「よく今のをかわしたな!」
悪い魔法使いと自称するだけあり、自分の放った稲妻をギリギリでかわす横島にエヴァが高笑いした。
月の欠ける夜。横島とエヴァの二人が麻帆良の上空でぶつかり合っていた。といってもエヴァが一方的に攻撃して
るという方が正しい。横島は『飛』『翔』で飛んでいるとはいえ、文珠は魔法のように使いまくればすぐにネタ切れに
なる。ここぞという機会を狙って、使わねば、負けるのは自分。
そしてそうなると横島の攻撃方法は霊剣と栄光の手とサイキックソーサになる。中短距離が横島の得意な範囲で、
今はエヴァと10メートルも距離があった。
「あ、あっぶな!殺す気か!こっちはエヴァちゃんみたいな全体へのシールドはないんだぞ!」
空に舞い上がって横島が怒鳴った。右手に霊剣、左手にサイキックソーサーを持ち、体中の霊力をこの二つに集
中させており、かなり無防備な状態だ。横島は避けるだけなら得意中の得意だが、稲妻などになると流石に厳しく
なる。体中から汗が流れ、やばい、死ぬ、と本気で思えてくる。
(くっそ、この姿でこの強さは反則じゃ!)
「何を言う。お互い本気をぶつけ合う約束だろう!」
「ちょっと手加減してやっただろうが!」
超加速の時、たしかに文珠一つではエヴァには効かないと思ったが、他にも霊剣で刺すことや、完全ではないにし
ろ、『縛』で拘束して、一瞬でも動きを封じればそれで勝つ方法はあった。『爆』にいたっては一文字でも殺せるかも
しれない。そうしなかったのは、横島の甘さだった。自分の生徒という思いを捨てきれず、なにより10歳ほどにしか
見えないエヴァを殺せるわけもなく、この我が儘少女の相手をしてやらないと可哀想と思ってしまったのだ。
「そんなものは当然だ!か弱い少女と大の男が同じなわけあるまい!」
さらにエヴァは手元に氷の矢を出現させた。
「『魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾(セリエス)・氷の17矢(グラキアーリス)!!』」
「か、勝手なこと言うな!」
横島は氷の矢を弾きながら、しかし、今度は下がらずに突き進んでくる。一本の矢が頬をかするが、ここで下がっ
てはいけないと、そうすれば余計に形勢が不利になると、横島の今までの実戦経験が告げていた。魔法を使う相
手に距離をとれば、それは相手を有利にするようなものだと直感的に認識された。
「まあお前なら死なないと思ってやってるのだ。光栄に思え!」
「嘘付け!」
「嘘じゃないさ横島。私は今本当にそう思っているし、嬉しいのだ。お前が本当に強くいてくれて、口だけだったら殺
してやるところだ!さあまだまだ続きはある!次はこれを受けきれるか?」
エヴァは楽しそうに高笑いして魔法を唱えてくる。かなり強大な魔力を有しているようで、魔力だけでも横島の肌が
びりびりする。どれほど魔法を唱えても、力が尽きる心配というのをしていないようだ。文珠にしろサイキック・ソー
サーにしろ使用制限の多い横島とはその辺がかなり違う。
「『闇の精霊(ウンデトリーギンタ)29柱(スピーリトゥス・オグスクーリー)――ちっ!』」
完全にエヴァは高ぶっていた。詠唱を省略して、本気で行こうとして、しかし、唱えきれなかった。
「悪いが、早々最後まで唱えさせてばかりはやらんぞ!」
横島も伊達に今まで死線を越えてきたわけではない。エヴァの弱点に見当がついた。この世界ではむこうでは滅
びかけていた魔法が主流で、呪文を唱える間攻撃できない。ならば魔法を唱え終わる前に仕留めてしまえばいい。
茶々丸が居てはそれも難しいが今はいないのだ。
「ち、気づいたか、だが!」
エヴァが紙一重で横島の霊剣をかわす。しかもその手を持ってエヴァが横島の腕をひねる。魔力を自分の力にも
変換できるエヴァは横島より力が強い。だが、この辺は横島も負けない。ひねった方向に一見、デタラメそうに身
体をひねり、回転。下からエヴァを斬り上げる。エヴァの服を切り裂いてひらりと前が開けた。
「ふん、スケベが」
エヴァは服がはだけたのも押さえずに叫んだ。
「ひ、人聞き悪いこと言うな!偶然じゃ!」
横島が叫ぶがエヴァの拳が飛ぶ。凄まじい威力に空中をガードごと吹き飛ばされた。
「どうだ?解放時の私の力は。封印時と比べものになるまい」
ふふん、とすごく自慢そうである。
実際、自慢したいようだ。
「あ、ああ」
(どうする、文珠もあんまりないんだ。エヴァちゃんのやつ解放時はどう見ても俺より各上だ。くっそ、ここまで強くな
るとは。ほとんどの魔力を完全に封じられてたのか。隙をみて決めんと本気でやばくなるぞ)
美神がいれば『もう嫌だ』と叫びだしたい気分だ。
「どうした横島!止まっているぞ!もっともっともっと私の期待にこたえてみせろ!『氷神の戦鎚(マレウス・アクイロ
ーニス),』!」
「なっ!?」
横島が目をむく。上空には10メートルはあろうかという氷の塊が現れ、横島に向かっておちてくる。
「の、『伸びろ!』」
横島が焦って霊剣を伸ばしてその氷塊を縦に斬り裂く。
なのに、その斬り裂いた先にエヴァがすでに魔法を完成させていた。
(とった!)
「『来れ氷精 爆ぜよ風精 氷爆 ( ニウィス・カースス ) !』」
「くそ!」
エヴァの手から凍気が爆発するように向かってくる。
その爆発する凍気を横島はサイキックソーサーを身体に半分ほどにまで巨大化して受け止める。それでも身体の
端々に氷がまとわりついた。一瞬で凍えそうなほどからだが冷える。だが、泣き言を言う暇はない。このまま止まっ
ていればエヴァに次々に魔も方を唱えられるだけだ。死ぬ気で横島は空を飛んで、エヴァに斬り込んだ。
美神の『いちいち化け物を見る度にさがるんじゃない!あんたそんなことしてたらしまいに死ぬわよ!』という叱咤
が聞こえてきそうだ。さがると美神に鞭でしばかれるのでようやく身に染みついていた逃げ癖が矯正されてきたとこ
ろだった。『そして突き進んだら攻撃あるのみ!』だ。横島は、持っていた盾をエヴァめがけて投げた。
(どうだエヴァちゃん!まだ。この技は見てないだろ!?)
「な、その盾、武器に使えるのか!?」
不意を突かれたエヴァはまともに腕にくらって爆発が起き、服が吹き飛んだ。腕から血が流れ真っ裸になり薄桃色
の乳房と呼ぶのかも謎な胸や、その下もあらわになる。だが、横島もエヴァの幼女体型にはさすがに反応しない。
さらにそこに斬り込み、可哀想だが、多少斬ってでも動けなくする腹を決める。
しかし、エヴァが身体を隠す暇もなく回避する。だが魔法を唱える間を横島は与えることはない。
さらに、
「『サイキック猫騙し』!」
あたりが眩い光に包まれた。エヴァの目を強烈な光がくらませてしまう。
「ちい、姑息な!」
今攻撃されてはまずいと、エヴァが大きく後退する。
横島が裸の幼女を追いすがった。
「いける。地力で上でも、俺の変則的な技になれてないようだな!でも、惜しい!無茶苦茶惜しいぞ!あと一〇年
……いや、五年してから吸血鬼になったら裸の時点で俺に勝てたぞ!」
(気にならない!気にならない!絶対、俺はあんな小さい尻に反応せんぞ!)
視界が戻るまで、なんとか逃げようとエヴァがさらに上空に飛んだ。追いすがる横島は後ろからエヴァの小さなお
尻がもろ見えになり、ついでにパイマンまで見えて、実際反応しかけるが、理性でそれをねじ伏せた。
(ああ、でも、エヴァちゃんは600歳!年齢的には一番問題ない子!学園長もエヴァちゃんとならなにがあっても
怒らんはずなのに!ああ、なのになぜ!なぜあんなに全部小さいのだ!!!!)
「く、う、うるさい!人が一番気にしていることを言うな!」
声にでている横島にエヴァは怒るが、二文字の『飛』『翔』の文珠の威力は大きく、エヴァに追いつこうとする。しか
し、『飛』『翔』の文珠の効力が、そのとき、
「へ?」
ふっと『飛』『翔』の文珠が消える。
「って、ちょっと待てえ!」
文珠の悪い点がここに来て出た。持続時間は力が大きくなればなるほど短く、エヴァに追いつこうとして速度を速
めたために、急激に効果が切れてしまう。
そうすると横島はもともと飛べるわけではなく、当然エヴァにあと一歩及ばずに落下していく。
「はあはあ、な、なんだ?トドメがこない?」
エヴァが危うく負けかけたことに焦りつつ戸惑い、ようやく視界が戻って地面の方を見た。どういうわけか横島が飛
んでいたのに落下していく。
「いやああああああああああああ!この高さは死ぬ!!!」
「なにをしてるのだあの男は?」
横島があまりに高くから落ちている。いくらなんでも無防備に落ちていい高さではない。しかし、辛うじて栄光の手を
伸ばして衝撃をゆるめ、それでも顔面から落ちていた。
エヴァは横島に負けずにすんでホッとする反面、額に青筋が浮かんだ。
「あ、あのアホは。戦いもせずに死にかけるとは、どういうことだ?また手加減でもしたのか?いや、そういう感じで
もない……。ち、なにか本当にマヌケなことでもあったか?少し負けてやるのもありかと思ったが、やめだ。完膚無
きまでに負かして私の奴隷にしてくれる!」
肝心な部分を外されて怒るエヴァが、地面に降りていく。そのエヴァも地面に広がるもう一つの光景には軽く戦慄を
覚えた。
ズンッ
「動力炉停止。予備動力により、自己保全モードに切り替え」
「はあはあ、絡繰さん。メモリーは大丈夫ですか?」
背中に翼の生えた刹那の夕凪が茶々丸の動力部に当たる胸部を貫いていた。刹那もかなり深手でふらついてい
たが、二人の勝負は決したようだ。
「はい。メモリーは頭部です。問題ありません。ですが、あなたに負けるとは思いませんでした」
エヴァ解放時の自分の強さに自信があったのか、茶々丸は刀を抜き取られて、地面に崩れ落ちても、無表情の中
に驚きの声が含まれた。それほど烏族の力を解放した刹那は強かった。
「いいえ、地力ではあなたの方が上だったかもしれません。でも超や葉加瀬につくられた飛行システムやボディがエ
ヴァンジェリンの魔力についていってなかった。敗因はそこでしょうね」
あまりこの姿を褒められるのが喜べない刹那が補足した。
「なるほど……、以後の課題とします」
「絡繰さん。その、ここまでしておいて失礼ですが――」
刹那はわずかに心配げに茶々丸を見た。
「了解しています。約束どおり、機能停止の前にあなたの記憶を抹消します」
茶々丸は少しの間静かになり、
「スリープモード切替。では横島先生、マスターをよろしくお願いします」
眠りにつくように目を閉じた。
最後に横島と言ったのはなんだろうか。まさかボディの欠損理由のため、刹那の記憶を横島の記憶に差し替えた
のか。それだと横島には悪い気がするが、人質まで取って攻撃してきたのは茶々丸である。二人も正当防衛では
横島に怒ることもあるまい。
「すみません」
余程背中の翼を誰かに見られるのがいやだったのか、刹那は安堵する。そして自分の翼を嫌うように見た。力は
上がる。烏族の力は大きい。だから追い詰められると使ってしまう。なければないように対応するだろうに、忌々し
い翼だった。いっそ誰かが引きちぎってくれたらいいとさえ思う。
でも、この状態になった自分は相当強いらしく、そういう状況になったことはなかった。バカなことを考えている。刹
那はもう一度吐息が漏れ、ともかく自分の役目は果たした。もういいだろうと翼をおさめようとし、
ゴガンッ!
と、そのとき、後ろでなにかが叩きつけられる音がした。
「ご、ごほ!くっそ、もうちょっとだったのに!神様のアホ!空気読め!」
本人が一番、空気が読めない横島が地面に這いつくばっていた。
「なにをしてるんです?」
刹那が冷たく横島を見た。
「お、おう、桜咲。どうしたその羽?」
翼を隠そうとする気が逸れて、横島が刹那の翼を見てしまう。
「う、薄々気付いていたでしょう。これが私の正体。烏族とのハーフです」
(く、見られた)
動揺していたが、横島にそれを知られるのがいやで、刹那は淡々と言った。
「はあ、やっぱりシロみたいなもんか。ひょっとして飛べるのか?」
「ええ、まあ」
「便利だな。俺もそれなら落ちないのにな」
「便利……。嫌味ですか?」
刹那は烏族の掟では他人に正体がばれれば、そのものの前から去ると決められていたが、茶々丸も横島も最初
から勘付いていた相手だ。という言い訳もある。それに、まだ木乃香のそばから離れるわけにはいかない。この人
がいるならとくにだ。
「な、なんでそんなことに嫌味を言うんだ?」
「なんでって、それは、みんな気味悪がります。死ね、という人もいたし、これを見せて生きていける場所もありませ
ん。あなたにもその程度わかるでしょう」
やはり刹那は苛立った。なんでこんなことをわざわざ説明せねばいけないのだ。この翼を見ればそれだけで事情
はわかったはずだ。魔法に関わる人のようなのに、なぜこんな常識をわざわざ説明させるのだ。
「そうか、桜咲はシロっていうより、こっちの世界でいうと魔族とか妖怪に近いのか?」
横島も刹那の立場に理解が及んだ。横島の世界はオープンで、なんでも受け入れるように見えても魔族や妖怪に
は厳しい目があった。ピートも唐巣神父の保護があって、あの容姿だから受け入れられたが、厳しい目をむけるも
のが皆無だったわけではない。とくにパピリオやルシオラなどは、一般に正体を明かせば誰の保護があっても人界
には住めない存在だ。まあそれでもここよりはずいぶん人外への理解は大きかったが。
「なっ、ま、魔族?」多少そんなものと同義にされて驚くが、怒るのもなにか違う気がした。「ま、まあそういうことです。
このことは、他の方には秘密に願います」
こっちの世界という言葉はよくわからないが、妖怪と言われれば烏族はそっちよりだ。魔族もこちらでは通常悪魔と
呼ぶが、悪魔の別称として通じない言葉ではなかった。
「わかった」
(なるほど、それで桜咲は木乃香ちゃんに近づけないのか)
大体の事情がようやく横島にも飲み込めた。でも同時に木乃香という人物も思う。
「でも、桜咲、理解してくれるやつはしてくれると思うぞ。俺なんか、魔族の女に惚れて恋人だったしな」
「魔族と……」
刹那は胸に不快感がわいた。なぜこの人はこんな無責任で、めちゃくちゃなことを言いだすんだ。人間に害をなす
妖怪や悪魔を打つのが神鳴流の仕事である。自分も烏族とのハーフとはいえ悪魔にまで堕ちたつもりもない。だ
から、そんなものと恋人だったという横島に不快感がわいた。
「そんなものを好きになるなど、あなたは恥ずかしくないのですか!」
だから言ってしまう。自分がもっとも言われたくないことを。人になら言えてしまう。
「はは、まあ好きになったんだから仕方ないな」
なのに、横島は平気そうに笑う。
「好き?魔族が?」
そうだ。
自分はこれに苛立つのだ
この人は気にしない。
どうしようもないようなことで責められても自分のような弱い反応をしない。
だから苛立つのだ。
「あなたバカですね」
「……そうかもな。でも――」
なにか言おうとして横島は、いつもおちゃらけた顔に少し真剣さが見えた気がした。
「それより、私は勝ちましたよ。威張ってたわりにあなたは負けたんですか?」
横島がまたなにか言いかけるが、刹那は打ち消した。
どうせ自分にはできないようなことを言われる気がして、聞きたくなかった。
「うっ、わ、わはは、いや、そういうわけではないんだがな!ちょっとドジ踏んだ!って、絡繰!?」
刹那の後ろにうずくまる茶々丸に横島が驚く。慌てて駆け寄ろうとするが、それを制して、エヴァの声がした。
「ほう、やるではないか。茶々丸に勝ったか。桜咲刹那」
破けた服に代わり、マントを羽織ってエヴァが悠然と降りてきた。隠せてる部分は少ないが、局部などを見せるの
は流石に抵抗があるのかコウモリのようなものが小さな胸と下の局部を覆っていた。
「どこかの阿呆とは大違いだ」
エヴァは横島を睨んだ。
「横島!なぜ、飛ばない?霊力がもう切れたか?」
「そ、そういうわけじゃないんだけどな」
(まずいな。一通り、文珠以外の技はみせて、サイキック猫騙しはもう使えんし、となると文珠頼りだ。エヴァちゃん
に確実に勝てそうな文珠の技はあれ……か。でも、あれはこんな所で撃てんし、危ないし)
「なら早くしろ」
「ううん。いや、やっぱ飛べんな」
横島は文珠の残りを確認した。5個である。先程のエヴァとの交戦で一つはなくなった。これで『飛』『翔』の無駄遣
いはできない。すればエヴァを倒せる技を使えなくなる。
「ふざけるな!どうして飛べていたものが飛べなくなるのだ!お前から霊力をまだ感じられるぞ!」
「ふざけてない。悪いが俺はもう飛ばずに戦う」
横島は宣言して霊剣を構える。飛ばないとなると場所の選定など難しいが、やるしかない。
「なぜだ横島。お前の戦い方はどうも妙だ。なにを隠している。それとも霊能者というのはお前のようにトドメのタイ
ミングを逃したり、飛ぶべき時に飛ばないものなのか?」
「事情があるんだ。話す必要はないな」
「ぐっ」
エヴァは面白くなかった。この秘密を明日菜や木乃香には話してると知っている。それだけに余計に面白くない。
横島が自分を信用する理由は欠片もないだろうが理性じゃなく感情が面白くない。ナギも横島も600歳の自分を
まるでなにも知らずに我が儘を言う子供のように扱う。自分は600歳なのだ。お前たちより遥かに年上なのだ。そ
の辺をわからないのか。エヴァは甘えたがり、そうされたいようで、実際そうされると腹立たしい。
「横島、飛ばないことを負けた言い訳にするなよ」
「エヴァちゃんこそ、泣くなよ」
「ちっ」
本当に面白くなさそうにエヴァが浮き上がる。高揚していた気分が醒めて、腹立ちが先行していく。この男も美辞麗
句を並べて、結局、自分と本当に向き合ってなどいないのだ。こういうのはきっと自分の都合で、また自分の前か
ら消えていくのだと思えた。
「そんなことはさせん……」
「うん?」
エヴァの様子が少し変わる。
変わったことに横島が訝しむ。
「お前はたとえ操り人形にしてでも私の傍にいてもらうぞ」言いながらもエヴァは刹那を見る。「桜咲刹那。貴様はど
うする。我が従者を倒したのだ。横島に手を貸しても文句は言わんぞ。だいいち地上の蟻を撃ち落とすなど趣味に
合わん」
徹底的に、横島があとで文句の言いようもないほど負かす。先程の超加速での借りはこれでチャラにするつもりだっ
た。
「バカ言うな。エヴァちゃん」
だが横島は刹那の参戦は拒んだ。
「桜咲。絡繰を抑えてくれただけでもだいぶ助かった。もういいぞ。大丈夫、勝算はある」
「横島先生、絡繰さんの件で借りは一つです」
「うっ」横島はたらりと汗が流れた。「そ、そうだな。できるだけ、返すように努力するぞ」
「いいえ、あなたへの要求は決めてます。それにこれで借り二つです」
つぶやいて刹那が、後ろから横島を持ち上げた。
「さ、桜咲?」
「私もやはりあなたの行動が妙に思えます。飛べるのに飛ばないなど不合理だ。私のような理由でもないでしょう」
刹那の頭はこれ以上横島に構うなと警告してくる。構えばなにか自分の大切にしていたものを奪うと言ってくる。で
も気になるのだ。その理由が自分でもわからなかった。でも茶々丸がエヴァが自分を気にしているという気はわか
る気がした。きっと存在的にどこか自分とエヴァは似ているからだろう。そしてエヴァも同じように横島を敵視する。
自分の守ろうとする大事な部分にこの男は触れようとするからだ。きっとエヴァも同じ苛立ちを感じている気がした。
(だから最後まで付き合ってみよう。私は変わりたくない。でもこの男からは逃げたくない)
「なんだ桜咲。なんで手伝うんだ?」
横島が戸惑う。
「さあ、よく分かりません。でも、あとであなたの素性を教えなさい」
刹那は喋りながら、聞きたくないとも思う。
(嫌な人だ)
本当にそう思えた。
「それで借りは一つ無しでいいです。その上で、信用できないと思えば私はあなたをあらゆる方法でお嬢さまの傍
から排除します」
背中から抱える刹那の目は真剣だった。
横島も圧されるようにうなずいた。
「わ、わかった。じゃあ頼む」
「ふんっ」
エヴァの目がますます面白くなさそうに歪む。全力で戦えて、久々にスッキリするつもりだったのに、これでは余計
にストレスがたまりそうだ。こうなったら横島を殺す気になろう。少々死にかけても吸血鬼にでもすれば本当に死に
はしない。なによりエヴァは横島を自分に無条件でYESと言わせたかった。
「いくぞ?」
言ったエヴァが地上に降り、樹の影のその中に消えていく。樹に隠れたのではない。本当に影に沈んでいくのだ。
「なに……なんだそれ?」
「魔法には転移術もある。魔力は少々いるが、惜しくはない。どうせこの魔力もそう長くは使い続けられん。今日限
りのものでしかないのだ」
「転移?まずい!」
消える前に叩こうと横島が飛び出し、刹那が思わず引っ張られる。だが届く前にエヴァが消えた。
辺りが静かになる。
虫の音や木々のこすれ合う音がする。
刹那もどう行動していいのかわからず、しばらく様子をうかがう。
(なんだか男の濃い匂いがする。嫌だな)
これだけ近付くと横島から男の汗の匂いがした。刹那は横島を抱き締める形になるのが、どうも落ち着かない気分
で、横島もどうも刹那に後ろから抱き締められるのは無い乳でも少しはあり、落ち着かない気がする。
「す、すまんな桜咲」
「あなたに謝られる謂われはありません。黙っていてください」
刹那は冷たく言う。
星が空から落ちてきそうな夜。
横島は静かにエヴァの現れる時を待つ。
やがて少し離れた場所。女子寮側からエヴァの声がした。
「『闇の29矢(オブスクーリー)!!』」
真後ろにエヴァがいて一番即行で唱えられる闇色の29本の矢が飛んでくる。
「甘い!」
だが刹那の反応が早い。横島ごと凄まじい速度で舞い上がる。それをエヴァはすかさず追い。その間にも次々に
追いかけてくる矢を刹那がかわし、かわせないものは横島がサイキックソーサーを遠隔操作して防ぐ。
「素早いな小娘!だが、誰が甘いのだ!舐めるな!『来たれ氷精(ウェニアント・スピーリトゥス) 闇の精(グラキア
ーレス・オブスクーランテース)!! 闇を従え(クム・オブスクラティオーニ) 吹雪け(フレット・テンペスタース) 常夜の
氷雪(ニウァーリス)闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)!!』」
今度は避けようもないほど広範囲に凍てつくような吹雪が巻き起こった。当たれば確実に動けなくなる。それほど
の威力と魔力が込められていた。
「まずい!これはよけれない!」
刹那が焦った。
「桜咲!羽をたたんで、できるだけエヴァちゃんから体表面積を少なくしろ!」
刹那が言われて考える暇もなくそうするとサイキックソーサが吹雪の衝突する足下で大きくなり、なんとか吹雪の直
撃を防ぐ。だが、エヴァはさらに追いつき上空で魔法を完成させた。
「終わりだ!『来れ(ケノテートス) 虚空の雷(アストラプサトー) 薙ぎ払え(デ・テメトー)!雷の斧(ディオス・テュコ
ス)!!』」
エヴァは本気の目だ。攻撃に躊躇がなく、その場で最大の効果の現れるもので即行を決めにくる。こうなると戦い
は長くつづかない。どちらが勝つにしろ決着の時がきていた。
「ち!離れろ!桜咲!」
横島が刹那を無理矢理引きはがし、落ちながら自分は霊波の盾で攻撃を無理矢理ふさぐ。だが相手は雷撃だ。
ふさぎきれずに体中に電流が流れた。身体が痺れる。そしてエヴァは待たなかった。
「仕上げだ!『氷の17矢(セリエス・グラキアリース)』!」
氷の矢が飛んでくる。今度は流石に避けきれず、5本の矢が身体に突き刺さった。2本は横島の身体を突き抜け
た。
「な、なにをエヴァンジェリン!殺す気ですか!」
刹那が驚いた。
やりすぎだ。
そこまでしては横島が死んでしまう。
(というか、なんだ?この程度の魔法でこんなダメージを受けるのか?)
刹那が戸惑う。エヴァの魔法を無防備に受けたのはわかるが、それにしてもダメージが大きすぎる。横島レベルの
魔法使いを貫けるような魔法じゃ今のはない。連撃を噛まそうとしていたエヴァの手が思わず止まった。エヴァも横
島のダメージが予想外だったようだ。
「ガハッ」
(ち、ちょっと洒落にならんな……)
腹から血が流れる。
「痛そうだな。常に身を守る魔法の盾程度も身につけてないとはアンバランスな……。これが霊能力者の正体か?
致命傷だな。降参するか?」
わずかに気遣わしげにエヴァが言った。完全に死ねばさすがに吸血鬼にもできないのだ。
刹那が地上に落ちそうになる横島を慌てて拾うが、自分の服にまで血がついてきた。
「だ、大丈夫ですか?すぐに治療を――」
「お……俺が負けてエヴァちゃんは俺を信じられるのか?」
横島の口から血がこぼれた。内臓にまでダメージが及んでるのだ。
「無理だろうな。弱い男に興味はない。せいぜい奴隷にしてやるぐらいか」
「きついな。それにこの傷はちょっと効いた。それほど長く自由に動きまわれそうもないし、お互い小技で、ちくちく
やり合うのもこの辺にしとかないか」
強がる横島だが、血が腹から相当量出ている。決着を急がないと意識を失いそうだった。そして文珠はもう自分に
使ってやれる個数はなかった。
「なにを、横島先生。この傷、本当に死にますよ?」
刹那が顔色をなくしていた。嫌っているとはいえ、その相手が死んでいいと思えるほど人間性を失ってない。だいい
ちそれでは木乃香も悲しむ。
(俺だって死にたくはないんだ。でも15年も待ってた子をまた失望はさせられんだろ。俺が女子校の言葉に反応せ
んかったら期待通りに人物に会えたかもしれんしな)
何より、横島なりにエヴァのことに対する責任を感じ、中途半端なことだけはしてやりたくないと思っていた。
「ほお大技で決着とでもいうわけか?」
「ああ、俺はすぐ出せるからエヴァちゃんが呪文を唱え終わるまで待ってやるよ」
「いいのか、そんな格好を付けて。貴様に似合わんし、お前が負ければ次は冗談抜きで死ぬぞ。私の最大の魔法
ともなれば即死はまぬがれまい」
「負けんさ。絶対に」
それだけは横島も自信がある。
あの技がたとえこの世界でどれほど大きな魔法があろうと負けるはずがなかった。
「大した自信だが、信じていいのか?さすがに殺すのは寝覚めが悪い」
「大丈夫だ。100パーセント俺が勝つ」
「ふん、そうか……」エヴァは微笑んだ。「よかろう。乗ってやる。ならば、その自信ごと私がお前の体を砕いてやる」
と、エヴァの言葉とともに、魔力の密度が上がる。殺してしまっては意味もないと思う。だが自分相手に負けるよう
な男を信じる気にもなれないのも事実。また自分の言った言葉も守れないのなら、ナギのときとなんら変わらないこ
とになる。できれば期待に応えろと思い、エヴァは逡巡の中、魔法を唱え出す。
「『契約に従い(ト・シュンボライオン)我に従え(ディアーコネートー・モイ・ヘー)』」
一方で横島も一つ一つ、空中に文珠を浮かべていく。同時に横島が使える最大級の個数を使った神や魔さえも簡
単になぎ払う力。
(なんだ?)
(この玉は?)
エヴァと刹那が同時に戸惑う。
奇妙な玉が空中に浮かんでいた。
『断』
「『氷の女王(クリュスタリネー・バシレイア)来れ(エピゲネーテートー』」
横島にとっては懐かしくも悲しい思い出のある力。
『末』
「『とこしえの(タイオーニオン)やみ(エレボス)!』」
一度見せてみたら美神どころか、わざわざ妙神山に呼び出され、トラウマなのかどんな状況でも二度と使うなと小
竜姫やヒャクメにまで言われた力。
『魔』
「『えいえんのひょうが(ハイオーニエ・クリュスタレ)!!』」
横島の横にかつて逆天号と呼ばれた巨大なカブトムシが、燐光を帯びて浮かび上がった。
『砲』
そして放たれる圧倒的な破壊の力。
それは夜空に光と大音声を巻き起こした。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
同時にエヴァの魔法が辺り一帯を全て絶対零度に近い氷で覆い尽くす。
だが全てを溶かし、なぎ払い、その霊力の塊は化け物の最後の断末魔のような音を響かせ突き進んでくる。それ
は妙神山という霊的な結界に守られた地を一瞬で灰にした力。
「なんという……」エヴァがその光が自分の氷など全て無視して突き進むのを見て、感動と衝撃を覚えた。「これが
お前の全力か横島。まさかここまで規格外とは、まるでナギだ。そうか、ナギ……」
エヴァの脳裏にナギとの思い出が走馬燈のように流れていく。追いかけても、追いかけても、いつも袖にされた。ろ
くな思い出じゃない。でもナギだけは自分が吸血鬼と知っても恐がりだけはしなかった。
「ナギ、私はお前に殺られるのだな。ならば本望だ」
混乱の中、エヴァはナギを幻視する。
「マスター!」
だが茶々丸がどこからともなく飛び出してきた。
エヴァの体を覆う。
「すまない茶々丸。さすがにどうしようもない。影に逃げようにも明るくなりすぎて影もない」
「申し訳ありませんマスター。私も回避不可能です」
断末魔砲が二人を覆う。
もはやこれまでとエヴァは目を閉じた。
その断末魔の後、フッと静寂が起きた。
(死ぬとは意外と静かなものだな。しかし、これでナギに会えるか。お前のことだ。どうせ居るのは私と同じ地獄だろ
う)
虚空の中、エヴァが考えている。
と、横島の声がした。
「ほい、俺の勝ち」
ポフッとエヴァの頭に横島の手が乗せられた。
「え?」
間抜けな顔でエヴァが横島を見た。
見ると自分の周りを奇妙な結界が覆っていた。
それが光っており、半径5メートルほどにわたって広がっているのだ。
「これは?あの夜に見た結界?『護』?」
エヴァの金髪から妙な玉が落ち、砕けた。
「気付かれないように持たせんの苦労したぞ。まあエヴァちゃんも最初の方は手を抜いてたから、髪に潜り込ませ
るぐらいはできた。しかし、エヴァちゃん本気出すとマジで強いな。まさかこの技を本当に使うとは」
「な、なにをした横島!?これはなんだ!?」
「もう教えてもいいか。文珠だ。使用者の込めた念のとおりに力を発動する俺の奥の手だ。文字は念じれば好きに
変わる。まあ勝ったのは俺だからやらんし、詮索は無しだけどな。さすがに茶々丸ちゃんが割り込むと思わんかっ
たからびびったけどギリギリ守れてよかった。ちょっと外し気味に撃ったのもよかったみたいだな」
なにより、断末魔砲はアシュタロスの魔力があって初めて妙神山を破壊するほどの威力が生まれる。そして、基本
的に断末魔砲は霊力や魔力の増幅機関である。宇宙すら創ったアシュタロスが開発しただけあり、その増幅率は
凄まじいが、『断』『末』『魔』『砲』で文珠4個の霊力を基本にして増幅しても、アシュタロスの魔力を増幅した本家ほ
どのえげつない威力はなかった。
まあそれでもこの世界でまともにくらって生きてられるものはいないほどの威力があるし、エヴァですら『護』の文珠
で守られ、掠っただけでも死んだと思うほどなのだが。
「お前……」
しかし、それよりも、横島の顔を見てエヴァが驚く。真っ青なのだ。見ると腹から血がドクドク流れていた。
「申し訳ありません横島先生。意図を読み切れずに邪魔をしてしまいました」
「ああ、それはいいんだが……すまんな茶々丸ちゃん。ちょっと無理させてしまったな」
横島はそう言って残った一つの文珠を稼働が臨界点を超えたために、あちこちから煙を上げている茶々丸に当て
た。もしかのためにエヴァ用に残した文珠だった。
「やめろ横島!茶々丸はまだ持つ!」
だがエヴァが慌てた。
『復』
が発動し、茶々丸の破損箇所が復元されていく。
「こ、このアホ!もう一個その文珠とかいうのはないのか!お前が死にそうだろうが!」
エヴァは横島の傷に本当に慌てていた。
ここまでしといて本当に死なれるのは困ると思うエヴァは矛盾している。でも勝った横島を吸血鬼化させるのも躊躇
われた。
「あーと、明日菜ちゃんと木乃香ちゃんが予備は持ってる。悪いけど運んでくれるか……」
そこで横島の意識が混濁していく。まあ明日菜と木乃香が持っていると考えての無茶であるのだ。この戦いは横島
が最後まで読み勝ったと言えるだろう。
「ええい、どこまでもバカが!!小娘、茶々丸!あの二人のどちらかを探せ!」
「現在すでに探索中。2名を発見、至近です。他無関係な人間が3名が傍にいます。この3人は魔法を知りません。
正体を知られる可能性あり、マスターは広場で待ち、私が2名を運ぶことを推奨します」
エヴァが聞き終わる前に行動に出て、茶々丸もそれに続く。
しかし、刹那だけが地上を見て顔色を失っていた。
「お嬢さま……見られた」
急に横島を離してまったく関係のない方向に飛び出す。
「な、小娘!逃げるな!この期に及んで逃げるな!」
エヴァは刹那が木乃香を見て逃げだしたと気付くが、横島が地上に落ちていくのを拾わないわけにはいかなかっ
た。急いで横島を空中で受け止め、いったん地上に降りると、茶々丸が玄関前に行き、明日菜と木乃香二人共を
強制連行してくる。
「な、なに、きゃー!って、横島さん!」
「エヴァンジェリンさん!?」
二人が口々に叫んだ。
「ええい、やかましい!私がしたが、もう終わった。治せるのだろう。文珠とやらはどこだ。早く出せ。このままでは
死んでしまう!」
「え、え?」
「とろい女だ。文珠をとにかく出せと言っているのだ!委員長達も来てるぞ!」
「え、あ、うち、部屋に置いてあるえ!とってくる!」
「待って、木乃香、私持ってる!「早くしろ!」へ、は、はい!」
明日菜が慌てて出す。
「って、これは『護』だ。『治』の文珠はどうした!」
「落ち着いて下さいマスター、念じれば文字が変わるという横島先生の話のはず。それに生命に支障が出るのは
あと15分の猶予があります」
「そ、そうだったか」
言われてエヴァが落ち着き横島に『治』の文珠を当てた。
みるみる傷が閉じ、横島の呼吸が整う。エヴァも明日菜も木乃香もほっと息をついた。
後ろからあやか達が血相を変えて追いついた。
この言い訳は大変そうだと誰もが思った。
あとがき
ようやくエヴァ戦が終わりました。
いろいろごちゃごちゃで蟠りは残してるけど、とりあえず終わりです。
次話から修学旅行編で、行く前に解決しないといけないことがたくさんです(汗
ところで、基本的にネギは助けたくなるけど、横島は我が儘をぶつけたくなるん
じゃないかなと思ったりしてます。なので、結構みんな横島に無茶言います(マテ
月並みですが感想いつも感謝します。修正点も直せるものは直させてもらいました。
またいただけると嬉しいですー。