※前回の第40話の最後の湖底洞窟の部分で説明不足の部分がありましたので、今回の第41話の部分で補正致します。
書き直しを最小限に抑えて、読み直しなどの手間を省きたいためです、よろしくお願いします。
<ヨルダン 死海 湖底洞窟 超空間遺跡>
ユキとミクルが洞窟の中を進んでいくと、やがて開けた場所へとたどり着いた。
目の前には壁画が描かれている地下遺跡のようなものが存在していた。
「遺跡?」
ミクルのつぶやきにユキは何も答えずに遺跡の中へと入って行った。
ミクルはユキの後を慌てて追いかける。
「でも、湖の底なのに空気があるなんておかしいですよね」
「この空間は地球上の物理法則を無視して存在している」
自分達の足音だけが響く地下通路の中で、ミクルはユキに話しかけた。
遺跡の中は迷路のようになっている。
「別れ道ばかりですね……長門さんはどこに死海文書があるのか解るんですか?」
「方向だけは解る、しかし私の今の能力ではこの空間の全ての情報を把握する事は出来ない」
「じゃあ、歩いて確かめるしか無いんですね、ふふっ、何だか冒険をしているみたい」
ミクルは少し嬉しそうにそう言ったが、ユキの表情が無表情、いやわずかに固くなっているのに気が付くと慌てて口を抑える。
「ごめんなさい、私ったらこんな時に……」
ミクルは謝って、その後は無言でユキの後について行った。
再び辺りに響くのはユキとミクルの足音だけとなった。
しばらく迷宮の中を歩いたユキは、歩みを止めずに振り返らずポツリとミクルに向かって話しかける。
「反応が近い」
「わぁ……」
ミクルは踏み込んだ部屋の中を見て声を上げた。
その部屋には古代文明遺跡の遺物とも言える品々が存在していたからだ。
「エジプト考古学博物館にあった物そっくりですね」
「これはコピーされた物」
ユキは部屋を見回すとミクルにそう断言した。
「この遺跡自体がそう。私達が来る前には存在してはいなかった。そして、私達が来ると同時に出現した」
ユキは部屋の片隅をにらみつけると、そう断言した。
「ふふっ、ばれてしまいましたか」
何も無い空間から橘キョウコと周防クヨウが姿を現した。
「あなた達は……!」
2人の姿を見たミクルは目を見開いて驚きの声を上げた。
「こんな接近しなければ気が付かないなんて、情けないですわね」
「で、でもあなた達もずっとこの部屋で待っていたじゃないですか!」
「何ですって!」
ミクルが言い返すと、橘キョウコの自信にあふれた態度が崩れた。
「あなたはとても優秀。でも、この空間を制御下に置くのに構成情報をかなり使っているはず」
ユキはクヨウを見据えると身構える。
「あなたの空間だとは言え、それなら私にも勝ち目はある」
ユキの殺気を感じたのか、クヨウも戦闘態勢に入った。
「あなたは巻きこまれないように離れていて」
「は、はいっ!」
ミクルはユキに言われて入って来た入口の方へと走った。
橘キョウコの方も反対側の出口へと身を隠したようだった。
ユキの手にピストルのようなものが現れ、ユキは引き金を引こうとした。
しかし、クヨウが頭上に手を掲げると、天井の方から稲妻のようなものがユキに向かって降り注いだ。
ユキは後ろに下がって稲妻を避け、引き金を引いて熱線をクヨウに浴びせるが、クヨウは片手でユキの攻撃をブロックした。
「そんな、長門さんの攻撃が通じないなんて!」
息を飲んで戦いを見守っていたミクルは叫んだ。
クヨウの指からユキに向かって稲妻がほと走る。
すると、その稲妻がユキに届く直前に割れ、方向性を変えユキから反れて壁にぶち当たった。
クヨウが体を動かしてユキの正面から移動した直後、クヨウの長い髪の一部がバサリと断ち切られ、床に落ちた。
そして、クヨウの着ていた学校の制服の腕の部分に斬り傷が入ると、クヨウの腕から細い筋の赤い血が流れ出した。
「やった!」
ミクルが嬉しそうに歓喜の声を上げたが、それはすぐに悲鳴へと変わった。
床から舞い上がった炎がユキの体を包み込んだのだ。
並みの人間では丸焦げになってしまうだろう火力だった。
「長門さん!」
「この空間は誰の制御下にあるかお忘れですか?」
橘キョウコが身を隠していた通路から顔を出してミクルに笑い掛けた。
「焔属性の攻撃に耐えるために長門さんは天属性に自分のデータを変えざるを得ない。しかし、そこには空属性の追撃が待っているのですよ!」
橘キョウコが勝ち誇ったようにそう言うと、クヨウは風切り鎌のようなものを手に出現させ、炎に包まれているユキに向かって振り降ろそうと床を蹴って跳び上がった!
「だ、ダメです、ミクルビーム!」
ミクルがユキに止めを刺そうとしたクヨウを妨害しようと、物陰から踊り出て、目にはめたカラーコンタクトから熱線を発した。
するとクヨウは後ろに下がり、ミクルのビームをその体で受けた。
クヨウは大きなダメージを受けたのか、地面に倒れ込んだ。
「なぜ!? 長門さんを倒すチャンスでしたのに」
橘キョウコは倒れ込んだクヨウに駆け寄った。
「朝比奈ミクルが撃った熱線は、極度の混乱状態にあったためか本来の照準を外れ、あなたに直撃するところだった」
自分を取り巻く炎を消し終えたユキが橘キョウコに向かってそう解説した。
「ええっ、私は橘さんを撃っちゃったんですか!?」
ミクルが慌てて部屋に入ってくると、橘キョウコの前まで行って頭を下げる。
「あ、あのごめんなさい!」
「どうして謝ったりするの? 私達はあなた達の敵だったのよ?」
「でも、橘さんはそんな悪い人じゃないし……」
謝るミクルに対して橘キョウコが怒っていると、クヨウがゆっくりと立ち上がった。
「だ、大丈夫?」
「この空間が崩壊しないのは致命的な損傷ではなかったと言う事」
ユキの言葉を聞いて橘キョウコは安心して息を吐き出した。
それを裏付けるかのように橘キョウコの腕から流れていた血も止まっていた。
しかし、直後に厳しい表情になってクヨウをにらみつける。
「あなたは危険分子である長門ユキを排除する指令プログラムを下されたはず、どうして遂行しなかったの?」
橘キョウコに尋ねられたクヨウは、無言無表情のままキョウコを見つめるだけだった。
「あなたは以前、周防クヨウには感情が存在しないと言った」
「任務を遂行する人形に、感情など必要ないわ、地球製の長門さんとは違うんです」
「だが今の行動を見ると周防クヨウには感情が存在することになる」
「そんなはずは無い、今まで下された任務に逆らう事はしなかったわ!」
淡々と話すユキに対して橘キョウコは感情的に言い返していた。
「あなたも任務を果たすのには反対だと言うのですか!」
橘キョウコはついに周防クヨウにも当たり散らしたが周防クヨウは何の反応も示さなかった。
「もう、佐々木さんもあの人も、任務を無視してばっかりなんだから!」
「あ、あの橘さん……」
その後も延々と橘キョウコの愚痴は続いた。
ユキとクヨウは無言で受け流し、ミクルは口を挟めないでオロオロとするばかりだった。
「……というわけです、聞いています?」
ゼイゼイと息を切らしながら橘キョウコはユキ達を見回して尋ねた。
「聞いていた。あなたは人間なのに、どうして人形の真似をするの」
「私が人形ですって?」
ユキが言い返すと、橘キョウコはまた怒りがぶり返したようだった。
「あなたは任務の内容を言葉通りに実行しているだけ、自分で考え、自分で判断して行動する事を放棄している」
「私達も涼宮さんを暴走させないようにって言われてますけど、力で涼宮さんを押さえこむのは反対です。……それに涼宮さんと一緒にSSS団で遊ぶのは楽しいです」
ミクルの言葉を聞いて橘キョウコは目を丸くして驚きの声を上げる。
「信じられません、そんなの不発弾でお手玉をするようなものではないですか! あなた達は毎日演技で笑顔を作っているのではないのですか?」
「でも、橘さんも楽しいと思った事は無いんですか? お花見パーティの時、楽しそうに見えたけど」
「あれこそ演技です!」
橘キョウコはミクルに向かって反論をした。
しかし、その語気は多少のブレを感じさせた。
「あなたは自分をごまかしている、だから仲間内からも信頼をされていない」
「それは……」
橘キョウコは思い当る節があるのか、顔を伏せた。
「橘さんが真面目なのは分かります、だから任務を忘れて遊ぶのは不謹慎だと思って心の底にある気持ちを押さえこんでしまっているんじゃないですか?」
「未発見の『死海文書』の情報は私をおびき寄せるための罠?」
ユキが尋ねると、固まったまま動かない橘キョウコに代わるようにクヨウが小さくうなずいた。
「周防さんも、長門さんを活動停止させてしまおうかと思ったんですか?」
「私は――長門ユキとただ戦ってみたかった。だから橘キョウコに協力した――長門ユキの方も力をセーブしていた」
ミクルの問い掛けにクヨウはゆっくりとした口調でそう答えた。
クヨウの言葉を聞いた橘キョウコは肩を震わせて笑い出した。
「あ、あの、橘さん、一体どうしたんですか?」
恐る恐るミクルが尋ねると、橘キョウコは思いっきり叫ぶ。
「んんっ、もうっ! 任務をこなそうとしているのが私だけなんてまったくバカバカしいわ!」
「私達も涼宮ハルヒの監視任務を忘れたわけではない。ただ柔軟に行動しているだけ」
「そうですよ、橘さんも自然体でお仕事をすれば良いんですよ。そうすればみんなと仲良くなれます」
橘キョウコは声を掛けてくるユキとミクルの方を面白くなさそうな顔でにらみつける。
「もうやってられません、帰りましょう!」
橘キョウコが大声でクヨウにそう言うと、橘キョウコとクヨウの姿は煙のようにかき消えた。
「帰えっちゃったんですか?」
「2人の反応は近くには存在しない」
「よかった……それで、長門さんの体は大丈夫なんですか?」
「肉体の損傷の修復は完全に終了した」
ユキが小さくうなずくと、ミクルは安心して体の力が抜けたようにへたり込んだ。
周防クヨウの造った地下遺跡は姿を消し、元の洞窟だけが残された。
<ヨルダン 死海 海水浴場>
泣きつかれて気を失ってしまったハルヒを背負ったキョン達は途方に暮れていた。
このままずっと海水浴場にいるわけにはいかない。
ホテルに帰ろうとしたSSS団の一行の元に、死海の方から走ってくる2人の人影があった。
それは、ユキとミクルの2人だった。
「長門! 朝比奈さん!」
2人の姿を見たキョンが大声で叫んだ。
そのキョンの大声でハルヒが気が付いたのか大きく目を見開く。
「ユキ! ミクルちゃん!」
ハルヒはよろよろとした足取りでユキとミクルの側に近づいて行った。
「アンタ達、どこに居たのよ」
「霧で視界ゼロになり、私達は混乱した。そして隠れた岩肌の洞窟の壁面に体を打ちつけ、気を失っていた」
アスカの問い掛けに、ユキは淡々と答えた。
「壁にぶつかったって……怪我は無いの?」
「大丈夫です」
シンジが尋ねると、ミクルは落ち着いた声で答えた。
「よかった……2人とも無事で……」
緊張の糸が切れたのか、ハルヒの体はまた崩れ落ちて気を失ってしまった。
キョンが気を失ったハルヒを再び背負った。
キョン達はユキとミクルが無事に戻って来て喜びにあふれていた。
「長門さん、あの霧はどういう事です?」
「私は行かなくてはならない用件が出来た。だから霧を発生させてまぎれて姿を消した。だが朝比奈ミクルは私について来た」
イツキの質問に、自分から姿を消したと答えたユキにキョン達は驚いた。
「どうして、一人で行こうとしたの?」
「とても危険な相手と戦わなければならなかった。あなた達を巻きこみたくなかった」
シンジに対して、ユキはそう返事をした。
「もしかして、あの橘さんって人の仲間?」
「そう、でも戦ってみて相手に殺意の無い事は解った」
エツコの問い掛けにもユキは淡々と答えた。
話を聞いていたキョンは険しい顔でにらみつけるだけで、怒りが先だって言葉が出て来ないようだった。
しかし、ついにせきをきったようにキョンが声を荒げながら尋ねる。
「どうして、俺達に相談も無くそんな勝手な事をするんだ!」
「それは、禁則事項で話す事は出来ないんです」
「姿を消すにしても他に方法があったでしょう? 朝比奈さんの手を握っていたハルヒは責任を感じてますよ!」
オドオドと話すミクルに向かって、キョンは怒声を叩きつけた。
ハルヒを背負っていなければ、殴りかかりそうな勢いだった。
「キョンくん、ごめんなさい、許して」
「長門さん達にも深い事情があるのでしょう、涼宮さんも休ませなければいけませんし……」
泣きだしたミクルをかばうようにイツキが立ちはだかった。
「分かった、もう止めにするぜ」
キョンが怒りを抑えるように息を吐き出しながらそう言うと、側で見ていたアスカ達にもホッとした空気が流れた。
「だが最後に1つだけ言っておく。……今度ハルヒを泣かせるような事をしたら、許さんからな!」
ユキとミクルに向かってそう言い放つと、キョンはハルヒを背負った背中を向けて歩き出した。
他のSSS団のメンバー達は気まずそうにキョンの背中を追い掛けた。
「朝比奈さんってタイムスリップができるなら、姿を消した数秒後に戻るとか出来なかったんですか?」
「私のTPDDには限界があるんです。いくら頑張っても30分以上縮める事はできませんでした」
帰り道、前にタイムスリップを体験した事のあるシンジがミクルにそう尋ねると、ミクルは悲しそうに首を振った。
この時、キョンに背負われていたハルヒがこっそりと薄目を開けていたのに気が付いた者は居なかった。
<ヨルダン 病院>
次の日、死海の岸壁に体を打ちつけて気を失ってしまった事になっていたユキとミクルは検査入院をした。
ハルヒ達は騒がずにホテルでじっとおとなしくしていた。
ユキとミクルが居る病院にミサトとリツコが駆けつけて来た。
ハルヒの動揺による閉鎖空間の発生、ヨルダン近郊に発生した空間の歪みなどの原因について直接尋問をするためだ。
ユキ達がミサト達にした説明の内容はアスカ達にしたものと変わらなかった。
しかし、アスカ達に話していない追加の部分があった。
「もう終わってしまった事なので話せるんですけど、私達は未発見の『死海文書』についての情報を得ていたんです。私が涼宮さんに死海に行きたいって言ったのも、ネルフの皆さんにも怪しまれずに移動するためだったんです」
ミクルがそう言うと、ミサトとリツコは驚いて息を飲んだ。
「私達は新しい『死海文書』を他の人の目に触れさせるわけにはいかなかったのです。だから早期に廃棄する必要がありました」
「ネルフに事前に話す事も出来ない事だったの?」
重要な情報を教えてもらえなかった事を少し落胆した様子で、リツコはミクルに尋ねた。
「これから起こる未来の出来事が書かれた預言書があったら誰でもその内容を気にしますよね?」
「まあ、そうね」
ミサトはミクルに対して当然だとばかりにうなずいた。
「40年ぐらい前にゼーレが発見した死海文書は人間の心理を利用した地球人類をだます罠のようなものだったんです」
「でも、あれはキリストと同じ聖書時代の文献ではないの?」
「宇宙人の組織団体、情報統合管理局が私達のようにTPDDを使って古代に移動させたのか、今回のように私と長門さんをおびき寄せるために古代の文献をコピーして改造したのかは分かりません、でも人為的に作られた事には変わりありません」
リツコに対してミクルはキッパリと言い切った。
「では、ゼーレは、私達ネルフは、情報統合管理局の思惑通りに動かされているってわけ?」
ミサトが苛立たしげに下唇をかんだ。
しかし、ミクルは首を横に振って否定する。
「いえ、死海文書には具体的に出来事が記述されていて信頼性を高める働きをしている部分もあれば、読む側の解釈の判断に任される部分があるんです。だからゼーレの人達の都合の良いようにに合わせて解読された部分も……」
「なるほど、私達地球人の悪意が込められているってわけね」
ミサトは冷汗を垂らしながらそうつぶやいた。
「ですから、私も長門さんも、周防さんが造った遺跡と死海文書を無視するわけにはいかなかったんです、罠だと分かっていても……」
「2人とも大変だったのね……」
リツコが悲しそうな目でミクルとユキを見つめた。
「大変なのはこれからです。特にキョンくんは私と長門さんに対してとっても怒っています。今朝からずっと私と目を合わせてくれません」
「私にもこの状況を打開する策が思いつかない」
今まで黙っていたユキもミクルに続いてその辛い胸の内を吐露した。
「仲直りする方法ね……」
ミサトはしばらく考えていたが、何かを思いついたのか、嬉しそうな笑顔になる。
「ちょうどいい機会だから、ヨルダンからの帰りに去年のハルヒちゃんの映画の続編を撮影するって言うのはどうかしら、本当の外国辺りで。日本からレイと渚君も呼んでさ」
「それがどうして仲直りの方法になるんですか?」
「演技をするためには、お互いの視線を反らすわけにはいかないじゃない。それに一致団結して物事に打ち込めば、きっとわだかまりも無くなるわよ」
不思議そうな顔で自分を見つめるミクルに、ミサトはウィンクして答えた。
「それはいいアイディアね、じゃあさっそく手配をしましょう」
リツコも賛成したのか、準備に向けての電話をネルフへと掛けた。
<香港 ビクトリア・ピーク>
ハルヒにもし外国で去年の映画の続編を撮影できるとしたらどこが良いかと聞いたところ、香港の一択以外あり得ないと即答した。
そこで、ユキとミクルの失踪騒ぎを聞いて不憫に思った鶴屋さんがSSS団に香港旅行をプレゼントすると言うシナリオをネルフのゲンドウ達は考えた。
『怪盗ハルにゃんの事件簿 Episode 02』の撮影をするので、出演を約束していたレイとカヲルも軽音楽部を休んで香港でSSS団と合流する段取りになっていた。
脇役の警官役だった谷口達はさすがに誘わなかったが、重要な脇役である猫、シャミセンとモモの2匹もやって来ていた。
ハルヒが言うには100万ドルの夜景と呼ばれる香港のビクトリア・ピークを背景に怪盗猫眼石が活躍するシーンを撮りたいとの事だった。
ハルヒ超監督の元、映画の撮影が始まり、ハルヒとキョンの嬉しそうな笑顔を見て、ミサトは自分の作戦の成功を確信した。
しかし、ミサトの作戦には誤算があった。
キョンはナレーション役なので、役者であるユキやミクルと見つめ合う機会が無いのだ。
「キョン君にチョイ役でも出させるようにハルヒちゃんに進言しようかしら?」
ミサトの心配は余計なものに終わった。
キョンは急に渡された台本のナレーションのセリフを覚える事に必死になったり、ハルヒの無茶な行動にツッコミを入れたりしているうちにいつもの調子に戻っていた。
ごく自然にユキやミクルにねぎらいの言葉を掛けていた。
撮影が終わった後、SSS団のメンバーはビクトリア・ピークから見えるビルのネオン群の夜景に引きこまれていた。
「あれ? 涼宮さんとキョン君の姿が見当たりません」
「碇君とアスカも居ないわ」
ミクルとレイが気が付いてそう言うと、ハルヒ達が迷子になってしまったのかと騒ぎだした。
しかし、鶴屋さんはそんな不安を笑い飛ばす。
「あっはっはっ、きっとハルにゃん達は他の夜景のきれいなスポットに行ったのさ! きっと2人きりになりたかったんだねっ!」
「なるほど、ここの100万ドルの夜景に匹敵する夜景のスポットは他に数ヶ所あると言われていますからね」
イツキがそう説明すると、ミクル達はなるほどと納得した。
アスカのライバルを自負するマナはアスカに出し抜かれた事に悔しがるしかなかった。
昼間にSSS団の映画に出演出来た楽しさも吹っ飛んでしまったようで、ミクル達はただマナに同情する事しかできなかった。
アスカとシンジの間に割って入らせる事に協力するわけにもいかない。
「なんだか、外国でこんな綺麗な夜景を見ていると、僕達は大人びて感じるよね」
その頃シンジはアスカと手を繋いで、香港の夜景を眺めていた。
「じゃあ、アタシ達も少し大人になろうか」
「えっ?」
戸惑うシンジの頭をアスカはつかんで抱き寄せ、アスカはシンジの唇を思いっきり吸い寄せた。
初めてのアスカからのディープキスをシンジもしっかりと受け入れた。
「ハルヒ、突然別の場所で夜景がみたいなんて言い出して、一体どうしたんだ?」
「うるさいっ、黙って大人しくついて来なさい!」
「だからこうして従っているだろう」
またその頃キョンはハルヒに腕を思いっきり引っ張られて歩いていた。
ズンズンと歩くハルヒは、耳まで赤くなっていた。
素直に恋人同士が言うようなセリフを吐けないハルヒの性格を知っているキョンは、笑みを浮かべていた。
そして、歩みを止めたかと思うと、キョンの不意をつくように唇を強引に奪った。
キョンがキスをされたと気が付いたのは、ハルヒが体を離した後だった。
「どうしたんだ、いきなり」
「さあ、こんな綺麗な夜景を見ちゃって、変な気分になっちゃったのかもね」
キョンにキスした事についてハルヒはそんな言い訳をした。
だがキョンはハルヒが言葉を濁しているのに気が付いた。
「何か俺に隠していないか」
「別に、何も」
「そうか、夜景のせいか」
キョンはそれ以上ハルヒにしつこく尋ねる事はしなかった。
「葛城先生、俺のためにわざわざありがとうございます」
「あっ、バレちゃった?」
日本に帰る飛行機の中でキョンはミサトに礼を述べた。
「でも、たまたま立ち寄る事になった香港でハルヒちゃんとキスしちゃうなんて、このラッキースケベ!」
「それ、用法が違うと思いますよ」
ニヤニヤして腕で小突いて来たミサトに、キョンは溜息交じりにツッコミを入れるのだった。
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。
ついったーで読了宣言!
― お薦めレビューを書く ―
※は必須項目です。