2010-11-14
■デキる男の内装大作戦
さて、明日月曜日から我らがUEIことユビキタス・エンターテインメント・インコーポレーテッドは、長く暮らした赤門の並び、日本最高の頭脳が結集する東京大学のすぐ隣にある本郷ヒルズから、ぐぐっと嬬恋坂を降りて文京区湯島にその総司令部を移すのだ。
ここ湯島は、秋葉原まで数十メートルという、いわば世界の電脳都市、アキバを睨む前線基地。
かつて業界を騒がせたモルフィーワン事件の舞台となった湯島御殿もとうぜん、ここ湯島にある。
今回、会社創業以来の大規模な引っ越しを控え、UEI参謀本部は非常に入念な準備を行った。
まず、引っ越し先となる場所の選定。
本郷ヒルズでは、2階、5階、6階という大変縁起のいい階に分散して統治されていたUEI軍団だったが、これを一気にひとつのフロアへ展開し、なおかつ全体で二倍の広さを確保する、ということが最高意思決定機関である取締役会の至上命令だった。
そのうえ、家賃はできるだけ払いたくない。
ということでいくつか候補となるビルが提案された。
なかでもこの湯島のMSビルを選んだ理由は、名前がモビルスーツみたいでカッコいいという以外に、広さと立地、とりわけ秋葉原ディープエリアまで迅速に戦線を展開できるという点が決め手となった。
ビルはすぐに決まったが、問題は引っ越しと内装だった。
実はUEIは創業以来いちども、内装屋さんというのを呼んだことがない。
けれども、今回はオフィスも広くなることだし、なにより会議室を増やしたい。
そういう思いが強く、そこでUEI参謀本部のイソレイ准将の号令一下、各地から内装工事専門の業者が集められた。
湯島上陸作戦の会議中、作戦部長のイソレイ准将は内装工事に関してこう進言した。
「内装・・・特にエントランスですが、どんな感じがいいですか?」
これを受けて、百戦錬磨で知られるタケチ元帥はこう答えた。
「できるだけ暗い感じがいいな」
そしてシミズ長官・・・つまり僕だが、僕はこう付け加えた。
「ありきたりの木目とか白い壁とかは許さん。こぎれいなオフィスでOLがお茶を楽しむキャッフェじゃないんだ。ここ湯島は地獄の最前線。総司令部の入り口は来るべき決戦のために士気を高めるような勇ましいものでなければならん」
「具体的には?」
「鉄だ!鉄で固めるんだ。入り口など、鉄の板一枚でいい。銃弾が打ち込まれてもある程度までは大丈夫なように」
「シミズくん、そりゃあまりシャレになっとらんぞ」
「とにかく鉄。一枚。それだけでいい。あと安く」
「うーん・・・それだとコンペにならないような気がしますが」
「・・・そう思うか?」
"勇ましい、鉄の板一枚の入り口を求む"と書かれた要求書がおのおのの内装会社に送られた。
するとすぐに反応が帰ってきた。
曰く、「鉄の板を求めると主張する人物とじかに話を聞くオリエンを設けてほしい」ということだった。
当然だろう。
入り口が鉄の板一枚という内装は、あまりなさそうだ。
ところがしばらくすると、内装業者側で勝手に得心したらしく「やっぱりオリエンはけっこうです」と辞退する会社が多かった。
ところが一社だけ、「オリエンにぜひ参加させて欲しい」という企業があった。
それはデザイナーズオフィスの経験豊富な株式会社ヴィス(http://www.vis-produce.com/)だった。
「ええと、社長、鉄の板一枚ってことなんですけど、もう少し詳しくお話を聞かせていただけませんか?」
飄々とした笑顔のトータス松本・・・そんな感じの営業マン、多田氏はモミ手でもしそうな感じでそう切り出した。
「別に鉄の板一枚じゃなくていいんですよ」
僕がそう話すと、彼らは盛大にズッコけた。
見事なコケだ。ただ者ではない。
「ただ、ありきたりな、キレイキレイオフィス、みたいなのはうちらしくない。まあみなさん、僕らのことなんかご存知ないでしょうから、説明すると、うちはちょっと変わった会社なんです。というか、IT企業はみんな変わってるけど、その中でもとにかく人と違う、ということを目指しているんです。だからありきたりな、奇麗で、女の子にモテそうな、シャレオツなキャッフェみたいなエントランスは嫌なんですよ」
「うーん、じゃあ逆にですけど、社長、"これは嫌とか、これは好き"ってエントランスありますか?」
多田はそう言いながらカタログをめくった。
彼らが過去に手がけたエントランスが次々と出てくる。
「あ、これね。こういうの」
僕が指さしたのは、白地に青いロゴで「hatena」と書いてあるエントランスだった。
「それうちのチームの早乙女がデザインしたんです」
「奇麗でそつなくまとまっていて、まあ理想的なエントランスなんだけど、逆に言えばありきたりで個性がない。別にはてなが嫌いなわけじゃないけど」
「い、いや・・・・えっと、これなんかどうですか?」
そのオフィスは白地に黒文字でjig.jpと書いてあった。
「ジグ!!!!」
長官は悶絶した。
「あり得ない。だいたい。彼らが商売敵だった時期もあるんですよ」
多田氏は困惑した。
「うーん、どうすればいいんでしょう?」
「要するにですね。まさにhatenaさんとかjigさんとか。同業の会社と似てるのが嫌なんですよ。"はてなに来たのかなー?jigに来たのかなー?"って、間違われるようなエントランスは絶対嫌なんです。個性がない感じがする」
「まあ、白にキーカラーを組み合わせるのはありがちといえばありがちですからね」
「外からみたら僕らと彼らは似たように見えるかもしれないけど、彼らはなんかお上品じゃないですか。JavaとかPerlとか、使ってる言語もお上品。それに比べると、僕らは泥まみれの陸軍。C++とかマシン語とか、PHPとかね、お上品なみんなが大嫌いな泥臭い言語を愛してるワケですよ」
「言語のことはわかりませんけど、そういう違いがあるんですね」
「例えば、いまのこの本郷ヒルズ・・・まあここは"デジタルゴミ屋敷"っていうコンセプトなんですけど、」
するとイソレイ准将が目を丸くして口を挟んだ。
「ここがゴミ屋敷みたいなのってコンセプトだったんですか?」
「そうだよ。だってさ、高いソフト売って、奇麗な会社だったら、いかにも無駄に儲けてそうで感じわるいじゃん。けど、落ちてるゴミっていうかジャンクだけど、これはわりとスジ者が見たら「ほほう」って唸るようなね。そういうのを目指してたの」
「はあなるほど」
多田氏はパタンとカタログを閉じた。
「ということは、やっぱりここに載ってるようなものはどれみてもお気に召さないというわけなんですね」
僕・・・長官は肩をすくめてうなずいた。
「そういうことになるね。誰も見たことがないようなエントランスがいいんだ。しかもセクシーで勇ましい。戦闘意欲が湧いてくるようなやつが」
この会社も駄目か・・・。
イソレイ准将は明らかに落胆した顔で資料を片付け始めた。
その刹那、多田氏の瞳にキラリと光が宿った。
その光はまるで超新星のように爛々と輝きを増し始めた。
「実はうちの建築士が、昨夜、"鉄板"という言葉を聞いて、神が降りてきたと申しておりして」
不意を突かれたイソレイ准将と僕は、目が点になった。
「こちらのパースをご覧ください」
それは見たこともないエントランスのデザインだった。
「な・・・・なんだこれは」
「この斜めになった板の裏側に蛍光灯を配置して、すべて間接照明だけで光をまわします。天井は黒く塗装し、床はOAフロアを剥がして研磨します」
「・・・というか鉄板でも一枚でもない」
「はい・・・しかし神が降りてきたと申しておりまして」
「しかしすごいアイデアだ。これなら素材を切って貼るだけで十分インパクトがあるから鉄のように扱いにくいものを使わなくても質感が出せる」
「いかがでしょう?」
「うーむ・・・」
即決したいところだったが、ほかの内装業者のプレゼンを見ないわけにはいかない。
「これ、値段はどうなるの?」
「できるだけご予算内に収まるようにしたいと思います」
「あの金額でできるの!?」
もともとこちらから出していた予算は、それほど多くない。
「えっ」というくらいに低予算なのだ。
「しかしこんなすごいアイデアがでてくるとは・・・僕は内装屋さんを侮っていた」
「いやいや、これもうちの早乙女に神が降りてきたおかげですよ」
「ああ、はてなのエントランスを作った?」
「そうです。もういっそ、あれですよ。このパース図、そのへんに貼っといて下さいよ。ほかの業者の人が来てこれみて、勝ったと思うか負けたと思うかわかりませんけど、絶対に自信がありますから」
それから、何社かのプレゼンを見た。
オリエンにさえこないで作られたプレゼンは、ピントのボケた写真のようだった。
デザインが本当に鉄板一枚であるということは無かったが、こちらの予想を覆すようなものではなかった。
しかも見積もられた予算は、こちらの想定よりすべてオーバーしていた。
念のため、すべてのデザインを社内に張り出して、社員の反応を見てみることにした。
するとやはり圧倒的に、「神の降りた一級建築士」早乙女氏のデザインに皆が興奮したのだ。
男子も女子も例外無く。
かくして、予算、デザインともに文句のつけようが無いプレゼンをした株式会社ヴィスさんに内装と引っ越しを全面的にお願いすることになった。
デキる。彼らはマジでデキる男たちだ!
と思ったのである。
本番のプレゼンも彼等が圧勝だった。
もはや勝負にすらなっていない。
圧倒的おもしろさ。圧倒的インパクト、圧倒的低予算。
なにより、ほかの会社と同じ人に別の切り口で頼んだら全くユニークなものを作ってもらえた、ということがUEIの方針とも合致する。
採用の決定を伝えると、すぐに模型を作ってくれた。
物理的な模型を見ると、さらに興奮が高まった。
このときまでは板の部分をメタルにするかどうかで迷っていたが、模型を見てメタルより黒いメラミンプレートの方が質感が出せることが分かった。しかもメタルより圧倒的に安いのだ。
エントランスみたいな無駄なものに知恵はしぼっても金は掛けたくない。
ちなみにこの模型は非常によくできていて、上からサイリウム棒を突っ込むと間接照明も再現できる。
もう僕は工事が待ち遠しくてたまらなくなった。
くるひもくる日もこのCGパースを見返してはうっとりしていた。
そしてついに完成したのが、昨日である。
CGパースとほとんど寸分違わない。いやむしろより質感が増してセクシーになった気さえするエントランスの完成だ。
受付の電話機として当初ヤコブ・ジェンセンかバング&オルフセンのものをプレゼントしてくれる、という話を受けたが、この二つはあまりにもポピュラーなのでどうしても使いたくなかった。
するとイソレイ准将がヤフオクを駆使して世界の珍しい電話機を探して回り、やっとみつけたのがこのENZERの透明タッチパネル式電話だ。
大会議室。"サザーランド"というニックネームがついている。
8人用の大きな会議机と、さらにまわりに人がすわれるように壁際には特注のレザー製ベンチシートを配置。予算を減らすため、レザーは合皮だ。
小会議室。ここは"シャノン"。
光沢のあるガラステーブルとアントチェアは以前から持っていたが置き場所がなくて倉庫で死蔵していたもの。
応接セットがあるのは"チューリング"。
小さな部屋だが必要十分なスペースとなっている。
執務室。
まだ荷物が運び込まれたばかりで荷解きもされていない。
全部で150坪あり、25坪を3フロア借りていた本郷ヒルズの二倍に拡大した。
手前は研究とゲーム開発やZeptopadの開発を主に行うフリーアドレスゾーン。
一番手前にあるのは、昔マルチタッチディスプレイを自作したときの透明な机。
いままで死蔵していた備品が徹底的に復活した。
事業開発部と第一研究開発セクションはフリーアドレスになった。
プログラマも企画もみんなMacBookでしか作業していないからだ。
必要に応じて外部ディスプレイを接続して使えるようになっている。
また、OAタップはすべての座席でひとり16ヶ口を装備。どれだけ電気を使っても平気なように電源は拡張してある。
セルフ茶屋とオフィスグリコは給湯室に集中配備。24時間戦う男たちの食料庫だ。
畳部屋は健在。もともと芸者東京エンターテインメントが社内に畳をおいていたことにヒントを得たが、いまや畳部屋は会議室のひとつとして無くてはならないものになっているため、琉球畳で再構築した。壁際の本棚はまるでしつらえたようにしっくり収まっているが市販品。
本来、会社に泊まるようなことは嬉しいことではないが、一秒でも惜しいというときにはどうしても会社で寝なくてはならないこともある。
特にネットワークサービスの場合、ユーザの少ない早朝作業なども多いため、十分な睡眠がとれるよう、二段ベッドを二基配備した。
また、女子仮眠室がないのは不公平であるという意見があり、女子仮眠室も新設。
エレベーターホール。
エントランスのイメージにあわせて黒く塗装し、間接照明があたるようになっている。
「まさか許可が降りるとは思わなかった」とはヴィスさんの弁
消火栓も消防の許可を取って塗装してある。
今回の企画と設計を担当してくれた。株式会社ヴィスの多田氏(右)と早乙女氏(左)。
正直言ってこんなにワクワクする気持ちでオフィスを引っ越ししたのは初めてだ。
いつもは家賃が跳ね上がるから不安で不安でどうしようもない感じで引っ越しを終えるのだけど、彼等と出会えたことで、引っ越しがワクワクするものに変わった。
もう僕は断然、彼等のファンである。
もしこれからオフィスを引っ越しして内装を入れたいと思ってる会社があるなら、ぜひ彼等に相談を。
どんな無茶な頼みでも期待以上の仕事をしてくれそうな気がする。
そして明日から、気持ちを切り替えてもっとガンガンやっていくのだ。
UEIも、オフィスが広くなってさらにプログラマ、企画者、ディレクター、ネットワークエンジニアをそれぞれ募集しているので、ご興味があればぜひご応募ください
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