第一話 大魔導師と嘘吐きデバイス
新歴50年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園
「吾輩はデバイスである。名前はまだな」
「何アホなことを言っているのかしら、この駄デバイスは」
「おーおー、言ってくれますなあ年増、いくら痴呆が始まったとはいえこの大天才たる俺をアホ呼ばわりとは」
「廃棄物処理場は確か第三区画だったわね」
「ちげーよ、第四区画だよ。ったく、時の庭園の維持管理はぜーんぶ俺とリニスに任せっぱなしなんだから似合わねえことすんじゃねえ痴呆老婆」
「フォトンランサー・ジェノサイドシフト」
「だわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「あー、酷い目にあった」
「完全に自業自得な気がしますが」
場所は変わって時の庭園の動力関係の制御室、鬼婆の虐待を辛くも逃れた俺は鬼婆の使い魔のリニスと共に点検なんかをやっている。
「そうは言ってもさあリニス、プレシアが年増なのは動かない事実だろ、もう30を余裕で超えているんだから。人間現実から逃げるのはよくねえよ、そりゃまあ、外見的には20代前半で通るけどさあ」
「まったく、貴方はプレシアのデバイスでしょうに、主人の悪口を言うのは褒められたことではありませんよ」
「は、甘いなリニス。インテリジェントデバイスに知能があってしゃべりもするのは主人に話を合わせ、時には戦術的判断を行い、時には魔法の補助を行う、そして時にはカンニングの助けをし、時にはスカートの中身を激写して記憶領域に厳重に保管するためだ。だったら、主人の悪口を言うのも仕事の内だろう」
「行動の大半がデバイスとして失格な上、まったく整合性がとれていませんね。貴方の言ったインテリジェントデバイスの役割のどこに主人の悪口を言う要素があったんでしょうか」
「人生は不思議なことばかりさ」
「何『俺上手いこと言ったぜ』的な表情をしているんですか」
とまあ、いつも通りの会話をしながら時の庭園の駆動炉の整備なんかもやっている俺達。
俺の名前はトール、条件付きながらSSランクの大魔導師であるプレシア・テスタロッサ所有のインテリジェントデバイスだ。プレシアの5歳の誕生日プレゼントとして技術者だった母親が贈った手作りの逸品である。
テスタロッサの家は代々インテリというか、高名な技術者を数多く輩出してきた家系だ。プレシアもその例にもれず20歳の若さで新型次元航行エネルギー駆動炉の開発の主任になるほどの技術者であり、15歳頃にはSランクの魔導師だったという超エリートだ。
俺はそんな大魔導師の相棒として長いことやってきた。プレシアが得意とするのは雷撃系の魔法であり、インテリジェントデバイス“トール”(つまり俺)は雷撃魔法を扱うのに長け、加えてその他の性能においても標準を大きく上回るという高性能デバイス、しかも当時の技術ではインテリジェントデバイスは最先端であり、まさにエリートデバイスだった。
だがしかし、俺は幼いプレシアのために作られたデバイスであり、オーバーSランクの魔導師が実力を完全に発揮できるように設計されたデバイスではない。魔法に不慣れな少女がその身に秘めた膨大な魔力によって自滅することがないように制御することを最大の目的として作られているため、フルドライブやリミットブレイクなどの機能は搭載されていない。
つまり、プレシアが魔導師として成長してランクがSに達する頃には俺ではプレシアの魔法についていけなくなった。雷撃魔法との相性が抜群なのは事実で、その他の性能も一級品だが、基本となる機能が魔力の制御なだけにいくらカスタマイズしても出力方面ではやはり限界はあった。
そんなわけで20歳くらいになった頃からプレシアは純粋な演算性能に長けたストレージデバイスを使うようになった。プレシアが研究者であることもあって魔法の制御やロスの少ない運用を得意としているのであまりインテリジェントデバイスの補助を必要としない、なのでストレージデバイスの方が何かと都合がいいのだ。
そんでまあ、お払い箱になってしまった俺ではあるが、そこは流石技術者のプレシア。傀儡兵を応用した魔法人形(人間そっくり)を作り、俺を魔法人形制御用のインテリジェントデバイスとして改良、娘のアリシアのベビーシッターとして作り変えて下さいました。それまでは俺の口調や思考も普通のデバイスと同じものだったが、アリシアの相手をするために人間に近い思考を持つようにプログラムを魔改造されたわけだ。
どこぞのロストロギアの防衛プログラムに人間と大差ない人格を組み込んだ代物もあるというが、それをインテリジェントデバイスで再現したといったところで、イメージ的には超巨大ロボの中に乗り込んで制御している感じだ、一時的にロボットと搭乗者が融合して戦うアニメがミッドチルダにもあったが、アレと似たような感じで俺はこの“魔法人形”を動かしている。
「ところでトール、最近のプレシアの健康状態は余り良くありません。貴方は何かそのことについて御存知ありませんか?」
「さあてね、インテリジェントデバイスつってもプレシアの手を離れて久しいからな、使い魔であるお前以上のことは分からんよ」
「………私は確かに使い魔ですが、プレシアは私との間の精神リンクを切っています。肉体的な異常などはある程度把握することは出来るのですが」
「精神的なもんは一切分からないと、そんで、最近のプレシアの健康不良の原因は肉体的なものよりも精神的なものが大きいんじゃないかってことか」
「……はい」
ま、当たらじとも遠からじってとこか。
リニスはプレシアの使い魔だが、その素体となったのはプレシアの娘であるアリシアが飼っていた山猫で、当然のことながら4歳から5歳くらいのアリシアだけで満足に世話を出来るはずもなく、世話の大半は俺がやっていた。
アリシアは10年程前にプレシアが研究開発を行っていた次元航行エネルギー駆動炉“ヒュウドラ”の暴走事故によって脳死状態に陥った。プレシアは万が一のためにアリシアとリニスがいた部屋に結界を張っていたが微粒子状のエネルギーが酸素と反応することまでは防げず、二人(厳密には一人と一匹)は窒息死状態となった。
だがしかし、魔法人形をインテリジェントデバイスが動かしているだけの俺は酸素がなくなろうが問題なく動くことが出来た。俺の動力はあくまで魔力であり、酸素を吸って二酸化炭素を吐くという動作を行っていなかったのが幸いした。
そして、子守りをしていた俺は異常に気付いてアリシアを抱えて全速力で医務室に直行、完全な死亡だけはなんとか免れたがアリシアは脳死状態となり、心臓だけが動いている生きた死体のような有様となってしまった。
余談だが、アリシアを守れなかった罪で俺の肉体であった魔法人形はプレシアの雷撃魔法によって完膚無きまでに破壊された。人はこれを八つ当たりといい、下手すれば本体のインテリジェントデバイスもぶっ壊されるところだったが雷撃が当たる寸前にコアを離脱させることに成功、本体が雷撃に強い仕様だったことも幸いして九死に一生を得た。
魔導工学の研究開発者であったプレシアが生命研究に傾倒したのはこの時の事故が原因だ。当時の医学ではアリシアを脳死状態から救うことが不可能だったため、ならば自分の手で治療するまでと違法ギリギリの研究にまで手を出してアリシアの蘇生を行おうとしている。
これらの事情をリニスは知らない。リニスが使い魔として誕生したのはアリシアが脳死状態となってから3年後、今から7年ほど前の話だから知らなくて当然なのだが。
ちなみに俺はプレシアの体調不良の原因を知っている。アリシアを脳死状態から蘇生させるために合法すれすれ、もしくは違法な薬品、果てはロストロギアに至るまでを扱っていたため、その中に人間の体には劇毒となるものがあったのだ。そういう事態を防ぐために魔法人形を動かす俺がいたのだが、アリシアの蘇生に執念を燃やすプレシアは俺が目の届かないところで自分でも薬品の化合などを行っていたらしく、その後遺症が身体を蝕んでいる。
リニスが使い魔として新たに作られたのもそういう背景があってのことだ。使い魔は主人の身の危険を感知することができるので、プレシア自身が気づかない身体の不調もリニスは気づく。もともと、アリシアが目覚めたときに一緒に蘇生させようとリニス(山猫)の身体を保存しておいたので、それが前倒しになった形になる。それに、いくらアリシアの蘇生に成功してもその代償にプレシアが死んでしまっては結局アリシアが孤独となってしまう。使い魔の主人の交代は可能だったはずだ。まあ適合する相手がいればだが。そこまで頭が回らない程プレシアも狂いきってはいない。まあ、多少は見境がなくなっているのは事実なのだが。
そして、現在においてその辺の事情をリニスに口外することはプレシアから禁じられている。工学者であったプレシアはデバイスに関しても造詣が深いため、強力なプログラムで完全にロックされており禁則事項は一切漏らさないようになっている。時が経てば解除されることもあるかもしれないが、あまり可能性は高くない。
そんなわけで俺は現在嘘吐きデバイスというわけだ。“禁則事項なので言えません”なんて言ったら隠し事があると証明しているのと同じだ、だからそれなりに誤魔化したり騙したりする必要がある。そのためにインテリジェントデバイスには知能があるのだ。
「今、また変なインテリジェントデバイスの知能の理由を考えていませんでしたか?」
なぜ分かるのだこいつは……
「気のせいだろ、まあとにかくあいつはそう簡単にくたばりはしないから安心しな。少なくともあと15年くらいは生きるだろうよ」
「15年って、それはかなり短い気がしますが」
「プレシアは今35歳だろ、あと15年もすりゃ50を超える。“人間五十年”なんて言葉もどっかにあったはずだから50年も生きれば大往生でいいんじゃないかね」
「いや、それは何か違うと思うんですけど」
リニスが言わんとしていることは分かる。プレシアはこのアルトセイム地方の時の庭園に引き籠って延々と研究ばかり続けているもんだからまともな人間らしい娯楽を少しも楽しんでいない。
だがまあ、それも無理ない話だ。時間が経てば経つほどアリシアと世界はズレていく。既に脳死状態から10年も経過している以上、時を経るごとに蘇生は困難となっていくのだ。
いくら保存液で守られているとはいえ、まともな生命活動を行っていない状態が10年も続けば人間の身体にはどこかに歪みが出てくる。脳が働いていない以上“生きている”と“死んでいる”の中間で彷徨っている状態なのだから、時間と共に“死”に傾いていくのは当然の話だ。
普通に生きていても人間は時間と共に死に近づいていく、まともに生きていてもそれなのだから死に近い状態で漂っていてはそれが加速するのも無理はない、俺の計算ではあと15年くらいでアリシアの肉体は完全に“死ぬ”。さっきいった15年はプレシアが生きる意味を失う刻限でもある。
プレシアも恐らくそれが分かっているからこそ焦っているのだろう。一刻も早くアリシアを蘇生させなければならないが、焦り過ぎたら今度は自分も身も危うい、プレシアが身体を壊しては研究を進めることも出来ないのだ。
「まあ何にせよだ、俺達に出来ることはご主人様の助けになること、その部分に関してはインテリジェントデバイスも使い魔も変わらない」
結局人生を決めるのはプレシア自身だが、それに対するスタンスは俺とリニスでは異なる。
リニスは使い魔だから主人が崖に向かって走っているのを知れば噛みついてでも止めるだろう、例えそれによって自分が処分されるとしても。
だが俺はデバイスだ。主人が崖に向かって走っているなら地獄の果てまでお供するのがデバイスというもの、基本が生命体である使い魔とあくまで魔導師の補助装置であるデバイスの決定的な違いはそこだ。
デバイスの役目とは主人が望みに向かって走るのを手助けすること、それ以上でもそれ以下でもない。
愚痴はいくらでも言うが反対はしない、主人の意思が決まっているならそれに意見するのはデバイスのすることではないからな。
とはいえ、最近プレシアが新しい研究を始めたのも確かだ。
この前まではリンカーコアを非魔導師に埋め込んで人工的に魔導師を作り出すという研究と脳関係の研究を混ぜたようなことをやっていた。リンカーコアを埋め込むことで肉体を活性化させ、その状態で治療を行うことでアリシアを目覚めさせるつもりだったようだが、リンカーコアを非魔導師に埋め込むのはリスクが大きく、逆にアリシアの肉体が破壊されてしまう可能性が大きい上に上手くいったとしても安定する保証が無かった。
俺の肉体でもある魔法人形を使って100回以上の実験を行ったがいずれも失敗、流石にこの方法では無理だということが分かったようで落ち込んでいた。リニスが言った精神的な疲れってのはこれのことだろう。
そして、非魔導師へのリンカーコア移植に代わるものとしてプレシアが新たに選んだ研究が――――
「プロジェクトF.A.T.Eね、今度こそ上手くいきゃあいいんだが」
リニスに聞こえぬよう、一人呟く俺だった。