尖閣ビデオ流出問題に対するビデオ屋の一考察
今日のビデオニュースのNコメでも話したことですが、ビデオ報道を生業とする人間としては、今回のビデオ流出問題での議論を見ていて歯がゆい思いのしっぱなしです。
もちろんビデオを流出させた犯人を追及すること以外にも、この問題は多くの論点があるので、その話ばかりに焦点を当てることには注意が必要でしょう。
しかし、現実にビデオを流出させた人間が国家公務員法の守秘義務違反の警察の取り調べを受けている以上、今回流出したものが秘密だったのかどうかについては、ビデオ屋としての一考察を述べずにはいられません。
ビデオという媒体は非常に多くの情報量を含んでいる特徴がありますが、その莫大な情報の多くが、実は5W1Hうちの1W1Hに費やされているという特徴があります。つまり、事実関係を示す4W(いつ(when)どこで(where)誰が(who)何を(what)した)とは別に、それがどのような状況だったのかを示すhowと、なぜそのようなことをやったのかを伺い知るヒントとなるwhyの1W1Hが含まれていて、それがビデオ情報の大半を占拠していることが、ビデオの最大の特徴です。
ただし、その1W1Hは他の4W のようにfactつまり事実として明示されているわけではなく、あくまでその映像を見る限りそのように見える、もしくはその映像を見た人はそのような印象を受けるという次元の話であって、そこにファクトが写っているわけではないことに注意が必要です。
今回のビデオについては、4Wすなわち事実関係としては、中国漁船が日本の巡視船と衝突したファクトが写っているわけですが、それと当時にこのビデオには、「中国漁船が突如として方向を変えてぶつかってきたように見える」、「コツンとぶつかった程度ではなく、かなり激しくぶつかっているように見える」ことを指し示すシーンなどが写っています。ただし、そこで注意しなければならないのは、これがあくまで、このビデオを撮影した立ち位置やこのビデオのサイズからはそのように見えるというところです。まったく同じファクト、つまり同じ事象を別の立ち位置から別のサイズで見たら(撮影したら)、上記の点が全く異なって「見える」可能性があるのがビデオ特徴であり、ビデオを扱う上で常に注意しなければならない点ということになります。
また、あのビデオは日本の巡視艇の上から撮影されています。あくまで日本の巡視艇という視点からの映像が写っているということです。日本側から見れば中国船が一方的にぶつかってきたように「見える」のは確かですが、本当に2つの船がどう動いたかを判断するためには、第三者の視点、つまりぶつかった船のいずれでもない、動いていない視点からの情報が必要になります。日本の巡視艇の上から撮影した映像には、その時日本の巡視艇がどう動いたかを客観的に判断し得る映像が映っていないからです。
ここで私が言いたいことは、どっちがどっちにぶつかったかといった事実関係ではなく、あくまで映像を生業とする人間として、ビデオの持つ特徴やビデオの証拠能力には限界があるということです。
しかも今回ユーチューブにあがったビデオは10時間余りあるビデオの中から44分分だけが編集されたものだったと聞きます。となると、編集過程で更に編集者もしくは発信者の恣意性が強く入ってきます。そのようなビデオにはファクトを示す効力などほとんどありません。
また、今回のファクトである、「中国漁船が海保の巡視艇と衝突した」という事実情報は、既に広く公知されていた情報です。ぶつかったという事実は中国政府側も否定していませんし、そもそも船に衝突痕という物的証拠が残っているので、それを今さら事実として示すことに意味があるとは思えません。もちろんそれが秘密だったとは言えないはずです。あのビデオを見て「ああ、やっぱり本当にぶつかっていたんだ」と思った人は恐らくほとんどいないでしょう。
ただし、あのビデオを見て「中国船からぶつかってきているのは明らかじゃないか」との印象を持たれた方がいたとすれば、それはそのような印象を持たせる映像、あるいはそのように編集されているビデオを見たからそう感じたのであって、それは必ずしも「事実」とは関係がないことを指摘しておきたいと思います。つまり、最初の話に戻りますが、ビデオは何が起きたかを示す4W1Hに基づく事実(fact)とそれが如何に起きたか、その状況を示す(how)が同居しており、ファクトはファクトとして非常に重要ですが、それとhowとは区別されなければならないということです。
それを踏まえて結論を言うと、今回海上保安庁の保安官が流出させたものは何であったかと言えば、それは秘匿情報などではなく、(それが正当であったかどうかは別にして)政府が出さないと決めていたた「HOWが写っているビデオ」を表に出してしまったということです。ビデオにファクト情報としての価値がゼロだったとは言いませんが、公知の事実だった衝突の事実自体には何の情報価値もないわけだし、howの部分には情報としての価値はあったかもしれませんが、証拠能力も無ければ、事実関係を正確に指し示す能力も無いわけです。だから、これに対して秘匿すべき情報を流出させた場合に適用される「国家公務員法の守秘義務違反」の適用が困難なのは当然なのです。
ただし、印象を操作する能力に長けたビデオは、情緒的な反応を呼び起こす能力だけは抜群なので、たとえ事実情報としての価値が低くても、動員装置としての価値は非常に高いものがあります。実際には事実を映し出しているわけではないのに、見た人にそれが紛れもない事実だと感じさせてしまう力を持っているメディアだからこそ、ビデオの取り扱いは常に注意が必要だし、私がビデオジャーナリズムという手法で、ビデオの取り扱い方にジャーナリズムのルールを適用する必要性を訴えているのもそのためです。
また、仮に今回の行為が国家公務員法の定める守秘義務に違反していないとしても、政府の職員が政府が決定した「非公開」の方針に反した業務不服従があったことは、まちがいありません。ただし、それは公益を守る目的で定められた法律違反としてではなく、菅さんなり仙谷さんなりが、「おれの言うことが聞けない奴は許さん」と思うのであれば、政府が独自に懲戒処分なり何なりをすべきことです。
さて、今の菅政権にそれをするだけの根性や覚悟があるかどうかは見物です。私はいつもの「捜査当局が決めたことなので」の台詞が頭に浮かび、厭な予感がしていますがが、法に触れる行為と内規違反との区別はしっかりとつけて欲しいものです。
以下に今日収録のNコメ記事へのリンクを貼っておきます。
ビデオニュース・ドットコム
ニュース・コメンタリー (2010年11月13日)
尖閣ビデオ流出事件の捜査が困難な理由
November 14, 2010
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