「戦争がやっと終ったのに、他国の独立戦争に身を投じたインドネシアの日本軍将兵達の姿は、現在の感覚からすれば奇異に思えるかもしれません。でも日本軍はインドネシアの人々にオランダからの独立、欧米の植民地支配からの脱却を呼びかけてきたんです。私達の年代の日本の若者は、いつかはアジアの人々を解放してやろうという夢があった。
特に私が所属していた児の近衛第2師団は前大戦初期から終戦までスマトラ島に駐屯し、インドネシア語も覚えて住民と馴染んでいました。現地の住民達と親しく接するうちに、断ち難い絆を結んだ者も少なくありません。だからこそ、そこを第二の故郷と心に決め、終戦後も独立軍に加わる者が近衛師団にいちばん多かったのです」
「私達はアジアの人達と直に接し、アジア解放という使命感を持っていました。でも陸大出で大本営の要職についたエリート参謀たちの中には、派閥争いに現を抜かし、第一線将兵の奮戦を自分の手柄のように考え、協力したアジア人を力で支配しようと思い始めた者がいた。それでは欧米列強の侵略と同じではないか。
私たち第一線の兵は、侵略のために命をかけて戦ったのではないんです。だからこそインドネシア人も、アジア解放の明るい夢を見て、あんなに献身的に協力してくれたんです。私達は戦勝の暁には独立したアジア各国を後にして、また日本に帰って元の生業に戻る事を楽しみにして戦ったのです。
幸いインドネシアの場合は、政府の方針を受けて独立準備の促進が命じられていました。
それによって独立準備委員会が結成され、スカルノを大統領に、ハッタを副大統領にすることまで決定されていた。
こうした準備が出来ていたからこそ、日本の敗戦がわかると、その二日後にはインドネシアの独立が宣言されたのです」
すでに独立宣言が出され、ジャワでは全島に紅白の独立旗が翻っている。
スマトラでも昭和20年11月、
日本軍の司令部庁舎が独立政府に接収され、統治は既に日本軍の手を離れていた。また兵器を巡る独立軍、日本軍のにらみ合いの各所に発生。それに乗じて主導権を握ろうとする共産党、オランダ系工作員の謀略が
横行した。テビンティンギではオランダの謀略により日本兵60人が殺害され、たまりかねた日本軍による報復戦の中で、インドネシア人約2000名、日本兵約200名が死亡する惨事となった。
総山さんは連隊長を説得して報復を止めさせ、インドネシア人には独立運動を再開させた。
スマトラは親日に帰った。12月になると英軍に続き、オランダ軍も徐々にスマトラに進駐してくる。
しかし「ムルデカ(独立)」の叫びは大きくなる一方だった。離合集散する民族派、共産派などのインドネシア民兵、静観するイギリス、再植民地化を虎視眈々と狙うオランダ。
騒然とする中、近衛4連隊がアチェ、そしてインドネシアから去る日が決まった。
「引き揚げが迫ると、せめて独立軍に武器を残してやりたいと思う者が大勢いました。そこでマレー半島や、スマトラ戦で捕獲した英蘭の兵器をこっそり渡しました。これは員数外ですから無難でした。
治安維持に出動して、独立派を取り締まる振りをして、弾薬を帰り道に置き去る部隊もありました。
日本軍が撤収する際に床下に隠して、後で回収させる手口もよく使われましたね。
私も通信機器をねだられ、『連合軍から指示が出ている以上、軍需物資をインドネシア軍に渡すわけにはいかない。ただし泥棒が盗むんだったら仕方無いな』と言い置いて、わざと出張してしまった。
そうすると連絡を受けた“泥棒”が持って行く。歩哨は見て見ぬ振りだし、私も『それは仕方ないな』ととぼけるんです(笑)。
兵器を渡すだけでなく、みずから独立戦争に参加した将兵も一人や二人ではありません。翌年にはオランダ軍が弾圧を本格的に始め、傀儡国家が乱立したり、地方に共産政権が出来たりとインドネシアは戦乱の時代を迎えます。その中で多くの元日本兵が勇敢に戦い、外国人ながら一軍の参謀長まで勤めた者もいたほどです。私にも残留の奨めがありましたが、まず荒廃した日本の方をなんとかしなければと思い、帰国の途につきました。日本人とインドネシア人の和合のために情熱を傾けて献身した終戦後の1年間は、私にとって生涯忘れ得ない感激の思い出です」
―――総山孝雄(ふさやま・たかお)元陸軍大尉(通信将校)。
終戦直後は近衛第2師団渉外部に所属し、連合国、インドネシア独立政府などとさまざまな交渉に携わる。戦後は東洋歯科医学専門学校、東京医科歯科大学、昭和大学教授を歴任。医学博士(歯科)として、主に虫歯治療で多くの業績を挙げる。
日本学士院会長、東京医科歯科大学名誉教授、日本インドネシア友好協議会副会長。
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