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[22726] He is a liar device (無印開始)
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2010/11/17 15:51
 初めての方もそうでない方もこんにちわ、イル=ド=ガリアです。

 この作品はリリカルなのはの再構成、オリジナル主人公モノです。独自設定や独自解釈、また一部の原作キャラの性格改変がありますので、そういった展開が嫌いな方は読まれないほうが、いいかも知れません。

 最強モノにはしない予定ですが、どうなるかはわかりません。不定期更新になると思いますが、どうかよろしくお願いします。

 10/26 しっくりこなかったので、タイトル変えました。

 チラ裏にある『時空管理局歴史妄想』は、この作品の設定集ともなっています。
 URLを貼れないので、イル=ド=ガリアで検索すれば出てきます。



[22726] 第一話 大魔導師と嘘吐きデバイス
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2010/11/17 15:40
第一話   大魔導師と嘘吐きデバイス




 新歴50年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園




 「吾輩はデバイスである。名前はまだな」


 「何アホなことを言っているのかしら、この駄デバイスは」


 「おーおー、言ってくれますなあ年増、いくら痴呆が始まったとはいえこの大天才たる俺をアホ呼ばわりとは」


 「廃棄物処理場は確か第三区画だったわね」


 「ちげーよ、第四区画だよ。ったく、時の庭園の維持管理はぜーんぶ俺とリニスに任せっぱなしなんだから似合わねえことすんじゃねえ痴呆老婆」


 「フォトンランサー・ジェノサイドシフト」


 「だわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」






















 「あー、酷い目にあった」


 「完全に自業自得な気がしますが」


 場所は変わって時の庭園の動力関係の制御室、鬼婆の虐待を辛くも逃れた俺は鬼婆の使い魔のリニスと共に点検なんかをやっている。


 「そうは言ってもさあリニス、プレシアが年増なのは動かない事実だろ、もう30を余裕で超えているんだから。人間現実から逃げるのはよくねえよ、そりゃまあ、外見的には20代前半で通るけどさあ」


 「まったく、貴方はプレシアのデバイスでしょうに、主人の悪口を言うのは褒められたことではありませんよ」


 「は、甘いなリニス。インテリジェントデバイスに知能があってしゃべりもするのは主人に話を合わせ、時には戦術的判断を行い、時には魔法の補助を行う、そして時にはカンニングの助けをし、時にはスカートの中身を激写して記憶領域に厳重に保管するためだ。だったら、主人の悪口を言うのも仕事の内だろう」



 「行動の大半がデバイスとして失格な上、まったく整合性がとれていませんね。貴方の言ったインテリジェントデバイスの役割のどこに主人の悪口を言う要素があったんでしょうか」


 「人生は不思議なことばかりさ」


 「何『俺上手いこと言ったぜ』的な表情をしているんですか」


 とまあ、いつも通りの会話をしながら時の庭園の駆動炉の整備なんかもやっている俺達。


 俺の名前はトール、条件付きながらSSランクの大魔導師であるプレシア・テスタロッサ所有のインテリジェントデバイスだ。プレシアの5歳の誕生日プレゼントとして技術者だった母親が贈った手作りの逸品である。

 テスタロッサの家は代々インテリというか、高名な技術者を数多く輩出してきた家系だ。プレシアもその例にもれず20歳の若さで新型次元航行エネルギー駆動炉の開発の主任になるほどの技術者であり、15歳頃にはSランクの魔導師だったという超エリートだ。

 俺はそんな大魔導師の相棒として長いことやってきた。プレシアが得意とするのは雷撃系の魔法であり、インテリジェントデバイス“トール”(つまり俺)は雷撃魔法を扱うのに長け、加えてその他の性能においても標準を大きく上回るという高性能デバイス、しかも当時の技術ではインテリジェントデバイスは最先端であり、まさにエリートデバイスだった。

 だがしかし、俺は幼いプレシアのために作られたデバイスであり、オーバーSランクの魔導師が実力を完全に発揮できるように設計されたデバイスではない。魔法に不慣れな少女がその身に秘めた膨大な魔力によって自滅することがないように制御することを最大の目的として作られているため、フルドライブやリミットブレイクなどの機能は搭載されていない。

 つまり、プレシアが魔導師として成長してランクがSに達する頃には俺ではプレシアの魔法についていけなくなった。雷撃魔法との相性が抜群なのは事実で、その他の性能も一級品だが、基本となる機能が魔力の制御なだけにいくらカスタマイズしても出力方面ではやはり限界はあった。

 そんなわけで20歳くらいになった頃からプレシアは純粋な演算性能に長けたストレージデバイスを使うようになった。プレシアが研究者であることもあって魔法の制御やロスの少ない運用を得意としているのであまりインテリジェントデバイスの補助を必要としない、なのでストレージデバイスの方が何かと都合がいいのだ。

 そんでまあ、お払い箱になってしまった俺ではあるが、そこは流石技術者のプレシア。傀儡兵を応用した魔法人形(人間そっくり)を作り、俺を魔法人形制御用のインテリジェントデバイスとして改良、娘のアリシアのベビーシッターとして作り変えて下さいました。それまでは俺の口調や思考も普通のデバイスと同じものだったが、アリシアの相手をするために人間に近い思考を持つようにプログラムを魔改造されたわけだ。

 どこぞのロストロギアの防衛プログラムに人間と大差ない人格を組み込んだ代物もあるというが、それをインテリジェントデバイスで再現したといったところで、イメージ的には超巨大ロボの中に乗り込んで制御している感じだ、一時的にロボットと搭乗者が融合して戦うアニメがミッドチルダにもあったが、アレと似たような感じで俺はこの“魔法人形”を動かしている。



 「ところでトール、最近のプレシアの健康状態は余り良くありません。貴方は何かそのことについて御存知ありませんか?」


 「さあてね、インテリジェントデバイスつってもプレシアの手を離れて久しいからな、使い魔であるお前以上のことは分からんよ」


 「………私は確かに使い魔ですが、プレシアは私との間の精神リンクを切っています。肉体的な異常などはある程度把握することは出来るのですが」


 「精神的なもんは一切分からないと、そんで、最近のプレシアの健康不良の原因は肉体的なものよりも精神的なものが大きいんじゃないかってことか」


 「……はい」


 ま、当たらじとも遠からじってとこか。

 リニスはプレシアの使い魔だが、その素体となったのはプレシアの娘であるアリシアが飼っていた山猫で、当然のことながら4歳から5歳くらいのアリシアだけで満足に世話を出来るはずもなく、世話の大半は俺がやっていた。

 アリシアは10年程前にプレシアが研究開発を行っていた次元航行エネルギー駆動炉“ヒュウドラ”の暴走事故によって脳死状態に陥った。プレシアは万が一のためにアリシアとリニスがいた部屋に結界を張っていたが微粒子状のエネルギーが酸素と反応することまでは防げず、二人(厳密には一人と一匹)は窒息死状態となった。

 だがしかし、魔法人形をインテリジェントデバイスが動かしているだけの俺は酸素がなくなろうが問題なく動くことが出来た。俺の動力はあくまで魔力であり、酸素を吸って二酸化炭素を吐くという動作を行っていなかったのが幸いした。

そして、子守りをしていた俺は異常に気付いてアリシアを抱えて全速力で医務室に直行、完全な死亡だけはなんとか免れたがアリシアは脳死状態となり、心臓だけが動いている生きた死体のような有様となってしまった。


 余談だが、アリシアを守れなかった罪で俺の肉体であった魔法人形はプレシアの雷撃魔法によって完膚無きまでに破壊された。人はこれを八つ当たりといい、下手すれば本体のインテリジェントデバイスもぶっ壊されるところだったが雷撃が当たる寸前にコアを離脱させることに成功、本体が雷撃に強い仕様だったことも幸いして九死に一生を得た。

 魔導工学の研究開発者であったプレシアが生命研究に傾倒したのはこの時の事故が原因だ。当時の医学ではアリシアを脳死状態から救うことが不可能だったため、ならば自分の手で治療するまでと違法ギリギリの研究にまで手を出してアリシアの蘇生を行おうとしている。

 これらの事情をリニスは知らない。リニスが使い魔として誕生したのはアリシアが脳死状態となってから3年後、今から7年ほど前の話だから知らなくて当然なのだが。


 ちなみに俺はプレシアの体調不良の原因を知っている。アリシアを脳死状態から蘇生させるために合法すれすれ、もしくは違法な薬品、果てはロストロギアに至るまでを扱っていたため、その中に人間の体には劇毒となるものがあったのだ。そういう事態を防ぐために魔法人形を動かす俺がいたのだが、アリシアの蘇生に執念を燃やすプレシアは俺が目の届かないところで自分でも薬品の化合などを行っていたらしく、その後遺症が身体を蝕んでいる。

 リニスが使い魔として新たに作られたのもそういう背景があってのことだ。使い魔は主人の身の危険を感知することができるので、プレシア自身が気づかない身体の不調もリニスは気づく。もともと、アリシアが目覚めたときに一緒に蘇生させようとリニス(山猫)の身体を保存しておいたので、それが前倒しになった形になる。それに、いくらアリシアの蘇生に成功してもその代償にプレシアが死んでしまっては結局アリシアが孤独となってしまう。使い魔の主人の交代は可能だったはずだ。まあ適合する相手がいればだが。そこまで頭が回らない程プレシアも狂いきってはいない。まあ、多少は見境がなくなっているのは事実なのだが。

 そして、現在においてその辺の事情をリニスに口外することはプレシアから禁じられている。工学者であったプレシアはデバイスに関しても造詣が深いため、強力なプログラムで完全にロックされており禁則事項は一切漏らさないようになっている。時が経てば解除されることもあるかもしれないが、あまり可能性は高くない。


 そんなわけで俺は現在嘘吐きデバイスというわけだ。“禁則事項なので言えません”なんて言ったら隠し事があると証明しているのと同じだ、だからそれなりに誤魔化したり騙したりする必要がある。そのためにインテリジェントデバイスには知能があるのだ。


 「今、また変なインテリジェントデバイスの知能の理由を考えていませんでしたか?」


 なぜ分かるのだこいつは……



 「気のせいだろ、まあとにかくあいつはそう簡単にくたばりはしないから安心しな。少なくともあと15年くらいは生きるだろうよ」


 「15年って、それはかなり短い気がしますが」


 「プレシアは今35歳だろ、あと15年もすりゃ50を超える。“人間五十年”なんて言葉もどっかにあったはずだから50年も生きれば大往生でいいんじゃないかね」


 「いや、それは何か違うと思うんですけど」


 リニスが言わんとしていることは分かる。プレシアはこのアルトセイム地方の時の庭園に引き籠って延々と研究ばかり続けているもんだからまともな人間らしい娯楽を少しも楽しんでいない。

 だがまあ、それも無理ない話だ。時間が経てば経つほどアリシアと世界はズレていく。既に脳死状態から10年も経過している以上、時を経るごとに蘇生は困難となっていくのだ。

 いくら保存液で守られているとはいえ、まともな生命活動を行っていない状態が10年も続けば人間の身体にはどこかに歪みが出てくる。脳が働いていない以上“生きている”と“死んでいる”の中間で彷徨っている状態なのだから、時間と共に“死”に傾いていくのは当然の話だ。


 普通に生きていても人間は時間と共に死に近づいていく、まともに生きていてもそれなのだから死に近い状態で漂っていてはそれが加速するのも無理はない、俺の計算ではあと15年くらいでアリシアの肉体は完全に“死ぬ”。さっきいった15年はプレシアが生きる意味を失う刻限でもある。

 プレシアも恐らくそれが分かっているからこそ焦っているのだろう。一刻も早くアリシアを蘇生させなければならないが、焦り過ぎたら今度は自分も身も危うい、プレシアが身体を壊しては研究を進めることも出来ないのだ。



 「まあ何にせよだ、俺達に出来ることはご主人様の助けになること、その部分に関してはインテリジェントデバイスも使い魔も変わらない」

 結局人生を決めるのはプレシア自身だが、それに対するスタンスは俺とリニスでは異なる。

 リニスは使い魔だから主人が崖に向かって走っているのを知れば噛みついてでも止めるだろう、例えそれによって自分が処分されるとしても。

 だが俺はデバイスだ。主人が崖に向かって走っているなら地獄の果てまでお供するのがデバイスというもの、基本が生命体である使い魔とあくまで魔導師の補助装置であるデバイスの決定的な違いはそこだ。

 デバイスの役目とは主人が望みに向かって走るのを手助けすること、それ以上でもそれ以下でもない。

 愚痴はいくらでも言うが反対はしない、主人の意思が決まっているならそれに意見するのはデバイスのすることではないからな。



 とはいえ、最近プレシアが新しい研究を始めたのも確かだ。

 この前まではリンカーコアを非魔導師に埋め込んで人工的に魔導師を作り出すという研究と脳関係の研究を混ぜたようなことをやっていた。リンカーコアを埋め込むことで肉体を活性化させ、その状態で治療を行うことでアリシアを目覚めさせるつもりだったようだが、リンカーコアを非魔導師に埋め込むのはリスクが大きく、逆にアリシアの肉体が破壊されてしまう可能性が大きい上に上手くいったとしても安定する保証が無かった。

 俺の肉体でもある魔法人形を使って100回以上の実験を行ったがいずれも失敗、流石にこの方法では無理だということが分かったようで落ち込んでいた。リニスが言った精神的な疲れってのはこれのことだろう。


 そして、非魔導師へのリンカーコア移植に代わるものとしてプレシアが新たに選んだ研究が――――



 「プロジェクトF.A.T.Eね、今度こそ上手くいきゃあいいんだが」


 リニスに聞こえぬよう、一人呟く俺だった。







[22726] 第二話 プロジェクトF.A.T.E
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2010/10/30 19:49
第二話   プロジェクトF.A.T.E




 新歴51年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園



 「で、今回はどういうコンセプトで行くんだ?」

 プレシアが研究テーマをプロジェクトFATEに定めてからおよそ1年、ようやく基礎となる理論の構築が完了し、プロジェクトは本格的に始動することとなった。


 現在俺達がいるのは時の庭園の中央研究室。プレシアの研究室は時の庭園のほかにも数多くあるが、ここは重要性が最も高い場所でリニスには立ち入りが許されていない。

 俺はプレシアのインテリジェントデバイスだが、現在は助手と行った方が的確な気もする。というのも、3年前まではプレシアの魔力で動く魔道人形をデバイスである俺が動かしていた状態だが、現在は完全に自立して動いているからだ。

 プレシアが行っていた非魔導師へのリンカーコア移植研究は思わぬ副産物をもたらした。普通の人間にリンカーコアを埋め込んでも拒絶反応が大きく、かろうじて移植に成功してもリンカーコアの性能を半分程度しか発揮できないという問題点がある。

 仮にSランクの魔導師のリンカーコアを非魔導師に埋め込んだところで散々後遺症や拒絶反応に苦しむ上に、Aランク程度の魔導師しか作れない、つまり、コストと成果がまるで合わないのだ。

 だがしかし、魔導師としては欠陥品だが魔法人形としてはそれなりに使える部分がある。早い話がリンカーコアをただの超小型魔力炉心と見なし、インテリジェントデバイスがその魔力を組みあげて術式を構築、これによって外部からのエネルギーに頼らない魔法人形が出来あがる。

 リンカーコアも高ランク魔導師のものを十全に動かすのは難しいが、低ランク魔導師となればその難易度は大きく下がる。別にオーバーSランクの戦力が欲しいわけでもないので俺にとっては普通に動けるだけで十分だ。


 時の庭園には傀儡兵と呼ばれる魔法人形が大量にあり、こいつらの戦闘力はAランクの魔導師に匹敵するが、駆動炉からの膨大な魔力供給がなければ木偶の坊になり下がるという欠点を持っている。つまり、時の庭園の中枢にニアSランク魔導師の砲撃を叩き込まれればそれまでということだ。

 それに対して現在の俺は完全な自律行動が可能だ。現在の出力は非常に低く、魔法を使えるような余力はないので普通に動くのが精一杯だがプレシアの魔力を一切喰わないので非常に低コストな設計となっている。使い魔のリニスはAA+ランクに相当する戦闘能力を備えているが、その分消費する魔力も大きい。

 まあ、これらも現在の技術水準からみれば最先端の技術といえる。プレシアは間違いなく最高峰の技術者であり、研究開発に関してならば大天才といって差し支えない。


 そんな諸々の事情から、俺の役割はプレシアの助手と傀儡兵の統括、それからテスタロッサ家の財産管理である。時の庭園の維持や家事なんかはリニスがやってくれているので問題なし。



 「プロジェクトFATEっていうのは、どこぞの頭のネジがいかれた科学者が基礎理論を造ったっていう人造魔導師を生みだす計画だったよな」


 「ええそうね、Drジェイル・スカリエッティ、生命操作技術の権威中の権威であると同時に広域次元犯罪者でもある狂人が基礎を作った。しかもその男はアルハザードの遺児だなんて噂もあるわ」


 「アルハザードねえ、それはともかく犯罪者ったら俺達も似たようなもんか、あれやこれやと違法にならないように手は尽くしているけどこれ以上はやばい領域に行きそうだぞ」


 これまでプレシアが行って来た研究はまともに行けば違法研究だが、まともじゃない路線をいっているので違法になっていない。民間人が行えば違法になる研究でも、時空管理局の正式な許可を得た医療機関やそれに準ずる人間が行えば違法ではない研究は数多くある。

 つまり、プレシアが在野の研究者であれば違法となる場合でも著名な研究機関に名を連ね、管理局の許可を得ていればある程度の融通はきく。その辺の法的な手続きとか根回しをやったのは全部俺だ、というより、その辺のことを全部押しつけて研究に専念するためにプレシアは俺の自律機能を向上させたのだ。やはり、時空管理局に目をつけられているのといないのとでは研究のしやすさに大きな差が出てしまう。

 それに、プレシアは15歳から20歳までは嘱託魔導師として時空管理局に協力していた経歴を持ち、アリシアを失った事故からしばらくたった後も3年間ほど正規の局員として新型次元航行エネルギー駆動炉“セイレーン”の開発に携わってもいて、遺失物管理部に出向してロストロギア探索に協力していたりもする。

 その主な目的はロストロギアに関する文献を管理局から引き出すことだったが、後の研究をスムーズに進めるには管理局との関係を深いものにしておいた方が何かと都合が良かったという経緯もある。リニスもその頃からプレシアの使い魔として活躍し、AA+ランク相当の魔導師として機動三課のエースを張っていたりした。

 なので、これまで生命工学方面の研究や非魔導師へのリンカーコア移植研究はあくまで管理局法に則ったものだ。特に後者は人材不足に悩む時空管理局の地上部隊からの正式な要請でもあったため、ある程度の資金を融資してもらうことすらできた。まあ、結果は芳しくなかったが、レジアス・ゲイズ一等陸尉という地上本部の士官とは今でも繋がりを維持してはいる。


 時空管理局も一枚岩ではなく、法の抜け穴なんぞ到る所にある。ならば馬鹿正直に違法研究に手を出すのは阿保のやることだ、違法研究がだめならそれを違法じゃなく合法にしてしまえばいいだけの話、特に時空管理局は海と陸の仲が芳しくないからつけ込みやすいし、“セイレーン”の開発の中心だった経歴から海の方にもコネはあるからかなり安全に研究出来ている。

 だがしかし、プロジェクトFATE はそうはいかないだろう。倫理的な問題から考えてもこれは現状において合法になりえない、おそらく管理局でも裏側ではこれと同じような実験を行っているだろうからそいつらと手を組んだとしても違法であることに変わりはないのだ。

 とはいえ、それは現在の話で法改正が行われたり、プロジェクトFATEによって脳死状態の患者が助かったということが広まれば合法となるかもしれない。法を作るのはあくまで人間なのだから、研究の成果によっては合法にも違法にも転がる。が、現状では違法という事実は揺るがない。



 「そんなことは分かっているわ。でも、もう時間がないの。これ以上アリシアの脳死状態が続けば蘇生はいずれ不可能になってしまう。いいえ、こうなるのだったら初期の内から違法だろうが可能性の高い研究を行うべきだった。管理局でロストロギアの文献を集める時間は無駄だったかもしれないわ」


 「そりゃあ結果論だろ、アリシアだってお前が犯罪者になることを喜びやしねえよ。守れなかった俺が言えることじゃないかもしれないが」


 もし、あの時アリシアが完全に死んでいたらプレシアは間違いなく“死者の蘇生”という違法研究に即座に手を出していただろう。

 だが、幸か不幸かアリシアは脳死状態で留まった。限りなく死に近い状態だが、完全に死んだわけではないのでプレシアも自責の念に囚われることはあっても未来を向くことが出来た、泣いている暇があれば娘を治療するための研究を行うという感じだ。


 ちなみに、そのための資金を稼ぐためにアレクトロ社を相手に訴訟を起こしたのは俺だ。当然、デバイスが裁判を起こせるはずもないので実際に立ったのはプレシアだが、勝訴するための証拠集めや局員の証言集めや、会社の不正の証拠集め、ついでに裁判官への根回しを行ったのは俺である。当時において稼働歴19年、加えて天才工学者に魔改造されたインテリジェントデバイスを舐めるなというやつだ。

 ミッドチルダの裁判は基本的に判例法だから過去のデータが膨大なだけに大抵の判決は過去の事例を基に行われる。つまり、似たような事故の情報を大量に集めて整理すればそれだけで有利になるということ、アレクトロ社はデバイスを扱う会社ではなかったため、インテリジェントデバイスの情報収集力を裁判に使うという発想がなかった。

 というより、これを思いつくのは高ランク魔導師くらいだろう。当時はまだインテリジェントデバイスを実際に使うのは管理局でも5%程度の高ランク魔導師のさらに極一部くらいしかいなかったことも俺達の有利に働いた。現在ではAランク程度の魔導師でもたまに使う場合もあるが、10年前においてインテリジェントデバイスは本当に数少なかったのだ。

 俺がインテリジェントデバイスなのも技術者の家系であるテスタロッサ家のデバイスだからだ。時空管理局で執務官を歴任しているような家系でも大抵はストレージデバイスを使っている。まあ、最近は少し変わりつつあるようだが。




 「まったくその通りだわ、貴方がガラクタじゃなくてもっと優秀ならアリシアはあんなことにはならなかったでしょうに」


 「本当にその通りだ。あんたが技術者なんか止めて図書館の司書でもやっていればあんなことにはならなかったろうな」



 重苦しい沈黙



 「ふふふふふ」


 「ははははは」



 乾いた笑い



 「死んでみる?」


 「やなこった」


 俺とプレシアはいつもこんなもんだ、昔はもっと素直な奴だったのだが、やはり最愛の娘を失うというのは人格を変えるほどのショックをもたらすみたいだ。

 だからこそ、俺の役割は重要になる。アリシアを失って以来、プレシアは“己の現在を正確に認識できない”タイプの精神疾患を持つようになった。簡単に言えばアリシアを失った当時で時間が止まっているようなもので、プレシアと現実は微妙にズレているのだ。現在の身体的な疾患も自分の状況を正確に把握できていなかったことを起因とした薬品の後遺症が主な理由となっている。

 それを知ったプレシアは実に工学者らしい手段でそれを解決した。人間には自分を客観的に捉えることが出来ないならば、自分を知り尽くしている存在にそれをやらせればいい。プレシアが5歳の頃から常に傍らにあった俺はそれにうってつけであり、プレシアの心情を読み取り、彼女に“現在を認識させる”作業を延々と繰り返し続けることが俺の仕事なのだ。

 ある種、自分だけの世界に入りつつあるプレシアが自分と他の世界を繋ぐ端末としての機能を俺に与えた。俺はプレシア・テスタロッサのために作られたデバイスであり、彼女が自分ですら認識できていない望みを推察し、それを叶える為に行動することが俺の命題である。

 使い魔であるリニスにこれをやらせることは出来ない。リニスはプレシアが現在を正確に認識できなくなってから作られた使い魔なのでそれ以前のプレシア・テスタロッサを知らない。元となる人格を把握できていない以上、現在のプレシアがどうおかしいのかを知ることは不可能なのだ。

 だがまあ、13歳の時に初恋に敗れて恋敵に殺傷設定の魔法を放ちかけたという前科を持つのがプレシアという女だ。こいつを抑えるために制御機能を最優先したインテリジェントデバイスを作ったプレシアの両親の判断は正しかったようである。


 「冗談はともかく、どうすんだよ。プロジェクトFATEは脳死状態からの蘇生にはあんまり役に立たないような気もするんだが?」


 「そのままだったらそうでしょうね、アリシアを人造魔導師に改造するわけじゃないんだから、技術の半分は役立たずだわ」


 「ってことは、必要な部分だけを利用するってわけだな」


 「プロジェクトFATEには高ランク魔導師を生みだすために幼い内から肉体を調整するという方法と、もう一つの方法がある。分かるかしら?」


 データベースから過去の情報を検索しつつ、演算を開始する。

 探索に用いる拘束条件はプレシアがそれを利用しようとしていることだ、つまり、アリシアの蘇生に繋がる部分がなければならない。

 そこがゴールなのだから、そこに至る道筋となる研究とは―――――


 「生まれる前の調整か、だが、胎児の内はリンカーコアがあるかないかも分からないから意味がない。となると答えは一つ、カプセルでの培養だな。クローン培養か純粋培養かの違いはあるだろうが」


 「正解よ、まだ基礎理論程度だけど、クローンの創造は確かに可能。それを試験管の中で4歳から8歳くらいまでの期間で調整する。そうして作りだした素体を人造魔導師としてさらに性能を高めていく、といったところかしら。これを考え出したジェイル・スカリエッティという男は確かに悪魔の頭脳を持っているようね」


 「んー、ってことは、ロストロギアの時代の文献に見られる戦闘機人だったか、そいつらもその辺の延長線上にあるのかね」


 「おそらくはそうでしょう。ジェイル・スカリエッティがアルハザードの遺児という話が本当なら、失われた生命操作技術を復活させられるのも道理、なら、その先に戦闘機人や他のものがあってもおかしくないわ」


 その他のものが“レリックウェポン”というものであるのを俺達が知るのはもう少し先の話だ。


 「しかし、クローンね。アリシアの肉体と同じものを作って脳髄だけ入れ替えるとか………意味ないな、肝心の脳が死んでるんじゃ」

 今のアリシアは思考をしていない。逆に肉体はほぼ生前の状態を保っているのだから、肉体の交換は無意味だ。だが、思考を司る大脳は働いていなくとも、生命維持に関わる脳幹は完全に機能を停止してはいない。脳死の判定は各次元世界の国家ごとに違うので微妙だが、現在のアリシアを“死んでいる”と判断する法律を持つ主権国家はなかったはずだ。


 「そう、それは意味がない。逆に必要なのは生きているアリシアの身体とそれと脳の関係よ」


 「なるほど、普通に生きているアリシアの身体が脳をどのように生かしているかを調べるわけか。そこをゴールに研究を進めて―――――それだけじゃない、クローンを大量に作れば人体実験も簡単にできるな」

 つまり、現在の“生と死のはざまにある”アリシアの肉体を複製し、死んでいる脳髄を“生きている”状態にするにはどうすればいいかを調べるにはうってつけというわけだ。

 クローン技術で生みだした肉体は高確率で失敗し、“死んでいる”か“死んではいないが生きてもいない”状態になる。それに対して実験を繰り返せば脳死状態からの蘇生の大きな手がかりになるだろう、しかもそれがアリシアと同じ遺伝子を持つ肉体なら尚更だ。


 「その通り、他人の肉体で試して上手くいったからといってアリシアに悪影響が出ないとは限らない。だったら、アリシアと同じ肉体で試すのが一番確実よ」


 なるほど、倫理的に考えて違法研究まっしぐらだが理に適ってはいる。が、非常に嫌な予感がする。


 「だけどさあ、いくら生きていないとはいえアリシアと外見も全く同じクローン体をお前が切り刻んだりできるのか?」


 「何を言っているの、貴方がやるのよ」


 「やっぱりか」


 嫌な予感は見事的中。まあ、今のプレシアは罪の認識が少し危ういことになっているという事情もある。アリシアを失う前のプレシアが持っていた良識と照合し、こいつの感覚を普通の人間のそれと合わせることも俺の役目なのだが――――


 「当然でしょう、いくらクローンとはいえアリシアと外見が同じものを私が傷つけられるわけないでしょうに」


 この辺だけは普通の感覚が残っているもんだから性質が悪い。


 「それを俺にやらせるかね、この鬼婆が」


 「貴方なんてそのくらいしか役に立たないんだから、むしろ役を与えてやった私に感謝しなさい。忘れないことね、貴方は私のためだけに存在するデバイスなのよ」


 「はいはい、言われんでも分かってますよ、鬼畜め」


 「褒め言葉と受け取っておくわ」


 まあ、この展開は分かり切っていたのでそこは問題ない。


 「ところで、まさかこの研究をリニスに手伝わせるわけにはいかないだろ、あいつには何をやらせるんだ?」


 問題はリニスだ。あいつは俺と違って良心的だからこの研究には絶対に反対する。というか、アリシアを失う前のプレシアの良心的な部分を切り離したかのような精神構造をあいつは持っている。恐らく、プレシアが狂気という名の正気を維持するためにリニスという使い魔に己の一部を無意識に注ぎ込んだのだろう。


とはいえ、ただ遊ばせておくにはあいつの能力はもったいないし、プレシアの魔力を削る意味もない。


 「ロストロギア情報の収集と回収をやらせるつもりよ。このプロジェクトFATEが古代の技術の復活である以上、それに関連したロストロギアが存在する可能性は極めて高い、仮に関連がなくても利用できるものはあるでしょうしね」


 なるほど、確かにそっち方面はAA+ランク相当のリニスの方が適任だ。遺失物管理部の機動三課で働いていた経験もあるから専門家であるともいえるし、魔法すらまともに使えない今の俺じゃあロストロギアは扱えんからあいつに任せるより他はない。


 「だったさ、他の組織の力も借りようぜ」


 「他の組織?」


 「そうそう、例えばスクライア一族だったか、ああいったロストロギアの発掘とかをやっている団体はロストロギアを他の奴らに売って生計を立てている。危険なものは時空管理局か聖王教会に行くけどそうでないのは金持ちのコレクターとか博物館に行くだろ、だから、普段からそういうのを買っておいてお得意様になっておくんだよ」

 そうすれば、ロストロギアの最近の発掘状況を聞いても違和感はないし、お得意様なら色んな情報をくれるはずだ。幸い、プレシアの研究の特許やあの裁判での賠償金を元手にした不動産で資金は大量にある。何しろ時の庭園を購入できるほどだ。

 時空管理局との繋がりは結構深い俺達だが、情報源が多いに越したことはない。取捨選択はこちらでやればいいのだから、あって困ることはないだろう。


 「なるほど、悪くないわね」


 「だろ、それに時空管理局の遺失物管理部とコネを強化しておくのも必要だな、地上部隊への足がかりも兼ねて色々工作してみるわ。それから、発掘屋から買い取ったロストロギアは2年くらいしたら他の金持ち連中に転売してやればいい、その辺の地下オークションならいくつも知ってる、つーかたまに俺主催のやつをクラナガンで開催してるからな」


 「………いつの間にそんなことを」


 「くっくっく、このトールは金儲けの天才なり」


 というか、冗談抜きでテスタロッサ家の財産管理を行っているのは俺だ。プレシアは研究者気質のためか、そこら辺の管理が死ぬほど杜撰なのだ、リニスも技術方面はともかく財政方面は専門外だし。

 研究というのはやたらと金がかかるものだが、その資金を可能な限り合法的な手段で稼いでいるのは俺だ。時にはグレーゾーンなこともやっているがそれはそれ、ばれなければ犯罪ではない。


 「とにかく、これからはアリシアのクローン生成を目標に行くわよ」


 「りょーかい、待ってなさいアリシアちゃん、この超絶美人年増魔女プレシアがすぐに治療して上げるからね」


 これも仕事、プレシアに現在を正確に認識させなくてはならない。


 「死んでみる?」


 「我は不死身なり、肉体が滅ぼうが核がある限り何度でも蘇る」


 「じゃあ、核を砕いて上げる」


 「ごめんやめて許してお願いだからご自愛ください」




 こうして、プロジェクトFATEは始動した。






[22726] 第三話 悪戦苦闘
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/10/26 08:12
第三話   悪戦苦闘





新歴53年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園




 「実験体147番――――――不可、人としての原型をとどめていない」


 「実験体169番――――――保留、リンカーコアの存在あり、ただし成長が見られない」


 「実験体177番――――――可、リンカーコアはないものの通常のクローンとしては問題なし」


 「実験体186番――――――不可、形になってはいるが内臓の一部がない、生体維持不可能」


 「実験体199番――――――不可、皮膚の完成の見込みなし、廃棄処分」


 「実験体202番――――――不可、右腕がない、しかし、断面から未知の反応が見られる、比較には使用可」


 「実験体211番――――――可、特に問題なく成長中、ただしリンカーコアは存在せず」


 「実験体223番――――――保留、体内にリンカーコアを確認、ただし心臓がない、サンプルとして保管」


 「実験体231番――――――不可、人としての原型をとどめていない」


 「実験体244番――――――不可、首から下は問題ないが、頭蓋骨の一部が存在しない」


 「実験体259番――――――不可、髪の色が黒色であり肌の色も褐色、遺伝子配列が別物になっていると予想」


 「実験体267番――――――可、筋肉に若干の問題が見られるが人間としては問題なし、リンカーコア不適正」


 「実験体275番――――――不可、男性としての肉体が生まれつつある、遺伝子に問題あり」


 「実験体281番――――――不可、人としての原型をとどめていない」


 「実験体293番――――――保留、未成熟ながらリンカーコアの成長を確認、“優”となる可能性あり」


 「実験体300番――――――不可、右腕が存在せず、内臓にも一部欠損あり」


 「実験体309番――――――不可、顔が二つある奇形、生存適正なし」


 「実験体317番――――――不可、下半身が存在しない、生存適正なし」


 「実験体322番――――――可、問題なく成長中、リンカーコアの適正なし」


 「実験体337番――――――不可、外見は完璧だが心臓だけが存在しない、かなり珍しいため保存」


 「実験体342番――――――保留、リンカーコアの存在を確認、ただし腎臓の片方が存在せず」


 「実験体350番――――――不可、人としての原型をとどめていない」


 「実験体361番――――――不可、腕が三本存在する奇形、肝臓が存在しない」


 「実験体374番――――――不可、首がない奇形、生存適正なし」


 「実験体388番――――――可、髪の色素がやや薄いが他は特に問題なし、リンカーコアは存在しない」


 「実験体396番――――――不可、足と腕が逆に生える奇形、生存適正なし」


 「実験体404番――――――不可、肋骨が全て存在していない、生存適正なし」


 「実験体411番――――――不可、人としての原型をとどめていない」








 「ふう、なかなか上手くいかないもんだ」


 時の庭園の最下部に存在する培養カプセルの乱立した研究室、そこに黒髪で中肉中背の男がいる。

 大魔導師プレシア・テスタロッサがインテリジェントデバイス、トール。つまり俺だ。


 プロジェクトFATEの本格始動から早2年、クローン体の製造は既に始められているが、その成果は芳しいとは言えない。


 「うーん、心臓がない場合にリンカーコアがある場合が3つ、リンカーコアがなくても外見やその他の機能が問題ない場合もある。何か関係があると思うんだが………」

 現在は俺一人であるが、いつプレシアやリニスから通信が来るか分からないので一応“標準人格言語機能”はONにしておく、使わないアプリケーションのリソースは二次記憶容量に移すが、現在では主記憶のみで大体の機能を賄えているので特にリソースを節約する必要はない。そして、主記憶上のデータを見直しつつクローン精製の問題点とその対処法を演算してみるが、そう簡単に分かれば苦労しない。同じような結果になったといってもその成長過程は全てバラバラな上、作り始めた時期も違ったりする。


 とはいえ培養カプセルも無限ではなくせいぜい100個ほどしかないため、完成の見込みがないものは処分して新しい培養を始めないといつまでたっても研究が進まない。

 とりあえず1番から100番までは全滅した。最もそれらしい形になったのは73番だったが、それもつい3日前に廃棄処分となった、リンカーコアの部分が異常増殖し、その影響で身体全体が人からかけ離れたものに変化し始めたからだ。

 流石にその辺の映像はショッキングなのでプレシアには見せていない、というか、この部屋にプレシアが立ち入ることはなく、あいつに見せるのは形になっているやつらの映像と文字媒体となったデータだけだ。下手にこんなものを見せてしまっては微妙な均衡を維持しているあいつの精神が崩壊しかねない。


 「これ、普通の人間が見たら絶対トラウマもんだよな。少なくともリニスが見たら発狂するかもしれん」


 カプセルに並ぶは大量のアリシア、もしくはアリシアだったもののなれの果て、優しい性格なリニスにはきついものがある。プレシアの良心を受け継いでいるあいつには見せられんな。

 物事には適材適所というものがある、インテリジェントデバイスである俺はこの光景にも特に嫌悪感を持つわけではない、というか、嫌悪感を持っていたらそれはもうデバイスではない気がする。


 「こういう人間だったら胸糞の悪くなりそうな作業は機械がやるものと昔から相場が決まっている。逆に、これを喜んでやるような人間がマスターになって欲しくはないなあ」

 プレシアの望みがプロジェクトFATEの先にある以上、研究を進めるのを止めるつもりはないが、これを見て高笑いして欲しいかといえばそれは否だ。まあ、そこまで狂ってしまったらその時はその時だが。



 「だがまあ、一応リンカーコアがないやつなら出来つつある。これにどんな実験をするのかは知らないけど、アリシアの蘇生の助けになれるか否か」

 成果が全く出ていないわけでもない、初期に比べれば原型を留めるクローン体が増えてきたのは確かだし、数は少ないがリンカーコアを発生させているものも出てきた。

 だが、現在は実践とはほど遠く、それ以前の状況だ。そもそも人間の形を保ったままリンカーコアを成熟させたものはいない、現在様子見のもいくつかあるが正直見込みは薄い。


 「やはり、遺伝子から胎児を作る段階で何らかの不備があるんだろう。そこら辺の調整が出来ない限りはこの誕生率の低さは回避されそうもないな。だが、あまり無計画にクローンを作っていたら資金が底を突く」


 これだけの量のクローン体を作るのには尋常ではない資金がかかっている。新型次元航行エネルギー駆動炉“セイレン”の特許やその他の研究開発の成果を民間企業に売り出したので資金は潤沢だが、減る一方では困るので様々な手段を用いて金策に励んでもいる。 インテリジェントデバイスがやるようなことではない気がするものの、女二人はこの方面でまるであてにならん。 いや見方によっては機械だからこそ適任なのかもしれないが。


 まあ、愚痴ってばかりいても仕方ない。もう一度手順を洗い直して問題点を検証するとしよう。









新歴55年 時の庭園



 「実験体721番――――――良、リンカーコアは順調に成長、今後に期待」


 「実験体733番――――――可、リンカーコアは存在しないが、特に問題点はなし」


 「実験体740番――――――不可、外見上の問題はないが、男性へ変異」


 「実験体749番――――――不可、生命活動の問題はないが遺伝子に明らかな違いを確認、肌が褐色」


 「実験体757番――――――可、左目の色が異なるものの大きな差異はなし、リンカーコアはなし」


 「実験体764番――――――保留、リンカーコアの存在を確認、成長するかどうかは未知数」


 「実験体772番――――――不可、心臓がない以外は問題なし、リンカーコアのなりそこないを確認」


 「実験体785番――――――可、リンカーコアは存在しないが、特に問題点なし」


 「実験体799番――――――良、リンカーコアは順調に成長、今後に期待」


 「実験体803番――――――不可、両腕の筋肉の成長が停止、ケースとしてはやや特殊」


 「実験体810番――――――可、アリシアとの相違点はほぼゼロ、ある意味で完成系といえる」


 「実験体818番――――――不可、両足の骨に欠損あり、歩行困難」


 「実験体827番――――――保留、リンカーコアの存在を確認、だが、肺に反応あり、奇形の可能性」


 「実験体835番――――――良、リンカーコアは順調に成長、ただし、髪の色素がやや薄い」









 「まあ順調っちゃ順調か、少なくともリンカーコアがない場合なら一定の割合で作れるようにはなった」


 さらに2年、プロジェクトFATEは進行中。


 プレシアの方ではとある伝手で入手したロストロギア、『レリック』とやらの解析を6か月ほど前から行っている。

 どうやらこいつは“当たり”のようで、レリックを用いることで死者を復活させる技術すら資料からはうかがえるらしい。

 だが、問題点が一つ、こいつは“レリックウェポン”と呼ばれる代物で本来は死者の蘇生のためではなく、人造魔導師の精製に関する技術らしい。体内に埋め込まれたレリックが兵器としての最大の性能を発揮できる状態を維持するために、検体のリンカーコアと結合し励起させることによって、死者を無理やり生者に反転させるのに近いようだ。

 つまるところ、リンカーコアがないアリシアにはこれを用いることは出来ない。レリックが内包する魔力はちょっとした魔力炉に匹敵するので、肉体が耐えられないのだ。おそらく低ランクの魔導師でも同じで、高ランク魔導師でなければ不可能だろう。ならばと、この技術を応用し、リンカーコアのない人間に埋め込むことができるように調整して、脳死状態を復活させるものを作ろうと悪戦苦闘しているようだが、成果は芳しくないようだ。


 以前の研究で行っていたリンカーコアの非魔導師への移植。あれのノウハウを応用し、リンカーコアを“レリックレプリカ”に改造してアリシアのクローンに埋め込んで見たようだが、どれも上手くいかなかった。

 現状で目指しているのはレリックが持つ蘇生能力を付与し、かつ移植、優郷に適した“改造リンカーコア”を作り出すことだ。つまりアリシアの肉体でも定着するようなレリックレプリカということで、ユニゾンデバイスの機能も参考にしているみたいだが、中々に困難のようだ。


 「それさえ完成すれば大きな前進になる、問題は蘇生した後に後遺症が出ないかどうかだが、そこはリンカーコアがある“妹”がいればなんとかなる」


 アリシアのクローンを作るだけなら目処がたったが問題はリンカーコアを有する“妹”を作ることだ。 もともとアリシアはプレシアの娘、僅かの遺伝子配列の変化でリンカーコアを持たせることができると、今までのクローン研究でわかっている。

 レリックであろうと、レリックレプリカであろうと、それと適合して蘇生したアリシアは高い魔力資質を持つことになる。つまりアリシアに“レリックレプリカ”を埋め込んで蘇生させた結果となる存在である”魔力資質を持ったアリシア”が居れば、その体のデータに合わせてにレリックレプリカを調整すればいい。要は完成形が分かっていればそこに至る道へと調整する方がやりやすいというわけだ。

 だが、それでも技術的に困難なのは間違いなく、プレシアの存命中にそこまで持って行けるかも大きな課題だ。プロジェクトFATEの成果をプレシア自身に応用することも考えられるが、絶対的に時間が足りてない、プレシアの延命のための研究を先に行えば今度はアリシアが間に合わなくなる。刻限はあと10年ほど。


 つまり、既に状況はプロジェクトFATEが完成してもプレシアかアリシアどちら一人しか助からないだろうというところまで進んでいる。ここで両方助かるような起死回生の方法でも浮かべばいいんだが、そんなもんが都合よく転がっていたら誰も苦労しない。


 「さて、どうなることやら」


 とはいえ、俺に出来ることがそれほど多くあるわけではない。生命研究の手伝いをやっている身ではあるが俺が持つのは知識だけでそれらを組み合わせて新技術を生み出す能力があるわけではないし、ロストロギアの探索に役立つわけでもない。


 「せめてもうちょい魔導師としてのレベルが高けりゃいいんだが、Cランクじゃなあ」


 
 プロジェクトFATEの副産物といえるのかどうかは微妙だが、俺の身体も一応バージョンアップされ、それなりに魔導師としてのレベルも上がってきた。

 世の中にはカートリッジという便利なものがある。魔導師の魔力を別に蓄えておき、魔法の発動の瞬間などに炸裂させることで効果を飛躍的に高めるという荒技だ。

 古代ベルカ時代などでは当然の技術だったそうだが、新歴に入った頃にはほとんど失われていたらしい。最近では研究も徐々に進み、近代ベルカ式の使い手などはカートリッジを使うことも増えてきたようだがまだ安全面で問題があるとか。


 オーダーメイドのデバイスならばカートリッジもそれに合わせて作る必要があるようだが、割と汎用的なストレージデバイスに搭載する場合は同じ規格で大量生産した方が当然安上がりだ。デバイスに込めるのはブースト用の魔力なので魔法使用者のものでなくとも構わないとか。そして、大量に作られたカートリッジは全て製品になるわけではなく、出来そこないの“クズ”も結構生まれる。技術が完全に確立されていない現状なら尚更だ。

 そこで、ロストロギア蒐集用に作ったコネやプレシアのデバイス関係の技術者としての人脈からそういった“クズカートリッジ”を大量にもらうことが出来た。これを使えば一時的に魔法人形の中枢にあるリンカーコアに魔力を注ぎ込み魔法を使うことが出来る。


とはいえ原理は完全に電池そのものなので電池が切れれば当然取り換えなければならない。取り換え方法は口から入れて、腹で交換、要らなくなったクズカートリッジは尻から出るというとんでもない仕様だが肉体の構造的に最も無理がないので仕方がない。



 そんなわけで、カートリッジを食べ、空のカートリッジを尻から出して魔法を使う恐怖の魔法兵士トールが爆誕したのであった。 どうなんだソレ。


 また、それと併用して、高ランク魔導師の肉体を材料とした魔法人形を作り、そのリンカーコアを制御することでその魔導師が生前持ち得た技能を再現する研究を行ってもいるらしい。



 ……………これを俺に託したあの男の真意は少し不明瞭な部分もあるが、とりあえず今は考慮すべき事柄ではない

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 あとがき

 このさき2,3話は説明会っぽくなると思います。まだプロローグ部分ですね。予定としては5話ぐらいでフェイト誕生の予定です。
 ちなみにトールの本体は、バルディッシュの紫Verです。



[22726] 閑話その一 アンリミテッド・デザイア
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2010/11/15 19:05
閑話その一   アンリミテッド・デザイア



新歴55年 ミッドチルダ首都クラナガン 地上本部





 『失礼します、レジアス・ゲイズ二等陸佐』

 定型通りの挨拶した後、私は彼の執務室へと入る。アポイントメントはとってあるので特に問題はないはず。


 「お前か」

 しかし、返事からは覇気を感じ取ることは不可能、何らかの精神的な事情があるものと推察。


 『悩みごとですか』


 「もうすこし言葉は詳しく述べてくれ、まあ、デバイスに言っても仕方ないか」


 『申し訳ありません。私の汎用的人格言語機能は我が主人とその家族のためにインストールされたものであり、現在は他の事柄にリソースを割いているため、この程度の言語機能が限界となります』

 ここは地上本部であり、ある意味では敵地。下手な言動、行動は許されず、あらゆる状況を想定して対応手段を主記憶に蓄積しておく必要あり。同時に、ゲイズ二佐が悩んでいる事柄についての検索開始。


 「………俺はデバイスのお前から見ても消沈しているように見えたか?」


 『肯定です、恐らく一般的な価値観を共有する人間であれば誰でもが気付くことは可能でしょう―――――検索完了、貴方の苦悩の原因は先日に起こった事件が原因と推察されます』

 死者二十五名、内民間人十一名、魔導犯罪者が放った殺傷設定の砲撃によりクラナガンの一区画が破壊され、捕縛のために動いていた地上部隊の陸士と射線上にいた民間人が犠牲に。

 遅れて出動した本局航空魔導師隊によって犯人は捕縛されたものの、民間人に10名を超える死者が出たことは管理局にとって大きな痛手と考えられる。


 「余計なことはいい、用件を述べろ」


 『了解です。我が主、プレシア・テスタロッサより、非魔導師へのリンカーコア移植技術に関する最新経過を伝えろと承っております』


 「それだけならば技術部の者達に直接伝えればよいだけだろう。わざわざ俺の下に来たということは他の用件があるのではないか?」


 ゲイズ二佐の推察能力は高い。管理局内においてもこの人物を上回る政治的能力を持つ人間は極わずかであると予想。


 『時空管理局地上部隊では、魔導師の数が絶対的に足りておりません。高ランク魔導師の大半は本局へと流れるため、今回のような高ランクの魔導犯罪者が暴れた場合、鎮圧のために犠牲が出るのはやむを得ないでしょう』


 「……………それはその通りだ」

 レジアス・ゲイズという人物はその現状を変えるべく活動している改革派の急先鋒。だからこそ、こちらの提案に応じる可能性が最も高いと推察。



 『それを解決するために、非魔導師へのリンカーコアの移植技術を確立することを試み、地上本部は多くの研究者にそれを依頼しており、我が主もその一人です。本局に対しては可能な限り機密としながら進められているため知る人間は限られますが』


 「……………」


 ゲイズ二佐は沈黙を維持。これは前振りに過ぎず、これから話すことこそが本題であると理解していると認識。


 『しかし、魔導師を確保するアプローチはそれだけではない。人造魔導師の育成、さらにはクローン培養も倫理面を考慮しなければ戦力の拡充方法として効果的でしょう』


 「馬鹿な! 時空管理局は法の守り手だぞ! 違法研究に手を出して何とするのだ!」


 突然の激昂、ゲイズ二佐の人格傾向情報に修正を加える。


 『ですが、違法研究によってでしか救われないであろう命も存在しているのです』

 私はスクリーンを展開し、カプセルに保存されているアリシアの姿を映し出す。



 「……………これは?」

 少し落ち着いたのか、ゲイズ二佐から質疑が出る。


 『我が主プレシア・テスタロッサの長女、アリシア・テスタロッサです。脳死状態にある彼女の蘇生こそが我が主の研究の最終目標といえましょう』


 そして、詳しい経緯をゲイズ二佐に語っていく。この人物は実直ではあるが、相手の言葉に耳を傾けない人物ではなく、事情を話せば一定の理解は得られるものと予想。










 「そうか、それで非魔導師へのリンカーコアの移植を研究していたのか………」

 ゲイズ二佐の顔には納得がいったと書かれている。プレシア・テスタロッサは本来魔道力学が専門であり、次元航行エネルギー駆動炉などの開発の行っていた人物、生命工学は普通に考えれば畑違い。

 流石のゲイズニ佐といえど、管理局に協力する一研究者の人生内容までは知り尽くしてはいないのだから、その疑問は当然といえる。


 『肯定です。そして、あくまで医療目的の手段としてクローン培養技術を応用しようとしています。ですが、現状の法律を考えれば違法研究となりましょう』


 「それは間違いない、管理局法はいかなる理由であれ、人間のクローン培養を禁止している」


 『承知しています、そこを曲げて貴方に協力をお願いしたい。無論、相応の見返りは用意します』


 別の資料を開封する。


 「これは?」


 『対空戦魔導師用の追尾魔法弾発射型固定砲台、“ブリュンヒルト”。その動力となる駆動炉、“クラーケン”。その設計図です』


 「対空戦魔導師用の固定砲台だと!」


 驚愕の声を上げるゲイズ二佐、この反応は予想通り。


 『我が主の魔力はSランク相当ですが、次元跳躍魔法という稀有な技術を保有しているため条件付きSSランクと認定されております。この“ブリュンヒルト”は座標さえ入力すれば次元跳躍魔法に近い射程を誇り、高速機動可能な空戦魔導師をも撃ち落とすことが可能です。我が主がデバイスを用いた魔法でそれを行うように』


 “ブリュンヒルト”は我が主の空間跳躍攻撃を大型の駆動炉のエネルギーと特殊な設計の魔力制御機構によって再現したもの。我が主は本来こういうものの開発を専門としている。無論、その駆動炉の“クラーケン”も同様。


 『未だ机上の空論ではありますが、地上本部が開発に乗り出すならば10年もあれば試作機の製作が可能と予想されます。特に問題なくアップデートが行われれば、20年後、新歴75年あたりには完成を見るでしょう』


 「………」



 長き沈黙



 『いかがでしょうかゲイズ二佐、我々は表だって支援を必要としているわけではありません。我々が発注する材料や機材の手配を潤滑に進め、それらの材料の用途の認定に便宜を図っていただければ十分です』


 「……………残念だが、今の俺にはその権限はない。我々は新たな機構を導入するよりも現在の機構の無駄をなくすことで手一杯だ」


 返答は予想の範囲内。仮に彼が人造魔導師やもしくは戦闘機人などの新戦力を必要としたとしても、その段階に達するにはあと10年ほどはかかると予想。まず土台となる部分を整えなければ新戦力の導入は夢物語、現在の彼はその改革の中心にいるのだから、他に余力を裂く余裕はない。


 『では、既に生命工学関連で管理局から支援を受けている研究者を紹介していただけませんか、そちらに直接交渉してみることにいたします』

 この状況における紹介とは、すなわち研究施設への管理局からの要請と同義。


 「それは構わん、手配しよう」


 『ありがとうございます。それから、その設計図は差し上げます。我々の手元には原本がありますし、管理局以外に売り込めるものでもありませんので』

 “ブリュンヒルト”を次元世界の国家などに売り出せば必ず国際問題や外交問題に発展する。それは我が主にとって好ましいものではなく、政治的に中立を保っている時空管理局のみがその例外となり得る。

 聖王教会ですら政治とは無関係ではいられない。ある意味で国家の正規軍以上の武力を保有するが故に政治的な中立を求められる管理局はこの次元世界で最も信頼度が高い組織でもある。



 「――――もし、地上本部がこれの開発を進めたとすれば、協力を依頼することは出来るか?」


 『アリシアの蘇生を進める片手間でよければ構いません。我が主の本来の専門分野はそちらなので、息抜きにはなるかと』


 「―――――そうか」


 ゲイズ二佐より資料を受け取り、私は地上本部を後にする。


















新歴55年 ミッドチルダ某所




『クラナガン生体工学研究所――――』


渡された資料に書かれていた住所を照合し、下調べも行ったが特に異常はなし、正規の開発のみを行っている健全な組織と判断された。もしそうでなければゲイズ二佐から紹介されないことも補強材料となった。


 『失礼します。私はプレシア・テスタロッサの名でアポイントを取った者で、彼女の代理人のトールと申します。ロータス・エルセス氏に繋いでもらいたいのですが』

 受付に用件を告げ、しばし待つ。










 交渉自体は特に問題なく終了。

 こちらが要求したものは生命研究に必要とされる代表的な機材と材料、その対価に定価の2倍の額を支払うことで話はついた。この研究機関は機材などもかなりのペースで新しいものに入れ替えられるようで、定期的に取り換えた品を他の研究機関に譲渡しているらしく、その優先順位を金銭で入れ替えただけの話。


 しかし――――



 「いや、中々に興味深い話だ。彼女とは一度語らってみたいと思っていたのでね」


 対応していた研究員の態度が、突如として変化した。


 『貴方は――――』


 「おっと、そんな他人行儀な口調はよしてくれたまえ。いつも通りの君で構わないよ」


 汎用的人格言語機能をON、このタイプの人間には話を合わせた方が有益な情報が引き出せると判断。


 「……………そうかい、じゃあこっちもこれでいかせてもらうが、手前は一体何だ?」

 この気配、どう考えても堅気のものじゃない。こんな普通の研究機関にいる人種では断じてあり得ない。


 「くっくっく、ふむ、私が何か、か。その問いに対する答えはやはり一つに集約されるだろう」



 次の瞬間、男の顔が変わる。魔力の反応が変身魔法の類いではなく、それとは全く違うものだ。

 そして現われた顔は――――


濃紫の髪――金色の瞳――隠しきれていない滲み出る狂気――俺にも見覚えはある。というか、この顔は俺達と切っても切れない関係にある。



「無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)、私が何かと問われれば、そう返すのが最も自然なのだろうね」


堪え切れないように嗤いながら、ジェイル・スカリエッティという男は、俺の前に現われた。










 「なるほど、それで、その珍妙な仮面が手品の種か?」


 「そうとも、これは偽りの仮面(ライアーズ・マスク)というもののプロトタイプでね、これで変装したものは通常の魔法ではまず見破れない、欲しいのなら一つくらい進呈してあげてもよいが?」


 「遠慮しとく、ただほど高いものはない、特にアンタの場合利息が高そうだ」


 「ふむ、残念だね」

 存外真面目そうに言いながらコーヒーを飲むスカリエッティ。


 「それで、天下の広域次元犯罪者様が一体なんで俺なんかと会うためにこんなところにいるんだ。まさか無駄話がしたかったなんて言うんだったら喜んで付き合うが」


 「無駄話か、悪くないね。しばらく興じてみることとしよう」




 その後、しばらく話しあった内容は冗談抜きで無駄話でしかなかったので割愛する。








 何度も議題を変え、ゴキブリは如何にして“例の黒い物体”と呼ばれる程の知名度を確立したのかという命題について語った後、スカリエッティはようやく本題に入った。ちなみに、無駄話をしながら場所は移しており、地下通路を通ってかなり本格的なラボに来ている。


 「きっかけは些細なことだよ。私が基礎理論を構築したプロジェクトFATEを引き継ぎ、中々に面白いことをやっている者たちがいると小耳に挟んでね。何か手助けは出来ないものかと考え付いたまでだ」


 「その手助けとやらを口にする表情が、さっきの実験用の蟲について語る時の顔と同じなのは仕様か?」


 だが、実に分かりやすくはある。要は俺達に研究材料を与えて、どんな結果を出すのか観察したいといったところだろう。どんな結果に転がろうが良し、突き詰めて言えば道楽だ。



 「さあて、どうだろうね」


 「まあいいけど、俺のご主人様の答えは聞くまでもないからな。アリシアの蘇生に繋がることなら何でも飛びつくぜ、今のあいつは」


 「ふむ、中々に面白く狂っているようだね」


 「アンタに言われるのだけは心外だろうが、狂っているという面では同意できるな。プレシア専用のデバイスとしては誇っていいのかどうか微妙だが」


 プレシアを正気に留めることは俺の主な役割の一つだが、完全に果たせていないというか、そもそもプレシア自身が完全に正気に戻ることを望んでいない。あまりに狂い過ぎてはかつてのように思わぬ副作用を喰らう可能性が高いことを自覚したから、その対処法として俺に狂気を抑える機能を追加したに過ぎないのだ。


 「だからこそだ、そんな彼女に贈り物を用意した。どう使うかは彼女次第だが、面白いことになると思うよ」


 スカリエッティがいつの間にか手にしていたのは、赤い宝石のような物体。



 「それは?」


 「“レリック”というロストロギア、あいにくと説明書というものは私の頭の中にしかないので用意していないが、彼女ならそう時間をかけずにどのようなものか探れるだろう」


 スカリエッティはそう言ったが、この後プレシアがレリックの特性を把握するまでに3か月近い月日を要した。それを大した時間もかけずに成したであろうこの男の頭脳は一体どうなっているのか。


 「これをくれることによってアンタにどんなメリットがある、と聞くのは意味がなさそうだな」


 「よく分かっている。ならば、答える必要もなさそうだね」


 スカリエッティが名乗った“無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)”、それがこの男を表す記号ならば、理由を考えることに意味はない。ただやってみたくなったからやっただけだろう。

 要は、この男にとって世界とはただ愉しむためにある。そして、面白そうな玩具を見つけたから観察しようとしてみただけ。


 そして、そのスタンスはプレシアと噛み合う。プレシアにとってはアリシアが蘇生できるのならそれでだけでいい。その研究成果が時空管理局に渡ろうともどっかの国家に渡ろうとも、このマッドサイエンティストに渡ろうとも、プレシアにはどうでもいい話だ。



 「一つ質問だ、アンタはこれで何を成す?」


 「芸術品を作るつもりだよ。生命操作技術の果てにこそ、私が求めるものはありそうでね。私は――――――人間を愉しみたい、それを形にしてみたい、どんな形になるのか分からないからこそ、やってみる価値がある」



 なるほど――――こいつは狂人だ。


 普通の人間に理解できない、共感出来ない精神性を持つ存在を狂人と定義するならば、この男にこそ狂人という言葉は相応しい。




 「だいたい分かった。じゃあな、また会おう」


 「ああ、私達はいずれまた巡り合うことだろう。それがいつになるかは分からないが―――――楽しみにしておこう」



 俺とこの男の邂逅はひとたび終わる。この出会いから再会までには10年以上もの時間を要することとなるが、そのことは別に驚くに値せず、むしろ予想できたことだ。


 だがしかし、“プロジェクトFATE”と“レリック”、ジェイル・スカリエッティという狂科学者がもたらした古代の遺産が俺達にどのような影響を与えるのか。






 その答えが出る日は、まだ遠い。








[22726] 第四話 完成形へ
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:cb049988
Date: 2010/10/30 19:50
第四話   完成形へ





新歴57年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園



 「実験体1127番――――――良、リンカーコアは順調に成長中、魔力値3300、Eランク」


 「実験体1135番――――――可、リンカーコアの成長が停止、処置を施して様子を見る」


 「実験体1144番――――――不可、リンカーコアが暴走を開始、体細胞を破壊」


 「実験体1151番――――――優、リンカーコアは順調に成長中、瞳の色に差異あり、魔力値4200、Eランク」


 「実験体1159番――――――可、リンカーコアにややおかしな特性を確認」


 「実験体1166番――――――不可、培養液を抜いたところ、リンカーコアが消滅」


 「実験体1175番――――――優、リンカーコアは順調に成長中、髪の色に差異あり、魔力値6400、Dランク」


 「実験体1188番――――――不可、リンカーコアが異常増殖、生体活動を阻害」


 「実験体1197番――――――良、リンカーコアは順調に成長中、矮小な体躯、魔力値2100、Eランク」


 「実験体1205番――――――優、リンカーコアは順調に成長中、これまでで最高の成長速度、魔力値8700、Dランク」


 「実験体1211番――――――不可、培養カプセルから出した結果、リンカーコアが暴走」


 「実験体1219番――――――不可、リンカーコアは有するものの、生体反応が停止」


 「実験体1228番――――――優、リンカーコアは順調に成長中、下肢の成長にやや問題あり、魔力値2700、Eランク」


 「実験体1233番――――――保留、リンカーコアから電気変換特性を確認、これまでにない反応」


 「実験体1240番――――――不可、培養カプセルから出した結果、生体活動が停止」


 「実験体1248番――――――可、リンカーコアは順調に成長中、内臓に一部機能的欠損あり、魔力値2500、Eランク」


 「実験体1255番――――――保留、再び電気変換特性を確認、プレシアの遺伝子の影響と見られる」


 「実験体1267番――――――良、リンカーコアは順調に成長中魔力値5700、Eランク」






 「何とかここまで来たか」


 プロジェクトFATEは遅々とした速度だが確実に進んでいる。

 この研究の核になるのはレリックが有する蘇生機能だ。レリックが定着さえすれば、アリシアは間違いなく脳死状態から回復すると、プレシアの研究でわかった。しかし、レリックの蘇生機能は、魔力炉としての機能を十全に発揮するための補助的な機能なので、メインである魔力炉の機能を停止させると、当然蘇生機能も働かない。そして、非魔導師であるアリシアではレリックの内包する膨大な魔力に耐えられないのだ。

 だが。以前の研究によって、リンカーコアならば非魔導師の肉体にも移植できることが確認されている。その場合、SランクのコアであってもAランクギリギリの魔力しか持てず、効率的にはまったく実用性がないが、プレシアは効率性なんか求めてないので、何の問題もない。よって、レリックを解析し、その蘇生機能をリンカーコアに付与させる方法を見つけ、それによって作ったレリックの劣化版”レリックレプリカ”の作成に成功し、それをアリシアに適合させようとしたが、今のところここで行き詰っている。
 
 やはりメインとなる魔力炉としての機能がリンカーコアとレリックでは差が大きい。そのためサブ機能としての蘇生機能まで弱くなっているとプレシアは考えているが、それさえ仮説というのが現状だ。

 一応の予想としては、もしレリックないしレリックレプリカが定着してアリシアが脳死状態から回復した場合、アリシアは最低でもAAランクの魔量を有するようになるらしい。

 よってまずその完成系である”高い魔力資質を持つアリシア”をクローン培養でつくり、完成形であるその”妹”のデータから、どのようにレリックを調整すればいいのかを逆算していくというのが、今目指している段階だ。


 既にリンカーコアを有さない通常のクローンならば問題なく作ることが可能となった。俺の方では引き続きリンカーコアを有する“妹”の製作を続け、プレシアは記憶転写の実験に入っている。

 この方式で“妹”を誕生させる以上、赤ん坊の状態で生まれさせることはできない。少なくとも4歳程度までは培養カプセルの中で育てないとリンカーコアが問題なく成長出来ているかを確認することが出来ないからだ。

 つまり、それまでの人生記録はアリシアから引き継がねば一人の人間として成長するのに障害が出る。俺達が作るのはあくまで“アリシアの妹”であって、誕生こそ普通の人間と違っても人生経験は可能な限り通常に近づける必要がある。でなければ“高い魔力資質を持つアリシア”の完成形になりえない。

 俺が作ったアリシアの通常型クローンを用いてプレシアが記憶転写のノウハウを構築しているがそっちもそっちで苦戦中、やはり人間の脳というものは余所から来た情報を拒否するもので、それを突破するのは並大抵ではないようだ。


 だが、仮説は一つある。植えつけられた記憶と現在の自分に差異がなく、違和感がなければそれを自分の物として受け入れられるのではないかというものだ。

 要約すると、誕生した“アリシアの妹”にアリシアの記憶を植え付け、そしてその子をプレシアの娘として育てれば自分に違和感を持つことはなくなるというもの、早い話が愛情を持って育てればまともな人間に育つというわけだ。

 また、アリシアの人生が5歳で止まっていることから考えても“妹”は4歳から5歳程度までが培養カプセルで成長させる限界点となる。それ以降は普通の子供と同じように育てなければならない。

 問題点はこの仮説の証明が出来ないことだ。アリシアのクローンはまだ生まれていないから育てることは出来ないし、プレシアにも育児に当たる時間がない。その時間を割けるとしたら完成した“アリシアの妹”だけだ。


 なので現在、リニスがその問題を解決するロストロギアを探索している。ロストロギアの中には使用者を幻想空間に引き込み、夢を見せるものがあるという。

 数年前に発生した“闇の書事件”で有名なロストロギア“闇の書”にもそういう機能があるなんていう情報もある。こいつが持つ“守護騎士システム”は俺の人間的人工知能の原型といえるが、少なくともロストロギアの中にそういう能力を持つものがあるのはほぼ間違いない。

 それを利用してアリシアのクローンにアリシアの記憶を植え付けてさらに娘として育てた未来を計算し、疑似体験を行うという少々強引な方法となるが、仮説が仮説だけにそれくらいしか証明手段が思いつかない。



 「ま、そっちはプレシアとリニスに任せるしかない。スクライア一族とも結構交流が増えたし、時空管理局遺失物管理部とのコネづくりも大分出来てきた、ロストロギアを集めやすい状況は整って来たはずなんだが、どうなることやら」


 俺も常に研究室で缶詰になっているわけではなく、むしろ外に出て活動している時間の方が長いと言えば長い。

 プロジェクトFATEの特性上、処置を行っても結果が出るまでに大抵3日以上、下手すると半月近くかかる。だから、現在育成中のクローンにそれぞれ処置を施したら数日は放置し、その間に研究費のための資金のやりくりや不動産関係の書類の整理、さらにはクローン精製に必要な材料の確保や必要ないロストロギアを競売にかける地下オークションの開催などを行っている。

 時の庭園があるアルトセイムはミッドチルダの辺境にあるが、第一管理世界ミッドチルダの首都クラナガンに行けば大抵の世界とのやり取りは行える。オークション会場何かを探すにもクラナガンなら苦労はしない。とはいえ、人間だったら過労死してるスケジュールだがインテリジェントデバイスの処理性能のおかげでなんとかなっている。それに、プレシアが工学者としての本領を発揮して俺と“肉体”の同調性を上げてくれているのも大きい。


 まあ、それには匿名でたまに送られてくる品が役立っているという部分もある。“レリック”を俺達に贈って以来、あの男は思いついたように何らかの品をここに匿名で送るようになった。アリシアの蘇生には役に立たない品ばかりだが、俺の身体の強化には役立つものもあったりする。

 特に1年ほど前に送られてきた魔導師の肉体とリンカーコアは“トール”と半融合状態になることで予想外の副産物をもたらしてくれた。元々はセンサーの強化バージョンのような能力を持っていたようだが、インテリジェントデバイスと化合することで相手の幻影や結界を見破り、魔力を数値化する技能へと変化された。

 どうやらあちらではこういった技能をIS(インヒューレント・スキル)と呼んでいるらしく、それにならって俺もISとしてこの“バンダ―スナッチ”を利用させてもらっている。これらの調整をやってくれたのはプレシアで、生命工学分野ではスカリエッティに及ばずとも、デバイス改造に関してならば負けていない。


 だが、研究面でプレシアにかかる負担も相当のものになっている。俺と違って生身のプレシアは疲労がたまれば当然身体に悪影響が出る。ただでさえ以前扱った薬品などが原因で疾患を抱えている身なのだ。現在はそういう危険がありそうな実験は俺が全て代行しているが、逆に新しい理論を構築するのはプレシアにしか不可能な作業のため、試行錯誤の段階ではプレシアの負担はどうしても大きくなる。


 「どんなに性能が良くても俺はインテリジェントデバイス、既存のものから新しい理論を組み立てるという作業はどうしても苦手だ」

 俺が裁判や交渉に強いのはそれらが既存のものと同じものであるからに他ならない。

 裁判も金銭的な契約も全部人間がルールを定め、これまでの人間の行動に基づいて作られている。だから、それらの情報を集め、データベースを構築すれば大抵の出来事には即座に対応できる。

 だが、新しい理論や仮説を作るというのは全く異なる思考方法だ。デバイスの演算性能は人間の比ではないが、アルゴリズムの大元を自分で組み上げることは出来ない。どんな術式であっても大元を組みあげるのは魔導師であり、デバイスはそれを高速で展開するだけだ。

 プロジェクトFATEにも同じことが言える。俺に出来るのは実験体のデータをまとめてプレシアに送ることと、“これまでにあったこと”から近い例を検索してその傾向を調べることだけ、そこから新たな処置方法を考えるのはプレシアの役割になる。



 「無理するなと言いたいところだがアリシアの脳死状態から既に18年、本当に猶予がなくなってきやがったからなあ」


 後8年くらいは持つだろうが、それまでに蘇生に必要な技術を全て確立できるかとどうかは微妙なところだ。

 絶望的ではないが、楽観することも出来ないというなんとも言い難い状況で、なまじ希望があるだけに余計手を抜きにくい。ここで手を抜いたことで手遅れになったらなんて思ってしまえば休むことすら出来ないだろう。

 俺はデバイスだからその辺は効率を考えて割り切れるが、プレシアはそうもいくまい、自分の娘の命がかかっている以上冷静でいられはしないだろう。それにそもそも、プレシアの現在は今も半分は止まっている、元より走り続けるしか選択肢などないのだ。




 「よくて後10年…………もしくは9年か8年…………下手すりゃ6年………ってとこかね」


 まあ、何とかするしかない。主人が諦めていないのにデバイスが弱音を吐くなどありえないことだ。

















新歴59年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園



 「実験体1567番――――――優、リンカーコアと体組織、共に問題なし、魔力値1万2200、Dランク」


 「実験体1589番――――――不可、培養カプセルの外に出した結果リンカーコアが暴走」


 「実験体1600番――――――不可、リンカーコアが自然消滅、原因の絞り込みはほぼ完了」


 「実験体1631番――――――不可、カプセル外部においてリンカーコアの暴走はなし、だが、機能不全」


 「実験体1672番――――――優、リンカーコア優秀、さらに電気変換特性を確認、魔力値1万6900、Dランク」


 「実験体1695番――――――優、リンカーコア極めて優秀、4歳としては非常に高い、魔力値3万7700、Cランク」


 「実験体1713番――――――不可、最終的な課題が残る、全ての機能を発揮すると脳波が検地させず、このままでは意識が宿らない」


 「実験体1734番――――――優、体組織系の問題はほぼ解決、残る問題はリンカーコアとの適合率、魔力値1万8000、Dランク」


 「実験体1766番――――――不可、適合率は過去最大、しかし、脳波が検知させず」


 「実験体1791番――――――優、リンカーコアと体組織共に問題なし、魔力値1万4700、Dランク」


 「実験体1814番――――――不可、新たな処置を試みるも失敗、リンカーコアが暴走」


 「実験体1837番――――――不可、カプセル外部でリンカーコアの暴走はなし、しかし、脳波が検知されない」


 「実験体1861番――――――優、これまでで最高の性能を確認、魔力値6万7800、Bランク」


 「実験体1888番――――――不可、適合率は過去最高だったが、脳波が止まり失敗、拒否反応などはなし」


 「実験体1904番――――――不可、リンカーコアは安定、問題点オールクリア、しかし、脳波が安定しない」


 「実験体1929番――――――優、リンカーコアと体組織共に問題なし、魔力値1万3100、Dランク」


 「実験体1945番――――――暫定的成功、ついにリンカーコアを宿したクローン体から正常な脳波を確認、培養カプセル外部においても生体活動、リンカーコアに異常なし、魔力値1万6500、Dランク」









 「やっとここまで来たか………」


 デバイスとはいえ、やはり感無量である。とはいえ、最新の技術でリンカーコアとデバイスのコアを融合に近い形で直結しているので完全な人工知能というわけではないんだが。


 「何はともあれ、ここまで来た。後はプレシアの記憶転写が上手くいけばいいだけなんだが、そこもそれで難関だ」

 まず、4歳の子供の脳というのは非常にデリケートでその上現在進行形で成長している。

 容量自体は生まれた頃、つまりは0歳の時からそれほど変化ないみたいだが、脳細胞を繋ぐ神経は時間と共に複雑さを増していき、子供の脳の成長速度は大人とは比較にならない。

 その状態で4年分にも及ぶ記憶の転写に脳が耐えられるかどうか、特別な対策をとらない限りはまず間違いなく脳が使いものにならなくなる。


 そこを何とかするためにプレシアが必死に研究を進めているわけなんだが………



 「あいつの話によれば理論的には問題ないそうだが、結局やるのは俺なんだよな」

 プレシア自身が“アリシア”に施術してその結果が脳死じゃあいくらなんでも精神的ダメージがでかすぎる。記憶転写の術式である以上、失敗の結果は脳死しかありえないがアリシアの脳死を繰り返すのは絶対に無理だ、あいつの寿命が確実に縮まっていくだろうし、下手をすると本格的に気が狂う。


 「かといってリニスにやらせるわけにもいかないし、あいつにはそろそろ保育士の資格を取りにいってもらわないといかんからなあ」


 俺達が生みだすのはあくまでアリシアの妹だ。当然戸籍も用意するし、冷凍保存してあった夫の精子を利用してプレシアの卵子と合成して受精卵を作り出し、試験管で生まれたという設定にする。体外受精は違法というわけではないがそのためにはやたらと複雑な書類と管理局の監査が入る。設定に矛盾こそ生じないが、事実でない以上逆に危険も大きいので細心の注意が必要になる。

 プレシアは現在44歳だから出産はぎりぎりだ、例え体外受精だとしても今のプレシアの卵子ではかなり苦しいかもしれないが、高ランク魔導師の肉体は老化が遅いケースがある。条件付きながらSSランクの魔導師のプレシアもかなり若い肉体を保っているので外見的には違和感はない。

 だが、それはあくまで外見上の話で、体内の状況を考えれば不可能なのは間違いない。今のところ日常生活には支障をきたしていないが、後2年もすれば障害が出てくることだろう。


 「時間、全ては時間か。果たしてこれから生まれるアリシアの妹はプレシアの希望となれるのか」


 ロストロギアの方もリニスの働きで“ミレニアム・パズル”と呼ばれる現像世界によって人間と事象を繋ぐものが見つかった。だが、レリックに代わるものは発見できず、リンカーコアを改造した“レリックレプリカ”では恐らく不可能。

 蘇生のためのピースは足りるようで足りていない、最早後は運次第になるかもしれないな。


 「後は、クローンのリンカーコアの魔力値か。これが高い方がいいという予想だが、実際にやってみないことにはなあ」


 俺の“バンダ―スナッチ”によって機材を用いずとも魔力の測定は行える。管理局では魔導師の魔力値はいくつかの段階に分けているが、これがそのまま魔導師ランクに直結するわけではなく、特に近代ベルカ式の使い手は魔力値とランクが比例しない。


 一応魔力値の基準として、

1000以下   ―――  Fランク
1000~5000  ―――  Eランク
5000~2万  ―――  Dランク
2万~5万  ―――  Cランク
5万~10万  ―――  Bランク
10万~20万  ―――  Aランク
20万~50万  ―――  AAランク
50万~200万  ―――  AAAランク
200万~1000万 ―――  Sランク
1000万~5000万 ――― SSランク

ということになってはいる。だがこれらは平均的な値で、砲撃魔法を使った場合などの瞬間的な魔力は2倍や3倍、もしくは5倍なんてこともある。

 それぞれの段階の幅が一定ではないのにも理由はあるそうで、Eランクは1000から5000の5倍、Dランクは4倍、Cランクは2.5倍、Bランクは2倍、Aランクも2倍、AAランクは2.5倍、AAAランクは4倍、Sランクは5倍、SSランクも5倍と、ちょうど中間のBランクやAランクが幅的には小さく、ここが海と陸を分ける境界線にもなっているとか。

 本局の武装隊局員の平均はBランク、技能で補うにしても少なくともCランク相当の魔力値は欲しいところだから2、3万程度の魔力は必須となる。それ以下の魔力値だったら武装隊に入ることは絶望的と考えてよい。

 しかし、高ランク魔導師となると話は変わり、魔力値15万程のAランク相当の魔力の持ち主でもSランクの魔導師ランクを持つことがある。ベルカ式の使い手ならば技量次第でそこまで登りつめることも不可能ではないとか。


 とはいえ、4歳の子供のリンカーコアの魔力値しか分からない以上、優秀な魔導師になるかどうかを判断することなど出来はしない。だが、記憶転写に耐える条件が強固なリンカーコアを持つことという可能性は十分に考えられる。 いや、プレシアの研究では十中八九そうらしい。



 様々な思考を並列して展開しながら、俺は成功例のデータをまとめるべく高速演算を開始した。

================


 今回は長い説明の回となりました。一言で言えば、アリシアを回復させるためにはフェイトの存在が不可欠、ということを言いたかっただけです。ついでに優とか良とかはなんとなくでつけてます。

 書いたつもりで忘れましたが、1話の事故のときに死んだリニスは使い魔のリニスではなく、ただの山猫のころのリニスです。プレシアはアリシアを脳死状態から回復させたら、リニスを使い魔として蘇生させるつもりだったので、死体を保存しておいたんです。修正しておきます。
 
 あと、魔力ランクについてはオリジナルです。この数値はあくまでリンカーコアの『出力』であって、魔力保有量ではありません。効率が悪ければ実際の魔法の威力は落ちたりします。

 簡単に言えばDBのスカウターの値、ベルカ騎士は戦闘力のコントロールがうまい。

 早い話、トールはスカリエッティ博士からスカウターを貰ったというだけです。

 次回、ようやくフェイト誕生です。



[22726] 第五話 フェイト誕生
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/10/31 11:11
第五話   フェイト誕生





新歴60年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園





ついに運命の時がきた。




 「く、くくく、はーっはっはっは!!」


 そこは神を讃える神殿であり、その中心には荘厳な気配を漂わせる祭壇が立てられ、一つの存在が御神体のように据えられていた。


 「ついに! ついに! ついに来たぞこの時が!! ああ! この時をどんなに待ちわびたことか! 我々の悲願! 我々の夢への偉大なる第一歩がここより始まるのだ!!」


 そして、その前に立ち両手を広げる男は歓喜していた。長年に渉る研究の成果、その結晶が今こそ目覚めようとしているのだ。


 「喝采せよ! 喝采せよ! おお! おお! 素晴らしきかな!!」


 その声はどんどんボルテージを上げていき、慟哭のようにも聞こえるほどである。


 「さあ目覚めよ! 目覚めの時は来たのだ! お前の名はフェイト! 我々の偉大なる研究! プロジェクトFATEの名を冠した最高傑作! お前を作り上げるためだけの我々の苦労と苦悩はあった。その成果がここに降臨する!!」


 ドガーン!

 いかにもな効果音が響き渡る。以前プレシアが放ったサンダーレイジを記録しておいたものの再生である。


 「さあさあさあ! ついに祝福の時がきた! 遍く者は見るが良い! これこそ! 我が愛の終焉である!!!」


 そしてついに、祭壇の中枢にあったものが光を放ち、その威容を――――




 「………何をやっているのかしら、貴方は」


 見せる前に、プレシアの心底呆れ果てた声が響いた。












 「ようやく、ようやくだぜプレシア、ついにフェイトが生まれるんだ、ここでテンションを上げないでどうするよ?」


 「その異常なテンションに付き合わされて毎回落胆するこっちの身にもなりなさい」


 「大丈夫、今回こそは間違いない。絶対だ」


 「その台詞をもう20回以上は聞いた覚えがあるんだけど?」


 「過去を振り返ってどうする。俺達は常に未来を見るべきだ」


 「だったら見るだけにしておきなさい。そんなアホ丸だしな格好でアホなことやってるんじゃないわよ」


 つくづく辛辣なプレシアの言葉だが、まあ気持ちが分からなくもない。


 去年、ようやくリンカーコアを備えた素体を完成させた俺達だが、やはり記憶転写は最後にして最大の障害となった。

 記憶を定着させるにはどのように情報を加工して書き込めばよいかは“ミレニアム・パズル”を用いたシミュレーションによって確立できたが、シミュレーションであるだけにハードの強度は特に考慮していなかった、というより出来なかった。

 だが、いざ実践となると子供の脳の脆弱性というものは予想を遙かに上回る厄介さを持っていた。上書きされた情報に押し流されて、せっかく意識を宿した脳がパンクしてしまうのであった。

 対応策はあるにはあったが、今回はそれを取ることが出来なかった。まだ培養カプセルにいる間に試験的に目覚めさせ、記憶を僅かに移植、数日間そのまま放置し一定の期間を置いて再び記憶を移植する。こうして分割して記憶を移植していけば脳にかかる負担も少なく、培養カプセルの助けもあるので調整が行いやすい。

 だが、弊害もあった。記憶を刻まれた脳は活性化するので、その段階で”妹”は意識が目覚めてしまう。そして、刻まれた記憶と共に培養カプセルの中に漂う自分の記憶も刻まれてしまうらしく、しかもこの記憶は自分自身の体験であるだけに移植された記憶を遙かに上回るリアリティを持ってしまう。

 つまり、白紙の状態に記憶が書き込まれるのではなく、“培養カプセルの中の自分”という強力な記憶と並立しながら記憶が刻まれる。そして、自分本来の記憶がそれのみである以上、通常の記憶とは比較に出来ない強さをその記憶は持ってしまう。普通の赤ん坊の記憶には特に強烈な記憶というものは少ない、火に焼かれたりすれば話は別かもしれないが、それでも明確な記憶ではなく潜在意識に刻まれるようなものだ。

 だが、培養カプセルの中の記憶は簡易的な装置で簡単に探れるほどの上層に位置し、同時に深層心理にも深く食い込んでいた。つまり、表から中枢まで突き抜けるような形で巨大で揺るがない記憶の楔が打ち込まれてしまっていた。

 それはどう考えても“アリシアの妹”であるフェイトとしての自意識に悪影響しか及ぼさない。原初の記憶が母に抱かれる記憶ではなく、冷たい培養カプセルの中で漂う記憶では人生の出発点に綻びが生じる。

 フェイトが生まれた後の記憶ならば姉と妹が違う記憶を持つのは当然という認識があっても、生まれ方が違うのではどんな悪影響が後になって出てくるか分からない。

 これが強力な人造魔導師を作り出すというコンセプトの下での研究ならば何の問題もないが、俺達の目的はあくまでアリシアの妹を生み出すことだ。強力なリンカーコアもアリシアの蘇生を行うための条件づけであって戦闘機械として必要なものではないのだ。
 
 そんなわけでアリシアの記憶転写は誕生前に一気に行われることになる。負担を減らすようにあらゆる方策を試み、ずっと眠った状態で少しずつ移植する方法も試したが、時間をかけ過ぎると逆に上手くいかなかった。人間の脳と記憶というものは俺達インテリジェントデバイスの記録と違って死ぬほど厄介だった。

 これが俺だったら記憶領域を探索して、現状で必要ない部分を外付けハードディスクに保存して削除すればいいだけの話なのだが、人間というものはとんでもなくデリケートだ。



 だがしかし、そんな困難極まる状況において、ついに奇蹟が舞い降りた。



 「ふっふっふ、プレシアよ、そのような言葉はフェイトのデータを見てからにするんだな」


 そう言いつつ、俺は今まで内緒にしておいたフェイトのデータをプレシアに渡す。


 「そういえば、貴方もう名前で呼んでいるのね、まだ生まれていないというのに」

 ちなみに、フェイトの名前は俺達で考えたものだが、意見を交わすまでもなく速攻で決まった。

 プロジェクトFATEの名前を冠するという意味合いもあるが、何よりもFateという言葉、これの意味は“降りかかる運命”、“逃れられない定め”、“宿命”で運命の気まぐれや死、破滅を意味するが、それを擬人化すると“運命の女神”、もしくは“運命を切り開く者”、“運命の支配者”となる。

 アリシアを襲ったあの事故が“降りかかる運命”、“逃れられない定め”、“死と破滅”だったのならば、フェイトこそがその運命を覆す存在、アリシアの命を救う“運命の女神”となるように。

 そういった希望を込めて俺達は生まれてくる彼女に“フェイト(Fate)”と名付けた。

 生まれてくる子供の名前を誕生前につける風習はどこの世界にもあるが、そういったものは常に子供の幸福を願う願掛けだろう。そうでなければ生まれる前から子供の名前考えて悩んだりはしない。

 まあ、出来ることならリニスも加えてやりたかったが、プロジェクトFATEに関してはリニスは部外者なのでここは勘弁してほしい。

 そしてもうひとつ、アリシアが脳死状態になる前、プレシアは『妹がほしい』と言われ、それを約束している。どこの家庭でも見られる他愛の無い約束だが、プレシアは今でも鮮明に覚えている。というか、今のプレシアはアリシアとの思い出を残らず鮮明に覚えているのだ。常に頭の片隅で劣化させないように繰り返し回想している。

 だから、フェイトが生まれることは、アリシアとの約束を果たすことにもなるのだ。



 「………これ、本当かしら?」


 「俺は嘘吐きだがマスターに嘘は吐かないぜ、そこにあるデータは全部本物さ」


 実験体2216番、髪の色、肌の色はアリシアと同じ、体組織に問題なし、リンカーコアは一切問題なく成長、そして、現在における保有魔力量、23万5000――――――AAランク


 「4歳でAAランク、まるで冗談のような数値だわ」


 「間違いなくアンタの娘ということさ、アリシアの中に存在するアンタからの遺伝情報、それを基にリンカーコアが作られ、その性能が最高になるような状況が整ったのならそうなるのは必然かもしれない。アンタも5歳の頃には保有魔力量がAAランクに達していただろ、そしてだからこそ制御用に俺が作られた」


 トールというインテリジェントデバイスが作られたのは、強力すぎる魔力をもって生まれたプレシアが、魔法の行使中に暴走しないようにという保険のためだ。そのために俺の機能は制御に重きが置かれている。


 「それに、電気への魔力変換資質も持っている。これはアンタが雷撃系を得意とすることが影響しているな、雷撃魔法の性能を最大限に発揮するなら電気への魔力変換をロスなしで行える体質になるのが一番いい」


 「そう、貴方の妙な自信はそういうこと」


 これまで何度も記憶転写はおこなった結果、原因は未だ完全には解明出来ていないもののリンカーコアの魔力資質が高いと上手く行きやすいという傾向が出ている。魔力が1万程度のランクDのクローン体と5万を超えるランクBのクローン体では明らかに高ランクの方が記憶転写に対する抵抗力とでも呼ぶべき数値が高かったのだ。

 魔法技術を用いて行う記憶転写は、ある意味で脳に直接魔力ダメージを与えるようなものだ。よって、高ランク魔導師が持つ魔力に対する体制が大きく影響する。

 そして、既にAAランクの魔力容量を持つフェイトはこれまでの実験体とは比較にならない抵抗力を持っている。これまでの最高値が8万9400のBランクだったことから考えるとまさに“奇跡”と呼べる存在だ。失敗の繰り返しのデータを基に何度もシミュレーションはしてみたが、成功確率は99.65%と出た。



 故に、今度こそ、間違いなく、記憶転写は成功する。フェイトは生まてくれる。


 「そういうわけだ。じゃあ、プレシア母さん、後はアンタの役目だ」


 さっきはノリで儀式めいたことをやっていたが、別に何か必要なことがあるわけではない。

 カプセルに取り付けられたスイッチを押して培養液を抜き、開いたカプセルから出てきたフェイトを抱きしめるだけだ。


 「私、が?」


 「そう、今度ばかりはアンタの役目だ」


 これまではそれを俺がやってきた。まあ、失敗する(つまり脳死状態になる)確率が高かっただけにプレシアに毎回立ち会ってもらっただけでも恩の字だが、今回は違う。

 アリシアを失って以来、現在を正確に認識できなくなっていたプレシア。それを世界と繋ぐことが俺の役割であり、それを果たすためにもここは譲れない。


 「せっかくフェイトが生まれてきてくれたんだぞ、母親であるアンタが勇気を見せないでどうする。トラウマがあるのは分かるが娘が生まれてくることが確実である以上、抱きしめるのはアンタ以外にいないだろうが」


 「でも、もし失敗だったら………」


 「でもも何もねえ、それとも何か、アンタは相棒である俺を信頼できないってのか?」


 「ええ、信頼できないわ、もの凄く」


 「即答か、だが今回ばかりはマジだ。言ったろ、俺は嘘吐きだがマスターに対して嘘は吐かない。俺がマスターにフェイトが生まれるっていったからには、それはもう確定事項だよ。忘れるな、俺はプレシア・テスタロッサのためだけに作られたインテリジェントデバイスだ」


 俺は一度もマスターにアリシアは必ず助かるなんて言った覚えはない。助かる保証はないし、確率が50%にも達しないものを確定したことのようには言えない。

 だが、フェイトは生まれる。確率は99%以上だし統計学的に考えてこいつは“生まれる”と断定できる数値だ、これが外れたらそれはもう宇宙の意思ってやつだろう。


 「…………」


 「だからほら、勇気を出しな、大魔導師さんよ」


 人間というものは頭で理解していても感情が行動を阻害する生き物。その背中を押すために今の俺の知能はあり、そのように設計されている。故に俺はインテリジェントデバイスなのだ。


 「…………分かった」


 決意するように一度だけ頷くと、プレシアは祭壇の先のカプセルへとゆっくりと近づく。

 スイッチを押す指が震えているように見えるのは決して錯覚じゃない、プレシアにとって娘というのは希望であると同時に鬼門なのだ。その精神の根幹には後悔、恐怖、罪悪感などが渦巻いて罪の鎖を作り上げている。

 だが、恐怖に震えながらも、トラウマに苛まれながらも、プレシアは自分の意思でスイッチを押した。

 培養液が抜かれ、フェイトの姿が顕わになる。

 その姿はまさにアリシアそのもの、年齢的には1歳程の差があるが、これはリンカーコアを有する場合と有さない場合の肉体の違いを考慮した上での年齢差だ。

 カプセルの前部分が開かれ、フェイトが出てくる。一瞬呆然としていたプレシアだが、我にかえって慌てて抱きとめる。


 「……………」


 しばし無言、これまで俺が開いてきたカプセルから出てきた者達も体温はあったのだ。しかし、その目が開かれることは決してなく、動いていた筈の心臓も徐々に止まっていった。

 そして、時間にして120秒と少し、プレシアにとっては永遠にも思えたであろう時間の後―――





 「お―――か――あ――――さん?」


 フェイトが―――――――言葉を発した。

 プレシアは身体を震わせ、ただフェイトを抱きしめる。

 そして、決して放さないように抱きしめながら。


 「ええ―――――私が貴方の母さんよ――――――フェイト」


 ようやく生まれた二人目の娘。一人目の娘との約束であり、一人目を救うための希望となる子に微笑んだ。




 それは、俺が21年ぶりに見た、プレシア・テスタロッサの母親としての慈愛に満ちた笑顔だった。






 『新歴60年、1月26日、止まっていた貴女の時計は再び動き出した、我が主よ。インテリジェントデバイス、“トール”はここに記録する。フェイト、貴女に心からの感謝を、よくぞ生まれてきてくださいました、運命の子よ』








[22726] 第六話 母と娘
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2010/10/31 18:45


新歴60年、フェイトが産まれてより三日後



 「トール! プレシアに娘が出来たって、どういうことですか!!」


 アルトセイムにある公共施設で保育士の資格を取ってきたリニスが帰還して早々、俺のところに怒鳴り込んできた。


 「耳元で怒鳴るな、つーか俺じゃなくてプレシアに聞けよ」


 「聞けるわけないでしょう、プレシアの隣ではフェイトがそれはもう気持ちよさそうに眠っていて、ああ、帰って来ても子供の寝顔を見れるなんて、私はなんて幸せなのでしょう……」

 怒鳴りこんできたはずだが、いつの間にかリニスはどこかの世界に旅立っていた。

 性格的なものも考えてリニスには保育士が天職であると思っていたが、どうやら当たりだったみたいだ。



 「って、じゃなくて、フェイトがプレシアの娘ってどういうことですか!!」

 帰ってきた、意外と早かったな。


 「まあその辺は話すと長くなるんだが、今から21年ほど前に次元航行エネルギー駆動炉“ヒュウドラ”の暴走事故でプレシアの長女、アリシアが脳死状態になったのは知ってるよな」


 「ええ、そしてアリシアを脳死状態から蘇生させるために病気の身体に無理をして研究を行っているのでしょう。そのために必要なロストロギアを揃えるために私も大変でしたから」


 そういやそうだった。俺も俺で大変だったがリニスとて遊んでいたわけではないのだ。遺失物管理部機動三課での経験を生かして次元世界を渡り歩いてロストロギアの探索を行っていた。“ミレニアム・パズル”はその成果の最たるものだ。

 実際、“ミレニアム・パズル”を起動させて幻想と現実をリンクさせる特殊な空間を構成する作業に関してはリニスが主導で行っていた。これに限れば違法ではないのでリニスが行うのに何の問題もなかったという点も大きい。


 「あのレリックも研究材料としてはそれなりに役立った。だが、それだけではまだ足りなかった。アリシアを蘇生させるためにはどうしても生きているアリシアの情報、それも、リンカーコアを持つもう一人の彼女が必要だった。同じプレシアの血を引く妹がな」


 「それでフェイトが生まれたのですか、しかし、どうやって………」


 リニスはプレシアの身体のことなら俺と同様に把握している、つまり、プレシアが出産可能な状態じゃないことは知っているから嘘は通じない。それ以前に、生まれてすぐに4歳相当はどう考えてもありえない。


 「体外受精、とかそう言いたいところだが、そういう合法的な方法で何とかなる状況でもなかったんでな、そうなれば答えは自ずと分かるだろ」


 ミッドチルダにも体外受精などはある。様々な事情から妊娠出来なくなった人達が他の女性の子宮を借りて出産するケース、金持ちならば完全に試験管ベビーとして誕生する場合もある。

 だが、それらの絶対的な条件として通常の精子と卵子の結合によって生まれた受精卵を用いることがある。それらを用いないクローン培養は管理局法で禁じられているのだ。

 実際、ただ子供を作るだけならプレシアの卵細胞と冷凍保存してある亡くなった夫の精子を使えば合法的に可能だ。しかしそれではアリシアの蘇生の指標とはならないし、時の庭園のカプセルで誕生させても全ての個体が異なる情報を持ってしまうという欠点が出てくる。


 「ま、まさか………」


 「そのまさか、フェイトはアリシアのクローンだ。ついでに言えばアリシアの記憶も大体は転写してあって、あの“ミレニアム・パズル”での実験はそのためのものだ。最も、自分の名前に関する部分だけは削除してあるが」


 そう言った瞬間、リニスの表情から血の気が失せる。


 「なんていうことをしたんですか!! クローン培養は管理局法で禁じられているんですよ!!」


 「ばれなきゃ違法じゃない、と言いたいところだがまあそうもいかんわな」


 「当然です!! それで一番苦しむのはフェイトでしょう!!」


 「それは事実だ、これはプレシアの、そしてその端末である俺のエゴと言っていい。アリシアを脳死状態から蘇生させたいのは所詮俺達の都合、別にアリシアが生き返らせてくれって頼んでいるわけじゃないし、そのためにフェイトを作り出せと命令したわけでもない」

 まあ俺はデバイスだが、ここで主人に責任転嫁する気はない。主人に従うのはデバイスとして当然であり、主のために尽くすことがデバイスの存在意義だが、結局、俺は自分のデバイスとしての在り方としてその道を選んだだけの話、ならばこれはやはり俺のエゴでもある。


 「それが分かっているならなぜ!!」


 「答えは簡単だ、俺達がやりたかったからだ」


 そう、答えは実に単純明快。プレシアはアリシアを蘇生させたくて、俺はデバイスとしてプレシアの力になりたかった。だから違法研究と分かっていながらプロジェクトFATEに手を出し、そしてフェイトを誕生させた。


 「貴方達は…………なぜ、フェイトのことを考えないのですか!!」


 「まだ生まれていなかった者のことを考えることは出来ないな、考えるのはこれからだ。既にフェイトは産まれているのだから今更そこを議論しても仕方ない、ここはフェイトが幸せになるには俺とお前はどう行動すべきかを考えた方がいいだろう」


 最も、既にある種の確信がある。俺が選ぶ選択はフェイトが幸せになれる可能性が最も高いものではないだろう。幸せの定義なんざ人それぞれだし、そもそもデバイスの俺には知ることは出来ても理解できないものだが。


 「…………それは、そうかもしれませんが」


 「だからリニス、お前はフェイトの味方になってやれ、プレシアは多分葛藤はするだろうが最終的にアリシアを選ぶだろう、アイツはそういう奴だ。お前はフェイトの幸せを第一に考えて行動し、プレシアはアリシアの蘇生を第一に考えて行動する」


 リニスはそれでいい。プレシアが失った部分を保持しているのが使い魔であるリニスなのだから、フェイトを第一に考える役目はこいつが受け持てばバランスが取れる。


 「では、貴方は?」


 「俺はここから先は中立だ。どっちの側でもなく、バランスを取りながらやっていく。だから、フェイトが一番幸せになるであろう選択肢を俺はとらない、かといってアリシアのことを最優先に考えた選択肢もとらない。中途半端といえばその通りだが、これはもう随分昔から決めていたことなんでな」


 プロジェクトFATEを進め、フェイトを産み出すことを決定した時から、この方針は既に決めていた。

 俺の役割はプレシアの精神を映し出す鏡となることだったが、その前提条件はプレシアが現在を認識できなかったことにあり、その命題は既に果たされた。フェイトが生まれた今、俺の役割はプレシア・テスタロッサが望みを叶えることの補助となる。彼女が娘二人の幸せを願っている以上、俺はどちらかを選びはしない。それを選ぶのは感情の成せる業であり、プレシアはアリシアを、リニスはフェイトを、そしてデバイスは判断基準を持ち得ないので中立となる。


 主要命題が“二人の幸せ”である以上、俺が取るべき最適解は二人を平等に扱い、作業リソースを二つに分けることしかあり得ない。インテリジェントデバイス“トール”はそのようにプログラムされている。


 最も、幸せの定義は人それぞれだが、少なくともフェイトが枷を一つ背負って誕生したのは間違いなく、そうして作ったのは俺とプレシアだ。まあ、普通の両親から生まれたからといって愛情を注がれない子供もいるし、世界によっては政略結婚の駒にされたり、金で売られたりと様々だろう。


 そんな奴らと比較して自己弁護するわけではないが、子供に罪悪感を持つ暇があれば愛情と手間をかけてやるべきだろうと俺は考える。既に俺の稼働歴も40年、色んな情報と接して人生もいくつか見てきたが子供に対して罪悪感なんぞを持っていても子供の教育に役立つとは思えん。

 マイナスの感情を向けても返ってくるのはマイナスの感情だけだ。だったらプラスの感情を向けた方が余程生産的だろうと俺は考えるが、人間の感情というものはそう簡単にいかないらしい。デバイスだったら最も効率のよい方法を問答無用でとるだけなのだが。




 「はあ、実に貴方らしいというかなんと言うべきか………」


 「まあそういうわけだリニス、プレシアはこれからもアリシアを蘇生させるための研究を続けるだろうからフェイトの教育係はお前の役目になる。俺も可能な限り手伝うし、母親として最低限のことはプレシアにもやらせるが、全ての時間をフェイトのために使うことは出来ないと思ってくれ」


 「確か、貴方の持論ではデバイスはマスターに強要しないのではなかったですか?」


 「これは強要じゃない、背中を押すってやつだ。プレシアも心の中ではフェイトに構ってやらなきゃいけないと思っているが、アリシアのための研究も進めなければいけないという葛藤が出てくる。そこに発破をかけて母親としての最低限の義務ってやつを思い出させるだけだ。別にフェイトにとって最高の母親であれと言っているんじゃない、例え最低だろうが母親でいろってわけだよ」


 「例え最低であっても、ですか。まったく、貴方はとてもデバイスとは思えませんね」


 「色々あったし色々改造されたからなあ、もう純粋なデバイス部分は半分くらいになっているんだろうな。だがしかし、俺はデバイスだ。それ以上でもそれ以下でもない」


 「その心は?」


 「俺はデバイスであると俺が認識している」

 そう、それだけで十分。世界の誰が俺をデバイスと認めなくとも、俺が俺をデバイスと認識しているのだから俺はデバイスでしかあり得ない。



 「………フェイトには貴方が必要になると思いますよ、トール」


 「おや、これまた意味深な言葉を」


 「何気なく思ったことですが、多分真実です。例え普通の人間とは違う誕生をしたとしても、貴方の導きがあるならばフェイトはきっと大丈夫だろうと、私はなぜか確信しました」


 「って、俺かいな。お前はどうすんだ」


 「私はプレシアの使い魔ですよ、どうあってもあの子の人生を導く役にはなれません。プレシアがフェイトを第一に考えない限りは」


 「まあ、そりゃ無理な相談だろうよ」


 「そうなのでしょう、ですから、私は貴方に頼むことにします。プレシアと私がどうなろうとも、貴方だけはずっとフェイトを支えてくれるでしょうから」


 「少なくともフェイトが成人するまではフェイトを残してくたばりはしないと約束しよう。俺は不死身だ、この核が滅びぬ限り、何度でも蘇る」


 「ええ、貴方は不死身の男でしたね」



 そして、話を続ける俺達、大きな方針は決定したが、細かい部分で話し合うことはいくらでもある。
























 「とまあ、そんな感じでリニスとは話がついたぜ」


 「そう、感謝するわ」


 「おお、あの鬼畜が俺に礼を言うとは。時の庭園崩壊の日がついに来たか」


 「やっぱり取り下げるわ」


 「娘の前で言ったことを母親が取り下げるもんじゃないな、子供の教育に悪いぞ」


 フェイトは今ベッドで静かに眠っている。プレシアはその隣で椅子に腰かけてフェイトの髪を撫でている。



 「母親ね……………私は、この子の母親失格だわ」


 「今更だろうに、そんなこたあ21年前から分かってるよ」


 だがしかし、そんな言葉が出てくることこそがプレシアが現在を生きている証だ。残された時間はそう長くはないだろうが、過去を追うだけの人生よりは幾分ましだろう。


 「本当に容赦ないわね貴方は」


 「何年の付き合いだと思っている、マスター? だがまあ、それがプレシア・テスタロッサという女だ。夫を誰よりも愛しながらも自分の職に誇りを持ち、夫婦別姓をも貫いた女、どう考えても専業主婦が似合うわけはないな」


 ミッドチルダは様々な次元世界の文化が入る場所なので、夫婦の姓についても申請次第で自由だ。夫の姓にするもよし、妻の姓にするもよし、別姓もよし、両方つなげるのも長くなり過ぎない限りは問題なかったはず。

 そしてプレシア・テスタロッサとヘンリー・モーガンは別姓だった。その理由は二人とも恋愛面で一年生だったため、プロポーズの時にも“モーガンさん”、“テスタロッサさん”と呼び合っていたという武勇伝が原因だ。



 「ふふ、ホントその通りね。よくあの人はこんな女を愛してくれたものだわ」


 「どんな女だろうがそれを好きになる物好きはいる。逆もまた真なり、最も、あいつはアンタと違って結構色んな女に好かれそうだったが」


 「だから私は不安で堪らなかったわよ、仕事にかまけて家庭を蔑ろにするような女に愛想を尽かしてしまうんじゃないかって」

 そうだった、一体何度こいつから不安を聞かされたことか、まあ、それを上回る頻度で惚気話を聞かされる羽目にもなった。あの時ほど自分がインテリジェントデバイスであることを呪ったことはない。どこまでも甘くて胸焼けどころか窒息しそうになる空気を撒き散らしていたのだ。


 「そりゃ取り越し苦労の典型だったな、結局あいつは一度たりともアンタを裏切らなかった。裏切る暇もなく愛したままあの世に行っちまったからな、忘れ形見を一つ残して」


 そう、リニスにはアリシアがこいつにとってどういう意味を持つ存在か本当の意味で理解することは出来ないだろう。


 この世でただ一人愛した男、その男が残した唯一の愛の結晶。


 プレシア・テスタロッサという女は、そんな乙女心を40過ぎてまで一度も忘れないどうしようもないほど馬鹿で一途な女なのだ。


 「まったく、不器用な女だよアンタは。とっとといい男を見つけて再婚でもなんでもすればよかったろうに、そうすりゃアリシアとの時間だってもっと取れた筈だぜ」


 「あり得ないわね、他の男なんて私にとっては石ころと同じよ」


 「変わんねえな、全く変わんねえ。一度決めたらどこまでも突っ走るその姿勢は5歳のガキの頃から何も変わんねえよ」

 アリシアの事故はこいつの性格に大きな影響を与えているのは確かだが、その根っこは何も変わってないときたもんだ。


 「御免なさいねフェイト、こんな馬鹿な女が貴女の母親で」


 「安心しな、アンタが死んだら俺がフェイトにいい母親を見つけてやるよ」


 「お願いするわ、流石にその辺はリニスには頼めないし」


 「まったく、主も使い魔も揃って同じようなことを言いやがる」


 だがまあ、そういうことだ。プレシアにとってフェイトも大切な娘だが、フェイトのためだけに生きることは出来ない。



 「一応確認しとくが、フェイトの幸せを第一に考えるなら、アンタは今すぐに自分の治療のための研究を始めるべきだ。今のまま症状が進めば、多分あと5,6年しかもたないだろうよ」


 「ええ、それは分かっている」


 「だが、分かった上でアンタはアリシアを蘇生させるための研究を続ける」


 「そう、私の延命のための研究を行えば、アリシアは確実に手遅れになる。研究を続けたところでアリシアが蘇生できる保証はないけど、私の延命が可能かどうかもそれは同じことでしょう」


 つまりは二択、フェイトのために生き足掻くか、アリシアのために死に足掻くか。

 プレシアの命を使ってアリシアのための研究を行うか、アリシアの命を犠牲にフェイトのために生きるか。


 「そしてアンタはアリシアを選ぶと、ま、分かりきっていたことだが」

 ここでフェイトを選べる人間ならそもそもプロジェクトFATEに手を出したりしない。妹を作るというアリシアとの約束を果たすだけなら合法的な人工授精で十分なのだから。

 現在を正確に認識できなかったという要素があっても、これまで21年間走ってきた事実は変わらない。今更引き返せるものでもないのだろう。まことに、人間の精神というものは複雑な構造をしている。



 ―――――だから、これは分かりきった結末だ。



 「それがアンタの答えなら、俺は見届けるだけだ。プレシア・テスタロッサがインテリジェントデバイス、トールはアンタのためだけに存在し、アンタの人生を記録しよう」


 「当然、死んでやるつもりはないけど、もしもの時はフェイトのことは貴方に任せるわ」


 『承りました、我が主。貴女は最低の母親であると私は定義します』


 「まったくその通りね、自覚しながら変えられないんじゃたち悪いことこの上ない」



 私達は笑う、笑い合う。


 私とプレシアは、どんな時でもこんな関係。悪口を言い合う相棒、それ以上でもそれ以下でもない。




 だからこそフェイト、私は貴女を祝福しましょう。主のために存在するインテリジェントデバイスとして、主に母としての姿を取り戻させてくれた貴女に最大の感謝を。そして、最高の忠誠を。



 テスタロッサの名を冠する者のために尽くすことが“トール”の存在意義、おそらくその最後の一人になるであろう貴女のために、私はその意義を全うしましょう。




 我が存在は、全てテスタロッサ親子三人のために。




[22726] 第七話 リニスのフェイト成長日記
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2010/11/03 06:35
第七話   リニスのフェイト成長日記





 フェイトが生まれてより7日、フェイトの教育係として今日から成長日記をつけようと思う。トールのデータを基にして作ったフェイト観察用のサーチャーを時の庭園の各地に配置しているので彼女が万が一にも危険なことになる心配はない上、記録を見れば日記を書くにもことかかない。



 フェイト 生後10日

 彼女の精神年齢はどう見ても生まれたての赤子ではなく、」物心がつき始めた幼児のもの。いえ、私が保育士の資格を得るための研修を行った保育園の子供達を比較しても、かなり高いのではないだろうか。トールに確認してみたところ、プレシアの幼少期も年齢の割には大人びており、早熟と良く呼ばれていたらしく甘えるのが苦手だったらしい。フェイトもそうならないように注意が必要でしょう。



 フェイト 生後14日

 生まれた直後はやや現在の状況に混乱が見られたフェイトだが、最近は落ち着いている。むしろ少し落ち着きすぎのようなきらいもある。あの年齢の子供ならば時の庭園の中を元気に走り回っている方が、見ている側としても安心できるのですが、やはりどこかに遠慮している雰囲気がある。ひょっとしたら自分が通常の生まれ方をしなかったことを、どこかで察しているのかもしれません。



 フェイト 生後15日

 今日は私とトールの二人で、一日中フェイトと遊んであげることにした。フェイトを生み出すために使っていた施設の整理も一区切りがついたらしく、トールもようやくフェイトと遊ぶ時間ができたみたいです。プレシアにもお願いしたいところですが、未だアリシアが目を覚まさない状況を鑑みれば難しいと言わざるを得ません。一日をかけて遊んであげたところ、フェイトも年相応に笑ってくれました。ああ、この笑顔を見れただけでも私の生まれてきた意義があったと思えます。



 フェイト 生後20日

 今日はトールをフォトンランサー・ファランクスシフトで時の庭園の外部まで吹っ飛ばした。あの男はこともあろうに“いいかフェイト、リニスは山猫が素体だからマタタビで酔っ払って服を脱ぎだす露出狂なのだ”などという嘘八百を吹き込んでいたのだ。ひょっとしたら他にもフェイトにあることないこと吹き込んでいる可能性があるので監視を強化する必要がある。フェイトが“ろしゅつきょう?”と首を傾げ意味が分かっていなかったのが不幸中の幸いでしたが。



 フェイト 生後25日

 今日もフェイトに嘘を教えていたトールを発見し、サンダースマッシャーで撃墜。まったく、あの男は懲りるという言葉を知らないのでしょうか。それはともかく、今日はフェイトにとってとても良いことがありました。夕食の用意を私ではなくプレシアが行ってくれたのです。“本人は研究が上手くいかないので気分転換に”とのことでしたがやはりフェイトのことを気にかけてくれているのでしょう。トール曰く“ツンデレ”とのことですが私には意味が分かりませんでした。



 フェイト 生後1か月

 フェイトが誕生してから早一か月、最近は簡単な算数の勉強やミッドチルダ語の勉強を始めましたが、フェイトの習熟速度はやはり速い、これも血筋の成せる技でしょうか。あと、“1+1=田んぼの田”などという妙な知識を吹き込んでいたトールはプラズマランサーによって磔にしておきました。しかし、肉体から本体だけで脱出し、別の肉体に乗り換えてきたので凍結封印することに。氷の彫刻を見てフェイトが喜んでくれたのはとてもいいことです。



 フェイト 生後1ヶ月半

 今日は記念すべき日、私が洗濯をしているとフェイトが隣にやってきて自分から『遊んで』と言ってくれました。フェイトはどうしても遠慮しすぎるところがありましたが、ようやく私に僅かではありますがわがままを言ってくれるようになってくれた。ただ、トールには最初に遊んだ次の日から遠慮なく話しかけていた気がするのは考えないようにしておきましょう。



 フェイト 生後2か月

 フェイトに『ロリコンとは何ぞや』というタイトルの講義を開いていたトールを、天高く放り投げたのち、サンダーレイジにて消滅させた。肉体の完全破壊には成功しましたが、コアは対電気使用となっていることもあって無傷、残念です。フェイトが『奇麗な花火だったね』と喜んでくれたので、機会があればもう一度吹き飛ばすこととしましょう。プレシアにその次第を報告したところ『よくやったわ、フェイトのためにも徹底的にやりなさい』というお墨付きを頂きました。なんだかんだで最近はプレシアも笑顔を見せるようになりました。



 フェイト 生後3か月

 今日はプレシア、フェイト、私、トールの家族揃ってクラナガンへお出かけの日。フェイトを遊園地に連れていくのが目的ですが、昨日からフェイトのテンションは鰻昇りです。しかし、フェイト以上にテンションの高いトールがいるためか、フェイトの興奮具合もあまり目立ちません。トールを間に挟むことでプレシアとフェイトも自然と会話が出来ており、私としては嬉しい限りです。今日は本当に素晴らしい一日でした。ただ、帰り際にアリシアも連れて来てあげたかったと呟くプレシアの表情が胸に突き刺さりました。



 フェイト 生後4か月

 少々早い気もしますが、今日からフェイトに魔法の授業を開始することといたしました。というのも三日ほど前に庭で動物と遊んでいる時、無意識に魔力の電気変換を行い傷つけてしまう事故があったからです。フェイトの落ち込みようはかなりのものでしたが、トールの身体を張った一発芸によって翌日には立ち直っていました。あの男の人を笑わせる技能は一体どこで身につけたのでしょうか。



 フェイト 生後5か月

 フェイトはマルチタスクを既に覚え、魔法の勉強は順調に進んでおります。また、体調面でも特に問題が出るわけではなく健やかに成長しています。身体の検査はトールが主に行うのですが、『フェイトたん、はあはあ』などとほざいていたので、サンダーブレイドを叩き込んで廃棄物処理施設に放り込むことといたしました。フェイトが探してしまわないように、トールはまたロストロギア探索の旅に出たという説明も忘れずに。そういえば、私がフェイトの教育係になってからは彼の負担は増えているのでした。なのに感謝の念が起こらないのは彼の人徳でしょうか。



 フェイト 生後半年

 フェイトが生まれてから早くも半年、私がプレシアの使い魔となってより既に18年近くになりますが、フェイトと共に過ごしたこの半年間はそれを上回る密度があったように思います。また、プレシアにも変化が見られるようになりました。これまではとり憑かれるように研究だけに打ち込んでいた彼女ですが、フェイトが生まれてからは笑顔を見せることが増えました。ただし、笑顔の後にアリシアを想って悲しい顔となってしまうのは如何ともしがたいのでしょう。



 フェイト 生後7か月

 今日はミッドチルダ北部にあるベルカ自治領の聖王教会を訪れました。遊園地に連れていった後、次にフェイトが行きたいところを自分で選ばせるために、パンフレットを大量にトールが用意したのですが、フェイトのリクエストが聖王教会だったのです。なぜフェイトが聖王教会に行きたがったのかは謎でしたが、聖王関連の施設を巡ったところで謎が解けました。『聖王とは宇宙怪獣ゴンドラを退治した過去のヒーローであり、その聖骸布を見たものは魔法少女の力を得てヒロインとなれるのだ』という話をどこぞの男がフェイトに吹き込んだ模様、帰った後“ミレニアム・パズル”の幻想空間に封印することを決定。



 フェイト 生後8か月

 今日はフェイトを連れて釣りに出かけることとしました。生の餌は苦手のようでしたのでルアーフィッシングとなりましたが、フェイトの電気が感電しないように対策はしっかりと施してあります。中々釣れないフェイトの隣で『ヒャッハー! フィィィィッッシュ!!』と叫ぶ男にハーケンセイバーを叩き込むのは当然として、私も山猫としての本能を抑えつつ釣りを楽しみました。帰る頃にはフェイトも6匹ほど釣ることができご満足の様子。性根が優しい子ではありますが、生きものを食べるということに拒絶感を示すタイプではないようです。トール曰く『プレシアの娘だぞ』とのことですが、返す言葉がありませんでした。



 フェイト 生後9か月

 今日はプレシアの誕生日であり、『お母さんにプレゼントがしたい』とフェイトが私に相談してくれました。余談ですがトールに相談したところ『よし、ではこのゴキブリの標本を………』と返ってきた段階で諦めたようです。あの男を今度標本にすることは内定するとして、私はフェイトでも作れるビーズを使った腕輪の作り方を教えてあげることに。夕食の場でフェイトにプレゼントを手渡されたプレシアは感無量のようでしたが、その場に飛んできたゴキブリのせいで感動の場が台無しに。『麻酔が不良品だったんだ! 俺のせいじゃない!』とほざく男は今度こそ許さず溶鉱炉に肉体ごと放り込み、本体が溶けない程度に苦しめ続けました。しかし、『熱いよお……熱いよお……』という声が絶え間なく響くのが不気味すぎ、フェイトが怯えてしまったため引き上げることに。



 フェイト 生後10か月

 最近フェイトは押し花に興味を示しており、花畑に出かけては奇麗な花を探しています。どうやらプレシアと出かけた際に押し花のやり方を教えてもらったようで、母親から教えてもらえたことが嬉しかったのでしょう。プレシアは相変わらず研究の毎日ですが、フェイトがそのことに文句を言うことはありません。遊びたい盛りの年齢のはずなのですが、やはりフェイトは聞きわけが良すぎる気がします。最も、トールに対してだけは一切遠慮することはなく、ゴキブリ事件以来遠慮しないを通り越して冷たく当たるようにもなりましたけれど。



 フェイト 生後11か月

 久々に家族で出かけることになり、今回はトールの嘘を未然に封じることに成功し。フェイトが行きたがっていた動物園を訪れることになりました。フェイトが特に気に入ったのは狼と山猫で、私としては少しくすぐったいような気持ちになります。プレシアも久々に研究から離れてリラックスできたようですが、あの男は魔法生物コーナーで吸血蛭と戯れるという。子供の教育に悪い光景を作り出していたので。持ってきておいた金槌で頭をたたき割ることに。ただ、割れた頭からはみ出る物体に蛭がたかっている光景は。余計まずかったような気もします。反省。



フェイト 生後1年

 今日はフェイトの誕生日、彼女も5歳となりアリシアと同い年となりました。実際には1歳とも言えますが、アリシアの記憶を不完全ながら受け継いでいるので、人生経験的には5歳と言って差し支えありません。プレシアはこの日のために手作りの山猫ぬいぐるみを作っていたようで、それを受け取った時のフェイトの笑顔は忘れられません。また、トールのプレゼントである、手作りの巨大タランチュラぬいぐるみを受け取った時の引き攣った顔も決して忘れません。あの男には生まれてきたことを後悔する程の苦痛を与えることを私、リニスはここに誓う。








 とりあえずここまで1年、フェイトが生まれてからの日々はこれまでとはまるで違う、忙しくも温かいものへと変わっています。

 確かに彼女がプロジェクトFATEという違法研究によって生まれた命であることは紛れもない事実。ですが、彼女が母親に望まれて生まれた命であり、愛情を受けて成長していることは間違いなく、フェイトが生まれたことが間違いであったなどとは思いたくはありませんし誰にも言わせません。


 ですが、この1年の研究でもアリシアが目を覚ますことはなく、研究の効率も目に見えて落ちてきています。やはりプレシアの身体は徐々に限界が近く、既にまともに研究できるような身体ではないのでしょう。

 私個人の意見としては例え延命措置が不可能だとしても残された時間をフェイトのために使って欲しいと強く思います。それは私がアリシアを知らないがための想いであることは重々承知していますが、それでも思わずにはいられません。


 トールは、確かに中立を貫いているようです。私がフェイトの世話を担当しているために私の代わりにロストロイア探索に出ている彼ですが、アリシアのための研究とほぼ等しい時間をフェイトのためにも使っているようです。

 逆に私は現在アリシアのためには時間を使ってはいませんから釣り合いがとれているといえばとれているのでしょう。アリシアとフェイト、二人の娘はそれぞれ愛情を受けていることは紛れもない事実。

 逆にいえば、アリシアの蘇生を第一に考えるならば私が教育係としてフェイトに付きっきりになることはマイナスでしかない。しかし、それを許していることがプレシアのフェイトに対する想いの裏返しでもあるのでしょう、我が主ながらつくづく不器用な人です。





 ……………私はどうするべきでしょうか


 私はトールのように割り切れない、プレシアにもアリシアにも、当然フェイトにも幸せになって欲しいと願ってしまう。だが、全員が幸せになるような都合の良い展開があるわけもない。

 それを理解した上であそこまで明るく振舞えるトールはやはり凄いのでしょう。いくらインテリジェントデバイスであるとはいえ、あそこまで己の意思を揺るがずに持てるものだとは思えません。

そのことを彼に言ってみると

 『いいえ、そうではありません。私はデバイスであるがために、貴女のように揺らぐことが”できない”のです。私が迷わないのは命無き機械であるからです。入力された問いに対して、”迷う”機械はありません。だから私はこのように在るのです。ですのでリニス、貴女が”迷う”ことに間違いなどありません。貴女は今の状態が最適であると判断します』

 という答えが返ってきた。最初で、そして同時に最期となった、私が聞いた彼のデバイスとしての言葉、彼の本当の言葉だった。

 彼に肯定されてたことで、少しは自分に自信がもてたけれど、っそれでも私は弱いから迷ってばかり。だから、どうしても無理だと分かっていても願ってしまう。




「どうか、親子が三人で、幸せに暮らせる時が来ますように………」





[22726] 第八話 命の期間 (あとがきに設定あり)
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2010/11/06 12:33
第八話   命の期間





 新歴62年 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園



 「行きます!」


 「来いやあ!」


 持ち前の高速機動力を生かして突っ込んでくるフェイトを真っ向から迎え撃つ。フェイト専用となる予定のインテリジェントデバイス、バルディッシュはまだ完成していないので通常のストレージデバイスを用いての模擬戦となる。

 だが、既にフェイトは魔力刃をかなりの密度で発生させて近接戦闘を行う技能を身につけている。未だ6歳の筈だがその上達速度は凄まじく、特に魔力量に関してならば既に40万を超えている。

 ちなみにこっちは無手だ。現在は傀儡兵と同じような重厚な装甲を持つ近接格闘用のボディを使用しているのでフェイトの魔力刃とも素手で渡り合うことが出来る。


 「せい!」

 「甘い、甘いなあ! 蕩けるように甘いなあ!」


 フェイトは速度を乗せた一撃を放ってくるが、右腕に魔力を集中させて難なく防ぎ、間髪入れずに左で反撃。基本的な格闘スタイルは拳を使っているが当然足も使う。


 「!」


 「驚く暇があれば考えて行動せよ!」


 とは言うが6歳のフェイトにそれを求めるのも酷というもの、今のところは実戦の感覚さえ掴んでくれればそれでよい。


 その後も適当に攻撃を繰り出しつつ、互いに特にクリーンヒットもないまま模擬戦は終了。



 「ありがとうございました」


 「大分いい感じになってきたぞ、特に避けるのが上手くなった」


 「本当?」


 「俺は騙すが嘘は言わん」


 「それって凄く矛盾してる気が………」


 「考えるな、感じるんだ」


 「ううん……」


 フェイトは根が素直なのでこの手の問答に弱い、なんとか返事しようとするあまり思考の迷宮に嵌ることがよくある。


 「何にせよ、回避が上手くなったのは本当だ、半年前に始めた時はいきなり反撃喰らって吹っ飛んでったからな」


 「そ、そのことは忘れて!」


 ちなみに、その後俺はリニスの手によってフェイトの数倍以上吹っ飛ばされたのは余談だ。あれも少々過保護すぎる気がしないでもない。AA+ランクの砲撃魔法を受けとめるのも回避するのも俺には不可能なので毎回とんでもない目に遭う。


 「お前は基本的に防御が堅い方じゃないから受けとめるよりも避ける方がいい。特に今の俺の拳は鉄製で魔力が籠っているからお前のバリアジャケットじゃ絶対に防げん、かといってシールドやバリアを張ったら足が止まるからお前の持ち味を生かせなくなる」


 「相手の攻撃を最低限の動作で躱して、速度を維持したまま即座に反撃、それが不可能と判断したら距離を取ること」


 「お、リニスに習ったか」


 「うん、これは私の戦い方の基礎になるから覚えておいた方がいいって」


 「なるほど、よく覚えてる、立派立派」


 「えへへ」

 普段は年の割に大人びてるが、こうして笑うところは年相応だ。


 「さて、訓練も終了、昼飯まで時間あるからシャワーでも浴びて来い」


 「うん」


 素直に答えて建物の方へ飛んでいくフェイト、あの年で飛行魔法を操るとは本当に末恐ろしい。

 ちなみに俺が飛行魔法使うとカートリッジを常時消耗するので尻から放熱用の気体がブシュアアアアアアと流れ出ることとなり、どう見ても屁で飛んでいるようにしか見えない。しかも、一定時間でう○このごとく使用済みカートリッジが尻から落とされる。

 フェイトの飛行魔法への認識に悪影響しか出ないという理由で時の庭園内で飛行魔法を使うことはリニスに禁止された。まあ、気持ちが分からなくもない、傍から見れば爆笑もんだろう。


 「ま、あの超絶年増魔女の娘だからなあ、才能は折り紙つきか」


 「聞こえたらまた雷を落とされますよ、トール」


 「トールって一応雷の神様だった気がするんだが、それに雷を落とすとはどういう皮肉だろうな」

 雷を落とされてもダメージを受けるのは基本肉体だけで本体は無傷だ。雷撃系を得意とするプレシアの制御用に作り出されたデバイスの弱点が雷では話にならないので当然と言えば当然だが。


 「それよりも、雷を落とされないような言動をすべきです貴方は」


 「それもまた真理か、君子危うきに近寄らずとはよく言ったものだ」


 「また『俺上手いこと言ったぜ』的なことを………それより、どうでした?」


 「ぶっちゃけ驚いた。フェイトと手合わせするのは一か月ぶりくらいだけど、あそこまで進歩してるとはなあ」

 これは本音だ。魔法の才能と格闘戦の才能は別の筈だが、どうやらフェイトにはそっちの才能も豊富なようだ。


 「当然です。プレシアの娘で私が師匠なのですから」


 ふふんと胸を張るリニス。自慢の弟子の評価が高く、師匠も鼻高々ってとこか。


 フェイトの魔法や一般教育は基本的にリニスが担当している。俺とプレシアは今も基本的にアリシアの蘇生のための研究を続けており、フェイトも既に眠り続けるアリシアとは対面している。

 母が姉を救うために忙しくしているのを理解しているのかわがままなど滅多に言わないが、恐らく本音ではもっと母親に構って欲しいとは思っているだろう。


 「ええ、それは間違いありません」


 「あり、声に出てたか?」


 「いいえ、ですが顔に書いてありました」


 「むう、いかんな。この身体ではポーカーフェイスが作りにくい」

 この身体は近接格闘用の傀儡兵をモデルにしたもので、特にこれといった魔法は使えない。俺のインテリジェントデバイスとしての特性をまるで発揮できない機体なのでフェイトとの手合わせの時以外では使うこともないが。


 「貴方のメインボディは表情から内心を察するのがほとんど不可能なので私としてはそちらの方がありがたいですね」


 「そうもいかん。リニス如きに心を読まれるようでは嘘吐きデバイスの沽券に関わる」


 俺がメインボディとして使用する『バンダ―スナッチ』は例の男から送られたものだが、性能は高い。インテリジェントデバイスとリンカーコアが融合に近い接触をしたことで新たな技能が備わったことまでは向こうも知らないだろうが、それを差し引いてもこれ以上のものは現在ではない。


 「嘘吐きなのがアイゼンティティなんですか………ってそれより、私ごときってなんですか」


 「さあてね、でもまあフェイトは素直に育ってる。保育士の称号は伊達ではないな」


 「いきなり保育士の資格を取りに行けと言われた時は何事かと思いましたけどね」


 ま、そりゃそうだわな。その前の命令がロストロギアの回収で、その次が保育士の資格を取れじゃあ混乱するなと言う方が無茶だ。遺失物管理部の連中でその資格を持っている奴もいないだろうし。


 「ですが、フェイトを見ていると資格を取っておいて良かったと思いますよ。保育園や学校に通わせてあげられないことが残念ですが」


 「そこは仕方ない。学校なら10歳になってからでも行けるが、フェイトがプレシアと一緒にいられる時間は今しかないからな」


 フェイトが生まれてから2年、アリシアはまだ目覚めていない。


 フェイトという目指すべき完成形は定まり、プロジェクトFATEのノウハウからアリシアの肉体の調整も問題はなくなった。今のアリシアの肉体は23年にも及ぶ時の劣化をほぼ修復し、脳死状態となった当時の状況を取り戻している。その際にはレリックを応用して作った改造リンカーコアなどを利用したが、アリシアの身体に定着することはなかった。


 「レリックに代わるロストロギア、それさえ見つかれば………」


 リニスの呟きには強い想いが籠っている。そう、残るピースはそれだけといって問題ないところまでは来ている。


 微細な部分まで詰めればさらに色々な要素を考える必要があるが、リハビリなどを無視してアリシアを蘇生させることだけを目的とするならまさにあと一歩までは来ている。


 それこそがレリックに代わるロストロギア。アリシアの身体にはレリックは強すぎて毒にしかなりえない、フェイトならば上手くいく可能性は高いが非魔導師であるアリシアにはどうやっても不可能だ。

 そのためにリンカーコアを基に改造を施した“レリックレプリカ”の精製をプレシアは現在も続けているが、どうしてもそれが完成しない。一度は適合しても徐々に力を失ってしまうのだ。基となるリンカーコアはアリシアのクローンから回収したものを使用しているから相性が悪いということはありえないのだが。


 ジェイル・スカリエッティならばその辺の問題も解決できるかもしれないが、あの男が目指す方向性とアリシアの蘇生は噛み合わない。ただの人間に合うようなものを作るのにあの男が労力を割くことはないだろうし、こちらから向こうに提供できるものもない。だから、自力で何とかするしかないのだが問題点は多い。

 あまり何度も移植を繰り返してはアリシアの身体に悪影響が出るのでその辺の実験は今も保存されている量産型アリシアクローンで行っているが、そのことはリニスとフェイトは知らない。世の中知らない方がいいこともある、嘘吐きデバイスの本領発揮の瞬間だ。フェイト誕生後もリンカーコアを精製するためにクローン体は時折作っているが、昔に比べれば失敗する頻度はずいぶん減った。


 そういうわけでレリックに近い特性を持ち、アリシアでも耐えられるレベルのロストロギアを探し出すくらいしか残されている方法はなく、俺が現在可能な限り情報網を伸ばして探しているが、それらしいものが見つかったという情報はない。


 いや、文献上ならばそれに該当するものはあったのだが、そのロストロギアを現在保管している組織はどこにもない。存在していない以上は非合法な手段に訴えることすら出来ない。


 フェイトが生まれてからの俺の仕事は専らロストロギアの探索に切り替わった。入れ替わるようにリニスが時の庭園でフェイトの世話をしているが、現在では俺が時の庭園に戻るのは二週間に一度くらいの割り合いだ。フェイトが生まれてから1年くらいは結構傍にいてやったが、最近はプレシアの調子も思わしくないので俺が研究を進めるしかないのだ。

 研究と言えば、1年前に時空管理局地上本部のレジアス・ゲイズ一佐から“対航空魔導師用迎撃兵装ブリュンヒルト”とその駆動炉となる“クラーケン”の開発が始まったという知らせが届き、プレシアも開発に参加できないかという打診があった。

 流石にもう時の庭園から地上本部まで出向できる身体じゃないという理由で研究チームへの参加は断ったが、フェイトの今後について可能な限り便宜を図ることを条件に“ブリュンヒルト”と“クラーケン”の設計は時の庭園のラボで行っている。既にアリシアのための研究はロストロギアの発見が無ければどうしようもない段階に来ているので、それまでの時間をフェイトの将来のために使うことにしたようだ。


 という感じなのだが、


 「ところで、プレシアとフェイトの仲はどうなんだ?」


 「悪くはありません。ですが………」


 「んー、察するにフェイトがプレシアに遠慮し過ぎていると見た。プレシアもそれが分かっているからフェイトに負い目を感じてしまい、距離感を掴み損ねている」


 肝心のフェイトにその愛情がうまく伝わっていない模様。不器用ここに極まれり。


 「はい、その通りです。貴方が間にいれば二人とも遠慮なく話せるんですが」


 「分かりやすいなあの母子は、プレシアの幼い頃そのまんまじゃねえか」


 母子もここまで似れば見事だ。


 「そうなんですか?」


 「ああ、アイツの母親も技術者だったから、俺が作られたのもあまり娘に構ってやれないからせめて話相手でも作ってやりたいという親心もあった。まあ、高すぎる魔力を制御する必要もあったんだが、フェイトには常にお前が傍にいるからとりあえずは問題ないな」


 「なるほど、娘との距離感が掴めないのは遺伝だったのですか」


 「アリシアの時はそうでもなかったけどな。父親の血が強かったのか、アリシアは我慢せずにわがままをよく言っっていた。プレシアは困った顔をしながらも笑いながらそれに応じるって感じだった」

 ああいうタイプにはアリシアみたいにがんがんわがままを言う方が相性的にはいい。フェイトみたいに遠慮してしまうとプレシアの方でも遠慮してしまい、徐々に距離感が掴めなくなる。ただでさえ研究に忙しく構ってやれないことに罪悪感があるというのに。

 しかし、生命研究に比べれば“ブリュンヒルト”と“クラーケン”の開発はプレシアの専門分野なので時間の都合はつけやすいはずだ。


 「アリシアは父親似で、フェイトは母親似と」


 「魔法の才能的にもな、アリシアの父は普通の人間だったがいい男だった。プレシアに対しても遠慮せずに気持ちをストレートにぶつけていた。そのせいで激甘空間に巻き込まれた俺が哀れだけど」


 「激甘空間………」


 「あれは凄い、遠慮しない天然ってのはあらゆる時空を凌駕する」

 一途な人間っていうのは型に嵌ると凄まじい力を発揮する。それによって形成された激甘時空はどのような結界魔導師の力をもってしても破れない、というか破った時の報復が怖い。


 「と、話が逸れたがその辺の調整は俺に任せろ。遠慮しなくてもいい空気を作り出すことに関してならば俺は天才だ」


 「天才という天災な気もするんですが」


 「お、上手いこと言った、座布団666枚」


 「悪魔でも降臨しそうな枚数ですね」


 「座布団を666枚集めて降臨する悪魔か、人を笑い死にさせる能力でも持ってそうだな」


 「貴方の中に既にその悪魔が宿っていると思うのは私だけでしょうか?」


 リニスの対応レベルも上がってきた。


 「悪魔はともかくとしてフェイトの方だ。あいつ、魔力の制御はどうなんだ?」


 この言葉にリニスの表情がやや曇る。


 「あまり上手くいっていません。フェイトの制御技能は標準より遙かに高いですが、彼女の魔力はそれを補って大き過ぎる。あれでは子供が鉄球を振り回すようなものです」


 「なるほど、どんなに子供に力があっても振り回されるだけだな。現状で43万近くでなおも成長している、となればその魔力量を減らしてやればいいわけだ」


 前々から考えてはいたがこの方法が一番手っ取り早い。


 「ええ、使い魔を持てばそちらにフェイトの魔力が流れることになりますから、彼女自身が扱う魔力は丁度いい程度に抑えられるかと」

 プレシアの魔力を消費して存在しているリニスだからこその実感はあるだろう。フェイトの魔力は既にAAの臨界に近くなっており、後半年もせずに50万を超えてAAAランクに達するが6歳の少女が扱うには余りにも大き過ぎる。

 これをどうにかする方法としては魔力リミッターを設ける手段があるが、幼年期にリミッターをかけるのはあまりよろしいことではない、12歳くらいになれば多少の負荷がかかった方がリンカーコアが成長しやすくなるのでそうでもないが、この時期のリンカーコアは非常にデリケートなのだ。

 プレシアの場合は魔力制御用のインテリジェントデバイス、つまり俺を用意したがこれも最善とは言い難い。デバイスの機能の多くが魔力の出力制御に回されるので純粋な演算性能が落ちてしまうからだ。


 なので、現状で考えられる一番いい方法はフェイトが自身の使い魔を持ち、その維持のための魔力を消費することだ。AAを超える魔力があれば使い魔の維持も問題なく行えるしリニスという前例もあるから魔力ラインの調整も可能だ。

 それに、そういう分野での負荷を抑えることなどに関してはプロジェクトFATEのノウハウが役立つ。生命工学は独立したものではなく他とも密接に関連しており特に使い魔研究とは分野が近い。



 「後はデバイスか、バルディッシュの完成度はどうなのよ?」


 「まだ3割くらいですね、フェイト専用のオーダーメイド品ですから、私の持てる技術の全てを注ぎ込もうと思っています。プレシアからもいくつかアドバイスは頂きました」


 「そっか、まあデバイスはそう焦ることもない、後1年くらいは通常のストレージデバイスで十分だろうし」


 「ええ…………あと1年」


 リニスの声に陰りが生じる。


 1年、たったそれだけの時間が今のプレシアとフェイトにとってはどれだけ貴重なものになるかを考えてしまうのだろう。

 プレシアの症状は悪化の一途を辿り、あと3年持てばいいというところまで来ている。

 だが、プレシアは自身の治療ではなくアリシアの蘇生のための研究をあくまで続けている。そしてそれがアイツの寿命をさらに縮めているのだ。



 「どうして…………噛み合わないのでしょうか」


 「世の中そんなもんだ、何事もハッピーエンドだったら戦争は起きねえさ」


 使い魔とデバイス


 俺達に出来ることは主人の力になることだけ、幸せになれるかどうかは主人次第。




 だが、願わくば幸せな最期であって欲しいとは思う。長年付き合ってきたマスターだ。




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 トールの体についてですが、今のところ3種類あります。
 ・魔法戦闘用
 ・一般用
 ・スカ博士からのプレゼント
 の3つです。
 
 魔法は、燃料となる魔力、発動させるための駆動式、その演算によって起こっていると言うことをたしか1期でユーノが言ってたと思うので、この作品ではそういう設定です。
 リンカーコア、カートリッジの魔力を、魔導師が術式を組み立て、デバイスが演算して発動させる、と言うのが一連の流れです。
 デバイス無しだと、複雑で難解な演算を魔導師自身が行わなくてはならないので、ごく一部の天才を除けば、どんなに高ランクの魔導師でも、簡単な身体強化や、威力の低い魔法弾くらいしか出せません。

 トールの戦闘用魔法人形の場合は、ある程度は有機素体でできていてAランクのリンカーコアが内蔵されています(アリシアクローンで出来がよかった奴)。そのうえにカートリッジを消費することで得られる魔力を、人格プリグラムによって式を組み上げ、演算してるので、魔導師とデバイスの1人二役になります。フェイトやプレシアが、ただデバイスとして使うなら、AAAランクの魔法も発動させることができますが、トールだけでおこなう場合は。Aランクの魔法の演算が限界です。よって、どんなに魔力を注いでも、上限はAランクになります。

 一般用の体は、リンカーコアは内蔵されておらず、ほとんど無機物でできています。そして、カートリッジの魔力を用いて”魔法人形の操作”という術をトールが行っている形です。だからいくら壊されても替えはいくらでもききます。
 この体でも一応魔法は使えますが、魔法戦闘用に調整されてないので、2,3回使えば壊れますし、カートリッジが空になります。

 スカ博士からのプレゼントは、魔導師の体が素体の、ほとんど戦闘機人といっていい出来の代物です。いうなれば屍人形。他の体とは性能が桁違いです。トールはこの体の僅かな機械部分と融合することで動かします。










[22726] 第九話 使い魔の記録
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/08 21:17
第九話   使い魔の記録





 フェイト 7歳

 今日はフェイトの誕生日であり、家族全員でお祝いをしました。プレシア、トール、私、そして半年ほど前に生まれたフェイトの使い魔アルフの4人で盛大にフェイトの誕生日を盛り上げる。フェイトは少し戸惑っていたようですが、とても嬉しそうな表情でパーティーを楽しんでいたと思います。ただ、この場にアリシアがいないことと、プレシアが椅子から立ち上がることがなかったことが残念でなりません。もう彼女の身体はそこまで……



 フェイト 7歳3か月
 久々にフェイトとトールが模擬戦を行っていました。何でもトールの肉体に新技術を用いたとかで魔導師としてのレベルがBランクにまで上がったとか。完成したバルディッシュを持つフェイトと対峙するトールがフォトンランサーを発動させた瞬間、彼の尻からカートリッジが飛び出しガスが噴射、その光景を見たフェイトが噴き出した隙に直撃するフォトンランサー、笑いを堪えるフェイトはバリアを展開することも出来ずノックアウト。トールとフェイトの模擬戦は今後禁止することを決定。



 フェイト 7歳5か月

 性懲りもなくフェイトを模擬戦に誘うトール、流石のフェイトもあれと戦うのは遠慮したいようで戸惑っているようです。見かけた私はハーケンセイバーを放つものの、それを受けとめるためにトールがシールドを展開した際にカートリッジがロード、尻から薬莢と噴射ガスが飛び出しフェイトが笑い転げる。隣にいたアルフもこらえきれずに笑い死に寸前になってしまいました。その後、フォトンランサー・ジェノサイドシフトをトールに叩き込む。



 フェイト 7歳8か月

 フェイトの魔導師としての完成度はかなり高くなってきています。既にフォトンランサー、アークセイバーはおろか、広域攻撃魔法のサンダーレイジまで放つことが可能となりました。魔導師のランクで測るならばA+ランクに届いていることでしょう。私のランクもAA+ですからそろそろ教えられることが少なくなってきました。接近戦の方面ではまだ教えられることは多いですが、機動戦ではもうほとんどありませんね。治療魔法やバインドなどはそれほど得意ではないようですが、そこはアルフが補っています。



 フェイト 7歳10か月

 プレシアが吐血して倒れた。何とかフェイトにはバレずに済みましたが、彼女も母親の容体が良くないことはおぼろげながら察しているでしょう。アルフもそれを気にしているのか、フェイトの気を紛らわせようと明るく振舞っています。しかし、それをぶち壊しにするかのように例の男がゴキブリの群れを時の庭園に解き放ってしまった。確かにフェイトの気は紛れましたが、異なるトラウマがフェイトに生まれてしまった気がします。当然のことながら例の男は専用に設えた処刑場へと送っておきました。



 フェイト 7歳11か月

 最近身体を思うように動かせなくなることが良くある。プレシアの身体が本格的に悪くなり、彼女のリンカーコアが自動的に使い魔である私への魔力供給を制限しているのでしょう。私が使い魔であるが故に分かってしまう、もうプレシアの命は長くない、例え今から延命のための研究を進めても意味がないであろうことを理解してしまった。
 私はどうするべきだろうか。私がプレシアより早く消滅することは間違いない。フェイトが私によく懐いてくれていることは非常に嬉しいが、私が死ねばフェイトが悲しむ。ああ、プレシアとフェイトの間にあった距離感とは、これが原因だったのかもしれません。フェイトを残して自分が逝ってしまうことが分かるが故に、どう接してよいのか分からない。そう思う私は、フェイトの乳母役として正しいのか、それとも失格なのか。

 いずれにせよもう猶予はない。フェイト達にいつまで隠すのか、それとも明かすのか、決断しなければならない。






 フェイト 8歳の誕生日

 今日は私の人生においてフェイトの誕生を聞かされた日と同様の驚愕を味わうこととなりました。私とプレシアが知らないうちにフェイトとアルフが私達の容体のことについて知ってしまっていた。情報の出処は考えるまでもありません、トール、彼以外にあり得ない。
 問い詰める私とプレシアに対して彼はいつも通りの態度を崩さずこう答えた。

 「人間の感情の問題については、絶対的な正解は無い。それはいままで俺が活動してきたデータの統計が物語っている。ゆえに俺の行動が正しいかどうかはわからん。だが、フェイトの性格くらいは分かっている。何しろこいつはプレシアの娘だからな。こいつにとっては自分が何も知らされずにいたこと、もしくは何も出来なかったことの方がよほど堪える。そういう奴なんだよ、お前達の自慢の娘は」

 言われて私達には返す言葉がなかった。

 そう、フェイトが優しい性格だということ、そして自分の大切な人に何もしてあげられないような状況を何よりも悲しむということは私もプレシアにも分かっていたはずなのだ。けれど、私達はフェイト達に明かせなかった、その理由は―――


 「お前達が自分の容態をフェイトに教えたくなかったのはお前達の都合、それでも知りたいと思うのはフェイトの都合、ここ1年ばかりは伏せておくというお前らの都合を優先させたからな。ここからはフェイトの都合を優先させる。俺は中立だから、バランスはとらせてもらうぜ」


 私達が、フェイトの悲しむ顔を見たくなかったから。けどそれは私達が死んだ後にそれ以上の悲しみがフェイトを襲うということだろう。

 なんという自分勝手な理由か、結局私にはプレシアのことを糾弾する資格などありはしない。フェイトのことを第一に考えず、自分の都合を優先させていたのだから。


 「それともう一つ、家族の危機は家族が一丸になって取り組むもんだ。いつまでも蚊帳の外にしておくのはよくねえよ。フェイトも今日で八歳、このミッドチルダなら就業することすら不可能じゃない年齢だし、俺はそのつもりでフェイトに接してきた。だから、お前らもそろそろフェイトに頼れ」


 ミッドチルダは多くの世界の人々が集まる。特に首都クラナガンは百を超える文化が集まる移民都市ならぬ多様文化都市と言っていい。その中には八歳の子供が馬を駆って大人と同じ用に羊を追う遊牧文化もあれば、森の中で狩りを行う文化もあり、ある世界ではたった5歳でも神官の子ならば働く場合もある。
そういった異文化が集まる土地であるミッドチルダでは就業年齢は非常に低く、申請によって成人の定義すら異なる。既に5年以上大人として働いてきた13歳の少年がクラナガンに来た際に“義務教育”に縛られてはいけないので教育を受けるか否かも個人の自由。文化によっては子供の定義も大人の定義も異なるのだから、酒の年齢制限なども明確には存在しない、何事も自己責任が基本で各家庭の裁量に任されている部分が大きい。
 私が学んだ保育所は、比較的成人年齢が高い世界の文化を基本とした場所だったためlフェイトもまだまだ子供という認識がありましたが、ミッドチルダでは必ずしもそうではないのでした。


 「あの、母さん、リニス。内緒にしてたけど、トールにお願いして私の就業資格をとってもらったの。だから、私も手伝えるから、役立たずじゃないから、だから手伝わせて! 私の魔法の力を役立たせて! ただ見てるだけなんて嫌!」


 フェイトがここまで強く自己主張することも私にとって初めての経験でした。そして、フェイトが誕生日に合わせて就業資格を取ったということは、半年以上前から準備していなければ到底不可能。つまり、私達のことは既に見抜かれていたということですね。まったく、そのことにも気付けなかったとは………


 「ちなみに、資格があった方が色々便利だなあと思って俺がフェイトを唆したのが始まりだ。だからフェイトがお前達の容体に疑問を持ったのは10月の吐血の時からだよ、本来ならこれは単なる誕生日サプライズの予定だったんだが、人生何がどう作用するか分からんよなあ」


 空気を読めない男の発言によって感動的な場面はぶち壊しになってしまいました。


 「トール! それは言わないでって!」

 「了承した覚えはないなぜ、お前は俺に頼んだだけで返事を受け取っていない、これは契約の基本だから、これから社会人になるつもりなら覚えておけ」

 「ったく、アンタは………フェイト、そんなアホのことはほっときな。今はプレシアとリニスのことだよ」



 結局私達はフェイトの想いを断ることは出来ず、彼女がロストロギアの探索を行うことを認めざるを得ませんでした。それでもあと半年は魔法の訓練に専念しAAAランクの魔導師としての実力を身につけることという条件を付け、それが済めばトールと共にロストロギア探しに出ても構わないということなりました。






 フェイト 8歳2か月

 フェイトの想いの強さは私の予想を遙かに上回るものでした。誕生日の段階でAAランクに達したばかりでしたから、訓練に専念したとしてもAAAランクに達するまでは半年はかかるものと考えていましたが、フェイトはたった2か月でAAAランク相当の魔法を悉く覚え、近接格闘戦、高速機動戦、砲撃戦、広域用の結界魔法、さらにはロストロギアの暴走などに対処するための封印術式、それらを全て身につけてしまいました。

 トールの提案でロストロギア探索をより効率化するために時の庭園から各次元世界への転送ポートを設置し、拠点を時の庭園にしながら探すということとなりましたが、これは私達への配慮でしょう。近い次元世界にいるならば最悪プレシアの次元跳躍魔法と私の空間転移によってフェイトを助けることが出来ます。

 そして、プレシアの容体は徐々に悪化していっていますが、それでも研究は進めており、理論的にはアリシアの蘇生は可能、アリシアと適合できるロストロギア、またはレリックレプリカの適合の補助となるものが手に入れば全てのピースは揃うところまでは来ました。


 「母さん、リニス、行ってきます。絶対に母さん達を助けられるロストロギアを探して来るから」

 「探索はあたし達に任せて休んでておくれよ、無理なんかしたら承知しないからね」


 決意を秘めた表情と共に、転送ポートからフェイトとアルフが出発する。

 本当にいつの間にか成長していた。気付けば私は時の庭園から出られるような身体ではなく、彼女達は未来に挑むかのように飛び回っている。


 「Fate(運命の女神)、あの子は本当に私達の運命そのものね」


 プレシアの言葉にどれほどの感慨が込められているのか、私には分からない。

 口惜しくはあるだろう、不甲斐なくもあるだろう、結局自分で“レリックレプリカ”を人工的に作り出すことは叶わず、彼女達が探索するロストロギアを頼みにするしかない状況になってしまった。

 ですが、それ以上に誇らしくもあるのでしょう。自分の娘が自分の意思で未来を切り開こうとする姿が。










 フェイト 8歳5か月

 フェイト達の探索は続いている。トールが主導し、フェイトとアルフがサポートして探しているロストロギアは『ジュエルシード』という名の宝石。

 高純度のエネルギー結晶体であるという部分ではレリックに近く、たった一つで時の庭園の駆動炉と同等のエネルギーを生み出すほどの力を秘めているという。

 しかしこれをそのままアリシアの身体に移植することは不可能、間違いなくレリックと同じ結果となってしまう。

 必要なのはジュエルシードが持つもう一つの特性、人の願いを叶えるというその機能。


 その部分は最早技術とはかけ離れ、神頼みに近いものではありますが、その特性を最大限に発揮できればアリシアの蘇生が可能かもしれない。仮に不可能でも“周囲の生物の願いを読み取り、それに最適な魔力を放出し魔術理論を超越する現象を引き起こす”という特性の解析が出来れば、改造リンカーコアを用いた“レリックレプリカ”を“アリシアの蘇生に最適な形”へと完成させられる可能性がある。


 しかし、異なるタイムリミットも存在しています。いくらプロジェクトFATEの技術によって補修されているとはいえアリシアの肉体は既に25年もの間停止している。

 プレシアの研究によればアリシアの“死”は近いという話です。まるで、プレシアの命の刻限と連動するかのように…………





 フェイト 8歳8か月

 最近はほとんど停止している状態が続いている。プレシアへの負担を抑えるためにフェイトやアルフからの通信がある時や、あの子達が時の庭園に帰ってくるとき以外は私の意識を切っているのですから当然です。





 フェイト 8歳10か月

 ふと気がつけば月が変わっていました。いったいどれほど眠っていたのでしょうか、全く不甲斐無い、主のために仕えるのが使い魔であるというのに今では荷物にしかなっていません。恐らく、次に眠ればもう目を覚ますことはないでしょう。


















 そして、私は目を覚ました。





 「ここは?」

 周囲は見慣れた時の庭園の中庭、しかし、何かが違う。


 「“ミレニアム・パズル”だ。幻想と現実を繋ぐロストロギアの力を借りてお前に残った最後の意識にアクセスしている。もう現実ではお前の意識は戻らないから、ここでフェイトに別れを告げてやってほしい」

 背後からの声に振りかえるとそこにトールの姿があった。


 「時間もねえからフェイトとアルフをとっとと呼び出す、最期に残す言葉を今の内に考えといてくれ」

 その言葉と共に彼の姿は消えた。

 そしてそれが彼と交わした最期の言葉となり、まるでいつも通りの態度と声を残すことだけが彼と私の別離だった。







 「……………リニス」

 そして、少しの時間を置いてフェイトが来た。アルフも隣にいる。


 「フェイト………」

 私はフェイトを抱きしめる。もうそれしか彼女にしてあげられることはないから。


 「御免なさいリニス……私……助けられなくて………」


 「いいえフェイト、もう貴女は十分過ぎるほど私を救ってくれていますよ」


 私の胸に顔を埋めて泣いているフェイトの頭を撫でながら、アルフの方にも視線を向ける。

 彼女も涙を流してはいたが、その視線が言っていた。最期の時間はフェイトのために使ってあげて欲しいと。


 「プレシアに作られ、貴女と出逢えたことは私にとって最大の幸せでした」

 心の底からそう思える。

 フェイトと出逢うまでの18年が幸せでなかったとはいえないけれど、貴女のために生きることが出来た4年間は私にとって輝かしい日々でした。

 それはプレシアも同じはず、彼女の使い魔として私が生まれてより精神リンクは基本的に切られていましたが、プレシアが強い感情を顕した時には伝わってくることもあった。そしてその感情は常に悲しみや後悔でしかなかった。

 ですが、私は覚えています。貴女が生まれた瞬間に、プレシアから伝わってきた想いを。初めて流れてきた、誰かを愛おしいを想う感情を。

 それを知ることができ、貴女に愛情を注ぐことが出来た。もう、それだけで私は満足です。


 「フェイト、私の望みは一つだけです、貴女は幸せになってください。“運命を切り開く者”というその名前の通りに」


 「……………うん、うん!」


 本当に強い子、だから……きっと大丈夫









 「リニス……?」


 ………


 「リニス……?」


 ………


 「っく……うう、う……ぅあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!









 “ミレニアム・パズル”を用いて彼女の最後の記録を、インテリジェントデバイス“トール”の記憶容量に保存。劣化しないように封印し、フェイトが成長した際に解凍できるよう処理を施す。



 『プレシア・テスタロッサの使い魔リニスの活動内容を明確に記録、インテリジェントデバイス“トール”は貴女の人生を保存します。いつかフェイトに渡すその時まで、貴女が抱いていた総ての想いを私が厳重に保管します。貴女が私に託した願いは、いつの日か必ず果たされるでしょう』






[22726] 第十話 ジュエルシード
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/10 21:09

第十話   ジュエルシード



新歴65年2月 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園 



 「トール、最近フェイトの様子はどうなの?」


 「まあ、予想よりは落ち着いているかな。やっぱしアンタの娘だけあって芯は強いってとこかね」


 リニスが死んでから2か月、最初の1か月は流石に元気がなかったが、ここ最近はそれまでの期間を帳消しにするかのように元気一杯だ。当然、その原因はプレシアなわけだが。


 「そう、空元気でなければいいのだけれど」


 「その成分もなきにしもあらずだが、俺は心配していない」


 「理由は?」


 「リニスの最期の願いは『フェイトが幸せになること』だったからさ。“運命を切り開く者”という名前はあいつにぴったりだったようだ」


 誓いの言葉も一歩間違えれば呪いの言葉になる。言いたかないが、プレシアのアリシアに対する誓いはそっちに近い。後の人生の方向を一つに定めて路線変更を利かなくする誓いは重すぎて行動を縛りつける。

 だがまあ、“幸せになる”なんていう曖昧な表現は、解釈によって行動がいくらでも変わるから、呪いにはなりにくい。“アリシアを助ける”は行動が完全に限定的だが、幸せになる方法なんてそれこそ無限にあるだろう。

 まあ、流石に鞭で打たれることを幸せと思うようにはなって欲しくはないが。


 「それで、フェイトは頑張っているとは聞くけど進展はあったということ?」


 「まあな、2カ月ほど前に見つかったミネルヴァ文明遺跡だったか、そこでかなりの量の考古学的遺産やロストロギアが発見されたんだが、その資料の中に“ジュエルシード”の記述があったそうだ」


 「ジュエルシード!―――――ゴホッゴホッ」

 プレシアが身を乗り出すが同時に咳き込む。


 「馬鹿・・・・・・ 無理すんなよ」


 「ん、ンンっ、フゥ・・・・・・ 落ち着いてなんていられないわ。それで、見つかったの?」


 「まだだ、かのスクライア一族が調査隊の中心になってミネルヴァ文明遺跡の発掘に当たっているらしく、久々の大きな遺跡の発見ってことでそれ以外にも大小の調査団が派遣されている。フェイトとアルフもそこに混じって発掘してるよ。最も、モノがモノだけに数は限られるが」


 ちょうど一週間ほど前に誕生日が過ぎたのでフェイトは現在9歳だが、そんなことは忘れて発掘に没頭している。あまりにも熱中し過ぎてて少し危険な傾向があるから、アルフには常に見張っていろと言ってある。

 8歳の時からフェイトは“ジュエルシード”を探して俺と共に次元世界を渡り歩いているが、“ミッドチルダ考古学士会”のような有名組織に所属することは無理なので、時空管理局のある意味で末端ともいえる小さな組織に所属している。

 別に違法な組織というわけではないが、各管理世界の政府直属組織ではなく政府の支援を受けているわけでもないので、後ろ盾は弱い。後ろ盾が弱いということは総じて情報収集力が有名どころと比べて低いわけだが、そこは地下オークションとかのコネや“お得意さま”としてのスクライア一族との付き合いとかで補っている。

 そもそも、ロストロギアの発掘には、超兵器に区分されるロストロギアの発掘と保有を禁じて、さらに大量破壊を行う質量兵器も禁じている国際次元法“イスカリオテ条約”による制限があるため、政府の主導では行いにくいという事情がある。スクライア一族のように考古学を専門とした一団や、時空管理局から許可を取った小さな団体が行うことが基本であり、独自に調査や発掘を行うことは管理局法で禁じられている。

 そういうわけで、ロストロギアの発掘に携わるには、半分くらい嘱託魔導師扱いとなる団体に所属しなければならない。ロストロギアに関連して問題が起こった際には時空管理局がその対処にあたり、それに対して文句を言わないことが条件となる。自分が発掘したロストロギアが暴走し、それを管理局員が破壊しても損害賠償を求めることはできないというわけで、それに同意することを条件にロストロギアの発掘は許可されるのだ。

 当然、8歳になったばかりの少女だけでロストロギアの発掘が許可されるはずもないので、俺も偽造戸籍を用意して26歳の成人男性トール・テスタロッサということになっている。立場的にはプレシアの甥ということになるが、この辺をわざわざ調べるような物好きはいないだろう。

 時には小規模ながら調査団の一員として、時には違法すれすれだが3人だけであちこちの遺跡を巡って“ジュエルシード”を探してきたわけだが、今回ようやく有力な手がかりが出てきたというわけだ。


 「………最後の最後でチャンスが来たということね」


 「だな、アンタの身体はそろそろ限界、アリシアにしても似たようなもんだ。このチャンスを逃したらもう後はない」

 フェイトもおそらくそれを察している。プレシアの身体の具体的な情報までは知らせていないが、使い魔であるリニスが2か月前に死んだ時点で、主であるプレシアの死期が近いことを予想するのは容易い。フェイトにもアルフがいるから、その辺のことは下手したら俺より詳しいだろう。


 「ジュエルシード、何としても手に入れなさい。方法は問わないわ」


 「了解だ。ところで俺達が見つけた場合は問題ないが、他の奴等が見つけた場合はどうする? 交渉か、奪うか、奪うとしたらそれは全部か、もしくは一部か」

 俺達がジュエルシードを発見できたとしても、それをそのまま自分のものにできるわけではない。一度は管理局の遺失物管理部に預け、そのロストロギアがどういうものかを調べてもらい、個人の所有を許可していいものかどうかの判断を仰ぐ必要がある。危険物と判断された場合はロストロギアの管理を全て管理局に委ねることを代償に、“ロストロギアの発見、回収に尽力した”ということで多額の報奨金が支払われ、この金を目当てにトレジャーハンターとして活動する発掘屋も多かったりする。 その手続きをしなければ完全に違法だ。

 だがしかし、俺達がジュエルシードを手にいれ、アリシアの蘇生に成功し、その後で管理局に届ければいい話ではある。何か事件でも起きない限りは俺達がロストロギアを所持していることが管理局にばれることもないので、ジュエルシードの扱いに失敗して次元震でも引き起こさない限りは、その辺の事情をそれほど気にすることはないのだが。


 「………交渉で何とかなればいいけれど、ジュエルシードのロストロギアとしての重要性を考えれば民間組織に委ねられるとは思えないわ」


 「時空管理局か聖王教会か、スクライア一族なら時空管理局だな。遺失物管理部の管轄なのは間違いないが、どんなに交渉しても貸出までは半年はかかるだろう」

 遺失物管理部機動三課とは繋がりが深いが、他の部署が担当になる可能性もあるし、やはり時間がネックだ。というか、解析結果は多分民間への貸出不可能の劇物扱いだろう。


 「それじゃあ間に合わない。かといって、奪ったりして管理局に追われるのも危険が大きいわね。もし次元航行部隊にでも目をつけられたら研究の時間がなくなってしまうし、何よりもフェイトに危険が及ぶわ」

 相手が地上部隊ならレジアス・ゲイズ少将に手を回してもらえばある程度なら何とかなるが、問題は本局の次元航行部隊だ。各艦艇ごとに半ば独立した権限を持って事件にあたるから、裏から手を回すのは案外難しい。


 「直接的な強奪は最終手段だな、それの一歩手前の状態でサンプルを奪うのが最善ってとこか」


 「一歩手前?」


 「幸運なことにミネルヴァ文明遺跡には傀儡兵の存在が確認されている。だからこそ強力なロストロギアが眠っている可能性が高いんだが、傀儡兵ならこっちの十八番だろ」


 フェイトがジュエルシード探索を始めた頃から、時の庭園も少し変化した。駆動炉を“クラーケン”の試作型に改良し、さらには地上本部が手がけている大型魔導砲“ブリュンヒルト”の試作型も設置することとなったのだ。

 大型兵器に属するものをクラナガンの市街地で開発するわけにもいかず、他にも騒音問題や物資の補給の問題などから、開発の場所の確保には地上本部も頭を痛めていたらしい。時の庭園は辺境のアルトセイムにあり、なおかつ補給体制は整えやすく、SSランクに届く高ランク魔導師がいるため、非常時の対応も可能ということで打ってつけの立地条件であった。さらに駆動炉の設計者であるプレシアの所有物であることもあって、割とあっさりと開発地として提供することが決定した。

 フェイト達が常に過ごしているなら流石に断っただろうが、あいつらが次元世界を飛び回っている以上ここに残るのはプレシアと傀儡兵のみ、地上部隊の研究員や作業員がうろついていても困ることはない。違法研究を行っている場所は、フェイトも知らない(リニスは死ぬまで知らなかった)地下深くで、巧妙に隠蔽しているからまず見つからない。試作型の建設はとりあえず終了したので今は何人かがいるだけだが、最も多い時は200人近くがいたとか。

 大型魔導砲“ブリュンヒルト”は地上の戦力を消費しないことを目的に設計されたので、その防衛には魔力炉“クラーケン”の動力を利用した傀儡兵が当たることになる。つまり、俺とプレシアの二人だけでも問題なく運用できるかどうかが“ブリュンヒルト”の真価といえるので、その他の作業員は今はいない。というか、地上部隊も忙しいので人材に余裕がないのだ。

 残る問題は未だに発射実験が出来ていないことで、万が一の事故を考えると実験は次元空間か宇宙空間で行うこととなる。大型の駆動炉を搭載しているので暴走が起きれば辺り一帯を焦土と化す可能性すら否定できず、本局の高官が地上本部が“ブリュンヒルト”を開発することに難色を示すのは、暴走した際に地上本部の力で対処できるかどうかが不安だという部分が大きい。

 しかし、本局の次元航行艦が射撃訓練を行う演習場を地上本部が借りるには多額の予算がかかるそうで、その辺は難航している。本局が“ブリュンヒルト”の開発に協力的ならまだしも、結構反目している部分が大きいだけに演習場を借りられる可能性は低い。むしろ、適当な無人世界で許可を取り、そこで実験を行うという案が現実味を帯びている。時の庭園は次元航行能力を備えているので、地上本部が許可さえもぎ取ってくれればいつでも出発は可能だ。

 まあそういう事情もあって、俺達が傀儡兵を扱うことで怪しまれるところは微塵もない。既に管理局の共同研究者として使用権限を得ている身なのだ。プレシアが正規の職員として5年間ほど働いた経歴や、リニスが本局遺失物管理部機動三課で働いた経歴がここにきて効いて来ている。

 ついでにいえば時の庭園の傀儡兵はプレシアの私物で、万年予算不足の地上本部に格安でレンタルしている関係だ。場所代も格安なので地上本部からはかなり感謝されている、これもギブアンドテイクの一環だ。特に、無駄な出費をできる限り削って、陸士の残業手当などの人件費に充てたいと願っているゲイズ少将からは頭を下げて感謝の意を伝えられたくらいだ。



 「つまり、私達の傀儡兵にミネルヴァ文明遺跡を襲撃させて、どさくさに紛れてジュエルシードをちょろまかそうってわけね」


 「なーに、少し借りるだけだ」


 「典型的な犯罪者の発想だわ」


 「主犯が何を言うか。んで、一個か二個ジュエルシードを手に入れたらとりあえず引き揚げて、アンタはジュエルシードの特性を把握、俺達は残りのジュエルシードを可能な限り穏便に手に入れるための下準備をするってとこでどうかね」

 現状における最善はこれだろう、本局に目を付けられるのは今の段階ではよろしくない。地上本部が庇うにも限度がある。

 フェイトの将来も考えると近いうちに本局とも接触した方がいいのは確かだが、それはアリシアの問題が片付く目処が立ってからでよいだろう。プロジェクトFATEのこともある。こっちは広域次元犯罪者が基になった研究だけに管轄は本局よりだ、地上本部だけでは対処しきれない。


 「分かった、その方向で行きましょう」


 「んじゃ、俺は発掘現場に戻る。ジュエルシードの解析の準備は任せるぜ、一応言っとくが無理はすんな」


 「善処するわ」















新歴65年 3月 第29管理世界 ミネルヴァ文明遺跡 





 「バルディッシュ!」

 『Arc Saber』


 バルディッシュから発射された圧縮魔力の光刃が遺跡を守る傀儡兵を両断する。


 「邪魔だよ!」

 さらに、追い討ちをかけるようにアルフが切りこみ、傀儡兵をバリアごと容赦なく拳で吹き飛ばす。


 そして俺は――――


 「クロスファイア!」

 誘導弾を四つ程展開し、収束させて傀儡兵に突撃させるが、


 ボシュ、ブシュー


 「ぶっ!」

 「ぶほっ!」


 俺の尻から出るカートリッジと噴出ガスによってフェイトとアルフが噴き出してしまうという欠点がある。


 「トール! お願いだから戦わないで!」


 「あたしらを笑い死にさせる気かい!」

 うーむ、せっかく戦闘能力がAランク相当まで向上した戦闘用の肉体が完成したんだが、いかんせん尻からカートリッジを出すという欠点が残る。

 背中や腹に突起物でも作ってそこから外部に出すという案もあるにはあるが、その場合どうしても余分な機構を追加することになるので性能が落ちる。魔法人形は人体を基にしているから、口から入ったものは尻から出るのは基本だ、重力は偉大なり。

 口から入って胃のあたりでカートリッジを接続して魔力を取り出す、それによってリンカーコアを励起させて魔法を使用。魔法の反動だとか制御だとかその辺の問題はその他の内臓器官に当たる部分に搭載した機構で処理して、用済みのカートリッジは小腸に当たる部分で処理した後、冷却用のガスとかと共に尻から排出。

 実に無駄がなく理にかなったシステムなのだが、視覚的に大問題がある。どう見ても魔法を使うたびにう○こと屁が噴き出ているようにしか見えないのだ。普段は排出用の穴を閉じているが、魔法発動時にそれが表面に出てくるのもかなりやばい。


 「んなこといってもなあ、傀儡兵はAランク相当だぞ、このシステムじゃなきゃ生き延びるにも問題が出てくる」


 この排出システムを完備した肉体でも魔導師としての性能はAランクが限界、しかも魔法を使うたびにクズカートリッジを大量に食べなきゃいけないから燃費は決して良くない。クズカートリッジがただ同然で手に入るのが救いだが、それでも通常のAランク魔導師よりも制約が多いのは確かだ。

 製品版のカートリッジを使えば高度な魔法も使えるが、リンカーコアとの連結が完全とはいえないため、魔力が大きくなるとリンカーコアは大丈夫でもそれと繋がる回路に悪影響が出る。つまり、燃料タンクの容量はでかくてもそこに燃料を送るチューブが頑丈じゃないので製品版のカートリッジを使用すると弾けてしまうのだ。

 過ぎたるは及ばざるがごとしとはよくいったもので、この身体にはクズカートリッジくらいで丁度いい。リンカーコアに一度に送れる魔力量は減るが、そこは個数を揃えることで補える。とはいってもそのリンカーコアも魔力値に換算すれば最高出力は20万程度といったところで平均は8万程度、フェイトの134万に比べれば圧倒的に低い数値だ。


 「だったら後ろに下がってな! あたしとフェイトだけで十分だよ!」

 ちなみにアルフはAAランク相当で平均魔力値は43万、流石はフェイトの使い魔だけある。


 「それは却下、お前らは確かに強いが罠に対する警戒心が弱いし、それに対する固有スキルを持っているわけでもないからダメ」


 俺が現在使用している身体は例の男が提供したものではなく、それを自力で再現できるよう調整されたオリジナルのものだ。あの機体なら、AAランクの魔法も使えるが、今度は”トール”本体の演算性能の問題で、やはりAランクが限界だ。

 ジャミングや結界など、そういった相手の魔法活動を阻害するものを見抜く効果を持つIS『バンダ―スナッチ』を非常に再現出来てはいないが、それでも魔力を数値化したり、設置された魔法装置の反応を見抜く程度はできるので重宝している。

 こいつにかかれば罠とかは大抵看破出来るし、変身魔法なんかもほぼ一発で見抜けるから遺跡調査には持って来いの技能だ。最も、あくまで“隠すものを見抜く”技能であって探索能力が優れているわけではないというのがポイントだ。

 早い話、封鎖結界の内部で何が起きているかは全て見抜くことは出来るが、結界を破って中に入ることは出来ない。その辺はフェイトとアルフの領域ということで役割分担は出来ており、俺の役目は後方での支援活動と罠の突破、後は治療と補助といったところだ。俺の魔法はクズカートリッジがある限り使えるので、安全な場所にクズカートリッジを大量に用意しておけば、ほぼ恒久的に治療魔法を使用し続けることが出来る。

 俺の身体は一度に大量の魔力を消費する高ランク魔法は使えないが、治療魔法のように長時間かけ続けることで効果を発揮し、なおかつ出力自体は大きくない魔法との相性は抜群だ。だから補助的な魔法に関しては滅法強い。フェイトは134万の魔力を有するが魔法を使えば当然疲れる、しかし俺は動力源さえ確保すれば疲れることはない、演算性能の限界はあるが。



 「でも、逆に笑って危険な気がする」

 フェイトの言うことも一理ある。笑い転げているところに攻撃を喰らえばひとたまりもないだろう。


 「分かった、出来る限りお前達の視界に入らないように戦うから」


 「そうしな、って、新しいお客さんのお出ましかい」


 アルフの言葉に反対側の出口を見ると8体ばかりの傀儡兵が湧き出してきた。



 「アルフ! サンダーレイジを使うから時間稼ぎお願い!」


 「OK! トール、フェイトの補助は任せた!」


 「りょーかい」


 アルフがチェーンバインドで傀儡兵を5体ばかり拘束しつつ残りの傀儡兵に突っ込む。

 隣のフェイトが詠唱に入ったのを確認すると、俺も補助に入る。


 インテリジェントデバイス“トール”は魔力の制御に特化したデバイスである。そしてそれが動かす魔法人形の真価とは他の魔導師と同調し、魔法の発動の補助を行える点にある。

 まあ、今日会ったばかりの魔導師にやれと言われても無理があるが、バルディッシュは俺の設計図も参考に作られた後発機だ。そして共に雷撃系の魔法を制御するのに最適な調整がなされている。バルディッシュのフェイトとの相性は最高であり、演算性能も文句ないがサンダーレイジのような広域攻撃魔法を使用すればどうしても術者に相応の負担はかかる。

 だがしかし、俺がバルディッシュと同調しその負荷を引き受けることにより、フェイトは通常の誘導弾を放つ程度の負荷で広域攻撃魔法や砲撃魔法を発動できる。原理的にはユニゾンデバイスに近い。ストレージデバイスやアームドデバイスで魔法を発動する術者を、内部から補助し負荷を減らすのがユニゾンデバイスだが、俺はそれを外部からの同調によって行えるように改造されているユニゾン風インテリジェントデバイス、当然改造したのはプレシアだ。

 それを100%無駄なく行えるのはバルディッシュのみだが、相手がインテリジェントデバイスならば70%~80%くらいのロスで補助を行うことが出来る。これらの機能は“トール”本体が備えている機能なので、使用する肉体には依存しない。

 現状で俺が使用する肉体は主に3種類、通常の人間と同程度の性能しかなく魔法も使えない一般型、魔法は使えないが身体能力に特化しており鋼の身体を持つ近接格闘型、そして現在使用している魔法の発動が可能な魔法戦闘型で、近接格闘型以外の顔や体形は全て同じである。

 一般型は身体の操作に割くリソースを最小限にできるので、デバイスとしての演算性能をフルに発揮できるというのが利点であり、研究開発時やフェイトの遊び相手をする時には常にこれを使用している。燃費が一番いい。

 近接格闘型はフェイトと模擬戦をやる時くらいしか使用する機会はない。より実戦に向いた機体を開発するためのデータ採取に動かす場合もあるが、表情が硬くコミュニケーション能力に欠けるためあまり使わない。燃費もあまり良くはない 。これはほとんど傀儡兵といっていい。

 そして、現在使用している魔法戦闘型。魔法を発動可能なように調整がなされており、例の男が送ってきた素体を用いた『バンダ―スナッチ』に近づけるように開発した。あれはメインボディであるが同時に目指すべき完成形でもあるという特異な存在になっている。魔法戦闘型の燃費は良くなってきたがまだまだ問題点は多い。


 『バンダ―スナッチ』は基が広域次元犯罪者の試作品であり、高ランク魔導師の死体とリンカーコアを用いて作る屍兵器ともいえるものなので、思いっきり管理局法に引っ掛かる。外見こそ一般型や魔法戦闘型と同じになるように改造したので回収されて精密検査でもされない限り屍兵器とはばれないだろうが、リスクを考えるとあまり頻繁には使えない。



 「サンダーレイジ!」

 通常の半分の速度でチャージを完了したフェイトが広域攻撃魔法を解き放つ、使い魔であるアルフとは声を交わすまでもなくタイミングを合わせられるので完璧な連携が出来あがる。



 「さっすが、Aランク相当の傀儡兵8体を一撃か」


 「リニスに鍛えてもらったから」

 フェイトの顔はちょっと誇らしげだ、確かに師匠が良かったというのは間違いない。





 「んー、それにしても解せないな」

 「何がだい?」

 いつの間にか戻ってきてたアルフに尋ねられる。


 「いやさ、何でこの区画に傀儡兵がいたかってことだよ。こいつらは外部から魔力供給がなければ戦えない筈だが、ここは遺跡の中枢からかなり離れている。その割には数が多すぎる気がしてな」

 中枢部分にはスクライア一族を始めとした本職の連中がいるから俺たちみたいなアマチュアがいるのは端っこだ。

 今撃破したのが8体だが、この他にも7体ほど撃破している。どうでもいい区画を防衛するには多すぎる気もするし、そもそもこの位置でエネルギーの確保が出来るものだろうか、という疑問が残る。

 傀儡兵はAランク相当の戦闘力を誇るので、やはり一体当たり10万以上のエネルギー供給が必要になる。その上、戦闘行為で減少する魔力を補給し続けなければならない。それだけのエネルギーを確保するには強力な駆動炉が必要になるはずだが――――


 「確かに、言われてみりゃそうだね。これまで潜ってきた遺跡でもこういう奴らは大抵心臓部みたいな地点を中心に配置されてたはず……」

 「じゃあ、この傀儡兵達は何かを守っている………待って」


 どうやらフェイトも同じ結論に至ったか。


 「ああ、守っているものが高密度のエネルギー結晶体なら、それのエネルギーを傀儡兵の動力源に転用できるかもしれない。俺には魔力の流れまで読み取ることは出来ないが、少なくとも傀儡兵達の魔力を総合すれば1000万以上の魔力は恒久的に必要になるな」

 魔力というのは遠隔で他者に渡そうとすると効率が非常に悪くなる。一般的な伝達率は25%以下とされており、15体以上の傀儡兵を維持するならやはりそれだけの魔力は必須だ。

 魔導師同士で魔力を受け渡そうとするなら、やはり直接的な供給が基本になる。魔力の塊を飛ばして吸収するような真似が出来ればレアスキル扱いされるのは間違いない。理論的には相手の砲撃魔法を吸収することすら可能となるのだから。


 「じゃあ、こいつらが守っている先にあるのは――――」

 「――――ジュエルシード」


 運良く当たりを引けたのか、はたまた見当違いで外れなのか。


 「このまま進むぞ、危険はこの際無視して他の発掘チームに追いつかれないことを第一に行く」

 「うん」

 「了解!」













 そして、さらに15体ばかりの傀儡兵をぶっ壊して進んだ先にそれはあった。


 「ジュエルシード………」

 呆然としたような声をフェイトが上げる、これまで散々探して来たのだから無理もない。


 「やっと……見つけたよ」

 こちらは感極まったようでアルフ、フェイトと似たり寄ったりな感想のようだ。


 「シリアルナンバーは…………6番か、とにかくこれで研究の第一歩にはなりそうだな、フェイト、とっととバルディッシュに格納しちまえ」

 俺は特に感慨もないのでフェイトに指示する。デバイスとはいついかなる時も冷静であるべき。


 「あ、うん」

 フェイトが封印用の術式を展開しバルディッシュの中にジュエルシードを封入する。



 「これにて目的達成と、他のジュエルシードを回収する必要もあるかもしれんが結構難しいだろうから一旦戻るぞ」

 目的を果たした以上はここに留まる意味もない。ジュエルシードの解析のことや今後の予定を決定するためにもここは一旦戻った方がいい。俺達がどう動くかの判断は俺がすることになっているので、フェイトもアルフもすぐに撤退準備に取り掛かる、このあたりも慣れたものだ。



 「ところでトール、他のチームでジュエルシードを見つけたところはあるのかい?」

 「んー、スクライア一族のところだけだが、既に大半のジュエルシードを発掘したって話を聞いている。やっぱアマチュアじゃあ本職には敵わんなあ」

 ぶっちゃけ一つ見つかっただけでも僥倖だろう。おかげで傀儡兵を用いた強奪作戦を展開する必要がなくなった。

 地上本部との兼ね合いを考えても、やはり荒事が少ないに越したことはない。


 「とにかく戻るぞ、プレシアが首を長くして待ってる」


 「トール、これで、母さんは助かるかな?」


 「さあてね、そればっかりは断言できんなあ」


 「あんた、そういう時は嘘でも助かるといいなよ」


 「そうもいかん、俺は騙すが嘘はつかんからな」


 いつも通りの雑談をしながらミネルヴァ文明遺跡を一旦後にする。今後の対策も考えればすぐ戻ってくるだろうが、一先ずはフェイトとアルフを休ませるとしよう。



 最も、俺にはジュエルシード研究のサポートが待っているから休む暇はなさそうだ。リニスがいない今、アイツの分も果たさないといけないからな。



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 説明多すぎるだろ自分・・・・・・
 しかし今は物語の土台を作ってるときなので、仕方ないといえば仕方ないんですが・・・・・・
 話が進めば、もっとスムーズに読めるようになる、はず・・・



[22726] 第十一話 次元犯罪計画
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/11/13 11:18
第十一話   次元犯罪計画




新歴65年 3月 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園





 「どうだ?」


 「主語をつけろといいたいとこだけど、ジュエルシードのおおまかな特性は把握できたわ。残念だけどやっぱりアリシアの身体に直接移植するには無理があるわね」


 プレシアの解析結果によると、ジュエルシードは簡単に言えば願いを叶えるロストロギア。周囲にいる生命体の意識的、または本能的願いを受信しそれを叶えるのに最も適した類の魔力を放出、大体は変化現象を引き起こすとか。

 だが、その内部に蓄えられているエネルギーは次元震すらも起こせる程に強大。しかも複数のジュエルシードを共振させればその力は跳ね上がり、10個くらいあれば次元断層すら引き起こせるだろうという次元干渉型ロストロギアとしての特性も持っている。


 「正直言って、わけが分からんな。ジュエルシードは一体何がしたいんだ?」

 高純度のエネルギー結晶体だから、傀儡兵の動力源としても利用できるし、次元航行用の駆動炉の炉心としても利用できそうだ。また、次元断層を起こして敵を殲滅する次元破壊爆弾みたいな使い方も可能だろうし、高ランク魔導師のリンカーコアと融合させてスーパー魔導師を作ることも理論的には不可能じゃないだろう。


 「最大の特徴は汎用性だから、“願いを叶える”というのはそれを突き詰めた結果だと思うわ。ある意味で汎用性の究極系なわけだもの」


 「なるほど、蓄えられた膨大な魔力を背景に、色んな事を出来るように機能を付けまくったらなんでも出来るようになった、と思いきや周囲の願いに敏感に反応して面倒事を引き起こす厄介者になったと。過ぎたるは及ばざるがごとしだな」

 願いを叶えるのに最適な魔力を放出というのも色々な機能を混ぜた上に生まれた副産物か。しかし、そんな夢物語みたいな機能を実現させるとは、古代の魔導師は一体どんな技術力を持っていたのか。


 「だけど、この特性はやっぱり利用出来るわ。ジュエルシードの力を上手く利用すれば“アリシアの身体に最適なレリックレプリカ”を創造することも可能になる」

 レリックを非魔導師であるアリシアに直接移植することは不可能。だからこそ、魔力炉心としての機能を除外し、肉体の蘇生能力にのみ特化させたレリックレプリカを作ろうとしたがどうやっても出来なかった。かつて研究していた改造リンカーコアなどを基に幾度も実験を繰り返したが、アリシアのクローンとの完全な融合は一度たりとも成らなかった。

 プロジェクトFATEはそういった実験のためのクローン体を作ることも目的ではあったが、最大の目的は“レリックレプリカとの融合が成功したアリシア”という目指すべきゴール、それに近いものを作りあげることにある。ゴールからそこに至るためのルート、つまりはレリックレプリカをどのように調整すべきかを割り出そうと考え、そのために作り出されたのがフェイトである。

 しかし、本来の専門分野が駆動炉などの開発であり、根っからの生体工学研究者ではないプレシアではやはり限界があった。結局、フェイトという指針があってもレリックレプリカを完成させることは出来ず、ジュエルシードという“過程を飛ばして結果のみを引き寄せるロストロギア”の力を借りる羽目になってしまった。そして、母のためにそれを探しているのがフェイトというのも皮肉な話ではある。

 ともかく、ジュエルシードがレリックレプリカの精製に利用できるというのはいい情報だ。フェイトの頑張りはようやく報われた、と言いたいところだが――――


 「質問だ、ジュエルシードの効果を実験を重ねることで解析して“アリシアに最適なレリックレプリカ”を作り出すのにどれくらいかかる? いや、まずはジュエルシードの力を完全に制御するのに必要な期間は?」


 「………改造リンカーコアの精製に要した時間は4年、レリックを実用可能状態まで持っていくのにかかった時間は6年、それらのノウハウがあることを差し引いても――――――――2年はかかる。余程順調にいっても1年未満はあり得ないわ……」


 「やっぱりか」

 ジュエルシードの発見はぎりぎりで間に合ったように思えるが、やはり遅すぎた。

 プレシアの身体はあと2か月も持つまい。ジュエルシードの力が“延命”に利用できたとしても、解析して有用な方法を見つけていなければ、基となる生命力が落ちている以上は焼け石に水だろう。

 だが、それだけで諦めるような女だったら、そもそもフェイトをプロジェクトFATEによって作りだしたりしていない。


 「つまりはこういうことだな、ジュエルシードを完全に解析して安全性を確立した状態でアリシアの蘇生を行うことは既に不可能、そもそもそんな時間はない。だから、ジュエルシードの最低限の制御法を経験則で導き出し、ぶっつけ本番で“レリックレプリカ”を創り出す。上手くいけばアリシアは蘇生するし、その技術をそのまま転用すればアンタも健康体になるかもしれない」

 だが、それは奇蹟を当てにするようなものだ。複雑な計算をしなくても成功率が1%以下だということは理解できる。


 「でも、もうやるしかない。せっかくフェイトが見つけてきてくれたジュエルシード、無駄にするわけにはいかないわ」


 「まあ、ここまで来たら意地だな。土壇場で諦めるようならそ、もそもフェイトのために自分の命を延ばすための研究でもしていればよかったんだ。だが、俺もアンタのインテリジェントデバイスだ、マスターが諦めていない以上、全力でサポートさせてもらう」


 プレシアの決断は分かりきっていた。だからこっちもこっちで相応の準備は進めている。

 インテリジェントデバイスは主のためになることの準備は怠らない。


 「………何をするつもり?」


 「今回の研究はかなりデリケートな上、相手は正真正銘のロストロギアだ。プロジェクトFATEの時のように、いくつも培養カプセルを並べて比較しながら地道に進めていくわけにもいかんだろうし、そもそも実験体がない。サンプルを採るなら、ジュエルシードの効果を知っていない人間に触れた場合、どんなことが起こるかというデータが必要だろう」


 「そうね、アリシアを蘇生させるための“レリックレプリカ”の創造を行うのは私だけれど、その場合ジュエルシードにかける願いは“アリシアに最適であること”。でもジュエルシードが反応する”願い”にはアリシア自身のものも混ざっているから、そこが最大のポイントになるわね」


 生命には“生きたい”という最も純粋な願いがある。ジュエルシードが願いを叶えるロストロギアならば、死にかけの人間が触れれば傷や病気を全て癒すことになる。

 だがことはそう簡単にいくまい。思考が一種類しかない人間など存在しないし、“生きたい”と思うと同時に“もう楽になりたい”と思うこともあるだろうし、“生きてもいいことない”とか、“何で生きているのか”などの雑念が混じることもある。

 プレシアの解析によれば生命の願いはそう単純ではないため、大体は歪んで叶えられてしまうだろうということだ。これが人間ならば尚更だろう。逆に、アメーバのような単細胞生物の願いが受諾されれば“繁殖したい”という念だけが増幅されて、どこまでもアメーバが増えるような効果をもたらすかもしれない。

 つまり、ただ単純にジュエルシードがアリシアの本能的な願いを叶えようとすると、最悪アリシアがモンスター化する可能性すらあるというわけだ。“生きたい”という生物として純粋な願いはそれだけに、“アリシアが人間として生きる”部分を削り取ってしまう可能性が高く、ジュエルシードそういう面で実に厄介な特性を持っている。

 仮に、死にかけの人間に握らせたとしても、怪物のようになって生き残る可能性も否定できない。いや、ジュエルシードの保有する魔力が高いだけに、ただ治療だけして終わる方がおそらく難しい、余った魔力は肉体に影響を及ぼし、人間の限界を超えた異形へと変形させる可能性がある。要は、ジュエルシードとは人間に使うにはあまりにも魔力が巨大過ぎるのだ。

 ならば、そのジュエルシードの発動状況のサンプルを採る最も手っ取り早い方法は――――


 「だったら、魔法のことを一切知らない人間、もしくはただの犬や猫、野生生物なんかがジュエルシードに触れた際にどのような変化を成すのか、そのデータがあればジュエルシードの傾向を統計的に調べることが出来るんじゃないか? まあ、たった20個しかないというのが問題だが」

 実際に生物に発動させ、その変化の様子を観測すること、これに勝るものはない。

 デバイスである俺は統計的なデータで物事を測ることが本領だ。直感なんてものはありはしないし、経験を組み合わせて擬似的な直感を作り出しても閃きという分野では到底人間に及ばない。


 「それは私も考えているわ、人間はともかく、野生生物を連れて来てジュエルシードに触れさせてその結果を観測しようとは思っていたけれど」


 「ああ、当然それもやるがそれだけじゃ足りない。奇蹟に縋ってぶっつけ本番でアリシアを蘇らせようってんだから、ここはぶっつけ本番のデータこそが役に立つ。実験環境を整えた上での実験は所詮作りものだ、実践に勝るものはない」


 「……………読めたわ。貴方、とんでもないことを企んでいるわね」


 「幸運なことに、第29管理世界のミネルヴァ文明遺跡からミッドチルダ方面に向かう航路は一つだ。本局だろうが地上本部だろうが、時空管理局にジュエルシードを届けるなら、ある管理外世界を経由する。管理外世界の人間なら当然魔法のことなんか知らない、リンカーコアを持たないアリシアの“生存本能”がジュエルシードにどんな影響を与えるかをぶっつけ本番で調べるにはうってつけの場所だと思う」


 次元航路を普通の海の航路に例えるならば、管理世界は港を備えた陸地であり、管理外世界は無人島といったところだ。無人島に大量の物資を運び込むのは手間がかかるし当然貿易も行われないが、港から港に船が進む際に近くを通ることは往々にしてある。やはり次元航路を長期間進み続けるよりは一定の距離で通常空間に戻って整備点検を行った方が運搬のリスクは小さくなる。

 故に、ミネルヴァ文明遺跡からの出土品が運ばれるルートを考えれば、間違いなく第97管理外世界で一度通常空間に出て整備点検を行う。本局次元航行部隊の艦船ならばそんな必要はないだろうが、民間船はそこまで高度な設備を積んでいないので、乗組員の疲労などを考慮しても途中休憩は必須だ。


 「正気かしら、次元干渉型の要素も持つロストロギアを管理外世界にばら撒くつもり?」


 「管理外世界ならばこそだ。流石に地上部隊がいる管理世界にばら撒くつもりはないさ」

 俺はデバイスだ、狂うとしたらそれは出来ないことをやろうとする時だろう。出来ることなら何でもやる。


 「次元航行部隊にばれたら次元犯罪者扱いされるわよ」


 「プロジェクトFATEに手を出している時点でもう立派な犯罪者だよ。それに、名言がある、“ばれなきゃ犯罪じゃねえ”、だ。ちなみにもうジュエルシードをばら撒く場所の目星は付けてあるし、拠点となるマンションの購入のための下準備も進めている。そして最大のポイントは、地上本部が計画している大型魔力砲“ブリュンヒルト”の試射の日程と、どうやら被りそうってとこだ」

 ジュエルシードをばら撒く予定の第97管理外世界は地表の7割が海だ。それに、人間が住んでいる陸地面積よりも無人の土地が圧倒的に多い、ばら撒き方には最新の注意が必要だろうが、ジュエルシードの特性を利用すれば一発だ。


 「ジュエルシードをミッドチルダに運ぶための貨物船も調べてあるし、とある手段で乗り込む手配も済んである。後は現地の上空に来たらジュエルシードに“海鳴市に俺を運べ”と願いながら転移魔法を使えばいい。ジュエルシードもある程度活性状態になって一石二鳥、貨物船の重要貨物室のセキュリティを突破するプログラムは現在構築中だ」


 「準備がいいことね、それで、フェイトはどうするの?」


 「裏の事情は知らせず、純粋に“事故”でばら撒かれてしまったジュエルシードを回収するために、第97管理外世界、地球に向かってもらう。そして、時の庭園で行う“ブリュンヒルト”の試射場はどうやら管理外世界の通常空間になりそうだから、第97管理外世界での火星あたりに時の庭園をもっていけば、空間転移で地球と往来できるようになる。空間転移で往来するにもフェイトがいてくれた方がいいし、俺一人じゃジュエルシードの回収にも限界があるからな、次元震を引き起こせるエネルギーを秘めたジュエルシードの暴走は俺の手には負えん」
 
 もし時の庭園を動かせないのであればここまでやるのは無理だったろうが、今は運が向いてきている。地上本部との間に築いておいたパイプがここにきて実によく作用している。 時の庭園は試射場として貸し出す予定であり、場所はある程度こちらの希望を優先してくれることになっている。管理外世界の宇宙空間ならうってつけだ。

 大型魔力砲ブリュンヒルトの試射は地上本部が独自に進めているものであり、本局はほとんど関与しておらず演習場の提供すら拒否している。ならば、管理外世界の宇宙空間で地上本部が試射実験を行うことに本局は意義を挟めまい、今更意義を挟むなら最初から演習場を提供しろという話になることは目に見えている。

 試射を管理外世界の惑星上で行うのは大問題だが、その世界の文明の宇宙船がおいそれといけない場所まで離れていれば、現地住民と接触する可能性も皆無だ。宇宙空間で試射を行う場合、宇宙を進む民間船が絶対に通らない場所を選ぶことになるので、管理外世界の方が場所を取りやすいという事情もある。もしそこで撃った砲撃に当たっても、そこにいること自体が違法であれば文句を言われる筋合いもない、軍の演習場に潜り込んで密猟を行っていた者が流れ弾に当たって死んでも誰も同情しない、“運の無い奴だ”で終わるだろう。


 「人の娘を騙して犯罪の片棒を担がせようとするのは、褒められたことじゃないわよ」


 「大丈夫、上手くやるさ、どんな事態になってもフェイトは無罪にしてみせる」

 というか、ジュエルシードの効果をその他の資料から大体把握していたからこそ俺達はジュエルシードを探していたのだ。そして、仮に見つかったとしてもこういう実験が必要になると予想は出来たので、犯罪計画の構築とその下準備は半年以上前から進めていた。まあ、ジュエルシードが発掘されなければ無駄になっていた計画だが、無駄にならずに済んだようでなにより。

 それに、ことはジュエルシードの実験だけじゃない。ある程度ジュエルシードの回収が進んだ段階で時空管理局の次元航行部隊を引き寄せたいという思惑もある。

 アリシアの蘇生を行う本番は複数のジュエルシードを使うことになるだろうから、万が一にも次元断層が発生してしまう危険がある。時の庭園の駆動炉“クラーケン”の力を次元震の封印に向ければ、中規模くらいの次元震は抑えられるだろうが、念には念を入れて近くに本局の次元航行艦がいてくれればありがたい。

 それに、本局と地上本部の確執につけ込めば俺達への視線をかなり逸らすことが可能だろう。“ブリュンヒルト”の試射は、法的手続きに則った正式なもので主導は地上本部、ジュエルシードに関する対策は突発的な事故に対応するためのもので主導は本局、これが同じ管理外世界でバッティングすれば諍いが起こる可能性は高い。

 それに、アリシアの蘇生が終了した後、成功したにせよ失敗だったにせよフェイトの今後を考えれば、ここらで本局と接触して法的な手続きを全部済ませた方がいい。こういうのはフェイトが子供のうちにやってしまわないと後で面倒なことになる。


 「だけど、第97管理外世界、呼び名は地球だったかしら? 現地住民に最悪死者が出るわよ」


 「そこはそれだ、死者というなら俺はもう2000人以上のアリシアを殺していることになる。これはあくまで提案だ。最終的な判断はそっちに任せる」


 「外堀は埋めておいて最終判断だけ私にさせるかしら貴方は」


 「これは単なる確認だよ、アンタがどんな選択を選ぶかは分かっているが、筋道は通さなきゃいけないからな」


 プレシアはアリシアとフェイト、どちらのために残りの人生を使うかという選択においてアリシアを選んだ。そんなプレシアが管理外世界の人間の命とアリシアを蘇生させられる可能性を上げること、どちらを選ぶかなどまさに確認するまでもない。

 もしその罪がフェイトにかかるのだとすればまた別の問題になるが、その点においてフェイトに罪はない。ジュエルシードをばら撒くのは俺の仕事でフェイトは嘘吐きデバイスに騙されてジュエルシードを回収させられただけの少女だからだ。

 まあそもそもばれるようなヘマをやるつもりはないし、いざとなれば狂ったインテリジェントデバイスの独断ということにすればいい。俺の命題はプレシア・テスタロッサのために活動することであり、多くの人々を幸せにするような機能や目的はプログラムされていない。



 「細かい方法は貴方に全て任せるけど、絶対にフェイトにはばれないようにすること、そして、貴方が捕まることも許さない。守れるかしら?」


 『命令、確かに承りましたマイマスター。新たな入力、決して違えることは致しません』


 我が主、プレシア・テスタロッサよりの入力を絶対記憶領域に保存、重要度は最大、主以外のいかなる存在の手によっても書き換えられることがないよう、遺伝子の螺旋構造を模した防衛プログラムを配置―――――完了、今後、この命令は我が命題の一部となる、終了条件はジュエルシードに関連する事柄がテスタロッサ家、及び法的手続きにおいて全て完了すること。



 「ところで、どんな場所にばら撒くつもり?」


 「それなんだがな、実に面白そうな場所がある」


 邪悪な笑みを浮かべながら俺はプレシアにデータを渡す。俺の計画は色んなものがかなり複雑にからんでいる、というより絡ませた。


 「海鳴市………一般的な地方都市のようだけど?」


 「重要なのは街じゃない、管理外世界だってのにこの街から結界反応があったってことだ。それもそこいらの魔導師が張るものとは違うタイプだ」

 この結界は非常に良く出来たもので、おそらく時空管理局の次元航行部隊でもこれを察知することは不可能だ。結界の最上級は存在を誰にも気付かせずに効果を発揮するものだが、この結界はそれに該当する。

 だが、ジェイル・スカリエッティが送ってきた肉体の固有技能『バンダ―スナッチ』は、どんな結界だろうが見破る能力だ。見破るだけで破壊も突破も出来ないというのが情けないところだが、偶然ではあったが管理外世界にあるはずのないものを俺は発見できた。


 「その結界の中には何があったの?」


 「悪いがそこまでは分からん。サーチャーを通してのものだったし、サーチャーと俺の機能は連結させていたが、そのサーチャーもすぐに叩き壊されちまってな。だが、サーチャーが壊されたってことは監視人かもしくは防衛用の機能があるってことだ、面白いだろ?」


 つまり、海鳴市には違法研究所か、次元犯罪者か、ロストロギアかそれに準ずるようなものが眠っているのは間違いない。時空管理局から逃れて管理外世界で研究している奴がいるのか、はたまた単なるコレクターという可能性もある、奇人変人は次元世界にいくらでも溢れている。

 最も、広域次元犯罪者のようなレベルの高い犯罪者は管理外世界にはいない。管理外世界に潜むものといえば止むにやまれぬ事情で身を隠すことになった魔導師が大半であり、痴情のもつれで管理局の高官を殺してしまったとかがいい例だ。ここでポイントとなるのは正体がどんなものであったとしても、それに対応するのは時空管理局の次元航行部隊しかあり得ないという点だ。


 「つまり、いざとなったらその結界を張った奴をジュエルシードばら撒き犯に仕立てあげるつもりね」


 「少なくとも管理局の目を逸らすことは出来るだろうさ、ジュエルシードを狙って動いてくれば罪を擦り付けるのもやりやすいし、そうじゃなくてもこっちから発破かければ自然と管理局の網にかかる。次元航行部隊も無限に手が伸びるわけじゃないからな、素性がはっきりしてて地上本部との繋がりがあり、正規の手続きに則った実験を行っている俺達よりも謎の結界を張った奴に意識を向けるだろ」

 そいつが海鳴市に結界を張ったのは別の事情があるのだろうが、そんなところに他のロストロギアが“事故”でばら撒かれたとしたら関連性を疑うなという方が無理だ。まあ、何の反応も示さない可能性もあるが、その時は放っておけばいい、これはあくまで保険のようなもので、ばら撒くことにメリットがある場所が海鳴市だったという話だ。

 とはいえデメリットもある。そいつらと完全に敵対することになった場合俺達が返り討ちにされる可能性だ。しかし、荒事に向いている高ランク魔導師の犯罪者は管理外世界には拠点を設けないものだ。物資を調達するにも研究設備を整えるにも管理世界の方が圧倒的に効率が良いので、管理局に補足されてもAAランク以上のエース級を返り討ちに出来る実力があればそちらに拠点を置いた方が多くの面で都合がいい。

 よって、管理外世界に拠点を設けるのは時空管理局のエース級魔導師を迎撃する実力がない者たちになる。もしくはランクこそ高いものの能力が戦闘向けではなく研究専門の場合か、管理世界にいられない余程の事情がある場合か。

 なので、AAAランクのフェイト、使い魔のアルフ、後方支援の俺の3人で動いているテスタロッサ一家が返り討ちにされる可能性は極めて低い。それに、交渉次第では協力関係を築くことも可能だろう、広域次元犯罪者ジェイル・スカリエッティとの関係のように。



 「なるほど、悪くないわ」


 「だろ、もし結界を張った奴が組織的に動いていたり強力な戦力を揃えていたらその時は次元航行部隊に応援を頼むことも出来るし、大型魔力砲“ブリュンヒルト”の試射対象をそいつらにしてもいい。“善意の協力者”ってことで管理局に恩を売って、見返りとしてほんの一か月くらいジュエルシードを貸してもらうのもありだ。その説得は自身あるぜ、金の力も味方についている」


 「ホントに貴方は悪知恵が働くわね、上手くいけば時空管理局と敵対することなくジュエルシードを使用できる条件が揃うってこと」

 
 法を司る組織と敵対してもメリットなどほとんどない。しかし、プレシアが技術開発部で行った魔力炉“セイレーン”の開発や、リニスが遺失物管理部機動三課で働いていたこと、そして“ブリュンヒルト”や“クラーケン”の開発協力に、開発場所としての時の庭園と傀儡兵を格安で地上本部に提供したこと。これらを通して管理局が俺達を処断出来ない状況を構築したことによって俺達の選択の幅は逆に広まった。

 ここでの最大のポイントは本局と地上本部、仲の悪い組織の両方に別々に恩を売ったことだ。これによって管理局内部の権力闘争や縄張り争いに付け入る隙が生じる、片方とだけ仲良くしていたらもう片方から目の敵にされてしまう。

 しかし、仮に俺達がこの実験によって次元航行部隊に拿捕されたとしても地上本部が黙っていないし、本局の技術開発部や遺失物管理部も無関係ではいられない、ただ犯罪者としてしょっぴくには俺達は管理局に関わり過ぎている、表の面でも裏の面でも。

 これで全部思い通りにいくなんてことはないだろうが、きれるカードは多く持っていたほうがいい。


 「ま、世の中そこまで上手くはいかないだろうが、海鳴市にジュエルシードをばら撒くことにはかなりのメリットがある。そういうわけで海鳴市を“ジュエルシード実験”の舞台にすることになった。準備は着々と進行中、開幕は近いぜ」


 「貴方、楽しんでいるでしょ」


 「まさか、ただ悲壮感漂わせようが楽観的だろうがデバイスの性能は変わらない。だったら、フェイト達のことも考えれば楽しむ方がいいだろ」

 デバイスというものは常に現実路線をいく。俺がマイナス思考でいてもプレシアにもフェイトにもアルフにも悪影響しか出ないことが分かっているのだから、常にプラス思考でいるようにする。これはただそれだけの話。人間と違って精神的な疲労がないのでいくらでもハイテンションを維持できる。



 こうして、後に公的には“ジュエルシード事件”、管理局の一部では“縄張争い事件”と呼ばれることになる次元犯罪計画がスタートした。




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 Q. 脳死状態の人間に本能的な願いはあるのか?

 A. 人間は、肉体、精神、魂で成り立っていて、アリシアは精神が停止している状態なので、魂はまだ生きています。そして、肉体と魂が”生きたい”と言っています。

 ………ダメでしょうか?

 それにしても説明回が続いてしまう… そしてまだあと1回説明回が必要になりそう…… 何やってんだ自分。



[22726] 第十二話 第97管理外世界
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:4c237944
Date: 2010/11/17 15:34
第十二話   第97管理外世界


新歴65年 3月27日 ミッドチルダ首都クラナガン 


 「おっし、フェイト、アルフ、スケジュールを確認するぞ」


 「うん」


 「はいよ」


 ここはクラナガンにあるマンションの一室。

 ここ1年くらいは次元世界を飛び回っていた俺達だが、クラナガンは中継の拠点として良く使うので活動の拠点として抑えておいた物件だ。

 何かと縁がある地上本部にもほど近いので立地条件はかなりいい。


 「プレシアが現在研究中のジュエルシードだが、他の20個はやはりスクライア一族が全部発掘したらしい。俺達が発見したことは誰にも言ってないから、残り一つを探してこれまで頑張っていたようだが、ついに諦めてジュエルシードを時空管理局に届けることにしたそうだ」


 「悪いことしたかな………」


 「しょうがないさフェイト、あたしらにもあたしらの都合があるからね。それに発掘ってのは基本早いもん勝ちだよ、先にとられた方が悪いのさ」

 アルフが言うのは正論だが、先にとられたものを非合法な手段で奪おうとしている俺は超極悪人だろう。


 「ジュエルシードも1個だけじゃ何かと厳しいからな。俺達としては少しの間でいいから貸してほしいところだが多分難しい、スクライアが発掘したジュエルシードでも交渉の相手は時空管理局になってしまう、一応交渉はしてみるが成功確率は高くないと思え」


 「どのくらい難しいの?」


 「担当の局員が余程のボンクラか、もしくは余程のお人よしならうまくいくかもしれない。もしくは金にがめつい野郎なら賄賂次第でどうとでもなる。だが、遺失物管理部の局員は基本的に職業意識と責任感が強い、まだどんな特性を持つかの検査も終わってないジュエルシードを、いくら高名な工学者で管理局に多大な貢献をしているとはいえ、民間人に貸し出すことはないだろう。簡単に言えばリニスがたくさんいると思え」

 この表現が一番しっくり来たようで、二人とも納得した表情をしている。


 「ってーことは?」


 「無断で借りることになるな」


 「それって、犯罪じゃ………」


 「まあそこは気にするな、せいぜい1か月くらいだからちゃんと返して謝れば多分大目に見てくれる。次元災害なんて引き起こした日には終身刑ものだが、脳死状態からの蘇生のための研究に使うだけなら罰金くらいで済むさ」


 「交通違反のパワーアップバージョンみたいなもんかい」

 どうやらアルフは既に乗り気のようだ、まあ、性格的に交渉なんかよりふんだくる方が向いているんだろう。 実はこれは罰金くらいで済むわけはないんだが、この2人に事実をありのまま伝える必要はない。


 「ま、そんなもんだな、それでもまず交渉はするぞ。穏便に済めばそれに越したことはないし、金で解決できればそれでいい。常日頃から言っているだろう、金の力は偉大なりと」


 「まあ、フェイトが乗る船がファーストクラスなのはいいことだと思うよ」

 ついでに言えばチャーター機も結構使う。

 やはり一般的な手段だけで次元世界を飛び回るのは時間がかかり過ぎるので、特別料金を払って時間を金で買った。


 「私は別にビジネスクラスでもいいんだけど」


 「諦めろ、お前をビジネスクラスに乗せた日にはプレシアから裁きの雷撃が落とされる。あの女は次元跳躍攻撃すら出来るからな」


 「だけど、今の母さんの身体じゃあ………」

 おっと、地雷を踏んでしまったか。

 確かに現在のプレシアの状況では次元跳躍攻撃は難しい。 命を削る覚悟なら撃てるかもしれないが、まさに無駄でしかないな。 攻撃ではなくそれほど強くない魔法でも、次元跳躍して使えるのはあと1回、せいぜい2回ほどだろう。


 「大丈夫だ、ジュエルシードの力を利用すればそれくらいできる」


 「慰めになってないんじゃないかい、それ」

 アルフ如きに突っ込まれた、鬱だ。


 「とにかく、ジュエルシードは貨物船でクラナガンに来るみたいだから、お前達はこっちで待っていろ。俺は一旦ミネルヴァ文明遺跡のスクライアの交渉担当と打ち合わせしてくるけど、お前達がいても意味無いから」

 次元間通信でも出来ないことはないが、やはりこういう交渉は直接会うのが基本になる。

 どんなに文明が発達しようと人と人とコミュニケーションの基本は直に会って言葉を交わすことなのだ。


 「ごめん、役立たずで」


 「フェイト、落ち込むことはないよ、適材適所さ。こいつの特技なんて口先くらいしかないんだから任せておけばいいんだって」


 「口先だけじゃないぞ、尻からカートリッジを出して魔法も使え―――」


 「それはやめて」


 「永久に封印しな」

 速い、タイムラグがほとんどなかった。


 「―――善処はしておこう」

 スクライアの人間と交渉するのは本当だが、やることはそれだけではない。

 時の庭園から別の肉体を持ち出してミネルヴァ文明遺跡で中身を取り換え、貨物船に乗り込みジュエルシードをばら撒くという作業がある。

 まさか時空管理局もスクライア一族のお得意様でこれから交渉しようとしている人間(インテリジェントデバイス)が貨物船を襲うとは考えまい。

 交渉が失敗に終わってその後にジュエルシードを奪いにかかるなら分かりやすいが、交渉の前に奪いにかかるというのは少々筋が通らない。

 だったら最初から交渉する意味がないのだ。

 しかし、クラナガンで待っているフェイト達がジュエルシードを運んでいる貨物船が“事故”にあったと聞いて、ジュエルシードを独自に回収しようとしても違和感はない。

 落し物を勝手に拾って自分のものにしようとするようなものだが、強盗に比べれば遙かにましだ。


 「まあとにかく吉報を待っていろ」

 他にも幾つかの注意事項を残して俺はクラナガンを後にし、ミネルヴァ文明遺跡へと向かった。

 中継地点として時の庭園とその転送ポートを利用するので、通常ではありえない速度で到着できる。

 個人レベルでの空間転移ならば、時空管理局の許可さえとっておけばかなり自由に行うことができる。

 当然、転移可能な場所は公的な転送ターミナルに限られるが、ミネルヴァ文明遺跡には発掘調査のための臨時ターミナルが置かれているのでそこに直通できる。









新歴65年 3月29日 第97管理外世界 日本 海鳴市




 作戦は無事成功。

 俺は疑われることもなく密航に成功し、ジュエルシードの下に辿り着いた。

 方法は単純だが効果的で、金属製の近接格闘型魔法人形とデバイス(俺の本体)をそれぞれ別人の荷物として送っただけだ。

 送ったのは俺のコピーともいえるデバイスで、俺に比べれば性能は劣るが、人間と同じように行動して宅配物を手配することくらいは余裕で出来る。


 ちなみにそいつが使用した肉体は一般型である。


 こういう貨物船はロストロギアなどを運ぶ際には専用の重要貨物室を使うが、その他の品は大抵同じ部屋にまとめて運ばれる。

 事前に調べてはみたが間違いなくそういうタイプの貨物船だった。

 そうなればやることは簡単、“デバイス”と”カートリッジ”を一つの箱に入れ、更に”魔法人形”を木箱に入れてそれぞれ荷物として貨物船に送り込む。

 本体とカートリッジを入れてある箱は、音声入力式でロックが掛かるものを使用したので、中からパスワードを言えば開く。そして、俺の本体に多少の魔力が残っていれば、自力でふよふよ浮いて魔法人形の元に行くくらいは簡単だ。人形を入れてある木箱には、あらかじめ俺(本体)が入れるような隙間を作ってある。

 そして、人形を本体に残った魔力で起動し、木箱から出て補給用のカートリッジをその場で食べて行動開始。

 予め組んでおいたセキュリティ解除用の端末を使って貨物船のシステムを混乱させ重要貨物室へと突入。

 という計画だったが、より確実性の高い方法に変更した。


 「やっぱジュエルシードの本物が手元にあったのが大きいな、おかげで万事うまくいった」


 プレシアの下にあったジュエルシードを魔法人形の内部に隠して貨物室に持ち込み、その場で発動したのである。

 通常の貨物の検査はそれほど厳しいわけでもなく、プレシアの封印が完璧だったこともあってばれることなくジュエルシードは貨物船内部へ。

 そして、1個の発動に呼応して、別室の保管庫にある20個のジュエルシードが反応した。貨物室と特別保管庫は距離的に20mも離れてない。これだけ近ければ、嫌が応にも発動する。

 そこまでくればジュエルシードに魔力を注ぎ込んで“第97管理外世界、日本の海鳴市へ行け”と願いながら転移魔法を使うだけ。

 近接格闘型の肉体は通常では魔法を使えないが、外付けの装置を用いて空間転移魔法を発動させるくらいは可能だ。

 ちょうど97管理外世界の通常空間に貨物船がいる時期を狙ったので距離的にも問題なし。

 俺がインテリジェントデバイスであるため願いが受諾されるかどうかが懸念されたが、事前に時の庭園のジュエルシードで可能かどうか試していたので問題はなかった。


 というより予行演習は5回くらいやった。


 実験によって分かったことは、“願いを叶える”という特性は俺にはどうやっても発揮できないということだ。

 ジュエルシードの最大の特性とは過程を無視して結果を引き起こすことであり、例えば非魔導師が“どこか遠くに行きたい”と願ったとする。

 すると、その人物が空間転移の理論や必要な魔力量などを知らなくても空間を飛び越えるという結果を呼び寄せることが可能で、まさに奇蹟を起こすロストロギアと言っていい。


 だが、俺は所詮デバイス、機械の塊でしかない。


 奇蹟を起こせるのは人間のみの特権であり、デバイスである俺には自分に記録されている結果しかもたらせない。

 つまり、“どこかに行きたい”という願いを送っても、空間転移の理論や必要な魔力量や本来必要な技術的要素など、過程を知らなければ願いを叶えることは出来ないわけだ。

 故に、俺が“アリシアに最適なレリックレプリカ”を願ったところで過程を知りもしない結果を引き寄せることは出来ない。

 デバイスにできることは現在ある情報を用いて演算することだけなのだ。


 とはいえ今回に限ればそれで十分。


 俺は空間転移の理論や必要な魔力をデータベースに記録してあるから、問題なくジュエルシードを起動させることが出来る。

 要は、俺にとってジュエルシードとは外付けの魔力炉心のようなものだということだ。

 そして、海鳴市に21個のジュエルシードがばら撒かれることとなった。

 どこに落ちたかはさっぱりだが、そこは仕方ない、手元にあった1個は超小型発信機を(物理的に)つけていたので、コレだけはすぐに回収できるだろう。

 何よりも、この方法の最大の利点は“ジュエルシードが貨物室でいきなり発動した”という痕跡しか残らないことだ。

 セキュリティが突破された形跡もなければ襲撃された形跡もない。

 あくまで運んでいたロストロギアが予期せぬ理由で発動しただけであり、貨物船の乗組員の認識では運搬中のロストロギアが突如発動。

 転移魔法のような反応を起こし管理外世界に落ちてしまった、というところだろう。


 実のところこういう事例はそう珍しいことでもない。


 転移機能を内蔵しているロストロギアは数多く、ロストロギアでなくとも転移魔法専用のデバイスなどもある。

 それらを専門の知識を持たない貨物船の乗組員が誤って発動させ、運搬物が行方不明となってしまうケースは1年に10回以上は存在する。
 
 そういった事態に対処するのも次元航行部隊の仕事の一環だ。

 ジュエルシードを送り出したスクライア一族としては“もっと取り扱いを注意するように言っておくべきだった”というところだろう。

 彼らは考古学者ではあるが技術者ではないので次元干渉型であることを正確に把握しているとは考えにくい。

 せいぜい“願いを叶えるロストロギア”までが限界だろうし、考古学的な調査というのは実験以上に時間がかかることが多い。

 俺達も文献ではなく実験によってその特性を正確に突き止めたのだ。

 時間をかければジュエルシードに関する資料の整理も終わるかもしれないが、ジュエルシードの発掘からはまだ日が浅く、考古学的な資料だけで正確に把握できる可能性は低い。

 管理局の遺失物管理部に届いたとしても、現段階でジュエルシードの特性を一番理解しているのは俺達だという事実は揺るがない。


 「ともかくこれで、運搬中の“予期せぬ事故”によってジュエルシードは管理外世界にばら撒かれた。運搬会社も時空管理局に連絡は入れるだろうが現段階ではそれほど危険度が大きい案件ではないし、万年人手不足の管理局が次元航行部隊を即座に派遣できる状況じゃあないな」


 これが管理世界なら地上部隊が回収に動くのだろうがここは管理外世界。常駐の部隊がいない以上やってこられるのは次元航行部隊だけだ。

 しかし、予算と人員問題に悩まされる管理局は現段階で来られるとは考えにくい。

 そしてこの状況ならジュエルシードの所有権は宙に浮いている状態だ。ロストロギアの類は、発掘した段階で発掘者のものになるわけではなく、一度管理局に預け、その安全性を確認した後に正式に所有権が保証される(だから俺たちは違法所持)

 よって、所有権が決定していない段階で、”事故”によってばら撒かれた以上、所有権は曖昧になるから俺達が集めて裁判で争ってもそこそこ戦えるような感じになっている。

 最も、一度は管理局に引き渡して個人の所有が可能かどうかの判断を行わなければ不法所持となってしまうが。


 「ま、それはどうでもいいか、アリシアの蘇生が終われば全部返す予定だし、重要なのは発動したジュエルシード、それも環境を整えた実験ではない生のデータだ。この段階で計画は既に半分以上達成できたも同然」


 後は人形を木箱に戻し、本体は離脱して再びフヨフヨ浮かんで箱にもどる。その後に音声入力で箱の鍵をロックすれば、貨物室の中は何事も無かったように元通りだ。あとは荷物としてミッドチルダのターミナルに着くのを待つだけ。

 そして俺の本体を貨物室に送り込んだ俺の代替品が、ミネルヴァ文明遺跡の転送ポートを使用して時の庭園に転移すれば俺の行動内容に不審な部分はなくなる。そしてターミナルで、代替品が本体を含めた荷物を受け取り、俺と交代すればいい。 その後ジュエルシードの散らばり具合を確認した後、普通の交通手段でクラナガンのフェイト達と合流。


 これによって『トール・テスタロッサ』のアリバイは完璧だ。


 ミネルヴァ文明遺跡の転送ポート使用リストには間違いなくトール・テスタロッサがあり、クラナガンに降り立ったのもトール・テスタロッサ。

 だが、肉体は同じものでも中身のデバイスは別というカラクリだ。

 魔法人形とそれを制御するデバイスで成り立つ俺はこういった人間では不可能な入れ替えトリックが可能だ。

 普段もこれに近い方法でアリバイ作りや詐称を行う俺である。

 後はクラナガンに着きしだい管理局に問い合わせ、恐らくまともな返事は返ってこないだろうから裏金を使って事情を聞きだしてジュエルシードが“事故”で地球にばら撒かれたことを知れば良い。




 残る懸念は例の結界を張っている第三者がどう動くかだが、一日程探ってみた感じでは特に反応はない(ついでに発信機をつけておいた1個は一足先にスフィアで回収した)

 このまま不干渉の態度を貫く可能性が一番高いか。


 「こういう計画って、大体予想外の出来事があるからなあ、さーて、どうなることやら」








新歴65年 4月1日 ミッドチルダ首都クラナガン



 「トール! ジュエルシードが行方不明になったって本当!?」


 貨物ターミナルで中身すり替えトリックを行い、拠点のマンションに着くと同時にフェイトが大声で詰め寄ってきた。


 「ありゃ、どうやって知った?」


 「ミネルヴァ文明遺跡で何度か一緒に発掘した人達が次元通信で伝えてくれたんだけど………本当なの?」

 なるほど、盲点だった。

 俺達“テスタロッサ一家”はここ1年ほどしか活動していない新人発掘チームだ。

 しかし、AAAランク相当の8歳の女の子とその使い魔、さらに保護者のAランク魔導師という異色な組み合わせだけに結構目立つ。

 ミネルヴァ文明遺跡にいた他の発掘チームの中にもそれ以前からの知り合いが何人かいたから、俺達が1年間“ジュエルシード”を探していることを知っている奴も中にはいたはずだ。

 恐らくは親切心で連絡してくれたんだろう。 それにフェイトは発掘者たちの間で人気だったしな。

 うむ、まこと人の世の縁というのは奇妙なり、こんな形で時空管理局から情報を引き出す時間を省くことが出来ようとは。


 「俺の方でもちょっとした伝手で知ったから多分間違いないな。何しろジュエルシードは“周囲の願いに反応して最適な魔力を紡ぎだす”なんて特性を持っている。乗組員が『転移魔法でも使えれば楽なんだけどなあ』とかなんとか思ったら変な形で発動してしまうかもしれないからな」


 「そっか、魔法を使えない人間はそういう風に考えるものだったっけね」

 意表を突かれた風にアルフが首を傾げる。 この点は高ランク魔導師にありがちな盲点だ。

 単独で空間移動が出来るから、普通の人間が旅客機を使う時にどんな感想を持つかということがわからない。

 多分、次元航行部隊に勤める非魔導師のオペレータの傍にジュエルシードがあれば、俺が言った通りの願いに反応してジュエルシードは発動する気がする。


 「とにかく扱いが難しいロストロギアだからな、しっかり封印処理を施してバルディッシュのようなデバイスにでも入れとかないとどんな事故が起きるか予想できん」

 スクライア一族がどの程度の処理をしていたかは謎だが、流石に至近距離でジュエルシードを発動されれば連鎖的に発動するのも無理はない。

 だがしかし、仮に俺がいなくとも発動していた可能性はゼロではないというのがネックだ。

 貨物船への襲撃者が存在しない以上、これはあくまで“事故”として扱われる。 そうなればばら撒かれたジュエルシードの所有権は微妙なことになってくれる。

 何しろ純粋な善意からジュエルシードを集めようとする者もいるかもしれないような状況だ。


 「それでトール、一体どうするんだい?」


 「他人の不手際なのか不幸なのかは分からないが、考えようによっちゃ千載一遇のチャンスだ。俺が聞いた話では近くにあった管理外世界に転移したんじゃないかってことだから、直接行って回収しちまおう」


 「分かった」

 躊躇することなくフェイトが頷く、まあ、プレシアを助けることが出来るかもしれない“願いを叶えるロストロギア”がそこにあるのだ。

 管理外世界では魔法を使ってはいけないとか、その辺のことは頭にないんだろう。 ことプレシアに関することなら、フェイトはとことんまで一途で、かなり思いつめてしまう傾向がある。


 だが―――


 「俺は時の庭園を経由して現地に向かうが、お前達は管理外世界への観光ビザと滞在許可をとってから向かえよ、じゃなきゃ違法滞在になるから」

 その辺のことはきっちり守らせるというのがプレシアとの約束だ。

 俺の稼働年数はそろそろ45年に届き、管理外世界での活動許可などはかなり昔に取得してあるし定期的な更新も済ませてある。

 これには免許のゴールドドライバーのような制度が存在している。

 許可を取ってから10年以上経過し、通算で3年以上管理外世界で活動していても違反を起こさなかった場合は、かなり自由に管理外世界と往来できるようになるのだ。


 しかし、フェイトとアルフが管理外世界の活動許可を取ったのはつい最近で、各管理外世界ごとに別々の申請を出す必要がある。


 そういう事情もあって俺達の活動範囲は基本的に管理世界に限られていた。


 「無理だよ! 管理外世界の観光ビザの発行は半年くらい前から申請しなきゃダメだって………」


 「何言ってんだいトール! そんなことしてる時間なんてないだろ!」

 と、二人から一斉に反論が飛んでくるが。


 「甘いな二人とも、世の中には“金銭”という便利なものがある。ついでに“大人の都合”というものもな」

 必要な場所に必要な金額を届ければ、管理外世界への観光ビザと一か月程度の滞在許可は取ることが出来る。いくら時空管理局が次元航行を取り締まろうと、この手の話を人間社会から失くすことは不可能だ。


 「ひょっとして………」


 「アンタ………」

 どうやら二人とも悟ったようだ。


 「なあに、あるところの局員が近々マイホームを購入したかったとしよう。そこでテスタロッサさんが大株主になっている不動産会社にいい物件がないかと相談に行った際、もし、娘の旅行の件で便宜を図っていただければ、このような物件を格安で提供できるよう手を尽くします。と言われて首を縦に振った、ただそれだけの話だよ」

 実話である。

 その男にはただ、娘(フェイト)が急に旅行に行きたいと言い出して困っているんだが、何とか出来ないかと相談してちょっと“大人の会話”をしただけだ。

 高価な酒やグラスセットなんかも贈ったが、あれはただの新しい友人へのプレゼントだ。

 断じて賄賂などではない。けっしてない。


 「………」

 「………」


 二人は絶句、子供には教えられない大人の話だったか。 例え話という建前だが、似たようなことをやったということは理解した様だ。

 時空管理局の局員とはいえ人の子だし家族サービスも必要だしねえ。


 「そういうわけで、あと三日もあれば管理外世界への滞在許可は降りる。俺は先に行って拠点になるマンションの確保とかカートリッジの運びこみとか簡易的な転送ポートの設営とかをやっとくから、お前達が到着し次第ジュエルシードの探索と回収を開始するぞ、要はいつも通りだ」

 遺跡でジュエルシードを発掘する時も常に俺が物資や情報を集める後方支援部隊で、フェイトとアルフが実働部隊という役割分担だった。

 今回もやることは大して変わらない。


 「………うん、了解」


 「準備はアンタが済ませて、あたしらが探索だね」

 打ち合わせも終了し、俺達は俄かに行動を開始する。 管理外世界に行くのも初めてというわけではないので、自分達の準備は自分達でやってもらう。


 ジュエルシード探索専門の遺跡発掘屋、テスタロッサ一家(一部では有名)の出陣である。




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 ようやく次回無印開始になる…… プロローグが12話とは、また長いなあ。



[22726] 第十三話 本編開始
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2010/11/17 15:58
第十三話   本編開始





新歴65年 4月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市




 「随分妙なことになってきたな」


 俺の率直な感想である。

 4月1日にフェイトとアルフにクラナガンで今度の予定を伝えてすぐに時の庭園へ向かい、転送ポートを用いてこの海鳴市へ必要な物資を運び込んだ。


 時の庭園が第97管理外世界の火星付近、というか地球からそれくらい距離を離した宇宙空間で“ブリュンヒルト”の試射実験を行うのは5月頃の予定。


 なので時の庭園自体はまだアルトセイムにある。ゲイズ少将も出来る限り早くやりたいようだが本局との折衝にはやはり一定の時間がかかる。

 これは組織である以上仕方ない部分と言えるだろう。

 海鳴市に到着した俺は自作のサーチャーをばら撒いて市全体の様子を探ってみたが、やはり例の結界を張った奴に撃墜されることはなかった。

 どうやら俺がジュエルシード探索のためと思われる行動をしている間はこちらに干渉する気はないらしい。

 そっちがその気なら藪をつついて蛇を出すこともないので、サーチャーはジュエルシードの探索のみに使用。 しかし、発動していないジュエルシードはただの青い宝石と変わらないので、発見は出来なかった。

 プレシアに頼んで『ジュエルシードレーダー』なるものを製作中だが、こいつの完成は少なくとも後1週間はかかるとのこと。 それまでは地道に探索するしかない。

 と思って1日目は下準備に費やし、2日目から足で探そうかと考えていたのだが――――


 「まさか、スクライア一族の少年がジュエルシードを回収しにやってくるとは。仕事熱心と言おうか、責任感が強いと讃えるべきか、馬鹿と罵るべきか」


 こいつは完全に想定外だ。

 既に管理局に引き渡すために貨物船に載せていたのだから、ジュエルシードはスクライア一族の管轄を離れている。

 これを回収する義務は時空管理局(もしくは貨物船の輸送業者)の方にあるだろう。

 だが、ジュエルシードの回収に来たのが一人というのもおかしな話だ。

 ミネルヴァ文明遺跡では結構な人数で発掘にあたっていたのだから、一族の決定で回収しに来たのなら最低でも5人くらいのチームで来るはず。

 つまり、この少年は個人でやってきたということだ。

 スクライア一族なら管理外世界への滞在許可を持っていてもおかしくはないが、一人で来るのは少々無謀だろう。

 空間転移の魔法とその使用権限を持っていれば一人で来ることも可能だが、危険も大きい。



 そして案の定―――――







 「チェーンバインド!」


 「GAaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」








 ジュエルシードの暴走体との戦いでかなり苦戦している。そんな様子を遠目に絶賛観察中の俺。


 「あれは―――――ジュエルシードを核とした思念体か?」

 デバイスの処理能力をフルに使った演算で、スクライア一族の少年と対峙している怪物に関する考察を進める。

 時間的な関係から、スクアイアの少年が回収しようとしているジュエルシードは一つ目であると予想、つまり、少年が戦うジュエルシードの思念体はあれが最初、予備知識はほとんどないと考えられる。

 ジュエルシードに関する情報から現在起こっている現象を予想。 ちなみに、肉体は魔法使用型なので純粋な演算性能では一般型に劣ってしまう。

 肉体の制御にリソースを割くからどうしても本体の演算性能が犠牲になるため、それを補うべく汎用人格言語機能をオフ。


 『特定の人物の願いを受信した結果とは異なると予想、しかし、微弱な願いであってもジュエルシードの発動は可能であることを記録―――――――純粋な戦闘能力なら傀儡兵よりは下、Cランクの魔導師でも戦闘面での対処は可能と推察、ただし、特性としてジュエルシードを封印しない限り無限再生機能を有する。封印を可能なランクは推定Bランク以上、事実上Cランク魔導師では打倒する手段はなし』

 ジュエルシードが保有する魔力は億や兆の単位に届く可能性あり、だが思念体が発揮できる魔力は大きく見積もっても3万程度と予想。

 出力のみに限ればCランク相当となるものの無限再生するという特性はレアスキルにも認定される。時空管理局の地上部隊の標準的な魔導師では封印する手段はほぼゼロ。

 この状況を鑑みるに本局武装隊の一般ランクがB、隊長でAランクが必要という基準は客観的事実に基づくものであることを確認。

 しかし、私達の目的はジュエルシードを用いた怪物兵器を作ることではない。

 よって、得られるデータを全部集め、我がマスター、プレシア・テスタロッサに送ることに専念。 我がマスターの頭脳ならば些細な事柄より新たな仮説を提唱出来る可能性があるでしょう。


 しばらく観察を続行。

 スクライア一族の少年はかろうじてジュエルシードの回収に成功。ただし満身創痍に近く、これ以上の回収は絶望的と見られる。


 『必要なデータは採取完了、ジュエルシードを奪う必要性を演算―――――――――必要なしと判断。現段階でスクライア一族の少年を攻撃するのは得策ではない、先の展開を考慮し、彼が私達と協力関係となる可能性をこの段階で失くすべきではないと判断』

 現状では静観に徹し、フェイト達が到着し次第今後の方針を決定。

 高速演算終了、汎用人格言語機能に再びリソースを振り分ける。


 「さーて、帰るとしますか」

 とっととマンションに戻って、フェイト達を出迎える準備でもしますかね。


















新歴65年 4月4日 第97管理外世界 日本 海鳴市



 「妙を通り越してとんでもないことになってきたな」

 またしても俺の率直な感想である。

 昨日の4月3日、スクライアの少年はまたしてもジュエルシードの思念体と遭遇、二日続けて遭遇するとは運がいいのか悪いのか、スクライア一族は余程ジュエルシードに好かれているのか。

 なけなしの魔力を振り絞って撃退したようだが仕留め切れず、フェレットに変身した姿で意識を失った。

 そしてその次の日となる今日の午後、現地の少女に発見され、動物病院に運ばれた。

 が、その夜、というかつい先程、例のジュエルシード思念体が現れて少年を追い回す。

 そこになぜか少年を最初に拾った少女が現れ――――





 「我、使命を受けし者なり、契約の元、その力を解き放て……」





 その場のノリ的な流れで少女がデバイスの起動用のキーワードらしきものを詠唱している。 多少慣れれば簡略化できるプロセスではあるが、初めての起動ならば必須―――――て、問題はそこじゃない。

 何で管理外世界の少女がインテリジェントデバイスの起動が出来るんだって話だ。

 “ショックガン”などの非魔導師が使う簡易的な魔力電池を用いた端末ならば、一般人にも使用は可能だ。

 低ランク魔導師が使うストレージデバイスならば、リンカーコアさえ持っていれば使用するのも不可能ではない。

 しかし、あれはどう見ても高ランク魔導師用に調整されたインテリジェントデバイス。あれを使用することは管理局の魔導師ですらDランク以下の者には困難なはずだが。

 後で分析するために記録しておいた映像の音声を再現すると、どうやら少年はリンカーコアを有している人間にだけ聞こえるタイプの無差別念話を放っていたらしい。

 俺が動かしている肉体にもリンカーコアはあるが、普通の人間とは異なる繋がり方をしているためかその念話は聞こえなかった。

 というより、俺と念話するにはちょっとしたコツが必要になる。フェイトもアルフもその辺は微妙に苦労していた。

 そして、その念話に応じたのがこの少女ということか。となると彼女が最初に少年を拾ったのも決して偶然じゃないことになるが、この事実が示すことは別にある。


 「例の結界を張った魔導師は正規の存在ではなく、助けを求める人間の声を無視するような人物、もしくはそういう命令を受けている人間。管理局の人間の可能性は低いな」

 少年が放ったのが無差別念話ならばあの結界を張れるほどの魔導師が気付かぬはずはない。

 にもかかわらず何の反応もないということは、次元犯罪者であるなどの理由で他人とかかわれない立場にいるということだろう。

 少なくとも善意で人を助けるタイプの人間ではないということだ。

 これは俺達にとってプラスだ。

 相手が管理局法にそぐわぬ存在ならばジュエルシードをこの地にばら撒いた犯人が必要になった場合その罪を着せやすい。 少なくとも管理局にそう思わせて捜査方針を誘導することは可能だろう。まあ、あくまで保険ではあるが。

 と、思考をまとめていると。



 「風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に。この手に魔法を。レイジングハート、セットアップ!」

 『stand by ready。set up』



 凄まじい魔力の波動が、少女から立ち上った。



 「…………これは、さすがに予想外だ。正直、まいったな」


 うろたえるな! インテリジェントデバイスはうろたえない!


 の教えに従って冷静に状況を分析するが、奇蹟的な現象を目の当たりにしているらしい。 あの少女の年齢は10歳に届くかどうかというところ、おそらくはフェイトと同年代。

 にもかかわらずこの魔力、プロジェクトFATEの結晶であるフェイトに匹敵するほどの魔力を管理外世界の少女が放っているのだ。


 「現在放出されている魔力値――――――88万3000、AAAランクだと? 確率的にあり得ないことじゃないが、にしても規格外にも程がある」

 そして、続く光景は規格外のオンパレード。

 ジュエルシード暴走体の攻撃を初めて手に取ったデバイスのシールドで防ぎ、逆のその身体を四散させる。

 とはいえ相手はジュエルシードを核とする半エネルギー体、バラバラになった身体が互いにより集まり再生する。

 そこに――――



 「リリカル・マジカル! 封印すべきは忌まわしき器 ジュエルシード封印!」



 初めて魔法に触れた少女が封印術式を完成させ、ジュエルードの封印に成功していた。どうでもいいが忌まわしきって失礼だなオイ、一応俺たちの唯一の希望なんだが。








 「とゆーわけだが、どうするよ?」

 流石に予想外の事態が立て続けに起こったので、
時の庭園に通信を繋いでプレシアと相談。


 「何ともまた、呆れた話だわ」

 プレシアの感想も無理もない、俺だって同じ気持ちだ。


 「確率論だが、たまにああいう突然変異も出てくるんだろ、それにフェイトも2000を超える実験体の中で誕生した“奇蹟の子”だ。4歳時にAAランクの魔力を秘めた子なんてほとんど冗談の領域だからな」

 あの少女の名前は高町なのはというらしいが、魔法の才能は恐らくフェイトと同等だろう。

 プロジェクトFATEの完成形であるフェイトと同じ才能が管理外世界にいたという、なかなかに信じがたい話だ。


 「スクライアの少年と例の少女の持つジュエルシードは現在二つ。全体から見ればまだまだ少ないが、今後どのくらいのペースで回収するにせよ、俺達の競争者になるのは間違いない。もっとも、ある意味では協力者になってくれそうだが」

 そう、彼女らの存在には大きな意味がある。


 「送られてきたデータはほぼ理想的と言っていいわ。ジュエルシードの発動状態と高ランク魔導師による封印の記録。それも、私やフェイトが組む封印式とは微妙に異なる方式での記録なんてものが手に入るとは思っていなかった」


 「彼女の手にしたインテリジェントデバイス、“レイジングハート”が祈祷型っていうことも大きいな。祈祷型は感性で魔法を組みあげるタイプと組むと最高の性能を発揮するが、高町なのはという少女はマスターとして理想形と言っていいんだろう」

 バルディッシュは元々フェイト専用に作られたデバイスなのだからフェイトと適合して当然だ。

 だが、レイジングハートはスクライアの少年が持っていたデバイス、しかし彼は戦闘時にデバイスを使っていなかった。


 「少年の方は通常の封印魔法でジュエルシードを抑えたようだけど、こっちもこっちで興味深いわ。デバイスを使わずに自分の魔力だけでジュエルシードを抑えるには相当の魔力が必要なはずだけど、この子は技能で補っている」

 フェイトのようにAAAランク魔導師ともなればデバイスがなくともジュエルシードを封印することは可能だろう。

 だが、Aランク魔導師にデバイスなしでやれというのは無理がある。

 少年の魔力量は概算で18万6000程、とび抜けて大きくはなかったが、それを可能にしたということは魔力の扱いが余程上手いのだろう、弊害が出る程に。


 「この少年は多分あれだな、デバイスとの相性が致命的に悪い代わりにデバイスなしでの魔力制御が異常に上手いタイプ。しかし、このタイプはデバイスの助けがない分、経験がものいうはずなんだが―――」

 まったくデバイスを用いていないというわけでもなかったが、レイジングハートは待機状態のままだった。

 つまり、起動させたところで待機状態と変わらない演算性能しか引き出せないという事実の証左である。


 「『大』がつくほどの天才ということでしょうね、この子も10歳程度だと思うけど術の錬度が半端なものではないわ」


 どういうわけか、海鳴市にやってきた少年はデバイスなしでジュエルシードを封印する大天才で、その少年が出逢った少女は初めて握ったばかりのデバイスでジュエルシードを封印する、大天才の上を行く超人。


 「この街には超人を生み出すための錬成陣でも埋め込まれているのかね?」


 「その可能性は捨てきれないわ。ひょっとしたら例の魔導師がこの土地で高ランク魔導師を人工的に作り出す研究でもしているのかもしれないし、ここまで来たらもう一人くらい9歳でSランクに届く魔力の持ち主とかいても驚かないわよ、私」


 「そりゃ同感だね、確かに、本来なら管理外世界に結界を張れる魔導師がいる時点で十分おかしいんだよな」
 
 そこにプロジェクトFATEの申し子でAAAランクのフェイトが参戦すればもう隙はねえ、超人魔道師決戦の開始だ。


 「さて、呆れるだけならいつでもできる。そろそろ具体的な話に移りたいんだが、ジュエルシードのデータはどうだ?」


 「さっきも少し言ったけれど、ジュエルシードの活動データとしてはほぼ理想的、後は実際に生物と接触して変化が生じたデータと人間が発動させたデータがあれば条件はかなり揃う。それらのジュエルシードを封印する際のデータもあればなおいいわね、最も理想的なのは正しい形で願いが叶えられたケースだけれど」

 今回の研究の最終目的はジュエルシードを“正しい形で暴走なしで使う”ことにある。そのためにはどういった条件を揃えればいいのかを調べたいわけだ。

 確かに今回のようなケースはいいデータになるだろう。


 「アリシアの蘇生に必要なジュエルシードの数はどのくらいだ?」

 「断言はできないけれど、最低で6個、最大で14個といったところかしら。それ以上の数になると力が強すぎる。暴走状態にすれば1個分でも足りるほどだけど、それではアリシアの身体が壊れるだけだわ」

 なるほど、全体の三分の一から三分の二の間か。


 「14個のジュエルシードがあれば万全、少なくとも10個もあれば十分、最悪6個でも出来ないことはないってことだな」

 つまり、彼女等がジュエルシードを集めるのを現段階では妨害する必要はない。7個までなら向こうに回収されても問題ないのだから。

 逆に、彼女らには自由に動かせてジュエルシードのデータを取るのに専念する方が効率はいい。

 おそらくだが、アリシアの蘇生を行う最終実験は“ブリュンヒルト”の試射実験と日程を合わせることになる。早期に集めたところで最終実験を始められないのだから焦る必要はない。


 「ジュエルシードレーダーが完成すればこちらの探索効率は飛躍的に上がるわ。本格的な探索はそれから始めても遅くないから、しばらくは彼女らの監視とデータ収集に専念してもらうことになりそう」


 『命令、確かに承りましたマイマスター。新たな入力、決して違えることは致しません』


 我が主、プレシア・テスタロッサよりの入力を絶対記憶領域に保存。

 重要度は最大。

 主以外のいかなる存在の手によっても書き換えられることがないよう、遺伝子の螺旋構造を模した防衛プログラムを配置―――――完了。

 今後、この命令は我が命題の一部となる。

 終了条件はスクライア一族の少年と高町なのはという少女の行動が、ジュエルシードの発動状況の記録という主の目的と不一致となる段階に達した時点と定義。


 「ちなみに、例の結界魔導師の方は反応無しだ。多分ジュエルシード争奪戦には不参加の方針なんだろう。まあ、確証はないからいきなり動いてくることもあり得るが」

 とりあえずは保留でいいだろう。

 こちらは一応合法的に動いているのだから、向こうから動いてくれば次元航行部隊に知らせるだけだ。


 「明日にはフェイトとアルフが到着するんだったわね?」


 「ああ、観光ビザの取得もその他の準備も万端整った」


 「それなら、フェイトとアルフにはしばらくその魔導師の調査と結界の監視をお願いして。それが終わってからジュエルシードの探索を開始するように」


 「なるほど、後で次元航行部隊が事件の調停に乗り出した際、フェイトがジュエルシードの探索よりも謎の魔導師の調査を優先したということが分かれば、印象はよくなるか。ジュエルシードの方はとりあえず、スクライアの少年と例の少女に任せて大丈夫ということは分かっているんだし」

 一人の魔導師の魔法といっても、条件が揃えば一つの街を破壊することすら可能だ。下手するとジュエルシードよりも厄介と言える。

 そいつがジュエルシードに介入してくる危険を考慮し、その危険が無いことを確認してからジュエルシードの回収に乗り出したというのであれば、少なくとも犯罪者扱いはされにくいだろう。

 時空管理局は憲兵隊のような血も涙もない組織ではないのだ。


 「だが、問題はフェイトの説得だよ。あいつはジュエルシードの探索に命を懸けているからな、謎の魔導師への警戒を優先しろと言っても果たして聞くかね」

 ジュエルシードはプレシアとアリシアを救う最後の可能性だ。

 ジュエルシードよりも謎の魔導師を優先しろっていうのは、フェイトにとって最愛の母の命を無視して管理外世界の人間の安否を気遣えと言っているのに等しいからな。


 「そこは私が直接言うわ。少し卑怯な言い回しになるけど、フェイトが時空管理局に追われるようなことになったら私は生きていけない、とでも言っておけば大丈夫でしょう」


 「ははは、そりゃあどの口がほざくかって話だ。アルフが聞いたら激怒するぞ」

 フェイトにとってプレシアは最愛の母だが、アルフにとってはそうではない。 娘であるフェイトのために自分の延命を行わず、娘に心配ばかりかける駄目な母親だ。

 アルフにとってみればアリシアよりもフェイトの方が何倍も大切なのだから。


 「これは私のわがままよ、駄目な母親はどこまでいっても駄目な母親ということね」


 「そこは否定せんが、それでも母親だよ、アンタは」

 俺から見ればそれだけで十分、母の姿から何を得るかは娘次第だろう。


 「とにかく、これからはそういう方針で行く。そっちに実験用の動物とかを送る必要はあるか?」


 「いいえ、このデータだけで十分だわ。私の余力も心ないから、無駄なことはせずにアリシアの蘇生のために可能な限りの力を残しておきたい」


 「OK、こっちは上手くやる。朗報を待ってな」

 プレシアとの通信を切り、これからに備えての準備に取り掛かる。





 ジュエルシード実験は新たな段階へ。






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 ようやく無印開始! しかしなのは達と接触はしないというオチ。
基本的にトールは見てるだけ。 


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