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[21643] ヨコ魔(GS→ネギま)
Name: かいと◆c175b9c0 ID:aa3c987a
Date: 2010/09/28 15:41
ども、初めまして、かいとと言います。
昔に書いた小説を上げたくなったので、なんとなく投稿することにしました。
作者は初投稿になります。
本作は、ネギまとGSのクロス作品になります。
一応、下書きは修学旅行編終了まで書いてあるので、ペースはどうなるか分かりませんが、そこまでつづけるつも
りです。


以下は注意事項になります。


・舞台はネギまですが、GSの横島とネギまのネギが交代しています。

・つまり横島がネギまの世界で、とある事情から、ネギに成り代わって主人公をしなければいけなくなり、ネギは美
神の世界で横島の役になります。

・ですが、ネギ側の描写はなく、横島側が中心です。

・ネギ側の描写を書くかは未定です。

・ネギが好きだという方には、ほとんど彼が直接出てくる描写がないので、全力で回避して下さい。

・ネギは麻帆良に行かないままGS世界に旅立ってます。

・ネギを非難する描写はありませんが、横島×アスナなど耐えられない方も回避して下さい。

・時間軸や本編キャラの性格は、異なることがあります。





以上、ご了承の上でお読みいただけると嬉しいです。




更新履歴
[1] プロローグ                     (2010/09/02) 誤字修正(2010/09/05)
[2] 出会いと始まり。                 (2010/09/03) 誤字修正 (2010/09/05)
[3] 麻帆良女子中等部3-A             (2010/09/04)
[4] 住まいの文句は学園長宛です。        (2010/09/05)
[5] 桜咲刹那の想い                 (2010/09/06) 誤字修正(2010/09/11)
[6] 中学生はロリコンじゃない。と決まりました。 (2010/09/07)
[7] 桜通りの吸血鬼                 (2010/09/08) 誤字修正(2010/09/11)
[8] 想い、思い、重い                 (2010/09/11)
[9] アスナの悩み。                   (2010/09/15)誤字修正(2010/9/16)
[10] カモです。                     (2010/09/19)
[11] アキラの隠れていた衝動。           (2010/09/21)誤字修正(2010/9/22)
[12] 想いは交錯して、紡がれて。         (2010/09/25) 微修正(2010/09/28)
[13] エヴァと明日菜と夜の邂逅          (2010/09/28)



[21643] プロローグ
Name: かいと◆c175b9c0 ID:aa3c987a
Date: 2010/09/05 14:22
「は?」

横島はマヌケな顔で首を傾げた。

「『異世界』との交流?」

目の前には魔族のジークが座り、場所は妙神山の一室にある日本間で、ちゃぶ台を挟んでのことだった。
小竜姫は見あたらず、老師(ハヌマン)も見あたらず、ジークとだけ話していた。

「はい。少し前置きになりますが、現在魔界では美神さんや横島さん達の活躍もあってアシュタロスが滅ぼされ、武
闘派の魔族も当分大人しくしていようという空気なんです。それでまあ平和にはなってそれは良いんですが、このま
ま行くと、ちょっと平和になりすぎると未来予知されているのが、今、問題になってるんです」

「はあ……。ところで小竜姫様はどこだ?」

興味なさげにつぶやく横島は周りを見渡した。ジークはお茶を一口すすり、神妙な面持ちで口を開いた。

「それでですね。最近、『異世界』の中で僕たちが行き来可能な世界が、いくつかあることが分かったんです」

「あれか?その話は長くなるのか?」

横島はジークがなにを言いたいのか、まったくつかめずにもう一度首を傾げた。横島にしてみれば異世界?なにそ
れ?美味しいの?という心境である。

「す、すみません。分かりにくいですね。えっと、少し長くなるんですが、説明させてもらうと」

「いや、面倒なら話さんでもいいぞ」

横島はジークの言葉に額を引きつらせて止めた。
それにどうも小竜姫がいないようである。なら、こんな場所にいる意味は絶無である。

「い、いえ、そんなに面倒なんかじゃありませんから」

「それより、小竜姫様はどこだ。なんでこんなところまで来てお前みたいなむさい男と話さねばならんのだ」

「いやそれは……」

「まさか居ないとか言わんだろうな?」

横島はほとんど確信していたが、ジト目でジークを睨んだ。最近はまた美神たちとGS稼業に精を出しているところ
だ。そこへ来て小竜姫名義での呼出しで、横島は、美神に気取られないよう、親が危篤だと嘘を言い、そんな嘘に
騙されてくれるはずのない美神に銀一から呼ばれただのさんざん言い訳してやっと出てきたのだ。できるだけ即行
で小竜姫に用件を聞き、トンボ返りしないと、どんな折檻が待ってるかと戦々恐々としていたのだ。

「はははは、小竜姫様は、い、いますよ。もちろん。僕との話が終われば呼びます」

ジークは笑ってごまかし、言葉を続けた。

(いないな、絶対にいないな)

今のジークの挙動に確信するが、しかし、横島は即行で帰ろうとはしなかった。なにか、何かが自分の勘に激しく
訴えかけるのだ。ここで帰れば自分は損をすると、それは自分のアイデンティティーにも関わるほどの重要事項だ
と。なのにそれはとても危険なのだと。

「あの、それでですね。話を戻しますが、現在、横島さんや美神さんたちの活躍もあって、神族と魔族のデタントの
流れはほぼ決定的なんです。それで両界も今は幾分か余裕があるんです」

「それなら、なんにも考えんとダラダラしてればいいだろ」

「で」

ジークは横島のペースに乗らないように強引に話を進めた。

「こことよく似た『異世界』、まあ横島さんに分かりやすく言うとアシュタロスの時に見たような『平行世界』と親交を深
め、有事の際に備えておこうという話が持ち上がってるんです。――ええ、そうなんです。僕も大変なんです。なぜ
か、最高神に呼び出されたとき受け答えするのは僕の役目みたいになってるんです。っと、話が脱線しました」

「別に聞いてないけどな」

「そ、その先駆けとして僕のようなケースの神族と魔族のような人材交流から始めようという話になってて……」

横島の反応を伺うようにジークは言葉を句切った。
予想通り横島の表情はみるみる曇って、いかにも面倒くさそうである。

「ジーク、なんで、そんなどこともしれん平行世界と親交を深める必要があるんだ?ひょっとしてと思うが、なにか物
騒な話か?」

横島は危険にはかなり敏感である。女がいればそんなものは無視するが、今の話にはただただ危険な匂いがあっ
た。だが、それでも横島を踏みとどまらせる何かがある気がするのだ。

(帰れ、帰らなければダメだ。絶対にここで帰らないと何かが手遅れになる。しかし、何だ。ここで帰ると絶対に損だ
という気がする。ああ、しかし、ジークが危ないこと以外で今までなにか話したことがあるだろうか。いや、ない)

反語である。

「ええまあ最終的にはちょっと物騒ですね」

「ほお、それに俺が関われとでも?」

「あ、いえ、ですからその『平行世界』と親交をあくまで深めたいだけですよ。上の方々は最終的にその平行世界と
軽い戦争ぐらいはするつもりのようですけど、それは横島さんが死んで、まだまだ先の話です。神族も魔族も寿命
が長いですから、その辺の感覚はかなり長いスパンで考えてるんで、心配要りません。今回はあくまで平和的な話
ですから」

「本当か?」

「え、ええ、本当ですよ」

ジークはなぜか冷や汗を垂らして頷いた。
疑わしげに横島は言葉を続けた。

「しかし、わざわざなんでそんな世界に親交を深めるなんていうんだ?今平和ならそれでいいだろ?やることないか
らってそんなことする必要があるか?」

「仕方ありませんよ。平和が続くとしばらくは進歩しても、いずれは堕落を生み、それは『無』に繋がってしまいます
から。神族も魔族もなにが一番怖いかといえば、まったく意味のない『無』の世界が一番怖いんですよ」

「そんなもんか?俺は美人の姉ちゃんと退廃的な生活を送るのが夢だがな」

「でも、それが永遠に続いたら、楽しいことすら人間は分からなくなるし、それは神族も魔族も例外ではないんです
。生きるということは生きる価値がないと思うとできません。信仰をなくした神や忘れられた魔族が力をなくして消え
ていくのも、ひとえに自分の存在を他者と比べて見いだす存在だからという意味で人間と同じだからなんです。だか
らこそ無価値や無を恐れ、世界はそうなったとき、何度も消され繰り返してきました」

「えらく大きい話だな……」

「まあだからといって、あまりに大きすぎる争いは滅びを呼ぶ。そういう意味で話の通じる、同じぐらいの価値観を
持つ世界との交流を持ち、計算できる範囲で適度に交流し、ときには争いをすることも大事なことなんです。まあ計
算できないほどの争いになっても向こうもこっちも価値観が似てますから、滅ぶようなことはないでしょうしね」

「難しい話でよく分からんが、お前」

横島はすっと真剣な目になる。ジークはアシュタロス事件のルシオラのこともあるし、軽率に争いなどといって横島
が怒ったのかと思い、緊張した。それでも隠して喋るよりはと目的を明らかにしておきたかったのだ。それはジーク
なりの横島への誠意だった。
だが、

「お・れ・に・は・関係ないけど頑張れよ!」

横島はことさらに『俺には』の部分を強調した。

「は、はは」

(やっぱり嫌がると思ったけど、思いっきり予防線張られてるな……)

「えっと、それで上で話し合って結果。まずいくつかある候補の中から一番いいと思われる平行世界との交流が本
格的に決まったんです。でも最初から喧嘩腰で行くのもなんなんで、できるだけ他者との親和性の高い人間をお互
い一人ずつ出し合って交流しようということになったんです。向こうからは10歳の男の子で、なんでも英雄の息子
が派遣されるのが決まってるんですよ。で、こっちからは誰がいいかという話になって……」

「大変だなあ。俺は関係ないけど」

「まあ現状神族も魔族も同一意見なんですが、その親和性が一番高いのは吸血鬼ハーフや超タカビー上司(ここ
だけ妙に声が震える)や幽霊や人狼に九尾狐、果ては神族や魔族とも交流のある横島さん――」

「じゃ、そういうことで」

ばっと横島は立ち上がると扉へと向かって歩き出した。そこにすがるようにジークが食らいついた。

「放せボケ、男にくっつかれる趣味はないんじゃ!交流だけならピートや雪乃丞とか他にもいるだろ!」

「お願いします!上から無理やり押しつけられて、断られたら首が飛ぶんです!比喩的な意味じゃなくて本当に飛
ぶんです!雪乃丞さんはとても親和性が高いとは言えませんし、ピートさんも女性はともかく男には嫌われるんで
す!」

「知るか!大体、小竜姫様に頼まれるんならともかく、なんで男と二人でこんな話を聞かされねばいかんのだ!」

「最近の小竜姫様の様子からいって、話が余計に面倒なことになりかねんって猿神(ハヌマン)様が言われるんで
す!報酬は払います!金銭なら望む分だけ与えるって、上は言われてます!期間だってたったの一年ですから!


「アホか!たかが金のために美神さんへのセクハラを一年も我慢できるか!」

さすがと言うべきか金への執着を微塵も見せずに横島は断った。
ちなみに現在の横島の給料は時給五〇〇円まで上がっている。
それにくわえて自分で除霊した分は全額もらえるように美神がしてくれているので(実際は九割以上ピンハネされて
るが)生活にも困っておらず、横に小鳩が住んでなければ、そこそこのマンションに引っ越せるほどである。

くわえて美神が、あの美神がセクハラに寛容になってきていた。
おキヌがいるときはいつも通りなのだが、いないときは10秒ほど触らせてくれるときがある。
以前など寝込みを襲って揉んでたら最後にはあの美神のパンティを脱がせてしまうところまでいった。
途中でおキヌが帰ってきて、なぜか美神の方が慌てて起き上がり、おキヌに取り繕っていたが、かなり惜しかった
のだ。

おキヌも最近二人きりになると目を閉じて唇を突き出したり(横島はその行動の意味を理解していない)、シロはお
風呂にやたらと一緒に入りたがり(シロはあれからまた胸が成長した)。
タマモは横島が寝てると狐の姿で一緒に寝たがり(起きたときはなぜかいつも人間の姿である)、小鳩は何かにつ
けて横島の世話を焼いてくれる。
小竜姫様も妙神山にパピリオの様子見がてら遊びにくると嫌な顔もせずに炊事洗濯をしてくれるし、やたら泊まれ
と薦めてくる(横島はよほど退屈なんだと、だけ、思っている)。

実際、最後までは、みんななかなかさせてくれないのだが、かなり美味しいところまで来ているのは事実であった。
特に美神は、最近では除霊のつまらないミスもしなくなった横島に、もう陥落寸前にまで迫っていた(横島はそのこ
とに気付いていない)。何より周りの攻勢も激しくなり、美神も自分の好意に正直にならないと横島をとられると思い
出していたのだ。

周囲の好意には気付かなくても、この状況を捨てて横島が異界へ行くメリットなど皆無だった。
正直言うと最近、おキヌちゃんや小竜姫様に包丁で刺される夢を見て、なぜか怖いのだが、そんなものは煩悩が
おしのけていた。

(くっ、やっぱり今の状況からして嫌がるか……。こうなればあの奥の手しかない。すみません横島さん騙すようで
心苦しいんですが、僕も自分の命は惜しいんです)

ちなみにジークはその後、美神たちの手によって死よりもすごい恐怖を味わうことになるのだが、それは今はいい
だろう。

「横島さん。分かりました。じゃあこういうのはどうです」

「どんな条件を出しても無駄だ!俺はあのパイオツを一年も我慢できるか!」

「向こうの平行世界での交流先は女子校の3-Aの教師です!」

「さあなにをしてるんだいジーク君! いや、心の友と呼ばせてくれたまえ!」

しがみついていたジークの手を横島が取った。これ以上ないほど純粋に目が輝いていた。

「さあ行こう。今行こう。すぐ行こう。美神さんたちにばれるとやばい!なぜか分からんがばれたら最後、俺の命が
危ない気がする!さあ一度は行ってみたかった、じょーしーこおおおおおおおおおおおおと言う名の桃源郷へ!」

横島は気付いていない。このときジークがどれほど冷や汗を垂らし、横島の顔をまともに見ていなかったかに。

「は、はい。そうですね。じゃあ隣の部屋に直通のゲートを既に用意してあるんで、急ぎましょう。ヒャクメだけが協
力してくれて、もしか美神さんたちが、勘付いたら誤魔化すように言ってるんですが」

「それは、あれじゃないのか。ヒャクメに言わない方がよかったんじゃ」

「うっ、そ、そうか。しまった!」

ジークが小手先を労して語るに落ちる小悪党のように頭を抱える。そうである。ヒャクメほど役に立たない、機密と
縁遠い存在も珍しい。情報官のくせに、これに教えると美神に教えることとはプランク定数並みに近い。

「とにかく急ぐぞジーク! ヒャクメが口を滑らせないわけがない!」

「はい。分かりました!」

隣の部屋を開けるジーク。一番最初にここに来たとき、修行をした覚えのある異空間だ。地面には七色に光る一メ
ートルほどの円がある。どうやらそれが『異世界』への直通ゲートのようだった。


どっごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんん!!!!!!


「な、なんだ!?」「や、やばい!!!」

そのとき門の方から凄まじい轟音が響き、ジークが戸惑い、横島が激しく動揺した。
同時にジークの携帯が鳴り響いた。
おそるおそるジークがそれを手に取った。

『ご、ごめんなのね。つい言っちゃたのね。キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!美神さんお尻はダメ!神通棍でお尻ダメなのね!ごめ
んなのね!ごめんなのね!私も最高指導者の命令で!!別に面白がってたわけじゃないのね!!』

『ジーク……。まだ横島はいるわね』

怒気を孕んだ美神の声が携帯に響いた。

『急に老師からお使いに出されるんで妙だと思ったんですが、どういうことかたっぷり聞かせてもらいますよ』

次に小竜姫の声が響いた。

『おいたはいけませんねジークさん。でも横島さんがそこにまだいたら許してあげますよ』

『そうね。いたら生焼けぐらいかな』

『先生、拙者も一緒に行くでござる!』

なにげに一番怖い声の元幽霊のおキヌの声が響き、次にタマモにシロと続いた。

「まずい。いいですか横島さん。向こうでは霊能の代わりに魔力を使う『魔法』が超常現象の主流で、霊能や霊力
は珍しいものです。また、魔法や霊能に関することが一般人に知られることはタブーになっています。ばれたら向こ
うとの取り決めで横島さんはオコジョになります。くれぐれも軽率に魔法や霊能のことは口にしないでください。分か
りましたね?」

「あ、あ、ああ、ああっ、じゃあもう行くぞ。ここに飛び込めばいいんだな?その先に女子『高』があるんだな?」

横島の声が激しく震えた。
美神が怖い、おキヌが怖い、他の女性達全部が怖い。たとえここで無事にいけても、一年後に自分は死ぬかもし
れない。でも、それでも、横島は行かねばならないのだ。
そこに女子『高』教師というものがある限り横島を止めることは、たとえ神魔の最高指導者でもできないのだ。

「はい、あります。女子『校』が、それと報酬なんですが、横島さんは金銭は喜ばないと思ってたんで金銭の他にもう
一つ候補がある――」

そのとき近くでまたもや爆音が響いた。

「い、いい、行ってください。このゲートは横島さんがくぐると向こうの交流相手、魔法使いのネギ・スプリングフィー
ルドという子と交代して閉じます。僕はその子を連れて全力で逃げますから」

「分かった。死ぬなよジーク」

「横島さんも、お元気で。いいですか関東魔法協会、麻帆良学園、学園長、近衛近右衛門(このえこのうえもん)だ
けがあなたの唯一の協力者です。麻帆良学園の近くにゲートを開くので、まずその人を尋ねてください」

「ああ、じゃあ一年後にまた会おう。そして、待っててね女子『高』生のお姉さん! これからこの横島忠夫が手取り
足取り教えて上げるからね!」

横島がゲートを潜る。

「ここは……」

同時に向こう側から外国人の男の子が現れゲートが閉じる。

「逃げるぞ!!」

ほぼ同時に美神たちが現れ、ジークは男の子を抱えて空へと飛び立った。

「「「「「ジーク(さん)(殿)!!!!!!!逃げられると思うか(いますか)(でござるか)!!!!!!!!!」」」」」

「きききききキミの名前は?」

「え、ええ? はい、ネギ・スプリングフィールドと言います」

「そうか僕はジークだ。安心してくれ、キミの安全だけは僕が命に代えても保証するから」

そう言ったジークの顔は漢であった。









あとがき
これで、本当にネギの出番終了です。
本当に苦手な方は全力で回避して下さい。
よろしくお願いします。






[21643] 出会いと始まり。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:aa3c987a
Date: 2010/09/05 14:53



「ぐふふふふ。そうか、神様は俺のことが好きだったのか。まさかそんな夢のような場所に行けるとは!何度も女
子校の教師なんぞをしてる鬼道を呪ってやろうと思ったが(実際呪ったが)、これからの俺は違う!あいつと同じ夢
の職場が待ってるんだ!」

とりあえず今の横島は『高校三年生』の担当教師になれると信じ、ジークが言ったときの様子がおかしかったことと
か、そもそも落ちこぼれの彼に高校生の授業が分かるのかとか、ネギという少年がどれほど大事にされていた存
在なのか、現在、ゲートをくぐり抜け眼前に青空、下には急速に近付く地面があり、自分が落下中とか細かいこと
は気にならなかった。

「ははは、俺はやる! 一年のアバンチュールを満喫して、再び美神さんたちと出会うときには真の漢になって帰る
ぞ!待っててね初体験!待っててね大人への扉!」

しつこいようだが現在横島は空から落ちている。

「まだ見ぬ美人の姉ちゃんたちよ!この横島忠夫全身全霊の誠意を持ってその体を預からせてもらいます!」

しつこいようだが現在の横島は空から落下中である。
そして残り100メートルというところで声が聞こえた。
きゃいきゃいという女子たちのかしましい声である。

横島が下を見てその女子生徒を見て奇声を上げる。

「お・じょう・さーーーん!!僕とお茶でもしませんか!」

嬉しすぎて横島は前後不覚に陥っていた。
しつこいようだが現在の横島は落下中であり、地面が10メートルまで近づき、女子生徒の群れから少し遅れたツ
インテールの少女とローラースケートをはいた少女が、あまりに肌に寒気を催す声に上を向いた。

「な、なに!?」

「おお、明日菜。空から人が落ちてくるえ」

「って、ちょ、木乃香! のんきに言ってる場合じゃないでしょ。よけて!」

丁度、横島が長髪で大和撫子といった風情の木乃香の上に落ちてきて、明日菜と呼ばれたツインテールの少女は
助けようと回避に出る。運動神経の良さそうな明日菜が木乃香に覆い被さり、ぎりぎりでかわした。

一方横島は落ちる。

「ひいっ」

ぐしゃという嫌な音が響く。普通なら100パーセント死ぬ。しかし横島は違う。そのことをよく分かっていない明日菜
が青ざめ血みどろの横島をつついた。

「あ、あわわわわ。あ、あの大丈夫ですか!?」

大丈夫なわけがない。絶対死んだと思う明日菜だが、横島がばっと起き上がると明日菜の胸に飛び込んでいた。
ちなみにこの時点で血みどろだった横島の傷は鼻血程度に回復している。そう。ギャグ使用時の横島に死という概
念も怪我という概念も存在しないのだ。

「ああ、もうダメ、せめてこの胸で死なせてつかあさい!」

「え、ちょ。そんな!」

しかし明日菜は死にかけてると思っているので無理に振り払おうとしない。胸の間で横島に顔をハフハフされて動
揺しているだけだった。

「ああ、気持ちいい。ここは極楽なんだ。もうこのまま死んでも思い残すことはない!」

「え、ええ?ちょ、ちょっと死んだらダメです!大丈夫ですか!?」

スカートからのぞく健康的な足、そして、そのスカートはめくれ上がり、

「おお、クマのパンツ」

しっかりと目に焼き付ける横島。エロのためならたとえ成層圏から落ちても燃え尽きずに彼なら同じことをするだろ
う。

「え?って、ちょ!な、なに、元気なの!?」

虫の息だと思うから我慢もする優しい明日菜だが、相手が元気となれば話は別だ。慌てて横島から離れる明日菜
。スカートでパンティを隠すが不意に右足に痛みが走った。それでも横島を殴り飛ばさなかったのは、まだ、重傷だ
という思いが拭いきれなかったからだ。

「いたっ」

「え?」

と、今度は横島が目を瞬いた。

「ああ、すまん。怪我させたか?大丈夫か?」

少女の顔を見てシロぐらいの年齢だと認識し、頭を振る。怪我をさせたようで横島はのぞき込んだ。
そのとき、奥に見える麻帆良学園の校舎からチャイムの音が響いた。

「ああ、初日から遅刻なんて……」

がくっと明日菜は肩を落とした。横目で木乃香を見ると、今のショックで気絶して目を回していた。

「う……。なんかすまん。いきなり空中に放り出されたんで、対応が遅れたんだ。えっとほんまに大丈夫か?」

変な妄想に浸ってるのが悪いのだが、さすがに今はそれはいえない。
横島はアスナの顔をよく見ると胸はそこそこあり、将来が楽しみそうな美少女だ。しかし、よく見ると、相手が守備
範囲外と気づき、横島は動揺した。

(こ、子供の胸に飛び込んでしまうとは、こ、これは犯罪か!?)

「あ、あなたは?っていうか怪我は?」

木乃香も気絶してるようだし、ここまでくると遅れる覚悟をしたのか明日菜は目の前の男に尋ねた。

「ああ、俺は横島忠夫というものだ。傷の方は慣れてるから、これぐらい平気なんだが。えっとキミはここの生徒?」

「へ、平気って……はい」

答えた明日菜は木乃香を庇って、身構えた。パンツを見られたせいか、横島に気を許せないようだ。というか、死
にそうだと思ったから胸に顔を埋められても我慢したのに、これほど元気ならなんのために我慢したのだ。

「そう、ちょっと足見せてくれるか?」

「……い、いやですよ!変なことしたら大声上げますよ!」

明日菜は逆に引っ込めた。しかし、かなりくじいたのかまたもや痛くて顔を歪めた。

「さ……最初はかっこよくと思ってたのに、早速いつも通りの目をされてるじゃないか!俺って奴は!俺って奴は!」

横島が急に地面にガンッガンッと頭を打ち付け出す。
その奇行にさらに明日菜が動揺したが、しばらくしてこの世界には美神という突っ込みや、おキヌのような宥め役
がいないことに気づき、横島はむくりと起き上がった。

「は、はは」

横島は明日菜に変人を見る目で見られて、複雑な笑いで誤魔化そうとした。

(な、なんなのよ、この変な人は!?)

明日菜の方はすっかりおびえた顔でずり下がる。

「あ、あのさ、本当になにもしないから、痛いところ見せてくれると嬉しいんだが。こう見えても俺は医療術の心得が
あるから何かできると思うんだけど」

言いながら横島はこっそり手に文珠を握り込み『治』と込めた。

「ほ、本当にいやらしいこと何もしませんか?」

疑わしそうに明日菜が尋ねた。

「し、しないしない。するんならもうとっくにしてるし、それにほら、こんなところでしたら直ぐに人が来るだろ」

「おっぱい触られましたけど」

それでも警戒心はまだ解けなかった。

「うぐっ。いや、あれは条件反射というか、いつもだと成功しないというか」

(や、やばい、誤解じゃないけど、誤解を解かないと、来て早速痴漢で捕まったら、教師の話もおしまいだ。一年間
刑務所の中で、犯罪者どもと交流を深めることになりかねん。いや!それだけはいや!)

「あ、あの、見るだけですからね。何かしたら大声で叫びますよ」

「え?見せてくれんの?」

「へ、変な言い方しないで下さい!治療するんですよね!?」

だが明日菜も、あまり治療の期待はせず、どちらかというとできるだけ刺激せず、木乃香もいることだし、他に誰か
がくるまで時間を稼ぎたい思いが強かった。

「わ、分かってる。俺も着任早々捕まるのだけは勘弁してほしいからな」

「着任?――ま、まあじゃあ」

明日菜は警戒しながらもすっと引っ込めた足を伸ばす。足首がかなり腫れ、痛々しい。どうやらこちらの世界では
ギャグ使用の怪我なんて存在しないようだ。横島はメタなことを思いながら、文珠を明日菜の患部に当てた。すると
みるみる腫れが引いていき一瞬後には明日菜の傷は癒えていた。

「すごい……。どうやったんですか?」

あまりに不思議な現象に明日菜は目を驚かせた。
というより、本当に治してくれるとは微塵も思ってなかった。

「ああ、文珠……。いや」

横島はこの世界で魔法や霊能が秘密だとジークに言われたことを思いだした。

(ま、まずい。俺のアホ。今、思いっきり不自然なことしたよな)

「えっと、気功の一種でね。ほほほほら、よくテレビでしてるだろ?」

大体常識レベルが同じだと言っていたジークの言葉を信じて横島は言った。気功に関しては横島のいた世界では
超常現象ではない普通の事象に限りなく近いように扱われていた。だが気を飛ばして誰かを癒したり倒すといった
ことは眉唾物に扱われてはいたが。

「ああ、へえ、気功ってこんなのできるんだ」

どうやら気についての常識レベルは同じようだ。横島は安堵し、明日菜が頷いた。

「ああ、じゃあ、そこの子も」

横島はそういうと木乃香に目を向けた。彼女はまだ気絶しており明日菜は慌てて駆け寄った。





「ふう、や、やばかった。可愛かったとはいえ、年下の子の胸に顔を埋めてしまうとは、お、俺はロリコンじゃない!」

明日菜に教えられた学園長室へと向かいながら横島は冷や汗を流す。どうにか誤解は解けたが、危うくついて早
々首が飛ぶところであった。これから同年代や年上の姉ちゃんとウハウハな一年が待ってるというのに、こんなと
ころで捕まるのだけは死んでもごめんだ。

「しっかし、ずっと殺しそうな目で見てた女の子ってなんだったんだ?」

ふと出るに出られないような顔でこちらを睨んでいた子を思い出す。横で髪を纏め、明日菜以上に守備範囲外だっ
たから声はかけなかったが、あと三年ほどすれば間違いなく美人になることだろう少女だった。

「ただ者じゃない。かなり強そうな雰囲気だったが……」

考え込みつつも横島は目的地が見えてきた。
表札に学園長室とあり、横島はノックした。

「入りたまえ」

「ういっす!」

勢いよくドアを開け、横島は机に座る後頭部の長い化け物がいるのを見た。他には人が見あたらず、あるいは学
園長も美人の熟女かと思った横島は息をついた。

「横島忠夫君で、キミは間違いないかね?」

「はい。そっちは麻帆良学園の学園長。俺の協力者っすか?」

「うむ、そうじゃ」

近右衛門が重々しくうなずいた。

(女だけかと思ったら、やっぱ男もいるのか……。しかしぬらりひょんが学園長とはな……。超常現象は秘匿されて
ないのか?)

とはいえ、横島も前の世界で大概のものを見てきたので、あえては突っ込まなかった。

「で、約束より一時間ほど遅かったようじゃが何かあったかね?」

「い、いえ、とくに」

ぶるぶると目一杯横島は首を振った。
明日菜の件がばれると本当に首になりかねない。他にも女子更衣室はどこかと探したりしてて、余計遅れたのだ
が、とても言えないことだ。

「まあそれならいいんじゃが、ワシの名は近衛近右衛門じゃ。キミは本当に横島忠夫で間違いなかろうの?」

「あ、はい。間違いありません。横島忠夫高校三年18歳。よろしくお願いします!」

横島はびしっと敬礼して言った。

「ううむ、本当にくるとはの。あれは夢かと思ったんじゃが……」

学園長は何か半信半疑だったように呟いた。

「どうもいまだに信じられんのじゃが、観世音菩薩様より話は聞いておる。ここではワシのことは学園長と呼んでく
れればいい。よくは知らんじゃろうが、一応関東魔法協会の理事でもある」

「はあ偉い人なんっすよね?」

「まあそう思ってもらって差し支えのない程度にはの。しかし、今回のことは急での、正直ワシもまだ戸惑っておるん
じゃ。まあ、菩薩様なんぞというもんに出てこられては従わんわけにもいかんのでな。まったくいきなり天から降りて
こられて冷や汗もんだったわい」

「はあ……」

横島のいた世界では神様なんてものは普通にいたので、そう言われてもいまいちぴんっとこなかった。菅原道真な
ど受験生に追い回されていたぐらいだ。しかし、魔法が秘密なのだとすると、

「ひょっとして、この世界じゃ神様は珍しいんですか?」

「まあ自称神なんぞというものなら見たことはあるが、ワシもずいぶん長く生きとるが、本物の神や菩薩を見たのは
初めてじゃな。そちらでは常識なのかの?」

「え、ええ、結構普通に見ますね」

「どこがよく似た世界なんじゃ……。ああ、まあ、横島君。神様を見たことがあるなんて変なことを言うと、たとえ魔
法関係者相手でも妙な目で見られるので、気をつけるんじゃぞい」

学園長は目頭を押さえた。かなりお疲れのようだ。

「そ、そうなのか。確か一般人の場合、魔法使いのことも秘密ですよね。あと俺が異世界から来たのは魔法関係者
にも秘密で、ここの常識にないことは言わないようにした方がいいっすよね?」

「そのとおりじゃ、まあ霊能に関しては、この世界では廃れておるのだが、霊力というものがないわけではないので
、文珠?じゃったかの?この調子では文珠とやらも本当なんじゃろうが、その万能の力に関して以外は魔法関係
者には秘密にせんでもいい。ただゴーストスイーパーという職業はこの世界には存在しないので気をつけてくれると
ありがたい」

学園長は事前に菩薩様と話す暇がたっぷりあったのか、横島の事情についてはかなり通じているようだった。

「ええ、ここでの協力者は学園長だけって話ですし、困らせることはしませんよ」

「そうか、それを聞いて安心したわい」

学園長は横島の人柄を計っていたのか、ひとまず進んで問題を起こしそうにはないと見て安堵の息をついた。
もっとも彼は進んで問題を起こすタイプなのだが。

「でじゃ、ネギ・スプリングフィールドという子の最終課題の替わりとしてここに来たことは聞いておるな」

「うん?ネギって子供が俺の世界に来たのは交換留学生としてだと聞いてます。でも、最終課題とはなんっすか?」

横島が聞いていたのと学園長の言葉には、微妙なニュアンスの違いを感じた。

「なんじゃ聞いておらんのか?」

「え、ええ」

「実はの、元々ここにネギ君という少年がもう少し早くから来る予定で、その少年はここで教師をする予定じゃった
んじゃ」

「は?俺が教師をする話は知ってるけど、ネギって子も教師?確か10才の子供だったはずじゃ、ここの魔法使い
は10才になると教師になるんっすか?」

かなり驚いた。横島の常識では10才のガキになにができるのだ?としか思えない。

「まあ特殊な事例じゃが、魔法学校の最終課題としてそういうものがあるのは確かじゃ。行き先は様々じゃが、ネギ
君の場合日本の学校で教師になることと決められておった。ゆえに彼はキミの世界で最終課題をこなすことになっ
ての。たしか六道女学院というところで教師をするはずじゃ」

「な、なな、なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!」

「ど、どうしたんじゃ?確かキミが本来それをするはずだったのを交代してこっちにきたんじゃろ?」

「ジ、ジ、ジ、ジークウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ
ウウウ!!!!!己よくも!よくも!よくも!」

(いや、待て、しかし、これは考えようによっては良かったんじゃ。そうだ。向こうじゃ色んな人の目があって教師をし
ても自由にできるはずがない。しかし、こっちではまだ俺のことを知ってる奴はいない)

「ふふふふふ、そうか、ジーク!お前それを知ってて、ジーク!ジークありがとう!!」

「い、いいかの?」

さすがの学園長も引きながら尋ねた。

「あ、はいっす!」

ころころ表情を変える横島を怪しむ学園長。彼のテンポに付いて行くにはいくら学園長でもかなりの慣れが必要だ
った。

「まあそれでの本来であればそれだけで話しはすむことなんじゃ。じゃが、本来、ネギ君がここで教師をすることは
絶対に外してはならんことでの。それを無理にキミと交代させられたせいで、かなりワシも混乱しとる。このままでは
正直困ったことになるかもしれんのじゃ」

「困ったこと?」

「詳しくは言えんのじゃが、『キミもそうなのだ』と菩薩様からは聞いておるが、ネギ君という少年はこちらではとても
重要な人物でな。この世界の魔法使いの才覚は多くの場合、子供に受け継がれる傾向にある。ゆえにネギ君もサ
ウザンド・マスターの息子と言うだけで、かなりの注目を浴びておったのだ。事実彼は向こうの魔法学校では首席で
卒業し、その頭角を10才にして現し始めておった」

「さ、さうざんどますたー?な、何か強そうな名前の人の息子っすね。な、なんかひょっとして、俺が来たのってまず
いんっすか?」

横島がここへ来た理由はひとえに女子『高』の教師をしたかったから、それだけだ。だが、学園長の話を聞く限りど
うもそんなお気楽な目的で来ていいようなものではない雰囲気だ。

「まずいと言うよりも、激まずじゃな」

「は、はは、いや俺はジークって魔族に女子高の教師をしろと言われただけなんっすよ」

「まあ、キミを責めても仕方がないことは分かっておる。ワシもなんとかこの件、断ろうとしたんじゃが、『この件は世
界そのものの命運にも関わる』と言われて断り切れなんだしな。ただ」

学園長はじっと横島の目を見据えた。

「は、はい」

「キミには一つ依頼したい件があるのじゃ。それさえ呑んでもらえれば、ワシとしてもキミを全力でサポートしようと
思っておる」

「それは断ることって……」

「できる。正直キミに言うのも都合のいい話じゃし、キミとの関わりもない。ついでに言えばキミはこれを引き受ける
と、向こうに一年後に無事帰れる保証もない。もしかすると死ぬかもしれん」

一にも二もなく横島は『いやジャー!!』と叫ぼうとした。だが真実を言ってるであろう学園長の目に、覚悟のような
ものが伺えた。迂闊に断ることができないような覚悟が。

「な……内容は?」

横島はゴクリと息を呑んだ。何だろうか。魔神と戦えとでも言うのか。それとも狼王が復活するのか。それとも月に
でも行けというのか。

「教師を続けつつ、この世界における魔法世界というものの中での英雄サウザンド・マスター。ナギ・スプリングフィ
ールド、ネギ君の父親を探してもらいたい」

「ネギ君の、ち、父親を探す?」

「詳しくは言えん。ともかく、こちらから与えられる情報は彼を捜して欲しいということだけじゃ」

「人探しがそんなに危険なんっすか?」

「危険じゃろうな。彼はあらゆる意味で目立ちすぎておる。探せば命の一つや二つでは足るまい」

「う、ううん」

(く、くっそ、ジークのアホが、どおりで顔がさえんと思ったら……。こんな爆弾があったのか。どうする。唯一の協力
者と諍いも起こしたくないし……。しかし、いやだ。絶世の美女とか王女様を探せというなら喜んで探すが、なにが
悲しくて男を命がけで探さねばいかんのだ)

「あ、あの、答えは今すぐ返さなきゃいけませんか?」

あまりの危険な匂いに横島は即答を避けることにした。

「いや、まだしばしの猶予はある。じゃが夏休みまでには返事をもらいたい」

「分かったっす。できるだけ真剣に考えてみます」

「そうか……。まあできるかぎり良い返事を期待しておるよ。――それでキミのことじゃが、うちの3-Aで英語をで
きれば担当してもらいたいんじゃが、英語はできるかの?」

ふっと学園長の雰囲気が急激に和らいだ。
どうやら堅苦しい話は終わりのようだ。

「そ、それはもちろん!不肖横島、美人のためならあらゆる不可能を可能にして見せます!」

ちなみに殆ど学校に通っていない横島の学校の成績は赤点ギリギリである。何度かは文珠を使用したカンニング
で危機を脱しており、少なくとも勉強に関してはバカと言って差し支えない。だが彼は本気だった。女子校の教師に
なれるなら、いかなる博士号であろうととってみせる男であった。

「そうか……なにせキミの年齢が年齢なだけに、18才で教師をさせるというのは少々無理があるのじゃ。表向きの
理由は、15歳でハーバードを卒業した天才と言うことになってるんじゃが、本当にいけるかの? 文珠とかいう霊
能とやらで、なんでもできると聞いておるんじゃが」

「あ、ええ、できます。文珠も万能とはいかないんですけど、知力関係は文珠の文字の込め方でどうにかなるっす。
老師(ハヌマン)さまには使うと堕落するから『暗記』はしない方がいいって言われてるけど、今回は特別ってことで
、教科書丸覚えして、その後『理解』を使えばマジで天才になれます。何せ女子『高』生のためです!!」

「おお、そうか。では問題ないの。うんうん、そうじゃの、なんせ可愛い女子『校』生のためじゃものな」

学園長は可愛い生徒のためという意味で言っており、二人の間で微妙な誤解はあるがこの場で気付くのは無理だ
った。

「それとじゃ、妙な腹の探り合いは少なくともキミとワシの間では避けたいので、お互いに手の内は明かしておきた
いのじゃが、かまわんかね?」

「ええ。でも、俺の方は文珠と異世界から来たこと以外は、そんな大それた秘密はありませんよ。ただ俺が異世界
人であることや、文珠についてだけは学園長だけの胸にとどめておいてほしいですけど」

特に文珠についてはむやみに周りに言いふらさないように美神にも本当にどぎつく言い含められている。精霊石以
上の価値と汎用性を持つ便利すぎる代物だけに、ばれると怖いことも多いのだ。

「それについては心得とる。それでじゃ、この世界にも魔法がある以上、魔法を教えていいものはいる。まあ当然
のことじゃが魔法を使うものには霊能のことがばれても問題はないし、特殊な技能を持ち、こちら側に属するもの
達、まあ忍者などにもばれても問題はない。これがそのリストじゃ」

と言って学園長は引き出しから資料の束を取り出した。

「み、見てもいいんっすか?」

マル秘とそこには大きな判が押されており、横島はゴクリと息を呑んだ。国家機密に関わったことなどもあるが、交
渉はあくまで美神の仕事だ。こういう秘密事項を自分のみ指定で打ち明けられるのは初めての経験だった。

「構わんよ。本来ここに来るはずのネギ君にはこれも秘密だったんじゃが、キミの場合、向こうではもう一人前の霊
能者だったと聞いておる。とすれば修行より、交流に重きを置くべきじゃろう。それにただの名前と顔写真のリスト
で魔法の種類や特殊技能、プライバシーは書いておらんし、その程度のことは知っておいてもらわんと後でかえっ
て問題になるしの(なんせキミは嫌われとるから)」

最後の部分を学園長は自分の心の中でだけ言った。

「はあ、そうですか。じゃあ」

横島は資料を手にとってぱらぱらとめくりだした。
一人だけすでに見たことのある人物がいて、なぜあそこで自分を睨んでいたのかと思うが、その他は全部知らない
大人や子供達だった。
それにしても男はともかく、かなりの美人や美少女揃いである。
思わず食い入るように見つめ、しかし、横島はあることに気づいた。
先程見た明日菜と木乃香という少女の名前がない。
どちらも霊的にかなり特殊に見えたのだが……それともこの世界ではみんな特殊な何かがあるのだろうか。

「これで全部ですよね?」

「うむ。これらのものにはキミが特殊なタイプの魔法使いであると知らせておる。もしよければ交流の意味でもキミ
の霊能の術を教えてやってくれんかの」

「それはいいけど……ここに名前のない人でも特殊な子はいるんっすか?」

「ほお、意外に鋭いことを聞くの」

「あ、いや、ちょっとここに来る途中で、珍しい形態の霊能?みたいなのを持った子と、上位魔族クラスの魔力を持
った子がいたんで気になって。あの二人の名前がないんですけど」

「なんと……それを見ただけで分かるのか?」

「え、ええまあ、GSって、職業上これが欠けてると生き残れませんし」

「ふむ……興味深いの。しかもあの二人にすでに出会っておるのか。神楽坂明日菜に近衛木乃香の二人じゃろ?


「そうです。そうです。たしかそんな名前でした」

「明日菜君についてはちとプライバシーに関わるんで秘させてもらうが、もう一人の木乃香はワシの孫娘じゃ。二人
ともかなり特殊で強力な魔法を使える素質はあるんじゃが、明日菜君は事情があって魔法については何も知らん。
木乃香の方はまあ親の方針での。魔法には関わらせんことにしとるそうだ。ワシは言った方がいいと言うておるん
じゃがな」

「そうっすか(ぬらりひょんの孫か。なるほど、この人もかなり魔力あるし、それであの子も……。半妖かシロみたい
なもんなのか)。じゃあ、ここにある分以外は魔力を感じても黙ってれば、いいんっすね」

横島としても元々おざっぱな性格であり、細かいことまで聞くつもりはない。だいいち、手の内を明かすと言っても全
てが全てオープンではないことぐらいは分かっていた。

「そういうことじゃ。ではあとは、まあ、その、いろいろ辛いことは多いと思うが強く生きるんじゃぞ」

「はあ?」

なんのことかと横島は首を傾げた。




あとがき
ネギの扱いが思っていた以上に難しいです。
麻帆良にいたことにするか否かで、だいぶ悩んだんですが、
居たとすると、いろいろ収集付かなくなる気がしたので、
こんな感じにしました。

あと、GS世界側のネギは書かないつもりでしたが、
思っていた以上にネギの方も見たいという感想があったので、
もしかすると書くかもしれません。




[21643] 麻帆良女子中等部3-A
Name: かいと◆c175b9c0 ID:aa3c987a
Date: 2010/09/04 12:08


「明日菜。なにしてるんえ?」

一方その頃、3-Aの教室では神楽坂明日菜が、手を目の前に突き出し、難しい顔をしていた。目の前には高畑と
書かれた油揚げがあり、それに対して何か念のようなものを送り込んでいるようだ。
それに声をかけたのは木乃香である。

「いや、確かこうやってたなって」

「ああ、今朝の気功とか言うの?」

木乃香は保健室ですぐに目覚め、横島の文珠のおかげもあり、今は元気そうだ。

「うん、あれだけ効果があるんなら、もしかしたらお祈りにも通じるかもしれないもの」

「そんなに、その気功使う人すごかったん?」

「そりゃもう、凄いのなんのって、私の足がかなり腫れてたのに、すうって魔法みたいに引いていったんだよ。木乃
香もしてもらったでしょ?」

「うちは気い失ってたからあんまり覚えてないけど、確かにぽわっとした気はするな。そんなすごいんならいっぺん
ちゃんとおうてみたいな」

「それはダメ」

明日菜は毛嫌いするように手をクロスさせた。

「もうかなりスケベなんだから、いきなり人の胸に顔を埋めてきたのよ。普通なら警察に突き出すところよ!」

明日菜が顔をしかめる。あの行動はやはりかなり減点のようだ。

「でも、その人、大怪我してたんやろ?ふらついたんちゃうかな」

「いや、あれは絶対わざとだった」

「ふうん。――そういえば担任の先生遅いな。今日は新学年のはじめやのに、もう一時間目始まってるえ」

木乃香は言うが、のほほんとしていた。こういう性格の子のようだ。

「あ、そうだった! 私はこんなこと話してる場合じゃないのよ!」

明日菜は慌ててまた手を前に突き出した。口からは『高畑先生らーぶらーぶ』と正気を疑うような呪詛?を唱えて
いた。

「明日菜はほんま、高畑先生ラブやな。祈ってももう結果は出てると思うえ」

木乃香は必死で願う明日菜に若干呆れつつも、教室の扉に目をやった。もっともこの奇妙なお祈りのようなものを
教えたのは木乃香なのだが、意外と無責任である。そのとき、


がらっ。


教室の扉が開いた。

(ああ、ちょっと可哀想やな)

木乃香は思った。そこには、鳴滝姉妹が仕掛けた黒板消しとバケツというお約束の罠がある。高畑先生だとこんな
ものには引っかからないし、他の教師でも新任の先生でもなければ、この程度の罠は無難にやり過ごす。だが扉
を開けた瞬間見慣れない若い教師の顔を見て、それがちょっと間抜けそうだったので、木乃香は可哀想やなと思
った。

だが、その男はその仕掛けを超越した。

「じょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいこおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおせええええええええええええええええええええええええええ!
!」

奇声を発し、普通の教師ならいったん落ちるまで待つ黒板消しを、落ちる前に高速で通り過ぎ、あっさりバケツを蹴
り飛ばすと、向かってくる矢も追い抜き驚くほど素早く教壇に立った。

「やは、俺の名前は横島忠夫18歳、天才少年なので優しく願いします!」

若干言葉のおかしい横島。さわやかに笑顔を作ってできるだけ、かっこよくポーズする。変である。かなり変である
が、この教室にいる生徒も変わっていた。

「「「「「おおおおおお!!すごおおおおい!!」」」」」

感嘆の声が漏れた。誰もが教室に入り込んだ人間とは思えない速度に驚く。その後ろからは背の高い中年教師高
畑が引きつりながら入ってくる。この横島、職員室でも終始この調子で、神鳴流を極めた女教師には斬り飛ばされ
、胸がふくよかすぎる女教師にはいきなり愛の告白をかますと、やりたい放題だった。

(はあ、これは手を焼きそうだ。というか、ネギ君のことで文句言う気満々だった魔法先生方が、固まってなにも言
えなくなってたからな)

高畑は心でごちて、冷や汗を流した。

(おお、これは夢、女子高生に注目され、あまつさえ、これから手取り足取り色んなことを教えてもらえるなんて。あ
りがとうジーク)「ありがとうジークフリード!キミの犠牲は無駄にはしない!!」

「お、落ち着きたまえ横島先生。声が出てるよ。それにキミは担任教師だ。ちゃんと挨拶をしてくれないと困るよ」

元の世界なら誰かが殴り飛ばして正気に戻してくれるのだが、高畑にそれを求めるのは無理があった。

「分かってる!分かってるけど、この俺が女子高生の教師ー!!ああもう死んでもいい、このまま死んでも本望じ
ゃ!」

「死なれると困るんだけどね」

「あの、高畑先生この方は?」

見かねたのか雪広あやかが質問した。

「ああ、このクラスの担任になった横島先生だ」

「えええええええ!!高畑先生じゃないんですか!?」

明日菜が驚愕の声を上げた。

「明日菜。そこを突っ込むかえ……。っていうか、なんか見覚えある人なんやけど……」

校舎前のことをうろ覚えな木乃香が首を傾げた。
明日菜の方は、横島に気づきもせずに机に突っ伏して、白い灰になった。
そして、高畑は嬉しすぎていっちゃてる横島に変わって口を開いた。
横島が『本当のこと』に気づくまでもうしばらくの時が必要なようだ。

「僕じゃないよ。副担任は葛葉先生だしね。それと、彼はハーバード大を飛び級で卒業した天才児でね。特に言語
に関しては古代文字から、あるゆる少数民族のものまで知らない言語はないらしいよ」

本当は横島の付き添いには葛葉という女性教師が付くはずだったのだ。だが、横島があまりにちょっかいを出す
ので、葛葉が付いて行くことを断固拒否し、高畑が変わっていた。

「それは凄い方なのですね。あの、横島先生?」

「先生、先生、先生、なんていい響き。はい、なんでしょうお姉様!」

瞬時に近づきあやかの手を取る。コンマ0,08秒の早業であった。

「だーかーらーいい加減にしたまえ!」

ついに見かねて高畑の拳による突っ込みが入る。横島の顔があやかの机にめり込んだ。

「ああ、この感じ久しぶりだ。だけど、男はいや!」

「はは、なんか面白そうな先生だね」

「三学期からくる予定だった人かな?」

「女子高生が俺の噂を、女子高生が俺の噂をしてる!!」

横島は涙を流した。
彼はもう少し落ち着いた方が良かった。

「横島先生。ふざけるのもほどほどにお願いしますよ。それと年下相手にお姉様というのもどうかと思うよ」

「う、ういっす」

だが、高畑の怒った声に職員室でも散々どつかれまくった横島は、むくりとゾンビのように起き上がり、生徒の度肝
を抜くと、教壇に立った。そして生徒を鼻をふんふん言わせながら見渡したのだ。

「って……?」

ここへ来てようやく横島が首を傾げた。

(……あれ?)

教壇から生徒を見渡す。
どの顔も見渡し、ふと気づく。
横島の女に対するレーダーは驚くほど正確である。
先程職員室で、もうすぐ三十を迎える刀を持つ美人女教師にして、このクラスの副担任でもある葛葉刀子の年を月
単位で言い当て、殺されそうになったほどだ。
そのレーダーが言うのだ。
ここにいるものは殆どが『14歳』だと。
横島のレーダーですら分からない幽霊少女、その他、妙な雰囲気の数名とマリアのようなロボットをのぞけば、間
違いなく全員年下だと。

ちなみに横島はロリコンではない。高三と中三だとロリコンと言うほどでもないかもしれないが、最近成長著しいシ
ロやタマモと見た目がほどんど変わらない少女達となると話は違う。
龍宮真名や那波千鶴などは大人顔負けのスタイルだが、年下のせいか、手を出したら人生の終着駅に一気にゴ
ールしてしまうおキヌや小鳩とダブって見えた。なんだかその二人、怖いのである。

ぎぎぎ、という音を響かせ高畑を見る横島。涙目である。

「あ、あの、ここはどこでせう?」

「あ、あのね。麻帆良学園女子『中等部』だ。まったくなぜこんな子がネギ君の……」

高畑が額に青筋を浮かべて言った。不満でもあるのかぶつぶつ言っている。

「う、嘘だ……」

横島は一歩二歩と下がって黒板に当たる。

「嘘だと言ってくれ……」

「悪いがキミが何を言ってるのか私には計りかねるんだが、取りあえずホームルームをしてもらえないか」

信じたくない、信じたくない。それでは怒れる美神やおキヌ、小竜姫様を振り切ってなんのためにここに来たのだ。
麗しのハーレムはどこにへ行ったのだ。まさか自分に一年間恐ろしく大人っぽい美少女や、小学生のように見える
美少女達とすごせと言うのか。無理だ。そんなことをしたら自分の中で何か大事なものが壊れてしまう。

「こ、こ、こんなこったろうと思ったよお!!!」

3-Aの教室に血の涙を流す横島の絶叫が響いた。





「はあ、まあいいんだ。いいんだ。どうせ俺なんか」

二時限目になり、どこか達観したように、普通であれば喜び乱舞する状況で横島は呟いた。
目の前の3-Aの生徒達には聞こえないように、

「そうだ。こんなうまい話があるはずなかったんだ。どうもジークの様子がおかしいと思った。ああ、帰りたい。早く帰
って触ってもいいボインのあるところに帰りたい。大体なんだあの乳はありえん。あの二人は絶対20才を超えてる
。年齢詐称だetc」

「横島先生、いい加減に進めないと。キミのために二時間目まで潰してるんだよ」

後ろにいた高畑が促す言葉に横島は気付いた。
なんだかんだで、思い通りに事が運ばず、オチが付くのには耐性がある。それにここまで来て愚痴っても始まるま
い。いい加減ちゃんとしないと生徒の横島にどう反応すべきか掴みあぐねた目や、明らかに何名かの敵意の目も
痛い気がした。

(と、特に三人殺されそうな雰囲気の子がいるんだが、何でだ?)

嫌悪と言うより、憎しみすらある目に横島は目を向けた。特に強烈なのが、金髪で小学生と見間違うような幼い少
女だ。というよりも、明らかに人外の匂いがする子だ。

(う、ううん、よく分からんが来て早々恨みを買うことなんてさすがにしてないと思うが)

「えっと、じゃあまず自己紹介はさっきしたから、なんか俺への質問とかあれば受け付けるぞ」

横島が呟くと、我先にと声を出そうとしていた少女達を制して、ツインテールの少女が立ち上がった。

「ああ!!今朝の痴漢!」

と、突然叫んだのは明日菜だった。
高畑が担任ではないことが、横島以上にかなりショックで、今まで逝っちゃっていたのだが、ようやく現実に帰還し
たようだ。

(な、なに、今更か?見逃してくれてたんじゃないのか?)

一方で横島はぎくっとした。名簿で明日菜がいるのには気づいていたのだ。だが、文珠で怪我は治してあげたし、
なんとか痴漢の汚名は返上できたせいで、騒がずにいるのかと思ったのだが、世の中そうは甘くはないようだ。特
に横島に大して世界は厳しいのだ。

「は、はは、や、いや、今朝のは勘違いというか、すまんかった!」

「明日菜君、どうしたんだい。痴漢とは穏やかじゃないね?」

高畑が尋ねてきた。横島はといえば頼み込むように涙目で、明日菜を見つめた。今朝の段階で、木乃香を運んだ
り、怪我を治したりして、許してくれる話になってたはず。という視線を明日菜に必死に訴えた。

「あ、う、いえ、今朝彼女と校門であって、学園長室まで案内してもらっただけで、痴漢では本当にないんです。な、
な!?」

「何々、明日菜知り合い?」

興味を引かれて明石裕奈(あかしゆうな)が尋ねた。肩まで伸ばした髪と割と豊かな胸。クラスのムードメーカー的
少女だ。

「あっと、は、はは、そうそう、知り合いというか、知り合ったばっかりっていうか。なんでもないんです高畑先生。校
門で遅刻しそうだったから、急いでたらぶつかっちゃって」

どうやら明日菜の方も約束を思い出してくれたらしく誤魔化してくれた。

(ありがとう!いい子だ!ちょっと美神さんみたいと思ったけど、とてもいい子だ!)

「明日菜、それってうちを保健室まで運んだいう人?」

「あ、うん、そう」

「そうなんや、先生、今朝はどうもありがとうやえ」

木乃香が立ち上がると横島に丁寧にお辞儀をして礼をいった。

「い、いや、いいんや。はは、俺が当たったようなもんだしな。え、ええ、えっと、そしたら、質問とかあるか?」

とにかく話題を変えたい横島が強引に話を変えた。後ろにいた高畑もどうも痴漢というわけでは本当になさそうな
ので、それ以上の追求は避けた。

(しかし、この二人と早速知り合ってるとは、これも運命かな)

ふと高畑は思う。そして同時に横島に不安も感じる。あまりに破天荒な発言に、普段はお祭り騒ぎばかりをしてい
る3-Aですら、気まずい雰囲気になりかけていた。まあ、今ので少し持ち直したようだが、どうにもこの3-Aでも癖
が強すぎる少年のようだ。学園長からは詮索は不要と言われているが、昔から世話を見てきた明日菜や、この世
界において重要な役割を持つ木乃香に妙な蟲を付けることにならなければいいのだがと思った。

(横島忠夫か……。ネギ君の件で当然のようにエヴァには嫌われてるだろうし、僕が動かなくても彼女が確かめてく
れるとは思うけど)

やはり不安がぬぐえずに、高畑は横島を見ていた。

「はーい、先生恋人はいるんですか!」

まずお約束な質問が、朝倉和美から浴びせられた。
この子もずいぶん大人っぽいスタイルの少女で、高校生といっても誰も疑うことはなさそうだ。そう横島は思い。な
ぜ、後一年後じゃないのかと嘆いていた。

「はあ、見て分かるだろ。そんなありがたいもんがいるわけないだろが」

横島は何事もないように返した。
高畑はハーバードを首席で卒業という話は虚偽であることは学園長から聞いていたが、今は廃れて久しい霊能力
というものを復活させた『天才』という意味では本当だと聞いていた。だから恋人なしは高畑は少し意外に思った。

「ええー、でも、先生ハーバードですよね。しかも飛び級してでしょ?もてまくるんじゃないんですか?」

「……?はーばーど?あ、ああ、まあそうなんだが……」

若干間が開いた横島に、裏設定を忘れていたなと思った高畑ははらはらして、見守っていた。

「ま、まあ、いないこともなかったんだけどな、どうもふられてな。今はおらん」

ルシオラがいなくなって一年、こういうことも自然と言えるようになっていた。
内容は嘘だが、まさか自分のために死んだと、この場で言うのがいかにバカな行為かぐらいは分かっていた。なに
より、自分の子供として生まれてくれるのならという思いもあった。
そして現段階で既に横島は、絶対にルシオラは嫁にはやらんと決めていた。
事実ルシオラの転成した子供は親ばか率100パーセントで育てられ、重度のファザコン娘として育つのだが、それ
はまた別のもっと未来の話である。

「ふーん」

(ちょっとこれは地雷っぽいか……)

それでも寂しそうな横島の雰囲気に朝倉は敏感に気付いた。

「じゃあ、ハーバードからここに来たのはどうしてですか?」

それはクラスも興味があったのかざわつきだした。ハーバードを飛び級で卒業する天才。大学部の講師ならともか
く中等部の講師というには肩書きが大きすぎるのだ。

「へ?あ、ああ、なんでだろな」

がくっと後ろで高畑がこけそうになる。高畑も横島がこの手の質問に対しての準備ぐらいしてると思っていた。

「いや、私に聞かれても」

聞いた朝倉がまたなんか間違ったことを聞いたかと、額に汗を垂らした。

(女子高生に興味があったというか。すごく興味が……いや、さすがにこの理由はまずい…)

慌てて横島は高畑に助けを求めるように見た。

「あ、あのね……僕が理由を知るわけがないでしょう」

若干の頭痛を覚えて、高畑が口を開いた。

「は、はは、そ、そうっすね。あんと、色々と事情が複雑でな。い、い言えんのだ!」

「怪しいな。まさか向こうで問題でも起こして逃げてきたとか?」

朝倉はネタの匂いを敏感に感じて尋ねた。

「朝倉さん。失礼ですよ。問題を起こすような方が教師になれるはずがないですわ」

そこに金髪の雪広あやかが言った。お嬢様然とした少女で、この子もあと一年も年をとっていればと横島に思わせ
た。横島も18歳なので、そこまで拘らなくても良さそうなものだが、どうもこの男はストライクゾーン以前に、年下に
はガッツかなところがあるのだ。

「まあそうだね。じゃあ」

朝倉も確かに問題を起こすような人物が教師をできるとも思えない。次の質問をしようとして、そこに小さな少女二
人が割り込んだ。

「ずるいよ朝倉ばっかり、先生、じゃあ、好きなものは?」

横島は確か双子の姉、鳴滝風香だと思い出した。

「女」

「嫌いなものものは?」

続いて妹の史伽が尋ねた。

「美形の男ともてる男は敵じゃ!」

「はは、先生、正直すぎだよ」

だが、受けたのか、クラスに笑いが起こる。それを皮切りに次々と質問が飛び交い、横島は質問に答える。趣味は
「ナンパと下着泥……」、渾名は「煩悩魔……」、好みの女性のタイプは「ボインの姉……」、将来の夢は「東京ドー
ムで乳尻太股にもみくちゃに……」全て言い切る前になんとか踏みとどまったが、二時限目終了のチャイムを聞く
頃には、横島が「エロ魔神」だとクラスの共通認識とした。

(本当に大丈夫なんでしょうね学園長)

高畑が後ろで横島以上に焦っていたが、なぜかクラスは盛り上がって騒がしい。そのことが余計に高畑を焦らせた
。そのことには気付かずに横島が口を開いた。

「ああ、それと最後に俺も高畑先生に聞いたところだが、春休み中に、『吸血鬼』騒ぎが起きてるのは、みんな俺よ
り知ってると思うが、しばらく夜間は外出禁止だそうだから、くれぐれも守ってくれ」

「「「「「はーい」」」」」

こうして横島の3-Aでの日々が始まりを告げた。




「まったく、ひやひやさせないでくれよ」

高畑が肩をすくめた。
ひやひやどころではなかったが、それを新任早々の横島に問い詰める気にもなれない。なにより高畑も横島という
人物を掴みあぐねていた。安全な人物なら霊能も見せてみてもらいたいのだが、そう判断するのも早計に思えた。

「はは、すんません」

「まあ下手に説明するより、秘密のことに関しては言えないにしたのは正解だけどね」

「ああ、ええ、以前の上司にも『あんたは嘘が下手だから、どうしても本当のことが言えないときはそうしろ』って言
われてたんっす。ところで高畑先生、吸血鬼って、マジッすか?」

横島は高畑が魔法関係者だと思い尋ねた。職員会議で議題にされていたのだが、ここ最近吸血鬼と名乗るものに
生徒が襲われているらしく、被害者が既に三人も出てるというのだ。
横島がマジかと聞いたのはもちろん本物かどうかという意味だ。ただの騙りで吸血鬼などというのは、横島が元い
た世界でもかなりいた。

「ああ、本当だ。自称ではなく本物だね」

「はあ、ここではそういうのはどうしてるんっすか?」

「まあ、大抵僕とかの魔法先生が解決するね。でも横島君は、学園長になにも依頼されてないなら気にしなくていい
よ。この件は僕が任されてるからね」

「はあ、そうっすか」

「それに確かキミは……」

言いかけて高畑は口をつぐんだ。

「うん?」

「いや、別に」

基本的に横島も面倒ごとは嫌いである。だから関わらなくていいというなら、関わらないのが、横島の主義だ。

「そうっすか。と、それより!」

職員室へと入り、席に着くと、しずな先生がお茶を置いてくれた。早速嫌われそうなことをしたのだが、18歳の横島
の行動にさすがに目くじらを立てて怒っているわけではないようだった。

「どうでしたか授業は?初日だとA組は大変ではありませんでした?」

「あ、ありがとうございます。いやあ、意外といい子達でしたよ。俺なんかの言うことも結構聞いてくれてましたし」

「まあ年が近いしね。本当にうまくいってたんじゃないかな」

高畑が口添えして、トイレにでも行くのか出ていった。

「それはよかったですね」

「はい。ああ、しずな先生が入れたお茶は格別に美味いっす」

「ふふ、ありがとうございます」

若い横島に褒められて、満更でもないのかしずなが微笑んだ。

「横島先生。机の上に教員用の教科書置いといたんで、目を通しておいてくださいよ」

といったのは横の席の瀬流彦先生だった。
なかなかの男前で、横島とは教員の中でも年が近い部類に入る。

「はい。ありがとうございまっす」

さすがの横島も男前と言うだけでは反応しなかった。
まあ最初見たときは取りあえず藁人形を討つぐらいはしたが。
ともかく、横島は教科書を手に取りぱらぱらとページをめくった。元の世界と英語のレベルも単語も同じようだ。だ
が、さっぱりとは行かないまでも、要所要所で知らない単語や文法があり、読めない英文があった。

(ああ、こりゃダメだ。美神さんとこで働き出してから勉強なんてほとんどしてないしな。先生やる以上教科書が分か
らんのは困るな。しかもなんか凄まじい天才にされてるんだよな。他の教科も中3レベルは完璧にした方がいいん
だろなあ。後は、めぼしい国の言語と、古代文字を丸暗記して……できるだけ文珠は無駄遣いしたくないから、教
科書揃えて一気に覚えた方がいいか……なんか考えるだけで頭が痛くなってくるな。ジークのやろう、帰ったら覚え
とけよ)

これで教師陣に美人が少なければ、この場でジークを呪い殺すところだが、しずなやシャクーティや、特に副担任
の葛葉が良かった。なんというか、かなり年上になるが、葛葉はかなり横島のツボにはまる女性だった。美神の影
響かあるのか性格のきつそうな年上美人が好きなのだ。

「瀬流彦先生、えっと、他の教科も一応暗記したいんっすけど、教科書他のもありますか?」

「暗記?覚えちゃうのかい?」

「ええ、まあ」

「はは、それはすごいね。まあそういうことは葛葉先生に聞くといいよ」

「え……」

同じクラスを担当することもあり、瀬流彦と反対側の隣に座る葛葉を見る。絶対零度のような目を横島は向けられ
た。

「なにか?」

「さ、さきのことは、か、堪忍や!葛葉先生があんまり美人なんで、つい、テンションあがりすぎて理性が飛んでしま
って、悪気はないんだ!」

「横島先生は美人を見ると年齢を言うんですか。もしそうなら死んだ方がいいと思います」

葛葉はすました顔でしずなが入れたのか、お茶をすする。一方、瀬流彦もしずなも関わってはいけないと席を立ち
、職員室に入ろうとした新田も帰ってきた高畑もUターンする。いつの間にかその周囲に結界でも張られたような空
間が生まれた。

「い、いや、そういうわけじゃなくて、とてもそうは見えないほど美人で若いという意味で……」

「お世辞は結構。自覚はあります。年のこと教えたのは学園長ですか」

「とんでもない。美女の年齢は自然に分かってしまうんです」

いつもなら失敗する横島の口説き文句である。少なくともこの言葉は、以前の世界ではとことんミスしていた。でも
本来横島は言葉だけならそれほどハズレではない。だが横島の行動がそれについて行かないのだ。

「だから、お世辞はいいと言ってる。きゃっ!」

「ああ、しかしあんたものごっつ美人だ!もういっそ、この熱いベーゼでこの罪を償わせてください!」

葛葉もそれ程ベタ褒めされると悪い気はしないと思い始めたところで、見事なルパンダイブをしようとする横島。不
意を突かれて胸に手が触れ、その瞬間、刀がひらめいた。
吹き上がる血しぶきを見て、まあ彼なら大丈夫だろうと早くも思われてるのはさすがであった。

「二度とこういう真似ができないようにして差し上げましょうか?」

葛葉はガッと横島の頭を踏みつけた。

「や、やってから言わんでください。あの、教員教科書はどこにあるんでしょう。美人のお姉様」

「三階の資料室です。教員用ですから鍵は忘れないでください」

「あ、案内を」

「お断りします」

カチンッと刀を収めて、葛葉は席に座り直した。

「いやあ、勇者だな横島君」

感心する瀬流彦の横にはガンドルフィーニがいた。

「しかし、下手に手を出すと葛葉先生は逆の意味で危ないぞ。大体なんなんだあの下品な行動は。あれがネギ君
のかわり、冗談も大概にしてほしいな」

「はは、まあまあ。学園長の決定だし、仕方ありませんよ。それに彼は女性教師全員に声かけてるから、さすがに
葛葉先生も勘違いしないでしょ。18歳と3」

「なにか?」

「「いえ!」」

かなり離れた距離で話していた二人に目を向ける葛葉。二人が慌てて目をそらした。
床には血みどろの横島がいたが、助けるものはいなかった。






あとがき
横島が年下の少女に対したとき、ルパンダイブをするかと考えたんですが、
されると収集着きません(汗
魔法先生方の対応はもっと厳しくするかどうかも考えたんですが、
やると長くなるし、学園長がかなり自制を促しということでひとまずこの程度に。
まあエヴァとかはそれですまないでしょう。

あとルシオラの扱いも苦慮したんですが、本編終了から一年経つので、
気になるけど、それなりに整理していることにしました。
本編でもルシオラのことを引き摺ってるのはアシュタロス編まででしたしね。

最後に感想で、関西弁が気になるという意見があったので、
GSを確認したところ、たしかに標準語を横島はほとんど使っているので、
今回は気をつけてみました。まだ気になるようならご指摘下さい。
いけるようなら1話と2話も修正しようかと思います。











[21643] 住まいの文句は学園長宛です。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:aa3c987a
Date: 2010/09/05 10:58

そのころ3-Aの教室では机の上で白い灰になった明日菜がいた。その口からは「高畑先生、高畑先生……」と呪
詛のように声が漏れてくる。願いを込めた高畑先生と書かれた油揚げは、机に放置され、どこか哀愁が漂ってい
た。

「ああ、明日菜が燃え尽きてしもたえ」

理由を知る木乃香はそんな明日菜の様子におろおろしながら声をかけた。

「って、木乃香、このおまじない全然効かないじゃない!おまけに高畑先生どころか、あんな変態を呼び寄せるとは
どういうことよー!」

明日菜が胸ぐらをもって木乃香を激しく揺さぶった。

「い、いや、そう言われても。そ、それに、これから担任になる先生に変態はまずいと思うえ」

「変態で充分よ!大体いきなり女の子の胸に飛び込むなんて、非常識過ぎよ!」

「お、落ち着いて明日菜。で、でも不思議やな、空から落ちてきて大怪我おっててんやろ?せやのに直ぐに治って、
胸に飛び込むわ、怪我は簡単に治すわって……あ、CGやろか?」

「CGじゃないと思うけど、気功の話はしたでしょ。本当に手元がぽおって光ってたよ」

「おお、ヨーダや」

「それはフォースでしょ」

「どっちも似てへんの?」

「違うでしょ。フォースは本当にCGだけど、あの変態先生の気功は本当に私の怪我を治してたよ」

「おお、CGちゃうんや。凄いえ。うちもいっぺん見たいな」

木乃香が呟きながら目がキラキラと輝いた。明日菜はこの友人が占いやオカルト系統のことになると見境なくなる
ことを思い出して、表情を歪めた。

「変に興味示さない方がいいって木乃香。いきなり中学生の胸に飛び込む変態教師よ。きっと小さいころから勉強
しすぎて頭がおかしくなってるのよ」

アスナはハーバードの話しを信じているようだ。
のちに明日菜は思う。あの時自分が横島とぶつかってなければ、木乃香に気功のことなんて話さなければ、自分
はこれから起こる不思議に巻き込まれずにすんだのだろうか。
いや、多分無理だろう。横島がこの世界に来たとき自分は、そして、木乃香ももう不思議な非常識に飲み込まれて
いく運命だったのだ。






「ああ、死ぬかと思った。葛葉先生の斬撃は美神さんを彷彿させるな。ちょ、ちょっと、目覚めそうだ。それに、葛葉
先生以外にも美人な先生ばっかりじゃないか。中学生の教師は不満だが、上手くすれば、美神さんがいない間に、
結構良い思いができるかもしれんな……。それに死にかけたけど一瞬乳にも触れたし、後悔はない。ああ、美神さ
んの巨乳もいいが、葛葉先生の大人になっても育たんかった微乳も触る瞬間の恥じらいを感じていいな」

横島が浮かれてにまにましていると後ろから声がかかった。

「横島先生!」

「ちょっと木乃香。私はいいって」

「あかんって、それに私も気功とか興味あるし」

呼ばれて横島が振り向くと、そこには明日菜と木乃香がいた。

「えっと明日菜……いや、神楽坂と近衛だっけか?」

さすがにいきなり名前で呼ぶのも変に感じて、横島が言い直した。

「正解や、もうクラスの子の名前覚えたん?」

「いや、これからひっくるめて覚えるところやが、二人は美人だからな」

横島は頭をかいた。

「嬉しいこと言うてくれるえ」

木乃香は喜ぶが、明日菜の目がジト目になる。
絶対に下心があるという目だ。

(お、思いっきり嫌われてるな。――しっかし、他のクラスはもうちょっとレベルの落ちる子もいるってのに、なんで俺
のクラスはこんな美人揃いなんだ。嬉しいんだが理性が、理性がやばい。それにしても、83…か)

「胸、また見てません?」

明日菜が疑わしそうに眼を細めた。横島は慌てて目を逸らした。

「み、見てない。見てないぞ!――あ、二人とももうすぐ授業だろ。俺は資料室に用があるから。では!」

しゅたっと手を挙げると横島はさっさと去ろうとした。

「資料室?何しに行くん?」

明日菜とは対照的に興味津々に木乃香が聞いてきた。

「ほ、ほっとこうよ。木乃香!」

「あ、ああ、別にやましいことじゃないぞ。ちょっと明日からの授業前に中学英語の予習をしてしまおうと思ってな。
お、そうだ。木乃香ちゃん言語関係の資料や古代文字とかの資料がある場所も知らんか」

「それやったら図書館島や、あそこやったら、資料室に行かんでも本という本全部あるえ」

「島?そこに教員用の教科書も?」

「多分あると思うえ。うちは図書館探検部やし、なんやったら放課後案内しよか?」

「ちょ、ちょっと、木乃香!」

「……探検部?」

横島が首を傾げた。図書館が島だの探検部だのとはなんのことだろうか。どうやらかなり大きな学園のようだし、
図書館も大きいという意味だろうか。横島は勝手に解釈し、今日は三年の初日で学級委員長などの当番を決めれ
ば、あとの授業がない。教科書は放課後でも十分間に合うかと思った。それに文珠が四つもいるのだ。資料室に
は古代文献などはなさそうだし、木乃香の言う図書館島に行く方がいいかと思われた。

「分かった。じゃあ、頼めるか」

「ええよ。明日菜も行くえ?」

「も、もう勝手に決めるんだから、付いて行かないわよ」

「そう?ほなら、うちが一人で案内するえ」

「だ、ダメ!それはダメでしょ!」

「じゃあ明日菜も一緒にいこ」

木乃香がまったく悪気のない目を明日菜にむけた。

「ううう。ああもう、分かった。付いて行けばいいんでしょ。付いて行けば!」

明日菜は友達思いで、いきなり胸に飛び込むような変態と木乃香を二人きりにはできないと思った。

「そ、そうか、すまんな神楽坂」

「いえ、先生は関係ないけど、木乃香のためですから!」

横島が遠慮して言うと明日菜は頬を膨らませた。

(な、なにも、全力で言わなくても)

「あ、それと先生。気功ってすごいんや」

「へ?あ、ああ、気功ね。そ、そうだな」

横島は学園長やジークの言葉を思い出した。

(信じやすい子で助かった。なんというか、ここの魔法使いや神様はもっと神聖な感じのようやしな。って、なんか二
人の視線が死ぬほど痛いんだが)

思いながら明日菜と、そして影に隠れたサイドポニーに生徒、たしか桜咲刹那(さくらざきせつな)という少女の視線
に横島は泣きそうになるのだった。





「凄いです。もう覚えたですか」

次々において行かれる本に目を丸くする綾瀬夕映(あやせゆえ)。その横には図書館メンバーの早乙女ハルナと、
宮崎のどかがいた。目の前には膨大な資料が積まれ、それを見ただけで目を回した明日菜と、なぜか面白そうな
木乃香がいた。そして、座席に座った横島は驚くほどの速度で本をめくっていた。

明日菜と木乃香に案内されて図書館島にやってきた横島は、ひとしきりその規模の大きさと非常識な構造に驚くと
、見学もそこそこに図書館島で資料を集めていた。そこに夕映、ハルナ、のどかの三人がいて、資料集めに協力し
てもらい。めぼしいものを取り揃えていたのだ。
三人に協力が得られたのは横島にとり幸運だった。明日菜は資料集めに一切役立たず、木乃香も横島の必要と
する本が多くて困っており、三人が加わり横島の注文通りの本をピンポイントで揃えてくれていた。

「ねえねえ、覚えてるか質問してもいいですか。先生!」

期待に満ちた目でハルナが尋ねてきた。

「ダメ」

なにせ今は文珠を四つ同時制御していた。『暗記』『理解』異なる特性を同時に制御するのは至難の業である。今
の横島のおそらく最大級の力である。もっとも使う力の特性からいって、大きな霊力はいらない代わりに持続時間
が長い。しかし精神力はかなりいる。こういったことが嫌いな横島は気を散らした瞬間、制御を誤りかねない。持続
時間はおそらく一時間ほど。その間に本のページをとにかくめくって見てしまう必要があった。

「ええ、いいじゃないですか!」

「ハルナ。先生の邪魔しちゃダメだよ」

「そうです」

遠慮がちにのどかが言って夕映が続く。

「ええ、いいじゃん。見てるだけじゃつまんないし。あ、そうだ。先生この本どうかな」

「うん?」

何気なくハルナに渡された本を読む横島。そこには、

「ぶはっ!な、なんじゃこれ!」

男と男が絡み合う、いわゆる同人誌があった。

「って、しまっ」

その瞬間集中が途切れる。
ポケットに忍ばせた文珠が消滅していく。

「ああ、くっ、早乙女……」

ジト目で横島はハルナを見た。

「はは、お嫌い?」

「当たり前だ!女と女ならともかく男同士なんぞ見ても気色が悪いだけだろうが!」

「ううん、残念。面白いと思うんだけどな」

残念そうにハルナは肩をすくめた。なにげに横島のストライクゾーンの体型を持つハルナが隣に座ってのぞき込む
。非常に危険な行為だが、まだ3-Aで横島に警戒心があるのは明日菜だけだった。

(触りたい。触りたい。すごく触りたい。いや、落ち着け横島忠夫!一年間犯罪者と交流を深める気か!)

「冗談が過ぎるですよハルナ」

「はいはい」

「しかし、先生さすがハーバードやな。明日菜やないけど私も見てるだけで目が回りそうやわ」

生返事をするハルナに木乃香が苦笑していった。

「あ、ああ、まあな」

(文珠のストックあといくつだ。重要な奴から先に覚えとけばよかったな)

肝心の教員用の教科書を後回しにして、覚えるのがいつでもいい古代文字を優先してしまった。なぜか夕映が強く
薦めるのでそうしたが、普通にしても文珠が十二個はいるほど本の量がある。とはいえ、この程度でハルナに本気
で怒るわけにもいかない。

「早乙女、次は邪魔しちゃダメだからな」

先に念を押しておく横島。文珠のストックはまだあるが、同時に四つも消費するのは痛い。この世界にまだどのよう
な危険があるのかも知らない横島としては、切り札となる文珠はできるだけ置いておきたかった。ともかく明日から
は英語の授業があるのだ。教科書すら理解していないなど話にもならない。

「分かってまーす」

ハルナはにこにこして頷く。他の面々も横島の反応が面白いし、ハルナのする悪戯など罪のない程度のものでし
かないので、言葉では呆れていても、見許す気満々である。
そのことに気づいていない横島だけが今度はまず英語の教科書から手に取る。この他にも辞書の丸覚えと、代表
的な英字の小説などを10冊覚えてしまうつもりだった。言語のスペシャリストにされてるのだから専門書を100冊
は覚えたいところだ。それでも足りないくらいだが、今は広く浅く覚えるしかあるまいと思っていた。

「ねえ先生」

つんつんとハルナが横島の腕をつついた。さすがにそれぐらいでは横島ももう集中を解いたりしない。だが美少女
達に囲まれた状況で元々理性の危ない横島としてはこれ以上されるのはまずかった。

「触るな早乙女、邪魔するんじゃない」

言いながらも横島はなんとか冷静でいようと、

(シロだと思え、シロだと思え。この子はシロだ!)

つぶやき、速読のペースでまず英語の教科書を丸暗記してしまう。だが先生として教科書を覚えたぐらいでは不足
だ。せめて応用問題ぐらいは出せるようにと次は英語の和訳辞書をとる。これと代表的な問題集10冊ほど読めば
、一応は安心レベルだ。我が能力ながら、文珠ってなんでもありだなと思う横島。

(それにしても横で美少女が俺の腕をつんつんするとは、幸せだな!決してロリコンではないが無茶苦茶嬉しい。
ああ、だが、シロ以上に手を出してはいけない相手、自制しろ自制するんだ!でも、事故を装って少しぐらい!)

「でも、なんで今頃こんな教科書急いで読んでるんですか?」

尋ねながら早乙女はだんだん近付いてくる。息がかかりそうな距離で辞書をのぞき込んだ。

「げ、げ、現代語は正直専行してなくてななな。ここ代文字が俺の専門で、はうっ」

ピトっと早乙女の胸が腕に触れた。
マシュマロのような感覚の中にも若さ特有の張りがある。シロでさんざん慣らされてなければ鼻血を吹き出すほど、
強烈な感覚だ。

「ハ、ハルナ、襲われるわよ!」

「ええ、大丈夫だよ。ねえ先生。これぐらい平気でしょ」

悪のりしてハルナがさらに押しつけてきた。横島のデッドゾーンギリギリの行為だ。

(理性が! 理性が! 耐えろ俺! この幸せに耐えろ!)

「はは、ま、まあな。ガキ相手に本気になる俺じゃないぜ」

「あ、ひどーい」

「うん、今のは酷いな」

ハルナが目を潤ませる。木乃香が続き、どないせいとゆうのだと横島は血の涙を流しつつ、手を激しく震わせてペ
ージをめくった。

「……はあはあはあ」

しかし、だんだん呼吸が妖しい人になってきていた。本当なら10冊は読めるのに、まだ一冊目が終わらない。

(も、文珠が!文珠がこの子の乳を『暗』『記』させ『理』『解』させる!87のDカップだと!?妊娠したらお乳が良く
出る!?いらん!そんな情報はいらん!ピーが埋没してるけど興奮するとすごいことになる!?ななななんだと、
それは是非確認せねば!?)

横島の精神もギリギリだった。ハルナのように胸こそ押しつけないが、面白がった木乃香も参加したので、かなり
危うかった。葛葉やしずなが同じことをしていたら一秒と持たなかっただろう。

「ブッハアアアアアアアアアアア!!」

しかし、スタイルで言えば14歳の少女とはいえ大人な子に押しつけられて長く持つわけがなかった。耳に息を吹き
かけられて、ついに鼻血をぶちまける横島は、そのまま机に突っ伏した。

「キャー血が!血が!」

驚くハルナ。まさか本当に漫画のように血を噴きだす男がいるとは思いもしなかった。

そして、一瞬後に回復するとは夢にも思わなかった。

「ああ、死ぬかと思った」

(((((な、なぜ、平気!?)))))

全員が共通して驚いた。

(や、やばかった。マジでやばかった。一度でも襲えば首になりかねんからな。早く帰ってこのことを思い出して、ピ
ーしないと、って違う。思い出すのは今朝の葛葉先生の胸だ!こいつらは全員危険人物と思え!)

「ハルナはもうそこからどくです。次は私の番です」

今度は夕映が言った。

「ええ、夕映の胸じゃ無理だと思うよ」

「ち、違うです。この淫魔。古代文字で読めないのを聞きたいだけです」

真っ赤になった夕映が反論する。手には先程横島に薦めていた古代文献があった。

「先生いいですか?」

夕映は疲れた様子の横島に遠慮がちに聞いた。
横島はホッとした。この子ならたとえ当たっても無我の境地を保てそうだ。

「ああ、いいよ。本選びのお礼もあるしな。あと、残りは借りていいか?」

(ここでもっと読みたい!乳をもっと味わいたい!しかし、しかし、襲ったら、襲ったら刑務所で一年etc)

「あ、はいです。じゃあ先に貸し出しカード作るですから、ちょっと待っててほしいです」

夕映は慌ててカウンターに走っていく。

「あ、夕映、私も手伝うよ」

それにのどかが続いた。

「ええ子やなあ。それに比べて」横島はハルナに目を向けた。「なんちゅうけしからんおっぱいや」

「はは、でも先生デレデレでしたよ」

「ほんまや」

ハルナと木乃香が言った。明日菜は横島の暗記速度を見て目を回した上に、自分に対しても自信をなくしたのか
いまだに燃え尽きていた。

「違う!あれは違うんだ!年上のお姉さんならともかく14歳に反応するわけないだろ!」

血を吐くように横島は言った。シロで耐性を着けてなければ、もういっそ襲っていたと思うがそれは内緒である。

「でも、気持ちはよかったでしょ?」

「それはもちろんだ!あの大人の女とは違うふくよかな中にも感じさせる張りが!」

「ロリコン」

ハルナが言った。

「うん、ロリコンや」

木乃香が続く。

「ち、違う!少年の純な欲望というものをだ!」

横島が必死で否定する。図書館内で非常に迷惑な奴らである。
白い目をむけられるが黙る様子もなく、そうして、ハルナと木乃香が横島で遊んでいると夕映とのどかが帰ってき
た。

「これが貸し出しカードです。えっと、貸し出す本はもう書いといたです。本当は五冊以上は貸し出し禁止ですけど、
貸出日ずらして誤魔化しておいたですよ」

「ああ、ありがと、夕映ちゃんはほんまいい子だな。それで読めん古代文字って?」

「あ、はい、これです。論文とかも当たったですけど有力なのが見つからなかったです」

そういって夕映は一冊の古書をひろげた。

「ああ、これはやな。母音が十二個もあって子音が少ないんや。それでここにあるラクダの絵文字と砂漠の下にあ
る文字がオアシスで、だからそこから読み解くといいんや、そんでな」

文珠の力で全て分かる横島がなめらかに答えた。こういう古代文献は一冊一冊が手書きで、そこに残された筆記
者の思念が伝わるため、最近の活版印刷よりも文珠を使う横島には分かりやすかったのだ。

「はあ、でも論文は十三個と書いてたです。あ、でも、だから読めなかったですか?」

「そうだな。多分この文字が同じなのに別と考えてしまったんだ」

「じゃあこの綴りはどうなるですか?」

「ここは、このシルヴァという言葉がヒントになってる」

「うわ、発音まで分かるですか?」

「いいかい夕映ちゃん。論文も大事だが、それを読むとき筆跡者の心を感じとるんだ。どんな時に何をしながらどん
な気持ちで書いたのか。涙の滲みや血の痕、草の香り、流れ出る気。筆跡者の癖。総合的に判断すれば、それが
たとえ暗号文でも一読すれば読むことは可能だ」

「なるほど……難しいです。どうやったら先生みたいになれるです?」

すっかり夕映は横島に感じ入り、尊敬の眼差しを向けた。

「ま、まあ、俺の読み方は特殊だから、あんまり参考にはならんと思うけどな」

「うぅ、そうですね。ちょっとレベルが高すぎるかもです」

「あ、あんまり気にしなくてもいいって。また分からなきゃいつでも聞いてくれれば答えるからさ」

「本当ですか?」

夕映は期待に満ちた目を向けた。

「ああ、でも、ちと忙しいから頼むときはできるだけ纏めてな。あと、できるだけ自分でも考えんとな」

こう言っておかないと聞かれる度に文珠を使わなければならなくなる。だが夕映は激しく好意的な意味で受け止め
た。

「はい。自分でもしっかり考えるです!」

「む、難しすぎるよ木乃香。私ってバカなのかな。バカなのかな」

灰になりかけていた明日菜が起き上がって、木乃香に縋り付いた。

「ははは、安心して明日菜。私もさっぱりや。さすがハーバードや」

「本当に凄いですね先生は」

「きっと、こういう人って頭の作りからして違うんだよ。もう超や葉加瀬と同系統なんだよ」

明日菜はともかく、木乃香やのどか、先程までからかっていたハルナにまで褒められ、居心地が悪くなる。横島な
ら文珠の力でどこまででも賢くなれるし、この文珠を元々使う神である文殊菩薩は『智慧』の菩薩である。文珠は知
恵を遙かにしのぐ概念である智慧から来るものだけに横島がその気になれば、にわか仕込みの天才以上になれ
るのだが、本人にその意志は欠片もなかったから居心地の悪さも余計だ。

「さ、さて、んじゃ帰るか。明日菜ちゃんと木乃香ちゃん、遅なって悪かったけどお礼代わりによかったらお昼ごちそ
うするぞ」

「え、本当に!?やった。もうお腹ペコペコだよ」

明日菜が勢いよく立ち上がり木乃香が続いた。

「ええ、いいなあ。私たちも手伝いましたよ」

「そうですそうです。差別はよくないです」

のどかは遠慮して言えないようだが、ハルナと夕映が抗議した。これからまだ本を指定の場所に戻したり、横島の
持ち帰る本を纏めたりもせねばいけないのだ。そんな横島が断れるはずもなかった。

「きゅ、給料日前できついんだが……。まあしゃないな」

「大丈夫。三人ともあんまり食べませんから、ね」

「はい。むしろ明日菜さんが問題です」

「よーし、食べるぞー!」

何もしてなかったのに一番気合いの入っている明日菜。横島はそれを見て、今月はやばそうだと思うのだった。





食事が済み横島の財布から綺麗さっぱりお札が消え、給料日まで袋ラーメンでしのごうと画策していた。横には帰
り道が同じなのか、先程と同じ少女達が居て、夕映にしきりに質問され、木乃香にも気に入られたのかにこにこ横
を歩いていた。それにしてもどこまで一緒なのか、横島と五人はいっこうに別れることなく歩いていた。

「へえ、麻帆良女子中は全寮制なんか」

「うん、せやで。うちと明日菜は同じ部屋や」

「私はのどかとユエと同じで……って、先生、この先もう女子寮しかないよ?」

分かれ道を通り過ぎたところで、ハルナが突っ込んだ。目の前にはなかなか立派な作りの建物が見えた。横島は
それを見て近右衛門に用意してもらったはずの部屋の地図を見る。大浴場付きの建物とある。共同浴場ならあま
り立派なものではなく、依然すんでたアパートと同クラスかと思ったが、どうもおかしい。地図がその女子寮を指して
いた。

「お、おい、あのじじい……」

たらりと横島の額に冷や汗が流れる。これが高等部の女子寮なら泣いて喜ぶところだが、かなりいやな汗が次か
ら次へと流れ出る。

「あ、これ、うちらの部屋や」

横島の地図をのぞき込み木乃香がこともなげに言った。

「「「「え、ええええええええええええええええええええええええええええ!?」」」」

他四人の声が見事にハモった。










あとがき
横島の住む場所って、テントか女子寮の管理人室とかがセオリーですよね(汗












[21643] 桜咲刹那の想い
Name: かいと◆c175b9c0 ID:aa3c987a
Date: 2010/09/11 07:05

「が、学園長!木乃香ちゃん達と同じ部屋ってどういうことだ!」

嬉しい、嬉しい、凄く嬉しい。だがここで喜んだら男横島のアイデンティティーが崩壊してしまう。木乃香の学園長の
直通番号を教えてもらい、横島は猛烈に叫んだ。

『そんな怒鳴らんでもええじゃろ。元々ネギ君に住んでもらうつもりだったんじゃが、急に変更になって部屋も用意で
きんかったんじゃ。それに上からのお達しでの。変更せんように言われとるんじゃ。菩薩様がみてれぅという奴じゃ』

「訳わかんないこと言うな!14歳と同室って児ポ法舐めてんのか!自分の孫を大事にしろ!」

『ギ、ギリギリの発言はいかんぞ横島先生。それにワシも考えてのことじゃ。まあ二人のボディガードも含めとる。あ
の二人が特殊であるのは言ったはずじゃ』

「アホか!それにしてももうちょっと別の方法が!せめて管理人とか!」

『それができればワシも苦労せんのじゃよ。ネギ君と同じに扱わねば親和性が計れないとか、まったく、ブチブチブ
チブチと説教を垂れられて、この年でさらに目上に諭されるとは思わんかったわい』

学園長がぼそりと電話越しに言った。

「え?」

『とにかくワシはもう疲れてるんじゃよ。その件を今日だけで何人の先生方に説明したと思うんじゃ。ワシが悪いわ
けではないと言うに。キミとて男なら木乃香ほどの美少女と一緒に住めて喜ばんかい。さてはホモかの』

「い、い、いや、違う!断じて違うが理性が全然自信ないぞ!」

『ああ、それと女生徒に手を出したら首じゃから。さらに、しかるべきところに突き出されるぞ。それと勝手に別の場
所に住むのも禁止じゃぞ。まあ木乃香の場合のみ、手をだしたらこちらで骨を埋めてもらうがの』

「なっ、が、学園長!それは、こんな状況でいくらなんでも殺生だ!!」

『学園長!どういうことです!』

『が、ガンドルフィーニ先生!?』

本気とも嘘ともつかない言葉を残して学園長との通話が強引に途切れた。

「き、切りやがった」

「どうやった?」

木乃香に心配そうに言われ、横島は乾いた笑いを浮かべる。

「いや、なんだかよく分からんけど……。二人のボディーガードの意味もあるらしくてだな。別の場所に住むのも禁
止だとか」

「そうなん?」

「反対反対反対!私の貞操はどうなるのよ!いくら学園長先生の言葉でもこれは聞けないわ!」

「そ、そら、そうだな……」

(あのジジイ。俺の煩悩を舐めてるのか!くっそ、この状況で襲うなって。襲う自信の方があるぞ!)

「ですが学園長先生が決めたこととなると、うちのお父様でも覆せませんわ」

騒ぎを聞きつけてあやかまでが出てくる。こうなると横島としてもいたたまれない。この相手が女子高生ならどんな
視線を向けられようと、強攻して同室になろうとするところだが、いくらなんでも中学生はまずい。おキヌや小鳩の
例からいっても、年下には困らせるようなことや年上や同年代に見せる強引なことができない性格なのだ。

「でも、私は絶対いやよ!」

「困りましたね。ああ、では、私の部屋なら別室がありますし、とりあえず横島先生にはそこで休んでもらえばどうで
しょう。千鶴さんと夏美さんには私から事情を話しますわ」

自分の部屋を私費で大幅改装しているあやかが言った。お嬢様で我が儘そうに見えるがポツンッと女の中に放り
込まれたまだ高校生の男を見ると、同情心がわいたようだ。

「それがうちのお祖父ちゃん勝手に別の場所に住むのも禁止やて」

「そうなのですか。本当にそれは困りましたね」

「あ、いい、いい、こういうのは慣れてるから。他の先生にでも明日頼んで今日は適当に学校ででも寝るから」

「それは無理や思うえ。うちのおじいちゃん言い出したら聞かんとこあるから。それに無茶に見えてもいつもなんか
考えあってゆうてるし、他の先生も住ませてくれん思うえ」

木乃香が言った。確かに神様なんて、この世界にとってはレアな存在に言われたのでは、学園長も簡単に覆さな
いだろう。だからといってここに住むわけにも行かない。

(いや、住みたい。住みたい思いはあるのだが!)

横島は明日菜の顔を見る。半泣きで必死である。14歳の少女と思うと、とても強引に住む気にはなれなかった。

「いや、大丈夫。向こうではもっと凄いことたくさん経験してるしな。もしダメならその辺でテントでも張るから」

そう言って横島は外へと出ようとする。

「うんうん、ご飯は差し入れるから先生ガンバ」

明日菜が激しく頷いた。

「あ、明日菜。先生風邪ひいてまうよ。足治してもろてんやろ」

「で、でも、木乃香。横島先生18だよ」

普通なら付き合ってもおかしくない年齢同士だ。同室なのは明日菜も本当に困る。まだ二部屋に別れた部屋ならと
もかく、一部屋では余計である。だが、横島がいた世界はともかく横島に厳しい仕様だったが、この世界では他の
女子は横島を普通の人間と見ている。いくらなんでもこれから一年もの間野宿させるのは非情に思われた。

「明日菜さん。わたくしあなたがそれほど薄情だとは思いませんでしたわ。可哀想とは思わないのですか。いくらご
自分がいやでも18歳の殿方に外で一年も野宿などできるわけがないでしょう!」

「な、なんで、私が悪者なのよ!」

「明日菜さん。私からもお願いするです。明日菜さんの部屋じゃないと先生、首になるかもしれないです」

「うんうん。うちのおじいちゃんならやりかねんな」

夕映の言葉に、木乃香が頷く。何より、なんだかんだで祖父である学園長のことを木乃香は信用していたし、それ
が一緒に住ませようというなら疑う気はないようだ。

「ちょっと木乃香……」

今度は明日菜が情けない顔になる。

「鬼ですわね明日菜さん」

「な、どこが鬼よ!」

言いながらも、明日菜もとぼとぼと来た道を戻り、重そうに本を運ぶ横島を見ると可哀想にはなってきた。

「はあ、もう、横島先生!」

横島が振り向く。思ったより、落ち込んだ様子はなく平気そうだ。この男は女に邪険にされるなど慣れてるし、その
辺で野宿など朝飯前の生活能力を有しているのだから当たり前だ。

「そ、その、本当は凄くいやだけど、うちの部屋に来てください」

「あ、愛の告白か?いや、さすがに教師と生徒はまず――」

「ち、違います。ここままじゃ私が悪者なんです!とりあえず、とりあえずだけど今日のところはいいですから!」

明日菜が叫んだ、だが、

「お、お待ちください!」

そこに言葉を発したのはどこから出てきたのか桜咲刹那だった。

刹那は思い出していた。学園長に呼び出されて行われた会話を。
それによれば横島は相当な実力者らしく明日菜や木乃香の護衛の意味もあるということだった。それを聞いて、当
初は御嬢様の安全のためならと割り切ろうとしていたが、横島の教室での態度や図書館島での行動など、いい加
減、堪忍袋の緒が切れかけていた。

「桜咲さん?」

「せっちゃん……どうしたん?」

「あ、い、いえ……」

つい勢いで声をだしてしまい刹那は狼狽した。

「その、よ、横島先生!」

刹那はきっと殺意のある目で横島を見た。

「な、なんだ?」

横島もその目にたじろいだ。

「学園長に聞いたのですが、あなたは相当な実力者らしいですね!」

「あ、え?いや、それほどでもないぞ」

横島は、自信なさげに答えた。

いつの間にか騒ぎを聞きつけて3-Aの面々がわらわらと出てきていた。

「どうしたの?どうしたの?」

「いや、何か横島先生ここに下宿するらしいよ」

「ええ、マジ?それってまずくないの?」

「なんか明日菜と木乃香のおもり役なんだって」

「ほえー、何か二人って狙われてるの?あ、ひょっとして桜通りの吸血鬼?」

「せ、先生、ところで今日は古文書について是非私の部屋で語り明かすです!」

「ちょっと夕映。私が居るんだから迂闊に部屋に呼ぶな!」

「ハルナはエロエロなので今更です。私とのどかは私の見たところ横島先生にとって守備範囲外のようなので問題
ないです。それより大事なのは古文書です!」

「え、ええ、困るよ。落ち着いて夕映」

(いや、もっと他に言うことあるだろ!)

3-Aの数少ない常識人である長谷川千雨(はせがわちさめ)が唯一心中で突っ込み、他の面々は住むこと自体に
は納得しているようだ。というか自分たちの部屋ではないので所詮は他人事ではあるし、横島の本当の危険性を
完全に認識しているものがまだいないのだ。しかし、刹那は違った。

「その実力の程を見たいのです。確かにあなたはハーバードを飛び級で卒業した天才かもしれませんが、お、お嬢
さまのお守りをするのに武術なりを習得しているのですか?」

(おいおい)

龍宮真名(たつみやまな)はそれを後ろに下がって見ていて、冷や汗を流した。
刹那と同じく魔法生徒である彼女は、学園長の今回の決定を事前に聞いていた。それを聞いて倫理的におかしい
とは思うが、よほどの理由があると見えたので、追求する気はなかった。
しかし刹那はそうはいかないだろうと思っていたが、このやり方は穏やかじゃない。
自分はてっきり、人気のない場所で横島の実力を試す程度だと思ったが、衆人観衆の前でこんなことを本気です
れば下手をすれば魔法がばれる可能性がある。
もしそんなことになれば刹那の学園長に対する評価も著しく下げかねない。
彼女は分かってしているのだろうか。

(あんなに血が頭に上ってそうなのに、手加減できるのか。神鳴流の技を使うなよ)

「えっと、武術なんて真面目に学んだことはないんだが」

横島は死線を幾度も超えてきたが、間違っても真面目に修行する男ではなかった。

「話しになりません。たとえば暴漢にお嬢さまが襲われたら、蹴散らせるんですか?」

「え、え、ううん、どうだろ。まあ一緒に逃げるぐらいは出来ると思うぞ」

なにせ逃げ足だけはゴキブリ並である。逃げるだけなら魔族のメドーサどころか魔神のアシュタロスからも逃げた
男である。それだけは自信があった。しかし、それは刹那を余計に怒らせた。

「それでどうして木乃香お嬢さまのお守りとして一緒に住む必要があるんですか!」

「さ、さあ、いや、俺に聞かれてもだな」

横島とて一緒に住むこと自体初耳なのだ。
刹那は怒ったように詰め寄ってくるが、困っているのは自分も同じだ。
横島から見れば、子供に、しかもその境界が一番曖昧な頃の少女たちと同棲など、拷問に近い。
成長の早い女子なら中学三年ともなれば体だけは大人な子が多く、特にこの3-Aはその傾向が顕著だ。
特に問題は明日菜だ。
同室になる彼女のボディは大人とも子供とも言える境目だ。
いや、横島の女性に関してよく効く目で判断すると彼女の胸はCカップである。
もう大人と言ってもいいかもしれない。明日菜と同室で手をだすな、だしてはいけないなどと洒落になっていない。

「なるほど。では横島先生も乗り気ではないということですか」

「いや、まあ、しかし、まあ二人がいいって言ってくれるなら一年も野宿もな」

まだ4月である。野宿をするには厳しい季節だ。

「あ、私は別にそれでもいいと思うな」

明日菜が必死に横やりを入れた。

「ではこういうのはどうでしょう」

なのに無視して刹那は木刀を持ち出し、横島は反射的に後ずさった。この男、さまざまな苦難を越えてはいるが、
いまだに荒事には苦手意識があった。

「なんだ?」

「私と木刀で立ち合ってください。あなたが負ければ、お守りの価値なしとしてあなたが引き下がって野宿する。でも
勝てばその価値はあるとして、ここに住むことに私も異論はありません。御嬢様それなら良いですか?」

「う、うん、まあ野宿は可哀想やし……ええよ」

「横島先生も構いませんね」

「お、おう、いや、まあそれぐらいはいいが、そんな条件でいいのか?」

刹那は横島から見れば、一四歳の女の子だ。それなりに強うそうではあるが、この子に勝ててお守りの価値など
認められるとは思えなかった。とはいえこれから一年テント生活か、女子生徒と同棲生活のどちらかと言われて、
テント生活を選ぶ横島でもない。禁欲は苦しいが、やはりそこは煩悩に従いたいのが、横島の二律背反した悲しい
ところだ。

(あ、あれ?なんか私、当事者なのにスルーされてない?)

(おいおい、誰か神楽坂の言い分も聞いてやれよ)

明日菜が首を傾げ、千雨は思うが、刹那は木乃香以外をアウト・オブ・眼中過ぎた。

「ふん、まあそうですね。私はか弱い女の子ですし、では先生は素手と言うことでどうです」

「ああ、まあ、素手は正直苦手だが、それぐらいのハンディは必要だろうな」

「ほう、これは面白そうでござるな」

長瀬楓(ながせかえで)が口を開き、横には龍宮真名(たつみやまな)もいた。

「真名、あの先生。強いでござるか?」

「多分ね。あの学園長が仮にも近衛の護衛につけてきたんだから」

だが、そのことも考慮して刹那は万が一も起こりえないようにとしたハンデだろうと真名は思った。
横島の動きはどうも素人に見えると真名も思っていたが、学園長もまさか本当の素人を護衛にはしないだろう。
だが素手で木刀を持つ刹那に勝つのは真名や楓でも無理だ。
無手が主な高畑級の強さがいる。

(しかし素手は苦手か……。本来のスタイルをできれば見たかったな)

学園長は横島が違和感なく溶け込めるように、昨今のこの世界では希少な霊能力の使い手というのを魔法生徒に
も教えていた。真名は基本的に金銭は関わらないことに興味はないが、霊能というのを一度は見てみたいと思って
いた。ちなみに3-Aの魔法生徒に楓は入っていない。それ相応の実力はあるが、魔法が使えるわけではないた
めだ。

「しかし、女の子を殴るのはどうもな」

知らない横島は安易に考えてしまう。
仮にも武神であるハヌマンに文珠を教わるとき手合わせをしたことがある彼だ。
正直、刹那を軽く見ていた。
刹那の方も横島を過小評価しているが、彼女の場合、意地でもこの場は勝つという思いがあるので横島とは覚悟
が違う。加えて、横島の頑丈さは一番最初、急に明日菜と木乃香の頭上に猛スピードで落下してきたときに見てい
た。

(少々、本気を出しても死にはしないはず)

「では先生」

「おう」

横島と刹那が広間で睨み合う。クラスメートにしても刹那はせいぜい剣道の強い女子程度の認識だ。この場にいな
い古菲(クーフェイ)ならば派手に学園内でも男子生徒の喧嘩を買ったりしているので、充分その強さが認識されて
いるが、刹那ならば護衛という任務に就く男性教師の実力を見るのには丁度いいぐらいの思いだ。

そこにあやかが言った

「言っておきますが先生、ここで頑張らないと、女性に負けるようでは、さすがにここに住む許可を出せませんわよ」

「刹那さん。私の貞操のためにも勝ってー!というか私今日だけって言ったよね!?ね!?」

「う、うち、どっち応援したらええんや」

面倒見の良いあやかは本当に横島を心配してもいて、鼓舞する。明日菜は横島と住むのがいやで刹那の応援を
。木乃香はテント生活は忍びないが、刹那が相手となると横島の応援もできない。他のクラスメートが好き勝手に
応援する中試合は始まりの合図もなく始まった。

「行けー桜咲さん!」
「でも、古ならともかく珍しいよね。桜咲さんがこういうことの矢面に立つなんて」
「先生、外でテントになったら慰めてあげるよー」

「マジか!?」

最後のハルナが言った言葉に思わず横島はそっちを見てしまう。
同時に文珠で『暗記』し『理解』した胸が脳内で完全再現され横島は鼻血を噴きだした。

「では行きます!」

ドンッと刹那が床を蹴り、瞬時に横島の懐に潜り込んだ。刹那は横島が油断している一瞬で完璧に勝負を決める
つもりだ。それなりに本気で、肋骨程度は折れるかもしれないが、木乃香の安全のためならそれぐらいは我慢して
もらうつもりだ。後で詫びるぐらいはしようと思い、ほとんど全力で木刀を振り抜いた。

「『斬岩剣(ざんがんけん)!』」

それを見て真名が目を瞬いた。あの剣の速度はまずい。

「バカ、殺す気か刹那!」

普通の人間なら胴が輪切りになりかねない振り抜きに、焦って真名が叫ぶ。

(な、何!?この子、いつの間に懐に、美神さん並に速いぞ!)

どう考えても刹那は加減を間違えている。全力で振り抜いた木刀は横島の腹を捉えて、横島が吹き飛んだ。遅れ
て広間にドゴンッと衝撃音が響く。油断していた横島はまともに受けてしまい生徒の休憩用のテーブルやソファーを
はね飛ばし、壁に叩きつけられ、壁が崩れた。

「え、ええ、ちょ、ちょっと桜咲さんやり過ぎでしょ!」

「そ、そうやえ、せっちゃん!」

そのあまりの威力に明日菜と木乃香が声を上げ、クラスメートも呆然とした。

「これは勝負です。油断して喰らう方が悪い。横島先生、勝負ありましたね。私の一本勝ちです」

刹那は手応えもばっちりだった。完全に横島の腹を捉えて斬り裂いた。
しかし、刹那も多少動揺していた。まさかここまでまともに食らうとは思ってなかったのだ。肋骨ぐらいですんでいれ
ばいいのだが、とクラスメートが呆然とするなか刹那は歩み寄った。

「大丈夫ですか?」

「(くっ、さ、早乙女の乳がまだ当たってる感じがする)って、いや、いっつつ、な、何でこんなに桜咲が強いんだ。美
神さんにしばかれるぐらい威力あったぞ。って、あ!何!ひょっとして今ので負けか?」

と意外にも平気そうに横島が立ち上がった。

「うわ、生きてる。生きてるよ先生!」

「すごーい、今のなに?人が吹き飛んだよ」

(バ、バカな、かなり本気で斬りつけたはずなのに)

刹那は横島が頑丈であろうとは思ったが、あまりにも平気そうに立ち上がることに戦慄した。それと同時に一気に
勝負を決めにかかった自分の行動は正しかったと思った。本気になればこの男は本当に強いことがこのことから
理解できた。

「と、とにかく負けは負けです。横島先生、悪いですがあなたのように弱い人間は御嬢様の」

「お待ちになってください。それはおかしいです」

しかし、そこにあやかが割り込んだ。

「委員長、なんですか。今見たとおり私の一本勝ちです」

「いいえ、それはおかしいと言っているのです」

「あらあら、あやか。先生が気に入ったの?」

「千鶴さん。茶々を入れないでくださいまし」

刹那があやかを見つめ、那波千鶴(なはちづる)が面白そうにし、あやかは冷静に返した。

「桜咲さん。あなたの勝ちということですが、私の見たところそれは違うでしょう?」

「どうしてです。剣道のルールなら今のは確実に一本です」

「いいえ、そんなルールを一体いつどこで誰が決めたのです。誰も決めてませんわ。第一剣道は確か三本勝負の
はず。それに、桜咲さんはどちらかが勝てばいいと言っただけですわ。なら、勝負はどちらかが再起不能になるか
、ある種の勝利条件を先に決めなければフェアーとは言えません。第一、横島先生の方もまだまだ余裕な様子。
今のを受けて平気な人が弱いと決めるのも早計でしょう」

「うんうん、まあ確かにそうだよね。正直、死んだかと思ったよ」

あやかの言葉に明日菜が思わず頷いた。クラスもどうもその意見に肯定的な雰囲気だ。

「って、は、でも、桜咲さんの言う通り一本は一本だと私も思う!」

「お、俺の負けじゃないのか?」

「ええ、そうです」

「ごめん、さっきのなし、ちょっと、いいんちょ!聞いてー!」

(おいおい、バカレッドが言ってるんだから聞いてやれよ)

千雨だけが呆れつつも突っ込む。でも反対したいならあそこで感心してはいけないのに、やはり明日菜はバカレッ
ドだと思った。

「で、ですが、これが実戦なら」

「諦めろ刹那。焦ってルールも決めずに始めたお前が悪い。第一、実戦なら、今ので決まったと確信していたお前
も反撃を受けていたところだ。もう一度、立ち会って一本取った方が勝ちとするか、横島先生の打撃を喰らったら
負けと今度はルールを決めればいいだろう」

真名にも言われ、刹那は立場が悪くなる。
ちなみに明日菜はみんなが無視するので、隅の方で、いじけていた。

(く、迂闊)

刹那は唇を噛んだ。木乃香を見ると心配そうにどちらにも目を向けていた。刹那もこれでは勝利だと言えない状況
だ。それに横島の実力を見るために試合をしているのだ。誰も認めていない勝利ではそもそも意味がないことだ。

「で、では、不本意ですが仕方ありませんね。もう一本手合わせしましょう」

刹那はもう一度木刀を構えた。次は変な物言いが付かないように横島も構えるのを待った。

「では私が審判を務めましょう」

あやかが物言いをつけた手前、前に出てきた。

「いいですか。桜咲さん。あなたは剣道で言うところの一本を取れば勝利です。横島先生は桜咲さんに有効打を一
撃でも浴びせれば勝利とします。良いですね」

「分かった」
「分かりました」

「では、始め!」

あやかの声とともに二人の気が膨れた。横島も本気で霊気を纏い、通常の人には不可視のその未知の力で、刹
那を威圧する。それを感じたこともない威圧感。それを感じて刹那はたじろいだ。








あとがき
刹那ってGS世界だとどれぐらい強いんでしょうね。
さすがに美神に勝てるとは思えないし、ピートや雪乃丞にも圧倒される気がします。
それで禍刀羅守(カトラス)は日本最高の修行上に出てくる二番目の強敵。
刹那は神鳴流の剣士でも、飛び抜けて今のところ強いわけではないと考えると、
これでも強すぎかとちょっと思ったんですが(魔法世界に入ってからは別です)、
GS世界は美神が最強と言うより、神様や魔族連中の方が強そうだなと思ったので、
そう考えると悪魔をダース単位で倒せるナギが居るネギまの世界は人間で言うと
強さの分があると判断して刹那は禍刀羅守級と言うことにしました。





[21643] 中学生はロリコンじゃない。と決まりました。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:aa3c987a
Date: 2010/09/07 17:24

(やはりかなりの実力者か。慌てずにルールさえ決めておけば確実に先程ので勝てたのに)

刹那は経験したことのない霊圧を当てられ、ひるみ、悔いたがこうなっては油断していない横島にも勝つしかない。
不意打ちではない一撃を浴びせるために刹那は横島の隙をうかがった。

(こ、困った。まさか魔法生徒とは聞いたが、ここまでとは)

横島も実のところ攻めあぐねていた。
おそらく刹那の今の実力は禍刀羅守(カトラス)ほどだと思う。
文珠を使えれば、いや栄光の手(ハンズオブグローリー)でも使えれば勝てるだろう。
しかし、衆人観衆の前で、それは無理だ。
となると横島も攻撃方法が乏しい。奇策を使えればいいが、これは自分の実力を図っているのであって、勝つこと
だけが全てではない。
刹那の行為が勝利と認めてもらえなかったことがいい証拠だ。しかし、実践で実力を付けてきて、正規の訓練など
ちゃんと受けたことがなく、奇策や卑怯なんでもありの世界で生きてきたのだ。
普通に真正面からやり合うなんてしたことがない。それで自分が勝てるのかには、自分でも疑問である。

(ともかく勝つしかない)

でなければ一年もテント生活だ。
ちらっと明日菜を見る。もうこうなっては仕方ないと開き直って、声よ嗄れよとばかりに刹那の応援をしている。

(すまんな明日菜ちゃん。嫌がる気持ちは分かるが、ここまで来たら正直に言う。テントなんかいやじゃ!美少女と
一緒の方がいいに決まってるだろうが!乳尻太股がある生活とテントなんぞ比べられるか!)

横島は思い、そうすると明日菜の裸や木乃香の裸、他の発育の良い生徒の裸が次々に浮かび上がってくる。煩悩
を霊力の源とする横島は飛躍的に強さを増していった。

(な、なんだ!急に、また圧迫感が増した!それに体が発光してる!?)

刹那が横島から邪悪な波動のようなものを感じて一歩下がった。

「行くぞ!」

今度は横島から動いた。緒戦で見せた刹那のように一気に距離を詰める。ここで激しく、サイキック猫騙しをしたい
衝動に駆られたが、すれば、先程の刹那のように勝ちとは認めてくれないだろうと踏みとどまり、多少は覚えのあ
る拳を放つ。それを刹那はかろうじてかわすが戦慄した。

(なんだ。速い上に重い。オマケに型に則った動きじゃない。それになにか、圧迫感に妙な肌寒さがある。学園長
の言われていた霊力というものか?)

刹那は戦いの最中だというのに、横島の煩悩をぶつけられ落ち着かない気分に襲われ戸惑う。
オマケに横島の動きはおかしかった。そこから拳をだすと綺麗に決まらない。武道経験があれば絶対やらない大
きなモーションで、それでいて異様に鋭く攻撃をしてくる。このタイミングなら蹴りかと思えば体勢も整ってないのに
頭突き、頭突きと思えば、しゃがんで自分でこけそうになりながら足払い。刹那は戸惑い。それを飛んでかわした。

(お、おかしい!こんな動きで私が振り回されるなんて!)

しかも、飛んでかわしたことで、体が宙に浮いた。

(この体勢、まずい!)

「桜咲!俺の幸せのために許せ!」

避けた刹那に裏拳が飛ぶ。刹那は木刀で受けるが、衝撃波が響き、受けた手が痺れた。

「ほお、あの御仁、どうやら素手でも刹那より強いでござるな。それになんというか感じたこともない肌寒い気?を感
じるでござる」

楓が言った。数手見ただけだが、明らかに刹那が守勢だ。

「ああ、刹那も本気を出してはいないようだが、それ以上にあっちも本気を出していない様子だな。表情も弛んでい
て余裕が見える。しかし、惜しいな。どうせならその能力も見たかったのだが」

「能力?」

真名が言い。楓が聞き返した。

「いや、なんでもない。それにしてもトリッキーだな。本能で動くタイプか?あんなでたらめさで、よくあそこまでのレベ
ルになったものだ。ああいうのは刹那は苦手だぞ。どうする?」

「く、負けられないんです!」

刹那は回り込んで、木刀を打ち下ろす。しかし、そこに横島のよく腰の乗った突きが木刀の上から入る。刹那は後
方に飛ばされ、かろうじて壁際で踏みとどまった。しかし、こすった足下から煙がくすぶった。しかし、刹那もそこか
らは負けてなかった。木刀を中段に構え5連撃。横島は冷や汗を垂らしながら必死で避けた。

(くっ、やっぱり結構強いぞ。栄光の手があれば。というか、この子は俺に一年テントで生活しろと言うのか)

「死ね!」

「さ、桜咲!怪我はさせんようにするが、俺のために負けてくれ!一年テント生活と美少女の明日菜ちゃんと可愛
い木乃香ちゃんと同室を!じゃない、たとえ俺が教師でもテントは可哀想と思うだろ!」

「断ります!というか明日菜さんだけならともかく、絶対に負けられません!」

だが、刹那はそれでも斬りかかってくる。霊の変則攻撃や神出鬼没さ、それに加えて美神の鞭攻撃になれてる横
島としては刹那の攻撃をそれでもギリギリでかわしていく。

「なぜです!なぜこんな変な動きで避けられるんですか!」

「わ、た、た!桜咲、ここは年上に譲れ!」

「なら、避けないで下さい!」

「アホか、負けるだろうが!」

霊能や戦いに携わって2年ほどの横島だが、本人は気付いてないが、天才なのである。自分に自覚がないのが悲
しいが、小竜姫には才能だけなら、日本最高のGS美神を超えると言われたのは伊達ではなかった。

「ならば、神鳴流奥義・『斬空閃(ざんくうせん)』!」

それは曲線状に『気』を放ついわゆる飛び道具だ。しかし、横島はあろう事か、それを素手で、いなした。実際は霊
気の盾を手に纏ったのだが、それを理解できるものがいなかった。

「お、おいおい?お、落ち着け桜咲、今のはいかんぞ!?」

「なにがですか!」

(な、なんだ。魔法はオコジョだろ?)

横島は刹那の気による技を魔法と勘違いして慌てて、小声で尋ねた。まあ気による技も本来秘密なので横島の危
惧は正しかった。

「あとでなんとでも誤魔化します!」

「お、おい、桜咲!落ち着け!」

「なら、当たればいいでしょう!『百花繚乱(ひゃっかりょうらん)』!」

刹那が無茶を言い、直線上に気が飛び、目をくらますように花びらのように気が飛び散って迫る。さすがに防ぎき
れずに横島の服が破けた。それでも木刀から放たれるのでは威力が低い。それに刹那は一本だろうとあやかを見
るが、あやかが首を振った。どうも飛び道具のように受け止められて、一本と見なせないというようだ。

「うぐ、そ、そんな必死に斬りかかるな!そんなに俺が嫌いか!」

「大嫌いです!」

「くっ、や、やっぱり女はみんないけ面がいいのか!べ、別に悔しくなんてないからな!」

刹那に迷わず言われて半泣きになりながら横島が言った。

「死ぬほど悔しそうだな」

「で、ござるな。しかし、そろそろ決まりそうでござる」

「もらった!」

刹那が油断したと見た横島相手に懐に飛び込む。
しかし、その木刀の手元が素手でつかまれ引き寄せられた。
バランスを崩し、刹那が床に倒れる。

(なに!?)

そのすぐあと、横島の手刀が刹那の頭を捉えた。
その威力に刹那が目を閉じる。裏の世界などに関わってきただけに横島のその手刀に未知の力、霊力がたっぷり
纏っているのが分かったのだ。痛烈な衝撃が来るかと思われた。だが、意外にもそれは軽かった。ぽんっと刹那
の頭に手が乗せられた。横島が寸前で手刀を止めたのだ。

「そこまで、桜咲さんの負けですわ」

「くっ」

刹那はうなだれた。有効打を喰らったわけではなくても文句のつけようのない負け方だ。自分の秘密も関わらずに
やれば、もう少しいい勝負になるはずだが、それは横島とて同じだった。

「え、えっと大丈夫か?」

横島は心配そうに覗き込んだ。

「うぐっ」

悔しさに涙目で刹那が横島を見てきた。

「え、え、いや、て、手加減はちゃんとしたぞ!?け、決して明日菜ちゃん達と住みたいからって本気で殴ったわけ
じゃないからな!」

「わ、私は認めません!あなたを認めませんから!」

「すすーごーい、二人とも!」

一気にギャラリーがわいた。横島も凄いが刃先から衝撃波を飛ばした刹那にもクラスメートは驚いていた。

「はいはいみなさん。驚くのは後です。ともかくみなさんもこれで、横島先生がここに住むのに異論はありませんね」

「「「「はーい」」」」

あやかの言葉に全員が一斉に答えた。それを聞くと刹那は余計に落ち込んだ。これでは自分が横島のここにいる
理由を強化したようなものだ。

「まあ順当なところか」

「そうでござるな。刹那はちと焦りすぎでござる。もう少し冷静になれば、あの先生、かなり女相手で遠慮しているの
が分かったはず。そこをつけば勝機もあったでござるのに」

「さてね」

楓の言葉に真名は目を細めた。

「ではこれから横島先生の歓迎会を開きたいと思いますが、どうでしょう」

「「「「賛成!!」」」」

「ちょ、ちょっといいんちょ、私はまだ納得が!」

「明日菜さん。横島先生はあなたの護衛も兼ねるんでしょう?」

「そ、そんなの私知らないわよ!」

「どうせ明日菜さんはヤクザを殴って狙われてるんですから自業自得ですわ」

「誰がそんなことするか!」

明日菜があやかと言い合いになり、クラスメートは横島や刹那に駆け寄った。

「せっちゃん大丈夫?」
「先生ひどーい」
「泣かした!」

いまだうなだれる刹那に木乃香が声をかけた。

「お、御嬢様、だ、大丈夫です。あの、私はこれで」

だが刹那は慌てて逃げ出すように走り出す。

「はは桜咲さん。相変わらずにゃー」

「せっちゃん」

そんな刹那を木乃香は悲しげに見つめていた。






(な、なんだ、この美味しすぎる状況は?ちょっと待て。木乃香ちゃんは責任さえとれば襲っていいのか……。って、
違う!違うんだ!そんなことちょっとも思ってないんだ!というより、あのジジイ、ほんまに何を考えてるんだ!?俺
という人間を舐めてるのか!理性が、俺の理性が!)

「ちょ、ちょっと木乃香!先生の前で下着出さないでよ。横島先生向こう向く!」

「は、はい!」

ぱっと視線をそらす横島。あの後お祭り好きの3-Aはさんざんどんちゃん騒ぎをして、結局なし崩しで、明日菜と
木乃香の部屋に横島はいた(夕映も着いてこようとしたがハルナとのどかに連行された)。

横島は14歳の少女の匂いをかぐだけで頭がくらくらした。これから一年自分はここで過ごすのだ。しかも予想外に
も明日菜以上に木乃香が危険だ。どうもこの美少女、自分の魅力に気付いてないのかやたらと無防備なのだ。無
い乳ではあるが、警戒心の強い明日菜より、これは手強いことだ。

「先生もお風呂一緒にはいるん?」

「ぜひっ、いや、それはまずい!」

「木乃香、冗談は止めて。先生は全員入り終わってからですよ!」

「はい!」

(び、美少女の残り湯。落ち着け横島忠夫、ここで暴走すれば全てが水泡ときすぞ!この美味しい状況を最大限に
活用する方法が!)

「あと、委員長があの場にいなかった他の子にも横島先生が住む件を申し渡してくれるそうですから。えっと、心配
は要りませんよ」

明日菜が若干照れて言う。明日菜も横島と刹那の試合で少しは横島を見直したようだ。しかもこれで勉強も超天
才となれば、ちょっと黒い少女なら襲われて既成事実を作れるなら、その方がいいと思えるほどの優良物件である
。まあ明日菜もそこまでは気を許していないが、ともかく横島はそこらの男というわけではなさそうだ。

(でも頭が良くて、強くて、なんで護衛で、しかも中学の教師なんてしてるんだろ?)

明日菜はいまだに、蟠りも残しつつ、下着や着替えを手に持った。女同士なら大浴場まで下着で行くこともあるぐら
いだが、横島がいてはそれも無理だ。

「そ、そそそうか。すまんな二人とも、もう一回学園長には言ってみるからな!」

(ああ、美味しい!凄く美味しい!何この部屋に満ちてる美少女のミルキイな匂いは!って、ああ、理性が!理性
が!『覗』の一文字で全部の美少女は俺のもの!いや、『気』『配』『消』『滅』で一緒に入るのか!?いかん!いか
んぞ横島忠夫、こんな良い子達の期待を裏切っては!)

でも横島はそんな明日菜の期待を裏切るように自分の煩悩と激しく戦っていた。

「もういいですよ」

「は?あ、ああ、そうか」

言いながら横島が振り向く。すると木乃香は下着姿で、明日菜がクマさんプリントの下着を持っていた。

「こっちを向けって意味じゃありませんから!」

ぼくっと明日菜の拳が顔面にめり込んだ。

「す、すんません」

「学園長のことです!着任早々じゃ、ここのトップに文句言いにくいでしょ」

「は、はい、ナイス拳だ」

横島は床に倒れ伏した。






「うっ、うっ」

「な、なに、泣いてるんですか、もう!」

風呂上がり、横島は部屋の隅で悲嘆に暮れていた。

「なんでも、うっかり途中で誰か入ってくるお約束イベントもなく、お風呂描写さえカットされて悲しいらしいで。10才
と18才やとみんなの警戒心が全然違うんやそうや」

「木乃香ギリギリの発言しない。というか女の子と同じ部屋になれて、まだ足りないんですか!」

「それはそれ、これはこれやえ。やっぱりイベントはちゃんとこなさんと」

なぜか横島の心を木乃香が代弁した。

「そんなイベント知りません!もう、私寝ますからね!」

「え?ま、まだ8時だけど、もう寝るのか?明日菜ちゃんが良い子?」

まだこれからきゃいきゃい言い合う美少女との楽しいイベントが残されているはずだった横島が、残念そうに明日
菜を見た。だんだん境界線が分からなくなってきているのだが、深くは誰も突っ込まなかった。

「な、なんか引っかかる言い方ですね」

「明日菜は新聞配達のバイトしてんねん。それで早寝早起きの健康少女なんやえ」

「へえ、それはまた偉いんだな。俺なんか中3の頃はかなり適当に生きてたぞ」

「そう思うんなら、寝るからあんまり騒がないでくださいね」

「うーす。電気はいいのか?」

照明をつけたままで寝られるのかという意味で横島は尋ねた。

「ああ、それは平気です。バカみたいに騒がないんならちょっとぐらいは会話もいいです。じゃあ、木乃香寝るわね」

「はーい。お休み明日菜」

「お休み。先生も」

「あ、ああ、お休み」

そう言ってからすぐに明日菜の寝息が聞こえてきた。本当に寝付きがいいようで、多少騒いでも大丈夫なようだっ
た。木乃香はテーブルを挟んで正面に座り、ラフな姿をしており、横島は胸に目がいかないように気をつけるつもり
で、どうしてもその辺を見てしまった。

(ブ、ブラを着けてないせいで、ポッチが、無い乳でもポッチが見えてる!)

「先生はどうしはる?お話やったら付き合うえ」

「こ、ここ木乃香ちゃんは何時頃寝るんだ?」

「10時ぐらいやな。明日菜が早いから、なんやうちも寝るのは早くなってるんよ。テレビはあんまり見いひんし」

「じゃあ俺も昼間の本さっさと読んで、今日は寝るかな」

居候の身としては肩身が狭く、横島は少女二人と合わせようと伸びをした。
この状況なら昼間の図書館よりは集中して読書ができるだろう。美少女と同室とはいえ、木乃香は良い子なので
ハルナのようなこともあるまい。今なら一気に読めそうだと思い、横島は昼間少女達が纏めてくれた本を開くと文珠
を発動させた。

(しかし俺がこんな恵まれた状況でいいんだろうか。木乃香ちゃんは良い子だし、明日菜ちゃんもなんだかんだで
悪い子じゃなさそうだし)

思いながら横島は本に意識を集中させていく。
凄まじい速度で本をめくっていき、本当に中身が分かるのかというほどだった。もちろん普段の横島にこんな速読
能力はないが、文珠のせいで、自分でも信じられないほど本から来る情報は脳に上手く整理され暗記されていく。
本来は読書など横島の嫌いな行為ではあるが、ここまで理解できると、彼としても楽しいものがあった。

(なるほど、うかつに使うと確かにこれはやばそうな能力だな)

しかし、その先にある知識にまで到達しようという気のない横島としては、ここまで簡単に知識が手に入るのは怖く
もあった。ハヌマンがやめておけと言ったのも当然に思えることだった。

(まあ今は頼るしかないがな)

多少の雑念とともに横島は最後の本を手に取る。これを読めば、おそらく。中学教師レベルで困ることはもうない
だろう。夕映などが古文書関係の質問をしてきたときの対応が、悩みどころだが、文珠のストックから言っても、こ
れ以上は無茶な使い方をしたくない。無駄遣いしなくてよかったことに安堵し、いい加減本をめくるのにも慣れ、ぱ
らぱらと鮮やかにめくり終わる。

時計を横島は確認した。
思いの外、文珠の効果が長く持続したようで、10時を指していた。

(木乃香ちゃんの就寝時間か。丁度いいな)

「木乃香ちゃん、もう寝るか……って」

前を見ると木乃香が本に顔を埋めて、すでに寝ていた。読めはしないはずだが、横島が持ってきた北京語の本を
開いている。質問もしなかったところを見ると、横島のためにずっと黙っていてくれたようだ。

(気を遣ってるのは俺だけじゃないんだな)

横島は立ち上がるとぐっと煩悩もこらえ木乃香を抱え上げ、美少女の柔らかい感触にたじろぎながら手を少し這わ
せてしまい、軽くお尻に触る。

(うう、ああやっぱ女の子の体は柔らかいな。って、いかんいかん、我慢我慢)

お尻を撫でながら我慢もあったものじゃないが、美神が相手なら胸に飛び込むべきシチュエーションで、横島として
は我慢している方であった。
ともかく、死にものぐるいで手を離し、ベッドへと寝かせるべく体を屈めてゆっくりと起こさないように降ろした。
横島という煩悩魔神を疑うことも知らずに木乃香は寝ている。明日菜の方からも寝息が聞こえる。ちょっとエッチな
ことをしたけど、ここまで信用されては妙なことなどできるはずもない。横島は木乃香が風邪を引かないように丁寧
に布団を掛けようとした。

「う、うーん。横島先生……下着は盗んだらあかんえ……」

と、木乃香が寝言で自分の名を呼ぶ。
内容はともかく、先生とは本当に妙にくすぐったい呼ばれ方だ。シロには呼ばれたが、会う人会う人全員にそう呼
ばれることは初めてだ。横島もこの子達の期待だけは裏切ってはいけない気がした。そして、学園長の言う警護も
兼ねてということなら、二人をできるかぎり守ってあげようとも思う。

そんな横島らしくないことを考えてると、ちょっと邪なこともしたい衝動に駆られる。胸をちょっと触るぐらい許される
だろうか。起きなければいいじゃないか。いやダメだ。そんな葛藤をしていると、不意に、妙な気配がした。

「なんだっ!?」

これは魔力の気配だと感じた。遠くの方から自分に当てつけるように放っている。

(なんで俺に……この気配は……なんか覚えがあるような……)

戸惑う横島は窓辺による。やはりこちらを誘うように魔力が放たれている。そんなに強力な魔力ではなく、横島が
かつて対決した魔族と比べれば微々たるものだ。だが、不意に声が聞こえた。横島の女性限定にのみよく利く聴
覚に、絹を裂くような女性の悲鳴だった。

(この魔力?誰かを襲ってるのか?放っておく訳にはいかんか……それに、この気配は、間違いなく)

放たれてくる魔力にやはり覚えがあると思うと横島は二人が起きないように、そっと扉を開けて駆けだした。






「ほら、明日菜。横島先生、手はださんだえ」

と、横島がいなくなった部屋で、木乃香が口を開いた。二段ベッドの上では明日菜の動く音がして、どうやら二人と
も寝てはいなかったようだ。木乃香はお尻を触られたが、どうも横島を悪人とも思えず、そのことは黙っていた。

(なんや、男の人に触られるんは不思議な感じやな……)

「まだ分かんないって木乃香。下着泥棒にでも出て行ったのかもよ。なんか出ていく前に、こそこそしてたし。大体、
木乃香、下着に触るなとか注意するのは反則よ」

実はお風呂場で明日菜が横島を信用できないと、あまりに言うので、木乃香の提案で、二人で寝たふりをしてわざ
と隙を見せ、横島が何か妙なことをしないか見張っていたのだ。直接は手を出さないまでも下着に少しでも触った
りすれば、学園長に言って追い出す手はずだった。そのためにわざと下着を脱ぎ散らしていたのだが、本に夢中
だったせいで、横島は下着に気づきもしなかったようだ。

「なんか騙してるみたいで気が引けたんよ。それにあんまり疑り深いのはよくないえ」

(でもほんまにエッチな人みたいやな。でも、なんや、怒るきせんのよな。ああでも、明日菜にそんなことしたら一発
で追い出されるやろし、ちょっと注意してあげた方がええやろうか)

呑気に木乃香は考える。どうも貞操観念というか、男に対する危機感が薄いようだ。

「うう、だって、なんか先生ってやらしい気がするんだもん」

実際は明日菜の勘の方が正しいが、横島も最初のおっぱい以来は生徒に表だって手を出してないので、これ以上
は理由もなく責めもできなかった。

「そんなに気になるんなら後でも付けてみる?」

(まあさすがに下着泥棒はしてないやろし、薄目で見てたけど、なんや急に真面目な顔したのが気になるしな)

「さ、さすがにそこまでは……」

「でも、これから一緒に住むのに疑ったままやと困るやろ」

言いながらすでに木乃香は外套を着て、横島を付ける気のようだった。

「まあそうだけど」

普段は木乃香の方が引っ込む方だが、いざとなると明日菜の方がハッキリしないところがあるようだ。しかし、明日
菜も基本的にはハッキリした性格だ。立ち上がると木乃香に続いて外套を羽織り外へと出た。







あとがき
強さに対するたくさんのアドバイス。ありがとうございます。
たしかにネギまとGSの強さを正確に計るのは不可能ですね(汗
それで、大半は作者の裁量でいいんじゃない。ということで、こんな感じになりました。
横島は、あんまり極端なチートより、ある程度は徐々に強くした方が、
いい気がしたので、若干抑えました。まあまだ文珠も栄光の手も未使用ですしね。

それにしても木乃香達と同室になったけど、正直、相当叩かれると思ってたのに、
それに対しては突っ込みがなくて意外でした。みなさん肯定的なんですね。
ではXXXにまで行かなくていいように頑張ります(汗









[21643] 桜通りの吸血鬼
Name: かいと◆c175b9c0 ID:aa3c987a
Date: 2010/09/11 18:42

「感じる!感じるぞ!この感覚は間違いなく美女が、明日菜ちゃんや木乃香ちゃんみたいな微妙なのじゃなく、間
違いなく美女が襲われてると俺の勘が告げている!待っててくださいお嬢さ――――ん!今、この横島忠夫がお
助けします!」

(なんや先生気合いはいってるなあ)

(誰が微妙よ!誰が!胸触ったくせに!)

((まったくや、お尻触った癖に)まあそう思われてる分には襲われる心配ないんやし、いいんちゃう)

(それとこれとは別、って、な、なんでこんなに速いのよ!引き離される!)

猛烈な速度で駆けていく横島に少女二人が後ろから追いすがる。かなり遅れて出たせいで、元から引き離されて
いたのに加えて、速度で向こうが上回る。でも、横島が叫ぶので二人はなんとか位置が補足できた。それは桜通り
の方角であった。





「ああ、やっぱり遅くなりすぎたかな」

夜道を一人で歩きながら大河内(おおこうち)アキラは怯えた声が出た。ポニーテールで髪を纏め170を超えた身
長に豊かな胸の持ち主で、水泳部ということで鍛えられ無駄がそぎ落とされた肢体は非常に男好きするものがあ
る。それでいて寡黙で小動物が好きで、優しい雰囲気があり、騒がしい3-Aでも大人な少女である。

そんなアキラがこんな暗い夜道を歩いているのは、部活で、一人で居残りで特訓に励んでいたせいだった。全国ク
ラスの水泳部のエースであるアキラは泳ぐのが好きだった。泳ぎだすと時間が経つのもわすれて、いつまででも泳
いでいるため、たまにこういうふうに寮に帰るのが遅くなるのだ。

アキラは外灯に照らされた夜道を見た。桜通りと呼ばれる通りで、ちょうど夜桜が綺麗に咲いていた。

『ああ、それと最後に俺も高畑先生に聞いたところだが、春休み中に、『吸血鬼』騒ぎが起きてるのは、みんな俺よ
り知ってると思うが、しばらく夜間は外出禁止だそうだから、くれぐれも守ってくれ』

今日着任してきた横島という担任の言葉が思い出された。何人かは本当に血を吸われたというし、先日などクラス
メートで運動部四人組と言われる仲の良い佐々木まき絵も襲われたという話しだ。だが困ったことに、ここを通らな
いと女子寮には行けないのだ。アキラは特に幽霊とかが恐いというわけではないが、いくら運動神経がよくても武
道経験があるわけでもないため暴漢とかなら恐いに決まっていた。

がさっと音がした。

「誰?」

不安に思ってアキラが目を向けた。

「ふふ」

すると電灯の上に黒いマントを羽織る人影が見えた。

「まだ愚かにも夜に出歩くものがいたのだな」

マントを羽織り、電灯の逆光で顔までは見えないが、行動がおかしい。そのマントの怪人は宙に浮いて迫ってきた
のだ。夜空にアキラの叫びがこだました。






横島は目の前で血を吸われる少女を目にとめた。

「ああ、あれは、うちのクラスの大河内じゃないか!スタイル抜群とはいえ、俺のクラスの生徒ってどういうことだ!
このアホ吸血鬼!どうせならしずな先生とか葛葉先生とかなんの憂いもなくいける人を襲わんか!じゃない、俺の
生徒になにをする!」

横島が助けるのも忘れて叫んだ。目の前にいるのは横島のクラスの出席番号6番の大河内アキラだ。こんな時間
にこんな場所で何をしてたかは知らないが、あまりにも大人顔負けのスタイル抜群の少女で、横島は襲いかかって
しまわないようにクラスでは密かに見ないようにしていた要注意少女の一人だ。

「思いの外、早く来たな先生」

そう言ってアキラの血を吸っていたらしい少女がアキラから離れた。少女はアキラを傷つける気はないのか丁寧に
寝かしつける。

(ハアハア、やっと追いついたえ)

(木乃香、隠れて。なんか様子がおかしいわ)

「お、お前は確か……エヴァンジェリンか?まさか大河内の血を吸ったのか?」

横島がその顔に見覚えがあった。クラスで一、二を争う幼い見た目の美少女だ。ピートを知っていたので、横島も
放つ雰囲気からもしかすると吸血鬼じゃないかと見当を付けていたが、学園長が黙認しているし、魔法生徒の名簿
にも載っていたので吸血鬼騒ぎはエヴァじゃないと思っていた。しかし、今、どう見てもアキラを襲っている。意外な
行動に横島は対応に悩んだ。とにかくアキラのことは見過ごせないことだ。

「そうだと答えたらどうするね?」

「学園長に許可はもらってるんだろうな」

「ないと答えたら。というか生徒の血を吸う許可などジジイがくれると思うか?」

エヴァは嘲るように笑った。

「じゃあ見過ごせないな。ストライクゾーンに入る美……じゃない将来有望な美少女となればなおさらだ!」

横島の手に青い燐光を放つ霊剣が生まれる。そして、油断なく構えた。アシュタロス戦以後横島もそれなりにレベ
ルが上がり、化け物相手にびびりまくるということも少なくなった。荒事は嫌いだが、元々才能だけは人並み外れた
横島は様になった構えをとった。

(なあ明日菜)

(な、なに?)

(これって夢やろか?横島先生の腕が光ってるえ?ヨーダや)

(う、うん、木乃香。私もそう見えるけど……)

「ほお、それがお前の武器か。では貴様は戦士タイプか?」

「戦士?どうだろうな」とっと横島は地面を蹴る。「大人しくその子を渡せばよし、渡さんならちょっとぐらい痛い目に
遭わすぞ!」

「やれるかな!茶々丸!」

エヴァの言葉と同時に横島の後ろに人が現れた。
横島は雰囲気からそれが人ではないと感じ取る。
なにせ霊気がない。だが妙な魔力がある。かつてあのヨーロッパの錬金術師カオスに造られたマリアに似た感触
だ。その絡繰茶々丸(からくりちゃちゃまる)の腕が伸びた。というよりマリアのように飛んできた。だが、横島がそ
れを相変わらず不器用にかわす。
すぐあとに茶々丸の蹴りが腹を目掛けてくるが、サイキックソーサーで防ぎ、と、茶々丸の伸びた腕にはロープが
付いていて、それで本体と結ばれていて戻っていった。

(こ、この子も強い。なんだ。どうなってんだ。うちのクラスは。六道女学院じゃあるまいし。いや、六道でもこれほど
珍しい子ばっかりじゃないぞ)

「ほお、良い動きだな」

「よく見たら絡繰か?なんでこの子まで……」

横島はこの子も魔法生徒の名簿に載っていたことを覚えていた。刹那といい、ここの魔法生徒というのは新任教師
に襲いかかる習性でもあるのだろうか。非常に不可解だ。

「か、絡繰、なんで俺に襲いかかるんだ?」

「すみません。横島先生、マスターのご命令です」

「マ、マスター?な、なんだ、ひょっとして二人は危ない関係なのか!?」

「危ない?」

横島の言葉にまともに首を傾げつつ、茶々丸が迫る。やはり刹那並みに速い。

「ちょ、ちょっと、待て、訳が分からんぞ!桜咲といい、なんで着任早々生徒に襲われまくらねばいかんのだ!」

横島は生徒と言うこともある茶々丸の拳を傷つけないように剣の腹で受ける。
だが、

(ぐ、マリア並みに重い!)

さすが機械と言うべきか凄い力で、あまりの衝撃に横島は後方に吹き飛んだ。後ろ桜の木に叩きつけられる。花
びらがはらはらと舞い落ちた。

「なんだ先生。霊能とやらはその程度か、それでは私の相手がどこまでつとまるかな」

「ちょ、ちょっと待て、俺は大河内が無事なら別に戦う気はないぞ!」

「こちらはあるのさ!いくぞ!『氷の精霊(セプテンデキム・スピリトゥス) 17頭(グラキアーレス) 集い来りて(コエウ
ンテース) 敵を切り裂け(イニミクム・コンキダント)魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾(セリエス)・氷の17矢(グラキ
アーリス)!』」

喋りつつも詠唱を唱え、試験管を投げつけて、エヴァは魔法を完成させ横島に氷の矢が迫った。

「な、ちょ、魔法!?」

だが横島は霊剣で慌てて応戦する。しかし、同時に茶々丸まで飛び込んできて、その波状攻撃に氷の矢の一本が
足を捉えて凍りつかせた。

「茶々丸!捉えろ!」

「了解ですマスター」

「くそっ、なんでだ!気にいらんにしてもこういうやり方はないだろうが!」

横島は慌てて霊剣で氷を砕いて茶々丸の腕をかろうじてかわした。

「ち、意外に逃げ足が速いな!」

エヴァが次のフラスコを投げつけてきた。

「うわっ、ちょ、ちょっと待て気にいらんなら理由を言え!」

「貴様のせいで!私は!私の最後の希望がここに来なくなったのだぞ!気にいらんどころではないわ!」

「はあ?んな、なんのことだ!?」

しかし、横島の言葉を無視して、同時にエヴァが試験管に満たされた溶液のようなものを投げつけてくる。危険を
感じ当たる前に霊剣ではじき飛ばす。すると煙のように冷気が立ちこめた。一瞬視界を奪われ、さらに試験管が飛
んでくる。横島は今度は斬り飛ばさずに避け、回り込んできたエヴァに剣の平で斬りつける。

(ち、こいつ、でたらめだが異常に鋭い!)

心中舌打ちしてエヴァは叫んだ。

「茶々丸!」

右から茶々丸の拳が横島の腹を捉える。機械の攻撃に横島はうめくが、苦しくてもここで膝を折れば、なにをされ
るかわらない。

「(もらった!)。『氷の17矢(グラキアーリス)!』」

詠唱中のため心で思ったエヴァの魔法を、放った。

「くそ!こなくそ!」

横島はその17本の矢を全て斬り伏せようとするが、そちらに集中すると、容赦なく、茶々丸の蹴りが飛び込んでき
て、思いっきり後ろに弾き飛ばされる。受けた腕が痺れた。さらに上からエヴァが氷の刃の雨を降らせた。

「こ、殺す気か!」

横島はその雨に飲み込まれた。

「先生!」

「ちょっと木乃香。まずいって!」

思わず木乃香が茂みから出てしまい、それに明日菜もつづいた。

「ふん、なんだ小娘ども、見てたのか?茶々丸。見られた以上は二人も逃がすなよ」

エヴァがにやりと笑って茶々丸に指示した。

「了解です。マスター!」

茶々丸が明日菜と木乃香を確保しに迫った。

「さて、私はお前に聞きたいことがあるのだ霊能者。ネギ・スプリングフィールドはどこ――」

悠然と歩いてくるエヴァが、しかし、言葉を止めた。たしかに捉えたはずの横島の姿が、そこになかったのだ。

「なに!?」

「なにこれ!?」

その声は明日菜のものだった。
明日菜達に近付こうとした茶々丸がなんらかの防御フィールドに防がれ、はじき飛ばされたのだ。
そうして横島が茶々丸の目の前になぜかいた。

「明日菜ちゃん達はそこから動くなよ!」

「い、いつのまに!?バカなたしかに捉えたぞ!」

「ふう、後で腕は治すから許してくれ!」

二人を捉えようとした茶々丸の、その腕を横島が霊剣で切り飛ばした。

「ち、戻れ茶々丸!小娘を使え!その男はスケベだ!」

「なっ!」

横島はアキラを放置していたことを思い出して、振り向く。そこにはエヴァによってアキラが宙に投げ飛ばされ、茶
々丸がそれを空中で掴んで、そのまま盾にして向かってきていた。

「ひ、ひ、人質は汚いぞ!」

「横島先生。すみません。命令です」

茶々丸がアキラから手を放すと、アキラの胸が横島の顔にぶつかる。

「な、なんとー!ちょ、中学生の癖になんちゅうけしからん胸を!!」

鼻血を吹き出し、思わずそこに顔を埋めて、スリスリしてしまう横島。明日菜以上の破壊力のある胸に横島の理性
が持つわけがない。そこに茶々丸のボディブローが決まる。思わず膝を折る横島はアホすぎた。

「ほ、ほんま、エッチなのは明日菜の言う通りみたいやえ」

「でしょ。って、いや、そんな場合じゃないわよ!なんで?なんで、エヴァンジェリンさんがこんなことをしてるの!」

「ふん、貴様等に教える必要があるか!さあ、これで仕上げだ!」

さらにエヴァから試験管が飛んできて横島をアキラごと魔力の呪縛で縛って二人が密着した。

「し、しまった!でも、嬉しい!ああ、乳尻太股が!」

思わず意識が朦朧とする横島に、見かねて思わず明日菜が飛び出した。

「ばか、なに喜んでるんですか先生!」

「って、へ、明日菜ちゃん……い、いや、これは違うんだ!」

アキラの胸で気を失いかけていた横島が、明日菜の声がかかったのが効いた。誤解ではない気もするが、せっか
く解けてきた誤解が、このままでは余計に深まることになりかねない。

「なにしてるんです先生!上からエヴァンジェリンさんが来てます!」

「なっ」

横島の体はアキラと限りなくあらゆる場所が密着して身動きがとれない。もがけばもがくほど引っ付いていろいろと
おかしなことになる。見かねてほどこうと明日菜が駆け寄り、木乃香もつづいた。

「来るな!明日菜ちゃんも木乃香ちゃんも危ない!」

「先生の方が危ないでしょうが!」

「はははは!安心しろ先生。誰も殺しまではせんさ!」

エヴァは言いながら仕上げの試験管を投げた。
だが、明日菜の手が魔力の呪縛に触れる。するとなぜか呪縛が消えてしまう。

(な、なんだ。『解』の文珠はまだ手にあるぞ!?)

「なに、魔力も溜めずに、一瞬だと!?どうやったのだ霊能者!」

今のをしたのは明日菜だが、本人もそうとは気づかず、今度はエヴァが驚き行動が遅れた。一瞬での呪縛解除を
横島がしたのだと勘違いして、動揺してしまう。
そこに横島は一気に距離を詰め、腰を落とし、手のひらを広げてエヴァの腹に当てた。

「悪いなエヴァンジェリン。痛くせんから許してくれよ!『栄光の手(ハンズオブグローリー)・伸びろ!』」

ぶわっと横島の霊剣が手の形になり、エヴァを吹き飛ばした。

「なんだ。この凄まじい力は!?」

煩悩によって横島の霊力も高まる。皮肉にもアキラを人質にしたのが裏目に出ていた。アキラを抱えたままの横島
の霊力が一時的に跳ね上がっているのだ。もっともそれが分かっているのは横島だけだが。

今度はエヴァが膝を折る。煩悩で高まった横島の霊力をもろにぶつけられたのだ。いくら吸血鬼とはいえ、人間と
同じ血が通い、霊基構造もあるため、無事ではすまない。外傷こそないが回復に時間が要りそうだ。

「うぐっ」

「す、すまん。痛いか?」

「き、貴様!」

しかし、エヴァにとっては忌々しいことに横島は、致命的な内臓器官にダメージを残さないように相当加減している
ようだった。

「マスター!」

慌てて茶々丸がエヴァとの間に割り込んだ。

「お、おい、そんな顔しなくても、えっと、大丈夫だ。この子さえ返してくれたらなんもしない!」

茶々丸の非難を含んだ必死な様子に、横島はアキラを肩に担いだ体勢でこれ以上攻撃の意志はないと手を挙げ
た。

「キ、キサマ!手加減したな!たかが人間が!この『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』に!」

エヴァは忌々しそうに膝をついて横島を睨んだ。

「と、当然だろ。俺が女の子を本気で殴る訳ないだろうが。大体エヴァンジェリンは俺のクラスの生徒だろ。あ、あ
のだな。これは正当防衛だぞ。学園長に言いつけせんといてくれよ!」

「私が女の子?言いつける?くだらん。吸血鬼と気づかんわけでもあるまい!」

「それでも女の子は女の子だろ。大体、見た目と精神年齢は一致するものなのはピートや小竜姫様のせいで知っ
てるしな。本当に大丈夫か?」

「ピート?」

「ああ、知り合いのバンパイアハーフだ。700歳らしいが、なんか神経質なとこがあって俺の方が年上みたいだっ
たしな。それより大丈夫か?動けないなら」

横島は無造作にエヴァに近寄った。エヴァは動けず、茶々丸はどうしてか横島を止めようとしなかった。
そしてエヴァの腹に文珠に『治』を浮かべて当てる。不思議な優しい輝きを帯びてエヴァの腹から全体に伝わった
ダメージが引いていった。

「こ、これはなんだ?」

「気や気!凄いで先生」

と、声を発したのは木乃香だった。

「うっ……。ふ、二人とも見てたよな?」

たらりと横島が汗を流した。

「何を言ってるのよ木乃香。こんなの気でできるわけないじゃない。魔法かなんかよ!」

「ほなら、先生は魔法使いやのん?」

「ええ、そうなの!?すご!」

明日菜が驚きに目を瞬いた。他の子に見られるよりマシだったが、どのみちまずい。なんでも信じやすい木乃香は
ともかく明日菜が今のを見てまだ『気』だなどと信じるわけがない。霊能力がばれた場合の罰則はこちらの世界に
任せるとジークは言っていた。オコジョはいやだ。

「ふん、まあさすがと言っておいてやる。ジジイが近衛木乃香と神楽坂明日菜の護衛に付けただけはあるな。ええ、
この世界で唯一の真正の霊能力者・横島忠夫」

「え、エヴァジェリン!」

横島が叫ぶがエヴァが浮かび上がった。エヴァの方は負けた腹いせか意地の悪そうな顔になった。

「霊能力者?」

明日菜が首を傾げ横島が慌てた。

「ち、ちが。違うぞ!明日菜ちゃん!俺はただの変態教師だ!」

「どういう意味やの?」

さすがの木乃香も不思議そうに聞いてきた。

(いや、いやだ!オコジョで一年過ごすのはいやだ!帰ったら美神さん達は絶対に無茶苦茶怒ってるだろうし、どう
考えても、一年でオコジョから人間に戻れる保証もないじゃないか!誤魔化せ!死ぬ気で誤魔化せ!)

「はははは、その男はこの世でも珍しい霊能力者というやつだ!」

「言うな!」

「ふん、知るか。まあ今日は私も本調子ではないのでな。引いてやろう。だが、この私を舐めきった忌々しい霊能者
。一つだけ教えろ!」

エヴァは茶々丸に抱えられ、空に浮かんだ。

「な、なんだ?」

(と、飛んでるで明日菜。あれも気?)

(だから違うって木乃香)

「ネギはどうした?」

「ねぎ?鍋でもするのか?」

「そのネギではない!先程も言ったネギ・スプリングフィールド!本当なら2年の三学期からここの教師になるはず
だった10才の少年だ!私はそいつに会わなければならん!」

「ああ、ネギ君か。悪いがそれは秘密だ。でも俺と同じく悪い扱いを受けてはいないはずだ。美神さん達もさすがに
10才の子に逆ギレはせんだろうしな(逆に俺が帰ってからが恐い。いや、でも、きっと、ネギ君も苦労してる気がす
るが、言うと話しこじれるだけだしな)」

頭をかきながら横島は言った。明日菜達はなんの話か分からず黙っていた。

「ミカミ……。では、そもそもお前が誰だ?茶々丸に調べさせたが、横島忠夫などという人物はこの日本にはいな
いはずだ。なにより、本調子ではないとはいえ、私と茶々丸がくんでも勝てるほどの実力者なら自ずと名は知れる
はず。たとえどれほど裏に生きるものだとしてもだ」

「それも秘密。そもそも負けたエヴァちゃんに俺が教える必要もないだろ」

「ちゃ、エヴァちゃんだと!くっ、では勝てば教えるのか!」

悔しそうにエヴァは歯がみした。

「エヴァちゃんじゃ俺には勝てんだろ。なんか知らんが雁字搦めの呪いで魔力も押さえ込まれてるみたいだし」

「な、なぜ、それは……」

「それと他の子の血を吸うのはもうなしだ。どうしても血がほしいなら俺が吸わせてやるから言えばいいから」

「な、なに?」

「あ、俺の血はいらんか?」

「い、いるとかいらんより、お前、吸血鬼に血を吸われる意味を知ってるのか!?」

「知ってるぞ。でも浄化法があるから俺を操り人形にはできんし、問題ないぞ」

「な、なに!?いや、と、とにかく、情けなどいらん!」

「まあ良い子にしてたら、その呪い。卒業する頃には俺が解いてやるから、意地をはるな」

「なっ!?」

エヴァの脳裏にあの日の光景が蘇る。横島と同じ言葉を残して、結局帰らずに死んでしまった男の姿が。横島はア
キラをお姫様だっこにし、明日菜と木乃香がエヴァを気にしながらも歩き去っていく。その後ろ姿を見送り、エヴァ
は悔しそうに唇をかみしめすぎて血を流し、何も言えずにいた。






「じゃあ先生ってほんまの魔法使いみたいなもんなん?」

アキラを部屋に届け、どこまで説明するか悩んだあげく、横島は結局この世界の常識にあわせて二人に話してい
た。最初はオコジョがいやで全部『気』のせいにしてとか色々考えていたのだが、そもそも横島は嘘は苦手である。
何よりここに住ませてくれることにしてくれた二人には、横島としても感謝していたし、それに対しての誠意は示した
かった。

「そうだ。正確にはゴーストスイーパーという職業だ。まあまだ見習いだったけどな」

「本当に?」

不思議に対する耐性が先程のでついたものの、胡散臭そうに明日菜は目をぱちくりさせた。

「ああ、まあどこまで信じるかは二人に任せるけど嘘はついてない」

「ううん、じゃあ質問。あのとき私達が茶々丸さんに襲われかけたとき、覆ってた光みたいなのってなんですか?」

「あ、ああ……」

横島は困った。明日菜は全部ちゃんと聞かないと信用しないと顔に出ている。木乃香は話したくないならいいという
様子だ。まあ親に庇護されて育った木乃香と違い、身寄りのない明日菜の人に対する警戒心が強くなるのは当然
と言えた。とはいえ、文珠のことだけは秘中の秘だ。また誤魔化そうと思えば誤魔化せることだ。

(でも、学園長が言っていた護衛の件もあるしな。二人がどれぐらい誰に狙われてるのか分からないが、もし、美神
さんところで働くのと同じぐらい危険に付きまとわれてるんなら、文珠を隠して、守りつづける自信なんて全くないな
。だいいち、まだ14歳の桜咲とか見た目幼女があれだけ強いなら、こっちのやつらもあなどれんしな。ううん)

美神が居れば面倒なことは全部考えてくれるのだが、今は一番自分がしっかりせねばいけない。黙っていることで
、この少女達が危険か、それとも安全かと考えねばいけないのだ。

(ううん、この二人はあっちこっちに言いふらさない気がするしな)

「分かった。でも、それは俺の秘中の秘だから、絶対に誰にも言いふらしたらダメだぞ。いや、まあ、さっきの魔法と
霊能のこともだけどな」

「え、うん」

横島が急に真面目に言うので、明日菜はちょっと息を呑んでうなずいた。

「私も言わんけど。いいの?話して?」

「ああ、まあ、他の人に喋らないならいいんだ。木乃香ちゃんも知りたいんだろ?」

「うん、実はかなり聞きたい」

木乃香は素直にうなずいた。

「それで俺が持つ霊能力で最強の奥の手がこの文珠だ」

そう言うと横島は文珠を二つテーブルにおいた。文珠の使用法も二人に話し、最初、明日菜も木乃香もとても信じ
られないようだったが、エヴァとの戦いや、自分たちを治したのもこれだと知ると満更疑ってもいられないようだった


「はあ、もうなんだか本当にこの世界って何でもありだったんですね」

話を聞いて、明日菜はさすがに感心したようだ。

「おう、魔神が世界を滅ぼそうとしたのを美神さんって人たちと救ったこともあるぞ」

「うわ、ファンタジーの世界や。横島先生はきっとゲームから飛び出してきたんやえ」

「あ、もしかして先生が頭良いのって」

明日菜が勘付いて横島を見た。悪戯がばれた子供のように横島は気まずそうにした。

「は、はは、まあこれも俺の能力の一部だしな」

「確かにそうですけど、なんか反則っぽいな。あ、じゃあ私もこれで頭をよくしてくれたら許してあげます」

バカレンジャーの中でもレッドをつとめる明日菜が無茶な論理を展開する。許すも何も許してもらうことなどないは
ずだが、横島は黙っていてほしいこともあり、苦しい顔になった。

「あ、あのな、神楽坂。文珠で知能を付けるのは、本来、斉天大聖っていう神様にも止められてる危険なことだぞ。
徹底的に知を追求する気ならともかく 、そうでない場合は絶対に麻薬のように文珠がないと生きていけないことに
なりかねんってな。自慢する訳じゃないけど、能力が授かるものは、それに見合う資格を有しているもの。だから俺
の場合、使用は謝らんと天が考えたということらしいんだ。ま、まあ、ちょっと悪く使ったこともあるし、力のある悪も
いるけどな」

「先生は正義に見えないけど」

明日菜はジト目になる。

「うんうん。正義は大河内さんのおっぱいに頬ずりはせんよ」

木乃香にまで続かれる横島は焦った。

「と、とにかくだ。俺がここにいられるのはたったの一年。一年の間に明日菜ちゃんも文珠がないと生きていけない
なんてことになりたくないだろ?」

「ま、まあ、それはそうですね。はあ便利良さそうなのにな」

横島がほっと胸をなで下ろした。どうにか理解してくれたようだ。
もう12時を過ぎていた明日菜は寝なくて良いんだろうか。

「じゃあ、私と木乃香の護衛って魔法関係なんですか?」

ふと思い出し、明日菜が言った。

「そうや、私も護衛がいるほど危ない目におうたことはないえ」

「あんと……護衛は……」

木乃香が危ない目にあったことがないのは、おそらく影の護衛がいるからだ。横島は何度かその護衛の存在に気
づいている。刹那も自分の存在を示すことで木乃香に余計なことをするなと脅しているのだろう。先程も実は隠れ
て見ていたのではないだろうかと横島は思っている。残念ながら気配は探るどころでなかったが、アキラの胸の件
といい刹那にもずいぶんいらないものを見られている気がした。

「まあそうなんだけど、詳しくは俺も知らん。ただこの麻帆良学園自体が巨大な結界で魔の物から守られてるから、
危険な目に遭わないという理由もあるんだと思うぞ。それと俺も二人と常に一緒ではないから安心してくれ。ただこ
のことを学園長に確認しにいくのは勘弁してほしい」

「ああ、秘密がばれたら先生罰を受けるんやったな。分かった。聞かんとくえ」

「すまん」

「私も聞きません。人の秘密を喋るのは悪趣味だし」

それに明日菜は学園長が保護者代わりをしてくれている。もしそれで明日菜の存在が学園長の弱点だと思われて
るとしたら、襲われる可能性も合点が行く。まだ明日菜も14歳ながら学園長がこの麻帆良学園のトップという以上
の影響力を持ち、そういう人間が恨みを買いやすいことも分かっているつもりだった。

そして行く当てのない自分を引き取った学園長をそのことで恨むつもりもなかった。むしろ学園長に余計なことを言
って、心労を増やすことだけはしたくなかった。今の自分は小公女セイラのようなものだ。学園長がいなければ直ぐ
にでもここを追い出されるかもしれないのだ。むしろ、自分などにまで護衛を付けてくれることに感謝すべきかもし
れない。そう考えるとあの時、横島を追い出さなかったのは本当に正解だったと思う。

「二人とも良い子だな」本当に横島は感動した。向こうの世界とはえらい違いだ。「よし、ほんじゃもう寝るか明日菜
ちゃんは朝早いんだろ」

「あ、うわ、もう12時すぎてるじゃない!」

三人が立ち上がり、横島はソファーに寝ようと横になった。

「先生、大事な文珠、しまうの忘れてるえ」

机におかれた二つの文珠を木乃香が手に取り横島に渡そうとした。

「ああ、いいんだ。一個ずつ二人に上げるから持っておいてくれ。一応『護』と入れてるから緊急時に守ってくれるは
ずだ。文字を変えたいときは、よくイメージするんだぞ。敵を倒すときに『倒』っていれると、こけるだけだったりする
し『爆』って入れたときは近くに人がいないか、自分も含めてよく見るんだぞ。半径5メートルぐらいの殺傷力がある
からな」

「上げるって、先生、大事なもんやのにええの?」

「そうですよ。第一麻薬みたいなものだって言ってましたよ」

「大丈夫。二人なら使用を間違えたりはしないだろうから。それに明日菜ちゃんに言っておくけど『賢』って入れても
賢くはならずに畏まって人に頭を下げたくなるだけだから気をつけろよ」

「し、しません!って、知ってるってことは横島先生も」

「やった。授業中思いっきり教師に頭を下げて、死ぬほど恥かいた」

聞いた二人が吹き出し、横島に礼を言うと大事そうに手に取りそれぞれにしまった。







あとがき
さて、ようやく一日目が終了です。
次から二日目に入るので、ぼちぼち方向性も明らかになってくるかと。
エヴァがようやく出て、桜通りは順当にのどかの登場も考えたけど、あえて趣味に走りました(マテ






[21643] 想い、思い、重い
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/09/11 17:08

朝、横島はまな板を叩く包丁の音に目が覚めた。麻帆良学園の女子寮にはキッチンとトイレがついている。ないの
はお風呂ぐらいのもので、中等部の寮としては破格の豪華さだった。広さもそれ相応にあり、横島が住んでいたぼ
ろアパートよりはずいぶんよい環境だ。

だが男と少女二人が住むとすれば、かなり危険な環境には違いなく、実を言うと今朝新聞配達に出ようとする明日
菜の着替えを見てしまい殴り飛ばされたりしていた。そんな横島はまだ寝ぼけており、まな板を叩く包丁の音を聞
き、おキヌか小鳩かと思い薄目を開け、見たこともない美少女が機嫌良さそうに料理を作るのに目をとめた。

「横島先生もう起きたほうがええよ」

「ああ、おキヌちゃんか。いつも悪いな」

と、言いながら横島は起きて伸びをする。すると木乃香が料理の手を止めて自分をじーっと見ていた。

「おキヌちゃんって誰やのん?先生の恋人?」

「へ、ああ、木乃香ちゃん……ああ、そうか夢じゃないんだったな。おキヌちゃんは、い、いや、恋人ではないぞ!」

「ふうん、まあええけど」

横島が起き上がると木乃香は、ちょっととげのある様子で料理に手を戻した。

「まあでも、実はうちも朝起きたとき先生も文珠もなくて夢やってん。っておもたんえ。ちょっと寂しい気持ちになって
先生の顔見てなんや安心したんよ」

「おお、木乃香ちゃんは良い子だなー。明日菜ちゃんなんて、夢ならよかたって朝一番に殴り飛ばされたぞ」

「どうせ着替えでも見たんやろ。先生スケベやから」

「う……お、起きてたのか?」

図星だった横島が驚く。目が覚めて下着姿の明日菜を見て飛びついてしまったのだ。寝ぼけていたとはいえかなり
の不覚だ。

「大体分かるえ。明日菜はああ見えても、うちよりもっと優しいから理由もなしに殴らんよ」

喋りながらも木乃香は朝食を小さなテーブルの上に並べていく。居候の自覚があるのか横島は手伝いもせずにケ
ツをボリボリ掻いて席に着いていた。そうすると扉が開いて、明日菜が帰ってきた。うっすら額に汗が滲んでおり、
健康的な美しさがある少女だ。

「ただいまー木乃香。横島さんに変なことされなかった。着替えを見られたりとか」

「し、してるか!明日菜ちゃん、今朝のは事故だ!」

横島が情けない顔で叫んだ。

「されてへんよ。それより明日菜も帰ってきたし、朝ご飯にしよか」

「おお、今日は豪華ね」

小さなテーブルに明日菜の目がいく。鮭にハムエッグとお味噌汁。定番のものからさらにいつもはない料理も並ん
でいて明日菜は目を輝かせた。横島も目を輝かせて料理に手を伸ばした。

「先生の歓迎もかねてや。こら、ちゃんといただきますゆうてからやで」

横島は木乃香にパチンッと手をはたかれた。

「うっ」

教師が生徒に基本的なことで注意されて手を止めた。この辺は美神もおキヌも小鳩もおおらかだったのだが、木
乃香はお嬢様らしく、丁寧だ。明日菜にはやれやれと肩をすくめられ、横島は気まずげに両手を合わせた。

「ところで先生、今朝言ってたおキヌって誰やのん?」

「へ?あ、ああ」

横島は先程上手く誤魔化したつもりだった言動を蒸し返され、がつがつ食べていたご飯をのどに詰まらせた。

「へえ、なになに、ひょっとして先生って、恋人持ちなの?」

明日菜が興味を示して尋ねてきた。この年頃は恋バナには興味津々のようだ。

「違う違う。本当におキヌちゃんはよくご飯を作りに来てくれる二個下の女の子なだけだ。良い子だけど恋人とは違
うぞ」

「「そういうのを恋人言うんじゃないの?(ちゃうの?)」」

意外と横島が大人な経験もあることに二人が目を見合わせた。

「違うだろ。それを言うなら隣の子も作りに来てくれてたし、職場の上司もいるときは作ってくれてたぞ。第一、俺な
んかに恋人なんているわけないからな。恋人いうのは一部のイケメンだけに許された特権みたいなもんなんだ。い
け面は死ね!」

一番最後は言いたいだけのようだ。

(うわあ、なんか横島さんって)

(凄いニブチンや)

昨日の文珠による即席で天才になった才能を見てなければ、刹那やエヴァの戦闘で見せた見た目に似合わぬ強
さを見てなければ、明日菜も木乃香も横島がもてるわけなどないと思うが、あれを見たあとではそうは思わなかっ
た。それにエヴァへの対応一つとってみても横島はかなり優しいように思う。欲望に正直すぎる気はするが、ちょっ
と深く横島という人間を知るとかえって、その行動にどぎまぎさせられてしまう気もした。

(黙っておこうな明日菜)

(うん、その方が私たちの安全ためね)

木乃香はもうちょっと違う感覚もあったが、明日菜は変に横島を自覚させる危険性を感じていた。実際、横島の父
、大樹の例からして、それを自覚した瞬間、横島家の男はもてない君から究極のもて男に変貌してしまうので、明
日菜の勘は正しかった。

「こら美味い!」

そうとは知らずに横島が木乃香の料理に感動の声を上げた。

「おおきに。喜んでもらえるのが一番やえ」

そうすると、木乃香の顔がほころんだ。

そうして、三人が食事を終えて横島は二人が着替えるというので廊下へと出た。
あと一年して卒業すれば間違いなく覗くところだが、悶々とはするもののここに住ませてくれる二人への義理立て
や、もしばれてこのあと一年のテント生活を思うと横島は文珠へ移動しかける手を必死に自制した。だが、ここは
女子寮である。完全な乙女の園というのはその辺の防備が薄い。普段女子寮に男などいることなど無い生徒達が
、廊下ですれ違う。

「あ、横島先生、おっはようにゃ!」

とは明石裕奈が下着姿で通りすぎる。横島は意外にある胸を見てぶっと吹き出す。普段なら年下というだけで抑制
の利く煩悩もこの姿での破壊力が大きすぎた。

「ちょっと明石さん。横島先生がいらっしゃるから、下着姿は止めなさいと言ったでしょ!」

すると雪広あやかが後ろから注意の声をかけてくる。そういうあやかも短パンにTシャツという姿で、おまけに下着
を着けていないのか。乳首が透けて見えていた。ぶほっと横島は鼻血が流れだす。

ゴン!ゴン!と床に頭を打ち付ける。「落ち着け!落ち着くのだ!」と横島は叫んだ。あやかは普通にしてても横島
のストライクゾーンに入るスタイルと、美貌を持っている。これで年上なら間違いなく飛びつくところだ。

「ど、どうしました先生。大丈夫ですか?」

善意だろうが、あやかが近付き手をかける。横島の理性ががたがたと音を立て出す。すると騒ぎに気づいて他の
子達も集まってきて、中にはブラを着けていない子までいる。長瀬楓だ。なにを考えているのか彼女はしたがふん
どしである。ふんどしを着たブラさえしていない美少女。これは破壊力が違いすぎた。

(お、おおおおおおおお落ち着け、ここで長瀬に飛びついたら100パーセント追いだされる!テントいや!この乙女
の園で一年を満喫するのだ!しかし、こいつら、俺という人間を好意的に受け止めすぎだ!いくら年下でも、もう、
もう、理性が!)

横島はやばいと思った。股間に石でも叩きつけたいが、周りを囲まれそれも適わず、息が荒くなってくる。ここで襲
えば下手をすれば警察沙汰である。年上のお姉様方なら逆セクハラで通るだろうが、いくら人数が多くても相手は
14才だ。

「横島先生、本当にいたんだ」

「ねえねえ木乃香の許嫁って本当なの?」

「長瀬さんブラぐらいしなさい!横島先生が目のやり場に困っておられるでしょう!」

「そういうイインチョも、乳首透けてるあるよ」

「え?きゃ!」

あやかが慌てて胸を隠し、横島はもう辛抱たまらんと体が痙攣を起こしだし、それでも理性をフル稼働させて、部
屋へと戻る。だがそこには下着姿の明日菜と木乃香がいた。横島の中で理性がぷつんと切れた。

「もうそれは襲えと言うことか!」

思わず横島は服を脱ぎ捨てルパンダイブをかました。

「声をかけてるまで入るなって言ったでしょうが!」

ごすっと横島の顔に明日菜の拳がめり込んだ。






「そういえば、結局エヴァンジェリンさんって、どうなるんです?アキラを襲ったりして大丈夫なんですか?」

明日菜はエヴァが何らかの処分を受けないか危惧して尋ねた。
横島は今朝のことがショックなのか『俺が悪いんじゃない、俺が悪いんじゃない』と呟いていた。襲った相手が明日
菜であり、即座に迎撃されたのは大事にはならずにすんだ横島だが、電車の中からずっとこの調子である。明日
菜は横島はセクハラをするが、迎撃する相手以外は襲わないし、寝込みを襲ったりもしないようので、さして問題
視していないのだが、当の横島は14才の女の子を襲ったのがよほどショックなようだ。

「なんか、これはこれで傷つくわね」

電車から降り、明日菜が肩をすくめて横を歩く。木乃香と明日菜で横島を挟んで三人で歩いていた。改札口で定期
を提示するぐらいには正気があるようだが、どうも完全に戻るにはもう少しかかりそうだ。

「複雑な乙女心やえ。――でも、エヴァちゃんはできたらお咎めなしにしてあげてほしいな。ずっと一緒のクラスやっ
たけど、そんな悪い子に見えやんだし」

「まあアキラも無事だったわけだしね。退学とかはさすがに後味悪いわね」

「あの、先生」

するとそのアキラが丁度改札の前で待っていたのか声をかけてきた。
水泳部所属の少女で抜群のスタイルだ。もうすっかり元気で、朝練にも出たのか明日菜達より早い登校のようだっ
た。そのせいか今朝の騒ぎもよく知らないようだ。
そんなアキラは上の空でぶつぶつ言う横島に首を傾げて、もう一度声をかけてきた。

「あの、先生、昨晩は助けてもらったみたいで……先生!」

「へ?……お、あ、あんたは……」

「あの先生、昨晩は助けてもらってありがとうございます。噂で吸血鬼のことは聞いてたんですけど、大会も近くて、
泳ぐのに夢中になってて、いつの間にか遅くまで練習してしまい……そ、その、軽率でした」

アキラが勢いよく顔を真っ赤にして頭を下げる。年上の男と話すのが恥ずかしいようだ。

「お、おう。練習か(おっぱい気持ちよかった。かなりいいおっぱいだった)。き、ききき気にすんな!」

「あの、何となくですが、覚えてます。先生、私を庇いながら吸血鬼と戦ってましたよね」

「へ?(お、おっぱいの件は覚えてないだろな!?)ま、まあ、忘れろ!俺が助けたなんて思わなくていいぞ!という
かその方がいい!」

「あ、はい。でもお礼ぐらい」

「いらん!断固としていらん!本当に気にするな!」

「でも」

この件に関して本当にこれ以上突っ込まれたくない横島はなんとか話をそらす。どうやら横島にとり、都合の良い
ようにアキラは認識してくれたようだが、横島としては深く聞くと胸の件がばれそうで怖かった。

「とにかくじゃあな!」

横島は慌てて走り去り、その視界に葛葉刀子を入れた。今の横島に葛葉は桃源郷のように見えた。自分のアイデ
ンティティーを確認できる最高に人物である。まあそんなことで標的とされた葛葉としてはたっまったものではない
だろうが。

「葛葉先生、今日もお美しい。ずっと前から好きでした!一度で良いからデートしてくれええええ!」

朝一番で葛葉に飛びつく横島。会う美女、会う美女全てにするのだが、葛葉に対してが一番激しい。抵抗の仕方が
美神並みに激しいので横島としては丁度いいようだ。

と、飛びつく瞬間、刀が閃き、横島が地に倒れ伏す。

「寄るな変態!」

さらにハイヒールで踏みつけた。

「ああ、お姉様。激しくて今日も燃えます!もう女子寮は誰にも手をだしたらダメだし、そのくせ朝から平気で下着で
歩き回るしで、ぼかあもう、とっても辛かったんだ!そのおみ足で癒してください!って、ぶっ、白と水色の縞パン!
僕はできれば純白が良いです!」

「黙れ!死ね!いっぺん死ね!」

さらに葛葉が踏みつけた。

「葛葉先生も可愛いの履いてるんだね。僕は赤が好みかな」

「うぬぬぬぬぬ。あ、あの男が女子寮に。まったく学園長はなにを考えているのだ!」

勝手に外野で批評する瀬流彦にガンドルフィーニが毒づいた。この二人は魔法先生であり、瀬流彦は目元の優し
げなイケメンであり、ガンドルフィーニは黒人のようで、肌が黒く。今回の学園長の決定に先頭に立って反対する一
人だった。しかし、いくら反対しようとも学園長は聞く耳を持たず、いい加減にしびれも切れてきていた。

「まあまあ、昨日の夜は生徒を助けたようですし」

一方で、瀬流彦はというと、今回の学園長の決定にどちらかといえば賛成していた。なぜかといえばネギの年齢で
あった。正直な話し10歳の少年に教師だけならともかく、いろいろな厄介ごとまでおしつけ、それによって無理矢
理鍛えるということに賛同しかねるものが魔法先生の中にも少なくなかった。瀬流彦もその一人である。

とはいえ、ネギがどこにも逃げ場のないほど注目された存在であり、いやが上にも厄介ごとに巻き込まれる状況な
らそれもやむを得ないと思っていたが、現在のネギはたとえどんな人物であれ手出し不可能な場所で、修行をして
いる。と学園長からは聞かされており、それならばと思っていたのだ。

もっとも瀬流彦はネギの行った世界がここと変わらないほど、あるいはもっと過激で危険な場所だとは知らなかっ
たのである。このことが知られれば魔法先生方は暴走しかねないので学園長は黙っていた。なにせそれを秘密に
しても納得できない先生方が居るのだ。最近の学園長は胃薬を常用しているそうだ。

(この様子じゃ、そのうち、横島先生に喧嘩を売りそうだな。タカミチさんもなんだかんだで不満大きそうだし……)

それはそれで面白そうだ。もし二人が結託して横島にネギの居場所を問い詰めに行ったら、そのときは絶対に見
逃すまい。と、考えてしまう瀬流彦は少し不謹慎な性格をしていた。



「はあ、あれさえなければ結構いい先生だと思うんだけどね。アキラ、ほうっておいて良いよ。本人が気にしなくてい
いって言ってるんだし」

そんな二人のつぶやきなど知らず、明日菜は横島に呆れ気味だ。

「うん、でも、もう一度ちゃんと言おうと思う」

アキラは今の横島の様子を見ても深く思わず、助けてもらったことだけを認識しているようだ。

「まあ本当に気にしなくて良いと思うけどな」

そう明日菜は言うがアキラは校舎に消えるまで横島を見ていた。






(しかし、あれだな。絡繰の腕をどうやって治すかだな)

昨日の夜、横島は茶々丸の腕を切り飛ばした。相手がロボットであり、状況的に余裕がないとは言え、それは、女
性に優しくを本分とする彼にはかなり後味が悪いことだった。気にしていたが、目の前で使うと文珠がばれてしまう
。明日菜やエヴァの怪我程度なら霊力と言えば誤魔化せてもさすがに、腕が元通り復元すれば、その異常性に気
付くだろう。特に魔法を知るものならば厄介だ。

(ううん、目の前で使っても文珠をばらさずにすむ方法ってないか?)

そうすれば茶々丸の傷も問題なく治せる。しかし、時間を巻き戻したように復元する文珠は、やはり注目をどうして
もされるだろう。

(いっそばらせればな)

でも、茶々丸は大丈夫そうだったが、エヴァはかなり怪しそうだ。下手にばらすといらぬ注目を浴びかねない。この
辺、カオスは呆けててくれたのでよかったが、エヴァでは非常に厄介だ。

(なんかエヴァちゃんの目って知的好奇心の強いタイプな気がするしな。それにエヴァちゃんがあれで納得してると
も思えんし)

3-Aの教室に向かう道すがら、非常に気が重かった。
それでも教室は迫り扉の前に着いた。

(それになあ。だんだんだんだん生徒を襲わない自信がなくなってきた。俺というやつが、あんな無防備なやつら相
手にいつまでも持ちこたえられるとは思えん。女子風呂は結構警戒されてたのに、それも、桜咲が木乃香ちゃんが
出てくるまでずっと見張ってたからだし、生徒全員が警戒心強いわけじゃないんだよな。いやいや、余計なことを考
えるな。落ち着け俺。大丈夫だ。葛葉先生の縞パンにちゃんと俺のなには反応した。しずな先生の胸にも反応した
。大丈夫だ。俺は正常だ。いくらボン、キュ、ボンでも、生徒は襲わないからな)

思考を錯綜させながら、深呼吸をして横島は教室の扉を開ける。

「「「「「「おはようございます横島先生!」」」」」」

全員の声がハモった。

「お、おう、おはよう……」

相変わらず元気な生徒達であると思いながら、気後れして返事をする。がやがやと声がする。あまり気にせずにい
ると和泉亜子(いずみあこ)が声をかけてきた。大人っぽすぎる生徒や子供過ぎる生徒がいる中で、一番中学生ら
しい体型の少女だ。色素の薄い目と髪をしており、これまた美少女だ。

(ああ、癒される。こういう子ばっかりだと楽なんだがな。あの育ちの悪い乳がいい。うん。まったく襲おうという気が
起きん。いや、しかし、木乃香ちゃんもあれぐらいだったのに、昨日の夜はちょっと触りたいと思った。いや、落ち着
け、大丈夫だ俺。無い乳には反応せんのだ)

思考が若干失礼な横島だった。

「ねえねえ、先生、昨日吸血鬼が出たって本当なん?」

その亜子が言う。声は少しおびえた様子だった。木乃香は京都弁だが、この子は大阪弁のようだ。

「え?誰から聞いたんだ?」

「そりゃもう、アキラに決まってるやん」

「アキラを守りながら戦ったんですよね。すごい。あんまり喋んないアキラが今朝からその話ばかりしてたよ」

と明石裕奈が続いた。言われた横島はアキラに目をやる。彼女は赤面していた。

(か、可愛い。こ、これであと一年。いや、もう年はいいからせめて自分のクラスの生徒でなければ!)

横島は心から慟哭した。

「でもでも、吸血鬼なんて本当にいるの?」

佐々木まき絵が疑問を呈し、なんちゃってシスターの春日美空(かすがみそら)がいった。

「いるよー。吸血鬼。シスターが言ってた」

普段は大人しい子なのだが、その言葉にクラスが騒ぎだした。

「ええ、じゃあ血を吸われたアキラって大丈夫!?」

「マジで操られたりするの!?」

「皆さん静かに。先生が困るでしょ」

あやかが机を叩いた。

「いいじゃん、いいんちょ。ねえ先生、本当に吸血鬼だった!?」

裕奈が聞くと、みんなが横島の言葉を待つように見てきた。だが、その横島はエヴァを見ると今日はサボりでもして
いるのか姿がなく、茶々丸のほうはいつも通りいた。

(ほ、よかった。なんか顔合わせづらいしな。しかし、茶々丸ちゃんの腕を……あれ?)

横島が茶々丸を見ると、なぜか元通り腕のついた茶々丸が居た。

(誰かに治してもらったのか?)

ともかくよかった。これで一つ悩みが減る。

(しかし、なんか、生徒からの殺気の視線が一つ増えた気がするのだが……)

横島は殺気を感じた。そちらに目を向ける。たしか、葉加瀬という子だ。もう一つは昨日から怒ったように見てくる
のだが、それも以前より恐い気がした。たしか超という子だ

(な、なんだ?恨まれることしたか?)

「おおい、先生、無視しないでよ」

裕奈が膨れて言った。

「あ、ああんと、吸血鬼かどうかは知らないが、大河内を襲った奴がいたのは確かだ。でも昨日ちとしくじって取り逃
がしてしまってな。夜の外出には気をつけて一人では出歩かないようにしろよ」

「はい分かりました。大河内さんを守りながら戦ったと聞いてますし、ご立派です先生」

あやかが言う。横島にクラスの眼差しが集まる。色々と深く聞かれたくない横島は顔を引きつらせ、真相を知る明
日菜や木乃香だけが曖昧な笑顔を向けてきた。

「茶々丸ちゃん。じゃあこのことをエヴァちゃんに伝えといてくれるか。というか、今日はエヴァンジェリンは風邪かな
んかか?」

横島は暗に釘を刺す意味で茶々丸を見る。

「了解しました。マスターにお伝えします。マスターはサボタージュです」

茶々丸は冷淡にも聞こえる声で言った。

「そ、そっか。まあ俺もよくやるから偉そうには言えないが、ほどほどにな。他の子もそういうことだ。くれぐれも軽率
には動かないように」

「「「「「はーい」」」」」

声を揃えて返ってくる。なんだか本当に教師をやってる気分だ。なのに、ある特定部位に目が行ってしまう横島は
邪念を払うように首を振った。

(それにしても殺気をむける子もいれば、無関心な子もいるし、言うことをよく聞いてくれる雪広や明石みたいなの
も居るし、せ、生徒によって温度差が激しいな。特に絡繰とエヴァンジェリンには完全に嫌われたか)

そう思うと横島はため息が出かけた。教師というのは生徒による温度差も上手くやり過ごさねばつとまらない大変
な職業だ。これに実際、実力行使までしてくる生徒が居るのだから困りものだ。






「なんか、ええな横島先生」

亜子が呟いた。ランチタイムにオープンテラスの食堂でのことだ。他には裕奈とアキラ、まき絵がおり、運動部つな
がりの四人組で仲がよかった。それにくわえて今日は柿崎美砂(かきざきみさ)、釘宮円(くぎみやまどか)、椎名桜
子(しいなさくらこ)の噂話が好きなチアリーディング部の面々も加わっていた。

「ダメだよ亜子。亜子は惚れっぽいだけにゃ。それに横島先生はアキラの先約があるんだから」

時たま語尾がにゃになる裕奈が釘を刺す。

「ぶー、だって」

「第一、亜子は横島先生エッチそうで、いやだって言ってたでしょー」

「よく知らなかったんやもん。図書館島で千冊の本一気に暗記したとか言うしさ。ちょっとぐらいエッチでも賢くて、い
ざっていうとき強い男ってええよなって」

「まあそれは言えてるな。葛葉先生に軟派する勇気がある男も初めて見るし。ああいうのはありかな。でも横島先
生って生徒とは線引きしてるっぽいからハードル高そうよね」

釘宮が呟いた。千冊は異常だと思うのだが、その部分に突っ込もうという気は誰もないようだ。噂とは尾ひれがつく
ものである。

「でも、どうして木乃香や明日菜と住んでるんだろ。線引きしてるっていっても18才と14才は危ないでしょ」

彼氏持ちの美砂が冷静に言った。

「朝倉の話だと、木乃香と明日菜が誰かに狙われてるっぽい話を聞いたよ。ほら学園長つながりでさ。今回の吸血
鬼騒ぎもそれと関係あるんじゃない?」

横島の活躍もあってか全てが好意的に受け止められてるのか桜子が続いた。

「じゃあ先生ってお姫様を守るナイトってわけ?」

円は言う。さすがに横島がナイトなどに見えるわけがないはずなのだが、生徒間では表面的に、よい噂しか飛び交
ってないだけに疑うものがいなかった。なにより、少女達はまだまだ若く、大人ぶってもミーハーになりやすく、夢見
がちなのだ。

「なるほど、そのナイトに抱きしめられながら守られたアキラはどうだった」

とは桜子がアキラに突っ込んだ。

「よく覚えてないけど……少し、胸がもぞもぞしたというか」

それは胸に頬ずりされたからだがアキラが知るよしもない。

「胸きゅんって言うこと?うわ、これはまじ……いや、そのシチュエーションは私でもやばいか」

「よく分からない。でも『人質とは卑怯だぞ』って先生が叫ぶ声はおぼろに覚えてて、格好いいとは思った」

アキラの頬がわずかに染まる。

「ええな、ええな、お姫様ええな。アキラずるい」

「落ち着け亜子、あんたにもいつか日の目が当たるときがくるって」

興奮した脇役になることが多い亜子に裕奈が制動をかける。

「それに羨ましくはないと思う。横島先生は私を嫌いなのかも。お礼を言おうとしたら逃げられたから」

「どうだろ。アキラが嫌われてると言うより、生徒全部が眼中にないのかもよ。私たちも昨晩のこと聞きたくてランチ
に誘ったけど、即行で逃げられたもん」

円が言う。美砂と桜子もくわえて三人がかりで腕を組んだりして、かなり強引に誘ったのだが、横島は何か呪縛か
ら逃れるように必死に逃げ出した。

「ち、ち、ち、分かってないな。あれはきっと逆だよ」とは3-Aではかなり希少な彼氏持ちの美砂が指をふりふりし
て言った。「あの先生は間違いなく女好きよ。特に大人の色気がある子が好きね。その証拠に私が腕を組んだとき
一番動揺して逃げ出したもん」

暗に色気がないと言われたようなものである円と桜子がショックを受けた。さらに胸がないまき絵とその次に胸のな
い亜子に深刻なダメージを与えた。

「ど、どうして、分かるんや!」

亜子が叫んだ。

「見れば分かるってアキラを避けたのだって。嫌いなんじゃなくてきっと魅力的すぎたからよ。だいたいさ、教師が生
徒に手を出したら首だもの。それに千鶴には水をあけられるとはいえ、アキラの胸とスタイルは超高校級よ。あれ
を見てどうとも思わない男はいないわ」

「うっ」

妙に説得力のある言葉に亜子が自分の残念な胸を残念そうに見つめた。
それを聞くアキラのほうは若干複雑そうだった。






「そうか……」

一方、茶々丸から横島の伝言を聞いたエヴァはぼうっと空を見つめた。昼間は吸血鬼であり魔力を封じられている
エヴァは眠いようだ。サボることは元から多いのだが、今日はそれ以上に行きにくい理由があった。

(あんなに簡単そうに呪いを解いてやるなどと……どういうつもりなのだ)

帰ってこなかったナギと同じ言葉を言った横島。
だがすぐに信じるほどエヴァは単純ではなかった。
裏切られ信じることが禁じられた人生でナギだけは違うと思ったのに、また裏切られた。
その代わりをつとめるはずのネギも結局この学園にきすらしなかった。
十年以上前にもう死んだというあの男の代わりをすると思いネギにはかなり期待していたのにだ。どんな理由があ
るにせよ。エヴァにとり許せない背信行為が二回連続で起こった。

(また信じて、また裏切られ、何度信じればいい。一体いつになったら願いは叶う。いや、600年の命の全てが裏
切りに血塗られているだけだ。今に始まったことではないか)

エヴァは横島を信じる気などなかった。ああして優しい言葉をかければ自分が悪さをしないと思っただけかもしれな
い。何よりここには一年いるだけだと聞いていた。一年経てば帰るのなら、その間に問題さえなければ自分に実害
はないと考えてるのが関の山だろう。

(だが強い。茶々丸の拳が何度かまともに決まっていたが、あまりダメージになっていなかったようだ。まさかタカミ
チ級か?少なくとも今の状態ではまったく勝てる気がしなかったぞ)

強さに関しては疑う余地はない。茶々丸がいて、それでもあの男はかなり手加減してこちらの傷が最小限にとどめ
て見せた。横島の底が計れなかったので正確には分からないが、もしかすると全盛期の自分でもあの男と戦えば
手こずるかもしれない。というか600年も生きてきたエヴァにも霊力というものは理解できなかった。たまに使うも
のはいたが、あそこまでハッキリ形にしているのは初めて見るし、それを武器にまでできるとは信じられなかった。

(だが、あれは絶対に、魔力の波動ではない。なのに魔力がないわけではない。魔法の才能がないタカミチとは違
うのにわざわざ霊力を鍛え、それがやたら大きい。途中から爆発的に増した気もする。なんなのだやつは?まるで
違う進化の過程を歩んだガラパゴスの生物のようだ。しかし、一人であそこまで進化するものか?ガラパゴスの生
物は外界では生存競争に簡単に負けるはずだ。所詮は井の中の蛙。変わっている意外に取り柄などないのが常
識というものだ。なのに、あの結界、外見でも異常な程強力だった。それに『氷の17矢』で捉えたはずが、消えたと
しか思えぬほど速く茶々丸の前にいた)

だとすれば自分の知らない存在だった。あらゆる意味で異質さが感じられた。

(ともかくジジイが吐くとも思えんし、ネギの居場所だけはやつに吐かせねばいけない。もしあの男が本当に呪いを
解くすべがあるとすれば、そのすべも聞き出したいところだ。可能性は薄いとは思うが、ゼロではない以上はな。ど
うやって霊力など身につけたのかも気になる)

そのとき、

(うん?)

麻帆良学園の結界を破り一匹の獣が入ってきたことにエヴァは気づいた。麻帆良の結界は強大な力を持つエヴァ
を呪縛することにもリンクしており、このため、麻帆良の結界に穴が開くと自動でエヴァにも知れるようになっていた


「茶々丸面倒だがお仕事だ。行くぞ。まったく忌々しい」

「はい。マスター」

茶々丸はその表情の変わらない仮面に感情が浮かぶことはなく、ただ主の言葉にうなずくだけだった。






あとがき
更新間隔あいて申し訳ありません。
下書きのあるうちは毎日更新で楽勝だと思ってたんですが、
ちと本業も重なって、簡単には行きそうにないです。
書く気力はまったく萎えてませんので、これからもよろしくお願いしますー。









[21643] アスナの悩み。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/09/16 13:53

「ううん、魔法のこととかって知ったと言ってもね。結局私たちが何かできる訳じゃないのよね」

授業も終わり明日菜と木乃香が帰路を歩いていた。エヴァのこととかでもう少し横島と話したいのだが、今朝の女
子寮ではざわざわしていて聞ける様子じゃなかったし、学校でも新任二日目の横島は、今はどこにいるのかも分か
らないほど忙しいようだ。そんなわけで、相談する機会もないままだった。

「仕方ないえ。うちら魔法なんて使われへんし」

木乃香はいまいちファンタジーにしても霊能力というのがぴんっとこないらしく、横島の能力を魔法のようなものと思
っていた。

「良いなあ光る剣とか。私も使えるようにならないかな」

明日菜は横島のエロはともかく、光る剣が格好いいとか思っていた。

「無理とちゃうかな。そんな簡単に使えたら、もっとみんな知ってるえ。私らでも使える文珠もまあ魔法みたいやけど
、もろた文珠一個でどうにかなるわけでもないんやし」

「木乃香ひょっとして、あれ持ち歩いてる?」

「うん、だってせっかく先生がくれたんやし。いざっていうときは、なんか先生の助けになれるかもって思うねん」

「そうか、そう考えると持ち歩くべきか。でも、一年で横島さん帰っちゃうんじゃ、あんまり頼る癖付けたくないのよね
。文珠がなければ、そもそも危ないことするのは自重するけど、あるとやっちゃいそうな気がするしさ」

「明日菜はなくてもやると思うえ」

「ど、どういう意味よ」

明日菜が額が引きつり、、木乃香も苦笑した。

「せやな。エヴァンジェリンさんとかハリセンで叩きそう」

「叩かないわよ!血とか吸われるの恐いでしょ!」

「ほお、神楽坂明日菜は私に何かするのか」

そこに後ろから声がかかった。二人は聞き覚えを感じながら、慌ててふりむくと、予想通り声をかけてきたのはエヴ
ァだった。その後ろには茶々丸もいた。
二人が驚いて、明日菜は庇うように木乃香の前に立った。

「な、何か用」

明日菜は若干声が震えた。木乃香は恐いけど、後ろに下がって明日菜に隠れるわけにも行かず、明日菜の服の
裾をもって、前に出た。
二人ともこの吸血鬼の少女に目を着けられたのが、10歳の子供であれば、自分より年下を守ろうとする保護欲が
わいて強気になるが、年上のおまけに光る剣まで出す横島では、どうしても自分が頑張らねばという気がわかない
。それは木乃香も同じで、心に弱さが出てしまう。
だから、二人とも昨日アキラを襲い、刹那すら簡単に退けた横島にダメージを与えていたエヴァと茶々丸に、怯え
が先に立った。
そんな明日菜や木乃香をあざけるようにエヴァは笑いを浮かべた。

「横島はどこだ?」

二人の様子に満足してエヴァがにやりとする。やはり自分を見たときはこういう反応でなくてはいけない。ちゃん付
けとかするあの男が変なのだ。

「しょ、職員室だと思うけど」

「ふん、護衛がいないのでは心許ないな。ところで『モンジュ』とはなんだ?」

「ぬ、盗み聞きしてたの?」

「失礼な。聞こえてきただけだ。そもそも、お前達は魔法関係のことを大声で話しすぎだな。魔法についてはばれる
とかなり厳しい罰が待っているのは知っているだろ。横島はそう言ってなかったか。まあ罰を受けるのはあの男だ
けだがな。そうだ。お前たち二人に魔法がばれたと、このことを私が学園長に報告すればどうなるのだろうな」

エヴァは明日菜たちをからかう意味で言う。そんなことを学園長に言えば自分も罰を受けるし、なによりエヴァの性
格からしてちくりなどするはずもないが、見た目のせいで舐められてばかりのエヴァとしては、久しぶりに、怯える相
手が快い。少しは虐めたくもなるというものだ。

「な、なによ。お、脅す気?」

「い、言うたらあかんえ」

「どうだろうな。うっかり口を滑らせるかもしれん」

「エ、エヴァンジェリンさんお願いや。黙っておいて。横島先生はそんなに悪い人ちゃうえ。良い子にしてたら、エヴ
ァンジェリンさんもかかってるいう呪い本当に解いてくれるはずや」

木乃香が必死に言った。

「私はあの男を信用していない。慈悲を請う気もない。本当に呪いが解けるなら力ずくで解かせるだけだ。それとな
、お前達もあの男に気をつけることだ。信じてると裏切られるぞ」

「裏切る?」

明日菜が訝しんだ。

「そうだ。裏切るだ。一緒に住んでるらしいが、せいぜい寝込みを襲われんようにな。それと、あの男に言っておけ
、ネギの居所は貴様を殺してでもいずれ聞きにいくとな」

エヴァは幼い顔に邪悪な笑みを浮かべて歩き去る。茶々丸がぺこりと頭を下げた。
それが見えなくなるまで見ていた明日菜が口を開いた。

「な、なによあの態度。せっかくこっちはあの夜のこと黙ってあげてるのに!」

「明日菜、どうしょう。二人とも本気で喧嘩するんやろか?」

「だ、大丈夫よ。木乃香。横島さんの方が強いんだし」

「でも、うち、いやや。そうなったら横島先生も責任とかとらされるやろし、エヴァンジェリンさんも無事にいかへんし」

「わ、私もそれは嫌だけど……」

明日菜もどうすればいいのか途方に暮れた。昨日今日で、そこまで横島に感情移入したわけではないが、わずか
なつきあいで自分たちを信用して、大事なことを全部話してしまう甘ちゃんに、実際横島に見せる態度ほどの悪印
象はなかった。スケベは直してほしいけど……。それにエヴァのことを横島は学園長に黙っていた。そのことでエヴ
ァが感謝してくれればともかく、今の様子では、さらに問題を起こしそうだ。

(そうなったら黙ってる横島先生もたしかに立場が危ういわよね。じゃあエヴァちゃんのことを私達で学園長に知ら
せたら……)

それはそれでなんだかいやな感じだ。できればクラスメートを売るようなことはしたくなかった。

「とにかく木乃香。横島さんにエヴァちゃんが学園長先生にエヴァちゃんが知らせるかもしれないって知らせよっか
。あと反省とかもしてないし、問題起こすかもって」

「せ……せやな。じゃあ明日菜は職員室行って、私は教室とか見てくるえ」

「分かった」

と、明日菜が走り出し、木乃香が校舎へと向かう。
だが、明日菜はそのとき視界の端に草むらが、かさこそと動くのが見えた。横島がそんなところにいるわけがない
。猫か何かだと思い再び急ごうとするが、見たことのあるジーパンの裾が見えた。

「あ、横島――」

声をかけようとして明日菜は踏みとどまった。あまりに横島の姿が怪しかったからだ。頭を頭巾で覆い、周囲をしき
りに気にしながらゴキブリのように進んでいた。何か警戒するような事態でも起こったのか。しかし、横島の様子は
そういう感じじゃない。どこかで感じたことのある、とてもいけないことをしよとしているときの雰囲気。

横島が壁に張り付き、人間業とは思えないスピードで上っていく。何をする気なのだろうと思っていると、とある窓を
そっと覗こうとしていた。

「まさか!」

明日菜がそこまで来て、横島の行動の正体に気づいた。
と、横島が開けたわけでもないのに窓のほうが勝手に開いた。
現れたのは白い下着姿のしずな先生だった。

「なにをしてるんです?」

穏やかに聞くもののしずなの額の青筋が浮かんだ。

「い、いや、散歩というか。決してしずな先生の素晴らしい裸体を拝みたかったわけじゃないんです!」

「そんな散歩があってたまりますか!」

しずなの拳がめり込んで、横島が三階の窓から明日菜の前に落ちてくる。横島だから三階から落ちても大丈夫だ
とは思うが、この男は本当に何をしているのだ。自分と木乃香のあの心配した気持ちを返せと言いたい。そもそも
横島などのことを心配した自分たちがバカなのかもしれない。

「はあ、いいもんが見られた。後悔はない」

やはり、平気そうに横島が起き上がった。

「後悔しろ!」

明日菜の足が、顔面にめり込んだ。

「く、クマさんパンツ。これは、あ、明日菜ちゃん」

パンツを見て横島が呟いた。

「変なところで見分けるな!大体、『あ、明日菜ちゃん』じゃありません!人が心配して探してあげてたのに、一体何
をしてるんですか!」

「ちょ、ちょっと、ライフワークをな」

「覗きをライフワークにするな!」

「み、見てたか?」

「見てましたよ!もう!そのうち自業自得で首にされますよ!」

「安心しろ明日菜ちゃん、ちゃんと罪にならん相手を選んでる。というかここで十分に煩悩を補給すれば、その分明
日菜ちゃん達のは見ないから」

「安心できるか!」

明日菜が心の底から叫んでもう一度横島を殴り飛ばした。

「明日菜さん危ない!」

と、そのとき、あやかの声が聞こえた。明日菜が気づいて振り向くと、あやかを初め3-Aの生徒が十人ほどかた
まってなにかを追いかけてきていた。すると明日菜の目の前に黒い影が襲ってきていた。普段ならよけられる程度
の速度だが、なにせ不意を突かれてタイミングが完全に遅れた。

「ほい」

だが横島がいかにも軽そうに明日菜を抱き寄せ、黒い影をはじき飛ばす。

「なんだ今のは?」

横島が明日菜を抱き寄せたまま首を傾げた。明日菜は目の前の顔を見て、赤面してしまう。不覚にもちょっと格好
いいと感じてしまった。しかし、二人のムードが盛り上がる前に、あやか達が追いついてきていた。

「せ、先生、離してくれません?」

先程まで怒っていた手前、精一杯ジト目で見つめる。そんな明日菜の言葉にあやか達が続いた。

「先生、下着泥棒です!追いかけて!」

「急いで先生!私たちの下着とられたの!」

「なに、じゃあ今はノーパンか!?」

言われた生徒達が赤面してスカートを押さえた。

「横島さん、中学生にも興味あるんじゃないの?」

まだ抱きしめられて赤面する明日菜がジト目をまたもや向けて、他の生徒も赤くなって見てきた。

「……し、下着泥棒は任しとけ!なんていけないことをするやつだ!」

誤魔化すために横島が走り出した。

(きっと下着泥棒も、この人にだけは言われたくないでしょうね)

明日菜は思いながらも横島につづき、他のあやかに裕奈に亜子、円もいて、同じく下着泥棒を逃がす気はないの
か後に続く。横島の方はと言うと、自分は下着を盗んでも良いが、人が盗むのは許せない。先程の下着泥棒の影
を思い浮かべてイメージすると、密かにポケットの中で『探』の文字を発動させる。すると脳裏に先程の影が見えて
きた。

「こっちか?てか、こいつイタチ……いや、白?オコジョか?」

走り出しつつも見えたビジョンに驚いた。
白いオコジョが下着を持って走っていたのだ。なぜオコジョが人間の下着を盗むのかと戸惑いながら、『探』の文字
が導くままに横島がかけだし、それに生徒達も続いた。いくら四足歩行とはいえ、オコジョと横島では歩幅が違う。
居場所さえ明らかなら、徐々に追いつきだし白いオコジョを横島は視界に捕らえた。

「この、オコジョ!小動物の分際で下着泥棒とはいい根性だ!」

「ゆ、許してくれ、俺っちに悪気はないんだ。ただネギの兄貴を探しに来ただけなんだ!」

「喋るオコジョ?」
「オコジョが喋った!?う、嘘でしょ!?」

後ろの生徒は気づいてないようだが、明日菜は横島の傍にいて気づいた。横島はこの世界にもこんな存在がいた
ことに驚き、またもや聞くネギの名にも驚いた。魔法が秘密である以上、喋るオコジョが秘密でないわけがない。何
より明日菜の驚きがそれを示していた。

「おい、喋るなオコジョ!俺が迷惑するだろうが!」

「なら、追いかけないでくれ!」

「うっさい、お前なんなんだ!?」

「あんたこそなんなんだ。俺っちはカモ――」

そこでカモが言葉を切った。急に目の前に視線を向けた。

「大河内さん危ない!」

「おお美人発見!」

信号待ちをしているアキラにカモが目を付けた。

「な、バカ、あんなとこで襲ったら危ない!」

カモのほうは状況がよく見えてなかったのか、アキラのパンツにめがけて飛び出した。急にパンツに異物感が発生
し、アキラのほうは驚いて横断歩道に踏み出してしまう。乗用車がアキラとカモをめがけて高速で向かってくる。ドライ
バーも気づいたようだが、ブレーキがかかっても慣性の法則ですぐに止まるわけではなかった。

「アキラ!」

「明日菜ちゃんは動くな、俺が行く!」

明日菜が助けようとするが横島のほうが動くのが速かった。

「横島先生?」

アキラと横島の目が合う。とっさに文珠の『護』の文字を使いそうになるが、あれは半径5メートルほどの防御フィー
ルドを形成するので、かなり目立つ。人目がある場所では使えず、やむを得ずサイキックソーサーをみんなから見
えないように車と自分との間に出現させた。そして体内に霊力も巡らせる。昔はサイキックソーサー以上のことはで
きなかったが今ならできる。霊力により身体を強化するのだ。車のダメージぐらいは平気なはずだがアキラがいる
。彼女に自分の霊力を巡らせるようにして、ついでにカモもその中に入れてやる。

(なにこれ、熱い?)

アキラの方は急に霊力が体を巡り戸惑った。

「大河内、俺からできるだけ離れるな!」

「は、はい!」

訳が分からないながらもアキラは横島を抱きしめた。横島らしくもないが、このとき傍目にも格好良く、アキラから庇
うように車の衝撃を自分で受け、そうしながらも体を浮かせて、衝撃を最小限にとどめる。結果派手に飛ばされる
が、ダメージは残さず道路をアキラとカモを庇いながら転がった。

「いっつー」

道路の真ん中で横島はふらつきながら立ち上がった。
足ぐらいはすりむいたようだが、アキラの方は傷一つないようだ。

「大河内、大丈夫か?」

「は、はい」

それでもアキラはふらつき、後ろから車のクラクションが響く。轢いた車は見あたらず、逃げたようだ。横島がとも

かく歩道までアキラを運んで降ろした。

「先生……が……また助けてくれたんですか?」

運動神経のいいアキラでも、まだどこか上の空だった。

「お、おう」

言いながら、横島はアキラの胸に目が行く。

(しかし、この子の乳は相変わらず気持ちいいな。助けるとき当たってたが、美神さんぐらいあるんじゃないのか?
いや、Eカップにちょっと届かないぐらいか。美神さんがFカップのちょっと小さい目だから、ワンサイズ、やはりあち
らに軍配が上がるか。いや、しかし年齢を考えると、20歳の頃にはあるいは美神さんを越える。お、おそろしい。
身長は完全に美神さんより高いし、な、なんという逸材だ!)

思わず横島はアキラの胸をもみもみしてしまう。

(こ、この年で、手におさまらない乳とは!)

「あ、あの」

アキラが赤面してしまう。

「ぬわ!こ、これは勝手に手が!あんまり気持ちいいもんを触りたがってな!」

「い、いえ、その別に良いです。それよりまた助けてくれました」

全然よくないはずだが、アキラは横島を責める気はないようだ。

「ま、まあ目の前で将来有望というか、今でも十分有望な大河内が危険な目にあってるんだ。何度でも助けるぞ!」

「その、何かお礼が――」

「ひゅーひゅー」
「うぅ、アキラばっかりずるいよお」
「妬くな亜子。いつかあんたにも日の目を見るときが来るって」
「さすがですわ先生。お怪我はされてませんの?」
「車に轢かれて平気って、なんていうか、横島さんもう人間辞めてますね」
「今のなに?完全に轢かれてなかった?」

信号が青になり明日菜達が走り寄ってきた。

「へ、平気平気、今のはちょっと武術をかじっててまあその応用だ」

「すごーい。今度教えてくださいよ」

円が言う。

「お、おう、いいぞ。しかし、結構厳しいぞ」

終始横島は狼狽する。余計なことをしなければ、普通に格好いいのだが、それをできない男だった。

「う、それはやだな」

「あ、それと、あの妙な小動物は逃がした。すまん。どうも俺は詰めが甘いな」

エヴァのことも含めて言う。カモを庇う気はあまりないが、なにより、同類相哀れむというある種の思いもあった。

「アキラを助けただけでも凄いって先生」

「大河内さん、ケガはない?」

「大丈夫みたい。先生が守ってくれていたから」

(なんだったんだろう。抱きしめられた瞬間、体がぽかぽかした気がする。それに白い動物が喋ったような)

物静かにあまり喋らずアキラが考え込む。魔法に触れたのだが、常識の範囲から出られるほどそれは確たるもの
ではなかった。

「ところで横島さん。さっき大河内さんの胸――」

明日菜がしっかり見ていたのか言おうとして横島がその口を押さえた。

「はははは、やだなあ明日菜ちゃん。あ、そうだった。このあと学園を案内してくれるって言ってたな。じゃあ行こう
か」

ジタバタする明日菜を抱え上げて、脱兎の如く逃げ出す横島。他の面々は気づいたものがいないようで、呆然と見
つめた。

「ええなあ明日菜。明日菜が同室嫌がってるとき立候補して、私の部屋にきてもらえばよかった」

「うわあ亜子完璧に入れ込んじゃったの?」

「だってー。ああいうふうに一度は助けられてみたいやん。はあ私も轢かれそうになろうかな」

「こらこら不謹慎だぞ」

みんなが興奮冷めやらぬように喋り会う中、アキラは自分の胸を見つめた。昼間の美砂の言葉を思い出す。確か
に横島先生は自分になんの魅力も感じていないわけではないようだ。さらにどさくさ紛れに女の胸を揉んでしまうほ
ど女好きでもあるようだ。

(スケベな人なんだ。でも悪い気はしない。もう一度揉まれたらこの気持ちが何か分かる気がする)

慎重で寡黙なアキラは本来嫌いなタイプの横島を思い出し、真面目にそう思った。






「申し訳ございません」

「俺っちもこの通りだ。姐さん」

「まあ大河内さんが怒っていないのに私が怒るのもなんだけど、横島さんもスケベもほどほどにしてください。それ
とエロオコジョ!分かってるわね!」

女子寮に戻り横島に土下座をされた明日菜が言った。よく知らないが喋るオコジョ、カモもそれに続いて土下座し
ていた。明日菜は横島はまあアキラを助けたことで大目にみるが、オコジョは同情の余地などない気がするのだ。

「な、なんか扱いが違うぜ姐さん」

「エロオコジョに姐さん呼ばわりされるいわれはないの」

明日菜はピッとカモの額にデコピンをした。

「そうだな。大体、全部お前が悪い」

「横島さんはもう少し反省する」

「は、はい」

言われた横島が小さくなる。なんだか二日目にして年上の威厳がなくなっていそうな気がしたが、きっと気のせいだ
と思うことにした。ともかく、このオコジョがなんなのかが二人とも気になっていた。

「で、お前はなんなんだ?またネギ君の関係者か?」

こっちに来てからと言うものネギやナギなどとしょっちゅう聞く横島は当たりを付けて尋ねた。この二名は食べ物で
ないことだけはたしかだ。

「旦那、ネギの兄貴のことを知ってるんですか!?」

やはりどんぴしゃだったのかカモが叫ぶ。

「やっぱりか……まあ本来俺が異質なんだが、この様子じゃネギ君も向こうじゃ苦労してるだろな。あっちじゃ、多
分美神さん達に黙る必要がない分、条件は俺よりよくても10才だもんな。美神さん達無茶苦茶してねえだろうな」

エヴァンジェリンの手前、ネギはいい扱いを受けてるはずだと言ったが、自分の代わりであっちに行かされたのな
ら就職先はあの美神だ。10才の少年にまさか除霊を手伝わせたり、自分のような薄給ではないと信じたいが、な
にせ美神である。やらないとは限らない。特に美神は子供嫌いだ。

(まあジークも着いてるし命までは取るまい。それに六女の方の給料はあるだろうしな)

考えながらカモにどう話したものかと思う。秘密を守れるかどうかは心配だが、ネギを知っているのならある程度は
話さねば仕方ない。

「美神ってのは誰ですか。旦那?」

これは明日菜も興味があったのか聞き耳を立てていた。

「ああまあ、俺の上司でな。無茶苦茶腕が立って、おっそろしく美人なんだが、お金に死ぬほどがめつくて超タカビ
ーなんだ。俺はその人の元で時給500円で働いてた。まあ出来高払いが別にあったから、最近は食うに困ること
はなかったが、最初は金銭的にも肉体的にも死ぬかと思ったな。まあでもあの超無理目の女にセクハラしまくれた
から後悔はないがな」

「はあ、俺っち、ちょっと見ただけだが、あんな突拍子もない瞬間に、誰にもばれずに魔法を使う旦那をこき使って
た女ですか」

カモの中に恐ろしく美人で鞭と札束を持つイメージが浮かぶ。殆ど間違っていないイメージなのが美神の凄いとこ
ろだ。明日菜の方は毎日横島にセクハラされて首にしないって、どんな人なのか、横島は葛葉にですらセクハラす
るのだ。ちょっと想像できないほどの女性である気がした。

「魔法ってことは、お前やっぱり魔法のことは知ってるのか?」

「おうよ。俺っちはアルベール・カモミール。オコジョ妖精でさ。魔法のことはもちろん旦那の好きそうなことも知って
るぜ」

「俺の?」

「ああ、俺っちには分かる。旦那は相当なエロのはず。なんなら助けてくれたよしみだ。俺っちの2000枚の下着コ
レクションを旦那にだけはお見せしても良いぜ」

「2000枚……だと?ふ、甘いなお前」

「な、なにがでい。は!?あんたまさか2000枚以上の下着を!?」

カモが驚愕し、明日菜は横島ならやりかねないと額にたらりと汗を流した。

「ふ、違うぞカモ。下着を数で競うなどゲスのすることだと俺は言っているのだ。いいか、真の漢(おとこ)とはこれと
決めた女に狙いを付け、たとえそれがどんなに困難を極めようと一枚の下着に命をかけるものなのだ。ちなみに
俺はこの地に着いたその日にすでにこの学園で最高の乳を持つしずな先生の下着と、最強の戦闘力を持つ葛葉
先生の下着、そしてもっとも清楚なシスター・シャークティさんの下着をゲットしている。お前はどうだ。当たるに構わ
ず14才の少女の下着をとりまくり、そこに信念はあったのか!」

「ガーン!だ、旦那……俺っちは俺っちは、そんな信念なんてなかった。すまねえ旦那一体俺っちはこれからどうす
れば良いんだ!」

「慌てるな。お前はまだ若い、十分にやり直せ――」

ごすっと明日菜の拳が横島の顔面にめり込んだ。

「下着、返しましょうね?」

明日菜は額に青筋を浮かべて言った。

「は、はい」

横島は床に突っ伏した。

「それでエロガモ。あんたはなんなの、もうなんでも良いからさっさと白状しなさい」

明日菜のカモに対する扱いが、さらにぞんざいになった。

「あ、姐さん。俺っちはネギの兄貴を捜してここまで着たんだ」

カモがネギについて語り出した。本来は横島の代わりにここに来るはずだった少年は、なんでも5年前このカモを
罠から救い出した命の恩人だそうだ。それに恩義を感じ、カモはそのネギを助けようとここへとやってきたらしい。

それを聞いて、横島はネギという少年はここではなく、美神のところで修行をしていること、それはたとえ横島でも
一年後にしか帰れない場所であることを教えてやった。カモのネギに対する語るも涙の事情を聞けば多少の便宜
も図れる気がしたので、明日菜も責めずに聞いていた。

「しかし、お前ここにネギはいないぞ。どうする気だ?」

横島もネギの話を聞くと事情を言わないわけにも行かず、カモには異世界であることだけは伏せて聞かせた。

「まさかはるばる日本まで来て、もっと遠いところにいるとは想像もしてなかったぜ。こんなところまで来て俺っちは
どうすれば良いんだ」

絶望にうちひしがれたように手をつくカモ。さすがにまたイギリスに帰れとも言えずに、二人は顔を見合わせた。カ
モの背中はどう見ても横島達からある言葉が出るのを期待しているようだ。だが横島とてここには居候の身だ。明
日菜や木乃香がいいと言わねば、勝手なことは言えないのだ。

「明日菜ちゃん、良いか?」

なんというか横島はカモを他人とは思えず尋ねた。

「ううん、つまり、このエロオコジョをここで飼えってことですよね。そういうのは横島さんだけで十分なのに」

明日菜は昨日まで横島のことも嫌がっていたのだが、今日は学校へ行って横島の評判がよくて、周りにうらやまし
がられると、まあ横島はいいかなっと思ってしまう現金な明日菜だった。なにより横島はそれほど悪人には見えな
かった。でもこのオコジョを受け入れる理由はなにもないのだ。

「だそうだ。諦めろ」

「ハヤッ。旦那諦めるのはやっ!」

「いや、俺、居候だし」

「あ、姐さん!この通りだ姐さん!俺っちここを追いだされたらもう行くところがねえんだ!」

カモは精一杯土下座を繰り返した。

「ああ、もうー。なんでうちにばっかり変なのが来るのよー」

「はは、明日菜ちゃんも災難だな」

「旦那。あんたのことだ。――てか姐さん。本当に頼む!」

「はあ。追いだして外でのたれ死なれたら困るし……、本当はすごくいやだけどな。仕方ないのかな」

(あ、姐さん結構本気でひでえ)
(そうか?結構良い子だぞ)

美神基準の横島は明日菜がとても優しい子に見えた。

「まあじゃあ私は良いけど、木乃香にも聞いてみないと」

「そりゃそうだな、じゃあ木乃香ちゃんに聞いてからだな」

「はい、まあ木乃香は小動物とかオカルト関係とか、好きだから嫌だとは言わないと思うから多分OKです」

明日菜は諦めたように言った。
でも横島に対したときは少し雰囲気が柔らかくなっていた。

「ここはペット飼っていいのか?」

「良いですよ。あんまりうちのクラスは飼ってる子いないけど、他のクラスは多いし」

「そうか……だとよ。よかったなカモ」

「うぅ、旦那、姐さん。この恩は一生忘れねえぜ。代わりに俺っちに分かることなら魔法のことでもなんでも聞いてく
れ!旦那が無事に一年過ごせるように全力でサポートするぜ!」

振り向き涙を流すカモ。このあと返ってきた木乃香はカモの可愛さの余り、あっさり同居を許してしまうのだった。そ
れが横島を中心とした受難の幕開けになるとも知らずに。






あとがき
カモの扱いはむずいですが、まあ出てくれないと仮契約できませんしね。
とくに明日菜は仮契約ないと立場があやふやになるし。
それにしても横島はどう書いてもエロに走るな。









[21643] カモです。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/09/19 10:33


「エヴァンジェリンが俺のことを学園長に言う?」

お風呂にも入り一息ついた三人とオコジョがテーブルを囲んでいた。カモは木乃香に気に入られてその膝の上で
丸くなり、横島は『羨ましくない。羨ましくない』と呪詛のように呟いていた。二人とも横島が生徒に手をださないよう
に我慢しているのを理解してきたせいか、下着も着けずにTしゃつと短パンというあられもない姿であった。

(う、嬉しい。気を許してくれるのは嬉しいのだが、理性が!ああ、絶対あの胸に飛び込んだら気持ち良いのに、く
っそ、夜にコッソリ触るか!いや、しかし、二人が俺を信用してこんな無防備に……)

悶々とする横島は無駄に霊力を高めるのだった。

「うん、本気かどうかは分かんないけど、昨日の横島さんの言葉にエヴァンジェリンはあんまり納得してないみたい
だったな」

とは明日菜が言う。

「そ、そうか……まあ俺の言葉だしな。信用できないのも無理ないか。それで俺より二人に危険はありそうだったか
?」

「ようわからへんけど、せやな、うちちょっと怖かったけど、危ないとは思わへんだよ」

「どうだろ。横島さんのこと殺してでもとか言ってたし、危なく見えたよ木乃香」

木乃香が弱気も見せたが庇い。明日菜は態度は弱気に見えないが、怯えはあるように見えた。一般人である二人
は横島がいたからこそ強がりもできるが、いないとなるとやはりエヴァが怖くないとも言い切れないのだ。

「旦那。吸血鬼と事を構えてるんですかい?吸血鬼といやあ最大級に恐れられた化け物ですぜ」

サポートするというだけあり、カモは吸血鬼について知っているのか口を開いた。

「ここではそうなのか?まあ俺のいた場所でも吸血鬼は結構強かったけど……あれが恐れられるほどのものか?


横島にとって吸血鬼と言えば、ピートとピートの親父である。あの二人を怖がるというのはかなり微妙だった。特に
ピートは横島と比べると、いや、比べるべきではないほどの常識人だし、真正の吸血鬼であるピートの父はかなり
間抜けな印象しか横島にはないのだ。そして真面目に考えながら、とりあえず透けて見える乳に目が行った。

(明日菜ちゃんは色つきTシャツで突起が分かる程度だが、木乃香ちゃんは白とは本当にけしからん子だ。大きさ
はAぐらいか。無い乳の触り心地ってどんな感じだろうな。ごつごつしてるのか?いやあ違うな。きっと違う。あのお
尻のように無い乳でも触り心地はいいはずだ。しかし、こればかりは揉んでみないことにはな。これほどの無い乳
を揉んだ経験は俺にもない。しかし、セクハラをしすぎて、ここから追いだされたらテントだからな。なにより明日菜
ちゃんはともかく、木乃香ちゃんを触るのはすごくロリコン臭いぞ)

「途中から声に出てます」

横島はボクッと明日菜に顔面を殴られた。

「す、すんません……」

「さすが旦那だ。吸血鬼に狙われてもエロは忘れねえんだな!」

(うちって幼く見えるんやろか?)

机に突っ伏した横島は、カモに賞賛をおくられ、後半しか聞こえなかった木乃香はちょっと傷付いた。

「まったく、で、エロオコジョ。あんた吸血鬼ってどうなの」

「え、エロ」カモは訂正しようとしたが、明日菜が睨むので、やめておいた。「(お、俺っち、悪いことしてねえと思うん
だが)ま、まあ、そりゃあ姐さん、吸血鬼といやあ物凄いですぜ。旦那はよく知らないみたいだが、闇の世界でも恐
れられ永久の時を生き、その長い命の中で様々な上級魔法を身につけて、凶暴で狡猾で、ちょっとやそっとじゃ封
印もできねえ。誰かが呪縛で弱らしてる状態なら今のうちに倒しちまうのが一番いいと思うぜ」

「倒すのか?い、いや、それはないだろ」

横島の方が慌てて手を振った。いくらなんでもあの幼女な見た目の少女を倒すことなどできるわけがない。大人な
見た目の化け猫や自分を食いに来たグーラーですら殺せなかった横島である。ダメージを与えるのも、最小限でな
いと、可哀想なのが彼の本音だ。できれば助けてやりたいとも思った。

「なに言ってるんだ旦那。甘いこと言ってて、可愛い姉さん方に危害が及んだらどうするんでえ」

「いや、木乃香ちゃん達には文珠を渡してるしな。だいいち吸血鬼は夜型だろ」

「もんじゅ?」

カモは聞き慣れない言葉に首を傾げた。

「ああ、えっと……」

横島は自分の失言に冷や汗が出た。明日菜と木乃香は信用できると思ったが、正直、カモを信用できるかは分か
らない。というか、カモはかなり口が軽そうに見えた。

「結界用の護符よ」

ここに明日菜が口を挟んだ。どうも横島に任せておくと、自分で大事なことを全部喋ってしまいそうに思えたのだ。
先程自分たちの失言で、エヴァに聞かれたせいで明日菜はこの辺の警戒心が増していた。カモのことをよく知らな
いうちは黙っておいた方が、自分や木乃香や横島のためにもいいと思ったのだ。

「あ、ああ、なるほどな。旦那はそんな強力な結界符が作れるのか?言っておくが旦那。そんじょそこらの結界じゃ
吸血鬼には無意味だぜ。特に素人に持ち運ばせることができる結界なんざ、気休めもいいところのはずだ」

「いや、俺の結界は――」

「よ、横島さん!」

横島が口を開き書けて、明日菜が慌てて止めた。

(どうした明日菜ちゃん。文珠のことは言わんぞ)

横島はコッソリ明日菜に耳打ちした。さすがにそれぐらいは弁えるつもりだった。

(いいんですか。ただの結界にしてもエロオコジョの話し聞いてるかぎり、文珠って特別っぽいですよ)

なぜ自分がと思うが、横島の自分への危機感の低さが明日菜は心配になった。

(ああ、まあ、そういえばそうか。文珠は、敵意が相手にあったり所持者に危険が及べば自動で発動するしな)
(って、それって、なに、じゃあ、銃とかで狙撃とかされたら)
(多分、勝手に守ってくれるぞ)
(うわあ、なんや売ったら高そうやえ)

木乃香も参加してきた。

(無理無理、美神さんも売れば10億だす金持ちもいるとか言ってたけど、便利すぎるそうだ。世間に公表したら逆
に命狙われるから死んでも言うなって言われてたしな。あのがめつい美神さんが言うんだから間違いないだろ)

「じゅ、10億ぶー」

明日菜が横島の言葉に思わず噴きだし、金銭感覚がゆるめの木乃香でもおろおろした。

「よ、横島さん!本当にこれ、私が持ってていいんですか!?」

明日菜が慌てて聞いた。

「いいぞ。売れなきゃ意味ないし。なにより、この部屋にいるおかげで製造も順――」

横島の霊力の源は煩悩だ。明日菜達と住むせいで、文珠の製造ペースは飛躍的に上がるのだが、言う訳にはい
かなかった。なにより、横島は金銭欲より、女の子の安全の方がはるかに重かった。

「おいおい、旦那たち、こそこそなに話してるんでえ」

「は、はは、なんでもないのよ!なんでも!」

(だめ!横島さん!とりあえず、このエロオコジョが信用できるって分かるまで文珠は秘密にしましょう)
(お、おう)

明日菜のあまりの剣幕に横島はうなずいた。10億ということは文珠を一つ売れば、一生遊んで暮らせるお金が手
に入るのだ。カモがそれをもってどこかに逃げるというのは十分に想像がつく。というか、そんなものを出会ったそ
の日に喋って14歳の少女に上げてしまうとはこの人バカじゃないのかと思った。

(木乃香も分かった)
(う、うん、まあ、確かにな。不慮の事故では絶対に死なへんってことやもん)

木乃香も明日菜ほどではないが文珠の危うさを改めて認識したようだ。

「は、はは、まあオコジョ。たしかに横島さんの護符程度じゃちょっと心配ね」

明日菜はフォローするように言った。

「だろ。まあ、旦那。相手は吸血鬼、油断はならねえぞ」

カモの方は訝しみながらも話を続けた。

「そうだな。(『護』の文字の文珠は有効時間短いしな)吸血鬼騒ぎの担当は高畑先生らしいんだが、エヴァちゃん
が犯人と知らないのかもな。教えた方がいいか」

「そうだな。そして駆逐してもらうべきだ」

「ちょっとまち、それはいくらなんでも可哀想やえ」

木乃香が同情の声を上げたが、カモが遮るように言った。

「でも、危ないのが旦那だけならともかく、血を吸う現場を見たんなら、姉さん達にだっていつ手を出すか分かった
もんじゃねえぞ」

「でもやな。倒すいうんは封印とか殺すとかいう意味やろ。エヴァンジェリンさんはそこまで極悪人ちゃうえ。なあ先
生もそう思うやろ」

木乃香が潤んだ目だ横島を見た。エヴァの見た目と今までクラスメイトだったこともあり、カモの言葉はとても許容
できなかった。だが横島もこの世界のルールがいまいち分からない。それにエヴァンジェリンの考えも何も知らない
状態ではどう判断すべきか難しい。むやみやたらと呪縛を解くといったのも、もしかすると軽率だったかもしれない
のだ。

(そもそもエヴァちゃんって相当長生きみたいだが、今までなにをしてきたんだ?呪縛でここに封印されてるってこ
とはそれなりの悪さはしたのか?その上で、今回また問題を起こしたとなると、高畑先生に言うと、下手すると本当
に退治されかねんな。う、ううん。大河内の血は吸っても操る魔力もないみたいだし、さすがにそれはな……)

「ち、ち、ち、甘いこと言っててこっちが殺られたらどうするんだよ。やられる前にやるのが魔法界の掟だぜ」

カモが分かったように言う。横島も美神ならまず間違いなくこういう判断をすると思った。でも、あの上司はそれでい
て甘いところもあるから本当に悪かどうかは見極めようとすると思う。ただ彼の場合美神よりもっとお人好しである
。悪であってもあの見た目のエヴァを殺せるかは疑わしかった。

「あんたはエヴァンジェリンさんを見たこともないんだから黙ってなさいよ」

言って明日菜がカモの額にデコピンをした。

「し、しかしな、姐さん。吸血鬼ってのは油断してるとマジで怖いんだぜ。血を吸われた子を操ることだってできるん
だ」

「それでもいきなり倒すとかはダメ。大体、今まで生徒に手を出さなかったのに、そこまで急に凶暴化なんてしない
でしょ」

「そ、そうやえ」

木乃香もうなずく。こういうところの理論展開はバカレンジャーでも明日菜の方が早いようだ。

「甘いぜ。吸血鬼が捜してるサウザンド・マスターってのはもう死んだって噂だ。ネギの兄貴も来ないとなると、吸血
鬼はなにするか分からん状態かもしれねえ。狙いが何かはしらねえが、今回生徒の血を吸ったのがいい証拠だ」

「でも、ダメよ。そんなの」

「まあ明日菜ちゃん、カモの言うことも一理はあるぞ」

感情的になる二人に横島が落ち着いて言った。

「そんな……」

「うち嫌や、クラスメイトを疑うんも、先生がそんなことするんも!」

木乃香も口を挟んできた。それを見るとああやっぱりこの子達はいい子だと横島は思った。ある程度対抗策のあ
る横島と違い二人はそれがない。エヴァが凶暴化していれば危ないのは自分たちだろうに、それでも必死に庇おう
としている。文珠は渡していても本当に優しくないとできないことだ。

「まあ聞いてくれ。まず、エヴァちゃんの凶暴化してるというカモの意見だが、今までにもそんなことがあったんなら
学園長が何らかの手は打ってるだろうし、だとすると今までしなかったことをしてると考えた方がいいだろうな。エヴ
ァちゃんが待っていたネギ君がこないことも考えると、この辺は俺もカモの意見に賛成せざるえん。俺が来たせい
でエヴァちゃんが怒ってるのは事実みたいだしな」

カモの考えを横島が肯定するようなことを言ったので、二人の責める目が集まった。
だが、文珠の件より、生徒を預かる教師としてこの件は希望的観測だけで、考える範疇を超えていた。以前ならこ
ういう思考はせずに誰か任せにするが、今は自分がしなければ、この二人に危害が及んでしまうかもしれない。横
島自身似合わないと思うが教師になった以上、及んでからごめんなさいというわけにはいかないのだ。

「じゃあ横島さんはエヴァンジェリンさんを念のために退治したりする気ですか」

「あんまりや!」

「やられる前にやる。旦那の考えは当然だぜ。戦場を知らない姉さん達にはわかんねえかな」

じゃあカモが戦場を知ってるかといえばそうでもないのだが、偉そうに言っていた。
それを二人が口を尖らせた。戦場をそれなりに経験し、悲しい思いも経験した横島としてはカモの意見はもっとも
だと知っていた。甘い言葉ばかりで助けられないこともある。それにこちらが正義のつもりでも相手にはそうではな
いかもしれない。もしそうならエヴァは明日菜や木乃香に手を出すことに迷わない可能性もあった。

「横島さんはどうなんです」

「そや。どうする気なん」

二人が詰め寄ってくる。横島は困り顔を作った。

「ううん」

横島らしくもないが、考えていた。基本的に甘い男である。念のためにエヴァを退治するなど論外だとは思った。か
といえ、もしもに備えないのはあまりに無責任だとも感じた。

「俺はエヴァちゃんを退治してしまう気はない。ってのが本音だな。どうも妙な封印をかけられて本意ではない状態
に追いやられてるみたいだしな」

「しかし、旦那!」

カモが叫んだ。

「まあ待て」

横島は制した。

「その上で生徒や二人の安全も確保したい。ここが問題だ。俺は襲われてもいいんだが、生徒は襲われたらどうし
ようもない。殺しもせんと思うが、血ぐらいは吸われる可能性があるしな」

(文珠があるえ)

木乃香が横島に耳打ちした。明日菜も引き出しにしまったのをあとで出しておこうと思った。

(ダメなんだ。文珠は『護』の文字の場合せいぜい発動時間が五分だ。それも俺が使っての状態だから、二人だと
もって2、3分ぐらいだろう。もし襲われても俺が駆けつけるまでとても結界が持たない。エヴァちゃんが二人に目を
付ける理由もないけど、ないとも言えんしな。だいいち、他の生徒全部に持たせるほど文珠はない(というか、特に
危ないのはこの二人だと思うんだが、言う訳にいかんしな)

横島は最後は自分の心でだけ思った。
学園長に口止めされていたが、木乃香はとんでもない魔力のポテンシャルを感じる。これを使えばあのエヴァの呪
縛を解けるかもしれない。明日菜の方も、妙なポテンシャルを感じる。あの夜、明日菜の手が触れただけでエヴァ
の呪縛が解けたのが気に掛かっていた。
くわえて明日菜には影の護衛はいないようだった。
学園長に木乃香だけひいきされてるわけでもないだろうが、今のところ、この事実も伝えるわけにはいかなかった
。また二人だけを横島は優先して他の生徒をないがしろにするつもりもないが、他の特異性の大きな生徒は自分
の特異性にこの二人ほど無防備ではない様子だったし、それ以外の子なら血を吸われる以上の危険はないという
思いもあった。

「なら今から出て行って今日中に決着を付けるかだけど、今の弱ってるエヴァちゃんじゃ一方的になるし、できれば
むこうから仕掛けるまで待ってやりたい。吸血鬼なら満月まで動かん気もするしな、ということで」

横島は二人に目を向けた。すると逆に二人とカモの視線を感じた。

「ど、どうした?」

「いや、さすがネギの兄貴の代わりに来た旦那だけのことはある。深く考えてるぜ。あんた大人だ」

「ほんまや、ちゃんとエヴァちゃんのことまで考えてたんやな。さすが先生やえ」

「ううん、意外にまともなのよね」

「お、おいおい、俺だって生徒のためとなれば、ちょっとぐらい真面目に悩むぞ。ど、どんな目で見てたんだ」

「「「超スケベな人(や)(旦那だ)」」」

横島は当たってるだけに言葉に窮した。

(ど、どうせ、どうせ、俺なんか、俺なんか)

いじけそうになる横島だが、明日菜が尋ねてきた。

「でも、どうするんです?エヴァンジェリンが動くまで生徒全員が部屋でじっとしてるわけにも行かないし」

明日菜もエヴァが可哀想とは言ったが、有効な対抗策があるわけでもなかった。

「お、なら、この俺っちに良い考えがあるぜ!」

勢い込んでカモが口を挟んだ。
だが、カモの声に三人が疑わしそうな目を向けた。

「なんだなんだその目は。疑うなら教えねえぞ!」

「じゃあ明日菜ちゃんと木乃香ちゃんは、できるだけ俺がいないときは人目につく場所にいること。登下校は俺と一
緒にして夜に出歩かない。これでまあ大丈夫だろ。俺も早く帰るようにするからさ。吸血鬼は夜型なのは本当に噂
通りだしな。昼間は殆ど力は使えんだろ。他の生徒は、まあ、夜に出歩かないよう大河内の件で、改めて厳重に言
ってもらうように学園長に言っておく。今はそれに期待しよう」

「まあそうですね」「せやな。じゃあちゃんと私も明日菜も守ってや」

「おう。任しとけ」

横島は二人に頼るように見られて手を握り込んだ。手をだすには相当の覚悟が居る少女達とはいえ、女に頼られ
るのは悪い気はしかった。

「ちょっと!ちょっ!聞いてくださいよ旦那!」

あまりに華麗にスルーされてカモは横島の顔に飛びついた。

「えーい、うるさい!お前は怪しすぎるんだよ!」

「耳寄りな情報なんだって」

「聞かん、黙れ!」

横島は霊感に激しい危険を感じて耳を押さえた。もちろんそんなことをしても声は聞こえるのだが。

「姉さん達を横島の旦那のパートナーにしてしまえば全部解決しますぜ!」

「「「は?って、はあ!?」」」

「こ、このボケ!お前それはいくらなんでも無茶苦茶だろ!」
「せや、そら、先生のこと嫌いやないけど、いきなりそんなんしたらあかんえ」
「というか、なんで結婚して問題が解決するのよ!」

三人が一気にまくし立てるのをカモが制した。

「まあまあ落ち着きなって三人とも。パートナーってのは魔法使いと戦士が結ぶ契約のことでさあ。キス一つでどん
な子でも魔法使いのようになれるという、それはそれは不思議な能力を使えるんです。簡単なものでしょ」

「あ、あ、アホか!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!いくら俺でも生徒に
そんな理由でキスなんぞできるか!!!」

横島が心の底から叫ぶ。横島という男、意外に愛に拘るたちであった。だがこのとき、なぜか木乃香が自問自答を
し始める。

「キスで魔法使い?でもうちキスなんてしたことないんよ。でもキスで魔法使い……。うち、どうしよう。横島先生に食
べられるん?ああん、まだそれは早いえ」

「もしもーし、木乃香ちゃん」

「お、落ち着きなさい木乃香!」

横島と明日菜の顔が引きつった。木乃香は横島とエヴァの戦いを見て、かなり魔法への憧れがあるようだ。それ
がキス一つで手に入るのは魅力的だ。何より悪い人間とは思っていない横島とのキスで、それが手に入るなら、か
なり心の揺れる言葉だ。キスへの憧れもある年頃だ。木乃香はひとしきりぶつぶつ言い出した。

「こ、このエロオコジョ!冗談はほどほどにしとけ!木乃香ちゃんが本気にしてるだろが!」

「そうよ、このエロオコジョ!」

明日菜はカモを掴んで締め上げた。

「あ、姐さんギブギブ!こ、これはマジなんだって。魔法使いのパートナーは魔法世界じゃあ普通にある関係でさ。
まあキスでできるのは仮契約までだが、それをすれば本当に魔法のような能力が身につくんだ。オマケに自分の
魔力を仮契約者に与えて強化だってできる。ここは一つブチューっとしてやれば、いざってとき二人の安全も確保
できるし、そうすればエヴァンジェリンにも時間が与えられるってもんだ」

「いや、しかし、俺は霊力はあるが、魔力なんてあるかどうかも知らんぞ」

「魔力は旦那。俺っちの見たところちゃんとあるように見えるぜ。だが、霊力?……へえ、また旦那は珍しいもんが
使えるんだな」

カモは霊力に関して多少知識があるようだ。

「ま、まあな」

「かなり希少らしくて使うやつは俺っちも見たことねえけど。使えると結構便利らしくて大昔は、結構使えるやつがい
たとか聞くぜ。でも魔力を持って生まれるやつの方が多いんで、今ではすっかりなくなったとか。そうか、どおりで旦
那はなんか違うと思ったんだ。まあ安心してくれ、霊力でも術式をちょいといじくれば仮契約者に魔力と一緒に与え
られるはずだ」

「そ、そうなのか?」

「ちょ、ちょっとまちなさい!たとえいけてもなんで横島さんとキスしてまで、そんなことしなくちゃ!って、横島さん期
待の目でこっちを見るな!」

明日菜が敏感に横島の視線に気付いた。

「い、いや、見てない!見てないぞ!――こ、このエロオコジョ!お前はなんていけないやつなんだ!仮にそれが
本当としてもダメだ!!」

横島は軟派はするし下着も盗むが、もてたことがないので本当の行為に及ぶとなると急に倫理観が強くなる。要は
へたれなのだが、そういう行為は好き同士でするものという理想も持っていた。

「明日菜、本当にどうする?」

一方で木乃香の方も真剣に悩んでいた。18才の男とのキスは14才の少女にとり大問題である。こんな密室でそ
んなことをしたらそのまま襲われるかもしれない。それぐらいリスキーなことだし、それは好意がないととてもできな
いことだった。

「どうするって、するわけないでしょ!横島さんこっち見るな!」

「見てない!見てないぞ!」

「ううん、なら、うちはどうしょうか……先生を嫌いやないけど、うちもそんなん困るわ。でもキスして先生に迷惑かか
らんようになるんやったら別にしてもええとも思うんやえ。それに魔法魔法魔法」

「こ、こら木乃香!冷静になりなさい!」

(そ、そういえば木乃香って、占いとかオカルトになると目の色変わるのよね)

友人の悪癖を思い出し焦る明日菜。横島が木乃香にとっては年齢的にも十分射程内の男であることもあり、かな
りたががゆるんでいるようだった。

(こ、木乃香ちゃんとキス。オマケに相手もあんま嫌がってない。むしろ良い感じ。いや、しかし、これからこの二人
とずっと一年同じ部屋だぞ。キスなんてして、ずっと居られるのか。学園長にばれたら確実に責任とれと言われる
だろうし、そうなればむこうにも帰れない。というか生徒に手をだす教師がいるか!そもそも木乃香ちゃんはロリコ
ン臭がすごくするぞ!)

いくらなんでもそこまでの覚悟は、まだ横島にはなかった。

「こ、こここらこら木乃香ちゃん」

木乃香の考え込む肩に横島は手を置き、少女二人がこちらを見た。

「横島さんはどうなん?う、うちはちょっとしても良いと思うんやえ」

言ったものの木乃香は赤面していた。明日菜の方はどうしたらいいのか分からずカモを握りしめながらこちらも赤
面していた。

(あ、姐さん!死ぬ!死ぬから!)

(か、可愛い!なんと恐ろしい破壊力だ!落ち着け俺!お……美味しい美味しいけど、いくら美味しくてもこれはあ
かん。人間としてダメだなんだ!生徒相手に弱みにつけ込むようなことをしてはいかんのだ!)

横島は心の中で泣きながら言った。

「お、おお俺の迷惑なんて気にするな。元々護衛もかねてここにいるって説明しただろ。大体、木乃香ちゃんはかな
りの美人なんだ。美人のキスはこんなところで簡単に散らすもんじゃないぜ」

横島は死ぬほど無理をしていた。
目からは血の涙が流れた。

「横島先生でも……無理してへん?」

「い、いいいいいいいいいって言ったら良いんだ。もうこの話は終わりしよう。明日の手はずも決めただろ。ほらさっ
さと寝よう。かか、カモももう余計なこと二人に吹き込むなよ。今度言ったら許さんぞ」

「まあ旦那がそういうなら俺っちは良いぜ」

(ふふ、旦那甘いぜ。たとえこの二人がダメでも、もう一人俺っちは旦那にめろめろの子を知ってるんだぜ。おまけ
にあの子なら旦那だって迫られたら断れないはずだ。そう、旦那が俺っちの見込んだとおりのエロなら……)

言いながらカモは心中を隠してどこから出したのかタバコを吹かす。

「ここは禁煙」

明日菜がカモのタバコを消した。

「まあでもそうかな。さすがにキスはないよね」

明日菜も横島の言葉に納得し、ベッドに潜ろうとした。だが木乃香が横島を見てふいにいった。

「横島先生ひょっとして照れてへん?」

「な、な、何を!何を言うんだ木乃香ちゃん!」

「でも、顔赤いえ?」

「こう見えても俺は18才、キスの一つや二つ経験もちゃんとしてるんだぞ」これは本当である。横島はキスまでなら
経験はあった。お互い同意の上のキスももちろんあった。しかし、この女子寮というミルキーな空間での木乃香の
破壊力は凄まじかった。「じゅ、14才の子相手にキスするぐらい動揺するわけないじゃないか!ははははは」

(思いっきりしてるわね)
(思いっきりしてるぜ旦那)

「と、とにかく、ふふふふ二人とももう寝るんだ!さ、さあ寝るぞ。もう寝るぞ。はははは」

精一杯の虚勢を張ってふらふらと歩き出す横島は、玄関へと向かい扉に頭をぶつけて仰向けに倒れた。そのとき
丁度後頭部に本棚の角が当たった。いつもの彼ならこれぐらい平気のはずが、よほど動揺していたのかそのまま
気絶してしまった。

「あーあ、もう木乃香。動揺させすぎ。横島さん妙なところでだいぶ純粋みたいなんだから」

「木乃香姉さんやるな。旦那を一発ノックアウトとは恐ろしいお人だ」

「なあ明日菜」木乃香は横島の顔をジーと見つめた。「寝てるとこにキスしたらあかん?」

気絶した横島の顔をつついて木乃香は本気とも嘘ともつかないことを言う。

「だ、ダメに決まってるでしょ!さ、ソファーまで横島さん運んで、私たちももう寝るよ」

「うーん、残念。ちょっとぐらいのキス。寝てたらいいんとちゃうかな。これやとそれ以上になる心配はないんやし」

「木乃香!もういい加減にしなさい!」

明日菜は怒気を孕んで言った。横島ほどではないが明日菜も考え方が真面目な方である。寝込みの男性にキス
などとんでもないと思った。

「じょ、冗談や明日菜」明日菜の本気で怒ってると見て木乃香が引いた。しかし、木乃香は本当に占いやオカルト
が関わると理性をすっ飛ばすところのある少女だった。「いくら横島さん相手でもそんなことせえへんよ。今度ちゃ
んとしたときにしやんとな。もちろん明日菜の次で私はええんよ。三人で仲良くでもええんやえ」

これは冗談であってほしいと思いながら明日菜は横島の上半身を持ち、木乃香が両足を持ってソファーに寝かせ
てあげた。なんだかこうしてるともう本当にどちらが年上か分からない気がした。






「うーん…」

朝まだ3:30だというのに明日菜の目が覚めた。
いつも通りの3:30起床で、新聞配達にこれから出ねばならなかった。明日菜は両親がすでにいないため学園長
の世話になって生きている。その恩を少しでも早く返すためにと新聞配達のバイトをして学費の足しとしているのだ

横島も新聞配達のことは知っているが、両親が他界してることは知らないはずだ。
明日菜は聞かれないのに自分の不幸話をする気もなかったし、横島は新聞配達をしてると言っても『賢い子だな』
ぐらいしか言わない人だった。深く詮索しないのは気を遣ってくれてるのだろうか。

(そんなわけないか。横島さんだし)

そういえば、まだ二日しか経ってないのにいつの間にか先生と呼ぶことが少なくなっている。いけないこととは思う
が、どうも横島を見てると先生という気がしないのだ。本人にいたっては気にもしていないようだが。

(起き抜けいきなりに横島さんのこと考えてる場合じゃないわね。さて、今日も頑張って行こー)

自分で決めたことだから仕方ないとはいえ、外がまだ暗くてひんやりしているのを見るとやはりもう少し寝たいと思
う。だから他の人起こさないように、心中で気合いを入れて、伸びをするといつもはかからない声がした。

「明日菜ちゃんおはよ」

と、横島の声であった。明日菜はどうして起きてるのかと二段ベッドの上から横島を見た。

「……目覚ましで起こしちゃいました?」

明日菜はまだ木乃香は寝ているので声を抑えて言った。木乃香も最初の頃は自分の目覚ましで起きてしまうこと
があった。迷惑だろうなとは思ったがそのうち慣れて、この時間には少々騒いでも熟睡するようになっていた。

「ごめんね横島さん。そのうち慣れると思うから」

「違う違う。ほら『護衛』の話しただろ。昨日の約束だからな」

横島の言葉に明日菜が一瞬目を瞬いた。

「え、って、い、いいですよ。朝からなんて必要ありませんから!」

「明日菜ちゃん。声」横島は口をシーとして静かにするようにいう。「木乃香ちゃんが起きるだろ」

「あ、って、だから横島さんも寝ててくれればいいですって」

「明日菜ちゃんがよくても俺がダメだ。もし明日菜ちゃんをエヴァちゃんが狙うとしたら、まだまだ夜のこれが一番の
好機だからな。昨日キスもしなかった手前、見過ごすわけにはいかんだろ」

「なっ」

明日菜が赤面した。そういえば昨日、木乃香のことをグズグズ言っていたが、最後の方は横島が強く否定してなけ
れば自分もちょっと流されかけていたのだ。今から冷静に考えるとかなり恥ずかしかった。

「それに丁度いいんだ。最近、運動不足で鈍ってるしな。体動かすついでみたいなもんだから、気は使わんで良い
ぞ」

「で、でも、3:30ですよ。運動不足のトレーニングなんてもっと後で十分でしょ」

「甘いな明日菜ちゃん。こう見えても夜中の仕事に俺は慣れてるからな。こんな生ぬるいペースで生活してると退屈
してた所なんだぞ。だから気を遣うな。先に外に出てるから着替えたら来てくれ」

「あ、横島さん!」

言うと横島は明日菜の言葉も聞かずに、玄関を開けて出て行ってしまう。
どうも止めても聞く雰囲気じゃなさそうだった。

「もう、スケベのくせに」

なんだかんだできちんとするところはしてるのだろうか。もの凄く信じがたいけど、そういう横島を明日菜は嫌いで
はなかった。そんな横島のいい部分を見ると普段とのギャップのせいか、わずかに胸がちくりとしたが気づかない
ふりをすることにした。







あとがき
結局カモはどこまで行ってもカモでした……。
彼がKYじゃなかったらそれはもうただのオコジョなんだよ。
と言ってみる(汗
まあ横島は生徒に対してはちゃんと考えているので、
そこまで流されずに、カモに接するはずです。










[21643] アキラの隠れていた衝動。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/11/01 11:17

「ちょ、ちょっと横島さん。待ってください!」

横で走る横島に、新聞配達をする明日菜は声をかけた。明日菜も体力にはかなり自信があったので、横島が途中
でついてこれなくなるのではと思ったが、それどころか、こちらの方が先にばてていた。横島はといえば、まったく息
を切らせず前方にいる。横島があまりに平気そうについてくるので、途中から意地になって飛ばしたが、なんの効
果もなくかえって自分が無駄に疲れただけだった。

「よ、横島さん早すぎ!」

「お、おうすまん」

明日菜が遅れているのに気付いて横島が速度を落として横に並んだ。

「す、すごい体力ですね。私も結構ある方なのに」

「はは、向こうじゃ毎朝人狼の散歩を五〇キロぐらいしてたからついな」

「ご、五〇キロ……はは」

(こ、この人、本当に、スケベ以外のスキルは異常に高いわ。いや、むしろスケベのスキルが一番高いのか)

やめよう。と明日菜は思う。体力で競っても無駄そうだ。そういえば以前見た横島の動きも人間業じゃなかった。あ
のときはあまりに人間離れしていたので、魔法でも使ってるのかと思ったが、どうも地からして自分とは段違いの体
力を持ってる人のようだ。

(長瀬さんぐらいひょっとするとあるのかな?)

「横島さんって何か苦手なものあるんですか?」

目上ということもあり敬語で明日菜が尋ねた。この辺は木乃香よりしっかり線引きしている明日菜だった。

「あるぞ。自慢じゃないが俺は女に弱い!特に美とつく女には弱い!明日菜ちゃんも美少女だから弱いな!」

言いながら横島は誇らしげに言う。こういうのをオープンスケベというのだろう。まあ少々オープンすぎて突っ切って
いるようにも見えるが。

「はいはい」明日菜はぞんざいに返事をしたが足下がふらついた。「はあはあ、横島さんちょっと休憩」

いつもより倍ほど速く新聞を配っているのに気づいて明日菜は足を止め、一息つこうとした。立っているのも億劫で
行儀は悪いが、地べたに座って天を仰いだ。

「は、はは、悪い。調子に乗って飛ばしすぎたな」

横島も足を止めた。
するといつも会う見回りの警察官にいつもと違う場所で出会い、挨拶をする。警官は「頑張って」と言葉を残して通
り過ぎ、横島の方を見るが、軽く挨拶をして横島を怪しむように見た。明日菜が「スケベだけど大丈夫です」というと
「彼氏かい」と言われ激しく照れて全力で否定した。だがにやにやしたままむこうに行ってしまい完璧にそう思われ
たようだ。今度きちっと説明しようと思った。自分は高畑先生一筋なのだから勘違いされるのは困るのだ。

「あんまり疲れてるなら新聞持つぞ」

横島は何度か言ってる言葉をもう一度言う。

「いいです。これは私の仕事ですから」

だが明日菜はにべもなく断る。自分がしていることには誇りを持っていたし、なんだかここまで差がある上に頼るの
も癪に障る。先程警官の余計な言葉のせいか、明日菜の対応は冷たくなった。

「そうか、遠慮せんでいいんだが」と横島は何か思いつき手をうった。「お、そうだ。ほら、明日菜ちゃん」横島が言
って膝をついた。「道を言ってくれればおぶってやるよ」

しかし、明日菜がジーと見つめた。

「お尻とか触りません?」

「……」

横島の背中から滝のような汗が流れた。ちょっとそれを期待しての行動だったようだ。

「スケベ」

明日菜は言うと横島を無視して歩きだした。こんなスケベな人に気持ちが弛んでいた自分が少し腹立たしく思え
た。木乃香もたががゆるんでるし、自分がしっかりしないと、と思い直した。

「ち、違うんだ明日菜ちゃん!いや、本当に疲れてると思っただけなんだぞ!」

横島は叫ぶが、明日菜はふりむくと、べーと舌をだした。






時間は過ぎ、登校時刻になり、麻帆良学園にたくさんの生徒が集まってくる。昇降口にいた裕奈達の後ろの方で、
また横島が葛葉先生に突進して撃墜される音と生徒が笑う姿が見えた。

「元気だねー。まあ葛葉先生にセクハラする分は罪にはなんないだろうけど」

佐々木まき絵が呟いて下駄箱を閉じた。

「いや、なるんじゃないの?」

裕奈が何気なくつぶやいた。

「あれ?そうだっけ?」

「うん、多分。あ、でも、葛葉先生刀抜いてるから過剰防衛気味だしいいのかな」

裕奈はそれでも本気で罪うんぬんを考えてるわけではないらしく、まあ横島先生だしなあと言って曖昧にすませた。
裕奈はバスケ部の朝練を終え、いつもここまで来ると今日も一つこなしたなという気がする。もっともこれからまた
退屈な授業を受けねばいけないのは嫌だが。まあ最近授業も面白くなる人がいるがあれも3時間目だ。それに当
てられると答えが分からないのは問題だった。

「あ、アキラも終わりにゃ~?」

そこに丁度アキラが横に並んだ。
寡黙な彼女がこくりと頷いた。物静かだが、割とノリはよくてクラスで騒いでいると意外にちゃっかり参加していたり
する。それにスポーツ系の部活ではダントツに注目を浴びている水泳部のエースだった。弱小バスケ部のエースで
ある裕奈としては憧れる気持ちもある。まあ、普段は仲の良い友達として接していた。

そんなアキラが自分の下駄箱を見つめていた。それはもうジーと見つめ凝視していた。

「どうかした?」

「いえ……」

「あ、まさかラブレターでも入ってた?」

「え?本当に!?」

裕奈が女子中でそれはないと思いながらも、はやすように言った。激しく反応してまき絵も後ろからのぞき込んでき
た。だが、そうするとアキラは何事もないように下駄箱を閉じた。裕奈とまき絵には分からないようにポケットに手紙
を入れて。

「ほ?」

多少妙に思うが裕奈はなにも気づかないのか首を傾げる。

「少し上履きが汚れてから、今日は持って帰って洗おうと思っただけ」

アキラが物静かに言って歩き出し裕奈が続いた。

「なんだ。まあそれもそっか。ラブレターなんてここに届くわけないよねー。男子校の子はここまでこれないし、もしそ
うなら同じ女か先生からになっちゃうにゃ」

「え、ええ。届くわけない」

「あ、ちょっとまってよー。ねえラブレターは!?」

まき絵が慌てて続く。その話はもう終わりかけていたが、この中では彼女が一番幼いようだった。

「勘違い勘違い」

「ええ、でも手紙っぽいのが――」

「あの、私、お手洗いに行きたいから」

よく見るとアキラの頬が赤面していた。

「そう?」

裕奈もまき絵もアキラの様子を訝しむが、お手洗いを深く詮索することもない。付き合おうかとも一瞬思うが、先程
裕奈は行ったばかりだったし、まき絵も行きたくなかった。それにアキラの方がいつも以上に言葉少なく先に歩い
て、その先にあるお手洗いに入ってしまった。

「なんだろね?ちょっと様子が変だよね」

「さあ?急いでたんじゃない?」

「そっか、まあアキラも乙女だし、深く追求はすまいだね」

トイレによほど行きたかったのだと思い、二人は歩き出した。ハルナか朝倉が居れば間違いなく、反応しそうななに
か桃色の気配がアキラにはあったが、裕奈とまき絵はそこまで鋭くないのだ。


一方でアキラは、心臓が爆発しそうなほど高鳴っていた。つい先程まで二人に自分の心臓の音が聞こえないかと
危惧したほどで、自分の耳にはしっかりと心臓の音が聞こえ、今もそれは続いていた。他の女子の姿があり、アキ
ラはともかく個室の扉を開いて入る。まずしっかりと鍵をした。

「すう」

自分を落ち着けようとアキラはゆっくり息を吐いた。とにかく膝が笑うほど動揺していた。先程忍ばせた手紙を早く
見たいが誰かに見られることだけはあってはいけないことのような気がする。誰も来ないかと普段なら気にしない
のに気を配り、もし来たとき外から見て足の位置がおかしくならないように、便座を開ける。

したくもないのにパンティを下げて、スカートをまくり上げると腰を下ろした。

「ほう」

まるで本当にトイレがしたかったようにアキラは息をついた。

これで何があっても自分の邪魔をするものはいないだろう。
そう思ってアキラはようやくポケットにしまった手紙……いや『ラブレター』とおぼしきものを出した。そこには『横島
より』とある。横島の字よりもはるかに汚い字だが、今のアキラは冷静な判断力を欠いていた。横島も動揺しながら
書いたぐらいにしか思わなかった。なにせ生徒であるはずの自分にこんなものを出したのだ。

『大河内アキラ様。放課後りょーの裏でまてます。僕のパートナーになてください。横島』

とある。

(パ……パートナー……け、結婚?い、いや、恋人という意味で書いてるのかも。アメリカだとこう言うのかな)

冷静にアキラはなんとか考えようと思う。
だが浮かぶのは横島の顔ばかりである。どうにもここ最近の自分は冷静を装いつつ、心の内が知られれば笑われ
るほど横島を意識している。
人に対して二日や三日でここまで好意を抱くものだろうか。普段寡黙なだけに火がつくと自分はこんなにも凄い衝
動を持っていたのだろうか。
なにせ心臓が潰れそうなほど苦しい。とにかく手紙をもらえたことが嬉しくて仕方がないのだ。

(でも、いきなりこんなのいいのかな。先生も学校にばれたら困るだろうし……。それに、そんな人気のない場所に
行って、いろいろ迫られたらどうしよう。先生ってかなりスケベだし。昨日みたいに胸を触られたら、さすがに抵抗し
た方がいい?でもアメリカに留学してハーバードなんて行ってた先生ならものすごく進んでるのかも。胸で抵抗した
ら、つまらない子だと思われるかもしれない。いや、向こうの反応より自分を持たないと)

そう言い聞かせ、それでも、アキラはそれ以上迫られると抵抗できる自信もないと思いつつも立ち上がった。とにか
く授業を受けてそれからだ。気持ちは切り替えないと誰かに気付かれるかもしれない。面倒な騒ぎでも起きたら、
横島に迷惑がかかる。しかし、いくら見た目が大人びても、アキラの中身は14歳の少女にすぎず、憎からず思って
いる相手からの手紙に平静に戻れるはずもなかった。

その日、一日アキラは終始心ここにあらずといった様子でいた。






「はあ、なんか日に日に生徒を見る自分の目に自信がなくなっていく。いや、生徒に手をだしたらダメなのは承知し
てるんだが、那波のあの乳はなんなんだ。F・94はもう中学生と違うだろ。戦闘機か。戦闘機なのか。長瀬に龍宮
も信じられん。全員エミさんや美神さん級じゃないか。早乙女に大河内に雪広……なぜ俺のクラスだけこんな規格
外の14才なんだ、他のクラスの子はもっと普通だろが!俺に襲えと言うのか!」

と、横島は天に向かって吠えた。

「あかん、かなりたまってる……。今朝の早起きも悶々として眠れんだだけだし、たった一日で文珠を一個作れてし
まうとは……ああ、俺のアイデンティティーが!!!変に誤解されてるのか和泉や雪広は妙に好意的だし。なつか
れるのは良いが理性がっ。なんであいつ等は俺なんぞに無造作に引っ付いてくるんだ。距離が近すぎる!特に女
子寮はやばい。やばすぎる。……よし、今日も葛葉先生に癒してもらうぞ!」

標的にされる葛葉としてはたまったものじゃないことを思いながら、横島は走り出そうとして止まる。

「って、違う!」壁にゴンゴン頭をぶつけた。「ああ、こんなことばっかりで悩んでる場合じゃないんだ。エヴァちゃん
また来てなかっただろうが。放っておいて上げたいが、先生としてはサボりを認めとくわけにはいかんだろ!」

横島は考え込んだ。教師としてあの年代の子を預かった以上、さすがに生徒を性の対象として悶々とばかりしてる
わけにも行かなかった。締めるところは締めないと、ブレーキ役になってくれる子もいないのだ。そうなってくれるべ
き明日菜も、ある程度以上になると流されるところがあるし、そもそも突っ込みに美神ほどのパワーがない。美神
級のうっかりすると死にかねない突っ込みをする葛葉も、常に一緒に居るわけではないのだ。

(だいいち、ここってギャグですましてくれるキャパシティーが向こうより低い。この状況で、向こうの世界ほど強引な
ことしてると、取り返しがつかなくなる)

取り返しがつかないというのが、誰かと関係を持てるとかならまだしも、警察のご厄介では嫌すぎる。
ともかく今の課題はエヴァのことだ。あの夜以来、彼女は横島の前に現れていない。茶々丸はサボりだと言うがそ
れだけが理由とも思えなかった。

「あの軽々しく言ったこと気にしてるのか。なんかあの呪縛のこと自体をかなり気にしてるようだし、ナギってのはア
レをかけた相手なんだろうか?」

それに文珠のことはエヴァに秘密のままにしておきたくもあり、悩みどころだ。エヴァに呪縛を解けと言われた場合
は目の前で文珠を見せる必要があるし、それで気付かれずにすむ保証はない。なにより学園長に相談もなしに呪
縛の解除はできることでもなく、もし、ダメと言われれば自分に解く権限はない気がした。

「旦那旦那!」

横島が考え込んでいるとカモの声がした。前を見るとなにか慌てて駆け寄ってきていた。

「なんだ、また悪戯でもして追われてるのか?」

「し、してねえよ。旦那俺をもう少し信用してくれよ!」

「いや、お前の行動ってなんか信用できんだろ。パンツ盗んだりとか。言っておくが木乃香ちゃんと明日菜ちゃんの
下着はダメだからな」

自分はしてもいいが、人のは許さない横島だった。

「それを旦那にだけは言われたくねえよ!てか、それよりも大変なんだ!昨日、旦那が俺と一緒に助けてくれた大
河内アキラって嬢ちゃんが寮の裏手で不良にカツアゲされてるぜ!」

「なっ、カツアゲ?マジか!?」

横島の顔が瞬時に真面目に変わった。美少女の危機ほど看過しかねるものはないのだ。

「本当だ!こんな冗談言うわけねえだろ!」

「バカ!お前、俺のところに来る前にもっと近くに誰かいただろ!」

寮からここまではかなり距離がある。カモのスピードで走ってきたんならすでに手遅れかもしれない。カツアゲだけ
なら財布ぐらいあとで見つけることはできるが、アキラの体にもしも、不埒な輩が一ミリでも触れるなぞ許せるはず
もない。自分が手をだせないというのに、他の男が出すなど、その行為は万死に値した。

「俺っちは旦那と同じで正体ばれちゃいけねえんだよ!」

「な、そ、そうだったか!くそ、カモ急ぐぞ!寮の裏まで転移する!」

横島は急いで文珠を取り出した。

「な、まってくれ、旦那!転移って!?」

慌ててカモが横島の肩に乗り、その瞬間二人が姿を消した。

一瞬後、二人は寮の表に現れた。

「って、うお!旦那、影もなにも媒介なしで転移魔法まで使えるのかよ!?」

「この裏だな!?」

カモは驚くが相手をしてる暇が惜しい。転移の文珠でいけるのは一度行った場所だけであり、横島は寮の裏手に
入ったことがないため一番近い表に出たのだ。幸いこの時間帯はまだ寮にいる子は少ないようで人気はなく、突然
現れたことで怪しまれずにすんだ。だが、それを思うよりも急いで横島は寮の裏手に回った。少しの距離ももどかし
く感じつつ、横島は角を曲がり、そこにいる少女に目をとめた。

背のスラリと高い少女がびっくりしたようにこちらを見てきた。アキラに間違いなかった。

「大河内!大丈夫か!」

横島が慌てて駆け寄る。

「先生……大丈夫?」

アキラが首を傾げた。顔が緊張し、何かを大事そうに胸に抱いていた。

「大丈夫って、どういう意味ですか?」

アキラは素で首を傾げた。

「いや、お前が不良にかつあげされてるって……不良はどこだ?安心しろ!そんなやつは俺が成敗してくれる!」

「不良に?あの、そんなことはされてません。私はこれをもらって、ここにきただけです」

アキラは普段どおり冷静に横島に渡された手紙を見せた。横島はその手紙を見て、さらに異様に汚い字を見てふ
と思い当たり、肩に乗るオコジョを見た。

(カモ!お前、これはどういうことだ!)

横島はぴきっと額に青筋を浮かべた。アキラのことを本気で心配したのだ。冗談で許せるようなことじゃなかった。
しかし悪びれなくカモは小声で口を開いた。

(まあまあ旦那。俺っちのレーダーが彼女が旦那に相当好意を抱いてるって言ってるんでさあ。ここは一つ、成り行
きに任せましょうぜ。旦那の実力は相当なもんだとは思うが、この世界で魔法使いを名乗るにはパートナーぐらい
は必要なもんだ。両想いならなんにも問題ないはずだ)

「パ、パートナー、お前まさか!?」

(ええ、この姉さんなら従者になってくれますぜ)

「あのなカモ!お前、無関係な子をわざわざ巻き込む気か!」

「あの」

アキラは横島が何か一人でぶつぶつ言ってるように見えて尋ねた。

「あっと、悪い」

「この手紙、先生が出したんですよね?」

「いや、その、俺ではないんだが、どうも知り合いが変な気を回したみたいでな。俺にパートナーが必要だとかやた
らうるさくて困ってるんだ。すまん大河内、要らんことに巻き込んで」

「いえ、あの先生」

「ほんますまん。そいつにはよく言っとくから許してくれ」

横島はがばっと頭を下げた。

「いえ、そうではなくて……パートナーってなんのことですか?その、こ、恋人とか、そういう意味ですか?」

「い、いやいや、違う、違うぞ!パートナーって言うのは……」

横島は言葉に詰まる。いまいちどういうものか横島にもよく分からないのだ。仮に分かっていたとしても言える内容
ではないのだが。

「パートナーは姉さん。旦那と一緒に戦う戦士のことでさ。旦那は結構危険な立場にいるお人で一人でも仲間が欲
しいんだ」

(だから、てめえは喋るな!)

「戦う?それは私にできるんですか?」

「もちろん!姉さんぐらい運動神経が避ければ十分だ!」

横島はカモの口を押さえようとしたがするりと潜り抜けてアキラの肩の上に飛び乗った。

「オ、オコジョ?」

(カモ!あんまり調子に乗るな!本気でしばくぞ!)

「おうよ。姉さんよろしくな」

「しゃ、喋ってる?い、いや、横島先生ですか?」

「お、おう腹話術というやつだ!」

「あの、じゃあ私じゃダメですか?そのパートナー私でよければなりますけど」

「おお!さすが俺が見込んだ嬢ちゃんだ!よっしゃあ!」

思わずカモが上げた声が確かに聞こえる。でもアキラは横島の声だと思った。オコジョが喋ると認識するのには常
識的な考えの強いアキラにはできなかった。

(バカ、お前、ばれたらオコジョにされるだろうが!)

(俺っちもうオコジョだし)

「嬉しい……喜んでくれるんですね」

ほっとしたのかアキラがわずかに瞳を滲ませた。彼女にはオコジョが喋るなんて思考はなく横島が喜んでるように
しか見えないようだ。何よりこの手紙が悪戯か何かのたぐいだと知り不安にもなっていたのだ。

「よし、じゃあ早速キスで仮契約だ!」

「キス……あの、今するんですか?」

アキラの顔が途端に赤面してきた。

「いや、今のは違う!」

「なにもちがわねえよ旦那!旦那だって本当はこんな美人とキスしたいはずだろ!」

「あの、キスまでは覚悟してきましたけど、まだそれ以上は覚悟がなくて、それでもいいですか?」

「もちろんだ!」

つい横島が言ってしまう。

「って、は!?」

「じゃ、じゃあ……」

アキラは言いながらも一歩距離を詰め横島に向かって、目を閉じた。

(こ、これはなんだ、やばい。いくらなんでもこらダメだ。というかカモ!てめえ、丸焼きにするぞ!)

(旦那、女がここまで言ってるんだ。覚悟決めちまいな。大河内アキラ身長175センチ、バスト86、ウエスト57、ヒ
ップ83だぜ。こんな中学生いないぜ。もうこれは高校生なんだよ)

(あ、あのな!そんなわけあるか!)

だんだん横島の胸に苛立ちが募った。カモはやり過ぎていた。さすがの横島もキレる寸前まできていた。

(とにかく行くぜ!)

「『仮契約(パクティオ)』!」

しかし、そんな空気まったく読めないカモが叫んだ。横島は怒って止めようとしたが、周囲に不思議な青白い光を帯
びた魔法陣が浮かび、それに包まれた瞬間体に異変が起きてしまう。

「な、なんだ!?」

「この光…なんだかどきどきします」

「仮契約を結ぶ魔法陣っすよ。旦那なら本契約でも良いが、さすがにそれはかなり覚悟がいるだろ。この仮契約な
ら何人とでも結べるし、ここは軽い気持ちでブチューと」

「な、なっ、マジでこの光なんだ!?な、なんか、ナニが反応して!?」

「契約を結びやすいようにちょっとした催淫効果もあるんっすよ。おおさすが旦那だ!30センチオーバーのマグナ
ムなんざ始めてみたぜ!」

「アホか!大河内落ち着け!って、俺のナニが落ち着け!」

「アキラで良いです」

ぼうっとしながらアキラは言った。

「あ、あのな、これはエロオコジョの陰謀だ!俺は悪くないが、このまましたらすごくいかん気がするぞ!」

横島はそう言うがアキラの顔は火照りを帯びた。もう止まらなそうに見つめてくる。横島もだった。この魔法陣の催
淫効果がすごすぎる。訳が分からなくなるほどの情動が突き上げてくるのだ。ただでさえ煩悩の強い横島とエロス
の大きい肢体の持ち主であるアキラが、それ以上に魅力的に見え、その衝動が加速してくる。

「なんだか私おかしいです。胸が疼いて……だ、抱き締めて下さい」

「さ、さすが旦那だ。普通ならここまで相手はエロい状態にならないんだぜ。旦那の煩悩がこの魔法陣でこの子に
も伝わってるだ!いや、もしかすると霊力ってのがそういう効果を生むのかもしれねえ!」

「アホな解説してる場合か!」

だがアキラの方はすっかりできあがってしまい横島の体に手を回した。
横島の胸板で、形の良い乳房がつぶれる。下着を着けてるはずなのに尖っているのが分かった。横島とアキラの
身長は殆ど同じだ。お互い正面から見つめ合う形になる。横島は止めようと思うのに手が勝手に動き、アキラのお
尻の肉に触れた。思わず鷲づかみにしてしまう。

「うんっ」

よほど凄い催淫効果なのか、それだけでアキラは軽く達してしまう。アキラの指が横島の背中に食い込んでくる。

(あ、あかん。いくらなんでもこれは理性が持たん!)

「いいいいいいい良いんだな大河内!」

(って、なにを言ってるんだ俺は!)

普段なら無理矢理にでも離れて壁に頭をぶつけて正気に戻るはずが、アキラの抱き締める力が強すぎたし、催淫
効果が思考をショートさせた。

「はい、アキラって呼んでください」

「アキラちゃん」

「アキラです」

「あ、アキラ」

(やばいやばいやばい、生徒に手を出したら首になる!いや、それ以前に俺はこういう愛がないのは許せんはず!
ああでもアキラちゃんは身長175センチでバストは86もあって、とてもこれでロリとは言えんほど!ああ、何より水
泳で鍛えられたエロすぎる体が俺の理性を!)

二人の唇が重なり合う瞬間。

「おーい、横島先生!」

寮の表から声がした。木乃香の声だ。

「は!?そ、そうだ。ダメだ!こんな勢いで生徒に手をだせるか!」

それで一気に正気に戻った横島がアキラを突き放した。
同時に魔法陣が解け、するとアキラはよほど今ので消耗したのか、地面に崩れ落ちる。
横島は何度も地面に顔面をぶつけた。

「はあはあ、あ、危なかった。もう少しで踏み出しては行けない境界を越えるとこだった!おい、テメエ、オコジョ!
やって良いことと悪いことがあるぞ!って、いや、アキラちゃん大丈夫か?」

とりあえずカモは後回しで、倒れてるアキラを助け起こした。
だが声をかけてもアキラは意識がないのか答えなかった。
心配になって胸に手を当てたら思わず揉んでしまうが、鼓動がして、息もしていた。アキラにとっては刺激が強すぎ
たのだろう意識を失っただけのようだ。それでも心配になって文珠の『治』を一応使用して、回復させ、横島はとり
あえずアキラを持ち上げた。カモの方はあまりのエロさに鼻血を出して呆然としていた。

(ったく、このオコジョは……。このまま埋めるぞ。しかし、大河内は本当にエロイよな。って、は!違う違うぞ!あく
までエロオコジョがしただけで、俺は生徒にこんなことはしたくなかったのだ!)

「す、すまんアキラちゃん。このことは夢だったと思ってくれ」

ともかくカモを肩に乗せた。こいつはあとで屋上から簀巻きにして吊しておこう。そのまま死んでもきっと誰も悲しむ
まい。そしてカモの書いた手紙を回収しておく。寮の裏手からこっそり入るとアキラを玄関付近のソファに寝かせる。
目覚めたとき自分がいなければアキラも夢だと思うだろう。

(大体、こんな可愛い子が俺のパートナーになりたがるわけないだろが)

そして横島の方は先程のことを全部カモとあの魔法陣の不思議な効果のせいだと思った。

「横島さーん。もうどこいったのよ。見直したと思えばこれなんだから」

(そういや二人と一緒に帰る約束だったな)

外から明日菜の声が聞こえて、明日菜と木乃香への言い訳を考えながら横島は表へと歩き出した。


「うん……」

しばらくしてアキラはソファーで目覚めた。

「私……何を……夢?」

アキラは胸に違和感を感じる。夢だったはずがまだ胸の動悸が収まらなかった。

「キスもう少しだったな」アキラは自分の唇に触れた。「……って」

夢とはいえ横島とのキスをできなかったのを心残りに感じ、しかし、その思考に赤面するアキラだった。やはり自分
の胸の内には結構大きな衝動が隠れている気がした。






あとがき
ギリギリセーフ。でも少しやり過ぎたか。まあ良いか。
しかし、もっと早くカモに制裁をと思ったのに、なんかそうならなかった。
カモは、横島と居ると本当に悪いのか不明になる気がする。






[21643] 想いは交錯して、紡がれて。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/09/28 15:36
「むにゃ」

携帯の目覚ましベルを聞き、明日菜は目が覚めた。ふと横島が寝ている場所を見ると横島はすでに起きているの
か、もういなかった。もしかすると着替えがかち合わないように気を使ってくれてるのだろうか。横島は全然気が利
かないようでいて利くところもある。14才の少女と同居ということで色々考えてはくれてるのかもしれない。

(まあ横島さんだからな。あんまり期待すると絶対外すのよね)

昨日も帰りは木乃香と自分を送ると言いながらすっぽかされたのだ。過剰な期待は慎もうと思いつつ、ベッドから
おり、着替えようとタンスを開けた。

「って……あ、あれ?私の下着が一枚もないよ!?」

明日菜は引き出しの中を見ると、信じられないことに本当に下着がなかった。お気に入りのクマさんパンツもちょっ
と冒険して購入した赤い下着も一枚もないのだ。驚く明日菜の声に目覚めたのか木乃香も起きてきた。

「うーん、うちのも?」

寝ぼけながら木乃香が言う中で、明日菜は考える。まさか誰かが気を利かして下着を全部洗ってくれたとかそんな
落ちでもなければ、盗まれたと見るべき事態だ。初日こそ横島を試すために下着を放置したこともあるが、最近は
下着の扱いには気をつけていたつもりだったのだが……。

「まさか、横島さん?」

「そうなん?なんや、ゆうたら上げるのに」

木乃香が本気とも嘘ともつかないことをまたもや言う。木乃香の大ボケはともかくいくらなんでも横島がこんなこと
するかとも思う。どう考えても犯人はバレバレだし、自分たちに手を出すことには極端に自重していたはずだ。

(ハッ)

そこまで考えて明日菜はある可能性に気づいた。二日前に戸棚の一つを開けて、すませてやることにしたオコジョ
がいるではないか。明日菜は慌ててその戸棚を開ける。

「オコジョ、あんたまさか!」

「姐さん、おはようございます。イヤー、これ、ぬくぬくすよー」

悪びれることもなく自分たちの下着の上で寝るカモに絶句する。このエロオコジョは何をしているのだ。怒りが頂点
に達して朝の3:30から枕を持ってオコジョを追いかけ回し騒ぎ出す明日菜だった。

「明日菜ー、動物相手にそんなにムキにならんと」

穏やかに言う木乃香とは対照的にカモをとっちめようとするがすばしっこく、一撃も浴びさせられなかった。


「ったくもう!下着ドロのオコジョなんて、とんでもないペットがきたもんだわ!」

朝の新聞配達をしながら明日菜が横島に愚痴った。

「まあまあ、あんまり怒ってるとまた途中でばてるぞ。それに下着の布の感触が丁度気持ちよかったんだろ」

「へえ、横島さん。分かるんですか?」

横島に冷たい目を向ける明日菜。そういえば、どこにあるのかは知らないが、めぼしい女性教師の下着をこの男
も盗んでいるのだと気づいた。アレはちゃんと返したのだろうか。

「そっか、横島さんってよく考えたら人間的にダメな人でしたよね」

「いや、全然分からんぞ!や、やだなあ明日菜さん。はははははは!」

かなり無理して笑う横島。普段はちゃん付けなのにわざわざさん付けなどにして、横島は言うまでもなく無理をして
いたが、ここで横島がそれを言うわけには行かなかった。横島も男だ。たとえ明日菜に心中は見透かされてるとし
ても、少女には最後まで本音を隠すのが男というものだ。実際隠せてるかは微妙だが。

「それになあ明日菜ちゃん」

「下着ドロが男のロマンとか言ったら怒りますよ?」

明日菜が先手を取って言う。横島の思考パターンが次第に理解できてきたようだ。

「違うなあ。まあ明日菜ちゃんには分からんだろうが、ネカネさんは男の夢が詰まってるんや」

「ネカネ?」

明日菜は聞き覚えのない名前に首を傾げた。また自分の知らない向こうの世界の人の名前だろうか。

「ふふ、まあいいじゃないか。あのカモには俺がよく言って聞かせておこう!」

(ぐくくくく、あのエロオコジョめ下着ドロ2000枚がマジで追われてるとはな。悪いことはできんもんだ!いや、それ
以前に、あのお姉さんは美味しい!絶対に美味しい!)

昨日の夜。実は横島宛にネギの姉と名乗るものから手紙が来て、そちらにカモというオコジョが、ネギがいると思っ
て逃げたかもしれない。という旨の手紙が来ていたのだ。なんでも下着を2000枚も盗んで本当に追われていると
いうことだった。ネカネというネギの姉はこちらにカモが帰ってくると、また騒ぎが大きくなるので、できれば横島にカ
モを預かってほしいということだった。きっとネカネは横島が女子寮にいるのだと知らずに言ったのだろう。

(任せて下さいネカネお姉さん!この横島忠夫あなたのためならエロオコジョの10匹や100匹いくらでも預かりま
しょう!そしてしっかりこの横島が真人間、いや、真オコジョに更生させてみせます!そしてネギ君!同じ立場にい
るもの同士、帰ってきたら仲良くしようじゃないか!)

手紙に付されていたネカネのホログラフに一発で惚れ込んだ横島は、そのとき、たとえ何があろうとカモを正しい道
へと導き、ネギと会うことがあれば絶対に仲良くなろうと決めたのだ。もっとも横島なんかに導かれて真オコジョに
なれるのかは果てしなく謎だし、そもそも真オコジョがなんなのかもよく分からないが。

「あ、またエッチなこと考えてる」

「ち、違うんだ明日菜ちゃん!やだな、はははは」

「横島さんは分かりやすすぎるんです!」

横島のにやけた顔に明日菜が怒鳴った。結局このあとカモは、横島によって捉えられ、明日菜によって屋上から
簀巻きにして吊されるのだった。






(ううん、どうせえというのだ)

横島は授業中に明日菜を見る。明日菜は今朝のことが原因で機嫌が悪いのか、こちらを見ようともしていなかっ
た。下着を盗んだのはカモだし、横島が悪いわけではないはずなのだが、14才の子を相手に言動は細心の注意
を払うべきだったのかもしれない。まあだが、こちらは深刻というほどのものでもないと思った。

(エヴァちゃんまたサボリか。さすがにこれは弱るもんだな)

生徒の英語の朗読を聞きながら教室をぼんやり歩いていた横島は、こちらは深刻と言える方に目を向けた。
エヴァンジェリンの席はまたもや空席だ。茶々丸にはまだ聞いていないが、おそらくサボリで間違いあるまい。こう
なるとGSの仕事でしょっちゅう休んでいた自分に怒っていた教師の気持ちが分かるというものだ。もっとも最近は
あきらめられて登校するとかえって文句を言われるぐらいだった。まあ横島はそうされてもいっこうに気にせず、か
えって気楽だと考えていたぐらいだが。

(エヴァちゃんはどっちだろうな……放置されて気楽で良いと思うか、それとも寂しいと思うか)

おそらく後者だろうか。人は誰しもが構われることでしか自分の位置を確認できないものだ。一人で生きたいと思う
ものなどいないだろう。たとえそういうものがいたとしても、寂しさの裏返し、もしくは人と上手く接することのできない
苛立ちが出てるに過ぎない。横島はそこまで深く考えたわけではないが、直感的にこのままエヴァを放置しない方
がいいと思っていた。

(とりあえず、直接家を尋ねるのがベストだろうな)

早速昼間でも茶々丸に聞いて直接家を尋ねてみようかと思う。もし聞けなかったら文珠で探すことも考慮した。

「先生。読み終わったよー」

「あ、ああ。すまん」

和泉亜子に英語の朗読をさせていた横島は意識を授業に戻した。

「前に当てたときと比べて、なかなか上手く読めてたぞ。100点だな」

横島は生徒が朗読などをしたり、問題を解かせたあと必ず一声かける。大抵は褒めるし、明日菜やまき絵など褒
めようがない相手でも、「もうちょっと頑張ればかなりよくなるぞ」などと言って励ます。美女には欲望が前面に出て
もてない横島だが、少女達には気さくさと意外な気配りからとても受けがよかった。

もっとも千鶴などの規格外メンバーは別だ。これらに当てるときは乳を見てしまわないように目を逸らすことに全神
経を集中させるため、なにを読んでるのかすらよく覚えてなかった。特に今日はアキラの方を見るのが恐くて、まだ
一度も目をむけていなかった。アレをアキラがもし夢じゃないと気付いたらと思うととても見ることはできなかった。

「へへ、ウチも頑張りました。ちょーっと詰まっちゃいましたけど」

横島もよく使う関西弁の子である。そのせいか横島も当てることが多く、亜子の方も期待に応えるように勉強に最
近励んでいるようだった。

「いやあ、それでも、なかなかのもんだったぞ。和泉は頑張り屋だな」

横島は見た目的に射程外となるとまったく意識せずに好かれる行為を自然ととる。少女の方も横島に邪気がなく
18才と年が近く、かなりのレベルの文武両道で、その割に威張りも気取りもない教師に、悪い気がせず自然と頭
を撫でられると、なぜか亜子が赤くなり着席した。

(やったー、撫でられたー!裕奈裕奈!)
(はいはい、おめでとう(というかなんかアキラの横島さんを見る目が昨日と違う気が……。ううん、なんかよく分か
んないけど亜子、頑張れ))

喜ぶ亜子に、なぜか直感的に同情してしまう裕奈だった。

「じゃあ次を」

「はい!はいです!バビロニアではいです!」

夕映が力の限り手を上げた。

「綾瀬はさっき当てただろ。というか、授業中に堂々と古文書の質問をするな」

明日菜はこのとき分かりやすすぎるほどさらに目を逸らす。まき絵や長瀬といった勉強が苦手組の反応は分かり
やすい。横島もあまり当てたいとは思わないが、ずっと当てないのも逆にまずいと葛葉先生に言われたので、明日
菜に当てた。その場は当てられなくて喜ぶ生徒もそれが続くと疎外感で、ぐれる原因にもなりうるそうだ。

(しかし、まあ、教師というのも生徒の知らんところでいろいろ気配りするもんなんだな)

元の世界に帰ればまだ学生の横島はそんな感慨を抱いた。

「ええ!」

明日菜は嫌がるが、横島がすまなそうにすると、渋りながらも無茶苦茶な文法で読み始めた。機嫌を直してくれた
訳でもないだろうが必要以上に困らせるほども怒ってないようだ。明日菜の美点だと思いつつ、英文をほとんど無
理矢理ローマ字読みするあまりに酷い読解力に、人のことは言えない横島も帰ったら勉強を見てあげた方がいい
かもしれないと思った。

(エヴァンジェリンか……)

横島はまたもや悩み始める。エヴァが授業に出ないのも一日だけならともかく、つづけられるとボディブローのよう
にきいてくる。学園広域生活指導員である新田からも、授業中に屋上で寝ているエヴァが目撃されたらしく、小言を
もらっていた。新田は他のことはあまり言わないが生徒のこととなると、かなり口うるさい人だ。横島としてもそれは
教師になった以上当然と思えたので、あまり悪印象は抱いてないが、やはり注意を受ければ堪えるものだった。

(GSよりは楽と思ってたんだが、仕事仕事でまた違うことで神経使うもんだ。十五年か……)

エヴァの名は伏せて学園長にアキラの件を報告した横島だが、どうもむこうも分かっていたようで、少しだけエヴァ
がここでナギを十五年も待っている話しをしてくれた。そのことに対する同情も横島には出ていた。これはかなりデ
リケートな件のようで、思わずうんうん唸ってしまう。そうしてると今度はあやかが口を開いた。

「先生、何か気になることでもあるのですの?先程からぼーっとしておられるようですが?」

「うん?いや、葛葉先生のバストはいくつぐらいだろうかと考えてっ、ぶ!!」

ゴスッと明日菜の教科書が横島の顔面にめり込んだ。あやかが赤面して、周りからは笑いが漏れた。だが教科書
を投げた明日菜だけは笑わずに横島の顔を見ていた。






「チョップッ」

ぼけっと一人で昼食をとっていた横島の額に明日菜の手刀が入った。横島の手には店で購入したパンが握られて
いた。麻帆良学園は本当に広い学園都市とでもいうべき場所で、普通の学校にある売店ではなく洒落た店で専門
のパン屋があるのだ。味もなかなかいけるものだ。

横島はそこで購入したパンを人気のない池の畔で食べようとしているときだった。何人かの生徒に食事に誘われ
ていたのだが、全て断っていた。

「お、明日菜ちゃん、どうした?まさか俺がいんと寂しいとかか?」

横島は冗談っぽく言う。目の前にはジト目でこちらを見る明日菜がいた。これが美神だと飛びかかるまでいくが明
日菜にはそこまではできないのだ。

「先生っていつもそうなんですか。普段はバカみたいに騒ぐのに、本当に悩むと誰にも相談せずに一人で抱え込ん
で、バカみたいですよ」

明日菜は冷たく言って横島の横に腰を下ろした。

「はは、見抜かれたか。やっぱ俺は悩むとバカみたいか」

「エヴァンジェリンさんですか?」

「いや、どうやったら那波の乳は14才であそこまで育つんかと」

「誤魔化すのも下手なんですね」

「うっ」

明日菜にさらなるジト目で見られて横島は言葉に詰まった。乱暴な少女のくせに本当に見るところはやたらとよく見
ている。なるほど木乃香が自分以上に明日菜は優しいというわけだ。

「相談に乗ってあげますよ」

「あ、アホな、生徒に悩み相談する教師はおらんだろ」

「良いじゃないですか、先生だってまだ18才でしょ。14才の子に相談するぐらいそんなにおかしくはありませんよ」

明日菜の指摘に横島は言葉に困った。
横島が誤魔化しても明日菜は誤魔化されてあげる気はないようだ。

「はは、明日菜ちゃんには敵んな。でも、一応これでも教師やらされてるしな。生徒のことは俺が解決せんといかん
問題だから、どうにかするつもりだ」

似合わないとは思ったが横島は真面目に言った。普段はおちゃらけてはいるが、エヴァのことは誰彼構わず相談
していいことではない気がした。それほどエヴァとは敏感な少女の気がした。こういうのは年齢を重ねても与えられ
る経験に充足がなければ変化できないのかもしれないと思うのだ。少なくともピートはそうだった。七〇〇年も生き
てるわりに恋愛関係が苦手で、GS試験でもかなり感情の起伏が激しかった。

「茶々丸さんに『横島先生とは口を利くなと言われています。マスターはこの教室に横島先生がいる限り、授業には
出ないそうです』って、言われてたのに?」

「み、見てたのか?」

横島は授業後に茶々丸にエヴァンジェリンのことを聞こうとしたのだが、にべもなく断られてしまったのだ。茶々丸
にエヴァのことを聞けなければ、文珠で探そうかと思っていたのが、それすら拒絶するような言葉に、できなくなって
しまった。エヴァは完全にこれから横島を避ける気のようだ。

ナギのことを学園長から多少聞いてしまうと、何か自分は決定的に彼女を傷つける行為をしたのかもしれなかっ
た。やはり呪縛うんぬんは癇に障らせたのか。そう思うと横島は柄にもなく本気でへこんでいた。

「というか、茶々丸さんに教室で聞いてたから結構目立ってましたよ。木乃香やいいんちょもびっくりしてたけど、い
くら声をかけても横島さん返事もせずに出て行っちゃったの、自覚ないでしょ?」

「うっ。そ、そうだったのか……」

ここからいつもの横島なら、もっと騒いでいそうだが、本当に茶々丸の、ひいてはエヴァンジェリンの言葉が効いた
のか、かなり深く落ち込んでいるようで地面に向かってぶつぶつ言いだし心ここにあらずである。

「腹を殴ったのはまずかったか。そもそもそれって体罰では……大体俺があんな偉そうなこというから」

明日菜としても元気だけが取り柄のような男がこれでは拍子抜けであった。今朝のことでまだ怒っていたいのに相
手が、それ以上に落ち込んでてそれも言えなかった。

「まったく横島さんって、意外と不器用なところがあるんですね」

「ということはPTAが出てきて俺は首?それとも幼女趣味と思われて近付いては危険だと!?」

「こらこら思考が暴走してますよ!」

明日菜が見かねて突っ込むが、横島は頭を抱えて立ち上がった。

「ああ、もう俺は終わりだ!ついに警察のお世話に!手は出してないんだ!腹は殴ったけど傷跡も残らんように
ちゃんとしたつもりだったんだ!そもそもあそこまでロリコンな体に俺は興味などないのだ!!」

「い、いい加減にしろ!」

横島の暴走が止まりそうもないと見て明日菜が顔面を殴り飛ばして黙らせた。

「だ、だんだん明日菜ちゃんの突っ込みが厳しくなっていく……」

「もう、落ち着いて下さい。とにかくエヴァンジェリンさんのこととどうするか決めましょうよ。私も手伝うって言ってる
でしょ!」

有無も言わせぬと言うように明日菜がきつく言う。

「いや、ダメだ。明日菜ちゃんを下手には巻き込めん。吸血鬼や魔物とかは倫理観がこちらと違う場合もあるん
だ。女の子だから殺さないとは限らんぞ」

だが明日菜以上に有無も言わせぬと横島が言った。エヴァンジェリンが登校しないから、明日菜を巻き込むので
は明日菜達の護衛も兼ねると言われてる横島にとっては本末転倒もいいところだ。

「じゃあもうキスでもします?」

「……は?」

明日菜が若干顔を赤らめて横島の顔をのぞき込んだ。

「だってキスしたら横島さんみたいな力が使えるようになるんでしょ。それなら少しぐらい危険でも、大丈夫でしょ?」

明日菜の方はかなり緊張して言ったのか、語尾が震えた。

「あ、あのな、ああああ明日菜ちゃん。そ、そそ、そういう問題じゃないぞ!すすすす好きでもない男とキスはしたら
ダメだ!」

横島は激しく動揺した。明日菜はアキラ同様に美少女には違いない。それが可愛げに頬を赤らめて、なにやら健
気ささえ感じる言葉を吐いているのだ。心臓ど真ん中に直球が入り込んだ衝撃が走った。急激に少女相手とは思
えぬほど心臓がばくつきだす。

「じゃ、じゃあキスはいいからシャキッとして下さい」

しかし、明日菜は本気じゃなかったのかすぐに言い直した。

「あ、ああ、分かった」

(違う!違うぞ!断じてキスしたかったなんて思ってないからな!)

横島が激しくこくこくうなずいた。






「とはいえ、なんだかなあ」

明日菜は頭を掻いた。自分の言葉ぐらいで横島がすぐに立ち直るようにも見えなかった。なにせ明日菜がなにを
言ったところでエヴァが改心するわけでもなく、実際にも、問題の解決には繋がらないだろう。でも、普段元気な横
島が落ち込んでるのを見るのはどうも放っておけない。唯一、木乃香にはこのことを言えるが、あの友人は下手に
つつくと横島と仮契約しかねないと思うのだ。

(まあ本当に好きならそれでもいいけど、木乃香はもうちょっと考えるべきよ)

そう思うと明日菜は自分まで悩み出す。

(朝に新聞配達手伝ってくれるの意外と嬉しいんだよね。まだ暗い中で一人だと本当はちょっと寂しかったからな…
…。だ、だからって別に好きって訳じゃないけど、どうしたもんだろ)


「それで俺っちのところにきたと」

屋上から吊されたカモが、明日菜を見た。今朝からずっと吊されているようだ。

「そ、なんか、横島さんを元気づける方法、思いつかないの?」

「そう聞かれたらもちろん仮契約して姐さんがチューしてやれば、旦那も元気が出っててもんだ――。ところで姐さ
ん。とりあえずほどいてほしいんだが……」

「それ以外よ。それ以外。キスは横島さんも乗り気じゃないし、私も初めては高畑先生って決めてるの」

「仮契約のキスとマジのキスは別に考えればいいと思うんだが……。ところで姐さん。マジ、反省したからもうほど
いてくれねえか。吊されて喋るのって意外としんどいんだよ!」

「それでもキスはキスでしょ。あんたそれで最後まで行っちゃったりしたらどうする気よ」

明日菜は唇を尖らせた。乙女として譲れない点はある。相手が射程内に入ってしまう18の男であるだけに、キス
は余程の思い切りが必要だった。

「まったく姐さんも旦那も妙に純情だな。じゃあエヴァンジェリンのことまほネットで調べてみるか?」

「なにそれ?」

「魔法関係のことが出てるネットだ。そこでエヴァンジェリンが本当に極悪人なら、懸賞金ぐらいはかけられてるは
ずだぜ。てか、いい加減ほどいてくれよ!聞こえてるだろ!無視すんなよ!」

「うるさい!ほどいたらまた下着取るでしょ!」

「とらねえよ!もう二度と取らないどころか一ミリだって触らないって誓うからよ!」

「な、なに!?一ミリも触りたくない!?私の下着は触る価値もないって言うのか!」

「誰もそこまで言ってねえ!」

明日菜が逆ギレしてカモを握りしめ、危うくカモが死にかけるのだった。
そしてこのあと明日菜はエヴァのことを知るのだった。






「マスター食事を残されるのは体に触ります」

それは夜も更けた頃、麻帆良学園にエヴァンジェリンのためだけに用意されたログハウスにある一室でのこと。
エヴァの居丈高な物言いからは、想像もつかない人形などのおかれたファンシーな部屋で、食事を摂る必要のな
い茶々丸と、とりたくないエヴァがいた。

「ふん、吸血鬼に要らぬ心配だ」

少しぐらいならエヴァは食べなくてもいけるのは本当だった。
吸血鬼としての不死性が、食事の有無など必要としないと言っている。
しかし、退屈な不死という人生のうちで、食事は楽しみの一つで、人間と同じリズムで食べるのを習慣化させてい
た。
それを最近していないので、体に触らなくても茶々丸は危惧しているようだ。
だがどうにも食欲がわかなかった。
こんなことはナギが死んだという噂を聞いて以来だった。あのときは近右衛門にまだネギという息子がいると聞き、
その子なら呪縛を解ける可能性があると言われてなんとか持ち直したのだ。何よりナギの死体は発見されておら
ず死んだというより、行方不明だと聞いていたから生きてる可能性にかけたのだ。

「横島……」

エヴァは言いかけてギリッと歯がみした。
一瞬でもあの男に気を向けたのが腹立たしい。
それほど考えることも毛嫌いしていた。
ネギのことを聞きに行くどころか顔を見るのも嫌なのだ。

「横島先生には、マスターの指示通り伝えておきました」

エヴァの呟きに反応したのか茶々丸が言った。

「そうか」

茶々丸はまだ生まれたばかりのガイノイドと呼ばれる女性型アンドロイドで、それほど感情の起伏が激しくなく、必
要なことしか喋らない。茶々丸の制作者の一人である葉加瀬にできるだけ話しかけてくれと頼まれていたが、15年
も同じ学園生活をしていては話すこともない。目新しいことなど何一つないのだから。あるとすれば横島だが、今は
そのことを話すのが腹立たしい状態だ。

「マスター」

「なんだ」

「横島先生は、落ち込まれたようです」

茶々丸がごく無表情に言った。

「落ち込む?そう、お前でも分かるほどにか?」

「いえ、周りの方が言っていました。委員長からも、アレは言い過ぎだと叱られましたし」

「そ、そうか……。嫌な役をさせたな」

「構いません。マスターの指示に従うのが私のつとめですから。でも、一度、横島先生と直接話されてはどうでしょう。
このまま食事を摂らない場合、あと二日ほどで活動に支障が出ます」

「分かっている。だが、あの男のせいで食欲がないのではない!」

エヴァがだだっ子のように言った。いくら吸血鬼でもこれ以上のエネルギー無補給は良くない。死ぬほどではない
にしても動きは鈍るし、ベースが人間である以上痩せもする。一年ほど食事をしなければ生きたままミイラのように
もなる。茶々丸はマスターの体を気遣う意味で言ったのだろう。だが茶々丸がこういう見当の付け方をして喋るの
は非常に難しく、高度な処理になる。人間らしい判断基準を持ち、感情によって言ったのなら葉加瀬はきっと泣い
て喜ぶだろう。

「ならいいのですが……。マスターの食欲がないなら食事は下げますが、どうしますか?」

それ以上の追求は来なかった。主の命令に逆らえない茶々丸のこの辺が限界なのだろう。

「ま、まあ少し食べる」

だが茶々丸の心配を無碍にするのも悪く思えた。

「良かった」

「な、す、少しだ。まだ食欲はあまりない」

「了解しました。では温め直してきます」

気のせいか茶々丸がほっとしたような顔になる。目の前のシチューをいったん引っ込めると台所へと歩き出した。


「――出てくる。着いてくる必要はない」

食事が終わりエヴァはマントを羽織った。

「夜間の外出は当分自粛するようにと、学園長先生が言われてましたが」

血でも吸いに行くと思ったのか、茶々丸は機械的に事実を言った。でも、そこには主への気遣いもあるのだろう。
茶々丸はまったく無感情に見えて純粋な優しさを持ってるのはエヴァも理解していた。プログラムにない利他的行
為をよくするのも知っていた。

「血を吸いに行くわけではない。少し外の風に一人で当たりたいだけだ。余計な気遣いはするな」

「失礼しました。ではお帰りをお待ちしています。横島先生には言いすぎましたとお詫びしておいて下さい」

「だ、誰があいつに会いに行くと言ったのだ!このバカが!しっかり留守をしておけ!」

「はい」

茶々丸が頷くのを見て、エヴァは不満そうに夜空へと飛び上がった。






あとがき
10万PV越えありがとうございます。
これも皆様のおかげです。
今回はちょっと真面目な感じだったので、ギャグとエロも抑え気味。
ちょっとずつエヴァも動きだし、明日菜も動きだしって感じの回かな。






[21643] エヴァと明日菜と夜の邂逅
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/09/29 17:53

夜、横島たち三人とオコジョが寮の近くを見て回っていた。明日菜たちの入浴が終わり、横島が入ろうとしたとき、
その横島が外で妙な気配がすることに気づき出てきたのだ。だが外には人の気配もなく誰もいない。明日菜たちも
横島のそういう感覚の鋭さは承知していたので、くまなく探したのだがどうも本当に誰もいなかった。

「誰もいないよ横島さん」

「そうか。ううむ」

「こっちも、おらんよー」

「旦那、こっちもいませんぜ」

「本当にいたの?」

明日菜が横島に尋ねた。

「いや、ちょっと自信がないんだが、俺らが気づいたことに向こうも気づいて、すぐに気配が消えたみたいなんだよ
な。逃げられたか?」

「頼りないな。もう」

明日菜に言われ横島は罰が悪そうに頭を掻いた。他の面々は気配なんてものは分からないので、横島が言う霊
感に頼るしかないのだ。だが、カモが口を開いた。

「いや、姐さん。俺っちもちょっと妙な魔力を感じたぜ。すぐに消えたのは旦那の言うとおりだ」

「エロオコジョに言われてもね。朝の件もあるし」

明日菜はカモを睨んだ。

「これでも、俺っちは海より深く反省してるぜ姐さん!それに言ってたことはちゃんと調べたじゃねえか」

「なっ」

明日菜が慌てて、急に落ち着かなくなりカモに耳打ちした。

(ちょっと、まだ横島さんにも教えてないのよ!)
(なんで、ここで言ったらダメなのか?)
(ダメよ!木乃香を巻き込むでしょ!)

「なんやなんや、何かあったん?」

木乃香が無邪気に聞いてきた。

「ないないない。さあ、誰もいないんなら中に入ろう!さあさあさあ!」

明日菜が無理やり木乃香の体を押していく。

「さ、横島さんも早く。エロオコジョはそこでいなさい!」

「なっ、ちょっと、あんまりだ姐さん!昼間は旦那との「わーわーわーそれ以上喋ったら殺すわよ!」」

「先生も早く入ろう。夜はまだ冷えるえ」

木乃香が言うが横島は手を振った。

「いや、もうちょっと探してから入るから、木乃香ちゃんは先に入っててくれ」

「そう?」

明日菜の方は横島どころではないのか何とかカモにこれ以上喋らせないようにしていた。木乃香は少しためらう
が、横島が強いことは知っていたので「気いつけてや」とだけ残して中へと入った。そうして横島は木乃香も明日菜
もちゃんと寮に入ったのを見届けて、口を開いた。

「桜咲ももういいぞ。『あっち』は俺に用があるだけだろ。満月でもないしな。話をするだけだ」

横島が茂みの方に目を向けて言う。
そうすると髪を横に結んだ少女が現れた。この子も美少女ではあるが表情は乏しい、というより押し殺したような少
女だ。

「授業以外で話するのは最初に立ち合って以来だな」

「そうですね」

横島に気が許せないような表情で、桜咲刹那は刀に手をかけていた。

「いっつも木乃香ちゃんのこと悪いな。お前がいてくれるから木乃香ちゃんに関しては気楽でいられるぞ」

だが横島の方は気楽に言った。

「あなたにお礼を言われることではありません」

表情を険しくして刹那は返した。

「まあ、それもそうだな」

なのに横島は敵意を受け流すように頭を掻く。魔族だの幽霊だの妖怪だのとさんざん対面してきたのだ。14歳の
女の子にいくらすごまれても、びびる気にはなれず、相手が美少女となればなおさら怖さは半減した。

(まあ桜咲も十分、将来は楽しみそうだが、こうも、出るところが出てないと、一切煩悩も起きんな。クラス全員これ
ぐらいだと非常に楽だが。いや、しかし、大草原ばかりが並ぶのも悲しいか。やはりたまにはアキラちゃんや朝倉
あたりの双丘を見て心に潤いもいるな。うんうん)

だからこういうアホな思考をする余裕もあった。

「それに私はあなたを欠片も信用していません」

「はは、それは正しいぞ。俺はあんま先生いう柄じゃないしな」

心底自分でも思いながらも横島は無造作に刹那の横を通り過ぎようとし、

「早く中に入れ。風邪引くぞ」

瞬間何気なく言うが、どういうわけか刹那の刀がひらめく。その抜刀を「ぬわっ!」と言いながら横島はよけた。

「な、なにをすんのじゃ!」

「よけられるんですね」

「あほか」横島はさすがに冷や汗をダラダラ流した。「よけんと死ぬだろが!今の刃が向いてただろ!葛葉先生で
も峰打ちだぞ!女に信用されんのはなれてるが!もてん男には生きる権利はあるんじゃ!」

「やはりあなたが、お嬢様の傍にいるのは危険だ。先生方ですら誰一人あなたの素性は知らないそうですね」

刹那はさらに目を鋭くした。

「は、はははは、なんのことかな。まあ、色々あって素性は言われんとしか言えんが、怪しいものではないぞ」

「女の人の下着を盗んだり、女の胸を揉んだりしても?」

「あはははは、なんのことかな桜咲さん!」

横島は滝のような汗を流した。おかしい。なぜ知られているのだ。どこからか監視でもされているのか。自分の普
段の行動にあまり自覚のない横島であった。

「バカなふりをしても油断はしません」

刹那がきっと横島を睨んだ。

「ゆ、油断してほしいんだが」

「失礼します」

刹那はさっさと寮へと戻った。
横島相手とはいえ、いきなり斬りつけるとは、かなり危ない子だ。
木乃香の普通の護衛というだけでもないようだが、見た目より冷静でいられるタイプではないのか。
今のところ横島を困らせる生徒ベスト10位である。ちなみに1位は那波千鶴で2位はエヴァで3位は長瀬楓で4位
は龍宮真名で5位はアキラで6位が朝倉で7位がハルナでそのあとストライクゾーンに入る体型の持ち主がつづい
て、10位が刹那である。まあ刹那の体型は横島のストライクゾーンから外れているので、1位のような心配がない
のが救いであり、これは横島にとり一番重要なことだった。

「しかし、それにしても、嫌われてるな……桜咲は授業中でも見る度に睨むしな。木乃香ちゃんのことがあるにして
も、やはり顔か。顔がよくないと女子校生の受けは悪いのか。くっそ、明日は授業で当てまくってやる」

思いっきり公私混同な横島だった。今から授業中に答えが分からずにてんぱりまくる刹那が目に浮かんだ。刹那
はバカレンジャーほどではないが頭はけしてよい方ではないのだ。

「大体、俺が一体どれほど悪いことをしたというのだ。乳を揉むのも下着をちょっと借りたのも生徒にした訳じゃな
いのに……」

アキラの胸を揉んだが、アレは事故に近いと思う。女性教師陣に聞かれたらしばかれそうな横島は、刹那より、さ
らにストライクゾーンから外れて、多分、もっと嫌われている少女の気配に気づき足を向けた。






「よ。エヴァちゃん。そっちから来てくれるとは待った甲斐があるな」

横島はできるだけ自然に見えるように言った。桜通りの外灯の下には黒一色のワンピースにマントを羽織った姿で
たたずむエヴァがいた。茶々丸の姿は見えず、エヴァは一人のようで横島が来たことに気づいて、顔を上げた。

「ふん、ずいぶん気づいてから遅かったな」

エヴァは面白くなさそうに言った。
桜の花びらの中、人形のように美しく絵になる少女だった。

「すまん。魔力を微量に飛ばして、妙な呼び出し方するから、明日菜ちゃん達も引き連れてしまったんだ。おまけに
危ない子にも捕まったしな」

「桜咲か」

「知ってるのか?」

「まあな。近衛木乃香に手を出すときは、あれに殺される覚悟がいるということ程度にな」

「そうか……」やはり自分のエロはあんまり関係ないのだなと思い、横島は少しホッとした。まあ木乃香と刹那のこ
とは気になるが今はそれどころではなかった。「それで出てきてくれたんなら、少しは話してくれるってことか?」

「そのつもりできた。こっちに来い」

エヴァがそういって歩道の脇にある桜の奥に入り込んでいく。エヴァが生徒を襲った影響で、夜のこの通りに人気
はないがさらに人目につかないところまで行く気のようだ。横島もここまで着て逃げるわけもなくついて行った。

「――機嫌は直してもらえたということか?」

林の中、外灯すら届かない場所で、暗がりに目をこらしてエヴァに聞いた。

「別に機嫌など悪かった覚えはない」

「でも授業も出てこんかったし、俺がいる限り出てこんって絡繰に言ってただろ」

「サボりたいからサボっただけだ」

エヴァはツンッと澄ましてにべもなく言う。

「ならいいんだが……。というか、それなら、できれば登校してきてほしいんだが」

「無理だな」

エヴァは桜の幹によりかかり、口の端を上げる。でも、機嫌は本当に全然良くないようだ。話しはするが、言うこと
を利く気はない声に頑なさを感じた。だからといって放置もできない。横島が原因なのもおそらく確実なのだからな
おさらである。でも登校しない生徒を登校させる方法も横島は持ち合わせてはいなかった。一方で、エヴァのあまり
の小ささを見てると少しいらない思考も浮かび上がった。

(しかし、あれだな。どうせ吸血鬼になるなら20歳ぐらいでなればよかったのに。年齢的にはまったく問題ないとい
うのに惜しい。なぜこんなに惜しいのだ。あと、せめて、5年、なぜ待てなかったんだ。今で10歳児ぐらいだからな。
15歳ならエヴァちゃんなら相当な美少女だと思うのだが。美幼女ではさすがにいくら600歳でもな)

ゴスッとエヴァの金的が決まった。

「声が出てるぞ。好きでこのサイズで吸血鬼なぞしてるわけではないわ!」

「す、すんません」ぴょんぴょん跳びはねて横島は口を開いた。「じゃあ、エヴァちゃんの用事はなんだ?というか、
そもそも麻帆良に吸血鬼がいる理由を良かったら教えてくれんか?」

「ジジイから聞いてないのか?」

「そらまあ多少はな。でも詳しくは聞けてない。聞くとエヴァちゃんのこと洗いざらい報告しなきゃいかんしな」

同じ理由で横島は他の教師にも何もエヴァのことを聞いていなかった。

「ふん、その程度で恩を感じると思うなよ」

エヴァは言う。やはりかなり横島は不信感をもたれているようだった。なにが悪いというのだろう。

「思ってないけどな。できれば信じてほしいんだが。桜咲もそうだが、俺は一応、生徒にはちゃんと接しようと思って
るんだぞ。まあ、ちょっと妙なこともした気はするが」

「信用することをされた覚えはない。だが、貴様に言いたいことがある。勘違いされないために先に言っておくが、
これを言うのはお前が呪縛を解けると言ったからだ。一応呪縛についての過程ぐらいは知り、それによってお前が
なんと反応するか、興味があるという以上ではないぞ」

「あ、ああ」

エヴァは少し考えたように黙ってから口を開いた。

「私はな15年前、ある男にお前も言っていた呪縛をかけられた。その男、ナギは私がここで良い子にしていたら、
この呪縛を解いてくれると約束して卒業する頃にはまた来ると残し私の前から消えた。この呪縛は登校地獄と言っ
てな。お前もそこまで気づいてないだろうが、強制的に学校に通わされ、麻帆良学園の敷地から出ることも許され
ない。魔力もギリギリまで封じられていてろくな魔法も使えんのだ」

「それで、吸血鬼なのに魔法のとき妙なもん使ってたのか?」

少なくともピートはなんの媒介もなしに能力を使っていたと横島は覚えていた。

「そうだ。今の私は触媒がないとろくな魔法一つ唱えられん。ふん、今殺したければ殺せるぞ。どうする?」

エヴァは挑発するように横島を見た。

「そんなことするか。今、誰かに危害を加えてるわけでもないだろうが」

「分からんぞ。私は少なくとも貴様を殺したい。そうすればネギはこの地にくるのではないか?」

「そ、それは」エヴァの予測は可能性があった。人材交流である以上、片方が死ねば、交流自体が中止になる可
能性はあった。「かもしれんが」

「ほお、これはいいことを聞いた」

「なっ」かなりまずいことを喋ったと横島は思った。「とにかく、呪縛をかけたそいつはどうしたんだ?」

とにかく誤魔化して先に進めた。

「死んだという噂だ。行方不明だとも言うが、ここ十年ほどの間目撃者が誰一人いないことを考えると、噂通り死ん
だと見るのが妥当だろうな」

エヴァは言うと表情に陰りを見せた。寂しさが滲んでいるようにも見えたし、そう思い込もうとしているようにも見え
た。

「ひょっとしてエヴァちゃんはそいつを待ってるのか?」

「まあな……純粋に呪縛を解けるものは奴しかいなかったしな。まあ、いい加減待たされすぎだがな。それに死ん
だのでは無意味だ。だが、息子の血を吸えば呪縛を解ける可能性があった」

エヴァは苛立ちを感じた。
なぜ顔を見るのも嫌だと思える相手にぺらぺらと身の上話をしているのだ。

(闇の福音ともあろうものが……苛立たしい)

今は麻帆良学園の魔法先生達と学園長の影響で自分に手を出そうというやからはいない。緩くて退屈だが、危険
のない毎日。ナギがなぜ自分をここに縛ったのか。それはエヴァが危険なのもあるが、エヴァが狙われているから
危険なのでもあるから。懸賞金600万ドルのためなら見た目が少女一人殺すのを迷わないものなど山ほどいる。

(ちっ、このままこんな場所で、ぬくぬくとすごせというのか。私を舐めるなよナギ。お前が来ないなら私はこの男を
殺し、貴様の息子も殺し、意地でも出てくれるぞ)

「ああ……ナギってネギの親父……それで俺に怒ってたんか」

横島も合点がいった。呪縛を解く本人が死に、その息子に望みを繋ごうとしていたら、来たのは横島だったのだ。
15年も待たされてこれではエヴァとしては許せなかったのだろう。横島相手ではそれは八つ当たりのようなものだ
が、だからといって他のものにはもっと当たれないはずだ。そんなことをすれば学園長はエヴァを本気で封印する
かもしれない。だからこそエヴァとしても生徒を襲ったのは相当に覚悟がいることだったはずだ。

「別に怒ってなどいない。目障りだっただけだ」

エヴァは声が荒くなった。

「ま、まあ分かった」

「では、お前の呪縛解除について教えろ。私は言ったぞ」

すっとエヴァは横島を見た。態度と反して横島への興味はあるようだ。

「そうだな……」

(事情が想像していたより根深い。かといえ文珠も異世界も秘密だ。でもネギ君のことぐらいは教えんといかんし)

「ううん、すんまが呪縛解除の詳しいことは言えん。ただ、ネギ君は一年したらここに戻ってくるはずだ」

「ふざけてるのか?」

エヴァは怒って横島を睨んだ。

「俺の正体を調べても分からんかっただろ。俺はちょっと特殊な立場の人間なんだ。すまんが事情を話すのは許し
てくれ」

「なぜだ!私が話したのにお前がどうして言えない!こんな下らん話を聞くために来たのではないぞ!」

エヴァはジリッと一歩詰め寄る。茶々丸も連れてこなかった以上は、この状況下での優位は横島にある。まさか攻
撃するほど愚かではないが、封印に関してはエヴァもかなり神経質になった。

「そう言われてもだな。残念だが、俺が霊能者であるぐらいしか教えられない決まりだ」

横島は手に霊剣を出して見せた。斬るつもりではなく、霊能を見せたのだ。

「舐めてるのか?」

「そういうわけではないんだが、ただエヴァちゃんには言いたくないだけだ」

「なっ、小娘どもには『もんじゅ』がどうのと言ったのでないのか!私をあれ以下に信用できんというのか!」

エヴァのイライラが募る。ナギもそうだ。エヴァのことを知っているくせに、こっちが多少下手に出ても自分のことは
語ろうとしない。これでは15年前と同じだ。

「エヴァちゃんには悪いが俺は明日菜ちゃん達は信用している。なんとなくだが彼女たちには喋っていいと思えた
から言ったんだ」

本心を言えば、なにより明日菜たちに信用されないと一年もテント生活だったというのも大きかった。自分の安全
以上にテントと美少女との同棲なんて比べるまでもない横島だった。もう一ついえば護衛を頼まれた以上は、危険
な兆候が見えた以上文珠を持たしておきたい気持ちもあった。

「でも、誰彼構わず話すことではないだろ。ただ、呪縛を解けるといったのは本当だ。かなり強力な魔力で雁字搦
めにされてるみたいだが、俺の能力はそういう意味の分からないものにこそ有効だ」

横島は真剣に言う。

「どこをどう信用しろというのだ?」

エヴァは身構えた。攻撃しても不利だが、あんな小娘と比べられて信用されないと言われれば腹も立つ。

「それは信じてもらうしかない。だが今すぐ呪縛を解くわけじゃない。ナギのことをまだ待ちたいなら一年とは言わ
ん。待ちたいだけ待って飽きたらジークに無理にでも俺をここに連れてこさせて解いてやってもいい。まあ死ぬ前に
してほしいけどな。あと、一応学園長にも聞いてからだ」

横島は笑った。エヴァは不覚にも動揺した。

「そんな都合のいい話信じられるか!」

「でも、一つ約束は今でも守れるぞ。ほら」

横島はエヴァンジェリンに腕を差し出した。

「なんだこれは?」

「他の子の血は吸わんといてくれただろ。俺の血はあんま美味しくないと思うが、吸ってもいいぞ」

「バカかお前。血を吸わなかったのはあれ以上すれば、私がジジイに封印されかねんからだ。お前との約束を守っ
たわけではない!」

「そ、そうなんか。まあでも言った手前、引っ込めはせんぞ」

「く……バカが……」しかし、エヴァはなにか思いついたのかにやりと笑う。「横島先生、ならば全部の血を吸い尽く
して後悔させてやる」

エヴァは横島の腕をとって口を開いた。






『アレだけ血を吸って貧血もおこさんとは貴様、人間か?』

『人間だぞ』

血を吸われ終わったあと、横島は『輸』『血』の文珠でこっそり血を戻して答えた。

『くっ。まあいい、だが、お前の事情をどうしても喋られんのなら、満月の日、私ともう一度戦い。お前のその真価を
見せろ。私以下の実力なら信じるに値すまい』

『な、なら、負けても泣くなよ』

誰が泣くかとエヴァは怒っていた。
だが、それ以上は話す気もないのかその場は帰って行った。

湯船に浸かりながらそのことを思い出した横島は、麻帆良学園女子寮自慢の大浴場に浸かっていた。入る時間は
女子生徒全員が入り終わってからの九時から十時と決められていた。でも、風呂に文句はないし、美少女の残り
湯というのはなかなかいい。むしろ一番風呂といわれる方がげんなりである。この桃色空間で煩悩を押さえ込むの
は大変な難行だが、それでも、幸せなことは多かった。

「ふう、まあ吸血鬼っていってもあのなりだし、あまり強くはないだろ。ああ、しかし、この湯にうちの女生徒が全員
浸かっていたと思うと幸せだ。まあエヴァちゃんはちょいともんで上げて、問題解決じゃ」

どうにかエヴァのことにもめどがつきそうだと思い、横島は鼻歌交じりに浸かっていた。以前が以前だけにいくら満
月でも、横島以外の血を吸いまくれるわけでもないエヴァがそれほど強いとは思っていないのだった。

「うん?」

(って、やばっ)

そのとき、横島は脱衣場に誰かが来ている気配を感じた。
ここに入ってくる男は自分だけで、あとは全部15才以下の少女である。鉢合わせるのは横島の本意ではなく、そし
て、アキラの件で自分の生徒には自重しようと思っていた性欲に自信がなくなってもいた。制服を見てる程度は平
気だが、密着されたりするとかなりやばいのだ。裸を見るなどかなり危険な行為だ。

(ああ、でも見たい!凄く見たい!ロリじゃないけど、生徒だけど、那波や龍宮や長瀬だったらここで声をかけて止
めるのは凄く惜しい!ああ、俺は一体どうすれば!)

こういう事態がきっと一度は起こるだろうと横島は期待していた。そのときどうするかについても何度も考え、声を
かけて入浴を止めることも考えた。横島の真摯な態度に那波がゾッコンになるシミュレーションもした。だが、いざと
なるとそんな回りくどいことをするより、現物を拝みたい衝動が猛烈にわき上がった。

(な、那波の、乳尻太股、見たい、スタイルだけなら美神さんに軍配が上がるが乳なら間違いなく……正直になろう。
うん)

悩んだ結果、横島は教師にあるまじき行為として、さっと物陰に隠れた。

(誰だ?ビッグスリーか?それとも朝倉とか早乙女とか、せめて柿崎ならかなり俺も満足。アキラちゃんならもしか
したら。いや違う。俺はこんなことしたくない。ないんだけど、教育者として生徒の成長を見守る義務があるのだ!)

だからって裸を見守る必要はないが、扉の開く音が聞こえる。警戒はしてないように入ってくる。横島の心臓は期
待で激しく高鳴った。

横島の方に足音が近付き、

「はあ」となぜかため息が聞こえた。

(なんだ?なんか悩んでる子か?隠れて見るのはまずいか!?悩みを聞いてあげてお風呂場でとかそういうこと
か!?そういうことなんか!?)

「何を隠れてるんです」

そのままその少女は横島に声をかけた。
横島は驚きズザザザザっと物陰から後退して湯船に落ちた。

「ち、違うんだ!!別に覗こうとか、そんな気はなかったんだ!ちょっと魔が差して、先に入ってて入ってくるから、
って」横島は前を見て少女が誰かを確認した。「……なんだ、明日菜ちゃんか」

がくっと横島は肩を落とした。そこにいたのはツインテールの髪を下ろした明日菜であった。明日菜の裸に興奮し
ないわけではないのだが、彼女はちゃんとバスタオルをきつく巻いていたのだ。これでは興奮のしようもない。まあ
さすがにこの状況下でなかなかの肢体を持つ明日菜だけに全然興奮しないのではないが理性はギリギリ保てた。

「なんだってね、この時間誰も来ないとはいえ、隠れて14才の裸を見ようなんて犯罪ですよ」

「はは、いや、だから、これは違うんだ。生徒の健全な――」

ゴスッと明日菜の拳が顔面にめり込んだ。

「まったく」

でも、彼女はあまり怒ってはないようだ。横島がそのことにほっとした。

「おい、明日菜ちゃん」

しかし、横島は戸惑う。明日菜は湯船に入る。と横島の横にタオルを巻いたままで浸かったのだ。タオルを付けて
湯船に浸かるのは本来マナー違反だが、さすがにそのことを突っ込むつもりはなかった。突っ込んで脱がれたら嬉
しいけど困る。とはいえ横島の方はタオルなどつけていない。女子高生の前でも平気でヌードモデルをできる横島
の性格からして、強いて隠しもしないが、明日菜も少し興味があるのかちらっと目がいっていた。

「どうしたんだ?まさか男の体に興味があるのか?いや、見せるのはやぶさかではないがいいのか?」

「ち、違います!」

明日菜も自分の視線に気づいて赤面して横を向いた。

(ちょ、ちょっとは隠してよー)

思ったけどなぜか口にはしなかった。

「あの、変な意味でこんなことしてるんじゃないんですよ。学校では横島さん忙しそうだし、部屋だと木乃香が居るし、
木乃香に黙っておくつもりだったし、でも朝の新聞配達まで待つともやもやして眠れない気がしただけというか」

明日菜が口ごもっていった。

「ひょっとしてエヴァちゃんのことか?」

横島はハッキリしない明日菜の言葉に察しがついて尋ねた。
こうしている間にも激しく照れる明日菜が可愛くて、理性ががりがり削られていく気がしたが、理性を総動員させた。

(落ち着け横島忠夫、この状況、さすがに誘ってんのかとすら思えるが、ここで襲うのはダメだ。そんなことをしたら
歯止めがきかんようになる自信がある!)

「はい。さっき会ってたんですよね?」

「よく気づいたな……」

明日菜は魔力などを感じる力はそれほど強い気はしなかった。まさかあとを付けていたのだろうか。だがそれだと
木乃香も着いてきてしまいそうに思う。そう横島が考えてると、明日菜の胸元でもぞもぞ動くものがいた。

「教えたのは俺っちだ。旦那」

明日菜の胸からカモが頭を出した。

「お、お前、どこに隠れてるんだ!(羨ましくない、羨ましくなんかないぞ)!」

思わず明日菜の胸を凝視してしまい、ナニが反応しかけたのを横島は慌てて拳をたたき込んで制御した。

「あ、ちょっとまだ出ないでよ!」

明日菜は段取りでもあったのか叫んだ。

(こら、このエロオコジョ!美少女の胸元で暴れるんじゃない!なんていけないやつだ!)

「別に忍び込んだ訳じゃねえぜ旦那。姐さんに無理に入れられてきたんだ。まあエヴァンジェリンの魔力を感じて、
姐さんだけに知らせた俺っちへのご褒美ってところだ」

「ご褒美って……なんちゅう羨ましい」

(って、いや、こいつを連れてくるってまさか……)

ご褒美なんかで明日菜がカモを胸に忍ばせるとは横島には思えなかった。横島はある思いに、明日菜の顔を見る
と先程より赤くなっている。それでも横島の顔見て口を開いた。

「横島さん」

「お、おう」

「エヴァンジェリンさんとなにを話したんですか?」

「いや、あれだ。別になにというわけでもないぞ」

「話した内容は教えてくれませんか?」

明日菜は覚悟を決めた顔をしていた。
エヴァとの会話などあまり平和なものではないのは分かっているはずだ。どうして危ないことに明日菜が関わるの
だろう。横島が好きとかでもないはずだ。何が明日菜の行動原理なのかが理解できなかった。事実、木乃香は「危
ない」という横島の言葉に従い、必要以上に表に立とうとはしない。明日菜と木乃香で何が違うのだろう。

「私調べたんです。エヴァンジェリンって、かつて600万ドルもかけられた賞金首だったって」

「ろ、600万?」

(600万ドルって6億円ぐらいか?なんでそんなとんでもないのが……)

さすがに横島の世界でも600万ドルも賞金のかかったのは魔族ぐらいだ。
ここでの賞金の査定基準は知らないが、思っていた以上にエヴァの賞金額が大きかった。
というより、賞金首だとすら横島は思ってなかった。正直言って横島はエヴァをそれほど大した相手と考えてなくて、
問題児の一人程度の感覚だったのだ。悩んだのも教師としてであり、GSとして本気で悩んでたわけではない。

「はい。それを見て、なんだか、その、昼間に落ち込んでたし、大丈夫かなって思えて」

「600万……。あ、あのな明日菜ちゃん。エヴァちゃんは二人にも生徒にももう手をださんって約束してる。だから、
明日菜ちゃんはもう関係ないんだ。これ以上付き合う必要もないし、危ない思いするだけ損だ。こう見えても俺はこっ
ち関係の専門家だしあとは任してくれたらいい。ま、まあ、ちょっと賞金にはびびったけどな」

声が震えた。ここの世界における600万ドルの賞金をかけられる意味をよく理解できないのだ。あのパイパーの
賞金でも2億円ほどだった。まさかあの魔族の3倍も強いというのか。いや、封印されてるから、大丈夫なのか。し
かし、それなら、以前の戦闘の結果からして、また横島に挑む理由が見えない。

「分かってます。でも放っておけないとか、ここまで来たら最後まで見たいとかじゃダメですか?」

言葉ほど軽薄ではなさそうに真剣な顔で明日菜が言う。母性本能が強いのか、どうも頼りなさを見せる横島が不安
なようだ。

「その理由じゃダメだって言うしかないな。エヴァちゃんのプライベートは話しはできんが、どうあっても一度は戦う
必要もある。珍しいもんが見たいだけの遊び半分じゃ失礼だろ。それに正直邪魔になる」

「邪魔って……」

明日菜がうつむく。明日菜も遊び半分のつもりはないが、主張とは裏腹にそういうふうにしか見えない。ただ、この
ままじゃもやもやする。子供だからとか、役に立たないとか、分かるけど、だからってそれで部屋に閉じこもってい
ろと言われたくない。理屈じゃない。感情がスッキリしないと言っている。

「どうしてもこの件に関わるのって無理ですか?」

「逆にこっちが聞きたいぞ明日菜ちゃん。それがいやなのか?」

変わった子だ。横島など危険からはできるだけ遠ざかりたいと思うが。

「……はい。我が儘とは思うけど、最後まで見てみたいです。私はその実は孤児で両親の記憶とかがないんだけ
ど、そういうのから逃げてるとダメになるって、その記憶は言ってる気がするんです」

「記憶……」

「でも、バ、バカみたいですね。ごめんなさい。エロオコジョまで連れてきたりして迷惑ですね。なんだか横島さんと
いるとなくしたものに近づけるような、そんな気がして、魔法とか見てそう幻想しただけなのかも」

明日菜が下を向く。カモもしんみりして黙り、明日菜はふるえていた。これが木乃香と明日菜の違いだろうか。明日
菜なりにいろいろと鬱屈したものも抱えて生きているようだ。それが横島やエヴァという不思議な存在に、実は木乃
香以上に興味を抱いて引き寄せられている理由なのかもしれない。

「でもまあ」横島はぽんっと明日菜の頭に手を置いた。「いやだよな。こういうの。俺は明日菜ちゃんみたいに両親
がおらんわけじゃないけど、大事な人が危険なとき、『弱いからついてくんな』って昔言われてな。家で閉じこもって
たら、それで安全だったんだが、結局そんなこと聞かれんかった。マヌケな俺でも出来ることはあると思いたかった。
そうやって強くなろうとして気がついたらこんな世界にまで来てた」

「横島さん?」

明日菜が横島を見た。

「まあ明日菜ちゃんのしたいようにしたら、あとは俺がフォローする」

「いいんですか?」

「ああ、決めた。いくら600万ドルでも、エヴァちゃんはそこまで危険でもなさそうな予感がするしな」

「霊感ですか?」

「まあな。でも、言うことは聞いてくれよ」

「は、はい。もちろんです」

「しかし、なくしたものか……」

もしかするとそれは明日菜が特殊で、それでいてなにも知らないことと関係してるのか。横島は横で美少女が浸か
り、もしかすると明日菜は優しい子だし、このあと背中ぐらいは流してくれる気だろうか、さすがにもうそろそろ隠さ
ないと明日菜がどこを見ていいのか困っているとか、いろいろ理由は言ってるが、結局は自分を心配してくれてる
のだろうなとか、なんだかもの凄くいい雰囲気だとか、ごちゃごちゃ考えていると、明日菜が声をかけてきた。

「あのじゃあ……今度こそ本当にキスしておきます?」

言いながら明日菜が完全に耳まで真っ赤になり、横島は鼻と耳から血を噴きだした。






あとがき
さて、ようやく、次は明日菜と――です。
まあ伏せなくても想像はつきますね(汗
しかし、ネギま!なのに風呂場シーンが一切なかったので、こうしたけど、
なんか横島だと生々しくなりますね。



追記
とりあえず、どもりと他もちょい急いで修正。














[21643] 明日菜の仮契約
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/10/04 14:54
「いいのか?明日菜ちゃん初めてなんだろ?」

「か、覚悟してます。それぐらいしないと横島さんも本当に邪魔だろうし、どうせいるなら迷惑はいやだし、茶々丸さ
んぐらいは止められるってオコジョが言うし」

「茶々丸ちゃんを……マジか?」

正直、明日菜を戦力に入れる気は全くなかった横島が目を瞬いた。

「これはマジだ旦那。俺っちもこんな嘘はつかねえ!」

カモが勢いよく答えた。

「そっ、そうか、まあそういうことならした方がいいのか」

(って、いいのか?本当にいいのか?明日菜ちゃんは生徒だぞ?)

横島も悩むが、正直、14歳の女の子はギリギリ射程内に入ると最近考え出していた。
横島も高三なので三つ違う程度では世間的にもあまり問題はないと思うのだ。あるとすれば明日菜が自分の生徒
であることで、生徒に手をだすのは学園長からも止められているのだ。でもこの場合、同意の上だ。学園長は同意
の上にまで口出ししないのではないか。そうなると足かせはなにもない気がした。あとは見た目だが、明日菜の身
長は163、バスト83、ウエスト57、ヒップ84というなかなかの発育ぶりだ。
加えて、キスするに足る十分な理由もある。

(これで断る理由はないような……)

横島がゴクッと息を呑んだ。
激しく期待している自分を感じた。

「いいんです。覚悟も決めてるんですから。じゃあエロオコジョ!」

勢いを付けるように明日菜が叫んだ。

「へい、姐さん!」

そしてカモは横島にだけ聞こえるようにそばに寄った。

(旦那、次はアキラの姉さんのときみたくへたれたこと言ってないで最後までブチューといくんだ。姐さんはかなり覚
悟を決めてるんだ。恥掻かせたらいけねえよ!)

(なっ……まさか、お前、明日菜ちゃんに、何か余計なことまで吹き込んだのか!?)

(人聞き悪いな旦那。俺っちはただ姐さんに言われてあの女のこと調べただけだ。まあエヴァンジェリンが実は60
0年生きた真祖の吸血鬼で、15年前まで600万ドルの懸賞首だってのには俺っちも驚いたけどよ)

(というか、よく考えたら、なんでそんな奴平気で学校に通わせてるんだ!あのジジイ!)

(それは知らねえがな、旦那。ここはブチューとして、姐さんには強くなってもらって、ある程度自分の身を守れるよ
うにしといてもらうのが得策だ)

(それは……)

確かにそうかもしれないと納得しそうになる横島。
その心情の機微を読み取ってカモがキーワードとなる言葉を叫んだ。

「『仮契約(パクティオ)!』」

その瞬間、

「あっ」

明日菜の体がびくんと震え、魔法陣の光に二人が包まれる。
霊力と魔力の波で明日菜のバスタオルがほつれた。落ちそうになったのを明日菜は慌てて持ち、横島はそのバス
タオルの落ちかけた恥ずかしげな裸体を目に鼻血を吹き出し、その体を思わず抱き留めた。

「な……なに、これ、急にどきどきして……」

一方で、明日菜は急激に子宮の奥から体がうずき出して戸惑った。この仮契約時の効果をよく分かっていなかっ
たのか、横島の煩悩の強さに比例したようなあまりに凄い刺激に震えた。

「よ、横島さん……ご……ごめんなさい。なにこれ、私の体、おかしいです」

「明日菜ちゃん。落ち着け。この妙な気分はこの魔法陣のせいだ」

「そう、なんですか」

だがそれを聞いても効果が切れるわけではなく、そのまま明日菜からも横島にすがるように抱きしめた。明日菜は
横島をこれ以上ないほど強く抱きしめずにはいられなかった。決して小さくない明日菜の乳房を押しつけられ横島
のある部分が反応してくる。明日菜はだが、不快さなど浮かべずに恍惚としていた。

「横島さん。じゃ、じゃあ、し、して下さい。だ、大丈夫です。キスはこの魔法陣が現れる前から決めてたんだし」

「本当に……いいんだな?明日菜ちゃんは俺のこと好きなんかと違うだろ」

言いながらも横島も情欲が押さえきれず明日菜のすべすべの太股に手を這わしてしまう。
ここまで来ると横島も本当に止まらないのだ。

「うっ、ああっ、朝に新聞配達手伝ってくれるの意外と嬉しいんですよ。まだ暗い中で一人だと本当はちょっと寂し
かったから……だ、だからって別に好きって訳じゃないけど、キ、キスぐらいは許してもいいと、い、今時、誰でもし
てるって言うし、も、もう、は、早く、横島さん。なんだかこのままいてるとおかしくなりそうでっ!」

「あ、ああ、おうっ。わかった」

明日菜の思いは分かる。
余計な寂しさなど考えないように頑張っていた子に、自分が不用意に優しくしてしまった。

(いいのか。マジでするのか。美神さんとすらまともにしたことないんだぞ。それをこんな俺なんかのこと健気に考え
てる女の子相手に、大事なもんを奪っていいのか。落ち着け。全然よくないぞ!)

やはりこれはまずいと思った。この場でキスをするのは簡単だが、自分という人間がそれで全て我慢できるとも思
えない。そのままズルズルいけば悪くするともう後戻りのきかないことになりかねない。生徒相手にそれはまずい。
明日菜という子が良い子であるだけにダメなのだ。

(踏みとどまれ俺!明日菜ちゃんがいくら可愛くてもこんな良い子の弱みにつけ込むような真似だけはいかん!い
かんのだよ!愛がなければダメなんだ!!!!!!)

魔法陣は横島自体にはそこまで影響を与えていないのか。横島自身の煩悩が渦巻く中、冷静な判断力をフル稼
働させようとする。だが明日菜の方はこの魔法陣に対する耐性がなく、体をすり寄せてくる。

「横島さん、これ以上、もう我慢がっ!は、早くしてくれないとおかしくなっちゃいます!」

明日菜はその感じる大きい快感に自分が全て奪われそうな気すらした。

(こ、これは!無理だ!これで我慢など不可能だ!)

「いいんだな」

「横島さん……はい」

二人が見つめ合い、唇が重なった。契約が成立して魔法陣が輝く。なのに、二人がおさまらずに、明日菜の方から
キスだけでなくもっときつく抱きしめて、横島も少女のか細い体を力の限り抱きしめた。

(だ、旦那、霊力の質が完全に性的に特化してるのか。これはマジでこのまま本契約しちまうんじゃ)

カモがあまりの二人から放たれるすごい性的な衝動に飲まれた。
横島も明日菜も、どう見てもこのまま本番にまでいきそうな衝動に駆られている気がした。

「い、いや、横島さんっ、怖いっ」

だが明日菜の方が性欲より、まだ14才と言うこともあり、急激に進もうとする事態に怯えた。それによって二人の
絆が消え、魔法陣が消え去る。淫靡だった空気が途端に清浄化されたようにパシンッと消えた。
二人の唇はゆっくり離れて唾液の糸が引いた。

「す、すまん、明日菜ちゃん。あんまりにも気持ちよくてつい。その、これ以上は、また明日菜ちゃんが大人になった
らしよう!」

「そ、そうですね。って」明日菜は自分の肯定の意味に気づいてまた赤くなった。「まあ大人になったら高畑先生にし
てもらいます!」

「な、それはいかんぞ明日菜ちゃん!明日菜ちゃんのような美人をあんなオッサンに渡すぐらいならいっそ俺がこ
こで!」

「もういい!」

ぼくっと殴られる横島。

「はあもう、雰囲気考えて下さいよ」

「す……すまん」

「姐さんに旦那!そこまでして最後までしないとは中途半端な!」

和む二人にカモがたまらずと言ったように口を挟んだ。

「う、うるさいわね。怖いもんは怖かったの!というか、最後までなんて横島さんとできるか!」

横島とのキスはおまけで、あくまで仮契約がメインだとばかりに明日菜が言った。

「ええ、言っておくけど姐さん。あの魔法陣はお互い思い合ってないと、いくら旦那の霊力でもあそこまで気持ちよく
なる効果なんてないんだぜ。それに姐さん怖がるのは「わーわーわーもううるさい!」」

「というか、このエロオコジョ!あんた軽くキスしてそれで終わりとか言ってたわね!こんな状態になるなんて一言も
言わなかったでしょ!?」

明日菜は握り拳を作り額に青筋を浮かべた。

「あ、姐さん。小動物相手にグーはいけねえ!」

「黙れ、このエロオコジョ!」

明日菜のげんこつが狙い違わずカモにめり込んだ。

「――まったく」

ぷんぷん怒って明日菜はまだ体に力が入らないのか横島にすがっていた。そしてそのまま甘えるように横島の胸
に納まった。お尻と背中に横島のいろいろな期待を感じたが、そのままにして、明日菜は身を預けた。横島は後ろ
から軽く明日菜を抱きしめた。今はこうするのが正しい気がした。明日菜相手では魔法陣さえ消えればそこまで急
激な性衝動も起きなかった。まあマグナムは全然小さくならなかったが。

「はは、ま、まあほんまにこの仮契約ってのは困るな。いちいちここまでエロくされるとは」

「本当に、なんだかそのうち横島さんに襲われそうで、それに抵抗する自信がなくなってきました」

「いや、まあ、もうこれ以上契約する必要はないしな。そうすれば明日菜ちゃんとキスする機会なんてもう無いし大
丈夫だろ」

「あ、そ……そうですね」

明日菜は多少胸がチクリとしたが、気づかないふりでいた。
どちらもまだ恥ずかしくて目は合わせない。目の前では明日菜にとっちめられて頭から煙を出して伸びている小動
物がいたが、まあこのオコジョは少しは反省すべきなのだろう。

「そうだ。明日菜ちゃんにも励まされたし、とりあえずエヴァちゃんのこと教えとくが、今度の満月の日に決闘するぞ」

「決闘……満月に……今すぐじゃないんですか?」

「ああまあ、エヴァちゃんが今の状態だと不利すぎると思って吸血鬼の一番力の出る日になったんだが、600万ドル
となると、軽率だったか。まあ明日菜ちゃんにまで本気で手はださない気がそれでもするんだが」

「ふーん、いわゆる虫の知らせとか第六勘とか霊感とかいうのですか?」

「まあそうだな」

それ以前の戦闘で明日菜にエヴァの魔法がきいていなかった気がするのだ。本当はそれは黙っておくつもりでい
たが、横島もこうなった以上はそのことを明日にでも確かめようと思った。

「そうか……あ、あの、横島さん。本当にその決闘にも付いて行っていいんですよね」

明日菜は自分でも意外なほどハッキリしない声を出した。足手まといとは思っているようだ。

「さすがに、ここで明日菜ちゃんにダメとは言いにくいな。キスまでしてくれたし」

「と、当然です。乙女の唇は高いんですから」

それ以外も色々された気がするが、自分もすり寄ったり抱きしめたり、魔法陣の効果とはいえしてしまったので、言
わなかった。ただ、キスだけはお互いの意志だった気がするのだ。

「そうだな、あの唇は高いな……。じゃあ明日菜ちゃん、もう一度言うが危ないことはしない、俺の指示通りに動くっ
て守れるか?」

「守ります」

明日菜は強く頷いた。

「あと、このことは木乃香ちゃんには秘密だ。さすがに二人いられるのは困る」

「う、うん……それも分かりました」

木乃香に秘密を作るのは心苦しいが明日菜は頷いた。

「じゃあ横島さん。もう出ましょうか?私もあんまり遅いと木乃香に変に思われるし」

「いや、先に出ててくれるか。俺は体洗って後で行くから。明日菜ちゃんの裸は眼福だけどな」

「なっ、い、言われなくてもそうします」

カモを引き連れ、明日菜が今更恥ずかしくなってきたのか慌てて出て行った。

それを見送り、横島は、

「ブホッ!」

全身の穴という穴から血を噴きだして倒れた。

「や、やばかった。マジで今のは超えかけたぞ。明日菜ちゃん恐るべし……手えだしたら最期だ。向こうにだって帰
れんことになりかねん。しかし、なんちゅうすべすべの肌、それにあの張り。タオル越しとはいえ乳もえがった。ま…
…まだ十日も経ってないってのに、あの部屋で居続けるんだぞ。無茶苦茶嬉しいが死んでしまうかもしれん」

横島は自身の前途を幸福の中で思い不安に駆られるのだった。







あとがき
今回はキリのいいところで切りたかったのでちょい短い目です。
というかあまり長くなりすぎると、粗も出るようなので、
次からはこれぐらいの長さで2日ペースにして更新しようかなと思います。

それと、エロ表現ですが、これぐらいでどうでしょう。
個人的には最近のアニメだと直に乳揉むのもあるぐらいだし、
ネギまは女の子の裸がばんばん出てたし、
まあ横島の年齢と状況を考慮して、女性の裸はなしで、
下半身系は極力抑えてギリギリセーフだと思うんですが……。
普通板だとまだ抑え気味にしないとダメか?










[21643] 煩悩退散。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/10/08 14:41

「すうう」

横島は翌日。
土曜日ということもあり、一人で山にこもり、この世界にきて、毎日のGS稼業から解放されて鈍りかけていた体を
元に戻そうとしていた。

元々魔神アシュタロスとの戦いからあと、以前よりは真面目にGS稼業にも取り組み始めていたところであった。横
島もなんとなくだが、美神が高校卒業と同時に一人前と認める腹でいるのは感じていた。だからアシュタロス戦より
も横島の実力は向上していたし、文珠も同時制御も覚えていた。

ただエヴァンジェリンがどれほど強いのか、こちらの世界での本気を出したときの吸血鬼の強さは分かりかねた。
もしかしたら満月だと呪縛が解ける可能性もあるし、油断できるものでもない。もしかしたらエヴァに信じてもらうど
ころか瞬殺されかねないのだ。

なにより、明日菜の面倒も見ると約束したし、いつもの行き当たりばったりは自重しないと仕方がない。自分がこれ
ほどいろいろ真面目に考えて行動させられることになるとは、責任の全てかけられる立場と、そうでない向こうでの
状況の違いを思った。

(それにしても昨日の明日菜ちゃんはよかったな。なんかこれからもいろいろ期待していいような感じだったし、今
晩あたり、木乃香ちゃんが寝てから……。って、は!いかん!いかんぞ!相手は生徒ということを忘れるな!たと
え許してくれそうな気がしても、ついに大人の階段を上れると思っても、このまま一気に最後までできるとか期待し
ちゃいかんのだよ!)

「煩悩退散!煩悩退散!」

昨日の明日菜との煩悩を振り払うように、近場にある木に頭を打ち付ける。
修行をするはずがずっとこんな調子で、それでも次から次へとわき上がってくる煩悩。明日菜の唇。明日菜のおっ
ぱい。明日菜のお尻。全てがどれほど甘美な触り心地であることか。横島は18でも女性関係はルシオラを入れて
も完全な大人の関係は皆無だったのだ。明日菜のような美少女とキスしてなんの期待もしないわけがない。

(落ち着け、落ち着くのだ。それより考えることが一杯あるだろ!エヴァちゃんのこととか桜咲のこととか木乃香ちゃ
んのこととか、明日菜ちゃんの特殊能力も説明してやらんといかんし!そうだ!俺は今や教師であることを忘れる
な!一日中生徒に煩悩爆発させててどうするのだ!)

ゴンと最後に頭を打ち付けて横島は頭から血をだらだら流してなんとか立ち直る。
他に文珠は今10個あった。横島自身は認めたくないことだが、煩悩を普段以上に封じ込めなければいけない状
況下が功を奏しているようで、昨日など明日菜効果だけで2つ作れたのが功を奏していた。少女とは偉大だ。

横島もこれを踏まえて、サイキックソーサーを併用すれば、エヴァがいくら強くても大丈夫だとは思うのだ。

(ううむ、たぶん、そこまで強くないと思いたいが、負けると絶対呪縛解除ができても、因縁着けそうだ。あの顔はそ
ういう顔だ)

つけいる隙があればつけいられてしまう。GS世界でさんざん揉まれてきた横島はそのことを十分に理解し、負けだ
けは許されないと、内心焦りも感じていた。

「というか、ここの生徒はなぜに教師を襲うんじゃ!」

「こら、なにを思いっきり叫んでるんですか」

と、後ろから明日菜が声をかけてきた。
呆れたような声で、どうやらまた声に出ていたようだ。

「お、おう、明日菜ちゃんどうしたんだ?」

山に入って修行する話は木乃香にだけした。明日菜は普段早いだけに土日は朝寝をするようで、完全に寝ていた
のだ。木乃香には決闘のことこそ言わないが、エヴァから守る必要もなくなったので自由にしていいと伝えてある。
だから二人で街にでも遊びに行くかと思ったが、こちらに明日菜は来たようだ。

「なに言ってるんです。仮契約しただけで、他になにも知らないんですよ」

「そ、そういや、そうだったな。木乃香ちゃんは遊びか?」

「俺っちも要るぜ」と、ひょっこりカモが明日菜の肩に現れた。「木乃香姉さんは今日は先約らしいぜ。まあそれをキャ
ンセルしてこっちに来るとか言いだしたんで、誤魔化すのに苦労したけどな」

「そうそう。木乃香、かなりきたがってて、それでもダメって言ったから、かなり変な空気になったんですよね。なん
かこれからもってなると木乃香に隠すの心苦しいな」

明日菜ははあとため息が出た。
木乃香は顔にこそ出さないが、少し拗ねていたように見えた。

「仕方ねえべ。さすがに吸血鬼相手にお荷物が二人もいたんじゃ旦那だって、自由に戦えないってもんだ」

「ど、どうせお荷物よ」

暗にカモに自分もお荷物と言われて明日菜の額に青筋が浮かんだ。

「あと木乃香特性のお弁当です!」

なぜか明日菜が自慢そうに手にしたバケットを掲げた。

(ううむ。なんか明日菜ちゃんが、可愛い。あんなことをしたせいか、いつもよりも可愛く見える)

だが無邪気な明日菜の様子に横島はどうも落ち着かない気分にさせられた。

「どうかしました?」

「くく、そりゃ姐さん。どうせ旦那は、昨日のこと思い出してるんだろ」

突っ込むカモが親父臭い笑みを浮かべた。

「い、いや、そんなことはないぞ!なにを言うんだカモ君!そ、それより、なんか木乃香ちゃんに気を使わせたな。
適当にその辺で魚でも捕るつもりだったんだけどな」

横島は頭を掻いた。

「って、あれ、横島さん。テント?」

開けた木々の少し奥に見慣れないテントが見えたのだ。身一つでこの世界に来たという横島がいつの間にこんな
ものまで用意したのだろうと思えた。

「泊まり込んで修行するんですか?」

「ああ、違う違う。あれは俺のじゃないぞ、長瀬だ」

「ほ?長瀬さん」

聞くとは思わなかった名前に明日菜が目を瞬いた。

「ああ、今朝知ったんだが、彼女『忍者』らしくてな。ここで土日は修行してるらしい。まあそれならちょうどいいんで、
一緒に修行することにしたんだ。今、魚を捕りに行っておらんけどな」

「はあ……修行?」

明日菜が呆れた。長瀬は普通じゃない雰囲気のある少女だとは思ったが、土日にこんなところで修行とは意外ど
ころではない。3-Aは男っ気がない子が多いけど、それでも土日は街に出てパーと遊んでるとかが普通である。
明日菜も人のことは言えずに、ちゃっかりこんなところにいるわけだが、まあ事情が事情である。

「って、じゃあ、長瀬さんって魔法生徒とか言うのですか?」

明日菜が言う。

「ああ、多分な」

「多分ってアバウトだな。怒られますよ」

「大丈夫だろ。学園長も特殊技能を持つものには魔法と霊能は教えていいとか言ってたしな。忍者もOKだって話し
だ」

文珠と異世界以外に関する横島の危機意識は、きた世界が世界だけに相当低かった。明日菜もこのことに関して
はよく分からないので、深くは突っ込まなかった。

「しかし、残念だな旦那。姐さんと二人きりじゃないのか」

これはカモが言って、明日菜が怒ったようにつづけた。

「あ・の・ね。エロオコジョ。言っておくけど、昨日の夜のキスはあくまで仮契約のためにしたのよ。たとえ横島さんと
二人きりでもまたキスするわけじゃないんだから。そうですよね横島さん」

「え……お、おう、それはもちろんだ。アハハハハ!」

(なんだ好きとか違うのか!?急にもてだしたんじゃないのか!?明日菜ちゃんは昨日のことを思い出して夜も眠
れなかったんじゃないのか!?これから毎日煩悩発散に率先して協力してくれて!そのうち最後までとか、思いっ
きり期待してたのに!おのれ!なぜだ!なぜ女とは男の焦る気持ちを理解してくれんのだ!)

「ええい、声にいちいち出すな!理解以前の問題です!」

声が出ていて横島の顔面に明日菜の拳が迷わずめり込んだ。明日菜の方は仮契約時の異常なまでの気持ちよさ
から一日経って、横島とは逆にかなり冷静さも取り戻したようだ。

「す、すんません」

「いいですか。仮契約と好きは別です。大体あれ、気持ちよすぎて私もちょっといろいろ許しすぎちゃっただけなん
ですから、仮契約は付いて行く以上邪魔にはならないようにしただけですよ」

「姐さん。意外にガードかたいなー。いいじゃねえか。毎日チューぐらい」

「だ・ま・り・な・さ・い。エロオコジョ」

カモがギュウッと握られた。

「あ、はははは、まあそうだな。何か明日菜ちゃんを見てると可愛くてついな。へ、変な意味ではないぞ!」

「それ以外受け取りようがないですけどね。横島さん。私が好きなのは高畑先生ですから」

べーと明日菜が舌をだした。

「趣味悪いな姐さん」

「うむ、なんであんなオヤジが好きなんだ?」

横島もカモの言葉に同意した。大浴場での仮契約時や、美神の時の西条ほどの反応は示さないようで、横島も明
日菜が冷静となれば、多少、年上や教師や護衛としての理性も残しているようだ。

「横島さんには高畑先生の良さが分からないだけです。そもそも生徒には手をださないんでしょ」

「それはそうだが……」

それはそれとしてあの可愛い明日菜が高畑のものになるのはどうにも許せない。
しかしすっかり気を許してくれるかに見えた明日菜は、どうやら一夜の幻だったようだ。

(はあ、まあしゃないな。どうせ一年の付き合いだし、あんまり仲良くなりすぎるわけにもいかんしな。美神さん達も
きっと多分待っててくれると思うし、明日菜ちゃんが仮契約は仮契約として分けるって言うんならその方がいいのは
いいんだよな。ううむ、しかし、高畑先生。明日菜ちゃん。倍以上年が違うぞ。ううむ、いや、だが、ここは応援して
やるのが年上の、いやいや、しかし、明日菜ちゃんがあんなオヤジのものに!)

しかし、まだ楓は帰ってこないわけで、横島はうんうんうなりだし気まずい沈黙が流れるかに見えた。
その直後、

「お、長瀬……か?」

「え?長瀬さん?」

明日菜が首を傾げた。横島が何もない空間を見て言ったからだ。

「違うでござるよ」

「へ?」

すると何もないはずの場所から声が聞こえ、楓の姿がおぼろに見えた。

「アホか。桜咲といい隠れるのは魔法生徒の趣味か?」

すると本当にぶわんっとそれまで誰もいなかった空間に、まるで瞬間移動したように長身で3-Aのビッグスリーで
ある長瀬楓が現れた。普段着が忍びのような装束を着た少女で、忍者なんだろうということは一目で分かった。明
日菜の方は言葉もなく口をぱくぱくさせていた。一方でカモは明日菜の肩でガクッと肩を落とした。

(はあ、今日はついてねえな。この姐さんなら戦闘力とかも申し分なさそうだが、どうも俺っちの勘が旦那と脈がね
えと言っている気がするんだよな)

人には好き嫌いがある。横島はかなり見た目に反して、もてる気のするカモだが、この楓やクラスの中でものどか
やまき絵、他にも何名か、これは絶対横島に恋愛的な好意は抱かないだろうという雰囲気の子がいた。そういう健
全な空気に触れるとげんなりするカモはやはり邪道だった。

「こんな簡単にばれるとは、上手く気配を消してたつもりでござるのに」

楓は頭を掻いて、それでもどこかひょうひょうとしていた。
肩には鮎が十匹提げてあった。

「まあ、気配は完全に消えてたぞ。でも霊感に引っかからないのは、それだけじゃ無理だからな。ここの連中はどう
も霊力隠すのは苦手のようだしな」

言った横島と楓に明日菜は口を挟めなかった。

(うわあ、なんかもう本当に違う世界の人だ)

「霊感?やはり妙な先生でござるな。それに他の誰にも見られない異質さを感じるでござるよ。その割に学園長先
生には信をおかれている。真名や刹那が気にするわけでござるな」

「桜咲は分かるが龍宮が?」

横島が意外な名前に聞き返した。自分はまた知らないところで少女に嫌われることでもしたんだろうか。

「あいあい、二人は同部屋でござる」

「ああ、なるほど。なんか桜咲に無茶苦茶言われてそうだな」

美少女二人に一体何を言われてるのか想像し、横島は頭が痛くなる思いがした。スケベに関してはここではまだマ
シに思われてるようだが、刹那はどうもその部分をかなり正面から受け止めてるようだ。まあそれが向こうの世界
では当たり前だったわけで、こっちではなにをどう間違ってかクラスでの評判はいいようでその方が驚きだった。
きっと六道の教師をしていれば、自分は警戒されまくっていたと思うのだ。

「横島さん。桜咲さんって、横島さんと関係ありました?」

明日菜が口を挟んだ。明日菜にしてみれば桜咲は口数も少なく、クラスでも横島に話しかけるそぶりもなく、3-Aで
横島にまったく興味のない、筆頭格のように思えていた。

「はっ!?」

これも秘密だったのだと横島は思う。

「旦那って、どっか抜けてるな」

カモは雰囲気を察して突っ込んだ。

「う、うるさい」とはいえ明日菜に秘密にする必要性も感じずに口を開いた。「ああ、まあ木乃香ちゃんには内緒なん
だが、桜咲も木乃香ちゃんの護衛なんだ。俺とは別口だからほとんど話したこともないけど、完全に木乃香ちゃん
専門でいっつも木乃香ちゃんの傍に隠れているぞ。そうだろ長瀬」

「あいあい、そうでござる」

楓も横島が言ったのでうなずいた。

「はあ……でもなんで隠れてなんているの?」

「まあ刹那は照れ屋でござるから影で守ってるんでござるが、照れる理由は拙者もよく知らんでござる」

楓の方はあまり深く考えてないのか、首を振った。

「い、いつから?横島さん最初から知ってたんですか?」

明日菜は中学一年から木乃香の寮のルームメイトで一番の親友と自負してきたが、そんなこと今まで気づいたこと
もなかった。と言うか、どちらかというと木乃香と刹那は仲が悪いように見えた。木乃香は刹那と仲良くしたそうに見
えたが、刹那はとにかく素っ気ないのだ。

「いや、なんか最初から桜咲、俺の方を殺しそうに見てて分かりやすくてな」

横島はこちらにきてすぐ、明日菜たちの他に刹那にも影から見られていた。そのとき明日菜の胸にまず飛び込ん
でおり、第一印象からして最悪であった。

「まあ拙者の穏業が分かるのでは、刹那では横島殿から隠れ切れんでござろう」

それ以前の問題だった。

「まあ明日菜ちゃん、それより、長瀬も食うか?」

横島は話題を変えた。美神はセクハラに対する折檻以上に八つ当たりで怒ることもしばしばだったし、美智恵に敵
陣に放り込まれて敵ごと殺されかけたこともある横島としては、14歳の女の子が、なにやら悩んでる様子を見ると
本気で怒る気にもなれなかった。男の我が儘は許せないが、女性の我が儘にはかなり寛容な男だった。

「あいあい、その言葉を待っていたでござるよ」

楓が朗らかに笑う。明日菜の持ってきた木乃香特性のお弁当は二人分しかないのだが、楓の魚があれば十分で
あった。明日菜もお弁当を楓には上げないなどと、ケチるつもりもないので快くバケットを開けた。横島の方は楓が
魚を焼く火をおこそうとしたのを止め、自分がやるからと手慣れた様子で火をおこし始めた。

「旦那って本当になんでもできるな」

「そうか?二人とも先に食べていいぞ」

「ではお言葉に甘えるでござるか」

「そうだね」

意外な人物との会話に明日菜は若干緊張して頷いた。

「――まあ俺はお前達の味方なのだけは信じてもらえると嬉しいんだが」

「そうそう長瀬さん。まあスケベだけど、一緒に暮らしてると悪い人じゃないのは分かるよ。スケベだけどね。うん、
本当にスケベだけどね」

そこに明日菜も妙な強調を入れながらフォローを入れた。食事をしながらの団欒で、結局刹那の話しになり、刹那
はやはり横島を快く思っていないという楓の話から、せめて楓には疑いを持たずに接してもらえればと思い話して
いた。

「あ、焼けてる」

一方、明日菜もどうせ横島のエロが原因だろうぐらいに思って、魚に舌鼓を打つ。明日菜は焼き魚をかぶりつくな
ど初めてだったが、なかなか美味である。新鮮な取り立てで凄く美味しい。横島と楓もかなり食べるし、明日菜も女
子の割に食べるので魚と合わせて木乃香の弁当も瞬く間にからになっていく。

「あいあい、別に拙者は疑ってござらんよ。刹那も悪いものではござらんし、近衛殿の扱いさえ間違えねば、護衛と
いう同じ目的の上に立つもの同士そのうち打ち解けるでござろう」

「そう言ってもらえると嬉しいな。桜咲もそれぐらいだと協力して護衛とかもできるんだが」

「まあ刹那にしてみれば、横島殿は存在自体が相当異質で怪しいでござるからな。まずは、それを信用させないこ
とには、協調は無理でござろう」

「うんうん、それは分かる。横島さんの普段の行動見てると、自分の護衛してる木乃香が、変態男と暮らしてるとし
か見えないもんね。オマケに木乃香ってちょっと緩いし。うんうん。長瀬さんももっと警戒した方がいいよ。油断して
ると襲われるから」

明日菜は自分のことは棚に上げた。まあ最初から木乃香はたしかに横島に気を許しすぎではあった。
ささっと楓が横島から距離を取った。

(やっぱ脈ねえな。この姉さん)

カモは思いながら魚にかぶりついた。

「こ、こら明日菜ちゃん。誤解を招くようなことを言うな!というか、昨日の風呂でのアレはしてくれと言ったのはむし
ろ明日「わーわーわーなにを言おうとしてるんです!!」」

明日菜は真っ赤になって慌てて横島の口を押さえた。

「む、むぐ!は!」横島は楓が非常に怪しい目をむけてるのに気付いた。「いや、違うぞ、長瀬!頼むから桜咲に
余計なこと言うな!ただでさえあの子は真剣で斬ってくるからな!」

「信用されたいなら、試しに女性のセクハラをやめてみてはどうでござる」

「ははは、それは絶対無理だ」

横島は即答した。というか、今でもせめて生徒にだけは手をだすまいと理性をフル稼働して堪える毎日なのだ。こ
れ以上我慢すると自分は死んでしまうと思った。だから明日菜にも木乃香にもできるだけ無防備なことをして欲しく
ないのだ。でも、一方ではして欲しくもあり頭の痛いところだ。

「では氏素性をせめて刹那には話すのは?」

「はは。喋れんこともないが今の状態じゃ、信じてくれん自信がある」

「やはり言葉だけ聞いてるとどう見ても怪しいでござるな。まあ拙者が口を挟むべきではないでござるが、実際先生
は悪い人物とは思えんでござるが、信用させるのは道のりが遠そうでござるな。それにむしろネックは木乃香殿で
ござろうか。刹那は本当に木乃香殿が大事なようでござるからな」

「そうか、木乃香ちゃんか……」

まあ本人のいないところでいろいろ噂するのも趣味が悪い。
横島は話しを切り上げた。

「まあサンキューだ長瀬。お前いいやつだな。でも、くれぐれも明日菜ちゃんの言葉は本気で受け取るなよ」

明日菜はジト目をむけたが横島は見ないふりをした。

「あいあい」

「しっかし、楽しい学園生活、こんなところでキャンプとは、長瀬はデートの一つもせんのか」

されたらされたで騒ぎそうだが、横島は呆れ気味だ。

「それを言われると辛いでござるな。拙者デートの経験はござらんからな。でも、先生も土日に山ごもりしてるでござ
ろう」

「そ、そういや、そうだな。考えてみれば俺も土日のデートなんて夢だな」うるうると涙を流す横島。自覚のない男で
あった。「よし長瀬。お前が高校生になったら是非俺とデートしよう!」

「あい」

楓が簡単に頷いて、なぜか健全そうに固い握手を交わす。

「高校生になったらもういない癖に」

明日菜がつまらなそうに言う。

「けけ、分かるぜ姐さん。本当は一番それに引っかかってるんだよな」

明日菜によってカモがギュウッと握られる。
まだ太陽が空高くにあった。







あとがき
ちょっと明日菜の行きすぎた分の引き戻しと、刹那のフォロー回(汗

これぐらいの長さで、これぐらいのペースがすごく楽です。
細かいところも直せるし、他のことに対応する時間もとれます。
なので当初より伸ばして4日ペースでいこうかと(汗
これ以上は伸びないように頑張りますー。











[21643] 山中にて。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/10/09 15:25

ガッ

と二人の箸がかち合った。
二人の箸が狙うのは木乃香の美味しい弁当における最後のタコさんウインナーであった。

「ここは年上に譲ろうや、長瀬」

横島が額にぴきっと青筋を浮かべた。

「先生こそ、大人げないでござるよ」

楓は飄々としながらも断固とした意志が表情に見えた。

「ほお、食い物に大人げないもクソもあるか。食えるときに食わん奴は死ぬんだぞ!」

「同意見でござるな」

楓と横島の瞳がかち合った。本気の火花がバチバチと散る。

「ちょ、ちょっとー。二人とも大人げないな。ほら、私の上げるから」

明日菜は自分が箸につまんだミートボールをあーんと言って横島に食べさせようとしたが、二人は聞こえていない
ようだった。

「横島先生どうでござろう。ここは一つ双方の得意な戦闘で勝負して、勝った方がもらうというのは?」

「こ、ここの生徒はとことん教師を襲う趣味があるようだな」

横島は多少焦るが獲物を見るように楓を見た。
しかし、本音では戦うより、楓の胸に目が行った。

(長瀬の乳は間近で見ると、想像以上にでかい。戦うのはいやだが、戦う最中にちょっと触れたり、揉んだりは事故
に入るよな!?そうだよな!?って、いや、ダメだ。大事な生徒相手にそんなことを思っては!)

(おお、なんかよく分からねえけど旦那から、あのすげえエロパワーが上がっていくのを感じるぜ!そうだ!旦那!
あんたに健全さは似合わねえよ!)

カモが感じてるのは横島の霊力なのだが、こちらの世界では使えるものが希少であり、横島の煩悩も一緒になって
伝わるのか、すっかりカモは霊力をエロパワーと認識していた。

「襲うわけではござらんが、実を言えば刹那との勝負を見てから、いつか手合わせしたいと思っていたでござるよ」

楓はひょうひょうと返した。だが、その実体に流れる気が桁外れに急に上がった。

「負けても文句はないな?」

(巨乳が間近に。触りたい。触りたい。触りたい。なのにダメなんだ。俺はどうして教師なんだ!)

(感じる感じるぞ旦那!たとえ脈無しのこの健全な空気の中でもなにか!なにか成し遂げてみせようという旦那の
心意気を!そうだ!旦那はやってくれる!俺っちはそう信じてるぜ!)

カモは横島の霊力のほとばしりに歓喜した。

「ないでござる」

楓がキッパリ言い、さっと二人が立ち上がった。
構えをとった。横島は中段に構え右手を前に出す。

「え?え?ちょっと二人とも!」

明日菜が戸惑って声を上げた。
この二人、まさかタコさんウインナーのため仕合をする気だろうか。と明日菜は額面どおりに受け止めていたが楓
はもともと横島と仕合たかったのだし、横島は楓の動く度に揺れる乳にかなり魅せられていた。

「まあまあ姐さん。旦那が、生徒相手に後れを取るわけねえし、怪我だってさせないように気をつけるはずだ。ここ
は黙って見物しようぜ」

カモの方は面白そうになぜかエロく笑いながら、明日菜の肩に飛び乗った。

「いい構えでござるな。流派は」

一方、二人はお互いの隙をうかがうように見合っていた。

「俺は我流だ」

「我流で刹那を負かしたでござるか。これは気合いが入るでござる」

にこにこといかにも楓は楽しそうに笑った。そして無造作に前に出てくる。それでいて隙が無く、圧迫するような迫
力があり、明日菜など自分が相手でもないのに、思わず一歩下がってゴクリと息を呑んだ。

(ダメだ。ダメだ。これぐらいで怖じ気づいてたら横島さんになんてついていけない)

(揺れてる。揺れてる。Eカップとは素晴らしい。本当に素晴らしい。ああ、思っちゃダメだと思うけど思ってしまう)

明日菜と横島の思考の落差がすごかった。

「では、拙者は甲賀中忍・長瀬楓!参る!」

「おう!どんと来い!」

横島の言葉どおり、どんっといきなり楓の姿が分身する。一、二、三……十以上に別れていた。

「うわうわ、長瀬さんスゴッ!」

明日菜が驚くが横島は素早く反応しカモも驚いた。

(たしかにこりゃすげえ!この姉さんマジで惜しい逸材だ!旦那、ここはいっちょそのエロ魂をみせてくれ!!)

「分身術か。悪いが対処のしかたは分かってるぞ!」

横島は足下の石を拾うと楓の分身目掛けて投げつけた。拾えるだけ拾って次々とそれぞれの石が楓へと向かう。
結構な速度で投げたので、当たれば多少は痛い。だが楓はそれを全ての分身が受け止め、同じ動きで同時に投
げ返してきた。明日菜は思わず目を見張るが、かろうじて横島がかわす。
そしてまた横島が今度は別の分身に向けて石を投げる。

「無駄でござる!この程度で拙者の分身はとけんでござるよ!」

石を難なく受け止めた楓は、全ての分身の手にクナイを持って特攻をかけてくる。だが、横島は手に霊剣を現し、
楓の猛攻を受け止めた。右に左にさらに同時に斬りつけられ、横島はそれでもトリッキーな動きでよけ、あるいは
かろうじて受けていた。

(し、しかし、な、なんてよく揺れる乳だ。桜咲もエヴァちゃんもいくら動いても動かんかったしな!やっぱり女性は巨
乳に限るな!)

横島が考えながら、楓の胸元を、つい霊剣で破る。

(ああ、ダメだ。こんな場所。切っちゃいけないと分かっているがやってしまう。ぶっ、下乳が!)

(旦那、あんたこの状況でもエロを忘れねえのか!?)

カモが驚愕し、だが明日菜には、横島が楓に手数で圧倒的に負け不利に見えた。

「ちょっと、横島さん。うわ!危ない!というか長瀬さんクナイは危なすぎ!」

だが横島は隙を見て石のつぶてを、攻撃に加わらない後ろに分身に投げつけた。

「無駄!」

石程度、楓は簡単に受け止め、さらに攻撃を四体同時にかけてきた。

「な、なに、長瀬さん無茶苦茶強いじゃない。横島さん負けるの?」

「いや、違うな姐さん。よく見るんだ。忍者の姉さんは言葉ほど余裕がねえぜ。それなのに旦那は忍者の姉さんを
傷つけねえように分身と本体を見極めようと時間をかけてるだけだ(いや、違うな。それも正確じゃねえ。俺っちに
は分かる。旦那、あんた。揺れる乳をしっかり見たいだけだな!)」

あっさり楓が石を受け止めたことに明日菜が驚くが、カモがよく見ており今度は横島の反応が違った。

「長瀬、そこか!」

ガンッと一体の分身を横島が切り裂くと分身が消えた。
そのできた隙間から横島は手にサイキック・ソーサーを威力を抑えて出して投げつけた。楓に命中するが、今度は
分身が消えない。本体なのだ。分身の全てが驚く。そこに突き進んで横島がさらなる一撃を楓に加えた。楓はかろ
うじて受けるが、勢いがついた横島の一撃に吹き飛ばされる。すると分身が全て消えた。

「スゴッ。長瀬さんも凄いけど、横島さんの方が上だ。でも、どうして本体が分かるんだろ?」

明日菜が瞠目する間にも戦いが続き、楓は素早く体勢を整え直して、横島がさらなる追撃をくわえるのを今度は忍
者刀で受け止めた。数合撃ち合い、楓は男との力の差で押された。いったん引こうと後ろに飛び、右手のくないを
横島めがけて投げつけた。なのに横島は左手でサイキック・ソーサーを出してはじき飛ばす。

(しかし、この旦那、本気で強いな。これだけ動けるのはそんじょそこらの魔法使いじゃいないぞ)

カモの方は横島が戦うのは初めて見て、その動きに驚いていた。
楓も相当なレベルに見えるが、横島の方は一見でたらめな動きなのにその上を行っている。

(ちっ、長瀬のやつ思ったより動けるな。あの乳を触るのまでは無理か。って、は、いかん、思考がやばい。落ち着
け俺!)

横島はだれよりも楓のタユンッと揺れた乳が気になった。
と言うか気にしてるのは横島だけである。

「どうする長瀬。分身は解けたぞ?」

横島が楓との距離を詰めた。

「ふん、どこを見てるでござる。横島殿!」

「なに?」

『忍法・影縫い!』

と、横島の動きが急に止まる。

「な、なんだ。こりゃ?」

見ると横島の影に弾き飛ばしたクナイが刺さっていた。それによって横島の動きが縛られたのだ。

「影と実体は繋がってるでござる。影が動かなければ実体も動かない。悪いがタコさんウインナーはもらうでござ
る!」

「そこにまだ拘ってたの!?」

明日菜が突っ込むが、構わず楓がクナイを十本一気に構えて横島に投げつけた。

「ちょ、ちょっと、それは横島さん、ケガじゃすまないでしょ!」

明日菜が叫んだ。

「あいあい、大丈夫急所は外したでござるよ」

勝ったと思い楓が余裕を見せた。しかしそれは油断だった。楓が横島に甘いと言ったが、逆に楓が横島を甘く見て
いた。横島は体の霊気を一気に練り上げた。

(ここだ!ここしかチャンスはない!)

『発!サイキック猫だまし!』

横島が霊気を放って影縫いを無理やり解いてしまう。
さらに連続して両手を合わせ一瞬強烈に光る。
明日菜と楓とカモの視界が奪われた。

(ダメだ。ダメだと思うのだが、この乳は触っておかんといかんと思うのだ!)

その隙に横島は衝動的に楓の胸に手をおこうとした。少し触れ、

(って、やっぱり、いかん!)

しかし、明日菜の視界が開けたとき、木に頭を打ち付ける横島がいた。

「すんません。すんません。俺は最低だ!」

「こ、この御仁は……。まったく、困った方でござるな。でも参ったでござる。どうやって影縫いを解いたでござる?」

楓は当然本人なので、胸の件には気付いたが、それよりもそちらが気になるようだ。

「は、ははは。か、影に流れる気を縫い止めることで影縫いは成立するんだろ。な、な、なら気を爆発させて乱せば
解ける。ま、まあこういう変わった金縛りとかは霊とかに関わると多くてな。解き方もこっちはかなり知ってたんで、
俺の技を知らんお前には条件が悪かったな。いや、キミはけして弱くないぞ!」

なぜかひどく横島は焦りながら言った。
衝動的とはいえ楓の胸に少し触れてしまい非常に申し訳ない気がした。

「アレだけふざけられてそう言われても微妙でござるが、知は強さの一部でござる。どうやら横島殿の方が一枚上
手でござるか」

「いんや、ちょっとやられたぞ」

そういって横島は楓に腕に刺さったクナイを抜いてみせた。

「おお、やったでござる」

「だが、タコさんウインナーはもらうぞ」

「お、大人げないでござるよ」

横島はウインナーを口に運んだ。
勝利に味はなかなか美味そうだ。明日菜はあっけにとられていた意識を戻して、二人を見た。

「横島さん。長瀬さんの分身はどうやって分かったんですか?」

「拙者も聞きたいでござるな。分身は拙者の得意技。弱点があるなら知っておきたいでござるからな」

「ああ、まあ受け売りなんだけどな。分身は気や霊力、魔力によって作り上げるもんだろ。長瀬の場合は気と霊力
を等分に分けてるな」

「霊力?そうでござるか?」

「ああ、アレだけ均等に分けられると、外からは分かりにくい。でも、石に俺の霊力を少量くわえて投げて当てるとそ
れが揺らぐ。特に大量に作るとちょっとしたことで揺らぎやすいそうだ。それを見て揺らがないのが実体になるわけ
だな」

「なるほど……」

楓が頷いた。

「長瀬の気のレベルだと実践での分身は、三体にとどめて、本体を入れて4体にした方がいいかもな。できれば、
本体を攻撃されても分身は解かんのがベストだし、そうするには三体以上だと多分無理だ」

「あいあい、それは承知してたでござるが、ちと調子に乗ってしまったでござる」

「まあ、これを言ってたジイさんは百体出して平気な顔をしてたけど、あれは特殊だし」

横島は斉天大聖のことを思い出していた。妙神山に小竜姫目当てで行ったとき、小竜姫が稽古を付けられるのを
見ていたのだ。横島も一度だけこの稽古に無理矢理付き合わされたことがあるが、その分身一つすらまともに相
手できなかったので、以来、稽古が始まると全力で逃げだすようにしていた。斉天大聖も手加減はしてくれるようだ
が、その手加減でうっかり死にかけるのだから付き合いきれるものではない。

「なるほど、タコさんウインナーは残念でござったが、その分勉強になったでござる」

「まあ相手を見て考えてもいいけどな。一対一なら三体まで多対一なら分身がたくさんの方が有利な状況もあるだ
ろうから、その辺は臨機応変だ」

「了解でござる。まあ次は勝つでござるよ」

「も、もうしないぞ」

少し違う意味で横島は言った。

「あいあい、アレは隙のある拙者が未熟ゆえでござる」

楓は正確に理解して返した。

「はは、う、うん、そうだな。長瀬もっと精進しろよ」

横島より、余程人間的にできた楓であった。

「ふむ、よければ横島殿。今晩泊まっていかんでござるか。拙者、修行ももちろん横島殿と少し話したいでござる」

「べ、別にいいぞ。明日菜ちゃん構わんよな?」

横島は保護者はどっちかハッキリしており、明日菜にお伺いを立てた。

「私はいいけど……長瀬さんにスケベなことしません?」

明日菜はジト目で横島を見た。

「するか!いっつも明日菜ちゃん達にもせんだろ!」

「じゃあ、明日の夜には帰宅するんですよ」

「分かってる!」

子供のように言われて横島は若干照れた。

「私は夜は帰ろっかな。二人もいないと木乃香が心配するし、横島さんと変な噂立つと困るし。長瀬さんも気をつけ
てね。襲われたらあらゆる暴力を許可するわ」

「あいあい、もしもの時は責任とってもらうでござるよ」

「いや、なにもせん!危ない発言をするな!」

「あ、でも帰る前に、組み手私も教えてもらえます?契約執行も試したことないし、一度丸太折りってやってみたい
な。大体、なんでこの『神通鞭』ってカードは鞭なのに棍棒が出てくるんですか?」

明日菜もせっかく恥ずかしい思いをして横島とキスをしたのだ。是非契約の効果を試してみたかった。

「ほお、ジンツウベン?それはどんな技でござる??」

聞いて楓は興味を示した。






ぱちっぱちっ、とたき火がはぜた。

「悪いな長瀬」

「湯加減はどうでござる?」

明日菜が帰り、横島は楓が用意してくれた五右衛門風呂に浸かっていた。楓の方は、ドラム缶の下で火をおこして
湯の温度を調整してくれている。横島が裸なのを楓は気にしておらず、横島も女の前で裸になるのをためらう性格
ではなく、むしろ見せたい方なので気にとめていなかった。

「ちょうどいいぞ」

「そうでござるか」

「しかし、お前普段はここで一人で寝泊まりするのか?」

「そうでござるよ」

「寂しかったり恐かったりせんのか。一応女の子なんだし」

「とくには恐くも寂しくもないでござるよ。それに趣味のようなものでござるし」

「変わってるな。こんな面倒なことを望んでするとは」

こういうのは追い込まれてやむを得ずするものだという認識が横島にはある。キャンプの本義的には横島の方が
正しいのだろうが、一般的には彼は間違っていた。

「そうでござろうか」

「ううむ、やはり変なやつだ」

横島にそんなふうに言われては楓も可哀想だが、とくに気に止める様子もなく、精神的に、14歳とは思えないほど
成熟した少女のようだ。その精神的にも成熟というか育ちすぎな楓が立ち上がる。

「さて、では拙者も」

と、楓が服のひもに手をかけた。

「おう、入れ、って!?」

横島が驚いた。

「どうしたでござる?」

「いや、またんか!」

楓が忍者装束のズボンをあっさり降ろしたのだ。下になにも履いていないのか女性の大事な部分が諸見えになり、
横島が鼻血を吹き出した。

「バ、バカ!ぬがんでいいだろ!」

(ご、ご、極薄の若草が!いかん見るな!ああ、でも長瀬は子供とは思えんスタイルでビッグスリーだぞ!お、落ち
着け、体が大人でも14!ああ、昨日の明日菜ちゃんといい、ここの子は俺に襲えと言っているのか!そして手を
出したら最期。残りの人生を暗い監獄ですごすことになるのか!俺の人生はそういう落ちに決まってるんだ!)

「脱がんと入れんでござるよ」

「入らんで良い!」

(よく言った俺!よく言った俺!でもここで断るのはもったいないぞ!!倫理的にダメでもでかい乳の姉ちゃんと一
緒に風呂に入りたい!)

「聞こえてるでござるよ」

「ああ、つい本音が!」

横島は口を押さえるが、楓は相変わらずひょうひょうとして上も脱いでしまうと、見事に均整のとれた裸体が現れた。
思わず見とれる横島の視線を、とくに気にかけず楓が横島の後ろに体を滑り込ませてくる。

「バ、バカ、狭いだろ!」

「詰めれば入れるでござる」

「あ、あ、なんか当たってる!き、気持ちいい、じゃない!お前本気でそれはあかんって!理性が!理性が!嬉し
いけど理性が!」

「まあまあよいではないか」

「それは男の台詞じゃ!」

横島が往生際悪く突っ込むが楓はついにおさまるべき位置におさまってしまう。
狭いドラム缶の中なので、横島と女性とはいえ横島より長身の楓がはいれば、背中に乳房と、体のあちこちに少
女のすべすべの肌を感じ急激にマグナムが膨張した。

「ほお、大きいでござるな。横島殿これは標準でござるか?」

楓が方から顔を覗かせて横島のマグナムを興味深そうに見ていた。
どうやら男性のマグナムを見るのは初めてのようだ。
なのに楓は純粋に淫靡なものも含まず尋ねた。

「はははははっ俺は人の倍ぐらいはあるぞ。って、いや、長瀬。お前これはマジで俺の理性が、ああ、やめて、乳が、
乳が!俺を誘惑する!」

「倍でござるか……それは貴重でござるな。触ってみていいでござるか?」

「ダダメ!」女の子のように横島は叫んだ。「惜しいけど、凄く惜しいけどそれは絶対ダメなんだ!」横島は血の涙を
流した。「俺はそれをされると自分を止める自信がないんだ。生徒を押し倒したら首なんだ。ああ、でも、もう首になっ
てもいいかもしれん!」

「それほどダメでは無理でござるな」

「そ、そういうのは好きな奴のためにとっておけ!くそっ、くそっ、俺はなんで教師なんだ、長瀬はなぜ俺の生徒なん
だ!!!こんだけの乳があればもう大人ってことでいいだろう!!!」

横島は夜空に向かって吠えた。
それでも横島は気持ちいい感触であるのも事実で、楓が後ろから抱きしめたのは止めなかった。こうして抱き締め
ないとちゃんと入れないのだが、成熟した肢体を持つ二人がこんなことをすればなにが起きてもおかしくはない。で
も、愛がないと手を出さず、いざとなると奥手になる横島は、それ以上、身動きができなくなる。影縫い以上に横島
には有効な技だった。

「しかし、先生はやはり刹那が言う程悪い人間ではなさそうでござるな。この状況なら普通の男でも襲うと思うでござ
るよ。話を聞いてても本当に生徒のことは思ってくれているようでござるし。この調子なら刹那が心配する程、近衛
殿も危なくはないでござろうな」

どうやら楓は少し横島を試した意味もあるようだ。だとしてもかなり大胆で構わない少女のようだ。

「うっ、うっ、嬉しくない嬉しくない」

「まあまあ、先程のおっぱいを揉んだ件は大目にみるでござるから。それより、ほら、横島殿星が綺麗でござるよ」

楓は満点に広がる星空を見上げ、横島もそれにあわせて見上げた。麻帆良学園の明かりも届かず、闇の中で星
々はこれでもかというほど輝いている。たき火の音がぱちぱち聞こえるだけでロマンチックである。恋人同士ならキ
スの一つもかわすところだが、横島と楓はそんなそぶりは見せなかった。

「まあ信じてもらえたんなら我慢する甲斐はあるがな」

横島はぷるぷると楓の大事な部分に伸びようとする手を押さえた。

「横島殿」

楓はひょうひょうとした声を出した。

「うん?」

「またここにきたらいいでござるよ。霊力というのは興味深いでござるしな」

「お、お風呂も一緒でいいぞ」

「お風呂は今回限定でござる」

「べ、べべ別に構わないが毎週来るのは無理だぞ」

本来休みの日の横島は外に出てひたすらナンパにいそしんでいる。全部失敗するのだが、その日課は横島にとり
貴重なものであった。

「あいてる日でいいでござるよ」

「ならまあ、いいが……ところで長瀬」

「あいあい」

「ちょ、ちょっとだけ乳に触ってもいいか。というか、もう我慢できん!」

横島は振り返り楓に抱きつこうとした。

「そろそろ危なそうなので、出るでござる」

だが、寸前で楓はすり抜けた。楓は横島という人間のことは大体把握したようである。この世界に来て美味しい展
開は多いが、寸前で中止になることの多い横島は泣いた。

「しくしく、こんなこったろうと思ったよ!!!!!!!!!!!!!!!」

夜空に絶叫する横島を楓は苦笑して見つめた。

(まあこれぐらい誘うまで我慢するなら、安心はして良さそうでござるな。刹那もいずれそうなってくれればよいでご
ざるが)

ふと楓は友人のことを思うのだった。






あとがき
うん、脈はないんだ。脈は。でもエロはある(マテ
まあ横島だし、この程度のエロは脈のない相手にもよくあるはず。
あと、楓に水着を着せるかどうか悩んだところ、きそうにない気がしたので、こうしたました。
まあ本編にもあるシーンだし、明日菜の時ほど雰囲気もやばくないので大丈夫。多分。











[21643] 麻帆良の停電の夜
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/10/14 15:35

月曜の朝、今日も横島の通勤は、明日菜達と同じく電車で始まる。狭い車内に横島以外は女生徒ばかりが乗り、
肘や背中がたまに女生徒と接触するが、それには反応せず横島は泣いていた。

「うっ、うっ、やっとだ、やっと、しずな先生と葛葉先生とシスター・シャークティに会える。それと待ってて下さい二ノ
宮先生、あと養護教諭の先生も!そうだ彼女たちもこの日を一日千秋の思いで待っていてくれてるはずだ!」

たった二日の連休で大袈裟だが、横島はかなり我慢の限界が来ていた。楓のお風呂もこたえたが、そのあとテン
トで一緒に寝たのもこたえた。さらに帰れば帰ったで、横島が生徒に手を出さないと思ってる女生徒たちの無防備
攻撃。幸せなのだが、精神の損耗率がすごかった。いまだに誰も襲っていない自分を褒めてあげたかった。

「さすが旦那だ。さりげなく出す名前もどれも粒ぞろいだ!」

カモが明日菜の肩で感心した。

「さりげなくないし、待ってるのは横島さんだけだと思うけど。というかエロオコジョ!」

「なんだ、姐さん。あと忘れてるかもしねえが、俺っち名前はカモだ」

カモと呼ばれることがほとんどないカモだった。

「なんで私の肩の上に乗るのよ!私とコンビみたいでしょ!」

明日菜が小声でカモに怒った。

「いいじゃねえか。俺っちに気にいられるってことは女として魅力があるってことだぜ」

「全然嬉しくないの」

「でも先生って、女性教師の誰にも好かれませんよね」

周りにいた明石裕奈が面白そうに言った。カモのことには気付いてないようだ。

「そりゃまああれだけあからさまじゃね。一人に絞るんならまだしも全員に飛びかかっちゃだめでしょ」

釘宮円が続いた。

「でも不思議や。あんなんせん方がもてるやろ。ハーバード飛び級で卒業で、運動神経抜群やったら普通よりどり
みどりやで。まあそうじゃなくていいんやけど」

和泉亜子がさらにつづいて呟く。横島の方は聞いておらず、妄想に浸って気持ちの悪い顔をしていたが、あばたも
えくぼか、亜子はどこか浮かれたように見ていた。

「それをせんのが横島先生やえ。きっと相手が殴りやすうしてるんよ」

木乃香が分かったように言う。実は横島が山から帰ってから少し拗ねていたのだが、いつまでも引き摺ることはし
ないようだ。

「うんうん、実はウチもそうじゃないかと思うねん。セクハラをする中にも女性への気遣いがきっとあるんやな」

頷く亜子。亜子は横島にご執心のようだ。

「いや、ただのスケベだって」

(はあ、でもなあ。昨日の長瀬さんと別れたあとキスぐらいいいかなって雰囲気だったな。けど、高畑先生のことが
好きだし、横島さんだって向こうにいい人いるっぽいし、いろいろ許しちゃっても一年後にお別れだし、距離を置くの
がいいよね。はあ、もう、なんでこんなスケベのために私が悩むのよ)

やはり明日菜は呆れるしかなく。
その一方で思考の方は亜子たちの会話以上にリアルで悩ましかった。

プッシューと電車の扉が開くと同時にダッシュをかける横島。だが、周囲を見渡し校門まで女性教員が見あたらな
いことに気づいた。

「なぜ!?あ、そうか!今日は朝から職員会議だった!葛葉先生、遅れた僕をしかってつかあさい!!!」

呆れる程の速度で横島が校庭を走り抜けていく。だが、途中で女生徒が声をかけて挨拶するとそれには足を止め
てちゃんと挨拶を返した。横島忠夫、たとえ未熟な少女達が相手といえど、女に手を抜く真似はしなかった。

「それにしても今日は起きたときから元気やなあ。なんかええことでもあったんやろか」

「そういやそうだな。今日の旦那は一段とエロだぜ。俺っちも負けてらんねえな!」

「負けていいわよ。まあ横島さん、スケベなだけなのもあるけど、エヴァンジェリンさんのことが一段落つきそうなの
もあるんじゃないかな」

「明日菜は朝晩の送り迎えと新聞配達がなくなって残念やけどな」

木乃香がスケボーで走り、明日菜がその横を走る。横島以外の3-Aの生徒も走る必要もないのに朝から走って
元気であった。

「そ、そんなこと全然無い!って、いうか送り迎えは木乃香が残念がってたんでしょ!」

「今日はエヴァンジェリンさん来るやろか?」

木乃香は明日菜の言葉を華麗にスルーして呟いた。






「ああ、やっぱり、しずな先生の大人の双丘は偉大だ!エヴァちゃんいるかー!」

いきなり爆弾発言をしながら教室の扉を開ける横島。頭にでかいたんこぶや、顔に血が垂れていたが、横島のこと
だから次のコマには治ってるんだろう。

「あ、先生おっはよう。そのうちセクハラで捕まるよ」

「丁度いいです。先生今日はアステカ文明で、ドンです。あと刑務所まで聞きに行くのは面倒なので、もう少し控え
た方がいいと思うです」

「先生、おはようございます」

朝のホームルームに早めに顔を出した横島に、図書館組の早乙女ハルナに綾瀬夕映に宮崎のどかが挨拶をす
る。だが夕映が古代文献片手に近付いてくるのを見て、横島は制した。

「綾瀬。お前はもうちょっと英語の成績を上げてから、そういう難しい本を読め」

「うっ、余計なお世話です」

夕映は教師陣でも読めそうにない、古代文献を持ってくる。図書館島の一件以来夕映はよくよく横島にこの手のこ
とを質問してくるが、こんな本を読む割に成績はかなり悪かった。本人曰く学校の勉強などあほらしくてしてられな
いそうだが、横島としても教師としてそれは見過ごせなかった。スケベではあるが、横島はこう見えて教師としての
やるべきことはきちんとこなしているのだ。

「余計じゃない。次の小テストで五点以上とれば教えてやるから」

「100点満点です?」

「甘過ぎだ。10点に決まってるだろ」

横島は夕映の頭をぽんぽんと叩いて、教壇につく。夕映は赤面しながら2人の元に戻っていった。

「古文書は口実なのにねー」

ハルナがからかうように言った。

「う、うるさいです」

「夕映、頑張って、私英語教えるから」

のどかがぐっと脇を締めどこか照れたように言う。

「――エヴァちゃん風邪?あ、そうなんか……」

一方で教壇ではアキラが横島にメモのようなものを渡していた。以前のことを思い出し、お互い赤面するが、アキラ
は夢だと思っていたし、すぐに内容が別のことであると知って横島が真面目な顔になった。

「はい。症状が酷いようで、今日は休むそうです」

伝言だけ伝えると、もう少し何か話そうかとアキラは悩むが、なにも思いつかずに結局、裕奈や亜子、まき絵の元
に帰っていった。亜子が気持ちは分かるというように頷き、裕奈とまき絵が「ダメじゃん」とからかっていた。

(吸血鬼(エヴァちゃん)が風邪か……ピートはそんなんなかったが、嘘をつくならサボればいいだけだしな)

メモには茶々丸の字で今日休む旨が記されていた。
看病のため茶々丸も休むようだ。こんなものをわざわざ届けるとはエヴァにしては律儀である。横島など高校で無
断欠席しまくっていたので、意外だった。登校地獄の呪いはサボリはいいようだが、ずる休みはダメなのかとも思う。
もしそうなら、正式に学校の担任である自分に届けないと休めないのかもしれない。

(ということは本当に風邪か。体力まで人間並みになるんだな)

いくらこの世界と横島の世界が違うといっても、不死である吸血鬼なら通常は風邪など引かないだろう。ピートも風
邪は引かないようだったし、死にかけの傷でも意外に平気そうだったのを覚えていた。

(まあ明日も休むようなら、様子を見に行くか)

その程度に横島は考え、



「ここがエヴァちゃんちか」

エヴァが特別に学園長に用意してもらったログハウスを横島は見上げた。
結局気になって授業の合間を縫って、見に来たのである。玄関の階段を上り、横島が呼び鈴を確認するが見あた
らず、そっと扉を開けると、ファンシーなグッズがたくさんある部屋が見えた。その人形などを見ると、エヴァの精神
年齢が実際の年齢よりも見た目通りに若いことをうかがわせた。

「絡繰いるかー?エヴァちゃんの見舞いに来たぞー」

横島が声を上げた。

「はい」

すると奥から扉の開く音がして、茶々丸が出てきた。

「うっす」

「横島先生……授業はいいのですか?」

茶々丸は横島の顔を見て驚いたように言った。
まだ9時であり、生徒以上に登校日の教師がうろついていていい時間じゃなかった。

「はは、様子だけ見たらすぐに引き返すぞ。まあ気になってな。エヴァちゃん風邪は大丈夫か?」

「はい。この季節マスターは花粉症も併発されるので、一時的に弱られるだけです。風邪薬を飲めば、それほど回
復に時間はかからないでしょう」

「そりゃまた。ほとんど人間と変わらんな」

「マスターの様子を見て行かれますか?」

「いや、心配だから様子見に来ただけだし、大丈夫ならそれでいいんだ。まあ顔ぐらい見ていく時間はギリギリある
んだが、ああいうタイプは弱ってんの見られるの嫌がるしな」

横島はタマモのことを思い出した。どんなに熱を出して弱っていても彼女はそれをいつも隠そうとした。まあ実際は
タマモといえど、弱ってるとき優しくされるのはいいものなのだが、その辺横島はよく分かっていなかった。なにより
相手がもう少しストライクゾーンに入る相手なら意見も変わるがエヴァは外れすぎていた。

「嫌がりはしないと思いますが。今日は風邪を引かれてますが、マスターは横島先生と夜に話されてからとても機
嫌がいいです」

表情には出さないが、引き返そうとする横島を、茶々丸は引き留めたがっているようだった。

「なら、満月まで風邪を引いててくれていいぞ。体調不良も負けは負けだしな」

横島は純粋にお見舞いに来ただけのようで、あっさりきびすを返した。

「はい。あの……」

「うん?」

「お見舞いありがとうございました」

「いや、こっちこそ、わざわざ来たりしてすまん。エヴァちゃんとこにさっさと戻ってやってくれ」

「はい。それと、横島先生。後で子細を確認後お伝えするつもりだったのですが、決闘は今日の停電の夜になると
思われます」

茶々丸はぺこりと頭を下げ、横島がこのまま引き返す気だと分かると、必要なことだけを述べた。

「きょ、今日か?えらく突然だな。というか風邪はいいのか?」

停電自体は横島も遅れていった職員会議で聞いていた。なんでも今日の夜の8時から12時まで学園都市全体の
メンテナンスを行うのだそうだ。そのため麻帆良学園全てが停電になるらしい。普通そういうのは深夜のうちに行う
ものだが、お祭り半分の趣もあるのだとチアリーディング組の釘宮円が教えてくれていた。

「はい。今日の方が都合がよくなりました。風邪は停電と同時に治ると思われますし」

「て、停電と同時に?」

(って、ことはなんだ。その瞬間エヴァちゃんの身体に力が戻るのか?まさか呪縛を解く方法があるのか?いや、
でもそれならとっくに呪縛は破れてるはずだよな。だいいち完璧に呪縛が解ければ俺と決闘の必要もないんでは?
それか美神さんも雷の電力で時間移動とかして霊力に変換してたし、やっぱり、これもそういう類か。だとするとす
ごく断りたい。だが、エヴァちゃんって絶対に自分の都合を優先するタイプだ。間違いない)

横島は頷いたが、内心いやな予感もする。賞金額も普通じゃないエヴァを怖がってないわけではないのだ。だが、
いい年して幼女にしか見えないエヴァに目に見えて怯えるわけにも行かなかった。

「わ、分かった」

「理由を聞かれないのですか?」

「聞いてもエヴァちゃんは教えてくれんだろう。絡繰もだろ?」

「はい。お答えはできません」

「でも手加減はしてくれても全然良いぞ。むしろ満月の日の方がいいような気がすごくするぞ」

「そうですか……。あの、横島先生はマスターが恐いですか?」

「は、ははは、いやだな。絡繰。エヴァちゃんみたいな幼女が恐いわけ無いだろ。でも、決闘はできればやめたいな。
いや、恐いわけじゃないぞ。ただ教師としてエヴァちゃんみたいな可愛い子を殴るのは気が引けるのだ。まあそう
いうことだ。では」

「あの」

茶々丸にしては珍しく横島を何度も呼び止めた。

「なんだ?」

「できれば、これが終わってもマスターを嫌わないであげてほしいのですが」

「それはまあ構わんが。嫌うためじゃなく信じるためにってエヴァちゃんとの約束だしな。逆にエヴァちゃんを多少殴っ
たりする必要が出ると思うが、俺を嫌わないでくれと伝えてくれ。とくに学園長には決闘は内緒だぞ。頼むぞ」

横島のエヴァに対する認識はまだ完全には敵になっていなかった。なにより人外に対する耐性も向こうの世界で相
当ついていたので、この世界で吸血鬼に対するものとしてはフレンドリーさを帯びていた。そんなエヴァを殴る必要
が出るような自体になるのを、ここに来て逆に悪いことをしているような気さえしたのも本当だ。
一方、茶々丸はもう何も言わずまた頭を下げ、横島はエヴァの家をあとにした。


「不思議な人ですねマスター」

横島が消えた扉から、部屋の通路の曲がり角に目線を移して茶々丸が言った。

「ふん、見舞いに来て顔も見せんとは、気の利かん奴だ。それと茶々丸。やつに余計な情報を与えるな。アレはもう
停電での起こる事態に気付いたぞ」

曲がり角でコホンッという咳がした。

「……申し訳ありません」

「まあいい。呪縛さえ解ければどうということもない。茶々丸。私は寝る。信じるためというならば、あいつに見せて
やろうではないか。吸血鬼の本気を」

「はい」

茶々丸はうなずき、エヴァは奥へと向かった。
そして時刻は過ぎてゆき、日は落ちていった。






(明日菜に先生……なんでいるんやろ?)

それは停電を前に部屋を出て、同じ図書館探検部である図書館組とカードゲームをしてすごそうという話になって
いたとき、木乃香は肝心のカードを持ってくるのを忘れてしまい取りに戻ってきたのだった。部屋に入ろうとして、少
し離れた場所を明日菜と横島、そして明日菜の肩に乗るカモが歩いているのが見えた。

たしか明日菜は停電と同時に明日の新聞配達のために寝ると言っていたはずだ。それがどうしてこんな場所にい
るのか。横島も今日は停電時に生徒が羽目を外しすぎないかの寮内の見回りをせずに、出かけると言っていた。
それがなぜ二人そろって歩いているのだ。

(二人ってできてるん?)

でも、そういう感じにも見えなかった。
横島と明日菜は別にくっついて歩いてるわけでもなく、一定の距離を置いていた。暗がりで視界は悪いが横島は前
に立ち、明日菜は少し怯えているようにも見えた。それに付き合うとかなら、部屋から出ない方がいいはずだ。木
乃香が帰ってきても部屋でなら誤魔化しも利くし、二人きりにもなれる。

(いややわ。何をうち詮索してるんやろ。でも、先生の魔法とかの秘密はウチも知ってるはずやし……)

何となく以前エヴァとの遭遇にも似た雰囲気を木乃香はそこに感じた。

(それかエヴァンジェリンさんのこと、ほんまは解決してへんとかやろか。それで明日菜と横島先生で……)

何となく一番しっくり来る考えの気がした。これと違い明日菜と横島がそういう仲なら別にいい。横島のことは少し気
になっていたけど、明日菜が好きなら自分はいい。まだそう思えるほどの好意だった。でも、できればその他のこと
は秘密にしてほしくなかった。

(ま、まあウチには言いにくいんやえ)

そう思い、木乃香は見なかったことにして、早く夕映やのどかの待つ部屋に行こうと思った。木乃香はこのまま考え
てると自分がいやな思考に流されてしまう気がした。このまま放っておいて、明日になればまたいつも通りに接した
らいい。横島がエヴァに後れを取るとは思えないし、それでいいはずなのだ。

(そや……明日菜とは友達やもの、横島先生もいい人そうやし、きっとうちのこと考えてのことやえ)

思いながら木乃香は自分の足が、二人を追うのを止められなかった。
そうする自分の行動がふいに昔と、いや、むしろ今の、別の自分とダブル気がした。

『せっちゃん、久しぶりやえ。中学はこっちやったんや、ウチ嬉しい。また仲良くしよな!』

中学一年の時、箱入り娘で友達がずっといなかった自分に昔仲良くしてくれていた桜咲刹那と再会した。自分は飛
び上がる程嬉しかったから、本当に嬉しくて相手の迷惑も考えずに声をかけた。

『失礼します』

だが、刹那は一礼しただけで自分の前から消えた。

何か嫌われることをしたのだと思った。なら謝ろうと思った。なのに自分の言うことを刹那は聞いてくれなかった。で
も、落ち込んでた自分を明日菜が助けてくれた。強引にでも声をかけ、クラスに馴染ませてくれた。横島が部屋に
来たときもいやじゃなかった。少しでも自分と仲良くしてくれる人がいるのが嬉しかった。

『あのな、せっちゃん。もし謝らんなんことが――』

鏡を見て何度も刹那に謝る練習をしたのに、明日菜みたいに少しは強引になろうとしたのに、結局自分にはできな
かった。そういう自分が悲しくて、いやで、二人の後を付けるのが木乃香は止められなかった。






『――こちらは放送部です。これより学園内は停電となります。
学園生徒の皆さんは極力外出を控えるようにしてくださ……』

時間は少しさかのぼり、カチッと時計台が8時を指す。同時にフッと麻帆良学園全体の明かりが消えた。深閑とし
た夜の闇が麻帆良学園全体を包み、何が出てもおかしくない雰囲気を醸し出した。

横島は寮の見回りを任されていたが、それを行わずに寮から離れた広場で明日菜が来るのを待っていた。ばれる
とまた葛葉先生に怒られそうだが、今日ばかりはしかたがない。それに全寮制でエスカレーター式の麻帆良学園
は誰もが停電には横島以上に手慣れたもので、停電グッズや停電の間過ごす方法も心得ているようだった。

(木乃香ちゃんは確か綾瀬や早乙女とすごすんだったよな。しかし、いいな。半年後の停電は葛葉先生とこの暗が
りに中過ごしたら……。「横島先生、実は私暗いのが苦手で」「大丈夫です。あなたのことは僕が守ります」)

横島がにへらにへらっとなりながら考えていると、足音が聞こえてきた。
時計が5分を指して遅れ気味に明日菜が現れた。

「ごめんなさい。木乃香が出て行くの待ってたら遅れて」

「木乃香姉さん。俺っちも連れて行こうとするんで、なかなか抜け出すのに苦労したぜ。もてる男は辛いな!」

と、明日菜の肩にいたカモが言った。

「木乃香ちゃんか……黙ってるのは心苦しいが、仕方ないしな。あと一年したら俺がこういう日はベッドで癒してあ
げるんだが」

「それは親友として木乃香のために遠慮します」

明日菜が真面目に言った。

「別に明日菜ちゃんと一緒でもいいぞ。暗い間は俺がずっと傍にっ!」

ぼくっと明日菜の拳が横島の顔面にめり込んだ。それでも明日菜の顔はそれほど怒ってなかった。正直、エヴァン
ジェリンとの決闘に怖じけずいているのが、少しほぐれる気がした。

「怒りますよ?」

「な、殴ってから言わんでくれ。ま、まあ、それよりほい」

と言って横島は自分の肩にきたカモを、明日菜の肩に乗せなおした。

「え?なに、ほい?」

明日菜が目を瞬く。

「カモは動物だけに感覚器官は人間より優れてるからな。魔力の感知能力も敏感みたいだし、なんかのとき助けて
くれるだろ」

「俺っちが姐さんの補佐か。姐さんよろしくな」

「えー、なんか、私とエロオコジョって本当にコンビみたいじゃないですか」

明日菜の頬がふくらんだ。

「俺の言うことに従うのがついてくる条件だ。一人になったとき、もしエヴァちゃんに襲われたらどうするんだ。怖くて
縮こまったりしてたら、何をしに来てるか分からんぞ。自分なりに記憶のこととか思うところがあるから明日菜ちゃ
んもついてきたかったんだろ」

「まあそうですけど」

それでも若干ふてくされて明日菜が頷いた。



その頃、寮の大浴場では、アキラ、まき絵、亜子、裕奈が悲鳴を上げていた。お風呂に入っていたら急に電気が消
えたのだ。

「もう、まき絵が無理に入ろうって言うから」

「へへ、暗い浴場って入ってみたかったんだ」

「ああ、こいつ、確信犯や。横島先生寮の見回りやのに、覗きに来たらどうすんの」

「そのときはアキラの悩殺ボディで一発KO。なんて、って、アキラ?」

まき絵が冗談を飛ばしてるとアキラが騒ぎに参加せず、ボーと虚空を見つめてるのに気づいた。

「どうしたんアキラ?」

振り返るアキラが、急に亜子を抱きしめ、歯を光らせた。








あとがき
今回はちとほのぼの(エロ的に)めです。
さて、ようやくエヴァ戦前の準備も終了したので、
次はようやくエヴァ戦に突入です。










[21643] 大浴場にて。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/10/20 14:01

「なんだ結局、寮に戻るんですか?」

「ああ、なんでか、こっちから魔力の気配がするんだ」

とりあえず決闘場所の指定もなかったので、エヴァを見つけようと麻帆良の敷地を歩き出した横島と明日菜。辺り
は暗く、外灯と月明かりが頼りで、静まりかえっていた。麻帆良の敷地は信じられないほど広いので、普通ならエヴ
ァを探すのは文珠を使う方が早いかと思うが、わずかな魔力の乱れが先程出てきた女子寮の方からしたのだ。

「ちょ、ちょっと横島さん歩くの速い」

横島の歩くペースの速さに小走りになる明日菜。おいて行かれるのが怖いのか、服の裾を摑んできた。横島は苦
笑した。普段強がってはいてもやはり明日菜も女の子だと思う。まあこの調子なら無茶な行動まではすまいと思い
ながら横島は歩くスピードを緩めた。

カサッ。

そのとき草むらが揺れる。明日菜がさらにびくっとなる。頼れる相手がいるせいで無理に強がる必要もないせいか、
こうしてみると明日菜も可愛かった。

「手でも繋ぐか?」

「い、いいです」

「ならいいが、あんま無理しなくていいぞ」

アスナはきっとあと二年したら絶対相当いい女になるだろうに、そのときにはもういないとはと思う横島は、ともかく
前を見た。

と、ふいに横島は目の前に妙な気配を感じた。

(うん?)

そして、同時に暗闇からしみ出すように人影が現れた。

「へ?……あれアキラ?って!服を着てない!?」

「ぶはー!!」

明日菜が驚く。目の前には裸の大河内アキラが靴も履かずにたたずんでいた。中学生とは思えない腰のくびれと
乳房とお尻の吸い付きたくなるような出っ張りは、なにも着けてないのに少しも垂れずにツンッとして、横島が盛大
に鼻血を吹き出し、明日菜が止める暇もなくかけだした。

「裸の姉ちゃん!!!」

思わず横島が飛びかかり、アキラの見事な裸体を抱きすくめ、それでも相手が無反応だった。

「こ、この、変態、横島さんそれアキラですよ!!」

「お、おお、どうしたアキラちゃん!?」横島は思わずアキラの乳を揉みながら尋ねた。無茶苦茶柔らかくて張りの
あるアキラの乳が横島の手のひらで形を変え、それでもアキラの表情は変わらないものの頬が赤らんだ。「ああ、
ダメだと分かってるけど、ダメだと分かってるけど手が勝手に!」

「さ、さすが旦那だ!どんな状況でも欲望になんて素直なんだ!」

カモが驚愕するが、明日菜の跳び蹴りがすかさず横島のこめかみにめり込んだ。

「この変態!生徒に手を出さないっていつも自分で言ってるんでしょうが!」

「う、う、少年の純な欲望を誰も理解してくれない。というか男は誰でもあんな見事な乳が目の前に急に現れたら揉
んでしまうもんなんじゃ!長瀬といい、俺のクラスは俺を挑発しすぎだ!ああ、乳尻太股が四六時中俺を誘惑する!
これで襲ったら刑務所とかあんまりじゃないか!」

絶対にそんなことを考えるのは横島だけだと明日菜は思う。

「は!てか、あ、アキラちゃん。なんで裸なんだ!?」

「やっとそれか!でも、そうよ。アキラ。横島さんの前でそれは危なすぎよ!」

危ないどころか、もうすでに被害を受けたが明日菜が突っ込む。それでもアキラは無表情に言った。

「横島忠夫。約束通りエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル様がお待ちだ。十分後に、大浴場に来い」

「な」

横島が驚く。
アキラから、そういわれたこと以上に横島は驚いていた。

「旦那分かったぜ、あいつエヴァンジェリンに噛まれたことあるだろ。真祖に噛まれたら操り人形だ」

「アキラちゃん。マジか!?」

そのことを失念していた横島が驚く。自分もそういえば妙に自分以外の魔力の干渉を感じる気がした。横島の中に
ある『守』の文珠がエヴァの繰術を拒んでいるようだが、それがなければ戦う前から勝敗が決まっていたかもしれな
い。エヴァの解放の可能性が出た時点で浄化すべきだったのだが、この辺が抜けている。というより甘かった。

一方でアキラの方は横島の言葉に応えず、軽く飛び上がったと思えば驚く程の跳躍で寮の方へと消えていく。

「これって……どういうこと?」

明日菜が驚きながら聞いた。

「あ、ああ……くそ、生徒まで使うとはな。ちと、エヴァちゃんを甘く見すぎていたな」

心のどこかでエヴァはそこまで酷いことはしないと思って安心していた。だが、エヴァが生徒を使うのは許せる一線
を越えていた。エヴァと自分が戦い、茶々丸は明日菜を傷つけないようにしてくれる。この決闘はそれでおさまる。
そう考えていた。エヴァもまさかアキラを殺しはしないと思うが認識を改めないとケガではすまなくなる。

「旦那。そりゃそうだぜ。吸血鬼っていや最大級に恐れられた存在だって前にも言ったじゃねえか。特にエヴァンジェ
リンはその中でも特別に強力なやつなんだ。油断はなしで頼むぜ」

「わ、分かってる」

カモに言われ、反省し、横島は身のうちに霊的に沈み込ませている文珠を確認する。17個ある。どうやって作った
かは聞いてはいけない横島だけの秘密だ。ひとつ言えることがあるとすれば楓は偉大だということだ。そのひとつ
を『浄』にして自分に当てる。これでもまだ16個だ。これだけあれば一瞬で戦闘が終わる使い方もかなりある。

エヴァが一線を越えない限りそういう使い方をしない気だったが、生徒の安全だけは早期に確保する必要があった。
そう思うと横島はらしくもなく厳しい顔になる。

(こういう顔どこかで……)

明日菜はわずかに何かのデジャブを感じた。昔の記憶の何かに横島の影の差す表情が似ている気がした。なん
だろうか。自分はこういう顔をどこかで見ているはずなのだ。

(アスナ……)

「あの、横島さん」

明日菜の声が震えた。
思い出しかけた記憶が恐いものの気がして慌てて振り払った。

「うん?ああ、すまん。なんだ明日菜ちゃん?ちょっと漏れたか?」

すぐに横島がいつものおちゃらけた調子に戻った。

「も、漏れてません!もう、早くアキラを追いましょう!」

「おう、そうだな」

横島と明日菜が寮へと走った。



「なんだ?また殺気か?」

「なんです?」

横島がふいに振り返り明日菜が尋ねた。自分たちの部屋を超えたところだった。

「いや、また誰かいた気がしたんだが……」

「そんなのばっかり言うの禁止です。脅かしても腕にしがみついたりしませんよ」

「いや、そういうつもりではないんだが」

「停電でも寝てない子がほとんどだし、それじゃないんですか」

「そうだな。殺気の気がしたんだが……。まあ、他の生徒なら見つからんように静かに行こう。しかし、こんなことな
ら寮の見回りするって言ってりゃよかったな」

結局、寮でうろつくならその方が都合がよかったのに、何人かの生徒には留守にすることを告げていた。ともかく後
悔しても始まらない。横島が歩き出すと、すぐに大浴場の入り口が見えた。100人単位の入浴にも耐えられるよう
に造られた脱衣場を超えて風呂場の扉を開ける。その瞬間、濃密な魔力があふれるのを横島は感じた。

(なるほど、こっちの世界の吸血鬼は強そうだな。やっぱり停電によって封印を解けたのか……。じゃあ、本当にエ
ヴァちゃんの呪縛にはこの学園の電力が使われてたのか。となると、その気になれば学園長にはエヴァちゃんの
封印はいつでも解けたんじゃないのか?)

ふと疑問を持ち、横島は吸血鬼中の吸血鬼、ピートの親を思い出しながら顔を上げた。魔力だけならあちらが上
かも知れないが、少なくとも、あの時代錯誤の大ボケ親父よりは解放したエヴァは強そうだ。

だが、そこには、

「「「……」」」

「よくきたな横島。まずは逃げなかったことを褒めてやろう」

そこにいる妙齢の美しい女性とそれを取り囲む、裕奈、まき絵、亜子、そしてアキラが裸ではなくメイド服を着ており、
横島と明日菜、カモまでが言葉を失う。茶々丸だけがそこにいて当然のメンツで他は全ていてはいけないものたち
だった。

「「誰(でい)??」」

明日菜とカモが妙齢の女性に首を傾げる。
だが横島が首も傾げずにかけだした。学ばない男である。

「美人の姉ちゃん!!!ずっと前から好きでした!!!!」

横島にとってはその妙齢の女性が誰であれ、そんなことはどうでもいいことだ。ただ美人とひとくくりにして思わずあ
まりに美しいその妙齢の女性に飛びかかって抱きついた。

「きゃ、きゃー!!」

その女性はだが、横島に胸に顔を埋められ少女のように悲鳴を上げた。言うまでもなく、エヴァなのだが600年も
生きてるわりに反応はしずなや葛葉以上に生娘のようだった。おそらくずっと幼女の姿をしていたので男を知らな
いのだろう。また吸血鬼と言うこともあり、男に飛びかかられた経験もないのかもしれない。

「よ、横島さん、こんな時にやってる場合ですか!」

だが明日菜もさすがに敵陣深くにまではついて行けずに叫んだだけだった。

「ああ、こんなことしてる場合じゃないと分かっているのに体が勝手に!こんな罠まで用意するとは、なんて卑怯な
んだエヴァちゃん!ああ、でもすごく嬉しい!!美人のお姉さん!悪辣吸血鬼から僕が必ず助けてあげるから、もっ
と揉ましてくれ!!!」

「お、落ち着け、横島。私だ!」

胸に縋り付かれた妙齢の美女がぼんっと言って姿を戻した。そこにはエヴァがいて横島は目をぱちくりさせて、自
分の手を見る。その手がエヴァの無い乳を揉んでいる。ペタペタペタと音がしそうなほどの乳で、なんだか揉むと言
うより撫でていた。エヴァの顔を見ると真っ赤だ。横島は急いで離れる。と、猛烈に壁に頭を打ち付けた。

「ああ、俺は幼女を相手に何を!ロリじゃない!ロリじゃないんだ!」

「ええい、幼女幼女うるさい!」

エヴァが思いっきり叫んだ。

「マスターは今朝。横島先生が言われた発言を気にされています。でも、マスターは楽しそう」

茶々丸が言うのはどうやら今朝、横島がエヴァの家で『エヴァちゃんみたいな幼女が恐いわけ無いだろ』と言ったこ
とらしい。

「だ、誰も、気にしてない!」

エヴァがさらに真っ赤になって叫んだ。

「おい、横島、貴様もいい加減にしろ!」

エヴァに飛びついたのが自分でもショックで、まだ壁に頭を打ち付ける横島。エヴァが注意してもこちらに意識を戻
さないので、さすがに明日菜が見かねて引き戻した。

「横島さん!こら!」

「明日菜ちゃんこれは違うんだ!俺は!」

「もう、いい加減にして下さい!今はシリアスするときです!」

(はあ、格好良く決闘するの少しは楽しみにしてたのに)

明日菜は心中で本気のため息をついた。

「はっ、そ、そうだった」

ようやく頭を振る横島はエヴァを見た。
全員の間で微妙な空気が流れるが、横島は慌ててアキラ達を指して取り繕った。

「エヴァちゃん。生徒を操るとはやり過ぎだろ!」

「さっきアキラに思わず飛びついて、おっぱい揉んじゃいましたもんね」

明日菜が冷たく突っ込む。視線は真冬のように冷たかった。

「え、えっと、とにかくダメじゃないかエヴァジェリン!」

横島はドバーと冷や汗を流した。

「ふふん、阿呆が。世の中にはいい魔法使いと悪い魔法使いがいるのだ」

エヴァも強引に戻した。暗黙のウチに全員が今のことをなかったことにしたようだ。

「俺はエヴァちゃんをそんな奴だとは思ってないぞ!」

「バカが。見た目に惑わされてるのかも知れんが、甘い奴だ。お前の思い込みなど私が知るか。しかし意外だぞ横
島。私との決闘に一人ぐらいのパートナーは予想していたが、三人も連れてくるとはな。思ったより臆病なのか?」

「三人……って、なんのことだ?」

「気づかないのか?あと二人も脱衣場にいるだろう」

横島は言われて脱衣場を見た。
そこには誰もいないはずなのが、人影が現れた。

「こ、木乃香ちゃん……」

そこにはエヴァの言うようにこの場にいるべきではないはずの木乃香がいた。扉の影から見ていたのを罰が悪そう
に出てくる。

「ご、ごめんな。なんかウチお邪魔やな」

木乃香はひどく罰が悪そうに頭を掻いた。

「ていうか、木乃香どうしてここに!?」

明日菜も驚いた。

「じゃあ、さっきの気配は木乃香ちゃんか?」

自室の前で感じた敵意のことを横島は思いだして言うが、実際はそれは木乃香とは違った。横島の気配を感じる
感覚は危険を察知する霊感に頼っている部分が大きく、敵意のない人間の気配にはかなり鈍い。ゆえに木乃香の
ことはほとんど気付いておらず、感じたのは別の気配なのだが、この場でそれを気づくものはいなかった。

「なんだ。お嬢さまが招かれざる客だとすれば、お前のミスだな横島。それと桜咲刹那。隠れてないで出てこい。こ
そこそされるのは気に食わん」

エヴァが若干怒りを含んだ声で続けた。
すると脱衣場の奥から今度は刹那が現れた。

「せっちゃん……なんでいるんえ?」

木乃香が今度は驚く。

「下着を忘れたので取りに来ただけです」

あいかわらず刹那が冷たく淡々と木乃香に言った。

「あ、うん、せや、ウチもせやねん」

木乃香は若干気まずげに返した。

「ほお、二人共がこんな時間に同じ理由か、なかなか出来た言い訳だな。ずっと横島と神楽坂の後を付けていたお
嬢さまに、下着を取りに来ただけでわざわざ刀を持った臆病娘」

エヴァはこの事態にどうしてか相当頭に来ているのか、声にかなりの険が混じった。

「なに」

刹那が今の言葉にきっとエヴァを睨んだ。

「まあいい、見許してやるから立ち去れお嬢さま。ここは関係者以外立ち入り禁止だ」

「あ、あー、せやな。いいとこで邪魔してごめんやえ」

木乃香は急いできびすを返して走り出した。

「ちょっと木乃香!」

明日菜は慌てるが、だが、この場を立ち去っていいのかの判断に悩み、足が止まった。

「いい、明日菜ちゃん行ってやってくれ。多分、俺が本当にドジを踏んだんだ。エヴァちゃんの言うように偶然じゃな
いんなら、明日菜ちゃんと木乃香ちゃんの扱いに違いを付けてしまったのはミスだったかもしれん」

何かの察しがついて横島が言うと、明日菜が首を振った。

「ううん、これは私も悪いんだと思う。とにかく行きます」

明日菜もなにかのことかに思い当たって木乃香の後を追いだした。きっともし横島の隣に木乃香がいて、自分が
脱衣所にいたら、なんだかすごく寂しいと自分は思う気がしたのだ。
だが刹那はしばらくしてから行こうとして、ピシッと脱衣場の出入り口が巨大な氷でふさがれた。

「なにをするんです?」

刹那はエヴァを見る。こんなことをするのはエヴァしかいない。だが、エヴァは刹那を冷たく睨んでその巨大な魔力
を放って刹那を脅した。

「お前には立ち去る許可を出していないぞ」

「そんなものがいるのですか?横島先生と戦いたいなら勝手にすればいいでしょう。安心してください。学園長に報
告などするつもりはありません」

「そんなことは気にしていない。仲良しごっこに付き合ってやっていた程度で、あまり見くびるな。だいたい、刹那よ。
お前が行ってなにができるというのだ?」

「おい、エヴァちゃん、桜咲は木乃香ちゃんの護衛なんだ。行かせてやってくれ」

横島が言う。

「ふん、そんなことは百も承知だ。だが、お前は知らんだろうがな横島。こいつがこの場の責任を一番負うべきなの
だ。私の15年ぶりの解放に水を差した責任をな。そうだろう刹那よ。たとえこれが一時的なものでも、お前に私が
このときをどれほど望んで楽しみにしていたか分かるか?私より強い可能性のある男が、私とまともにやり合うと
誓って、その期待につまらん戯れ言を挟まれたのだ。私はな、刹那よ。怒っているのだ」

「私とそれは関係あるように思えませんが、お嬢さまがここに来たのは私も予想できないことです」

「鈍いな。あるから言っているのだ。貴様がつまらん杞憂に捕らわれたがため、あのお嬢さまは自分でも気づかな
い部分で追い詰められていたのではないのか。違うのか」

「知ってるのですか?」

刹那は冷静に刀に手をかけて尋ねた。

「ふん、なんだ小娘風情が私とやる気か?ほどほどにしないと氷漬けにするぞ」

エヴァはさらに魔力を膨らませ、ピリピリしだした。

「ぐっ、脅す気ですか?」

刹那の額に汗が浮かんだ。

「勘違いなするな。小娘相手に脅しなど誰がするか。ただ、高畑とジジイから多少目にかけてやってくれと言われて
ただけだ。あまりに不抜けてるので、目のかけようもなかったがな。何をそんなにお嬢様に近付くのを恐れてる?
見てて歯がゆくて虫ずが走るのだ。それをこの場で思い起こさせられたことにも、横島のパートナーが消えたことも
気にくわん」

「明日菜さんについては謝ります。でも私はお嬢さまを怖がってなどいません」

「バカが……幻滅するぞ。やはり、お前が追ってなんになる。せめて神楽坂の代わりをして、この場の責任をお前
がとれ。お嬢様はお前がいなくても神楽坂明日菜が助けてくれるだろう。違うか?」

エヴァの言葉に刹那の表情が少し歪んだ。

「しかし、私はお嬢さまを――」

「断るな。私は強制しているのだ」

エヴァは有無も言わせぬように刹那を睨んだ。

「……分かりました。いいでしょう。この場で私が代わりを――」

「エヴァちゃん。やめろと言っている」

だが、また横島が口を挟んだ。

「横島、理由を知らんのなら黙っててもらおう。私とお前のこの場を、その女が汚す原因を作った」

「そのようですね」

汚すの言葉に反応して刹那はやはり震えた。
その様子を見ると、横島はなんだか、誰かとダブル気がした。

「でも女の子が震えてるんなら放っておけんだろ。俺も木乃香ちゃんが逃げた理由は知らんが、知ってるんなら意
地悪が過ぎるぞ。600才のババアのくせに14才の子を虐めるな」

「そ、そんなつもりでは私はない!ババア言うな!」

「横島先生構いません。あなたに庇われる義理はないし、茶々丸さん達をこの場は私が引き受けます。あなたはエ
ヴァンジェリンとすべきことがあるならそうして下さい」

「いい、いい、エヴァちゃんぐらい俺一人でどうとでもなる。桜咲は木乃香ちゃんの護衛だろ。さっさと追え」

だが横島は刹那の頭をくしゃっと撫でる。

「しかし、私とてあそこまで言われたら」

刹那は言いながらも今の自分が木乃香を追うことを拒んでいると感じた。
戦うのはその理由にしたいだけだとも思う。

「こんなに震えて可哀想に。まったくひどい吸血鬼だ。俺がお仕置きしてやるからな桜咲。それに、震える刀でミス
をしたらどうする。みんなクラスメートだろ」

「ですが、む、向こうには神楽坂さんがいます」

「まあ追いたくないならそこで見ててもいいが、よく分からんが、桜咲、お前はもう少し肩の力を抜いた方がいいぞ。
気にしてるのはちょっと違う血が混じってることか?だとしたらエヴァちゃんなんて吸血鬼だし、俺も昔は魔族の恋
人がいたぞ。ここのやつらはどうもそういうことに厳しいようだが、そんなこと気にしなきゃ、どうでもないことだ」

「なっ!!!????ほ、ほうっておいてください!」

横島に急に言われた何気なさそうな言葉に、刹那はひどく狼狽した。

(どこで知られた!?いや、翼は見られてないはず。まさか、これが霊能力か!?)

「ほ、ほお、格好を付けるものではないぞ横島。私ぐらいとほざかれては6対1でも手加減はせんぞ」

ぴきっとエヴァの額に青筋が浮かんだ。

(誰がババアだ!誰がひどい吸血鬼だ!悪いのは桜咲刹那だろうが!)

「それはこっちの台詞だ。アキラちゃん達を使う時点でアウトだ。卑怯すぎる。ウチの上司でもそこまでしないぞ。攻
撃できんの分かっててしただろ」

「当たり前だ。私は悪い魔法使いだ。勝つためならなんでもするさ」

「そうか……」横島は少し寂しそうな表情をして、「なら、こっちも悪いが先に黙ってもらうぞ」

そういった瞬間。パシンッと横島から閃光が走った 。
そして、その瞬間、横島の姿が誰の目からもかき消えた。

「なに!?」

「速い!?瞬道術?いや、違う、消えた!?」

エヴァと刹那が驚いてあたりを見渡した。

「ノー、消えたわけではありません。認識ロスト。横島――」

エヴァと刹那が横島の姿を見失い。その瞬間茶々丸の体が、バシンッと何かに拘束され、亜子、アキラ、裕奈、ま
き絵の全員が意識を失い崩れ落ちた。

「なんだ?」エヴァが瞠目した「どういうことだ?一瞬で5人始末したのか?」

パシャッと水音がして、エヴァが振り向く。大浴槽の反対の縁にいつの間にか横島が立っていた。

「いつのまに……転移術でもない……今のは?」

刹那が呆然とした。横島が一体何をしたのか理解も追いつかなかった。なのに茶々丸はなんらかの力で拘束され、
エヴァに操られていた四人ともどうやらすやすやと寝ているようだ。

「結界解除プログラム始動」茶々丸の耳の部分が機械のように飛び出し光った。「解除不能。マスターすみません。
横島先生の力のタイプにプログラムが適応していないようです」

「茶々丸を一瞬?茶々丸も私の魔力解放で以前より遥かに強いはず。バカな、以前の夜の貴様はこんな動きはし
なかったであろう」

エヴァはいやな汗を流した。霊力と魔力の違いはあれど、その総量は自分の方が上に思えた。だが霊力について
の詳しい知識は自分にはない。正体が分からないことほど薄気味悪いものはなかった。

「マスター。今の技は予想ですが、瞬道術の高位術と思われます」

「瞬道術の高位?ちっ、超と葉加瀬の科学も未知の力には対応してないか。横島。何をした?」

茶々丸が動けないのはエヴァにとっても痛い。魔法の詠唱中の守り手となるパートナーがいなければ、これだけで、
自分は大きな魔法を使うことをかなり制限されてしまう。

「超加速ってやつだ。物理法則を無視した加速が可能となる能力。まあ、やたらと霊力がいる上に、人間の体で連
続使用はできんがな。でも、なかなか便利だろ」

横島は今の一瞬で『超』『加』『速』、の上に、まずアキラ達4人を眠らせるために使用した『眠』『眠』『眠』『眠』、そし
て茶々丸の動きを封じるために使用した『縛』の八つもの文珠を使用した。余裕を浮かべるつもりで内心舌打ちし
ていた。これで文珠はあと8個である。そしてそれが文珠の弱点でもあった。たった一つでものすごい効果を現す
かと思えば、普通の人間でも道具さえあればできるようなことにも一文字は必ずいるのだ。

「物理法則を無視した加速?」

「ああ、周りの時間を遅くするから、ほとんど相手が停止状態の中で動けるな」

心中の焦りは見せずに横島は自慢げに言った。

「そうか……まさかそんなことが可能とはな。なら、なぜ今私を眠らせなかった。超加速とやらの連続使用が不可能
なら、私を眠らせなかったのはお前にとっては致命的だぞ」

「いきなり眠らされて終わりじゃエヴァちゃんも納得できんだろ」

実際は超加速という技は時間制限が大きいせいでもあるし、横島が文珠を連結して使える限界は四文字であり、
残りの一文字の霊力ではエヴァの強大な魔力には効かないと思ったのもあるのだが、ここは余裕を見せた。相手
に弱いと思わせるのも戦いの基本だが、エヴァは横島が実力者だと信じている。そして自身にそれほどの自覚は
ないが横島は強い。弱くみせようとしても無駄なら、この場合は自分の底を見せないのが戦いの基本だ。

「ふん、やはり、とことんバカな男だ」

だがエヴァの顔がほころぶ。手加減されたというのにそれほどいやじゃない。横島という男は非常に自分と相性が
いい気がした。ますます横島という人間を確かめたい衝動がわく。エヴァがその衝動とともに宙に浮き上がる。横
島もあわせて『飛』『翔』の文珠で宙に浮いた。これで文珠は6個だ。やはり燃費の悪さこそ、文珠の最大の弱点だっ
た。

「エヴァンジェリンはともかく、あなたも杖もなく空を。横島先生あなたは一体何者なんです?」

刹那はあっけにとられて尋ねた。

「さあな。でも敵ではないから、待っててくれんか桜咲。終わったら話ぐらい聞くぞ」

宙に浮いたまま横島は刹那に言った。

「ひ……必要ありません」

「我が儘な生徒の相手までして、大変だな横島先生。だが、こちらとは別問題だ。さあ戦おうではないか。貴様が手
加減しようとこちらは手加減などしてやらんぞ!」

大気が震えそうなほど魔力を溢れさせエヴァは魔法を唱えだした。

「『氷の精霊(セプテンデキム・スピリトゥス) 17頭(グラキアーレス) 集い来りて(コエウンテース) 敵を切り裂け(イ
ニミクム・コンキダント)魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾(セリエス)・氷の17矢(グラキアーリス)!!』」

遠慮なく魔法が発動し、横島めがけて追尾型の氷柱が向かってくる。横島は『飛』『翔』で飛びつつ、かわせるもの
はかわすがかわせないものは手のひらに表したサイキック・ソーサーで受け止め、それが無理なものは霊剣で切り
裂いた。

「エヴァちゃんも一応生徒だぞ!生徒が教師に殴りかかるのはどうかと思うぞ!」

「私をその他大勢に入れるな!『来れ(ケノテートス) 虚空の雷(アストラプサトー) 薙ぎ払え(デ・テメトー)! 雷の
斧(ディオス・テュコス)!!』」

「な、雷まで使えんのか!?」

横島が目を瞬き、強力な電撃が鞭のようにしなってやってくる。横島はさすがにこれはサイキック・ソーサーでも受
けてはまずいと、窓ガラスを破壊して外へと飛び出した。



「敵でない……私が臆病……」

刹那は二人が出ていった後、何もせずにいる自分を見つめていた。エヴァの言葉が頭をよぎる。自分がお嬢様を
追い詰めている。刹那は木乃香の祖父である学園長と木乃香の父に言われて木乃香を守っている。それだけなら
木乃香を追い詰めることはないはずだ。自分がずっと影から守り、そうすれば、木乃香は幸せなはずだ。

(ではなぜエヴァンジェリンは私がお嬢様を追い詰めていると言ったのだ)

そして、不思議と刹那自身エヴァの言葉にうまく反論することができなかった。でも、心のどこかで気付いていても
自分の臆病さを認めたくはなかった。

(本当に傍で友達としてでも、守れと言うのか。バカな異形を持つ自分になど、お嬢様の傍にいる資格などない。い
や、でもエヴァンジェリンも吸血鬼で、人間ではないのに横島先生に近付こうとしているように見えた)

エヴァもまた吸血鬼である。逆に言えばエヴァ自身もそのことを気にしてるから刹那に苛ついていたのだが、その
ことは気づけなかった。考えながら刹那は言った。

「いや、相手はあの横島先生だ。お嬢様ではない。あの二人のことは私に関係ない」

「近衛さんを追わないのですか。それともそこでいるのですか」

刹那が動かずにいると茶々丸が束縛された身で言った。茶々丸は先程から何度も結界解除プログラムを始動さ
せているが、横島の呪縛はよほど強力なのか解ける様子がなかった。

「私は……」

「何度かあなたの名をマスターから聞いています。マスターはあなたが三年の三学期になってもハッキリしないよう
なら、手を貸すつもりだったようです。ですが、これは丁度いい機会だと思われますが」

「私のことを知ってるんですね。学園長からですか。それとも高畑先生。まさか横島先生ですか?」

最後の横島の言葉にだけ、刹那は険がこもった。

「申し訳ございません。お答えできません。しかし横島先生から聞いたわけではありません」

「そうですか。でも、私は、ずっとお嬢様を影でお守りするともう決めています。横島先生がお嬢さまの傍にいれば
その任務も必要ないのかもしれませんが……」刹那は一瞬表情を悲しげに歪めた。「ともかく、たとえ三学期になっ
てもエヴァンジェリンさんに要らない気遣いは無用とお伝え下さい」

刹那の表情が元の冷たいものに戻った。

それから数十回と結界解除を試みる茶々丸は、きゅいーん、と言う始動音が聞こえる。

「結界解除プログラムコード変更813始動」

ぴしっと茶々丸を封じていた文珠の結界に亀裂が生じた。

パキンッと文珠が割れた。

「解除成功……というより効果時間が切れたようです」

誰に言うでもなく呟き、茶々丸はまだ残っていた刹那を見た。
刹那も茶々丸を見た。

「私はこれからマスターの元に行きます。超加速というものがもう使えないなら、私が行けば横島先生はマスターに
98パーセントの確率で負けるでしょう。あなたはどうなさいますか?」

「あなたは……私を臆病だと思いますか?」

「私には分かりません」

「そうですね。つまらないことを聞きました。絡繰さん。手加減が上手くできないかも知れません。でも、残った以上、
あなたを行かせる気はありません。あの人に借りができるのはいやですから」

刹那が腰に差した野太刀、夕凪を構えた。
その横では巨大なエヴァの魔力の影響で文珠が保ちきれず、アキラ達の目が醒めようとしていた。






あとがき
この辺から徐々にネギまの本編と変わってきます。
まだ大幅には変えないつもりですが、横島は横島なりの結果が出ます。
そして、もうそろそろ横島に完オチするキャラを一人だそうかなと思ってます。
では、忙しさにかまけて、感想レスもままなりませんが、これからもよろしくお願いしますー。











[21643] 刹那と木乃香の涙。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/10/24 15:42

茶々丸がアキラ達四人が横島の文珠の効果が切れて起きだしたのを見て、刹那に目を戻した。エヴァの解放時の
茶々丸の強さはマスターであるエヴァの魔力が桁違いに上がるため、今までとはレベルが違う。加えて、後ろの四
人組は3-Aの武道四天王ほどではないにしろ運動部組だ。この4人にもエヴァの魔力が流れ込んで仮契約での
身体強化と同じような効果を現すのだ。

「桜咲さん。あなたは圧倒的に不利ですよ」

茶々丸は淡々と事実を告げた。

「それはやってみなければ分かりません」

だが刹那は強気に返した。

「そうですか」

茶々丸は刹那の言葉が残念そうに見えた。ガイノイドではあるが、優しい性格をしており、刹那を傷つけることには
ためらいがある。加えて横島ならアキラ達をたとえ自分が負けても怪我させないようにするだろうが、迷いの見える
刹那がその点にどこまで留意してくれるかは分からなかった。

(でも、私がこんなことを思うのは、我が儘ですね)

茶々丸は思う。結局、この場の結果を他者の優しさにゆだねている。自分はエヴァに逆らえないとはいえひどいこ
とをしている。心というものがあればきっと痛んでいるはずだ。
そして、こんなことをしたエヴァもまた迷いがある。悪と言いながら悪に徹しきれず、10歳で吸血鬼化してしまった
少女。大人にもなりきれず、子供にもなりきれず、ただ年ばかりを取ってしまった。

だから、エヴァは我が儘を受け止めてくれそうな人間を見ると自分でも気付かずに甘えてしまう。ナギの時も横島
の時も同じだ。なのに、どうすれば本当に甘えられるのかは、本当の10歳児以上に分かっていない。刹那のこと
を責めていたが自分も600年生きて成長しきれずにいる吸血鬼。

(私もマスターもいっそ本当の悪ならば楽だったのに)

茶々丸らしくもなく思考にふける。
だが、その茶々丸の思考を中断するように刹那が鋭く構えた。そして床のタイルに滑らないように慎重にすばやく
飛び出す。一瞬で、茶々丸との距離が縮まると、

「あなたさえなんとかすれば、あとはどうとでもなる!」

刹那はこの一瞬を迷わなかった。戦いにおける初動は一番重要だ。どんな強敵でも有無も言わさず終わらせられ
る可能性が一番高い一瞬だ。一気に全力で、茶々丸を再起不能にする。茶々丸がはったりを使うタイプとは思え
ず、それならば、行動が遅れれば負けるのは自分になる。あの人にだけは借りを作りたくない。負ければ借りにな
る。自分に不備はなかったはずと思うが、心ではここで負ければ横島への借りになると思う自分がいる。

(不合理な心理だ。だからこそ迷わねばいけなくなる)

一瞬刹那は思い、思いながら夕凪の鯉口を切った。

「『斬岩――』」しかし、刹那の思い通りには行かなかった。「なっ!!?」

横に刹那と同じ速度で走る人影が現れる。その瞬間、刹那の腹に衝撃が走る。茶々丸はまだ前にいる。見るとア
キラの右の拳が自分の腹にめり込んでいた。刹那はその衝撃で水飛沫を上げて浴槽を大きくはね、窓ガラスを破
り、外の道にまで吹き飛ばされて追いついてきたアキラの蹴りで地面に叩きつけられた。

「ガ、ガハッ!?」

刹那が慌ててバランスを立て直して、道路で立ち上がる。敵の方を見ると、自分に拳を決めたアキラ以外の三人
は、自分に反応できず、まだ動いてもいないようだ。

「なぜ大河内さんだけ、こんなに動けるのだ?」刹那は戸惑うが、すぐに思い至った。「いや、そうか……エヴァジェ
リンの魔力で身体強化されるといっても、元の基礎によって強さはかわる。そういえば、大河内さんは身体能力が
元から飛び抜けて高かった。そこにエヴァンジェリンの魔力が加われば私にも追いつけるのか?」

刹那が焦る。正直4人は戦力外と思ったのに、アキラが飛び抜けすぎている。他の三人もこの調子では簡単に行
かないかもしれない。そう考え、どうしていいか戸惑っていると、茶々丸が、刹那が破いた窓から出てきた。そのあ
とにエヴァの趣味で着せられたメイド服姿の裕奈達三人も出てくる。

「降参してください。あなたは本来この戦いに参加する意志も意義もないはず」

優位を悟って茶々丸がもう一度刹那に降伏を促した。

「やるといった以上、引き下がる気はありません」

刹那も強く言い返した。

「なら、もっと痛い目をみますよ」

茶々丸の口調は淡々としていたが、刹那を心配しているようだ。

「それでも足止めぐらいはします。そうすれば向こうの結果がどうあれ私の役目は果たせますから」

「引く気はないのですね?」

「ええ、エヴァンジェリンさんにあそこまで言われて、私にも神鳴流の剣士として意地がありますから」

「了解しました。ではもう言いません。佐々木さん和泉さん明石さんはマスターの元に行ってください。ここは私と大
河内さんで十分です」

茶々丸が言うと、命令権が彼女にもあるのか三人がうなずいて、エヴァのいる方へと駆け出す。

「行かせません!」

急いで回り込んで刹那は止めようとするが、その前にアキラが立った。

「どきなさい!」

刹那がアキラにすごむが、操られているアキラには効果がなかった。

「くっ、やりにくい。卑怯ですよ!」

刹那が茶々丸に鋭い目をむける。

「申し訳ありません。ですがマスターの命令です。この戦いから邪魔者は排除させてもらいます」

茶々丸も動き出す。刹那と距離を密にしてきて、拳を放つ。刹那は腕でガードするがその腕が無理矢理外に弾か
れる。すかさず茶々丸があいた腹に蹴りを入れようとし、刹那は太刀でガードするがその太刀ごと蹴り飛ばされて、
うしろの木の幹に身体がめり込んだ。つづけて、アキラが向かってくる。刹那はダメージに喘ぐ中を転がるように避
け、そこに茶々丸がいて、またもや蹴り。

次も木に叩きつけられた。木が折れて、さらに後ろの木にまで身体が飛ばされる。

「なっ、なんという力っ。ダ、ダメだ。ついていけない……。技をだす暇がない」

刹那をしても速度も力もついていかない。茶々丸と普段戦った経験はないが、流石にここまで化け物じみた力はな
いはずだ。噂には聞いていた『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』だが、普段が普段だけに解放時にここまで魔力
が上がるとは思わなかった。この上にアキラがいるとなると、悪くすると一方的に殴られることになる。

(いや、事実、今そうなっている)

ドゴンッ。

思っていたら反対からアキラの拳が飛んでくる。一瞬夕凪で応戦しかけるが、横島の言葉が脳裏をよぎる。アキラ
は大怪我を負わせれば回復の方法がない。
なにより同じクラスメートであり彼女に非はなく操られているのだ。少しでも傷を負わせるのも躊躇われた。
相手は強くてもアキラだ。茶々丸や自分の剣を簡単に避ける横島とは違うのだ。当たれば取り返しがつかないこと
になりかねない。結果、刹那はまたもやアキラの拳をまともに受け、吹き飛ばされた。

「うぐっ」

刹那は思わず地面に這いつくばってうめく。しかし茶々丸とアキラは一気に勝負を決めに来た。二人が同時に息の
あった動きで拳と蹴りを縦横無尽にはなってくる。刹那はなんとか避けようとするが、茶々丸にいたっては自分より
速い、アキラの拳をなんとかしゃがんでかわすと茶々丸に下から蹴り上げられた。

凄まじい力のこもった蹴りで、刹那の身体が身体が宙に高く舞い。そこをアキラが飛び上がってくる。とんでもない
脚力だ。優に10メートルは飛び上がり、空気を蹴って落ちていく自分をさらに両手を合わせて地面に叩きつけた。
刹那は何度も地面をはね飛ばされて転がされる。

「う、カハッ。し、信じられない……なんという戦闘センス。大河内さんの基礎があるとはいえ、エヴァンジェリンの魔
力とはこれほど大きいのか。これではいくらあの人でもエヴァンジェリンに勝つことなど不可能ではないのか……」

そう考え、ふいに刹那に黒い染みのような思考がわき起こる。

(でも……もし……もしも、あの人が負けたら、どうなるんだろう。エヴァンジェリンの奴隷にでもなるんだろうか。も
し、そうなら、私にとっては、その方が)

刹那はそこまで考え、自分の考えを唾棄するように吐き捨てた。

(いや、それはダメだ。あの人は気にくわない。ここまでしてあげる義理もない。でも、お嬢さまを影から守る資格す
らなくすようなずるいことはしたくない。それにあの人に返せないぐらい大きな借りを作るのは気にくわない)

なによりも戦いにおいて負けることは好きな方ではない。刹那はそうしてここまで強くなったのだ。理由を付けて負
けるような中途半端をして、強くなれたわけではない。

「と……とにかくっ。立たないと……」

刹那は震える足で立った。
それでもかなりダメージは受けておりふらついた。

「まだ立てるとは、お見事です」

ドゴン!

しかし、無駄話もせず、容赦なく刹那の腹に茶々丸の拳がめり込んで、さらに蹴りがスパッツをはいていた膝に決
まる。後ろからはアキラがかかと落としをした。まともに受けて地面を舐めさせられる。

「ぐっ、あっ。ガッ、はあはあ」

それでも刹那は体勢を立て直した。

「まだ立つのですね。ですがもう勝負は決まっていますよ」

茶々丸は淡々と事実を言う。でも攻撃の手が止まり、心のどこかは揺れ動いていた。アキラの方もだ。いくらエヴァ
の命令でも、クラスメートをここまで傷つけるのは彼女たちの優しい性格と激しく対立していた。

「たしかに、まったく歯が立ちそうにありませんね」

刹那は自嘲気味に言った。
このままではどうあがいても勝てそうにない。

「意地を張らずに降参してください。これ以上あなたを殴りたくありません」

「勝手ですね」

「かもしれません。ですがこれ以上はあなたにも後遺症が残ります。あなたもそうなっても戦うほど横島先生への義
理など無いでしょう」

「それは……そうです」

刹那の本心は少し違った。
でも言えなかった。

刹那は詠春に拾われてからずっと木乃香を守るためだけの使命を帯びて生きてきた。そのことを不満に思ったこ
とはなかった。木乃香のことが純粋に好きだったし、誰よりも守りたかったから。ある事情で友達がいなかったのは
自分も木乃香と同じだったし、木乃香と仲良くできた昔が、本当にいい思い出だった。それ以外のいい思いではな
かった。いつも魔物と戦うか、修行をしていただけのような生き方だった。

(それなのに、当時の私には川で溺れるお嬢様を助ける力すらなかった)

あの日のことが刹那はいまだに忘れられない。川に溺れた木乃香を助けようとして昔の自分は自分も一緒になっ
て溺れ二人して大人に助けられた。大人に頼る非力な自分。守ると決めた木乃香すら守れなかった自分。それが
いやで、木乃香の元から離れ、神鳴流にだけのめり込んだ。

少女らしい楽しみなど異端の自分には必要なく、ただ、居場所だけを見つけたかった。だから、ようやく木乃香を守
れるぐらいの力ができたと思い、中学生になった頃、木乃香の護衛に再び志願した。だが、自分は自分のとある欠
点が気になり、自分が何物なのか理解すると、子供の時のように木乃香と仲良くできなくなった。

(ばれて、他の人達と同じ目でお嬢さまに見られるのだけがいやだった。あの頃、自分がお嬢様を避けるせいで、
お嬢様が傷付いてるのを私は知っていた。でも私はどうしても踏みだせなかった)

そうするうちに木乃香には自分以外の友達がどんどんできていき、自分は友達としてはもう木乃香に必要なくなっ
てしまっていた。木乃香には自分など必要のないのだ。

たまに思う。
あの頃の自分がそんなことに拘らずに木乃香と仲良くしていれば、彼女は自分の方だけ向いてくれたんじゃないか
と。でも、そう思うほどばれたときが恐くなった。
木乃香にだけは『気持ち悪い』とか『化け物』とか言われたくない。
それでも、木乃香の護衛の任務は刹那だけのものだった。だからそれでよかった。たとえ木乃香が知らなくても自
分は影で守れれば満足だった。

(なのにあの人は私より強くて、自分の知られてはいけない秘密も簡単に打ち明けたようだった)

自分がずっとそうしたいと願いながら、できなかったことが、横島には簡単にできた。気付けば横島は刹那が一番
大事にしていた木乃香の護衛という任務まで奪いそうになっていた。

(見苦しいのは分かってる。自分の正体以上にこの心こそが見苦しいのだと分かっている。真名が間違ってたのな
ら非礼は詫びるべきという理由も分かってる。そしてあの男が、悔しいほど、自分の非礼など気に止めていないこ
とも分かってる。あの男は強い。自分よりもお嬢様をきっと上手く守れる。全部分かってる。でも……だから……私
は……あの男が嫌いなのだ)

ギュッと刹那は自分の拳を握った。

「桜咲さん?」

思い詰めたような顔をしていた刹那を気にして茶々丸が声をかけた。

「絡繰さん。大河内さんは、エヴァンジェリンに操られている間の記憶は元に戻ってもあるんですか?」

刹那はふと思いついたように今のこの場に関係がないようなことを言った。

「いいえ、あればマスターもここまではしません」

茶々丸は言い訳にしかならないと知りながらもエヴァを擁護した。

「そうですか」

刹那の表情がまた一瞬翳った。そしてつづける。

「それを聞いて安心しました。あなただけならまだいい。うすうすは気付かれてるようですしね」

「気付く……?なんのことですか?」

「それより絡繰さん。今夜のことは超や葉加瀬にも伝わらないようにしてください。本来なら私には報告義務があり
ますが、それがあなた方がしたことを全て学園長に報告しない条件です。もしかすると学園長は気付いてるかもし
れませんが、魔法先生方に今夜のことを知られればあなたたちは最悪封印されますよ」

「それは困ります」

「なら頷いてください」

刹那はどこか穏やかに、それでも有無も言わせぬように言った。

「分かりました。今日のことは彼女たち二人に知られないように私の記憶から消します。でもあなたの部分だけです。
全て消せば二人に返って怪しまれるので、それでもいいですね?」

「ふふ、絡繰さん。そう言うということは、やはり気付いてる」

刹那は醒めたように笑い、茶々丸は目を伏せた。

「申し訳ありません。私ではなくマスターがあなたを見た瞬間分かったようです。ですからマスターはあなたを気にか
けていた」

茶々丸はなにかを察したように言う。

「これは、あの人のためなどでは欠片もありません。きっと、あの人にだけは負けたくないんだと思います。たとえ、
こんなこと一つでも……。その理由がなんなのかは自分でもよく分からないんです」

刹那は少し涙がにじんだ。

「きっと、ネギという子供であれば、自分もこうも思わなかったと思います。でもどうもあの人は私を苛立たせる。そ
れとも、もしかしたら私も精一杯お嬢さまのためにしてると擬似的にでも思いたいのかもしれない。近付くこともでき
ないのに、まったく、いやになる」

そして、

バサッ

背中に純白の翼が現れた。

「とても綺麗です」

「無理に褒めなくてもいいです。醜いとは自覚していますから」

「そうですか……」

茶々丸には気の利いた言葉など言えなかった。
そして、アキラが動き出す。だが今度の刹那の速度はアキラを簡単に圧倒し、今度は逆に蹴り飛ばす。それでアキ
ラがあっさり昏倒する。茶々丸も動きだし、2人がぶつかり空中で刹那の太刀と茶々丸の拳で火花が散った。

「すごい、ここまで力が上がるとは」

「あなたこそ、まだついてこれるんですね」

刹那が斬岩剣を放った。






「はあはあ、も、もう、木乃香意外と足速いんだから、全力で逃げないでよ」

息を切らせた明日菜は同じく息を切らせた木乃香の手を逃げられないようにしっかり掴んでいた。二人とも寮から
は出ていなかった。木乃香が靴を履く間に明日菜に追いつかれ、外に出なかったせいだ。

「に、逃げる気はないのに、明日菜が追いかけてくるんやもん」

下駄箱の前で木乃香は明日菜を見ずに言った。

「もんって、もうこの子は……。でも私が悪かった。ごめん」

明日菜はとりあえず素直に頭を下げた。カモは明日菜の肩にいたが、今は黙っていた。

「こんなぐらいで、謝らんでもええけど……」

「そうじゃなくてさ、ほら、横島さんのこと。木乃香に内緒にしてたからごめん」

もし木乃香が横島と同じことをしていたら、自分は木乃香以上に動揺し、もしかしたら怒ったかもしれない。頭を下
げるだけでは足りないかもしれないが、明日菜はまず自分のすべきことを示したかった。

「謝られても困るえ、別になんも怒ることでもないんやし」

だが、木乃香は言葉と裏腹に拗ねた様子が見え、明日菜を見ようとしない。
明日菜は一方で、こういう面を木乃香も持っているのかと思うと意外だった。どんなことがあっても木乃香はいつも
朗らかで、なんでも笑っているような子だった。こんなふうに少しでも怒るとは意外であった。ここに刹那に冷たくさ
れた悲しさも加わってるのは明日菜の知れることではなかった。

「木乃香が怒ることはあるよ。だって私だけ横島さんに連れられてエヴァンジェリンさんのところに行ったんだから。
横島さんのこと知ってるのは木乃香も同じなのに、フライングして……えっと、その」明日菜はここで赤くなってしま
う。「契約もしちゃったし……」

「へ?……もうそこまでしたん?」

「う、うん……」

明日菜はこれ以上隠し事をして、木乃香と関係をこじらせたくなくて言った。そうなれば木乃香も仮契約しかねない
が、どのみち、いずれ木乃香は横島とキスぐらいはしそうな気がした。

「じゃあ明日菜、横島さんとキスしたんえ?」

思わず木乃香は明日菜の顔を見てしまう。木乃香の瞳が潤んでるのを見ると明日菜は心が痛んだ。といっても今
の言葉で泣いたとも思えない。やはり結果的に仲間はずれにしてしまったせいで、悲しくさせてしまったのだろうか。
何しろこれにはエロオコジョですら参加していたのだ。

(なんか今、姐さんに凄く酷いことを思われてる気がするぜ)

カモはせっかく空気を読んで黙っているのに、すごく自分の尊厳を傷つけられた気がした。

「う、うん……」あのときのことを思い出すと明日菜は必要以上に赤くなった。「って、でも、エヴァンジェリンさんとの
決闘について行くのに邪魔にならないために、横島さんと仮契約するしかなくてしただけで、個人的感情はないの
よ。あ、うん、でも、フライングはフライングだし、横島さんに無理言って今回連れて行ってもらったのも私なの。だ
から、木乃香、本当にごめん」

明日菜は深々と頭を下げた。

「そんなに謝られてもな……。ああ、なんでうち泣いてしもてるんやろ」

木乃香は泣き笑いのような表情になる。

「あ、そうだよね。じゃあ私を怒って。うん、張り手ぐらいならいいから」

と、明日菜は顔を上げると、まっすぐ木乃香を見つめた。

「怒ってって、言われても……」木乃香は苦笑気味に言った。「明日菜はなんも変わってないなあ」

木乃香がそう言ったのは嫌味ではなく感心したのだ。

「そう?」

自分では横島とキスして少し大人になった気がしたのだが。

「覚えてる?おうたばかりのころも、大人しいうちを明日菜は無理やり引っ張り回したんえ」

「そ、そうだっけ、ごめん」

「ううん、うちは嬉しかったんよ。おかげで小学校の時より明日菜以外にもたくさん友達もできた。でも、横島先生の
こと黙ってられたのを怒ったわけではほんまにないんやえ」

木乃香はいつものように朗らかに言った。明日菜は木乃香にはこの顔が一番似合うと思った。

「本当はちょっと怖かったんえ。なんや、急に明日菜が私を置いてくような気がして、また一人になるような気がして」
そういうと木乃香はぽろぽろと泣き出した。「ごめんな明日菜。うち、いっつもこうやねん。人付き合いとかほんまは
苦手やねん。嫌われるとどうしていいんかわからへんねん」

「ご、ごめん……。わー、ちょ、木乃香泣かないで」

明日菜は慌てて木乃香を慰めた。
機嫌が直ってほっとしたかと思えば、まだ不安定だったようだ。

「ごめんな明日菜。ごめんやで」

「ちょ、ちょい待ち、木乃香が悪いんじゃなくて私が悪いの。な、なんで謝っちゃうかな」

「はは、なんかうち変やね」

すると余計に木乃香がぽろぽろと泣き出した。

「変じゃない。変じゃないよ。え、えーと、まあとにかく仲直りよ」

「う、うん、ありがとう。明日菜ありがとう」

「いや!私の方こそ、そういってくれてありがとうだから!泣かないで木乃香!えーと、じゃ、じゃあ木乃香どうする?
仮契約して今からでも二人を追いかける?」

明日菜はとにかく話題を変えた。

「へ?でも、うち、横島先生とキスして、明日菜怒らんの?」

「な、なんで、怒るのよ!」

「はは、でも、よかった。明日菜が追いかけてきてくれて、せっちゃんみたいに追いかけてきてくれんだらどうしよう
か思ってたんよ。自分で逃げといて、うち、我が儘やな」

「当然でしょ。って、せっちゃん?」

明日菜が首を傾げた。
誰のことか確かめようとして、だが、そこに別の声がかかった。
木乃香は一瞬、刹那かと思い、びくっとするが、その声は違う声だった。

「あなたたち何をしてますの?」

同時にライトが明日菜と木乃香の目を直撃した。

「……いいんちょ?」

明日菜が眩しそうに目を瞬いた。そこには懐中電灯を片手に持ったあやかが立っていた。Tシャツにジーパンと木
乃香以上にお嬢さま然としているわりに動きやすそうな姿だった。

「木乃香さん……あなたまさか泣いてますの?」

あやかは懐中電灯を手にして、木乃香の姿がよく見えたのか、暗闇でも涙に気付く。

「え、なに。大丈夫なの?」

「明日菜さんに泣かされた?」

と、そこには、村上夏美と那波千鶴までがいた。

「三人とも何してるの?」

明日菜が目を瞬いて聞いた。あやかだけならまだしも、千鶴も夏美もいる。誰かがトイレとでも言って三人で出てき
たのだろうか。だが明日菜や木乃香がいるのは玄関で、トイレがあるのはもっと手前だ。そもそもあやか達の部屋
にもトイレはあるはずだ

「それが聞いてよ。いいんちょがさ、横島先生がちょうど寮から出て行くのを見つけて、用事で見回りできないって
話を聞いてさ」明日菜は何となくこの時点で、横島が出ていくのを言ったのがこの三人で、あやかが何を言い出し
たのか見当がついた。「それなら代わりに見回りするって言い出してね」

「また余計ないことを……」

夏美の言葉にやはり予想通りだと、明日菜が呆れた目であやかを見た。

「言っておきますが、横島先生にも依頼されてしてることですわよ」

あやかが自慢げに言うと、千鶴が言った。

「なら私たちまで巻き込まないでほしいんだけど」

「横島先生の依頼もほとんど生返事だったし、先生ちづ姉のおっぱい見ないのに必死だったもんね」

夏美が面白そうに言って、明日菜はそのときの状況が、目に浮かぶような気がした。きっとそこには『那波は生徒
だ。那波は生徒だ。ああ、でも、少し触るぐらいなら許されるかもしれん!』と血の涙を流す横島がいたはずだ。

「ま、まあ、それはいいとして木乃香さん。大丈夫ですか?明日菜さんに暴力でもふるわれましたの?」

あやかは本当に気遣わしげに聞いたが、明日菜がカチンッと来て立ち上がった。

「どういう意味よ!」

「そのままですわ」

「私が木乃香に暴力ふるうわけないでしょ!」

「もういいんちょは、仲いいのに喧嘩するんだから」

夏美が呆れて、千鶴は木乃香に跪いて尋ねた。

「本当に大丈夫?」

「う、うん、はは、目にゴミが入って明日菜に見てもうてただけやねん」

木乃香が千鶴に言い訳している。この暗闇の中で玄関などにいて泣いていて、そのいい訳はかなり苦しいが、千
鶴も察したのかそれ以上聞こうとはせずに、木乃香に手を貸して立ち上がらせようとした。

「おいおい……」

しかし、そのころ、カモだけが空を見上げ、東北東一〇〇メートルの位置にいる横島を見つけた。その背中にはど
ういうわけか翼が見えた。いや、正確に言うと翼が生えた人に横島が持ち上げられているように見えた。そしてカモ
はあやか達がいることも忘れ声をさらに発した。

「旦那。いくらなんでもそれはまずいぜ……」

「え?どこから?」

「どうしたの夏美?」

「いや、今男の子みたいな声っ!」

夏美が気づいて周囲を見渡し、そこにカモを見つける。だがカモが声を発したとも思えず、ただその小動物が空の
一点を見つめるのが気になり、その方向を見た。

「うわー、なにあれ。大きなカブトムシ?」

「夏美さん、こんな季節にカブトムシがいるわけないでしょう」

あやかは言うが、彼女も空を見る。
確かに空には巨大な、あまりに巨大なカブトムシが見えた。

「え?」

「あれ?横島先生と桜咲さんじゃない?」

千鶴が呟き全員の視線が集まる。すると、次の瞬間、辺り一帯に、誰のものとも思えない余りに大きな、大きすぎ
る『断末魔』がとどろき渡り、世界は真昼のごとき光に包まれた。






あとがき
ちょっと書いてて刹那と木乃香が可哀想でした(汗
完オチキャラはこの時点で誰か分かる人はいないでしょうか。
構想では修学旅行までにおちる予定です。
まあでも、仕上げの行程で無理があれば諦めるかも(マテ。
刹那については、ちと急な気もしたんですが、
まあいろいろこのあとの展開を考え合わせてこうしました。
次で多分、エヴァ編は終わると思いますー。


それと感想と修正点の指摘サンキューです。
またあればいただけると助かりますし嬉しいですー。











[21643] 夜の決戦。決着と逃避。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/11/01 11:33


「よく今のをかわしたな!」

悪い魔法使いと自称するだけあり、自分の放った稲妻をギリギリでかわす横島にエヴァが高笑いした。

月の欠ける夜。横島とエヴァの二人が麻帆良の上空でぶつかり合っていた。といってもエヴァが一方的に攻撃して
るという方が正しい。横島は『飛』『翔』で飛んでいるとはいえ、文珠は魔法のように使いまくればすぐにネタ切れに
なる。ここぞという機会を狙って、使わねば、負けるのは自分。
そしてそうなると横島の攻撃方法は霊剣と栄光の手とサイキックソーサになる。中短距離が横島の得意な範囲で、
今はエヴァと10メートルも距離があった。

「あ、あっぶな!殺す気か!こっちはエヴァちゃんみたいな全体へのシールドはないんだぞ!」

空に舞い上がって横島が怒鳴った。右手に霊剣、左手にサイキックソーサーを持ち、体中の霊力をこの二つに集
中させており、かなり無防備な状態だ。横島は避けるだけなら得意中の得意だが、稲妻などになると流石に厳しく
なる。体中から汗が流れ、やばい、死ぬ、と本気で思えてくる。

(くっそ、この姿でこの強さは反則じゃ!)

「何を言う。お互い本気をぶつけ合う約束だろう!」

「ちょっと手加減してやっただろうが!」

超加速の時、たしかに文珠一つではエヴァには効かないと思ったが、他にも霊剣で刺すことや、完全ではないにし
ろ、『縛』で拘束して、一瞬でも動きを封じればそれで勝つ方法はあった。『爆』にいたっては一文字でも殺せるかも
しれない。そうしなかったのは、横島の甘さだった。自分の生徒という思いを捨てきれず、なにより10歳ほどにしか
見えないエヴァを殺せるわけもなく、この我が儘少女の相手をしてやらないと可哀想と思ってしまったのだ。

「そんなものは当然だ!か弱い少女と大の男が同じなわけあるまい!」

さらにエヴァは手元に氷の矢を出現させた。

「『魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾(セリエス)・氷の17矢(グラキアーリス)!!』」

「か、勝手なこと言うな!」

横島は氷の矢を弾きながら、しかし、今度は下がらずに突き進んでくる。一本の矢が頬をかするが、ここで下がっ
てはいけないと、そうすれば余計に形勢が不利になると、横島の今までの実戦経験が告げていた。魔法を使う相
手に距離をとれば、それは相手を有利にするようなものだと直感的に認識された。

「まあお前なら死なないと思ってやってるのだ。光栄に思え!」

「嘘付け!」

「嘘じゃないさ横島。私は今本当にそう思っているし、嬉しいのだ。お前が本当に強くいてくれて、口だけだったら殺
してやるところだ!さあまだまだ続きはある!次はこれを受けきれるか?」

エヴァは楽しそうに高笑いして魔法を唱えてくる。かなり強大な魔力を有しているようで、魔力だけでも横島の肌が
びりびりする。どれほど魔法を唱えても、力が尽きる心配というのをしていないようだ。文珠にしろサイキック・ソー
サーにしろ使用制限の多い横島とはその辺がかなり違う。

「『闇の精霊(ウンデトリーギンタ)29柱(スピーリトゥス・オグスクーリー)――ちっ!』」

完全にエヴァは高ぶっていた。詠唱を省略して、本気で行こうとして、しかし、唱えきれなかった。

「悪いが、早々最後まで唱えさせてばかりはやらんぞ!」

横島も伊達に今まで死線を越えてきたわけではない。エヴァの弱点に見当がついた。この世界ではむこうでは滅
びかけていた魔法が主流で、呪文を唱える間攻撃できない。ならば魔法を唱え終わる前に仕留めてしまえばいい。
茶々丸が居てはそれも難しいが今はいないのだ。

「ち、気づいたか、だが!」

エヴァが紙一重で横島の霊剣をかわす。しかもその手を持ってエヴァが横島の腕をひねる。魔力を自分の力にも
変換できるエヴァは横島より力が強い。だが、この辺は横島も負けない。ひねった方向に一見、デタラメそうに身
体をひねり、回転。下からエヴァを斬り上げる。エヴァの服を切り裂いてひらりと前が開けた。

「ふん、スケベが」

エヴァは服がはだけたのも押さえずに叫んだ。

「ひ、人聞き悪いこと言うな!偶然じゃ!」

横島が叫ぶがエヴァの拳が飛ぶ。凄まじい威力に空中をガードごと吹き飛ばされた。

「どうだ?解放時の私の力は。封印時と比べものになるまい」

ふふん、とすごく自慢そうである。
実際、自慢したいようだ。

「あ、ああ」

(どうする、文珠もあんまりないんだ。エヴァちゃんのやつ解放時はどう見ても俺より各上だ。くっそ、ここまで強くな
るとは。ほとんどの魔力を完全に封じられてたのか。隙をみて決めんと本気でやばくなるぞ)

美神がいれば『もう嫌だ』と叫びだしたい気分だ。

「どうした横島!止まっているぞ!もっともっともっと私の期待にこたえてみせろ!『氷神の戦鎚(マレウス・アクイロ
ーニス),』!」

「なっ!?」

横島が目をむく。上空には10メートルはあろうかという氷の塊が現れ、横島に向かっておちてくる。

「の、『伸びろ!』」

横島が焦って霊剣を伸ばしてその氷塊を縦に斬り裂く。
なのに、その斬り裂いた先にエヴァがすでに魔法を完成させていた。

(とった!)

「『来れ氷精 爆ぜよ風精 氷爆 ( ニウィス・カースス ) !』」

「くそ!」

エヴァの手から凍気が爆発するように向かってくる。
その爆発する凍気を横島はサイキックソーサーを身体に半分ほどにまで巨大化して受け止める。それでも身体の
端々に氷がまとわりついた。一瞬で凍えそうなほどからだが冷える。だが、泣き言を言う暇はない。このまま止まっ
ていればエヴァに次々に魔も方を唱えられるだけだ。死ぬ気で横島は空を飛んで、エヴァに斬り込んだ。

美神の『いちいち化け物を見る度にさがるんじゃない!あんたそんなことしてたらしまいに死ぬわよ!』という叱咤
が聞こえてきそうだ。さがると美神に鞭でしばかれるのでようやく身に染みついていた逃げ癖が矯正されてきたとこ
ろだった。『そして突き進んだら攻撃あるのみ!』だ。横島は、持っていた盾をエヴァめがけて投げた。

(どうだエヴァちゃん!まだ。この技は見てないだろ!?)

「な、その盾、武器に使えるのか!?」

不意を突かれたエヴァはまともに腕にくらって爆発が起き、服が吹き飛んだ。腕から血が流れ真っ裸になり薄桃色
の乳房と呼ぶのかも謎な胸や、その下もあらわになる。だが、横島もエヴァの幼女体型にはさすがに反応しない。
さらにそこに斬り込み、可哀想だが、多少斬ってでも動けなくする腹を決める。
しかし、エヴァが身体を隠す暇もなく回避する。だが魔法を唱える間を横島は与えることはない。
さらに、

「『サイキック猫騙し』!」

あたりが眩い光に包まれた。エヴァの目を強烈な光がくらませてしまう。

「ちい、姑息な!」

今攻撃されてはまずいと、エヴァが大きく後退する。
横島が裸の幼女を追いすがった。

「いける。地力で上でも、俺の変則的な技になれてないようだな!でも、惜しい!無茶苦茶惜しいぞ!あと一〇年
……いや、五年してから吸血鬼になったら裸の時点で俺に勝てたぞ!」

(気にならない!気にならない!絶対、俺はあんな小さい尻に反応せんぞ!)

視界が戻るまで、なんとか逃げようとエヴァがさらに上空に飛んだ。追いすがる横島は後ろからエヴァの小さなお
尻がもろ見えになり、ついでにパイマンまで見えて、実際反応しかけるが、理性でそれをねじ伏せた。

(ああ、でも、エヴァちゃんは600歳!年齢的には一番問題ない子!学園長もエヴァちゃんとならなにがあっても
怒らんはずなのに!ああ、なのになぜ!なぜあんなに全部小さいのだ!!!!)

「く、う、うるさい!人が一番気にしていることを言うな!」

声にでている横島にエヴァは怒るが、二文字の『飛』『翔』の文珠の威力は大きく、エヴァに追いつこうとする。しか
し、『飛』『翔』の文珠の効力が、そのとき、

「へ?」

ふっと『飛』『翔』の文珠が消える。

「って、ちょっと待てえ!」

文珠の悪い点がここに来て出た。持続時間は力が大きくなればなるほど短く、エヴァに追いつこうとして速度を速
めたために、急激に効果が切れてしまう。
そうすると横島はもともと飛べるわけではなく、当然エヴァにあと一歩及ばずに落下していく。

「はあはあ、な、なんだ?トドメがこない?」

エヴァが危うく負けかけたことに焦りつつ戸惑い、ようやく視界が戻って地面の方を見た。どういうわけか横島が飛
んでいたのに落下していく。

「いやああああああああああああ!この高さは死ぬ!!!」

「なにをしてるのだあの男は?」

横島があまりに高くから落ちている。いくらなんでも無防備に落ちていい高さではない。しかし、辛うじて栄光の手を
伸ばして衝撃をゆるめ、それでも顔面から落ちていた。

エヴァは横島に負けずにすんでホッとする反面、額に青筋が浮かんだ。

「あ、あのアホは。戦いもせずに死にかけるとは、どういうことだ?また手加減でもしたのか?いや、そういう感じで
もない……。ち、なにか本当にマヌケなことでもあったか?少し負けてやるのもありかと思ったが、やめだ。完膚無
きまでに負かして私の奴隷にしてくれる!」

肝心な部分を外されて怒るエヴァが、地面に降りていく。そのエヴァも地面に広がるもう一つの光景には軽く戦慄を
覚えた。



ズンッ

「動力炉停止。予備動力により、自己保全モードに切り替え」

「はあはあ、絡繰さん。メモリーは大丈夫ですか?」

背中に翼の生えた刹那の夕凪が茶々丸の動力部に当たる胸部を貫いていた。刹那もかなり深手でふらついてい
たが、二人の勝負は決したようだ。

「はい。メモリーは頭部です。問題ありません。ですが、あなたに負けるとは思いませんでした」

エヴァ解放時の自分の強さに自信があったのか、茶々丸は刀を抜き取られて、地面に崩れ落ちても、無表情の中
に驚きの声が含まれた。それほど烏族の力を解放した刹那は強かった。

「いいえ、地力ではあなたの方が上だったかもしれません。でも超や葉加瀬につくられた飛行システムやボディがエ
ヴァンジェリンの魔力についていってなかった。敗因はそこでしょうね」

あまりこの姿を褒められるのが喜べない刹那が補足した。

「なるほど……、以後の課題とします」

「絡繰さん。その、ここまでしておいて失礼ですが――」

刹那はわずかに心配げに茶々丸を見た。

「了解しています。約束どおり、機能停止の前にあなたの記憶を抹消します」

茶々丸は少しの間静かになり、

「スリープモード切替。では横島先生、マスターをよろしくお願いします」

眠りにつくように目を閉じた。
最後に横島と言ったのはなんだろうか。まさかボディの欠損理由のため、刹那の記憶を横島の記憶に差し替えた
のか。それだと横島には悪い気がするが、人質まで取って攻撃してきたのは茶々丸である。二人も正当防衛では
横島に怒ることもあるまい。

「すみません」

余程背中の翼を誰かに見られるのがいやだったのか、刹那は安堵する。そして自分の翼を嫌うように見た。力は
上がる。烏族の力は大きい。だから追い詰められると使ってしまう。なければないように対応するだろうに、忌々し
い翼だった。いっそ誰かが引きちぎってくれたらいいとさえ思う。

でも、この状態になった自分は相当強いらしく、そういう状況になったことはなかった。バカなことを考えている。刹
那はもう一度吐息が漏れ、ともかく自分の役目は果たした。もういいだろうと翼をおさめようとし、

ゴガンッ!

と、そのとき、後ろでなにかが叩きつけられる音がした。

「ご、ごほ!くっそ、もうちょっとだったのに!神様のアホ!空気読め!」

本人が一番、空気が読めない横島が地面に這いつくばっていた。

「なにをしてるんです?」

刹那が冷たく横島を見た。

「お、おう、桜咲。どうしたその羽?」

翼を隠そうとする気が逸れて、横島が刹那の翼を見てしまう。

「う、薄々気付いていたでしょう。これが私の正体。烏族とのハーフです」

(く、見られた)

動揺していたが、横島にそれを知られるのがいやで、刹那は淡々と言った。

「はあ、やっぱりシロみたいなもんか。ひょっとして飛べるのか?」

「ええ、まあ」

「便利だな。俺もそれなら落ちないのにな」

「便利……。嫌味ですか?」

刹那は烏族の掟では他人に正体がばれれば、そのものの前から去ると決められていたが、茶々丸も横島も最初
から勘付いていた相手だ。という言い訳もある。それに、まだ木乃香のそばから離れるわけにはいかない。この人
がいるならとくにだ。

「な、なんでそんなことに嫌味を言うんだ?」

「なんでって、それは、みんな気味悪がります。死ね、という人もいたし、これを見せて生きていける場所もありませ
ん。あなたにもその程度わかるでしょう」

やはり刹那は苛立った。なんでこんなことをわざわざ説明せねばいけないのだ。この翼を見ればそれだけで事情
はわかったはずだ。魔法に関わる人のようなのに、なぜこんな常識をわざわざ説明させるのだ。

「そうか、桜咲はシロっていうより、こっちの世界でいうと魔族とか妖怪に近いのか?」

横島も刹那の立場に理解が及んだ。横島の世界はオープンで、なんでも受け入れるように見えても魔族や妖怪に
は厳しい目があった。ピートも唐巣神父の保護があって、あの容姿だから受け入れられたが、厳しい目をむけるも
のが皆無だったわけではない。とくにパピリオやルシオラなどは、一般に正体を明かせば誰の保護があっても人界
には住めない存在だ。まあそれでもここよりはずいぶん人外への理解は大きかったが。

「なっ、ま、魔族?」多少そんなものと同義にされて驚くが、怒るのもなにか違う気がした。「ま、まあそういうことです。
このことは、他の方には秘密に願います」

こっちの世界という言葉はよくわからないが、妖怪と言われれば烏族はそっちよりだ。魔族もこちらでは通常悪魔と
呼ぶが、悪魔の別称として通じない言葉ではなかった。

「わかった」

(なるほど、それで桜咲は木乃香ちゃんに近づけないのか)

大体の事情がようやく横島にも飲み込めた。でも同時に木乃香という人物も思う。

「でも、桜咲、理解してくれるやつはしてくれると思うぞ。俺なんか、魔族の女に惚れて恋人だったしな」

「魔族と……」

刹那は胸に不快感がわいた。なぜこの人はこんな無責任で、めちゃくちゃなことを言いだすんだ。人間に害をなす
妖怪や悪魔を打つのが神鳴流の仕事である。自分も烏族とのハーフとはいえ悪魔にまで堕ちたつもりもない。だ
から、そんなものと恋人だったという横島に不快感がわいた。

「そんなものを好きになるなど、あなたは恥ずかしくないのですか!」

だから言ってしまう。自分がもっとも言われたくないことを。人になら言えてしまう。

「はは、まあ好きになったんだから仕方ないな」

なのに、横島は平気そうに笑う。

「好き?魔族が?」

そうだ。
自分はこれに苛立つのだ
この人は気にしない。
どうしようもないようなことで責められても自分のような弱い反応をしない。
だから苛立つのだ。

「あなたバカですね」

「……そうかもな。でも――」

なにか言おうとして横島は、いつもおちゃらけた顔に少し真剣さが見えた気がした。

「それより、私は勝ちましたよ。威張ってたわりにあなたは負けたんですか?」

横島がまたなにか言いかけるが、刹那は打ち消した。
どうせ自分にはできないようなことを言われる気がして、聞きたくなかった。

「うっ、わ、わはは、いや、そういうわけではないんだがな!ちょっとドジ踏んだ!って、絡繰!?」

刹那の後ろにうずくまる茶々丸に横島が驚く。慌てて駆け寄ろうとするが、それを制して、エヴァの声がした。

「ほう、やるではないか。茶々丸に勝ったか。桜咲刹那」

破けた服に代わり、マントを羽織ってエヴァが悠然と降りてきた。隠せてる部分は少ないが、局部などを見せるの
は流石に抵抗があるのかコウモリのようなものが小さな胸と下の局部を覆っていた。

「どこかの阿呆とは大違いだ」

エヴァは横島を睨んだ。

「横島!なぜ、飛ばない?霊力がもう切れたか?」

「そ、そういうわけじゃないんだけどな」

(まずいな。一通り、文珠以外の技はみせて、サイキック猫騙しはもう使えんし、となると文珠頼りだ。エヴァちゃん
に確実に勝てそうな文珠の技はあれ……か。でも、あれはこんな所で撃てんし、危ないし)

「なら早くしろ」

「ううん。いや、やっぱ飛べんな」

横島は文珠の残りを確認した。5個である。先程のエヴァとの交戦で一つはなくなった。これで『飛』『翔』の無駄遣
いはできない。すればエヴァを倒せる技を使えなくなる。

「ふざけるな!どうして飛べていたものが飛べなくなるのだ!お前から霊力をまだ感じられるぞ!」

「ふざけてない。悪いが俺はもう飛ばずに戦う」

横島は宣言して霊剣を構える。飛ばないとなると場所の選定など難しいが、やるしかない。

「なぜだ横島。お前の戦い方はどうも妙だ。なにを隠している。それとも霊能者というのはお前のようにトドメのタイ
ミングを逃したり、飛ぶべき時に飛ばないものなのか?」

「事情があるんだ。話す必要はないな」

「ぐっ」

エヴァは面白くなかった。この秘密を明日菜や木乃香には話してると知っている。それだけに余計に面白くない。
横島が自分を信用する理由は欠片もないだろうが理性じゃなく感情が面白くない。ナギも横島も600歳の自分を
まるでなにも知らずに我が儘を言う子供のように扱う。自分は600歳なのだ。お前たちより遥かに年上なのだ。そ
の辺をわからないのか。エヴァは甘えたがり、そうされたいようで、実際そうされると腹立たしい。

「横島、飛ばないことを負けた言い訳にするなよ」

「エヴァちゃんこそ、泣くなよ」

「ちっ」

本当に面白くなさそうにエヴァが浮き上がる。高揚していた気分が醒めて、腹立ちが先行していく。この男も美辞麗
句を並べて、結局、自分と本当に向き合ってなどいないのだ。こういうのはきっと自分の都合で、また自分の前か
ら消えていくのだと思えた。

「そんなことはさせん……」

「うん?」

エヴァの様子が少し変わる。
変わったことに横島が訝しむ。

「お前はたとえ操り人形にしてでも私の傍にいてもらうぞ」言いながらもエヴァは刹那を見る。「桜咲刹那。貴様はど
うする。我が従者を倒したのだ。横島に手を貸しても文句は言わんぞ。だいいち地上の蟻を撃ち落とすなど趣味に
合わん」

徹底的に、横島があとで文句の言いようもないほど負かす。先程の超加速での借りはこれでチャラにするつもりだっ
た。

「バカ言うな。エヴァちゃん」

だが横島は刹那の参戦は拒んだ。

「桜咲。絡繰を抑えてくれただけでもだいぶ助かった。もういいぞ。大丈夫、勝算はある」

「横島先生、絡繰さんの件で借りは一つです」

「うっ」横島はたらりと汗が流れた。「そ、そうだな。できるだけ、返すように努力するぞ」

「いいえ、あなたへの要求は決めてます。それにこれで借り二つです」

つぶやいて刹那が、後ろから横島を持ち上げた。

「さ、桜咲?」

「私もやはりあなたの行動が妙に思えます。飛べるのに飛ばないなど不合理だ。私のような理由でもないでしょう」

刹那の頭はこれ以上横島に構うなと警告してくる。構えばなにか自分の大切にしていたものを奪うと言ってくる。で
も気になるのだ。その理由が自分でもわからなかった。でも茶々丸がエヴァが自分を気にしているという気はわか
る気がした。きっと存在的にどこか自分とエヴァは似ているからだろう。そしてエヴァも同じように横島を敵視する。
自分の守ろうとする大事な部分にこの男は触れようとするからだ。きっとエヴァも同じ苛立ちを感じている気がした。

(だから最後まで付き合ってみよう。私は変わりたくない。でもこの男からは逃げたくない)

「なんだ桜咲。なんで手伝うんだ?」

横島が戸惑う。

「さあ、よく分かりません。でも、あとであなたの素性を教えなさい」

刹那は喋りながら、聞きたくないとも思う。

(嫌な人だ)

本当にそう思えた。

「それで借りは一つ無しでいいです。その上で、信用できないと思えば私はあなたをあらゆる方法でお嬢さまの傍
から排除します」

背中から抱える刹那の目は真剣だった。
横島も圧されるようにうなずいた。

「わ、わかった。じゃあ頼む」

「ふんっ」

エヴァの目がますます面白くなさそうに歪む。全力で戦えて、久々にスッキリするつもりだったのに、これでは余計
にストレスがたまりそうだ。こうなったら横島を殺す気になろう。少々死にかけても吸血鬼にでもすれば本当に死に
はしない。なによりエヴァは横島を自分に無条件でYESと言わせたかった。

「いくぞ?」

言ったエヴァが地上に降り、樹の影のその中に消えていく。樹に隠れたのではない。本当に影に沈んでいくのだ。

「なに……なんだそれ?」

「魔法には転移術もある。魔力は少々いるが、惜しくはない。どうせこの魔力もそう長くは使い続けられん。今日限
りのものでしかないのだ」

「転移?まずい!」

消える前に叩こうと横島が飛び出し、刹那が思わず引っ張られる。だが届く前にエヴァが消えた。

辺りが静かになる。

虫の音や木々のこすれ合う音がする。

刹那もどう行動していいのかわからず、しばらく様子をうかがう。

(なんだか男の濃い匂いがする。嫌だな)

これだけ近付くと横島から男の汗の匂いがした。刹那は横島を抱き締める形になるのが、どうも落ち着かない気分
で、横島もどうも刹那に後ろから抱き締められるのは無い乳でも少しはあり、落ち着かない気がする。

「す、すまんな桜咲」

「あなたに謝られる謂われはありません。黙っていてください」

刹那は冷たく言う。
星が空から落ちてきそうな夜。
横島は静かにエヴァの現れる時を待つ。
やがて少し離れた場所。女子寮側からエヴァの声がした。

「『闇の29矢(オブスクーリー)!!』」

真後ろにエヴァがいて一番即行で唱えられる闇色の29本の矢が飛んでくる。

「甘い!」

だが刹那の反応が早い。横島ごと凄まじい速度で舞い上がる。それをエヴァはすかさず追い。その間にも次々に
追いかけてくる矢を刹那がかわし、かわせないものは横島がサイキックソーサーを遠隔操作して防ぐ。

「素早いな小娘!だが、誰が甘いのだ!舐めるな!『来たれ氷精(ウェニアント・スピーリトゥス) 闇の精(グラキア
ーレス・オブスクーランテース)!! 闇を従え(クム・オブスクラティオーニ) 吹雪け(フレット・テンペスタース) 常夜の
氷雪(ニウァーリス)闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)!!』」

今度は避けようもないほど広範囲に凍てつくような吹雪が巻き起こった。当たれば確実に動けなくなる。それほど
の威力と魔力が込められていた。

「まずい!これはよけれない!」

刹那が焦った。

「桜咲!羽をたたんで、できるだけエヴァちゃんから体表面積を少なくしろ!」

刹那が言われて考える暇もなくそうするとサイキックソーサが吹雪の衝突する足下で大きくなり、なんとか吹雪の直
撃を防ぐ。だが、エヴァはさらに追いつき上空で魔法を完成させた。

「終わりだ!『来れ(ケノテートス) 虚空の雷(アストラプサトー) 薙ぎ払え(デ・テメトー)!雷の斧(ディオス・テュコ
ス)!!』」

エヴァは本気の目だ。攻撃に躊躇がなく、その場で最大の効果の現れるもので即行を決めにくる。こうなると戦い
は長くつづかない。どちらが勝つにしろ決着の時がきていた。

「ち!離れろ!桜咲!」

横島が刹那を無理矢理引きはがし、落ちながら自分は霊波の盾で攻撃を無理矢理ふさぐ。だが相手は雷撃だ。
ふさぎきれずに体中に電流が流れた。身体が痺れる。そしてエヴァは待たなかった。

「仕上げだ!『氷の17矢(セリエス・グラキアリース)』!」

氷の矢が飛んでくる。今度は流石に避けきれず、5本の矢が身体に突き刺さった。2本は横島の身体を突き抜け
た。

「な、なにをエヴァンジェリン!殺す気ですか!」

刹那が驚いた。
やりすぎだ。
そこまでしては横島が死んでしまう。

(というか、なんだ?この程度の魔法でこんなダメージを受けるのか?)

刹那が戸惑う。エヴァの魔法を無防備に受けたのはわかるが、それにしてもダメージが大きすぎる。横島レベルの
魔法使いを貫けるような魔法じゃ今のはない。連撃を噛まそうとしていたエヴァの手が思わず止まった。エヴァも横
島のダメージが予想外だったようだ。

「ガハッ」

(ち、ちょっと洒落にならんな……)

腹から血が流れる。

「痛そうだな。常に身を守る魔法の盾程度も身につけてないとはアンバランスな……。これが霊能力者の正体か?
致命傷だな。降参するか?」

わずかに気遣わしげにエヴァが言った。完全に死ねばさすがに吸血鬼にもできないのだ。
刹那が地上に落ちそうになる横島を慌てて拾うが、自分の服にまで血がついてきた。

「だ、大丈夫ですか?すぐに治療を――」

「お……俺が負けてエヴァちゃんは俺を信じられるのか?」

横島の口から血がこぼれた。内臓にまでダメージが及んでるのだ。

「無理だろうな。弱い男に興味はない。せいぜい奴隷にしてやるぐらいか」

「きついな。それにこの傷はちょっと効いた。それほど長く自由に動きまわれそうもないし、お互い小技で、ちくちく
やり合うのもこの辺にしとかないか」

強がる横島だが、血が腹から相当量出ている。決着を急がないと意識を失いそうだった。そして文珠はもう自分に
使ってやれる個数はなかった。

「なにを、横島先生。この傷、本当に死にますよ?」

刹那が顔色をなくしていた。嫌っているとはいえ、その相手が死んでいいと思えるほど人間性を失ってない。だいい
ちそれでは木乃香も悲しむ。

(俺だって死にたくはないんだ。でも15年も待ってた子をまた失望はさせられんだろ。俺が女子校の言葉に反応せ
んかったら期待通りに人物に会えたかもしれんしな)

何より、横島なりにエヴァのことに対する責任を感じ、中途半端なことだけはしてやりたくないと思っていた。

「ほお大技で決着とでもいうわけか?」

「ああ、俺はすぐ出せるからエヴァちゃんが呪文を唱え終わるまで待ってやるよ」

「いいのか、そんな格好を付けて。貴様に似合わんし、お前が負ければ次は冗談抜きで死ぬぞ。私の最大の魔法
ともなれば即死はまぬがれまい」

「負けんさ。絶対に」

それだけは横島も自信がある。
あの技がたとえこの世界でどれほど大きな魔法があろうと負けるはずがなかった。

「大した自信だが、信じていいのか?さすがに殺すのは寝覚めが悪い」

「大丈夫だ。100パーセント俺が勝つ」

「ふん、そうか……」エヴァは微笑んだ。「よかろう。乗ってやる。ならば、その自信ごと私がお前の体を砕いてやる」

と、エヴァの言葉とともに、魔力の密度が上がる。殺してしまっては意味もないと思う。だが自分相手に負けるよう
な男を信じる気にもなれないのも事実。また自分の言った言葉も守れないのなら、ナギのときとなんら変わらないこ
とになる。できれば期待に応えろと思い、エヴァは逡巡の中、魔法を唱え出す。

「『契約に従い(ト・シュンボライオン)我に従え(ディアーコネートー・モイ・ヘー)』」

一方で横島も一つ一つ、空中に文珠を浮かべていく。同時に横島が使える最大級の個数を使った神や魔さえも簡
単になぎ払う力。

(なんだ?)
(この玉は?)

エヴァと刹那が同時に戸惑う。
奇妙な玉が空中に浮かんでいた。

『断』

「『氷の女王(クリュスタリネー・バシレイア)来れ(エピゲネーテートー』」

横島にとっては懐かしくも悲しい思い出のある力。

『末』

「『とこしえの(タイオーニオン)やみ(エレボス)!』」

一度見せてみたら美神どころか、わざわざ妙神山に呼び出され、トラウマなのかどんな状況でも二度と使うなと小
竜姫やヒャクメにまで言われた力。

『魔』

「『えいえんのひょうが(ハイオーニエ・クリュスタレ)!!』」

横島の横にかつて逆天号と呼ばれた巨大なカブトムシが、燐光を帯びて浮かび上がった。

『砲』

そして放たれる圧倒的な破壊の力。
それは夜空に光と大音声を巻き起こした。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

同時にエヴァの魔法が辺り一帯を全て絶対零度に近い氷で覆い尽くす。
だが全てを溶かし、なぎ払い、その霊力の塊は化け物の最後の断末魔のような音を響かせ突き進んでくる。それ
は妙神山という霊的な結界に守られた地を一瞬で灰にした力。

「なんという……」エヴァがその光が自分の氷など全て無視して突き進むのを見て、感動と衝撃を覚えた。「これが
お前の全力か横島。まさかここまで規格外とは、まるでナギだ。そうか、ナギ……」

エヴァの脳裏にナギとの思い出が走馬燈のように流れていく。追いかけても、追いかけても、いつも袖にされた。ろ
くな思い出じゃない。でもナギだけは自分が吸血鬼と知っても恐がりだけはしなかった。

「ナギ、私はお前に殺られるのだな。ならば本望だ」

混乱の中、エヴァはナギを幻視する。

「マスター!」

だが茶々丸がどこからともなく飛び出してきた。
エヴァの体を覆う。

「すまない茶々丸。さすがにどうしようもない。影に逃げようにも明るくなりすぎて影もない」

「申し訳ありませんマスター。私も回避不可能です」

断末魔砲が二人を覆う。
もはやこれまでとエヴァは目を閉じた。
その断末魔の後、フッと静寂が起きた。

(死ぬとは意外と静かなものだな。しかし、これでナギに会えるか。お前のことだ。どうせ居るのは私と同じ地獄だろ
う)

虚空の中、エヴァが考えている。
と、横島の声がした。

「ほい、俺の勝ち」

ポフッとエヴァの頭に横島の手が乗せられた。

「え?」

間抜けな顔でエヴァが横島を見た。
見ると自分の周りを奇妙な結界が覆っていた。
それが光っており、半径5メートルほどにわたって広がっているのだ。

「これは?あの夜に見た結界?『護』?」

エヴァの金髪から妙な玉が落ち、砕けた。

「気付かれないように持たせんの苦労したぞ。まあエヴァちゃんも最初の方は手を抜いてたから、髪に潜り込ませ
るぐらいはできた。しかし、エヴァちゃん本気出すとマジで強いな。まさかこの技を本当に使うとは」

「な、なにをした横島!?これはなんだ!?」

「もう教えてもいいか。文珠だ。使用者の込めた念のとおりに力を発動する俺の奥の手だ。文字は念じれば好きに
変わる。まあ勝ったのは俺だからやらんし、詮索は無しだけどな。さすがに茶々丸ちゃんが割り込むと思わんかっ
たからびびったけどギリギリ守れてよかった。ちょっと外し気味に撃ったのもよかったみたいだな」

なにより、断末魔砲はアシュタロスの魔力があって初めて妙神山を破壊するほどの威力が生まれる。そして、基本
的に断末魔砲は霊力や魔力の増幅機関である。宇宙すら創ったアシュタロスが開発しただけあり、その増幅率は
凄まじいが、『断』『末』『魔』『砲』で文珠4個の霊力を基本にして増幅しても、アシュタロスの魔力を増幅した本家ほ
どのえげつない威力はなかった。
まあそれでもこの世界でまともにくらって生きてられるものはいないほどの威力があるし、エヴァですら『護』の文珠
で守られ、掠っただけでも死んだと思うほどなのだが。

「お前……」

しかし、それよりも、横島の顔を見てエヴァが驚く。真っ青なのだ。見ると腹から血がドクドク流れていた。

「申し訳ありません横島先生。意図を読み切れずに邪魔をしてしまいました」

「ああ、それはいいんだが……すまんな茶々丸ちゃん。ちょっと無理させてしまったな」

横島はそう言って残った一つの文珠を稼働が臨界点を超えたために、あちこちから煙を上げている茶々丸に当て
た。もしかのためにエヴァ用に残した文珠だった。

「やめろ横島!茶々丸はまだ持つ!」

だがエヴァが慌てた。

『復』

が発動し、茶々丸の破損箇所が復元されていく。

「こ、このアホ!もう一個その文珠とかいうのはないのか!お前が死にそうだろうが!」

エヴァは横島の傷に本当に慌てていた。
ここまでしといて本当に死なれるのは困ると思うエヴァは矛盾している。でも勝った横島を吸血鬼化させるのも躊躇
われた。

「あーと、明日菜ちゃんと木乃香ちゃんが予備は持ってる。悪いけど運んでくれるか……」

そこで横島の意識が混濁していく。まあ明日菜と木乃香が持っていると考えての無茶であるのだ。この戦いは横島
が最後まで読み勝ったと言えるだろう。

「ええい、どこまでもバカが!!小娘、茶々丸!あの二人のどちらかを探せ!」

「現在すでに探索中。2名を発見、至近です。他無関係な人間が3名が傍にいます。この3人は魔法を知りません。
正体を知られる可能性あり、マスターは広場で待ち、私が2名を運ぶことを推奨します」

エヴァが聞き終わる前に行動に出て、茶々丸もそれに続く。
しかし、刹那だけが地上を見て顔色を失っていた。

「お嬢さま……見られた」

急に横島を離してまったく関係のない方向に飛び出す。

「な、小娘!逃げるな!この期に及んで逃げるな!」

エヴァは刹那が木乃香を見て逃げだしたと気付くが、横島が地上に落ちていくのを拾わないわけにはいかなかっ
た。急いで横島を空中で受け止め、いったん地上に降りると、茶々丸が玄関前に行き、明日菜と木乃香二人共を
強制連行してくる。

「な、なに、きゃー!って、横島さん!」
「エヴァンジェリンさん!?」

二人が口々に叫んだ。

「ええい、やかましい!私がしたが、もう終わった。治せるのだろう。文珠とやらはどこだ。早く出せ。このままでは
死んでしまう!」

「え、え?」

「とろい女だ。文珠をとにかく出せと言っているのだ!委員長達も来てるぞ!」

「え、あ、うち、部屋に置いてあるえ!とってくる!」

「待って、木乃香、私持ってる!「早くしろ!」へ、は、はい!」

明日菜が慌てて出す。

「って、これは『護』だ。『治』の文珠はどうした!」

「落ち着いて下さいマスター、念じれば文字が変わるという横島先生の話のはず。それに生命に支障が出るのは
あと15分の猶予があります」

「そ、そうだったか」

言われてエヴァが落ち着き横島に『治』の文珠を当てた。
みるみる傷が閉じ、横島の呼吸が整う。エヴァも明日菜も木乃香もほっと息をついた。
後ろからあやか達が血相を変えて追いついた。
この言い訳は大変そうだと誰もが思った。






あとがき
ようやくエヴァ戦が終わりました。
いろいろごちゃごちゃで蟠りは残してるけど、とりあえず終わりです。
次話から修学旅行編で、行く前に解決しないといけないことがたくさんです(汗
ところで、基本的にネギは助けたくなるけど、横島は我が儘をぶつけたくなるん
じゃないかなと思ったりしてます。なので、結構みんな横島に無茶言います(マテ


月並みですが感想いつも感謝します。修正点も直せるものは直させてもらいました。
またいただけると嬉しいですー。











[21643] あやかは意外とあるんです。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/11/01 14:38

あれほどのことがあっても日常はつづく。
昨日のことは夢のようにいつものように、新聞配達を終えて部屋に帰ってきた明日菜がいた。
いつもならこの後、木乃香が作ってくれた朝食を横島やカモととるのが最近の通例だ。だが、今日はその横島の姿
が部屋になかった。おまけに木乃香が食事の準備を横島の分を抜きでしている。

「あれエロオコジョ。横島さんは?」

「旦那は学園長に呼ばれて、今朝早くに出て行っちまったぜ。あと俺っちはカモだ」

「学園長に?呼ばれたって、ちょ、それってやっぱり」

昨日のことだと思い、明日菜は顔が青くなる。
だが、これに木乃香が答えた。

「それが、よう分からんねん。昨日のこととか言うわりに、おじいちゃんは横島さんにお客さんやとか言うてて、横島
先生呼び出しの電話の前で震えだして、走って出て行ってしもたんえ」

「走って?震えて?ま、まさか学園長に魔法のことが生徒にばれたのがばれたとか?」

「確か本当は私たちにばれたらまずいんやったなあ」

だが明日菜も木乃香も実際はよく分からずに首を傾げるばかりだった。

「それは心配ないんじゃねえか姐さん。クラスのあやか姉さん達には、ヨコシマンとかなんとかいってかなり苦しい
理由の気もするがなんとか誤魔化せたし、第一、旦那が青くなったのは客の名前を聞いたからだ。確か美佳とか
なんとか」

「美佳?うわ、それって、横島さんがよく言ってる美神さんじゃないの?」

「それやったら、なんで震えてたん?」

「さあ私に聞かれても分かんないけど、久々にあえて嬉しいんじゃない?」

「ああ、なるほど、それはそうやな」

これで解決と思い、二人と一匹は食事を仲良く食べた。
だが木乃香と明日菜は、昨日のエヴァとの決闘は結局蚊帳の外で何がなんだかわからないうちに終わったし、あ
のあと横島は朝まで目を覚まさなかったので、詳しいことも聞けてなくて、なにより美神と聞いて慌てる横島が心中
少し面白くない気がした。



「こんのージーク!アホが!!びびらせんな!」

横島が学園長室で、ジーク相手に胸ぐらをつかんで叫んだ。しかしそこに美神の姿はどこにもなく、いたのはジーク
と学園長だけだった。

「いや、急いでたんで、こうすればすぐに来るかと思って」

ジークは胸座をつかまれながら苦笑いした。

「ほっ、ほっ、見事に10秒で来たの」

学園長が朗らかに笑う。どうやら美神など最初からおらず、横島を呼び出すのに嘘をつかれたらしかった。

「じゃあ美神さんは本当にいないのか?」

「ええ、いませんよ。というか、美神さんなら待たずに今頃寮に乗り込んでますよ」

「そ、そういえばそうだな……。お、恐ろしい。ま、マジでこんなところにまで俺を殺しにきたのかと思った。ジーク、
一応聞くが美神さんやっぱり無茶苦茶怒ってるか?」

がたがたと震え出す横島。ここに来た経緯が経緯だけに美神の怒りは容易に想像がつく。いやそれどころか、今
になって考えるとあっちに帰っても、自分の席があの事務所にあるのかも非常に不安だった。

「最初のころはもう語るのも恐ろしいほど怒ってましたけど、今は斉天大聖様の仲裁もあって一年後にちゃんと帰
れば半殺しですませるって言ってましたよ。ここに僕がくるときも本当は美神さんも……というか何人か来たいと言っ
たんですが、両界のバランスもあってこられるのは一人だけでしたし、おまけに短時間しか無理だったので、激しい
取り合いの末、結局誰にも得のない僕になりました。来るとき、どれだけ大変だったか」

ジークは珍しい背広姿の好青年といった出で立ちで、横島の肩を持った。

「横島さん」

そしてなぜかジークは男泣きに泣いた。

「ど、どうした?」

「横島さん。横島さん。横島さん。本当に本当に横島さんがいなくなったあと大変だったんです」

「そ、そうか……しかし、よく、お前もまだ生きてたな」

横島は本気でそう思う。なにせこちらへ来るときの美神たちのあの電話越しに聞いた声は、ジークが100回死ん
だと聞いても驚くに値しないほど恐かった。

「ええ、あの後ネギ君とともに凄まじい逃亡劇の末、死にかけたんですが、途中で斉天大聖様が仲裁に入って下さっ
て、なんとか無事にネギ君も美神さんのところで働きつつ六道にも送り届けることが出来ました。死線をともに越え
た彼とは真の戦友です!」

ジークはさらに男泣きに泣いた。ネギは向こうで100皮ぐらい剥ける経験をもうすでにしたようだ。

「そ、そうか、それはそれで恐いな。よく頑張ったなジーク。誰も褒めなくても俺が褒めてやるぞ!」

「横島さん!そう言ってくれるのは横島さんだけです!もうむこうでは全部僕が悪いみたいに責められてとっても辛
いんです!」

「頑張れジーク!お前はよく頑張ってるじゃないか!」

「横島さん!」

「ジーク!」

横島とジークがお互い涙の握手を交わした。

「ところで美神さん。もしかして寂しがってたりするか?」

所詮は他人事、ころっと話題を変え、すごくそれが気になって横島は聞いた。

「そ、それは僕にはよく分かりませんが、仕事の量は減らしてるみたいで、ちょっといつもほどがめつくなくなってる
気が……横島さんのレンタル料に美神さんに金貨や小判も用意したんですが、それよりも帰ってくるかどうかの方
を気にしてましたし、ま、まあ、もちろん金貨と小判は渡しましたけどね」

「そ、そうか……」

(ぐふ、ぐふふふふ、これはひょっとして今までしつこく迫っていた男が、急に迫らなくなり寂しくなった女が、男の価
値を再認識するというあれが起こっているのか!そうか!帰ったら半殺しどころか、「会いたかったわ横島君。いな
くなってあなたの価値にやっと気付いたの。さあ今すぐ抱いて!」「抱いてっいいんっすかー!」)

「ある!この展開はあり得るぞ!」

気色悪い笑いとともに悦に浸る横島であった。

「おっほん、感動の再会のところ悪いがジーク君。時間はよいのか」

途中から声が出ていた横島に学園長が口を挟んだ。

「時間?なんだ一週間ぐらいはいるんと違うのか?」

「残念ですがそんなに時間はないんですよ。僕がこの世界で許された滞在期間は一時間。だから、このかという方
に頼んで横島さんを急がせたんですが、横島さんがなかなか起きてくれなくて、もう残りが10分切ってるんです。ま
あその間に学園長から横島さんのことはいくつか聞かせてもらいましたけどね。横島さんも結構こっちでも苦労して
るみたいですね。女子寮で居候は相手が14才の生徒たちだとかえってきついでしょ」

ジークは同情を浮かべた。
いくら横島でも中3の女生徒には手をだすまいと思ったのだ。

「ふ、ふふふ、わかってくれるかジークよ!あいつら俺が手をださんと思って下着姿で廊下うろついたりして、煩悩
を押さえるのにどれほどの忍耐力がいるか!那波の乳が、あの乳が俺を責めるんだ!ねえいいの!触らないで
いいのと問いかけてくるんだ!」

横島はしくしく泣いた。体だけは一人前が多い3-Aの生徒を相手に煩悩を出さないというのは、横島としては、も
はや男として不能になれと言われるほど厳しいことだった。

「でしょうね。せめて女子寮に住んでることは僕の身の安全のためにも、死んでも美神さん達には黙っておきますよ」

「そ、そうしてくれ」

大量の冷や汗を流す横島。それが知られたとき、自分の向こうでの居場所は本当になくなり死ぬ気がした。だがな
ぜにそれでびびらなければいけないのか、本当の理由には気づかない男だった。

「横島先生。一応言っておくが、たとえ同意の上でも生徒に手を出したら罰は受けてもらぞい」

「それは殺生……というか、そもそも女子寮に住ます方が悪いんだろうが!」

「ほっ、ほっ、それはそれ、これはこれじゃよ。ほれほれ、早く話しを進めんとジークくんが帰ってしまうぞ」

学園長は相変わらず朗らかに笑い横島を軽くいなした。

「うぐっ、そ、それでジーク、なんの用で来たんだ?」

横島は話を戻した。

「それが以前、横島さんをここに送り出すとき、大事なことをいくつか伝えてなかったでしょ。それでこちらには無理
を言って時間を与えてもらったんです。明確な目的なくここにいても、横島さんも困るでしょ」

ジークが真剣な顔で言う。

「別に困らんが……なんだ。面倒なことか?」

横島は嫌そうな顔になった。

「横島先生。ここでのキミの役割についてじゃ」

学園長が事前に聞いているのか言った。

「役割?ネギ君の代わりをすればいいだけだろ?まあ予想以上にハードだが、それはもうしてるぞ」

「ええ、それはそうなんですが、横島さんとネギ君の交換は、あくまでこちらの世界と、横島さんや僕の世界が相容
れる仲かどうかという意味においての交換なんです。いわゆる親和性を試してるんです。このことは前にも言いまし
たよね?」

「ああ、それがどうしたんだ?」

「補足して言うと、片方が最終的にもう片方がいたケースとほぼ同じ結果になるかが両界の親和性判断基準になる
んです。つまり、横島さんとネギ君は性格は違うし、能力も違うけど、特性的には非常に似ており、そして二人ともと
ても似た経験をすると判断されて選ばれてます」

「はあ10歳の子供と俺が?」

「ええ、でも、これはある目的を持てばの話です」

「ある目的って……なんか、いろいろ面倒だな」

「はい、なにせ向こうのその目的はネギ君が美神さんの傍に一年間いつつ、六道での教師もすることからね」

「み、美神さんの……よく考えたら無茶苦茶厳しいな」

横島の代わりならばそういうことになる。でもさすがにそれは可哀想だと思った。きっと帰ってくるころにはネギの考
えは180度変わってるのではないか。いや、むしろ生きてこの世界に帰還できるのか。

「まあそうですけど、彼なら可能であると思われたからこそです。まあ美神さんも子供が相手なので横島さんのよう
にしばけなくてストレス過多のようですが、それでも、ちょっとずつ折り合いは付けてるようですよ」

「でも美神さん、うっかり死にかねんことするときあるからな」

「だ、大丈夫かの」

ちょっと学園長は危惧した。

「ええ、心配はないと思います。多分。美神さんはああ見えて、最後の一線は越えない人ですから、多分。と、とに
かく向こうのことはここで危惧しても始まりません。それで、横島さんのここでいることの目的ですが、すでにもう聞
いてるそうですが、この世界でのネギ君の第一目標、ナギという死んだはずの父親を捜すことなんです。つまり、こ
の目標とこの学校の教師を横島さんは両立させてほしいんです」

「またそれか」この世界に来て何度も聞くナギという言葉。横島はどういう顔か見てみたい気もしたが、学園長から
捜せば命がけとも聞いていたので正直いいイメージはなかった。「ジーク。なんで男なんだ。美人の姉ちゃんなら喜
んで捜すのに……第一、ナギって死んだんじゃないのか?何人かからそう聞いたぞ」

大体、横島の父親は大樹である。
あの父親を持つだけに、父親を探したいネギの気持ちなど微塵も理解できなかった。

「はい。でも、ネギ君の話しではこっちの世界でナギが死んだとされたあと、彼はナギを見ているそうです。というの
も村が悪魔に襲われたとき、どうもネギ君を助けにナギが現れたそうです。これはヒャクメに頼んで、彼の記憶を調
べましたが確実なことのようです」

「なんだ生きてるのか。じゃあなんで死んだことになってるんだ?」

「それをここで横島さんが調べて彼を見つけるんです。僕に聞かないでください」

「そりゃそうだが、しかし、男を命がけで捜せといわれてもな。なんか英雄らしいし、そういうやつはいけすかんし」

「まあでも、これでは横島さんの方にやる気がわかないでしょうから付け加えますが、我々の情報では、ナギを探す
過程で、綺麗な王女2人と知り合いになる機会があって、特に片方の王女様とはキスが出来る程の仲」

「それはどこにいるんだジーク君!?今すぐ会いに行こうじゃないか!」

懲りない横島が即行でジークの言葉に反応する。
美女と聞いては頭や理性より、体と本能で動いてしまうのだ。

「いや、ですから、それを探すのが横島さんのここでの任務ですから」

「そうだった!よし、全ては俺に任せておけ!まっててね王女様!名前は!?」

「アス、い、いえ、秘匿事項です。横島さん自身が見つけなければいけません」

ジークが思わずこぼしかけたが、口が堅そうに言い直し、横島はまだ見ぬ2人の王女と向かって吠えた。

「燃える。それは燃える!待ってて下さい王女様!この横島忠夫まだ見ぬあなたたち二人のためにこの身を捧げ
ましょう!わははは!これを聞いた王女様は俺の魅力にうっとりじゃあ!!」

横島は喜ぶが、すでにその王女様とのキスをすませており、もう一人の王女様にいたっては、他の男が売約済み
だったりするとは夢にも思わなかった。

(許してください横島さん。これも両界の恒久平和のためです)

ジークはただ心の中で涙するのだった。

「ふむ、まあ大体の事情はワシも理解したよ」ここで学園長が口を挟んだ。「それでじゃな。横島先生。ここの状況
にもそろそろなれてきたと思うので、そろそろナギの件、ハッキリした返事をもらいたいのじゃ」

「僕からもお願いします。もしどうしても嫌ならこの時点で両界の親交はご破算になります」

ジークと学園長が真面目な顔で横島を見た。

「お、おう」

言われた横島は面食らう。この決断をいきなり迫られるとは思ってもいなかった。だが二人の顔を見る限り、おちゃ
らけた答えは許してくれそうにない。学園長にすればいつ起こるかもわからない世界の破滅よりネギに戻ってもら
いたい思いも強いだろうし、ジークにしてみれば横島にはなんとかここに残ってもらいたいだろう。

(どうする。ここで戻ったら美神さん達とまた気楽にやれる。ジークの言ってた世界の滅亡は俺が生きてる間に起こ
るようなことじゃなさそうだしな。それに俺が戻ればエヴァちゃんもネギ君には会える。かといえ桜咲と木乃香ちゃん
のことも気になるし、なにより明日菜ちゃんの面倒を見る約束したし、断ればジークは二度とここに連れてきてくれ
んだろうし、そうなるとエヴァちゃんは俺が裏切ることになるのか。お、おのれジーク)

しばらく考え、横島はジークを見た。

「お前、ひょっとして、俺がここに縁ができるの見てから言いにきたんじゃないだろうな?」

「な、なんのことでしょう」

ドーとジークが滝のような汗を流す。命がけの男の捜索など、最初に聞かされたら横島は100パーセント断った。
でもいろいろ短い間なのに繋がりができてしまい、今となってはかなり断りづらい。しかもいずれの少女たちも今日
明日では解決の見込めないことばかりだった。

「まあいい。これはこっちのことだしな。でも、ジーク。もう一度聞くが、本当の本当の本当に王女様とお近づきにな
れるんだな?今度は嘘はなしだぞ?」

さすがに一度は騙されただけに横島はもう一度確認した。

「は、はい。それはもう、とくに片方の王女とは確実です」

なにせもうその王女とは知り合っているのだ。とはジークは心で付け加えた。

「よし、ふふふふ、わかったぞジーク。ここにも縁がいろいろできてるしな!明日菜ちゃんも木乃香ちゃんもエヴァ
ちゃんも桜咲も見捨てるわけにはいかんし、そういうことならこの横島忠夫全身全霊をかけて王女様2人とお付き
合いしようじゃないか!」

すでに目的は変わっているがジークも突っ込まなかった。ともかく横島はOKした。ジークもその過程でナギが見つ
かるなら細かいことはいいと思えた。

「ふむ。では横島先生の覚悟が決まったようじゃな」

学園長もそれでいいと思ってうなずいた。
というのも、学園長は昨日のエヴァの件は知っているのだ。その上で学園長は横島でもよいと思ってうなずいた。
なにより昨日のエヴァとの戦いを見て横島という人物をかなり改めてもいた。生徒のことをあくまで考える行為。そ
してエヴァに勝てたという事実。なによりもなかなか死にそうにないしぶとさも気に入った。

まあ教師陣からの苦情は気にはなるが、ネギが向こうでうまく行ってるなら今更横島と変えるほどのこともないと思っ
た。もう現時点でもいろいろ少女たちに蟠りも残る。ネギではさすがにエヴァとがち勝負をして勝つのは無理だと思
うと、意外に当たりを引いた気もした。

「うっす。では、この依頼GSとして引き受けさせてもらいます」

そしてこの言葉は横島なりのケジメであった。

「ではこちらもよろしく頼むぞい」

学園長も深くうなずいた。

「それでじゃ。話は変わるが横島先生。もうすぐ修学旅行があるのは知っておるな」

「あ、ああ、はい。ハワイッすよね!」

ワイキキビーチ、金髪姉ちゃん。アロハダンス。などと卑猥に聞こえないはずの言葉が横島の口の端から卑猥に
漏れる。かなり期待しているようで、目がらんらんと輝き、口に出す以上の卑猥な妄想しているのが見て取れた。

「そうじゃ、じゃが、そういうことなら本来の修学旅行先である京都に戻そうと思うんじゃ」

「え、なに!?ハワイは中止っすか!?」

横島が目を瞬いた。

「うむ。残念じゃろうがそうなるの。まあ京都には綺麗な芸者や舞妓さんがおるぞ」

「そ、そうか!日本の美人の姉ちゃんも捨てがたいっすよね!」

感動する横島に、ジークは相変わらずだなあと苦笑して学園長に言った。

「でも、どうして京都なんですか?ネギ君なら京都に行かせるつもりだったとかですか?」

「うむ。まあネギ君でない場合は、高畑先生にでも別口で依頼して京都に行ってもらい、3-Aの京都行きはあきら
めようと思っていたのじゃ。じゃが、横島先生のここにいる理由を聞くと、そうせんほうがよさそうじゃしな。だが問題
があってな。この件については先方がかなり嫌がっておるのだ」

「先方?受け入れホテルがっすか?」

横島が不思議がって聞いた。京都と言えば修学旅行先ベストスリーに必ず入る観光名所だ。そんな場所に断られ
るのは意外な気がした。

「なんと説明したものか。横島先生は魔法のことは知っておると思うが、この世界の日本の西には関西呪術協会と
いうのがあるんじゃ」

「関西呪術協会?俺の世界のゴーストスイーパー協会みたいなもんっすか?」

「まあ似たようなものと考えてくれてよいじゃろう。それが関東の場合は関東魔法協会と言ってな。つまり日本には
東西に別れて二つの魔法勢力があるんじゃ。実はワシ、この東の理事なんじゃが、昔から関西呪術協会とは仲が
悪くての。今年は一人、魔法先生がいると言ったら修学旅行での京都入りに難色を示してきおった」

「一人?瀬流彦先生や葛葉先生は?」

横島は事前に瀬流彦から、彼が魔法先生の一人で、担当クラスがないので、横島たちの方と修学旅行に同行する
と聞いていた。葛葉は3-Aの副担任なので、同行して当然である。

「瀬流彦先生は無名じゃし、攻撃性のある魔法は不得手じゃ。葛葉先生は剣士であって魔法使いではない。それ
に葛葉先生はもし何かあっても直接介入は絶対にせん。彼女は色々あって西を追放されておってな。目立つのは
極端に嫌うじゃろう。そういう意味で横島先生以外の魔法先生のことは先方には伝えとらん。また、あまりに攻撃性
の高い魔法先生は、同行させるとむこうに今以上の反感を呼ぶしの」

「はあ葛葉先生は、なにかすれば火に油ってやつっすか」

「まあ彼女はそれ以前の問題なんじゃが、そういうことじゃ。なによりこちらから出向く以上は、あまり過剰なこともで
きん。ゆえに派遣する魔法先生はキミ一人程度の戦力にすべきかと思う」

「ちょっとすみません。横島さん。じゃあ僕はこれで」

とジークが言った。その傍には以前横島が潜ってきたのと同じゲートがいつのまにか開いていた。話し中だが、どう
やら先にジークの帰還時間が来たようだ。

「あ、ああ、なんか悪かったな。俺のために」

「いいですよ。こちらこそ、無理なお願いしてますしね。それと横島さん。この件の報酬ですが、まだ上が決定してく
れてなくて、一年後、必ず横島さんの喜ぶものを用意するように言っておくので、それでもいいですか?もしリクエス
トがあれば伝えますが?」

「美人のねちゃん100人集めてハーレム!」

即座に迷わず横島は答えた。

「べ、別に僕はいいですが、美神さん達に殺されますよ」

「そ、そうだな。じゃ、じゃあ今のはなしな!」美神の般若のような顔が浮かんで、横島は慌てて首を振った。「ああ、
まあこっちでも結構楽しいこともあるし、女が無理なら報酬は別にいいんだが……」

「はは、横島さんはなんだか欲があるのかないのか、よく分かりませんね。では他に聞いておきたいことはあります
か?」

「特にない」

「では、ご武運を」

さっと魔族の姿に戻り、敬礼をすると、言葉を残してジークが消えた。

「そうか……しかし美人の王女が2人か。ぐふふふふ、もてる男は辛いのー!!!」

ジークはもういない。後に残された横島が顔を引きつらせて学園長に向き直った。
しかし、学園長はなにか考え込んでいる様子だった。

「どうしました?」

「いや、なんでもないんじゃ。話を戻すが、関西呪術協会とは、ワシはもうそろそろいがみ合いをやめて仲直りをし
たいと考えておるのだ。西の長は幸いワシに同意してくれておってな。キミにはその親書を届けてほしいのじゃ」

「それをネギ君がやるはずだったと」

「そういうことじゃ。道中、この件を反対する勢力からの妨害も予想されるのじゃが生徒を任せてもよいかの?」

「分かったっす。まあ10才の子供でも出来ることを断るわけにも行かないですし」

横島はうなずいた。
しかし、それがどれほどの大変なことかは知るよしもなかった。






「「「「「「「京都になった!?」」」」」」」

朝のホームルームでそのことを話したとき、クラスのほとんどが大声を上げた。横島の肩には久しぶりにカモも乗っ
ていた。

「分かる。分かるぞ。みんなの気持ち。ワイキキビーチ、金髪姉ちゃん。確かに芸者も捨てがたいが露出度が」

(俺っちもだ旦那。ハワイで旦那と姉さん方の水着に埋もれるはずだったのに)

「素晴らしいです横島先生」
「やったー京都だー!」
「京都!京都!」

横島とカモが死ぬ程残念がろうとしたのに、周りが喜び、あやかが立ち上がった。見た目が小学生の鳴滝双子も
横島の周りを回って喜ぶ。男ならずとも国内旅行よりはハワイとかの海外の方がはるかに嬉しいと思っていたのに、
反応はまったく違った。

「わたくしが、かなり強く要望を出しても変更されなかったのに、これはどうしてですの?」

「あ、ああ、ちょっと俺の方の野暮用も重なってな、学園長もそれなら京都にって」

「野暮用で修学旅行先を……さ、さすがは正義の味方……」

「は?」

横島の目が点になる。なぜかあやかが横島に羨望の眼差しを向けている。以前からクラスのまとめ役を買って出
てくれて、批判的な態度のない少女だったが、こんな目をむけることはなかったはずだ。

「は、そうでした。これは秘密でしたわ」

慌ててあやかが口を押さえた。

(お、おい、カモ。なんか俺変なこと言われた気がするぞ?)

横島は肩に乗るカモに尋ねた。

(それがよ旦那。昨日の夜旦那はエヴァンジェリンに勝ってそのまま気絶してたが、いいんちょ姉さんと巨乳の姉御
と平凡そうな姉さんが、旦那が空を飛んで『断末魔砲』とかいうすげえの撃つとこ見ちまったんだよ)

(なに!またばれたのか!?)

(ばれたって言うか、明日菜の姐さんと木乃香姉さんが苦しい言い訳で、旦那が正義の味方で、今は秘密の任務
に就いてるヨコシマ星のヨコシマンってことにしちまったんだよ)

言いながらカモは面白くて笑っていた。

(そ、それで、那波と村上は微妙な顔なのか)

千鶴と夏美を見ると、いい年扱いて夜中にバカな遊びをしているとでも思われてるのか、すごく残念そうな顔をして
いた。

(まあ信じたのはいいんちょ姉さんだけで、後の二人は手品か学園祭に向けての大掛かりなアトラクションとかだと
思い込んでるって訳だ。常識的に旦那がしたことが凄すぎて後の二人には理解を超えたんだな。クラス中で噂になっ
てないところを見ると、三人も秘密は守ってくれてるようだぜ。よかったな)

(いや、よくない。なんだその恥ずかしい某韋駄天みたいなネーミングは!もう、それならいっそ、魔法使いの方が
いいだろうが!)

横島は叫んだが後の祭りだった。

「先生ではもうパスポートの用意とかは要らないのですね?」

「へ?あ、ああ、そうなるな。しかし、よかったのか?海外に行きたい奴おらんのか?」

(しかし、旦那、やったなあ)

(なにがだよ)

(いいんちょ姉さんだよ。以前からいいんちょ姉さんはこのクラスでも飛びに抜けて美人だし、なにかきっかけがあ
ればと思ってたんだ。なによりあの痩せ形の体型でアレだけ胸があるのがすごいぜ。カップでいえば忍者の姉さん
やアキラ姉さんよりでかいんだ。まあ巨乳の姉御が思いの外旦那への反応が薄いのが残念だがな)

あやかというモデル顔負けの痩せた体と出るところの出たナイスバディ。
胸囲はそれより大きいものはいても実はあやかの胸のサイズはアキラも真名も朝倉も超えていた。あの痩せた体
でアレだけバストがあるのは脅威である。村上夏美もいるが、可哀想だがこれは横島に対して戦力外だと言わざ
るをえないだろう。

(お、お前は俺をなんだと思ってるんだ!ちょっと黙ってろ!)

「それなら心配要りませんわ。この学校は人数が多いので修学旅行はハワイなどの選択式なんです。ですが、この
クラスは留学生も多いし、横島先生もほとんどを海外で過ごされていたということで、日本文化を学ぶ意味でも、ク
ラスの総意でもとは京都・奈良を選択したんですのよ」

「は!?ま、まあ、とにかくみんなが喜んでるようならよかったが……無理してる奴はいないか?ちなみに俺は死ぬ
程ワイキキビーチに行きたかったぞ!金髪姉ちゃん!それに見たかった!那波に雪広、アキラちゃんに朝倉とか
の水着姿が見たかった!」

(本音が出たな旦那)

「は!違う。違うぞ。俺は生徒をそんな目で見てなんていない!」

横島が涙を流すのをあやかが優しく首を振って制した。

「素晴らしいです先生。少数意見をくみ上げようと、ご自分からスケベなふりをなさるなんて、皆さん構いませわね」

横島の全てを完全に好意的にあやかが受け止め、カモが感心してうなずく。
そういえば、正義のヒーロー以外にもほとんどを海外で過ごした天才児と言うことになっているのだと横島は思いだ
した。前ならアホなことやスケベなことをすると本当にアホでスケベだと思われただけなのに、ところ変わればしなも
変わるものだ。ただそれが大人の美女には通用していないのが悲しいが。

「「「「「「「はーい」」」」」」」」

相変わらず元気な声がかえってくる。

「そ、そうか……」

横島はうなだれて教室を見回した。
超と葉加瀬はいつもどおり横島に敵意満々の目だ。
いや、以前よりひどい。

横島も最近、この二人が茶々丸の制作者だという情報を得ていたのでこの視線の意味は理解できなくもない。でも
葉加瀬は『打倒・横島忠夫』とかいうハチマキをして、超など目線があった瞬間『ヘボで、わるかたあるな』と唇が動
いて、自分はそんなこと言ってないと思う横島。一度この二人とはよく話し合った方がいい気がした。

そして、エヴァの方を見ると、少しつまらなそうな顔だ。
横島は自分が気絶したあとのことを知らず、なにかあったかと思った。

「エヴァンジェリン。今日から出てくれるのか」

「まあな。負けた以上はやむを得まい。授業ぐらいは出てやるさ」

「そうか……」

さらに目線を動かすと明日菜に木乃香がいて、この二人もちょっとさえない表情だ。そしてさらに刹那の席を見た。

(って、いない?)

刹那の席は空席だった。

「おい、誰か、桜咲が休むとか聞いてる奴はおらんか?龍宮」

「ああ、先に言うのを忘れていたよ。刹那は休むそうだ」

横島の言葉に、横島よりかなり身長の高い真名が答えた。

「そうか……」

横島は少し気になるが、みんないる前でこれ以上聞きもできなくて、話題を変えた。

「――じゃあ、京都の細かいことは明日決めるから今日も授業頑張れよ」

と、横島は朝のHRが終わり教室を出ようとして、帰り際にふと思い出したように言った。

「そうだ。龍宮とエヴァちゃんと絡繰」

横島はできるだけ目をむけないようにしている。体型が完全に守備範囲以上の真名を見た。そして龍宮と同じクラ
スにいるのが間違いとしか思えない幼女も見た。茶々丸は無表情にエヴァの後ろにいた。

「なんだ?」

エヴァの方はなんだと言いながらも察しがついているような顔だ。

「ちょっといいか?」

「ふん」

エヴァは面白くなさそうにだがうなずく。

「ちょうどいい。私も聞きたいことがあるんです」

真名の方も横島に用事があったのかこくりとうなずいた。

横島は刹那の席を見た。
刹那の席は空席のままだった。
それでも、クラスは通常どおり賑やかだった。

木乃香は多少気にしてはいるようだが、刹那が魔法関係の仕事で休むことも多く、加えて昨日の件も曖昧なままで、
それほど刹那の席を見ていたわけではない。なにより、刹那に対して、より臆病になっていた。明日菜も刹那のこと
は気になるが口出ししていいのかも迷うところだった。だから余計にクラスはいつもどおりだった。

そんな二人をエヴァは見て、横島の方へと歩み寄った。

(桜咲刹那。龍宮の様子ではどうやら逃げだしたまま戻らずか。私は横島にすべて伝えるぞ。お前が逃げたことを。
そして死にかけた横島を放り出したことを。私との決闘に水を差した罪深き小娘。人は罰を受けるべきなのだ)

そう思いながらもなんとなく、そう言ったときの横島の対応が分かり、エヴァは歯がみした。

(あのアホ。許すとか探すとか言ったら咬みついてやる)

思うのに、そう言わない横島もまた嫌だと思うエヴァだった。






あとがき
ハワイに行くこともちょっと考えたけど、自分が行ったことないので断念。
美神を本気でだそうかと思ったけどGSのようになるので断念。
今回、二つ諦めました。

そして横島の立場をここでもう一度明確にしました。
しかし、よく考えたら完オチってなにをもって完オチなんだろうと思ったり(マテ
ともかく3話連続でエヴァ、刹那と明日菜か木乃香を取り上げて(順番は未定)、
修学旅行突入ですー。多分。

あと、3-A女子のバストについてですが、通常ウエストとの差で胸のカップは決めるため
(アンダーバストが分からないので)、この方式で行くとあやかの胸は相当大きくなります。
まあ逆に巨乳キャラがこの方式だと全然巨乳じゃなかったりするんですが、
本編の絵も鑑みて、ヨコ魔では千鶴、あやか、楓、真名で、
胸のカップの大きいビッグフォーです。
このあとにアキラ、朝倉とつづきます。

前回はたくさんの感想に感謝です。修正点は直せるものは直させてもらいました。
また感想への感想返しは平和的なもの以外はできるかぎりご遠慮願えると嬉しいです。
どうしても荒れる元になるので、よろしくお願いします。
それでは引き続きつづくのでまたよろしくお願いしますー。











[21643] 甘え。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/11/04 14:28

横島は刹那のことを他の教師や生徒に聞かれない方がよいと思い、生徒指導室に真名にエヴァに茶々丸の三人
を入れ尋ねていた。なにせ刹那には人に聞かれたくないことがある。それに刹那はそのことが引っかかってあのと
きですら不安定な様子だった。それが怪我とかなら治せばいいが、内面的なものとなると文珠でも治すことはでき
ない。そんな状態の刹那が登校していないのをあまり大っぴらにしたくなかった。

「あの女は逃げた」

エヴァは口に出すのも嫌うように、怒りをあらわに言う。

「逃げた?エヴァちゃんからか?」

横島はエヴァが逃げたとだけ言うので、刹那を脅しでもしたのかと思った。

「なぜ私が小娘相手に本気になって脅したりせねばならんのだ。あの小娘は近衛木乃香に背中の翼を見られて逃
げたと言ったのだ」

「背中って、あの翼の?」

「そうだ」

イライラしながらエヴァが言う。

「そうか……そういや、気にしてたもんな」そこで横島は真名を見た。「ああ、龍宮悪いが、もし知らなかったことなら
今の話し聞かんかったことにしてくれ」

「分かってます。でも話してはくれませんでしたが、刹那がハーフなのは気付いてはいましたよ」

真名は状況を察してうなずいた。

「そうか、ならいいんだが」

それにしても横島の予想以上に刹那は背中の翼のことを気にしているようだ。いろいろとあのとき言ってはいたが、
横島も木乃香に見られただけで登校すらしないとは思わなかった。

「貴様、腹がたたんのか?」

そして横島を見て、エヴァは不快げに言った。

「な、なにを?」

「あの小娘、お前があのとき死にかけていたのに、私の前に放り出して逃げたのだぞ。私はあのときお前の敵で、
殺そうとしていたのだ。もしまだ敵意を持っていたらどうする。それを翼が見られた程度で放り出して逃げだすとは
最低だと思わんのか。共闘した相手を敵の前に置き去りにした。見殺しにしたも同罪だ」

エヴァは横島が何も理解していないことにかなりカリカリしているようで、あれがどういう状況だったかを分からせよ
うとした。いま、刹那を見たら攻撃魔法の一つでも唱えそうな様子だった。

「いや、でも、まあ、それを言うならエヴァちゃんも大概だぞ」

「なぜだ。私と小娘は違う。私はお前に重傷を負わせはしたが、あれは決闘だ。貴様は私と約束した上で戦ったま
でのことだ」

「でも、アキラちゃん達を使った。あれは約束と違うはずだ」

「それは……。お、お前は、小娘たちに怪我をさせるような真似はしないだろうが」

少しエヴァは言葉をにごした。

「それなら、桜咲もエヴァちゃんにもう敵意がないのは分かってたと言い訳できるだろ。俺もあのときエヴァちゃんに
殺されるとは思ってなかったから、絡繰に文珠を使ったんだ。そうじゃなきゃ桜咲は俺を放り出したりせんだろ」

「わ、わかるものか!大体、どうして私が責められるのだ!お前は小娘を責めるべきだろうが!」

「いや、まあ俺も美神さんとかにされたら怒るけど、相手はエヴァちゃんより600歳近く年下で、しかも思い詰めて
たんだろ。怒るより、可哀想だとか思うだろ」

「思うか!敵陣に放り捨てられて怒らんのはお前ぐらいだ!」

「それに俺は昔、敵ごとエヴァちゃんに撃ったあの断末魔砲を仲間に撃ち込まれたこともあるしな」

「ぬわっ」

「それより、龍宮、桜咲は部屋にいるのか?」

横島は真名を見上げた。とても身長が高く、男として低くはない横島ですら目の前に立つと胸が目の前にくるほど
の少女でしかも大きい。その胸は気になるが、さすがに頭を切り換えていた。

「いや、クラスではああ言ったが、実を言うと部屋にはいない。というか昨日の夜から帰ってこないので、先生に聞
こうと思っていたところだ」

「? うん?なんだ龍宮、桜咲がいないのは、よくあるのか?」

「……どうしてそう思うんだ?」

とつぜん言われて、真名はふしぎそうに聞き返した。

「だってお前、それなら普通今頃になって騒がんだろ」

普通なら夜の12時ぐらいで14歳の少女が帰ってこなければ騒ぎだす。それが朝になってようやく言いにきたとい
うことだし、真名の落ち着いた様子からして、珍しくはないのかと思えた。

「なるほど……たしかに私と刹那は魔法関係の仕事をよく請け負うので、刹那がいないこと自体はそれほど珍しく
ない。今回も……」

真名はエヴァを見た。

「まあ本人を目の前に言うのもアレだが、エヴァンジェリンが騒ぎを起こすかも知れないと学園長に聞かされていた
らしく、近衛をくだんの件が終わるまで護衛すると聞いていた。だが、刹那は朝になっても帰ってこない。決闘はもう
終わってるのに。しかも当事者は全員いつもどおり学校にいた」

「なるほど」

「ちっ」

横島が頷き、エヴァが学園長にやはり知られていたこと、そして横島の反応に苦虫をかみつぶしたように眉間に皺
を寄せた。そこに横島がエヴァに言う。

「しかし、なんで、桜咲が逃げたのに、エヴァちゃん今まで言いにこなかったんだ」

横島はエヴァが刹那を放置したことが悪いとでも事を言いたそうにすら見えた。

「ふん、あんな小娘のことなど私が知るか!」

「俺はエヴァちゃん――」

横島が喋ろうとするが、そこに茶々丸が言葉を重ねた。

「マスターは大河内さん達の保護を私に命令されたあと、朝まで、横島先生が目覚められるのを窓の外から見てお
られました」

茶々丸は刹那の件以外にもアキラ達のことで、横島がエヴァへの心証が悪くなるのを危惧するように言った。

「茶々丸!余計なことを言うな!」

エヴァの顔がみるみる赤くなった。
あの夜、文珠を当てたあとも横島が目を覚まさないので、心配で、明日菜たちから気取られないよう、遠くの樹の
上で、横島が目覚める朝まで部屋を見守っていたのだ。
だからエヴァは刹那どころではなかったし、朝起きて元気に寮から走り出てくるのを見て、かなりホッとした。
その横島に、朝まで心配で見ていたとは言わずに声をかけようとしたが、横島はなにか急いでいると見えて、全速
力で走り、もう呪縛が戻っていたエヴァは追いつけなかった。エヴァのイライラはそのことで、また窮屈な日に戻っ
たことが自覚させられたことも加味されていた。

「そ、そうか。それは心配かけたな」

横島は思わず、エヴァの頭を撫でた。

「撫でるな!」

エヴァは勢いよく横島の手を払った。

「しかし、じゃあ部屋にいないんなら桜咲は麻帆良の外に行ってるのか?」

「分からない」真名が言った。「正直言うと、横島先生や近衛と仲直りして一緒に居るのかと思っていた。それなら
変な連絡を入れて水を差すのも野暮だと思ってたんだ。だが裏目に出たようだ。刹那は魔法関係の仕事のせいで
お金はかなり持ってる。逃げたとなると、そうとう遠くまで行くことも可能だと思う」

「そうか……。龍宮、お前、桜咲が行く場所に心当たりないか?」

「いくつかあるが、本気で逃げたのなら、私が知る場所にいない可能性が高い」

「なら、聞き込みでもして探すしかないか」

「探すなら手伝えることがあれば、手伝うつもりだ」

真名が刹那を危惧して言う。ポーカーフェイスだが、情が薄いわけではないようだ。

「じゃあ、龍宮はその知ってる場所を当たってくれるか。俺は学校の授業をほっぽりだしもできんしな。学園長にだ
け伝えて、なんとか今日は休ませてもらう」

横島の英語担当のクラスは3-A以外にも4クラスある。そのすべてのクラスで、ほぼ毎日英語の授業があるので、
これを放り出して、刹那の捜索に急に飛び出すということはできないことだった。

「なら、学園長にはあまり事を大きくしないように言ってもらえるかな。刹那は人に騒がれるのを嫌う」

「そうだな。桜咲が帰りにくくなるのも問題だしな。それに俺の能力で見つけることは出来なくもないと思うしな」

横島は少し自信なさげだった。なにせ、もう文珠はないのだ。

「霊能力というものか?」

こんな時だが、真名は興味が沸いたようだ。

「ああ、まあそんなとこなんだが……」横島はちらっと真名の胸を見て、「生徒はダメだ。生徒はダメだ」とつぶやき、
「じゃ、じゃあ喋ってても仕方ない。桜咲を探しに行くか」

横島は言うと、がらっと生徒指導室の扉を開けた。

「「うわっ」」

すると扉の前で誰かいたのか倒れるように、人が中に入ってくる。
木乃香に明日菜の2人だった。

「な、なにをしてるんだ2人とも。盗み聞きはいかんぞ」

横島は驚いたが、他の3人は驚いた様子はなく気付いていたようだ。

「だ、だって、横島さん。なんかすごく変わった組み合わせで呼び出すからなにかと思って」

明日菜が言った。

「先生、せっちゃんになにかあったんえ?」

つづいて木乃香が言う。

「私達もいないんなら探すよ?」

明日菜も心配げに言った。全部は聞こえてないようだが、刹那がいないことぐらいは聞こえたようだ。

「なんもない。桜咲は……えっと」

「刹那は昨日の件の事後処理を頼まれたのだ。私も頼まれていて今はその相談を当事者含めて話しただけだ」

横島が、言葉に詰まったので、真名が口添えした。

「そ、そういうことだ。2人とも、もう教室に戻るんだ。エヴァちゃんと絡繰もだ」

横島は言うとさっさと生徒指導室をあとにし、つづいて、それとは違う方向に真名も出ていった。なにせ明日菜や木
乃香にはこの件は迂闊には話せないのだ。刹那が逃げだしたのは木乃香が原因だし、そうなると明日菜にも言え
なかった。

「ちっ」

エヴァは面白くなさそうに舌を打つ。

「茶々丸さん。今の本当?」

明日菜が尋ねた。

「いえ、少し違います。ですが、横島先生は騒ぎを大きくして、桜咲さんが帰ってきにくくなるのはまずいと思ったの
でしょう」

茶々丸が明日菜たちに口添えした。

「だろうな。だが気に食わん」

エヴァはやはり、眉間にしわが寄る。横島と戦えばそれで結果はどうあれスッキリすると思っていた。なのに、かえっ
て胸のもやもやが大きくなった気さえした。

「小娘ども。どけ」

エヴァは明日菜と木乃香に不機嫌に言う。2人は昨日の経緯も知らず、戦いにも参加できなかったので、エヴァは
恐い存在という認識が先に立ってしまっていた。それでも2人はいろいろと消化不良で、どけなかった。

「あのエヴァンジェリンさん。せっちゃんはどうしたん」

「あの女は逃げた。もう二度と帰ってはこんかもな」

「ちょ、ちょっと、なによその言い方。木乃香は心配してるのよ」

明日菜は怒りたかったが、少し引いてしまう。

「ふん、どけ。そんなに聞きたければ、お優しい横島にでも聞け」

エヴァは薄く笑い、茶々丸を従えて部屋を後にした。
エヴァと茶々丸も出て行き、最後に明日菜たちだけが残った。

「ああ、もう、まったくなんなのよ。訳分かんない」

明日菜は頭をがりがり掻いた。
むしゃくしゃして仕方がなくて、事情を聞きたいのに誰も教えてくれなかった。

「ああ、もういい。木乃香。後は横島さんに任しておこう」

明日菜は少し拗ねて、投げやり気味に言った。刹那は心配でも、なにがどうなってるかも分からない。木乃香も刹
那のことはあまり語りたくないようだし、正直、木乃香が刹那をどう思ってるのかも分かりかねた。

「うん。その方がいいんやろな。はあ、ああ、なんかいややな。こういうとき、うちもぱあって横島先生みたいにでけ
たらええのにな。そうしたらせっちゃんとも、こじれんですんだのに」

「木乃香……」

(やっぱり桜咲さんとなにかあるのは間違いないのか。仲良くしたいのか……でも、それが、どうしてか分かんない
し。それになにもできないのは私もなのよね)

明日菜も木乃香と心情は同じだった。横島に着いていくと決めたのに、結局、着いていこうとすればするほどできな
いことが多いのに気付かされる。自分は思いの外無力だ。これでは横島とキスした意味なんてあるのかと思えた。
ポケットに入っている仮契約のカードに触れてみた。

(キスしたのよね)

唇に触れてみる。あの日たしかにキスをした。ほとんど裸で抱き合いもした。でも、自分が少し気後れし、なにより
高畑先生のことを気にしてる間に、横島はどんどん他の少女たちと付き合いを深くしていく。仮契約のカード。これ
を自分がちゃんと使う日は来るのかと思えた。

(横島さんのバカ……)

明日菜は悪いのは横島ではないのだろうがそう思う自分がいた。






『まもなく盛岡駅、秋田方面は一番線……』

新幹線の車内で、刹那はその次に聞こえてきた英語の案内を耳にしていた。
刹那は今、はやく麻帆良から離れようと新幹線を選んで乗っていた。
そうすると、あきれるほど簡単に、東北地方にまで来てしまい、もう二度と麻帆良には戻れないような気が改めてし
た。

もうここまできたら誰も自分のことを知ってるものもいないと安心し、寂しくもなる。
刹那は新幹線を降り、駅からも出ると辺りは街のネオンがわずかにともるだけで、暗闇に沈んでいた。
時刻は11時だ。暗くて当然の時刻だし、自分は一人だった。
どうしてこうなったのか、自分が弱いからか、いろいろ思うことはあるが、総じて今更だった。さまようようにしばらく
歩いたが、疲れてきて夕凪を立てかけ公園のベンチで腰を下ろすとひんやりした。
春でもこちらは夜になればまだかなり寒くて、手をこすった。

(これから、どうしよう)

昨日の夜は朝まで麻帆良の森で眠り、しばらくどうしていいかわからずにいたが、一度寮に戻って横島の血のつい
た服を着替えて処分すると、銀行でお金をおろした。それからここまで新幹線で逃げた。本当に逃げたという言葉
がふさわしい気がした。木乃香からも、大事なところで横島を見捨てたことからも、全部逃げた。

(……あの傷、大丈夫だろうか)

横島の傷は心配だった。でも自分には、あのときああすることしかできなかった。木乃香に見られたことが、ただた
だショックだった。あのタイミングで木乃香に見られたのはあまりに心の準備が悪かった。加えてエヴァが横島を心
配し、敵意はなさそうだとなると回復魔法が使えるわけでもない自分がいてもと思ってしまった。

(さすがにあの人でも怒っているだろうな……。でも、お嬢様のこと頼みます)

横島のことを思い出すと悔しさと情けなさが漏れ、木乃香を思い出すと涙がこぼれた。泣くまい、泣くまいと思うの
に、一度こぼれ出すと涙が止まらなかった。自分は我が儘だ。さんざん疑って、放り出して、逃げて、それでも無理
なことを全部押しつけた。

(誰も許してはくれないのだろうな。当然か。私はなにをしてるんだ。そもそもあの人さえ、あの人さえいなければずっ
とあのままでいられたのに)

恨んではいけない。自分の方が悪い。でも木乃香を影から守ることさえできなくして、自分を麻帆良から逃げさせた
横島が嫌いだった。

(でも、自分は最低だ)

刹那はなにを自分が考えてるのかよく分からなくなる。
ただ公園のベンチで足を抱えて蹲った。

(このまま死んでしまいたい。そうしたら誰か少しは私を許してくれるだろうか)

夜ということもあり、公園は静かだ。自分以外誰もいない。学園長にも何も言わずに出てきたし、行く当ても特にな
く、里も捨てた身のため、麻帆良から逃げたらもうどこに寄る辺もなかった。

(いや、正直、死ぬのはいやだな……)

でも幸い今までしてきた魔法関係の仕事のおかげで預金通帳にはかなりのお金があった。一年ぐらいなら贅沢さ
えしなければどうにかできる金額だ。暫くして考えが落ち着いたら、知り合いをたどって魔法世界にでも行こうか。
自分の腕ならそこそこの仕事にありつける自信があった。

(でも、もうお嬢さまには会えない。途中で放り出したのだ。もう私はお嬢さまの顔すら見る資格はない)

考え事をしていると、考えないようにと思うのに、どうしても木乃香のことが思い出された。結局仲良くできないまま
だった。なんの一歩も踏みだせず、見られたことだけが恐くて逃げだした。

「キミ」

そのとき声をかけられ刹那はどきりとした。

「キミ、それは刀じゃないのか?刀剣類の持ち歩きには許可がいるよ」

「え、あ、いえ、これは竹刀でっ」

立てかけた夕凪を誰かが手にかけ、青い服が見え警察だと思い刹那は慌てた。

(そうか、今まではばれても学園長や長の名前でどうにかなった。でもこれからは全部自分で)

刹那は思い、相手に簡単な術をかけようとして顔を見た。

「取りあえず、隣に座らせてもらいます」

暗くて一瞬、誰かと思う。
でも相手は携帯に手をかけて誰かに電話をしだした。

「龍宮か。ああ、見つけた。学園長にも無事だって――」

しばらく刹那はその横顔を見て、まさかいるわけがないと思う。あの大怪我だ。回復にはいくらなんでももう少し時
間が掛かる。なによりこんな遠くにまで、自分を探す理由がこの人にはない。そのはずだ。

「よ、横島先生……」

刹那は目を瞬いた。
目の前には間違いなく横島がいた。

「桜咲、無茶苦茶探し回ったぞ」

横島はいつもどおりのような調子で言った。

「ど、どうしてここに?」

刹那が見る。いつものジーパンにジージャン。バンダナを巻き、横島も刹那を見てきた。

「どうしてもこうしても、そんなもの決まってるだろ。桜咲を連れ戻しにきたんだ。まったく俺が気絶してる間に逃げだ
すとは、見つけるのに苦労したんだぞ。文珠はあんまり離れると効果ないし、駅員とかに、妙な長い袋持った女の
子を見てないか聞き込んで、盛岡についてからは細かく探せるように、文珠一個だけつくるのにどれだけ苦労して
覗きを、ゴホッゴホッ、いや、なんでもない。とにかくこんな時間にうろつくと危ないぞ!」

「どういうつもりですか?」

刹那が不思議そうに横島を見た。
なのに横島はなんの気兼ねもなしに言ってくる。

「勝手に学校を抜け出した生徒を、放ってはおけん。文珠がギリギリ一個あったし、うん、あったんだ。俺はなんも
悪いことしてない。可及的事態だし、しずな先生たちも、帰ったらむしろ俺を誉めるはずだ。と、ともかく、駅からは
『探』の文字でやっとお前を探し出したんだ。戻るぞ桜咲。勝手な行動は教師として見過ごせん」

横島が刹那の手を取った。
だがすぐに刹那が振り払った。

「なにをっ、ふざけないでください!私は戻れません。烏族には翼を見られたら、その場所から去らねばいけない掟
があります」

刹那は厳しく唇を引き結んだ。

「なんだそれ?その掟を誰か取り締まってるのか?」

「と、取り締まってはいませんが、掟は掟です」

刹那は少し引く。たしかに里から追放された身である。そんなものを見張るものなどいるはずもなかった。

「そんなこと言ったら俺も文珠のことは秘密だし、実はハーバードなんて飛び級どころか、どんな大学かも知らん。
というか俺はそもそも高校3年で、大学にすら行ってないし、進学するつもりなんか欠片もない。古代語どころか中
3の英語もいまいちよく分からんから、文珠で無理矢理知識をたたき込んだだけなのは秘密だぞ。でも、全部桜咲
とか明日菜ちゃん達に知られてるから、この場合はどうなるんだ?一応、罰はあると聞いてるんだが」

「あなたと私のことは関係ありません!」

刹那は自分が真面目なのに、ふざけたように言われて怒った。

「でも、桜咲が気にしてるのは、木乃香ちゃんだろ?木乃香ちゃんはお前の羽のことなんて一言も言ってなかった
ぞ。いないから心配していただけだ。向こうはなんとも思ってないのに、確かめもせずに逃げてどうする」

「に、逃げたわけではありません。それにお嬢さまのことなど言ってなくて、ただ私は掟だから」

「嘘をいうな桜咲」

「どうしてそう言えるんです」

「お前が木乃香ちゃんのことを気にしてるのは学園長からも聞いてる。烏族の里からハーフという理由で追放され
たのもな。大体、そんな守らんでもいい掟を持ち出すな。ただ羽を見られて、木乃香ちゃんに恐がられるのが恐かっ
ただけなんだろ」

横島は出てくるとき、学園長には事情を話した。もともと大体のことは知っていた学園長は横島に、烏族と人間の
ハーフに生まれたために受けた刹那に対する世間の目と、木乃香との関係について聞かせてくれた。その上で必
ず連れ戻してもらいたいと頼まれていた。また連れ戻すまでは戻らなくても、良いと言われていた。学園長も自分の
孫のために刹那にかけた負担を申し訳なく思っているようだった。

「違います!」

「違うならどうでもいい掟なんぞ忘れて戻ればいい」

「どうして、どうして私に構うんです。私は死にかけたあなたを見捨てた。あなたを敵の前に放り投げて逃げた。あな
たが私を心配する理由はありません。怒ればいいじゃないですか」

「いろいろ事情も聞いて無理もないと思うのに、怒れるわけないだろうが」

「同情はいりません!」

刹那が立ち上がって逃げようとするので横島は慌てて抑えた。だが、刹那が暴れるので、襲っているような形にな
る。この時間でなければ警察の一つでも呼ばれそうだった。

「こ、こら、桜咲、落ち着け」

横島はため息が出た。どうしてこう自分の周りには妙に意地を張る人間が多いんだろう。そして自分はどうしてこう
いう女を放っておけないのかと。

「桜咲!」

横島が声を少しきつくすると刹那は暴れるのをやめた。

「放っておいてください。私は自分で生きていけますから」

「まあ聞け」

少し横島は真面目な顔をした。
ここに来てから、本当に自分には似合わないことをたくさんせねばいけない。どうも自分は空回りしている。こんな
ことは自分の役目じゃない。ピートとか唐巣神父のすることだ。でも自分はなってしまったのだ。教師に。面倒はい
やでも、放りだしはできない。学園長ともちゃんと約束したのだ。刹那は連れ戻すと。
それに刹那を見捨てたら木乃香に一生恨まれそうだ。

「聞きたくありません」

「じゃあ勝手に話す。俺が魔族の女が好きだった話しはしたな」

「……」

刹那は答えなかった。

「魔族との恋なんて、お前はあまりよく思わんかもしれんが、そいつはルシオラっていう女だった。俺はそいつが好
きでそいつも俺が好きだったと思う。多分な。でも色々あってな。そいつも自分が人間から非難される魔族なのを
気にしてた。だからかもな。お前みたいに悩んでる子を見ると腹が立つより、助けてやりたくなる」

(でも)

刹那の中には蟠りがあった。

「だからなんなんです。魔族は魔族でしょう。非難されて当然です。私だってそうです。他と違うということはそれだけ
で罪です。少なくとも私はそうでした」

「そんなことはないと思うぞ」

「曖昧なことを言わないでください。でなければどうして里を私は追いだされたのですか」

「それは俺にもよく分からんが、でも、木乃香ちゃんはお前のこと知っても怖がらないと思うぞ」

「思う思うって、誤魔化さないでください」

「いや、しかし、お前にとっては一番重要なんだろ。木乃香ちゃんはお前を怖がるとは限らんし、少なくとも俺は桜
咲もエヴァちゃんも恐くは微塵もない」

「でも、お嬢さまはエヴァンジェリンを怖がっていました」

木乃香は異種族のエヴァを怖がっていた。蟠りを残したまま刹那も少し本音が漏れた。エヴァが目の前にきて怯え
る木乃香。自分はそれを見て、自分もそうされるのではと不安になった。

「あれはエヴァちゃんが木乃香ちゃんを脅すから悪い。大体エヴァちゃんはアキラちゃんも襲うし、エヴァちゃんに
はちょっと反省してもらいたいもんだ。でも、桜咲は誰を襲ってもないだろ」

「襲ってはいません。いないけど、恐いんです。お嬢さまにだけはこの羽を見られたくない。それに私にはあなたの
ような力はありませんし、お嬢様をあなたの方が上手く守れる」

「でも俺は一年経てば帰る。その後は木乃香ちゃんをどうするんだ」

「そ、それは」

そうだ。そのことを忘れていた。確か横島の赴任期間は一年だけだと刹那も聞いていた。

「でも、い、一年と言わず。ずっとお嬢様の傍に居られればいいじゃないですか」

「無理だ」

「どうしてです」

「俺にも俺の世界がある。帰らん訳にはいかないんのだ。だから桜咲が木乃香ちゃんを守りたいなら桜咲が守るし
かない。俺より上手く木乃香ちゃんを守りたいなら強くなればいいだけだ」

横島は自分に寒気がした。こういう言葉こそ自分にもっとも似合わないのだと思った。元の世界で自分がこんなこ
とを言ってるのを誰かが聞けば大爆笑が起こる気がした。

「わ、分かったようなこと言わないでください。あなたに私の何が分かるんです」

なのに刹那はまともに返し、少し頬が膨らんだ。やはり周りの反応が前の世界となにか違う気がした。

「まあ確かに俺みたいなもんはまだまだだけどな。でも、俺は恋人が死んだときそう思った」

「恋人が……」

刹那が横島を見上げるとうっすら泣いている気がした。胸が痛む気がした。自分はこの人が言いたくないことを言
わせた気がした。

「桜咲、今、逃げ出せば、きっと一生後悔するぞ。これは教師としてじゃなく、俺からの忠告だ」

「でも……私は……もう逃げた。許されない」

刹那の勢いが少し弱まった。

「ちょっと気が動転してやってしまったことぐらいで、全部の人生ふいにすることもないだろ。そんなこと言ったら俺な
んて、もう100回ぐらい人生諦めてるぞ」

「私は……勇気がありません。ないんです」

さらに勢いが弱まる。もともと人に強く言うほどの元気がなかった。

「あるだろ。木乃香ちゃんのためにずっと頑張って神鳴流を学んだんだろ」

「それも自分の境遇から逃げてただけです」

「桜咲……」

横島は少しなんと言っていいか分からなくなる。

「それに、悔しかったんです」

刹那はぽつりと言うと、手に涙が落ちた。

「木乃香お嬢様を一番上手く守れるあなたを見るのが……。だからこの機会に逃げだそうとした。私は卑怯なんで
す。最初はあなたを疑うことで、あなたとお嬢様から逃げようとした。それもできないと分かれば、今度は本当に逃
げだそうとした。自分がこんな程度なんだって知るのが怖かった。結果を見なければ知らずにすむと思った。だか
ら!だから!」

「そうか……でも、もういいから。な」

横島はそっと刹那を抱きしめた。小さい少女とはいえもう14歳だ。ミルクくさい感じじゃなく、いい匂いがした。

(煩悩退散。煩悩退散)

「よくありません!」

でも刹那は今度は振りほどこうとしなかった。

「桜咲は何一つ悪いことした訳じゃない。昨日も必死で絡繰を止めてくれた。そんなに自分の悪い面ばかり見るな。
桜咲には悪い面以上にいい面の方が一杯あるぞ。俺は知ってる。まず桜咲は美人だ。美人はそれだけで全て許さ
れる」

「……なら、そうじゃなければどうするんです」

少なくとも刹那は自分を美人だと思ったことはなかった。

「そ、それは俺のことか?その場合、不細工というだけで、この世の罪を全て請け負ってるから、とても賢いことに
なる」

「なっ」思わず刹那は笑いかけ、なんとかかみ殺した。「へ、変な理論です」

「ダメか?」

「そういうわけではありませんが……」

刹那は横島に抱きしめられながら呟いた。

「分かりません」

「なにが?」

「あなたという人が」

「ど、どの辺が?」

「どうして私になんてそんなふうに言って、こんなによくしてくれるんです。私にはよく分かりません。私はあなたにひ
どいことばかりしているはずです」

「はは、別にいいぞ。パピリオって、もっと過激なのもいたしな」

刹那は少し横島を優しい人だと思ってしまった。そうすると自然と自分も横島を抱き締めてしまう。女性として魅力
に欠ける身体だから相手はあまり嬉しくないだろうと思う。なのに横島の腕の力が強まり、自分はもう少し横島との
距離を密にした。男の人特有の匂いがした。あまり不快ではなく、息を吸い込んだ。

(なにをしてるんだろう。さっきまで大嫌いだったのに。やはりこの人は私を乱す人だ)

「横島先生」

「うん?」

「私はどうしたらいいんでしょう」

それでも刹那は覚悟が決まらずに言った。

「今日は、もう遅い。とりあえず、一泊して朝一で、麻帆良に引き返すか」

「そうではなくて、その……木乃香お嬢さまのこと、羽の件です」

「それはまあ帰ってゆっくり考えたらどうだ。俺もよく分からん。桜咲がそんなに気にするなら俺も木乃香ちゃんには
黙ってるぞ」

「それはそうでしょうけど、もっといい知恵はありませんか?」

刹那は上を向く。横島と唇が着きそうな距離で尋ねた。横島はいけないと思いつつも刹那の小振りなお尻に手を回
して、その小柄な身体を自分の膝の上にのせてしまう。

(い、いかん。なんか最近境界がよく分からなくなってる。桜咲は完全にストライクゾーンから外れてるはずなんだが)

暗闇で二人、誰も来ない状況で、震えるほどの寒さ。なにより精神的に弱っているせいか、刹那は横島の手を振り
ほどこうとはしておらず、口を開いた。

「……頼りないんですね」

「はは、すまん」

「あなたを手伝ってお嬢さまにばれたんです。だからこの件に関してあなたは私を助けてください」

謝るよりもこんな言葉が出た。そういうことを言わせてしまう人だと思った。

「わ、分かった。任しとけ」

「スケベですね」

刹那がお尻の手の感触に気付かないわけもない。大事なところでこういうことをするから、自分の方が優位に立て
ていたのにつけ込まれてしまうのだ。

「す、すまん。どうもこの手が、手が勝手に動くのだ」

横島は男泣きに泣いたがスパッツ越しの刹那のお尻の感触はとてもよかった。

「お嬢さまにはしないで下さい」

「なに、じゃあ桜咲はいいのか?」

「よ、よくはありませんが、私のような性的魅力に欠けた人間でもこんなに簡単に誘惑されるなんて、女子寮でいて
余程たまってるんでしょう。あまりたまりすぎて、お嬢さまに手をだされても困るので、これぐらいは別に構いません」

言いながらも刹那は少し頬が上気していた。
きつい顔立ちで、こんなことに興味はなさそうなのに、そんな顔をされるといやが上にも性欲が刺激された。

「そうか……その、桜咲、もうちょっとしていいか?」

刹那は答えなかった。
それでも少し自分の心理は分かる気がした。

(そうか、自分はこの人に甘えていたのだな……)

少しだけそう思うと楽になる気がした。
刹那は目を閉じた。
横島は刹那と唇を合わせてきた。
でも刹那も横島も分かっていた。
これは愛ではないと。
横島は毎日のように中学生が周りにいる状況に我慢の限界が来ていたし、刹那はただ木乃香への不安を埋めた
いだけだった。だからこれはただの性欲のキスだ。二人は口を開けて少し舌を絡ませる。刹那の華奢な身体が、
びくんと震える。欲求のはけ口を求めただけのキスが気持ちよかった。唇がはなれる。横島は下半身が反応してし
まっていたし、そのことは刹那も気付いているはずだった。

「す、すまん。桜咲。許してくれ。こんな状況でダメだと分かってるんだが、その、いろいろたまることが多すぎてだな。
どうしても近付かれたり、抱き締めたりすると、抑えが効かなくてだな」

(ああ、でも、さっきまでなんだかとっても教師してる感じだったのに!)

「私もです。少しいろいろ我慢しすぎてたのかもしれません」

刹那は横島を抱き締めていた。そうすればどうなるか自分でも分かっていた。男女の関係などこんなものなのかと
思う。お互いそれほど愛があるわけでもないのに、ふとしたきっかけで、とんでもなく進んでしまう。

「その、もうはなれるか」

「は……はい」

刹那がそう言わなければきっと横島は最後までしてしまうだろう。そしてお互い後悔する気がした。だからもうやめ
ておくのがいい気がした。愛はないのだから。

「ホント私はにこんなところまで来てなにをしてるんでしょうね」

自嘲気味に言い、横島からはなれて初めて気付いたように刹那が寒さに震えた。
そうするとふわっと服が背中から掛かった。

「桜咲、風邪引くなよ」

横島のジージャンだった。

「はい」

刹那はジージャンの袖に腕を通した。ぶかぶかだが、あたたかかった。

「さて、宿でも探すか」

「今からあるでしょうか?」

公園の時計は1時を指していた。

「なければラブホテルという手もある。って、い、言っておくがもう手をだしたりせんぞ!」

すごく自信はなさそうにだが、横島は言った。

「はい。信用できないけど、します」

少しは元気が出たようで刹那は微笑んだ。






あとがき
先に言いますが、このあとお泊まりシーンはありません。
そして完オチキャラは刹那ではありません。
彼女は落ちるにしても木乃香の問題が先に立ってしまうので、
なかなか愛に発展しません。あと斬りつけたり、敵愾心は出なくなるけど、
甘える状態はこのまま改善されないかもです(マテ










[21643] 夜の帳の中の少女たち。
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/11/17 17:54

「契約に従い(ト・シュンボライオン) 我に従え(ディアーコネートー・モイ・ヘー) 氷の女王(クリュスタリネー・バシレ
イア)来れ(エピゲネーテートー) とこしえの(タイオーニオン) やみ(エレボス)!えいえんのひょうが(ハイオーニエ・
クリュスタレ)!!」

エヴァが自分の持つ中で最強の魔法を唱えた。
地下のボトルシップの中にある自身の別荘でのことであった。
ここは特殊な空間魔法を付与することで、実際の建造物をそのままボトルの中におさめることができる、いわゆる
異空間である。ボトルの中とはいえ南国リゾートのような造りで、エヴァはその中にある広大な海に向けて鬱憤を晴
らすように魔法をはなった。
横島との決闘で最後に打ち合った魔法であり、150フィート四方が絶対零度に近い氷に包まれた。
さらに詠唱がつづき、

「全ての(パーサイス) 命ある者に(ゾーサイス) 等しき死を(トン・イソン・タナトン)其は(ホス) 安らぎ也(アタラクシ
ア)“おわるせかい”(コズミケー・カタストロフェー)」

最後の言葉で、150フィートある氷が粉々に砕ける。
もし中に生物がいれば、どんな強靱なものでも生きること適わず、氷とともに砕く魔法。
いや、絶対零度近い温度で凍らせれば、その時点で大抵のものは死ぬ。
効果範囲がエヴァの魔力の大きさで化け物のごとく広く、呪文は長いが、最後まで唱えて生きていられたものは数
えるほどもいない。
ましてや正面から破れるものなどナギか、エヴァの知る中では、あと、もう1人ぐらいのものだ。

「くっ」

その顔を思い出して、苛立ちがこみ上げてくる。
あの夜の横島は強かった。とくに最後のあの砲撃は感動すら覚えた。
それに負けたことに自分は満足していた。もっとも横島にはまだまだ粗は目立つし、もう一度戦えば勝てるかもし
れない。だが、それでも負ける可能性も十分にあった。そういう対等な人間が自分の方を見て、真剣に決闘をし、
相手をしてくれたことが喜びだった。
だから刹那が逃げたことなど、本来は些細なことだった。

(それがなんだ)

エヴァは満たされない。
分かってくれる相手がいない吸血鬼などになったせいで、分かってくれる相手を見ると期待はどうしても大きくなっ
た。だが、肝心の相手は、いつも、うまくこちらになびかない。ナギの時となにも変わらない。なのにあの男はそれ
をエヴァ自身が悪いというような物言いだ。

(なぜ小娘を追わなかったかだと?私は悪の魔法使いだぞ。なぜそんな世話など焼かねばいかん)

エヴァは今度は怒りのまま魔法力だけで氷塊を出現させ、海に叩きつけた。大きな波が浜辺にかえってくる。ナギ
の呪縛も届かないこの箱庭の中でだけ、エヴァは好きに魔法が使えた。だがここから出れば、また、元の小娘の
戻る。明日菜や木乃香には勝てるが、もう刹那にすら勝てない。その刹那が今日の朝横島と帰ってきた。

エヴァは刹那を思い歯がみした。

(たった一日で帰ってくるなら!)

「最初から出て行くな!!!!!!」

またもや氷塊が出現して海に叩きつける。
正直言うと帰ってきた刹那が横島に対して少し気を許してる様子が気にくわなかった。あの位置は本来決闘の終
わった自分の位置だ。オマケに横島が自分の方になんのフォローもしてこなかったので、かなりエヴァは面白くな
かった。

「オウオウ、御主人荒レテルナ」

「うるさい!」

答えるエヴァの声が本気で苛立っていた。
声をかけたのは小さな茶々丸とどこか似ている人形で、チャチャゼロというエヴァがもっとも昔に、寂しさを紛らわ
そうと作った人形の従者だ。
付き合いが長いせいか、言葉遣いの悪い人形で、ふだんはエヴァの呪縛のせいで魔力供給が足りず、動くことは
できないが、このボトルシップに入ると、事情も変わる。その人形がてくてくと歩いてエヴァの後ろにきた。

「客ダゼ」

「誰だ?高畑か?」

カリカリと言う。

「違ウ違ウ」

「なら誰でもいい。追い返せ」

「イイノカヨ御主人。俺ハ初メテ見タガ、我ガ妹ハヨコシマトカ言ッテタゼ」

「なに?」

エヴァはふりむく。

「ケケ、ホラ、帰シタラダメダロ御主人。機嫌モ悪イミタイナンデ、外ノログハウスデマタシテルゼ」

「そ……そうか」

チャチャゼロに気取られないようにだがエヴァの頬が少し弛んだ。刹那の件の顛末を自分の方にはわざわざ訪ね
てきて説明しにきたのだと思う。そういう礼儀が分かっているなら自分とてそんなに怒るわけではない。エヴァはもう
横島を怒る理由よりも許す理由を考えだしていた。

「ついてこいチャチャゼロ。外へ出るぞ」

「オイオイ、ボケテルノカ御主人。コッチハ出ラレルノ24時間後ダゼ」

この別荘は外の時間で1時間を24時間として経験することができる特殊な空間だった。しかし、その代わりに、こ
こで24時間過ごさないと外に出られないという制約があるのだ。

「ダカラワザワザ我ガ妹ニ使イッ走リサセラレタンダ。我ガ妹ハ、自分ガ同席シナイト御主人ノフォローガデキナ
インダト。ヒョットシテ、アレガヨク嬉シソウニ話ス『アノ男』カ?」

「黙れ」

エヴァはチャチャゼロをきっと睨んだ。

「ケケ、刹那ッテノト仲ガイイミタイナノハドウナッタンダロウナ」

チャチャゼロは茶化すように言う。

「う・る・さ・い。それ以上一言でも余計なことを言うと壊すぞ」

本気で反応してエヴァはチャチャゼロを睨んだ。
そして、そのままこの別荘から出ることのできる魔法陣の上に立った。

「ふん」

すぐに、エヴァは鼻を一つならして消えた。

「ケケ、ナンカ、コウ、ドロドロッテナルト面白ソウダナ」

チャチャゼロが邪悪な笑みを浮かべるが、ふと思いだした。

「ア、チッ、『愛ノ偶像』見逃スジャネエカ。我ガ妹ヨ。チャント録ッテテクレヨ」

チャチャゼロは最近はまっている夜の10時からあるドロドロの恋愛ドラマを見逃したことに気付いた。我が妹はよ
く気が利くが、表情にこそ出ないが、なんだかテンパっていたので、完全に見逃した気がすごくした。



「ふう」

息をつくと地下からエヴァは上がった。刹那のことにカリカリするのはたしかに600年も生きているものとして少々
度量が小さすぎたかもしれない。今日の刹那の登校した様子を見るかぎり、木乃香とはどうやらなんの進展もなか
ったようだ。決闘の邪魔さえしなければ元から気にかけてはいたし、経過は知りたいところだ。

(烏族の小娘……見られるのが、知られるのが恐いか)

刹那の気持ちを正直いえば自分はよく分かってしまう。
だが面白くない。
自分が吸血鬼になりたてのころ、わけも分からず追い回され、追っ手を何人も殺めた。生きるためとはいえ、気分
のいいものではなく、こんなにしても自分が生きる意味があるのかと思ったこともある。それでも、あのときは自分
を悪だとすることで、精神だけは壊れずにいた。刹那も放っておけばそちらに染まったかもしれない。

(少なくとも私の一番苦しいときに横島はいなかったぞ。小娘)

刹那は自分が一番追い詰められたときに引き戻してくれる人間がいた。
なのにまだグズグズしている。エヴァから見ればそれは甘えているようにしか見えなかった。
人は自分が経験した物差しでしか人を測れない。エヴァもまた自分の経験から刹那を判断する。でも、横島にはそ
れを言えば、きっと厳しすぎるように見えるだろう。

(まあどうでもいいか。小娘に拘って、横島との関係を悪化させるのも割に合わん)

エヴァとて600年生きてきた経験がある。
多少は寛大な面を見せようかと思う。
呪縛から解放されれば反則気味に強くなり、吸血鬼ということで、孤立しやすいエヴァにとり隔意無く話せる人間は
貴重だ。そして文珠を見るかぎり呪縛の解放もどうやら真実であると見える横島と、刹那のせいで関係を悪化させ
るメリットはエヴァにはない。

(今回は私が大人になるか。刹那の件も『まあよかったな』ぐらいは言うか。そのあと、別荘もだが、倉庫に眠らせ
てあるレーベンスシュルトの方も見せてやれば、喜ぶか。いや、私は怒っていたのだ。あまり許せば、舐められるな。
まず一発なにかお見舞いして)

エヴァはいろいろ考えながら上がると、居間にはすでに横島がいた。

「なんの用だ」

横島は茶々丸と話していたようだが、こちらを見てきた。
エヴァは一応横柄に言い、まず不機嫌を装うことにした。

「おっ、エヴァちゃん」

「ちゃん付けをするな。茶々丸。あまりその男に近付くな。アホがうつる」

「マスター」

茶々丸はまた思ってもないことを言う。
という感じで見てくるが、表情には出なかった。

「はは、エヴァちゃん。いい知らせを持ってきてやったぞ」

横島はエヴァの悪態を挨拶程度に受け止めて聞き流すと、なにか自慢げに言った。

「ふん、どうせハーフの小娘の件だろう。別に経緯など興味はないぞ」

多少興味はあったが、本当にあまり聞きたくもない気がした。
エヴァはとりあえずソファーに座り、ふんぞり返って足を組んだ。

「え、桜咲?」

「どうした?それできたのだろう?」

「は、はは、桜咲の件な!ま、ままあそれはいいんだけどな!」

横島は結局あのあと深夜の一時から見つかる宿など無く、ラブホテルというものを人生で初めて利用することにな
り、刹那の裸がもろ見えになる透けガラス仕様のお風呂になってたり、当然のようにベッドが一つしかなくて、刹那
は寝たのに自分は意識して一睡もできなかったことを思い出す。

(って、いかん、いかんぞ。生徒にこれ以上はいかん!というか弱みにつけ込むようなやり方はダメだ!)

(どうせ、アホなことでも考えてるのだろうな)

急に1人身もだえだした横島に、エヴァも少しは見慣れたのか、茶々丸を見た。

「おい、このアホに、ミルクでもだしてやれ」

ワインでもと思ったが、女子寮に住んでることを思いだし、エヴァは気遣ってやった。

「了解しましたマスター」

茶々丸はそれほどエヴァが怒ってないと見て、少し安心してキッチンへと引っ込んだ。

「で、横島。ハーフの小娘でないならなんの用だ」

「そもそも俺は無い乳は守備範囲外だったはずだ!そうだ!最近なにかがおかしっ!?」

ゴスッとエヴァは横島の頭を踏みつけた。

「いい加減にしろ。な?」

「お、おう。そうだった」

ようやく回帰して横島はエヴァを見た。

「で、なんの用だアホ。用がないなら帰れ」

エヴァはなんとなくこんなやつがきただけで、少しでも喜んだ自分を恥じた。

「エヴァちゃん。俺の言葉を聞けば、そんなぞんざいな言動はできんぞ」

なにか余程いい知らせなのか横島はほくそ笑んだ。
ぐふふと笑いエヴァは、こいつもうちょっと格好良く笑えないのかと、その気持ちの悪い笑みを見て思う。

「おい、アホ。もったいぶるな。どうせ女性教師のパンツの色とか抜かすのだろう」

「そう、今日のしずな先生はなんと赤を履いていたのだ!あの乳であんな物つけるのがあれほど恐ろしい破壊力と
は誰が想像したであろうか!?」

「本当にそれが用事か。な?」

エヴァが横島の頭を二度踏んだ。

「い、いえ、違いまぶっ。」横島は体勢を立て直した。「な、ナギの件だ」

「……ナギ?」

エヴァは思っても見なかった言葉に目を瞬いた。

「ナギがどうしたのだ?」

「よかったなエヴァちゃん。どうやらナギは生きてるらしいぞ」

「は?」

エヴァはさらに思ってもない言葉に口をぽかんと開けた。

「じょ……じょ……冗談はよせ。やつは死んだと」

かなりエヴァは動揺した。
急にナギとの思い出が走馬燈のように蘇ってきた。
横島と同じぐらい、あるいはそれ以上にバカな行動をよくする男。人が危ない目に遭っていると自分よりもそちらを
優先させる。そんなやつだった。それが吸血鬼でも関係なかった。ナギと出会った当時の自分は、いい加減吸血
鬼というだけで追われることにも疲れていた。もう死んでもいいとすら思っていた。なのに、そんなところを助けて、
こんなところに閉じ込め、保護したお人好し。その顔が浮かんだ。

(ナギ……)

「こんな冗談言ったらエヴァちゃんに殺されるだろ。本当だ。情報源はネギ君だしな」

「ネギ、貴様、ネギと連絡が取れるのか?」

「いや、それは無理だ。でも、ネギ君の保護をしてるジークって男から聞いたんだ。ジークはネギ君から直接その話
を聞いたということだ。そのジークがネギ君の記憶も調べたが思い違いってわけではないらしい」

「しかし、死んだと誰もが言っていることだぞ?」

「それなんだが、よくは分からんが、多分、死を偽装してるんじゃないか?なんせナギは有名なやつらしいし、そうい
うのもあり得ると思うぞ。俺も昔、魔族に狙われてて、身を隠してた人を知ってる」

「な、なら、なぜ私の呪縛を解きにこない?」

エヴァは立ち上がり、辛うじて声を荒げることはとどめた。
茶々丸はちょうどホットミルクを持ってきて、横島の前に置いた。

「おう、サンキュー」

茶々丸も声が聞こえていたのか、迂闊に口は挟まず黙っていた。

「横島、答えろ。なぜやつはここにこない!やつは約束した。ここでちゃんと学生生活をおくれば卒業後に呪縛を解
くと。私はそれを信じていたのだ。なのにやつは来なかった」

「まあ、もしナギが俺の知ってる人と同じく、魔族にでも狙われてるなら、そんな状態では迎えにこれんだろ。俺の知
ってる人なんて娘にも死んだってことにしてたぞ」

「しかし……約束は約束だ。だいいち貴様の言葉は全て憶測ではないか」

「まあそうだな。でも俺はジークから、そのナギを探すように依頼を受けた。これは学園長からも言われたことだ。
どうも2人ともナギは生きてると思ってるようだ」

「じじいまでが?あの、じじい、私には死んだと言っていたぞ。いや、違うのか。じじいはたしか行方不明と言ってて、
そのときは下手な言い逃れと思って、と、とにかく、ではアレは本当に死んだわけではないのか?」

「多分」

横島は若干自信をなくして言う。
さすがに今現在生きてる確証があるわけではなかった。

「たしかな情報か?」

「少なくともネギ君は世間でナギが死んだって言われたあとにも、ナギを見たらしいし、その記憶はたしかなものみ
たいだ」

「そうか……」

エヴァのナギが死んだものと思ったから諦めていた想いが、急速に引き戻されていく。
そうするとエヴァの表情がどうしてもほころぶ。

「くく、はははは!そうかやつが生きてるか!そうか、ナギが!」

思わず高笑いが出た。エヴァが15年も思い続けてきた相手であり、それとの繋がりを求めて、ネギとも会いたいと
切望してきたのだ。簡単に消せるほど軽い思いではなかった。あのとき、崖から落ちかけたとき、ナギが助けてくれ
たのだ。人間にあんなに優しくされたのは初めてで、普通に喋ってくれたのも初めてだった。

(そうかナギ。私はまたお前と会えるのか)

「なんだエヴァちゃん。えらく嬉しそうだな。ナギが好きなのか?」

「なっ、バカが!そういうのではない!」

「そうか。まあ、よかったなエヴァちゃん。そんなに喜ぶとは知らせにきた甲斐があったぞ。これで俺はもう用済みだ
な」

横島は茶々丸がだしてくれたミルクを飲んで立ち上がった。

「え?」

エヴァは虚を突かれたような顔をした。

「どうした?」

「い、いや、そうだな。ナギが生きてるなら、お前はもういらんな」

「そうそう。いやあ、これで面倒が一つ減って助かる」

「なっ。いや、でも、ナギがたとえ生きててもここに来るとは限らんぞ」

「そのときは好きなだけ待って、飽きたら学園長に言えば、俺が元の場所に帰っても呪縛を解くぐらいは解きにくる
ぞ」

「し、しかし、貴様が来るという保証はまたないではないか」

「じゃあ1年後俺が帰るときについでに解くぐらいはする。そういう約束だしな」

「そ……そうだ。それで当然だ」

(なんだ?なにか違う気がするのだが?)

エヴァはうまく言えず、困った。ナギが生きている。それは嬉しい。でも、横島のこの言葉は面白くない。漠然と言え
ば、ナギにしろ横島にしろ、こっちをちゃんと見ていない。そんな気がする。

(なんだ?私はどうしてほしいのだ?)

横島が言うとおりで、なにもおかしい点はない。なのになにかが違う。呪縛を解く。それでいいのに。

(呪縛を解いて……、そうだ。そのあと、どうするのだ?またアホな人間どもに追い回されるのか?)

「おいおい、エヴァちゃん。そんな顔するな」

ぽんっと横島がエヴァの頭に手を置いた。

「な、なんだ。頭にいちいち手を置くな!」

「こっちでの吸血鬼の扱いは刹那ちゃんを見ればなんとなく分かる。呪縛が解けてもナギがいなくて行くところがな
いんなら、俺について来ていいから」

「へっ……?べ、別にそんなことは言ってないだろう」

なのにエヴァの胸は妙にその一言で落ち着いた。
そうだ。自分はずっとナギにも、こう言ってほしかったのだと思う。

「なんだ。いやなのか?」

「い、いや、いやではないが……お前が迷惑だろう」

「全然良いぞ。なんなら茶々丸ちゃんも一緒に来ていいぞ」

横島がにかっと笑う。

(くっ、さっきは気色の悪い笑い方をしたくせに、こんなふうに笑うとは)

「そうか……まあ、そ、それなら、貴様はナギが見つからなかったときの保険に考えといてやらんでもない」

言いながらエヴァは自分の顔がバカみたいに赤面していくのが分かる。嬉しい。手の先まで赤くなり、心臓が信じら
れないほど早鐘を打ちだす。

「そのわりに、なんか捨てられたネコみたいな顔してたぞ」

「ふ、な、なにを言ってるのだ貴様。私は……私は『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』とまで呼ばれた吸血鬼だぞ。
そんな子供のような顔をするものか」

「じゃあまあ別にいいんだが。そんじゃあ俺は知らせること知らせたし、帰るぞ」

横島は玄関に歩きだした。

「い、いや、まて、横島。その、夕飯でも食べていってもいいぞ」

エヴァは慌てて止めた。

「は?もう10時すぎてるぞ?」

「そ、そうか。では、そうだ。み、見せたいと思ってたものがあるのだ」

「悪いな。なぜか明日菜ちゃんの機嫌が最高に悪いんだ。今日は早く帰らんと。また見に来るから」

「そ……そうか。いや、別に急ぐ用事ではないのだ」

エヴァはひどくドギマギした。

「そうか。じゃあ、もう遅いしエヴァちゃん早く寝ろよ」

「わ、わかってる。貴様も早く帰れ」

「じゃあ茶々丸ちゃんも。お休み」

「はい。横島先生、有益な情報ありがとうございます」

茶々丸が頭を下げ、横島は玄関を出た。



「……茶々丸」

「はい」

「私はそんなに子供か?」

「?」

茶々丸にしては珍しくエヴァの意図を掴みあぐねた。

「私は……どうしてあと10年してから吸血鬼にならなかったのだろうな」

エヴァは少し寂しげに言う。小さすぎる身長、小さすぎる胸、小さすぎる全て。自分が幼いから、こんな身体だから、
ナギは見向きもしてくれなかった。横島もきっとそうだろう。あれほどのスケベな男なら、こんな情報を持ってくれば、
多少の見返りは要求するはずが、それがない。まるで大人が小さい子供に接するようだ。

「ナギの時も思ったが、またこんなことを思わねばならんとは思わなかった」

「マスター」

茶々丸はその言葉に答える言葉を持たなかった。

「横島……」

(胸が痛む……。ああ、そうだ。この感覚を私は知っている)

でもその感覚が不幸の始まりだともエヴァは知っていた。

(気に食わん)

エヴァは、そう、知っていた。






「お帰り、横島先生」

横島が寮に帰ると、部屋では木乃香が起きていた。明日菜の方は、まだそれほど遅いわけではないのだが、テー
ブルに突っ伏して寝てしまっていた。エヴァとの経緯は2人に話し、そのあとでエヴァの家には行ったし、自分がこ
れからナギという人物を探すことも話した。明日菜にはそれについて来る意志があるようにも見られた。

「ただいま。なんだ。明日菜ちゃん変な場所で寝てるな」

だが、あらかたの事情は話しても刹那の件は黙っていたし、明日菜はかなりご立腹だった。そもそもエヴァとの決
闘の途中で蚊帳の外になってしまったのが、一番の不満なようだ。でも、これを責めると木乃香を責めることになる
ので、必然的に横島へは理に合わない怒りが倍増していた。

「はは、横島さんが帰ってくるまで起きてるつもりやったみたいやけど、明日菜にこの時間はきついみたいやえ」

木乃香がポリポリ頬を掻いた。

「なんか木乃香ちゃんも今回は、悪かったな」

この寮で先程も謝ったが、横島はもう一度頭を下げた。そもそも木乃香に今回のエヴァの件を黙っていたのが、一
番悪かった。木乃香に事情さえ言っていれば刹那が麻帆良から逃げだすこともなかったはずである。まあそれでも、
刹那の件は、いずれ表面に出ていたのだろうが。

「いいんよ。うちの方こそ引っかき回したみたいでごめんやえ」

木乃香が頭を下げた。いつでも人より一歩引く慎みのある少女であった。自分がそれで損をしても他の人が笑って
いられる方が木乃香にはよかった。

「いや、そんなことはないんだが」

横島はあまりに素直すぎる木乃香に動揺した。

「それでな、横島先生」

と、木乃香が少し真面目な顔をした。

「うん?」

「うちな。いろいろ考えてみたんやけど、仮契約やめとくことにしたんよ」

明日菜から聞いてから、本当にだいぶ考えたのか木乃香は真っ直ぐ横島を見ていた。

「そ、そうか……」

横島は急に言われた気がして、少々驚くが、元からカモ以外はそこまで仮契約に拘るものはいない。木乃香がしな
いというなら横島が無理強いすることではなかった。

「うちな。明日菜がしたって聞いて最初はそれならうちもしたいなって思うてん。でも横島さんのナギっていう人を探
すのは大変な事みたいやし、うちやと足手まといやろうし。それに……ついていく覚悟もうちにはないし」

明日菜と違い、過去の記憶の引っかかりなどない、木乃香には、横島と一緒に居たいと思う気持ちが薄いようだ。

「覚悟って、まあ木乃香ちゃんが決めたならそれでいいんだが、俺に着いてこなくても仮契約はしてもいいぞ」

横島は木乃香の真面目すぎる雰囲気に水を差すように言う。
少し木乃香が勘違いしている気がしていた。カモの話しでは仮契約とはそこまで重いものではないはずだ。だから
横島も少し魔法気分を味わってみたいぐらいの気でしても、別にいいのだと考えていた。

「そうなん?」

木乃香は以外だったようで目を瞬いた。

「い、いや、俺は別に木乃香ちゃんとキスしたいわけじゃないぞ!でも、木乃香ちゃんが魔法とか使ってみたいんな
ら、構わんというだけだからな!」

横島は慌てて補足しておいた。

「ふうん、そうなんや……。でも、うちはやっぱりええよ」

木乃香はそれでもやはり仮契約は横島とキスはすることになり、2人の仲が進展してしまうことに怖さがあった。明
日菜は横島と木乃香が仮契約をしても良いと言ったが、本当に明日菜はいいのか。それもよく分からなかった。正
直、明日菜らしくもなく横島に対して拗ねてるようにも見えるから余計だ。

(うちの方が拗ねてたはずやのに、なんや、いつの間にか明日菜と交代してるしな。でも明日菜。うちはよくても、あ
んまりグズグズしてると、他の人に取られてしまうえ)

できれば明日菜には誰かが本気で横島にアタックしだす前に、覚悟が決まってほしいと思った。そうすれば同じ部
屋同士、いくらでもチャンスはあるのにと思う。

「そ、そうか、まあそりゃそうだな」

(ざ、残念とか思ってない!思ってないったら思ってない!ああ、絶対に木乃香ちゃんに『お前となんかキスできる
か!』とか思われた!いや、それでいいんだが!悲しいじゃないか!)

木乃香の考え事など知らず、仮契約を断られて地味に傷付く横島だった。

「ところで横島さん。やっぱりせっちゃんの事秘密?」

木乃香がこちらの方が気遣わしげに尋ねた。

「あ、ああ、悪いな木乃香ちゃん。その……、しばらく桜咲はそっとしてやってくれないか。いろいろと思うことがある
みたいでな。今は触れられたくないみたいだ」

「じゃあせめて、昨日おれへんようになった理由は言われへん?」

木乃香はこれには感情が表に出ていた。以前、生徒指導室で真名の言った『エヴァの件の事後処理』という理由
は欠片も信じてないようだ。

「それを言うとほとんど全部言うことになるしな」

「そう……。せっちゃんが悩んでるなら、うちも相談に乗りたいな」

その木乃香のことで悩んでるとは横島も言えなかった。

「ま、まあでも、落ち着いたら桜咲から木乃香ちゃんにも相談すると思うぞ」

「うちはあかんよ。横島先生とちごて、せっちゃんに嫌われてるし。横島先生やとせっちゃん普通に話すから。でも
横島先生やと女の子の相談事とか細かいことわからんかもしれんし、だから、そういうので分からんだらうちに聞い
てくれてええんよ。横島先生からうちって言わんと伝えてくれたらええし」

「ああ、いや……」

刹那が木乃香を嫌うなどとんでもないことだ。

「うちはあかんな。それぐらいしか思いつかへんねん」

木乃香が横島に笑う。笑う心境ではないのだろうに笑う。本当に良い子だ。できれば木乃香と刹那が傷付かないよ
うにちゃんとしてやりたいと横島は思った。






「真名」

そのころ、刹那は部屋の電気を落として、しばらく黙っていたが二段ベッドの下で寝る真名に声をかけた。

「なんだ?」

「その……。昨日は迷惑をかけたようで、すまない」

「別にいい。一日無駄に走り回された分は、明日の昼食を奢れば許すことにするよ」

真名はどこか淡々としていた。そのわりにあの朝から横島が電話する深夜まで、自分を探し回っていてくれたとい
うのだから、刹那が思っていた以上に、情のある少女であった。

「ああ、それぐらいは奢る。あとでちゃんと1日分の労働分を請求してもいいぞ」

刹那は律儀に言った。
あまり友達付き合いがよく分かっていないようだ。

「契約したわけではないし、私が勝手にしたことだ。そのつもりはない」

お金には細かい少女のはずだが、やはり、心配してくれていたのだろうかと思う。

「そうか……」

しばらく会話がやんで、また刹那から口を開いた。

「なあ真名」

「うん?」

「お前は……なぜ私が逃げたのか、聞かないんだな」

刹那は気遣わしげに聞いた。
真名は刹那が今朝帰ってきてから、理由を聞くでもなく、まったくいつもと同じであった。

「他人の事情には興味がないからね。戻ったのならそれでいい」

「そうか……。そうだな」

そのあとまた少し会話がやんだ。



(寝たか……)

真名は刹那が寝たと思い自分も寝ようと思う。そして、このときまで、真名はとくに横島に興味があったわけではな
かった。そもそもとある事情から、他人と親しくならないように気をつけていた。
でもまた刹那が口を開いた。
刹那にしては珍しく、どうやらかなり色々あって聞いてほしい気分のようだ。

「真名、もう少し話してもいいか?」

「ああ、別に構わん」

(仕方ないか)

人と深く関わることを避けたい真名だったが、事情をある程度は聞いていたし、今日ばかりは仕方がないかと思っ
た。

「その……。横島先生に聞いたことで、私は誰のことか、よく知らないんだが……ある人が」

刹那は言葉を句切った。
どうも言いにくい類のことのようで、真名は黙って次の言葉を待った。でも、言えないなら、このまま寝ても問題はな
い。その辺は割り切っていた。でも刹那はやはり口を開いた。

「ある人が魔族の女と恋をしたそうだ」

刹那はある物語を語るように、口からこぼれたように言った。

「魔族と?」

ぴくりと真名が反応した。

「ああ、といっても、もうその魔族は死んだそうだが……」

「死んだのか?」

「ああ。あ、いや、すまない。妙な話だな。お前でも魔族と人の恋なんて聞くと、よく思わないのだろうけど、その人
はそのことを話すとき、悲しそうだけど、幸せそうでもあったそうだ。その、よければだが、真名はこの話しどう思う
か聞かせてくれないか?」

それは刹那なりに自分の痛みを他人に聞いた言葉だった。
だからかなり省略したし、間違っても誰のことかは分からないようにしていた。
そう、横島自身の話を刹那は横島であることは隠して言う。
きっと不思議なことの多い麻帆良学園でも、この話を聞いて、それが誰のことであるか気付くものはいないだろう。
たとえエヴァや学園長でも気付かずにどこかの誰かの物語と思ったはずだし、少なくとも完全に誰であるか確信は
しないだろう。
だから刹那も口からこぼれた。
この麻帆良中で唯一この話をしてはいけない人に。

「そうだな……」

真名にしては間が開いてしまう。

「そう……たとえ魔族と恋をしても、相手が死んでも、残されたものが幸せだったと思うならそれでいいことだ」

「そうか……。意外とそんなものなのかもな」

刹那は真名から予想していたよりもいい答えが聞けて、安心したように答えた。
そうして一言今の話しは聞かなかったことにしてくれと言い、お休みの言葉とともに静かになる。
だが、真名は刹那の寝息が聞こえてから息をついた。

(横島先生か……いやなことを思いださせてくれるな)

あの人は死んだ。魔族の女は自分ではない。それは分かり切っている。なのに動揺していた。

(これほど似ていると、否が応でも気付いてしまうな)

夜は更けていく。
さまざまな少女たちが、想いを交錯させながら……。






あとがき
今回はちょっといろいろな人物を書いた回でした。
横島とのフラグが立ちまくりですが、どの子がどこまで行くかはまだよく考えてません。
でも、フラグが立ってもすんなり行く子はあまりいません(いないわけではないんですけどね)。
そして横島の場合みんなで愛し合おうという感じにはなりません。
でも女性は一人ではなく、ハーレムになる予定です(マテ
でもドロドロするのはなあとも思うので、この辺の兼ね合いがむずいです。

あと一話を挟んで修学旅行です。
なので次話で完オチキャラをハッキリさせますー。












[21643] Like&Love
Name: かいと◆c175b9c0 ID:b001625e
Date: 2010/11/17 18:18
「もう知りません!出てけ!」

「いや、明日菜ちゃん。ちょっとは話しを!」

「あ、明日菜。もうその辺にしといたら」

「そうだぜ姐さん。旦那が学校で女に抱きつくのはいつもの事じゃねえか」

「2人ともうるさい!」

明日菜が一括して、横島が明日菜たちの部屋を追いだされた。

(ああ、またやっちゃった)

横島が刹那を連れ戻してから数日が経ち、もうすぐ修学旅行である。
なのに、明日菜と横島はギクシャクして仲直りできていなかった。横島としては女が不機嫌だと自分が悪くなくても謝るのだが、最近の明日菜はそれを聞いてくれない。とうの明日菜も自分も理不尽に責めすぎだと思っていたので、いい加減仲直りしたいのだが、横島に肝心なところでタイミングを外されたりして、なかなか素直になれないうちに時間だけが経過していた。

(そりゃまあ、いつまでも言い過ぎだとは思うけど、長瀬さんとの修行にはなんでか桜咲さんも加わるし、2人で話せる時間もないし、最近、横島さんに着いていきたくても着いていけなくなってるし。桜咲さんも木乃香のことどう思ってるのか分からないし)

明日菜はかなりここのところ怒ることが多かった。
こんなことをいつまでもつづけていたら横島との縁も切りかねないとは危惧していた。でも楓の修行に横島が付き合うのはいいとしても、刹那が加わると自分の入る余地がないのだ。大体、横島は楓の修行に付き合うのも乗り気じゃなかった。横島はそもそも修行が嫌いなのだ。それをどうも誘っているのが刹那のようなのだ。

(横島さんが、なにを桜咲さんに言ったのか知らないけど、『強くなればいい』と言ったのはあなたです。とか、言って横島さん困ってるのに、ちょっと強引なのよね。だからって、木乃香は桜咲さんと仲良くしたいようだし、そうなると桜咲さんに私は強く言いにくいし。というか、桜咲さんってちょっと言うだけで、すごく気にしそうな雰囲気あるしな。楓さんもしばらく大目に見てあげてほしいとか言うし)

そのせいで、明日菜は負担というか割が全て自分に寄っかかっている気がした。

(とにかく横島さんが全部悪い。うん。そうよ。そうなのよ。だいたい、桜咲さんとなんでそんなに急に仲がいいのか、事情もなにも言わずにいるのが悪いのよ。決めた。一度思いっきり文句を言ってスッキリしよう。追いだしてもどうせその辺で時間潰してまた帰ってくるでしょうし)

この辺、相手が刹那と違い、横島は気楽である。少々明日菜が八つ当たり気味に怒ってもしばらくしたら向こうから謝ってきて、それでうやむやになる。

(あ、でも、今ならお風呂か)

明日菜が時計を見ると時間的に生徒の時間が終わり、横島が入っているころだった。横島なら、自分が怒ってもあまり気にせず、今頃お風呂に入っている気がした。そうすると、明日菜はふいに仮契約の日のことを思い出した。

(う、ううん。ダメダメ私は高畑先生一筋だし、横島さんとは仮契約でキスしただけだし)

そう思う明日菜だが、考えるとあの日のキスの感触や気持ちよさが脳裏にまざまざと浮かんでくる。横島に対して、訳のわからない怒りを爆発させるせいで、こんなことまで考えてしまう気がした。

(でも、最近、横島さんはあっちの方たまってるみたいだしな。なんだか、このまま繋がりが薄れてくのもいやだし)

明日菜が一番危惧していることは突き詰めればそれだった。横島が他の子に関わるために、自分と横島との関係が希薄になりかけている。同じ部屋には住んでいるが、それが当たり前のようになっているし、同じ部屋でいることより、重要なことがある気がした。それがどうも欠けているようで、その点でなにか刹那に負けている気がして、それも苛立ちが溜まる元になってる。

(横島さんと縁は切れたくない)

横島といると自分の記憶のなにかに触れそうな気がする。
それはなにか重要な気がする。それを失いたくない。

(うん。好きとかじゃない。でも、横島さんとは繋がっていたい。それにあそこでなら誰にも邪魔されずに横島さんと話せるし)

明日菜は思うと、立ち上がった。

「どうしたん?」

「う、うん。木乃香。ちょっと、出てくる」

言うと明日菜が慌てたように言い置いて、部屋を出て行った。

「姐さんバレバレだな」

カモは面白そうにして、木乃香も苦笑した。






(ううむ。女の子と同居も煩悩的には嬉しいが、なかなか難しいな)

そうは言いながらも本気で出て行く気のない横島は頭にタオルを乗せ、女子風呂に浸かっていた。明日菜のことだから、お風呂から出るころには多少頭が冷えて、謝れば許してくれるだろう。

(しかしな。最近明日菜ちゃんに怒られるせいで、葛葉先生とかにセクハラもしにくいんだよな。まあそれ以前にむこうでいたときほど、やっぱりセクハラに寛容じゃないんだよな)

最近の横島は明日菜の思うように溜まり気味だった。好意的な生徒のスキンシップも横島には頭痛の種である。夕映や亜子といった生徒は好意的でもストライクゾーンから外れているから我慢が利くが、レッドラインを完全に越えているあやかやハルナに近付かれるとどうしても飛びかかりたくなるのだ。

(雪広と早乙女はどっちももうほとんど大人の身体。あの身体でそばに来られると、いろいろとまずいのだ。ナニが反応せんようにどれほどの忍耐力がいるか、あの二人は分かっているのか!)

きっとハルナは分かってる。でも、あやかは完全に横島を正義のヒーローと認識しており、これが余計にタチが悪い。ああいう純粋な目で見られると自分の邪な部分が激しく倫理感とぶつかり、最近はぶっ倒れることもあった。

(ああ、夢の園に来たというのに!毎日毎日、悶々とばかりやってられるか!美神さんのように触っても警察にだけは言わんでくれる安全な乳はここにはないのか!!!)

むこうでは美神や小竜姫、エミや冥子など、触ったあとの逆襲は恐いが、警察にだけは知らせない人達がいた。でもここではダメだ。こないだもしずな先生ににっこり笑顔で『これ以上、指一本でも触れたら、それなりの対応をしますよ』と脅された。あれは多分本気だった。
唯一、葛葉は刀所持で対応してくるので大丈夫だが、それ以外はあまり強引なのは横島ですら封じざる得ないのだ。そしてそれも明日菜が怒るので、自重気味だ。まあ結局自重しきれなくて明日菜が怒るのだが。

(だからって好意的にしてくれてる生徒に襲いかかるわけにはにもいかんし。ああ、辛い。というか、やばい。俺という人間がいつまでもこんな状況で耐えられるとは思えん。そのうち明日菜ちゃんにでも襲いかかったら洒落にもならん。マジで一年間監獄で犯罪者と交流を深めることになったらどうする。そうだ!こうなったらもう封じてきた『恋』の文珠を使うか!?いや、ダメだ!それだけは人間としてしちゃいけないんだ!)

「こらっ」

そこに声が掛かり横島はハッとして振り向いた。

「あ、明日菜ちゃん!?」

横島は驚く。いつの間に入ってきたのか、考えに浸って気付かなかったのか、ツインテールの髪を下ろし、タオルをしっかり巻いた明日菜が横島の後ろで屈んでこっちを見ていた。

「大声で危ない発言しないでください。誰が誰を襲うんです?」

明日菜が横島を見た。タオルの下から太股の間がのぞけそうになり、横島は必死に自重した。

(見ちゃいけない!見ちゃけない!見たいけど見ちゃいかんのだ!!!!)

「い、いや、今のは言葉のあやだ!死んでもそんな強引なことはせん!というかそもそも生徒にはなにもせん!」

「それはまあ信用してますけど。でも、相変わらず本当にスケベな人ですね」

明日菜は表情は変えずにいた。
でも少し頬が赤い。

「は、はは、というか、なぜここに!?」

「外だと寒いんで、横、いいですか?」

「え、お、おお」

そして横島の横に明日菜はタオルを巻いたまま浸かった。

「す、すまん。すぐ出る!」

なぜか、妙に慌ててしまい横島が慌てて立ち上がろうとして明日菜に止められた。

「いいですよ。私、この時間に先生が入ってるのは知ってましたし」

明日菜はなにを考えているのかいつもの調子で、それほど恥ずかしそうでもなかった。

「ほ、本当に?」

「ええ」

「じゃあなんでだ。ま、まさか、明日菜ちゃん襲ってもいいのか!?いや、いかん!明日菜ちゃん。それはいかん!ああ、でも、すごくそれなら嬉しいと思う自分がいる!!」

横島は血の涙を流した。

「そんなわけないでしょ」

明日菜は余裕で返した。横島がこういうことを言ってるうちは意外とまだ安全なのだ。この男はアホなことをいわなくなってからの方が恐い。それでもここにいる。横島は男だ。ここにくる意味を知らないほど子供でもない。それなりに分かってきている。高畑が好きなことに代わりはないはずなのに、矛盾した心理として横島といたい思いがある。明日菜はそれを記憶を呼び覚ますことに必要だからと思っていた。

「うっ、やっぱり。ではなぜ?」

「本当は思いっきり怒るつもりだったんですけどね。なんか横島さんのアホな叫びを聞いてるとバカらしくなっちゃいました」

怒るといっても八つ当たりである。エヴァのことで外されたこと、刹那のことでなにも横島が言わないこと、そして木乃香への接し方。でも、2人になるとそんなことをするのも躊躇われた。

「は、はは、冗談だ。冗談」

「冗談ね。気付いてないんですね。横島さんって、授業中でも変なことを口走ってますよ。那波さん見て、全身から血を噴きだすこともあるし、他にもあれこれたくさん際どいことがあります。あれは相当たまってるでしょ」

明日菜は横島を若干蔑むように見た。

「い、いや、あれはだな。男として仕方ないというかなんというか。そもそも那波は中学生という言葉の意味を履き違えてると思うぞ。もう20歳ぐらいってことにしてもいいんじゃないか?」

「そんなこと言うから那波さんに嫌われるんです。それに今はまだ他の人達は冗談ぐらいに受け止めてます。でも、もうそろそろ、面白い教師から変態教師に代わりそうですよ」

「うっ」

横島は言われてたらりと汗をかく。
でも、それこそが横島の本来の姿である。
というか今の3-Aでの評価が異常なのだ。それもハーバード卒や生徒が轢かれそうなのを命がけで守ったなどの噂による部分が大きい。しかし、これもあまりバカをつづければどこまで効力を発揮できるか分からない。それにしずなの対応一つにしても、その場合の見返りが向こうのように冗談ですまない場合もあった。

「しかし、那波や長瀬や龍宮、それに雪広とか、もうほんとにあいつら洒落にならんのだ。あれらにセクハラを一切してないだけでも俺は死ぬほど頑張ってるんだ」

これは元の横島を知るものなら誰もが納得する言葉だ。
でもこの世界では通用しない。それは横島も分かっている。
だから自重するのだが、それも限界があって果てには倒れるまで行ってしまうのだ。

「まあ、私は横島さんがいいところも知ってます。それと比べものにならないぐらいスケベなのも」

「は、はは。明日菜ちゃんは優しいな」

「そうでもないですよ。怒ってばかりだし」

明日菜は自分の心が分からない。だから自分がどうしてこんな場所にきて、こういうことを言うのか、自分でもよく分からない。

「うむ。まあたしかにここ最近の明日菜ちゃんは恐かった」

「あの、それで、もうそろそろ、私、横島さんと仲直りしたいんです」

「もう怒ってないのか?」

「ええ、だから、まあ、その、仲直りっていうより、あの、横島さんはあっちが溜まってるみたいだし、えっと、まあ、あの、横島さんがスケベだからってだけで、クラスで批難されるのも忍びなく思うんですよね」

明日菜はこちらを見た。少し頬が染まっていた。

「あ、明日菜ちゃん?」

なにかそこに桃色めいた雰囲気を感じて横島はびくついた。

「横島さん。その、そんなに溜まってるんなら、久しぶりに私とキスしてみます?」

明日菜の顔が今度こそ赤くなり、横島はゴクリと息を呑んだ。

「い、いや、しかし」

(お、美味しい。どうしたんだ最近の俺!?刹那ちゃんといい、なにかが違うぞ!)

なにが違うといって、一番の違いは、むこうと違い、突っ込み役がいないのだ。こういうことが洒落にならなくなってくると以前は絶対に邪魔が入った。でもここではそれが以前ほどひどくない。それが悪く出る場合もあれば、逆に突き抜ける場合もあった。

「い、いやですか?」

「全然、全然。というかいいのか?たしか高畑先生が好きなんじゃ……。いや、どこがいいのか理解はできんが」

ここでキスしたいなら他の男の名前など出すべきではない。案の定明日菜は言われて、少し悩む。でも明日菜もここまできて気分が高まっていた。今更、なにもせずに出て行くのはいやだった。

「そ、そうですね。でも、横島さん見てるとなんだか心配で。その、あまりバカなことをしないで下さい。横島さんが妙なことで麻帆良から出ていくことになったら、私の記憶の手がかりもないんですから」

「す、すまん」

「どうします?そんなふうに言うんなら、私は生徒だし我慢しますか?」

「いや、それは……」

明日菜は横島に寄り添う。

「明日菜ちゃん。す、すまんもう我慢できん」

久しぶりにお互いの肌を感じた。

「そうでしょうね。でも横島さんって私が誘ってるの気付いてます?」

「き、気付いてる」

自然と唇が重なる。よく見ると明日菜は緊張しているのか軽く震えていた。横島は明日菜を抱き締めないと壊れそうな気がした。唇が開き舌を差し込む。

(横島さん。やっぱり、仮契約じゃなくても気持ち良い)

明日菜が積極的で、まだつたないくせに舌を動かし、横島が受け身になる。しばらく淫靡な音がお風呂場で響き、息が苦しくなって少しはなれた。横島の方が明日菜の強引さに戸惑うような顔になった。

(わ、分からん。中学生というものが俺にはよく分からん。なんだ?明日菜ちゃんは俺が好きではないんだよな?)

横島には理解しかねた。明日菜自身わからないのだから鈍感な横島が気付くべくもなかった。

「その、横島さん。キスまでにしましょう。それなら、またしてもいいですから」

「明日菜ちゃん。どうしたんだ?本当にこんなことまたしてもいいのか?高畑先生はどうするのだ?」

「はい……。ひゃんっ」横島の手がタオルの影に潜った。言動と行動が一致しない横島だった。「その、高畑先生は好きです。でも横島さんとのことも大事にしたいと思うんです」

(ようはエッチなことがしたいのか?)

なぜかそういう結論になってしまう横島だった。

(しかし、それはいいのか?俺と明日菜ちゃんは教師と生徒。いや、しかし、一人の男と女に立ち返れば、お互いそれほど釣り合いの悪い年でもない。正直になれ俺。明日菜ちゃんはいいって言ってるじゃないか!)

「そ、そうか。その、俺も大事だと思うぞ」

「そ、そうなんだ」

そういうふうに言ってくれる横島が明日菜は嬉しかった。
もっとも二人の間で微妙にニュアンスは違ったが。

「ありがと横島さん」

明日菜は少し横島の胸に甘えた。

「ああ、そ、その、明日菜ちゃん。タオル降ろしてもいいか?」

「ダーメです。それして歯止めきくんですか?」

「うぐ。やはり最後までは無理?」

「当然です」

横島はがっくりする。
でも明日菜は触る分には抵抗せず、キスは自分からしてきた。それでも最後の一線は越えず、バスタオルも律儀に身体を覆っていた。横島がここで強引に行けば、明日菜は蟠りを残しつつも、許したと思う。明日菜がここで一言でも許せばそれで横島の我慢は限界を超えたと思う。でもその一線が2人には思いの外、大きかった。






「ああ、楽しみー」

「ほんまやな」

修学旅行を翌日に控え、二人で騒ぐ木乃香と明日菜。横島がその横で布団を敷いていた。なんだか美少女の部屋でこういうことをするのは怪しい雰囲気があるが、努めて考えないように努力していた。カモもそれを手伝ったりしている。それに横島も修学旅行を楽しみにしていた。ハワイには行きたかったが芸者や舞子のいるあれほどの街は日本にはもう他にないのだ。密かに学園長には一見さんお断りの店も聞いてきたし、準備は万端だった。

(刹那ちゃんや明日菜ちゃんはたしかにいいのだが、このままいくとなにかが間違う方向に行く気がする。そうだ。ここで大人の芸者遊びをすることで原点回帰をするのだ!ぐふふふふふふ)

「横島さん。向こうでは用事あるみたいだけど、どこ行くんですか?自由行動よければ一緒しません?」

妖しい笑みをいつもどおり浮かべる横島に明日菜が尋ねた。
明日菜は一時期怒ってばかりいたが、最近はその怒りも静まったのか、普段どおりに接してくれるようになっていた。いや、若干、なにをするのも距離が近くなったようにも見えたし、気持ちも以前以上に落ち着いてるように見えた。久しぶりにキスをしてみて、明日菜なりに思うものがあったようだ。

「木乃香ちゃんの実家だ。自由行動のときにいくから明日菜ちゃんも一緒にくるか?」

「あ、はい……って、木乃香の実家?」

「うちの?」

明日菜も木乃香もナギのことは聞いたが、それを聞くのは初耳で首を傾げた。

「ああ、言ってなかったか?ちょっと学園長に東の親書を西に届けてくれって頼まれてな。それで、木乃香ちゃんのお父さんが西の偉いさんで、その相手らしいんだ。だから、木乃香ちゃん、ちょっとお父さんに俺のこと紹介してほしいんだが、いいか?」

「へ?かまへんけど」木乃香が戸惑うように返事をした。「うちのお父さんになんて言えばええん?」

「まあここでは一応俺は魔法界ってところの奥地から出てきた、魔法使いってことらしい。他の先生方で魔法を知っている先生にはそれで通してるんだ。でもだな、木乃香ちゃんは魔法のことは知らないことになってるから普通に学校の先生でいいんじゃないか」

「分かった。ええ先生やってちゃんと言うえ」

木乃香は委細も聞かずに朗らかに言った。

「なんか旦那。それだと結婚相手の紹介みたいだな」

ふと、カモが茶々を入れた。

「ち、違うわ!そんな意味なんぞあるか!」

横島が慌てて叫んだ。最近の自分はなんだかいろいろおかしいのだ。冗談でもそういうことは言ってほしくないのだ。だが明日菜が上目遣いに見つめてきた。

「怪しい……木乃香と横島さん、なんか親しくありません?」

「いややわ明日菜。うちと先生はそんな仲ちゃうえ。それに明日菜が横島さんと進んでるんよ」

照れて木乃香が明日菜の肩を叩いた。

「うっ」

明日菜も思い当たる節がありすぎてぎくりとした。

(ま、まさか、木乃香なにか知ってる?それとも仮契約のこと?)

「と、とにかく、前回連れて行けなかった分、明日菜ちゃんもついてきていいぞ」

横島が話を変えた。

「あ、はい」

慌てていた明日菜の胸が弾んだ。横島との縁が薄れるのを危惧していたが、どうやらそんなことはなさそうだった。横島と二度目のキスをしてから、少し関係が変化している気がした。仮契約ではなく、本当にキスした。それが妙にしっくりきていた。高畑を忘れてなどいないが、この関係も大事な気がする。

(お風呂でキスか)

思いだすと妙に頬が弛む。
なんだかまた一つ大人になった気がした。

(今日もしに行こうかな。べ、別に横島さん好きじゃないけど、放っておくと溜まりすぎて変なことするし)

そう考えると妙に胸が疼いた。横島とまたキスをする。いつ襲われてもおかしくないあんな場所で。でもあそこは自分と横島が2人きりになれる聖域のような気が明日菜はした。

(でもあんまり許しすぎて襲われても、あの状況じゃ文句言えないのよね。やっぱりあれからまだそんなにも経ってるわけじゃなし、やめた方がいいか。第一、私の方が溜まってるように思われたらいやだしな)

と、そんなことを考えてると、扉を叩く音がして、明日菜がそっちを見た。

「誰やろ?夕映かな?」

最近、横島目当てでよく来る友達の顔が頭に浮かんだ木乃香が、立ち上がって扉を開けた。

「うわっ」

と、木乃香は思わず、一歩下がった。

「横島はいるか?」

そこにいたのは夕映ではなかった。早乙女ハルナでも宮崎のどかでもない。予想した中にはいない人物に木乃香が目を瞬いた。

「え、エヴァンジェリンさんに茶々丸さん……」

木乃香がちょっとびくついた。

「え、エヴァンジェリン?」

明日菜も戸惑う。
小学生程度で成長の止めたエヴァに、お姉さん的なメイド兼戦闘型ガイノイド茶々丸。
その姿にカモが警戒して横島の肩に乗った。

「やいやい、旦那に負けたってのになんの用でい!」

「やめとけカモ。なんの用だ。エヴァちゃん?」

横島の方は警戒心なく尋ねた。他の二人もすでにエヴァとは授業で何度もあっているし、横島と時々会話もしていたので警戒心は以前ほどではない。まあそれでも2人はエヴァと会話したりしたことはない関係で、仲がいいとは言えなかった。

「う、うむ」

だが、そのエヴァは何か言いにくそうに口を濁した。

「どうした?もう修学旅行の準備はすんだか?明日は寝坊したらあかんぞ」

まるで子供を相手にするように横島は言った。立ち上がると木乃香に変わってエヴァの傍により、しゃがんでエヴァの高さに合わせた。

「う、うむ……そのことでだな。少しお前に話があるのだが」

エヴァはやはり言いにくそうに入り口で固まっていた。

「なんだ?ここじゃ言いにくいのか?」

横島は本当に子供のようにエヴァの頭を撫でてやる。

「はい。横島先生、少しマスターの家にまで来てもらえないでしょうか」

と、茶々丸がエヴァが言いにくそうなのを見て口を挟んだ。

「そりゃ別にいいぞ。俺はもう明日の準備もすんでるしな……。って、そういや、エヴァちゃん。登校地獄の呪縛は修学旅行だとどうなるんだ?」

「そ、その件だ!いいからこい!」

何の気なしに聞いた横島にエヴァが真っ赤になって怒鳴った。
エヴァは言えなかったのだ。
600才にもなる自分がいくら15年間の間に5度も行きたかったのに、結局いまだに一度も行ってなかった修学旅行に参加したいなどとは。そのためには、どうしても横島の協力が必要で、それを前日の今になるまで言い出せずにいたとは。

(こ、これでは、ますます子供と思われるではないか)



その説明をエヴァの家に連れて行かれ、居間を通って、エヴァの私室にいれられた横島は唸った。
要はエヴァは修学旅行に行きたくて行きたくてしかたがないのだ。だが登校地獄の呪縛はかなり強力で、たとえ学校の行事でもエヴァには一切の外出を許してくれないのだ。またエヴァも今まではそれでよかったし、行きたくてもいけないから感情を押し殺して、『行きたくない』とクールに決めてもいた。だが、いざ行ける可能性を見つけるとどうにも我慢できなくなったのだ。

「それが横島の文珠という可能性だ」

と言っても横島が一緒に行くからという理由もエヴァには大きかった。子供扱いで、いまいちまともに相手にはされていないが、頭を撫でられたりするのも意外といやではない複雑なエヴァの心境だった。そのオプションがなければ、たとえ行けても恥を忍んでまでこんな頼み事はしない。

「なるほど……。まあ結論から言うとな」

横島が口を開いてエヴァはベッドに腰を下ろして神妙に聞いた。

「う、うむ、なんだ。少しぐらい、お前に報酬は払うぞ」

でも精一杯横柄には言った。

「いや、そうじゃなくてな。無理だ」

「なっ」

エヴァが目を点にした。

「な、なななっ、なぜだ!?貴様は私の呪縛を永遠にでも解けると言っただろうが!それがなぜたったの五日間がとけんのだ!?さては貴様、私を大人しくするために、実は解けもせんものを解けると言って私を謀ったのではあるまいな!」

エヴァが横島の胸ぐらを掴んで迫った。
期待しただけに失望も大きい。最初から行けないものと決め込んでいればあきらめも付くが、横島の文珠の力ならかなり高確率でいけると踏んでいたのだ。だから横島に確認もせず、ガイドブックや替えの下着、外出用の衣服の新調。葉加瀬には外出中の茶々丸のメンテナンスまでちゃんと依頼したのだ。これで行けなきゃただのバカである。

「お、お落ち着け、エヴァちゃん」

横島はエヴァの襟首を思いっきり搾られた。

「これが落ち着いてられるか!てっきり行けると思って、どれだけ私が出費したと思うのだ!」

「しめて、126万3077円です。マスター」

一体何をそんなに買ったのか、エヴァはこの修学旅行を無茶苦茶楽しみにして相当な散在をしたようだ。実を言えば、最初はハワイだと思いパスポートも用意したし、次は京都と聞いて、京都のガイドブックも100冊も買って、行く場所のチェックもしていた。後は横島に頼むだけという段取りのはずだった。

「い、いや正確にはできんこともないのだが!」

横島はとりあえずエヴァに首を絞められて苦しかった。

「じゃあしろ!今すぐしろ!」

「だから落ち着け。それは無理なんだ!く、首が絞まる!」

「マスター。横島先生は理由があるようです。聞かれた方が」

茶々丸が見かねて口を挟んだ。

「うぐ……なんだ言ってみろ!下らん理由なら、その血を全て吸いつくすぞ!」

エヴァは横島の首を離して、ソファーに乱暴に腰を下ろした。

「はあはあ、そ、それが人にものを頼む態度か!」

「うるさい!人が楽しみにしていたというのに……」

エヴァが下を向いた。
横島はそれを見て頭を掻いた。
麻帆良は広いとはいえ外に出られないのは相当きついだろ。3年後には好きな男が迎えに来てくれると期待もしていたのにそれも適わず、かなりストレスも溜めていたのだろう。ようやく解放のめどが見えて少し我が儘になるのを責められるものではなかった。

「う、うーんむ、しかしな、悪いなエヴァちゃん。俺も本心から言えば多少の無理をしてでも行かしてやりたいのは山々だが、今は文珠の個数が6個しかないんだ」

エヴァとの決闘が終わってまだそれほどときは経過していない。あのとき全てを使い果たしたので、計算で言うと2個、いいとこ3個しかできていないはずなのだが、刹那や明日菜とのキスや、日常的にも煩悩を無理やり抑制させられることが多く、精製速度が飛躍的に伸びていた。

「なっ、6個もあれば無理なのか?」

「無理じゃないが、今回の京都行きは学園長に西に仲直りの親書を届けるように言われてるんだ。その際に西の過激派の妨害があると学園長には言われてる。文珠は出来るだけ残しておきたいんだ」

「し、しかし、お前は文珠なしでも相当強いではないか。親書を届ける程度文珠に頼らずとも行けるだろ!」

エヴァもこれが自分の我が儘だとは思ったが、どうしても行きたいし、この程度は言わせてくれる男だと横島を信じていた。

「まあ自分だけなら文珠はなしで、それでもいいが、仲介人の木乃香ちゃんの護衛に、明日菜ちゃんも同行させたいと思っているからな。エヴァちゃんの言ってることをするには『五』『日』『解』『呪』で四文字いることになる。木乃香ちゃんは以前に渡した分をまだ持ってると言ってたから、それでいいとして、明日菜ちゃんにも一文字もたせる気だから、これだとエヴァちゃんを解呪したら手元に1個しかなくなる。ダメな理由は理解できるだろ」

「い、1個……」

「文珠はああ見えてかなり効率が悪い。1個ぐらい。なんかあればすぐになくなるんだ」

といっても横島は元の世界ではそれほど文珠を頼りに除霊してはいなかった。また燃費の悪い文珠頼みでは美神も認めてはくれなかっただろう。でも今回はやはり明日菜や木乃香の護衛がほとんどメインになる。自分さえ無事でいいならどうにかするが、そうも行かないのだ。

「ちゅ、仲介人はともかく、どうして神楽坂明日菜を連れる必要がある?それに近衛だけならハーフの小娘がいるだろう」

それでもエヴァは食い下がった。だが声はトーンダウンしてきていた。二人も護衛をするとなれば話はまったく変わる。1個程度では心許ないことこの上ない。相手が強ければ6個ですら足りないほどだろう。

「二人の扱いに差を付けたくないってのもあるんだが、霊感かな。どうも明日菜ちゃんは出来るだけ手元に置いておいた方がいい気がするんだ」

「霊感だと?そういえば横島は霊能力者というものだったか。それに……」

何か横島の超常めいた発言以上に思い当たることでもあるのか、エヴァが苦い顔をした。

「あの女はそういえば……それが横島の勘に引っかかるとしたら」エヴァは小声で呟き横島を見た。「で、では本当に無理なのか?」

エヴァが目に見えて落ち込んだ顔になる。

「すまん」

「横島先生。どうにかならないでしょうか?」と、茶々丸が口を挟んだ。「マスターは横島先生なら最後の修学旅行に必ず連れて行ってくれると、とても楽しみにしていました」

「よ、余計なことを言うな茶々丸!」

「最後?そ、そうか……」

このあと一年経ち、エヴァが横島に着いてくるにしろ、ナギが生きているにしろ、麻帆良の学園生活を送ることはもうないだろう。またそのどちらであってももうエヴァは学校に行くことはないだろう。その意味でもエヴァが行きたがる気持ちはよく分かる気がした。

「エヴァちゃん、その体で吸血鬼化したんなら、あんま普通の楽しみもなかっただろうしな」

横島はそのことに容易に想像が付いて悩んだ。だが文珠を使うのは論外だった。ただ、横島には文珠精製の方法がまだあるのだ。エヴァは悩むと言うことは望みがあるということと、知っていてその様子に言葉を待った。

「そ……そのだな、エヴァちゃん。その……エヴァちゃん。ああ、エヴァちゃん。ああ、エヴァちゃんし、しし次第で行けんことはない方法があるにはあるんだが」

横島は額にたらりと汗が流れた。
その言葉は凄まじくためらわれる言葉だった。
だが、エヴァがそこまで行きたいのであれば、教えるぐらいはしないと悪い気がした。

(お、俺はロリじゃないし、し、下心もないぞ。断じてないんだ。ただ、エヴァちゃんがどうしても行きたいと言うからだな。ろ、600才の子になら言ってもいい気がするだけなんだ。本当に本当だ!)

自分自身に何度も言い訳をして、横島は懊悩した。
それでも言っていいのかどうかかなり悩んで、頭の血管が切れて血が噴き出す。

「な、なんだそれは?そんなに悩むほどリスキーなのか?」

エヴァの目が驚いた。
さすがに命の危険があるほどのこととかになれば、諦めざる得ないだろう。

(こいつがこんなに悩むとは……。やはり無理なのか。大体、無理をしすぎて、1年後の件にまで支障が出ては元も子もないし……。しかし、ナギが生きてればともかく、一年も大人しくしてるのか)

600年も生きてれば一年などあっという間であることが多かった。でも、ダラダラしている一年と、待つ一年というのは意味が違う。それは途方もなく先に思えた。

「あ、うん、そのだな、べ、べべべ、別に危なくはないんだが、俺の霊力には源があってな」

「源?霊力とはそんなものがあるのか?」

エヴァでも霊力についてはよく知らなかった。

「あ、ああ、まあこれは俺だけに適用される話なんだが、そ、それって言うのが煩悩なんだ!」

「ぼんのう?ぼんのうとはあの煩悩か?」

エヴァがよく理解できずに目を瞬いた。

「あ、ああ、その煩悩で間違いないと思う。それでだ。急激に煩悩が満たされることがあると、意外に簡単に文珠ができたりするんだな。これが。あはははは、いや、すまん、じゃあそういうことで、学校で留守番頼むぞ!」

言ったものの自分のあまりの非常識に焦り、横島は急いで出口へと向かおうとした。

「待て」

だがその手をエヴァが握る。

「いや、待たん。離せエヴァちゃん。これはやっぱりまずすぎる!」

「茶々丸。お前は部屋を出て、私が許可するまで音声を切っておけ、いいな」

「はい、マスター」

茶々丸が頷いて部屋を出て行く。

「お、おい、まて、茶々丸ちゃん。待ってくれ!」

横島は本当に助けを求めるように叫んだ。

「横島。つまり私にお前の煩悩を満たせと言うのだな。そうだな?」

その一方でエヴァは思う。

(こういうことを言うということは少しは私の身体に興味があるのか?まさか、こいつ、特殊な性癖の持ち主か?危ないやつか?いや、でも、横島がもしそうなら、ひょっとして、私を少しは女として見ているのか?それとも、まさか、あのとき、決闘の夜のように大人になれというのか?)

もしそう言われたら自分はどうするだろう。少し残念だが多分やってしまうかもしれない。エヴァは横島に心の一部を握られている。子供の身体というだけで、まったく見向きもされないのは我慢ならなかった。大人になって、それでいいなら、相手にもされないことほどには苦痛ではなかった。

「そ、そうだけど、これはまずい!」

「いいか、私がこういうことをしたと公言しないと誓え」

エヴァは全て横島が何を言いたいのか理解して言った。要はその体を駆使してエヴァが煩悩を満たせば、それで横島は満たされるというのだ。エヴァがいくら幼くてロリコン嫌いの横島とて方法次第で煩悩を満たす方法があるのだ。だがそれがどれほど危険なことかを知る横島は激しく狼狽した。

「いや、待てエヴァちゃん俺が悪かった。すまんがエヴァちゃんの体では俺は欲情せんし、倫理的にもおおいに問題があるぞ!」

「安心しろ。私は600才だ。倫理的に問題はない。それに欲情するかどうかは試せば分かることだ」

するっとエヴァはワンピースを降ろした。それだけで下着以外の着衣がなくなる。

(大人になるとして、さて方法をどうする。魔力はほとんどないし、触媒でするか?いや、あまり時間をかけて興醒めするのもまずい。しかし、そういえば、600年も生きてきたがこういうのは初めてだな)

「こ、この件の先払いの報酬だと思えばいい」

あっさり脱いだ割に恥ずかしいのかエヴァは赤面した。

「し、しかし、い、いいやこれはさすがにだな!それに俺は愛がないこういう行為はせん主義で!」

(ロリじゃない。ロリじゃないが、ああ全てが小さい……。しかし、エヴァちゃんが600才と考えると子供扱いは変だし、落ち着け、これに手を出して俺は大丈夫なんか。何か大事なものを捨てることにならんのか!)

横島は自分の思考が激しく乱れるのを感じた。

「あ、愛と言われると困るが、お前のことは嫌いではない。底抜けのバカで、自分より軽傷の茶々丸を先に助けたのも悪い気はしていない。だ、だから、愛が全くないわけではない。そ、その、少し触らせる程度なら許す。それにいくら修学旅行に行きたくともまったくいやならこんなことはせん!」

(違うな。胸が苦しい。張り裂けそうだ。この感情を自分は知っている)

カーとエヴァはますます赤くなる。

「な、なにを、い、言っておくがエヴァちゃん。これは、相当やばいんだぞ?」

横島も何より600才にもなるエヴァが少女のような反応を見せるのだ。欲情を覚えないと言えば嘘になる。そして横島という男は欲望にはどんな状況でも素直になってしまう男だった。

「分かってる……」

エヴァが恥じらい横島が息を呑む。

(エヴァちゃんは600才だ。ロリじゃない。そうだ。俺は大事なものを何一つ捨ててない!)

心の中で叫んで横島はエヴァの腕をとった。エヴァがびくっと震えた。

「ど、どうするのだ?」

(なんだ?どうして大人になれと言わない?)

「さ、さすがにベッドに潜り込むと自分を抑える自信がない。俺は服を脱がんでおくから、え、ええええ、エヴァちゃんが膝に乗ってくれるか」

言った横島の頭の血管が切れて血が飛び出す。もうここまで来て後戻りは不可能なのだ。

「あ、ああ、わ、わかった」

横島がベッドに腰を下ろし、入れ替わるようにその膝にエヴァが乗った。美しい真っ白な肌。その尻の下で横島のマグナムが大きくなった。それにエヴァは気付いた。男が自分にこういう反応を示したのは初めてでエヴァは戸惑った。そこに気をとられていると横島が小さな身体を抱き締める。

「よ、横島……も、文珠はできそうか?」

(気持ち良い。でも、どうしてこいつ大人になれと言わんのだ?こいつが、特殊な性癖でないことぐらいは知ってる。期待させるな横島。私は自分のことはよく知ってる。でも……そうだ。この感情だ)

エヴァが横島の顔を見た。

(そうだ。この感情を突き詰めようとしても、誰も相手にしてくれなかった)

「あ、ああ、なんかもう自分に自信がなくなるな。なんで反応するんだ。俺のアホ」

横島が失礼にも泣き出す。まだ反応しなければ、やっぱり無理で終わらせられるのに自分の息子はエヴァのような幼女体型にもきっちり反応していた。だが、やはりエヴァが大人でないことがネックになり、そこまで凄まじい反応を横島は見せなかった。

「大人になってほしいか?幻影で良ければなれるぞ?」

思わずエヴァが聞いた。

「は、はは、さすがに幻相手じゃもっと虚しいだろ。エヴァちゃんはガキだが本物の方がいいだろ」

「し、失礼なバカめ」

エヴァの頬に一筋な身だがこぼれた。

「どうした?」

「埃が入ったのだ。気にするな」

エヴァは呟いて横島の顔を引き寄せ、頬にキスをした。

「え、エヴァちゃん?」

「まだそれほど興奮していないな。しずなや刀子ならとうに野獣になってるだろう?」

エヴァは悔しげに今度は軽く横島と唇を触れあわせた。
エヴァの目は愛しげで、まるで恋人同士の愛撫のようだった。

「そ、それはもう。これがしずな先生なら、っていうか、エヴァちゃん。息子は反応しても、やっぱりそこまでエヴァちゃんの体格だと俺は興奮できんというか。それにこれ以上はいくらなんでもまずいだろ」

「それはたしかに」これ以上となると、もう一線を越えるしかない。エヴァもいくらなんでも修学旅行だけの理由でそれはいやだ。するにしてもそういう理由なしの状況がいい。「横島。だが私とてここまでしてアホな理由だけではやめられん。今日はここで寝ていけ、私が添い寝してやるから朝までになんとか四個だ」

かぷっとエヴァは横島の耳を噛んだ。血を吸うためではなく、ほんの甘噛みのつもりだ。
初めてエヴァは血を吸う以外の理由で人を噛んだ。

「なっ……。だ、だが、できんかったら諦めるんだぞ」

横島もいやだとは言わなかった。というより今もエヴァのすべすべの肌に手が這い、横島も興奮していないわけではないのだ。ただエヴァが相手というわけでかなり躊躇があるのだ。

「3個ならサービスしろ。1個は旅行中にもう一度添い寝してやるから」

「ひ、人に見られたらまずいだろ」

「ふん、修学旅行の全てを私は把握している。お前の部屋が一人部屋なのは知ってるぞ」

エヴァが向かい合って抱き締めなおした。出来るだけ横島に体が密着するようにして、彼女も必死だ。修学旅行以前に、女性としての魅力が関わりだしているのだ。それも当然だ。

「わ、分かったからエヴァちゃん」

横島は「まったく我が儘な」と呟きながら、何となくエヴァをぎゅっと抱きしめた。
エヴァは赤面するが、横島をさらに抱きしめ返して、二人はそのままベッドに潜った。そしてエヴァが横島の胸の中で甘えるように顔を埋める。寝そうになるほどしばらくそうしていたが、さすがにそれだと本当に、朝まで一つも出来ないことになりかねないと思い、横島に言った。

「横島、今夜は私とお前は愛し合った恋人同士だと思え」

エヴァが横島に触れた。

「わ、分かってる。お、おおお俺もここまで来たらロリとかはもう言わん!」

(相手は600歳!そうだ俺は大事なものを何一つ捨ててはないんだ!!)

横島は心の中で絶叫したが、もうこの時点で大事なものを2、3個捨てていた。

「本当に大人でなくていいのだな?」

「い、いいぞ」

「そうか……ありがとう」

小声で言うと、横島がぽんぽんとエヴァの頭を撫でた。
やはり少し子供扱いはされてる気がした。

「横島」

「うん?」

「今夜のことは本当に内緒だ。少しサービスしてやるから誰にも言うなよ」

「い、いいのか?」

「お前だから、いい」

本当に本心からエヴァはそう言い、

(そうか私はこの男が好きなのだな)

そう思った。






あとがき
いや、もう、書いてしまって後戻りできませんでした(マテ
ということで、完オチキャラはエヴァでした。
ちなみに完オチの定義は横島を好きと自覚することです。
明日菜もアキラも亜子も夕映もちゃんとこれを自覚してません。
なので完オチはエヴァのみです。
修学旅行でまた1人だすので、よろしくー。

あと、評判悪いので改行やめました。
いや、まあそっちの方が自分も楽なんだけど、
自分のPCだと思いっきり横にダラダラ長いんです……。











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