日なのだから。
 すずかは自分の一族の秘密だけであそこまで苦しんだ。フェイトは自分の生まれた理由を知ったら、どうなってしまうのか。
 それがライダーが素直に賛成出来ない要因になっていた。それを知ってか知らずかセイバーは、アーチャーにこう詰め寄る。

「ですが、自分が姉の複製などと言われてフェイトがどう思うと―――」

「ならば! ……ならばこのまま黙っていて、どうやって彼女に力を借りる?」

 その反論にセイバーは何も言えなくなってしまう。確かにアリシア復活のためには、フェイトが必要不可欠なのだ。
 だからこそ、フェイトには真実を明かさなければならない。蘇生の基本を行うのは、彼女でなければならないのだから。

 それを分かるからこそ、セイバーもランサーも何も言えなかったのだ。小次郎だけはアーチャーの意見に賛成しているようで、最初の発言以外何も言わなかった。
 そして、アーチャーが告げたのは、更に全員を驚愕させるものだった。

「出来るなら、なのは達にも伝えたい。それが出来なければ、成功率を落とす可能性がある。無論、その役目と判断はフェイトに任せるがね」



 そんなアーチャーの言葉を思い出し、ランサーは表情を曇らせる。アーチャーの提案をリニスに伝えた際、プレシアが聞いていたのだ。
 彼女は、ランサーを見つめてハッキリこう言ったのだ。

―――あの子には、私が伝えるわ。

 その眼差しは、病弱と思えない程力強く輝いていた。その眼差しにランサーは賭けた。プレシアがフェイトを助け、守ってくれると。
 既にプレシアは、あの出会った頃のプレシアではない。そう直感で感じたランサーは、任せる事にしたのだ。プレシアの中に眠る”母の愛”に。

「……しかし、広いな」

「俺も最初はそう思った。ま、住めば都だったか? 慣れれば何でもね~よ」

「異界の文化は雅が無いな。侘び寂びも感じぬし、面白みに欠ける」

「おそらく、ここはそういう要素を考えて作っていないのでしょう」

「それで、一体フェイトの母上はどこに」

「この先の大きな扉。そこがプレシアの部屋だよ」

 セイバーの問いかけに答えたのは、ランサーではなく、先程からずっと黙っていたアルフだった。
 気のせいか、その口調には微かな不安が滲んでいた。それは、彼女がある事を恐れているからだった。
 フェイトの出生の秘密をプレシアが教えると聞いた時、アルフは底知れぬ不安を感じたのだ。
 ランサーによって安定し、穏やかになったとはいえ、プレシアはアルフにとっては強い嫌悪の象徴だった存在だ。
 それがフェイトの秘密をどう話すのかが、気になって仕方なかったのだ。

 やがて巨大な扉の前まで辿り着き、セイバー達はそこで止まる。それにつられるようになのは達も足を止め、フェイトが不思議そうに前へ出てくる。

「どうして入らないの?」

「今日はな、フェイト。お前しか入れないんだ」

 ランサーの言葉にフェイトは驚きを顕わにした。何故なら、ランサーを紹介して以来、フェイトはプレシアの部屋に入ってはいけないと言われていた。
 そして、唯一フェイトが入ったのは、ジュエルシードを持ってきてほしいと告げられた日だけだったのだから。
 だから、フェイトは早くなる鼓動と感じながら、視線で本当に良いのかと尋ねる。その窺うような視線に、ランサーは力強い頷きで返す。

「……じゃあ、行ってくるね。ごめん、なのは達も待ってて。すぐに戻ると思うから」

 そのフェイトの言葉に笑顔で頷いて、なのは達はフェイトを見送る。そして、そんなやり取りをランサー達は何とも言えない表情で見つめるのだった……。



 久しぶりの母の部屋。それにフェイトは高鳴る鼓動を隠せぬまま、緊張しつつ中央のベッドへと近付いていく。
 そこには様々な機械に囲まれながら、静かに横たわるプレシアとその世話をしているリニスがいる。

「久しぶり、リニス。それと、ただいま」

「お帰りなさいフェイト。さ、そこに座ってください」

「うん」

 ベッドの横に置かれた椅子に座り、フェイトは眠っているプレシアへ視線を向ける。
 最後に会った時よりも弱っているように感じながらも、心無しかどこか顔色は良くなっているようにフェイトは思った。
 そんな風にプレシアの顔を眺めていると、それにプレシアが気付き、フェイトへ視線を向けた。

「……帰ってきたの」

「う、うん。ただいま母さん。ジュエルシード、全部集まったよ」

 満面の笑みを見せるフェイト。それにプレシアはどこか遠い目をして呟いた。

「ああ……本当に……」

「? 母さん? どうしたの?」

 初めて見るプレシアの表情に、不思議そうな顔をするフェイト。そんなフェイトを見つめ、プレシアは視線をリニスへ移す。
 それを受け、リニスは小さく頷き、部屋を出て行く。それを困惑顔で見送るフェイトだったが、次のプレシアの言葉にそれが驚きに変わる。

「フェイト、貴方に話があるの。とっても……大切な話が」



 プレシアの口から語られた真実。それは、以前リニスがランサーに語った内容を、少しだけ詳しくしたもの。
 アリシアを失った事故の原因。それは、研究のスポンサーが事故の危険性を無視し、早急に成果を求めたため。
 そして、事故の可能性を知りつつも、結局実験を断行してしまった自分の愚かさ。
 その罰として、アリシアを失ったと思った事。それを加えてプレシアは語ったのだ。

 それらの話は、フェイトにとっては驚愕の一言だった。己の全てを否定されるような内容。
 それに、今まで信じていたものが、音を立てて崩れていく感覚を覚えていた。
 顔色は蒼白。血の気は既に失せ、どこから見ても異常としか思えない状態だった。その目は、プレシアへ話を止めてくれるように懇願していた。
 それでも、プレシアは話を止めなかった。それは、自分がフェイトと越えなければならない事だったからだ。
 全てを知らせ、自分の過去と決別し、フェイトと向き合わねばならない。例え、フェイトに嫌われる事になろうとも。
 そう、自分が今までフェイトにしてきた事に比べれば、その程度の苦痛は軽いものだ。罰にさえならない。だから、プレシアは覚悟を決めていたのだ。
 最悪、アリシアもフェイトさえ自分の傍から離れたとしても、構わない。そうなっても当然の事を自分はしてきたのだから。
 そう決意していたから。だからこそ、プレシアは躊躇わずに語った。フェイトへ想いのたけを込めて。

「これが、貴方が生まれた流れよ」

「……そ、そんな……嘘、だよね?」

 プレシアに弱くしがみつくフェイト。それに小さくプレシアは首を横に振り、告げる。

「いいえ、本当よ。私は最初、貴方をアリシアとして生み出したの」

 苦痛に表情を歪めながらも、プレシアは断言した。その一言に、フェイトは崩れ落ちようとしていた。
 掴んでいた手から力を抜き、そのまま椅子から落ちそうになって―――。

「フェイトっ!」

 だが、それを止める者がいた。その温もりと声に、フェイトはゆっくりと顔を上げて、驚きを浮かべた。
 それは、プレシアだった。弱った体とは思えない程の力で、フェイトの体を抱き寄せていた。
 フェイトが驚いたのは、その行動だけではなかった。プレシアは―――泣いていた。

「か、かあさ、ん?」

「ごめんなさい……。とても許してなんて、言えないけれど……これだけは聞いて」

 プレシアの言葉にフェイトはただ黙って耳を傾ける。

「私は……忘れていたの。アリシアは一人だけ。どんなにコピーやクローンを作り、記憶を移したところで、それはアリシアの姿をした別人だと。
 だからね、フェイト。私は最初、貴方を貴方として……ゴホッ……見る事が出来なかった。
 アリシアの紛い物。そんな風にしか……ゴホゴホッ……見えてなかった。
 でも、今は違う。今なら……ゴホッ……貴方を貴方と、フェイトとして……ゴホゴホッ……見る事が……ゴホッ……出来る。
 今更だけど、私は本当に貴方を……ゴホッ!」

 プレシアの語る内容に、フェイトに段々生気が戻る。それと同時にプレシアの話の意味を理解し、涙が溢れていく。
 だが、その途中でプレシアが咳をし出した。そして、その間隔が徐々に早くなっていく。その嫌な咳に、フェイトの不安が大きくなり……。

「母さんっ!!」

 そして、ついに長話に疲れたプレシアの体が倒れ掛かった。それを今度はフェイトが支える。背中をさすりながら、そのままゆっくりベッドへと寝かしつけた。
 顔色が悪く、息も荒い。それを見てフェイトはリニス達を呼ぼうと椅子から立とうとして、プレシアに手を掴まれた。
 その力は弱く、その気になればフェイトでも簡単に振りほどける。だが、フェイトに振りほどくなんて選択肢はなかった。
 出生の秘密。明かされた真実は、確かに重かった。でも、その後にプレシアが語った事もまた真実。
 ならば、自分がどちらを重視するかなど決まっている。すずかの秘密を聞いた時、自分は何と思った。すずかはすずか。なら、自分は自分だ。
 だからこそ、その手を握り、優しい声でフェイトはプレシアに語りかける。

「……心配しないで母さん。大丈夫だよ、リニスを呼んでくるだけだから」

「……フェイト。お願いを……聞いてくるかしら?」

 息も絶え絶えのプレシア。その口元には血がついていた。それを静かにタオルで拭き取り、フェイトは視線をプレシアへ向ける。
 その弱った体を何とかしたいと思うも、今のフェイトに出来る事は、プレシアの願いを聞き、元気付ける事だけだった。

「当たり前だよ。私は、母さんの娘だから」

―――当たり前だよ。私、ママの娘だもん。

 だからこそ、心からの微笑みを見せるフェイト。その姿が、プレシアにはアリシアと重なって見えた。
 それにプレシアも微笑みを返し、告げたのは一言。

―――アリシアを、お姉ちゃんの事をよろしくね。

―――任せて。母さんも姉さんも絶対助けてみせるから。

 そうフェイトが力強く答えると、プレシアは嬉しそうに笑って眠りについた。一瞬、フェイトは慌ててプレシアへ駆け寄るが、寝息を立てているのを聞き、安堵した。
 そして、安らかに寝ているプレシアへ微笑みかけ、フェイトは歩き出す。その手に、バルディッシュを握り締めて。
 初めて感じた母の温もり。そして、心からの願いを胸に、フェイトは告げる。

「行こう、バルディッシュ」

”イェッサー”

 その身をバリアジャケットで包み、フェイトは行く。そして、一度ドアの前で立ち止まり、ベッドに横たわるプレシアの方へ振り向き、呟く。

「行ってきます。母さん」

(私はフェイト・テスタロッサ。母さんが名付けてくれた……私だけの名前。だから……私は私!)

 その胸に宿るは勇気と希望。そして、絶対の決意。おそらく姉の事は、ランサー達がその術を知っているのだろう。
 ならば、それを聞き、自分のするべき事をしよう。今度、母に会った時、今度は喜びの涙を流してくれるように。


フェイト・テスタロッサ。本当の彼女の人生は、今まさにここから始まった。




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第八話前編。プレシアの懺悔と本心の吐露。フェイトの成長と本当の意味での”彼女の人生”のスタート。

いよいよ無印の終わりも迫り、後はアリシアの事を残すのみ。

……今回と次回も実は評価が怖かったりします……



[21555] 1-8-2 無印八話 中編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/16 07:38
【リニス、母さんがさっき血を吐いたの。今は落ち着いて寝てるけど、見てもらっていい?】

 部屋から出てきたフェイトは、念話でそう告げた。内容が内容だけに、なのは達に聞かれるのは不味いと判断したからだ。
 部屋から出てきたフェイトの格好は、バリアジャケットになっていたので、なのは達は不思議そうに見つめる。
 リニスはフェイトの念話に頷くと、急いで部屋の中へと戻っていった。そして、フェイトはそのままランサーの前まで歩き、尋ねた。

「教えてランサー。どうすればアリシアを、姉さんを助けられるの」

 その発言に驚くなのは達。そして、そんな驚くなのは達を無視して、フェイトは強くランサーを見つめる。
 その言葉と視線の意味を悟ったランサーは、フェイトへ視線を向けて答えた。

「それには、ここにいる全員の力が必要だ」

 その答えに、フェイトは若干躊躇いを見せる。だが、それも少しの間だった。
 ランサーの言った言葉の意味を、裏に込められたものを理解し、意を決して頷いた。そして、なのは達へ向き直り、真剣な表情で告げた。

「……聞いて欲しい事があるんだ。”親友”のなのは達に……」

 そのフェイトの目に宿る光に、なのは達は息を呑む。そして、全員がその視線に同じ眼差しを返し、頷くのだった……。


約束は光の彼方に……



 フェイトは迷う事無く自分の出生について語った。アリシアの事だけ話しても良かったのだが、すずかの話を聞いた自分が、なのは達に隠し事をするのは嫌だったのだ。
 勿論、それを話す事にフェイトは抵抗がない訳ではない。だが、それも全て自分と姉であるアリシアを助けるためなのだ。
 ジュエルシードを使ってアリシアを生き返らせたい。そうプレシアは言った。そして、そのためにどうすればいいのかをランサーは知っている。
 だからこそ、フェイトはなのは達に明かした。そして、なのは達が誤解しないように、こう告げた。

「母さんはね、これからは私を私として見てくれるって、言ってくれたんだ。今まで見てあげられなくてごめんねって、涙を流しながら」

―――だから、生まれた理由なんてもういいんだ。母さんが私は私って言ってくれたから。

 そう言い切り、フェイトは微笑む。その力強い微笑みに、なのは達も何も言えない。そして、まずなのはが、フェイトの手に自分の手を重ねて言った。

「良かったね、フェイトちゃん。後はお母さんの病気を治して、お姉ちゃんを助けるだけ!」

「そうね。どうやるか知らないけど、魔法があるんだから何とかなるわよ!」

「私達がどうやって力になれるか分からないけど、頑張るから!」

「そや。大船に乗った気でおってええよ!」

 それに続くように、アリサが、すずかが、はやてがフェイトの手に自分の手を重ねていく。その温もりに、フェイトは心が強く暖められていくのを感じていた。
 そして、最後にユーノがゆっくりと手を重ねる。

「ジュエルシードが散らばった時、僕は見つけた事を心から後悔した。
 でも、ジュエルシードが誰かを笑顔に出来るって分かった時、僕は嬉しかったんだ。
 本当はしてはいけない事なんだと思う……。けど、僕も手伝うよ。”親友”として!」

「ユーノ……みんな……っ!!」

 フェイトの瞳に涙が浮かぶ。それになのは達五人も涙を浮かべる。

―――何があっても、この絆は変わらないから。

 その言葉をすずかが告げ、全員が力強く頷いた。そして、アリサが続けて「フェイトのお姉ちゃんも加えてね」とウィンク混じりに告げる。
 それにはやてが「当然や。七人になったらまた賑やかになるな」と笑って応える。
 そんななのは達を見つめ、セイバー達も笑みを浮かべる。そして、ランサーが大声で言い放った。

「うしっ! これから段取りを説明すっから、良く聞いてくれ!」



 リニスは、プレシアの状態を見て驚いていた。確かに弱っていた。だが、今はどこか安定感が増していたのだ。
 それはプレシアの表情を見ても明らかだった。優しく穏やかな笑み。それを浮かべ眠るプレシア。心音は静かに、だが、力強く響いている。
 まるで、まだ死ねないと言っているように。そんな雰囲気を感じ、リニスは願う。全てが上手く行くようにと。

「……リニス」

「! プレシア、喋らないでください。体力が低下しているんですよ?」

 そのリニスの言葉にプレシアは苦笑を見せると、目を閉じた。

【これならいいかしら?】

【……長くはダメですが……それでどうしたんですか?】

【私は、最低な母親だったわ……】

 プレシアの言葉に、リニスは何も言わず黙る。それをどう取ったのか、プレシアはどこか楽しそうに語り出す。

【アリシアは一人。そんな簡単な事も気付かず、フェイトを生み出した。……馬鹿よね。
 あの子はアリシアを基にして生まれた時点で、まったく別の存在だったのに】

【その事をフェイトは知らず、貴方を母として慕い続けました】

【ええ。それが昔の私には、うっとおしいものでしかなかった。でも、今なら分かる。あれは、フェイトだからこその気持ちだったのね】

 消したはずのアリシアの記憶が作用したのかもしれない。でも、素っ気無く接していた自分を慕い続けたのは、紛れもなくフェイトだったから。
 それを理解し、プレシアは思ったのだ。自分は何と愚かだったのかと。アリシアもフェイトも自分を慕ってくれた大切な娘だったのだ。
 その事を気付かせてくれたのはランサー。体を労わり、気持ちを落ち着けさせ、冷静に自分と周囲を見つめ直す時間をくれた男。
 そして今は、かつての自分の悲願であったアリシアの蘇生を試みてくれる。いや、成功させると言ってのけた。

【プレシア、これだけは覚えておいてください】

【……何かしら?】

【貴方は最低な母親だったのかもしれません。でも、それは貴方が思っていた事です。フェイトから見た貴方は、いつでも最高の母親です】

 リニスのその言葉にプレシアは言葉を失い、そして涙を流す。精神リンクでリニスもそれを感じ、共に泣く。
 プレシアは今、心の底から喜んでいた。ランサーと出会えた事に。そして、フェイトを”産んだ”事を。
 そんな涙を流すプレシアから視線を外し、リニスは思う。ランサーが無事に戻ってくるように、と。
 これから、ランサー達が挑もうとする事の無謀さを知っているから。

(ランサー、必ず戻ってきてください。フェイトには、いえ私達には貴方が必要なのですから!)



時の庭園最深部。そこにアリシアの体が入ったポッドが置かれている。ランサーの指示で、リニスが傀儡兵を使って運ばせておいたのだ。
 リニスの話では、アリシアの体も維持が出来なくなりつつあり、プレシアよりも時間の余裕がないとの事。
 それを聞き、ランサー達はほとんど準備を出来ぬまま、儀式に挑まざるを得なかった。

「あれが……」

「姉さん……」

 なのはの呟きにフェイトの呟きが続く。全員の視線がポッドに入ったアリシアに注がれていた。
 その外見は確かにフェイトそっくりだった。違いといえば、多少フェイトより体が小さい事だろうか。

「でも、本当にアタシ達がこれを持っていいの?」

「ああ。だが、強く願うのはまだだ。まずはフェイトの方の準備が先だ」

「そ~ゆうこった。フェイト、頼むぜ」

 ランサーの言葉にフェイトは無言で頷くと、ポッドへと歩き出す。そして、それについていく形でなのは達も歩き出す。
 今、なのは達子供の手には、アーチャーから渡されたジュエルシードが一つずつ握られている。そして残りをセイバー達が三個ずつ手にしていた。
 フェイトの分は、アルフが預かり、準備が出来次第手渡す事になっていた。ジュエルシードを全て配分し、ポッドを正面に扇状に並ぶ。
 正面にランサー。その両隣にセイバーとアーチャー。セイバーの隣にライダー。アーチャー側は小次郎という布陣。
 なのは達は、それぞれのサーヴァントの後ろで待機していた。

「……こっちの準備はいいよ」

 ランサーの後ろで、儀式の準備を終えたフェイトの言葉に、ランサー達の表情が強張る。そう、それから行うのは大魔術を超える”魔法”なのだ。

 アーチャーが立てたアリシア復活の方法。それは、使い魔の儀式を利用したものだった。
 死者蘇生が使い魔にする事で可能なのは、既に確認済み。問題はその際に起こる魂の変化だった。
 それをジュエルシードを使う事で、もう一度変化させようというものだった。アリシア本人のものに。
 第三魔法。それを応用し、一度離れたアリシアの魂を即座に移す。そんな分の悪い賭け。

 そのための『根源』への道への呼び水に、サーヴァント達のジュエルシードを使い、”魔法”そのものをなのは達のジュエルシードで行う。
 『根源』があるかないかは確かではないが、アーチャー達は魔術が使える事や自分達が存在する事からあるだろうと判断した。
 そして、その両方の成功率を少しでも上げるため、英霊たるライダー達とはやて達が必要だったのだ。
 霊体というある種の魂であった特殊性と、純粋にフェイトのために願う事の出来るはやて達の想いに賭けて。

「いよいよ、だね」

「うん。……ね、ユーノ君は―――」

 隣のユーノが言った言葉に、なのははふと、成功すると思うと聞こうとして、思い止まった。
 それは、決して口にしていけない言葉だと思ったのだ。
 そんななのはの気持ちが分かったのだろう。ユーノはなのはの方を見ず、ただその手を握り、はっきりとこう言い切った。

「あっ……」

「大丈夫。絶対上手くいく。だって―――」

「だって?」

「僕らには、セイバー達がついてるんだから」

 その表情は絶対の自信で満ちていた。眼差しはしっかり正面を見据え、その輝きは希望の光を宿している。
 そして、その手から伝わる温もりが、自分を勇気付けてくれたから。

(そうだ、ね……。ありがとう、ユーノ君。おかげで不安がなくなったよ! セイバー達がいるんだもん。絶対上手くいくっ!)

 感謝の気持ちを心の中で告げ、手を握り返してなのはも正面を向く。その視界に見えるは、アリシアの入っているポッドと―――。

(信じてるからね、セイバー!)

 自分の最も信頼する騎士がいた。その頼もしい背中に、なのはは自分の想いを込めた視線を注ぎ、告げる。

「こっちもいつでもいいよ!」

「よし、なら始めるぜ! フェイトォ!」

 ランサーの声にフェイトが使い魔の儀式を開始する。それと並行し、サーヴァント達がジュエルシードへ願いを込める。
 込める願いは一つ。『根源』への道を開く事。それに呼応し、ジュエルシードが輝き出す。その膨大な魔力が吹き上がり、セイバー達を襲う。
 それを何とか抑え込む小次郎とアーチャー。ランサーとライダーはまだ平気そうだが、それでも苦しさを覗かせている。
 四人がそれぞれ苦労する中、セイバーは一人平然としていた。だが、その額には汗が滲んでいる。
 セイバーは周囲の状況を見て、苦しそうなランサー達に向かって叫ぶ。

「これぐらいで躓いてどうするんですか! 私達は誓ったはずですっ! あの誓いを忘れたのですか!!」

「セイバー……」

(凄い強い光……。それに怖いぐらいの力。でも、セイバーなら……大丈夫だって信じてるから!)

 セイバーの凛々しい姿に、なのはも自身のジュエルシードを握り締める。出会った時、自分の友達になると言ってくれたセイバー。
 言った事は決して嘘にしない。そんなセイバーが放つこの光に、負けないような光を自分も放つんだ。
 その決意し、なのははただ、セイバーの背中を見つめ続けた。

 セイバーが平然としているのは、対魔力に優れるからだけではない。決して挫けたりしないと。その気持ちがそうさせているのだ。
 何故なら、彼女が一番強く願っているのだ。この大博打の成功を。
 故にセイバーの手にしているジュエルシードは、一番激しく輝いているのだから。
 それを見て、最初に応えたのは小次郎だった。その手にしたジュエルシードが輝きを増し、セイバーに迫る勢いで光を放ち出した。

「私とした事が、我が身可愛さに加減してしまうとはな。セイバーの言う通りよ。私達の背におる幼い命。
 それが危険に身を晒しておるのに、我々が足踏みとは情けないとは思わぬか?」

「小次郎……」

(アタシを庇うように立っちゃって。……まったく、相変わらず格好つけるんだからっ!)

 その輝きと小次郎の言葉に、アリサは笑顔を見せる。その背の頼もしさ。それは、あの日出会った時の頼もしさだったからだ。

 そして、そんな小次郎に感化されたのか、今度はアーチャーが手にしたジュエルシードが輝き出す。
 その光は、強くどこか暖かささえ感じさせるものがあった。

「確かに小次郎の言う通りかもしれん。更に、私の後ろにいるのは車椅子の少女なのだからな。
 あまり性分ではないが、私も久しぶりに熱くなってみるとしよう」

「アーチャー……」

(わたしを守るように立っとる……。なんかええな。こう頼りになるちゅ~か、安心出来るわ)

 優しく暖かな光。それを放つアーチャーに、はやては出会った日の温もりを思い出す。
 それが自分を不思議な程落ち着かせてくれるのを感じ、笑顔を浮かべながら、はやてはその背中を見つめるのだった。

 アーチャーが輝きを放ったのを見て、ライダーも負けじと輝きを放つ。その眩しさに、思わず目を逸らしてしまうすずか。

「まったく、少しばかり自分が余裕だからと言って、調子に乗るのはどうかと思いますよ、セイバー。
 ですが、少々無様でした。私達が背負ったモノは、簡単に守れるものではなかったのですから」

「ら、ライダー……」

(眩しくなくなった……? ライダーが、光を遮ってくれてるんだ……)

 眩しさが薄れたのを感じ、すずかは視線を前へ向けた。輝きから自分を守るように、ライダーが手を胸に当てていた。
 出会った時から自分を守り、支えてくれたライダー。その光は、どこか穏やかな雰囲気を持っているように感じ、すずかは笑みを浮かべた。

 そして、最後に最も強い輝きを放たせる者がいた。ランサーのジュエルシードがセイバーの輝きさえ超えて、光り出す。

「黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって。だが、ま、嫌いじゃねぇぜ! そういうのはよっ!!」

「ランサー……」

(強い光。でも、不思議と心が落ち着いていく。……きっと、ランサーの光だからだ)

 初めて会った時から、いつも優しく、時に厳しく自分を導いてくれたランサー。だからその光も自分を導いてくれている。
 そうフェイトは確信し、心から思う。この儀式は成功するのだ、と。そこまでの道標。それをランサーの輝きがしてくれると固く信じて。

「ジュエルシードが……共鳴してる……? でも……」

「凄いね、こりゃ……」

 その輝きを眺め、ユーノとアルフは思わず呟いた。五人の放つ輝きは、信じられない程の魔力なのだろう。だが、それが少しも怖くない。
 制御しているとかではない。本当に怖くないのだ。必ず、これをどうにかする。そんな絶対の自信を感じさせてくれる存在。
 それが、目の前にいる。二人はそう断言出来た。

 五人の放つ光。その魔力は、次元干渉を起こしていた。だが、その向かう先はバラバラではない。
 その魔力は制御されているかのように、一つの目的のために動いていた。次元震が起きない理由はそこにある。
 次元干渉を無秩序ではなく、指向性を持って行わせる。それは、セイバー達の願いが『根源』へと至る道を望んだから。

 そして、ついにポッドの前方の空間が歪み始める。そこに現れたのは、虚数空間と呼ばれるものだった。
 飲み込まれたら最後、出てきた者はいないという恐怖の象徴。だが、どこかそれは本来の虚数空間とは違うようにも見える。
 そして、それを見たセイバー達は揃って叫んだ。直感的に、それぞれが感じ取ったのだ。あれが『根源』への道か、あるいはそのものだと。

「「「「「開いたっ!」」」」」

 その声をキッカケに、今度はフェイトが儀式を完了させる。契約内容は簡単だ。そう、ずっと一緒に生きる事。
 それをフェイトが宣言し、そしてなのは達がジュエルシードへ願いを込める。
 願う事はただ一つ。アリシアがアリシアとして目覚めますように。そう心から純粋に願う。

(お願いっ! フェイトちゃんのお姉ちゃんを……)

(アリシアを生き返らせてくださいっ!)

(私達の想いを……っ!)

(どうか叶えてくださいっ!)

(ジュエルシードよっ!)

 なのはが、アリサが、すずかが、はやてが、ユーノが、そして……。

「お願いっ! 目を覚まして、アリシアっ!!」

 アルフからジュエルシードを渡されたフェイトが叫ぶ。それをキッカケにジュエルシードが、全てを消し去る程の輝きを放った。
 全員がそれに目を閉じる中、フェイトは確かに聞いた。誰かの声を。その声はこうフェイトに告げる。

―――まったく……。どこにいっても、セイバー達は世話焼きなんだから。

―――貴方は、誰……?

 フェイトの疑問に声はどこか可笑しそうに答えた。

―――それは秘密。貴方のお姉さんの魂、確かに戻したからね。

―――ま、待って。貴方は……!

―――お姉さんと仲良くね。じゃぁ、セイバー達によろしく……。

 そこでフェイトは気を失った……。だが遠のく意識の中で、こんな言葉を聞いた気がした。

―――今度は会えるといいわね。



 フェイトが意識を取り戻した時、全員が同じように気絶していた。ジュエルシードは、はやてが握っていた一つを残し、粉々に砕け散っている。
 それは、アーチャーが封印したモノだった。それをユーノは回収し、後に管理局へ提出する事になる。

 フェイトが周囲に声を掛け、全員が意識を取り戻し、視線をポッドへ向ける。そのポッドのガラスは砕け散っており、その中身はない。
 その光景に誰もが言葉を失った。失敗したのか。そう、誰もが思った……。しかし……。







―――その時、ポッドの後ろから声がした。


「……う、ううん。ここは……?」

 その声に、フェイトが走る。弾かれたように駆け出し、ポッドの裏に回り込む。そこには……。

「あれ? 鏡、かな?」

「……あ、アリシ、ア……?」

 フェイトの呟きに、少女は不思議そうに首を傾げた。自分の名前を呼ばれたからだろうか。だから、少女は疑問符を浮かべたまま尋ねる。

「? ……何であなたがわたしの名前知ってるの?」

「!? ……アリシアっ!!」

 フェイトに抱きつかれ、戸惑うアリシア。それに構わず、フェイトは強くアリシアを抱きしめる。

「え? え? 一体何なの? ここどこ? ママは?」


ついに”奇跡”は成し遂げられた。だが、まだ全てが終わっていない事を、この時の彼らは知らない。

それが、新たな災いなのかは……まだ分からない。




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八話中編。予想していた方もいたと思いますが、幕間1がフラグ&回答を提示していました。

なのは世界には、不完全だが死者蘇生に使える術があり、その問題点を解決する術がFate世界にはあった。

さて、まだ無印は終わりません。最後の大博打の後は、あの二人との話が待ってます。



[21555] 1-8-3 無印八話 後編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/16 07:40
 セイバー達がジュエルシードを発動させた時、当然その反応をリンディ達も感知していた。
 即座に発信源を割り出し、サーチャーを送りつけた。この時、リンディ達は運が良かった。
 何故なら、リニスはプレシアの事で精一杯であり、残りの者達は儀式に集中していて、誰もサーチャーに気付けなかったのだ。
 そして、そのサーチャーからの映像を見て、リンディ達は驚愕する。

「な、何て事なの……」

「ジュエルシードを……何に使っているんだ」

 常識を超えたレベルの魔力を生身で抑え込み、更に次元震を起こす手前まで高めている。いや、もう起きていてもおかしくない。
 むしろ起きていない方が不思議なくらいなのだ。その原因が、アーチャー達五人なのは、リンディ達全員が感じていた。
 更になのは達までジュエルシードを使い出したところでサーチャーは役目を果たせなくなり、その魔力量は最早計測出来ないところまで上昇した。
 計器を心配し、データを取っていたエイミィが、小さく悲鳴を上げる。

「ダメですっ! これ以上はこっちがもちませんっ!」

「分かったわ。現時点を持って、彼らをロストロギアの不法使用の容疑者として確保します。クロノ執務官!」

「了解しました。直ちに現場へ向かいます!」

「お願いします。ですが、これは管理外の人達が関わっている事件です。彼らの扱いには、一層の注意を払って下さい」

 クルーからは、クロノ一人でいいのかと声が上がるが、リンディの「現状では、クロノ執務官以外に適任者がいない」との言葉に、全員が沈黙した。
 アーチャー達に対して不干渉を取らざるを得なくなった事をクルー達も知っている。そして、有事の際の行動は確かに認めさせている。
 それでも、計測不能な魔力を何とか制御している謎の多い相手。それに対して対抗出来る者など、このアースラにはクロノ以外はいなかった。

「分かっています。……僕らは戦いに来たんじゃないと、知ってもらいます」

「頼みました。クロノ・ハラオウン執務官」

 リンディの言葉に、クロノは敬礼で応える。それにリンディが敬礼を返す。その内心が複雑に揺れているのをクロノは知っている。
 だからこそ、告げる。たった一言。口には出せないが、それでも伝えなければならないと。

【必ず帰ってきます、母さん】

【……気をつけてね、クロノ】

 きっちりと公私を分けるリンディだが、それでも危険度の高い場所へ息子を送る事に抵抗がない訳ではない。それをクロノは少しでも和らげたかった。
 だから伝えたのだ。自分は死にに行くのではないと。行って必ず帰ってくるのだと、分かってもらうために。

「転送準備完了! クロノ執務官、転送場所は現場から多少距離があるので注意してください」

【絶対無事に帰ってきてよ? あたし、クロノ君以外の補佐なんてしたくないからね】

「分かった。エイミィ、頼む」

【縁起でもない事を言うな。……そもそも君を補佐に使うのは、僕ぐらいしかいないから心配するな】

 クロノの答えに不満そうな表情を浮かべるエイミィだが、その手はクロノへとサムズアップを送っていた。
 それに小さくサムズアップを返し、クロノは転送装置から消えた。それを見届け、リンディは僅かに躊躇いを見せる。
 そして、何かを決意し告げる。

「念のため、私も万一に備え、出動します。アースラの事はエイミィ管制官に任せます。……頼むわね」

「任せてくださいっ!」

 そう、クロノだけを危険な目に遭わせる訳にはいかない。だからこそ、自身も前線に出る事を決意したのだ。
 それを知るからこそ、エイミィも何も言わない。自分も、力になれるなら飛び出して行きたい気持ちだったから。
 だが、自分が一番力になれるのは、ここ管制席。オペレーターとして全力でクロノとリンディを支える。それが、エイミィの決意。

(クロノ君、信じてるからね……)


”奇跡”の代償



「ママッ!」

「あ、アリシア……!?」

「も~、ビックリしたよ。起きたら全然知らない場所にいて、わたしそっくりな子がいるんだもん」

 プンプンと擬音が付きそうな表情でプレシアを見つめるアリシア。それが夢ではないと知って、プレシアは涙を流す。
 そして、ありったけの想いと力でその体を抱きしめた。それに戸惑うアリシア。だが、プレシアが泣いているのに気付き、アリシアは不思議そうにプレシアを見つめる。

「どうしたの? ママ、どこか痛いの?」

「違うの……違うのよ、アリシア。痛いんじゃなくて嬉しいのよ」

「嬉しいの?」

「ええ。……そうだ。アリシア、貴方に教えなきゃいけない事があるの」

 プレシアはそう笑顔で告げると、フェイトへと視線を移す。そこには、どこか寂しそうな表情のフェイトがいた。
 それを見て、アリシアが不思議そうに首を傾げる。その仕草が可愛らしく、プレシアは笑みを深くするとフェイトを手招きした。
 それに戸惑いながらもフェイトがプレシアに近付き、アリシアの隣へと立つ。

「この子はフェイト。貴方の妹よ」

「妹? ……ホントに約束果たしてくれたんだ」

「ええ、勿論よ。フェイトはアリシアの妹で、ママの大切な娘。それは、誰がどう言おうと変わらないわ」

「母さん……」

「ママ……」

 プレシアの涙ながらの断言に、フェイトは涙を溢れさせる。アリシアは、そんなプレシアとフェイトに感化されたのか、瞳一杯に涙を浮かべフェイトに抱きついた。
 それに驚くもフェイトも嬉しそうにアリシアを抱きしめ返す。そして、そんな二人をプレシアが優しく抱き寄せる。
 それを見てリニスもアルフも涙を流す。なのは達も流れる涙を袖で拭っていた。そんな感動的な室内に、ランサー達の姿はない。
 彼らは、先程の場所に留まっていたのだ。その理由は……。



 時の庭園の最深部。そこにいるのは、セイバー達五人とクロノ、そしてリンディの七人だった。
 フェイトが動揺するアリシアと共にポッドから顔を出し、喜んだのも束の間。そこにクロノが現れたのだ。
 だが、クロノは状況から全員いる必要はないと判断。アーチャー達五人に話があると告げた。
 その理由を理解しているアーチャーは、それに従い、なのは達に、先にプレシアの部屋へ戻っているように伝えた。
 それに不安そうな表情を浮かべるなのは達だったが、セイバー達が笑顔で心配いらないと言うと、渋々従って戻っていった。

 まぁ、はやてとアリサだけは、去り際にクロノを軽く睨んでいたが。そして、それと入れ替わりでリンディが姿を見せたのだった。

「……さて、まずは何から聞きたいのかな?」

「ジュエルシードを使ったのは、何のためだ」

「人助けです」

 クロノの言葉に、ライダーが何でもないように答える。その答えに若干毒気を抜かれたのか、クロノの表情から鋭さが幾分消える。
 だが、リンディはその言葉にも表情を変えず、ややきつめの視線をアーチャー達へ向けている。

「……どういう事ですか?」

「話せば簡単だが、一つだけ言っておく。信じられんと思うぞ? 何せ、我々もまだどこか疑っているぐらいだ」

「構いません。聞かせて頂けますか」

 リンディの強い眼差しに、アーチャーも応えるように視線を鋭くする。そして、語った。ジュエルシードを使った一連の流れを。
 使い魔のシステムを利用し、死んだアリシアを生き返らせる。その際、宿る魂を本人のモノにしただけ。簡潔に言えば、たったそれだけ。
 無論、”魔法”の事は伏せ、単にジュエルシードに、アリシア本人の魂を宿らせて欲しいと願っただけと告げて。

 その”奇跡”としか表現出来ない事実に、リンディ達は声を失った。理論としては正しい。だが、それで本当に叶えられるものなのか。
 そう言ったリンディの言葉に、アーチャーはどこか自傷気味に答えた。

「まったくだ。自分で考えておいて何だが、こうも上手くいくと嫌になるよ」

「……それで、ジュエルシードは全て?」

 リンディは、地面に散らばるジュエルシードの欠片を見つめて尋ねた。それに小次郎が不思議そうに答えた。

「いや、一つだけ残っておった。ゆーのが持っておるから、今度持参しよう」

 そんな小次郎の言葉に、クロノもリンディも全てを悟った。アーチャー達は初めから今回の事だけを狙っていたのだと。
 ジュエルシードを死者蘇生に使う。そのためにこちらに強硬に出たのだ。全てが終わるまでジュエルシードを渡さぬために。
 現に、今のアーチャーからはあの時のような殺気がない。残りの四人も同じ。警戒も緊張もしていなかった。
 それを裏付けるようにジュエルシードの譲渡もあっさりと認めたし、事情も簡単に話していた。

「そうですか……。では、もう一つ―――」

「個人で使用する事に関しては、確か犯罪だったな。それは認めよう。だが、我々を捕まえると色々厄介ではないかな?」

「……どういう意味だ」

「何、君達が犯罪者と取引したような事になってしまうと思ってね」

 そのアーチャーの言葉にクロノは驚愕し、リンディは唇を噛んだ。そう、アーチャーとの会話は録音してある。
 それは、念のための用意として備えてあったのだが、それすらアーチャーは自分の有利な材料にしてしまったのだ。
 確かにあの時、アーチャー達は犯罪者ではなかった。その主張を通す事は可能だ。しかし、未然に防ぐ術があったにも関わらず、それをしなかったのも事実。
 自分が手札を切らないように威嚇したのも、全てはこのためだったのかと考え、リンディは改めて思った。

(私達は、とんでもない相手と出会ったのね。……でも、悪くはないわ。この人達を、必ず次元世界を守る力にしてみせる!)

 単なる時間稼ぎ。そうとしか思っていなかったあの提案に、まさかこんな隠し技を込めていたなんて。
 そう内心で考え、リンディは今度こそ、心からアーチャーに対してこう言った。

「参りました。こんな気持ちにさせられたのは、久しぶりですわ」

「艦長?!」

 笑顔さえ浮かべてアーチャーに告げたリンディに、クロノは驚きを隠せなかった。母がそんな顔をするのは、本当に久しぶりだったからだ。
 悔しさではなく、感心を前面に出した表情。心から敬服していると言わんばかりの笑み。それにクロノは戸惑い、同時に気付く。
 それは自分も感じた事だと。アーチャーの二手先三手先までも読んだ話術。どうなってもいいように、周到に張り巡らされた策。
 その事に気付いた時、クロノも思ったのだ。この男には敵わない、と。

 だが、クロノは自分の母の凄さも改めて感じる事になる。それは、リンディの告げた内容が……。

「で、どこまで便宜を図れば、全て話して頂けるのかしら?」

 という直球だったからだ。その発言に、クロノだけでなくアーチャーさえ唖然とした表情を浮かべたのは、言うまでもない。



 リンディ達がそんな話し合いをしている頃。アースラ艦内は静まり返っていた。
 リンディが出て行ったすぐ後、魔力反応は消えた。次元震も起こらず、全てがいい意味で想像を超える結果となった。
 ジュエルシードは次元干渉型ロストロギア。にも関わらず、次元震が起きないなんてどうしてだ。
 クルー達がクロノ達の安否を気遣う中、そう思ったエイミィは、片っ端からデータを調べ上げ、ある事に気付いたのだ。

「次元干渉を、指向性を持たせて行っていた……?」

 確かにジュエルシードは次元干渉を行っていた。しかし、そのエネルギーがデータ上は完全に制御されていたのだ。
 まるで、指向性を与えられたかのように。だから、次元震が起きずに済んだのだとエイミィは考えた。
 そして、そのデータを即座に個人用のメモリーに保存し、次元震反応を感知した初期のデータにすり替える。無論、発覚したら大問題だ。
 それを平然とやってのけ、シートにもたれかかり、息を吐く。

(よくわかんないけど、クロノ君。これ、絶対やばい事だらけだよ。……アースラでよかったよ、この件引き受けたの)

 そう思って、エイミィは呟く。

「この件終わったら、クロノ君には沢山奢ってもらお~っと」

 それぐらいしても、バチは当たらないよね。そんな事を考えながら、エイミィは視線を天井へと向ける。
 もうこの事件も終わり。そんな予感をひしひしと感じ、伸びをするエイミィ。そしてその予感は、正しく当たっているのであった。



「では、詳しくはまた明後日にでも」

「分かった。その際は全員で行った方がいいか?」

 どこか疲れたようなアーチャー。その言葉にリンディは即座に「是非」と答え、笑みを浮かべた。それに苦笑いのアーチャー。
 セイバー達は既に疲れ切った表情だ。あの後、リンディが提案したのは、簡単に言えば司法取引だった。
 アーチャー達のした事を何とかする代わり、例の光やそれに関わる事について話す。そして、なのは達がジュエルシードを使った事も手を打つ代わりに、リンディの要請に応じて、事情次第で力を貸す事を約束させられたのだ。
 ただ、管理局ではなく、あくまでリンディ個人に手を貸すという事にアーチャーは拘ったため、完全に思い通りとは行かなかったが。
 アーチャー達としては、管理局と対立する事になっても構わないのだが、なのは達をそれに巻き込みたくはない事と、彼女達があまり争いを好まない事を考えて、手を打つ事にしたのだった。

 まぁ、小次郎だけはリンディの手練手管を見て、キャスターを思い出したのか笑みを浮かべたままだったが。

「さ、帰るわよクロノ。緊急事態だったとは言え、不法侵入に近いのだから」

「……分かりました。というか母さん。何でそんなに元気なんですか……」

「いいじゃない。では、これで失礼します。明後日、お昼頃にあの場所へこの子を行かせますので」

 既に思考能力が落ちたのか、リンディのあまりの対応に疲れ果てたのか。クロノは口調が完全にオフモードになっていた。
 対するリンディも口調はオフモード。開き直った途端、アーチャーの話術が通じなくなったのもあってか、リンディは絶好調だった。
 特になのは達の事に言及した時、アーチャー達が動揺したのをリンディは見逃さなかった。
 それを攻め手に、リンディは一番望んでいたアーチャー達の協力を取り付けたのだから。
 だが、その言い方が若干脅すようにも取れたため、アーチャー達の怒りを買いそうになって、リンディが慌てる一幕もあった。
 それもリンディの謝罪とクロノの説明により、事無きを得て、この結果に至ったのだ。

「……了解した。ではまた明後日にな。リンディ艦長」

「はい。明後日もどうぞお手柔らかに」

「それは私の台詞だよ」

「うふふ、では失礼します」

「……失礼する」

 満面の笑みで立ち去るリンディと、疲れた顔で立ち去るクロノ。そんな対比する表情のハラオウン母子を見送り、セイバー達は大きく息を吐いた。
 先程の大掛かりな儀式。そして、聞いているだけとはいえ、高度な論戦を展開されていたのだ。神経も疲弊するというものだ。
 唯一、小次郎だけは、アリサが関わる話以外どこ吹く風とばかりに聞き流していたが。

「……終わりましたね」

「あ~、やっとな」

 噛み締めるようなライダーの言葉に、ランサーが心からそう答える。そしてそのまま地面に倒れこんだ。
 背を床につけ、呆然と天井を眺めるランサー。それに何かを感じたのか、セイバーはその隣へと座った。

「流石はクー・フーリンですね。最後は貴方が決め手でした」

「はっ、よく言うぜ。お前達が発破かけたからだろうが」

「ふむ、それもそうさな。だが、お主が一番強い輝きを出させておった」

「そうですね。あの最後の輝きが”道”を開いたのだと思います」

 そう言いながら、小次郎とライダーがランサーとセイバーの横に腰掛ける。その視線も、天井を見つめていた。

「ま、これでほとんど片付いたか。後はフェイトの母親だけだが……」

「……セイバー、頼み「構いません。あの時も言ったはずです、ランサー」

 アーチャーの言葉にランサーが体を起こし、真剣な表情で頼みを告げようとした。だが、それをセイバーは遮ってそう言った。

「困っている者を助ける力があるのなら、迷う事無く使う。それが御神の、いえ高町の教えです」

 そんなセイバーの言葉に、ランサーは一瞬の間を置いてから、笑みを浮かべてその肩に手を乗せた。
 それを不思議そうに見つめるセイバー。そしてランサーが告げた一言が、セイバーを怒らせる事になる。

「ホントにお前いい女になったな。ま、まだちょいと色気が足んね~が」

 笑いながら告げられたその一言を聞いた途端、ライダー達が即座に離れた。そして、セイバーが無表情で立ち上がり、ランサーへこう言い放った。

「とはいえ、渡すのはフェイトでいいですね。貴方には、少し灸を据えねばならないようですから」

「お、おいっ! 何怒ってやがる!?」

「そういうところだ、ランサー」

「御愁傷様です」

「骨は拾ってやろう」

 口々にランサーへ言葉を掛けるアーチャー達。その顔は一様に楽しそうに笑っている。
 それを聞いて、ランサーは出口向かって走り出す。それをセイバーが追い駆けていく。
 そして、それを止めもせず笑みを浮かべて見送るアーチャー達。

「勘弁してくれぇぇぇっ!」

「待ちなさぁぁぁいっ!!」

 そんな、どこまでも続くと思われた二人の追いかけっこを止めたのは、声に気付いたなのは達でしたとさ。


こうして、後に彼らがジュエルシード事件と呼ぶ出来事は幕を閉じる。

だが、これもまだ彼らの”運命”の一部の終わりに過ぎなかった……。




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八話後編。グダグダ感が否めない気もしないでもないですが、自分としては精一杯です。

……修正箇所、ないと思うんですが……。もしありましたらお気軽にお願いします。

無印最終回は近い!



[21555] 1-8-4 無印八話 EX
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/16 07:44
「では、これを」

「おう。……フェイト、これをプレシアに渡すんだ」

 あの追いかけっこの後、セイバー達だけでなく、ライダー達も戻ったので、全員がプレシアの部屋へと集合した。
 そして、儀式の成功に感謝するプレシア達に、セイバーとアーチャーは、どこか苦い表情を浮かべながらもそれを受けた。
 ライダー達はそんな二人の気持ちを知るが故に、話題をプレシアの事へと切り替えた。
 そして、それを受け、セイバーがアヴァロンを出現させて、ランサーは受け取ったそれをフェイトへ手渡した。
 それが何を意味するのか解りかねるフェイトへ、なのはが納得の笑顔を浮かべて答えた。

「そっか。それは怪我だけじゃなく、病気も治せるんだ」

「どういう事よ?」

 そんななのはの言葉に、アリサ達子供組が揃って不思議顔。それを見て、なのははまずフェイトを促した。
 プレシアにそれを持たせればわかると。そう言って。

 それを受け、フェイトはアヴァロンをプレシアへと手渡した。それをプレシアが受け取った途端、アヴァロンが淡く輝き出す。
 それは、以前士郎を癒した光。見る者を安らげる神秘の輝き。幻想的な光景に、プレシアだけでなく、誰も言葉を発しない。
 ただなのはだけは、プレシアを輝きが包んでいた時間から、その症状が重いものだったと改めて感じていた。

(……やっぱり、お父さんの時より長いの)

 やがてその輝きが収まり、プレシアは驚きを見せる。体を襲っていた倦怠感等の症状が軒並み無くなっていたからだ。
 そんなプレシアの表情から何かを察したのか、リニスが即座にモニターへと駆け寄って状態を確認し―――。

「そ、そんな……本当に……」

 驚愕した。そして、段々とその目に涙を浮かべた。目の前に表示されたデータが示すもの。それは、プレシアの状態の回復。
 不治の病。そこの域まで達していた症状が、綺麗に完治していたのだ。
 そして、その涙を拭う事もせず、リニスは振り返り告げた。

「プレシア、奇跡は終わっていなかったんです。病気が……病気が……」

「……そうなのね? 本当にそう思っていいのね?」

 プレシアの信じられないというような声に、リニスは何度も首を振り、頷いた。それにフェイトも全てを悟り、プレシアを見つめた。

「母さん……っ!」

「ああっ……フェイト、アリシアっ!」

「わっ、どうしたのママ?」

 再びフェイトとアリシアを抱き寄せ、プレシアは涙を流す。それを見て、アリサ達も事情を理解して喜んだ。
 プレシアの病気が完治した。それを理解したからだ。そしてそれぞれが騒ぎ出す。
 アリサはすずかと一緒になって笑顔を浮かべ、なのはははやてと手を繋いで微笑み合う。ユーノはそんななのは達から顔を背け、一人静かに涙を流す。

(僕が見つけたジュエルシードが、こんな結果をもたらすなんて……)

 自分が発見したジュエルシード。それは災いをもたらすものになるはずだった。……なのは達に出会わなければ。
 その出会いが今の光景に繋がったのを思い、ユーノは心から感謝していたのだ。

 一方、セイバーはランサーから返されたアヴァロンを見つめ、はやてへと視線を向けた。それをアーチャーは遮るように立ち、アヴァロンをしまうように視線で告げる。
 それを見ながら、ライダーと小次郎は苦い顔を浮かべる。ランサーは、アルフとリニスから感謝の言葉を告げられながら、それを横目で見つめていた。

 そう、以前もセイバーは、アヴァロンをはやてにも使おうと考えていた事がある。だが、アーチャーはそれを断ったのだ。
 その理由として、アーチャーが告げたのは理由にならない理由。

―――何やら嫌な予感がする。

 その一言を持って、アーチャーはセイバーの好意を断った。だが、セイバーはそれに異を唱える事はしなかった。
 はやての事を大事に考えているアーチャーが断るという事は、余程の事と思ったから。
 だからこそセイバーはその時も、そして今回もそれに従った。手にしたアヴァロンを消し、視線を再びプレシア達へと戻した。

(シロウ。貴方は今の私を見て、何と言うのでしょう? 呆れるのでしょうか? それとも……誉めてくれるのでしょうか?)

 涙を流し合うプレシアとフェイト。アリシアは一人戸惑いを隠せないが、嬉しそうにプレシアを抱きしめ返している。
 それを見つめ、セイバーは微笑みを浮かべた。取り戻した時間。だが、それは決して間違っていなかった。
 そんな思いを、強くその光景から感じていた……。


”魂”が意味するモノ



(こんな”奇跡”はこれっきりだろう。だが……悪くない。……ああ、俺はこの光景をどこかで願っていたのか)

 セイバーが感じていたもの。それはアーチャーも同じだった。
 過去をやり直したのではなく、過去を乗り越えたからこそ、あのプレシア達の姿があるのだと。
 それを実感し、彼も思う。自分達の行いは、決して間違いではないと。絶対に正しいとも言い切れないが、間違っているとも言い切れないのだ、と。

 そんな遠い目をしている二人を、ライダーはどこか微笑ましく眺めていた。

(まったく、二人して同じような表情をして……。それでは、まるで夫婦ですよ)

 隣り合うセイバーとアーチャー。無意識なのだろうが、その顔は笑みを浮かべている。視線は、揃ってプレシア達を見ているので、余計そう見えた。
 そして、そんな事を思いながら、ライダーは視線をランサーへと移した。そこでは、微笑ましくも大変な光景が展開されていたからだ。

「ね、ランサー。ホント、あんたがいて良かったよ」

「ランサー、本当に無事で良かったです」

「あ、ああ。……にしても、色々疲れたぜ」

 両腕をアルフとリニスに掴まれ、どこか戸惑い気味なランサー。気のせいか、二人の間には火花が散っているようにも見える。
 その光景に、ライダーは桜と凛の関係を思い出し、小さく笑う。そして、ランサーへ向かって一言。

「ランサー」

「あん?」

「ご愁傷様です」

「またかよ!? ……今度は何でだ……?」

 先程と違い、自分が気の毒に思われる事に気付いていないランサー。どうやら、ある意味で女運の無さは顕在のようだ。
 だからこそ、余計にライダーは笑う。そう、それはまるで……。

(士郎のようですね。……もしや、複数の女性に好意を抱かれるには、色恋に鈍感でなければいけないのでしょうか……?)

 その考えは、正しいとは言えない。だが、間違っているとも言えない。それが分かっているから、ライダーもそれ以上考えない。
 そんな中、ただ一人小次郎だけが、静かに室内を眺めていた。その視線は、真っ直ぐにアリシアを見つめていた。

(あの娘、まったく魔力を感じん。どういう事だ……?)

 使い魔であるアルフやリニスから感じるものを、アリシアからは感じる事が出来ない。それに小次郎が気付いたのは、アヴァロンの輝きが収まった後だった。
 あの最深部ではジュエルシードの影響が残っており、魔力を感知する事が出来なかった。だが、アヴァロンの優しい輝きがその感覚を取り戻させた。
 セイバー達は、それよりも思う事があるのか気付いていないようだったが、小次郎だけは、気配察知に優れるアサシンのクラスのためか、その異常性に気付いていた。
 だからこそ、小次郎は待っているのだ。全員が落ち着き、話を切り出せるタイミングを。

 そんな小次郎の思いが通じたのか、プレシア達がやっと意識を周囲に戻した。その腕からフェイトとアリシアを放し、表情はどこか喜びを滲ませている。
 そして、プレシアがセイバーへお礼を述べる。それに当然の事をしただけと答えるセイバー。
 話がそこで一旦途切れたのを見計らい、小次郎は自分の感じた疑問を全員に問いかけるべく、声を発した。

「すまぬが気になる事がある」

 その小次郎の問いかけが、予想だにしない結末を気付かせる。そして、まさしくアリシア復活が”奇跡”だった事を思い知るのだった……。



 アースラに戻ったリンディとクロノは、急いで今回の報告書を作成していた。エイミィも交えての大仕事。そう、全ては今回の事を上手に処理するために。
 帰艦した二人にエイミィが見せたデータは、とてもではないが上層部に提出出来るものではなかった。
 次元震を起こすはずの魔力エネルギーを、周囲ではなく指向性を与えたかのように干渉させた。それが意味するものは、セイバー達が次元干渉を制御したように見えるという事。
 そんなデータを見れば、間違いなくセイバー達の存在そのものが問題視される。そして、セイバー達は管理局には入らないと明言している。
 それを聞いて、上層部が下す判断はおそらく一つ。レアスキル持ちではなく、生物型ロストロギア扱いを下す。
 そして、捕獲もしくは封印か”処理”する事になるだろう。

 それを瞬時に理解した二人に、エイミィはどこか悪人じみた笑みを浮かべ、もう一つのデータを見せた。
 それは、感知された当初の、次元震が起きても不思議ではない程度のデータ。そして、それが何を考えて表示されたデータかを把握し、リンディとクロノは苦笑した。

「あたしは何もしてないですよ? だって、あんな凄い魔力で計器が狂ったんですから。だからこのデータしか残ってなかったんです」

 そんな言葉を悪びれもせずに告げたエイミィ。それにクロノは呆れ顔。リンディは、どこかおかしそうに笑みを浮かべたのだった。

 そして、今三人はそのデータを基にした報告書を作成中なのだ。
 簡潔に言えば、ジュエルシードが何かの拍子で暴走してしまい、それをリンディが何とか抑えつけ、クロノが封印しようとしたのだが、運悪く虚数空間が出現していたため、一つを残しジュエルシードは紛失してしまったという内容。
 暴走したキッカケは判明していないが、おそらく大勢の人間がいたため、無意識の願いを受けてそうなったのではないかと結論付けてある。

「……これなら、アーチャーさん達に害は及ばないわね」

「真実ではないですが、まったくの嘘でもないのが厄介ですね」

「クロノ君もそうやって大人になっていくんだねぇ」

 それぞれが報告書を眺め、思い思いに意見を述べる。その報告書は、ほとんどリンディが作ったもの。だが、虚数空間の記述はクロノの提案だった。
 エイミィがしみじみ呟いたのは、真面目が売りのクロノが率先して、虚偽に近い報告書を作る事に協力したからだ。
 事実、それはエイミィだけでなく、リンディさえ驚く事だったのだから。そんな呟きに、クロノはどこか遠い目をして答えた。

「……詳しい事情は知らない。だが、生き返ってくれるなら……そう思う相手がいる人間の気持ちは分からないでもない」

「……ゴメン」

 どこか羨ましいと言いたそうなクロノ。それにエイミィは、己の発言がキッカケでクロノの過去を呼び覚ましたのを感じ、謝った。
 それに、気にしないでいいとクロノは告げ、視線をリンディへと向けた。それに気付き、リンディも視線をクロノへ向ける。

「とりあえず、今回の事はこれでほとんど終わったわね」

「ええ。後は事後処理と報告を兼ねた話し合いだけですが……」

 そう言ってクロノは苦い顔。それとは正反対にリンディは笑顔。その対比を見て、エイミィはリンディへ尋ねた。

「何かあるんですか?」

「ん? 実はね、アーチャーさん達が民間協力者として協力してもらえる事になったのよ」

「表向きは、な。実際は完全な独立愚連隊だ。判断は自分達でするし、命令は出来ない。……これでも譲歩した方らしい」

 満面の笑みで言い切るリンディ。それを補足する形でクロノが続く。それを聞き、エイミィが浮かべた表情は―――。

「うっそ。凄いじゃないですか、艦長。オーバーS級の戦力ゲットですね」

 笑顔だった。それどころかはしゃぐようにリンディへ詰め寄っている。それをリンディも嬉しそうに応じ、まるで親子のように会話している。
 艦長室だからこその関係。上司と部下ではなく、まるで母と娘だとクロノは思いながら、視線を天井へと向ける。

(アーチャー、か。まさか、あの少女達のために動いていたなんて……)

 アーチャー達の事情を簡易的にしか聞けなかったが、行動目的の根底にあったものは、クロノも理解していた。
 何故なら、それを理解したが故に、リンディはアーチャー達の協力を条件付きとはいえ取り付けたのだから。
 まぁ、リンディの不用意な発言で危うく怒らせるところだったが。
 なのは達のために。そのためにアーチャー達が動いていたと知った時、クロノは軽い驚きを感じたのだ。

(あれだけの能力を持ちながら、それを社会のためではなく、自分の信念のために使う……か)

 管理局へ協力する事を固辞し続けるアーチャーに、リンディがその理由を尋ねた際、アーチャーはこう答えた。

(組織は個人を殺す。大勢のために少数を切り捨てる事を、自分の意志ではなく、誰かに委ねる事だけはしたくない)

 そのアーチャーの言葉を、噛み締めるように心で反芻し、クロノはその思いを汲み取っていた。
 その言葉の持つ意味。それを深く理解していたから。だからこそクロノにとって、アーチャーは忘れていた感情を呼び覚ます存在になった。
 それは、憧れ。幼い頃、男なら誰もが抱く感情。それをクロノは抱いた事がなかった。いや、憧れる人物はいる、だが、それは理性が尊敬出来ると感じた相手だった。
 理性ではなく、本能で憧れた存在。そんな相手は今までいなかったのだ。おそらく、本来ならば父親に抱くのだろう。だが、クロノには、父親の記憶はほとんどない。
 彼が物心つくかつかないかの頃、『闇の書』と呼ばれるロストロギア絡みの事件で殉職したからだ。だからこそ、クロノがアーチャーに憧れるのはそれに近いものがあった。
 それをクロノは分からない。だが、着実にその心に憧れは息づいている。彼がそれを自覚するには、まだ時間が必要だった。



 小次郎の告げた疑問は、その場にいる全員に衝撃を与えた。唯一事情を理解していないアリシアだけが、そんな周囲を不思議そうに眺めていた。

 アリシアから魔力を感じない。それを聞き、セイバー達もアリシアへ注意を向け、確認した。
 確かにアリシアからは魔力を感じなかったのだ。そして、更に確かめるべくフェイトが念話を試したが、アリシアはそれに無反応だった。
 魔法が使えるなのは達が全員で試したが、誰にもアリシアは反応しなかった。

「……どういう事だ」

「もしかしたら……」

 呆然と呟いたアーチャーの声に、ライダーは何かを思い出したのか静かに語りだした。

「以前リンに聞いたのですが、人を形作っているのは、”魂”だそうです」

 そこから始まるライダーによる、魔術的見地から見た人間の構造。それは、その人物をその人物たらしめているのは、魂なのだという事。
 体が誰であろうと、魂がその人物のものならば、その魂に影響され体が変化するのだと。
 その具体例として説明されたのは、なのはの魂をフェイトの体に入れる事が出来るなら、フェイトの体はなのはに変わるという事だった。

 そこまで聞き、アーチャーもライダーの言いたい事を理解した。自分達が行った行為。それは何だったかを思い出したからだ。
 アリシアの体を使い魔として再生させ、そこにアリシアの魂を移す。それはつまりこういう事だ。
 体は確かに使い魔に変化していたのだろう。だが、そこにアリシアの魂が入った事により、体がアリシアに変化したのだ。

「確認したい。アリシアは魔法が使えたか?」

「……いえ、アリシアはリンカーコアがなかったから……」

「まさか……。なら、本当に……」

 プレシアの答えに、ランサーが信じられないと言った声を漏らす。それにアーチャーは頷き、言い切った。

「そうだ。彼女は”アリシア”として復活したのだ。紛れも無く、な」

 アーチャーの告げた内容に理解が及ばないなのは達。それにセイバーが簡単に説明する。それは……。

「要するに、アリシアは使い魔ではなく、完全な人間としてここにいるという事です」

「そう、アリシアは間違いなくアリシアとして目覚めたのですよ。魔法の使えない、ただの少女として」

 セイバーとライダーの言葉に、若干の間を置いてフェイト達が納得した。そして、それが意味する事も理解し、フェイトはアリシアへ視線を向けた。
 ただ、さっぱり事情が分からないアリシアは、首を傾げてプレシアに問いかけた。

「どういう事? 一体みんな何を言ってるの?」

「いいのよ。アリシアは分からなくても。……”大きく”なってね、アリシア」

「? うん。すぐにフェイトよりも大きくなるからね、ママ」

 無邪気に頷くアリシアに、プレシアは優しく微笑み頷き返す。それをフェイトが嬉しそうに見つめる。そして、ゆっくり近付いていき―――。

「ねぇ、母さん。アリシアの事、どう呼べばいいかな?」

 そう尋ねた。そう、姉に思えない外見。それがフェイトを困らせていた。なにしろ姉さんと呼ぶと、どこかアリシアは嫌そうだったのだ。
 だから、母親であるプレシアに決めてもらおうと尋ねたのだが……。

「そうね。……アリシアはどう呼んでほしい?」

「う~ん……。フェイト、顔そっくりだし、背はわたしより高いし……妹って感じしないんだよね」

「そ、それは……」

 流石に「アリシアを基にしてるからだよ」とは言えないフェイト。それを知らず、アリシアは唸り声を上げていた。そして、何かを決意したのか、フェイトへ笑顔を浮かべて告げた。

「アリシア、でいいよ」

「……いいの?」

「うん。でも、いつかわたしがフェイトより大きくなったら、お姉ちゃんって呼んでね」

 笑顔でそう言ったアリシア。その笑顔にフェイトは強く頷いて笑顔を返す。

―――分かったよ、アリシア。

―――えへへ、すぐに追い抜いちゃうからね。

 そんな会話をする二人を、その場の全員が微笑みを浮かべて見つめるのだった……。



おまけ



 話も終わり、なのは達子供達はアリシアを中心に集まり、恒例ともいえる行事を行おうとしていた。それは……。

「じゃあ、最初はなのはからお願い出来る?」

「うん。えっと、初めましてアリシアちゃん。私、高町なのはです。なのは、って呼んで」

「初めましてアリシア。アタシはアリサ・バニングス。アリサでいいわ」

「初めましてアリシアちゃん。私は月村すずか。すずかでいいよ」

「初めましてアリシアちゃん。わたしは八神はやて。はやて、って呼んでな」

「初めましてアリシア。僕はユーノ・スクライア。ユーノって呼んでくれると嬉しいかな」

「え? え? そんなに一遍に言われても……」

 覚えられないよ~。そう不貞腐れるように答えたアリシアに、なのは達がかつてのフェイトを思い出し、声を出して笑った。




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最終回前のアバン。でも、かなり重要なので厳密には幕間かな?

いよいよ長かった無印も終わります。そして、ついに動き出すものも……。

A's編は、意外とすぐかもしれないです。



[21555] 1-9-1 無印最終回 前半
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/17 06:54
 アースラ艦内にある艦長室。そこに、セイバーを始めとするサーヴァント組五人と、リンディとクロノの二人。そして、プレシアとリニスがいた。
 何故、ここにプレシア達がいるのかというのは、ただ一つ。アリシアとこれからの自分達の事を話し合うためだった。

場の空気は和やかではあった。だが、それはあくまでリンディとプレシアだけ。残りの面々は、揃って何とも言えない表情を浮かべていた。
 その理由。それは、プレシアの決意と覚悟の打ち明け話を聞いたリンディが感動し、それに付随して自分の夫を亡くした事件を語りだした事に端を発する。

 互いに大切な者を失った。そして、リンディはそれを受け止めて乗り越えた。プレシアはそれを拒絶し、執着した。
 だが、その思いを分からぬリンディではない。共に子を持つ親として、プレシアが抱いた気持ちに共感するのも無理はない。
 だからこそ、全てをフェイトに打ち明けた決意と、その覚悟に心打たれたのだ。
 自分が嫌われてもいい。ただ、娘に全てを知らせぬまま死ぬのは心苦しいと。

 それからは、もうリンディとプレシアの母親トーク全開だった。既に話し合う事は無くなっていたのもあってか、リンディもプレシアも饒舌に子供自慢をしていた。
 それを聞くはめになったセイバー達は、揃ってため息。おそらく、これが終わるには、かなりの時間を要するだろうと予測できたからだ。

(なのは達は今頃下校時間でしょうか。……仕事に行きたいです)

(はやては、今頃フェイト達と共に遊んでいる頃だな。……おやつは我慢してもらうか)

(スズカ達、今日はハヤテの家で遊んで帰ると言ってましたし……迎えに行ければいいのですが)

(本来であれば、美由希殿や恭也と試合えたのだが……女というのは本当に話し好きよ)

(かったるいな、ったく。フェイトやアルフが羨ましいぜ……ねむ……)

(プレシアもリンディさんも楽しそうでいいのですが……。ま、まぁランサーと共にいれるから良しとします)

(何だろうか……今ならこの場にいる全員と意思疎通が出来る気が……いや、リニスさんだったか。彼女だけは無理だな)

 そんな風に時間は過ぎていく。もう、後半はただのお母さん同士の自慢大会になっていたが。


取り戻した日常じかん、そして……



 結局、その話し合いで話したのは、セイバー達が”この地球”の人間ではない事。そして、魔法とは違う魔術を使えるという事。
 宝具については、それぞれが持つ切り札で、あの光はセイバーの宝具が放ったものだと教えた。詳しい事は教えられないというよりも、自分達にも明確に理解出来ていないと言って打ち切った。
 そして、何故かと言えば、自分達が基から作った道具という訳ではなく、その製法に関するものは、何一つとして残っていないからだと告げた。
 更に調べようにも、世界が違うのでそれすら困難であり、手の打ちようがない事も語った。
 それにリンディがロストロギアと同質の物だと理解を示し、クロノは極力それを使わないで欲しいとも告げた。
 それにセイバー達も同意し、元から頻繁に使う気はない事を告げ、止むを得ない事態以外は使用しないと約束した。それと……。

「なのはさん達を管理局には勧誘しません」

 リンディはどこか残念そうだったが、そう約束した。現時点でAAAランクの魔力を持つなのはとフェイト。
 それを管理局に勧誘しない事は、まさに苦渋の決断だった。だが、それをすればセイバーとランサーが黙っていないと告げたのだ。
 リンディが管理局への勧誘をすれば、真面目で正義感の強い二人はおそらく管理局で働く事を考えてしまう。
 だからこそ、セイバーとランサーは強く反対したのだ。まだ二人を子供でいさせてやりたいと思って。

 勧誘自体は、二人がもっと成長し、自分の判断で自分の進路を決める時期になれば許すとなった。
 それは少なくとも15歳。それまでは勧誘禁止。それを聞き、リンディが肩を落としたのは言うまでもない。

 そして決まったのは、以前の時に決まった事の再確認と、アリシアの扱い。そして、テスタロッサ家の地球への移住だった。
 既に死亡扱いになっているアリシアがミッドで生活するのは、色々と問題がある。そのために、プレシアが地球への移住を提案した。
 だが、管理外に住むのは色々と手続きが必要なため、一度プレシア達がミッドチルダに戻る事になったのだ。
 それと並行する形でアリシアの事も何とかしてみると、リンディは言った。せめて死亡者扱いだけでも何とか出来れば、と語るリンディ。
 それにプレシアが感謝を述べると「同じ子を持つ母ですから」と笑顔でそれに答え、プレシアが深い感謝を告げる一幕もあった。

そして、もう一人それについていく形で、ミッドに行く事にした者がいた。ユーノである。
 セイバーからプレシア達の話を聞き、ユーノは高町家の面々にこう言った。

「僕も、一緒に一度ミッドに戻ろうと思います」

 その理由は、一族の者達が心配しているだろうから、それを安心させたいからという事と、はっきりと自分の決意と想いを告げ、帰って来たいと告げた。
 そうユーノは言った後、小さく息を吸ってはっきり言い切った。

「僕が帰ってきたいのは、ここですから」

「ユーノ君……」

「そう、か。なら、俺は何も言わない。……気をつけて行ってこい、ユーノ」

 驚いたようななのはの呟き。それを聞き、真剣な表情で告げられた士郎の言葉に、ユーノは僅かに驚き、そして頷いて答えた。

「……はい、父さん」

「いいなぁ……」

「いつの間にそんな呼び方を……」

 二人のやり取りにどこか羨ましそうに呟く桃子と美由希。恭也は、そんなユーノを小さく小突き「俺も、兄さんと呼びたきゃ呼べ」と呟く。
 それにユーノが嬉しそうに笑みを浮かべ、頷いた。そんな光景を見て、なのはは笑顔を見せると同時に、どこか寂しくも思っていた。
 フェイト達はいつこちらに戻れるか分からないと言う話だった。ユーノもどれぐらい掛かるか分からないが、それと同じぐらいだろうと感じていた。

(管理外、だからね……)

 滞在するには、様々な許可がいるとセイバーも言っていた。だから、ユーノやフェイト達と再会する事は、時間がかなり必要だろうとなのはも思っていた。
 セイバーは、そんななのはの気持ちを察し、その肩に手を置き告げた。

「大丈夫です。ユーノもフェイト達も必ずまた会えます。……絆は永遠です」

「……うん。ありがとう、セイバー」

 その手に自分の手を静かに重ね、なのははある事を決意する。それは、再会を誓うための儀式……。

(アレ、フェイトちゃん達に渡そう。そして……)



 フェイト達がミッドチルダに帰る。それをそれぞれのサーヴァントから聞き、なのは達は急ぎ例の計画を準備した。
 桃子や士郎、アーチャー達の力を借り、翠屋を貸し切った『全快&行ってらっしゃいパーティー』である。
 フェイト達が帰るまでの時間は、思ったよりもなく、それこそかなりの強行軍な下準備だったが、フェイト達の相手をランサーが買って出たおかげで、気付かれる事もなく、何とか当日を迎える事が出来たのだ。

 そして、その会場となった翠屋には、リンディやクロノ、エイミィの姿もあった。プレシアと話が合い、色々と今後の事も考え、アーチャーが招待したのだ。
 その姿が見えた時、アリサやはやてが何か警戒したが、プレシアがリンディを見て嬉しそうに近寄ったのを見て、それも早々に消した。
 更にエイミィが持ち前の性格で、なのは達と打ち解けたため、はやてとアリサを始めとする『管理局』に対する不信感は大分払拭する事になった。

「へぇ~、みんな同い年なんだ」

「はい。でも、エイミィさんとクロノさんは違うんですね」

 なのはが笑顔で頷く。それに呼応するようにアリサ達も頷きを見せる。ただ、アリシアだけは不満そうだったが。

「まぁね。あたしが二つ上。でも同期なんだよ、訓練校の。今は上司と部下になっちゃったけどね~」

「ねぇ、どうしてエイミィはお姉ちゃんなのに、クロノの部下さんなの?」

「あ、アリシア。せめて”さん”を付けようよ」

「いいよ、呼び捨てでも。あたし、アリシアちゃん気に入っちゃった。あ、後敬語は無しでね。仲良くしよ? ね」

「アタシもエイミィさんの事、気にいったわ。……大分気さくな人だし」

「私も。……でも、本当にいいんですか?」

 すずかの言葉に、エイミィはスマイル&ウィンクで応える。それがやたら決まっており、はやてとアリサ、アリシアから感嘆の声が漏れる。

「ええなぁ、エイミィさん。何や、大人の女って感じや」

「それ程でもないよ。で、さっきのアリシアちゃんの話なんだけど、実はね~……」

 エイミィを中心に盛り上がるなのは達。クロノとの昔話などをし、なのは達が抱いていたクロノの印象を変える事ばかり意図的に話す。
 それは、なのは達にあるクロノやリンディへの、ひいては管理局の悪印象をなくすため。
 自分が自己紹介した時の雰囲気から、管理局がなのは達子供達には良く思われていないのを悟り、エイミィは積極的にクロノやリンディの個人話をした。
 それと同時に、自分達が常に心掛けている事等も交えつつ、管理局員がどんな者達かを語る。誇大にならないように、細心の注意を払いながら。

 そんななのは達とは離れた場所では、リンディとプレシア、士郎に桃子という親達が会話に花を咲かせていた。

「そうですか。旦那さんを……」

「すみません。お辛い事を……」

「いえ、気になさらないでください。……でも、桃子さんが羨ましいですわ。こんな素敵な旦那様がいらして」

「本当ですわ。フェイトもお世話になったようですし」

 今後の事も話し合いながら、次第に話題は子供達の事へと移っていく。なのはやアリシア、クロノ等の昔話をしながら、共通の悩みや問題などを全員感じてきた事や、今後心配している事なども似ていて、四人はどこでも親の悩みは同じなのだと笑い合った。

「いつになるか分かりませんが、こちらに戻った際には―――」

「色々と頼りにしてください」

「ええ。私達も、なのはとフェイトちゃんやアリシアちゃんが友達になってくれたのが、本当に嬉しいんですから」

「……それは、私の方です。本当に、本当にありがとうございます」

 プレシアが深々と頭を下げたのを、二人はどこか気まずそうにしながらそれを止めさせる。
 そして、それを見ていたリンディは、プレシア達がこちらに早く滞在出来る手段を思いつき、プレシアへ切り出した。

「プレシアさん。もし宜しければ嘱託魔導師になりませんか?」

 そのリンディの提案に、プレシアは若干の躊躇いを見せたが、リンディの告げた内容に驚き、同時にリンディの手を握り、感謝する。
 嘱託魔導師になり、その窓口をリンディが行なう事で、プレシアにアーチャー達との連絡役も兼ねた仕事をしてもらう。
 そのための段取りも出来ない訳ではない。条件としては、プレシアが嘱託試験に合格する事だが、条件付とはいえSSランクのプレシアならば大丈夫とリンディは思った。
 嘱託となれば、ある程度管理外への滞在も大目に見られるかもしれない。おそらく通常よりも時間が短縮出来る。それを考え、プレシアもその提案を受け入れた。

 そして、親達の横ではクロノとユーノが話していた。その表情はどこか暗い。

「……そうか。君もここに……」

「ええ。一族の皆も分かってくれると思います」

「……時間は掛かるぞ。何せ、君は「ジュエルシード事件のきっかけであり、重要参考人ですからね」……そうだ」

 フェイト達がジュエルシードに関して無罪になった反面、ユーノは事件に対し、責を負う事になった。といっても、軽いものである。
 具体的に言えば、事件の概要を話す。それだけ。だが、それはスクライアへ戻る前にしなければいけない事であり、時間はかかる。
 それに仕方なかったとはいえ、ユーノは管理外の人間に魔法を教えてしまったのだ。それに関した事も状況から大した事はないと予想されるが、その間完全にミッドに缶詰だ。
 それが終わった後でなければ、スクライアの所まで行く事が出来ない。そして、プレシアが嘱託魔導師になれば、ユーノよりも早く地球に行ける。
 つまりプレシア達よりも、ユーノは地球へ戻れるようになるまで時間が掛かる事を意味する。

「大丈夫ですよ。僕は犯罪者じゃない。……ですよね?」

「ああ。それについては心配いらない。ユーノ君は、むしろ事件解決に尽力さえした。……誇っていい」

「それは、僕じゃなくてなのは達です。……僕は、ただ自分の見つけたものに対しての責任を果たそうとしただけです」

 そんなユーノの言葉に、クロノは呆れたように呟いた。

―――それを誇れと言っているんだ。

―――クロノさんこそ、アーチャーさんと対峙出来た事を誇ったらどうです?

 しつこいクロノの言葉に、ユーノが微かに怒りを覗かせる表情で答える。それにクロノもどこかムッとした顔になる。
 これが、後に続く二人の因縁の始まり。今でこそ『クロノさん』や『ユーノ君』で呼び合っているが、これがいつしか呼び捨てになる。
 それは、この日からすぐに訪れる事になる。

 そして、そんな二人から離れた別の位置では……。

「恭也。はい、あ~ん」

「やめろ忍。ノエル達が見ているぞ」

「見てないわよ。嘘吐くならもっとマシな嘘吐くのね」

 見せ付けるようにいちゃつく忍に翻弄される恭也。そのやり取りを確かにノエル達は見ていない。
 いや、正確には誰も見ていないのだった。そして、その後ろのテーブルには……。

「これ、アーチャーさんが作ったんですね」

「見ただけで分かるのか……」

「勿論ですっ! アーチャーさんの料理なら、目隠ししたって匂いで当ててみせます!」

「アーチャー様、これはどうでしょう?」

「……頂こう」

 アーチャーの隣に陣取り、その腕を絡めるファリン。ノエルはそれを咎める事もせず、自分の作ったものの品評を聞くため、さり気無く箸で差し出している。
 それを微かに戸惑いながら食べるアーチャー。ちなみにファリンは会場の飾りつけを手伝っていたので、料理を作る事が出来なかったのだ。
 そして、その横のデザートが乗ったテーブル近くには……。

「美由希殿、これは?」

「それはガトーショコラです。小次郎さんって洋菓子は全然知らないんですね」

 ケーキを前に不思議そうに尋ねる小次郎と、それに笑顔で答える美由希の姿があった。
 小次郎はパーティーが始まってから美由希との話もそこそこに、興味を初めてみる料理、特にお菓子へと向けた。
 それに内心不満を覚える美由希だったが、小次郎との時間を過ごせる事に変わりはなく、段々と上機嫌になり、今は笑顔で過ごしていた。
 そして、その近くでは……。

「これ美味しいよ、ランサー」

「ランサー、これを食べて頂けますか?」

「お、おう。……てか、近ぇよ! アルフもリニスも! 食いモンが近ぇ!」

 満面の笑みで、それぞれ食べ物を差し出す二人。だが、その雰囲気は少しも和やかではない。
 二人してランサーの腕を確保し、ランサーが好む肉料理を、押し付けるようにランサーの顔へと向けていた。
 その妙な迫力にランサーは気圧されながらも、何とかしようとしているが、その結果はご覧の通りであった。

「……何やら取り残されている感が……」

「? どうしました、ライダー」

「いえ、何でもありません。……口にソースがついていますよ、セイバー」

 目の前で展開される光景に、ライダーはどこか寂しさにも似た感情を抱き、呟く。
 それを聞き、セイバーが右手に鳥のもも肉を持って振り向いた。それに視線を移し、目にしたものに内心呆れながらも、ライダーは優しく指摘した。
 それを受け、セイバーが慌てたように口を拭くためにナプキンを手にとる。それを眺め、ライダーは思う。
 こんな時間を取り戻すために、自分達は動いていたのだと。だからこそ、密かに微笑む。この状況を作る原動力となったセイバーに。
 それは、初めてライダーがセイバーに対して払った尊敬の想い。そして、親愛の表れ。

(こうして見ると、セイバーはやはりどこか変わりました。……僅かに背が伸びた気も……)

(何でしょう? ライダーが笑っています。……そ、そんなに滑稽だったでしょうか?)

 無論、そんなライダーの想いにセイバーが気付けるはずもなく、ただ自分がした事に対して恥ずかしがるだけだった……。



 そんなこんなのパーティーも、いつかは終わりが来るもので……。

「今日は、私達のためにこんな盛大なパーティーをして頂いて、本当に感謝の言葉もありません。
 特に、フェイトとアリシアのために力を貸してくれた方が、こんなにもいた事に……心から感謝します。ありがとうございました」

 プレシアの言葉に誰もが黙って耳を傾ける。そう、プレシア達は、明日リンディ達と共にミッドチルダへと出発するのだ。
 テスタロッサ家との実質的な別れは、明日の見送りであるが、士郎達にとってはこれが見送りのようなもの。
 知り合ってすぐに別れるのは寂しいが、戻ってくると知っているからかその表情は明るい。

「いつになるかは分かりませんが、またこの町に戻って来たいと考えています。
 その時には、改めてご挨拶に伺いますので、よろしくお願いします。……アリシア」

「え、えっと……今日は楽しかったです! 友達も一杯出来たし、エイミィやクロノともお話出来て嬉しかったよ!
 絶対にまた会おうねっ! 約束だよ? ……フェイトの番だよ」

「う、うん。……言いたい事はアリシアと一緒。私、この町に来て良かった。なのは達に会えて、沢山の人達に会えて……。
 絶対に、絶対に戻ってくるから! だから……少しだけさよならです。ありがとう……ございました……っ!」

 満面の笑顔で語ったアリシアとは対照的に、フェイトは徐々に涙を浮かべていき、最後は感極まって涙ながらの締めに、なのは達も涙を流した。
 士郎達もそんなフェイトの気持ちを思い、瞳を潤ませていた。そうして、プレシア達が最後の言葉を終えたところで、ユーノがクロノに押し出される形で前に出た。

【きっちり自分の口から告げたまえ】

【……後で覚えていてくださいよ】

 そんなやりとりを交わし、ユーノは周囲を見渡して、意を決して告げた。

「僕も、ミッドに戻る事にしました」

 その発言に驚いたのは、高町家を除く全員だった。特にアルフの驚きは大きい。本人から帰るのは高町の家だと聞いていたからだ。

「まず、僕の事で心配している部族の皆を安心させたい。そして、フェイト達と同じように、僕もこの世界で暮らせるように許可を取ろうと思うんだ」

 ユーノがそう言うと、全員に納得の空気が漂った。特に顕著だったのはすずか。それをはやてに指摘され、慌てて手を振っていた。

「ただ、ジュエルシードの事で色々と話さなきゃいけない事が多いからね。時間は……フェイト達よりも掛かると思う」

 その一言に、再び空気が微かに重みを増す。だからこそ、ユーノは笑顔で言い切った。
 必ず帰ってくると。『家族』がいるこの町に。”親友”がいるこの町に絶対帰ってくると。
 その言葉は、紛れも無いユーノの決意。それを感じ取り、なのはは笑顔で頷き、思う。

(ユーノ君、嘘吐かないもん。……信じて待ってるからね?)

 念話で言わないのは、何か恥ずかしい気がしたから。そして、何かすずか達に悪いと思ったから。
 自分だけ魔法に頼るのはズルイと感じたからこそ、なのはは心で呟くだけにしたのだ。

こうして、この日のパーティーは終わりを告げた。幾多もの縁を繋ぎ、またそれが新たな絆を生む。

そして、いつか絆は奇跡を紡ぐ力へとなる……。




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最終回前半。かなり登場人物多くて大変でした。

それぞれに何とか焦点を当てたつもりですが、どうだったでしょう?

次回、無印完全完結。



[21555] 1-9-2 無印最終回 後半
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/18 06:31
「今頃、見送りの真っ最中か……」

「そうね。……泣いてないといいのだけれど」

 店の準備をしながら、士郎と桃子はそう言い合う。その表情は笑顔。そう、なのは達は今朝発つフェイト達の見送りに出かけている。
 学校が休みだったのも幸運だった。だからこそ、何の気兼ねもなく見送りに行けたのだ。
 まあ、学校があっても遅刻させて見送りに行かせただろうが。

「……寂しくなるな」

「そう、ね……」

 フェイト達と出かけた旅行や昨日のパーティーを思い出し、二人は願う。出来るだけ早くフェイト達が戻ってこれるように、と。


Innocent mind



 海鳴海浜公園。そこに準備された転送魔法陣。そこにリンディ達とプレシア達、ユーノがいた。そして、向かい合うようになのは達の姿がある。
 見送りに来たのは、なのは達子供組とセイバー達サーヴァント組のみ。士郎達大人組は仕事や敢えて来ない事を選んだ。
 一番辛いのは、なのは達だと分かっていたから。だからこそ、深い関係を築いたなのは達とセイバー達だけにしておこうと考えたのだ。

「ランサー、体に気をつけて」

「あまりフェイト達に苦労をかけないようにな」

「おう。で、お前には言われたくねえ」

 セイバーに笑みを、アーチャーには呆れ顔を返すランサー。それに二人は笑みを浮かべる。

「みっどちるだとやらの土産話を楽しみにしておるぞ」

「食べ物は結構ですので、出来れば向こうの本を買ってきてください」

「ああ、わ~った。にしても、買うのはいいけどよ? 文字読めるのか……」

 小次郎には楽しげに、ライダーにはやや驚きを返すランサー。
 それにライダーは、読めないならそれはそれで面白いのでと返し、小次郎がそれに笑いながら同意するように頷いた。
 ランサーはそれに苦笑いしつつも、きちんと買ってくると約束した。

 そんな風に和やかにしているサーヴァント達と違い、どこか賑やかな雰囲気が漂うのは、子供達だ。

「絶対、今年中に戻ってきなさいよ。出来れば夏までに」

「あ、アリサちゃん。夏は……流石に無理じゃないかな?」

「ね、夏に戻って来れたらどうなるの?」

 アリサとすずかのやり取りに、アリシアが問いかける。それにアリサが旅行に行こうと告げる。
 その行き先は決めていないが、きっと楽しいからと言い切るアリサ。
 それに微笑みながらすずかも頷く。アリシアはそれを聞き、絶対夏には戻ってくると力強く言い切った。

「残念や。もう少ししたら誕生日やったのに。出発、わたしを祝ってからにしてくれへんの?」

「ご、ごめん。来年は絶対お祝いするから」

「にゃはは、はやてちゃんもワザと意地悪言ったらダメだよ~? フェイトちゃんが本当に気にしてるから」

 なのはの言葉にはやてが舌を出す。それにフェイトが騙されたといった表情ではやてを睨む。
 それにはやてが少し慌てて謝ろうとしたところで、そんなはやてに今度はフェイトが舌を出す。
 フェイトの行動に軽く驚くなのはとはやてだったが、それに二人して笑顔を浮かべる。フェイトも楽しそうに笑みを浮かべた。

「でも、ユーノが一緒に行くのは良かったわね」

「僕としても、一人で戻るより寂しくないから大助かりだよ」

「わ、私も話し相手になってくれる人が多いのは嬉しいから」

 アリサの言葉に笑みで答えるユーノ。その視線をフェイトへ向けると、フェイトもそれに頬を赤くしながら頷いた。
 だが、それを見ていたアリシアが、頷きながらも不思議そうにフェイトへ尋ねる。

「わたしも~。でも、何でフェイトは顔赤いの?」

「お~、アリシアちゃんはええ事言った。ささ、フェイトちゃん答えを―――いたっ!」

 はやての笑みを浮かべた言葉に、アリサの無言の鉄拳が炸裂。フェイトは戸惑いながらも「べ、別に変な意味はないよ」と答え、アリシアは不思議に思いながらも納得。
 ユーノはそんなやり取りを聞きながら笑みを浮かべる。フェイトが顔を赤くしているのは、きっと照れているのだと思っていたから。
 周囲が変に意識しないようにと考えて、自分が変に意識してしまったためと判断したのだ。

「ユーノ君、色々大変だろうけど気をつけてね」

「うん。体壊さないようにしてよ?」

「ありがとうすずか、なのは。大丈夫だよ。取調べは、クロノ執務官が担当してくれるそうだから」

 ユーノの言葉に二人も安心の表情。クロノの人となりは、エイミィとの話で大分把握していたからだ。
 真面目で堅物だけど、義理人情はある。決して杓子定規で判断しない人間。それがエイミィの告げたクロノの人物像。
 故に、ユーノの事も心配いらないと思えたのだ。

 そして、そんな七人にクロノが近付き、小さく告げた。

「そろそろ行こう。あまり待たせるのも悪い」

「……そうですね」

 アースラは事件調査を終え、もう帰艦しなければならない。それは、クルー達が久方ぶりの休みを取れる事にも繋がるのだ。
 それを理解しているユーノだからこそ、クロノの言葉に気まずそうな表情を返したのだ。

 そんなユーノとクロノの会話を聞いたなのはが、突然付けていたリボンを取った。それは、入学祝いとして士郎達がくれたもの。
 風になびくように揺れる髪。そして、呆気に取られる周囲に構わず、なのはは、そのリボンを一つずつフェイトとアリシアへと手渡した。

「これ、私のお気に入りのリボンなんだ。これ、フェイトちゃんとアリシアちゃんにあげる」

「なのは……」

「……いいの?」

 アリシアの言葉になのはは笑顔で頷いた。再会を信じてるから。思い出と約束の品にしてと告げて。
 それにフェイトがリボンを抱きしめ、アリシアがなのはのリボンを嬉しそうに見つめる。
 そして、フェイトが自分のリボンを外し、その一つを代わりにとなのはへと手渡した。再会を誓うから。思い出を貰ったお礼と約束の証にと。

「フェイトちゃん……」

「私も同じ。お気に入りなんだ、これ。だからなのはに……」

「じゃ、わたしも~」

 そしてアリシアも一つを外し、なのはへ手渡した。それを受け取り、なのはは微笑んだ。
 それを見て、アリサ達が失敗したような表情を浮かべた。

「もう、なのはだけずるいじゃない」

「私達も何か持ってくればよかったね」

「そやな。……よし、わたしの髪の毛を……」

「不気味よ! てか、嬉しくないわっ!」

「あ、アリサちゃん……段々突っ込みが板についてきてるよ」

 はやての発言にアリサが反論。それを見てすずかがやや苦笑い気味に告げた。
 それにアリサ以外が笑い、アリサがはやてのせいだと言ってまた笑いを取る。

 そして、アリサがなのはに二人からのリボンを付け、すずかがフェイトに、はやてがアリシアにそれぞれリボンを付けた。
 そしてなのはは、ユーノに向かってどこか躊躇いがちに告げた。
 ユーノにも最初リボンを渡そうと思ったが、男の子にそれはどうかと思い、諦めた事。そして、代わりに用意したのは……。

「袋……?」

「う、うん。クッキー焼いたんだ。……初めてだから、あまり自信はないけど」

「ありがとう。大切に食べるよ」

 嬉しそうなユーノの言葉に、なのはは顔を赤くしながら笑みを浮かべた。それをはやてがニヤニヤ眺め、アリサから本日二度目の鉄拳を喰らう。
 すずかは、そんな二人をどこか悔しそうに見つめ、フェイトは、そんななのはを羨ましそうに見つめていた。アリシアだけが、単純にクッキーを貰った事に対して、いいなと言っていた。

「……さ、行こう」

 全てが終わったのを見計らい、クロノが告げる。それに頷き、ユーノ達が歩き出す。
 なのは達は、その場からそれを見送る。気付けばセイバー達も隣に来ていた。

「セイバーも何か渡した?」

「いえ。……ああ、ただ思いは渡しました」

「思い?」

「ええ、また会いましょう、と。……さ、そろそろですよ」

 セイバーの言葉になのはが視線を戻すと、転送魔法陣の上にフェイト達が並んでいた。
 それに大きく手を振るはやて。それに続けとアリサとすずかも手を振り出し、負けじとアリシアが振り返す。
 なのはも両手を振り、ユーノ達へと声を掛ける。セイバーもなのはのように両手を振り、激励を送る。
 ランサーがそれに手を挙げ、ライダーとアーチャーはそんなセイバーに苦笑し、小次郎は笑みを浮かべている。
 フェイトとユーノも手を振り、アルフも大きく手を振り返す。リニスとプレシアはそんな光景に微笑み、リンディも小さく笑みをこぼす。
 クロノはどこか羨ましそうにそれを眺め、小さく「エイミィ、頼む」と告げた。

「いい? せ~のでいくわよ? せ~の……っ」

「「「「行ってらっしゃ~い!!」」」」

 アリサの呼びかけを瞬時に理解し、なのは達が大声で叫ぶ。それにフェイト達も顔を見合わせ、頷き合って……。

「せ~の……」

「「「行ってきます!!」」」

 ユーノの掛け声に合わせ、フェイト達がそれに応じる。互いに笑顔を送り合う。そして、その直後フェイト達が消えた。
 まさに図ったようなタイミングで。それになのは達は揃っておかしそうに呟く。

「「「「……絶対エイミィさんだ(や)」」」」

 そんな四人を見つめ、セイバー達は微笑みを浮かべた。悲しい別れではなく、希望に満ちた別れだったと。
 だからこそ、これからを考えなければならない。管理局と関わった以上、魔法世界との接点が増える。
 幸か不幸か、魔力を持っているのはなのはだけだが、今後の事を思えばそれでも問題だ。

(なのはが管理局へ行く事を決めた時、ハヤテ達はどうするのでしょう……)

 仲の良いなのは達。管理局については、リンディとの話で色々聞いている。その局員のほとんどがミッドチルダに居を構えているそうだ。
 つまり、局員は他の世界勤務でない限り、大抵ミッド暮らしとなる。地球は、管理外で辺境らしく、そう簡単に行き来できないと予想出来た。
 それは、なのはと中々会えなくなる事を意味する。そして、もう一つの問題は……。

(私は……ついて行くべきでしょうか。それとも、ここでなのはの帰る場所を守るべきなのでしょうか?)

 そこまで考え、セイバーはふと笑う。それは、まだ先の話なのだ。それに、まずなのはが管理局に入らない事も十分有り得るのだ。
 故にこれ以上考えても意味がない。そうなった時に考えればいい事だ、とセイバーは思い前へ視線を向ける。
 そこには、はやて達と笑い合うなのはの姿がある。それにセイバーは微笑みを浮かべる。どうなろうとも、自分はあの笑顔を守るために動くのだ。
 その初心を思い出し、セイバーはなのはへ呼びかけた。

「なのは」

「? どうしたのセイバー?」

「そろそろ行きましょう。翠屋の手伝いをしなければ」

「は~い」

 それに呼応し、はやて達もそれぞれ動き出す。はやて達はすずか達と共に図書館へ。アリサは小次郎を連れて買い物へと。
 途中まで全員で歩くなのは達。話題は、間近に迫ったはやての誕生会。会場は去年と同じく八神家。何が欲しいかと尋ねられ、はやては冗談で「妹」と答え、アリサ達を呆れさせる。
 絶対アリシアを見たからでしょう。そのアリサの言葉にはやてはバレたかと苦笑い。すずかはそれに苦笑しつつ、確かに可愛かったもんねと頷く。
 なのはもそれに頷き、みーちゃんが妹だと思えばと告げる。それにはやてがやや呆気に取られた後、その発想はなかったと笑った。

緩やかに過ぎていく時間。穏やかな日々。誰もが平和が戻ったと実感していた。しかし……。



アーチャーの部屋。そこの棚に置いてある鎖で縛られた本。それから不穏な雰囲気が漂う。まるで、何かが目覚めようとするかの如く。

誰かが言った。終わりは始まりなのだ、と。次なる災い。それはもう、すぐそこまで迫っているのかも知れない……。




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無印終了。原作の感動を超える事は無理でした。……名前を呼んで、を超えるイベントは俺では不可能です。

そして、終了と同時にA's編の予兆も。

しばらく本編を進ませるのは中断し、空白の時間を少し描こうと思います。具体的には、無印で少し出てきた海水浴や小次郎と恭也達の出会い等です。

今度も良い意味での原作ブレイクと言ってもらえるよう頑張ります。



[21555] 1-10 A's序章&準備編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/27 06:05
「今日はほんま楽しかったな~」

「そうだな。こちらとしても腕の振るい甲斐があった」

 明日ははやての九歳の誕生日。本当なら、明日誕生日会をすると聞いていたはやてだったが、サプライズに拘るアリサにより、バースディイヴパーティーを決行されたのだ。
 アーチャーは、どうやら知っていたらしく、料理をちゃっかり準備(はやてには、明日の仕込みと告げていた)し、はやてを騙す片棒を担いでいた。
 そして、つい一時間前になのは達が帰り、お風呂から上がってノンビリとリビングで寛いでいたのだ。
 本当ならフェイトやアリシア、ユーノ等も来て欲しかったが、それは叶わない事をはやては知っている。だからこそ、来年はと思っていた。

「でも、セイバーさんのプレゼントはないな……」

「……言うな。用意しただけ去年よりマシだ」

「でも……特大シュークリームは、なぁ」

 セイバーは、去年の誕生日会に何もプレゼントを用意しなかった。その教訓から今回は自分で考え、何と桃子に協力まで仰ぎ作ってきたのが、ジャンボシュークリームだった。
 思い出すのは、自慢げなセイバーの顔。誰も考えつかないものを用意したと言って出した表情と、その後の全員からの視線に恥ずかしがっていたセイバー。

 ちなみに、それは中々上手に出来ており、それに関してはアーチャーも驚いた程だ。まぁ、皮を焼いたのは桃子なので、セイバーはクリームを作っただけなのだが。
 それをはやては内心苦笑しつつ食べた。そして、セイバー達にも食べてもらった。その時、一番喜んでいたのは、他でもないセイバーだった。

「しかし、そう言う割には喜んでいたように見えたが?」

「当然や。どんなもんであれ、わたしのために用意してくれたんやから。セイバーさんは……若干怪しいけど」

 そう言ってアーチャーとはやては笑みを浮かべる。おそらく、今頃なのは達から同じように言われているだろうと想像したからだ。

「……さ、そろそろ眠れ。夜更かしは美容の天敵だぞ」

「お~、アーチャーがわたしに女性扱いを。はっ、明日から九歳やからか!? 守備範囲になったんかっ!?」

「……そんな言葉をどこで覚えた」

「マンガ」

「……最近の少女漫画という奴は……」

 頭を押さえるアーチャー。はやてはそんなアーチャーに笑みを浮かべると、車椅子を動かそうとして止まった。
 そして、どこか言い出し難そうにアーチャーへ視線を向ける。それにアーチャーも気付き、何事かと思って口を開いた。

「どうかしたか」

「えっと、あんな……今日、一緒に寝たいんやけど……あかんかな?」

「大人扱いはまだ遠いな……今夜だけだ」

「うんっ!」

 アーチャーに車椅子を押され、向かうはアーチャーの部屋。実はこうしてアーチャーの部屋ではやてが眠るのは、今回が初めてではない。
 最初はアーチャーが部屋を作った次の日。二度目は夜にホラー物の映画を見た時。三度目はすずかから忍の話を聞いた日。
 それ以外にも多くある。そして、その度にアーチャーは決まって「今夜だけ」と言っていた。つまり、何だかんだで、アーチャーははやてに優しいのだ。

 部屋に入り、アーチャーに抱えられ、車椅子からベッドへ移されるはやて。ちなみに俗に言う『お姫様抱っこ』である。
 はやてが丁重に扱えと言ったために、アーチャーがからかいを含めて始めたのだが、はやても初めこそ動揺したり恥ずかしがったりしたが、現在では特に何も感じないのか、平然としているように見える。

(あ~、何やろ。やっぱ落ち着かんな)

 実際はかなり照れているのだが、それにアーチャーは気付いていないのだ。

「さて、では明かりを消すぞ」

「うん、ええよ……優しくしてな」

「……やはり自分の部屋へ行け」

 こんなやり取りも毎度の事。二人してどこか笑いながら言い合う。そして、明かりが消え、少し他愛ない話をしていたが……。

「……すぅ……」

 横になってしばらくし、はやてが眠りに落ちた。それを確認し、アーチャーも目を閉じた。時刻は午後十一時を過ぎ、もう今日も終わりを告げようとしていた。



その名はヴォルケンリッター



 時計が規則正しく時間を刻む。そして、それが午前零時をさした瞬間、鎖で縛られた本が宙に浮き上がり、怪しげな光を放つ。
 その魔力にアーチャーは意識を覚醒させる。そして、視線を動かし、空中に浮かぶ本を見た瞬間、その手にとある宝具が握られる。
 それは、ルールブレイカー。魔力で出来たものを初期の状態へと戻すロストロギアの天敵。
 そう、アーチャーがジュエルシードにルールブレイカーを試したのは、この本が何らかの原因で封印から解き放たれた時に備えるため。

 だが、アーチャーがそれを突き刺す前に、変化が起こる。床に魔法陣が現れ、そこから人間が四人現れたのだ。
 その身に魔力を纏い、さながらサーヴァントの召喚のような状況に、さしものアーチャーも戸惑いを隠せない。

 そして、その四人の人物は跪いたまま、口々に喋り出す。彼らは闇の書の主を守る守護騎士。その名をヴォルケンリッターというらしい。
 その口から出た守護騎士という言葉に、アーチャーは仮面の男の言葉を思い出す。自分を見た時、男が尋ねた守護騎士。それが眼前の四人なのだと。
 そして、闇の書の主というのがはやてを指している事に気付き、アーチャーは静かにはやてを揺り起こした。

「はやて、起きろ」

「う、ううん……何や? もう朝?」

「いや、異常事態だ」

 アーチャーの言葉にはやては目を擦りながら、視線を動かし、その目を見開いた。
 そこには、桃髪の女性に金髪の女性。赤髪の少女と獣の耳と尾を生やした男性がいた。

「さて、君達の言う主はこの少女だ」

「主?」

 事態を飲み込めないはやてに、四人を代表し、シグナムと名乗った桃色髪の女性が説明を始める。それを聞きながら、アーチャーは内心でため息をついていた。
 JS事件と呼ぶ事になったジュエルシード事件終結からまだ日も浅い。にも関わらず、厄介事が起きたと理解出来たからだ。
 そう、それはこの闇の書をどうするかではなく……。

「……ですから、貴方が我らが主なのです」

「ほ~、何やわたし凄い人やったらしいで」

「のようだ。で、聞きたい事があるのだが」

 この状況を収める事。そう思って告げたアーチャーの言葉に、全員が訝しむように視線を送る。それにアーチャーが、はやての保護者のようなものだと告げ、更にはやてが家族だと告げると、その視線が若干和らいだ。
 それにアーチャーは苦笑すると、一番確認しなければならない事を尋ねた。

「君達は魔導師か?」

 その質問をした途端、再びシグナム達の表情と気配が変わった。だが、それをものともせずアーチャーは続けた。

「何、知り合いにいるものだからな……はやて」

「へ? う、うん。なのはちゃんとフェイトちゃんって言って、わたしの大切な親友なんよ」

 はやては急にシグナム達が雰囲気を変えた理由が分からず、不思議そうにしていたが、アーチャーに話を振られた理由は理解出来た。
 だから、笑顔でシグナム達に向かって告げた。その言葉にシグナム達は戸惑いを見せた。親友。その言葉を使う仲がどういうものかを、彼らもよく理解していた。

「……我らは魔導師ではありません。ベルカの騎士です」

「べるか?」

「……違いを聞かせてもらえるか? 何分私達は魔法について詳しくないのでね」

 アーチャーの言葉にはやてが頷いたのを見て、シャマルと名乗った金髪の女性が語り出す。
 魔法にはミッド式と呼ばれるものと、ベルカ式と呼ばれるものがあり、ベルカ式とは、ミッド式とは違い、近接戦闘や個人技に重きを置いた魔法体系。
 そして騎士とは、ベルカの使い手の中でも一流の者に許された称号なのだと。そして、ベルカ式は現在では使い手も減り、衰退しているとも告げた。

 それを聞き、アーチャーは納得した。何故リンディやリニスがベルカの話をしなかったのかを。
 知り得るはずの無い魔法。更に衰退しているとなればわざわざ教える必要はない。それに、リンディはともかくリニスは存在そのものを知らなかった可能性もある。
 そう考え、アーチャーは視線をザフィーラと名乗った獣耳を生やした男性へと向けた。

「失礼だが、君は使い魔か?」

「……ベルカでは騎士を守る存在を使い魔と呼ばず、守護獣と呼ぶ」

「おお、かっこえ~な」

 その後、蒐集という『闇の書』本来の目的行為についての話になったが、はやてがその詳しい方法を聞き、きっぱりと断言した。

「禁止や!」

「「「「はっ?」」」」

「人様に迷惑かけるような事はあかん。それに、凄い力言うても……」

 はやての脳裏に思い起こされるのは、ユーノから聞いたジュエルシードの暴走の推察。

(ジュエルシードも、下手したら世界を壊しかねんってユーノ君も言っとたし)

「わたしはそんなんいらん。とりあえず、今は『家族』が増えて嬉しい。みんなで平和に暮らす。ええな?」

「いや、家族と言われましても……」

「シグナム達はわたしを守る騎士なんやろ? で、わたしは主。そやから面倒見るんは当然や! やから、家族」

 はやてにとって、大きな力は災いを呼ぶ事になるものとしての意味合いが強かった。それは、ジュエルシードと関わったからの結論。
 だから、蒐集という、人のリンカーコアを狙い、尚且つ疲弊させる事など当然許せるはずはなかった。
 故に望むのは、平和な暮らし。そして、新たな『家族』の出現を喜びたい。そんな気持ちで一杯だった。

 一方、シグナム達ははやての発言に戸惑っていた。今まで多くの主を見てきた彼らにとって、蒐集を禁止した者は初めてだった。
 それもプログラムに過ぎない自分達を家族と呼ぶなど、何から何まで理解が追いつかない事ばかりだったのだ。

 そんなシグナム達の戸惑いを理解したアーチャーは、微かに笑みを浮かべると立ち上がった。
 そして、全員にこう告げた。夜も遅いし、詳しい話は朝にしようと。それにはやてもシグナム達も頷き、アーチャーはシグナム達をそれぞれ空き部屋に案内するからと部屋を後にした。
 はやてはどこか不服そうだったが、先に寝てると告げ、ベッドに横になった。

「あ、ヴィータはわたしの部屋でええよ。アーチャーは出来るだけさっさと戻ってくる事」

 そうドアが閉まる瞬間に告げる辺り、やはりはやては強かだった。



「それで、何が聞きたい」

「……察しが良くて助かる」

 アーチャーは部屋を出ると迷う事無くリビングへと向かった。そして、全員分のお茶を淹れ、椅子に座った。
 シグナム達もどこか警戒をしながらではあったが、椅子へ座った。そして、シグナムが四人を代表してそう切り出したのだ。

「強大な力と言っていたが、それはどんなものだ?」

「何?」

 アーチャーが尋ねたのは、意外な事だった。シグナムだけでなく、シャマル達もどこか驚いた表情を浮かべている。
 それにアーチャーはやや呆れた顔で答えた。

「当然の事だと思うがね。聞けば、今までは蒐集を行なうのが常だったようだ。そしてその完了で得られる見返りは、強大な力。
 しかし、それが何かは分からん。なら、聞きたいと思うのも当然では?」

「蒐集を成し遂げた後……」

 アーチャーの質問に全員が黙ってしまう。思い出そうとして、何故か思い出せない事に気付いたからだ。
 今までも何度か蒐集を完了させた事はある。だが、何故かその記憶が綺麗に消えているのだ。
 その事に、何故だかシグナム達は言いようのない不安を覚えた。

「……分からない、と言うところか」

「……ああ。何故か知らんが思い出せん」

「そうか。それが癒しに使えるのならと思ったのだが……」

 アーチャーの言葉に、シグナム達が疑問符を浮かべた。それにアーチャーは語った。はやての足の事を。
 闇の書の力が治癒に使えるものなら、それに頼ろうと思ったのだと。それを聞き、シグナム達も納得した。
 そして、同時にアーチャーが本当にはやての事を考えている事を理解していた。

(どうやら、この男は本当に、主の事を親身になって考えているようだな……あまり警戒し過ぎるのも考えものかもしれん)

(一先ず、この人は敵ではなさそうね。それにしても、足の病気だなんて……私の力で治せるかも。朝になったら試してみましょう)

(こいつ、本当に敵じゃね~のか……のくせに、さっきあたしらの殺気を受けて平然としてやがった。どっちにしろ、油断はできね~な)

(主の言う通り、家族なのだな……とすれば、先程の無礼を詫びねばならんか)

 四人が何かを考え始めたのを見て、アーチャーは苦笑しつつある事を告げた。

「私を疑ったり、怪しんでもらって構わん。私が逆なら同じ反応をするからな。だが、出来ればはやての前ではやめてほしい。
 はやては君達を『家族』と言っていただろう。あれは私も同じようなものだからだ。親近感を感じたのかもしれん」

「どういう事だ?」

「私も君達と同じで、普通の人間ではないという事だ」

 アーチャーは自分とはやての出会いから今までを簡単に語る。それを聞き、シグナム達から警戒心が薄れていく。
 アーチャーが告げた内容。それは、まさしく騎士と呼んでもおかしくないものだった。はやての笑顔のために。それを守るために行動しているのだと。

 それを聞き終わった後、シグナム達が全員して椅子から立ち上がり、アーチャーに対して頭を下げた。
 それにアーチャーは苦笑を浮かべ、止めてくれるように告げる。自分の嘘だったらどうする、と。
 その言葉にシャマルが、嘘ならはやてに聞かれてバレるようなものにしないと反論した。
 だがアーチャーが、意識を操っているかもしれんと返せば、シグナムが、そんな器用な事が出来るようには見えんとバッサリ。
 その言葉にアーチャーが、内心過去の自分を思い出し、微かに悲しんだのは内緒の話。

「……とりあえず確認しておくのは以上の事だ」

「何だよ?」

「君達は、表向きはやての親戚という事で通す。異論は認めん」

 ヴィータの言葉にアーチャーはそう言った。その言葉に、シグナム達は頷く。それを確認し、アーチャーは次の言葉を告げる。

「そして、はやての事は外では名前で呼んでもらう。これも異論は認めん」

 それにシグナムとザフィーラがやや心苦しそうに頷く。一方、シャマルやヴィータは別に何でもないように頷いていた。

「管理局に知られるのは避ける。これについては安心しろ。接点があるからこそ、打てる手がある」

 アーチャーの発言に、シグナムとシャマルが安堵する。ヴィータやザフィーラもどこかホッとした表情をしている。

「最後に、蒐集行為は禁止……だが事情によっては、はやてには秘密で行なう」

「……万が一に備える、か」

「確かに気になるものね。足の病気が原因不明の麻痺なんて」

 そう。アーチャーが危惧したのは、はやての病気の事だった。もしその原因が闇の書にあるなら、覚醒した今、どうなるか分からない。
 そう考え、シグナム達に提案したのだ。もし、闇の書が原因ならば、その力で何とか出来るかもしれない。故に、それに備え、万一の場合ははやてに黙って蒐集行為を行うと。
 ただ、人ではなく魔法生物と呼ばれる存在限定。それもはやてに知られた時を考慮し、殺さない程度にする。完全蒐集をし、対象を殺すのは禁止。

「でなければ、私が酷い目に遭わされるのでね」

 そう告げた時、シグナム達は揃って笑みを浮かべ、そして力強く頷き賛成した。まだはやてと出会って間もないが、優しい心の持ち主である事は理解していたのだ。
 そして、同時にアーチャーの性格も。なにしろ、シグナム達が魔力の多い魔導師からも奪えばいいのではと提案した際、アーチャーはこう言い切った。

「効率はいいのだろう。だが、ならば聞く。君達は、自分達の苦労を減らすより、はやての心に傷を作る事を取るか。
 それとも、はやての笑顔のために、自分達の苦労を増やす事を取るか……どちらだ? 私は迷う事無く後者を取る」

 そして、先程の言葉に続く。それははやての事を考えて言った言葉だった。だが、同時に他者を傷付ける事を、どこかで避けている節も見えたのだ。
 だからこそ、シグナム達は主従揃って優しい心の持ち主と思い、それに従う事にしたのだ。
 騎士として、主に言われた事を破りたくはない。だからこそ、シグナム達は願う、アーチャーの不安が外れてくれるようにと。

「さて、もう時間も遅い。話はこれぐらいにしよう。細かい事はまたでいい。部屋は空いている所を好きに使ってくれ」

「分かった……アーチャー、と言ったな」

「そうだが……何かあったか?」

 自分の部屋へ戻ろうとしたところで、シグナムに呼び止められ、アーチャーはその足を止める。

「いや、これから面倒を掛けるだろう。すまんな」

「私達、魔法がない世界は初めてだから」

「……世話になる」

「苦労をかけるだろうが、よろしく頼む」

 それぞれがアーチャーに告げた言葉に、アーチャーは、どこか他人行儀だった頃のはやてを思い出し、笑みを浮かべる。
 そして、その表情のまま四人に告げた。

「気にするな。我々は家族になったのだ。支え合い分かち合うのが当然なのだから。だから―――」

―――言いたい事があれば言ってくれ。やりたい事ならやればいい。ダメならばそう言うし、出来る事なら力になろう。それが『家族』というものだ。

 そう笑みと共に告げ、アーチャーは去っていく。それは以前はやてに告げた言葉。その声に込められたのは、紛れも無い優しさと思いやり。
 それを感じ取り、シグナム達は更に驚いた。何故なら、歩き去るアーチャーからはまったく警戒心が感じられなかったのだ。

(あの笑み……あの言葉……そしてこの無用心さ。奴は……本当に我々を……?)

(あんな顔も出来るのね。でも……家族、か。本当にあの人は、こちらを警戒しないで家族として扱うつもりかしら……?)

(何だよ、あいつ……ああ、くそっ! 一体何なんだよ、あんな隙だらけにしやがって! ……そっちがそのつもりでも、あたしは……)

(……長年騎士を見てきたが、あれ程の男は中々見た事がない。どうやら、今回は色々と今までとは違うようだ。だが……)



こうして、守護騎士達の八神家最初の夜は終わる。
翌朝、アーチャーの作った朝食の美味しさに、全員が言葉を失うのは、また別の話……。






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無印~A's編空白期第一弾にして、A's編の始動編。

魔法と出会っているために、守護騎士に驚きが少ないはやて。そして、仮面の男から聞いていた言葉により、アーチャーが色々と動き出す……のかな?

既に原作と違い、アーチャーという先駆者がいたため『家族』認定もあっさりです。

この話から秋までは、のんびり平和な空気です。……多分。



[21555] 1-11 準備編その1 前編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/30 15:33
「……つまり、管理局には知られたらダメなんやな?」

「そうだ。リンディ艦長達個人なら理解を示してくれるかもしれんが、管理局全体は完全に不可だ。
 何せ、この闇の書はロストロギア。しかも、聞けば過去に何度か敵対してきているらしい」

 シグナム達が現れた翌朝。今日は、はやての誕生日なので、おそらくなのは達が直接お祝いを言いに来るとアーチャーは予想した。
 なので、はやてにシグナム達の紹介と彼女達への説明を任せるために、昨夜の内に決めた事を伝えていた。
 まぁ、朝にすると言っていたにも関わらず、既に話し合ったアーチャー達に対して、はやてが不満を述べはしたが。

 そして告げたのは、近所には遠縁の親戚と説明する事となのは達には真実を話してもいい事。ただし、条件として管理局への情報漏洩をさせない事が絶対と念を押した。
 それにはやては笑みを浮かべて言い切った。なのは達は事情さえ理解してくれれば、絶対に誰にも言わないと。そのはやての断言に、シグナム達はどこか信じられないと感じていたが、アーチャーだけは「だろうな」と笑いながら同意した。

「とにかく、わたしが伝えるのは、蒐集ちゅう迷惑な事はせ~へんって分かってもらう事やな」

「そうだ。今回の闇の書は、誰かに危害を加えるものではない。それを理解してもらう必要がある」

「で、もし何かのキッカケで暴走とかしても……」

「私が無力化出来る。これだけ条件が揃えば、彼女達も不安には思うまい」

 そのアーチャーの言葉にはやてが頷く。アーチャーがジュエルシードを無力化したのは、ユーノ達からはやても聞いている。だからこそ、不測の事態にも不安などなかった。
 ただ、唯一の懸念はシグナム達がいなくなってしまう事だったが……。

「ま、まずそんな事態にはならないだろう」

 そう言うアーチャーの言葉に、はやても心から頷き、視線をシグナム達へと向けた。
 全身タイツのようなものを着ているシグナム達。その格好を見て……。

「まず、服をどうにかせんとな」

 こうして、アーチャーがはやての両親の衣服を修繕し、とりあえずの普段着を確保する事になるのだった……。



『騎士』から『家族』へ……



 現在、はやて達六人は駅前のデパートに来ていた。というのも、何とか当座の服は確保出来たのだが、元々サイズが合っていなかったり、男性用は、ある程度アーチャー用に修繕したため、ザフィーラ用の数が少なかったりと問題もあった。
 そして、女性であるシグナムとシャマルは下着という問題があったので、必然的に買わざるを得なかったのだ。

「じゃ、わたし達は婦人服売り場に行くわ。お昼前に待ち合わせ場所に行くから」

「分かった。なら、私はザフィーラと紳士服売り場へ行き、先に待ち合わせ場所で待っているぞ」

 フロア案内を見ながら、二人は待ち合わせ等を話し合い、男性と女性に別れて歩き出す。時間がおそらく掛かるであろう女性陣。それを考慮し、アーチャーはそう告げた。その事をはやても理解し、どこか苦笑気味に頷いた。
 そして、はやてはシャマルに車椅子を押してもらい、四人でエレベーターへ。だが、アーチャーはザフィーラと共にエスカレーターへと向かう。エレベーター前が混んでいたのを見たからだ。

「……俺は衣服など必要ないのだが」

「くどい。確かに本来ならそうなのだろうが、曲がりなりにも八神家で暮らす以上、人らしくしてもらうと言ったはずだ」

 どこか躊躇いがちに告げるザフィーラに、アーチャーがそう言って黙らせる。守護獣たるザフィーラにとって、衣服は戦闘時に着る騎士甲冑でしかなかった。それが、今回は主とその家族の意見により、普段から衣服を着用する事を義務付けられたのだ。
 同じ頃、似たような事をシグナムが発言し、はやてに同じように論破されていた。

「……本当にお前は、主のような事を言うのだな」

「三年以上も共に過ごせば嫌でも影響を受ける。それと、はやてだ」

「……そういうところもだ」

 アーチャーの指摘に微かに苦笑をしつつ、ザフィーラは呟いた。その視線の先には、目的の売り場が見えてくるのだった……。



「二人共、これはどうや?」

「いえ、その……少し過激では……」

「は、はやてちゃん。私はこういうシンプルなので……」

「な、なぁ……何かはやての目がギラついてね~か?」

 はやて達女性陣は、意外にも衣服はあっさり決まったのだが、中々決まらないものがあった。そう、下着である。
 ので、現在下着の絶賛試着中。といっても、はやてがシャマルとシグナムの反応を見て、楽しんでいるだけなのだが。

 選ぶ色も黒や紫、赤といったものばかり。大人しい色は一切渡さず、デザインも中々派手なものばかりという徹底振り。それにシグナムもシャマルもたじたじ。幼い外見に劣等感を抱くヴィータが、内心子供の姿で良かったと思う程の熱の入れようだった。
 そうした下着選び(の名を借りたはやての欲望発露)は、耐えかねたシグナムとシャマルが勘弁して欲しいと告げた事で終止符を打たれる事となる。
 その二人の表情にはやても悪かったと頭を下げ、許しをもらったものの……。

(……まぁええか。今日のお風呂で楽しませてもらお)

 全然、まったく、これっぽちも懲りていなかったのだった……。



 それぞれの服選びも終わり、一度待ち合わせの場所であるレストラン街へとやってきたはやて達。すると、既にアーチャー達は店の選別をしていた。
 どうやらザフィーラがどんな料理かを聞いて、それにアーチャーが答えているようだ。その様子を遠巻きに女性達が眺め、ヒソヒソ話していた。
 その内容は分からなかったが、どうも二人を見ている女性達の反応から”カッコイイ”と思われているとはやては感じた。

(ま、確かに二人共、こうして見れば男前やからな)

 どこか満足げに頷き、はやては視線でシャマルに近付いてくれるように伝える。それに応じて、シャマルが車椅子を動かした事でシグナム達も動き出す。
 それまでは、周囲のディスプレイ等を見ていたようで、特にヴィータが料理のサンプルを食いつくように見入っていた。

「何話とるんや?」

「何、ザフィーラが聞いた事のない料理ばかりだと言うのでね」

「アーチャーに説明をしてもらっていました」

 どこか畏まったザフィーラの口調に、はやてはやや寂しく思いながらも頷いた。敬語なしでと言ったにも関わらず、シグナムとザフィーラはそれだけは、と固辞したのだ。名前で呼ぶのは承服するが、敬意を払う事に問題はないと言って聞かなかったのだ。
 アーチャーは、はやてが納得するならそれでいいと告げ、はやては二人がどうしてもと言うので構わないとしたのだが……。

(あ~、やっぱせめて外では禁止にしとくべきやったな……)

 どこか違和感を感じる物言いに、はやては内心苦笑し、視線をアーチャーへ向ける。アーチャーもそれは同じだったようで、表情は苦笑気味。

「さ、じゃ……何食べよか」

「はやてちゃん、私達は……」

「何がどういう物か知りませんので……」

「ある……はやてにお任せします」

「……あたしもはやてに任せる」

 シャマル達三人は揃って困った顔で答えた。ザフィーラが主と呼ぼうとし、アーチャーの視線で言い直す。
 唯一ヴィータだけは何か言いたそうだったが、三人の答えを聞いてそう言った。
 だが、そんなヴィータに笑みを浮かべ、アーチャーがはやてに視線を送る。それを受け、はやても笑みを浮かべて頷いた。
 そんな二人のやり取りに疑問符を浮かべる四人。すると……。

「わたしはヴィータに決めてもらいたいな」

「え? いや、でも……」

「どうした? まさか君は、自分の意見を持たず、はやてに委ねる事しか出来ないのかね?」

「んだと! んな訳あるか! あたしだって意見ぐらいっ!」

「お、何や?」

「……あの旗が刺してあって、色々乗ってるやつが……食べたい」

 そこまで聞いて、シグナム達もはやてとアーチャーが何を考え、そして先程の視線だけのやり取りで何を通じ合ったかを悟り、感心していた。

(成程、ヴィータの反応から聞き出そうとしたのか……)

(でも、ヴィータちゃんは素直に言い出せないから、ああやって言い出し易いように挑発して……)

(言わせた、か。念話を使わず、視線だけでそれを理解し合えるとは……やはり、アーチャーと主は深い絆があるようだ)

 三人がそんな感想を抱いたのと同じように、ヴィータもまた二人の狙いとそれに乗せられてしまった自分に反省していた。
 だが、それと同時にどこか嬉しく思っている事に気付いていた。

(くそ、まんまとアーチャーに乗せられちまった。でも、はやてもアーチャーもあたしのために言ってくれたんだよな。あたしのため……か)

 そして、昼食はヴィータの希望通りファミリーレストランへ入り、楽しく食事をした。
 自分の頼んだものが”お子様ランチ”と呼ばれるものだと知り、ヴィータが何とも言えない表情して、全員に笑われる一幕があったり、はやてとアーチャーによる分析や批評があったりしたが……。



 食事を終え、後は帰るだけとなったのだが、アーチャーはせっかくなので色々と見ておきたいと申し出た。
 住む者が増えた事で、入用になるものが他にもあるかもしれないと。それにはやても異論はなく、そのまま全員でデパートを見て回る事になった。

 寝具コーナーでは、シャマルとヴィータが羽毛布団に感激し、シグナムはアーチャーから枕の重要性を教わり、はやては真剣にリビングで寝ると言い張るザフィーラと、部屋で寝るようにと説き伏せていた。そして、女性陣のパジャマを購入。
 雑貨コーナーでは、シャマルとはやてが色々と楽しげに見ている後ろで、ザフィーラとシグナムがそんな二人を微笑みを持って見つめ、アーチャーはヴィータの質問に答えながら、売り物のヨーヨーを実演したりした。ここでは、特に何も買わず。
 そして、子供が大好きな玩具コーナーで……。

「あ……」

 色々と見て回るという事で当然ここにも足を運んだのだが、そこでヴィータが目にしたのは、とあるウサギのヌイグルミ。
 シャマルは、少女に人気の擬人化した動物を主体とした人形や小物に「可愛いっ!」と心奪われ、シグナムは、少年に人気のヒーローの使う剣や銃の玩具に「中々良く出来ている」と目を惹かれていた。
 ザフィーラはそんな二人をどこか意外そうに思いながらも、静かに笑みを浮かべ、はやてはシャマルと一緒になって、どれか買おうと盛り上がっていた。
 唯一全体を見渡していたアーチャーだけが、そんなヴィータの反応に気付き、その視線を追って微笑んだ。

「欲しいのか?」

「っ!? ち、違う。誰があんな……」

「そうか……だが、残り一つか。おそらく次に来る頃には無くなるな」

「……何が言いてぇ」

「それは私の台詞だ。言っただろう。言いたい事があるなら言ってくれ、と」

 そのアーチャーの言葉にヴィータはハッとなった。そして、視線をアーチャーへと向け、そのまま固まる。

(な、何でこんなに優しい顔してんだよ、こいつ……)

 そこには、ヴィータが初めて見るアーチャーの微笑みがあった。その穏やかさにヴィータは声を失い、ただアーチャーを見つめる。
 アーチャーはそんなヴィータにどこか不思議そうに思いながらも静かに近付き、こう告げた。

「私もはやても、心から君達を家族と思っている。だから、君達の意見を聞いているのだ」

「……笑わね~か」

「何を笑う。どこも可笑しくなどない。君は可愛らしい少女だから、な」

 アーチャーの”少女”という表現に怒りを感じるヴィータだったが、それを堪えて無言でウサギのヌイグルミを持ち上げ、アーチャーに押し付けた。
 それを苦笑混じりに受け取り、アーチャーははやて達の傍へ向かう。その後姿を拗ねるように見つめ、ヴィータは呟く。

「……ありがとよ」

 その表情こそ拗ねていたが、声にはどこか嬉しさが滲んでいるようだった……。



 家への帰り道。両手に二つずつ荷物を下げたアーチャーとザフィーラ。シグナムも手にしているが、その量は少ない。最後に食料品を買い、荷物が増えたのだ。そんな三人の前を歩くのは、車椅子を押すシャマル。そして、上機嫌なヴィータ。
 はやてはシャマルと共に、そんなヴィータを見つめて微笑んでいる。
 ヴィータの腕に抱えられているのは、デパートで買ったヌイグルミ。アーチャーが包むのを断り、そのままヴィータへ渡したのだ。それを照れながらもお礼を述べて、ヴィータはずっと嬉しそうに抱えていたのだ。

「しかし、こんなにも食料が必要か?」

「……言い忘れていたな。今日ははやての誕生日だ」

 ふと思い出したように言ったシグナムの一言に、アーチャーがそう小さく答える。それに驚きを見せるシグナムとザフィーラだったが、アーチャーがはやてに聞こえないように言った事で、何かを悟り笑みを浮かべた。そして、シグナムが確認するように小さく尋ねる。

「……パーティーでもする気か?」

「そうだ。はやての誕生祝いと家族が増えた事を祝うために、な」

「……手伝える事はないか?」

「ないな。何、はやての相手はヴィータ達がしてくれそうなのでな。正直他に思いつかん。精々皿等を並べてもらうぐらいか」

 どこかすまなさそうに問いかけるザフィーラだったが、アーチャーはそれに苦笑で答える。その言葉に二人も苦笑を浮かべ、視線を前を行くははやて達へと向ける。
 楽しそうに語り合うはやてとヴィータ。それに笑顔を見せて加わるシャマル。そんな光景を眺め、シグナム達にも笑みが浮かぶ。

(騎士として、こんなに穏やかな時間は初めてかもしれん。家族、か。こんな中で生きていくのも……悪くない)

(守護獣としての務めより、家族としての務めの方が難しいかもしれんな。だが……良いものだ、こういう日々も)

 そんな事を思う二人に浮かぶ笑みを見て、アーチャーもまた笑みを浮かべる。

(最初はどうなるかと思ったが、はやてのおかげか意外と早く現代に順応し始めたようだ。
 後は、私への信頼だが……ま、それは追々得ていくとしよう。さて、そのためにも、今夜の食事は尚の事気合を入れねばならんか)

 そう思うアーチャーの表情には、心からの笑顔が浮かんでいるのだった……。




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無印からA'sまでの空白期。たった一日でも変化を与えるはやてとアーチャー。

おそらく二人共『家族』に対する想いを強いからでしょう。アーチャーなんて、本当に他人を家族として想って接してましたからね。

次回はこの続き。冒頭でもあったなのは達とヴォルケンの初対面です。



[21555] 1-11 準備編その1 中編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/10/31 07:38
 笑顔を浮かべ、楽しそうに歩くなのは達。そう、なのは、すずか、アリサの三人は八神家に向かっていた。用事は一つ、はやてに誕生日おめでとうと言うため。
 昨日のサプライズパーティーで伝えたには伝えたが、やはり当日に言わなければと思っている三人は、言葉だけでもと八神家を目指していた。

「さすがにもう驚かせるネタがないわ」

「アリサちゃんは驚かすの好きだよね」

「にゃはは、でもはやてちゃんも喜んだし、昨日のパーティーは成功かな?」

 なのはの言葉通り、はやては最初普通に遊ぶものと思って三人を迎え入れた。だが、なのは達がはやてと遊んでいる間に、密かにアーチャーが後からやって来たセイバーとライダーを招き入れ、三人でパーティーの準備をした。そして、全てが整った合図に、アーチャーがはやての部屋へ現れ「迎えが来た」と告げる。それになのは達は、はやてを最後にするようにリビングへ。
 飾りつけされた室内。テーブルには、アーチャーの料理の数々とセイバーが持参した桃子作の誕生日ケーキ。そして、驚くはやてになのは達から告げられる「誕生日イヴパーティー」との言葉。
 三人からそれを告げられた時、はやては……。

「そうね……まさか泣くとは思わなかったけど」

「それはそうだよ。明日だと思ってたのを突然されたらね」

「はやてちゃん、泣きながら怒ったもんね。わたしをショック死させる気か! って」

 入念にはやて本人も交えた打ち合わせをし、当日を楽しみにしておけと言われていたはやて。だが、それを大きなフリにしようと考えたのはアリサ。
 かくして、前代未聞の前日誕生パーティーが決行されたのだった。

 さすがに今日はパーティー無しで、ただお祝いの言葉を伝えるしか出来ないのだが。

(はやてちゃん、今日はアーチャーさんとお祝いするのかな?)

 そんな事を考えるなのは。その視線の先には、八神家が見えてきていた……。



新しい出会い、芽生える心



 八神家のリビング。そこにあるソファーに座り、なのは達三人がどこか困った顔をしていた。その原因は先程はやてから聞かされた話。

「まさか……ねぇ……」

「はやてちゃんの家に……」

「ロストロギアが……あったなんて……」

 アリサ、すずか、なのはの順に言葉を紡ぐ。その危険性が少ない事やもしもの際の対処も確立されているので、三人も不安はないと言ってもいいのだが、その表情が微妙なのは……。

「リンディさん達には、内緒……なんだ……」

「フェイト達にはどうするのよ? プレシアさんは管理局に入るようなもんでしょ?」

「それもそうだけど、一番の問題はシグナムさん達だよ! もしもの時はシグナムさん達はどうなっちゃうの?
 シグナムさん達は、闇の書を封印したら消えるかもしれないんでしょ?」

 なのはの言葉にアリサ達の表情が暗くなった。そう、リンディ達管理局関係者には言わないで欲しいとの言葉より、いざといった時の対処の結果が問題だったのだ。
 それははやても同じように感じているのか、どこか苦しそうな表情だったが、それでもはやてはハッキリと言い切った。

「大丈夫や! そうなっても、何とかみんなは助けてみせる。それに、そうならんよう色々アーチャーが考えてくれとる。そしてっ!」

「「「?」」」

「……わたし達には、アーチャー達がおる。そやから……大丈夫やっ!」

 はやての笑顔に、三人は一瞬呆気に取られるが、すぐにそれに笑顔を浮かべて頷いた。

「そうだね。でも、何とかリンディさん達にも分かって貰えたらいいのに……」

「そうね。なのは、何か手はない?」

「え? う~ん……あ! はやてちゃんが主だから、今までとは違いますよ……って言うのは?」

「確かに彼女達は納得するだろうが、管理局全体はそうもいかん。確実に何らかの制限か監視が付くだろう」

 なのはが思いついた案は、アーチャーによってすぐに撃沈した。それにがっくりと肩を落とすなのは。アリサとすずかは、そんななのはを笑いながら慰めていた。
 はやてはどこか苦笑い気味になのは達を見つめ、シグナム達はなのは達の話す内容から、三人がはやてと同じく優しい心の持ち主だと把握していた。

(真っ先に心配するのが、暴走時の被害ではなく、私達の事とは、な……)

(はやてやアーチャーの言う通りだ。こいつら、本当にはやての”親友”なんだ)

(今日出会った私達の事を受け入れただけじゃなく、もしもの時の心配まで……本当に優しい子達ね)

(平和な時代だから、と言ってしまえばそうかもしれん。だからこそ、このような優しき心は尊いのだろうな……)

 四人が改めてこれまでと現状の違いを感じ、小さく笑みを浮かべる。その視線ははやて達四人に注がれていた。互いに笑い合いながら、何とか良い意見はないかと議論しているが、どれも問題があるのかアリサやすずかがダメ出しし、それになのはとはやてが、あ~でもないこ~でもないと意見を出す。
 そんな微笑ましい光景を見て、シグナムも自然と思う事があるようで……。

【ヴィータ、シャマル、ザフィーラ】

【どうしたよ?】

【何?】

【何かあったか?】

【……何があっても主達の笑顔を守るぞ】

【アーチャーみてぇだな……ま、はやてに関しては言われるまでもね~】

【あら、じゃあなのはちゃん達は?】

【……はやてが泣くかもしれね~からな。仕方ねえから守る】

【もう、ヴィータちゃんは素直じゃないわね】

 笑いながら言われたシャマルの言葉に、ヴィータはそっぽを向いた。それを三人が小さく笑みを浮かべる。

【ザフィーラはどうだ?】

【盾の守護獣の名に賭けて、あらゆる災厄から守り切ってみせよう】

 騎士として、家族として心密かに誓う。そう、それはアーチャー達の誓いと同じ。少女達の笑顔を守るために戦う。その想いは、騎士ではなく一人の人間してのもの。
 それに四人はまだ気付かない。しかし、はやてとアーチャーとの触れ合いが、なのは達の想いが、四人に”心”を与えた。いや、目覚めさせたのだ。

 一方、アーチャーもそんなはやて達に笑みを浮かべていたが、ある事を思い出し、表情を僅かに変える。それに気付く者はいない。

(あの仮面の男、猫を通じてこちらの状況を知ったはず。さて、これで奴の正体も判明するか……)

 そう、今朝みーちゃんへはやてはシグナム達を紹介していた。アーチャーが敢えて紹介させたのもある。みーちゃんが使い魔なのは既に知っている。だからこそ、その主人であろう仮面の男が何者なのかを確かめなければならない。
 実は、アーチャーには一つの仮説があった。それがあるため、管理局に気付かれるかもしれない可能性を敢えて犯したのだ。

(ジュエルシード事件の際、奴は一度現れ警告したのみだった。管理局員ならば、そのままで終わらせるはずがない。
 おそらく、奴は管理局員ではないのか、あるいは何か事情があって闇の書を監視しているのだろう。
 しかし、奴は管理外と呼ばれているここで、魔法をあっさり使った。それが露見しないと踏んでいたためだろうが、それは局員らしからぬ行動だ)

 そう、仮面の男が局員ならば、JS事件の際に何もしないはずがない。だからこそ、アーチャーは試したのだ。
 これで管理局が動けば男は局員となり、JS事件の際何故行動しなかったのかを追及し、はやて達への制限や監視の類に関する牽制に使い、動かなければ局員ではないのか、または後ろ暗い事があるのだろうと結論付けられる。
 だがアーチャーは、十中八九局員ではないと踏んでいる。リンディ達との話し合いの中で既に聞いているのだ。彼女達が地球にやってきたのは、調査の延長線上だったと。つまり、誰かから連絡は受けた訳ではないのだ。

(仮面の男の事は、念のためシグナム達には教えておくか……? ……いや、下手に警戒させて相手に気取られても不味い。
 まずは相手の出方次第か。それにしても、私達がいるから、か……信頼が重いな)

 そう考えを纏め、アーチャーは苦笑する。そして、その視線をはやて達からシグナム達へ移し、小さく告げた。

「私は夕食の準備を始めるから、はやて達を見ていてくれ。それと、夕食を食べていくかも聞いてくれ」

「ああ、分かった……ヴィータ」

「何だ?」

 静かにキッチンへ向かうアーチャー。それを見送りながら、シグナムはヴィータへ呼びかける。それに不思議そうな表情のヴィータ。それを見て、シグナムはさらりと「主達から今の事を聞いて来てくれ」と告げた。
 その内容にヴィータが何か言おうとするが、それより早くシャマルがはやて達に声を掛ける。

「はやてちゃん! ヴィータちゃんが遊んで欲しいって」

「なっ?!」

「お~、そかそか。なら、何しよ?」

「やっぱトランプでしょ!」

「ね、ゲームにしようよ」

「私は何でもいいよ」

 シャマルの一言でまた騒がしくなるなのは達。定番をアリサが提案する中、さり気無くなのはが、自分の得意分野にしようとする辺り、中々抜け目ない。すずかはそれを気付きながらも微笑んで決定を委ね、はやてはちゃっかりトランプを手にしていたりする。
 そんな四人を見て、ヴィータがシグナムとシャマルを横目で睨む。

「……覚えてろ」

 そう言って、ヴィータははやて達がいるソファーの方へ歩いていく。はやてが手招きしているからだ。その背中を見つめ、シグナム達は笑う。
 それは、以前なら考えられない光景。戦いに身を置くのではなく、ただ平穏に身を置き、主の家族として過ごす。それは、守護騎士として生きていた中で初めての事。だからこそ、思うのだ。”守りたい”と。

「な、はやて。晩飯をええっと……」

「なのは、だよ。高町なのは」

 ヴィータが自分を見て言葉に詰まったのを感じ、なのははもう一度名乗った。それをヴィータは聞いて頷いた。

「高町達も食べてくのかって、アーチャーの奴が聞いてくれってさ。」

「あ、アタシはいいわ。今日はパパ達と一緒に食べられるかもしれないから」

「私も遠慮するね。今、ファリン達のお手伝いしながら、お料理のお勉強してるんだ」

「私もいいよ。今日ははやてちゃん達だけで、ね」

 そのなのはの言葉で、はやては思い出した。今日が何の日だったかを。そして、三人が断った理由はそこにもあるのだと気付いた。
 だからはやてはどこかすまなさそうに、でも嬉しそうな声で答えた。

「そうか……ちょう残念やけど了解や。アーチャー、聞こえとったな? なのはちゃん達はいらないそうや」

 そのはやての言葉に、アーチャーは無言で片手を挙げた。それを見て、はやて達は笑みを浮かべる。そして、それを合図にアリサがトランプをシャッフルし、それぞれへ配っていく。
 ババ抜きに決まったようで、はやてはヴィータにルールを教え、見本のように数字の同じカードを捨てる。それを見て、ヴィータも同じようにカードを捨てていく。なのは達も同じように捨て、手元に数枚のカードが残る。
 そして、ジャンケンをし、カードを引く順番を決める。はやてが勝ち、はやてがヴィータから、ヴィータはなのはからカードを引く事になった。

「……ふっ、ヴィータの奴、何だかんだで楽しそうだな」

「そうね。なのはちゃん達も楽しそう……」

「いいものだな、この世界は」

 三人の視線の先では、トランプを手にし、なのはからどれを引くか迷っているヴィータの姿があった。しかも、どうやらなのはにババがあるらしく、なのはがどこかドキドキしている。

(ど、どれ引くかな?)

(くそ……どれがハズレだ……?)

 なのはの手にある札は五枚。その中の一枚がババ。なので、ヴィータは五分の四の確率に賭けた。だが、手が一枚の札に掛かった途端、念話がヴィータに聞こえてくる。

【それ、ババだよ】

【……心理戦のつもりか?】

【ち、違うよ。ヴィータちゃん、初めてだから勝って欲しいなぁって……】

【へっ、生憎あたしにはそんな同情は……いらねぇ!】

 やがてヴィータが意を決して引いた札がババだったようで、なのはは苦笑を浮かべ、ヴィータが引いたまま若干固まった。
 そして、元に戻るや否やなのはに「卑怯だそっ!」と言い出す始末。それになのはが「何でっ?!」と言って困惑していた。
 そのやり取りの内情が分からないはやて達は、やや不思議顔。

「……ったく」

「ふふふ、ヴィータちゃんもすっかり仲良しさんね」

「……あれでは騎士の名が泣くな」

 呆れながらもどこか笑みを見せるシグナム。シャマルは微笑みながらそれを見つめ、ザフィーラは微かに笑みを浮かべてそう呟く。

 そして、そんな会話をキッチンで聞いているアーチャー。その表情は柔らかな笑み。だが、それでも手つきは熟練のもの。一つのミスもなく、淡々と作業をこなしていく。

(やれやれ、フェイト達がいなくなったと思えば、今度はシグナム達か。賑やかになるのは結構だが、私の苦労が増えるばかりだな)

 そんな事を思いながら、次々と料理の下拵えを終わらせていくアーチャー。その顔には、暇を持て余したシャマルやシグナムが手伝いを申し出るまで、終始笑顔が浮かんでいた……。



出会った少女達と騎士達。それが意味するのは、新たな縁と新たな道。




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なのは達とシグナム達の初対面。何か打ち解け過ぎかもしれませんが、はやてとアーチャーから色々聞いた上、これまで様々な人間を見てきている四人には、なのは達がどういう人間か良く分かる、と……。

さて、そろそろもう一人の魔法少女を書く時かもしれません。でも、その前にまだ書かなきゃいけない事がある気がする……。

ま、ライダーやセイバー、小次郎もいますので、そっちが先かな? しかし、ホントキャラ増えたなぁ……。



[21555] 1-11 準備編その1 後編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/11/02 07:07
 八神家 リビング。そこのテーブルに五つカップが置かれ、そこからは微かなハーブの香りが漂っていた。アーチャーが淹れたハーブティーだ。八神家は基本緑茶だが、すずかと接点が出来てからと言うもの、紅茶も置くようになり、アーチャーのこだわりから心を落ち着けたり、安眠効果などがあるハ-ブティーも増えてきていた。

 だが、カップに手を付けず、シグナム達は目の前のアーチャーへと視線を向ける。アーチャーはその視線を涼しげに受け流し、静かにカップを傾けた。

「……そろそろ始めよう」

「それはいいが、飲まないのか? 毒など入れんし、そんな気もない」

「……私は頂くわ」

「シャマル?」

「どうしたんだよ?」

「私達に毒なんか入れたところで、アーチャーさんに得などないもの」

【出された物に手を付けないのは、相手への明らかな不信感よ。それに、淹れてくれるところから飲むところまで見たのだから】

「それもそうだな。ならば、俺ももらうとしよう」

【シャマルの言う通りだ。奴がどういう性格かは、我らもある程度は知った。それに、主とあれ程意志を通わせる男だしな】

 シグナムのどこか急かすような声にも、アーチャーは動じる事もなく、そう切り出した。それを受けて、シャマルがゆっくりとカップに手を伸ばす。そして、どこか不思議がるシグナムとヴィータにそう告げて、静かにカップを傾けた。その言葉にザフィーラも頷き、カップへ手を伸ばす。
 それをアーチャーはどこか苦笑混じりに見つめた。それに気付いたシグナムがやや訝しむように視線を送る。その視線の意味を悟り、アーチャ-はすまないと言って、こう続けた。

「いや、はやてがいないだけで、お茶一つがここまで警戒されるとは。そう思っただけだ。他に他意はない」

「そうか……いや、謝るのは私も同じだ。主が家族と呼ぶお前を疑い過ぎるのも、良くなかったかもしれん」

「仕方ない。確かに君達にとって私は、信頼に足る存在ではないのだろうからな。気にしないでくれ」

「……すまん」

 シグナムの言葉にアーチャーは笑みを浮かべる。律儀なのはいいが、あまり固く考えるな。そう告げて再びカップへ手を伸ばす。そのアーチャーの言葉にシグナムは少し憮然としたが、それを口にする事なく自分のカップへと手を伸ばす。そして、カップを傾けた。
 横目で見てみれば、ヴィータも飲んでおり、視線が合った。それにシグナムはどこか苦笑するも、ヴィータと揃ってカップを置いた。

「では、始めよう。まず私が聞きたい事は一つ」

「んだよ?」

「はやての事だ」

「「「「?」」」」

 アーチャーの問いかけの意味を理解出来ず、四人は疑問符を浮かべる。何故なら、はやての事は、むしろ四人の方がアーチャーに教えてもらう事の方が多いのだから。
 だが、次のアーチャーの一言に四人は納得する。それは……


”闇”に光を当てる夜



「なのは達が魔法を使えるのは、リンカーコアと呼ばれるものがあるからだそうだ。はやては闇の書の主なのだろう?
 なら、何故魔法が使えないのだ。リンカーコアがないとでも?」

「……成程な。おそらくだが……」

 代表で答えたのは、騎士達の纏め役であるシグナム。はやてのリンカーコアは、おそらく闇の書の中に内包されているので、魔法行使は出来ないのだろうと告げた。それを聞いてシャマルがそれを肯定する。リンカーコアがない人間が、そもそも主になれるはずはないと。それに、シグナム達守護騎士も、はやての魔力で存在を維持しているとの事。
 それを聞き、アーチャーは納得した。そして、それを確認し、次はシグナム達が質問を始めた。なのはが管理局に入っていない理由や、フェイト達の事。そして、リンディ達管理局との関係についてと、話は簡単なものから複雑なものにまで及んだ。

 アーチャーがそれを全て答えた頃には、ポットに入っていた紅茶がなくなっていた。それに気付き、アーチャーが少し失態をしたというような表情を浮かべた。
 その理由を四人は理解出来なかったが、アーチャーの手にしているポットを見て、何となくだがそれを悟った。そして、誰ともなく笑みを浮かべる。

「……すまん。私とした事が残量に気を配り忘れるとはな。すぐに代わりを淹れるから待っていてくれ」

 そう言うと、アーチャーはポットを片手にキッチンへ。その後姿を眺めて、シグナム達は呆れ顔。それもどこか苦笑気味。

(まったく……奴は何なのだ。茶の代わりをすぐに用意出来なかったぐらいで。まぁ、それが奴らしいと言えば奴らしいか)

(別にそこまで気にしなくてもいいのに。でも、管理外世界とは分かっていたけど……まさか局員と個人的な協力関係とは、ね)

(あいつ、晩飯の時も思ったけど、もしかして家事全般に関してああなのかよ? だとしたら……はやて達の言った通り”主夫”ってやつだな)

(やれやれ、我々へ気を使うのは程々で構わんのだが……主といい、奴といい些か気を回し過ぎな気がするな)

 そして四人は互いの表情を見て、小さく笑う。考えている事が同じだと感じたのだろう。その時、ふとシャマルが呟いた。

「こんな風に笑い合うなんて……今まであったかしら」

「……平時に念話もなしで互いの考えが分かるなども……なかったな」

 シャマルの呟きにザフィーラがそう続き、それにシグナムが頷いた。ヴィータも何も言わなかったが、どうやら同じ事を思ったらしく、その事に少し意外そうな顔をしていた。
 以前も互いの考えが分かる事はあった。だが、それは戦闘中のみ。戦いを離れれば、互いの事には不干渉とでも言うように、ほとんど無関心だった。それがどうだ。はやてが主になり、たった一日。アーチャーやなのは達との触れ合いもあったが、それがここまで自分達に影響しているとは。
 そんな事を考え、四人は黙った。それは心地良い静寂。これまで感じた事のない雰囲気。まるで、本当に自分達が『家族』になったような空気を感じて、四人は声を出さなかった。

 そんな四人の前に、アーチャーがティーポットを手に戻ってきた。だが、その香りが先程とは違う。それに気付いたシャマルが尋ねると、アーチャーは少し意外そうに「よく気付いたな」と表情を変えて答えた。そろそろ寝る事を考え、安眠効果のあるカモミールティーにしたのだと。
 その言葉にシャマルが笑う、そこまでしなくてもいいのに、と。

「何を言う。相手が誰であろうと、誠意を持ってもてなすのは当然だ。そこに一切の妥協はない」

「お前……本当は執事だろ」

 ヴィータは遊んでいた際、アリサやすずかから聞いたのだ。アーチャーが月村家に行った時は執事服を着こなし、実に本職と見紛う程の働きぶりをしていると。
 だが、そんなヴィータの言葉にアーチャーはどこか軽く笑みを見せて「そうだとしたら何だね?」と返した。さすがにそれはヴィータも予想していなかったのか、少し驚きを見せると顔を背けて「何でもね~よ」と答えるだけだった。

 その後の話は、昨夜決めた事に関する再確認などをしていたのだが……

「やはり思い出せんか……」

「……ああ。我々も、何とか記憶を呼び起こそうとしているのだが……」

 どうしても蒐集完了後の事がアーチャーも、そしてシグナム達も気になっていた。忘れようのないはずの記憶。それが異様な程綺麗に消えているのだ。考えれば考えるだけ不安になってくる。それがシグナム達の思いだった。
 一方のアーチャーとしても、それはどうしても見逃せない話だった。最初は、シグナム達が敢えて教えないようにしているのかとも考えたが、四人の様子からしてその可能性が薄い事を悟っていた。

(まさかこれ程までにうろたえるとは、な)

 昨夜といい、今夜といい四人は見るからに戸惑っているのだ。それが演技かどうかはアーチャーには分かる。それが、本心からのものだと。
 シャマルやシグナム辺りならば、まだ誤魔化しも出来るだろうが、ヴィータはどこか顔に出易い節がある。その彼女が焦りにも似た感情を見せている事に、アーチャーは確信に近いものを抱いたのだ。

「……しかし、そう考えると歴代の主は何とも短絡的だったのだな。自分が得る力が何なのかも知ろうとせず、ただ蒐集させるとは」

「そう、だな……むっ」

 何か思い出した事でもあったのか、シグナムが表情をやや険しくし、アーチャーを見つめた。

「どうした?」

「いや、何か今の言葉に聞き覚えがあったような気がしてな。主が短絡的と言ったところから最後までが、な」

「……どういう事だ?」

「シャマル、どうだ。お前も聞き覚えはないか?」

「言われてみれば……どことなく」

「あたしもだ。確かに、何かそんな事を誰かに言われた気がする……あ~、くそっ! 何か腹立ってきた!」

「俺にも覚えがある。その後、こう言われたはずだ」

―――”救いがないな、お前達も……そして彼女も。同情するよ”

 その言葉にアーチャーは黙る。そう、何故か彼はその言葉が引っかかった。言い方も内容も、まるで自分が言いそうなものだからなのもある。だが、何よりもアーチャーが考えていたのは……

(彼女……だと? それはその時の主か? だが、それならば主と言えばいいはず。まだ何か……闇の書にはあると言うのか……?)

 その疑問に答えを出すべく、アーチャーは尋ねた。その彼女というのは、その時の主の事を指しているのか、と。
 それを聞き、即座に答えは返ってこなかったが、ややあってからシャマルが答えた。おそらく違うと。それは、マスタープログラムであるもう一人の守護騎士と呼ぶべき存在の事だろうと。

「管制人格、か」

「ええ。ただ、蒐集が四百頁を超えてからじゃないと……」

「起動しないのでな。それに主の承認がいる。おそらく会う事は出来ん」

 シャマルとシグナムの言葉にアーチャーも納得し、ふと尋ねた。それが、ある意味での運命への岐路。

「マスタープログラムと言ったな? それならば、闇の書の力の効果等も説明出来るのではないか?」

 その発言に四人の表情がハッとなる。どうしてそれに気付かなかったのか。そんな思いが顔から表れていた。しかし、そのための大きな問題が一つあった。それは……

「だが、主が許さん」

「ええ。はやてちゃんが蒐集を禁止しているし……」

「……無理、だな」

「致し方ないが、諦めるをえん」

 そう、はやてが蒐集を禁止している現状では、四百を超える頁を蒐集するのは不可能だ。それを四人は思い出し、そうアーチャーへ告げたのだが、アーチャーはそれにどこか苦笑を浮かべてこう返した。

「何か忘れていないか? はやては君達を『家族』と呼んだのだ。なら、一人だけ寂しい想いをさせると思うかね?」

 その言葉が何を意味するか知り、四人は驚愕する。それは、はやてに管制人格の事を教え、四百頁までは蒐集を許可させるという事。確かにそれならば、はやても許可を出すかもしれない。
 だが同時にそれは、はやてがなのは達に言った事に反する事になる。そうシグナム達が考えたと同時に、アーチャーは真剣な表情で告げた。

 その事は自分からなのは達に理解を求めると。それに、万が一に備える意味でも完成時の事を知る必要があると。そして、もし反対されても何とか説き伏せてみせるとも。これに関しては、全ての責を自分が負うと断言し、アーチャーは言った。
 これで結果的にはやてに笑顔が増えるのなら、自分はどう思われても構わない、と。

「それに、四百頁までは蒐集を終えておけば、いざという時も残りが少なくすむ。それではやてを助ける事になるなら、安い物だ」

 その決意と覚悟にシグナム達は黙る。その声に込められた真摯さを感じ取り、真意も悟ったからだ。

(いざという時には、全ての責を背負うつもりか。悪いのは、自分一人だと。だがそれは……)

(はやてちゃんだけじゃない。それはなのはちゃん達のためでもある。はやてちゃん達に及ぶかもしれない危機、それを回避する……でも)

(こいつ、どうしてそこまで自分を蔑ろに出来んだよ。お前に何かあったら、はやてだって悲しむって分かってんだろうが!)

(この男の本質、見えたかもしれん。ならば……我らがすべきは……)

 視線を互いに送り合う四人。それだけで、何を考えたかを察し、頷く。そして、アーチャーへ視線を戻し、シグナム達も真剣な面持ちで告げた。
 自分達も責任を負う、と。それは騎士としてだけではない。はやての、アーチャーの家族として当然の事だと言い切って。

 はやての事を思って行動するのは、本来守護騎士の役目だと。それならば、責任を取るのは自分達だ。そう言ってシグナムはアーチャーへ向かってはっきりと告げた。

「私は烈火の将シグナム。そして、炎の魔剣レヴァンテイン。この剣、お前と共に主の道を切り開こう」

「私は湖の騎士シャマル。そして、風のリングクラールヴィント。この癒しの力、貴方と共にはやてちゃんを守ります」

「あたしは鉄槌の騎士ヴィータ。そして、鉄の伯爵グラーフアイゼン。この鎚、お前と共にはやての不幸を打ち砕く」

「俺は盾の守護獣ザフィーラ。この拳と鋼の体、お前と共に主を助け、全ての災いを防ぎ切ろう」

 シグナムをキッカケに、シャマルが、ヴィータが、ザフィーラが宣言する。それは、騎士としての誓い。それは、アーチャーを同志と認めたからの言葉。それは、はやての『家族』だからこその想い。
 それを理解し、アーチャーはそれに応えるべく、告げた。

「私は弓兵のサーヴァント、アーチャー。その言葉、有難く受け取らせてもらう。そして誓おう。決して、はやての笑顔を無くさせはしないと」

 その言葉に四人が頷いた。それにアーチャーも頷きを返す。こうして、彼らの想いは繋がれた。



 翌朝、はやてはもう一人の『家族』の存在を知らされ、大いに悩む。だが、そのための方法が、少なくとも他者に迷惑を出す事がないと知り、四百頁までの蒐集を渋々許可した。
 なのは達への説明と理解はアーチャーがすると聞き、はやては自分も共に行くと言ったため、アーチャー達は揃って苦笑した。

 そして、蒐集への備えとしてシグナム達は、はやてに騎士甲冑のデザインを願い出た。それを受け、はやてがどこか楽しそうにデザインを考える間、アーチャー達は蒐集対象について打ち合わせ。
 なるべく頁を稼ぎ易い生物を見つけ、基本的にその種族のみを蒐集する。これは、蒐集の意味を知ったアーチャーが、万一の事態が起きた場合、闇の書に多くの攻撃方法を与えないための提案である。
 その分、苦労と労力は多いだろうが、それをシグナム達は厭わないと言い切って笑みさえ浮かべた。



騎士達は、使命ではなく自らの想いで立ち上がる。『主』ではなく、愛する『家族』の笑顔のために。

それは、彼らの”人間”としての第一歩……




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たった一日で、と思われるかもしれません。ですが、守護騎士達は人間不信ではないですし、長きに渡る暮らしで人を見る目はあるはずです。

それに、アーチャーの言葉と提案はいつもはやての事を考えている。それを理解したなら、こうなるだろうと思って書きました。

批判も聞きますし、反省もします。でも、後悔はしません。現時点での、これが俺の精一杯です。



[21555] 1-EX 幕間3
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/11/03 08:27
 高町家 道場。そこで木刀を片手に佇むセイバーと、同じく木刀を手にやや息を荒げたシグナムがいた。

「まさか……これ程の騎士がいるとはな」

「それは私の台詞です。烈火の将、その名は伊達ではないですね」

 あの日、蒐集を決意したアーチャー達は、はやてと共に高町家を訪問。事情説明と理解を求めた。なのはやセイバー達は、万が一の備えとしての意味合いが強い事と無人世界限定での蒐集と聞き、了解した。
 その背景には、はやてが許可を出したという事とアーチャーが決断したという事の二点が大きく作用していた。

 時刻は既に昼を過ぎている。シグナム達は、現在蒐集を行なってはいるが、毎日という訳ではない。週に三日のペースで行なう事に決まったのだ。
 その理由は、はやてがみんなで過ごす時間も欲しいと要求したため。それにアーチャーは苦笑いで応じ、シグナム達も当然従った。そして、彼らはこうして思い思いに趣味や日課を作り出していた。

 シグナムは、セイバーや小次郎を始めとする剣士との手合わせ。それに、恭也の伝手で剣道道場の非常勤師範をしていて、子供達から先生と呼ばれ満更でもないようだ。
 シャマルは、はやてやアーチャーから家事を習い、桃子からはお菓子作りを教えてもらっているが、どちらも中々上達しない。
 ヴィータは近所の公園にいる老人会と知り合い、そこのアイドル的存在となった。また、なのはと最初に色々あったせいか、よく遊んでいて、ゲームで対戦したり、夕方の魔法訓練でしごいたりと楽しくやっている。
 ザフィーラは、基本的に八神家の警備員をしているが、近所で力仕事で手が足りないという時は頼りにされる存在となっていた。

 ちなみに、ご近所の考えるシグナム達の家族関係は以下の通り。
シグナム=ヴィータの姉で長女。シャマル=同じく姉で次女。ヴィータ=妹で三女。ザフィーラ=ヴィータの兄で長兄。アーチャーが、四人ははやての母方の親戚と言ったためか、はやての母は国際結婚の末に生まれた事になってしまったが。

「……魔法を使わずに戦うのは、やはり慣れんものがあるが、鍛錬には丁度いいっ!」

「くっ……それは同感ですがっ!」

「チッ! そう簡単にはいかんか」

 シグナムの突きを捌き、すかさずセイバーは返す刀で斬りつけるが、それをシグナムも跳んでかわす。魔法無しの試合。それを最初聞いた時、シグナムはセイバーの言葉を疑った。騎士は、何も魔法が無ければ戦えない訳ではない。特にシグナムは剣の騎士。その剣技に並ぶ者は、ほとんどいないと思っていたのだ。

(だが、それは私の思い込みだった。セイバーや佐々木など、この世界には腕の立つ剣士が多くいた。喜ばしいな、この時間は)

 純粋な剣術だけで戦える事は、シグナムにとってこの上ない楽しみと言えた。生憎、まだ全力での手合わせはしていないが、現状でも十分満足なのだ。騎士道を行くセイバーと武士道を行く小次郎。その二人だけでなく、御神の剣士たる士郎達までいるのだ。
 彼女にとって、現状はまたとない絶好の鍛錬の場なのだ。故に自然と笑みが浮かぶ。それを見て、セイバーは内心微笑んでいた。

(あれではまるでキョウヤです。本当に戦う事が好きなのですね、シグナムは)

 そう思っているセイバーだったが、その表情はシグナムと同じように笑っていた。


それぞれの日常、それぞれの想い



「はい、ケーキセットお待たせ致しました」

 にっこりと微笑み、テーブルに飲み物とショートケーキを置くシャマル。身に着けているのは、美由希のエプロン。今、彼女は桃子に頼まれ翠屋の手伝いをしていた。というのも、お菓子作りを教えてもらう代わりに、翠屋を手伝う事。それがシャマルが桃子から出された条件だったのだ。
 セイバーは、シグナムと出会ってから定期的に休みを取るようになり、その穴をどう埋めるか悩んでいたところへ、シャマルがお菓子作りを教えて欲しいと言ってきたのだ。

 それを渡りに船とばかりに桃子は思い、シャマルに手伝いを頼み出た。シャマルは初めこそ戸惑ったものの、お客さんから励まされたり、声をかけられる事で次第にやる気を抱き、手伝い始めて僅か三日でレジ打ちまで覚えたのだ。

(常連さんの顔も覚えてきたし、後はそれを完璧にするだけね。でも……私、すっかり店員さんだなぁ)

 はやて達に美味しいお菓子を作ってあげたい。アーチャーは料理が得意で、菓子類はそこまでではないと言ったのを聞き、シャマルは自分がそこを担当しようと思った。
 そのため、アーチャーが認めるお菓子作りの達人である桃子に頼み、教えてもらおうとしたのだが、交換条件に出されたのは、店の手伝い。
 最初はちょっとした好奇心だった。それが、初日を終えたら自分から”次”を望んでいた。

(そして気がつけば、シフトの仲間入りだもんね……)

 現在、シャマルは翠屋勤務五日目。セイバーとは、昨日初めて共に仕事した。その動きと捌き方に熟練のものを感じ、シャマルがその旨を伝えるとセイバーはどこか照れくさそうに俯いて「そ、そんな事はありません」と答えるしか出来なかった。
 それにシャマルが内心微笑んだのは言うまでもない。

「シャマルさ~ん、これ五番さんにお願いね」

「あ、は~い!」

 桃子の声に笑顔で応え、シャマルは動き出す。夕方になれば美由希が現れ、手伝いは終了。そして、今日は桃子からスポンジケーキの上手な焼き方を教えてもらえるのだ。

(さ、今日こそスポンジケーキを綺麗に焼いてみせるんだから!)

 むんっと気合を入れるように、シャマルは袖をまくるのだった……



 麗らかな日差しを浴び、ヴィータはほのぼのとベンチに座っていた。視線の先では、老人達がゲートボールを楽しんでいる。
 つい先程までヴィータもその輪にいたのだが、今は休憩中。アーチャーに持たされた水筒を開け、中に詰められたスポーツ飲料を直接飲む。
 老人達が見ていれば、ヴィータもそんな事はしないのだが、今は皆ゲームに集中していて、ヴィータの方へは視線を向けていない。
 そのため、ヴィータは行儀が悪いとしりつつ、そんな行動に出た。

「……うめぇ」

 運動した後に飲むジュースは、ヴィータにとっては、風呂上りのアイスにも並ぶ幸せな一時をくれるもの。ちなみに、ヴィータはアイスが好きだと分かった途端、はやてとアーチャーにより、アイスは一日一つ宣言が発令され、ヴィータは本気で「な、何とか二つにしてくれよ」とはやてだけでなく、アーチャーにまで懇願したのだ。

(あ、今日は箱アイスが安売りしてたな。アーチャーに言って買わせるか? いや、あたしが一緒に行って、はやて経由で買ってもらう方がいいか)

 はやてやアーチャーと同じく、ヴィータも毎日スーパーのチラシを確認している。見るのは決まってアイスやジュースだったりするが、次点でお菓子。これはアーチャーが厳しいので、駄菓子系のものを買うしかない。酢昆布や五円チョコなどは、アーチャーも渋々ながら「確かに家庭では食べられん味だな」と許してくれるのだ。ま、一つか二つしかダメだが。

(でも、確かにあいつか作るおやつの方が旨いんだよなぁ……シャマルがお菓子を作れるのを待ってたら、はやてがばあちゃんになりそうだし)

 さり気無く酷い事を考え、ヴィータは水筒を下ろす。視線の先では老人達が手招いている。それに笑顔で手を挙げ、ヴィータは立ち上がる。その脳内では今日の予定を思い出しながら。

(もう少ししたら家に帰って、買い物行って……夕飯食べたら、なのはの訓練だな。今日は、どうやってしごいてやるか……)

 初めはなのはの名前が中々覚えられず、苦戦したヴィータだったが、最近は訓練中に怒鳴る事も増えたためか、すんなりと名前を呼ぶ事が出来るようになっていた。
 だが、ヴィータは知らない。今は自分がなのはをしごいているが、これから数年後、お返しとばかりに成長したなのはが模擬戦などで襲い掛かってくる事を。



「ザフィーラは、何かしたい事探さへんの?」

「……不器用ですから」

 通信教育の本日分の課題を片付け、はやてはアーチャーから頼まれた三分間クッキングのレシピを書き記した。
 そして、無言で雑巾を片手に部屋の隅の汚れを拭いているザフィーラへそう問いかけたのだった。
 現在、八神家の家事は完全分担制になっており、炊事をアーチャーとはやて、洗濯をシグナムかシャマル、掃除をヴィータとザフィーラが担当している。

 尚、相手が了承すれば交代も可能。そして、手伝いは好きにしていい。そのため、シャマルはよく炊事の手伝いをしていて、最早レギュラーとも言える。
 しかし、そんなシャマルでさえ趣味や日課を見出し、平和な日々を謳歌しているにも関わらず、ザフィーラだけは、無骨に掃除のみしかする事を持っていないようで……

「でも、時々ご近所さんへ遊びに「あれは手を借りたいと言ってくるので、手伝いに行くだけです」……さよか」

 はやてとしては、出来る事なら全員に趣味を持って欲しいと考えている。アーチャーとも話して思ったのは、習うより慣れろが四人には適した接し方との結論。
 故に、はやては積極的にシグナム達を伴って交流した。高町家、月村家、バニングス邸やスーパー等、自分が接点となれる場所は全て連れて行った。その甲斐あってか、シグナムは高町家と繋がりが強くなり、シャマルも翠屋で働き出し、ヴィータはご近所でのマスコット的存在へとなり、そこから自分達の趣味や日課が出来ていったのだが……

(ザフィーラだけは、ほんまに何も無いもんなぁ……)

 繋がりがない訳ではない。現に近所付き合い等はむしろ積極的にしてくれている。だが、趣味はない。日課といえば、こうしてはやてと共に昼を過ごしたり、早朝や夜に海浜公園へ行き、鍛錬をするぐらいだ。
 何とか趣味を持たせられないだろうか。そんな事をはやてが考えていると、ザフィーラはそんなはやてに静かに告げた。

「主、私は現状で十分です。趣味とは、個人で考え方や感じ方が違うもの。ならば私は、こうして傍で主の笑顔を見守る事が趣味と言えます。
 心遣いは嬉しいですが、私は何も趣味がない訳ではありません。ですので、お気になさらず」

「ザフィーラ……」

「さ、そろそろ図書館へ行く時間でしょう。私が随伴しますので、少しお待ちを」

 そう言って、ザフィーラは手にした雑巾を洗いに行ってしまった。その後姿を見つめ、はやては小さく呟く。

―――何や、ザフィーラまでアーチャーみたいな事言うようになったわ。

 その顔は、嬉しくて堪らないというような笑顔だった……



 月村家 キッチン。そこにアーチャーはいた。シグナム達が現れてから、はやての傍に常に誰かがいるようになったため、ファリンの指導が毎日へと変わったためだ。
 だが、今日はそこにファリンとノエルだけでなく、ライダーと何故か小次郎までいたりする。

「これは……とまとのすーぷか。それにしては冷えているようだが?」

「冷製スープだ。これからの時期、こういうスープが好まれる。食欲がない者でも、これならばという者も少なくない」

 先程ノエルが作ったスープを前に、小次郎が興味深そうに見つめた。その言葉にアーチャーは簡単に説明し、視線をライダーへと移した。ライダーは、ファリンと一緒になって同じ物を作っていた。
 今回、小次郎がここにいるのは試食係を務める事になったからだ。バニングス家での仕事を終え、昼食を取らずに、小次郎はここでも庭仕事をしながら試食の時を待っていた。
 アーチャーが小次郎を呼んだ訳はただ一つ。最近、ノエルとファリンがやたらと試食の際に迫ってくるのだ。それを、小次郎という身代わりを立てる事で回避しようとしていた。そのための条件を小次郎に出されたが、それはアーチャーにとって造作もない事だった。そのため、あっさりと小次郎は試食役を引き受けた。

 ライダーが参加しているのは、すずかが最近料理を習い始めた事に起因する。アーチャーから教わっているノエル。そのノエルからしか教わろうとしないのを見て、ライダーは少し寂しく思い忍に相談したのだ。それを聞いた忍が「ライダーは難しい料理は出来ないからでしょ?」と答え、ライダーは納得した。
 すずかは家庭的な料理だけではなく、凝ったものも覚えたいのだろうと。故に、食事を一手に執り行っているノエルへ師事するのは、当然の事だと。そして、何とか自分にも師事を仰いでくれるようにと、ライダーはこの場にいるのだ。
 簡単に言えば、妹にもっと頼ってほしい姉の気持ちである。ま、おそらくライダーはそれを否定するだろうが。

「……お姉様、これを」

「ありがとうファリン」

 出来上がったスープの味を確かめるべく、手渡されたスプーンをスープへと沈ませるライダー。そして、それを持ち上げ口へ運ぶ。その動作は洗練されており、貴族の令嬢と呼んでも差し支えない程気品溢れるものだった。惜しむらくは、服装がメイド服だった事だろう。

(……いい出来です。これならばアーチャーといえど……)

(お姉様が笑った? あ、きっと美味しかったんだ。なら、アーチャーさんに誉めてもらえるかな……)

 口に広がる味に笑みを見せるライダー。それからスープが上出来だと理解し、ファリンも笑みを浮かべる。そして、二人揃って視線をアーチャーへ向け、スープを黙って差し出す。
 それを受け取り、アーチャーはそれを小次郎の座るテーブルへと置いた。

「待たせたな。では、存分に味わってくれ」

「待ちかねたぞ。さて、ライダー達の腕前、しかと味わうとしよう」

 どこか楽しそうに小次郎はそう告げると、静かにスプーンを手にし、皿へと沈ませた。その中身をすくい上げ、口へと運ぶ。その所作は、ライダーが貴族なら、小次郎は公家とでも評すればいいのだろうか。ライダーとは違う優雅さが感じられるものだった。
 それは、小次郎がアリサから徹底的に仕込まれたものだと、誰も知らない。アリサは、小次郎がどこに行っても恥を掻かずにすむようにと、厳しくマナーを叩き込んだ。もっとも、小次郎自身も作法等に対し、どちらかと言えばしっかりした方だったので、さほど苦労せず、アリサは教育を終えた。

「……どうですか、小次郎さん」

「ふむ……ふぁりん殿とライダーの方はやや酸味が強いな」

「では……私のはどうでしょう」

「のえる殿の方は……良く出来ておる。だが、惜しむらくは微かに味が薄いな。おそらく、とまとからの水分がライダー達のものより多かったのだろうよ」

 的確に公平に小次郎はそう告げた。それを聞き、感心するファリン。一方でアーチャーも二つを比べ、同じ結論を出した。ライダーとノエルはアーチャーの品評と小次郎が同じ事に驚くと同時に、小次郎も鋭い味覚を持っている事を実感した。
 そんな三対の眼差しを受け、小次郎は不思議そうな表情。そして、皿に残ったスープを飲み干し、アーチャーへ一言。

「それで、よもやこれで終いではなかろうな?」

「……分かっている。君の要望通り、和食を用意している。少し待て」

「それは重畳。何、ありさの板前は和食は出来ぬと申すのでな。たまに和の味が恋しくなるのよ」

 そんな事を聞きながら、ライダー達は自分達のスープを飲みながら反省会。まずはトマトの見極めからとライダーが言えば、ノエルは味付けもトマトの質に合わせなければと言い、ファリンはどっちも美味しいですけど……とノンキに言ってごくごく飲んでいる。
 そんな三人を他所に、小次郎はアーチャー作の焼き魚定食を味わうのだった。

(ふむ、これよこれ。やはり日本人には、この味が一番よな)

(受肉したからか、小次郎も食事が欠かせぬからな。しかし、少しずつセイバーのようになっていないか、小次郎は)

 どこか嬉しそうに食べる小次郎を見て、アーチャーはそんな事を考えて苦笑していた……



「もう、六月も半ばねぇ」

「ホント、時間が経つのって早いね」

「ふふっ、でもユーノ君達とお別れしてもう二週間以上、か……」

 アリサの言葉になのはがしみじみと頷き、すずかがそれに笑い、同時に想いをここにはいない親友達へと馳せる。
 それに二人も頷いて、視線を窓へと向ける。日差しはまだ高いが、後少しで下校時間となる。今日は三人共塾があるため、揃って塾まで歩いて行く事にしているのだが……

「いつ……帰ってくるんだろうね?」

「さぁ? でも、きっと驚くわよフェイト達」

「だね。はやてちゃん家にロストロギアがあった、だもん。でも、プレシアさんにはどう伝えるの?」

 なのはの言葉にアリサもすずかも悩む。未だにいい考えは浮かばないのだ。プレシアが嘱託魔導師になるという事は、なのは達も知っている。そして、それがどんな事を考えて下した結論なのかも。
 プレシアはフェイトやアリシアと平和に過ごしたいのだ。そのため、自分達がいる地球での暮らしを実現するために管理局と繋がりを作った。

(フェイトちゃん達にも教えないと色々問題だし……でも、プレシアさんが困る事にもなるし……)

 なのはの頭に甦る親友の少女達とその母親の姿。その笑顔をまた曇らせる事はしたくないが、黙っているのもよくないと知っている。
 思考を呼び戻し、視線を再びアリサ達へと向ける。すると、二人もどうやら同じ事を考えたらしく、視線が合った。
 それが何となくおかしくて笑う三人。そして、ひとしきり笑ったところでアリサが言った。

「ま、なるようになるわよ。フェイト達が帰ってきたら、その時に考えましょ」

「そうだね。でも、フェイトちゃん達はともかく、プレシアさんと話をするのは、アーチャーさんがいい気がする」

「それは私も賛成。私達とはやてちゃんがフェイトちゃん達。アーチャーさんがプレシアさんかな?」

 なのはの意見にすずかが賛同し、アリサもそれに頷きを見せた。今はまだいないフェイト達へ思いを馳せ、なのはは思う。
 きっと、上手くいくと。みんなが笑って過ごせると。根拠はないが、なのはは何故かそんな気がするのであった。

(フェイトちゃん、ユーノ君、アリシアちゃん……早く帰ってきて、また遊べるといいね)

今はまだ誰も知らない。少女達の再会が近い事を……



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幕間へ続く幕間。新しい日常に溶け込みつつある守護騎士達。そして、ザフィーラが地味に渋い。皮肉を言わないアーチャーみたい。

そして、小次郎が軽いセイバー化。でも、的確な品評出来る時点でセイバーの負け。

守護騎士達に重点を置いた話はこれぐらいで、次回からはもう少し他のキャラにも焦点を当てたいと思います。



[21555] 1-EX 幕間4
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/11/03 08:32
 月村家 中庭。そこに四人の男女がいた。そう、セイバー達である。四人はテーブルに着き、ライダーが淹れた紅茶を手に、ある事について話し合っていた。その内容は……

「で、どうなのだ。蒐集とやらは?」

「思ったよりは順調だ……と言うよりは、予想が厳しすぎたという感じだ。はやての一言があったのも大きいがね」

 小次郎の問いにアーチャーはどこか苦笑混じりに答える。つい最近、はやてはアーチャー達に、管制人格をなるべく早く外に出してやりたいと言って、それに四人も応えようと奮起している。
 今日はそれに関連し、アーチャーが、ランサー達が居なくなった後、初めての会合をしたいと申し出たのだ。話題は、最近八神家に現れた守護騎士達と、ロストロギアである『闇の書』についてである。

「それでも、それなりに苦労はされているのでしょう?」

「ああ。だが、まだ想定内と言える」

「それは当然でしょう。聞けば、長きに渡る戦乱の世に生まれたとか。ならば、腕が立って当然です」

 ライダーの言葉に余裕を見せるアーチャー。その答えにセイバーが納得の表情を見せた。それをアーチャーも理解しているので、やや笑いさえ見せて頷いた。
 そう、既にセイバー達も、本人達からシグナム達の事を聞いていた。そして、その本来の目的であった蒐集についても。だが、現在の蒐集行為についてはセイバー達はそれ程心配していなかった。何故ならば、八神家には、はやてとアーチャーがいるから。
 優しいはやてと、誰よりも犠牲を出す事を嫌うアーチャー。必要とあれば割り切れる。だが、それでも可能ならば全てを救う。それを常に目指して動く男。それがアーチャーだったからだ。
 そして、今は最悪の状況に備え、最低限の蒐集を行なっているのだが……

「しかし解せぬな。闇の書とやらの完成後が分からんというのは」

「……確かに気になります。そこはどうなのです?」

「シグナム達も私も、現状では管制人格に頼らざるを得ないと考えている……」

「そうですね。相手はロストロギア。せめて、ユーノかプレシアの知恵を借りられれば……」

 ライダーの言葉に全員が頷いた。これが魔術絡みなら、まだ何とかなったかもしれない。しかし、相手が魔法世界の物では手の打ちようがなかった。
 その知識を持っている者達は、揃って異世界へと旅立ってしまっている。それでも、四人も何故かシグナム達が思い出せない事が気にかかっていた。その気持ちが特に強いのは、誰であろうアーチャー。

(記憶が不完全、か……まるであの時の私の言い訳のようだ)

 かつてアーチャーは、聖杯戦争に召喚された際、真名をマスターに隠すため、こんな事を言ったのだ。

 召喚が正常に行なわれなかったためか、記憶が混乱している、と。それをマスターであった少女は信じ、真名を名乗らずにすんだのだ。

(まぁ、今回の覚醒が正常かどうかは判断しようがないが……待て? 彼女達は闇の書のプログラムと言っていたな……)

 アーチャーの意識が過去へと飛ぶ。そう、確かにシグナム達は、自分達を守護騎士プログラムと言った。
 プログラムなら、どうして記憶が不鮮明になるのか。その理由を考え、アーチャーは一つの仮定を打ち立てる。
 それは、システムそのものが破損もしくは変質しているという事。つまりは”バグ”である。何らかの衝撃か要因により、闇の書に異変が起きた。そう考えれば納得もいくのだ。
 そして、アーチャーはその異変の原因に心当たりがあった。

(はやてがジュエルシードの魔力を浴びたせいかもしれんな。直接は危険と思い、ルールブレイカーで無力化したものを使ったのだが……)

 そう、あのアリシア復活の時、はやての手にしていたジュエルシードだけが残ったのには、そんな理由があった。
 闇の書の封印に魔力が関係していると仮定したアーチャーは、ジュエルシードの配分を自ら引き受け、はやての手にしたジュエルシードを、敢えてただの石になったものにしたのだ。しかし、その気遣いもどうやら無駄に終わったらしいとアーチャーは思った。

 そんなアーチャーの心情を知ってか知らずか、セイバーが思い出したようにこう言った。

「そういえば、蒐集は魔力を吸収するようなものだとか。残ったジュエルシードがあれば、どれだけになったのでしょう?」

「さあ? ですが、仮にも聖杯のようなものですし、かなりのものにはなかったと」

「そう考えると惜しい事をしたものよ。くろの達に渡すのではなかったか」

 どこか楽しそうに笑う小次郎。それにセイバーとライダーも笑みを浮かべ頷いた。勿論、それは冗談である事は二人も理解している。だからこそ、楽しそうに笑うのだ。
 アーチャーもそんな三人に呆れながら、笑みを見せる。そして、視線を空へと向けて想いを馳せる。

(ランサー達は、今頃どうしているのだろうな)


帰還の刻、迫る


「ようやく許可が下りました」

「そう。ありがとう、リンディさん」

 時空管理局本局。そこにある喫茶スペースに、二人の女性がいた。一人は、名前を呼ばれたリンディ。そして、もう一人は……

「いいんですよ。ただ、定期連絡は忘れずにお願いしますね、プレシアさん」

「ええ。嘱託魔導師として、立派に職務を果たすわ」

 プレシア・テスタロッサ。彼女はつい先頃行なわれた嘱託試験に合格し、晴れてリンディ配下のアースラクルー扱いになった。その人事の裏には、リンディの親しい同僚であるレティ・ロウラン提督の尽力があった事は言うまでもない。

―――レティ・ロウラン。

 彼女は人事関係の部署におり、その伝手があるからこそ、リンディはプレシアへの提案が可能だったのだ。
 その見返りとして、プレシアの力をレティの依頼で貸し与える事にもなったが、それはプレシアも承諾しているので問題はなかった。
 問題になっている事があるとすれば……

「で、レティがですね……」

「まだ諦めてくれないのね。もう、レティさんも悪い人ではないけれど……ね」

 フェイトを局員へスカウトしてくるのだ。それも頻繁に。それをリンディも嗜めているのだが、元々ミッドチルダは就業年齢が低い事もあり、それを大っぴらに止める事が難しいのも現状だ。
 レティもプレシアやリンディと同じく子を持つ母。そのため、プレシアも話が合い、リンディの仲介もあってすぐに打ち解けたのだが。

「まぁ、レティの言い分がこちらでは普通ですから」

「そうなのよね。それは分かるけど……」

「地球へ行けば、否応なく諦めますよ」

「そうね。でも、それはそれで寂しくなるわ」

 プレシアはそう言ってリンディを見る。それにリンディもどこか寂しそうに頷き、視線を返す。リンディが珍しく愚痴を言い合える相手。それがプレシアだった。自分と同じような経験をしただけではない、元々研究者だったプレシアの意見や視点は、現場一筋でここまで来たリンディにはないものだったのだ。
 現に、嘱託試験までの間、プレシア達はリンディ達のハラオウン家に滞在し、その間も、プレシアはリンディの仕事に意見や助言、時には民間協力者としてフェイト達と共に手を貸してくれたのだ。
 その間、たった二人だけでは広いだけだった家が急に手狭になり、リンディとクロノは密かに苦笑した。 

 一方、プレシアはプレシアでリンディと同じく寂しさを感じていた。共に子を持つ母親。意見が食い違う事もあったが、それで喧嘩する程二人は若くない。むしろ、それを良い刺激にし、互いを支え合ったようなものだった。
 プレシアも愚痴を言える相手が出来て嬉しかったのもある。リニスは親の悩みを知らないし、ランサーには女の愚痴は言えない。そういう点でもリンディは理想の相手だったのだ。
 密かに二人で飲みながら話して過ごす時間は、この一ヶ月強の生活の中の良い意味での怠惰的時間だった。

「また会えますから」

「そうね……明日の見送りには?」

 プレシアの問いかけにリンディは申し訳なさそうに首を振った。それをプレシアはどこか理解していたようで、何も言わずに頷いた。

「アースラも次の任務が入ってしまって……」

「仕方ないわ。慢性的な人手不足だもの。優秀なアースラクルーを遊ばせておく余裕は、管理局にはないでしょう」

「あら、その評判に一役買ったのはどこの誰かしら?」

「さぁ? 私達は言われた事をしただけよ。きっと指揮官が優秀だったのね」

「よく言うわ」

「貴方こそ」

 そう言い合って二人は笑う。たまにこうして砕けた喋り方をするぐらいには、二人も関係を深めていた。ただの上司と部下ではない雰囲気が、そこには確かにあった。
 そして、地球での滞在が認められた経緯には、リンディの働きかけ以外にレティの理解と……

「そうだ。グレアム提督にもよろしく伝えておいて」

「ええ。でも、アリア達もきっと寂しがるでしょうね。リニスさん達と気が合っていたもの」

 リンディやクロノの恩人であるグレアム提督による尽力も大きい。地球出身のグレアムは、リンディから地球にもロストロギア被害が出そうだったとの話を聞き、プレシア達の地球滞在を支援したのだ。故郷が被害に遭う前に局員が動けるように、と。
 そして、そのグレアムの使い魔であるリーゼアリアとリーゼロッテとも、プレシア達は面識が出来た。
 猫の使い魔であるリーゼ姉妹は、同じ猫科のリニスと意気投合し、特にヤンチャなロッテに手を焼く事もあるアリアは、アルフの面倒を見ているリニスに親近感を抱き、特に仲を深めていた。
 一方、ロッテは思考がどこか似ているアルフと気があったのか、よく一緒になってリニスとアリアの手を焼かせていたのだ。

 その光景を思い出したのか、二人は微笑みを浮かべた。そして、互いに遠い目をして外を見つめる。そこに広がる景色を眺め、どちらともなく呟く。

―――また、一緒に飲みましょ……と。



 リンディ達が本局でそんな会話をしている頃、ミッドチルダのとあるデパートでは……

「次、次は何買う? アクセサリー? それとも靴?」

「エイミィ、少し買い過ぎだ……」

「わたし、靴がいい~」

「よぉ~し、靴屋にレッツゴ~!」

「ゴ~!」

「あ、アリシアまで……」

 フェイト達四人が買い物の真っ最中だった。リンディからプレシア達へ地球滞在の許可が降りた事を聞き、エイミィがクロノを伴い、全員で買い物へと繰り出したのだ。
 本当はランサー達もいたのだが、エイミィとリニス達の目論見により、二手に分かれている。後、言うまでもないが全てクロノの払いである。

 まだ最初の一軒目だというのに、既にクロノの手には大きな紙袋が二つ持たされており、そこにクロノの物は一つもなく、アリシアとフェイト、それと密かに買わされたエイミィの物しか入っていないのだ。
 割合とすれば、アリシアが四、フェイトも四、エイミィは二である。まぁ、フェイトの場合、エイミィとアリシアが無理矢理選んだものばかりだが。

「……まったく」

「ご、ごめんねクロノ。こんなに買ってもらって……」

 先を歩いて行くエイミィ達を眺め、どこか呆れたように呟くクロノ。それにフェイトが申し訳なさそうに謝った。だが、それにクロノは表情を変えず、こう答えた。

「謝るのは君じゃない、エイミィだ。知ってるか? 買った量こそ少ないが、金額で言えば彼女は君達とほぼ同じだ。
 人の奢りだからと思って……」

「……エイミィって、本当に遠慮がないね」

「ああ。それが長所であり短所だ。ま、ちゃんと人によって分別を弁えているからいいんだが……」

「そうだね。でも、クロノには全然……」

「ああ、遠慮しない。それに、今回はこちらも文句を言えない理由もあるしな」

 さ、行こうと言ってクロノは歩き出す。いつの間にか二人が大分先へ離れてしまったのだ。その声にフェイトも頷いて歩き出す。その視線の先には、大きく手を振るエイミィとアリシアがいる。
 それに笑みを浮かべてフェイトも手を振り返し、小走りになった。離れ行くフェイトの背中を見つめ、クロノは思う。

(彼女も変わったな。初めて出会った時はどこか内向的な感じがあったが、今はアリシアやエイミィの影響かそこまでではなくなった)

 はっきりと物言う二人と過ごし、フェイトも少しずつだが意見を伝える事に慣れてきたのだ。既にアースラクルーとは、気後れせず話す事が出来るようになっていた。
 そんな事を思い出し、クロノは笑う。まるでこれでは、本当に自分がフェイト達の兄だと。心配をし、面倒を見、時に突き放す。この一ヶ月強の生活で、クロノはフェイトとアリシアの兄的位置を獲得してしまっていた。別に望んだ訳ではない。嘱託試験のため、プレシアが念のために勉強や訓練などで二人を見る事が出来なくなったのを見て、昔の自分を思い出しただけ。
 そして、そうやって世話を焼いている内に、アリシアからは”お兄ちゃん”と呼ばれるようになったのだ。クロノとフェイトはその発言に驚いたが、確かにそう呼ばれても仕方ないとクロノも思い、結局訂正は諦めた。何せ、どれ程言ってもアリシアは直さなかったのだ。
 彼は知らない。その裏には面白がったエイミィとアルフの存在があった事を。

(後、出発を一日遅らせられば、ユーノの奴も荷物持ちに出来たんだがな)

 ユーノは、昨日全ての証言を終え、すぐさまスクライア一族のもとへと出発したのだ。一刻も早く安心させ、地球へ帰るために。クロノはユーノに頼まれ、既に管理外への滞在許可を申請した。だが、局員でもないユーノがそれを認められるには、時間がまだまだ掛かる。
 ユーノもそれは承知している。だからこそ、クロノへ頼んでいったのだ。執務官のクロノ・ハラオウンではなく、友人のクロノ・ハラオウンへ。

 この一ヶ月強の時間で、クロノとユーノは友人にはなった。だが、それはなのはやフェイト達のような”親友”というものではない。むしろ”腐れ縁”がしっくりくるような関係である。
 何故かどこか気に食わない。そして、正論にも関わらず反論したくなる。そんな相手だった。まぁ、互いを認めてはいるので友人とは言えるが、決して”親友”などにはならないだろうとクロノもユーノも思っていた。

(フェイト達は明日地球へ向かう。ユーノの奴はどう早く見積もっても一月はいるな……滞在費等の問題もあるし、どうしたものか)

 そんな事を考えていながら、クロノは歩く。その先には、クロノへ手招きをするエイミィ達の姿があった……



 クロノ達とは離れた場所にある紙の本を扱う書店。科学が進んだミッドチルダでは、既に書籍というものがアナログからデジタルへと移行しており、ランサーは地球の技術面を考え、紙の本を求めた。
 だが、その店でランサーは困っていた。文字が読めないとかではない。そんな事はとうに諦めている。問題なのは、ランサーがリニスに「ライダーへの土産を選んでほしい」と言った直後から始まった、この緊迫感溢れる雰囲気だ。

 それまではどこか嬉しそうだったリニスとアルフ。ランサーの腕を自分の腕と絡ませ、上機嫌だった。しかも、ランサーが頼みがあると言った時など、それは良い笑顔を浮かべたものだ。
 それが、今はどうだ。リニスだけでなく、アルフさえ全身から怒りのオーラを漂わせ、ランサーを見ている。

(何でこうなっちまった? 俺はただ、どれがどんな本かわかんねえから、選んで貰おうと思っただけなのによ……)

(ランサーがライダーさんへお土産を買うなんて。そういえば、ランサーが本を欲しがるなんて変だと思ったんです。ライダーさんのためですか)

(ライダーとは、ね。予想外だったけど、確かにあいつも良い女だもんね……ランサー、アタシがいるだろ!)

 ランサーの行動に内心苛立っているが、二人はランサーがセイバー用にお菓子を買った事を知っている。にも関わらず、問題にはしなかった。むしろ、その時は二人も「こちらがいいのでは」とか「これ好きそうだよ」などと意見を出していたぐらいだ。
 如何にセイバーが二人から”良い女”扱いされていないか分かるというものだ。本人が知れば、烈火の如く怒ったかもしれないが。

 結局ランサーは二人の怒りの理由に気付かず、素直にライダーへは適当に本を買おうと思ったのだが、一応内容を考えてやった方が良いと思ってリニスに選んで欲しいと伝えた。
 その瞬間、二人から漂っていた怒気が一気に霧散し、再び笑顔が戻った。アルフは早くそう言えと告げ、リニスもそうならそうと言ってくださいと言いながら、女性向けの文学作品を選んだ。
 そんな豹変した二人を見て、ランサーはどこか呆れたように呟いた。

「やっぱ、女ってのはわからねぇ……」



「では、本当に気をつけてな」

「はい。今までお世話になりました」

 転送魔法陣に乗り、ユーノは見送りに来てくれた一族全員へ深く頭を下げた。それを見て、全員が笑みを浮かべる。たった一日だけの帰郷だったが、ユーノの決意と話を聞き、その旅立ちを心から喜んでいたのだ。
 中でも部族の長は、ユーノの顔つきを見てその成長を察し、喜びと嬉しさを表情に滲ませていた。

「ユーノよ」

「はい」

「強さを知り、弱さを知り、そして無力さを知った顔をするようになった。今のお前は、自分の出来る事をきちんと理解したようだ」

「……はい」

「もう無理はせんだろう。新たに得た『家族』を大切にな」

「はい!」

「それと、たまには顔を見せにこい。我らも『家族』なのだからな」

「っ……はいっ!」

 微笑みと共に告げられた言葉に、ユーノは瞳を潤ませ力強く頷いた。そして、転送魔法を起動させ、ユーノの体が輝き出す。
 それを見て口々に別れや激励を送るスクライアの人々。それに笑顔で答えるユーノ。その想いや心遣いに感謝しつつ、ユーノは最後に大声で言った。

「行ってきますっ!」

 その言葉に全員が手を振った。それを見て、ユーノは堪えていた涙を流し、大きく手を振り返す。

(僕は幸せ者だ。家族がこんなに大勢いるなんて……本当に幸せだ!)

 そんな想いを抱き、ユーノは目元を拭う。その視線は、既に変わった景色を見つめていた。視界に映るはミッドチルダの転送ポート。それを確認し、ユーノは歩き出す。
 帰る場所は高町家。でも、もう一つ帰れる場所があった事を改めて教えられた。だからこそ、思うのだ。自分は幸せだと。帰る場所がある。それがどれ程恵まれている事なのかを実感したのだ。

(さて、と……許可はまだ降りないだろうし、クロノへ言って、また何か仕事の手伝いでもさせてもらおう。
 許可が下りるまで、色々とお金がいるし。ま、きっと雑務が中心だろうけど……)

 こうして、ユーノはクロノへ連絡を入れる。そして、すぐに来いと言われ、フェイト達が明日海鳴へ向かう事を知り、ユーノは間に合ってよかったと心から告げ、それにフェイトが顔を赤くする一幕もあったりした。
 そして、ユーノは懸念している許可が下りるまでの滞在費等をクロノに相談。それを受けたクロノがユーノに紹介したのは、無限書庫と呼ばれるデータベース。そこの整理を頼んだのだ。いや、正確には仕事に関して求める情報の検索だったのだが。
 それにユーノは検索魔法を使い、応えていくのだが、結果として無限書庫の整理をするはめになるのだ。

これをキッカケに、ユーノは天職とも言える職場と出会う事になるのだが、そこで彼が本格的に働く事になるのは、また別の話……




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幕間。さり気無く本編への補完をしていく話なのは相変わらず。

A's編でメインになる存在は、はやて達八神家。それと闇の書との因縁がある者達です。

無印とは違い、原作をなぞる事が少ないので大丈夫な展開ですが、最後の最後はやっぱり若干ご都合が必要かも……?



[21555] 1-12 帰還編その1 前編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/11/04 05:59
 早朝の海浜公園。そこでいつものように鍛錬をしているザフィーラ。その隣では、なのはがセイバーとシグナムの手合わせを見学中。
 それが普段の光景となったのは、今から二週間程前。セイバーとシグナムが初めて出会った日の翌日からである。ザフィーラは元々早朝鍛錬をここに決めていて、そこにシグナムが参加したようなものだ。
 ちなみに、現在なのはは魔法訓練を夜のみにしている。結界を張ってくれるユーノがいなくなったためと、夜の訓練が実戦形式に変わった事で疲労が増えたのが大きい。
 その夜の訓練相手。ヴィータが早起きが嫌だと言った事も理由の一つだったりするのだが……

「高町、お前はどうして強くなろうとしている?」

「ふぇ?」

「主達のように普通でありたいと思わんのか?」

 ぼんやりとセイバーとシグナムの試合を眺めていたなのはだったが、ザフィーラに呼びかけられ意識をそちらへ向ける。鍛えられた肉体を動かし、ザフィーラは守護獣という名に恥じない動きを見せている。それに若干目を奪われながら、なのはは答えた。

「えっと……普通って人それぞれだし、それにセイバーの助けになりたいから」

「……助けに」

「私、昔からセイバーに助けてもらってばかりだったんです。だから、魔法の力でセイバーと助け合えたらいいなって」

 そのなのはの答えを聞き、ザフィーラは笑みを浮かべる。実になのはらしいと思ったからだ。ただ強さを求めるのではなく、それを誰かのためにと考えるところが。
 故に告げる。それがどれ程尊くまた得難い想いかを。自分達がはやてに出会うまで辿り着けなかった”強さ”を、この歳にして抱いたなのはに。ありったけの尊敬の念を込めて。

「……その想い、決して忘れるな。それは、真の強さへ繋がっているだろう」

 なのはは、その声が普段よりもどこか優しかったのを感じ、そこに込められた想いを考え、笑顔で答えた。

「ありがとう! ザフィーラさん」

 それに無言でザフィーラは笑みを見せる。その視線の先では、試合が終わったセイバーとシグナムが肩で息をしているのだった……


再会! そして……



 二人の呼吸が落ち着いたのを見計らい、なのは達は公園を後にしようとして―――止まった。
 即座に目つきが鋭くなるセイバーとシグナム達。なのははそんな三人の様子から、一つの仮定を打ち立て、身構える。

(もしかして……管理局?!)

 転送魔法の反応をレイジングハートも感知し、それをなのはが三人へ伝えると、更に三人の表情が強張る。現在蒐集活動は、管理局に気付かれぬように無人世界で細々としている。だが、それでも運の悪ければ気付かれないとは言い切れない。そのため、シグナム達は緊張しているのだが……

「無事にとうちゃ~く……て、あらま、なのは達じゃないかい」

「あ、アルフさん?!」

 現れたのは、相変わらずラフな格好をしたアルフだった。その雰囲気からシグナム達も敵ではないと判断し、構えを解いた。
 セイバーもどこか驚きながらも、嬉しそうにアルフへ近付いていく。

「お久しぶりです、アルフ。ところで……一人ですか?」

「あ~、フェイト達は今から。まずアタシが偵察で人がいないか確認して、結界張ってから転送って訳」

「あ、そっか。もしかしたら誰か来るかもしれないし」

「そ~そ~、だからまずアタシって訳。いざとなったら狼になって逃げればいいしね。ところで……」

 なのはの言葉に笑って答えるアルフだったが、その視線が後ろにいるシグナム達へ向けられる。その目は不思議そうな眼差し。それを察し、セイバーが簡単に魔法を知る友人と説明し、詳しくはフェイト達も含めてと告げた。それにどこか疑問を感じながらも、アルフは頷いて結界を展開。それを合図にしたのか、再びレイジングハートから転送魔法の反応を感知と告げられた。
 それと同時にアルフが現れた場所から……

「うし、着いたな」

「ここは……あの公園ですか」

「眠いよ~……」

「もう、アリシアったら……だから早く寝なさいって言ったのに……」

「仕方ないよ。ユーノともしばらく会えなくなるからって、アリシア遅くまで話してたから」

 がやがやと五人の人物が現れた。それは、なのはとセイバーにとって再会を待っていた者達。その中にいる少女を確認し、なのはは笑顔で走り出した。

「フェイトちゃんっ!」

 その声で全員が視線をなのはへ向け、笑みを浮かべた。そして、フェイトが弾かれるように走り出す。それは、さながら稲妻の如く。

「なのはっ!」

 そして、二人は手を取り合い微笑み合う。たった一月にも満たない別離。だがその間、互いの事を忘れた日はない。また会える日を心待ちにしていたのだ。だからこそ、二人は何を言うべきか理解している。

「……ただいま、なのは」

「……おかえり、フェイトちゃん」

 互いに瞳を潤ませても、涙は流さない。これは分かっていた事だから、泣くような事ではない。そう思っている二人だったが、それでも感情は正直なもの。涙を流さないでも互いの気持ちを表情と瞳に如実に表していた。
 微笑み合い、手を握り合い、何も言わないなのはとフェイト。それを見つめ、笑みを浮かべるセイバー達。事情を詳しく知らないシグナムとザフィーラさえ、その表情には笑みを浮かべていた。

 そうして二人が見つめ合っているのを、面白く思わない人物がいた。その人物は、目をパッチリと開け、二人に向かって走り出す。

「も~、わたしもいるよ~!」

 アリシアは、そう宣言すると二人へ向かって飛びついた。それを慌てて受け止めようとするなのはとフェイトだったが、流石に小柄なアリシアといえど、加速をつけた上、中々重量もあるので……

「「「わっ!?」」」

 そのまま崩れた。なのはとフェイトを下敷きにし、アリシアは少し気まずそうな表情。だが、それをなのはは特に追求する事もなく、アリシアの方を向いて嬉しそうに言った。

「アリシアちゃんもおかえり」

「うん! ただいま、なのは!」

「……アリシア、重いよ……」

 そんな二人にフェイトは少し困った声でそう告げるのだった……



 再会の挨拶も終わり、シグナム達の事を説明しようとするセイバーだったが、自分よりもアーチャーの方が適任と思い、まずはプレシア達の事を先にと告げた。
 どうやら、プレシアはリンディの専任嘱託魔導師としてここに来たらしい。そして、役割はリンディとセイバー達との連絡役と、表向きは監視。

 その事を話して、プレシアは高町家に挨拶に行きたいと申し出た。住居の問題等を士郎達にお願いするためだという。資金はあっても戸籍がない。そのため、プレシアが頼ったのは士郎の人脈だったのだ。
 セイバーはそれを理解し、プレシア達と共に家に戻る事にした。だが、なのはへはフェイトとアリシアを連れて八神家へ行って欲しいと告げる。その理由こそ、はやてにフェイト達の帰還を教えて欲しいとの事だったが、本当はアーチャーに対する連絡の意味合いが強かった。
 それをなのはもどこかで理解しているのか、素直に応じ、シグナム達と共に八神家へと向かった。その後ろ姿を見送り、セイバー達は歩き出す。

「あの姉ちゃん達、何もんだ?」

「……それは後でアーチャーから説明を」

「どうやら、また厄介事が起きたみたいだな。にしても……男はともかく、中々良い女じゃねぇか」

 そんなランサーの言葉に、ぼそりとリニスが呟いた。

「またそうやって……貴方は私をどれだけ怒らせれば……」

「リニス、少し怖いよ……」

 アルフの言葉にプレシアが無言で頷く。リニスはランサーが関わると、偶に人が変わる。それは微笑みを浮かべ、全身から怒りや嫉妬といった負のオーラを纏うのだ。そのキッカケのほとんどが、ランサーが他の女性を誉めたり気にしたりするといった内容。
 ちなみに、そうなったリニスを止められるのは現状フェイトとアリシアのみ。プレシアとアルフは、心情的に理解出来るものがあるので止めないのだ。ランサーは……止められるのなら良かったのだろうが……

(これは……また賑やかになりそうです)

 そんな後ろのやり取りを聞きながら、セイバーはそう思った。これからは、きっと賑やかで楽しいだろうとも……



「……おかえり、フェイトちゃん、アリシアちゃん」

「ただいま、はやて」

「はやて、ただいま~」

 笑顔で答えるフェイトとアリシア。それにはやても心から嬉しそうに二人へ微笑みかける。なのははそれを見つめ、笑顔を浮かべていた。
 まだ朝早いにも関わらず、はやてはもう起きていた。聞けば、アーチャーが起きる時間と三十分しか変わらない時間に起きたとの事。
 何か目が冴えたらしく、はやては虫の知らせだったかもしれないと笑って言った。

「それにしても……」

「知らない人ばっかり……」

 フェイトとアリシアは周囲を見回して呟いた。ヴィータはまだ眠そうにしているが、シャマルから牛乳を貰って飲んでおり、シグナムは洗濯物を洗濯機へ入れて、それが終わるのを待っているし、ザフィーラは庭の手入れをしている。
 アーチャーはなのは達が来た時二人に軽く挨拶し、フェイトとアリシアへ再会を祝して近々パーティーでもしようと告げて出かけて行った。

「みんな、新しいわたしの家族や」

「……なのはから簡単に聞いたけど、ロストロギア絡みなんだって?」

「そうなんよ。いやぁ~、まさかわたしの家に、そないなもんがあるとは思わんかったわ」

 フェイトと話すはやて。どこか苦笑しているが、それにフェイトは笑みを返す。何せ、先程から話しているのは、全てシグナム達の事ばかり。その気持ちを察し、フェイトも感じていたのだ。家族が増えた事が嬉しくて仕方ないと。
 そんな二人から少し離れたソファーでは、アリシアがヴィータへ質問中。

「ね、ね、名前は?」

「……ヴィータ、だけど」

「ヴィータだね。わたし、アリシア・テスタロッサ。仲良くしよ、ヴィータ!」

「お、おう……」

 明るく天然元気なアリシアのペースに、さしものヴィータも何も言えず、ただ頷くしかなかった。寝起きで思考が覚醒し切っていないのもあるだろうが、それを差し引いてもアリシアのテンションは、ヴィータには驚きの高さだった。
 それを見ながら、なのはとシャマルは笑い合う。ヴィータがそんな風にタジタジなのは珍しいからだ。

「ヴィータちゃん、困ってますね」

「そうね。でも、アリシアちゃんは誰とでも仲良くなれそう」

「にゃはは、確かにそうですね。すずかちゃんが羨ましいって言ってました。あんな風に誰とも物怖じせず話したいって」

「そうよね。確かにあれは一種の才能かも……」

 そんな風に語り合うなのはとシャマル。その視線の先では、アリシアがヴィータのお気に入りであるヌイグルミを見せられ、変わったウサギだねと言って首を傾げていた。その可愛さに、シャマルが軽く抱きしめようとしてなのはに止められていた。ヴィータとアリシアが仲良く話をしていたからだ。

 そんな風にそれぞれが賑やかになる中、シグナムはやや表情が硬かった。フェイト達の母親であるプレシアが、管理局の魔導師である事を聞いていたからだ。
 そのためにアーチャーが直接出向いて事情を説明するのだろうが、最悪の場合は戦いになるかもしれないと思っていたからだ。

 そんな事を考えたからだろう。シグナムの表情は深刻さを増していた。それに気付いたのは、なのはから解放されたシャマルだった。

【何を考えてるの?】

【いや、最悪の事態をな】

【……大丈夫でしょ。アーチャーが行ったんだから】

 あの日、アーチャーと誓いを交わした時からシャマルとヴィータは、アーチャーを呼び捨てで呼ぶようになった。それは、家族だからさん付けはおかしいとシャマルが思ったのと、こいつやあいつは流石にどうかとヴィータが考えたため。
 まあ、本人は別に好きに呼べばいいと考えているので、何も言わないが。

【それでもだ】

 シャマルの言葉に、どこか不信感に近いものを感じているようなシグナムの返事。それを聞き、シャマルは内心ため息を吐くと、やや怒ったように言い切った。

【私達はあの日誓ったはずよ。みんなではやてちゃんの笑顔を守るって!】

【……ああ】

【なら、信じましょう。この家で、アーチャーが一番はやてちゃんの事を大切に思っているんだから……ね?】

【そうだな……そうだった】

 シャマルの言葉にシグナムもまた思い出す。自分達がいない間、はやてを支え続けたのは誰だったか。今の自分達があるのははやてと誰の影響か。それらを思い出し、シグナムは感謝と謝罪の想いを込めて告げた。

【シャマル、すまんな。私らしからぬ言葉だった。気付かせてくれて助かった……礼を言う】

【どう致しまして。でも、当然の事でしょ? 私達、家族なんだもの】

 その答えにシグナムは軽く驚き、思わず視線をシャマルへ向けた。すると、シャマルはシグナムに対して微笑みながらウインク一つ。
 それにシグナムは呆気に取られるも、小さく笑みを浮かべた。以前のシャマルならそんな事はしなかった。はやて達との暮らしが、ただのプログラムに過ぎなかった自分達を変えた。それを思い、シグナムは願う。アーチャーが吉報を持って帰ると信じて。



 その頃、高町家では、アーチャーがセイバー達を交え、プレシア達に現状の説明と理解を求めていたのだが……

「そう……闇の書、ね」

「知っているのか?」

「リンディさんの旦那さんが殉職したのは覚えている?」

 そのプレシアの問いかけに頷くアーチャー。確かにその話をアーチャー達は知っている。プレシアとリンディの二人が互いの過去を話していた時、彼らはそこにいたのだから。
 彼女は言った。自分も、あるロストロギア絡みの事件で夫を失ったと。そして、それを思い出した時、アーチャーだけでなく、セイバーやランサーまでも表情を変えた。

「まさか……」

「そう。旦那さんを失った事件の原因。それが、闇の書よ」

 プレシアの口から告げられた事実は、あまりに重かった。はやてに家族を与え、リンディ達から家族を奪ったものが同じ存在。それは、闇の書の事をリンディ達に理解を得るのは厳しいという事だ。それを理解し、アーチャーの表情が曇る。彼の中では、最悪の場合、リンディ達にも多少の理解を得て、管理局と交渉するつもりだったからだ。
 だが、事実を知った以上、その多少すら危うい。自分の愛しい者を奪った物を、いきなり許す事が出来る程、人間とは強くないのだ。

(これは不味いな。リンディ艦長達の協力が得られないとなると、別の方法を模索するしかないか……)

 アーチャーの中で組み上げられていた計画が綺麗に消える。だが、それ以外にもまだ策はある。それには、何とかしてプレシアだけでも理解を求めなければならない。
 そう結論付け、アーチャーは視線をプレシアへ向けた。だが、視線の先でプレシアは苦笑いを浮かべていた。

「……どうしたのだ」

「私からは、リンディさんに闇の書の事を言わないわ」

「そういう事か……」

「ええ。そういう事よ」

 プレシアの言葉に疑問を感じたのはアルフのみ。他の者達は、プレシアの言いたい事を理解していた。プレシアからは言わない。それは尋ねられない限り教えないという事。それを知ればリンディも怒るかもしれないが、プレシアにとって、はやてとアーチャーは娘の親友とその恩人。悪いが現状では、リンディと比べれば、はやて達を取らざるを得ない。
 管理局を首になってもいいと言うのもある。何せ稼ぎに関しても、プレシアはその気になれば、研究者としてまだ現役で働けるのだ。しかし、親しくなったリンディに何も思っていない訳ではなく……

(ごめんなさいね、リンディさん。このお詫びは必ずするわ……)

 赴任して早々の厳罰行為だが、プレシアは後悔はしていない。そして、アーチャーへリンディへの謝罪とばかりにこう告げた。

「でも、必ず貴方からリンディさんに事情の説明と理解を求めて。いつはやてちゃん達の事を知られるとも限らないのだから」

「……心得ている。そして、配慮に感謝する」

「いいのよ。はやてちゃんや貴方、それに高町さん達がそう言うのだから、今回の闇の書は安全なんでしょう。
 でも、確かに気になるのも事実ね……完成後が分からないのは」

 プレシアの言葉に空気が僅かに重くなる。それは、誰もが感じている事なのだ。そして、ここに来てプレシアが語った話が、アーチャーの中で一つの可能性を見せた。

(闇の書が原因で命を落とした、か。その原因が蒐集ではなく、他によるものだとしたら……完成後に待つものは、やはり……)

(闇の書、か。リンディさんへ報告出来ないけど……何か私なりに手は打てないかしら)

 二人の想いは違えども、それが目指すものは一つ。少女達が笑顔でいられるため。この時間を守るために、自分達が出来る最善を尽くそうと思っているのだ。
 そして、それは二人だけではない。セイバー達は勿論の事、ランサーにリニスやアルフも同じ想いなのだ。

(ったく、少し留守にしただけでこれかよ……退屈しないな、おい。とりあえず、色々とやる事が多そうだな、こいつは)

(リンディさん達の理解を得られればいいのですが、それが出来れば苦労はないですね……)

(頭を使うのは苦手だけど、何とかするしかないか。とりあえず、アタシはフェイト達の傍にいるのが一番いいかね?)

 来たる事態に不謹慎ながら心躍らせる者。主人と同じく何か手はないかと知恵を絞る者。自分の苦手を理解し、無難な所へ落ち着く者。それぞれがそれぞれなりに思いを巡らし、最悪に備える。自らの最善を尽くし、守るべき者達を守るために……



 そして、再会を果たす者達は他にも……

「……あれ? なのはちゃんからメールだ」

「ん……? メール? ……なのはか……何よ、こんな朝から」

「「フェイト(ちゃん)達が帰ってきた!?」」



戻りしは槍騎士とその家族達。それが齎すは次なる流れ。今はまだ、その結末を誰も知らない……




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フェイト達帰還。そして、アーチャーの中で生まれる不安。未だ分からぬ展開ですが、ゆっくりと進ませていこうと思っています。

現在の悩みは、登場人物が多い事。書き切れないと思う程に増えて大変。

……美由希や忍等のとらハキャラが出番をほとんど失うかも……



[21555] 1-12 帰還編その1 中編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/11/05 08:02
 いつものように小次郎は、高町家での鍛錬をするため道場へと姿を見せたのだが、そこにいるはずのセイバーがいない事に気付いた。そして、美由希から告げられた答えに、小次郎は苦笑を浮かべた。
 アリサがそれをなのはから聞けば、八神家に飛んで行くと思ったからだ。故に美由希達へこう言った。

「今日は道場の掃除をさせてもらえぬだろうか。どうもありさの護衛はいらぬとみえる」

「あたしは構わないって言うか、むしろ嬉しいですよ」

「掃除もいいですけど、いっそ試合回数を増やしませんか?」

「俺もその方が……まぁ、小次郎さん次第ですかね」

「そうか。なら、今日は少し長居しよう」

 士郎達の言葉に小次郎は軽く笑みを浮かべ、木刀を手にした。そして、恭也がそれに呼応し、小太刀を構える。美由希と士郎は即座に離れ、それを見守る位置へ移動した。
 張り詰める空気。それに伴い二人の気迫も静かに高まっていく。その雰囲気に美由希は思う。未だに小次郎の限界が見えないと。腕前は確かに凄い。だが、その全てを見た事はないのだ。
 父である士郎が”天才剣士”と断言する程の腕。単純な剣技だけでも超一流にも関わらず、小次郎を天才と言わしめるのは”秘剣 燕返し”の存在。同時に三発もの斬撃を繰り出す技。回避はセイバーでさえ容易ではなく、防ぐ事もままならない。

(いつか……あたしも小次郎さんのように辿り着きたいな、自分だけの”閃”に……)

 それは御神の最終奥義と呼ばれるもの。いや、本当は技とも呼べるか分からぬもの。その名は”閃”。それを繰り出す事は、即ち勝利と同義であると言われる境地。
 その存在を士郎から聞かされ、恭也と美由希は小次郎の”燕返し”がそれに近いものだと考えていた。それを出すと決めた瞬間、勝負を決する技。それは、今の二人にとって燕返しが一番適切な目標だったのだ。

(でも、あたし達が目指すのは燕返しじゃない。あれと同じ”極め技”の習得なんだから……)

 美由希の視線の先では、小次郎が鮮やかな剣閃で恭也を翻弄している。それを眺め、美由希は思う。昔、恭也に抱いていた淡い恋慕。それが今は小次郎へと変わった事を。そして、それは既に淡いものではない事を。だからこそ、切なげに小さく呟く。

―――負けないで、小次郎さん。

 それは剣士ではなく、一人の女としての言葉。高町美由希。彼女もまた、恋に生きる道を歩んでいた……



蒐集の決意とその想い



「すずか? アタシよ。ごめんね、こんな……そう! フェイト達が帰って来たって」

「うん。だから、これからはやてちゃん家に行こうと……そう……分かった」

 電話をかけ終え、互いに思う事はただ一つ。早くフェイト達に会いたい。そのためにアリサは鮫島へ車を出すように告げ、すずかはノエル達に事情を説明し、アリサを待つ。
 そんな二人をそれぞれの傍付きは微笑み混じりで呟く。子供らしくて結構です、と。



 一方、なのはは困っていた。そろそろ自宅に戻るべきか否か。フェイト達はこのまま残っていてもいいだろうが、自分は学校がある。その用意もあるし、着替えなければならないのだ。
 そして……

(お腹すいたなぁ……)

 そう、朝食である。はやて達は気にしないだろうが、なのはにすれば、親友とはいえ人様の家でご飯を頂くのは、やはり気が引けるのだ。それに、今日はフェイト達もいる。ならば、自分は自宅へ戻り、家族達と食べるべきだと思ったのだ。
 だから、なのはは携帯を取り出し、電話帳の一つであるセイバーを選択し……

「……あ、セイバー? うん。私そろそろ帰るから……フェイトちゃん達? いるよ?」

「どうしたの、なのは?」

「何~?」

 自分達が呼ばれたので、フェイトとアリシアがなのはの近くへ寄ってきた。それになのはは電話を耳に当てたまま、少し驚いて告げた。
 何でも、今日はこのままプレシア達は高町家で朝食を食べていくので、フェイト達は申し訳ないが八神家で食べてほしいとの事。ちなみにアーチャーから許可は出ているので、はやては好きに材料を使っていいらしく、それを聞き、はやてが燃えていた。
 なのはの制服や鞄は、食事が終わり次第アルフが持ってきてくれるとの事だった。

「……だって」

「よっしゃ! なら早速支度せな。シャマル、手伝ってな」

「は~い」

 意気込んでキッチンへ向かうはやてと楽しそうに追うシャマル。ヴィータとシグナムはそんなシャマルへ揃って一言。

「「味付けはするな」」

「何でよっ!?」

 心の底から頼むと言わんばかりの表情で告げる二人に対し、シャマルは憮然とした表情を返す。そこから始まる簡単な口論。
 あの時、お前が手を出したからとシグナムが言えば、だって美味しくなると思ったんだもんと返すシャマル。それにヴィータが、何で自分で味見しね~んだよと答えてシャマルが言葉に詰まる。
 そんな言い合う三人のやり取りを、不思議そうに見つめるなのは達。そこへ庭の掃除を終えたザフィーラが近寄り、静かに告げた。

「シャマルは以前、味付けで失敗してな」

「「「あ~……」」」

 その一言に納得する三人。そして、どこか慰めるような視線をシャマルへ向けた。それにシャマルも気付き、瞳に涙を浮かべて言った。

―――私、味音痴じゃないもん!!

 その言葉にはやてだけが頷き、ピシャリと言った。

「とりあえず、手動かそうな」

 その指摘に、シャマルは涙目になりながらも、無言で野菜を切り始めるのだった……



 一方の高町家では、珍しい光景が展開されていた。桃子はのんびりとソファーに座り、プレシアと談笑中。アルフはランサーやセイバーと共にテレビを観賞している。そして、キッチンでは……

「こちらはもう仕上がる」

「こちらもそろそろ終わります」

 アーチャーとリニスによる朝食準備が行なわれていた。そのアーチャーの動きに一切の無駄がないのを感じ、リニスは驚くと同時に感心していた。たった一人で、大所帯となった八神家やなのは達との行事で料理を作っていたアーチャー。その凄さの一端を見せられ、リニスは感激したのだ。

(この人から教えてもらえば、私も今以上にランサーを喜ばせるでしょうか……)

 その脳裏に浮かぶは最愛の漢。自分を欲しいと言い切ったリニスにとっての英雄。

「よし、これで終わったか」

「……ですね。アルフ、ランサー、運んでください」

「「「待ってました!」」」

 リニスの一言に立ち上がる二人。何故かセイバーもそれに続くように立ち上がる。そんな三人に苦笑するアーチャーとリニス。プレシアと桃子は微笑みさえ浮かべている。
 桃子達が話していたのはフェイト達の事。学校に行かせるか否かだった。それも含めて士郎の人脈を使う事になるのだろうが、問題が一つあった。
 それは、はやての事。フェイト達が聖祥に入学するとなると、はやてだけが学校に行けない事になる。それをフェイト達も気にするだろうと、二人は考えた。そのため、色々と意見を出しては見たのだが、結局本人達に委ねる事で決着をみた。

「お~っ!」

「旨そうだねぇ」

「リニスの料理は初めてですが、期待してよさそうですね」

 料理の載った皿を運ぶ三人だが、その視線は皿に注がれている。匂いが空腹を否応無く刺激し、三人は今にも食べてしまいそうな表情を浮かべていた。
 そんな三人とは対照的に、桃子とプレシアはその量に苦笑気味だった。何しろセイバーだけでなく、ランサーとアルフも良く食べるのだ。故にその量が凄まじい事になっている。しかも、これでも士郎達道場組の分はないのだから恐れ入る。

「さ、早く食べてくれ。私は士郎達の分を用意せねばならんのだから」

「あ、アーチャーさん。あの人達の分は私が」

 アーチャーの言葉に桃子がそう言うが、アーチャーは自分一人でいいと告げ、キッチンへ戻ってしまう。そんなアーチャーに感謝を述べ、桃子はプレシアと共に食べ始めた。既にランサーとアルフは奪い合うように食べており、セイバーはそれとは違う形で奪うように食べている。そして、リニスはそんなランサー達を見て、ため息を吐くのだった……



「もう、ビックリしたわよ。何せ、朝早くなのはからメールってだけでも珍しいのに」

「フェイトちゃん達が帰って来たって書いてあったからね。でも、嬉しかった」

「アリサ、すずか……」

「えへ、わたしもまた会えて嬉しいよ」

 八神家のリビングには、制服姿のアリサとすずかがいた。鮫島運転の車で現れた二人は、はやて達への挨拶もそこそこに、フェイト達へ駆け寄ったのだ。どうやら朝食も食べずに、ここから学校へ向かうつもりで来たらしく、なのははそれを聞いて苦笑い。自分はきっちり朝食を食べ、制服等を持って来てもらう算段になっていたからだ。
 だが、そんな二人の話を聞いて、はやてが見過ごすはずもなく……

「なら、二人分追加やな。ちょちょいと作ったるから」

 そう笑顔で言って再び調理開始。それにアリサ達は何か言おうとして、互いに顔を見つめ合って苦笑する。

「「ありがとう、はやて(ちゃん)」」

「どう致しましてや」

 二人は遠慮するより感謝するべきと思ったのだ。そして、その考えを理解し合って苦笑を浮かべた。そんな二人の気持ちを知っていると言わんばかりにはやては笑う。それになのは達も笑顔を浮かべ、はやての手伝いをするべく動き出す。食器を出し、並べる。またはテーブルを拭いたりした。
 そんななのは達を見つめ、シグナム達は笑みを浮かべた。親友であるフェイトとアリシア。その二人と再会し、なのは達が余計に輝いたように思えたからだ。

 そんな風に笑うシグナム達を見て、なのはも思う。これから楽しい事がまた増えるだろうと。だからこそ、なのはは考える。どうすればリンディ達とシグナム達が笑い会えるようになるかを。
 フェイトの話では、リンディ達もまた地球に来るかもしれないとの事。その時までに何とか和解出来る方法を思いつかなければ、と思う。

(みんなで……笑っていたいもんね)

 そう心で呟き、なのはは思いつく。自分も蒐集を手伝おうと。管制人格が起動すれば、もしもの時、セイバー達が打てる手が増えるはず。そして、それはリンディ達が心配する事態を軽減する事にもなるだろうと。そう考え、少しでも早くそれを実現させるべきだと思ったのだ。
 そして何より……

(はやてちゃんの家族が増えるんだもんね)

 どんな人かは知らないが、きっとシグナム達と同じで、優しい人だろうとなのはは思った。その人とも笑い合えるように、自分も出来るだけの手伝いをしたい。だから、なのはは告げた。

【ヴィータちゃん】

【どうした? 何かあったか?】

 突然の念話に思い当たる事がないヴィータは、不思議そうに声を返す。

【あのね……私も蒐集お手伝いしたくて】

【はぁ~?! ……マジで言ってんのか】

【うん。管制人格さんを、早くはやてちゃんに会わせてあげたいの】

【……そっか。シグナム、聞いてるか?】

 なのはの決意が本物と分かり、ヴィータはリーダーであるシグナムへ伺いを立てる。それは、なのはを参加させるか否かを決めるだけではない。蒐集に加わるというのは、最悪犯罪行為に手を貸したと取られかねないからだ。
 それを知るヴィータだからこそ、なのはを心配していた。だが、自分がそれを断ったとしても、なのはは納得しない事も理解していた。だからシグナムに聞くのだ。なのはが納得するように。蒐集のリーダーであるシグナムが断れば、なのはも諦めざるを得ないと思って。

【どうした?】

【なのはが蒐集手伝いたいんだってさ】

【お願いです。私も手伝わせてください】

【……本気なのか】

【……はい】

 シグナムのどこか鋭い声色に、なのはは若干怯みそうになるものの、しっかりとそう答えた。その声に自分の想いを込めて。それを感じ取ったのか、シグナムはしばし黙り、ヴィータへこう問いかけた。

【ヴィータ、高町の力量はどうだ?】

【……下手すりゃ、あたしと良い勝負出来るぐらいは……ってシグナム?】

【高町、蒐集を手伝うのは休日だけでいい。それと、主や家族との予定が入ればそちらを優先しろ】

【シグナムさん……】

【お前の気持ち、確かに受け取った……感謝する】

 そう言ってシグナムは洗濯籠を抱えて庭へと向かった。その後姿を眺め、なのはは小さく頭を下げる。それに気付いたフェイトが、その理由をなのはに尋ねるが、なのははシグナムにある事で世話になるから、お礼を述べたらついしてしまったと答えた。
 それを詳しく聞こうとするフェイトだったが、そこにはやてとシャマルが料理を運んできたので、そちらへ意識が向いた。なのはもそれに目を輝かせてテーブルへ向かう。

 ヴィータとザフィーラはそんななのは達を眺め、小さく苦笑した。

【まさか……蒐集を手伝いたいとはな】

【初めてだよな……こんな事】

【あら、初めてなのは、はやてちゃんと出会った時からずっとでしょ】

 そこへシャマルが加わってきた。ちゃんとはやて達と会話しながら念話をこなしている。シャマルの言葉に二人も納得し、内心頷いた。確かにはやてと出会った時から初めてづくしだった。蒐集禁止に家族発言。他者に消滅の心配をされたり、友人や他者との繋がりなど挙げればキリがない。
 何より、念話などなくても互いの気持ちを分かり合える等と、以前の自分達では考えられなかったのだ。それを聞いたアーチャーは、どこか微笑みながら言ったのだ。

―――心を動かすようになったからだろう。相手を思いやり、分かろうとする気持ち。それが以前はなかったのでは?

 その言葉に全員が納得し、そして思った。はやてとアーチャーがその下地を作ってくれたのだと。そこで、シグナムは感謝の気持ちを伝えようとしたが、それを止めた。何故なら、それは口に出すのではなく、行動で示すものだと考えたから。そして、それはシャマル達も同様だった。
 だからこそ、四人は思い思いに今を謳歌している。かつて犯した罪。それを忘れた訳ではない。だが、それに囚われ、苦しむ姿を見せても誰も浮かばれない。本当の償い。それは、死した者達の分まで生きる事。その罪を忘れず、哀悼の意を抱き続けて生きる事。
 そう四人は思うからこそ、懸命に生きる。プログラムに過ぎないかもしれないが、それでも心ある限り、はやて達と共に生きていこうと。

【あたしら……幸せだな】

【ああ。だからこそ、主達を守るのだ】

【そう、この心を、温もりを教えてくれたはやてちゃん達に……応えるために】

 噛み締めるようなヴィータの言葉に、ザフィーラが続く。それを受け、シャマルが繋いだ言葉に二人が笑みを浮かべて応じた。



優しさに目覚めし騎士達。再会を果たした少女達。そして、再び動き出す英霊達。
それら全ては、みんなの笑顔に繋がっていく……


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なのは蒐集活動に参加。でも、それは本当にお手伝いレベル。シグナムの姐さんらしさの提案ですね。

これが蒐集に大きく影響する事はないですが、周囲には影響を与える事になります。

夏までに管制人格は起動出来るのか。起動した時、何が待っているのか。それはまだ分からないです。



[21555] 1-12 帰還編その1 後編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/11/07 05:02
 朝食を終えたなのはは、転送魔法で現れたアルフから制服と鞄を受け取り、着替えてアリサ達と学校へと向かった。それをフェイト達は見送って、久方振りの再会を喜びながら土産話をと思ったのだが……

「あのねフェイト。お母さんが呼んでんだよ。アリシアと一緒に話があるからって」

「母さんが?」

「何だろ?」

 アルフに告げられた言葉に、揃って疑問符を浮かべるフェイトとアリシア。その微笑ましい光景に笑みを見せるシャマルとはやて。シグナムは一瞬自分達の事かと思ったが、アルフの雰囲気から違うと判断し、ほっとしていた。
 ヴィータはそんなシグナムに微かに笑い「心配性だな」と呟いた。それを聞いたザフィーラが「将という立場故、あらゆる事に気を配るのは突然だ」とシグナムを援護した。
 そんなやり取りを他所にアルフはフェイト達にこう言った。多分、これからの事だろうと。

(これから……か)

 その言葉にフェイトは思う。魔法を使わない世界。それがどんなモノになるかは分からないが、自分はそれを心待ちにしていたのだ。不安はなく、恐れもない。あるのはただ、親友達や家族と平和に過ごせるという嬉しさだけ。

(アリシアやリニス、母さんにアルフ……そして……)

 思い浮かぶは愛する家族の笑顔。全てがフェイトの宝物。心から守りたいと想うもの。その全てをくれたのは……

(ランサーが……私にそれをくれたんだ)

 本人が聞けば笑って否定するだろう。それはフェイトが掴んだ結果だと。だが、それでもフェイトは断言する。今の自分達があるのはランサーのおかげだと。
 そんな敬愛する師にも似た存在の事を想い、フェイトは笑う。いつか自分がランサーを助けるのだと。それがいつになるか、また訪れるか分からないが、出会った日、ランサーが自分達の希望になったように、今度はランサーの希望に自分がなろうと。
 そう心に決めてフェイトはアリシアへ視線を移す。

「じゃ、とりあえずなのはの家に行こう」

「うん。なのはのお家楽しみだな~」

 太陽のように笑ってアリシアはそう言った。それにつられるようにフェイトも笑う。太陽と月。そんな言葉がピッタリくる程、その笑顔は輝いていた。



姉として、友として



 はやて達にまた後でと告げ、フェイト達三人は高町家へと向かった。歩きながら、アルフはアーチャーから聞いた事を二人に話した。それを聞いてフェイト達もなのは達から聞いた事を話す。その互いの話を交換し、フェイトははやて達が置かれている状況を考え、軽く頭を抱えた。
 フェイトはプレシアがリンディから依頼を受け、ここ地球にいる事を理解している。それにも関わらず、安全とはいえロストロギアを黙認する事になってしまった。
 更に悪いのは、そのロストロギアはリンディとクロノの家族を奪った原因。それを知れば、リンディ達がどう思うかなど分かり切っている。だが、それ故にリンディ達には言えないのも分かるのだ。

(はやて、あんなに楽しそうだった……)

 かつて自分達が暮らしていた時と同じぐらい、はやては楽しそうに笑っていた。その理由が、闇の書から現れた守護騎士達なのは誰でも分かる。リンディ達に闇の書の事を教えるのは、はやてからその家族を奪う事にも繋がる。それを自分に置き換えれば、決して出来るはずがない。
 それはきっとプレシアも同じだとフェイトは考えていた。アリシアを失った事がプレシアの中でどれ程大きな痛手だったか。それを知るプレシアならば、はやてが家族として大切に想うシグナム達を守ろうと思わないはずがない。

(母さんも、リニスもそう。きっと、みんな同じ気持ちのはず……)

 だからこそ、フェイトはそう思ってアリシアの手を握る。その温もりが、どれだけ自分の心を癒してくれたかを知っているから。ミッドへ戻っている間、フェイトはアリシアと二人でよく出かけたものだ。プレシアが嘱託試験のために忙しくなったため、リニスやアルフはそれを支えるために走り回り、ランサーは世話になっているリンディ達の協力で、よく傍を離れていたからだ。
 仕事がない時や暇を見つけてクロノが相手をしてくれたが、基本二人で行動する事が多かった。

「どうしたの、フェイト?」

「ちょっと……アリシアと手を繋ぎたくて……」

「そうなんだ。わたし、フェイトと手を繋ぐの好きだよ。何か落ち着く気がするから」

「私も。アリシアといると暖かい気持ちになれるから」

「同じだね」

「うん。同じだね」

 そう言ってどちらともなく笑い出す。何故かこんな他愛ないやり取りがとても愛おしくて。そんな二人を眺め、アルフも笑みを浮かべる。その光景が本来なら有り得なかった事を思い出し、改めて感じていたのだ。
 自分達が”奇跡”を目にしている事を。

(時々忘れそうになるけど、これって凄い事なんだよねぇ……)

 共に笑い合うフェイト達。繋ぎあう手と手。その何でもない事がとても尊く見え、アルフは流れそうになる涙を密かに拭った。

「……ちょっと二人共。アタシを除け者にしないでおくれよ」

「あ、えっと……そんなつもりじゃ……」

「そうだよ。アルフが話に参加しないから悪いんだよ?」

「あ、アリシア……」

「む~、なら参加させてもらうよ。で、何を話してたんだい?」

「あのね~……」

 先程までのしんみりした気分を吹き飛ばすように、アルフは二人へ声を掛ける。それにどこか申し訳なさそうなフェイトだったが、アリシアはそれとは逆に悪いのはアルフと告げた。それにフェイトが慌てるも、アルフは怒るのではなく、むしろ嬉しそうに二人へ近付いた。
 それにアリシアは素直に応じ、フェイトの手を離してアルフを手招きした。それにアルフが応え、フェイトとアリシアの間に入り……

「わたしはこっち。逆はフェイトね」

 アルフの手を掴んだ。それに軽く驚くもアルフは内心喜びに満ち溢れていた。フェイトだけでなく、アリシアとも繋がっている。そんな感じを受けたからだ。
 伝わる体温がアルフへ伝わる。大切な家族だとそう言っているように、アルフは感じてその手を握り返す。もう一方にフェイトの手の温もりを感じ、アルフは改めて誓う。全てを賭してこの温もりを守ると。この身は使い魔なれど、家族と呼んでくれる少女達のために戦おうと。
 例えその相手が神や悪魔であろうとも……

「フェイト、アリシア、アタシが何があっても絶対守ってみせるからね」

「? う、うん。頼りにしてるね、アルフ」

「わたしもアルフを守るからね。一緒に頑張ろ、お~!」

「お~!」

「お~……」

 どこか恥ずかしそうなフェイトの声に、アリシアが笑い出し、アルフも笑う。それに照れていたフェイトも、楽しそうに笑う二人に影響され、段々笑顔になっていく。そして、ついに笑い出し、三人は揃って笑みを浮かべる。
 柔らかく穏やかな日差しの中、三人の笑い声が空高く響いた……



 フェイト達が高町家に向かっている頃、アーチャーは士郎達と入れ替わりに、ランサーを伴って道場で鍛錬をしていた。実は蒐集を手伝った際、動きが若干鈍っているような気がしたのだ。
 そのため、彼は手近にいたランサーを捕まえ、対戦相手としたのだが……

(くっ! 以前よりも速い。これは……いかんな)

 その神速の槍捌きに、アーチャーは防戦一方。以前と同じように敢えて隙を作り、そこに攻撃をさせる戦法を取っているのだが、ランサーの方もそれを熟知した上で、恐ろしい対抗策を打ってきたのだ。
 それは、その隙へ以前よりも速いフェイントを混ぜるというもの。当然といってしまえばそこまでだが、その単純な攻撃一つ一つが必殺なのだ。それが虚か実かアーチャーには判断のしようがない。
 そのまま捌けばいいのだろうが、フェイントに手を出せば、それが本当に致命的な隙となる。だが、それが本当に当てにきたものなら対応しなければならない。そんな判断を延々繰り返し、アーチャーは悟る。ランサーが狙っているのは、自分の精神の疲弊だと。

「どうした。前よりも動きが鈍いぞ」

「何分戦場から遠ざかっていたものでな。どうやら錆び付いたらしい」

「けっ! よく言うぜ。それでも俺の攻撃を防いでるじゃねえか」

「何、まぐれにすぎん。私としては、このまま終わりたいのだが……」

「すると思うか?」

「……だからこうして構えている」

 ため息混じりのアーチャーの答え。それを合図に再び始まる刹那の戦い。先程と同じ事を繰り返し、互いに一歩も譲らない。攻め続けるランサーに防ぎ続けるアーチャー。しかし、僅かにランサーが押していたため、このままランサーがアーチャーを押し切ると思われた。だが……

(んだとっ?!)

 それまでランサーのフェイントを苦労しながら対処していたアーチャーが、何か悟ったかのようにフェイントを見切ったのだ。それも一度ではなく、何度もだ。ランサーの繰り出す攻撃を確かに見極め、アーチャーは笑ったのだ。
 何度やってもアーチャーはフェイントには手を出さず、本命は確実に防ぐ。それを何十合と繰り返し、ランサーは一度槍を引いた。それにアーチャーも応え、双剣を下ろした。

「何故、と言いたそうな顔だな」

「……どうして分かるようになった」

「何、フェイントを繰り出す際の体の動きに注目しただけだ」

「……まさか、俺の体の動きから……」

「正確には、君の筋肉への力の入れ方か。力の入れ具合が僅かに異なるのだ。それに気付ければ、何て事はない」

 アーチャーは言った。ランサーのフェイントはギリギリまで本命と変わらない。だからこそ、余計に違いが出るのだと。そう、いつも通りにしようとどこかで意識するためか、筋肉への力の入り方が若干変わるのだろうと。それに気付くまでに大分時間が掛かったが、これでもうフェイントには翻弄されない。そう言って、アーチャーは双剣を消した。

「付き合ってくれて助かった。礼を言う」

「……ま、俺もそれなりに楽しかったぜ。またやるか?」

「悪いが遠慮する。次にやる時は、小次郎にでも頼む事にしよう」

「付き合いの悪い奴だぜ……」

 そう言ってランサーは、その手を軽くアーチャーへ振りながら道場から出て行く。そんなランサーに苦笑し、アーチャーは道場の掃除を始める。その顔には、どこか楽しそうな笑みが浮かんでいた……



「だから、学校へ行ってみない?」

「……学校」

 プレシアの口から出たのは、フェイトもなのは達と同じ聖祥大付属小学校へ編入しないかというもの。それを聞いて、勉強が苦手なアリシアはどこか嫌そうな表情だったが、フェイトはなのは達と同じ時間を共に過ごせる事を考え、表情は綻んでいた。
 そんなフェイトへアリシアがふと呟いた。その内容に、フェイトの笑みは消え失せる事になる。

「でも……そうしたらはやてだけ学校行ってないよ?」

「っ!?」

 フェイトを責めるのではなく、純粋に思った事を口にしただけ。そう分かっていても、フェイトは心を締め付けられるような感じを受けた。
 JS事件の際、はやてと共に過ごした日々。その中ではやては確かに言っていたのだ。自分も早く歩けるようになって、なのは達と同じ学校に行きたいと。
 それを思い出し、フェイトは自分の薄情さを恨んだ。自分だけなのは達と同じ学校へ行って、親友のはやてだけに寂しい想いをさせようとしていた事に。

(ダメだ。私は行けない……はやてを一人には出来ない)

 そう思って、フェイトは意を決してプレシアへその旨を伝えようとして―――出来なかった。

「ママ、わたし学校行かない」

「えっ……アリシア……?」

「そう。勉強が嫌いだから?」

「ううん、そうじゃないよ。わたし、フェイトよりもお勉強苦手だから、なのは達と一緒だと、余計楽しくてお勉強しないと思うの。
 だから、わたしは学校行かない。でも、それだとママ達に怒られるから、はやてと一緒に勉強する。
 それで、その日のはやてとの出来事をフェイトにお話しするから、代わりにフェイトは、なのは達と一緒に学校行って、その日の事をお話しして」

 そのアリシアの言葉にフェイトが一番驚いた。まるで、自分が考えた事を見透かしたような発言だったからだ。それだけではない。アリシアは、フェイトへいつもの優しい声ではなく、どこか諭すような声でそう言ったのだ。友達としてはやてを一人には出来ない。でも、フェイトがなのは達と一緒に居たいと分かっている。
 そのフェイトの気持ちを汲んで、アリシアが言ったのだ。自分がはやての傍で頑張るから、フェイトはなのは達の傍で頑張って、と。

 そんな風に思い、フェイトはアリシアを見つめる。それを受けたアリシアから、フェイトは微笑みながらこう言われたような気がした。

―――わたし、お姉ちゃんだもん。フェイトは我慢しないの。お姉ちゃんに甘えていいからね!

―――アリシア……うん。ありがとう、姉さん。

 それにフェイトも心でそう答えた。それが本当にアリシアが思った言葉なのかは分からない。でも、確かにあの時のアリシアの言葉は、そんな想いだったとフェイトは思った。
 何も言わず微笑み合うフェイトとアリシア。それを見て、プレシア達は事情が分からないまでも笑顔を浮かべる。

「アリシア、私、頑張るから」

「うん。わたしも頑張って勉強するね」

 そう言い合って、二人は笑う。その笑顔は、本当に似ているようで違う輝きを放っていた……



これを聞いたなのは達は、フェイトの編入を喜び、はやては、共に勉強する相手を得た事に喜んだ。
そして、八神家にリニスという家庭教師も来る事が決まり、アリシアはどこか嫌そうな顔をしたとか……



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これでテスタロッサ家もある程度決まりました。学校時間にフェイトが加わり、八神家の昼にはアリシアが加わりました。

見かけは幼い。中身は長女。その名は、アリシア・テスタロッサ!

……でも、大抵フェイトが姉っぽい……



[21555] 1-EX 幕間5
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/11/08 07:44
 高町家からさほど離れていないとあるマンション。そのマンションの一室が、テスタロッサ家の新しい住居である。六人で住むにはやや手狭ではあるが、アリシアとフェイトで一つの部屋にする事などで、部屋の確保自体は出来ている。そのため、リニスとアルフも相部屋である。
 その内の一つであるランサーの部屋に、部屋の主であるランサーとフェイトが二人して悩んでいた。

「どうしよう?」

「て言ってもなぁ……」

「今からはやての家には行きにくいし……」

「かと言って、俺もこの国の学問に詳しい訳じゃねぇしな」

 二人が揃って見つめているのは、フェイト用に用意された問題集の数々。国語や算数だ。学校への編入試験を受けるためにと、アリサやすずかが選んでくれたもの。フェイトはそれをアリシアとやろうとしたのだが、アリシアはヴィータと遊ぶ約束をしていたらしく、フェイトに謝って出かけて行った。
 それで一人でやっていたのだが、算数はミッドでも同じ事をやっていたので簡単に終わった。だが、国語は書き取りはともかく、漢字の読みが難しくて中々難航し、それも時間をかけて終わったのだが、俗に言う文章問題でどうしても分からない場所があり、自分よりも日本語が読めるであろうランサーの元を訪れたのだが……

「あ? いや、俺も全部読める訳じゃないぞ」

 と返され、フェイトは軽く途方に暮れたのだ。今日、リニスはプレシアと共に、時の庭園で魔法と魔術の融合研究をしている。アルフはアリシアと共に八神家へ出かけている。出会った日から、ザフィーラから稽古をつけてもらう事にしたらしく、今頃は公園辺りで汗を流しているだろう。
 それを聞いた時、同じような存在同士仲良くなっているようだと、フェイトもはやてと喜んだものだ。
 そして、なのは達は学校。はやての家に行けば、はやてがいるだろうが、もうそろそろ昼になる。今から訪ねてもすぐにご飯時になり、はやてに迷惑になるとフェイトは考えた。

(でも、このままじゃ進まないし……)

 そう思うフェイト。だが、その時ランサーが、何か良い事を思いついたとばかりに告げた。

「本に関する事なら、本好きに聞けばいい」


フェイトの小冒険



 ランサーに提案されたのは、良く本を読んでいるライダーに聞けばいいとのもの。フェイトはそれも一理あると思い、早速月村家を訪れた。ライダーは丁度庭仕事を終えたところだったようで、門の前でフェイトがベルを鳴らすと、すぐに現れた。

「フェイトですか。どうしたのです? スズカは学校ですよ」

「えっと、ライダーさんに聞きたい事があって……」

 不思議そうな表情をするライダーへ、フェイトはここに来た理由を話した。それを聞き、納得しつつもどこか申し訳ないような顔をライダーはした。それにフェイトが首を傾げると、ライダーはこう言った。

「生憎、私は読書が好きなだけで、作者が何を考えたのだろう等と考えた事はありません。つまり、読解しながら読んだりはしていないのです」

「そうなんだ……じゃ、誰に聞いたらいいかな?」

「アサシンなどいいのでは? 風流を知り、雅を愛するこの国の人間ですし」

「そっか。ありがとうライダーさん」

「いえ、わざわざ来てもらったのに、お役に立てず申し訳ありません」

「ううん。私こそ忙しいのにごめんなさい」

「いいのですよ。また来て下さい。今度は、すずかのいる時にでも」

 そう言って笑みを見せるライダー。それにフェイトも笑みを浮かべて頷いた。そして、小さく頭を下げて歩き出す。その後ろ姿を見送って、ライダーは思う。
 最初会った頃、フェイトはどこか物怖じする節があった。それが今は無くなったのだ。単にフェイトがライダーと親しくなったのもあるかもしれない。だが、それだけではないとライダーは思っていた。

(彼女も成長しているのですね。自分よりも幼い姉を得て……)

 それがどこか自分に似ていると感じ、ライダーは小さく笑う。そして、もう一度視線を遠くなったフェイトへと向けた。

―――今度、ゆっくり話をしましょう。

 そんな呟きをし、ライダーも歩き出す。今後フェイトが苦労するであろう事に微笑みを浮かべつつ、彼女は思う。どこでも我の強い姉を持つ妹は大変だと。
 そう考えるライダーだったが、その顔は心からの笑みを浮かべていた。そのすぐ後、バニングス家までの道を聞きにフェイトが慌てて戻って来て、ライダーは苦笑する事になる。これは、アリシアも苦労するだろうと……



 ライダーから道を聞き、フェイトはバニングス家にやって来ていた。月村家に負けず劣らずな外観に、フェイトは少し呆気に取られるものの、気を取り直し、ベルを押そうとしたのだが……

「おや? ふぇいとではないか。何用だ?」

 作務衣姿で脚立に上り、植木を整えている小次郎がその存在に気付き、声を掛けたのだ。それに視線を上げるフェイト。初めて見る小次郎の姿にやや唖然。それが可笑しいとかではなく、可笑しくなかったため、そうなったのだ。
 首に手拭いをかけ、手には枝切り鋏。西洋式のバニングス家の庭にはまったく合わない格好ではあったが、フェイトにしてみれば景観にそぐわないというより、日本ではこういう格好で庭の手入れをするのだと思ったのだ。
 無知とは、時に恐ろしい。これをフェイトはしばらく思い込み、アリサ達にふとした事で話すまで訂正されなかったりする。

「あ、その……教えてほしい事があって」

「私に? 承知した。しばし待て」

 そう言って小次郎は手入れしていた木を仕上げ、脚立から飛び降りた。そして、フェイトの前まで近寄り、その手にした問題集へと目をやった。

「何だ、それは?」

「学校に行くための問題集。アリサ達が選んでくれたんだ。で、これが分からなくて……」

 フェイトに文章問題を見せられ、小次郎は軽くそれを眺めて―――頷いた。それを見たフェイトは、小次郎が答えを理解したものだと思った。そして、期待にも似た視線を向けていたのだが、小次郎がフェイトに告げたのは意外な一言。

「すまぬが私には分からん」

「え?」

「生憎寺子屋には通っていなかったのでな。文字の読み書きが出来ぬのよ」

 小次郎はそう言って軽く笑う。今の子供は恵まれているのだなと思いながら。その内心を知らないフェイトは疑問符を浮かべ、小次郎を見つめる。そんな視線に気付き、小次郎は笑うのを止め、こう言った。
 アーチャーならきっと分かるだろうと。だが、それにフェイトはこう返す。お昼になったから、八神家には行きにくいのだと。それにどこか不思議そうな表情をする小次郎だったが、アーチャーはこの時間なら月村家で料理を教えた帰りだろうから、上手くすれば先回り出来るだろうと告げた。
 それにフェイトは納得し、お礼を述べて歩き出す。その離れ行く背中を眺めて、小次郎は呟いた。

―――しかし、随分と自分の意見を言うようになったものよ。

 以前なら小次郎の意見に迷いながらも、何も言わずに八神家へ向かっただろうフェイト。それが、しっかり自分の思いや考えを告げた事に、小次郎は感心したのだ。

(成長した、という事か。まったく、どこも子の成長は早いものよ……)

 どこか笑みを浮かべながら、小次郎は庭仕事へと戻っていく。そして、はたと気付いた。昼食の時間故に、フェイトが八神家へ行き辛いと考えた事に。
 その優しさと気遣いに微笑ましいものを感じ、小次郎は思う。アリサもそういう所を淑やかに表現して欲しいものだ、と……



「……それで、こうして私を追って来たのか」

「は……はい」

「それは……まぁ、ご苦労だったな」

 苦笑を浮かべ、アーチャーはそう言ってフェイトを労った。フェイトは、アーチャーが八神家に着いてしまってはいけないと、バニングス家から走ってここまで来たのだ。幸いにして、アーチャーはフェイトの先を歩いており、フェイトは全力疾走でそれを呼び止める事に成功。
 そして、こうして肩で息をしながら会話という形に至るのだ。

 そのままフェイトの息が整うまで、アーチャーは黙って待った。しばしフェイトの息遣いが住宅街の静けさの中に響く。それが段々落ち着いていったのを見計らい、アーチャーは用件を尋ねた。それにフェイトは手にしていた問題集を見せる。
 そこに載っていた文章問題が分からないとフェイトは言った。それを聞き、アーチャーは一瞬呆気に取られたが、小さく微笑むとフェイトへ告げる。

「何故私ではなく、はやてに聞こうとしなかった?」

「えっと、お昼前だったし、行ったらきっとお昼になって、ご飯を作ってもらう事になるだろうから」

「やはりか。相変わらず変なところで気を遣うのだな、君は」

 仕方ないという表情で笑みを浮かべるアーチャー。そして、フェイトの目線にまで屈んで言った。なら、自宅で昼食を食べてから行けばいいだろうと。それを聞いた瞬間、フェイトが「あっ……」と呟いたのを聞き、アーチャーは苦笑する。変わっていないなと思ったからだ。
 以前共に暮らした時もそうだったのだ。フェイトはどこか抜けている。簡単に言えば天然と呼ばれるタイプの人間なのだ。だからこそ、フェイトが以前のままで、ある意味安心してもいた。

(度が過ぎれば問題だが、この分ならむしろ欠点ではなく、魅力や個性の範疇だろう)

 そんな事を考え、アーチャーはフェイトへ尋ねた。それで、空腹ではないかと。それにフェイトはお腹を押さえ、小さく頷いた。家を出た時から何も食べていない。そう、ライダーに答えを教えてもらったら、帰ってランサーと共に、リニスが作ってくれたサンドイッチを食べるつもりだったのだ。
 そんなフェイトへアーチャーはこう言った。実は今日の昼食を作るのは、自分が帰ってからなので、はやてもまだ食べてないのだと。つまり、今から一人増えたとしても大差ないと。

「どうだ。久しぶりに私の料理を食べるかね?」

「……ご馳走になります」

 恥ずかしそうに俯くフェイト。それに優しい笑みを浮かべ、アーチャーは歩き出す。それに続くようにフェイトも歩く。その道すがら、アーチャーはフェイトにミッドでの事を尋ねた。最初はどこか小さい声だったが、話が進むにつれ、声が普通のものに戻った。そして、それを図ったかのように二人は八神家に到着する。

「さ、上がってくれ」

「お邪魔します」

 リビングに顔を出したフェイト。そこには、フェイトを見て驚いたような顔のアリシアとヴィータがいた。その反応にフェイトは納得し、二人へ経緯を話そうとしたが、その瞬間フェイトのお腹から可愛らしい音がして……

「あっ……」

 顔を真っ赤にするフェイトを、アリシアが可愛いと言って抱きしめる。ヴィータはフェイトの気持ちが分かるので、小さく頷き「あたしも腹へってるからよくわかる」とだけ告げ、その後から現れたアーチャーに昼食を請求していた。
 それに笑みを浮かべ、アーチャーは簡単にあしらうとキッチンへ。はやてはどうも借りていた本を返しに行ったらしく、それにザフィーラがついていっているらしいとの事。

「で、勉強は終わったのかよ?」

「それがね……」

 ヴィータの質問にフェイトはここに来た経緯と共に説明し、それを聞いてヴィータは一言。

「最初からここに来いよ」

「……私もそう思う」

「フェイトって、時々こういう失敗するよね~」

 朗らかに笑うアリシア。それにフェイトが「あぅ……」と小さく呻くの聞き、ヴィータは何となくこの姉妹の関係を把握した。ほとんど姉と妹が逆転しているが、たまにそれが本来の形に戻るらしいと。そして、同時に思うのは……

(仲が良いんだな、アリシア達は)

 出会った時から名前で呼んで欲しいと言って、正しく名前を言えるまでヴィータの名前を繰り返し呼んだアリシア。自分はちゃんと名前で呼んでるんだからと、そう言ってヴィータに名前を呼ばせようとした迫力は、中々少女のものにしては強いものだった。
 だからこそ、ヴィータが家族以外で初めて名前を呼んだのはなのはだが、出会ってからの速度で言えば、アリシアが断トツトップだったりする。

 そんなヴィータの目の前では、フェイトがアリシアに何をしていたかを聞いていた。それにころころと表情を変えて答えるアリシア。そこにヴィータも加わり、フェイトと三人で話し出す。
 一通りアリシア達の話が終わると、今度はフェイト達の話へヴィータが話題を変える。ミッドの事やリンディ達との日々、未だに会った事のないユーノの事など、取り留めなく話している内に、はやてとザフィーラが帰ってきて話に加わった。

 アリシアとヴィータ、はやてが楽しげに話す中、フェイトはザフィーラにアルフの事を尋ねた。どうもアルフは昼になったのを合図に、家へと帰ったとの事。それを聞き、フェイトは今頃アルフがランサーと昼寝でもしてるだろうと考えた。そして、自分の分のサンドイッチはアルフのお腹の中だとも。

(出かけにランサーに言っておいて良かった……)

 帰りが遅いようなら食べても構わないと言って、フェイトは家を出てきたのだ。それは、用意された量ではランサーが満腹にならないと思ったからだったが、結果的に無駄になっていないならいいと思った。
 やがて、キッチンからいい匂いが漂い始め、全員が待ちきれないとばかりにテーブルへ移動を始めた。

「何や、懐かしいな。フェイトちゃんがここにおるの」

「そうだね。私も同じ事思った」

「そっか。フェイト、はやて達と一緒にお泊りしてたんだもんね」

「あ~、そういやそうだっけ。その話、あたしも聞いた」

「私も聞いたな。短期間だったらしいが、主が世話になった」

「そんな……私こそお世話になったし……」

「いやいや、私の方がお世話になったちゅうねん」

 そんな風に話す五人。その賑やかな雰囲気に笑みを浮かべ、アーチャーは料理を皿に盛り付けてテーブルへ運んでいく。それに歓声を上げるアリシア達。ザフィーラはアーチャーと共に微笑み一つ。
 そして、それぞれに箸が行き渡り……

「「「「「「いただきます」」」」」」



こうして、フェイトのちょっとした冒険は終わりを迎えた。彼女にとってこの日は、ライダー達の知らない面を知る事が出来た有意義な日となった。
そして、改めて八神家での日々が、自分の中で大きく影響しているのだと感じる事も出来たのだった……



おまけ

「ありがとうございました~」

 笑顔で客を見送るシャマル。そして、片付けをしようと店内に視線を戻すと、何故か寂しそうなセイバーが目に付いた。

「どうかしたの、セイバー」

「……ええ。何故か分からないのですが、疎外感のようなものを感じたのです」

「疎外感?」

「……どうしてでしょう?」

 二人は揃って首を傾げる。そして、出た結論は気のせいだろうとの事。そう納得させ、再び仕事を始めるシャマルとセイバー。お昼のピークを過ぎたとはいえ、まだこれから忙しい時間が残っている。それに備えて、今の内に出来る限りの準備をしておかなければ。そう考え、二人は動く。
 そこに来客を告げるベルの音が聞こえ、セイバー達が声を合わせて言った。

「「いらっしゃいませ」」



今日も翠屋は盛況です。


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幕間。フェイトと他のサーヴァント達との交流?

妙な気の遣い方をするフェイト。それに気付くのは共に暮らした事のあるアーチャーだけ。

天然な所をライダーに知られ、愛らしいと思われるなど、フェイトも段々ライダーや小次郎などと親しみを持たれていく感じの話。

おまけでは、サーヴァント勢で頼られる事が少ない事に関し、セイバーの直感発動な話でした。



[21555] 1-13 交流編その3 前編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/11/09 06:42
 カレンダーを見つめ、微笑むなのは。七月と大きく書かれたそれに、赤く○が打ってある場所がある。それは、テスタロッサ家と八神家を交えた初めてのお出かけ日。そう、つまり今日である。
 ちなみに無事に編入試験を終えたフェイトは、学校とプレシアの協議の結果、二学期からの登校と決まり、クラスもなのは達と同じに決まったらしく、それをフェイトからのメールで知り、なのは達は揃って喜んだ。

「いよいよなの」

 今回の出かける先は遊園地。メンバーは、高町家からはなのは、セイバー、美由希に恭也で、月村家は全員参加。アリサと小次郎は当然で、八神家も全員参加。最後にテスタロッサ家はプレシアを除く全員。プレシアは、定期連絡を兼ねてミッドへ出かけるとの事で、アーチャーが何かを頼んだらしいとフェイトがメールで教えていた。
 フェイトとアリシアも海鳴で暮らすにあたり、携帯電話を持つ事にした。そして番号等の交換をし、今回のようにメールや電話でのやり取りをしている。ちなみに、アリシアはヴィータにも携帯を持つよう迫っており、それをはやてが検討していたりする。

(一体、何を頼んだんだろう?)

 アーチャーがプレシアに頼んだ事が予想出来ず、なのははリボンを手に取る。それはあの別れの際にフェイトとアリシアから貰ったもの。二人と出かける時は、絶対これと決めていたものである。
 それを手馴れた感じで着け、なのはは鏡で全体を確認し笑顔で頷いた。

「よしっ!」

「なのは~、そろそろ行くぞ~」

「は~い」

 下から聞こえた恭也の声に元気良く返事を返し、なのはは部屋を出る。そして、ドアを閉めようとして一瞬視線が写真立てへと止まる。
 それはセイバー達と温泉旅行の際に撮ったもの。視線は、その中の少年へと向けられていた。

(ユーノ君、今頃何してるんだろ……)

 そう思いながら、なのははドアを閉めて階段へと向かう。本当なら、ここに居て欲しいもう一人の人物の事を想いながら……



遊園地は、ドキドキワクワクなの! 前編



 電車に揺られる事数十分。途中で乗り換え等をし、到着したのは海外資本が経営する大型テーマパーク。夏休みという事もあり、大勢の家族連れがいる。それを眺め、呆気に取られるなのは達。特にはやて達は、初めて来る遊園地の凄さと人の多さに沈黙していた。

「入場券を買ってくる。一日パスポートでいいな?」

「あ、それでお願いします」

 それを見てアーチャーが率先して動き出す。その言葉に恭也が応じ、アーチャーは頷いてチケット売り場へ向かう。その後ろでは、なのは達子供組がワイワイと盛り上がっていた。
 入口近くで子供達と戯れるネズミをモチーフにしたマスコット。それを見てアリシアが不思議そうに尋ねた。

「ね、あれネズミ?」

「あ~、そやな。ここのメインキャラクターや」

「しゃ、写真撮ってもらおうよ!」

「落ち着いてフェイトちゃん。また中で会えるから」

 カメラを取り出し、やや興奮気味のフェイトを見て、すずかが嗜めるようにそう言った。その横ではアリサが人ごみを睨みつけている。

「やっぱ貸し切るべきだったわ」

「あ、アリサちゃん、それは流石にダメだよ~」

 大財閥のお嬢様発言になのはがそう答える。そして、こう諭したのだ。今日しか来れない人達もいるし、初めて来る子だって少なくないかもしれない。その人達の事も考えようと。
 その考えに、アリサは自分が如何に自分勝手な発想をしていたかを感じ、その言葉に反省して頷いた。みんな同じ条件だから、仕方ないと言って。

 そんな子供達とは離れた場所で違う意味でワイワイしている者達がいた。守護騎士達である。

「これ程までに巨大な城を……さぞ名門の貴族なのだろうな」

「見ろよシグナム。あんなとこをデカイ犬が歩いてやがる……」

「使い魔ではないな。では、この世界の種族なのか?」

 着ぐるみという物がベルカにはなかったのか、そんな風に話すシグナムとヴィータ。無論、ここが作り物の場所だとヴィータは知っているが、シグナムは違う。ヴィータ発案の悪戯を面白がったはやてにより、ここはさる貴族が作った道楽の公園だと伝えてあるのだ。
 ヴィータはそれを隠し、さも同じ様に知らない振りをしている。そんな二人を見つめ、笑いを堪えているシャマルがいた。

「……ね、ねぇザフィーラ。シグナム、いつ気付くのかしら……プクッ……」

「……趣味が悪いぞ」

 そのシャマルに呆れたように返すザフィーラだったが、微かに彼もシグナムを見て笑わないようにしているのだった。そして、何だかんだ言って、彼もシグナムに真実を教えないのだから同罪と言える。この後帰る際に、シグナムが事情を知らないアーチャーへ質問した事で真実が露見し、シャマルとザフィーラの二人がまず成敗される。そして、シャマルの告げ口により、それを考えたヴィータも同じ目に遭い、はやてはシグナムに帰り道の間、延々説教される事となる。

 そんな守護騎士達とは違い、保護者組はそうではない―――はずだったのだが……

「凄いものよ。西洋の城は聞いてはいたが、あのような物か」

「雅ですか?」

「ふむ……確かに日本の城とは違う風情がある。だが、雅とは言い難いな」

「そうなんですか?」

「景観よ。些か俗世過ぎる。湖畔などであれば映えたであろう」

 そんな感じで、美由希と小次郎は目に付き易い城を話題にしており……

「ね、私達は二人で回りましょ」

「……構わないが、アーチャーさん達に負担が」

「何言ってるの。きっとなのはちゃん達は子供達だけで回るわよ。あ、セイバーとライダーは一緒でしょうね」

 忍と恭也は既に恋人気分全開で腕を組んでいる。忍も恭也も美形なものだから、通り過ぎる者達が思い思いに見つめていた。

「ね、ね、どれから乗るんだい?」

「ランサー、これなどどうです?」

「……とりあえずよ、腕を動かし辛いんだがな……」

 両腕をアルフとリニスに完全ロックされ、ランサーは場内案内を見てはしゃぐ二人に、力無くそう呟くのが精一杯。

「ファリン、どこへ行くのです?」

「アーチャーさんのお手伝いをしてきます」

「必要ありません。ここで待ちましょう」

「……あ、女性に話しかけられています」

「行きますよ。アーチャー様が困っています」

 ファリンの言葉にいつもと同じような反応でありながら、ノエルは素早くアーチャーのいる方へと歩き出す。それを追い駆けるファリン。
 実際には写真を撮ってほしいと頼まれただけなのだが、それを知ってか知らずか二人は急ぐ。
 そして、そんな周囲を見つめ、ため息を吐くライダー。

「やはり取り残されている感が……」

「ライダー、何故そんな顔をしているのです?」

「セイバーには、きっと分からないでしょう」

「?」

 セイバーはライダーの言葉に不思議そうに首を傾げた。その手には、しっかりと場内案内が握られている。しかし、ライダーは知っている。セイバーがアトラクションの紹介ではなく、レストラン等の案内ばかりに目を通していた事を。
 故にため息。自分はセイバーと二人で、なのは達と行動を共にするだろうと予想していたからだ。

 その予想は正しく、それぞれ入場パスポートを受け取ると、保護者勢が一斉に別れて行動した。ま、それに文句を言う者は表向きは居なかった(ライダーは内心不満だらけ)ので、なのは達子供組は、セイバーとライダーが監督役して随行する事になり、シグナム達ははやてに付いて行くか迷ったが、ザフィーラのなのは達と共に過ごさせようとの提案に、それもそうかと頷き、アーチャーに案内や説明を頼もうとそちらへ行った。

 こうして、純粋カップルが二組、トリオが一組、子供組+α、そして弓兵とメイドと守護騎士達組と分かれる事となった……



「どれに行く?」

「そうだな……この海賊のやつがいいんじゃないか?」

 恭也が提示したのは、カリブ海の海賊を主題に扱ったアトラクション。ガイドブックにも乗る程のメジャーなものだ。忍はそのチョイスが恭也らしいと思い、内心納得して笑みを向ける。

「じゃ、それにしましょ。ほらほら急ご」

「分かったから、あまり引っ張るな」

 嬉しそうに腕を絡ませ、歩き出す忍。それに苦笑しながらも、嬉しそうな恭也。最近は中々二人っきりでという事がなく、忍は今日の行事をデートとするべく計画を練っていたりする。
 一方の恭也も、そんな忍と違った意味で今日を恋人らしく過ごそうと決めていて、忍のワガママを出来うる限り叶えてやろうと思っていたりするので、似た者同士と言っておこう。
 そんな二人がアトラクションへ向かう中、その後ろを美由希と小次郎が二人に気付かず歩いていた。
 二人は腕を組んだりはしていなかったが、その体の距離は近い。ちなみに小次郎はいつもの作務衣ではなく、チェック柄の上着にハーフズボンという格好。流石に行楽地へ行くのに作務衣を許す程、アリサは寛大ではなかった。

「ここまで人が多いとは……」

「そうですよね。あたしもここまではちょっと……」

 夏休みという事もあり、普段以上の賑わいなのもあって、美由希も予想以上だと感じていた。だが、どこか呆れた感じの小次郎と違い、美由希は楽しそうだ。そう、小次郎との初めてのデート。そんな風に思っていたからだ。しかも、一度来てみたいと思っていたテーマパークというオマケ付き。

(後は、手を繋げでもしたらいいんだけど……)

 そんな事を考え、美由希はちらりと小次郎の方へ視線を向ける。小次郎は美由希の視線に気付かないのか、ただ周囲の風景や人々を眺めていた。
 学生達やカップルが多い中、楽しそうな家族連れの姿に、小次郎はどこか優しげな眼差しを見せる。それが美由希の鼓動を高鳴らせた。

(やばいなぁ……あれ見るとしばらく顔赤いんだよね、あたし)

 そう思い、小次郎から視線を外す美由希だったが、それを小次郎が気付き不思議そうに問いかけた。

「どうした? 目にゴミでも入ったか?」

「あ、いや……別にそういう訳じゃ……」

「なら良いが……もしそうなら早めに言ってくれると助かる。私だけが楽しんでも仕方ないのでな」

 その小次郎の一言に、美由希の思考が一瞬停止。そして、その内容を理解してどこかぎこちなく尋ねる。どういう事ですかと。それに小次郎は先程の優しい眼差しでこう告げた。

「何、美由希殿が楽しめねば意味があるまい。ここは女子供が楽しむ場所だと聞いた。しかし、俗世に疎い私も中々に楽しめておる。
 ならば、共に楽しめた方が良かろうと、な」

「小次郎さん……」

 その言葉に美由希は呆然となる。それは彼女にとっては意外な言葉。自分に対する気遣いや思いやり。その気持ちを感じる事が出来たからだ。
 そんな嬉しそうな表情で呟く美由希に軽く微笑むと、小次郎は歩き出す。そして一度立ち止まり、振り向いて一言。

「それに、美由希殿の笑みは見ていて飽きぬ」

「え……?」

 その言葉を聞いて、美由希はしばらく立ち尽くす。それを言った小次郎は、既に歩き出していた。そして、美由希はその意味を理解した瞬間、爆発したかのように顔が赤くなった。それに気付かず、小次郎は先を歩いている。その背中を見つめ、美由希は何かを決意したように眼鏡を外した。
 そして、先を歩く小次郎へ向かって呟く。

―――さっきの言葉……絶対忘れませんからね。

 小次郎と二人の時は、眼鏡を外す。それを美由希は決意した。それは従来の”剣士”としての自分ではなく”女”としての自分になるという想い。
 それを意識したのは、小次郎の言葉。恭也の時はここまでならなかった恋慕の想い。その違いは、やはり義理とはいえ”兄妹”というものが影響していたのだろう。だからこそ、小次郎への想いは大きくなる。歯止めがない故に、それをする必要がない故に。

「小次郎さん、待ってくださいよ!」

 そう言って美由希は追い駆ける。それに小次郎が振り向き、微かに驚いたのを美由希は見逃さない。そして、内心の動揺を抑え込んで小次郎の手を掴んだ。
 その行動に小次郎が一瞬戸惑ったが、何かを察したように頷いてその手を握り返した。

「あ……」

「共に楽しもうと言っておきながら、置いていくのは少々配慮に欠けたか。それに、これならば人が多くなろうとそうそうはぐれまい」

「……ですね」

(も~、あたしが勇気を出してやったのに! ……まぁ、小次郎さんらしいか)

 そう思って美由希は笑う。それに小次郎も笑みを返し、ふと呟いた。

「眼鏡はどうされた?」

「二人っきりの時は、外そうと決めたんです」

 そう答えて美由希は小次郎の手を引っ張って歩き出す。それにやや不思議そうな表情の小次郎だったが、その気持ちを声にする事はなかった。何故なら、見つめた美由希の表情は、とても楽しそうな笑顔だったのだから……



 その頃、時空管理局本局にある無限書庫では……

「……リンディさん達に秘密で、それに関する事を調べればいいんですね?」

「ええ。アーチャーさんが貴方の現状を知って、そう伝えてほしいって」

 ユーノはプレシアの言葉に頷き、笑みを見せた。それは、必ず期待に応えてみせるというもの。それを感じ、プレシアは笑う。どこも男は同じなのだと思ったからだ。
 何せユーノの反応は、自分がかつてランサーに頼み事をした時とそっくりだったのだから。

 そして、プレシアはフェイト達の近況を伝え、ユーノから伝言を頼まれた。それを確かに伝えると告げ、帰る事になる。その伝言とは……

―――何とか、夏が終わる前に地球に戻れるだろうから、それまで待ってて。

 と言うもの。それを思い出し、プレシアは小さく笑みを浮かべる。仕事の話をした時は、どこか大人顔負けの雰囲気だったのに、話がなのは達の事になった途端、歳相応の雰囲気へ変わったからだ。
 その変化に微笑ましいものを感じつつ、プレシアは願う。ユーノの調査で最悪の結果が出ない事を。そう、アーチャーがプレシアに頼んだのは、闇の書に関する調査。ユーノが無限書庫と呼ばれるデータベースで働いている事を知った彼は、定期連絡のついでにその事をプレシアに依頼したのだ。
 それはプレシアも考えていた事だったので、二つ返事で了承した。そして、ユーノへはアーチャーからの頼みとして伝えたのだ。

(その方が、彼もやる気が出るでしょう)

 そう、アーチャーから頼りにされたと思う事で、ユーノのやる気を出させようと考えたのだ。その目論見は当たり、ユーノはクロノからの依頼と並行する形で、闇の書に関する調査にも精力的に乗り出す事にするのだった。

「さて、と……リンディさんへの報告も終わったし、ユーノ君への依頼も済んだ。後は……レティさんにでも会っていこうかしら」

 仕事が忙しくなければいいのだけど。そうご近所に遊びに行くような口調でプレシアは呟いた。
 そして、彼女はレティへ会いに行き、そこである女性を紹介される事になるのだ。その出会いは来るべき時の備えへと繋がる事になる。



「何も異常なし、ね。まぁ、分かってはいたけど、平和よね。管理外ですもの」

 先程のプレシアからの報告を思い出し、リンディは笑う。そして、視線を手元の書類へと落とす。それは、グレアムからのもの。内容は、地球への干渉は極力さけるべし。つまり、本当に必要にならない限り手を出すなというものだった。
 それがどういう意味で送られて来たものか、リンディも理解している。

(管理外への余計な干渉は、いらぬ誤解や問題を起こす可能性があるものね。提督の懸念ももっともだわ。でも……)

―――何故改めて、こんなものを送ってきたのかしら……?

上層部からの圧力対策なのだろうとは思うのだが、何故かリンディは妙に引っかかるものを感じたのだ。まるで、自分達は地球へ関わって欲しくないとでも言うように。
 そんな考えを浮かべ、リンディは「まさかね」と呟き、手元のお茶を手に取って飲み干す。

「もう少ししたら、また纏まった休暇が取れそうだし……そうなったら、アーチャーさん達にでも会いに行きましょうか」



楽しい時間の影で動く者達がいる。出会いを持つ者、期待をされる者、未だ事実を知らぬ者。
幾多の想いが交錯し、いずれ来たる道筋を変えていく。それは、奇跡への序章なのかそれとも更なる悲劇の幕開けか……




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幕間的な本編。舞台は某海外資本の大型テーマパーク。

地味に描写大変ですが、そこは何とか頑張ります。忍と恭也は、今回はこれでおそらく出番終了(汗

美由希もこれで出番なしですが、彼女は大健闘です。次回は他の組を描きます。



[21555] 1-13 交流編その3 中編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/11/10 08:35
 道行く者達のほとんどが振り向いては、男は何とも言えない顔をして、女はどこか呆れ顔。その視線を注がれているのは、誰であろうランサー達であった。
 両腕にリニスとアルフという美人を侍らせているため、その様子は否応無く目につく。しかも、二人はいがみ合うのではなく、楽しそうにしているから余計だろう。しかし、何故かそんな美人二人とは正反対に、ランサーは疲れていた。
 腕を組むのは流石に止めてもらったようで、今は二人が腕にくっつく形となっている。

「へぇ、ここは雰囲気がさっきまでと違うね」

「どうやらここは……西部劇というものを意識した場所らしいですね」

 楽しそうに周囲を見ている二人。ランサーはそんな事とはお構いなしに、視線を近くの売店用のワゴンへ向けた。そこには、このテーマパークのキャラクターを扱ったグッズが並んでいる。
 その中の一つにランサーの目が留まる。それに気付いたのか、二人もランサーの視線を追って……

「あれは……ピンバッチでしょうか?」

「そう……みたいだね。で、あれがどうしたのさランサー」

「いや、記念に買ってこうかとな。あれなら場所も取らねぇ」

 そう言ってランサーが売店へと近付いていくので、二人もそれについていく。それに売り子の女性が、営業スマイルの見本のような笑顔で対応する。それにランサーは軽く笑うと、二人の方へ振り向いてどれがいいかと尋ねた。
 それにやや驚きながら、二人は少し悩みながら選んだ。ランサーはそれと自分の分も買い、女性に礼を言って歩き出す。

「ランサーが買ってくれるとは思いませんでした」

「アタシも。てっきり自分の分かと」

 意外そうに言った二人の言葉に、ランサーはどこか呆れたような顔で返す。

「俺があんなもん欲しがるかよ。ま、それでも一応買ったんだが……」

 あれは売り子の姉ちゃんが愛想良かったからな。そう言って笑うランサー。そこには二人も納得の笑み。確かに見ていてこちらも笑顔になるような笑みだったのだ。
 そして、ランサーは買ったピンバッチを見せて笑った。

「で、付けてやろうか?」

「「お願い(します)」」

 即答。それにランサーも一瞬呆気に取られるも、すぐに苦笑し、リニスとアルフへそれを付けた。胸元に付けるかと思いきや、そこはランサー、首元近くへと付けた。
 リニスはネズミのカップルのもの。アルフはアヒルのカップルのものを選んでいた。特に理由はないが、何故かそれが良かったのだ。
 後で知るのだが、ネズミのカップルは概ね仲良く過ごす恋人関係に対し、アヒルの方は喧嘩が絶えないような恋人関係だった。それが自分達の関係に似ていると感じ、二人は苦笑する事となる。

「さて、とりあえず何か乗るか」

「あ、じゃあアレにしようよ。ここで一番人気だってさ」

「ですが、かなりの待ち時間ですよ?」

「いいさ。話してりゃ意外とあっさり過ぎるもんだ。行こうぜ」

 リニスの懸念にランサーはそう笑って言うと歩き出す。アルフもそれに続けと歩き出し、リニスも仕方ないとばかりに動き出す。
 この後、夕方の集合時間まで三人は色々と歩き回るものの、アトラクションには数える程しか乗れなかった。原因は、アルフの乗りたがるものが人気の高いものだった事と、ランサーの無計画な行動だった。

 それでも、リニスもアルフも満足していた。ランサーがプレシアへの土産に悩み、食べ物を選んだ時などは二人して即座に突っ込んだ程だ。そして、二人にとって忘れられない出来事もあったからなのは言うまでもない。
 それは帰る前に見たパレードの最中、ランサーが二人を抱き寄せて言ったのだ。

―――俺は最高に幸せだぜ。

 それに二人が心の中で、同じ言葉を返したのは言うまでもない……



遊園地は、ドキドキワクワクなの! 中編



 キャラクター達が住む町をイメージして作られた一角。そこにアーチャーはいた。備え付けられたベンチに腰掛け、隣にはザフィーラがいる。
 そしてその視線は目の前に注がれていた。そこには、ファリンとシャマルが楽しげにグッズの売店を眺めており、ノエルとシグナムは、目の前でポップコーンを作って販売しているのに、やや驚きながらも関心を寄せていた。
 残るヴィータはと言えば……

「お~、スゲェ……」

 一人待つ事無く入れる遊具や場所などを歩き回っていた。ちなみに、今はリスの双子の家で他の子供達と共に眺めを見ていたりする。

「……楽しんでいるようだ」

「まったくだ。誰だったか、自分は子供ではなく大人だと言い張っていたのは」

 現在、そんなヴィータは、二人が座っているベンチからも見える位置にいる。そのため、ザフィーラがそう呟いたのだが、それをアーチャーも聞いていたようで、そう答えた。
 それは、ヴィータがここに入ってからすぐに言った言葉。アーチャーが、ヴィータはなのは達子供組と一緒に行けばいいと発言した途端、ふざけるなとばかりにそう返したのだ。

「言わんでやってくれ。ヴィータはヴィータで色々思う事もある」

「そうだな。ま、楽しんでいるなら何よりだ」

「ところで……」

 そう言って周囲を見渡すザフィーラ。それにアーチャーも反応し、周囲を見渡す。特に何も可笑しい物はないと思い、視線をザフィーラに戻したが。

「どうかしたか?」

「いや、随分と賑やかだと思ってな」

「それは当然だ。この国で一番人気のテーマパークだからな。年中人が多いらしい」

「そうなのか……ここは平和なのだな」

 しみじみと言うザフィーラにアーチャーは軽く笑い、静かに告げる。この国は平和だが、海外には未だに争いが絶えない国もある。どこも平和な場所とそうでない場所があるのだと。
 そう語るアーチャーに、いつもはない哀しみを感じ、ザフィーラはつい尋ねた。お前はそういう現状を見てきたのかと。

「……ああ。救おうとしても救えず、救えた時は僅かばかり……そんな光景を何度となく、な」

「……すまん」

「いや、気にしないでくれ。ただ、出来れば……」

「分かっている。主達には言わん」

「……助かる」

 静寂。僅かに垣間見えたアーチャーの過去。それにザフィーラは思う。自分達も幾度と無く戦乱の光景を見てきた。だが、そこに自分達の感情など無かった。故に分かるのだ。血で血を洗う戦場。そこに生きる者達とは違い、そこに巻き込まれた者達を救おうとしたら、その者はどれ程の苦しみや空しさを抱く事を。
 今日救った命が明日には散る。明日救った命もすぐに散る。そんな事が日常的に起きる中、それでも多くの命を救おうと足掻く事は、きっと……

(耐え難い苦行だろうな。特に、アーチャーのような者にとっては)

 今の自分ならば少しは分かる。どうして、いつの世もそんな戦場でそんな事をする者がいたのか。きっと、それは嫌だったのだろう。望んだ訳でもない戦いに巻き込まれて死ぬ者が出る事が。傷付き、苦しみ、悲しむ者が生まれる事が。
 だからこそ、足掻いたのだろう。自分が出来る事など高が知れている。されど、一人でもそれから救えるのならば……

(そうやって生きていたのか、この男は……であれば、主達の平穏を願うのも頷ける)

 あのフェイト達が帰還した日、シグナムからなのはの蒐集協力を聞いたアーチャーは、珍しくやや怒ったように言ったのだ。

「君は、蒐集行為がどんな意味を持つか知らない訳ではなかろう。それになのはを加担させるつもりか。明日にでも協力はいらないと告げろ」

 それには、シグナムだけでなく守護騎士全員が驚いた。なのはの想いを汲んだ判断だとアーチャーも理解している。だからこそ、受けてはいけないのだとアーチャーは続けた。
 そして、最後にこう締め括った。一度受けたものを完全に拒否するのは、なのはにも悪い。だから、協力が必要な際はこちらから頼むとしようと。その提案にシグナムも賛成し、アーチャーへ謝罪した。自分が浅慮だったと。それにアーチャーはややすまなそうに答えたのだ。

「いや、私も少し言い過ぎた。君の判断も彼女の心を思いやっての事だろう。それは嬉しいのだ。
 だが、本当に彼女の事を想うのなら、どうすれば一番誰もが笑っていられるか。それを考えて欲しい」

 その言葉に全員が頷き、そして笑った。はやてが主なら、アーチャーは長とも呼ぶような存在になっていたからだ。シグナムやザフィーラが助言を仰ぎ、シャマルと共に知略を練り、ヴィータの抑えとして目を光らせる。
 冗談でヴィータが一度「なぁ、団長」と呼んだ時など、シグナム達四人して笑ったものだ。アーチャーだけは憮然としていたが。

 そんな事を思い出し、ザフィーラは微かに笑う。それにアーチャーが気付くも、ただの思い出し笑いだと答え、それに応じた。

「アーチャーさ~ん、これ食べますか?」

「ザフィーラ~、何か飲む~?」

 そんな二人にファリンとシャマルが呼びかける。どうやらグッズの方から飲食へと移動していたようだ。それに、内心色気より食い気かとアーチャーは思って笑みを浮かべると、隣のザフィーラも同じように笑っていた。
 その笑みの理由が自分と同じだろうと思い、アーチャーは「彼女達らしいな」と告げた。それに「そうだな」と返したので、ザフィーラも感じた事は同じだと確信した。

「あ~、疲れた。ガキが多いな、ここ」

 すると、ヴィータが嬉しそうな笑みを浮かべて二人の方へと歩いてきた。どうやら、ヴィータからも二人が見えていたようで、休憩がてら近付いたようだった。
 そんなヴィータの言葉に、二人は良く言うと思っていたがそれを口にはせず、アーチャーは別の言葉を紡いだ。

「良い所に来たな。ヴィータ、シャマル達が何か売店で買うらしい。君はどうする?」

「お、じゃ……あれ、あれが食いてぇ。あのネズミの形した食べ物」

 ヴィータが指差したのは、メインキャラクターのマークを模したプリエッツェルのパン。ここのエリアでしか売っていないものだ。
 それに頷き、アーチャーは立ち上がる。そして、ザフィーラもつられるように立ち上がり、共にシャマル達の元へと向かう。

 二人にアーチャーはアイスティーを頼み、ヴィータをつれて先程のパンを買いに行く。それを二人に説明し、ザフィーラは適当に頼んでおいてほしいと告げると、シグナム達の方へ向かった。あの二人にも聞いてくると言って。

「何か、ああしていると兄妹ですね」

 ファリンの言葉にシャマルが視線を追う。そこには、アーチャーからパンを渡され、嬉しそうにかぶりつくヴィータがいた。それを見て、アーチャーは笑みを浮かべている。

「そうね。でも、年齢はヴィータちゃんの方がお姉さんなんだけど……」

「そうなんですよねぇ。まぁ、ヴィータさんは可愛らしいですから」

「……本人は複雑なんだけどね」

 ファリンの言葉に苦笑するシャマル。そこへシグナムとノエルがやってきた。ザフィーラに言うより、自分達で直接言いに来たようだ。
 そして、二人もどうやら同じ光景を見ていたようで、着くなり「ヴィータは子供と大差ないな」と苦笑しながらシグナムが言った。
 それにノエルもやや笑いながら頷いた。どうやら同じ感想を抱いたらしい。

 そうしてシグナムもザフィーラのように適当に頼むと告げると、ヴィータ達の方へと歩いて行く。ノエルはファリンと共に受け取る事を考え、その場に残った。シャマルはそんなノエルに感謝し、注文をしていく。
 すると、後ろの方で何やら騒がしさが増した気がしたので、シャマルは振り向いた。そこには……

「パレード、ですね」

「定期的にやってるんですよね、確か」

 キャラクター達が大勢歩いていたのだ。どうやらノエル達の言う通り、定期的なものらしく、売店の女性がそうシャマル達に教えてくれた。時間も決まっているので、それを考えて場所取りする人も多いんですよ、と笑顔で告げる女性にシャマルは頷き、時間を尋ねる事にした。
 それを聞いて、シャマルは念話を使ってなのはにそれを教える事にする。それが、後でなのは達の予定を決めるキッカケとなるのだが、それはまた別の話。

 そんなシャマル達とは離れた場所にいたアーチャー達だったが、その光景には目を奪われていたのは同じで……

「凄いな……これ程の数がいようとは」

「これでも全部ではないはずだ。それに、本当に大掛かりなのは大通りでやるものだからな。これは小規模なのだろう」

 感心するシグナム。それにアーチャーが補足と説明を交えた言葉を返し、それにシグナムが再び頷いていた。その横では、ヴィータが去っていくキャラクター達に手を振っていた。他の子供がやっていたのを真似たようだ。

「あ、手ぇ振り返してくるぞ」

「……楽しそうで何よりだ」

 嬉しそうに手を振るヴィータを見て、ザフィーラはやや苦笑気味に呟いた。その騒ぎが落ち着いたところで、シャマル達が飲み物等を持ってきた。そして、売店前のテーブルに着き、談笑などをしながらこれからについて話し合う。
 アトラクションに乗る事は決まったのだが、どこに行くかが中々決まらないのだ。宇宙を舞台にしたエリアや西部劇のエリアなど、様々な場所があり、頭を悩ませていたからだ。主にヴィータとファリンとシャマルが。

 結局、どこと限定するのではなく、近くから見ていこうと決まり、七人は動き出す。当然のようにファリンはアーチャーの横。ノエルはファリンとは反対を陣取り、シャマルとシグナムはそんな二人の後ろ。ザフィーラは一番後ろをヴィータと共に歩いている。

「アーチャーさん、楽しんでますか?」

「ああ……ファリン、腕を掴まれると歩き辛いのだが……」

「そうですよ、ファリン。アーチャー様が困っています」

「な、アーチャーの奴って……」

「おそらくそうなのだろう。だが、意図的に気付かぬ振りをしているようだ」

 ファリンに腕を掴まれ、やや困った表情のアーチャーを見て、ヴィータはそう尋ねた。ザフィーラもそれに頷いて、所感を述べる。
 一方、シグナム達もそれを見て想う事があるらしく……

(ファリンの行動に困るのなら、そう言えばいいものを。何故言わないのだ?)

(ファリンちゃんってば、大胆なのね。ノエルさんもさり気無く隣歩いてるし……)

 どう見てもファリンの好意は明らか。にも関わらず、アーチャーはそれに苦笑で対応している。見る者が見れば、兄妹のようにも見えない光景だが、親しい者が見ればそれが違うものだと分かる。
 ファリンは腕にしがみつくだけでなく、胸を軽く押し当てているのだから。先程からのアーチャーの苦笑が段々失せ、今はやや強張ったものになっているのが何よりの証拠。

「シャマル……」

「何?」

「助け舟でも出すか?」

「……そうね。本当に困ってるみたいだし」

 そう言って頷き合う二人。それぞれが目の前の相手に近付き、声を掛ける。

「ねぇファリンちゃん。アーチャーが困ってるし、人目もあるからそろそろ……ね?」

「ノエル、お前も姉ならもっと強く言い聞かせたらどうだ」

「う~……はぁ~い」

「そうですね。もう少しきつく言うべきでした」

 二人の言葉にどこか渋々という感じで従うファリンと、少し申し訳なさそうなノエル。するとノエルは足を止め、ファリンへ軽く注意を始めた。それに、アーチャーは気付かれぬよう安堵の息を吐き、シグナムとシャマルへ振り向いて礼を述べる。

「……すまんな。気を遣わせて」

「いいのよ。ちょっと行き過ぎてたと思ったし」

「ああ。それにしても……ノエルはもっとしっかりしていると思ったが、見込み違いだったか……?」

 シグナムの言葉にシャマルが一瞬呆気に取られ、すぐに念話で尋ねた。分からないの、と。それにシグナムは真剣に何がだと返し、シャマルは確信した。
 シグナムが男女の機微に疎いのだと。端から見ればファリンだけでなく、ノエルもアーチャーに好意を抱いているのは分かる。理由は距離感である。ノエルは、アーチャーと触れるか触れないかの距離で歩いていた。それは心の距離である。
 おそらくノエルも許されるなら、ファリンのように腕を掴んだりしたいのだろう。だが、それをアーチャーが嫌がると知っているから、距離だけ詰める事で我慢しているのだとシャマルは思った。

(でも、考えてみれば当然よね……)

 今まで恋愛など関係ない時代や場所で生きていた自分達。それが突然、平和で人間らしい暮らしに放り込まれたのだ。なら、シグナムのような反応も当然だ。考えたり感じたりする事がない物事。それに段々触れていく事で慣れていくのだから。

【どうした? 何がお前には分かったのだ】

【えっと、シグナム?】

【何だ】

 だからこそ言おう。未だにどこか平和に馴染み切れない家族に。

【それは、貴方自身で理解しなきゃダメな事よ】

 人から答えを得るのではなく、自分でそれを得て欲しい。いつかシグナムにも、女として好意を抱く相手が出来るかもしれない。そう思って、シャマルは言った。何でも答えを人に頼ってはいけないと。
 その言葉にシグナムも感じるものがあったのだろう。何か気付かされたという表情で頷き、笑みを見せて答えた。

【何故かお前に諭されてばかりだな】

【いいのよ。その代わり、私も頼りにさせてもらうわ】

【ふっ、自分で理解しなければならんぞ?】

【もう、シグナムも意地悪言うようになったのね】

 そう言いながらもシャマルは笑顔。それはシグナムも同じ。そんな二人に、アーチャーは不思議そうな顔を向けるが、何か思ったのか柔らかな笑みを浮かべた。
 それに気付き、シャマルが尋ねる。何か自分達に思う事でもあるのかと。それにアーチャーは嬉しそうな声で答えた。

「何、君達もそんな風に可愛らしく笑うようになったのだな、とね」

「「っ!?」」

「良い変化だ。きっと、その内惚れる男性でも現れよう」

 そうからかうように告げ、アーチャーは視線をノエル達へ戻して歩き出す。どうやらファリンが何かノエルに反論したようで、本格的な説教が始まりかけていたのだ。
 それを眺め、ヴィータとザフィーラは困り顔。そこへアーチャーが仲裁に入り、ノエルとファリンに変化が起こる。それに安堵するヴィータ達とアーチャー。ノエルはアーチャーへ軽く頭を下げているので、おそらく謝っているのだろう。ファリンも同じ様にしているので、揃って反省はしたようだ。

 そんな様子を見つめ、シグナムとシャマルはアーチャーの一言を思い返していた。可愛らしい。そんな言葉を言われた事がなかったからだ。この身は守護騎士であり、ただ蒐集をし、主を守るものでしかない。つまり、”女”として扱われた事はあっても”女性”として扱われた事などなかったのだ。
 故に、先程の言葉の衝撃は二人にとっては大きなものがあった。

(可愛らしいなど……私は騎士だ。烈火の将であり、剣の騎士シグナム……だが、今はただのシグナムでもいいと言う事か……?)

(はやてちゃんと出会ってから、初めての連続だったけど……今回は本当に驚いたわ。可愛らしい、か……いいものね、男の人にそう言われるのも)

 それぞれに考えながら、視線は自分達に変化を与えたキッカケの一人である男へ向けている。その相手―――アーチャーは、再びファリンにくっつかれ、今度は手を繋がれていた。ノエルもそれは注意する事ではないと静観しているが、その表情はどこか羨ましそうだ。
 ヴィータとザフィーラは、互いに苦笑しながらアーチャーを見つめ、アーチャーは諦めたような雰囲気を漂わせていた。

(やれやれ、この分ではいつまでも誤魔化せんか)

 内心そう思いながらも、アーチャーは笑う。失ってしまった時間、想い、それらを取り戻すような日々。それに心からの感謝と誓いを新たにする。
 ”正義の味方”。その一度見失った夢を、今度こそ貫き通すために。

(貴様が言ったように、もう私も”自分”にだけは負けん。お前が貫くように、私も私の道を貫いてみせよう……)



平穏の中、色付く想い達。抱きし想いを深める者。生まれし想いを感じる者。そして、取り戻せし想いを新たにする者。
それは、かけがえのない物へと変わり、いつか来る時に備える力となる。




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槍騎士と弓兵のターン。

ランサーは平和に過ごしていますが、じわりじわりと二人の心を溶かしていきます。

反対にアーチャーは、ピンポイントで攻撃。本当に困った奴です。

次回は、残りの組を書いて幕間へ突入。



[21555] 1-13 交流編その3 後編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/11/11 06:50
「まずはどうする?」

「そうやね。とりあえずお土産から見ておくのがええ思う」

 散り散りに歩いて行った兄達を見送って、なのはがそう問い掛けた。それにはやてが即座に答える。帰りに土産を見るのは、みんな同じ事を考えるから時間が掛かって大変だから、ある程度買う物を決めておき、帰りにそれを買って帰るのがベストだと。
 それに全員が納得すると同時に感心。それにはやては、アーチャーからそう教わったと笑顔で告げた。それに全員が笑い、アーチャーなら納得と口々に告げる。

「じゃ、まずはお店巡りね」

「ここはそういう場所だから丁度いいね」

 アリサとすずかが笑みと共にそう言えば……

「フェイト、どういう事?」

「えっと、ここ一帯が全部お土産を売ってるお店なんだよ」

「きっとアリシアちゃんが欲しいものが見つかるよ」

 フェイトの説明になのはがそう続け、アリシアが驚きながら周囲を見渡し……

「ライダーさん達、ほんまにわたしらと一緒でええんです?」

「ええ。万が一もありますし、何より……」

 はやての言葉に、ライダーは頷いて視線を動かした。その先には……

「……クッキーですか。この缶は小物入れに使えそうですね。こちらは……サブレですね」

 店のウィンドウを外から覗き、値札と名称を確認しているセイバーがいた。目にしている物全てが食品関係である事に、ライダーは軽く頭痛を覚えた。

「彼女の抑えもしなければなりませんので……」

 どこか疲れたように告げるライダーに、はやては心の底から同情し、ご愁傷様ですと労わるように声を掛けるのだった……


遊園地は、ドキドキワクワクなの! 後編



 お土産物を選ぶ事になったなのは達だったが、思っていたよりもあっさり決まった。というのも、店は確かに沢山あるのだが、大抵が同じようなものなので、三軒目辺りで決まったのだ。
 それもほとんどが食品系。これは、入れ物が可愛らしく食べ終わった後も使える事と、当たり外れが少ない事が理由に挙げられる。それと、売り切れる心配もないというのも大きな理由。小物系は種類は多いが数が多い訳ではなく、欲しいと思う物が無くなる可能性もあるからだった。

「でも、あれぐらいなら平気だもん」

「アリシア、何言ってるの?」

「だってすずかが、今買うと邪魔になるって言ったから」

 ボールペン等を眺めていたフェイトだったが、突然聞こえたアリシアの言葉に振り向いてそう尋ねた。それにアリシアはそう答え、すずかを見る。
 その視線を受け、すずかは苦笑しつつ頷いた。そう、確かにそう言ったのだが、それには理由がある。何せ、アリシアが最初買おうと思っていたのは……

「でも、流石にアレは止めた方が……」

 そう言ってすずかが指差したのは、メインキャラクターの大きなヌイグルミ。それを見て、フェイトも納得。その大きさでは、邪魔どころか持ち歩く事さえ困難だろう。アリシアよりも大きいのだ、そのヌイグルミは。
 ちなみにヴィータも帰りの際、それを見つけ一瞬悩んだが、結局諦める事になる。理由はアリシアとは違い、金額だったが。

 そんな三人の後ろでは、アリサとはやてが相談中。キャラクターを模したスプーンやフォーク等を買うか否かで迷っているのだ。
 アリサは買っても家では使う機会が中々無い。はやては人数分買うとなるとお値段が……と言ったところ。故に何か落とし所か無いか案を出し合っていた。

「何とかならないかしら」

「そうやな……あ、こんなんどう?」

 はやてが提案したのは、アリサが買った物はアリサ自身のお弁当用にしてもらう。必然的に、お弁当がフォークやスプーンで食べる物になってしまうが、それでも毎日使える。
 それを聞き、アリサは成程と納得。そして、今度は逆にアリサがはやてに提案。両方買うと高くつくなら、片方だけにすればいい。それも、使う機械が多い物を。
 それにはやてが納得。名案とばかりにスプーンを人数分確保した。ヴィータがよくアイスを食べ、シャマルが翠屋で働き出したため、八神家はデザートが良く食べられる。プリンやゼリー等をアーチャーも作ったりするので、確かにスプーンの方が使うだろうと思ったのだ。

 二人がそんな話をする頃、店の外では、先に土産の選別を終えたなのはが、セイバーやライダーとこの後の事を打ち合わせ。

「まず、人気のものから乗るべきですね」

「しかし、それは時間が掛かるし、個人の希望も違うのでは?」

「セイバー、効率を考えれば近いものからです。それに、スズカ達は乗りたい物に乗るより、皆で過ごす事がメインなのです」

 そう言ってライダーは視線をなのはへ向ける。それになのはも笑顔で頷き、セイバーへ告げた。自分も乗りたい物はあるけれど、皆で楽しく過ごす方が楽しいからと。
 それにセイバーも頷き、ならばここですねと一番近いエリアを指差した。宇宙を意識したエリア。そこのコースター系のものをセイバーは提案した。それにライダーも同意し、なのはへ意見を求めた。

「そうですね……みんな次第かな?」

「……確か、絶叫系と言うのでしたね。好き嫌いがあるそうですが」

「絶叫? それ程恐ろしいと言う事ですか……」

「せ、セイバー、身構えなくていいから」

 何やら変な想像をしたのか、セイバーは警戒するような姿勢を取る。それに周囲の視線が集まり出し、なのはが恥ずかしそうにそれを止めさせる。そんなやり取りを微笑ましく思いながらも、ライダーは別の事へ想いを移す。

(絶叫系、ですか……どれ程の乗り物なのでしょう。楽しみですね)

 騎乗兵、ライダー。未だ知らぬ乗り物への期待と興味において、彼女の右に出る者はいない……



 メルヘンな世界が売りのアトラクション。”小さな世界”と呼ばれるその前になのは達はいた。だが、そこに先程までいたはずのライダーとセイバーがいない。
 実は、あの後行ったアトラクションでアリシアが身長制限で引っかかったため、二人も乗るのを止めようとしたのだが、なのはやすずかが折角だからと言って乗らせたのだ。そして、見事に―――はまったのだ、そのスリルや疾走感に。
 現在二人は他の絶叫系を求めてエリアを移動中。ライダーは流石にすずか達から目を離すのは嫌だったのだが、なのはがいざとなったら念話で助けを呼べると告げると、どこかすまなさそうにしながら、セイバーと二人で行動したのだ。

「綺麗だったね」

「うん。可愛かったしね」

「まぁ、悪くはなかったわ」

 そんな二人とは対照的に、幻想的なアトラクションに満足した様子のなのはとすずか。二人が先程の光景を思い出してそう言えば、アリサがまあまあねと言わんばかりにそう続く。その後ろでは、はやてがアリシアとフェイトと次に行くアトラクションを思案中。
 乗り物系もいいけど、他の物はないのとアリシアが言えば、はやては手元の案内に乗っている名前からそれらしいのを探し、フェイトは時折通るキャラクターに手を振ったりしていた。

「ね、写真撮ってもらおうよ」

「フェイトちゃん、ほんまに元気やな。わたしもここのキャラ好きやけど、そこまで興奮せんわ。後、あまり撮り過ぎるとすぐフィルム無くなるで?」

「あ、ブタさんだ~」

 そうこう言っていると、また別のキャラクターが通り過ぎ、フェイトはそちらへ視線を向けて手を振った。それに向こうも気付いたようで、手を振り返してきた。
 それを見て、フェイトは笑みを浮かべて手を振り続け、見えなくなったところで一言。

―――……大変だろうな、ああいう仕事。

「とか言わへん?」

「い、言わないよ。というか、勝手な想像しないで」

 はやての発言に少し困ったように反論するフェイト。フェイトはあの中に人が入っている事は知っていた。いや、今は知っているというべきか。
 実は彼女は、ついさっきまで着ぐるみだと知らなかったのだ。それを教えたのは他でもないアリシア。フェイトが嬉しそうにリスのキャラクターに握手して貰って帰って来た際、アリシアがそのキャラクターを見て呟いたのだ。
 中の人って、疲れないのかな。その言葉にフェイトは思考停止。そして、若干の間があってから尋ねたのだ。どういう事、と。そして、フェイトは現実を知り、かなりのショックを受けたのだが、それを気の毒に思ったなのはがこう言ったのだ。

―――本物はね、みんなの中にいるんだよ。それを信じる人の心の中に。

 その言葉に頷いて、フェイトは立ち直ったのだ。だからこそ、余計に写真を撮りたがる。あの人達もキャラクターを信じている人達だろうからと。その心は自分と同じだと。
 それを知ってか知らずか、はやてはまたからかうように告げた。

「仕事やからなぁ。大人も大変や」

「はやて~」

「フェイトいじめるなら、わたしも怒るよ」

「アリシアちゃんまで怒らんといて。ほんまにごめんなさい」

 姉妹揃ってやや怒り顔。それにはやてが両手を合わせ、堪忍してとばかりに謝った。そんなはやてに二人は苦笑。軽く怒ったのは、はやても分かっているのだろう。それでも、確かにやり過ぎたと思ったようだ。だからこそ、こうして心から謝罪しているのだろうと二人は感じ、笑みを浮かべた。

 そんな三人のやり取りを眺めていると、なのはに念話が聞こえてきた。相手はシャマルで、どうも定期的に小規模なパレードがあるらしいとの事。その時間と場所を教えてもらい、なのははシャマルに感謝した。

【ありがとう、シャマルさん】

【どう致しまして。あ、それと大きなのは夕方らしいから、集合前に見れるみたいよ】

【そうなんだ。じゃ、それの終わりが帰る合図になりますね】

【そうかも。じゃ、はやてちゃん達と楽しんで】

【は~い】

 シャマルから聞いた話を全員へ話すなのは。それを聞き、フェイトが一度そのパレードを見たいと言ったため、場所を移動しつつ、お昼をどうするかの話になる。誰かが、どこかレストランでも入ろうかと言えば、売店で軽く済ませればいいと誰かが言う。
 まぁ、結局レストランに決まったところでパレードが見れる場所へ到着。

 フェイトはカメラを構えて準備万端。それになのは達が苦笑し、アリシアはフェイトの意気込みに呆れながら、隣に座ってどのキャラクターが好きかなどを聞いている辺り、アリシアも楽しんでいるのが分かる。
 はやてはすずかに疲れていないか尋ねていた。はやての車椅子を押しているのは、ずっとすずかだったからだ。それにすずかは悪戯っぽく笑い「夜の一族を甘く見ないで」と囁いた。
 そのどこか艶めいた声にはやては内心ドキリとしたが、首を軽く振って「そうやった。すずかちゃんならここでアトラクション出来るな」と同じ様な笑みで返した。

 そんな風に笑い合うはやてとすずかの横で、なのははアリサとある事を話していた。それは……

「セイバー、今頃どうしてるんだろ?」

「ライダーさんがいるから大丈夫だとは思うけど……お昼でも食べてるんじゃない?」

「あ~……でも今の時間は……」

「どこも混んでるでしょうから……大変ね」

 時刻は十二時を過ぎていて、周囲へ視線をやれば売店も、そして飲食店も人だらけだった。これが後一時間半もすればそこまでではなくなるだろうが、セイバーはきっと我慢出来ないだろうと二人は思った。そして、同時にライダーがどうなるかも。
 それを考え、二人は苦笑い。そういう自分達も、お昼のピークを過ぎるまで我慢出来るとは思えなかったからだ。

(セイバー、ライダーさんに迷惑掛けてないといいけど……)



 その頃、セイバー達はと言うと……

「中々良かったですね」

「ええ。特に急降下する時の浮遊感がいいです。あれは馬などでは得られない」

 やや興奮気味なライダーと満面の笑みのセイバー。二人は西部劇を意識したエリアで、コースター系を乗り継いでいた。ここには、二つ人気のコースターがあったからだ。
 その分、待ち時間は長かったが、それだけの価値ある物だったと二人は感じていた。

「次はどうします?」

「それもいいですが、私としてはそろそろ食事を」

「……それは構いませんが、セイバー、時間を知っていて言っているのですよね?」

 そう言われ、セイバーは携帯を取り出した。時計は午後一時を過ぎていた。それを確認し、セイバーは頷いた。昼食を取るのに何の問題もない時間だと。それにライダーがやや呆れたように答えた。
 昼食を取るのに問題がない時間という事は、誰もがそう考えると言う事だと。つまり、どこも人が沢山いて混雑しているだろうと。そこまで言われ、セイバーがやっと事態を理解した。
 今自分達がいるのは、大勢の人がいる行楽地。しかも休日のため、普段よりも人の数が多い。翠屋で働いているセイバーだからこそ、ランチタイムの恐ろしさは身に染みて分かっている。故に……

「くっ……浅はかでした。貴方に提言し、ランチを外して先に食事するべきだった……」

「いえ、貴方だけの責任ではありません。私も、待ち時間が一時間四十分の時点で考慮すべきでした。
 あの時は何故か長いと思いませんでしたが、よくよく考えればかなりの時間です。
 あれで短いと判断してしまったのは、ここの雰囲気に流されたせいですね。周囲も意外と短いと言っていましたし……」

「とにかく、ここで過ぎた事を言っても仕方ないです……が! 何か、何か解決策は?!」

 鬼気迫るようなセイバーの表情に、ライダーは軽い頭痛を感じるものの、それもまたセイバーらしいと思い直し、息を吐くと告げた。
 一つ目は、このままどこかのレストランで待つ。ただ、店を選んだりしていれば、その分時間が掛かり、店は混雑していくだろう。
 二つ目は、売店で買って済ませる事。これは手軽な分時間もそこまで掛からない。だが、その分メニューは限られる。
 三つ目は、このまま別のアトラクションへ行き、ピークが過ぎるまで我慢する。これはセイバーは辛いだろうが、行きたい店を選ぶ事が出来る。

 以上の提案を聞き、セイバーは苦渋の決断を迫られたかのような表情を浮かべる。それにライダーは無表情で、どんな選択肢でもセイバーの選択に従うと告げた。それは、自分には決定を委ねないで欲しいという無言の宣告。
 それが意図するものは、セイバーの責任逃れを避ける事。判断に困った場合、セイバーがもしかしたらライダーへ決定権を渡して、自分はそれに従うと言いながら、どこか不満を述べる事のないようにしたのだ。

「……二番目と三番目の複合案はどうでしょう」

「……考えましたね。それなら確かに……」

 セイバーが閃いたとばかりに告げた言葉に、ライダーは感心したように頷いた。いいとこ取りな考えだが、現状取り得る方法の中では、一番適していたからだ。貴方も人の上に立っていただけはありますねと、ライダーは言って笑みを浮かべた。
 それがライダーなりの称賛と感じ、セイバーはどこか嬉しそうでいて、恥ずかしそうに笑う。そして、ライダーに先立つように歩き出す。それは照れ隠しだとライダーは思ったが、それを口に出す事無くそれに続いた。

 歩きながら、何を食べるかや何に乗るかなどと話す二人。場内案内を手にしながら、あれこれ尋ねるライダー。周囲の売店に気を配りながら、それに答えるセイバー。そんなやり取りは、休日を楽しく過ごす友人にしか見えなかった……



 日も暮れ、もう外は暗くなっていた。その中をなのは達は歩く。手にした荷物は人により大小あるが、中身は思い出にと買った土産である。あの後、本格的なパレードを全員が見て、それが終わったのをキッカケに集合したのだが、忍や美由希等が土産を選んでないと言い出し、結局時間が遅くなってしまったのだ。
 駅への道は混雑、駅までの電車も混雑と、海鳴に帰ってきた頃には、誰も彼も疲れ果ててはいたが、その表情はどこか楽しそうだった。唯一、シグナムとアーチャーを除く、はやて達八神家だけは別の理由でも疲れていたが。

「じゃ、アタシ達は迎えが来るから」

「しかし、本当によいのか? なのは達は全員送れるが……」

 アリサと小次郎は駅前に迎えが来る事になっているので、ここでお別れ。小次郎の申し出は既にアリサからも受けたので、なのは達は揃って遠慮した。そこには、帰りも家族達と居たいという想いがある。
 それを理解し、小次郎も笑みを浮かべ頷いた。つまらぬ事を聞いたな、許せと言って。そして、セイバー達へまた明日会おうと告げ、それにアリサもなのは達へ同じような事を言って、二人は手を振った。

「じゃ、アーチャーさん。私達はここで」

「またね、恭也」

「お気をつけてお帰り下さい」

「なのはちゃん達も今日は楽しかったよ。ありがとう」

 少し歩いて、ファリンがそう告げ、忍が笑みを浮かべてそう言った。ノエルも微笑みを浮かべ、すずかも笑顔でそう言った。

「では、セイバー達も気をつけて。それと、今度は是非絶叫系が目玉の処へ行きましょう、セイバー」

 そして、月村姉妹は手を振り、メイド姉妹は軽く会釈して去って行く。ライダーの一言にセイバー以外は不思議そうだったが、セイバーは嬉しそうに頷き返す。それに笑みを返し、ライダーも去って行った。それをどこか寂しく思いながらも、なのは達は手を振り返した。

「なら、わたしらもここで」

「そうですね」

 はやての声にシグナムが応じ、頷いた。それに呼応するようにアーチャーがランサー達へ向き直る。

「今日は中々有意義な時間が過ごせた。機会があれば、今度はもう少し静かな場所がいいがね」

「あたしは遊園地でいいんだけどな」

 アーチャーの言った静かな場所というのが、おそらく楽しい場所ではないと思ったのか、ヴィータがそう言った。すると、それにザフィーラがからかうような口調でこう言い放つ。

「ヴィータ、子供みたいな事を言うな」

「んだと!」

「まぁまぁ……ザフィーラ、あまりヴィータちゃんをからかわないの」

「すまんな」

「ヴィータちゃんも。少し我慢しなさい」

「……仕方ねぇな」

 シャマルがやや笑みを浮かべながら二人を嗜める。そんな光景を見て、なのははシャマルから桃子のような雰囲気を感じた。母性。優しさと暖かさをあわせ持つ癒しの象徴。
 それがシャマルから強く感じられたのだ。どうもそれはフェイトやアリシアも同じだったらしく、なのはと同じ様に柔らかい笑みを浮かべていた。

「アリサちゃんが言うとったけど、お盆過ぎ辺りに旅行行こうって。な、なのはちゃん」

「うん。今度はプレシアさん達やシグナムさん達も入れてね! って」

「それは有難いが……主、色々と問題も」

「シグナムの心配も分かる。けど大丈夫や。昔っから、どっかの誰かが遣り繰りをしてくれっとったおかげで、お金の心配はいらん」

 そう言ってはやては笑う。アーチャーはその発言にやや不機嫌そうだが、それでも確かに頷いた。そんなアーチャーに全員が笑う。
 そして、細かい話はまた後日と言ってはやて達も去って行く。それを見送るなのは達。人数が多かった八神家が居なくなったためか、急に寂しさが強くなった気がなのははしていた。

 そして、しばらく歩いたところでフェイト達とも……

「じゃ、わたし達はここでお別れだね」

「そうだね。今日は楽しかったよ。今度は女だけでどっか行こうよ、美由希」

「それもいいね。その時は忍さん達やシャマルさん達も誘おうか」

 アリシアの言葉に頷いてアルフは美由希へそう提案した。それに笑顔で頷き、残りの仲が良い者達を挙げる。それにアルフも笑顔で応じ、二人はそんな話を続けていた。
 一方、リニスは恭也へ言伝を頼んでいた。実は、アルフは夏休みに入ってから翠屋で手伝いをしていて、士郎や桃子に世話になっているのだ。

「お二人に、くれぐれもよろしくお伝えください」

「確かに伝えておきます。プレシアさんにもよろしくと」

「はい。伝えておきます」

 大人のやり取りと言う感じの二人。その横では、セイバーとランサーが現状を考えて語り合っていた。

「……初めて会った時は殺し合ったのにな」

「そんな事も……ありましたね」

「それが今はこうして笑い合う、か……世の中ってのは分からねえもんだ」

 どこか楽しそうに告げるランサー。セイバーはそれに同意するように頷いて、静かに呟いた。

「だからこそ、これを守りたいのです……」

「……だな」

 その呟きにランサーもそう呟き、共に笑みを向け合う。かつての出会いは敵同士。だが、今は背中を預けられる心強い戦友。故に笑う。この時、この場所、この想いをくれた少女達に感謝して。
 その少女達は少女達で……

「じゃ、その旅行は凄い大勢になるね」

「そうだよ。アリシアちゃん達は初めての旅行かな?」

「うん! フェイトから話は聞いたよ。温泉に行ったんだよね~……いいなぁ……」

 来月の旅行に想いを馳せるアリシア。それに微笑ましいものを感じるなのはとフェイト。そして、二人も同じようにあの頃に想いを馳せた。
 まだジュエルシードを探していた頃。あの頃でさえ賑やかで楽しかったのだ。きっと、今度の旅行はもっと楽しいと二人は思った。だが、そこで二人揃ってある事を思い出す。

(ユーノ君……いつ戻ってくるのかな……?)

(ユーノ、絶対に今年中には戻ってくるって言ったけど……いつになるんだろ?)

 共に思うは唯一の異性の親友。会わなくなってまだ三ヶ月も経っていないが、二人にとってはそれでも大きな時間だった。特に、なのははもう家族のようになっていただけに、余計に寂しく思っている。

(会いたいなぁ、ユーノ君に)

 見上げる空には、夏の星が美しく輝いている。それは、あの日見上げたものには及ばないが、それでもなのはは思う。あの時、ユーノ達と誓ったのだと。またみんなで来ようと。その約束を忘れるようなユーノじゃない。
 だからきっともうすぐ会える。そうなのはは自分に言い聞かせるのだった……



過ぎ行く時間の中、深まっていく絆達。更に絆を強くする者、今の絆を確認する者、そして絆を確かめる者。
それらはきっと、悪夢から醒める道標となる……



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後編終了。キャラが多いですが、長くなり過ぎないように気を使うと出番が減り、逆だとグダグダ感が増していく。

それでも、何とか全員に焦点を当てられたかなと思います。忍と恭也は本気でごめんなさい。

次回は幕間でも書きまして、彼の帰還に備えるとします。



[21555] 1-EX 幕間6
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/11/13 08:10
 時空管理局本局内 無限書庫。そこは無重力空間となっていて、宇宙空間を遊泳するように一人の少年が動いていた。
 だが動きながらも、少年は自分の目の前を追従するモニターと会話していた。その少年の顔色はあまり良くはない。理由は、彼がここ無限書庫を整理するようになってからというもの、有益な情報が湯水のように見つかったからだ。
 それに比例して、少年の仕事量も増えた。初めは閑職扱いだった場所が、いまや局の中でも一、二を争う重要部署へと変わりつつあったのだ。

「……それはもう送ったよ」

「そうか。なら、後は……」

 気だるそうに答える少年の名は、ユーノ・スクライア。それに事務的に返すモニターの相手は、クロノ・ハラオウン。ユーノを無限書庫へ誘い、そして現状を作り出した少年である。
 最初は彼の手伝いだった。だが、ユーノが検索魔法を使い、それに応えていく内に、否応無く評判が高まったのだ。無限書庫は情報の宝庫だとは誰もが知っているが、それを整理して使い易くしている者がいると。
 そして、クロノがユーノの協力で仕事を片付けるたびに、その事を上層部に具申するものだから、最初はクロノ専属だったのが、気付けばあちこちから資料請求を頼まれる始末となったのだ。

「……頼めるか?」

「僕に拒否権はないの分かって言ってるよな? 今、どれだけここが忙しいかも知ってて!」

「だから予算も下りた。人を雇ってくれていい。君がそこの責任者だ」

「いつの間に!? ただの手伝いじゃなかったの?!」

「周囲もそれに賛同した。喜べ、君の地位は司書長だそうだ」

「ちっとも嬉しくない!」

 どこかからかうように告げるクロノにユーノはそう反論した。そう、自分は民間協力者として、ここで働いていたはずだったのだ。クロノの紹介があったとはいえ、今の彼は管理局員になるつもりはなかったのだ。
 そう告げるとクロノは冗談だと返し、予算が下りたのは本当だが、司書長や責任者の辺りは挙がっているだけで、決定などしていないと言った。

 それを聞き、安堵するユーノ。何故なら、彼には……

「僕は帰るまでの間、必要になる資金を得るために働いてるんだ。局員になるつもりはないよ」

 帰るべき家があったのだ。それも、管理外に。待ってくれている家族が、友がいる。そこへ帰る間までのこれは簡単な仕事。そう考え、彼はこうして働いているのだ。滞在費だけで考えれば、既に十分な程の収入をこの一月あまりで得ていた。それでも彼が働いているのは、好意によるものだった。
 自分が情報を見つけ、それを教える事で悲しむ者や苦しむ者を減らす事が出来る。事件に対し、有効な手立てを考える事が出来たり、予防策や対処法などに役立つ事もある。
 そう言われ、ユーノは頑張っていたのだ。クロノやエイミィ、リンディ達の励ましや感謝も支えに。

「……本気で考えてくれないか?」

「もうこれで何度目か忘れたけど、今は無理。せめて、父さん達と相談させて欲しい」

「……そうだったな。確かにそうするべきだろう。君の場合、おそらく並みの局員よりも、休みは融通が利きにくいだろうから」

「僕自身としては、この仕事で誰かを助けられるから、続けてもいいんだけど……」

「家族の意見も聞いてみたい、か」

 クロノの問いにユーノは無言で頷く。それにクロノもどこか納得したような表情を浮かべ、こう告げた。
 これだけは覚えておいてほしい。ユーノが、無限書庫をある程度整理してくれたおかげで、多くの局員が助けられている。自分を含め、ユーノに感謝している者は少なくない。だからこそ、局ではなく、次元世界全体がユーノの力を必要としているのだと。
 そう言われ、ユーノは少し笑いながら答えた。

「……口が上手いね」

「どうかな……案外本気でそう思っているかもしれない」

 互いに浮かべるは笑み。だが、それは皮肉げなもの。どこかの槍騎士と弓兵を思わせるような雰囲気が、二人にはあった。



交差する縁と生まれる疑惑



 クロノとの会話を終えたユーノは、そのまま日課となった書庫内の整理をする。要求された資料を検索しながら、その一方でそれを行なう。それはもうルーティンワークとなっており、ユーノも慣れたものだった。
 そして、求められた資料を見つけ出し、それを即座に請求主へ送信する。何の躊躇いもなく、淀みもない手順で一連の動作を終え、ユーノは一息吐いた。

「さてと……」

 そして、また即座に別の資料請求に応えるべく、再び検索魔法を使う。そうして、ユーノは実に半日を過ごす。何もなければ、だが。
 たまに緊急を要する資料請求が来る。大抵クロノからだが、それが来ると今のように片手間で整理を出来なくなる。整理が出来ないと、ユーノ自身の負担が結果として増えるのだ。
 そして、今日はそんな日ではなかったので……

「……とりあえずこんなとこかな」

 資料請求を一段落つけ、ユーノはそう呟いた。整理も予定近く進める事が出来た。時間は既に四時間程経っていて、昼時をとうに過ぎていた。ユーノはそれに内心苦笑し、無限書庫から出て行く。
 行き先は本局内の食堂。この時間ならば空いているので、ユーノとしては実はこの時間の方が有難かったりする。というのも、昼時などに顔を出すと、色々な部署の局員達に絡まれるのだ。
 それは感謝や敬意などのものばかりなのだが、それを引っ切り無しに告げられれば、流石にのんびり食事とも行かない。まぁ、人脈が広がり、ユーノとしても、嬉しい事もあって嫌ではないのだが、やはり食事は寛いでいたいと思うのだ。

(まぁ、なのは達と一緒に食べる時も賑やかだったけど……)

 思い出すのは高町家での食事風景。士郎と桃子が微笑み、恭也と美由希が話し、なのはと自分がセイバーと三人で魔法関係の事やフェイト達の事なんかを語り合う光景。
 そんな事を思い出しながら、ユーノは改めて思う。許可が下りたら、すぐにでも地球に向かおうと。アーチャーに依頼された闇の書に関する情報も既にある程度調べてある。それを早く教えなければ。そうとも考えていたからだ。

(よくは知らないけど、あんな危険なロストロギアを調べてくれって……きっと海鳴にあるんだ。闇の書、いや”夜天の書”が)

 ユーノが調べた情報は、確実に闇の書と呼ばれるものが恐ろしい物だと書いてあった。見つけ難い場所にあったが、それも検索魔法のおかげで何とか見つける事が出来たのだ。
 だから、ユーノはその情報が見つかった時、変な違和感を感じた。それまでも様々な情報がまったく無秩序に置かれていて、ユーノは整理しながら、どうしてこんな場所へと常々思っていた。闇の書に関する情報は、それが特に顕著故に、検索魔法で見つけられたのが奇跡に近かったからだ。

 それだから、ユーノは余計不安を覚えたのだ。今回は自分が検索魔法を使ったから比較的簡単に発見出来たが、従来通りに探していたら、おそらく発見は困難だったろう。
 そこで、ユーノはそれとなくクロノに尋ねたのだ。整理中、ふとした時に目にしたロストロギアに関する情報があって……と。
 そして、それに案の定クロノは興味を抱き、ユーノへ尋ねたのだ。一体何だ、と。

(まさか、クロノに因縁がある物だとは思わなかったけど……)

 闇の書の名を聞いた時、クロノが珍しく表情を変えたのだ。それは怒りでも悲しみでもない、何とも言えないもの。そして、聞いたのだ。クロノの父親の最後とその原因を。
 全ては闇の書のせいだ。そう最後にクロノは噛み締めるように言った。そこに感情はなかったが、ユーノはそれを聞き終えた後、心から謝った。それにクロノは気にするなと答え、その話はそれで終わった。

(でも、グレアム提督が引き金を引いた、か……それはきっと……辛かっただろうな)

 親友のような関係だったとクロノは言っていた。おそらく、それは本当なのだろう。リンディにもユーノは聞いたのだ。闇の書の事は伏せ、グレアムとクロノの父、クライドの事を。その話を最後まで聞いたユーノが「最後まで立派な人だったんですね」と言うと、リンディは嬉しそうに頷いたのだ。
 あの人は私の誇りよ、と。そう笑顔で告げて。それを聞いて、ユーノは考えたのだ。闇の書によって、不幸になった或いは辛い目に遭った者は少なくない。だが、それにリンディ達が該当すると分かったためだ。
 ユーノはそれを知ったからこそ、余計困っていた。闇の書が海鳴にあり、アーチャーが調べているという事は……

(なのは達と関わってる……て事だよね)

 あのアーチャーが頼むと言う事はそういう事だ。でなければ、おそらく自分に頼ったりはしない。アーチャーもどこかで闇の書の危険性に気付いているのだろう。だからこそ、情報を欲しているのだ。
 ユーノはそこまで考えて、思考を切り替える。既に食堂に着いたためだ。手馴れた感じで注文をし、手近な席へ座る。昼時を過ぎているからだろうか、食堂内はガラガラだ。

(にしても、お腹空いたな。我ながら良く働くよ……)

「いただきます」

「ど~ぞ」

 ユーノがそう言って食事に手をつけようとした時、後ろから女性の声が聞こえた。それにユーノは、やや苦笑しながら振り向いた。
 そこにいたのは、本来ならここにいないはずの存在。本局ではなく、地上勤務で首都防衛隊所属の女性。

「お久しぶりです、クイントさん。今日は定期検診の日でしたっけ」

「お久しぶりって、まだ二週間よ? ま、いっか。そう、娘達のね」

 クイント・ナカジマ。ユーノが彼女と知り合ったのは、ほんの偶然。彼女は以前から剣の形をしたロストロギアを調べていて、その情報がないかをユーノに調べて欲しいと頼みに来たのだ。その時、クイントが語った剣の特徴が、ユーノには気になったため、急ぎ気味で調べたのだが、結局クイントの言う条件を満たすような物はなかったのだ。
 余談だが、それがなければ、クイントは無限書庫など訪れる事は無かっただろう。そう、永遠に。

「ギンガとスバル……でしたよね。日本語だから、名前覚えましたよ」

「そうでしょ? でも私は、リーゼ(ベルカ語で巨人の意味)とファル(ベルカ語で隼を意味するファルケン)がいいって思ったんだけどね」

「でも、大宇宙と星座の別名。どっちもいいと思いますけど……」

「あ、そっか。ユーノ君は地球に行った事あるんだっけ」

「それも日本にです。まぁ、半年もいなかったですけど」

 クイントの性格もあってか、ユーノはすぐに気に入られた。後、クイントの旦那である”ゲンヤ・ナカジマ”の先祖が地球出身という事もあって、ユーノはクイントとその事で話題も尽きなかったのもある。
 ちなみに、クイントがユーノに告げた特徴は”ドリルのような形状”と”次元震を起こしかねない破壊力”の二点。その中でも、後者にユーノは興味を覚えたのだ。そう、セイバーのエクスカリバーに近いモノを感じたからだ。

 その後も二人は他愛ない事を話した。最近のミッド地上の事、ユーノの労働環境、ギンガとスバルの事、クイントの調べ物の事など。
 そして、ユーノも食事を終えたところで、クイントがこう言った。娘達に会っていくか、と。それにユーノは是非と答えたかったのだが、時間を考えると、そろそろ仕事を再開しないといけなかった。
 そのため、クイントにまたの機会にとすまなさそうに言って、無限書庫へと戻って行ったのだ。その後姿を見送るクイント。

「……う~ん……どっちかの旦那さん候補にしようと思ってるんだけどな~……」

 そう呟く彼女だったが、その呟きには先程までの冗談さは無く、本気だった。きっと、これを夫であるゲンヤが聞いていれば「早過ぎんだろ」と呆れたに違いない。
 そんな彼女も手元の時計を見て、慌てて食堂を後にする。そろそろ二人の検診――ーいや”検査”が終わる頃だったからだ。

(早いとこ戻って、家に帰らないと。まぁ、今日はギルじゃなくギル君だから心配はないんだけど……)

 検査室まで走りながら、クイントは、今日は家で大人しく留守番している居候の事を思い出す。娘達と出会ったあの日。それからもう実に三ヶ月が経過していた。その間、クイントはあの事件の報告書を作成する片手間、スバルとギンガの二人を正式に子供とする手続きもした。
 ゲンヤとゼストには、あの研究施設での出来事の真実を話した。データは、コピー共々あの崩落のせいで失ってしまったが、その事実を知れただけでも収穫だった。
 実際、ゼストはその話を聞き、慎重に調べてみると告げ、個人的に動いている。ゲンヤは表向きには動きを見せていないが、裏社会との関わりを中心に調べてはいるようで、それを知り、クイントも独自に調べていた事がある。それは、戦闘機人ではなく、ギルガメッシュからの依頼。

―――我と同じ存在がいないかどうか捜せ。特に金髪の女騎士だ。

(一体、どんな関係なのかしら? 金髪の女騎士……ベルカの”騎士”とは違うだろうし……ギルみたいな力を持ってるのよね、きっと)

 脳裏に甦るあの時の光景。後になって、あの一撃が次元震を引き起こしたらしいと知った時、クイントは心の底からギルガメッシュに恐怖を抱いた―――のだったが。

(まさか、あれ程までに子供に甘いとはね……)

 そう、ギルガメッシュはギンガとスバルに弱く、どうも突き放す事が出来ないようで、そのおかげでクイントはギルガメッシュが怖くなくなってしまったのだ。何せ、クイントが困ると二人がギルガメッシュに文句を言い、それにギルガメッシュがうろたえるからだ。
 そして、クイントがそんな二人を宥め、ギルガメッシュにも少しは言動を改めるようにと告げた。それからは、もうクイントに敵はなかった。ギルガメッシュが何を言っても、恐れる事無く反論出来るようになったのだ。
 そして、どうもギルガメッシュは強く説教された事がなかったらしく、少しずつだがクイントに苦手意識を持ち出したようで、今では論戦勝率もクイントが六割弱と勝ち越している。

「さて、いい子で待ってるかしら」

 検査室に辿り着き、クイントはそう呟いて中へと入って行った……



 アースラ艦内 艦長室。そこでクロノはリンディにユーノの事を話していた。局員になるつもりはない訳ではないが、今は考えていない事。そして、今の仕事自体にやりがいは感じている事を告げた。
 それを聞いて、リンディも頷いた。確かにユーノの心境を考えれば、今は色々決める事が出来ない状況だからだ。

「ユーノ君も確かに稀有な人材だから、局としても是非入って欲しいけれど……」

「ま、あいつも前向きに考えてはいるみたいです。嘱託魔導師ならぬ嘱託司書にでもなるんじゃないですか」

「ふふ、それも面白いわね。でも、意外だわ」

「何がです?」

 リンディの言葉に不思議そうな表情を浮かべるクロノ。それは上司ではなく母親としての笑みだったからだ。クロノの問いかけにリンディは微笑みを深くして告げた。

「クロノがユーノ君とここまで仲良くなるなんて」

「なっ!?」

 それは心外という反応ではない。どこか恥ずかしがるような反応だった。その証拠にクロノ自身、反論がすぐに思いつかなかったからだ。考えてみれば、ユーノが無限書庫の仕事をし出してからというもの、ほぼ毎日のように話をしていたのだ。無限書庫の改善案や仕事の資料請求、更には許可申請の関係まで、実に多く二人は話していたのだ。
 それもいつものように言い合いではなく、真剣に互いの考えや意見をぶつけ合ったので、前にも増して理解が深まったのもある。

「にしても、何故今頃になってね」

「……管理外への局員の長期滞在や調査の見合わせ、ですか」

「ええ。おかしなタイミングだと思わない? まるで……」

「まるで、僕達が海鳴に行くのを恐れているかのようですね」

 そう、アースラは明日任務を終えて、クルー達は長期休暇に入る。リンディ達もそれを利用して、海鳴にいるプレシア達に会いに行こうとしていた。そのため、渡航許可を取ろうとしていたのだが、その矢先の出来事だったのだ。
 それを聞いて、リンディは何かきな臭いものは感じたが、それならばと、長期に渡るものではなくあくまで短期の許可へ申請し直し、近日中に申請が受理される事になった。
 だが、そのためにプレシア達と会うのが若干遅くなってしまうのは事実だった。何せ、旅行を計画しているらしく、それの日取りが決まるまで海鳴に行けないからだ。旅行の話自体は、プレシア経由でユーノからクロノが聞いていた。そのため、リンディとエイミィは昨日辺りから暇さえ見つけては、その話をしている。
 しかも、念話でしているものだから、周囲は真面目に仕事をしているようにしか見えないから、余計に性質が悪い。

「考えすぎと思いたいけど……嘱託は除外するなんて妙だし」

「そこはグレアム提督が上層部に具申したそうです。嘱託は協力者に近いから、こういう時ばかり正規の局員と同じ括りにしてはいけないと」

「成程ね。プレシアさんの事情を知る提督らしい意見だわ」

「でも、このところの上層部は変です」

「……噂は本当なのかしら」

「例の上層部に裏で指示を出している存在ですか? ゴシップのでっち上げだと」

 クロノの言葉にリンディも小さく頷きながらも、声を潜めるように告げた。
 でも、火の無い所に煙は立たないのよ、と。それにクロノは表情を変え、やや険しい声で尋ねた。何か知ってるのかと。それにリンディは無表情で首を縦に振った。そして、小さく呟く。管理局には、三提督達などの限られた存在しか知らない”何か”がいるらしい。そんな噂は、リンディが管理局に入った頃から流れていたと。
 それが意味するものを考えなさい。そうリンディは言ってお茶を飲む。それは、緑茶に砂糖とミルクを入れるという、とてもではないが”茶”と呼ぶ事自体憚られるようなもの。それは、常人なら耐えられない程の甘さを持つのだが、何故か今のリンディはそれすら苦く感じていた。

(もし噂が本当だとして……まさか、アーチャーさん達の存在に気付いたとでもいうの……?)

 そんな疑念を抱き、リンディはそれをお茶と共に胃に流し込むのだった……





「お父様、どうして急にこんな指示が……」

「分からん。だが、ある意味で好都合かもしれん。引き続き頼むぞ、二人共」

「任せておいて!」

「はい」

 二人の女性―――リーゼロッテとリーゼアリアはそう答え、頷いた。それに笑みを浮かべ、お父様と呼ばれた男性も頷いた。
 彼の名はギル・グレアム。プレシアの地球滞在を後押しし、クロノの恩人であり、リンディの亡き夫クライドの上司だった人物である。彼は、娘とも思っている二人の使い魔姉妹のアリアとロッテにある事を頼んでいた。それは、もう何年も前からの事。
 とあるロストロギアに対する監視と動向の観察であった。そして、それは今も継続中なのだが……

「しかし、何故魔導師を狙わないのだろうか」

「どうも、彼女への配慮のようです」

「ま、確かに優しくていい子だからね……」

「それに……彼らもこれまでとは別人のようになっています」

「……全てはあの男が原因か」

 手元にある写真を見て、グレアムは呟く。何が狙いだ……と。それに二人は黙った。そして、その視線を同じく写真へと落とす。そこに写っているのは、笑顔のはやて達とアーチャーの姿だった……



この数日後、ユーノの地球への滞在許可が下りる。それを聞き、ユーノはすぐに荷物を纏め、地球へと向かった。
その見送りには、クロノが行き、近い内に会いに来いとユーノは告げ、クロノはそれに苦笑しながら頷いた。




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幕間。ミッド側の妙な動き。それとさり気無く関わりを持ったユーノとクイント。原因はギルです。

細かな場所で動きを見せる幕間ですが、さり気無くA's編だけではない関連箇所もあったり……

次回は、いよいよ彼が帰還します。そして、事態も変化するかも……?



[21555] 1-14 帰還編その2 前編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/11/13 08:13
 照り付ける夏の日差し。まだ朝の八時だというのに、その日差しは強い。季節は夏真っ只中。後数日でお盆を迎えるという頃だった。

「今日も暑いな」

 庭で本を読んでいたすずかは、どこか気だるそうに呟いた。既に夏休みの課題を終わらせている彼女は、趣味でもある読書に勤しんでいた。部屋ではなく、外の空気を感じながらと思って庭での読書にしたのだが、それを少し後悔し始めていたりする。
 もう、遊園地になのは達と行った日から、二週間が過ぎていた。
 あの後は、大勢で遊びに行く事は出来なかったものの、なのは達子供だけでの図書館勉強会やお泊り会。ライダーとセイバーの二人だけの遠出(行き先は何と三重県の遊園地)や美由希達お姉さんズ(美由希、アルフ、ファリン、シャマル、忍)のお出かけなど、それぞれでの交流は欠かさずあった。

(でも、最近アーチャーさんがノエル達を避けてる気がするんだよね)

 そう、そんな交流が盛んになる中、何故かアーチャーはあまりそういう事に参加しなかった。はやてがいれば参加するのだが、ファリンやノエルなどからの誘いは、ほとんどと言っていい程断るようになったのだ。
 唯一続いているのは、ファリン達への料理教室だが、ここにはライダーもいるからだとすずかは思っていた。何せ、そのライダーが漏らしていたのだ。最近、自分が邪魔者になっている気がすると。

 それを聞いた時、すずかは苦笑しながらこう思ったのだ。それでも毎日教わるライダーは凄いと。
 そんな事を考えていたからだろうか、すずかは気付かなかった。何者かが自分の背後から近付いている事に。その存在は、静かにすずかへ近付いていく。足音を立てないように慎重に、一歩一歩に細心の注意を払いながら進む謎の人物。
 そして、ついにすずかへその手が届くといったところで―――。

「っ!?」

 その肩に手を置いた。

「久しぶり、すずか……驚いた?」

「ゆ、ユーノ君!?」

 振り向いた先にいたのはユーノ。どこか申し訳なさそうな表情をしている。その理由は、先程のすずかの反応。軽く驚かそうと思ってユーノは気配を殺したのだが、セイバーや恭也などから手ほどきを受けたユーノは、常人ではもう気配を捉えられない域には至っていたため、すずかもそれに意識が向いてなかったせいもあり、最後まで気付かれなかったのだ。

 とりあえず、ユーノはすずかにその旨を告げ、謝った。軽い悪戯みたいなものだったんだと。それを聞いて、すずかは許すと言った後、改めておかえりなさいと告げた。
 それにユーノも嬉しそうにただいまと返し、互いに笑い合った。そして、すずかが何故ユーノがここに一番に来たのかを尋ねた。

「どうして家に?」

「えっと、人目に付きにくい場所で、広い場所って考えたらここしか浮かばなくって」

「……そっか。アリサちゃん家だと魔法は……」

「そう。アリサや小次郎さんならいいけど、他の人に見つかると、ね」

 そして、ユーノは高町家は適当な場所がなかったと告げた。道場も考えたのだが、建物の中と外では成功率や負担が違うからと。故に月村家を選んだのだと。それを聞き、すずかは内心複雑だった。
 なのは達に一番最初に会いたいとユーノが思っていた事。でも、今自分が一番最初にユーノと再会出来ている事。その悔しさと嬉しさが入り混じって、すずかは笑顔をむける事が出来なかった。

 それをユーノは不思議そうに見つめたが、何かを思い出したように告げた。色々面白い話を仕入れてきたから、またゆっくり話をしようと。それにすずかは笑顔を見せて頷いた。
 そして、ユーノは早速とばかりに高町家へ戻ろうとするのだが、すずかが小さく悪戯めいた笑みを浮かべて、ユーノへこう言ったのだ。

「なのはちゃん達も驚かせてみない?」


ユーノ、海鳴に帰る 前編



 それから十数分後、月村家前になのは達子供組が勢ぞろいしていた。全員すずかからメールで呼び出されたのだ。内容は単純で、大切な話があるから来て欲しいとの事。
 それを見た時、アリシアを除く全員が不思議に思ったのだ。もうすずかは自分の秘密とも言える”夜の一族”について話し終えていたからだ。
 その上でまだ話す事があるのだろうかと。そう感じたからこそ、逆に気になっているというのもある。ちなみにアリシアはすずかが吸血鬼だと聞いた時、驚くのでも怖がるでもなく、楽しそうにこう言ったのだ。

―――じゃあ、わたしも吸血鬼になれる?

 そう言われた時のすずかの表情は唖然。そしてややあってから、嬉しそうな笑顔に変わった。アリシアが言った言葉は、なのは達とは違う意味ですずかの心を強くした。自分だから吸血鬼でも平気。それとは違い、吸血鬼である事をむしろ羨ましがり、同じになりたいとさえ言ってくれる。それもまた、その存在が自分だからこその発言。
 そう考え、すずかは「残念だけど無理なんだ」と告げると、アリシアはどこか寂しそうに「そっか」と言って肩を落とした。後で分かった事だが、アリシアはすずかの身体能力の高さは、その血の恩恵だと知って、自分も同じようになってフェイト達と一緒に戦えるようになりたかったとの事。
 それを知り、すずかは苦笑しながら告げたのだ。血による恩恵はまちまちだから、必ずしも力が強くなる訳ではないと。

 そして、それを聞いてアリシアは「じゃ、わたしは頑張ってすずかみたいになるね」と言って全員に笑みを浮かべさせたのだ。

「ね、すずかちゃんの話って、何だろうね?」

「さあ? でも、大切って事は何か重要な事でしょ。行けば分かるわよ」

「そやな。とりあえず、お邪魔しよか」

 そう言ってはやてはベルを押す。そして、聞こえてきたノエルの声にすずかに呼ばれた事を告げると、門が開いた。そして、そのまま歩き出すなのは達。アリシアは一人先を行くように走り、玄関先で止まると催促するように手招いた。
 それにフェイトとアリサが軽く注意し、なのはとはやては笑みを浮かべる。するとその時、なのははレイジングハートからある事を告げられた。

”なのは”

【どうしたの?】

”実は……”

 それを聞いて、なのはは驚きを浮かべ、同時に何かを悟った。だが、それを表に出す事無く平然としながら歩く。
 玄関に着き、アリサが扉を開けようとする前に、中から誰かが扉を開けた。それはファリンだった。ファリンは笑顔でいらっしゃいと告げ、すずかが部屋で待っていると言ってなのは達を案内し出した。それに何の疑いも抱かないフェイト達。ただ、なのはだけは何かを知っているような笑みを浮かべていた。

「どうしたのなのは。さっきから笑ってるみたいだけど?」

「にゃはは、フェイトちゃんもすぐに分かるよ」

「?」

「すずかちゃん、なのはちゃん達を連れてきましたよ」

 なのはの表情に気付き、尋ねるフェイトだったが、それをなのはは誤魔化した。それと同時にファリンがすずかの部屋のドアをノックし、呼びかける。すると、すずかの声で入ってもらってと返事があり、ファリンはドアを開けてなのは達を招き入れた。
 それにお礼を述べながら入っていくなのは達。部屋の中では、すずかが椅子に腰掛けて本を読んでおり、なのは達を見ると嬉しそうに笑みを見せた。

「いらっしゃい」

「お邪魔させてもらうな。で、一体どないした?」

「そうそう。一体何よ? 大切な話って」

「せつめーをよーきゅーする」

「あ、アリシア……」

「何かアリシアちゃんだけ幼い感じだね」

 はやての挨拶をキッカケにアリサ達がすずかへ尋ねた。それははやてとアリサは不思議そうに、アリシアはどこか面白そうにと違いはあったが、聞きたい事は同じだった。
 フェイトとなのははアリシアの話し方にやや苦笑していたが。そんな三人の声を受け、すずかはやや真剣な表情を浮かべた。そして、全員にベッドに座るよう告げ、ゆっくりと口を開いた。

「あのね……実は……」

 すずかが神妙な雰囲気で語り出したその時、なのは達が座るベッドの陰から静かにユーノが現れ、小さく笑みを浮かべて―――。

「みんなただいま!」

「「「「っ?!」」」」

「おかえり、ユーノ君」

 元気良く声を掛けた。それに驚くフェイト達。唯一なのはだけは笑っていた。余裕の笑みでユーノへ振り向き、悠々と返事さえ返したのだ。
 それにすずかとユーノが逆に驚かされた。不思議そうなすずかとユーノだったが、ユーノだけは何かに気付き、困ったように告げた。

「レイジングハートだね」

「うん。転送魔法の反応が残ってたんだって」

 そう、先程なのはにレイジングハートはそう伝えたのだ。それを聞いて、なのはは直感的にユーノが帰ってきたと思った。そして、同時にすずかの話も理解した。二人して驚かせようとしているのだろうと。
 だから、気を遣ってフェイト達には秘密にしたんだと、なのはは笑みを浮かべて言った。それにフェイトは納得したものの、アリサ達は三人揃って文句をぶつけた。
 なら教えなさいよとアリサが言えば、なのはちゃんのせいで寿命縮んだわとはやてが告げて、なのはのイジワル~とアリシアが怒る。それを眺め、フェイトとユーノは苦笑しつつ、ご挨拶。

「おかえり、ユーノ」

「ただいま、フェイト」

 微笑みを交わす二人。その横では三人に絡まれ困るなのはの姿。そして、すずかはその光景を見て、楽しそうに笑っていた……



「おかえり、ユーノ君」

「おかえり、ユーノ」

「ユーノ、おかえり~」

「ただいま、はやて、アリサ、アリシア」

 なのはを十分懲らしめ、ついでにとばかりに主犯格のすずかにも少し仕返し(くすぐりの刑)をし、ユーノは帰ってきたので不問とした。
 それでやっと三人もユーノと言葉を交わし、笑顔を見せ合う。七人が久しぶりに揃った事に喜ぶなのは達だったが、ユーノはそんななのは達へある事を伝える。それは、クロノ達が例の旅行に参加したいと言っている事。それを聞いて、てっきりなのは達は喜ぶだろうと思っていたユーノだったが、何故かなのは達は揃って困り顔。

「どうしたの?」

「えっと……」

「ええよ、なのはちゃん。わたしが話す」

 はやてが話したのは、闇の書の話。今、はやての家に闇の書があり、既に稼動している事。そして、魔法生物限定とはいえ、蒐集活動を行なっている事などを話した。
 それを聞いてユーノは驚きを見せたが、それはやや軽いものだった。全てを聞き終え、ユーノはなのは達にこう語り出す。自分が無限書庫で調べた結果を。それは、闇の書が本当は『夜天の魔導書』と呼ばれていた事。そして、闇の書と呼ばれる原因は、何代目かの主が改竄をした事に端を発している事を。

 それらを話し終え、ユーノは告げる。完成させれば、確実に恐ろしい事になると。それを聞いて、はやては断言した。今の蒐集活動は、その完成後を確認するためにやっているもので、管制人格を起動させれば、もう蒐集する必要はないと。
 そして、既に万が一の手立てもアーチャー達が考え、暴走に備えているとも告げた。それにユーノも納得し、頷いた。アーチャーが手立てを準備しているのなら、おそらく大丈夫だろうと。

「でも、クロノ達はどうする?」

「えっと、そこは……」

「ええ考えないか、ユーノ君」

 フェイトの言葉を受け、言い淀むなのは。それを見て、はやてがユーノへ問いかける。そう、今のなのは達子供組のもっぱらの不安。それは、リンディ達とシグナム達の確執。それをどうやって解消したらいいのか。どうすればみんなで笑っていられるか。それをずっと考えているのだ。
 だが、それが中々思いつかない。その要因の一つがプレシアやフェイトから齎された情報。

(クロノ君のお父さんを死なせちゃった原因が闇の書だもんね……)

 それが一番の不安要素。そこがなのは達を困らせる最大の原因。これをどうすればいいのかが、未だに思いつかないのだ。故に、はやては現時点で両者を良く知るユーノに意見を求めた。それをユーノは聞いて、どこか苦笑気味に答えた。

「ありのままに言えばいいと思うよ」

 その言葉に全員が目を点にした。そんななのは達の反応にユーノは語る。リンディもクロノも闇の書を恨んではいるかもしれないが、それを守護騎士にはぶつけないだろうと。そう、以前闇の書について聞いた時、クロノはこう言ったのだ。

―――闇の書が原因で父さんは死んだ。でも、復讐なんかは考えない。それを父さんは望んでいないだろうから。

 それを静かに淡々と語るクロノを思い出し、ユーノはそう言った。おそらくクロノの言葉は本心からのものだったと。リンディもクロノもクライドの事を誇りに思っている。だからこそ、復讐などを考えないのだ。それをその亡くなったクライドが望まないと考えているからだ。
 それを聞いて、なのは達もどこか納得していた。復讐などしても、死んだ者が帰ってくる訳ではない。そして、誉めてくれる訳でもないし、喜んでくれる訳でもない。もし、自分がクライドの立場ならこう告げるはずだから。

―――幸せに暮らしてほしい……と。

 だからユーノの言葉を信じる事が出来る。少なくともなのは達はそう考えた。そんな安堵したかのような表情のなのは達に、ユーノはこう締め括った。

「きちんとはやての口から現状を説明して、完成させない事を明言すればね。普通の局員なら問題だけど、リンディさん達なら大丈夫。
 確かに闇の書は危険物扱いだけど、それは完成させるからであって、はやてみたいに完成を求めていないのなら手の打ちようはあるから」

―――それに、リンディさん達ははやてから家族を奪ったりしないよ。

 笑顔でユーノはそう言い切った。それにはやては頷き、そうやなと答えた。ただし、ユーノはこうも言った。出来れば、その時はアーチャーにも同席してもらうべきだと。そして、その時期は地球に来た際にするべきだとも。
 理由は、地球は管理外のため、訪れるとしても個人として来るだろうから、万が一交渉が決裂しても時間が取れると。そして、その時間が取れるという事が何よりの交渉材料なのだと。

「どうしてそうなるのよ?」

「JS事件の結果、リンディさんがアーチャーさん達に要求した事は何か覚えてる?」

「……ランサー達の協力だよね」

「あ、そっか! リンディさんはセイバー達と戦いたくないんだ!」

「正解。つまりは、セイバー達と管理局との衝突を避けたいんだろうね」

 ユーノの言葉にアリサとすずかも考え、頷いた。時間が出来るという事は、それだけセイバー達が準備出来るという事。しかも、今は守護騎士達がいる。戦力としてはあの頃よりも充実しているのだ。
 おそらく管理局が本腰になれば、それでも鎮圧するだろう。だが、その被害や代償はかなりのものになるはず。そこまで考え、アリサは思った。

「ユーノ……あんた、アーチャーさんみたいな考えよ」

「結構意識してる。僕は、攻撃魔法出来ないからね。知恵で戦うしかないから」

「ね、一体どういう事話してるの?」

 アリシアが浮かべた疑問にユーノは簡単に答える。つまり、リンディ達は局員として職務を果たそうとすると、その局を危機に追いやる事になる。だから、きっと自分達個人レベルで話をつけるだろうと。
 それに、もし局員として武力行使を行なおうとした時には、セイバー達サーヴァントの驚異的な力の行使をちらつかせればいい。そう言ってユーノは苦笑を浮かべる。

「ま、これは最後の手段だよ。こうするまでもなく、リンディさん達は受け止めてくれるはずさ」

「は~……ほんまアーチャーみたいやな。そこで皮肉っぽく笑ったら完璧や」

「……誉めてもらったと受け取っておく」

「ユーノ君、凄いね……」

 なのはの感心したような声にすずかも頷く。

「ホント。途中からはアーチャーさんが喋ってるように感じたぐらい」

「ユーノ、すご~い」

「やるじゃないの!」

「本当に……アーチャーみたいだった」

 周囲の賛辞に照れ笑いのユーノだったが、すぐに気を取り直し、なのはへ告げた。

「父さん達に話があるんだ。今なら翠屋かな?」

「ふぇ? うん。お父さんもお母さんも今日はお店」

 それを聞き、ユーノはすずか達に一言断りを入れ、翠屋へ向かうと言って部屋を後にした。その後姿を見送って、ぽつりとアリサが呟いた。
 何か、大人の顔をしてたと。それにその場にいた全員が頷いた。自分達と別れてから、ユーノに何があったのか。それを聞き出さないといけない。そう、誰もが思ったのだった……




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ユーノ、海鳴に帰還す。そして、早速すずかにジェラシーを起こさせる……ユーノよ、お前もか。

リンディ達との和解を考えるなのは達へ、ユーノが告げた事実。それは事態を好転させるのか否か。

次回はユーノが士郎達へ再会の挨拶と相談をする話。



[21555] 1-14 帰還編その2 中編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/11/14 06:16
「ありがとうございました」

 笑顔で学生風の少女達を見送る桃子。夏休みも中盤を過ぎ、もう少しでお盆に突入する。それを考え、桃子と士郎は現在プレシアと打ち合わせに余念がない。
 そう、旅行の打ち合わせである。アリサの両親は多忙を極め、今回も不参加だが、それでも娘をよろしく頼みますと託されるぐらいには交流がある。プレシアも挨拶回りの際、運良く顔を合わせる事が出来たため、アリサの両親とは知人にはなっている。

「桃子~、もうシューアイスが少ないよ」

「あら、本当。分かったわ、追加もってくるから」

 レジを片付けている桃子へ、アルフがそう言って近付いた。アルフの格好はただのエプロンではなく、エプロンドレス。アルフの容姿と性格を考え、ただの格好ではなく、ちょっと可愛い系にしようと桃子が提案したものだ。
 実際、これを着たアルフが働くようになってからというもの、男性客が増えたのだ。主に高校生辺りが。それを知ったシャマルが自分も着ようとしたのを、セイバーが慌てて止めた経緯がある。セイバーがシャマルを止めたのは、自分も着せられると感じたため。
 実のところ、桃子はそれを狙っており、アルフはそれを聞かされたのもあってこの格好にしたのだが、セイバーはシャマルを阻止する事で自分に害が及ばないようにしたのだ。

 二人が話していると、そこへ来店を告げるベルの音がした。

「お、いらっしゃいませ~。二人でいいかい?」

 アルフの口調も最初はどうかと思った桃子達だったが、その砕けた感じがいいと言う客も多く、また乱暴ではないためか、他の客からの苦情もないためそのままにしていた。

(でも、格好とのギャップが大きいのよね)

 桃子は知らない。そのギャップこそがアルフ最大の売りになっている事を……


ユーノ、海鳴に帰る 中編



 朝の混雑も過ぎ、やや落ち着きを取り戻した店内。例年よりも忙しいのは、今年始めた夏限定で販売するシューアイスの存在だ。今年になってから販売に踏み切ったもので、味はセイバーとヴィータの保障付き。そのせいもあり、売れ行きは好調なのだが、困った事に売れすぎて……

「まさか、もう完売とはね」

「仕方ないよ。こう暑くちゃねぇ」

「でも、良かったな。また記録更新だ」

 士郎の言う記録とは、シューアイスの完売時間だ。最初は夕方前だったのが、もう開店三時間で売り切れだ。持ち帰りだけでなく、店内での飲食にもセットで注文する人もいるため、ここのところの暑さも手伝い、まさに飛ぶように売れるのだ。
 桃子もそれを考え、多めに用意しているのだが……

「だけど、私としては多くの人に食べてもらいたいのよ」

「じゃあ……やっぱ持ち帰り限定にする?」

「それとも、お一人様お一つのみだな」

 この話も既に今月に入って七回目。桃子は売れ行きよりも、それを多くの人に食べてほしいと考えている。とくに子供などが売り切れと聞いて、残念そうに帰っていくのが嫌なのだ。
 そのため、色々と考えてはいるのだが、どれも欠点があり、中々踏み切れずいたのだ。

「もう、仕事してくださいよ。動いてるの私だけじゃないですか」

 そんな風に考える桃子達をシャマルが笑いながら文句を言った。それに三人も笑うが、そこに来店を告げるベルが鳴り、シャマルがそれに対応しに行く。だが、そこから聞こえてくるやり取りに三人は反応せざるを得なくなる。

「いらっしゃいませ。僕、一人?」

「あ、えっと……士郎さんは?」

「え? 士郎さん?」

 その声に聞き覚えがあったから。そして、それは聞こえるはずの無い声だったから。故に三人の視線がそちらを向く。そこにいたのは……

「ゆ、ユーノ……」

「ただいま、父さん、母さん」

 やや肩で息をするユーノ。汗が出ているとこからも、走ってここまで来たのだろうと理解出来た。そして、何よりもその笑顔と言葉。それが全てを物語っていた。
 彼がどういう想いでここまで走ってきたかを。だから、士郎と桃子の瞳に涙が浮かぶ。帰ってきた。自分達のもう一人の息子が帰ってきたのだと。

「おかえり、ユーノ」

「おかえりなさい、ユーノ」

 それを理解し、二人もそれに応えた。ユーノが自分達をどう考え、どう想ってくれたのか。それをちゃんと噛み締め、心からそう言ったのだ。
 そんな二人を見て、不思議がるシャマルにアルフは念話で教えた。あの少年がユーノ・スクライアであると。それを聞き、シャマルも納得。既に彼女もはやてやアーチャー、桃子や士郎達からその名を聞いていたからだ。

【……家族、なんですね】

【何言ってんだい。アタシだってフェイト達の家族だし、あんただってはやての家族だろ? 関係ないのさ、血の繋がりなんて】

 そのアルフの答えにシャマルも頷き、微笑んだ。自分のように、血は繋がらなくても家族と言われる存在が隣にいた事を。それを思い出したからこそ、シャマルは思う。はやて達の周囲は、似た者ばかりだなと。



 二人は仕事中だったため、ユーノは再会の挨拶だけをしにきたと告げた。そして、後で相談したい事があると士郎達に言って店を後にした。それを見送り、二人は小さく笑う。
 ユーノが臆面もなく父、母と呼んだからだ。それを士郎はともかく、桃子は心から喜んでいた。以前潰えた『高町ユーノ計画』を再始動させる事さえ考えたぐらいだ。まぁ、それはユーノのある決意と想いによって諦めるのだが、この時はまだ絶賛計画中だった。

「大きくなって帰ってきたな」

「そうね。まだ三ヶ月も経ってないのに」

「男ってのはそんなもんさ。三日で変化するって言われるぐらいだしな」

 士郎の言葉に桃子は笑う。そしてこう言ったのだ。確かに会って十数分で変化したと。それが初めて会った日の話だと士郎も気付き、笑みを浮かべた。それを見ていたシャマルとアルフは何の事か分からず、疑問符を浮かべるものの、自分達を呼ぶ声に反応し、それぞれ動いていく。
 こうして今日も翠屋は賑わうのだった……



 その頃、高町家の道場内では……

「これで終いか」

「くっ……もう一本だ」

 小次郎とシグナムの試合が終わったところだった。現在、道場にいるのは四人。シグナム、小次郎、セイバーにランサーである。先程まではアーチャーもいたのだが、シグナムと試合を終えると、月村家に料理教室のため出て行ったのだ。

「しかしよ……」

「どうしました?」

 小次郎へ再試合を申し込むシグナムを見て、ランサーがどこか呆れながらセイバーに問いかけた。それに不思議そうな表情のセイバー。だが、ランサーの視線を追い、何をランサーが言いたいかを理解し、頷いた。

「シグナムはこういう性格と知っているはずです」

「いや、まぁ俺もやり合うのは嫌いじゃねえが、ちょいと度が過ぎてねえか?」

「……バトルジャンキー、と言うらしいですよ、彼女は」

「……誰が言ったんだ、それ」

「ヴィータです」

「……それ、シグナムの姉ちゃんには言うなよ。言ったらヴィータが燃えるぞ」

 やや引きつった表情でランサーはそう言った。セイバーはそれを聞いて、当然だとばかりに頷いた。視線の先では、シグナムと小次郎が再び木刀を交差させていた。
 実は、つい最近セイバー達は本気の模擬戦をした。シャマルが結界を張り、場所として月村家の庭を借りた大規模なもの。そこでシグナム達守護騎士の実力をセイバー達も知ったのだ。同時にシグナム達もセイバー達の実力を知り、愕然となったのだ。
 セイバー、ランサー、小次郎は個人戦では負けなし。アーチャー、ライダーもとてもではないが、まともにやって勝てる相手ではない。シグナムはそれを知ってからというもの、より盛んに試合をしたがるようになった。その一番の標的はアーチャーとランサー。前者は家族として申し込み易く、後者は同じように強者との戦いを望むからだ。

「さて、じゃあ……俺も行くとしますかね」

「頑張ってください」

「おうよ」

 セイバーの声に片手を挙げて応えるランサー。シグナムは小次郎に再び木刀を弾き飛ばされていた。恭也達との試合では、このような事はない。小次郎と中々良い勝負をするのだ。だが、シグナムは良い勝負には、中々ならない。それは、小次郎が加減をしないからだ。シグナムがそれを望んでいるのもある。
 故に、シグナムはこのところ連戦連敗なのだ。しかし……

(やはり良い物だ。敗北を喜ぶなど、私らしくないが……それだけこの敗北には価値がある!)

 並み居る騎士と言われる相手と古来から戦ってきたシグナムにとって、セイバー達は初めて出会った真の強者だった。心から自分よりも強いと認める事が出来る存在。そして、同時に敬意さえ払える者達。それがシグナムにとってのサーヴァント達だったのだ。
 それはヴィータ達も同じで、初めて勝てないと思わされた相手がセイバー達だったのだ。守護騎士達にとって、それは本来なら恐怖。だが、今は違う。自分達でも勝てないと思う存在が協力してくれる。それは絶大な安心感。
 故にシグナム達は揃って思ったのだ。セイバー達が敵でなくて良かったと。

「おい、どうするシグナム。しばらく休んでセイバーとやるか、ちょいと休んで俺とやるか選べよ」

「……少し休んで両方はダメか?」

「貴方という人は……」

 どこか窺うように尋ねるシグナムに、セイバーは呆れたようにそう言った。それに小次郎とランサーが笑う。その二人の笑い声にシグナムも笑みを浮かべる。セイバーもそんな光景を見て笑みを浮かべるのだった……



「帰って来たんだ……」

 ユーノは久しぶりの高町家を眺め、そう感慨深げに呟いた。過ごしたのは僅かに一ヶ月と少し。それなのに、いつの間にか本当の家のような存在になっていた。なのは達や士郎達の顔を見た時とは違う感慨があるのを、ユーノは強く感じていた。
 そして、ゆっくり一歩一歩の感触を確かめるように歩き出す。道場を眺め、厳しくも充実していた訓練の日々を思い出し、ユーノはついそちらへ足を向けようとして―――。

「あれ? ユーノ……君?」

 声を掛けられた。それに振り向くと、六人分のグラスが載ったお盆を持った美由希がいた。中身はおそらく麦茶だろうか。しばし見つめ合う二人。だが、それから先に脱したのは美由希。

「おかえりユーノ君! いつ帰ってきたの? なのは達はもう知ってる?」

「あ、えっと、はい。なのは達とはもう会いました。父さん達にも会ってきましたし」

「そっか。もう会ったんだね。でも……」

 そう言ってユーノを見つめる美由希。それにユーノは不思議顔。何かあっただろうか。そう思って美由希を見ていると、美由希は一言。

「完全に父さんって呼ぶようになったんだね」

 そうどこか嬉しそうに告げた。それにユーノはやや照れるものの、頷き肯定した。それを見て、美由希は自分もお姉ちゃんと呼んで欲しいと告げる。それを聞いて、ユーノは若干戸惑うものの、何か意を決したように美由希の目を見て……

「姉さん」

「うん。何かな、ユーノ」

「えっと……改めてよろしく」

「うん、よろしく。にしても弟が出来た、かぁ~……何か嬉しいな、こういうの」

 そう言って嬉しそうにニコニコしている美由希だったが、ユーノが手にしているお盆について尋ねると、思い出したように道場へ歩き出す。今、セイバー達が試合をしていて、その休憩を兼ねての給水タイムをしてもらおうと持ってきたらしい。
 ちなみに恭也は忍とショッピングだそうで、帰りは夕方になるだろうとの事。きっと、ユーノが帰ってきたって知ったら喜ぶよ。そう美由希に言われ、ユーノは嬉しそうに笑みを浮かべるのだった……



 一方、月村家では、なのは達がそのまま旅行の話とある人物の話で盛り上がっていた。

「で、どうなのよ。管制人格って人は。間に合いそうなの?」

「う~ん……どうなんやろ。わたしが少し発破かけたから頑張ってはくれとるんやけど……」

 はやての言葉は本当で、シグナム達は何とかお盆過ぎの旅行までに間に合わせようと、今月に入り、現在週三だった蒐集を週五に増やし、更に深夜にも出掛けて頑張っていた。
 現在、蒐集は三百頁を過ぎており、後少しまで来ているのだが……

「でも、ヴィータちゃんが言ってたけど、最近中々頁が稼げないんだって」

「らしいね。シグナムも言ってたけど、頁を多く稼げる魔法生物は無人世界には中々いないから」

「ああ、そっか。あの模擬戦の後に聞いてたわね」

 なのはとフェイトの言葉にアリサも納得。実は、セイバー達の模擬戦の際、なのはとフェイトも参加していたのだ。そこで、フェイトはシグナムに気に入られたのだ。ランサー仕込みの戦闘術や思考など、どこかシグナムに近いものを感じさせるフェイト。フェイトもシグナムの実直な性格から、ランサーに近いものを覚え、意気投合したのだ。模擬戦での互いの戦いぶりを見て。

 そう、二人はサーヴァント組ではなく、守護騎士達の側として模擬戦に参加したのだ。理由は、アーチャーとランサーによる考えであった”何をやっても勝てない相手”との戦いの経験をさせるため。それにセイバー達も納得し、二人は初めて何をやっても勝てないという状況と相手を知った。
 そして、その時の対処法も同時に実戦で教え込まれた。対抗するのではなく、ただ生き残る事を考え、実践しろ。自分の得意に持ち込めば勝てると考えるな。常に相手は自分より上だと心得ろ。相手の力量を正しく理解出来ると思ったら、それが既に過ちだ。
 そんな事を散々に言われながらの戦いだった。そして、それは確かに正しく、二人はアーチャーが双剣の使い手だと知ると、距離を取って戦おうとした。だが、アーチャーが弓を投影して言ったのだ。

―――私の名の意味を忘れたか?

 その後、二人はアーチャーという名の意味を改めて知る事になった。こうして、なのはは初めて、フェイトは改めて知ったのだ。

 ”勝てない相手には、何をやっても勝てない”と……

(でも、勝てない相手でも負けない事は出来る……)

(そうランサーも教えてくれた……)

 二人は思い出す。終わった後、アーチャーが言ってくれた言葉を。

「勝てない相手は何をしても勝てない。だが、勝てないのなら負けないように戦えばいい。
 いつか来る好機……それを信じて待ち続け、耐え切るのも一つの手。今回のような集団戦なら、いつかは信じた仲間や友が助けに来るかもしれん。
 何にせよ、諦めずにいろと言う事だ。それに、勝ちに執着せず相手を引き付け続けるのも、考えようによっては立派な勝利といえる」

 その言葉を二人は心に刻んだのだ。決して忘れずにいようと。勝ちを求めるのではなく、最後に勝利出来るように。そう、生き残れるようにと。

「それで……旅行にはエイミィやお兄ちゃんも来るんだよね?」

「お兄ちゃん?」

 アリシアの発言にすずかが疑問符を浮かべた。それにフェイトが事情説明。そして、それを聞いて全員がその原因を悟った。

((((絶対エイミィさんだ(や)……))))

 そんな四人を見つめ、フェイトとアリシアは首を傾げた。そして、ふとアリシアが呟いた。行きたい場所があるんだと。そして、その場所を聞いたなのは達は驚くも、全員が笑顔で頷いた。それは、約束を果たす事にも繋がると思い出したから。
 こうして、行き先を決めたなのは達は、その日の夜に家族へ報告する。それを聞き、それぞれの家族達も異論はなく、アリシアの希望が全面的に叶う事となる。




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色々と動く海鳴サイド。模擬戦は当然ながらサーヴァント達の圧勝。シグナムやヴィータなども善戦したのですが、やはり英霊の壁は厚い。

シャマルは速攻で潰されました。それを守ろうとしたザフィーラも……。ちなみに相手はシャマルがランサーでザフィーラがライダーです。

なのは&フェイトはアーチャーが。シグナムはセイバー。ヴィータが小次郎です。ま、個人戦になった時点で勝敗は決まっていたんですけどね。



[21555] 1-14 帰還編その2 後編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/11/15 05:51
「それにしても、意外と早かったのですね」

「何とか旅行までには戻ってきたかったんだ」

 高町家 道場。そこでは、ユーノとの再会を喜ぶセイバー達の姿があった。セイバーの言葉にユーノは笑みを浮かべて答えた。それを聞いて、セイバー達も納得。きっとアリシアやアリサ辺りが急かしたのだろうと思ったからだ。
 プレシアは定期連絡の度に、ユーノへ伝言を伝えにきた。その内容は、大抵そういう類だと知っていたため、セイバー達も苦笑した。

「それにしても、お前さんも成長したんだな」

「え?」

「うむ。少し精悍な顔つきになってきたな」

「そ、そうですか?」

 ランサーと小次郎の尊敬する二人の男からそう言われ、ユーノはどこか嬉しそうに言葉を返す。それを見ていたシグナムがセイバーへ尋ねる。ユーノの事は知っているが、はやてから聞いていた印象と少し違うと感じたからだ。はやてはユーノを優しい学者タイプの少年と言っていた。だが、その身から感じる気配は、どこか戦士の類にも似たものがあると。
 それを聞き、セイバーは答えた。ユーノは高町の家にいる間、士郎や恭也、更には小次郎などに手ほどきを受けていたと。それを聞いて、シグナムも納得した。そして、同時に思ったのだ。どこでも男は同じようなものなのだなと。

 そんなシグナムやセイバーとは違い、美由希は満面の笑みでユーノを見ていた。二人が言ったように成長しているのが分かったからでも、ましてや男はみんな同じだと思ったからでもない。弟が誉められている。そう思っているからこその反応だった。
 しかも、誉めている相手に自分が尊敬する小次郎がいれば尚の事。

(ユーノは恭ちゃんとは違って、戦う事は好きじゃないけど……でも、いざって時はちゃんと男の子するんだよね)

 思い出すのはユーノが小次郎と初めて戦った日の事。自分の全てを出して戦い、力及ばず負けた時、ユーノは泣いた。それを見て、士郎も恭也も後で言ったのだ。あいつは強くなる、と。敗戦の後、励ましてくる士郎や恭也にユーノはこう言ったのだ。

―――せっかく士郎さん達に色々教わったのに……

 自分の無力さに涙するだけでなく、自分のために手を貸してくれた者達への申し訳なさ。それをユーノは一番悔いていたのだ。だからこそ、二人は言ったのだ。ああいう考えをする者は強くなると。自分のためだけでなく、他者の想いや期待に応え、自分の限界へ挑む者は強くなると。
 それを聞いた時、美由希も思ったのだ。ユーノもなのはと同じなのだと。自分のためでなく、誰かのために強くなりたいと思う。それが本当の強さに必要なものなんじゃないかと。

 そんな事を思い出す美由希。その視線の先では、ユーノがシグナムから手合わせを申し込まれ、戸惑っているのだった……



ユーノ、海鳴に帰る 後編



 月村家 厨房。そこで中華鍋を片手に腕を振るうのは、メイド服のライダー。それをアーチャーが黙って見守る。やがて、その鍋を振るう手が止まり、用意してあった皿へ鍋の中身を移そうとする。大きなオタマを使ってそれを全て集め、皿へと盛り付ける。
 そして、静かにオタマをどかすと、そこには見事な山を作るチャーハンがあった。

 具材は、卵、ネギ、鮭とシンプル。だが、香ばしく仕上げられたそれは、普通のチャーハンではない事を雄弁に語っている。それをライダーはアーチャーの前へ置く。それを見つめ、アーチャーは黙ってレンゲを手にするとその山の一角を崩す。湯気を出している飯をすくいあげ、おもむろに口へ運ぶ。そして、咀嚼して一言。

「……及第ではあるな」

「そうですか……」

 心なしかほっとした様子のライダー。アーチャーの及第は、忍達の美味しいに相当するのだ。初めは簡単なものしか出来なかったライダーだったが、やっとアーチャーにも認められる物を作れるようになっていた。
 ノエルは既にそこをクリアし、今はアーチャーから免許皆伝(本人はそんなものはないと否定)を貰うべく、日々努力中。ファリンは、未だに未熟でライダーにさえ追い抜かれてしまっていた。

 そして、現在そのファリンとノエルは買い物へ出かけている。アーチャーはそれと入れ替わりにやってきた。ライダーは、そんなアーチャーへ言った。いつまで逃げ続けるつもりかと。ランサーを見習い、そろそろ向き合うべきではないかと。
 それを言われ、アーチャーは珍しく言葉に詰まった。いつもの雰囲気は鳴りを潜め、どこか戸惑うような感じでこう言った。

―――私には、彼女達を受け止めるような度量も資格もない。

 それを聞いて、ライダーは少しだけではあるが怒りを見せた。妹と想うファリンや親しき家族とも言えるノエルのために。

―――そんなものはただの言い訳です。それに、そう思うのなら、そうやって二人に告げるべきです。

 その言葉に完全にアーチャーは沈黙した。珍しく何も言えずに。いつもの皮肉屋は消え、ただの”エミヤシロウ”がそこにはいた。生憎ライダーはそれに気付かなかったが。
 アーチャーは迷っていたのだ。自分は”ヒト”ではない。そして、この身ははやてを守るためにある。そんな自分が二人の想いを受け取っていいものかと。そして、彼が愛した女性の事もある。彼女は意識していないだろうが、それでも彼にとって彼女は特別な存在だった。
 初恋の相手と言ってもいい。永久の愛を誓ったような存在。その彼女がいる以上、彼にとって二人の想いに応える事は出来ないと考えていたからだ。

 そんな事を思い出しながら、アーチャーはライダー作のチャーハンを食べ終えた。最初の一口だけは味を感じたが、そこから後はまったく味を感じなかった。それだけ思考に没頭していたのだろう。
 そう、彼女―――セイバーは、確かに『衛宮士郎』が好きなのだろう。だが、それは『エミヤシロウ』ではない。好きな女性が目の前にいても、その想いを口にする事は出来ない。彼女の思い人は自分でありながら自分ではない。それを知るからこそ、アーチャーはセイバーを『セイバー』として見つめる。
 決して○○○○○とは思わない。それは、彼なりのけじめ。だが、それでも思ってしまうのだ。自分がどうしようもない程に彼女を愛している事を。

(惨めなものだ。初恋を引き摺り続けているとはな……)

 自嘲するように笑う。無様だと。そして思うのだ。何故彼女なのかと。自分が出会った彼女でなければまだよかったのに、と。
 しかし、彼女は紛れもなく”あの日”アーチャーがエミヤシロウとして出会った頃の彼女のままだ。まさか異世界に召喚されても尚、出会う事になるとは思わなかった。だからだろうか、無意識に呟いた。

「なんでさ……」

 それをライダーは確かに聞いた。だからその言葉を聞いて、ライダーは動きを止めた。その口癖を持つ相手を彼女は知っていたから。そして、その言い方や雰囲気までもがあまりにその相手と似ていたから。
 だから彼女も呟いたのだ。そこにある種の懐かしさと淡い想いを込めて。

「士郎……なのですか……?」

「っ!? ……何を言っているのだ、ライダー。私は「そうですか……そうだったのですね。だから貴方をセイバーは……」

 ライダーの声に我に返ったアーチャーだったが、その反応にライダーは確信を得た。セイバーがアーチャーの料理を食べる時にふと見せる思慕の顔。その理由と原因を理解したから。何故士郎の腕にアーチャーの腕があんなにも見事に移植出来たのか。その全てが彼女の中で繋がったのだ。

「待てライダー。私は……」

「分かっています。でもアーチャー、一言だけ士郎として聞いてください。サクラもリンも貴方の幸せを望んでいました。
 だからこそ……今度は自分の幸せのために生きてください」

「……ライダー」

「私も同じです。例え、貴方が私の知る士郎でなかったとしても……」

 それだけです。そう言ってライダーは後片付けを始める。それをアーチャーは見つめ、内心で言い様のない気持ちを抱いていた。先程のライダーの目。それに込められた想い。それを感じ取っていたからだ。故に告げる。自分に対して本音を言ってくれたライダーへ。自分もまた本音を返そうと。

「ライダー、”俺”からも一言だけ。お前も幸せにな」

「……分かっていますよ、シロウ」

「?」

「いえ、何でもありません」

 その答えを聞いて、アーチャーは不思議そうな顔をするが、離れた場所からノエル達の声がした。買い物から帰ったのだろうと思い、アーチャーはそのまま厨房を後にした。二人にこの想いを告げるべく、そして彼女への想いを残し、先へ進むために。
 その遠ざかる足音を聞きながら、ライダーは思った。やはり、アーチャーは自分の知る衛宮士郎ではないと。その理由は、先程の反応にある。

(シロウ、と呼ぶ事を士郎は嫌がりましたからね……)

 故に違うと。だからこそ、これで踏ん切りもついた。アーチャーはアーチャーだと。決して”士郎”ではないのだ。そう自分の中で理解する事が出来た。だが、それでも……

「まったく……揃いも揃って本質は同じですね」

 先程の言葉。それを聞いた時、ライダーには確かに”士郎”が言ってくれた気がしていた。そんな事を感じ、ライダーは微笑みを浮かべる。そして、心の中で告げるのだ。幸せになってみせると。
 いつか再会出来た時のために、多くの幸せを得てみせると。そう想い、ライダーは笑う。本当に世界は捨てたものではないと、強く感じながら……



「暇だな~」

「だから暇潰しにシグナムを迎えに行くのか」

「だってよ、大乱闘も一人じゃつまんね~んだよ。シグナムの奴が帰ってくるかと思ったのに、全然帰ってこねえし」

「すまんな。俺が相手をしてやれればいいんだが」

 照り付ける日差しに暑いと表情で示すヴィータ。その隣を歩くザフィーラもやや暑そうな顔をしている。ちなみに、ヴィータははやてと同じく麦わら帽子を買ってもらい、ここ最近の外出時は欠かさず身につけている。どこからどう見ても夏休みの子供にしか見えないのは、言わない約束である。

「お前、本気でゲーム下手だよな。シャマルやはやては強いんだけど、あたしはまだまだだし……シグナムがちょうどいいんだよ」

 八神家の家族団欒の定番。それはゲーム。ボードゲームやカードゲーム、それにTVゲームだ。中でも、TVゲームは対戦系や協力系など色々あって、中々に人気が高い。
 はやてがなのはと知り合い、余計にゲームをするようになったため、一気に家族が増えた事も手伝い、今や八神家はハードが三台になっていた。

 その後もゲームの話をするヴィータ。それに相槌を打ちながら歩くザフィーラ。そして、話がやや白熱したものになろうとしたところで、二人は高町家に到着した。
 その足を迷う事無く道場へ向ける。そこから聞こえてくる音に二人はため息を吐いた。どう聞いても木刀の打ち合う音だったからだ。まだ誰かが試合をしている。そして、それならばシグナムがいない訳がない。
 何故なら、彼女は誰かの試合さえ見ていたがる性格なのだ。それに、普段ならこの時間まで道場を使う者はいない。

(ったく、これだからバトルジャンキーは……)

(やれやれ、些か注意せねばならんか。俺よりもアーチャーか主に頼むとしよう)

 二人はそんな事を思いながら、道場の扉を開けて―――驚いた。

「中々やるな! スクライア!」

「だから! ユーノって呼んでくださいよっ!」

 シグナムの一撃を魔法で防いでいる少年の姿を見たからだ。その片手で持った木刀でシグナムの木刀を弾こうとする。だが、純粋に力負けしたからだろうか、それは叶わず、ユーノの木刀が逆に弾かれた。それを好機と見たシグナムがシールドから木刀を離し、再びユーノへ襲い掛かる。
 狙いは、ユーノの持ち手。それをユーノは気付いているのだろうが、弾かれた反動で体勢が崩れたままだ。しまったという表情のユーノ。それとは逆に勝ったという顔をするシグナムだったが―――

「っ?!」

 その攻撃を切り上げ、距離を取った。それに疑問符を浮かべるのは美由希だけ。しかし、それも周囲の雰囲気から察したのだろう。何かに納得し、呟いた。

「バインド、だっけ」

「……先程の攻撃は、敢えて隙を演出した誘いだったのか」

 美由希の呟きに答えるようにシグナムがそう言った。その証拠に先程シグナムが打ち込もうとした位置には、チェーンバインドが設置してあった。そして、その問いかけにユーノが頷くと感心したように告げた。途中まで本当に気付かなかったと。

「僕が勝つには、これぐらいしないと。でも、気付かれたら意味がないんです。まさか僕は、気付かれるとは思いませんでした」

 さすがはベルカの騎士ですね。それを聞いていたセイバー達はどこか思い出し笑いをし、ヴィータ達は苦笑。
 そう、それはシグナム達と初手合わせをした際のアーチャーの言葉に似ていたのだ。内容こそ違え、自身が意図した事を見抜かれ、それを誉める流れまでが。

 思い思いに笑みを浮かべるセイバー達。一方、それを知らないユーノと美由希だけが、その場で不思議そうに首を傾げていた。



 日も暮れ、やや空が薄暗くなった頃、ユーノは八神家のアーチャーの部屋を訪れていた。理由は一つ。闇の書に関しての報告だった。ユーノの口から語られる内容に、アーチャーは何も言わず、ただ黙って聞き入った。そして、ユーノが全てを話し終えたのを理解すると、静かに息を吐いた。

「……それは間違いないか」

「はい。少なくとも虚偽の類ではないです」

「そうか……良く調べてくれた。礼を言う」

「いいんですよ。僕、嬉しかったんです。アーチャーさんに頼りにされるなんて……思ってもみなかったから」

 ユーノのその一言にアーチャーはやや面食らったようだったが、気を取り直し軽く笑みを浮かべて言った。そんな大層な人間ではないと。それをユーノは聞いて、内心否定したが、それを口に出す事はなかった。言えば、堂々巡りになると予想したからだ。
 その後は、なのは達にも告げたリンディ達の話をし、アーチャーにも言った。下手に悩むより、正直に話す方がリンディ達には好印象だと。それを聞き、アーチャーはやや迷いを見せるものの、ユーノがクロノに闇の書の事を尋ねた際の反応からも、その可能性は高いと判断し、ユーノの提案通り、海鳴へやって来た際にはやてと共に事情を話す事に決めた。

 そして、話が終わるとユーノは高町家へ帰って行った。それを見送り、アーチャーは思う。闇の書は本来『夜天の魔導書』という。それが闇の書と呼ばれるようになったのは、何代目かの主による改竄が原因。ならば、どうして誰もそのバグを修正しようとしなかったのだろうと。
 そして、それを考えた時、アーチャーが思い出したのはあの幻の四日間で知った聖杯の真実。

(アレと同じか。誰もそれが狂ったと気付かなかった。そして、闇の書もそうだとすれば……シグナム達の事も納得がゆく)

 そう結論付け、最後に思うのはこれからの事。蒐集も管制人格起動まで残りは少しとなり、終わりも見えた。そうなれば、より正確で確かな情報が手に入ると。だが、とアーチャーは呟く。もしかすると、それは余計事態を混乱させるかもしれないと。
 そこまで考え、アーチャーは笑った。悪い事ばかりを考えても仕方ないと。今は、考えうるだけの事を考え、不測の事態に備えようと。そう改めて思い、アーチャーは家の中へと戻る。

はやての望み通り、旅行までに起動が間に合えばいいが……と考えながら。

後に彼は知る。その管制人格の起動こそが、この事件の始まりだったと。




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ユーノ帰還編、終了。この後、幕間に入ります。勿論、描くはあの人達です。

事態は進展したものの、これがどうなるか。まだ誰にも分からない……俺にも同様に……

現在、マテリアルズをどうするかを悩んでます。まぁ、はやてっ子は可能なんですが、他の二人が……ねぇ。



[21555] 1-EX 幕間7
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/11/16 06:48
 次元航行艦アースラ。今、アースラは任務を終え、帰還の時を迎えていた。次元航行艦は、その任務の性質上、長期になる事が多い。そのため、一度任務を終えればそれに見合っただけの休暇が与えられる。
 その休暇を利用し、家族サービスをしたり、自己鍛錬に励んだり、ノンビリと過ごすなり、様々な形でクルー達はその時間を過ごすのだ。そして、その中の一人。エイミィ・リミエッタも他のクルー同様に浮かれていた。今度の長期休暇の内、前半はもう過ごし方が決まっていた。

「みんなで温泉。みんなで温泉」

 妙な節を付け、鼻歌混じりに歩くエイミィ。そう、プレシアが定期連絡に来た際、日取りと行き先を伝えたのだ。海鳴温泉への二泊三日の旅。
 どうもアリシアが行きたいと言い出したようで、それをなのは達も了承し、本決まりとなった。それをプレシアがリンディ達も是非にと言って、二つ返事でリンディがそれに応じた。
 欲を言えば、エイミィとしてはもっと共に過ごしたいのだが、渡航許可が短期間しか取れないのだから仕方ないと諦めていた。

(でも残念だなぁ~。混浴ってのがあれば、クロノ君の動揺する姿が見れたのに)

 そんな事を考えながら、エイミィは一つのドアの前で止まる。そこは艦長室。リンディとクロノがそこでは待っているのだ。

「失礼します」

 入室はあくまで真面目にしっかり。そして、中へ足を踏み入れ、ドアが閉まった途端。

「エイミィ・リミエッタ、ただいま参上しました」

「エイミィ、少しはちゃんとだな……」

「いいじゃないの。丁度、プレシアさんから連絡があったわ。宿の手配も道中の足も、全て向こうで手配してくれるそうよ」

 その軽い雰囲気にクロノが苦い顔。だが、リンディはそれを気にせず、むしろ笑ってエイミィを招き寄せる。そして、さり気無くクロノの隣に座るエイミィ。それに小さく笑みを浮かべるリンディだったが、すぐに本題へ入る。旅行中の日程や費用などだ。それを聞いて、エイミィはリンディとあれやこれやと話しては盛り上がる。
 それを聞きながら、クロノは思う。これは自分だけじゃなく、アーチャーも大変だろうと……



動き出す者、動かぬ者



 うきうきとした心情を隠すつもりのないエイミィ。その横を歩きながら、クロノはやや疲れた表情をしている。かれこれ訓練校からの付き合いで、二人の関係は上司と部下というよりは、男女の親しい友人といえる。まぁ、普通ならばどちらかが恋愛感情なり何なりを抱くのだろうが、生憎この二人は、それを中々出せないもので……

「楽しみだね、クロノ君」

「僕はむしろ疲れる気がしてきた」

「きっと賑やかだろうし」

「それは否定しない」

「思い出、一杯作ろうね」

「何か誤解を招くような言い方だな」

 クロノの方を向いて、少し照れるようにエイミィは言った。それを聞き、普段なら慌てるなり動揺するであろうクロノだったが、本当に疲れているのか反応は薄かった。だがそれでも、やや周囲を気にするぐらいには動揺していたりする。
 それをエイミィも分かったためか、嬉しそうに笑みを見せると頷いてこう言った。

「話変わるけどさ……ホントに変だよね」

「……何がだ?」

「いや、ここ最近起きてる謎の連続殺人事件。しかも、全部質量兵器禁止論者のさ」

「……強烈な支持者達ばかりだったな。しかし、一体何が目的なんだ……」

 クロノ達が話しているのは、ここ二ヶ月前から散発的に発生している殺人事件。被害者は皆、質量兵器禁止論者で、しかも管理局に影響力のある者達ばかりなのだ。実は、今回のアースラの任務もその事件の関係だった。
 現場には証拠の類が一切なく、凶器も不明。共通点は、被害者の主義主張とその死因が心臓破裂である事や、目撃者は無く、しかも、心臓が破壊されているのに、体に傷が付けられた痕跡もない事。そのため、捜査は難航し、進展の予兆さえ見せていない。
 そんな中、アースラがこの任務で訪れた世界は一つではない。その事件のあった世界全てであった。そこへ、事件の被害者の遺族を送り届けるというものだった。しかも、その後の迎えまでこなして。

 その話を聞いた時、リンディ達も流石に文句を言いたかった。だが、彼らは皆、管理局のスポンサー的立場にいる者達。故に何かあったではいけないという事で、次元航行艦を使っての送迎となったのだ。
 その意見に、確かに遺族も狙われる可能性はあると思い、リンディも渋々引き受けた。幸か不幸か遺族達に死者は出なかったが、それだけに謎が残る事件として、未だに捜査は各世界の局員達が続けている。

「何か、気味悪いよね」

「……魔法じゃないのかもしれないな」

「それってまさか……」

「いや、魔術も魔力反応は残る。だが、僕らには理解出来ないような話も、彼らなら理解出来るかもしれない」

 クロノはそう言って視線をエイミィから正面に戻した。それに合わせてエイミィも視線を戻す。二人の考えは同じ。セイバー達なら何か分かるかもしれないと。
 それを旅行の際に聞いてみようとクロノは思い、その表情を凛々しくする。エイミィはそんなクロノを横目で見て、微かに微笑みを浮かべる。

(今はまだいい。だが、こんな事件が続けば、いずれ表立って質量兵器禁止を訴える者はいなくなる。そうなったら旧暦の再来だ)

 実際、この事件が大きく取り上げられるようになってからというもの、管理局の部分的質量兵器容認派は勢いを増し、局に変化を起こし出していた。その筆頭として名高いのは、地上本部で台頭しつつあるレジアス・ゲイズである。
 彼は地上の治安維持のため、魔力を持たぬ者達に質量兵器の使用を認め、それで人手不足を解消しようと声高に訴えていた。

 その主張は過激だが、現状を知る陸士達の一部には熱烈な支持をする者が少なくない。そして、それを声高に非難する者達こそ、この事件で死んだ者達が多いのだ。
 そのため、彼は現在最重要参考人とも呼べる存在なのだが、証拠がない。何せ、彼は魔力を持たない人間。しかも、事件が起きた時、彼はいつも衆人観衆の中にいるのだ。動機は十分。しかし、物的証拠どころか状況証拠さえないのだ。

(……この事件、絶対何かある。だが、僕らにはそれを知る手立てがない……何か彼らから得られればいいんだが……)

 そう思い、クロノは息を吐く。胸に抱くは一つの言葉。

―――いつも世界は、こんなはずじゃなかった事ばかりだ。



 ミッドチルダ西部 エルセア。そこに建つ一軒家に、今日も楽しそうな声がする。庭を走り回るショートカットの少女と、それを追い駆けるように走るロングヘアーの少女。そして、その様子を眺め、退屈そうにしている金髪の男性。
 やがて、走り回るのにも飽きたのか、二人は退屈そうにしている男性へと近付いてくる。

「ね~、ギルお兄ちゃんも遊んでよ~」

「そうよ。ギルお兄さんも遊んで」

「ふん! 我と遊ぶだと? ならば、こんなチンケな庭では足りぬわ。もっと大きグッ!」

 スバルとギンガへ自慢げに語ろうとしたギルガメッシュだったが、その途中で頭へ何者かが拳骨を落としてそれを遮る。だが、ギルガメッシュにそんな事をする相手は一人しかいなかった。
 その証拠にその人物はギルガメッシュに対してこう言い放った。

「チンケで悪かったわね!」

「クイント! 我に拳を振るうとはいい度胸だな!」

「何よ! なら今日のご飯はギルが作る?」

 クイントの反論にギルガメッシュが言葉に詰まる。これを「そんな事せずとも、我の財力なら簡単に食事出来るわ!」と言えないのだ。そう、今の彼には自由に使える資金がない。決して彼が一文無しな訳ではない。何故ならギルガメッシュは、初日にスバル達の面倒を見るための代金として、僅かに渡された資金を使って株に手を出し、既に恐ろしい程の金額を手にしていた。
 クイントとゲンヤがそれを知り、即座に株を売却。得た資金を全て貯金に回し、ギルガメッシュに「二度とこういうものに手を出さないように」と言いつけた程だ。何せ、ギルガメッシュからすれば、金は簡単に手に入るものであり、汗水垂らして働くのは庶民のする事と思っていたからだ。

 このままでは、スバル達の教育上よろしくない。そう判断したクイントは、ギルガメッシュの価値観を変えるのではなく、その行動を自粛させる方法を選んだ。そして、クイントの懇願とスバル達のお願いを受け、ギルガメッシュは、資金を得る事をしない事と、クイントやゲンヤがいない時は子供の姿になる事になったのだ。
 ちなみに、それを初めて見た時、クイントが何か目の色を変えていたが、少年ギルガメッシュから「子供になるのであって、年齢を調節出来る訳ではない」と言われると、どこか気落ちしたような雰囲気を漂わせた。

「……ちっ」

「分かれば宜しい」

「ね~、お母さんからも言ってよ。ギルお兄ちゃんが遊んでくれないの」

 スバルが拗ねたように口を尖らせそう言うと、クイントは笑みを見せてスバルを抱き寄せる。そして、その体を抱え上げ、優しく告げた。

「大丈夫よ。ギルは優しいから公園でなら遊んでくれるわ」

「おい、クイント」

「ホント~?」

「ええ、本当よ。ね、ギル」

「本当?」

 クイントの声に合わせ、スバルだけでなくギンガまでがギルガメッシュを見つめる。その視線にギルガメッシュは不機嫌そうな表情にはなるものの、何か諦めたのか背中を向けて歩き出す。それを悲しそうに見つめるスバルとギンガ。だが、その顔が次のギルガメッシュの一言で変わる。

「出かけるぞ、ギンガ、スバル。疾く用意せよ」

「「……うん!」」

 満面の笑みで頷き、家の中へ入っていくギンガ。スバルも急いでクイントに下ろしてもらい、家の中へ。それを見つめ、微笑むクイント。そして、視線をギルガメッシュへ向けて笑う。

「ごめんなさいね」

「……我の気が向いただけだ。礼を言われる事ではない」

「そう……今日の夕飯は何がいいかしら?」

「……二人が好きなものにでもしろ。我は知らん」

 そう言ってギルガメッシュは玄関へと歩いていく。その離れていく後姿を見つめ、クイントは思う。きっとギルガメッシュは対等な立場で接してくる人がいなかったのだろうと。もしくは、その立場に立てる者がいなかったのではないかと。
 だからギルガメッシュに対し、特別扱いをしない子供には彼も優しいのではないか。逆に、彼に恐れや嫉妬を抱く者を雑種と呼んでいるのは、そういう心の在り方が下種だと感じるからではないかと。

(私の事もクイントって呼ぶようになったのは、ギルを怖がらなくなってからだったものね)

 そんな事を思い出し、クイントは笑う。スバルとギンガの体について、ギルガメッシュは実にあっさり言ったのだ。機械と人の相の子が何だと。自分は神と人の血を引くのだと。
 それをクイントとゲンヤは信じた。色々信じられない事ばかりを見せられた事もある。だが、それ以上に……

(ギル……だものね)

 未だに分からない事ばかりの存在だけれど、ゲンヤもクイントもギルガメッシュが悪人ではないと知っている。だからこそ、信じるのだ。今もこうして二人の少女を相手し、この家の五人目の家族として欠かせない存在となっている彼を。

「ええい、あまりじゃれつくなスバル。ギンガ、お前はさり気無く我の服を掴むな」

 傍目から見れば、何の変哲もない微笑ましい光景。だが、クイントにとっては、それがどれ程尊い光景だろう。あのままでは、失われていたであろう二つの命。それを助けた異世界の金色の英雄王。そんなおとぎ話のような真実を知る者は少ない。

「お母さん、いってきま~す」

「いってきま~す!」

 ギンガが手を振り、それに倣えとスバルも手を振る。その後ろのギルガメッシュは、そんな二人をやや呆れ顔で見ている。そんな対比を見て、それに心から笑顔を浮かべ、クイントも手を振り返す。

「いってらっしゃ~い」

 それに嬉しそうに笑みを見せ、歩き出す二人。その手は、ギルガメッシュの両手と繋がっている。その温もりを感じ、ギルガメッシュは楽しそうに呟く。

―――たまには、こういうのも一興か……と。




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幕間。ミッド側の動きがある者達と動きがない者達。

どこか妙な事件が起きているものの、それがなのは達に関係するのは、もっと後になります。

一方、ナカジマ家はノンビリです。黄金律が炸裂するも、それを利用しないゲンヤとクイントに敬意を表します。



[21555] 1-15 交流編その4 前編
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/11/17 07:36
 海鳴海浜公園。そこでプレシアがリニスと二人で立っていた。だが、周囲には人影どころか気配さえない。周囲の色は抜け落ちたようになっていて、結界を展開しているのが分かる。
 そう、今日は待ちに待った旅行当日。そのため、プレシアは結界魔法を展開し、待っていたのだ。最後の参加者達を。そして、その者達が来た。転送魔法の魔法陣が現れ、そこから三人の人物が出現した。

「お待ちしてましたリンディさん」

「こんにちは。短い期間ですが、お世話になります」

 共に笑みを浮かべて挨拶する二人。その横ではリニスがエイミィとクロノを見て微笑んでいた。

「クロノさんの服はエイミィさんの見立てですか?」

「そうなんですよ。クロノ君ったら服には頓着しないから」

「……別に変じゃなければいいじゃないか」

 お姉さんの雰囲気で話す二人。それにクロノは居心地が悪そうで、周囲へ視線を向ける。結界は三人が現れたのを確認して解除したようで、相変わらずのどかな雰囲気が漂っていた。
 その空気を感じ取り、クロノは内心息を吐いていた。最近の上層部が、管理外にやたらと過剰に反応しているのは、何か管理外に起きているからではないかと思っていたからだ。

(ま、そんなはずはないとも思っていたが、その通りだったか……)

 そんな内心を顔には出さず、クロノは未だに会話している四人へやや呆れながら告げた。そろそろ動こうと。なのは達が待ってるのではないか、と。それを聞いて、プレシア達も少し慌てたように頷いて動き出した。そんな四人を見つめ、クロノは呟く。
 今からこれでは、先が思いやられる……と。



出会う縁と過去への決別



「……そう」

 場所は集合地点だった月村家。その門の前に止まる四台の車。その傍で、まるで搾り出すようにリンディは声を出した。その視線の先にいるのは、はやてとアーチャー、そして―――。

「私達で出来る事なら幾らでも償おう。だが、主達に罪はない」

「あたしらがしてきた事については、何も言い訳しない。確かに罪は罪だから」

「でも、それとはやてちゃん達は無関係なんです」

「だから頼む。どうか主達には」

 悲痛な表情で頭を下げる守護騎士達の姿があった。それを見て、リンディもクロノも言葉を失っていた。彼らの知る限り、守護騎士が誰かに謝罪する事などないはずだったからだ。
 闇の書の主を守るだけの存在。それが、主のためとはいえ、罪を認め更に謝罪までし、主であるはやてのみならず、その周囲の者達まで考えての言動に、流石の二人も何も言えなかった。

 そして、その重たい空気を破ったのはあろう事かクロノだった。

「もういい。僕らは確かに局員だ。でも、その前に一人の人間なんだ。だから……」

「だから?」

 クロノの言葉にどこか緊張した声ではやてが尋ねる。それにクロノは真面目な顔で言い切った。

「僕は許す。過去に縛られて生きたくないからだ。君らのした事は確かに重い。でも、それを悔やみ、償おうとするのなら、それを見守る。
 それが執務官であり、僕、クロノ・ハラオウンの生き方だ。闇の書に関しては追々話し合おう。今はただ……謝ってくれただけで十分だ」

「クロノ……」

「さ、はやてもアーチャー達も車に乗った方がいい。母さんもエイミィもだ。時間は有限なんだぞ、急げ」

 リンディの呟きを流すようにそう言って、クロノは割り当てられた車へ向かって歩き出す。それを見つめ、リンディ達はやや呆然としていたが、やがてクロノが言った言葉を理解し、反応を示した。
 守護騎士達は黙ってクロノに再び頭を下げ、はやてもアーチャーと共に礼を述べ、エイミィはクロノのそんな行動に笑みを浮かべて後を追い、リンディはシグナム達へ同じような言葉を掛けた。

「私も個人として貴方達を許します。でも、局員として、闇の書を放置する事は出来ません。ですから、そこは追々話しましょう」

「リンディ艦長……」

「あら? アーチャーさん。今の私はただのリンディですよ。さ、はやてさん達も急ぎましょう。せっかくの旅行なんですもの。楽しまなくちゃ」

 そう言ってリンディは笑う。それにはやてが、涙を浮かべながらも嬉しそうに頷いてシグナム達を促した。それに応じ、はやてとシグナム達はリンディにも頭を下げ、車へと向かって動いていく。そして、それを見届けてアーチャーがリンディへ一言礼を述べた。
 英断と理解に感謝すると。それにリンディは小さく首を振り、それはクロノの方だと返した。自分は正直迷っていた。守護騎士達が自分の夫を奪った訳ではない。そう理解していても、どこかまだ割り切れない部分があった。それをクロノの言葉が断ち切ってくれたのだと。

 過去に縛られて生きて欲しくない。そう亡き夫に言われた気がしたと。それを聞いて、アーチャーは微笑んで告げた。それなら礼を言うのは、やはり貴方の方だと。それに何故という表情を見せるリンディ。その彼女にアーチャーはこう言った。

「クロノがそう考えるようになったのは、今日まで私情と使命を分けて判断を下してきた貴方の存在があればこそだ。
 そんな貴方がいなければ、クロノはそう思えなかっただろう。故に貴方に礼を言う事は間違いではない」

「アーチャーさん……」

「立派な息子を持ったな。きっと貴方の夫も喜んでいるだろう」

 そう笑みと共に言って、アーチャーも割り当てられた車へ歩き出す。その背中を見つめ、リンディは思う。そんな風に言われたのは何年振りだろうと。局員としてのクロノではなく、個人としてのクロノを誉められた事は、クロノの訓練校時代以前までだったからだ。
 局員としての働き無しでのクロノの話などは、ここしばらく聞いてなかった。そして、それを含めての自分の話も。今のアーチャーの言葉は、母としても、そして個人としても嬉しかった。それは……

(初めて笑ってくれたわ)

 彼女に対し、アーチャーは笑顔を見せた事がなかったのだ。どこか陰があるような笑み。そればかりだったのだ。しかし、最後の笑みは間違いなく心からの笑み。それを見れた事が嬉しかったのだ。自分にも心を開いてくれたのだと。そう思う事が出来たから。
 初対面は敵にも近い扱い。次の出会いもまた同じ。三回目はただの交渉相手で、四回目でやっと少し打ち解けたような対応だったのだ。五回目の今日、まさか因縁のロストロギアとの出会いになるとは思っていなかったが。

 そんな事を考えながら、リンディも割り当てられた車へ乗り込んだ。
 割り当ては、一号車にドライバーとしてライダー、助手席にセイバーで後部座席になのは達子供達。二号車にドライバーとして士郎、助手席に桃子で後部座席にプレシア達テスタロッサ家とリンディ。三号車にドライバーとしてノエル、助手席にシグナムで後部座席にアーチャーと残りの守護騎士達とファリン。四号車にドライバーとして恭也、助手席に忍で後部座席に美由希と小次郎、そしてクロノとエイミィである。

 実は、アリシアがクロノと一緒がいいと言ったのだが、エイミィの事を考えたフェイトがそれを考え直させたのだ。クロノ達は来たばかりだから、宿に着くまでは休ませてあげようと。それにアリシアも納得し、エイミィとの二人の時間を邪魔する事無く、車は動き出すのだった……



「何か思い出しませんか」

「そうですね。あの時も似た雰囲気でした」

 視線を前に向けながら、ライダーが言った言葉にセイバーも頷いて返した。後ろでは、なのは達七人が楽しそうに話している。シートを完全に倒し、円を作るようにして笑い合っている。今は、ユーノが本局内の食堂での出来事を話しているようで、アリサやはやては感心し、なのはやすずかは笑い、フェイトとアリシアは驚いていた。

「は~、ユーノ君はそんな大人達に頼りにされとったんか」

「まあね」

「あんたが急に大人っぽくなったのは、そんな裏があったのね」

「裏って……アリサちゃん、それは何か違うよ」

 うんうんと頷くアリサに、すずかはそう苦笑して言った。だが、それをなのはは柔らかく否定した。

「でも、あながち間違ってないと思うよ? みんなが頼りにするから、ユーノ君も応えたんだよね?」

 それは、かつての自分を思い出しての発言。それにユーノは苦笑して首を横に振る。それに全員が不思議そうにすると、ユーノは穏やかな声で言った。そうじゃない、と。頼りにされるとかは関係ないんだと。自分は、自分の出来る事をしただけだから。そう言ってユーノは笑った。

「ま、それが結果として周囲から頼りにされた訳で……ね」

「ふ~ん……ユーノって凄いんだね。わたしだったら自慢しちゃうよ。凄いでしょ~って」

「あ、アリシア……」

 姉の答えにフェイトはやや脱力。でも、確かにアリシアならそうだろうと思うので、否定も肯定もしない。それはなのは達も同じだからだろうか。皆、苦笑いを浮かべながらアリシアを見ていた。

「う~ん……確かに凄いのかもね。でも、僕はこう思うんだよ。本当に凄い人っていうのは、誰にも知られずに凄い事を成し遂げる人だって」

 そう告げ、ユーノはやや憧れるような眼差しでこう言い切った。

―――いつか、そんな人に僕もなりたい。

 そのユーノの表情になのは達全員が言葉を失う。それは、男の子ではなく、紛れもない漢の顔。まだその在り様こそ、漢には届かないが、それだからこその顔だった。ユーノに想いを寄せる者は、一様に頬を染め、またアリシアのように想いを寄せぬ者でさえ、それに見入っていた。

(ユーノ君、何かあの時みたいに……ううん。あの時以上にカッコイイ……)

 なのはがあの夕日の思い出と比べ、そう想っていれば……

(ユーノ、あれからまた大人になったんだ。あう、ま、また顔が熱いかも……)

(ユーノ君、頼もしくなっただけじゃなくて、少し大人にもなったんだね……)

 フェイトとすずかはそれぞれ頬を押さえ、想いを抱き……

(いや、ユーノ君が成長したってアーチャーから聞いとったけど……ほんまやな。中々凛々しいわ……)

(な、何よ……この空気は。ま、まぁユーノも男として成長したのね。仕事を持つと男は変わるんだ……)

 はやてとアリサは異性の成長を感じ、微かな変化を見せ……

(ユーノもクロノもお仕事してるんだ。わたしも何かお仕事出来るようにならなきゃ……)

 ユーノの表情を見つめ、アリシアは自身の今後を考え出した。

 そんな後ろには気付かず、セイバーとライダーはこれからの事を話し合っていた……



「それにしても、こんなに早く会えるとは思いませんでしたよ」

「本当に。リンディさん達は忙しいってプレシアさんから聞いていたので」

 士郎と桃子がそう言うとリンディもそれに頷いて、偶々仕事の終わりとこの旅行が近く、休暇を利用して来ようとは思っていたから好都合だったと告げた。それを聞き、納得する二人。リンディはそんな二人へフェイト達の事を尋ねていく。それに笑顔で答えていく士郎と桃子。そんな三人とは対照的に、ランサーはあまり嬉しくない状況にあった。

 いつもの如く両側にはアルフとリニス。だが、今回は更に正面を陣取り、ランサーへ笑みを浮かべて話しかける存在がいた。

「それで、今度は別のルーンを……」

「お、おう。あ、アル「あ~、そうそう。この前だけれど、ちょっと困った事があって」

 アルフへ話を振ろうとしたランサーを遮って、プレシアは笑顔のまま話しかける。そう、彼女がついにランサーへ好意をあからさまにしたのだ。原因は、例の遊園地へ行った日の夜。
 アルフとリニスが嬉しそうにピンバッチの事をフェイト達に話すのを聞いて、プレシアはランサーへ優しく尋ねたのだ。自分にはないのかと。それに何故かランサーは慌てて自分がつけていたものを手渡した。そして、こう言った。プレシアには別の物を買ってあったが、それも良ければ貰ってくれと。

 ちなみに、ランサーが焦ったのは女を怒らせると碌な事にならないと思ったからだ。決して、プレシアがとても良い笑顔で尋ねたからではない。そう、決して。

 そして、その次の日からプレシアは変わった。言うならば、アリシアのような素直さを全開にした態度に。ランサーがリニスやアルフと仲良くすると微かに拗ね、顔を背けるし、ランサーがプレシアを少しでも頼ろうものなら、それは嬉しそうな表情を浮かべる。
 そんなプレシアを見て、リニスとアルフは確信した。アリシアとフェイトは、間違いなくプレシアの子だ、と。

 そんな訳で、現在ランサーはプレシアに絶賛迫られ中。勿論、アルフやリニスは何も言わない。それは、その次の日の深夜取り決められた協定によるもの。
 その名も『ランサー・テスタロッサ協定』である。つまり、ランサーをプレシアの夫にし、リニスとアルフのもう一人の主人にするというもの。元々動物である二人は、あまり人の倫理観にこだわらず、そのためにこの考えにも賛同出来た。一方のプレシアも、研究者としてあまりランサーの世話を出来ないと予想しているため、リニス達の協力は正直有難い。こうして、三人の想いは一つとなり、ランサーは完全に包囲されたのだ。

「楽しみですね、ランサー」

「今度はきっと前よりも楽しいよ」

「色々と楽しみましょうね、ランサー」

 それぞれが告げる言葉に、ランサーはどこか嫌な予感を感じるが、それでもある事を思い出して笑った。

「ああ、いいぜ。思いっきり楽しむとすっか」

(考えてみりゃ、こんな良い女達と過ごせんだ。楽しまねえと損だな、こいつは!)



 先を行く二台を見つめ、シグナムは思う。はやてとアーチャーの言った通りになったなと。管理局員が来ると聞いた時、シグナム達は揃って不安になったのだ。だが、はやてはそれにこう言った。正直に全部話して謝れば分かってもらえると。そして、自分も一緒に謝るからとさえ言ったのだ。家族のした事だから自分が謝るのは当然だと。
 だが、それはアーチャーも含めた全員が止めた。はやての気持ちは嬉しいが、あくまでもシグナム達の罪は過去の主とそれに従事したシグナム達の罪だからと。
 そして、はやてはそんなアーチャーとシグナム達の言葉に渋々だが納得し、四人に任せると言った。そして、出会って驚くリンディ達に、四人は謝罪と償いの想いを込めて話したのだった。

(しかし、これからどうするかだな。管制人格の起動は間に合わなかったが、あの様子ならそこまでは蒐集させてもらえるやもしれん)

 リンディ達も闇の書をこのまま放置はしないだろう。故に、その全てを知る管制人格の力は必要としてくれるはず。そう考え、シグナムは視線を後ろへ向けた。
 そこには、ファリンに絡まれ苦笑するアーチャーの姿がある。シャマルは、アーチャーを助けようとしているのか、ファリンを嗜めているが、返って逆効果になっている。ヴィータとザフィーラはそんな三人を見て、笑みを浮かべていた。

「ね、ね、アーチャーさん。今回は私と卓球やりましょう」

「それはいいが……ファリン、少し離れてくれないか? その、言いにくいのだが……」

「ファリンちゃん、胸が当たってる」

「……そういう事だ」

 あの日、アーチャーはファリンとノエルに告げた。自分には忘れられない女性がいる。その相手への想いを無くす事は出来ない。そんな自分では、君達の想いを受ける資格がないと。それに二人は言葉を失ったが、ファリンはそこから立ち直り、はっきりと言った。

―――それでも……それでも私は、アーチャーさんが好きなんです!

 それにアーチャーは驚き、そしてとても嬉しそうに「ありがとう、ファリン」と言って微笑んだ。そして、ノエルもそれに同じように答えた。

―――私もアーチャー様をお慕いしています。この気持ちを無くす事は、出来ません。

 それが自分の言葉を意識したものと理解し、アーチャーは苦笑してから、同じように「そうだな。ありがとうノエル」と嬉しそうに微笑んだ。そして、アーチャーは最後にこう言い切った。二人の想いは分かった。自分は受け止める資格はないと思ったが、それでも想ってくれるのなら喜んで受けると。
 そう言ってアーチャーは去って行った。その言葉の意味を二人が理解し振り向いた時には、もうアーチャーはいなかった。

 だからだろう。アーチャーの態度が煮え切らないのは。それにシャマルがその表情をどこか拗ねたものにしている。そして、そんなアーチャーの態度に、ファリンは悪びれるどころかむしろ悪戯っぽい笑みを浮かべ、更にアーチャーへ体を押し付けた。

「あ~~~っ!」

 それにシャマルが大声を出し、ヴィータとザフィーラが驚きの声を漏らし、アーチャーは完全沈黙。そして、それをバックミラーで見ていたであろうノエルが急ハンドルを切る。シグナムもそのファリンの光景に唖然としていたが、そのノエルの行動に余計事態が悪化したのを見た。

 シャマルが体勢を崩し、アーチャーがそれを咄嗟に受け止めたのは良かったのだが、どうもシャマルもシャマルで何とか体勢を整えようとしたのか、よりによってその手がシャマルの体の一部を触っていたのだ。女性の象徴を。こう、しっかりと。

「「っ?!」」

 それに動揺し、声も出せないシャマルとアーチャーだったが、即座にシャマルが離れた。そして、それを見てむくれるファリン。ノエルは何やら呟きながらも運転しているが、その視線は心なしか鋭い。ヴィータとザフィーラはそれを見ていなかったようで、何があったのかと不思議そう。

(これは……色々と不味いかもしれんな)

 そう思うシグナムの視線の先には、真っ赤になって俯くシャマルがいた。その視線はチラチラとアーチャーを見ている。ファリンはそんなシャマルに負けまいと、余計にアーチャーへ体を押し付ける。それをアーチャーはどこか諦めたのか離す事もせず、ただ一言「私はもう少しお淑やかな方が好みなのだが……」と呟いた。それにファリンが慌てて離れる。

「……まったく、騒ぎを起こす奴だ」

「まったくです。ファリンは到着したらきつく言って聞かせねば……」

「ノエル、私はファリンではなく「シグナムもそう思いますよね?」……う、うむ。そうだな」

 ノエルのあまりの迫力に、ついシグナムも頷いた。そう、シグナム達の事をノエルは呼び捨てで呼ぶ。最初は様付けで呼ぼうとしたのだが、彼らは長く臣下として生きていたのでそれを嫌がり、呼び捨てを望んだため、そうなったのだ。
 ちなみに、その時アーチャーも同じような事を言ったのだが、そちらは却下された。

(だが、何故だろうな。シャマルの奴、どこか嫌がっていなかったような……?)

 そんな事を思うシグナムだったが、思考を切り替えて前を見る。宿に着くまで、後ろの事には関わらないようにと固く誓って。

 一方、アーチャーはと言えば……

(やれやれ、素直に引いてくれたか。それにしても、先程は驚いたな。
 体を支えようとしたのだが、シャマルが自分でも体勢を整えようとしたためにあんな事になるとは……)

 そう思い返し、ふと手を見つめるアーチャー。

(意外と大きかった……ではない! 忘れろ。先程の事は事故だ!)

 自分の中の邪念と向き合い、一人戦うアーチャー。その彼を見つめ、シャマルも思う。

(どうしよ。さっきから顔が熱いわ。もう、ファリンちゃんがいけないんだから! あんな事したせいで……もうっ!)

 怒りや恥ずかしさが入り混じった感情を抱きながらも、シャマルはアーチャーを見る。その視線は、どこかそれ以外の感情もあるように見えるのだった……



 運転する恭也と楽しげに話す忍。それは完全に恋人のそれ。だからだろうか、そんな二人に話を振る者はいない。故に必然的に……

「へぇ、ミッドもあまり変わらないんだ」

「そうなんだよ。だから大きな違いは魔法関係だけ」

 美由希とエイミィは歳も近いせいか、前回よりも増して仲良く話していた。それを聞く形で小次郎とクロノも会話には参加する。まぁ、主にエイミィや美由希に話を振られて参加するのがほとんどだが。
 今も時折エイミィ達の話に一言や注釈などで口を挟んでいた。小次郎も興味を引く話が出れば、その時はやや積極的に会話に加わるのだ。

「しかし、そちらでも魔法を使えない者がいるのだな」

「はい。でも、別にそれがおかしい訳ではないんです。なのはような高魔力保有者の方が珍しいぐらいなんですから」

「でも、セイバー達も魔力あるのに……念話だっけ? それが使えないのはどうして?」

「あ、そうそう。それなんだけど……ランサーさんを調べた結果、魔術回路だっけな。
 それが生み出す魔力とリンカーコアが生み出す魔力は別物って分かったんだよ」

 エイミィは美由希達に語ったのは以下の内容。リンカーコアが作り出す魔力は電流兼電波で、魔術回路が作り出す魔力は電流のみの性質関係なのだ。故に、リンカーコアを持つ者はその魔力を通じて会話が出来るが、魔術回路は純粋な電流のため、魔力を使って他者と会話する事は出来ないのだろう。
 更に詳しく聞けば、アーチャーが話していたのだが、魔術回路はスイッチを切り替えて使うような感覚がある。しかも、自然と魔力を発生、吸収するリンカーコアと違い、自分でそれを意識的に出来る事からも、その成り立ちは違うと言える。
 そのため、リンカーコアは魔力心臓と呼べるもので、魔術回路はその名の通り、魔力を生むための回路、つまり機械のようなものだろうと結論付けた。

「ちなみに、検査はあたしと艦長が同席して、プレシアさんとリニスさんにやってもらったから安心して」

 エイミィのその言葉に小次郎は頷いた。下手な事をして、サーヴァントの存在を明るみに出す訳にはいかない。そのため、リンディもプレシアも管理局ではなく、時の庭園でそれを行なったのだ。
 結果はある意味で予想通りだった。それは、ランサー達の魔力が自分達と違う事。そう、やはり異世界から、しかもおそらく並行世界からの来訪者であろうと。それは、地球の出身である事と魔力の存在。魔法はないが、魔術はある。そして、地球出身と言う事は、それは根本は同じだった可能性を示していた。

(でも、そんな事どうでもいいけどね。何せ、ランサーさん達はランサーさん達だし)

 エイミィにとって重要なのは、彼らが何者かよりも彼らがどういう人間かにあったからだ。そして、その人間性は既に大よそ理解している。故にエイミィにとって、彼らの正体はそこまで重要ではないのだ。

「にしても夏場に温泉とはな。昔では考えられん話よ」

「そうなんですか?」

「あ、そうだ。温泉で思い出したけどさ。本当に混浴ってないの?」

 エイミィの発言に盛大に驚くクロノ。それとは違い、小次郎はやや驚いたのみだったが、最近の女子は大胆なものよと呟いてはいた。
 美由希はエイミィの発言に苦笑して頷いた。これから行く場所には、残念ながら混浴はないと。そう答える時、一瞬だけ小次郎へ美由希は視線を向けた。それを見逃さず、エイミィはこう言った。

「あ~あ、残念だなぁ~……折角クロノ君と一緒に入れると思ったのに」

―――美由希ちゃんも小次郎さんと入りたかったよね?

 そう言われ、美由希はやや苦笑した後、何を言われたかと理解し硬直。一方、クロノは顔を赤くしつつも、少しは恥じらいを持てと言い放つ。それに「あたし、クロノ君ならいいけどな」と返され、呆気なく撃沈。そして、ちゃっかりそれを聞いていた忍も同じ様な事を恭也に囁いていた。
 そんな賑やかな周囲とは違い、小次郎はただ静かに呟く。

「……時代も変わったものよ」



こうして、一向は無事海鳴温泉へ到着する。そこで、また様々な出来事が起きるとも知らずに……




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交流編です。お待たせの旅行編。残念ながら管制人格は起動出来ず。

恐ろしい程の登場人物数。そして、それぞれにイベントが……でも、その前にはやてが再び……

次回、熱闘! 海鳴温泉! 前編にご期待ください……冗談です(汗



[21555] ?-?(いつか辿り着きたい場所)
Name: MRZ◆a32b15e6 ID:c440fc23
Date: 2010/09/12 14:55
予告と言う名のネタ。いつものように時系列がバラバラです。

あくまで現時点での構想であり、展開や感想によって変わる事もあるのでご注意ください。

後、ネタばれと言う解釈もできますので、撤退するなら今の内です。

 


 




いいですね?責任はとりませんよ?


それではどうぞ!!


 


未来予告









 雪原に佇む巨人と、それを見上げる少女。周囲には争った形跡が残っていたが、一部だけ綺麗な雪が積もっている。
そこは、先程まで少女のいた場所。

「バーサーカーは、強いんだね」

 少女の言葉に、巨人は無言を貫く。だが、その内心は揺れに揺れていた。なぜならその言葉は―――。

(かの少女と同じ言葉を……)

 何から何までが、あの記憶と被る。違いと言えば、理性が僅かにではあるが戻っている事。

「でも、いたずらに命を奪っちゃダメ。狼だって必死に生きてるんだから」

 そして、とても優しい考えの持ち主である事。だが、とバーサーカーは思う。

(イリヤも、環境さえ違えばこう言う娘だった)

 だからこそ、目の前の少女を守ろう。あの時感じた無念を繰り返さぬように。あの刻の想いを少女にさせぬために!
雪が静かに降る中、巨人と少女はただ見つめ合っていた。不思議な絆を感じながら……。



「あの男をあまり信頼してはダメよ」

 そんな女性の言葉に、少女は歩みを止めた。
振り返ったその顔には、どうして?と言う色がありありと浮かんでいる。

「あれは、自分の事しか考えない人間よ。だから、貴方の母親の話も嘘かホントかわからない」

「それでも、ドクターのお手伝いをしなきゃ」

「それはわかるわ。だけど、覚えておいて」

 女性はそう言うと、自分の視線を少女の視線に合わせる。普段は見えない優しい顔立ちが、少女の瞳に映りこむ。

「私は、貴方の事が最優先。貴方だけでなくお母さんも守ってみせる。だから―――」

「わかってる。私の一番の味方は、キャスター達だから」

 そう答える少女に、キャスターは母の如き笑みを返す。無表情に見えるが、今確かに少女は笑ってくれた。それがキャスターにはこの上ない喜び。失ってしまったモノを、忘れてしまったモノを取り戻させてくれる天使の福音なのだから。

 少女の手を取り、キャスターは歩く。母性を仕舞い込み、再び『魔女』の顔に戻す。全てを嘲笑う事が可能な雰囲気が漂うが、握られている手からは、和んでしまう温もりがある。二人は歩く。その姿は、仲の良い母子の様に寄り添っていた……。



「明日からアタシも局員、か」

「今更何言ってんだ?あんだけなりたがってたクセによ」

 空を眺めて呟く少女に、どこからか声がする。その声に、少女はため息混じりに影を踏む。

「うっさい。……色々と思う事があんのよ」

 センチメンタルってか、と馬鹿にするような声を無視し、少女は再び空を見上げる。

 憧れた空。だが、自分には適正がない。それがわかった今、空は憧れであるのと同時に。

「なんで、飛べないのよ……」

 自分の才能の無さを思い知らされる要素となった。相方を務める少女は、飛べないまでも空を駆ける事が出来る。おまけに、大っぴらには出来ないが、秘密の切り札もある。
 だが、自分にはそんなモノはない。レアスキルも、空戦適正も、人に誇れるモノがない。

「それでも、アタシは証明しなきゃいけないんだ……っ!」

「ランスターの銃は、何にも負けないってか?」

「そうよ!」

 悲鳴のような叫び。その声に、ふざけていた声も黙った―――のだが。

「何を考えてるか知らねぇが、それを誰が喜ぶんだ」

 いつになくからかうように、声は続ける。それは少女を馬鹿にしたり、からかったりするモノではあった。しかし、その中には確かに少女を諭す様なモノが見え隠れしていた。
 生憎、それに少女が気付く事はなかったが、普段のやり取りが張り詰めていたモノを静めていく。
口では勝てないと、少女が改めて認識するのと同時に、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。どうやら、相方が心配して捜しているようだ。

「ま、今日はここまでだな」

「そうね。さすがに気付かれるとマズイし」

 声と意見が合うのはこういう時ぐらいだな、と少女は思ってため息一つ。見れば相方の少女が、手を振ってこちらに駆けてくる。
それに応じ、手を振り返す。その時、確かに声が言った。

「才能がない奴なんていねえ。才能に気付かない奴がいるだけさ」

 初めて聞く優しい声に少女は驚くも、既に彼女が近付いてきたので、結局何も言えず終いだった。だが、少女の心にこの時の言葉はいつまでも残り続ける。来るべき結末を、変えるように……。



 その日、珍しく男はご機嫌だった。気難しい事で知られる彼だったが、この日は本当に機嫌が良かった。
…………彼女達と遊んでいた(本人はその自覚なし)までは。

「ギル~、悪いけど買い物頼める?」

「我に行けと?身の程を知れ、クイント」

 裂帛の気迫で答える僕らの英雄王だったが、その背には二人の少女が乗っかっていた。その対比に笑みを浮かべるクイントだが、手にした買い物籠を突きつけると、背に乗る娘達にこう言った。

「二人共、ギルがお菓子買ってくれるわよ」

『ホント~!?』

 瞳を輝かせ、立ち上がる姉妹。背にかかっていた重みが増した事に、微かにうめき声を漏らす英雄王だが、それでも、どけ!と言わない辺り、子供には甘いと言える。

「て訳でよろしく」

「おのれぇ~、覚えていろ」

 ちゃっかり買い物籠を手に持たせ、クイントはキッチンへと戻っていく。その後姿を睨みつける事しか出来ない英雄王。そして、そんな彼を無視して、姉妹はお出かけ準備を始めていた。

 英雄王、ギルガメッシュ。全ての財を手にした英雄は、両の手に幼い少女の手を握り、近くのスーパーへと歩き出す。

「ギルお兄ちゃん。おかしいくつ買っていい?」

「ギルお兄さん。いくらまでなら買ってくれる?」

 嬉しそうに問いかける姉妹に、ギルは視線も合わせず言い切った。

「ふん!ならば店ごと買ってくれるわ。お前達、好きな物を選ぶがよい」

 この発言の通り、彼は店を買い取ってしまい、クイントに大いに怒られる事となる。





―――はずだったのだが。



「ダメだよギルお兄ちゃん」

「うん。皆が迷惑するし、母さんも怒るよ」

 二人の少女によって、それは回避された。ギルガメッシュはなんだかんだでクイントが苦手である。自分を叱りつけてくる存在など、これまでいなかったからだ。母は強しとは誰が言ったか。さしもの英雄王も、母の愛には勝てないようだ。

「それに、おかしはたまに食べるからおいしいんだよ」

「たくさん食べたら虫歯になっちゃう」

 二人の言葉に、ギルガメッシュは不服そうではあるが、渋々買取を諦めた。そんな彼の手を、二人は強く握り直す。
そして、満面の笑顔でこう言った。

『でも、ありがとう!ギルお兄ちゃん(さん)』

 その言葉に、ギルガメッシュは満足そうに頷き笑い出す。その高笑いを聞きながら、二人もまた笑う。


今日もミッドは平和です。





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やってしまった……。その一言に尽きるこの一発ネタ。

つい、キャスター達を動かしてみただけでこの有様です。

本筋が無印にさえ突入してないのに……。

上にも書きましたが、変更(なるべくしないつもりではあります)の可能性もあります。何卒ご理解ご容赦の程を。


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