10月に開かれた東京国際映画祭オープニングで、来年1月公開予定の「ソーシャル・ネットワーク」という映画を見た。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の最大手フェースブックの創始者マーク・ザッカーバーグの成功過程を描く、実話をベースにした映画だ。
SNSとは「コミュニティー形成サイト」、「交流サイト」などとも言われ、友達や知り合い同士の交流の場をネットの中に作るサービス。その最大手のフェースブックには世界中で5億人を超える人が参加しているという。
ザッカーバーグが04年にハーバードの学生寮で原形のサービスを始めてからたった6年での大成功。ハーバード中退で現在26歳だが資産は69億ドル。08年には米フォーブス誌で最も若い億万長者として紹介された。
映画自体は、ほとんどが超高速の議論(これがハーバード流らしい)とコンピューターの前でキーボードをたたくシーンと裁判の連続だ。それにもかかわらず、なかなか楽しめた。コンピューターにそれなりに詳しい人がニヤリとするようなシーンも結構あるが、映画として純粋によくできていると思う。
自信満々の天才肌で「嫌なやつ」だが、純粋で、若さゆえの弱さも持つ主人公。そして友情、裏切り、アメリカンドリーム、スキャンダル、裁判--そこだけ書き出すとむしろウォール街やショービジネス界などを舞台にした「業界モノ」映画のようであり、事実一脈通じるものがある。
しかし決定的に違うのは、これが事実上はじめての「IT業界モノ」映画--それも良質なそれだということだ。さらに言えばマイクロソフトやアップルが結局「製品」を売っているのに対し、ここで描かれるのはより新しい世代の「IT業界」。昔的なセンスでは分かりにくい世界だ。
フェースブックも基本サービスでは利用者に課金をしていない。日本の一時の「ITバブル」の紳士たちのように株転がしでもうけているのでもない。それでどうしてこれだけのお金が集まるのかと疑問に思うだろう。
私などは業界が近いので面白がれたが、東京国際映画祭での日本の観客の多くは引いていたようだ。一方米国では結構受けていてオスカーという声も出ているという。それぐらい映画で描いている世界のリアル感が日米で違う。
ベンチャーキャピタルが出てきて、生意気な若者の頭脳とアイデアとイノベーティブ(革新的)な行動に対して何億円もの金を出資する。会社の大きくなるスピードの速さ。こういうのを見ていると我が日本はどうだろうと考えざるを得ないのは確かだ。
またツイッターに比べフェースブックが日本で受けないのは、実名基本のコミュニケーションを前提にしているからで、それは匿名にならないと所属する集団を離れたコミュニケーションができない日本人の問題点を表しているという話もある。
しかし、いかにもな「日本のここがダメ」論で終わるかというとそうでもない。日本にはパソコンでなく「携帯中心のSNS」という米国にない分野がある。例えばテレビでよくCMを流しているGREEは加入者2000万人。フェースブックの5億人にはとても及ばないが、日本だけが市場ということを考えれば、決して小さい数字ではない。
さらにGREEの田中良和社長がパソコン一台からビジネスを始めたのも同じ04年。そこから6年、33歳で推定資産16億ドル。フォーブス誌にも35歳以下の相続でないビリオネアとしてザッカーバーグに次いで紹介されているくらいだ。
日本と米国に差があるのは事実としても、世代の差というのも結構大きいのではないか。GREEを「しょせん携帯のビジネスでガラパゴス」というのはたやすい。しかし携帯SNSが日本で大成功したひとつの要因は、携帯だけでネットにつながる世代というのが、世界に先駆けて日本に生まれているからと考えることもできる。
海外はスマートフォンが出てやっと携帯でインターネットに楽に接続できるようになった。ガラパゴスと揶揄(やゆ)される日本の携帯ははるか昔から可能だった。そのため日本では30代以下の若者では、携帯でネット接続することの方が普通になっている。そしてその世代のなかにオジサンたちの知らないソーシャル・ネットワークの世界が広がっているのだ。
それを危ういと取る向きもあるかもしれないが、変わる世代に、新しい日本の可能性を見ることもできる。
新しい分野の若手研究者に会うと意外に「日本も負けていない」と前向きの意見が出る。まだ日本の壁にぶつかっていないからだというオジサンもいる。そのあまりの楽天ぶりに古い世代のいないような新興研究分野というのは我々の見ている世界と違うのかもしれない、と思う。
生物進化というのは、天変地異などで大集団から切り離された小集団の中で起こり、それがいつか主流になっていくという。次の日本の進化はまさに「ガラパゴス」の中で起こるのだろう。=毎週日曜日に掲載
毎日新聞 2010年11月14日 東京朝刊
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