徐勝氏について
1.『わが朝鮮総連の罪と罰』を読んで
2.北朝鮮からの亡命者に関する氏の見解にふれて
1
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すでに北朝鮮の内情を暴露する著書は多く出ていますが、まだ組織内部からの告発本は多くありません。その意味で、今回出版された韓光熙(ハン・グァンヒ)著『わが朝鮮総連の罪と罰』(文芸春秋)は朝鮮総連中央本部の元幹部の告発であり貴重です。
著者の韓氏は1941年生まれ。
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総連支部の専従活動家になります。
やがて、行動力が認められ、「学習組」に20歳前で推薦され、異例の速さで青年組織役員、朝鮮総連中央本部の幹部(最終は財政局副局長)にのぼりつめていきました。
この「学習組」というのは、非公然組織で、メンバーは朝鮮労働党員です。労働党員は北朝鮮本国でも選び抜かれた人しか党員になれないのですから、日本でも、「学習組こそが朝鮮総連の指令系統であり……朝鮮総連に属するどの組織にも学習組があり……学習組員でなければ幹部にはなれない」というエリート集団でした。
しかしさらに、この学習組は教育されて北朝鮮工作員となり、韓国への各種活動をおこなう「裏の特殊任務」を持ちます。
まず韓氏が指示された任務は、「日本と北朝鮮のあいだを極秘に往復する北朝鮮工作船の、日本側における着岸点をつくること」でした。韓氏は、日本に100ヶ所以上あるという接岸ポイントのうち38ヶ所を作ったといいます。
そうして、このような接岸ポイントから、自ら出入国を繰り返す一方、韓国から日本に来ている留学生をオルグして北朝鮮に送り出したり、向こうでスパイ教育を受けた彼らを日本に再密入国させる手引きもおこないました。また、在日の青年を北朝鮮支持組織の細胞を作るためソウル大に送り込んだりすることなどもやっています。
ここで想起するのは、71年の「学園スパイ浸透事件」の徐勝(ソ・スン)、徐俊植(ソ・ジュンシク)兄弟のことです。
私も、当時、事件は軍事独裁政権のデッチ上げで、この兄弟は無実だと信じ、集会やデモに何回も参加したひとりです。ところが実は彼らがひそかに北朝鮮に渡り教育を受けていたことをほんの数年前、元朝鮮総連幹部、張明秀(チャン・ミョンス)氏の著書『徐勝──「英雄」にされた北朝鮮のスパイ』(宝島社、94年)で知りました(『ing』98年2月号参照)。
今回、韓光熙氏の証言を読むと、事件当初は朝鮮総連の人たちもごく一部を除いて本当にデッチ上げだと思いキャンペーンを繰り広げたようです。
「私は、事件はデッチ上げだと確信した。私が送り込んだ尹はつい1週間ほど前、ソウル入りしたばかりだ。まだ何もできるはずがないし、第一、名前が違う。兄弟は南朝鮮の陰謀に巻き込まれたのだ」。
それにマスコミや労働組合などが同調した運動となったのですが、韓氏はこれは上記の「学習組」が自分とは別の指令系統でおこなった工作だと後年気づいたそうです。
「事件がデッチ上げなどではなく、我々とはまったく別の指令系統による留学生スパイ浸透事件であるとようやく気づいたのは、それから4年か5年経ってからのことだった」。
ちなみに、「なぜこういうことが起きるかというと、総連という組織は、すべて上から下への命令系統しかないタテ割り構造でできているからである。任務の成果を報告するのは直属の上司に対してだけだし、与えられた任務を他人に言うのは直属の部下に仕事を命ずるときだけである。ヨコのつながりは一切なく、裏の任務を他人に言うことも決してない。だから私は、まさか自分たちの他にも韓国にオルグ留学生を派遣しているグループが存在するとは、ついぞ知らなかったのだ」。
ともあれ、私たちは結果的に「学習組」(北朝鮮)の対南工作に乗せられ、こうして長い間、「軍事独裁政権のデッチ上げ」が事実のようになってしまったのでした。
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(折田昭一、『ing』02年5月号より)
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おとついの「朝日」に徐勝(ソ・スン)氏(いまでは立命館大学の教授におさまっている)の投稿が載っていて、Nさんがコピーしてきてくれて、みんなで検討しました。
われわれは張明秀(チャン・ミョンス)氏の『徐勝──「英雄」にされた北朝鮮のスパイ』(宝島社、94年)を読んで、最初びっくりし、しかし「これは、もしかしたら事実かも知れない」と考えるようになった。張氏は、われわれががつて「良心囚」だと信じ、支援してきた徐勝氏が、実は北朝鮮に密かに渡り、スパイ教育を受け、北朝鮮政府の指令に従って韓国に入り、北朝鮮政府の指令どおり活動していた「対南工作員」だったと断定していた。つまり、われわれは「デッチ上げだ」と見たが、そうではなく、韓国政府の発表は基本的に事実だった、と。元朝鮮総連幹部・張氏の記述の具体性、詳細さもさることながら、こんなことを書かれて、事実無根なら必ず、徐勝氏は名誉毀損で張氏を相手に裁判に訴えるはずである。しかし徐勝氏はそうしなかった。できなかった、ということだろう。こうしてわれわれは、「もしかしたら……」ではなく、「ほぼ、そうなのでは」と考えるに至った。
こんど、徐氏自身の言葉を読んで、あらためてその思いを深めざるをえません。
今回の中国・瀋陽の日本大使館への北朝鮮住民の亡命は、周知のようにNGOの支援が背後にあった。
こうした支援に対し、徐勝氏は悪意をこめて語っている。「ドラマを演出するNGO」「企画亡命NGO」「狙いは……」「彼らは、反北朝鮮世論を極大化させ、北朝鮮を崩壊へと導くという政治的な意図を持つ」云々。
そうして、増大する一方の北朝鮮を脱出する難民の問題をどうするのかということで、根本的には、人民に抑圧と飢餓を押しつけてきた北朝鮮独裁政権を打倒する以外ないという解決を否定し、北朝鮮にもっと食糧支援しろ、それ以外のことはするな、と主張している。
独裁政権のスパイが、その政権をもっと支援しろ、それ以外はするなと主張するのは当然といえば当然だが、抑圧と飢餓にあえぐ北朝鮮人民のことを考えると、あまりに腹立たしい。
Nさんからは、「『朝を見ることなく』(徐勝氏のお母さんが亡くなったとき出た本)、涙流して読んだのになぁ」と苦渋の言葉が出されました。
なお、徐勝氏は、北朝鮮の独裁政権が打倒されることについて、「これは外部からの武力干渉、ひいては戦争を招き、朝鮮民族はもちろん、北東アジアに大きな不幸をもたらす危険な主張だ」としています。
あまりに粗雑な論理、単なる危機意識を煽るためのデマゴギー、あるいは恫喝。
「打倒が武力干渉をもたらす」「戦争を招く」ということは、徐勝氏は、この打倒を米韓などの武力、戦争による打倒とは前提しておらず、つまり人民の決起による打倒、倒壊を前提しているのだろう。
つまり、東欧諸国の独裁政権の倒壊と同じ。
だが、東ドイツの独裁政権が倒れて、戦争など起こったか。
デマも休み休み言え──といった激しい言葉が思わず口を衝く。
(小川 紀、ingの会員通信02年6月2日付より、『ing』02年8月号)